素粒子物理学入門 — 目次 第IV部 強い力・弱い力・ゲージ理論 / 第13章

第13章ゲージ理論と自発的対称性の破れ

ここまでの章では,Feynman 則を天下り的に与えて計算してきた.QED の頂点は $\ii g_e \gamma^\mu$,QCD の頂点は $-\ii g_s \gamma^\mu \lambda^a/2$,弱い相互作用の頂点は $-\ii (g_w/\sqrt8)\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ である,と.なぜそういう形なのか,という問いには答えなかった.本章はその問いに答える.

答えは一言でいえば「局所ゲージ不変性」である.自由な Dirac 場の Lagrangian に,位相の変換 $\psi\to\ee^{\ii\theta(x)}\psi$ を場所ごとに勝手に行ってよい,という要請を課す.するとその要請だけから,ベクトル場 $A_\mu$ が存在しなければならないこと,それが $\psi$ とどう結合するか,そしてその結合定数が電荷でなければならないことが,すべて出てくる.QED は「作られた」理論ではなく,対称性の要請から「導かれた」理論なのである.これを非可換群 $\mathrm{SU}(3)$ に一般化すれば QCD が,$\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1)$ に一般化すれば電弱理論が出る.素粒子物理学の標準模型とは,結局のところ

$$ \mathrm{SU}(3)_C \times \mathrm{SU}(2)_L \times \mathrm{U}(1)_Y $$

というたった一行の記号に還元される.

ところが,この美しい枠組みには致命的な副作用がある.ゲージ不変性は,ゲージ場の質量項 $\tfrac12 m^2 A_\mu A^\mu$ を禁止するのである.光子もグルーオンも質量ゼロだからそれでよいが,第12章で見たように $W$ と $Z$ は $80\,\mathrm{GeV}$,$91\,\mathrm{GeV}$ という巨大な質量を持つ.さらに悪いことに,フェルミオンの質量項 $m\bar\psi\psi$ も左手系と右手系を混ぜるため,左手系だけに作用する $\mathrm{SU}(2)_L$ の下で不変ではない.つまり標準模型では,素朴には電子ですら質量を持てない.

この難局を打開したのが,Higgs 機構である.そしてここが本書の要である.Higgs 機構は素粒子物理学者が発明したものではない.それは超伝導体の中でずっと動いており,1957 年の BCS 理論で理解された物理である.南部陽一郎が BCS 理論から「対称性の自発的な破れ」の概念を相対論的な場の理論に翻訳し(1960–61),Anderson がゲージ場があるときには Goldstone ボソンが消えてかわりに光子が質量を得ることを超伝導体で見抜き(1963),それを相対論的に定式化したのが Englert–Brout,Higgs,Guralnik–Hagen–Kibble(1964)である.Meissner 効果とは光子が超伝導体の中で質量を獲得することであり,London の侵入長 $\lambda_L$ とはその「重い光子」の(換算)Compton 波長 $\hbar/(m_\gamma c)$ にほかならない(本章では以下,「Compton 波長」はこの換算 Compton 波長 $\hbar/mc$ を指す.通常の Compton 波長 $h/mc$ の $1/2\pi$ である).Ginzburg–Landau 自由汎関数は,項ごとに Abelian Higgs 模型の Lagrangian と一致する.超伝導体の秩序変数の位相モードが長距離 Coulomb 相互作用でプラズモンに押し上げられる現象(Anderson 1963)は,南部–Goldstone ボソンがゲージ場に食われる現象そのものである.

本章は,前半で $\Lag$ 形式とゲージ原理を組み立て(13.1–13.5節),中盤で質量の問題と自発的対称性の破れを扱い(13.6–13.8節),後半をまるごと材料科学との接点にあてる(13.9節).超伝導と Higgs 機構が「似ている」のではなく「同じ構造の物理である」ことを,比喩ではなく式の一対一対応として示すのが本章の目的である.対応が破れる場所(トポロジカル欠陥の安定性や,電弱転移がクロスオーバーであること)も,その都度明示する.

この章で学ぶこと
  • 最小作用の原理と Euler–Lagrange 方程式,および場の理論への拡張
  • Klein–Gordon・Dirac・Proca の各 Lagrangian から,対応する場の方程式が出ること
  • 大域 $\mathrm{U}(1)$ 不変性から Noether カレント(電荷保存)が出ること
  • 局所 $\mathrm{U}(1)$ を要求すると共変微分 $D_\mu=\partial_\mu+\ii q A_\mu$ とゲージ場 $A_\mu$ が必然的に現れ,QED 全体が導かれること
  • 非可換 Yang–Mills 理論では場の強さに自己相互作用項が現れ,グルーオンの3点・4点結合が生まれること
  • ゲージ場の質量項がゲージ不変性を壊し,フェルミオンの質量項がカイラル対称性を壊すこと
  • カイラルアノマリー —— 古典的に保存する軸性カレントが量子補正で保存しなくなり,それが $\pi^0\to\gamma\gamma$ の崩壊幅と「色の数」を決めること,およびゲージアノマリーの相殺条件
  • メキシカンハット型ポテンシャルと真空期待値 $v$,Goldstone の定理
  • Higgs 機構における自由度の数え上げ $2+2=3+1$,ユニタリゲージ,$m_W=gv/2$,$m_f=y_f v/\sqrt2$
  • 超伝導の Ginzburg–Landau 理論が Abelian Higgs 模型と項ごとに一致すること
  • Meissner 効果 $=$ 光子の質量獲得,$\lambda_L=1/m_\gamma$,Pb で $m_\gamma c^2\approx 5\ \mathrm{eV}$
  • Anderson 機構(位相モード $\to$ プラズモン)と Higgs(振幅)モードの THz 分光による観測
  • フォノン・マグノン・液晶の配向ゆらぎが,すべて Goldstone ボソンであること
前提:第5章の群論(Lie 群・生成子・$\mathrm{SU}(2)$ と $\mathrm{SU}(3)$)と Noether の定理,第9章の Dirac 方程式とカイラリティ射影 $P_{L,R}=(1\mp\gamma^5)/2$,第10章の QED の Feynman 則,第11章の色力学,第12章の $V-A$ 構造.$\gamma$ 行列の性質は付録C,Feynman 則の一覧は付録D.計量は $g^{\mu\nu}=\mathrm{diag}(1,-1,-1,-1)$,自然単位系 $\hbar=c=1$ を用いる.13.9節では固体物理の初歩(Ginzburg–Landau 理論,London 方程式,プラズマ振動)を仮定するが,必要な式はその場で与える.

13.1 古典力学の Lagrangian 形式

13.1.1 最小作用の原理

Newton 力学は「力 $=$ 質量 $\times$ 加速度」から出発する.しかし場の理論では,別の出発点のほうがはるかに使いやすい.それが最小作用の原理(principle of least action)である.

質点の座標を $q(t)$,速度を $\dot q(t)$ とする.Lagrangian を運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの差

$$ \begin{equation} L(q,\dot q) = T - U = \tfrac12 m\dot q^2 - U(q) \label{eq:13-L-classical} \end{equation} $$

で定義し,これを時間で積分したものを作用(action)と呼ぶ:

$$ \begin{equation} S[q] = \int_{t_1}^{t_2} L(q,\dot q)\,\dd t \label{eq:13-action} \end{equation} $$

最小作用の原理

始点 $q(t_1)=q_1$ と終点 $q(t_2)=q_2$ を固定したとき,実際に実現される運動 $q(t)$ は,作用 $S[q]$ を停留させる経路である:

$$\delta S = 0 .$$

「最小」と呼び慣わすが,正しくは停留値(極小・極大・鞍点のいずれもありうる)である.

導出:Euler–Lagrange 方程式

ステップ1:経路を微小変形する.真の経路 $q(t)$ に微小なずれ $\eta(t)$ を加えた経路 $q(t)+\eta(t)$ を考える.端点は固定されているので

$$ \eta(t_1)=\eta(t_2)=0 $$

である.この条件が後でどう効くかを見ておくことが肝心である.

ステップ2:作用の変化を1次まで書く.$L(q+\eta,\dot q+\dot\eta)$ を Taylor 展開して1次の項だけ残すと

$$ \delta S = \int_{t_1}^{t_2}\left[\frac{\partial L}{\partial q}\eta + \frac{\partial L}{\partial \dot q}\dot\eta\right]\dd t $$

となる.ここで $\eta$ と $\dot\eta$ が混在しているのが困る.$\dot\eta$ を消したい.

ステップ3:第2項を部分積分する.

$$ \int_{t_1}^{t_2}\frac{\partial L}{\partial \dot q}\dot\eta\,\dd t = \underbrace{\left[\frac{\partial L}{\partial \dot q}\eta\right]_{t_1}^{t_2}}_{=\,0\ (\text{端点固定})} - \int_{t_1}^{t_2}\frac{\dd}{\dd t}\!\left(\frac{\partial L}{\partial \dot q}\right)\eta\,\dd t $$

境界項がステップ1の端点条件で消える.これが端点固定の役割である.

ステップ4:任意性を使う.まとめると

$$ \delta S = \int_{t_1}^{t_2}\left[\frac{\partial L}{\partial q} - \frac{\dd}{\dd t}\!\left(\frac{\partial L}{\partial \dot q}\right)\right]\eta(t)\,\dd t $$

これが任意の $\eta(t)$ に対してゼロであるためには,角括弧の中身が恒等的にゼロでなければならない(変分法の基本補題).したがって

$$ \begin{equation} \frac{\dd}{\dd t}\!\left(\frac{\partial L}{\partial \dot q}\right) - \frac{\partial L}{\partial q} = 0 \label{eq:13-EL-classical} \end{equation} $$

これがEuler–Lagrange 方程式である.

ステップ5:Newton の法則を再現する.式 \eqref{eq:13-L-classical} を代入すると $\partial L/\partial\dot q = m\dot q$,$\partial L/\partial q = -\dd U/\dd q$ なので

$$ m\ddot q = -\frac{\dd U}{\dd q} = F $$

確かに Newton の運動方程式である.

なぜ Lagrangian 形式なのか

Newton 形式と Lagrangian 形式は,古典力学の範囲では等価である.にもかかわらず場の理論が後者を採る理由は3つある.

本章のすべては「$\Lag$ を書く $\to$ 対称性を課す $\to$ 何が許されるかを読む」という手順で進む.素粒子物理学者が新理論を提案するとき,最初に書き下すのはつねに $\Lag$ である.

13.2 場の理論の Lagrangian

13.2.1 離散から連続へ

質点の力学では自由度は有限個の $q_i(t)$ である.場の理論では,各時刻の各点 $\xx$ に自由度がある.すなわち力学変数が $\phi(\xx,t)=\phi(x^\mu)$ という連続無限個になる.対応関係は

表13.1 質点力学と場の理論の対応
質点力学場の理論
力学変数$q_i(t)$($i=1,\dots,N$)$\phi_a(x^\mu)$($a$ は場の種類)
「速度」$\dot q_i$$\partial_\mu\phi_a$(時間・空間微分をまとめて)
Lagrangian$L(q,\dot q)$$L=\int \Lag(\phi,\partial_\mu\phi)\,\dd^3x$
作用$S=\int L\,\dd t$$S=\int \Lag\,\dd^4x$
基本方程式式 \eqref{eq:13-EL-classical}式 \eqref{eq:13-EL-field}
次元($\hbar=c=1$)$[L]=$ エネルギー$[\Lag]=$ エネルギー$^4$

$\Lag$ はLagrangian 密度であるが,素粒子物理学では単に「Lagrangian」と呼ぶ慣習なので本書もそれに従う.作用が $S=\int\Lag\,\dd^4x$ と4次元積分で書けることが決定的に重要である.$\dd^4x$ は Lorentz 不変なので,$\Lag$ が Lorentz スカラーであれば $S$ も自動的にスカラーになる.

導出:場の Euler–Lagrange 方程式

ステップ1:変分をとる.$\phi\to\phi+\eta$($\eta$ は無限遠と時間端でゼロ)として

$$ \delta S = \int \dd^4x\left[\frac{\partial\Lag}{\partial\phi}\eta + \frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\phi)}\partial_\mu\eta\right] $$

ステップ2:第2項を部分積分する.4次元的な Gauss の定理により,表面項は無限遠で $\eta\to0$ だから落ちる:

$$ \int\dd^4x\,\frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\phi)}\partial_\mu\eta = -\int\dd^4x\,\partial_\mu\!\left(\frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\phi)}\right)\eta $$

ステップ3:任意性から方程式を読む.

$$ \begin{equation} \partial_\mu\!\left(\frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\phi)}\right) - \frac{\partial\Lag}{\partial\phi} = 0 \label{eq:13-EL-field} \end{equation} $$

質点の式 \eqref{eq:13-EL-classical} で $\dd/\dd t\to\partial_\mu$,$q\to\phi$ と置き換えただけの形をしている.場が複数あるときは,各場について独立に成り立つ.

13.2.2 Klein–Gordon Lagrangian

実スカラー場 $\phi(x)$ に対して

$$ \begin{equation} \Lag_{\rm KG} = \tfrac12(\partial_\mu\phi)(\partial^\mu\phi) - \tfrac12 m^2\phi^2 \label{eq:13-L-KG} \end{equation} $$

を考える.第1項が「運動項」,第2項が「質量項」である.

導出:Klein–Gordon 方程式が出ること

ステップ1:$\partial\Lag/\partial(\partial_\mu\phi)$ を計算する.$(\partial_\nu\phi)(\partial^\nu\phi)=g^{\nu\rho}(\partial_\nu\phi)(\partial_\rho\phi)$ を $\partial_\mu\phi$ で微分すると,$\nu=\mu$ の項と $\rho=\mu$ の項が2つ出るので

$$ \frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\phi)} = \tfrac12\cdot 2\,\partial^\mu\phi = \partial^\mu\phi $$

係数 $\tfrac12$ はこの因子2を打ち消すために置いてある.

ステップ2:$\partial\Lag/\partial\phi$ を計算する.

$$ \frac{\partial\Lag}{\partial\phi} = -m^2\phi $$

ステップ3:式 \eqref{eq:13-EL-field} に代入する.

$$ \partial_\mu\partial^\mu\phi + m^2\phi = 0 \qquad\text{すなわち}\qquad (\Box + m^2)\phi = 0 $$

Klein–Gordon 方程式である(第9章 9.1 節).質量項の符号 $-\tfrac12m^2\phi^2$ が,方程式で $+m^2\phi$ になっていることに注意.

複素スカラー場(電荷を持つスピン0粒子,たとえば $\pi^\pm$)では $\phi$ と $\phi^*$ を独立変数と見て

$$ \begin{equation} \Lag = (\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi) - m^2\phi^*\phi \label{eq:13-L-complex} \end{equation} $$

とする.$\tfrac12$ が消えているのは,$\phi=(\phi_1+\ii\phi_2)/\sqrt2$ と2つの実場に分解したとき,各成分が式 \eqref{eq:13-L-KG} の標準形になるようにするためである(演習13.2).

13.2.3 Dirac Lagrangian

スピノル場 $\psi$ に対して

$$ \begin{equation} \Lag_{\rm Dirac} = \ii\bar\psi\gamma^\mu\partial_\mu\psi - m\bar\psi\psi = \bar\psi(\ii\slashed\partial - m)\psi \label{eq:13-L-Dirac} \end{equation} $$

ここで $\bar\psi=\psi^\dagger\gamma^0$,$\slashed\partial=\gamma^\mu\partial_\mu$ である.$\psi$ と $\bar\psi$ を独立な力学変数として扱う.

導出:Dirac 方程式が出ること

ステップ1:$\bar\psi$ で変分する.$\Lag$ は $\partial_\mu\bar\psi$ を含まないので,式 \eqref{eq:13-EL-field} の第1項はゼロ.残るのは

$$ \frac{\partial\Lag}{\partial\bar\psi} = \ii\gamma^\mu\partial_\mu\psi - m\psi = 0 $$

すなわち $(\ii\slashed\partial - m)\psi=0$.これが Dirac 方程式(第9章)である.たった一行で出てしまう.

ステップ2:$\psi$ で変分する.今度は $\partial_\mu\psi$ が現れる:

$$ \frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\psi)} = \ii\bar\psi\gamma^\mu,\qquad \frac{\partial\Lag}{\partial\psi} = -m\bar\psi $$ $$ \ii\,\partial_\mu\bar\psi\,\gamma^\mu + m\bar\psi = 0 $$

これは Dirac 方程式の共役形(第9章の $\bar\psi(\ii\overleftarrow{\slashed\partial}+m)=0$)である.$\psi$ と $\bar\psi$ から,互いに共役な2本の方程式がきちんと出る.

注意:$\Lag_{\rm Dirac}$ は「運動項の1階微分」である

Klein–Gordon は微分を2つ($\partial_\mu\phi\,\partial^\mu\phi$),Dirac は微分を1つ($\bar\psi\gamma^\mu\partial_\mu\psi$)しか含まない.この差はスピンの差から来る.$\Lag$ の質量次元は4でなければならないので,$[\phi]=1$,$[\psi]=3/2$ となる($\bar\psi\psi\partial$ で $3/2+3/2+1=4$).この次元勘定は,どんな相互作用項がくりこみ可能かを決める重要な道具である(第8章 8.6.4 項).

13.2.4 Proca Lagrangian —— 質量を持つベクトル場

スピン1の場 $A^\mu$ については,場の強さ $F^{\mu\nu}=\partial^\mu A^\nu-\partial^\nu A^\mu$ を用いて

$$ \begin{equation} \Lag_{\rm Proca} = -\tfrac14 F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} + \tfrac12 m^2 A_\nu A^\nu \label{eq:13-L-Proca} \end{equation} $$

導出:Proca 方程式と,質量が課す制約

ステップ1:運動項の微分を計算する.$F_{\alpha\beta}F^{\alpha\beta}$ を $\partial_\mu A_\nu$ で微分する.$F_{\alpha\beta}=\partial_\alpha A_\beta-\partial_\beta A_\alpha$ が $\partial_\mu A_\nu$ を含むのは $(\alpha\beta)=(\mu\nu)$ と $(\nu\mu)$ の2通りで,$F$ の反対称性から両者は同じ寄与を与える.結果として

$$ \frac{\partial}{\partial(\partial_\mu A_\nu)}\left(-\tfrac14F_{\alpha\beta}F^{\alpha\beta}\right) = -F^{\mu\nu} $$

ステップ2:質量項の微分.

$$ \frac{\partial}{\partial A_\nu}\left(\tfrac12 m^2A_\alpha A^\alpha\right) = m^2A^\nu $$

ステップ3:式 \eqref{eq:13-EL-field} に入れる.

$$ \begin{equation} \partial_\mu F^{\mu\nu} + m^2 A^\nu = 0 \label{eq:13-Proca} \end{equation} $$

$m=0$ なら $\partial_\mu F^{\mu\nu}=0$,つまり真空中の Maxwell 方程式である.

ステップ4:質量があると Lorenz 条件が強制される.式 \eqref{eq:13-Proca} に $\partial_\nu$ をかける.$F^{\mu\nu}$ が反対称,$\partial_\mu\partial_\nu$ が対称だから第1項は恒等的にゼロ:

$$ \underbrace{\partial_\nu\partial_\mu F^{\mu\nu}}_{=\,0} + m^2\,\partial_\nu A^\nu = 0 \quad\Longrightarrow\quad m^2\,(\partial\!\cdot\!A)=0 $$

$m\neq0$ なら $\partial_\nu A^\nu=0$ が方程式から出てしまう.これはゲージ固定ではなく,理論の帰結である.そのとき式 \eqref{eq:13-Proca} は $(\Box+m^2)A^\nu=0$ になる.

