素粒子物理学入門 — 目次 全16章+付録5つ

材料科学者のための素粒子物理学入門— 電子・正孔から Higgs 機構と核融合まで —

材料科学者にとって素粒子物理学は縁遠い.多くの人はそう思っている.クォークもニュートリノも,実験室の試料とは何の関係もない——確かに,そう見える.

ところが,である.われわれが日常的に使っている概念のかなりの部分は,素粒子物理学と同じ数式で書かれている.半導体の電子と正孔は,Dirac が負エネルギー解に悩んだ末にたどり着いた粒子と反粒子と同じ構造をもつ(どこまでが同じでどこからが比喩かは,第1章で線を引く).超伝導体は(大域的)$U(1)$ 対称性を自発的に破っており,そこで光子が質量を得る仕組みは,$W$ ボソンが質量を得る Higgs 機構と同じ構造をもつ(真空中の光子の質量はゼロのままである.ここで言うのは,超伝導体という媒質の中で光子が獲得する有効質量であり,その逆数が London 侵入長 $\lambda_L$ にあたる.鉛なら $m_\gamma c^2=\hbar c/\lambda_L\approx5\ \mathrm{eV}$.自由電子の質量 $m_e$ とバンドの有効質量 $m^*$ を区別するのと同じ作法である.第13章 13.9 節)——というより,順序は逆である.対称性の自発的破れという考え(カイラル対称性の破れと,それに伴う南部–Goldstone ボソン)を BCS 理論から素粒子物理へ持ち込んだのは南部陽一郎であり(1960–61),ゲージ場が質量を得る仕組みのほうは,Anderson が超伝導体のプラズモンで先に見抜いた(1963)ものを Higgs らが相対論的に定式化した(1964)のである.トポロジカル超伝導体の渦芯に現れるMajorana 零モードは,ニュートリノが Majorana 粒子かどうかという素粒子物理最大の未解決問題の一つと,同じ条件式 $\gamma=\gamma^\dagger$ を満たしている.そして核融合炉の第一壁が中性子で壊れていく過程を見積もるには,二体衝突の運動学(第4章では相対論的に一般化した形で扱う)と核反応断面積が要る.

素粒子物理学と材料科学は,上流と下流の関係ではない.
対称性・場・くりこみ・散乱という同じ言語を,違うエネルギースケールで話している.
本書は,その共通部分と,共通でない部分の境界とを,式で示す.

本書はこの立場から書かれた素粒子物理学の入門書である.構成は D. Griffiths Introduction to Elementary Particles(『素粒子物理学』)の目次にほぼ沿っているが,各章に「材料科学との接点」という節・ボックスを設け,そこで学んだ道具が物性物理や材料工学のどこに現れるかを,比喩ではなく式で示した.最終章(第16章)は本書独自のもので,核融合・照射損傷・$\mu$SR・陽電子消滅分光・中性子源・検出器材料を,ここまでの道具立てで一気に扱う.

数式は省略しない.これは本シリーズ共通の方針である.$\mu$ 粒子の寿命 $\tau=192\pi^3/(G_F^2m_\mu^5)$ も,$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ の断面積 $\sigma=4\pi\alpha^2/(3s)$ も,カラー因子 $-4/3$ も,途中を飛ばさずに最後まで計算する.手を動かせば必ず追える.

