素粒子物理学入門 — 目次 第IV部 強い力・弱い力・ゲージ理論 / 第14章

第14章ニュートリノ振動と Majorana 粒子

標準模型は,ニュートリノの質量をゼロと仮定して組み立てられている.第13章で見たように,Higgs 場との湯川結合はすべて左巻き二重項と右巻き一重項を結ぶ形をしており,右巻きニュートリノ $\nu_R$ を模型に入れなければ,ニュートリノに質量を与える項は書きようがない.そして $\nu_R$ は電荷をもたず,色ももたず,弱アイソスピンももたない.つまりあらゆるゲージ相互作用をしない.そのようなものを入れる理由は,1970年代には一つもなかった.

ところが,太陽から来るニュートリノを数えたら足りなかった.3分の1しかなかった.この一つの実験事実(Davis,1968年)から出発して,30年をかけて明らかになったのは,ニュートリノには質量があり,しかもフレーバー固有状態と質量固有状態が一致していない,ということであった.すなわち生成された $\nu_e$ が飛んでいるあいだに $\nu_\mu$ や $\nu_\tau$ に化ける.これがニュートリノ振動である.

その振動確率は,2世代の場合,たった一行で書ける.

$$ P(\nu_e\to\nu_\mu) = \sin^2 2\theta\;\sin^2\!\left(1.27\,\frac{\Delta m^2[\mathrm{eV^2}]\;L[\mathrm{km}]}{E[\mathrm{GeV}]}\right) $$

この式には,実験家がそのまま使える数字 $1.27$ が入っている.本章ではこの $1.27$ がどこから来るのかを,$\hbar$ と $c$ を書き戻して最後まで追う.そして質量二乗差 $\Delta m^2$ が「二つの数の差」でしかないために,振動実験はニュートリノの絶対質量を決して教えてくれないという,この分野の根本的な限界を確認する.

後半は Majorana 粒子である.電荷をもたない粒子だけに許される特別な質量項があり,それを課すと粒子と反粒子の区別が消える.$\psi^c=\psi$ という条件は,第9章で導いた Dirac 方程式の解に対する強い拘束であり,これを満たす場は「自分自身の反粒子」になる.レプトン数が2単位破れるので,ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊 $(A,Z)\to(A,Z+2)+2e^-$ が起きる.世界中の地下実験室で,高純度ゲルマニウム結晶,液体キセノン,酸化テルルのボロメータが,この一度も見えたことのない崩壊を待っている.

そして本章の核心,14.8 節である.$\gamma=\gamma^\dagger$ という Majorana 条件は,物性物理では日常的に現れる.超伝導体の Bogoliubov 準粒子は,粒子と正孔の重ね合わせであり,励起エネルギーがゼロならばそれは厳密に自分自身の反粒子である.Kitaev 鎖の端,$p$ 波超伝導体の渦芯,InSb ナノワイヤと Al 薄膜と磁場の組み合わせ——これらは材料でつくる Majorana である.素粒子物理学者が $10^{26}$ 年の半減期を待っているあいだに,物性物理学者は希釈冷凍機の中で同じ数学を扱っている.両者は同じものなのか,違うものなのか.14.8 節では,共通点と相違点を式と表で正直に整理し,さらに 2021 年の論文撤回に至った実験的困難までを含めて述べる.

この章で学ぶこと
  • 太陽の pp チェーンとニュートリノ流束 $6.5\times10^{10}\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$ の見積り,Homestake の $0.30$ という不足
  • 2世代混合行列からの振動確率の完全導出,および換算係数 $1.267$ が $\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$ から出ること
  • 振動長 $L_\mathrm{osc}[\mathrm{km}]=2.48\,E[\mathrm{GeV}]/\Delta m^2[\mathrm{eV^2}]$ と,実験のベースライン設計がこれで決まること
  • SNO の中性カレント測定が「ニュートリノは消えたのではなく化けた」を証明した論理
  • MSW 効果:物質中の有効ハミルトニアン $\sqrt2 G_F n_e$,共鳴条件,断熱性(Landau–Zener)
  • $\Delta m_{21}^2=7.5\times10^{-5}\ \mathrm{eV^2}$,$\abs{\Delta m_{31}^2}=2.5\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$ と質量順序問題
  • PMNS 行列の標準パラメータ表示,$\theta_{12},\theta_{23},\theta_{13},\delta$ の測定値,CKM との数値比較
  • Dirac 質量項と Majorana 質量項の違い,$\psi^c=\psi$ が電荷保存と両立しないこと
  • シーソー機構 $m_\nu\simeq m_D^2/M_R$ と,$M_R\sim 10^{15}\ \mathrm{GeV}$ という数値の意味
  • $0\nu\beta\beta$ の半減期公式,有効質量 $m_{\beta\beta}$,GERDA・KamLAND-Zen・CUORE の到達点と検出器材料への要求
  • 材料科学との接点:Kitaev 鎖の厳密解,BdG 準粒子の自己共役性,半導体ナノワイヤのトポロジカル条件 $V_Z>\sqrt{\Delta^2+\mu^2}$,非可換統計,そして偽陽性の問題
前提:第9章の Dirac 方程式・スピノル・カイラリティ射影 $P_{L,R}=(1\mp\gamma^5)/2$.荷電共役 $\psi^c=\ii\gamma^2\psi^*$ は第6章 6.3 節と付録C で導入したもの($\gamma$ 行列の表示も付録C).第12章の荷電カレント頂点 $-\ii(g_w/2\sqrt2)\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ と CKM 行列.第13章の自発的対称性の破れと湯川結合.第5章の $SU(2)$ と回転行列.物性側の予備知識として,第9章 9.7.5 項で触れた Bogoliubov–de Gennes(BdG)方程式を使う(未読でも 14.8 節で必要な形を再掲する).『線形応答理論入門』付録B「第二量子化の要点」と,同第8章の Lehmann 表示を知っていると 14.8 節がやさしい.

14.1 太陽ニュートリノ問題

14.1.1 太陽は何を燃やしているのか

太陽の中心温度は $1.57\times10^7\ \mathrm{K}$,中心密度は $150\ \mathrm{g/cm^3}$ である.ここで起きている正味の反応は,4個の陽子が1個の $^4\mathrm{He}$ 核になる反応である.

$$ \begin{equation} 4p \;\longrightarrow\; {}^4\mathrm{He} + 2e^+ + 2\nu_e + 26.73\ \mathrm{MeV} \label{eq:14-ppnet} \end{equation} $$

左辺の電荷は $+4e$,右辺は $+2e+2e=+4e$ で合う.バリオン数は両辺 $4$ で合う.レプトン数は左辺 $0$,右辺は $2\times(-1)+2\times(+1)=0$ で合う.ここで $e^+$ のレプトン数が $-1$,$\nu_e$ が $+1$ であることに注意する.すなわちこの反応は,正味では陽子2個が中性子に変わる弱い相互作用(第12章)であり,ニュートリノが必ず2個出る.

この正味反応は,実際には複数の素過程の連鎖として進む.主要な経路を pp チェーンと呼ぶ.

表14.1 pp チェーンの主要素過程と,そこから出るニュートリノ
枝反応$\nu_e$ のエネルギー全流束に占める割合
pp$p+p\to d+e^++\nu_e$連続,$E_\mathrm{max}=0.420\ \mathrm{MeV}$$91\%$
pep$p+e^-+p\to d+\nu_e$単色,$1.442\ \mathrm{MeV}$$0.2\%$
$^7$Be$^7\mathrm{Be}+e^-\to{}^7\mathrm{Li}+\nu_e$単色,$0.862$ / $0.384\ \mathrm{MeV}$$7\%$
$^8$B$^8\mathrm{B}\to{}^8\mathrm{Be}^*+e^++\nu_e$連続,$E_\mathrm{max}\approx15\ \mathrm{MeV}$$0.008\%$
hep${}^3\mathrm{He}+p\to{}^4\mathrm{He}+e^++\nu_e$連続,$E_\mathrm{max}=18.8\ \mathrm{MeV}$$10^{-7}$
CNO$^{13}$N, $^{15}$O, $^{17}$F の $\beta^+$ 崩壊連続,$\lesssim1.7\ \mathrm{MeV}$$\approx1\%$

ここで決定的に重要なのは,流束の大部分を占める pp ニュートリノはエネルギーが低く,逆に検出しやすい高エネルギーの $^8$B ニュートリノは流束が全体の1万分の1しかないという事情である.どの実験がどの枝を見ているのかを取り違えると,議論が噛み合わなくなる.

導出:地球に届く太陽ニュートリノの流束を,太陽定数から出す

ステップ1:太陽定数をエネルギー流束に直す.地球軌道での太陽放射のエネルギー流束(太陽定数)は

$$ S = 1.361\ \mathrm{kW/m^2} = 0.1361\ \mathrm{J\,cm^{-2}s^{-1}} $$

である.$1\ \mathrm{MeV}=1.602\times10^{-13}\ \mathrm{J}$ を使って MeV 単位に直すと

$$ S = \frac{0.1361}{1.602\times10^{-13}} = 8.50\times10^{11}\ \mathrm{MeV\,cm^{-2}s^{-1}} $$

ステップ2:光として出るエネルギーを1反応あたりで見積る.式 \eqref{eq:14-ppnet} の $26.73\ \mathrm{MeV}$ のうち,ニュートリノは相互作用せずに太陽から逃げるので,光になるのは残りである.ニュートリノ1個の平均エネルギーは約 $0.30\ \mathrm{MeV}$(pp 枝が支配的なため低い)だから,2個で $0.6\ \mathrm{MeV}$ が持ち去られ

$$ Q_\gamma \approx 26.73 - 0.6 = 26.1\ \mathrm{MeV} $$

が電磁波として地球に届く.

ステップ3:割り算する.$Q_\gamma$ の光が出るたびにニュートリノが2個出るのだから

$$ \begin{equation} \Phi_\nu = \frac{2S}{Q_\gamma} = \frac{2\times8.50\times10^{11}}{26.1} = 6.5\times10^{10}\ \mathrm{cm^{-2}\,s^{-1}} \label{eq:14-solarflux} \end{equation} $$

すなわち,いまこの瞬間にも,あなたの親指の爪ほどの面積($1\ \mathrm{cm^2}$)を毎秒 650 億個の太陽ニュートリノが通り抜けている.∎

驚くべきことに,この見積りには太陽の内部構造の詳細が一切入っていない.必要だったのは「太陽が輝いているエネルギー源は式 \eqref{eq:14-ppnet} である」という一点だけである.したがって $\Phi_\nu$ の総量は非常に信頼できる.標準太陽模型(SSM)の全流束 $6.5\times10^{10}\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$(B16-GS98.うち pp 枝が $6.0\times10^{10}$)とも数 % で合っている.

なぜ? 太陽ニュートリノを見ることは,太陽の「いま」を見ることである

太陽中心で生まれた光子は,電子との Thomson 散乱を無数に繰り返しながら拡散し,表面に出るまでに $10^4$〜$10^5$ 年かかる.われわれが見ている陽光は,数万年前に中心核で作られたエネルギーである.

ニュートリノは違う.断面積が $\sigma\sim10^{-44}\ \mathrm{cm^2}$ しかないので,太陽の中心から表面まで($7\times10^{10}\ \mathrm{cm}$,平均密度 $1.4\ \mathrm{g/cm^3}$)をまったく散乱せずに突き抜ける.平均自由行程を見積ると $\ell = 1/(n\sigma)\sim 1/(10^{24}\times10^{-44})=10^{20}\ \mathrm{cm}$ となり,太陽半径の $10^9$ 倍である.

だから太陽ニュートリノは,8分19秒前の太陽中心核の情報をそのまま運んでくる.これは天文学において他に代えのない観測手段であり,同時に「実験が難しい」ことの理由でもある.すり抜けるということは,検出器の中でも同じようにすり抜けるということだからである.

14.1.2 Davis の実験と Homestake の不足

Ray Davis Jr. は 1960 年代,サウスダコタ州 Homestake 金鉱の地下 1478 m に,$615\ \mathrm{t}$ のテトラクロロエチレン $\mathrm{C_2Cl_4}$(ドライクリーニング液)を満たしたタンクを設置した.狙う反応は Pontecorvo が提案した

$$ \begin{equation} \nu_e + {}^{37}\mathrm{Cl} \;\longrightarrow\; {}^{37}\mathrm{Ar} + e^-, \qquad E_\mathrm{th}=0.814\ \mathrm{MeV} \label{eq:14-cl37} \end{equation} $$

である.しきい値 $0.814\ \mathrm{MeV}$ は,pp ニュートリノ($\le0.42\ \mathrm{MeV}$)にはまったく届かない.すなわち Homestake が見ているのは,主として $^8$B と $^7$Be の枝である.

例:1か月で何原子できるか

$615\ \mathrm{t}$ の $\mathrm{C_2Cl_4}$(分子量 $165.8$)に含まれる塩素原子は

$$ N_\mathrm{Cl} = \frac{6.15\times10^8\ \mathrm{g}}{165.8\ \mathrm{g/mol}}\times4\times6.022\times10^{23} = 8.9\times10^{30} $$

$^{37}$Cl の天然存在比は $24.2\%$ だから $N_{37} = 2.2\times10^{30}$ 個.

反応率の単位として SNU(Solar Neutrino Unit)を使う.$1\ \mathrm{SNU}\equiv10^{-36}$ 捕獲/(標的原子・秒)である.SSM の予言は $8.5\pm1.8\ \mathrm{SNU}$ であった.すると生成率は

$$ R = 8.5\times10^{-36}\times2.2\times10^{30} = 1.9\times10^{-5}\ \mathrm{s^{-1}} = 1.6\ \mathrm{日^{-1}} $$

つまり1日に約 1.6 原子.$^{37}$Ar の半減期は 35 日なので,飽和値は $1.6\times35/\ln2\approx 81$ 原子である.Davis は 2 か月ごとにヘリウムでタンクをパージし,この数十個のアルゴン原子を回収して比例計数管で数えた.$10^{31}$ 個の原子から 30 個を取り出す化学である.

実測値は $2.56\pm0.23\ \mathrm{SNU}$,すなわち予言の

$$ \frac{2.56}{8.5} = 0.30 $$

しかなかった.これが太陽ニュートリノ問題である.∎

注意:20年間「太陽模型が悪い」と思われていた

1968年から1990年ごろまで,多くの物理学者はこの不足を実験の誤りか,あるいは太陽模型の誤りだと考えた.無理もない.$^8$B ニュートリノの流束は太陽中心温度 $T_c$ の約 $18$ 乗に比例する.$T_c$ をわずか $5\%$ 下げるだけで流束は $0.95^{18}=0.40$ になり,不足が説明できてしまう.

この可能性を排除したのは,日震学(helioseismology)である.太陽表面の振動モードから音速分布を逆問題として決めると,SSM の予言と $0.1\%$ の精度で一致した.$T_c$ を $5\%$ も動かす余地はない.「太陽が悪い」のではなく「ニュートリノが悪い」のである.

14.1.3 ガリウム実験,Kamiokande,そして Super-Kamiokande

Homestake の結果を検証・補強するため,異なるしきい値と異なる原理の実験が続いた.

表14.2 太陽ニュートリノ実験と,SSM に対する観測比
実験反応しきい値感度をもつ枝観測/SSM
Homestake($^{37}$Cl)$\nu_e\,{}^{37}\mathrm{Cl}\to{}^{37}\mathrm{Ar}\,e^-$$0.814\ \mathrm{MeV}$$^8$B, $^7$Be$0.30\pm0.03$
GALLEX / GNO($^{71}$Ga)$\nu_e\,{}^{71}\mathrm{Ga}\to{}^{71}\mathrm{Ge}\,e^-$$0.233\ \mathrm{MeV}$pp を含む全枝$0.54\pm0.05$
SAGE($^{71}$Ga)同上$0.233\ \mathrm{MeV}$同上$0.53\pm0.05$
Kamiokande-II(水)$\nu_x e^-\to\nu_x e^-$$\approx7\ \mathrm{MeV}$$^8$B$0.49\pm0.09$
Super-Kamiokande(水)$\nu_x e^-\to\nu_x e^-$$\approx4.5\ \mathrm{MeV}$$^8$B$0.465\pm0.015$
SNO(重水,CC)$\nu_e d\to p\,p\,e^-$$1.44\ \mathrm{MeV}$$^8$B($\nu_e$ のみ)$0.35\pm0.02$
SNO(重水,NC)$\nu_x d\to p\,n\,\nu_x$$2.22\ \mathrm{MeV}$$^8$B(全フレーバー)$1.01\pm0.12$

表14.2 には重要な構造が隠れている.不足の度合いが,実験ごとに違うのである.ガリウムは $0.54$,水チェレンコフは $0.47$,塩素は $0.30$ ——単に「ニュートリノが3分の1に減る」のではなく,エネルギーによって減り方が違う.どんな太陽模型の修正でも,このパターンは説明できない.ニュートリノ自身の性質でなければならない.14.3 節で見る MSW 効果が,まさにこのエネルギー依存性を予言する.

ニュートリノエネルギー (MeV) 流束 (cm⁻²s⁻¹MeV⁻¹) 0.1 0.2 0.5 1 3 7 15 10¹⁰ 10⁸ 10⁶ 10⁴ pp (91%) ⁷Be pep CNO ⁸B (0.008%) hep Ga: 0.233 Cl: 0.814 水チェレンコフ: ~4.5–7 縦軸・横軸とも対数.単色線(⁷Be, pep)は縦棒で示す(単位は cm⁻²s⁻¹).
図14.1 太陽ニュートリノのエネルギースペクトル(模式図)と,各実験のエネルギーしきい値.流束の $91\%$ を占める pp ニュートリノは $0.42\ \mathrm{MeV}$ 以下にあり,ガリウム実験だけがこれに届く.塩素実験は $^7$Be と $^8$B を,水チェレンコフ実験は $^8$B のみを見ている.「不足の度合いが実験ごとに違う」という事実は,このしきい値の違いに由来しており,14.3 節の MSW 効果によって定量的に説明される.

物理的意味:Kamiokande が「太陽の写真」を撮ったこと

Kamiokande-II は,$3000\ \mathrm{t}$ の純水中で $\nu_x + e^-\to\nu_x+e^-$(弾性散乱)により叩き出された電子のチェレンコフ光を,光電子増倍管で捉えた.この方式には,放射化学法にはない三つの長所がある.

ただし短所もある.弾性散乱は $\nu_\mu,\nu_\tau$ に対しても($Z$ 交換の中性カレントを通じて)起きるので,フレーバーを区別できない.しかも断面積は $\sigma(\nu_\mu e)/\sigma(\nu_e e)\approx0.155$ と小さいから,$\nu_e$ が $\nu_\mu$ に化けていると流束を過小評価する.この「中途半端さ」が,のちに SNO の設計動機となる(14.3 節).

14.2 振動の理論

14.2.1 フレーバー固有状態と質量固有状態

混合の考え方は,第12章の CKM 行列とまったく同じである.そこでは,弱い相互作用が作る「フレーバー固有状態」$d',s',b'$ と,自由伝播の固有状態である「質量固有状態」$d,s,b$ が一致せず,ユニタリ行列で結ばれていた.レプトンでも同じことが起きているとしよう.

定義:フレーバー固有状態と質量固有状態

フレーバー固有状態 $\ket{\nu_\alpha}$($\alpha=e,\mu,\tau$)とは,弱い相互作用の頂点で荷電レプトン $\ell_\alpha$ とともに生成・消滅する状態である.たとえば $\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$ で生まれるのが $\ket{\nu_\mu}$ である.

質量固有状態 $\ket{\nu_i}$($i=1,2,3$)とは,自由ハミルトニアンの固有状態であり,確定した質量 $m_i$ をもつ.真空中を伝播するあいだ,位相 $\ee^{-\ii E_it}$ を獲得しながら形を変えずに進むのはこちらである.

両者はユニタリ行列 $U$(PMNS 行列,14.5 節)で結ばれる:

$$ \begin{equation} \ket{\nu_\alpha} = \sum_i U_{\alpha i}^{*}\,\ket{\nu_i} \label{eq:14-mixdef} \end{equation} $$

複素共役が付くのは,場の演算子ではなく状態ケットに対する関係だからである(場に対しては $\nu_{\alpha L}=\sum_iU_{\alpha i}\nu_{iL}$).2世代の実行列の場合,この区別は消える.

