第15章ベクトルの内積と外積
第III部(確率の基礎)まで,私たちは「数」を相手にしてきた——確率も期待値も,結局は1個の実数である.しかし,力が働く方向,速度が向かう方向,磁場のねじれる向きといった,自然界の量の多くは,1個の数だけでは書き表せない.「大きさ」と「向き」の両方を持つ量,それがベクトル(vector)である.高校数学(AD 01)第7章では,平面・空間のベクトルの成分表示,大きさ,そして2つのベクトルから1つの実数を作る内積(inner product)をすでに学んだ.本章はその復習から出発するが,本当の主役は後半に現れる,高校では学ばない演算——2つのベクトルからもう1つの別のベクトルを作り出す外積(cross product)である.
外積は,最初は奇妙に見える演算である.$\vec A\times\vec B$ の大きさは $\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta$(2辺 $\vec A,\vec B$ が張る平行四辺形の面積)で決まるが,その向きは,$\vec A,\vec B$ のどちらとも垂直な,2方向のうちの片方——右ネジの法則(right-hand screw rule)で指定される方向——である.なぜこんな演算を考えるのか.力学における角運動量やトルク,電磁気学におけるローレンツ力,そして後の章で学ぶ回転($\rot$)やストークスの定理まで,「2つの向きから,それらに垂直な向きを作る」という操作は,物理学のいたるところに現れる.本章は,この外積を定義から丁寧に積み上げ,成分表示(行列式との関係)まで完全に導出することを目標にする.あわせて,内積が「同じ方向にどれだけ影響したか」を測るのに対し,外積は「回転・ねじれの大きさと軸」を測るものだという,2つの積の意味の違いも明らかにする.
- ベクトルの定義(大きさと向きをもつ量),零ベクトル $\vec 0$,単位ベクトル $\vec e$(与えられたベクトルと向きが同じで大きさ1のベクトルを作る方法 $\vec e=\vec a/\abs{\vec a}$)
- 内積の定義 $\vec a\cdot\vec b=a_xb_x+a_yb_y=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ と,加法定理を用いたこの2つの表示が一致することの証明
- 内積の性質:交換法則 $\vec A\cdot\vec B=\vec B\cdot\vec A$,基本ベクトルのノルムと直交性($\vec i\cdot\vec i=1$,$\vec i\cdot\vec j=0$ など)
- 外積の定義 $\vec A\times\vec B=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta\,\vec e_z$($\vec e_z$ は右ネジの法則で定まる単位ベクトル)と,外積が内積と違ってベクトルであること
- $\vec B\times\vec A=-\vec A\times\vec B$(交換法則が成り立たないこと)の,回転の向きに基づく証明
- 2次元での外積の成分表示 $a_1b_2-a_2b_1$ が,$2\times2$ 行列式および平行四辺形の符号付き面積と一致することの導出(高校数学第7章7.7節で予告されていた公式の完成)
- ノートで説明が途中で終わっている3次元外積の成分公式 $\vec a\times\vec b=(a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1)$ を,自分たちで完成させて導く
- 内積=正射影(同じ方向への影響度),外積=垂直方向の回転の大きさ,という2つの積の意味の対比
15.1 ベクトルとは何か——大きさと向き,零ベクトル,単位ベクトル
高校数学第7章ですでに,平面や空間の中で矢印として描かれるベクトルに親しんでいる.ここでは,その定義をもう一度きちんと言葉にするところから始める.
定義15.1 ベクトル(vector)
ベクトルとは,「大きさ」と「向き」をもった量である.一般に $\vec a,\vec b$ などと表す.
ベクトルの大きさは,そのベクトルを表す矢線の長さで表され,$\abs{\vec a}$ と書く(これをノルム(norm)ともいう.実数の絶対値 $|x|$ の記号を流用しているのは,「原点からの距離」という意味では絶対値もノルムも同じ発想だからである).ベクトルの向きは,矢印の向きで表される.
イメージ:ベクトルは「どこから出発したか」を問わない
高校数学では,ベクトルを平面や空間の中の具体的な矢印(始点と終点をもつ「有向線分」)として描くことが多い.しかし,ベクトルの本体は「大きさと向き」だけであって,矢印を平行移動しても,大きさと向きが変わらなければ,それは同じベクトルとみなす.たとえば,原点$O$から点$(2,2)$へ向かう矢印も,点$(1,0)$から点$(3,2)$へ向かう矢印も,どちらも「右へ2,上へ2」という同じ大きさ・向きをもつので,同じベクトル $\vec a=(2,2)$ である.この章では,計算の見通しをよくするため,特に断らない限りベクトルは原点$O$を始点とする矢印(位置ベクトル)として描くが,「ベクトルは出発点によらない」という考え方は,後の章でベクトル空間を抽象的に扱うときの土台にもなる.
大きさが特別な値をとる2種類のベクトルに,名前が付いている.
定義15.2 零ベクトル(zero vector)
ベクトルの大きさが $0$ であるベクトルを零ベクトルといい,$\vec 0$ と表す.
大きさが $0$ ということは,矢印の長さが $0$,つまり始点と終点が一致してしまっている状態である.したがって零ベクトルには,これといって決まった「向き」がない(あるいは,どの向きでもよいと考える).零ベクトルは,実数における $0$ と同じように,ベクトルの和の単位元(どんなベクトルに足しても変わらない特別な元)としてはたらく——この点は第10章(線形空間)で改めて公理として扱う.
定義15.3 単位ベクトル(unit vector)
ベクトルの大きさが $1$ であるベクトルを単位ベクトルという.一般的に $\vec e$ とかく.
単位ベクトルの役目は,「向きだけ」を取り出すことにある.たとえば,あるベクトル $\vec a$ があったとき,$\vec a$ と向きが同じで,大きさが $1$ であるベクトルを,$\vec a$ の単位ベクトルという.これを作るには,$\vec a$ を自分自身の大きさ $\abs{\vec a}$ で割ればよい.
