付録Dファインマン則のまとめ(ツリーレベル)
本付録は,本書の第8章から第14章までに散らばっているファインマン則を,1ページで引ける形に集めたものである.計算の途中で「$W$ の伝播関数の分子はどうだったか」「出射反粒子は $v$ だったか $\bar v$ だったか」と迷ったとき,ここに戻ってくればよい.説明はすべて表と図で与え,証明は本文の該当箇所を指し示すにとどめる.
ファインマン則というものの本質は,絵から式への辞書である.場の理論の摂動展開を真面目にやると,Dyson 級数の $n$ 次項を Wick の定理で縮約して整理する,という長い作業になる.その作業の結果だけを取り出して「線には伝播関数,点には結合定数,端にはスピノル」という機械的な対応にまとめたものが,ファインマン則にほかならない.一度この辞書を手に入れてしまえば,$2\to2$ の散乱振幅を書き下すのに場の演算子は一度も現れない.絵を描き,因子を掛け,読み取るだけである.
この「機械的である」という性質は,過小評価されがちだが,実は決定的に重要である.計算が機械的だからこそ,計算機に任せることができる.今日の高エネルギー実験では,FeynArts / FormCalc,MadGraph,CalcHEP といったプログラムが,まさに本付録の表を実装して,数百枚のダイアグラムを自動生成して数値積分する.人間が手で書くのはツリーレベルの数枚だけであり,しかしその数枚を手で書けることが,計算機の出力を信じてよいかどうかを判断する最も確かな根拠になる.本付録は,その「数枚を手で書く」ための道具箱である.
もう一つ強調しておきたいことがある.この辞書は素粒子物理学の専売特許ではない.伝播関数は Green 関数であり,頂点因子は結合の行列要素であり,閉じたループは感受率である.凝縮系物理でダイアグラムを描くとき,人は同じ辞書を使っている.違うのは,真空のかわりに Fermi 海があり,Lorentz 不変性のかわりに格子並進対称性があるという点だけである.D.3 節から D.5 節に置いた「材料科学との接点」のボックスでは,本付録の規則が Lindhard 関数・RPA 誘電関数・電子フォノン結合・Bogoliubov–de Gennes 方程式に同じ構造で現れることを,比喩ではなく式で示す(対応が成り立つ範囲もあわせて述べる).
最後に D.7 節で,$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ という最も基本的な過程を,D.1 節の手順に厳密に沿って最初から最後まで通す.絵を描くところから始めて,実験と比べられる数値 $\sigma = 86.9\ \mathrm{nb}/s[\mathrm{GeV^2}]$ を出すまで,一つも段を飛ばさずに書く.この一例を自分の手で再現できれば,本書の計算はすべて自力で追えるはずである.
- 振幅 $\mathcal{M}$ を書き下すまでの9つの手順を,順番の意味とともに覚えること
- 外線因子の4通り(入射粒子 $u$,出射粒子 $\bar u$,入射反粒子 $\bar v$,出射反粒子 $v$)を図で区別し,フェルミオン線を矢印と逆にたどる規則を身につけること
- スカラー・フェルミオン・質量をもつベクトル・光子・グルーオンの伝播関数の分母と分子を引けるようになること
- QED・QCD(3点/4点グルーオンを含む)・荷電カレント・中性カレント・Higgs 湯川結合の頂点因子を,図と式の対応表として引けるようにすること
- 各頂点の $(2\pi)^4\delta^4(\sum k)$,各内部線の $\int\dd^4q/(2\pi)^4$,そして最後に残る全体の $\delta^4$ を取り除く操作
- 閉じたフェルミオンループの $(-1)$ とトレース,同種フェルミオンの交換に伴う相対符号,対称因子 $1/S$
- 計算を検算する4つの方法:次元解析,Ward 恒等式(ゲージ不変性),クロッシング対称性,非相対論極限
- $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ を手順どおりに完走し,$\dd\sigma/\dd\Omega=(\alpha^2/4s)(1+\cos^2\theta)$ と $\sigma=4\pi\alpha^2/3s$ を得ること
- 材料科学との接点:伝播関数と一粒子 Green 関数の一致,閉じたループと Lindhard 関数・RPA 誘電関数,頂点因子と電子フォノン結合,Nambu 空間の伝播関数と BdG 方程式
D.1 手順 — 絵から $\mathcal{M}$ まで9ステップ
まず全体の流れを示す.ファインマン則を使った計算は,例外なく次の9つのステップからなる.どんなに複雑な過程でも,どんな相互作用でも,この順番は変わらない.変わるのはステップ3〜5 で割り当てる因子の中身だけである.
定義:ファインマン則の適用手順(ツリーレベル)
- 図を描く.与えられた初期状態と終期状態を結ぶ,位相的に異なるダイアグラムをすべて描く.要求する次数(頂点の数)を先に決めておく.頂点が $n$ 個の図は振幅に $g^n$ で寄与する.
- 運動量を割り当てる.外線に $p_1,p_2,\dots$(入射を $1,2$,出射を $3,4$ とするのが本書の流儀),内部線に $q_1,q_2,\dots$ を付け,各線に向きを示す矢印を書く.フェルミオン線には,粒子数の流れを表す矢印を必ず入れる.
- 外線因子.D.2 節の表に従って,各外線に $1$(スピン0),$u,\bar u,v,\bar v$(スピン $1/2$),$\epsilon_\mu,\epsilon_\mu^*$(スピン1)を割り当てる.
- 頂点因子.D.4 節の表に従って,各頂点に因子を置く.QED なら $-\ii g_eQ_f\gamma^\mu$(電子では $\ii g_e\gamma^\mu$),QCD なら $-\ii g_s\gamma^\mu(\lambda^a/2)_{ij}$,といった具合である.
- 伝播関数.D.3 節の表に従って,各内部線に因子を置く.分母は必ず $q^2-m^2$($+\ii\epsilon$)である.
- 運動量保存.各頂点に $(2\pi)^4\delta^4(k_1+k_2+\cdots)$ を置く(すべて流入向きに揃えて和をとる).
- 内部運動量の積分.各内部線について $\displaystyle\int\frac{\dd^4q}{(2\pi)^4}$ を掛ける.
- 全体の因子と符号.閉じたフェルミオンループごとに $(-1)$ とトレース,同種フェルミオンの外線を入れかえて得られる図どうしには相対符号 $(-1)$,同一の内部線が入れかわりうる図には対称因子 $1/S$ を掛ける.
- $\mathcal{M}$ を読み取る.ステップ6の $\delta^4$ 関数はステップ7の積分に食われ,最後に全体の運動量保存を表す $(2\pi)^4\delta^4(p_1+p_2-p_3-p_4)$ が1個だけ残る.これを取り除いた残りが $-\ii\mathcal{M}$ である.
ステップ9の「$-\ii\mathcal{M}$」という書き方に戸惑うかもしれない.これは歴史的な約束で,$S$ 行列の展開の1次項が $-\ii\int\dd^4x\,\Ham_{\rm int}$ であることに合わせ,本書(Griffiths 流,Bjorken–Drell 流)では $S = 1 - \ii\,(2\pi)^4\delta^4(\textstyle\sum p)\,\mathcal{M}$ と定義したことに由来する.規則どおりに因子を掛けていくと,出てくるのは $-\ii\mathcal{M}$ のほうである.最後に $\ii$ を掛けて符号を反転させればよい.いっぽう $S = 1 + \ii T$,$\braket{f|\ii T|i} = (2\pi)^4\delta^4(\textstyle\sum p)\,\ii\mathcal{M}$ と定義する流儀(Peskin–Schroeder)では,まったく同じ因子の積を $+\ii\mathcal{M}$ と読む.$\mathcal{M}$ の全体符号が逆になるだけで,観測量 $\abs{\mathcal{M}}^2$ はどちらでも同じである.なお $\mathcal{M}$ の全体の位相は観測にかからないので,ダイアグラムが1枚しかない過程ではこの符号を気にする必要はない.2枚以上が干渉する過程では相対符号だけが問題になるから,同じ流儀を最後まで貫くことが肝要である.
D.1.1 ステップ1の落とし穴 — 「すべての図」とは何か
ステップ1の「位相的に異なる図をすべて描く」というのが,実際には最も間違えやすい.判定の基準は次のとおりである.
注意:同じ図か,違う図か
(1) 外線のつなぎかえは別の図である.たとえば $e^-e^-\to e^-e^-$(Møller 散乱)では,どちらの出射電子がどちらの入射電子から来たかで2通りある($t$ チャネルと $u$ チャネル).両方を足さねばならない.しかも同種フェルミオンの入れかえなので相対符号が $-1$ になる(D.5.3 項).
(2) 頂点の順序の入れかえは別の図である.Compton 散乱 $\gamma e^-\to\gamma e^-$ では,先に光子を吸って後で出す図($s$ チャネル)と,先に出して後で吸う図($u$ チャネル)の2つがある.
(3) 単に線をぐにゃりと曲げただけのものは同じ図である.ファインマンダイアグラムは位相的な対象であり,線の長さや曲がりかたには意味がない.意味があるのは「どの線がどの頂点につながっているか」だけである.
(4) 内部線の向きを反転させただけのものは同じ図である.ただしフェルミオン線の矢印の向きは物理的な情報(粒子か反粒子か)を含むので,これは反転させてはいけない.
迷ったら,「頂点と線の接続関係(グラフ)が同型かどうか」を,外線のラベルを固定したまま判定すればよい.
D.1.2 ステップ8はいつ効くか
ツリーレベル(ループなし)の計算では,ステップ8のうち実際に効くのは「同種フェルミオンの交換に伴う相対符号」だけである.閉じたフェルミオンループはループ図にしか現れないし,対称因子も,外線を固定したツリー図には自己同型がないのでつねに $S=1$ である(D.5.4 項).したがってツリーレベルに限れば,ステップ8は「同種フェルミオンを入れかえた図に $-1$ を掛ける」だけと覚えてよい.ループに進むときに D.5 節へ戻ってくればよい.
なぜこの順番なのか
手順の順番には理由がある.ステップ3〜5 で貼る因子は,どれも局所的な情報(その線・その点だけの情報)で決まる.一方ステップ6〜8 は大域的な情報(図全体のトポロジー)を要する.局所から大域へ,という順番なのである.
この構造は偶然ではない.場の理論の相互作用は局所的(同一時空点での場の積)であり,摂動展開の各項は「局所的な相互作用点を,伝播関数という糊でつなぎ合わせたもの」だからである.糊の貼りかたが局所的に決まり,つなぎ合わせかたが大域的に効く.ファインマンダイアグラムの規則が「線と点」という素朴な言葉で書けてしまうのは,理論の局所性のおかげである.
D.2 外線
外線とは,図の端から出入りする実在の粒子を表す線である.実在するとは,運動量が質量殻の上にある($p^2=m^2$)ということであり,したがって外線には伝播関数はつかない.つくのは,その粒子の波動関数そのものである.
D.2.1 スピン0
スピン0の粒子(Higgs,$\pi$ 中間子,第8章の ABC 模型の A・B・C など)の平面波解は $\ee^{-\ii p\cdot x}$ という単なる位相因子であり,スピンの自由度がないので,外線因子は
である.「因子を掛けない」ということであり,これが第8章の ABC 模型でファインマン則が特に簡単だった理由である.
D.2.2 スピン $1/2$ — 4通りをきちんと区別する
ここが最も間違えやすい.入射か出射か,粒子か反粒子か,の $2\times2=4$ 通りで因子が違う.規則は次のとおりである.
定義:スピン $1/2$ の外線因子
ここで $u$ は Dirac 方程式 $(\slashed p-m)u=0$ の正エネルギー解,$v$ は $(\slashed p+m)v=0$ の負エネルギー解(=反粒子解)である(第9章).$\bar u\equiv u^\dagger\gamma^0$,$\bar v\equiv v^\dagger\gamma^0$.$s$ はスピンの向きを指定するラベルで,$s=1,2$ の2つの独立解がある.
注意:矢印は運動量ではない
初学者が必ず一度は混乱するのがこの点である.フェルミオン線に付ける矢印はフェルミオン数(粒子から反粒子を引いた数)の流れを表す.一方,運動量 $p$ の向きは別に指定する必要があり,普通は「入射粒子は右向き,出射粒子も右向き」に取る.すなわち $e^+$ の外線では,運動量の矢印と,フェルミオン数の矢印が逆を向く.
図を描くときは,運動量の向きを線の外側に小さな矢印で,フェルミオン数の向きを線の上の三角形で,というように区別して描くのが安全である.混同すると,伝播関数の $\slashed q$ の符号を間違える.
この規則の物理的な根拠は第9章にある.Dirac 場を $\psi = \sum_s\int(a_s u\,\ee^{-\ii px} + b_s^\dagger v\,\ee^{+\ii px})$ と展開すると,$\psi$ は「粒子を消す」か「反粒子を作る」かのどちらかである.どちらもフェルミオン数を $1$ だけ減らす操作であり,$\psi$ を書く場所(右端)が,図でフェルミオン数の矢印が入ってくる側になる.
D.2.3 フェルミオン線をたどる向き
スピノルと $\gamma$ 行列は行列であるから,掛ける順序が意味をもつ.規則は一言で言える.
定理:フェルミオン線の書き下しの順序
連続する1本のフェルミオン線に沿って現れる因子(外線スピノル・頂点行列・伝播関数)は,矢印の向きと逆向きに線をたどった順に,左から右へ並べる.
結果として,1本のフェルミオン線は必ず
$$ \bigl[\bar u \text{ または } \bar v\bigr]\; \bigl(\text{頂点}\bigr)\bigl(\text{伝播関数}\bigr)\cdots\bigl(\text{頂点}\bigr)\; \bigl[u \text{ または } v\bigr] $$という形になり,全体として $1\times4$ 行ベクトル $\times$ $4\times4$ 行列 $\times$ $4\times1$ 列ベクトル $=$ 1つの複素数になる.スピノルの添字が最後まで残ることはない.
なぜ矢印と逆にたどるのか
相互作用ハミルトニアン(QED なら $\Ham_{\rm int}=-\Lag_{\rm int}=g_eQ_f\,\bar\psi\gamma^\mu\psi A_\mu$.電子では $Q_e=-1$ なので $-g_e\bar\psi\gamma^\mu\psi A_\mu$)の中で,$\bar\psi$ が左,$\psi$ が右に書かれているからである.$\psi$ は「粒子を消す/反粒子を作る」演算子,$\bar\psi$ は「粒子を作る/反粒子を消す」演算子であり,行列の掛け算では右のものが先に作用する.したがって「先に入ってきたもの」が右,「後から出ていくもの」が左になる.
頂点を通るたびにこの $\bar\psi\cdots\psi$ の並びが積み重なるので,線をたどる向きは必然的にフェルミオン数の流れに逆らう向きになる.規則というより,$\gamma$ 行列が行列であることの当然の帰結である.
D.2.4 スピン1
スピン1のベクトル粒子(光子・グルーオン・$W$・$Z$)の外線には,偏極ベクトル $\epsilon^\mu$ が付く.
定義:スピン1の外線因子
$\lambda$ は偏極(ヘリシティ)のラベルである.偏極ベクトルは横波条件
$$ p^\mu\epsilon_\mu = 0 $$と規格化 $\epsilon^*\cdot\epsilon=-1$ を満たす.独立な偏極の数は,質量ゼロなら2($\lambda=\pm1$),質量ありなら3($\lambda=0,\pm1$)である.
スピノルの $u,\bar u$ と同じく,出射側に複素共役が付く.$\epsilon$ の指標 $\mu$ は,その粒子が付く頂点の指標と縮約される.
