大学数学 — 目次 第V部 複素解析学 / 第22章

第22章複素関数と写像

前章では,複素数 $z=a+bi$ を複素平面上の1つの点として捉え直し,絶対値・極形式・ド・モアブルの定理・オイラーの公式といった道具をひととおり手に入れた.本章からは,複素数を1つ1つの点としてではなく,「複素数を複素数に対応させる規則」——すなわち複素関数(complex function)$W=f(z)$——として扱う.高校数学で学んだ実数関数 $y=f(x)$ は,$x$ という数を $y$ という数に対応させる規則であった.複素関数もまったく同じ発想で,$z=x+iy$ という複素数を,$W=u+iv$ という別の複素数に対応させる規則にすぎない.違うのは,$x$ だけでなく$y$も,$u$だけでなく$v$も動くという点である——つまり,独立変数と従属変数がそれぞれ2つの実数(合計4つの実数)でできている.実数関数のグラフは$(x,y)$という2つの実数の組を平面上の1点として描けたが,複素関数の「グラフ」は$(x,y,u,v)$という4つの実数の組になり,そのままでは3次元までしか描けない我々の目には見えない.そこで先人たちは,4次元のグラフを一気に描く代わりに,$z=x+iy$を表す平面($z$平面)と$W=u+iv$を表す平面($W$平面)という2枚の平面を並べて描き,$z$平面上の点や図形が$f$によって$W$平面上のどこに移るかを追いかける,という方法を編み出した.これが本章のタイトルにある「写像(mapping)」という見方である.

この見方に立つと,複素関数を調べることは「$z$平面のどの点(や曲線,領域)が,$W$平面のどの点(や曲線,領域)に写るか」という幾何学の問題になる.本章では,$W=(1+i)z$ のような単純な例から出発し,1つの点がちょうど1つの点に写る「1対1対応」,複数の点が1つの点に押しつぶされる「多対1対応」,ちょうど2つの点が1つの点に集まる「2対1対応」($W=z^2$)を,具体的な計算と図で見分けられるようになることを目標にする.さらに,$W=1/z$ という関数が$z=0$で定義できないという困った問題を,無限遠点(point at infinity)という新しい点を1つ追加し,リーマン球面(Riemann sphere)という球の上で考えることで解消する方法を学ぶ.最後に,多項式で表される$n$次複素整関数と,分数の形をした1次分数関数(メビウス変換,Möbius transformation)を導入する.1次分数関数は「回転・伸縮・平行移動・反転」という単純な操作の合成にすぎないことを見る——この事実は,工学において電場や流体の流れを扱うときに使われる等角写像(conformal mapping)の考え方の出発点でもある.本章で身につける「写像として関数を見る」という視点は,次章で指数関数・対数関数・三角関数を複素数の世界に拡張するときも,第24章で正則関数を定義するときも,一貫して土台になる考え方である.

この章で学ぶこと
  • 複素関数 $W=f(z)$ の定義:$z$平面上の集合 $D_1$ を,ある規則に従って $W$平面上の集合 $D_2$ に対応させる写像として理解する
  • 1対1対応(単射,injective)・多対1対応・2対1対応の複素関数の区別と,具体例 $W=(1+i)z$,$W=\mathrm{Re}(z)$,$W=z\bar z=\abs{z}^2$,$W=z^2$ による判定
  • $W=z^2$ が原点以外で2対1対応であること,$z$平面上の直線・円の像が$W$平面上でどんな放物線・円になるかの計算($u=x^2-y^2$,$v=2xy$)
  • $W=1/z$ の極形式による表示 $R=1/r,\ \Theta=-\theta$(大きさの反転と実軸に関する対称移動の合成)と,無限遠点 $z=\infty\leftrightarrow W=0$,$z=0\leftrightarrow W=\infty$ の導入
  • リーマン球面によって無限遠点を「特別扱いしない,ふつうの1点」として扱えるようになる仕組み
  • $n$次複素整関数 $W=\sum_{k=0}^n\alpha_kz^k$ と,1次分数関数(メビウス変換)$W=\dfrac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}$($\alpha\delta-\beta\gamma\neq0$)の定義
  • 1次分数関数が $W=C_1\dfrac{1}{\gamma z+\delta}+C_2$ の形に分解でき,「回転・伸縮」「平行移動」「反転」「回転・伸縮」「平行移動」という5段階の単純な写像の合成であること
前提:第21章(複素数の極形式:$z=r(\cos\theta+i\sin\theta)=re^{i\theta}$,$r=\abs{z}$,$\theta=\arg z$,および $\abs{z}^2=z\bar z$)と,第21章5節で扱う「$i$を掛けることは90°回転すること」という回転作用素としての見方.高校数学の関数とグラフの考え方($y=f(x)$).放物線の方程式の形(高校数学 第8章8.1節:$y^2=4px$ の形)を知っていると,本章でいくつも現れる放物線の式をすぐに見分けられる.円の方程式 $(x-a)^2+(y-b)^2=r^2$(中学数学)は既知とする.
もとにしたノート:望月泰英『数学ノート 複素解析学』 pp. 9–14.

22.1 複素関数とは何か — 写像としての理解

まず,具体的な数値で感触をつかんでおこう.たとえば$W=(1+i)z$という規則を考えると,$z=1+i$を代入すれば$W=(1+i)(1+i)=(1+i)^2=1+2i+i^2=2i$のように,1つの複素数$z$から1つの複素数$W$がきちんと定まる.このように「複素数を複素数に対応させる規則」を,複素関数と呼ぶ.以下できちんとした定義を書く.記号がいくつも出てくるが,1つずつ高校数学の関数の定義と比べながら読めば難しくない.

定義22.1 複素関数(complex function)

複素数の集合 $D_1=\{z\mid z=x+iy,\ x,y\in\R\}$ を考える(記号 $\{z\mid \cdots\}$ は「$\cdots$ を満たす $z$ 全体の集合」と読む,高校数学 第1章1.5節で学んだ集合の表し方である).ある規則 $f$ に従って,$D_1$ の各点 $z$ に対し,別の複素数の集合 $D_2=\{W\mid W=u(x,y)+iv(x,y),\ u,v\in\R\}$ の点がちょうど1つ定まるとき,この対応を

\begin{equation} W=f(z) \label{eq:22-def} \end{equation}

と表し,$f$ を集合 $D_1$ で定義された複素関数(complex function),あるいは $D_1$ から $D_2$ への写像(mapping)という.

