第5章対称性・群・保存則
結晶学を学んだ者にとって,対称性とは「操作の集まり」である.結晶を $90^\circ$ 回す.鏡に映す.反転する.操作は数え上げられ,有限個で尽きる.その総体が空間群であり,$230$ 個しかない.国際表に載っている.表を引けばよい.
素粒子物理学の対称性は,そこから二歩ほど離れたところにある.一歩目は,操作が連続になることである.角度 $\theta$ の回転は $\theta$ を実数で連続に動かせるから,操作は無限個ある.数え上げは不可能で,かわりに「無限小の操作」=生成子だけを相手にする.二歩目は,操作が内部空間に作用することである.陽子を回して中性子にする,という操作を考える.これは実空間の回転ではない.しかし数学的には $\mathrm{SU}(2)$ という,スピンの回転とまったく同じ群になる.
この二歩を踏み出してしまえば,あとは結晶学者がすでに持っている道具がそのまま使える.既約表現,指標,簡約公式,選択則.これらは有限群でも連続群でも同じ形をしている.本章の目的は,その橋を架けることである.
橋の中央に立っているのが Noether の定理である.作用が連続変換のもとで不変なら,保存量が一つ出る.並進不変性から運動量が,回転不変性から角運動量が,時間並進不変性からエネルギーが出る.量子力学ではこれは一行で書ける.変換の生成子を $G$ とすると
$$ [\Ham, G] = 0 \quad\Longleftrightarrow\quad \frac{\dd \braket{G}}{\dd t} = 0 . $$第3章で「経験的に成り立つ保存則」として並べた電荷・バリオン数・レプトン数・アイソスピンは,すべて「ある連続変換のもとでの不変性」に対応する(ただしバリオン数とレプトン数は標準模型の Lagrangian が偶然もつ大域 $\mathrm{U}(1)$ であり,基本原理から要請されたものではない.第15章で見るように破れうる).本章でその機構を明らかにし,第6章(離散対称性 $P,C,T$),第13章(ゲージ理論と自発的対称性の破れ)への準備とする.
- 群の公理,有限群と連続群(Lie 群)の違い,生成子という考え方
- Noether の定理を1自由度の Lagrange 力学で導出し,並進 $\to$ 運動量,回転 $\to$ 角運動量,時間並進 $\to$ エネルギーを確かめる
- 量子力学での対称性:$[\Ham,G]=0$,縮退が既約表現の次元で決まること
- 表現・既約表現・指標・ユニタリ表現・Schur の補題,簡約公式 $n_a=\frac{1}{|G|}\sum_g \chi^{(a)}(g)^*\chi(g)$
- $\mathrm{SU}(2)$ の生成子と交換関係,Pauli 行列,回転行列 $\ee^{-\ii\theta\,\bm{n}\cdot\bm{\sigma}/2}$,$2\pi$ 回転で符号が変わること
- 角運動量の合成と Clebsch–Gordan 係数,$\bm{2}\otimes\bm{2}=\bm{3}\oplus\bm{1}$ の具体形
- アイソスピン:$p,n$ の二重項,$\pi$ の三重項,$\Delta(1232)$ 共鳴での断面積比 $9:1:2$(全断面積では $3:1$)の予言
- $\mathrm{SU}(3)$ フレーバー,八重項・十重項のウェイト図,Gell-Mann–大久保の質量公式と $\Omega^-$ の予言
- 結晶点群(有限群)と $\mathrm{SU}(2)$・$\mathrm{SU}(3)$(連続群)の役割の対比,SALC・フォノンモード分類との同型性
- Wigner–Eckart の定理が光学遷移の選択則と粒子崩壊の分岐比を同時に与えること,二重群とスピン軌道結合
5.1 対称性・群・保存則
5.1.1 対称性とは何か,そしてなぜ群になるのか
物理でいう対称性(symmetry)とは,「ある操作を施しても,系の記述が変わらない」ことである.結晶なら「原子配置が変わらない」,力学系なら「作用 $S$ が変わらない」,場の理論なら「Lagrangian 密度 $\Lag$ が変わらない」.対象は違うが構造は同じである.
いま,系を不変にする操作をすべて集めた集合 $G$ を考える.すると次の4つが自動的に成り立つ.
定義:群
集合 $G$ とその上の演算 $\cdot$(合成)が次の4条件を満たすとき,$(G,\cdot)$ を群(group)という.
- 閉性:$g_1,g_2\in G$ ならば $g_1\cdot g_2\in G$.
- 結合律:$(g_1\cdot g_2)\cdot g_3 = g_1\cdot(g_2\cdot g_3)$.
- 単位元:$e\cdot g = g\cdot e = g$ を満たす $e\in G$ が存在する.
- 逆元:任意の $g$ に対して $g\cdot g^{-1}=g^{-1}\cdot g=e$ を満たす $g^{-1}\in G$ が存在する.
さらに $g_1\cdot g_2 = g_2\cdot g_1$ が常に成り立つとき可換群(Abel 群)という.元の個数 $|G|$ を位数(order)と呼ぶ.
なぜ「群」という抽象を持ち出すのか
公理を一つずつ物理に翻訳すると,どれも当たり前のことを言っているにすぎない.
- 閉性:「系を変えない操作」を2回続けても系は変わらない.だから合成もまた対称操作である.
- 結合律:操作の合成は「先にどれを合成するか」に依らない.操作を左から順に施すだけだから当然である.
- 単位元:「何もしない」という操作は必ず対称操作である.
- 逆元:$90^\circ$ 回して系が変わらないなら,$-90^\circ$ 回しても変わらない.操作は必ず取り消せる.
つまり「対称性の集まりは自動的に群になる」.逆に言えば,群論とは対称性を扱うために発明された言語そのものである.抽象化の御利益は,結晶の点群と,スピンの回転と,クォークのフレーバー混合を,まったく同じ定理で処理できることにある.物理的な中身は三者三様なのに,計算の手続きは一つで済む.これが本章の主張である.
5.1.2 有限群と連続群
群は,元の個数によって二つに大別される.
有限群(finite group)は元が有限個の群である.結晶の点群がその代表で,たとえば立方晶の $O_h$ は位数 $48$,正方晶の $D_{4h}$ は位数 $16$ である.元を一つずつ数え上げられるので,指標表(character table)という有限の表にすべての情報が収まる.結晶学の国際表(International Tables for Crystallography)が空間群を表で尽くしているのと同じ精神である.点群の指標表そのものは犬井ほか『応用群論』や Koster ほかの表(本章末の参考文献)に完備した形で載っている.
連続群(continuous group),とくにLie 群(Lie group)は,元が連続パラメータで指定される群である.3次元の回転群 $\mathrm{SO}(3)$ は回転軸 $\bm{n}$(2 パラメータ)と回転角 $\theta$(1 パラメータ)の合計 3 パラメータをもつ.パラメータを連続に変えられるので元は非可算無限個ある.数え上げはできない.
ではどうするか.答えは「単位元のごく近くだけを見る」である.パラメータを $\bm{\alpha}=(\alpha_1,\dots,\alpha_n)$ とし,$\bm{\alpha}=0$ が単位元だとする.無限小の変換を
$$ \begin{equation} U(\delta\bm{\alpha}) = 1 - \ii \sum_{a=1}^{n} \delta\alpha_a\, T^a + O(\delta\alpha^2) \label{eq:5-infinitesimal} \end{equation} $$と展開する.ここで現れる $T^a$ を生成子(generator)と呼ぶ.有限の変換は,無限小変換を $N$ 回繰り返して $N\to\infty$ とすれば得られる:
(同じ添字 $a$ の繰り返しは和を意味する.)つまり連続群は,有限個の生成子さえ分かれば全部わかる.$\mathrm{SO}(3)$ なら生成子は3個,$\mathrm{SU}(2)$ なら3個,$\mathrm{SU}(3)$ なら8個である.無限個の元を,有限個の行列に押し込めたわけである.
生成子は群の元ではなく,その張る線形空間(Lie 代数)の元である.生成子どうしの積は一般にこの空間に属さない(たとえば $\sigma_1\sigma_2=\ii\sigma_3$ は Hermite でないので $\mathrm{su}(2)$ の元ではない)が,交換子は必ず生成子の線形結合になる:
この関係式をLie 代数(Lie algebra)といい,係数 $f^{abc}$ を構造定数(structure constant)と呼ぶ.構造定数が群の性質のすべてを担っている.$f^{abc}=0$ なら可換群,そうでなければ非可換群である.
| 群 | 種別 | パラメータ数(生成子の数) | 物理的な意味 |
|---|---|---|---|
| $\mathrm{U}(1)$ | 連続・可換 | 1 | 位相の回転.電荷保存,超伝導秩序変数の位相 |
| $\mathrm{SO}(3)$ | 連続・非可換 | 3 | 3次元空間回転.角運動量 |
| $\mathrm{SU}(2)$ | 連続・非可換 | 3 | スピン,アイソスピン,弱アイソスピン |
| $\mathrm{SU}(3)$ | 連続・非可換 | 8 | フレーバー $\mathrm{SU}(3)_F$,色 $\mathrm{SU}(3)_C$ |
| Lorentz 群 | 連続・非可換 | 6 | 回転3+ブースト3(第4章) |
| $O_h$ | 有限 | —(位数 48) | 立方晶の点群.結晶場分裂 |
| $C_{2v}$ | 有限 | —(位数 4) | $\mathrm{H_2O}$ 型分子,表面吸着サイト |
| $O_h'$(二重群) | 有限 | —(位数 96) | スピン軌道結合を含む立方晶(5.5節) |
5.1.3 Noether の定理
対称性と保存則を結ぶ定理を,最も簡単な設定で導く.1自由度の古典力学系を考え,Lagrangian を $L(q,\dot q,t)$ とする.運動方程式は Euler–Lagrange 方程式
$$ \begin{equation} \frac{\dd}{\dd t}\frac{\partial L}{\partial \dot q} - \frac{\partial L}{\partial q} = 0 \label{eq:5-EL} \end{equation} $$である.ここで座標を連続パラメータ $\varepsilon$ で少しずらす変換
$$ q(t) \longrightarrow q'(t) = q(t) + \varepsilon\, K(q,t) $$を考える.$K$ は変換の「方向」を指定する関数である(並進なら $K=1$,回転なら $K$ は座標に比例する).
定理:Noether の定理(1自由度・古典力学版)
上の変換のもとで Lagrangian が $O(\varepsilon)$ で不変,すなわち $\delta L = 0$ ならば,量
$$ I = \frac{\partial L}{\partial \dot q}\, K $$は運動に沿って保存する:$\dd I/\dd t = 0$.
導出:不変性から保存量へ
ステップ1:Lagrangian の変分を書き下す.$q\to q+\varepsilon K$ に伴って $\dot q \to \dot q + \varepsilon \dot K$ となる($\dot K = \dd K/\dd t$ は $q,\dot q,t$ の関数).したがって $L$ の $O(\varepsilon)$ の変化は,多変数の連鎖律により
$$ \delta L = \varepsilon\left[\frac{\partial L}{\partial q}K + \frac{\partial L}{\partial \dot q}\dot K\right] $$である.ここまでは単なる Taylor 展開であり,物理は入っていない.
ステップ2:運動方程式を使って第1項を書き換える.Euler–Lagrange 方程式 \eqref{eq:5-EL} は $\partial L/\partial q = \dd(\partial L/\partial\dot q)/\dd t$ を意味する.これを代入すると
$$ \frac{\delta L}{\varepsilon} = \left[\frac{\dd}{\dd t}\frac{\partial L}{\partial \dot q}\right]K + \frac{\partial L}{\partial \dot q}\dot K $$となる.この操作で「$q$ での偏微分」が「時間の全微分」に化けたのが要点である.
ステップ3:積の微分法則で束ねる.右辺は $fg$ の形の微分そのものである:
$$ \frac{\delta L}{\varepsilon} = \frac{\dd}{\dd t}\left[\frac{\partial L}{\partial \dot q}\,K\right] $$ここで $f=\partial L/\partial\dot q$,$g=K$ とみて $\dd(fg)/\dd t = \dot f g + f\dot g$ を逆向きに使っただけである.
ステップ4:不変性を課す.仮定により $\delta L=0$ であった.したがって
証明終わり.驚くべきことに,必要だったのは「連鎖律」「運動方程式」「積の微分法則」の3つだけである.$\square$
補足:より一般には,$L$ が全微分だけ変わる場合($\delta L = \varepsilon\,\dd\Lambda/\dd t$)でもよく,そのときの保存量は $I=(\partial L/\partial\dot q)K-\Lambda$ となる.多自由度系では $I=\sum_i(\partial L/\partial\dot q_i)K_i$ と和をとる.
5.1.4 三つの基本例
例1:空間並進 $\to$ 運動量保存
自由粒子 $L=\frac{1}{2}m\dot q^2$(あるいは $q$ に依らないポテンシャル)を考える.変換は $q\to q+\varepsilon$,つまり $K=1$,$\dot K=0$ である.このとき $\delta L = \varepsilon\,\partial L/\partial q = 0$($L$ が $q$ を含まないから)で,確かに不変である.保存量は
$$ I = \frac{\partial L}{\partial \dot q}\cdot 1 = m\dot q = p $$すなわち運動量である.「空間のどこでも物理法則が同じ」ということと「運動量が保存する」ということが,同じ事実の二つの言い方だと分かる.
例2:空間回転 $\to$ 角運動量保存
2次元中心力場 $L=\frac{1}{2}m(\dot x^2+\dot y^2)-V(\sqrt{x^2+y^2})$ を考える.$z$ 軸まわりの微小回転は
$$ x \to x - \varepsilon y,\qquad y \to y + \varepsilon x \qquad\text{すなわち}\qquad K_x=-y,\quad K_y=x $$である(回転行列 $\begin{pmatrix}\cos\varepsilon&-\sin\varepsilon\\ \sin\varepsilon&\cos\varepsilon\end{pmatrix}$ を $\varepsilon$ の1次まで展開したもの).運動エネルギーは $\dot x^2+\dot y^2$ の形なので回転で不変,ポテンシャルも $x^2+y^2$ にしか依らないので不変.よって $\delta L=0$.保存量は多自由度版の式から
$$ I = \frac{\partial L}{\partial\dot x}K_x + \frac{\partial L}{\partial\dot y}K_y = m\dot x(-y) + m\dot y\,(x) = x p_y - y p_x = L_z $$すなわち角運動量の $z$ 成分である.中心力場で角運動量が保存するのは,力が中心を向いているからではなく,ポテンシャルが回転で不変だからである.