ステップ5:自由度を数える.$A^\nu$ は4成分.そこに拘束 $\partial\!\cdot\!A=0$ が1本かかるので独立成分は $4-1=3$.すなわち質量のあるベクトル粒子の偏極は3種類(縦偏極 $\lambda=0$ と横偏極 $\lambda=\pm1$)である.一方 $m=0$ の場合はゲージ自由度 $A_\mu\to A_\mu+\partial_\mu\chi$ がさらに1本の自由度を落とし,$4-1-1=2$(横偏極のみ)になる.この $3$ と $2$ の差が,13.8節の自由度勘定の主役になる.

物理的意味:Proca 場は湯川ポテンシャルを生む

静的な点電荷 $\rho=g\delta^3(\xx)$ が作る $A^0$ を式 \eqref{eq:13-Proca} から求めると(源の項を右辺に置いて)

$$ (-\nabla^2 + m^2)A^0 = g\,\delta^3(\xx) \quad\Longrightarrow\quad A^0(r) = \frac{g}{4\pi}\frac{\ee^{-mr}}{r} $$

となる.$m\to0$ で Coulomb ポテンシャル $g/4\pi r$,$m\neq0$ では距離 $1/m$ で指数関数的に切れる.湯川が中間子の質量を核力の到達距離から見積もった(第2章)のはこの式である.

そして 13.9節で見るように,この指数関数的な遮蔽こそが,超伝導体中の Meissner 効果である.超伝導体は Proca 質量を光子に与える媒質なのである.

13.3 局所ゲージ不変性 —— QED はこうして生まれる

13.3.1 大域 U(1) 不変性と Noether カレント

Dirac Lagrangian \eqref{eq:13-L-Dirac} は,定数位相の変換

$$ \begin{equation} \psi \to \psi' = \ee^{\ii\theta}\psi,\qquad \bar\psi\to\bar\psi' = \ee^{-\ii\theta}\bar\psi \qquad(\theta=\text{定数}) \label{eq:13-global-u1} \end{equation} $$

の下で不変である.実際 $\bar\psi'\psi'=\bar\psi\ee^{-\ii\theta}\ee^{\ii\theta}\psi=\bar\psi\psi$,$\bar\psi'\gamma^\mu\partial_\mu\psi'=\bar\psi\gamma^\mu\partial_\mu\psi$ であり,位相因子はきれいに打ち消し合う.$\ee^{\ii\theta}$ は $1\times1$ のユニタリ行列だから,この対称性の群は $\mathrm{U}(1)$ である.これを大域(global)$\mathrm{U}(1)$ 不変性という.全時空で同じ $\theta$ を使うから「大域」である.

導出:Noether カレントと電荷保存

ステップ1:無限小変換を書く.$\theta\ll1$ として $\ee^{\ii\theta}\approx1+\ii\theta$ より

$$ \delta\psi = \ii\theta\,\psi,\qquad \delta\bar\psi = -\ii\theta\,\bar\psi $$

ステップ2:$\Lag$ の変分をそのまま計算する.連鎖律で

$$ \delta\Lag = \frac{\partial\Lag}{\partial\psi}\delta\psi + \frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\psi)}\delta(\partial_\mu\psi) + (\psi\to\bar\psi \text{ の項}) $$

ステップ3:運動方程式を使う.Euler–Lagrange 方程式 $\partial\Lag/\partial\psi=\partial_\mu[\partial\Lag/\partial(\partial_\mu\psi)]$ を第1項に代入し,$\delta(\partial_\mu\psi)=\partial_\mu(\delta\psi)$ を使うと,2つの項が積の微分にまとまる:

$$ \delta\Lag = \partial_\mu\!\left[\frac{\partial\Lag}{\partial(\partial_\mu\psi)}\delta\psi\right] + (\bar\psi\text{ の項}) $$

ステップ4:対称性を課す.仮定により $\delta\Lag=0$ なので,角括弧の中身は保存カレントである.$\partial\Lag/\partial(\partial_\mu\psi)=\ii\bar\psi\gamma^\mu$ を代入し,$\bar\psi$ の項は $\partial_\mu\bar\psi$ を含まないのでゼロ:

$$ \partial_\mu\!\left[\ii\bar\psi\gamma^\mu\cdot\ii\theta\psi\right] = 0 \quad\Longrightarrow\quad \partial_\mu(\bar\psi\gamma^\mu\psi) = 0 $$

ステップ5:電流として読む.電荷 $q$ を掛けて

$$ \begin{equation} j^\mu = q\,\bar\psi\gamma^\mu\psi,\qquad \partial_\mu j^\mu = 0 \label{eq:13-noether} \end{equation} $$

これは第9章で天下りに導入した電磁カレントそのものである.$\partial_\mu j^\mu=0$ を空間積分すれば $\dd Q/\dd t=0$,すなわち電荷保存が出る.

Noether の定理(第5章の再掲)

$\Lag$ の連続対称性ひとつにつき,保存カレント $j^\mu$($\partial_\mu j^\mu=0$)と保存電荷 $Q=\int j^0\,\dd^3x$ がひとつ対応する.

大域 $\mathrm{U}(1)$ $\Rightarrow$ 電荷保存.時空並進 $\Rightarrow$ エネルギー・運動量保存.空間回転 $\Rightarrow$ 角運動量保存.$\mathrm{SU}(3)_C$ $\Rightarrow$ 色荷保存.

13.3.2 位相を場所ごとに変えたい

なぜ「局所」を要求するのか

波動関数の全体位相は観測にかからない.$\abs{\psi}^2$ にも $\bar\psi\gamma^\mu\psi$ にも $\theta$ は現れない.ならば「位相の基準」は物理には関係のない約束事である.

ところが式 \eqref{eq:13-global-u1} は,その約束事を全宇宙で一斉に取り替えることしか許していない.東京で位相の原点をずらしたら,同時にアンドロメダ銀河でも同じだけずらさねばならない.これは相対論の精神(局所性)に反する.物理に関係のない約束事なら,各点で勝手に決められるべきではないか.すなわち

$$ \psi(x)\to\ee^{\ii\theta(x)}\psi(x) $$

という局所(local)変換の下でも $\Lag$ は不変であるべきだ,と要求する.これがゲージ原理である.

これは論理的必然ではなく,物理学者が採用した要請である.しかしこの要請から,電磁気学の全体が出てくる.次項でそれを見る.

導出:局所 U(1) から共変微分とゲージ場が生まれる

ステップ1:何が壊れるかを見る.$\psi\to\ee^{\ii\theta(x)}\psi$ とすると,質量項 $-m\bar\psi\psi$ は相変わらず不変である(位相が打ち消す).問題は微分項である.積の微分により

$$ \partial_\mu\psi \;\to\; \partial_\mu\!\left(\ee^{\ii\theta(x)}\psi\right) = \ee^{\ii\theta(x)}\!\left[\partial_\mu\psi + \ii(\partial_\mu\theta)\psi\right] $$

$\partial_\mu\theta$ という余計な項が出る.したがって

$$ \Lag \;\to\; \Lag - \bar\psi\gamma^\mu\psi\,(\partial_\mu\theta) $$

$\Lag$ は不変ではない.

ステップ2:余りを打ち消す場を導入する.この余計な項を消すには,ちょうど逆向きに変換する何かを足すしかない.そこでベクトル場 $A_\mu(x)$ を導入し,$\Lag$ に相互作用項

$$ \Lag_{\rm int} = -q\,\bar\psi\gamma^\mu\psi\,A_\mu $$

を加える.そして $A_\mu$ が

$$ \begin{equation} A_\mu \;\to\; A_\mu - \frac{1}{q}\partial_\mu\theta \label{eq:13-gauge-tr} \end{equation} $$

と変換すると仮定すると,$\Lag_{\rm int}$ の変化は $+\bar\psi\gamma^\mu\psi(\partial_\mu\theta)$ となり,ステップ1の余りをちょうど打ち消す.

ステップ3:共変微分としてまとめる.ステップ2の操作は,微分を

$$ \begin{equation} D_\mu \equiv \partial_\mu + \ii q A_\mu \label{eq:13-covD} \end{equation} $$

と置き換えることと等価である.実際

$$ \Lag = \bar\psi(\ii\gamma^\mu D_\mu - m)\psi = \underbrace{\bar\psi(\ii\gamma^\mu\partial_\mu-m)\psi}_{\text{自由項}} \;\underbrace{-\;q\,\bar\psi\gamma^\mu\psi A_\mu}_{\text{相互作用項}} $$

$D_\mu$ を共変微分(covariant derivative)と呼ぶ.「共変」とは,$D_\mu\psi$ が $\psi$ 自身と同じように変換するという意味である:

$$ D_\mu\psi \;\to\; \ee^{\ii\theta(x)}\,D_\mu\psi $$

ステップ4:それを確かめる.$D'_\mu=\partial_\mu+\ii qA'_\mu = \partial_\mu+\ii qA_\mu - \ii\partial_\mu\theta$ を $\ee^{\ii\theta}\psi$ に作用させる:

$$ \begin{aligned} D'_\mu(\ee^{\ii\theta}\psi) &= \ee^{\ii\theta}\!\left[\partial_\mu\psi + \ii(\partial_\mu\theta)\psi\right] + \ii qA_\mu\ee^{\ii\theta}\psi - \ii(\partial_\mu\theta)\ee^{\ii\theta}\psi\\[2pt] &= \ee^{\ii\theta}\!\left[\partial_\mu\psi + \ii qA_\mu\psi\right] = \ee^{\ii\theta}\,D_\mu\psi \end{aligned} $$

$\partial_\mu\theta$ の項が消えた.$\Lag=\bar\psi(\ii\gamma^\mu D_\mu-m)\psi$ が局所 $\mathrm{U}(1)$ 不変であることが示された.

ステップ5:$A_\mu$ にも運動項を与える.$A_\mu$ が力学的な自由度(つまり粒子)であるためには,$\partial A$ を含む項が要る.しかもゲージ変換 \eqref{eq:13-gauge-tr} の下で不変でなければならない.$F_{\mu\nu}=\partial_\mu A_\nu-\partial_\nu A_\mu$ を作ると

$$ F_{\mu\nu}\to \partial_\mu\!\left(A_\nu-\tfrac1q\partial_\nu\theta\right)-\partial_\nu\!\left(A_\mu-\tfrac1q\partial_\mu\theta\right) = F_{\mu\nu} - \tfrac1q\underbrace{(\partial_\mu\partial_\nu-\partial_\nu\partial_\mu)\theta}_{=\,0} = F_{\mu\nu} $$

$F_{\mu\nu}$ はゲージ不変である(微分の交換可能性による).したがって $-\tfrac14F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$ を加えてよい.

ステップ6:完成した理論を眺める.

$$ \begin{equation} \Lag_{\rm QED} = \bar\psi(\ii\gamma^\mu\partial_\mu - m)\psi - \tfrac14 F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} - q\,\bar\psi\gamma^\mu\psi\,A_\mu \label{eq:13-L-QED} \end{equation} $$

これが量子電気力学の Lagrangian のすべてである.

ゲージ原理の帰結 —— QED は導かれた理論である

「自由 Dirac 場の局所 $\mathrm{U}(1)$ 不変性」という要請ひとつから,次のすべてが出た.

  1. ゲージ場 $A_\mu$ が存在しなければならない.入れなければ理論が作れない.光子の存在理由である.
  2. その場は質量ゼロでなければならない.$\tfrac12m^2A_\mu A^\mu$ は式 \eqref{eq:13-gauge-tr} の下で $\tfrac12m^2(A_\mu-\tfrac1q\partial_\mu\theta)(A^\mu-\tfrac1q\partial^\mu\theta)\neq\tfrac12m^2A_\mu A^\mu$ となり不変でない.光子が正確に質量ゼロである理由である(13.6節).
  3. 結合の形は $-q\bar\psi\gamma^\mu\psi A_\mu$ に限られる.Feynman 則の頂点因子は,13.5.1項ステップ1の規則(相互作用項から場を外して $\ii$ を掛ける)により $-\ii q\gamma^\mu$ である.電子は $q=-g_e$ なので $\ii g_e\gamma^\mu$ となり,第10章で与えた頂点因子に一致する.「なぜ頂点が $\gamma^\mu$ なのか」の答えである.
  4. 結合定数はカレント \eqref{eq:13-noether} の係数,すなわち電荷 $q$ そのもの.光子はすべての荷電粒子に,その電荷に比例して等しく結合する(結合の普遍性).電子と陽子の電荷の大きさがなぜ厳密に等しいのか,という問いの半分の答えである.
(a) 大域変換:位相の基準は全時空で共通 x θ は定数 ⇒ ∂μθ = 0 ⇒ ∂μψ は素直に変換する ℒ はそのままで不変(補正は要らない) Noether: ∂μ(q ψ̄γμψ) = 0 電荷保存 (b) 局所変換:各点で位相の基準が違う 接続 Aμ が隣どうしをつなぐ x θ(x) は場所ごと ⇒ ∂μψ に余分な i(∂μθ)ψ が出る ∂μ → Dμ = ∂μ + i q Aμ に置き換えるほかない Aμ → Aμ − (1/q)∂μθ で余りが相殺 Fμν = ∂μAν − ∂νAμ はゲージ不変 ⇒ 運動項 −¼F² 質量項 ½m²AμAμ は不変でない ⇒ 光子は質量ゼロ 位相の「時計の針」の向きは観測にかからない約束事.
図13.1 大域ゲージ変換と局所ゲージ変換.各点に置いた「時計」の針が場の位相 $\theta$ を表す.(a) 大域変換ではすべての時計を同じ角度だけ回すので,隣どうしの位相差は変わらず,微分はそのままで済む.(b) 局所変換では各点で勝手な角度だけ回すため,「隣の点の位相を,この点の基準に翻訳する」道具が必要になる.それが接続 $A_\mu$ であり,微分は共変微分 $D_\mu=\partial_\mu+\ii qA_\mu$ に置き換わる.幾何学でいう平行移動の接続と同じ役割であり,$F_{\mu\nu}$ はその曲率にあたる.

材料科学との接点:共変微分は Peierls 置換である

固体物理で磁場中の強束縛(tight-binding)模型を扱うとき,飛び移り積分に位相因子をつける

$$ \begin{equation} t_{ij} \;\longrightarrow\; t_{ij}\, \exp\!\left[\ii\frac{q}{\hbar}\int_{\bm{R}_j}^{\bm{R}_i}\bm{A}\cdot\dd\bm{l}\right] \label{eq:13-peierls} \end{equation} $$

という処方を用いる($q$ は飛び移る粒子の電荷で,電子では $q=-e$,$e>0$).これをPeierls 置換という.Hofstadter 蝶,Landau 準位の格子版,磁束量子化,そして第一原理計算での磁場応答の実装は,すべてこの式から出発する.

式 \eqref{eq:13-peierls} は共変微分 \eqref{eq:13-covD} の格子版そのものである.なぜなら,$\bm{R}_j$ の波動関数の位相を $\bm{R}_i$ の位相基準に「翻訳」する演算子が $\exp[\ii q\int A\cdot\dd l]$ だからである(格子ゲージ理論ではこれをリンク変数 $U_{ij}$ と呼ぶ).実際 $\bm{R}_i$ と $\bm{R}_j$ が近ければ

$$ \ee^{\ii q\int A\cdot\dd l}\psi(\bm{R}_j) \approx \psi(\bm{R}_i) - a\,(\partial_x - \ii qA_x)\psi = \psi(\bm{R}_i) - a\,D_x\psi $$

と展開され,共変微分が現れる($a=\abs{\bm{R}_i-\bm{R}_j}$,$\bm{R}_j=\bm{R}_i-a\hat{\bm x}$ と取った).ここで $D_x$ は $D_\mu=\partial_\mu+\ii qA_\mu$ の空間成分であり,下付き添字の空間成分は3元ベクトルと符号が反転する($A_i=-A^i=-(\bm A)_i$)ので $D_x=\partial_x-\ii q(\bm A)_x$ となる.

また,閉じた plaquette を一周したときに残る位相 $\oint\bm{A}\cdot\dd\bm{l}=\Phi$(貫く磁束)が,まさに $F_{\mu\nu}$ すなわちゲージ場の「曲率」である.Aharonov–Bohm 効果も磁束量子化も,この一周位相が観測量であることの現れである.ゲージ場とは,隣の点との位相の比較を可能にする接続であり,その曲率が磁場である.素粒子物理でも固体物理でも,この構造は完全に共通している.

数学ノート:Berry 接続もゲージ場である

断熱的にパラメータ $\kk$ を動かしたときの Bloch 状態 $\ket{u_n(\kk)}$ の位相は,各 $\kk$ で任意に選べる($\ket{u_n}\to\ee^{\ii\varphi(\kk)}\ket{u_n}$).これはまさに局所 $\mathrm{U}(1)$ 自由度である.そこで

$$ \bm{\mathcal{A}}_n(\kk) = \ii\braket{u_n(\kk)\,|\,\nabla_\kk\,|\,u_n(\kk)}, \qquad \bm{\Omega}_n = \nabla_\kk\times\bm{\mathcal{A}}_n $$

を定義すると,$\bm{\mathcal{A}}_n$(Berry 接続)はゲージ変換 $\bm{\mathcal{A}}_n\to\bm{\mathcal{A}}_n-\nabla_\kk\varphi$ を受け,$\bm{\Omega}_n$(Berry 曲率)はゲージ不変である.$F_{\mu\nu}$ と同じ構造である.Chern 数 $C=\frac{1}{2\pi}\int_{\rm BZ}\Omega\,\dd^2k$ が整数になることは,磁束量子化と同じ位相幾何的な理由による.

縮退したバンドでは位相が $\mathrm{U}(N)$ 行列になり,Berry 接続は行列値,すなわち非可換ゲージ場になる(Wilczek–Zee 接続).次節の Yang–Mills 理論と数学的に同一の対象である.異常 Hall 効果・トポロジカル絶縁体・分極の現代論(Berry 位相理論)は,いずれもこの言葉で書かれている.固体の Berry 位相の総説としては D. Xiao, M.-C. Chang, Q. Niu, Rev. Mod. Phys. 82, 1959 (2010) がよく,本節と並べて読むとよい.

13.4 Yang–Mills 理論 —— 非可換ゲージ場

13.4.1 複数の場を並べる

13.3節では1成分の場 $\psi$ の位相を回した.今度は $n$ 個の場を縦に並べたもの

$$ \Psi = \begin{pmatrix}\psi_1\\ \vdots\\ \psi_n\end{pmatrix} $$

を考え,これを $n\times n$ のユニタリ行列 $U$ で混ぜる変換 $\Psi\to U\Psi$ を考える.$\det U=1$ に限れば群は $\mathrm{SU}(n)$ である.$n=2$ なら弱アイソスピン二重項($\nu_e,e$)や($u,d$),$n=3$ ならクォークの色三重項(赤・緑・青)である.

質量が同じであれば $\Lag=\bar\Psi(\ii\slashed\partial-m)\Psi$ は $U$ が定数のとき不変である($\bar\Psi U^\dagger U\Psi=\bar\Psi\Psi$).ここでも局所化 $U=U(x)$ を要求するのが Yang–Mills(1954)の着想である.

SU(n) の生成子

$U=\exp[\ii\,\theta^a(x)T^a]$($a=1,\dots,n^2-1$,和をとる)と書く.$T^a$ は生成子で,エルミートかつトレースレスな $n\times n$ 行列である(第5章).

交換関係が理論の中身を決める:

$$ \begin{equation} [T^a,T^b] = \ii f^{abc}T^c \label{eq:13-lie} \end{equation} $$

$f^{abc}$ を構造定数という.$\mathrm{SU}(2)$ では $f^{abc}=\varepsilon^{abc}$,$\mathrm{SU}(3)$ では $f^{123}=1$,$f^{147}=\tfrac12$ など(Gell-Mann 行列と構造定数の一覧は第11章 11.3.2 項).$\mathrm{U}(1)$ では生成子が1個しかないので $f^{abc}=0$,すなわち可換である.この違いがすべてを分ける.