「ちょうど1つ定まる」という条件は,高校数学で習った関数の定義——「独立変数の値を1つ決めると,従属変数の値がただ1つ決まるような規則」——をそのまま複素数の世界に持ち込んだだけである.$z$ が独立変数,$W$ が従属変数にあたる.ここで $z=x+iy$($x,y$ が独立変数)であり,$W=u+iv$($u,v$ が従属変数)である.つまり,複素関数を1つ決めるとは,実は2つの実数値関数の組

$$ u=u(x,y),\qquad v=v(x,y) $$

を決めることに等しい.$u(x,y)$ は「$W$ の実部(real part)」,$v(x,y)$ は「$W$ の虚部(imaginary part)」と呼ばれ,$u=\mathrm{Re}(W)$,$v=\mathrm{Im}(W)$ とも書く.

なぜ?:$y=f(x)$ もじつは写像だった

「写像」というと新しい言葉に聞こえるが,実はもう慣れ親しんでいるものである.高校数学で扱ってきた実数関数 $y=f(x)$ も,$x$ という数直線上の点を $y$ という数直線上の点に対応させる規則なので,れっきとした写像の1例である.違いは,複素関数では対応させる先が「数直線上の点」ではなく「平面上の点」になる,という点だけである.

複素関数の独立変数は $z=x+iy$($x,y$ という2つの実数),従属変数は $W=u+iv$($u,v$ という2つの実数)であるから,全部で4つの実数変数が関わっている.実数関数 $y=f(x)$ のグラフは,$x$ と $y$ という2つの実数の組 $(x,y)$ を平面上の1点として描くことで得られた.同じ発想を複素関数に適用しようとすると,$(x,y,u,v)$ という4つの実数の組を描く「4次元のグラフ」が必要になるが,これは3次元までしか実感できない我々には描けない.そこで,4つの実数を一度に描くのをあきらめ,$z=x+iy$ を表す平面($z$平面)と,$W=u+iv$ を表す平面($W$平面)という2枚の平面に分けて考える.$z$平面上の点や曲線が,複素関数 $f$ によって $W$平面上のどこに写されるかを調べることが,$W=f(z)$ のグラフ的な意味を調べることに等しい.これが「写像」という見方の実体である.

z平面からW平面への写像 f x y z平面 z D1 f u v W平面 W D2
図22.1 複素関数 $W=f(z)$ の写像としての見方.$z$平面上の集合 $D_1$(の点 $z$)が,規則 $f$ によって $W$平面上の集合 $D_2$(の点 $W$)に対応する.4つの実数 $(x,y,u,v)$ を1度に描く代わりに,2枚の平面を並べて描く.

複素関数を扱う最初の一歩は,与えられた $f(z)$ の式から,実部 $u(x,y)$ と虚部 $v(x,y)$ を具体的な $x,y$ の式として取り出す計算である.次の例題で練習しておこう.

例題22.1 複素関数の実部・虚部を求める

複素関数 $W=f(z)=z^2-\bar z$ について,(1) 実部 $u(x,y)$ と虚部 $v(x,y)$ を求めよ.(2) $z=2+i$ における像 $f(2+i)$ を求めよ.

解答 (1) $z=x+iy$ とおく.$z^2=(x+iy)^2=x^2+2ixy+i^2y^2=x^2-y^2+2ixy$($i^2=-1$ を使った)であり,$\bar z=x-iy$(共役複素数は虚部の符号を変える)である.したがって

$$ W=z^2-\bar z=(x^2-y^2+2ixy)-(x-iy)=(x^2-y^2-x)+i(2xy+y) $$

(実部どうし,虚部どうしをまとめた.)ゆえに

$$ u(x,y)=x^2-y^2-x,\qquad v(x,y)=2xy+y=y(2x+1) $$

である($v$ は $y$ をくくり出せる形にしておくと,次の計算が見通しやすい).

(2) $z=2+i$ は $x=2,\ y=1$ に対応する.(1)の結果に代入すると,

$$ u(2,1)=2^2-1^2-2=4-1-2=1,\qquad v(2,1)=1\cdot(2\cdot2+1)=1\cdot5=5 $$

ゆえに $f(2+i)=1+5i$ である.検算として定義どおり直接計算すると,$z^2=(2+i)^2=4+4i+i^2=3+4i$,$\bar z=2-i$ より $z^2-\bar z=(3+4i)-(2-i)=1+5i$ となり一致する(sympyでも検算済み).

22.2 1対1対応と多対1対応の写像

複素関数 $W=f(z)$ を1つ与えると,$z$平面上のいろいろな点が $W$平面上のどこに写されるかが決まる.このとき,異なる点がどのように対応するかによって,写像を2種類に分類できる.まず,最も基本的な「1対1対応」から見ていこう.たとえば,先ほどの$W=(1+i)z$では,$z=1$を代入すれば$W=1+i$,$z=i$を代入すれば$W=i(1+i)=i-1$のように,異なる$z$を入れると必ず異なる$W$が返ってくる(そもそも0でない数を掛けて0になることはないので,$z_1\neq z_2$なら$(1+i)z_1\neq(1+i)z_2$である).このように「異なる点が異なる点に写る」性質を持つ複素関数を,次のように定義する.

定義22.2 1対1対応の複素関数(単射,injective)

複素関数 $W=f(z)$ において,$z$平面上の異なる2点 $z_1\neq z_2$ が,$W$平面上でも常に異なる点 $f(z_1)\neq f(z_2)$ に写されるとき,$f$ は1対1対応(one-to-one correspondence)の複素関数であるという.このような写像を単射(injective)とも呼ぶ.言い換えると,$W$平面上の1つの点には,$z$平面上のちょうど1つの点だけが対応する.

具体例で確かめよう.複素関数 $W=f(z)=(1+i)z$ を考える.$1+i$ を極形式に直すと,

$$ 1+i=\sqrt2\left(\frac{1}{\sqrt2}+i\frac{1}{\sqrt2}\right)=\sqrt2\,e^{i\frac\pi4} $$

($\cos\frac\pi4=\sin\frac\pi4=\frac1{\sqrt2}$ であることと,前章の極形式 $r(\cos\theta+i\sin\theta)=re^{i\theta}$ を使った.)したがって

\begin{equation} \frac{W}{z}=1+i=\sqrt2\,e^{i\frac\pi4} \label{eq:22-oneone-ratio} \end{equation}

である.この式 $\dfrac{W}{z}=\sqrt2\,e^{i\frac\pi4}$ は,「複素関数の傾き」にあたる量が定数 $\sqrt2\,e^{i\frac\pi4}$ であることを示している.前章3節で学んだとおり,複素数を掛けることは「大きさを掛け合わせ,偏角を足し合わせる」操作だったから,この式が意味するのは,どんな点 $z=x+iy$ を $W$ に写しても,$z$ の大きさ(絶対値)を $\sqrt2$ 倍し,偏角を $\dfrac\pi4$ だけ増やす(反時計回りに回転する)ということである.

