素粒子物理学入門 — 目次 第I部 なぜ素粒子物理か / 第3章

第3章素粒子の動力学 — 四つの力と保存則

第2章では,素粒子物理学が19世紀末から現在に至るまでにどのような実験と概念を積み上げてきたかを追った.登場人物の名前は出そろった.クォークが6種類,レプトンが6種類,そしてそれらの間に働く力を運ぶ粒子が数種類.ここから先は,これらがどう相互作用するかという話になる.

ところが,相互作用を正面から扱おうとすると,場の量子論という重装備が必要になる.行列要素を書き,スピノルを掛け,運動量積分を実行し,発散を処理する.それは第8章以降の仕事である.本章はその前に,絵で考える訓練をする.Feynman ダイアグラムという絵である.

Feynman ダイアグラムのすごいところは,それが単なる説明図ではなく,計算の指示書だという点にある.線と頂点を規則どおりに読み替えれば,散乱断面積や崩壊率を与える数式が機械的に書き下せる.その読み替え規則(Feynman 則)を学ぶのは第8章だが,「どんな絵が描けるか」「どんな絵は描けないか」だけなら,いま学べる.そして実は,素粒子物理の定性的な結論の大半——どの反応が起きてどの反応が起きないか,どの崩壊が速くてどの崩壊が遅いか——は,絵のレベルですでに決まっている.

絵が描けるかどうかを決めるのが保存則である.エネルギー・運動量・角運動量は当然として,電荷・バリオン数・レプトン数・ストレンジネスといった「数」が保存する.しかもやっかいなことに,どの数が保存するかは相互作用の種類によって違う.強い相互作用と電磁相互作用はクォークのフレーバーを保存するが,弱い相互作用は保存しない.パリティは強い力と電磁力では保存するが,弱い力では露骨に破れる.この「誰が何を破るか」の地図を頭に入れることが,本章のもう一つの目標である.

そして最後に,四つの力の「強さ」が実はエネルギーに依存すること——走る結合定数(running coupling constant)——を見る.これは材料科学者にとって最も馴染み深い話題かもしれない.なぜなら,走る結合定数を支配する方程式は,Kondo 効果や臨界現象で使うくりこみ群方程式そのものだからである.素粒子と物性は,ここで(最低次の範囲で)文字どおり同じ形の数式を共有する.

この章で学ぶこと
  • 四つの力(強い力・電磁気力・弱い力・重力)の強さ・到達距離・媒介粒子と,結合定数を無次元化する方法
  • 媒介粒子の質量 $m$ と力の到達距離 $R\sim\hbar/mc$ の関係,湯川ポテンシャルの導出
  • QED の基本頂点がただ1つであること,そしてすべての QED 過程がその組合せで書けること
  • 仮想粒子とは何か($p^2\neq m^2$),不確定性関係との関係
  • Møller 散乱・Bhabha 散乱・Compton 散乱・対消滅の $s$/$t$/$u$ チャンネル図
  • QCD の色荷が3種類でグルーオンが8個である理由,グルーオンの自己結合,閉じ込めと漸近的自由
  • ハドロンの色一重項条件(中間子 $q\bar q$ とバリオン $qqq$),OZI 則
  • 弱い相互作用の荷電カレント($W^\pm$)と中性カレント($Z$),Cabibbo 角による世代混合,GIM 機構
  • 保存則の一覧表と,どの相互作用が何を破るか.禁止反応の判定手順
  • 走る結合定数とくりこみ群,電弱統一と大統一の見取り図
前提:第1章 1.7 節の自然単位系($\hbar=c=1$,$\hbar c=197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$)と,第2章で導入した粒子の名前・量子数を使う.相対論的な運動学(4元運動量,Mandelstam 変数 $s,t,u$)は第4章で正式に扱うので,本章では言葉として先取りするだけでよい.Feynman ダイアグラムを「数式に翻訳する」規則は第8章,スピノルの扱いは第9章,実際の断面積計算は第10〜12章である.群論($SU(3)$ の8個の生成子など)は第5章で整備する.

3.1 四つの力

3.1.1 力を四つに数える

自然界に働く力は,現在のところ四つに分類される.強い力,電磁気力,弱い力,重力である.「四つ」という数え方は歴史の産物であって,第一原理から導かれたものではない.実際,本章の最後(3.6節)で見るように,電磁気力と弱い力はすでに1つの電弱相互作用(electroweak interaction)に統合されており,その意味では力は三つである.さらに強い力も含めて統一しようというのが大統一理論(第15章)の目標であり,重力まで含めようとするのが超弦理論である.

それでも「四つの力」という分け方は実用上きわめて有効である.というのも,日常のエネルギースケール(数 GeV 以下)では,四つは強さも到達距離も桁で違うからである.違いすぎるので,どの現象がどの力で支配されているかがひと目で分かる.

表3.1 四つの力の比較(現象論的なパラメータは 1 GeV 程度のエネルギースケールでの値)
力媒介粒子スピン質量無次元結合定数到達距離典型的な崩壊時間
強い力グルーオン $g$(8種)10$\alpha_s \sim 1$$\sim 1\ \mathrm{fm}$(閉じ込め)$10^{-24}\text{–}10^{-22}\ \mathrm{s}$
電磁気力光子 $\gamma$10$\alpha = 1/137.036$$\infty$$10^{-20}\text{–}10^{-16}\ \mathrm{s}$
弱い力$W^\pm,\ Z^0$1$80.377,\ 91.188\ \mathrm{GeV}$$\alpha_W \approx 1/30$
(低エネルギー有効: $G_F m_p^2\approx 10^{-5}$)
$\sim 2\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$$10^{-13}\ \mathrm{s}\text{–}10^{3}\ \mathrm{s}$
重力重力子(graviton,未発見)20$\alpha_G = 5.9\times10^{-39}$$\infty$—

注意:「強さ」の比較は文脈に依存する

表3.1 の「無次元結合定数」の列を見て,弱い力($1/30$)が電磁気力($1/137$)より強いことに驚くかもしれない.事実そうである.弱い相互作用が「弱い」のは,結合定数が小さいからではなく,媒介粒子 $W,Z$ が重いからである.重い粒子を仮想的に交換するには大きなエネルギーを借りねばならず,その分だけ振幅が抑えられる(3.1.3項).

したがって「力の強さ」を語るときは,必ずどのエネルギースケールで比べているかを言わねばならない.$q^2 \ll m_W^2$ では弱い力は電磁力より $(q^2/m_W^2)$ 倍ほど弱いが,$q^2 \sim m_W^2$ では両者は同程度になる.これが電弱統一(3.6節)の物理的な内容である.

3.1.2 結合定数を無次元化する

四つの力を比較するには,まず共通の物差しが要る.それが無次元の結合定数である.

電磁気力の場合,Coulomb 力の強さを決めるのは電荷 $e$ である.SI 単位では $e = 1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C}$ という次元をもった量なので,そのままでは「大きい」も「小さい」も言えない.そこで自然界にある他の定数 $\hbar$ と $c$ で割って無次元にする.こうしてできるのが微細構造定数(fine structure constant)である.

$$ \begin{equation} \alpha \equiv \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0\,\hbar c} = \frac{1}{137.035999} \label{eq:3-alpha} \end{equation} $$

導出:$\alpha$ が本当に $1/137$ になることを確かめる

ステップ1:分子を計算する.Coulomb 定数 $1/(4\pi\varepsilon_0)=8.988\times10^{9}\ \mathrm{N\,m^2/C^2}$ と $e=1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C}$ から

$$ \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0} = 8.988\times10^{9}\times(1.602\times10^{-19})^2 = 2.307\times10^{-28}\ \mathrm{J\,m} $$

ステップ2:分母を計算する.$\hbar c = 197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$ を SI に戻す.$1\ \mathrm{MeV}=1.602\times10^{-13}\ \mathrm{J}$,$1\ \mathrm{fm}=10^{-15}\ \mathrm{m}$ だから

$$ \hbar c = 197.327\times1.602\times10^{-13}\times10^{-15} = 3.161\times10^{-26}\ \mathrm{J\,m} $$

ステップ3:割る.両者は同じ次元 $\mathrm{J\,m}$ をもつので,比は無次元である:

$$ \alpha = \frac{2.307\times10^{-28}}{3.161\times10^{-26}} = 7.298\times10^{-3} = \frac{1}{137.0} $$

ステップ4:自然単位系での書き方.$\hbar=c=1$ とし,さらに Heaviside–Lorentz 単位($\varepsilon_0=1$)を採ると \eqref{eq:3-alpha} は単に

$$ \alpha = \frac{e^2}{4\pi}, \qquad\text{すなわち}\qquad e = \sqrt{4\pi\alpha} = 0.3028 $$

となる.本書では以後この規約を使う.Feynman ダイアグラムの各頂点には $e=\sqrt{4\pi\alpha}$ が1つ付き,振幅を2乗して確率にすると $\alpha$ の羃になる(第8章).

同じ流儀で他の力も無次元化できる.重力の場合,「電荷」に対応するのは質量である.陽子2個の間に働く重力を Coulomb 力と同じ形に書けば

$$ \begin{equation} \alpha_G \equiv \frac{G m_p^2}{\hbar c} = \frac{6.674\times10^{-11}\times(1.673\times10^{-27})^2}{3.161\times10^{-26}} = 5.9\times10^{-39} \label{eq:3-alphaG} \end{equation} $$

となる.電磁気力との比は $\alpha/\alpha_G = 1.2\times10^{36}$.陽子2個の間では,重力は電気力より36桁も弱い.素粒子物理で重力を無視してよい理由がこれである.

物理的意味:なぜ日常生活では重力が支配的なのか

重力が36桁も弱いのに,我々が重力を実感し電磁気力を実感しない(磁石を除けば)のはなぜか.答えは電荷には符号があるが質量にはないからである.

物質は正電荷と負電荷をほぼ同数含むので,遠くから見ると電気的には中性で,Coulomb 力は正負がほぼ完全に相殺される.一方,質量は常に正なので,相殺が起こらず足し合わさるだけである.地球は $M_E/m_p = 3.6\times10^{51}$ 個の核子を含むから,一つ一つの結合が $\alpha_G = 5.9\times10^{-39}$ でも,総和 $N\alpha_G \approx 2\times10^{13}$ は $\alpha = 1/137$ を10桁以上も上回る.言い換えれば,地球が陽子1個に及ぼす重力は,同じ距離に置いた電荷

$$ \frac{Q}{e} = \frac{N\alpha_G}{\alpha} = \frac{3.6\times10^{51}\times5.9\times10^{-39}}{7.30\times10^{-3}} \approx 3\times10^{15} $$

による Coulomb 力に等しい.中性な物体どうしでも重力が効くのはこのためである.

この「中性化による遮蔽」は,材料科学でおなじみの遮蔽(screening)と同じ論理である.金属中の Coulomb 相互作用が Thomas–Fermi 長で切られるのも,正負の電荷が動いて相殺するからであった.次の 3.1.3 項で見るように,この対応は比喩ではなく,(静的な縦応答の範囲で)同じ形の式で書ける.

3.1.3 到達距離と媒介粒子の質量

力の到達距離は,媒介粒子の質量で決まる.この関係は不確定性関係から半定量的に導ける.

導出:$R \sim \hbar/(mc)$(力の到達距離)

ステップ1:エネルギーを借りる.質量 $m$ の粒子を「無」から作り出すには,最低でも静止エネルギー $\Delta E = mc^2$ が要る.エネルギー保存則からすればこれは許されない.しかし,時間 $\Delta t$ のあいだだけなら,不確定性関係

$$ \Delta E\,\Delta t \gtrsim \hbar $$

の範囲で「借金」が許される.

ステップ2:借りられる時間を求める.$\Delta E = mc^2$ を代入して

$$ \Delta t \lesssim \frac{\hbar}{mc^2} $$

ステップ3:その間に進める距離を求める.粒子は最速でも光速 $c$ でしか進めないから,到達距離は

$$ R \lesssim c\,\Delta t = \frac{\hbar}{mc} $$

これは質量 $m$ の粒子の 換算 Compton 波長 $\hbar/(mc)$ にほかならない($2\pi$ を含む Compton 波長 $h/(mc)$ とは $2\pi$ だけ違う).

ステップ4:数値を入れる.$\hbar c = 197.327\ \mathrm{MeV\,fm}$ を使うと,$R = \hbar c/(mc^2)$ である.

もう少しきちんとやると,質量 $m$ の粒子を交換したときのポテンシャルの形まで出る.これが湯川(1935年)の議論である.

導出:湯川ポテンシャル

ステップ1:静的な場の方程式を書く.質量 $m$ のスカラー場 $\phi$ が満たす方程式(Klein–Gordon 方程式,第9章)は,自然単位系で

$$ \left(\partial_t^2 - \nabla^2 + m^2\right)\phi = \rho $$

である.$\rho$ は源(ソース).時間に依存しない静的な解を探すので $\partial_t^2\to0$ とし,点源 $\rho = g\,\delta^3(\bm{r})$ を置く:

$$ \left(-\nabla^2 + m^2\right)\phi(\bm{r}) = g\,\delta^3(\bm{r}) $$

ステップ2:Fourier 変換する.$\phi(\bm{r}) = \int \frac{\dd^3q}{(2\pi)^3}\,\tilde\phi(\qq)\,\ee^{\ii\qq\cdot\bm{r}}$ と展開すると,$-\nabla^2 \to \abs{\qq}^2$ であるから

$$ \left(\abs{\qq}^2 + m^2\right)\tilde\phi(\qq) = g \quad\Longrightarrow\quad \tilde\phi(\qq) = \frac{g}{\abs{\qq}^2 + m^2} $$

この $1/(\abs{\qq}^2+m^2)$ が,第8章で学ぶ伝播関数(propagator)の静的極限である.「媒介粒子の質量が分母に効く」という構造がここに現れている.

ステップ3:実空間に戻す.角度積分を先に実行する.$\qq\cdot\bm{r} = qr\cos\theta$ とおくと

$$ \phi(r) = \frac{g}{(2\pi)^3}\int_0^\infty \dd q\, q^2 \frac{1}{q^2+m^2} \int_0^{2\pi}\!\dd\varphi\int_{-1}^{1}\!\dd(\cos\theta)\,\ee^{\ii q r\cos\theta} $$

内側の積分は $2\pi \cdot \dfrac{2\sin qr}{qr}$ である.よって

$$ \phi(r) = \frac{g}{(2\pi)^2}\cdot\frac{2}{r}\int_0^\infty \dd q\,\frac{q\sin qr}{q^2+m^2} $$

ステップ4:残った積分を実行する.$\displaystyle\int_0^\infty \frac{q\sin qr}{q^2+m^2}\dd q = \frac{\pi}{2}\ee^{-mr}$(複素積分で $q=\ii m$ の極を拾えばよい.付録A A.6 節).したがって

$$ \begin{equation} \phi(r) = \frac{g}{4\pi}\,\frac{\ee^{-mr}}{r} \label{eq:3-yukawa} \end{equation} $$

ステップ5:読む.$m\to0$ とすると $\phi\to g/(4\pi r)$,すなわち Coulomb ポテンシャルである.$m\neq0$ では指数因子 $\ee^{-mr}$ が付き,距離 $1/m = \hbar/(mc)$ を超えると急速に消える.ステップ3までで見積もった到達距離が,きちんと指数減衰の形で出てきた.

材料科学との接点:湯川ポテンシャルと Thomas–Fermi 遮蔽は同じ式である

式 \eqref{eq:3-yukawa} を見て,既視感を覚えた読者は正しい.金属中の遮蔽 Coulomb ポテンシャルが,まったく同じ形をしているからである.

