素粒子物理学入門 — 目次 第IV部 強い力・弱い力・ゲージ理論 / 第12章

第12章弱い相互作用

弱い相互作用は,四つの力のなかで唯一,粒子の種類(フレーバー)を変える力である.電磁気力も強い力も,粒子を束縛して原子を作り,原子核を作る.重力は星を作る.粒子を壊すこと自体は強い力も電磁気力もする($\rho\to\pi\pi$,$\pi^0\to\gamma\gamma$).しかし弱い力だけは何も作らず,そのうえ粒子の種類そのものを変えてしまう.$d$ クォークを $u$ クォークに変え,ミュー粒子(ミュオン)を電子に変える.中性子を陽子に変える.この「変える」という働きこそが,太陽が輝く理由であり,元素が生まれる理由であり,そして核融合炉の設計者がトリチウムの半減期に頭を悩ませる理由である.

本章の技術的な内容は,一つの頂点因子に集約される.

$$ -\ii\frac{g_w}{2\sqrt2}\,\gamma^\mu(1-\gamma^5) $$

これだけである.$\gamma^\mu$ は QED と同じベクトル型の結合,$\gamma^\mu\gamma^5$ は軸性ベクトル型の結合であり,その差 $(1-\gamma^5)$ がV$-$A 構造と呼ばれる.この一つの因子から,ミュー粒子の寿命 $2.20\ \mu\mathrm{s}$ が小数点以下3桁まで出てくる.中性子の寿命 $880\ \mathrm{s}$(実測 $878\ \mathrm{s}$)が出てくる.$\pi\to e\nu$ が $\pi\to\mu\nu$ より $10^4$ 倍も起きにくいという,一見不可解な事実が出てくる.本章では,これらをすべて計算する.途中式は省略しない.

そしてもう一つ,本章には「弱い力はなぜ弱いのか」という問いへの答えがある.結論を先に言えば,弱い力は弱くない.結合定数 $g_w$ は電磁気力の $e$ より $2.2$ 倍大きい.弱く見えるのは,媒介する $W$ ボソンが $80\ \mathrm{GeV}$ という巨大な質量をもつために,力の到達距離が $2.5\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$ しかないからである.すなわち弱い力は「弱い力」ではなく「短距離力」である.そしてこの「重いボソンを消去して接触相互作用に置き換える」という手続きは,材料科学者にとって初めて見るものではない.金属中の遮蔽 Coulomb 相互作用も,BCS 理論の引力も同じ構造をもっている.12.8 節では,この対応を比喩ではなく式で示す.

本章の後半では,弱い相互作用がクォークの世代をまたぐこと(Cabibbo 角,CKM 行列),中性カレントの存在($Z$ ボソン),そして電磁相互作用と弱い相互作用が $SU(2)_L\times U(1)_Y$ という一つの構造に統合されることを見る.$Z$ ボソンの部分崩壊幅を紙と鉛筆で計算すると,実測値と 1 % で合う.しかも「見えない崩壊幅」から,世界にニュートリノの種類がちょうど3つしかないことが読み取れる.これは物理学が到達した最も鮮やかな結論の一つである.

最後の 12.8 節は,本書の背骨である材料科学との接点にあてる.トリチウムの $\beta$ 崩壊($Q=18.6\ \mathrm{keV}$,半減期 $12.32$ 年)は核融合炉の燃料サイクルそのものであり,$\beta$ 電池の設計指針は「$\beta$ 線が半導体格子を弾き出せない」という運動学の条件で決まり,低放射化フェライト鋼の組成(Nb・Mo・Ni を避けて Ta・W に置き換える)は,生成核種の $\beta$ 崩壊半減期という純粋に弱い相互作用の量で決まっている.素粒子物理学の教科書に出てくる $G_F$ が,そのまま核融合炉の材料選定表に化けるのである.

この章で学ぶこと
  • 荷電カレント頂点 $-\ii(g_w/2\sqrt2)\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ と,$W$ 伝播関数 $-\ii g_{\mu\nu}/(q^2-m_W^2)$
  • $q^2\ll m_W^2$ での縮約 $\to$ Fermi の4フェルミオン接触相互作用,$G_F/\sqrt2 = g_w^2/(8m_W^2)$ を数値で確認すること
  • $V-A$ 構造,カイラリティ射影演算子 $P_L=(1-\gamma^5)/2$,「$W$ は左巻き粒子・右巻き反粒子としか結合しない」
  • ミュー粒子崩壊の完全計算:トレース,3体位相空間,$\Gamma = G_F^2m_\mu^5/(192\pi^3)$,寿命 $2.20\ \mu\mathrm{s}$ の再現
  • Michel スペクトル $\dd\Gamma/\dd x = \Gamma_0\cdot 2x^2(3-2x)$ と,スピン非対称性 $\braket{\cos\theta}=-P_\mu/9$
  • 中性子崩壊:$g_A/g_V=1.2754$,$1+3\lambda^2$ の由来,$Q=0.782\ \mathrm{MeV}$ の狭さと Sargent の $Q^5$ 則,寿命 $880\ \mathrm{s}$
  • パイ中間子崩壊のヘリシティ抑制:振幅が $m_\ell$ に比例する理由と,比 $1.28\times10^{-4}$ の数値
  • Cabibbo 角,GIM 機構,CKM 行列の大きさ・Wolfenstein 表示・ユニタリ三角形
  • $Z$ 頂点 $c_V=T_3-2Q\sin^2\theta_W$,$c_A=T_3$,部分幅の計算と $N_\nu = 2.984$
  • 電弱統一:左巻き二重項・右巻き一重項,$Y=2(Q-T_3)$,$B$ と $W^3$ の混合,$m_W=m_Z\cos\theta_W$ の検算
  • 材料科学との接点:トリチウム燃料サイクル,$\beta$ 電池の変位損傷条件,低放射化鋼,二重 $\beta$ 崩壊,そして遮蔽 Coulomb・BCS 引力との数学的同一性
前提:第8章のファインマン則と崩壊率の公式(付録B に要約),第9章の Dirac スピノル・$\gamma^5$・トレース定理(付録C),第10章の QED 頂点と伝播関数.$\gamma^5$ とパリティ非保存の実験的背景(Wu の実験,Goldhaber の実験)は第6章 6.2 節にある.クォークの世代構造は第7章と第11章.$W$・$Z$ が質量をもつ機構(Higgs 機構)は第13章で扱うので,本章では質量は与えられたものとして進む.ニュートリノ質量と Majorana 粒子は第14章.

12.1 荷電レプトンの弱い相互作用

12.1.1 頂点はひとつだけ

QED では,頂点は「電子・電子・光子」の一つだけであった(第10章).弱い相互作用の荷電カレント部門も同様に単純である.レプトンについては,同じ世代の荷電レプトンとニュートリノを $W^\pm$ が結ぶ頂点が3つ($e,\mu,\tau$ の各世代に1つずつ)あるだけで,それらの結合定数はすべて同じ $g_w$ である.

定義:荷電カレント(レプトン)の頂点因子

$\ell = e,\mu,\tau$ とその同伴ニュートリノ $\nu_\ell$ に対し,$W$ ボソンとの結合の頂点因子は

$$ \begin{equation} -\ii\,\frac{g_w}{2\sqrt2}\,\gamma^\mu\left(1-\gamma^5\right) \label{eq:12-vertex} \end{equation} $$

である.$g_w$ は弱い結合定数,$\gamma^5=\ii\gamma^0\gamma^1\gamma^2\gamma^3$ である.3世代のいずれでも $g_w$ は同一の値をとる.これをレプトン普遍性(lepton universality)という.

ハドロン部門(クォーク)では,この因子にさらに CKM 行列要素 $V_{ij}$ が掛かる(12.5 節).

なぜ? 分母の $2\sqrt2$ はどこから来るのか

$2\sqrt2$ という中途半端な数は,天下りに見えるが,12.7 節で $SU(2)_L$ の構造から導かれる.先に結論だけ言っておくと,

つまり $g_w$ という「素の」結合定数は $SU(2)_L$ ゲージ結合そのものであり,$2\sqrt2$ は記法の副産物にすぎない.いま覚えるべきは,弱い相互作用には $\gamma^\mu$ と $\gamma^\mu\gamma^5$ が等しい重みで入っているという一点である.

12.1.2 $V-A$ 構造とカイラリティ

$\gamma^\mu$ はパリティ変換のもとでベクトル(V)として振る舞い,$\gamma^\mu\gamma^5$ は軸性ベクトル(A)として振る舞う(第6章 6.1.2 項).したがって \eqref{eq:12-vertex} は「V と A の差」であり,$V-A$ 構造と呼ばれる.V と A の係数が等しい(比が $-1$ である)ことは,実験から決められた事実である.

定義:カイラリティ射影演算子

$$ \begin{equation} P_L \equiv \frac{1-\gamma^5}{2},\qquad P_R \equiv \frac{1+\gamma^5}{2} \label{eq:12-proj} \end{equation} $$

これらは射影演算子の条件 $P_L^2=P_L$,$P_R^2=P_R$,$P_LP_R=0$,$P_L+P_R=1$ を満たす.任意のスピノルを $\psi = \psi_L + \psi_R$,$\psi_{L,R}\equiv P_{L,R}\psi$ と分解する.$\psi_L$ を左巻き(left-chiral),$\psi_R$ を右巻きという.

共役スピノルには注意が必要である.$\gamma^5$ は $\gamma^0$ と反交換するので

$$ \overline{\psi_L} = (P_L\psi)^\dagger\gamma^0 = \psi^\dagger P_L\gamma^0 = \psi^\dagger\gamma^0 P_R = \bar\psi P_R $$

すなわち左巻きスピノルのバーは右巻き射影で書かれる.

導出:$W$ は左巻き粒子・右巻き反粒子としか結合しない

ステップ1:頂点を射影演算子で書き直す.式 \eqref{eq:12-vertex} の $(1-\gamma^5) = 2P_L$ を使うと

$$ -\ii\frac{g_w}{2\sqrt2}\gamma^\mu(1-\gamma^5) = -\ii\frac{g_w}{\sqrt2}\gamma^\mu P_L $$

ステップ2:カレントに挟んでみる.頂点はつねに $\bar u_1(\cdots)u_2$ の形で現れるから,カレントは

$$ j^\mu = \bar u_1\gamma^\mu P_L u_2 $$

ステップ3:$P_L$ を二つに割る.$P_L^2=P_L$ と $\gamma^\mu P_L = P_R\gamma^\mu$($\gamma^5$ が $\gamma^\mu$ と反交換するため)を使う:

$$ \bar u_1\gamma^\mu P_L u_2 = \bar u_1\gamma^\mu P_L P_L u_2 = \bar u_1 P_R\gamma^\mu P_L u_2 = \overline{(P_L u_1)}\,\gamma^\mu\,(P_L u_2) $$

最後の等号で $\bar u P_R = \overline{P_L u}$ を使った.

ステップ4:結論.カレントには $u_1,u_2$ の左巻き成分 $P_Lu_1, P_Lu_2$ しか現れない.すなわち$W$ ボソンは左巻きカイラリティをもつ粒子としか結合しない.右巻き成分 $P_Ru$ は $W$ と一切結合しない.

ステップ5:反粒子の場合.反粒子のスピノル $v$ については,$\bar v\gamma^\mu P_L$ の形ではなく $\gamma^\mu P_L v$ の形で現れる.同じ操作で $P_L v$ が残るが,$v$ スピノルのカイラリティ射影とヘリシティの対応は粒子と逆である(第9章 9.5.3 項).結果として,$W$ は右巻きヘリシティの反粒子としか結合しない.

注意:カイラリティとヘリシティは別物である

ここは初学者が最も混乱する箇所なので,はっきりさせておく.

両者が一致するのは $m=0$(あるいは $E\gg m$)の極限だけであり,そのとき $P_L u \to$ ヘリシティ $-1$ の状態となる.一般には,運動量 $p$,質量 $m$ の粒子の左巻きカイラリティ状態は

$$ \text{(ヘリシティ }-1\text{ の振幅)} \propto \sqrt{\frac{E+\abs{\pp}}{2E}},\qquad \text{(ヘリシティ }+1\text{ の振幅)} \propto \sqrt{\frac{E-\abs{\pp}}{2E}}\approx\frac{m}{2E} \quad (E\gg m) $$

という混合になる.「間違ったヘリシティ」の振幅が $m/2E$ で抑えられる —— この一行が,12.4 節のパイ中間子崩壊のすべてである.

12.1.3 $W$ 伝播関数と低エネルギー極限

質量 $m_W$ のベクトルボソンの伝播関数は,ユニタリゲージで

$$ \begin{equation} \frac{-\ii\left(g_{\mu\nu} - q_\mu q_\nu/m_W^2\right)}{q^2 - m_W^2} \label{eq:12-wprop} \end{equation} $$

である.光子の伝播関数 $-\ii g_{\mu\nu}/q^2$ と比べると,(i) 分母に $-m_W^2$ が加わり,(ii) 分子に $q_\mu q_\nu/m_W^2$ という余分な項が付いている.(ii) は縦波偏極(massive ベクトル場は偏極が3つある)に由来する.

数学ノート:$q_\mu q_\nu$ 項が落ちる理由

本章で扱う過程では,$q_\mu q_\nu$ 項は必ず落ちる.理由は,この項が両端のカレントに縮約されて $q_\mu j^\mu$ の形になり,運動量保存 $q = p_1-p_3$ とDirac 方程式によって

$$ q_\mu\,\bar u_3\gamma^\mu(1-\gamma^5)u_1 = \bar u_3(\slashed{p}_1-\slashed{p}_3)(1-\gamma^5)u_1 = \bar u_3\left[m_1(1+\gamma^5) - m_3(1-\gamma^5)\right]u_1 $$

となるからである($\slashed{p}_1u_1=m_1u_1$,$\bar u_3\slashed{p}_3 = m_3\bar u_3$,および $\gamma^5$ の反交換を使った).したがって $q_\mu q_\nu$ 項の寄与は $m_\ell m_{\ell'}/m_W^2$ の程度である.最大でも $m_\tau^2/m_W^2 = (1.777/80.4)^2 = 4.9\times10^{-4}$ しかない.本章の精度では完全に無視できる.

導出:Fermi の4フェルミオン相互作用と $G_F$

ステップ1:$W$ 交換の振幅を書く.$\mu^-\to \nu_\mu + W^-$,$W^-\to e^-+\bar\nu_e$ という2つの頂点を伝播関数でつなぐ.ファインマン則に従って(矢印に逆らう向きに因子を並べる)

$$ -\ii\mathcal{M} = \left[-\ii\frac{g_w}{2\sqrt2}\bar u(\nu_\mu)\gamma^\mu(1-\gamma^5)u(\mu)\right] \left[\frac{-\ii g_{\mu\nu}}{q^2-m_W^2}\right] \left[-\ii\frac{g_w}{2\sqrt2}\bar u(e)\gamma^\nu(1-\gamma^5)v(\bar\nu_e)\right] $$

ステップ2:因子 $\ii$ を整理する.$(-\ii)^2\times(-\ii)$ を丁寧に数える.$(-\ii)(-\ii)=-1$,これに $(-\ii)$ を掛けて $+\ii$.よって

$$ -\ii\mathcal{M} = \ii\,\frac{g_w^2}{8}\,\frac{1}{q^2-m_W^2} \left[\bar u(\nu_\mu)\gamma^\mu(1-\gamma^5)u(\mu)\right] \left[\bar u(e)\gamma_\mu(1-\gamma^5)v(\bar\nu_e)\right] $$

ここで $(2\sqrt2)^2 = 8$ を使い,$g_{\mu\nu}$ で添字を下げた.

ステップ3:低エネルギー極限をとる.ミュー粒子崩壊で $W$ が運ぶ運動量は最大でも $q^2 \lesssim m_\mu^2 = (0.106\ \mathrm{GeV})^2$ である.一方 $m_W^2 = (80.4\ \mathrm{GeV})^2$.比は

$$ \frac{q^2}{m_W^2} \lesssim \left(\frac{0.106}{80.4}\right)^2 = 1.7\times10^{-6} $$

したがって分母で $q^2$ を捨てて $q^2-m_W^2\to -m_W^2$ としてよい.誤差は $10^{-6}$ の程度である.

ステップ4:Fermi 定数を読み取る.$\mathcal{M}$ は

$$ \mathcal{M} = \frac{g_w^2}{8m_W^2} \left[\bar u(\nu_\mu)\gamma^\mu(1-\gamma^5)u(\mu)\right] \left[\bar u(e)\gamma_\mu(1-\gamma^5)v(\bar\nu_e)\right] $$

となる.伝播関数が定数に化けた.これは2つのカレントが同じ点で接触していることを意味する.1934 年に Fermi が仮定した4フェルミオン接触相互作用が,$W$ 交換の低エネルギー極限として再現されたのである.Fermi 定数 $G_F$ を

$$ \begin{equation} \frac{G_F}{\sqrt2} \equiv \frac{g_w^2}{8m_W^2} \label{eq:12-gf} \end{equation} $$

と定義すれば,振幅は

$$ \begin{equation} \mathcal{M} = \frac{G_F}{\sqrt2} \left[\bar u(\nu_\mu)\gamma^\mu(1-\gamma^5)u(\mu)\right] \left[\bar u(e)\gamma_\mu(1-\gamma^5)v(\bar\nu_e)\right] \label{eq:12-fermi-amp} \end{equation} $$

と書ける.$\sqrt2$ が入っているのは,歴史的に Fermi 理論をこの形で書く習慣があったためで,物理的な意味はない.

(a) W 交換(正しい理論) μ⁻ νμ −i gw/2√2 · γμ(1−γ⁵) W⁻ q² ≈ mμ² ≪ mW² e⁻ νe 時間 → ⟹ q² ≪ mW² (b) Fermi の接触相互作用 μ⁻ νμ νe e⁻ 結合定数 GF/√2 = gw²/(8 mW²)
図12.1 $W$ 交換(a)から Fermi の4フェルミオン接触相互作用(b)への還元.時間は左から右へ流れる.$W$ の運ぶ運動量が $m_W$ にくらべて小さいとき,伝播関数 $1/(q^2-m_W^2)$ は定数 $-1/m_W^2$ に化け,4本のフェルミオン線が1点で交わる図と区別がつかなくなる.この「重い媒介粒子を消去して接触相互作用にする」操作は,12.8 節で見るように金属中の遮蔽 Coulomb 相互作用や BCS 引力の導出とまったく同じ手続きである.

12.1.4 $G_F$ を数値で確かめる

例:$g_w$ を $G_F$ と $m_W$ から求める

実験値 $G_F = 1.1663788\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$(ミュー粒子の寿命から決定.12.2 節参照),$m_W = 80.377\ \mathrm{GeV}$ を \eqref{eq:12-gf} に入れて $g_w$ を求める.

$$ g_w^2 = \frac{8m_W^2G_F}{\sqrt2} = \frac{8\times(80.377)^2\times1.1663788\times10^{-5}}{1.4142136} $$

まず $m_W^2 = 6460.46\ \mathrm{GeV^2}$,$8m_W^2 = 51683.7\ \mathrm{GeV^2}$.これに $G_F$ を掛けて $0.602827$,$\sqrt2$ で割って

$$ g_w^2 = 0.42626,\qquad g_w = 0.6529 $$

QED の結合 $e=\sqrt{4\pi\alpha}=0.30282$ と比べると

$$ \frac{g_w}{e} = \frac{0.6529}{0.30282} = 2.156 $$

弱い相互作用の結合定数は,電磁相互作用のそれより 2.16 倍大きい.微細構造定数に対応する量を作ると

$$ \alpha_w \equiv \frac{g_w^2}{4\pi} = \frac{0.42626}{12.5664} = 0.03392 = \frac{1}{29.5} $$

$\alpha=1/137.0$ に対して $\alpha_w=1/29.5$,実に $4.65$ 倍である.「弱い相互作用」という名前は,結合の強さについてはまったくの誤称である.

物理的意味:では何が「弱い」のか —— 到達距離

Yukawa の理論(第3章 3.1.3 項)によれば,質量 $m$ の粒子が媒介する力の到達距離は $R=\hbar/(mc)=1/m$ である.$W$ ボソンについては

$$ R_W = \frac{\hbar c}{m_Wc^2} = \frac{197.327\ \mathrm{MeV\,fm}}{80377\ \mathrm{MeV}} = 2.455\times10^{-3}\ \mathrm{fm} = 2.455\times10^{-18}\ \mathrm{m} $$

陽子の半径 $0.84\ \mathrm{fm}$ の $1/342$,原子の大きさ $10^5\ \mathrm{fm}$ の $1/(4\times10^7)$ である.核子どうしが「触れ合う」距離 $\sim1\ \mathrm{fm}$ では,Yukawa ポテンシャルの指数因子は

$$ \ee^{-m_W r}\Big|_{r=1\,\mathrm{fm}} = \ee^{-1/0.002455} = \ee^{-407.3} \approx 10^{-176.9} $$

という,日常的な物理量としては無いに等しい値になる.弱い相互作用が弱く見えるのは,結合が小さいからではなく,この指数因子のためである.12.8 節 (e) で,この論点を定量的に詰める.

注意:$g_w = e/\sin\theta_W$ との整合性

12.7 節で $g_w = e/\sin\theta_W$ という関係を導く.$\sin^2\theta_W = 0.2312$ を使うと

$$ \frac{e}{\sin\theta_W} = \frac{0.30282}{\sqrt{0.2312}} = \frac{0.30282}{0.48083} = 0.6298 $$

上で求めた $0.6529$ と 3.5 % ずれている.これは計算間違いではなく,2つの理由がある.

  1. $\alpha$ の走り(第10章 10.6.4 項).$\alpha$ は $q^2$ とともに増加し,$q^2=m_Z^2$ では $\hat\alpha(m_Z)=1/127.95$($\overline{\rm MS}$ 定義.第10章 10.6.4 項で導く on-shell 値 $\alpha^{-1}(m_Z)=128.95$ とは定義が違う)である.上で使った $\sin^2\theta_W=0.2312$ は $\overline{\rm MS}$ の値なので,$\alpha$ もこれと組にして $\hat\alpha(m_Z)$ を使うのが整合的である.すると $e=0.31339$,$e/\sin\theta_W = 0.31339/0.48083 = 0.6518$ となり,$0.6529$ とのずれは $0.17\ \%$ に縮まる(12.7.4 項の $m_W$ の予言と同じ精度である).
  2. 輻射補正 $\Delta r$.$G_F$ と $(\alpha, m_W, m_Z)$ の関係は1ループ補正 $\Delta r\approx0.036$ を受ける($\alpha(0)$ とオンシェルの $\sin^2\theta_W=1-m_W^2/m_Z^2=0.2231$ を組にする流儀での値.このとき $e/\sin\theta_W=0.30282/0.47233=0.6411$ で,$(0.6529/0.6411)^2=1.037=1/(1-\Delta r)$ となる).これを入れると両者は実験精度($10^{-4}$)で一致する.

本章では,樹木レベルの式で 1–3 % の一致が得られれば「合った」とみなす.それ以上の精度を求めるときには,どの $\sin^2\theta_W$ の定義(オンシェル $0.2231$ か,$\overline{\rm MS}$ の $0.2312$ か)を使っているかを必ず確認しなければならない.

12.2 ミュー粒子の崩壊 —— 完全計算

ミュー粒子の崩壊 $\mu^-\to e^-\bar\nu_e\nu_\mu$ は,弱い相互作用の理想的な実験室である.関与するのは4つのレプトンだけで,強い相互作用がまったく入らない.しかも終状態の電子の質量は $m_e/m_\mu = 1/207$ と小さく,無視できる.したがってこの崩壊率は,$G_F$ と $m_\mu$ だけで完全に決まる.本節では,この計算を最後まで行い,寿命 $2.20\ \mu\mathrm{s}$ を再現する.

12.2.1 振幅と運動量の割り当て

運動量を次のように割り当てる.

$$ \mu^-(p) \longrightarrow e^-(p') + \bar\nu_e(k') + \nu_\mu(k) $$

振幅は式 \eqref{eq:12-fermi-amp} である.$m_e=0$ と近似し(後で補正する),$m_\nu=0$ とする.