例3:時間並進 $\to$ エネルギー保存
これだけは少し形が違う.時間をずらす変換 $t\to t+\varepsilon$ は座標だけでなく時刻そのものを動かすので,上の枠組みを直接は使えない.かわりに直接計算する.$L$ が $t$ を陽に含まないとき($\partial L/\partial t=0$),
$$ \frac{\dd L}{\dd t} = \frac{\partial L}{\partial q}\dot q + \frac{\partial L}{\partial \dot q}\ddot q = \left[\frac{\dd}{\dd t}\frac{\partial L}{\partial\dot q}\right]\dot q + \frac{\partial L}{\partial\dot q}\ddot q = \frac{\dd}{\dd t}\left[\frac{\partial L}{\partial \dot q}\dot q\right] $$(2つ目の等号で Euler–Lagrange 方程式を使った.)移項すれば
$$ \frac{\dd}{\dd t}\left[\frac{\partial L}{\partial\dot q}\dot q - L\right] = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad H = p\dot q - L = \text{一定} $$$H$ は Hamiltonian,すなわちエネルギーである.「昨日実験しても今日実験しても同じ結果になる」ことと「エネルギーが保存する」ことが同値なのである.
| 対称変換 | 群 | 生成子 | 保存量 | 本書での登場 |
|---|---|---|---|---|
| 空間並進 | $\mathbb{R}^3$(可換) | $\hat{\bm{p}}$ | 運動量 $\bm{p}$ | 第3・4章 |
| 時間並進 | $\mathbb{R}$(可換) | $\Ham$ | エネルギー $E$ | 第3・4章 |
| 空間回転 | $\mathrm{SO}(3)\simeq \mathrm{SU}(2)/\mathbb{Z}_2$ | $\hat{\bm{J}}$ | 角運動量 $\bm{J}$ | 本章 5.3節 |
| Lorentz ブースト | Lorentz 群 | $\hat{\bm{K}}$ | $\bm{K}$(重心の一様運動) | 第4章 |
| 大域 $\mathrm{U}(1)$ 位相 | $\mathrm{U}(1)$ | $\hat{Q}$ | 電荷 $Q$ | 本章・第13章 13.3.1項 |
| アイソスピン回転 | $\mathrm{SU}(2)_I$ | $\hat{\bm{I}}$ | アイソスピン $\bm{I}$(近似的) | 本章 5.4節 |
| フレーバー回転 | $\mathrm{SU}(3)_F$ | $\hat{F}^a$ ($a=1..8$) | ハイパー電荷など(近似的) | 本章 5.4節 |
| 色回転 | $\mathrm{SU}(3)_C$ | $\hat{T}^a$ ($a=1..8$) | 色荷(厳密) | 第11章 |
5.1.5 量子力学での対称性
量子力学では話がさらに簡単になる.対称変換はユニタリ演算子 $U$ で表され,「対称性がある」とは
$$ U^\dagger \Ham\, U = \Ham \qquad\Longleftrightarrow\qquad [\Ham, U] = 0 $$を意味する.連続対称性なら $U=\exp(-\ii\alpha G)$ と書けるので,$\alpha$ の1次を取り出して
すなわち生成子 $G$ の期待値が保存する.これが Noether の定理の量子版である.古典力学の3ステップの導出が,Heisenberg の運動方程式一行に凝縮されている.(本章は $U=\exp(-\ii\alpha G)$ と書いた時点で $\hbar=1$ の自然単位系を採っている.$\hbar$ を明示すれば $U=\exp(-\ii\alpha G/\hbar)$,$\dd\braket{G}/\dd t=(\ii/\hbar)\braket{[\Ham,G]}$ である.)
さらに,$[\Ham,G]=0$ からは縮退という第二の帰結が出る.$\Ham\ket{\psi}=E\ket{\psi}$ なら
$$ \Ham\left(U\ket{\psi}\right) = U\Ham\ket{\psi} = E\left(U\ket{\psi}\right) $$だから,$U\ket{\psi}$ も同じエネルギー $E$ をもつ.対称操作で移り合う状態はすべて縮退する.どれだけ縮退するかを教えてくれるのが,次節の既約表現の次元である.
材料科学との接点:大域 U(1) 対称性・電荷保存・超伝導
最も素朴な連続対称性は,波動関数の位相を一斉にずらす操作である:
$$ \psi(\xx) \longrightarrow \ee^{\ii\alpha}\psi(\xx),\qquad \alpha = \text{定数} $$Schrödinger 場も Dirac 場も,その Lagrangian は $\psi$ と $\psi^*$($\bar\psi$)を同数含む双線形形式なので,位相は打ち消して不変である(Noether の定理を適用する対象は方程式ではなく作用である.方程式が $\psi$ について線形であることは,$\psi$ が解なら $\ee^{\ii\alpha}\psi$ も解であることを別途保証する).この $\mathrm{U}(1)$ 対称性に Noether の定理を適用すると保存量として電荷が出る(場の理論版の導出は第13章 13.3.1 項).「電荷が保存する」という第3章の経験則は,実は「位相の原点をどこに取るかは物理に無関係」という主張だったのである.
ところが超伝導体では,この $\mathrm{U}(1)$ が自発的に破れる.BCS 状態は Cooper 対の凝縮体であり,秩序変数 $\Delta = \abs{\Delta}\ee^{\ii\varphi}$ が特定の位相 $\varphi$ を選ぶ.Hamiltonian は $\mathrm{U}(1)$ 不変なのに基底状態が不変でない,というのが自発的対称性の破れである(第13章).その結果,光子が有効的な質量を獲得する.これが Anderson–Higgs 機構であり,物性物理では Meissner 効果として知られている.
数値で実感しよう.超伝導体中で光子が獲得する質量 $m_\gamma$ と London 侵入長 $\lambda_L$ は,$m_\gamma c^2 = \hbar c/\lambda_L$ で結ばれる.アルミニウム($\lambda_L\simeq 16\ \mathrm{nm}$)なら
$$ m_\gamma c^2 = \frac{\hbar c}{\lambda_L} = \frac{197.3\ \mathrm{MeV\,fm}}{16\ \mathrm{nm}} = \frac{1.973\times10^{-7}\ \mathrm{eV\,m}}{1.6\times10^{-8}\ \mathrm{m}} \approx 12.3\ \mathrm{eV} $$ニオブ($\lambda_L\simeq 39\ \mathrm{nm}$)なら約 $5\ \mathrm{eV}$ である.一方,弱い相互作用で $\mathrm{SU}(2)_L\times\mathrm{U}(1)_Y$ が破れて $W$ ボソンが得る質量は $m_W=80.4\ \mathrm{GeV}$,対応する「侵入長」は $\hbar c/m_Wc^2 = 197.3\ \mathrm{MeV\,fm}/80377\ \mathrm{MeV} = 2.5\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$ である.$80.4\ \mathrm{GeV}/12.3\ \mathrm{eV}\simeq6.5\times10^{9}$ であるから,スケールは 10 桁近く違うが,どちらも同じ Abelian Higgs(Ginzburg–Landau)型の方程式で記述される.超伝導を理解している者は,Higgs 機構をすでに半分理解している.
ただし「同じ方程式」と言えるのは構造のことであって,両者が完全に同一なわけではない.超伝導の London 方程式 $\nabla^2\bm{B}=\bm{B}/\lambda_L^2$ は非相対論的かつ静的な関係であり,$\hbar c/\lambda_L$ が与えるのは横波(Meissner)応答の遮蔽長に対応する質量である.縦モードはこれとは別で,Al ではプラズモン $\hbar\omega_p\simeq15\ \mathrm{eV}$ になる.Lorentz 不変な Abelian Higgs 模型では横・縦が同じ質量をもつ点が,この対応の限界を示している(第13章).
5.2 群の表現
5.2.1 表現とは何か
群は抽象的な「操作の集まり」であって,そのままでは計算できない.計算するには,各元 $g$ に行列 $D(g)$ を対応させ,群の掛け算を行列の掛け算に翻訳する必要がある.
定義:表現
群 $G$ の各元 $g$ に,$d$ 次元のベクトル空間 $V$ 上の正則行列 $D(g)$ を対応させる写像が
$$ \begin{equation} D(g_1)\,D(g_2) = D(g_1 g_2)\qquad \text{(すべての } g_1,g_2\in G\text{ に対して)} \label{eq:5-rep} \end{equation} $$を満たすとき,$D$ を $G$ の表現(representation),$d$ をその次元という.$V$ を表現空間と呼ぶ.とくにすべての $D(g)$ がユニタリ行列であるときユニタリ表現という.
物理では,表現空間 $V$ は状態のなす空間である.スピン $1/2$ の粒子なら $V=\{\ket{\uparrow},\ket{\downarrow}\}$ が張る2次元空間で,回転操作 $R$ に対応する $2\times2$ 行列 $D(R)$ がその空間に作用する.結晶なら $V$ は「あるサイトに乗った $p$ 軌道3個」が張る空間であり,点群の元がそれらを混ぜる.
数学ノート:なぜユニタリ表現だけを考えればよいか
量子力学では確率が保存されなければならないので,対称操作はノルムを保つ.つまり $D(g)$ はユニタリでなければならない.これは物理からの要請だが,実は数学的にも損はない.
定理:有限群,およびコンパクト Lie 群($\mathrm{SU}(2)$, $\mathrm{SU}(3)$, $\mathrm{SO}(3)$ など)の任意の有限次元表現は,適当な基底変換によってユニタリ表現に移せる.
証明の要点:与えられた内積 $\braket{u,v}$ から,群平均をとった新しい内積
$$ \braket{u,v}' = \frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}\braket{D(g)u,\;D(g)v} $$を作る(連続群なら和を不変測度による積分に置き換える).この内積に関して $D(g)$ はユニタリになる.鍵は「群全体にわたる平均が有限に定義できる」ことで,これがコンパクト性の役割である.Lorentz 群はコンパクトでないため,(自明表現を除いて)有限次元のユニタリ表現をもたない.第9章で Lorentz 不変量が $\psi^\dagger\psi$ ではなく $\bar\psi\psi=\psi^\dagger\gamma^0\psi$ になり,随伴スピノル $\bar\psi$ をわざわざ導入せねばならない(9.2.6項)のは,このためである.
5.2.2 可約表現と既約表現
ある表現が与えられたとき,基底をうまく選ぶと,すべての $D(g)$ が同時にブロック対角形になることがある:
$$ D(g) = \begin{pmatrix} D^{(1)}(g) & 0 \\ 0 & D^{(2)}(g)\end{pmatrix} \qquad\text{(すべての } g \text{ に対して同時に)} $$このとき表現は可約(reducible)であるといい,$D = D^{(1)}\oplus D^{(2)}$ と書く.どのような基底変換によってもこれ以上分解できない表現を既約表現(irreducible representation, irrep)と呼ぶ.
物理的意味:既約表現=「これ以上分けられない多重項」
$[\Ham,D(g)]=0$ のとき,5.1.5 節で見たようにエネルギー固有状態は対称操作で互いに移り合う.既約表現に属する状態の組は,対称操作によって必ず互いに混ざり合い,しかも外へは出ない.したがって
- 同じ既約表現に属する状態はすべて同じエネルギーをもつ(縮退する)
- 縮退度=既約表現の次元
という強い結論が出る.素粒子でいえば,$p$ と $n$ が(アイソスピン対称性の範囲で)同じ質量をもつのは,両者が $\mathrm{SU}(2)_I$ の2次元既約表現をなすからである.結晶でいえば,立方対称の場に置かれた $t_{2g}$ 軌道が3重縮退するのは,それが $O_h$ の3次元既約表現 $T_{2g}$ だからである.まったく同じ論法である.
5.2.3 指標と簡約公式
表現の情報を凝縮した量が指標である.
定義:指標
表現 $D$ の指標(character)とは,表現行列のトレース
$$ \chi(g) \equiv \Tr D(g) = \sum_{i} D_{ii}(g) $$である.トレースは相似変換 $D\to S D S^{-1}$ で不変なので,指標は基底の取り方に依らない.また共役な元 $g$ と $hgh^{-1}$ は同じ指標をもつので,指標は類(conjugacy class)ごとに一つ決まる.
有限群では,既約表現の指標について次の直交関係が成り立つ:
$$ \begin{equation} \frac{1}{|G|}\sum_{g\in G}\chi^{(a)}(g)^{*}\,\chi^{(b)}(g) = \delta_{ab} \label{eq:5-orthogonality} \end{equation} $$これを使うと,与えられた(一般には可約な)表現 $\Gamma$ が既約表現をいくつ含むかが,機械的に計算できる.$\Gamma = \bigoplus_a n_a\,\Gamma^{(a)}$ と分解されるとき,両辺の指標をとって $\chi(g)=\sum_a n_a\chi^{(a)}(g)$ であるから,式 \eqref{eq:5-orthogonality} を掛けて
これを簡約公式(reduction formula)と呼ぶ.連続群では $\frac{1}{|G|}\sum_g$ を不変測度による積分に置き換えるだけで,形はそのままである.
材料科学との接点:簡約公式は SALC とフォノンモード分類そのものである
式 \eqref{eq:5-reduction} は,素粒子物理で「$\bm{3}\otimes\bar{\bm{3}}$ に八重項がいくつ含まれるか」を数えるのに使う公式であるが,まったく同じ式が第一原理計算の現場で日常的に使われている.
(1) 対称化された原子軌道の線形結合(SALC).配位子の $p$ 軌道や $s$ 軌道を並べた集合は,点群の可約表現をなす.式 \eqref{eq:5-reduction} でそれを既約分解すれば,中心金属のどの軌道($a_{1g},e_g,t_{1u},\dots$)と混成できるかが,重なり積分を一つも計算せずに決まる.分子軌道図の骨格は群論だけで決まってしまう.
(2) フォノンモードの分類.$N$ 原子からなる単位胞の $\Gamma$ 点における $3N$ 個の変位ベクトルは,やはり点群の可約表現 $\Gamma_{\text{total}}$ をなす.その指標は
$$ \chi_{\text{total}}(g) = N_{\text{unmoved}}(g)\times\left(\pm 1 + 2\cos\theta_g\right) $$で与えられる($N_{\text{unmoved}}$ は操作 $g$ で動かない原子の数.真回転なら $+$,回映・反転なら $-$).これを既約分解し,並進 $\Gamma_{\text{acoustic}}$ を引けば
$$ \Gamma_{\text{optic}} = \Gamma_{\text{total}} - \Gamma_{\text{acoustic}} $$が得られ,各モードが赤外活性か($x,y,z$ と同じ既約表現か)Raman 活性か(2次形式 $x^2,xy,\dots$ と同じ既約表現か)が判定できる.虚数振動数($\omega^2<0$.計算コードでは $-\sqrt{\abs{\omega^2}}$ を負の値として表示する慣習がある)をもつソフトモードがどの既約表現に属するかは,構造相転移でどの部分群に落ちるかを決める.これは素粒子物理で「Higgs 場がどの表現に属するかが,$\mathrm{SU}(2)\times\mathrm{U}(1)$ がどの部分群 $\mathrm{U}(1)_{\text{EM}}$ に破れるかを決める」のと完全に同じ論理である(第13章).Landau 理論の等方性部分群(isotropy subgroup)という言葉と,素粒子物理の残留対称性(residual symmetry)という言葉は,同じものを指している.