数学ノート:偏極ベクトルの和
$\abs{\mathcal{M}}^2$ を偏極について和をとるとき,次の置きかえが使える.質量 $m\neq0$ のベクトル粒子では厳密に
$$ \begin{equation} \sum_{\lambda=1}^{3}\epsilon_\mu(p,\lambda)\,\epsilon_\nu^{*}(p,\lambda) = -g_{\mu\nu}+\frac{p_\mu p_\nu}{m^2} \label{eq:D-polsum-massive} \end{equation} $$である.質量ゼロの光子では,独立な偏極が2つしかないので,この式の $m\to0$ 極限は取れない.しかし電流の保存(Ward 恒等式,D.6.2 項)$p_\mu\mathcal{M}^\mu=0$ のおかげで,$p_\mu p_\nu$ に比例する項は $\abs{\mathcal{M}}^2$ に寄与しない.したがって実用上は
$$ \begin{equation} \sum_{\lambda=1}^{2}\epsilon_\mu\epsilon_\nu^{*}\;\longrightarrow\;-g_{\mu\nu} \label{eq:D-polsum-massless} \end{equation} $$と置きかえてよい.この置きかえが許されるかどうかは,必ず全ダイアグラムを足してから判定すること.1枚だけでは Ward 恒等式は成り立たない.
| スピン | 粒子・入射 | 粒子・出射 | 反粒子・入射 | 反粒子・出射 |
|---|---|---|---|---|
| $0$($H$, $\pi$, ABC 模型) | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ |
| $1/2$($e$, $\mu$, $q$, $\nu$) | $u(p,s)$ | $\bar u(p,s)$ | $\bar v(p,s)$ | $v(p,s)$ |
| $1$($\gamma$, $g$, $W$, $Z$) | $\epsilon_\mu(p,\lambda)$ | $\epsilon_\mu^{*}(p,\lambda)$ | ($W^\pm$ は互いに反粒子.$\gamma,g,Z$ は自己共役) | |
例:4つの過程で外線因子を書く
(1) $e^-\mu^-\to e^-\mu^-$:電子線に $u(p_1)$ と $\bar u(p_3)$,ミュオン線に $u(p_2)$ と $\bar u(p_4)$.反粒子はいない.
(2) $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$:入射側は $e^-$ が $u(p_1)$,$e^+$ が $\bar v(p_2)$.出射側は $\mu^-$ が $\bar u(p_3)$,$\mu^+$ が $v(p_4)$.電子線は $\bar v(p_2)\cdots u(p_1)$,ミュオン線は $\bar u(p_3)\cdots v(p_4)$ という並びになる.
(3) Compton 散乱 $\gamma e^-\to\gamma e^-$:電子線に $u(p_1),\bar u(p_3)$.光子に $\epsilon_\mu(p_2)$(入射)と $\epsilon_\nu^*(p_4)$(出射).
(4) 対消滅 $e^+e^-\to\gamma\gamma$:$u(p_1)$,$\bar v(p_2)$,そして $\epsilon^*_\mu(p_3),\epsilon^*_\nu(p_4)$.フェルミオン線は $\bar v(p_2)\cdots u(p_1)$ の1本だけである.
D.3 伝播関数
内部線(仮想粒子)に割り当てる因子が伝播関数(propagator)である.伝播関数はすべて
という共通の形をしている.分母 $q^2-m^2$ はどんなスピンでも同じであり,これが「仮想粒子が質量殻からどれだけ外れているか」を測る.外れが小さいほど分母が小さく,振幅が大きい.$q^2\to m^2$ で発散するのが共鳴(第8章 8.7.4 項,付録B B.4 節)である.分子はスピンの自由度を数える部分で,スピン0なら $1$,スピン $1/2$ なら $\slashed q+m$,スピン1なら $-(g^{\mu\nu}-q^\mu q^\nu/m^2)$ になる.すなわち分子は,そのスピンの偏極状態についての和である.
D.3.1 各伝播関数
定義:伝播関数の一覧
(1) スカラー(スピン0,質量 $m$):
$$ \begin{equation} \frac{\ii}{q^2-m^2+\ii\epsilon} \label{eq:D-prop-scalar} \end{equation} $$(2) フェルミオン(スピン $1/2$,質量 $m$):
$$ \begin{equation} \frac{\ii(\slashed q+m)}{q^2-m^2+\ii\epsilon} = \frac{\ii}{\slashed q-m+\ii\epsilon} \label{eq:D-prop-fermion} \end{equation} $$(3) 質量をもつベクトル($W^\pm$, $Z$,質量 $m$,ユニタリゲージ):
$$ \begin{equation} \frac{-\ii\left(g_{\mu\nu}-\dfrac{q_\mu q_\nu}{m^2}\right)}{q^2-m^2+\ii\epsilon} \label{eq:D-prop-massive} \end{equation} $$(4) 光子(質量0,Feynman ゲージ):
$$ \begin{equation} \frac{-\ii g_{\mu\nu}}{q^2+\ii\epsilon} \label{eq:D-prop-photon} \end{equation} $$(5) グルーオン(質量0,Feynman ゲージ,色 $a,b$):
$$ \begin{equation} \frac{-\ii g_{\mu\nu}\,\delta^{ab}}{q^2+\ii\epsilon} \label{eq:D-prop-gluon} \end{equation} $$フェルミオン伝播関数の2つ目の表式は,$(\slashed q-m)(\slashed q+m)=q^2-m^2$(付録C の Clifford 代数から従う)を使って分母を有理化しただけである.「Dirac 演算子の逆行列」という素性が見えるので,こちらの形も覚えておくとよい.
D.3.2 分子の意味 — スピン和がそこにある
導出:フェルミオン伝播関数の分子はなぜ $\slashed q+m$ か
ステップ1:伝播関数の定義.伝播関数は,時空点 $x$ で場を作り $y$ で消したときの真空期待値(2点関数)である:
$$ S_F(x-y)=\braket{0|T\{\psi(x)\bar\psi(y)\}|0} $$$T$ は時間順序積である.
ステップ2:場を展開して縮約する.$\psi$ の平面波展開を入れると,$x^0>y^0$ のとき粒子の寄与が,$x^0<y^0$ のとき反粒子の寄与が残る.前者からは $\sum_s u(p,s)\bar u(p,s)$,後者からは $\sum_s v(p,s)\bar v(p,s)$ が出る.
ステップ3:完全性関係を使う.付録C の完全性関係により
$$ \sum_{s=1}^{2}u(p,s)\bar u(p,s)=\slashed p+m, \qquad \sum_{s=1}^{2}v(p,s)\bar v(p,s)=\slashed p-m $$ステップ4:Fourier 変換して足し合わせる.この2つの寄与を合わせて4元運動量空間に移すと,付録A A.4.3 項の Feynman の $\ii\epsilon$ 処方($q^0$ 平面での極の取り方)により,2つの寄与がちょうど1本の共変な式にまとまる:
$$ \tilde S_F(q)=\frac{\ii(\slashed q+m)}{q^2-m^2+\ii\epsilon} $$ステップ5:意味を読む.分子 $\slashed q+m$ は「$q$ が質量殻の上にあれば,粒子の2つのスピン状態についての和」を表している.すなわち伝播関数の分子とは,その粒子がとりうる内部状態にわたる和である.スピン0なら状態は1つなので分子は $1$,スピン1(質量あり)なら3状態なので分子は \eqref{eq:D-polsum-massive} の $-(g_{\mu\nu}-q_\mu q_\nu/m^2)$ になる.規則の3つが,同じ一つの原理から出ている.
D.3.3 光子伝播関数のゲージ依存性
光子の伝播関数だけは,値がゲージの選び方に依存する.一般の $R_\xi$ ゲージでは
$$ \begin{equation} D_{\mu\nu}(q)=\frac{-\ii}{q^2+\ii\epsilon}\left[g_{\mu\nu}-(1-\xi)\frac{q_\mu q_\nu}{q^2}\right] \label{eq:D-prop-rxi} \end{equation} $$であり,$\xi=1$ が Feynman ゲージ(本書の標準),$\xi=0$ が Landau ゲージである.
注意:ゲージを混ぜてはならない
$\xi$ に依存する項 $q_\mu q_\nu/q^2$ は,物理的な振幅には決して寄与しない.なぜなら光子は保存カレント $j^\mu=\bar u\gamma^\mu u$ に結合し,$q_\mu j^\mu=0$(Ward 恒等式,D.6.2 項)だからである.したがってどのゲージで計算しても最終結果は同じである.
しかしこれは「全ダイアグラムを足したあと」の話であって,個々のダイアグラムは $\xi$ に依存する.1枚だけ計算して途中でゲージを変える,という操作は誤りを生む.一つの計算では一つの $\xi$ を最後まで使うこと.
逆にこの性質は強力な検算になる.Feynman ゲージと Landau ゲージで別々に計算して同じ答えが出れば,計算が正しい可能性は非常に高い.
D.3.4 低エネルギー極限 — 重いボソンを消す
$W$ や $Z$ の交換において,やりとりされる運動量が $\abs{q^2}\ll m_W^2$ のとき,伝播関数 \eqref{eq:D-prop-massive} は
$$ \begin{equation} \frac{-\ii\left(g_{\mu\nu}-q_\mu q_\nu/m_W^2\right)}{q^2-m_W^2} \;\xrightarrow{\;\abs{q^2}\ll m_W^2\;}\; \frac{+\ii g_{\mu\nu}}{m_W^2} \label{eq:D-prop-fermi} \end{equation} $$と定数になる.運動量依存性が消えるということは,位置空間では $\delta$ 関数,すなわち接触相互作用になるということである.これが第12章の Fermi の4フェルミオン理論であり,$G_F/\sqrt2=g_w^2/(8m_W^2)$ という関係の出どころである.$q_\mu q_\nu/m_W^2$ の項は,カレントの両端でそれぞれ Dirac 方程式を使うと質量因子を1つずつ出すので,$g_{\mu\nu}$ の項に対して $m_fm_{f^\prime}/m_W^2$(両端の質量の積)の抑制を受ける.結合する相手のフェルミオン質量が小さいときには落としてよい(逆にこの項が主役になるのが $\pi\to\mu\nu$ のようなヘリシティ抑制された崩壊である).
材料科学との接点:伝播関数は一粒子 Green 関数そのものである
スカラー伝播関数 \eqref{eq:D-prop-scalar} の非相対論極限を取ってみる.エネルギーを静止質量から測って $q^0=m+E$ と書き,$\abs{\bm q}\ll m$,$\abs{E}\ll m$ とすると
$$ q^2-m^2=(m+E)^2-\bm q^2-m^2=2mE+E^2-\bm q^2 \simeq 2m\left(E-\frac{\bm q^2}{2m}\right) $$である($E^2$ は $2mE$ に比べて $E/2m$ だけ小さい).したがって
右辺の $\dfrac{1}{E-\varepsilon_{\bm q}+\ii\epsilon}$ は,まさに Schrödinger 方程式の遅延 Green 関数である.『線形応答理論入門』付録C「Feynman 図形の読み方」,および『密度汎関数理論入門』の Green 関数の章で使った $G^R(\bm k,\omega)=\left[\omega-\varepsilon_{\bm k}+\ii\eta\right]^{-1}$ と,文字が違うだけの同じ式である.
前に付いた $1/2m$ は,相対論的規格化(付録A A.5 節)$\braket{p|p'}=2E(2\pi)^3\delta^3(\bm p-\bm p')$ と非相対論的規格化 $\braket{\bm p|\bm p'}=(2\pi)^3\delta^3(\bm p-\bm p')$ の違いを埋める因子であり,物理ではなく規約の産物である.
フェルミオン伝播関数についても同様で,$\dfrac{\ii(\slashed q+m)}{q^2-m^2}$ の非相対論極限では $\slashed q+m\to 2m\,\dfrac{1+\gamma^0}{2}$(上2成分への射影)となり,$2m$ が分母の $2m$ と相殺して,2成分の Pauli スピノルに対する Green 関数 $\left[E-\varepsilon_{\bm q}+\ii\eta\right]^{-1}\mathbb{1}_2$ が残る.バンド構造 $\varepsilon_{\bm k}$ が入る場所が,素粒子では $\sqrt{\bm q^2+m^2}$ であるというだけの違いである.
この対応があるからこそ,凝縮系のダイアグラム法(Abrikosov–Gor'kov–Dzyaloshinski)と素粒子のファインマン則は同じ規則になる.違いは3点しかない.(i) 真空のかわりに Fermi 海があるので,伝播関数の極の取り方($\ii\epsilon$ の符号)が $\varepsilon_{\bm k}$ と $\varepsilon_F$ の大小で変わる.(ii) Lorentz 不変性のかわりに格子並進対称性なので,運動量は Brillouin ゾーン内で保存する(逆格子ベクトル $\bm G$ を除いて).(iii) 有限温度では実時間 $t$ のかわりに虚時間 $\tau\in[0,\beta]$ を使い,$\int\dd q^0/2\pi$ が松原和 $T\sum_n$ になる.規則の骨格はまったく変わらない.
材料科学との接点:Nambu 空間の伝播関数と BdG 方程式
フェルミオン伝播関数の分子 $\slashed q+m$ は,$\gamma$ 行列で書かれた $4\times4$ 行列である.Dirac–Pauli 表示で書き下すと
$$ \slashed q+m=\begin{pmatrix} q^0+m & -\bm q\cdot\bm\sigma\\ \bm q\cdot\bm\sigma & -q^0+m\end{pmatrix} $$という「対角に $\pm$ のエネルギー,非対角に結合」という構造をもつ.超伝導体の Green 関数(Gor'kov 方程式)は,Nambu スピノル $\Psi_{\bm k}=(c_{\bm k\uparrow},\,c^\dagger_{-\bm k\downarrow})^{\mathsf T}$ に対して
である($\tau_i$ は Nambu 空間の Pauli 行列,$\xi_{\bm k}=\varepsilon_{\bm k}-\mu$).\eqref{eq:D-prop-fermion} と見比べてほしい.分母はどちらも「エネルギーの2乗 $-$(運動量の2乗 $+$ 質量の2乗)」という同じ形である.ただし分子の行列構造まで一対一に対応するわけではない.Dirac の分子 $\slashed q+m$ では質量 $m$ が単位行列に,エネルギー $q^0$ が $\gamma^0$ に掛かるのに対し,\eqref{eq:D-gorkov} の分子では $\ii\omega_n$ が単位行列 $\tau_0$ に,$\xi_{\bm k}$ が $\tau_3$ に,$\Delta$ が $\tau_1$ に掛かっている.きれいに揃うのは,どちらも「$(\text{エネルギー})-(\text{線形なハミルトニアン})$ の逆行列」,すなわち $\hat G=(\ii\omega_n-H_{\rm BdG})^{-1}$ と $(\slashed q-m)^{-1}$ の形をしている,という点である.ハミルトニアンを並べると構造の一致が見やすい:BdG ハミルトニアン $H_{\rm BdG}=\xi_{\bm k}\tau_3+\Delta\tau_1$ と Dirac ハミルトニアン $H_D=\bm\alpha\cdot\bm p+\beta m$ は,どちらも互いに反交換する2つの行列の和であり,だからこそ2乗したときに交差項が消えて $E^2=\xi_{\bm k}^2+\abs{\Delta}^2$ と $E^2=\bm p^2+m^2$ を与える.対応は
$$ q^0\leftrightarrow\ii\omega_n,\qquad \abs{\bm q}\leftrightarrow\xi_{\bm k},\qquad m\leftrightarrow\Delta $$であり,超伝導ギャップ $\Delta$ が Dirac 質量 $m$ の役を演じる.準粒子の分散 $E_{\bm k}=\sqrt{\xi_{\bm k}^2+\abs{\Delta}^2}$ が,相対論的分散 $E=\sqrt{\bm p^2+m^2}$ とまったく同じ形をしているのはこのためである.