なぜこれでうまくいくのか,具体的な数値で確かめてみよう.
例15.1(ノート中の例) $\vec a=(2,2)$ の単位ベクトル
$\vec a=\begin{bmatrix}2\\2\end{bmatrix}$ とすると,$\abs{\vec a}=\sqrt{2^2+2^2}=\sqrt8=2\sqrt2$ である.
ここで $\vec a$ を $\abs{\vec a}$ で割ると,
$$ \frac{1}{\abs{\vec a}}\vec a=\frac{1}{2\sqrt2}\begin{bmatrix}2\\2\end{bmatrix}=\frac{\sqrt2}{4}\begin{bmatrix}2\\2\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\dfrac{\sqrt2}{2}\\[4pt]\dfrac{\sqrt2}{2}\end{bmatrix}=\vec e $$となる($\frac{1}{2\sqrt2}=\frac{1}{2\sqrt2}\cdot\frac{\sqrt2}{\sqrt2}=\frac{\sqrt2}{4}$ と分母を有理化し,$\frac{\sqrt2}{4}\times2=\frac{2\sqrt2}{4}=\frac{\sqrt2}{2}$ を計算した).実際に $\vec e=\left(\dfrac{\sqrt2}{2},\dfrac{\sqrt2}{2}\right)$ の大きさを求めると,
$$ \abs{\vec e}=\sqrt{\left(\frac{\sqrt2}{2}\right)^2+\left(\frac{\sqrt2}{2}\right)^2}=\sqrt{\frac12+\frac12}=\sqrt1=1 $$となって,$\vec e$ が確かに $\vec a$ の単位ベクトルであることが分かる.よって $\dfrac{1}{\abs{\vec a}}\vec a=\vec e$ が成り立つ.(sympyで検算:$\abs{\vec a}=2\sqrt2$,$\vec e=(\sqrt2/2,\sqrt2/2)$,$\abs{\vec e}=1$.)
式\eqref{eq:15-unitvec}が「なぜ単位ベクトルを作れるのか」を一般に確かめておこう.$\vec a$ を大きさ $\abs{\vec a}$(これは正の実数のスカラー)で割るという操作は,$\vec a$ を $\dfrac{1}{\abs{\vec a}}$ 倍することと同じである.実数倍 $k\vec a$($k\gt0$)は,$\vec a$ の向きを変えずに大きさだけを $k$ 倍する操作だから,$k=\dfrac{1}{\abs{\vec a}}$ を選べば,新しい大きさは $\abs{\vec a}\times\dfrac{1}{\abs{\vec a}}=1$ となり,向きは $\vec a$ のままである.これが,例15.1で数値的に確認したことの一般論である.
例題15.1 $\vec a=(3,4)$ の大きさと単位ベクトル
$\vec a=(3,4)$ の大きさ $\abs{\vec a}$ と,$\vec a$ と同じ向きの単位ベクトル $\vec e$ を求めよ.
解答 大きさは,成分の2乗和の平方根であるから,
$$ \abs{\vec a}=\sqrt{3^2+4^2}=\sqrt{9+16}=\sqrt{25}=5 $$である.単位ベクトルは式\eqref{eq:15-unitvec}より,
$$ \vec e=\frac{1}{\abs{\vec a}}\vec a=\frac15(3,4)=\left(\frac35,\frac45\right) $$検算のため大きさを求めると,$\abs{\vec e}=\sqrt{\left(\frac35\right)^2+\left(\frac45\right)^2}=\sqrt{\frac9{25}+\frac{16}{25}}=\sqrt{\frac{25}{25}}=\sqrt1=1$ となり,確かに単位ベクトルである.(sympyで検算:$\abs{\vec a}=5$,$\vec e=(3/5,4/5)$,$\abs{\vec e}=1$.)
ここまでで「大きさ」「向き」「零ベクトル」「単位ベクトル」という,ベクトルそのものの性質を確認した.次の15.2節からは,2つのベクトルを組み合わせて新しい量を作る積——まず内積——に進む.
15.2 内積(スカラー積)とその性質
高校数学第7章では,2つのベクトル $\vec{OA},\vec{OB}$ のなす角を $\theta$ として,内積を幾何学的に $\vec{OA}\cdot\vec{OB}=\abs{\vec{OA}}\abs{\vec{OB}}\cos\theta$(定義7.7)と定義し,そこから成分表示 $\vec{OA}\cdot\vec{OB}=x_1x_2+y_1y_2$(公式7.3)を導いた.本節では,向きを逆にする.まず成分表示のほうを定義とし,そこから幾何学的な表示 $\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ を導く.これは単なる復習の逆読みではない——成分から出発すれば,3次元やそれ以上の次元でも($\cos\theta$ を絵に描かなくても)内積をそのまま定義でき,しかも「成分表示と幾何学的な意味が一致する」こと自体が,あらためて証明すべき定理になる.
定義15.4 内積(inner product,スカラー積 scalar product)
$\vec a=(a_x,a_y)$,$\vec b=(b_x,b_y)$ の内積を,
$$ \vec a\cdot\vec b=a_xb_x+a_yb_y $$で定める.3次元以上でも同様に,対応する成分どうしの積の和 $\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3$($+\cdots$)として定義する.
内積は,行ベクトルと列ベクトルの行列の積としても書ける.$\vec a=[a_x\ \ a_y]$,$\vec b=\begin{bmatrix}b_x\\b_y\end{bmatrix}$ とすると,
\begin{equation} \vec a\cdot\vec b=[a_x\ \ a_y]\begin{bmatrix}b_x\\b_y\end{bmatrix}=a_xb_x+a_yb_y \label{eq:15-dotcomp} \end{equation}である(大学数学第8章8.1節で学んだ行列の積の規則(定義8.3)そのものである).内積を計算した結果は,$a_xb_x+a_yb_y$ という実数であって,ベクトルではない.ベクトルどうしの積であるにもかかわらず結果がベクトルにならない——この点は,次節で学ぶ外積との決定的な違いであり,そのため内積はスカラー積とも呼ばれる(スカラー(scalar)とは,向きをもたない普通の実数のことをいう.ベクトルと対比するための言葉である).
