素粒子物理学入門 — 目次 第II部 対称性と運動学 / 第6章

第6章離散対称性 — P・C・T と CPT 定理

第5章では,連続的な対称性が保存量を生むことを見た.空間並進が運動量を,時間並進がエネルギーを,回転が角運動量を保存させる.Noether の定理はこれらを一つの原理でまとめてしまう美しい定理であり,そこで得られる量子数は加法的である(2粒子系の運動量は各粒子の運動量の和である).

ところが自然界には,連続変形では届かない対称性がある.鏡に映すこと,粒子を反粒子に置きかえること,映画のフィルムを逆回しにすること.この3つを順にパリティ $\mathcal{P}$(parity,空間反転),荷電共役 $\mathcal{C}$(charge conjugation),時間反転 $\mathcal{T}$(time reversal)と呼ぶ.このうち $\mathcal{P}$ と $\mathcal{C}$ は2回続けて施すと元に戻る($\mathcal{P}^2=\mathcal{C}^2=1$)から,固有値は $\pm1$ しかとれない.$\mathcal{T}$ は反ユニタリで事情が異なり,素朴な意味での固有値($\mathcal{T}$ 量子数)をもたず,6.5節で見るように半整数スピンでは $\mathcal{T}^2=-1$ になる.そして $\mathcal{P}$ と $\mathcal{C}$ の量子数は乗法的である —— 複合系のパリティは,構成要素のパリティの積になる.この一点だけでも,連続対称性とはまったく毛色が違うことが分かる.

20世紀の物理学で最も痛快な事件のいくつかは,この3つの対称性をめぐって起きた.1956年まで,鏡像の世界が我々の世界と同じ法則に従うことは疑いようのない前提だった.Lee と Yang は「弱い相互作用については誰もそれを実験で確かめていない」と指摘して具体的な検証実験を提案し,翌年 Wu の実験がその前提を打ち砕いた.自然は左右を区別する.さらに1964年,Cronin と Fitch は $\mathcal{CP}$ すら破れていることを見出した.残ったのは,3つ全部を掛け合わせた $\mathcal{CPT}$ だけである.場の理論の一般原理(Lorentz 不変性・局所性・スペクトルの正値性)から,これだけは破れないことが証明できる:

$$ \left[\,\Theta,\ \Ham\,\right]=0,\qquad \Theta \equiv \mathcal{CPT} $$

そしてここからが,材料科学者にとっての本題である.結晶の点群が反転対称性 $\bar{1}$ を持つかどうかは,強誘電性・圧電性・第二高調波発生(SHG)の可否をそのまま決める.時間反転対称性が保たれるかどうかは,Kramers 縮退の有無を決め,$\mathbb{Z}_2$ トポロジカル絶縁体が存在できるかどうかを決める.そして「$\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ の両方が破れたときにだけ現れる応答」という素粒子物理そのままの論法が,多強性体(マルチフェロイクス)の非相反光学応答を予言する.本章で身につけるのは,素粒子と結晶を同じ道具で切る技術である.

この章で学ぶこと
  • 空間反転 $\mathcal{P}$ の定義と,極性ベクトル(真のベクトル)と軸性ベクトル(擬ベクトル)の区別
  • スカラーと擬スカラー,そして「$\mathcal{P}$ が保たれるなら擬スカラー量の期待値はゼロ」という万能の判定法
  • 粒子の固有パリティ,$\pi$ 中間子が擬スカラー($J^{P}=0^{-}$)であることの実験的決定 —— $\pi^{-}d\to nn$ の論理
  • $\theta$–$\tau$ パズル,Lee–Yang の指摘,Wu の $^{60}\mathrm{Co}$ 実験,Goldhaber のニュートリノヘリシティ測定
  • 荷電共役 $\mathcal{C}$,光子が $C=-1$・$\pi^0$ が $C=+1$ であること,Furry の定理,$\pi^0\to3\gamma$ が禁止される理由
  • ポジトロニウムの para/ortho 選択則と寿命($125\ \mathrm{ps}$ と $142\ \mathrm{ns}$)が $\mathcal{C}$ だけから理解できること
  • 中性 $K$ 中間子系,$K_S$/$K_L$,Cronin–Fitch 実験と $\mathcal{CP}$ の破れ,$B$ 中間子と CKM 位相
  • 時間反転 $\mathcal{T}$ が反ユニタリでなければならない理由,$\mathcal{T}^2=-1$ と Kramers 縮退
  • $\mathcal{CPT}$ 定理の主張と帰結 —— 粒子と反粒子の質量・寿命が厳密に等しいこと
  • 電気双極子モーメント(EDM)探索が $\mathcal{T}$ の破れ探索であること,$\bm{\sigma}\cdot\bm{E}$ の対称性
  • 材料科学との接点:反転対称性の破れと SHG・圧電性,Kramers 縮退と磁気点群,Onsager の相反定理,$\mathcal{PT}$ 対称性,非相反応答,$\mathbb{Z}_2$ 分類
前提:第5章の群と表現の言葉(既約表現,指標,直積).第3章の保存則.量子力学の演算子形式(ユニタリ変換,期待値).スピノルの詳細は第9章で扱うので,本章では $\bm{\sigma}$ をスピン演算子として素朴に使う.結晶点群については『固体物理学入門』第4章「32の結晶点群」,群と表現については同第6〜9章を適宜参照するが,本章だけで読めるように書いてある.

6.1 パリティ $\mathcal{P}$ — 鏡の中の世界

6.1.1 空間反転の定義

まず言葉を決める.空間反転(space inversion)とは,すべての空間座標の符号を変える操作である:

$$ \begin{equation} \mathcal{P}:\quad \bm{x}\ \longmapsto\ -\bm{x},\qquad t\ \longmapsto\ t \label{eq:6-parity-def} \end{equation} $$

3次元では,これは行列 $-\mathbb{1}_3 = \mathrm{diag}(-1,-1,-1)$ を掛けることであり,行列式は $(-1)^3=-1$ である.行列式が $-1$ だから,$\mathcal{P}$ は回転群 $SO(3)$ の元ではない.どんなに連続的に回しても,空間反転にはたどり着けない.これが「離散対称性」と呼ばれるゆえんである.

注意:空間反転と鏡映は別物だが,物理的には同じことになる

日常語の「鏡に映す」は,1軸だけ符号を変える鏡映(reflection)$\sigma_z:(x,y,z)\to(x,y,-z)$ である.これも行列式が $-1$ である.空間反転 $\mathcal{P}$ と鏡映 $\sigma_z$ の関係は

$$ \mathcal{P} = \sigma_z \cdot R_z(\pi) $$

すなわち「$z$ 軸まわりの $180^\circ$ 回転」を挟むだけで移り合う.回転対称性が成り立っている理論では,$\mathcal{P}$ の破れと鏡映対称性の破れは同じ内容を指す.だから「パリティの破れ」を「鏡の中の世界では物理法則が違う」と言い換えてよい.

ただし結晶を扱うときには注意が必要である.結晶の点群は連続回転をすべて含むわけではないので,$\bar{1}$(反転)を含むか,$m$(鏡映)を含むかは別々の条件になる.たとえば点群 $mm2$($\mathrm{BaTiO_3}$ の斜方晶相.自発分極が擬立方晶の $\langle110\rangle$ 方向を向く相である)は鏡映面を持つが反転中心を持たない.素粒子の議論をそのまま結晶に持ち込むときは,この差を意識すること.

量子力学では,$\mathcal{P}$ に対応するユニタリ演算子 $\hat{\mathcal{P}}$ を,波動関数への作用として定義する:

$$ \begin{equation} \hat{\mathcal{P}}\,\psi(\bm{x},t) = \psi(-\bm{x},t) \label{eq:6-parity-op} \end{equation} $$

2回続けて施せば元に戻るので $\hat{\mathcal{P}}^2=\mathbb{1}$.したがって $\hat{\mathcal{P}}$ の固有値は $\pm1$ の2つしかない.$\hat{\mathcal{P}}$ はユニタリかつエルミートである($\hat{\mathcal{P}}^\dagger=\hat{\mathcal{P}}^{-1}=\hat{\mathcal{P}}$).

ハミルトニアンが空間反転で不変,つまり $[\hat{\mathcal{P}},\Ham]=0$ ならば,パリティは保存量である.そして固有状態はパリティの固有状態にとれる.中心力ポテンシャル $V(\abs{\bm{x}})$ の中の粒子の球面調和関数が

$$ \hat{\mathcal{P}}\,Y_{\ell m}(\theta,\phi) = Y_{\ell m}(\pi-\theta,\phi+\pi) = (-1)^{\ell}\,Y_{\ell m}(\theta,\phi) $$

を満たすのは,この事情の最も身近な現れである.軌道角運動量 $\ell$ の状態のパリティは $(-1)^\ell$:$s$ 軌道は $+$,$p$ 軌道は $-$,$d$ 軌道は $+$ である.化学で習う「$s,d$ は $g$(gerade,偶),$p,f$ は $u$(ungerade,奇)」がこれである.

6.1.2 極性ベクトルと軸性ベクトル

ここが本章で最も実用的な部分である.「ベクトル」と一口に言っても,空間反転のもとでの振る舞いは2種類ある.

定義:極性ベクトルと軸性ベクトル

回転のもとでベクトルとして変換する量 $\bm{V}$ のうち,

と呼ぶ.同様にスカラー量 $s$ のうち,$\hat{\mathcal{P}}s\hat{\mathcal{P}}^{-1}=+s$ をスカラー,$=-s$ を擬スカラー(pseudoscalar)と呼ぶ.

区別の起源はいたって簡単で,外積を1回とるごとに $\mathcal{P}$ のもとでの符号が1つ変わることに尽きる.極性ベクトル同士の外積 $\bm{a}\times\bm{b}$ は $(-\bm{a})\times(-\bm{b})=+\bm{a}\times\bm{b}$ で符号が戻ってしまい,軸性ベクトルになる.角運動量 $\bm{L}=\bm{x}\times\bm{p}$ が軸性ベクトルであるのはこのためである.そしてスピン $\bm{S}$ は角運動量なので,同じく軸性ベクトルである.

空間反転 P(鏡映+法線まわり180°回転) (a) 極性ベクトル:符号が変わる p(運動量) −p → 鏡像では逆向き (b) 軸性ベクトル:符号が変わらない 電流 I(反時計回り) B 電流は逆転する B(同じ向き!) → 電流は反転するが   B の向きは変わらない
図6.1 (a) 運動量 $\bm{p}$ のような極性ベクトルは空間反転で向きが逆になる.(b) 電流ループが作る磁場 $\bm{B}$ は軸性ベクトルである.空間反転で電流の向きは逆転するが,$\bm{B}=\nabla\times\bm{A}$ が外積を1つ含むため符号が戻り,$\bm{B}$ の向きは変わらない.「磁場は本当のベクトルではない」というのは,この意味である.同じ理由で角運動量 $\bm{L}=\bm{x}\times\bm{p}$,スピン $\bm{S}$,磁化 $\bm{M}$ はすべて軸性ベクトルである.なおこの図は空間反転(鏡映と,鏡面の法線まわりの $180^\circ$ 回転の合成)として読むこと.鏡映だけをとった場合は,極性ベクトルは鏡面に垂直な成分のみ,軸性ベクトルは鏡面内の成分のみが符号を変える(6.1.1節の注意).

なぜ?:磁場が軸性なのは Maxwell 方程式が要求している

「$\bm{B}$ が軸性ベクトルだ」というのは,天下りの約束ではなく,Maxwell 方程式が空間反転で不変であるための必然である.確かめてみよう.Faraday の法則

$$ \nabla\times\bm{E} = -\frac{\partial\bm{B}}{\partial t} $$

を考える.電場 $\bm{E}$ は極性(力 $\bm{F}=q\bm{E}$ が極性だから)である.$\nabla=\partial/\partial\bm{x}$ も極性である.左辺は「極性 $\times$ 極性」で軸性になる.右辺が同じ変換性をもつためには,$\bm{B}$ は軸性でなければならない.

Ampère の法則 $\nabla\times\bm{B}=\mu_0\bm{j}$ でも同じことが確かめられる.左辺は「極性 $\times$ 軸性」で極性,右辺の電流密度 $\bm{j}=\rho\bm{v}$ は確かに極性である.整合している.

この整合性の点検作業は,そのまま結晶物性の議論に使える.「この応答テンソルはこの点群で許されるか」という問いは,結局「両辺の変換性が一致するか」を確かめることに帰着する.6.6節でこれを徹底的にやる.

6.1.3 スカラーと擬スカラー,そして万能の判定法

スカラーの場合も同様に2種類ある.極性ベクトル同士の内積 $\bm{a}\cdot\bm{b}$ は $\mathcal{P}$ で不変(真のスカラー)だが,極性と軸性の内積は符号が変わる:

$$ \hat{\mathcal{P}}\,(\bm{S}\cdot\bm{p})\,\hat{\mathcal{P}}^{-1} = (+\bm{S})\cdot(-\bm{p}) = -\,\bm{S}\cdot\bm{p} $$

この $\bm{S}\cdot\bm{p}$ が本章の主役の一つ,ヘリシティ(helicity)である.正確には運動量方向へのスピンの射影を規格化した

$$ \begin{equation} h \equiv \frac{\bm{S}\cdot\hat{\bm{p}}}{s\hbar}, \qquad \hat{\bm{p}}\equiv\frac{\bm{p}}{\abs{\bm{p}}} \label{eq:6-helicity} \end{equation} $$

を用いる($s$ はスピンの大きさ).分母を量子力学的な $\abs{\bm{S}}=\hbar\sqrt{s(s+1)}$ ではなく $s\hbar$ にとるのが慣習である —— こう規格化しておけば,スピン $1/2$ の粒子では $h=2\bm{S}\cdot\hat{\bm{p}}/\hbar=\bm{\sigma}\cdot\hat{\bm{p}}=\pm1$(右巻き・左巻き)ときれいに $\pm1$ になる.$h$ は擬スカラーであるから,パリティが保存する理論では絶対に片方に偏ることができない.次に述べる定理がその内容である.

定理6.1(擬スカラー判定法)

系の状態 $\ket{\psi}$ がパリティの固有状態($\hat{\mathcal{P}}\ket{\psi}=\eta\ket{\psi}$,$\eta=\pm1$)であるとする.このとき,任意の $\mathcal{P}$-odd な演算子 $\hat{O}$(擬スカラー,あるいは極性ベクトルの1成分)の期待値はゼロである:

$$ \braket{\hat{O}} = \bra{\psi}\hat{O}\ket{\psi} = 0 $$

証明.$\hat{\mathcal{P}}^\dagger\hat{\mathcal{P}}=\mathbb{1}$ を期待値に挟み込む.

$$ \braket{\hat{O}} =\bra{\psi}\hat{\mathcal{P}}^\dagger\,\hat{\mathcal{P}}\hat{O}\hat{\mathcal{P}}^{-1}\,\hat{\mathcal{P}}\ket{\psi} =\eta^{*}\eta\,\bra{\psi}\left(\hat{\mathcal{P}}\hat{O}\hat{\mathcal{P}}^{-1}\right)\ket{\psi} =1\cdot\bra{\psi}(-\hat{O})\ket{\psi}=-\braket{\hat{O}} $$

したがって $2\braket{\hat{O}}=0$,すなわち $\braket{\hat{O}}=0$.∎

逆に言えば,擬スカラー量の期待値がゼロでないことを実験で示せば,それはパリティが破れている(あるいは状態がパリティ固有状態でない)ことの直接の証拠になる.これが Wu の実験の論理であり(6.2節),同時に「結晶に反転中心があるか」を SHG で判定する論理でもある(6.6節).素粒子でも結晶でも,使う定理はこの1つだけである.

材料科学との接点:奇数階の極性テンソルはすべて中心対称結晶で消える

定理6.1 は演算子の期待値についての主張だが,結晶の応答テンソルにそのまま翻訳できる.結晶が反転中心をもつ(点群が $\bar{1}$ を含む)とは,結晶の状態が $\hat{\mathcal{P}}$ の固有状態であることを意味する.すると,$\mathcal{P}$-odd な物理量の期待値はすべてゼロでなければならない.

具体的に,非線形分極を電場でべき展開した式

$$ P_i = \varepsilon_0\left(\chi^{(1)}_{ij}E_j + \chi^{(2)}_{ijk}E_jE_k + \chi^{(3)}_{ijkl}E_jE_kE_l+\cdots\right) $$

を考える.$\bm{P}$(分極)も $\bm{E}$(電場)も極性ベクトルだから,空間反転すると $P_i\to-P_i$,$E_j\to-E_j$ となる.結晶が反転対称なら $\chi^{(n)}$ は変換で変わらないので,第2項について

$$ -P_i = \varepsilon_0\,\chi^{(2)}_{ijk}(-E_j)(-E_k) = +\varepsilon_0\,\chi^{(2)}_{ijk}E_jE_k = +P_i^{(2)} $$

すなわち $\chi^{(2)}_{ijk}=-\chi^{(2)}_{ijk}$,したがって

$$ \begin{equation} \text{反転中心あり}\quad\Longrightarrow\quad \chi^{(2)}_{ijk}=0\ \ (\text{SHG 禁止}) \label{eq:6-chi2} \end{equation} $$

第二高調波発生(SHG)が起きるかどうかは,反転対称性の有無をそのまま映す.これが SHG 顕微鏡で強誘電ドメインや表面・界面を選択的に可視化できる原理である(バルクが中心対称でも表面では必ず反転対称が破れているので,表面だけが光る).同じ論法で,圧電テンソル $d_{ijk}$(3階,極性)も反転中心があれば消える.一方,4階の $\chi^{(3)}$ は $(-1)^4=+1$ なので生き残る —— 三次高調波はどんな結晶でも出る.奇数階の極性テンソルだけが反転対称性の指紋になるのである.

6.1.4 粒子の固有パリティ

ここまでは軌道運動のパリティ $(-1)^\ell$ だけを考えてきた.しかし素粒子には,運動状態とは無関係に,粒子そのものに貼りついた固有パリティ(intrinsic parity)がある.これは第9章で扱う Dirac 方程式に根をもつ量で,フェルミオンと反フェルミオンの固有パリティが逆符号になることが本質的な帰結である.

定義:固有パリティと合成則

粒子 $a$ の固有パリティを $\eta_a=\pm1$ と書く.複数の粒子からなる系の全パリティは,各粒子の固有パリティの積に,相対運動の軌道パリティを掛けたものである:

$$ \begin{equation} \eta_{\text{total}} = \left(\prod_a \eta_a\right)\times(-1)^{\ell} \label{eq:6-parity-composition} \end{equation} $$

ここで $\ell$ は相対軌道角運動量である(3体以上なら各相対座標について $(-1)^{\ell_1+\ell_2+\cdots}$).パリティが乗法的量子数であるとは,この積の構造を指す.

固有パリティのうち,いくつかは約束である.強い相互作用ではバリオン数 $B$・電荷 $Q$・ストレンジネス $S$ の3つが保存するので,これら3つの加法的量子数に対応して固有パリティの位相を3つ自由に選べる.したがって陽子・中性子・$\Lambda$ のパリティを個別に測ることはできず,慣習として

$$ \eta_p = \eta_n = \eta_\Lambda = +1 $$

と定める.これは物理を決める仮定ではなく,物差しの原点を決める行為である.一方,反粒子の固有パリティは決められない:Dirac 理論から

$$ \begin{equation} \eta_{f}\,\eta_{\bar f} = -1\qquad(\text{フェルミオンと反フェルミオン}) \label{eq:6-fermion-antiparity} \end{equation} $$

が要求されるからである(Dirac 場がパリティのもとで $\psi(\bm{x},t)\to\gamma^0\psi(-\bm{x},t)$ と変換することの帰結である.$\gamma^0$ と双一次形式の変換性は第9章で扱うが,$u$ スピノルと $v$ スピノルの固有パリティが逆符号になる導出そのものは Griffiths 第4章 4.4 節や Peskin–Schroeder §3.6 を参照されたい).したがって $\eta_{\bar p}=-1$,$\eta_{e^+}=-1$ である.ボソンの場合は逆に $\eta_b=\eta_{\bar b}$ であり,$\pi^+$ と $\pi^-$ はどちらも $-1$ である.

光子の固有パリティは $\eta_\gamma=-1$ である.これはベクトルポテンシャル $\bm{A}$ が極性ベクトルであることから直ちに従う:光子は $\bm{A}$ の量子であり,$\bm{A}\to-\bm{A}$ だからである.「光子は $J^P=1^-$ のベクトル粒子である」という言い方をする.

6.1.5 $\pi$ 中間子は擬スカラーである —— $\pi^-d\to nn$ の論理

では,測れる固有パリティはどう決めるのか.最も有名で,最も美しいのが $\pi$ 中間子の場合である.結論を先に言えば $\eta_\pi=-1$,つまり $\pi$ 中間子はスピン $0$ でパリティ $-1$ の擬スカラー粒子($J^P=0^-$)である.論法は次のとおりである.