実際に確かめてみよう.$z=\dfrac{1}{\sqrt2}+i\dfrac{1}{\sqrt2}\left(=e^{i\frac\pi4}\right)$(絶対値1,偏角$\frac\pi4$の点)を代入すると,

\begin{equation} W=f\left(\frac{1}{\sqrt2}+i\frac1{\sqrt2}\right)=(1+i)\left(\frac1{\sqrt2}+i\frac1{\sqrt2}\right)=\sqrt2\,e^{i\frac\pi4}\cdot e^{i\frac\pi4}=\sqrt2\,e^{i\frac\pi2}\ \left(=\sqrt2\,i\right) \label{eq:22-oneone-example} \end{equation}

(指数法則 $e^{iA}\cdot e^{iB}=e^{i(A+B)}$ を使った.)絶対値1・偏角$\frac\pi4$の点が,絶対値$\sqrt2$・偏角$\frac\pi2$の点に写ったことが分かる——大きさが$\sqrt2$倍,偏角が$\frac\pi4$だけ増えており,式\eqref{eq:22-oneone-ratio}の予言どおりである.

W=(1+i)z による1対1対応の写像:拡大と回転 x y z=1/√2+i·1/√2 π/4 z平面 u v ×√2 +π/4 回転 W=√2 i W平面
図22.2 $W=(1+i)z$ による写像.絶対値1・偏角$\frac\pi4$の点$z$が,まず大きさ$\sqrt2$倍され(内側の点線円から外側の点線円へ),続けて$\frac\pi4$だけ回転して,絶対値$\sqrt2$・偏角$\frac\pi2$の点$W=\sqrt2 i$に写る.

この複素関数は,$z$平面上のどの1点をとっても,$W$平面上のちょうど1つの点に対応する——異なる点を代入すれば,大きさも偏角も一意に決まるので,異なる$W$が得られる.よってこの関数は1対1対応の複素関数である.一般に,$0$でない複素定数 $a=re^{i\alpha}$ と複素定数 $b$ を使った1次関数について,次のことが成り立つ.

公式22.1 1次関数 $W=az+b$ の幾何学的な意味

$a=re^{i\alpha}$($r=\abs a\gt0$),$b$ を複素定数とする.1次関数 $W=az+b$ は,$z$平面上の点を,原点を中心に大きさ$r$倍・偏角$\alpha$だけ回転し,さらに$b$だけ平行移動する写像である.とくに $b=0$ のとき $W=az$ は原点を動かさない1対1対応の写像である.

公式22.1の確認

$z=\abs z\,e^{i\theta}$ とおくと,$az=r\abs z\,e^{i(\alpha+\theta)}$ となり,絶対値は$r\abs z$(もとの$r$倍),偏角は$\alpha+\theta$(もとの$\alpha$だけ増加)である.さらに$b$を加えるのは,複素平面上で$b$の分だけ平行に移動する操作である(前章で学んだ複素数の和の幾何学的意味).また,$z_1\neq z_2$ ならば $az_1+b\neq az_2+b$(両辺が等しいと仮定すると$a(z_1-z_2)=0$となるが$a\neq0$かつ$z_1\neq z_2$よりこれは矛盾)なので,$b=0$でなくても$W=az+b$自体は常に1対1対応である.(証明終わり)

例題22.2 $W=iz$ が表す写像

複素関数 $W=iz$ が表す写像(拡大率と回転角)を求めよ.また,$z=1+i$ の像 $W$ を求めよ.

解答 $i=e^{i\frac\pi2}$(絶対値1,偏角$\frac\pi2$)であるから,公式22.1で$a=i=1\cdot e^{i\frac\pi2}$,$b=0$の場合にあたる.よって$W=iz$は,大きさを$1$倍(変えない)し,偏角を$\dfrac\pi2$だけ増やす($90°$回転する)写像である.$z=1+i$のとき,

$$ W=i(1+i)=i+i^2=i-1=-1+i $$

である.検算:$z=1+i=\sqrt2\,e^{i\frac\pi4}$(絶対値$\sqrt2$,偏角$\frac\pi4$)なので,$90°$回転すると絶対値$\sqrt2$,偏角$\frac\pi4+\frac\pi2=\frac{3\pi}4$の点になるはずである.$-1+i$は絶対値$\sqrt{(-1)^2+1^2}=\sqrt2$,偏角$\arctan\frac1{-1}$(第2象限)$=\frac{3\pi}4$であり,一致する(sympyで検算済み).

次に,1対1対応ではない写像を見る.次の例を見てみよう.複素関数 $W=f(z)=\mathrm{Re}(z)$($z$の実部を取り出す関数)を考える.$z=x+iy$,$W=u+iv$ とすると,$\mathrm{Re}(z)=x$ であるから,

$$ \begin{cases} u(x,y)=x \\ v(x,y)=0 \end{cases} $$

となる.つまり,$z=3+i,\ 3+2i,\ 3+\pi i,\ 3+1000i$ は,$y$座標がまったく違うにもかかわらず,全て$u=3$という同じ点に写ってしまう.よってこの関数は,異なる点が同じ点に写ることがある——1対1対応ではない複素関数だということになる.

W=Re(z)による多対1対応の写像 x y 3 3+i 3+2i 3+πi z平面 f u v u=3 W平面
図22.3 $W=\mathrm{Re}(z)$ による多対1対応の写像.$z$平面上の直線 $x=3$($y$座標は何でもよい)上のすべての点が,$W$平面上のただ1点 $u=3$ に押しつぶされる.

注意:多対1対応でも「関数」であることに変わりはない

ここで「異なる点が同じ点に写るなら,関数の定義(独立変数の値が1つ決まれば,従属変数の値が1つ決まるような規則)を破っているのでは」と心配になるかもしれない.しかし,関数の定義が要求しているのは「1つの$z$に対して$W$がただ1つに定まる」ことだけであり,「異なる$z$には異なる$W$が対応しなければならない」とは言っていない.$W=\mathrm{Re}(z)$ でも,$z$を1つ指定すれば$W=\mathrm{Re}(z)$はただ1つに決まる($z=3+2i$なら$W$は必ず$3$になり,他の値になることはない).したがって多対1対応は関数の定義そのものを破っているわけではなく,「曲線が1つの点に潰れる」という特殊な事情があるだけである.じつは高校数学でもすでに多対1対応の実数関数に出会っている——たとえば $y=x^2$ は,$x=2$ でも$x=-2$でも同じ$y=4$を与える多対1対応の実数関数である.ただし,「1つの$z$に対して$W$がただ1つに決まる」という関数の定義そのものを本当に破ってしまう例も,実はこの先に登場する——第23章で学ぶ複素対数関数 $\log z$ や複素べき乗($z^{1/2}$ など)は,1つの$z$に対して複数(無限個,あるいは複数個)の$W$の値が対応してしまう多価関数(multivalued function)であり,これは正真正銘,関数の定義を破っている(第23章3節で詳しく学ぶ).