金属中で点電荷 $Q$ を置いたとき,伝導電子が集まって遮蔽する.Thomas–Fermi 近似(『密度汎関数理論入門』第8章,『線形応答理論入門』第10章「遮蔽 — Thomas–Fermi と Lindhard 関数」)では,誘電関数が

$$ \varepsilon(\qq) = 1 + \frac{k_{\mathrm{TF}}^2}{\abs{\qq}^2}, \qquad k_{\mathrm{TF}}^2 = 4\pi e^2 N(E_F) $$

となるので(Gauss 単位,$N(E_F)$ は Fermi 準位の状態密度),遮蔽された相互作用は

$$ V_{\mathrm{eff}}(\qq) = \frac{4\pi e^2}{\abs{\qq}^2\,\varepsilon(\qq)} = \frac{4\pi e^2}{\abs{\qq}^2 + k_{\mathrm{TF}}^2} \quad\xrightarrow{\ \text{Fourier}\ }\quad V_{\mathrm{eff}}(r) = \frac{e^2}{r}\,\ee^{-k_{\mathrm{TF}} r} $$

湯川の $m$ と Thomas–Fermi の $k_{\mathrm{TF}}$ が,同じ場所に同じ形で入っている.自然単位系では $m$ と $k_{\mathrm{TF}}$ はどちらも長さの逆数の次元をもち,区別できない.したがって

$$ \begin{equation} m_{\gamma}^{\rm eff} = \hbar c\, k_{\mathrm{TF}} \label{eq:3-photonmass} \end{equation} $$

金属中では,静的な縦(Coulomb)成分に限れば光子が質量 $\hbar c\,k_{\mathrm{TF}}$ を獲得していると言ってよい.これは比喩ではなく,同じ伝播関数の同じ極である.ただし限定を忘れてはならない.常伝導金属で質量を得るのは静的な縦成分だけで,横波(磁場)の静的な質量はゼロのままである(だから常伝導金属に静磁場は入る.表皮効果で減衰するのは交流の場合の話である).横波の光子まで質量を得るのは超伝導体で,それが第13章の Anderson–Higgs 機構である.

数値を入れてみよう.銅の伝導電子密度 $n=8.47\times10^{28}\ \mathrm{m^{-3}}$ から $k_F=(3\pi^2 n)^{1/3}=1.36\ \mathrm{\AA^{-1}}$,Thomas–Fermi 波数は $k_{\mathrm{TF}}=\sqrt{4k_F/(\pi a_0)}=1.81\ \mathrm{\AA^{-1}}$(遮蔽長 $0.55\ \mathrm{\AA}$)である.\eqref{eq:3-photonmass} に入れると

$$ m_\gamma^{\rm eff} = 197.327\ \mathrm{MeV\,fm}\times1.81\times10^{-5}\ \mathrm{fm^{-1}} = 3.6\ \mathrm{keV} $$

銅の中で光子は約 3.6 keV の質量をもつかのように振る舞う——ただし繰り返すが,静電場に対してだけである.

超伝導体では話の性格が変わる.London 方程式 $\nabla^2\bm{A} = \bm{A}/\lambda_L^2$ が,横波のゲージ場に静的な Proca 質量 $\hbar c/\lambda_L$ を与えるからである(第13章).鉛($\lambda_L \approx 39\ \mathrm{nm}$)なら $m_\gamma = \hbar c/\lambda_L = 5.06\ \mathrm{eV}$ で,数値としては銅の 3.6 keV よりむしろ小さい.それでも劇的なのは,質量が付く成分が変わって静磁場が排除される(Meissner 効果)点にある.$W,Z$ の質量と同一の数理(Anderson–Higgs 機構,第13章)はこの横波の質量のほうであり,Thomas–Fermi 遮蔽は対称性の破れを伴わない普通の Debye 質量にすぎない.「同じ伝播関数の同じ極」という対応は,静的な縦応答の範囲で成り立つ言い換えである.

(a) 湯川ポテンシャルの到達距離.縦軸は r φ(r) を r=0 で 1 に規格化した値で,光子(m=0)は 1 の水平線,π 中間子(R=1.4 fm)はゆるやかに減衰し,W ボソン(R=0.0025 fm)は原点で垂直に落ちて横軸に貼りつく.(b) 無次元結合定数の対数棒グラフ.重力は約 10^-38.2,弱(低エネルギー)は約 10^-5,電磁は 1/137,強い力は約 1 で,重力だけが 33 桁下にある.
図3.1 (a) 湯川ポテンシャル \eqref{eq:3-yukawa} の到達距離.縦軸は Coulomb 部分 $1/r$ を割った $r\phi(r)\propto \ee^{-mr}$ を描いてある($r=0$ で規格化).媒介粒子が重いほど早く落ちる.$W$ ボソンの曲線は $R=0.0025\ \mathrm{fm}$ なので,この目盛では原点で垂直に落ちて横軸に貼りついてしまう.(b) 無次元結合定数の対数棒グラフ.弱い力の「弱さ」は結合定数ではなく $W$ の質量から来ているので,低エネルギーでの実効的な強さ $G_F m_p^2$ を示した.

3.1.4 「強さ」を寿命で測る

結合定数は理論の言葉である.実験家が力の強さを判定するときは,もっと直接的な物差しを使う.崩壊の速さである.

崩壊率 $\Gamma$(単位時間あたりの崩壊確率)は,振幅の2乗に比例する.振幅は頂点1つあたり結合定数の平方根だけの因子をもつから,2つの頂点をもつ典型的な過程では $\Gamma \propto \alpha^2$ となる.結合定数が桁で違えば,寿命も桁で違う.

表3.2 相互作用の種類と崩壊寿命(PDG 実測値)
崩壊担う力崩壊幅 $\Gamma$ または寿命 $\tau$寿命に直すと
$\Delta^{++}\to p+\pi^+$強い力$\Gamma = 117\ \mathrm{MeV}$$5.6\times10^{-24}\ \mathrm{s}$
$\rho^0\to\pi^+\pi^-$強い力$\Gamma = 147\ \mathrm{MeV}$$4.5\times10^{-24}\ \mathrm{s}$
$\pi^0\to\gamma\gamma$電磁気力$\tau = 8.43\times10^{-17}\ \mathrm{s}$$8.4\times10^{-17}\ \mathrm{s}$
$\Sigma^0\to\Lambda+\gamma$電磁気力$\tau = 7.4\times10^{-20}\ \mathrm{s}$$7.4\times10^{-20}\ \mathrm{s}$
$\pi^+\to\mu^++\nu_\mu$弱い力$\tau = 2.603\times10^{-8}\ \mathrm{s}$$2.6\times10^{-8}\ \mathrm{s}$
$\mu^-\to e^-+\bar\nu_e+\nu_\mu$弱い力$\tau = 2.197\times10^{-6}\ \mathrm{s}$$2.2\times10^{-6}\ \mathrm{s}$
$n\to p+e^-+\bar\nu_e$弱い力$\tau = 878.4\ \mathrm{s}$$8.8\times10^{2}\ \mathrm{s}$

数学ノート:崩壊幅と寿命の換算

不安定粒子の質量分布は Breit–Wigner 型になり,その半値全幅 $\Gamma$ と寿命 $\tau$ は

$$ \tau = \frac{\hbar}{\Gamma}, \qquad \hbar = 6.582\times10^{-22}\ \mathrm{MeV\,s} $$

で結ばれる(詳しくは第8章 8.7.4 項・付録B B.4 節).たとえば $\Delta^{++}$ の $\Gamma=117\ \mathrm{MeV}$ なら

$$ \tau = \frac{6.582\times10^{-22}}{117} = 5.63\times10^{-24}\ \mathrm{s} $$

この時間は,光が陽子の直径($\sim1.7\ \mathrm{fm}$)を横切る時間 $\sim 5\times10^{-24}\ \mathrm{s}$ とほぼ同じである.つまり $\Delta$ 粒子は「できた瞬間に壊れる」.強い相互作用の崩壊が $10^{-23}\ \mathrm{s}$ 前後に集中するのは,これ以上速くは壊れようがないという物理的な下限があるからである.

表3.2 の寿命の幅は,$10^{-24}$ 秒から $10^{3}$ 秒まで,実に27桁に及ぶ.実験家は測定した寿命の桁を見るだけで,「これは強い崩壊」「これは弱い崩壊」と判定できる.素粒子の分類学は,まずこの寿命の分類から始まった(第2章).

3.2 量子電気力学(QED)

3.2.1 ただ一つの基本頂点

量子電気力学(quantum electrodynamics, QED)は,物理学でもっとも精密に検証された理論である.そしてその全内容は,たった一つの絵——基本頂点(primitive vertex)——に集約される.

基本頂点とは,「荷電粒子の線が1本入り,1本出て,そこから光子の線が1本生える」という三叉路である.QED で描けるすべての図は,この三叉路をいくつか用意して,線の端どうしをつなぎ合わせたものにほかならない.逆に言えば,この三叉路の組合せで描けない過程は QED では起こらない.

定義:QED の基本頂点

フェルミオン線(電子,ミューオン,クォークなど電荷をもつ粒子の線)2本と,光子線1本が1点で出会う.この点を頂点と呼ぶ.頂点1つにつき,振幅に因子

$$ \ii e\,\gamma^\mu, \qquad e = \sqrt{4\pi\alpha} = 0.303 $$

が掛かる($\gamma^\mu$ は Dirac 行列.第9章で導入する).一般の電荷 $q$ の粒子では $-\ii q\gamma^\mu$ であり,電子は $q=-e$ なので上の形になる.符号の規約は教科書によって違うので,本書は第10章 10.1.3 項の $\ii e\gamma^\mu$(そこでは $e$ を $g_e$ と書く)で全章を通す.重要なのは大きさの部分 $e=\sqrt{4\pi\alpha}$ であって,頂点が1つ増えるごとに振幅は $\sqrt{\alpha}$ 倍,確率は $\alpha$ 倍になる.

頂点では,電荷・レプトン数・フレーバーがすべて保存する.光子は電荷をもたないので,入ってくるフェルミオンと出ていくフェルミオンは同じ種類でなければならない($e^-\to\mu^-+\gamma$ という頂点は存在しない).

3.2.2 頂点の読み方は8通りある

三叉路の絵は1枚だが,「どの線が入ってきてどの線が出ていくか」の割り当ては何通りもある.時間の流れを左から右にとると,3本の線それぞれについて「左にある(入射)」か「右にある(放出)」かの2択があるので,形式的には $2^3=8$ 通りの読み方がある.

(a) QED の基本頂点 e⁻ e⁻ γ 頂点 → 因子 e = √(4πα) = 0.303 時間 t (b) 同じ頂点の四つの読み方 (1) e⁻ → e⁻ + γ 制動放射 e⁻ e⁻ γ (2) e⁺ + e⁻ → γ 対消滅 e⁻ e⁺ γ (3) γ → e⁺ + e⁻ 対生成 γ e⁻ e⁺ (4) γ + e⁻ → e⁻ 吸収 γ e⁻ e⁻
図3.2 (a) QED の基本頂点.時間は左から右へ流れる.青い直線が電子線,橙の波線が光子線,赤丸が頂点である.頂点1つにつき振幅に $e=\sqrt{4\pi\alpha}=0.303$ の因子が付く.(b) 同じ三叉路の四つの読み方.陽電子(緑)の矢印は時間と逆向きに描く約束である(Feynman–Stückelberg の解釈:陽電子は時間をさかのぼる電子).矢印の向きは「電子数の流れ」を表しており,頂点では必ず矢印が入って矢印が出る.

図3.2(b) に描いたのは代表的な4つである.残る4つも同じ三叉路の読み替えにすぎない.陽電子を主役にした $e^+\to e^++\gamma$ と $e^++\gamma\to e^+$ の2つ,そして3本すべてを同じ側に寄せた $\text{真空}\to e^++e^-+\gamma$ と $e^++e^-+\gamma\to\text{真空}$ の2つである.合わせて8通り,すなわち $2^3$ 通りがそろう.

定義:基本頂点の8通りの読み方(時間は左から右)

  1. $e^-\to e^-+\gamma$:制動放射(光子の放出)——図3.2(b)(1)
  2. $e^-+\gamma\to e^-$:吸収——図3.2(b)(4)
  3. $e^+\to e^++\gamma$:陽電子による放出
  4. $e^++\gamma\to e^+$:陽電子による吸収
  5. $e^++e^-\to\gamma$:対消滅——図3.2(b)(2)
  6. $\gamma\to e^++e^-$:対生成——図3.2(b)(3)
  7. $\text{真空}\to e^++e^-+\gamma$:真空からの生成
  8. $e^++e^-+\gamma\to\text{真空}$:真空への消滅

8通りのどれもが,まったく同じ因子 $\ii e\gamma^\mu$ をもつ.「電子が光子を出す」ことと「光子が電子対になる」ことが同じ1つの数式で書けるというのは,非相対論的な量子力学にはなかった事態である.反粒子を導入したことの最大の御利益がここにある(第9章).

注意:頂点は単独では起こらない

図3.2(b) のどの読み方も,そのままでは実際には起こらない.エネルギーと運動量が同時に保存しないからである.

たとえば (1) の $e^-\to e^-+\gamma$ を,電子の静止系で考えてみよう.始状態のエネルギーは $m_e$,運動量は $0$.終状態では光子が運動量 $\bm{k}\neq0$ をもつので,運動量保存には電子が $-\bm{k}$ をもたねばならず,そのときエネルギーは $\sqrt{m_e^2+\abs{\bm{k}}^2}+\abs{\bm{k}} > m_e$ となってしまう.エネルギーが余分に必要になるので不可能である.

したがって基本頂点は必ず他の頂点とつながって現れる.単独の頂点は,実際の過程の「部品」でしかない.物理的に起こる最小の QED 過程は,頂点2つの図——振幅が $\mathcal{O}(e^2)=\mathcal{O}(\alpha)$,したがって確率(断面積)が $\mathcal{O}(\alpha^2)$ の図——である.

3.2.3 仮想粒子 — 質量殻を外れる

頂点を2つつなぐと,その間の線は始状態にも終状態にも現れない.外から見えないこの線を内線(internal line)と呼び,そこを走る粒子を仮想粒子(virtual particle)と呼ぶ.

定義:実粒子と仮想粒子

4元運動量 $p^\mu = (E,\pp)$ をもつ粒子について,$p^2 \equiv p\cdot p = E^2 - \abs{\pp}^2$ とする(計量は $g^{\mu\nu}=\mathrm{diag}(1,-1,-1,-1)$).

内線では,エネルギーと運動量は各頂点で厳密に保存する.犠牲になるのは「質量殻条件」のほうである.しばしば「仮想粒子はエネルギー保存を破る」と書かれるが,共変的な取り扱いでは保存則は破れておらず,破れるのは $p^2=m^2$ である.

物理的意味:仮想性が大きいほど振幅は小さい

内線には伝播関数 $\dfrac{1}{p^2-m^2}$ が掛かる(第8章の Feynman 則).質量殻から遠ざかる($\abs{p^2-m^2}$ が大きい)ほど分母が大きくなり,寄与が小さくなる.「借金は大きいほど短時間しかできない」という不確定性関係の言い換えである.

この構造が,力の到達距離をふたたび説明する.弱い相互作用では内線が $W$ ボソンで,低エネルギー($\abs{q^2}\ll m_W^2$)では

$$ \frac{1}{q^2-m_W^2} \approx -\frac{1}{m_W^2} $$

となる.振幅は $g_w^2/m_W^2$ に比例し,これが Fermi 定数

$$ \begin{equation} \frac{G_F}{\sqrt2} = \frac{g_w^2}{8m_W^2} \label{eq:3-fermi} \end{equation} $$

の正体である.$G_F = 1.166\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$ から逆に $g_w$ を求めると

$$ g_w^2 = \frac{8 m_W^2 G_F}{\sqrt2} = \frac{8\times(80.377)^2\times1.166\times10^{-5}}{1.4142} = 0.426, \qquad \alpha_W \equiv \frac{g_w^2}{4\pi} = 0.0339 = \frac{1}{29.5} $$

表3.1 に書いた $\alpha_W\approx1/30$ はこうして得られる.繰り返すが,弱い力が弱いのは $\alpha_W$ が小さいからではなく,$m_W^2$ が分母にいるからである.

3.2.4 頂点をつなぐ — $t$ / $u$ / $s$ チャンネル

頂点2つで作れる $2\to2$ 過程を並べてみよう.どの図が描けるかは,外線として何を用意するかで決まる.

2つの頂点をつなぐ内線が運ぶ4元運動量の2乗を,Mandelstam 変数で分類する.入射粒子を $1,2$,出射粒子を $3,4$ として

$$ \begin{equation} s = (p_1+p_2)^2,\qquad t = (p_1-p_3)^2,\qquad u = (p_1-p_4)^2 \label{eq:3-mandelstam} \end{equation} $$

と定義する(詳しくは第4章).内線が $s$ を運ぶ図を $s$ チャンネル,$t$ を運ぶ図を $t$ チャンネル,$u$ を運ぶ図を $u$ チャンネルと呼ぶ.$s$ チャンネルは「いったん合体してから分かれる」図,$t$・$u$ チャンネルは「すれ違いざまに何かを投げ合う」図である.

