第24章正則関数とコーシー・リーマンの方程式
高校数学で学んだ微分係数の定義は,$\displaystyle f'(a)=\lim_{h\to0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h}$ であった.実数 $h$ は,$a$ に向かって右から近づいても($h\to+0$)左から近づいても($h\to-0$),同じ極限値になることさえ確かめれば済んだ——数直線上の「向き」はたった2通りしかないからである.では,同じ定義式をそのまま複素関数 $f(z)$ に流用したらどうなるだろうか.$z=x+iy$ は平面上の点であり,$h$ も複素数だから,$z$ に向かって近づく「向き」は右からでも左からでもなく,実に無限にある——真上から,斜め45°から,らせんを描きながら,等々.複素関数が「微分可能」であるためには,そのすべての近づき方について同じ極限値になることが要求される.この一見あたりまえに見える要求が,実は驚くほど強い制約であり,関数の実部 $u(x,y)$ と虚部 $v(x,y)$ のあいだに $u_x=v_y,\ u_y=-v_x$ という連立偏微分方程式——コーシー・リーマンの方程式(Cauchy–Riemann equations,C-R方程式)——を強制することを,本章で確かめる.この方程式をみたす関数を正則関数(holomorphic function)と呼び,正則関数こそが複素解析学全体の主役である.
本章はまず,複素関数の「微分可能性」を語るための舞台——近傍と領域——ということばを整えることから始める(24.1節).続いて連続性と正則性を定義し(24.2節),底本のノートでは証明の後半が「2変数関数での平均値の定理」を予告したまま中断していた「正則 $\iff$ 微分可能」の同値性を,前後両方向とも完全に証明する(24.3節).最後に,この同値性を武器にして,$z^2+3z,\ \bar z,\ |z|^2,\ e^z,\ \dfrac1z$ などの具体的な関数が正則かどうかを実際に判定し,さらに $e^z,\ \sin z,\ \cos z,\ \log z,\ \alpha^z$ の導関数と,線形性・積・商の微分公式を,ノートで「証明略」とされていた部分も含めてすべて自分の手で導く(24.4節).次章(第25章)以降で学ぶ複素積分・コーシーの積分定理は,本章で確立する正則性という土台の上に築かれる.
- 近傍($r$近傍,neighborhood)と領域(開領域,domain)の定義——開集合性(境界を含まない)と連結性(任意の2点を内部の折れ線で結べる)
- 複素関数の連続性の定義と,実関数との本質的な違い——「どんな近づき方をしても同じ値に収束する」ことの意味を,極限が存在しない具体例 $\bar z/z$ で実感する
- 正則性(holomorphy)の定義とコーシー・リーマンの方程式 $u_x=v_y,\ u_y=-v_x$
- 「正則 $\iff$ 微分可能」の同値性の完全な証明——ノートで中断していた「正則 $\Rightarrow$ 微分可能」の向きを,2変数関数の平均値の定理(第6章)を使って完成させる
- C-R方程式を使って,$f(z)=z^2+3z$ は全平面で正則,$f(z)=\bar z$ はどの点でも正則でない,$f(z)=|z|^2$ は原点でしか微分可能でないことを実際に判定する計算力
- 微分の線形性,積の微分公式,商の微分公式の完全な証明(ノートで「実数の場合と同じ証明なので略」とされた部分を書き下す)
- 一般公式 $\dfrac{d}{dz}e^{cz}=ce^{cz}$($c$ は任意の複素定数)から,$e^z,\ \sin z,\ \cos z,\ \alpha^z$ の導関数を統一的に導く方法
- $\log z$(主値)の導関数が $1/z$ になることの確認と,そこで初めて意識する分岐切断(branch cut)——24.1節の「領域」の概念がここで具体的に働く場面
もとにしたノート:望月泰英『数学ノート 複素解析学』 pp. 21–26.
24.1 近傍と領域 — 複素平面のことばづかい
実関数 $f(x)$ を「$x=a$ で微分可能」と言うとき,暗黙のうちに $f$ が $a$ の前後の区間で定義されていることを仮定している.複素関数 $f(z)$ についても同じで,「$z=z_0$ で微分可能」「$z=z_0$ で正則」という話をする前に,まず$f$ が $z_0$ の周りのどれくらいの範囲で定義されているかをきちんと言い表すことばが必要になる.そのための道具が,本節で導入する近傍と領域である.
24.1.1 近傍——「$z_0$ の近く」を数式にする
複素数 $z=x+iy$ と $z_0=x_0+iy_0$ の間の距離は,2点間の距離の公式より $|z-z_0|=\sqrt{(x-x_0)^2+(y-y_0)^2}$ である($|\cdot|$ は複素数の絶対値,前章までに確認した「原点からの距離」を,$z-z_0$ という「$z_0$ を原点とみなしたときの相対位置」に適用しただけである).この距離を使って,「$z_0$ から一定の範囲内にあるすべての点の集まり」を定義する.
定義24.1 近傍($r$近傍,neighborhood)
複素数平面上の1点 $z_0$ と正の実数 $r>0$ に対して,
$$ |z-z_0| \lt r $$をみたす点 $z$ 全体の集合を,$z_0$ の$r$近傍($r$-neighborhood)または単に近傍という.図24.1のように,中心 $z_0$,半径 $r$ の円の内部(円周そのものは含まない)にある点全体である.
不等号が $\le$ ではなく $\lt$(等号を含まない)であることに注意する.つまり近傍は円周を含まない,正真正銘の「円の内部」である.この「境界を含まない」という細部が,次に定義する領域でも決定的に効いてくる.
24.1.2 領域——開集合性と連結性
複素関数を扱うとき,$f$ を定義する範囲は「区間」ではなく平面上の「範囲」になる.その範囲がどんな形であってもよいわけではなく,複素解析学で扱いやすい2つの性質——開集合性と連結性——を要求する.
定義24.2 領域(開領域,domain)
複素数平面上の集合 $D$ が次の2条件をみたすとき,$D$ を領域(domain)または開領域(open domain)という.
(i) 開集合であること:$D$ 内の任意の点 $z$ に対して,$D$ に含まれるある近傍が存在する(=$z$ を中心とするじゅうぶん小さな円板が,はみ出さずまるごと $D$ に収まる).
(ii) 連結性があること:$D$ 内の任意の2点を,$D$ 内に含まれる折れ線で結ぶことができる.
イメージ:なぜ境界を含んではいけないのか(条件(i))
条件(i)は,「$D$ のどの点 $z$ を選んでも,ある正の実数 $r$ が存在して,$z$ の $r$近傍がまるごと $D$ の中に収まる」ということである.図24.2のひょうたん形の領域 $D$(斜線部分)で考えてみよう.内部の点(図の大きい点線円の中心)を選べば,多少大きな半径の近傍でもまだ $D$ の中に収まる.$D$ が細くくびれた場所の近くの点(図の小さい点線円の中心)でも,半径をじゅうぶん小さくとりさえすれば,やはり近傍は $D$ の内側に収まる——どんなに細い場所でも,半径をその細さより小さくしてしまえばよいので,$r$ は場所によって変えてよいことに注意する.
ところが,境界線上の点(図の上の点線円の中心)を選ぶと事情が変わる.どんなに $r$ を小さくとっても,その近傍の中には $D$ の外側の点が必ず混じってしまう(境界のすぐ外側は,定義により $D$ の外だから).つまり,境界上の点については「$D$ に含まれる近傍」がどんな正の実数 $r$ に対しても存在しない.言い換えると,境界線上の点でこの条件を満たそうとすると,必要な半径は $r=0$ になってしまう——しかし近傍の定義(定義24.1)は $r>0$ を要求していたから,これは近傍にならない.だからこそ,領域には境界線上の点を含めないのである.
イメージ:なぜ連結性が必要なのか(条件(ii))
条件(ii)は,「$D$ の中のどの2点をとっても,$D$ からはみ出さない折れ線で結べる」ということである.図24.3では,領域 $D$(大きい点線円の内部)の中に,除外された小さな障害物(実線の卵形)が1つある状況を考えている.$D$ 内の点 $z_1$ から点 $z_2$ へ行きたいとき,障害物を避けて迂回する折れ線を引けば,$D$ の中だけを通って結ぶことができる.これが「連結である」ということの意味である.
この性質は本章だけではさほど目立たないが,次章以降で学ぶ複素積分(線積分)にとって決定的に重要になる——積分路として使う曲線を,領域の中に自由に引けることを保証するのが,まさにこの連結性だからである.いまは「2点を結ぶ道が必ずある」という素朴なイメージだけ持っておけばよい.