導出:$\pi^-d\to nn$ から $\eta_\pi=-1$ を決める

ステップ1:反応を選ぶ.低速の $\pi^-$ を重水素($d$)に打ち込むと,強い相互作用で

$$ \pi^- + d \longrightarrow n + n $$

が起きる.強い相互作用ではパリティが保存する(これは実験事実である)から,始状態と終状態のパリティが一致するはずである.これを使う.

ステップ2:始状態の角運動量を確定させる.$\pi^-$ は負電荷なので,重水素の原子核に捕獲されてパイ中間子原子(pionic atom)を作る.$\pi$ は電子の $273$ 倍重く,Bohr 半径は換算質量に反比例するので($\pi$–$d$ 系の換算質量は $129.9\ \mathrm{MeV}$,電子の $254$ 倍)およそ $250$ 分の1,つまり原子核のすぐ近くを回る.そこからカスケードして最終的に $1s$ 状態($\ell=0$)に落ち,そこで核反応が起きる.したがって

$$ \ell_{\text{初期}} = 0 $$

である.$\pi$ のスピンは $0$(これは $pp\to\pi^+d$ と逆反応 $\pi^+d\to pp$ の断面積を詳細つり合いで比較し,比が $(2s_\pi+1)$ に比例することから独立に分かっている),$d$ のスピンは $1$ だから,始状態の全角運動量は

$$ J = \underbrace{0}_{J_\pi}\ \oplus\ \underbrace{1}_{J_d}\ \oplus\ \underbrace{0}_{\ell} = 1 $$

と一意に決まる.ここが論法の要である.

ステップ3:始状態のパリティを書く.重水素は陽子と中性子が $\ell=0$(主に $^3S_1$)で結合したものだから $\eta_d=\eta_p\eta_n(-1)^0=+1$.したがって

$$ \eta_{\text{初期}} = \eta_\pi\cdot\eta_d\cdot(-1)^{\ell=0} = \eta_\pi $$

始状態のパリティは,そのまま $\pi$ の固有パリティである.

ステップ4:終状態に Pauli 原理を課す.終状態は同種フェルミオン2個($nn$)だから,2粒子を入れかえたときに全波動関数が符号を変えなければならない(反対称).2核子系の状態を分光記号 $^{2S+1}L_J$ で書くと,粒子交換に対する符号は次の積である:

$$ \underbrace{(-1)^{L}}_{\text{空間部分}}\times\underbrace{(-1)^{S+1}}_{\text{スピン部分}} = (-1)^{L+S+1} $$

スピン部分の因子を確かめておく.三重項 $S=1$ は交換で対称($\uparrow\uparrow$ を見れば明らか)で $(-1)^{1+1}=+1$,一重項 $S=0$ は $(\uparrow\downarrow-\downarrow\uparrow)/\sqrt2$ で反対称,$(-1)^{0+1}=-1$.合っている.全体が反対称であること $(-1)^{L+S+1}=-1$ を要求すると

$$ \begin{equation} L+S=\text{偶数}\qquad(\text{同種2核子系の一般化 Pauli 原理}) \label{eq:6-nn-pauli} \end{equation} $$

ステップ5:$J=1$ という条件と組み合わせて,状態を一意に絞る.$J=1$ をもつ2核子状態の候補は次の4つしかない.表にして順に消していく.

表6.1 $J=1$ をもつ $nn$ 状態の候補と Pauli 原理による選別
状態 $^{2S+1}L_J$$L$$S$$L+S$Pauli(偶数のみ可)パリティ $(-1)^L$
$^{1}P_1$101(奇)禁止—
$^{3}S_1$011(奇)禁止—
$^{3}D_1$213(奇)禁止—
$^{3}P_1$112(偶)許される$-1$

残るのは $^3P_1$ ただ一つである.しかも $L=1$ と確定する.なお $^3S_1$ が禁止されるのは,重陽子($np$)が $^3S_1$ で束縛するのに二中性子($nn$)が束縛しないことと同じ理由であり,この選別が物理的に正しいことを裏づけている.

ステップ6:パリティを突き合わせる.終状態のパリティは合成則 \eqref{eq:6-parity-composition} より

$$ \eta_{\text{終}} = \eta_n\,\eta_n\,(-1)^{L} = (+1)(+1)(-1)^{1} = -1 $$

強い相互作用でパリティが保存するので $\eta_{\text{初期}}=\eta_{\text{終}}$,そしてステップ3から $\eta_{\text{初期}}=\eta_\pi$.したがって

$$ \begin{equation} \eta_\pi = -1 \label{eq:6-pion-parity} \end{equation} $$

$\pi$ 中間子はスピン $0$・パリティ $-1$,すなわち擬スカラー粒子($J^P=0^-$)である.∎

物理的意味:この導出のどこが効いたか

使った仮定は5つだけである.(i) 強い相互作用でパリティが保存する,(ii) $\pi^-$ は $1s$ 軌道から捕獲される($\ell=0$),(iii) $\pi$ のスピンは $0$,(iv) 重陽子は $J^P=1^+$,(v) 中性子は同種フェルミオンである.このうち (ii) は「$\pi$ が重いおかげで軌道半径が小さく,カスケードが速い」という原子物理の事実であり,(v) は統計性である.相互作用の詳細(結合定数も,ポテンシャルの形も)はいっさい使っていない.対称性だけで量子数が決まってしまう —— 群論的な議論の威力がよく分かる例である.

同じ構造の議論は,結晶物性でも日常的に使う.たとえば「$O_h$ 対称の $\mathrm{Ni}^{2+}$ サイトで $d$–$d$ 遷移が電気双極子禁制になる(Laporte 則)」の証明は,$\bra{d}\bm{r}\ket{d}$ において $d$ 軌道が $g$,$\bm{r}$ が $u$ だから積が $u$ で,$g\times u\times g=u$ の全対称成分がゼロ,というだけである.遷移金属酸化物が薄い色をしているのは,この禁制が振動(奇パリティのフォノン)によってわずかに破られるからにすぎない.

注意:文献によって数え方の書きぶりが違う

$nn$ 系の選別を,アイソスピンを明示して行う本もある.$nn$ は $T=1$(アイソスピン三重項,交換で対称)だから,全波動関数(空間 $\times$ スピン $\times$ アイソスピン)が反対称であることは

$$ (-1)^{L}\times(-1)^{S+1}\times(+1) = -1 $$

を要求し,やはり $L+S$ が偶数となる.結論は本文と同じ $^3P_1$ である.流儀の差はアイソスピン因子を明示するかどうかだけで,物理は同一である.

結論の正しさは独立な実験でも確かめられている.$\pi^0\to\gamma\gamma$ で放出される2光子の偏光面が直交する傾向をもつことは擬スカラー崩壊の特徴であり(もし $\pi^0$ がスカラー $0^+$ なら偏光面は平行に揃う),$\pi^0\to e^+e^-e^+e^-$(Dalitz 対2組)の2平面がなす角の分布から実際に測定されている.

表6.2 主な粒子の固有パリティと $\mathcal{C}$ パリティ($J^{PC}$)
粒子$J^{P}$($J^{PC}$)質量備考
光子 $\gamma$$1^{--}$$0$$\bm{A}$ が極性ベクトル,$\bm{A}\to-\bm{A}$ で $C=-1$
陽子 $p$ / 中性子 $n$$\tfrac12^{+}$$938.272$ / $939.565\ \mathrm{MeV}$$\eta=+1$ は約束
反陽子 $\bar p$$\tfrac12^{-}$$938.272\ \mathrm{MeV}$$\eta_p\eta_{\bar p}=-1$
電子 $e^-$ / 陽電子 $e^+$$\tfrac12^{+}$ / $\tfrac12^{-}$$0.511\ \mathrm{MeV}$同上
$\pi^\pm$$0^{-}$$139.570\ \mathrm{MeV}$$\pi^-d\to nn$ から決定
$\pi^0$$0^{-+}$$134.977\ \mathrm{MeV}$$C=+1$($\to2\gamma$)
$\eta$$0^{-+}$$547.86\ \mathrm{MeV}$$\pi^0$ の SU(3) 仲間
$\rho^0$$1^{--}$$775.26\ \mathrm{MeV}$ベクトル中間子,$\to2\pi$
$\omega$$1^{--}$$782.66\ \mathrm{MeV}$$\to3\pi$
$K^\pm$ / $K^0$$0^{-}$$493.677$ / $497.611\ \mathrm{MeV}$ストレンジネス $S=\pm1$
重陽子 $d$$1^{+}$$1875.61\ \mathrm{MeV}$主に $^3S_1$($D$ 波混成 $\sim4\%$)

例題6.1 $\rho^0\to\pi^+\pi^-$ は許されるか

$\rho^0$ は $J^P=1^-$ である.$\pi^+\pi^-$ への崩壊が強い相互作用(パリティ保存)で許されることを確かめよ.

解答.終状態は2個の $\pi$ で,それぞれスピン $0$ だから,全角運動量は相対軌道角運動量だけで決まる:$J=\ell$.$\rho^0$ の $J=1$ に合わせるには $\ell=1$.終状態のパリティは合成則 \eqref{eq:6-parity-composition} より

$$ \eta_{\pi\pi} = \eta_{\pi^+}\eta_{\pi^-}(-1)^{\ell} = (-1)(-1)(-1)^1 = -1 $$

始状態 $\rho^0$ のパリティ $-1$ と一致する.よって許される.実際 $\rho^0$ の崩壊はほぼ $100\%$ が $\pi\pi$ であり,幅 $\Gamma\approx147\ \mathrm{MeV}$(寿命 $\sim4.5\times10^{-24}\ \mathrm{s}$)という典型的な強い崩壊である.∎

ついでに $\rho^0\to\pi^0\pi^0$ を考えてみると,こちらは同種ボソン2個なので Bose 統計から $\ell$ が偶数でなければならず,$\ell=1$ と両立しない.したがって完全に禁止である.実験でも観測されていない.対称性による禁止則は,このように「一行で効く」.

6.1.6 パリティの合成則のまとめ

実務で使うのは,結局のところ次の3行である.

パリティ計算の3原則

  1. 乗法的:複合系のパリティは構成粒子の固有パリティの積である.
  2. 軌道因子:相対軌道角運動量 $\ell$ ごとに $(-1)^\ell$ を掛ける.
  3. 保存則:強い相互作用と電磁相互作用ではパリティが保存する.弱い相互作用では保存しない(6.2節).

この3原則から,たとえば「$\eta\to\pi^0\pi^0$ は禁止」(例題6.3)「$\eta\to4\pi^0$ は禁止」(パリティと4個の同種 $\pi^0$ に対する Bose 統計から)といった選択則が機械的に出る.逆に $\eta\to3\pi^0$ はパリティが許す($(-1)^3=-1$ で $\eta$ と一致する)ので,この3原則では何も言えない.実際にこの崩壊を抑えているのはパリティではなくアイソスピン($G$ パリティ.6.3 節末の数学ノート)であり,主に $m_u\neq m_d$ によるアイソスピンの破れを通じて起きる(例題6.3 の後半を参照).

6.2 パリティの破れ — 自然は左利きである

6.2.1 $\theta$–$\tau$ パズル

1950年代前半,宇宙線と加速器の実験から,やっかいな粒子が2つ見つかった.当時 $\theta^+$ と $\tau^+$ と名づけられた(現在の $\tau$ レプトンとは無関係である).困ったことに,この2つは

にもかかわらず,崩壊のしかたが違った.

$$ \theta^+ \to \pi^+\pi^0,\qquad \tau^+ \to \pi^+\pi^+\pi^- $$

パリティを計算してみよう.終状態の $\pi$ はいずれも $\eta_\pi=-1$ である.$\theta,\tau$ ともにスピン $0$ と分かっていたので,角運動量保存から $\pi\pi$ では $\ell=0$ が厳密に決まり,$\pi\pi\pi$ でも2つの相対角運動量が $\ell_1=\ell_2$ となって軌道パリティ $(-1)^{\ell_1+\ell_2}$ は $\ell$ によらず $+1$ である.したがって

$$ \eta(\pi\pi) = (-1)^2(-1)^0 = +1,\qquad \eta(\pi\pi\pi) = (-1)^3(-1)^0 = -1 $$

つまり $\theta^+$ のパリティは $+1$,$\tau^+$ のパリティは $-1$.パリティが保存する限り,この2つは別の粒子でなければならない.しかし質量も寿命もぴったり同じ別粒子など,自然が用意する理由がない.これが $\theta$–$\tau$ パズルである.

なぜ?:Dalitz プロットが「スピン $0$」を示した

$\tau^+\to\pi^+\pi^+\pi^-$ の3体崩壊で,2つの独立な運動学変数(第4章の Dalitz 変数 $m_{12}^2, m_{23}^2$)を軸にとって事象をプロットすると,密度分布から親粒子のスピンとパリティが読み取れる.Dalitz は1953年,この解析から $\tau^+$ が $J^P=0^-$ であることを示した.一方 $\theta^+\to\pi^+\pi^0$ の2体崩壊からは $J^P=0^+$ が出る.「$0^+$ と $0^-$ の粒子が同じ質量・同じ寿命で共存する」という不合理が,こうして定量的に突きつけられた.

いま我々は,$\theta^+$ も $\tau^+$ も同じ $K^+$($J^P=0^-$,質量 $493.677\ \mathrm{MeV}$,寿命 $1.238\times10^{-8}\ \mathrm{s}$)であることを知っている.$K^+$ は弱い相互作用で崩壊し,弱い相互作用がパリティを保存しないから,同じ親から $+$ と $-$ の両方のパリティの終状態が出るのである.分岐比は $\pi^+\pi^0$ が $20.7\%$,$\pi^+\pi^+\pi^-$ が $5.6\%$ である.

6.2.2 Lee と Yang の指摘(1956)

1956年,Lee Tsung-Dao と Yang Chen-Ning は,過去の実験データを徹底的に洗い直して,驚くべき事実を報告した.

Lee–Yang の観察(1956)

「パリティ保存は,強い相互作用と電磁相互作用については高精度で検証されている.しかし弱い相互作用については,検証した実験が一つもない.」

これは推論ではなく,文献調査の結論である.当時,パリティ保存はあまりに自明と思われていて,弱い相互作用で確かめようとした者がいなかった.Lee と Yang はさらに一歩進み,「もしパリティが破れているなら,こういう実験でこう見えるはずだ」という具体的な提案を並べた.その筆頭が,偏極した原子核の $\beta$ 崩壊である.

論理は6.1.3節の定理6.1そのものである.核スピン $\bm{J}$(軸性)と放出電子の運動量 $\bm{p}_e$(極性)の内積

$$ \begin{equation} \braket{\bm{J}\cdot\bm{p}_e}\ \ \text{は擬スカラー}\quad\Longrightarrow\quad \mathcal{P}\ \text{が保たれるならゼロでなければならない} \label{eq:6-wu-observable} \end{equation} $$

逆に,これがゼロでないことを実験で示せば,パリティの破れの直接証拠になる.

6.2.3 Wu の実験(1957)—— $^{60}\mathrm{Co}$ の $\beta$ 崩壊

Wu Chien-Shiung(呉健雄)は,米国標準局(NBS)の低温グループと組んで,この実験を半年で成し遂げた.測ったのは

$$ {}^{60}\mathrm{Co}\ (J^P=5^+)\ \longrightarrow\ {}^{60}\mathrm{Ni}^{*}\ (J^P=4^+) + e^- + \bar\nu_e $$

である.実験の要点は,核を偏極させること,偏極度を独立にモニターすること,$\beta$ 線の前後非対称を測ることの3つである.

導出:Wu の実験の論理を最初から最後まで追う

ステップ1:核スピンを揃える(偏極する).$^{60}\mathrm{Co}$ の核スピンは $J=5$ と大きい.これを一方向に揃えるには,核磁気モーメント $\mu$ と外部磁場 $B$ の相互作用エネルギー $\mu B$ が熱エネルギー $k_BT$ を上回ればよい.核磁気モーメントの単位である核磁子は $\mu_N=3.15\times10^{-8}\ \mathrm{eV/T}$ ときわめて小さく,$^{60}\mathrm{Co}$ の核磁気モーメントもその数倍($\mu=3.80\,\mu_N$)にすぎないので,$B=1\ \mathrm{T}$ 程度では

$$ T \ll \frac{\mu B}{k_B} \approx \frac{3.80\times3.15\times10^{-8}\ \mathrm{eV}}{8.62\times10^{-5}\ \mathrm{eV/K}} \approx 1.4\times10^{-3}\ \mathrm{K} $$

という途方もない低温が必要になる.そこで Wu らは,常磁性塩 $\mathrm{Ce\,Mg}$ 硝酸塩の表面に $^{60}\mathrm{Co}$ を薄く沈着させ,断熱消磁で $\sim10\ \mathrm{mK}$ まで冷やし,さらに常磁性イオンが作る超微細場($\sim10\ \mathrm{T}$ 級)を利用して核を偏極させた.この「強い内部場」を使う手口が実験の肝である.

ステップ2:偏極度をモニターする.核が偏極していることの確認は,$\beta$ 線ではなく,同時に出る $\gamma$ 線($^{60}\mathrm{Ni}^*$ のカスケード $1.17,\ 1.33\ \mathrm{MeV}$)の角度異方性で行う.$\gamma$ 放出は電磁相互作用なのでパリティを保存し,$\cos\theta$ の偶数べきしか出ない($\braket{\cos\theta}=0$).つまり赤道方向と極方向の強度比だけが変わる.これは偏極度の温度計になる.試料が温まると異方性が消えるので,「いつ偏極が失われたか」がリアルタイムで分かる.

ステップ3:$\beta$ 線の角度分布を測る.核スピンの向き(磁場の向き)に対して前方・後方の $\beta$ 線計数を比べる.一般に角度分布は

$$ \begin{equation} \frac{\dd N}{\dd\Omega} \propto 1 + \alpha\,P\,\frac{v_e}{c}\,\cos\theta, \qquad \cos\theta = \frac{\bm{J}\cdot\bm{p}_e}{\abs{\bm{J}}\abs{\bm{p}_e}} \label{eq:6-wu-dist} \end{equation} $$

と書ける.$\alpha$ は非対称パラメータ,$P=\braket{J_z}/J$ は核偏極度(完全偏極で $P=1$,無偏極で $P=0$)である.パリティが保存するなら定理6.1により $\alpha=0$ でなければならない.

ステップ4:結果.Wu らは,磁場の向きを反転させると $\beta$ 線の計数率がはっきり変わることを観測した.非対称度は $\sim40\%$ に達し,統計誤差よりはるかに大きい.符号は

$$ \alpha \simeq -1 $$

である(電子はスピンと逆向きに出やすい).しかも,試料が温まって $\gamma$ 線の異方性が消えるのと同時に $\beta$ 線の非対称も消えた.装置の系統誤差ではなく,核偏極に起因することの決定的な証拠である.

ステップ5:結論.$\braket{\bm{J}\cdot\bm{p}_e}\neq0$.擬スカラーの期待値がゼロでない.したがって

$$ \begin{equation} \text{弱い相互作用ではパリティが保存しない} \label{eq:6-parity-violation} \end{equation} $$

しかも $\alpha\simeq-1$ は「少し破れている」のではなく,最大限に破れていることを意味する.∎

鏡(空間反転) 実際の世界 鏡像の世界(実現していない) ⁶⁰Co J(核スピン,軸性) pₑ(電子,極性) 電子は J と逆向きに多く出る ⟨J·pₑ⟩ < 0 ⁶⁰Co J(変わらない) pₑ(反転する) 電子は J と同じ向きに多く出るはず ⟨J·pₑ⟩ > 0 P:J は軸性 → 不変,pₑ は極性 → 反転
図6.2 Wu の実験の論理.偏極した $^{60}\mathrm{Co}$ から出る電子は,核スピン $\bm{J}$ と逆向きに多く放出される(左).空間反転すると,軸性ベクトルである $\bm{J}$ は向きを変えず,極性ベクトルである $\bm{p}_e$ だけが反転するので,鏡像の世界では電子はスピンと同じ向きに多く出ることになる(右).両者は区別できる異なる物理であり,したがって自然はパリティを保存しない.擬スカラー $\braket{\bm{J}\cdot\bm{p}_e}$ の符号がそのまま「世界の左右」を定義している.

物理的意味:「絶対的な左右」を電話で伝えられる

Wu の実験以前は,遠方の宇宙人に「右」の定義を電波だけで伝える方法はないと考えられていた(Ozma 問題).「右手を出して」と言っても,相手が我々と同じ手を「右」と呼ぶ保証がない.

いまはこう言えばよい.「コバルト60を用意して,磁場で核スピンを揃えなさい.電子が多く飛び出す向きを足元,スピンの向きを頭とすると,あなたから見て $\cdots$」.弱い相互作用が,宇宙共通の左右の定義を与えてしまった.これがパリティの破れの意味である.