この対応は形式的なものではない.第13章で見たように,超伝導は $\mathrm{U}(1)$ 対称性の自発的破れであり,ゲージ場(光子)が質量を得る点で Higgs 機構と同じ構造をもつ(Anderson–Higgs 機構).$\Delta$ は秩序変数であると同時に「準粒子が獲得した質量」なのである.そして \eqref{eq:D-gorkov} の $\tau_1$ に比例する成分(異常 Green 関数 $F=\braket{cc}$)は,粒子数を保存しない伝播であり,第14章 14.7.2 項の図14.6(a) で矢印が向かい合う Majorana ニュートリノの伝播関数($\braket{\psi\psi}$ 型)と同じ構造をもつ.BdG 方程式を解いている材料科学者は,知らないうちに Majorana 型の伝播関数を扱っているのである.
| 粒子 | スピン | 伝播関数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| スカラー($H$, $\pi$, ABC) | $0$ | $\dfrac{\ii}{q^2-m^2}$ | 第8章 |
| フェルミオン($e,\mu,q,\nu$) | $1/2$ | $\dfrac{\ii(\slashed q+m)}{q^2-m^2}$ | $4\times4$ 行列.線に沿って挿入 |
| 光子 $\gamma$ | $1$ | $\dfrac{-\ii g_{\mu\nu}}{q^2}$ | Feynman ゲージ.一般は \eqref{eq:D-prop-rxi} |
| グルーオン $g$ | $1$ | $\dfrac{-\ii g_{\mu\nu}\delta^{ab}}{q^2}$ | 色は $\delta^{ab}$ で運ばれる |
| $W^\pm$ | $1$ | $\dfrac{-\ii\left(g_{\mu\nu}-q_\mu q_\nu/m_W^2\right)}{q^2-m_W^2}$ | $m_W=80.377\ \mathrm{GeV}$ |
| $Z^0$ | $1$ | $\dfrac{-\ii\left(g_{\mu\nu}-q_\mu q_\nu/m_Z^2\right)}{q^2-m_Z^2}$ | $m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$ |
| Higgs $H$ | $0$ | $\dfrac{\ii}{q^2-m_H^2}$ | $m_H=125.25\ \mathrm{GeV}$ |
数学ノート:不安定粒子には幅を入れる
$Z$ ボソンのように寿命の短い粒子を $s$ チャネルで交換し,しかも $q^2$ が $m_Z^2$ の近くまで来る場合($e^+e^-\to Z\to f\bar f$ など),伝播関数の分母がゼロになって発散してしまう.これを避けるには,崩壊幅 $\Gamma$ を分母に入れたBreit–Wigner 型
$$ \begin{equation} \frac{1}{q^2-m^2}\;\longrightarrow\;\frac{1}{q^2-m^2+\ii m\Gamma} \label{eq:D-breitwigner} \end{equation} $$を使う(第8章 8.7.4 項,付録B B.4 節).これは自己エネルギーの虚部を足し込んだ結果であり,$\ii m\Gamma$ の $\ii$ が「粒子が消えていく」ことを表す.$\abs{\mathcal{M}}^2$ を取ると
$$ \abs{\mathcal{M}}^2\propto\frac{1}{(q^2-m^2)^2+m^2\Gamma^2} $$となり,$\sqrt{q^2}=m$ にピーク,半値全幅 $\Gamma$ の共鳴曲線が現れる.$Z$ については $\Gamma_Z=2.4952\ \mathrm{GeV}$ である.凝縮系で準粒子の寿命を Green 関数の $\omega-\varepsilon_{\bm k}+\ii/2\tau$ で表すのと,まったく同じ処方である.
D.4 頂点因子
頂点因子は,理論の中身そのものである.外線因子と伝播関数は「どんな粒子か」だけで決まるのに対し,頂点因子は「どんな相互作用か」で決まる.標準模型の Lagrangian を書き下すという作業は,実質的には本節の表を書くことにほかならない.
共通の作りかたは次のとおりである.相互作用 Lagrangian の項 $\Lag_{\rm int}$ から,そこに現れる場を取り除き,微分 $\partial_\mu$ を $-\ii k_\mu$(流入運動量)に置きかえ,全体に $\ii$ を掛ける.同一の場が $n$ 個現れる項では,場の置きかえかたの数だけ $n!$ 通りの組合せがあるので,その因子も掛かる.
D.4.1 QED
定義:QED の頂点
相互作用 $\Lag_{\rm int}=-g_e Q_f\,\bar\psi\gamma^\mu\psi\,A_\mu$ に対応する頂点因子は
である(処方 \eqref{eq:D-vertex-recipe} をそのまま適用した結果であり,全体の符号まで含めて上の $\Lag_{\rm int}$ と整合している).$Q_f$ はそのフェルミオンの電荷を素電荷単位で測ったもの($e^-,\mu^-,\tau^-$ で $-1$,$u,c,t$ で $+2/3$,$d,s,b$ で $-1/3$)である.電子については $Q_e=-1$ を代入して $\ii g_e\gamma^\mu$ となり,第10章 表10.2 の流儀と一致する.結合定数は
$$ g_e=\sqrt{4\pi\alpha}=\sqrt{4\pi/137.036}=0.30282, \qquad \alpha=\frac{g_e^2}{4\pi}=\frac{1}{137.036} $$である(Heaviside–Lorentz 単位系).頂点が1つ増えるごとに振幅は $g_e$ 倍,確率は $\alpha$ 倍になる.
QED の頂点は「フェルミオン2本と光子1本」の1種類しかない.光子は電荷をもたないので,$\gamma\gamma\gamma$ 頂点は存在しない.これが QED を計算可能な理論にしている最大の理由である.
D.4.2 QCD
定義:QCD の3つの頂点
(1) クォーク–グルーオン頂点(クォークの色 $j\to i$,グルーオンの色 $a$):
$\lambda^a$($a=1,\dots,8$)は Gell-Mann 行列,$T^a=\lambda^a/2$ が $\mathrm{SU}(3)$ の生成子である.$\alpha_s\equiv g_s^2/4\pi$ であり,$\alpha_s(m_Z)=0.118$ から $g_s=\sqrt{4\pi\times0.118}=1.218$ となる.
(2) 3グルーオン頂点(すべての運動量 $k_1,k_2,k_3$ を流入向きにとり,$k_1+k_2+k_3=0$):
$$ \begin{equation} -g_s f^{abc}\Bigl[g^{\mu\nu}(k_1-k_2)^\rho+g^{\nu\rho}(k_2-k_3)^\mu+g^{\rho\mu}(k_3-k_1)^\nu\Bigr] \label{eq:D-vertex-3g} \end{equation} $$$f^{abc}$ は $\mathrm{SU}(3)$ の構造定数($[T^a,T^b]=\ii f^{abc}T^c$)である.指標の巡回対称性に注意すること:$(a\mu k_1)\to(b\nu k_2)\to(c\rho k_3)\to(a\mu k_1)$ の巡回で式が不変である.
(3) 4グルーオン頂点:
$$ \begin{equation} \begin{aligned} -\ii g_s^2\Bigl[&f^{abe}f^{cde}\left(g^{\mu\rho}g^{\nu\sigma}-g^{\mu\sigma}g^{\nu\rho}\right)\\ +&f^{ace}f^{bde}\left(g^{\mu\nu}g^{\rho\sigma}-g^{\mu\sigma}g^{\nu\rho}\right)\\ +&f^{ade}f^{bce}\left(g^{\mu\nu}g^{\rho\sigma}-g^{\mu\rho}g^{\nu\sigma}\right)\Bigr] \end{aligned} \label{eq:D-vertex-4g} \end{equation} $$この頂点は運動量に依存しない(微分を含まない).
なぜグルーオンだけが自分自身と結合するのか
光子は電荷をもたないが,グルーオンは色荷をもつからである.より正確には,$\mathrm{U}(1)$ は可換群なので構造定数がゼロ($f^{abc}=0$)であるのに対し,$\mathrm{SU}(3)$ は非可換なので $f^{abc}\neq0$ である.\eqref{eq:D-vertex-3g} と \eqref{eq:D-vertex-4g} が $f^{abc}$ に比例していることが,そのままこの事実を表している.
この2つの頂点が,第11章の漸近的自由の起源である.$\beta$ 関数の係数 $\beta_0=11-\tfrac23 n_f$ のうち,$11$ がグルーオン自己結合(反遮蔽)から,$-\tfrac23 n_f$ がクォークループ(遮蔽)から来る.$n_f\le16$ なら $\beta_0>0$ となって $\alpha_s$ は高エネルギーで小さくなる.実際 $n_f=6$ で $\beta_0=7$ である.
D.4.3 荷電弱相互作用
定義:荷電カレント($W^\pm$)の頂点
(1) レプトン($\ell=e,\mu,\tau$ とその同伴 $\nu_\ell$ を結ぶ):
$P_L=(1-\gamma^5)/2$ は左巻き射影演算子である.3世代とも同じ $g_w$(レプトン普遍性).世代をまたぐ頂点は存在しない($\nu$ 振動を除く.第14章).
(2) クォーク(上型 $u_i=(u,c,t)$ と下型 $d_j=(d,s,b)$ を結ぶ):
$$ \begin{equation} -\ii\,\frac{g_w}{2\sqrt2}\,V_{ij}\,\gamma^\mu\left(1-\gamma^5\right) \label{eq:D-vertex-cc-quark} \end{equation} $$$V_{ij}$ は CKM 行列(第12章 12.5.3 項)である.世代をまたぐ遷移はここでのみ起こる.
結合定数は $g_w=0.6529$($G_F$ と $m_W$ から決まる.第12章).$g_w/g_e=2.156$ であり,弱い相互作用の結合は電磁相互作用より2倍以上強い.弱く見えるのは $W$ が重いためである.
| $d$ | $s$ | $b$ | |
|---|---|---|---|
| $u$ | $0.9737$ | $0.2243$ | $0.00382$ |
| $c$ | $0.221$ | $0.975$ | $0.0408$ |
| $t$ | $0.0086$ | $0.0415$ | $1.014$ |
※ いずれも直接測定値であり,$\abs{V_{tb}}=1.014\pm0.029$(単一トップ生成から決めた値)のように中心値が $1$ を超えることもある.ユニタリティを課した大域フィットでは $\abs{V_{tb}}=0.99914$ となる.
対角成分が $1$ に近く,世代が離れるほど小さくなる.これが「同じ世代の中での遷移が圧倒的に起こりやすい」ことを意味し,$\beta$ 崩壊が $u\leftrightarrow d$ でほぼ尽きる理由である.
D.4.4 中性弱相互作用
定義:中性カレント($Z^0$)の頂点
係数は
$$ \begin{equation} c_V^f=T^3_f-2Q_f\sin^2\theta_W, \qquad c_A^f=T^3_f \label{eq:D-cvca} \end{equation} $$で与えられる.$T^3_f$ は弱アイソスピンの第3成分(左巻き二重項の上が $+1/2$,下が $-1/2$),$Q_f$ は電荷である.本付録では $c_V^f$ の評価に有効混合角 $\sin^2\theta_W=0.2312$($\overline{\rm MS}$)を用い,$g_z=g_w/\cos\theta_W=0.6529/0.87681=0.7446$ とする.ここで $g_w=0.6529$ は $G_F$ と $m_W$ から決めた値なので,混合角の定義としては規約が混ざっていることに注意してほしい.オンシェル定義 $\cos\theta_W=m_W/m_Z=0.8814$($\sin^2\theta_W=0.2231$)で揃えると $g_z=\sqrt{4\sqrt2G_Fm_Z^2}=0.7407$ となり,$0.5\%$ ほど小さい.ツリーレベルの見積もりでは,この $1\%$ 以下の差は電弱の輻射補正の範疇である.
$Z$ の頂点はフレーバーを変えない(FCNC の不在,GIM 機構).$s\to d$ のような中性カレント遷移がツリーレベルで起こらないのは,このためである.
| フェルミオン | $T^3$ | $Q$ | $c_V=T^3-2Q\sin^2\theta_W$ | $c_A=T^3$ | $c_V^2+c_A^2$ |
|---|---|---|---|---|---|
| $\nu_e,\nu_\mu,\nu_\tau$ | $+1/2$ | $0$ | $+0.5000$ | $+0.5$ | $0.5000$ |
| $e^-,\mu^-,\tau^-$ | $-1/2$ | $-1$ | $-0.0376$ | $-0.5$ | $0.2514$ |
| $u,c,t$ | $+1/2$ | $+2/3$ | $+0.1917$ | $+0.5$ | $0.2868$ |
| $d,s,b$ | $-1/2$ | $-1/3$ | $-0.3459$ | $-0.5$ | $0.3696$ |
例:荷電レプトンの $c_V$ が小さいことの帰結
表D.4 で $c_V^e=-0.0376$ が他に比べて桁違いに小さい.これは $\sin^2\theta_W$ がたまたま $1/4$ に近い($0.2312\simeq0.25$)ためで,$c_V^e=-1/2+2\times0.25=0$ となる「偶然」に近い状況である.
この小ささには2つの実験的な帰結がある.第一に,$Z$ 極上($\sqrt s=m_Z$,$\gamma$–$Z$ 干渉が消える)では $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ の前後非対称度が $A_{FB}^0=\tfrac34A_eA_\mu$,$A_f=2c_V^fc_A^f/[(c_V^f)^2+(c_A^f)^2]$ となり,$c_V^\ell$ の小ささがそのまま $A_{FB}$ の小ささになる.そのぶん $\sin^2\theta_W$ の決定に対して感度が鋭くなる($c_V$ が $\sin^2\theta_W$ の変化に敏感なので).なお極より低いエネルギーでは干渉項が生き残り,$A_{FB}\simeq\tfrac32\chi\,c_A^ec_A^\mu$ と $c_A$ で決まる(D.7.6 項).LEP が $\sin^2\theta_W$ を $10^{-4}$ の精度で決められたのはこのおかげである.第二に,原子のパリティ非保存(Cs 原子など)の測定でも,同じ $c_V$ の小ささが「標準模型からのずれ」への感度を高めている.
ついでに,$Z$ の全崩壊幅への各チャンネルの寄与は $c_V^2+c_A^2$(と色因子 $N_c=3$)に比例する.表の最右列を使うと,$\Gamma(Z\to\nu\bar\nu)$ が1世代あたり $0.5$,$\Gamma(Z\to e^+e^-)$ が $0.2514$ であり,比は $1.99$ である.実験値 $\Gamma_{\rm inv}/\Gamma_{\ell\ell}=5.943$ を $0.5/0.2514=1.989$ で割ると $2.99$,すなわちニュートリノは3世代という有名な結論が出る(第12章).
D.4.5 Higgs の結合
定義:Higgs の頂点
(1) 湯川結合($H f\bar f$):
$\gamma$ 行列は付かない(スカラー結合).重要なのは相手の質量に正比例するという点で,これは第13章で導いたとおり,質量そのものが Higgs との結合から生じているからである.
(2) ゲージボソンとの結合($HVV$):
$$ \begin{equation} \ii\,\frac{2m_V^2}{v}\,g^{\mu\nu} =\begin{cases} \ii\,g_w\,m_W\,g^{\mu\nu} & (HW^+W^-)\\[3pt] \ii\,g_z\,m_Z\,g^{\mu\nu} & (HZZ) \end{cases} \label{eq:D-vertex-hvv} \end{equation} $$こちらは質量の2乗に比例する.$H\to\gamma\gamma$ の頂点はツリーレベルには存在せず,$W$ ループとトップループを通じてのみ生じる(第13章).
