第23章初等複素関数 — 指数・対数・べき乗・三角関数
前章(第22章)では,複素関数を「複素平面から複素平面への写像」として捉える見方を学んだ.1次関数 $w=\alpha z+\beta$ は回転と伸び縮み,$n$次複素整関数は多項式の写像,1次分数関数 $w=\dfrac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}$ は反転と平行移動の組み合わせであった.本章ではいよいよ,読者が高校数学以来慣れ親しんできた「名前のある関数」——指数関数,対数関数,べき乗,三角関数——を複素数の世界に拡張する.これらは複素解析学において初等関数(elementary functions)と呼ばれ,以後のすべての章(正則関数,複素積分,フーリエ級数)で絶えず顔を出す主役たちである.
「複素数を指数に乗せる」「複素数の対数をとる」と聞くと身構えてしまうかもしれないが,種明かしをしてしまえば道具はすでに手の中にある.第21章で学んだ極形式 $z=r(\cos\theta+i\sin\theta)=re^{i\theta}$ と,オイラーの公式である.本章の指数関数の定義は,まさにこのオイラーの公式を土台にして与えられる.その先に待っているのは,驚くべき事実の連続である.たとえば $i^i$ という「虚数の虚数乗」は,複素数どころか普通の実数 $0.2079\ldots$ になる.また $\log(-1)$ のような負の数の対数も,複素数の世界では堂々と計算できる(値は $i\pi$ である).そして最後には,なぜ $x^2+1=0$ に「実数の中には見当たらない」はずの解 $\pm i$ が現れるのか,隠れたもう1つの座標軸(虚数軸)から見ることで視覚的に理解する.本章を終えると,複素数の世界で指数・対数・べき乗・三角関数を自由に計算し,それらが複素平面をどのように「写す」かを図でイメージできるようになる.次の第24章では,これらの関数が微分可能(正則)であることの意味を,コーシー・リーマンの方程式を通して学ぶ.
- 複素指数関数 $e^z=e^{x+iy}=e^x(\cos y+i\sin y)$ の定義と,指数法則にあたる4つの性質の完全な証明
- 複素指数関数が複素平面をどう写すか——縦線が円に,横線が半直線になること,$y$ の範囲を制限しないと多対1対応になること
- 複素対数関数 $\log z=\log\abs z+i\arg z$ の定義($z=e^w$ の逆問題として)と,その本質的な多価性
- 複素べき乗 $z^c=e^{c\log z}$ の定義と,$i^i$,$(1+i)^i$,$(2i)^{1+i}$ など具体的な計算
- 対数関数が複素平面をどう写すか——円が縦線に,半直線が横線になること(指数写像のちょうど逆)
- 複素三角関数 $\sin z,\ \cos z$ のべき級数による定義と,指数関数との関係 $\cos z=\dfrac{e^{iz}+e^{-iz}}2$
- 実数の世界では見えない方程式の解($x^2+1=0$ の解 $\pm i$ など)を,隠れた虚数軸を持つ図から「見る」考え方
もとにしたノート:望月泰英『数学ノート 複素解析学』 pp. 15–20.
23.1 複素指数関数 — 定義と性質
高校数学で学んだ指数関数 $e^x$($x$ は実数)を,複素数 $z=x+iy$($x,y\in\R$)に対しても定義したい.しかし「$e$ を複素数乗する」とは,そもそもどういう意味なのだろうか.いきなり抽象的に定義するのではなく,まず「こうなってほしい」という要請から出発して,定義の形を自分で作ってみよう.
イメージ:指数法則から定義の形を逆算する
実数の指数法則 $a^{m+n}=a^m a^n$ が複素数でも成り立ってほしいとすると,$z=x+iy$ に対して
$$ e^{z}=e^{x+iy}=e^{x}\cdot e^{iy} $$という分解ができるはずである.ここで $e^x$ は高校数学で慣れ親しんだ実数の指数関数だからそのままでよい.問題は $e^{iy}$($y$ は実数)の意味である.これは第21章で学んだオイラーの公式(Euler's formula) $e^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta$($\theta$ は実数)そのものである.これを代入すれば
$$ e^{z}=e^{x}(\cos y+i\sin y) $$という形が自然に得られる.これを複素指数関数の定義として採用しよう.
定義23.1 複素指数関数
複素数 $z=x+iy$($x,y\in\R$)に対して,複素指数関数(complex exponential function)を
$$ \begin{equation} W=f(z)=e^{z}=e^{x+iy}=e^{x}(\cos y+i\sin y) \label{eq:23-expdef} \end{equation} $$と定義する.
数学ノート:これは「定義」であって「証明」ではない
底本のノートには,式\eqref{eq:23-expdef}の2番目の等号($e^{x+iy}=e^x\cdot e^{iy}$ の部分)の下に,筆者自身の手で小さく「分配法則(?)」と書き込みがある.これは筆者自身が抱いた,もっともな疑問である:実数の指数法則 $a^{m+n}=a^m a^n$ は,まだ複素数に対して証明されていないのに,それを使って定義を作ってよいのか,という疑問である.
答えは「よい」である.なぜなら,上のイメージ図で行ったのはあくまで天下り的な定義の動機づけであって,論理の順序としては式\eqref{eq:23-expdef}それ自体を新しい定義として一方的に宣言しているからである.指数法則が実際に複素数でも成り立つこと(それが「正しい定義だった」ことの裏付け)は,このあとの性質(i)としてあらためて証明する.「定義を作るときの発想」と「その定義が期待通りの性質を持つことの証明」を混同しないことが,大学数学のいたるところで大切になる考え方である.
この定義には,$y=0$($z$ が実数)のとき $e^{z}=e^{x}(\cos0+i\sin0)=e^{x}$ となり,見慣れた実数の指数関数にきちんと一致するという安心材料もある.複素指数関数は,実数の指数関数を複素平面全体に「延長」したものになっているのである.
次に,この定義から実数の指数法則にあたる4つの性質が成り立つことを示そう.これらはノートでは「Properties」としてまとめられている.
定理23.1 複素指数関数の性質
任意の複素数 $z_1,z_2\in\C$ と整数 $n\in\Z$ に対して,次が成り立つ.
$$ \text{(i)}\ \ e^{z_1}e^{z_2}=e^{z_1+z_2} \qquad\qquad \text{(ii)}\ \ \frac{e^{z_1}}{e^{z_2}}=e^{z_1-z_2} $$ $$ \text{(iii)}\ \ (e^{z_1})^{n}=e^{nz_1} \qquad\qquad \text{(iv)}\ \ e^{z_1+i2n\pi}=e^{z_1} $$それぞれの証明を,途中の計算を省略せずに追ってみよう.