ただしこの説明には落とし穴がある.もし相手が反物質でできていたら,$\mathcal{C}$ の効果で答えが逆になる.正しい定義には「あなたが物質でできているなら」という但し書きが要る.6.4節の $\mathcal{CP}$ の破れは,この但し書きすら不要にする($\mathcal{CP}$ が破れているので,物質と反物質を絶対的に区別できる).

6.2.4 ニュートリノのヘリシティ —— Goldhaber の実験(1958)

Wu の実験は「パリティが破れている」ことを示したが,破れの形までは決めない.それを決めたのが Goldhaber, Grodzins, Sunyar による,実験物理学の傑作と呼ばれる測定である.彼らはニュートリノのヘリシティを直接測った.

導出:Goldhaber の実験 —— 角運動量保存だけでヘリシティを転写する

ステップ1:反応系を選ぶ.$^{152}\mathrm{Eu}^{m}$($J=0$)の軌道電子捕獲を使う.

$$ e^- + {}^{152}\mathrm{Eu}^{m}\,(J=0)\ \longrightarrow\ {}^{152}\mathrm{Sm}^{*}\,(J=1) + \nu_e $$

続いて $^{152}\mathrm{Sm}^*\to{}^{152}\mathrm{Sm}\,(J=0)+\gamma$($961\ \mathrm{keV}$)が起きる.

ステップ2:角運動量を勘定する.親の $^{152}\mathrm{Eu}^{m}$ は $J=0$,捕獲される電子はスピン $1/2$.したがって始状態の全角運動量は $1/2$ である.終状態は $^{152}\mathrm{Sm}^*$($J=1$)と $\nu_e$($1/2$)で,合計 $1/2$ になるためには両者のスピンが逆向きでなければならない.

ステップ3:運動量を勘定する.親が静止しているので,$^{152}\mathrm{Sm}^*$ と $\nu_e$ は反対向きに飛ぶ.$\bm{p}_{\mathrm{Sm}}=-\bm{p}_\nu$.

ステップ4:ヘリシティを転写する.ステップ2で「スピンが逆向き」,ステップ3で「運動量も逆向き」だから,スピンと運動量の相対的な向き,つまりヘリシティは両者で同じである:

$$ h(\,{}^{152}\mathrm{Sm}^*) = h(\nu_e) $$

ニュートリノは捕まえられないが,反跳核 $^{152}\mathrm{Sm}^*$ のヘリシティなら測れる —— これが実験のアイデアの核心である.

ステップ5:反跳核のヘリシティを $\gamma$ 線に転写する.$^{152}\mathrm{Sm}^*(J=1)\to{}^{152}\mathrm{Sm}(J=0)+\gamma$ で,ニュートリノと逆向き(つまり反跳核の進行方向)に放出された $\gamma$ 線だけを選ぶと,角運動量保存から $\gamma$ のヘリシティは反跳核のそれと一致する.「前方の $\gamma$ だけを選ぶ」ことは,共鳴散乱で実現できる:反跳によって Doppler シフトを受けた $\gamma$ 線だけが $^{152}\mathrm{Sm}$ 標的で共鳴的に再吸収・再放出されるからである.これは実に巧妙な運動学フィルタである.

ステップ6:$\gamma$ 線の円偏光を測る.磁化した鉄を透過させると,電子スピンとの相互作用(磁気 Compton 散乱)で左円偏光と右円偏光の透過率が異なる.磁化の向きを反転させて計数率の差を見れば,円偏光の符号すなわちヘリシティが決まる.

ステップ7:結果.

$$ \begin{equation} h(\nu_e) = -1\qquad(\text{測定値}\ -1.0\pm0.3) \label{eq:6-nu-helicity} \end{equation} $$

ニュートリノは左巻きだけである.反ニュートリノは($\mathcal{CPT}$ から)右巻きだけである.∎

物理的意味:V$-$A 構造の予告

「ニュートリノが左巻きしかない」という事実は,弱い相互作用のカレントの形を決めてしまう.第12章で詳しく扱うが,結論だけ先取りすると,弱い相互作用の頂点は

$$ \bar{u}\,\gamma^\mu\frac{1-\gamma^5}{2}\,u \;=\;\frac{1}{2}\Big(\underbrace{\bar u\gamma^\mu u}_{\text{ベクトル V}}\;-\;\underbrace{\bar u\gamma^\mu\gamma^5 u}_{\text{軸性ベクトル A}}\Big) $$

という形をとる.$\gamma^\mu$(ベクトルカレント.空間成分が $\mathcal{P}$-odd)と $\gamma^\mu\gamma^5$(軸性ベクトルカレント.空間成分が $\mathcal{P}$-even)が等量ずつ入っており,両者の干渉項が $\mathcal{P}$-odd になるので,パリティが最大限に破れる(4元カレントの変換は成分ごとに違うことに注意.$\bar u\gamma^0u$ は $\mathcal{P}$-even で,空間成分が odd である.軸性はその逆).$(1-\gamma^5)/2$ は左巻き成分だけを取り出す射影演算子であり,これが「自然は左利きである」の数学的な正体である.なお Wu の実験の $\alpha\simeq-1$ が意味するのは,$^{60}\mathrm{Co}$($5^+\to4^+$)が純 Gamow–Teller 遷移なので軸性結合における破れが最大限($C_A'=C_A$)であることであって,$V$ と $A$ の比が $1:1$ であることは Wu の実験だけでは決まらない.その比は Fermi 遷移と Gamow–Teller 遷移が混ざる崩壊(中性子崩壊など)から決まる(第12章 12.3.2 項).

なお $\gamma^5$ はパリティのもとで符号を変える擬スカラー行列であり,これが第9章・第12章の主役になる.「$\gamma^5$ が出てきたらパリティの破れを疑え」と覚えておけばよい.

例題6.2 $\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$ が $e^+\nu_e$ より圧倒的に多い理由

$\pi^+$ の崩壊分岐比は $\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$ が $99.99\%$,$\pi^+\to e^+\nu_e$ がわずか $1.23\times10^{-4}$ である.位相空間だけ考えれば軽い $e^+$ のほうが有利なのに,なぜ抑制されるのか.

解答.$\pi^+$ はスピン $0$ で静止しているとする.$\ell^+$ と $\nu$ は反対向きに飛ぶ.スピンの合計が $0$ になるためには,両者のスピンが逆向き.運動量も逆向きだから,ヘリシティは両者で同じである.ニュートリノは必ず左巻き($h=-1$)なので,$\ell^+$ も左巻きでなければならない.

ところが $V-A$ 相互作用は反粒子については右巻き成分だけと結合する.左巻きの $\ell^+$ が現れる確率は,質量による「ヘリシティ混合」に比例し,その振幅は $\propto m_\ell$ になる.したがって崩壊率は $m_\ell^2$ に比例する:

$$ \frac{\Gamma(\pi\to e\nu)}{\Gamma(\pi\to\mu\nu)} =\left(\frac{m_e}{m_\mu}\right)^2\left(\frac{m_\pi^2-m_e^2}{m_\pi^2-m_\mu^2}\right)^2 $$

数値を入れる.$m_e=0.511$,$m_\mu=105.658$,$m_\pi=139.570\ \mathrm{MeV}$.

$$ \left(\frac{0.511}{105.658}\right)^2=2.339\times10^{-5},\qquad \left(\frac{139.570^2-0.511^2}{139.570^2-105.658^2}\right)^2=\left(\frac{19479.5}{8316.2}\right)^2=5.487 $$ $$ \Longrightarrow\quad 2.339\times10^{-5}\times5.487 = 1.283\times10^{-4} $$

実測値 $1.230\times10^{-4}$ とよく合う(残る $4\%$ の差は輻射補正である).∎

この「$m_\ell^2$ による抑制」はヘリシティ抑制と呼ばれ,角運動量保存とレプトンカレントの $V$/$A$ 構造が生む最も鮮やかな帰結の一つである.注意しておくと,この抑制はカレントがベクトル型($V$)か軸性ベクトル型($A$)であることだけから出るので,パリティを保存する純 $A$ 結合でも同じ $m_\ell^2$ 抑制が現れる(パリティの破れそのものの証拠ではない).抑制が消えるのはカレントが擬スカラー型($P$)の場合で,そのとき比は上の位相空間因子だけの $\approx5.5$ になる.歴史的にこの比は,$P$ 結合を排除する決定的な証拠になった.

6.3 荷電共役 $\mathcal{C}$ — 粒子と反粒子を入れかえる

6.3.1 定義と,固有状態になれる粒子

定義:荷電共役 $\mathcal{C}$

荷電共役変換 $\hat{\mathcal{C}}$ は,粒子をその反粒子に置きかえる操作である.運動量とスピンはそのまま,電荷・バリオン数・レプトン数・ストレンジネスなどすべての内部量子数の符号を反転する:

$$ \hat{\mathcal{C}}\ket{p,\ \bm{p},\ \bm{s}} = \ket{\bar p,\ \bm{p},\ \bm{s}} $$

$\hat{\mathcal{C}}^2=\mathbb{1}$ なので固有値は $\pm1$ である.

ここで重要な制限がある.$\hat{\mathcal{C}}$ は電荷を反転させるので,電荷をもつ粒子は $\hat{\mathcal{C}}$ の固有状態になれない.$\hat{\mathcal{C}}\ket{\pi^+}=\ket{\pi^-}$ であって $\ket{\pi^+}$ の定数倍ではないからである.$\mathcal{C}$ 固有値($C$ パリティ)が定義できるのは,

に限られる.中性子は $\hat{\mathcal{C}}\ket{n}=\ket{\bar n}$(バリオン数が $+1\to-1$)なので固有状態ではない.中性だからといって固有状態とは限らない点に注意.

6.3.2 光子の $C$ パリティは $-1$

これは電磁気学の第一原理から出る.荷電共役はすべての電荷を反転させるので,電荷が作る電磁場も反転する:

$$ \hat{\mathcal{C}}:\quad \rho\to-\rho,\quad \bm{j}\to-\bm{j} \quad\Longrightarrow\quad \bm{E}\to-\bm{E},\quad \bm{B}\to-\bm{B},\quad A^\mu\to-A^\mu $$

光子は $A^\mu$ の量子だから,1個の光子状態は $\hat{\mathcal{C}}$ で符号を変える:

$$ \begin{equation} C(\gamma) = -1,\qquad\text{したがって}\quad C(n\gamma) = (-1)^{n} \label{eq:6-photon-C} \end{equation} $$

$n$ 個の光子からなる状態の $C$ パリティが $(-1)^n$ になるのは,$C$ が乗法的量子数だからである.この一行が,このあとのすべての選択則を生む.

6.3.3 $\pi^0$ の $C$ パリティは $+1$

$\pi^0$ は $2\gamma$ に崩壊する(分岐比 $98.82\%$,寿命 $8.43\times10^{-17}\ \mathrm{s}$).この崩壊は電磁相互作用で起きるから $C$ が保存する.したがって

$$ C(\pi^0) = C(2\gamma) = (-1)^2 = +1 $$

すなわち $\pi^0$ は $J^{PC}=0^{-+}$ である.そして直ちに次の予言が出る.

定理6.2:$\pi^0\to3\gamma$ は $\mathcal{C}$ によって禁止される

$C(3\gamma)=(-1)^3=-1$ であるのに対し $C(\pi^0)=+1$.$C$ が保存する電磁相互作用ではこの崩壊は起こり得ない.

実験値:$\mathrm{BR}(\pi^0\to3\gamma) < 3.1\times10^{-8}$($90\%$ 信頼度上限).$2\gamma$ 崩壊(分岐比 $98.82\%$)に比べて $7$ 桁以上抑制されている.$\alpha$ が1つ増えるだけなら $1/137$ の抑制ですむはずなのに,はるかに強く抑えられている.これは「位相空間や結合定数の問題ではなく,対称性による厳密な禁止である」ことを示している.

6.3.4 Furry の定理

$3\gamma$ 崩壊の禁止は,ダイアグラムの言葉でも理解できる.一般に次の定理が成り立つ.

定理6.3(Furry の定理,1937)

QED において,閉じたフェルミオンループに奇数本の光子線がつくダイアグラムの寄与の総和はゼロである.

証明のあらすじ.閉ループには,フェルミオンが時計回りに回るものと反時計回りに回るものの2つのダイアグラムが必ず対で存在する.この2つは荷電共役 $\hat{\mathcal{C}}$ で移り合う.$\hat{\mathcal{C}}$ のもとで電磁カレントは $\hat{\mathcal{C}}j^\mu\hat{\mathcal{C}}^{-1}=-j^\mu$ と符号を変えるので,光子が $n$ 本つくループの振幅は $(-1)^n$ 倍される.$n$ が奇数なら振幅は自分自身の $-1$ 倍に等しく,したがってゼロ.∎

(a) π⁰ → 2γ(三角ループ・許される) π⁰ q(クォークループ) γ γ 光子2本 → C = (−1)² = +1 = C(π⁰) ✓ (b) π⁰ → 3γ(禁止) π⁰ γ γ γ 光子3本 → C = (−1)³ = −1 ≠ C(π⁰) ✗ Furry の定理:ループを 逆回りさせた図が符号だけ 違って現れ,和がゼロになる
図6.3 $\pi^0$ の2光子崩壊(時間は左から右へ).(a) クォークの三角ループを介した $\pi^0\to\gamma\gamma$.軸性アノマリー(第13章 13.6.3 項)で振幅が決まり,寿命 $8.43\times10^{-17}\ \mathrm{s}$ を正確に再現する.(b) $3\gamma$ 崩壊のダイアグラム.描くことはできるが,フェルミオンループを逆向きに回した図が必ず対で存在し,光子が奇数本のときには両者が打ち消し合って総和がゼロになる(Furry の定理).これが $C$ 保存則のダイアグラムによる言い換えである.

数学ノート:Furry の定理を Dirac トレースで見る

閉フェルミオンループに $n$ 本の光子がつく振幅は,$\gamma$ 行列のトレース

$$ \mathcal{M}_n \propto \Tr\left[\gamma^{\mu_1}\frac{1}{\slashed{k}_1-m}\gamma^{\mu_2}\frac{1}{\slashed{k}_2-m}\cdots\gamma^{\mu_n}\frac{1}{\slashed{k}_n-m}\right] $$

の形になる.荷電共役行列 $C=\ii\gamma^2\gamma^0$ は $C^{-1}\gamma^\mu C = -(\gamma^\mu)^{T}$ を満たす(第9章・付録C).これをトレースの中に挿入し,$\Tr[A^T]=\Tr[A]$ と行列の順序反転を使うと,$n$ 個の $\gamma^\mu$ から $(-1)^n$ が出て

$$ \mathcal{M}_n = (-1)^n\,\mathcal{M}_n $$

が得られる.$n$ が奇数なら $\mathcal{M}_n=0$.抽象論ではなく,$\gamma$ 行列の代数だけで確かめられる主張である.

この定理には実用上の御利益がある.QED の高次計算で「三角ループ」を数える必要がないので,計算量が大きく減る.また,光子3本の外線をもつ有効相互作用($F^3$ 型)が生成されないことも保証される.

6.3.5 ポジトロニウム —— $\mathcal{C}$ だけで寿命が3桁変わる

$\mathcal{C}$ の威力が最も分かりやすく現れるのが,電子と陽電子の束縛状態ポジトロニウム(positronium,Ps)である.水素原子の陽子を陽電子で置きかえたもので,換算質量が $m_e/2$ なので束縛エネルギーは水素の半分,基底状態で $-6.8\ \mathrm{eV}$ である.

導出:フェルミオン–反フェルミオン対の $C$ パリティ

ステップ1:交換の分解.$e^+e^-$ の状態に $\hat{\mathcal{C}}$ を作用させると,粒子と反粒子のラベルが入れかわる.これは「2つの構成要素をそっくり入れかえる」ことと同じであり,空間・スピン・(フェルミオンとしての)内在的な入れかえの3つに分解できる.

ステップ2:空間部分.相対座標 $\bm{r}=\bm{r}_{e^-}-\bm{r}_{e^+}$ が $\bm{r}\to-\bm{r}$ となるので,因子 $(-1)^{L}$.

ステップ3:スピン部分.三重項($S=1$)は対称,一重項($S=0$)は反対称だから,因子 $(-1)^{S+1}$.

ステップ4:フェルミオン因子.フェルミオンと反フェルミオンの入れかえは,場の演算子の反交換から追加の因子 $(-1)$ を生む.

ステップ5:掛け合わせる.

$$ \begin{equation} C(f\bar f) = (-1)^{L}\cdot(-1)^{S+1}\cdot(-1) = (-1)^{L+S} \label{eq:6-C-fermion-pair} \end{equation} $$

ついでにパリティも同じ考え方で得られる.$\eta_f\eta_{\bar f}=-1$(式 \eqref{eq:6-fermion-antiparity})と軌道因子から

$$ \begin{equation} P(f\bar f) = (-1)^{L+1} \label{eq:6-P-fermion-pair} \end{equation} $$

この2式は,クォーコニウム($c\bar c$,$b\bar b$)の $J^{PC}$ 表を作るときにもそのまま使う.∎

基底状態($L=0$)に式 \eqref{eq:6-C-fermion-pair} を適用しよう.

表6.3 ポジトロニウムの基底状態と崩壊
名称$^{2S+1}L_J$$S$$J^{PC}$$C$許される光子数寿命(実測)
パラポジトロニウム$^1S_0$$0$$0^{-+}$$(-1)^{0+0}=+1$偶数(主に $2\gamma$)$125.14\ \mathrm{ps}$
オルソポジトロニウム$^3S_1$$1$$1^{--}$$(-1)^{0+1}=-1$奇数($1\gamma$ は運動学的に不可,主に $3\gamma$)$142.05\ \mathrm{ns}$

寿命の比は $142.05\ \mathrm{ns}/125.14\ \mathrm{ps} = 1135$,すなわち3桁である.この巨大な差が,$C$ パリティという $\pm1$ の量子数ひとつから出てくる.

導出:寿命比 $\sim1100$ を式で出す

ステップ1:最低次の崩壊率.QED の計算(第7章 7.3.3 項.消滅断面積そのものは第10章 10.7.3 項)から,para-Ps と ortho-Ps の崩壊率は

$$ \Gamma_{\text{para}} = \frac{1}{2}\,m_e\,\alpha^5, \qquad \Gamma_{\text{ortho}} = \frac{2(\pi^2-9)}{9\pi}\,m_e\,\alpha^6 $$

である.$\alpha$ のべきが1つ違うのは,光子が1本多いぶん頂点が1つ多いからである.

ステップ2:para の寿命を数値にする.$m_e=0.511\ \mathrm{MeV}$,$\alpha^5 = 137.036^{-5} = 2.070\times10^{-11}$ より

$$ \Gamma_{\text{para}} = 0.5\times0.511\times2.070\times10^{-11}\ \mathrm{MeV} = 5.288\times10^{-12}\ \mathrm{MeV} $$

$\hbar = 6.582\times10^{-22}\ \mathrm{MeV\,s}$ で割ると

$$ \tau_{\text{para}} = \frac{6.582\times10^{-22}}{5.288\times10^{-12}}\ \mathrm{s} = 1.245\times10^{-10}\ \mathrm{s} = 124.5\ \mathrm{ps} $$

実測 $125.14\ \mathrm{ps}$ と $0.5\%$ で一致する($O(\alpha^2)$ までの理論値は $125.16\ \mathrm{ps}$ である).

ステップ3:ortho の寿命.$\dfrac{2(\pi^2-9)}{9\pi} = \dfrac{2\times0.8696}{28.274} = 0.06152$,$\alpha^6 = 1.510\times10^{-13}$ より

$$ \Gamma_{\text{ortho}} = 0.06152\times0.511\times1.510\times10^{-13}\ \mathrm{MeV} = 4.748\times10^{-15}\ \mathrm{MeV} $$ $$ \tau_{\text{ortho}} = \frac{6.582\times10^{-22}}{4.748\times10^{-15}}\ \mathrm{s} = 1.386\times10^{-7}\ \mathrm{s} = 138.6\ \mathrm{ns} $$

実測 $142.05\ \mathrm{ns}$ に対し $2.4\%$ の差.これは $O(\alpha)$ の輻射補正($-10.3\,\alpha/\pi$ の係数をもつ)で説明がつく.