なぜ二つの基底がずれうるのか

「生成されるもの」と「伝播するもの」が違う,という状況は,物性物理では珍しくない.たとえば結晶場のもとで $d$ 軌道が分裂した系を考えよう.光学遷移の選択則が選ぶ状態($\ket{x^2-y^2}$ など実軌道の組)と,スピン軌道相互作用まで含めたハミルトニアンの固有状態($t_{2g}$ なら $j_\mathrm{eff}=1/2,3/2$ で分類される状態)は一致しない.前者で作った状態は,後者の重ね合わせであり,時間発展すると別の実軌道に化ける.

ニュートリノで起きているのは,これと同じである.違うのは,二つの基底のずれが $\theta_{12}\approx34^\circ$ という非常に大きな角度である点だけである.クォークの Cabibbo 角 $\theta_C\approx13^\circ$ よりずっと大きい.

14.2.2 2世代の振動確率 —— 完全導出

まず2世代で本質を掴む.$\nu_e$ と $\nu_\mu$,$\nu_1$ と $\nu_2$ が,一つの混合角 $\theta$ をもつ実直交行列で結ばれるとする.

導出:$P(\nu_e\to\nu_\mu)=\sin^22\theta\,\sin^2(\Delta m^2L/4E)$

ステップ1:混合を書き下す.2次元の直交行列は回転行列である.

$$ \begin{equation} \begin{pmatrix}\ket{\nu_e}\\ \ket{\nu_\mu}\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}\cos\theta & \sin\theta\\ -\sin\theta & \cos\theta\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\ket{\nu_1}\\ \ket{\nu_2}\end{pmatrix} \label{eq:14-2gen} \end{equation} $$

すなわち $\ket{\nu_e}=\cos\theta\ket{\nu_1}+\sin\theta\ket{\nu_2}$,$\ket{\nu_\mu}=-\sin\theta\ket{\nu_1}+\cos\theta\ket{\nu_2}$.回転行列は $R^{T}R=\mathbb{1}$(列が正規直交)を満たす直交行列であり,実行列としてユニタリである(行列式は $\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$).なお行列式が $1$ であることはユニタリ性の証明にはならない.$\mathrm{diag}(2,1/2)$ も行列式 $1$ である.

ステップ2:時間発展させる.$t=0$ で $\ket{\nu(0)}=\ket{\nu_e}$ とする.質量固有状態はそれぞれ自分のエネルギー $E_i$ で位相を回すから

$$ \ket{\nu(t)} = \cos\theta\,\ee^{-\ii E_1t}\ket{\nu_1} + \sin\theta\,\ee^{-\ii E_2t}\ket{\nu_2} $$

ここで $E_i=\sqrt{\bm{p}^2+m_i^2}$ である.質量が違えばエネルギーが違い,位相の回る速さが違う.これが振動のすべてである.

ステップ3:$\nu_\mu$ 成分を射影する.式 \eqref{eq:14-2gen} を逆に解くと $\ket{\nu_1}=\cos\theta\ket{\nu_e}-\sin\theta\ket{\nu_\mu}$,$\ket{\nu_2}=\sin\theta\ket{\nu_e}+\cos\theta\ket{\nu_\mu}$.したがって $\braket{\nu_\mu|\nu_1}=-\sin\theta$,$\braket{\nu_\mu|\nu_2}=\cos\theta$ であり

$$ \mathcal{A}_{e\to\mu}(t) \equiv \braket{\nu_\mu|\nu(t)} = -\cos\theta\sin\theta\,\ee^{-\ii E_1t} + \sin\theta\cos\theta\,\ee^{-\ii E_2t} $$ $$ = \sin\theta\cos\theta\left(\ee^{-\ii E_2t}-\ee^{-\ii E_1t}\right) $$

$\theta=0$ なら振幅はゼロ(混合がなければ化けない),$E_1=E_2$ でもゼロ(質量が縮退していれば化けない).この2条件がすでに読み取れる.

ステップ4:絶対値の2乗をとる.共通因子 $\ee^{-\ii E_1t}$ を括り出す.

$$ \mathcal{A} = \sin\theta\cos\theta\,\ee^{-\ii E_1t}\left(\ee^{-\ii(E_2-E_1)t}-1\right) $$

$\abs{\ee^{-\ii E_1t}}=1$ なので落ちる.$\phi\equiv(E_2-E_1)t$ と書けば

$$ \abs{\ee^{-\ii\phi}-1}^2 = (\cos\phi-1)^2+\sin^2\phi = 2-2\cos\phi = 4\sin^2\frac{\phi}{2} $$

最後は半角公式 $1-\cos\phi=2\sin^2(\phi/2)$ を使った.また $\sin\theta\cos\theta=\tfrac12\sin2\theta$ だから $(\sin\theta\cos\theta)^2=\tfrac14\sin^22\theta$.したがって

$$ \begin{equation} P(\nu_e\to\nu_\mu) = \frac14\sin^22\theta\times4\sin^2\frac{\phi}{2} = \sin^22\theta\,\sin^2\!\left(\frac{(E_2-E_1)t}{2}\right) \label{eq:14-Pmid} \end{equation} $$

ステップ5:超相対論的近似でエネルギー差を評価する.ニュートリノ質量は $\lesssim0.1\ \mathrm{eV}$,一方で実験で扱うエネルギーは MeV〜GeV である.したがって $m_i\ll p$ が圧倒的に成り立ち,平方根を展開できる.

$$ E_i = \sqrt{p^2+m_i^2} = p\sqrt{1+\frac{m_i^2}{p^2}} \simeq p + \frac{m_i^2}{2p} $$

展開の誤差は $O(m_i^4/p^3)$ で,$m\sim0.1\ \mathrm{eV}$,$p\sim1\ \mathrm{GeV}$ なら相対誤差 $10^{-20}$ である.同じ運動量 $p$ をもつと仮定すると(この仮定の妥当性は下の注意ボックスで論じる)

$$ E_2-E_1 \simeq \frac{m_2^2-m_1^2}{2p} \equiv \frac{\Delta m^2}{2E} $$

最後で $p\simeq E$ と置いた(超相対論的だから運動量とエネルギーの区別は $O(m^2/E)$ の高次).

ステップ6:時間を飛行距離に直す.ほぼ光速で飛ぶので $t\simeq L$(自然単位 $c=1$).よって $\phi/2 = \Delta m^2L/(4E)$ となり

$$ \begin{equation} P(\nu_e\to\nu_\mu) = \sin^22\theta\;\sin^2\!\left(\frac{\Delta m^2\,L}{4E}\right), \qquad \Delta m^2 \equiv m_2^2-m_1^2 \label{eq:14-Posc} \end{equation} $$

そして生き残り確率は,2世代なら確率の和が1なので

$$ \begin{equation} P(\nu_e\to\nu_e) = 1 - \sin^22\theta\,\sin^2\!\left(\frac{\Delta m^2L}{4E}\right) \label{eq:14-Psurv} \end{equation} $$

∎

物理的意味:この式が持つ二つの「振幅」と「周期」

式 \eqref{eq:14-Posc} は,二つの因子の積である.

この分離のおかげで,実験は「深さ」から $\theta$ を,「周期」から $\Delta m^2$ を,独立に決められる.

そして決定的な帰結がある.$\Delta m^2=m_2^2-m_1^2$ は差であって,$m_1$ や $m_2$ そのものではない.$(m_1,m_2)=(0,\ 0.00866)\ \mathrm{eV}$ でも $(1.0000,\ 1.0000375)\ \mathrm{eV}$ でも,$\Delta m^2$ は同じ $7.50\times10^{-5}\ \mathrm{eV^2}$ になる.振動実験を何万回やっても,ニュートリノの絶対質量は決して分からない.これが 14.4 節で $\beta$ 崩壊端点測定と宇宙論が別途必要になる理由である.

14.2.3 $1.27$ という数の正体

式 \eqref{eq:14-Posc} は自然単位系($\hbar=c=1$)で書かれている.実験家は $\Delta m^2$ を $\mathrm{eV^2}$,$L$ を $\mathrm{km}$,$E$ を $\mathrm{GeV}$ で測る.この三つの単位が混ざったままでは位相が計算できないので,$\hbar$ と $c$ を書き戻す必要がある.

導出:換算係数 $1.267$

ステップ1:$\hbar$ と $c$ を復活させる.次元解析でやる.位相 $\phi/2$ は無次元でなければならない.$\Delta m^2$ は質量の2乗だから,まず $c$ を掛けてエネルギーに直す:$\Delta m^2c^4$.$L$ は長さ,$E$ はエネルギーである.

$$ \frac{\Delta m^2c^4\,L}{E} \quad\to\quad \frac{[\mathrm{eV^2}][\mathrm{m}]}{[\mathrm{eV}]} = [\mathrm{eV\,m}] $$

$\mathrm{eV\cdot m}$ という次元が余る.これを消せるのは $\hbar c$(次元 $\mathrm{eV\cdot m}$)だけである.よって

$$ \begin{equation} \frac{\Delta m^2L}{4E}\ \Big|_{\hbar=c=1} \;\longrightarrow\; \frac{\Delta m^2c^4\,L}{4\,\hbar c\,E} \label{eq:14-restore} \end{equation} $$

ステップ2:$\hbar c$ を eV・m で書く.規約(付録B)より $\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$.$1\ \mathrm{MeV}=10^6\ \mathrm{eV}$,$1\ \mathrm{fm}=10^{-15}\ \mathrm{m}$ だから

$$ \hbar c = 197.327\times10^{6}\ \mathrm{eV}\times10^{-15}\ \mathrm{m} = 1.97327\times10^{-7}\ \mathrm{eV\,m} $$

ステップ3:実験家の単位を代入する.$\Delta m^2$ を $\mathrm{eV^2}$ 単位の数値 $\widetilde{\Delta m^2}$,$L$ を km 単位の数値 $\widetilde L$($L=10^3\widetilde L\ \mathrm{m}$),$E$ を GeV 単位の数値 $\widetilde E$($E=10^9\widetilde E\ \mathrm{eV}$)で書くと

$$ \frac{\Delta m^2c^4L}{4\hbar cE} =\frac{\widetilde{\Delta m^2}\ \mathrm{eV^2}\times10^3\widetilde L\ \mathrm{m}} {4\times1.97327\times10^{-7}\ \mathrm{eV\,m}\times10^{9}\widetilde E\ \mathrm{eV}} $$

単位はきれいに消える.係数だけ計算すると,分母は

$$ 4\times1.97327\times10^{-7}\times10^{9} = 4\times197.327 = 789.31 $$

分子の係数は $10^3$ だから

$$ \begin{equation} \frac{\Delta m^2L}{4E} = \frac{10^3}{789.31}\,\frac{\widetilde{\Delta m^2}\,\widetilde L}{\widetilde E} = 1.2669\,\frac{\Delta m^2[\mathrm{eV^2}]\;L[\mathrm{km}]}{E[\mathrm{GeV}]} \label{eq:14-127} \end{equation} $$

これが $1.27$ の正体である.$\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$ という自然定数と,km・GeV・eV$^2$ という人間の都合の産物にすぎない.∎

したがって実用形は

$$ \begin{equation} P(\nu_\alpha\to\nu_\beta) = \sin^22\theta\; \sin^2\!\left(1.267\,\frac{\Delta m^2[\mathrm{eV^2}]\,L[\mathrm{km}]}{E[\mathrm{GeV}]}\right) \label{eq:14-Ppractical} \end{equation} $$

である.なお $L$ を m,$E$ を MeV で測っても同じ係数 $1.267$ が使える($10^{-3}$ が上下で相殺するため).原子炉実験($L\sim1\ \mathrm{km}$,$E\sim4\ \mathrm{MeV}$)ではこちらが便利である.

定義:振動長

振動確率が $0\to$最大$\to0$ と一周する距離を振動長 $L_\mathrm{osc}$ と呼ぶ.位相 $\Delta m^2L/(4E)$ が $\pi$ だけ進む距離である($\sin^2$ の周期は $\pi$).

$$ \frac{\Delta m^2 L_\mathrm{osc}}{4E}=\pi \quad\Longrightarrow\quad L_\mathrm{osc} = \frac{4\pi E}{\Delta m^2} $$

実用単位では,式 \eqref{eq:14-127} から $1.267\,\widetilde{\Delta m^2}\widetilde{L}_\mathrm{osc}/\widetilde E=\pi$ より

$$ \begin{equation} L_\mathrm{osc}[\mathrm{km}] = \frac{\pi}{1.267}\,\frac{E[\mathrm{GeV}]}{\Delta m^2[\mathrm{eV^2}]} = 2.48\,\frac{E[\mathrm{GeV}]}{\Delta m^2[\mathrm{eV^2}]} \label{eq:14-Losc} \end{equation} $$

最初の振動極大は $L_\mathrm{osc}/2$ にある.実験のベースラインは,この式で設計されている.

例:実験のベースラインは式 \eqref{eq:14-Losc} で決まっている

$\Delta m_{31}^2=2.5\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$(大気型)を仮定する.

(a) T2K. J-PARC で作る $\nu_\mu$ ビームは,off-axis 法によりピークが $E\approx0.6\ \mathrm{GeV}$ に揃えてある.第1極大は

$$ \frac{L_\mathrm{osc}}{2} = \frac{2.48}{2}\times\frac{0.6}{2.5\times10^{-3}} = 1.24\times240 = 298\ \mathrm{km} $$

実際の J-PARC–Super-Kamiokande 間の距離は $295\ \mathrm{km}$.偶然ではない.神岡の位置に合わせてビームエネルギーを設計したのである.

(b) Daya Bay(原子炉 $\bar\nu_e$,$E\approx4\ \mathrm{MeV}=4\times10^{-3}\ \mathrm{GeV}$).

$$ \frac{L_\mathrm{osc}}{2}=1.24\times\frac{4\times10^{-3}}{2.5\times10^{-3}} = 1.98\ \mathrm{km} $$

Daya Bay の遠検出器は約 $1.65\ \mathrm{km}$,RENO は $1.38\ \mathrm{km}$,Double Chooz は $1.05\ \mathrm{km}$ に置かれた.いずれも $\theta_{13}$ を測るための最適点付近である.

(c) KamLAND($\Delta m_{21}^2=7.5\times10^{-5}$,$E\approx3.6\ \mathrm{MeV}$).

$$ \frac{L_\mathrm{osc}}{2}=1.24\times\frac{3.6\times10^{-3}}{7.5\times10^{-5}} = 59.5\ \mathrm{km} $$

日本中の原子炉から神岡までの実効距離は約 $180\ \mathrm{km}$ で,これは第1極大の3倍ほどにあたる.だから KamLAND はスペクトルに複数の山と谷を見た(14.3 節).∎

2世代振動確率 P=sin²2θ sin²φ(φ=1.267Δm²L/E)の位相 φ=0〜3π への依存性のグラフ.sin²2θ=1.0(赤の実線),0.85(青緑の破線),0.09(琥珀の実線)の 3 本の曲線は,位相が π/2,3π/2,5π/2 で第1,第2,第3極大に達し,π,2π,3π で 0 になる.位相 π/2 に縦の補助線,位相 π の P=0 に印がある.
図14.2 2世代振動確率 $P=\sin^22\theta\,\sin^2(1.267\Delta m^2L/E)$ の位相依存性.縦軸の到達点(振動の深さ)は $\sin^22\theta$ だけで決まり,横軸の周期は $\Delta m^2$ だけで決まる.実験は自分のベースライン $L$ とエネルギー $E$ で位相を第1極大($\pi/2$)付近に置くよう設計される.$\sin^22\theta=0.09$ の曲線は $\theta_{13}\approx8.7^\circ$ に対応する(PDG 2022 の $\sin^2\theta_{13}=0.0220$,すなわち $\theta_{13}=8.53^\circ$ なら $\sin^22\theta_{13}=0.0861$).この浅さを約 $3\%$ の精度($\sin^22\theta_{13}=0.0851\pm0.0024$)で測ったのが Daya Bay である.

注意:「同じ運動量」の仮定と,波束によるデコヒーレンス

ステップ5で「$\nu_1$ と $\nu_2$ は同じ運動量 $p$ をもつ」と仮定した.これは厳密には正しくない.実際には親粒子($\pi^+$ など)の運動学が $E$ と $p$ の両方を決めるので,質量が違えば両方わずかに違う.しかし,「同じ $E$」を仮定しても「同じ $p$」を仮定しても,位相の主要項は同じ $\Delta m^2L/2E$ になることが示せる(違いは $O(m^4/E^4)$).したがって実用上は問題ない.場の量子論による厳密な扱い(波束形式)でも同じ答えが出る.

ただし,波束の描像は別の重要な帰結を与える.質量固有状態は速度がわずかに違う($v_i\simeq1-m_i^2/2E^2$)ので,長距離を飛ぶと二つの波束が空間的に分離してしまう.分離してしまえば干渉できず,振動は消えて,確率は $\sin^2$ の平均値 $1/2$ に落ち着く:

$$ P(\nu_e\to\nu_e)\ \xrightarrow{\ \text{デコヒーレンス}\ }\ 1-\frac12\sin^22\theta $$

これがコヒーレンス長を超えた領域の振る舞いである.太陽から地球まで $1.5\times10^8\ \mathrm{km}$ という距離では,どのみち $L/E$ の分布が広がって位相が平均化されるので,実効的にこの式が使われる.物性で言えば,群速度の異なるモードの波束が空間的に分離して干渉が失われる現象であり,パルス分光で $L/E$ の分布(不均一広がり)によって見かけの減衰が起きる $T_2^*$ 過程に近い.ただし環境との結合による不可逆な位相緩和($T_2$)とは機構が違う.ここでは散逸は一切なく,位相情報は原理的に回収可能である.

14.2.4 3世代への拡張

3世代では,混合行列は $3\times3$ のユニタリ行列 $U$ になる.振幅の計算は 2 世代とまったく同じ手順で進む.

導出:3世代の振動確率

ステップ1:振幅を書く.式 \eqref{eq:14-mixdef} より $\ket{\nu_\alpha}=\sum_iU^*_{\alpha i}\ket{\nu_i}$,逆変換は $\ket{\nu_i}=\sum_\beta U_{\beta i}\ket{\nu_\beta}$.したがって

$$ \mathcal{A}_{\alpha\to\beta} = \sum_i U^*_{\alpha i}\,\ee^{-\ii E_it}\,U_{\beta i} $$

ステップ2:$\abs{\mathcal{A}}^2$ を展開する.

$$ P_{\alpha\beta}=\sum_{i,j}U^*_{\alpha i}U_{\beta i}U_{\alpha j}U^*_{\beta j}\, \ee^{-\ii(E_i-E_j)t} $$

ステップ3:$i=j$ の項と $i\neq j$ の項に分ける.$i=j$ の和はユニタリ性 $\sum_i U^*_{\alpha i}U_{\beta i}=\delta_{\alpha\beta}$ を使うと $\delta_{\alpha\beta}$ の形にまとまる.$i\neq j$ の項を実部と虚部に整理し,$E_i-E_j=\Delta m_{ij}^2/2E$ を代入すると

$$ \begin{equation} \begin{aligned} P_{\alpha\beta} = \delta_{\alpha\beta} &- 4\sum_{i>j}\mathrm{Re}\!\left[U^*_{\alpha i}U_{\beta i}U_{\alpha j}U^*_{\beta j}\right] \sin^2\!\left(\frac{\Delta m^2_{ij}L}{4E}\right)\\ &+ 2\sum_{i>j}\mathrm{Im}\!\left[U^*_{\alpha i}U_{\beta i}U_{\alpha j}U^*_{\beta j}\right] \sin\!\left(\frac{\Delta m^2_{ij}L}{2E}\right) \end{aligned} \label{eq:14-P3gen} \end{equation} $$

∎

物理的意味:第3項が CP 対称性の破れである

式 \eqref{eq:14-P3gen} の第3項($\mathrm{Im}$ の項)に注目してほしい.$\sin$ は奇関数だから,これは $L$ の符号,つまり時間の向きに敏感である.そして $\nu\to\bar\nu$ の置き換えは $U\to U^*$ を意味するから,$\mathrm{Im}[\cdots]$ の符号が反転する.すなわち

$$ P(\nu_\alpha\to\nu_\beta) - P(\bar\nu_\alpha\to\bar\nu_\beta) = 4\sum_{i>j}\mathrm{Im}[\cdots]\sin\!\left(\frac{\Delta m^2_{ij}L}{2E}\right)\ne0 $$

この差がレプトンセクターの CP 対称性の破れである(第6章の $CP$ 変換の定義を参照).行列 $U$ が実であればこの項は消える.したがって CP の破れは $U$ の複素位相 $\delta$ の存在と直結している.T2K と NOvA,そして建設中の Hyper-Kamiokande・DUNE が狙っているのは,まさにこの項である.