証明 (i) $e^{z_1}e^{z_2}=e^{z_1+z_2}$
$z_1=x_1+iy_1$,$z_2=x_2+iy_2$($x_1,y_1,x_2,y_2\in\R$)とおく.定義23.1より $e^{z_1}=e^{x_1}(\cos y_1+i\sin y_1)$,$e^{z_2}=e^{x_2}(\cos y_2+i\sin y_2)$ であるから,これらを掛け合わせると
$$ e^{z_1}\cdot e^{z_2} = \underbrace{e^{x_1}\cdot e^{x_2}}_{\text{実数の指数法則}}\cdot(\cos y_1+i\sin y_1)(\cos y_2+i\sin y_2) . $$ここで $e^{x_1}\cdot e^{x_2}=e^{x_1+x_2}$ は実数の指数法則(既知)を使った.残りの複素数どうしの積を展開すると
$$ (\cos y_1+i\sin y_1)(\cos y_2+i\sin y_2) =(\cos y_1\cos y_2-\sin y_1\sin y_2)+i(\sin y_1\cos y_2+\cos y_1\sin y_2) $$となる($i^2=-1$ に注意して展開し,実部・虚部に整理しただけである).ここで高校数学の加法定理を思い出すと,実部はちょうど $\cos(y_1+y_2)$,虚部はちょうど $\sin(y_1+y_2)$ に一致する:
$$ \underbrace{\cos y_1\cos y_2-\sin y_1\sin y_2}_{=\cos(y_1+y_2)} \ +\ i\underbrace{(\sin y_1\cos y_2+\cos y_1\sin y_2)}_{=\sin(y_1+y_2)} . $$したがって
$$ e^{z_1}\cdot e^{z_2}=e^{x_1+x_2}\{\cos(y_1+y_2)+i\sin(y_1+y_2)\}\overset{\text{def}}{=}e^{(x_1+x_2)+i(y_1+y_2)} $$となる.最後の等号は定義23.1をそのまま右辺から左辺へ読んだだけである($x=x_1+x_2$,$y=y_1+y_2$ とした式\eqref{eq:23-expdef}).一方,指数の肩を見ると $(x_1+x_2)+i(y_1+y_2)=(x_1+iy_1)+(x_2+iy_2)=z_1+z_2$ であるから,
$$ e^{z_1}\cdot e^{z_2}=e^{z_1+z_2} $$が示された.(証明終わり)
証明 (ii) $\dfrac{e^{z_1}}{e^{z_2}}=e^{z_1-z_2}$
底本のノートには「(i)と同様なので略」とあるが,ここでは省略せずに書く.まず $e^{z_2}=e^{x_2}(\cos y_2+i\sin y_2)$ の絶対値は $\abs{e^{z_2}}=e^{x_2}\abs{\cos y_2+i\sin y_2}=e^{x_2}\cdot1=e^{x_2}\gt0$ であるから,$e^{z_2}\neq0$ である(割り算をしてよいことがまず保証される).
次に,性質(i)を $z_1-z_2$ と $z_2$ に対して使うと
$$ e^{z_2}\cdot e^{z_1-z_2}=e^{z_2+(z_1-z_2)}=e^{z_1} $$が成り立つ.両辺を(ゼロでないことが確認済みの)$e^{z_2}$ で割ると
$$ e^{z_1-z_2}=\frac{e^{z_1}}{e^{z_2}} $$となり,これが求める性質(ii)である.(証明終わり)
証明 (iii) $(e^{z_1})^{n}=e^{nz_1}$($n\in\Z$)
$z_1=x_1+iy_1$ とおく.$e^{z_1}=e^{x_1}(\cos y_1+i\sin y_1)$ を $n$ 乗すると
$$ (e^{z_1})^{n}=e^{nx_1}\cdot(\cos y_1+i\sin y_1)^{n} $$である(実数部分 $e^{x_1}$ の $n$ 乗は実数の指数法則でそのまま $e^{nx_1}$ になる).ここで第21章で学んだド・モアブルの定理(de Moivre's theorem) $(\cos\theta+i\sin\theta)^n=\cos n\theta+i\sin n\theta$ を使うと
$$ (\cos y_1+i\sin y_1)^{n}\overset{\text{ド・モアブル}}{=}\cos ny_1+i\sin ny_1 $$となるから,
$$ (e^{z_1})^{n}=e^{nx_1}(\cos ny_1+i\sin ny_1)\overset{\text{def}}{=}e^{nx_1+iny_1}=e^{n(x_1+iy_1)}=e^{nz_1} $$が得られる.(証明終わり)
証明 (iv) $e^{z_1+i2n\pi}=e^{z_1}$($n\in\Z$)——周期性
性質(i)を $z_1$ と $i2n\pi$ に対して用いると
$$ e^{z_1+i2n\pi}=e^{z_1}\cdot e^{i2n\pi} $$である.ここでオイラーの公式($\theta=2n\pi$ の場合)を使うと
$$ e^{i2n\pi}=\cos2n\pi+i\sin2n\pi . $$$n$ は整数だから $2n\pi$ はちょうど円 $2\pi$ の整数倍であり,高校数学の三角関数の周期性から $\cos2n\pi=1$,$\sin2n\pi=0$ である.したがって $e^{i2n\pi}=1+i\cdot0=1$ となり,
$$ e^{z_1+i2n\pi}=e^{z_1}\cdot1=e^{z_1} $$が示された.(証明終わり)
注意:複素指数関数は「1対1」ではない
性質(iv)は,複素指数関数 $e^z$ が虚部方向に周期 $2\pi i$ を持つ周期関数であることを意味する.実数の指数関数 $e^x$ は単調増加で1対1(異なる $x$ には必ず異なる値が対応する)だったのに対して,複素指数関数は $z$ と $z+2\pi i,\ z+4\pi i,\ z-2\pi i,\ldots$ のすべてに同じ値を返す.つまり $e^z$ は複素平面全体では1対1ではない.この事実は次の23.2節で写像として視覚化し,23.3節で「複素対数関数がなぜ1つの値に決まらないか」という問題として跳ね返ってくる.
例題23.1 複素指数関数の値を直交形式で求める
$e^{2+i\pi/2}$ を直交形式 $a+bi$($a,b\in\R$)に直せ.
解答 定義23.1に $x=2$,$y=\pi/2$ を代入すると
$$ e^{2+i\pi/2}=e^{2}\left(\cos\frac{\pi}{2}+i\sin\frac{\pi}{2}\right) . $$高校数学の三角関数の値 $\cos(\pi/2)=0$,$\sin(\pi/2)=1$ を使うと,
$$ e^{2+i\pi/2}=e^{2}(0+i\cdot1)=e^{2}i . $$$e^2=7.389\ldots$ なので,直交形式では $e^{2+i\pi/2}=0+7.389\ldots\,i$(純虚数)である.
23.2 複素指数関数がつくる写像
第22章で学んだように,複素関数 $W=f(z)$ は「$Z$平面から$W$平面への写像」だと考えることができる.複素指数関数 $W=e^z$ が,具体的にどのような図形をどのような図形に写すのかを見ていこう.
