素粒子物理学入門 — 目次 第III部 場の理論とファインマン則 / 第8章

第8章ファインマン則 — 崩壊率と散乱断面積

ここまでの7章で,我々は素粒子の名前を覚え,四つの力を並べ,保存則を数え,対称性の言葉を身につけ,束縛状態の作り方を見てきた.しかし,まだ一度も数を出していない.「この粒子はこう壊れる」とは言えても,「何秒で壊れるか」は言えなかった.「この2粒子はぶつかる」とは言えても,「どれくらいの確率でぶつかるか」は言えなかった.

本章は,その空白を埋める章である.素粒子物理学が実験科学として成立しているのは,理論が崩壊率 $\Gamma$ と散乱断面積 $\sigma$ という2つの数を予言し,実験がそれを測るからである.そして理論から数へ至る道筋は,驚くほど機械的な手続きに整理されている.それがファインマン則(Feynman rules)である.

手続きは3段構えになっている.第1段は運動学——どんな終状態がどれだけの「広さ」をもって存在できるか(位相空間).第2段は力学——相互作用の詳細が集約された不変振幅 $\mathcal{M}$.第3段は規格化——初期状態の流れの密度(フラックス).この3つを掛け合わせると

$$ \Gamma\ \ \text{または}\ \ \sigma \;=\; \frac{1}{(\text{フラックス})} \times \int \abs{\mathcal{M}}^2 \times (\text{位相空間}) $$

という形が出る.これを黄金律(golden rule)と呼ぶ.材料科学を学んだ読者は,この構造にすでに見覚えがあるはずである.「行列要素の2乗 × 状態密度」——Fermi の黄金律そのものだからである.実際この2つは同じ式であり,違いは行列要素の中身と,状態を数える箱の形だけである.8.7節でこの対応を式で確かめる.

そして本章の後半では,Griffiths にならって ABC トイモデルという架空の理論を持ち出す.3種類のスカラー粒子 $A$, $B$, $C$ と,たった1つの結合定数 $g$ しかない玩具の理論である.スピンも偏極も色荷もない.しかしファインマン則から数値までの全行程を,一度も手を抜かずに歩き通せるという点で,これに勝る教材はない.$A$ の寿命を秒で,$A+A\to B+B$ の断面積をフェムトバーンで出す.そこまでやってはじめて,第9章以降の Dirac スピノルや $\gamma$ 行列が「何を計算するための道具なのか」がはっきりする.

この章で学ぶこと
  • 崩壊率 $\Gamma$ と寿命 $\tau=1/\Gamma$,部分幅・分岐比,複数チャンネルの合成則 $\Gamma_{\text{tot}}=\sum_i\Gamma_i$
  • 散乱断面積 $\sigma$ の定義——幾何学的断面積からの拡張,微分断面積 $\dd\sigma/\dd\Omega$
  • barn という単位の由来と,ルミノシティ $\mathcal{L}$ から事象数 $N=\mathcal{L}_{\text{int}}\sigma$ を出す実務
  • 相対論的規格化の規約——$2E$ 因子がどこから来て,なぜ $\dd^3p/[(2\pi)^3 2E]$ が不変測度になるのか
  • 崩壊の黄金律と散乱の黄金律を,位相空間・不変振幅 $\mathcal{M}$・フラックス因子の3つに分解して読むこと
  • 2体崩壊 $\Gamma=S\abs{\pp}\abs{\mathcal{M}}^2/(8\pi m_1^2)$ と2体散乱 $\dd\sigma/\dd\Omega=S\abs{\mathcal{M}}^2\abs{\pp_f}/(64\pi^2 s\abs{\pp_i})$ の導出($S$ は同種粒子の統計因子)
  • ABC トイモデルのファインマン則(頂点 $-\ii g$,伝播関数 $\ii/(q^2-m^2)$,外線 $1$)
  • $A\to B+C$ の寿命と $A+A\to B+B$ の断面積を,最後の数値まで自力で出すこと
  • ループ図の出現,発散,ファインマン・パラメータ,そして「くりこみ」が必要になる理由(第10章への橋)
  • 黄金律・位相空間・伝播関数・共鳴が,材料科学のどの道具と同一物なのか
前提:第3章の四つの力とファインマン図の描き方,第4章の相対論的運動学(Mandelstam 変数 $s,t,u$,不変質量,CM 系)が使えること.$\delta$ 関数の扱いは付録A にまとめてある.本章の公式一覧は付録B と付録D に再掲する.量子力学の摂動論(Fermi の黄金律)を知っていると 8.7節がよく分かるが,知らなくても本文だけで完結している.単位は自然単位系 $\hbar=c=1$(第1章1.7節).

8.1 崩壊と散乱 — 実験家が測る2つの数

素粒子の実験でできることは,突きつめると2種類しかない.粒子を作って,壊れるのを待つか,粒子をぶつけて,何が出てくるかを見るかである.前者が測るのは崩壊率 $\Gamma$,後者が測るのは断面積 $\sigma$ である.理論の側の仕事は,この2つの数を予言することに尽きる.まず,この2つの量の定義を精密にしておこう.

8.1.1 崩壊率と寿命

不安定粒子は,いつ壊れるか決まっていない.決まっているのは単位時間あたりに壊れる確率だけである.この確率を崩壊率 $\Gamma$ と書く.

定義:崩壊率 $\Gamma$ と寿命 $\tau$

静止した不安定粒子が,微小時間 $\dd t$ のあいだに壊れる確率を $\Gamma\,\dd t$ と書く.$\Gamma$ を崩壊率(decay rate),あるいは崩壊幅(decay width)と呼ぶ.

同じ粒子を $N$ 個用意したとき,$\dd t$ のあいだに減る個数は $\dd N = -\Gamma N\,\dd t$ である.積分して

$$ \begin{equation} N(t) = N(0)\,\ee^{-\Gamma t} \label{eq:8-expdecay} \end{equation} $$

個数が $1/\ee$ に減るまでの時間を寿命(lifetime)$\tau$ と呼ぶ.したがって

$$ \begin{equation} \tau = \frac{1}{\Gamma} \qquad\text{(自然単位系)}, \qquad \tau = \frac{\hbar}{\Gamma} \qquad\text{(SI に戻すとき)} \label{eq:8-tau-gamma} \end{equation} $$

$\hbar = 6.582\times10^{-22}\ \mathrm{MeV\,s}$ である.$\Gamma$ はエネルギーの次元をもつので,MeV や GeV で表す習慣がある.「幅」と呼ぶのは,8.7節で見るように,不安定粒子の質量分布の広がり(Breit–Wigner 分布の半値全幅)がちょうど $\Gamma$ になるからである.

注意:寿命と半減期は違う

放射化学で使う半減期 $t_{1/2}$ は,個数が半分になる時間である.式 \eqref{eq:8-expdecay} で $N/N(0)=1/2$ とおくと

$$ t_{1/2} = \frac{\ln 2}{\Gamma} = \tau\,\ln 2 = 0.693\,\tau $$

素粒子物理では常に $\tau$(平均寿命)を使い,原子核工学・放射線管理では $t_{1/2}$ を使う.同じ核種の表を素粒子屋と原子炉屋が読むと $0.693$ 倍だけ食い違うので,材料の放射化を議論するときは必ずどちらの流儀かを確認すること.

8.1.2 部分幅・分岐比・複数チャンネル

ほとんどの粒子は,壊れ方が一通りではない.$\tau$ レプトンは電子にも,ミューオンにも,ハドロンにも壊れる.それぞれの壊れ方を崩壊チャンネル(decay channel, decay mode)と呼ぶ.

定義:部分幅と分岐比

チャンネル $i$ だけを考えたときの崩壊率を部分幅(partial width)$\Gamma_i$ と呼ぶ.各チャンネルは互いに独立に起きるので,単位時間あたりに壊れる確率は単純に足し算される:

$$ \begin{equation} \Gamma_{\text{tot}} = \sum_i \Gamma_i, \qquad \tau = \frac{1}{\Gamma_{\text{tot}}} = \frac{1}{\sum_i \Gamma_i} \label{eq:8-gamma-tot} \end{equation} $$

チャンネル $i$ で壊れる割合を分岐比(branching ratio, branching fraction)と呼び

$$ \begin{equation} \mathrm{BR}_i \equiv \frac{\Gamma_i}{\Gamma_{\text{tot}}}, \qquad \sum_i \mathrm{BR}_i = 1 \label{eq:8-br} \end{equation} $$

と書く.実験が直接測れるのは $\Gamma_{\text{tot}}$(=寿命)と $\mathrm{BR}_i$(=終状態の数え上げ)であり,理論が計算するのは $\Gamma_i$ である.両者は $\Gamma_i = \mathrm{BR}_i\times\Gamma_{\text{tot}}$ でつながる.

なぜ「率が足せて,寿命は足せない」のか

式 \eqref{eq:8-gamma-tot} は当たり前のようでいて,間違えやすい.寿命の側で書くと

$$ \frac{1}{\tau} = \frac{1}{\tau_1} + \frac{1}{\tau_2} + \cdots $$

となり,寿命は「並列抵抗」のように合成される.一つでも速いチャンネルがあれば,全体の寿命はそれに引きずられて短くなる.

これは材料科学でおなじみのMatthiessen の法則とまったく同じ構造である.金属の電気抵抗で,不純物散乱・フォノン散乱・欠陥散乱の緩和時間が

$$ \frac{1}{\tau_{\text{tot}}} = \frac{1}{\tau_{\text{imp}}} + \frac{1}{\tau_{\text{ph}}} + \frac{1}{\tau_{\text{def}}} $$

と合成されるのは,散乱率(=単位時間あたりの散乱確率)が足し算だからである.励起状態の発光でも同じで,発光寿命は放射過程と無放射過程の合成 $1/\tau = 1/\tau_{\text{r}} + 1/\tau_{\text{nr}}$ になり,量子効率 $\eta = \tau/\tau_{\text{r}} = \Gamma_{\text{r}}/\Gamma_{\text{tot}}$ はまさに分岐比である.蛍光体の内部量子効率と,$\tau$ レプトンの $\mathrm{BR}(\tau\to\mu\bar\nu\nu)$ は,同じ量の別名にすぎない.

表8.1 代表的な粒子の全幅・寿命・主要分岐比(PDG 2022 の実測値)
粒子質量$\Gamma_{\text{tot}}$ または $\tau$主要チャンネルと分岐比
$\mu^-$$105.658\ \mathrm{MeV}$$\tau=2.197\times10^{-6}\ \mathrm{s}$$e^-\bar\nu_e\nu_\mu$ ほぼ $100\%$
$\pi^+$$139.570\ \mathrm{MeV}$$\tau=2.603\times10^{-8}\ \mathrm{s}$$\mu^+\nu_\mu$ $99.99\%$,$e^+\nu_e$ $1.23\times10^{-4}$
$\pi^0$$134.977\ \mathrm{MeV}$$\tau=8.43\times10^{-17}\ \mathrm{s}$$\gamma\gamma$ $98.82\%$,$e^+e^-\gamma$ $1.17\%$
$K_S^0$$497.611\ \mathrm{MeV}$$\tau=8.95\times10^{-11}\ \mathrm{s}$$\pi^+\pi^-$ $69.20\%$,$\pi^0\pi^0$ $30.69\%$
$\tau^-$$1776.86\ \mathrm{MeV}$$\tau=2.903\times10^{-13}\ \mathrm{s}$ハドロン $64.8\%$,$e^-\bar\nu_e\nu_\tau$ $17.82\%$,$\mu^-\bar\nu_\mu\nu_\tau$ $17.39\%$
$\rho^0$$775.26\ \mathrm{MeV}$$\Gamma=149.1\ \mathrm{MeV}$$\pi^+\pi^-$ ほぼ $100\%$
$J/\psi$$3096.90\ \mathrm{MeV}$$\Gamma=92.6\ \mathrm{keV}$ハドロン $87.7\%$,$e^+e^-$ $5.97\%$,$\mu^+\mu^-$ $5.96\%$
$Z^0$$91.188\ \mathrm{GeV}$$\Gamma=2.4952\ \mathrm{GeV}$ハドロン $69.91\%$,不可視($\nu\bar\nu$)$20.00\%$,$\ell^+\ell^-$ 各 $3.36$–$3.37\%$($e^+e^-$ は $3.363\%$)
$H^0$$125.25\ \mathrm{GeV}$$\Gamma\approx 4.1\ \mathrm{MeV}$(理論値)$b\bar b$ $58\%$,$WW^*$ $21\%$,$gg$ $8.2\%$,$\gamma\gamma$ $0.23\%$(分岐比も理論値)

表8.1 の $\Gamma$ と $\tau$ の使い分けに注目してほしい.$\rho^0$ や $Z^0$ のように寿命が短すぎて飛跡が残らない粒子は,質量分布の幅として $\Gamma$ を測る.$B^0$ や $K_S^0$ のように検出器の中で目に見える距離だけ飛ぶ粒子は,崩壊点のずれ(飛跡の長さ)から $\tau$ を測る.$\mu^-$ や $\pi^+$ のようにさらに長寿命の粒子は,静止させて崩壊時刻の分布から測る(ミューオン寿命 $2.197\ \mu\mathrm{s}$ はこの方法で $10^{-6}$ の精度で決まっている).幅を直接分解できるのは検出器分解能より広い $\Gamma\gtrsim1\ \mathrm{MeV}$ 程度,飛跡で測れるのは $c\tau$ が数十 $\mu\mathrm{m}$ 以上,すなわち $\tau\gtrsim10^{-13}\ \mathrm{s}$ 程度である.その中間($\pi^0$ の $10^{-17}\ \mathrm{s}$ や $J/\psi$ の $92.6\ \mathrm{keV}$)はどちらの方法も使えず,Primakoff 効果やエネルギースキャン,部分幅と分岐比の組合せといった間接的な方法で決めている.

8.1.3 断面積 — 幾何学から確率へ

断面積という言葉は,もともと文字どおり「的の面積」である.半径 $R$ の硬い球に,半径ゼロの点粒子をランダムに撃ち込むとき,当たる確率は的の断面積 $\pi R^2$ に比例する.これを一般化したのが散乱断面積である.

定義:全断面積と微分断面積

入射粒子のフラックス(単位面積・単位時間あたりに通過する粒子数)を $F$ とする.標的1個あたり,単位時間に起きる反応の回数を $\dot{N}$ とすると,全断面積(total cross section)$\sigma$ は

$$ \begin{equation} \sigma \equiv \frac{\dot{N}}{F} \label{eq:8-sigma-def} \end{equation} $$

で定義される.$[\dot N]=$ 時間$^{-1}$,$[F]=$ 面積$^{-1}\cdot$時間$^{-1}$ なので,$\sigma$ は面積の次元をもつ.これが「断面積」という名の由来である.

散乱粒子が特定の方向 $(\theta,\varphi)$ の立体角 $\dd\Omega$ に飛び込む分だけを数えたものを微分断面積(differential cross section)と呼ぶ:

$$ \begin{equation} \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}(\theta,\varphi) \equiv \frac{1}{F}\frac{\dd\dot N}{\dd\Omega}, \qquad \sigma = \int \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\,\dd\Omega = \int_0^{2\pi}\!\!\dd\varphi \int_0^\pi \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\sin\theta\,\dd\theta \label{eq:8-dsigma-def} \end{equation} $$

特定の終状態(たとえば $e^+e^-\to\mu^+\mu^-$)だけを数えたものを部分断面積と呼び,崩壊の部分幅と同じ役割を果たす.

物理的意味:断面積は「実効的な的の大きさ」である

断面積が面積の次元をもつからといって,粒子が本当にその大きさの円板をもっているわけではない.$\sigma$ は「この反応が起きる確率を,もし相手が硬い円板だったとしたら半径いくつに相当するか」で言い換えた量である.

だから断面積は,入射エネルギーによって何桁も変わるし,反応の種類ごとに違う値をもつ.熱中性子に対する $^{157}\mathrm{Gd}$ の吸収断面積は $2.54\times10^{5}\ \mathrm{barn}$ もあるが,これは Gd の原子核が実際に半径 $\sqrt{\sigma/\pi}\approx2800\ \mathrm{fm}$(実際の核半径 $r_0A^{1/3}\approx6.5\ \mathrm{fm}$ の400倍以上)もの大きさをもつという意味ではない.共鳴のせいで反応確率が異常に高いというだけである(8.7.4節).

逆に断面積が桁外れに小さい例がニュートリノで,$\mathrm{MeV}$ 領域で $\sigma\sim10^{-44}\ \mathrm{cm^2}=10^{-20}\ \mathrm{barn}$ 程度しかない.太陽ニュートリノが地球を素通りするのはこのためである.

8.1.4 barn — 「納屋のように大きい」単位

定義:barn(バーン)

$$ \begin{equation} 1\ \mathrm{barn} \equiv 10^{-28}\ \mathrm{m^2} = 10^{-24}\ \mathrm{cm^2} = 100\ \mathrm{fm^2} \label{eq:8-barn} \end{equation} $$

接頭辞をつけて mb(ミリバーン,$10^{-3}$ b),$\mu$b,nb,pb,fb(フェムトバーン,$10^{-15}$ b)を使う.自然単位系との換算は

$$ 1\ \mathrm{GeV^{-2}} = 0.3894\ \mathrm{mbarn} \qquad\text{(}(\hbar c)^2 = 0.3894\ \mathrm{GeV^2\,mbarn}\text{ より)} $$

である.計算はすべて $\mathrm{GeV^{-2}}$ で行い,最後にこの数を掛けて barn に直す,というのが実務の流儀である.

コラム:なぜ「納屋」なのか

barn は英語で「納屋」である.第二次大戦中のマンハッタン計画で,ウラン核のような重い原子核の断面積が $10^{-24}\ \mathrm{cm^2}$ 程度になることが分かったとき,研究者たちが「納屋の壁みたいにでかい(as big as a barn)」と言ったのが語源とされる.

実際に見積もってみよう.原子核の半径は $R = r_0 A^{1/3}$($r_0=1.2\ \mathrm{fm}$)である.$^{238}\mathrm{U}$ なら $A^{1/3}=6.20$ だから $R = 7.44\ \mathrm{fm}$,幾何学的断面積は

$$ \pi R^2 = \pi\times(7.44)^2\ \mathrm{fm^2} = 174\ \mathrm{fm^2} = 1.74\ \mathrm{barn} $$

たしかに「1バーン」がウラン核の大きさの目安になっている.暗号として作られた冗談めいた単位が,そのまま国際的に定着してしまった珍しい例である.

材料科学との接点:中性子断面積は材料選定を支配する

断面積という概念が材料科学に直接効いてくる最大の場面は,原子炉と核融合炉の材料選定である.熱中性子($0.0253\ \mathrm{eV}$)に対する吸収断面積を並べると

表8.2 熱中性子($0.0253\ \mathrm{eV}$)吸収断面積と材料としての役割
核種$\sigma_a$ [barn]役割
$^{157}\mathrm{Gd}$$2.54\times10^{5}$可燃性毒物・制御材(桁違いに大きい)
$^{113}\mathrm{Cd}$$2.06\times10^{4}$制御棒
$^{10}\mathrm{B}$$3.84\times10^{3}$制御棒・中性子遮蔽・BNCT
$^{56}\mathrm{Fe}$$2.6$構造材(鋼)
$^{90}\mathrm{Zr}$$0.011$燃料被覆管(ジルカロイ)
$^{12}\mathrm{C}$$0.0035$減速材(黒鉛)

表8.2 は核種ごとの値なので,材料として比べるには天然の同位体組成で平均しなければならない.天然 Zr は $\sigma_a\approx0.19\ \mathrm{barn}$ で,表に載せた主成分 $^{90}\mathrm{Zr}$ の $0.011\ \mathrm{barn}$ より一桁以上大きい(存在比 $11\%$ の $^{91}\mathrm{Zr}$ が $1.24\ \mathrm{barn}$ をもち,平均を押し上げる).天然 Fe は $2.56\ \mathrm{barn}$ である.