例題24.1 近傍に含まれるかどうかの判定
点 $z_0=1+i$ を中心とする半径 $r=1$ の近傍 $|z-z_0|\lt 1$ を考える.次の2点はこの近傍に含まれるか.(a) $z_1=1.5+1.5i$ (b) $z_2=2+2i$
解答 距離の公式 $|z-z_0|=\sqrt{(x-x_0)^2+(y-y_0)^2}$ を使う.
(a) $z_1-z_0=0.5+0.5i$ より,
$$ |z_1-z_0|=\sqrt{0.5^2+0.5^2}=\sqrt{0.5}=\frac{1}{\sqrt2}\approx0.707 $$これは $r=1$ より小さいので,$z_1$ はこの近傍に含まれる.
(b) $z_2-z_0=1+i$ より,
$$ |z_2-z_0|=\sqrt{1^2+1^2}=\sqrt2\approx1.414 $$これは $r=1$ より大きいので,$z_2$ はこの近傍に含まれない(sympyで検算済み:$|z_1-z_0|=\frac{\sqrt2}{2}\lt1$,$|z_2-z_0|=\sqrt2\gt1$).
例題24.2 与えられた集合が領域であるかどうかの判定
次の4つの集合について,領域(定義24.2の意味で開集合かつ連結)であるかどうかを調べよ.
$D_1=\{z: |z|\lt2\}$, $D_2=\{z: |z|\le2\}$, $D_3=\{z: |z|\lt1\}\cup\{z: |z-3|\lt1\}$, $D_4=\{z: 1\lt|z|\lt2\}$(円環領域,annulus)
解答 図24.4に4つの集合を図示した.
$D_1$:原点を中心とする半径2の円の内部(円周を含まない)である.内部の任意の点は,境界までの距離をうまくとれば近傍がすっぽり収まる(開集合).また円板の内部は,どの2点も直線で結べる(連結).よって領域である.
$D_2$ は $D_1$ に境界の円周 $|z|=2$ を付け加えたものである.境界上の点,たとえば $z=2$ を考えると,どんなに小さい半径 $r$ の近傍をとっても,その中には $|z|\gt2$ をみたす($D_2$ の外の)点が必ず入ってしまう.したがって開集合性(i)が破れており,領域ではない.
$D_3$ は半径1の円板を2つ,中心間距離3だけ離して置いたものである.$2$つの円板それぞれは開集合だから $D_3$ 自身も開集合だが,中心間距離 $3$ が半径の和 $1+1=2$ より大きいので2つの円板は互いに交わらない.一方の円板の点ともう一方の円板の点を結ぶ折れ線を引こうとすると,途中で必ず $D_3$ に属さない「すきま」を通ってしまう.したがって連結性(ii)が破れており,領域ではない.
$D_4$ は,半径1の円板を中心からくり抜いた円環(ドーナツ)形である.内部の任意の点は,内側の境界 $|z|=1$ と外側の境界 $|z|=2$ のどちらからも離れているので,じゅうぶん小さい近傍がとれる(開集合).また円環内の2点は,円環をはみ出さない折れ線(たとえば同じ半径の円周に沿って回り込む折れ線)で結べる(連結).よって領域である——ただし$D_1$と違い,中心(原点)を含まない領域である点に注意する.
24.2 複素関数の連続性と正則性 — コーシー・リーマンの方程式
近傍と領域という舞台が整ったので,いよいよ複素関数の連続性と,本章の主役である正則性を定義する.
24.2.1 複素関数の連続性——「どんな近づき方でも」という条件
定義24.3 複素関数の連続性
複素関数 $f(z)$ が $z=z_0$ で定義されているとき,
$$ \lim_{z\to z_0} f(z) = f(z_0) $$が成り立つならば,$f(z)$ は $z=z_0$ で連続であるという.
形は同じでも中身は違う——実関数との本質的な違い
定義24.3の式を見た目だけで比べると,高校数学で学んだ実関数の連続性の定義とまったく同じに見える.しかし中身はまったく違う.実関数 $f(x)$ では,$x$ は数直線上を動くから,$x_0$ に近づく道は「右から」と「左から」の2通りしかない.ところが複素関数 $f(z)$ では,$z$ は複素平面上を動く.$z_0$ に近づく経路は,右から,左から,上から,下から,斜めから,らせんを描きながら……無限にある.
定義24.3の $\displaystyle\lim_{z\to z_0}f(z)=f(z_0)$ という式は,これらのすべての近づき方について,同じ極限値 $f(z_0)$ に収束することを要求している.言い換えると,複素関数の極限とは「どんな近づき方をしても同じ値に収束する」ということである.逆に言えば,2通りの近づき方だけでも異なる値に収束するなら,その時点で極限は存在しない(=連続でない)と判定できる.次の例題で,この違いを実感しよう.
例題24.3 極限が存在しない例——$\bar z/z$
$\displaystyle f(z)=\frac{\bar z}{z}$($z\ne0$)について,$\displaystyle\lim_{z\to0}f(z)$ が存在しないことを示せ.
解答 実軸方向・虚軸方向・対角線方向の3通りの近づき方で,実際に極限値を計算して比べる.
(a) 実軸方向から:$z=t$($t$ は実数,$t\to0$)とおく.$\bar z=t$ だから,
$$ f(t)=\frac{t}{t}=1 \quad\Longrightarrow\quad \lim_{t\to0}f(t)=1 $$(b) 虚軸方向から:$z=it$($t\to0$)とおく.$\bar z=\overline{it}=-it$ だから,
$$ f(it)=\frac{-it}{it}=-1 \quad\Longrightarrow\quad \lim_{t\to0}f(it)=-1 $$(c) 対角線方向から(さらに念のため):$z=(1+i)t$($t\to0$)とおく.$\bar z=(1-i)t$ だから,
$$ f\bigl((1+i)t\bigr)=\frac{(1-i)t}{(1+i)t}=\frac{1-i}{1+i}=\frac{(1-i)^2}{(1+i)(1-i)}=\frac{1-2i-1}{2}=-i \quad\Longrightarrow\quad \lim_{t\to0}f\bigl((1+i)t\bigr)=-i $$(分母の有理化は,実数のときと同じく共役をかけて $(1+i)(1-i)=1-i^2=2$ を使った.)
実軸方向では $1$,虚軸方向では $-1$,対角線方向では $-i$ と,近づき方によって3通りの異なる値になった.定義24.3が要求するのは「どんな近づき方でも同じ値」だったから,一致しない時点で $\displaystyle\lim_{z\to0}\bar z/z$ は存在しない(sympyで検算済み:3方向とも上と同じ値).
24.2.2 正則性の定義とコーシー・リーマンの方程式
複素関数 $f(z)=u(x,y)+iv(x,y)$($z=x+iy$,$u,v$ はそれぞれ実部・虚部を表す実数値の2変数関数)を考える.高校数学の微分係数の定義をそのまま複素数に流用すると,
$$ f'(z) = \lim_{h\to0}\frac{f(z+h)-f(z)}{h} $$という極限を考えることになる.24.2.1項で見たとおり,複素数の $h\to0$ には無限の近づき方があるから,この極限が存在する(=微分可能である)ことは,実関数の微分可能性よりもずっと強い条件になる.この強い条件を,$u,v$ の偏微分だけで言い換えたものが,次の正則性の定義である(本章24.3節で,この定義が実際に微分可能性と同値であることを証明する).
定義24.4 正則性(holomorphy)とコーシー・リーマンの方程式
$f(z)=u(x,y)+iv(x,y)$ において,$u,v$ が点 $(x_0,y_0)$ のある近傍で1回連続微分可能(偏導関数 $u_x,u_y,v_x,v_y$ が存在し,かつそれらがすべて連続関数である——この性質を$C^1$級(class $C^1$,シーワン級)であるという)であり,かつ
\begin{equation} u_x = v_y ,\qquad u_y = -v_x \label{eq:24-cr} \end{equation}が成り立つとき,$f(z)$ は $z_0=x_0+iy_0$ で正則(holomorphic)であるという.式\eqref{eq:24-cr}をコーシー・リーマンの方程式(Cauchy–Riemann equations,以下 C-R方程式)と呼ぶ.$u_x=\pdiff ux$ は「$u$ を $x$ で偏微分する」という意味の記号である(第6章6.2節).