(a) Møller 散乱 e⁻e⁻ → e⁻e⁻:t チャンネル 13 24 γ (q² = t < 0) (b) Møller 散乱:u チャンネル(3と4を入れ替え) 14 23 γ (q² = u < 0) (c) Bhabha 散乱 e⁺e⁻ → e⁺e⁻:t チャンネル(散乱) e⁻e⁻ e⁺e⁺ γ (t < 0) (d) Bhabha 散乱:s チャンネル(対消滅・対生成) e⁻e⁻ e⁺e⁺ γ (q² = s > 0)
図3.3 電子どうし・電子と陽電子の散乱.時間は左から右へ.(a)(b) Møller 散乱 $e^-e^-\to e^-e^-$ は2つの終状態電子が区別できないため $t$ と $u$ の2図があり,両者を相対符号 $-1$ で足し合わせる($\mathcal{M}_t-\mathcal{M}_u$.同種フェルミオンの反対称性.第8章).$e^-e^-$ は対消滅できないので $s$ チャンネルはない.(c)(d) Bhabha 散乱 $e^+e^-\to e^+e^-$ では逆に $u$ チャンネルがなく,代わりに $s$ チャンネル(いったん $\gamma$ になって作り直す)が現れる.$t$ チャンネルの仮想光子は空間的($t<0$,「負の質量2乗」)であり,$s$ チャンネルの仮想光子は時間的($s>0$)である点に注意.

光子が外線に現れる過程も同じ要領で数え上げられる.Compton 散乱 $\gamma e^-\to\gamma e^-$ と,対消滅 $e^+e^-\to\gamma\gamma$ である.

(a) Compton 散乱 γe⁻ → γe⁻:s チャンネル γ e⁻ e⁻ γ 仮想電子 p² = s ≠ m² (b) Compton 散乱:u チャンネル(放出が先) γ e⁻ e⁻ γ 仮想電子 p² = u ≠ m² (c) 対消滅 e⁺e⁻ → γγ:t チャンネル e⁻ e⁺ γ γ 仮想電子 (d) 対消滅:u チャンネル(2つの γ を入れ替え) e⁻ e⁺ γ (1) γ (2) 仮想電子
図3.4 (a)(b) Compton 散乱の2つの図.(a) は「先に吸収して後で放出」,(b) は「先に放出して後で吸収」である.太い青線が仮想電子で,質量殻を外れている.(c)(d) 対消滅 $e^+e^-\to\gamma\gamma$.2つの光子は同一粒子なので入れ替えた図も足す必要があり,$t$ と $u$ の2図になる.$s$ チャンネル(1個の仮想光子)は,光子が2つできる終状態とはつながらない(頂点の形が合わない)ので存在しない.
表3.3 振幅が $\mathcal{O}(\alpha)$($\mathcal{O}(e^2)$,頂点2つ)の代表的な QED 過程とチャンネル.断面積はいずれも $\mathcal{O}(\alpha^2)$ である
過程名前$s$$t$$u$図の数
$e^-e^-\to e^-e^-$Møller 散乱—ありあり2
$e^+e^-\to e^+e^-$Bhabha 散乱ありあり—2
$\gamma e^-\to\gamma e^-$Compton 散乱あり—あり2
$e^+e^-\to\gamma\gamma$対消滅—ありあり2
$\gamma\gamma\to e^+e^-$対生成(Breit–Wheeler)—ありあり2
$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ミューオン対生成あり——1

なぜ?:どのチャンネルが存在するかの見分け方

機械的な手順は次のとおりである.

  1. $s$ チャンネル:入射2粒子を1本の内線につぶせるか? $e^+e^-$ は光子1本になれるが,$e^-e^-$ は電荷 $-2$ なので中性の光子にはなれない.よって Møller に $s$ チャンネルはない.
  2. $t$ チャンネル:粒子1と粒子3を1つの頂点でつなげるか? 同じ粒子なら常に可能である.
  3. $u$ チャンネル:粒子1と粒子4を1つの頂点でつなげるか? 終状態の2粒子が同種(あるいは片方が粒子1と同種)ならば可能.$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ では終状態が電子と無関係なので $t$ も $u$ も描けず,$s$ チャンネルだけが残る.

「同種粒子が2つあれば,それを入れ替えた図も必ず足す」——これがフェルミオンなら符号を変えて(反対称化),ボソンならそのまま(対称化)足す.図3.3(a)(b) と図3.4(c)(d) はこの規則の実例である.

材料科学との接点:対消滅を測る — 陽電子消滅分光法

図3.4(c)(d) の対消滅 $e^+e^-\to\gamma\gamma$ は,素粒子物理の教科書の中の話ではない.材料評価法として日常的に使われている.陽電子消滅分光法(positron annihilation spectroscopy, PAS)である.

$^{22}\mathrm{Na}$ などから出た陽電子を試料に入射すると,熱化したのち電子と対消滅して 511 keV の $\gamma$ 線を2本出す.重心系では2本は正確に反対向きで,各 $511\ \mathrm{keV}=m_ec^2$ である.しかし実験室系で見ると,消滅する電子・陽電子対が全運動量 $\pp$ をもつため,2本の $\gamma$ 線のなす角は $180^\circ$ からずれる.運動量保存から,横方向成分 $p_T$ に対して

$$ \theta \simeq \frac{p_T}{m_e c} $$

だけずれる.陽電子は熱化しているので $\pp$ はほぼ電子の運動量そのものであり,$\theta$ の角度分布を測れば電子の運動量分布,すなわち Fermi 面が見える(2D-ACAR 法).

数値を入れよう.銅の Fermi 運動量は $p_F=\hbar k_F = 1.055\times10^{-34}\times1.36\times10^{10} = 1.43\times10^{-24}\ \mathrm{kg\,m/s}$,一方 $m_ec = 2.73\times10^{-22}\ \mathrm{kg\,m/s}$ だから

$$ \theta_{\max} \simeq \frac{1.43\times10^{-24}}{2.73\times10^{-22}} = 5.2\times10^{-3}\ \mathrm{rad} = 5.2\ \mathrm{mrad} $$

実測される ACAR の角度幅がまさにこの数 mrad である.縦方向成分は Doppler シフト $\Delta E = p_L c/2$ として現れ,$p_F$ に対して $\Delta E \approx 1.3\ \mathrm{keV}$.511 keV ピークの Doppler 拡がりが keV オーダーなのはこのためで,空孔欠陥の検出(空孔では電子密度が低く運動量分布が狭くなる)に使われる.

粒子と反粒子の対消滅という素粒子過程が,そのまま Fermi 面と欠陥の測定器になっている.第2章で見た Dirac の反粒子の予言が,材料工学の現場に降りてきた例である.

3.2.5 摂動展開はなぜ効くのか

頂点を2つ増やせば(光子を1本余分に交換すれば),図は増える.その寄与は確率で $\alpha \approx 1/137$ 倍だから,1%以下の補正である.$\alpha$ が小さいおかげで,最低次の図だけで実験を1%の精度で説明でき,必要ならば次の次数を足して精度を上げられる.これが摂動展開(perturbative expansion)である.

$$ \begin{equation} \mathcal{M} = \underbrace{\mathcal{M}^{(1)}}_{\mathcal{O}(e^2)} + \underbrace{\mathcal{M}^{(2)}}_{\mathcal{O}(e^4)} + \underbrace{\mathcal{M}^{(3)}}_{\mathcal{O}(e^6)} + \cdots, \qquad \frac{\abs{\mathcal{M}^{(n+1)}}}{\abs{\mathcal{M}^{(n)}}} \sim \alpha = \frac{1}{137} \label{eq:3-pert} \end{equation} $$

例:電子の異常磁気モーメント $g-2$

摂動展開がどれほど効くかを示す,物理学で最も有名な例である.Dirac 方程式(第9章)は電子の $g$ 因子をちょうど $2$ と予言する.ところが実測はわずかにずれる.このずれ $a_e = (g-2)/2$ を QED は次のように展開する(Schwinger 1948):

$$ a_e = \frac{\alpha}{2\pi} + C_2\left(\frac{\alpha}{\pi}\right)^2 + C_3\left(\frac{\alpha}{\pi}\right)^3+\cdots $$

最低次の項だけで

$$ \frac{\alpha}{2\pi} = \frac{7.2974\times10^{-3}}{6.2832} = 1.1614\times10^{-3} $$

実測値は $a_e = 1.15965218\times10^{-3}$.1つの図を描いただけで有効数字3桁が合う.5次($\alpha^5$)まで計算すると,$a_e$ の有効数字で約10桁にわたって理論と実験が一致する(第10章 10.6.5 項).これが「物理学で最も精密に検証された予言」と言われるゆえんである.ただし比較には独立に測った $\alpha$ が必要で,現在の一致の限界は,理論の桁数ではなく $\alpha$ の測定値どうしの食い違い(Cs と Rb の原子干渉計)が決めている.

なお,同じ量をミューオンについて測ると話はもっと込み入っている.2021 年時点では,$e^+e^-$ のデータに基づいてハドロン真空偏極を評価した標準模型予言と実測値に $\sim2.5\times10^{-9}$(約 $5\sigma$)のずれが報告され,「ミューオン $g-2$ 問題」と呼ばれた.しかしハドロン真空偏極を格子 QCD で計算した結果(BMW 2021 以降)と 2025 年の理論白書では,標準模型予言と実験はほぼ一致する.したがって現在の焦点は「実験 vs 理論」ではなく,格子計算と $e^+e^-$ データという理論側の二つの評価法の食い違いの解明に移っている.詳しくは第15章 15.1.5 項で扱う.

注意:摂動展開が効かないとき

$\alpha$ が小さいのは QED の幸運であって,一般則ではない.強い相互作用では $\alpha_s\sim1$(低エネルギーでは1を超える)なので,\eqref{eq:3-pert} の級数は収束しない.図を増やすほど寄与が増えてしまう.

したがって低エネルギーの QCD では Feynman ダイアグラムによる摂動計算が原理的に使えず,代わりに格子 QCD(時空を格子に区切って経路積分を数値的に評価する)という非摂動的手法が使われる.材料科学者には馴染み深いだろう——Euclid 化した経路積分を確率的に評価するという点で,これは量子 Monte Carlo 法と同じ発想である.実際,格子 QCD で考案された Hybrid Monte Carlo が物性側(たとえば Hubbard 模型の補助場 Monte Carlo)でも使われるなど,手法の交流もある.ただし物性で主流の世界線 Monte Carlo や行列式 Monte Carlo,拡散・変分 Monte Carlo は定式化も対象も異なるので,「まったく同じ」ではない.3.3節で見る漸近的自由のおかげで,高エネルギーでは $\alpha_s$ が小さくなり,摂動論が復活する.

3.3 量子色力学(QCD)

3.3.1 色荷 — 三つ目の電荷

強い相互作用は,クォークとグルーオンの間の力である.QED で電荷が果たす役割を,QCD では色荷(color charge)が果たす.ただし色荷は1種類ではなく3種類ある.赤($r$)・緑($g$)・青($b$)と呼ぶ.もちろん光学的な色とは何の関係もない.3種類あって足すと「無色」になるという足し算の構造だけが共通なので,この名がついた.

反クォークは反色荷 $\bar r,\bar g,\bar b$(反赤・反緑・反青)をもつ.レプトンは色荷をもたないので,強い相互作用をまったく感じない.これが「レプトンは原子核に捕まらない」ことの理由である.

なぜ?:色荷は $\Delta^{++}$ の困難から要請された

色の導入(Greenberg 1964,Han–南部 1965)は,美的な要請ではなく矛盾の解消のためであった.

$\Delta^{++}$ バリオンはクォーク構成 $uuu$ で,スピン $3/2$,軌道角運動量 $0$ の基底状態である.スピン $3/2$ を作るには3つの $u$ クォークのスピンがすべて同じ向き($\uparrow\uparrow\uparrow$)でなければならない.すると波動関数は

$$ \psi = \underbrace{\psi_{\text{空間}}}_{\text{対称}(\ell=0)}\times\underbrace{\psi_{\text{スピン}}}_{\text{対称}(\uparrow\uparrow\uparrow)}\times\underbrace{\psi_{\text{フレーバー}}}_{\text{対称}(uuu)} $$

となり,3つの因子すべてが交換に対して対称である.ところがクォークはフェルミオンなので,全体は反対称でなければならない.Pauli 原理との真っ向からの矛盾である.

唯一の逃げ道は,まだ知られていない自由度をもう1つ導入し,そこで反対称にすることである.3つの値をとる自由度 $i=1,2,3$(=色)を入れ,

$$ \psi_{\text{色}} = \frac{1}{\sqrt6}\,\varepsilon_{ijk}\,\ket{i}\ket{j}\ket{k} $$

という完全反対称な組合せを作れば矛盾は消える.ただし Pauli 原理だけからは「色は3種類以上」としか言えない($N_c\ge3$ なら3個のクォークを反対称化する組合せは必ず作れる).ちょうど3であることは,直後に述べる $R$ 比の測定と,$qqq$ が色一重項をなす——$\varepsilon_{ijk}$ で添字を余さず縮約しきれる——という閉じ込めの要請(3.3.6項)から決まる.

色が3種類であることは,$e^+e^-$ 消滅の断面積比で実験的に確かめられる.重心エネルギー $\sqrt s$ で $e^+e^-$ が仮想光子を経てクォーク対を作る過程(図3.3(d) の $s$ チャンネル図で,終状態の $e^+e^-$ を $q\bar q$ に替えたもの)は,終状態を $\mu^+\mu^-$ に替えた図とまったく同じ形なので,比をとると結合定数が消えて電荷の2乗和だけが残る:

$$ \begin{equation} R \equiv \frac{\sigma(e^+e^-\to\text{ハドロン})}{\sigma(e^+e^-\to\mu^+\mu^-)} = N_c\sum_q Q_q^2 \label{eq:3-Rratio} \end{equation} $$
表3.4 $R$ 比による色の数え上げ($N_c=3$ とした予言と実測)
$\sqrt s$ の領域生成されるクォーク$\sum_q Q_q^2$$N_c=3$ の予言実測(概略)
$2\ \mathrm{GeV} \lesssim \sqrt s \lesssim 3\ \mathrm{GeV}$$u,d,s$$\frac49+\frac19+\frac19=\frac23$$2$$\approx2.1$
$5 \lesssim \sqrt s \lesssim 9\ \mathrm{GeV}$$u,d,s,c$$\frac{10}{9}$$10/3 = 3.33$$\approx3.6$
$\sqrt s \gtrsim 11\ \mathrm{GeV}$$u,d,s,c,b$$\frac{11}{9}$$11/3 = 3.67$$\approx3.9$

$N_c=1$ なら予言は $2/3,\ 10/9,\ 11/9$ となり,実測と3倍ずれる.実測はどの領域でも $N_c=3$ を支持する(実測が予言よりわずかに大きいのは,$\mathcal{O}(\alpha_s)$ のグルーオン放射の補正 $1+\alpha_s/\pi$ による).色の数は,数えられる量なのである.

3.3.2 グルーオンはなぜ9個ではなく8個か

QED の光子に対応するのが,QCD のグルーオン(gluon)である.ただし光子が電荷をもたないのに対し,グルーオンは色荷をもつ.クォークが $r$ から $g$ に変わるとき,差分の色($r\bar g$)をグルーオンが持ち去るからである.

ならばグルーオンは $3\times3=9$ 種類ありそうである.色と反色の組合せが9通りだからだ.ところが実際は8個である.なぜか.

導出:$3\otimes\bar3 = 8\oplus1$ と,9番目の追放

ステップ1:9つの組合せを書き下す.色 $\times$ 反色の状態は

$$ r\bar r,\ r\bar g,\ r\bar b,\ g\bar r,\ g\bar g,\ g\bar b,\ b\bar r,\ b\bar g,\ b\bar b $$

の9つである.

ステップ2:色を変えない3つを組み替える.非対角な6つ($r\bar g$ など)はそのままでよい.問題は対角な3つ $r\bar r, g\bar g, b\bar b$ である.これらの線形結合のうち,1つだけ特別なものがある:

$$ \ket{\psi_1} = \frac{1}{\sqrt3}\left(r\bar r + g\bar g + b\bar b\right) $$

この状態は,色をぐるぐる回す変換($SU(3)$ 変換)に対してまったく変化しない.すなわち色一重項(color singlet)である.残りの2つの独立な組合せは

$$ \ket{\psi_2} = \frac{1}{\sqrt2}\left(r\bar r - g\bar g\right), \qquad \ket{\psi_3} = \frac{1}{\sqrt6}\left(r\bar r + g\bar g - 2b\bar b\right) $$

と選べる(互いに直交し,$\ket{\psi_1}$ とも直交する).