成分の定義15.4から出発して,これが本当に幾何学的な量 $\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ と一致することを示そう.
定理15.1 内積の幾何学的表示
$\vec a,\vec b$ のなす角を $\theta$($0\le\theta\le\pi$)とすると,
\begin{equation} \vec a\cdot\vec b=a_xb_x+a_yb_y=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta \label{eq:15-dotgeom} \end{equation}が成り立つ.
証明
図15.2のように,$\vec a$ を $x$ 軸から測った角を $\alpha$,$\vec b$ を $x$ 軸から測った角を $\beta$ とする($\alpha\ge\beta$ としてよい).このとき $\vec a,\vec b$ のなす角は $\theta=\alpha-\beta$ である.示したいのは
$$ \abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos(\alpha-\beta) $$が,成分表示 $a_xb_x+a_yb_y$ に一致することである.余弦の加法定理(高校数学第5章5.1節)$\cos(\alpha-\beta)=\cos\alpha\cos\beta+\sin\alpha\sin\beta$ を使うと,
$$ \abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos(\alpha-\beta)=\big(\cos\alpha\cos\beta+\sin\alpha\sin\beta\big)\abs{\vec a}\abs{\vec b} $$となる.ここで,角 $\alpha$ は $\vec a$ を斜辺,$a_x,a_y$ を隣辺・対辺とする直角三角形の角なので,三角比の定義(高校数学第3章)から,次が成り立つ.
Attention:$\alpha,\beta$ の三角比を成分で表す
$$ \cos\alpha=\frac{a_x}{\abs{\vec a}},\quad \cos\beta=\frac{b_x}{\abs{\vec b}},\qquad \sin\alpha=\frac{a_y}{\abs{\vec a}},\quad \sin\beta=\frac{b_y}{\abs{\vec b}} $$が成り立つ.これを先ほどの式に代入すると,
$$ \abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos(\alpha-\beta) =\left(\frac{a_x}{\abs{\vec a}}\cdot\frac{b_x}{\abs{\vec b}}+\frac{a_y}{\abs{\vec a}}\cdot\frac{b_y}{\abs{\vec b}}\right)\abs{\vec a}\abs{\vec b} =\left(\frac{a_xb_x}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}+\frac{a_yb_y}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}\right)\abs{\vec a}\abs{\vec b} $$となり(分母の $\abs{\vec a}\abs{\vec b}$ をくくり出しただけである),最後に分母の $\abs{\vec a}\abs{\vec b}$ と外側の $\abs{\vec a}\abs{\vec b}$ が約分されて消えるので,
$$ \abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos(\alpha-\beta)=a_xb_x+a_yb_y $$を得る.これは定義15.4の成分表示とまったく同じ式である.よって $\vec a\cdot\vec b=a_xb_x+a_yb_y=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ が示された.
(証明終わり)
この証明は「成分表示 $\to$ 加法定理 $\to$ 幾何学的表示」という順で進んだが,高校数学7.4節では逆に「幾何学的表示 $\to$ 余弦定理 $\to$ 成分表示」という順で証明していたことを思い出そう.どちらの道筋でも同じ等式にたどり着くという事実こそが,この公式の正しさを裏づけている.
15.2.1 内積の性質
内積についてもう少し詳しく調べよう.以下では,3次元の基本ベクトル(基底)を $\vec i,\vec j,\vec k$ と書く(それぞれ $x,y,z$ 軸方向を向く単位ベクトルである).
定理15.2 内積の性質
任意のベクトル $\vec A,\vec B$ と,基本ベクトル $\vec i,\vec j,\vec k$ について,次が成り立つ.
(I) $\vec A\cdot\vec B=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\cos\theta$(定理15.1,幾何学的表示)
(II) $\vec A\cdot\vec B=\vec B\cdot\vec A$(交換法則)
(III) $\vec i\cdot\vec i=1,\ \vec j\cdot\vec j=1,\ \vec k\cdot\vec k=1$(基本ベクトルのノルム)
(IV) $\vec i\cdot\vec j=0,\ \vec j\cdot\vec k=0,\ \vec k\cdot\vec i=0$(基本ベクトルの直交性)
(II)は,成分表示 $\vec A\cdot\vec B=A_xB_x+A_yB_y$ を見れば,実数の積の交換法則 $A_xB_x=B_xA_x$ からただちに分かる(幾何学的表示でも,$\theta$ は $\vec A,\vec B$ のなす角であって $\vec B,\vec A$ のなす角と同じだから,$\cos\theta$ は変わらず,やはり交換法則が成り立つ).(III)は,$\vec i,\vec j,\vec k$ がどれも大きさ $1$ の単位ベクトルなので,(I)で $\vec A=\vec B=\vec i$(同じベクトルどうしのなす角は $\theta=0$)とすれば $\vec i\cdot\vec i=\abs{\vec i}^2\cos0=1\times1\times1=1$ となることから分かる($\vec j,\vec k$ も同様).(IV)は,$\vec i,\vec j,\vec k$ が互いに直交する(なす角が $90^\circ$)ので,(I)で $\theta=90^\circ$,$\cos90^\circ=0$ となることから分かる.