なお,2世代では $2\times2$ の実直交行列に位相を入れる余地がなく(入れても再定義で消せる),第3項は恒等的にゼロになる.CP の破れには最低3世代が必要である.クォークで小林・益川が指摘したのと同じ論理が,レプトンでもそのまま成り立つ.

3世代でも,実際の解析はしばしば「2世代近似」で足りる.理由は $\Delta m_{21}^2=7.5\times10^{-5}\ \mathrm{eV^2}$ と $\abs{\Delta m_{31}^2}=2.5\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$ が 33 倍も違うからである.たとえば大気ニュートリノや加速器実験($L/E\sim500\ \mathrm{km/GeV}$)では $\Delta m_{21}^2L/4E\ll1$ となって太陽項が眠り,$\Delta m_{31}^2$ の項だけが効く.逆に太陽ニュートリノや KamLAND では $\Delta m_{31}^2$ の項が速く振動して平均化され,$\Delta m_{21}^2$ の項だけが残る.二つのスケールが分離しているおかげで,混合パラメータが一つずつ順番に測れたのである.

14.3 振動の確認と MSW 効果

14.3.1 大気ニュートリノ —— 上から来るのと下から来るのが違う

宇宙線の陽子が大気上層の原子核に当たると $\pi^\pm$ が大量に作られ,$\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$,$\mu^+\to e^+\nu_e\bar\nu_\mu$ と崩壊する.したがって素朴には

$$ \frac{N(\nu_\mu+\bar\nu_\mu)}{N(\nu_e+\bar\nu_e)} \simeq 2 $$

のはずである($\nu_\mu$ が2個,$\nu_e$ が1個).この比は,宇宙線流束の絶対値の不確かさが分子分母で相殺するため,$5\%$ 程度の精度で予言できる.ところが実測は約 $1.3$,すなわち $\nu_\mu$ が3割ほど足りなかった.

1998年,Super-Kamiokande は決定的な証拠を出した.天頂角依存性である.検出器の真上で生まれたニュートリノの飛行距離は約 $15\ \mathrm{km}$,真下(地球の反対側の大気)で生まれたものは約 $12\,800\ \mathrm{km}$ である.同じ検出器で,同じエネルギーのニュートリノについて,飛行距離だけを $10^3$ 倍振れるのである.

例:Super-Kamiokande の上下非対称

$E\approx1\ \mathrm{GeV}$,$\Delta m_{31}^2=2.5\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$,$\sin^22\theta_{23}\approx1$ とする.式 \eqref{eq:14-Ppractical} の位相は

下向き事象(真上の大気で生まれ,下降してくるニュートリノ,$L=15\ \mathrm{km}$):

$$ \Phi = 1.267\times2.5\times10^{-3}\times\frac{15}{1} = 0.0475\ \mathrm{rad} $$ $$ P(\nu_\mu\to\nu_\mu) = 1-\sin^2(0.0475) = 1-0.00226 = 0.998 $$

ほとんど振動していない.

上向き事象(地球の裏側で生まれ,地球を貫いて下から突き上げてくるニュートリノ,$L=12\,800\ \mathrm{km}$):

$$ \Phi = 1.267\times2.5\times10^{-3}\times12\,800 = 40.5\ \mathrm{rad} $$

$40.5\ \mathrm{rad}$ は $\pi$ の 12.9 倍である.エネルギー分解能と角度分解能でならされるので,$\sin^2\Phi$ は平均値 $1/2$ に置き換わる:

$$ P(\nu_\mu\to\nu_\mu) = 1-\frac12\sin^22\theta_{23} \approx 0.5 $$

すなわち地球を突き抜けてきた $\nu_\mu$ は半分に減る.一方 $\nu_e$ は($\Delta m_{31}^2$ に対する混合が $\sin^22\theta_{13}=0.086$ と小さいため)ほとんど減らない.Super-Kamiokande はまさにこのパターンを見た.しかも「消えた $\nu_\mu$」に対応する $\nu_e$ の増加はなかった.消えた先は $\nu_\tau$ である($\tau$ を作るには $3.5\ \mathrm{GeV}$ 以上必要なので,直接は見えにくい).∎

なぜ天頂角依存性が「決定的」だったのか

絶対流束の予言には,宇宙線スペクトルとハドロン生成模型の不確かさが $20\%$ 程度残る.したがって「$\nu_\mu$ が3割足りない」だけでは,理論計算の誤りという逃げ道がある.

ところが,同じ検出器で同じエネルギー帯の事象を天頂角で分ければ,流束の絶対値は比のなかでほとんど消える(地球は球対称であり,数 GeV 以上では地磁気による一次宇宙線のカットオフの影響が小さく入射がほぼ等方なので,上から来る $\nu_\mu$ と下から来る $\nu_\mu$ の生成量は数 % の精度で等しい.sub-GeV 領域では地磁気効果を別に評価する必要がある).実験系統誤差もほとんど共通である.残るのは飛行距離の違いだけ.そこに $L$ 依存性がはっきり見えたのだから,これは振動以外に説明のしようがなかった.

これは実験物理の一般的な教訓でもある.絶対値の測定は模型に依存し,比の測定は模型に依存しない.材料計測でも,全反射率の絶対値より,偏光比や温度依存性のほうがはるかに信頼できるのと同じである.

14.3.2 SNO —— 消えたのではなく,化けた

太陽ニュートリノ問題の決着をつけたのは,カナダの Sudbury Neutrino Observatory(SNO)である.発想は単純にして強力であった.重水 $\mathrm{D_2O}$ を使えば,同じ検出器で「$\nu_e$ だけを数える測定」と「全フレーバーを数える測定」が同時にできる.

定義:SNO の三つの反応チャンネル

$1000\ \mathrm{t}$ の重水(当時のカナダ原子力公社から借用,時価 3 億カナダドル)中で,次の三つを同時に測る.

導出:SNO の3測定から $\Phi(\nu_{\mu,\tau})$ を取り出す

ステップ1:測定値を並べる(2002年,$^8$B 成分,単位 $10^6\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$).

$$ \Phi_\mathrm{CC}=1.76\pm0.06,\qquad \Phi_\mathrm{ES}=2.39\pm0.24,\qquad \Phi_\mathrm{NC}=5.09\pm0.44 $$

ステップ2:CC と NC の差をとる.定義から

$$ \Phi(\nu_{\mu,\tau}) = \Phi_\mathrm{NC}-\Phi_\mathrm{CC} = 5.09-1.76 = 3.33\ \ (\times10^6\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}) $$

誤差は独立成分を二乗和して $\sqrt{0.44^2+0.06^2}=0.444$.SNO が3測定の同時フィットで出した公表値は

$$ \Phi(\nu_{\mu,\tau}) = \left[3.41\pm0.45(\mathrm{stat})^{+0.48}_{-0.45}(\mathrm{syst})\right]\times10^6\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}} $$

であり,中心値は上の差 $3.33$ と,統計誤差は粗い見積り $0.444$ と,それぞれよく一致する(同時フィットなので中心値はわずかに違う).

統計と系統を二乗和した $\sqrt{0.45^2+0.48^2}=0.66$ で割ると,ゼロから $5.3\sigma$ 離れている(SNO の公表した有意度).統計誤差だけで割れば $7.6\sigma$ になるが,系統誤差を落とした過大な値なのでそう書いてはいけない.太陽の核融合反応は $\nu_e$ しか作らない(式 \eqref{eq:14-ppnet}).それなのに地球には $\nu_\mu$ と $\nu_\tau$ が来ている.道中で化けたのである.

ステップ3:全流束を SSM と比べる.

$$ \frac{\Phi_\mathrm{NC}}{\Phi_\mathrm{SSM}}=\frac{5.09}{5.05}=1.008 $$

誤差の範囲で完全に一致する.ニュートリノは1個も消えていない.Homestake や Super-Kamiokande が見たのは,$\nu_e$ だけを勘定していたことによる見かけの不足であった.Bahcall の標準太陽模型は,30年間ずっと正しかったのである.

ステップ4:生き残り確率を出す.

$$ P_{ee} = \frac{\Phi_\mathrm{CC}}{\Phi_\mathrm{NC}} = \frac{1.76}{5.09}=0.346 $$

$^8$B ニュートリノ(平均 $\approx7\ \mathrm{MeV}$)の生き残り確率は約 $1/3$ である.∎

注意:$P_{ee}=0.35$ は真空振動では説明できない

ここで話が終わらない.2世代の真空振動の平均値(式 \eqref{eq:14-Psurv} の $\sin^2$ を $1/2$ で置換)は

$$ \braket{P_{ee}}_\mathrm{vac} = 1-\frac12\sin^22\theta_{12} $$

である.$\sin^2\theta_{12}=0.307$($\theta_{12}=33.6^\circ$)を入れると $\sin2\theta_{12}=\sin(67.3^\circ)=0.922$,$\sin^22\theta_{12}=0.851$ だから

$$ \braket{P_{ee}}_\mathrm{vac} = 1-0.426 = 0.574 $$

実測 $0.35$ とはまるで合わない.しかも真空振動の平均値には,原理的に $0.5$ より小さくなれないという下限がある($\sin^22\theta\le1$ だから).$0.35$ という値は真空振動では絶対に出せない.

ところが低エネルギー側の Borexino による pp ニュートリノ($\le0.42\ \mathrm{MeV}$)の測定では $P_{ee}=0.57\pm0.10$ となり,こちらは真空平均値 $0.574$ とぴたりと合う.すなわちエネルギーによって物理が違う.この「折れ曲がり」の説明が MSW 効果である.

14.3.3 KamLAND と加速器実験

SNO と Super-Kamiokande の結果を,天体という「制御できない線源」ではなく,人間が作った線源で再現できるか.これが 2000 年代の課題であった.

表14.3 人工線源による振動実験の到達点
実験線源$L$$E$測るパラメータ結果
KamLAND日本の原子炉群 $\bar\nu_e$実効 $180\ \mathrm{km}$$\sim3.6\ \mathrm{MeV}$$\Delta m_{21}^2,\theta_{12}$$\bar\nu_e$ が $0.6$ に減り,$L/E$ に対する振動パターンを直接観測
K2KKEK $\nu_\mu$ ビーム$250\ \mathrm{km}$$\sim1.3\ \mathrm{GeV}$$\Delta m_{32}^2$112 事象(予想 $158.1^{+9.2}_{-8.6}$),$\nu_\mu$ 消失を $4.3\sigma$ で確認(最終結果,2006)
MINOSFermilab NuMI$735\ \mathrm{km}$$\sim3\ \mathrm{GeV}$$\Delta m_{32}^2$$\abs{\Delta m_{32}^2}$ を $4\%$ 精度で決定
T2KJ-PARC,off-axis $2.5^\circ$$295\ \mathrm{km}$$0.6\ \mathrm{GeV}$$\theta_{23},\theta_{13},\delta$$\nu_\mu\to\nu_e$ 出現を初観測(2011/2013),CP 位相に制限
NOvAFermilab NuMI,off-axis$810\ \mathrm{km}$$2\ \mathrm{GeV}$$\theta_{23},\delta$,質量順序物質効果が効く長基線.T2K と組んで縮退を解く
Daya Bay中国の原子炉群$0.4$/$1.65\ \mathrm{km}$$\sim4\ \mathrm{MeV}$$\theta_{13}$$\sin^22\theta_{13}=0.0851\pm0.0024$(最高精度)

物理的意味:KamLAND が「振動」を目で見せた

それまでの実験は,すべて「予想より少ない」という欠損の測定であった.欠損だけなら,ニュートリノが崩壊したとか,余剰次元に逃げたとか,別の説明も原理的にはありえた.

KamLAND は,$\bar\nu_e$ のエネルギーを1個ずつ測り,横軸を $L_0/E$($L_0=180\ \mathrm{km}$ の実効基線)にとって生き残り確率をプロットした.そこには山と谷が並んだ.式 \eqref{eq:14-Psurv} の $\sin^2$ そのものである.単調減少ではなく,減って戻ってまた減る.この形は振動以外では作れない.ニュートリノ崩壊なら $\ee^{-L/\lambda}$ の単調減少になるからである.

加えて,原子炉は $\bar\nu_e$ しか出さず,SNO は $\nu_e$ を見ている.CPT 定理(第6章)が成り立つなら両者の振動パラメータは一致するはずで,実際に一致した.$\Delta m_{21}^2$ の値が,太陽(天体)と原子炉(人工)という完全に独立な二つの系で合った瞬間である.

14.3.4 MSW 効果 —— 物質中の振動

Wolfenstein(1978),および Mikheyev と Smirnov(1985)が指摘したのは,次の一点である.物質中では $\nu_e$ だけが余分なポテンシャルを感じる.

導出:物質ポテンシャル $V=\sqrt2G_Fn_e$

ステップ1:なぜ $\nu_e$ だけ特別か.通常物質は $e^-$,$u$,$d$ からできている.中性カレント($Z$ 交換)による前方散乱は,$\nu_e,\nu_\mu,\nu_\tau$ のすべてに同じ大きさで働く.同じ量を全対角成分に足しても位相差に効かないので,振動には無関係である(全体の位相にしかならない).

ところが荷電カレント($W$ 交換)による $\nu_e+e^-\to e^-+\nu_e$ は,$\nu_e$ にしか起きない.$\nu_\mu$ が同じことをするには $\mu$ が物質中に必要だが,普通の物質に $\mu$ はない.したがって$\nu_e$ だけが余分なポテンシャルを得る.

ステップ2:ポテンシャルの大きさ.第12章の低エネルギー有効相互作用(Fermi 型)から,前方散乱振幅を電子密度 $n_e$ で平均すると

$$ \begin{equation} V_\mathrm{CC} = \sqrt2\,G_F\,n_e \label{eq:14-Vcc} \end{equation} $$

が得られる($\bar\nu_e$ では符号が反転して $-\sqrt2G_Fn_e$).屈折率の概念そのものである:光が媒質中で位相速度を変えるのと同じ機構が,ニュートリノにも働く.

ステップ3:数値にする.自然単位で $\mathrm{cm^{-3}}$ を $\mathrm{GeV^3}$ に直す.$\hbar c=1.97327\times10^{-14}\ \mathrm{GeV\,cm}$ より $1\ \mathrm{cm^{-1}}=1.97327\times10^{-14}\ \mathrm{GeV}$,よって

$$ 1\ \mathrm{cm^{-3}} = (1.97327\times10^{-14})^3\ \mathrm{GeV^3} = 7.683\times10^{-42}\ \mathrm{GeV^3} $$

$G_F=1.166\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$ を入れると

$$ V_\mathrm{CC} = \sqrt2\times1.166\times10^{-5}\times7.683\times10^{-42}\times n_e[\mathrm{cm^{-3}}]\ \mathrm{GeV} = 1.267\times10^{-46}\,n_e[\mathrm{cm^{-3}}]\ \mathrm{GeV} $$

太陽中心は $\rho\approx150\ \mathrm{g/cm^3}$,電子数密度は $n_e\approx6.0\times10^{25}\ \mathrm{cm^{-3}}$($Y_e\approx0.67$)だから

$$ V_\mathrm{CC}^{\odot} = 1.267\times10^{-46}\times6.0\times10^{25}\ \mathrm{GeV} = 7.6\times10^{-21}\ \mathrm{GeV} = 7.6\times10^{-12}\ \mathrm{eV} $$

$7.6\ \mathrm{peV}$.とてつもなく小さいが,比べる相手($\Delta m^2/2E\sim10^{-11}\ \mathrm{eV}$)も同じくらい小さいので効くのである.∎

導出:物質中の有効混合角と共鳴条件

ステップ1:有効ハミルトニアンを書く.2世代フレーバー基底 $(\nu_e,\nu_\mu)$ で,真空部分を混合行列で回して書き,物質項を足す.定数倍の単位行列は落としてよいので

$$ \begin{equation} \Ham_\mathrm{eff} = \frac{\Delta m^2}{4E} \begin{pmatrix}-\cos2\theta & \sin2\theta\\ \sin2\theta & \cos2\theta\end{pmatrix} + \begin{pmatrix}V_\mathrm{CC} & 0\\ 0&0\end{pmatrix} \label{eq:14-Heff} \end{equation} $$

右の行列が物質項で,$(1,1)$ 成分すなわち $\nu_e$ にだけ乗っている.

ステップ2:トレースを引いて標準形にする.$2\times2$ の行列からトレースの半分(単位行列に比例)を引くと,物理に効かない全体位相が落ちる.

$$ \Ham_\mathrm{eff} - \frac{\Tr\Ham_\mathrm{eff}}{2}\mathbb{1} = \frac12\begin{pmatrix}-A & B\\ B & A\end{pmatrix}, \quad A \equiv \frac{\Delta m^2}{2E}\cos2\theta - V_\mathrm{CC}, \quad B \equiv \frac{\Delta m^2}{2E}\sin2\theta $$

ステップ3:対角化する.この形の行列の固有値は $\pm\tfrac12\sqrt{A^2+B^2}$ である.したがって物質中の有効質量二乗差は

$$ \begin{equation} \frac{\Delta m^2_\mathrm{eff}}{2E} = \sqrt{A^2+B^2} =\sqrt{\left(\frac{\Delta m^2}{2E}\cos2\theta - V_\mathrm{CC}\right)^2 +\left(\frac{\Delta m^2}{2E}\sin2\theta\right)^2} \label{eq:14-dmeff} \end{equation} $$

また,混合角は $\tan2\theta_m = B/A$ で与えられるので

$$ \begin{equation} \sin^22\theta_m =\frac{B^2}{A^2+B^2} =\frac{\sin^22\theta} {\left(\cos2\theta-\dfrac{2EV_\mathrm{CC}}{\Delta m^2}\right)^2+\sin^22\theta} \label{eq:14-thetam} \end{equation} $$

ステップ4:共鳴条件を読み取る.式 \eqref{eq:14-thetam} の分母第1項がゼロになるとき,$\sin^22\theta_m=1$ すなわち混合が最大になる.真空での混合角がどんなに小さくても,物質中では最大混合になりうる.この条件は

$$ \begin{equation} \frac{\Delta m^2}{2E}\cos2\theta = \sqrt2\,G_F n_e \qquad\text{(MSW 共鳴条件)} \label{eq:14-msw} \end{equation} $$

∎

例:太陽中心での MSW 共鳴エネルギーは約 2 MeV

式 \eqref{eq:14-msw} を $E$ について解く.

$$ E_\mathrm{res} = \frac{\Delta m_{21}^2\cos2\theta_{12}}{2\sqrt2G_Fn_e} = \frac{\Delta m_{21}^2\cos2\theta_{12}}{2V_\mathrm{CC}} $$

$\Delta m_{21}^2=7.5\times10^{-5}\ \mathrm{eV^2}$,$\theta_{12}=33.6^\circ$ より $\cos2\theta_{12}=\cos(67.3^\circ)=0.386$,$V_\mathrm{CC}^\odot=7.6\times10^{-12}\ \mathrm{eV}$ だから

$$ E_\mathrm{res} = \frac{7.5\times10^{-5}\times0.386}{2\times7.6\times10^{-12}}\ \mathrm{eV} = \frac{2.895\times10^{-5}}{1.52\times10^{-11}}\ \mathrm{eV} = 1.9\times10^{6}\ \mathrm{eV} \approx 2\ \mathrm{MeV} $$

太陽中心の共鳴エネルギーは約 $2\ \mathrm{MeV}$ である(外側ほど $n_e$ が下がるので共鳴エネルギーは上がる).したがって

SNO の実測は $P_{ee}=0.346\pm0.03$,Borexino の pp 測定は $0.57\pm0.10$.両方とも合っている.真空振動だけでは $0.5$ を下回れなかったものが,MSW を入れると $0.31$ まで下がり,しかもエネルギーによる折れ曲がりまで再現する.これが MSW 効果の勝利である.∎

材料科学との接点:MSW 共鳴は「回避交差」そのものである

式 \eqref{eq:14-Heff} をもう一度見てほしい.対角要素が外部パラメータ(ここでは電子密度 $n_e$)とともに動き,非対角要素 $B$ は一定.対角要素が交差する点で,非対角結合のために準位が反発する.これは物性物理のあらゆる場面に現れる回避交差(avoided crossing)の $2\times2$ 模型そのものである.

$$ \Ham = \begin{pmatrix} \varepsilon_1(\lambda) & B \\ B & \varepsilon_2(\lambda)\end{pmatrix}, \qquad E_\pm = \bar\varepsilon \pm\frac12\sqrt{(\varepsilon_1-\varepsilon_2)^2+4B^2} $$

ギャップの最小値は $2\abs{B}$,そのときの混合は $50:50$ である.なお式 \eqref{eq:14-Heff} の導出では全体に $\tfrac12$ を括り出した形で書いたので,そこで定義した $B=(\Delta m^2/2E)\sin2\theta$ は,この一般形の非対角要素の 2 倍にあたる.以下の表では一般形に合わせて非対角要素そのものを書く.同じ式が現れる場面を並べる.