導出:非可換ゲージ場の変換則

ステップ1:共変微分を要請する.13.3節と同様に,ゲージ場 $A^a_\mu$(生成子ごとに1本ずつ)を導入し

$$ \begin{equation} D_\mu = \partial_\mu + \ii g\,A^a_\mu T^a \equiv \partial_\mu + \ii g\,\mathbb{A}_\mu \label{eq:13-covD-nonabelian} \end{equation} $$

と置く.$\mathbb{A}_\mu\equiv A^a_\mu T^a$ は行列である.要請は

$$ D_\mu\Psi \to U(D_\mu\Psi) $$

ステップ2:条件を書き下す.$D'_\mu=\partial_\mu+\ii g\mathbb{A}'_\mu$ として

$$ (\partial_\mu + \ii g\mathbb{A}'_\mu)U\Psi = U(\partial_\mu+\ii g\mathbb{A}_\mu)\Psi $$

左辺の第1項は $(\partial_\mu U)\Psi + U\partial_\mu\Psi$.$U\partial_\mu\Psi$ が両辺で消えるので

$$ (\partial_\mu U) + \ii g\mathbb{A}'_\mu U = \ii g\,U\mathbb{A}_\mu $$

ステップ3:$\mathbb{A}'_\mu$ について解く.右から $U^{-1}$ を掛けて

$$ \begin{equation} \mathbb{A}'_\mu = U\,\mathbb{A}_\mu\,U^{-1} + \frac{\ii}{g}(\partial_\mu U)U^{-1} \label{eq:13-YM-gauge-tr} \end{equation} $$

第2項は $\mathrm{U}(1)$ の $-\tfrac1q\partial_\mu\theta$ に対応する「非斉次項」である.新しいのは第1項で,可換群では $U\mathbb{A}U^{-1}=\mathbb{A}$ だったものが,非可換では $\mathbb{A}_\mu$ 自身が回転を受ける.すなわちゲージ場そのものが群の随伴表現の下で変換する荷を持つ.グルーオンが色荷を持つのはこのためである.

ステップ4:無限小形.$U\approx1+\ii\theta^aT^a$ として1次まで展開すると

$$ A^a_\mu \to A^a_\mu - \frac1g\partial_\mu\theta^a - f^{abc}\theta^b A^c_\mu $$

最後の項が非可換性の効果である.

13.4.2 場の強さと自己相互作用

導出:$F^a_{\mu\nu}$ に非線形項が現れること

ステップ1:素朴な定義では駄目である.$\partial_\mu A^a_\nu-\partial_\nu A^a_\mu$ を作っても,式 \eqref{eq:13-YM-gauge-tr} の第1項のせいで簡単な変換をしない.そこで幾何学の教えに従い,共変微分の交換子から場の強さを定義する:

$$ \mathbb{F}_{\mu\nu} \equiv \frac{1}{\ii g}\left[D_\mu,\,D_\nu\right] $$

この定義なら,$D_\mu\to UD_\mu U^{-1}$ より $\mathbb{F}_{\mu\nu}\to U\mathbb{F}_{\mu\nu}U^{-1}$ となり,変換則が単純(随伴表現)になることが保証される.

ステップ2:交換子を計算する.$\Psi$ に作用させて考えると,$\partial_\mu$ どうしの交換子は消え,交差項と $\mathbb{A}$ どうしの項が残る:

$$ [D_\mu,D_\nu] = \ii g(\partial_\mu\mathbb{A}_\nu - \partial_\nu\mathbb{A}_\mu) + (\ii g)^2[\mathbb{A}_\mu,\mathbb{A}_\nu] $$

したがって

$$ \mathbb{F}_{\mu\nu} = \partial_\mu\mathbb{A}_\nu - \partial_\nu\mathbb{A}_\mu + \ii g[\mathbb{A}_\mu,\mathbb{A}_\nu] $$

ステップ3:成分に直す.$[\mathbb{A}_\mu,\mathbb{A}_\nu]=A^b_\mu A^c_\nu[T^b,T^c]=\ii f^{bca}A^b_\mu A^c_\nu T^a$ を代入し,$\ii\cdot\ii=-1$ を使うと

$$ \begin{equation} F^a_{\mu\nu} = \partial_\mu A^a_\nu - \partial_\nu A^a_\mu \;-\; g\,f^{abc}A^b_\mu A^c_\nu \label{eq:13-F-YM} \end{equation} $$

第3項が Yang–Mills 理論の心臓部である.$\mathrm{U}(1)$ では $f^{abc}=0$ なのでこの項はない.

導出:3点・4点結合の起源

Yang–Mills の運動項は

$$ \Lag_{\rm YM} = -\tfrac14 F^a_{\mu\nu}F^{a\,\mu\nu} $$

である($-\tfrac14\cdot 2\,\Tr[\mathbb{F}\mathbb{F}]$ と書いても同じ.$\Tr[T^aT^b]=\tfrac12\delta^{ab}$ を使う).式 \eqref{eq:13-F-YM} を代入して項ごとに分けよう.$F^a_{\mu\nu}=\underbrace{\partial_\mu A^a_\nu-\partial_\nu A^a_\mu}_{\displaystyle f^a_{\mu\nu}}\;-\;g f^{abc}A^b_\mu A^c_\nu$ と書けば

$$ -\tfrac14 F^aF^a = \underbrace{-\tfrac14 f^a_{\mu\nu}f^{a\,\mu\nu}}_{(\rm i)} \;\underbrace{+\;\tfrac{g}{2}f^{abc}\,f^{a\,\mu\nu}A^b_\mu A^c_\nu}_{(\rm ii)} \;\underbrace{-\;\tfrac{g^2}{4}f^{abc}f^{ade}A^b_\mu A^c_\nu A^{d\,\mu}A^{e\,\nu}}_{(\rm iii)} $$

すなわちグルーオンどうしが直接結合する.光子どうしは(古典的には)結合しない.この一点が,QCD と QED の性質を決定的に分ける.

物理的意味:自己相互作用が漸近的自由と閉じ込めを生む

第11章 11.6 節で見た $\beta$ 関数

$$ \beta(g_s) = -\frac{g_s^3}{16\pi^2}\left(11 - \tfrac23 n_f\right) $$

の $11$ という数は,まさにグルーオン自己相互作用(3点・4点頂点)からの寄与であり,$-\tfrac23n_f$ はクォークループからの寄与である.クォーク6種でも $11-4=7>0$ なので $\beta<0$,つまり高エネルギーで結合が弱くなる(漸近的自由).

QED では光子の自己結合がないので対応する $11$ がなく,$\beta>0$ で高エネルギーほど結合が強くなる(on-shell の概数で $\alpha(m_Z)\simeq1/129$ となり,$\alpha(0)=1/137$ より大きい.第10章 10.6.4 項).

逆に低エネルギーでは $g_s$ が発散し,色力線が細い管に束ねられる(閉じ込め).グルーオンが色荷を持って互いに引き合うから力線が広がらないのである.結局,ハドロンが存在すること,したがって原子核が存在し,物質が存在することの根源は,式 \eqref{eq:13-F-YM} の第3項にある.

注意:符号と結合定数の流儀

$D_\mu=\partial_\mu+\ii gA^a_\mu T^a$ と $D_\mu=\partial_\mu-\ii gA^a_\mu T^a$ の両方が広く使われている.前者を採ると $F^a_{\mu\nu}$ の非線形項は $-gf^{abc}A^bA^c$,後者なら $+gf^{abc}A^bA^c$ となる.本書は式 \eqref{eq:13-covD} と揃えて,全章を通じて前者($+$ 符号)を採る.Griffiths は $\mathcal D_\mu=\partial_\mu+\ii\frac{q}{\hbar c}\bm\tau\cdot\bm A_\mu$ の形で,符号は前者と同じだが,生成子の規格化に $1/2$ を含まず結合定数を $q$ と書く点が本書と異なる.物理量(断面積・崩壊率)は流儀に依らない.文献を読むときは,まず共変微分の符号を確認する習慣をつけるとよい.

13.5 色力学の Lagrangian と Feynman 則

13.5.1 QCD の Lagrangian

13.4節の枠組みを $\mathrm{SU}(3)_C$(色)に当てはめる.クォーク場は色の三重項

$$ q_f = \begin{pmatrix} q_f^{\rm red}\\ q_f^{\rm green}\\ q_f^{\rm blue}\end{pmatrix}, \qquad f = u,d,s,c,b,t $$

であり,生成子は $T^a=\lambda^a/2$($a=1,\dots,8$),構造定数は $\mathrm{SU}(3)$ の $f^{abc}$ である.できあがる Lagrangian は

$$ \begin{equation} \Lag_{\rm QCD} = \sum_f \bar q_f\!\left(\ii\gamma^\mu D_\mu - m_f\right)q_f - \tfrac14 G^a_{\mu\nu}G^{a\,\mu\nu} \label{eq:13-L-QCD} \end{equation} $$
$$ D_\mu = \partial_\mu + \ii g_s\frac{\lambda^a}{2}A^a_\mu, \qquad G^a_{\mu\nu} = \partial_\mu A^a_\nu - \partial_\nu A^a_\mu - g_s f^{abc}A^b_\mu A^c_\nu $$

これで全部である.クォークの質量 $m_f$ とひとつの結合定数 $g_s$(あるいは $\alpha_s=g_s^2/4\pi$)以外に,任意のパラメータはない.第11章で用いた Feynman 則をすべてここから読み取れる.

導出:Feynman 則を Lagrangian から読む

ステップ1:頂点は相互作用項から読む.一般則は「$\Lag_{\rm int}$ の項から場を取り去り,$\ii$ を掛け,対称因子(同種の場の入れ替え数)を掛ける」である.

ステップ2:クォーク–グルーオン頂点.式 \eqref{eq:13-L-QCD} の第1項を展開すると

$$ \Lag \supset -g_s\,\bar q_f\gamma^\mu\frac{\lambda^a}{2}q_f\,A^a_\mu $$

場 $\bar q,q,A$ を外して $\ii$ を掛けると,頂点因子

$$ -\ii g_s\,\gamma^\mu\frac{\lambda^a}{2} $$

を得る.第11章 11.3 節で与えたものと一致する(色因子 $\lambda^a/2$ とスピノル部分 $\gamma^\mu$ が分離していることに注意).

ステップ3:3グルーオン頂点.13.4.2項の (ii) から,運動量 $k_1,k_2,k_3$(すべて内向き)を持つ3本のグルーオン $(a\mu),(b\nu),(c\rho)$ に対して

$$ -g_s f^{abc}\left[ g^{\mu\nu}(k_1-k_2)^\rho + g^{\nu\rho}(k_2-k_3)^\mu + g^{\rho\mu}(k_3-k_1)^\nu \right] $$

微分 $\partial_\mu\to-\ii k_\mu$ から運動量が現れ,3通りの場の割り当てを足し上げると,添字について完全反対称なこの形になる.

ステップ4:4グルーオン頂点.13.4.2項の (iii) から

$$ \begin{aligned} -\ii g_s^2\big[&f^{abe}f^{cde}(g^{\mu\rho}g^{\nu\sigma}-g^{\mu\sigma}g^{\nu\rho})\\ +\;&f^{ace}f^{bde}(g^{\mu\nu}g^{\rho\sigma}-g^{\mu\sigma}g^{\nu\rho})\\ +\;&f^{ade}f^{bce}(g^{\mu\nu}g^{\rho\sigma}-g^{\mu\rho}g^{\nu\sigma})\big] \end{aligned} $$

結合定数が $g_s^2$ すなわち $\alpha_s$ の1次であることに注意.3点頂点は $g_s$,4点頂点は $g_s^2$ で,$\alpha_s$ の同じ次数の図に両方が寄与する.

ステップ5:伝播関数.2次の項から,運動量 $k$ のグルーオン伝播関数は(Feynman ゲージで)

$$ \frac{-\ii g_{\mu\nu}\delta^{ab}}{k^2 + \ii\epsilon} $$

$\delta^{ab}$ は色の添字を保存することを言う.質量項がないので極が $k^2=0$ にある.クォークは $\dfrac{\ii(\slashed k+m_f)\delta_{ij}}{k^2-m_f^2+\ii\epsilon}$ である.

表13.2 3つのゲージ理論の比較
QEDQCD電弱理論
ゲージ群$\mathrm{U}(1)_{\rm em}$$\mathrm{SU}(3)_C$$\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y$
生成子の数18$3+1=4$
ゲージ場$\gamma$(1個)グルーオン(8個)$W^\pm,Z^0,\gamma$(4個)
可換性可換($f^{abc}=0$)非可換非可換
自己結合なし3点・4点あり$WWZ$,$WW\gamma$,$WWWW$ など
荷電荷 $q$色荷(3色)弱アイソスピン $T^3$,超電荷 $Y$
結合の走り$\beta>0$(高エネで強く)$\beta<0$(漸近的自由)$\beta<0$($\mathrm{SU}(2)$ 部分)
ゲージ場の質量$0$$0$$m_W=80.377\ \mathrm{GeV}$,$m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$
対称性の状態厳密に保たれる厳密に保たれる自発的に破れる(13.8節)

※ 質量の数値は本書全体で PDG 2022 に準拠する($m_W=80.377$,$m_Z=91.188$,$m_H=125.25\ \mathrm{GeV}$).PDG 2024 では $m_W=80.369$,$m_H=125.20\ \mathrm{GeV}$ とわずかに変わるが,本章の議論に使う有効数字の範囲では結論は変わらない.

表13.2 の最後の2行が,本章後半の主題である.QED と QCD ではゲージ対称性が厳密に保たれ,ゲージ場は質量ゼロのままでよい.しかし電弱理論ではそうはいかない.

13.6 質量項の問題

13.6.1 ゲージ場の質量項はゲージ不変性を壊す

ゲージ場に質量項は書けない

ゲージ変換 $A_\mu\to A_\mu-\tfrac1q\partial_\mu\theta$ の下で

$$ \tfrac12 m^2 A_\mu A^\mu \;\to\; \tfrac12 m^2 A_\mu A^\mu - \frac{m^2}{q}A^\mu\partial_\mu\theta + \frac{m^2}{2q^2}(\partial_\mu\theta)(\partial^\mu\theta) $$

第2・第3項が残るので,$m\neq0$ ならゲージ不変ではない.非可換の場合も同様である($\mathbb{A}_\mu$ の非斉次変換のため).

なぜこれが深刻なのか

「ゲージ不変性を諦めればよいではないか」と思うかもしれない.しかしゲージ不変性は,単なる美意識ではなく理論の整合性を支えている.

「ゲージ不変性を保ったまま,ゲージ場に質量を持たせる」という一見矛盾した要求に答えるのが Higgs 機構である.

13.6.2 フェルミオンの質量項はカイラル対称性を壊す

問題はゲージ場だけではない.Dirac 場のカイラリティ射影演算子(第9章)

$$ P_L = \frac{1-\gamma^5}{2},\qquad P_R = \frac{1+\gamma^5}{2}, \qquad \psi_L = P_L\psi,\quad \psi_R=P_R\psi $$

を用いて Dirac Lagrangian を書き直す.

導出:質量項だけが左右を混ぜる

ステップ1:$\bar\psi_L$ を書き換える.$\gamma^5$ はエルミートで $\{\gamma^5,\gamma^\mu\}=0$,したがって $\gamma^0\gamma^5=-\gamma^5\gamma^0$ より

$$ \bar\psi_L = (P_L\psi)^\dagger\gamma^0 = \psi^\dagger P_L\gamma^0 = \psi^\dagger\gamma^0 P_R = \bar\psi P_R $$

すなわち「バーをつけると左右が入れ替わる」.同様に $\bar\psi_R=\bar\psi P_L$.

ステップ2:質量項を分解する.$P_L+P_R=1$,$P_L^2=P_L$,$P_LP_R=0$ を使うと

$$ \bar\psi\psi = \bar\psi(P_L+P_R)\psi = \bar\psi P_L\psi + \bar\psi P_R\psi = \bar\psi_R\psi_L + \bar\psi_L\psi_R $$

($\bar\psi_R\psi_L=\bar\psi P_LP_L\psi=\bar\psi P_L\psi$ を使った.)質量項は必ず左手系と右手系を結ぶ.$\bar\psi_L\psi_L=\bar\psi P_RP_L\psi=0$ である.

ステップ3:運動項を分解する.今度は $\gamma^\mu$ が間に挟まる.$P_R\gamma^\mu=\gamma^\mu P_L$ を使うと

$$ \bar\psi\gamma^\mu\partial_\mu\psi = \bar\psi_L\gamma^\mu\partial_\mu\psi_L + \bar\psi_R\gamma^\mu\partial_\mu\psi_R $$

交差項は消える.運動項は左右を混ぜない.

ステップ4:結論.$m=0$ なら,$\Lag$ は $\psi_L$ と $\psi_R$ を独立に位相回転させる変換

$$ \psi_L\to\ee^{\ii\alpha_L}\psi_L,\qquad \psi_R\to\ee^{\ii\alpha_R}\psi_R $$

の下で不変である(カイラル対称性).$m\neq0$ ならステップ2の項が $\ee^{\ii(\alpha_L-\alpha_R)}$ 倍されて不変でなくなる.すなわち質量とはカイラル対称性の破れである.

標準模型ではフェルミオンの質量項が禁じられる

第12章で見たように,弱い相互作用は左手系にしか働かない.したがって標準模型では

$$ \text{左手系}:\ L=\begin{pmatrix}\nu_e\\ e\end{pmatrix}_L \ \ \mathrm{SU}(2)_L\ \text{二重項}, \qquad \text{右手系}:\ e_R \ \ \mathrm{SU}(2)_L\ \text{一重項} $$

という具合に,左手系と右手系は異なる表現に属する.ゆえに

$$ -m_e\,\bar e e = -m_e(\bar e_R e_L + \bar e_L e_R) $$

は $\mathrm{SU}(2)_L$ 変換の下で不変ではない($e_L$ は二重項の成分なので回るが $e_R$ は回らない).$\mathrm{U}(1)_Y$ 超電荷も $Y(L)=-1$,$Y(e_R)=-2$ と異なるので,やはり不変にならない.

結論:標準模型の対称性を厳密に課すと,電子もクォークも質量ゼロでなければならない.これは明白に事実に反する.

材料科学との接点:質量ゼロの Dirac 電子とギャップの生成

まったく同じ論法が,グラフェンやトポロジカル絶縁体で日常的に使われている.

グラフェンの $K$ 点近傍の有効 Hamiltonian は $H=\hbar v_F(\sigma_x k_x+\sigma_y k_y)$ で,2次元の質量ゼロ Dirac 方程式である($v_F\approx1.0\times10^6\ \mathrm{m/s}$,光速の約 $1/300$).ここで「質量項」に相当するのは $m v_F^2\sigma_z$ であり,これはサブ格子 A と B を非等価にする項,すなわち副格子対称性を破る項である.格子を整列させた h-BN 基板上のグラフェン(数十 meV のギャップ)では,まさにこの $\sigma_z$ 項が生じてギャップが開く(整列していない一般の h-BN 基板上ではギャップは開かない).Bernal 積層2層グラフェンに垂直電場をかけた系でも同様にギャップが開くが,こちらは低エネルギー分散が放物型(カイラリティ2)であり,働くのは副格子ではなく層間ポテンシャル差=層擬スピンの $\sigma_z$ 項である.低エネルギー有効模型としては同じ型の質量項だが,単層の副格子質量とは別物であることに注意する.

素粒子物理では左手系・右手系の非等価が質量を禁じ,グラフェンではサブ格子の等価性が質量を禁じる.どちらも「ある対称性がある限り質量項は書けない.質量を得るには対称性を破らねばならない」という同一の構造である.そして次節で見るように,対称性を破る最も上品なやり方が「自発的に破る」ことである.