ステップ4:比を評価する.

$$ \frac{\tau_{\text{ortho}}}{\tau_{\text{para}}} =\frac{\Gamma_{\text{para}}}{\Gamma_{\text{ortho}}} =\frac{1/2}{\dfrac{2(\pi^2-9)}{9\pi}\,\alpha} =\frac{9\pi}{4(\pi^2-9)}\cdot\frac{1}{\alpha} = 8.128\times137.036 = 1114 $$

実測の比 $1135$ とよく合う.3桁の寿命差の正体は,突き詰めれば「微細構造定数 $\alpha$ が1つぶん」だけである.そして光子が1本多くなる理由は,$C$ パリティが $-1$ だから偶数個の光子に落ちられない,というただ一点にある.∎

(a) パラポジトロニウム ¹S₀(C = +1) e⁻ e⁺ スピン反平行 S = 0 125 ps γ γ 2γ 各 511 keV,正反対に飛ぶ PET はこの 2γ 同時計数を使う (b) オルソポジトロニウム ³S₁(C = −1) e⁻ e⁺ スピン平行 S = 1 142 ns γ γ γ 3γ 連続スペクトル(0 – 511 keV) 2γ は C 保存で厳密に禁止 → α ぶん遅い
図6.4 ポジトロニウムの基底状態と崩壊.(a) スピン一重項のパラポジトロニウムは $C=+1$ なので偶数個の光子にしか崩壊できず,$2\gamma$(各 $511\ \mathrm{keV}$)で $125\ \mathrm{ps}$ の短寿命.(b) スピン三重項のオルソポジトロニウムは $C=-1$ なので奇数個の光子に限られ,$1\gamma$ は運動量保存で不可能だから最低でも $3\gamma$ になる.頂点が1つ多いぶん $\alpha$ の因子で抑制され,寿命は $142\ \mathrm{ns}$ と $1100$ 倍長い.

材料科学との接点:陽電子消滅法(PAS)は空孔と自由体積を測る道具である

ポジトロニウムの話は,材料評価法として日常的に使われている.$^{22}\mathrm{Na}$ 線源から出た陽電子を試料に打ち込み,消滅までの時間と $511\ \mathrm{keV}$ 光子の角度相関を測るのが陽電子消滅分光(positron annihilation spectroscopy, PAS)である.測定量と材料情報の対応は次のとおりである.

ここで効いているのは $C$ パリティによる「$2\gamma$ か $3\gamma$ か」の選択則である.素粒子の対称性が,そのまま材料計測の分解能を与えている.医療の PET も同じ物理($2\gamma$ の同時計数)で成り立っている.

数学ノート:$G$ パリティ —— $\mathcal C$ とアイソスピン回転を組み合わせる

$\mathcal C$ の固有状態になれるのは中性の粒子だけである(6.3.1 項).$\pi^\pm$ は $\mathcal C$ で互いに入れかわるので $C$ パリティを持たない.そこで,荷電共役にアイソスピン空間の回転(第5章 5.4 節)を組み合わせて,荷電 $\pi$ にも使える量子数を作る:

$$ \mathcal G \equiv \mathcal C\,\ee^{\ii\pi I_2} $$

$\ee^{\ii\pi I_2}$ はアイソスピン空間での第2軸まわりの $180^\circ$ 回転で,$I_3\to-I_3$ と電荷の符号を反転させる.これを $\mathcal C$ で戻すので,$\mathcal G$ は多重項の各成分を自分自身に移す.

$\mathcal C$ とアイソスピンがともに保存する強い相互作用では $G$ も保存する.すると

パリティで許されても $G$ パリティで禁止される崩壊がある,という点が要である.材料科学との接点で言えば,点群の選択則で許される遷移が,さらに時間反転やスピンの選択則で禁止される(スピン禁制遷移)のと同じ構造——複数の対称性の積で選択則が決まる——である.

例題6.3 $\eta\to\pi^0\pi^0$ が禁止される理由を2通りで示せ

解答.$\eta$ は $J^{PC}=0^{-+}$,$\pi^0$ は $0^{-+}$ である.

(i) パリティによる禁止.終状態はスピン $0$ の2粒子だから $J=\ell$.$\eta$ の $J=0$ より $\ell=0$.パリティは $\eta_{\pi}^2(-1)^0=(+1)(+1)=+1$ だが,$\eta$ のパリティは $-1$.一致しない.

(ii) Bose 統計による禁止(別ルート).同種ボソン2個なので $\ell$ は偶数.$\ell=0$ は上の議論でパリティに合わず,$\ell\geq2$ は $J=0$ に合わない.いずれにせよ不可能である.

実験値は $\mathrm{BR}(\eta\to\pi^0\pi^0)<3.5\times10^{-4}$.なお $\eta\to3\pi^0$($\mathrm{BR}=32.6\%$)はパリティ的には $(-1)^3=-1$ で $\eta$ と一致し,許される.ただしこれはアイソスピン($G$ パリティ)を破る($\eta$ は $I=0$,$3\pi^0$ は $I=1$ の成分を含む)ので,強い相互作用としては抑制され,主に $u,d$ クォークの質量差を通じて起きる(電磁的な寄与は Sutherland の定理により小さい).この崩壊率からクォーク質量比が決まるという,思わぬ御利益がある.∎

6.4 $\mathcal{CP}$ と $\mathcal{CP}$ の破れ

6.4.1 $\mathcal{CP}$ による救済

1957年にパリティが倒れたあと,物理学者はすぐに逃げ道を見つけた.弱い相互作用は $\mathcal{P}$ を破るが,$\mathcal{C}$ も同時に破る.そして両方を続けて施せば元に戻るのではないか,というのである.

実際,ニュートリノについてこの考えは見事に働く.

$$ \nu_L \ \xrightarrow{\ \mathcal{P}\ }\ \nu_R\ (\text{存在しない}) \qquad \nu_L \ \xrightarrow{\ \mathcal{C}\ }\ \bar\nu_L\ (\text{存在しない}) $$ $$ \nu_L \ \xrightarrow{\ \mathcal{CP}\ }\ \bar\nu_R\ (\text{存在する!}) $$

$\mathcal{P}$ 単独でも $\mathcal{C}$ 単独でも「存在しない粒子」に飛ばされてしまうのに,$\mathcal{CP}$ をかけると実在する粒子に落ちる.左巻きニュートリノの $\mathcal{CP}$ 変換が右巻き反ニュートリノであり,これは確かに自然界にある.Landau はこれを見て「$\mathcal{CP}$ こそが真の鏡である」と宣言した.1957年から1964年までの7年間,物理学者はこの結論に満足していた.

6.4.2 中性 $K$ 中間子系 —— 自然が用意した精密干渉計

ところが,たった一つの系がこの安心を破壊した.中性 $K$ 中間子である.

クォーク組成は $K^0=d\bar s$(ストレンジネス $S=+1$),$\bar K^0=s\bar d$($S=-1$)である.強い相互作用ではストレンジネスが保存するので,この2つは別の粒子として生成される.ところが弱い相互作用はストレンジネスを保存しないので,2次の過程($W$ を2本使ったボックス図.第12章 12.5.2 項の $K^0\to\mu^+\mu^-$ と同型の図である)を通じて $K^0\leftrightarrow\bar K^0$ の遷移が起きる.したがって時間発展の固有状態は $K^0$ でも $\bar K^0$ でもなく,その重ね合わせである.

導出:$\mathcal{CP}$ 固有状態 $K_1,K_2$ と,その崩壊様式

ステップ1:$\mathcal{CP}$ の作用を書く.$K$ 中間子は擬スカラー($J^P=0^-$)なので $\hat{\mathcal{P}}\ket{K^0}=-\ket{K^0}$.荷電共役は $\hat{\mathcal{C}}\ket{K^0}=\ket{\bar K^0}$(位相の取り方はこう約束する).したがって

$$ \hat{\mathcal{CP}}\ket{K^0}=-\ket{\bar K^0},\qquad \hat{\mathcal{CP}}\ket{\bar K^0}=-\ket{K^0} $$

ステップ2:固有状態を作る.$2\times2$ の行列 $\begin{pmatrix}0&-1\\-1&0\end{pmatrix}$ の固有ベクトルを作ればよい.

$$ \begin{equation} \ket{K_1}=\frac{\ket{K^0}-\ket{\bar K^0}}{\sqrt2}\ \ (\mathcal{CP}=+1), \qquad \ket{K_2}=\frac{\ket{K^0}+\ket{\bar K^0}}{\sqrt2}\ \ (\mathcal{CP}=-1) \label{eq:6-K1K2} \end{equation} $$

確かめておく.$\hat{\mathcal{CP}}\ket{K_1}=(-\ket{\bar K^0}+\ket{K^0})/\sqrt2=+\ket{K_1}$.$\hat{\mathcal{CP}}\ket{K_2}=(-\ket{\bar K^0}-\ket{K^0})/\sqrt2=-\ket{K_2}$.よい.

ステップ3:終状態の $\mathcal{CP}$ を計算する.$2\pi$ 状態($\ell=0$)は

$$ P(2\pi)=(-1)^2(-1)^0=+1,\qquad C(\pi^+\pi^-)=(-1)^{\ell}=+1,\qquad C(\pi^0\pi^0)=+1 $$

で $\mathcal{CP}(2\pi)=+1$.$3\pi$ 状態は(角運動量がすべて $\ell=0$ なら)

$$ P(3\pi)=(-1)^3=-1,\qquad C(3\pi^0)=+1 \quad\Longrightarrow\quad \mathcal{CP}(3\pi)=-1 $$

ステップ4:選択則を読む.$\mathcal{CP}$ が厳密に保存するなら

$$ K_1\ (\mathcal{CP}=+1)\ \to\ 2\pi\ \ \text{のみ}, \qquad K_2\ (\mathcal{CP}=-1)\ \to\ 3\pi\ \ \text{のみ} $$

ステップ5:寿命が大きく違うことを予言する.$m_K=497.6\ \mathrm{MeV}$ に対し,$\pi^+\pi^-\pi^0$ の質量和は $m_{\pi^+}+m_{\pi^-}+m_{\pi^0}\approx414\ \mathrm{MeV}$ なので,$3\pi$ 崩壊に使えるエネルギーは $Q\approx83\ \mathrm{MeV}$ しかない($3\pi^0$ なら質量和 $405\ \mathrm{MeV}$ で $Q\approx93\ \mathrm{MeV}$).一方 $2\pi$ 崩壊では $Q=m_K-2m_\pi\approx218\ \mathrm{MeV}$ ある.位相空間が桁で違うので $K_2$ ははるかに長寿命になるはずである.実測は

$$ \tau_S = 8.954\times10^{-11}\ \mathrm{s}\ (=89.5\ \mathrm{ps}), \qquad \tau_L = 5.116\times10^{-8}\ \mathrm{s}\ (=51.2\ \mathrm{ns}) $$

で,比は約 $570$ 倍.予言どおりである.短寿命側を $K_S$(S = short),長寿命側を $K_L$(L = long)と呼ぶ.∎

物理的意味:ビームを走らせるだけで純粋な $K_L$ が手に入る

この寿命差は,実験の道具として絶大な威力をもつ.陽子ビームを標的に当てて作られる中性 $K$ は,随伴生成($pN\to K^0\Lambda X$ など)のため主に $K^0$ である.しかし $\ket{K^0}=(\ket{K_1}+\ket{K_2})/\sqrt2$ なので,$K_S$ と $K_L$ が半々に含まれることになる.しかし $K_S$ は $\tau_S$ で消えるので,十分な距離を走らせれば $K_S$ 成分だけが枯れて,純粋な $K_L$ ビームが残る.

数値で見よう.運動量 $1\ \mathrm{GeV}$ の $K$ の $\gamma$ は $E/m=\sqrt{1000^2+497.6^2}/497.6=2.245$.実験室系での $K_S$ の減衰長は

$$ \lambda_S = \gamma\beta c\tau_S = 2.245\times0.8953\times(3.00\times10^8)\times8.954\times10^{-11}\ \mathrm{m} = 5.4\ \mathrm{cm} $$

一方 $K_L$ の減衰長は $\lambda_L=\gamma\beta c\tau_L\approx31\ \mathrm{m}$.したがって $17\ \mathrm{m}$ 走らせれば $K_S$ は $\ee^{-17/0.054}$ という考えるまでもない量まで消え,$K_L$ はほとんど生き残る.Cronin と Fitch はこれを使った.「純粋な $\mathcal{CP}=-1$ の状態」を,何もせずに距離だけで作れる —— 自然が用意した実験装置である.

6.4.3 Cronin–Fitch の実験(1964)

James Cronin と Val Fitch は,Brookhaven の AGS で次の実験を行った.論理は驚くほど単純である.

導出:Cronin–Fitch の論理

ステップ1:純粋な $K_L$ ビームを作る.標的から $57\ \mathrm{ft}$($17.4\ \mathrm{m}$)離れた位置に検出器を置く.$K_S$ は完全に消えている.

ステップ2:崩壊領域を真空に近づける.ヘリウム袋($1.7\ \mathrm{m}$)の中で崩壊させる.空気中の物質と相互作用すると $\bar K^0$ 成分が優先的に吸収されて $K_S$ が再生してしまう(再生現象,regeneration)ので,これを避けねばならない.この配慮が実験の質を決めた.

ステップ3:2本の腕で $\pi^+\pi^-$ を探す.2台の磁気スペクトロメータで荷電粒子2本の運動量を測り,$\pi$ と仮定して不変質量 $m_{\pi\pi}$ と,$\bm{p}_{\pi\pi}$ とビーム軸のなす角 $\theta$ を再構成する.

ステップ4:シグナルの見分け方.もし $K_L\to\pi^+\pi^-$(2体崩壊)が起きているなら,$m_{\pi\pi}=m_K$ かつ $\theta=0$(親の運動量方向に一致)に事象が集中する.一方,背景となる3体崩壊 $K_L\to\pi^+\pi^-\pi^0$ や $K_L\to\pi^\pm\mu^\mp\nu$ では,見えないもう1個の粒子が運動量を持ち去るので $\theta$ が広がり,$m_{\pi\pi}$ も $m_K$ より小さくなる.

ステップ5:結果.$m_{\pi\pi}$ が $m_K$ の近傍にある事象について $\cos\theta$ 分布を描くと,$\cos\theta=1$ に鋭いピークが立った.事象数は $22\,700$ 個の $K_L$ 崩壊のうち $45\pm9$ 個.すなわち

$$ \begin{equation} \mathrm{BR}(K_L\to\pi^+\pi^-) = (2.0\pm0.4)\times10^{-3} \label{eq:6-cronin-fitch} \end{equation} $$

(現在の精密値は $1.967\times10^{-3}$.)$\mathcal{CP}=-1$ の $K_L$ が $\mathcal{CP}=+1$ の $2\pi$ に崩壊した.$\mathcal{CP}$ は保存しない.∎

(a) Cronin–Fitch 実験の配置(1964, Brookhaven AGS) 標的 K⁰ / K̄⁰ 混合ビーム λS ≈ 5 cm 17.4 m(KS は完全に消える) 純粋な KL ビーム He 袋(崩壊領域) π⁺ π⁻ 磁気スペクトロメータ ×2 (b) 再構成された cos θ 分布(mππ ≈ mK の事象) cos θ 事象数 0.9995 1.0 3体崩壊の背景 45 ± 9 事象の超過 → KL → π⁺π⁻ BR = 2.0 × 10⁻³ CP = −1 の状態が CP = +1 に崩壊した
図6.5 (a) Cronin–Fitch 実験の模式図(時間は左から右へ).標的から $17.4\ \mathrm{m}$ 離すことで $K_S$ 成分を減衰させ,純粋な $K_L$ ビームを得る.再生を避けるため崩壊領域はヘリウムで満たされている.(b) 不変質量が $m_K$ 近傍にある事象の $\cos\theta$ 分布.3体崩壊の背景はなだらかに広がるのに対し,$\cos\theta=1$ にだけ鋭い超過が現れた.これが $\mathcal{CP}$ の破れの最初の証拠である.

6.4.4 $\mathcal{CP}$ の破れの大きさ

物理的な $K_L$ と $K_S$ は,$\mathcal{CP}$ 固有状態からわずかにずれている.小さなパラメータ $\varepsilon$ を導入して

$$ \begin{equation} \ket{K_S}=\frac{\ket{K_1}+\varepsilon\ket{K_2}}{\sqrt{1+\abs{\varepsilon}^2}}, \qquad \ket{K_L}=\frac{\ket{K_2}+\varepsilon\ket{K_1}}{\sqrt{1+\abs{\varepsilon}^2}} \label{eq:6-KL-KS} \end{equation} $$

と書く.$K_L$ が $2\pi$ に崩壊するのは,混じっている $\varepsilon\ket{K_1}$ 成分のせいである.観測量は振幅比

$$ \eta_{+-}\equiv\frac{A(K_L\to\pi^+\pi^-)}{A(K_S\to\pi^+\pi^-)}, \qquad \eta_{00}\equiv\frac{A(K_L\to\pi^0\pi^0)}{A(K_S\to\pi^0\pi^0)} $$

であり,実測値は $\abs{\eta_{+-}}=2.232\times10^{-3}$(位相 $\phi_{+-}=43.5^\circ$)である.すなわち $\mathcal{CP}$ の破れは振幅で $0.2\%$ というごく小さな効果である.$\mathcal{P}$ が最大限に破れていたのとは対照的で,「なぜ中途半端に破れているのか」は今も本質的な問いである.

表6.4 中性 $K$ 中間子系の主な実測値(PDG)
量記号値
質量$m_{K^0}$$497.611\ \mathrm{MeV}$
$K_S$ 寿命$\tau_S$$8.954\times10^{-11}\ \mathrm{s}$
$K_L$ 寿命$\tau_L$$5.116\times10^{-8}\ \mathrm{s}$
質量差$\Delta m = m_L-m_S$$3.484\times10^{-12}\ \mathrm{MeV}$($=5.29\times10^{9}\ \mathrm{s^{-1}}$)
$\mathcal{CP}$ 非保存パラメータ$\abs{\varepsilon}$$2.228\times10^{-3}$
振幅比$\abs{\eta_{+-}}$$2.232\times10^{-3}$($\phi_{+-}=43.5^\circ$)
直接的 $\mathcal{CP}$ 破れ$\mathrm{Re}(\varepsilon'/\varepsilon)$$1.66\times10^{-3}$
$K_L\to\pi^+\pi^-$ 分岐比—$1.967\times10^{-3}$
半レプトン電荷非対称$\delta_L$$3.32\times10^{-3}$

物理的意味:$\delta_L$ は「物質」の絶対的な定義を与える

表の最後にある $\delta_L$ は,$K_L$ の半レプトン崩壊における電荷非対称

$$ \delta_L=\frac{\Gamma(K_L\to\pi^-e^+\nu_e)-\Gamma(K_L\to\pi^+e^-\bar\nu_e)}{\Gamma(K_L\to\pi^-e^+\nu_e)+\Gamma(K_L\to\pi^+e^-\bar\nu_e)}=3.32\times10^{-3} $$

である.$K_L$ は $\mathcal{CP}$ がほぼ $-1$ の中性状態で,物質・反物質のどちらでもない.その崩壊で,陽電子のほうが電子よりわずかに($0.33\%$)多く出る.

これで6.2.3節の宇宙人問題が完全に解ける.「$K_L$ を作って半レプトン崩壊を測りなさい.多く出るほうの荷電レプトンが,あなたの世界の陽電子です.」もう「あなたが物質でできているなら」という但し書きは要らない.自然は,物質と反物質を絶対的に区別する物差しを持っている.

この非対称は宇宙論的にも重い.Sakharov(1967)は,宇宙の物質・反物質非対称が生成されるための3条件として (i) バリオン数の非保存,(ii) $\mathcal{C}$ と $\mathcal{CP}$ の破れ,(iii) 熱平衡からのずれ,を挙げた.$\mathcal{CP}$ の破れは実在するので (ii) は満たされる.ただし標準模型の $\mathcal{CP}$ 破れの大きさは,観測される baryon-to-photon 比 $\eta_B\approx6\times10^{-10}$ を説明するには $10$ 桁ほど足りない.これは標準模型が不完全であることの,最も確かな証拠の一つである(第15章).

6.4.5 $B$ 中間子と CKM 位相

$\mathcal{CP}$ の破れが $K$ 中間子だけの特殊事情なのか,理論の構造に組み込まれた普遍的な性質なのかは,長く不明だった.答えを与えたのが,小林誠と益川敏英の1973年の論文である.

定理6.4(小林–益川)

クォークが $n$ 世代あるとき,フレーバー混合行列(CKM 行列)に含まれる物理的な位相の数は

$$ N_{\text{phase}}=\frac{(n-1)(n-2)}{2} $$

である.$n=2$ では $0$,すなわち $\mathcal{CP}$ を破る位相を持ちようがない.$\mathcal{CP}$ の破れを弱い相互作用の枠内で説明するには,クォークが少なくとも3世代必要である.

1973年当時,実験で確認されていたクォークは $u,d,s$ の3種類だけであり,第2世代の $c$ は GIM 機構(1970年.第12章 12.5.2 項)によって理論的に予言されていた.小林と益川は,その $c$ を含めた4クォーク模型でも $\mathcal{CP}$ を破る位相が入らないことを示し,$\mathcal{CP}$ の破れという実験事実だけから第3世代 $b,t$ の存在を要求したことになる.$c$ は1974年,$b$ は1977年,$t$ は1995年に発見された.2008年のノーベル賞である.