表14.4 同じ $2\times2$ 回避交差の現れ方
系対角を動かすパラメータ $\lambda$非対角結合 $B$共鳴点で起きること
MSW 効果電子密度 $n_e$(太陽内の位置)$\dfrac{\Delta m^2}{4E}\sin2\theta$$\nu_e\leftrightarrow\nu_\mu$ の完全混合
フォノン分枝の交差波数 $\kk$同一既約表現の分枝間の調和結合(動力学行列の非対角要素)分枝の反発,固有ベクトルの入れ替わり
ほぼ自由な電子模型波数 $\kk$(ゾーン境界付近)周期ポテンシャルの Fourier 成分 $V_{\bm{G}}$ゾーン境界にギャップ $2\abs{V_{\bm{G}}}$ が開く
スピン軌道結合による band inversion組成 $x$(例:Bi$_{1-x}$Sb$_x$)SOC 行列要素トポロジカル相転移
NMR / ESR の Rabi 振動静磁場 $B_0$ の離調振動磁場 $B_1$共鳴吸収,$\pi$ パルス
Landau–Zener トンネル時間(掃引する電場・磁場)準位間結合非断熱遷移確率 $\ee^{-2\pi\Gamma}$($\gamma\equiv4\Gamma$ とおけば式 \eqref{eq:14-LZ} の $\ee^{-\pi\gamma/2}$ に一致する)

そして断熱性の条件も同じ式で書ける.Landau–Zener の非断熱遷移確率は

$$ \begin{equation} P_\mathrm{LZ} = \exp\left(-\frac{\pi}{2}\gamma\right), \qquad \gamma \equiv \frac{\Delta m^2\sin^22\theta}{2E\cos2\theta} \left|\frac{1}{n_e}\frac{\dd n_e}{\dd r}\right|^{-1}_\mathrm{res} \label{eq:14-LZ} \end{equation} $$

$\gamma\gg1$(密度がゆっくり変わる)なら断熱的で,状態は同じ物質固有状態に留まる.太陽では $\gamma\sim10^3$–$10^4$($^8$B の $10\ \mathrm{MeV}$ でも $\gamma\approx3\times10^3$,pp の $1\ \mathrm{MeV}$ なら $\approx3\times10^4$)なので $P_\mathrm{LZ}=\exp(-\pi\gamma/2)$ は事実上ゼロであり,完全に断熱である.物性で電場を速く掃引すると Landau–Zener トンネルで準位を飛び越えてしまうのと,まったく同じ判定式である.超格子の Bloch 振動,量子ドットの電荷移送(charge pumping),磁気分子の量子トンネルの解析で使う $\gamma$ と,太陽ニュートリノの $\gamma$ は同じ関数形をしている.比喩ではない.同じ二準位問題を,違うパラメータで解いているだけである.

14.4 ニュートリノ質量

14.4.1 測定されている量と,されていない量

振動実験が決めるのは質量二乗差である.現在の世界平均は次のとおりである.

表14.5 振動パラメータの測定値(PDG 2022,$1\sigma$)
量値主な決定実験
$\Delta m_{21}^2$(太陽型)$(7.53\pm0.18)\times10^{-5}\ \mathrm{eV^2}$KamLAND,SNO,Borexino
$\Delta m_{32}^2$(大気型,順階層)$(2.453\pm0.033)\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$Super-K,MINOS,T2K,NOvA,Daya Bay
$\Delta m_{32}^2$(大気型,逆階層)$(-2.536\pm0.034)\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$同上
$\sin^2\theta_{12}$$0.307\pm0.013$($\theta_{12}=33.6^\circ$)太陽 + KamLAND
$\sin^2\theta_{23}$$0.546\pm0.021$(順階層,$\theta_{23}=47.6^\circ$)/$0.539\pm0.022$(逆階層,$\theta_{23}=47.2^\circ$)大気 + 加速器
$\sin^2\theta_{13}$$(2.20\pm0.07)\times10^{-2}$($\theta_{13}=8.53^\circ$,$\sin^22\theta_{13}=0.0861$).Daya Bay 単独では $\sin^22\theta_{13}=0.0851\pm0.0024$($\theta_{13}=8.48^\circ$)Daya Bay,RENO,Double Chooz
$\delta_\mathrm{CP}$$1.36^{+0.20}_{-0.16}\,\pi$($=245^{+36}_{-29}{}^\circ$,すなわち $1\sigma$ で $216$–$281^\circ$.NuFIT 5.2(NO,SK 大気なし)では最良値 $197^\circ$,$1\sigma$ で $172$–$239^\circ$,$3\sigma$ では $108$–$404^\circ$ とほぼ未決定)T2K,NOvA

大気型について PDG が与えるのは $\Delta m_{32}^2$ であることに注意されたい.順階層では $\Delta m_{31}^2=\Delta m_{32}^2+\Delta m_{21}^2=2.53\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$ となり,$\Delta m_{32}^2$ より $3\%$ 大きい.以下,振動の位相を見るだけの見積りでは両者を区別せず「大気型 $\Delta m^2\simeq2.5\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$」と丸めて使う(演習で $\Delta m_{31}^2=2.45\times10^{-3}$ と与えているのもこの丸めである).質量そのものを出すときだけ添字を厳密に扱う.混合角と $\delta_\mathrm{CP}$ は,本章の数値例ではすべて表14.5 の順階層の中心値を用いる.

ここから直ちに次の三つが言える.

  1. 少なくとも2つのニュートリノは質量ゼロでない.$\Delta m_{21}^2\ne0$ かつ $\Delta m_{31}^2\ne0$ だから,$m_1=m_2=m_3=0$ はありえない.最軽量のものがゼロであっても,残り2つは必ず有限である.
  2. 最も重いニュートリノの質量は少なくとも $\sqrt{2.53\times10^{-3}}=0.050\ \mathrm{eV}$.最軽量が厳密にゼロのとき,NO では $m_3=\sqrt{\Delta m_{21}^2+\Delta m_{32}^2}$,IO では $m_2=\sqrt{\abs{\Delta m_{32}^2}}$ となり,どちらの階層でも同じ $0.050\ \mathrm{eV}$ になる.
  3. 符号が分かっているのは $\Delta m_{21}^2$ だけ.$\Delta m_{21}^2>0$ は太陽の MSW 効果から決まった(物質項 $V_\mathrm{CC}$ の符号と $\Delta m^2\cos2\theta$ の符号の相対関係で共鳴が起きるかどうかが決まるので,物質効果は $\Delta m^2$ の符号に敏感である).$\Delta m_{31}^2$ の符号は未知である.

14.4.2 質量順序問題

定義:順階層と逆階層

慣例として,$\nu_1$ は $\nu_e$ 成分を最も多く含む状態,$\nu_2$ はその次,$\nu_3$ は $\nu_e$ 成分が最も少ない状態($\abs{U_{e3}}^2=\sin^2\theta_{13}=0.022$)と定義する.そのうえで

荷電フェルミオン($e,\mu,\tau$ や $u,c,t$)は例外なく世代とともに重くなるので,直感的には NO が自然に思える.しかし直感は根拠ではない.本書執筆時点(2026 年)で,加速器実験と大気ニュートリノの解析は NO をやや好むが($2$–$3\sigma$ 程度),決着していない.

例:最軽量が 0 のときの各質量

順階層($m_1=0$):

$$ m_2=\sqrt{\Delta m_{21}^2}=\sqrt{7.53\times10^{-5}}=8.68\times10^{-3}\ \mathrm{eV} $$ $$ m_3=\sqrt{m_2^2+\Delta m_{32}^2}=\sqrt{7.53\times10^{-5}+2.453\times10^{-3}}=5.03\times10^{-2}\ \mathrm{eV} $$ $$ \sum m_i = 0+0.0087+0.0503 = 0.059\ \mathrm{eV} $$

逆階層($m_3=0$):

$$ m_2=\sqrt{\abs{\Delta m_{32}^2}}=\sqrt{2.536\times10^{-3}}=5.04\times10^{-2}\ \mathrm{eV} $$ $$ m_1=\sqrt{m_2^2-\Delta m_{21}^2}=\sqrt{2.536\times10^{-3}-7.53\times10^{-5}}=4.96\times10^{-2}\ \mathrm{eV} $$ $$ \sum m_i = 0.0496+0.0504+0 = 0.100\ \mathrm{eV} $$

すなわち,質量和の下限は NO で $0.059\ \mathrm{eV}$,IO で $0.100\ \mathrm{eV}$ である.この差が,宇宙論から質量順序を決められるかもしれないという期待の根拠になっている.∎

順階層 (NO) と逆階層 (IO) の質量固有状態 ν₁,ν₂,ν₃ のフレーバー組成を表す積み上げ横棒グラフ.棒の長さが |U_ei|²(青緑),|U_μi|²(赤),|U_τi|²(琥珀)を表す.ν₁ は ν_e 成分が約 68%,ν₃ は ν_e 成分が約 2.2%.縦の線は質量二乗差 Δm²₂₁ と Δm²₃₁ を表し,縦位置は模式的である.
図14.3 二つの質量順序と,各質量固有状態のフレーバー組成.横棒の長さが $\abs{U_{\alpha i}}^2$ を表す(表14.5 の中心値と $\delta=245^\circ$ を使った 14.5 節の数値).$\nu_1$ は $\nu_e$ 成分が $68\%$ と多く,$\nu_3$ は $\nu_e$ 成分がわずか $2.2\%$($=\sin^2\theta_{13}$)しかない.クォークと違い,どの質量固有状態も単一のフレーバーで支配されていないことに注意.これが「レプトンの混合は大きい」という言葉の意味である.

14.4.3 絶対質量への三つの窓

振動では絶対値が分からない.そこで別種の測定が必要になる.三つある.いずれも異なる量を測っており,モデル依存性も異なる.

定義:三つの「質量」

(1) 運動学的質量 $m_\beta$($\beta$ 崩壊端点).$\beta$ 崩壊で放出される電子のエネルギースペクトルの最大値付近は,ニュートリノに与えられる静止質量エネルギーの分だけ削られる.測っているのは

$$ \begin{equation} m_\beta^2 \equiv \sum_i \abs{U_{ei}}^2 m_i^2 \label{eq:14-mbeta} \end{equation} $$

である(振動しないほど短い距離での非コヒーレントな重ね合わせ).純粋に運動学的な量で,Dirac か Majorana かに依存しない.

(2) 有効 Majorana 質量 $m_{\beta\beta}$($0\nu\beta\beta$).14.7 節で扱う.

$$ \begin{equation} m_{\beta\beta} \equiv \left|\sum_i U_{ei}^2\, m_i\right| \label{eq:14-mbb} \end{equation} $$

$U_{ei}$ が2乗(絶対値の2乗ではない)で入るので,複素位相による打ち消しが起こりうる.ニュートリノが Majorana 粒子でなければゼロ.

(3) 宇宙論的質量和 $\sum m_\nu$.宇宙論は3つの質量の単純和

$$ \begin{equation} \Sigma \equiv m_1+m_2+m_3 \label{eq:14-summ} \end{equation} $$

に感度をもつ.重み付けがなく,最も単純だが,宇宙論模型に依存する.

三者は違う量である.混同すると議論が壊れる.

例:KATRIN の原理と到達点

KATRIN(Karlsruhe Tritium Neutrino Experiment)はトリチウムの $\beta$ 崩壊

$$ {}^3\mathrm{H}\to{}^3\mathrm{He}^+ + e^- + \bar\nu_e,\qquad Q=18.575\ \mathrm{keV} $$

を使う.トリチウムを選ぶ理由は,(i) $Q$ 値が小さく端点付近の統計割合が $Q^{-3}$ に比例して有利,(ii) 半減期 $12.32$ 年で十分な放射能が得られる,(iii) 超許容遷移で原子核行列要素が単純,の三つである.

スペクトルの端点近傍は

$$ \frac{\dd\Gamma}{\dd E_e}\propto (Q-E_e)\sqrt{(Q-E_e)^2-m_\beta^2} $$

となり,$m_\beta\ne0$ なら端点が $m_\beta$ だけ手前で切れる.$m_\beta=0.5\ \mathrm{eV}$ を見るには $18\,575\ \mathrm{eV}$ のスペクトルを $\mathrm{eV}$ の分解能で測る必要がある.相対分解能 $10^{-5}$ である.KATRIN は直径 $10\ \mathrm{m}$,長さ $23\ \mathrm{m}$ の巨大な MAC-E フィルタ型分光器でこれを実現した.

最終端点の $1\ \mathrm{eV}$ 以内に落ちる崩壊は全体の $2\times10^{-13}$ しかない.$10^{11}\ \mathrm{Bq}$ の線源を数年動かして,ようやく統計が貯まる.

結果:$m_\beta<0.45\ \mathrm{eV}$($90\%$ CL,2025年公表).設計最終感度は $0.2\ \mathrm{eV}$ である.NO の下限 $\sim0.009\ \mathrm{eV}$ には遠く及ばないが,「モデルに依存しない直接測定」としては世界最高感度である.∎

注意:宇宙論の上限は強いが,前提つきである

ニュートリノは初期宇宙で相対論的であり,自由流(free streaming)によって小スケールの密度ゆらぎを均してしまう.その効果は物質パワースペクトルの抑制として現れ,抑制量は $\Sigma$ にほぼ比例する.CMB(Planck)と銀河サーベイ(BAO)を組み合わせると

$$ \Sigma < 0.12\ \mathrm{eV}\ (95\%\ \mathrm{CL},\ \mathrm{Planck+BAO}) $$

という強い上限が出る.これは IO の下限 $0.10\ \mathrm{eV}$ に既に迫っている.より新しい銀河サーベイのデータを使うと $\Sigma<0.07\ \mathrm{eV}$ 程度というさらに強い値も報告されており,これが正しければ IO は排除され,NO でも最軽量質量はほぼゼロに押し込まれる.

ただし,この上限は $\Lambda$CDM 模型,暗黒エネルギーの状態方程式 $w=-1$,一定のスペクトル指数といった前提の上に立っている.前提を緩めれば上限は緩む.解析によっては $\Sigma$ の最尤値が負(非物理領域)に来ることさえ報告されており,この分野は現在活発に議論されている.研究室の実験(KATRIN,$0\nu\beta\beta$)と宇宙論は,独立に進める価値がある.片方だけを信じるべきではない.

14.5 混合行列 —— PMNS と CKM

14.5.1 PMNS 行列の標準パラメータ表示

3世代のユニタリ行列 $U$ は,Pontecorvo–牧–中川–坂田(PMNS)行列と呼ばれる.一般の $3\times3$ ユニタリ行列は $9$ 個の実パラメータをもつが,そのうち荷電レプトン場の位相の再定義で吸収できるものを除くと,3つの角と1つの位相が残る(Dirac ニュートリノの場合).CKM と同じ数え方である(第12章 12.5 節).

定義:PMNS 行列の標準表示

$c_{ij}\equiv\cos\theta_{ij}$,$s_{ij}\equiv\sin\theta_{ij}$ として,三つの回転を順に掛ける.

$$ U = \underbrace{\begin{pmatrix}1&0&0\\0&c_{23}&s_{23}\\0&-s_{23}&c_{23}\end{pmatrix}}_{\text{大気}} \underbrace{\begin{pmatrix}c_{13}&0&s_{13}\ee^{-\ii\delta}\\0&1&0\\-s_{13}\ee^{\ii\delta}&0&c_{13}\end{pmatrix}}_{\text{原子炉}} \underbrace{\begin{pmatrix}c_{12}&s_{12}&0\\-s_{12}&c_{12}&0\\0&0&1\end{pmatrix}}_{\text{太陽}} $$

掛け合わせると

$$ \begin{equation} U=\begin{pmatrix} c_{12}c_{13} & s_{12}c_{13} & s_{13}\ee^{-\ii\delta}\\ -s_{12}c_{23}-c_{12}s_{23}s_{13}\ee^{\ii\delta} & c_{12}c_{23}-s_{12}s_{23}s_{13}\ee^{\ii\delta} & s_{23}c_{13}\\ s_{12}s_{23}-c_{12}c_{23}s_{13}\ee^{\ii\delta} & -c_{12}s_{23}-s_{12}c_{23}s_{13}\ee^{\ii\delta} & c_{23}c_{13} \end{pmatrix} \label{eq:14-PMNS} \end{equation} $$

ニュートリノが Majorana 粒子である場合には,これにさらに

$$ \begin{equation} U \to U\cdot\mathrm{diag}\!\left(1,\ \ee^{\ii\alpha_{21}/2},\ \ee^{\ii\alpha_{31}/2}\right) \label{eq:14-majphase} \end{equation} $$

という2つのMajorana 位相が付く(14.6 節).これらは振動確率には現れない(式 \eqref{eq:14-P3gen} の組合せ $U^*_{\alpha i}U_{\beta i}U_{\alpha j}U^*_{\beta j}$ で相殺する)が,$m_{\beta\beta}$ には現れる.

例:$\abs{U_{\alpha i}}$ の数値と,ユニタリ性の検算

表14.5 の順階層の中心値 $\sin^2\theta_{12}=0.307$,$\sin^2\theta_{23}=0.546$,$\sin^2\theta_{13}=0.0220$($\theta_{12}=33.6^\circ$,$\theta_{23}=47.6^\circ$,$\theta_{13}=8.53^\circ$)と $\delta=1.36\pi=244.8^\circ$ を式 \eqref{eq:14-PMNS} に入れる.まず三角関数を用意する.

$$ c_{12}=0.8325,\ s_{12}=0.5541,\quad c_{13}=0.9889,\ s_{13}=0.1483,\quad c_{23}=0.6738,\ s_{23}=0.7389 $$

$\ee^{\ii\delta}=\cos244.8^\circ+\ii\sin244.8^\circ=-0.4258-0.9048\,\ii$.

第1行(簡単).

$$ \abs{U_{e1}}=c_{12}c_{13}=0.8233,\quad \abs{U_{e2}}=s_{12}c_{13}=0.5479,\quad \abs{U_{e3}}=s_{13}=0.1483 $$

$U_{\mu1}$(代表として1つ丁寧に).

$$ U_{\mu1}=-s_{12}c_{23}-c_{12}s_{23}s_{13}\ee^{\ii\delta} $$ $$ s_{12}c_{23}=0.5541\times0.6738=0.3733,\qquad c_{12}s_{23}s_{13}=0.8325\times0.7389\times0.1483=0.0912 $$ $$ U_{\mu1}=-0.3733-0.0912\times(-0.4258-0.9048\ii) =-0.3345+0.0825\,\ii $$ $$ \abs{U_{\mu1}}=\sqrt{0.3345^2+0.0825^2}=0.3445 $$

同様に全成分を計算すると

$$ \abs{U}\simeq \begin{pmatrix} 0.823 & 0.548 & 0.148\\ 0.345 & 0.589 & 0.731\\ 0.451 & 0.594 & 0.666 \end{pmatrix} $$

検算(ユニタリ性).各行の2乗和は $1$ になるはずである.

$$ 0.8233^2+0.5479^2+0.1483^2 = 0.6778+0.3002+0.0220 = 1.000\ \checkmark $$ $$ 0.345^2+0.589^2+0.731^2 = 0.119+0.347+0.534 = 1.000\ \checkmark $$ $$ 0.451^2+0.594^2+0.666^2 = 0.203+0.353+0.444 = 1.000\ \checkmark $$

∎

14.5.2 CKM との対比 —— なぜレプトンの混合はこんなに大きいのか

表14.6 CKM 行列と PMNS 行列の絶対値の比較
CKM(クォーク)PMNS(レプトン)
行列要素の大きさ $\begin{pmatrix}0.974&0.225&0.0037\\0.225&0.973&0.041\\0.0086&0.041&0.999\end{pmatrix}$ $\begin{pmatrix}0.823&0.548&0.148\\0.345&0.589&0.731\\0.451&0.594&0.666\end{pmatrix}$
第1混合角$\theta_{12}=\theta_C=13.0^\circ$$\theta_{12}=33.6^\circ$
第2混合角$\theta_{23}=2.4^\circ$$\theta_{23}=47.6^\circ$
第3混合角$\theta_{13}=0.21^\circ$$\theta_{13}=8.53^\circ$
CP 位相$\delta=65^\circ$(Jarlskog $J=3.1\times10^{-5}$)$\delta\approx245^\circ$($J\approx-0.030$ 相当.$\delta$ の $1\sigma$ 範囲では $-0.020$ から $-0.033$)
構造ほぼ単位行列.非対角は摂動すべての要素が同程度.「反対角にも大きな値」
質量比$m_u:m_c:m_t\approx1:600:8\times10^4$$m_2:m_3\lesssim1:6$(NO で $m_1=0$ のとき $m_3/m_2=5.8$.最軽量が重ければ比はさらに $1$ に近づく)

なぜ? 混合の大きさと質量の階層は結びついている

混合行列は,「湯川行列を対角化する回転」である.一般に,$2\times2$ の対称行列

$$ M=\begin{pmatrix}a & b\\ b& c\end{pmatrix} \quad\Longrightarrow\quad \tan2\theta = \frac{2b}{c-a} $$

を対角化する角は,対角成分の差 $c-a$ が非対角 $b$ に比べて大きいほど小さくなる.固有値の比が大きい(強い階層)ほど混合角は小さくなり,固有値が近い(弱い階層)ほど混合角は大きくなる.