5.2.4 Schur の補題
定理:Schur の補題
(第1補題) $D$ を既約表現とする.ある行列 $A$ がすべての $g$ について $A\,D(g)=D(g)\,A$ を満たすなら,$A$ は単位行列の定数倍である:$A=\lambda\,\mathbb{1}$.
(第2補題) $D^{(1)},D^{(2)}$ をそれぞれ次元 $d_1,d_2$ の既約表現とする.$A\,D^{(1)}(g)=D^{(2)}(g)\,A$ がすべての $g$ で成り立つなら,$D^{(1)}$ と $D^{(2)}$ が同値でない限り $A=0$ である.
導出:第1補題の証明(3行で済む)
ステップ1:固有ベクトルを取り出す.$A$ は(ユニタリ表現を仮定すれば Hermite 部分と反 Hermite 部分に分けられるので)Hermite としてよい.Hermite 行列は実固有値を少なくとも1つもつので,その一つを $\lambda$ とし,属する固有空間を $V_\lambda$ とする.$V_\lambda$ は零ベクトルだけの空間ではない($V_\lambda\ne\{0\}$).
ステップ2:固有空間が不変部分空間であることを示す.$v\in V_\lambda$ すなわち $Av=\lambda v$ とする.仮定 $AD(g)=D(g)A$ より
$$ A\left(D(g)v\right) = D(g)\,A v = \lambda\left(D(g)v\right) $$だから $D(g)v$ もまた固有値 $\lambda$ の固有ベクトルである.つまり $V_\lambda$ はすべての $D(g)$ で閉じている.
ステップ3:既約性を使う.$D$ が既約であるとは「自明でない不変部分空間をもたない」ことであった.$V_\lambda$ は不変部分空間なので,$V_\lambda=V$(全体)でなければならない.すなわち $A$ は全空間で固有値 $\lambda$ をもつ.したがって $A=\lambda\mathbb{1}$.$\square$
物理的意味:Casimir 演算子が多重項のラベルになる理由
Schur の第1補題の最大の応用は,Casimir 演算子である.$\mathrm{SU}(2)$ の場合,$\bm{J}^2=J_x^2+J_y^2+J_z^2$ はすべての生成子と可換である($[\bm{J}^2,J_i]=0$).したがってすべての $D(g)$ とも可換であり,既約表現の上では単位行列の定数倍でなければならない.その定数を $j(j+1)$ と書いたものが,我々が学生時代から知っている角運動量の量子数 $j$ である.
つまり「$\bm{J}^2$ の固有値が $j(j+1)$ という形をしている」ことの起源は,微分方程式でも境界条件でもなく,Schur の補題である.同じ論理で,$\mathrm{SU}(3)$ には2つの独立な Casimir 演算子があり,その固有値の組が既約表現($\bm{1},\bm{3},\bm{8},\bm{10},\dots$)をラベルする.結晶点群でも同じで,可約表現をブロック対角化する射影演算子 $P^{(a)}=\frac{d_a}{|G|}\sum_g\chi^{(a)}(g)^*D(g)$ が機能するのは Schur の補題のおかげである.
5.3 SU(2) と角運動量
5.3.1 SU(2) の定義と生成子の数え上げ
定義:SU(2)
$\mathrm{SU}(2)$ とは,$2\times2$ の複素行列 $U$ のうち
$$ U^\dagger U = \mathbb{1}\quad\text{(ユニタリ)},\qquad \det U = 1\quad\text{(特殊)} $$を満たすもの全体がなす群である.$\mathrm{S}$ は special($\det=1$),$\mathrm{U}$ は unitary,$(2)$ は行列の次数を表す.
まず自由度を数える.$2\times2$ の複素行列は複素成分4個,実パラメータ8個をもつ.ユニタリ条件 $U^\dagger U=\mathbb{1}$ は Hermite 行列の等式なので独立な実条件を4個与える(対角2個は実,非対角1個が複素で2個).残り4個.さらに $\det U=1$ が実条件1個を与える($\abs{\det U}=1$ はユニタリ性から従うので,残るのは位相の条件のみ).よって実パラメータは3個,生成子も3個である.
生成子の性質は,式 \eqref{eq:5-infinitesimal} の $U=\mathbb{1}-\ii\varepsilon_a T^a$ を2条件に代入すれば決まる.
導出:生成子は「Hermite かつトレースゼロ」
ステップ1:ユニタリ性から Hermite 性.$\varepsilon$ の1次まで
$$ U^\dagger U = (\mathbb{1}+\ii\varepsilon_a T^{a\dagger})(\mathbb{1}-\ii\varepsilon_b T^b) = \mathbb{1} + \ii\varepsilon_a\left(T^{a\dagger}-T^{a}\right) + O(\varepsilon^2) $$これが $\mathbb{1}$ に等しいためには $T^{a\dagger}=T^a$,つまり生成子はHermite 行列でなければならない.(だからこそ式 \eqref{eq:5-infinitesimal} で $-\ii$ を明示的にくくり出しておいたのである.物理量に対応させたいので Hermite にしたい,という要請が $\ii$ の置き方を決めている.)
ステップ2:行列式の条件からトレースゼロ.任意の行列に対する恒等式 $\det(\ee^{M}) = \ee^{\Tr M}$ を使う.$U=\exp(-\ii\alpha_a T^a)$ だから
$$ \det U = \exp\left(-\ii\,\alpha_a \Tr T^a\right) = 1 \qquad\Longrightarrow\qquad \Tr T^a = 0 $$ステップ3:数え上げ.$2\times2$ の Hermite 行列は $\begin{pmatrix} a & b-\ii c\\ b+\ii c & d\end{pmatrix}$($a,b,c,d$ 実)の形で実4次元.トレースゼロ条件 $a+d=0$ を課すと実3次元.基底として $\{\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3\}$ が取れる.ここまでが必然で,あとは規格化の約束である.角運動量の交換関係 $[J_a,J_b]=\ii\epsilon_{abc}J_c$ と同じ形になるように $T^a=\sigma_a/2$ と取るのが本書(および素粒子物理の標準)の流儀で,$\sigma_a$ 自身を生成子にとっても構造定数が $2\epsilon_{abc}$ に変わるだけで群そのものは同じである.$\square$
定義:Pauli 行列と SU(2) の生成子
$$ \sigma_1 = \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix},\qquad \sigma_2 = \begin{pmatrix}0&-\ii\\ \ii&0\end{pmatrix},\qquad \sigma_3 = \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} $$生成子は $T^a = \sigma_a/2$ ととる.基本的な恒等式は
$$ \begin{equation} \sigma_a\sigma_b = \delta_{ab}\,\mathbb{1} + \ii\,\epsilon_{abc}\,\sigma_c \label{eq:5-pauli-product} \end{equation} $$であり,ここから交換関係と反交換関係が同時に読み取れる:
$$ [\sigma_a,\sigma_b]=2\ii\epsilon_{abc}\sigma_c,\qquad \{\sigma_a,\sigma_b\}=2\delta_{ab}\mathbb{1} $$したがって $\mathrm{SU}(2)$ の Lie 代数は
である.構造定数は完全反対称テンソル $f^{abc}=\epsilon^{abc}$ である.これは量子力学の角運動量の交換関係 $[J_a,J_b]=\ii\hbar\epsilon_{abc}J_c$ と($\hbar=1$ の自然単位系で)完全に一致する.$\mathrm{SU}(2)$ の表現論と角運動量の理論は同じものである.
5.3.2 回転行列と $2\pi$ 回転の符号
単位ベクトル $\bm{n}$ のまわりの角 $\theta$ の回転に対応する $\mathrm{SU}(2)$ 元は
$$ \begin{equation} U(\bm{n},\theta) = \exp\!\left(-\ii\,\frac{\theta}{2}\,\bm{n}\cdot\bm{\sigma}\right) \label{eq:5-rotation} \end{equation} $$である.指数関数の中に行列が入っているが,この場合は閉じた形に和がとれる.
導出:$\ee^{-\ii\theta\bm{n}\cdot\bm{\sigma}/2}=\cos\frac{\theta}{2}-\ii(\bm{n}\cdot\bm{\sigma})\sin\frac{\theta}{2}$
ステップ1:$(\bm{n}\cdot\bm{\sigma})^2=\mathbb{1}$ を示す.式 \eqref{eq:5-pauli-product} を使って
$$ (\bm{n}\cdot\bm{\sigma})^2 = n_a n_b\,\sigma_a\sigma_b = n_a n_b\left(\delta_{ab}\mathbb{1}+\ii\epsilon_{abc}\sigma_c\right) = \abs{\bm{n}}^2\,\mathbb{1} + 0 = \mathbb{1} $$第2項が消えるのは,$n_an_b$ が $a\leftrightarrow b$ で対称,$\epsilon_{abc}$ が反対称だからである.$\bm{n}$ は単位ベクトルなので $\abs{\bm{n}}^2=1$.
ステップ2:べき乗を偶奇に分ける.ステップ1より $(\bm{n}\cdot\bm{\sigma})^{2k}=\mathbb{1}$,$(\bm{n}\cdot\bm{\sigma})^{2k+1}=\bm{n}\cdot\bm{\sigma}$ である.指数関数の Taylor 展開を偶数項と奇数項に分けると
$$ \ee^{-\ii\frac{\theta}{2}\bm{n}\cdot\bm{\sigma}} = \sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-\ii\theta/2)^{2k}}{(2k)!}\mathbb{1} + \sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-\ii\theta/2)^{2k+1}}{(2k+1)!}(\bm{n}\cdot\bm{\sigma}) $$ステップ3:三角関数に読み替える.$(-\ii)^{2k}=(-1)^k$,$(-\ii)^{2k+1}=-\ii(-1)^k$ を使えば,第1和は $\cos(\theta/2)$,第2和は $-\ii\sin(\theta/2)$ である.したがって
$\square$(この式は Euler の公式 $\ee^{\ii x}=\cos x+\ii\sin x$ の行列版である.)
ここで $\theta=2\pi$ を代入してみよう.$\cos\pi=-1$,$\sin\pi=0$ だから
空間を $360^\circ$ 回すという「何もしないのと同じ」操作が,スピノルに対しては $-1$ を掛ける操作になっている.元に戻すには $\theta=4\pi$,つまり $720^\circ$ 回さねばならない:$U(\bm{n},4\pi)=+\mathbb{1}$.
注意:$\mathrm{SU}(2)$ と $\mathrm{SO}(3)$ は同じではない
両者は同じ Lie 代数 \eqref{eq:5-su2-algebra} をもつが,群としては異なる.$\mathrm{SU}(2)$ の元 $U$ と $-U$ は,同じ空間回転 $R\in\mathrm{SO}(3)$ を与える.対応は $2:1$ であり,$\mathrm{SO}(3)\simeq \mathrm{SU}(2)/\{\pm\mathbb{1}\}$,あるいは「$\mathrm{SU}(2)$ は $\mathrm{SO}(3)$ の二重被覆である」という.
この $2$ 対 $1$ が,$\mathrm{SO}(3)$ の(真の)表現は整数スピン $j=0,1,2,\dots$ に限られるのに対し,$\mathrm{SU}(2)$ は半整数 $j=1/2,3/2,\dots$ も許す理由である.物理的に必要なのは $\mathrm{SU}(2)$ のほうである.$-1$ という符号は状態の全体位相なので単独では観測にかからないが,干渉させれば見える.実際,中性子干渉計で片方の経路にだけ磁場をかけて中性子スピンを $2\pi$ 回転させると干渉縞が反転する実験が 1975 年に行われ,符号は実在することが確認された.
5.3.3 既約表現とウェイト図
$\mathrm{SU}(2)$ の既約表現は,量子力学の角運動量そのものである.$J_3$ の固有値 $m$ をウェイト(weight)と呼び,昇降演算子 $J_\pm = J_1\pm\ii J_2$ が $m$ を $\pm1$ ずつ動かす:
$$ [J_3,J_\pm]=\pm J_\pm,\qquad J_\pm\ket{j,m}=\sqrt{j(j+1)-m(m\pm1)}\;\ket{j,m\pm1} $$状態が有限個であるためには昇降が止まらねばならず,そこから $j=0,\tfrac12,1,\tfrac32,\dots$ と $m=-j,-j+1,\dots,j$ が出る.既約表現の次元は $d=2j+1$ である.
| $j$ | 次元 $2j+1$ | 記号 | ウェイト $m$ | 物理での例 |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | 1 | $\bm{1}$(一重項) | $0$ | スピン0中間子,アイソスピン一重項 $\Lambda$ |
| $1/2$ | 2 | $\bm{2}$(二重項) | $\pm\tfrac12$ | 電子スピン,核子 $(p,n)$,クォーク $(u,d)$ |
| $1$ | 3 | $\bm{3}$(三重項) | $-1,0,+1$ | $p$ 軌道,$\pi$ 中間子 $(\pi^+,\pi^0,\pi^-)$,弱アイソスピン三重項 $(W^1,W^2,W^3)$ |
| $3/2$ | 4 | $\bm{4}$(四重項) | $\pm\tfrac12,\pm\tfrac32$ | $\Delta(1232)$ 四重項 |
| $2$ | 5 | $\bm{5}$(五重項) | $-2,\dots,+2$ | $d$ 軌道,$L=2$ の状態 |
5.3.4 角運動量の合成と Clebsch–Gordan 係数
2つの $\mathrm{SU}(2)$ 系(たとえば2個の電子スピン,あるいは $\pi$ 中間子と核子)を合わせると,直積表現 $\bm{d_1}\otimes\bm{d_2}$ ができる.これは一般に可約で,既約表現の直和に分解される:
次元の勘定が合うことは確かめられる:$(2j_1+1)(2j_2+1)=\sum_{j=\abs{j_1-j_2}}^{j_1+j_2}(2j+1)$.基底の張り替えの係数がClebsch–Gordan 係数(CG 係数)である:
$$ \begin{equation} \ket{j\,m} = \sum_{m_1,m_2} \braket{j_1 m_1\, j_2 m_2 | j\,m}\;\ket{j_1 m_1}\ket{j_2 m_2} \label{eq:5-cg-def} \end{equation} $$ここで $m=m_1+m_2$ でない項は自動的にゼロである($J_3$ が加法的だから).CG 係数の表は覚えるものではなく,昇降演算子を使って自分で作れる.やってみよう.