13.6.3 カイラルアノマリー —— 古典的な対称性が量子論で壊れる

13.6.2項で,質量項がカイラル対称性を明示的に破ることを見た.ではフェルミオンの質量をゼロにしておけば,カイラル対称性は無条件に成り立つのだろうか.答えは否である.$\Lag$ が対称であっても,量子補正がその対称性を壊すことがある.これをアノマリー(量子異常)という.

質量ゼロの Dirac 場について,13.6.2項ステップ4の変換のうち左右を逆向きに回すもの($\alpha_L=-\alpha_R$)に付随する Noether カレントを軸性カレント(カイラルカレント)という:

$$ j^\mu_A = \bar\psi\gamma^\mu\gamma^5\psi = \bar\psi_R\gamma^\mu\psi_R - \bar\psi_L\gamma^\mu\psi_L $$

古典的には $\partial_\mu j^\mu_A=0$,すなわち右巻きの数と左巻きの数が別々に保存する.ところが電磁場と結合させて1ループの補正を計算すると,この保存則が破れる:

$$ \begin{equation} \partial_\mu j^\mu_A = \frac{q^2}{2\pi^2}\,\bm E\cdot\bm B \qquad(\hbar=c=1) \label{eq:13-anomaly} \end{equation} $$

これが Adler–Bell–Jackiw(ABJ)アノマリー(1969)である.右辺は共変形では $\varepsilon^{\mu\nu\rho\sigma}F_{\mu\nu}F_{\rho\sigma}$ に比例する擬スカラーであり,全体の符号は $\varepsilon$ の符号規約と $j^\mu_A$ の定義の取り方に依存する(ここでは第9章 9.7.3 項と同じ向きに揃えた).また右辺は $\hbar$ の1次の量であり,古典極限では消える.対称性が Lagrangian のレベルでは成り立つのに,量子化した理論では成り立たない——アノマリーとはそういう現象である.

(a) 三角図 —— アノマリーの源 (b) π⁰ → γγ jμA カイラルカレント γ γ 質量ゼロ フェルミオン ループを正則化すると,どうしても 軸性カレントの保存を保てない. π⁰ γ γ u,d クォーク (色は Nc 通り) 振幅は色の数 Nc に比例し,崩壊幅は Nc² に比例. 実験値から Nc = 3 が読み取れる.
図13.2 カイラルアノマリーの三角図.(a) 軸性カレント $j^\mu_A$(緑の破線)に質量ゼロフェルミオンのループがつき,そこから光子2本が出る図が,式 \eqref{eq:13-anomaly} の右辺を生む.ループ積分をどう正則化しても,軸性カレントの保存とベクトルカレント(電荷)の保存を同時には保てない.物理的に譲れないのは電荷保存のほうなので,軸性カレントの保存を捨てることになる.(b) 同じ図で外線を $\pi^0$ に置き換えたものが $\pi^0\to\gamma\gamma$ の崩壊を与える.クォークループは色について和をとるので,振幅は $N_c$ に比例する.

$\pi^0\to\gamma\gamma$ —— アノマリーが崩壊幅を決め,色の数を数える

$\pi^0$ は 13.7 節で見るようにカイラル対称性の自発的破れに伴う南部–Goldstone ボソンであり,その量子数は軸性カレント $j^\mu_A$ に結びついている.したがって $\pi^0\to\gamma\gamma$ の振幅は,式 \eqref{eq:13-anomaly} の右辺——すなわち図13.2 の三角図——そのものによって決まってしまう.結果は

$$ \Gamma(\pi^0\to\gamma\gamma) = \frac{\alpha^2 m_\pi^3}{64\pi^3 f_\pi^2} $$

で,$\alpha=1/137.036$,$m_\pi=134.977\ \mathrm{MeV}$,$f_\pi=92.2\ \mathrm{MeV}$ を入れると $7.76\ \mathrm{eV}$ となる.実験値は $7.72\pm0.12\ \mathrm{eV}$(PDG 2022.全幅 $7.81\ \mathrm{eV}$ に分岐比 $98.8\%$ を掛けた値)で,1% の精度で一致する.自由パラメータはひとつもない.

ここが重要である.三角図のクォークループは色について和をとるので,振幅は $N_c$ に比例し,崩壊幅は $N_c^2$ に比例する.$N_c=1$ とすれば予言は $1/9$ になって実験と合わない.$\pi^0$ の崩壊幅は,$R$ 比(第11章 11.1 節)と並ぶ色が3種類あることの定量的な証拠なのである.

アノマリーはゲージ理論では相殺しなければならない

アノマリーがゲージカレントに現れると,理論そのものが壊れる.ゲージ不変性はゲージ場の余分な自由度を落とすために使われているので(13.6.1項),それが量子論で破れれば,ユニタリティもくりこみ可能性も失われるからである.したがって標準模型が理論として成り立つには,$\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y$ のアノマリーがすべてのフェルミオンからの寄与の和としてゼロにならねばならない.

本書の規約($Q=T^3+Y/2$)で1世代分の超電荷は $Y(Q_L)=1/3$,$Y(u_R)=4/3$,$Y(d_R)=-2/3$,$Y(L)=-1$,$Y(e_R)=-2$ である.このとき,たとえば2つの条件が次のように成り立つ.

クォークとレプトンの電荷が互いにまったく関係なさそうな値なのに,1世代ずつ組にすると和がきれいにゼロになる.これは偶然とは考えにくい.クォークとレプトンが1世代ずつ組をなしていること,そしてクォークの電荷が $2/3,-1/3$ という分数であること自体が,アノマリー相殺から要求されているのである.大統一理論(第15章 15.2 節)がクォークとレプトンを同じ多重項に入れるのは,この事情を説明しようとする試みでもある.

なお,バリオン数とレプトン数の(ゲージではない大域的な)カレントにも $\mathrm{SU}(2)_L$ ゲージ場との三角図によるアノマリーがあり,インスタントンやスファレロンのような非摂動的な場の配位を通じて効く.これによってバリオン数 $B$ とレプトン数 $L$ の和 $B+L$ は保存しない(差 $B-L$ は保存する).標準模型でバリオン数が厳密な保存量ではないというこの事実は,宇宙のバリオン数生成(第15章 15.3 節)の出発点になっている.

材料科学との接点:Weyl 半金属の負の磁気抵抗

式 \eqref{eq:13-anomaly} は素粒子物理だけの話ではない.Weyl 半金属では低エネルギー励起が質量ゼロの Weyl フェルミオンで記述され,カイラリティごとの粒子数が同じ式に従う(SI 単位で書いた.$n_5=n_+-n_-$ は左右のカイラリティの粒子数密度の差,$\tau_v$ は谷間緩和時間):

$$ \frac{\dd n_5}{\dd t} = \frac{q^2}{2\pi^2\hbar^2}\,\bm E\cdot\bm B - \frac{n_5}{\tau_v} $$

電場と磁場を平行にかけると左右の Weyl 点の間で電子が汲み上げられ,余分な伝導チャネルが開く.その結果 $\bm E\parallel\bm B$ のときだけ伝導度が磁場とともに増大する(負の磁気抵抗).素粒子物理では $\pi^0$ の崩壊幅として現れた同じ係数 $1/2\pi^2$ が,ここでは電気抵抗の測定として現れる.詳しくは第9章 9.7.3 項を見よ.

13.7 自発的対称性の破れと Goldstone の定理

13.7.1 「自発的」とはどういうことか

自発的対称性の破れ

$\Lag$(あるいは Hamiltonian)は対称性 $G$ を持つのに,最低エネルギー状態(真空・基底状態)が $G$ の下で不変でないとき,対称性 $G$ は自発的に破れている(spontaneously broken)という.

「明示的な破れ」($\Lag$ に対称性を破る項を手で入れる)とは根本的に違う.自発的破れでは法則は対称なまま,状態だけが非対称である.

身近な例:磁石と鉛筆

Heisenberg 模型 $H=-J\sum_{\langle ij\rangle}\bm{S}_i\cdot\bm{S}_j$ はスピン空間の回転 $\mathrm{SO}(3)$ の下で完全に対称である(格子の実空間回転とは別の対称性である.結晶では実空間の回転はすでに点群に落ちている).しかし $T<T_c$ の強磁性体では,磁化 $\bm{M}$ がある特定の方向を向く.どの方向を向くかは決まっていない(対称)が,どれかひとつを選ばねばならない(破れ).

鉛筆を芯で立てるのも同じである.Hamiltonian は鉛直軸まわりに対称だが,倒れた鉛筆はどれか一方向を指す.対称性が高すぎる状態はエネルギー的に不安定なので,系は対称性の低い状態へ落ちる.これが自発的対称性の破れである.

結晶化も同じである.液体は連続並進・回転対称性を持つが,凝固すると離散対称性しか残らない.物質科学とは,ある意味で自発的対称性の破れのカタログである.

13.7.2 メキシカンハット型ポテンシャル

複素スカラー場 $\phi$ の理論を考える.

$$ \begin{equation} \Lag = (\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi) - V(\phi), \qquad V(\phi) = -\mu^2\abs{\phi}^2 + \lambda\abs{\phi}^4 \label{eq:13-mexhat} \end{equation} $$

ここが要点である.$\mu^2>0$,$\lambda>0$ とする.すると質量項に相当する第1項の符号が逆になっている.素朴に「質量の2乗が $-\mu^2<0$ だから虚の質量だ」と読んではいけない.$\phi=0$ が真空ではないので,$\phi=0$ のまわりの展開自体が無意味なのである.

導出:真空期待値と Goldstone モード

ステップ1:ポテンシャルの最小を探す.$s\equiv\abs{\phi}^2$ とおくと $V=-\mu^2 s+\lambda s^2$.$\dd V/\dd s = -\mu^2+2\lambda s = 0$ より

$$ \abs{\phi}^2_{\rm min} = \frac{\mu^2}{2\lambda} $$

最小値をとるのは1点ではなく,複素平面上の円周である.$\phi=\dfrac{1}{\sqrt2}(\phi_1+\ii\phi_2)$ と実場に分解すると $\abs\phi^2=(\phi_1^2+\phi_2^2)/2$ なので

$$ \begin{equation} \phi_1^2+\phi_2^2 = \frac{\mu^2}{\lambda} \equiv v^2, \qquad v = \frac{\mu}{\sqrt\lambda} \label{eq:13-vev} \end{equation} $$

$v$ を真空期待値(vacuum expectation value, VEV)という.$V(\phi)$ を $(\phi_1,\phi_2)$ 平面上に描くと,中央が盛り上がり周囲が谷になった「メキシカンハット」(あるいはワインボトルの底)の形になる(図13.3).

ステップ2:真空をひとつ選ぶ.谷はどの点も同じエネルギーだが,系はどれかひとつを選ぶ.便宜上

$$ \braket{\phi_1} = v,\qquad \braket{\phi_2}=0 $$

を選ぼう.この瞬間に $\mathrm{U}(1)$ 対称性(円周に沿った回転)が自発的に破れる.どの点を選んでも物理は同じである(対称性は法則には残っている).

ステップ3:真空のまわりで展開する.新しい場を

$$ \phi_1 = v + \eta(x),\qquad \phi_2 = \xi(x) $$

と定義する.$\eta$ は谷を横切る動径方向(振幅)のゆらぎ,$\xi$ は谷に沿った角度方向(位相)のゆらぎである.

ステップ4:ポテンシャルを展開する.$s=\abs\phi^2=\tfrac12[(v+\eta)^2+\xi^2]$.$\mu^2=\lambda v^2$(式 \eqref{eq:13-vev})を使うと

$$ V = -\lambda v^2 s + \lambda s^2 = \lambda\left(s - \frac{v^2}{2}\right)^2 - \frac{\lambda v^4}{4} $$

ここで

$$ s - \frac{v^2}{2} = \frac{1}{2}\left[(v+\eta)^2+\xi^2-v^2\right] = \frac{1}{2}\left(2v\eta+\eta^2+\xi^2\right) $$

なので

$$ V = \frac{\lambda}{4}\left(2v\eta+\eta^2+\xi^2\right)^2 - \text{定数} = \lambda v^2\eta^2 + \lambda v\,\eta(\eta^2+\xi^2) + \frac{\lambda}{4}(\eta^2+\xi^2)^2 - \text{定数} $$

ステップ5:質量を読み取る.2次の項だけ見る.標準形は $\tfrac12 m^2(\text{場})^2$ であるから,運動項が $\tfrac12(\partial\eta)^2+\tfrac12(\partial\xi)^2$ になっていることと合わせて

$$ \begin{equation} m_\eta^2 = 2\lambda v^2 = 2\mu^2, \qquad \boxed{\;m_\xi^2 = 0\;} \label{eq:13-goldstone-mass} \end{equation} $$

$\xi$ の2次項は $V$ にまったく現れない.$\xi$ は質量ゼロである.これが南部–Goldstone ボソンである.

ステップ6:なぜ質量ゼロなのか.幾何学的な理由である.$\xi$ は谷底に沿って動く方向であり,その方向にはポテンシャルの傾きも曲率もない.質量とはポテンシャルの2階微分(曲率)だから,平らな方向の質量はゼロになるほかない.一方 $\eta$ は谷を登る方向なので曲率があり,質量を持つ.

メキシカンハット型ポテンシャル.(a) (φ1,φ2) 平面上の V(φ)=−μ²|φ|²+λ|φ|⁴ の斜視図.中心 φ=0 は不安定な極大点で,谷底の円周上のどの点も同じエネルギーをもつ.谷を登る方向 η は曲率があり,谷に沿う方向 ξ は曲率ゼロである.(b) φ2=0 での断面で,φ1=±v に深さ μ⁴/4λ の二つの谷がある.
図13.3 メキシカンハット型ポテンシャル.(a) $(\phi_1,\phi_2)$ 平面上の $V$ の形.中心 $\phi=0$ は対称だが不安定な極大点であり,最小値は半径 $\abs\phi=v/\sqrt2$ の円周上に縮退している.系はその円周上の1点を選ぶ.谷を登る方向 $\eta$(緑)には曲率があるので質量 $m_\eta=\sqrt{2\lambda}\,v$ を持ち,谷に沿う方向 $\xi$(赤)は平らなので質量ゼロの南部–Goldstone ボソンになる.(b) $\phi_2=0$ での断面.超伝導体の Ginzburg–Landau 自由エネルギー($T<T_c$)はまったく同じ形をしており,$v$ が秩序変数の平衡振幅 $\abs{\Psi_\infty}$ に対応する.

13.7.3 Goldstone の定理

Goldstone の定理(1961)

連続的な大域対称性が自発的に破れると,破れた生成子ひとつにつき質量ゼロのスピン0粒子(南部–Goldstone ボソン)が1個現れる.その個数は

$$ \begin{equation} N_{\rm NG} = \dim G - \dim H \label{eq:13-goldstone-count} \end{equation} $$

ここで $G$ は $\Lag$ の対称性の群,$H$ は真空が保つ対称性(残留対称性)の群である.

例:Goldstone ボソンの数え上げ

注意:非相対論系では数え方が変わる

式 \eqref{eq:13-goldstone-count} は Lorentz 不変な理論での話である.固体中のように Lorentz 不変性がない系では,2つの破れた生成子が対になって1本のモードを作ることがある(Nielsen–Chadha の定理,および渡辺–村山 2012 の一般公式).

強磁性マグノンの分散が $q^2$ に比例することは中性子非弾性散乱で日常的に測られているが,その「$q$ の1乗でない」という事実は,Lorentz 不変性のない系で破れた生成子どうしの交換子が真空期待値をもつ($\braket{[S^x,S^y]}=\ii\braket{S^z}\neq0$)ことの直接的な現れである.Lorentz 不変性の欠如は必要条件にすぎない(反強磁性体も Lorentz 不変ではないが $\omega\propto q$ の type-A である).決め手は $\braket{S^z}\neq0$ のほうである.素粒子物理の教科書だけを読んでいると見落とす点なので,材料科学者はむしろ有利である.

13.8 Higgs 機構

13.8.1 Abelian Higgs 模型

13.7節の模型に,13.3節のゲージ場を結合させる.すなわち $\partial_\mu\to D_\mu=\partial_\mu+\ii qA_\mu$ とし,$A_\mu$ の運動項を加える:

$$ \begin{equation} \Lag = \left(D_\mu\phi\right)^*\!\left(D^\mu\phi\right) + \mu^2\abs\phi^2 - \lambda\abs\phi^4 - \tfrac14 F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} \label{eq:13-abelian-higgs} \end{equation} $$

これをAbelian Higgs 模型という.局所 $\mathrm{U}(1)$ 不変であり,ゲージ場の質量項は入っていない.それにもかかわらず $A_\mu$ が質量を得ることを,これから示す.

導出:ゲージ場が Goldstone ボソンを食べて重くなる

ステップ1:極座標で場を書く.複素場を振幅と位相に分ける:

$$ \phi(x) = \frac{1}{\sqrt2}\left[v+\eta(x)\right]\exp\!\left[\ii\frac{\xi(x)}{v}\right] $$

$\eta$ が振幅ゆらぎ,$\xi$ が位相ゆらぎ(Goldstone モード)である.$\xi/v$ と割ってあるのは $\xi$ の次元を質量にそろえるためである.

ステップ2:共変微分を計算する.指数関数の微分に注意して

$$ D_\mu\phi = \frac{1}{\sqrt2}\ee^{\ii\xi/v} \left[\partial_\mu\eta + \ii\frac{(v+\eta)}{v}\partial_\mu\xi + \ii q A_\mu (v+\eta)\right] $$

ステップ3:絶対値の2乗をとる.位相因子 $\ee^{\ii\xi/v}$ が消え,実部と虚部の2乗が残る:

$$ \abs{D_\mu\phi}^2 = \frac12(\partial_\mu\eta)(\partial^\mu\eta) + \frac{(v+\eta)^2}{2}\left(\frac{\partial_\mu\xi}{v} + qA_\mu\right)^{\!2} $$

ステップ4:ゲージ場を再定義する(ここが仕掛けである).括弧の中身に着目する.新しい場

$$ \begin{equation} B_\mu \equiv A_\mu + \frac{1}{qv}\partial_\mu\xi \label{eq:13-unitary} \end{equation} $$

を定義すれば,$\dfrac{\partial_\mu\xi}{v}+qA_\mu = qB_\mu$ である.しかもこの置き換えは,ゲージ変換 \eqref{eq:13-gauge-tr} で $\theta(x)=-\xi(x)/v$ を選んだことにほかならない($A_\mu\to A_\mu-\tfrac1q\partial_\mu\theta = A_\mu+\tfrac{1}{qv}\partial_\mu\xi$).つまり$B_\mu$ は物理的に別物ではなく,ゲージを選び直しただけである.このゲージ選択をユニタリゲージという.

$B_\mu$ と $A_\mu$ は勾配だけ違うので $F_{\mu\nu}(B)=F_{\mu\nu}(A)$,運動項はそのままでよい.

ステップ5:$\Lag$ を書き直す.$\xi$ が完全に消える:

$$ \Lag = \frac12(\partial_\mu\eta)^2 + \frac{q^2(v+\eta)^2}{2}B_\mu B^\mu - \lambda v^2\eta^2 - \lambda v\eta^3 - \frac{\lambda}{4}\eta^4 - \frac14 F_{\mu\nu}(B)F^{\mu\nu}(B) + \text{定数} $$

ステップ6:2次の項から質量を読む.$(v+\eta)^2 = v^2+2v\eta+\eta^2$ を展開すると

$$ \frac{q^2v^2}{2}B_\mu B^\mu \;+\; q^2 v\,\eta\,B_\mu B^\mu \;+\; \frac{q^2}{2}\eta^2 B_\mu B^\mu $$

第1項が Proca 型の質量項 $\tfrac12 m_B^2 B_\mu B^\mu$ である.したがって

$$ \begin{equation} m_B = q\,v, \qquad m_\eta = \sqrt{2\lambda}\,v = \sqrt2\,\mu \label{eq:13-higgs-masses} \end{equation} $$

ゲージ場が質量を得た.しかも $\Lag$ \eqref{eq:13-abelian-higgs} はゲージ不変なままである.質量項を手で入れたのではなく,真空が対称でないことの帰結として現れたのである.