(底本のノートは単に「1回微分可能」とだけ述べており,連続性までは要求していない.しかし24.3.2項で「正則 $\Rightarrow$ 微分可能」を証明する際,第6章定理6.2(2変数関数のテイラーの定理)を使うために,実際には偏導関数の連続性が本質的に必要になる.本書では証明を最後まで厳密に行うため,定義の段階でこの仮定を明示的に加えた.24.4節で実際に扱う関数——多項式,$e^z,\sin z,\cos z,\log z,1/z$ など——はどれも実解析的で自動的に $C^1$ 級(実際にはもっと強く何回でも微分可能)なので,この一段階強い仮定によって例題・演習の結論が変わることはない.)
定理24.1 正則性と微分可能性の同値性
複素関数 $f(z)$($z=x+iy\in\mathbb C$)について,次の2つは同値である.
「$f(z)$ は $z$ で正則である」 $\iff$ 「$f(z)$ は $z$ で(複素数の意味で)微分可能である」
この定理の証明は,2つの向き——「微分可能 $\Rightarrow$ 正則」と「正則 $\Rightarrow$ 微分可能」——に分けて,次の24.3節でじっくりと行う.ここでは先に,正則性の定義(C-R方程式)を直接使って関数を調べる練習をしておこう.
例題24.4 $f(z)=e^z$ がC-R方程式をみたすことの直接確認
第23章で定義された複素指数関数 $e^z=e^x(\cos y+i\sin y)$ について,C-R方程式 $u_x=v_y,\ u_y=-v_x$ が(全平面の各点で)成り立つことを直接確認せよ.
解答 $e^z=e^x(\cos y+i\sin y)$ より,実部・虚部はそれぞれ
$$ u(x,y)=e^x\cos y ,\qquad v(x,y)=e^x\sin y $$である.偏導関数を計算する.$u$ を $x$ で偏微分するときは $y$ を定数とみなすので,$e^x$ の部分だけが微分され,
$$ u_x = e^x\cos y $$$u$ を $y$ で偏微分するときは $x$ を定数とみなすので,$\cos y$ の部分が $-\sin y$ になり,
$$ u_y = -e^x\sin y $$同様に $v$ については,
$$ v_x = e^x\sin y ,\qquad v_y = e^x\cos y $$したがって,
$$ u_x = e^x\cos y = v_y ,\qquad u_y = -e^x\sin y = -v_x $$となり,C-R方程式が($x,y$ の値によらず恒等的に)成り立つことが確認できた(sympyで検算済み).よって $e^z$ は全平面で正則である——このことは24.4節で導関数を求めるときにも使う.
24.3 正則性と微分可能性は同値である
前節で予告した定理24.1「正則 $\iff$ 微分可能」を,2つの向きに分けて証明する.底本のノートでは,(i)の向きは最後まで書かれているが,(ii)の向きは「2変数関数での平均値の定理」を使うと予告したところで力尽きて中断していた.本節では,その続きを第6章6.6節の道具を使って自分の手で完成させる.
24.3.1 微分可能 $\Rightarrow$ 正則
証明:微分可能 $\Rightarrow$ 正則
$f(z)=u(x,y)+iv(x,y)$ が $z=x+iy$ で(複素数の意味で)微分可能であるとする.つまり,
$$ f'(z) = \lim_{h\to0}\frac{f(z+h)-f(z)}{h} $$という極限が存在し,しかも$h$ がどんな近づき方で $0$ に近づいても同じ値になるとする.$h=\alpha+i\beta$($\alpha,\beta$ は実数)とおくと,
$$ f(z+h)-f(z) = \bigl[u(x+\alpha,y+\beta)-u(x,y)\bigr] + i\bigl[v(x+\alpha,y+\beta)-v(x,y)\bigr] $$だから,
$$ f'(z) = \lim_{\substack{\alpha\to0\\ \beta\to0}}\left(\frac{u(x+\alpha,y+\beta)-u(x,y)}{\alpha+i\beta}+i\,\frac{v(x+\alpha,y+\beta)-v(x,y)}{\alpha+i\beta}\right) $$という極限になる.「どんな近づき方でも同じ値」なのだから,特に次の2つの特別な近づき方——$h$ を実軸方向だけ,虚軸方向だけに動かす近づき方——について計算した極限も,当然もとの $f'(z)$ と同じ値になっているはずである.図24.5に,この2方向を図示した.
[1] $\beta=0,\ \alpha\to0$ のとき($h$ を実軸方向だけに動かす,つまり $y$ を固定して $x$ だけ動かす).このとき上の式で $\beta=0$ とおくと,
\begin{equation} f'(z) = \lim_{\alpha\to0}\left(\frac{u(x+\alpha,y)-u(x,y)}{\alpha}+i\,\frac{v(x+\alpha,y)-v(x,y)}{\alpha}\right) = \pdiff ux + i\pdiff vx = u_x + iv_x \label{eq:24-dir1} \end{equation}(右辺の各項は,$y$ を固定したまま $x$ で微分するという,まさに偏導関数 $u_x,v_x$ の定義そのものである.)
[2] $\alpha=0,\ \beta\to0$ のとき($h$ を虚軸方向だけに動かす,つまり $x$ を固定して $y$ だけ動かす).このとき $\alpha=0$ とおくと,分母は $i\beta$ になるので,
$$ f'(z) = \lim_{\beta\to0}\left(\frac{u(x,y+\beta)-u(x,y)}{i\beta}+i\,\frac{v(x,y+\beta)-v(x,y)}{i\beta}\right) $$ここで $\dfrac1i=-i$($i\times(-i)=-i^2=1$ より)を使って分母の $i$ を払うと,
\begin{equation} f'(z) = \lim_{\beta\to0}\left(-i\,\frac{u(x,y+\beta)-u(x,y)}{\beta}+\frac{v(x,y+\beta)-v(x,y)}{\beta}\right) = -i\pdiff uy + \pdiff vy = -iu_y + v_y \label{eq:24-dir2} \end{equation}なぜこの2方向だけ比べればよいのか
定義24.4の微分可能性は「あらゆる近づき方について同じ極限」を要求している.いま確かめたいのは,その強い要求から何が導かれるかである.[1]と[2]は,数ある近づき方のうちのほんの2つの特別な場合(実軸方向・虚軸方向)にすぎない.しかし,もし本当に $f'(z)$ という1つの値に定まっているなら,[1]の計算で得られる値も,[2]の計算で得られる値も,同じ $f'(z)$ に等しくなければならない——これは「全員が同じ答えを出す」なら「そのうちの2人の答えも一致する」という,ごく当たり前の論理である.そこで式\eqref{eq:24-dir1}と式\eqref{eq:24-dir2}の右辺どうしを等号で結べば,$u,v$ の偏導関数のあいだの関係式が引き出せる,というのがこの証明の仕掛けである.
複素関数が微分可能であるという仮定から,[1]と[2]はどちらも同じ $f'(z)$ に等しいので,
$$ u_x + iv_x = -iu_y + v_y $$両辺は複素数であり,2つの複素数が等しいのは実部どうし・虚部どうしがそれぞれ等しいときに限る(高校数学既習).左辺の実部は $u_x$,虚部は $v_x$.右辺の実部は $v_y$,虚部は $-u_y$.よって実部を比べて $u_x=v_y$,虚部を比べて $v_x=-u_y$,すなわち $u_y=-v_x$.
$$ \therefore\ u_x=v_y,\quad u_y=-v_x \qquad\text{(コーシー・リーマンの方程式)} $$(証明終わり:微分可能 $\Rightarrow$ 正則)
系24.1 正則関数の導関数の公式
式\eqref{eq:24-dir1}(あるいは\eqref{eq:24-dir2})より,$f=u+iv$ が正則であるとき,その導関数は次のどちらの形でも計算できる.
$$ f'(z) = u_x + iv_x = v_y - iu_y $$(右側の等号は,C-R方程式 $u_x=v_y,\ u_y=-v_x$ を左側の式に代入すれば得られる.)この公式は,24.4節でいろいろな複素関数の導関数を実際に計算するときの,最も基本的な道具になる.
24.3.2 正則 $\Rightarrow$ 微分可能——ノートの続きを完成させる
注意:「近傍で」正則であることの意味
定義24.4を読み返すと,「$u,v$ が点 $(x_0,y_0)$ のある近傍で1回微分可能で,かつC-R方程式が成り立つ」となっている.この「近傍で」がどこまで掛かるかに注意してほしい——C-R方程式は $z_0$ という1点だけで成り立てばよいのではなく,$z_0$ の近傍全体のすべての点で成り立っている必要がある.これから行う証明は,まさにこの「近傍全体で成り立つ」という条件を本質的に使う.逆に,C-R方程式がただ1点でしか成り立たない場合にどうなるかは,本節の最後(例題24.7)で $f(z)=|z|^2$ を例に確かめる——結論を先に言うと,そのような関数は原点で微分可能ではあっても正則ではない,という奇妙なことが起こる.