なぜ内積は「直交判定」に使えるのか
定理15.1で $\theta=90^\circ$ とすると $\cos90^\circ=0$ なので $\vec a\cdot\vec b=0$ となる.逆に,$\vec a,\vec b$ がどちらも $\vec 0$ でなければ,$\vec a\cdot\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta=0$ から $\cos\theta=0$,すなわち $\theta=90^\circ$ が導ける.つまり,$\vec a\cdot\vec b=0$ であることと,$\vec a\perp\vec b$(直交する)こととは同値である($\iff$ という記号は,まさにこの「同値である」ことを表す論理記号で,「necessary and sufficient condition」(必要十分条件)を意味する.「ならば」を表す矢印 $\Rightarrow$ を両方向に重ねたもの,すなわち「$\Rightarrow$ かつ $\Leftarrow$」と読むと覚えやすい).すなわち,
$$ \vec a\cdot\vec b=0\iff\vec a\perp\vec b $$である.内積を成分だけで計算して $0$ になるかどうかを見れば,わざわざ角度を求めなくても直交性が判定できる——これが内積のもっとも重要な使い道の1つである.
例題15.2 $\vec a=(1,0)$,$\vec b=(1,1)$ の内積となす角
$\vec a=(1,0)$,$\vec b=(1,1)$ の内積 $\vec a\cdot\vec b$ を求め,2つのベクトルのなす角 $\theta$ を求めよ.
解答 成分表示(定義15.4)より,
$$ \vec a\cdot\vec b=1\times1+0\times1=1 $$である.また,$\abs{\vec a}=\sqrt{1^2+0^2}=1$,$\abs{\vec b}=\sqrt{1^2+1^2}=\sqrt2$ だから,定理15.1(幾何学的表示)より,
$$ \cos\theta=\frac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}=\frac{1}{1\times\sqrt2}=\frac{1}{\sqrt2}=\frac{\sqrt2}{2} $$を得る.$0\le\theta\le180^\circ$ の範囲で $\cos\theta=\frac{\sqrt2}{2}$ となるのは $\theta=45^\circ$ のときだから,$\theta=45^\circ$ である.(sympyで検算:$\vec a\cdot\vec b=1$,$\cos\theta=\sqrt2/2$,$\theta=45^\circ$.)
例題15.3 $\vec a=(2,-1)$,$\vec b=(1,2)$ の直交性
$\vec a=(2,-1)$,$\vec b=(1,2)$ は直交するか判定せよ.
解答 内積を計算すると,
$$ \vec a\cdot\vec b=2\times1+(-1)\times2=2-2=0 $$である.「なぜ内積は『直交判定』に使えるのか」のボックスで確認したとおり,$\vec a\cdot\vec b=0$ は $\vec a\perp\vec b$ と同値だから,$\vec a$ と $\vec b$ は直交する.(sympyで検算:$\vec a\cdot\vec b=0$.)
最後に,内積のもう1つの重要な性質——線形性(分配法則)——を確認しておく.$\vec a\cdot(\vec b+\vec c)$ を成分で計算すると,$a_x(b_x+c_x)+a_y(b_y+c_y)=a_xb_x+a_xc_x+a_yb_y+a_yc_y=(a_xb_x+a_yb_y)+(a_xc_x+a_yc_y)=\vec a\cdot\vec b+\vec a\cdot\vec c$ となる(実数の積が和に対して分配法則を満たすことをそのまま使っただけである).すなわち,
\begin{equation} \vec a\cdot(\vec b+\vec c)=\vec a\cdot\vec b+\vec a\cdot\vec c \label{eq:15-dotdist} \end{equation}が成り立つ.この性質を使うと,高校数学とは異なる方法で定理15.1を証明することもできる.
例題15.4 余弦定理を用いた内積公式の別証明
三角形の余弦定理と,内積の線形性(式\eqref{eq:15-dotdist})を使って,$\vec a\cdot\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$(定理15.1)を別の方法で証明せよ.ただし $\theta$ は $\vec a,\vec b$ のなす角とする.
解答 $\vec a,\vec b$ を2辺とし,$\vec a-\vec b$ を残りの1辺とする三角形を考える.この三角形で,辺 $\vec a-\vec b$ に向かい合う角がちょうど $\theta$($\vec a,\vec b$ のなす角)なので,余弦定理(高校数学第3章3.3節)より,
$$ \abs{\vec a-\vec b}^2=\abs{\vec a}^2+\abs{\vec b}^2-2\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta \qquad\text{①} $$一方,$\abs{\vec a-\vec b}^2=(\vec a-\vec b)\cdot(\vec a-\vec b)$ である(ベクトルの大きさの2乗は,自分自身との内積に等しい——定理15.2(I)で $\vec A=\vec B$,$\theta=0$ とすればよい).これを式\eqref{eq:15-dotdist}の線形性で展開すると,
$$ (\vec a-\vec b)\cdot(\vec a-\vec b)=\vec a\cdot\vec a-\vec a\cdot\vec b-\vec b\cdot\vec a+\vec b\cdot\vec b=\abs{\vec a}^2-2\,\vec a\cdot\vec b+\abs{\vec b}^2 \qquad\text{②} $$($\vec a\cdot\vec b=\vec b\cdot\vec a$,すなわち定理15.2(II)の交換法則を使って $-\vec a\cdot\vec b-\vec b\cdot\vec a=-2\,\vec a\cdot\vec b$ とまとめた).①と②はどちらも $\abs{\vec a-\vec b}^2$ を表すので,
$$ \abs{\vec a}^2-2\,\vec a\cdot\vec b+\abs{\vec b}^2=\abs{\vec a}^2+\abs{\vec b}^2-2\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta $$となる.両辺から $\abs{\vec a}^2+\abs{\vec b}^2$ を引くと $-2\,\vec a\cdot\vec b=-2\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$,両辺を $-2$ で割ると,
$$ \vec a\cdot\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta $$が得られる.(sympyで検算:一般成分 $a_x,a_y,b_x,b_y$ を記号のまま計算し,$\vec a\cdot\vec b=\frac12\left(\abs{\vec a}^2+\abs{\vec b}^2-\abs{\vec a-\vec b}^2\right)$ が恒等的に成り立つことを確認.)