12.2.2 $\abs{\mathcal{M}}^2$ のトレース計算

導出:スピン平均した $\abs{\mathcal{M}}^2$

ステップ1:2つのトレースに分ける.$\abs{\mathcal{M}}^2 = \mathcal{M}\mathcal{M}^*$ を作り,始状態のミュー粒子スピン2つで平均し,終状態のスピンで和をとる.振幅が2つのカレントの積なので,スピン和も2つのトレースの積に分かれる:

$$ \braket{\abs{\mathcal{M}}^2} = \frac{G_F^2}{2}\cdot\frac12\, T_1^{\mu\nu}\,T_{2\,\mu\nu} $$ $$ T_1^{\mu\nu} = \Tr\!\left[\slashed{k}\,\gamma^\mu(1-\gamma^5)\,(\slashed{p}+m_\mu)\,\gamma^\nu(1-\gamma^5)\right], \qquad T_{2}^{\mu\nu} = \Tr\!\left[\slashed{p}'\,\gamma^\mu(1-\gamma^5)\,\slashed{k}'\,\gamma^\nu(1-\gamma^5)\right] $$

係数 $G_F^2/2$ は $(G_F/\sqrt2)^2$,$1/2$ はミュー粒子スピンの平均である.

ステップ2:質量項が落ちる.$T_1^{\mu\nu}$ の $m_\mu$ に比例する項は $\gamma$ 行列が3個(奇数個)のトレースなので消える.よって $\slashed{p}+m_\mu \to \slashed{p}$ としてよい.スピン平均した崩壊率にミュー粒子の質量がスピノルを通じて入ってこないのは,このためである($m_\mu$ は運動学からのみ入る).

ステップ3:$(1-\gamma^5)$ をまとめる.$\gamma^5$ が $\gamma^\mu$ と反交換することから $(1-\gamma^5)\slashed{a} = \slashed{a}(1+\gamma^5)$,および $(1+\gamma^5)(1-\gamma^5)=0$,$(1-\gamma^5)^2 = 2(1-\gamma^5)$ を使う.$T_1$ の中央を通り抜けさせると

$$ T_1^{\mu\nu} = 2\Tr\!\left[\slashed{k}\gamma^\mu\slashed{p}\gamma^\nu(1-\gamma^5)\right] $$

ステップ4:標準的なトレース公式を使う.付録C にまとめた

$$ \Tr[\gamma^\alpha\gamma^\mu\gamma^\beta\gamma^\nu] = 4(g^{\alpha\mu}g^{\beta\nu}-g^{\alpha\beta}g^{\mu\nu}+g^{\alpha\nu}g^{\mu\beta}), \qquad \Tr[\gamma^\alpha\gamma^\mu\gamma^\beta\gamma^\nu\gamma^5] = -4\ii\,\epsilon^{\alpha\mu\beta\nu} $$

を適用すると

$$ T_1^{\mu\nu} = 8\left[k^\mu p^\nu + k^\nu p^\mu - g^{\mu\nu}(k\cdot p) + \ii\epsilon^{\alpha\mu\beta\nu}k_\alpha p_\beta\right] $$

同様に

$$ T_2^{\mu\nu} = 8\left[p'^\mu k'^\nu + p'^\nu k'^\mu - g^{\mu\nu}(p'\cdot k') + \ii\epsilon^{\gamma\mu\delta\nu}p'_\gamma k'_\delta\right] $$

ステップ5:縮約する.対称部分どうし,反対称部分どうしだけが残る.対称部分の縮約は

$$ 64\left[2(k\cdot p')(p\cdot k') + 2(k\cdot k')(p\cdot p') - 2(k\cdot p)(p'\cdot k') - 2(k\cdot p)(p'\cdot k') + 4(k\cdot p)(p'\cdot k')\right] $$

を整理して $128\left[(k\cdot p')(p\cdot k') + (k\cdot k')(p\cdot p')\right]$.反対称部分($\epsilon$ どうし)の縮約は恒等式

$$ \epsilon^{\alpha\mu\beta\nu}\epsilon_{\gamma\mu\delta\nu} = -2\left(\delta^\alpha_\gamma\delta^\beta_\delta - \delta^\alpha_\delta\delta^\beta_\gamma\right) $$

を用いて $128\left[(k\cdot p')(p\cdot k') - (k\cdot k')(p\cdot p')\right]$ となる.両者を足すと,$(k\cdot k')(p\cdot p')$ の項がきれいに相殺して

$$ T_1^{\mu\nu}T_{2\,\mu\nu} = 256\,(k\cdot p')(p\cdot k') $$

ステップ6:まとめる.

$$ \begin{equation} \braket{\abs{\mathcal{M}}^2} = \frac{G_F^2}{2}\cdot\frac12\cdot 256\,(k\cdot p')(p\cdot k') = 64\,G_F^2\,(p\cdot k')(p'\cdot k) \label{eq:12-mu-msq} \end{equation} $$

物理的意味:なぜ $(p\cdot k')(p'\cdot k)$ という組み合わせか

式 \eqref{eq:12-mu-msq} で組を作っているのは「$\mu^-$ と $\bar\nu_e$」および「$e^-$ と $\nu_\mu$」である.一見奇妙だが,これは $V-A$ 構造の直接の帰結である.

$V-A$ 理論では,$\mu^-$ と $\nu_\mu$ は同じカレントに入り,$e^-$ と $\bar\nu_e$ が同じカレントに入る($\mathcal{M}$ の書き方を見よ).ところが $\abs{\mathcal{M}}^2$ では,カレントの相手が入れ替わる.これは Fierz 変換と呼ばれる恒等式の一例で,$V-A\times V-A$ という構造が Fierz 変換に対して形を変えないことによる.$V+A$ が混ざっていればこの美しい形は壊れる.したがって \eqref{eq:12-mu-msq} の単純さそのものが $V-A$ の証拠である.

12.2.3 3体位相空間の積分

導出:$\Gamma = G_F^2m_\mu^5/(192\pi^3)$

ステップ1:崩壊率の公式を書く.付録B の3体崩壊の公式:

$$ \Gamma = \frac{1}{2m_\mu}\int \braket{\abs{\mathcal{M}}^2}\, (2\pi)^4\delta^4(p-p'-k-k')\, \frac{\dd^3p'}{(2\pi)^32E'}\frac{\dd^3k}{(2\pi)^32E_k}\frac{\dd^3k'}{(2\pi)^32E_{k'}} $$

$(2\pi)$ の数を数えると,$(2\pi)^4/(2\pi)^9 = 1/(2\pi)^5$ である.

ステップ2:まず2つのニュートリノを積分する.$q \equiv k+k' = p-p'$ とおく.ニュートリノの角度は測定しないので,先に積分してしまう.必要なのは

$$ I^{\alpha\beta}(q) \equiv \int \frac{\dd^3k}{2E_k}\frac{\dd^3k'}{2E_{k'}}\,\delta^4(q-k-k')\,k^\alpha k'^\beta $$

である.$I^{\alpha\beta}$ は $q$ だけの関数であり,添字は $q^\alpha q^\beta$ と $g^{\alpha\beta}$ でしか作れないから

$$ I^{\alpha\beta} = A\,q^2g^{\alpha\beta} + B\,q^\alpha q^\beta $$

と書ける.$g_{\alpha\beta}$ と $q_\alpha q_\beta$ で縮約して2本の方程式を作り,$k^2=k'^2=0$,$2k\cdot k'=q^2$ を使うと $A=\pi/24$,$B=\pi/12$ が得られる.すなわち

$$ \begin{equation} I^{\alpha\beta} = \frac{\pi}{24}\left(q^2g^{\alpha\beta}+2q^\alpha q^\beta\right) \label{eq:12-Iab} \end{equation} $$

ステップ3:$\abs{\mathcal{M}}^2$ を代入する.\eqref{eq:12-mu-msq} は $64G_F^2\,p_\alpha p'_\beta\, k'^\alpha k^\beta$ と書ける(添字の位置に注意).よって

$$ \int\frac{\dd^3k\,\dd^3k'}{4E_kE_{k'}}\delta^4(\cdots)\braket{\abs{\mathcal{M}}^2} = 64G_F^2\,p_\alpha p'_\beta\,\frac{\pi}{24}\left(q^2g^{\alpha\beta}+2q^\alpha q^\beta\right) = \frac{8\pi G_F^2}{3}\left[q^2(p\cdot p') + 2(p\cdot q)(p'\cdot q)\right] $$

ステップ4:ミュー粒子静止系で書き下す.$p=(m_\mu,\bm{0})$,$p'=(E',\pp')$,$m_e=0$ より $\abs{\pp'}=E'$.すると

$$ p\cdot p' = m_\mu E',\qquad q^2 = (p-p')^2 = m_\mu^2 - 2m_\mu E',\qquad p\cdot q = m_\mu^2 - m_\mu E',\qquad p'\cdot q = m_\mu E' $$

角括弧の中は

$$ (m_\mu^2-2m_\mu E')(m_\mu E') + 2(m_\mu^2-m_\mu E')(m_\mu E') = m_\mu E'\left[3m_\mu^2 - 4m_\mu E'\right] = m_\mu^2 E'\left(3m_\mu-4E'\right) $$

ステップ5:電子の運動量を積分する.$\dd^3p' = 4\pi E'^2\dd E'$($m_e=0$)だから

$$ \Gamma = \frac{1}{2m_\mu}\frac{1}{(2\pi)^5}\int_0^{m_\mu/2}\frac{4\pi E'^2\dd E'}{2E'}\cdot \frac{8\pi G_F^2}{3}m_\mu^2E'(3m_\mu-4E') $$

積分上限が $m_\mu/2$ であることに注意する.電子のエネルギーが最大になるのは2つのニュートリノが同じ向きに揃って飛ぶときで,そのとき $E'_{\max}=m_\mu/2$ である.係数を整理して

$$ \Gamma = \frac{1}{2m_\mu}\frac{1}{32\pi^5}\cdot\frac{16\pi^2G_F^2}{3}m_\mu^2 \int_0^{m_\mu/2}E'^2(3m_\mu-4E')\,\dd E' $$

ステップ6:残った積分.

$$ \int_0^{m_\mu/2}\left(3m_\mu E'^2 - 4E'^3\right)\dd E' = 3m_\mu\frac{(m_\mu/2)^3}{3} - 4\frac{(m_\mu/2)^4}{4} = \frac{m_\mu^4}{8}-\frac{m_\mu^4}{16} = \frac{m_\mu^4}{16} $$

ステップ7:まとめる.

$$ \Gamma = \frac{1}{2m_\mu}\cdot\frac{1}{32\pi^5}\cdot\frac{16\pi^2G_F^2m_\mu^2}{3}\cdot\frac{m_\mu^4}{16} = \frac{G_F^2m_\mu^5}{2\cdot32\cdot3\,\pi^3} $$

分母は $2\times32\times3=192$.すなわち

$$ \begin{equation} \Gamma(\mu^-\to e^-\bar\nu_e\nu_\mu) = \frac{G_F^2\,m_\mu^5}{192\pi^3} \label{eq:12-mudecay} \end{equation} $$

12.2.4 数値 —— 2.20 マイクロ秒

例:ミュー粒子の寿命を数値で出す

(1) 素朴な評価.$G_F=1.1663788\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$,$m_\mu = 0.1056584\ \mathrm{GeV}$.

$$ m_\mu^5 = (0.1056584)^5 = 1.31680\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^5},\qquad G_F^2 = 1.360439\times10^{-10}\ \mathrm{GeV^{-4}} $$ $$ 192\pi^3 = 192\times31.00628 = 5953.2 $$ $$ \Gamma = \frac{1.360439\times10^{-10}\times1.31680\times10^{-5}}{5953.2} = \frac{1.79143\times10^{-15}}{5953.2} = 3.00918\times10^{-19}\ \mathrm{GeV} $$

$\hbar = 6.582120\times10^{-25}\ \mathrm{GeV\,s}$ を使って寿命に直すと

$$ \tau = \frac{\hbar}{\Gamma} = \frac{6.582120\times10^{-25}}{3.00918\times10^{-19}} = 2.1874\ \mu\mathrm{s} $$

実測値 $\tau_\mu = 2.196981\ \mu\mathrm{s}$ に対して $0.44\ \%$ 小さい.

(2) 補正を入れる.$0.44\ \%$ のずれは2つの効果からなる.

$$ f(x) = 1-8x+8x^3-x^4-12x^2\ln x = 1 - 1.871\times10^{-4} + \cdots = 0.9998129 $$ $$ 1+\frac{\alpha}{2\pi}\left(\frac{25}{4}-\pi^2\right) = 1 + \frac{0.0072974}{6.28319}\times(6.250-9.8696) = 1-0.004204 = 0.995796 $$

両者を掛けると $0.9998129\times0.995796 = 0.995610$.補正後の崩壊率と寿命は

$$ \Gamma = 3.00918\times10^{-19}\times0.995610 = 2.99597\times10^{-19}\ \mathrm{GeV}, \qquad \tau = \frac{6.582120\times10^{-25}}{2.99597\times10^{-19}} = 2.19699\ \mu\mathrm{s} $$

実測 $2.196981\ \mu\mathrm{s}$.有効数字5桁(相対差 $4\times10^{-6}$)で一致する.素粒子物理学において,一つの結合定数と一つの質量から出発してこれだけの精度に達する計算は,そう多くない.

注意:この一致は「循環論法」ではないのか

鋭い読者は気づいたはずである.$G_F$ の値は,まさにこのミュー粒子の寿命から決められている.したがって上の一致は,定義を確認しただけの循環論法ではないか.

半分はその通りである.実際 PDG は $G_F$ を「ミュー粒子寿命から定義される量」として与えている.しかし残りの半分が本質的である.すなわち,こうして決めた $G_F$ が,まったく別の過程を正しく予言するかどうかである.表12.1 にその答えを示す.

表12.1 同じ $G_F$ が予言するもの(樹木レベル+主要補正)
過程公式予言実測ずれ
$\mu^-\to e^-\bar\nu_e\nu_\mu$$G_F^2m_\mu^5/192\pi^3$$2.1970\ \mu\mathrm{s}$$2.1970\ \mu\mathrm{s}$(定義)
$\tau^-\to$ 全て上式の $m_\mu\to m_\tau$,$\div\,B_e$$291.1\ \mathrm{fs}$$290.3\ \mathrm{fs}$$0.26\%$
$n\to pe^-\bar\nu_e$12.3 節の式 \eqref{eq:12-ntau}$880\ \mathrm{s}$$878.4\ \mathrm{s}$$0.2\%$
$\pi^-\to e^-\bar\nu_e\,/\,\pi^-\to\mu^-\bar\nu_\mu$12.4 節の式 \eqref{eq:12-pi-ratio}$1.283\times10^{-4}$$1.233\times10^{-4}$$4\%$(輻射補正)
$\Gamma(Z\to e^+e^-)$12.6 節の式 \eqref{eq:12-zwidth}$83.4\ \mathrm{MeV}$$83.98\ \mathrm{MeV}$$0.7\%$
$m_W$$m_W^2 = \pi\alpha/(\sqrt2G_F\sin^2\theta_W)$$80.24\ \mathrm{GeV}$$80.377\ \mathrm{GeV}$$0.17\%$

例:$\tau$ 粒子の寿命 —— $m^5$ 則の検証

$\tau$ 粒子はミュー粒子より $17$ 倍重い.$V-A$ 理論とレプトン普遍性が正しければ,同じ式 \eqref{eq:12-mudecay} が $m_\mu\to m_\tau$ の置き換えで使えるはずである.ただし $\tau$ はレプトン対だけでなくハドロンにも崩壊するので,全崩壊率は「$\tau\to e\nu\bar\nu$ の分岐比 $B_e = 0.1782$」で割ってやる必要がある.$G_F$ を使わずに比だけで書くと

$$ \frac{\tau_\tau}{\tau_\mu} = B_e\left(\frac{m_\mu}{m_\tau}\right)^5 = 0.1782\times\left(\frac{105.658}{1776.86}\right)^5 = 0.1782\times(0.0594636)^5 $$

$(0.0594636)^5 = 7.434\times10^{-7}$ だから

$$ \frac{\tau_\tau}{\tau_\mu} = 1.3248\times10^{-7},\qquad \tau_\tau = 1.3248\times10^{-7}\times2.19698\times10^{-6}\ \mathrm{s} = 2.911\times10^{-13}\ \mathrm{s} $$

すなわち $291.1\ \mathrm{fs}$.実測 $290.3\ \mathrm{fs}$.$0.26\ \%$ の一致である.しかも $G_F$ も $\hbar$ も使っていない.使ったのは質量比と分岐比だけである.$m^5$ 則が $17^5 = 1.4\times10^6$ という広いレンジにわたって成り立っていることを,この一行が示している.

12.2.5 Michel スペクトル

導出のステップ5の直前で積分を止めれば,電子のエネルギー分布が得られる.無次元変数

$$ x \equiv \frac{2E'}{m_\mu} = \frac{E'}{E'_{\max}}\in[0,1] $$

を導入する($m_e$ を無視した).ステップ5の被積分関数から

$$ \frac{\dd\Gamma}{\dd E'} = \frac{G_F^2}{12\pi^3}m_\mu E'^2\left(3m_\mu-4E'\right) $$

$E'=xm_\mu/2$,$\dd E' = (m_\mu/2)\dd x$ を代入すると

$$ \begin{equation} \frac{1}{\Gamma}\frac{\dd\Gamma}{\dd x} = 2x^2(3-2x) \label{eq:12-michel} \end{equation} $$

これをMichel スペクトルという.規格化 $\int_0^1 2x^2(3-2x)\dd x = 2[x^3-x^4/2]_0^1 = 1$ が確かめられる.平均値は

$$ \braket{x} = \int_0^1 x\cdot 2x^2(3-2x)\dd x = 2\left[\frac34-\frac25\right] = 0.7 \quad\Longrightarrow\quad \braket{E'} = 0.35\,m_\mu = 36.98\ \mathrm{MeV} $$

最大値は $E'_{\max}=m_\mu/2 = 52.83\ \mathrm{MeV}$ である($m_e$ を入れると正確には $(m_\mu^2+m_e^2)/2m_\mu = 52.83\ \mathrm{MeV}$).

物理的意味:スペクトルが端点で最大になる理由

式 \eqref{eq:12-michel} は $x=1$ で最大値 $2$ をとる.普通の3体崩壊ではエネルギー分布は中ほどで山を作り,端点では位相空間が消えてゼロになる.なぜ $V-A$ では端点が最大なのか.

$x=1$ とは,電子が最大エネルギーで飛び,2つのニュートリノが電子と正反対の方向にまとまって飛ぶ配置である.このとき $\nu_\mu$ はヘリシティ $-1$,$\bar\nu_e$ はヘリシティ $+1$ をもつので,2つのスピンが打ち消し合い,全体としてスピン 0 の「塊」になる.すると角運動量保存から,電子はミュー粒子のスピンをそのまま受け継がねばならない.$V-A$ 理論ではこれが完全に許される配置なので,行列要素が最大になる.位相空間の抑制を,行列要素の増大が上回るのである.

一般化した Michel パラメータ $\rho$ を使うと,スペクトルは $\propto x^2[3(1-x)+\tfrac{2\rho}{3}(4x-3)]$ と書ける.$V-A$ は $\rho=3/4$ に対応し,このとき端点が最大になる.比較のため,スペクトルが端点でゼロに落ちる $\rho=0$ の場合を図12.2 に破線で示す(Michel の原論文の順序で書いた純粋なスカラー結合・擬スカラー結合がこれに当たる.結合の型と $\rho$ の対応は Fierz 並べ替えの規約に依存するので,文献を引くときは規約を確認すること).したがってスペクトルの形を測るだけで,相互作用の型が決まる.実測は $\rho = 0.74979\pm0.00026$ であり,$V-A$ が 4桁の精度で確認されている.

ミュー粒子崩壊の電子エネルギースペクトル.横軸は x=2E_e/m_μ,縦軸は (1/Γ)dΓ/dx.赤の実線は V−A(ρ=3/4)の 2x²(3−2x) で,端点 x=1(52.83 MeV)で最大値 2 をとる.青の破線は ρ=0(スカラー型)の 12x²(1−x) で端点でゼロになる.緑の破線は平均 ⟨x⟩=0.7(36.98 MeV).右の枠は端点 x=1 での,ミュー粒子・電子・2つのニュートリノのスピンの配置を示す.
図12.2 ミュー粒子崩壊の電子エネルギースペクトル.赤の実線が $V-A$(Michel パラメータ $\rho=3/4$)の予言で,端点 $x=1$($52.83\ \mathrm{MeV}$)で最大になる.青の破線は比較のためのスカラー型結合($\rho=0$)で,端点でゼロに落ちる.実測は $\rho=0.74979\pm0.00026$ で赤の曲線と一致する.右の枠は端点配置の説明で,2つのニュートリノがヘリシティを打ち消し合って合成スピン 0 の塊となり,電子がミュー粒子のスピンをそのまま受け継ぐ.

12.2.6 スピン非対称性 —— パリティ非保存を目で見る

ミュー粒子が偏極していれば,電子の放出方向にスピンに対する前後非対称性が現れる.これは擬スカラー量 $\bm{s}_\mu\cdot\hat{\pp}_e$ が期待値をもつことを意味し,パリティが破れている直接の証拠である(第6章 6.2 節).完全な計算は上のトレースをスピン射影付きで行えばよく,結果は

$$ \begin{equation} \frac{1}{\Gamma}\frac{\dd^2\Gamma}{\dd x\,\dd\cos\theta} = x^2\left[(3-2x) + P_\mu\cos\theta\,(1-2x)\right] \label{eq:12-asym} \end{equation} $$

である.$\theta$ はミュー粒子のスピン方向と電子の運動量のなす角,$P_\mu$ は偏極度である.$\cos\theta$ で積分すれば($\int_{-1}^{1}\dd\cos\theta$)第2項が消えて \eqref{eq:12-michel} に戻る.

例:非対称性の大きさ

(1) 端点での非対称性.$x=1$ とすると括弧の中は $1 + P_\mu\cos\theta\cdot(-1) = 1-P_\mu\cos\theta$.完全偏極 $P_\mu=1$ なら $\cos\theta=-1$(スピンと逆向き)で $2$,$\cos\theta=+1$ で $0$ になる.すなわち最高エネルギーの電子は,ミュー粒子のスピンと正反対の方向にしか出ない.図12.2 の右の枠がまさにこの配置である.

(2) 全体で平均した非対称性.

$$ \braket{\cos\theta} = \frac{\displaystyle\int_0^1\!\dd x\int_{-1}^{1}\!\dd c\;c\cdot x^2\left[(3-2x)+P_\mu c(1-2x)\right]} {\displaystyle\int_0^1\!\dd x\int_{-1}^{1}\!\dd c\;x^2\left[(3-2x)+P_\mu c(1-2x)\right]} $$

分子は,$\int_{-1}^1 c\,\dd c = 0$,$\int_{-1}^1c^2\dd c = 2/3$ より

$$ \frac23 P_\mu\int_0^1 x^2(1-2x)\dd x = \frac23P_\mu\left[\frac13-\frac12\right] = -\frac{P_\mu}{9} $$

分母は $\int_0^12x^2(3-2x)\dd x = 1$.よって

$$ \braket{\cos\theta} = -\frac{P_\mu}{9} $$

$P_\mu=1$ で $-0.111$.小さいように見えるが,パリティが保存していれば厳密にゼロでなければならない量なので,$11\ \%$ という値は圧倒的に有意である.

材料科学との接点:$\mu$SR(ミュオンスピン回転)

いま導いた非対称性は,物性測定の一手法として日常的に使われている.$\mu$SR(muon spin rotation/relaxation/resonance)である.J-PARC の MUSE や PSI,ISIS で稼働しており,日本の物性研究者にとってなじみ深い手法である.