読み方
  • 通読する:第1章から順に.第1章は動機づけなので,急ぐ人も飛ばさないこと.
  • 超伝導と対称性の破れが目的:第5章 → 第6章 → 第13章.第13章 13.9 節に Ginzburg–Landau 理論と Abelian Higgs 模型の項ごとの対応表がある.
  • Majorana 粒子・トポロジカル超伝導が目的:第9章(Dirac 方程式と BdG)→ 第13章 → 第14章.
  • 核融合・照射損傷が目的:第3章 → 第4章(PKA の運動学)→ 第12章($\beta$ 崩壊とトリチウム)→ 第16章.
  • とにかく断面積を計算できるようになりたい:第4章 → 第8章 → 第9章 → 第10章.付録B・C・D が計算の参照表である.
  • グラフェン・Weyl 半金属の Dirac 方程式が目的:第9章だけでも読める.第5章 5.3 節($SU(2)$ とスピノル)を先に見ておくとよい.
  • 群論に不安がある:『固体物理学入門』第6〜9章(有限群と既約表現)を先に.本書第5章はその連続群版である.
第I部 なぜ素粒子物理か
  1. 第1章材料科学者のための素粒子物理学 — なぜ学ぶのか エネルギースケールの地図(フォノンの meV から LHC の TeV まで),電子と正孔は粒子と反粒子か(Dirac 海と価電子帯の対比,どこまでが本当でどこからが比喩か),超伝導と $U(1)$ 対称性の破れ,Bogoliubov 準粒子と Majorana 条件 $\gamma=\gamma^\dagger$,核融合と材料,素粒子をものさしとして使う($\mu$SR・陽電子消滅・中性子散乱),自然単位系 $\hbar=c=1$ と $\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$,本書の読み方
  2. 第2章素粒子物理学の歴史 古典時代(1897–1932),光子(1900–1924)と Compton 散乱,中間子(1934–1947)と湯川の予言 $R\sim\hbar/mc$,反粒子(1930–1956),ニュートリノ(1930–1962),ストレンジ粒子と Gell-Mann–西島の関係式,八道説,クォーク模型と色の必要性($\Delta^{++}$ 問題),11月革命,仲介ベクトルボソン,標準模型の全粒子表
  3. 第3章素粒子の動力学 — 四つの力と保存則 四つの力の強さ・到達距離・媒介粒子,QED の基本頂点とその組合せ,QCD(色荷・8個のグルーオン・自己結合・閉じ込め・漸近的自由),弱い相互作用(荷電カレントと中性カレント),崩壊と保存則(バリオン数・レプトン数・フレーバー),どの相互作用が何を破るかの一覧,統一への道(走る結合定数・電弱統一・大統一の見取り図),Feynman ダイアグラムを絵として読む訓練
第II部 対称性と運動学
  1. 第4章相対論的運動学 Lorentz 変換と rapidity,4元ベクトルと計量 $\mathrm{diag}(1,-1,-1,-1)$,$E^2=\pp^2+m^2$,Mandelstam 変数 $s,t,u$,重心系と実験室系,しきい値エネルギー,2体崩壊の運動学と Källén 関数,Dalitz プロット,中性子照射における一次はじき出し原子(PKA)のエネルギー,Compton プロファイル
  2. 第5章対称性・群・保存則 Noether の定理,有限群(結晶点群)と連続群(Lie 群)の対比,$SU(2)$ と角運動量,スピノルの二価性($2\pi$ 回転で符号が変わる),Clebsch–Gordan 係数,アイソスピンと $\Delta(1232)$ 共鳴での $\pi N$ 散乱断面積比 $9:1:2$(全断面積では $3:1$),$SU(3)$ フレーバーとウェイト図,Wigner–Eckart の定理と選択則,SALC・フォノンモード分類との同型性
  3. 第6章離散対称性 — P・C・T と CPT 定理 パリティ,極性ベクトルと軸性ベクトル,$\theta$–$\tau$ パズルと Wu の実験,ニュートリノのヘリシティ,荷電共役とポジトロニウムの $2\gamma$/$3\gamma$ 選択則,中性 $K$ 中間子と CP の破れ,時間反転が反ユニタリである理由,CPT 定理,反転対称性の破れと強誘電性・SHG,時間反転対称性と Kramers 縮退・磁気点群・非相反応答
  4. 第7章束縛状態 — 水素からハドロンまで 水素原子の微細構造・Lamb シフト・超微細分裂(21 cm 線),ポジトロニウム($-6.8\ \mathrm{eV}$,para 125 ps と ortho 142 ns)と陽電子消滅寿命測定による空孔評価,クォーコニウムと Cornell ポテンシャル $-\frac{4\alpha_s}{3r}+ar$,軽い中間子の九重項,バリオンの波動関数と色の必要性,クォーク模型による陽子・中性子の磁気モーメント,Wannier 励起子との比較表