証明の道筋こそ違うが,たどり着く式は定理15.1とまったく同じである.異なる証明が同じ結論に到達するのを確かめることは,その結論への理解を深める良い練習になる.次節では,いよいよ内積とは違う,もう1つの積——外積——に進む.
15.3 外積(ベクトル積)の定義と右ネジの法則
内積は2つのベクトルから1つの実数(スカラー)を作った.ここからは,2つのベクトルからもう1つの別のベクトルを作る演算——外積(cross product),別名ベクトル積(vector product)——を学ぶ.これは高校数学では扱わない,大学で初めて出てくる演算である.
定義15.5 外積(cross product,ベクトル積)
任意のベクトル $\vec A$ と $\vec B$ の外積 $\vec A\times\vec B$ は,
\begin{equation} \vec A\times\vec B=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta\,\vec e_z \label{eq:15-crossdef} \end{equation}で定める.ただし $\theta$($0\le\theta\le\pi$)は $\vec A$ と $\vec B$ のなす角,$\vec e_z$ は,$\vec A$ から $\vec B$ へ右ネジを回したときにネジが進む向きを向く単位ベクトルである(詳しくは次のイメージのボックスで説明する).
定義の中身を分解してみよう.$\abs{\vec A\times\vec B}=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta$ という大きさと,$\vec e_z$ という向きの,2つの情報が合わさって1つのベクトルになっている.内積では計算結果がスカラー(実数)になったのに対し,外積は定義どおりベクトルになる.言い換えれば,外積では「向き」も——内積の結果には現れなかった——大切な情報として立ち現れる.
イメージ:外積の向きは右ネジの法則で決まる
外積のイメージは,何と言っても右ネジの法則(right-hand screw rule)である.右手でネジ回し(ドライバー)を握り,$\vec A$ の向きから $\vec B$ の向きへ(角 $\theta$ だけ)ネジを回す——回す角度は $180^\circ$ 未満の短い方の角を取る——と,ネジは軸に沿ってある方向に進む.$\vec A\times\vec B$ の向きは,まさにこの「ネジが進む向き」である.図15.3のように $\vec A$ が $x$ 軸方向,$\vec B$ が $xy$ 平面内で $\vec A$ から角 $\theta$ だけ $y$ 軸側に回転した向きにあるとき,右ネジの法則にしたがって $\vec A$ から $\vec B$ へ回すと,ネジは $z$ 軸の正の向きに進む.したがって,この状況では $\vec e_z$ はちょうど $z$ 軸方向の単位ベクトルになる.
この定義から,外積についてまず押さえるべき性質——交換法則が成り立たないこと——を確認しよう.
定理15.3 外積は交換法則を満たさない
$$ \vec B\times\vec A=-(\vec A\times\vec B) $$証明
$\vec A\times\vec B=\vec C$ とおく.図15.3のように,$\vec A$ から $\vec B$ へ角 $\theta$ だけ回転すると考えれば,定義どおり
$$ \vec A\times\vec B=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta\,\vec e_z=\vec C $$である.では $\vec B\times\vec A$ はどうか.外積の定義で回転の向きは「前に書かれたベクトルから後に書かれたベクトルへ」なので,$\vec B\times\vec A$ では $\vec B$ から $\vec A$ へ回転することになる.ところが,「$\vec A$ から $\vec B$ へ $\theta$ だけ回転する」という向きを基準にして見れば,「$\vec B$ から $\vec A$ へ回転する」のは,ちょうど逆向き,すなわち $-\theta$ だけ回転することに等しい(図15.3の原点付近の2本の弧が,まさにこの逆向きの関係を表している).したがって,
$$ \vec B\times\vec A=\abs{\vec B}\abs{\vec A}\sin(-\theta)\,\vec e_z $$となる.ここで正弦(サイン)の性質
Attention:$\sin(-\theta)=-\sin\theta$
正弦は原点対称な(奇関数の)グラフをもつので,角の符号を反転すると,値の符号も反転する.
を使うと,
$$ \vec B\times\vec A=\abs{\vec B}\abs{\vec A}\sin(-\theta)\,\vec e_z=-\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta\,\vec e_z=-\vec C $$となる.よって $\vec B\times\vec A=-\vec C=-(\vec A\times\vec B)$ である.
(証明終わり)
外積のこの性質は反交換法則(anticommutativity)と呼ばれる.内積では $\vec A\cdot\vec B=\vec B\cdot\vec A$(定理15.2(II))が成り立ったのに対し,外積では順序を入れ替えると符号が反転する——これは,外積が「向き」という情報を運んでいることの直接の帰結である.
外積の性質を,右ネジの法則を実際に基本ベクトル $\vec i,\vec j,\vec k$ に当てはめて確認しよう.
例題15.5 基本ベクトルの外積
右ネジの法則を使って,$\vec i\times\vec j$,$\vec j\times\vec k$,$\vec k\times\vec i$ を求めよ.
解答 $\vec i,\vec j,\vec k$ はそれぞれ $x,y,z$ 軸方向の単位ベクトルで,互いに直交する($\theta=90^\circ$,$\sin90^\circ=1$).$\vec i$ から $\vec j$ へ($x$ 軸から $y$ 軸へ)右ネジを回すと,ネジは $z$ 軸の正の向きに進む.よって,大きさは $\abs{\vec i}\abs{\vec j}\sin90^\circ=1\times1\times1=1$,向きは $z$ 軸正方向(すなわち $\vec k$ 自身の向き)だから,
$$ \vec i\times\vec j=\vec k $$である.同様に,$\vec j$ から $\vec k$ へ($y$ 軸から $z$ 軸へ)右ネジを回すとネジは $x$ 軸正方向に進むので $\vec j\times\vec k=\vec i$,$\vec k$ から $\vec i$ へ($z$ 軸から $x$ 軸へ)回すとネジは $y$ 軸正方向に進むので $\vec k\times\vec i=\vec j$ である.(numpyで検算:$\vec i\times\vec j=(0,0,1)=\vec k$,$\vec j\times\vec k=(1,0,0)=\vec i$,$\vec k\times\vec i=(0,1,0)=\vec j$.また定理15.3より $\vec i\times\vec i=\vec j\times\vec j=\vec k\times\vec k=\vec 0$ である——同じ向きを向くベクトルどうしのなす角は $\theta=0$ で $\sin0=0$ だから,これは反交換法則からも $\vec i\times\vec i=-(\vec i\times\vec i)$,すなわち $2(\vec i\times\vec i)=\vec 0$ より直接確かめられる.)
