第26章コーシーの積分公式
前章では,正則関数(holomorphic function,微分可能な複素関数)を単純閉曲線に沿って1周積分すると必ず $0$ になる——というコーシーの積分定理(Cauchy's integral theorem)を証明した.そして,その系として「周回積分公式」$\displaystyle\oint_C\frac{1}{z-\alpha}\,dz=2\pi i$($\alpha$ が $C$ の内部にあるとき)を手に入れた.本章では,この2つの道具を組み合わせて,複素解析学のもっとも印象的な定理の1つ——コーシーの積分公式(Cauchy's integral formula)——にたどり着く.
この定理が主張することを一言で言えば,こうなる:正則関数の,領域の内部のある1点における値は,その領域の境界(周の上)での関数の値だけから,完全に決まってしまう.実関数の世界では,こんな都合のよいことは起こらない.たとえば区間 $[0,1]$ の両端 $f(0),f(1)$ の値をいくら知っていても,区間の内部 $f(0.5)$ の値は($f$ が微分可能なだけでは)何もわからない.ところが複素関数では,正則である——つまりコーシー・リーマンの方程式を満たす——というたった1つの条件から,境界の情報だけで内部のすべての値が復元できてしまう.この「境界がすべてを決める」という性質は,後に学ぶテイラー展開・留数定理・調和関数の理論など,複素解析学のほぼすべての深い結果の出発点になる.底本の望月泰英『数学ノート 複素解析学』では,この定理は pp. 34, 39(見出しと,図+Theorem 本文)に現れるが,証明は英単語「Proof」と省略記号「……」だけで途切れている.本章では,前章までに整えた道具(グリーンの定理,積分路変形の原理,周回積分公式)を総動員して,この証明を最後まで自分の手で完成させる.
証明にたどり着くまでに,本章では寄り道を2つする.1つ目は,前章で証明だけが宿題になっていたグリーンの定理(Green's theorem)を,具体的な関数で検算して実感すること(26.1節).2つ目は,$\log z$ という「1つの $z$ に対して答えが1つに決まらない」関数(多価関数,multivalued function)を,原点を避けるように穴をあけた領域(多重連結領域,multiply connected domain)で1周積分すると何が起こるかを,鍵穴(キーホール,keyhole)型の経路で探ること(26.2節).じつはこの計算は,分岐の選び方に細心の注意を払わないと,一見コーシーの積分定理と矛盾するかのような結果に見えてしまう,油断のならない探究である.本章では,分岐を最初から最後まで一貫させることに注意しながらこの積分を最後まで正しく計算し,コーシーの積分定理と矛盾しないことを確かめる.この「多価関数を扱うには経路の取り方に注意がいる」という経験が,26.3節でコーシーの積分公式を証明する際の伏線にもなる.
- グリーンの定理 $\displaystyle\int_C f\,dx=-\iint_D\pdiff{f}{y}\,dx\,dy$ を,具体的な関数 $f(x,y)=x^2+y^2$ と上半円板について,境界の線積分と内部の二重積分の両方を計算して検算すること
- 多価関数 $\log z$ の分岐(branch)と分岐点(branch point)の考え方,および原点を除いた多重連結領域を鍵穴型の経路で1周したときの積分の計算
- 多重連結領域で $\log z$ を積分する際に,分岐の選び方と原始関数の符号に注意しながら正しく計算し,積分の総和がぴったり $0$ になることを確認すること
- コーシーの積分公式 $\displaystyle f(z)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta$ の主張と,「小さい円へ縮める」「$f$ を定数部分と誤差部分に分ける」「$ML$ 不等式で誤差を押さえる」という3段階からなる完全な証明
- コーシーの積分公式を使って,$\displaystyle\oint\frac{f(z)}{z-\alpha}\,dz$ の形の周回積分を,被積分関数の分母を払わずに一瞬で計算する技術
- 系として,正則関数の値がその点を囲む円周上の平均値として書けること(平均値性質),そして正則関数が実は何度でも微分できてしまうという,驚くべき事実への入り口
26.1 グリーンの定理の実例 — 上半円板での検証
第25章5.3節で天下り的に与えたグリーンの定理を,まず思い出そう.平面上の領域 $D$ とその境界 $C=\partial D$(反時計回り,つまり境界を進む向きに立ったとき常に $D$ が左手に見える向き)について,$f(x,y)$ が $D$ とその境界を含む少し広い範囲で連続な偏導関数を持つとき,
$$ \int_C f(x,y)\,dx=-\iint_D \pdiff{f}{y}\,dx\,dy $$が成り立つ,というのがグリーンの定理(の一部)であった.「境界での1次元の積分」と「内部での2次元の積分」が等しくなるというのは,最初は不思議に感じられる主張である.本節では,具体的な $f$ と $D$ を1つ選び,両辺を正面から計算して,本当に一致することをこの目で確かめる.これは底本 p.035 の計算そのものである.
26.1.1 領域と境界の設定
$r\gt0$ を定数とし,
$$ D=\{(x,y)\mid x^2+y^2\le r^2,\ y\ge0\},\qquad C=\{(x,y)\mid x^2+y^2=r^2,\ y\ge0\}\cup\{(x,y)\mid -r\le x\le r,\ y=0\} $$とする.つまり $D$ は半径 $r$ の円板の上半分(上半円板),$C$ はその境界——円弧の部分と,$x$ 軸上の直径の部分——を合わせた曲線である.検算する関数は
$$ f(x,y)=x^2+y^2 $$とする.これは原点からの距離の2乗であり,$D$ 上で単純かつ計算しやすい.なお,底本のノートはこの領域を,$xy$平面を斜めに見下ろした3次元的な奥行きのある透視図として描いている.しかし考えている問題そのものは平面(2次元)上のことがらなので,本書では図26.1のように,真上から見た2次元の図として描き直す.
イメージ:境界の向きを間違えると符号が変わる
グリーンの定理の左辺 $\int_C f\,dx$ は,境界 $C$ をどちら向きに進むかで符号が変わる(第25章5.1節の性質(iii):$\int_{-C}f\,dz=-\int_C f\,dz$ と同じ理由).「反時計回り」とは,進行方向に向かって左手に $D$ の内部が見える向きのことである.図26.1のように,円弧の部分では左向き($\theta$ が $0$ から $\pi$ へ増える向き),直径の部分では左から右へ進むのが,この上半円板に対する正の向きになる.26.1.3節では,同じ関数を下半円板で検算し,境界の正の向きが上半円板とは逆回りになることで符号がどう変わるかを確認する.
26.1.2 両辺の計算
境界 $C$ を,円弧の部分($C_{\text{弧}}$)と直径の部分($C_{\text{径}}$)に分けて,$\int_C f\,dx=\int_{C_{\text{弧}}}f\,dx+\int_{C_{\text{径}}}f\,dx$ として計算する.まず円弧の部分を極座標
$$ x=r\cos\theta,\qquad y=r\sin\theta\qquad(0\le\theta\le\pi) $$でパラメータ表示する.$\theta$ が $0$ から $\pi$ まで増えるとき,点 $(x,y)$ はちょうど図26.1の弧を反時計回りにたどる.このとき
$$ dx=\diff{x}{\theta}\,d\theta=-r\sin\theta\,d\theta $$($x=r\cos\theta$ を $\theta$ で微分すると $-r\sin\theta$.$r$ は定数なので外に出せる.)また弧の上では $x^2+y^2=r^2$(円周上だから)なので,$f(x,y)=r^2$ は弧の上で定数である.よって
$$ \int_{C_{\text{弧}}}f\,dx=\int_0^\pi r^2\cdot(-r\sin\theta)\,d\theta=-r^3\int_0^\pi\sin\theta\,d\theta=-r^3\Big[-\cos\theta\Big]_0^\pi=-r^3\big(-(-1)-(-1)\big)=-r^3\cdot2=-2r^3 $$($\int_0^\pi\sin\theta\,d\theta=[-\cos\theta]_0^\pi=-\cos\pi-(-\cos0)=-(-1)+1=2$ を使った.)