導出 $R=e^x$,$\theta=y$ という対応
$z=x+iy$ に対して $W=f(z)=e^{z}=e^{x}\cos y+ie^{x}\sin y$ であるから,実部・虚部を
$$ \begin{cases} u(x,y)=e^{x}\cos y \\ v(x,y)=e^{x}\sin y \end{cases} $$と書くことができる.一方,$W$平面の点は極形式で $W=Re^{i\theta}$($R=\abs W\ge0$,$\theta=\arg W$)とも書ける.$W=Re^{i\theta}=R\cos\theta+iR\sin\theta$ と,上の $u,v$ の式とを見比べると,
$$ R=e^{x},\qquad \theta=y $$という対応が成り立つことが分かる.すなわち,$Z$平面の点の実部 $x$ がそのまま $W$平面での原点からの距離(絶対値)の対数の逆になり,$Z$平面の点の虚部 $y$ がそのまま $W$平面での偏角になるのである.これから,$Z$平面のさまざまな図形の像を具体的に求めよう.
Remember:$y$ の範囲を決めないと多対1対応になる
上の対応 $\theta=y$ において,$y$ の範囲を制限しなければ,たとえば $y$ と $y+2\pi$ は同じ $\theta$(偏角)を表す(偏角は $2\pi$ 進むと元に戻るため).したがって前節の性質(iv)(周期性)とも整合的に,$e^z$ は $y$ の範囲を制限しない限り多対1対応(1つの像に無限個の元が対応する)になってしまう.以下の[i],[ii]では,$y$ の範囲を $-\pi\le y\lt\pi$(1周分)に限定して考える.
[i]$x=x_0$(定数)のとき——縦の線分は円に写る.
$x=x_0$ を固定し,$y$ だけを $-\pi\le y\lt\pi$ の範囲で動かす.これは$Z$平面上で,点 $(x_0,-\pi)$ から $(x_0,\pi)$ まで伸びる縦の線分を表す.このとき像は
$$ R=e^{x_0}\ (\text{一定,$y$ に依らない}),\qquad \theta=y\ (-\pi\le y\lt\pi) $$となる.$R$ が一定で $\theta$ だけが1周分動くのだから,像は原点を中心とする半径 $e^{x_0}$ の円(ただし偏角 $\theta=\pi$ にあたる1点だけは,$\theta=-\pi$ の点と同一視されて重複するので実質的には除かれる)である.図23.1にこの様子を示す.
[ii]$y=y_0$(定数)のとき——横の直線は半直線に写る.
今度は $y=y_0$ を固定し,$x$ を $-\infty$ から $+\infty$ まで動かす.これは$Z$平面上の横の直線である.像は
$$ R=e^{x}\ (x\ \text{とともに}\ 0\ \text{から}\ \infty\ \text{まで動く}),\qquad \theta=y_0\ (\text{一定}) $$となる.$\theta$ が一定で $R$ だけが $(0,\infty)$ を動くのだから,像は原点を通り原点を含まない半直線である.直交座標で表せば,$u=R\cos\theta_0$,$v=R\sin\theta_0$ より $v/u=\tan y_0$,すなわち
$$ v=(\tan y_0)\,u \qquad(u\gt0) $$という半直線に写る.($y_0=\pm\pi/2$ のときは $\tan y_0$ が定義されないが,この場合の像はちょうど虚軸上の半直線 $u=0$($y_0=\pi/2$ なら $v\gt0$,$y_0=-\pi/2$ なら $v\lt0$)である.)
[i]と[ii]を組み合わせると,$Z$平面の帯状領域 $\{x+iy: x\in\R,\ 0\le y\lt2\pi\}$(幅 $2\pi$ の横に無限に長い帯)が,$W$平面の原点を除く全体にちょうど1対1に写ることが分かる.縦線が同心円の「半径」を,横線が原点からの「方角」をそれぞれ受け持つからである.
例題23.2 直線の像を求める
複素指数関数 $W=e^z$ による,直線 $y=\pi/4$ の像を求め,図示せよ.
解答 これは[ii]の場合で $y_0=\pi/4$ の場合にあたる.像は原点を通る半直線
$$ v=\left(\tan\frac{\pi}{4}\right)u=u\qquad(u\gt0) $$である($\tan(\pi/4)=1$ を用いた).すなわち,$u$軸の正の部分から測って $45^\circ$ の方向に伸びる半直線である.実際,$z=x+i\pi/4$ とおくと $e^{z}=e^{x}(\cos(\pi/4)+i\sin(\pi/4))=\dfrac{e^{x}}{\sqrt2}(1+i)$ となり,実部と虚部の比はつねに $1$ である.
23.3 複素対数関数
高校数学の対数関数は,指数関数の逆関数として定義された:$y=\log_a x \iff x=a^y$.複素数の世界でも同じ発想で,指数関数の逆をとることで対数関数を定義する.ただし前節の注意($e^z$ は1対1でない)を思い出すと,逆をとった瞬間に「1つに決まらない」という問題が起きることが予想できる.実際に計算して確かめよう.
定義23.2 複素対数関数
2つの複素数 $z,w$ について $z=e^{w}$ の関係があるとき,$w$ を $z$ の複素対数関数(complex logarithm)といい,
$$ w=\log z\qquad(z\neq0) $$と定義する.($z=0$ を除くのは,どんな複素数 $w$ に対しても $e^w\neq0$ だから,$e^w=0$ を満たす $w$ が存在しないためである.)
導出 $\log z=\log\abs z+i\arg z$
$z=x+iy$,$w=u+iv$($x,y,u,v\in\R$)とおき,$z$ を第21章の極形式で $z=re^{i\theta}$($r=\abs z\gt0$,$\theta$ は $z$ の偏角の1つ)とも表しておく.定義23.2の関係 $z=e^{w}$ に $w=u+iv$ を代入すると
$$ z=e^{u+iv}=e^{u}\cdot e^{iv} $$である.左辺は $z=re^{i\theta}$ でもあるから,
$$ re^{i\theta}=e^{u}\cdot e^{iv} $$という等式が得られる.ここでオイラーの公式の周期性(前節の性質(iv))を思い出すと,$\theta$ と $\theta+2n\pi$($n\in\Z$)はまったく同じ複素数を表すのだから,右辺の角度も $v$ そのものではなく $v+2n\pi$ の形で一般に書いておく必要がある:
$$ re^{i\theta}=e^{u}\cdot e^{i(v+2n\pi)} $$両辺の絶対値と偏角をそれぞれ比べると
$$ \therefore\begin{cases} r=e^{u} \\ \theta=v+2n\pi\quad(n\in\Z) \end{cases} $$が成り立つ(絶対値どうし,偏角どうしが等しいことから).1番目の式 $r=e^{u}$ を $u$ について解くと,$u=\log r$(実数の対数関数.$r\gt0$ なので定義できる)である.また $r=\abs z$ だったから $u=\log\abs z$ と書ける.2番目の式を $v$ について解くと $v=\theta-2n\pi$ となるが,$n$ は任意の整数だったので符号をそろえて改めて $v=\theta+2n\pi$($n\in\Z$)と書いてよい.これはちょうど「$z$ の偏角として許されるすべての値」,すなわち偏角 $\arg z$(第21章)の定義そのものである.よって $v=\arg z$(多価).まとめると
$$ \begin{equation} \log z=u+iv=\log\abs z+i\arg z \label{eq:23-logdef} \end{equation} $$が得られる.