ここまでで得られた外積の性質を,まとめて整理しておこう.
定理15.4 外積の性質一覧
任意のベクトル $\vec a,\vec b,\vec c$ と実数 $k$,および基本ベクトル $\vec i,\vec j,\vec k$ について,次が成り立つ.
(I) $\vec 0\times\vec a=\vec a\times\vec 0=\vec 0$($\because\ \vec 0=-\vec 0$ と定理15.3から)
(II) $\vec a\times\vec a=\vec 0$($\because\ \sin0=0$)
(III) $\vec a\times\vec b=-\vec b\times\vec a$(定理15.3,交換法則は成立しない)
(IV) $(k\vec a)\times\vec b=\vec a\times(k\vec b)=k(\vec a\times\vec b)$(ただし $k$ は実数)
(V) $\vec a\times(\vec b+\vec c)=\vec a\times\vec b+\vec a\times\vec c$(分配法則)
(VI) $\vec i\times\vec j=\vec k,\ \vec j\times\vec k=\vec i,\ \vec k\times\vec i=\vec j$,かつ $\vec i\times\vec i=\vec j\times\vec j=\vec k\times\vec k=\vec 0$
(I)は,(III)で $\vec b=\vec 0$ とすると $\vec 0\times\vec a=-(\vec a\times\vec 0)$ となり,かつ $\vec 0=-\vec 0$ であることから成り立つ(大きさが $0$ のベクトルは向きが定まらないので,どちらへ回転させても大きさ $0$ のままである).(II)は,同じベクトル同士のなす角が $\theta=0$ であり,$\sin0=0$ だから,大きさが $0$,すなわち $\vec a\times\vec a=\vec 0$ となる.(IV)(V)は成分計算による証明が自然で,実際に成分表示を手に入れる次節でまとめて証明する.(VI)は例題15.5で確認したとおりである.
15.4 外積の成分表示——行列式と平行四辺形の面積
外積の定義(定義15.5)は「大きさ $\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta$,向きは右ネジの法則」という幾何学的な言葉で与えられていた.内積のときと同じように,これを成分だけから計算する方法を手に入れたい.まずは,2つのベクトルがどちらも $xy$ 平面内にある($z$ 成分が $0$ の)簡単な場合から始めよう.
15.4.1 平面内の2ベクトルの外積——行列式としての成分表示
導出
$\vec A\times\vec B=\vec C$ とし,$\vec A=(a_1,a_2,0)$,$\vec B=(b_1,b_2,0)$ とおく.このとき $\vec A,\vec B$ はどちらも $xy$ 平面内にあるので,定義15.5より $\vec C$ は $z$ 軸方向を向く.図15.4のように,$\vec A,\vec B$ を $x$ 軸から測った角をそれぞれ $\alpha,\beta$($\beta\gt\alpha$ とする)とすると,$\vec A$ から $\vec B$ へのなす角は $\theta=\beta-\alpha$ である.外積の大きさは,
$$ \abs{\vec A}\cdot\abs{\vec B}\cdot\sin\theta=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin(\beta-\alpha) $$である.正弦の加法定理(高校数学第5章5.2節)$\sin(\beta-\alpha)=\sin\beta\cos\alpha-\cos\beta\sin\alpha$ を使うと,
$$ =\abs{\vec A}\abs{\vec B}\big(\sin\beta\cos\alpha-\cos\beta\sin\alpha\big) $$となる.ここで,15.2節の証明とまったく同じ考え方で,角 $\alpha,\beta$ を成分で表す.
Attention:$\alpha,\beta$ の三角比を成分で表す
$$ \sin\beta=\frac{b_2}{\abs{\vec B}},\qquad \sin\alpha=\frac{a_2}{\abs{\vec A}},\qquad \cos\beta=\frac{b_1}{\abs{\vec B}},\qquad \cos\alpha=\frac{a_1}{\abs{\vec A}} $$これを代入すると,
$$ \abs{\vec A}\abs{\vec B}\left(\frac{b_2}{\abs{\vec B}}\cdot\frac{a_1}{\abs{\vec A}}-\frac{b_1}{\abs{\vec B}}\cdot\frac{a_2}{\abs{\vec A}}\right) =\abs{\vec A}\abs{\vec B}\cdot\frac{a_1b_2-a_2b_1}{\abs{\vec A}\abs{\vec B}} =a_1b_2-a_2b_1 $$となる(分母の $\abs{\vec A}\abs{\vec B}$ が約分されて消える,15.2節の内積の証明とまったく同じ形の計算である).したがって,
$$ \abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta=a_1b_2-a_2b_1 $$を得る.右辺の $a_1b_2-a_2b_1$ という組み合わせは,$2\times2$ 行列式(大学数学第8章8.3節,あるいは高校数学第7章7.7節の「数学ノート」で予告した組み合わせそのもの)
$$ \begin{vmatrix}a_1&a_2\\b_1&b_2\end{vmatrix}=a_1b_2-a_2b_1 $$にほかならない.これを $S$ とおくと,$S=\abs{\vec C}$($\vec C=\vec A\times\vec B$ の大きさ)が分かったことになる.