ジルカロイが燃料被覆管に選ばれるのは,機械的性質や耐食性だけでなく,$\sigma_a$ が鉄の $1/13$ ほどしかないからである.中性子を無駄に食わない材料でなければ,炉心の中性子経済が成り立たない.$^{91}\mathrm{Zr}$ を除いた同位体濃縮 Zr が研究されているのも,この $0.19$ を $0.011$ に近づけたいからである.逆に Gd や B は,わざと中性子を食わせるために入れる.

核融合の側では,D–T 反応 $\mathrm{D}+\mathrm{T}\to{}^4\mathrm{He}+n$ の断面積が重心系エネルギー約 $64\ \mathrm{keV}$ で $\sigma\approx 5\ \mathrm{barn}$ のピークをもつ($^5\mathrm{He}$ の共鳴による).Lawson 条件に現れる反応率係数 $\braket{\sigma v}$ は,この断面積を Maxwell 分布で平均したものであり,$T=10\ \mathrm{keV}$ で $\braket{\sigma v}\approx1.1\times10^{-22}\ \mathrm{m^3/s}$ になる.「炉を作れるかどうか」が,本章で定義した $\sigma$ という1つの数に懸かっているのである.

8.1.5 ルミノシティと事象数

加速器実験では,フラックスと標的密度をまとめてルミノシティ(luminosity)という1つの量にしてしまう.

定義:ルミノシティ $\mathcal{L}$ と積分ルミノシティ

単位時間あたりの反応数 $\dot N$ が

$$ \begin{equation} \dot N = \mathcal{L}\,\sigma \label{eq:8-lumi} \end{equation} $$

と書けるように定義した量 $\mathcal{L}$ を(瞬間)ルミノシティと呼ぶ.次元は 面積$^{-1}\cdot$時間$^{-1}$ で,通常 $\mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$ で表す.これを運転時間について積分した

$$ \mathcal{L}_{\text{int}} = \int \mathcal{L}\,\dd t \qquad\Longrightarrow\qquad N = \mathcal{L}_{\text{int}}\,\sigma $$

を積分ルミノシティと呼び,$\mathrm{fb^{-1}}$(逆フェムトバーン)で表す.$\sigma$ を fb で書けば,掛け算するだけで事象数が出る.

2つのバンチを正面衝突させる場合は,$n_1$, $n_2$ 個の粒子を含むバンチが振動数 $f$ で断面 $4\pi\sigma_x\sigma_y$ に重なるとして

$$ \mathcal{L} = f\,\frac{n_1 n_2}{4\pi\sigma_x\sigma_y} $$

となる($\sigma_x,\sigma_y$ はビームの横方向の標準偏差.断面積の $\sigma$ とは無関係の記号なので注意).

例題8.1 LHC で Higgs 粒子は何個できたか

LHC($\sqrt{s}=13\ \mathrm{TeV}$)が Run 2 で到達したピークルミノシティは $\mathcal{L}=2\times10^{34}\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$(設計値 $1\times10^{34}\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}}$ の約2倍),Higgs 生成の全断面積は $\sigma_H\approx 55\ \mathrm{pb}$ である.一方,陽子・陽子の非弾性散乱断面積は $\sigma_{\text{inel}}\approx 79\ \mathrm{mb}$ である.

(1) 1秒あたりの Higgs 生成数.$55\ \mathrm{pb} = 55\times10^{-12}\ \mathrm{barn} = 5.5\times10^{-35}\ \mathrm{cm^2}$ だから

$$ \dot N_H = 2\times10^{34}\times5.5\times10^{-35} = 1.1\ \mathrm{s^{-1}} $$

およそ1秒に1個の Higgs が生まれている計算になる.

(2) 1秒あたりの陽子衝突数.$79\ \mathrm{mb} = 7.9\times10^{-26}\ \mathrm{cm^2}$ だから

$$ \dot N_{\text{inel}} = 2\times10^{34}\times7.9\times10^{-26} = 1.6\times10^{9}\ \mathrm{s^{-1}} $$

(3) 比.$1.1/(1.6\times10^{9}) = 7\times10^{-10}$.逆数をとると $1/(7\times10^{-10}) = 1.4\times10^{9}$,つまり約14億回の衝突に1回しか Higgs は生まれない.トリガーとデータ収集系がどれほど過酷な仕事をしているかが分かる.

(4) Run 2 全体($\mathcal{L}_{\text{int}}=140\ \mathrm{fb^{-1}}$)での総数.$55\ \mathrm{pb}=5.5\times10^{4}\ \mathrm{fb}$ だから

$$ N_H = 5.5\times10^{4}\ \mathrm{fb}\times140\ \mathrm{fb^{-1}} = 7.7\times10^{6} $$

約770万個の Higgs が作られた.そのうち $\gamma\gamma$ に壊れるのは分岐比 $0.23\%$ なので約 $1.8\times10^4$ 事象,さらに検出効率と背景事象の差し引きが入る.2012年の発見時にこれほど苦労した理由がここにある.当時は 7+8 TeV でおよそ $10\ \mathrm{fb^{-1}}$ しか溜まっておらず,$\gamma\gamma$ チャンネルの信号は $10^4$ 事象規模の連続背景の上に乗った数百事象の超過,$ZZ^*\to4\ell$ チャンネルでは各実験十数事象にすぎなかった.∎

図8.1.(a) 指数崩壊の曲線 N(t)=N(0)e^{-t/τ}.t=τ で 1/e=0.368,t=t_{1/2}=0.693τ で 1/2 になる.(b) 断面積の定義の模式図.入射フラックス F,標的,実効的な的の面積 σ,散乱角 θ,検出器の立体角 dΩ.
図8.1 (a) 指数崩壊の曲線.$t=\tau$ で $1/\ee=0.368$ に,$t=t_{1/2}=0.693\tau$ で $1/2$ になる.素粒子物理では常に平均寿命 $\tau$ を使う.(b) 断面積の定義.左から入射したフラックス $F$ の粒子が標的で散乱され,角度 $\theta$ 方向の立体角 $\dd\Omega$ に飛び込む.$\sigma$ は「同じ反応率を与える硬い円板の面積」という意味の実効面積である.

8.1.6 断面積の大きさの感覚

断面積は $10^{-20}$ barn から $10^{5}$ barn まで25桁にわたる.いくつか代表値を並べて感覚を作っておこう.

表8.3 断面積の大きさの目安
過程典型的な断面積担う力
$^{157}\mathrm{Gd}(n,\gamma)$(熱中性子)$2.5\times10^{5}\ \mathrm{barn}$強い力(共鳴)
$\mathrm{D}+\mathrm{T}\to{}^4\mathrm{He}+n$($64\ \mathrm{keV}$)$5\ \mathrm{barn}$強い力(共鳴)
$pp$ 全断面積($\sqrt{s}=13\ \mathrm{TeV}$)$110\ \mathrm{mb}$強い力
$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$($\sqrt{s}=10\ \mathrm{GeV}$)$0.87\ \mathrm{nb}$電磁気力
$pp\to H+X$($\sqrt{s}=13\ \mathrm{TeV}$)$55\ \mathrm{pb}$強い力+Higgs 結合
$\nu_e + n \to e^- + p$($\mathrm{MeV}$ 領域)$\sim10^{-20}\ \mathrm{barn}$弱い力

$e^+e^-\to\mu^+\mu^-$ の断面積は,第10章で QED から

$$ \begin{equation} \sigma(e^+e^-\to\mu^+\mu^-) = \frac{4\pi\alpha^2}{3s} = \frac{86.9\ \mathrm{nb}}{s\,[\mathrm{GeV^2}]} \label{eq:8-mumu} \end{equation} $$

と導かれる(分子は $4\pi\alpha^2/3$ を $\mathrm{nb\,GeV^2}$ に換算した定数で,正確には $86.86$ である).エネルギーが上がると $1/s$ で落ちるのが,質量のない媒介粒子(光子)を1個交換する過程の特徴である.

この $1/s$ 則と対比できる例が,本章 8.5節で自分の手で出す ABC モデルの $A+A\to B+B$ である.そちらは結合定数 $g$ が質量の次元をもつため $\sigma\propto1/s^2$ に落ちる.$1/s$ からのずれがどこから来るのかは,8.5節の結果と 8.3.1節の次元の議論を並べて読むと分かる.

8.2 黄金律

$\Gamma$ と $\sigma$ の定義ができたので,次はこれらを理論から計算する式を書き下す.結論を先に述べると,どちらも

$$ (\text{率}) = \frac{1}{(\text{フラックス因子})} \times \int \abs{\mathcal{M}}^2\ (\text{位相空間}) $$

という形をしている.この式を黄金律と呼ぶ.3つの部分に分けて順に見ていこう.

8.2.1 相対論的規格化 — $2E$ 因子はどこから来るのか

まず,最も紛らわしい規約の話を片づけておく.場の理論の公式にはやたらと $2E$ という因子が出てくる.これは天下りではなく,相対論的に自然な状態の数え方から必然的に現れるものである.

なぜ「1個」という数え方では困るのか

非相対論的量子力学では,波動関数を $\int\abs{\psi}^2\dd^3x = 1$ と規格化する.「箱の中に粒子が1個」という数え方である.

ところがこの数え方は,Lorentz 変換で壊れる.速度 $v$ で走る観測者から見ると,箱は Lorentz 収縮して体積が $1/\gamma$ 倍になる.中の粒子数は変わらないので,数密度は $\gamma$ 倍になってしまう.つまり「単位体積あたり1個」という規約は,慣性系ごとに違う意味をもってしまう.

そこで場の理論では,$\gamma = E/m$ に比例する因子をあらかじめ含ませて,「単位体積あたり $2E$ 個」と規格化する.こうすると,数密度が Lorentz 変換のもとで場のノルムと同じように変換し,どの慣性系でも同じ式が使える.$2$ という係数は,$\delta$ 関数の公式(次の導出)から自然に出てくる歴史的な取り方である.

導出:不変な運動量積分測度 $\dd^3p/[(2\pi)^3 2E]$

ステップ1:質量殻条件を $\delta$ 関数で書く.実在の(オンシェルの)粒子は $p^2 = p_\mu p^\mu = m^2$ を満たす.4元運動量空間の積分にこの条件を課すには,$\delta(p^2-m^2)$ を挿入すればよい.さらにエネルギーが正であることを $\theta(p^0)$ で要求して

$$ \int \dd^4 p\ \delta(p^2-m^2)\,\theta(p^0) $$

を考える.$\dd^4p$ は Lorentz 不変,$p^2-m^2$ はスカラー,$\theta(p^0)$ は(固有かつ順時間的(orthochronous)な Lorentz 変換では正エネルギーが正エネルギーに移るので)不変である.$PT$ のように固有だが順時間的でない変換は $p^0$ の符号を変えてしまうので,ここで効くのは「順時間的」のほうである.よってこの積分全体が Lorentz 不変である.

ステップ2:$p^0$ 積分を実行する.$p^2 - m^2 = (p^0)^2 - \abs{\pp}^2 - m^2$ である.$E_{\pp}\equiv\sqrt{\abs{\pp}^2+m^2}$ と置くと,$\delta$ 関数の合成公式(付録A)

$$ \delta\big(f(x)\big) = \sum_i \frac{\delta(x-x_i)}{\abs{f'(x_i)}} \qquad (f(x_i)=0) $$

を $f(p^0) = (p^0)^2 - E_{\pp}^2$ に使う.零点は $p^0=\pm E_{\pp}$,微分は $f'=2p^0$ だから

$$ \delta(p^2-m^2) = \frac{\delta(p^0-E_{\pp})}{2E_{\pp}} + \frac{\delta(p^0+E_{\pp})}{2E_{\pp}} $$

$\theta(p^0)$ が第2項を殺す.したがって

$$ \begin{equation} \int \dd^4 p\ \delta(p^2-m^2)\,\theta(p^0)\,F(p) = \int \frac{\dd^3 p}{2E_{\pp}}\ F(E_{\pp},\pp) \label{eq:8-invmeasure} \end{equation} $$

左辺が不変なのだから,右辺の $\dd^3p/(2E_{\pp})$ もLorentz 不変な測度である.$\dd^3p$ 単独は不変ではなく,ブーストで $\dd^3p'=(E'/E)\,\dd^3p$ と変換する(静止系から見れば $\gamma$ 倍に伸びる.位置空間の Lorentz 収縮とは向きが逆なので注意).一方 $1/(2E')$ は $1/\gamma$ 倍されるので,積はちょうど打ち消し合う.

ステップ3:$(2\pi)^3$ を添える.場の量子化で運動量固有状態を $[a_{\pp},a^\dagger_{\pp'}]=(2\pi)^3 2E_{\pp}\,\delta^3(\pp-\pp')$ と規格化する流儀に合わせると,終状態の数え上げは

$$ \begin{equation} \prod_{j}\ \frac{\dd^3 p_j}{(2\pi)^3\,2E_j} \label{eq:8-phasespace-measure} \end{equation} $$

という測度で行う.$(2\pi)^{-3}\dd^3p$ の部分は,固体物理でおなじみの「$k$ 空間の状態密度 $V\dd^3k/(2\pi)^3$」そのものである(8.7.2節).∎

注意:$\abs{\mathcal{M}}^2$ の次元は過程ごとに違う

相対論的規格化を採ると,不変振幅 $\mathcal{M}$ の次元は過程によって変わる.$n$ 本の外線をもつ過程では

$$ [\mathcal{M}] = (\text{質量})^{4-n} $$

となる.$1\to2$ 崩壊($n=3$)では $[\mathcal{M}]=$ 質量$^1$,$2\to2$ 散乱($n=4$)では $[\mathcal{M}]=$ 質量$^0$(無次元)である.計算の途中で次元を勘定すれば,係数の取り違えをかなりの確率で検出できる.8.4節・8.5節で実際に確認する.

8.2.2 崩壊の黄金律

定理:崩壊の黄金律($1\to n$)

質量 $m_1$ の粒子が静止しており,$n-1$ 個の粒子(4元運動量 $p_2,\dots,p_n$)に崩壊するとき,崩壊率は

$$ \begin{equation} \Gamma = \frac{S}{2m_1}\int \abs{\mathcal{M}}^2\ (2\pi)^4\, \delta^4\!\Big(p_1-\sum_{j=2}^{n}p_j\Big) \prod_{j=2}^{n}\frac{\dd^3 p_j}{(2\pi)^3\,2E_j} \label{eq:8-golden-decay} \end{equation} $$

ここで $S$ は統計因子で,終状態に同種粒子が $k$ 個ある組ごとに $1/k!$ を掛けたものである(同じ状態を重複して数えないため).

物理的意味:3つの部品の役割

式 \eqref{eq:8-golden-decay} を部品に分解して読もう.

この3分割は本質的である.$\mathcal{M}$ が変わらないまま終状態の質量だけを動かせば,あとは位相空間の広さ($\abs{\pp}$)だけで崩壊率が決まる——演習8.4(3) では,振幅を何も変えずに位相空間だけで $\Gamma$ が5分の1になる.崩壊が遅い理由は,力が弱いか,位相空間が狭いか,どちらかしかない.

ただし $\mathcal{M}$ 自身が質量に依存する場合は,その効果を勘定に入れなければならない.$\pi^0\to\gamma\gamma$($\Gamma=7.8\ \mathrm{eV}$)と $\eta\to\gamma\gamma$($\Gamma=0.52\ \mathrm{keV}$)で $\eta$ のほうが70倍近く速いのは,位相空間のせいではない.質量ゼロ2体の位相空間因子は $\abs{\pp}/(8\pi m^2)=1/(16\pi m)$ で親の質量とともに減るので,位相空間だけなら $\eta$ は $\pi^0$ より遅いはずである.実際に効いているのはアノマリーによる振幅が $\mathcal{M}\propto\alpha m^2/f$ と伸びることで,$\Gamma\propto m^3$ になる.$(m_\eta/m_{\pi^0})^3=(547.9/135.0)^3=66.9$ が実測の比 $0.516\ \mathrm{keV}/7.8\ \mathrm{eV}=66$ をよく再現する(第13章 13.6.3 項のカイラルアノマリー).3部品のどれが動いているのかを見分けることが,$\Gamma$ を読むということである.

注意:黄金律が使えるのは静止系だけ(そして時間の遅れ)

式 \eqref{eq:8-golden-decay} の $1/(2m_1)$ は,親粒子が静止していることを使っている.運動している粒子の崩壊率は $\Gamma/\gamma$($\gamma=E_1/m_1$)に下がる.つまり実験室で測る寿命は $\gamma\tau$ である.

これは実験上きわめて重要で,たとえば $\tau=2.197\ \mu\mathrm{s}$ のミューオンが上空 $15\ \mathrm{km}$ で生まれても地表に届くのはこの効果のおかげである.ミューオンの $c\tau$ は $c\tau = 2.998\times10^{8}\ \mathrm{m/s}\times2.197\times10^{-6}\ \mathrm{s} = 659\ \mathrm{m}$ なので,$\gamma=20$ なら実験室系での平均飛程は $\gamma c\tau = 20\times659\ \mathrm{m}\approx 13\ \mathrm{km}$ になり,$15\ \mathrm{km}$ の行程のかなりの部分を生き延びられる.一般に,飛程を $c\tau$ で表した数値($\pi^\pm$ なら $c\tau=7.80\ \mathrm{m}$,$K_S^0$ なら $2.68\ \mathrm{cm}$,$B^0$ なら $455\ \mu\mathrm{m}$)が粒子表に載っているのは,$\gamma$ を掛ければすぐ飛跡長になるからである.

8.2.3 散乱の黄金律とフラックス因子

定理:散乱の黄金律($2\to n$)

4元運動量 $p_1$, $p_2$ の2粒子が衝突して $n-2$ 個の粒子になるとき,断面積は

$$ \begin{equation} \sigma = \frac{S}{4\sqrt{(p_1\cdot p_2)^2 - (m_1m_2)^2}} \int \abs{\mathcal{M}}^2\ (2\pi)^4\, \delta^4\!\Big(p_1+p_2-\sum_{j=3}^{n}p_j\Big) \prod_{j=3}^{n}\frac{\dd^3 p_j}{(2\pi)^3\,2E_j} \label{eq:8-golden-scatt} \end{equation} $$

分母の $4\sqrt{(p_1\cdot p_2)^2-(m_1m_2)^2}$ をフラックス因子と呼ぶ.崩壊の黄金律の $2m_1$ に対応する部分である.

導出:フラックス因子が CM 系で $4\abs{\pp_i}\sqrt{s}$ になること

この結果は 8.2.6節で使うので,先に示しておく.CM 系では $p_1=(E_1,\pp_i)$, $p_2=(E_2,-\pp_i)$ である.