3世代の CKM 行列は3つの実の混合角と1つの複素位相 $\delta$ で書ける.$\mathcal{CP}$ の破れの大きさは,位相の取り方によらない不変量である Jarlskog 不変量

$$ \begin{equation} J = \mathrm{Im}\left(V_{us}V_{cb}V_{ub}^{*}V_{cs}^{*}\right) = (3.08\pm0.15)\times10^{-5} \label{eq:6-jarlskog} \end{equation} $$

で測られる.同種のクォークの質量が縮退していない限り,$J\neq0$ が $\mathcal{CP}$ 破れの必要十分条件であり(正確には $J$ と質量二乗差の積 $\prod(m_i^2-m_j^2)$ がともにゼロでないことが条件である),実測はゼロから明確に外れている.

$B$ 中間子系では,$\mathcal{CP}$ の破れが $K$ 系よりはるかに大きく現れる.$B$ ファクトリー(KEKB の Belle 実験,SLAC の BaBar 実験)は,$B^0\to J/\psi\,K_S$ の時間依存崩壊率の粒子・反粒子非対称から

$$ \sin2\beta = 0.699\pm0.017 $$

を測定した(PDG 2022 の平均値.本書では第12章・付録E の数値と揃えるためこの値を使う.その後の HFLAV 平均は $0.708\pm0.011$ 前後に更新されている).$O(1)$ の非対称である.小林–益川の枠組みが正しいことがこうして確立し,2008年の受賞につながった.

材料科学との接点:$K^0$–$\bar K^0$ 系は非エルミート2準位系の教科書である

中性 $K$ の時間発展は,崩壊があるので確率が保存しない.そこで Weisskopf–Wigner 近似では,$2\times2$ の非エルミート有効ハミルトニアン

$$ \mathcal{H}_{\text{eff}} = M - \frac{\ii}{2}\Gamma, \qquad \ii\frac{\dd}{\dd t}\begin{pmatrix}a_{K^0}\\ a_{\bar K^0}\end{pmatrix} =\left(M-\frac{\ii}{2}\Gamma\right)\begin{pmatrix}a_{K^0}\\ a_{\bar K^0}\end{pmatrix} $$

で記述する.$M$(質量行列)と $\Gamma$(崩壊行列)はどちらもエルミートだが,その組合せは非エルミートである.固有値の実部の差が $\Delta m$,虚部の差が寿命差 $\Delta\Gamma$ を与える.$\mathcal{CPT}$ が成り立てば $M_{11}=M_{22}$,$\Gamma_{11}=\Gamma_{22}$ が要求され,これが $\mathcal{CPT}$ の精密検証の土台になる.

この数学は,材料科学でそっくり再利用されている.

非エルミート物理を学ぶとき,中性 $K$ 中間子系はいちばん古く,いちばん精度が高い実例である.6.6節(d)の $\mathcal{PT}$ 対称性の話につながる.

6.5 時間反転 $\mathcal{T}$ と $\mathcal{CPT}$ 定理

6.5.1 時間反転の定義

定義:時間反転 $\mathcal{T}$

時間反転とは,時間の向きを逆にする操作である:

$$ \mathcal{T}:\quad t\ \longmapsto\ -t,\qquad \bm{x}\ \longmapsto\ \bm{x} $$

その結果,速度・運動量・角運動量・スピンはすべて向きを変える:

$$ \bm{v}\to-\bm{v},\quad \bm{p}\to-\bm{p},\quad \bm{L}\to-\bm{L},\quad \bm{S}\to-\bm{S} $$

「時間反転」という名前は誤解を招きやすい.これは「時間を巻き戻す」ことではなく,「運動を逆再生した状態も,同じ法則に従う解になっているか」を問う操作である.より正確には motion reversal(運動反転)と呼ぶべきものである.Newton の運動方程式 $m\ddot{\bm{x}}=\bm{F}(\bm{x})$ は $t$ の2階微分なので $t\to-t$ で不変であり,古典力学は $\mathcal{T}$ 対称である.一方,摩擦のある方程式 $m\ddot{\bm{x}}=-\gamma\dot{\bm{x}}$ は1階微分を含むので $\mathcal{T}$ を破る.熱力学第二法則の不可逆性は,微視的な $\mathcal{T}$ 対称性と矛盾しない(統計的な初期条件の問題である)ことに注意.

6.5.2 なぜ $\mathcal{T}$ は反ユニタリでなければならないか

ここが本節で最も重要な,そして初学者が必ずつまずく点である.$\hat{\mathcal{P}}$ や $\hat{\mathcal{C}}$ はユニタリ演算子だったが,$\hat{\mathcal{T}}$ は反ユニタリ(antiunitary)でなければならない.理由を2通りで示す.

導出1:正準交換関係が要求する

ステップ1:要請を書く.時間反転は位置を変えず,運動量を反転する:

$$ \hat{\mathcal{T}}\,\hat{x}\,\hat{\mathcal{T}}^{-1}=\hat{x}, \qquad \hat{\mathcal{T}}\,\hat{p}\,\hat{\mathcal{T}}^{-1}=-\hat{p} $$

ステップ2:交換関係に作用させる.正準交換関係 $[\hat x,\hat p]=\ii\hbar$ の両辺を $\hat{\mathcal{T}}\cdots\hat{\mathcal{T}}^{-1}$ で挟む.左辺は

$$ \hat{\mathcal{T}}[\hat x,\hat p]\hat{\mathcal{T}}^{-1} =[\hat{\mathcal{T}}\hat x\hat{\mathcal{T}}^{-1},\ \hat{\mathcal{T}}\hat p\hat{\mathcal{T}}^{-1}] =[\hat x,-\hat p]=-\ii\hbar $$

ステップ3:右辺を評価する.もし $\hat{\mathcal{T}}$ が線形なら,数 $\ii\hbar$ はそのまま通り抜けて

$$ \hat{\mathcal{T}}(\ii\hbar)\hat{\mathcal{T}}^{-1}=\ii\hbar $$

ステップ4:矛盾を見る.左辺 $=-\ii\hbar$,右辺 $=+\ii\hbar$.これは成り立たない.

ステップ5:脱出口.$\hat{\mathcal{T}}$ が反線形(antilinear),すなわち任意の複素数 $c$ に対して

$$ \begin{equation} \hat{\mathcal{T}}\,(c\ket{\psi}) = c^{*}\,\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi} \label{eq:6-antilinear} \end{equation} $$

を満たすとすれば,$\hat{\mathcal{T}}(\ii\hbar)\hat{\mathcal{T}}^{-1}=-\ii\hbar$ となって左辺と一致する.矛盾が消える.∎

導出2:エネルギースペクトルが下に有界であるために

ステップ1:時間発展を書く.状態の発展は $\ket{\psi(t)}=\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}\ket{\psi(0)}$.

ステップ2:時間反転の要請.「時刻 $t$ まで発展させてから時間反転する」ことと,「時間反転してから $-t$ 発展させる」ことが同じであってほしい:

$$ \hat{\mathcal{T}}\,\ee^{-\ii\Ham t/\hbar} = \ee^{+\ii\Ham t/\hbar}\,\hat{\mathcal{T}} $$

ステップ3:$\hat{\mathcal{T}}$ が線形だと仮定する.指数を展開して $t$ の1次を比べると $\hat{\mathcal{T}}(-\ii\Ham)=(+\ii\Ham)\hat{\mathcal{T}}$.線形なら $\ii$ を通り抜けさせて

$$ \hat{\mathcal{T}}\Ham\hat{\mathcal{T}}^{-1}=-\Ham $$

ステップ4:破滅が起きる.これは,エネルギー $E$ の固有状態 $\ket{E}$ に対して $\hat{\mathcal{T}}\ket{E}$ がエネルギー $-E$ の固有状態であることを意味する.つまりスペクトルが $E\to-E$ で対称になってしまう.ところが運動エネルギー $\bm{p}^2/2m$ はいくらでも大きくなれる(スペクトルは上に非有界である)から,対称性によりスペクトルは下にも非有界になり,基底状態が存在しない.物質は無限に崩壊し,安定な原子も結晶も存在できない.

ステップ5:反線形なら救われる.$\hat{\mathcal{T}}$ が反線形なら $\hat{\mathcal{T}}(-\ii\Ham)=(-\ii)^{*}\hat{\mathcal{T}}\Ham=+\ii\hat{\mathcal{T}}\Ham$ となり,ステップ3の関係は

$$ \hat{\mathcal{T}}\Ham\hat{\mathcal{T}}^{-1}=+\Ham $$

に変わる.エネルギースペクトルは下に有界のままで,時間反転は同じエネルギーの状態を与える.これがのちに Kramers 縮退を生む.∎

数学ノート:反ユニタリ演算子の性質と $\mathcal{T}^2=\pm1$

反ユニタリ演算子は,反線形かつノルムを保つ演算子である.内積については

$$ \braket{\hat{\mathcal{T}}\phi\,\vert\,\hat{\mathcal{T}}\psi} = \braket{\phi\,\vert\,\psi}^{*} = \braket{\psi\,\vert\,\phi} $$

が成り立つ(複素共役が入る点がユニタリとの違い).任意の反ユニタリ演算子は,あるユニタリ $U$ と複素共役演算子 $K$($K\,c\,K^{-1}=c^*$,$K^2=1$)を使って $\hat{\mathcal{T}}=UK$ と書ける.

スピンなしの粒子では $\hat{\mathcal{T}}=K$ で,波動関数を複素共役するだけである:$\psi(\bm{x})\to\psi^{*}(\bm{x})$.これで $\bm{p}=-\ii\hbar\nabla$ の符号が変わるのが分かる.$\hat{\mathcal{T}}^2=K^2=+1$.

スピン $1/2$では,$\bm{S}\to-\bm{S}$ を実現するために追加の回転が必要になる.$\sigma_x,\sigma_z$ は実行列なので $K$ で不変だが $\sigma_y$ は純虚で $K$ で符号が変わる.3成分すべてを反転させるには $\sigma_y$ による $\pi$ 回転を掛ければよく

$$ \begin{equation} \hat{\mathcal{T}} = -\ii\sigma_y K = \begin{pmatrix}0&-1\\ 1&0\end{pmatrix}K \label{eq:6-T-spinhalf} \end{equation} $$

2乗を計算する.$K$ を右の因子の左へ通すと係数が複素共役されるので

$$ \hat{\mathcal{T}}^2=(-\ii\sigma_y K)(-\ii\sigma_y K) =(-\ii\sigma_y)(+\ii\sigma_y^{*})K^2 =(-\ii)(+\ii)\,\sigma_y(-\sigma_y) =-\sigma_y^2=-\mathbb{1} $$

($\sigma_y^{*}=-\sigma_y$ を使った.)すなわち

$$ \begin{equation} \hat{\mathcal{T}}^2 = (-1)^{2S} =\begin{cases} +1 & (\text{整数スピン})\\ -1 & (\text{半整数スピン}) \end{cases} \label{eq:6-T-squared} \end{equation} $$

$\hat{\mathcal{T}}^2=-1$ は「2回時間反転すると符号が変わる」という奇妙な性質だが,スピノルが $2\pi$ 回転で符号を変えるのと同じ事情である.そしてこの $-1$ こそが,次節の Kramers 縮退と,6.6節の $\mathbb{Z}_2$ トポロジカル絶縁体の存在理由である.

6.5.3 Kramers 縮退

定理6.5(Kramers, 1930)

半整数スピンをもつ系(電子の奇数個からなる系)が時間反転対称($[\hat{\mathcal{T}},\Ham]=0$)であるならば,すべてのエネルギー準位は少なくとも2重に縮退している.

証明.$\Ham\ket{\psi}=E\ket{\psi}$ とする.

(i) $\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi}$ も同じエネルギーの固有状態である.$[\hat{\mathcal{T}},\Ham]=0$ より

$$ \Ham\,(\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi}) = \hat{\mathcal{T}}\Ham\ket{\psi} = \hat{\mathcal{T}}(E\ket{\psi}) = E\,\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi} $$

($E$ は実数なので反線形性で複素共役をとっても変わらない.)

(ii) $\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi}$ は $\ket{\psi}$ と直交する.反ユニタリ演算子の内積規則

$$ \braket{\hat{\mathcal{T}}\phi\,\vert\,\hat{\mathcal{T}}\chi} = \braket{\chi\,\vert\,\phi} $$

において,$\phi=\psi$,$\chi=\hat{\mathcal{T}}\psi$ と選ぶ.左辺は $\hat{\mathcal{T}}^2=-1$(半整数スピン)を使って

$$ \braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\hat{\mathcal{T}}(\hat{\mathcal{T}}\psi)} =\braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\hat{\mathcal{T}}^2\psi} =\braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,-\psi} =-\braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\psi} $$

右辺はそのまま $\braket{\chi\vert\phi}=\braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\psi}$.両者を等しいとおくと

$$ -\braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\psi} = \braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\psi} \quad\Longrightarrow\quad \braket{\hat{\mathcal{T}}\psi\,\vert\,\psi}=0 $$

ここで $\hat{\mathcal{T}}^2=-1$ を使ったことが決定的である.整数スピン($\hat{\mathcal{T}}^2=+1$)なら左辺の符号が反転せず,何の結論も出ない.

(iii) 結論.$\ket{\psi}$ と $\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi}$ は,同じエネルギーをもつ互いに直交する2つの状態である.したがって準位は少なくとも2重縮退.∎

整数スピンでは $\hat{\mathcal{T}}^2=+1$ なので (ii) が成り立たず,$\hat{\mathcal{T}}\ket{\psi}$ が $\ket{\psi}$ に比例してしまう可能性がある.Kramers 縮退は半整数スピンに固有の現象である.

6.5.4 $\mathcal{CPT}$ 定理

$\mathcal{P}$ は破れる.$\mathcal{C}$ も破れる.$\mathcal{CP}$ も(小さいが)破れる.では $\mathcal{T}$ はどうか.そして3つ全部の積は?

定理6.6($\mathcal{CPT}$ 定理;Lüders, Pauli, Bell, Jost, 1954–1957)

次の3条件を満たす場の量子論は,必ず $\Theta\equiv\mathcal{CPT}$ のもとで不変である:

  1. Lorentz 不変性(相対論的な場の理論であること)
  2. 局所性(相互作用が時空の1点で起きること,空間的に離れた場は可換(フェルミオン場では反可換)であること)
  3. エルミート性とスペクトルの正値性(ハミルトニアンがエルミートで,エネルギーが下に有界)

これらは場の理論の骨格そのものであるから,$\mathcal{CPT}$ の破れは「標準模型の外側」どころか「場の理論の枠組みそのもの」の破綻を意味する.

なぜ?:$\mathcal{CPT}$ が特別な理由 —— Lorentz 群とのつながり

直感的な理解はこうである.Lorentz 変換のうち,恒等変換と連続的につながる部分(固有直交 Lorentz 変換 $L_+^\uparrow$)は,行列式 $+1$ かつ時間の向きを保つものである.$\mathcal{P}$ は行列式 $-1$,$\mathcal{T}$ は時間の向きを反転するので,どちらも単独では $L_+^\uparrow$ に属さない.ところが$\mathcal{PT}=-\mathbb{1}_4$ は行列式が $+1$ であり,複素化した Lorentz 群のなかでは虚の角度をもつ回転を通じて恒等変換と連続的につながる(実の Lorentz 群の内部では,時間の向きを反転するのでつながらない).具体的には,$4$ 次元 Euclid 空間で $\pi$ 回転を2枚の平面で行い,Minkowski 空間へ解析接続すると $\mathcal{PT}$ が得られる.

そして場の理論では,スピンと統計の関係(スピン統計定理)により,この解析接続が自動的に $\mathcal{C}$ を伴う.結果として $\mathcal{CPT}$ は「連続対称性の一部」として理論に組み込まれてしまう.$\mathcal{P}$,$\mathcal{C}$,$\mathcal{T}$ の個別の保存が偶然の産物にすぎないのに対し,$\mathcal{CPT}$ だけが定理として保証されるのはこのためである.

$\mathcal{CPT}$ 定理には,実験で直接確かめられる強い帰結がある.

$\mathcal{CPT}$ の帰結

  1. 粒子と反粒子の質量は厳密に等しい:$m_a = m_{\bar a}$
  2. 全崩壊幅(寿命)も厳密に等しい:$\Gamma_a=\Gamma_{\bar a}$,$\tau_a=\tau_{\bar a}$(個別の分岐比は等しいとは限らない)
  3. 電荷は逆符号で大きさが等しい:$q_a=-q_{\bar a}$
  4. 磁気モーメントは逆符号で大きさが等しい:$\mu_a=-\mu_{\bar a}$
  5. $\mathcal{CP}$ が破れているなら,$\mathcal{T}$ も同じだけ破れている
表6.5 $\mathcal{CPT}$ の実験的検証(PDG,代表例)
検証対象量実験上限/精度
$K^0$–$\bar K^0$ 質量差$\abs{m_{K^0}-m_{\bar K^0}}/m_{K^0}$$< 6\times10^{-19}$(最も厳しい)
陽子・反陽子の電荷質量比$\abs{(q/m)_{\bar p}/(q/m)_{p}+1}$$< 1.6\times10^{-11}$(BASE, CERN, 2022)
電子・陽電子の $g$ 因子$\abs{g_{e^-}-g_{e^+}}/g_{\text{avg}}$$< 2\times10^{-12}$
$\mu^+$ と $\mu^-$ の寿命$(\tau_{\mu^+}-\tau_{\mu^-})/\tau_{\text{avg}}$$(2\pm8)\times10^{-5}$,すなわち $\lesssim2\times10^{-4}$
反水素の $1S$–$2S$ 遷移水素との相対差$\sim2\times10^{-12}$(ALPHA, CERN)

6.5.5 $\mathcal{T}$ の破れを探す —— 電気双極子モーメント(EDM)

$\mathcal{CP}$ が破れている以上,$\mathcal{CPT}$ 定理から $\mathcal{T}$ も破れているはずである.では $\mathcal{T}$ の破れを直接見る方法はあるか.最も強力なのが,素粒子の電気双極子モーメント(electric dipole moment, EDM)の探索である.

導出:なぜ EDM が $\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ の両方を破るのか

ステップ1:EDM の向きは決まっている.スピン $1/2$ の粒子には,スピン $\bm{S}$ 以外に向きを指定するベクトルがない.したがって,もし恒常的な電気双極子モーメント $\bm{d}$ が存在するなら,それは必ずスピンに平行でなければならない:

$$ \bm{d} = d\,\frac{\bm{S}}{\abs{\bm{S}}} $$

これは Wigner–Eckart の定理の帰結である(第5章).

ステップ2:相互作用エネルギーを書く.電場 $\bm{E}$ の中でのエネルギーは,磁気モーメントの場合と並べて書くと

$$ H = -\bm{\mu}\cdot\bm{B}-\bm{d}\cdot\bm{E} = -\mu\,\frac{\bm{S}\cdot\bm{B}}{\abs{\bm{S}}}-d\,\frac{\bm{S}\cdot\bm{E}}{\abs{\bm{S}}} $$

ステップ3:$\mathcal{P}$ のもとで調べる.$\bm{S}$ は軸性(不変),$\bm{E}$ は極性(反転)だから

$$ \bm{S}\cdot\bm{E}\ \xrightarrow{\ \mathcal{P}\ }\ -\bm{S}\cdot\bm{E} $$

すなわち EDM 項は $\mathcal{P}$-odd.比較のため磁気モーメント項は $\bm{S}\cdot\bm{B}$(軸性 $\times$ 軸性)で $\mathcal{P}$-even であり,何の問題もない.

ステップ4:$\mathcal{T}$ のもとで調べる.$\bm{S}\to-\bm{S}$,$\bm{E}\to+\bm{E}$(電場は電荷分布が作るもので,電荷は時間反転で変わらない)だから

$$ \bm{S}\cdot\bm{E}\ \xrightarrow{\ \mathcal{T}\ }\ -\bm{S}\cdot\bm{E} $$

EDM 項は $\mathcal{T}$-odd でもある.一方 $\bm{S}\cdot\bm{B}$ は $\bm{S}\to-\bm{S}$ と $\bm{B}\to-\bm{B}$ で符号が2回変わって不変.