次に直径の部分.ここでは $y=0$ で固定されており,$x$ が $-r$ から $r$ まで動く.$f(x,0)=x^2+0^2=x^2$ だから
$$ \int_{C_{\text{径}}}f\,dx=\int_{-r}^{r}x^2\,dx=\left[\frac13x^3\right]_{-r}^{r}=\frac13r^3-\left(-\frac13r^3\right)=\frac23r^3 $$以上を足し合わせると,境界の線積分(左辺)は
$$ \int_C f\,dx=-2r^3+\frac23r^3=-\frac63r^3+\frac23r^3=-\frac43r^3 $$となる.次に右辺,すなわち内部の二重積分を計算する.$\pdiff{f}{y}=\pdiff{}{y}(x^2+y^2)=2y$ である($x$ を定数とみて $y$ だけで微分した).上半円板を極座標 $x=r'\cos\theta,\,y=r'\sin\theta$(動径を $r'$,$0\le r'\le r$,$0\le\theta\le\pi$)で表すと,面積要素は $dx\,dy=r'\,dr'\,d\theta$(第7章7.4節のヤコビアン)だから,
$$ \iint_D\pdiff{f}{y}\,dx\,dy=\int_0^\pi\int_0^r 2y\cdot r'\,dr'\,d\theta=\int_0^\pi\int_0^r 2(r'\sin\theta)\cdot r'\,dr'\,d\theta=\int_0^\pi\int_0^r 2r'^2\sin\theta\,dr'\,d\theta $$($y=r'\sin\theta$ を代入した.)$\theta$ と $r'$ の積分は互いに独立に(1つの因子ずつに)分離できるので,
$$ =\left(\int_0^r 2r'^2\,dr'\right)\left(\int_0^\pi\sin\theta\,d\theta\right)=\left[\frac23r'^3\right]_0^r\cdot\underbrace{\Big[-\cos\theta\Big]_0^\pi}_{=2}=\frac23r^3\cdot2=\frac43r^3 $$したがって右辺は $-\dfrac43r^3$ であり,左辺の値 $-\dfrac43r^3$ とぴったり一致する.こうして,具体的な関数と領域について,グリーンの定理
$$ \int_C f\,dx=-\iint_D\pdiff{f}{y}\,dx\,dy $$が実際に成り立つことを目で見て確かめられた.
例26.1 グリーンの定理の検証($f=x^2+y^2$,上半円板)
$f(x,y)=x^2+y^2$,$D$ を半径 $r$ の上半円板とするとき,$\displaystyle\int_C f\,dx=-\iint_D\pdiff{f}{y}\,dx\,dy$ が成り立つことを確かめよ.
解答 本文で計算したとおり,左辺 $=-\dfrac43r^3$,右辺 $=-\dfrac43r^3$ で一致する(Python(sympy)による検算:verify/univmath/ch26_green_theorem.py).
26.1.3 例題:下半円板ではどうなるか
例題26.1 下半円板でのグリーンの定理
同じ関数 $f(x,y)=x^2+y^2$ について,$D'=\{(x,y)\mid x^2+y^2\le r^2,\ y\le0\}$(下半円板)とその境界 $C'$(正の向き)を考える.$\displaystyle\int_{C'}f\,dx$ と $\displaystyle-\iint_{D'}\pdiff{f}{y}\,dx\,dy$ をそれぞれ計算し,26.1.2節の上半円板の結果($-\dfrac43r^3$)と比べて符号がどう変わるか述べよ.
解答 まず境界 $C'$ の正の向き($D'$ を左手に見る向き)を確認する.下半円板は $y\le0$ の側にあるので,反時計回りにたどるには,円弧の部分は点 $(-r,0)$ から点 $(0,-r)$ を経て点 $(r,0)$ へ(角度 $\theta$ が $-\pi$ から $0$ へ増える向き)進み,続いて直径の部分を点 $(r,0)$ から点 $(-r,0)$ へ($x$ が $r$ から $-r$ へ減る向き)戻ることで一周が閉じる.上半円板のときと弧・直径のどちらも向きが逆であることに注意する.
円弧の部分:$x=r\cos\theta,\,y=r\sin\theta$($\theta:-\pi\to0$),弧の上で $f=x^2+y^2=r^2$ だから
$$ \int_{C'_{\text{弧}}}f\,dx=\int_{-\pi}^{0}r^2\cdot(-r\sin\theta)\,d\theta=-r^3\Big[-\cos\theta\Big]_{-\pi}^{0}=-r^3\big(-1-1\big)=2r^3 $$($-\cos0-(-\cos(-\pi))=-1-1=-2$ ではなく,$\big[-\cos\theta\big]_{-\pi}^0=(-\cos0)-(-\cos(-\pi))=(-1)-(1)=-2$ である.よって $-r^3\times(-2)=2r^3$.)直径の部分:$x$ が $r$ から $-r$ へ動くので
$$ \int_{C'_{\text{径}}}f\,dx=\int_{r}^{-r}x^2\,dx=\left[\frac13x^3\right]_r^{-r}=-\frac13r^3-\frac13r^3=-\frac23r^3 $$合計すると,左辺は
$$ \int_{C'}f\,dx=2r^3-\frac23r^3=\frac43r^3 $$である.一方,右辺の二重積分は,$\theta$ の範囲が $-\pi\le\theta\le0$ になるだけで,
$$ \iint_{D'}\pdiff{f}{y}\,dx\,dy=\int_{-\pi}^0\int_0^r 2r'^2\sin\theta\,dr'\,d\theta=\frac23r^3\cdot\Big[-\cos\theta\Big]_{-\pi}^0=\frac23r^3\cdot(-2)=-\frac43r^3 $$だから,$-\iint_{D'}\pdiff{f}{y}\,dx\,dy=\dfrac43r^3$ であり,左辺 $\dfrac43r^3$ と一致する.上半円板の結果が $-\dfrac43r^3$ だったのに対し,下半円板では符号が反転して $+\dfrac43r^3$ になった.これは,$f=x^2+y^2$ が $x,y$ について対称($y\to-y$ としても値が変わらない)である一方,境界の正の向きは上下で逆回りになる(つまり弧の部分では $\theta$ の動く向きが上半円板と下半円板でちょうど逆になる)ためであり,グリーンの定理の左辺が向きに依存する量であることをよく表している(Python 検算:verify/univmath/ch26_green_theorem.py).
なぜこの節を26.2節・26.3節の前に置くのか
グリーンの定理は,前章5.3節でコーシーの積分定理($f$ が正則なら $\oint_C f(z)\,dz=0$)を証明するときの土台になった道具である.本節でその「土台」を自分の手で検算しておくことで,26.3節でコーシーの積分公式を証明する際に「境界の積分と内部の情報が結びつく」という発想がすでに馴染みのあるものになっているはずである.また,26.2節で扱う $\log z$ の経路積分でも,複数の弧・線分をつなげた境界に沿って積分を計算するという,本節とまったく同じ技術(境界をパーツに分けて,パーツごとにパラメータ表示して積分する)を使う.
26.2 多重連結領域における $\log z$ の経路積分と分岐点
第25章5.2節で,$\displaystyle\oint_{|z|=r}\log z\,dz$ を単位円(原点を中心とする円)に沿って計算すると $0$ にならないことを見た.理由は,$\log z$ が $z=0$ で正則でない(というより,$z=0$ で定義すらできない)からであった.では,原点そのものを避けて,原点のまわりだけを除いた領域で $\log z$ を1周積分したら,何が起こるだろうか.本節では,底本 p.036 のこの探究——鍵穴(キーホール)型の経路を使った計算——を最後まで追いかける.じつはこの計算には,分岐の選び方をめぐるちょっとした「わな」があり,底本のノートは末尾に「0にならない…!?」という書き込みを残したまま終わっている.この「わな」を避けて分岐を最初から最後まで一貫させ,正しい答え($0$ になる)にたどり着くのが本節の目標である.