もう1つ例を見ておこう.複素関数 $W=g(z)=z\cdot\bar z=\abs{z}^2$ を考える.$z=x+iy$ とすると,$\abs{z}^2=x^2+y^2$ であるから,

$$ \begin{cases} u(x,y)=x^2+y^2 \\ v(x,y)=0 \end{cases} $$

となる.つまり,$z$平面上の原点中心・半径$r$の円 $\{z:\abs z=r\}$ 上のどの点を写しても,全て $u=r^2$ という同じ点に写る.よってこの関数も多対1対応の複素関数である.

W=|z|^2による多対1対応の写像 x y r −r r −r z平面 g u v u=r2 W平面
図22.4 $W=z\bar z=\abs{z}^2$ による多対1対応の写像.$z$平面上の原点中心・半径$r$の円が,$W$平面上のただ1点 $u=r^2$ に押しつぶされる.

定義22.3 多対1対応の複素関数

複素関数 $W=f(z)$ において,$z$平面上のある異なる2点 $z_1\neq z_2$ で $f(z_1)=f(z_2)$ となることがある(つまり1対1対応ではない)とき,$f$ を多対1対応(many-to-one)の複素関数という.

1対1対応と多対1対応の違いを,もう1つの例で確認しておこう.一見すると座標を1つ潰しているように見えても,実際には情報を失っていない場合があることに注意したい.

例題22.3 $W=\mathrm{Re}(z)+2i\,\mathrm{Im}(z)$ は1対1対応か多対1対応か

複素関数 $W=\mathrm{Re}(z)+2i\,\mathrm{Im}(z)$ は1対1対応か多対1対応か調べよ.

解答 $z=x+iy$ とすると $\mathrm{Re}(z)=x$,$\mathrm{Im}(z)=y$ なので,

$$ u(x,y)=x,\qquad v(x,y)=2y $$

である.一見,$W=\mathrm{Re}(z)$(多対1対応であった)に似ているが,今度は虚部の情報 $y$ も $v=2y$ という形で$W$の中に残っている点が違う.実際,$(u,v)$ の値が分かれば,

$$ x=u,\qquad y=\frac{v}{2} $$

として,もとの$z=x+iy=u+i\frac{v}{2}$がただ一通りに復元できる.したがって,異なる$(x,y)$からは必ず異なる$(u,v)$が得られる($x$が違えば$u$が違うし,$x$が同じでも$y$が違えば$v=2y$が違う).ゆえにこの関数は1対1対応である.$W=\mathrm{Re}(z)$は$y$の情報を完全に捨てていたので多対1対応になったが,本問は$y$の情報を($2$倍という形に変えつつも)$v$の中に保存しているので1対1対応になる,という違いに注意しよう.

22.3 2対1対応の写像:$W=z^2$

1対1対応と多対1対応の間には,実は細かい段階がある.複素関数 $W=f(z)=z^2$ を詳しく調べ,「ちょうど2つの点が1つの点に集まる」という特別な多対1対応——2対1対応——を観察しよう.$z=x+iy$,$W=u+iv$ とおく.

$$ W=z^2\quad\text{すなわち}\quad u+iv=(x+iy)^2 $$

右辺を展開すると($i^2=-1$ に注意),$(x+iy)^2=x^2+2ixy+i^2y^2=(x^2-y^2)+2ixy$ となるから,次の公式を得る.

公式22.2 $W=z^2$ の実部と虚部

\begin{equation} \begin{cases} u(x,y)=x^2-y^2 \\ v(x,y)=2xy \end{cases} \label{eq:22-z2-uv} \end{equation}

この式\eqref{eq:22-z2-uv}を使って,いくつかの特別な直線・円の像を計算してみよう.

[i] $y=0$(実軸)のとき.式\eqref{eq:22-z2-uv}に$y=0$を代入すると$u(x,0)=x^2$,$v(x,0)=0$である.とくに$x=\pm a$($a$は正の実数)のとき,どちらも同じ$u=a^2$という点に写される.つまり実軸上でも$W=z^2$は2対1対応であることがすぐに分かる(実数関数$y=x^2$がグラフ上で$x=\pm a$を同じ$y=a^2$に写すのと全く同じ現象である).

[ii] $y=\pm1$のとき.式\eqref{eq:22-z2-uv}に代入すると(複号同順,つまり上の符号どうし・下の符号どうしを組にして読む)

$$ u(x,\pm1)=x^2-1,\qquad v(x,\pm1)=\pm2x $$

である.この2つの式から$x$を消去して,$u$と$v$だけの関係式(像の方程式)を作ろう.第2式から$x=\pm\dfrac{v}{2}$,すなわち$y=1$のときは$v=2x$より$x=\dfrac v2$,$y=-1$のときは$v=-2x$より$x=-\dfrac v2$である($x=\dfrac v2$と$x=-\dfrac v2$は符号が逆で,一般には異なる値である).しかし,これを第1式$u=x^2-1$に代入するときはどちらも$x$を2乗するので,$\left(\dfrac v2\right)^2=\left(-\dfrac v2\right)^2=\dfrac{v^2}4$となり,$y=\pm1$のどちらでも同じ結果になる.したがって,複号同順のまま代入すると,

$$ u=\left(\frac v2\right)^2-1=\frac{v^2}4-1 $$

となる.これは$W$平面上で$v^2=4(u+1)$,すなわち頂点$(u,v)=(-1,0)$,$u$軸方向に開いた放物線である(高校数学 第8章8.1節で学んだ$y^2=4px$の形と同じである).

[iii] $x=\pm2$のとき.同様に式\eqref{eq:22-z2-uv}に代入すると(複号同順)

$$ u(\pm2,y)=4-y^2,\qquad v(\pm2,y)=\pm4y $$

である.第2式から$y=v/4$,第1式に代入すると

$$ u=4-\left(\frac v4\right)^2=4-\frac{v^2}{16} $$

となる.これも放物線であるが,頂点は$(u,v)=(4,0)$で,[ii]とは逆に$u$の負の方向に開いている.