注意:複素対数関数は本質的に多価である
式\eqref{eq:23-logdef}の $\arg z$ は,$n\in\Z$ の分だけ無限個の値 $\theta+2n\pi$ を持つ多価の量である.したがって $\log z$ 自身も,実部 $\log\abs z$ は1つに決まるが,虚部は $2\pi$ おきに無限個の値を持つ多価関数になる.これは前節で見た「$e^z$ が周期 $2\pi i$ を持つ多対1の写像だったこと」の裏返しであり,何ら不思議なことではない.混乱を避けるため,以後は特に断らない限り,偏角を $-\pi\lt\arg z\le\pi$ の範囲に限定した値(主値(principal value))を使うことにする.主値だけを考えた対数関数を $\operatorname{Log}z$(大文字)と書いて区別することもあるが,本書では文脈から明らかな場合は単に $\log z$ と書き,多価性が問題になる場面であらためて注意する.
例題23.3 負の実数の対数
$\log(-1)$ を求めよ.
解答 $z=-1$ とすると $\abs z=1$,$\arg z=\pi+2n\pi$($n\in\Z$.$-1$ は実軸の負の部分にあるので偏角は $\pi$,またはそれに $2\pi$ の整数倍を加えたもの)である.式\eqref{eq:23-logdef}より
$$ \log(-1)=\log1+i(\pi+2n\pi)=i(\pi+2n\pi)\qquad(n\in\Z) $$となる.主値($n=0$)をとれば $\log(-1)=i\pi$ である.実数の世界では絶対に定義できなかった「負の数の対数」が,複素数の世界では堂々と(しかも無限個!)計算できることに注意しよう.検算として $e^{i\pi}=\cos\pi+i\sin\pi=-1+0=-1$ となり,たしかに定義23.2の関係 $z=e^{w}$ が満たされている.
23.4 複素べき乗
高校数学では $2^{3}$ のような整数乗や $2^{1/2}=\sqrt2$ のような有理数乗までしか扱わなかったが,実は $2^{\sqrt2}$ のような無理数乗も,指数関数と対数関数を使って $2^{\sqrt2}=e^{\sqrt2\log2}$ と定義できる(電卓が $2^{\sqrt2}$ を計算するときも,内部ではこの方法が使われている).同じ発想を複素数にも広げよう.
定義23.3 複素べき乗
$z,c\in\C$($z\neq0$)のとき,複素べき乗(complex power)を
$$ \begin{equation} z^{c}=e^{c\log z} \label{eq:23-powdef} \end{equation} $$と定義する.
注意:複素べき乗も一般には多価である
式\eqref{eq:23-powdef}の $\log z$ は前節で見たとおり多価($2\pi i$ おきに無限個の値)だから,$z^c$ も一般には多価になる.ただし例外がある:$c=m$ が整数のとき,$\log z$ の異なる分岐 $\log\abs z+i(\theta+2n\pi)$ を式\eqref{eq:23-powdef}に代入すると,指数の肩に現れる差は $m\cdot i2n\pi$ となり,前節の性質(iv)(周期 $2\pi i$)によって $e^{c\log z}$ の値そのものはどの分岐を選んでも変わらない.すなわち $c$ が整数のときに限り $z^c$ は1つの値に定まり,見慣れた「整数乗」に一致する.一方,$c$ が整数でないとき(今回の例のように $c=i$ や $c=1+i$ のとき)は,どの分岐($n$ の値)を選ぶかによって異なる値になる.以下の例では,特に断らない限り $n=0$(主値)を採用する.
ノートに載っている3つの計算例を,途中式を省略せずに追ってみよう.
例23.1 $i^{i}$ を計算する
$z=i$,$c=i$ の場合を考える.まず $\log z=\log i$ が必要である.$\abs i=1$,$\arg i=\dfrac{\pi}{2}+2n\pi$($i$ は虚軸の正の部分にあるので偏角は $\pi/2$)であるから,
$$ \log z=\log\abs i+i\arg i=\log1+i\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right)=i\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right) $$である($\log1=0$ を使った).したがって定義23.3より
$$ i^{i}=e^{c\log z}=e^{\,i\cdot i\left(\frac\pi2+2n\pi\right)}=e^{\,i^{2}\left(\frac\pi2+2n\pi\right)}=e^{-\left(\frac\pi2+2n\pi\right)} $$となる($i^2=-1$ を使った).主値($n=0$)をとると $i^{i}=e^{-\pi/2}=0.2079\ldots$ である.虚数を虚数乗したのに,結果は正の実数になる——複素べき乗の驚くべき性質の代表例である.
例23.2 $(1+i)^{i}$ を計算する
$z=1+i$,$c=i$ の場合を考える.$\abs{1+i}=\sqrt{1^2+1^2}=\sqrt2$,$\arg(1+i)=\dfrac{\pi}{4}+2n\pi$($1+i$ は第1象限にあり,実部と虚部が等しいので偏角は $\pi/4$)であるから,
$$ \log z=\log\abs{1+i}+i\arg(1+i)=\log\sqrt2+i\left(\frac{\pi}{4}+2n\pi\right) . $$したがって
$$ (1+i)^{i}=e^{i\left\{\log\sqrt2+i\left(\frac{\pi}{4}+2n\pi\right)\right\}} =e^{\,i\log\sqrt2-\left(\frac{\pi}{4}+2n\pi\right)} =e^{-\left(\frac{\pi}{4}+2n\pi\right)}\cdot e^{\,i\log\sqrt2} $$となる(指数の肩を実部 $-(\pi/4+2n\pi)$ と虚部 $\log\sqrt2$ に分けて,定義23.1の形 $e^{a+bi}=e^a(\cos b+i\sin b)$ を逆向きに使った).主値($n=0$)をとり,オイラーの公式で直交形式に直すと
$$ (1+i)^{i}=e^{-\pi/4}\bigl(\cos(\log\sqrt2)+i\sin(\log\sqrt2)\bigr)=0.4288\ldots+0.1549\ldots\,i $$となる.