ステップ1:内積を書く.計量 $g^{\mu\nu}=\mathrm{diag}(1,-1,-1,-1)$ のもとで

$$ p_1\cdot p_2 = E_1E_2 - \pp_i\cdot(-\pp_i) = E_1E_2 + \abs{\pp_i}^2 $$

ステップ2:2乗して質量項を引く.$m_1^2=E_1^2-\abs{\pp_i}^2$, $m_2^2=E_2^2-\abs{\pp_i}^2$ を使う.$P\equiv\abs{\pp_i}^2$ と略記すると

$$ (p_1\cdot p_2)^2 - m_1^2m_2^2 = (E_1E_2+P)^2 - (E_1^2-P)(E_2^2-P) $$

展開する.第1項は $E_1^2E_2^2 + 2E_1E_2 P + P^2$,第2項は $E_1^2E_2^2 - E_1^2 P - E_2^2 P + P^2$ である.差をとると $E_1^2E_2^2$ と $P^2$ が消えて

$$ = 2E_1E_2P + E_1^2 P + E_2^2 P = P\,(E_1+E_2)^2 $$

ステップ3:$s$ を入れる.CM 系では $(E_1+E_2)^2 = s$(全エネルギーの2乗=Mandelstam の $s$)だから

$$ \begin{equation} \sqrt{(p_1\cdot p_2)^2-(m_1m_2)^2} = \abs{\pp_i}\sqrt{s} \qquad\text{(CM 系)} \label{eq:8-flux-cm} \end{equation} $$

したがってフラックス因子は $4\abs{\pp_i}\sqrt{s}$ である.∎

なお左辺は Lorentz 不変な組合せなので,固定標的実験($p_2$ が静止)でも同じ式が使える.そのときは $p_1\cdot p_2 = E_1 m_2$ なので $\sqrt{(E_1m_2)^2 - m_1^2m_2^2} = m_2\abs{\pp_1}$ となり,フラックス因子は $4m_2\abs{\pp_1}$ である.

8.2.4 2体位相空間

実際の計算でいちばん頻繁に使うのは,終状態が2粒子の場合である.この位相空間積分は解析的に実行できる.

導出:2体位相空間 $\Phi_2 = \abs{\pp_f}/(4\pi\sqrt{s})$

全4元運動量 $P$($P^2=s$)が2粒子(質量 $m_3$, $m_4$)に分かれる場合を,CM 系($\bm{P}=0$)で計算する.

ステップ1:定義.

$$ \Phi_2 \equiv \int (2\pi)^4\delta^4(P-p_3-p_4)\, \frac{\dd^3p_3}{(2\pi)^3 2E_3}\frac{\dd^3p_4}{(2\pi)^3 2E_4} $$

ステップ2:空間成分の $\delta$ 関数で $\pp_4$ 積分を潰す.$\delta^3(\pp_3+\pp_4)$ が $\pp_4=-\pp_3$ を強制する.残る $\delta$ 関数はエネルギーのものだけ.$\pp\equiv\pp_3$ と書くと

$$ \Phi_2 = \frac{(2\pi)^4}{(2\pi)^6}\int \frac{\dd^3 p}{4E_3E_4}\, \delta(\sqrt{s}-E_3-E_4) = \frac{1}{4\pi^2}\int \dd\Omega\int_0^\infty \frac{\abs{\pp}^2\,\dd\abs{\pp}}{4E_3E_4}\, \delta(\sqrt{s}-E_3-E_4) $$

ここで $\dd^3p = \abs{\pp}^2\dd\abs{\pp}\,\dd\Omega$ を使い,$E_3=\sqrt{\abs{\pp}^2+m_3^2}$, $E_4=\sqrt{\abs{\pp}^2+m_4^2}$ である.

ステップ3:残った $\delta$ 関数で $\abs{\pp}$ 積分を潰す.$f(\abs{\pp}) \equiv \sqrt{s}-E_3-E_4$ の微分は

$$ \frac{\dd f}{\dd\abs{\pp}} = -\frac{\abs{\pp}}{E_3}-\frac{\abs{\pp}}{E_4} = -\abs{\pp}\,\frac{E_3+E_4}{E_3E_4} = -\frac{\abs{\pp}\sqrt{s}}{E_3E_4} $$

(最後で $E_3+E_4=\sqrt{s}$ を使った).$\delta$ 関数の合成公式より,$\abs{\pp}$ 積分は根 $\abs{\pp}=\abs{\pp_f}$ での値に $E_3E_4/(\abs{\pp_f}\sqrt{s})$ を掛けたものになる:

$$ \Phi_2 = \frac{1}{4\pi^2}\int\dd\Omega\ \frac{\abs{\pp_f}^2}{4E_3E_4}\cdot\frac{E_3E_4}{\abs{\pp_f}\sqrt{s}} = \frac{1}{16\pi^2}\int\dd\Omega\ \frac{\abs{\pp_f}}{\sqrt{s}} $$

ステップ4:角度積分.$\abs{\pp_f}$ は角度によらないので $\int\dd\Omega=4\pi$ を掛けて

$$ \begin{equation} \frac{\dd\Phi_2}{\dd\Omega} = \frac{1}{16\pi^2}\frac{\abs{\pp_f}}{\sqrt{s}}, \qquad \Phi_2 = \frac{\abs{\pp_f}}{4\pi\sqrt{s}} \label{eq:8-phi2} \end{equation} $$

∎

定義:2体の終状態運動量(Källén 関数)

不変質量 $\sqrt{s}$ の系が質量 $m_3$, $m_4$ の2粒子に分かれるとき,CM 系での各粒子の運動量の大きさは

$$ \begin{equation} \abs{\pp_f} = \frac{\sqrt{\lambda(s,m_3^2,m_4^2)}}{2\sqrt{s}}, \qquad \lambda(x,y,z) \equiv x^2+y^2+z^2-2xy-2yz-2zx \label{eq:8-kallen} \end{equation} $$

$\lambda$ をKällén 関数(三角形関数 triangle function)と呼ぶ.三角形の3辺の長さの2乗を $x,y,z$ と見たときの面積公式(Heron の公式)に現れる組合せと同じ形をしているのが名の由来である.因数分解した形

$$ \begin{equation} \abs{\pp_f} = \frac{1}{2\sqrt{s}}\sqrt{\big[s-(m_3+m_4)^2\big]\big[s-(m_3-m_4)^2\big]} \label{eq:8-pf-factored} \end{equation} $$

のほうが計算には便利である.$\sqrt{s}=m_3+m_4$(しきい値)でゼロになることが一目で分かる.$m_3=m_4=m$ の場合は $\abs{\pp_f}=\frac{1}{2}\sqrt{s-4m^2}$,$m_4=0$ の場合は $\abs{\pp_f}=(s-m_3^2)/(2\sqrt{s})$ と簡単になる.

8.2.5 2体崩壊の公式

導出:$\Gamma = S\abs{\pp}\abs{\mathcal{M}}^2/(8\pi m_1^2)$

ステップ1:黄金律に2体位相空間を代入する.崩壊では親が静止しているので $\sqrt{s}=m_1$ である.式 \eqref{eq:8-golden-decay} は

$$ \Gamma = \frac{S}{2m_1}\int \abs{\mathcal{M}}^2\ \dd\Phi_2 = \frac{S}{2m_1}\int \abs{\mathcal{M}}^2\ \frac{\abs{\pp}}{16\pi^2 m_1}\,\dd\Omega $$

ステップ2:$\abs{\mathcal{M}}^2$ が角度によらない場合.スカラー粒子の2体崩壊では(あるいはスピン平均をとった後では)$\abs{\mathcal{M}}^2$ は定数なので,$\int\dd\Omega=4\pi$ を掛けるだけでよい:

$$ \Gamma = \frac{S}{2m_1}\cdot\abs{\mathcal{M}}^2\cdot\frac{\abs{\pp}}{16\pi^2 m_1}\cdot 4\pi $$

ステップ3:整理.$4\pi/(2\times16\pi^2) = 1/(8\pi)$ だから

$$ \begin{equation} \Gamma = \frac{S\,\abs{\pp}}{8\pi m_1^2}\,\abs{\mathcal{M}}^2 \label{eq:8-decay2body} \end{equation} $$

∎

次元検算.$[\Gamma]=$ 質量.右辺は $[\abs{\pp}][\mathcal{M}]^2/[m_1^2] = $ 質量$\cdot[\mathcal{M}]^2/$質量$^2$.よって $[\mathcal{M}]=$ 質量$^1$ でなければならない.8.2.1節の一般則 $[\mathcal{M}]=$質量$^{4-n}$ に $n=3$ を入れた結果と一致する.

8.2.6 2体散乱の CM 系公式

導出:$\dd\sigma/\dd\Omega = S\abs{\mathcal{M}}^2\abs{\pp_f}/(64\pi^2 s\abs{\pp_i})$

ステップ1:黄金律にフラックス因子と2体位相空間を代入する.式 \eqref{eq:8-golden-scatt} に,式 \eqref{eq:8-flux-cm} のフラックス $4\abs{\pp_i}\sqrt{s}$ と,式 \eqref{eq:8-phi2} の $\dd\Phi_2/\dd\Omega$ を入れる:

$$ \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega} = \frac{S}{4\abs{\pp_i}\sqrt{s}}\ \abs{\mathcal{M}}^2\ \frac{\dd\Phi_2}{\dd\Omega} = \frac{S}{4\abs{\pp_i}\sqrt{s}}\ \abs{\mathcal{M}}^2\ \frac{1}{16\pi^2}\frac{\abs{\pp_f}}{\sqrt{s}} $$

ステップ2:整理.$\sqrt{s}\times\sqrt{s}=s$,$4\times16\pi^2 = 64\pi^2$ だから

$$ \begin{equation} \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\bigg|_{\text{CM}} = \frac{S\,\abs{\mathcal{M}}^2}{64\pi^2 s}\,\frac{\abs{\pp_f}}{\abs{\pp_i}} \label{eq:8-scatt2body} \end{equation} $$

∎

次元検算.$[\dd\sigma/\dd\Omega]=$ 質量$^{-2}$.右辺は $[\mathcal{M}]^2/s\times(\abs{\pp_f}/\abs{\pp_i})$ で,$\abs{\pp_f}/\abs{\pp_i}$ は無次元だから $[\mathcal{M}]^2/$質量$^2$.よって $[\mathcal{M}]=$質量$^0$(無次元).一般則の $n=4$ と一致する.

弾性散乱の場合.$m_3=m_1$, $m_4=m_2$ なら $\abs{\pp_f}=\abs{\pp_i}$ で,比の因子は $1$ になる.非弾性の場合,しきい値のすぐ上では $\abs{\pp_f}\to0$ なので断面積がゼロから立ち上がる.この立ち上がりの形($\propto\abs{\pp_f}$)を位相空間抑制と呼ぶ.

物理的意味:なぜ $1/s$ か

式 \eqref{eq:8-scatt2body} には $1/s$ が露わに入っている.振幅 $\mathcal{M}$ がエネルギーによらない(無次元の定数)ならば,断面積は自動的に $\sigma\propto 1/s$ で落ちる.これは純粋に運動学的な効果であり,相互作用の詳細とは無関係である.

式 \eqref{eq:8-mumu} の $\sigma(e^+e^-\to\mu^+\mu^-)=4\pi\alpha^2/(3s)$ が $1/s$ で落ちるのはこのためで,QED の振幅が高エネルギーで無次元定数 $\sim\alpha$ に落ち着くことの直接の帰結である.逆に言えば,断面積が $1/s$ より速く落ちれば,そこには質量スケールがある(8.5節の $A+A\to B+B$ で $m_C$ が現れるのがその例).$1/s$ より遅く落ちる(=上がる)なら,何かが壊れかけている(弱い相互作用の4点相互作用が $\sigma\propto G_F^2 s$ でユニタリティを破ることが $W$ ボソンの存在を要求した,というのが第12章の話である).

(a) 2体崩壊の運動学(親の静止系) A 静止(E = mA) B C −p +p 運動量は必ず背中合わせ.大きさ |p| は 質量だけで決まる(Källén 関数) |p| = √λ(mA², mB², mC²) / (2 mA) (b) 位相空間 = 終状態の「広さ」:しきい値からの立ち上がり √s |pf| m₃+m₄ √(s − (m₃+m₄)²) で立ち上がる 黄金律の3部品 1 / フラックス 2m₁ または 4|pi|√s × |M|² 力学のすべて × 位相空間 =終状態の状態密度
図8.2 (a) 親粒子の静止系で見た2体崩壊.運動量保存から2つの娘粒子は正反対の方向に,等しい大きさ $\abs{\pp}$ で飛ぶ.この $\abs{\pp}$ は親と娘の質量だけで決まり(式 \eqref{eq:8-kallen}),力学とは無関係の純運動学量である.(b) 2体の終状態運動量は,しきい値 $\sqrt{s}=m_3+m_4$ の直上で $\sqrt{s-(m_3+m_4)^2}$ のように立ち上がる.位相空間が閉じるところで反応が止まる.右下は黄金律の3部品の模式図.

8.3 ABC トイモデル

ここから,実際に計算する.いきなり QED をやると,Dirac スピノル(第9章)と偏極和(第10章)という2つの技術的な壁が同時に立ちはだかって,肝心の「ファインマン則の流れ」が見えなくなる.そこで Griffiths にならい,壁を全部取り払った玩具から始める.

8.3.1 模型の設定

定義:ABC モデル

3種類の粒子 $A$, $B$, $C$ が存在するとする.どれも

相互作用はただ1種類:$A$, $B$, $C$ が1本ずつ集まる三叉路(頂点)だけである.場の理論の言葉で書けば,相互作用ラグランジアンは

$$ \begin{equation} \Lag_{\text{int}} = -g\,\phi_A\phi_B\phi_C \label{eq:8-abc-lagrangian} \end{equation} $$

である.$g$ が唯一の結合定数である.

なぜこんな模型を勉強するのか

ABC モデルは自然界に存在しない.しかし次の3つの理由で,最初に学ぶ模型としてこれ以上のものはない.

  1. 技術的な障害がゼロ.スピノルも $\gamma$ 行列も偏極ベクトルも色因子も出てこない.外線因子はすべて $1$ である.したがって,計算のどの段階で何が起きているかが完全に見通せる.
  2. 構造は本物と同じ.頂点因子・伝播関数・運動量保存・ループ積分・発散という骨格は,QED でも QCD でも寸分たがわず同じである.第10章・第11章でやることは,この骨格に「肉」を付ける作業でしかない.
  3. 実在の物理に近い場面がある.湯川がやった $\pi$ 中間子と核子の結合(第3章・第7章)は,スピンを無視すればほぼこの形である.また Higgs 粒子の3点自己結合 $\lambda v h^3$ も,実質的にこの形である.

数学ノート:結合定数 $g$ の次元

自然単位系では,作用 $S=\int\Lag\,\dd^4x$ が無次元なので $[\Lag]=$ 質量$^4$ である.スカラー場の運動項 $\partial_\mu\phi\partial^\mu\phi$ から $[\phi]=$ 質量$^1$ が決まる.したがって式 \eqref{eq:8-abc-lagrangian} から

$$ [g] = [\Lag] - 3[\phi] = 4 - 3 = 1 \qquad\Longrightarrow\qquad [g] = \text{質量}^1 $$

$g$ は無次元ではなく,運動量(=質量)の次元をもつ.これは QED の $e=\sqrt{4\pi\alpha}$(無次元)と決定的に違う点で,ABC モデルでの「摂動が効く条件」は $g$ が小さいことではなく,無次元比 $g/\sqrt{s}$ あるいは $g/m_A$ が小さいことである.8.4節の数値例では $g/m_A = 0.1$ という設定にする.

このように結合定数が正の質量次元をもつ相互作用を超くりこみ可能(super-renormalizable)と呼ぶ.発散の程度が非常に軽く,8.6節で見るようにループが対数発散1個で済む理由がここにある.

数学ノート:調和振動子の量子化 —— 場の $\phi$ は何を生成し,何を消滅させるのか

式 \eqref{eq:8-abc-lagrangian} の $\phi_A$ は,量子力学の波動関数ではなく量子化された場である.本書では場の量子化を体系的には行わないが,ファインマン則の意味を読むのに必要な骨格だけをここに置く.要点は一つ——自由な場は,独立な調和振動子の集まりである.

ステップ1:場をモードに分ける.一辺 $L$ の箱(体積 $V=L^3$,周期境界条件)の中の自由な実スカラー場を平面波で展開すると,各波数 $\kk$ の係数 $q_\kk(t)$ は運動方程式 $\ddot q_\kk=-\omega_\kk^2q_\kk$($\omega_\kk=\sqrt{\kk^2+m^2}$)に従う.これは振動数 $\omega_\kk$ の調和振動子そのものであり,モードどうしは結合していない.

ステップ2:1個の振動子を量子化する.$[q,p]=\ii$ から生成・消滅演算子 $a=\sqrt{\omega/2}\,(q+\ii p/\omega)$,$a^\dagger=\sqrt{\omega/2}\,(q-\ii p/\omega)$ を作ると

$$ [a,a^\dagger]=1,\qquad H=\omega\left(a^\dagger a+\tfrac12\right),\qquad \hat N=a^\dagger a $$

であり,固有状態 $\ket{n}$($n=0,1,2,\ldots$)に対して

$$ a^\dagger\ket{n}=\sqrt{n+1}\,\ket{n+1},\qquad a\ket{n}=\sqrt{n}\,\ket{n-1},\qquad \hat N\ket{n}=n\ket{n} $$

が成り立つ($\sqrt{n+1}$ と $\sqrt n$ は $\braket{n+1|a^\dagger|n}^2=n+1$,$\braket{n-1|a|n}^2=n$ を満たすように決まる).

ステップ3:粒子として読み替える.$\ket{n}$ のエネルギーは $\omega(n+\tfrac12)$ で,$n$ が1増えるごとに $\omega_\kk=\sqrt{\kk^2+m^2}$ だけ上がる.これは「運動量 $\kk$,エネルギー $\omega_\kk$ の粒子が1個増えた」ことと区別がつかない.すなわち

ステップ4:頂点の意味.相互作用 $-g\,\phi_A\phi_B\phi_C$ を展開すると $a_A a_B^\dagger a_C^\dagger$ のような項が現れる.これは「$A$ を1個消し,$B$ と $C$ を1個ずつ作る」演算子,すなわち崩壊 $A\to B+C$ である.頂点因子 $-\ii g$ はこの項の係数から来ており,「頂点で3本の線が出会う」とは,3個の生成消滅演算子の積のことにほかならない.規格化の $1/\sqrt{2\omega_\kk V}$ が,8.2.1節の相対論的規格化に現れる $2E$ 因子の出どころである(ここでは箱の中で $[a_\kk,a_\kk^\dagger]=1$ と規格化したが,$a_\pp\equiv\sqrt{2\omega_\kk V}\,a_\kk$ と定数倍し,$V\to\infty$ で $V\delta_{\kk\kk'}\to(2\pi)^3\delta^3(\kk-\kk')$ とすれば,8.2.1節ステップ3 の $[a_\pp,a^\dagger_{\pp'}]=(2\pi)^3\,2E_\pp\,\delta^3(\pp-\pp')$ になる.$2\omega_\kk$ は正準交換関係から決まり,それを状態の規格化に吸収するのが相対論的規格化である).

材料科学との接点:フォノンとまったく同じ代数である.結晶の格子振動も,基準振動に分ければ独立な調和振動子の集まりであり,量子化すればフォノンの生成消滅演算子 $b_\qq^\dagger,b_\qq$ が同じ交換関係 $[b,b^\dagger]=1$ を満たす.中性子非弾性散乱の断面積に現れる因子 $n_B+1$(フォノン放出)と $n_B$(フォノン吸収)は,上の $\abs{\sqrt{n+1}}^2$ と $\abs{\sqrt{n}}^2$ そのものである(第16章 16.6 節).違うのは,フォノンの分散 $\omega(\qq)$ が格子で決まり,素粒子では $\sqrt{\kk^2+m^2}$ で決まることだけである.第二量子化の要点は『線形応答理論入門』付録B「第二量子化の要点」に,Fermi 粒子の場合も含めてまとめてある.