導出:$\tfrac12\otimes\tfrac12 = 1\oplus 0$,すなわち $\bm{2}\otimes\bm{2}=\bm{3}\oplus\bm{1}$
ステップ0:状態を数える.2粒子の直積状態は $\ket{\uparrow\uparrow},\ket{\uparrow\downarrow},\ket{\downarrow\uparrow},\ket{\downarrow\downarrow}$ の4個.$m=m_1+m_2$ の値は $+1,0,0,-1$ である.$m=+1$ が1個しかないので最大の $j$ は $1$.残り $4-3=1$ 個が $j=0$ を作る.こうして $\bm{2}\otimes\bm{2}=\bm{3}\oplus\bm{1}$ が予想される.
ステップ1:最高ウェイト状態から始める.$m=+1$ の状態は一つしかないので,それがそのまま $j=1$ の最高ウェイト状態である:
$$ \ket{1,+1} = \ket{\uparrow\uparrow} $$ステップ2:降下演算子を当てる.合成系の降下演算子は $J_-=J_-^{(1)}+J_-^{(2)}$.左辺に作用させると
$$ J_-\ket{1,1} = \sqrt{j(j+1)-m(m-1)}\,\ket{1,0} = \sqrt{2-0}\;\ket{1,0}=\sqrt{2}\,\ket{1,0} $$右辺に作用させると,各粒子に $J_-\ket{\uparrow}=\ket{\downarrow}$(係数は $\sqrt{\frac34-(\frac12)(-\frac12)}=1$)だから
$$ \left(J_-^{(1)}+J_-^{(2)}\right)\ket{\uparrow\uparrow} = \ket{\downarrow\uparrow}+\ket{\uparrow\downarrow} $$両者を等置して $\sqrt2$ で割ると
$$ \ket{1,0} = \frac{1}{\sqrt2}\left(\ket{\uparrow\downarrow}+\ket{\downarrow\uparrow}\right) $$ステップ3:もう一度降ろす.同様に $J_-\ket{1,0}=\sqrt{2-0}\ket{1,-1}$,右辺は $\ket{\downarrow\downarrow}+\ket{\downarrow\downarrow}$ を $\sqrt2$ で割ったもの,すなわち $\sqrt2\ket{\downarrow\downarrow}$.よって
$$ \ket{1,-1}=\ket{\downarrow\downarrow} $$ステップ4:直交する状態が一重項.$m=0$ の空間は2次元($\ket{\uparrow\downarrow},\ket{\downarrow\uparrow}$)で,そのうち $\ket{1,0}$ が使われた.残る規格化された直交状態が $j=0$ である:
$$ \ket{0,0} = \frac{1}{\sqrt2}\left(\ket{\uparrow\downarrow}-\ket{\downarrow\uparrow}\right) $$検算:$J_+\ket{0,0} = \frac{1}{\sqrt2}(\ket{\uparrow\uparrow}-\ket{\uparrow\uparrow})=0$,$J_-\ket{0,0}=\frac{1}{\sqrt2}(\ket{\downarrow\downarrow}-\ket{\downarrow\downarrow})=0$.昇降どちらでも消えるので,確かに1次元の既約表現である.$\square$
材料科学との接点:三重項・一重項の分裂は磁性そのものである
式 \eqref{eq:5-triplet-singlet} の分解は,素粒子物理より先に固体物理で日常的に使われている.2電子系の全波動関数は(Fermi 統計により)反対称でなければならないので,
- スピン三重項(対称)$\times$ 軌道反対称 $\to$ 電子どうしが遠ざかる $\to$ Coulomb 反発が小さい
- スピン一重項(反対称)$\times$ 軌道対称 $\to$ 電子どうしが近づく $\to$ Coulomb 反発が大きい
という組み合わせしか許されない.この分裂(交換積分 $J$ で決まり,下の規約では幅 $2J$ になる)が Hund 則の起源であり,有効 Hamiltonian に書き直すと
$$ \Ham_{\text{eff}} = -2J\,\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2 = -J\left[\left(\bm{S}_1+\bm{S}_2\right)^2 - \bm{S}_1^2-\bm{S}_2^2\right] $$という Heisenberg 模型になる.右辺の書き換えは,まさに「合成角運動量 $\bm{J}=\bm{S}_1+\bm{S}_2$ の Casimir 演算子で分類する」という 5.2.4 節の操作である.$S=1$ なら $(\bm{S}_1+\bm{S}_2)^2=2$,$S=0$ なら $0$ で,$\bm{S}_i^2=3/4$ だから固有値は $-J/2$ と $3J/2$,差は $2J$ となる.素粒子物理で $\pi$ 中間子と核子を合成する計算と,磁性体の交換相互作用を評価する計算は,同じ CG 係数の表を引いている.
5.4 フレーバー対称性
5.4.1 アイソスピン —— 陽子と中性子は同じ粒子の2つの状態である
1932 年,Chadwick が中性子を発見した直後に Heisenberg が気づいたことがある.陽子と中性子は質量がほとんど等しい:
$$ m_p = 938.272\ \mathrm{MeV},\qquad m_n = 939.565\ \mathrm{MeV},\qquad \frac{m_n-m_p}{\bar m} = \frac{1.293}{938.9} = 1.4\times10^{-3} $$$0.14\%$ しか違わない.しかも核力の実験($pp$ 散乱,$pn$ 散乱,および自由中性子標的が作れないため $nd$ 破砕反応などから間接的に求める $nn$ 散乱長)を比べると,電磁気的な効果を差し引けば,強い相互作用は両者を区別していないように見える.
そこで Heisenberg は「陽子と中性子は同じ粒子(核子 $N$)の,内部空間における2つの状態である」と考えた.電子スピンが $\ket{\uparrow},\ket{\downarrow}$ の2状態をもつのとまったく同じ形式で,
$$ \begin{equation} N = \begin{pmatrix} p \\ n \end{pmatrix},\qquad \ket{p}=\ket{\tfrac12,+\tfrac12},\qquad \ket{n}=\ket{\tfrac12,-\tfrac12} \label{eq:5-nucleon-doublet} \end{equation} $$と書く.この内部空間に作用する $\mathrm{SU}(2)$ をアイソスピン(isospin, isotopic spin)$\mathrm{SU}(2)_I$ と呼び,生成子を $I_a = \tau_a/2$($\tau_a$ は Pauli 行列と同じ形の行列)と書く.
歴史を正確に言えば,1932 年の Heisenberg が導入したのはこの「$p,n$ を2状態とみなす形式」までであって,彼の模型そのものは $nn$ 力をもたず,$pn$ 力を電子の交換で説明するものであった.核力が電荷に依らないこと(荷電独立性,charge independence)が確立したのは 1936 年の $pp$ 散乱実験(Tuve–Heydenburg–Hafstad)とその解析(Breit–Condon–Present,Cassen–Condon)であり,これを $\mathrm{SU}(2)$ 対称性として定式化し「isotopic spin」と名づけたのは Wigner(1937)である.
注意:アイソスピンは実空間の回転ではない
アイソスピンの「回転」は,実空間で何かが回るわけではない.抽象的な内部空間で $p$ と $n$ を混ぜる操作である.たとえば $I_2$ 軸まわりの $\pi$ 回転は $\ket{p}\to\ket{n}$,$\ket{n}\to-\ket{p}$ を引き起こす.実空間の角運動量とアイソスピンは独立に保存する($[\bm{J},\bm{I}]=0$).記号が似ているのは,どちらも $\mathrm{SU}(2)$ という同じ群の表現だからにすぎない.
また,アイソスピン対称性は厳密ではない.破れの原因は2つある.(i) 電磁相互作用は $p$ と $n$ を区別する(電荷が違う).(ii) $u$ クォークと $d$ クォークの質量が違う($m_u\simeq2.16\ \mathrm{MeV}$,$m_d\simeq4.67\ \mathrm{MeV}$).どちらも強い相互作用のスケール $\Lambda_{\mathrm{QCD}}\simeq200\ \mathrm{MeV}$ に比べれば小さいので,アイソスピンは数 % の精度で成り立つ近似的対称性である.結晶で言えば,わずかに歪んだ立方晶をとりあえず立方晶として扱うのに似ている.
5.4.2 $\pi$ 中間子の三重項と Gell-Mann–西島の関係
$\pi$ 中間子は3種類あり,質量はやはりよく揃っている:
$$ m_{\pi^\pm} = 139.570\ \mathrm{MeV},\qquad m_{\pi^0}=134.977\ \mathrm{MeV} $$差は $4.6\ \mathrm{MeV}$,$3.4\%$ である.3つで一組ということは $2I+1=3$,つまり $I=1$ の三重項である:
$$ \ket{\pi^+}=\ket{1,+1},\qquad \ket{\pi^0}=\ket{1,0},\qquad \ket{\pi^-}=\ket{1,-1} $$アイソスピンの第3成分 $I_3$ と電荷 $Q$ の関係を見ると,核子では $Q=I_3+\tfrac12$,$\pi$ 中間子では $Q=I_3$ である.これを統一するのが
というGell-Mann–西島の関係である.$B$ はバリオン数,$S$ はストレンジネス,$Y\equiv B+S$ をハイパー電荷(hypercharge)と呼ぶ.
| 多重項 | $I$ | 成員($I_3$ の大きい順) | 質量 [MeV] | $B$ | $S$ | $Y$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 核子 $N$ | $1/2$ | $p\ (+\tfrac12)$, $n\ (-\tfrac12)$ | 938.272, 939.565 | 1 | 0 | 1 |
| パイ中間子 $\pi$ | $1$ | $\pi^+,\pi^0,\pi^-$ | 139.570, 134.977, 139.570 | 0 | 0 | 0 |
| デルタ $\Delta(1232)$ | $3/2$ | $\Delta^{++},\Delta^{+},\Delta^{0},\Delta^{-}$ | $\simeq 1232$(幅 $\Gamma\simeq117$) | 1 | 0 | 1 |
| ラムダ $\Lambda$ | $0$ | $\Lambda^0$ | 1115.68 | 1 | $-1$ | 0 |
| シグマ $\Sigma$ | $1$ | $\Sigma^+,\Sigma^0,\Sigma^-$ | 1189.37, 1192.64, 1197.45 | 1 | $-1$ | 0 |
| クシー $\Xi$ | $1/2$ | $\Xi^0,\Xi^-$ | 1314.86, 1321.71 | 1 | $-2$ | $-1$ |
| ケイ中間子 $K$ | $1/2$ | $K^+,K^0$ | 493.677, 497.611 | 0 | $+1$ | $+1$ |
| オメガ $\Omega^-$ | $0$ | $\Omega^-$ | 1672.45 | 1 | $-3$ | $-2$ |
数値は Particle Data Group による.各多重項内の質量差が数 MeV 程度に収まっていることが,アイソスピン対称性の実験的な証拠である.
5.4.3 断面積の比を CG 係数で予言する
アイソスピン対称性が単なる分類学でないことを示すのが,散乱振幅の予言である.論理はこうである.
主張:強い相互作用の振幅は全アイソスピン $I$ にしか依らない
強い相互作用の Hamiltonian が $\mathrm{SU}(2)_I$ で不変なら,$[\Ham_{\text{strong}},\bm{I}]=0$ である.Schur の補題(5.2.4節)により,$\Ham_{\text{strong}}$ は各既約表現の上で単位行列の定数倍.したがって遷移振幅は
$$ \braket{I'\,I_3' | \Ham_{\text{strong}} | I\,I_3} = A_I\;\delta_{II'}\delta_{I_3I_3'} $$という形になる.$A_I$ は $I_3$ に依らない.未知の力学(QCD の詳細)はすべて $A_I$ の中に押し込められ,$I_3$ 依存性=どの荷電状態か,は CG 係数だけで決まる.力学を知らなくても比が予言できるのはこのためである.
$\pi N$ 散乱を考える.$\pi$ は $I=1$,$N$ は $I=1/2$ なので,合成すると式 \eqref{eq:5-cg-decomposition} により
$$ 1\otimes\tfrac12 = \tfrac32\ \oplus\ \tfrac12 $$すなわち独立な振幅は $A_{3/2}$ と $A_{1/2}$ の2つしかない.必要な CG 係数を,5.3.4節と同じ手順で作る.
導出:$1\otimes\frac12$ の CG 係数を降下演算子で作る
ステップ1:最高ウェイト.$I_3=3/2$ の状態は $\ket{\pi^+ p}$ しかない.よって
$$ \ket{\tfrac32,\tfrac32} = \ket{1,1}\ket{\tfrac12,\tfrac12} = \ket{\pi^+ p} $$ステップ2:$I_-$ を当てる.左辺には $I_-\ket{\frac32,\frac32}=\sqrt{\frac{15}{4}-\frac32\cdot\frac12}\,\ket{\frac32,\frac12}=\sqrt3\,\ket{\frac32,\frac12}$.右辺には,$\pi$ 側で $I_-\ket{1,1}=\sqrt{2-0}\,\ket{1,0}=\sqrt2\ket{1,0}$,核子側で $I_-\ket{\frac12,\frac12}=\ket{\frac12,-\frac12}$.したがって
$$ \sqrt3\,\ket{\tfrac32,\tfrac12} = \sqrt2\,\ket{1,0}\ket{\tfrac12,\tfrac12} + \ket{1,1}\ket{\tfrac12,-\tfrac12} $$ $$ \ket{\tfrac32,\tfrac12} = \sqrt{\tfrac23}\,\ket{\pi^0 p} + \sqrt{\tfrac13}\,\ket{\pi^+ n} $$ステップ3:もう一段降ろす.$I_-\ket{\frac32,\frac12}=\sqrt{\frac{15}{4}+\frac14}\,\ket{\frac32,-\frac12}=2\,\ket{\frac32,-\frac12}$.右辺は
$$ \sqrt{\tfrac23}\left[\sqrt2\ket{1,-1}\ket{\tfrac12,\tfrac12}+\ket{1,0}\ket{\tfrac12,-\tfrac12}\right] +\sqrt{\tfrac13}\left[\sqrt2\,\ket{1,0}\ket{\tfrac12,-\tfrac12}\right] $$ $$ = \tfrac{2}{\sqrt3}\ket{\pi^- p} + \left(\sqrt{\tfrac23}+\sqrt{\tfrac23}\right)\ket{\pi^0 n} = \tfrac{2}{\sqrt3}\ket{\pi^- p} + 2\sqrt{\tfrac23}\,\ket{\pi^0 n} $$$2$ で割って
$$ \begin{equation} \ket{\tfrac32,-\tfrac12} = \sqrt{\tfrac13}\,\ket{\pi^- p} + \sqrt{\tfrac23}\,\ket{\pi^0 n} \label{eq:5-cg-32} \end{equation} $$ステップ4:直交する $I=1/2$ 状態.$I_3=-1/2$ の空間は2次元なので,残りは直交条件から一意に決まる(全体の符号の任意性は Condon–Shortley 規約で固定する.以下は核子を第1粒子にとる規約に合わせた符号であり,$\pi$ を第1粒子にとる規約では全体符号が反転する.振幅の絶対値の2乗しか使わないので断面積には効かない):
$$ \begin{equation} \ket{\tfrac12,-\tfrac12} = \sqrt{\tfrac23}\,\ket{\pi^- p} - \sqrt{\tfrac13}\,\ket{\pi^0 n} \label{eq:5-cg-12} \end{equation} $$ステップ5:逆に解く.式 \eqref{eq:5-cg-32}, \eqref{eq:5-cg-12} を $\ket{\pi^-p}$, $\ket{\pi^0n}$ について解く($2\times2$ の直交行列なので転置するだけ):
$$ \begin{equation} \ket{\pi^- p} = \sqrt{\tfrac13}\,\ket{\tfrac32,-\tfrac12} + \sqrt{\tfrac23}\,\ket{\tfrac12,-\tfrac12}, \qquad \ket{\pi^0 n} = \sqrt{\tfrac23}\,\ket{\tfrac32,-\tfrac12} - \sqrt{\tfrac13}\,\ket{\tfrac12,-\tfrac12} \label{eq:5-pi-minus-p} \end{equation} $$$\square$ これで道具は揃った.