クォークでは $m_t/m_u\approx8\times10^4$ という激しい階層があり,対応して混合角は小さい.ニュートリノでは,NO で $m_1=0$ としても $m_3/m_2=0.0503/0.0087=5.8$ にすぎない.階層が弱いのだから,混合が大きいのは自然である.これは,物性でいえば「二つのバンドのエネルギーが近ければ,弱い結合でも強く混成する」という日常的な事情とまったく同じである(表14.4 の回避交差).

ただし「なぜニュートリノの階層だけ弱いのか」は,シーソー機構(14.6 節)が右巻き質量行列 $M_R$ の構造を決めなければ答えられない.そこにはまだ答えがない.

CKM と PMNS のユニタリ三角形の比較.(a) CKM は頂点が (0,0),(1,0),(ρ̄,η̄)=(0.159,0.348) で,角は γ≈65°,β≈22°,α≈92°.(b) PMNS は三辺 |U_e1 U*_μ1|,|U_e2 U*_μ2|,|U_e3 U*_μ3| がいずれも 0.1 のオーダーで,面積 |J|/2≈1.5×10⁻² は CKM の約 1000 倍.
図14.4 ユニタリ三角形の比較.ユニタリ性 $\sum_iU_{\alpha i}U^*_{\beta i}=0$($\alpha\ne\beta$)は,複素平面上で3つのベクトルが閉じた三角形をなすことを意味する.その面積は Jarlskog 不変量 $J$ の半分に等しく,CP の破れの大きさを表す.CKM の三角形は形こそ潰れていないが,三辺の絶対値が $10^{-3}$ 台と小さく,面積 $J/2=1.6\times10^{-5}$ しかない($J_\mathrm{CKM}=3.1\times10^{-5}$).PMNS の三角形は三辺がすべて $0.1$ 台であり,$\abs{J_\mathrm{PMNS}}\approx0.030$($\delta=245^\circ$)すなわち面積 $\abs{J}/2\approx1.5\times10^{-2}$ で,約 $1000$ 倍になる.レプトンの CP の破れは,測れさえすれば,クォークよりはるかに大きい可能性がある.これが Hyper-Kamiokande と DUNE の主目的である.

物理的意味:レプトン数生成(leptogenesis)

宇宙にはバリオンが残り,反バリオンが残らなかった.この非対称を作るには,Sakharov の3条件(バリオン数の破れ,$C$ と $CP$ の破れ,熱平衡からのずれ)が必要である(第6章,詳しくは第15章 15.3.2 項).標準模型の CKM 位相だけでは,得られる非対称が観測値より $10^{10}$ 倍も小さい.

ところが,14.6 節で導入する重い右巻き Majorana ニュートリノ $N$ が初期宇宙で崩壊するとき,$N\to\ell H$ と $N\to\bar\ell H^\dagger$ の分岐比が CP の破れによりわずかに違えば,レプトン数の非対称が生まれる.それが電弱相転移前のスファレロン過程によってバリオン数非対称に変換される.これがレプトン数生成である.

すなわち,ニュートリノが Majorana 粒子であることと,我々が物質でできていることは,同じ理論で結ばれうる.$0\nu\beta\beta$ と $\delta_\mathrm{CP}$ の測定は,この筋書きの検証でもある.

14.6 Dirac 質量と Majorana 質量

14.6.1 質量項とは何だったか

第9章で見たように,Dirac 場の質量項はラグランジアンの中で

$$ \begin{equation} \Lag_\mathrm{mass}^\mathrm{Dirac} = -m_D\,\bar\psi\psi = -m_D\left(\bar\psi_L\psi_R+\bar\psi_R\psi_L\right) \label{eq:14-diracmass} \end{equation} $$

という形をとる.二番目の等号は $\bar\psi\psi=\bar\psi(P_L+P_R)\psi$ を展開し,$\bar\psi_L\psi_L=\bar\psi_R\psi_R=0$(射影演算子の性質 $P_LP_R=0$ による)を使った.すなわちDirac 質量項は,左巻きと右巻きを結ぶ.質量とは,カイラリティを反転させる相互作用にほかならない.

なぜ質量項はカイラリティを混ぜるのか

質量ゼロの粒子は光速で走る.追い越せないので,ヘリシティ(スピンと運動量の相対的向き)は誰から見ても同じであり,Lorentz 不変な属性になる.

質量があると光速より遅いので,追い越すことができる.追い越した観測者から見れば運動量の向きが反転し,スピンはそのままだから,ヘリシティが反転して見える.すなわち質量があるとヘリシティは Lorentz 不変ではなくなる.場の言葉で言えば,質量項は $\psi_L$ と $\psi_R$ を結ばずにはいられない.

この事情は,物性の Dirac 電子でも同じである.グラフェンの質量項 $\Delta\sigma_z$(第9章 9.7.1 項)は,$A$・$B$ 二つの副格子に逆符号のオンサイトポテンシャルを与える項である.$\sigma_z$ は副格子基底では対角なので「副格子を結ぶ項」ではないが,擬スピンが運動量に固定された状態($\bm\sigma\cdot\hat{\qq}=\pm1$ の固有状態.Dirac の $\psi_{L,R}$ に対応する)の基底に移ると非対角になり,両者を混ぜる.これが入ると擬スピンと運動量の固定(spin-momentum locking)が崩れる.

ここで問題が起きる.標準模型に $\nu_R$ は存在しない.したがって式 \eqref{eq:14-diracmass} が書けない.ニュートリノに質量を与えたければ,二つの道しかない.

  1. $\nu_R$ を手で加える.電荷なし,色なし,弱アイソスピンなしの完全な「ゲージ一重項」を,$e,\mu,\tau$ の3世代分だけ導入する.すると通常の湯川結合が書け,Dirac 質量が生じる.
  2. Majorana 質量を使う.右巻き場を導入せず,左巻き場だけで質量項を作る.そのためには,「粒子と反粒子を同一視する」という新しい構造が必要になる.

14.6.2 Majorana 条件

定義:荷電共役と Majorana 条件

第6章 6.3 節と付録C で導入した荷電共役変換は,Dirac–Pauli 表示で

$$ \begin{equation} \psi^c \equiv C\,\bar\psi^{\,T} = \ii\gamma^2\psi^* \label{eq:14-charge-conj} \end{equation} $$

である($C=\ii\gamma^2\gamma^0$).$\psi$ が電荷 $+q$ の粒子を消し電荷 $-q$ の反粒子を生成するなら,$\psi^c$ はその逆をする.$\psi^c$ もまた同じ質量の Dirac 方程式を満たす.

Majorana 条件とは

$$ \begin{equation} \psi^c = \psi \label{eq:14-majorana-cond} \end{equation} $$

を課すことである.「粒子と反粒子が同じもの」という主張にほかならない.この条件を満たす場を Majorana 場 と呼ぶ(E. Majorana, 1937).

定理:Majorana 条件は電荷保存と両立しない

場 $\psi$ が電荷 $q$ をもつなら,$U(1)$ ゲージ変換のもとで

$$ \psi \to \ee^{\ii q\alpha}\psi $$

と変換する.一方,複素共役が入る $\psi^c=\ii\gamma^2\psi^*$ は

$$ \psi^c \to \ii\gamma^2\left(\ee^{\ii q\alpha}\psi\right)^* = \ee^{-\ii q\alpha}\,\ii\gamma^2\psi^* = \ee^{-\ii q\alpha}\psi^c $$

と,逆符号の位相で変換する.したがって $\psi^c=\psi$ を課すと

$$ \ee^{\ii q\alpha}\psi = \ee^{-\ii q\alpha}\psi \quad\Longrightarrow\quad \ee^{2\ii q\alpha}=1\quad(\forall\alpha) \quad\Longrightarrow\quad q=0 $$

すなわちMajorana 粒子は,あらゆる保存量に対して中性でなければならない.電荷はもちろん,色荷も,破れていないどんな $U(1)$ 荷ももてない.∎

物理的意味:標準模型でこの条件を満たしうるのはニュートリノだけ

上の定理を標準模型の粒子に当てはめてみよう.

表14.7 Majorana 粒子になれるか
粒子電荷色その他Majorana になれるか
$e^-,\mu^-,\tau^-$$-1$——不可(電荷)
$u,d,s,c,b,t$$\pm2/3,\mp1/3$3バリオン数不可(電荷・色)
$W^\pm$$\pm1$——不可(電荷.そもそもボソン)
$\gamma,\ Z,\ g$$0$$g$ は色をもつ—ボソンなので Majorana 条件の対象外(実場ではある)
$n$(中性子)$0$—バリオン数 $+1$不可(バリオン数)
$\nu_e,\nu_\mu,\nu_\tau$$0$—レプトン数 $+1$可能(レプトン数が保存しなければ)

中性子は電荷ゼロだが,バリオン数という保存量をもつので Majorana 粒子ではない.$n$ と $\bar n$ は磁気モーメントの符号が逆で,実際に区別できる.

ニュートリノだけが候補である.そしてレプトン数は,標準模型では偶然の(accidental)対称性にすぎない——ゲージ原理から要請されているのではなく,「くりこみ可能な項でレプトン数を破るものが書けない」という結果として保存しているだけである.より高いエネルギースケールの物理が入れば,破れて当然である.

14.6.3 Majorana 質量項

導出:左巻き場だけで質量項を作る

ステップ1:$\psi_L$ の荷電共役はどちらのカイラリティか.荷電共役は複素共役を含むので,カイラリティ射影を反転させる.実際

$$ (\psi_L)^c = \ii\gamma^2(P_L\psi)^* = \ii\gamma^2 P_L^*\psi^* $$

$\gamma^5$ は Dirac–Pauli 表示で実なので $P_L^*=P_L$,そして $\gamma^2\gamma^5=-\gamma^5\gamma^2$ から $\gamma^2P_L=P_R\gamma^2$.よって

$$ (\psi_L)^c = P_R\,\ii\gamma^2\psi^* = P_R\psi^c = (\psi^c)_R $$

すなわち左巻き場の荷電共役は右巻きである.これが鍵である:$\nu_R$ を導入しなくても,$(\nu_L)^c$ という右巻き成分が手元にある.

ステップ2:質量項を組む.Dirac 質量項 \eqref{eq:14-diracmass} の $\psi_R$ を $(\psi_L)^c$ で置き換えればよい.

$$ \begin{equation} \Lag_\mathrm{mass}^\mathrm{Majorana} = -\frac12 m_L\left[\overline{(\nu_L)^c}\,\nu_L + \bar\nu_L\,(\nu_L)^c\right] = -\frac12 m_L\,\overline{(\nu_L)^c}\,\nu_L + \mathrm{h.c.} \label{eq:14-majmass} \end{equation} $$

$1/2$ が付くのは,Dirac 質量項と違って同じ場が2回現れるため(Wick 縮約で2倍される)である.

ステップ3:レプトン数がどう変わるかを見る.$\nu_L$ はレプトン数 $L=+1$ の粒子を消す(あるいは $L=-1$ の反粒子を作る).$\overline{(\nu_L)^c}$ もまた,$L=+1$ の粒子を消す向きに働く.したがって式 \eqref{eq:14-majmass} は

$$ \Delta L = -2 \quad\text{(および h.c. で }\Delta L=+2\text{)} $$

を引き起こす.Majorana 質量項は,レプトン数を2単位破る.∎

数学ノート:Majorana 場の2成分表示

4成分 Dirac スピノルは,Weyl(カイラル)表示で2つの2成分スピノルに分かれる:$\psi=(\chi_\alpha,\ \bar\eta^{\dot\alpha})^T$.Majorana 条件 $\psi^c=\psi$ を課すと $\eta=\chi$ となり,独立成分は2成分だけになる.

$$ \psi_M = \begin{pmatrix}\chi_\alpha\\ \bar\chi^{\dot\alpha}\end{pmatrix} $$

すなわちMajorana フェルミオンの自由度は Dirac フェルミオンの半分である.Dirac 場は(粒子・反粒子)$\times$(スピン上下)$=4$ 状態,Majorana 場は(スピン上下)$=2$ 状態.

この「自由度が半分」という性質は,14.8 節で物性の Majorana 零モードを扱うときに決定的に効いてくる.物性側の言葉では,「複素フェルミオン演算子 $c$ を実部と虚部に割ると,2つの Majorana 演算子 $\gamma_1,\gamma_2$ になる」という形で現れる.

14.6.4 シーソー機構

ここまでで二つの質量項が使える.右巻きニュートリノ $N\equiv\nu_R$ を導入すると,可能な項は三つある.

定義:三つの質量項

導出:シーソー機構 $m_\nu\simeq m_D^2/M_R$

ステップ1:質量行列を組む.基底 $(\nu_L,\ N^c)$ をとると,質量項は

$$ \Lag = -\frac12 \begin{pmatrix}\overline{(\nu_L)^c} & \bar N\end{pmatrix} \underbrace{\begin{pmatrix}0 & m_D\\ m_D & M_R\end{pmatrix}}_{\displaystyle \mathcal{M}} \begin{pmatrix}\nu_L\\ N^c\end{pmatrix} +\mathrm{h.c.} $$

$(1,1)$ 成分がゼロなのは $m_L\approx0$ と置いたためである.$\mathcal M$ は対称行列(Majorana 質量行列は必ず対称).

ステップ2:固有値を求める.特性方程式は

$$ \det(\mathcal M-\lambda\mathbb 1)=\lambda^2-M_R\lambda-m_D^2=0 $$ $$ \lambda_\pm = \frac{M_R\pm\sqrt{M_R^2+4m_D^2}}{2} $$

ステップ3:$M_R\gg m_D$ で展開する.$\sqrt{M_R^2+4m_D^2}=M_R\sqrt{1+4m_D^2/M_R^2}\simeq M_R\left(1+\dfrac{2m_D^2}{M_R^2}\right)$.したがって

$$ \lambda_+ \simeq \frac{M_R+M_R+2m_D^2/M_R}{2}= M_R+\frac{m_D^2}{M_R}\simeq M_R $$ $$ \lambda_- \simeq \frac{M_R-M_R-2m_D^2/M_R}{2} = -\frac{m_D^2}{M_R} $$

符号は場の位相の再定義で吸収できるので,物理的質量は絶対値をとって

$$ \begin{equation} m_\nu \simeq \frac{m_D^2}{M_R}, \qquad m_N \simeq M_R \label{eq:14-seesaw} \end{equation} $$

ステップ4:積の保存を確認する.行列式は $\det\mathcal M=-m_D^2$ であり,これは固有値の積に等しい:

$$ \lambda_+\lambda_- = M_R\times\left(-\frac{m_D^2}{M_R}\right)=-m_D^2\ \checkmark $$

すなわち $m_\nu\,m_N = m_D^2$ が厳密に成り立つ.片方を重くすればもう片方が軽くなる.シーソー(seesaw,シーソー板)という名前はここから来ている.

ステップ5:混合角を確認する.軽い固有状態が $\nu_L$ にどれだけ寄っているかを見る.混合角は

$$ \tan2\theta = \frac{2m_D}{M_R}\quad\Longrightarrow\quad \theta\simeq \frac{m_D}{M_R}\ll1 $$

すなわち,軽い状態はほぼ完全に $\nu_L$,重い状態はほぼ完全に $N$ である.重い $N$ が軽いニュートリノに混ざる割合は $\theta^2=(m_D/M_R)^2=m_\nu/M_R\sim(5\times10^{-11})/(6\times10^{14})\sim10^{-25}$ しかなく,実験的に見えない.∎

例:$M_R$ はどのくらいか

式 \eqref{eq:14-seesaw} を $M_R=m_D^2/m_\nu$ と書き,$m_\nu=0.05\ \mathrm{eV}=5\times10^{-11}\ \mathrm{GeV}$ とする.$m_D$ を他のフェルミオンの質量にとってみる.

表14.8 Dirac 質量の仮定と,そこから出る右巻き質量スケール
$m_D$ の仮定$m_D$$M_R=m_D^2/m_\nu$対応するスケール
電子と同じ$0.511\ \mathrm{MeV}$$5.2\times10^{3}\ \mathrm{GeV}$数 TeV(LHC 領域!)
ミュー粒子と同じ$105.7\ \mathrm{MeV}$$2.2\times10^{8}\ \mathrm{GeV}$—
$\tau$ と同じ$1.777\ \mathrm{GeV}$$6.3\times10^{10}\ \mathrm{GeV}$—
トップクォークと同じ$173\ \mathrm{GeV}$$6.0\times10^{14}\ \mathrm{GeV}$大統一スケール直下

計算例(トップの場合):

$$ M_R = \frac{(173\ \mathrm{GeV})^2}{5\times10^{-11}\ \mathrm{GeV}} = \frac{2.99\times10^4}{5\times10^{-11}}\ \mathrm{GeV} = 6.0\times10^{14}\ \mathrm{GeV} $$

これは大統一理論が示唆するスケール $10^{15}$–$10^{16}\ \mathrm{GeV}$ と,ほぼ一致する.ニュートリノの $0.05\ \mathrm{eV}$ という奇妙に小さい質量は,$10^{15}\ \mathrm{GeV}$ という奇妙に大きなスケールの影である——これがシーソー機構の魅力であり,同時に「直接検証がほぼ不可能」という弱点でもある.第15章で扱う大統一理論との接続点でもある.∎

シーソー機構の質量スケール図.縦軸は質量(GeV,対数).軽いニュートリノ ν(0.05 eV)と重い右巻きニュートリノ N(6×10¹⁴ GeV)を結ぶ板が,m_D≈173 GeV の支点で支えられ,m_ν×M_R=m_D² が成り立つ.右端に既知のフェルミオン e,μ,τ,t の質量を示す.
図14.5 シーソー機構.$2\times2$ 質量行列 $\begin{pmatrix}0&m_D\\ m_D&M_R\end{pmatrix}$ の行列式が $-m_D^2$ であることから,二つの固有値の積は $m_D^2$ に固定される.片方(右巻き Majorana 質量 $M_R$)を大きくすれば,もう片方(観測される軽いニュートリノ)は自動的に小さくなる.$m_D$ をトップクォーク質量にとると $M_R\simeq6\times10^{14}\ \mathrm{GeV}$ となり,大統一スケールの直下に落ちる.図の縦軸は対数.

注意:Dirac か Majorana かは,振動実験では絶対に分からない

式 \eqref{eq:14-majphase} の Majorana 位相 $\alpha_{21},\alpha_{31}$ は,振動確率 \eqref{eq:14-P3gen} に現れる組合せ $U^*_{\alpha i}U_{\beta i}U_{\alpha j}U^*_{\beta j}$ のなかで完全に相殺する.実際,$U_{\alpha i}\to U_{\alpha i}\ee^{\ii\alpha_i/2}$ と置くと

$$ U^*_{\alpha i}U_{\beta i}U_{\alpha j}U^*_{\beta j} \to \ee^{-\ii\alpha_i/2}\ee^{+\ii\alpha_i/2}\ee^{+\ii\alpha_j/2}\ee^{-\ii\alpha_j/2}\times(\text{同じもの}) $$

位相がすべて打ち消える.したがっていくら振動を精密に測っても,Majorana 位相は決して見えない.