例23.3 $(2i)^{1+i}$ を計算する
$z=2i$,$c=1+i$ の場合を考える.$\abs{2i}=2$,$\arg(2i)=\dfrac{\pi}{2}+2n\pi$($2i$ は虚軸の正の部分)であるから,
$$ \log z=\log\abs{2i}+i\arg(2i)=\log2+i\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right) . $$したがって
$$ (2i)^{1+i}=\exp\left[(1+i)\left\{\log2+i\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right)\right\}\right] . $$指数の肩を展開する(分配法則で $(1+i)$ を掛け,実部と虚部に整理する).$(1+i)\bigl(\log2+i(\pi/2+2n\pi)\bigr)=\log2+i\left(\frac\pi2+2n\pi\right)+i\log2+i^2\left(\frac\pi2+2n\pi\right)$ であり,$i^2=-1$ を使って実部・虚部をまとめると
$$ =\underbrace{\left\{\log2-\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right)\right\}}_{\text{実部}}+i\underbrace{\left\{\log2+\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right)\right\}}_{\text{虚部}} $$となる.ここまでがノートの計算であり,指数を実部と虚部に分けると
$$ (2i)^{1+i}=\exp\left[\log2-\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right)\right]\cdot\exp\left[i\left\{\log2+\left(\frac{\pi}{2}+2n\pi\right)\right\}\right] $$である.最後まで計算を進めよう.主値($n=0$)をとると,実部の指数は $\log2-\pi/2$ であり $\exp(\log2-\pi/2)=2e^{-\pi/2}$(指数法則 $e^{a+b}=e^a e^b$ と $e^{\log2}=2$ を使った),虚部の指数はオイラーの公式で $\cos(\log2+\pi/2)+i\sin(\log2+\pi/2)$ となる.よって
$$ (2i)^{1+i}=2e^{-\pi/2}\Bigl(\cos\Bigl(\log2+\frac\pi2\Bigr)+i\sin\Bigl(\log2+\frac\pi2\Bigr)\Bigr)=-0.2657\ldots+0.3198\ldots\,i $$である.
例題23.4 $i^{2i}$ を計算する
$i^{2i}$ の主値を求めよ.
解答 例23.1と同じく $z=i$ なので $\log i=i\pi/2$(主値)である.ここで $c=2i$ であるから,定義23.3より
$$ i^{2i}=e^{c\log z}=e^{\,2i\cdot i\pi/2}=e^{\,i^2\pi}=e^{-\pi} $$となる($2i\cdot i=2i^2=-2$ なので指数の肩は $-2\cdot(\pi/2)=-\pi$,あるいは上のように $i^2\pi$ とまとめて $-\pi$ としてもよい).数値では $i^{2i}=e^{-\pi}=0.0432\ldots$ であり,これもまた実数になる.実は $i^{2i}=(i^{i})^{2}$ という関係も成り立っており($i^i$ が実数なので,それを2乗しても実数),例23.1の結果 $i^i=e^{-\pi/2}$ を2乗すれば $e^{-\pi}$ となって確かに一致する.
23.5 複素対数関数がつくる写像
指数関数が円や半直線をつくった(23.2節)のだから,その逆関数である対数関数は,ちょうど逆向きに「円を直線に,半直線を直線に」戻すはずである.実際に確かめよう.
導出 $\log z$ の実部・虚部を $x,y$ で表す
$W=f(z)=\log z=\log\abs z+i\arg z$ において,$z=x+iy$ を使って実部 $u(x,y)$,虚部 $v(x,y)$ を具体的に書き下そう.絶対値は $\abs z=\sqrt{x^2+y^2}$ だから,実部は
$$ u(x,y)=\log\sqrt{x^2+y^2} $$である.虚部は偏角 $\arg z$ そのものであり,$\tan(\arg z)=y/x$($x\neq0$)という関係はいつでも成り立つが,$\arg z$ を $x,y$ だけの1本の式で表すには,$z$ がどの象限にあるかによる場合分けが必要である:
$$ v(x,y)=\arg z= \begin{cases} \tan^{-1}\dfrac{y}{x} & (x\gt0) \\[4pt] \tan^{-1}\dfrac{y}{x}+\pi & (x\lt0,\ y\ge0) \\[4pt] \tan^{-1}\dfrac{y}{x}-\pi & (x\lt0,\ y\lt0) \\[4pt] \dfrac{\pi}{2}\operatorname{sgn}y & (x=0,\ y\neq0) \end{cases} $$($\tan^{-1}$ の主値の範囲が $(-\pi/2,\pi/2)$ しかないため,$x\lt0$ のときは半回転分 $\pm\pi$ を補う必要がある.$\operatorname{sgn}y$ は $y$ の符号,$y\gt0$ なら $+1$,$y\lt0$ なら $-1$ である.)
特別な場合:円と半直線の像(23.2節の逆)
まず,前節の指数写像の結果をそのまま逆にたどってみよう.$z=re^{i\theta}$(極形式)とすると,$\log z=\log r+i\theta$(分岐を1つ固定すれば)である.
- 円 $\abs z=r_0$($r_0$ は定数):$r=r_0$ が一定で $\theta$ だけが動くから,像は $u=\log r_0$ が一定の縦線 $u=\log r_0$($v$ は任意)になる.
- 半直線 $\arg z=\theta_0$(原点を除く,$\theta_0$ は定数):$\theta=\theta_0$ が一定で $r$ だけが $(0,\infty)$ を動くから,像は $v=\theta_0$ が一定の横線 $v=\theta_0$($u$ は任意)になる.
これはちょうど図23.1・図23.2で見た指数写像(縦線→円,横線→半直線)の対応を,そっくりそのまま逆にしたものである.
例題23.5 円と半直線の像
複素対数関数 $W=\log z$(主値)による,円 $\abs z=e^2$ と半直線 $\arg z=\pi/3$($z\neq0$)の像をそれぞれ求めよ.
解答 円 $\abs z=e^2$ 上では,$z=e^2 e^{i\theta}$($\theta$ は任意)と書けるので,$\log z=\log(e^2)+i\theta=2+i\theta$ である.実部はつねに $2$ で虚部だけが動くから,像は縦線 $u=2$ である.半直線 $\arg z=\pi/3$ 上では,$z=re^{i\pi/3}$($r\gt0$)と書けるので,$\log z=\log r+i\pi/3$ である.虚部はつねに $\pi/3$ で実部だけが動くから,像は横線 $v=\pi/3$ である.
[i]$y=0$(実軸)のとき.
$y=0$ のとき,$u(x,y)=\log\sqrt{x^2}=\log\abs x$,$v(x,y)=\tan^{-1}0=0$ となる.これは実軸上の点を実軸上の点に写すだけであり,実数の対数関数(高校数学で学んだもの)に完全に一致する.複素対数関数は,実軸上では見慣れた実数の対数関数として振る舞うのである.
[ii]$y=\pm1$(定数)のとき.
次に,$Z$平面上の横の直線 $y=1$ と $y=-1$ の像を求めよう.$y=1$ のとき,$u(x,1)=\log\sqrt{x^2+1}=\dfrac12\log(x^2+1)$ であり,$v(x,1)=\arg(x+i)$ である(先の訂正済みの式にしたがって,象限に応じた $\tan^{-1}$ の値をとる).$x\to+\infty$ のとき,点 $x+i$ はほとんど正の実軸上にあるので $v\to0$ に近づき(この極限は $\displaystyle\lim_{x\to\infty}\tan^{-1}\dfrac1x=0$ からも確かめられる),$x\to-\infty$ のときは $v\to\pi$ に近づく.一方,$u(x,1)$ は $x=0$ で最小値 $\log1=0$ をとり,$x\to\pm\infty$ でともに $+\infty$ に発散する.$y=-1$ の場合は,全体が実軸($u$軸)に関して上下対称になるだけで,$v\to0$($x\to+\infty$),$v\to-\pi$($x\to-\infty$)となる.