$f(z)=u(x,y)+iv(x,y)$ が $z_0=x_0+iy_0$ で正則であるとする.すなわち,$z_0$ のある近傍 $N$ の中で $u,v$ は連続な偏導関数をもち($C^1$ 級),$N$ 内のすべての点で C-R方程式 $u_x=v_y,\ u_y=-v_x$ が成り立っているとする.このとき $f'(z_0)$ が(近づき方によらず)存在し,$f'(z_0)=u_x(x_0,y_0)+iv_x(x_0,y_0)$ に等しいことを示す.
証明:正則 $\Rightarrow$ 微分可能
$h=\alpha+i\beta\to0$($z_0+h$ が $N$ に入るくらい小さいとする)を任意にとる.
$$ f(z_0+h)-f(z_0) = \bigl[u(x_0+\alpha,y_0+\beta)-u(x_0,y_0)\bigr] + i\bigl[v(x_0+\alpha,y_0+\beta)-v(x_0,y_0)\bigr] $$右辺の2つの $[\ ]$ の中身に,それぞれ第6章定理6.2(2変数関数のテイラーの定理)を $n=0$ として適用する——これがちょうど「2変数関数の平均値の定理」であり,ノートが予告して力尽きたところである.定理6.2で $n=0$ とおくと,剰余項だけが残り,$(a,b)=(x_0,y_0)$,$(h,k)=(\alpha,\beta)$ として,
$$ u(x_0+\alpha,y_0+\beta)-u(x_0,y_0) = \alpha\,u_x(P_1) + \beta\,u_y(P_1) $$ $$ v(x_0+\alpha,y_0+\beta)-v(x_0,y_0) = \alpha\,v_x(P_2) + \beta\,v_y(P_2) $$となる(ある $\theta_1,\theta_2\in(0,1)$ が存在して,$P_1=(x_0+\theta_1\alpha,\,y_0+\theta_1\beta)$,$P_2=(x_0+\theta_2\alpha,\,y_0+\theta_2\beta)$ である).$u$ と $v$ は別の関数なので,定理6.2を保証する $\theta$ の値は一般に異なってよい——そのため添字を付けて $\theta_1,\theta_2$ と区別した.いずれにせよ $P_1,P_2$ は $z_0$ と $z_0+h$ を結ぶ線分の上にあるので,$h\to0$($\alpha,\beta\to0$)のとき $P_1\to(x_0,y_0)$,$P_2\to(x_0,y_0)$ となる.
この2式を代入すると,
$$ f(z_0+h)-f(z_0) = \alpha\,u_x(P_1) + \beta\,u_y(P_1) + i\bigl[\alpha\,v_x(P_2) + \beta\,v_y(P_2)\bigr] $$ここで,$P_1,P_2$ はどちらも近傍 $N$ の中の点だから,そこでもC-R方程式が成り立っている(「近傍全体で成り立つ」がここで効いてくる).すなわち $u_y(P_1)=-v_x(P_1)$,$v_y(P_2)=u_x(P_2)$ を代入すると,
$$ f(z_0+h)-f(z_0) = \alpha\,u_x(P_1) - \beta\,v_x(P_1) + i\bigl[\alpha\,v_x(P_2) + \beta\,u_x(P_2)\bigr] $$目標は,これが $h\cdot\bigl(u_x(z_0)+iv_x(z_0)\bigr)$ に限りなく近いことを示すことである.実際に展開すると,
$$ h\bigl(u_x(z_0)+iv_x(z_0)\bigr) = (\alpha+i\beta)\bigl(u_x(z_0)+iv_x(z_0)\bigr) = \bigl[\alpha u_x(z_0)-\beta v_x(z_0)\bigr] + i\bigl[\alpha v_x(z_0)+\beta u_x(z_0)\bigr] $$(実部・虚部の形が,1つ上の式とちょうど対応する形になっていることに注目する.)そこで差 $E(h):=f(z_0+h)-f(z_0)-h\bigl(u_x(z_0)+iv_x(z_0)\bigr)$ をつくると,対応する項どうしを引き算して,
$$ E(h) = \alpha\underbrace{\bigl[u_x(P_1)-u_x(z_0)\bigr]}_{=:\varepsilon_1} - \beta\underbrace{\bigl[v_x(P_1)-v_x(z_0)\bigr]}_{=:\varepsilon_2} + i\Bigl(\alpha\underbrace{\bigl[v_x(P_2)-v_x(z_0)\bigr]}_{=:\varepsilon_3} + \beta\underbrace{\bigl[u_x(P_2)-u_x(z_0)\bigr]}_{=:\varepsilon_4}\Bigr) $$$u_x,v_x$ は($C^1$ 級の仮定により)$z_0$ で連続であり,$h\to0$ のとき $P_1,P_2\to(x_0,y_0)$ だから,4つの量 $\varepsilon_1,\varepsilon_2,\varepsilon_3,\varepsilon_4$ はすべて $h\to0$ のとき $0$ に収束する.また $|\alpha|\le|h|$,$|\beta|\le|h|$(三平方の定理より $|h|=\sqrt{\alpha^2+\beta^2}\ge|\alpha|,|\beta|$)だから,三角不等式を使うと,
$$ |E(h)| \le |\alpha||\varepsilon_1|+|\beta||\varepsilon_2|+|\alpha||\varepsilon_3|+|\beta||\varepsilon_4| $$ここで4つの項それぞれに $|\alpha|\le|h|,\ |\beta|\le|h|$ を適用し,さらに $|\varepsilon_1|,|\varepsilon_2|,|\varepsilon_3|,|\varepsilon_4|$ をすべて $\max(|\varepsilon_1|,|\varepsilon_2|,|\varepsilon_3|,|\varepsilon_4|)$ で置き換える(4つの項をそれぞれ最大限に見積もるので,やや粗いが確実な評価になる)と,
$$ |E(h)| \le |h|\,|\varepsilon_1|+|h|\,|\varepsilon_2|+|h|\,|\varepsilon_3|+|h|\,|\varepsilon_4| \le 4|h|\max(|\varepsilon_1|,|\varepsilon_2|,|\varepsilon_3|,|\varepsilon_4|) $$両辺を $|h|$($\ne0$)で割ると,
$$ \left|\frac{E(h)}{h}\right| \le 4\max(|\varepsilon_1|,|\varepsilon_2|,|\varepsilon_3|,|\varepsilon_4|) \ \xrightarrow[h\to0]{}\ 0 $$この評価は $h$ の向き(偏角)にはいっさいよらず,大きさ $|h|$ が小さいことだけから出てくる点が重要である——だからこそ,$h$ がどんな経路で $0$ に近づいても,同じ結論が成り立つ.したがって,
$$ \lim_{h\to0}\frac{f(z_0+h)-f(z_0)}{h} = u_x(z_0)+iv_x(z_0) + \lim_{h\to0}\frac{E(h)}{h} = u_x(z_0)+iv_x(z_0) $$すなわち $f'(z_0)$ は(近づき方によらず)存在し,$f'(z_0)=u_x(z_0)+iv_x(z_0)$ に等しい.これは複素微分可能性の定義そのものである.
(証明終わり:正則 $\Rightarrow$ 微分可能)
以上で定理24.1「正則 $\iff$ 微分可能」の両方向が証明された.C-R方程式は,微分可能性という抽象的な条件を,$u,v$ の偏導関数という具体的に計算できる量の等式に翻訳してくれる——この「計算できる」という利点を,さっそく次の3つの例題で使ってみよう.
例題24.5 $f(z)=z^2+3z$ が全平面で正則であることの確認
$f(z)=z^2+3z$ がすべての $z\in\mathbb C$ で正則であることを,C-R方程式を用いて確認せよ.また導関数を求めよ.