第III部 場の理論とファインマン則
  1. 第8章ファインマン則 — 崩壊率と散乱断面積 崩壊率と寿命・分岐比,断面積とルミノシティ,崩壊と散乱の黄金律,相対論的規格化と $2E$ 因子,2体崩壊 $\Gamma=S\abs{\pp}\abs{M}^2/(8\pi m_1^2)$ と2体散乱 $\dd\sigma/\dd\Omega$ の導出,ABC トイモデルでファインマン則を最後まで実行する(自由場は調和振動子の集まりであり,$a^\dagger,a$ がその励起を上下させることを囲みで補う),ループと発散の出現,Fermi の黄金律・状態密度・湯川型遮蔽・Breit–Wigner と減衰振動子の同型性
  2. 第9章Dirac 方程式とスピノル Klein–Gordon の困難,$\{\gamma^\mu,\gamma^\nu\}=2g^{\mu\nu}$ から4次元表現が要ること,平面波解 $u(p,s),v(p,s)$,非相対論極限で $g=2$ が出ること,Feynman–Stückelberg 解釈,双一次共変形と $\gamma^5$,カイラリティとヘリシティの違い,光子の偏極,グラフェンの2次元 Dirac 方程式($v_F\approx c/300$),Weyl 半金属,トポロジカル絶縁体の表面 Dirac 錐,Bogoliubov–de Gennes 方程式と Nambu スピノル
  3. 第10章量子電気力学 QED の Feynman 則(外線・頂点・伝播関数),Mott 散乱・Compton 散乱・対消滅,Casimir トリックとトレース定理,$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ を最後まで計算して $\sigma=4\pi\alpha^2/(3s)$ を得る,くりこみ(自己エネルギー・真空偏極・頂点補正),走る結合定数 $\alpha^{-1}(m_Z)=128.95$(on-shell 定義),$g-2$ の1ループ $\alpha/2\pi$,真空偏極と誘電遮蔽が同じ構造をもつこと(対応が破れる場所も含めて),準粒子とくりこみ因子 $Z$,Klein–Nishina の公式
第IV部 強い力・弱い力・ゲージ理論
  1. 第11章クォークの電気力学と色力学 $R$ 比が色の数 3 を示すこと,弾性電子–陽子散乱と形状因子(X線・中性子回折の原子形状因子と同じ概念),深非弾性散乱と Bjorken スケーリング,Callan–Gross 関係,Gell-Mann 行列と色力学の Feynman 則,カラー因子の完全計算(一重項 $-4/3$,八重項 $+1/6$)とハドロンが束縛する理由,3ジェット事象,漸近的自由と $\Lambda_{\rm QCD}$,くりこみ群と Kondo 効果($\Lambda_{\rm QCD}$ と Kondo 温度に共通する次元転換,臨界現象のべき則との違い)
  2. 第12章弱い相互作用 $V\!-\!A$ 構造と $G_F/\sqrt2=g_w^2/(8m_W^2)$,$\mu$ 崩壊 $\Gamma=G_F^2m_\mu^5/(192\pi^3)$ から寿命 $2.20\ \mu\mathrm{s}$ を数値で再現する,中性子崩壊と $g_A/g_V$,$\pi$ 崩壊のヘリシティ抑制,Cabibbo 角・GIM 機構・CKM 行列,中性カレントと弱混合角,電弱統一($SU(2)_L\times U(1)_Y$,$Y=2(Q-T_3)$),トリチウム $\beta$ 崩壊と核融合燃料サイクル,$\beta$ 電池,二重 $\beta$ 崩壊
  3. 第13章ゲージ理論と自発的対称性の破れ 場の Lagrangian,局所ゲージ不変性を要求するとゲージ場が必然的に現れること(これが QED の全体である),Yang–Mills とグルーオンの自己結合,質量項がゲージ不変性を壊す問題,カイラルアノマリー(三角図,$\pi^0\to\gamma\gamma$ と色の数,アノマリー相殺と $B+L$ の破れ),メキシカンハットと Goldstone の定理,Abelian Higgs 模型での自由度の数え上げ $2+2=3+1$,$v=246\ \mathrm{GeV}$ と $m_W=gv/2$,Ginzburg–Landau 自由エネルギーと Abelian Higgs 模型の項ごとの対応,Meissner 効果=超伝導体中の光子の有効質量(Pb の $\lambda_L=39\ \mathrm{nm}$ から $m_\gamma c^2\approx5\ \mathrm{eV}$),Anderson–Higgs 機構,超伝導体の Higgs(振幅)モードと $2\Delta$