原理はこうである.$\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$ で作られたミュー粒子は,12.4 節で見るヘリシティ抑制の裏返しとしてほぼ 100 % 偏極している.これを試料に打ち込むと,格子間位置に停止し,そこで局所磁場 $\bm{B}_{\rm loc}$ による Larmor 歳差を始める:

$$ \omega_\mu = \gamma_\mu B_{\rm loc},\qquad \gamma_\mu/2\pi = 135.5\ \mathrm{MHz/T} $$

そして $2.2\ \mu\mathrm{s}$ 後に崩壊し,その瞬間のスピン方向を向いて陽電子を放出する(式 \eqref{eq:12-asym} は $\mu^-$ について書いたものであり,$\mu^+$ では $CP$ 共役により $P_\mu\cos\theta$ の項の符号が反転して,陽電子はスピンと同じ向きに優先的に放出される).前方と後方に置いた検出器のカウント差

$$ A(t) = \frac{N_F(t)-N_B(t)}{N_F(t)+N_B(t)} = A_0\,P(t) $$

を時間の関数として測れば,$P(t)=\cos(\omega_\mu t)\,\ee^{-\lambda t}$ のように,試料内部の磁場分布と揺らぎがそのまま読める.ここで $A_0$ と比べるべき理論量は,角分布を $1+aP_\mu\cos\theta$ と書いたときの係数 $a$ であって,上で計算した $\braket{\cos\theta}=-P_\mu/9$ そのものではない($\braket{\cos\theta}$ は $a/3$ に当たる).式 \eqref{eq:12-asym} を $x$ で積分すると角分布は $\propto 1-\frac{P_\mu}{3}\cos\theta$ となるので $\abs{a}=1/3$ であり,理想的な前後半球検出器なら $A=aP_\mu/2=1/6$ である.実験的な $A_0\approx0.25$ は,この $a=1/3$ に陽電子のエネルギー閾値(高エネルギーの陽電子ほど非対称性が大きい)と検出器の立体角の効果を加味した値である.

$\mu$SR が NMR に対してもつ利点は,(i) 核スピンをもたない元素の系でも使えること,(ii) $10^{-5}\ \mathrm{T}$ という微弱な内部磁場に感度があること,(iii) 時間窓が $10^{-11}$–$10^{-5}\ \mathrm{s}$ と NMR より短いスピン揺らぎに合うこと,である.超伝導体の磁場侵入長 $\lambda_L$ の測定(渦糸格子中の磁場分布幅から求める),スピングラスの秩序化,水素の拡散のアナログ($\mu^+$ は「軽い水素同位体」として振る舞い,質量が $m_\mu/m_p = 1/8.88$ なので量子拡散の効果が際立つ)などに使われる.

要するに,パリティ非保存という素粒子物理の発見が,そのまま物性測定装置の動作原理になっている.$V-A$ 理論がなければ $\mu$SR は成立しない.

12.3 中性子の崩壊

自由な中性子は $878$ 秒(約 $15$ 分)で崩壊する.素粒子の寿命としては異様に長い.ミュー粒子の $2.2\ \mu\mathrm{s}$ と比べると $4\times10^8$ 倍である.同じ $G_F$ が働いているのに,なぜこれほど違うのか.答えは位相空間である.本節ではそれを数値で示す.

12.3.1 クォークレベルの描像

中性子は $udd$,陽子は $uud$ である.したがって $\beta$ 崩壊の正体は,中性子の中の $d$ クォーク1個が $u$ クォークに変わる過程である:

$$ d \longrightarrow u + W^- ,\qquad W^-\longrightarrow e^- + \bar\nu_e $$

残り2つのクォーク($u$ と $d$)は傍観者(spectator)として何もしない.核子レベルで見れば $n\to pe^-\bar\nu_e$ である.

n (u d d) p (u u d) u(傍観者) d(傍観者) d u −i (gw/2√2) Vud γμ(1−γ⁵) W⁻ q² ≈ (1 MeV)² ≪ mW² νe e⁻ 時間 → エネルギーの余裕(MeV) mp = 938.272 mn = 939.565 mp + me = 938.783 Δ = 1.293 Q = 0.782 mn−mp が me より小さければ 中性子は安定であった
図12.3 中性子 $\beta$ 崩壊のクォークレベルの図(時間は左から右).$d$ クォーク1個だけが $W^-$ を放出して $u$ クォークに変わり,残り2つのクォークは傍観する.右の枠はエネルギー収支で,$m_n-m_p = 1.293\ \mathrm{MeV}$ から電子の静止質量 $0.511\ \mathrm{MeV}$ を引いた残り $Q=0.782\ \mathrm{MeV}$ だけが,電子・反ニュートリノ・陽子の運動エネルギーに配分される.この窓の狭さが $15$ 分という長寿命の理由である.

12.3.2 $g_V$ と $g_A$ —— 強い相互作用によるくりこみ

クォークレベルの頂点は,レプトンの場合と同じ $V-A$ 型である.ところが核子レベルでは事情が変わる.中性子の中では $d$ クォークがグルーオンを激しくやりとりしているので,「裸の」頂点がそのまま見えるわけではない.核子の行列要素は,Lorentz 不変性から次の形に書ける($q^2\to0$ の極限):

$$ \begin{equation} \bra{p}J^\mu_{\rm had}\ket{n} = \bar u_p\,\gamma^\mu\left(g_V - g_A\gamma^5\right)u_n \label{eq:12-gvga} \end{equation} $$

$g_V$ と $g_A$ は「強い相互作用の効果を全部押し込めた」定数である.実験値は

$$ g_V = 1.0000,\qquad g_A = 1.2754\pm0.0013, \qquad \lambda\equiv\frac{g_A}{g_V} = 1.2754 $$

なぜ? $g_V$ だけがちょうど 1 なのか(CVC 仮説)

$g_V=1$ という「きれいすぎる」値は偶然ではない.弱いベクトルカレントは,電磁カレントとともに $SU(2)$ アイソスピンの三つ組をなす(第5章 5.4 節).電磁カレントが強い相互作用によってくりこまれない(陽子がグルーオンや $q\bar q$ 対に囲まれていても,その電荷はちょうど $+e$ のまま)のと同じ理由で,弱いベクトルカレントもくりこまれない.これをCVC 仮説(conserved vector current,保存ベクトルカレント)という.

一方,軸性カレントは保存しない.保存を破っているのはクォークの質量とカイラル対称性の自発的破れであり,その破れ方は PCAC(partially conserved axial current)として定量化される.したがって $g_A$ は $1$ から $27\ \%$ ずれる.この $1.2754$ という数は「強い相互作用の非摂動効果を1つの数に凝縮したもの」であり,長らく格子 QCD の目標であった.格子 QCD 計算は,たとえば CalLat(Chang et al., Nature 558, 91 (2018))の $g_A = 1.271\pm0.013$ のように,実験値を 1–2 % の精度で再現しつつある(複数の格子計算の平均値は実験値よりやや低く,$1\sigma$ 程度の差が残っている).

導出:因子 $1+3\lambda^2$ の出所

ステップ1:非相対論極限をとる.$Q$ のほとんどは電子とニュートリノが持ち去るので,陽子の反跳運動量は最大でも $p_p\simeq1.19\ \mathrm{MeV}/c$(電子とニュートリノが同じ向きに飛ぶ配置)である.すなわち反跳運動エネルギーは $p_p^2/2m_p = 0.75\ \mathrm{keV}$,$v/c = p_p/m_p \simeq 1.3\times10^{-3}$ にすぎず,非相対論極限は極めてよい近似である.非相対論極限で Dirac スピノルの上2成分だけが残り,行列要素は

$$ \bar u_p\gamma^0 u_n \to g_V\,\chi_p^\dagger\chi_n,\qquad \bar u_p\gamma^i\gamma^5u_n \to -g_A\,\chi_p^\dagger\sigma^i\chi_n $$

となる($\chi$ は2成分スピノル).前者をFermi 遷移($\Delta J=0$),後者をGamow–Teller 遷移($\Delta J=0,1$)という.

ステップ2:スピンで和をとる.核子スピンについて始状態を平均し終状態で和をとると,Fermi 部分は

$$ \frac12\sum_{\rm spins}\abs{\chi_p^\dagger\chi_n}^2 = \frac12\Tr[\mathbb{1}] = 1 $$

Gamow–Teller 部分は3成分あるので

$$ \frac12\sum_{\rm spins}\sum_{i=1}^{3}\abs{\chi_p^\dagger\sigma^i\chi_n}^2 = \frac12\sum_{i}\Tr[\sigma^i\sigma^i] = \frac12\times3\times2 = 3 $$

ステップ3:交差項が消える.Fermi 項($\gamma^0$)と Gamow–Teller 項($\gamma^i\gamma^5$)の干渉は,レプトン側と縮約したうえで電子・ニュートリノの角度で積分すると消える(偏極中性子のスピンと電子・ニュートリノの運動量との相関係数 $A$,$B$ としては残るが,無偏極の全崩壊率にも,電子–ニュートリノ相関 $a=(1-\lambda^2)/(1+3\lambda^2)$ にも効かない).

ステップ4:結論.崩壊率は

$$ \Gamma \propto g_V^2\times1 + g_A^2\times3 = g_V^2\left(1+3\lambda^2\right) $$

数値では $1+3(1.2754)^2 = 1+3\times1.62665 = 5.87995$.すなわちGamow–Teller 遷移が全体の $83\ \%$ を担っている.

12.3.3 位相空間 —— Sargent の $Q^5$ 則

ミュー粒子崩壊では $\Gamma\propto m_\mu^5$ であった.$\beta$ 崩壊でも同じ次元解析が効くが,「使えるエネルギー」は $m_n$ ではなく $Q$ である.重い陽子は運動量を受け取るだけでエネルギーはほとんど持ち去らないので,電子とニュートリノが $Q$ を分け合う.$\Gamma$ は $\mathrm{GeV}$ の次元をもち,$G_F^2$ が $\mathrm{GeV^{-4}}$ なので,残りは $\mathrm{GeV^5}$ でなければならない.唯一のエネルギースケールが $Q$ なら

$$ \Gamma \sim G_F^2 Q^5 $$

これがSargent 則(1933年)である.$Q$ の 5 乗という強烈な依存性が,$\beta$ 崩壊の半減期が秒から $10^{20}$ 年まで散らばる理由である.

注意:$Q^5$ 則は $Q\gg m_e$ でしか成り立たない

正確な位相空間因子は,無次元化した全エネルギー $W=E_e/m_e$,端点 $W_0 = (Q+m_e)/m_e$ を使って

$$ f(W_0) = \int_1^{W_0}F(Z,W)\,\sqrt{W^2-1}\;W\,(W_0-W)^2\,\dd W $$

と書かれる($F(Z,W)$ は娘核の Coulomb 場による Fermi 関数).$W_0\gg1$($Q\gg m_e$)では $f\approx W_0^5/30$ となって Sargent 則を再現するが,$W_0\to1$($Q\ll m_e$)では $f\propto (W_0-1)^{7/2}$ に変わる.電子が非相対論的になると,位相空間の数え方が変わるからである.

トリチウム($Q=18.6\ \mathrm{keV}\ll m_e$)はまさにこの非相対論領域にあり,$Q^5$ 則で外挿してはいけない.12.8 節で扱う.

表12.2 代表的な $\beta$ 崩壊の $Q$ 値・半減期・$ft$ 値($f$ は位相空間因子.$^{14}$O だけが $\beta^+$ 崩壊で,他は $\beta^-$ 崩壊)
核種$Q$ [MeV]半減期 $t_{1/2}$$f$$\log_{10}(ft/\mathrm{s})$分類
$^3\mathrm{H}\to{}^3\mathrm{He}$$0.01859$$12.32$ 年$2.91\times10^{-6}$$3.05$超許容(鏡映)
$n\to p$$0.782$$610$ s$1.6887$$3.01$超許容
$^{14}\mathrm{O}\to{}^{14}\mathrm{N}^*$$1.812$$70.6$ s$43.1$$3.48$超許容 $0^+\to0^+$($\beta^+$)
$^{63}\mathrm{Ni}\to{}^{63}\mathrm{Cu}$$0.0670$$101.2$ 年$1.5\times10^{-3}$$6.7$許容(阻害)
$^{147}\mathrm{Pm}\to{}^{147}\mathrm{Sm}$$0.2241$$2.62$ 年$0.329$$7.43$一次禁止(非ユニーク)
$^{14}\mathrm{C}\to{}^{14}\mathrm{N}$$0.1565$$5700$ 年$6.1\times10^{-3}$$9.04$許容(強く阻害)
$^{90}\mathrm{Sr}\to{}^{90}\mathrm{Y}$$0.546$$28.9$ 年$1.74$$9.2$一次禁止(ユニーク)

物理的意味:表12.2 の読み方 —— 半減期の桁は「核」ではなく「位相空間」で決まる

この表でいちばん大事なのは最初の2行である.トリチウムと中性子の $\log ft$ はそれぞれ $3.05$ と $3.01$,すなわち核行列要素はほとんど同じである.どちらも $A=3$ 以下の最も単純な系で,「$d$ が $u$ になるだけ」の遷移だからである.

ところが半減期は $12.32$ 年と $610$ 秒.比にして $6.4\times10^5$ 倍も違う.この差はすべて $f$ の差($2.91\times10^{-6}$ 対 $1.6887$,比 $5.8\times10^5$)から来ている.つまり「トリチウムが 12 年ももつのは,核構造のせいではなく,$Q$ 値が $18.6\ \mathrm{keV}$ しかないからである」.

この事実は核融合材料にとって決定的である.トリチウムの $12.32$ 年という半減期は,「炉内に入れた燃料が年 $5.5\ \%$ ずつ勝手に減っていく」ことを意味する(12.8 節).一方,$\log ft$ が $6$–$9$ の核種($^{63}$Ni, $^{147}$Pm, $^{14}$C)では核構造による阻害が効いており,こちらは選択則(スピン・パリティの変化)の問題である.

12.3.4 寿命の数値

Fermi 関数と輻射補正を含めた中性子の崩壊率は

$$ \begin{equation} \frac{1}{\tau_n} = \frac{G_F^2\abs{V_{ud}}^2\,m_e^5}{2\pi^3}\left(1+3\lambda^2\right) f\,(1+\Delta_R) \label{eq:12-ntau} \end{equation} $$

である($f=1.6887$,$\Delta_R = 0.039$).$V_{ud}$ は 12.5 節で導入する CKM 行列要素で,$\abs{V_{ud}}=0.97373$ である(PDG 2022).

例:中性子の寿命を数値で出す

ステップ1:定数部分.$m_e = 5.10999\times10^{-4}\ \mathrm{GeV}$ より $m_e^5 = 3.48418\times10^{-17}\ \mathrm{GeV^5}$.$2\pi^3 = 62.0126$.

$$ \frac{G_F^2m_e^5}{2\pi^3} = \frac{1.360439\times10^{-10}\times3.48418\times10^{-17}}{62.0126} = 7.6436\times10^{-29}\ \mathrm{GeV} $$

ステップ2:カレントの因子.

$$ \abs{V_{ud}}^2(1+3\lambda^2) = 0.948150\times5.87994 = 5.5751 $$

ステップ3:位相空間と輻射補正.$f(1+\Delta_R) = 1.6887\times1.039 = 1.7546$.

ステップ4:掛け合わせる.

$$ \frac{1}{\tau_n} = 7.6436\times10^{-29}\times5.5751\times1.7546 = 7.4770\times10^{-28}\ \mathrm{GeV} $$ $$ \tau_n = \frac{6.582120\times10^{-25}}{7.4770\times10^{-28}} = 880.3\ \mathrm{s} $$

実測 $\tau_n = 878.4\pm0.5\ \mathrm{s}$.$0.2\ \%$ の一致である.半減期に直すと $t_{1/2} = \tau_n\ln2 = 610.2\ \mathrm{s} = 10.17$ 分.

ステップ5:ミュー粒子との比較(なぜ $4\times10^8$ 倍長いのか).式 \eqref{eq:12-ntau} と \eqref{eq:12-mudecay} の比をとる:

$$ \frac{\Gamma_n}{\Gamma_\mu} = 96\,\abs{V_{ud}}^2(1+3\lambda^2)\,f(1+\Delta_R)\left(\frac{m_e}{m_\mu}\right)^5 $$

係数 $96 = 192/2$ は分母の $\pi^3$ の係数の比である.数値を入れると

$$ = 96\times0.948\times5.880\times1.7546\times(4.836\times10^{-3})^5 = 938.9\times2.6451\times10^{-12} = 2.484\times10^{-9} $$

すなわち $\tau_n/\tau_\mu = 4.03\times10^8$.中性子が長生きする理由の本体は $(m_e/m_\mu)^5 = 2.6\times10^{-12}$ という因子であり,これは要するに「使えるエネルギーが $105$ MeV から $1$ MeV 弱に落ちた」ということである.$G_F$ は同じ.違うのは窓の広さだけである.

注意:中性子寿命問題(neutron lifetime puzzle)

中性子の寿命の測定には2つの方式がある.

両者は $10\ \mathrm{s}$,$4\sigma$ 以上食い違っている.2025 年現在も未解決である.どちらかに系統誤差があるのか,あるいは中性子が「陽子を作らない未知のチャンネル」(暗黒物質への崩壊など)を $1\ \%$ 程度もっているのか.後者なら標準模型を超える物理である.

この $1\ \%$ は,ビッグバン元素合成(BBN)の $^4$He 存在量の予言に約 $0.7\ \%$ の不確かさとして効く($^4$He 質量比は $Y_p\propto\tau_n^{0.73}$ 程度の感度をもつ).宇宙の水素とヘリウムの比を決めているのが,実験室で測る中性子の寿命なのである.

12.4 パイ中間子の崩壊とヘリシティ抑制

荷電パイ中間子は,$99.99\ \%$ 以上が $\pi^-\to\mu^-\bar\nu_\mu$ で崩壊する.電子への崩壊 $\pi^-\to e^-\bar\nu_e$ は $1.23\times10^{-4}$ しか起きない.これは一見きわめて奇妙である.電子のほうが軽いのだから,位相空間はむしろ広い.素朴に考えれば電子チャンネルのほうが有利なはずである.

この矛盾を解く鍵がヘリシティ抑制(helicity suppression)である.結論から言えば,$V-A$ 構造と角運動量保存の組み合わせによって,振幅がレプトンの質量 $m_\ell$ に比例してしまう.したがって崩壊率は $m_\ell^2$ に比例し,$e$ と $\mu$ の比は $(m_e/m_\mu)^2 = 2.34\times10^{-5}$ という途方もない抑制を受ける.これは $V-A$ 理論の最も鮮やかな検証の一つである.

12.4.1 崩壊定数 $f_\pi$

$\pi^-$ は $d\bar u$ の束縛状態である.クォークの中に踏み込むと強い相互作用の非摂動効果に巻き込まれるので,そこは1つの定数に押し込める.Lorentz 不変性から,パイ中間子の状態にハドロンカレントを挟んだ行列要素は

定義:パイ中間子の崩壊定数

$$ \begin{equation} \bra{0}\,\bar u\,\gamma^\mu(1-\gamma^5)\,d\,\ket{\pi^-(p)} = \ii f_\pi\,p^\mu \label{eq:12-fpi} \end{equation} $$

$f_\pi$ をパイ中間子の崩壊定数という.真空と1粒子状態の間の行列要素なので,使える4元ベクトルは $p^\mu$ しかない.したがってこの形しかありえない.$\pi$ は擬スカラーなので,寄与するのは軸性カレント($\gamma^\mu\gamma^5$)のほうだけであり,ベクトル部分は $0$ になる.

導出:$\Gamma(\pi\to\ell\nu)$ の完全計算

ステップ1:振幅を書く.Fermi の接触相互作用に $V_{ud}$ と \eqref{eq:12-fpi} を入れる:

$$ \mathcal{M} = \frac{G_F}{\sqrt2}V_{ud}\,\ii f_\pi\,p^\mu\; \bar u(p_\ell)\gamma_\mu(1-\gamma^5)v(p_\nu) $$

ステップ2:ここが山場 —— $m_\ell$ を取り出す.運動量保存 $p = p_\ell+p_\nu$ を使い,$\slashed{p} = \slashed{p}_\ell + \slashed{p}_\nu$ と分ける.

$$ \bar u(p_\ell)\slashed{p}_\ell(1-\gamma^5)v(p_\nu) = m_\ell\,\bar u(p_\ell)(1-\gamma^5)v(p_\nu) $$

(Dirac 方程式 $\bar u\slashed{p}_\ell = m_\ell\bar u$ を使った.)もう一方は

$$ \bar u(p_\ell)\slashed{p}_\nu(1-\gamma^5)v(p_\nu) = \bar u(p_\ell)(1+\gamma^5)\slashed{p}_\nu v(p_\nu) = 0 $$

($\gamma^5$ を $\slashed{p}_\nu$ と反交換させ,$\slashed{p}_\nu v(p_\nu)=0$ を使った.ニュートリノが質量ゼロだからこれが成り立つ.)したがって

$$ \begin{equation} \mathcal{M} = \ii\frac{G_F}{\sqrt2}V_{ud}f_\pi\,\boxed{m_\ell}\;\bar u(p_\ell)(1-\gamma^5)v(p_\nu) \label{eq:12-pi-amp} \end{equation} $$

振幅がレプトン質量に比例している.$m_\ell\to0$ なら振幅は厳密にゼロである.これがヘリシティ抑制の数学的な正体である.

ステップ3:$\abs{\mathcal{M}}^2$ をとる.終状態スピンで和をとる(始状態はスピン 0 なので平均は不要):

$$ \sum_{\rm spins}\abs{\mathcal{M}}^2 = \frac{G_F^2}{2}\abs{V_{ud}}^2f_\pi^2m_\ell^2\, \Tr\!\left[(\slashed{p}_\ell+m_\ell)(1-\gamma^5)\slashed{p}_\nu(1+\gamma^5)\right] $$

$m_\ell$ を含む項は $\gamma$ 行列が奇数個になるので消える.残りは $(1-\gamma^5)\slashed{p}_\nu = \slashed{p}_\nu(1+\gamma^5)$ と $(1+\gamma^5)^2 = 2(1+\gamma^5)$ を使って

$$ \Tr\!\left[\slashed{p}_\ell\slashed{p}_\nu\cdot2(1+\gamma^5)\right] = 2\times4\,(p_\ell\cdot p_\nu) = 8(p_\ell\cdot p_\nu) $$

($\gamma^5$ を含む項は $\gamma$ 行列が2個なのでトレースがゼロ.)よって

$$ \sum\abs{\mathcal{M}}^2 = 4G_F^2\abs{V_{ud}}^2f_\pi^2m_\ell^2\,(p_\ell\cdot p_\nu) $$

ステップ4:運動学.パイ中間子静止系で,2体崩壊の運動量は

$$ \abs{\pp} = \frac{m_\pi^2-m_\ell^2}{2m_\pi},\qquad E_\nu = \abs{\pp},\qquad E_\ell = \frac{m_\pi^2+m_\ell^2}{2m_\pi} $$ $$ p_\ell\cdot p_\nu = E_\ell E_\nu + \abs{\pp}^2 = E_\nu(E_\ell+E_\nu) = \abs{\pp}\,m_\pi = \frac{m_\pi^2-m_\ell^2}{2} $$

ステップ5:2体崩壊の公式に入れる.付録B より $\Gamma = \dfrac{\abs{\pp}}{8\pi m_\pi^2}\sum\abs{\mathcal{M}}^2$.

$$ \Gamma = \frac{1}{8\pi m_\pi^2}\cdot\frac{m_\pi^2-m_\ell^2}{2m_\pi}\cdot 4G_F^2\abs{V_{ud}}^2f_\pi^2m_\ell^2\cdot\frac{m_\pi^2-m_\ell^2}{2} = \frac{G_F^2\abs{V_{ud}}^2f_\pi^2m_\ell^2(m_\pi^2-m_\ell^2)^2}{8\pi m_\pi^3} $$

$(m_\pi^2-m_\ell^2)^2/m_\pi^3 = m_\pi(1-m_\ell^2/m_\pi^2)^2$ と書き直して

$$ \begin{equation} \Gamma(\pi^-\to\ell^-\bar\nu_\ell) = \frac{G_F^2}{8\pi}\,f_\pi^2\,\abs{V_{ud}}^2\,m_\pi\,m_\ell^2 \left(1-\frac{m_\ell^2}{m_\pi^2}\right)^{\!2} \label{eq:12-pidecay} \end{equation} $$

12.4.2 ヘリシティ抑制の物理

物理的意味:角運動量が「間違ったヘリシティ」を要求する

式 \eqref{eq:12-pi-amp} の $m_\ell$ は,計算の途中から機械的に出てきたが,その物理的な理由は明快である.