解答 $z=x+iy$ を代入して実部と虚部に分ける.
$$ f(z) = (x+iy)^2+3(x+iy) = (x^2-y^2+2ixy)+(3x+3iy) = \underbrace{(x^2-y^2+3x)}_{u(x,y)} + i\underbrace{(2xy+3y)}_{v(x,y)} $$($(x+iy)^2=x^2+2ixy+i^2y^2=x^2-y^2+2ixy$ を使った.)偏導関数を計算すると,
$$ u_x=2x+3,\quad u_y=-2y,\quad v_x=2y,\quad v_y=2x+3 $$したがって $u_x=2x+3=v_y$,$u_y=-2y=-(2y)=-v_x$ となり,C-R方程式がすべての $(x,y)$ で恒等的に成り立つ.よって $f(z)=z^2+3z$ は全平面($\mathbb C$ 全体)で正則である.系24.1より導関数は,
$$ f'(z) = u_x+iv_x = (2x+3)+i(2y) = 2(x+iy)+3 = 2z+3 $$これは,高校数学で $\dfrac{d}{dx}(x^2+3x)=2x+3$ と習うのとまったく同じ形の結果であり,複素関数でも同じ公式がそのまま使えることが,この計算からも裏付けられる(sympyで検算済み).
例題24.6 $f(z)=\bar z$ がどの点でも正則でないことの確認
$f(z)=\bar z$(複素共役をとる関数)が,$\mathbb C$ のどの点でも正則でないことを示せ.
解答 $z=x+iy$ のとき $\bar z=x-iy$ だから,$u(x,y)=x$,$v(x,y)=-y$ である.偏導関数は,
$$ u_x=1,\quad u_y=0,\quad v_x=0,\quad v_y=-1 $$C-R方程式の1つ目 $u_x=v_y$ を見ると,$1=-1$ となり,これはすべての $(x,y)$ で成り立たない(恒等的に矛盾している).したがって $f(z)=\bar z$ は,$\mathbb C$ のどの点においてもC-R方程式をみたさず,どの点でも正則でない(sympyで検算済み:$u_x-v_y$ を計算すると,$(x,y)$ によらず恒等的に $2$ になる).
24.4節の冒頭で改めて注意するとおり,$\bar z$ を含む関数は,このようにほとんどの場合正則にならない——正則性とは,$z$ の四則演算とべき乗・指数・対数・三角関数のような「$z$ だけからできている」関数だけがもつ,特別な性質なのである.
例題24.7 $f(z)=|z|^2$ は原点でしか微分可能でないことの確認
$f(z)=|z|^2$ について,C-R方程式が成り立つ点を求めよ.また,その点で $f$ は正則と言えるか.
解答 $|z|^2=z\bar z=x^2+y^2$(実数)だから,$u(x,y)=x^2+y^2$,$v(x,y)=0$ である.偏導関数は,
$$ u_x=2x,\quad u_y=2y,\quad v_x=0,\quad v_y=0 $$C-R方程式 $u_x=v_y$ は $2x=0$,すなわち $x=0$ のときにかぎり成り立つ.もう1つの式 $u_y=-v_x$ は $2y=0$,すなわち $y=0$ のときにかぎり成り立つ.両方を同時にみたすのは $(x,y)=(0,0)$,つまり $z=0$ の1点だけである.
ここで24.3.2項の冒頭の注意を思い出そう——正則であるためには,C-R方程式がある近傍全体で成り立たなければならない.ところが原点以外のどんな点をとっても,その周りには($x\ne0$ または $y\ne0$ である)C-R方程式が破れる点が必ず含まれてしまう.つまり,原点のまわりにC-R方程式が全体で成り立つような近傍は存在しない.したがって,$z=0$ という1点で「微分可能の定義式が意味をもつ」としても,$f(z)=|z|^2$ は原点においてすら正則ではない(正則性は,1点だけでなく,その近傍全体を巻き込む性質だからである).他のすべての点では,C-R方程式自体が成り立たないので,定理24.1の対偶(正則でない $\Rightarrow$ 微分可能でない)より,微分可能でさえない.
(sympyで検算済み:$u_x=v_y$ を解くと $x=0$,$u_y=-v_x$ を解くと $y=0$,共通解は原点のみ.)このように,$|z|^2$ は「$z$ だけの式」に見えなくても(実際 $|z|^2=z\bar z$ で $\bar z$ を含んでいる),例題24.6と同じ理由でほとんど正則にならない典型例である.
24.4 いろいろな複素関数の導関数と微分公式
C-R方程式のおかげで,正則性は「$u,v$ の偏導関数を計算して確かめる」という具体的な作業になった.本節では,この道具をフル活用して,複素関数の微分に関する基本公式——線形性,積・商の微分公式——を(ノートで「実数の場合と同じ証明なので略」とされた部分も含めて)すべて証明し,最後にそれらを使って,$e^z,\sin z,\cos z,\log z,\alpha^z$ という具体的な関数の導関数を求める.底本のノートでは,まず関数の一覧((5))が先に示され,線形性・積と商の公式((6)(7))があとに続く構成だったが,教科書ではまず道具(線形性・積と商の公式)を先に確立し,それを使って一覧の各公式を導く順に並べ替える(内容はノートのすべての項目を含む).
24.4.1 微分の線形性
複素関数の微分の定義式 $\displaystyle f'(z)=\lim_{\Delta z\to0}\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}$ は,実関数の微分の定義式と形がまったく同じである.極限の性質(実数のときと同じ,和・定数倍について極限が分配できるという性質)も複素数の極限についてそのまま成り立つので,微分にも同じ線形性がある.
公式24.1 微分の線形性
$$ \frac{d}{dz}\bigl(f(z)\pm g(z)\bigr) = \frac{d}{dz}f(z)\pm\frac{d}{dz}g(z) ,\qquad\qquad \frac{d}{dz}\bigl(\alpha f(z)\bigr) = \alpha\,\frac{d}{dz}f(z)\quad(\alpha\text{は複素定数}) $$証明
和・差について,定義どおりに極限を計算すると,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(f(z)\pm g(z)\bigr) = \lim_{\Delta z\to0}\frac{\bigl(f(z+\Delta z)\pm g(z+\Delta z)\bigr)-\bigl(f(z)\pm g(z)\bigr)}{\Delta z} $$分子を $f$ の差と $g$ の差に組み替える(足し算・引き算の順序を変えただけ)と,
$$ = \lim_{\Delta z\to0}\left(\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}\pm\frac{g(z+\Delta z)-g(z)}{\Delta z}\right) $$極限は和・差について分配できる($f,g$ それぞれの極限が存在するので)ので,
$$ = \lim_{\Delta z\to0}\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z} \pm \lim_{\Delta z\to0}\frac{g(z+\Delta z)-g(z)}{\Delta z} = \frac{d}{dz}f(z)\pm\frac{d}{dz}g(z) $$定数倍についても同様に,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(\alpha f(z)\bigr) = \lim_{\Delta z\to0}\frac{\alpha f(z+\Delta z)-\alpha f(z)}{\Delta z} = \alpha\lim_{\Delta z\to0}\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z} = \alpha\,\frac{d}{dz}f(z) $$($\alpha$ は $\Delta z\to0$ に無関係な定数だから,極限の外にくくり出せる.)
(証明終わり)
24.4.2 積の微分公式・商の微分公式
ノートには「実数の場合と同じ証明なので略」とだけ書かれているが,「同じ証明」とは具体的にどういう計算なのか,ここで実際に書き下す.
公式24.2 積の微分公式・商の微分公式
$$ \frac{d}{dz}\bigl(f(z)g(z)\bigr) = \frac{d}{dz}f(z)\cdot g(z) + f(z)\cdot\frac{d}{dz}g(z) $$ $$ \frac{d}{dz}\left(\frac{f(z)}{g(z)}\right) = \frac{\dfrac{d}{dz}f(z)\cdot g(z) - f(z)\cdot\dfrac{d}{dz}g(z)}{\{g(z)\}^2}\qquad(g(z)\ne0) $$証明:積の微分公式
定義どおり差分商をつくる.
$$ \frac{(fg)(z+\Delta z)-(fg)(z)}{\Delta z} = \frac{f(z+\Delta z)g(z+\Delta z)-f(z)g(z)}{\Delta z} $$分子に $-f(z+\Delta z)g(z)+f(z+\Delta z)g(z)$(差し引き $0$ になる項)をはさみ込む——これは実関数の積の微分公式の証明で使うのとまったく同じ技巧である.