定理15.5 外積の成分表示(平面内の場合)
$\vec A=(a_1,a_2,0)$,$\vec B=(b_1,b_2,0)$($xy$ 平面内のベクトル)のとき,
$$ \vec A\times\vec B=(a_1b_2-a_2b_1)\,\vec k=\begin{vmatrix}a_1&a_2\\b_1&b_2\end{vmatrix}\vec k $$である.また,$\abs{\vec A\times\vec B}=\abs{a_1b_2-a_2b_1}$ は,$\vec A,\vec B$ を2辺とする平行四辺形の面積 $S$ に等しい.
なぜ絶対値が必要なのか——符号付き面積
$a_1b_2-a_2b_1$ 自体は,$\vec B$ が $\vec A$ より反時計回り側($\beta\gt\alpha$)にあれば正,時計回り側($\beta\lt\alpha$)にあれば負の値を取りうる(面積そのものは負にならないので,一般には $S=\abs{a_1b_2-a_2b_1}$ と絶対値を付ける).この正負こそが,外積の「向き」——$\vec C$ が $+z$ 方向を向くか $-z$ 方向を向くか——に対応している.$\vec B$ が $\vec A$ より時計回り側にあるときは,$\vec A$ から $\vec B$ へ右ネジを回すとネジは $-z$ 方向に進むから,$\vec C$ は $-z$ 方向を向く.符号がちょうどこの向きの違いを教えてくれるわけである.
15.4.2 一般の3次元ベクトルの外積——ノートで途切れた続きを完成させる
ここで,もとにしたノートについて,正直に断っておかねばならない.ノートはこの続き,つまり $\vec A,\vec B$ が $xy$ 平面に限らない一般の3次元ベクトルであるときの外積の成分公式を求めようとした(「任意の位置ベクトル $\vec a=[a_1,a_2,a_3]$,$\vec b=[b_1,b_2,b_3]$ とする.また,原点 $O$ を通り,$\vec a,\vec b$ を張る平面は,」)ところで,途中で記述が終わっている.本書は「底本の内容を省略しない」という方針で書かれているので,この続きを省略したり誤魔化したりするのではなく,むしろここで踏み込んで,自分たちの手で最後まで完成させることにする.
数学ノート:外積の線形性は認めて使う
一般の3次元ベクトルに進むために,定理15.4の(IV)(V)——$(k\vec a)\times\vec b=\vec a\times(k\vec b)=k(\vec a\times\vec b)$ と $\vec a\times(\vec b+\vec c)=\vec a\times\vec b+\vec a\times\vec c$——を使う.(IV)は,$k\gt0$ なら $k\vec a$ は $\vec a$ と同じ向きで大きさが $k$ 倍というだけなので,外積の大きさも向きも $k$ 倍されることは定義からほぼ直接に分かる($k\lt0$ のときは,$k\vec a$ の向きが反転するために回転の向きも反転し,符号がもう1つ入って結局やはり $k$ 倍になる).(V)(外積が和に対して分配法則を満たすこと)の完全な幾何学的証明は,$\vec b,\vec c$ を $\vec a$ に垂直な平面へ正射影し,その正射影ベクトルを90度回転させて $\abs{\vec a}$ 倍する,という少し込み入った議論が必要であり,本書の範囲を超えるため証明は省略する.以下では,この(IV)(V)が成り立つことを認めた上で成分公式を導き,導いた公式が実際に(IV)(V)を満たすことを例題15.7・例題15.8でPythonにより検算することで,逆向きの確認とする.
導出
$\vec a=(a_1,a_2,a_3)=a_1\vec i+a_2\vec j+a_3\vec k$,$\vec b=(b_1,b_2,b_3)=b_1\vec i+b_2\vec j+b_3\vec k$ と,基本ベクトルの1次結合で書く.分配法則(V)を2回使って($\vec a$ 側,$\vec b$ 側の両方について展開する),
$$ \vec a\times\vec b=(a_1\vec i+a_2\vec j+a_3\vec k)\times(b_1\vec i+b_2\vec j+b_3\vec k) $$ $$ =a_1b_1(\vec i\times\vec i)+a_1b_2(\vec i\times\vec j)+a_1b_3(\vec i\times\vec k) +a_2b_1(\vec j\times\vec i)+a_2b_2(\vec j\times\vec j)+a_2b_3(\vec j\times\vec k) +a_3b_1(\vec k\times\vec i)+a_3b_2(\vec k\times\vec j)+a_3b_3(\vec k\times\vec k) $$と,全部で $3\times3=9$ 個の項に展開される(1行飛ばさず全部書き下した).ここに,定理15.4(VI)($\vec i\times\vec j=\vec k,\ \vec j\times\vec k=\vec i,\ \vec k\times\vec i=\vec j$,同じ文字どうしは $\vec 0$)と,定理15.3(反交換法則,$\vec j\times\vec i=-\vec k,\ \vec k\times\vec j=-\vec i,\ \vec i\times\vec k=-\vec j$)を代入すると,
$$ \vec a\times\vec b=a_1b_1\vec 0+a_1b_2\vec k+a_1b_3(-\vec j)+a_2b_1(-\vec k)+a_2b_2\vec 0+a_2b_3\vec i+a_3b_1\vec j+a_3b_2(-\vec i)+a_3b_3\vec 0 $$となる.$\vec 0$ の項を消し,$\vec i,\vec j,\vec k$ ごとに係数をまとめると,
$$ \vec a\times\vec b=(a_2b_3-a_3b_2)\vec i+(a_3b_1-a_1b_3)\vec j+(a_1b_2-a_2b_1)\vec k $$を得る.