例:$\Delta(1232)$ 共鳴における $\pi^+p$ と $\pi^-p$ の断面積比
入射 $\pi$ の運動エネルギーが $T_\pi\simeq 190\ \mathrm{MeV}$(重心系エネルギー $\sqrt s\simeq1232\ \mathrm{MeV}$)のとき,$\pi N$ 系は $\Delta(1232)$ という共鳴状態を作る.$\Delta$ は $I=3/2$ の四重項なので,このエネルギーでは $A_{3/2}$ が共鳴的に増大し,$\abs{A_{3/2}}\gg\abs{A_{1/2}}$ となる.そこで $A_{1/2}\to0$ と近似する.
(1) 弾性散乱 $\pi^+p\to\pi^+p$.$\ket{\pi^+p}=\ket{\frac32,\frac32}$ は純粋な $I=3/2$ 状態なので
$$ \mathcal{M}(\pi^+p\to\pi^+p) = A_{3/2} \qquad\Longrightarrow\qquad \sigma \propto \abs{A_{3/2}}^2 $$(2) 弾性散乱 $\pi^-p\to\pi^-p$.式 \eqref{eq:5-pi-minus-p} を始状態にも終状態にも使い,$I=3/2$ 成分だけを拾う:
$$ \mathcal{M}(\pi^-p\to\pi^-p) = \sqrt{\tfrac13}\cdot\sqrt{\tfrac13}\,A_{3/2}\;(+\;\tfrac23 A_{1/2}) \simeq \tfrac13 A_{3/2} \qquad\Longrightarrow\qquad \sigma\propto\tfrac19\abs{A_{3/2}}^2 $$(3) 電荷交換 $\pi^-p\to\pi^0n$.始状態の $I=3/2$ 成分は $\sqrt{1/3}$,終状態の $I=3/2$ 成分は $\sqrt{2/3}$ だから
$$ \mathcal{M}(\pi^-p\to\pi^0n) = \sqrt{\tfrac23}\cdot\sqrt{\tfrac13}\,A_{3/2} = \frac{\sqrt2}{3}A_{3/2} \qquad\Longrightarrow\qquad \sigma\propto\tfrac29\abs{A_{3/2}}^2 $$結論.共鳴のピークにおいて
とくに弾性散乱どうしの比が $9:1$ である.全断面積(弾性+電荷交換)で比べると
$$ \frac{\sigma_{\text{tot}}(\pi^+p)}{\sigma_{\text{tot}}(\pi^-p)} = \frac{9}{1+2}=3 $$という,実験で直接確かめられる予言が得られる.$A_{3/2}$ の値はまったく知らないのに,比だけは決まってしまう.これが対称性の威力である.
| 量 | アイソスピンの予言 | 実測($\sqrt s\simeq1232\ \mathrm{MeV}$ 付近) |
|---|---|---|
| $\sigma_{\text{tot}}(\pi^+p)$ | $3\,\sigma_0$ | $\simeq 200\ \mathrm{mb}$ |
| $\sigma_{\text{tot}}(\pi^-p)$ | $1\,\sigma_0$ | $\simeq 68\ \mathrm{mb}$ |
| 比 $\sigma(\pi^+p)/\sigma(\pi^-p)$ | $3$ | $\simeq 2.9$ |
| $\sigma(\pi^-p\to\pi^0n)/\sigma(\pi^-p\to\pi^-p)$ | $2$ | $\simeq 2$ |
共鳴のピークから離れると $A_{1/2}$ の寄与が無視できなくなり,比は $3$ からずれる.実際,$\sqrt s\simeq1.5$–$1.7\ \mathrm{GeV}$ では $I=1/2$ の $N(1520),N(1680)$ 共鳴が $\pi^-p$ にだけ現れるため比は逆転して $1$ を下回り($\sigma(\pi^-p)\simeq45$–$50\ \mathrm{mb}$ に対し $\sigma(\pi^+p)\simeq15$–$25\ \mathrm{mb}$),両者が $25\ \mathrm{mb}$ 程度で同程度になるのは $\sqrt s\gtrsim3\ \mathrm{GeV}$ の高エネルギー領域である.
材料科学との接点:アイソスピンは「擬スピン」の元祖である
アイソスピンの発想 —— 本来は別種のものを,同じ内部空間の2状態とみなして $\mathrm{SU}(2)$ を作る —— は,物性物理でも繰り返し使われている.
- 副格子擬スピン:グラフェンの $A$ 副格子と $B$ 副格子を $\begin{pmatrix}\psi_A\\ \psi_B\end{pmatrix}$ と並べると,$K$ 点近傍の有効 Hamiltonian は $\Ham = \hbar v_F\,\bm{\sigma}\cdot\kk$ という2次元 Dirac 方程式になる.ここでの $\bm{\sigma}$ は本物のスピンではなく副格子の擬スピンである.
- 谷擬スピン:$K$ 点と $K'$ 点を二重項とみなす $\mathrm{SU}(2)$.バレートロニクスの基礎.
- 軌道擬スピン:$e_g$ 軌道の2重縮退($d_{3z^2-r^2}$ と $d_{x^2-y^2}$)を擬スピン $\bm{\tau}$ とみなすと,Kugel–Khomskii 模型のようなスピン–軌道結合模型がスピン $\bm{S}$ と擬スピン $\bm{\tau}$ の演算子で書ける(ただし軌道側の項は結合方向に依存する異方的な形をしており,$\mathrm{SU}(2)$ 対称性は近似的にも成り立たない).軌道秩序は擬スピンの強磁性・反強磁性に対応し,$\mathrm{LaMnO_3}$ や $\mathrm{KCuF_3}$ の交替型(staggered)軌道秩序は後者である.
- 層擬スピン:二層グラフェンや二層系の「どちらの層にいるか」.
ただし,アイソスピンと同じ意味で近似的な $\mathrm{SU}(2)$ 対称性(多重項の縮退があり,CG 係数だけで比が予言できる)になるのは,(i) 2状態がほぼ縮退しており,(ii) 主要項が両者を混ぜない場合に限られる.上の4例は,この条件の満たされ方が大きく違う.
- 谷擬スピンはこの条件を満たす.谷間散乱が弱い極限では近似的な $\mathrm{SU}(2)_{\text{valley}}$(本物のスピンと合わせれば $\mathrm{SU}(4)$)が成り立ち,谷間散乱の大きさが破れの尺度になる.
- 副格子擬スピンは違う.主要項 $\hbar v_F\,\bm{\sigma}\cdot\kk$ 自体が副格子空間の回転で不変でない($\bm{\sigma}$ だけを回せば $\bm{\sigma}\cdot\kk$ が変わってしまう)ので,副格子擬スピンは保存量ではなく,Dirac スピノルの内部構造(第9章のカイラリティ)に対応するものである.
- 軌道擬スピンの相互作用は異方的で,連続対称性をもたない(立方点群の離散対称性だけである).層擬スピンも,Bernal 積層二層グラフェンの層間トンネリング $\gamma_1\simeq0.4\ \mathrm{eV}$ は「小さな破れ」とは言いがたい.
それでも,2状態を内部自由度として束ね,Pauli 行列で書くという記法そのものは4例すべてに共通である.核子のアイソスピンにおける $m_n-m_p=1.29\ \mathrm{MeV}$ に対応するのが,物性系では谷間散乱・Jahn–Teller 歪み・層間トンネリングといった分裂エネルギーである.考え方の輸入は,比喩ではなく同じ数式の再利用である.
5.4.4 SU(3) フレーバーと八重道
1940 年代末から 1950 年代にかけて $\Lambda,\Sigma,\Xi,K$ といった「ストレンジ」な粒子が次々と見つかると,アイソスピン $\mathrm{SU}(2)$ では足りなくなった.$s$ クォークを加えて
$$ q = \begin{pmatrix} u \\ d \\ s\end{pmatrix} $$という3成分にし,これを混ぜる $\mathrm{SU}(3)_F$ を考えるのが Gell-Mann と Ne'eman の提案(1961 年)であった.$\mathrm{SU}(3)$ の生成子の数は,$\mathrm{SU}(2)$ と同じ数え上げで求まる.$3\times3$ 複素行列は実 18 パラメータ,ユニタリ条件が 9 個,$\det=1$ が 1 個の条件を与えるので $18-9-1=8$.よって生成子は 8 個である:$T^a=\lambda^a/2$($\lambda^a$ は Gell-Mann 行列,$a=1,\dots,8$).
$\mathrm{SU}(2)$ では対角な生成子が $T^3$ ひとつだったが,$\mathrm{SU}(3)$ では $T^3$ と $T^8$ の2つが同時対角化できる.すなわち階数(rank)が 2 である.物理的には
$$ T^3 = I_3\ \text{(アイソスピンの第3成分)},\qquad T^8 = \frac{\sqrt3}{2}\,Y\ \text{(ハイパー電荷)} $$にあたる.したがってウェイトは $(I_3, Y)$ という2次元平面上の点になる.図5.3 の1次元の点列が,2次元の格子模様に昇格するのである.
| クォーク | $I$ | $I_3$ | $S$ | $B$ | $Y=B+S$ | $Q=I_3+Y/2$ | 質量($\overline{\mathrm{MS}}$, 2 GeV) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| $u$ | $1/2$ | $+1/2$ | 0 | $1/3$ | $+1/3$ | $+2/3$ | $2.16\ \mathrm{MeV}$ |
| $d$ | $1/2$ | $-1/2$ | 0 | $1/3$ | $+1/3$ | $-1/3$ | $4.67\ \mathrm{MeV}$ |
| $s$ | $0$ | $0$ | $-1$ | $1/3$ | $-2/3$ | $-1/3$ | $93.4\ \mathrm{MeV}$ |
$m_s\gg m_u,m_d$ なので $\mathrm{SU}(3)_F$ の破れ($\sim20\%$)はアイソスピン $\mathrm{SU}(2)$ の破れ($1$〜数 %)よりずっと大きい.それでも多重項の構造は明瞭に見える.
中間子はクォークと反クォークからできる.反クォークは複素共役表現 $\bar{\bm{3}}$ に属し,ウェイトは符号が反転する.直積の分解は
である(次元の勘定:$3\times3=9=8+1$,$3\times3\times3=27=10+8+8+1$).前者が中間子($q\bar q$),後者がバリオン($qqq$)の多重項構造を与える.Gell-Mann はこれを仏教の「八正道」になぞらえて八重道(the Eightfold Way)と呼んだ.
例:$\Omega^-$ の質量予言 —— 対称性が新粒子を当てた瞬間
1962 年,十重項のうち $\Omega^-$ だけが未発見であった.十重項の質量は $Y$ が 1 下がるごとにほぼ一定量ずつ増える.実測値から間隔を測ると(以下は現在の質量値で予言を再現した計算である.1962 年当時の値 $\Delta\simeq1238$,$\Sigma^*\simeq1385$,$\Xi^*\simeq1530\ \mathrm{MeV}$ から Gell-Mann が出した予言は約 $1685\ \mathrm{MeV}$ であった)
$$ m_{\Sigma^*}-m_{\Delta} = 1385-1232 = 153\ \mathrm{MeV},\qquad m_{\Xi^*}-m_{\Sigma^*} = 1533-1385 = 148\ \mathrm{MeV} $$なので,等間隔則から
$$ m_{\Omega} \simeq m_{\Xi^*} + 148 = 1533+148 = 1681\ \mathrm{MeV} $$と予言される.さらに,ストレンジネスを保存する最も軽い終状態は $\Xi\bar K$ であり,その閾値 $m_{\Xi^0}+m_{K^-}=1314.9+493.7\simeq1809\ \mathrm{MeV}$ が $m_\Omega$ を上回るため,$\Omega^-$ は強い相互作用では崩壊できず弱崩壊しかできない(したがって寿命が長く,泡箱で飛跡が見える)ことも同時に予言された.1964 年,ブルックヘブンの泡箱で $\Omega^-$ が発見され,八重道は決定的に確立した(発見論文が1事象から報告した質量は $1686\pm12\ \mathrm{MeV}$ で,寿命は下限の推定にとどまる.現在の値は $m=1672.45\ \mathrm{MeV}$,$\tau=0.82\times10^{-10}\ \mathrm{s}$ である).予言 $1681\ \mathrm{MeV}$ と現在の実測値との差は $0.5\%$ である.
八重項については $Y$ の1次だけでなく $I(I+1)-Y^2/4$ の項が要る.そこから導かれる Gell-Mann–大久保の質量公式
$$ \frac{m_N+m_\Xi}{2} = \frac{3m_\Lambda+m_\Sigma}{4} $$を実測値で検算する.ここで $m_N,m_\Xi,m_\Sigma$ は各アイソスピン多重項の平均質量であって個々の荷電状態の質量ではない(表5.4 から $m_N=(938.272+939.565)/2=938.9$,$m_\Xi=(1314.86+1321.71)/2=1318.3$,$m_\Sigma=(1189.37+1192.64+1197.45)/3=1193.2\ \mathrm{MeV}$.図5.7(a) に併記した $\Sigma^0$ の $1192.6$ を単独で代入すると値がわずかに変わる).すると左辺 $=(938.9+1318.3)/2=1128.6\ \mathrm{MeV}$,右辺 $=(3\times1115.7+1193.2)/4=1135.1\ \mathrm{MeV}$.$0.6\%$ の一致である.