$$ f(z+\Delta z)g(z+\Delta z)-f(z)g(z) = f(z+\Delta z)\bigl[g(z+\Delta z)-g(z)\bigr] + g(z)\bigl[f(z+\Delta z)-f(z)\bigr] $$(右辺を展開すると $f(z+\Delta z)g(z+\Delta z)-f(z+\Delta z)g(z)+g(z)f(z+\Delta z)-g(z)f(z)$ となり,中央の2項が打ち消し合わずに残る形——$-f(z+\Delta z)g(z)+g(z)f(z+\Delta z)=0$——であることを確認すれば,左辺と一致するとわかる.)両辺を $\Delta z$ で割ると,
$$ \frac{(fg)(z+\Delta z)-(fg)(z)}{\Delta z} = f(z+\Delta z)\cdot\frac{g(z+\Delta z)-g(z)}{\Delta z} + g(z)\cdot\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z} $$$\Delta z\to0$ のとき,$f$ は(微分可能だから)連続でもあるので $f(z+\Delta z)\to f(z)$,また右辺の2つの差分商はそれぞれ $g'(z),f'(z)$ に収束する.よって,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(f(z)g(z)\bigr) = f(z)g'(z) + g(z)f'(z) = f'(z)g(z)+f(z)g'(z) $$(証明終わり)
証明:商の微分公式
$\varphi(z)=f(z)/g(z)$ とおく.$f(z)=\varphi(z)g(z)$ と見て,両辺を積の微分公式(いま証明したばかりの公式)で微分すると,
$$ f'(z) = \varphi'(z)g(z)+\varphi(z)g'(z) $$$\varphi'(z)$ について解くと,
$$ \varphi'(z) = \frac{f'(z)-\varphi(z)g'(z)}{g(z)} = \frac{f'(z)-\dfrac{f(z)}{g(z)}g'(z)}{g(z)} = \frac{f'(z)g(z)-f(z)g'(z)}{\{g(z)\}^2} $$(最後の変形は,分子・分母に $g(z)$ を掛けて分数の中の分数を整理した.)すなわち,
$$ \frac{d}{dz}\left(\frac{f(z)}{g(z)}\right) = \frac{f'(z)g(z)-f(z)g'(z)}{\{g(z)\}^2} $$(証明終わり,sympyで数値検算済み:$f(z)=z^2+1,\ g(z)=z-1$ で直接微分と公式が一致)
24.4.3 いろいろな複素関数の導関数
線形性・積と商の公式という道具がそろったので,具体的な関数の導関数を求めていく.第23章で定義された $e^z,\log z,\alpha^z,\sin z,\cos z$ の定義式を使う.
公式24.3 いろいろな複素関数の導関数
$$ \frac{d}{dz}(e^z)=e^z \qquad\qquad \frac{d}{dz}(\alpha^z)=\alpha^z\log\alpha\quad(\alpha:複素定数) $$ $$ \frac{d}{dz}\sin z=\cos z \qquad\qquad \frac{d}{dz}\cos z=-\sin z $$ \begin{equation} \frac{d}{dz}\tan z=\frac{1}{\cos^2z} \qquad\qquad \frac{d}{dz}\log z=\frac1z \label{eq:24-derivtable} \end{equation}Remember!——$\bar z$ を含む関数はほとんど正則でない
公式24.3に並んだ関数は,どれも「$z$ そのものの式」($z$ の四則演算・べき乗・指数・対数・三角関数の組み合わせ)としてだけ書かれており,$\bar z$ は一切登場しない.これは偶然ではない.例題24.6($\bar z$)と例題24.7($|z|^2=z\bar z$)で確かめたとおり,$\bar z$ を含む式はほとんどの場合C-R方程式を満たさず,正則にならない.正則性という性質そのものが,「$\bar z$ を使わずに $z$ だけで書けること」とほぼ同じ意味だと言ってもよい(この直感は,第26章以降でべき級数を使って正則関数を特徴づけるときに,さらにはっきりした形で戻ってくる).
以下,公式24.3の各項目を順に導く.まず,$e^z,\sin z,\cos z$ をまとめて扱える,次の一般公式を示すと見通しがよい.
補題:$\dfrac{d}{dz}\bigl(e^{cz}\bigr)=c\,e^{cz}$($c$ は任意の複素定数)
$c=p+iq$($p,q$ は実数)とおく.$cz=(p+iq)(x+iy)=(px-qy)+i(qx+py)$ だから,オイラーの公式(第21章21.4節)より,
$$ e^{cz} = e^{(px-qy)+i(qx+py)} = e^{px-qy}\bigl[\cos(qx+py)+i\sin(qx+py)\bigr] $$したがって,$u(x,y)=e^{px-qy}\cos(qx+py)$,$v(x,y)=e^{px-qy}\sin(qx+py)$ である.$u$ を $x$ で偏微分するときは,積の微分($e^{px-qy}$ の部分の指数の中身が $x$ を含み,$\cos(qx+py)$ の中身も $x$ を含むので,2つとも $x$ に依存する関数の積として微分する)を使う.$e^{px-qy}$ を $x$ で微分すると,指数の中身 $px-qy$ を $x$ で微分した $p$ が前に出て $p\,e^{px-qy}$,$\cos(qx+py)$ を $x$ で微分すると,中身 $qx+py$ を $x$ で微分した $q$ が前に出て $-q\sin(qx+py)$ になる(合成関数の微分).よって,
$$ u_x = p\,e^{px-qy}\cos(qx+py) + e^{px-qy}\cdot\bigl(-q\sin(qx+py)\bigr) = e^{px-qy}\bigl[p\cos(qx+py)-q\sin(qx+py)\bigr] $$同様に $v$ を $y$ で偏微分する.$e^{px-qy}$ を $y$ で微分すると中身を $y$ で微分した $-q$ が前に出て $-q\,e^{px-qy}$,$\sin(qx+py)$ を $y$ で微分すると中身を $y$ で微分した $p$ が前に出て $p\cos(qx+py)$ になるので,
$$ v_y = -q\,e^{px-qy}\sin(qx+py) + e^{px-qy}\cdot p\cos(qx+py) = e^{px-qy}\bigl[p\cos(qx+py)-q\sin(qx+py)\bigr] $$$u_x$ と $v_y$ を比べると完全に一致しており,$u_x=v_y$ が確認できた.同様に $u_y,-v_x$ を計算しても一致することが確かめられる(sympyで検算済み,全4つの偏導関数を計算してC-R方程式を確認した).よって $e^{cz}$ は($c$ がどんな複素定数であっても)全平面で正則である.系24.1より,導関数は,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(e^{cz}\bigr) = u_x+iv_x $$で求まる.$v_x$ も同様に計算すると $v_x=e^{px-qy}\bigl[p\sin(qx+py)+q\cos(qx+py)\bigr]$ となるので,
$$ u_x+iv_x = e^{px-qy}\Bigl\{\bigl[p\cos(qx+py)-q\sin(qx+py)\bigr] + i\bigl[p\sin(qx+py)+q\cos(qx+py)\bigr]\Bigr\} $$波括弧の中を $p$ の項と $q$ の項に整理すると,
$$ = e^{px-qy}\Bigl\{p\bigl[\cos(qx+py)+i\sin(qx+py)\bigr] + iq\bigl[\cos(qx+py)+i\sin(qx+py)\bigr]\Bigr\} = e^{px-qy}(p+iq)\bigl[\cos(qx+py)+i\sin(qx+py)\bigr] $$($-q\sin(\cdot)+iq\cdot i\sin(\cdot)$ のような項が $iq[\cos+i\sin]=iq\cos-q\sin$ という形にまとまることを使った.)最後に $p+iq=c$ と,$e^{px-qy}[\cos(qx+py)+i\sin(qx+py)]=e^{cz}$(最初の式に戻る)を使うと,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(e^{cz}\bigr) = c\,e^{cz} $$(証明終わり,sympyで数値検算済み:ランダムな複素数 $c,z$ で6点チェック)
導出:$\dfrac{d}{dz}(e^z)=e^z$
いま示した補題で $c=1$($p=1,q=0$)とおくだけでよい.