ステップ3:8個と1個に分かれた.非対角6個 $+\ \ket{\psi_2},\ket{\psi_3}$ の計8個が一つのまとまり(8重項,octet)を作り,$\ket{\psi_1}$ が単独で残る.群論の記号では

$$ \begin{equation} \mathbf{3}\otimes\bar{\mathbf{3}} = \mathbf{8}\oplus\mathbf{1} \label{eq:3-3x3bar} \end{equation} $$

ステップ4:なぜ $\ket{\psi_1}$ は物理的グルーオンでないのか.2つの答えがある.

群論的な答え:QCD のゲージ群は $SU(3)$ であって $U(3)$ ではない.$SU(N)$ の生成子(=ゲージ場の個数)は $N^2-1$ 個である.$N=3$ なら $9-1=8$.$\ket{\psi_1}$ は $U(1)$ 部分に対応し,$SU(3)$ には属さない.

物理的な答え:もし $\ket{\psi_1}$ が存在すれば,それは色一重項なので閉じ込められない.すると光子と同じように無限の到達距離をもつ「第2の電磁気力」が現れ,すべてのハドロンの間に長距離力が働くことになる.そのような力は観測されていない.

数学ノート:$SU(N)$ のゲージ場の個数

$SU(N)$ は「行列式が1の $N\times N$ ユニタリ行列」の集合である.$U(N)$ の次元(実パラメータ数)は $N^2$,行列式を1にする条件が1つ減らすので $SU(N)$ の次元は $N^2-1$.ゲージ理論ではこの次元だけゲージ場(媒介粒子)が現れる.

$SU(2)$ の3つの生成子は Pauli 行列 $\sigma^a/2$,$SU(3)$ の8つの生成子は Gell-Mann 行列 $\lambda^a/2$ である(Pauli 行列は付録C C.1 節,Gell-Mann 行列は第11章 11.3.2 項).物性物理で $SU(2)$ スピン回転を扱うときの3つの生成子と,同じものである.

3.3.3 グルーオンの自己結合

グルーオンが色荷をもつことの帰結は,重大である.グルーオンどうしが直接結合するのである.QED では光子が電荷をもたないので,光子どうしは(最低次では)相互作用しない.真空中で2本のレーザー光が交差しても素通りする.ところがグルーオンは違う.

(a) クォーク–グルーオン頂点 q (r) q (g) g (r g) 因子 √αs.色が r → g に変わり, 差分をグルーオンが持ち去る (b) 3点グルーオン頂点 g g g 因子 √αs.QED には対応物がない (c) 4点グルーオン頂点 g g g g 因子 αs (頂点1つで √αs 2つぶん)
図3.5 QCD の三つの基本頂点.緑のらせん線がグルーオンである.(a) クォーク–グルーオン頂点は QED の基本頂点(図3.2a)と同じ形をしているが,$e$ の代わりに $\sqrt{4\pi\alpha_s}$ が付き,色が変わる.(b) 3点グルーオン頂点と (c) 4点グルーオン頂点は,グルーオン自身が色荷を運ぶために存在する.QED にはこれらに対応する頂点がない.この自己結合が,漸近的自由と閉じ込めの両方の源である.

3.3.4 漸近的自由 — 近づくほど弱くなる力

グルーオンの自己結合がもたらす最大の帰結が,漸近的自由(asymptotic freedom;Gross, Politzer, Wilczek 1973,2004年ノーベル賞)である.結合定数 $\alpha_s$ が,見る距離を短くする(エネルギーを上げる)ほど小さくなるのである.

1ループ近似での結合定数の走り方は,次式で与えられる(導出は第11章):

$$ \begin{equation} \frac{1}{\alpha_s(\mu)} = \frac{1}{\alpha_s(\mu_0)} + \frac{b_0}{2\pi}\ln\frac{\mu}{\mu_0}, \qquad b_0 = 11 - \frac{2}{3}n_f \label{eq:3-running-as} \end{equation} $$

ここで $\mu$ はエネルギースケール,$n_f$ はそのスケールで生成できるクォークのフレーバー数である.重要なのは $b_0$ の符号である.

物理的意味:「11」と「$-2n_f/3$」の戦い

$b_0 = 11 - \frac23 n_f$ の2つの項は,物理的起源が違う.

$n_f \le 16$ ならば $b_0 > 0$,すなわち反遮蔽が勝つ.自然界は $n_f=6$ なので $b_0 = 11-4 = 7$(軽い5フレーバーだけが効く領域では $b_0=23/3=7.67$)で,確かに正である.

QED では $b_0$ に相当する係数が負であり,$\alpha$ はエネルギーとともに増える.実際 $\alpha(0)=1/137.036$ に対し $\hat\alpha(m_Z)=1/127.95$($\overline{\rm MS}$ 定義.オンシェル定義では $\alpha^{-1}(m_Z)=128.95$.第10章 10.6.4 項参照)である.QED と QCD は,走る向きが逆なのである.

例:$\alpha_s$ を $m_Z$ から 1 TeV まで走らせる

$\alpha_s(m_Z)=0.118$,$m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$,$n_f=5$($b_0=23/3=7.667$)とする.$\mu=1\ \mathrm{TeV}$ まで走らせよう.

$$ \ln\frac{1000}{91.188} = \ln(10.966) = 2.3948 $$ $$ \frac{1}{\alpha_s(1\,\mathrm{TeV})} = \frac{1}{0.118} + \frac{7.667}{2\pi}\times2.3948 = 8.475 + 2.922 = 11.40 $$ $$ \alpha_s(1\ \mathrm{TeV}) = 0.0877 $$

1桁エネルギーを上げると結合が3割弱まる.逆に低エネルギー側へ走らせると $1/\alpha_s$ がゼロに達する点があり,そこが

$$ \Lambda_{\mathrm{QCD}} = m_Z\,\exp\!\left(-\frac{2\pi}{b_0\,\alpha_s(m_Z)}\right) = 91.188\times\exp(-6.945) = 0.088\ \mathrm{GeV} $$

である(1ループ・5フレーバーの粗い見積り.フレーバー閾値と2ループ効果を入れると $\Lambda^{(3)}_{\overline{\mathrm{MS}}}\approx0.33\ \mathrm{GeV}$).いずれにせよ $10^2\ \mathrm{MeV}$ のオーダー,すなわちハドロンの質量スケールが結合定数の発散点として自動的に現れる.QCD は無次元のパラメータ $\alpha_s$ からハドロンの質量スケールを作り出す(次元転換,dimensional transmutation).

3.3.5 閉じ込めとひも張力

漸近的自由の裏返しが閉じ込め(confinement)である.距離が長くなると $\alpha_s$ が大きくなり,力が弱まらない.クォークとグルーオンは単独では取り出せない.

クォーク・反クォーク対の間のポテンシャルは,格子 QCD の計算と,チャーモニウム・ボトモニウムのスペクトル(第7章)から,次の形(Cornell ポテンシャル)でよく表される:

$$ \begin{equation} V(r) = -\frac{4}{3}\frac{\alpha_s \hbar c}{r} + \sigma r, \qquad \sigma \approx 0.18\ \mathrm{GeV^2} \approx 0.9\ \mathrm{GeV/fm} \label{eq:3-cornell} \end{equation} $$

第1項は QED の Coulomb 項に対応する(係数 $4/3$ は色因子.第11章で計算する).第2項が QCD に固有で,$r$ に比例して増える.力 $F=-\dd V/\dd r = -\sigma$ は距離によらず一定である.これは,グルーオン場が空間全体に広がらず,1本の細い「ひも」(flux tube)に絞り込まれることを意味する.$\sigma$ をひも張力(string tension)と呼ぶ.

例:ひも張力を SI 単位で実感する

$\sigma = 0.9\ \mathrm{GeV/fm}$ を N(ニュートン)に直す.$1\ \mathrm{GeV}=1.602\times10^{-10}\ \mathrm{J}$,$1\ \mathrm{fm}=10^{-15}\ \mathrm{m}$ だから

$$ \sigma = \frac{0.9\times1.602\times10^{-10}\ \mathrm{J}}{10^{-15}\ \mathrm{m}} = 1.44\times10^{5}\ \mathrm{N} $$

すなわち約 15 トン重である.クォーク1個を引きずるのに,中型トラックを持ち上げるのと同じ力が要る.しかもこの力は距離によらないので,1 m 引き離せば $1.44\times10^5\ \mathrm{J}$(TNT 火薬 約 34 g 分)のエネルギーが要る計算になる.もちろんそんなことは起こらない.

実際に起こるのはひもの切断である.引き離してひもに蓄えられたエネルギーが,新しいクォーク・反クォーク対の静止エネルギーを超えると,真空から $q\bar q$ 対が生成してひもが切れ,2つの中間子になる.クォークは単独では出てこない.

(a) Cornell ポテンシャル V(r)=−0.103/r+0.925 r のグラフ.Coulomb 項(青破線),線形項(橙破線),ひもが切れる 0.66 GeV の水平線(緑破線)と,V(r) がこの値に達する r≈0.85 fm の点を示す.(b) クォーク対を引き離すとひもが切れて 2 つの中間子が対生成する様子の模式図.
図3.6 (a) クォーク対のポテンシャル \eqref{eq:3-cornell}.短距離では Coulomb 的($-1/r$,青破線),長距離では線形($\sigma r$,橙破線)に漸近する.図示にあたっては $\tfrac43\alpha_s\hbar c = 0.103\ \mathrm{GeV\,fm}$($\alpha_s=0.39$)と $\sigma = 0.925\ \mathrm{GeV/fm}$($=0.1825\ \mathrm{GeV^2}$)を用いた.本文の $\sigma\approx0.9\ \mathrm{GeV/fm}$($0.18\ \mathrm{GeV^2}$)や演習3.5 の解答で使う $\alpha_s=0.35$ との差は丸めの範囲である.緑の水平線は,軽い $q\bar q$ 対(構成子質量 $\approx0.33\ \mathrm{GeV}$ ずつ)を作るのに必要なエネルギー $0.66\ \mathrm{GeV}$ である.$V(r)$ 自身が $0.66\ \mathrm{GeV}$ に達する距離は Coulomb 項まで含めて $r\approx0.85\ \mathrm{fm}$(ひも項 $\sigma r$ だけで見積もれば $0.73\ \mathrm{fm}$.演習3.5).ただしこれはひも切断のごく粗い判定基準にすぎない.中間子の初期の $r\approx0.4\ \mathrm{fm}$ では既に $V=+0.11\ \mathrm{GeV}$ あるので,そこから新たに蓄えるエネルギーで測れば $0.55\ \mathrm{GeV}$ で足りることになる.(b) その先で何が起こるか.ひもが切れて中間子が2つできるだけで,単独のクォークは取り出せない.

注意:ひも張力を転位の線張力と同一視してはならない

「線状の欠陥が張力をもち,長さに比例したエネルギーを蓄える」——この文は,QCD のフラックスチューブにも,結晶中の転位にも当てはまる.そのため両者を安易に対比したくなるが,物理は本質的に違う.数字も機構も揃えて比べておこう.

したがって本書では,この対比を説明の道具として使わない.似ているのは「線形ポテンシャル $V=\sigma r$ という数式の形」だけであって,そこから物理的な結論を持ち込むのは誤りである.一方,3.6節で述べるくりこみ群の対応は,同じ微分方程式を解いているという意味で本物の対応である.両者を区別することが重要である.

3.3.6 色一重項条件 — なぜ $q\bar q$ と $qqq$ だけなのか

閉じ込めを量子数の言葉で述べると,「自然界に現れる粒子は色一重項でなければならない」となる.色一重項とは,$SU(3)$ の色回転で変化しない状態のことである.

定理:ハドロンの色一重項条件

色一重項を作れるクォークの組合せは,最小のものが次の2通りである.

中間子($q\bar q$): $\mathbf{3}\otimes\bar{\mathbf3}=\mathbf8\oplus\mathbf1$ の一重項成分

$$ \ket{\text{meson}}_{\text{色}} = \frac{1}{\sqrt3}\left(r\bar r + g\bar g + b\bar b\right) $$

バリオン($qqq$): $\mathbf3\otimes\mathbf3\otimes\mathbf3=\mathbf{10}\oplus\mathbf8\oplus\mathbf8\oplus\mathbf1$ の一重項成分

$$ \ket{\text{baryon}}_{\text{色}} = \frac{1}{\sqrt6}\,\varepsilon_{ijk}\ket{i}\ket{j}\ket{k} = \frac{1}{\sqrt6}\left(rgb - rbg + gbr - grb + brg - bgr\right) $$

反バリオン $\bar q\bar q\bar q$ も同様である.一方,$qq$ や $qqqq$ からは一重項が作れない.より大きな組合せ(テトラクォーク $qq\bar q\bar q$,ペンタクォーク $qqqq\bar q$)は一重項を作れるので許される.実際,2003 年の $X(3872)$ 以降にテトラクォーク候補が多数見つかり,2015 年には LHCb がペンタクォーク状態を観測した.ただし多くは4クォーク・5クォークの束縛状態なのか $D\bar D^*$ のような中間子分子なのかが未決着である(2003 年に報告された $\Theta^+$ ペンタクォークは,のちに否定された).

材料科学との接点:一重項条件は価電子結合とまったく同じ数学である

バリオンの色波動関数に現れる $\varepsilon_{ijk}$ は,$SU(3)$ の完全反対称テンソルである.これを $SU(2)$ に落とすと $\varepsilon_{\alpha\beta}$($\alpha,\beta=\uparrow,\downarrow$)になり,

$$ \ket{\text{singlet}} = \frac{1}{\sqrt2}\,\varepsilon_{\alpha\beta}\ket{\alpha\beta} = \frac{1}{\sqrt2}\left(\ket{\uparrow\downarrow}-\ket{\downarrow\uparrow}\right) $$

——スピン一重項,すなわち化学結合の価電子対そのものである.「$SU(N)$ の $N$ 本の線を $\varepsilon$ で結べば一重項になる」という同一の規則が,$N=3$ ではバリオン,$N=2$ では共有結合を作る.

この対応は数式のうえだけの偶然ではない.物性理論では,スピンの $SU(2)$ を人為的に $SU(N)$ に拡張し,$1/N$ を小さなパラメータとして展開する手法が標準的に使われる(Kondo 格子・Anderson 格子では Read–Newns 1983 や Coleman 1987,RVB すなわち $SU(N)$ Heisenberg 模型では Affleck–Marston 1988.Anderson の RVB の原論文そのものは $SU(2)$ である).一方 QCD では 't Hooft が色の数を $N_c$ に拡張して $1/N_c$ 展開を作った:

$$ \text{QCD:}\quad \alpha_s N_c = \text{一定に保って}\ N_c\to\infty \qquad\longleftrightarrow\qquad \text{Kondo 格子:}\quad J N = \text{一定に保って}\ N\to\infty $$

両者は同じ思想——$N$ を大きくして生き残る図を選別する——に立っているが,選別の結果は同じではない.QCD のグルーオンは $N\times N$ 行列の場なので行列型の large-$N$ になり,$N_c\to\infty$ で残るのは「平面図(planar diagram)」である.平面図は無限個あるので,大 $N_c$ QCD はこの極限でもまだ解けていない.一方 Kondo 格子や RVB のフェルミオンは $N$ 成分のベクトルで,補助場が $N$ について一重項なので,$N\to\infty$ では鞍点(平均場)が厳密になり,残るのは泡(bubble)型の図だけである.つまり large-$N$ が平均場理論を正当化してくれる.重い電子系の論文と大 $N_c$ QCD の論文が同じ言葉で書かれているのは図の数え方の作法までで,どの図が残るかは理論の型によって違う.

3.3.7 OZI 則

最後に,Feynman ダイアグラムを「絵として読む」訓練の総仕上げとして,OZI 則(Okubo–Zweig–飯塚則)を見よう.これは保存則ではなく,図の形から崩壊率の大小を予言する経験則である.

定義:OZI 則

クォーク線図において,グルーオン線を切るだけで図が2つに分離してしまうような過程は,強く抑制される.

言い換えれば,始状態のクォーク線がすべて途中で消滅し,終状態のクォークが全部新しく作られるような図(「切れた図」,disconnected diagram)は起こりにくい.

(a) OZI 許容:φ → K⁺K⁻(クォーク線がつながっている) φ (ss) s s uu 対生成 u u K⁻ (su) K⁺ (us) グルーオン線を切っても図は分離しない. 分岐比 BR(φ → KK) = 83 %,Q 値はわずか 32 MeV (b) OZI 抑制:φ → ρπ(クォーク線が切れている) φ s s 3g(C パリティより最低3本) ここで切れる ρ π グルーオン線を切ると図が左右に分離する. 分岐比 BR(φ → ρπ) = 15 %,Q 値は 109 MeV もあるのに小さい
図3.7 OZI 則の実例:$\phi(1020)$ 中間子($s\bar s$)の崩壊.(a) $\phi\to K^+K^-$ では,元の $s$ と $\bar s$ がそのまま終状態の $K$ 中間子に入る「つながった図」である.(b) $\phi\to\rho\pi$ では $s\bar s$ がいったん消滅してグルーオンになり,そこから改めて $u,d$ が作られる「切れた図」になる.運動学的には (b) のほうが圧倒的に有利($Q$ 値が $109\ \mathrm{MeV}$ 対 $32\ \mathrm{MeV}$)なのに,実際は (a) が支配的である.