(i) 角運動量保存.$\pi^-$ はスピン 0.静止系で $\ell^-$ と $\bar\nu_\ell$ が正反対に飛ぶ.全角運動量は 0 でなければならず,軌道角運動量は2体の相対運動の方向を軸にとれば $0$ なので,2粒子のスピンは打ち消し合わねばならない.すなわち,2つのスピンは空間的には互いに逆向きを向く(運動量も互いに逆向きなので,2粒子は結果として同じヘリシティをもつ).

(ii) 反ニュートリノのヘリシティ.$V-A$ 理論では $\bar\nu$ は右巻き(ヘリシティ $+1$)に固定される.すなわちスピンは運動量と同じ向き.

(iii) 荷電レプトンに要求されるヘリシティ.(i) より $\ell^-$ のスピンは $\bar\nu$ のスピンと逆向き,すなわち $\bar\nu$ の運動量とも逆向きである.$\ell^-$ の運動量も $\bar\nu$ と逆向きなので,$\ell^-$ のスピンは自分の運動量と同じ向きになる ——すなわちヘリシティ $+1$,右巻きである.

(iv) しかし $V-A$ は $\ell^-$ を左巻きカイラリティでしか作らない.質量ゼロなら左巻きカイラリティはヘリシティ $-1$ と一致するので,(iii) の要求と矛盾する.質量ゼロの荷電レプトンなら,この崩壊は完全に禁止される.

(v) 質量が抜け道を作る.12.1.2 項の注意で見たように,質量のある粒子では左巻きカイラリティ状態に「間違ったヘリシティ」成分が振幅 $\sim m_\ell/2E$ で混ざる.この小さな混成だけが崩壊を可能にする.よって振幅 $\propto m_\ell$,崩壊率 $\propto m_\ell^2$ である.

重いほうが有利という,直感に真っ向から反する結論が出る.これが $\pi\to\mu\nu$ が支配的である理由である.

パイ中間子崩壊のヘリシティ抑制.(a) スピン 0 の π⁻ が静止系で ℓ⁻ と反ニュートリノに崩壊するときの運動量とスピンの配置.(b) 比 Γ(π→eν)/Γ(π→μν) を対数軸に示す.位相空間だけなら 5.49,ヘリシティ因子 (m_e/m_μ)²=2.34×10⁻⁵ を掛けた V−A の予言が 1.283×10⁻⁴,実測が 1.233×10⁻⁴.
図12.4 パイ中間子崩壊のヘリシティ抑制.(a) スピン 0 の $\pi^-$ が静止系で2体に崩壊するとき,2つのスピンは打ち消し合わねばならない.$V-A$ が $\bar\nu$ を右巻きに固定するため,$\ell^-$ は「右巻き」を強制される.しかし $V-A$ は左巻きとしか結合しないので,質量による混成 $\sim m_\ell/2E$ だけが崩壊を許す.(b) 位相空間だけを見れば電子チャンネルが $5.5$ 倍有利だが,ヘリシティ因子 $(m_e/m_\mu)^2$ が $4$ 桁半の抑制を与え,正味 $1.28\times10^{-4}$ になる.

12.4.3 数値 —— 4桁半の抑制

例:$\pi\to e\nu$ と $\pi\to\mu\nu$ の比

式 \eqref{eq:12-pidecay} で $f_\pi$,$G_F$,$V_{ud}$,$m_\pi$ はすべて共通なので,比を取ると消える:

$$ \begin{equation} R_{e/\mu} \equiv \frac{\Gamma(\pi\to e\nu)}{\Gamma(\pi\to\mu\nu)} = \left(\frac{m_e}{m_\mu}\right)^{\!2} \left(\frac{m_\pi^2-m_e^2}{m_\pi^2-m_\mu^2}\right)^{\!2} \label{eq:12-pi-ratio} \end{equation} $$

ステップ1:質量の2乗.$m_\pi = 139.57039\ \mathrm{MeV}$,$m_\mu=105.6584\ \mathrm{MeV}$,$m_e=0.510999\ \mathrm{MeV}$ より

$$ m_\pi^2 = 19479.89,\quad m_\mu^2 = 11163.70,\quad m_e^2 = 0.26112\qquad[\mathrm{MeV^2}] $$

ステップ2:位相空間の比.

$$ \frac{m_\pi^2-m_e^2}{m_\pi^2-m_\mu^2} = \frac{19479.63}{8316.19} = 2.34237 \quad\Longrightarrow\quad (2.34237)^2 = 5.4867 $$

位相空間だけを見ると,電子チャンネルは $5.49$ 倍有利である.

ステップ3:ヘリシティ因子.

$$ \left(\frac{m_e}{m_\mu}\right)^2 = (4.83632\times10^{-3})^2 = 2.33900\times10^{-5} $$

ステップ4:掛け合わせる.

$$ R_{e/\mu} = 2.33900\times10^{-5}\times5.4867 = 1.2833\times10^{-4} = \frac{1}{7792} $$

実測値は $1.2327\times10^{-4}$.$4.1\ \%$ のずれがあるが,これは QED の輻射補正($-3.7\ \%$)でほぼ説明される.補正込みの標準模型予言は $1.2352\times10^{-4}$ で,実測と $0.2\ \%$ で一致する.

この比は,標準模型で最も精密に予言できる量の一つである.強い相互作用の効果($f_\pi$)が完全に相殺するからである.したがってこの比のずれは,標準模型を超える物理(レプトン普遍性の破れ)の鋭敏な探索になっている.

例:$f_\pi$ を実測から求める

$\pi^-$ の寿命 $\tau_\pi = 2.6033\times10^{-8}\ \mathrm{s}$,分岐比 $B(\pi\to\mu\nu)=0.999877$ から

$$ \Gamma(\pi\to\mu\nu) = \frac{\hbar}{\tau_\pi}\times0.999877 = \frac{6.582120\times10^{-25}}{2.6033\times10^{-8}} = 2.5281\times10^{-17}\ \mathrm{GeV} $$

式 \eqref{eq:12-pidecay} を $f_\pi$ について解く.$m_\pi = 0.1395704\ \mathrm{GeV}$,$m_\mu^2 = 0.0111637\ \mathrm{GeV^2}$,$(1-m_\mu^2/m_\pi^2)^2 = (0.426911)^2 = 0.182253$,$\abs{V_{ud}}^2=0.948150$.

$$ f_\pi^2 = \frac{8\pi\,\Gamma}{G_F^2\abs{V_{ud}}^2m_\pi m_\mu^2(1-m_\mu^2/m_\pi^2)^2} = \frac{25.1327\times2.5281\times10^{-17}}{3.66296\times10^{-14}} = 0.017346\ \mathrm{GeV^2} $$ $$ f_\pi = 0.1317\ \mathrm{GeV} = 131.7\ \mathrm{MeV} $$

輻射補正($+2.3\ \%$ が $\Gamma$ に入る)を除くと $f_\pi = 130.2\ \mathrm{MeV}$ となり,これが PDG の値である.格子 QCD の計算値 $f_\pi = 130.2\pm0.8\ \mathrm{MeV}$ とも一致する.

注意:文献によっては $f_\pi = 92.2\ \mathrm{MeV}$ という値を見ることがある.これは $130.2/\sqrt2\simeq92.1\ \mathrm{MeV}$ であり,\eqref{eq:12-fpi} の右辺を $\ii f_\pi p^\mu/\sqrt2$ と定義する流儀の値である.どちらの規約かは,崩壊率の式に $\sqrt2$ があるかどうかで判別できる.

材料科学との接点:グラフェンの後方散乱抑制はヘリシティ抑制と同じ式である

ヘリシティ抑制は「カイラリティが保存するため,スピンの向きを反転させる遷移が禁止され,質量項だけがそれを可能にする」という構造をもつ.この構造は,グラフェンの伝導電子にそのまま現れる.

グラフェンの低エネルギー有効ハミルトニアンは,$K$ 点まわりで2次元 Dirac 方程式そのものである:

$$ \Ham = \hbar v_F\left(\sigma_xk_x+\sigma_yk_y\right) = \hbar v_F\abs{\kk}\begin{pmatrix}0 & \ee^{-\ii\theta_k}\\ \ee^{\ii\theta_k} & 0\end{pmatrix} $$

ここで $\bm{\sigma}$ は実スピンではなく擬スピン(A・B 副格子の自由度)である.固有状態は

$$ \ket{\kk,\pm} = \frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}1\\ \pm\ee^{\ii\theta_k}\end{pmatrix}, \qquad E=\pm\hbar v_F\abs{\kk} $$

この状態は擬スピンが運動量方向に固定されたヘリシティ固有状態である.さて,不純物による完全な後方散乱 $\kk\to-\kk$($\theta_k\to\theta_k+\pi$)の振幅を計算すると

$$ \braket{-\kk,+|\kk,+} = \frac12\left(1 + \ee^{\ii\theta_k}\ee^{-\ii(\theta_k+\pi)}\right) = \frac12\left(1-1\right) = 0 $$

厳密にゼロである.$\pi\to e\nu$ が $m_e=0$ なら厳密に禁止されたのと,まったく同じ論理である.一般の角度 $\theta$ では $\abs{\braket{\cdots}}^2 = \cos^2(\theta/2)$ となり,後方ほど抑制される.ただしこの厳密な相殺が成り立つのは,谷($K$ と $K'$)を混ぜない長距離ポテンシャルに対してだけである.短距離不純物や試料端による谷間散乱は擬スピンの保存を破って後方散乱を許すので,実際の試料では条件次第で弱局在が観測されることもある.この後方散乱抑制が単層グラフェンの弱い反局在(weak antilocalization)をもたらし,高い移動度に寄与する要因の一つになっている(移動度そのものは荷電不純物や基板の効果でも律速される).

そして「抑制を破るもの」も対応している.$h$-BN 基板上のグラフェンや,二層グラフェンに垂直電場をかけた系では副格子対称性が破れ,質量項 $\Delta\sigma_z$ が付く:

$$ \Ham = \hbar v_F(\sigma_xk_x+\sigma_yk_y) + \Delta\sigma_z $$

このとき後方散乱振幅は厳密ゼロでなくなり,$\abs{\braket{-\kk|\kk}}\propto \Delta/E$ となる.レプトンの場合の $m_\ell/E$ と同じ形である.

表12.3 ヘリシティ抑制の対応表
$\pi\to\ell\nu$グラフェンの後方散乱
カイラリティを担う自由度スピン($\gamma^5$)擬スピン(副格子 $\sigma_z$)
禁止される遷移右巻き $\ell^-$ の生成$\kk\to-\kk$ の散乱
質量ゼロでの振幅厳密に $0$厳密に $0$
抑制を破る項レプトン質量 $m_\ell$ギャップ $\Delta$(基板・電場),谷間散乱(短距離不純物・試料端)
振幅の大きさ$\propto m_\ell/E$$\propto \Delta/E$
観測される帰結$B(\pi\to e\nu)=1.2\times10^{-4}$弱い反局在,高移動度,Klein トンネル

比喩ではない.同じ方程式の同じ数学的帰結である.グラフェンの移動度を議論するときに使う $\cos^2(\theta/2)$ 因子と,$\pi\to e\nu$ の $10^{-4}$ という分岐比は,どちらも「カイラリティ演算子の固有状態どうしの重なり」を計算した結果にすぎない.

12.5 クォークの荷電弱相互作用 —— Cabibbo から CKM へ

12.5.1 Cabibbo 角 —— 世代をまたぐ崩壊

レプトンでは,$W$ はつねに同じ世代の対($e$–$\nu_e$,$\mu$–$\nu_\mu$,$\tau$–$\nu_\tau$)を結ぶ.クォークでも同じかというと,そうではない.中性子崩壊は $d\to u$ で世代内だが,$K^-\to\mu^-\bar\nu_\mu$ は $s\to u$,すなわち世代をまたいでいる.

しかも,その強さが微妙に違う.中性子や超許容 $0^+\to0^+$ 遷移から決めた $\beta$ 崩壊の実効的な結合は,ミュー粒子崩壊から決めた $G_F$ よりわずかに小さい.一方,$s\to u$ 遷移($K$ 中間子の崩壊)は大幅に小さい.1963 年に Cabibbo は,これを1つの角度で説明した.

定義:Cabibbo 角

$W$ が結合する「下型クォーク」は $d$ そのものではなく,$d$ と $s$ の回転した組み合わせである:

$$ \begin{equation} d' = d\cos\theta_C + s\sin\theta_C \label{eq:12-cabibbo} \end{equation} $$

頂点は $u$–$d'$–$W$ であり,したがって

$$ u\to d\ \text{の強さ}\propto\cos\theta_C,\qquad u\to s\ \text{の強さ}\propto\sin\theta_C $$

実験値は $\sin\theta_C = 0.2243$,すなわち $\theta_C = 12.96^\circ$ である.

物理的意味:質量固有状態と弱い固有状態のずれ

Cabibbo の仮定は「クォークには2種類の基底がある」ということに他ならない.

両者はユニタリ行列で結ばれている.これがずれているために,世代をまたぐ崩壊が起こる.

この「2つの基底のずれ」という構造は,物性物理でも見慣れたものである.たとえば $d$ 電子系で,結晶場固有状態($t_{2g}$, $e_g$)とスピン軌道相互作用の固有状態($j_{\rm eff}=1/2, 3/2$)は互いに回転している.どちらを「本当の状態」と呼ぶかは,どの相互作用を主とみなすかによる.クォークの場合,質量項(湯川結合)と弱い相互作用が別々の基底で対角化されるので,両者を同時に対角化できないのである.

12.5.2 GIM 機構 —— 消えるべきものが消えた

Cabibbo の $2\times2$ 版には深刻な問題があった.$K_L^0\to\mu^+\mu^-$ という崩壊が,予言より $10^8$ 倍も起きにくかったのである.

導出:中性カレントに $\Delta S\neq0$ が現れないこと(GIM)

ステップ1:問題の所在.$Z$ ボソン(あるいは何であれ中性の媒介粒子)が $d'$ と結合するとしよう.$d$ と $s$ が2つしかない世界では

$$ \bar d'd' = (\bar d\cos\theta_C+\bar s\sin\theta_C)(d\cos\theta_C+s\sin\theta_C) = \bar dd\cos^2\theta_C + \bar ss\sin^2\theta_C + (\bar ds+\bar sd)\sin\theta_C\cos\theta_C $$

最後の項がフレーバーを変える中性カレント(FCNC)である.これがあれば $s\to d$ が $Z$ 交換で樹木レベルで起き,$K^0\to\mu^+\mu^-$ が $\sin\theta_C\cos\theta_C\sim0.22$ の強さで起きてしまう.実験はそれを許さない.

ステップ2:Glashow–Iliopoulos–Maiani の解答(1970年).4番目のクォーク $c$(チャーム)が存在し,直交する組み合わせ

$$ s' = -d\sin\theta_C + s\cos\theta_C $$

と対をなすとする.すると中性カレントは2つの寄与の和になる:

$$ \bar d'd' + \bar s's' = \bar dd(\cos^2\theta_C+\sin^2\theta_C) + \bar ss(\sin^2\theta_C+\cos^2\theta_C) + (\bar ds+\bar sd)(\sin\theta_C\cos\theta_C - \sin\theta_C\cos\theta_C) $$

ステップ3:相殺.交差項が厳密にゼロになる.残るのは

$$ \bar d'd'+\bar s's' = \bar dd + \bar ss $$

すなわち中性カレントはフレーバー対角である.回転行列がユニタリであることの直接の帰結であり,何世代あっても成り立つ.

ステップ4:ループでも抑制される.樹木レベルでは消えるが,$W$ を2本使ったボックス図では $K^0\to\mu^+\mu^-$ が起こりうる.この場合も内部クォーク $u$ と $c$ の寄与が相殺し,残るのは質量差に比例する項

$$ \mathcal{A}\propto \frac{m_c^2-m_u^2}{m_W^2} $$

だけになる.この GIM 機構(1970年)に基づき,Gaillard と Lee は 1974 年に $K_L$–$K_S$ 質量差から抑制の大きさを定量的に評価し,まだ発見されていなかったチャームクォークの質量を $m_c\approx1.5\ \mathrm{GeV}$ と見積もった(GIM の原論文自身は「数 GeV 以下」という程度の議論にとどまる).同じ 1974 年の 11 月に $J/\psi$($c\bar c$,質量 $3.1\ \mathrm{GeV}$)が発見され,この見積もりと整合するチャームクォークの存在が確認された(現在の値は $\overline{\rm MS}$ 質量で $m_c=1.27\ \mathrm{GeV}$ であり,発見当時に得られた構成子質量 $\approx1.5\ \mathrm{GeV}$ とは定義が違う).理論が実験に先んじた見事な例である.

12.5.3 CKM 行列

1973 年,小林誠と益川敏英は,当時知られていた $CP$ 対称性の破れ(第6章 6.4 節)を説明するには3世代が必要であることを示した.2世代の $2\times2$ 実回転行列には複素位相を入れる余地がないが,3世代の $3\times3$ ユニタリ行列には,位相の再定義で消しきれない位相が1つ残るからである.

定義:CKM 行列

$$ \begin{equation} \begin{pmatrix}d'\\ s'\\ b'\end{pmatrix} = \begin{pmatrix} V_{ud} & V_{us} & V_{ub}\\ V_{cd} & V_{cs} & V_{cb}\\ V_{td} & V_{ts} & V_{tb} \end{pmatrix} \begin{pmatrix}d\\ s\\ b\end{pmatrix} \label{eq:12-ckm} \end{equation} $$

この $V$ をCabibbo–小林–益川行列(CKM 行列)という.$u_i\to d_j$ の頂点因子は

$$ -\ii\frac{g_w}{2\sqrt2}V_{ij}\,\gamma^\mu(1-\gamma^5) $$

である.$V$ はユニタリ($V^\dagger V = \mathbb{1}$)であり,$3\times3$ ユニタリ行列は9個の実パラメータをもつ.クォーク場の位相の再定義で5個を吸収できるので,物理的なパラメータは4個:3つの混合角と1つの $CP$ を破る位相である.

なぜ? 位相の数え方

$n$ 世代の場合,$n\times n$ ユニタリ行列のパラメータは $n^2$ 個(実の回転角 $n(n-1)/2$ 個と位相 $n(n+1)/2$ 個)である.$2n$ 個のクォーク場の位相を再定義できるが,全体の位相 1 個は行列に効かないので,吸収できるのは $2n-1$ 個.残る物理的位相は

$$ \frac{n(n+1)}{2} - (2n-1) = \frac{n^2-3n+2}{2} = \frac{(n-1)(n-2)}{2} $$

$n=2$ なら $0$,$n=3$ なら $1$,$n=4$ なら $3$.すなわち$CP$ を破るには最低3世代が必要である.小林・益川はこれを 1973 年,チャームクォークすら未発見の時点で指摘した.第3世代($b$ は 1977年,$t$ は 1995年)はその後に発見された.2008 年ノーベル物理学賞.

表12.4 CKM 行列要素の大きさ(PDG 2022,直接測定値)
$d$$s$$b$主な決定法
$u$$0.97373\pm0.00031$$0.2243\pm0.0008$$0.00382\pm0.00020$超許容 $\beta$ 崩壊,$K_{\ell3}$,$B\to\pi\ell\nu$
$c$$0.221\pm0.004$$0.975\pm0.006$$0.0408\pm0.0014$$D$ 中間子崩壊,$B\to D^*\ell\nu$
$t$$0.0086\pm0.0002$$0.0415\pm0.0009$$1.014\pm0.029$$B$–$\bar B$ 混合,単一 $t$ 生成

例:ユニタリ性の検算と「Cabibbo 角アノマリー」

第1行のユニタリ性 $\sum_j\abs{V_{uj}}^2 = 1$ を数値で確かめる.

$$ \abs{V_{ud}}^2 = (0.97373)^2 = 0.948150 $$ $$ \abs{V_{us}}^2 = (0.2243)^2 = 0.050310 $$ $$ \abs{V_{ub}}^2 = (0.00382)^2 = 0.0000146 $$ $$ \text{合計} = 0.998475 \pm 0.0007 $$

$1$ からのずれが $0.0015$,誤差の 2 倍を超えている($2.2\sigma$).これはCabibbo 角アノマリーと呼ばれ,2018 年ごろから議論が続いている未解決問題である.考えられる説明は,(i) 超許容 $\beta$ 崩壊の輻射補正の理論値の見直し,(ii) $K_{\ell3}$ と $K_{\mu2}$ から得られる $V_{us}$ の不一致,(iii) 標準模型を超える物理(右巻きカレント,第4世代,レプトクォークなど)である.

注目すべきは,この検証に使う $\abs{V_{ud}}$ が12.3 節で中性子の寿命を計算するのに使った量そのものだという点である.中性子寿命問題と Cabibbo 角アノマリーは,同じ物理量をめぐる 2 つの緊張であり,互いに独立ではない.

12.5.4 Wolfenstein 表示とユニタリ三角形

表12.4 を眺めると,CKM 行列が「対角に近い」ことがひと目でわかる.対角要素はほぼ 1,隣接世代の混合は $0.22$,最も離れた $u$–$b$ と $t$–$d$ は $\lambda^3\approx0.01$ の程度(実際には $0.004$–$0.009$)である.この階層構造を露わにするのが Wolfenstein 表示である.

定義:Wolfenstein 表示

$\lambda\equiv\abs{V_{us}}$ を小さいパラメータとして,$\lambda^3$ まで展開すると

$$ \begin{equation} V \simeq \begin{pmatrix} 1-\lambda^2/2 & \lambda & A\lambda^3(\rho-\ii\eta)\\ -\lambda & 1-\lambda^2/2 & A\lambda^2\\ A\lambda^3(1-\rho-\ii\eta) & -A\lambda^2 & 1 \end{pmatrix} +\mathcal{O}(\lambda^4) \label{eq:12-wolfenstein} \end{equation} $$

実験値は(PDG 2022 の大域的フィット.PDG 2024 では $\bar\eta$ などが 3 桁目でわずかに動くが,以下の議論は変わらない)

$$ \lambda = 0.2250,\quad A = 0.826,\quad \bar\rho = 0.159,\quad \bar\eta = 0.348 $$

(後で使う $\lambda=0.2250$ は,高次項の定義まで含めた大域的フィットの値であり,表12.4 の直接測定値 $\abs{V_{us}}=0.2243$ とは 3 桁目でわずかに違う.)

($\bar\rho,\bar\eta$ は高次補正を含めた定義.$CP$ の破れを担うのは $\eta$ である.)

例:Wolfenstein 表示の検算

(1) $\abs{V_{cb}} = A\lambda^2$.$0.826\times(0.2250)^2 = 0.826\times0.050625 = 0.04182$.実測 $0.0408\pm0.0014$.一致する.

(2) $\abs{V_{td}} = A\lambda^3\sqrt{(1-\bar\rho)^2+\bar\eta^2}$.$A\lambda^3 = 0.826\times0.011391 = 0.009409$.

$$ \sqrt{(1-0.159)^2+(0.348)^2} = \sqrt{0.707281+0.121104} = \sqrt{0.828385} = 0.91016 $$ $$ \abs{V_{td}} = 0.009409\times0.91016 = 0.008564 $$

実測 $0.0086\pm0.0002$.一致する.

(3) $\abs{V_{ub}} = A\lambda^3\sqrt{\bar\rho^2+\bar\eta^2}$.

$$ \sqrt{(0.159)^2+(0.348)^2} = \sqrt{0.146385} = 0.38260,\qquad \abs{V_{ub}} = 0.009409\times0.38260 = 0.003600 $$

実測 $0.00382\pm0.00020$.$\lambda^4$ 以上の補正を無視した近似としては十分である.