8.3.2 ファインマン則

定義:ABC モデルのファインマン則(運動量空間)

ある過程の不変振幅 $\mathcal{M}$ を求めるには,次の手順に従う.

規則1(図を描く).指定された外線(入射粒子と放出粒子)を,$A$–$B$–$C$ の三叉路だけを使ってつなぐ図を,すべて描く.与えられた次数(頂点の個数)で描ける図をひとつも落としてはならない.

規則2(記号を付ける).外線の4元運動量を $p_1,p_2,\dots$ とし,内線の4元運動量を $q_1,q_2,\dots$ とする.

規則3(頂点因子).頂点ひとつにつき

$$ -\ii g $$

を掛ける.

規則4(伝播関数).質量 $m_j$ の粒子の内線ひとつにつき

$$ \frac{\ii}{q_j^2 - m_j^2} $$

を掛ける.ここで $q_j^2 = q_j\cdot q_j$ は4元運動量の2乗であり,内線では一般に $q_j^2 \neq m_j^2$ である(オフシェル=仮想粒子).

規則5(外線因子).外線は $1$ を掛ける(何もしない).スカラー粒子だからである.QED ではここにスピノル $u,\bar u,v,\bar v$ や偏極ベクトル $\epsilon^\mu$ が入る(第10章).

規則6(エネルギー・運動量保存).頂点ひとつにつき

$$ (2\pi)^4\,\delta^4(k_1+k_2+k_3) $$

を掛ける.$k_i$ はその頂点に流れ込む4元運動量(外向きの線には符号を反転して入れる).

規則7(内部運動量の積分).内線の4元運動量 $q_j$ それぞれについて

$$ \int \frac{\dd^4 q_j}{(2\pi)^4} $$

で積分する.

規則8(全体の $\delta$ 関数を外す).以上の結果は必ず

$$ \ii\,\mathcal{M}\ \times\ (2\pi)^4\,\delta^4\!\Big(\sum p_{\text{in}} - \sum p_{\text{out}}\Big) $$

という形になる.この全体の $\delta$ 関数と $(2\pi)^4$ を取り除き,残ったものに $-\ii$ を掛けたものが $\mathcal{M}$ である.

規則9(同種粒子の対称化).終状態(あるいは始状態)に同種粒子が複数あるときは,それらを入れ替えた図もすべて足す.ボソンなので同じ符号で足す.

物理的意味:伝播関数の分母は「質量殻からのずれ」である

規則4の $\ii/(q^2-m^2)$ は,本章でもっとも重要な因子である.読み方は次のとおり.

実在の粒子は $q^2 = m^2$(オンシェル)を満たすので,分母がゼロになって発散する.つまり伝播関数は,交換される粒子が実在に近いほど大きい.逆に $q^2$ が $m^2$ から遠ざかるほど,その図の寄与は小さくなる.

これが第3章で述べた「不確定性原理による仮想粒子の借金」の,正確な数式表現である.借金の額 $\abs{q^2-m^2}$ が大きいほど,返済期限が短く,したがって到達距離が短く,寄与が小さい.

とくに $q^2$ が空間的($q^2 < 0$,$t$ チャンネル交換)の場合,分母は $-(\abs{q^2}+m^2)$ となって決してゼロにならない.したがって $t$ チャンネルの図は発散せず,$1/(\abs{\qq}^2+m^2)$ という形をとる.これを Fourier 変換すると湯川ポテンシャル $\ee^{-mr}/r$ になる——8.7.3節の主題である.

(a) 頂点 A B C 因子 = − i g [g は質量の次元をもつ] A の実線・B の実線・C の破線は 粒子の区別のためだけの描き分け (3つともスピン0,向きの矢印は不要) (b) 内線(伝播関数) q 因子 = i / (q² − mC²) 内線は q² ≠ m² (オフシェル=仮想粒子) q² が m² に近いほど大きく寄与する t チャンネル(q² < 0)では分母が −(|q²|+m²) となり決して発散しない (c) 外線 p 因子 = 1 外線はオンシェル:p² = m² スカラーなので偏極の自由度なし QED ではここに u, u, v, v, εμ が 入る(第9・10章) 各頂点に (2π)⁴δ⁴(Σk) を掛け,内線ごとに ∫d⁴q/(2π)⁴ で積分し,最後に全体の (2π)⁴δ⁴(Σp) を外して −i を掛けると M が得られる.
図8.3 ABC モデルのファインマン則.(a) 唯一の頂点.$A$, $B$, $C$ が1本ずつ集まる三叉路で,因子 $-\ii g$ を与える.(b) 内線=伝播関数 $\ii/(q^2-m^2)$.(c) 外線は因子 $1$.時間は左から右に流れる.線種の違い(実線・破線)と色は粒子の種類を見分けるためだけのものであり,3種ともスピン0の実スカラーなので線に向きはない.

8.4 A の寿命

いよいよ最初の完全な計算である.過程は $A\to B+C$,最低次(頂点1個)で計算する.

8.4.1 振幅

導出:$A\to B+C$ の不変振幅

ステップ1:図を描く.頂点1個の図はただ1枚しかない(図8.4(a)).入射 $A$(運動量 $p_1$),放出 $B$($p_2$)と $C$($p_3$)が1点で出会う.内線はない.

ステップ2:規則を適用する.外線3本はすべて因子 $1$.頂点1個で $-\ii g$.頂点の運動量保存で $(2\pi)^4\delta^4(p_1-p_2-p_3)$.内線がないので積分もない.したがって図の値は

$$ -\ii g\ (2\pi)^4\,\delta^4(p_1-p_2-p_3) $$

ステップ3:$\delta$ 関数を外して $-\ii$ を掛ける(規則8).

$$ \mathcal{M} = (-\ii)\times(-\ii g) = \ii^2 g = -g $$
$$ \begin{equation} \mathcal{M} = -g, \qquad \abs{\mathcal{M}}^2 = g^2 \label{eq:8-M-decay} \end{equation} $$

∎

検算.$[\mathcal{M}]=[g]=$ 質量$^1$.8.2.5節の要求($1\to2$ 崩壊で $[\mathcal{M}]=$質量$^1$)と一致している.また $\mathcal{M}$ が定数で角度依存性をもたないのは当然で,スピン0の粒子の崩壊には方向を指定するものが何もないからである.$A$ の崩壊は完全に等方的である.

8.4.2 崩壊率と寿命

導出:$A$ の崩壊率

ステップ1:2体崩壊の公式に代入する.$B$ と $C$ は別種の粒子なので統計因子 $S=1$.式 \eqref{eq:8-decay2body} に $\abs{\mathcal{M}}^2=g^2$ を入れて

$$ \begin{equation} \Gamma(A\to B+C) = \frac{g^2\,\abs{\pp}}{8\pi m_A^2} \label{eq:8-GammaA} \end{equation} $$

ステップ2:$\abs{\pp}$ を書き下す.式 \eqref{eq:8-pf-factored} で $s=m_A^2$ として

$$ \begin{equation} \abs{\pp} = \frac{1}{2m_A}\sqrt{\big[m_A^2-(m_B+m_C)^2\big]\big[m_A^2-(m_B-m_C)^2\big]} \label{eq:8-pA} \end{equation} $$

展開すると Källén 関数の形

$$ \abs{\pp} = \frac{1}{2m_A}\sqrt{m_A^4+m_B^4+m_C^4-2m_A^2m_B^2-2m_A^2m_C^2-2m_B^2m_C^2} $$

になる.$m_A < m_B+m_C$ なら根号の中が負になり,$\abs{\pp}$ が虚数——つまり崩壊できない.エネルギー保存が式のレベルで自動的に効いている.∎

例題8.2 $A$ の寿命を秒で出す

次の数値を採る.$m_A = 10\ \mathrm{GeV}$,$m_B = m_C = 1\ \mathrm{GeV}$,$g = 1\ \mathrm{GeV}$(無次元比 $g/m_A = 0.1$ なので,摂動論が良く効く領域である).

ステップ1:$\abs{\pp}$.$m_B=m_C$ なので式 \eqref{eq:8-pA} は簡単になり

$$ \abs{\pp} = \frac{m_A}{2}\sqrt{1-\frac{4m_B^2}{m_A^2}} = \frac{10}{2}\sqrt{1-\frac{4}{100}} = 5\times\sqrt{0.96} = 5\times0.97980 = 4.8990\ \mathrm{GeV} $$

ステップ2:$\Gamma$.式 \eqref{eq:8-GammaA} に入れる.

$$ \Gamma = \frac{(1\ \mathrm{GeV})^2\times 4.8990\ \mathrm{GeV}}{8\pi\times(10\ \mathrm{GeV})^2} = \frac{4.8990}{2513.27}\ \mathrm{GeV} = 1.949\times10^{-3}\ \mathrm{GeV} = 1.949\ \mathrm{MeV} $$

ステップ3:寿命に直す.$\hbar=6.582\times10^{-22}\ \mathrm{MeV\,s}$ を使って

$$ \tau = \frac{\hbar}{\Gamma} = \frac{6.582\times10^{-22}\ \mathrm{MeV\,s}}{1.949\ \mathrm{MeV}} = 3.377\times10^{-22}\ \mathrm{s} $$
$$ \Gamma = 1.95\ \mathrm{MeV}, \qquad \tau = 3.38\times10^{-22}\ \mathrm{s} $$

読み方.$\Gamma/m_A = 1.95/10000 = 2\times10^{-4}$ なので,この粒子は「質量の $0.02\%$ の幅」しかもたない.表8.1 の $J/\psi$($\Gamma/m = 3\times10^{-5}$)と $Z^0$($\Gamma/m=2.7\times10^{-2}$)の中間くらいの,そこそこ細い共鳴ということになる.寿命 $3.4\times10^{-22}\ \mathrm{s}$ は強い相互作用の崩壊($\sim10^{-23}\ \mathrm{s}$)よりやや長い程度である.∎

注意:$g$ を10倍したら $\Gamma$ は100倍になる(が,摂動論が壊れる)

式 \eqref{eq:8-GammaA} は $\Gamma\propto g^2$ である.頂点1個の振幅が $g$ に比例し,率が振幅の2乗だからである.一般に頂点が $n$ 個の図の寄与は $g^{2n}$ に比例する.

ただし $g$ を大きくすると,8.6節で述べる高次の図の寄与が最低次に追いついてしまう.目安は無次元比 $g^2/(16\pi^2 m_A^2)\ll1$ であり,上の数値例では $1/(16\pi^2\times100)=6.3\times10^{-5}$ なので,摂動展開は極めてよく収束する.

8.4.3 分岐比を考える

ABC モデルでは $A$ の崩壊チャンネルは $A\to B+C$ の1本しかない(頂点が1種類しかないから).しかし,もし $m_A > 3m_B + m_C$ ならば,頂点3個の $A\to B+B+B+C$ という4体崩壊も可能になる($A\to B+C^*$,$C^*\to A^*+B$,$A^*\to B+C$ という連鎖である).その部分幅は $g^6$ に比例するので,$g/m_A$ が小さい限り $\mathrm{BR}\ll1$ である.

ここで $A\to B+B+C+C$ と書いてはいけない.$A\to 2B+2C$ はABC モデルではどの次数でも描けない.頂点が $A$, $B$, $C$ の線端をちょうど1つずつもつので,頂点数 $V$ の図では種類 $X$ の外線数 $E_X$ と内線数 $I_X$ が $E_X + 2I_X = V$ を満たし,$E_A\equiv E_B\equiv E_C\equiv V\ (\mathrm{mod}\ 2)$ でなければならない.$A\to2B+2C$ は $E_A=1$(奇)に対して $E_B=E_C=2$(偶)なので,この条件を破る.これは相互作用項 $-g\phi_A\phi_B\phi_C$ が「2つの場を同時に符号反転する」$\mathbb{Z}_2\times\mathbb{Z}_2$ 対称性をもつことの帰結で,各粒子数の偶奇が保存するという選択則になっている(離散対称性が選択則を生む例.第6章).頂点3個で許される4体崩壊は $A\to B+B+B+C$(しきい値 $3m_B+m_C$)と $A\to B+C+C+C$($m_B+3m_C$)だけである.

実在の粒子で同じ論法が使えるのが $\pi^0$ である.$\pi^0\to\gamma\gamma$(頂点2個相当,$\mathrm{BR}=98.8\%$)に対し,$\pi^0\to e^+e^-\gamma$(頂点3個,$\mathrm{BR}=1.17\%$)は $\alpha$ 1つ分だけ抑制される.実測の比 $1.17/98.8 = 0.0118$ は,$\alpha=1/137=0.0073$ に位相空間因子を掛けた程度の値で,オーダーが合っている.分岐比の桁を暗算するのに必要なのは,頂点の数を数えることだけである.

8.5 A+A → B+B 散乱

次は散乱である.過程は $A+A\to B+B$,最低次(頂点2個)で計算する.今度は内線が現れるので,伝播関数が登場する.そして図が2枚になる.

8.5.1 2枚の図

入射 $A$ の運動量を $p_1$, $p_2$,放出 $B$ の運動量を $p_3$, $p_4$ とする.頂点は $A$–$B$–$C$ しかないので,各頂点で「$A$ が1本,$B$ が1本,$C$ が1本」でなければならない.したがって:

ここで問題になるのが,頂点1から出た $B$ が $p_3$ なのか $p_4$ なのかである.$B$ は同種粒子なので,どちらの割り当ても許され,両方を足さなければならない(規則9).こうして2枚の図が現れる.

定義:$t$ チャンネルと $u$ チャンネル

第4章で導入した Mandelstam 変数を使って

$$ s = (p_1+p_2)^2, \qquad t = (p_1-p_3)^2, \qquad u = (p_1-p_4)^2 $$

と書く.内線の4元運動量 $q$ の2乗が

と呼ぶ.$A+A\to B+B$ に $s$ チャンネルが現れないのは,$A$ と $A$ が1点で出会う頂点($A$–$A$–$X$)が ABC モデルに存在しないからである.どのチャンネルが現れるかは,模型がもつ頂点の形だけで決まる.

3つの変数のあいだには恒等式

$$ \begin{equation} s+t+u = \sum_{i=1}^{4} m_i^2 = 2m_A^2 + 2m_B^2 \label{eq:8-stu} \end{equation} $$

が成り立つ(第4章).独立な変数は2つ,すなわち「エネルギー」と「散乱角」である.

(a) A → B + C(頂点1個) A, p₁ B, p₂ C, p₃ M = − g 内線なし,角度依存性なし(等方崩壊) (b) A+A → B+B : t チャンネル A, p₁ A, p₂ B, p₃ B, p₄ C q = p₁ − p₃ q² = t, 伝播関数 i /(t − mC²) (c) A+A → B+B : u チャンネル A, p₁ A, p₂ B, p₃ B, p₄ C q = p₁ − p₄ q² = u, 伝播関数 i /(u − mC²) 終状態の2個の B は同種粒子なので,入れ替えた図 (c) も同じ符号で足す(ボソン).s チャンネルは A–A–X 頂点が存在しないので描けない. 時間は左から右に流れる.
図8.4 ABC モデルの最低次ファインマン図.(a) $A\to B+C$:頂点1個,内線なし.(b) $A+A\to B+B$ の $t$ チャンネル:$p_1$ の $A$ が $p_3$ の $B$ になり,$C$ を放出する.(c) $u$ チャンネル:$p_1$ の $A$ が $p_4$ の $B$ になる.終状態の2つの $B$ は区別できないので (b)(c) の両方を足し,最後に統計因子 $S=1/2$ で重複を補正する.時間は左から右に流れる.

8.5.2 振幅の計算

導出:$A+A\to B+B$ の不変振幅

ステップ1:$t$ チャンネルの図に規則を適用する.頂点が2個あるので $(-\ii g)^2$.内線($C$,運動量 $q$)で $\ii/(q^2-m_C^2)$.頂点ごとの運動量保存で

$$ (2\pi)^4\delta^4(p_1-p_3-q)\ \times\ (2\pi)^4\delta^4(p_2+q-p_4) $$

内線が1本なので $\int\dd^4q/(2\pi)^4$.全部まとめると

$$ (-\ii g)^2\int\frac{\dd^4 q}{(2\pi)^4}\ \frac{\ii}{q^2-m_C^2}\ (2\pi)^8\,\delta^4(p_1-p_3-q)\,\delta^4(p_2+q-p_4) $$

ステップ2:$\delta$ 関数で $q$ 積分を実行する.$(2\pi)^8/(2\pi)^4 = (2\pi)^4$ である.1つ目の $\delta$ が $q = p_1-p_3$ を強制するので,$q$ 積分は単にこの値を代入するだけ.すると2つ目の $\delta$ は

$$ \delta^4(p_2 + p_1 - p_3 - p_4) $$

となり,これが全体のエネルギー・運動量保存を表す $\delta$ 関数である.残りは

$$ (-\ii g)^2\ \frac{\ii}{(p_1-p_3)^2-m_C^2}\ (2\pi)^4\delta^4(p_1+p_2-p_3-p_4) $$

ここで一般則を書いておく.頂点が $V$ 個,内線が $I$ 本の図では,$\delta$ 関数は $V$ 個,積分は $I$ 回である.$\delta$ 関数のうち1個は必ず全体のエネルギー・運動量保存として生き残るので,積分を潰すのに使えるのは $V-1$ 個だけである.したがって最後まで残る積分の数は

$$ \begin{equation} L = I - V + 1 \label{eq:8-loops} \end{equation} $$

となる.$L$ をループ数と呼ぶ.いまの図は $V=2$, $I=1$ なので $L=0$,積分は完全に潰れる.このような図をツリー図(tree diagram)と呼ぶ.$L\ge1$ になると積分が残り,そこで発散が生じる(8.6節).

ステップ3:規則8を適用する.$(-\ii g)^2 = \ii^2 g^2 = -g^2$.$(2\pi)^4\delta^4$ を外して $-\ii$ を掛けると

$$ \mathcal{M}_t = (-\ii)\times(-g^2)\times\frac{\ii}{t-m_C^2} = (-\ii)(\ii)\times\frac{-g^2}{t-m_C^2} = \frac{-g^2}{t-m_C^2} $$

($(-\ii)(\ii)=-\ii^2=+1$ を使った.)

ステップ4:$u$ チャンネルを足す.$p_3\leftrightarrow p_4$ と入れ替えるだけなので $t\to u$.したがって

$$ \begin{equation} \mathcal{M} = -g^2\left[\frac{1}{t-m_C^2} + \frac{1}{u-m_C^2}\right] \label{eq:8-M-scatt} \end{equation} $$

∎

次元検算.$[g^2]=$ 質量$^2$,$[t-m_C^2]=$ 質量$^2$.よって $[\mathcal{M}]=$ 質量$^0$,無次元である.8.2.6節の要求と一致する.振幅の全体の符号は $\abs{\mathcal{M}}^2$ にしか効かないので物理的な意味をもたないが,2つの図の相対符号は本質的である.ここではどちらも同じ符号(ボソンなので対称化)で足している.フェルミオンなら反対称化で相対符号が反転し,干渉の様子が逆転する.