  4. 第14章ニュートリノ振動と Majorana 粒子 太陽ニュートリノ問題,振動確率 $P=\sin^22\theta\,\sin^2(1.27\Delta m^2L/E)$ の完全導出,SNO と KamLAND,MSW 効果,PMNS 行列と混合角の測定値,Dirac 質量と Majorana 質量,シーソー機構,$0\nu\beta\beta$ 崩壊と検出器材料($^{76}$Ge・$^{136}$Xe・$^{130}$Te),Kitaev 鎖と $p$ 波超伝導体の Majorana 零モード,半導体ナノワイヤ+$s$ 波超伝導体,非可換統計とトポロジカル量子計算,そして実験的困難を正直に
第V部 標準模型の先と材料科学
  1. 第15章標準模型の先へ Higgs ボソンの発見と結合の質量比例性,ミュオンの異常磁気モーメント $a_\mu$(ハドロン真空偏極の二つの評価法の食い違い),階層性問題,大統一($SU(5)$,結合定数は一点で交わるか,陽子崩壊の下限),物質・反物質非対称と Sakharov の3条件,超対称性・弦理論・余剰次元を正直に評価する,暗黒物質と暗黒エネルギー,暗黒物質直接探索は究極の低バックグラウンド材料科学であること(極低温ボロメータ・液体 Xe・NaI(Tl)・高純度 Ge・TES),axion 探索とトポロジカル絶縁体の $\theta$ 項,加速器の超伝導空洞と超伝導磁石
  2. 第16章素粒子物理と材料科学の接点 本書独自の総合章.DT 反応のエネルギー配分を4元運動量保存から計算する,Gamow 因子と Lawson 条件,14 MeV 中性子と PKA・NRT 模型・dpa,$(n,\alpha)$ による He 脆化,トリチウム増殖材と低放射化材料,$\mu$SR($\pi$ 崩壊による 100% 偏極はパリティ非保存の直接利用である),陽電子消滅分光と 2D-ACAR,核破砕中性子源と非弾性散乱,イオン注入と阻止能,放射線耐性半導体,検出器材料(シンチレータ・半導体・TES),$\mu$ 触媒核融合とミュオン透視(ミュオグラフィ)
付録
  1. 付録ADirac のデルタ関数と規格化 1次元・3次元・4次元のデルタ関数,$\delta(f(x))$ の公式,Fourier 変換の規約と状態密度,主値積分と Sokhotski–Plemelj 公式 $1/(x\pm\ii\epsilon)=\PV(1/x)\mp\ii\pi\delta(x)$,相対論的規格化と不変位相空間 $\dd^3p/((2\pi)^32E)$,$1/(q^2+m^2)$ の Fourier 変換が湯川型 $\ee^{-mr}/4\pi r$ になること(Thomas–Fermi 遮蔽と同じ計算),積分公式集
  2. 付録B崩壊率と散乱断面積の公式集 崩壊率の一般公式と統計因子 $S$,2体崩壊・3体崩壊,断面積の一般公式とフラックス因子,重心系での $\dd\sigma/\dd\Omega$,Mandelstam 変数による表現と実験室系への変換,自然単位系の換算表($\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$,$(\hbar c)^2=0.3894\ \mathrm{GeV^2\,mbarn}$),Breit–Wigner 共鳴と減衰振動子,数値例集
  3. 付録CPauli 行列と Dirac 行列 Pauli 行列の恒等式と $\ee^{-\ii\theta\bm{n}\cdot\bm{\sigma}/2}$(Rashba 項・擬スピン・Nambu 空間との対応),Dirac–Pauli 表示・Weyl 表示・Majorana 表示の3つを並べる,$\gamma^5$ と $\sigma^{\mu\nu}$,縮約公式,トレース定理の証明と一覧表,スピノルの完全性関係と射影演算子,Levi-Civita テンソル
  4. 付録Dファインマン則のまとめ(ツリーレベル) 計算の手順(図を描く → 運動量を割り当てる → 因子を並べる → $M$ を読む),外線因子 $u,\bar u,v,\bar v,\epsilon,\epsilon^*$ の4通りの区別,伝播関数一覧,QED・QCD・弱・湯川の頂点因子を図と式で並べた大きな表,ループ積分の測度と閉フェルミオンループの $(-1)$,検算のチェックリスト(次元解析・Ward 恒等式・クロッシング対称性・非相対論極限),$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ を手順どおりに通す実例
  5. 付録E演習問題の解答 全16章と付録A〜D の演習問題の完全解答.本書の方針どおり途中式を飛ばさず,各解答に方針・全ステップの計算・検算・物理的な意味を付した.数値問題は再計算済み.まず自力で解き,本文のヒントを見て,それでも詰まったときに開くこと

主要参考書

東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 望月研究室