(3) Higgs 自己結合:$HHH$ 頂点は $-\ii\,3m_H^2/v$,$HHHH$ 頂点は $-\ii\,3m_H^2/v^2$ である.前者は HL-LHC で測定が試みられている.
| フェルミオン | $m_f$ | $m_f/v$ | $y_f=\sqrt2 m_f/v$ |
|---|---|---|---|
| $t$ | $172.7\ \mathrm{GeV}$ | $0.7015$ | $0.9920$ |
| $b$ | $4.18\ \mathrm{GeV}$ | $0.01698$ | $0.02401$ |
| $\tau$ | $1.77686\ \mathrm{GeV}$ | $0.007217$ | $0.010207$ |
| $c$ | $1.27\ \mathrm{GeV}$ | $0.005158$ | $0.007295$ |
| $\mu$ | $0.105658\ \mathrm{GeV}$ | $4.292\times10^{-4}$ | $6.069\times10^{-4}$ |
| $e$ | $0.511\ \mathrm{MeV}$ | $2.076\times10^{-6}$ | $2.935\times10^{-6}$ |
| 相互作用 | 関与する線 | 頂点因子 | 結合定数の値 |
|---|---|---|---|
| QED | $f\,\bar f\,\gamma$ | $-\ii g_e Q_f\gamma^\mu$(電子は $\ii g_e\gamma^\mu$) | $g_e=0.30282$,$\alpha=1/137.036$ |
| QCD(クォーク) | $q\,\bar q\,g$ | $-\ii g_s\gamma^\mu(\lambda^a/2)_{ij}$ | $g_s=1.218$,$\alpha_s(m_Z)=0.118$ |
| QCD(3点) | $g\,g\,g$ | \eqref{eq:D-vertex-3g} | $\propto g_s f^{abc}$ |
| QCD(4点) | $g\,g\,g\,g$ | \eqref{eq:D-vertex-4g} | $\propto g_s^2 ff$ |
| 荷電弱(レプトン) | $\ell\,\nu_\ell\,W$ | $-\ii\dfrac{g_w}{2\sqrt2}\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ | $g_w=0.6529$,$\alpha_w=1/29.5$ |
| 荷電弱(クォーク) | $u_i\,d_j\,W$ | $-\ii\dfrac{g_w}{2\sqrt2}V_{ij}\gamma^\mu(1-\gamma^5)$ | $V_{ij}$ は表D.3 |
| 中性弱 | $f\,\bar f\,Z$ | $-\ii\dfrac{g_z}{2}\gamma^\mu(c_V^f-c_A^f\gamma^5)$ | $g_z=0.7446$,$c_{V,A}$ は表D.4 |
| 湯川 | $f\,\bar f\,H$ | $-\ii\,m_f/v$ | $v=246.2\ \mathrm{GeV}$,表D.5 |
| Higgs–ゲージ | $H\,V\,V$ | $\ii\,(2m_V^2/v)\,g^{\mu\nu}$ | $g_{HWW}=g_w m_W$ |
| 三重ゲージ | $W^+W^-\gamma$, $W^+W^-Z$ | \eqref{eq:D-vertex-3g} と同形($f^{abc}\to$ 電荷 or $\cot\theta_W$) | $g_e$ または $g_w\cos\theta_W$ |
材料科学との接点:頂点因子は電子–フォノン結合行列要素である
QED の頂点 $\ii g_e\gamma^\mu$ は,「電子が光子を1個吸収/放出する振幅」である.凝縮系で同じ役割を果たすのが電子–フォノン結合行列要素
である($\bm u$ は原子変位,$\bm e_{\bm q\nu}$ はフォノンの固有ベクトル.$\partial V_{\rm SCF}/\partial\bm u$ を $\bm e_{\bm q\nu}$ と縮約したものを Giustino の記法では $\partial_{\bm q\nu}V$ と書く.$\bm q$ についての微分ではないことに注意).構造を並べてみると対応は完全である.
- 入射状態:素粒子では $u(p_1)$,凝縮系では $\ket{\psi_{\bm k}}$.
- 出射状態:素粒子では $\bar u(p_3)$,凝縮系では $\bra{\psi_{\bm k+\bm q}}$.
- 結合演算子:素粒子では $g_e\gamma^\mu$,凝縮系では $\partial V_{\rm SCF}/\partial\bm u$(自己無撞着ポテンシャルの原子変位に対する微分).
- ボソンの外線因子:素粒子では $\epsilon_\mu$,凝縮系では固有ベクトル $\bm e_{\bm q\nu}$ と零点振幅 $\sqrt{\hbar/2M\omega}$.この $1/\sqrt{2\omega}$ は,相対論的規格化の $1/\sqrt{2E}$ とまったく同じものである(付録A A.5 節).
- 運動量保存:素粒子では頂点の $\delta^4(\sum k)$,凝縮系では $\bm k+\bm q$ という添字(逆格子ベクトルを除いた保存).
この対応があるので,超伝導の Eliashberg 理論はそのままファインマン則で書ける.Eliashberg 関数
$$ \alpha^2F(\omega)=\frac{1}{N(\varepsilon_F)}\sum_{\bm k\bm q\nu} \abs{g^\nu_{\bm k+\bm q,\bm k}}^2 \delta(\varepsilon_{\bm k})\delta(\varepsilon_{\bm k+\bm q})\delta(\omega-\omega_{\bm q\nu}) $$は,まさに「頂点因子の2乗 $\times$ 状態密度」であり,第8章の黄金律 $\Gamma=2\pi\abs{M}^2\rho$ と同じ構造である.結合定数 $\lambda=2\int\dd\omega\,\alpha^2F(\omega)/\omega$ が,QED の $\alpha$ に対応する無次元の展開パラメータになる.
そして,摂動論の妥当性を保証する定理まで対応している.QED では $\alpha=1/137\ll1$ が高次項を抑える.電子–フォノン系ではMigdal の定理が,頂点補正が $\mathcal{O}(\sqrt{m/M})\sim10^{-3}$–$10^{-2}$ で抑えられることを保証する($m$ は電子質量,$M$ はイオン質量.Cu なら $2.9\times10^{-3}$,Al なら $4.5\times10^{-3}$ で,$10^{-2}$ に達するのは水素程度の軽い原子である).どちらも「小さい無次元量があるから,ツリーレベルで止めてよい」という同じ論法である.逆に言えば,$\alpha_s\sim1$ の QCD で摂動論が破綻するのと同じように,$\lambda\gtrsim1$ の強結合超伝導体(Pb, Nb$_3$Sn,高圧下の水素化物)では Migdal–Eliashberg の枠組みの精度が問題になる.
D.5 規則の細目 — 積分・符号・対称因子
D.2〜D.4 節の因子を貼り終えたあとに残るのが,本節の「細目」である.ツリーレベルの計算ではほとんど効かないが,ループに進むと,ここを間違えると答えが $2$ 倍や符号違いになる.
D.5.1 運動量保存のデルタ関数とループ積分
定義:デルタ関数と積分の規則
(1) 各頂点に,そこに集まるすべての運動量について
$$ \begin{equation} (2\pi)^4\,\delta^4\!\left(k_1+k_2+\cdots+k_n\right) \label{eq:D-vertex-delta} \end{equation} $$を置く.符号は,すべての運動量を頂点に流入する向きに揃えて足す(流出する運動量はマイナスで数える).
(2) 各内部線について,その運動量 $q$ を
$$ \begin{equation} \int\frac{\dd^4q}{(2\pi)^4} \label{eq:D-loop-measure} \end{equation} $$で積分する.$2\pi$ の置き場所は,Fourier 変換の規約(付録A A.3 節)から来ている:$\delta$ 関数には $(2\pi)^4$ が付き,積分には $1/(2\pi)^4$ が付く,と覚えればよい.
導出:残る積分の数(ループ数の公式)
ステップ1:数えるものを定める.連結したダイアグラムが,頂点 $V$ 個,内部線 $I$ 本からなるとする.外線は $E$ 本とする.
ステップ2:積分の数.内部線ごとに1つの4次元積分があるので,積分は $I$ 個ある.
ステップ3:デルタ関数の数.頂点ごとに1つの $\delta^4$ があるので,$V$ 個ある.
ステップ4:1つは全体の保存則になる.$V$ 個の $\delta^4$ のうち,1つは外線だけを含む「全体の運動量保存」$\delta^4(\sum p_{\rm in}-\sum p_{\rm out})$ になり,これは積分を食わない(ステップ9でこれを外して $\mathcal{M}$ を読む).残る $V-1$ 個が積分を食う.
ステップ5:結論.したがって残る独立な積分の数,すなわちループ数は
ステップ6:検算.$e^-\mu^-\to e^-\mu^-$ のツリー図は $V=2$,$I=1$ なので $L=1-2+1=0$.積分は残らない.QED の真空偏極(光子の自己エネルギー)は $V=2$,$I=2$ なので $L=1$.積分が1つ残る.$\phi^4$ 理論のバブル図は $V=2$,$I=2$ で $L=1$.いずれも図を見て数えたループの数と一致する.
ツリーレベルとは $L=0$ のこと,すなわち $I=V-1$ のことである.「木」というグラフ理論の用語がそのまま使われている.
D.5.2 閉じたフェルミオンループ
定理:閉じたフェルミオンループの規則
フェルミオン線が閉じたループを作っている場合,そのループごとに
を掛ける.すなわち因子 $(-1)$ を付け,ループに沿って並べた $4\times4$ 行列の積のトレースを取る.
$(-1)$ の由来は Fermi 統計である.場の演算子を Wick の定理で縮約するとき,閉じたループを作るには $\psi$ と $\bar\psi$ を「輪」の形に並べ替える必要があり,フェルミオン演算子の反交換性から奇置換の符号 $(-1)$ が出る.トレースが現れるのは,ループの端と端がつながっていて,スピノルの添字が閉じるからである($\sum_a M_{aa}=\Tr M$).
例:QED の真空偏極
光子の自己エネルギー(真空偏極)は,D.1 節の手順どおりに書くと
$$ \begin{equation} \ii\Pi^{\mu\nu}(q)=(-1)\int\frac{\dd^4k}{(2\pi)^4} \Tr\!\left[\left(\ii g_e\gamma^\mu\right)\frac{\ii(\slashed k+m)}{k^2-m^2} \left(\ii g_e\gamma^\nu\right)\frac{\ii(\slashed k+\slashed q+m)}{(k+q)^2-m^2}\right] \label{eq:D-vacpol} \end{equation} $$となる.冒頭の $(-1)$ とトレースが本項の規則である.この積分は紫外発散するが,くりこみによって物理的な効果,すなわち結合定数の走りが取り出される(第10章 10.6 節):
$$ \alpha_{\rm eff}(q^2)=\frac{\alpha}{1-\Pi(q^2)} \simeq\frac{\alpha}{1-\dfrac{\alpha}{3\pi}\ln\dfrac{\abs{q^2}}{m_e^2}} $$$q^2$ が大きい(=距離が短い)ほど $\alpha$ が大きくなる.$m_Z$ スケールでは $\alpha(m_Z)\simeq1/129$(on-shell 定義の概数.正確には $\alpha^{-1}(m_Z)=128.95$,第10章 10.6.4 項)であり,$1/137$ から $6\%$ ほど増えている.
D.5.3 同種フェルミオンの交換に伴う相対符号
定理:交換図の相対符号
2枚のダイアグラムが,同種フェルミオンの外線を入れかえることで移り合うとき,両者の間に相対符号 $(-1)$ が付く.一般には,外線フェルミオンのラベルを一方の図の順序から他方の図の順序へ並べ替える置換の符号が,相対符号になる.
この規則も Fermi 統計の直接の帰結である.終状態に同じ種類のフェルミオンが2つあるとき,全体の状態は2粒子の交換に対して反対称でなければならない.振幅がその反対称性を持つためには,交換した図がマイナスで入る必要がある.
例:Møller 散乱 $e^-e^-\to e^-e^-$
入射を $p_1,p_2$,出射を $p_3,p_4$ とする.2枚の図がある.
図1($t$ チャネル):$p_1\to p_3$ の線と $p_2\to p_4$ の線を光子がつなぐ.$q=p_1-p_3$,$t=q^2$.
$$ \mathcal{M}_t=-\frac{g_e^2}{t}\left[\bar u(3)\gamma^\mu u(1)\right]\left[\bar u(4)\gamma_\mu u(2)\right] $$図2($u$ チャネル):$p_1\to p_4$,$p_2\to p_3$ とつなぐ.$u=(p_1-p_4)^2$.
$$ \mathcal{M}_u=-\frac{g_e^2}{u}\left[\bar u(4)\gamma^\mu u(1)\right]\left[\bar u(3)\gamma_\mu u(2)\right] $$合わせて:
$$ \begin{equation} \mathcal{M}=\mathcal{M}_t-\mathcal{M}_u \label{eq:D-moller} \end{equation} $$符号がマイナスであることが要点である.$3\leftrightarrow4$ を入れかえると $\mathcal{M}_t\leftrightarrow\mathcal{M}_u$ なので,$\mathcal{M}$ 全体は反対称になる.これが Pauli 原理の振幅レベルでの表れである.
結果として断面積には $\abs{\mathcal{M}_t}^2+\abs{\mathcal{M}_u}^2-2\,\mathrm{Re}(\mathcal{M}_t\mathcal{M}_u^*)$ という負の干渉項が現れる.$\theta=90^\circ$($t=u$)では干渉が最大になり,古典的な予想(Rutherford の2倍)より断面積が小さくなる(上式はスピンを固定したときの形で,非偏極平均をとると干渉項の係数は $-1$ になる:三重項が重み $3/4$ で $-2$,一重項が重み $1/4$ で $+2$).これは電子どうしの散乱を直接見る測定——(e,2e) 分光,電子衝突電離,二次電子放出,Møller 偏極計——の解析で実際に効く効果である.いっぽう弾性的な電子線回折や通常の電子エネルギー損失分光は結晶ポテンシャルによる一電子散乱で記述され,この交換干渉は交換ポテンシャルの形で近似的に取り込まれるだけで主役ではない.
注意:Bhabha 散乱の符号
$e^+e^-\to e^+e^-$(Bhabha 散乱)にも2枚の図($s$ チャネルの対消滅と $t$ チャネルの散乱)があるが,こちらも相対符号は $(-1)$ である.理由は,一方の図から他方へ移るのに,$e^-$ の外線と $e^+$ の外線を「フェルミオン線のつなぎ方として」入れかえる必要があるからである.
迷ったときの実用的な判定法:各図についてフェルミオン線をたどり,外線を出現順に並べたリスト(たとえば図1が $(3,1)(4,2)$,図2が $(4,1)(3,2)$)を作る.この2つのリストを互いに移す置換の符号が,相対符号である.上の Møller の例では $3\leftrightarrow4$ の互換1回なので $(-1)$ である.
D.5.4 対称因子
定義:対称因子
ダイアグラムの中に,外線を固定したまま入れかえても図が変わらない内部線や頂点の組があるとき,その入れかえの総数 $S$ で割る.すなわち $1/S$ を掛ける.$S$ は,外線を固定したときのグラフの自己同型群の位数である.
典型例を挙げる.$\Lag_{\rm int}=-\tfrac{\lambda}{4!}\phi^4$ のスカラー理論で,
- 2つの頂点を2本の内部線が結ぶ「バブル」:2本の内部線が入れかわっても同じ図なので $S=2$.
- 1つの頂点から出て同じ頂点に戻る「タドポール」:ループの向きを反転しても同じなので $S=2$.
- 2つの頂点を3本の内部線が結ぶ「サンセット」:$3!=6$ 通りの入れかえがあるので $S=6$.