[iv] 単位円の上半分 $x=\cos t,\ y=\sin t\ (0\le t\le\pi)$のとき.式\eqref{eq:22-z2-uv}に代入すると,

$$ \begin{cases} u(x,y)=x^2-y^2=\cos^2t-\sin^2t=\cos2t\\ v(x,y)=2xy=2\cos t\sin t=\sin2t \end{cases} $$

(2倍角の公式 $\cos2t=\cos^2t-\sin^2t$,$\sin2t=2\sin t\cos t$ を使った——高校数学で学んだ公式が,ここでは複素関数の実部・虚部の計算に直接使われている).つまり,$z$平面上の半円($0\le t\le\pi$,半径1)は,$W$平面上では$(u,v)=(\cos2t,\sin2t)$,すなわち半径1の円全体になる($t$が$0$から$\pi$まで動くと,$2t$は$0$から$2\pi$まで動き,単位円をちょうど1周する).半円という「半分の図形」が,まるまる1つの円に「引き伸ばされる」わけである.

左のz平面には実線の縦線x=2とx=-2,破線の横線y=1とy=-1が描かれている.右のW平面には頂点(4,0)から左に開く実線の放物線u=4-v^2/16と,頂点(-1,0)から右に開く破線の放物線u=v^2/4-1が描かれている.
図22.5 $W=z^2$による写像.$z$平面上の直線$x=\pm2$(実線)の像は$W$平面上の放物線$u=4-\frac{v^2}{16}$(実線,頂点$(4,0)$),直線$y=\pm1$(破線)の像は放物線$u=\frac{v^2}4-1$(破線,頂点$(-1,0)$)になる.いずれも1本の直線が1本の放物線に対応しており,$x=2$と$x=-2$(あるいは$y=1$と$y=-1$)という異なる2本の直線が同じ放物線に写ることに2対1対応の性質が現れている.

[i]~[iv]から分かるように,$W=z^2$は原点を除くすべての点で2対1対応であり($z=0$だけは$W=0$のただ1点にしか写らない特別な点である),直線の像は放物線に,円(の半分)の像は円になる.この「$n$乗すると$n$対1対応になる」という現象は,一般の$n$乗写像でも成り立つ一般的な事実である.

定理22.1 $W=z^n$($n\ge2$)は$n$対1対応である

$n$を$2$以上の整数とする.複素関数 $W=z^n$ は,原点 $z=0$ を除くすべての点で$n$対1対応である.すなわち,$0$でない任意の$W_0$に対して,$z^n=W_0$を満たす$z$はちょうど$n$個存在する.

証明(極形式を使う)

$z=re^{i\theta}$($r=\abs z>0$)とおくと,ド・モアブルの定理(前章)より

$$ W=z^n=r^ne^{in\theta} $$

である.$W_0=R_0e^{i\Theta_0}$($R_0=\abs{W_0}\gt0$)とすると,$z^n=W_0$は$r^n=R_0$かつ$n\theta=\Theta_0+2k\pi$($k$は整数,$e^{i\theta}$は$2\pi$ごとに同じ値になることに注意)と同値である.よって

$$ r=\sqrt[n]{R_0}\ (\text{正の実数乗根,ただ1通り}),\qquad \theta=\frac{\Theta_0}n+\frac{2\pi k}n\quad(k=0,1,\dots,n-1) $$

となる.$k$を$0,1,\dots,n-1$の$n$通りに動かすと,$\theta$は$\dfrac{2\pi}n$ずつずれた$n$個の異なる値をとり($k=n$にすると$\theta$は$k=0$のときより$2\pi$大きいだけで同じ点を表すので,異なる$z$を与えるのはちょうど$n$個),それ以外の整数$k$は同じ$n$個の値の繰り返しになる.したがって$z^n=W_0$を満たす$z=re^{i\theta}$はちょうど$n$個存在する.(証明終わり)

この定理で$n=2$とすれば,[i]~[iv]で観察した$W=z^2$の2対1対応がその特別な場合であることが分かる.次の例題で,直線の像を求める練習と,$n=3$の場合を確認しておこう.

例題22.4 $W=z^2$による直線$x=1$の像

$W=z^2$による,$z$平面上の直線$x=1$($y$は任意の実数)の像を$W$平面上に求めよ.

解答 式\eqref{eq:22-z2-uv}に$x=1$を代入すると,

$$ u(1,y)=1-y^2,\qquad v(1,y)=2y $$

である.第2式より$y=\dfrac v2$,これを第1式に代入すると

$$ u=1-\left(\frac v2\right)^2=1-\frac{v^2}4 $$

を得る.これは頂点$(u,v)=(1,0)$,$u$の負の方向に開いた放物線である(22.3節[ii]の$u=\frac{v^2}4-1$と符号が逆で,開く向きも逆であることに注意——[ii]は$u$の正方向に開き,本問は負方向に開く).なお,直線$x=1$上では$y$の値ごとに$v=2y$が異なる値をとるので,この直線から放物線への対応は($W=z^2$自体は2対1対応だが,この直線上だけに制限すれば)1対1対応になっている.

例題22.5 $W=z^3$による単位円の像(3対1対応の確認)

$W=z^3$による,原点中心・半径1の円 $\abs z=1$ の像を求め,この写像が何対1対応かを調べよ.

解答 $z=e^{i\theta}$($0\le\theta\lt2\pi$)とおくと,$W=z^3=e^{3i\theta}$である.$\theta$が$0$から$2\pi$未満まで動くと,$3\theta$は$0$から$6\pi$未満まで動く.$e^{i\phi}$は$\phi$が$2\pi$増えるごとに同じ点に戻るから,$3\theta$が$0$から$6\pi$まで動くことは,単位円周上を3周することに対応する.よって像は(もとの円と同じ)原点中心・半径1の円である.

この写像が3対1対応であることは,定理22.1($n=3$)からも分かるし,直接確かめることもできる.たとえば$\theta_0=\dfrac\pi9$とすると,

$$ \theta_0,\quad\theta_0+\frac{2\pi}3,\quad\theta_0+\frac{4\pi}3 $$

という3つの異なる角度はどれも$3\theta=\dfrac\pi3+2\pi k$($k=0,1,2$)となり,$e^{3i\theta}=e^{i\pi/3}$という同じ値を与える(sympyで数値的に検算済み:3つとも$W=\cos60°+i\sin60°$に一致する).このように,単位円周上の各点には,$3$個の異なる$\theta$($\frac{2\pi}3$ずつ離れている)から同じ$W$に写る点が対応しており,ちょうど3対1対応になっている.

22.4 $W=1/z$ とリーマン球面

次に,複素関数 $W=f(z)=\dfrac1z$ を考える.この関数は$z=0$では定義できない($0$で割ることになる)という,これまでの例にはなかった問題を抱えている.この問題をどう解決するかが,本節の主題である.