例:$\phi$ と $J/\psi$ — OZI 則の威力

$\phi(1020)$($s\bar s$,$m=1019.5\ \mathrm{MeV}$):

位相空間だけで判断すれば $\rho\pi$ が圧勝するはずである.実際は逆になっているのは,OZI 則が $\rho\pi$ を抑制しているからにほかならない.

$J/\psi$($c\bar c$,$m=3096.9\ \mathrm{MeV}$):より劇的である.$J/\psi$ は $D\bar D$($c$ を含む中間子対)を作るには軽すぎる(最も軽い閾値でも $2m_{D^0}=3730\ \mathrm{MeV}$)ので,OZI 許容の崩壊路が閉じている.残る崩壊路はすべて OZI 抑制であり,結果として崩壊幅は

$$ \Gamma_{J/\psi} = 92.6\ \mathrm{keV} $$

典型的な強い崩壊($\Gamma\sim100\ \mathrm{MeV}$,表3.2)の千分の一である.1974年の $J/\psi$ 発見時,この異常な細さが「新しいクォークがある」ことの決定的な証拠となった(第2章).

なお OZI 抑制の強さ自体も,漸近的自由から理解できる.$J/\psi$ のスケール($3\ \mathrm{GeV}$)では $\alpha_s\approx0.25$ と小さく,3本のグルーオンを出す崩壊率が $\alpha_s^3$(振幅では $\alpha_s^{3/2}$)で抑えられる.$\phi$ のスケール($1\ \mathrm{GeV}$)では $\alpha_s$ が大きいので抑制が緩い.ただし両者を比べるときに分岐比を使ってはならない.$J/\psi$ は OZI 許容の崩壊路が閉じているので,全崩壊がそもそも OZI 抑制だからである.比べるべきは部分幅で,$\Gamma(\phi\to\rho\pi)=4.25\ \mathrm{MeV}\times0.152=0.65\ \mathrm{MeV}$ に対し $\Gamma(J/\psi\to ggg)=92.6\ \mathrm{keV}\times0.64=0.06\ \mathrm{MeV}$ と,位相空間がはるかに広いのに $J/\psi$ のほうが1桁小さい.

3.4 弱い相互作用

弱い相互作用は,四つの力のなかで唯一粒子の種類(フレーバー)を変える力である.$d$ クォークを $u$ クォークに,$\mu$ を $\nu_\mu$ に変える.中性子が陽子に変わるのも,太陽が燃えるのも,放射性同位体が崩壊するのも,すべてこの力の仕業である.

3.4.1 荷電カレントと中性カレント

弱い相互作用の媒介粒子は3つある.電荷をもつ $W^+$,$W^-$ と,中性の $Z^0$ である.$W^\pm$ が媒介する過程を荷電カレント(charged current, CC),$Z^0$ が媒介する過程を中性カレント(neutral current, NC)と呼ぶ.

(a) レプトンの荷電カレント νμ μ⁻ W⁺ 世代内でのみ結合.因子 gw / √2 . (b) クォークの荷電カレント d u W⁻ 世代を跨げる.因子 (gw/√2) cos θC . (c) 中性カレント f f Z⁰ 入る f と出る f は必ず同種(GIM).
図3.8 弱い相互作用の三つの頂点.青緑の破線が $W^\pm$ と $Z^0$ を表す(本書ではこの流儀で描く).(a) レプトンの荷電カレント頂点は,同じ世代のペア $(\nu_e,e)$,$(\nu_\mu,\mu)$,$(\nu_\tau,\tau)$ の内部でしか働かない.(b) クォークの荷電カレント頂点は世代を跨げるが,跨ぐ確率は Cabibbo 角(あるいは CKM 行列)で決まる.(c) 中性カレントでは入る粒子と出る粒子が必ず同種で,フレーバーは変わらない.

定義:荷電カレント頂点の一覧

レプトン部門(3つ,世代混合なし):

$$ \begin{pmatrix}\nu_e\\ e^-\end{pmatrix}, \qquad \begin{pmatrix}\nu_\mu\\ \mu^-\end{pmatrix}, \qquad \begin{pmatrix}\nu_\tau\\ \tau^-\end{pmatrix} $$

各ペアの上下が $W$ でつながる.異なる世代をつなぐ頂点(たとえば $\nu_e$ と $\mu^-$)は存在しない.これが世代別レプトン数 $L_e, L_\mu, L_\tau$ の保存則の由来である(ただしニュートリノ振動によって破れる.第14章).

クォーク部門(3つ,ただし下段が混合する):

$$ \begin{pmatrix}u\\ d'\end{pmatrix}, \qquad \begin{pmatrix}c\\ s'\end{pmatrix}, \qquad \begin{pmatrix}t\\ b'\end{pmatrix} $$

プライムの付いた $d',s',b'$ は,質量の固有状態 $d,s,b$ を混ぜたものである(3.4.3項).

3.4.2 $\mu$ 崩壊と中性子 $\beta$ 崩壊

頂点をつないで実際の崩壊を描いてみよう.どちらも $W$ を1本内線として使う,$\mathcal{O}(G_F)$ の過程である.

(a) μ⁻ → e⁻ + νe + νμ μ⁻ νμ W⁻ νe e⁻ 頂点2つ → 振幅 ∝ gw2 / mW2 ∝ GF .寿命 2.20 μs. (b) 中性子 β 崩壊:クォークで見ると d → u + W⁻ n u d d u p W⁻ νe e⁻ 上の 2 本(u, d)は傍観者(spectator)で,何も起こらない.
図3.9 弱い相互作用の代表的な崩壊.時間は左から右.(a) $\mu^-$ 崩壊.$\mu^-$ が $\nu_\mu$ に変わりながら $W^-$ を放出し,その $W^-$ が $e^-\bar\nu_e$ に崩壊する.世代別レプトン数 $L_\mu$($\mu^-$ と $\nu_\mu$ がそれぞれ $+1$)と $L_e$($e^-$ が $+1$,$\bar\nu_e$ が $-1$)が別々に保存していることを確認せよ.(b) 中性子 $\beta$ 崩壊 $n\to pe^-\bar\nu_e$ をクォークの言葉で描いたもの.起きているのは $d\to u+W^-$ ただ1つで,残る $u,d$ は傍観者である.$\beta$ 崩壊とは,核子の中の $d$ クォークが1個 $u$ に変わることにほかならない.

例:$\mu$ の寿命を計算する

図3.9(a) を第8章の Feynman 則で読むと,$\mu$ の崩壊率は

$$ \Gamma_\mu = \frac{G_F^2\,m_\mu^5}{192\pi^3} $$

となる(導出は第12章).いま数値を入れて,実測と比べてみよう.

ステップ1:$m_\mu^5$ を計算する.$m_\mu = 0.105658\ \mathrm{GeV}$ だから

$$ m_\mu^5 = (0.105658)^5 = 1.3168\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^5} $$

ステップ2:$G_F^2$ を計算する.$G_F = 1.1664\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^{-2}}$ より $G_F^2 = 1.3605\times10^{-10}\ \mathrm{GeV^{-4}}$.

ステップ3:分母を計算する.$192\pi^3 = 192\times31.006 = 5953$.

ステップ4:割る.

$$ \Gamma_\mu = \frac{1.3605\times10^{-10}\times1.3168\times10^{-5}}{5953} = 3.009\times10^{-19}\ \mathrm{GeV} $$

ステップ5:寿命に直す.$\hbar = 6.582\times10^{-25}\ \mathrm{GeV\,s}$ を使って

$$ \tau_\mu = \frac{\hbar}{\Gamma_\mu} = \frac{6.582\times10^{-25}}{3.009\times10^{-19}} = 2.187\times10^{-6}\ \mathrm{s} $$

実測値は $\tau_\mu = 2.1970\times10^{-6}\ \mathrm{s}$.0.4 % の一致である(残差はほぼすべて $\mathcal{O}(\alpha)$ の輻射補正 $-\frac{\alpha}{2\pi}\left(\pi^2-\frac{25}{4}\right)\approx-0.42\ \%$ による.電子質量による位相空間補正 $1-8m_e^2/m_\mu^2$ は $0.019\ \%$ で無視できる).図を1枚描いて,2つの実測定数 $G_F$ と $m_\mu$ を入れるだけで,マイクロ秒の寿命が3桁合う.これが Feynman ダイアグラムの威力である.

ついでに $m^5$ という強い質量依存に注目せよ.$\tau$ レプトン($m_\tau=1776.86\ \mathrm{MeV}$)は $\mu$ の16.8倍重いので,同じ式なら寿命は $16.8^5 = 1.3\times10^6$ 倍短い.実際 $\tau_\tau = 2.903\times10^{-13}\ \mathrm{s}$ で,$\tau_\mu/\tau_\tau = 7.6\times10^{6}$.$\tau$ には $\mu^-\bar\nu_\mu\nu_\tau$($17.4\ \%$)とハドロン(約 $65\ \%$)への崩壊路もあり,$\mu$ の崩壊に対応する $e^-\bar\nu_e\nu_\tau$ の分岐比が $17.8\ \%$ しかないので,全崩壊率は $1/0.178\approx5.6$ 倍になる.これで辻褄が合う.

3.4.3 クォークでは世代が混ざる — Cabibbo 角

レプトンでは世代を跨ぐ頂点がない.ところがクォークでは事情が違う.$\Lambda\to p\pi^-$ のようなストレンジネスを変える崩壊($s\to u$)が,遅いながらも確かに起こるからである.

Cabibbo(1963)の解決策はこうである.弱い相互作用が結合する相手は,質量の固有状態 $d$ そのものではなく,$d$ と $s$ を混ぜた状態 $d'$ である:

$$ \begin{equation} \begin{pmatrix} d' \\ s' \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \cos\theta_C & \sin\theta_C \\ -\sin\theta_C & \cos\theta_C \end{pmatrix} \begin{pmatrix} d \\ s \end{pmatrix}, \qquad \theta_C \approx 13.0^\circ \label{eq:3-cabibbo} \end{equation} $$

$\theta_C$ をCabibbo 角と呼ぶ.$\sin\theta_C = 0.225$,$\cos\theta_C = 0.974$ である.これによって $u$–$d$ 頂点には $\cos\theta_C$ が,$u$–$s$ 頂点には $\sin\theta_C$ が付く.前者を Cabibbo 許容,後者を Cabibbo 抑制 と呼ぶ.崩壊率は振幅の2乗なので,抑制の度合いは

$$ \frac{\sin^2\theta_C}{\cos^2\theta_C} = \tan^2\theta_C = 0.053 \approx \frac{1}{19} $$

である.第3世代まで含めると,$2\times2$ の回転行列は $3\times3$ のユニタリ行列(Cabibbo–小林–益川行列,CKM 行列)に拡張される.

表3.5 CKM 行列要素の大きさ $\abs{V_{ij}}$(PDG 2022,直接測定値.第12章 表12.4・図12.5 と同じ値)
$d$$s$$b$
$u$$0.97373$$0.2243$$0.00382$
$c$$0.221$$0.975$$0.0408$
$t$$0.0086$$0.0415$$1.014$

物理的意味:対角成分が1に近いことの意味

表3.5 は,ほぼ単位行列である.対角成分(同じ世代内)が $0.97\text{–}1.01$,隣の世代への遷移が $0.2\text{–}0.04$,2世代跨ぎが $0.004\text{–}0.009$.世代を1つ跨ぐごとに,振幅がおよそ $\lambda\approx0.22$ 倍ずつ小さくなる.この階層構造は Wolfenstein パラメータ表示として整理される(第12章).

なぜこんな階層があるのかは,標準模型では説明できない.クォーク質量の階層($m_u:m_c:m_t \approx 1:600:8\times10^4$)とともに,標準模型の未解決問題である(第15章).

なお $3\times3$ になって初めて,ユニタリ行列に消せない複素位相が1つ残る.これが CP 対称性の破れの源であり,小林・益川が1973年に「クォークは3世代以上あるはずだ」と予言した根拠である(第6章・第12章).

例:Cabibbo 抑制を実測から読む — $K\to\mu\nu$ 対 $\pi\to\mu\nu$

$\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$ は $u\bar d$ の消滅なので Cabibbo 許容($\propto\abs{V_{ud}}^2$),$K^+\to\mu^+\nu_\mu$ は $u\bar s$ の消滅なので Cabibbo 抑制($\propto\abs{V_{us}}^2$)である.崩壊率の理論式は(第12章)

$$ \Gamma(M\to\mu\nu) = \frac{G_F^2}{8\pi}f_M^2\,m_\mu^2\,m_M\left(1-\frac{m_\mu^2}{m_M^2}\right)^2\abs{V_{q\bar q'}}^2 $$

である.$f_M$ は中間子の崩壊定数(クォーク対が同じ点にいる確率の目安).いま仮に $f_K=f_\pi$ として比をとると

$$ \frac{\Gamma_K}{\Gamma_\pi} = \frac{m_K}{m_\pi}\cdot \frac{\left(1-m_\mu^2/m_K^2\right)^2}{\left(1-m_\mu^2/m_\pi^2\right)^2}\cdot \left|\frac{V_{us}}{V_{ud}}\right|^2 $$

数値を入れる.$m_K/m_\pi = 493.68/139.57 = 3.537$.位相空間因子は $(1-0.0458)^2 = 0.9105$($K$)と $(1-0.5731)^2=0.1823$($\pi$)で,比は $4.996$.$\abs{V_{us}/V_{ud}}^2 = (0.2243/0.97373)^2 = 0.0531$.したがって

$$ \frac{\Gamma_K}{\Gamma_\pi}\bigg|_{f_K=f_\pi} = 3.537\times4.996\times0.0531 = 0.938 $$

実測はどうか.$\tau_\pi = 2.603\times10^{-8}\ \mathrm{s}$,分岐比ほぼ 100 % より $\Gamma_\pi = 3.84\times10^{7}\ \mathrm{s^{-1}}$.$\tau_K=1.238\times10^{-8}\ \mathrm{s}$,$\mathrm{BR}(K\to\mu\nu)=63.6$ % より $\Gamma_K = 5.13\times10^{7}\ \mathrm{s^{-1}}$.比は $1.337$.

予言 $0.938$ に対し実測 $1.337$.ずれは $1.337/0.938 = 1.43$ で,これが $(f_K/f_\pi)^2$ にあたる.すなわち

$$ \frac{f_K}{f_\pi} = \sqrt{1.43} = 1.19 $$

格子 QCD の計算値は $f_K/f_\pi = 1.193\pm0.003$.みごとに一致する.弱い相互作用(Cabibbo 抑制)と強い相互作用(崩壊定数)が,2つの中間子の寿命の中で分離して読み取れたわけである.

3.4.4 中性カレントと GIM 機構

荷電カレントはフレーバーを変える.では中性カレント($Z^0$)はどうか.実験の答えははっきりしている:フレーバーを変える中性カレント(FCNC)は,最低次では存在しない.たとえば

$$ K^0_L \to \mu^+\mu^- \qquad \mathrm{BR} = 6.84\times10^{-9} $$

という崩壊は,$s\bar d \to Z^0 \to \mu^+\mu^-$ という1本の $Z$ 交換で起こせるなら,桁で抑えるものが何もない.この図は,Cabibbo 許容の $K^+\to\mu^+\nu_\mu$($\mathrm{BR}=63.6\ \%$)とまったく同じ $f_K m_\mu$ のヘリシティ抑制しか受けず,結合の大きさも $\sin\theta_C\cos\theta_C\approx0.22$ と $\abs{V_{us}}\approx0.22$ で同程度だからである.$K_L$ の寿命 $\tau_{K_L}=5.12\times10^{-8}\ \mathrm{s}$ を掛ければ $\mathrm{BR}\sim10^{-1}$ のオーダーになるはずである.実測はそれより7〜8桁小さい(第12章 12.5.2 項も同じ過程を「予言より $10^8$ 倍も起きにくい」と述べている).何かが効いてこれを消している.