26.2.1 多価関数 $\log z$ と分岐
複素数 $z\ne0$ を極形式 $z=|z|(\cos\theta+i\sin\theta)=|z|e^{i\theta}$(第21章21.2節)で表すと,$\theta=\arg z$($z$ の偏角,argument)には $2\pi$ の整数倍だけのあいまいさがある:$\theta$ も $\theta+2\pi$ も同じ点 $z$ を表す.複素対数関数 $\log z$ は,実対数関数の性質 $e^{\log z}=z$ がそのまま複素数でも成り立つように
$$ \log z=\log|z|+i\theta\qquad(\theta\text{ は }z\text{ の偏角のいずれか}) $$と定義される(第23章).ここで $\log|z|$ は普通の実数の自然対数である.問題は,$\theta$ の候補が $\theta_0,\theta_0+2\pi,\theta_0-2\pi,\dots$ と無限にあるため,$\log z$ は1つの $z$ に対して答えが1つに決まらないという点である.こういう関数を多価関数(multivalued function)と呼ぶ.
イメージ:偏角を連続的に追いかけるとずれてしまう
原点を中心とする単位円周上を,点 $z=e^{i\theta}$ が $\theta=0$(つまり $z=1$)から出発して反時計回りに1周し,また $z=1$ に戻ってきたとしよう.出発したときの偏角は $\theta=0$ だったが,1周して同じ点 $z=1$ に戻ってきたとき,「偏角を連続的に増やし続けた」結果は $\theta=2\pi$ になっている.同じ点 $z=1$ なのに,偏角の値(したがって $\log z=\log1+i\theta=i\theta$ の値)が出発前後で $2\pi i$ だけずれてしまうのである.このように,ある点(ここでは $z=0$)のまわりを1周すると関数の値が元に戻らない点を分岐点(branch point)と呼び,$z=0$ は $\log z$ の分岐点である.分岐点を囲まないように領域を選び,かつ $\theta$ の範囲をある区間(たとえば $-\pi\lt\theta\le\pi$ や $0\le\theta\lt2\pi$)に固定して1つの値に決めたものを,$\log z$ の1つの分岐(branch)と呼ぶ.分岐をどこで固定しても構わないが,1つの計算の中では同じ分岐を最初から最後まで一貫して使わなければならない——これが本節で最も重要な注意点である.
26.2.2 鍵穴型の経路の設定
正の実数 $\varepsilon,R$($0\lt\varepsilon\lt R$)を固定し,次の4本の曲線からなる閉曲線 $C=C_1+C_2+C_3+C_4$ を考える(底本の設定そのもの).
$$ \begin{aligned} C_1&=\{(x,y)\mid x^2+y^2=R^2,\ y\ge0\} &&\text{(半径 }R\text{ の上半円弧,反時計回り)}\\ C_2&=\{(x,y)\mid -R\le x\le-\varepsilon,\ y=0\} &&\text{(負の実軸上,}x\text{ が減る側から原点へ向かう向き)}\\ C_3&=\{(x,y)\mid x^2+y^2=\varepsilon^2,\ y\ge0\} &&\text{(半径 }\varepsilon\text{ の上半円弧,時計回り)}\\ C_4&=\{(x,y)\mid \varepsilon\le x\le R,\ y=0\} &&\text{(正の実軸上,原点から離れる向き)} \end{aligned} $$この4本を $C_1\to C_2\to C_3\to C_4$ の順につなげると,ちょうど鍵穴(キーホール)のような形の閉曲線になる(図26.2).この閉曲線が囲む領域 $D_{\varepsilon,R}=\{z\mid \varepsilon\le|z|\le R,\ \operatorname{Im}z\ge0\}\setminus(\text{原点近傍})$ は,原点 $z=0$($\log z$ の分岐点)を含まない.したがって,この領域の中で $\theta$ の範囲を $0\le\theta\le\pi$ に固定した分岐——すなわち正の実軸上($C_4$)で $\theta=0$,負の実軸上($C_2$)で $\theta=\pi$ とする分岐——を使えば,$\log z=\log|z|+i\theta$ はこの領域全体で連続かつ正則になる.この「$C_2$ の上では $\theta=\pi$ を使う」という点にとくに注意が必要である(26.2.4節で詳しく確認する).
26.2.3 4本の経路それぞれの積分
いよいよ $\displaystyle\int_C\log z\,dz=\int_{C_1}+\int_{C_2}+\int_{C_3}+\int_{C_4}$ を,1本ずつ丁寧に計算する.どの経路でも,先に決めた分岐($C_4$ で $\theta=0$ から出発し,上半平面を通って $C_2$ で $\theta=\pi$ に至る)を使う.
計算:$C_1$(半径 $R$ の大きい弧)
$z=Re^{i\theta}$($\theta:0\to\pi$)とおくと,$\log z=\log R+i\theta$,$dz=iRe^{i\theta}\,d\theta$ である($z=Re^{i\theta}$ を $\theta$ で微分すると $iRe^{i\theta}$).よって
$$ \int_{C_1}\log z\,dz=\int_0^\pi(\log R+i\theta)\,iRe^{i\theta}\,d\theta =iR\log R\int_0^\pi e^{i\theta}\,d\theta-R\int_0^\pi\theta e^{i\theta}\,d\theta $$($(\log R+i\theta)\cdot iRe^{i\theta}=iR\log R\,e^{i\theta}+i^2R\theta e^{i\theta}=iR\log R\,e^{i\theta}-R\theta e^{i\theta}$ と展開し,$\theta$ で積分できる形に分けた.)まず1つ目の積分は
$$ \int_0^\pi e^{i\theta}\,d\theta=\left[\frac{e^{i\theta}}{i}\right]_0^\pi $$ここでまず $\dfrac1i=-i$ を確認しておく($1/i=i^{-1}$ の両辺に $i$ を掛けると,$i\cdot i^{-1}=1$ かつ $i\cdot(-i)=-i^2=1$ となるので $i^{-1}=-i$).したがって $\dfrac{e^{i\theta}}{i}=-ie^{i\theta}$ であり,
$$ \int_0^\pi e^{i\theta}\,d\theta=\Big[-ie^{i\theta}\Big]_0^\pi=-ie^{i\pi}-(-ie^0)=-i(-1)-(-i)(1)=i+i=2i $$($e^{i\pi}=-1,\ e^0=1$ を使った.)2つ目の積分は,部分積分($u=\theta,\ dv=e^{i\theta}d\theta$,$du=d\theta,\ v=\dfrac{e^{i\theta}}{i}=-ie^{i\theta}$)で計算する.
$$ \int_0^\pi\theta e^{i\theta}\,d\theta=\Big[\theta\cdot(-ie^{i\theta})\Big]_0^\pi-\int_0^\pi(-ie^{i\theta})\,d\theta =\big(\pi\cdot(-i)(-1)-0\big)+i\int_0^\pi e^{i\theta}\,d\theta $$($[uv]$ の項は $\theta=\pi$ で $\pi\cdot(-i)e^{i\pi}=\pi\cdot(-i)(-1)=i\pi$,$\theta=0$ で $0$.残る $-\int(-ie^{i\theta})d\theta=+i\int e^{i\theta}d\theta$ に,直前で求めた $\int_0^\pi e^{i\theta}d\theta=2i$ を代入する.)
$$ \int_0^\pi\theta e^{i\theta}\,d\theta=i\pi+i\cdot2i=i\pi+2i^2=i\pi-2 $$($i\cdot2i=2i^2=-2$ を使った.)この結果は,本書付属の検算スクリプト ch26_logz_keyhole.py で sympy により厳密に確認済みである.これを使うと,
($iR\log R\cdot2i=2i^2R\log R=-2R\log R$ を使った.)
注意:$i$ の逆数計算はいつも符号を書き出して確認する
上の計算では $1/i=-i$ という事実を何度も使った.簡単な式に見えても,展開の途中で符号を取り違えやすいので,複素解析の計算では $i^2=-1,\ 1/i=-i,\ i\cdot(-i)=1$ をそのつど書き出しながら進めるのが,結果的にいちばん速い.本書のこの先の計算では,紙面の都合上,同じ注意書きは繰り返さないが,読者は自分の手でも同じ計算を再現し,符号を1つずつ確認してほしい.