まず,$W=1/z$がどんな写像かを極形式で調べよう.$z=x+iy$,$w=u+iv$ を極形式で表し,$z=re^{i\theta}$,$w=Re^{i\Theta}$($r=\abs z$,$\theta=\arg z$,$R=\abs w$,$\Theta=\arg w$)とおく.すると

$$ w=\frac1z\quad\text{すなわち}\quad Re^{i\Theta}=\frac1{re^{i\theta}}=\frac1r\cdot e^{-i\theta} $$

(複素数の割り算は,前章で学んだとおり,絶対値の商・偏角の差になる.$\dfrac{1}{re^{i\theta}}=\dfrac{1}{r}e^{-i\theta}$ は,絶対値$1$・偏角$0$の複素数$1$を,絶対値$r$・偏角$\theta$の複素数で割った結果である.)両辺の絶対値と偏角を比べると,

\begin{equation} R=\frac1r,\qquad \Theta=-\theta \label{eq:22-inv-polar} \end{equation}

となる.

公式22.3 $W=1/z$ の極形式による表示

$z=re^{i\theta}$($r=\abs z\gt0$)に対して,$w=1/z$ の絶対値と偏角は$R=1/r$,$\Theta=-\theta$ である.すなわち,$W=1/z$ は「原点を中心に半径を$r\to1/r$と反転し,さらに実軸($x$軸)に関して対称移動する」写像である.

W=1/zの極形式:半径の反転と実軸に関する対称移動 x y 1 z=reiθ r θ w=1/r·e−iθ 1/r −θ
図22.6 $W=1/z$の写像.点$z=re^{i\theta}$(単位円の外側,$r\gt1$の例)は,まず半径が$1/r$に反転され(単位円の内側に移る),さらに偏角の符号が反転する——これは実軸($x$軸)に関して対称移動することと同じである——ことで,点$w=\frac1r e^{-i\theta}$に写る.

ここで,$W=1/z$の式が実数関数$y=1/x$の形に似ていることに注目しよう.実数関数$y=1/x$では,$x\neq0$かつ$y\neq0$であって,$x=0$は定義域に含まれず,$y=0$も値としては現れなかった.ところが複素関数$w=1/z$では,事情が少し違う.$z=0$における値を,都合よく次のように定義してしまうのである.

定義22.4 無限遠点(point at infinity)

複素関数$w=1/z$について,

$$ z=\infty\ \xrightarrow{\ 1/z\ }\ w=0,\qquad z=0\ \xrightarrow{\ 1/z\ }\ w=\infty $$

と定める.すなわち,$z=0$のときの値を「$\infty$」という新しい記号(点)で表し,同時に「$z=\infty$」を代入したときの値は$0$であると約束する.この新しく付け加えた点を無限遠点(point at infinity)と呼ぶ.

なぜ?:なぜ無限遠点を定義できるのか——リーマン球面

「$\infty$を1つの点として扱う」というのは,最初は奇妙に思えるかもしれない.なぜそんなことが許されるのか——それを分かりやすく説明してくれるのがリーマン球面(Riemann sphere)である.$w=1/z$という写像の概念を,少し形を変えて球面上の対応として表すことができる.

定義22.5 リーマン球面

$z$平面(複素平面)に,1つの球を,球の最下点$S$が平面の原点に接するように置く.球の最上点($S$の真上,$S$の対蹠点)を$N$とする.球面上の($N$以外の)各点$w'$に対して,$N$と$w'$を通る直線を引き,それが$z$平面と交わる点を$z'$とする.この対応 $w'\leftrightarrow z'$ を通じて,球面上の点と$z$平面上の点を1対1に対応させることができる.図から分かるように,$z'=0$(原点)に対応する球面上の点は$w'=S$であり,$z'=\infty$(無限遠点)に対応する球面上の点は$w'=N$である.このように球全体を使うと,$z=0$も$z=\infty$も,他の点と同じように扱えるふつうの1点になる.

リーマン球面による無限遠点の表現 x y S N w′ z′ Riemann Sphere
図22.7 リーマン球面.平面に接する球面上の点$N$(北極,最上点)と$w'$を通る直線が,平面上の点$z'$と対応する.$z'$が原点$S$に近づくほど$w'$は$S$に近づき,$z'$が遠くへ(無限遠へ)動くほど$w'$は$N$に近づく.こうして「無限遠点」は北極$N$という球面上のふつうの1点として表される.

$z'$が原点$S$から遠ざかるにつれて,直線$Nz'$は寝てきて($N$を通るまま,より水平に近づき),交点$w'$は球面上を$N$へ近づいていく.逆に$z'$が原点に近づくと,$w'$は$S$に近づく.つまり,$z$平面上をどこまでも遠くへ行くという「果てしない」操作が,球面上では「$N$という決まった1点に近づく」という,ごくふつうの極限として表現できる.これが,無限遠点を1つの点として扱ってよい理由である.なお,赤道($S$と$N$のちょうど中間の高さにある大円)が$z$平面上のどんな円に対応するかは,演習22.6で相似な三角形を使って考える.

例題22.6 $W=1/z$による,原点を通る円の像

$W=1/z$による,円$\abs{z-1}=1$(中心$1$,半径$1$,原点$z=0$を通る円)の像を求めよ.

解答 $z=x+iy$とすると,円の方程式$\abs{z-1}=1$は$(x-1)^2+y^2=1$,すなわち展開して

$$ x^2-2x+y^2=0\quad\text{すなわち}\quad x^2+y^2=2x $$

である(この円は$z=0$($x=y=0$)を通ることを確かめておこう:代入すると$0=0$で成立する).一方,$w=u+iv=1/z$の実部・虚部は,$\dfrac1z=\dfrac{\bar z}{z\bar z}=\dfrac{\bar z}{\abs{z}^2}=\dfrac{x-iy}{x^2+y^2}$(分母の実数化,前章で学んだ操作)より

$$ u=\frac{x}{x^2+y^2},\qquad v=\frac{-y}{x^2+y^2} $$

である.円の上の点($z\neq0$)では$x^2+y^2=2x$が成り立つから,これを$u$の式に代入すると,

$$ u=\frac{x}{2x}=\frac12\qquad(x\neq0\ \text{のときつねに}) $$

となる.$x$も$v$もどんな値であっても$u$は常に$\dfrac12$なので,像は$W$平面上の垂直な直線$u=\dfrac12$($\mathrm{Re}(w)=\dfrac12$)である.なお,円がちょうど通る点$z=0$は,定義22.4により$w=\infty$に対応する——直線に「無限遠点」を加えたものが,ちょうど円全体の像になっている(数値でも複数の点で検算済み:円上のどの点でも$u=0.5$ちょうどになる).このように,原点を通る円は,$1/z$によって直線に写る——これは22.5節でメビウス変換の一般論として触れる「円々対応」の最初の例である.