導出:GIM 機構による FCNC の相殺

ステップ1:$Z$ が結合する相手を書く.$Z^0$ は,弱い固有状態のペアの「上どうし」「下どうし」に結合する.クォークが $u,d,s$ の3つだけ(すなわち $c$ がまだ無い)だとすると,$d$ 型の弱い固有状態は $d'=d\cos\theta_C+s\sin\theta_C$ ひとつきりなので,$Z$ に結合する組合せは

$$ \bar d' d' = \left(\bar d\cos\theta_C + \bar s\sin\theta_C\right)\left(d\cos\theta_C + s\sin\theta_C\right) $$

ステップ2:展開する.

$$ \bar d'd' = \bar dd\,\cos^2\theta_C + \bar ss\,\sin^2\theta_C + \underbrace{\left(\bar ds + \bar sd\right)\sin\theta_C\cos\theta_C}_{\text{フレーバーを変える項!}} $$

最後の項が $s\leftrightarrow d$ の遷移を引き起こす.係数は $\sin\theta_C\cos\theta_C = 0.225\times0.974 = 0.219$ で,けっして小さくない.これでは $K^0_L\to\mu^+\mu^-$ が起きすぎてしまう.

ステップ3:第4のクォークを導入する(GIM の提案,1970年).Glashow, Iliopoulos, Maiani は,当時未発見だった $c$ クォークの存在を仮定し,直交する組合せ

$$ s' = -d\sin\theta_C + s\cos\theta_C $$

が $c$ と対をなす,とした.すると $Z$ に結合する項がもう1つ加わる:

$$ \bar s's' = \bar dd\,\sin^2\theta_C + \bar ss\,\cos^2\theta_C - \left(\bar ds + \bar sd\right)\sin\theta_C\cos\theta_C $$

ステップ4:足す.2つを足すと

$$ \begin{equation} \bar d'd' + \bar s's' = \bar dd\left(\cos^2\theta_C+\sin^2\theta_C\right) + \bar ss\left(\sin^2\theta_C+\cos^2\theta_C\right) = \bar dd + \bar ss \label{eq:3-gim} \end{equation} $$

フレーバーを変える項が完全に消えた.しかも残ったのは,混合がまったくない場合とそっくり同じ形である.

ステップ5:一般化.この相殺は Cabibbo 行列(一般には CKM 行列)のユニタリ性だけから従う.$\sum_i V_{ij}^* V_{ik} = \delta_{jk}$ が \eqref{eq:3-gim} の中身である.ユニタリ性は「確率の総和が1」の言い換えなので,GIM 機構は理論の整合性から自動的に出てくる.

物理的意味:GIM はチャームクォークを予言した

1970年当時,知られていたクォークは $u,d,s$ の3つだけだった.GIM 機構は「FCNC が観測されない」という実験事実から,4番目のクォークが存在しなければならないと結論した.4年後の1974年,$J/\psi$ の発見によって $c$ クォークが実在することが確かめられた(第2章).

さらに GIM の相殺は完全ではない.ループ図(箱型図)では $u$ と $c$ の質量差 $m_c^2-m_u^2$ に比例する残差が生じる.この残差が $K^0$–$\bar K^0$ 混合,すなわち $K_L$–$K_S$ の質量差 $\Delta m_K = 3.48\times10^{-12}\ \mathrm{MeV}$ を与え,Gaillard と Lee(1974)は実測の $\Delta m_K$ から $m_c\approx1.5\ \mathrm{GeV}$ を予言した.実測の $m_c = 1.27\ \mathrm{GeV}$ と合っている.「起きない反応」や「小さすぎる量」の測定が,未発見粒子の質量を教える——これが素粒子物理の常套手段である.

なお,$K^0_L\to\mu^+\mu^-$ の実測値 $6.84\times10^{-9}$ そのものは,短距離の GIM 残差ではなく $K_L\to\gamma\gamma\to\mu^+\mu^-$ という長距離(2光子)過程でほぼ飽和している.$\mathrm{BR}(K_L\to\gamma\gamma)=5.47\times10^{-4}$ から決まるユニタリティ下限(吸収部分だけの寄与)が $6.6\times10^{-9}$ で,実測値をほぼ説明してしまうのである.短距離寄与はこれを超えない範囲に収まっていなければならず,そのことが $m_c$ への制限として働く.「小さい分岐比=GIM 残差そのもの」と読まないよう注意されたい.

3.5 崩壊と保存則

ここまでで,三つの相互作用の頂点が出そろった.どんな図が描けるかは,結局「どの頂点をどうつなげるか」で決まる.それを量子数の言葉に翻訳したものが保存則である.

3.5.1 保存則の二つの階層

保存則には性格の違う二種類がある.

定義:絶対的保存則と相互作用依存の保存則

絶対的保存則(標準模型の範囲で):どの相互作用でも必ず成り立ち,摂動論の図としては破るものが描けない.

相互作用依存の保存則:ある相互作用では成り立ち,別の相互作用では破れる.破る図は描けるが,特定の頂点を使わねばならない.

表3.6 保存則と相互作用の対応表(○=保存,×=破れる)
保存量強い力電磁気力弱い力備考
エネルギー・運動量 $p^\mu$○○○時空の並進対称性(第5章)
角運動量 $J$○○○回転対称性
電荷 $Q$○○○$U(1)$ ゲージ対称性
バリオン数 $B$○○○偶然の対称性.標準模型でも非摂動的なスファレロン過程で $B+L$ は破れうるが($B-L$ は保存),$T\ll100\ \mathrm{GeV}$ では無視できる.大統一では摂動的にも破れる(第15章)
レプトン数 $L_e,L_\mu,L_\tau$○○○ニュートリノが質量ゼロの範囲で厳密.質量があれば世代別は振動で破れる(第14章)
色(色一重項)○○○閉じ込め
フレーバー $S,C,\tilde B,T$○○×$W$ 頂点だけがフレーバーを変える
アイソスピン $I$○××電磁では $I_3$ のみ保存
$G$ パリティ○××$G=C\ee^{\ii\pi I_2}$
パリティ $P$○○×Wu の実験(1957年).最大限に破れる
荷電共役 $C$○○×第6章
$CP$○○×破れる.$K$ 系では $\abs{\varepsilon}\approx2\times10^{-3}$ と小さいが,$B$ 系では $\sin2\beta\approx0.7$ と $\mathcal{O}(1)$ の非対称(第6・12章)
$CPT$○○○場の理論の定理(第6章)

物理的意味:なぜ弱い力だけがフレーバーを変えられるのか

表3.6 で「弱い力だけが例外」に見えるのは,偶然ではなく頂点の構造の反映である.

強い相互作用と電磁相互作用の頂点(図3.5a,図3.2a)は,入るフェルミオンと出るフェルミオンが同種である.グルーオンは色を変えるがフレーバーは変えず,光子は電荷に比例して結合するだけでやはりフレーバーを変えない.したがって,これらの相互作用ではクォークの種類ごとの個数($N_u, N_d, N_s,\ldots$)が別々に保存する.ストレンジネス $S = -(N_s - N_{\bar s})$ の保存はその帰結である.

ところが $W$ 頂点(図3.8b)だけは,$d$ を $u$ に,$s$ を $c$ に変える.$W$ は電荷を運ぶので,電荷保存のためには相手のフェルミオンの電荷が $\pm1$ 変わらねばならず,クォークの場合それは種類が変わることを意味する.「電荷をもった媒介粒子」であることが,フレーバーを変える唯一の理由なのである.

そして $Z$(中性)は電荷を運ばないので,フレーバーを変えない.GIM 機構(3.4.4項)は,この直感が量子論のレベルでも成り立つことを保証している.

3.5.2 禁止則の判定手順

与えられた反応・崩壊が起こるかどうかは,次の手順で機械的に判定できる.

判定の手順

  1. エネルギー:崩壊なら,親の質量が娘の質量の和より大きいか.小さければそこで終わり(絶対に起こらない).
  2. 電荷 $Q$:両辺で等しいか.
  3. バリオン数 $B$:両辺で等しいか.
  4. レプトン数 $L_e,L_\mu,L_\tau$:それぞれ両辺で等しいか.(粒子に $+1$,反粒子に $-1$.)
  5. ここまでで1つでも破れていれば,絶対禁止.
  6. すべて満たすなら,どの相互作用が担うかを決める:
    • フレーバー($S,C,\tilde B$)が保存し,光子もレプトンも関与しない → 強い相互作用($\tau\sim10^{-23}\ \mathrm{s}$)
    • フレーバーが保存し,光子が関与する → 電磁相互作用($\tau\sim10^{-20}\text{–}10^{-16}\ \mathrm{s}$.表3.1)
    • フレーバーが変わる,またはニュートリノが現れる → 弱い相互作用($\tau\gtrsim10^{-13}\ \mathrm{s}$)
  7. 弱い相互作用でも,$\abs{\Delta S}=2$ は $W$ を2本使う必要があり,さらに強く抑制される.
表3.7 主要粒子の量子数(本章の演習で使う)
粒子クォーク構成$Q$$B$$S$質量 [MeV]
$p$$uud$$+1$$+1$$0$$938.272$
$n$$udd$$0$$+1$$0$$939.565$
$\Lambda$$uds$$0$$+1$$-1$$1115.68$
$\Sigma^+$$uus$$+1$$+1$$-1$$1189.37$
$\Sigma^0$$uds$$0$$+1$$-1$$1192.64$
$\Sigma^-$$dds$$-1$$+1$$-1$$1197.45$
$\Xi^-$$dss$$-1$$+1$$-2$$1321.71$
$\Omega^-$$sss$$-1$$+1$$-3$$1672.45$
$\pi^+$$u\bar d$$+1$$0$$0$$139.570$
$\pi^0$$(u\bar u-d\bar d)/\sqrt2$$0$$0$$0$$134.977$
$K^+$$u\bar s$$+1$$0$$+1$$493.677$
$K^0$$d\bar s$$0$$0$$+1$$497.611$
$K^-$$s\bar u$$-1$$0$$-1$$493.677$

注意:ストレンジネスの符号は歴史的な事故である

$s$ クォークのストレンジネスは $S=-1$ である($+1$ ではない).したがって $s$ を含む $\Lambda,\Sigma,\Xi$ は負のストレンジネスをもち,$\bar s$ を含む $K^+,K^0$ が正のストレンジネスをもつ.

この符号は,クォークが知られる前(1953年)に Gell-Mann と西島が現象論的に決めたもので,あとから見れば逆にしておけばよかったのだが,文献の互換性のためそのまま使われている.同様に,チャームは $c$ が $C=+1$,ボトムは $b$ が $\tilde B=-1$,トップは $t$ が $T=+1$ である.一見ばらばらに見えるが,これらは「フレーバー量子数の符号=そのクォークの電荷の符号」という一貫した規約(PDG)で統一されている:電荷 $-1/3$ の $s,b$ が負,電荷 $+2/3$ の $c,t$ が正である.ストレンジネスだけが $s$ クォークに対して負という「事故」に見えるのは,この規則がクォーク発見前に決めた $S$ に合わせて事後的に整えられたからにすぎない.

3.5.3 判定練習

例1:$p \to e^+ + \pi^0$(陽子崩壊)

エネルギー:$938.3 > 0.511+135.0 = 135.5$.OK.

電荷:$+1 \to +1+0 = +1$.OK.

バリオン数:$B: 1 \to 0+0 = 0$.破れている.

レプトン数:$L_e: 0 \to -1+0 = -1$.破れている.

判定:絶対禁止.実際,スーパーカミオカンデはこのモードの寿命に $\tau > 2.4\times10^{34}$ 年という下限を与えている(宇宙年齢の $10^{24}$ 倍).ただし大統一理論はこの崩壊を予言するので,「見つからないこと」自体が理論を絞り込む重要なデータである(第15章).

なお $B-L$ は保存している($1-0 = 0-(-1)$)ことに注意.多くの大統一理論はこの組合せを保存する.

例2:$\pi^- + p \to K^0 + \Lambda$ と $\pi^- + p \to K^0 + n$

前者:$Q: -1+1 = 0 \to 0+0 = 0$ ○.$B: 0+1=1 \to 0+1=1$ ○.$S: 0+0=0 \to (+1)+(-1)=0$ ○.すべて保存するので強い相互作用で起こる.断面積はミリバーン級で,実験室で日常的に見られる.$K$ と $\Lambda$ が必ず一緒に生成されるので随伴生成(associated production)と呼ばれる.

後者:$Q$ ○,$B$ ○.しかし $S: 0 \to (+1)+0 = +1$.$\Delta S = 1$ なので強い相互作用では起こらない.弱い相互作用でなら起こりうるが,振幅が $G_F m_p^2\approx10^{-5}$ の程度に落ちるので断面積は $\sim10^{-10}\text{–}10^{-11}$ 倍になり,実質的に観測されない.

この「$K$ は必ずハイペロンと組で作られる」という規則が,ストレンジネスという量子数が発見された経緯そのものである(第2章).

例3:$\Xi^- \to n + \pi^-$ はなぜ見えないのか

エネルギー:$1321.7 > 939.6+139.6 = 1079.2$.OK.

電荷:$-1 \to 0 + (-1)$.OK. バリオン数:$1\to1$.OK. レプトン数:両辺 $0$.OK.

ストレンジネス:$-2 \to 0$.すなわち $\abs{\Delta S}=2$.$W$ 頂点は1回で $\abs{\Delta S}\le1$ しか変えられないので,この崩壊には $W$ を2本使う図が必要である.振幅は $G_F^2$,率は $G_F^4$ に比例し,1本の場合よりはるかに小さい.

判定:絶対禁止ではないが強く抑制される.実測の上限は $\mathrm{BR} < 1.9\times10^{-5}$ である.実際の $\Xi^-$ はもっぱら $\abs{\Delta S}=1$ の $\Xi^-\to\Lambda+\pi^-$($\mathrm{BR}=99.887$ %)で崩壊する.$\Lambda$ がさらに $\Lambda\to p\pi^-$ で崩壊するので,$\Delta S=2$ は2段階に分けて実現される.これが「カスケード崩壊」の名の由来で,$\Xi$ が cascade particle と呼ばれる理由でもある.

例4:$\pi^0\to\gamma\gamma$ は起きるが $\pi^0\to\gamma\gamma\gamma$ は起きない

どちらもエネルギー・電荷・$B$・$L$・$S$ をすべて保存する.違いは荷電共役 $C$ にある.

$\pi^0$ の $C$ 固有値は $+1$($\pi^0\to\gamma\gamma$ が実際に起きることから決まる).光子の $C$ 固有値は $-1$ なので,$n$ 個の光子の系は $C=(-1)^n$ をもつ:

$$ C(\gamma\gamma) = (+1),\qquad C(\gamma\gamma\gamma) = (-1) $$

電磁相互作用は $C$ を保存するので(表3.6),$\pi^0\to3\gamma$ は禁止される.実測上限は $\mathrm{BR}<3.1\times10^{-8}$ で,$\pi^0\to2\gamma$($\mathrm{BR}=98.8$ %)と比べて7桁以上小さい.

同じ論理はポジトロニウムにも効く.スピン一重項(パラポジトロニウム,$C=+1$)は2光子に,スピン三重項(オルソポジトロニウム,$C=-1$)は3光子にしか崩壊できない.そのため寿命が $0.125\ \mathrm{ns}$ 対 $142\ \mathrm{ns}$ と3桁違う.この寿命差を使うのが陽電子寿命測定(PALS)であるが,材料による使い分けがある.高分子や多孔質シリカではオルソポジトロニウムができ,その $142\ \mathrm{ns}$ が周囲の電子との pick-off 消滅で数 ns まで短縮されるので,短縮量から自由体積(細孔サイズ)を見積もる(Tao–Eldrup 模型).一方,金属や半導体ではポジトロニウムがほとんど生成せず,空孔(vacancy)の検出は捕獲された自由陽電子自身の寿命の延び(たとえば Al でバルク $160\ \mathrm{ps}$ から単空孔 $240\ \mathrm{ps}$ へ)で行う.どちらも「陽電子寿命測定」と呼ばれるが,測っている量は別物である.