8.5.3 CM 系での運動学

導出:$t$ と $u$ を $s$ と散乱角で書く

ステップ1:CM 系のエネルギー.入射の2粒子はどちらも $A$(同じ質量)なので $E_1=E_2=\sqrt{s}/2$,放出の2粒子はどちらも $B$ なので $E_3=E_4=\sqrt{s}/2$ である.運動量の大きさは式 \eqref{eq:8-pf-factored} から

$$ \begin{equation} \abs{\pp_i} = \sqrt{\frac{s}{4}-m_A^2}, \qquad \abs{\pp_f} = \sqrt{\frac{s}{4}-m_B^2} \label{eq:8-pipf-cm} \end{equation} $$

ステップ2:$t$ を展開する.散乱角 $\theta$ を $\pp_1$ と $\pp_3$ のなす角とすると

$$ t = (p_1-p_3)^2 = p_1^2 + p_3^2 - 2p_1\cdot p_3 = m_A^2 + m_B^2 - 2\left(E_1E_3 - \pp_1\cdot\pp_3\right) $$ $$ \begin{equation} t = m_A^2+m_B^2-\frac{s}{2}+2\abs{\pp_i}\abs{\pp_f}\cos\theta \label{eq:8-t-cm} \end{equation} $$

ステップ3:$u$ も同様に.$\pp_4=-\pp_3$ なので $\pp_1\cdot\pp_4 = -\abs{\pp_i}\abs{\pp_f}\cos\theta$.したがって

$$ \begin{equation} u = m_A^2+m_B^2-\frac{s}{2}-2\abs{\pp_i}\abs{\pp_f}\cos\theta \label{eq:8-u-cm} \end{equation} $$

検算.$t+u = 2m_A^2+2m_B^2-s$,すなわち $s+t+u=2m_A^2+2m_B^2$ で式 \eqref{eq:8-stu} と合う.∎

$\theta=0$(前方散乱)で $t$ が最大(=$\abs{t}$ が最小),$\theta=\pi$(後方散乱)で $u$ が最大になる.どちらも $t,u\le0$(空間的)なので,伝播関数の分母 $t-m_C^2$, $u-m_C^2$ は常に負で,決してゼロにならない.$t$/$u$ チャンネルの図は共鳴しないのである.

8.5.4 微分断面積

式 \eqref{eq:8-scatt2body} に代入すればよい.終状態の2つの $B$ は同種粒子なので統計因子は $S=1/2$ である.

$$ \begin{equation} \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega} = \frac{g^4}{128\pi^2 s}\,\frac{\abs{\pp_f}}{\abs{\pp_i}} \left[\frac{1}{t-m_C^2}+\frac{1}{u-m_C^2}\right]^2 \label{eq:8-dsigma-abc} \end{equation} $$

ここで $t$, $u$ は式 \eqref{eq:8-t-cm}, \eqref{eq:8-u-cm} で $\cos\theta$ の関数として与えられる.係数は $S\,/(64\pi^2) = (1/2)/(64\pi^2) = 1/(128\pi^2)$ である.これで任意のエネルギー・任意の角度で微分断面積が計算できる.最低次では,これが完全な答えである.

8.5.5 高エネルギー極限と全断面積

一般の場合の積分は煩雑なので,物理が見やすい極限で全断面積を出そう.

導出:$s\gg m_A^2, m_B^2$ での全断面積

ステップ1:運動学を簡単にする.$s$ が $m_A^2$, $m_B^2$ よりずっと大きければ $\abs{\pp_i}\simeq\abs{\pp_f}\simeq\sqrt{s}/2$ であり,式 \eqref{eq:8-t-cm}, \eqref{eq:8-u-cm} は

$$ t \simeq -\frac{s}{2}(1-\cos\theta), \qquad u \simeq -\frac{s}{2}(1+\cos\theta) $$

$x\equiv\cos\theta$ と書く.$m_C$ は落とさない(後で見るように,これが全断面積を有限に保つ鍵だからである).

ただし,この近似を全断面積に使うときには条件がもう1つ要る.$m_A\neq m_B$ のときは厳密には $\abs{\pp_i}\neq\abs{\pp_f}$ なので,前方($\theta=0$)でも $\abs{t}$ はゼロに届かず

$$ \abs{t}_{\min} = \big(\abs{\pp_i}-\abs{\pp_f}\big)^2 \simeq \frac{(m_A^2-m_B^2)^2}{s} $$

が下限になる.後で見るように全断面積は $\abs{t}\lesssim m_C^2$ の狭い前方円錐が稼ぐので,上の近似がその領域でも使えるためには $s\gg m_A^2, m_B^2$ に加えて

$$ \frac{(m_A^2-m_B^2)^2}{s}\ll m_C^2 \qquad\text{すなわち}\qquad \sqrt{s}\gg\frac{m_A^2-m_B^2}{m_C} $$

を要する.この条件を忘れると全断面積を因子2ほど誤る——例題8.3 でそれを実際に確かめる.

ステップ2:無次元パラメータを導入する.

$$ a \equiv \frac{2m_C^2}{s}, \qquad b \equiv 1+a $$

と置くと

$$ t - m_C^2 = -\frac{s}{2}\big(1-x+a\big) = -\frac{s}{2}(b-x), \qquad u - m_C^2 = -\frac{s}{2}(b+x) $$

ステップ3:振幅を整理する.式 \eqref{eq:8-M-scatt} に入れると,マイナス符号どうしが打ち消して

$$ \mathcal{M} = \frac{2g^2}{s}\left[\frac{1}{b-x}+\frac{1}{b+x}\right] = \frac{2g^2}{s}\cdot\frac{2b}{b^2-x^2} = \frac{4g^2 b}{s\,(b^2-x^2)} $$

したがって

$$ \begin{equation} \abs{\mathcal{M}}^2 = \frac{16g^4\,b^2}{s^2\,(b^2-x^2)^2} \label{eq:8-M2-highE} \end{equation} $$

ステップ4:微分断面積.$\abs{\pp_f}/\abs{\pp_i}\simeq1$ として式 \eqref{eq:8-scatt2body} に代入する.

$$ \begin{equation} \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega} = \frac{1}{2}\cdot\frac{1}{64\pi^2 s}\cdot\frac{16g^4b^2}{s^2(b^2-x^2)^2} = \frac{g^4\,b^2}{8\pi^2\,s^3\,(b^2-x^2)^2} \label{eq:8-dsigma-highE} \end{equation} $$

$m_C\to0$($a\to0$, $b\to1$)とすると $b^2-x^2\to1-\cos^2\theta=\sin^2\theta$ なので

$$ \frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\bigg|_{m_C=0} = \frac{g^4}{8\pi^2 s^3\sin^4\theta} $$

前方($\theta\to0$)と後方($\theta\to\pi$)で発散する.Rutherford 散乱の $1/\sin^4(\theta/2)$ と同じ構造であり,媒介粒子が質量ゼロ=力の到達距離が無限大であることの帰結である.

ステップ5:角度積分.$\dd\Omega = 2\pi\,\dd x$(方位角対称)なので

$$ \sigma = 2\pi\int_{-1}^{1}\dd x\ \frac{g^4b^2}{8\pi^2 s^3(b^2-x^2)^2} = \frac{g^4 b^2}{4\pi s^3}\, I(b), \qquad I(b)\equiv\int_{-1}^{1}\frac{\dd x}{(b^2-x^2)^2} $$

ステップ6:$I(b)$ を求める.部分分数ではなく,次の不定積分公式を使う.

$$ \int\frac{\dd x}{(b^2-x^2)^2} = \frac{x}{2b^2(b^2-x^2)} + \frac{1}{4b^3}\ln\frac{b+x}{b-x} $$

(微分して確かめられる:第1項の微分が $\frac{1}{2b^2(b^2-x^2)}+\frac{x^2}{b^2(b^2-x^2)^2}$,第2項の微分が $\frac{1}{2b^2(b^2-x^2)}$,和が $\frac{(b^2-x^2)+x^2}{b^2(b^2-x^2)^2}=\frac{1}{(b^2-x^2)^2}$.)

被積分関数が偶関数,原始関数が奇関数なので,$-1$ から $1$ の定積分は $x=1$ での値の2倍である:

$$ \begin{equation} I(b) = \frac{1}{b^2(b^2-1)} + \frac{1}{2b^3}\ln\frac{b+1}{b-1} \label{eq:8-Ib} \end{equation} $$

ステップ7:小さい $a$ での展開.$b=1+a$,$b^2-1 = 2a+a^2\simeq2a$,$\dfrac{b+1}{b-1}=\dfrac{2+a}{a}\simeq\dfrac{2}{a}$ だから

$$ I \simeq \frac{1}{2a} + \frac{1}{2}\ln\frac{2}{a} = \frac{s}{4m_C^2} + \frac{1}{2}\ln\frac{s}{m_C^2} $$

したがって

$$ \begin{equation} \sigma \simeq \frac{g^4}{4\pi s^3}\left[\frac{s}{4m_C^2}+\frac{1}{2}\ln\frac{s}{m_C^2}\right] \ \xrightarrow{\ \text{主要項}\ }\ \frac{g^4}{16\pi\,s^2\,m_C^2} \label{eq:8-sigma-highE} \end{equation} $$

∎

物理的意味:$m_C$ が前方発散を切っている

式 \eqref{eq:8-sigma-highE} の主要項 $g^4/(16\pi s^2 m_C^2)$ は,$m_C\to0$ で発散する.この発散は,$\theta\to0$ の前方領域から来ている.

実際,前方では $\abs{t}\simeq(s/2)(1-\cos\theta)\sim (s/4)\theta^2$ が小さく,伝播関数 $1/(t-m_C^2)$ が大きくなる.しかし $\abs{t}$ が $m_C^2$ より小さくなると,分母は $m_C^2$ で頭打ちになり,それ以上は大きくならない.つまり$\abs{t}\lesssim m_C^2$,角度でいえば $\theta\lesssim 2m_C/\sqrt{s}$ の狭い前方円錐が,全断面積の大部分を稼いでいる.

この「重い媒介粒子が長距離の効果を切る」という構造は,本章のあと 8.7.3節でThomas–Fermi 遮蔽として再登場する.金属中の Coulomb 相互作用 $1/q^2$ が,電子の遮蔽によって $1/(q^2+\kappa_{\mathrm{TF}}^2)$ に置き換わり,前方(小 $q$)の発散が消える——まったく同じ数式である.素粒子の $m_C$ と,金属の $\kappa_{\mathrm{TF}}$ は,式の上で同じ場所に立っている.

例題8.3 全断面積をフェムトバーンで出す

$g=1\ \mathrm{GeV}$,$m_A=10\ \mathrm{GeV}$,$m_B=m_C=1\ \mathrm{GeV}$(例題8.2 と同じ模型)で,$\sqrt{s}=100\ \mathrm{GeV}$ での全断面積を求める.

まず近似が使えるか確かめる.$s=10^4\ \mathrm{GeV^2}$ は $m_A^2=100\ \mathrm{GeV^2}$ の100倍なので,一見すると高エネルギー近似で十分そうに見える.ところが上の導出のステップ1 で付けた追加条件を見ると

$$ \frac{(m_A^2-m_B^2)^2}{s} = \frac{(100-1)^2}{10^4} = 0.98\ \mathrm{GeV^2} \qquad\text{vs.}\qquad m_C^2 = 1\ \mathrm{GeV^2} $$

で,両者はほぼ同じ大きさである($\sqrt{s}\gg(m_A^2-m_B^2)/m_C=99\ \mathrm{GeV}$ が満たされていない).つまり全断面積を稼ぐ前方円錐のところで,高エネルギー近似は破れている.そこで厳密な運動学で計算する.積分公式 \eqref{eq:8-Ib} はそのまま使える.

ステップ1:厳密な $t$ と $u$.式 \eqref{eq:8-pipf-cm} から

$$ \abs{\pp_i} = \sqrt{\frac{s}{4}-m_A^2} = 48.990\ \mathrm{GeV}, \qquad \abs{\pp_f} = \sqrt{\frac{s}{4}-m_B^2} = 49.990\ \mathrm{GeV} $$

式 \eqref{eq:8-t-cm}, \eqref{eq:8-u-cm} は $x\equiv\cos\theta$ の1次式なので,近似のときと同じ形に整理できる:

$$ t - m_C^2 = -(c - d\,x), \qquad u - m_C^2 = -(c + d\,x) $$ $$ c \equiv \frac{s}{2}-m_A^2-m_B^2+m_C^2 = 4900\ \mathrm{GeV^2}, \qquad d \equiv 2\abs{\pp_i}\abs{\pp_f} = 4898.0\ \mathrm{GeV^2} $$

前方 $\theta=0$ での伝播関数の分母は $t-m_C^2 = -(c-d) = -2.00\ \mathrm{GeV^2}$ であり,高エネルギー近似の値 $-m_C^2=-1.00\ \mathrm{GeV^2}$ のちょうど2倍である.伝播関数は2乗で効くので,近似式は前方ピークの $\abs{\mathcal{M}}^2$ を4倍も過大に見積もる.

ステップ2:振幅と無次元パラメータ.$B\equiv c/d$ と置くと

$$ \mathcal{M} = \frac{2g^2 c}{c^2-d^2x^2}, \qquad \abs{\mathcal{M}}^2 = \frac{4g^4c^2}{d^4\,(B^2-x^2)^2}, \qquad B = \frac{4900}{4898.0} = 1.000408 $$

近似では $b=1+2m_C^2/s=1.000200$ だった.$B-1=4.08\times10^{-4}$ が $a=2.00\times10^{-4}$ の約2倍——これが以下で出てくる因子2のずれの正体である($I\simeq1/[2(B-1)]$ だから).

ステップ3:$I(B)$ を式 \eqref{eq:8-Ib} で正確に計算する.$B^2=1.000817$,$B^2-1=8.1699\times10^{-4}$,$B^3=1.001226$,$(B+1)/(B-1)=4898.0$ である.

$$ \frac{1}{B^2(B^2-1)} = \frac{1}{1.000817\times8.1699\times10^{-4}} = 1223.0 $$ $$ \frac{1}{2B^3}\ln\frac{B+1}{B-1} = \frac{\ln(4898.0)}{2.00245} = \frac{8.4966}{2.00245} = 4.24 $$ $$ I(B) = 1223.0 + 4.24 = 1227.2 $$

対数項の寄与はわずか $0.35\%$ である.前方ピークが圧倒的に効いていることは,近似のときと変わらない.

ステップ4:$\sigma$ を $\mathrm{GeV^{-2}}$ で.式 \eqref{eq:8-scatt2body} に $S=1/2$,$\dd\Omega=2\pi\,\dd x$ を入れて角度積分すると

$$ \sigma = \frac{g^4\,c^2}{16\pi\,s\,d^4}\cdot\frac{\abs{\pp_f}}{\abs{\pp_i}}\,I(B) $$ $$ = \frac{2.401\times10^{7}}{5.0265\times10^{5}\times5.7554\times10^{14}}\times1.0204\times1227.2 = 1.039\times10^{-10}\ \mathrm{GeV^{-2}} $$

($m_A=m_B$ なら $\abs{\pp_i}=\abs{\pp_f}$,$d=s/2$,$c=(s/2)b$ となって,この式は近似の $\sigma=g^4b^2I(b)/(4\pi s^3)$ にそのまま帰着する.検算に使える.)

ステップ5:barn に直す.$1\ \mathrm{GeV^{-2}} = 0.3894\ \mathrm{mbarn}$ を使う.

$$ \sigma = 1.039\times10^{-10}\times0.3894\ \mathrm{mbarn} = 4.05\times10^{-11}\ \mathrm{mbarn} = 4.05\times10^{-14}\ \mathrm{barn} $$
$$ \sigma(A+A\to B+B)\big|_{\sqrt{s}=100\ \mathrm{GeV}} = 40.5\ \mathrm{fb} $$

高エネルギー近似($b=1.0002$,$I(b)=2503.3$)で同じ計算をすると $\sigma=1.993\times10^{-10}\ \mathrm{GeV^{-2}}=77.6\ \mathrm{fb}$ となり,厳密値の $1.92$ 倍である.なおこの $77.6\ \mathrm{fb}$ は主要項 $g^4/(16\pi s^2m_C^2)=1.989\times10^{-10}\ \mathrm{GeV^{-2}}$ と $0.2\%$ で一致するが,これは近似式とその主要項の一致にすぎず,厳密値との一致ではない.

ステップ6:事象数に直す.積分ルミノシティ $100\ \mathrm{fb^{-1}}$ の実験なら

$$ N = 40.5\ \mathrm{fb}\times100\ \mathrm{fb^{-1}} = 4.0\times10^3\ \text{事象} $$

約4000事象.検出効率を $10\%$ としても400事象は残るので,十分に測定可能な過程である.近似式を鵜呑みにすると,この数を2倍近く見誤ることになる.ちなみに近似の誤差が $10\%$ 以内に収まるのは $\sqrt{s}\gtrsim300\ \mathrm{GeV}$(比 $1.10$),$1\%$ 以内なら $\sqrt{s}\gtrsim1\ \mathrm{TeV}$(比 $1.009$)である.「$s\gg m^2$ だから高エネルギー近似でよい」という判断は,どの $m$ と比べているのかを見ないと危ない.∎

A+A→B+B の角度分布.横軸は散乱角 θ(0°〜180°),縦軸は dσ/dΩ の常用対数(任意単位).赤実線は a=0.02 で前方・後方に約660倍の鋭いピーク,青破線は a=0.5 でほぼ等方(3.2倍の変化).
図8.5 式 \eqref{eq:8-dsigma-highE} の角度分布.横軸は CM 系の散乱角 $\theta$,縦軸は $\dd\sigma/\dd\Omega$ の常用対数(規格化は任意).赤実線は $a=2m_C^2/s=0.02$(軽い $C$,または高エネルギー),青破線は $a=0.5$(重い $C$,またはしきい値近く).媒介粒子が軽いほど前方・後方の散乱が強くなる.これは「力の到達距離が長いほど,遠くをかすめる(=小角の)衝突が効く」ことの現れであり,Rutherford 散乱の前方ピークと同じ物理である.

8.6 高次のダイアグラム

8.4節・8.5節で計算したのは,いずれも最低次(頂点の数が最小)の図である.しかし規則1は「描ける図をすべて描け」と言っている.頂点をもっと増やした図も存在し,それらも足さなければならない.

8.6.1 摂動展開としてのファインマン図

頂点が $V$ 個の図の振幅は $g^V$ に比例する.したがって振幅は

$$ \mathcal{M} = \mathcal{M}^{(2)} + \mathcal{M}^{(4)} + \mathcal{M}^{(6)} + \cdots \qquad \big(\mathcal{M}^{(V)}\propto g^{V}\big) $$

という展開になる.これが摂動展開である.$g$ が小さければ最初の項だけで十分よい近似になる——というのが,我々がここまで暗黙に使ってきた前提である.

$A+A\to B+B$ の次の次数は頂点4個($g^4$)の図である.内線の本数を数えてみよう.ABC モデルの頂点はどれも線が3本なので,頂点 $V$ 個の図には線の端が $3V$ 個ある.そのうち $E$ 個は外線の端で,残りは2つずつ組んで内線になるから

$$ \begin{equation} I = \frac{3V-E}{2} \label{eq:8-internal-count} \end{equation} $$

である.$V=2$, $E=4$ なら $I=(6-4)/2=1$ で,式 \eqref{eq:8-loops} から $L=1-2+1=0$——8.5節で計算したツリー図である.ところが $V=4$, $E=4$ とすると $I=(12-4)/2=4$ となり

$$ L = I-V+1 = 4-4+1 = 1 $$

すなわち頂点4個の図はすべて1ループ図である.一般に,3点頂点だけの理論のツリー図($L=0$)は $E=V+2$ を満たすので,外線4本のツリー図は $V=2$ の1組しか存在しない.$A+A\to B+B$ を $g^4$ まで計算しようとした瞬間に,ループから逃げられなくなるのである.そしてループ図が,本節の主題である.