22.5 $n$次複素整関数と1次分数関数

ここまでに扱った $W=(1+i)z$,$W=z^2$,$W=1/z$ を,もう少し広い枠組みでとらえ直しておこう.

定義22.6 $n$次複素整関数

複素変数$z$に対して,

\begin{equation} W=\sum_{k=0}^{n}\alpha_kz^k=\alpha_nz^n+\alpha_{n-1}z^{n-1}+\cdots+\alpha_1z+\alpha_0 \label{eq:22-poly} \end{equation}

($\alpha_0,\alpha_1,\dots,\alpha_n$は複素定数,最高次の係数は$\alpha_n\neq0$とする)で表される関数を$n$次複素整関数(entire function of degree $n$)という.

$n=1$なら$W=\alpha_1z+\alpha_0$(22.2節で調べた1次関数),$n=2$なら$W=\alpha_2z^2+\alpha_1z+\alpha_0$(22.3節の$W=z^2$を含む)というように,これまでの例は$n$次複素整関数の特別な場合だったことが分かる.定理22.1の考え方を使うと,$n$次複素整関数も($1$次の項以外がなければ)原点付近を除いておおよそ$n$対1に近い対応をすることが期待されるが,一般の$n$次複素整関数の詳しい対応関係は,$z^n$の項だけの場合ほど単純ではない(項が混ざり合うため).この点は第26章(コーシーの積分公式)以降で,代数学の基本定理として厳密に扱う.

次に,分数の形をした複素関数を考える.たとえば$W=\dfrac{2z+1}{z-1}$のように,分子・分母がどちらも$z$の1次式であるような分数の形の複素関数を考えよう(このような具体例は例題22.7で詳しく分解する).一般に,次のように定義する.

定義22.7 1次分数関数(メビウス変換,Möbius transformation)

複素変数$z$に対して,

\begin{equation} W=\frac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}\qquad(\alpha,\beta,\gamma,\delta:\text{複素定数},\ \alpha\delta-\beta\gamma\neq0) \label{eq:22-mobius} \end{equation}

で表される関数を,1次分数関数(linear fractional function),またはメビウス変換(Möbius transformation,19世紀ドイツの数学者メビウスにちなむ)という.

注意:なぜ条件 $\alpha\delta-\beta\gamma\neq0$ が必要か

もし$\alpha\delta-\beta\gamma=0$(かつ$\gamma\neq0$)だとすると,$\alpha\delta=\beta\gamma$より$\dfrac\alpha\gamma=\dfrac\beta\delta$($=k$とおく)となり,$\alpha=k\gamma$,$\beta=k\delta$と書ける.このとき

$$ W=\frac{k\gamma z+k\delta}{\gamma z+\delta}=\frac{k(\gamma z+\delta)}{\gamma z+\delta}=k $$

となって,$W$は$z$によらない定数になってしまう——写像として意味のある対応にならない.条件$\alpha\delta-\beta\gamma\neq0$は,この退化した場合を除外するためのものである.

1次分数関数の分母を分子で(正確には分子を分母で)割ってみると,見通しがよくなる.$\gamma\neq0$として,$\alpha z+\beta$ を $\gamma z+\delta$ で割り算する(高校数学の多項式の割り算と同じ要領).商は$\dfrac\alpha\gamma$,余りは$\beta-\dfrac{\alpha\delta}\gamma$である.

数学ノート:多項式の割り算で確かめる

$\alpha z+\beta$ を $\gamma z+\delta$ で割ると,次のような筆算になる.

商$\dfrac\alpha\gamma$
$\gamma z+\delta\big)$$\alpha z+\beta$
$\underline{\alpha z+\dfrac{\alpha\delta}\gamma}$
余り$\beta-\dfrac{\alpha\delta}\gamma$

($\gamma z+\delta$ に商$\dfrac\alpha\gamma$を掛けると$\alpha z+\dfrac{\alpha\delta}\gamma$になり,これを$\alpha z+\beta$から引くと余り$\beta-\dfrac{\alpha\delta}\gamma$が残る.)

したがって,

$$ W=\frac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}=\frac\alpha\gamma+\frac{\beta-\dfrac{\alpha\delta}\gamma}{\gamma z+\delta}=\underbrace{\frac{\beta\gamma-\alpha\delta}\gamma}_{\textstyle C_1}\cdot\frac1{\gamma z+\delta}+\underbrace{\frac\alpha\gamma}_{\textstyle C_2} $$

(分子の$\beta-\frac{\alpha\delta}\gamma$を$\frac{\beta\gamma-\alpha\delta}\gamma$と通分し,定数として$\frac1{\gamma z+\delta}$の前にくくり出した.)すなわち,次の分解公式を得る.

公式22.4 1次分数関数の分解

$\gamma\neq0$のとき,1次分数関数$W=\dfrac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}$は

\begin{equation} W=C_1\cdot\frac1{\gamma z+\delta}+C_2,\qquad C_1=\frac{\beta\gamma-\alpha\delta}\gamma,\quad C_2=\frac\alpha\gamma \label{eq:22-mobius-decomp} \end{equation}

の形に書ける.

この形に書き直すと,1次分数関数が次の5段階の単純な写像の合成でできていることが見えてくる:

$$ z\ \xrightarrow{\times\gamma}\ \gamma z\ \xrightarrow{+\delta}\ \gamma z+\delta\ \xrightarrow{\text{反転}}\ \frac1{\gamma z+\delta}\ \xrightarrow{\times C_1}\ C_1\cdot\frac1{\gamma z+\delta}\ \xrightarrow{+C_2}\ W $$

公式22.1(1次関数の意味)より,「$\times\gamma$」と「$\times C_1$」はそれぞれ回転と伸び縮み,「$+\delta$」と「$+C_2$」は平行移動である.そして真ん中の「反転」は,22.4節で調べた$W=1/z$そのもの,すなわち大きさの反転と実軸に関する対称移動である.まとめると,

$$ \text{1次関数($W=az+b$)は「回転と伸び縮み」,}\quad \text{1次分数関数は「回転・伸び縮み」「平行移動」「反転(実軸対称移動を含む)」の合成} $$
1次分数関数の5段階の分解:回転伸縮・平行移動・反転・回転伸縮・平行移動 z ×γ γz +δ γz+δ 反転 1/(γz+δ) ×C1 C1·1/(γz+δ) +C2 W
図22.8 1次分数関数 $W=\dfrac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}=C_1\cdot\dfrac1{\gamma z+\delta}+C_2$ が表す5段階の写像.左右にずらして重ねた2つの点線の円は,中央の「反転」の段階($W=1/z$,大きさの反転と実軸対称移動の合成)の目安である.