表3.8 判定練習のまとめ
反応判定破れる(あるいは担う)量実測
$p\to e^+\pi^0$絶対禁止$B$, $L_e$$\tau>2.4\times10^{34}\ \mathrm{yr}$
$e^-\to\nu_e\gamma$絶対禁止電荷 $Q$$\tau>6.6\times10^{28}\ \mathrm{yr}$
$\mu^-\to e^-\gamma$絶対禁止(標準模型)$L_e$, $L_\mu$$\mathrm{BR}<3.1\times10^{-13}$
$\Lambda\to pK^-$禁止エネルギー($1115.7<1432.0$)—
$\pi^0\to\gamma\gamma\gamma$禁止(電磁)$C$ パリティ$\mathrm{BR}<3.1\times10^{-8}$
$\Xi^-\to n\pi^-$強く抑制$\abs{\Delta S}=2$$\mathrm{BR}<1.9\times10^{-5}$
$\pi^-p\to K^0\Lambda$許容(強い)—$\sigma\sim$ mb
$\Sigma^0\to\Lambda\gamma$許容(電磁)$\Delta S=0$,$\gamma$ あり$\tau=7.4\times10^{-20}\ \mathrm{s}$
$\Lambda\to p\pi^-$許容(弱い)$\abs{\Delta S}=1$$\tau=2.62\times10^{-10}\ \mathrm{s}$
$n\to pe^-\bar\nu_e$許容(弱い)$\Delta S=0$,$\nu$ あり$\tau=878.4\ \mathrm{s}$

材料科学との接点:保存則は選択則である

「ある遷移が起きるか起きないか」を対称性だけで判定する——この思考は,分光学の選択則とまったく同じものである.

光学吸収の電気双極子遷移が許容されるかどうかは,行列要素

$$ \braket{f|\hat{\bm{d}}|i} \neq 0 $$

が対称性から許されるかで決まる.始状態・終状態・演算子の既約表現の直積が全対称表現を含むかどうか,という群論的な判定である(『固体物理学入門』第10章「群論の応用」).たとえば中心対称な結晶では $\hat{\bm{d}}$ が奇パリティなので,同じパリティの準位間の遷移は禁止される(Laporte 則).遷移金属酸化物の $d$–$d$ 遷移が弱いのはこのためで,八面体がわずかに歪む(対称性が下がる)と禁制が緩んで色が濃くなる.

素粒子の禁止則もまったく同じ構造である.$\pi^0\to3\gamma$ が禁止されるのは $C$ という離散対称性の演算子の固有値が合わないからであり,Laporte 則が $P$ の固有値で禁止するのと同じ論法である.そして「禁制が完全には成り立たず,わずかに破れる」という点まで共通している:$d$–$d$ 遷移は振動との結合(vibronic coupling)で禁制が破れ,$K^0_L\to\pi\pi$ は $CP$ の微小な破れで禁制が破れる.

違うのは,物性では対称性を破る摂動(結晶場,フォノン,スピン軌道相互作用)が手で入れられるのに対し,素粒子では対称性の破れ方そのものが理論に組み込まれている点である.しかし判定の作法——量子数を数え,直積を作り,ゼロかどうかを見る——は文字どおり同一で,どちらも第5章で扱う群の表現論から出てくる.

3.6 統一への道

3.6.1 三つの結合定数を同じ図に描く

3.3.4 項で,$\alpha_s$ がエネルギーとともに走ることを見た.走るのは $\alpha_s$ だけではない.電磁相互作用の $\alpha$ も,弱い相互作用の結合も走る.しかも走る向きと速さが違う.

標準模型は3つのゲージ群 $SU(3)_C\times SU(2)_L\times U(1)_Y$ をもち,それぞれに結合定数 $g_3,g_2,g_1$ がある.1ループの走り方は

$$ \begin{equation} \frac{1}{\alpha_i(\mu)} = \frac{1}{\alpha_i(m_Z)} - \frac{b_i}{2\pi}\ln\frac{\mu}{m_Z}, \qquad (b_1,b_2,b_3) = \left(\frac{41}{10},\ -\frac{19}{6},\ -7\right) \label{eq:3-running3} \end{equation} $$

である($\alpha_1$ は大統一で自然な規格化 $\alpha_1 = \frac53\alpha'$ を採った.$\alpha'$ は $U(1)_Y$ の結合).なお \eqref{eq:3-running3} の $b_i$ は大統一の文献の慣用にしたがって \eqref{eq:3-running-as} の $b_0$ と符号を逆に定義してある($\ln\mu$ の項の前の符号も逆なので,中身は同じである).QCD なら $b_3 = -b_0 = -7$ で,どちらの式も「$\alpha_3$ は高エネルギーで小さくなる」を表す.出発点は $m_Z$ での実測値:

$$ \alpha_1^{-1}(m_Z) = 59.0,\qquad \alpha_2^{-1}(m_Z) = 29.6,\qquad \alpha_3^{-1}(m_Z) = 8.5 $$
標準模型の三つの結合定数の逆数 α_i^-1 の 1 ループの走りを log10(μ/GeV) に対して描いた図.α_1^-1(橙)は減少し,α_2^-1(藍)と α_3^-1(赤)は増加して,10^13〜10^17 GeV で 3 本が接近する(緑の楕円)が 1 点では交わらない.
図3.10 標準模型の三つの結合定数の走り(1ループ).縦軸は $\alpha_i^{-1}$ なので,下向きが「強い」である.$\alpha_3$(強い力)はエネルギーとともに弱くなり(漸近的自由),$\alpha_1$(超電荷 $U(1)_Y$.電磁結合 $\alpha$ そのものではなく,$\alpha^{-1}=\alpha_2^{-1}+\frac53\alpha_1^{-1}$ で $\alpha_2$ と合成されて電磁気になる親)は強くなる.$10^{13}$–$10^{17}\ \mathrm{GeV}$ で3本が接近するが,標準模型のままでは1点では交わらない(緑の楕円).超対称性を導入して粒子を増やすと $b_i$ が変わり,$\mu\approx2\times10^{16}\ \mathrm{GeV}$ で $\alpha^{-1}\approx24$ の1点に収束する.これが超対称大統一理論(SUSY GUT)が支持される最大の状況証拠である(第15章).

3.6.2 電弱統一 — 二つの力が一つになる

「二つの力が一つになる」とは,具体的に何が起こることか.電弱統一(Glashow–Weinberg–Salam,1979年ノーベル賞)を例にとる.

出発点は $SU(2)_L\times U(1)_Y$ というゲージ群である.$SU(2)_L$ には3つのゲージ場 $W^1,W^2,W^3$(結合 $g$),$U(1)_Y$ には1つのゲージ場 $B$(結合 $g'$)がある.合計4つ.ところが観測される媒介粒子は $W^+,W^-,Z^0,\gamma$ の4つである.対応関係は次のとおり.

導出:$W^3$ と $B$ が混ざって $Z$ と $\gamma$ になる

ステップ1:荷電の組合せ.$W^1,W^2$ は電荷の固有状態でないので,組み替える:

$$ W^\pm = \frac{1}{\sqrt2}\left(W^1 \mp \ii W^2\right) $$

これが荷電カレントを媒介する $W^\pm$ である.

ステップ2:中性の2つを混ぜる.残った中性の $W^3$ と $B$ は,同じ量子数(電荷 0)をもつので,量子力学的に混ざる.混合角 $\theta_W$(Weinberg 角)を導入して

$$ \begin{pmatrix} \gamma \\ Z^0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \cos\theta_W & \sin\theta_W \\ -\sin\theta_W & \cos\theta_W \end{pmatrix} \begin{pmatrix} B \\ W^3 \end{pmatrix} $$

Cabibbo 角 \eqref{eq:3-cabibbo} とまったく同じ $2\times2$ 回転である.素粒子物理には,こうした「2つの状態が混ざる」構造がくり返し現れる.

ステップ3:電荷との関係.光子が電荷に結合するという条件から,

$$ \begin{equation} e = g\sin\theta_W = g'\cos\theta_W, \qquad \tan\theta_W = \frac{g'}{g} \label{eq:3-weinberg} \end{equation} $$

ステップ4:質量の関係.Higgs 機構(第13章)で $W$ と $Z$ が質量を得るとき,$\gamma$ だけは質量ゼロのまま残る.その結果

$$ m_W = m_Z\cos\theta_W $$

という関係が出る.これは理論の非自明な予言であり,$W$ と $Z$ の質量を独立に測れば検証できる.

ステップ5:数値で検算する.$\sin^2\theta_W = 0.2312$($\overline{\mathrm{MS}}$ 表示,$m_Z$ スケール)を使うと $\cos\theta_W = \sqrt{1-0.2312}=0.8768$.よって

$$ m_W^{\text{予言}} = 91.188\times0.8768 = 79.95\ \mathrm{GeV} $$

実測は $m_W = 80.377\ \mathrm{GeV}$.0.5 % の一致である(残差は輻射補正.逆に,質量比から $\sin^2\theta_W$ を定義する「オンシェル表示」では $\sin^2\theta_W \equiv 1-m_W^2/m_Z^2 = 0.2231$ となり,表示の違いがこの差を吸収する).

ステップ6:結合定数の整合性.\eqref{eq:3-weinberg} から $g = e/\sin\theta_W$.$m_Z$ スケールでの $\hat\alpha(m_Z)=1/127.95$($\overline{\rm MS}$.第10章 10.6.4 項)を使うと $e=\sqrt{4\pi/127.95}=0.3133$,$\sin\theta_W = 0.4808$ より

$$ g = \frac{0.3133}{0.4808} = 0.6516 $$

一方,3.2.3 項で $G_F$ と $m_W$ から求めた値は $g_w = \sqrt{0.4261}=0.6528$.0.2 % で一致する.低エネルギーの $\beta$ 崩壊($G_F$)と,$Z$ 極での精密測定($\sin^2\theta_W$)と,$W$ の質量が,1つの理論の中で辻褄が合っている.これが電弱統一が信じられている理由である.

物理的意味:「統一」とは何が起きたのか

電弱統一によって,弱い相互作用と電磁相互作用は1つの結合定数 $g$ と混合角 $\theta_W$ で記述されるようになった.独立なパラメータが2つ($e$ と $G_F$)から,やはり2つ($g$ と $g'$)になっただけに見えるかもしれない.

しかし違いは決定的である.統一以前は,弱い相互作用は $G_F$ という次元をもつ定数で書かれた「4フェルミ接触相互作用」でしかなく,高エネルギーで断面積がユニタリティ限界を超えて破綻することが知られていた.統一後は,$W,Z$ を明示的にもつくりこみ可能なゲージ理論になり,任意のエネルギーで計算できる.そしてその代償として $W,Z$ という新粒子の存在と,その質量が予言された.1983年,CERN が予言どおりの質量で $W$ と $Z$ を発見した.

統一の本当の意味は「パラメータが減る」ことではなく,理論が予言力をもつことである.

3.6.3 大統一の予告

図3.10 を見れば,次の一歩は明らかである.3本の線が接近するエネルギー($\sim10^{16}\ \mathrm{GeV}$)で,$SU(3)_C\times SU(2)_L\times U(1)_Y$ が1つの大きな群に埋め込まれるのではないか.これが大統一理論(grand unified theory, GUT)である.最小の候補は $SU(5)$(Georgi–Glashow, 1974)である.

定理:$SU(5)$ は電荷の量子化を説明する

大統一の最も美しい帰結は,「なぜ陽子の電荷は電子の電荷とぴったり符号だけ違うのか」に答えることである.標準模型では超電荷の割り当てそのものが入力であって,ゲージ群の構造からは出てこない(ゲージアノマリーの相殺を要請すれば超電荷は量子化されるが,それも1世代の粒子内容を先に与えたうえでの条件である).大統一では,これが群論から自動的に出る.

$SU(5)$ では,第1世代のフェルミオンが $\bar{\mathbf5}$ と $\mathbf{10}$ の2つの表現に収まる.$\bar{\mathbf5}$ の中身は

$$ \bar{\mathbf5} = \left(d^c_r,\ d^c_g,\ d^c_b,\ e^-,\ -\nu_e\right)_L $$

である($d^c$ は $d$ クォークの反粒子で,電荷は $+1/3$.第15章 15.2.2 項と同じ配置である).ここで電荷は $SU(5)$ の生成子の1つなので,トレースがゼロでなければならない($SU(N)$ の生成子はトレースレス).したがって

$$ 3\,Q_{d^c} + Q_{e^-} + Q_{\nu_e} = 0 \quad\Longrightarrow\quad 3\,Q_{d^c} - 1 + 0 = 0 \quad\Longrightarrow\quad Q_{d^c} = +\frac13 $$

$d^c$ は $d$ クォークの反粒子だから,$d$ クォーク自身の電荷は $Q_d = -1/3$ である.クォークの電荷が電子の電荷の $1/3$ の整数倍であることと,色が3種類であることが,同じ1本の式から出てくる.「3」が分母に現れたのは,色の数が3だからにほかならない.

ただし $SU(5)$ には代償もある.$\bar{\mathbf5}$ の中でクォークとレプトンが同じ多重項に入るので,両者を入れ替えるゲージ粒子($X,Y$ ボソン,質量 $\sim10^{15}\ \mathrm{GeV}$)が存在し,陽子が崩壊する.最小 $SU(5)$ の予言は $\tau_p \sim 10^{30\text{–}31}$ 年で,これは Super-Kamiokande の下限 $\tau_p > 2.4\times10^{34}$ 年($p\to e^+\pi^0$)にすでに否定されている.超対称性を入れた SUSY-GUT では $\tau_p\sim10^{34\text{–}36}$ 年となり,まだ生き残っている.次世代実験(Hyper-Kamiokande)がこの領域を探る.第15章で詳しく議論する.

3.6.4 走る結合定数の一般論

ここまでの走り方は,すべて次の形の微分方程式から出ている:

$$ \begin{equation} \mu\frac{\dd g}{\dd\mu} = \beta(g), \qquad \beta(g) = -\frac{b_0}{16\pi^2}g^3 + \mathcal{O}(g^5) \label{eq:3-beta} \end{equation} $$

$\beta(g)$ をベータ関数と呼ぶ.$\alpha = g^2/4\pi$ で書き直せば \eqref{eq:3-running-as} や \eqref{eq:3-running3} になる.$\beta$ の符号が理論の性格を決める:

材料科学との接点:走る結合定数はくりこみ群そのものである

式 \eqref{eq:3-beta} を見て「これは Kondo 問題のスケーリング方程式だ」と思った読者は,完全に正しい.同じ方程式なのである.

Anderson の poor man's scaling(1970年)は,磁性不純物と伝導電子の交換相互作用 $J$ について,バンド幅カットオフ $D$ を下げていったときの実効的な $J$ の変化を追う.無次元結合 $j \equiv \rho J$($\rho$ は状態密度)に対して

$$ \frac{\dd j}{\dd\ln D} = -2j^2 + \mathcal{O}(j^3) $$

QCD のほうは,$\alpha_s$ について

$$ \frac{\dd\alpha_s}{\dd\ln\mu} = -\frac{b_0}{2\pi}\alpha_s^2 + \mathcal{O}(\alpha_s^3) $$

最低次では字面まで同じである.どちらも $-(\text{正の定数})\times(\text{結合})^2$ で,スケールを下げると結合が増大する.解も同じ形をとる(2ループ以降は $\mathcal{O}(j^3)$ と $\mathcal{O}(\alpha_s^3)$ の係数の構造が違うので,一致は最低次の話である):

表3.9 QCD の漸近的自由と Kondo 効果の対応
QCDKondo 効果
走る結合$\alpha_s$$j=\rho J$(反強磁性 $J>0$)
スケールエネルギー $\mu$バンド幅カットオフ $D$
方程式$\dfrac{\dd\alpha_s}{\dd\ln\mu}=-\dfrac{b_0}{2\pi}\alpha_s^2$$\dfrac{\dd j}{\dd\ln D}=-2j^2$
解$\dfrac{1}{\alpha_s(\mu)}=\dfrac{b_0}{2\pi}\ln\dfrac{\mu}{\Lambda}$$\dfrac{1}{j(D)}=2\ln\dfrac{D}{T_K}$
発散スケール$\Lambda_{\mathrm{QCD}}=\mu\,\ee^{-2\pi/(b_0\alpha_s)}$$T_K = D\,\ee^{-1/(2j)}$
典型値$\Lambda\approx0.09\ \mathrm{GeV}$(1ループ,$\mu=m_Z$ から.3.3.4項);フレーバー閾値と2ループ込みでは $\Lambda^{(3)}_{\overline{\mathrm{MS}}}\approx0.33\ \mathrm{GeV}$$T_K\approx78\ \mathrm{K}$($D=1\ \mathrm{eV}$, $j=0.1$)
低エネルギーの帰結閉じ込め,ハドロン(色一重項)局在スピンの遮蔽,一重項束縛状態
摂動論の破綻$\mu\lesssim1\ \mathrm{GeV}$$T\lesssim T_K$
非摂動的手法格子 QCD(Wilson 1974)数値くりこみ群 NRG(Wilson 1975)

最後の行に注目してほしい.格子 QCD を作ったのも,数値くりこみ群で Kondo 問題を解いたのも,同じ Kenneth Wilson である.しかも両方とも 1974–75 年,同じ思想(スケールを段階的に落としていく)で書かれた.Wilson の 1982 年のノーベル賞は「相転移に関連する臨界現象の理論」に対してだが,その理論はそのまま素粒子物理の基礎になっている.