8.6.2 ループの出現と発散

導出:$A$ の自己エネルギー(1ループ)

いちばん簡単なループは,$A$ の伝播関数への補正である.$A$ の線の途中で $B$ と $C$ の対が一瞬生まれ,すぐに再結合して $A$ に戻る(図8.6(b)).

ステップ1:規則を適用する.頂点が2個で $(-\ii g)^2 = -g^2$.内線が2本で伝播関数が2つ.運動量を,$B$ の線に $q$,$C$ の線に $p-q$ と割り振ると(頂点での運動量保存が自動的に満たされる),残る積分は1つ.この図の値を $-\ii\,\Pi(p^2)$ と書くと

$$ \begin{equation} -\ii\,\Pi(p^2) = (-\ii g)^2\!\int\!\frac{\dd^4 q}{(2\pi)^4}\ \frac{\ii}{q^2-m_B^2+\ii\epsilon}\cdot \frac{\ii}{(p-q)^2-m_C^2+\ii\epsilon} \label{eq:8-selfenergy} \end{equation} $$

$(-\ii g)^2\times\ii\times\ii = (-g^2)\times(-1) = g^2$ なので,係数は $g^2$ である.

ステップ2:発散の程度を見積もる.$q$ が非常に大きい領域では,被積分関数は $1/q^4$ のように振る舞う.測度は $\dd^4q\sim q^3\,\dd q$ だから

$$ \int^{\Lambda}\frac{q^3\,\dd q}{q^4} = \int^\Lambda\frac{\dd q}{q} = \ln\Lambda + \text{(有限)} $$

となり,対数発散する.一般に,被積分関数の分母の $q$ の次数を $d$,測度の次数を $4$ とすると,表面的発散次数 $D = 4 - d$ で発散の程度が分かる.$D>0$ ならべき発散,$D=0$ なら対数発散,$D<0$ なら収束である.いまは $d=4$ なので $D=0$,対数発散である.

ステップ3:なぜ発散するのか.$q\to\infty$ とは,ループを回る仮想粒子の運動量がいくらでも大きくなれる,ということである.不確定性原理でいえば,いくらでも小さい距離での揺らぎまで数え上げている.我々は,理論が任意に短い距離まで正しいと仮定してしまっている.発散はその仮定への警告である.∎

なお,本節で扱うのは $q\to\infty$ 側の紫外発散だけである.質量ゼロの粒子(光子・グルーオン)が絡む図では $q\to0$ 側でも発散が現れ,これを赤外発散と呼ぶ.ABC モデルは3種とも質量をもつので赤外発散は起きない.赤外発散は実光子の放出(制動放射)と足し合わせて初めて打ち消し合うもので,第10章の輻射補正と第11章 11.5.2 項の3ジェットの議論で現れる.紫外と赤外は名前が似ているだけで,処方も物理もまったく別のものである.

8.6.3 ファインマン・パラメータ

ループ積分を実行する標準的な道具がファインマン・パラメータ(Feynman parameter)である.分母の積を1つの分母のべきに直す技法で,こうすると平方完成と変数シフトが使えるようになる.

数学ノート:ファインマン・パラメータの公式と証明

2因子の場合.

$$ \begin{equation} \frac{1}{AB} = \int_0^1 \frac{\dd x}{\big[xA+(1-x)B\big]^2} \label{eq:8-feynparam} \end{equation} $$

証明.右辺の被積分関数の分母を $B+x(A-B)$ と書き直す.$x$ についての原始関数は

$$ \int\frac{\dd x}{\big[B+x(A-B)\big]^2} = \frac{-1}{(A-B)\big[B+x(A-B)\big]} $$

である(合成関数の微分で確かめられる).$x=0$ から $x=1$ まで代入すると

$$ \frac{-1}{(A-B)A} + \frac{1}{(A-B)B} = \frac{1}{A-B}\left(\frac{1}{B}-\frac{1}{A}\right) = \frac{1}{A-B}\cdot\frac{A-B}{AB} = \frac{1}{AB} $$

∎

一般形.$n$ 個の因子については

$$ \frac{1}{A_1A_2\cdots A_n} = (n-1)!\int_0^1\!\!\dd x_1\cdots\dd x_n\ \frac{\delta\!\left(1-\sum_i x_i\right)}{\big[\sum_i x_i A_i\big]^n} $$

$x_i$ をファインマン・パラメータと呼ぶ.第10章の1ループの結果(10.6.4 項の走る結合定数,10.6.5 項の異常磁気モーメント)はこの積分を実行して得られるもので,本章ではその手前の道具立てを見ておく.公式集は付録A A.7.2 項にある.

導出:自己エネルギー積分を最後まで実行する

ステップ1:ファインマン・パラメータで分母をまとめる.$A = q^2-m_B^2$, $B=(p-q)^2-m_C^2$ として式 \eqref{eq:8-feynparam} を使う($\ii\epsilon$ は以後省略).

$$ xA+(1-x)B = x(q^2-m_B^2)+(1-x)\big(q^2-2p\cdot q+p^2-m_C^2\big) $$ $$ = q^2 - 2(1-x)\,p\cdot q + (1-x)p^2 - x m_B^2 - (1-x)m_C^2 $$

ステップ2:平方完成する.$\ell \equiv q-(1-x)p$ と置くと $q^2-2(1-x)p\cdot q = \ell^2-(1-x)^2p^2$ だから

$$ xA+(1-x)B = \ell^2 - (1-x)^2p^2 + (1-x)p^2 - xm_B^2-(1-x)m_C^2 = \ell^2 - \Delta $$
$$ \begin{equation} \Delta(x) = x\,m_B^2 + (1-x)\,m_C^2 - x(1-x)\,p^2 \label{eq:8-Delta} \end{equation} $$

($-(1-x)^2p^2+(1-x)p^2 = (1-x)p^2[1-(1-x)] = x(1-x)p^2$ を使った.)$m_B=m_C=m$ なら $\Delta = m^2-x(1-x)p^2$ となり $x\leftrightarrow1-x$ に対称で,正しい形をしている.

ステップ3:シフトして積分する.$\dd^4q=\dd^4\ell$(平行移動)なので

$$ -\ii\Pi(p^2) = g^2\int_0^1\!\dd x\int\frac{\dd^4\ell}{(2\pi)^4}\frac{1}{(\ell^2-\Delta)^2} $$

ステップ4:Wick 回転.$\ell^0 = \ii\ell_E^0$ と回すと $\ell^2 = -\ell_E^2$(Euclid 計量),$\dd^4\ell = \ii\,\dd^4\ell_E$ となる.$\dd^4\ell_E = 2\pi^2\ell_E^3\,\dd\ell_E$(4次元空間の単位球面 $S^3$ の表面積 $2\pi^2$)を使って

$$ \int\frac{\dd^4\ell}{(2\pi)^4}\frac{1}{(\ell^2-\Delta)^2} = \frac{\ii}{16\pi^4}\cdot 2\pi^2\int_0^\Lambda\frac{\ell_E^3\,\dd\ell_E}{(\ell_E^2+\Delta)^2} = \frac{\ii}{8\pi^2}\int_0^\Lambda\frac{\ell^3\,\dd\ell}{(\ell^2+\Delta)^2} $$

ここで運動量に上限 $\Lambda$(カットオフ)を入れた.

ステップ5:動径積分.$u=\ell^2$($\dd u = 2\ell\,\dd\ell$)とすると

$$ \int_0^{\Lambda}\frac{\ell^3\dd\ell}{(\ell^2+\Delta)^2} = \frac{1}{2}\int_0^{\Lambda^2}\frac{u\,\dd u}{(u+\Delta)^2} = \frac{1}{2}\int_0^{\Lambda^2}\left[\frac{1}{u+\Delta}-\frac{\Delta}{(u+\Delta)^2}\right]\dd u $$ $$ = \frac{1}{2}\left[\ln\frac{\Lambda^2+\Delta}{\Delta} + \frac{\Delta}{\Lambda^2+\Delta} - 1\right] \ \xrightarrow{\ \Lambda^2\gg\Delta\ }\ \frac{1}{2}\left[\ln\frac{\Lambda^2}{\Delta}-1\right] $$

ステップ6:まとめる.$-\ii\Pi = g^2\int_0^1\dd x\cdot\dfrac{\ii}{8\pi^2}\cdot\dfrac{1}{2}\left[\ln\dfrac{\Lambda^2}{\Delta}-1\right]$ なので

$$ \begin{equation} \Pi(p^2) = -\frac{g^2}{16\pi^2}\int_0^1\dd x\left[\ln\frac{\Lambda^2}{\Delta(x)}-1\right] \label{eq:8-Pi-result} \end{equation} $$

∎ カットオフ $\Lambda$ を無限大にすると $\ln\Lambda^2$ が発散する.しかし,発散する部分は $x$ にも $p^2$ にもよらないただの定数である.

8.6.4 くりこみへの橋渡し

物理的意味:発散する部分は「測れない量」に押し込める

式 \eqref{eq:8-Pi-result} で $p^2$ 依存性をもつのは $\ln\Delta(x)$ だけであり,$\ln\Lambda^2$ の部分は $p^2$ によらない定数である.したがって,2つの異なる $p^2$ での値の差をとれば,$\Lambda$ は完全に消える:

$$ \begin{equation} \Pi(p^2) - \Pi(m_A^2) = \frac{g^2}{16\pi^2}\int_0^1\dd x\ \ln\frac{\Delta(x;p^2)}{\Delta(x;m_A^2)} \label{eq:8-Pi-subtracted} \end{equation} $$

右辺は有限で,$\Lambda$ をどこに置いたかにまったく依存しない.

一方,$\Pi(m_A^2)$ 自体は「$A$ の質量に対する補正」を意味する.ところが我々は $m_A$ の値を理論から導いたのではなく,実験から与えた.つまり $m_A$ とは,はじめから「すべての補正込みの,測定される質量」である.したがって発散を含む $\Pi(m_A^2)$ は,$m_A$ の定義の中に吸収されてしまってよい.

これがくりこみ(renormalization)の考え方である.「発散を消す」のではない.発散は,測定できない裸のパラメータ(裸の質量・裸の結合定数)の中に,最初から含まれていたと考えるのである.測定可能な量(散乱断面積の $p^2$ 依存性など)は式 \eqref{eq:8-Pi-subtracted} のように必ず差の形で現れるので,有限になる.第10章で QED について,この手続きを実際に遂行する.

材料科学との接点:自己エネルギーは物性理論の中心概念でもある

$\Pi(p^2)$ を「自己エネルギー」と呼んだのは偶然ではない.多体電子論で $G = G_0 + G_0\Sigma G$(Dyson 方程式)と書くときの $\Sigma$ が,まさにこれである.物性理論での読み方は

$$ E(\kk) = \varepsilon_0(\kk) + \mathrm{Re}\,\Sigma(\kk,E), \qquad \frac{1}{\tau(\kk)} = -\frac{2}{\hbar}\,\mathrm{Im}\,\Sigma(\kk,E) $$

である.実部が準粒子のエネルギーシフト(バンドのくりこみ),虚部が寿命(散乱率)を与える.素粒子側では,実部が質量シフト,虚部が崩壊幅 $\Gamma$ になる.

式 \eqref{eq:8-Delta} を見てほしい.$p^2 = m_A^2 > (m_B+m_C)^2$ のとき,$x$ のある範囲で $\Delta(x)<0$ になり,$\ln\Delta$ が虚部をもつ.ループ図は,$A$ が $B+C$ に本当に崩壊できることを「知っている」のである.この虚部が $\mathrm{Im}\,\Pi(m_A^2) = -m_A\Gamma_A$ を与え,8.4節で位相空間から計算した $\Gamma$ と一致する(光学定理).

そして実部と虚部は独立ではない.$\Pi$ が複素上半面で解析的であること(=因果律)から Kramers–Kronig 関係で結ばれる.『線形応答理論入門』第4章で学んだ $\mathrm{Re}\,\chi$ と $\mathrm{Im}\,\chi$ の関係が,そのまま素粒子の自己エネルギーに適用できる.$GW$ 近似で準粒子バンドを計算するときの Dyson 方程式・自己エネルギーの実部と虚部・Kramers–Kronig 関係は,QED の自己エネルギーとまったく同じ構造をもつ.ただし「同じ数学」と言えるのはここまでである.$GW$ の自己エネルギー $\Sigma=\ii GW$ は Coulomb の $1/q^2$ が RPA で遮蔽されるため有限で,紫外発散を裸のパラメータに吸収するという QED のくりこみ手続きに対応するものはない.物性側で「くりこみ」と呼ぶのは,準粒子重み $Z$ やバンド幅の有限な補正のことである.

高次のダイアグラム.(a) 最低次(ツリー).(b) 1ループ自己エネルギー.(c) 1ループ頂点補正.(d) ループ積分をカットオフ Λ の関数として描いたグラフ.Λ を1桁上げるごとに約2.3ずつ増え続け,収束しない.
図8.6 高次のダイアグラム.(a) 補正のない $A$ の伝播.(b) 1ループの自己エネルギー:$A$ が一瞬 $B$ と $C$ の対に分かれ,再結合する.内線の運動量 $q$ は運動量保存だけでは決まらないので,全域にわたって積分しなければならない(式 \eqref{eq:8-selfenergy}).(c) 頂点補正.(d) ループ積分の値をカットオフ $\Lambda$ の関数として描いたもの.$\Lambda$ を1桁上げるごとに $\ln10\approx2.3$ ずつ増え続け,決して収束しない.時間が左から右に流れるのは (a)–(c) のファインマン図についてで,(d) は横軸が $\Lambda$ のグラフである.

注意:ABC モデルは発散が特別に軽い

ABC モデルで発散したのは対数1個だけだった.これは結合定数 $g$ が正の質量次元をもつ(8.3.1節)ためで,こういう理論を超くりこみ可能と呼ぶ.

QED では $e$ が無次元なので事情がやや厳しく,電子の自己エネルギー・光子の自己エネルギー(真空偏極)・頂点補正の3種類の発散が現れる.しかしそれでも,発散は「電子の質量」「電荷」「場の規格化」という3つの量に全部吸収でき,理論はくりこみ可能である.重力(一般相対性理論)は結合定数 $G_N$ が負の質量次元 $-2$ をもつため,次数を上げるごとに新しい発散が無限に湧き,くりこみ可能ではない.結合定数の質量次元を見るだけで,理論の運命がある程度分かる——これが第13章・第15章の議論の出発点になる.

8.7 材料科学との接点

本章で組み上げた道具——黄金律,位相空間,伝播関数,共鳴——は,どれも素粒子物理学の専売特許ではない.材料科学者は,名前を変えた同じ道具を毎日使っている.本節では,比喩ではなく式のレベルでその同一性を確かめる.

8.7.1 黄金律は同じ道具である

材料科学との接点:Fermi の黄金律は素粒子の黄金律と同じ式である

量子力学の摂動論で導かれる Fermi の黄金律は

$$ \begin{equation} W_{i\to f} = \frac{2\pi}{\hbar}\,\abs{\bra{f}\hat{H}'\ket{i}}^2\,\rho(E_f) \label{eq:8-fermi-golden} \end{equation} $$

である.一方,本章の式 \eqref{eq:8-golden-decay} は

$$ \Gamma = \frac{1}{2m_1}\int\abs{\mathcal{M}}^2\ (2\pi)^4\delta^4(\cdots)\prod_j\frac{\dd^3p_j}{(2\pi)^32E_j} $$

だった.並べて対応をとると

表8.4 2つの黄金律の対応
役割素粒子(本章)材料科学(Fermi)
遷移確率(率)$\Gamma$,$\sigma$$W_{i\to f}$,$1/\tau$
力学(相互作用の中身)不変振幅 $\abs{\mathcal{M}}^2$行列要素 $\abs{\bra{f}\hat H'\ket{i}}^2$
終状態の数え上げ位相空間 $\displaystyle\int\!(2\pi)^4\delta^4\prod\frac{\dd^3p_j}{(2\pi)^32E_j}$状態密度 $\rho(E_f)$
初期状態の規格化$1/(2m_1)$,$1/(4\abs{\pp_i}\sqrt{s})$波動関数の規格化($=1$)
エネルギー保存$\delta^4(p_{\text{in}}-p_{\text{out}})$$\delta(E_f-E_i-\hbar\omega)$

違いは3つしかない.(i) 相対論的規格化のための $2E$ 因子,(ii) 3次元の $\delta$ 関数まで含めた4次元の $\delta^4$(運動量保存も課している),(iii) 行列要素をファインマン則で計算するか,摂動ハミルトニアンから直接計算するか.物理の骨格は完全に同じである.

実際,材料科学で使う主要な分光・輸送の式は,すべて式 \eqref{eq:8-fermi-golden} の変形である.

だから材料科学者にとって本章は,新しい物理を学ぶ章ではなく,すでに知っている道具を,相対論的に書き直す章なのである.

8.7.2 位相空間因子は状態密度そのものである

材料科学との接点:$\dd^3p/(2\pi)^3$ は $k$ 空間の状態密度である

式 \eqref{eq:8-phasespace-measure} の測度 $\dd^3p/[(2\pi)^3 2E]$ のうち,$2E$ は相対論的規格化のためのもので,残りの

$$ \frac{\dd^3 p}{(2\pi)^3} \qquad\Big(\hbar=1\ \text{なので}\ \pp=\kk\Big) $$

は,固体物理で「体積 $V$ の系の $k$ 空間の状態数は $V\dd^3k/(2\pi)^3$」と書くときの,あの因子そのものである(周期境界条件から,1状態あたり $k$ 空間で $(2\pi)^3/V$ の体積を占める).

実際に状態密度に直してみよう.球対称なら $\dd^3p = 4\pi\abs{\pp}^2\dd\abs{\pp}$ なので

$$ \int\frac{\dd^3p}{(2\pi)^3} = \int \frac{\abs{\pp}^2}{2\pi^2}\,\dd\abs{\pp} = \int \rho(E)\,\dd E, \qquad \rho(E) = \frac{\abs{\pp}^2}{2\pi^2}\frac{\dd\abs{\pp}}{\dd E} $$

相対論的な場合.$E^2=\abs{\pp}^2+m^2$ から $E\,\dd E = \abs{\pp}\,\dd\abs{\pp}$,すなわち $\dd\abs{\pp}/\dd E = E/\abs{\pp}$ なので

$$ \begin{equation} \rho(E) = \frac{\abs{\pp}\,E}{2\pi^2} \label{eq:8-dos-rel} \end{equation} $$

非相対論的な場合.$E=\abs{\pp}^2/2m$ から $\dd\abs{\pp}/\dd E = m/\abs{\pp}$ なので $\rho(E) = m\abs{\pp}/(2\pi^2) = m\sqrt{2mE}/(2\pi^2)$.$\hbar$ を戻し,スピン2重項を掛けると

$$ \begin{equation} g(E) = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt{E} \label{eq:8-dos-free} \end{equation} $$

自由電子気体の状態密度そのものである.『固体物理学入門』や『密度汎関数理論入門』で導いた式が,素粒子の位相空間因子から一行で出てくる.