23.6 複素三角関数 — べき級数の定義とオイラーの公式
最後に,三角関数を複素数に拡張する.指数関数・対数関数・べき乗はすべて「オイラーの公式」を土台にして複素数へ広げてきたが,三角関数についてノートは趣向を変え,高校数学とは別の道具——べき級数(power series,無限に項が続く多項式のようなもの)を使って定義する.具体的には,高校で学んだ実数の $\sin x,\cos x$ のテイラー展開($\sin x=x-\dfrac{x^3}{3!}+\dfrac{x^5}{5!}-\cdots$,$\cos x=1-\dfrac{x^2}{2!}+\dfrac{x^4}{4!}-\cdots$)において,実数 $x$ を複素数 $z$ に置き換えただけの形を,そのまま複素三角関数の定義として採用する.
定義23.4 複素三角関数
複素数 $z=x+iy$($x,y\in\R$)に対して,複素三角関数(complex trigonometric functions)を,次のべき級数によって定義する.
$$ W=\sin z=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^{k}}{(2k+1)!}z^{2k+1}, \qquad W=\cos z=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^{k}}{(2k)!}z^{2k} $$イメージ:これはテイラー展開の丸暗記ではない
右辺の級数は,第4章(テイラー展開)で学ぶ実関数 $\sin x,\cos x$ のテイラー展開 $\sin x=x-\dfrac{x^3}{3!}+\dfrac{x^5}{5!}-\cdots$,$\cos x=1-\dfrac{x^2}{2!}+\dfrac{x^4}{4!}-\cdots$ と,形の上ではまったく同じである.違うのは,実数 $x$ の代わりに複素数 $z$ を代入している点だけである.このように,「実数のときに成り立っていたテイラー展開の式に,そのまま複素数を代入して新しい関数の定義とする」という方法は,複素解析学で初等関数を複素数に拡張するときの標準的なやり方の1つである(指数関数もべき級数 $e^z=\sum_{k=0}^\infty z^k/k!$ で定義することができ,実は定義23.1と一致することが知られている).各項の分母の階乗が急激に大きくなるため,この級数はどんな複素数 $z$ を代入しても絶対収束する(各項の絶対値をとった級数 $\displaystyle\sum_{k}\frac{\abs z^{2k}}{(2k)!}$ なども,もとの級数よりさらに強い意味で,ちゃんと収束するということ)——言い換えれば,収束半径(radius of convergence,級数が収束してくれる範囲を表す半径)が無限大である,すなわちどんな複素数 $z$ を代入しても発散しない——ことが知られており,安心して計算に使ってよい.
この定義から,複素数の世界でも指数関数と三角関数の間に,実数のときとまったく同じ関係が成り立つことを示そう.ここで思い出したいのが,第2章2.1節ですでに証明した次の事実である:実数 $\theta$ に対して
$$ \sin\theta=\frac{e^{i\theta}-e^{-i\theta}}{2i},\qquad\cos\theta=\frac{e^{i\theta}+e^{-i\theta}}{2} $$(第2章2.1節ですでに証明済みの式である).この節では,これと同じ形の関係式が,$\theta$ を実数から複素数 $z$ 一般に取り替えても成り立つことを確かめる.
導出 純虚数を代入する:$\cos(iy)=\cosh y$,$\sin(iy)=i\sinh y$
まず特別な場合として,$z=iy$($y$ は実数,純虚数を代入する場合)を定義23.4の級数に直接代入してみよう.
$$ \cos(iy)=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^{k}}{(2k)!}(iy)^{2k} =\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^{k}}{(2k)!}\,i^{2k}y^{2k} $$ここで $i^{2k}=(i^2)^k=(-1)^k$ であるから,係数の $(-1)^k$ と合わせて $(-1)^k\cdot(-1)^k=(-1)^{2k}=1$ となり,すべての項の符号が打ち消し合って正になる:
$$ \cos(iy)=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{(2k)!}y^{2k}=1+\frac{y^2}{2!}+\frac{y^4}{4!}+\cdots $$これは,第2章2.5節で学んだ双曲線余弦関数 $\cosh y=\dfrac{e^y+e^{-y}}{2}$ のテイラー展開($e^y=\sum y^n/n!$ と $e^{-y}=\sum(-y)^n/n!$ を足して2で割ると,奇数次の項が消えて偶数次の項だけが2倍残る)にちょうど一致する.したがって
$$ \cos(iy)=\cosh y $$である.まったく同様に,$\sin z$ の級数に $z=iy$ を代入すると
$$ \sin(iy)=\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^{k}}{(2k+1)!}(iy)^{2k+1} =\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^{k}}{(2k+1)!}\,i^{2k+1}y^{2k+1} $$となる.$i^{2k+1}=i\cdot i^{2k}=i\cdot(-1)^k$ であるから,係数の $(-1)^k$ と合わせて $(-1)^k\cdot i\cdot(-1)^k=i\cdot(-1)^{2k}=i$($k$ に依らず一定)となり,
$$ \sin(iy)=i\sum_{k=0}^{\infty}\frac{1}{(2k+1)!}y^{2k+1}=i\left(y+\frac{y^3}{3!}+\frac{y^5}{5!}+\cdots\right)=i\sinh y $$が得られる($\sinh y=(e^y-e^{-y})/2$ のテイラー展開と一致することを使った).(証明終わり)
数学ノート:これは第21章ですでに知っていた事実である
実は $\cos iy=\cosh y$,$\sin iy=i\sinh y$ という関係そのものは,第21章21.6節の公式21.8ですでに証明済みである.そこでは公式21.7 $\cos\theta=(e^{i\theta}+e^{-i\theta})/2$(実数 $\theta$ に対する式)に $\theta=iy$ を代入するという方法で示された.今ここで得た証明は,出発点がまったく違う——べき級数による定義23.4から出発している.同じ結論に,指数関数経由の道とべき級数経由の道という2通りの別々の道でたどり着けたことは,複素三角関数の定義のしかたが(べき級数で定義しても,指数関数経由で定義しても)矛盾なく同じ関数を与えているという安心材料になる.
注意:複素 $\cos z$ は実軸の外では有界でない
実数の $\cos\theta$ は $-1\le\cos\theta\le1$ の範囲に収まる有界な関数だった.しかし上で示した $\cos(iy)=\cosh y$ を見ると,$y$ を大きくするほど $\cosh y$ はいくらでも大きくなる($\cosh y\to\infty$,$y\to\pm\infty$).つまり複素 $\cos z$ は,複素平面全体で見ると有界ではない.「$-1$ から $1$ の間を振動する」という実数の直感は,虚軸方向には通用しないのである.この対比のグラフは第21章の図21.9($\cos ix=\cosh x$ と $\cos x$ を重ねたグラフ)ですでに見た通りである.