より一般に,超相対論的なニュートリノでは Dirac と Majorana の区別が観測にかからない(「practical Dirac–Majorana confusion theorem」).Majorana 性が効くのは,質量が効く過程,すなわちレプトン数を2単位破る過程だけである.$0\nu\beta\beta$ が唯一の現実的な検証手段になるのは,このためである.

14.7 ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊

14.7.1 なぜ二重ベータ崩壊なのか

通常の $\beta$ 崩壊 $(A,Z)\to(A,Z+1)+e^-+\bar\nu_e$ がエネルギー的に禁止されていても,二段跳びの $(A,Z)\to(A,Z+2)$ が許される核種がある.偶偶核の対相関エネルギーのために,質量放物線が偶偶核と奇奇核で2本に分かれ,中間の奇奇核が両端の偶偶核より重くなるからである.

このとき,二つの過程が競合しうる.

定義:$2\nu\beta\beta$ と $0\nu\beta\beta$

定理(Schechter–Valle):$0\nu\beta\beta$ が観測されれば,ニュートリノは Majorana 粒子である

$0\nu\beta\beta$ を引き起こす機構が何であれ(軽い Majorana ニュートリノ交換でなくとも,超対称性でも右巻きカレントでもよい),その過程の Feynman 図の外線 $2e^-$ を $W$ を通して $\nu$ につなぎ替えると,必ず $\bar\nu\to\nu$ の遷移(Majorana 質量項)を含む図が作れる.したがって

$$ 0\nu\beta\beta\ \text{の観測} \quad\Longrightarrow\quad (m_\nu)_{ee}\ne0\ \text{(Majorana 質量項)} \quad\Longrightarrow\quad \nu\ \text{は Majorana 粒子} $$

という含意が,模型に依存せずに成り立つ.これを Schechter–Valle 定理(黒箱定理,1982)と呼ぶ.

ここで $(m_\nu)_{ee}$ は Majorana 質量行列の $ee$ 成分であり,軽い Majorana ニュートリノ交換が支配するときには式 \eqref{eq:14-mbb} の $m_{\beta\beta}$ そのものである.

ただし,この論法が作る Majorana 質量は4ループの図から出るため極めて小さい.定量評価によれば $\sim10^{-28}\ \mathrm{eV}$ 程度であり(Duerr–Lindner–Merle 2011),観測に必要な meV より 20 桁以上小さい.したがってこの定理は「Majorana 性の保証」にはなっても「$m_{\beta\beta}$ の値の保証」にはならない.観測されたときに $m_{\beta\beta}$ を読み取ってよいかどうかは,機構に依存する.

14.7.2 半減期と有効質量

定義:$0\nu\beta\beta$ の半減期公式

軽い Majorana ニュートリノ交換が支配的な場合,

$$ \begin{equation} \left[T^{0\nu}_{1/2}\right]^{-1} = G^{0\nu}(Q,Z)\ \abs{M^{0\nu}}^2\ \left(\frac{m_{\beta\beta}}{m_e}\right)^2 \label{eq:14-T12} \end{equation} $$

各因子の意味は次のとおりである.

$m_{\beta\beta}^2$ に比例するので,感度は半減期の平方根でしか伸びない.$m_{\beta\beta}$ の上限を 2 倍良くするには,$T_{1/2}$ の下限を 4 倍伸ばさねばならない.

導出:$m_{\beta\beta}$ の許される範囲

式 \eqref{eq:14-mbb} と PMNS の第1行(式 \eqref{eq:14-PMNS})から

$$ m_{\beta\beta}=\left|c_{12}^2c_{13}^2m_1 + s_{12}^2c_{13}^2m_2\,\ee^{\ii\alpha_{21}} + s_{13}^2m_3\,\ee^{\ii(\alpha_{31}-2\delta)}\right| $$

Majorana 位相 $\alpha_{21},\alpha_{31}$ は未知なので,三つの複素数の和は「三つのベクトルを任意の向きで足したもの」となり,最大は同符号,最小は打ち消し合いである.

ケース1:順階層で $m_1=0$.数値を入れる($c_{13}^2=0.978$,$s_{12}^2=0.307$,$s_{13}^2=0.0220$,$m_2=8.68\times10^{-3}$,$m_3=5.03\times10^{-2}\ \mathrm{eV}$).

$$ s_{12}^2c_{13}^2m_2 = 0.307\times0.978\times8.68\times10^{-3}=2.61\ \mathrm{meV} $$ $$ s_{13}^2m_3 = 0.0220\times50.3 = 1.11\ \mathrm{meV} $$

したがって

$$ m_{\beta\beta}^\mathrm{NO}(m_1=0)\ \in\ [\,2.61-1.11,\ 2.61+1.11\,]=[1.5,\ 3.7]\ \mathrm{meV} $$

ケース2:逆階層で $m_3=0$.$m_1=4.96\times10^{-2}$,$m_2=5.04\times10^{-2}\ \mathrm{eV}$,$c_{12}^2=0.693$.第3項は $m_3=0$ で消える.

$$ c_{12}^2c_{13}^2m_1 = 0.693\times0.978\times49.6 = 33.6\ \mathrm{meV} $$ $$ s_{12}^2c_{13}^2m_2 = 0.307\times0.978\times50.4 = 15.1\ \mathrm{meV} $$ $$ m_{\beta\beta}^\mathrm{IO}(m_3=0)\ \in\ [\,33.6-15.1,\ 33.6+15.1\,] = [18.5,\ 48.7]\ \mathrm{meV} $$

∎

この二つの区間が離れていることが,実験戦略のすべてを決めている.感度を $15\ \mathrm{meV}$ まで押し下げれば,IO の全領域が探索し尽くされる.そこで見つからなければ,(i) NO である,(ii) ニュートリノは Dirac である,(iii) 位相が偶然打ち消している,のいずれかということになる.NO の下限 $1.5\ \mathrm{meV}$ は,現行技術の 10 倍以上先である.

(a) 0νββ のファインマン図(時間は左→右) n p n p W− W− e− e− × mββ (Majorana 質量挿入) ν 上の頂点で ν として出たものが,質量挿入で ν に化け, 下の頂点に ν として吸われる. 矢印が中央で衝突しているのが「レプトン数が 2 破れている」 ことの図示である(ΔL = +2). 2νββ ではこの内線が切れて,2 本の ν が外に出る(ΔL = 0). (b) 2 電子の合計エネルギースペクトル (E₁+E₂)/Q 計数 0 0.5 1 2νββ(連続) T ≈ 10¹⁹–10²¹ 年 0νββ(Q での鋭いピーク) T > 10²⁶ 年,×10⁻⁶ 以下に拡大 分解能が悪いと 2νββ の裾に埋もれる 縦軸は模式的.0νββ の面積は 2νββ の 10⁻⁶ 以下であり, エネルギー分解能 ΔE/Q が最重要の設計パラメータになる.
図14.6 (a) 軽い Majorana ニュートリノ交換による $0\nu\beta\beta$ のファインマン図.時間は左から右へ流れる.上の頂点で反ニュートリノとして放出されたものが,Majorana 質量挿入($\times$ 印)によってニュートリノに変わり,下の頂点に吸収される.内線の矢印が中央で向かい合っているのが $\Delta L=2$ の図的表現である.(b) 2電子の合計エネルギースペクトル.$2\nu\beta\beta$ は2つの $\bar\nu$ にエネルギーを分け与えるので連続分布になるが,$0\nu\beta\beta$ では2電子が $Q$ 値の全部を持ち去るので,$E_1+E_2=Q$ の位置に単色のピークが立つ.探すべきものは「$Q$ 値のところの鋭い線」である.

14.7.3 実験と,検出器材料への要求

表14.9 主要な $0\nu\beta\beta$ 実験(半減期の下限は $90\%$ CL)
実験核種($Q$ 値)検出方式分解能 FWHM$T^{0\nu}_{1/2}$ 下限$m_{\beta\beta}$ 上限
GERDA$^{76}$Ge($2039\ \mathrm{keV}$)高純度 Ge 半導体(液体 Ar 中)$\approx3\ \mathrm{keV}$($0.15\%$)$1.8\times10^{26}$ 年$79$–$180\ \mathrm{meV}$
Majorana Demonstrator$^{76}$Ge高純度 Ge(電鋳銅遮蔽)$2.5\ \mathrm{keV}$$8.3\times10^{25}$ 年$113$–$269\ \mathrm{meV}$
KamLAND-Zen$^{136}$Xe($2458\ \mathrm{keV}$)Xe 溶解液体シンチレータ$\approx11\%$$3.8\times10^{26}$ 年$28$–$122\ \mathrm{meV}$
EXO-200$^{136}$Xe液体 Xe TPC(電離+シンチ)$\approx3\%$$3.5\times10^{25}$ 年$93$–$286\ \mathrm{meV}$
CUORE$^{130}$Te($2527\ \mathrm{keV}$)TeO$_2$ 極低温ボロメータ($10\ \mathrm{mK}$)$7.8\ \mathrm{keV}$($0.3\%$)$3.8\times10^{25}$ 年$70$–$240\ \mathrm{meV}$
CUPID-Mo / AMoRE$^{100}$Mo($3034\ \mathrm{keV}$)シンチレーティング・ボロメータ$5\ \mathrm{keV}$建設・運転中次世代

材料科学との接点:$0\nu\beta\beta$ 実験は,まず結晶成長と同位体分離の問題である

式 \eqref{eq:14-T12} を,実験家が見る形に書き直す.半減期 $T_{1/2}$,測定時間 $t$,標的核数 $N$ で期待信号数は $S=\ln2\cdot Nt/T_{1/2}$,背景事象数は $B=b\,M t\,\Delta E$($b$ は単位質量・単位時間・単位エネルギーあたりの背景率,$M$ は質量).背景がある場合の感度は $S/\sqrt B$ が一定という条件から

$$ \begin{equation} T^{0\nu}_{1/2}\ \Big|_\mathrm{sens} \ \propto\ \varepsilon\,a\sqrt{\frac{M\,t}{b\,\Delta E}} \qquad\Longrightarrow\qquad m_{\beta\beta}\Big|_\mathrm{sens}\ \propto\ \left(\frac{b\,\Delta E}{M\,t}\right)^{1/4} \label{eq:14-sensitivity} \end{equation} $$

ここで $\varepsilon$ は検出効率,$a$ は同位体存在比である.指数 $1/4$ がこの分野の残酷さを表している.$m_{\beta\beta}$ の感度を 2 倍良くするには,質量・測定時間・背景率・分解能の積を 16 倍改善しなければならない.そして改善できる項のほとんどが,材料の問題である.

素粒子物理学の最先端実験は,実質的に材料工学の最先端でもある.半導体産業が育てた Ge 単結晶技術,希釈冷凍機と極低温物性が育てたボロメータ技術,そして同位体分離のための遠心分離技術がなければ,この探索は成立しない.

例:TeO$_2$ ボロメータの熱応答と,熱力学的分解能の限界

CUORE は $750\ \mathrm{g}$ の TeO$_2$ 単結晶を $10\ \mathrm{mK}$ に冷やし,$0\nu\beta\beta$ が起きたときの温度上昇を測る.どのくらい上がるのか,Debye 模型で見積もろう.

ステップ1:熱容量.絶縁体の低温比熱は Debye の $T^3$ 則に従う.原子数 $N$ の系で

$$ C = \frac{12\pi^4}{5}Nk_B\left(\frac{T}{\Theta_D}\right)^3 $$

TeO$_2$ の分子量は $159.6\ \mathrm{g/mol}$,1式量あたり3原子,Debye 温度 $\Theta_D\approx232\ \mathrm{K}$.$750\ \mathrm{g}$ では

$$ N = \frac{750}{159.6}\times3\times6.022\times10^{23} = 8.49\times10^{24} $$ $$ \left(\frac{T}{\Theta_D}\right)^3=\left(\frac{0.010}{232}\right)^3 = (4.31\times10^{-5})^3=8.01\times10^{-14} $$ $$ C = 233.8\times8.49\times10^{24}\times1.381\times10^{-23}\times8.01\times10^{-14} = 2.2\times10^{-9}\ \mathrm{J/K} $$

$2.2\ \mathrm{nJ/K}$.同じ結晶の常温での熱容量は Dulong–Petit 則から $3Nk_B=3\times8.49\times10^{24}\times1.381\times10^{-23}=352\ \mathrm{J/K}$ なので,比をとると

$$ \frac{C(10\ \mathrm{mK})}{C(300\ \mathrm{K})}=\frac{2.2\times10^{-9}}{352}=6.2\times10^{-12} $$

すなわち常温の $6\times10^{-12}$ 倍である.$T^3$ 則こそがボロメータを可能にしている.

ステップ2:温度上昇.$^{130}$Te の $Q=2527\ \mathrm{keV}=4.05\times10^{-13}\ \mathrm{J}$ が全部熱になるとすると

$$ \Delta T = \frac{E}{C} = \frac{4.05\times10^{-13}}{2.2\times10^{-9}} = 1.8\times10^{-4}\ \mathrm{K} = 0.18\ \mathrm{mK} $$

$10\ \mathrm{mK}$ の結晶が $0.18\ \mathrm{mK}$ 暖まる.相対変化 $1.8\%$ である.NTD-Ge(中性子照射でドープした Ge)サーミスタで読み出す.

ステップ3:熱力学が課す分解能の限界.熱浴とつながった熱容量 $C$ の系は,エネルギーが揺らぐ.統計力学の標準的な結果として $\braket{\Delta E^2}=k_BT^2C$,すなわち

$$ \sigma_E = \sqrt{k_BT^2C} =\sqrt{1.381\times10^{-23}\times(0.010)^2\times2.2\times10^{-9}} $$ $$ =\sqrt{3.03\times10^{-36}}=1.74\times10^{-18}\ \mathrm{J} = 10.9\ \mathrm{eV} $$ $$ \mathrm{FWHM} = 2.355\,\sigma_E = 26\ \mathrm{eV} $$

原理的な限界は $26\ \mathrm{eV}$ である.実際の CUORE の分解能は $7.8\ \mathrm{keV}$ で,限界の 300 倍も悪い.差はすべて技術的なもの(サーミスタの雑音,振動,熱化の不完全性,結晶ごとのばらつき)であり,まだ 2 桁以上の改善余地が理論上は残っている.物性・材料側の仕事がそのまま素粒子物理の感度に直結する典型例である.∎

14.8 材料科学との接点 —— 物質中の Majorana

ここからが本章の核心である.14.6 節で導入した Majorana 条件 $\psi^c=\psi$ ——「粒子と反粒子が同じもの」——は,素粒子物理では未検証の仮説である.ところが物性物理では,同じ数学的条件を満たす励起が設計して作れる.超伝導体である.

14.8.1 Bogoliubov 準粒子は自分自身の反粒子である

まず,なぜ超伝導体なのかを式で見る.第9章 9.7.5 項(および『線形応答理論入門』第11章「プラズマ振動とゼロ音波」)で扱った Bogoliubov–de Gennes(BdG)形式を思い出そう.

材料科学との接点:$\gamma=\gamma^\dagger$ はどこから出てくるか

ステップ1:BdG ハミルトニアン.超伝導体の平均場ハミルトニアンは,対凝縮 $\Delta$ のために粒子数を保存しない項をもつ.

$$ \begin{equation} \Ham = \sum_{ij}h_{ij}c_i^\dagger c_j +\frac12\sum_{ij}\left(\Delta_{ij}c_i^\dagger c_j^\dagger + \Delta_{ij}^*c_jc_i\right) \label{eq:14-BdG} \end{equation} $$

ここが決定的である.$c^\dagger c^\dagger$ という項があるために,粒子数 $N$ は保存せず,保存するのはそのパリティ $(-1)^N$ だけになる.素粒子でいえば「レプトン数が破れて,そのパリティだけが残る」状況と同じ構造である(14.6 節の $\Delta L=2$).

ステップ2:Bogoliubov 変換.これを対角化する準粒子演算子は,粒子と正孔の重ね合わせになる.

$$ \begin{equation} \gamma_n^\dagger = \sum_i\left(u_{n,i}\,c_i^\dagger + v_{n,i}\,c_i\right) \label{eq:14-bogo} \end{equation} $$

Hermite 共役をとると

$$ \gamma_n = \sum_i\left(u_{n,i}^*\,c_i + v_{n,i}^*\,c_i^\dagger\right) $$

ステップ3:粒子・正孔対称性.BdG 方程式を行列で書くと

$$ \begin{pmatrix}h & \Delta\\ -\Delta^* & -h^*\end{pmatrix} \begin{pmatrix}u\\ v\end{pmatrix} = E\begin{pmatrix}u\\ v\end{pmatrix} $$

この行列に $\Xi = \tau_x\mathcal K$($\tau_x$ は Nambu 空間の Pauli 行列,$\mathcal K$ は複素共役.ここでは基底を $(c_i,\ c_i^\dagger)$ にとっている.第9章 9.7.5 項のスピン付き基底 $(c_{\kk\uparrow},\ c^\dagger_{-\kk\downarrow})$ では同じ対称性が $\tau_y\mathcal K$ と書かれる)を作用させると,符号が反転する:$\Xi\mathcal{H}_\mathrm{BdG}\Xi^{-1}=-\mathcal{H}_\mathrm{BdG}$.したがって

$$ (u,v)\ \text{が固有値}\ E\ \text{の解} \quad\Longrightarrow\quad (v^*,u^*)\ \text{が固有値}\ -E\ \text{の解} $$

演算子の言葉では,$\gamma^\dagger_{E}=\gamma_{-E}$ である.正エネルギー準粒子の生成は,負エネルギー準粒子の消滅と同じもの——これが超伝導体の準粒子スペクトルが $\pm E$ 対称である理由である.

ここで Dirac の海との違いを正直に述べておく.構図は似ているが一点だけ決定的に違う.BdG の $-E$ 解は $+E$ 解の冗長なコピーであり($\gamma^\dagger_E=\gamma_{-E}$ は同一の演算子の書き換えにすぎない),独立な自由度ではない.Nambu 空間で自由度を二重化した代償である.一方 Dirac 方程式の負エネルギー解は $u(p)$ と独立な $v(p)$ であり,反粒子という独立な自由度になる.$\pm E$ 対称性は,この冗長性の現れとして理解すべきものである.そして次のステップで見るように,$E=0$ の解が「自分自身の相方」になるという議論は,まさにこの冗長性に依拠している.

ステップ4:$E=0$ で何が起きるか.$E=0$ の解は,自分自身の相方である.$\gamma^\dagger_0=\gamma_{-0}=\gamma_0$,すなわち

$$ \begin{equation} \gamma^\dagger = \gamma, \qquad v_i = u_i^* \label{eq:14-majcond-mat} \end{equation} $$

これは式 \eqref{eq:14-majorana-cond} の Majorana 条件と,まったく同じ形である.

ステップ5:規格化と代数.$\sum_i(\abs{u_i}^2+\abs{v_i}^2)=1$ のもとで $\gamma^2=1/2$ となるので,慣例として $\sqrt2$ 倍して規格化し直すと

$$ \begin{equation} \gamma_a^\dagger=\gamma_a,\qquad \{\gamma_a,\gamma_b\}=2\delta_{ab},\qquad \gamma_a^2=1 \label{eq:14-cliff} \end{equation} $$

これは Clifford 代数である.$\gamma$ 行列(付録C)が満たす $\{\gamma^\mu,\gamma^\nu\}=2g^{\mu\nu}$ と同じ代数構造をしていることに注意.∎

材料科学との接点:電荷保存はどこへ行ったのか

14.6 節の定理は「Majorana 粒子は電荷をもてない」と述べた.ところが Bogoliubov 準粒子は,電子(電荷 $-e$)と正孔(電荷 $+e$)の重ね合わせである.矛盾しないのか.

矛盾しない.鍵は式 \eqref{eq:14-BdG} の $c^\dagger c^\dagger$ 項である.超伝導凝縮体(Cooper 対の海)は無限に多くの電荷を蓄えた「リザーバ」であり,$2e$ 単位の電荷をいくらでも吸ったり吐いたりできる.したがって準粒子の電荷は $2e$ を法としてしか定義されない.$-e$ と $+e$ は $\mathrm{mod}\ 2e$ で同じである.この意味で,準粒子は実効的に「中性」になる.

厳密に言えば,超伝導体では $U(1)$ ゲージ対称性が自発的に破れている(第13章).破れた対称性の荷は保存量ではないので,14.6 節の定理の前提(「破れていない $U(1)$」)が外れる.

ニュートリノで「レプトン数が破れているから Majorana でありうる」と言ったのと,論理は完全に同じである.異なるのは,超伝導体では対称性の破れが実験室で確認済みだ,という一点である.