なぜ十重項には「等間隔則」があり,八重項にはないのか
$\mathrm{SU}(3)_F$ を破る主犯は $s$ クォークの質量である.破れの演算子は,$s$ の個数を数える演算子,すなわちハイパー電荷 $Y$ に比例する成分($\mathrm{SU}(3)$ の言葉では $\bm{8}$ に属する成分)が主である.摂動論の1次では
$$ \delta m = a + bY + c\left[I(I+1)-\tfrac{Y^2}{4}\right] $$という形になることが Wigner–Eckart の定理(5.5.3節)から導ける.十重項では $I$ と $Y$ が $I = 1 + Y/2$ という関係で結ばれてしまうため($\Delta$: $I=3/2,Y=1$;$\Sigma^*$: $I=1,Y=0$;$\Xi^*$: $I=1/2,Y=-1$;$\Omega$: $I=0,Y=-2$),第3項も $Y$ の1次式に化けて,全体が $Y$ の1次関数になる.これが等間隔則の正体である.八重項ではこの関係が成り立たないので,$I$ 依存項が残り,Gell-Mann–大久保のより複雑な形になる.
対称性は「破れの形」まで制限する.どう破れるかを群論が決めてしまうのは,結晶の構造相転移で秩序変数が既約表現に属さねばならない(Landau 理論)のと同じ事情である.
5.5 材料科学との接点 —— 点群から Lie 群へ
ここまでで道具は出そろった.本節では,本書の背骨である「素粒子物理の対称性の道具は,材料科学のどこに現れるか」を,比喩ではなく式の水準で対応づける.
5.5.1 有限群と連続群の役割の対比
| 結晶点群(『固体物理学入門』第6〜9章) | 素粒子の内部対称性(本章) | |
|---|---|---|
| 群の型 | 有限群.位数は最大 48($O_h$) | コンパクト Lie 群.元は連続無限個 |
| 作用する空間 | 実空間($\bm{r}\to R\bm{r}$) | 内部空間($p\leftrightarrow n$,$u\leftrightarrow d\leftrightarrow s$,色) |
| 代表例 | $O_h$, $D_{4h}$, $C_{2v}$, $D_{3d}$ | $\mathrm{U}(1)_{\text{EM}}$, $\mathrm{SU}(2)_I$, $\mathrm{SU}(3)_F$, $\mathrm{SU}(3)_C$ |
| 群の指定 | 指標表(元を全部並べた有限の表) | 生成子と構造定数 $[T^a,T^b]=\ii f^{abc}T^c$ |
| 既約表現の個数 | 類の数だけ(有限個) | 無限個($j=0,\frac12,1,\dots$ / $\bm{1},\bm{3},\bm{8},\bm{10},\dots$) |
| 既約表現の記号 | $A_{1g}, E_g, T_{2g}, \dots$(Mulliken) | $\bm{2},\bm{3},\bm{8},\bm{10}$(次元で呼ぶ) |
| 既約表現の次元 | 1, 2, 3(一価表現は 3 以下.二重群の二価表現で 4 まで) | 制限なし |
| ラベル(不変量) | 類和 $\sum_{g\in C_k}D(g)$(群環の中心元)の固有値 $\abs{C_k}\chi^{(a)}(C_k)/d_a$ が同じ役割 | Casimir 演算子の固有値:$j(j+1)$ など |
| 縮退の起源 | 結晶場中の準位の縮退($t_{2g}$ が3重) | 多重項内の質量縮退($p,n$ が同質量) |
| 対称性の破れ | 構造相転移で部分群へ.秩序変数は既約表現に属す | 陽な破れ(クォーク質量差)と自発的破れ(Higgs) |
| 破れの尺度 | Jahn–Teller 歪み,格子の歪み $\eta$ | $m_n-m_p=1.29\ \mathrm{MeV}$,$m_s-m_d\simeq89\ \mathrm{MeV}$(カレント質量) |
| 選択則の道具 | $\Gamma_f^*\otimes\Gamma_{\text{op}}\otimes\Gamma_i \supset A_1$(反転をもつ群では $A_{1g}$) | Wigner–Eckart の定理と CG 係数 |
| スピンの扱い | 二重群($|G'|=2|G|$) | $\mathrm{SU}(2)$ の半整数表現 |
なぜ結晶では既約表現の次元が 3 以下なのか
結晶点群の既約表現は,$\mathrm{O}(3)$(回転と反転)の $(2\ell+1)$ 次元表現 $D^{(\ell)}$(パリティ $(-1)^\ell$)を有限部分群に制限して分解したものである($O_h=O\times\{E,i\}$ のように反転を含む点群は $\mathrm{SO}(3)$ の部分群ではなく,Mulliken 記号の $g/u$ はこのパリティから来る).$\mathrm{O}(3)$ 側は $\ell$ をいくらでも大きくできるが,点群の位数が高々 48 で,既約表現の次元の2乗和が位数に等しい($\sum_a d_a^2=|G|$)ため,次元は自動的に小さく抑えられる.$O_h$ では $d_a\le3$,二重群まで含めても $d_a\le4$ である.
この「制限して分解する」操作こそが結晶場理論である.たとえば $\ell=2$($d$ 軌道,5重縮退)を $O_h$ に制限すると
$$ D^{(\ell=2)}\big|_{O_h} = E_g \oplus T_{2g} \qquad (5 = 2 + 3) $$と分解し,$e_g$–$t_{2g}$ 分裂が生じる.素粒子物理でも同じ操作をする.$\mathrm{SU}(3)_F$ の八重項を部分群 $\mathrm{SU}(2)_I$ に制限すると,$\bm{8}=\bm{3}\oplus\bm{2}\oplus\bm{2}\oplus\bm{1}$($\Sigma$ 三重項,$N$ 二重項,$\Xi$ 二重項,$\Lambda$ 一重項.次元は $3+2+2+1=8$)と分解する.図5.7(a) の六角形を横に切った各行がそれである.結晶場分裂とハドロン多重項の分裂は,群論的にはまったく同じ「部分群への制限と分解」である.
5.5.2 既約分解の実演:$\mathrm{H_2O}$ の振動モード
5.2.3節の簡約公式 \eqref{eq:5-reduction} を,最も小さい例で最後まで実行してみる.素粒子側の $\bm{3}\otimes\bar{\bm{3}}=\bm{8}\oplus\bm{1}$ と手続きが同一であることを確認するのが目的である.
導出:$\mathrm{H_2O}$(点群 $C_{2v}$)の基準振動の既約分解
ステップ1:群と指標表を用意する.$C_{2v}=\{E,\,C_2,\,\sigma_v(xz),\,\sigma_v'(yz)\}$,位数 $|G|=4$.分子面を $yz$ 面に取る.
| $C_{2v}$ | $E$ | $C_2$ | $\sigma_v(xz)$ | $\sigma_v'(yz)$ | 1次形式 | 2次形式 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $A_1$ | 1 | 1 | 1 | 1 | $z$ | $x^2,y^2,z^2$ |
| $A_2$ | 1 | 1 | $-1$ | $-1$ | $R_z$ | $xy$ |
| $B_1$ | 1 | $-1$ | 1 | $-1$ | $x,\ R_y$ | $xz$ |
| $B_2$ | 1 | $-1$ | $-1$ | 1 | $y,\ R_x$ | $yz$ |
ステップ2:可約表現の指標を数える.$3N=9$ 個の直交変位ベクトルが張る表現 $\Gamma_{\text{total}}$ の指標は
$$ \chi_{\text{total}}(g) = N_{\text{unmoved}}(g)\times\chi_{\text{vec}}(g),\qquad \chi_{\text{vec}}(E)=3,\ \chi_{\text{vec}}(C_2)=-1,\ \chi_{\text{vec}}(\sigma)=1 $$($\chi_{\text{vec}}$ は $3\times3$ 直交行列のトレース:回転角 $\theta$ の真回転なら $1+2\cos\theta$,鏡映なら $\mathrm{diag}(1,1,-1)$ のトレースで $1$.)
- $E$:3原子すべて不動 $\Rightarrow \chi=3\times3=9$
- $C_2$:O のみ不動(H が入れ替わる)$\Rightarrow \chi=1\times(-1)=-1$
- $\sigma_v(xz)$:分子面に垂直な面.O だけがこの面上 $\Rightarrow \chi=1\times1=1$
- $\sigma_v'(yz)$:分子面そのもの.3原子すべて面上 $\Rightarrow \chi=3\times1=3$
よって $\chi_{\text{total}}=(9,\,-1,\,1,\,3)$.
ステップ3:簡約公式を当てる.式 \eqref{eq:5-reduction} に代入する($|G|=4$,指標は実数).
$$ n_{A_1}=\tfrac14(9\cdot1-1\cdot1+1\cdot1+3\cdot1)=\tfrac{12}{4}=3,\qquad n_{A_2}=\tfrac14(9-1-1-3)=\tfrac{4}{4}=1 $$ $$ n_{B_1}=\tfrac14(9+1+1-3)=\tfrac{8}{4}=2,\qquad n_{B_2}=\tfrac14(9+1-1+3)=\tfrac{12}{4}=3 $$ $$ \Gamma_{\text{total}} = 3A_1 \oplus A_2 \oplus 2B_1 \oplus 3B_2 \qquad(\text{次元 } 3+1+2+3=9\ \checkmark) $$ステップ4:並進と回転を引く.表5.8 の「1次形式」欄から,並進は $z\to A_1$,$x\to B_1$,$y\to B_2$,回転は $R_z\to A_2$,$R_y\to B_1$,$R_x\to B_2$.したがって
$$ \begin{equation} \Gamma_{\text{vib}} = \Gamma_{\text{total}} - (A_1{+}B_1{+}B_2) - (A_2{+}B_1{+}B_2) = 2A_1 \oplus B_2 \label{eq:5-h2o} \end{equation} $$次元は $3=3N-6$ で正しい.$2A_1$ は対称伸縮($3657\ \mathrm{cm^{-1}}$)と変角($1595\ \mathrm{cm^{-1}}$),$B_2$ は反対称伸縮($3756\ \mathrm{cm^{-1}}$)である.
ステップ5:活性を判定する.$A_1$ は $z$(1次形式)と $x^2,y^2,z^2$(2次形式)の両方に含まれ,$B_2$ は $y$ と $yz$ の両方に含まれる.よって $\mathrm{H_2O}$ の3つの基準振動はすべて赤外活性かつ Raman 活性である.$\square$
材料科学との接点:断面積の比と Raman 偏光選択則は同じ計算である
5.4.3 節で行った「$\sigma(\pi^+p):\sigma(\pi^-p):\sigma(\pi^-p\to\pi^0n)=9:1:2$」の計算と,いま行った「$\mathrm{H_2O}$ の $\Gamma_{\text{vib}}=2A_1\oplus B_2$」の計算は,手続きとしてまったく同じである.
- 系の状態が張る空間を,対称群の(一般に可約な)表現とみなす
- 簡約公式(有限群)または CG 分解(連続群)で既約表現に分解する
- Schur の補題により,力学的な情報は既約表現ごとに1個の未知定数($A_{3/2},A_{1/2}$ / 換算行列要素)に押し込められる
- 観測量の比は,未知定数を知らなくても幾何的な係数(CG 係数 / 指標)だけで決まる
違いは群が $\mathrm{SU}(2)$ か $C_{2v}$ かだけである.結晶のフォノンで「$A_{1g}$ モードは偏光配置 $z(xx)\bar z$ で見え,$z(xy)\bar z$ で見えるのは $O_h$ なら $T_{2g}$,$D_{3d}$($\mathrm{Bi_2Se_3}$ など)なら $E_g$ である」という Raman 選択則を使ったことがあるなら,$\Delta$ 共鳴の断面積比の計算はすでに一度やったことがある計算である.
ただし,群論が与えるのは「どのモードが活性か(行列要素が零か非零か)」と,同一の既約表現の中での偏光配置ごとの強度比までである.異なる既約表現に属するモード(たとえば $\mathrm{H_2O}$ の $A_1$ と $B_2$)の間の強度比は換算行列要素の大きさに依存し,群論では決まらない.これは $A_{3/2}$ と $A_{1/2}$ の比が群論で決まらないのとまったく同じ事情である.
5.5.3 Wigner–Eckart の定理 —— 選択則の共通原理
定理:Wigner–Eckart の定理
$T^k_q$($q=-k,\dots,k$)を階数 $k$ の既約テンソル演算子,すなわち回転のもとで $\mathrm{SU}(2)$ の $(2k+1)$ 次元既約表現と同じように変換する演算子の組とする.このとき行列要素は
と因数分解される.右側の換算行列要素は $m,m',q$ にまったく依らない.
証明は Schur の補題の直接の系である.$T^k_q\ket{j\,m}$ は $\bm{k}\otimes\bm{j}$ の直積表現に属し,これを既約分解したときの $\ket{j'm'}$ 成分を拾う操作が CG 係数である.そのあと残る「$j'$ 成分の大きさ」は,Schur の補題により $m'$ に依らない定数でなければならない.
材料科学との接点:光学遷移の選択則と粒子崩壊の分岐比は同一の定理である
(1) 光学遷移(材料科学).電気双極子演算子 $\bm{d}=-e\bm{r}$ はベクトル,すなわち $k=1$ の既約テンソル演算子である(球面成分は $d_{\pm1}=\mp(d_x\pm\ii d_y)/\sqrt2$,$d_0=d_z$).式 \eqref{eq:5-wigner-eckart} の CG 係数 $\braket{j\,m;1\,q|j'\,m'}$ がゼロでない条件から
$$ \abs{j-1}\le j'\le j+1,\qquad m'=m+q \qquad\Longrightarrow\qquad \Delta j = 0,\pm1\ (j=0\to j'=0 \text{ は禁制}),\quad \Delta m=0,\pm1 $$が直ちに出る.さらにパリティ(第6章)を課すと,始状態と終状態のパリティが異ならねばならない(Laporte 則:$g\leftrightarrow g$,$u\leftrightarrow u$ の電気双極子遷移は禁制).1電子中心力場ではこれが $\Delta\ell=\pm1$ という形になる.偏光依存性($\Delta m=0$ が $z$ 偏光,$\Delta m=\pm1$ が円偏光)も CG 係数がそのまま与える.円二色性やスピン分解 ARPES の解析はこの係数の上に成り立っている.