ステップ7:$\xi$ はどこへ行ったか.消えてしまった.しかし「消えた」のではなく「食われた」のである.次項の自由度勘定がそれを示す.

13.8.2 自由度の数え上げ —— $2+2=3+1$

自由度は保存する

破れる前複素スカラー $\phi$(実2成分)2
質量ゼロベクトル $A_\mu$(横偏極 $\lambda=\pm1$)2
合計4
破れた後実スカラー $\eta$(Higgs 粒子)1
質量ありベクトル $B_\mu$($\lambda=0,\pm1$)3
合計4

$2+2 = 3+1$.Goldstone ボソン $\xi$ は消滅したのではなく,ゲージ場の縦偏極成分になった.「ゲージ場が Goldstone ボソンを食べて太った」と表現される所以である.

対称性が破れる前(合計 4) 破れた後(合計 4) 複素スカラー φ η (振幅) ξ (位相 = Goldstone) 2 質量 0 のゲージ場 Aμ 横偏極 λ = +1 横偏極 λ = −1 2 2 + 2 = 4 Aμ にはゲージ自由度があり縦偏極は非物理的 ξ が「食われて」縦偏極になる Higgs 粒子 η (m = √(2λ)v) 1 質量あり Bμ (m = q v) 横偏極 λ = +1 横偏極 λ = −1 縦偏極 λ = 0 ← ξ の生まれ変わり 3 1 + 3 = 4 ユニタリゲージ: ξ を消すゲージを選ぶと ℒ から ξ が完全に姿を消す(ユニタリゲージ). 超伝導では λL = 1/mB,ξGL = √2/mη.
図13.4 Higgs 機構における自由度の数え上げ.破れる前は,複素スカラー場の2自由度と質量ゼロゲージ場の横偏極2自由度で計4.破れた後は,Higgs 粒子1自由度と質量を持つベクトル場の3偏極で計4.南部–Goldstone ボソン $\xi$ は消滅したのではなく,ゲージ場の縦偏極自由度に転化した.自由度の総数は変わらない —— これが「食う」という言い方の正確な意味である.

物理的意味:なぜ「縦偏極」なのか

質量ゼロの粒子は必ず光速で走るので,静止系がなく,スピンの射影は運動方向に平行か反平行($\lambda=\pm1$)しかとれない.質量を持つと静止系が存在し,スピン1のベクトルは3方向を向ける($\lambda=0,\pm1$).つまり質量を得るとは,縦偏極という新しい自由度をどこかから調達することにほかならない.

その調達先が Goldstone ボソンである.エネルギーの高い $W_L W_L$ 散乱の振幅を計算すると,縦偏極 $W$ が実は元の Goldstone ボソンとして振る舞う(等価定理).13.6.1項で述べたユニタリティの問題が Higgs 粒子の交換で救われるのは,この事情による.

13.8.3 標準模型における実装

Higgs 二重項

電弱理論では $\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y$ を破って $\mathrm{U}(1)_{\rm em}$ を残さねばならない.そのために,超電荷 $Y=+1$ の $\mathrm{SU}(2)_L$ 二重項の複素スカラー場

$$ \Phi = \begin{pmatrix}\phi^+\\ \phi^0\end{pmatrix} \qquad(\text{実自由度 }4) $$

を導入する.ポテンシャルは $V(\Phi) = -\mu^2\Phi^\dagger\Phi + \lambda(\Phi^\dagger\Phi)^2$ で,最小は $\Phi^\dagger\Phi = \mu^2/2\lambda = v^2/2$.真空として

$$ \braket{\Phi} = \frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}0\\ v\end{pmatrix} $$

を選ぶ.上成分をゼロにしたのは,電荷を持つ場が真空期待値を持たないようにする(真空を電気的に中性に保つ)ためである.これにより $\mathrm{U}(1)_{\rm em}$ だけが破れずに残る.

導出:$W$ と $Z$ の質量

ステップ1:共変微分を書く.$\mathrm{SU}(2)_L$ の結合定数を $g$,$\mathrm{U}(1)_Y$ のそれを $g'$ として

$$ D_\mu\Phi = \left(\partial_\mu + \ii g\frac{\tau^a}{2}W^a_\mu + \ii g'\frac{Y}{2}B_\mu\right)\Phi, \qquad Y(\Phi)=1 $$

ステップ2:真空に作用させる.$\Phi\to\braket\Phi$ とすると $\partial_\mu\braket\Phi=0$ なので,行列部分だけが残る:

$$ D_\mu\braket\Phi = \frac{\ii}{2}\begin{pmatrix} g W^3_\mu + g'B_\mu & g(W^1_\mu-\ii W^2_\mu)\\ g(W^1_\mu+\ii W^2_\mu) & -gW^3_\mu + g'B_\mu \end{pmatrix} \frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}0\\ v\end{pmatrix} $$

右の列ベクトルとの積をとると

$$ D_\mu\braket\Phi = \frac{\ii v}{2\sqrt2}\begin{pmatrix} g(W^1_\mu-\ii W^2_\mu)\\ -gW^3_\mu+g'B_\mu \end{pmatrix} $$

ステップ3:質量項を取り出す.$\abs{D_\mu\braket\Phi}^2$ を計算すると

$$ \abs{D_\mu\braket\Phi}^2 = \frac{v^2}{8}\left[ g^2\left((W^1_\mu)^2+(W^2_\mu)^2\right) + \left(gW^3_\mu - g'B_\mu\right)^2 \right] $$

ステップ4:質量固有状態に組み替える.$W^1,W^2$ の組は

$$ W^\pm_\mu = \frac{1}{\sqrt2}\left(W^1_\mu \mp \ii W^2_\mu\right) $$

と定義すると $(W^1)^2+(W^2)^2 = 2W^+_\mu W^{-\mu}$.したがって質量項は $\dfrac{g^2v^2}{4}W^+W^-$.荷電(複素)ベクトル場の質量項の標準形が $m^2W^+_\mu W^{-\mu}$ であることから

$$ \begin{equation} m_W = \frac{g\,v}{2} \label{eq:13-mW} \end{equation} $$

ステップ5:中性場の対角化.$(gW^3-g'B)^2$ は $W^3$ と $B$ の混合を含む.規格化された直交組合せを

$$ Z_\mu = \frac{gW^3_\mu - g'B_\mu}{\sqrt{g^2+g'^2}}, \qquad A_\mu = \frac{g'W^3_\mu + gB_\mu}{\sqrt{g^2+g'^2}} $$

と定義すると,質量項は $\dfrac{v^2}{8}(g^2+g'^2)Z_\mu Z^\mu = \dfrac12 m_Z^2 Z_\mu Z^\mu$,つまり

$$ m_Z = \frac{v\sqrt{g^2+g'^2}}{2}, \qquad m_A = 0 $$

$A_\mu$(光子)の質量項が現れないのは,$\braket\Phi$ が電気的に中性で,$\mathrm{U}(1)_{\rm em}$ を破っていないからである.

ステップ6:Weinberg 角.$\tan\theta_W\equiv g'/g$ と定義すると $\cos\theta_W = g/\sqrt{g^2+g'^2}$ なので

$$ \begin{equation} \frac{m_W}{m_Z} = \cos\theta_W \qquad\Longleftrightarrow\qquad \rho \equiv \frac{m_W^2}{m_Z^2\cos^2\theta_W} = 1 \label{eq:13-rho} \end{equation} $$

この関係式は,Higgs 場が二重項であることの直接的な帰結である(三重項なら $\rho\neq1$ になる).実測 $\rho=1.00031\pm0.00019$ は,標準模型の Higgs セクターが二重項であることの強い証拠である.

数値例:$v$,$g$,そして $m_W$

(1) 真空期待値を Fermi 定数から出す.第12章の $G_F/\sqrt2 = g^2/8m_W^2$ に式 \eqref{eq:13-mW} を入れると $G_F/\sqrt2 = 1/2v^2$,すなわち

$$ v = \left(\sqrt2\,G_F\right)^{-1/2} = \left(\sqrt2\times1.1664\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}\right)^{-1/2} = 246.22\ \mathrm{GeV} \simeq 246.2\ \mathrm{GeV} $$

ミュー粒子の寿命という低エネルギーの測定から,電弱対称性の破れのスケールが決まってしまう.

(2) 結合定数.$m_W=80.377\ \mathrm{GeV}$ から $g = 2m_W/v = 2\times80.377/246.2 = 0.653$.また $\alpha_{\rm em}=e^2/4\pi=1/137.036$ より $e=\sqrt{4\pi\alpha}=0.3028$ であり,$e=g\sin\theta_W$ から $\sin^2\theta_W\approx0.215$ を得る.ただしこの値が (3) の on-shell 値 $0.223$ や $\overline{\rm MS}$ 値 $0.231$ より小さいのは,$m_Z$ スケールの $m_W$ に対して $\alpha(0)=1/137.036$ を組み合わせたためである.$\alpha$ は走るので,$m_Z$ での値(on-shell 定義で $\alpha^{-1}(m_Z)=128.95$.第10章 10.6.4 項)を使えば $e=\sqrt{4\pi\alpha}=0.3122$,$\sin^2\theta_W=(0.3122/0.653)^2\approx0.229$ となって (3) の議論につながる(どの定義の $\sin^2\theta_W$ を使っているかを確認する必要については第12章 12.1.4 項).

(3) on-shell の Weinberg 角.式 \eqref{eq:13-rho} を定義に使うと

$$ \sin^2\theta_W = 1 - \frac{m_W^2}{m_Z^2} = 1 - \left(\frac{80.377}{91.188}\right)^2 = 0.2231 $$

$\overline{\rm MS}$ スキームで $m_Z$ において定義した値 $\sin^2\hat\theta_W(m_Z)=0.2312$ とは約 3.6% 違う($0.2312/0.2231=1.036$).この差は輻射補正(主にトップクォークループ)に由来し,実際その差の測定からトップクォークの質量が発見前に予言された.

13.8.4 湯川結合とフェルミオンの質量

導出:$m_f = y_f v/\sqrt2$

ステップ1:ゲージ不変な結合を作る.13.6.2項で $\bar e_Le_R$ が $\mathrm{SU}(2)_L$ 不変でないことを見た.しかし二重項 $\Phi$ を挟めば不変にできる.$\bar L$(二重項の共役)と $\Phi$(二重項)と $e_R$(一重項)を組んだ

$$ \Lag_{\rm Yukawa} = -y_e\left(\bar L\,\Phi\, e_R + \bar e_R\,\Phi^\dagger L\right), \qquad L=\begin{pmatrix}\nu_e\\ e\end{pmatrix}_L $$

は $\mathrm{SU}(2)_L$ 一重項である(二重項どうしの内積).超電荷も $Y(\bar L)+Y(\Phi)+Y(e_R) = +1+1-2 = 0$ でつじつまが合う.すなわちこの項はゲージ不変であり,書いてよい.$y_e$ を湯川結合定数と呼ぶ.

ステップ2:真空期待値を代入する.$\Phi\to\tfrac{1}{\sqrt2}(0,\ v+h)^T$($h$ は Higgs 粒子)とすると,$\bar L\Phi = \bar\nu_L\cdot0 + \bar e_L\cdot\tfrac{v+h}{\sqrt2}$ なので

$$ \Lag_{\rm Yukawa} = -\frac{y_e v}{\sqrt2}\,\bar e e \;-\;\frac{y_e}{\sqrt2}\,h\,\bar e e $$

ステップ3:質量と結合を読む.第1項がまさに Dirac 質量項である:

$$ \begin{equation} m_f = \frac{y_f\,v}{\sqrt2}, \qquad g_{hff} = \frac{y_f}{\sqrt2} = \frac{m_f}{v} \label{eq:13-yukawa} \end{equation} $$

ステップ4:予言を読む.第2項の係数 $m_f/v$ が Higgs 粒子とフェルミオンの結合である.すなわちHiggs 粒子は,相手の質量に正比例して結合する.同じことがゲージ場についても言え,13.8.1項ステップ6の第2項 $q^2v\eta B_\mu B^\mu$ から $g_{hVV}=2m_V^2/v$ が出る.

これは検証可能な予言である.LHC の測定した結合強度は,$W,Z,t,b,\tau,\mu$ の6種について,質量にして $0.106\ \mathrm{GeV}$($\mu$)から $172.7\ \mathrm{GeV}$($t$)まで,3桁以上にわたる範囲で式 \eqref{eq:13-yukawa} と一致している(ただし $\mu$ については $5\sigma$ の「観測」ではなく $3\sigma$ の「証拠」の段階である).Higgs 粒子が「質量の起源」であることの,最も直接的な証拠である.

表13.3 湯川結合定数($v=246.2\ \mathrm{GeV}$,$y_f=\sqrt2\,m_f/v$)
粒子質量$y_f$備考
電子 $e$$0.511\ \mathrm{MeV}$$2.94\times10^{-6}$なぜこんなに小さいのかは未解決
ミュー粒子 $\mu$$105.66\ \mathrm{MeV}$$6.07\times10^{-4}$$H\to\mu\mu$ の証拠($3\sigma$)を LHC が報告(2020)
タウ粒子 $\tau$$1776.86\ \mathrm{MeV}$$1.02\times10^{-2}$$H\to\tau\tau$ 観測済
チャーム $c$$1.27\ \mathrm{GeV}$$7.3\times10^{-3}$$\overline{\rm MS}$ 質量
ボトム $b$$4.18\ \mathrm{GeV}$$2.40\times10^{-2}$$H\to b\bar b$ が主要崩壊(分岐比 58%)
トップ $t$$172.7\ \mathrm{GeV}$$0.992$$y_t\approx1$:偶然か,それとも意味があるか
$W^\pm$$80.377\ \mathrm{GeV}$—$m_W=gv/2$
$Z^0$$91.188\ \mathrm{GeV}$—$m_Z=m_W/\cos\theta_W$
Higgs $h$$125.25\ \mathrm{GeV}$—$\lambda = m_H^2/2v^2 = 0.129$

なぜ $y_t\approx1$ が気になるのか

表13.3 を見ると,湯川結合は $10^{-6}$ から $1$ まで6桁にわたってばらついており,しかもトップだけがちょうど $1$ の近くにいる.標準模型はこれらの値を一切説明しない.すべて手で入れる自由パラメータである(フェルミオン質量9個 $+$ CKM 4個 $=$ 13個).

$y_t\approx1$ は,トップクォークが Higgs 場と「自然な強さ」で結合していることを意味する.裏を返せば,他のすべてのフェルミオンが不自然に弱く結合している.この階層性の起源は「フレーバーの謎」(フレーバー問題)と呼ばれ,標準模型を超える物理の主要な動機のひとつである(第15章 15.1.4 項).

また $y_t\approx1$ は Higgs ポテンシャルの真空安定性にも効く.トップループが $\lambda$ の走りを負に押し下げるため,$\lambda(Q)$ は くりこみスケール $Q\sim10^{10\text{–}11}\ \mathrm{GeV}$ 付近でゼロを切る可能性がある(本章で $\mu$ はメキシカンハットのパラメータに使っているので,ここではくりこみスケールを $Q$ と書く)(準安定真空).我々の真空は本当の最低状態ではないかもしれない,という不穏な計算結果である.材料科学の言葉でいえば,宇宙は過冷却状態にあって,いつか核生成が起こるかもしれないということである.

13.9 材料科学との接点 —— 超伝導体は Higgs 機構の実験室である

ここからが本章の中心である.13.8節までに組み立てた Abelian Higgs 模型は,実は 1950 年に Ginzburg と Landau が超伝導の現象論として書き下したものと,項ごとに一致する.偶然の類似ではない.南部陽一郎が BCS 理論から相対論的場の理論に翻訳したのが自発的対称性の破れ(南部–Goldstone ボソン)であり,さらに Anderson(1963)が超伝導体で見抜いた「ゲージ場が Goldstone モードを食う」機構を Englert–Brout・Higgs・Guralnik–Hagen–Kibble(1964)が相対論化したのが Higgs 機構だからである.この節では,その対応を式のレベルで完全に示す.

13.9.1 Ginzburg–Landau 自由エネルギーと Abelian Higgs 模型

材料科学との接点:超伝導体の U(1) 対称性の破れ

超伝導体の秩序変数は複素数である:

$$ \begin{equation} \Psi(\bm r) = \abs{\Psi(\bm r)}\,\ee^{\ii\vartheta(\bm r)} \label{eq:13-order-param} \end{equation} $$

物理的には Cooper 対の巨視的波動関数であり,$\abs\Psi^2 = n_s^*$(Cooper 対の数密度)である.なぜ複素数かというと,粒子数保存に伴う $\mathrm{U}(1)$ 位相をもつ凝縮体の巨視的波動関数だからである(中性の超流動 $^4$He の秩序変数も複素数である).Cooper 対が電荷 $e^*=2e$ をもつことによって,この位相が電磁ゲージ場 $\bm A$ と結合する.そして式 \eqref{eq:13-order-param} の位相 $\vartheta$ こそが $\mathrm{U}(1)$ の自由度である.

Ginzburg–Landau(GL)自由エネルギー密度は

$$ \begin{equation} f = f_n + a\abs\Psi^2 + \frac{b}{2}\abs\Psi^4 + \frac{1}{2m^*}\left|\left(-\ii\hbar\nabla - e^*\bm A\right)\Psi\right|^2 + \frac{\abs{\bm B}^2}{2\mu_0} \label{eq:13-GL} \end{equation} $$

$a = a_0(T-T_c)$ は $T<T_c$ で負,$b>0$,$m^*=2m_e$,$e^*=2e$ である.

$T<T_c$ で $a<0$ になると,$f$ を $\abs\Psi$ の関数として描いた図はメキシカンハットの断面(図13.3b)そのものになる.最小は $\abs\Psi=0$ ではなく

$$ \frac{\partial f}{\partial\abs\Psi^2} = a + b\abs\Psi^2 = 0 \quad\Longrightarrow\quad \abs{\Psi_\infty}^2 = -\frac{a}{b} = \frac{\abs a}{b} $$

にある.そして位相 $\vartheta$ は自由エネルギーにまったく現れない(式 \eqref{eq:13-GL} は $\abs\Psi$ と,ゲージ不変な組合せ $\nabla\vartheta-(e^*/\hbar)\bm A$ にしか依らない).したがって基底状態はどの $\vartheta$ を選んでもよく,系はそのひとつを選ぶ.これが超伝導転移における $\mathrm{U}(1)$ 対称性の自発的破れである.

常伝導相($T>T_c$)では $\Psi=0$ で対称性は保たれ,超伝導相($T<T_c$)では $\abs\Psi\neq0$ で破れる.「超伝導とは $\mathrm{U}(1)$ ゲージ対称性が自発的に破れた状態である」という言い方は,素粒子物理でも物性物理でも慣用されている.ただし厳密には,局所ゲージ対称性そのものは自発的に破れ得ない(Elitzur の定理,1975).$\braket\Psi\neq0$ はゲージ依存量であり,式 \eqref{eq:13-GL} がゲージ不変な組合せ $\nabla\vartheta-(e^*/\hbar)\bm A$ にしか依らないことがその理由である.破れているのは大域 $\mathrm{U}(1)$(Cooper 対の粒子数)であって,その位相自由度がゲージ場と結合した状態——ゲージ不変な言葉でいえばHiggs 相——が超伝導である.以下では慣用に従って「$\mathrm{U}(1)$ ゲージ対称性の破れ」と書くが,つねにこの意味で読んでほしい.