次に,$z$ が実部・虚部の両方を持つ一般の複素数 $x+iy$ の場合を考えよう.三角関数の加法定理(HSMath第5章)$\cos(\alpha+\beta)=\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta$ は,実は $\alpha,\beta$ が実数であることを一度も使わずに,べき級数の項を並べ替えて(コーシー積(Cauchy product,2つの級数の積を,同じ次数の項どうしを集めて1つの級数にまとめ直す計算))示すことができる恒等式である.べき級数はどんな複素数を代入しても絶対収束する(先述の box why)ため,項の並べ替えが実数のときとまったく同じように正当化され,加法定理はそのまま複素数 $\alpha=x$,$\beta=iy$ でも成り立つ.したがって
$$ \begin{equation} \cos(x+iy)=\cos x\cos(iy)-\sin x\sin(iy)=\cos x\cosh y-i\sin x\sinh y \label{eq:23-cos-xiy} \end{equation} $$が得られる.一方,この結果を定義23.1(複素指数関数)を使って独立に検算することもできる.$e^{iz}$ に $z=x+iy$ を代入すると $iz=ix-y=-y+ix$(実部 $-y$,虚部 $x$)だから,定義23.1より $e^{iz}=e^{-y}(\cos x+i\sin x)$ である.同様に $-iz=y-ix$(実部 $y$,虚部 $-x$)だから $e^{-iz}=e^{y}(\cos(-x)+i\sin(-x))=e^{y}(\cos x-i\sin x)$ である.したがって
$$ \frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2}=\frac{e^{-y}(\cos x+i\sin x)+e^{y}(\cos x-i\sin x)}{2} =\cos x\cdot\frac{e^{y}+e^{-y}}{2}-i\sin x\cdot\frac{e^{y}-e^{-y}}{2} =\cos x\cosh y-i\sin x\sinh y $$となり,式\eqref{eq:23-cos-xiy}とぴったり一致する.2つのまったく違う計算方法(べき級数の加法定理と,指数関数の定義そのもの)が同じ答えにたどり着いたことで,次の定理が確かに成り立つと確認できた.
定理23.2 複素三角関数と複素指数関数の関係(オイラーの公式の複素版)
任意の複素数 $z$ に対して,
$$ \cos z=\frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2},\qquad \sin z=\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} $$が成り立つ.(第2章2.1節の実数版の式を,そのまま複素数 $z$ に一般化したものである.)
応用:フェーザ表示と平面波
電気回路の交流理論では,角周波数 $\omega$ の振動電圧を,実数の $\cos\omega t$ の代わりに複素数 $e^{i\omega t}$(フェーザ(phasor)と呼ばれる)で表し,最後に実部だけを取り出す($\cos\omega t=\operatorname{Re}(e^{i\omega t})$)という手法が広く使われる.複素数のまま掛け算・微分ができるので計算が指数関数の指数法則だけで済み,三角関数の煩雑な加法定理を毎回使わずに済む.同じ発想は,材料科学で扱う結晶格子の振動(フォノン)や量子力学の平面波 $e^{i(kx-\omega t)}$ にも現れる,物理・工学のいたるところで使われる標準的な道具である.
例題23.6 $\cos(1+i)$ の値を求める
$\cos(1+i)$ の値を求めよ.
解答 式\eqref{eq:23-cos-xiy}に $x=1$,$y=1$ を代入すると,
$$ \cos(1+i)=\cos1\cosh1-i\sin1\sinh1 . $$数値を代入すると $\cos1=0.5403\ldots$,$\sin1=0.8415\ldots$,$\cosh1=\dfrac{e+e^{-1}}2=1.5431\ldots$,$\sinh1=\dfrac{e-e^{-1}}2=1.1752\ldots$ であるから,
$$ \cos(1+i)=0.5403\times1.5431-i\times0.8415\times1.1752=0.8337\ldots-0.9889\ldots\,i $$となる.検算として定理23.2の $\cos z=(e^{iz}+e^{-iz})/2$ を直接使っても同じ値になる.実数だけの世界では $\abs{\cos\theta}\le1$ だが,$\abs{\cos(1+i)}=\sqrt{0.8337^2+0.9889^2}=1.293\ldots\gt1$ となっており,前の注意で述べた「複素 $\cos z$ は非有界」であることが,この具体例でも確認できる.
23.7 なぜ複素関数を考えるのか — 隠れた虚数軸
本章の締めくくりとして,複素関数を考えることの意味を,高校数学の一番身近な例に立ち返って振り返ろう.方程式
$$ x^{2}+1=0 $$は,高校数学では「実数解を持たない」と説明され,$x=\pm i$ という虚数解は,$y=x^2+1$ のグラフ(つねに $y\ge1$ で,$x$軸と交わらない放物線)を見ても「どこにも存在しない」もののように感じられる.しかし,これは見る場所が足りないだけなのである.
イメージ:グラフに隠れたもう1つの軸を足す
$y=x^2+1$ という式は,$x$ を実数に限定して考えている.しかし,$x$ を複素数 $z=x+iy$($x,y\in\R$)に広げて $f(z)=z^2+1$ という複素関数として考え直すと,話は変わってくる.実際に展開すると
$$ f(z)=(x+iy)^{2}+1=(x^{2}-y^{2}+1)+i\underbrace{(2xy)}_{v(x,y)}=\underbrace{(x^{2}-y^{2}+1)}_{u(x,y)}+iv(x,y) $$となり,$f(z)$ の実部 $u(x,y)=x^2-y^2+1$ は,$x$ だけでなく $y$(もともとのグラフには存在しなかった,隠れたもう1つの座標軸)にも依存している.つまり,$u$ を3次元的なグラフ($x$軸,$y$軸,$u$軸の3本)で見れば,$y=0$(虚部がない,ふつうの実数のグラフ)の断面は見慣れた上に凸の放物線 $u=x^2+1$($x$軸と交わらない)のままだが,$x=0$(実部がない,純虚数の方向)の断面を見ると $u=1-y^2$ という下に凸の放物線が現れ,これは $y=\pm1$(つまり $z=\pm i$)でちょうど $u=0$ を通る.方程式 $z^2+1=0$ の解 $z=\pm i$ は,実数のグラフには決して現れないが,隠れた虚数軸の方向から見れば,ちゃんとそこに実在するのである.
なぜ?:高校数学の説明はどこが足りなかったか
高校では「$y=x^2+1$ のグラフは $x$軸と交わらないから,$x^2+1=0$ に実数解はない」と説明され,そこで話が終わってしまう.これは正しい説明だが,「では解 $\pm i$ はどこにあるのか」という問いには答えていない.答えは「$x$軸だけを見ているかぎり,どこにも無い」.しかし方程式 $x^2+1=0$ を,最初から実関数 $y=x^2+1$ ではなく複素関数 $f(z)=z^2+1$($z$ は複素数)として捉え直すと,$z$ 平面全体($x$軸だけでなく $y$軸も含む2次元の広がり)の中に,ちゃんと解の居場所が見つかるのである.本章で複素指数関数・対数関数・べき乗・三角関数をわざわざ複素数へ拡張してきた本当の理由も,ここにある——関数の定義域を複素平面に広げると,実数の世界だけでは見えなかった構造が見えてくるのである.次章(第24章)では,このように複素数に拡張された関数が「微分できる」とはどういうことかを学び,複素解析学の本格的な理論へ進む.