(4) $CP$ の破れの大きさ(Jarlskog 不変量).位相の再定義によらない $CP$ 非保存の尺度は

$$ J = \mathrm{Im}\left[V_{us}V_{cb}V_{ub}^*V_{cs}^*\right] \simeq A^2\lambda^6\bar\eta = (0.826)^2\times(0.2250)^6\times0.348 $$ $$ = 0.682276\times1.29746\times10^{-4}\times0.348 = 3.08\times10^{-5} $$

実験値 $J = (3.08^{+0.15}_{-0.13})\times10^{-5}$(PDG 2022).$CP$ の破れは $\lambda^6$ で抑えられており,これが「宇宙の物質・反物質非対称性を標準模型だけでは説明できない」ことの定量的な根拠である(第15章).

$V$ のユニタリ性のうち,第1列と第3列の直交条件

$$ \begin{equation} V_{ud}V_{ub}^* + V_{cd}V_{cb}^* + V_{td}V_{tb}^* = 0 \label{eq:12-triangle} \end{equation} $$

は,3つの複素数の和がゼロという式なので,複素平面上で三角形を描く.全体を $V_{cd}V_{cb}^*$ で割って規格化すると,頂点が $(0,0)$,$(1,0)$,$(\bar\rho,\bar\eta)$ の三角形になる.これをユニタリ三角形という.3つの内角は

$$ \alpha = 92.1^\circ,\qquad \beta = 22.5^\circ,\qquad \gamma = 65.4^\circ $$

である($\bar\rho=0.159$,$\bar\eta=0.348$ から計算.$\tan\gamma = \bar\eta/\bar\rho$,$\tan\beta=\bar\eta/(1-\bar\rho)$,$\alpha=180^\circ-\beta-\gamma$).$\sin2\beta = \sin45.0^\circ = 0.707$ は $B\to J/\psi\,K_S$ の $CP$ 非対称性から直接測られており,実測 $0.699\pm0.017$ と一致する.

(a) CKM 行列要素の大きさを,一辺が |V_ij| に比例する正方形で示した 3×3 の図.対角成分がほぼ 1,隣接世代が約 0.22,離れた世代が約 0.01 以下である.(b) ρ̄–η̄ 平面のユニタリ三角形.頂点は (0, 0),(1, 0),(0.159, 0.348) で,内角は γ=65.4°,β=22.5°,α=92.1°,規格化後の面積は η̄/2=0.174 である.
図12.5 (a) CKM 行列要素の大きさ.正方形の一辺を $\abs{V_{ij}}$ に比例させた(面積は $\abs{V_{ij}}^2$,すなわち遷移確率に比例).対角がほぼ 1,隣接世代が $\lambda\approx0.22$,離れた世代が $\lambda^3\approx0.01$ という階層が見える.(b) ユニタリ三角形.\eqref{eq:12-triangle} を $V_{cd}V_{cb}^*$ で規格化したもの.三角形が潰れていない(面積が有限である)ことが $CP$ の破れの存在そのものである.規格化前の三角形の面積が Jarlskog 不変量の半分 $J/2$ であり,図の規格化後の三角形の面積は $\bar\eta/2 = 0.174$ である.

物理的意味:ユニタリ三角形は「標準模型の健康診断表」である

三角形の3辺と3角は,まったく異なる実験から独立に測られる.$\abs{V_{ub}}$ は $B\to\pi\ell\nu$ の崩壊率から,$\abs{V_{td}}$ は $B_d$–$\bar B_d$ 混合の振動数から,$\beta$ は $B\to J/\psi K_S$ の時間依存 $CP$ 非対称性から,$\gamma$ は $B\to DK$ の干渉から.測定の物理も装置もまったく違う.

それらがすべて同じ一つの三角形の上で交わるなら,標準模型は正しい.どれか一つでも外れれば,そこに新しい物理がある.現在のところ,すべての測定は $1$–$2\sigma$ の範囲で1点に収束している.第15章で見るように,これは新物理探索にとって非常に厳しい制約となっている.

12.6 中性弱相互作用

12.6.1 $Z$ 頂点

ここまでは荷電カレント,すなわち $W^\pm$ の交換だけを扱ってきた.弱い相互作用にはもう一つ,電荷を変えない中性カレントがある.媒介するのは $Z^0$ ボソン($m_Z = 91.188\ \mathrm{GeV}$)である.

定義:$Z$ ボソンの頂点因子

フェルミオン $f$ に対して

$$ \begin{equation} -\ii\frac{g_z}{2}\,\gamma^\mu\left(c_V^f - c_A^f\gamma^5\right), \qquad g_z \equiv \frac{g_w}{\cos\theta_W} \label{eq:12-zvertex} \end{equation} $$

ここで

$$ \begin{equation} c_V^f = T_3^f - 2Q_f\sin^2\theta_W, \qquad c_A^f = T_3^f \label{eq:12-cvca} \end{equation} $$

$T_3^f$ は弱アイソスピンの第3成分(左巻き成分に対して上型 $+1/2$,下型 $-1/2$),$Q_f$ は電荷($e$ 単位)である.$\theta_W$ を弱混合角(Weinberg 角)という.導出は 12.7 節で行う.

注意:$W$ と違って $Z$ は右巻きにも結合する

$W$ の頂点は $\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ という「純粋な $V-A$」であった.$Z$ の頂点は $\gamma^\mu(c_V-c_A\gamma^5)$ で,$c_V\neq c_A$ である限り $V-A$ ではない.実際

$$ c_V - c_A\gamma^5 = (c_V+c_A)P_L + (c_V-c_A)P_R $$

と分解できる($P_{L,R}=(1\mp\gamma^5)/2$,$\gamma^5 = P_R-P_L$ を使う).左巻きへの結合 $c_V+c_A = 2T_3-2Q\sin^2\theta_W$,右巻きへの結合 $c_V-c_A = -2Q\sin^2\theta_W$ である.

右巻きへの結合が電荷 $Q$ にだけ比例していることに注意.これは,$Z$ が「純粋な弱い場」ではなく,電磁場と混ざった結果として生まれたことの痕跡である(12.7 節).ニュートリノは $Q=0$ なので右巻きに結合せず,$Z$ に対しても純粋な $V-A$ である.

表12.5 $Z$ ボソンの結合定数($\sin^2\theta_W = 0.2312$)
$f$$T_3$$Q$$c_V = T_3-2Q\sin^2\theta_W$$c_A = T_3$$c_V^2+c_A^2$
$\nu_e,\nu_\mu,\nu_\tau$$+1/2$$0$$+0.5000$$+0.5$$0.5000$
$e,\mu,\tau$$-1/2$$-1$$-0.0376$$-0.5$$0.2514$
$u,c,t$$+1/2$$+2/3$$+0.1917$$+0.5$$0.2868$
$d,s,b$$-1/2$$-1/3$$-0.3459$$-0.5$$0.3696$

物理的意味:$c_V^e$ がほとんどゼロであるという偶然

表12.5 で目を引くのは,荷電レプトンの $c_V$ が $-0.0376$ と,ほとんどゼロだということである.これは $\sin^2\theta_W$ がたまたま $1/4$ に近いためで,$\sin^2\theta_W = 0.25$ ちょうどなら $c_V^e = -1/2+2\times0.25 = 0$ になる.

この「偶然」には2つの帰結がある.第一に,$e^+e^-\to Z\to f\bar f$ の前後非対称性 $A_{FB}$(最低次で $\propto c_V^ec_A^e\,c_V^fc_A^f$)が小さくなるので,測定は難しいが,逆に$\sin^2\theta_W$ に対する感度が異常に高い.$c_V^e$ そのものが小さいので,$\sin^2\theta_W$ のわずかな変化が $c_V^e$ の大きな相対変化として現れ($\sin^2\theta_W$ が $0.001$ 動くと $c_V^e$ は約 $5\ \%$ 変わる),$\sin^2\theta_W$ を精密に決められる.LEP と SLC がこの方法で $\sin^2\theta_W^{\rm eff}=0.23153\pm0.00016$ という精度に達した.

第二に,12.6.4 項で述べる原子のパリティ非保存でも,陽子の弱荷 $Q_W^p = 1-4\sin^2\theta_W \approx 0.075$ が同様に小さくなり,やはり $\sin^2\theta_W$ の高感度プローブになる.

12.6.2 中性カレントの発見

1973 年,CERN の泡箱実験 Gargamelle が,ニュートリノビームの中に

$$ \bar\nu_\mu + e^- \to \bar\nu_\mu + e^-, \qquad \nu_\mu + N \to \nu_\mu + \text{hadrons} $$

という「荷電レプトンを出さない」事象を発見した(前者は反ニュートリノビーム中の 1 事象であった).荷電カレントなら $\nu_\mu + N\to\mu^- + \text{hadrons}$ となってミュー粒子の飛跡が見えるはずである.それが見えないのに反応が起きている.これが中性カレントの発見であり,Weinberg–Salam の電弱理論(1967年)の最初の実験的確認となった.10 年後の 1983 年,CERN の $Sp\bar pS$ で $W$ と $Z$ が直接生成され(UA1・UA2 実験),理論は完成した.

12.6.3 $Z$ の崩壊幅と世代数

導出:$\Gamma(Z\to f\bar f)$

ステップ1:振幅とトレース.$Z(q)\to f(p_1)\bar f(p_2)$ の振幅は,偏極ベクトル $\epsilon^\mu$ を使って

$$ \mathcal{M} = \frac{g_z}{2}\epsilon_\mu\,\bar u(p_1)\gamma^\mu(c_V-c_A\gamma^5)v(p_2) $$

$Z$ の3つの偏極で平均($\frac13\sum_\text{pol}\epsilon_\mu\epsilon^*_\nu = -\frac13(g_{\mu\nu}-q_\mu q_\nu/m_Z^2)$),終状態スピンで和をとる.$m_f\to0$ とすると $q_\mu q_\nu$ 項は落ち,

$$ \braket{\abs{\mathcal{M}}^2} = \frac{g_z^2}{4}\cdot\frac13\cdot\left(c_V^2+c_A^2\right)\cdot 4\left[2(p_1\cdot p_2)\right] = \frac{g_z^2}{3}\left(c_V^2+c_A^2\right)m_Z^2 $$

($2p_1\cdot p_2 = m_Z^2$ を使った.)

ステップ2:2体崩壊の公式.$\abs{\pp}=m_Z/2$ より

$$ \Gamma = \frac{\abs{\pp}}{8\pi m_Z^2}\braket{\abs{\mathcal{M}}^2} = \frac{1}{16\pi m_Z}\cdot\frac{g_z^2}{3}(c_V^2+c_A^2)m_Z^2 = \frac{g_z^2m_Z}{48\pi}(c_V^2+c_A^2) $$

ステップ3:$G_F$ で書き直す.12.7 節で示す $m_Z = m_W/\cos\theta_W$ を使うと

$$ g_z^2 = \frac{g_w^2}{\cos^2\theta_W} = \frac{8m_W^2G_F/\sqrt2}{\cos^2\theta_W} = \frac{8m_Z^2G_F}{\sqrt2} $$

よって

$$ \begin{equation} \Gamma(Z\to f\bar f) = \frac{G_F\,m_Z^3}{6\pi\sqrt2}\;N_c^f\left[(c_V^f)^2+(c_A^f)^2\right] \label{eq:12-zwidth} \end{equation} $$

$N_c^f$ は色の自由度(クォークなら 3,レプトンなら 1)である.

例:$Z$ の部分幅を全部計算する

ステップ1:共通因子.$m_Z = 91.1876\ \mathrm{GeV}$ より $m_Z^3 = 7.58241\times10^{5}\ \mathrm{GeV^3}$.

$$ \frac{G_Fm_Z^3}{6\pi\sqrt2} = \frac{1.1663788\times10^{-5}\times7.58241\times10^{5}}{26.6573} = \frac{8.84396}{26.6573} = 0.331765\ \mathrm{GeV} = 331.77\ \mathrm{MeV} $$

ステップ2:各チャンネル.表12.5 の $c_V^2+c_A^2$ を掛ける.

表12.6 $Z$ の部分崩壊幅(樹木レベル)と実測
チャンネル$N_c(c_V^2+c_A^2)$計算値 [MeV]実測 [MeV]
$Z\to\nu\bar\nu$(1種類)$0.5000$$165.9$$167.2$(SM 予言)
$Z\to e^+e^-$$0.2514$$83.4$$83.98\pm0.09$
$Z\to u\bar u$(1種類)$3\times0.2868=0.8603$$285.4$—
$Z\to d\bar d$(1種類)$3\times0.3696=1.1089$$367.9$—
ハドロン計($u,c$+$d,s,b$)$2\times0.8603+3\times1.1089$$1674.5$$1744.4\pm2.0$
 同上 $\times(1+\alpha_s/\pi)=1.0376$$1737.4$
荷電レプトン計(3種)$3\times0.2514$$250.2$$252.0\pm0.3$
見えない幅($\nu$ 3種)$3\times0.5000$$497.7$$499.0\pm1.5$
全幅 $\Gamma_Z$$2485.3$$2495.2\pm2.3$

ハドロン幅には QCD 補正 $(1+\alpha_s/\pi)$ を掛けた($\alpha_s(m_Z)=0.118$ より $1.0376$.第11章 11.1 節と同じ因子である).全幅の一致は $0.4\ \%$,$e^+e^-$ チャンネルは $0.7\ \%$.紙と鉛筆で $Z$ ボソンの寿命が 3 桁合う.

例:世界にニュートリノは何種類あるか

$Z$ の全幅から,見えている(荷電レプトン+ハドロン)幅を引いた残りが「見えない幅」$\Gamma_{\rm inv}$ である.実測

$$ \Gamma_{\rm inv} = \Gamma_Z - \Gamma_{\rm had} - \Gamma_{\rm lep} = 2495.2 - 1744.4 - 252.0 = 498.8\ \mathrm{MeV} $$

(3つの実測値の相関まで考慮した PDG のフィット値は $\Gamma_{\rm inv}=499.0\pm1.5\ \mathrm{MeV}$ であり,差の $0.2\ \mathrm{MeV}$ は誤差の範囲内である.表12.6 と図12.6 ではこちらを使う.)ニュートリノ1種類あたりの標準模型の予言幅 $\Gamma_{\nu\bar\nu}^{\rm SM}=167.2\ \mathrm{MeV}$(樹木レベルの $165.9$ に輻射補正を入れた値)で割ると

$$ N_\nu = \frac{499.0}{167.2} = 2.984 $$

LEP の4実験を統合した公式値は $N_\nu = 2.984\pm0.008$ であり,みごとに一致する.$3$ より $2\sigma$ ほど小さいが,有意な差ではない.$Z$ より軽いニュートリノは3種類しか存在しない.

この結論の強さを味わってほしい.「4番目のニュートリノを探しに行って見つからなかった」のではない.「$Z$ ボソンが崩壊する速さを測ったら,そこに3という数が書いてあった」のである.しかも $m_\nu < m_Z/2 = 45.6\ \mathrm{GeV}$ で $Z$ に標準的に結合するすべてのニュートリノを数えている.第14章 14.6.4 項で扱う右巻きニュートリノ $\nu_R$(ステライルニュートリノ)がこの制限を逃れられるのは,まさに $Z$ に結合しないからである.

(a) 標準模型フェルミオンの Z 結合定数 (c_A, c_V) の平面.ν は (0.5, 0.5),e,μ,τ は (−0.5, −0.038),u,c,t は (0.5, 0.192),d,s,b は (−0.5, −0.346) で,荷電レプトンは c_V≈0 の線上にほぼ乗る.(b) Z の崩壊幅の内訳を同じ縮尺の横棒で示す.ハドロン 1744.4 MeV,見えない幅 499.0 MeV,荷電レプトン 252.0 MeV,全幅 2495.2±2.3 MeV.
図12.6 (a) 標準模型フェルミオンの $Z$ 結合定数 $(c_A, c_V)$.荷電レプトンが $c_V\approx0$ の線上にほぼ乗るのは $\sin^2\theta_W$ が $1/4$ に近いためで,このおかげで $\sin^2\theta_W$ を高精度で測れる.(b) $Z$ の崩壊幅の内訳(LEP の実測値).「見えない幅」$499.0\ \mathrm{MeV}$ を1世代あたりの標準模型予言 $167.2\ \mathrm{MeV}$ で割ると $2.98$ になる.

12.6.4 原子のパリティ非保存

中性カレントは,加速器がなくても観測できる.原子の中では,電子と原子核が $Z$ を交換している.その効果は電磁相互作用に比べると $\sim(q/m_Z)^2\sim10^{-15}$ と絶望的に小さいが,パリティを破るという一点で電磁相互作用と区別できる.

電子と核子の間の $Z$ 交換のうち,「電子は軸性・核子はベクトル」の項が原子核全体でコヒーレントに足し合わされる.その強さを表すのが弱荷である.

$$ \begin{equation} Q_W = Z\left(1-4\sin^2\theta_W\right) - N \label{eq:12-qw} \end{equation} $$

例:セシウム原子の弱荷

$^{133}$Cs は $Z=55$,$N=78$ である.$\sin^2\theta_W = 0.2312$ を使うと

$$ Q_W = 55\times(1-4\times0.2312) - 78 = 55\times0.0752 - 78 = 4.14 - 78 = -73.86 $$

輻射補正を含む標準模型の予言は $Q_W = -73.23\pm0.01$,実測は $Q_W = -72.82\pm0.42$ である.$1\ \%$ の精度で一致している.

注目点:$Z$ の項がほとんど効かない.$1-4\sin^2\theta_W = 0.0752$ が小さいので,$Q_W\approx -N$,すなわち弱荷はほぼ中性子の数である.中性子は電気的に中性なのに,弱い相互作用に対しては陽子より強く結合する.「電荷」と「弱荷」がまったく別の量であることが,この一行に凝縮されている.

そして $Z$ に掛かる小さな係数 $0.0752$ が,$\sin^2\theta_W$ の高感度測定を可能にしている.$\sin^2\theta_W$ が $0.001$ 変われば $Q_W^{\rm proton}=1-4\sin^2\theta_W$ は $5\ \%$ 変わる.Jefferson Lab の Qweak 実験は陽子の弱荷を直接測り $Q_W^p = 0.0719\pm0.0045$ を得た(標準模型 $0.0708$).

物理的意味:$Z^3$ 則 —— 重い原子ほど有利

パリティを破る $E1$ 振幅は,原子核付近での電子波動関数の重なりに比例するので,原子番号のべきで急速に増大する.Bouchiat の見積もりによれば

$$ E_{\rm PNC} \propto Q_W\,Z^2 \sim Z^3 $$

($Q_W\propto -N\sim -Z$ を使った.)水素($Z=1$)に対しセシウム($Z=55$)は $10^5$ 倍有利である.だからこの実験はセシウム,タリウム,鉛,ビスマスで行われ,イッテルビウムでも測定された.ラジウムイオンやフランシウムを使う実験も準備が進んでいる.

これは典型的な「材料(媒体)選択の問題」である.測りたい物理量そのものは変えられないので,それを増幅してくれる系を選ぶ.物性測定で,微弱な信号を得るために格子定数や有効質量の大きい物質を選ぶのとまったく同じ発想である.

12.7 電弱統一

ここまで,$W$ の頂点 \eqref{eq:12-vertex} も $Z$ の頂点 \eqref{eq:12-zvertex} も「実験がそう言っているから」として与えてきた.本節では,この2つ(と光子の頂点)が,1つのゲージ構造 $SU(2)_L\times U(1)_Y$ から出てくることを示す.弱混合角 $\theta_W$ は,そのとき自動的に現れる回転角である.

12.7.1 カイラルフェルミオンの多重項

出発点は「$W$ は左巻きとしか結合しない」という 12.1.2 項の事実である.そこで,左巻き成分と右巻き成分を別々の粒子として扱う.左巻きは弱アイソスピンの二重項,右巻きは一重項に置く.

定義:弱アイソスピン多重項

第1世代について(第2・第3世代も同型):

$$ L_L = \begin{pmatrix}\nu_e\\ e\end{pmatrix}_L \ (T=\tfrac12), \qquad e_R\ (T=0) $$ $$ Q_L = \begin{pmatrix}u\\ d'\end{pmatrix}_L \ (T=\tfrac12), \qquad u_R\ (T=0),\qquad d_R\ (T=0) $$

$W^\pm$ は二重項の上下を入れ替える演算子 $T^\pm = T^1\pm\ii T^2$ に結合する.一重項には $T^a$ が作用しないので,右巻き成分は $W$ とまったく結合しない.これで $V-A$ 構造が「構造として」組み込まれた.

標準模型に右巻きニュートリノ $\nu_R$ は含まれない.もし存在しても,$SU(2)_L$ 一重項で電荷 0,したがってハイパーチャージも 0 となり,ゲージ相互作用を一切もたない(ステライル).第14章 14.6.4 項で扱う.

12.7.2 ハイパーチャージ

$SU(2)_L$ だけでは電磁相互作用が入らない.そこでもう1つ $U(1)$ を用意する.その荷を弱ハイパーチャージ $Y$ と呼び(第2章で導入したハイパーチャージの弱い相互作用版である),最終的に電荷が $Q = T_3 + Y/2$ となるように決める.すなわち

$$ \begin{equation} Y = 2\left(Q - T_3\right) \label{eq:12-hypercharge} \end{equation} $$
表12.7 第1世代のフェルミオンの量子数
場$SU(3)_c$$SU(2)_L$$T_3$$Q$$Y=2(Q-T_3)$
$\nu_{eL}$12$+1/2$$0$$-1$
$e_L$1$-1/2$$-1$
$e_R$11$0$$-1$$-2$
$u_L$32$+1/2$$+2/3$$+1/3$
$d_L$3$-1/2$$-1/3$
$u_R$31$0$$+2/3$$+4/3$
$d_R$31$0$$-1/3$$-2/3$

二重項の2成分が同じ $Y$ をもつことに注意する.これは $Y$ が $SU(2)$ と可換でなければならないことの帰結であり,同時に「$Q$ が二重項の中で 1 だけ違う」ことと整合している.

なぜ? 電荷の量子化と「色が3つ」であること

表12.7 を見て,読者は不思議に思ったはずである.なぜ陽子の電荷 $2(2/3)+(-1/3) = +1$ が,電子の電荷 $-1$ とこれほど正確に打ち消し合うのか.測定によれば $\abs{q_p+q_e}/e < 10^{-21}$ である.偶然にしてはできすぎている.

答えは量子異常(anomaly)の相殺にある.ゲージ理論は,三角ダイアグラムから生じる異常が相殺しないと,量子論として無矛盾に成り立たない(第13章 13.6.3 項).$SU(2)_L^2\times U(1)_Y$ 混合異常が消える条件は,1世代の左巻き二重項の各成分について電荷(二重項内では $\sum T_3=0$ なのでハイパーチャージの和と同じ)の和がゼロになることであり,色の自由度を数えて

$$ \underbrace{0}_{\nu_e} + \underbrace{(-1)}_{e} + N_c\underbrace{\left(\frac23\right)}_{u} + N_c\underbrace{\left(-\frac13\right)}_{d} = -1 + \frac{N_c}{3} = 0 \quad\Longrightarrow\quad \boxed{N_c = 3} $$

右巻き一重項も含む別の条件($U(1)_Y^3$ 異常,重力–$U(1)_Y$ 異常)も,$N_c=3$ のとき同時に相殺する.すなわち,クォークの色が3つでなければ,理論は矛盾する.そして色が3つだからこそ,クォーク3個でできた陽子の電荷が電子とぴたり釣り合う.第11章で $R$ 比の実験から読み取った「3」と,ここで理論の無矛盾性から出た「3」が,まったく別の道筋で一致するのである.