導出:GL 自由エネルギーと Abelian Higgs Lagrangian の項ごとの対応

ステップ1:両者を並べる.Abelian Higgs 模型 \eqref{eq:13-abelian-higgs} を,静的(時間微分ゼロ)な場合のエネルギー密度として書き直す.$\Lag = T - V$ なのでエネルギー密度は

$$ \mathcal{E} = \abs{\bm D\phi}^2 + \left(-\mu^2\abs\phi^2+\lambda\abs\phi^4\right) + \frac12\abs{\bm B}^2, \qquad \bm D = \nabla - \ii q\bm A $$

(自然単位系.共変微分の空間成分は $D_i=\partial_i+\ii qA_i$ であり,下付き添字の空間成分は3元ベクトルと符号が反転する($A_i=-(\bm A)_i$)ので $\bm D=\nabla-\ii q\bm A$ となる.GL 側の $-\ii\hbar\nabla-e^*\bm A = -\ii\hbar\left(\nabla-\ii\tfrac{e^*}{\hbar}\bm A\right)$ と見比べれば,$q\leftrightarrow e^*/\hbar$ で符号まで一致することが分かる.)

ステップ2:GL 式 \eqref{eq:13-GL} と見比べる.4つの項が完全に1対1で対応する.

ステップ3:辞書を作る.表13.4 のとおりである.

表13.4 Ginzburg–Landau 理論と Abelian Higgs 模型の対応辞書
Ginzburg–Landau(超伝導)Abelian Higgs(素粒子)意味
秩序変数 $\Psi$(複素)Higgs 場 $\phi$(複素スカラー)対称性を破る場
$\dfrac{1}{2m^*}\abs{(-\ii\hbar\nabla-e^*\bm A)\Psi}^2$$\abs{D_\mu\phi}^2$(空間成分)運動項・共変微分
$e^*=2e$(Cooper 対の電荷)ゲージ結合 $q$ゲージ場との結合
$a\abs\Psi^2$($a<0$ for $T<T_c$)$-\mu^2\abs\phi^2$負の「質量2乗」項
$\dfrac b2\abs\Psi^4$$\lambda\abs\phi^4$自己相互作用(安定化)
$\dfrac{\abs{\bm B}^2}{2\mu_0}$$\dfrac14F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$(磁場部分)ゲージ場の運動項
$\abs{\Psi_\infty}^2 = \abs a/b = n_s^*$$v^2/2 = \mu^2/2\lambda$真空期待値($\phi=(\hbar/\sqrt{2m^*})\Psi$ の規格化で対応する)
位相 $\vartheta$Goldstone モード $\xi$破れた生成子の方向
振幅ゆらぎ $\delta\abs\Psi$Higgs 粒子 $\eta$秩序変数の大きさのゆらぎ
London 侵入長 $\lambda_L$$1/m_B = 1/(qv)$ゲージ場の Compton 波長
コヒーレンス長 $\xi_{\rm GL}$$\sqrt2/m_\eta$Higgs 粒子の Compton 波長の $\sqrt2$ 倍(振幅ゆらぎの減衰長が $\xi_{\rm GL}/\sqrt2=1/m_\eta$)
GL パラメータ $\kappa=\lambda_L/\xi_{\rm GL}$$m_\eta/(\sqrt2\,m_B)$type-I / type-II の判別
磁束量子 $\Phi_0 = h/2e$渦の位相の巻き数トポロジカル欠陥

type-II 超伝導体とは「Higgs がゲージ粒子より重い」ということ

表13.4 の $\lambda_L$ と $\xi_{\rm GL}$ の行を使うと,GL パラメータは

$$ \kappa = \frac{\lambda_L}{\xi_{\rm GL}} = \frac{1/m_B}{\sqrt2/m_\eta} = \frac{m_\eta}{\sqrt2\,m_B} $$

と書ける.よく知られた type-I / type-II の境界 $\kappa=1/\sqrt2$ は

$$ \kappa = \frac{1}{\sqrt2} \quad\Longleftrightarrow\quad m_\eta = m_B $$

すなわちHiggs 粒子とゲージ粒子の質量がちょうど等しい点である(場の理論では Bogomolny 点と呼ばれ,渦間の力がちょうどゼロになる).

面白いことに,同じ判別を我々の宇宙の電弱真空に当てはめることもできる.電弱理論にはゲージ粒子が $W$ と $Z$ の2種あるので,どちらを Abelian Higgs 模型の $B_\mu$ に対応させるかを決めなければならない.Nielsen–Olesen 渦を電弱理論に埋め込んだ解($Z$ ストリング)では中性ゲージ場 $Z_\mu$ が $B_\mu$ の役をするので,それを採ると $\kappa = m_H/(\sqrt2\,m_Z) = 125.25/(\sqrt2\times91.188)=0.971$,$W$ を使えば $125.25/(\sqrt2\times80.377)=1.10$ となり,いずれも $1/\sqrt2$ を超える.つまりtype-II 超伝導体に相当する.超伝導電磁石の材料設計で使う判別基準が,そのまま真空の性質の分類になっているのである.ただし後述のとおり(13.9.5項),電弱真空の多様体は単連結なので $Z$ ストリング自体はトポロジカルには守られておらず,実際のパラメータでは不安定である.

Ginzburg–Landau 自由エネルギー(1950) Abelian Higgs Lagrangian(1964) f = fn + (1/2m*)|(−iħ∇ − e*A)Ψ|² + a|Ψ|² + (b/2)|Ψ|⁴ + |B|² / 2μ₀ a = a₀(T − Tc) < 0 (T < Tc) |Ψ∞|² = |a|/b = ns* (Cooper 対密度) λL = √(m*/μ₀e*²ns*) = 39 nm (Pb) ξGL = ħ/√(2m*|a|) (Pb: ξ₀ ≈ 83 nm) ℒ = |(∂μ + i q Aμ)φ|² + μ²|φ|² − λ|φ|⁴ − (1/4) Fμν Fμν −μ² < 0 (対称相ではなく破れた相) v² /2 = μ²/2λ (真空期待値) 1/mB = 1/qv (ゲージ場の Compton 波長) √2/mη (振幅ゆらぎの減衰長は 1/mη) = = = 項ごとに完全に一致する.違いは「静的な自由エネルギー」か「相対論的な Lagrangian」かだけ.
図13.5 Ginzburg–Landau 自由エネルギーと Abelian Higgs 模型の項ごとの対応.運動項(緑)は共変微分の2乗,ポテンシャル項(琥珀)はメキシカンハット,電磁場項(青)はゲージ場の運動項である.GL 理論は静的な3次元の自由エネルギー汎関数,Abelian Higgs は 4 次元の Lorentz 不変な Lagrangian という違いはあるが,対称性の構造は同一である.Ginzburg と Landau が超伝導を記述するために書いた式が,14 年後に素粒子の質量の起源として再発見されたことになる.なお図中の Pb の $\xi_{\rm GL}$ は BCS コヒーレンス長 $\xi_0\approx83\ \mathrm{nm}$ の値を示した.

13.9.2 Meissner 効果 —— 光子が質量を持つということ

材料科学との接点:Meissner 効果 = 光子の質量獲得

超伝導体に磁場をかけると,磁場は表面から $\lambda_L$ 程度の深さまでしか入らず,内部では指数関数的にゼロになる.これが Meissner 効果である.この現象を,素粒子物理の言葉で読み直そう.

London 方程式(1935)は

$$ \begin{equation} \nabla\times\bm j_s = -\frac{n_s e^2}{m}\bm B \label{eq:13-london} \end{equation} $$

である.これと定常状態の Ampère の法則 $\nabla\times\bm B=\mu_0\bm j_s$ を組み合わせる.

導出:London 方程式から光子の質量へ

ステップ1:$\bm j_s$ を消去する.Ampère の法則の両辺の回転をとる:

$$ \nabla\times(\nabla\times\bm B) = \mu_0\,\nabla\times\bm j_s = -\frac{\mu_0 n_s e^2}{m}\bm B $$

ステップ2:ベクトル解析の公式を使う.$\nabla\times(\nabla\times\bm B)=\nabla(\nabla\cdot\bm B)-\nabla^2\bm B$ で,$\nabla\cdot\bm B=0$ だから

$$ \begin{equation} \nabla^2\bm B = \frac{1}{\lambda_L^2}\bm B, \qquad \lambda_L \equiv \sqrt{\frac{m}{\mu_0 n_s e^2}} \label{eq:13-london2} \end{equation} $$

ステップ3:解く.表面を $x=0$,内部を $x>0$ とすると

$$ B(x) = B_0\,\ee^{-x/\lambda_L} $$

磁場は深さ $\lambda_L$(London 侵入長)で減衰する.

ステップ4:Proca 方程式と比較する.13.2.4項で見た質量 $m_\gamma$ の Proca 場は,静的な場合 $(\Box+m_\gamma^2)A^\nu=0$ すなわち

$$ \nabla^2\bm A = m_\gamma^2\,\bm A $$

を満たす.式 \eqref{eq:13-london2} とまったく同じ形である.したがって

$$ \begin{equation} m_\gamma = \frac{1}{\lambda_L} \qquad\text{(自然単位系)} \qquad\Longleftrightarrow\qquad m_\gamma c^2 = \frac{\hbar c}{\lambda_L} \label{eq:13-photon-mass} \end{equation} $$

ステップ5:Abelian Higgs 模型と照合する.13.8.1項で $m_B=qv$ を得た.辞書の規格化をきちんと取ろう.GL の運動項 $\dfrac{\hbar^2}{2m^*}\abs{\left(\nabla-\ii\frac{e^*}{\hbar}\bm A\right)\Psi}^2$ を $\abs{\bm D\phi}^2$ の形に一致させ,同時に $\abs{\bm B}^2/2\mu_0$ を $\tfrac12\abs{\bm B'}^2$ に直すには

$$ \phi = \frac{\hbar}{\sqrt{2m^*}}\,\Psi, \qquad \bm A' = \frac{\bm A}{\sqrt{\mu_0}}, \qquad q = \frac{e^*\sqrt{\mu_0}}{\hbar} $$

と取ればよい($[\Psi]=\mathrm{m^{-3/2}}$ と $[\phi]=$ エネルギーの次元差はこの規格化で埋まる).このとき $v^2=2\abs{\phi_\infty}^2=\hbar^2 n_s^*/m^*$ なので

$$ m_B^2 = q^2v^2 = \frac{e^{*2}\mu_0}{\hbar^2}\cdot\frac{\hbar^2 n_s^*}{m^*} = \frac{\mu_0 e^{*2}n_s^*}{m^*} = \frac{1}{\lambda_L^2} $$

が係数まで一致する.要するにMeissner 効果とは,超伝導体の内部で光子が Proca 質量 $1/\lambda_L$ を獲得し,電磁相互作用が湯川型に短距離化する現象である.超伝導体の中に入った光子は,$W$ ボソンのような重い粒子になっている.

数値例:Pb の中の光子の質量

鉛の侵入長は $\lambda_L\approx39\ \mathrm{nm}$(文献値は $37$–$39\ \mathrm{nm}$.Pb は非局所(Pippard)超伝導体なので,これは厳密には London 値ではなく実測の実効侵入長 $\lambda_{\rm eff}$ である.表13.5 の注と演習13.7 を参照)である.$\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}=197.327\ \mathrm{eV\,nm}$($\mathrm{MeV\,fm}$ と $\mathrm{eV\,nm}$ は同じ数値であることに注意)を使って

$$ m_\gamma c^2 = \frac{\hbar c}{\lambda_L} = \frac{197.327\ \mathrm{eV\,nm}}{39\ \mathrm{nm}} = 5.06\ \mathrm{eV} $$

電子の静止質量と比べると $m_\gamma/m_e = 5.06/(0.511\times10^6) = 9.9\times10^{-6}$,すなわち電子の10万分の1である.

念のため SI で検算しておく.$m_\gamma=\hbar/(\lambda_Lc) = 1.055\times10^{-34}/(3.9\times10^{-8}\times3.00\times10^8) = 9.01\times10^{-36}\ \mathrm{kg}$.エネルギーに直すと $m_\gamma c^2 = 9.01\times10^{-36}\times(3.00\times10^8)^2 = 8.11\times10^{-19}\ \mathrm{J} = 5.06\ \mathrm{eV}$.一致する.

表13.5 いくつかの超伝導体における「光子の質量」
物質$T_c$$\lambda$(文献値)$m_\gamma c^2=\hbar c/\lambda$型
Al$1.18\ \mathrm{K}$$16\ \mathrm{nm}$$12.3\ \mathrm{eV}$type-I
Sn$3.72\ \mathrm{K}$$34\ \mathrm{nm}$$5.8\ \mathrm{eV}$type-I
Pb$7.20\ \mathrm{K}$$39\ \mathrm{nm}$$5.06\ \mathrm{eV}$type-I
Nb$9.25\ \mathrm{K}$$39\ \mathrm{nm}$$5.06\ \mathrm{eV}$type-II
YBa$_2$Cu$_3$O$_{7}$($ab$ 面内)$92\ \mathrm{K}$$\approx150\ \mathrm{nm}$$1.3\ \mathrm{eV}$type-II
参考:標準模型の真空 $\;$ $\lambda_{\rm ew}=1/m_W = 2.46\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$,$m_Wc^2=80.377\ \mathrm{GeV}$

※ $\lambda$ の出典は混在している.Al と Sn は BCS フィットから推定した London 値であり,非局所効果(Pippard 効果)のため Al の実測侵入長は約 $50\ \mathrm{nm}$ まで伸びる(その値なら $m_\gamma c^2\simeq3.9\ \mathrm{eV}$).Pb・Nb・YBCO は実測に近い値($\lambda_{\rm eff}$)である.したがって $m_\gamma c^2$ を「超流体のプラズマエネルギー」と読めるのは局所(London)極限に限られる(演習13.7).

電弱真空の「侵入長」$1/m_W\approx2.5\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$ と Pb の $39\ \mathrm{nm}$($=3.9\times10^{7}\ \mathrm{fm}$)は $1.6\times10^{10}$ 倍,すなわち 10 桁も違うが,物理はまったく同じである.スケールだけが違う.

注意:$5\ \mathrm{eV}$ であって $5\ \mathrm{meV}$ ではない

ここは桁を間違えやすい.超伝導ギャップ $2\Delta$ は meV スケール(Pb で $2.7\ \mathrm{meV}$)なので,つい「光子の質量も meV だろう」と思ってしまう.しかし $m_\gamma$ を決めるのはギャップではなく超流動密度である.実際

$$ \lambda_L = \sqrt{\frac{m}{\mu_0 n_se^2}} = \frac{c}{\omega_{p,s}}, \qquad \omega_{p,s}=\sqrt{\frac{n_se^2}{\varepsilon_0 m}} $$

($c^2=1/\varepsilon_0\mu_0$ を使った)であるから,式 \eqref{eq:13-photon-mass} は

$$ \begin{equation} m_\gamma c^2 = \frac{\hbar c}{\lambda_L} = \hbar\,\omega_{p,s} \label{eq:13-mgamma-plasma} \end{equation} $$

と書ける.光子の質量は超流体のプラズマエネルギーそのものであり,金属のプラズマ振動が $10\ \mathrm{eV}$ 前後なのだから,$m_\gamma c^2$ も eV スケールになる.次項の Anderson 機構と,この式は同じことを言っている.ただし式 \eqref{eq:13-mgamma-plasma} が成り立つのは局所(London)極限である.Pb のようにコヒーレンス長が侵入長より長い($\xi_0\approx83\ \mathrm{nm}\gg\lambda_L$)非局所(Pippard)領域の超伝導体では,実測侵入長が London 値より長くなるため $\hbar c/\lambda_{\rm eff}$ は $\hbar\omega_{p,s}$ より小さく出る(演習13.7(3) で 2.7 倍のずれとして扱う).

注意:通常金属のプラズモンと混同しないこと —— 違いは $\omega\to0$ で質量が残るかどうか

「媒質の中で光子が重くなる」と聞けば,材料科学者はまず金属のプラズマ振動を思い浮かべるだろう.実際,通常金属でも誘電関数は $\varepsilon(\omega)=1-\omega_p^2/\omega^2$ で,$\omega<\omega_p$ の光は金属の中を伝わらずに反射される(金属光沢の理由である).衝突のない電子プラズマなら横波の分散関係は $\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2$ となり,式の形だけ見れば「質量 $\hbar\omega_p$ の光子」と同じである.銅の自由電子値で $\hbar\omega_p\approx10.8\ \mathrm{eV}$,$c/\omega_p\approx18\ \mathrm{nm}$ と,超伝導体の値(表13.5)とほぼ同じ桁になる.では Meissner 効果は,ただのプラズマ遮蔽なのか.

そうではない.決定的な違いは,振動数をゼロに近づけたときに現れる.

つまり,静的な極限まで生き残る質量であることが,Meissner 効果を Higgs 機構と呼べる理由である.通常金属のプラズモンは Goldstone モードとは無関係な集団励起であり,対称性の自発的破れを伴わない.超伝導体では,破れた $\mathrm{U}(1)$ の位相モードが電磁場に食われて(次項 13.9.3 の Anderson 機構),ゲージ場が静的な質量を得ている.両者は同じ $\omega_p$ という数を共有するが,物理はまったく別である.なお,ここで言う光子の質量は媒質中の有効質量であって,真空中の光子の質量は依然としてゼロ(実験上限 $m_\gamma<10^{-18}\ \mathrm{eV}$)である.

(a) 超伝導体の表面から深さ x での磁場 B(x)=B0 exp(−x/λL) の指数関数的な減衰を示す図.(b) London 方程式を Proca 方程式と見なして光子の質量 mγ=1/λL を導き,Pb で 5.06 eV,弱い力の到達距離 1/mW=2.5×10⁻³ fm と対応づける説明.
図13.6 Meissner 効果と光子の質量.(a) 超伝導体の表面から深さ $x$ での磁場は $B_0\ee^{-x/\lambda_L}$ と指数関数的に減衰する.(b) この減衰方程式は,質量 $m_\gamma$ の Proca 場の静的方程式と同一である.したがって侵入長は「超伝導体中で質量を得た光子の Compton 波長」と読める.Pb では $m_\gamma c^2 = 5.06\ \mathrm{eV}$ となる.これは局所(London)極限では超流体のプラズマエネルギー $\hbar\omega_{p,s}$ に等しい(Pb は非局所超伝導体なので実際には両者がずれる.演習13.7(3)).同じ論理が真空にも適用され,弱い相互作用の到達距離 $1/m_W$ を与える.

13.9.3 Anderson 機構 —— Goldstone モードはどこへ消えたか

材料科学との接点:南部–Goldstone モードがプラズモンになる

13.7節の Goldstone の定理は,$\mathrm{U}(1)$ が破れれば質量ゼロのモードが1本出ると言う.超伝導体でそれに当たるのは,秩序変数の位相のゆらぎである.実際,位相の空間変化がもたらす自由エネルギーの増加は,式 \eqref{eq:13-GL} の運動項から($\bm A=0$ として)

$$ \begin{equation} f_\vartheta = \frac{\hbar^2\abs{\Psi_\infty}^2}{2m^*}\left(\nabla\vartheta\right)^2 \equiv \frac{\rho_s}{2}\left(\nabla\vartheta\right)^2 \label{eq:13-phase-stiffness} \end{equation} $$

である.$\rho_s$ を位相剛性(superfluid stiffness)という.一様な位相のずらし($\nabla\vartheta=0$)にはコストがない —— まさに Goldstone モードの条件である.