計算:$C_3$(半径 $\varepsilon$ の小さい弧,逆回り)
$C_3$ は半径 $\varepsilon$ の弧を,$C_1$ とは逆に $\theta:\pi\to0$ の向きにたどる(図26.2).$z=\varepsilon e^{i\theta}$,$\log z=\log\varepsilon+i\theta$,$dz=i\varepsilon e^{i\theta}d\theta$ だから,$C_1$ と同じ計算を,$R\to\varepsilon$,積分区間を $\pi\to0$ にして行えばよい.
$$ \int_{C_3}\log z\,dz=\int_\pi^0(\log\varepsilon+i\theta)\,i\varepsilon e^{i\theta}\,d\theta =i\varepsilon\log\varepsilon\int_\pi^0 e^{i\theta}\,d\theta-\varepsilon\int_\pi^0\theta e^{i\theta}\,d\theta $$積分区間が逆向きなので,$\displaystyle\int_\pi^0 e^{i\theta}d\theta=-\int_0^\pi e^{i\theta}d\theta=-2i$,$\displaystyle\int_\pi^0\theta e^{i\theta}d\theta=-\int_0^\pi\theta e^{i\theta}d\theta=-(i\pi-2)=-i\pi+2$ である.よって
$$ \int_{C_3}\log z\,dz=i\varepsilon\log\varepsilon\cdot(-2i)-\varepsilon(-i\pi+2)=2\varepsilon\log\varepsilon+i\pi\varepsilon-2\varepsilon $$($i\cdot(-2i)=-2i^2=2$ を使った.)
計算:$C_4$(正の実軸,$\theta=0$ の分岐)
$C_4$ では $z=x$($x$ は $\varepsilon$ から $R$ まで動く正の実数),偏角は $\theta=0$ だから $\log z=\log x$(実数の対数関数と一致する).$dz=dx$ だから,これは通常の実積分である.部分積分($u=\log x,\,dv=dx,\,du=dx/x,\,v=x$)により
$$ \int_{C_4}\log z\,dz=\int_\varepsilon^R\log x\,dx=\Big[x\log x\Big]_\varepsilon^R-\int_\varepsilon^R x\cdot\frac1x\,dx=\Big[x\log x\Big]_\varepsilon^R-\Big[x\Big]_\varepsilon^R $$($x\cdot\frac1x=1$ なので残る積分は $\int_\varepsilon^R1\,dx=[x]_\varepsilon^R$.)ゆえに
$$ \int_{C_4}\log z\,dz=(R\log R-R)-(\varepsilon\log\varepsilon-\varepsilon) $$この結果は,底本 p.036 の計算とも一致する.
26.2.4 $C_2$ の計算
最後に残った $C_2$(負の実軸の部分)の計算では,偏角の選び方にとくに注意がいる.ここで注意すべきなのは,$C_2$ 上の点 $z=x$($x$ は負の実数,$-R\le x\le-\varepsilon$)における偏角である.26.2.2節で決めた分岐は,「正の実軸上で $\theta=0$ とし,$C_1$ に沿って上半平面を反時計回りに進みながら $\theta$ を連続的に増やしていく」というものだった.この分岐のまま $C_2$(負の実軸)に達すると,$\theta$ はちょうど $\pi$ まで増えている.つまり
$$ \log z=\log|x|+i\pi\qquad(z=x\lt0,\ \text{上半平面側からの分岐}) $$を使わなければならない.うっかり $C_4$ と同じ式 $\log z=\log|x|$($\theta=0$ の分岐)を流用してしまうと,この $+i\pi$ の寄与を落としてしまうので注意する.
注意:多価関数では「同じ形の式」を別の場所に使い回さない
$C_2$ と $C_4$ はどちらも $x$ 軸上にあるので,一見すると同じ式 $\log z=\log|x|$ を使いたくなる.しかし26.2.1節で見たように,$\log z$ は多価関数であり,どの分岐を使うかは経路に沿って決まる——$C_1\to C_2$ とたどってきた偏角は,$C_4$ の $\theta=0$ とは異なり $\theta=\pi$ に達している.「$x$ 軸上だから」という見た目だけで式を使い回さず,そのつど「今どの分岐にいるか」を経路に沿って追いかける習慣をつけたい.
この点をふまえて,$C_2$ の積分を計算しよう.$z=x$($x:-R\to-\varepsilon$),$\log z=\log|x|+i\pi=\log(-x)+i\pi$($x\lt0$ なので $|x|=-x$),$dz=dx$ である.
$$ \int_{C_2}\log z\,dz=\int_{-R}^{-\varepsilon}\big(\log(-x)+i\pi\big)\,dx=\int_{-R}^{-\varepsilon}\log(-x)\,dx+i\pi\int_{-R}^{-\varepsilon}dx $$後半の項は簡単で,$\displaystyle i\pi\int_{-R}^{-\varepsilon}dx=i\pi\big((-\varepsilon)-(-R)\big)=i\pi(R-\varepsilon)$ である.前半の $\displaystyle\int_{-R}^{-\varepsilon}\log(-x)\,dx$ の計算では,原始関数の作り方に注意がいる.部分積分を $u=\log(-x),\ dv=dx$ として行うと,$v=x$($dv=dx$ の原始関数は $x$ であり,$-x$ ではない)であり,$\dfrac{d}{dx}\log(-x)=\dfrac{1}{-x}\cdot(-1)=\dfrac1x$(合成関数の微分:外側 $\log(\cdot)$ を微分して $\frac{1}{-x}$,内側 $-x$ を微分して $-1$,掛け合わせて $\frac{1}{-x}\cdot(-1)=\frac1x$)だから $du=\dfrac1x\,dx$ である.したがって
$$ \int\log(-x)\,dx=x\log(-x)-\int x\cdot\frac1x\,dx=x\log(-x)-\int1\,dx=x\log(-x)-x $$となる($dv=dx$ の原始関数は $v=x$ であって $v=-x$ ではないことに注意しよう——うっかり $v=-x$ としてしまうと,このあとの符号がずれてしまう).この原始関数 $x\log(-x)-x$ を使うと,
$$ \int_{-R}^{-\varepsilon}\log(-x)\,dx=\Big[x\log(-x)-x\Big]_{-R}^{-\varepsilon} =\big((-\varepsilon)\log\varepsilon-(-\varepsilon)\big)-\big((-R)\log R-(-R)\big) $$ $$ =(-\varepsilon\log\varepsilon+\varepsilon)-(-R\log R+R)=R\log R-R-\varepsilon\log\varepsilon+\varepsilon $$($-(-x)=x$ に注意しながら1項ずつ展開した.$x=-\varepsilon$ のとき $-x=\varepsilon$ なので $\log(-x)=\log\varepsilon$,$x=-R$ のとき $-x=R$ なので $\log(-x)=\log R$.)
以上より,$C_2$ の積分は
$$ \int_{C_2}\log z\,dz=\big(R\log R-R-\varepsilon\log\varepsilon+\varepsilon\big)+i\pi(R-\varepsilon) $$である.