(2) 粒子崩壊(素粒子物理).$\Delta^+\to N\pi$ の分岐比を求めよう.$\Delta^+=\ket{\frac32,\frac12}$ をアイソスピン空間で分解すると,5.4.3節ステップ2の結果から
$$ \ket{\Delta^+} = \ket{\tfrac32,\tfrac12} = \sqrt{\tfrac23}\,\ket{\pi^0 p} + \sqrt{\tfrac13}\,\ket{\pi^+ n} $$崩壊の Hamiltonian はアイソスピン不変なので換算行列要素は共通.したがって
$$ \begin{equation} \frac{\Gamma(\Delta^+\to p\,\pi^0)}{\Gamma(\Delta^+\to n\,\pi^+)} = \frac{2/3}{1/3} = 2 \label{eq:5-delta-branching} \end{equation} $$アイソスピン比の実験的な検証は,$\pi^-p$ 系の全断面積(表5.5)や $pp\to d\pi^+$ と $np\to d\pi^0$ の比(演習5.5)で行われ,いずれも予言どおりの値を与える($\Delta^+$ 自身の $p\pi^0$ と $n\pi^+$ は,PDG では分離されず $N\pi$ 99.4% としてまとめられている).左の光学遷移と右の崩壊分岐比は,$j$ が実空間角運動量かアイソスピンかの違いだけで,同じ式 \eqref{eq:5-wigner-eckart} を使っている.
(3) 有限群版.結晶点群では $j$ の代わりに既約表現ラベル $\Gamma$ を使い,定理は「$\braket{\Gamma_f|O_{\Gamma_o}|\Gamma_i}\ne0$ となるのは,直積 $\Gamma_f^*\otimes\Gamma_{\text{o}}\otimes\Gamma_i$ が全対称表現 $A_1$(反転をもつ群では $A_{1g}$)を含むときに限る」という形になる.これが赤外・Raman 活性の判定条件そのものである.X 線吸収でどの終状態が許されるかも,この一行から出る.ただし中性子非弾性散乱には,赤外・Raman のような既約表現による活性・不活性の区別はない.一フォノン散乱の強度は $\abs{\bm{Q}\cdot\bm{e}_{\qq j}}^2$ という幾何因子と動的構造因子で決まり,原理的にはすべてのブランチが観測できる(だからこそ分散全体を測れる).対称方向の $\bm{Q}$ でどのブランチが消えるかについては,この幾何因子と構造因子に群論が答えを与える.
5.5.4 二重群 —— 結晶にも「二価表現」が必要になる
5.3.2節で見たように,スピノルは $2\pi$ 回転で符号を変える(式 \eqref{eq:5-2pi}).これは素粒子だけの話ではない.スピン軌道結合が効く結晶では,電子の波動関数はスピノルであり,同じ問題が生じる.
点群 $G$ の元 $C_n$($2\pi/n$ 回転)を $n$ 回施すと $2\pi$ 回転になり,通常の点群では $(C_n)^n=E$ である.ところがスピノルには $(C_n)^n=-\mathbb{1}$ が作用する.つまり点群の乗積表がスピノルに対しては成り立たない.
これを救うのが二重群(double group)$G'$ である.新しい元 $\bar E$($2\pi$ 回転)を導入し,$\bar E^2=E$,$\bar E\ne E$ とする.群の元は倍になり $|G'|=2|G|$.たとえば $O_h$(位数 48)の二重群 $O_h'$ は位数 96 である.
| 種別 | 既約表現 | 次元 | 対応する $j$ | 物理的な内容 |
|---|---|---|---|---|
| 一価(整数スピン) | $\Gamma_1\ (A_{1g})$ | 1 | $j=0$ | $s$ 軌道,全対称モード |
| $\Gamma_3\ (E_g)$ | 2 | $j=2$ の一部 | $e_g$ 軌道($d_{z^2},d_{x^2-y^2}$) | |
| $\Gamma_5\ (T_{2g})$ | 3 | $j=2$ の一部 | $t_{2g}$ 軌道($d_{xy},d_{yz},d_{zx}$) | |
| 二価(半整数スピン) | $\Gamma_6\ (E_{1/2})$ | 2 | $j=1/2$ | $s$ 電子+スピン(半導体の伝導帯).原子 $p$ 軌道($T_{1u}$ 型)にスピンを乗せた $j=1/2$ もここに来る |
| $\Gamma_7\ (E_{5/2})$ | 2 | $j=5/2$ の一部 | $T_2$ 型軌道($\Gamma_5$)にスピンを乗せた $j_{\text{eff}}=1/2$:半導体のスピン分裂帯(split-off band),$5d$ 酸化物の $j_{\text{eff}}=1/2$ | |
| $\Gamma_8\ (F_{3/2})$ | 4 | $j=3/2$ | 重い正孔+軽い正孔 |
二価表現では $\bar E$ の指標が $-\chi(E)$ になる.これが「$2\pi$ 回転で符号が変わる」ことの表現論的な言い換えである.なお $j$ との対応は $D^{(1/2)}\to\Gamma_6$,$D^{(3/2)}\to\Gamma_8$,$D^{(5/2)}\to\Gamma_7\oplus\Gamma_8$ であって,$\Gamma_7$ は $j=1/2$ からは出ない(記号 $E_{5/2}$ がそれを示している).split-off 帯や $t_{2g}$ の $j_{\text{eff}}=1/2$ が $\Gamma_7$ になるのは,価電子帯頂上や $t_{2g}$ が $T_2$ 型($\Gamma_5$)であって $\Gamma_5\otimes\Gamma_6=\Gamma_7\oplus\Gamma_8$ となるためで,真の原子 $p$ 軌道なら $\Gamma_4^-\otimes\Gamma_6^+=\Gamma_6^-\oplus\Gamma_8^-$ で $\Gamma_7$ は現れない.また $\Gamma_6,\Gamma_7,\Gamma_8$ とパリティ添字を付けない番号付けは閃亜鉛鉱 $T_d$(GaAs)の慣用であり,反転をもつダイヤモンド構造(Ge)では $\pm$ が付いて価電子帯 $\Gamma_8^+,\Gamma_7^+$,$\Gamma$ 点伝導帯 $\Gamma_7^-$ となる.
材料科学との接点:二価表現がなければスピントロニクスは記述できない
二重群は,スピン軌道結合が本質的な現代の物質科学のほぼすべてに顔を出す.
- 半導体の価電子帯:$\Gamma_8$($j=3/2$:重い正孔 $m_j=\pm3/2$,軽い正孔 $m_j=\pm1/2$)と $\Gamma_7$(split-off,$j=1/2$)の分裂.GaAs では $\Delta_{\mathrm{SO}}=341\ \mathrm{meV}$.この $\Gamma_8$ の内部構造が,円偏光による光スピン注入の偏極度が理論上 $50\%$ に留まる理由を与える(CG 係数の比 $3:1$ から $ (3-1)/(3+1)=50\%$).
- $j_{\text{eff}}=1/2$ Mott 絶縁体:$\mathrm{Sr_2IrO_4}$ の $\mathrm{Ir}^{4+}$($5d^5$)では,$t_{2g}$ が有効軌道角運動量 $\ell_{\text{eff}}=1$ としてふるまい,$\lambda\simeq0.4\ \mathrm{eV}$ の強い SOC が $j_{\text{eff}}=1/2$(2重,$\Gamma_7$)と $j_{\text{eff}}=3/2$(4重,$\Gamma_8$)に分ける.$t_{2g}$ の有効軌道角運動量では SOC の符号が反転するので,$5d^5$ では $j_{\text{eff}}=3/2$ の4重項が満たされ,上にある $j_{\text{eff}}=1/2$ 帯が半充填になる.この帯は幅が狭く,中程度の $U$ でも Mott 絶縁体になる.
- Kramers 縮退:時間反転対称性がある系では,半整数スピン(二価表現)の準位は必ず2重以上に縮退する(第6章).逆にこの縮退が破れることが,磁性やトポロジカル相の指標になる.
- トポロジカル絶縁体:$\mathrm{Bi_2Se_3}$ のバンド反転は,$\Gamma$ 点でパリティ偶の状態($\mathrm{Bi}$ の $p$ 由来,$P1^+_z$)とパリティ奇の状態($\mathrm{Se}$ の $p$ 由来,$P2^-_z$)の上下関係が SOC によって入れ替わる現象であり,二重群の既約表現ラベルとパリティなしには定義できない.
言い換えれば,結晶の対称性解析は「スピンを入れた瞬間に,素粒子物理と同じ $\mathrm{SU}(2)$ の二価性に直面する」のである.物性計算コードが二重群の指標表を内蔵しているのは,そのためである.
5.6 まとめと演習
5.6.1 まとめ
- 対称操作の集まりは自動的に群になる.閉性・結合律・単位元・逆元の4公理は,「系を変えない操作」という言葉を数学に翻訳しただけである.群論は対称性を扱うために作られた言語であり,結晶点群とスピン回転とクォークのフレーバー混合を同じ定理で処理できる.
- 連続群は生成子で尽くされる.元が無限個あっても,単位元近傍の展開 $U=1-\ii\alpha_aT^a$ と交換関係 $[T^a,T^b]=\ii f^{abc}T^c$ さえ分かれば,有限の変換は $U=\exp(-\ii\alpha_aT^a)$ で再構成できる(式 \eqref{eq:5-exp}, \eqref{eq:5-liealgebra}).$\mathrm{SU}(2)$ の生成子は3個,$\mathrm{SU}(3)$ は8個.
- Noether の定理:連続対称性1つにつき保存量1つ.導出に必要なのは連鎖律・運動方程式・積の微分法則だけである(式 \eqref{eq:5-noether}).空間並進 $\to$ 運動量,回転 $\to$ 角運動量,時間並進 $\to$ エネルギー,大域 $\mathrm{U}(1)$ 位相 $\to$ 電荷.量子力学では $[\Ham,G]=0$ という一行に凝縮される.
- 既約表現は「これ以上分けられない多重項」であり,その次元が縮退度を与える.$p$ と $n$ が同質量なのも,$t_{2g}$ が3重縮退するのも,同じ理由である.力学的な情報は Schur の補題により既約表現ごとの1定数に押し込められ,観測量の比は幾何的な係数だけで決まる.
- $\mathrm{SU}(2)$ は $\mathrm{SO}(3)$ の二重被覆である.$U(\bm{n},\theta)=\cos\frac\theta2-\ii(\bm{n}\cdot\bm{\sigma})\sin\frac\theta2$ より $U(2\pi)=-\mathbb{1}$(式 \eqref{eq:5-2pi}).半整数スピンは $2\pi$ 回転で符号を変え,元に戻るには $4\pi$ 必要である.中性子干渉計で検証済みの実在の効果である.
- 角運動量の合成は $j_1\otimes j_2=\abs{j_1-j_2}\oplus\cdots\oplus(j_1+j_2)$.CG 係数は表を暗記するものではなく,最高ウェイト状態に降下演算子を当てて自分で作れる.$\bm{2}\otimes\bm{2}=\bm{3}\oplus\bm{1}$ が三重項・一重項分裂を,$1\otimes\frac12=\frac32\oplus\frac12$ が $\pi N$ 散乱とスピン軌道分裂を同時に説明する.
- アイソスピンは数 % の精度で成り立つ近似対称性であり,定量的な予言を生む.$\Delta(1232)$ 共鳴で $A_{3/2}$ が支配的になることから $\sigma(\pi^+p\to\pi^+p):\sigma(\pi^-p\to\pi^-p):\sigma(\pi^-p\to\pi^0n)=9:1:2$,全断面積比 $3:1$(実測 $2.9$).力学(QCD)を一切知らずに比が当たる.
- $\mathrm{SU}(3)_F$ の八重道は,ウェイト図という「見える対称性」を与えた.$\bm{3}\otimes\bar{\bm{3}}=\bm{8}\oplus\bm{1}$,$\bm{3}^{\otimes3}=\bm{10}\oplus\bm{8}\oplus\bm{8}\oplus\bm{1}$.十重項の等間隔則から $\Omega^-$ の質量が $1681\ \mathrm{MeV}$ と予言され,1964 年に発見された(現在の実測値 $1672.45\ \mathrm{MeV}$,差 $0.5\%$).
- 材料科学の道具箱と素粒子の道具箱は同一である.簡約公式 $n_a=\frac{1}{|G|}\sum_g\chi^{(a)}(g)^*\chi(g)$ は SALC とフォノンモード分類そのもの,Wigner–Eckart の定理 \eqref{eq:5-wigner-eckart} は光学選択則と粒子崩壊分岐比を同時に与え,二重群はスピン軌道結合を扱うための「結晶版の二価表現」である.
5.6.2 演習問題
演習5.1 $\mathrm{SU}(2)$ が群であること,生成子の数え上げ
(1) $U_1,U_2\in\mathrm{SU}(2)$ のとき $U_1U_2\in\mathrm{SU}(2)$ であること(閉性),および $U^{-1}=U^\dagger\in\mathrm{SU}(2)$ であること(逆元)を示せ.
(2) $\mathrm{SU}(N)$ の生成子の個数が $N^2-1$ 個であることを,$N\times N$ 複素行列のパラメータ数から数え上げよ.$N=2,3$ でそれぞれ 3, 8 になることを確かめよ.
(3) $\mathrm{SU}(2)$ の一般元は,実数 $a,b,c,d$($a^2+b^2+c^2+d^2=1$)を用いて $U=a\,\mathbb{1}-\ii(b\sigma_1+c\sigma_2+d\sigma_3)$ と書けることを示せ.この表示から,$\mathrm{SU}(2)$ の多様体が4次元空間の単位球面 $S^3$ であることを説明せよ.
ヒント:(1) $\det(U_1U_2)=\det U_1\det U_2=1$,$(U_1U_2)^\dagger(U_1U_2)=U_2^\dagger U_1^\dagger U_1U_2=\mathbb{1}$.(2) 複素成分 $N^2$ 個 $\Rightarrow$ 実 $2N^2$ 個.ユニタリ条件は Hermite 行列の等式で実 $N^2$ 個,$\det=1$ が 1 個.$2N^2-N^2-1=N^2-1$.(3) 式 \eqref{eq:5-rotation-explicit} で $a=\cos(\theta/2)$,$(b,c,d)=\bm{n}\sin(\theta/2)$.$S^3$ が単連結であることが「$\mathrm{SU}(2)$ が $\mathrm{SO}(3)$ の普遍被覆」であることの幾何的な意味である.
演習5.2 Noether の定理を使う
(1) 一様重力場中の質点 $L=\frac12 m\dot z^2 - mgz$ を考える.$z\to z+\varepsilon$ という並進で $L$ はどう変わるか.運動量 $p_z$ は保存するか.一方で $x$ 方向の並進についてはどうか.
(2) 2次元の等方調和振動子 $L=\frac12 m(\dot x^2+\dot y^2)-\frac12 m\omega^2(x^2+y^2)$ について,$z$ 軸まわりの回転不変性から $L_z=xp_y-yp_x$ が保存することを,式 \eqref{eq:5-noether} を使って確かめよ.
(3) 複素場 $\psi$ に対する Lagrangian(Schrödinger 場)
$$ \Lag = \ii\psi^*\dot\psi - \frac{1}{2m}\nabla\psi^*\cdot\nabla\psi - V(\xx)\abs{\psi}^2 $$が $\psi\to\ee^{\ii\alpha}\psi$($\alpha$ は定数)で不変であることを示し,対応する保存量が $\int\abs{\psi}^2\dd^3x$(粒子数,あるいは電荷)であることを示せ.