14.8.2 Kitaev 鎖 —— 厳密に解ける Majorana 模型

Kitaev(2001)は,1次元の $p$ 波超伝導鎖という玩具模型を提示した.厳密に解け,かつ本質をすべて含んでいる.

定義:Kitaev 鎖

$N$ サイトの1次元格子上のスピンレス・フェルミオン $c_j$ に対し

$$ \begin{equation} \Ham = -\mu\sum_{j=1}^{N}\left(c_j^\dagger c_j-\tfrac12\right) +\sum_{j=1}^{N-1}\left[-t\left(c_j^\dagger c_{j+1}+c_{j+1}^\dagger c_j\right) +\Delta\, c_jc_{j+1}+\Delta^*\,c_{j+1}^\dagger c_j^\dagger\right] \label{eq:14-kitaev} \end{equation} $$

$\mu$ は化学ポテンシャル,$t$ はホッピング,$\Delta$ は$p$ 波対ポテンシャル(同じスピン同士,隣接サイト間で対を組む)である.$s$ 波と違い $\Delta$ が奇パリティなので,$\Delta_{j,j+1}=-\Delta_{j+1,j}$.以下 $t,\Delta>0$ を実にとる.

材料科学との接点:Kitaev 鎖の厳密解と,端に残る Majorana

ステップ1:Majorana 演算子への分解.各サイトの複素フェルミオン演算子を,実部と虚部に分ける.

$$ \begin{equation} \gamma_{2j-1}\equiv c_j+c_j^\dagger, \qquad \gamma_{2j}\equiv -\ii\left(c_j-c_j^\dagger\right) \label{eq:14-maj-decomp} \end{equation} $$

逆に解くと $c_j=\tfrac12(\gamma_{2j-1}+\ii\gamma_{2j})$,$c_j^\dagger=\tfrac12(\gamma_{2j-1}-\ii\gamma_{2j})$.定義から直ちに $\gamma_a^\dagger=\gamma_a$,$\gamma_a^2=1$,$\{\gamma_a,\gamma_b\}=2\delta_{ab}$ が確かめられる.1個の複素フェルミオンは 2 個の Majorana に等しい.これは複素数を実部と虚部に分けるのと同じ,形式的には無内容な操作である.内容が出るのは次のステップである.

ステップ2:数演算子を書き換える.

$$ c_j^\dagger c_j =\frac{(\gamma_{2j-1}-\ii\gamma_{2j})}{2}\cdot\frac{(\gamma_{2j-1}+\ii\gamma_{2j})}{2} =\frac14\left(\gamma_{2j-1}^2+\gamma_{2j}^2+\ii[\gamma_{2j-1},\gamma_{2j}]\right) $$

$\gamma^2=1$ と $\gamma_{2j}\gamma_{2j-1}=-\gamma_{2j-1}\gamma_{2j}$ を使うと

$$ c_j^\dagger c_j-\frac12 = \frac{\ii}{2}\gamma_{2j-1}\gamma_{2j} $$

ステップ3:ホッピング項と対項を書き換える.同様の計算で

$$ -t\left(c_j^\dagger c_{j+1}+\mathrm{h.c.}\right) =-\frac{\ii t}{2}\left(\gamma_{2j-1}\gamma_{2j+2}-\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}\right) $$ $$ \Delta\,c_jc_{j+1}+\mathrm{h.c.} =\frac{\ii\Delta}{2}\left(\gamma_{2j-1}\gamma_{2j+2}+\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}\right) $$

足すと,$\gamma_{2j-1}\gamma_{2j+2}$ の係数は $\ii(\Delta-t)/2$,$\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}$ の係数は $\ii(\Delta+t)/2$ になる.すなわち

$$ \begin{equation} \Ham = -\frac{\ii\mu}{2}\sum_{j}\gamma_{2j-1}\gamma_{2j} +\frac{\ii}{2}\sum_{j}\left[(\Delta-t)\gamma_{2j-1}\gamma_{2j+2} +(\Delta+t)\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}\right] \label{eq:14-kitaev-maj} \end{equation} $$

ステップ4:二つの特別な点を見る.

(i) 自明相の代表点 $t=\Delta=0$,$\mu<0$.式 \eqref{eq:14-kitaev-maj} の第2項が消え

$$ \Ham = -\frac{\ii\mu}{2}\sum_{j=1}^{N}\gamma_{2j-1}\gamma_{2j} $$

同じサイトの2つの Majorana が対を組む.すべての $\gamma$ がハミルトニアンに現れ,励起にはエネルギー $\abs{\mu}$ が要る.端に何も残らない.

(ii) トポロジカル相の代表点(スイートスポット)$\mu=0$,$t=\Delta>0$.第1項が消え,第2項も $(\Delta-t)=0$ で半分が消えて

$$ \begin{equation} \Ham = \ii t\sum_{j=1}^{N-1}\gamma_{2j}\gamma_{2j+1} \label{eq:14-sweet} \end{equation} $$

隣り合うサイトの Majorana が対を組み替える.ここに $\gamma_1$ と $\gamma_{2N}$ が現れていないことに注意してほしい.鎖の左端の Majorana と右端の Majorana が,相手を失って取り残されている.

ステップ5:零モードを取り出す.取り残された2つを組み合わせて,1個の複素フェルミオンを作る.

$$ \begin{equation} f \equiv \frac{\gamma_1+\ii\gamma_{2N}}{2}, \qquad f^\dagger = \frac{\gamma_1-\ii\gamma_{2N}}{2} \label{eq:14-nonlocal} \end{equation} $$

$\gamma_1$ も $\gamma_{2N}$ も式 \eqref{eq:14-sweet} に現れないので $[\Ham,f]=[\Ham,f^\dagger]=0$.すなわち

$$ \begin{equation} E_f = 0 \qquad\text{(厳密なゼロエネルギー)} \label{eq:14-zeromode} \end{equation} $$

したがって基底状態は,$f$ が空か占有かの2重縮退である.二つの状態はフェルミオンパリティ $(-1)^N$ が異なるので,局所的な摂動では混ざらない.∎

材料科学との接点:なぜこの縮退が「守られる」のか

式 \eqref{eq:14-nonlocal} の $f$ は,鎖の左端と右端という,$N$ サイト離れた二か所にまたがった演算子である.これが決定的である.

局所的な摂動(不純物,格子欠陥,電磁ノイズ)は,ある一点の $\gamma_a$ にしか触れない.しかし $f$ の占有数を変えるには $\gamma_1$ と $\gamma_{2N}$ の両方に同時に触れなければならない.そのような演算子は,鎖の長さ $L$ に対して指数的に小さい振幅 $\ee^{-L/\xi}$($\xi$ はコヒーレンス長)でしか生じない.

これがトポロジカル保護の実体である.情報は「どこか一か所」ではなく「二か所の相関」に蓄えられており,局所的な環境はそれを読むことも壊すこともできない.量子計算のデコヒーレンス問題に対する,ハードウェアレベルの解決策になりうる——これが 14.8.4 項の話である.

物性で言えば,「非局所的な自由度は局所的な散乱から守られる」というのは,量子 Hall 端状態やトポロジカル絶縁体の表面状態と同じ論理である.ニュートリノの側にはこの概念に対応するものはない.ここが素粒子の Majorana と物性の Majorana が最も大きく分かれる点である.

導出:Kitaev 鎖のバルク分散と相図

ステップ1:周期境界で Fourier 変換する.$c_j=N^{-1/2}\sum_k\ee^{\ii kj}c_k$ を式 \eqref{eq:14-kitaev} に代入すると,Nambu スピノル $\Psi_k=(c_k,\ c_{-k}^\dagger)^T$ を使って

$$ \Ham=\frac12\sum_k\Psi_k^\dagger \begin{pmatrix}\xi_k & -2\ii\Delta\sin k\\ 2\ii\Delta\sin k & -\xi_k\end{pmatrix}\Psi_k, \qquad \xi_k = -2t\cos k-\mu $$

ステップ2:$2\times2$ を対角化する.$\bm{d}(k)=(0,\,2\Delta\sin k,\,\xi_k)$ として $\Ham_k=\bm{d}(k)\cdot\bm\tau$ と書けるので

$$ \begin{equation} E(k)=\pm\abs{\bm{d}(k)}=\pm\sqrt{\left(2t\cos k+\mu\right)^2+4\Delta^2\sin^2k} \label{eq:14-kitaev-disp} \end{equation} $$

ステップ3:ギャップが閉じる条件.$E(k)=0$ には両方の項がゼロである必要がある.$\sin k=0$ より $k=0$ または $k=\pi$.そこへ代入して

$$ k=0:\ 2t+\mu=0\ \Rightarrow\ \mu=-2t, \qquad k=\pi:\ -2t+\mu=0\ \Rightarrow\ \mu=+2t $$

ステップ4:相図.ギャップが閉じる線が相を分ける.$\xi_0=-2t-\mu$ と $\xi_\pi=2t-\mu$ の符号の積が判定式になり

$$ \begin{equation} \mathrm{sgn}(\xi_0\,\xi_\pi)<0 \ \Longleftrightarrow\ \abs{\mu}<2t \ \Longleftrightarrow\ \text{トポロジカル相(端に Majorana 零モード)} \label{eq:14-topo-crit} \end{equation} $$

$\abs{\mu}>2t$ なら自明相である.スイートスポット $\mu=0$ はもちろん $\abs{\mu}<2t$ を満たす.そして $\mu=0,\ t=\Delta$ を式 \eqref{eq:14-kitaev-disp} に入れると

$$ E(k)=\pm\sqrt{4t^2\cos^2k+4t^2\sin^2k}=\pm2t $$

完全に平坦なバンドである(コヒーレンス長 $\xi=0$,つまり零モードが厳密に端の1サイトに局在する).∎

重要なのは,零モードの存在が $\mu=0,t=\Delta$ という特別な点に限らないことである.$\abs{\mu}<2t$ である限り,バルクギャップは開いたまま連続変形でスイートスポットにつなげられる.ギャップが閉じない限りトポロジカル不変量は変わらないので,零モードは相全体にわたって存在する.ただし局在長は $\xi\sim\hbar v_F/\Delta$ に伸び,端の準位は $\ee^{-L/\xi}$ 程度の分裂をもつ.

(a) 自明相:t = Δ = 0,μ ≠ 0 — 同じサイト内で対を組む サイト 1 サイト 2 サイト 3 サイト 4 サイト 5 全部が対を組む ⇒ 端に何も残らない γ1γ2 γ3γ4 (b) トポロジカル相:μ = 0,t = Δ — 隣のサイトと対を組む γ₁(相手なし) γ₁₀(相手なし) f = (γ₁ + iγ₁₀)/2 ⇒ E = 0,非局所 両端に 1 個ずつ Majorana が残る ⇒ 基底状態 2 重縮退 紫の太線はハミルトニアンに実際に現れる項(対を組んでエネルギーを得る)を表す.どちらの図でも Majorana の総数は 2N = 10 個で同じであり,違うのは「どうつなぐか」だけである.
図14.7 Kitaev 鎖の Majorana 分解.各サイトの複素フェルミオン $c_j$ を $\gamma_{2j-1}=c_j+c_j^\dagger$ と $\gamma_{2j}=-\ii(c_j-c_j^\dagger)$ の2つの Majorana に分ける(式 \eqref{eq:14-maj-decomp}).(a) 自明相では同一サイト内の2つが対を組み,すべてがハミルトニアンに現れる.(b) トポロジカル相では隣接サイト間で対を組み替えるため,鎖の両端の $\gamma_1$ と $\gamma_{2N}$ がハミルトニアンから外れる.この2つを合成した非局所フェルミオン $f$ は厳密にエネルギーゼロであり,基底状態は2重縮退する.二つの状態はフェルミオンパリティが異なり,局所的な摂動では混ざらない.

14.8.3 材料でつくる Majorana

Kitaev 鎖は玩具模型である.現実の材料でこれを作るには,(i) スピンレス(=スピン縮退が解けている),(ii) $p$ 波超伝導,という二条件が要る.どちらも自然界には稀である.そこで「合成する」戦略が生まれた.

材料科学との接点:三つの実装ルート

ルート1:$p$ 波超伝導体そのものを探す.Sr$_2$RuO$_4$ は長らくスピン三重項 $p$ 波超伝導体の最有力候補であった.そのカイラル $p+\ii p$ 状態の渦芯には,Read–Green の理論により Majorana 零モードが現れるはずである.しかし 2019 年の NMR Knight シフト再測定により,スピン三重項の証拠は大きく後退した.$^3$He-A 相,UTe$_2$,UPt$_3$ なども候補として議論が続いている.

ルート2:半導体ナノワイヤ + $s$ 波超伝導体 + 磁場.Lutchyn–Sau–Das Sarma と Oreg–Refael–von Oppen(ともに 2010)の提案.普通の $s$ 波超伝導体(Al)を,強いスピン軌道相互作用をもつ半導体ナノワイヤ(InSb, InAs)に近接させ,磁場をかける.三つの要素の組み合わせが,実効的な $p$ 波超伝導を生む.

ルート3:磁性原子鎖 / トポロジカル絶縁体 + 超伝導体.超伝導 Pb 表面に Fe 原子を1列に並べる(Yazdani ら 2014),あるいは Fu–Kane(2008)の理論提案に沿って,超伝導体 NbSe$_2$ の上にトポロジカル絶縁体 Bi$_2$Te$_3$ の薄膜をエピタキシャル成長させる(渦芯のゼロバイアスピークの報告は Xu ら 2015).

いずれも「材料を組み合わせて,自然界にない対称性クラスを作る」という発想である.物質設計そのものである.

材料科学との接点:ナノワイヤのトポロジカル条件を導く

ステップ1:ハミルトニアン.1次元ナノワイヤの有効ハミルトニアンは,スピン空間の Pauli 行列 $\bm\sigma$ を使って

$$ \begin{equation} \Ham = \int\dd x\ \psi^\dagger\!\left[ -\frac{\hbar^2\partial_x^2}{2m^*}-\mu -\ii\alpha_R\sigma_y\partial_x +V_Z\sigma_x \right]\psi +\left(\Delta\,\psi_\uparrow\psi_\downarrow+\mathrm{h.c.}\right) \label{eq:14-nanowire} \end{equation} $$

4項の意味は順に,運動エネルギー,化学ポテンシャル,Rashba スピン軌道相互作用(強度 $\alpha_R$),Zeeman 項($V_Z=g^*\mu_BB/2$,ワイヤに平行な磁場),そして近接効果で誘起された$s$ 波対である.

ステップ2:それぞれの役割.

ステップ3:$k=0$ でのギャップ閉じ条件.$k=0$ では Rashba 項が消えるので,BdG 行列は $\{$スピン,粒子正孔$\}$ の4次元空間で簡単に対角化でき,固有値は

$$ E(k=0)=\pm V_Z \pm\sqrt{\mu^2+\Delta^2} $$

ギャップが閉じるのは $V_Z=\sqrt{\mu^2+\Delta^2}$ のとき.式 \eqref{eq:14-nanowire} は連続体模型なのでブリルアン帯端は存在せず,$k\ne0$ では運動エネルギー $\hbar^2k^2/2m^*$ が支配してギャップは閉じない(格子模型にすればこれが Kitaev 鎖の $k=\pi$ に対応する).したがって判定は $k=0$ だけでよい.したがって

$$ \begin{equation} V_Z > \sqrt{\Delta^2+\mu^2} \qquad\Longleftrightarrow\qquad \text{トポロジカル相} \label{eq:14-nanowire-crit} \end{equation} $$

∎

例:InSb と InAs で必要な磁場を計算する

$\mu=0$(バンド底に化学ポテンシャルを合わせた最適条件)のとき,式 \eqref{eq:14-nanowire-crit} は $V_Z>\Delta$,すなわち

$$ \frac{g^*\mu_BB}{2}>\Delta \quad\Longrightarrow\quad B_c = \frac{2\Delta}{g^*\mu_B} $$

$\mu_B=5.788\times10^{-2}\ \mathrm{meV/T}$,Al の近接誘起ギャップ $\Delta\approx0.20\ \mathrm{meV}$ を使う.

(a) InSb($g^*\approx51$):

$$ B_c = \frac{2\times0.20}{51\times5.788\times10^{-2}} = \frac{0.40}{2.95}=0.14\ \mathrm{T} $$

(b) InAs($g^*\approx15$):

$$ B_c = \frac{0.40}{15\times5.788\times10^{-2}} = \frac{0.40}{0.868}=0.46\ \mathrm{T} $$

ここで上限も存在することに注意したい.磁場が強すぎると Al 薄膜自身の超伝導が壊れる(薄膜の平行臨界磁場は $2$–$3\ \mathrm{T}$ 程度).したがって使える窓は

$$ 0.14\ \mathrm{T}\ \lesssim\ B\ \lesssim\ 2\ \mathrm{T}\quad(\mathrm{InSb}) $$

である.InSb が InAs より好まれるのは,この窓が広いからである($g^*$ が 3.4 倍大きい).材料選択が,そのまま実験の可否を決めている.

さらに,トポロジカルギャップの大きさは $E_\mathrm{gap}\sim\alpha_Rk_F$ 程度であり,Rashba 定数が大きいほど有利である.InSb の $\alpha_R\approx0.2$–$0.3\ \mathrm{eV\,\mathring{A}}$ は半導体としては最大級で,これも InSb が選ばれる理由である.そして測定温度は $E_\mathrm{gap}\gg k_BT$ を要求するので,希釈冷凍機の $20\ \mathrm{mK}$($=1.7\ \mu\mathrm{eV}$)が必要になる.∎

材料科学との接点:Majorana の実験的サイン

零モードがあると何が観測されるか.三つの予言がある.

(1) 量子化されたゼロバイアス伝導ピーク.常伝導リードからナノワイヤ端にトンネルさせると,Majorana 零モードは「完全な Andreev 反射」(入射した電子が確率1で正孔として反射され,Cooper 対が凝縮体に加わる)を引き起こす.その結果,微分伝導度は

$$ \begin{equation} G(V=0) = \frac{2e^2}{h} \approx 7.75\times10^{-5}\ \mathrm{S} \label{eq:14-zbp} \end{equation} $$

に量子化される($T\to0$,トンネル結合の強さによらない).

(2) $4\pi$ 周期の Josephson 効果.2本のトポロジカル超伝導体を接合すると,接合部の2つの Majorana が結合してエネルギーが

$$ E(\varphi)=\pm\Delta_\mathrm{eff}\cos\frac{\varphi}{2}, \qquad I(\varphi)=\frac{2e}{\hbar}\frac{\partial E}{\partial\varphi} =\mp\frac{e\Delta_\mathrm{eff}}{\hbar}\sin\frac{\varphi}{2} $$

となる.通常の Josephson 接合の $I\propto\sin\varphi$(周期 $2\pi$)ではなく周期 $4\pi$ である.位相を $2\pi$ 回しても元に戻らず,フェルミオンパリティが反転しているからである.交流 Josephson 効果で見れば,Shapiro ステップの奇数次が消える.

(3) フェルミオンパリティの非局所読み出し.2つの Majorana を含む島の電荷を測ると,パリティに応じて $e$ 周期($2e$ ではなく)のクーロン振動が現れる.

14.8.4 非可換統計とトポロジカル量子計算

材料科学との接点:Majorana の交換は「行列」である

ステップ1:交換操作の作用.2次元系(あるいは T 字型ネットワーク)で,2つの Majorana $\gamma_1,\gamma_2$ の位置を断熱的に入れ替える(braiding)と,代数を保つ変換として

$$ \begin{equation} \gamma_1\to\gamma_2,\qquad \gamma_2\to-\gamma_1 \label{eq:14-braid-action} \end{equation} $$

が起きる(符号の非対称性は,交換のさいに一方の Majorana が超伝導位相の分枝切断線(branch cut)をまたぐことによる.Ivanov 2001).

ステップ2:この変換を生成するユニタリ演算子.

$$ \begin{equation} B_{12} = \exp\left(\frac{\pi}{4}\gamma_2\gamma_1\right) =\frac{1}{\sqrt2}\left(1+\gamma_2\gamma_1\right) \label{eq:14-braid} \end{equation} $$

2行目の等号は $(\gamma_2\gamma_1)^2=-\gamma_2^2\gamma_1^2=-1$ を使って指数関数を展開すると,$\cos(\pi/4)+\gamma_2\gamma_1\sin(\pi/4)$ になることから従う.実際に $B_{12}\gamma_1B_{12}^\dagger=\gamma_2$ が確かめられる.