26.2.5 4本の和 — きれいに $0$ になる
26.2.3節・26.2.4節で求めた4本の積分を,すべて並べる.
$$ \begin{aligned} \int_{C_1}\log z\,dz&=-2R\log R-i\pi R+2R\\ \int_{C_2}\log z\,dz&=R\log R-R-\varepsilon\log\varepsilon+\varepsilon+i\pi R-i\pi\varepsilon\\ \int_{C_3}\log z\,dz&=2\varepsilon\log\varepsilon+i\pi\varepsilon-2\varepsilon\\ \int_{C_4}\log z\,dz&=R\log R-R-\varepsilon\log\varepsilon+\varepsilon \end{aligned} $$$R\log R$ の項を集めると $-2R\log R+R\log R+R\log R=0$.$\varepsilon\log\varepsilon$ の項を集めると $-\varepsilon\log\varepsilon+2\varepsilon\log\varepsilon-\varepsilon\log\varepsilon=0$.$R$(対数を含まない)の項を集めると $2R-R+R=2R$,あれ,これは消えない……と思うかもしれないが,$C_2$ に $-R$,$C_4$ に $-R$ があるので合計すると $2R-R-R=0$ である(4つの式をよく見比べて,同類項をもれなく拾うこと).同様に $\varepsilon$ の項は $\varepsilon-2\varepsilon+\varepsilon=0$.最後に $i\pi$ を含む項は $-i\pi R+i\pi R-i\pi\varepsilon+i\pi\varepsilon=0$.すべての項がきれいに打ち消し合い,
となる.これは任意の $0\lt\varepsilon\lt R$ について($\varepsilon\to0$ や $R\to\infty$ の極限を取らなくても)厳密に成り立つ等式である.$\log z$ は,鍵穴領域 $D_{\varepsilon,R}$ の中で(分岐を固定すれば)正則な関数であり,$D_{\varepsilon,R}$ は単連結領域とみなせる(第25章5.4節:鍵穴の「切れ目」に沿って$C_2,C_4$を互いに逆向きの2本の壁とみなせば,全体は1つの単連結領域になる).したがって,コーシーの積分定理(同5.3節)により $\oint_C\log z\,dz=0$ となるはずであり,式\eqref{eq:26-logz-total}はその予想と完全に整合する.分岐の選び方と原始関数の符号さえ正しく扱えば,$\log z$ そのものやコーシーの積分定理には何の問題もないことが,これで確認できた.
数学ノート:発散する項がちょうど打ち消し合う
$R\to\infty$ のとき $R\log R\to\infty$,$\varepsilon\to0$ のとき $\varepsilon\log\varepsilon\to0$(ロピタルの定理などから示せる),$R\to\infty$ のとき $i\pi R\to\infty$ であり,$C_1$ や $C_2$ を単独で見れば発散する項を含んでいる.それにもかかわらず,4本を合計すると発散項がすべて打ち消し合ってちょうど $0$ になる——これは偶然ではなく,$\log z$ が鍵穴領域全体で正則であることの帰結である.個々の経路の積分が発散に見えても,全体としては有限(それどころか $0$)になるという現象は,複素解析のいたるところで(たとえば実積分を複素積分に置き換えて計算する留数計算などで)繰り返し現れる.
例題26.2 鍵穴積分の数値検算
$\varepsilon=0.1,\ R=10$ として,$C_1,C_2,C_3,C_4$ それぞれの積分の値を数値的に計算し,合計がちょうど $0$(丸め誤差の範囲で)になることを確認せよ.
解答 26.2.3節・26.2.4節の式にそのまま数値を代入する(あるいは各経路をパラメータ表示して数値積分してもよい).Python(mpmath)による計算結果は
$$ \int_{C_1}\approx-26.05-31.42i,\quad \int_{C_2}\approx13.36+31.10i,\quad \int_{C_3}\approx-0.66+0.31i,\quad \int_{C_4}\approx13.36 $$であり,4つを足し合わせると $\approx(-1.6\times10^{-30})+(-6.4\times10^{-31})i$,すなわち計算機の丸め誤差の範囲で厳密に $0$ となる(verify/univmath/ch26_logz_keyhole.py).なお,もし $C_2$ で分岐を $\theta=0$ のまま($C_4$ と同じ式)計算してしまうと,合計は $i\pi(\varepsilon-R)\approx-31.10i$ となり,$0$ から大きくずれる.分岐の選び方1つで結果がこれほど変わることがよくわかる.
応用:鍵穴型経路は実積分の計算に使われる
ここで練習した「原点(あるいは分岐点)を避けて鍵穴型の経路を作り,大きい弧と小さい弧の寄与を評価する」という技術は,のちに複素解析を使って実数の広義積分(たとえば $\int_0^\infty\frac{\log x}{1+x^2}\,dx$ のような,対数や分数べきを含む積分)を計算する標準的な手法の骨格になる.本書はここから先の留数定理までは扱わないが,この鍵穴型の発想そのものは,物理学(散乱理論の位相計算など)でもたびたび登場する重要な道具である.
26.3 コーシーの積分公式 — 主張と証明
前節までで,グリーンの定理・コーシーの積分定理・周回積分公式・積分路変形の原理という4つの道具を,具体例を通じて手に馴染ませてきた.いよいよそれらを総動員して,本章の主定理——底本 p.039 に Theorem として書かれ,証明が「Proof……」で途切れている定理——を完全な形で述べ,証明する.
26.3.1 定理の主張
定理26.1 コーシーの積分公式(Cauchy's integral formula)
$D$ を,区分的に滑らかな単純閉曲線 $\partial D$ を境界に持つ有界な領域とする.関数 $w=f(z)$ が,$D$ とその境界 $\partial D$ を含む,$D$ より少し広い開集合の上で正則であるとする.このとき,$D$ の内部の任意の点 $z$ に対して,
\begin{align} f(z)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta \label{eq:26-cif} \end{align}が成り立つ.ただし積分は $\partial D$ を反時計回り(正の向き)にたどり,積分変数を $z$ と区別するためギリシャ文字 $\zeta$(ゼータ,zeta)で表す.
イメージ:境界の情報だけで内部が決まる
定理26.1が主張しているのは,「$D$ の境界 $\partial D$ 上での $f$ の値さえわかっていれば,$D$ の内部にあるどんな点 $z$ での値 $f(z)$ も,式\eqref{eq:26-cif}の積分によって計算できてしまう」ということである.正則関数は,境界の情報だけで内部のすべてが決まってしまうほど「硬い(自由度が少ない)」関数なのである.これは,レントゲン写真のように,外から見える情報だけで内部の構造を完全に再現できる,という状況に似ている.実関数の微分可能性からは,こんな性質は決して出てこない.
26.3.2 証明の方針
証明のアイデアは,次の3段階からなる.
- まず,積分路変形の原理(第25章5.4節)を使って,境界 $\partial D$ に沿う積分を,点 $z$ を中心とする小さい円 $C_\rho:\ |\zeta-z|=\rho$ に沿う積分に置き換える.
- 被積分関数の分子 $f(\zeta)$ を,定数 $f(z)$ と,差 $f(\zeta)-f(z)$ の2つに分ける.定数の部分は周回積分公式(同5.5節)によってちょうど $2\pi i\,f(z)$ になる.
- 残った差の部分は,$f$ の連続性と $ML$ 不等式(同5.1節)を使って,$\rho$ をいくらでも小さくすればいくらでも小さくできることを示す.しかも,この差の部分の値そのものは(積分路変形の原理により)$\rho$ に依存しない定数のはずなので,「いくらでも小さくできる定数は $0$ しかない」という理屈で,差の部分がちょうど $0$ であることが結論できる.
26.3.3 証明
証明
第1段階:小さい円への変形. $z$ は $D$ の内部の点なので,$z$ を中心とする十分小さい円板 $|\zeta-z|\le\rho_0$ がまるごと $D$ の内部に含まれるように $\rho_0\gt0$ をとれる.このとき,$0\lt\rho\le\rho_0$ を満たす任意の $\rho$ について,$D$ から円板 $|\zeta-z|\lt\rho$ を取り除いた領域 $D\setminus\{|\zeta-z|\lt\rho\}$ を考えると,被積分関数 $\dfrac{f(\zeta)}{\zeta-z}$ はこの領域上で(分母がどこにも $0$ にならないので)正則である.したがって第25章5.4節の積分路変形の原理(図26.4のように,外側境界 $\partial D$ と内側の円 $C_\rho:\ |\zeta-z|=\rho$ を細い回廊でつなぎ,全体を1つの単連結領域とみなす方法)により,
$$ \oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta=\oint_{C_\rho}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta $$が,$0\lt\rho\le\rho_0$ を満たすすべての $\rho$ について成り立つ(回廊の往復2本の積分は向きが逆で打ち消し合うので寄与しない——第25章5.4節と同じ議論).左辺は $\rho$ に依存しない量だから,右辺も $\rho$ の選び方によらず同じ値を持つ.この事実を後で使う.