一方,フェルミオン線をもつダイアグラムでは,対称因子はほとんどの場合 $1$ である.フェルミオン線には矢印という向きがあり,向きが内部線を区別してしまうからである.QED・QCD・電弱理論のツリー図で $S\neq1$ になることはない.したがって実用上,本項が効くのはスカラー場の理論とループ計算に限られる.
注意:対称因子と統計因子は別物である
紛らわしいが,次の2つは別の話である.
(1) 対称因子 $1/S$:振幅 $\mathcal{M}$ を計算する段階で,ダイアグラムに掛ける因子.図のトポロジーで決まる.
(2) 統計因子 $S$(付録B):終状態に同種粒子が $n$ 個あるとき,位相空間積分で同じ状態を $n!$ 回数えないための因子 $1/n!$.崩壊率や断面積の公式に掛ける.
たとえば $\pi^0\to\gamma\gamma$ では,終状態の2つの光子が同種なので統計因子 $1/2!$ が付く.これは (2) であって (1) ではない.本書では記号が衝突しているので,文脈で区別すること.
材料科学との接点:閉じたフェルミオンループは Lindhard 関数である
D.5.2 項の規則「閉じたフェルミオンループごとに $(-1)$ とトレース」は,凝縮系ではもっと馴染みのある名前をもっている.それが感受率(分極関数)である.
真空偏極 \eqref{eq:D-vacpol} の非相対論版を書き下してみる.伝播関数を D.3 節の \eqref{eq:D-nonrel-green} で置きかえ,$\int\dd^4k/(2\pi)^4$ を $\displaystyle\sum_{\bm k}\int\frac{\dd\varepsilon}{2\pi}$ とし,スピンのトレース $\Tr[\mathbb{1}_2]=2$ を取ると,$\varepsilon$ 積分(極の位置は Fermi 面で切り替わる)が実行できて
が得られる.これがLindhard 関数であり,『線形応答理論入門』第10章「遮蔽 — Thomas–Fermi と Lindhard 関数」および『密度汎関数理論入門』の RPA の章で登場したものである.因子 $2$ はスピンのトレースから,全体の符号はループの $(-1)$ から来ている.ファインマン則の細目が,そのまま Lindhard 関数の前因子を決めているのである.
さらに対応は続く.QED では,真空偏極を Dyson 方程式で足し上げると,光子伝播関数が
$$ D=\frac{D_0}{1-\Pi D_0} \quad\Longleftrightarrow\quad \alpha_{\rm eff}=\frac{\alpha}{1-\Pi} $$と「くりこまれる」.凝縮系で同じ幾何級数を足し上げたものが,まさにRPA 誘電関数
$$ \begin{equation} \epsilon(\bm q,\omega)=1-v_{\bm q}\,\chi_0(\bm q,\omega), \qquad v_{\rm eff}(\bm q,\omega)=\frac{v_{\bm q}}{\epsilon(\bm q,\omega)} \label{eq:D-rpa} \end{equation} $$である.$\Pi\leftrightarrow v_{\bm q}\chi_0$,$\alpha_{\rm eff}\leftrightarrow v_{\rm eff}$ と読みかえるだけで完全に一致する.真空偏極による電荷の遮蔽と,金属中の電子による Coulomb 相互作用の遮蔽は,同じダイアグラムの同じ和である.
そして最後に,遮蔽の結果が D.3.4 項に戻ってくる.長波長・静的極限では $\chi_0(\bm q\to0,0)=-N(\varepsilon_F)$($N$ は Fermi 面での状態密度)なので,$v_{\bm q}=4\pi e^2/q^2$(Gauss 単位系)を入れると
$$ \epsilon(\bm q,0)=1+\frac{4\pi e^2 N(\varepsilon_F)}{q^2}=1+\frac{k_{\rm TF}^2}{q^2}, \qquad v_{\rm eff}(\bm q)=\frac{4\pi e^2}{q^2+k_{\rm TF}^2} $$となる.これは質量 $k_{\rm TF}$ をもつベクトル粒子の伝播関数 \eqref{eq:D-prop-massive} と同じ形である.実空間に戻せば湯川ポテンシャル $\dfrac{e^2}{r}\ee^{-k_{\rm TF}r}$ ——Thomas–Fermi 遮蔽である.すなわち金属の中では,光子が質量 $k_{\rm TF}$ を獲得している(ただし静的な縦応答に限った話であり,横成分の静磁場は常伝導金属では遮蔽されない).典型的な金属($r_s\simeq2$)で $k_{\rm TF}^{-1}\simeq0.5\ \mathrm{\AA}$ 程度であり,これが「金属中では Coulomb 相互作用が原子間距離のスケールで切れる」という,バンド計算が一体近似でうまくいく理由そのものである.
$W$ ボソンが重いから弱い相互作用が接触的に見える(\eqref{eq:D-prop-fermi})のと,金属中で電子間相互作用が短距離的に見えるのとは,式のレベルで同じ構造をもつ(金属側は静的な縦応答に限る).違いは,$W$ の質量が Higgs 場の真空期待値から来るのに対し,光子の実効質量が Fermi 海の分極から来る,という起源だけである(後者は超伝導体では Meissner 効果として,真の質量になる.第13章).
D.6 検算のチェックリスト
ファインマン則の計算は機械的だが,長い.$\gamma$ 行列の順序を1つ間違えただけで答えが変わる.したがって検算の方法を持っているかどうかが,計算の信頼性を決める.本節では,紙の上で数分でできる4つの検算を挙げる.どれも「答えが合っていることを保証する」ものではないが,「間違っていることを発見する」力は非常に強い.
D.6.1 次元解析
自然単位系 $\hbar=c=1$ では,すべての量が質量の冪で測られる.作用 $\int\dd^4x\,\Lag$ が無次元だから $[\Lag]=4$,これから各場の次元が決まる.
| 量 | 次元 | 根拠 |
|---|---|---|
| スカラー場 $\phi$ | $1$ | $(\partial\phi)^2$ の次元が $4$ |
| Dirac 場 $\psi$ | $3/2$ | $\bar\psi\ii\slashed\partial\psi$ の次元が $4$ |
| ベクトル場 $A_\mu$ | $1$ | $F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$ の次元が $4$ |
| スピノル $u,v$ | $1/2$ | $\bar u u=2m$ の次元が $1$ |
| 偏極ベクトル $\epsilon_\mu$ | $0$ | $\epsilon^*\cdot\epsilon=-1$ |
| $g_e,\;g_s,\;g_w,\;g_z,\;y_f,\;\lambda_{\phi^4}$ | $0$ | くりこみ可能な結合はすべて無次元 |
| $G_F$ | $-2$ | $G_F/\sqrt2=g_w^2/8m_W^2$ |
| 振幅 $\mathcal{M}$(外線 $n$ 本) | $4-n$ | 下の定理 |
| 崩壊率 $\Gamma$ | $1$ | $\Gamma=1/\tau$ |
| 断面積 $\sigma$ | $-2$ | 面積 |
定理:振幅の次元
外線が全部で $n$ 本ある過程の振幅 $\mathcal{M}$ の質量次元は
である.したがって $2\to2$ 散乱($n=4$)では $\mathcal{M}$ は無次元,$1\to2$ 崩壊($n=3$)では質量の次元をもつ.
例:次元で3つの計算を検算する
(1) $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$($n=4$):D.7 節で得る $\mathcal{M}=-\dfrac{g_e^2}{s}\left[\bar v\gamma^\mu u\right]\left[\bar u\gamma_\mu v\right]$.$[g_e^2]=0$,$[1/s]=-2$,スピノル双線形は $[\bar u\gamma u]=2\times\tfrac12=1$ が2つで $+2$.合計 $0-2+2=0$.$[\mathcal{M}]=4-4=0$ と一致する.
(2) $\pi^-\to\mu^-\bar\nu_\mu$($n=3$):第12章の $\mathcal{M}=\ii\dfrac{G_F}{\sqrt2}V_{ud}f_\pi m_\mu\left[\bar u(1-\gamma^5)v\right]$.$[G_F]=-2$,$[f_\pi]=1$,$[m_\mu]=1$,双線形 $=1$.合計 $-2+1+1+1=1$.$[\mathcal{M}]=4-3=1$ と一致する.
(3) 公式の側:付録B の $\dfrac{\dd\sigma}{\dd\Omega}=\dfrac{\abs{\mathcal{M}}^2}{64\pi^2 s}\dfrac{\abs{\bm p_f}}{\abs{\bm p_i}}$ は $0-2+0=-2$.$1\to2$ 崩壊の $\Gamma=\dfrac{S\abs{\bm p}}{8\pi m^2}\abs{\mathcal{M}}^2$ は $1-2+2=1$.どちらも合っている.
次元が合わないときは,$2\pi$ の置き忘れではなくもっと本質的な間違い(伝播関数の落とし,スピノルの数の違い)である場合がほとんどである.最初にやるべき検算である.
D.6.2 ゲージ不変性(Ward 恒等式)
外線に光子(またはグルーオン)がある過程では,振幅を $\mathcal{M}=\epsilon_\mu(q)\,\mathcal{M}^\mu$(入射光子)あるいは $\mathcal{M}=\epsilon_\mu^*(q)\,\mathcal{M}^\mu$(出射光子)と書くことができる.このとき,全ダイアグラムを足した $\mathcal{M}^\mu$ は
を満たさなければならない.これがWard 恒等式である(外線を質量殻上に置いた振幅に対する形.オフシェルの Green 関数に一般化した $q_\mu\Gamma^\mu=S^{-1}(p+q)-S^{-1}(p)$ を Ward–Takahashi 恒等式と呼んで区別する).物理的には電流の保存 $\partial_\mu j^\mu=0$ の帰結であり,ゲージ変換 $\epsilon_\mu\to\epsilon_\mu+c\,q_\mu$ で振幅が変わらないことを意味する.
例:Compton 散乱で Ward 恒等式を使う
Compton 散乱 $\gamma(q)+e^-(p)\to\gamma(q')+e^-(p')$ には2枚の図がある.$s$ チャネル(先に吸収)と $u$ チャネル(先に放出)である.入射光子の偏極を $\epsilon_\mu(q)$ として
$$ \mathcal{M}^\mu_s=\bar u(p')\,\slashed\epsilon'^{\,*}\frac{\slashed p+\slashed q+m}{(p+q)^2-m^2}\gamma^\mu\,u(p)\,g_e^2, \qquad \mathcal{M}^\mu_u=\bar u(p')\,\gamma^\mu\frac{\slashed p-\slashed q'+m}{(p-q')^2-m^2}\slashed\epsilon'^{\,*}\,u(p)\,g_e^2 $$である(全体の $\ii$ は省いた).$q_\mu$ を掛けると,$\slashed q=(\slashed p+\slashed q-m)-(\slashed p-m)$ と分解し,$(\slashed p-m)u(p)=0$(Dirac 方程式)を使うことで,第1項の分子と分母が約分される.同じことを第2項でも行うと,2つの寄与がちょうど打ち消し合って
$$ q_\mu\left(\mathcal{M}^\mu_s+\mathcal{M}^\mu_u\right)=0 $$となる.ここで肝心なのは,$\mathcal{M}^\mu_s$ 単独では $q_\mu\mathcal{M}^\mu_s\neq0$ であるという点である.すなわち Ward 恒等式は「図を1枚も落としていないこと」の検査になる.図を1枚忘れると必ず破れる.これが本節で最も強力な検算である.
同じ議論はグルーオン外線についても成り立つが,非可換ゲージ理論では Ward 恒等式は Slavnov–Taylor 恒等式に一般化され,ゴースト場の寄与が加わる(ループレベル).ツリーレベルでは,3グルーオン頂点まで含めて足せば $q_\mu\mathcal{M}^\mu=0$ が成り立つ.ただし外線グルーオンが2本以上ある場合には条件が付く:$q_\mu\mathcal{M}^{\mu\nu\cdots}=0$ は,残りのグルーオンを物理的(横波)偏極に縮約したときにしか成り立たない.したがって $q\bar q\to gg$ や $gg\to gg$ のような過程では,\eqref{eq:D-polsum-massless} の $\sum\epsilon_\mu\epsilon_\nu^*\to-g_{\mu\nu}$ という置きかえをそのまま使うと非物理的偏極が混入し,ツリーレベルでも誤った $\abs{\mathcal{M}}^2$ を与える.物理的偏極だけを明示的に足すか,光錐ゲージの偏極和 $-g_{\mu\nu}+(q_\mu n_\nu+n_\mu q_\nu)/(q\cdot n)$ を使うか,あるいは $-g_{\mu\nu}$ を使ってゴースト寄与を引くかのいずれかが必要である.
D.6.3 クロッシング対称性
定理:クロッシング対称性
ある過程の振幅の中で,外線の粒子を反対側へ移すと同時に,その粒子を反粒子に,運動量を $p\to-p$ に置きかえると,別の過程の振幅が得られる.すなわち
$$ \begin{equation} \mathcal{M}\bigl(A(p_A)+B(p_B)\to C(p_C)+D(p_D)\bigr) =\mathcal{M}\bigl(A(p_A)+\bar C(-p_C)\to \bar B(-p_B)+D(p_D)\bigr) \label{eq:D-crossing} \end{equation} $$が成り立つ.右辺は「$C$ を反粒子 $\bar C$ に変えて運動量 $-p_C$ で初期状態に置き,$B$ を反粒子 $\bar B$ に変えて運動量 $-p_B$ で終状態に置いた過程の振幅」と読む.Mandelstam 変数(第4章)でいえば,$s,t,u$ の役割が入れかわる.
例:クロッシングで $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ と $e^-\mu^-\to e^-\mu^-$ を結ぶ
質量を無視した極限で,第10章の結果は
$$ \braket{\abs{\mathcal{M}}^2}_{e^+e^-\to\mu^+\mu^-}=2g_e^4\,\frac{t^2+u^2}{s^2}, \qquad \braket{\abs{\mathcal{M}}^2}_{e^-\mu^-\to e^-\mu^-}=2g_e^4\,\frac{s^2+u^2}{t^2} $$である.$s\leftrightarrow t$ で確かに移り合う.クロッシングが直接結ぶのは,運動量まで追うと $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ と $e^-\mu^+\to e^-\mu^+$ のほうであるが,QED のツリーではスピン平均した $\abs{\mathcal{M}}^2$ に電荷の符号が効かないので,$e^-\mu^-\to e^-\mu^-$ でも同じ式になる(図D.7).
数値でも確かめておこう.$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ の重心系で $t=-\tfrac{s}{2}(1-\cos\theta)$,$u=-\tfrac{s}{2}(1+\cos\theta)$ だから
$$ 2g_e^4\frac{t^2+u^2}{s^2} =2g_e^4\cdot\frac{1}{4}\left[(1-\cos\theta)^2+(1+\cos\theta)^2\right] =g_e^4\left(1+\cos^2\theta\right) $$となり,D.7 節でトレースから直接得る結果と一致する.クロッシングを使えば,トレース計算をもう一度やらずに済む.
D.6.4 非相対論極限
散乱エネルギーを下げていくと,答えは古典的・非相対論的な既知の結果に帰着しなければならない.具体的には次の3つを覚えておくとよい.
定理:3つの非相対論極限
(1) 湯川ポテンシャル.質量 $m$ のボソン交換の振幅 $\mathcal{M}\simeq \dfrac{g^2}{\bm q^2+m^2}$($q^0\to0$)を Born 近似で読み替えると
$$ \begin{equation} V(r)=-\frac{g^2}{4\pi}\frac{\ee^{-mr}}{r} \label{eq:D-yukawa} \end{equation} $$(付録A A.6 節).$m\to0$ で Coulomb ポテンシャル $-g^2/4\pi r$ になる.