ステップ5:結論.

$$ \begin{equation} \bm{d}\neq0\quad\Longrightarrow\quad \mathcal{P}\ \text{と}\ \mathcal{T}\ \text{の両方が破れている} \label{eq:6-edm} \end{equation} $$

逆向きの含意は,そのままでは成り立たない.$\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ の両方が破れていれば $\bm{d}$ がゼロである必然性は失われるが,その大きさは動力学が決める(標準模型は両方を破っているのに,予言される $d_n$ は表6.6 のとおり $10^{-31}\ e\,\mathrm{cm}$ 級と極小である).さらに $\mathcal{CPT}$ が成り立つなら,$\mathcal{T}$ の破れは $\mathcal{CP}$ の破れと等価である.したがってEDM の測定は $\mathcal{CP}$ 破れの新しい源を探す,最も感度の高い実験である.∎

表6.6 EDM 探索の現状と理論予言($e\,\mathrm{cm}$ 単位)
対象実験上限($90\%$ CL)標準模型の予言超対称性などの予言
中性子 $d_n$$<1.8\times10^{-26}$(PSI, 2020)$\sim10^{-31}$$10^{-26}$–$10^{-28}$
電子 $d_e$$<4.1\times10^{-30}$(JILA HfF$^+$, 2023)$\lesssim10^{-38}$$10^{-27}$–$10^{-30}$
$^{199}\mathrm{Hg}$ 原子$<7.4\times10^{-30}$——
陽子(間接)$<2\times10^{-25}$$\sim10^{-31}$—

物理的意味:EDM の桁がどれほど小さいか

中性子 EDM の上限 $1.8\times10^{-26}\ e\,\mathrm{cm}$ を実感してみよう.これは「電荷 $e$ と $-e$ が $1.8\times10^{-26}\ \mathrm{cm}=1.8\times10^{-28}\ \mathrm{m}$ だけずれている」ことに相当する.中性子の半径は $\sim0.8\ \mathrm{fm}=8\times10^{-16}\ \mathrm{m}$ だから,相対的なずれは

$$ \frac{1.8\times10^{-28}}{8\times10^{-16}} = 2.3\times10^{-13} $$

中性子を地球サイズ(半径 $6.4\times10^6\ \mathrm{m}$)に拡大しても,正負電荷のずれは $1.4\times10^{-6}\ \mathrm{m}$,すなわち1マイクロメートル程度でしかない.これほどの精度で「球対称からのずれがない」ことが確認されている.

この上限は,QCD の $\theta$ 項(第15章 15.5.5 項)の係数に $\bar\theta < 10^{-10}$ という異常な制限を課す.なぜ $\bar\theta$ が $O(1)$ ではなく $10^{-10}$ 以下なのかは 強い CP 問題と呼ばれ,未解決である.アクシオンはこの問題の解として提案された粒子で,暗黒物質の有力候補でもある(第15章 15.5.5 項).

6.5.6 $\mathcal{P}$・$\mathcal{C}$・$\mathcal{T}$ のもとでの物理量の変換 —— 総まとめ表

これが本章の中心となる表である.素粒子物理でも結晶物性でも,対称性による選択則を判定するときには必ずこの表に立ち返る.使い方は単純で,「両辺の $\mathcal{P}$・$\mathcal{T}$ 符号が一致しなければ,その項は存在できない」と読むだけである.

表6.7 主な物理量の $\mathcal{P}$・$\mathcal{C}$・$\mathcal{T}$ 変換性($+$ は不変,$-$ は符号反転)
物理量記号$\mathcal{P}$$\mathcal{T}$$\mathcal{C}$分類・備考
時刻$t$$+$$-$$+$—
位置$\bm{x}$$-$$+$$+$極性ベクトル
速度$\bm{v}=\dd\bm{x}/\dd t$$-$$-$$+$極性ベクトル
運動量$\bm{p}$$-$$-$$+$極性ベクトル
軌道角運動量$\bm{L}=\bm{x}\times\bm{p}$$+$$-$$+$軸性ベクトル
スピン$\bm{S}$($\bm{\sigma}$)$+$$-$$+$軸性ベクトル
電荷密度$\rho$$+$$+$$-$スカラー
電流密度$\bm{j}=\rho\bm{v}$$-$$-$$-$極性ベクトル
スカラーポテンシャル$\phi$$+$$+$$-$—
ベクトルポテンシャル$\bm{A}$$-$$-$$-$極性ベクトル
電場$\bm{E}=-\nabla\phi-\partial_t\bm{A}$$-$$+$$-$極性ベクトル
磁場$\bm{B}=\nabla\times\bm{A}$$+$$-$$-$軸性ベクトル
電気分極$\bm{P}$$-$$+$$-$極性ベクトル($\bm{E}$ と同じ)
磁化$\bm{M}$$+$$-$$-$軸性ベクトル($\bm{B}$ と同じ)
磁気モーメント項$\bm{\sigma}\cdot\bm{B}$$+$$+$$+$すべて許される
電気双極子項$\bm{\sigma}\cdot\bm{E}$$-$$-$$+$$\mathcal{P}$・$\mathcal{T}$ を破る(EDM)
ヘリシティ$\bm{\sigma}\cdot\bm{p}$$-$$+$$+$擬スカラー(Wu の実験)
$\theta$ 項$\bm{E}\cdot\bm{B}$$-$$-$$+$擬スカラー,$\mathcal{CP}$-odd
トロイダルモーメント$\bm{T}\propto\bm{P}\times\bm{M}$$-$$-$$+$非相反応答の源(6.6節)
カイラリティ(旋光能)$\chi$$-$$+$$+$擬スカラー(掌性結晶)
電気伝導度$\sigma_{ij}$$+$—$+$2階極性テンソル($\mathcal{T}$ は Onsager 則へ)
磁気電気テンソル$\alpha_{ij}$$-$$-$—$\mathcal{P}$・$\mathcal{T}$ 両方の破れが必要

注意:$\mathcal{T}$ の欄の読み方

$\mathcal{T}$ は反ユニタリなので,「符号が変わる」という言い方は演算子の変換 $\hat{\mathcal{T}}\hat{O}\hat{\mathcal{T}}^{-1}=\pm\hat{O}$ の意味であって,同時に複素共役の作用も伴う.たとえば伝導度テンソル $\sigma_{ij}(\omega)$ のように振動数依存の複素量を扱うときは,$\mathcal{T}$ が $\omega$ の符号や複素共役に働くので,単純な $\pm$ では書けない.表で $\sigma_{ij}$ の $\mathcal{T}$ 欄を「—」にしてあるのはこのためで,正しい表現は Onsager の相反定理

$$ \sigma_{ij}(\bm{B},\bm{M}) = \sigma_{ji}(-\bm{B},-\bm{M}) $$

である(6.6節(c)).散逸のある応答係数については,「$\mathcal{T}$-even/odd」ではなく相反関係の形で議論するのが正しい.

もう一点,$\mathcal{C}$ の欄にも読み方の約束がある.$\bm{\sigma}\cdot\bm{B}$ と $\bm{\sigma}\cdot\bm{E}$ の行の $\mathcal{C}$ 欄が $+$ なのは,これらが結合定数まで込みの相互作用項($-\bm{\mu}\cdot\bm{B}$ と $-\bm{d}\cdot\bm{E}$)を指しているからである.磁気モーメント $\bm{\mu}$ も電気双極子モーメント $\bm{d}$ も,電荷分布から作られる量なので $\rho$ と同じく $\mathcal{C}$-odd であり,$\mathcal{C}$-odd な $\bm{B}$,$\bm{E}$ と組んで項全体が $\mathcal{C}$-even になる.スピン演算子 $\bm{\sigma}$ そのもの($\mathcal{C}$-even)と $\bm{E}$($\mathcal{C}$-odd)を素朴に掛けると符号が合わないので注意すること.なおこの $\mathcal{C}$-even という結論は $\mathcal{CPT}$ 定理から要求される通りでもある:EDM 項は $\mathcal{P}$-odd $\mathcal{T}$-odd なので,$\mathcal{CPT}$ が保たれるには $\mathcal{C}$-even でなければならない.同時にこれは,EDM が $\mathcal{CP}$-odd($\mathcal{CP}$ の破れの指標)であることも意味する.

6.6 材料科学との接点 — 対称性が物性を決める

ここからが本章の核心である.前節までに作った道具 —— 極性/軸性の区別,擬スカラー判定法(定理6.1),$\hat{\mathcal{T}}$ の反ユニタリ性,表6.7 —— を,そのまま結晶に持ち込む.素粒子物理と結晶物性で使う論法は,文字どおり同一である.違うのは,素粒子では真空の対称性を,結晶では結晶場(点群)の対称性を問題にする,という一点だけである.

6.6.1 (a) 反転対称性の破れ — 強誘電性・圧電性・SHG

結晶の32個の点群は,反転操作 $\bar{1}$ を含むか否かで2群に分かれる.

表6.8 32点群の対称性による分類と,許される物性
分類点群の数反転 $\bar{1}$許される物性代表例
中心対称11あり$\chi^{(3)}$(THG)のみ.圧電性・SHG は禁止$\mathrm{Si}$($m\bar3m$),$\mathrm{SrTiO_3}$ 常誘電相,$\mathrm{NaCl}$
非中心対称(非圧電)1($432$ のみ)なし反転中心がないのに圧電性も SHG も消える唯一の例外.3階極性テンソルとして許されるのが完全反対称な $\varepsilon_{ijk}$ 型だけで,$j\leftrightarrow k$ 対称な $d_{ijk}$・$\chi^{(2)}_{ijk}$ がゼロになるため.旋光能(擬スカラー)は許される—
圧電性20なし圧電テンソル $d_{ijk}\neq0$,SHG 可$\alpha$-石英($32$),$\mathrm{AlN}$($6mm$),$\mathrm{GaAs}$($\bar43m$)
極性(焦電性)10(上の部分集合)なし自発分極 $\bm{P}_s\neq0$.強誘電体の候補$\mathrm{BaTiO_3}$($4mm$),$\mathrm{LiNbO_3}$($3m$),$\mathrm{PbTiO_3}$($4mm$)
掌性(エナンチオモルフ)11なし(鏡映も回反もなし)擬スカラー量(旋光能)$\neq0$$\alpha$-石英($32$),$\mathrm{Te}$($32$),$\mathrm{NaClO_3}$($23$)

材料科学との接点:SHG は結晶の「Wu の実験」である

6.1.3節で示したように,反転中心があれば $\chi^{(2)}=0$ となり,第二高調波は原理的に出ない.この禁止則を,素粒子の実験と並べて書いてみよう.

表6.9 素粒子と結晶で,同じ判定法が使われている
—素粒子(Wu の実験)結晶(SHG 測定)
対称性を持つはずの主体真空(弱い相互作用のラグランジアン)結晶の点群
測る $\mathcal{P}$-odd 量擬スカラー $\braket{\bm{J}\cdot\bm{p}_e}$3階極性テンソル $\chi^{(2)}_{ijk}$
$\mathcal{P}$ が保たれるなら$\braket{\bm{J}\cdot\bm{p}_e}=0$$\chi^{(2)}_{ijk}=0$
実測非対称度 $\sim40\%$ → $\mathcal{P}$ の破れSHG 強度 $\neq0$ → 反転対称性の破れ
使う定理定理6.1($\mathcal{P}$-odd な量の期待値はゼロ)—— まったく同じ

実験の現場でも,この論理は日常的に使われている.たとえば $\mathrm{SrTiO_3}$ 薄膜に歪みを加えたときに強誘電相が現れるかどうかは,SHG 信号の立ち上がる温度で判定する.また,バルクが中心対称な物質でも表面・界面では必ず反転対称性が破れるので,SHG は界面選択的なプローブとして機能する.$\mathrm{Si}/\mathrm{SiO_2}$ 界面の評価,触媒表面の吸着種の観測(和周波発生 SFG),単層 $\mathrm{MoS_2}$($\bar6m2$,反転対称なし)と2層 $\mathrm{MoS_2}$(反転対称あり)の層数判定など,用途は広い.「層数が偶数か奇数かで SHG が出たり消えたりする」という現象は,$(-1)$ という乗法的量子数の直接の可視化である.

導出:圧電テンソルが中心対称結晶で消えること

ステップ1:構成方程式を書く.直接圧電効果は,応力 $\sigma_{jk}$ が分極 $P_i$ を生む現象である:

$$ P_i = d_{ijk}\,\sigma_{jk} $$

ステップ2:各量の $\mathcal{P}$ 変換性を調べる.分極 $\bm{P}$ は極性ベクトル($\mathcal{P}$-odd).応力テンソル $\sigma_{jk}$ は「面積要素あたりの力」であり,$\bm{F}$(極性)と面法線 $\bm{n}$(極性)の直積だから

$$ \sigma_{jk}\ \xrightarrow{\ \mathcal{P}\ }\ (-1)(-1)\sigma_{jk}=+\sigma_{jk}\qquad(\mathcal{P}\text{-even}) $$

ステップ3:反転対称性を課す.結晶が反転中心をもつなら,$d_{ijk}$ は変換で不変でなければならない.すると

$$ -P_i = d_{ijk}(+\sigma_{jk}) = +P_i $$

ステップ4:結論.$P_i=0$,すなわち $d_{ijk}=0$.

$$ \begin{equation} \text{反転中心あり}\ \Longrightarrow\ d_{ijk}=0\quad(\text{圧電性なし}) \label{eq:6-piezo} \end{equation} $$

これが「圧電体は必ず非中心対称でなければならない」という,材料設計における最も基本的な制約である.$\mathrm{PbZr}_x\mathrm{Ti}_{1-x}\mathrm{O_3}$(PZT)が優れた圧電体であるのは,$4mm$ や $3m$ という極性点群をとるからである.一方,反転対称な相(立方晶 $m\bar3m$)に入れば圧電性は完全に消える.キュリー点を超えると圧電素子が動かなくなるのは,この対称性の要請である.∎

(a) 中心対称:ポテンシャルが偶関数 → 応答は奇数次のみ → SHG なし u V(u) V(u) = V(−u) 入力 E(t) 応答 P(t):基本波のみ スペクトル ω 2ω(なし) Si, NaCl, 常誘電 SrTiO₃ … χ⁽²⁾ = 0 (b) 非中心対称:非対称ポテンシャル → 2ω が生じる u V(u) ≠ V(−u) (u³ 項あり) 応答は上下非対称 → 直流成分と 2ω 成分が出る ω 2ω BaTiO₃, LiNbO₃, 石英, 単層 MoS₂ … χ⁽²⁾ ≠ 0
図6.6 反転対称性と第二高調波発生(SHG).(a) 反転中心をもつ結晶ではイオンの感じるポテンシャルが偶関数 $V(u)=V(-u)$ になるため,分極の展開に偶数次の項が現れず,入力の正弦波に対して $2\omega$ 成分が生じない.(b) 反転対称が破れると $u^3$ 型の非対称項が許され,応答が上下非対称に歪んで $2\omega$ 成分(および光整流による直流成分)が現れる.素粒子物理の擬スカラー判定法(定理6.1)を,結晶に適用した姿である.

6.6.2 (b) 時間反転対称性 — Kramers 縮退と磁気点群

電子系のハミルトニアンは,磁場も磁気秩序もなければ $\hat{\mathcal{T}}$ と可換である.電子はスピン $1/2$ で $\hat{\mathcal{T}}^2=-1$ だから,定理6.5によりすべての準位が2重縮退する.これが結晶中の電子構造に課す条件を書き下そう.

材料科学との接点:バンド構造における Kramers 縮退

Bloch 状態 $\ket{n\bm{k}\sigma}$ に $\hat{\mathcal{T}}$ を作用させると,$\bm{k}\to-\bm{k}$,$\sigma\to-\sigma$ となる($\bm{k}$ は運動量なので $\mathcal{T}$-odd,スピンも $\mathcal{T}$-odd).したがって

$$ \begin{equation} \varepsilon_n(\bm{k},\uparrow) = \varepsilon_n(-\bm{k},\downarrow) \qquad(\text{時間反転対称性}) \label{eq:6-TRS-band} \end{equation} $$

一方,結晶が反転対称でもあれば $\varepsilon_n(\bm{k},\sigma)=\varepsilon_n(-\bm{k},\sigma)$.2つを合わせると

$$ \varepsilon_n(\bm{k},\uparrow)=\varepsilon_n(\bm{k},\downarrow) $$

すなわちすべての $\bm{k}$ でスピン縮退する.DFT 計算で非磁性・中心対称な結晶のバンドを描くと,スピン軌道相互作用を入れてもバンドが2重縮退したままなのは,これが理由である.

逆に,反転対称性を破れば($\mathcal{T}$ は保ったまま)$\varepsilon_n(\bm{k},\uparrow)\neq\varepsilon_n(\bm{k},\downarrow)$ となり,スピン分裂が現れる.これが

ただし $\bm{k}$ 空間の特別な点 —— 時間反転不変運動量(TRIM)$\bm{\Gamma}_i$,すなわち $-\bm{\Gamma}_i=\bm{\Gamma}_i+\bm{G}$ を満たす点($\Gamma$, $X$, $M$, $R$ など,3次元では8個)—— では,式 \eqref{eq:6-TRS-band} が同じ $\bm{k}$ 同士を結ぶので,$\mathcal{T}$ だけで縮退が保証される.Rashba 分裂は TRIM で必ず閉じる.この事実が (f) の $\mathbb{Z}_2$ 分類の土台になる.

磁気秩序が入ると $\mathcal{T}$ が破れる.磁化 $\bm{M}$ は $\mathcal{T}$-odd(表6.7)なので,強磁性体では $\hat{\mathcal{T}}$ 単独はもはや対称操作ではない.そこで結晶の対称性を記述するには,通常の230個の空間群では足りず,$\mathcal{T}$ を含む拡張が必要になる.

定義:磁気点群・磁気空間群

通常の点群操作 $g$ に加えて,「$g$ のあとに時間反転 $\mathcal{T}$ を行う」複合操作 $g'\equiv g\,\mathcal{T}$(プライム付き,反ユニタリ操作)を許した群を磁気点群(Shubnikov 群)と呼ぶ.全部で 122種類(うち32が通常の点群,32が $\mathcal{T}$ を単独で含む灰色群,58が本来の磁気点群).空間群に拡張すると 1651種類(Shubnikov 群)になる.

記号例:$\mathrm{Cr_2O_3}$ の反強磁性相は $\bar3'm'$.プライムは「その操作単独では対称でないが,$\mathcal{T}$ と組めば対称」であることを表す.$\bar3'$ は「反転 $\times$ 時間反転」が対称操作であることを意味する —— すなわち $\mathcal{P}$ も $\mathcal{T}$ も個別には破れているが,積 $\mathcal{PT}$ は保たれている.

材料科学との接点:$\mathcal{T}$ が破れると何が現れるか

$\mathcal{T}$-odd な物理量は,$\mathcal{T}$ が保たれている限りゼロでなければならない(定理6.1 の $\mathcal{T}$ 版).したがって次の物性はすべて「$\mathcal{T}$ の破れの指標」である.

逆に言えば,「この物質で異常 Hall 効果は出るか」という問いは,磁気点群を調べるだけで答えが出る(Neumann の原理).計算する前に対称性で判定できる.これが磁気点群が実務で使われる理由である.

6.6.3 (c) Onsager の相反定理と microscopic reversibility

時間反転対称性が輸送現象に課す条件が,Onsager の相反定理である.統計物理の枠組みでは「微視的可逆性」(microscopic reversibility)と呼ばれるが,中身は $\mathcal{T}$ 対称性そのものである.

導出:Onsager–Casimir の相反関係

ステップ1:線形応答の枠組み.熱力学的な流れ $J_i$ と力 $X_j$ が線形に結ばれるとする(『線形応答理論入門』第1章・第7章):

$$ J_i = L_{ij}\,X_j $$

ステップ2:揺らぎの相関関数を書く.久保公式によれば,係数 $L_{ij}$ は平衡揺らぎの時間相関関数で与えられる:

$$ L_{ij}\ \propto\ \int_0^\infty\dd t\ \braket{\dot{a}_i(t)\,\dot{a}_j(0)} $$

ここで $a_i$ はゆらぐ示量変数である.