第2段階:分子を定数部分と差に分ける. 右辺の被積分関数の分子 $f(\zeta)$ を,$f(\zeta)=f(z)+\big(f(\zeta)-f(z)\big)$ と書き換える($f(z)$ は $\zeta$ に関しては定数であることに注意).すると
$$ \oint_{C_\rho}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta =f(z)\oint_{C_\rho}\frac{d\zeta}{\zeta-z}+\oint_{C_\rho}\frac{f(\zeta)-f(z)}{\zeta-z}\,d\zeta $$(積分は和に対して分配できる——第25章5.1節の性質(i).また $f(z)$ は定数なので積分の外に出せる——同性質(ii).)右辺第1項の積分は,まさに周回積分公式(同5.5節)そのもの($\alpha=z$ とした場合)であり,$\displaystyle\oint_{C_\rho}\frac{d\zeta}{\zeta-z}=2\pi i$ である.したがって
$$ \oint_{C_\rho}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta=2\pi i\,f(z)+J(\rho),\qquad J(\rho):=\oint_{C_\rho}\frac{f(\zeta)-f(z)}{\zeta-z}\,d\zeta $$と書ける.第1段階の結果と合わせると,$\displaystyle\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta-2\pi i\,f(z)=J(\rho)$ であり,左辺は $\rho$ に依存しないから,$J(\rho)$ の値自体が $\rho$ によらない定数であることがわかる.この定数を単に $J$ と書こう.
第3段階:$J=0$ であることを示す. $f$ は $z$ で(正則だから,とくに)連続である.連続性の定義(第1章の $\varepsilon$-$\delta$ 論法)により,任意の $\varepsilon\gt0$ に対して,ある $\delta\gt0$ が存在して,
$$ |\zeta-z|\lt\delta\ \Longrightarrow\ |f(\zeta)-f(z)|\lt\varepsilon $$が成り立つ.いま $\rho\lt\min(\delta,\rho_0)$ を満たすように $\rho$ を選ぶ($J(\rho)$ は $\rho$ によらず同じ値 $J$ なので,どんな $\rho$ を選んでもよい).円 $C_\rho$ 上の点 $\zeta$ はすべて $|\zeta-z|=\rho\lt\delta$ を満たすから,$|f(\zeta)-f(z)|\lt\varepsilon$ が成り立つ.また $C_\rho$ 上では $|\zeta-z|=\rho$ なので,被積分関数の大きさは
$$ \left|\frac{f(\zeta)-f(z)}{\zeta-z}\right|=\frac{|f(\zeta)-f(z)|}{|\zeta-z|}\lt\frac{\varepsilon}{\rho} $$で押さえられる.円 $C_\rho$ の周の長さは $2\pi\rho$ だから,$ML$ 不等式(第25章5.1節の性質(v):$\left|\int_C g\,d\zeta\right|\le M\cdot L$,$M$ は $|g|$ の経路上での最大値,$L$ は経路の長さ)を $g(\zeta)=\dfrac{f(\zeta)-f(z)}{\zeta-z}$,$M=\dfrac{\varepsilon}{\rho}$,$L=2\pi\rho$ として使うと,
$$ |J|=|J(\rho)|=\left|\oint_{C_\rho}\frac{f(\zeta)-f(z)}{\zeta-z}\,d\zeta\right|\le\frac{\varepsilon}{\rho}\cdot2\pi\rho=2\pi\varepsilon $$を得る.ところが $\varepsilon\gt0$ は最初から任意に(いくらでも小さく)選べる数であり,しかも $J$ 自身は $\varepsilon$ にもいっさい依存しない固定された定数である.「$0$ 以上の定数 $|J|$ が,どんなに小さい正の数 $2\pi\varepsilon$ よりも小さい」ということが,任意の $\varepsilon\gt0$ について言えるならば,$|J|=0$,すなわち $J=0$ でなければならない(もし $|J|\gt0$ だったとすると,$\varepsilon=|J|/(4\pi)$ ととれば $2\pi\varepsilon=|J|/2\lt|J|$ となり,「$|J|\le2\pi\varepsilon$ がすべての $\varepsilon$ で成り立つ」ことに矛盾する).
結論. $J=0$ が示せたので,第2段階の式に戻ると
$$ \oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta=2\pi i\,f(z)+0=2\pi i\,f(z) $$両辺を $2\pi i$ で割れば,求める式\eqref{eq:26-cif}
$$ f(z)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta $$が得られる.(証明終わり)
注意:定理を使うときの3つのチェックポイント
コーシーの積分公式を使うときは,次の3点を必ず確認する.(1) $f$ は $\partial D$ を含む少し広い範囲で正則であるか($\dfrac{f(\zeta)}{\zeta-z}$ ではなく,$f$ 自身が正則でなければならない).(2) $z$ は $D$ の内部の点であって,境界上や外部の点ではないか($z$ が境界上にあると式の右辺の積分自体が意味を持たず,$z$ が外部にあると第25章5.5節の周回積分公式の議論により積分はむしろ $0$ になる).(3) $\partial D$ は反時計回りにたどっているか.これらを満たさない状況で公式を機械的に適用すると,まったく違う(多くの場合は誤った)値が出てしまう.
26.3.4 例題:公式を直接あてはめる
例題26.3 $\displaystyle\oint_{|z|=1}\frac{e^z}{z}\,dz$
円 $|z|=1$(反時計回り)に沿う周回積分 $\displaystyle\oint_{|z|=1}\frac{e^z}{z}\,dz$ を,コーシーの積分公式を使って計算せよ.
解答 被積分関数を $\dfrac{f(z)}{z-0}$ の形に見る.すなわち $f(z)=e^z$,$\alpha=0$ とおく.$f(z)=e^z$ は $\C$ 全体で正則であり,$D=\{|z|\le1\}$ とその境界を含む範囲でも正則である.$\alpha=0$ は $|z|\le1$ の内部の点である.したがって定理26.1($z=0$ の場合)より,
$$ \oint_{|z|=1}\frac{e^z}{z}\,dz=\oint_{|z|=1}\frac{f(z)}{z-0}\,dz=2\pi i\,f(0)=2\pi i\,e^0=2\pi i $$($e^0=1$ を使った.)分母を払って直接積分を計算する必要はなく,「分子の関数を,特異点の位置で評価して $2\pi i$ 倍する」だけでよい,というのがこの公式のありがたみである.数値積分による検算(verify/univmath/ch26_cauchy_examples.py)でも同じ値 $2\pi i\approx6.283i$ が得られている.
例題26.4 $\displaystyle\oint_{|z|=2}\frac{z^2}{z-1}\,dz$
円 $|z|=2$(反時計回り)に沿う周回積分 $\displaystyle\oint_{|z|=2}\frac{z^2}{z-1}\,dz$ を計算せよ.
解答 $f(z)=z^2$($\C$ 全体で正則),$\alpha=1$ とおく.$\alpha=1$ は $|z|\le2$ の内部($|1|=1\lt2$)にある.定理26.1より,
$$ \oint_{|z|=2}\frac{z^2}{z-1}\,dz=2\pi i\,f(1)=2\pi i\cdot1^2=2\pi i $$である.もし特異点 $\alpha=1$ が積分路の外側にあったなら(たとえば $|z|=0.5$ に沿う積分だったなら),被積分関数 $z^2/(z-1)$ はその領域全体で正則になるので,コーシーの積分定理(第25章5.3節)よりただちに $0$ になる.「特異点が内側にあるかどうか」で答えの形がまったく変わることに注意する.
26.4 コーシーの積分公式を使いこなす — 計算例と系
本節では,コーシーの積分公式(定理26.1)をさらに使い込んで,(1) 複数の特異点がある場合の扱い方,(2) 公式が持つ2つの重要な系(平均値性質と,正則関数の無限回微分可能性)を見ていく.底本にはここから先の内容はない(ノートは p.040 で終わっている)が,これらは定理26.1の応用として自然に導かれ,また複素解析学のこの先の発展(テイラー展開,留数定理)への入り口でもあるので,本書独自に補う.
26.4.1 複数の特異点がある場合
被積分関数の分母が2次以上の式で,複数の点で $0$ になる場合は,部分分数分解(高校数学で分数式を扱ったときと同じ手法を,複素数の範囲に広げたもの)を使って,1つ1つの特異点ごとにコーシーの積分公式を適用すればよい.