数値も確かめておこう.$D=1\ \mathrm{eV}$,$j=\rho J=0.1$ とすると

$$ T_K = 1\ \mathrm{eV}\times\ee^{-1/0.2} = 1\times\ee^{-5} = 6.74\ \mathrm{meV} = 78\ \mathrm{K} $$

希薄合金の Kondo 温度としてまったく現実的な値である.そして QCD では

$$ \Lambda_{\mathrm{QCD}} = m_Z\,\ee^{-2\pi/(b_0\alpha_s(m_Z))} = 91.2\ \mathrm{GeV}\times\ee^{-6.95} = 88\ \mathrm{MeV} $$

(1ループの粗い値.3.3.4項).どちらも「カットオフに指数関数的に小さい因子を掛けた新しいスケール」が生まれている.これを次元転換と呼ぶ.無次元の結合定数から,指数関数を通じてエネルギースケールが湧き出す——この現象は,素粒子でも物性でも同じ数理である.

(a) QCD の 1/α_s は ln μ の一次関数で,μ=Λ_QCD でゼロになり,m_Z で約 8.5.(b) Kondo 効果の 1/j は ln D の一次関数で,D=T_K でゼロになり,バンド幅 D で 10.どちらも直線で,結合が発散する点が物理的なスケールを与える.
図3.11 同じ微分方程式,同じ絵.(a) QCD の $1/\alpha_s$ は $\ln\mu$ に対して直線的に増え,$\mu=\Lambda_{\mathrm{QCD}}$ でゼロになる(=結合が発散する).(b) Kondo 問題の $1/(\rho J)$ は $\ln D$ に対して直線的に増え,$D=T_K$ でゼロになる.横軸の意味(素粒子ではエネルギー,物性ではバンド幅カットオフ)と傾きの値が違うだけで,構造は完全に同じである.どちらも「摂動論が破綻する点そのものが,物理的に意味のあるスケールを与える」という同じ教訓を含んでいる.

3.7 まとめと演習

3.7.1 まとめ

3.7.2 演習問題

解答は付録E の E.3 節(appE_solutions.html)にある.まず自力で解き,どうしても進まないときに開くこと.

演習3.1 結合定数の無次元化 (解答)

本文 3.1.2 項にならって,重力の無次元結合定数を評価する.$G=6.674\times10^{-11}\ \mathrm{N\,m^2/kg^2}$,$\hbar c = 3.161\times10^{-26}\ \mathrm{J\,m}$ を用いよ.

(1) 電子2個の間の重力に対する $\alpha_G^{(e)} = Gm_e^2/(\hbar c)$ を計算せよ($m_e = 9.109\times10^{-31}\ \mathrm{kg}$).

(2) $\alpha/\alpha_G^{(e)}$ を求め,陽子の場合($1.2\times10^{36}$)と比べよ.なぜ電子のほうが比が大きいのか説明せよ.

(3) 「重力が電磁気力と同じ強さになる」ためには,粒子の質量がいくらでなければならないか.すなわち $Gm^2/(\hbar c)=\alpha$ を満たす $m$ を求め,GeV 単位で表せ.

ヒント:(1) $\alpha_G^{(e)}=1.75\times10^{-45}$.(2) $4.2\times10^{42}$.質量比 $(m_p/m_e)^2=3.4\times10^6$ 倍だけ電子のほうが重力が弱い.(3) $m=\sqrt{\alpha\hbar c/G}=1.86\times10^{-9}\ \mathrm{kg}=1.04\times10^{18}\ \mathrm{GeV}$.これは Planck 質量 $M_{\mathrm{Pl}}=\sqrt{\hbar c/G}=1.22\times10^{19}\ \mathrm{GeV}$ の $\sqrt\alpha$ 倍である.

演習3.2 媒介粒子の質量と到達距離 (解答)

湯川ポテンシャル \eqref{eq:3-yukawa} の到達距離 $R=\hbar c/(mc^2)$ を用いる.

(1) $\rho$ 中間子($m_\rho = 775.3\ \mathrm{MeV}$)と $Z^0$($m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$)が媒介する力の到達距離を fm 単位で求めよ.

(2) 核力の到達距離が実験的に $1.4\ \mathrm{fm}$ 程度と分かっているとき,湯川の議論から媒介粒子の質量を推定せよ.それは実際のどの粒子か.

(3) $r = 2\ \mathrm{fm}$ における湯川ポテンシャルの値は,同じ位置での Coulomb ポテンシャル($m=0$)の何倍か.$\pi$ 中間子交換($R=1.41\ \mathrm{fm}$)の場合について計算せよ.

ヒント:(1) $R_\rho = 197.3/775.3 = 0.254\ \mathrm{fm}$,$R_Z = 197.3/91188 = 2.16\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$.(2) $m = 197.3/1.4 = 141\ \mathrm{MeV}$.$\pi$ 中間子($139.57\ \mathrm{MeV}$)である.湯川は1935年にこの逆算から中間子の存在を予言した.(3) $\ee^{-2/1.41}=\ee^{-1.418}=0.242$.すなわち約 24 %.

演習3.3 QED の図を数える (解答)

時間は左から右に流れるものとし,最低次(頂点が最も少ない)の図だけを考える.

(1) $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ の最低次の図をすべて描け.何枚あるか.$t$ チャンネルや $u$ チャンネルが描けない理由を,頂点の性質から説明せよ.

(2) $\gamma\gamma\to e^+e^-$(Breit–Wheeler 過程)の最低次の図をすべて描け.何枚あるか.

(3) 光と光の散乱 $\gamma\gamma\to\gamma\gamma$ には,頂点2つの図が描けない.最低次は電子ループを1周する図で,頂点は4つになる.この過程の断面積が $\alpha$ の何乗に比例するかを述べ,その数値を求めよ.「なぜ2本のレーザー光は互いに素通りするのか」に答えよ.

ヒント:(1) 1枚($s$ チャンネルのみ).QED の頂点は入るフェルミオンと出るフェルミオンが同種でなければならず,$e$ と $\mu$ をつなぐ頂点は存在しない.よって $e$ 線と $\mu$ 線を直接つなぐ $t,u$ チャンネルは描けない.(2) 2枚($t$ と $u$).図3.4(c)(d) の時間を逆にしたもの.(3) 振幅が $e^4$,断面積が $e^8\propto\alpha^4=(7.297\times10^{-3})^4=2.8\times10^{-9}$.10億分の3の確率なので,実質的に素通りする.なお LHC の超周辺衝突では実際に光子・光子散乱が見えており,ATLAS が 2017 年に証拠($4.4\sigma$),2019 年に観測($>5\sigma$)を報告している.

演習3.4 色一重項と8個のグルーオン (解答)

色状態を $\ket{r},\ket{g},\ket{b}$,反色を $\ket{\bar r},\ket{\bar g},\ket{\bar b}$ と書き,これらは正規直交系とする.

(1) $\ket{\psi_1}=\frac{1}{\sqrt3}(r\bar r+g\bar g+b\bar b)$,$\ket{\psi_2}=\frac{1}{\sqrt2}(r\bar r-g\bar g)$,$\ket{\psi_3}=\frac{1}{\sqrt6}(r\bar r+g\bar g-2b\bar b)$ が正規直交であることを確かめよ.

(2) $SU(N)$ のゲージ場の個数は $N^2-1$ である.$N=2,3,5$ について求めよ.また $U(3)$ なら何個になるか.

(3) $\mathbf3\otimes\mathbf3 = \mathbf6\oplus\bar{\mathbf3}$ であって一重項 $\mathbf1$ を含まない.次元の勘定 $3\times3=6+3$ を確かめ,このことから「2個のクォークだけからなる粒子(ダイクォーク)は単独で存在できない」と結論せよ.一方 $\mathbf3\otimes\mathbf3\otimes\mathbf3$ は $\mathbf{10}\oplus\mathbf8\oplus\mathbf8\oplus\mathbf1$ で,次元は $27 = 10+8+8+1$.一重項が1つあるのでバリオンは存在できる.

ヒント:(1) 規格化は係数の2乗和が1.直交性は $\braket{\psi_1|\psi_2}=\frac{1}{\sqrt6}(1-1)=0$,$\braket{\psi_1|\psi_3}=\frac{1}{\sqrt{18}}(1+1-2)=0$,$\braket{\psi_2|\psi_3}=\frac{1}{\sqrt{12}}(1-1)=0$.(2) $3,8,24$.$U(3)$ なら $9$ 個で,余分な1個が色一重項グルーオン(存在しない).

演習3.5 ひも張力を実感する (解答)

ひも張力 $\sigma = 0.9\ \mathrm{GeV/fm}$,軽いクォークの構成子質量 $m_q\approx0.33\ \mathrm{GeV}$,$m_\pi = 0.140\ \mathrm{GeV}$ とする.

(1) クォークと反クォークを $1\ \mathrm{fm}$ 引き離すのに要するエネルギーを求め,$\pi^+\pi^-$ 対($2m_\pi$)を作るのに必要なエネルギーと比べよ.

(2) $q\bar q$ 対を作れるだけのエネルギー($2m_q$)がひもに蓄えられる距離を求めよ.

(3) $\sigma$ を N(ニュートン)に直し,何トン重に相当するか求めよ.また,同じ計算を銅の転位の線張力 $T=\mu b^2/2$($\mu=48\ \mathrm{GPa}$,$b=0.256\ \mathrm{nm}$)について行い,両者の比を求めよ.なぜ両者を同一視してはならないのか,本文の警告を自分の言葉でまとめよ.

ヒント:(1) $E=0.9\ \mathrm{GeV}$,$2m_\pi=0.28\ \mathrm{GeV}$.3倍以上あるので余裕で対生成する.(2) $d = 0.66/0.9 = 0.73\ \mathrm{fm}$.(3) $\sigma = 1.44\times10^5\ \mathrm{N} = 14.7$ トン重.転位は $T = 1.6\times10^{-9}\ \mathrm{N}$ で,比は $9\times10^{13}$,すなわち14桁違う.

演習3.6 Cabibbo 抑制の二段構え — $D^0$ 中間子の崩壊 (解答)

$D^0=c\bar u$ の崩壊 $c\to s+W^+$(あるいは $c\to d+W^+$)と,$W^+\to u\bar d$(あるいは $u\bar s$)の組合せを考える.表3.5 の CKM 行列要素を使う.

(1) $D^0\to K^-\pi^+$ は $c\to s$,$W^+\to u\bar d$ で起こる.振幅の2乗に現れる CKM 因子 $\abs{V_{cs}V_{ud}}^2$ を求めよ(Cabibbo 許容).

(2) $D^0\to\pi^-\pi^+$ は $c\to d$,$W^+\to u\bar d$ で起こる(1回抑制),$D^0\to K^+\pi^-$ は $c\to d$,$W^+\to u\bar s$ で起こる(2回抑制).それぞれの CKM 因子を求め,(1) に対する比を計算せよ.

(3) 実測の分岐比は $\mathrm{BR}(K^-\pi^+)=3.95$ %,$\mathrm{BR}(\pi^-\pi^+)=0.145$ %,$\mathrm{BR}(K^+\pi^-)=0.0150$ % である.(2) の予言と比べ,一致の度合いを述べよ.

ヒント:(1) $(0.975\times0.97373)^2 = 0.901$.(2) 1回抑制は $(0.221\times0.97373)^2=0.0463$,比 $0.0514$.2回抑制は $(0.221\times0.2243)^2=0.00246$,比 $0.00273$.(3) 実測比は $0.145/3.95=0.0367$ と $0.0150/3.95=0.00380$.予言に対する比はそれぞれ $0.0367/0.0514=0.71$ 倍,$0.00380/0.00273=1.39$ 倍で,どちらも1.5倍以内に収まる.「1回抑制で約20分の1,2回抑制で約400分の1」という桁の構造は正しく再現されている.残るずれは $SU(3)$ の破れ,位相空間,終状態相互作用による.

演習3.7 禁止則の判定 (解答)

表3.7 の量子数を使い,3.5.2 項の手順に従って,次の各過程について (i) 起こるか否か,(ii) 起こるならどの相互作用が担うか,(iii) 起こらないならどの保存則が破れているかを判定せよ.

  1. $\Sigma^-\to n+\pi^-$
  2. $\Delta^{++}\to p+\pi^+$
  3. $\mu^-\to e^-+e^++e^-$
  4. $n\to p+e^-$
  5. $K^+\to\pi^++\pi^0$
  6. $\Omega^-\to\Xi^0+\pi^-$
  7. $p+\bar p\to\pi^++\pi^-$
  8. $\Lambda\to n+\pi^0+\gamma$

ヒント:1. 弱い($\Delta S=1$,$\tau=1.48\times10^{-10}\ \mathrm{s}$).2. 強い(すべて保存,$\tau=5.6\times10^{-24}\ \mathrm{s}$).3. 禁止($L_e$ と $L_\mu$.実測上限 $\mathrm{BR}<1.0\times10^{-12}$).4. 禁止($L_e$ が $0\to1$.さらに角運動量も:$1/2\to1/2\otimes1/2$ は整数しか作れない).5. 弱い($\Delta S=1$,$\mathrm{BR}=20.7$ %).6. 弱い($S:-3\to-2$,$\Delta S=1$,$\tau=8.2\times10^{-11}\ \mathrm{s}$).7. 強い($B:1-1=0\to0$,すべて保存).8. 弱い($\Delta S=1$)だが,光子を伴うぶん $\alpha$ だけ余分に抑制される($\mathrm{BR}\sim10^{-3}$ 程度).

演習3.8 走る結合定数と Kondo 温度 (解答)

1ループの走り \eqref{eq:3-running-as} を使う.$\alpha_s(m_Z)=0.118$,$m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$,$n_f=5$($b_0=23/3=7.667$)とする.

(1) $\mu=10\ \mathrm{GeV}$ での $\alpha_s$ を求めよ.$m_Z$ での値と比べて何倍か.

(2) $1/\alpha_s(\mu)=0$ となる $\mu$(=$\Lambda_{\mathrm{QCD}}$)を求めよ.

(3) Kondo 問題のスケーリング方程式 $\dd j/\dd\ln D = -2j^2$ を積分し,$1/j(D)=1/j(D_0)+2\ln(D/D_0)$ を導け.さらに $j$ が発散するスケール(Kondo 温度)が $T_K = D_0\exp[-1/(2j_0)]$ で与えられることを示せ.

(4) $D_0=3\ \mathrm{eV}$,$j_0=\rho J=0.05$ のとき $T_K$ を eV と K の両方の単位で求めよ($k_B = 8.617\times10^{-5}\ \mathrm{eV/K}$).

ヒント:(1) $\ln(10/91.188)=-2.210$,$1/\alpha_s = 8.475-2.697=5.778$,$\alpha_s=0.173$.約1.47倍に増える.(2) $\ln(\mu/m_Z)=-2\pi/(b_0\alpha_s)=-6.945$,$\mu=91.188\times\ee^{-6.945}=0.088\ \mathrm{GeV}$.(3) $\dd(1/j)/\dd\ln D = 2$ を積分するだけ.(4) $T_K=3\times\ee^{-10}=1.36\times10^{-4}\ \mathrm{eV}=1.6\ \mathrm{K}$.希薄 Kondo 合金の典型値である.(2) と (4) の指数関数の中身を見比べれば,$2\pi/(b_0\alpha_s)$ と $1/(2j)$ が同じ役割を果たしていることが分かる.

参考文献

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  9. P. W. Anderson, "A poor man's derivation of scaling laws for the Kondo problem", J. Phys. C 3, 2436 (1970). —— 表3.9 の右列の原典.
  10. G. 't Hooft, Nucl. Phys. B 72, 461 (1974); N. Read, D. M. Newns, J. Phys. C 16, 3273 (1983); I. Affleck, J. B. Marston, Phys. Rev. B 37, 3774 (1988). —— 3.3.6 項の large-$N$ 展開.行列型(平面図)とベクトル型(鞍点)の違いはこの3本を並べると見える.
  11. K. G. Wilson, "The renormalization group: Critical phenomena and the Kondo problem", Rev. Mod. Phys. 47, 773 (1975). —— 素粒子と物性が同じ道具を共有していることを示した論文.同じ著者による格子ゲージ理論の論文(Phys. Rev. D 10, 2445 (1974))と併読されたい.
  12. R. Krause-Rehberg, H. S. Leipner, Positron Annihilation in Semiconductors, Springer (1999). —— 3.2.4 項の陽電子消滅分光の材料科学への応用.