先取り:1次分数関数と「円々対応」

例題22.6では,原点を通る円$\abs{z-1}=1$が,$W=1/z$によって直線に写ることを見た.実は,$W=1/z$を含む1次分数関数は,一般に「円または直線」を「円または直線」に写すという性質を持つ(直線は「半径が無限大の円」,あるいは無限遠点を通る円とみなせばよい).この性質は円々対応と呼ばれ,1次分数関数がなぜ工学で重宝されるかの理由の1つである.たとえば,複雑な形の領域における電場や流体の流れの問題を,1次分数関数(や,より一般の等角写像,conformal mapping)を使って単純な形(円や直線で囲まれた領域)の問題に置き換えて解く,という手法が,材料工学・電磁気学・流体力学で使われている.この一般論の証明は複素解析の本格的な教科書に譲るが,例題22.6や演習22.3・22.4で,その最初の具体例をいくつも計算したことになる.

例題22.7 1次分数関数の分解

1次分数関数$W=\dfrac{2z+1}{z-1}$を,$C_1\dfrac1{\gamma z+\delta}+C_2$の形に分解せよ.

解答 この式は$\alpha=2,\ \beta=1,\ \gamma=1,\ \delta=-1$の場合にあたる($\alpha\delta-\beta\gamma=2\cdot(-1)-1\cdot1=-3\neq0$なので確かに1次分数関数である).公式22.4に代入すると,

$$ C_1=\frac{\beta\gamma-\alpha\delta}\gamma=\frac{1\cdot1-2\cdot(-1)}1=\frac{1+2}1=3,\qquad C_2=\frac\alpha\gamma=\frac21=2 $$

である.よって

$$ W=\frac{2z+1}{z-1}=3\cdot\frac1{z-1}+2 $$

と分解できる.検算として,右辺を通分すると$\dfrac{3+2(z-1)}{z-1}=\dfrac{2z+1}{z-1}$となり,もとの式に一致する(sympyの部分分数分解 apart でも$2+\dfrac3{z-1}$と確認済み).

22.6 まとめと演習

22.6.1 まとめ

$$ z=x+iy,\ W=u+iv,\qquad W=z^2:\ \begin{cases}u=x^2-y^2\\v=2xy\end{cases},\qquad W=\frac1z:\ R=\frac1r,\ \Theta=-\theta $$ $$ W=\frac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}=C_1\cdot\frac1{\gamma z+\delta}+C_2,\qquad C_1=\frac{\beta\gamma-\alpha\delta}\gamma,\quad C_2=\frac\alpha\gamma\qquad(\alpha\delta-\beta\gamma\neq0) $$

22.6.2 演習問題

演習22.1 $W=\bar z$(共役をとる写像)は1対1対応か多対1対応か

複素関数$W=\bar z$($z$の共役複素数をとる関数)は1対1対応か多対1対応か調べよ.また,その幾何学的な意味($z$平面上でどんな操作にあたるか)を述べよ.

ヒント:$z=x+iy$とおいて$u(x,y),v(x,y)$を求め,$(u,v)$から$(x,y)$がただ一通りに復元できるかどうかを調べる(例題22.3と同じ手順).22.4節で学んだ「実軸に関する対称移動」という言葉が使えるはずである.

演習22.2 $W=z^2+1$による虚軸の像

複素関数$W=z^2+1$による,$z$平面上の虚軸($x=0$,$y$は任意の実数)の像を求めよ.

ヒント:式\eqref{eq:22-z2-uv}に$x=0$を代入し,$u(0,y),v(0,y)$を計算する.$v$がつねに$0$になることに注目し,$u$が$y$の値によってどんな範囲を動くかを調べる.

演習22.3 $W=1/\bar z$による円$\abs z=2$の像

複素関数$W=1/\bar z$による,原点中心・半径2の円$\abs z=2$の像を求めよ.

ヒント:$z=2e^{i\theta}$とおいて$\bar z=2e^{-i\theta}$を計算し,$w=1/\bar z$の絶対値と偏角を求める.22.4節の公式22.3($W=1/z$の極形式)と比べて,符号がどう変わるか確認する.

演習22.4 1次分数関数 $W=\dfrac{z-1}{z+1}$ が特別な点をどこに写すか

1次分数関数$W=\dfrac{z-1}{z+1}$が,$z=1,\ z=-1,\ z=\infty$をそれぞれどこに写すかを求めよ.

ヒント:$z=1,-1$は式にそのまま代入すればよい($z=-1$では分母が$0$になることに注意——定義22.4の無限遠点を使う).$z=\infty$での値は,$z$を十分大きくしたときの極限(あるいは分子・分母を$z$で割って$z\to\infty$を考える)で求める.

演習22.5 $W=z^n$による単位円の像が単位円を$n$回巻くこと

$n$を$2$以上の整数とする.$W=z^n$による,原点中心・半径1の円$\abs z=1$の像が,単位円を$n$回巻くことを説明せよ.

ヒント:例題22.5($n=3$の場合)と同じ考え方を,一般の$n$に対して行う.$z=e^{i\theta}$($0\le\theta\lt2\pi$)とおいたとき,$W=e^{in\theta}$の偏角$n\theta$が動く範囲を調べる.

演習22.6 リーマン球面の赤道はどんな円に対応するか

リーマン球面(定義22.5,半径$R$の球とする)上で,球の中心を通る水平な大円(赤道,$S$と$N$のちょうど中間の高さにある円)が,$z$平面上のどんな円に対応するかを考察せよ.

ヒント:球の断面を考え,$S$を原点とする高さ$h$($0\le h\le2R$)の位置での球の半径を$\rho$とすると,球の方程式は$\rho^2+(h-R)^2=R^2$(中心$(0,R)$,半径$R$の円)である.$N=(0,2R)$から高さ$h$・半径$\rho$の点を通って$z$平面(高さ$0$)へ延ばした直線が,原点からの距離$r$のどこに達するかを,相似な三角形を使って求め,$h=R$(赤道)の場合を計算する.

22.6.3 参考文献

  1. 望月泰英『数学ノート 複素解析学』(手書き講義ノート).本章の底本.
  2. アールフォルス(L. V. Ahlfors)『複素解析』笠原乾吉訳,現代数学社,1982年.
  3. 高橋礼司『複素解析』東京大学出版会,1990年.
  4. 神保道夫『複素関数入門』岩波書店,2003年.