ステップ3:可換でないことを見る.3つ以上の Majorana があるとき,$B_{12}$ と $B_{23}$ は交換しない.

$$ B_{12}B_{23}\ne B_{23}B_{12} $$

($\gamma_2\gamma_1$ と $\gamma_3\gamma_2$ が $\gamma_2$ を共有しており,$\gamma$ 同士が反交換するため.)すなわち交換操作の結果が順序に依存する.これが非可換統計(non-abelian statistics)である.∎

材料科学との接点:Ising エニオンとトポロジカル量子計算

3次元では,2粒子の交換は入れ替え群 $S_N$ の表現しかもてず,フェルミオン($-1$)かボソン($+1$)しかない.しかし2次元では交換の履歴(どちら回りに回ったか)が意味をもち,組みひも群 $B_N$ の表現になる.1次元的な位相を得るのがエニオン(anyon),行列を得るのが非可換エニオンである.Majorana 零モードは Ising エニオンと呼ばれる型に属し,量子次元 $d=\sqrt2$ をもつ.

$2n$ 個の Majorana からは $n$ 個の複素フェルミオンが作れ,パリティを固定すると $2^{n-1}$ 次元の縮退した基底状態空間が生まれる.この空間に量子情報を蓄え,Majorana を編むことで演算する——これがトポロジカル量子計算である.

Microsoft を筆頭に,この方式に大きな投資が続いている.材料科学の課題は明確である.不純物のないエピタキシャル InSb/Al 界面,界面での急峻なバンド接続,ゲート電極の電荷雑音の低減.すべて半導体プロセス技術の問題である.

14.8.5 実験的困難 —— 正直な現状

材料科学との接点:ゼロバイアスピークは Majorana の証拠にならない

ここは正直に書かねばならない.2026 年の時点で,物質中の Majorana 零モードの存在は確立していない.

問題の核心は,式 \eqref{eq:14-zbp} のゼロバイアス伝導ピーク(ZBP)が,Majorana でなくても出てしまうことである.偽陽性の候補を挙げる.

2021 年の論文撤回.2018 年に Nature 誌に発表された InSb ナノワイヤの「量子化 Majorana 伝導」の報告は,2021 年 3 月に撤回された.データの選択と処理に問題があり,量子化 $2e^2/h$ の主張が支持されないことが判明したためである.2017 年に別系(量子異常 Hall 絶縁体/超伝導体接合における「カイラル Majorana モード」)で報告された結果も,のちに撤回された.

その後,「トポロジカルギャップ・プロトコル」と呼ばれる,バルクのギャップ閉じ・再開とワイヤ両端での同時 ZBP を要求するより厳しい判定基準が提案され,2023 年以降,これを満たすとする報告と,判定基準そのものが無秩序系でも満たされうるとする批判とが並行している.2025 年に発表された干渉計によるパリティ単発測定の主張も,同様に議論の途上にある.

この状況から学ぶべきこと.これは不正の物語ではなく(少なくとも大半は),「一つの観測量だけでトポロジーを判定することの原理的な難しさ」の物語である.トポロジカル不変量はバルクの大域的な性質であり,局所的なトンネル分光には直接は現れない.必要なのは,(i) 非局所性の直接検証(両端の相関測定),(ii) $4\pi$ Josephson の明確な観測,(iii) 編み込みによる非可換性の実証,である.いずれも材料の質——無秩序の少なさ,界面の急峻さ,ゲート制御の精度——に律速されている.

素粒子側の $0\nu\beta\beta$ も同じ構図である.半減期 $10^{26}$ 年の探索は,「$Q$ 値のところにピークが1本立つ」という単一の観測量に賭けており,背景事象の理解がすべてを決める.両分野とも,「Majorana であること」の検証は,材料と背景の制御という地道な仕事に還元される.

14.8.6 二つの Majorana の対比

表14.10 素粒子の Majorana ニュートリノと,物性の Majorana 零モードの対比
項目Majorana ニュートリノ(素粒子)Majorana 零モード(物性)
正体素粒子.時空のいたるところに定義された場の量子準粒子.物質中の集団励起,母体(超伝導体)なしには存在しない
自己共役条件$\psi^c=\psi$(4成分 Dirac 場に対する条件,式 \eqref{eq:14-majorana-cond})$\gamma=\gamma^\dagger$(第二量子化演算子に対する条件,式 \eqref{eq:14-majcond-mat})
エネルギー質量をもつ:$m\approx0.01$–$0.1\ \mathrm{eV}$,分散 $E=\sqrt{\bm p^2+m^2}$厳密にゼロ:$E=0$,分散をもたない局在モード(バルクギャップ内)
破れている対称性レプトン数 $L$($\Delta L=2$).保存するのは $(-1)^L$電荷 $U(1)$(超伝導凝縮が $2e$ を吸収).保存するのはフェルミオンパリティ $(-1)^N$
個数と分布3世代(軽い)+ 右巻き重い状態.宇宙に一様系の欠陥ごとに 1 個(鎖の端,渦芯).必ず偶数個
統計フェルミオン(Fermi–Dirac,3+1 次元の入れ替え群)非可換エニオン(Ising 型,量子次元 $\sqrt2$).2次元系,または1次元ワイヤの T 字ネットワークで意味をもつ
時空3+1 次元,Lorentz 不変0/1/2 次元の有効理論.Lorentz 不変性なし,母体の格子が優先系を定める
保護なし(質量は湯川結合とシーソーで決まる)トポロジカル保護.局所摂動に対して $\ee^{-L/\xi}$ で堅牢
検証法$0\nu\beta\beta$($T_{1/2}>10^{26}$ 年の探索)量子化 ZBP,$4\pi$ Josephson,非局所相関,編み込み実験
現状未発見.$m_{\beta\beta}<28$–$122\ \mathrm{meV}$未確立.有力な兆候はあるが偽陽性と区別できていない
応用レプトン数生成(宇宙のバリオン非対称の起源)トポロジカル量子計算

材料科学との接点:それでも「同じ」と言ってよいのか

表14.10 を見ると,違いのほうが目立つ.一方は素粒子で質量をもち,他方は準粒子でエネルギーゼロ.一方は Lorentz 不変で,他方は格子の上にある.「同じ Majorana」と呼ぶのは言葉の綾ではないか,という疑問はもっともである.

答えは「代数のレベルでは同じ,運動学のレベルでは違う」である.共通しているのは

違うのは,それがどの方程式の解として現れるかである.ニュートリノは Lorentz 不変な Dirac 方程式の解,零モードは BdG 方程式の $E=0$ 解.同じ代数が,違う運動学の上に乗っている.

これは物理学ではきわめてよくある事態である.Higgs 機構(第13章)は超伝導の Anderson–Higgs 機構からの輸入であった.漸近的自由性(第11章)は Kondo 問題のくりこみ群と同じ構造をもつ.インスタントンは金属中の量子トンネルと同じ鞍点計算である.そして今回は,逆向きの輸入が起きた.素粒子物理が 1937 年に用意していた Majorana の概念を,2001 年以降の物性物理が借りて,材料で実装しようとしている.

素粒子物理を学ぶ材料科学者にとっての実利は,まさにここにある.$\psi^c=\psi$ という条件の意味を,レプトン数の破れとともに理解しておけば,トポロジカル超伝導体の論文に出てくる $\gamma=\gamma^\dagger$ が何を主張しているのかが,一行で読めるようになる.逆もまた真である.BdG 方程式の粒子・正孔対称性に慣れた者には,Dirac の海も Majorana 条件も,見慣れた顔をしている.

14.9 まとめと演習

14.9.1 まとめ

14.9.2 演習問題

演習14.1 2世代振動確率をもう一度

本文の導出をなぞらずに,自分で最後まで計算せよ.

(1) $\ket{\nu_e}=\cos\theta\ket{\nu_1}+\sin\theta\ket{\nu_2}$ から出発し,時刻 $t$ での $\braket{\nu_e|\nu(t)}$ を求めよ.

(2) $P(\nu_e\to\nu_e)=\abs{\braket{\nu_e|\nu(t)}}^2$ を計算し,$1-\sin^22\theta\sin^2(\phi/2)$($\phi=(E_2-E_1)t$)となることを示せ.

(3) $P(\nu_e\to\nu_e)+P(\nu_e\to\nu_\mu)=1$ を確かめよ.

(4) $\theta=45^\circ$(最大混合)のとき,$P(\nu_e\to\nu_\mu)$ が $1$ に達する最小の $L$ を $\Delta m^2$ と $E$ で表せ.

ヒント:(1) $\cos^2\theta\,\ee^{-\ii E_1t}+\sin^2\theta\,\ee^{-\ii E_2t}$.(2) $\abs{a+b}^2=a^2+b^2+2ab\cos\phi$ と $\cos^4+\sin^4=1-\tfrac12\sin^22\theta$ を使う.(4) $\Delta m^2L/4E=\pi/2$ より $L=2\pi E/\Delta m^2=L_\mathrm{osc}/2$.

演習14.2 $1.27$ を自分で出す,そして実験を設計する

(1) $\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$ から出発し,$\Delta m^2$ を $\mathrm{eV^2}$,$L$ を $\mathrm{km}$,$E$ を $\mathrm{GeV}$ で測ったときの換算係数を,本文を見ずに導け.

(2) 同じ係数が「$L$ を m,$E$ を MeV」でも使えることを示せ.

(3) $\Delta m_{21}^2=7.53\times10^{-5}\ \mathrm{eV^2}$,$E=3.6\ \mathrm{MeV}$ の原子炉 $\bar\nu_e$ に対する振動長 $L_\mathrm{osc}$ を求めよ.

(4) JUNO は $\Delta m_{21}^2$ と質量順序を同時に測るため,$L=52.5\ \mathrm{km}$ に置かれた.このとき $E=3.6\ \mathrm{MeV}$ での位相は何 rad か.振動極大か極小か.

ヒント:(1) $10^3/(4\times197.327)=1.2669$.(3) $L_\mathrm{osc}=2.48\times(3.6\times10^{-3})/(7.53\times10^{-5})=118.6\ \mathrm{km}$.(4) 位相 $=1.267\times7.53\times10^{-5}\times52.5/(3.6\times10^{-3})=1.39\ \mathrm{rad}\approx0.44\pi$.第1極大 $\pi/2$ のすぐ手前で,生き残り確率がほぼ最小になる点である.JUNO はここで $\Delta m_{31}^2$ による細かい波紋を読んで質量順序を決める.

演習14.3 大気ニュートリノの上下非対称

$\Delta m_{31}^2=2.45\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$,$\sin^22\theta_{23}=1$(最大混合と近似),地球半径 $R_\oplus=6371\ \mathrm{km}$ とする.

(1) 天頂角 $\theta_z$($\cos\theta_z=1$ が真上から,$-1$ が真下から)に対し,飛行距離が近似的に $L(\theta_z)\simeq\sqrt{(R_\oplus+h)^2-(R_\oplus\sin\theta_z)^2}-R_\oplus\cos\theta_z$($h=15\ \mathrm{km}$ は生成高度)で与えられることを幾何学から確かめよ.

(2) $E=1\ \mathrm{GeV}$ について,真上($\cos\theta_z=1$)と真下($\cos\theta_z=-1$)での $P(\nu_\mu\to\nu_\mu)$ を求めよ.

(3) 上下比 $U/D\equiv P_\mathrm{up}/P_\mathrm{down}$ を求め,Super-Kamiokande が観測した「上向き $\nu_\mu$ の欠損」を説明せよ.

(4) $\nu_e$ については $\sin^22\theta_{13}=0.086$ を使い,同じ計算をせよ.なぜ $\nu_e$ の上下非対称はほとんど見えないのか.

ヒント:(2) 真上 $L=15\ \mathrm{km}$ で位相 $0.047\ \mathrm{rad}$,$P=0.998$.真下 $L\simeq12\,757\ \mathrm{km}$ で位相 $39.6\ \mathrm{rad}$,平均化されて $P=1-\tfrac12=0.5$.(3) $U/D\approx0.5$.(4) $\nu_e$ では $P_\mathrm{down}\approx1.000$,$P_\mathrm{up}=1-0.086/2=0.957$ で,上下比 $U/D=0.957$,欠損はわずか $4\%$.混合角の小ささがそのまま非対称の小ささになる.

演習14.4 MSW 共鳴を地球でも探す

(1) 地球のマントル($\rho\approx4.5\ \mathrm{g/cm^3}$,$Y_e=0.5$)の電子密度 $n_e$ を求めよ.

(2) そこでの物質ポテンシャル $V_\mathrm{CC}=\sqrt2G_Fn_e$ を eV 単位で求めよ.

(3) $\Delta m_{31}^2=2.45\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$,$\theta_{13}=8.53^\circ$ に対する MSW 共鳴エネルギーを求めよ.

(4) この結果は,NOvA($L=810\ \mathrm{km}$,$E=2\ \mathrm{GeV}$)や DUNE($L=1300\ \mathrm{km}$,$E=2.5\ \mathrm{GeV}$)にとって何を意味するか.また,物質効果が $\nu$ と $\bar\nu$ で符号を変えることを使うと,なぜ質量順序が決められるのか説明せよ.

ヒント:(1) $n_e=4.5\times6.022\times10^{23}\times0.5=1.35\times10^{24}\ \mathrm{cm^{-3}}$.(2) $V=1.267\times10^{-46}\times1.35\times10^{24}\ \mathrm{GeV}=1.71\times10^{-22}\ \mathrm{GeV}=1.71\times10^{-13}\ \mathrm{eV}$.(3) $E_\mathrm{res}=\Delta m^2\cos2\theta_{13}/(2V)=2.45\times10^{-3}\times0.956/(2\times1.71\times10^{-13})=6.8\ \mathrm{GeV}$.(4) 数 GeV の長基線実験では共鳴に近づくため物質効果が無視できない.NO なら $\nu$ の $\nu_\mu\to\nu_e$ が増強され $\bar\nu$ は抑制,IO なら逆になる.この非対称が CP 位相 $\delta$ による非対称と縮退するため,異なる基線の実験(T2K と NOvA,あるいは DUNE の長基線)を組み合わせて分離する.

演習14.5 シーソー機構の数値

(1) $2\times2$ 質量行列 $\mathcal M=\begin{pmatrix}0&m_D\\ m_D&M_R\end{pmatrix}$ の固有値を厳密に求め,$M_R\gg m_D$ の展開が本文の結果 \eqref{eq:14-seesaw} を与えることを確かめよ.

(2) $m_\nu M_R=m_D^2$ が展開なしに厳密に成り立つことを,行列式から示せ.

(3) $m_\nu=0.05\ \mathrm{eV}$ を仮定し,$m_D$ をボトムクォーク質量 $4.18\ \mathrm{GeV}$,チャーム質量 $1.27\ \mathrm{GeV}$ にとったときの $M_R$ をそれぞれ求めよ.

(4) 逆に $M_R=1\ \mathrm{TeV}$(LHC で届く範囲)とすると $m_D$ はいくらか.そのとき湯川結合 $y_\nu=\sqrt2m_D/v$($v=246\ \mathrm{GeV}$)はいくつか.電子の湯川結合 $y_e=2.9\times10^{-6}$ と比べて論評せよ.

ヒント:(3) ボトム:$M_R=(4.18)^2/(5\times10^{-11})=3.5\times10^{11}\ \mathrm{GeV}$.チャーム:$3.2\times10^{10}\ \mathrm{GeV}$.(4) $m_D=\sqrt{m_\nu M_R}=\sqrt{5\times10^{-11}\times10^3}=2.24\times10^{-4}\ \mathrm{GeV}=224\ \mathrm{keV}$,$y_\nu=1.3\times10^{-6}$.電子の湯川結合の半分程度であり,「不自然に小さい」とまでは言えない——TeV スケールのシーソーも,微調整の度合いでは電子質量と同程度である,というのが低スケールシーソー模型の主張の根拠である.

演習14.6 有効 Majorana 質量 $m_{\beta\beta}$ と質量順序

$s_{12}^2=0.307$,$c_{12}^2=0.693$,$c_{13}^2=0.978$,$s_{13}^2=0.0220$,$\Delta m_{21}^2=7.53\times10^{-5}$,$\abs{\Delta m_{31}^2}=2.45\times10^{-3}\ \mathrm{eV^2}$ を使う.

(1) 順階層で最軽量 $m_1=0$ のとき,$m_{\beta\beta}$ の最大値と最小値を求めよ.

(2) 逆階層で $m_3=0$ のとき,同様に求めよ.

(3) 縮退階層($m_1\simeq m_2\simeq m_3\equiv m_0\gg0.05\ \mathrm{eV}$)のとき,$m_{\beta\beta}$ の許される範囲を $m_0$ で表せ.

(4) 順階層で $m_{\beta\beta}$ が厳密にゼロになる(=完全に打ち消す)$m_1$ の値が存在することを示し,その値を求めよ.これは実験にとって何を意味するか.

ヒント:(1) $[1.5,\ 3.7]\ \mathrm{meV}$.(2) $[18.5,\ 48.6]\ \mathrm{meV}$.(3) 最大 $m_0$,最小 $m_0\abs{c_{12}^2c_{13}^2-s_{12}^2c_{13}^2-s_{13}^2}=0.36\,m_0$.(4) 第1項 $c_{12}^2c_{13}^2m_1$ が残り2項の和以下になればよい.$m_2,m_3$ が $m_1$ に依存することに注意して数値的に解くと $m_1\approx2\text{–}7\ \mathrm{meV}$ の狭い領域で打ち消しが起こりうる.すなわち,ニュートリノが Majorana 粒子であっても $0\nu\beta\beta$ が観測されない可能性がある.$0\nu\beta\beta$ が見つからないことは Majorana 性の否定にはならない——これがこの分野の非対称な論理構造である.

演習14.7 Kitaev 鎖とナノワイヤ

(1) 式 \eqref{eq:14-maj-decomp} の定義から $\gamma_a^\dagger=\gamma_a$,$\gamma_a^2=1$,$\{\gamma_a,\gamma_b\}=2\delta_{ab}$ を直接確かめよ($\{c_i,c_j^\dagger\}=\delta_{ij}$,$\{c_i,c_j\}=0$ を使う).

(2) スイートスポット $\mu=0$,$t=\Delta$ で $\Ham=\ii t\sum_{j=1}^{N-1}\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}$ になることを,式 \eqref{eq:14-kitaev-maj} から確かめよ.

(3) 分散関係 \eqref{eq:14-kitaev-disp} からギャップが閉じる $(\mu,k)$ を求め,トポロジカル相の条件が $\abs{\mu}<2t$ であることを示せ.また $\mu=0$,$t=\Delta$ でバンドが完全に平坦になることを確かめよ.

(4) $d_j\equiv(\gamma_{2j}+\ii\gamma_{2j+1})/2$ という「サイトをまたいだ」フェルミオンを定義すると,スイートスポットのハミルトニアンが $\Ham=2t\sum_j(d_j^\dagger d_j-1/2)$ と書けることを示せ.基底状態のエネルギーと縮退度はいくつか.

(5) InSb ナノワイヤ($g^*=51$)に Nb($\Delta=1.4\ \mathrm{meV}$.文献値は $1.4$–$1.55\ \mathrm{meV}$ の幅があり,第1章演習の $2\Delta=3.05\ \mathrm{meV}$ は $\Delta\simeq1.5\ \mathrm{meV}$ に当たる)を近接させたとすると,トポロジカル相に入るのに必要な磁場はいくらか.Al($\Delta=0.20\ \mathrm{meV}$)の場合と比べ,なぜ実際の実験では Al が使われるのか論じよ.

ヒント:(2) $(\Delta-t)=0$ で $\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}$ 以外の項が消える.(3) $E=\pm2t$ で $k$ に依らない.(4) $\gamma_{2j}\gamma_{2j+1}=-\ii(2d_j^\dagger d_j-1)$.基底エネルギー $-t(N-1)$,$\gamma_1$ と $\gamma_{2N}$ が余るので縮退度 2.(5) Nb では $B_c=2\times1.4/(51\times0.05788)=0.95\ \mathrm{T}$.Nb は $\Delta$ が大きくトポロジカルギャップも大きくできる利点があるが,(i) 必要磁場が大きく,(ii) 半導体との清浄なエピタキシャル界面を作りにくい.Al は InSb/InAs 上に in situ でエピタキシャル成長でき,硬いギャップ(hard gap)が得られる.「ギャップの大きさ」より「界面の質」が優先されたという,材料選択の典型例である.

参考文献

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