ステップ3:$\mathcal{T}$ 対称性を使う.平衡状態は定常なので $\braket{A(t)B(0)}=\braket{A(0)B(-t)}$.さらに微視的力学が時間反転対称なら,各変数の $\mathcal{T}$ パリティ $\epsilon_i=\pm1$(位置は $+$,運動量・スピン・磁化は $-$)を使って

$$ \braket{a_i(t)a_j(0)} = \epsilon_i\epsilon_j\braket{a_i(-t)a_j(0)} $$

ステップ4:結論を書く.これを積分に入れると,係数行列の対称性が出る:

$$ \begin{equation} L_{ij}(\bm{B},\bm{M}) = \epsilon_i\epsilon_j\,L_{ji}(-\bm{B},-\bm{M}) \label{eq:6-onsager} \end{equation} $$

磁場 $\bm{B}$ と磁化 $\bm{M}$ が $\mathcal{T}$-odd なので,相反関係を書くときにはこれらの符号も一緒に反転させなければならない(Casimir の拡張).∎

材料科学との接点:Onsager 則が保証する4つの実験事実

  1. 熱電効果の対称性:Seebeck 係数 $S$ と Peltier 係数 $\Pi$ の関係 $\Pi = T\,S$(第2 Kelvin 関係式)は,$L_{12}=L_{21}$ の直接の帰結である.独立に測った $S$ と $\Pi$ が必ず一致することは,Onsager 則の実験的検証になっている.(なお性能指数 $ZT=S^2\sigma T/\kappa$ に $S$ が2乗で入るのは,開放電圧 $V=S\Delta T$ と電流がともに $S$ に比例するため出力が $P\propto V^2/R\propto S^2\sigma$ になるからで,Onsager 対称性そのものの帰結ではない.Onsager 則が効くのは,効率の導出で Peltier 項を $\Pi=TS$ と書き直す段階である.そのおかげで発電(Seebeck)と冷却(Peltier)の性能が同一の $ZT$ で記述できる.)
  2. 電気伝導度の対称性:$\sigma_{ij}(\bm{B})=\sigma_{ji}(-\bm{B})$.磁場がなければ $\sigma_{ij}=\sigma_{ji}$ で対称テンソルになり,主軸が取れる.磁場中では反対称成分(Hall 成分)が現れ,これは $\bm{B}$ の奇関数である.「Hall 抵抗は $\bm{B}$ の奇関数,磁気抵抗は偶関数」という実験の常識は,式 \eqref{eq:6-onsager} が言っていることそのものである.
  3. 多端子測定の相反性:4端子測定における $R_{12,34}(\bm{B})=R_{34,12}(-\bm{B})$(Büttiker の相反定理).メゾスコピック伝導の実験で,磁場を反転させて測り直すことでアーティファクトを見分ける標準手法の根拠である.
  4. 熱伝導と拡散の交差項:多成分系での Soret 効果(熱拡散)と Dufour 効果(拡散熱流)の係数が等しいこと.

ここで注意しておきたいのは,Onsager 則の適用範囲外である.相反関係 \eqref{eq:6-onsager} は線形応答係数についての定理なので,非線形応答はそもそもこの定理の外にある(「Onsager 則が破れる」のではない).反転対称性を破る構造(掌性または極性)と $\mathcal{T}$ を破る磁気秩序(または磁場)の両方があり,かつ非線形領域に入ると,$\bm{B}=0$ でも $R(+I)\neq R(-I)$ という電気的な非相反性が現れうる.これが (e) の話題につながる.

6.6.4 (d) $\mathcal{PT}$ 対称性 — 非エルミート物理

ここまでは,$\mathcal{P}$ や $\mathcal{T}$ が個別に保たれるか破れるかを問題にしてきた.ところが1998年,Bender と Boettcher は驚くべき事実を報告した.ハミルトニアンがエルミートでなくても,$\mathcal{PT}$ 対称でありさえすれば,固有値がすべて実になり得るというのである.

$\mathcal{PT}$ 対称なハミルトニアン

1次元の非エルミートハミルトニアン

$$ \Ham = \frac{\hat p^2}{2m}+V(x),\qquad V(x)\in\mathbb{C} $$

が $\mathcal{PT}$ 対称であるとは,$[\Ham,\mathcal{PT}]=0$,すなわち

$$ \begin{equation} V^{*}(-x) = V(x) \label{eq:6-PT-condition} \end{equation} $$

が成り立つことをいう($\mathcal{P}$ が $x\to-x$,$\mathcal{T}$ が複素共役を与えるため).これは「実部が偶関数,虚部が奇関数」と言い換えられる:$\mathrm{Re}\,V(-x)=\mathrm{Re}\,V(x)$,$\mathrm{Im}\,V(-x)=-\mathrm{Im}\,V(x)$.

このとき,$\mathcal{PT}$ 対称性が破れていない相(固有関数も $\mathcal{PT}$ の固有状態である相)では,固有値はすべて実である.パラメータを変えて例外点(exceptional point, EP)を越えると,固有値は複素共役の対に分裂する($\mathcal{PT}$ 対称性の自発的破れ).

なぜ実固有値になるのか

$[\Ham,\mathcal{PT}]=0$ とし,$\Ham\ket{\psi}=E\ket{\psi}$ とする.両辺に $\mathcal{PT}$ を作用させると,$\mathcal{PT}$ が反線形なので

$$ \Ham\,(\mathcal{PT}\ket{\psi}) = \mathcal{PT}\,E\ket{\psi} = E^{*}\,(\mathcal{PT}\ket{\psi}) $$

つまり $\mathcal{PT}\ket{\psi}$ は固有値 $E^{*}$ の固有状態である.もし $\ket{\psi}$ 自身が $\mathcal{PT}$ の固有状態($\mathcal{PT}\ket{\psi}=\ee^{\ii\varphi}\ket{\psi}$)であれば,$E=E^{*}$ すなわち $E$ は実数.逆にそうでなければ,$E$ と $E^{*}$ が対で現れる.これが「対称相/破れた相」の起源である.エルミート性は実固有値の十分条件ではあっても必要条件ではなかった,という点が要点である.

材料科学との接点:$\mathcal{PT}$ 対称フォトニクスと例外点センサ

条件 \eqref{eq:6-PT-condition} を光学系に翻訳しよう.Helmholtz 方程式では複素屈折率 $n(x)=n_R(x)+\ii n_I(x)$ がポテンシャルの役割を果たし,$n_I>0$ が損失,$n_I<0$ が利得に対応する(本書のように時間依存を $\ee^{-\ii\omega t}$ にとると波は $\ee^{\ii nk_0z}=\ee^{\ii n_Rk_0z}\,\ee^{-n_Ik_0z}$ となり,$n_I>0$ は減衰=吸収である.吸収係数 $\alpha=2\omega n_I/c>0$ と同じ符号約束である.工学でよく使う $\ee^{+\ii\omega t}$ 慣習では逆符号になるので注意せよ).$\mathcal{PT}$ 対称の条件は

$$ n^{*}(-x)=n(x) \quad\Longleftrightarrow\quad n_R(-x)=n_R(x),\ \ n_I(-x)=-n_I(x) $$

すなわち「屈折率の実部は左右対称,利得と損失が左右で釣り合っている」構造である.具体的には,2本の結合導波路の一方に利得($\mathrm{Er}$ ドープや量子井戸の励起),他方に等量の損失(金属吸収)を与えればよい.結合モード理論の $2\times2$ 有効ハミルトニアンは

$$ \mathcal{H}_{\text{eff}}=\begin{pmatrix}\ii\gamma & \kappa\\ \kappa & -\ii\gamma\end{pmatrix}, \qquad E_\pm=\pm\sqrt{\kappa^2-\gamma^2} $$

となる(対角の $+\ii\gamma$ が利得側,$-\ii\gamma$ が損失側の導波路である).$\gamma<\kappa$ なら固有値は実(振動=ビート),$\gamma>\kappa$ なら純虚(片方が指数増幅).境目 $\gamma=\kappa$ が例外点で,このとき2つの固有値と固有ベクトルが同時に縮退する.エルミート系の縮退(固有ベクトルは直交して残る)とは本質的に異なる現象である.

実用上の意味は次のとおりである.

そして冒頭の伏線が回収される.6.4.5節で見た中性 $K$ 中間子の有効ハミルトニアン $M-\ii\Gamma/2$ も,同じく非エルミートな $2\times2$ 行列である.固有値の実部の差が振動($K_S$–$K_L$ の質量差による振動)を,虚部の差が減衰の違いを与えるという構造は共通している.$K$ 中間子と光導波路が同じ数学で記述されるのは偶然ではなく,「散逸のある2準位系」という共通の構造をもつからである.ただし両者は同じ型ではない:$K$ 系は両固有値の虚部がともに負($K_S$ も $K_L$ も減衰する)の純散逸系であり,利得と損失が釣り合った $\mathcal{PT}$ 対称行列(トレースが $0$)とは違う.したがって $K$ 系に $\mathcal{PT}$ 対称相や例外点が現れるわけではない.

6.6.5 (e) 非相反応答 — $\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ の両方を破ったときだけ現れる

本節は,素粒子物理の論法が材料科学でそのまま使える最も鮮やかな例である.結論を先に述べる.

定理6.7(非相反応答の対称性条件)

媒質中の光吸収係数 $\alpha(\bm{k})$ について,$\alpha(\bm{k})\neq\alpha(-\bm{k})$(非相反方向二色性,nonreciprocal directional dichroism)が生じるためには,媒質が $\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ の両方を破っていなければならない.

証明.2通りの経路で示す.

(i) 媒質が $\mathcal{P}$ 対称だとする.波数 $\bm{k}$ は極性ベクトルなので $\mathcal{P}$ で $-\bm{k}$ になる.媒質が $\mathcal{P}$ で不変なら $\alpha(\bm{k})=\alpha(-\bm{k})$.

(ii) 媒質が $\mathcal{T}$ 対称だとする.$\bm{k}$ は $\mathcal{T}$ でも $-\bm{k}$ になる(運動量だから).媒質が $\mathcal{T}$ で不変なら,やはり $\alpha(\bm{k})=\alpha(-\bm{k})$.

よって非相反性が現れるには,$\mathcal{P}$ も $\mathcal{T}$ も破れていなければならない.∎

導出:磁気カイラル二色性と多強性体の方向二色性を,表6.7 で読む

「両方破れていること」は必要条件だが,実際にどんな量が効くのかを式で見よう.鍵は,観測量になれるのは $\mathcal{P}$-even かつ $\mathcal{T}$-even なスカラーだけである,という原則である(そうでなければ定理6.1 によりゼロ).

ケース1:磁気カイラル二色性(magnetochiral dichroism, MChD).掌性(キラル)結晶に磁場をかけ,光を $\bm{B}$ に平行/反平行に通す.吸収係数の差に効く項は

$$ \Delta\alpha \ \propto\ \chi\ (\bm{k}\cdot\bm{B}) $$

ここで $\chi$ は結晶のカイラリティを表す擬スカラー(右手系の結晶で $+$,左手系で $-$)である.変換性を表6.7 から拾う.

表6.10 磁気カイラル二色性の項の対称性($\mathcal{P}$-even かつ $\mathcal{T}$-even でなければ観測されない)
因子$\mathcal{P}$$\mathcal{T}$
$\chi$(カイラリティ)$-$$+$
$\bm{k}$(波数)$-$$-$
$\bm{B}$(磁場)$+$$-$
積 $\chi(\bm{k}\cdot\bm{B})$$(-)(-)(+)=+$$(+)(-)(-)=+$

積は $\mathcal{P}$-even,$\mathcal{T}$-even で,スカラーとして観測量になる資格がある.そしてゼロでないためには $\chi\neq0$($\mathcal{P}$ の破れ=掌性)かつ $\bm{B}\neq0$($\mathcal{T}$ の破れ)が必要である.定理6.7 の内容が,項の形として現れた.

ケース2:多強性体の方向二色性.磁場を使わず,物質自身が $\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ を破っている場合を考える.自発分極 $\bm{P}$($\mathcal{P}$-odd,$\mathcal{T}$-even)と自発磁化 $\bm{M}$($\mathcal{P}$-even,$\mathcal{T}$-odd)が共存する多強性体(マルチフェロイクス)では,トロイダルモーメント

$$ \begin{equation} \bm{T} \propto \bm{P}\times\bm{M} \qquad(\mathcal{P}\text{-odd},\ \mathcal{T}\text{-odd}) \label{eq:6-toroidal} \end{equation} $$

が定義できる.変換性を確かめる.$\mathcal{P}$ については $(-)(+)=-$,$\mathcal{T}$ については $(+)(-)=-$.したがって観測量の候補は

$$ \Delta\alpha\ \propto\ \bm{k}\cdot\bm{T}\ \propto\ \bm{k}\cdot(\bm{P}\times\bm{M}) $$

で,$\mathcal{P}$:$(-)(-)=+$,$\mathcal{T}$:$(-)(-)=+$.やはり両方 even で観測量になり,しかも $\bm{P}\neq0$ かつ $\bm{M}\neq0$ でなければゼロである.

この $\bm{k}\cdot(\bm{P}\times\bm{M})$ という組み合わせは,実験的に確認されている.$\mathrm{GaFeO_3}$,$\mathrm{CuB_2O_4}$,$\mathrm{Ba_2CoGe_2O_7}$ などで,光の進行方向を反転させるだけで吸収スペクトルが変化する現象(方向二色性)が観測され,しかも $\bm{P}$ または $\bm{M}$ の一方を反転させると符号が反転する.変化率は可視域で数 $\%$,$\mathrm{Ba_2CoGe_2O_7}$ のテラヘルツ域では $100\%$ に迫る巨大な非相反性(一方向からはほぼ透明,逆からは不透明という「一方向透明性」)が報告されている.∎

非相反方向二色性:同じ試料でも,光の進む向きで吸収が違う 多強性体(P ≠ 0, M ≠ 0) P M T ∝ P × M(P-odd かつ T-odd) +k 強く吸収される −k ほとんど吸収されない Δα ∝ k·(P × M) P(空間反転):k → −k, P → −P, M → +M ⇒ k·(P×M) は不変 T(時間反転):k → −k, P → +P, M → −M ⇒ k·(P×M) は不変 両方 even なのでスカラー観測量になれる. かつ P ≠ 0(P の破れ)と M ≠ 0(T の破れ)の両方がなければゼロ.
図6.7 非相反方向二色性の対称性による説明.$\bm{P}$ と $\bm{M}$ が共存する多強性体では,トロイダルモーメント $\bm{T}\propto\bm{P}\times\bm{M}$ が定義でき,$\bm{k}\cdot\bm{T}$ が $\mathcal{P}$-even かつ $\mathcal{T}$-even のスカラーとして観測量になる.この項は $\bm{k}$ の符号で変わるので,光の進行方向を反転させると吸収が変わる.素粒子物理で EDM の存在条件を $\bm{\sigma}\cdot\bm{E}$ の変換性から判定したのと,まったく同じ計算である.

材料科学との接点:磁気電気効果も同じ勘定で出る

線形磁気電気効果 —— 電場で磁化が誘起され,磁場で分極が誘起される現象 —— は

$$ P_i = \alpha_{ij}H_j,\qquad \mu_0 M_i = \alpha_{ji}E_j $$

で記述される.$\alpha_{ij}$ の変換性を勘定しよう.$\bm{P}$ は $\mathcal{P}$-odd $\mathcal{T}$-even,$\bm{H}$ は $\mathcal{P}$-even $\mathcal{T}$-odd.したがって等式の両辺の変換性が一致するためには

$$ \alpha_{ij}:\quad \mathcal{P}\text{-odd かつ }\mathcal{T}\text{-odd} $$

でなければならない.よって線形磁気電気効果が現れるのは,$\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ の両方が破れた結晶に限られる.

ここが面白いところで,$\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ が個別に破れていればよく,積 $\mathcal{PT}$ は保たれていて構わない.実際 $\mathrm{Cr_2O_3}$ の磁気点群は $\bar3'm'$ で,$\bar3'=\bar3\cdot\mathcal{T}$ という複合操作が対称になっている.すなわち $\mathcal{PT}$ は保たれている.にもかかわらず(というより,だからこそ)$\alpha_{ij}\neq0$ で,$\mathrm{Cr_2O_3}$ は1960年に磁気電気効果が実証された最初の物質である.Néel 温度 $307\ \mathrm{K}$,$\alpha_{\parallel}$ は $260$–$270\ \mathrm{K}$ 付近で最大 $\approx4\ \mathrm{ps/m}$(低温では $0$ に向かう),$\alpha_{\perp}\approx1\ \mathrm{ps/m}$ 程度である.電場で反強磁性ドメインを制御できるため,磁気電気メモリ(MELRAM)の候補材料として研究が続いている.

この「$\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ が個別に破れ,$\mathcal{PT}$ が残る」という状況は,素粒子物理でいえば EDM が存在する状況($\mathcal{P}$ と $\mathcal{T}$ が破れ,$\mathcal{CPT}$ は残る)とまったく同じ構造である.$\bm{\sigma}\cdot\bm{E}$ と $\alpha_{ij}E_jH_i$ は,同じ対称性の指紋をもつ.

6.6.6 (f) $\mathbb{Z}_2$ トポロジカル絶縁体 — 時間反転対称性が守る秩序

最後に,$\hat{\mathcal{T}}^2=-1$ という式 \eqref{eq:6-T-squared} が,21世紀の物性物理の中心概念を生んだ話をする.

材料科学との接点:$\mathbb{Z}_2$ 不変量とパリティ固有値

1. Kramers 対がバンドを守る.時間反転対称な絶縁体では,TRIM $\bm{\Gamma}_i$(3次元で8個,2次元で4個)でバンドが必ず2重縮退する(6.6.2節).TRIM 間では縮退が解けるので,表面状態のバンドは TRIM で「くっつき」,途中で分かれる.このとき,Fermi 準位を横切る回数の偶奇が,連続変形では変えられない.偶数か奇数かという $\mathbb{Z}_2$(2元)の量が保存する.

$$ \begin{equation} \nu = 0\ (\text{通常絶縁体})\quad\text{または}\quad \nu = 1\ (\text{トポロジカル絶縁体}) \label{eq:6-Z2} \end{equation} $$

2. なぜ $\mathbb{Z}$ ではなく $\mathbb{Z}_2$ なのか.整数量子 Hall 効果の Chern 数は $\mathbb{Z}$(任意の整数)だが,あちらは $\mathcal{T}$ が破れている系である.$\mathcal{T}$ が保たれると Chern 数はゼロに強制され($\mathcal{T}$ が $\bm{k}\to-\bm{k}$ でベリー曲率の符号を変えるため),代わりに $\hat{\mathcal{T}}^2=-1$ に由来する $\mathbb{Z}_2$ の分類が現れる.スピン $1/2$ であること($\hat{\mathcal{T}}^2=-1$)が本質であって,真の $\mathcal{T}$($\hat{\mathcal{T}}^2=+1$)しかもたない整数スピン系では $\mathbb{Z}_2$ 分類は生じない.ただしフォトニック結晶やフォノン系では,$\hat{\mathcal{T}}^2=-1$ を満たす別の反ユニタリ対称性(擬時間反転)を人工的に用意して $\mathbb{Z}_2$ 相を実現した例があるので,「ボソン系には決してない」という意味ではない.素粒子物理で $\hat{\mathcal{T}}^2=\pm1$ を区別した式 \eqref{eq:6-T-squared} が,そのまま物質の分類に効いている.

3. パリティ固有値で $\nu$ が計算できる(Fu–Kane 公式).結晶が反転対称でもある場合,$\mathbb{Z}_2$ 不変量は驚くほど簡単に求まる.各 TRIM $\bm{\Gamma}_i$ で,占有バンドのうち Kramers 対の片方ずつ($N/2$ 個)のパリティ固有値 $\xi_{2m}(\bm{\Gamma}_i)=\pm1$ を掛け合わせて

$$ \begin{equation} \delta_i = \prod_{m=1}^{N/2}\xi_{2m}(\bm{\Gamma}_i), \qquad (-1)^{\nu} = \prod_{i=1}^{8}\delta_i \label{eq:6-fu-kane} \end{equation} $$

とすればよい.パリティ固有値 $\pm1$ を掛け合わせるだけで,物質がトポロジカル絶縁体かどうかが判定できる.素粒子物理で $\pi$ 中間子のパリティを掛け算して選択則を出したのと,計算としては同じことをやっている.「乗法的量子数」という離散対称性の特徴が,最も実用的な形で現れた例である.

4. 具体的な物質.Fu–Kane の判定を第一原理計算に組み込むことで,多数のトポロジカル絶縁体が予言され,実験で確認された.

5. $\mathcal{T}$ を壊すと守りが消える.表面状態は $\mathcal{T}$ に守られているので,非磁性の不純物や格子欠陥では後方散乱されない($\bm{k}$ と $-\bm{k}$ は Kramers 対で,時間反転対称な散乱では結ばれない).ところが磁性不純物を入れると $\mathcal{T}$ が破れ,Dirac 点にギャップが開く.$\mathrm{Cr}$ をドープした $(\mathrm{Bi},\mathrm{Sb})_2\mathrm{Te_3}$ で量子異常 Hall 効果が観測されたのは,まさにこの $\mathcal{T}$ の破れを制御した結果である.対称性が守るのだから,対称性を壊せば守りは消える —— この単純な原理が,物質設計の指針になっている.

注意:素粒子の $\mathcal{P}$ と結晶の $\bar{1}$ を混同しないこと

本節では両者を意図的に同じ道具で扱ったが,違いも押さえておきたい.