電荷を持たない超流動 $^4$He やボース凝縮した冷却原子気体では,このモードが本当に質量ゼロで現れる.線形分散 $\omega = c_s q$ を持ち,Bogoliubov–Anderson モード(位相モード)と呼ばれる.$^4$He では,これは通常の音波=フォノン(第一音波)にあたる(二流体模型の第二音波はエントロピー(温度)波であって,$T\to0$ で消えるので Goldstone モードではない).BCS 理論では $c_s = v_F/\sqrt3$ である.

ところが超伝導体では,このモードが観測されない.なぜか.

導出:長距離 Coulomb 相互作用が Goldstone モードを持ち上げる(Anderson 1963)

ステップ1:位相の勾配は電流である.ゲージ場を戻すと,超伝導電流は

$$ \bm j_s = \frac{e^*\rho_s}{\hbar}\left(\nabla\vartheta - \frac{e^*}{\hbar}\bm A\right) $$

すなわち位相の空間変化は電流を伴う.

ステップ2:電流は電荷の偏りを生む.連続の式 $\partial_t\rho_e + \nabla\cdot\bm j_s=0$ より,位相が波打つと電荷密度が波打つ.

ステップ3:電荷の偏りは Coulomb エネルギーを払う.波数 $q$ の電荷ゆらぎ $\delta\rho_e(q)$ が持つ Coulomb エネルギーは,Fourier 空間で

$$ E_{\rm Coul}(q) = \frac{\abs{\delta\rho_e(q)}^2}{2\varepsilon_0 q^2} $$

$q\to0$ で発散する.これが決定的である.長波長の位相ゆらぎは,マクロな電荷分離を伴うので,法外なエネルギーを要する.

ステップ4:分散関係が変わる.この効果を取り込むと,位相モードの分散は

$$ \omega^2(q) = c_s^2 q^2 + \omega_{p,s}^2, \qquad \omega_{p,s} = \sqrt{\frac{n_se^2}{\varepsilon_0 m}} $$

となる(記号は 13.9.2 項の式 \eqref{eq:13-mgamma-plasma} と同じ超流体のプラズマ振動数である).$q\to0$ で $\omega\to\omega_{p,s}\neq0$.質量ゼロだったはずのモードが,プラズマ振動数というギャップを獲得した.

ステップ5:これは Higgs 機構そのものである.13.8節の言葉に翻訳すれば,位相モード(Goldstone ボソン $\xi$)が電磁場(ゲージ場 $A_\mu$)に食われて,ゲージ場の縦成分になった.そして式 \eqref{eq:13-mgamma-plasma} で見たとおり,得られたギャップ $\hbar\omega_{p,s}$ は(局所極限で)ゲージ場の質量 $m_\gamma c^2=\hbar c/\lambda_L$ に等しい.Meissner 効果(光子の質量)と Goldstone モードの消失(プラズモン化)は,同一の現象の2つの側面である.

数値例:Al のプラズモンとギャップ

アルミニウムの伝導電子密度は $n = 3\times6.03\times10^{28} = 1.81\times10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$(3価,原子密度 $6.03\times10^{28}\ \mathrm{m^{-3}}$).以下では $T\ll T_c$ で $n_s\approx n$ とみなし,常伝導電子密度から $\omega_p$ を評価する(したがって $\omega_p\approx\omega_{p,s}$ である).

$$ \omega_p = \sqrt{\frac{ne^2}{\varepsilon_0 m}} = \sqrt{\frac{1.81\times10^{29}\times(1.602\times10^{-19})^2}{8.854\times10^{-12}\times9.109\times10^{-31}}} = 2.40\times10^{16}\ \mathrm{s^{-1}} $$ $$ \hbar\omega_p = 1.055\times10^{-34}\times2.40\times10^{16} = 2.53\times10^{-18}\ \mathrm{J} = 15.8\ \mathrm{eV} $$

電子エネルギー損失分光(EELS)で測られる Al のバルクプラズモンは $15.0\ \mathrm{eV}$ で,よく合う.

一方,Al の超伝導ギャップは $2\Delta = 3.53k_BT_c = 3.53\times0.08617\ \mathrm{meV/K}\times1.18\ \mathrm{K} = 0.36\ \mathrm{meV}$ である.比をとると

$$ \frac{\hbar\omega_p}{2\Delta} = \frac{15.8\ \mathrm{eV}}{0.36\ \mathrm{meV}} = 4.4\times10^{4} $$

Goldstone モードは,本来ゼロであるべきところを,超伝導ギャップの4万倍ものエネルギーまで押し上げられている.だから超伝導ギャップの中には位相モードが見えないのである.

なぜ Anderson の 1963 年論文が重要なのか

Goldstone の定理が 1961 年に発表されたとき,素粒子理論家は困惑した.対称性を自発的に破ると必ず質量ゼロの粒子が出る,というのなら,そんな粒子は観測されていない以上,自発的破れは素粒子物理では使えないことになる.

Anderson は 1963 年の論文 "Plasmons, Gauge Invariance, and Mass"(Phys. Rev. 130, 439)で,超伝導体という実在の系では Goldstone の定理の結論が回避されていることを指摘した.ゲージ場が存在する場合,Goldstone ボソンは消え,代わりにゲージ場が質量を得る.Goldstone の定理の証明は,明白な Lorentz 共変性と正定値計量をもつ局所場(物理的 Hilbert 空間)の両方を暗黙に仮定している.ところがゲージ理論では,この2つを同時には満たせない.Coulomb ゲージを取れば瞬間的な Coulomb 相互作用という非局所性が現れて共変性が明白でなくなり,共変ゲージを取れば負ノルムの非物理的状態が混入して正定値性が失われる.どちらにしても定理の前提が破れるので,質量ゼロのモードが出るという結論は保証されないのである.超伝導体ではまさに,長距離 Coulomb 相互作用(非局所性)が Goldstone モードをプラズマ振動数まで持ち上げている.

Anderson の論文は非相対論的な文脈で書かれていたため,相対論的な場の理論での定式化は Englert–Brout(1964年8月掲載),Higgs(同年10月掲載),Guralnik–Hagen–Kibble(同年11月掲載)を待つことになる.しかし物理の中身は,1963 年の時点で超伝導の言葉ですでに完成していた.

13.9.4 Higgs(振幅)モード —— 超伝導体の中の Higgs 粒子

材料科学との接点:Higgs モードは $2\Delta$ に現れる

Goldstone モード(位相 $\vartheta$)がプラズモンに化けたなら,もう一方の自由度,すなわち振幅 $\abs\Psi$ のゆらぎはどうなったか.これが Higgs 粒子に対応する.超伝導の文脈では振幅モード(amplitude mode),あるいはそのままHiggs モードと呼ばれる.

その振動数は,13.8.1項の $m_\eta=\sqrt{2\lambda}v$ に対応する量として,BCS 理論から

$$ \begin{equation} \hbar\omega_H = 2\Delta \label{eq:13-higgs-mode} \end{equation} $$

と求まる($\Delta$ は超伝導ギャップ).「Higgs 粒子の質量」がちょうど準粒子連続体の下端に一致するのである.

対応関係を確認しておこう.表13.4 の辞書で $m_\eta \leftrightarrow \sqrt2/\xi_{\rm GL}$,そして BCS のコヒーレンス長 $\xi_0=\hbar v_F/\pi\Delta$ を使えば,$\hbar\omega_H\sim\hbar v_F/\xi_0\sim\pi\Delta$ とオーダーが合う.厳密には BCS 理論(Anderson 擬スピンの集団運動)の解析が式 \eqref{eq:13-higgs-mode} を与える.緩和型(時間について1階)の時間依存 GL 方程式からは,この振動数は出てこない.

数値例:Higgs モードの周波数

BCS の弱結合関係 $2\Delta = 3.53k_BT_c$,$k_B=0.08617\ \mathrm{meV/K}$,および $1\ \mathrm{THz}\leftrightarrow4.136\ \mathrm{meV}$ を使う.

表13.6 Higgs(振幅)モードの周波数
物質$T_c$$2\Delta$$\nu_H=2\Delta/h$観測
Al$1.18\ \mathrm{K}$$0.36\ \mathrm{meV}$$0.087\ \mathrm{THz}$マイクロ波領域
Pb$7.20\ \mathrm{K}$$2.7\ \mathrm{meV}$(強結合)$0.65\ \mathrm{THz}$トンネル分光で $\Delta$ 既知
2H-NbSe$_2$$7.2\ \mathrm{K}$$2.2$–$2.4\ \mathrm{meV}$(多重ギャップ)$0.53$–$0.58\ \mathrm{THz}$Raman $19\ \mathrm{cm^{-1}}$(1980)
NbN 薄膜$\approx15\ \mathrm{K}$$\approx5\ \mathrm{meV}$$\approx1.2\ \mathrm{THz}$THz ポンプ・プローブ(2013)
Nb$_3$Sn$18\ \mathrm{K}$$\approx6.6\ \mathrm{meV}$(強結合,$2\Delta/k_BT_c\approx4.3$)$\approx1.6\ \mathrm{THz}$($2\Delta$ からの推定.THz 第三高調波による Higgs モード観測の代表例は NbN・MgB$_2$・銅酸化物である)
参考:標準模型 $\;$ $m_H=125.25\ \mathrm{GeV}$,$\nu_H = m_Hc^2/h = 3.03\times10^{25}\ \mathrm{Hz}$

NbN 薄膜の $2\Delta\approx5\ \mathrm{meV}$ に対して $\nu_H = 5\ \mathrm{meV}/(4.136\ \mathrm{meV\,ps}) = 1.21\ \mathrm{THz}$.標準模型の Higgs 粒子との比は $3.03\times10^{25}/1.21\times10^{12}=2.5\times10^{13}$,13 桁の違いである.しかし方程式は同じである.

材料科学との接点:Higgs モードの実験的観測

Higgs モードの観測は容易ではない.理由は2つある.

それでも次の3つの方法で観測されている.

  1. 他の秩序と共存させる(NbSe$_2$,1980).Sooryakumar と Klein は,電荷密度波(CDW)と超伝導が共存する 2H-NbSe$_2$ の Raman 散乱で,$T_c$ 以下でのみ $19\ \mathrm{cm^{-1}}$($2.36\ \mathrm{meV}$.弱結合値 $2\Delta=2.2\ \mathrm{meV}$ とほぼ一致し,多重ギャップをもつこの物質の $2\Delta$ の下端付近にある)に現れるピークを見出した.CDW との結合が Higgs モードに Raman 活性を与え,同時に連続体から押し下げて長寿命化させている.当時は「振幅モード」と呼ばれたが,のちに Higgs モードと同定された.
  2. THz 非線形分光(NbN,2013–2014).松永・島野らは,NbN 薄膜に単サイクル THz パルスを当て,超伝導ギャップが $2\Delta$ の周波数で振動する($\Delta(t)$ の集団振動)ことを直接観測した.さらに,THz 電場の第三高調波発生が $2\omega=2\Delta$ で共鳴増強されることを示した.$\eta B^2$ 結合が2次であることを考えると,入射光2光子で Higgs モードを励起し,そこから発光する過程が $3\omega$ を作る.これは式 \eqref{eq:13-higgs-mode} を支持する結果である.ただし第三高調波への寄与としては Higgs モードのほかに準粒子(電荷密度ゆらぎ)の寄与もあり,清浄な BCS 超伝導体では後者が勝つという理論(Cea–Castellani–Benfatto 2016)と,NbN のように乱れた薄膜では Higgs 寄与が支配的になるという理論(Silaev 2019,Tsuji–Nomura 2020)があって,どちらがどの程度効いているかは現在も研究が続いている.
  3. 2次元・強乱れ系(InO,NbN,2015).超伝導–絶縁体転移の近傍では $2\Delta$ が準粒子連続体から分離し,Higgs モードが鋭いピークとして THz 伝導度に現れる.

材料科学の側から見れば,これは「秩序変数の振幅の集団励起」という,どんな二次相転移にもある一般的な現象である.素粒子物理の側から見れば,「真空の Higgs 場のゆらぎ」である.LHC で 125 GeV に見えたピークと,NbN 薄膜で 1.2 THz に見えるピークは,同じ対称性の破れの構造から出た振幅モード,すなわち互いの類似物である.ただし方程式まで同一というわけではない.前者は相対論的 Lagrangian の孤立した極($m_H=\sqrt{2\lambda}v$)であり,後者は準粒子連続体の下端に乗って強く減衰するモード($\hbar\omega_H=2\Delta$)である.同じなのは「秩序変数の振幅の集団励起」という構造のほうである.

(a) 中性超流動 (⁴He,冷却原子) q ω 位相モード ω = cs q 南部–Goldstone (質量ゼロ) 振幅(Higgs)モード ħω = 2Δ 準粒子連続体 (> 2Δ) 2Δ Goldstone の定理どおり,q → 0 で ω → 0. (b) 超伝導体 (荷電 = ゲージ場と結合) q ω (対数) Coulomb がなければ ω = cs q プラズモン ħωp ≈ 12–16 eV Anderson 機構 ゲージ場が Goldstone を食う ħωp = ħc/λL = mγc² Higgs モード 2Δ ≈ 1–5 meV 準粒子連続体 2Δ 位相モードは ħωp まで押し上げられ,ギャップ内に残るのは Higgs モードだけ.
図13.7 位相(Goldstone)モードと振幅(Higgs)モードの分散.(a) 電荷を持たない超流動では,位相モードは Goldstone の定理どおり $\omega=c_sq$ の質量ゼロモードとして現れ,振幅モードは $2\Delta$ にある.(b) 超伝導体では位相モードが長距離 Coulomb 相互作用(=電磁ゲージ場)と結合し,$q\to0$ でプラズマ振動数 $\omega_p$($10\ \mathrm{eV}$ 級)まで押し上げられる.これが Anderson 機構であり,Higgs 機構の非相対論版である.押し上げ幅 $\hbar\omega_p$ は光子が獲得した質量 $\hbar c/\lambda_L$ に等しい.超伝導ギャップの中に残るのは振幅(Higgs)モードだけであり,これが $2\Delta$ 近傍の THz 分光で観測される.(b) の縦軸は対数目盛($2\Delta\sim\mathrm{meV}$ と $\hbar\omega_p\sim10\ \mathrm{eV}$ は4桁違う).

13.9.5 歴史 —— 南部から Higgs へ

材料科学との接点:「Higgs 粒子は超伝導体の中にもいる」

時系列を追うと,素粒子物理学の最大の発見が凝縮系物理から来たことがよく分かる.

表13.7 自発的対称性の破れと Higgs 機構の年表
年人物できごと
1950Ginzburg, Landau複素秩序変数 $\Psi$ による超伝導の現象論.式 \eqref{eq:13-GL}.
1957Bardeen, Cooper, SchriefferBCS 理論.しかしゲージ不変性が明白でないという批判があった.
1958AndersonBCS のゲージ不変性を集団モードの言葉で解決.
1960南部陽一郎"Quasi-particles and Gauge Invariance in the Theory of Superconductivity".BCS のギャップ方程式が,質量ゼロのフェルミオンに質量を与える機構と同型であることを見抜く.
1961南部, Jona-Lasinio核子の質量を自発的カイラル対称性の破れで生成する模型.パイ中間子=南部–Goldstone ボソン.
1961Goldstone破れた連続対称性ごとに質量ゼロのボソンが出るという定理.素粒子への応用を阻む「困難」となる.
1963Anderson"Plasmons, Gauge Invariance, and Mass".超伝導体ではゲージ場のおかげで Goldstone ボソンが消え,代わりにプラズモンがギャップを持つことを指摘.非相対論版の Higgs 機構.
1964Englert, Brout相対論的場の理論での定式化(8月投稿).
1964Higgs同(10月).スカラー粒子(= Higgs 粒子)の存在を明示的に指摘したのが Higgs だけだったため,粒子に彼の名が付いた.
1964Guralnik, Hagen, Kibble同(11月).
1967–68Weinberg(1967),Salam(1968)Glashow(1961)の $\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y$ 模型に Higgs 機構を適用.電弱統一理論の完成.
1971't Hooft, Veltman自発的に破れたゲージ理論がくりこみ可能であることを証明.
1980Sooryakumar, Klein2H-NbSe$_2$ の Raman 散乱で振幅(Higgs)モードを観測.
1983Rubbia ら(CERN)$W$,$Z$ ボソンの直接発見.
2008—南部にノーベル物理学賞(自発的対称性の破れの発見に対して).
2012ATLAS, CMS$125\ \mathrm{GeV}$ に Higgs 粒子を発見.
2013—Englert と Higgs にノーベル物理学賞.
2013–14松永・島野らNbN 薄膜の THz 分光で Higgs モードの時間振動と第三高調波共鳴を観測.

南部は,BCS 理論のギャップ方程式

$$ \Delta = g\sum_{\bm k}\frac{\Delta}{2E_{\bm k}} $$

が,質量ゼロの状態から自己無撞着に $\Delta\neq0$ を生む構造をしていることに注目した.そしてこれを相対論的なフェルミオンに移植すれば,質量ゼロのフェルミオンが動的に質量を獲得する($m=g\int\cdots$ の自己無撞着方程式)ことを示した.すなわち超伝導ギャップ $\Delta$ が,素粒子の質量 $m$ に対応するのである.

この視点に立てば,物理量の対応は次のようになる.

表13.8 超伝導体と真空の対応
超伝導体宇宙の真空
Cooper 対の凝縮 $\braket\Psi\neq0$Higgs 場の真空期待値 $\braket\Phi=v/\sqrt2$
$\abs{\Psi_\infty}$ :Cooper 対密度の平方根$v=246\ \mathrm{GeV}$
光子が質量 $\hbar c/\lambda_L\sim5\ \mathrm{eV}$ を持つ$W,Z$ が $80$–$91\ \mathrm{GeV}$ の質量を持つ
Meissner 効果(磁場が入れない)弱い相互作用が短距離($G_F$ が小さい)
位相モード $\to$ プラズモンGoldstone ボソン $\to$ $W_L,Z_L$
振幅モード($2\Delta$,THz)Higgs 粒子($125\ \mathrm{GeV}$)
準粒子ギャップ $\Delta$フェルミオン質量 $m_f=y_fv/\sqrt2$
$T>T_c$ で対称相に戻る$T>T_{\rm ew}\approx160\ \mathrm{GeV}$(宇宙誕生 $10^{-11}$ 秒後)で対称相
Abrikosov 渦(トポロジカルに安定.$\pi_1(\mathrm{U}(1))=\mathbb{Z}$)電弱ストリング($\pi_1(S^3)=0$ なので非トポロジカル.実際のパラメータでは不安定)

ただし最後の行で対応は破れる.超伝導体では真空多様体が $\mathrm{U}(1)$ なので,$\pi_1(\mathrm{U}(1))=\mathbb{Z}$ が Abrikosov 渦をトポロジカルに守る.一方,電弱真空の多様体は $\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1)/\mathrm{U}(1)\simeq S^3$ で単連結($\pi_1(S^3)=0$)なので,トポロジカルに守られたひもは存在しない.$Z$ ストリングは埋め込み解としては書けるが,$\sin^2\theta_W\approx0.23$ かつ $m_H>m_Z$ という実際のパラメータでは不安定であり,宇宙に残っているとは考えられていない.本書が対応を式のレベルで追うのは,こうして対応が破れる場所まで見えるようにするためである.

それ以外の行については,宇宙は誕生 $10^{-11}$ 秒後に「超伝導転移」を起こして今の姿になった,と言ってよい(ただし $m_H=125\ \mathrm{GeV}$ の標準模型では,これは比熱の飛びを伴う真の相転移ではなく,滑らかなクロスオーバーであることが格子計算で分かっている.この点でも超伝導転移との対応は完全ではない).我々は電弱超伝導体の中に住んでいるのである.

そして逆向きの含意もある.建設に数千億円を要した LHC でしか調べられない Higgs 粒子の物理が,液体ヘリウムと THz レーザーがあれば,机の上の NbN 薄膜で調べられる.「Higgs 粒子は超伝導体の中にもいる」というのは比喩ではなく,同じ対称性の破れの振幅モードという意味で正しい.