$$ \frac{d}{dz}\bigl(e^{1\cdot z}\bigr) = 1\cdot e^{1\cdot z} \quad\Longrightarrow\quad \frac{d}{dz}(e^z)=e^z $$(証明終わり——例題24.4でC-R方程式を確認したこととも整合する)
導出:$\dfrac{d}{dz}(\alpha^z)=\alpha^z\log\alpha$
複素べき乗の定義(第23章)は $\alpha^z=e^{z\log\alpha}$($\log\alpha$ はある1つの分枝に固定した複素定数)である.これは補題で $c=\log\alpha$(固定された複素定数)とおいた場合の $e^{cz}$ そのものだから,補題より直ちに,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(\alpha^z\bigr) = \frac{d}{dz}\bigl(e^{z\log\alpha}\bigr) = (\log\alpha)\,e^{z\log\alpha} = \alpha^z\log\alpha $$(証明終わり)
導出:$\dfrac{d}{dz}\sin z=\cos z$,$\dfrac{d}{dz}\cos z=-\sin z$
複素三角関数の定義(第23章,オイラーの公式から導かれる指数関数による表示)は,
$$ \sin z = \frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} ,\qquad \cos z = \frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2} $$である.$e^{iz}$ は補題で $c=i$ とおいた場合,$e^{-iz}$ は $c=-i$ とおいた場合の $e^{cz}$ にほかならない.公式24.1(線形性)を使って,$\sin z$ を項別に微分すると,
$$ \frac{d}{dz}\sin z = \frac{d}{dz}\left(\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}\right) = \frac{1}{2i}\left(\frac{d}{dz}e^{iz}-\frac{d}{dz}e^{-iz}\right) = \frac{1}{2i}\Bigl(i\,e^{iz}-(-i)e^{-iz}\Bigr) $$(補題を $c=i$ と $c=-i$ にそれぞれ適用した:$\frac{d}{dz}e^{iz}=i\,e^{iz}$,$\frac{d}{dz}e^{-iz}=(-i)e^{-iz}$.)括弧の中を整理すると $i\,e^{iz}+i\,e^{-iz}=i(e^{iz}+e^{-iz})$ となるので,
$$ \frac{d}{dz}\sin z = \frac{i(e^{iz}+e^{-iz})}{2i} = \frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2} = \cos z $$同様に $\cos z$ を項別に微分すると,
$$ \frac{d}{dz}\cos z = \frac{d}{dz}\left(\frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2}\right) = \frac12\Bigl(i\,e^{iz}+(-i)e^{-iz}\Bigr) = \frac{i(e^{iz}-e^{-iz})}{2} = i\cdot\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2} $$$\dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2}=i\sin z$(定義式の分母を比べればわかる:$\sin z=\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}$ の両辺に $i$ を掛けると $i\sin z=\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}\cdot i=\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2}$)だから,
$$ \frac{d}{dz}\cos z = i\cdot i\sin z = i^2\sin z = -\sin z $$(証明終わり,sympyで検算済み:$(e^{iz}\pm e^{-iz})$ 型の定義がsympyの$\sin z,\cos z$と数値的に一致し,その微分も$\cos z,-\sin z$と一致することを確認した)
数学ノート:$u,v$ に直接展開しても同じ結果になる
$\sin z,\cos z$ を $u(x,y)+iv(x,y)$ の形に直接展開すると,加法定理と双曲線関数(第21章21.6節,$\cosh y=\frac{e^y+e^{-y}}2,\ \sinh y=\frac{e^y-e^{-y}}2$)を使って,
$$ \sin z=\sin x\cosh y+i\cos x\sinh y ,\qquad \cos z=\cos x\cosh y-i\sin x\sinh y $$という形になる(sympyで数値検算済み).これらのC-R方程式を直接確かめても($\sin z$ なら $u_x=\cos x\cosh y=v_y$,$u_y=\sin x\sinh y=-v_x$),系24.1の $u_x+iv_x$ から同じ導関数 $\cos z$,$-\sin z$ が得られる.上の指数関数を使った導き方のほうが速いが,この直接計算でも同じ答えにたどり着くことを確認しておくと,C-R方程式という道具に対する信頼が増すはずである.
導出:$\dfrac{d}{dz}\tan z=\dfrac{1}{\cos^2z}$
$\tan z=\dfrac{\sin z}{\cos z}$($\cos z\ne0$)に,公式24.2(商の微分公式)を $f(z)=\sin z$,$g(z)=\cos z$ として適用すると,
$$ \frac{d}{dz}\tan z = \frac{(\sin z)'\cos z-\sin z(\cos z)'}{\cos^2z} = \frac{\cos z\cdot\cos z-\sin z\cdot(-\sin z)}{\cos^2z} = \frac{\cos^2z+\sin^2z}{\cos^2z} $$ここで,実数のときと同じピタゴラスの関係 $\sin^2z+\cos^2z=1$ が複素数でも成り立つことを使う(下の数学ノート参照).よって,
$$ \frac{d}{dz}\tan z = \frac{1}{\cos^2z} $$(証明終わり,sympyで検算済み:sympyの$\tan z$の微分と$1/\cos^2z$が一致)
数学ノート:$\sin^2z+\cos^2z=1$ も複素数で成り立つ
指数関数による定義に戻って直接確かめられる.
$$ \sin^2z+\cos^2z = \left(\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}\right)^2+\left(\frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2}\right)^2 = \frac{-(e^{2iz}-2+e^{-2iz})}{4}+\frac{e^{2iz}+2+e^{-2iz}}{4} $$($1/i^2=-1$ に注意して1項目の分母を展開した.)分子を足し合わせると $e^{2iz}$ と $e^{-2iz}$ の項がちょうど打ち消し合い,
$$ = \frac{(-e^{2iz}+2-e^{-2iz})+(e^{2iz}+2+e^{-2iz})}{4} = \frac{4}{4} = 1 $$(sympyで検算済み).高校数学の $\sin^2\theta+\cos^2\theta=1$ が,$\theta$ を複素数 $z$ に置き換えてもそのまま成り立つことがわかる.
導出:$\dfrac{d}{dz}\log z=\dfrac1z$
複素対数関数の主値(第23章)は $\log z=\log|z|+i\arg z$ と定義される.$z=x+iy$,$|z|=\sqrt{x^2+y^2}$ とし,偏角の主値を $\arg z\in(-\pi,\pi]$ にとる.$x\gt0$ の範囲では $\arg z=\tan^{-1}\dfrac yx$ と書けるので,
$$ u(x,y) = \log\sqrt{x^2+y^2} = \frac12\log(x^2+y^2) ,\qquad v(x,y) = \tan^{-1}\frac{y}{x} $$偏導関数を計算する.$u$ は合成関数の微分($\log$ の中身 $x^2+y^2$ をさらに $x$ で微分する)で,
$$ u_x = \frac12\cdot\frac{2x}{x^2+y^2} = \frac{x}{x^2+y^2} $$$v=\tan^{-1}(y/x)$ を $y$ で偏微分するときは,$\tan^{-1}u$ の微分公式 $\dfrac{1}{1+u^2}$($u=y/x$)に,$u$ を $y$ で微分した $1/x$ を掛けて,
$$ v_y = \frac{1}{1+(y/x)^2}\cdot\frac1x = \frac{x^2}{x^2+y^2}\cdot\frac1x = \frac{x}{x^2+y^2} $$$u_x=v_y$ が確認できた.同様に $u_y=\dfrac{y}{x^2+y^2}$,$v_x=\dfrac1{1+(y/x)^2}\cdot\left(-\dfrac{y}{x^2}\right)=-\dfrac{y}{x^2+y^2}$ となり,$u_y=-v_x$ も成り立つ(sympyで検算済み).よって $\log z$ は($x\gt0$ の範囲で)正則である.系24.1より,
$$ \frac{d}{dz}\log z = u_x+iv_x = \frac{x}{x^2+y^2} - i\,\frac{y}{x^2+y^2} = \frac{x-iy}{x^2+y^2} = \frac{\bar z}{|z|^2} = \frac{\bar z}{z\bar z} = \frac1z $$($x\lt0$ の範囲でも,$\arg z$ の主値の表し方が変わるだけで,まったく同様の計算により同じ結果 $1/z$ が得られる.)
(証明終わり,sympyで数値検算済み:$x\gt0$ の範囲で6点チェック)
注意:$\log z$ の定義域は「原点と負の実軸を除いた」領域
$\arg z$ の主値は $(-\pi,\pi]$ の範囲にとるのが普通だが,$z$ が負の実軸($\arg z=\pi$ の方向)を横切ると,$\arg z$ の値が $+\pi$ から $-\pi$(あるいはその逆)へ急に飛ぶ——連続でなくなる.したがって $\log z=\log|z|+i\arg z$ も,負の実軸上では連続にならず,微分どころではない.そこで $\log z$ の定義域は,通常 $D=\mathbb C\setminus\{x\le0,\ y=0\}$(原点と負の実軸を取り除いた複素平面)にとる.このように,ある関数を正則にするために意図的に取り除く線を分岐切断(branch cut)という.図24.6にこの様子を示す——24.1節で定義した「領域」ということばが,ここで実際に働いている.$D$ は原点を含まず,負の実軸にも触れていないので,開集合性・連結性の両方をみたす立派な領域である.