12.7.3 共変微分と3つの相互作用

導出:$B$ と $W^3$ が混ざって光子と $Z$ になる

ステップ1:共変微分を書く.$SU(2)_L$ のゲージ場を $W^a_\mu$($a=1,2,3$,結合定数 $g_w$),$U(1)_Y$ のゲージ場を $B_\mu$(結合定数 $g'$)とする:

$$ \begin{equation} D_\mu = \partial_\mu + \ii g_w W^a_\mu T^a + \ii g'\frac{Y}{2}B_\mu \label{eq:12-covd} \end{equation} $$

左巻き二重項に対しては $T^a = \sigma^a/2$,右巻き一重項に対しては $T^a=0$ である.符号は本書全体で採る流儀 $D_\mu=\partial_\mu+\ii gA_\mu$(第9章,第13章 13.3 節)に合わせてある.これを $\Lag = \bar\psi(\ii\gamma^\mu D_\mu - m)\psi$ に入れると相互作用項は

$$ \Lag_{\rm int} = -\bar\psi\gamma^\mu\left[g_wW^a_\mu T^a + g'\frac{Y}{2}B_\mu\right]\psi $$

となり,頂点因子($\ii\times$ 相互作用項の係数)は式 \eqref{eq:12-vertex} と \eqref{eq:12-zvertex} の $-\ii$ をそのまま再現する.以下この符号を保って計算する.

ステップ2:荷電部分を取り出す.$W^1,W^2$ を組み合わせて

$$ W^\pm_\mu = \frac{W^1_\mu \mp \ii W^2_\mu}{\sqrt2}, \qquad T^\pm = T^1\pm\ii T^2 $$

とすると,$W^1T^1+W^2T^2 = (W^+T^+ + W^-T^-)/\sqrt2$.レプトン二重項に作用させると $T^+$ が $e_L\to\nu_L$ を起こすので

$$ \Lag \supset -\frac{g_w}{\sqrt2}\,W^+_\mu\,\bar\nu_L\gamma^\mu e_L + \text{h.c.} $$

ステップ3:射影演算子を露わにする.$\bar\nu_L\gamma^\mu e_L = \bar\nu\,P_R\gamma^\mu P_L\,e = \bar\nu\gamma^\mu P_L e = \frac12\bar\nu\gamma^\mu(1-\gamma^5)e$ だから

$$ \Lag \supset -\frac{g_w}{2\sqrt2}\,W^+_\mu\,\bar\nu\gamma^\mu(1-\gamma^5)e + \text{h.c.} $$

これが式 \eqref{eq:12-vertex} の $2\sqrt2$ の正体である.$\sqrt2$ は $W^\pm$ の定義から,$2$ は $P_L$ の分母から来た.頂点因子は $\ii$ を掛けて $-\ii(g_w/2\sqrt2)\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ となり,符号まで \eqref{eq:12-vertex} と一致する.12.1.1 項で約束した通りである.

ステップ4:中性部分を書き下す.残るのは $W^3$ と $B$ である.

$$ \Lag_{\rm neutral} = -\bar\psi\gamma^\mu\left[g_wW^3_\mu T_3 + g'B_\mu\frac{Y}{2}\right]\psi $$

$W^3$ も $B$ も中性で,どちらも「電荷を変えない」.したがって物理的な粒子はこの2つの任意の直交する組み合わせでよい.そこで回転

$$ \begin{equation} \begin{pmatrix}A_\mu\\ Z_\mu\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}\cos\theta_W & \sin\theta_W\\ -\sin\theta_W & \cos\theta_W\end{pmatrix} \begin{pmatrix}B_\mu\\ W^3_\mu\end{pmatrix} \label{eq:12-mixing} \end{equation} $$

を考える.逆に解くと $W^3_\mu = \sin\theta_W A_\mu + \cos\theta_W Z_\mu$,$B_\mu = \cos\theta_W A_\mu - \sin\theta_W Z_\mu$.

ステップ5:$A_\mu$ の係数を光子にする.代入して,角括弧の中の $A_\mu$ の係数を集めると

$$ g_w\sin\theta_W\,T_3 + g'\cos\theta_W\,\frac{Y}{2} $$

これが電磁相互作用(同じ流儀では $\Lag_{\rm em} = -e\,Q\,\bar\psi\gamma^\mu A_\mu\psi$)の $e\,Q = e(T_3+Y/2)$ に等しくなるためには,$T_3$ と $Y/2$ の係数がともに $e$ でなければならない:

$$ \begin{equation} g_w\sin\theta_W = g'\cos\theta_W = e \qquad\Longleftrightarrow\qquad \tan\theta_W = \frac{g'}{g_w}, \qquad e = \frac{g_wg'}{\sqrt{g_w^2+g'^2}} \label{eq:12-emix} \end{equation} $$

導出(続き):$Z$ の結合が $T_3 - Q\sin^2\theta_W$ になること

ステップ6:角括弧の中の $Z_\mu$ の係数を集める.

$$ g_w\cos\theta_W\,T_3 - g'\sin\theta_W\,\frac{Y}{2} $$

$g' = g_w\tan\theta_W$ を使って $g_w/\cos\theta_W$ でくくると

$$ = \frac{g_w}{\cos\theta_W}\left[\cos^2\theta_W\,T_3 - \sin^2\theta_W\,\frac{Y}{2}\right] $$

ステップ7:$Y/2 = Q-T_3$ を代入する.

$$ \cos^2\theta_W T_3 - \sin^2\theta_W(Q-T_3) = T_3(\cos^2\theta_W+\sin^2\theta_W) - Q\sin^2\theta_W = T_3 - Q\sin^2\theta_W $$

ステップ8:結論.$Z$ の結合は

$$ \Lag \supset -g_z\,Z_\mu\,\bar\psi\gamma^\mu\left(T_3 - Q\sin^2\theta_W\right)\psi, \qquad g_z = \frac{g_w}{\cos\theta_W} $$

である.$T_3$ は左巻きにしか作用しないので,これを $P_L$ で書き直し,$\gamma^\mu(c_V-c_A\gamma^5)/2$ の形にまとめると

$$ c_V = T_3 - 2Q\sin^2\theta_W,\qquad c_A = T_3 $$

となる.頂点因子は $\ii$ を掛けて $-\ii(g_z/2)\gamma^\mu(c_V-c_A\gamma^5)$ であり,12.6 節で天下りに与えた式 \eqref{eq:12-zvertex}・\eqref{eq:12-cvca} が符号まで導かれた.

物理的意味:「電弱統一」とは何が統一されたのか

よくある誤解を解いておく.電弱統一は,電磁気力と弱い力が「同じ強さになる」という意味ではない.結合定数は $g_w$ と $g'$ の2つのままで,1つにはならない(本当の統一は大統一理論を待つ.第15章).

統一されたのは場の正体である.光子は「純粋な電磁場」ではなく,$SU(2)$ の $W^3$ と $U(1)_Y$ の $B$ の混合物である.同様に $Z$ も混合物である.我々が「電磁気力」と呼んで日常的に使っているものは,$\theta_W=28.7^\circ$ だけ回転した基底で見た1成分にすぎない.

これは物性物理でおなじみの構造でもある.混成軌道,バンドの反交差,2準位系の回転 —— 2つの状態が結合していれば,固有状態は回転した組み合わせになり,混合角は結合の比で決まる.$\tan\theta_W = g'/g_w$ という式は,まさにその形をしている.

12.7.4 質量関係 $m_W = m_Z\cos\theta_W$

$W$ と $Z$ に質量を与えるのは Higgs 機構であり,詳細は第13章に譲る.ここでは結果だけ使う.Higgs 場が $SU(2)$ 二重項($T=1/2$,$Y=1$)で真空期待値 $v$ をもつとき,

$$ m_W = \frac{g_w v}{2},\qquad m_Z = \frac{\sqrt{g_w^2+g'^2}\;v}{2},\qquad m_\gamma = 0 $$

となる.比をとると $g'$ が消えて

$$ \begin{equation} \frac{m_W}{m_Z} = \frac{g_w}{\sqrt{g_w^2+g'^2}} = \cos\theta_W \label{eq:12-mwmz} \end{equation} $$

という,パラメータを含まない関係が出る.これは電弱理論の最も鋭い予言の一つである.

(a) ゲージ場の混合(θW = 28.7°) B (U(1)Y) W³ (SU(2)L) A(光子) Z θW A = B cosθW + W³ sinθW Z = −B sinθW + W³ cosθW tanθW = g′/gw , e = gw sinθW = g′ cosθW (b) 同じ角度が質量比を決める θW mW = 80.377 GeV mZ = 91.188 GeV mZ sinθW = 43.1 GeV cosθW = mW/mZ = 0.8814 → sin²θW = 0.2231
図12.7 (a) $SU(2)_L$ の中性ゲージ場 $W^3$ と $U(1)_Y$ のゲージ場 $B$ が角度 $\theta_W$ だけ回転して,質量ゼロの光子 $A$ と質量 $91.2\ \mathrm{GeV}$ の $Z$ になる.(b) 同じ角度が質量比 $m_W/m_Z = \cos\theta_W$ を決める.ゲージ場の回転角と,ボソン質量の比という,まったく別の性格の量が同じ $\theta_W$ で結ばれる.これが電弱理論の最も鋭い予言である.

例:$m_W$ を $G_F$,$\alpha$,$\sin^2\theta_W$ から予言する

\eqref{eq:12-gf} と \eqref{eq:12-emix} を組み合わせる.$g_w^2 = e^2/\sin^2\theta_W = 4\pi\alpha/\sin^2\theta_W$ を $G_F/\sqrt2 = g_w^2/(8m_W^2)$ に入れると

$$ \begin{equation} m_W^2 = \frac{\pi\alpha}{\sqrt2\,G_F\sin^2\theta_W} \label{eq:12-mwpred} \end{equation} $$

(1) $\alpha(0)=1/137.036$ を使う場合.

$$ \pi\alpha = 0.0229253,\qquad \sqrt2 G_F = 1.64951\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}} $$ $$ m_W^2 = \frac{0.0229253}{1.64951\times10^{-5}\times0.2312} = \frac{1389.83}{0.2312} = 6011.4\ \mathrm{GeV^2} \ \Rightarrow\ m_W = 77.53\ \mathrm{GeV} $$

実測 $80.377$ に対して $3.5\ \%$ 小さい.

(2) 走った $\hat\alpha(m_Z)=1/127.95$($\overline{\rm MS}$.第10章 10.6.4 項)を使う場合.相互作用が起きているのは $q^2\sim m_W^2$ のスケールなので,こちらが物理的に正しい.

$$ \pi\hat\alpha(m_Z) = 0.0245533 \ \Rightarrow\ m_W^2 = \frac{0.0245533}{1.64951\times10^{-5}\times0.2312} = 6438.2\ \mathrm{GeV^2} \ \Rightarrow\ m_W = 80.24\ \mathrm{GeV} $$

実測との差は $0.17\ \%$ である.真空偏極による $\alpha$ の走り(第10章)を入れないと $W$ の質量は当たらない.素粒子物理の精密検証が「くりこみを含めた計算」でしか成り立たないことの好例である.

(3) $m_Z$ も出す.$\cos\theta_W = \sqrt{1-0.2312} = 0.87681$ より

$$ m_Z = \frac{m_W}{\cos\theta_W} = \frac{80.24}{0.87681} = 91.51\ \mathrm{GeV} $$

実測 $91.188\ \mathrm{GeV}$.$0.35\ \%$ の一致である.

注意:$\rho$ パラメータ —— Higgs が二重項であることの証拠

関係 \eqref{eq:12-mwmz} を測定量の組み合わせとして書き直したものを $\rho$ パラメータという:

$$ \rho \equiv \frac{m_W^2}{m_Z^2\cos^2\theta_W} $$

樹木レベルでは $\rho=1$ である.しかしこれは「Higgs 場が $SU(2)$ 二重項である」ことを仮定して初めて成り立つ.一般に,真空期待値 $v_i$ をもつ $(T_i,T_{3i})$ の Higgs 多重項が複数あれば

$$ \rho = \frac{\sum_i\left[T_i(T_i+1)-T_{3i}^2\right]v_i^2}{2\sum_i T_{3i}^2v_i^2} $$

となる.二重項($T=1/2$,$T_3=-1/2$)なら $[3/4-1/4]/(2\times1/4)=1$ だが,三重項($T=1$,$T_3=1$)なら $[2-1]/(2\times1)=1/2$ である.実測は

$$ \rho = 1.00031\pm0.00019 $$

すなわち,真空期待値をもつ Higgs 場は二重項(と $T=0$ の一重項)だけで構成されていると考えるのが自然である.$\rho=1$ は二重項が何個あっても成り立つので,「二重項が1つだけ」と断定できるわけではない(カストディアル対称性が保たれている,という言い方が正確である).三重項の混入は $v_{\rm triplet}/v < 0.03$ 程度に抑えられている.「$1$ という数を精密に測ることで,見えていない場の表現がわかる」という,素粒子物理らしい論法である.

なお $\sin^2\theta_W$ の値がどの定義かで $0.2231$(オンシェル:$1-m_W^2/m_Z^2$)と $0.2312$($\overline{\rm MS}$ あるいは有効混合角)に分かれるのは,1ループ補正のどこまでを $\theta_W$ に押し込めるかの違いである.12.1.4 項の注意と同じ問題である.

12.8 材料科学との接点

ここまでの道具立て —— $G_F$,$Q$ 値の 5 乗則,ヘリシティ,中性子の寿命 —— は,そのまま材料科学の現場で使われている.本節では 5 つの接点を,比喩ではなく式と数値で見る.

12.8.1 (a) トリチウムの $\beta$ 崩壊と核融合炉の燃料サイクル

核融合の主反応は

$$ \mathrm{D} + \mathrm{T} \to {}^4\mathrm{He}\,(3.5\ \mathrm{MeV}) + n\,(14.1\ \mathrm{MeV}), \qquad Q = 17.6\ \mathrm{MeV} $$

である.重水素は海水から無尽蔵に取れるが,トリチウムは天然にほとんど存在しない.なぜなら,弱い相互作用で崩壊してしまうからである:

$$ {}^3\mathrm{H} \to {}^3\mathrm{He} + e^- + \bar\nu_e, \qquad Q = 18.591\ \mathrm{keV}, \qquad t_{1/2} = 12.32\ \text{年} $$

例:トリチウムの数値を全部出す

(1) $Q$ 値.原子質量 $M(^3\mathrm{H}) = 3.01604928\ \mathrm{u}$,$M(^3\mathrm{He}) = 3.01602932\ \mathrm{u}$(どちらも原子質量なので電子の質量は自動的に相殺する).

$$ Q = \left[M(^3\mathrm{H})-M(^3\mathrm{He})\right]c^2 = 1.996\times10^{-5}\ \mathrm{u}\times931.494\ \mathrm{MeV/u} = 18.59\ \mathrm{keV} $$

(2) 平均寿命と年間減衰率.$\tau = t_{1/2}/\ln2 = 12.32/0.693147 = 17.77$ 年.1 年で残る割合は $\ee^{-1/17.77}=0.9453$,すなわち年 $5.5\ \%$ ずつ勝手に減る.

(3) 比放射能.$1\ \mathrm{g}$ 中の原子数は $N = 6.022\times10^{23}/3.016 = 1.997\times10^{23}$.$t_{1/2}=12.32\ \text{年}=3.888\times10^8\ \mathrm{s}$ だから

$$ A = \frac{\ln2\,N}{t_{1/2}} = \frac{0.693147\times1.997\times10^{23}}{3.888\times10^{8}} = 3.56\times10^{14}\ \mathrm{Bq/g} = 9.62\times10^{3}\ \mathrm{Ci/g} $$

(4) 崩壊熱.$\beta$ 線の平均エネルギーは $\bar E_\beta = 5.7\ \mathrm{keV}$($Q$ の約 $31\ \%$;残りはニュートリノが持ち去る).

$$ P = A\bar E_\beta = 3.56\times10^{14}\times5.7\times10^3\times1.602\times10^{-19}\ \mathrm{W/g} = 0.325\ \mathrm{W/g} $$

$1\ \mathrm{g}$ のトリチウムが $0.33\ \mathrm{W}$ を出し続ける.熱設計上,無視できない量である.

(5) 燃料消費量.電気出力 $1\ \mathrm{GW}$,熱効率 $40\ \%$ とすると熱出力 $2.5\ \mathrm{GW}$.1 回の DT 反応が $17.6\ \mathrm{MeV}=2.82\times10^{-12}\ \mathrm{J}$ を出すので

$$ \dot N = \frac{2.5\times10^9}{2.82\times10^{-12}} = 8.87\times10^{20}\ \mathrm{s^{-1}} $$ $$ \dot m_T = 8.87\times10^{20}\times\frac{3.016}{6.022\times10^{23}}\ \mathrm{g/s} = 4.44\times10^{-3}\ \mathrm{g/s} = 384\ \mathrm{g/day} = 140\ \mathrm{kg/year} $$

ところが世界の民生用トリチウム備蓄は,CANDU 炉の副産物を含めて $20$–$25\ \mathrm{kg}$ 程度しかない.だから炉は自分で燃料を作らねばならない.

材料科学との接点:トリチウム増殖ブランケットは「弱い相互作用の帳尻合わせ装置」である

解決策は,DT 反応で出る $14.1\ \mathrm{MeV}$ 中性子をリチウムに当ててトリチウムを作ることである:

$$ {}^6\mathrm{Li} + n \to {}^4\mathrm{He} + \mathrm{T} + 4.78\ \mathrm{MeV} \qquad(\text{発熱,熱中性子で断面積大}) $$ $$ {}^7\mathrm{Li} + n \to {}^4\mathrm{He} + \mathrm{T} + n - 2.47\ \mathrm{MeV} \qquad(\text{吸熱,高速中性子でのみ;中性子が増える}) $$

DT 反応 1 回につき中性子は 1 個しか出ない.一方,トリチウムは 1 個消費される.したがってトリチウム増殖比(TBR)を $1$ 以上にするには,中性子を増やさなければならない.そこで Be や Pb を中性子増倍材として入れ,$(n,2n)$ 反応で中性子を稼ぐ.さらに崩壊損失(年 $5.5\ \%$)と回収ロスを見込んで,設計上は $\mathrm{TBR}\gtrsim1.05$–$1.1$ が要求される.

ここで材料の問題が噴出する.

式 $\Gamma\propto G_F^2 f$ の $f$ が $2.9\times10^{-6}$ と小さいこと(12.3 節の表12.2)—— つまり $Q$ がたまたま $18.6\ \mathrm{keV}$ しかないこと —— が,核融合炉を「作れるかもしれない」ものにしている.もし $Q$ が $1\ \mathrm{MeV}$ あれば,位相空間因子 $f$ は $2.9\times10^{-6}$ から約 $4.6$ へ,$1.6\times10^6$ 倍に増える.半減期は 12 年から $4$ 分程度に縮み,トリチウムは扱う間もなく消えてしまう($Q=18.6\ \mathrm{keV}\ll m_ec^2$ なので,12.3.3 項の注意のとおり $Q^5$ 則は使えない.$f$ の比で比較しなければならず,$Q^5$ 則で外挿すると $2$ 桁以上(約 $300$ 倍)も誇張してしまう).核融合が成立するかどうかは,この一つの $Q$ 値にかかっている.

12.8.2 (b) $\beta$ 電池と年代測定

ベータボルタイック電池(betavoltaic battery)は,$\beta$ 線を半導体 pn 接合に入射させ,生成した電子正孔対を集める電池である.太陽電池の「光」を「$\beta$ 線」に置き換えたものだと思えばよい.出力は $\mu\mathrm{W}$ 級と小さいが,数十年間まったく保守なしで動く.心臓ペースメーカー,宇宙機のバックアップ,遠隔地センサ,そして最近では RFID タグや MEMS の電源として研究されている.

核種の選定基準は 2 つある.第一に半減期(長いほどよい).第二に,そして決定的に重要なのが,$\beta$ 線が半導体格子の原子を弾き飛ばしてはならないということである.弾き飛ばせば空孔–格子間対(Frenkel 対)ができ,少数キャリア寿命が落ち,電池が自分で自分を壊す.

導出:$\beta$ 線が Si 原子を弾ける条件

ステップ1:最大反跳エネルギー.運動エネルギー $T$ の電子が,質量 $M$ の静止原子核に正面衝突したときに与えうる最大エネルギーは,相対論的運動学から

$$ \begin{equation} T_{\max} = \frac{2T\left(T+2m_ec^2\right)}{Mc^2} \label{eq:12-recoil} \end{equation} $$

である($2m_ec^2 = 1.022\ \mathrm{MeV}$).

ステップ2:Si の場合の分母.$Mc^2 = 28.0855\ \mathrm{u}\times931.494\ \mathrm{MeV/u} = 26162\ \mathrm{MeV}$.

ステップ3:閾値.Si の変位閾値エネルギーは $E_d \approx 21\ \mathrm{eV}$ である(結晶方位によって $13$–$25\ \mathrm{eV}$).$T_{\max}<E_d$ なら,どんな衝突でも原子を格子点から追い出せない.

ステップ4:各核種で評価する.$T$ に $\beta$ 線の最大エネルギー($=Q$)を入れる.

表12.8 $\beta$ 線源の変位損傷能力(Si 標的,$E_d=21\ \mathrm{eV}$)
核種$Q$ [keV]$t_{1/2}$$T_{\max}$ (Si) [eV]変位損傷電池としての適否
$^3\mathrm{H}$$18.6$$12.32$ 年$1.5$なし◎(低出力,長寿命)
$^{63}\mathrm{Ni}$$67.0$$101.2$ 年$5.6$なし◎(最も広く使われる)
$^{147}\mathrm{Pm}$$224.1$$2.62$ 年$21.3$閾値ぎりぎり△(劣化する)
$^{90}\mathrm{Sr}$$546$$28.9$ 年$65.4$あり×
$^{90}\mathrm{Y}$($^{90}$Sr の娘核)$2280$$64.1$ 時間$575$激しい×

材料科学との接点:表12.8 は「核種選定表」そのものである

この表の見どころは $^{147}$Pm の行である.$T_{\max}=21.3\ \mathrm{eV}$ は $E_d=21\ \mathrm{eV}$ とほぼ同じで,まさに閾値の上に乗っている.したがって $^{147}$Pm は長期使用では変位損傷の懸念がある.ただし,$^{147}$Pm 電池の出力が数年で落ちる実用上の主因は半減期 $2.62$ 年そのもの($2.6$ 年ごとに半減する)であって,変位損傷ではない.$T_{\max}$ が閾値をわずかに超えるのは $\beta$ スペクトルの端点近傍のごく一部だけなので,Frenkel 対の生成率自体は小さい.一方 $^{63}$Ni と $^3$H は $T_{\max}\ll E_d$ なので損傷が原理的に起こらず,半減期も長い($101.2$ 年,$12.32$ 年)ため長期電源に向く.損傷が起こりうるか否かは,式 \eqref{eq:12-recoil} という 2 行の運動学で決まる.

そして $Q$ 値を決めているのは,12.3 節で見たとおり弱い相互作用と核構造である.核種表の $Q$ の列 → 式 \eqref{eq:12-recoil} → 変位閾値との比較 → 電池の寿命,という因果の鎖が,素粒子物理から材料工学までを一直線に貫いている.

出力の見積もり.$^{63}$Ni の比放射能は $A = 2.08\times10^{12}\ \mathrm{Bq/g}$($56.1\ \mathrm{Ci/g}$),平均 $\beta$ エネルギー $17.4\ \mathrm{keV}$ より

$$ P_\beta = 2.08\times10^{12}\times17.4\times10^{3}\times1.602\times10^{-19} = 5.8\ \mathrm{mW/g} $$

変換効率は $1$–$5\ \%$(自己吸収と,$\beta$ 線の飛程が空乏層より長いことによる)なので,実用出力は $0.06$–$0.3\ \mathrm{mW/g}$ である.リチウムイオン電池($1\ \mathrm{W/g}$)の $10^{-4}$ しかない.しかし積算エネルギーは

$$ E_{\rm tot} = P\tau = 1.16\times10^{-4}\ \mathrm{W/g}\times\frac{101.2\ \text{年}}{\ln2} = 1.16\times10^{-4}\times4.61\times10^{9}\ \mathrm{s} = 5.3\times10^{5}\ \mathrm{J/g} $$

ここでは変換効率 $2\ \%$($P_\beta=5.8\ \mathrm{mW/g}$ の $2\ \%$,すなわち $0.116\ \mathrm{mW/g}$)をとった.リチウムイオン($720\ \mathrm{J/g}$)の約 $740$ 倍である.出力は $10^{-4}$,容量は $10^{3}$ 倍.この極端なトレードオフが,$\beta$ 電池の使いどころ(超低消費電力を超長期間)を規定している.変換効率を上げるために,ワイドギャップ半導体(SiC, GaN, ダイヤモンド)や3次元構造の空乏層(多孔質 Si,マイクロピラー)が研究されているが,効率の上限は「$\beta$ 線が電子正孔対を作るのに必要なエネルギー $\approx3E_g$」で決まる.