例題26.5 $\displaystyle\oint_{|z-2|=1}\frac{\sin z}{z-2}\,dz$
円 $|z-2|=1$(中心 $2$,半径 $1$,反時計回り)に沿う積分 $\displaystyle\oint_{|z-2|=1}\frac{\sin z}{z-2}\,dz$ を計算せよ.
解答 $f(z)=\sin z$ は $\C$ 全体で正則であり,$\alpha=2$ は円 $|z-2|=1$ の中心である.中心から中心自身までの距離は $0$ であり,これは半径 $1$ より小さい($0\lt1$)ので,$\alpha=2$ は内部の点である.定理26.1より
$$ \oint_{|z-2|=1}\frac{\sin z}{z-2}\,dz=2\pi i\,f(2)=2\pi i\sin2 $$である($\sin2$ はラジアンで測った $2$ の正弦であり,これ以上簡単にはならない実数.数値では $\sin2\approx0.9093$).数値積分でも $2\pi i\sin2\approx5.713i$ と一致する(verify/univmath/ch26_cauchy_examples.py).
例題26.6 $\displaystyle\oint_{|z|=3}\frac{1}{z^2+1}\,dz$ — 2つの特異点の寄与の和
円 $|z|=3$(反時計回り)に沿う積分 $\displaystyle\oint_{|z|=3}\frac{1}{z^2+1}\,dz$ を,特異点 $z=i,-i$ それぞれの寄与の和として計算せよ.
解答 分母を因数分解すると $z^2+1=(z-i)(z+i)$ である($i^2=-1$ より $(z-i)(z+i)=z^2-i^2=z^2+1$).特異点は $z=i$ と $z=-i$ の2つで,どちらも $|z|=3$ の内部にある($|i|=|-i|=1\lt3$).図26.5のように,$|z|=3$ を,$i$ を囲む小さい円 $C_i$ と $-i$ を囲む小さい円 $C_{-i}$ の和に変形できる(第25章5.4節の,多重連結領域への応用と同じ考え方).
$C_i$ の上では,$\dfrac{1}{z^2+1}=\dfrac{1}{(z-i)(z+i)}=\dfrac{f_1(z)}{z-i}$($f_1(z):=\dfrac{1}{z+i}$ は $z=i$ の近くで正則)と見て,定理26.1より
$$ \oint_{C_i}\frac{1}{z^2+1}\,dz=2\pi i\,f_1(i)=2\pi i\cdot\frac{1}{i+i}=2\pi i\cdot\frac{1}{2i}=\pi $$($\dfrac{2\pi i}{2i}=\pi$:$i$ が約分されて消える.)同様に $C_{-i}$ の上では,$\dfrac{1}{z^2+1}=\dfrac{f_2(z)}{z-(-i)}$($f_2(z):=\dfrac{1}{z-i}$)と見て,
$$ \oint_{C_{-i}}\frac{1}{z^2+1}\,dz=2\pi i\,f_2(-i)=2\pi i\cdot\frac{1}{-i-i}=2\pi i\cdot\frac{1}{-2i}=-\pi $$2つを足し合わせると,
$$ \oint_{|z|=3}\frac{1}{z^2+1}\,dz=\pi+(-\pi)=0 $$である.$z=i$ での寄与 $+\pi$ と $z=-i$ での寄与 $-\pi$ が,ちょうど打ち消し合ってしまうのは,2つの特異点の位置が原点について対称であることの反映である.数値積分でも $0$(丸め誤差の範囲)と一致する(verify/univmath/ch26_cauchy_examples.py).
例題26.7 $\displaystyle\oint_{|z-1|=0.5}\frac{z^3-1}{z-1}\,dz$
$f(z)=z^3-1$ に対して,円 $|z-1|=0.5$(反時計回り)に沿う積分 $\displaystyle\oint_{|z-1|=0.5}\frac{z^3-1}{z-1}\,dz$ を計算せよ.
解答 $f(z)=z^3-1$ は $\C$ 全体で正則であり,$\alpha=1$ は円 $|z-1|=0.5$ の中心だから内部にある.定理26.1より
$$ \oint_{|z-1|=0.5}\frac{z^3-1}{z-1}\,dz=2\pi i\,f(1)=2\pi i\,(1^3-1)=2\pi i\cdot0=0 $$である.一見すると分母 $z-1$ が特異点を作っているように見えるが,分子 $f(z)=z^3-1$ がちょうど $z=1$ で $0$ になる($1^3-1=0$)ため,$f(1)=0$ となって積分全体も $0$ になる.「分母が $0$ になる点で分子の値を評価する」だけで答えが出るのがこの公式の強みであり,わざわざ $\dfrac{z^3-1}{z-1}=z^2+z+1$(因数分解して約分できる)と気づかなくても計算できる点に注目してほしい.
26.4.2 系:正則関数は円周上の平均値として書ける
定理26.1で,境界 $\partial D$ を,点 $z$ を中心とする半径 $\rho$ の円 $C_\rho:\ \zeta=z+\rho e^{i\theta}$($0\le\theta\le2\pi$)そのものに取ってみよう(これは,$D$ 自身が円板 $|\,\zeta-z\,|\le\rho$ である場合の定理26.1にほかならない).$d\zeta=i\rho e^{i\theta}d\theta$ を代入すると,
$$ f(z)=\frac{1}{2\pi i}\int_0^{2\pi}\frac{f(z+\rho e^{i\theta})}{\rho e^{i\theta}}\cdot i\rho e^{i\theta}\,d\theta =\frac{1}{2\pi i}\int_0^{2\pi}f(z+\rho e^{i\theta})\cdot i\,d\theta $$(分子と分母の $\rho e^{i\theta}$ が約分され,$i$ だけが残る.)$i/i=1$ なので,
を得る.これは,「正則関数の中心 $z$ における値は,その点を中心とするどんな円周上の値を平均しても,同じ値になる」ということを意味しており,平均値性質(mean value property)と呼ばれる.たとえば $f(z)=e^z$,$z=1+i$,$\rho=0.7$ の場合,円周上の値 $f(z+\rho e^{i\theta})$ を $\theta=0$ から $2\pi$ まで平均すると,ちょうど $f(1+i)=e^{1+i}$ に戻ることが数値的にも確かめられる(verify/univmath/ch26_cauchy_examples.py).
なぜ「平均値」なのか
実関数の世界にも,似た性質を持つ関数がある:熱が十分に時間が経って一様に広がったあとの温度分布(調和関数,harmonic function)は,どの点の値もその点を中心とする円周上の温度の平均値に等しい,という性質を持つ.じつは正則関数 $f=u+iv$ の実部 $u$ と虚部 $v$ はどちらも調和関数になる(これはコーシー・リーマンの方程式,第24章,から従う事実だが,本書では深入りしない)ので,式\eqref{eq:26-mean-value}の平均値性質は,「境界の温度から内部の温度がわかる」という物理的な直観ともつながっている.
26.4.3 系:正則関数は何度でも微分できる
定理26.1のもう1つの驚くべき帰結を,証明の細部には立ち入らずに紹介しておく.コーシーの積分公式の右辺
$$ f(z)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta $$を,形式的に $z$ で微分してみよう.積分記号の中の $\dfrac{1}{\zeta-z}$ を $z$ で微分すると $\dfrac{1}{(\zeta-z)^2}$ になる($\dfrac{d}{dz}(\zeta-z)^{-1}=-(\zeta-z)^{-2}\cdot(-1)=(\zeta-z)^{-2}$).積分と微分の順序を交換してよいことが示せる(本書では証明を省略するが,被積分関数が $\zeta$ について連続で $z$ については滑らかであることから従う)ので,
$$ f'(z)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{(\zeta-z)^2}\,d\zeta $$となる.同じ操作を繰り返せば,一般に $n$ 階の導関数についても
という公式が成り立つ($n!$ は $n$ の階乗;$n=0$ のときは $0!=1$ で式\eqref{eq:26-cif}に戻る).たとえば $f(z)=z^4$,$z=1$,$\rho=0.5$,$n=2$ の場合に式\eqref{eq:26-higher-deriv}の右辺を数値積分で計算すると $12$ になり,直接 $f''(z)=12z^2$ から $f''(1)=12$ を計算した値と一致する(verify/univmath/ch26_cauchy_examples.py).