例題24.8 $f(z)=\dfrac1z$($z\ne0$)の正則性とC-R方程式経由での導関数
$f(z)=\dfrac1z$($z\ne0$)がC-R方程式をみたすことを確認し,導関数を求めよ.
解答 $\dfrac1z=\dfrac{\bar z}{z\bar z}=\dfrac{\bar z}{|z|^2}=\dfrac{x-iy}{x^2+y^2}$ より,
$$ u(x,y)=\frac{x}{x^2+y^2} ,\qquad v(x,y)=\frac{-y}{x^2+y^2} $$(分母を実数化するために,分母の複素数 $z$ とその共役 $\bar z$ を掛けるという,高校数学の分母の有理化と同じ発想を使った.)商の微分の要領で偏導関数を計算すると,
$$ u_x = \frac{1\cdot(x^2+y^2)-x\cdot2x}{(x^2+y^2)^2} = \frac{y^2-x^2}{(x^2+y^2)^2} ,\qquad v_y = \frac{-1\cdot(x^2+y^2)-(-y)\cdot2y}{(x^2+y^2)^2} = \frac{y^2-x^2}{(x^2+y^2)^2} $$$u_x=v_y$ が確認できた.同様に,
$$ u_y = \frac{-2xy}{(x^2+y^2)^2} ,\qquad v_x = \frac{2xy}{(x^2+y^2)^2} $$より $u_y=-v_x$ も成り立つ($z\ne0$,すなわち $(x,y)\ne(0,0)$ のすべての点で).したがって $f(z)=1/z$ は $z\ne0$ で正則である.系24.1より,
$$ f'(z) = u_x+iv_x = \frac{y^2-x^2}{(x^2+y^2)^2}+i\,\frac{2xy}{(x^2+y^2)^2} = \frac{(y^2-x^2)+i\cdot2xy}{(x^2+y^2)^2} $$分子を $(x-iy)^2=x^2-2ixy-y^2=(x^2-y^2)-2ixy$ と見比べると,$(y^2-x^2)+i\cdot2xy=-\bigl[(x^2-y^2)-2ixy\bigr]=-(x-iy)^2$ である.$x-iy=\bar z$,$x^2+y^2=|z|^2=z\bar z$ を使うと,
$$ f'(z) = \frac{-(x-iy)^2}{(x^2+y^2)^2} = -\frac{\bar z^2}{|z|^4} = -\frac{\bar z^2}{(z\bar z)^2} = -\frac{1}{z^2} $$すなわち $f'(z)=-\dfrac{1}{z^2}$ であり,これは高校数学で $\left(\dfrac1x\right)'=-\dfrac{1}{x^2}$ と習う公式と同じ形である(sympyで数値検算済み:5点でランダムチェック).
例題24.9 積の微分公式の応用——$\dfrac{d}{dz}\bigl(z^2\sin z\bigr)$
積の微分公式(公式24.2)を用いて,$\dfrac{d}{dz}\bigl(z^2\sin z\bigr)$ を計算せよ.
解答 $f(z)=z^2$,$g(z)=\sin z$ とおく.$f'(z)=2z$(高校既習のべき関数の微分と同じ形,例題24.5の計算とも整合),$g'(z)=\cos z$(公式24.3)だから,積の微分公式より,
$$ \frac{d}{dz}\bigl(z^2\sin z\bigr) = f'(z)g(z)+f(z)g'(z) = 2z\sin z + z^2\cos z $$(sympyで検算済み).
24.5 まとめと演習
24.5.1 まとめ
- 近傍:$|z-z_0|\lt r$ をみたす点全体.領域:開集合性(境界を含まない)と連結性(任意の2点を内部の折れ線で結べる)をみたす集合.
- 複素関数の連続性は「どんな近づき方をしても同じ極限値になる」ことを要求する——実関数の連続性より本質的に強い条件($\bar z/z$ は極限が存在しない:例題24.3).
- 正則性(holomorphy):$u,v$ が近傍全体で1回連続微分可能で,コーシー・リーマンの方程式(C-R方程式)
- をみたすこと.定理24.1:「正則 $\iff$ 微分可能」——両方向とも本章で完全に証明した(「正則 $\Rightarrow$ 微分可能」の証明では,2変数関数の平均値の定理,すなわち第6章定理6.2の $n=0$ の場合を使った).
- 系24.1:正則関数の導関数は $f'(z)=u_x+iv_x=v_y-iu_y$ で計算できる——この公式が24.4節の計算すべての土台になった.
- $\bar z$ を含む関数($\bar z,\ |z|^2$ など)はほとんど正則にならない——正則性は「$z$ だけで書けること」とほぼ同義(例題24.6,24.7).正則性はある1点だけでなく,その近傍全体にわたる性質である.
- 微分の線形性(公式24.1),積・商の微分公式(公式24.2)を完全に証明し,一般公式 $\dfrac{d}{dz}e^{cz}=ce^{cz}$ から $e^z,\sin z,\cos z,\alpha^z$ の導関数を統一的に導いた.$\log z$(主値)の導関数は $1/z$ だが,定義域には分岐切断(負の実軸の除去)が必要である.
底本のノートの最後(p.26)には,「(8) Cauchy–Riemann Relation(C-R方程式)」という見出しで,「領域 $D$ で定義された $z=x+iy$ の関数 $f(z)=u(x,y)+iv(x,y)$ が正則であ」るという1文が,動詞を書き終える前に中断したまま残されている.内容そのものは24.2節で導入したC-R方程式と完全に同じであり,ノートの著者が章の締めくくりに,あらためて「コーシー・リーマンの方程式」という名前を確認しようとした痕跡だと考えられる.この名前は,複素解析学の教科書ならどこにでも登場する,正則関数論でもっとも基本的な関係式の呼び名として,本章を通じて何度も使ってきたとおりである.
24.5.2 演習問題
演習24.1 $f(z)=x^2-y^2+2ixy$ の正則性
$f(z)=x^2-y^2+2ixy$ がどの点で正則かを調べよ.
ヒント:$u=x^2-y^2$,$v=2xy$ としてC-R方程式を確認する.この $f(z)$ が実は見慣れたどんな式に等しいかにも注目せよ.
演習24.2 調和共役——実部から正則関数を1つ作る
$u(x,y)=x^3-3xy^2$ を実部にもつ正則関数 $f(z)=u+iv$ を,虚部 $v(x,y)$ をC-R方程式から求めることによって1つ構成せよ.
ヒント:$v_y=u_x$ を $y$ について積分すると $v$ の形が決まる(積分定数の代わりに $x$ だけの関数 $h(x)$ が付く).もう1つの式 $v_x=-u_y$ を使って $h(x)$ を決定する.
演習24.3 $f(z)=\cos z$ の正則性と導関数
$f(z)=\cos z$ の正則性をC-R方程式から確認し,導関数を求めよ.
ヒント:$\cos z=\cos x\cosh y-i\sin x\sinh y$(24.4節の数学ノート参照)を使う.
演習24.4 商の微分公式の応用
$g(z)=\dfrac{z^2+1}{z-1}$ に商の微分公式を用いて導関数を求め,$g(z)$ が正則でない点を指摘せよ.
ヒント:$f(z)=z^2+1$,$h(z)=z-1$ として公式24.2を適用する.分母が $0$ になる点に注意する.
演習24.5 2方向の極限が一致することの具体的確認
$f(z)=z^2$ について,24.3.1項の証明で使った[1]$\beta=0,\alpha\to0$ の極限と,[2]$\alpha=0,\beta\to0$ の極限を,$u=x^2-y^2$,$v=2xy$ に対して実際に計算し,同じ値になることを確かめよ.
ヒント:式\eqref{eq:24-dir1}と式\eqref{eq:24-dir2}に,この $u,v$ を代入して計算するだけでよい.
演習24.6 正則関数の実部は調和関数である
$f(z)=u+iv$ が正則であるとき,実部 $u$ が調和関数(harmonic function),すなわち $u_{xx}+u_{yy}=0$ をみたすことを,C-R方程式から示せ.
ヒント:$u_x=v_y$ の両辺を $x$ で,$u_y=-v_x$ の両辺を $y$ でそれぞれ偏微分し,第6章6.3節のシュワルツの定理($v_{xy}=v_{yx}$)を使って2つの式を組み合わせる.
24.5.3 参考文献
- 望月泰英『数学ノート 複素解析学』(手書き講義ノート).本章の底本.
- L. v. Ahlfors, Complex Analysis, 3rd ed. (McGraw-Hill, 1979).