(2) Rutherford 散乱.$e^-\mu^-\to e^-\mu^-$ の振幅を非相対論極限(速度 $v\ll1$)に落とすと
$$ \begin{equation} \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}=\frac{\alpha^2}{4m^2v^4\sin^4(\theta/2)} \label{eq:D-rutherford} \end{equation} $$が得られる.よく知られた Rutherford の公式である.ここで $m$ は換算質量 $\mu=m_em_\mu/(m_e+m_\mu)$($m_\mu\gg m_e$ なので実質は電子質量 $m_e$),$v$ は相対速度,$\theta$ は重心系の散乱角である.中間の相対論的な段階(Mott 散乱,第10章 10.5 節)ではスピンによる補正 $1-\beta^2\sin^2(\theta/2)$ が付き,$\beta\to0$ で消える.
(3) Fermi の接触相互作用.$W$ 交換の $\abs{q^2}\ll m_W^2$ 極限は \eqref{eq:D-prop-fermi} の通り $G_F$ の4フェルミオン相互作用になり,中性子 $\beta$ 崩壊の寿命が正しく出る(第12章).
D.6.5 その他の検算
| # | 検査項目 | やり方 | 検出できる誤り |
|---|---|---|---|
| 1 | 次元 | $[\mathcal{M}]=4-n$ を確認 | 伝播関数の落とし,スピノル数の間違い |
| 2 | 結合定数の冪 | 頂点 $n$ 個なら $g^n$ | 図の描き間違い,次数の混同 |
| 3 | Ward 恒等式 | $\epsilon_\mu\to q_\mu$ でゼロ | 図の描き落とし,相対符号の誤り |
| 4 | ゲージ独立性 | $\xi=0$ と $\xi=1$ で同じ答え | 伝播関数の使い方,寄与の落とし |
| 5 | クロッシング | $s\leftrightarrow t$ で既知の過程に一致 | トレース計算の誤り |
| 6 | 非相対論極限 | Rutherford・湯川・Fermi と比較 | 結合定数の規格化,$2$ の因子 |
| 7 | 交換対称性 | 同種フェルミオンで反対称,同種ボソンで対称 | 相対符号 $(-1)$ の付け忘れ |
| 8 | $\abs{\mathcal{M}}^2\ge0$ | スピン和の結果が実数・非負か | $\gamma^5$ の符号,複素共役の取り方 |
| 9 | 質量ゼロ極限 | $m\to0$ でヘリシティ保存が見えるか | スピノルの規格化 |
| 10 | 数値の桁 | $\sigma\sim\alpha^2/s$ のオーダーか | $2\pi$ の置き場所 |
なぜこれほど検算にこだわるのか
ファインマン則の計算には,「途中で気づく」瞬間がほとんどないからである.微分方程式を解いていれば,途中で発散したり負の確率が出たりして異常に気づく.しかしファインマン則は最後まで機械的に進んでしまい,間違った $\gamma$ 行列の順序でも「それらしい」答えが出る.
だからこそ,独立な検査を複数持つ必要がある.とくに項目3(Ward 恒等式)は,「図を1枚忘れた」という最も頻度の高い誤りを確実に捕まえる.計算に入る前に,どの検算を使うかを決めておくとよい.
この事情は第一原理計算とよく似ている.DFT の全エネルギーも,間違ったカットオフや $k$ 点数でも「それらしい」値が出る.収束テスト・既知系での再現・和則の確認といった検算を組み合わせて初めて信頼できるのと,同じ構造である.
D.7 実例で通す — $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$
本節では,D.1 節の9ステップを一つも飛ばさずに実行して,$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ の断面積を数値まで出す.この過程を選ぶのは,ダイアグラムが1枚しかなく,終状態が2体で,しかも $e^+e^-$ 衝突実験のすべての物差しになっているからである.
D.7.1 ステップ1〜2:図を描き,運動量を割り当てる
$e^+e^-$ が消滅して仮想光子になり,それが $\mu^+\mu^-$ を作る.これが最低次($g_e^2$)の唯一の図である.$e$ と $\mu$ は別の粒子なので,Møller 散乱のような交換図は存在しない.また $\gamma$ のかわりに $Z$ を交換する図もあるが,$\sqrt s\ll m_Z$ では伝播関数の分母が $s-m_Z^2\simeq-m_Z^2$ となって $s/m_Z^2$ だけ抑制される.$\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ なら $s/m_Z^2=100/8315=1.2\times10^{-2}$ なので,まずは無視してよい(D.7.6 項で見積もる).
運動量は,入射 $e^-$ を $p_1$,入射 $e^+$ を $p_2$,出射 $\mu^-$ を $p_3$,出射 $\mu^+$ を $p_4$ とする.内部線の運動量は,左の頂点での運動量保存から $q=p_1+p_2$ であり,Mandelstam 変数を使えば
$$ q^2=(p_1+p_2)^2\equiv s $$である.$s$ は重心系の全エネルギーの2乗にほかならない.
D.7.2 ステップ3〜9:振幅を組み立てる
導出:ステップ3〜9 —— $\mathcal{M}$ を読み取るまで
ステップ3(外線因子).表D.1 より,入射 $e^-$ に $u(p_1)$,入射 $e^+$ に $\bar v(p_2)$,出射 $\mu^-$ に $\bar u(p_3)$,出射 $\mu^+$ に $v(p_4)$.
ステップ4(頂点因子).どちらの頂点も QED の \eqref{eq:D-vertex-qed}.$Q_e=Q_\mu=-1$ を代入すると $-\ii g_eQ_f\gamma^\mu\to\ii g_e\gamma^\mu$ なので,左を $\ii g_e\gamma^\mu$,右を $\ii g_e\gamma^\nu$ とする(積には $Q_eQ_\mu=1$ しか効かない).
ステップ5(伝播関数).光子の内部線に $-\ii g_{\mu\nu}/q^2$(Feynman ゲージ,\eqref{eq:D-prop-photon}).
フェルミオン線を書き下す.D.2.3 項の規則に従い,矢印と逆にたどる.電子線は $e^+$ の外線側から入って $e^-$ の外線側で終わるので
$$ \bar v(p_2)\left(\ii g_e\gamma^\mu\right)u(p_1) $$ミュオン線は $\mu^-$ の外線側から入って $\mu^+$ の外線側で終わるので
$$ \bar u(p_3)\left(\ii g_e\gamma^\nu\right)v(p_4) $$ステップ6〜7(デルタ関数と積分).左の頂点に $(2\pi)^4\delta^4(p_1+p_2-q)$,右の頂点に $(2\pi)^4\delta^4(q-p_3-p_4)$,内部線に $\int\dd^4q/(2\pi)^4$.全部書くと
$$ \begin{aligned} &\int\frac{\dd^4q}{(2\pi)^4} \left[\bar v(2)\left(\ii g_e\gamma^\mu\right)u(1)\right] (2\pi)^4\delta^4(p_1+p_2-q)\\ &\qquad\times\frac{-\ii g_{\mu\nu}}{q^2} \left[\bar u(3)\left(\ii g_e\gamma^\nu\right)v(4)\right] (2\pi)^4\delta^4(q-p_3-p_4) \end{aligned} $$1つ目の $\delta^4$ が $q$ 積分を食い,$q=p_1+p_2$ が代入される.残った2つ目の $\delta^4$ が全体の運動量保存 $(2\pi)^4\delta^4(p_1+p_2-p_3-p_4)$ になる.
ステップ8(符号).ダイアグラムは1枚,ループなし,同種フェルミオンの交換なし.したがって追加の符号も対称因子もない.
ステップ9(読み取り).全体の $\delta^4$ を外すと
$$ -\ii\mathcal{M} =\left[\bar v(2)\left(\ii g_e\gamma^\mu\right)u(1)\right] \frac{-\ii g_{\mu\nu}}{s} \left[\bar u(3)\left(\ii g_e\gamma^\nu\right)v(4)\right] $$係数を整理する.$\ii\times\ii\times(-\ii)=(-1)\times(-\ii)=+\ii$ なので
$$ -\ii\mathcal{M}=\ii\,\frac{g_e^2}{s}\left[\bar v(2)\gamma^\mu u(1)\right]\left[\bar u(3)\gamma_\mu v(4)\right] $$両辺を $-\ii$ で割って
これが求める振幅である.D.6.1 項の次元検査:$[g_e^2]=0$,$[1/s]=-2$,スピノル双線形が $+1$ ずつで $+2$,合計 $0$.$[\mathcal{M}]=4-4=0$ と一致する.
D.7.3 スピン和とトレース
実験では,入射ビームの偏極を制御せず,出射粒子のスピンも測らないのが普通である.したがって初期スピンについては平均,終期スピンについては和を取る.初期状態のスピン状態は $2\times2=4$ 通りなので,$1/4$ を掛ける.
導出:$\braket{\abs{\mathcal{M}}^2}$ をトレースで表す
ステップ1:$\abs{\mathcal{M}}^2$ を書く.\eqref{eq:D-M-eemumu} より,共役側の指標を $\nu$ と名づけて
$$ \abs{\mathcal{M}}^2=\frac{g_e^4}{s^2} \left[\bar v(2)\gamma^\mu u(1)\right]\left[\bar v(2)\gamma^\nu u(1)\right]^{*} \left[\bar u(3)\gamma_\mu v(4)\right]\left[\bar u(3)\gamma_\nu v(4)\right]^{*} $$ステップ2:Casimir トリック.付録C のスピノル完全性関係
$$ \sum_s u(p,s)\bar u(p,s)=\slashed p+m, \qquad \sum_s v(p,s)\bar v(p,s)=\slashed p-m $$を使うと,スピンの和がトレースに化ける.電子側($m_e$ を残して)は
$$ L^{\mu\nu}\equiv\sum_{s_1,s_2}\left[\bar v(2)\gamma^\mu u(1)\right]\left[\bar v(2)\gamma^\nu u(1)\right]^{*} =\Tr\!\left[\gamma^\mu(\slashed p_1+m_e)\gamma^\nu(\slashed p_2-m_e)\right] $$ミュオン側は
$$ M_{\mu\nu}\equiv\sum_{s_3,s_4}\left[\bar u(3)\gamma_\mu v(4)\right]\left[\bar u(3)\gamma_\nu v(4)\right]^{*} =\Tr\!\left[\gamma_\mu(\slashed p_4-m_\mu)\gamma_\nu(\slashed p_3+m_\mu)\right] $$ステップ3:まとめる.初期スピン平均 $1/4$ を含めて
$$ \begin{equation} \braket{\abs{\mathcal{M}}^2}=\frac{g_e^4}{4s^2}\,L^{\mu\nu}M_{\mu\nu} \label{eq:D-M2-tensor} \end{equation} $$スピノルは1つも残っていない.あとは $\gamma$ 行列のトレースを取るだけである.
導出:トレースを実行する
ステップ1:奇数個の項を落とす.付録C 表C.5 の「$\gamma$ 行列が奇数個の積のトレースはゼロ」(付録C 式 (C-trace-odd))により,$L^{\mu\nu}$ を展開すると4項出るが,$m_e$ が1つだけ付く項($\gamma$ 行列3個)は消える.$m_e^2$ が付く項は残る.
以下では $m_e\ll\sqrt s$ として $m_e\to0$ とする($\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ で $m_e/\sqrt s=5\times10^{-5}$).
ステップ2:レプトンテンソル.付録C の4個の積の公式(付録C 式 (C-trace4).$\Tr[\gamma^\alpha\gamma^\beta\gamma^\gamma\gamma^\delta]=4(g^{\alpha\beta}g^{\gamma\delta}-g^{\alpha\gamma}g^{\beta\delta}+g^{\alpha\delta}g^{\beta\gamma})$)より
$$ L^{\mu\nu}=\Tr\!\left[\gamma^\mu\slashed p_1\gamma^\nu\slashed p_2\right] =4\left[p_1^\mu p_2^\nu+p_1^\nu p_2^\mu-g^{\mu\nu}(p_1\!\cdot\!p_2)\right] $$ステップ3:ミュオンテンソル.同じ計算で,$m_\mu$ の項を残すと
$$ M_{\mu\nu}=4\left[p_{3\mu}p_{4\nu}+p_{3\nu}p_{4\mu}-g_{\mu\nu}\left(p_3\!\cdot\!p_4+m_\mu^2\right)\right] $$ステップ4:縮約する.9つの項が出るが,$g^{\mu\nu}g_{\mu\nu}=4$ に注意して整理すると,運動量だけの項からは $2\left[(p_1\!\cdot\!p_3)(p_2\!\cdot\!p_4)+(p_1\!\cdot\!p_4)(p_2\!\cdot\!p_3)\right]$ が,$m_\mu^2$ の項からは $+2m_\mu^2(p_1\!\cdot\!p_2)$ が残る.したがって
$$ L^{\mu\nu}M_{\mu\nu}=32\left[(p_1\!\cdot\!p_3)(p_2\!\cdot\!p_4)+(p_1\!\cdot\!p_4)(p_2\!\cdot\!p_3)+m_\mu^2\,(p_1\!\cdot\!p_2)\right] $$ステップ5:\eqref{eq:D-M2-tensor} に戻す.
ここまでは座標系によらない不変な表式である.
D.7.4 重心系での運動学
導出:内積を角度で書く
ステップ1:4元運動量を書き下す.重心系で $E=\sqrt s/2$ とし,$e^-$ を $z$ 軸正方向に取ると($m_e=0$)
$$ p_1=(E,0,0,E),\qquad p_2=(E,0,0,-E) $$出射側は $\abs{\bm p_3}=\abs{\bm p_4}=\beta E$,ただし
$$ \begin{equation} \beta\equiv\sqrt{1-\frac{4m_\mu^2}{s}} \label{eq:D-beta} \end{equation} $$である($\mu$ の速度).$\mu^-$ を $z$ 軸から角 $\theta$ の方向に取ると
$$ p_3=\left(E,\;\beta E\sin\theta,\;0,\;\beta E\cos\theta\right),\qquad p_4=\left(E,\;-\beta E\sin\theta,\;0,\;-\beta E\cos\theta\right) $$ステップ2:内積を計算する.$a\cdot b=a^0b^0-\bm a\cdot\bm b$ を使って
$$ p_1\!\cdot\!p_2=E^2+E^2=2E^2=\frac{s}{2} $$ $$ p_1\!\cdot\!p_3=E^2-\beta E^2\cos\theta=E^2(1-\beta\cos\theta)=p_2\!\cdot\!p_4 $$ $$ p_1\!\cdot\!p_4=E^2+\beta E^2\cos\theta=E^2(1+\beta\cos\theta)=p_2\!\cdot\!p_3 $$ステップ3:\eqref{eq:D-M2-invariant} に代入する.
$$ \left[\;\right]=E^4\left[(1-\beta\cos\theta)^2+(1+\beta\cos\theta)^2\right]+2m_\mu^2E^2 =2E^4\left(1+\beta^2\cos^2\theta\right)+2m_\mu^2E^2 $$$E^2=s/4$ を入れると
$$ \left[\;\right]=\frac{s^2}{8}\left(1+\beta^2\cos^2\theta\right)+\frac{m_\mu^2 s}{2} $$ステップ4:整理する.\eqref{eq:D-beta} より $4m_\mu^2/s=1-\beta^2$ だから
ステップ5:2つの極限で検算する.
- 超相対論極限($\beta\to1$,すなわち $\sqrt s\gg 2m_\mu$):$\braket{\abs{\mathcal{M}}^2}=g_e^4(1+\cos^2\theta)$.前後対称な特徴的な角度分布である.
- しきい値($\beta\to0$,$\sqrt s\to2m_\mu$):$\braket{\abs{\mathcal{M}}^2}=2g_e^4$.角度依存性が消えて等方になる.生成される $\mu^+\mu^-$ が静止していて方向を指定できないのだから,当然である.