この対応は,物理的な帰結まで同じである.

8.7.3 伝播関数と遮蔽ポテンシャル

本章でもっとも「素粒子らしい」道具である伝播関数 $1/(q^2-m^2)$ も,材料科学の道具と直結している.鍵は Fourier 変換である.なお本節の遮蔽波数 $\kappa_{\mathrm{TF}}$ は,第3章 3.1.3 項で $k_{\mathrm{TF}}$ と書いたものと同じ量である(記号が違うだけで,どちらも $k_{\mathrm{TF}}^2=4\pi e^2N(E_F)$).

導出:$1/(\abs{\qq}^2+\kappa^2)$ の Fourier 変換は $\ee^{-\kappa r}/(4\pi r)$

静的(エネルギー移行がゼロ)な $t$ チャンネル交換では $q^\mu=(0,\qq)$ なので $q^2 = -\abs{\qq}^2$ となり,伝播関数の分母は

$$ q^2-m^2 = -(\abs{\qq}^2+m^2) $$

である.そこで $\kappa\equiv m$ と書いて,次の3次元 Fourier 変換を計算する.

ステップ1:角度積分.$\qq$ の極角を $\bm{r}$ 方向から測ると

$$ \int\dd\Omega_q\ \ee^{\ii\qq\cdot\bm{r}} = 2\pi\int_{-1}^{1}\dd(\cos\theta)\ \ee^{\ii q r\cos\theta} = 2\pi\cdot\frac{\ee^{\ii qr}-\ee^{-\ii qr}}{\ii q r} = \frac{4\pi\sin(qr)}{qr} $$

($q\equiv\abs{\qq}$,$r\equiv\abs{\bm{r}}$.)

ステップ2:動径積分の形に整理する.

$$ \int\frac{\dd^3q}{(2\pi)^3}\frac{\ee^{\ii\qq\cdot\bm{r}}}{q^2+\kappa^2} = \frac{1}{(2\pi)^3}\int_0^\infty\!\! \dd q\ q^2\cdot\frac{4\pi\sin(qr)}{qr}\cdot\frac{1}{q^2+\kappa^2} = \frac{1}{2\pi^2 r}\int_0^\infty\!\!\dd q\ \frac{q\sin(qr)}{q^2+\kappa^2} $$

ステップ3:残った積分を留数で求める.被積分関数は偶関数なので $\frac{1}{2}\int_{-\infty}^{\infty}$ に直し,$\sin(qr)=\mathrm{Im}\,\ee^{\ii qr}$ を使う.

$$ \int_0^\infty\frac{q\sin(qr)}{q^2+\kappa^2}\dd q = \frac{1}{2}\,\mathrm{Im}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{q\,\ee^{\ii q r}}{q^2+\kappa^2}\dd q $$

$r>0$ なので上半面で積分路を閉じる.極は $q=\pm\ii\kappa$ で,上半面にあるのは $q=+\ii\kappa$ のみ.留数は

$$ \Res_{q=\ii\kappa}\frac{q\,\ee^{\ii qr}}{(q-\ii\kappa)(q+\ii\kappa)} = \frac{\ii\kappa\,\ee^{-\kappa r}}{2\ii\kappa} = \frac{\ee^{-\kappa r}}{2} $$

したがって積分は $2\pi\ii\times\ee^{-\kappa r}/2 = \ii\pi\ee^{-\kappa r}$.その虚部は $\pi\ee^{-\kappa r}$ なので

$$ \int_0^\infty\frac{q\sin(qr)}{q^2+\kappa^2}\dd q = \frac{\pi}{2}\ee^{-\kappa r} $$

ステップ4:まとめる.

$$ \begin{equation} \int\frac{\dd^3q}{(2\pi)^3}\ \frac{\ee^{\ii\qq\cdot\bm{r}}}{q^2+\kappa^2} = \frac{\ee^{-\kappa r}}{4\pi r} \label{eq:8-yukawa-ft} \end{equation} $$

∎ $\kappa\to0$ とすると右辺は $1/(4\pi r)$,すなわち Coulomb ポテンシャルになる.質量ゼロの媒介粒子が無限の到達距離をもつことが,この極限に見えている.

材料科学との接点:湯川ポテンシャルと Thomas–Fermi 遮蔽は同じ式である

式 \eqref{eq:8-yukawa-ft} を2通りに読む.

読み方1(素粒子):湯川ポテンシャル.質量 $m$ のスカラー粒子を交換すると,2粒子間には

$$ \begin{equation} V(r) = -\frac{g^2}{4\pi}\,\frac{\ee^{-m r}}{r} \label{eq:8-yukawa-pot} \end{equation} $$

というポテンシャルが働く(第3章 3.1.3 項では静的な Klein–Gordon 方程式から導いたものが,ここではファインマン則の伝播関数から導かれた).到達距離は $R=1/m$,SI に戻せば $R=\hbar/(mc)$ である.$\pi$ 中間子なら

$$ R = \frac{\hbar c}{m_\pi c^2} = \frac{197.327\ \mathrm{MeV\,fm}}{139.57\ \mathrm{MeV}} = 1.41\ \mathrm{fm} $$

湯川が中間子の質量を予言したときの論法そのものである.

読み方2(材料科学):Thomas–Fermi 遮蔽.金属中に正電荷を1個置くと,伝導電子が集まってきてその電荷を遮蔽する.線形応答(『線形応答理論入門』第9章・第10章)で扱うと,裸の Coulomb 相互作用 $4\pi e^2/q^2$(Gauss 単位)が

$$ \begin{equation} V_{\text{scr}}(\qq) = \frac{4\pi e^2}{q^2+\kappa_{\mathrm{TF}}^2}, \qquad \kappa_{\mathrm{TF}}^2 = 4\pi e^2 g(E_F) \label{eq:8-tf} \end{equation} $$

に置き換わる.$g(E_F)$ は Fermi 面での状態密度である.式 \eqref{eq:8-yukawa-ft} をそのまま適用すれば

$$ \begin{equation} V_{\text{scr}}(r) = \frac{e^2}{r}\,\ee^{-\kappa_{\mathrm{TF}} r} \label{eq:8-tf-real} \end{equation} $$

遮蔽された Coulomb ポテンシャルは,湯川ポテンシャルと同じ関数形である.式の上で対応するのは

$$ m_{\text{媒介粒子}} \ \longleftrightarrow\ \kappa_{\mathrm{TF}}, \qquad \frac{1}{m}\ \longleftrightarrow\ \frac{1}{\kappa_{\mathrm{TF}}}=\lambda_{\mathrm{TF}}\ (\text{遮蔽長}) $$

である.縦(Coulomb)成分に限れば,金属の伝導電子は光子に「実効的な質量」$\kappa_{\mathrm{TF}}$ を与えていると言ってよい.

注意:どこまでが「同じ」なのか

湯川型の遮蔽という数式の同一性は正しいが,これを「第13章の Anderson–Higgs 機構の正常金属版」と言ってしまうと物理を取り違える.3つを区別しておきたい.

  • Thomas–Fermi 遮蔽は静的な縦場(スカラーポテンシャル,電場)の遮蔽である.正常金属の縦誘電関数 $\varepsilon(\qq,0)=1+\kappa_{\mathrm{TF}}^2/\abs{\qq}^2$ が $\abs{\qq}\to0$ で発散することがその中身で,プラズマ物理の Debye 質量に対応する量である.
  • 正常金属では静磁場は遮蔽されない.横誘電関数は静的極限で発散せず,磁場は Landau 反磁性程度の補正を受けるだけで金属に侵入する.Meissner 効果は起きない.
  • 横方向の光子まで質量をもち,磁場が London 侵入長 $\lambda_L$ で排除されるのが超伝導体の Meissner 効果であり,それを場の理論に翻訳したものが第13章の Anderson–Higgs 機構である.正常金属で横光子の「質量」に当たるのはプラズマ振動数 $\omega_p$ で,分散関係 $\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2$ の質量項として現れる(Anderson 1963).Al なら $\hbar\omega_p=15.8\ \mathrm{eV}$ である.

数値の食い違いがこの区別を裏づけている.Al の $\hbar c\kappa_{\mathrm{TF}}=4.0\ \mathrm{keV}$(演習8.6)に対し $\hbar\omega_p=15.8\ \mathrm{eV}$ で,比は $\sqrt{3mc^2/(2E_F)}\approx256$ にもなる($E_F=11.7\ \mathrm{eV}$).実際 Al は $15.8\ \mathrm{eV}$ 以上の光に対して透明になりはじめ,$4\ \mathrm{keV}$ の X 線は Al をほとんど素通りする.「金属中の光子が $4\ \mathrm{keV}$ の質量をもつ」という言い方が電磁波の伝播と合わないのは,$\kappa_{\mathrm{TF}}$ が縦成分の遮蔽波数だからである.同じなのは伝播関数の形であって,遮蔽される場の成分は同じではない.

数値で確かめる(Cu).Cu の伝導電子密度は $n=8.47\times10^{28}\ \mathrm{m^{-3}}$(1原子1電子).Fermi 波数は

$$ k_F = (3\pi^2 n)^{1/3} = (29.61\times8.47\times10^{28})^{1/3} = 1.36\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}} = 1.36\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}} $$

自由電子の $g(E_F)=mk_F/(\pi^2\hbar^2)$ を式 \eqref{eq:8-tf} に入れると(Gauss 単位,Bohr 半径 $a_0=\hbar^2/(me^2)$ を使って)

$$ \kappa_{\mathrm{TF}}^2 = \frac{4k_F}{\pi a_0} = \frac{4\times1.36\times10^{10}}{\pi\times0.529\times10^{-10}} = 3.27\times10^{20}\ \mathrm{m^{-2}} $$ $$ \kappa_{\mathrm{TF}} = 1.81\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}, \qquad \lambda_{\mathrm{TF}} = \frac{1}{\kappa_{\mathrm{TF}}} = 0.55\ \mathrm{\mathring{A}} $$

遮蔽長は原子間距離(Cu で $2.56\ \mathrm{\mathring{A}}$)よりずっと短い.だから金属中の不純物イオンの電荷は,最近接原子に届く前に指数関数的な部分はほぼ隠れてしまう.合金の第一原理計算が比較的小さなスーパーセルで収束しやすいのは,この遮蔽の速さのおかげである.

ただし $\lambda_{\mathrm{TF}}<$ 原子間距離という結果は,同時に Thomas–Fermi 近似(長波長 $\abs{\qq}\ll k_F$ の近似)の適用限界そのものを示している.より正確な Lindhard 誘電関数では $\abs{\qq}=2k_F$ の非解析性から Friedel 振動 $\propto\cos(2k_Fr)/r^3$ という代数的な尾が残り,不純物の影響は遠方まで届く.スーパーセルのサイズ収束を確認しなければならないのはこのためで(弾性歪みの長距離性も加わる),「遠くのイオンは無視できる」と決めてかかってはいけない.

同じ式が支配する3つの場面.

表8.5 $1/(q^2+\kappa^2)\ \to\ \ee^{-\kappa r}/(4\pi r)$ が現れる場面
場面$\kappa$ の正体到達距離 $1/\kappa$
核力(湯川)$\pi$ 中間子質量 $m_\pi=139.6\ \mathrm{MeV}$$1.41\ \mathrm{fm}$
弱い相互作用$W$ ボソン質量 $m_W=80.4\ \mathrm{GeV}$$2.5\times10^{-3}\ \mathrm{fm}$
金属中の遮蔽(Cu)$\kappa_{\mathrm{TF}}=1.81\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}}$$0.55\ \mathrm{\mathring{A}}$
電解質溶液(Debye–Hückel)$\kappa_D=\sqrt{2n_0e^2/(\varepsilon k_BT)}$$1\ \mathrm{mM}$ 水溶液で $\sim10\ \mathrm{nm}$
超伝導体(Meissner 効果)London 侵入長の逆数 $1/\lambda_L$$\mathrm{Nb}$ で $\sim40\ \mathrm{nm}$
ABC モデル(8.5節)$m_C$前方ピークの角度幅 $2m_C/\sqrt{s}$

物理はまったく違うのに,式は1本しかない.これが場の理論の道具が分野を越えて使える理由である.

伝播関数と遮蔽の対応.(a) 運動量空間で 1/q²(赤実線)は q→0 で発散し,1/(q²+κ²)(青緑破線)は頭打ちになる.(b) 実空間で Coulomb 型 1/(4πr)(赤実線)はべきで減衰し,湯川型 e^{-κr}/(4πr)(青緑破線)は指数で減衰する.縦軸は常用対数.
図8.7 伝播関数と遮蔽の対応.(a) 運動量空間.質量ゼロ(遮蔽なし)の $1/q^2$ は $q\to0$ で発散するが,$1/(q^2+\kappa^2)$ は $1/\kappa^2$ で頭打ちになる.8.5節で全断面積の前方発散が $m_C$ で切られたのは,この頭打ちのためである.(b) 実空間.Fourier 変換すると,$1/q^2$ は $1/(4\pi r)$(Coulomb,べき減衰),$1/(q^2+\kappa^2)$ は $\ee^{-\kappa r}/(4\pi r)$(湯川,指数減衰)になる.素粒子では $\kappa$ は媒介粒子の質量,金属では Thomas–Fermi 遮蔽波数 $\kappa_{\mathrm{TF}}$ である.縦軸・横軸ともに対数/規格化された無次元量.

8.7.4 Breit–Wigner 共鳴と減衰振動子

最後の接点は,共鳴である.不安定粒子は「幅」をもつと 8.1.1節で述べた.その幅の正体を,ここで明らかにする.

導出:Breit–Wigner 形

ステップ1:不安定粒子の伝播関数.$s$ チャンネルで質量 $M$ の粒子が交換されると,振幅は $1/(s-M^2)$ に比例する.$s=M^2$ で発散するが,これはその粒子が実在(オンシェル)になれることを意味する.

ところが,その粒子が不安定なら,8.6.4節で見たように自己エネルギーの虚部が現れ,質量が $M^2\to M^2-\ii M\Gamma$ とずれる.したがって

$$ \begin{equation} \mathcal{M} \propto \frac{1}{s-M^2+\ii M\Gamma}, \qquad \abs{\mathcal{M}}^2 \propto \frac{1}{(s-M^2)^2+M^2\Gamma^2} \label{eq:8-bw-rel} \end{equation} $$

これが相対論的 Breit–Wigner 形である.

ステップ2:非相対論的な形に直す.$\sqrt{s}=E$ が $M$ の近くにあるとき,$s-M^2 = (E-M)(E+M)\simeq 2M(E-M)$ なので

$$ \frac{1}{s-M^2+\ii M\Gamma} \simeq \frac{1}{2M}\cdot\frac{1}{E-M+\ii\Gamma/2} $$ $$ \begin{equation} \abs{\mathcal{M}}^2 \propto \frac{1}{(E-M)^2+\Gamma^2/4} \label{eq:8-bw-nr} \end{equation} $$

Lorentz 関数(Lorentzian)である.半値全幅(FWHM)を求めよう.ピークは $E=M$ で値 $4/\Gamma^2$.半分になるのは $(E-M)^2=\Gamma^2/4$,すなわち $E = M\pm\Gamma/2$.したがって

$$ \text{FWHM} = \Gamma $$

$\Gamma$ を「幅」と呼ぶ理由がこれである.∎

時間領域では,振幅が $\ee^{-\ii Mt-\Gamma t/2}$ のように減衰するので,確率は $\ee^{-\Gamma t}$ で減る.式 \eqref{eq:8-expdecay} に戻った.「時間領域の指数減衰」と「振動数領域の Lorentz 型ピーク」は Fourier 変換で結ばれた同一物である.

材料科学との接点:Breit–Wigner は減衰振動子の応答関数と同じである

『線形応答理論入門』第2章・第3章で扱った減衰振動子(質量 $m$,固有振動数 $\omega_0$,摩擦係数 $\gamma$)の応答関数は

$$ \chi(\omega) = \frac{1/m}{\omega_0^2-\omega^2-\ii\gamma\omega/m} $$

だった.共鳴の近く($\omega\simeq\omega_0$)では $\omega_0^2-\omega^2 = (\omega_0-\omega)(\omega_0+\omega)\simeq 2\omega_0(\omega_0-\omega)$ なので

$$ \chi(\omega)\simeq \frac{1}{2m\omega_0}\cdot\frac{1}{(\omega_0-\omega)-\ii\gamma/(2m)} $$

したがって吸収(散逸)を表す虚部は

$$ \mathrm{Im}\,\chi(\omega) \simeq \frac{1}{2m\omega_0}\cdot\frac{\Gamma/2}{(\omega-\omega_0)^2+(\Gamma/2)^2}, \qquad \Gamma \equiv \frac{\gamma}{m} $$

式 \eqref{eq:8-bw-nr} とまったく同じ形である.対応表を作ると

表8.6 共鳴の対応辞書
素粒子物理線形応答/材料科学
共鳴質量 $M$固有振動数 $\omega_0$
崩壊幅 $\Gamma$減衰率 $\gamma/m$(=FWHM)
寿命 $\tau=1/\Gamma$緩和時間 $\tau=m/\gamma$
$\abs{\mathcal{M}}^2$(Breit–Wigner)$\mathrm{Im}\,\chi(\omega)$(吸収スペクトル)
自己エネルギーの実部(質量シフト)$\mathrm{Re}\,\chi$(分散)
光学定理揺動散逸定理・総和則
$M/\Gamma$$Q$ 値

この対応は形式的なものではない.実部と虚部が Kramers–Kronig 関係で結ばれること,$\int\mathrm{Im}\,\chi\,\dd\omega$ が総和則を満たすこと,共鳴の位置が複素平面の下半面の極であること——線形応答理論で学んだ性質はすべて,素粒子の共鳴にそのまま成り立つ.

$Q$ 値で並べてみる.共鳴の「鋭さ」を $Q = M/\Gamma$(あるいは $\omega_0/\Gamma$)で測ると,素粒子と物質の共鳴が同じ物差しに乗る.

表8.7 いろいろな共鳴の $Q$ 値
共鳴中心値幅 $\Gamma$$Q=M/\Gamma$
$\rho(770)\to\pi\pi$$775.3\ \mathrm{MeV}$$149.1\ \mathrm{MeV}$$5.2$
$\Delta(1232)\to N\pi$$1232\ \mathrm{MeV}$$117\ \mathrm{MeV}$$10.5$
$Z^0$$91.19\ \mathrm{GeV}$$2.495\ \mathrm{GeV}$$36.5$
Si の光学フォノン(Raman)$520\ \mathrm{cm^{-1}}$$3.0\ \mathrm{cm^{-1}}$$1.7\times10^{2}$
$^{238}\mathrm{U}$ の中性子共鳴$6.67\ \mathrm{eV}$$0.025\ \mathrm{eV}$$2.7\times10^{2}$
$J/\psi$$3096.9\ \mathrm{MeV}$$92.6\ \mathrm{keV}$$3.3\times10^{4}$
$\Upsilon(1S)$$9460.3\ \mathrm{MeV}$$54.0\ \mathrm{keV}$$1.8\times10^{5}$
水晶振動子(AT カット)$\sim10\ \mathrm{MHz}$—$10^{5}\text{–}10^{6}$

$J/\psi$ の $Q\sim3\times10^4$ は,Si のフォノンよりはるかに鋭く,水晶振動子に匹敵する.1974年の「11月革命」で $J/\psi$ が発見されたとき,物理学者が驚いたのはまさにこの鋭さだった——通常のハドロン共鳴より $10^3$ 倍も細い($\rho$ の $149.1\ \mathrm{MeV}$ に対して $1/1600$,$\Delta(1232)$ の $117\ \mathrm{MeV}$ に対して $1/1300$.$Q$ 値で比べれば $10^4$ 近くになる).細さの理由は,$c\bar c$ が軽いクォークに崩壊しにくいこと($D\bar D$ しきい値より下にあることと OZI 則.第7章 7.4.1 項)にある.幅を測ることは,崩壊を妨げている選択則を探すことである.