13.9.6 秩序変数・剛性・Goldstone モードの一般論

材料科学との接点:物質の秩序はすべて対称性の破れである

ここまで超伝導だけを見てきたが,同じ枠組みが物質科学のあらゆる相転移に適用できる.手順は完全に定型的である.

  1. 対称性 $G$ を特定する.高温相(無秩序相)が持つ対称性の群.
  2. 秩序変数を選ぶ.$G$ の非自明な表現に属し,低温相で有限値をとる量.
  3. 残留対称性 $H$ を求める.秩序変数を不変に保つ部分群.
  4. Goldstone モードを数える.秩序変数の多様体 $G/H$ の次元(Lorentz 不変系では式 \eqref{eq:13-goldstone-count}).
  5. 剛性を同定する.秩序変数をゆっくりねじったときのエネルギーコスト $f=\tfrac12\rho(\nabla\vartheta)^2$ の係数 $\rho$.
  6. トポロジカル欠陥を数える.$G/H$ のホモトピー群.$\pi_0$ ならドメイン壁,$\pi_1$ なら渦・転位,$\pi_2$ ならスキルミオン・モノポール.

この手順を表にしたものが表13.9 である.Anderson はこれを一般化された剛性(generalized rigidity)と呼んだ.固体が形を保つのも,磁石が磁化を保つのも,超伝導体が抵抗ゼロで電流を流し続けるのも,すべて「破れた対称性の方向をそろえ続けようとする剛性」の現れである.

表13.9 破れた対称性と Goldstone モードのカタログ
系破れる対称性 $G\to H$秩序変数Goldstone モード分散剛性欠陥
結晶連続並進 $\to$ 離散並進密度波 $\rho_{\bm G}$音響フォノン(3本)$\omega=c_sq$弾性定数 $C_{ij}$転位
反強磁性体$\mathrm{SO}(3)\to\mathrm{SO}(2)$Néel ベクトル $\bm n$マグノン(2本,type-A)$\omega=cq$スピン剛性 $\rho_s$ドメイン壁・スキルミオン
強磁性体$\mathrm{SO}(3)\to\mathrm{SO}(2)$磁化 $\bm M$マグノン(1本,type-B)$\omega=Dq^2$交換剛性 $A$ドメイン壁・スキルミオン
ネマチック液晶$\mathrm{SO}(3)\to D_{\infty h}$ダイレクタ $\bm n$($\bm n\equiv-\bm n$)配向ゆらぎ(2本,過減衰)$\omega\sim-\ii Kq^2/\gamma$Frank 定数 $K_1,K_2,K_3$ディスクリネーション
電荷密度波連続並進 $\to$ 離散$\rho=\rho_0+\rho_1\cos(Qx+\varphi)$フェイゾン $\varphi$$\omega=cq$(ピン止めで有限)位相剛性位相スリップ
超流動 $^4$He$\mathrm{U}(1)\to\{1\}$$\Psi=\abs\Psi\ee^{\ii\vartheta}$フォノン(第一音波)・位相モード$\omega=c_sq$超流動密度 $\rho_s$量子渦(循環量子 $h/m$)
超伝導体大域 $\mathrm{U}(1)\to\mathbb{Z}_2$ ※$\Psi=\abs\Psi\ee^{\ii\vartheta}$食われてプラズモンへ$\omega\to\omega_p$(ギャップ)$\rho_s\propto1/\lambda_L^2$Abrikosov 渦($\Phi_0=h/2e$)
電弱真空$\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y\to\mathrm{U}(1)_{\rm em}$Higgs 二重項 $\Phi$食われて $W_L,Z_L$ へ$\omega\to m_{W,Z}$$v=246\ \mathrm{GeV}$(不安定な)電弱ストリング
QCD 真空$\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{SU}(2)_R\to\mathrm{SU}(2)_V$クォーク凝縮 $\braket{\bar qq}$パイ中間子(3本)$\omega=\sqrt{q^2+m_\pi^2}$$f_\pi\simeq92\ \mathrm{MeV}$—

※ 超伝導体では慣用的に「$\mathrm{U}(1)$ ゲージ対称性の破れ」と書かれるが,局所ゲージ対称性そのものは破れ得ない(13.9.1項).破れるのは大域 $\mathrm{U}(1)$(Cooper 対の粒子数)であり,$\Psi$ の電荷が $2e$ なので位相 $\alpha=\pi$ に対応するフェルミオンパリティ $\mathbb{Z}_2$ は残る.

材料科学との接点:フォノンとマグノンは Goldstone ボソンである

表13.9 の第1行は,材料科学者にとって最も身近な例である.

液体は連続的な並進対称性を持つ.結晶化するとその対称性が離散並進に落ちる.すると Goldstone の定理により,破れた並進の生成子(3方向)ごとに質量ゼロのモードが1本ずつ出る.それが3本の音響フォノン(縦波1本・横波2本)である.音響フォノンが $\bm q\to0$ で $\omega\to0$ になること,すなわち「音波は無限に小さいエネルギーで励起できる」ことは,並進対称性の自発的破れの直接的な帰結である.

これは第一原理フォノン計算をする者には実務的な意味を持つ.力の定数行列に課される音響総和則

$$ \sum_{l'\kappa'}\Phi_{\alpha\beta}(l\kappa;l'\kappa') = 0 $$

(結晶全体を平行移動しても力が生じない条件.和はすべての単位胞 $l'$ とその中の原子 $\kappa'$ にわたる.$l'$ について先に和をとれば,$\bm q=0$ の動力学行列に対する条件 $\sum_{\kappa'}\Phi_{\alpha\beta}(\kappa\kappa';\bm q=0)=0$ の形になる)は,まさに Goldstone の定理の格子版である.計算で $\Gamma$ 点の音響モードが $\omega\neq0$ になったら,それは並進対称性が数値的に破れているサインであり,補正しなければならない.「ゼロでなければならない振動数」の物理的な理由は,素粒子物理と同じところにある.

同様に,強磁性体・反強磁性体のマグノンは回転対称性の破れの Goldstone ボソンであり,$\bm q\to0$ で $\omega\to0$ になる(磁気異方性があるとギャップが開くが,それは対称性の明示的破れによる「質量」の獲得であり,素粒子でいえばクォーク質量がパイ中間子に質量を与えるのと同じ構造である).

そして電荷密度波系におけるフェイゾン(位相モード=Goldstone)とアンプリチュードン(振幅モード=Higgs)の対は,超伝導の位相モード・振幅モードと完全に同じ役割を果たす.非弾性中性子散乱でこの2本を分離して観測することは,材料科学における「Goldstone と Higgs の同時観測」にほかならない.

13.10 まとめと演習

13.10.1 まとめ

13.10.2 演習問題

演習13.1 Euler–Lagrange 方程式を使う

(1) 1次元調和振動子 $L=\tfrac12m\dot q^2-\tfrac12kq^2$ に式 \eqref{eq:13-EL-classical} を適用し,$\ddot q=-(k/m)q$ を導け.

(2) 複素スカラー場の Lagrangian \eqref{eq:13-L-complex} に対し,$\phi^*$ を独立変数として変分し,$(\Box+m^2)\phi=0$ を示せ.同様に $\phi$ で変分すると $\phi^*$ の方程式が出ることを確かめよ.

(3) Proca Lagrangian \eqref{eq:13-L-Proca} で $m=0$ とすると,$\partial_\nu A^\nu$ が方程式から決まらなくなる(ゲージ自由度が残る)ことを説明せよ.

ヒント:(2) $\partial\Lag/\partial(\partial_\mu\phi^*)=\partial^\mu\phi$,$\partial\Lag/\partial\phi^*=-m^2\phi$.(3) $m=0$ では 13.2.4項ステップ4の議論が $0=0$ になり,$\partial\!\cdot\!A$ に関する情報が得られない.したがって手でゲージを固定する必要がある.

演習13.2 複素スカラー場と Noether カレント

(1) $\phi=(\phi_1+\ii\phi_2)/\sqrt2$($\phi_1,\phi_2$ は実場)を式 \eqref{eq:13-L-complex} に代入し,$\Lag=\sum_{i=1,2}\left[\tfrac12(\partial\phi_i)^2-\tfrac12m^2\phi_i^2\right]$ となることを示せ.これで式 \eqref{eq:13-L-complex} に $\tfrac12$ がない理由が分かる.

(2) 式 \eqref{eq:13-L-complex} が大域変換 $\phi\to\ee^{-\ii q\theta}\phi$ の下で不変であることを示し,Noether カレントが

$$ j^\mu = \ii q\left(\phi^*\partial^\mu\phi - (\partial^\mu\phi^*)\phi\right) $$

となることを導け.

(3) $\phi=N\ee^{-\ii p\cdot x}$(平面波)を代入し,$j^\mu = 2q\abs N^2 p^\mu$ となることを示せ.$j^0$ が確率密度ではなく電荷密度であること,したがって負にもなりうることを確認せよ.

ヒント:(1) $\abs\phi^2=(\phi_1^2+\phi_2^2)/2$.(3) $\partial^\mu\ee^{-\ii p\cdot x}=-\ii p^\mu\ee^{-\ii p\cdot x}$.反粒子($p^0<0$ の解)では $j^0$ の符号が逆になる.第9章 9.1 節の議論と合わせて読むこと.

演習13.3 共変微分と局所ゲージ不変性

(1) $D_\mu=\partial_\mu+\ii qA_\mu$,$\psi\to\ee^{\ii\theta(x)}\psi$,$A_\mu\to A_\mu-\tfrac1q\partial_\mu\theta$ のとき,$D_\mu\psi\to\ee^{\ii\theta(x)}D_\mu\psi$ を確かめよ(13.3.2項ステップ4の再現).

(2) 質量項 $\tfrac12m^2A_\mu A^\mu$ をゲージ変換したときに残る項を書き下し,これが恒等的にゼロにならないことを示せ.

(3) 逆に $F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$ はゲージ不変であることを示せ.さらに,なぜ $A_\mu A^\mu$ を含む「もっと巧妙な」ゲージ不変な質量項が作れないのかを,$A_\mu$ の変換則の非斉次性から論ぜよ.

ヒント:(2) 残る項は $-\tfrac{m^2}{q}A^\mu\partial_\mu\theta+\tfrac{m^2}{2q^2}(\partial\theta)^2$.(3) $F_{\mu\nu}$ が不変なのは $\partial_\mu\partial_\nu\theta=\partial_\nu\partial_\mu\theta$ による.$A_\mu$ に $\partial_\mu\theta$ が付加されるという事実そのものが,$A$ を2つ含む不変量の存在を阻む.ただし$\phi$ が真空期待値を持つ場合は $\abs{D_\mu\phi}^2$ が実質的な質量項になる.これが Higgs 機構の抜け道である.

演習13.4 Yang–Mills の場の強さ

(1) $\mathrm{SU}(2)$($f^{abc}=\varepsilon^{abc}$)の場合に式 \eqref{eq:13-F-YM} を成分で書き下し,$F^1_{\mu\nu}=\partial_\mu A^1_\nu-\partial_\nu A^1_\mu-g(A^2_\mu A^3_\nu-A^3_\mu A^2_\nu)$ となることを確かめよ.

(2) 可換極限($f^{abc}\to0$)で式 \eqref{eq:13-F-YM} が Maxwell の $F_{\mu\nu}$ に帰着することを確かめ,なぜ光子には自己結合がないのかを述べよ.

(3) $-\tfrac14F^a_{\mu\nu}F^{a\mu\nu}$ を展開したときの3次の項と4次の項の結合定数の $g$ 依存性を求め,$\alpha_s=g_s^2/4\pi$ の何次の寄与かを言え.

ヒント:(2) $\mathrm{U}(1)$ は生成子が1個なので $[T,T]=0$,したがって構造定数がゼロ.「光子は電荷を持たない」ことと「光子は自分と結合しない」ことは同一の事実である.(3) 3次の項は $g$,4次の項は $g^2$.ともに振幅では $\alpha_s$ の1次(グルーオン2本外線の過程では $g^2\propto\alpha_s$)に寄与する.

演習13.5 Goldstone モードを数える

(1) 実スカラー場 $N$ 個からなる $\mathrm{O}(N)$ 対称模型 $V=-\tfrac12\mu^2\bm\phi^2+\tfrac\lambda4(\bm\phi^2)^2$ で,$\braket{\bm\phi}=(0,\dots,0,v)$ と選ぶ.残留対称性 $H$ を求め,Goldstone ボソンの数が $N-1$ であることを示せ.

(2) $N=2$ が 13.7.2項の複素スカラー模型に一致することを確かめよ.

(3) 標準模型の $\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y\to\mathrm{U}(1)_{\rm em}$ で Goldstone ボソンが3個出ること,そしてそれが $W^+,W^-,Z^0$ の縦偏極になることを,自由度の数え上げ(Higgs 二重項の4自由度と,4本のゲージ場の $4\times2=8$ 自由度から出発して)で確かめよ.

ヒント:(1) $H=\mathrm{O}(N-1)$.$\dim\mathrm{O}(N)=N(N-1)/2$ なので $N(N-1)/2-(N-1)(N-2)/2=N-1$.(3) 破れる前:$4+8=12$.破れた後:Higgs 粒子 1 $+$ 質量ありベクトル3本 $\times3$ $+$ 光子 $\times2$ $=1+9+2=12$.

演習13.6 Abelian Higgs 模型と標準模型の数値

(1) 13.8.1項の計算を追い,$\Lag$ の3次の項 $q^2v\,\eta B_\mu B^\mu$ から,Higgs 粒子とゲージ場の結合が $g_{\eta BB}=2m_B^2/v$ と書けることを示せ.

(2) $m_H=125.25\ \mathrm{GeV}$,$v=246.2\ \mathrm{GeV}$ から,Higgs 自己結合 $\lambda$ とポテンシャルのパラメータ $\mu$ を求めよ.

(3) 表13.3 の湯川結合 $y_t$ を $m_t=172.7\ \mathrm{GeV}$ から計算し,$1$ に近いことを確かめよ.また電子の $y_e$ との比を求めよ.

ヒント:(2) $\lambda=m_H^2/2v^2 = 125.25^2/(2\times246.2^2)=0.129$,$\mu=m_H/\sqrt2=88.6\ \mathrm{GeV}$.(3) $y_t=\sqrt2\times172.7/246.2=0.992$,$y_e=2.94\times10^{-6}$.比は $3.4\times10^5$.この6桁の階層が「フレーバーの謎」である.

演習13.7 London 侵入長から光子の質量を出す

$\hbar c = 197.327\ \mathrm{eV\,nm}$ を使う.

(1) Nb の $\lambda_L=39\ \mathrm{nm}$,YBa$_2$Cu$_3$O$_7$ の $ab$ 面内 $\lambda_L\approx150\ \mathrm{nm}$ について $m_\gamma c^2=\hbar c/\lambda_L$ を求めよ.

(2) 仮に $m_\gamma c^2 = 1\ \mathrm{meV}$ だとしたら $\lambda_L$ はいくらか.その値を実際の超伝導体の侵入長と比べ,「光子の質量は meV スケールではない」ことを確認せよ.

(3) Pb の伝導電子密度を $n=1.32\times10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$(4価,原子密度 $3.30\times10^{28}\ \mathrm{m^{-3}}$)として $\omega_p$ と $\lambda_L=c/\omega_p$ を計算し,実測の $\lambda_L=39\ \mathrm{nm}$ と比べよ.差が生じる理由を考察せよ.

ヒント:(1) Nb: $5.06\ \mathrm{eV}$,YBCO: $1.32\ \mathrm{eV}$.(2) $\lambda_L=197.327\ \mathrm{eV\,nm}/10^{-3}\ \mathrm{eV}=1.97\times10^5\ \mathrm{nm}=0.2\ \mathrm{mm}$.実際の侵入長($16$–$150\ \mathrm{nm}$)より 3–4 桁大きく,非現実的である.(3) $\omega_p=2.05\times10^{16}\ \mathrm{s^{-1}}$,$\hbar\omega_p=13.5\ \mathrm{eV}$,$\lambda_L=14.6\ \mathrm{nm}$.実測より 2.7 倍小さい.ただし $\hbar\omega_p=13.5\ \mathrm{eV}$ は Pb の実測プラズモン(約 $13\ \mathrm{eV}$)とよく合っており,Drude 重み $n/m^*$ 自体は自由電子値からほとんどずれていない.したがって有効質量の効果は主因ではない.差の主因は,Pb が $\xi_0\approx83\ \mathrm{nm}\gg\lambda_L$ の Pippard(非局所)超伝導体であり,実測の $39\ \mathrm{nm}$ が London 値ではなく実効侵入長 $\lambda_{\rm eff}$ であることにある(Pippard 公式の数係数や不純物散乱による補正の範囲に収まる).

演習13.8 Ginzburg–Landau と Higgs 機構の辞書

(1) GL 方程式 $a\Psi+b\abs\Psi^2\Psi-\frac{\hbar^2}{2m^*}\nabla^2\Psi=0$ に $\Psi=\Psi_\infty(1+f)$ を代入し,$f$ について線形化して,$f$ の減衰長が $\xi_{\rm GL}/\sqrt2$($\xi_{\rm GL}\equiv\hbar/\sqrt{2m^*\abs a}$)であることを示せ.

(2) この減衰長が Abelian Higgs 模型の $1/m_\eta$ に対応することを使い,$\kappa=\lambda_L/\xi_{\rm GL}=m_\eta/(\sqrt2\,m_B)$ を導け.type-I / type-II の境界 $\kappa=1/\sqrt2$ が $m_\eta=m_B$ に対応することを確かめよ.

(3) 標準模型を「超伝導体」とみなし,$m_\eta\to m_H=125.25\ \mathrm{GeV}$,$m_B\to m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$ として $\kappa$ を求め,type-I か type-II かを判定せよ($Z$ ストリングでは中性ゲージ場 $Z_\mu$ が Abelian Higgs 模型のゲージ場に対応するので $m_Z$ を使う.$m_W$ を使ってもよく,その場合の $\kappa$ も求めて,判定が変わらないことを確かめよ).

(4) メキシカンハットの底でのポテンシャルの深さ $V_{\min}=-\lambda v^4/4$ を数値で求め,観測される宇宙の暗黒エネルギー密度 $\rho_\Lambda\approx(2.3\times10^{-12}\ \mathrm{GeV})^4=2.8\times10^{-47}\ \mathrm{GeV^4}$ と比較せよ.

ヒント:(1) $a=-b\abs{\Psi_\infty}^2$ を使うと $\nabla^2f=(4m^*\abs a/\hbar^2)f$.(3) $\kappa=125.25/(\sqrt2\times91.188)=0.971>1/\sqrt2=0.707$ なので type-II.$m_W$ を使えば $125.25/(\sqrt2\times80.377)=1.10$ で,やはり type-II である.ただし電弱真空の多様体 $S^3$ は単連結($\pi_1(S^3)=0$)なので,この「渦」に相当する $Z$ ストリングはトポロジカルには守られておらず,実際のパラメータでは不安定である(13.9.5項).(4) $\abs{V_{\min}}=0.129\times246.2^4/4=1.2\times10^{8}\ \mathrm{GeV^4}$.$\rho_\Lambda$ との比は $4\times10^{54}$,すなわち55桁のずれ.これが宇宙定数問題である.電弱真空のエネルギーが(何らかの理由で)ほぼ完全に相殺されていることを意味する.

参考文献

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  11. P. W. Anderson, Basic Notions of Condensed Matter Physics, Benjamin/Cummings (1984).「一般化された剛性」の概念.表13.9 の思想的出典.M. Tinkham, Introduction to Superconductivity, 2nd ed. (1996), Chapter 4 も併読するとよい.