D.7.5 断面積へ
導出:微分断面積と全断面積
ステップ1:付録B の公式.2体 $\to$ 2体の重心系での微分断面積は
$$ \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}=\frac{1}{64\pi^2 s}\,\frac{\abs{\bm p_f}}{\abs{\bm p_i}}\,\braket{\abs{\mathcal{M}}^2} $$である.いまは $\abs{\bm p_i}=E$,$\abs{\bm p_f}=\beta E$ なので $\abs{\bm p_f}/\abs{\bm p_i}=\beta$.
ステップ2:代入する.\eqref{eq:D-M2-angle} を入れて
$$ \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}=\frac{g_e^4\,\beta}{64\pi^2 s}\left[2-\beta^2+\beta^2\cos^2\theta\right] $$ステップ3:$\alpha$ で書き直す.$g_e^2=4\pi\alpha$ より $g_e^4=16\pi^2\alpha^2$.したがって
2つ目の等号は $\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$ を使った書きかえである.超相対論極限では第2項が消えて,有名な
$$ \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}=\frac{\alpha^2}{4s}\left(1+\cos^2\theta\right) $$になる.
ステップ4:立体角で積分する.$\int\dd\Omega=4\pi$,$\int\cos^2\theta\,\dd\Omega=4\pi/3$ なので
$$ \int\left[2-\beta^2+\beta^2\cos^2\theta\right]\dd\Omega =4\pi\left(2-\beta^2\right)+\frac{4\pi}{3}\beta^2 =4\pi\left(2-\frac{2\beta^2}{3}\right)=\frac{8\pi}{3}\left(3-\beta^2\right) $$ステップ5:全断面積.
$\beta\to1$ で最後の因子が $1$ になり,教科書的な
$$ \begin{equation} \sigma=\frac{4\pi\alpha^2}{3s} \label{eq:D-sigma-point} \end{equation} $$が得られる.「点状のスピン $1/2$ 粒子対生成」の基準となる公式である.
D.7.6 数値にする
例:$\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ での断面積
(1) 係数を数値化する.
$$ \frac{4\pi\alpha^2}{3}=\frac{4\pi}{3}\times\left(\frac{1}{137.036}\right)^2 =4.18879\times5.32513\times10^{-5}=2.2306\times10^{-4} $$(2) 単位を戻す.$(\hbar c)^2=0.3894\ \mathrm{GeV^2\,mb}$(第1章 1.7.2 項)を掛ける.
$$ \sigma\,s=2.2306\times10^{-4}\times0.3894\ \mathrm{GeV^2\,mb} =8.686\times10^{-5}\ \mathrm{GeV^2\,mb} =86.9\ \mathrm{GeV^2\,nb} $$すなわち
(3) $\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ を入れる.$s=100\ \mathrm{GeV^2}$ なので $\sigma=0.869\ \mathrm{nb}$.
(4) $\beta$ による補正.$m_\mu=0.105658\ \mathrm{GeV}$ なので
$$ \beta=\sqrt{1-\frac{4\times0.105658^2}{100}}=\sqrt{1-4.465\times10^{-4}}=0.999777 $$ $$ \frac{\beta(3-\beta^2)}{2}=\frac{0.999777\times(3-0.999554)}{2}=\frac{0.999777\times2.000446}{2}=1.0000000 $$この因子は $\delta\equiv1-\beta^2=4m_\mu^2/s$ で展開すると $1-\tfrac38\delta^2=1-7.5\times10^{-8}$ である(上の掛け算は桁落ちするので,展開して評価するほうが確かである).補正は $10^{-7}$ 以下で,完全に無視できる.しきい値のすぐ上($2m_\mu=0.2113\ \mathrm{GeV}$ に対して $\sqrt s=0.25\ \mathrm{GeV}$)では話が違う.$4m_\mu^2/s=4\times0.011164/0.0625=0.71447$ なので $\beta=\sqrt{1-0.71447}=\sqrt{0.28553}=0.5343$ であり,この因子は $\beta(3-\beta^2)/2=0.5343\times2.71447/2=0.7252$,すなわち $27\%$ の抑制となる.
(5) $Z$ 交換の寄与.$\gamma$ 交換と $Z$ 交換の振幅比はおおよそ
$$ \frac{\mathcal{M}_Z}{\mathcal{M}_\gamma}\sim \frac{\left(g_z/2\right)^2}{g_e^2}\cdot\frac{s}{s-m_Z^2} \simeq\frac{0.7446^2/4}{0.30282^2}\times\frac{100}{100-8315} =1.512\times(-0.01217)=-1.84\times10^{-2}$$ここで $g_z^2/(4g_e^2)=1.512$ という数値には注意が要る.ツリーレベルの関係 $g_e=g_w\sin\theta_W$ が厳密に成り立つなら,この比は $1/(4\sin^2\theta_W\cos^2\theta_W)=1.406$ になるはずである.$7\%$ のずれは,$g_w$ を $G_F$ と $m_W$ から,$g_e$ を $\alpha(0)$ から,$\sin^2\theta_W$ を $\overline{\rm MS}$ から取っている——すなわち規約が混ざっている——ことによる(第12章 12.1.4 項の注意).以下の見積もりは $\pm10\%$ の精度で読めばよい.
ただし,この $-1.8\times10^{-2}$ をそのまま干渉の大きさと読んではいけない.$Z$ の頂点には $c_V^f,c_A^f$ が付くからである(\eqref{eq:D-vertex-nc}).スピン和を取ると,全断面積に効く干渉項は $c_V^ec_V^\mu$ に,前後非対称度に効く干渉項は $c_A^ec_A^\mu$ に比例する.表D.4 より $c_V^ec_V^\mu=(-0.0376)^2=1.41\times10^{-3}$,$c_A^ec_A^\mu=(-0.5)^2=0.25$ であるから
$$ \frac{\Delta\sigma}{\sigma}=2\chi\,c_V^ec_V^\mu=2\times(-1.84\times10^{-2})\times1.41\times10^{-3}=-5.2\times10^{-5}, \qquad A_{FB}=\frac{3}{2}\chi\,c_A^ec_A^\mu=-6.9\times10^{-3} $$($\chi$ は上の振幅比)となる.すなわち $\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ では,$Z$ 交換は断面積の大きさにはまったく効かず,角度分布の前後の偏りに $-0.7\%$ として最初に現れる.断面積の大きさに効かないのは荷電レプトンの $c_V$ が小さいこと(D.4.4 項)の直接の帰結であり,前後非対称度のほうが先に現れるのは $c_A=-1/2$ が小さくないためである.LEP のように $\sqrt s=m_Z$ で走らせると,伝播関数の分母が $\ii m_Z\Gamma_Z$ に置きかわって $\abs{s/(s-m_Z^2)}\to m_Z/\Gamma_Z=36.5$ となり,$\abs{\mathcal{M}_Z/\mathcal{M}_\gamma}^2=(1.512\times36.5)^2\times0.2514^2\simeq190$,断面積は $\sigma\simeq190\times(86.9/8315)\ \mathrm{nb}\simeq2.0\ \mathrm{nb}$ にはね上がる(Breit–Wigner のピーク,\eqref{eq:D-breitwigner}.PDG のポール断面積 $\sigma^0_{\ell\ell}=1.999\ \mathrm{nb}$ とよく合う).
(6) 実験の現実味.ルミノシティ $\mathcal{L}=10^{33}\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$ の $B$ ファクトリーなら,$0.869\ \mathrm{nb}=0.869\times10^{-33}\ \mathrm{cm^2}$ なので事象率は $0.87\ \mathrm{s^{-1}}$,1日あたり $7.5\times10^4$ 事象である.$\mu^+\mu^-$ 対は検出器で最も同定しやすい事象なので,これがルミノシティの絶対較正に使われる.
注意:ツリーレベルの答えを実験と比べるとき
\eqref{eq:D-sigma-nb} をそのまま実験値と比べると,数 % の食い違いが出る.理由は3つある.
(1) 輻射補正.実際には $e^+e^-\to\mu^+\mu^-\gamma$(制動放射)が必ず混ざる.どこまでを「$\mu^+\mu^-$ 事象」と数えるかを定義しないと,理論値と比較できない.典型的には $\mathcal{O}(\alpha)$,すなわち数 % である.
(2) 走る結合定数.$\alpha$ を $1/137.036$ ではなく $\alpha(s)$ で評価すべきである.$\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ では,レプトンループだけなら $\Delta\alpha_{\rm lep}=0.021$ で $\alpha\simeq1/134$,ハドロン寄与 $\Delta\alpha_{\rm had}\simeq0.013$ も含めると $\alpha\simeq1/132$ である.$\sigma\propto\alpha^2$ より断面積は $(137.036/132)^2=1.08$ 倍,すなわち $7\sim8\%$ ほど大きくなる.
(3) $Z$ の干渉.上の (5) で見たとおり,$\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ では全断面積への寄与は $10^{-4}$ 未満で無視できる.効くのは角度分布のほうで,$-0.7\%$ の前後非対称度として現れる.$\sqrt s$ を上げるにつれてこれは急速に育ち,$\sqrt s=m_Z$ では断面積そのものが $190$ 倍になる.
ツリーレベルの計算は「桁と角度分布を与える」ものであり,$1\%$ の精度を狙うならループ計算が要る.とはいえ,$1+\cos^2\theta$ という角度分布は輻射補正でほとんど変わらないので(前後非対称度の $-0.7\%$ を別にすれば),これは実験と直接比較できる強い予言である.
D.8 まとめと演習
D.8.1 まとめ
- ファインマン則は絵から式への辞書である.9つのステップ(図を描く,運動量を割り当てる,外線因子,頂点因子,伝播関数,各頂点のデルタ関数,各内部線の積分,符号と対称因子,$\mathcal{M}$ の読み取り)は,どんな理論・どんな過程でも変わらない.変わるのは割り当てる因子の中身だけである.
- 外線因子は4通りを区別する.入射粒子 $u$,出射粒子 $\bar u$,入射反粒子 $\bar v$,出射反粒子 $v$.スピン1では入射 $\epsilon_\mu$,出射 $\epsilon_\mu^*$.フェルミオン線は矢印と逆にたどって左から右へ書き下すので,バー付きが左端,バー無しが右端に来る.
- 伝播関数はすべて「$\ii\times$(スピン和の分子)$/(q^2-m^2)$」である.分母はスピンによらず共通で,仮想粒子が質量殻からどれだけ外れているかを測る.分子はそのスピンの内部状態についての和であり,スピン0で $1$,スピン $1/2$ で $\slashed q+m$,スピン1で $-(g_{\mu\nu}-q_\mu q_\nu/m^2)$ となる.
- 頂点因子が理論の中身を決める.QED は $-\ii g_eQ_f\gamma^\mu$(電子では $Q_e=-1$ を代入して $\ii g_e\gamma^\mu$),QCD は $-\ii g_s\gamma^\mu(\lambda^a/2)_{ij}$ に3点・4点グルーオン頂点が加わり,荷電弱は $-\ii(g_w/2\sqrt2)\gamma^\mu(1-\gamma^5)$,中性弱は $-\ii(g_z/2)\gamma^\mu(c_V-c_A\gamma^5)$,湯川は $-\ii m_f/v$ である.頂点の「形」が,その相互作用のパリティの性格をそのまま表す.
- 細目は Fermi 統計とグラフの数え上げから来る.閉じたフェルミオンループには $(-1)$ とトレース,同種フェルミオンを交換した図には相対符号 $(-1)$,自己同型のある図には対称因子 $1/S$.残る積分の数はループ数 $L=I-V+1$ で決まり,ツリーとは $L=0$ のことである.
- 検算を4つ持て.次元($[\mathcal{M}]=4-n$),Ward 恒等式($q_\mu\mathcal{M}^\mu=0$,図の描き落としを確実に捕まえる),クロッシング対称性($s\leftrightarrow t$),非相対論極限(Rutherford・湯川・Fermi).計算に入る前にどれを使うか決めておくこと.
- $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ が全体の物差しである.手順どおりに通すと $\mathcal{M}=-(g_e^2/s)[\bar v_2\gamma^\mu u_1][\bar u_3\gamma_\mu v_4]$,スピン平均して $\braket{\abs{\mathcal{M}}^2}=g_e^4(2-\beta^2+\beta^2\cos^2\theta)$,断面積は $\dd\sigma/\dd\Omega=(\alpha^2\beta/4s)(2-\beta^2+\beta^2\cos^2\theta)$,全断面積は $\sigma=(4\pi\alpha^2/3s)\cdot\beta(3-\beta^2)/2=86.9\ \mathrm{nb}/s[\mathrm{GeV^2}]$ である.
- この辞書は凝縮系でもそのまま通用する.伝播関数は一粒子 Green 関数(非相対論極限で $1/(E-\varepsilon_{\bm q}+\ii\eta)$),閉じたフェルミオンループは Lindhard 関数($(-1)$ とトレースが前因子を決める),Dyson の足し上げは RPA 誘電関数 $\epsilon=1-v_q\chi_0$,Thomas–Fermi 遮蔽された Coulomb 相互作用は,静的な縦応答に限れば質量をもつベクトル粒子の伝播関数と同じ形をもつ.頂点因子は電子–フォノン結合行列要素であり,Migdal の定理が QED の $\alpha\ll1$ に対応する.
- 超伝導の Gor'kov 伝播関数は Dirac 伝播関数と同じ構造をもつ.$\Delta$ が $m$ の役を演じ,準粒子分散 $\sqrt{\xi^2+\abs{\Delta}^2}$ が相対論的分散 $\sqrt{\bm p^2+m^2}$ に対応する.異常 Green 関数は Majorana 型の伝播関数である.
D.8.2 演習問題
演習D.1 外線因子と振幅の組み立て
(1) Compton 散乱 $\gamma(k,\epsilon)+e^-(p)\to\gamma(k',\epsilon')+e^-(p')$ について,2枚のツリー図を描き,D.1 節の手順に従って振幅 $\mathcal{M}$ を書き下せ.内部線の運動量はそれぞれ $p+k$ および $p-k'$ である.
(2) 対消滅 $e^+e^-\to\gamma\gamma$(運動量 $p_1,p_2\to p_3,p_4$)について同じことをせよ.終状態の2つの光子は同種ボソンなので,振幅は $3\leftrightarrow4$ の交換について対称でなければならない.得られた式がその対称性をもつことを確かめよ.
(3) (1) の答えについて,D.6.1 項の次元検査 $[\mathcal{M}]=4-n$ を実行せよ.
ヒント:(1) 分母は $(p+k)^2-m^2=2p\cdot k$ と $(p-k')^2-m^2=-2p\cdot k'$ になる($p^2=m^2$,$k^2=k'^2=0$ を使う).係数は $(\ii g_e)\times\ii\times(\ii g_e)=-\ii g_e^2$ なので,$-\ii\mathcal{M}$ から $\mathcal{M}$ に直すと符号が反転して
$$ \mathcal{M}=g_e^2\,\bar u(p')\left[\frac{\slashed\epsilon'^{*}\left(\slashed p+\slashed k+m\right)\slashed\epsilon}{2p\cdot k} -\frac{\slashed\epsilon\left(\slashed p-\slashed k'+m\right)\slashed\epsilon'^{*}}{2p\cdot k'}\right]u(p) $$(2) 同様に $\mathcal{M}=g_e^2\,\bar v(p_2)\left[\dfrac{\slashed\epsilon_4^{*}(\slashed p_1-\slashed p_3+m)\slashed\epsilon_3^{*}}{(p_1-p_3)^2-m^2}+\dfrac{\slashed\epsilon_3^{*}(\slashed p_1-\slashed p_4+m)\slashed\epsilon_4^{*}}{(p_1-p_4)^2-m^2}\right]u(p_1)$.2つの項が $3\leftrightarrow4$ で入れかわるので対称.(3) $n=4$ なので $0$.実際 $\tfrac12+\tfrac12+1-2=0$.