つまり結晶の「$\mathcal{P}$ の破れ」は,素粒子でいう自発的対称性の破れ(第13章)に近い.ラグランジアンは対称だが,基底状態(結晶構造)が対称でない.強誘電相転移は,まさに $\mathcal{P}$ の自発的破れである.ただし破れているのは離散対称性なので,Goldstone モードは現れない —— Goldstone の定理(第13章 13.7.3 項)が前提にするのは連続対称性である.強誘電相転移で現れるのは,転移点で振動数がゼロに向かうソフトフォノン(Cochran)であり,$\omega^2\propto\abs{T-T_{\rm c}}$ と $T_{\rm c}$ の両側で再び硬くなる秩序変数(振幅)の臨界現象である.その意味でこれは,連続対称性の破れが生む質量ゼロの Goldstone モードよりも,Higgs 機構における振幅モード(第13章 13.9.4 項)に近い.

6.7 まとめと演習

6.7.1 まとめ

6.7.2 演習問題

演習6.1 パリティによる選択則

固有パリティは $\eta_\pi=-1$,$\eta_\gamma=-1$,$\eta_p=\eta_n=+1$,$\eta_{\bar p}=-1$ とする.

(1) $\omega\,(J^{P}=1^{-})\to\pi^+\pi^-$ は強い相互作用で許されるか.終状態のパリティと角運動量を計算して答えよ.

(2) 静止した $\bar p$ が重水素に捕獲されて $\bar p\,d\to n\,\pi^0$ が起きた.$\bar p$ が $1s$ 軌道($\ell=0$)から捕獲されるとして,始状態と終状態のパリティを比較し,終状態の相対軌道角運動量 $\ell'$ が偶数か奇数かを決めよ.

(3) $J^{P}=0^{+}$ の仮想的な粒子 $X$ が $\pi^0\pi^0$ に崩壊できるか,$\pi^0\pi^0\pi^0$ に崩壊できるかを,パリティと Bose 統計の両方から判定せよ.

ヒント:(1) $J=1$ より $\ell=1$,$\eta=(-1)^2(-1)^1=-1$ で $\omega$ と一致,許される(実際の分岐比は $1.5\%$.小さいのは $G$ パリティ(6.3 節末の数学ノート)が禁じており,$\rho$–$\omega$ 混合というアイソスピンの破れを通じてのみ起きるためで,主崩壊は $3\pi$ である).(2) 始状態 $\eta_{\bar p}\eta_d(-1)^0=(-1)(+1)=-1$.終状態 $\eta_n\eta_{\pi^0}(-1)^{\ell'}=(-1)(-1)^{\ell'}$.一致には $(-1)^{\ell'}=+1$,$\ell'$ は偶数.(3) $\pi^0\pi^0$:Bose 統計から $\ell$ 偶数,$J=0$ より $\ell=0$,$\eta=+1$ で $X$ と一致,許される.$3\pi^0$:$\eta=(-1)^3=-1\neq+1$ で禁止.

演習6.2 $C$ パリティと光子数の選択則

$C(\gamma)=-1$,フェルミオン対については $C(f\bar f)=(-1)^{L+S}$,$P(f\bar f)=(-1)^{L+1}$ を用いる.

(1) ポジトロニウムの第一励起状態 $2^{3}P_{2}$($L=1,S=1,J=2$)の $J^{PC}$ を求めよ.この状態は何個の光子に崩壊できるか.

(2) $\eta\,(0^{-+})$ が $2\gamma$ に崩壊できることを $C$ から確かめよ(実測分岐比 $39.4\%$).また $\eta\to3\gamma$ が禁止されることを示せ.

(3) $J/\psi$ は $c\bar c$ の $^3S_1$ 状態である.$J^{PC}$ を求め,$e^+e^-$ 衝突で直接生成できる理由(仮想光子と同じ量子数であること)を説明せよ.

(4) $\omega\,(1^{--})\to\pi^0\gamma$ は許されるか.$C$ だけで判定せよ.

ヒント:(1) $C=(-1)^{1+1}=+1$,$P=(-1)^{1+1}=+1$ なので $2^{++}$.$C=+1$ より偶数個,最低で $2\gamma$(ただし $L=1$ の励起状態なので,実際には $2\gamma$ へ落ちる前に $1^{3}S_1$ へ電気双極子遷移するほうが速い).(2) $C(2\gamma)=+1=C(\eta)$ で可.$C(3\gamma)=-1$ で不可.(3) $C=(-1)^{0+1}=-1$,$P=(-1)^{0+1}=-1$ で $1^{--}$.光子と同じ $J^{PC}$.(4) $C(\pi^0\gamma)=(+1)(-1)=-1=C(\omega)$.許される(実測 $8.3\%$).

演習6.3 表6.7 を自分で作る

次の各量について,$\mathcal{P}$・$\mathcal{T}$ のもとでの符号を,構成要素の変換性から導け.

(1) Poynting ベクトル $\bm{S}_{\text{P}}=\bm{E}\times\bm{H}$

(2) 電磁場のエネルギー密度 $u=\frac{1}{2}(\varepsilon_0E^2+B^2/\mu_0)$

(3) Rashba 項 $(\bm{\sigma}\times\bm{k})\cdot\hat{\bm{z}}$($\hat{\bm z}$ は界面法線=極性ベクトル)

(4) スピン軌道相互作用 $\bm{L}\cdot\bm{S}$

(5) Dzyaloshinskii–Moriya 相互作用 $\bm{D}\cdot(\bm{S}_1\times\bm{S}_2)$($\bm{D}$ は結晶構造で決まる定数ベクトルで,$\bm{S}_1\times\bm{S}_2$ と同じく軸性ベクトルである.反転操作がサイト 1 と 2 を入れかえることに注意せよ)

(6) 上の (2)(4) が,どんな結晶でも許されることを説明せよ.また (3)(5) が現れるためにどんな対称性の破れが必要かを述べよ.

ヒント:(1) $\mathcal{P}$:$(-)(+)=-$,$\mathcal{T}$:$(+)(-)=-$.エネルギーの流れなので $\mathcal{T}$ で逆流するのは当然である.(2) 両方 even.(3) $\bm{\sigma}$ は $(+,-)$,$\bm{k}$ は $(-,-)$,$\hat{\bm z}$ は $(-,+)$.積は $\mathcal{P}$:$(+)(-)(-)=+$ … 外積 $\bm{\sigma}\times\bm{k}$ は $\mathcal{P}$-odd $\mathcal{T}$-even,これと $\hat{\bm z}$($\mathcal{P}$-odd)の内積で $\mathcal{P}$-even $\mathcal{T}$-even.したがって $\hat{\bm z}$ の存在,すなわち構造反転対称性の破れが必要.(4) 両方 even($\bm{L},\bm{S}$ とも $\mathcal{P}$-even $\mathcal{T}$-odd で,積は $\mathcal{T}$-even).(5) $\bm{S}_1\times\bm{S}_2$ は $\bm{S}_i$ が2個入るので $\mathcal{P}$-even $\mathcal{T}$-even であり,$\bm{D}$ も軸性ベクトルであれば項全体が $\mathcal{P}$-even $\mathcal{T}$-even になる.ここで効くのは符号だけではなくサイトの入れかえである:ボンドの中点に反転中心があると,反転はサイト 1 と 2 を交換するので $\bm{S}_1\times\bm{S}_2\to\bm{S}_2\times\bm{S}_1=-\bm{S}_1\times\bm{S}_2$ となる.一方 $\bm{D}$ は結晶構造で決まる定数ベクトル(軸性)なので反転で変わらない.よって項全体が符号を変えてしまい,対称性を保つには $\bm{D}=0$ でなければならない —— これが「DM 相互作用は反転中心をもたないボンドでのみ生じる」という Moriya の規則である.

演習6.4 Kramers 縮退の証明と応用

(1) スピン $1/2$ に対する $\hat{\mathcal{T}}=-\ii\sigma_y K$ について,$\hat{\mathcal{T}}\sigma_i\hat{\mathcal{T}}^{-1}=-\sigma_i$($i=x,y,z$)を各成分について確かめよ($\sigma_x,\sigma_z$ は実,$\sigma_y$ は純虚であることを使う).

(2) $N$ 個の電子からなる系では $\hat{\mathcal{T}}^2=(-1)^N$ となることを示せ.したがって Kramers 縮退が保証されるのは $N$ が奇数の場合に限る.

(3) $\mathrm{Cu^{2+}}$($3d^9$,1個の不対電子)と $\mathrm{Ni^{2+}}$($3d^8$,2個の不対電子)を結晶場中に置く.結晶場をどれだけ低対称にしても基底状態の縮退が完全には解けないのはどちらか.また,それが ESR(電子スピン共鳴)の測定可能性にどう効くかを述べよ.

(4) 磁場を加えると Kramers 縮退が解けることを,$\hat{\mathcal{T}}$ と Zeeman 項 $-\bm{\mu}\cdot\bm{B}$ の交換関係から示せ.

ヒント:(2) 各電子に $\hat{\mathcal{T}}_i^2=-1$ が付き,積で $(-1)^N$.(3) $\mathrm{Cu^{2+}}$ は $N$ 奇数なので Kramers イオンであり,最低準位は必ず2重縮退.ゼロ磁場分裂がないため ESR が容易に観測できる.$\mathrm{Ni^{2+}}$ は非 Kramers イオンで,低対称場によって縮退が完全に解けうる(ゼロ磁場分裂 $D$ が大きくなり,通常の X バンド ESR では見えなくなることがある).(4) $\bm{\mu}\propto\bm{S}$ は $\mathcal{T}$-odd,$\bm{B}$ は外部パラメータとして固定されるので $\hat{\mathcal{T}}\Ham_{\text{Z}}\hat{\mathcal{T}}^{-1}=-\Ham_{\text{Z}}\neq\Ham_{\text{Z}}$.$\mathcal{T}$ が対称でなくなり,定理6.5 の前提が崩れる.

演習6.5 中性 $K$ 中間子の振動

$t=0$ で純粋な $\ket{K^0}$ を作ったとする.$\ket{K^0}=(\ket{K_S}+\ket{K_L})/\sqrt2$($\mathcal{CP}$ の破れは無視する)とし,$K_{S,L}$ の時間発展を $\ee^{-\ii m_{S,L}t-\Gamma_{S,L}t/2}$ とする.

(1) 時刻 $t$ に $\bar K^0$ を見出す確率が

$$ P_{\bar K^0}(t)=\frac{1}{4}\left[\ee^{-\Gamma_S t}+\ee^{-\Gamma_L t}-2\ee^{-(\Gamma_S+\Gamma_L)t/2}\cos(\Delta m\,t)\right] $$

となることを示せ($\Delta m=m_L-m_S$).

(2) 無次元パラメータ $x\equiv\Delta m/\Gamma_S=\Delta m\,\tau_S$ を,$\Delta m=5.29\times10^{9}\ \mathrm{s^{-1}}$,$\tau_S=8.954\times10^{-11}\ \mathrm{s}$ から計算せよ.

(3) $x$ が $1$ 前後の値であることは,実験にとって好都合か,不都合か.$x\ll1$ の場合と $x\gg1$ の場合に何が起きるかを考えて論ぜよ.

ヒント:(1) $\ket{\bar K^0}=(\ket{K_S}-\ket{K_L})/\sqrt2$ を使い,$\braket{\bar K^0|\psi(t)}$ の絶対値の2乗をとる.(2) $x=5.29\times10^{9}\times8.954\times10^{-11}=0.474$.(3) $x\ll1$ なら $K_S$ が死ぬ前に位相差が育たず振動が見えない.$x\gg1$ なら振動が速すぎて時間分解できない.$x\sim0.5$ は,干渉項が生きている時間窓($t\lesssim7\tau_S$)のうちに位相差がちょうど半周期 $\pi$ に達する理想的な値で($t=\tau_S$ の一つぶんで溜まる位相は $x=0.474\ \mathrm{rad}\approx27^\circ$,1周期の $7.5\%$ にすぎない.$\pi$ に達するのは $t=\pi/x\cdot\tau_S=6.6\,\tau_S$ である),$\Delta m$ を高精度で測れる.自然が用意した好条件である.

演習6.6 中性子 EDM 探索の感度を見積もる

中性子 EDM 実験では,超冷中性子に磁場 $\bm{B}$ と電場 $\bm{E}$ を平行/反平行にかけ,Larmor 歳差の周波数差を測る.

(1) EDM が $d_n$ のとき,電場の向きを反転させたときのエネルギー差が $\Delta E = 2 d_n E$ であることを $H=-\bm{d}\cdot\bm{E}$ から示せ.

(2) $d_n = 1.8\times10^{-26}\ e\,\mathrm{cm}$,$E=10\ \mathrm{kV/cm}$ として $\Delta E$ を eV 単位で求めよ.

(3) 対応する周波数 $\Delta\nu=\Delta E/h$ を求めよ($h=4.136\times10^{-15}\ \mathrm{eV\,s}$).

(4) この周波数を測るのに必要な最小の観測時間 $T\sim1/\Delta\nu$ を求め,1回の測定で足りるか,統計を稼ぐ必要があるかを論ぜよ.

ヒント:(2) $\Delta E=2\times1.8\times10^{-26}\ e\,\mathrm{cm}\times10^{4}\ \mathrm{V/cm}=3.6\times10^{-22}\ \mathrm{eV}$.(3) $\Delta\nu=3.6\times10^{-22}/4.136\times10^{-15}=8.7\times10^{-8}\ \mathrm{Hz}$,すなわち約 $87\ \mathrm{nHz}$.(4) $T\sim1.1\times10^{7}\ \mathrm{s}\approx4$ か月.1個の中性子では到底無理で,$N$ 個を同時に測れば統計誤差が $1/\sqrt{N}$ で縮む.実際の実験では蓄積時間 $\sim200\ \mathrm{s}$,$N\sim10^{4}$ 個/サイクルを数年繰り返す.素粒子物理の実験がなぜ長期化するのかが実感できる.

演習6.7 結晶点群から物性を判定する

表6.8 と定理6.1 を使って答えよ.

(1) $\mathrm{Si}$($m\bar3m$),$\mathrm{GaAs}$($\bar43m$),$\mathrm{LiNbO_3}$($3m$)のうち,バルクで SHG を示すのはどれか.また圧電性を示すのはどれか.

(2) $\mathrm{Si}$ の表面や $\mathrm{Si/SiO_2}$ 界面では SHG が観測される.なぜバルクで禁止された効果が界面で現れるのか説明せよ.

(3) 単層 $\mathrm{MoS_2}$ は点群 $\bar6m2$(反転中心なし),2層 $2H$ 積層 $\mathrm{MoS_2}$ は $\bar3m$(反転中心あり)である.層数 $n=1,2,3,4$ に対して SHG 強度が「出る/出ない」を予測せよ.

(4) $\mathrm{Cr_2O_3}$ の磁気点群は $\bar3'm'$ である.この物質は (i) 自発分極をもつか,(ii) 自発磁化をもつか,(iii) 線形磁気電気効果を示すか.それぞれ理由とともに答えよ.

ヒント:(1) $\mathrm{Si}$ は中心対称なのでどちらも禁止.$\mathrm{GaAs}$ と $\mathrm{LiNbO_3}$ は非中心対称でどちらも可.さらに $\mathrm{LiNbO_3}$ は極性点群なので自発分極ももつ(強誘電体).(2) 界面では並進対称性と反転対称性が構造的に破れるため,界面数原子層に限って $\chi^{(2)}\neq0$.これが SHG の界面選択性の起源.(3) 奇数層で出る,偶数層で消える($n=1,3$ で SHG,$n=2,4$ で消失).実験でもこの偶奇振動が確認されている.(4) $\bar3'm'$ に純粋な反転 $\bar1$ は含まれず,含まれるのは $\bar1'=\bar1\cdot\mathcal{T}$(反転 $\times$ 時間反転)であることに注意する.(i) $\bm{P}$ は $\mathcal{T}$-even な極性ベクトルなので,$\bar1'$ のもとで $\bm{P}\to-\bm{P}$ となり $\bm{P}_s=0$.(ii) $\bm{M}$ は $\mathcal{T}$-odd な軸性ベクトルなので,同じ $\bar1'$ のもとで $\bm{M}\to-\bm{M}$ となり $\bm{M}=0$(実際は反強磁性).(iii) $\mathcal{P}$ も $\mathcal{T}$ も個別には破れており($\bar3$ 単独,$\mathcal{T}$ 単独はともに対称操作でない),$\alpha_{ij}\neq0$ が許される.実際 $\mathrm{Cr_2O_3}$ は磁気電気効果が最初に確認された物質である.

演習6.8 $\mathcal{PT}$ 対称な2準位系と例外点

利得と損失が釣り合った2本の結合導波路の有効ハミルトニアンを

$$ \mathcal{H}=\begin{pmatrix}\ii\gamma & \kappa\\ \kappa & -\ii\gamma\end{pmatrix} \qquad(\gamma,\kappa>0\ \text{は実数}) $$

とする.

(1) $\mathcal{H}$ がエルミートでないこと,しかし $\mathcal{PT}$ 対称($\mathcal{P}=\sigma_x$ が2本の導波路を入れかえ,$\mathcal{T}=K$ が複素共役をとる)であることを確かめよ.すなわち $(\sigma_x K)\mathcal{H}(\sigma_x K)^{-1}=\mathcal{H}$ を示せ.

(2) 固有値が $E_\pm=\pm\sqrt{\kappa^2-\gamma^2}$ であることを示し,$\gamma<\kappa$ で実,$\gamma>\kappa$ で純虚になることを確かめよ.

(3) $\gamma=\kappa$(例外点)で,2つの固有ベクトルが一致してしまうことを示せ.エルミート行列の縮退との違いを述べよ.

(4) $\kappa=\gamma(1+\delta)$($\delta\ll1$)として $E_\pm$ を展開し,固有値の分裂が $\propto\sqrt{\delta}$ であることを示せ.なぜこれがセンサとして有利だと言われるのかを説明せよ.

ヒント:(1) $K$ は成分を複素共役し,$\sigma_x$ は対角成分を入れかえる.$\ii\gamma\to-\ii\gamma\to$ 入れかえで元に戻る.(2) トレースが $0$,行列式が $\gamma^2-\kappa^2$.(3) $\gamma=\kappa$ のとき $\mathcal{H}=\gamma\begin{pmatrix}\ii&1\\ 1&-\ii\end{pmatrix}$ で行列式も跡もゼロ.固有ベクトルはどちらも $(1,\ -\ii)^{T}$ に縮退する(固有空間が1次元しかない.いわゆる欠損行列).エルミート行列では縮退しても固有ベクトルは直交する2本が残るので,これは非エルミート特有の現象である.(4) $E_\pm=\pm\gamma\sqrt{(1+\delta)^2-1}=\pm\gamma\sqrt{2\delta+\delta^2}\approx\pm\gamma\sqrt{2\delta}$.$\delta\to0$ で $\sqrt{\delta}\gg\delta$ なので,微小な摂動に対する応答が通常の線形応答より大きくなる.

参考文献

  1. D. Griffiths, Introduction to Elementary Particles, 2nd ed., Wiley-VCH (2008), 第4章 4.4〜4.7 節(Parity,Charge Conjugation,CP Violation,Time Reversal and the TCP Theorem).本章の底本.
  2. T. D. Lee and C. N. Yang, "Question of Parity Conservation in Weak Interactions", Phys. Rev. 104, 254 (1956).
  3. C. S. Wu, E. Ambler, R. W. Hayward, D. D. Hoppes, R. P. Hudson, "Experimental Test of Parity Conservation in Beta Decay", Phys. Rev. 105, 1413 (1957).
  4. M. Goldhaber, L. Grodzins, A. W. Sunyar, "Helicity of Neutrinos", Phys. Rev. 109, 1015 (1958).
  5. J. H. Christenson, J. W. Cronin, V. L. Fitch, R. Turlay, "Evidence for the $2\pi$ Decay of the $K_2^0$ Meson", Phys. Rev. Lett. 13, 138 (1964).
  6. M. Kobayashi and T. Maskawa, "CP-Violation in the Renormalizable Theory of Weak Interaction", Prog. Theor. Phys. 49, 652 (1973).
  7. Particle Data Group (R. L. Workman et al.), "Review of Particle Physics", Prog. Theor. Exp. Phys. 2022, 083C01 (2022). —— 本章の数値はすべてここに拠る.
  8. L. Fu and C. L. Kane, "Topological insulators with inversion symmetry", Phys. Rev. B 76, 045302 (2007). —— パリティ固有値による $\mathbb{Z}_2$ 判定.
  9. C. M. Bender and S. Boettcher, "Real Spectra in Non-Hermitian Hamiltonians Having $\mathcal{PT}$ Symmetry", Phys. Rev. Lett. 80, 5243 (1998).
  10. Y. Tokura and N. Nagaosa, "Nonreciprocal responses from non-centrosymmetric quantum materials", Nat. Commun. 9, 3740 (2018). —— 6.6節(e)の総説.
  11. R. R. Birss, Symmetry and Magnetism, North-Holland (1966). —— 磁気点群と物性テンソルの古典的名著.
  12. 犬井鉄郎・田辺行人・小野寺嘉孝『応用群論 —— 群表現と物理学』裳華房(増補版, 1980).結晶点群と選択則の標準的な和書.