例題23.7 別の2次方程式でも隠れた軸を確認する
$f(z)=z^2+4$ とする.方程式 $z^2+4=0$ の解を求め,それが「隠れた虚数軸」の断面上に現れることを確認せよ.
解答 $z^2+4=0$ より $z^2=-4$,よって $z=\pm2i$ である(検算:$(2i)^2+4=-4+4=0$,$(-2i)^2+4=-4+4=0$).$f(z)=(x+iy)^2+4=(x^2-y^2+4)+i(2xy)$ であるから,実部は $u(x,y)=x^2-y^2+4$ である.実軸方向の断面($y=0$)は $u=x^2+4$ で,つねに $u\ge4\gt0$ だから $x$軸とは交わらない(実数解がないことに対応).虚軸方向の断面($x=0$)は $u=4-y^2$ であり,$y=\pm2$(すなわち $z=\pm2i$)のときちょうど $u=0$ になる.たしかに,解 $z=\pm2i$ は隠れた虚軸方向の断面上に現れている.
23.8 まとめと演習
23.8.1 まとめ
- 複素指数関数 $e^z=e^{x+iy}=e^x(\cos y+i\sin y)$(定義23.1).実数の指数法則にあたる4つの性質 $e^{z_1}e^{z_2}=e^{z_1+z_2}$,$e^{z_1}/e^{z_2}=e^{z_1-z_2}$,$(e^{z_1})^n=e^{nz_1}$,$e^{z_1+2n\pi i}=e^{z_1}$($n\in\Z$)が成り立つ(定理23.1).最後の性質は,$e^z$ が虚部方向に周期 $2\pi i$ を持ち,複素平面全体では1対1でないことを意味する.
- 写像として見ると,$e^z$ は縦の線分 $x=x_0$($-\pi\le y\lt\pi$)を半径 $e^{x_0}$ の円に,横の直線 $y=y_0$ を原点を通る半直線 $v=(\tan y_0)u$ に写す.帯状領域 $\{0\le y\lt2\pi\}$ は原点を除く $W$平面全体にちょうど1対1に写る.
- 複素対数関数 $\log z=\log\abs z+i\arg z$(定義23.2)は,$z=e^w$ の逆問題として導かれるが,$\arg z$ 自体が $2\pi$ おきに多価であるため,本質的に多価関数である.主値は $-\pi\lt\arg z\le\pi$ にとる.
- 複素べき乗 $z^c=e^{c\log z}$(定義23.3).$c$ が整数のときだけ1価になり,それ以外は一般に多価である.$i^i=e^{-\pi/2}$ のように,虚数の虚数乗が実数になる例がある.
- 対数写像は指数写像のちょうど逆で,円 $\abs z=r_0$ は縦線 $u=\log r_0$ に,半直線 $\arg z=\theta_0$ は横線 $v=\theta_0$ に写る.横の直線 $y=\pm1$ の像は,$u$軸に漸近しながら $v\to\pm\pi$ に近づく曲線になる.
- 複素三角関数 $\sin z,\cos z$ はべき級数で定義され(定義23.4),$\cos(iy)=\cosh y$,$\sin(iy)=i\sinh y$,一般に $\cos z=(e^{iz}+e^{-iz})/2$,$\sin z=(e^{iz}-e^{-iz})/(2i)$ が成り立つ(定理23.2,第2章2.1節の実数版の複素への一般化).複素 $\cos z,\sin z$ は実軸上でこそ有界だが,複素平面全体では非有界である.
- 実係数の方程式(例:$x^2+1=0$)の複素数解は,実関数のグラフには現れないが,変数を複素数に広げた関数 $f(z)$ を「隠れた虚数軸」を含む3次元的なグラフで見ると,その断面上に姿を現す.
23.8.2 演習問題
演習23.1 指数方程式を解く
$e^{z}=-2$ となる複素数 $z$ をすべて求めよ.
ヒント:$-2$ を極形式で表し,定義23.2(複素対数関数)を使って $z=\log(-2)$ の形に帰着させる.一般解には整数 $n$ が現れることを忘れずに.
演習23.2 複素対数の主値
$\log(3+4i)$ の主値を求めよ.
ヒント:まず $\abs{3+4i}$ を計算する($3,4,5$ の直角三角形になることに気づけば早い).偏角は主値の範囲 $-\pi\lt\arg z\le\pi$ で $\tan^{-1}(4/3)$ を使って表せばよい(数値では求めなくてよい).
演習23.3 複素べき乗としての平方根
$(-1)^{1/2}$ を複素べき乗の定義23.3から計算し,通常の平方根の記憶 $\sqrt{-1}=i$ と比較せよ.
ヒント:例題23.3で求めた $\log(-1)=i\pi$(主値)を使い,定義23.3の $z^c=e^{c\log z}$ に $z=-1$,$c=1/2$ を代入する.
演習23.4 帯状領域の像(再確認)
複素指数関数 $W=e^z$ によって,帯状領域 $\{z=x+iy : 0\le y\lt2\pi\}$ が $W$平面のどこに写るかを説明せよ.また,帯の幅を $2\pi$ より広くとる(たとえば $0\le y\lt4\pi$)と何が起こるか述べよ.
ヒント:図23.3と,$R=e^x$,$\theta=y$ の対応を思い出す.帯の幅が $2\pi$ を超えると,同じ $x$ に対して,$y$ と $y+2\pi$ のように異なる $y$ の値が同じ像の点に写ってしまうことに注意する.
演習23.5 複素三角方程式
$\cos z=2$ となる複素数 $z$ が存在することを示し,具体的に1つ求めよ.
ヒント:定理23.2の $\cos z=(e^{iz}+e^{-iz})/2$ を使い,$t=e^{iz}$ とおいて $t+1/t=4$ という $t$ の2次方程式に帰着させる.解 $t$ が正の実数になることに注目すると,$z$ は純虚数になる.
演習23.6 対数写像:半直線の像
複素対数関数 $W=\log z$(主値)による,半直線 $\arg z=\pi/4$($z\neq0$)の像を求めよ.
ヒント:例題23.5と同じ考え方を使う.半直線上の点を $z=re^{i\pi/4}$($r\gt0$)とおいて $\log z$ を計算する.
23.8.3 参考文献
- 望月泰英『数学ノート 複素解析学』(手書き講義ノート).本章の底本.
- アールフォルス(笠原乾吉 訳)『複素解析』,現代数学社,1982年.
- E. M. Stein and R. Shakarchi, Complex Analysis, Princeton University Press, 2003.
- 杉浦光夫『解析入門II』,東京大学出版会,1985年.