数学ノート:これは驚くべきことである
実関数では,「1回微分できる($C^1$ 級)」ことと「何度でも微分できる($C^\infty$ 級)」ことはまったく別の性質であり,1回だけ微分可能で2回目は微分できない実関数はいくらでも作れる.ところが式\eqref{eq:26-higher-deriv}が示しているのは,複素関数がある領域でたった1回微分可能(=正則)でありさえすれば,その領域の内部では自動的に何度でも微分できてしまうという事実である.これは複素解析学が実解析学と本質的に異なる点の1つであり,正則関数を巾級数(テイラー展開)に展開できることの土台にもなる.本書はここで留めるが,複素解析学の教科書(章末の参考文献)ではこの先,テイラー展開・ローラン展開・留数定理へと話が続いていく.
応用:コーシーの積分公式とグリーン関数
コーシーの積分公式の「境界の値の積分で内部の値を再現する」という構造は,物理学におけるグリーン関数(Green's function)の考え方——境界条件やソースの情報を積分核(この場合は $1/(\zeta-z)$)に掛けて積分することで,領域内部の場(電位,波動関数,温度分布など)を求める手法——の複素解析版とみなすことができる.静電気学のポテンシャル問題や,量子力学の伝播関数(プロパゲータ)の計算など,理工学のさまざまな場面で「境界/初期条件の積分で内部の値を再構成する」という発想が繰り返し現れる.
26.5 まとめと演習
26.5.1 まとめ
- グリーンの定理 $\displaystyle\int_C f\,dx=-\iint_D\pdiff{f}{y}\,dx\,dy$ を,$f(x,y)=x^2+y^2$ と上半円板・下半円板について検算し,境界の向き(正の向き=領域を左手に見る向き)を変えると符号が反転することを確認した.
- $\log z$ のような多価関数は,分岐点($\log z$ では $z=0$)を避けた領域で,$\theta$(偏角)の範囲を1つに固定した分岐を,経路全体で一貫して使わなければならない.鍵穴型の経路 $C_1+C_2+C_3+C_4$ に沿う $\log z$ の積分は,正しい分岐を使えば,$\varepsilon,R$ の値によらず厳密に $0$ になる(コーシーの積分定理と整合).
- コーシーの積分公式 $\displaystyle f(z)=\frac{1}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{\zeta-z}\,d\zeta$(式\eqref{eq:26-cif})——$D$ で正則な $f$ の内部の点 $z$ における値は,境界 $\partial D$ 上の値だけから決まる.
- 証明の骨組み:①積分路変形の原理で小さい円 $C_\rho$ に変形する,②分子を $f(z)$(定数)と $f(\zeta)-f(z)$ に分け,前者は周回積分公式で $2\pi i\,f(z)$ になる,③後者は連続性と $ML$ 不等式で,$\rho$ によらない定数でありながらいくらでも小さくできることから $0$ だと結論する.
- 計算のコツ:$\displaystyle\oint\frac{f(z)}{z-\alpha}\,dz=2\pi i\,f(\alpha)$($\alpha$ が内部にあり,$f$ がその近くで正則なとき).特異点が複数あるときは,部分分数分解して特異点ごとに適用する.
- 系:平均値性質 $\displaystyle f(z)=\frac{1}{2\pi}\int_0^{2\pi}f(z+\rho e^{i\theta})\,d\theta$(式\eqref{eq:26-mean-value}),および正則関数の無限回微分可能性 $\displaystyle f^{(n)}(z)=\frac{n!}{2\pi i}\oint_{\partial D}\frac{f(\zeta)}{(\zeta-z)^{n+1}}\,d\zeta$(式\eqref{eq:26-higher-deriv}).
26.5.2 演習問題
演習26.1 2通りの方法で確かめる
$\displaystyle\oint_{|z|=2}\frac{z+1}{z(z-1)}\,dz$ を,(a) 部分分数分解 $\dfrac{z+1}{z(z-1)}=\dfrac{A}{z}+\dfrac{B}{z-1}$ を使う方法と,(b) コーシーの積分公式を特異点ごとに使う方法の,2通りで計算し,一致することを確認せよ.
ヒント:$A,B$ は $z+1=A(z-1)+Bz$ に $z=0,1$ を代入して求める.(b)では $z=0$ の近くで $f_1(z)=(z+1)/(z-1)$,$z=1$ の近くで $f_2(z)=(z+1)/z$ とみる.
演習26.2 証明の第1段階の意味
定理26.1の証明の第1段階で使った「境界 $\partial D$ に沿う積分を,$z$ を中心とする小さい円 $C_\rho$ に沿う積分に変形する」という操作は,第25章5.4節の積分路変形の原理と,どのように関係しているか説明せよ.とくに,図26.4の「細い回廊」が果たしている役割を,第25章5.4節で扱った多重連結領域の議論と対応づけて述べよ.
ヒント:回廊の行きと帰りの積分がどうなるか,第25章5.4節の3重連結領域の例(橋渡し線分 $C_3,C_4$)を思い出すこと.
演習26.3 鍵穴積分の極限での挙動
26.2節の鍵穴積分で,$\varepsilon\to0$,$R\to\infty$ の極限を考えるとき,$C_1,C_2,C_3,C_4$ それぞれの積分はどのように振る舞うか(発散するか,有限の値に近づくか,$0$ に近づくか)を調べ,それにもかかわらず合計がつねに $0$ である理由を説明せよ.
ヒント:26.2.5節で求めた4つの式で,$R\log R$,$\varepsilon\log\varepsilon$,$R$,$\varepsilon$,$i\pi R$,$i\pi\varepsilon$ の項の係数を,経路ごとに書き出して比べよ.
演習26.4 正則でない関数にはコーシーの積分公式が使えない
$\displaystyle\oint_{|z|=1}\bar z\,dz$ を,$z=e^{i\theta}$ とおいて直接計算せよ.また,この関数 $f(z)=\bar z$ にコーシーの積分公式(あるいは前章のコーシーの積分定理)を使うことができない理由を述べよ.
ヒント:$\bar z=e^{-i\theta}$,$dz=ie^{i\theta}d\theta$ を代入すると被積分関数は定数になる.正則性の条件(コーシー・リーマンの方程式,第24章)を $\bar z=x-iy$ について確認せよ.
演習26.5 グリーンの定理の検証($f=x^2-y^2$)
26.1節の計算を,$f(x,y)=x^2-y^2$(上半円板)に変えてやり直し,$\displaystyle\int_C f\,dx=-\iint_D\pdiff{f}{y}\,dx\,dy$ が成り立つことを確認せよ.
ヒント:弧の部分では $f=x^2-y^2=r^2\cos2\theta$(2倍角の公式)と書けることに気づくと計算が見通しやすい.$\pdiff{f}{y}=-2y$ であることにも注意.
演習26.6 平均値性質の意味
コーシーの積分公式(式\eqref{eq:26-cif})から,26.4.2節の平均値性質(式\eqref{eq:26-mean-value})が導かれる手順をもう一度自分の言葉でたどり,「正則関数の値がその点を囲む円周上の平均値として表される」とはどういうことかを,高校生に説明するつもりで述べよ.
ヒント:$\zeta=z+\rho e^{i\theta}$ とおいたときに $d\zeta$ がどう変わるか,そして被積分関数のどの部分が約分されて消えるかを追いかけること.
26.5.3 参考文献
- 望月泰英『数学ノート 複素解析学』(手書き講義ノート).本章の底本.
- 高橋礼司『複素解析』東京大学出版会,1990年.
- アールフォルス(Ahlfors, L. V.)『複素解析』笠原乾吉訳,現代数学社,1982年.
- 高木貞治『解析概論』岩波書店,改訂第3版,1983年.