演習D.2 次元解析で Higgs の崩壊幅を検算する
Higgs のフェルミオン対への崩壊 $H\to f\bar f$ を考える.
(1) $[\mathcal{M}]=4-n$ から,この過程の振幅の質量次元を求めよ.また湯川頂点 $-\ii m_f/v$ とスピノル双線形 $\bar u v$ から実際に次元を数えて,一致することを確かめよ.
(2) 崩壊幅の公式
$$ \Gamma\left(H\to f\bar f\right)=\frac{N_c\,m_H\,m_f^2}{8\pi v^2}\,\beta_f^3, \qquad \beta_f=\sqrt{1-\frac{4m_f^2}{m_H^2}} $$の両辺の質量次元を確かめよ($N_c$ はクォークで $3$,レプトンで $1$).
(3) $m_H=125.25\ \mathrm{GeV}$,$v=246.2\ \mathrm{GeV}$,$m_b=4.18\ \mathrm{GeV}$,$N_c=3$ として $\Gamma(H\to b\bar b)$ を MeV 単位で求めよ.また $m_\tau=1.77686\ \mathrm{GeV}$,$N_c=1$ として $\Gamma(H\to\tau^+\tau^-)$ を求め,比 $\Gamma_{bb}/\Gamma_{\tau\tau}$ が $N_c(m_b/m_\tau)^2$ に等しいことを確かめよ.
ヒント:(1) $n=3$ なので $[\mathcal{M}]=1$.$[m_f/v]=0$,$[\bar u v]=1$ で合計 $1$.(2) 右辺は $1+2-2=1$ で $[\Gamma]=1$ に一致.(3) $\beta_b^2=1-4\times17.472/15687.6=0.99555$,$\beta_b^3=0.99333$.$\Gamma_{bb}=\dfrac{3\times125.25\times17.4724}{8\pi\times60614.4}\times0.99333=4.28\ \mathrm{MeV}$.$\beta_\tau^2=1-4\times3.1572/15687.6=0.99919$,$\beta_\tau^3=0.99879$ なので $\Gamma_{\tau\tau}=\dfrac{1\times125.25\times3.1572}{8\pi\times60614.4}\times0.99879=0.2593\ \mathrm{MeV}$.比は $4.281/0.2593=16.51$ であり,$N_c(m_b/m_\tau)^2=3\times(4.18/1.77686)^2=3\times5.534=16.60$ と,$\beta^3$ の差のぶんだけ($0.5\%$)ずれるだけで一致する.なお実測に近い値を出すには $m_b$ を極質量 $4.18$ ではなく走る質量 $\overline{m}_b(m_H)\simeq2.79\ \mathrm{GeV}$ に取る必要があり,そうすると $\Gamma_{bb}\simeq1.9\ \mathrm{MeV}$ となって,QCD 補正まで含めた標準模型の予言値($\simeq2.4\ \mathrm{MeV}$.全幅 $\Gamma_H=4.1\ \mathrm{MeV}$ の $58\%$)に近づく.なお Higgs の部分幅は直接測定されておらず(全幅も間接的な制限にとどまる),LHC は信号強度 $\mu_{bb}$ を通じてこの予言と比較している.
演習D.3 閉じたフェルミオンループから Thomas–Fermi 遮蔽へ
(1) ループ数の公式 $L=I-V+1$ を使って,次の図のループ数を求めよ.(a) $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ のツリー図,(b) 電子の自己エネルギー(1ループ),(c) 光子の自己エネルギー(1ループ),(d) 2ループの電子自己エネルギー($V=4$,$I=5$).
(2) D.5.2 項の規則を使って,光子の自己エネルギー $\ii\Pi^{\mu\nu}(q)$ を書き下せ.先頭の $(-1)$ とトレースを忘れないこと.
(3) Lindhard 関数 \eqref{eq:D-lindhard} の静的・長波長極限が $\chi_0(\bm q\to0,0)=-N(\varepsilon_F)$($N$ は単位体積あたりの両スピン込みの状態密度)になることを示せ.
(4) 自由電子気体で $N(\varepsilon_F)=3n/2\varepsilon_F$ を使い,Thomas–Fermi 遮蔽波数 $k_{\rm TF}^2=4\pi e^2N(\varepsilon_F)$(Gauss 単位系)を銅について計算せよ.$k_F=1.36\ \mathrm{\AA^{-1}}$,$a_0=0.529\ \mathrm{\AA}$ を使ってよい($k_{\rm TF}^2=4k_F/\pi a_0$ と書き直せる).遮蔽長 $1/k_{\rm TF}$ を $\mathrm{\AA}$ 単位で求め,原子間距離 $2.56\ \mathrm{\AA}$ と比べよ.
ヒント:(1) (a) $I=1,V=2\Rightarrow L=0$.(b) $I=2,V=2\Rightarrow L=1$.(c) $I=2,V=2\Rightarrow L=1$.(d) $L=5-4+1=2$.(3) $\bm q\to0$ で $f(\varepsilon_{\bm k})-f(\varepsilon_{\bm k+\bm q})\to-\bm q\cdot\nabla_{\bm k}f$ とし,$\omega=0$ とすると被積分関数が $\partial f/\partial\varepsilon$ になり,$T\to0$ で $-\delta(\varepsilon-\varepsilon_F)$.(4) $k_{\rm TF}^2=4\times1.36/(\pi\times0.529)=3.27\ \mathrm{\AA^{-2}}$,$k_{\rm TF}=1.81\ \mathrm{\AA^{-1}}$,$1/k_{\rm TF}=0.553\ \mathrm{\AA}$.原子間距離の $1/4.6$ であり,金属中では Coulomb 相互作用が最近接原子にも届かないほど強く遮蔽されている.これが一体近似のバンド計算がうまくいく最大の理由である.
演習D.4 クロッシング対称性を使う
質量をすべて無視した極限で考える.Mandelstam 変数は $s=(p_1+p_2)^2$,$t=(p_1-p_3)^2$,$u=(p_1-p_4)^2$,$s+t+u=0$ である.
(1) \eqref{eq:D-M2-invariant} で $m_\mu\to0$ とし,内積を Mandelstam 変数で書き直して
$$ \braket{\abs{\mathcal{M}}^2}_{e^+e^-\to\mu^+\mu^-}=2g_e^4\,\frac{t^2+u^2}{s^2} $$を示せ.
(2) クロッシング($s\leftrightarrow t$)により $e^-\mu^-\to e^-\mu^-$ のスピン平均振幅二乗が $2g_e^4(s^2+u^2)/t^2$ になることを述べ,$t\to0$(前方散乱)で発散すること,およびその物理的理由を説明せよ.
(3) 重心系で $t=-\tfrac{s}{2}(1-\cos\theta)$,$u=-\tfrac{s}{2}(1+\cos\theta)$ を使い,(1) の結果が $g_e^4(1+\cos^2\theta)$ に等しいことを確かめよ.$\theta=90^\circ$ での値を $g_e^4$ 単位で求めよ.
ヒント:(1) 質量ゼロなら $t=-2p_1\!\cdot\!p_3$,$u=-2p_1\!\cdot\!p_4$,$s=2p_1\!\cdot\!p_2$ であり,$p_2\!\cdot\!p_4=p_1\!\cdot\!p_3$,$p_2\!\cdot\!p_3=p_1\!\cdot\!p_4$.よって括弧内は $t^2/4+u^2/4$.(2) $t\to0$ は長距離の Coulomb 力に対応し,Rutherford 断面積の $1/\sin^4(\theta/2)$ 発散と同じもの.遮蔽(有限の相互作用距離)があれば切れる.(3) $\theta=90^\circ$ で $1+\cos^2\theta=1$,すなわち $\braket{\abs{\mathcal{M}}^2}=g_e^4=8.41\times10^{-3}$.
演習D.5 頂点因子から $Z$ ボソンの崩壊幅を出す
$Z$ の部分崩壊幅は,表D.4 の $c_V,c_A$ を使って
$$ \Gamma\left(Z\to f\bar f\right)=\frac{g_z^2\,m_Z}{48\pi}\left(c_V^2+c_A^2\right)N_c $$と書ける(第12章).$g_z=0.7446$,$m_Z=91.188\ \mathrm{GeV}$ とする.
(1) 共通因子 $g_z^2m_Z/48\pi$ を GeV 単位で求めよ.
(2) $\Gamma(Z\to e^+e^-)$ と $\Gamma(Z\to\nu\bar\nu)$(1世代あたり)を MeV 単位で求め,実測値 $83.98\ \mathrm{MeV}$ および $\Gamma_{\rm inv}/3=166.3\ \mathrm{MeV}$ と比べよ.
(3) 荷電レプトン3種,ニュートリノ3種,上型クォーク2種($u,c$;$t$ は重すぎて出られない),下型クォーク3種($d,s,b$)をすべて足して $\Gamma_Z$ を求め,実測値 $2.4952\ \mathrm{GeV}$ と比べよ.食い違いの主な原因は何か.
ヒント:(1) $0.7446^2\times91.188/(48\pi)=50.557/150.796=0.33527\ \mathrm{GeV}$.(2) $e$:$0.33527\times0.2514=84.3\ \mathrm{MeV}$.$\nu$:$0.33527\times0.5=167.6\ \mathrm{MeV}$.実測とのずれは $e$ で $0.4\%$,$\nu$ で $0.8\%$ であり,どちらも $1\%$ 以内で合う.なお第12章では同じ量を $G_F$ 形 $\Gamma_{ee}=G_Fm_Z^3(c_V^2+c_A^2)/(6\sqrt2\pi)$ で評価して $83.4\ \mathrm{MeV}$ を得ている.差の $1\%$ は,$g_z$ を $G_F$ から取るか $g_w/\cos\theta_W$ から取るかという規約の違い(D.4.4 項)によるもので,ツリーレベルの精度の内側である.(3) レプトン $3\times0.0843=0.2529$,ニュートリノ $3\times0.1676=0.5029$,上型 $2\times3\times0.33527\times0.2868=0.5769$,下型 $3\times3\times0.33527\times0.3696=1.1153$.合計 $2.448\ \mathrm{GeV}$.実測より $1.9\%$ 小さい.主因はハドロン終状態への QCD 補正($1+\alpha_s/\pi\simeq1.038$)で,これを掛けると $2.512\ \mathrm{GeV}$ となって $0.7\%$ まで縮まる.残りは電弱の高次補正である.
演習D.6 $R$ 比 —— 断面積からクォークの色を数える
$e^+e^-$ 衝突でハドロンが生成される過程は,最低次では $e^+e^-\to q\bar q$ である.ダイアグラムは $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ と同一で,終状態のミュオンをクォークに置きかえるだけであるから,断面積の比は頂点因子の2乗の比だけで決まる.
(1) 電荷 $Q_q$ のクォークについて,頂点因子が $-\ii g_eQ_q\gamma^\mu$ であることを使い,
$$ R\equiv\frac{\sigma\left(e^+e^-\to\text{ハドロン}\right)}{\sigma\left(e^+e^-\to\mu^+\mu^-\right)}=N_c\sum_{q}Q_q^2 $$を導け(和は,そのエネルギーで生成可能なクォークについて取る).
(2) $N_c=3$ として,(a) $\sqrt s<2m_c$($u,d,s$),(b) $2m_c<\sqrt s<2m_b$($u,d,s,c$),(c) $\sqrt s>2m_b$($u,d,s,c,b$)の3領域で $R$ の値を求めよ.$N_c=1$ だったらどうなるか.
(3) $\sqrt s=10\ \mathrm{GeV}$ でのハドロン生成断面積を nb 単位で求めよ(\eqref{eq:D-sigma-nb} を使う).
ヒント:(1) $\mathcal{M}$ が($\mu^+\mu^-$ の場合を基準にして)$-Q_q$ 倍になるので $\abs{\mathcal{M}}^2$ は $Q_q^2$ 倍.色は終状態として区別されるので $N_c$ 通りを足す.(2) (a) $3\times\left(\tfrac49+\tfrac19+\tfrac19\right)=2$,(b) $3\times\tfrac{10}{9}=3.33$,(c) $3\times\tfrac{11}{9}=3.67$.$N_c=1$ ならそれぞれ $2/3,\,10/9,\,11/9$ で,実験値($\simeq2,\,3.3,\,3.6$)とまったく合わない.$R$ 比は色の自由度を直接数える測定である.(3) $\sigma_{\rm had}=3.67\times0.869=3.19\ \mathrm{nb}$.
参考文献
- D. J. Griffiths, Introduction to Elementary Particles, 2nd revised ed., Wiley-VCH (2008).邦訳:グリフィス『素粒子物理学』丸善出版.—— 本書の底本.本付録は同書の付録D に対応し,記法もこれに合わせてある.
- M. E. Peskin and D. V. Schroeder, An Introduction to Quantum Field Theory, Westview (1995).—— ファインマン則を Wick の定理から系統的に導く標準的教科書.付録に標準模型の全 Feynman 則の表がある.運動量をすべて流入向きに取る規約は本付録と同じである.ただし本付録の \eqref{eq:D-vertex-3g}(および QCD のクォーク頂点)の符号規約は Griffiths(第11章と同じ)に合わせてあり,Peskin–Schroeder とは $g_s\to-g_s$ だけ異なる.\eqref{eq:D-vertex-4g} は $g_s^2$ に比例するので両者で一致し,物理量はどちらの規約でも同じである.
- R. P. Feynman, "Space-Time Approach to Quantum Electrodynamics", Phys. Rev. 76, 769 (1949).—— 規則そのものの原典.図と式の対応が初めて提示された論文である.
- A. A. Abrikosov, L. P. Gorkov, I. E. Dzyaloshinski, Methods of Quantum Field Theory in Statistical Physics, Dover (1975).—— 同じ規則を凝縮系に適用した古典的教科書.D.3〜D.5 節の「材料科学との接点」の内容はこの本の第1〜3章に対応する.
- L. P. Gor'kov, "On the energy spectrum of superconductors", Sov. Phys. JETP 7, 505 (1958).—— \eqref{eq:D-gorkov} の異常 Green 関数 $F=\braket{\psi\psi}$ の原典.超伝導ギャップが Dirac 質量と同じ役を演じることの出発点である.同 "Microscopic derivation of the Ginzburg–Landau equations", Sov. Phys. JETP 9, 1364 (1959) は,その方法を Ginzburg–Landau 方程式の微視的導出に適用したものである.
- F. Giustino, "Electron–phonon interactions from first principles", Rev. Mod. Phys. 89, 015003 (2017).—— \eqref{eq:D-elph} の電子–フォノン結合行列要素とその第一原理計算の総説.Migdal の定理の妥当性についても議論がある.
- T. Hahn, "Generating Feynman diagrams and amplitudes with FeynArts 3", Comput. Phys. Commun. 140, 418 (2001).J. Alwall et al., "The automated computation of tree-level and next-to-leading order differential cross sections", JHEP 07, 079 (2014)(MadGraph5_aMC@NLO).—— 本付録の表を実装した自動計算プログラム.
- Particle Data Group (R. L. Workman et al.), "Review of Particle Physics", Prog. Theor. Exp. Phys. 2022, 083C01 (2022).—— 表D.3〜D.5 の数値,$\Gamma_Z$,CKM 行列要素はすべてこれによる.本書の数値は全章でこの 2022 年版に揃えてある.2024 年版との差は $m_W,m_H,\Gamma_Z$ で相対 $10^{-3}$ 以下,CKM 要素でも測定誤差の内側にとどまる.