例:トリチウム年代測定

トリチウムは宇宙線と大気窒素の反応 $^{14}\mathrm{N}(n,{}^3\mathrm{H})^{12}\mathrm{C}$ で自然に作られ,水の分子に取り込まれて降水として地表に入る.濃度の単位はトリチウム単位(TU)で,$1\ \mathrm{TU} = {}^3\mathrm{H}/{}^1\mathrm{H} = 10^{-18}$(水 $1\ \mathrm{L}$ あたり $0.118\ \mathrm{Bq}$)である.

地下に潜って大気と切り離された瞬間から,濃度は $\ee^{-t/\tau}$($\tau=17.77$ 年)で減っていく.したがって

$$ t = \tau\ln\frac{C_0}{C} = 17.77\ln\frac{C_0}{C}\ \text{年} $$

$C/C_0 = 0.1$ なら $t = 17.77\times2.303 = 40.9$ 年.測定可能な範囲はおよそ $60$ 年までで,$^{14}$C($5700$ 年)が届かない「最近の水」の年代を埋める.

実務上の難しさは,1950–60 年代の大気圏内核実験で $C_0$ が桁で変動したことである(1963 年のピークでは北半球で数千 TU).そこで娘核 $^3$He の同時測定を行い,$^3$H/$^3$He 比から $C_0$ に依らずに年代を出す手法が使われる.地下水の流動解析,帯水層の涵養速度,そして原子力施設周辺のモニタリングに用いられている.

12.8.3 (c) 中性子の寿命と核融合中性子の輸送

例:炉内で中性子は崩壊するか

DT 反応で生まれる中性子は $14.1\ \mathrm{MeV}$.速度は

$$ \gamma = 1+\frac{14.1}{939.565} = 1.0150,\qquad \beta = \sqrt{1-\gamma^{-2}} = 0.1713,\qquad v = 5.14\times10^{7}\ \mathrm{m/s} $$

寿命 $878\ \mathrm{s}$ の間に飛べる距離は

$$ \ell_{\rm decay} = v\tau_n = 5.14\times10^{7}\times878 = 4.5\times10^{10}\ \mathrm{m} = 0.30\ \mathrm{AU} $$

地球–太陽距離の $3$ 割である.一方,鋼中での平均自由行程は $\sim5\ \mathrm{cm}$,衝突間の飛行時間は $5\times10^{-2}/5.14\times10^{7} = 1\times10^{-9}\ \mathrm{s}$.寿命との比は $1.1\times10^{-12}$.

熱化した後($2200\ \mathrm{m/s}$)でも,$878\ \mathrm{s}$ で $1900\ \mathrm{km}$ 飛ぶ.炉のサイズは数 m である.結論:炉内輸送の計算で中性子の崩壊はまったく無視してよい.中性子輸送方程式に崩壊項が入っていないのはそのためである.

逆に,中性子の寿命が効くのは (i) 超冷中性子(UCN)の瓶詰め実験,(ii) 中性子ビームラインの長距離輸送($100\ \mathrm{m}$ で,熱中性子なら $\sim5\times10^{-5}$,冷中性子なら $\sim10^{-4}$ の損失),(iii) ビッグバン元素合成,の3つに限られる.

材料科学との接点:低放射化フェライト鋼の組成は $\beta$ 崩壊の半減期表である

核融合炉の第一壁・ブランケット構造材は,$14.1\ \mathrm{MeV}$ 中性子を年間 $10$–$30$ dpa(displacement per atom)の割合で浴びる.そこで起きるのは変位損傷だけではない.中性子は $(n,\alpha)$ と $(n,p)$ 反応を起こしてヘリウムと水素を作り,$(n,\gamma)$ と $(n,2n)$ で構成元素を別の核種に変えてしまう.

ヘリウム脆化.核分裂炉の中性子($\lesssim2\ \mathrm{MeV}$)では $(n,\alpha)$ の閾値をほとんど超えないので,He/dpa $\approx0.1\ \mathrm{appm/dpa}$ にすぎない.核融合の $14\ \mathrm{MeV}$ では $\approx10\ \mathrm{appm/dpa}$,実に $100$ 倍である.He は粒界に集まって気泡を作り,高温での粒界脆化(helium embrittlement)を起こす.核分裂炉の材料データがそのまま使えない最大の理由がこれである.

放射化 —— ここに弱い相互作用が直接効く.生成した核種はやがて $\beta$ 崩壊するが,その半減期は核種ごとに $10^{-3}$ 秒から $10^{4}$ 年まで散らばる.半減期が長い核種を作る元素を最初から入れなければ,運転停止から $100$ 年後には浅地中処分(shallow land burial)あるいは遠隔操作によるリサイクルが可能な水準まで放射能が落ちる.人が直接手で触れて作業できる水準(hands-on recycling,接触線量率で規定される)はこれよりはるかに厳しく,一部の元素についてのみ達成される.これが低放射化フェライト/マルテンサイト鋼(RAFM)の設計思想である.

表12.9 低放射化鋼で「避ける元素」と「代わりに使う元素」
避ける生成核種半減期→ 置換先生成核種半減期
Nb$^{94}\mathrm{Nb}$$2.0\times10^4$ 年Ta$^{182}\mathrm{Ta}$$114$ 日
Mo$^{93}\mathrm{Mo}$$4.0\times10^3$ 年W$^{185}\mathrm{W}$$75.1$ 日
Ni$^{59}\mathrm{Ni}$, $^{63}\mathrm{Ni}$$7.6\times10^4$/$101.2$ 年(Mn, Cr で置換)$^{54}\mathrm{Mn}$$312$ 日
Cu$^{63}\mathrm{Ni}$($(n,p)$ 経由)$101.2$ 年———
Co$^{60}\mathrm{Co}$$5.27$ 年———
Al, N$^{26}\mathrm{Al}$, $^{14}\mathrm{C}$$7.2\times10^5$/$5700$ 年(V, Ti で置換)$^{52}\mathrm{V}$$3.7$ 分

実際の合金組成を見てみよう.日本の F82H は Fe–8Cr–2W–0.2V–0.04Ta,欧州の EUROFER97 は Fe–9Cr–1.1W–0.2V–0.12Ta である.通常の耐熱鋼(たとえば改良 9Cr-1Mo 鋼,いわゆる T91)が Mo と Nb を使うところを,W と Ta に置き換えている.冶金学的には,W は Mo と同じく固溶強化と炭化物析出を担い,Ta は Nb と同じく MX 型炭窒化物を作って結晶粒を微細化する.「同じ周期表の下の段の元素を使う」という設計指針が,$\beta$ 崩壊の半減期表から来ているのである.

不純物管理も厳しい.Nb は $1\ \mathrm{ppm}$ 以下,Mo は $10\ \mathrm{ppm}$ 以下,Ni は $50\ \mathrm{ppm}$ 以下といった水準が要求される.製鋼段階で電磁誘導溶解炉の耐火物や原料スクラップから混入する数 ppm が,$100$ 年後の廃棄物区分を変えてしまう.素粒子物理学の教科書に出てくる $\Gamma\propto G_F^2Q^5$ が,製鋼工場の不純物規格表に化けているのである.

12.8.4 (d) 二重 $\beta$ 崩壊と $0\nu\beta\beta$ 探索

いくつかの偶偶核では,1回の $\beta$ 崩壊がエネルギー的に禁止されているのに,2回同時の $\beta$ 崩壊なら許される.たとえば $^{76}$Ge($Z=32$)は,$^{76}$As($Z=33$)に変わるには $0.92\ \mathrm{MeV}$ 足りないので単一 $\beta$ 崩壊できない.ところが $^{76}$Se($Z=34$)には $Q=2039.1\ \mathrm{keV}$ で崩壊できる.

なぜ? 偶偶核だけが二重 $\beta$ 崩壊する理由

原子核の質量公式には,核子の対形成(pairing)によるエネルギー項 $\delta$ がある.偶偶核は $-\delta$ だけ安定化し,奇奇核は $+\delta$ だけ不安定化する($\delta\sim12/\sqrt{A}\ \mathrm{MeV}$,$A=76$ なら $1.4\ \mathrm{MeV}$).

$A$ を固定して $Z$ を横軸にとると,質量は放物線を描くが,偶偶核と奇奇核で $2\delta$ だけずれた2本の放物線になる.偶偶核から隣の奇奇核へ行くのは登り坂(禁止),ひとつ飛ばして次の偶偶核へ行くのは下り坂(許される).これが二重 $\beta$ 崩壊の舞台である.

核構造(対形成エネルギー)が,弱い相互作用の遷移を選別している.超伝導の BCS 対形成と同じ型の物理(核子の Cooper 対)が,ここでは素粒子実験の可否を決めている(ただし核の対相関は有限系であり,引力が短距離で強く,アイソスピンにも依存するなど,超伝導とは異なる点も多い).

二重 $\beta$ 崩壊には2種類ある.

$$ \text{(2$\nu\beta\beta$)}\quad (A,Z)\to(A,Z+2)+2e^-+2\bar\nu_e $$ $$ \text{(0$\nu\beta\beta$)}\quad (A,Z)\to(A,Z+2)+2e^- $$

前者は標準模型で許される2次の弱い過程で,振幅が $G_F^2$,したがって崩壊率が $G_F^4$ に比例する.位相空間は 4 個のレプトンを分けるので $Q^{11}$ という凄まじいべきになる.結果として半減期は $10^{18}$–$10^{24}$ 年に達し,観測された物理過程のうち最も遅いものである.

後者はニュートリノが出ない.したがってレプトン数が 2 だけ変化する.これは標準模型では厳禁であり,起こるためにはニュートリノが Majorana 粒子(自分自身の反粒子)でなければならない.片方の頂点で出た $\bar\nu$ が,もう片方の頂点で $\nu$ として吸収されるからである.詳細は第14章に譲る.

表12.10 主要な $0\nu\beta\beta$ 候補核と実験(2024 年時点)
核種$Q_{\beta\beta}$ [keV]天然存在比$T_{1/2}^{2\nu}$ [年]$T_{1/2}^{0\nu}$ 下限 [年]実験・材料形態
$^{76}\mathrm{Ge}$$2039$$7.8\ \%$$1.9\times10^{21}$$>1.8\times10^{26}$GERDA/LEGEND:濃縮 Ge 単結晶検出器
$^{136}\mathrm{Xe}$$2458$$8.9\ \%$$2.2\times10^{21}$$>3.8\times10^{26}$KamLAND-Zen:液体シンチレータ中の濃縮 Xe
$^{130}\mathrm{Te}$$2528$$34.1\ \%$$7.9\times10^{20}$$>2.2\times10^{25}$CUORE:$\mathrm{TeO_2}$ 結晶ボロメータ($10\ \mathrm{mK}$)
$^{100}\mathrm{Mo}$$3034$$9.7\ \%$$7.1\times10^{18}$$>1.8\times10^{24}$CUPID-Mo:$\mathrm{Li_2MoO_4}$ シンチレーティングボロメータ

材料科学との接点:$0\nu\beta\beta$ 実験は結晶成長と純度管理の競技である

$T_{1/2} > 10^{26}$ 年を探すとは,どういうことか.$1\ \mathrm{mol}$($6\times10^{23}$ 個)の候補核を 1 年見張っても,期待される崩壊数は $N\ln2/T_{1/2} = 6.0\times10^{23}\times0.693/10^{26} = 0.004$ 個にすぎない.年に数個の事象を得るには $10^3\ \mathrm{mol}$ 規模($^{76}$Ge なら約 $100\ \mathrm{kg}$)の検出器が必要で,これが GERDA・LEGEND-200 の検出器質量スケール(数十〜数百 kg)の理由である.したがってバックグラウンドを $10^{-4}$ counts/(keV·kg·year) 以下に抑えねばならない.これは実質的に材料工学の問題である.

素粒子物理の最先端が,純度・結晶性・低温という,材料科学の最も古典的な三つの指標で律速されている.もし $0\nu\beta\beta$ が発見されるとしたら,それは結晶を作った人の手柄でもある.

12.8.5 (e) 弱い力は「弱い」のではなく「短距離」である

本章を通じて繰り返してきた主張を,ここで定量的に締めくくる.

導出:弱い力と電磁気力が拮抗する距離とエネルギー

ステップ1:位置空間で比べる.Yukawa ポテンシャルの比は

$$ \frac{V_{\rm weak}(r)}{V_{\rm EM}(r)} = \frac{\alpha_w\,\ee^{-m_Wr}/r}{\alpha/r} = \frac{\alpha_w}{\alpha}\,\ee^{-m_Wr} = 4.648\,\ee^{-r/R_W} $$

$R_W = 1/m_W = 2.455\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$ である.

ステップ2:数値表.

表12.11 弱い力と電磁気力の強さの比
$r$ [fm]$r/R_W$$\ee^{-r/R_W}$$V_{\rm weak}/V_{\rm EM}$
$10^{-3}$$0.407$$0.666$$3.09$(弱い力の勝ち)
$3.77\times10^{-3}$$1.537$$0.215$$1.00$(拮抗)
$10^{-2}$$4.07$$1.70\times10^{-2}$$7.9\times10^{-2}$
$0.1$$40.7$$2.0\times10^{-18}$$9.5\times10^{-18}$
$1$(核子サイズ)$407$$1.3\times10^{-177}$$6\times10^{-177}$

ステップ3:運動量空間で比べる.振幅の比は

$$ \frac{\mathcal{M}_{\rm weak}}{\mathcal{M}_{\rm EM}} = \frac{g_w^2/(q^2+m_W^2)}{e^2/q^2} $$

これが 1 になる $q$ を求める.$g_w^2q^2 = e^2(q^2+m_W^2)$ より

$$ q^2 = \frac{e^2m_W^2}{g_w^2-e^2} = \frac{0.09170\times6460.5}{0.42626-0.09170} = \frac{592.4}{0.33456} = 1771\ \mathrm{GeV^2} $$ $$ q = 42.1\ \mathrm{GeV} $$

ステップ4:結論.運動量移行が $42\ \mathrm{GeV}$ を超えると,弱い相互作用は電磁相互作用より強くなる.LHC の $13\ \mathrm{TeV}$ 衝突では,「弱い」相互作用が電磁相互作用の $g_w^2/e^2 = 1/\sin^2\theta_W \approx 4$–$5$ 倍の強さで働いている(ここで使った $4.65$ は $G_F$ から決めた $g_w$ と $q^2=0$ の $e$ を組み合わせた値である.電弱スケールで定義をそろえれば $1/0.2231 = 4.48$(オンシェル)から $1/0.2312 = 4.33$($\overline{\rm MS}$)となる.12.1.4 項の注意を参照).

(a) 運動量移行 q に対する電磁振幅 e²/q² と弱い振幅 g_w²/(q²+m_W²) の大きさを両対数で示す.q≪m_W で弱い振幅は定数(Fermi 定数)で,q=42 GeV で電磁振幅と交差して逆転する.q=m_W に点線を引いた.(b) 重い交換粒子を消して接触相互作用にする同じ手続きを,W ボソン→G_F,遮蔽→1/N(E_F),フォノン→−V(BCS)の 3 行で示す.
図12.8 (a) 弱い相互作用と電磁相互作用の振幅の大きさ.$q\ll m_W$ では弱い振幅は定数(=Fermi 定数)で,$1/q^2$ で立ち上がる電磁振幅にはるかに及ばない.しかし $q=42\ \mathrm{GeV}$ で逆転し,それより上では弱い相互作用のほうが強い.結合定数そのものは $g_w=0.653 > e=0.303$ である.(b) 「重い交換粒子を消して接触相互作用にする」という同じ手続きが,素粒子物理($W\to G_F$)・金属電子論(遮蔽 $\to$ 接触斥力)・超伝導(フォノン $\to$ BCS 引力)で使われている.

材料科学との接点:Fermi 理論は「Thomas–Fermi 遮蔽」と「BCS 引力」の兄弟である

12.1.3 項で行った操作をもう一度見てほしい.

$$ \frac{1}{q^2-m_W^2}\;\xrightarrow{\;q^2\ll m_W^2\;}\;-\frac{1}{m_W^2} $$

「伝播関数を定数にする」.この操作は,物性物理の教科書の別のページで,まったく同じ形で現れる.

(1) 金属中の遮蔽 Coulomb 相互作用.裸の Coulomb 相互作用 $4\pi e^2/q^2$ は,電子気体の分極によって遮蔽され

$$ V_{\rm scr}(\qq) = \frac{4\pi e^2}{q^2+k_{\rm TF}^2}, \qquad k_{\rm TF}^2 = 4\pi e^2 N(E_F) $$

となる(Thomas–Fermi 近似).$q\to0$ で

$$ V_{\rm scr}(0) = \frac{4\pi e^2}{k_{\rm TF}^2} = \frac{1}{N(E_F)} $$

という定数になる.すなわち接触相互作用である.Cu なら $k_{\rm TF}\simeq1.8\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}}$,$1/k_{\rm TF}\simeq0.55\ \mathrm{\mathring{A}}$(付録A A.6.2 と同じ値)であり,$V_{\rm scr}(0)$ は原子あたり $\sim5\ \mathrm{eV}$ という有限値になる.DFT+$U$ の Hubbard $U$ を cRPA で求める手続きも,発想は同じである(高エネルギーの遮蔽チャンネルを積分して消し,残った局所相互作用を $U$ と呼ぶ).ただし対応が式のレベルで成り立つのは,伝播関数の質量項にあたる $m_W\leftrightarrow k_{\rm TF}$ と,接触定数 $G_F\leftrightarrow V_{\rm scr}(0)=1/N(E_F)$ までである.cRPA の $U$ は特定の部分空間の遮蔽だけを除いた振動数依存の部分遮蔽相互作用であり,$q\to0$ 極限の定数ではなく局在 Wannier 軌道への射影で定義されるので,$G_F\leftrightarrow U$ という同一視まで押し込んではいけない.

(2) BCS の引力.フォノンを介した電子間相互作用は

$$ V_{\rm eff}(\qq,\omega) = \abs{g_{\qq}}^2\,\frac{2\omega_{\qq}}{\omega^2-\omega_{\qq}^2} $$

である.$\abs{\omega}\ll\omega_{\qq}$($=$ フェルミ面近傍の電子どうし)では

$$ V_{\rm eff}\to -\frac{2\abs{g_{\qq}}^2}{\omega_{\qq}} \equiv -V \quad(\text{定数,引力}) $$

やはり伝播関数が定数に化けた.BCS 理論はこの定数 $-V$ を $\abs{\omega}<\omega_D$ の窓の中でだけ使う近似であり,無次元結合 $\lambda = N(0)V$ が $0.3$–$1.5$ 程度である.

表12.12 「重いボソンを消す」3つの例
弱い相互作用金属中の遮蔽BCS 超伝導
交換されるもの$W$ ボソン電子気体の分極(粒子–正孔対の仮想励起)フォノン
質量/遮蔽スケール$m_W = 80.4\ \mathrm{GeV}$$k_{\rm TF}\sim1.8\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}}$$\hbar\omega_D\sim10$–$40\ \mathrm{meV}$
伝播関数$1/(q^2-m_W^2)$$1/(q^2+k_{\rm TF}^2)$$2\omega_q/(\omega^2-\omega_q^2)$
低エネルギー極限$-1/m_W^2$$1/k_{\rm TF}^2$$-2\abs{g}^2/\omega_q$
実効接触定数$G_F = 1.166\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$$V_{\rm scr}(0)=1/N(E_F)$(Hubbard $U$ と同じ発想だが,$U$ は局所射影で定義される別物)$-V$($\lambda = N(0)V$)
破綻するスケール$\sqrt{s}\sim m_W$$q\sim k_{\rm TF}$,および $q\sim2k_F$(Friedel 振動・Kohn 異常)$\omega\sim\omega_D$
完全な理論電弱理論($SU(2)_L\times U(1)_Y$)動的遮蔽(RPA,$\epsilon(\qq,\omega)$)Eliashberg 理論

そして「破綻の仕方」まで対応している.Fermi 理論の断面積は $\sigma\simeq G_F^2s/\pi$ とエネルギーとともに増え続け,部分波ユニタリ性の上限 $\sigma\le4\pi/s$ を

$$ \frac{G_F^2s}{\pi}=\frac{4\pi}{s} \quad\Longrightarrow\quad s = \frac{2\pi}{G_F} = 5.39\times10^{5}\ \mathrm{GeV^2} \quad\Longrightarrow\quad \sqrt{s} = 734\ \mathrm{GeV} $$

で破る.「$700\ \mathrm{GeV}$ より下に何か新しいものがあるはずだ」という論法が,$W$ ボソン(そして Higgs)の存在を要求した.同様に,BCS の弱結合近似は $\lambda\gtrsim0.5$ で破れ,遅延効果を陽に扱う Eliashberg 方程式が必要になる.Pb($\lambda=1.55$)で BCS の $2\Delta/k_BT_c=3.53$ が $4.5$ にずれるのは,まさにこの「接触近似の破綻」である.

結論:弱い相互作用が弱く見えるのは,我々が $m_W$ よりはるかに低いエネルギーに住んでいるからである.同じことが,$k_{\rm TF}$ より長い波長しか見ない実験では Coulomb 相互作用が短距離に見え,$\omega_D$ より低い振動数しか見ない電子には電子–電子引力が瞬間的な接触力に見える,という形で物性物理にも現れている.どの理論も「自分より重いものを消した残骸」であり,それが有効理論という考え方である.

12.9 まとめと演習

12.9.1 まとめ

12.9.2 演習問題

演習12.1 $G_F$ の数値確認と弱い力の到達距離

$G_F = 1.1663788\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$,$m_W=80.377\ \mathrm{GeV}$,$m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$,$\alpha=1/137.036$,$\hbar c = 197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$ を使え.

(1) $G_F/\sqrt2 = g_w^2/(8m_W^2)$ から $g_w$ を求め,$\alpha_w = g_w^2/4\pi$ を「$1/N$」の形で表せ.

(2) $g_w/e$ を求めよ($e=\sqrt{4\pi\alpha}$).「弱い相互作用」という名前が結合の強さについて誤称であることを説明せよ.

(3) 弱い力の到達距離 $R_W = \hbar c/(m_Wc^2)$ を fm 単位で求めよ.陽子半径 $0.84\ \mathrm{fm}$ の何分の1か.

(4) 核子間距離 $r=0.5\ \mathrm{fm}$ における弱い力と電磁気力の比 $(\alpha_w/\alpha)\ee^{-m_Wr}$ を求めよ.

(5) $Z$ ボソンについても同じ関係 $G_F/\sqrt2 = g_z^2/(8m_Z^2)$ が成り立つことを,$g_z=g_w/\cos\theta_W$ と $m_Z = m_W/\cos\theta_W$ を使って示せ.$\sin^2\theta_W=0.2312$ を使って数値で確かめよ.

ヒント:(1) $g_w^2 = 8\times6460.5\times1.1663788\times10^{-5}/1.41421 = 0.42626$,$g_w=0.6529$,$\alpha_w = 0.03392 = 1/29.5$.(2) $0.6529/0.30282=2.156$.結合定数は電磁気力より $2.2$ 倍大きく,$\alpha_w/\alpha=4.65$.(3) $R_W = 197.327/80377 = 2.455\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$,陽子半径の $1/342$.(4) $m_Wr = 0.5/2.455\times10^{-3} = 203.7$,$\ee^{-203.7}=3.4\times10^{-89}$,比は $1.6\times10^{-88}$.(5) 恒等的に成り立つ.数値では $g_z = 0.6529/0.87681=0.7446$,$g_z^2/(8m_Z^2)=0.55447/66521=8.335\times10^{-6}$,$G_F/\sqrt2 = 8.247\times10^{-6}$.$1.1\ \%$ の差は $\sin^2\theta_W$ の定義(オンシェルか $\overline{\rm MS}$ か)の違いによる.