ヒント:(1) $z$ 並進では $\delta L=-mg\varepsilon\ne0$ なので $p_z$ は保存しない(重力が対称性を破っている).ただし $\delta L$ は全微分 $\varepsilon\,\dd(-mgt)/\dd t$ の形をしているので,5.1.3節の補足の一般形 $I=(\partial L/\partial\dot q)K-\Lambda$ を使えば $p_z+mgt$ が保存量になる($\dot p_z=-mg$ と整合).$x$ 並進では $\delta L=0$ で $p_x$ は保存.(3) $\delta\psi=\ii\varepsilon\psi$,$\delta\psi^*=-\ii\varepsilon\psi^*$.場の理論版の Noether カレントは $j^0=(\partial\Lag/\partial\dot\psi)(\ii\psi)+(\partial\Lag/\partial\dot\psi^*)(-\ii\psi^*)=(\ii\psi^*)(\ii\psi)+0=-\abs{\psi}^2$ に比例する($\Lag$ は $\dot\psi^*$ を含まないので第2項は零である).
演習5.3 Pauli 行列と回転行列
(1) 式 \eqref{eq:5-pauli-product} を使って $(\bm{a}\cdot\bm{\sigma})(\bm{b}\cdot\bm{\sigma})=(\bm{a}\cdot\bm{b})\mathbb{1}+\ii(\bm{a}\times\bm{b})\cdot\bm{\sigma}$ を示せ.
(2) $U=\exp(-\ii\theta\sigma_3/2)$ を明示的に $2\times2$ 行列として書き,$\theta=\pi,\,2\pi,\,4\pi$ での値を求めよ.
(3) $U\sigma_1U^\dagger = \cos\theta\,\sigma_1+\sin\theta\,\sigma_2$ を示し,これがベクトル $\hat{\bm{x}}$ の $z$ 軸まわり角 $\theta$ の回転に対応することを確かめよ.$U$ の中の角度は $\theta/2$ なのに,ベクトルは $\theta$ 回ることに注意せよ.
(4) スピン $1/2$ の状態 $\ket{\uparrow}$ を $y$ 軸まわりに $\theta$ 回転させた状態を求め,$z$ 方向のスピンを測って上向きが得られる確率が $\cos^2(\theta/2)$ であることを示せ.
ヒント:(2) $U=\mathrm{diag}(\ee^{-\ii\theta/2},\ee^{\ii\theta/2})$.$\theta=\pi$ で $\mathrm{diag}(\ee^{-\ii\pi/2},\ee^{\ii\pi/2})=\mathrm{diag}(-\ii,\ii)$,$\theta=2\pi$ で $-\mathbb{1}$,$\theta=4\pi$ で $+\mathbb{1}$.(3) 行列成分を直接計算すると非対角成分が $\ee^{\mp\ii\theta}$ になる.(4) $U(\hat{\bm{y}},\theta)\ket{\uparrow}=\cos\frac\theta2\ket{\uparrow}+\sin\frac\theta2\ket{\downarrow}$.これは Stern–Gerlach 実験の角度依存性そのものである.
演習5.4 CG 係数を自分で作る($1\otimes1=2\oplus1\oplus0$)
スピン1の粒子2個を合成する.次元の勘定は $3\times3=9=5+3+1$ である.
(1) 最高ウェイト状態 $\ket{2,2}=\ket{1,1}\ket{1,1}$ から出発し,$J_-=J_-^{(1)}+J_-^{(2)}$ を1回作用させて $\ket{2,1}$ を求めよ.
(2) $m=1$ の空間は2次元である.(1) で得た $\ket{2,1}$ に直交する規格化状態を作り,それが $\ket{1,1}_{\text{tot}}$(合成スピン $J=1$ の最高ウェイト)であることを $J_+$ を当てて確かめよ.
(3) $m=0$ の空間は3次元である.$\ket{2,0}$ と $\ket{1,0}_{\text{tot}}$ を降下演算子で求め,両者に直交する状態として $\ket{0,0}$ を構成せよ.
(4) $J=2$(対称),$J=1$(反対称),$J=0$(対称)という交換対称性のパターンを確認せよ.
ヒント:(1) $\ket{2,1}=\frac{1}{\sqrt2}(\ket{1,1}\ket{1,0}+\ket{1,0}\ket{1,1})$.(2) $\ket{1,1}_{\text{tot}}=\frac{1}{\sqrt2}(\ket{1,1}\ket{1,0}-\ket{1,0}\ket{1,1})$.(3) $\ket{0,0}=\frac{1}{\sqrt3}\left(\ket{1,1}\ket{1,-1}-\ket{1,0}\ket{1,0}+\ket{1,-1}\ket{1,1}\right)$.この $\ket{0,0}$ が2つのベクトルの内積 $\bm{a}\cdot\bm{b}$ に対応する不変量である.
演習5.5 アイソスピンによる断面積比の予言
重陽子 $d$ はアイソスピン一重項($I=0$),$\pi$ は $I=1$,核子は $I=1/2$ である.
(1) $\ket{pp}$ と $\ket{nn}$ はそれぞれ $\ket{I,I_3}$ のどれか.また $\ket{pn}$ を $\ket{1,0}$ と $\ket{0,0}$ で展開せよ.
(2) 反応 $pp\to d\pi^+$ と $np\to d\pi^0$ について,遷移行列要素をアイソスピン振幅 $A_1$($I=1$ の振幅)で表せ.
(3) $\abs{\mathcal{M}(pp\to d\pi^+)}^2 / \abs{\mathcal{M}(np\to d\pi^0)}^2 = 2$ を示せ.
(4) $\Delta^0$ の崩壊分岐比 $\Gamma(\Delta^0\to n\pi^0)/\Gamma(\Delta^0\to p\pi^-)$ を,5.4.3節で作った CG 係数を使って求めよ.
ヒント:(1) $\ket{pp}=\ket{1,1}$,$\ket{nn}=\ket{1,-1}$,$\ket{pn}=\frac{1}{\sqrt2}(\ket{1,0}+\ket{0,0})$.(2) 終状態 $d\pi^+$ は $I=1,I_3=1$,$d\pi^0$ は $I=1,I_3=0$.$\mathcal{M}(pp\to d\pi^+)=A_1$,$\mathcal{M}(np\to d\pi^0)=\frac{1}{\sqrt2}A_1$.(4) $\ket{\Delta^0}=\ket{\frac32,-\frac12}=\sqrt{\frac13}\ket{\pi^-p}+\sqrt{\frac23}\ket{\pi^0n}$ より比は $2$.$\Delta^+$ の場合(式 \eqref{eq:5-delta-branching})と同じ値になる.
演習5.6 $\mathrm{SU}(3)$ のウェイト図と $\Omega^-$
(1) $(I_3,Y)$ 平面に $u,d,s$ の3点を打ち(表5.6),それらを結ぶと正三角形になることを確かめよ.同様に $\bar u,\bar d,\bar s$ を打ち,上下反転した三角形になることを示せ.
(2) $\bm{3}\otimes\bar{\bm{3}}$ の $9$ 個のウェイトを,$q$ のウェイトと $\bar q$ のウェイトの和としてすべて書き出せ.原点 $(0,0)$ が3重に現れることを確かめ,$\bm{8}\oplus\bm{1}$ という分解と整合することを説明せよ.
(3) 十重項の等間隔則を用いて $\Omega^-$ の質量を予言し,実測値 $1672.45\ \mathrm{MeV}$ と比べよ.
(4) Gell-Mann–西島の関係 \eqref{eq:5-gellmann-nishijima} を用いて,$\Omega^-$($I=0$, $B=1$, $S=-3$)の電荷が $-1$ であることを確かめよ.また $\Delta^{++}$($I_3=+3/2$, $B=1$, $S=0$)の電荷が $+2$ であることも確かめよ.
ヒント:(2) 原点は $u\bar u,d\bar d,s\bar s$ の3つ.うち2つが八重項($\pi^0,\eta_8$),1つが一重項($\eta_1$)になる.(3) $m_\Omega\simeq m_{\Xi^*}+(m_{\Xi^*}-m_{\Sigma^*})=1533+148=1681\ \mathrm{MeV}$.誤差 $0.5\%$.(4) $\Omega^-$:$Y=B+S=1-3=-2$,$Q=0+(-2)/2=-1$.$\Delta^{++}$:$Y=1$,$Q=3/2+1/2=2$.
演習5.7 結晶点群での既約分解 —— $\mathrm{NH_3}$ の振動モード
$\mathrm{NH_3}$ は三角錐型で点群 $C_{3v}=\{E,\,2C_3,\,3\sigma_v\}$(位数 6)に属する.指標表は $A_1=(1,1,1)$,$A_2=(1,1,-1)$,$E=(2,-1,0)$.並進は $z\to A_1$,$(x,y)\to E$,回転は $R_z\to A_2$,$(R_x,R_y)\to E$ である.
(1) 各操作で動かない原子の数を数え,$\chi_{\text{total}}=(12,\,0,\,2)$ を導け.
(2) 簡約公式 \eqref{eq:5-reduction} を使って $\Gamma_{\text{total}}$ を既約分解せよ.
(3) 並進と回転を差し引いて $\Gamma_{\text{vib}}$ を求め,次元が $3N-6=6$ になることを確かめよ.
(4) 赤外活性・Raman 活性なモードをそれぞれ挙げよ.また,5.4.3節で行った $\pi N$ 散乱の断面積比の計算と,この計算のどこが同じでどこが違うかを2〜3行で述べよ.
ヒント:(1) $E$ で4原子,$C_3$ で N のみ(1個),$\sigma_v$ で N と1個の H(2個).$\chi_{\text{vec}}(E)=3$,$\chi_{\text{vec}}(C_3)=1+2\cos120^\circ=0$,$\chi_{\text{vec}}(\sigma)=1$.(2) $n_{A_1}=\frac16(12+0+6)=3$,$n_{A_2}=\frac16(12+0-6)=1$,$n_E=\frac16(24+0+0)=4$.よって $\Gamma_{\text{total}}=3A_1\oplus A_2\oplus 4E$.(3) $\Gamma_{\text{vib}}=2A_1\oplus2E$(次元 $2+4=6$).(4) $A_1$ は $z$ と $z^2$ を,$E$ は $(x,y)$ と $(xz,yz)$ を含むので全モードが赤外・Raman ともに活性.
演習5.8 二重群と光スピン注入(GaAs)
GaAs の $\Gamma$ 点では,価電子帯が $\Gamma_8$($j=3/2$,4重)と $\Gamma_7$($j=1/2$,2重,$\Delta_{\mathrm{SO}}=341\ \mathrm{meV}$ 下),伝導帯が $\Gamma_6$($j=1/2$,2重)である.
(1) $p$ 的な軌道($\ell=1$)にスピン $1/2$ を合成すると $j=3/2$ と $j=1/2$ が出ることを,式 \eqref{eq:5-cg-decomposition} で確かめよ.状態数が $3\times2=4+2$ で合うことも確かめよ.
(2) 光子エネルギーを $E_g < \hbar\omega < E_g+\Delta_{\mathrm{SO}}$ に取ると,$\Gamma_7$ からの励起は起こらない.なぜか.
(3) $\sigma^+$ 円偏光($\Delta m_j=+1$)で $\Gamma_8\to\Gamma_6$ の遷移を起こすとき,$m_j=-3/2\to-1/2$ と $m_j=-1/2\to+1/2$ の2つの経路がある.Wigner–Eckart の定理により両者の遷移確率の比は $3:1$ である.生成される伝導電子のスピン偏極度
$$ P = \frac{n_{-1/2}-n_{+1/2}}{n_{-1/2}+n_{+1/2}} $$を求めよ.
(4) $\Delta_{\mathrm{SO}}$ が十分小さい物質(たとえば Si,$44\ \mathrm{meV}$)では,この $50\%$ という上限がどう変わるかを定性的に論ぜよ.
ヒント:(1) $1\otimes\frac12=\frac32\oplus\frac12$,$3\times2=6=4+2$.(2) $\hbar\omega$ が $\Gamma_7$ の束縛エネルギー分だけ足りないから.(3) $P=(3-1)/(3+1)=+0.5$,すなわち偏極度 $50\%$.これが光スピン注入の理論上限であり,$\Gamma_8$ の内部構造($j=3/2$ という既約表現の次元 4)が直接の起源である.(4) $\Gamma_7$ からの励起が同時に起きると逆向きスピンが混ざり,偏極度は $50\%$ より小さくなる.重い元素ほど $\Delta_{\mathrm{SO}}$ が大きく有利である.
参考文献
- D. Griffiths, Introduction to Elementary Particles, 2nd revised ed., Wiley-VCH (2008), Chapter 4「対称性」.本章 5.1–5.4 節はこの章に対応する.
- M. Gell-Mann, Y. Ne'eman, The Eightfold Way, Benjamin (1964). —— $\mathrm{SU}(3)_F$ の原論文集.$\Omega^-$ 予言の当事者による記録.
- V. E. Barnes et al., "Observation of a Hyperon with Strangeness Minus Three", Phys. Rev. Lett. 12, 204 (1964). —— $\Omega^-$ の発見報告.
- H. Rauch et al., "Verification of coherent spinor rotation of fermions", Phys. Lett. A 54, 425 (1975). —— 中性子干渉計による $4\pi$ 周期性の検証.
- G. F. Koster, J. O. Dimmock, R. G. Wheeler, H. Statz, Properties of the Thirty-Two Point Groups, MIT Press (1963). —— 32 個の点群と二重群の指標表・直積表の標準的な出典.表5.9 の既約表現ラベルはこれに従う.
- M. Tinkham, Group Theory and Quantum Mechanics, McGraw-Hill (1964); Dover 復刻版 (2003). —— 有限群(結晶点群・二重群)と連続群を1冊で扱う古典的教科書.本章 5.5 節の橋渡しはこの本の構成に負う.
- 犬井鉄郎・田辺行人・小野寺嘉孝『応用群論 —— 群表現と物理学』裳華房(増補版 1980).—— 日本語で書かれた結晶点群・二重群の標準的な参考書.指標表が充実している.
- B. J. Kim et al., "Novel $J_{\mathrm{eff}}=1/2$ Mott State Induced by Relativistic Spin-Orbit Coupling in $\mathrm{Sr_2IrO_4}$", Phys. Rev. Lett. 101, 076402 (2008). —— 5.5.4 節の $j_{\text{eff}}=1/2$ 状態.
- Particle Data Group (R. L. Workman et al.), "Review of Particle Physics", Prog. Theor. Exp. Phys. 2022, 083C01 (2022). —— 本章の質量・幅・断面積の数値の出典.