原子炉との接点.表8.7 の $^{238}\mathrm{U}$ の共鳴は,実用上きわめて重要である.燃料温度が上がると原子核の熱運動により共鳴が Doppler 広がりを起こし,実効的な共鳴積分が増えて中性子吸収が強まる.結果として反応度が下がる(負の温度係数).Breit–Wigner の幅が,軽水炉の固有安全性を担保しているのである.

Breit–Wigner 共鳴の形.赤実線は狭い共鳴(Q 大),青破線は広い共鳴(Q 小)で,どちらも高さ1で規格化.半値の高さでの横幅が崩壊幅 Γ に等しい.
図8.8 Breit–Wigner 共鳴の形.赤実線が狭い共鳴($Q$ 大),青破線が広い共鳴($Q$ 小).どちらも高さで規格化してある.半値の高さ($0.5$)で測った横幅がそのまま崩壊幅 $\Gamma$ である.同じ関数が,素粒子の共鳴($\abs{\mathcal{M}}^2$),減衰振動子の吸収スペクトル($\mathrm{Im}\,\chi$),Raman ピーク,中性子共鳴のいずれをも記述する.横軸は $E$($\sqrt{s}$)または $\omega$.

8.8 まとめと演習

8.8.1 まとめ

8.8.2 演習問題

演習8.1 $Z^0$ ボソンの部分幅とニュートリノの世代数

$Z^0$ の全幅は $\Gamma_{\text{tot}}=2.4952\ \mathrm{GeV}$,分岐比は $\mathrm{BR}(e^+e^-)=3.363\%$,$\mathrm{BR}(\text{不可視})=20.00\%$ である(表8.1).

(1) $Z^0$ の寿命 $\tau$ を秒で求めよ.また $c\tau$ を計算し,陽子の直径 $1.7\ \mathrm{fm}$ と比べよ.

(2) 部分幅 $\Gamma(Z\to e^+e^-)$ を MeV で求めよ.

(3) 標準模型は,ニュートリノ1世代あたりの部分幅を $\Gamma_{\nu\bar\nu}=167.2\ \mathrm{MeV}$ と予言する(不可視幅の予言 $\Gamma_{\text{inv}}^{\text{SM}}=501.5\ \mathrm{MeV}$ を3で割った値).不可視幅からニュートリノの世代数 $N_\nu$ を求めよ.

ヒント:(1) $\tau=\hbar/\Gamma=6.582\times10^{-25}/2.4952 = 2.64\times10^{-25}\ \mathrm{s}$,$c\tau=7.9\times10^{-17}\ \mathrm{m}=7.9\times10^{-2}\ \mathrm{fm}$.陽子を横切る前に壊れてしまう.(2) $0.03363\times2495.2 = 83.9\ \mathrm{MeV}$(PDG 2022 の $\Gamma(Z\to\ell^+\ell^-)=83.984\ \mathrm{MeV}$ と整合する).(3) $\Gamma_{\text{inv}}=0.200\times2495.2=499.0\ \mathrm{MeV}$(PDG 2022 の $\Gamma_{\text{invisible}}=499.0\pm1.5\ \mathrm{MeV}$),$N_\nu=499.0/167.2=2.98\simeq3$.LEP は部分幅の比を使ってより精密に $N_\nu=2.984\pm0.008$ を得た.ただしこの1行が数えているのは$Z$ に結合する軽いニュートリノの数であって,$Z$ に結合しない「ステライル」なニュートリノがいてもこの測定には現れない.$Z$ の幅から世代数を読む議論は第12章 12.6.3 項で詳しく扱い,3世代のニュートリノの混合は第14章 14.2.4 項でもう一度出てくる.

演習8.2 barn,ルミノシティ,事象数

(1) $1\ \mathrm{GeV^{-2}}$ を barn で表せ.また $1\ \mathrm{fm^2}$ を barn で表せ.

(2) 式 \eqref{eq:8-mumu} を使って,$\sqrt{s}=10\ \mathrm{GeV}$ での $\sigma(e^+e^-\to\mu^+\mu^-)$ を nb で求めよ.積分ルミノシティ $1\ \mathrm{ab^{-1}}$($=10^{18}\ \mathrm{barn^{-1}}$)を溜めたとき,何事象得られるか.

(3) 例題8.1 の結果(LHC Run 2 で $7.7\times10^6$ 個の Higgs)を使い,$H\to\gamma\gamma$($\mathrm{BR}=0.227\%$)の事象数を求めよ.検出効率と選別効率の積を $30\%$ とすると,何事象が最終的に残るか.

ヒント:(1) $1\ \mathrm{GeV^{-2}}=0.3894\ \mathrm{mbarn}=3.894\times10^{-4}\ \mathrm{barn}$.$1\ \mathrm{fm^2}=10^{-2}\ \mathrm{barn}=10\ \mathrm{mbarn}$.(2) $\sigma=86.9/100 = 0.869\ \mathrm{nb}=0.869\times10^{-9}\ \mathrm{barn}$,$N=8.7\times10^{8}$ 事象.(3) $7.7\times10^6\times0.00227=1.75\times10^{4}$ 個生成,効率をかけて約 $5.2\times10^3$ 事象.背景事象($\gamma\gamma$ 連続成分)がこの上に $10^2$ 倍以上乗るので,質量分布のピークとして探すことになる.

演習8.3 2体崩壊の運動量(Källén 関数)

質量 $M$ の粒子が静止していて,質量 $m_1$, $m_2$ の2粒子に崩壊する.

(1) エネルギー保存 $E_1+E_2=M$ と運動量保存 $\abs{\pp_1}=\abs{\pp_2}\equiv\abs{\pp}$ から出発して,式 \eqref{eq:8-pf-factored}

$$ \abs{\pp} = \frac{1}{2M}\sqrt{\big[M^2-(m_1+m_2)^2\big]\big[M^2-(m_1-m_2)^2\big]} $$

を導け.

(2) $\pi^+\to\mu^+\nu_\mu$($m_{\pi}=139.570\ \mathrm{MeV}$, $m_\mu=105.658\ \mathrm{MeV}$, $m_\nu\simeq0$)でのミューオンの運動量を求めよ.

(3) $\Lambda\to p+\pi^-$($m_\Lambda=1115.683$, $m_p=938.272$, $m_{\pi^-}=139.570\ \mathrm{MeV}$)での陽子の運動量を求めよ.

ヒント:(1) $E_1=\sqrt{\abs{\pp}^2+m_1^2}$, $E_2=M-E_1$ の両辺を2乗して $E_1=(M^2+m_1^2-m_2^2)/(2M)$ を得,$\abs{\pp}^2=E_1^2-m_1^2$ を計算して因数分解する.(2) $m_\nu=0$ なので $\abs{\pp}=(m_\pi^2-m_\mu^2)/(2m_\pi) = (19479.8-11163.6)/279.14 = 29.79\ \mathrm{MeV}$.(3) $\abs{\pp}=100.6\ \mathrm{MeV}$.これがハイパー核実験で $\Lambda$ を同定する目印になる.

演習8.4 ABC モデルの寿命(別の質量セット)

$m_A=5\ \mathrm{GeV}$,$m_B=2\ \mathrm{GeV}$,$m_C=1\ \mathrm{GeV}$,$g=0.5\ \mathrm{GeV}$ とする.

(1) $\abs{\pp}$ を求めよ.

(2) $\Gamma(A\to B+C)$ を MeV で,寿命 $\tau$ を秒で求めよ.

(3) $m_B$ だけを $2\ \mathrm{GeV}$ から $3.9\ \mathrm{GeV}$ に増やすと(しきい値 $m_B+m_C=4.9\ \mathrm{GeV}$ にぎりぎり届く),$\Gamma$ は何倍になるか.位相空間抑制の効き方を確認せよ.

ヒント:(1) $\abs{\pp}=\sqrt{(25-9)(25-1)}/10 = \sqrt{384}/10 = 1.960\ \mathrm{GeV}$.(2) $\Gamma = 0.25\times1.960/(8\pi\times25) = 7.797\times10^{-4}\ \mathrm{GeV}=0.780\ \mathrm{MeV}$,$\tau = 6.582\times10^{-22}/0.780 = 8.44\times10^{-22}\ \mathrm{s}$.(3) $\abs{\pp}=\sqrt{(25-24.01)(25-8.41)}/10=\sqrt{0.99\times16.59}/10=0.4053\ \mathrm{GeV}$,したがって $\Gamma$ は $0.4053/1.960=0.207$ 倍(約 $1/4.8$)に落ちる.振幅は何も変わっていない.位相空間だけで崩壊率が5分の1になるのである.

演習8.5 $A+B\to A+B$ 散乱($s$ チャンネルと $u$ チャンネル)

ABC モデルで $A+B\to A+B$ を最低次(頂点2個)で考える.入射を $A(p_1)$, $B(p_2)$,放出を $A(p_3)$, $B(p_4)$ とする.

(1) 描ける図をすべて描け.内線が $C$ になる図が2枚あることを確かめ,それぞれ内線の $q^2$ が $s$ と $u$ のどちらになるかを言え.また,$t$ チャンネルの図が描けない理由を述べよ.

(2) 不変振幅 $\mathcal{M}$ を書き下せ.

(3) $s$ チャンネルの伝播関数の分母 $s-m_C^2$ は,どんな条件のときゼロになりうるか.そのとき何が起きるか,8.7.4節と関連づけて述べよ.

(4) 統計因子 $S$ はいくつか.$\dd\sigma/\dd\Omega$ を書き下せ.

ヒント:(1) $A(p_1)+B(p_2)$ が1つの頂点で $C$ になり,その $C$ がもう1つの頂点で $A(p_3)+B(p_4)$ に戻る図($q=p_1+p_2$, $q^2=s$)と,$A(p_1)$ が $B(p_4)+C$ に分かれる図($q=p_1-p_4$, $q^2=u$).$t$ チャンネルには $A$–$A$–$X$ 頂点が要るが,そんな頂点は模型に存在しない.(2) $\mathcal{M}=-g^2\left[\dfrac{1}{s-m_C^2}+\dfrac{1}{u-m_C^2}\right]$.(3) 物理領域は $\sqrt{s}\ge m_A+m_B$ なので,$m_C>m_A+m_B$ のときだけ極に届く(このとき $m_A<m_B+m_C$ となるので 8.3.1節の仮定 $m_A>m_B+m_C$ は成り立たず,$A$ は安定になる.「$A$ が崩壊する模型」と「$C$ が共鳴として現れる模型」は,同じ模型の排他的なパラメータ領域である).そのとき $C$ が実在の粒子として生成され,$A+B$ に崩壊する——共鳴である.極は Breit–Wigner により $s-m_C^2+\ii m_C\Gamma_C$ となって有限に留まる.(4) 終状態に同種粒子はないので $S=1$,$\dfrac{\dd\sigma}{\dd\Omega}=\dfrac{g^4}{64\pi^2 s}\left[\dfrac{1}{s-m_C^2}+\dfrac{1}{u-m_C^2}\right]^2$(弾性なので $\abs{\pp_f}/\abs{\pp_i}=1$).

演習8.6 湯川ポテンシャルと Thomas–Fermi 遮蔽長

(1) $V(r)=\ee^{-\kappa r}/(4\pi r)$ が,$r\neq0$ で方程式 $(-\nabla^2+\kappa^2)V=0$ を満たすことを直接微分して確かめよ(球対称 Laplacian は $\nabla^2 f = \frac{1}{r}\frac{\dd^2}{\dd r^2}(rf)$).これが式 \eqref{eq:8-yukawa-ft} の別証明になっている理由を説明せよ.

(2) アルミニウムの伝導電子密度は $n=1.81\times10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$(1原子3電子)である.$k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$ と $\kappa_{\mathrm{TF}}^2=4k_F/(\pi a_0)$($a_0=0.529\ \mathrm{\mathring{A}}$)から遮蔽長 $\lambda_{\mathrm{TF}}=1/\kappa_{\mathrm{TF}}$ を求め,Cu の値($0.55\ \mathrm{\mathring{A}}$)と比べよ.

(3) 「金属中の光子は実効質量 $\kappa_{\mathrm{TF}}$ をもつ」という言い方を検討する.Al について $\hbar c\kappa_{\mathrm{TF}}$ を eV で求め,プラズマエネルギー $\hbar\omega_p=\hbar\sqrt{ne^2/(\varepsilon_0 m)}$(Al で約 $15\ \mathrm{eV}$)と比べよ.なぜ2桁以上も違うのか,また「金属中の光子の質量」と呼ぶのにふさわしいのはどちらかを論ぜよ.

ヒント:(1) $rV = \ee^{-\kappa r}/(4\pi)$ なので $\frac{\dd^2}{\dd r^2}(rV)=\kappa^2 (rV)$,したがって $\nabla^2 V=\kappa^2V$.$r=0$ での特異性が $\delta^3(\bm{r})$ を生み,全体として $(-\nabla^2+\kappa^2)V=\delta^3(\bm{r})$ となる.これは式 \eqref{eq:8-yukawa-ft} を Fourier 変換した式そのものである.(2) $k_F=1.75\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}}$,$\kappa_{\mathrm{TF}}=2.05\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}}$,$\lambda_{\mathrm{TF}}=0.49\ \mathrm{\mathring{A}}$.電子密度が高いほど遮蔽が強く,遮蔽長が短い.(3) $\hbar c = 1973\ \mathrm{eV\,\mathring{A}}$ なので,$\kappa_{\mathrm{TF}}=2.05\ \mathrm{\mathring{A}^{-1}}$ は $\hbar c\kappa_{\mathrm{TF}} = 4.0\times10^{3}\ \mathrm{eV}=4.0\ \mathrm{keV}$ に相当する.一方 $n=1.81\times10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$ から $\hbar\omega_p=15.8\ \mathrm{eV}$(実測 約 $15\ \mathrm{eV}$)で,比は $\hbar c\kappa_{\mathrm{TF}}/\hbar\omega_p=\sqrt{3mc^2/(2E_F)}\approx256$($E_F=11.7\ \mathrm{eV}$)になる.違いの理由は,$\kappa_{\mathrm{TF}}$ が静的な縦場(電場)の遮蔽波数——プラズマ物理の Debye 質量に当たる量——であって,横光子の分散関係には現れないことである.電磁波が金属中を伝われなくなるしきい値を与えるのは $\hbar\omega_p$ のほうで,分散関係 $\omega^2=\omega_p^2+c^2k^2$ の質量項がそれである.したがって「金属中の光子の質量」と呼ぶにふさわしいのは $\hbar\omega_p\approx15\ \mathrm{eV}$ であり,$4\ \mathrm{keV}$ ではない(実際 $4\ \mathrm{keV}$ の X 線は Al をほぼ素通りする).8.7.3節の囲み「注意:どこまでが『同じ』なのか」を見よ.第13章の Anderson–Higgs 機構は,横光子が質量を得る側の話である.

演習8.7 Breit–Wigner の幅と $Q$ 値

(1) 式 \eqref{eq:8-bw-nr} の Lorentz 関数 $f(E)=1/[(E-M)^2+\Gamma^2/4]$ について,ピーク値の半分になる $E$ を求め,半値全幅が $\Gamma$ であることを示せ.

(2) $\Delta(1232)$ の幅は $\Gamma=117\ \mathrm{MeV}$ である.寿命 $\tau$ を秒で求め,光が陽子の直径 $1.7\ \mathrm{fm}$ を横切る時間と比べよ.

(3) $Q=M/\Gamma$ を,$\rho(770)$,$J/\psi$,Si の光学フォノン($520\ \mathrm{cm^{-1}}$,FWHM $3.0\ \mathrm{cm^{-1}}$)について求め,大小関係を述べよ.

(4) 減衰振動子 $\chi(\omega)=(1/m)/(\omega_0^2-\omega^2-\ii\gamma\omega/m)$ について,$\mathrm{Im}\,\chi$ の共鳴近傍での FWHM が $\gamma/m$ になることを示し,素粒子の $\Gamma$ との対応を述べよ.

ヒント:(1) ピーク値は $4/\Gamma^2$.半分になるのは $(E-M)^2=\Gamma^2/4$ すなわち $E=M\pm\Gamma/2$ なので幅は $\Gamma$.(2) $\tau=6.582\times10^{-22}/117=5.63\times10^{-24}\ \mathrm{s}$.光が陽子を横切る時間は $1.7\times10^{-15}/(3\times10^8)=5.7\times10^{-24}\ \mathrm{s}$ でほぼ同じ.$\Delta$ は「できた瞬間に壊れる」.(3) $\rho$: $775.3/149.1=5.2$,$J/\psi$: $3096.9/0.0926=3.3\times10^4$,Si フォノン: $520/3.0=1.7\times10^2$.$J/\psi\gg$ Si フォノン $\gg\rho$.(4) $\omega_0^2-\omega^2\simeq2\omega_0(\omega_0-\omega)$ と近似すると $\mathrm{Im}\,\chi\propto(\gamma/2m)/[(\omega-\omega_0)^2+(\gamma/2m)^2]$.FWHM は $\gamma/m$ で,これが $\Gamma$ に対応する.摩擦が強いほど共鳴は太く,寿命は短い.

参考文献

  1. D. J. Griffiths『素粒子物理学』(原著 Introduction to Elementary Particles, 2nd ed., Wiley-VCH, 2008)第6章「ファインマン計算法」.本章の ABC モデルと2つの黄金律は,この章の構成に全面的に依拠している.
  2. M. E. Peskin, D. V. Schroeder, An Introduction to Quantum Field Theory, Westview (1995), Chapter 4. —— 黄金律・位相空間・$\ii\epsilon$ 処方の厳密な導出.ファインマン・パラメータは Section 6.3.
  3. Particle Data Group (R. L. Workman et al.), "Review of Particle Physics", Prog. Theor. Exp. Phys. 2022, 083C01 (2022). —— 本章の質量・幅・分岐比・断面積の実測値はすべてここから採った."Kinematics" と "Cross-section formulae" の節は,本章の公式集としてそのまま使える.
  4. N. W. Ashcroft, N. D. Mermin『固体物理の基礎』第17章「独立電子近似を越えて」(遮蔽と Thomas–Fermi 理論の節).—— Thomas–Fermi 遮蔽の標準的な扱い.8.7.3節の数値はこの章の議論に対応する.
  5. J. R. Lamarsh, A. J. Baratta, Introduction to Nuclear Engineering, 4th ed., Pearson (2017), Chapter 3. —— 中性子断面積と共鳴吸収,Doppler 広がりの実務的な扱い.
  6. 湯川 秀樹, "On the Interaction of Elementary Particles I", Proc. Phys.-Math. Soc. Japan 17, 48 (1935). —— 式 \eqref{eq:8-yukawa-pot} の原論文.
  7. 本シリーズ『線形応答理論入門』第2章・第3章(減衰振動子と応答関数)および第4章(Kramers–Kronig 関係).—— 8.7.4節の対応の詳細.