演習12.2 ミュー粒子の寿命と Michel スペクトル

$m_\mu = 105.6584\ \mathrm{MeV}$,$m_\tau = 1776.86\ \mathrm{MeV}$,$\hbar = 6.582120\times10^{-25}\ \mathrm{GeV\,s}$.

(1) $\Gamma=G_F^2m_\mu^5/(192\pi^3)$ を数値で評価し,寿命を $\mu\mathrm{s}$ 単位で求めよ.

(2) Michel スペクトル $\dd\Gamma/\dd x = \Gamma\cdot2x^2(3-2x)$ が規格化されていることを確かめ,$\braket{x}$ と平均電子エネルギーを求めよ.

(3) 電子のエネルギーが最大値の $90\ \%$ 以上($x>0.9$)になる確率を求めよ.

(4) 式 \eqref{eq:12-asym} を使い,完全偏極 $P_\mu=1$ のときの $\braket{\cos\theta}$ を求めよ.

(5) $\tau$ 粒子の寿命を,$G_F$ を使わずに $\tau_\tau = B_e(m_\mu/m_\tau)^5\tau_\mu$ から求めよ($B_e = 0.1782$,$\tau_\mu = 2.19698\ \mu\mathrm{s}$).実測 $290.3\ \mathrm{fs}$ と比べよ.

ヒント:(1) $\Gamma=3.009\times10^{-19}\ \mathrm{GeV}$,$\tau=2.187\ \mu\mathrm{s}$.(2) $\int_0^12x^2(3-2x)\dd x = 2(1-1/2)=1$.$\braket{x}=2(3/4-2/5)=0.7$,$\braket{E}=0.35m_\mu=36.98\ \mathrm{MeV}$.(3) $2[x^3-x^4/2]_{0.9}^{1}=2(0.5-0.40095)=0.198$,すなわち $19.8\ \%$.端点付近に電子が集中している.(4) $-1/9 = -0.111$.(5) $(105.658/1776.86)^5 = 7.434\times10^{-7}$,$\tau_\tau = 0.1782\times7.434\times10^{-7}\times2.19698\ \mu\mathrm{s} = 291.1\ \mathrm{fs}$.$0.26\ \%$ で一致.

演習12.3 ヘリシティ抑制と崩壊定数

$m_\pi = 139.570\ \mathrm{MeV}$,$m_K = 493.677\ \mathrm{MeV}$,$m_\mu = 105.658\ \mathrm{MeV}$,$m_e = 0.510999\ \mathrm{MeV}$.

(1) 式 \eqref{eq:12-pi-amp} の導出をたどり,$\bar u(p_\ell)\slashed{p}_\nu(1-\gamma^5)v(p_\nu)=0$ がニュートリノの質量ゼロに依存していることを確認せよ.$m_\nu\neq0$ ならどうなるか.

(2) 比 $R_{e/\mu}=\Gamma(\pi\to e\nu)/\Gamma(\pi\to\mu\nu)$ を \eqref{eq:12-pi-ratio} から求めよ.位相空間因子とヘリシティ因子を別々に示せ.

(3) 同じ式を $K$ 中間子に適用し,$\Gamma(K\to e\nu)/\Gamma(K\to\mu\nu)$ を求めよ.実測 $2.488\times10^{-5}$ と比べよ.

(4) $\tau^-\to\pi^-\nu_\tau$ は分岐比 $10.8\ \%$ もあり,抑制されていない.なぜか説明せよ.

(5) $\pi^0\to\gamma\gamma$ の寿命は $8.5\times10^{-17}\ \mathrm{s}$ で,$\pi^\pm$ の $2.6\times10^{-8}\ \mathrm{s}$ より $9$ 桁短い.どちらの相互作用が効いているかを述べ,桁の違いを定性的に説明せよ.

ヒント:(1) $\slashed{p}_\nu v(p_\nu) = -m_\nu v$ なので,$m_\nu\neq0$ なら反対カイラリティの項 $-m_\nu\bar u(p_\ell)(1+\gamma^5)v(p_\nu)$ が加わる.2つの項の干渉はスピン和をとると $m_\ell^2m_\nu^2$ の程度にしか残らないので,崩壊率は $(m_\ell-m_\nu)^2$ ではなく $m_\ell^2+m_\nu^2$ に比例する.$m_\nu\lesssim0.1\ \mathrm{eV}$ なら相対効果は $(m_\nu/m_e)^2\sim10^{-14}$ で完全に無視できる.(2) 位相空間 $(19479.63/8316.19)^2=5.4867$,ヘリシティ $2.339\times10^{-5}$,積 $1.283\times10^{-4}$.(3) $m_K^2=243717$,$(243716.6/232553.2)^2 = 1.0983$,$R=2.339\times10^{-5}\times1.0983=2.569\times10^{-5}$.実測との $3\ \%$ の差は輻射補正.(4) $\tau$ の場合は崩壊する側が重いレプトンで,パイ中間子は終状態にある.抑制因子は $m_\tau$(重い)に比例するので抑制にならない.(5) $\pi^0\to\gamma\gamma$ は電磁相互作用($\alpha^2$),$\pi^\pm\to\mu\nu$ は弱い相互作用($G_F^2$).低エネルギーでは弱い相互作用が圧倒的に遅い.$\pi^0$ は電磁崩壊できるが $\pi^\pm$ は電荷保存のためできない.

演習12.4 中性子崩壊と Sargent 則

$m_n=939.565\ \mathrm{MeV}$,$m_p=938.272\ \mathrm{MeV}$,$m_e=0.510999\ \mathrm{MeV}$,$\lambda=1.2754$,$\abs{V_{ud}}=0.97373$,$f=1.6887$,$\Delta_R=0.039$.

(1) $Q$ 値を求めよ.また,$m_n-m_p$ が $m_e$ より小さかったら何が起きるかを述べよ.

(2) 式 \eqref{eq:12-ntau} を使って $\tau_n$ を求め,半減期に直せ.

(3) 全崩壊率のうち Gamow–Teller 遷移が占める割合を求めよ.

(4) 仮に強い相互作用によるくりこみがなく $\lambda=1$ だったとしたら,中性子の寿命はいくらになるか.

(5) 表12.2 のトリチウムと中性子の行を比べ,「半減期の差は核構造ではなく位相空間で決まる」ことを $\log ft$ の値を使って論ぜよ.

ヒント:(1) $Q=939.565-938.272-0.511=0.782\ \mathrm{MeV}$.$m_n-m_p<m_e$ なら $\beta$ 崩壊がエネルギー的に禁止され,中性子は安定粒子になる.そのとき自由な中性子の海が残り,宇宙の元素合成はまったく別のものになっていた.(2) $\tau_n = 880.3\ \mathrm{s}$,$t_{1/2}=610.2\ \mathrm{s}=10.17$ 分.(3) $3\lambda^2/(1+3\lambda^2)=4.880/5.880=0.830$,すなわち $83\ \%$.(4) $1+3\lambda^2$ が $5.880$ から $4$ に減るので $\tau_n = 880.3\times5.880/4 = 1294\ \mathrm{s} = 21.6$ 分.強い相互作用が中性子の寿命を $3$ 割短くしている.(5) $\log ft$ はそれぞれ $3.05$ と $3.01$ で,核行列要素は $10\ \%$ しか違わない.一方 $f$ は $2.91\times10^{-6}$ と $1.6887$ で $5.8\times10^5$ 倍違う.半減期の比 $6.4\times10^5$ はほぼ完全に $f$ の比で説明される.

演習12.5 CKM 行列のユニタリ性とユニタリ三角形

表12.4 の値と,Wolfenstein パラメータ $\lambda=0.2250$,$A=0.826$,$\bar\rho=0.159$,$\bar\eta=0.348$ を使え.

(1) 第1行のユニタリ性 $\sum_j\abs{V_{uj}}^2$ を数値で確かめよ.$1$ からのずれは何 $\sigma$ 相当か(誤差 $\pm0.0007$ とせよ).

(2) Wolfenstein 表示から $\abs{V_{cb}}$,$\abs{V_{ub}}$,$\abs{V_{td}}$ を計算し,表12.4 と比べよ.

(3) ユニタリ三角形の3つの内角 $\alpha,\beta,\gamma$ を $\bar\rho,\bar\eta$ から求め,和が $180^\circ$ になることを確かめよ.

(4) $\sin2\beta$ を計算し,$B\to J/\psi K_S$ の実測値 $0.699\pm0.017$ と比べよ.

(5) Jarlskog 不変量 $J\simeq A^2\lambda^6\bar\eta$ を求めよ.また,規格化していないユニタリ三角形の面積が $J/2$ に等しいことを,$\abs{V_{cd}V_{cb}}^2\times(\bar\eta/2)$ を計算して確かめよ.

ヒント:(1) $0.948150+0.050310+0.0000146=0.998475$.ずれ $-0.00152$ は $2.2\sigma$(PDG 2022 の $0.9985\pm0.0007$ と一致).これが Cabibbo 角アノマリー.(2) $A\lambda^2=0.04182$,$A\lambda^3=0.009409$,$\abs{V_{ub}}=0.009409\times0.38260=0.00360$,$\abs{V_{td}}=0.009409\times0.91016=0.00856$.(3) $\tan\gamma=0.348/0.159=2.189\Rightarrow\gamma=65.4^\circ$,$\tan\beta=0.348/0.841=0.4138\Rightarrow\beta=22.5^\circ$,$\alpha=92.1^\circ$.和は $180.0^\circ$.(4) $\sin(45.0^\circ)=0.707$,実測と $1\sigma$ 以内で一致.(5) $J=0.682276\times1.29746\times10^{-4}\times0.348=3.08\times10^{-5}$.面積 $=(0.2250\times0.04182)^2\times0.174 = 8.852\times10^{-5}\times0.174=1.540\times10^{-5}=J/2$.一致する.

演習12.6 トリチウムの崩壊と核融合炉の燃料収支

原子質量 $M(^3\mathrm{H})=3.01604928\ \mathrm{u}$,$M(^3\mathrm{He})=3.01602932\ \mathrm{u}$,$1\ \mathrm{u}=931.494\ \mathrm{MeV}$,$N_A=6.022\times10^{23}$,$t_{1/2}=12.32$ 年.

(1) $Q$ 値を keV 単位で求めよ.原子質量を使うと電子の質量が自動的に相殺する理由を説明せよ.

(2) 平均寿命 $\tau$ と,1 年あたりの減衰率を求めよ.

(3) 比放射能を $\mathrm{Bq/g}$ と $\mathrm{Ci/g}$ で求めよ($1\ \mathrm{Ci}=3.7\times10^{10}\ \mathrm{Bq}$).

(4) $\beta$ 線の平均エネルギーを $5.7\ \mathrm{keV}$ として,崩壊熱を $\mathrm{W/g}$ で求めよ.

(5) 電気出力 $1\ \mathrm{GW}$,熱効率 $40\ \%$ の DT 炉が 1 日に消費するトリチウムの質量を求めよ($Q_{DT}=17.6\ \mathrm{MeV}$).

(6) 炉内トリチウム保有量を $1\ \mathrm{kg}$,燃料サイクルの回転周期を 1 日とする.崩壊による損失だけを補うために必要な増殖比の上乗せ分を見積もれ.

ヒント:(1) $\Delta M = 1.996\times10^{-5}\ \mathrm{u}$,$Q=18.59\ \mathrm{keV}$.$^3$H の原子には電子 1 個,$^3$He の原子には電子 2 個が含まれるが,崩壊で電子が 1 個生まれるので数が合い,$m_e$ が相殺する.(2) $\tau = 12.32/\ln2 = 17.77$ 年,年減衰率 $1-\ee^{-1/17.77}=5.47\ \%$.(3) $N=1.997\times10^{23}$,$A=3.56\times10^{14}\ \mathrm{Bq/g}=9.62\times10^3\ \mathrm{Ci/g}$.(4) $P=3.56\times10^{14}\times5.7\times10^3\times1.602\times10^{-19}=0.325\ \mathrm{W/g}$.(5) 熱出力 $2.5\ \mathrm{GW}$,反応率 $8.87\times10^{20}\ \mathrm{s^{-1}}$,$\dot m = 4.44\times10^{-3}\ \mathrm{g/s}=384\ \mathrm{g/day}$.(6) 1 日の崩壊損失は $1000\ \mathrm{g}\times(1-\ee^{-1/(17.77\times365)}) = 1000\times1.54\times10^{-4}=0.154\ \mathrm{g}$.1 日の消費 $384\ \mathrm{g}$ に対し $0.04\ \%$.崩壊損失そのものは小さく,TBR の余裕($5$–$10\ \%$)の主因は回収ロスと中性子の漏れである.ただし炉外の貯蔵分(数 kg)については年 $5.5\ \%$ が効く.

演習12.7 $\beta$ 電池の核種選定と低放射化鋼

式 \eqref{eq:12-recoil}:$T_{\max}=2T(T+2m_ec^2)/(Mc^2)$,$2m_ec^2=1.022\ \mathrm{MeV}$ を使え.

(1) Si($Mc^2=26162\ \mathrm{MeV}$,$E_d=21\ \mathrm{eV}$)について,$^3$H($Q=18.6\ \mathrm{keV}$),$^{63}$Ni($67.0\ \mathrm{keV}$),$^{147}$Pm($224.1\ \mathrm{keV}$)の $T_{\max}$ を求め,変位損傷が起きるかを判定せよ.

(2) SiC(C 原子:$Mc^2=11178\ \mathrm{MeV}$,$E_d\approx20\ \mathrm{eV}$)の場合はどうか.軽い原子ほど不利であることを確認せよ.

(3) $^{63}$Ni の比放射能 $2.08\times10^{12}\ \mathrm{Bq/g}$,平均 $\beta$ エネルギー $17.4\ \mathrm{keV}$ から $\beta$ 出力を求め,変換効率 $2\ \%$ での電気出力を $\mathrm{mW/g}$ で示せ.

(4) その電池の積算エネルギー($P\tau$,$\tau=101.2/\ln2$ 年)を $\mathrm{J/g}$ で求め,リチウムイオン電池($720\ \mathrm{J/g}$)と比べよ.

(5) 低放射化鋼で Nb を Ta に置き換える理由を,表12.9 の半減期を使って定量的に述べよ.運転停止 $100$ 年後の残留放射能比を,半減期だけから概算せよ.

ヒント:(1) $^3$H:$1.5\ \mathrm{eV}$(損傷なし),$^{63}$Ni:$5.6\ \mathrm{eV}$(なし),$^{147}$Pm:$21.3\ \mathrm{eV}$(閾値上,損傷あり).(2) 分母が $1/2.34$ になるので $T_{\max}$ は $2.34$ 倍.$^{63}$Ni で $13.1\ \mathrm{eV}$,$^{147}$Pm で $49.9\ \mathrm{eV}$.C を弾き出す点では SiC のほうが厳しい.ただしワイドギャップゆえ変換効率と耐放射線性は高い.(3) $P_\beta = 5.8\ \mathrm{mW/g}$,変換効率 $2\ \%$ として電気出力 $0.116\ \mathrm{mW/g}$.(4) $\tau=146$ 年 $=4.61\times10^9\ \mathrm{s}$,$E=1.16\times10^{-4}\times4.61\times10^9=5.3\times10^5\ \mathrm{J/g}$,リチウムイオンの約 $740$ 倍.ただし出力は $10^{-4}$ 倍.(5) $^{94}$Nb は $t_{1/2}=2.0\times10^4$ 年なので $100$ 年で $2^{-100/20000}=0.9965$,すなわちほとんど減らない.$^{182}$Ta は $t_{1/2}=114$ 日なので $100$ 年 $=320$ 半減期,$2^{-320}\approx10^{-96}$.完全に消える.これが「同じ族の重い元素に置き換える」設計の根拠である.

演習12.8 $Z$ ボソンの部分幅・世代数・弱荷

$m_Z = 91.1876\ \mathrm{GeV}$,$\sin^2\theta_W=0.2312$,$\alpha_s(m_Z)=0.118$.

(1) 共通因子 $G_Fm_Z^3/(6\pi\sqrt2)$ を MeV 単位で求めよ.

(2) 表12.5 を使って $\Gamma(Z\to\nu\bar\nu)$(1種類)と $\Gamma(Z\to e^+e^-)$ を求めよ.

(3) ハドロン幅($u,c$ と $d,s,b$)に QCD 補正 $(1+\alpha_s/\pi)$ を掛け,全幅 $\Gamma_Z$ を求めよ.実測 $2495.2\ \mathrm{MeV}$ と比べよ.

(4) 実測の見えない幅 $499.0\ \mathrm{MeV}$ から $N_\nu$ を求めよ.もし第4のニュートリノがあれば $\Gamma_Z$ はいくらになるか.実測誤差 $\pm2.3\ \mathrm{MeV}$ の何倍のずれか.

(5) $^{133}$Cs($Z=55$,$N=78$)の弱荷 $Q_W$ を求めよ.また $Q_W\approx-N$ となる理由を述べよ.

(6) 陽子の弱荷 $Q_W^p = 1-4\sin^2\theta_W$ を求めよ.$\sin^2\theta_W$ が $1\ \%$ 変わると $Q_W^p$ は何 $\%$ 変わるか.

ヒント:(1) $m_Z^3=7.5824\times10^5\ \mathrm{GeV^3}$,因子 $=331.77\ \mathrm{MeV}$.(2) $\nu$:$331.77\times0.5=165.9\ \mathrm{MeV}$.$e$:$331.77\times0.2514=83.4\ \mathrm{MeV}$.(3) ハドロン $=331.77\times(2\times0.8603+3\times1.1089)=1674.5$,$\times1.0376=1737.4$.全幅 $=3\times83.4+3\times165.9+1737.4=2485.3\ \mathrm{MeV}$.実測との差 $0.4\ \%$.(4) $N_\nu=499.0/167.2=2.98$(標準模型の1世代あたりの予言幅 $167.2\ \mathrm{MeV}$ で割る).第4世代があれば $\Gamma_Z$ は $167\ \mathrm{MeV}$ 増えて $2662\ \mathrm{MeV}$.実測とのずれは $167/2.3=73\sigma$.完全に排除される.(5) $Q_W=55\times0.0752-78=-73.86$.$1-4\sin^2\theta_W=0.075$ が小さいので陽子の寄与がほぼ消え,中性子だけが残る.(6) $Q_W^p=0.0752$.$\sin^2\theta_W$ が $1\ \%$($0.0023$)変わると $Q_W^p$ は $4\times0.0023=0.0092$,すなわち $12\ \%$ 変わる.$12$ 倍に増幅される.

演習12.9 「弱い力は弱くない」—— 交差点と有効理論の破綻

$g_w=0.6529$,$e=0.30282$,$m_W=80.377\ \mathrm{GeV}$,$G_F=1.1663788\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$.

(1) 振幅の比 $\mathcal{M}_{\rm weak}/\mathcal{M}_{\rm EM} = [g_w^2/(q^2+m_W^2)]/[e^2/q^2]$ が $1$ になる $q$ を求めよ.

(2) 位置空間で $(\alpha_w/\alpha)\ee^{-m_Wr}=1$ となる $r$ を fm 単位で求めよ.

(3) $q\to\infty$ での比の極限値を求めよ.

(4) Fermi 理論の断面積 $\sigma = G_F^2s/\pi$ が,$s$ 波ユニタリ性の上限 $\sigma\le4\pi/s$ を破る $\sqrt s$ を求めよ.この数が $m_W$ より大きいことの意味を述べよ.

(5) 表12.12 の対応表を自分で埋め直し,「$W$ ボソン $\leftrightarrow$ フォノン」「$G_F\leftrightarrow$ BCS の $-V$」「$\sqrt s\sim m_W\leftrightarrow\omega\sim\omega_D$」という対応が,どの式のどの部分に対応しているかを説明せよ.また,BCS 理論が $\lambda\gtrsim0.5$ で破綻して Eliashberg 理論が必要になることと,Fermi 理論が $\sqrt s\sim700\ \mathrm{GeV}$ で破綻して電弱理論が必要になることの,数学的な共通点を述べよ.

ヒント:(1) $q^2 = e^2m_W^2/(g_w^2-e^2)=592.4/0.33456=1771\ \mathrm{GeV^2}$,$q=42.1\ \mathrm{GeV}$.(2) $\alpha_w/\alpha=4.648$,$m_Wr=\ln4.648=1.537$,$r=1.537\times2.455\times10^{-3}=3.77\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$.(3) $g_w^2/e^2 = 4.65$.高エネルギーでは弱い相互作用のほうが $4.65$ 倍強い.(4) $G_F^2s/\pi = 4\pi/s\Rightarrow s = 2\pi/G_F = 5.39\times10^5\ \mathrm{GeV^2}$,$\sqrt s = 734\ \mathrm{GeV}$.$m_W$ より大きいということは,ユニタリ性が破れる前に $W$ が「見えて」しまい,接触近似が自然に解消されることを意味する.有効理論は自分の破綻の前に後継理論に引き継ぐ.(5) どちらも「伝播関数 $1/(q^2-M^2)$ の分母の $q^2$ を捨てた」近似であり,捨てた項が無視できなくなる($q^2\sim M^2$,$\omega^2\sim\omega_D^2$)ところで破綻する.展開パラメータはそれぞれ $q^2/m_W^2$ と $\omega^2/\omega_D^2$(あるいは $\lambda$)である.

参考文献

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  3. E. Fermi, "Versuch einer Theorie der $\beta$-Strahlen", Z. Phys. 88, 161 (1934). —— 4フェルミオン接触相互作用の原論文.
  4. R. P. Feynman and M. Gell-Mann, "Theory of the Fermi Interaction", Phys. Rev. 109, 193 (1958);E. C. G. Sudarshan and R. E. Marshak, Phys. Rev. 109, 1860 (1958). —— $V-A$ 理論.
  5. N. Cabibbo, "Unitary Symmetry and Leptonic Decays", Phys. Rev. Lett. 10, 531 (1963);S. L. Glashow, J. Iliopoulos, L. Maiani, Phys. Rev. D 2, 1285 (1970);M. Kobayashi and T. Maskawa, Prog. Theor. Phys. 49, 652 (1973).
  6. S. Weinberg, "A Model of Leptons", Phys. Rev. Lett. 19, 1264 (1967). —— 3ページ足らずの論文で電弱統一が完成する.
  7. ALEPH, DELPHI, L3, OPAL, SLD Collaborations, "Precision electroweak measurements on the $Z$ resonance", Phys. Rep. 427, 257 (2006). —— $N_\nu = 2.984\pm0.008$ の出典.
  8. F. M. Gonzalez et al. (UCN$\tau$ Collaboration), "Improved Neutron Lifetime Measurement with UCN$\tau$", Phys. Rev. Lett. 127, 162501 (2021). —— 中性子寿命問題.
  9. R. A. Causey, R. A. Karnesky, C. San Marchi, "Tritium Barriers and Tritium Diffusion in Fusion Reactors", in Comprehensive Nuclear Materials, Vol. 4, p. 511, Elsevier (2012). —— 12.8.1 項のトリチウム透過・保持.
  10. N. Baluc et al., "Status of reduced activation ferritic/martensitic steel development", J. Nucl. Mater. 367–370, 33 (2007). —— 低放射化鋼の組成設計.
  11. M. A. Prelas et al., "A review of nuclear batteries", Prog. Nucl. Energy 75, 117 (2014). —— $\beta$ 電池と変位損傷.
  12. M. J. Dolinski, A. W. P. Poon, W. Rodejohann, "Neutrinoless Double-Beta Decay: Status and Prospects", Ann. Rev. Nucl. Part. Sci. 69, 219 (2019).
  13. A. Yaouanc and P. Dalmas de Réotier, Muon Spin Rotation, Relaxation, and Resonance, Oxford University Press (2011). —— 12.2.6 項の $\mu$SR.
  14. 長島順清『素粒子物理学の基礎 I・II』朝倉書店(1998).弱い相互作用の和書としては最も詳しい.