定理15.6 外積の成分表示(一般の3次元)
$\vec a=(a_1,a_2,a_3)$,$\vec b=(b_1,b_2,b_3)$ のとき,
\begin{equation} \vec a\times\vec b=(a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1) \label{eq:15-cross3d} \end{equation}である.覚え方として,形式的な $3\times3$ 行列式
$$ \vec a\times\vec b=\begin{vmatrix}\vec i&\vec j&\vec k\\a_1&a_2&a_3\\b_1&b_2&b_3\end{vmatrix} $$の第1行に関する余因子展開(大学数学第8章8.4節)とまったく同じ形に書ける(あくまで成分を計算するための覚え方であり,$\vec i,\vec j,\vec k$ を,本来は数(スカラー)の並ぶべき行列式の成分の位置に,形式的に——数であるかのように——並べて展開しているだけである.行列式は本来,数を正方形に並べた配列に対して定義される量(8.3節)であって,成分がベクトルである行列式は定義されていないから,「形式的な」という一言が必要になる).
この公式が定理15.5と矛盾しないことも確認しておこう.$a_3=b_3=0$($xy$ 平面内のベクトル)を式\eqref{eq:15-cross3d}に代入すると,$\vec a\times\vec b=(a_2\cdot0-0\cdot b_2,\ 0\cdot b_1-a_1\cdot0,\ a_1b_2-a_2b_1)=(0,0,a_1b_2-a_2b_1)$ となり,定理15.5とぴったり一致する.
例題15.6 3点から作られる三角形の面積を外積で求める
平面上の3点 $P(0,0)$,$Q(3,0)$,$R(1,4)$ を頂点とする三角形 $PQR$ の面積を,外積を使って求めよ.
解答 $\vec u=\vec{PQ}=(3,0)$,$\vec v=\vec{PR}=(1,4)$ とする.平行四辺形(2辺 $\vec u,\vec v$ が張る)の面積は,定理15.5より,
$$ S_{\text{平行四辺形}}=\abs{u_1v_2-u_2v_1}=\abs{3\times4-0\times1}=\abs{12}=12 $$である.三角形 $PQR$ は,この平行四辺形をちょうど対角線で2等分した半分にあたるので,
$$ S_{\triangle PQR}=\frac12S_{\text{平行四辺形}}=\frac12\times12=6 $$である.(sympyで検算:$u_1v_2-u_2v_1=12$,面積$=6$.なお,この公式はHSMath第7章7.7節の「数学ノート」の $S=\frac12\abs{x_1y_2-x_2y_1}$ と同じものであり,あのときの予告——「大学の線形代数で2×2行列式と呼ばれる量」「将来ベクトル解析で学ぶ外積の平面版」——が,ここで回収されたことになる.)
例題15.7 一般成分での分配法則の確認
定理15.6の成分公式を使って,$\vec a\times(\vec b+\vec c)=\vec a\times\vec b+\vec a\times\vec c$(定理15.4(V))を,一般の成分 $a_1,a_2,a_3,b_1,b_2,b_3,c_1,c_2,c_3$ について確認せよ.
解答 $\vec b+\vec c=(b_1+c_1,b_2+c_2,b_3+c_3)$ だから,式\eqref{eq:15-cross3d}より $\vec a\times(\vec b+\vec c)$ の第1成分は,
$$ a_2(b_3+c_3)-a_3(b_2+c_2)=a_2b_3+a_2c_3-a_3b_2-a_3c_2=(a_2b_3-a_3b_2)+(a_2c_3-a_3c_2) $$となり,これはちょうど「$\vec a\times\vec b$ の第1成分」と「$\vec a\times\vec c$ の第1成分」の和である.第2・第3成分についても,まったく同様の計算(実数の分配法則を成分ごとに使うだけ)で一致することが分かる.よって $\vec a\times(\vec b+\vec c)=\vec a\times\vec b+\vec a\times\vec c$ である.(sympyで検算:記号 $a_1,\ldots,c_3$ のまま両辺を展開し,差が恒等的に $\vec 0$ になることを確認.)
例題15.8 一般成分でのスカラー倍の確認
定理15.6の成分公式を使って,$(k\vec A)\times\vec B=\vec A\times(k\vec B)=k(\vec A\times\vec B)$(定理15.4(IV))を確認せよ.
解答 $k\vec A=(ka_1,ka_2,ka_3)$ だから,式\eqref{eq:15-cross3d}より $(k\vec A)\times\vec B$ の第1成分は,
$$ (ka_2)b_3-(ka_3)b_2=k(a_2b_3-a_3b_2) $$となり,$k(\vec A\times\vec B)$ の第1成分 $k(a_2b_3-a_3b_2)$ と一致する.第2・第3成分も同様である.$\vec A\times(k\vec B)$ についても,$k\vec B=(kb_1,kb_2,kb_3)$ を代入すれば,$a_2(kb_3)-a_3(kb_2)=k(a_2b_3-a_3b_2)$ となって同じ結論を得る.(sympyで検算:記号のまま両辺の差が恒等的に $\vec 0$ になることを確認.)
成分表示(定理15.6)が手に入ったことで,外積は幾何学的な定義(大きさと向き)だけでなく,具体的な数値計算の道具にもなった.次節では,こうして手に入れた内積・外積を並べて見比べ,それぞれが「何を測っている」量なのか,その意味の違いを考える.
15.5 内積と外積の意味の違い
内積 $\vec a\cdot\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ と外積 $\vec a\times\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta\,\vec e_z$ は,どちらも同じ2つのベクトル $\vec a,\vec b$ と,そのなす角 $\theta$ から作られる.片方は $\cos\theta$,もう片方は $\sin\theta$ を使う——では,それぞれ何を測っている量なのだろうか.図で意味を考えよう.
15.5.1 内積の意味——同じ方向への正射影
まず内積の式 $\vec a\cdot\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ の意味を考えよう.
図15.6に示すように,$\abs{\vec b}\cos\theta$ は,図の赤い線分の長さである.これは,$\vec b$ の先端から $\vec a$ を含む直線へ垂線を下ろしたときの,原点から垂線の足までの距離にほかならない(直角三角形で,斜辺が $\abs{\vec b}$,$\vec a$ 方向の隣辺が求める長さだから,$\cos\theta=\dfrac{\text{隣辺}}{\text{斜辺}}$ より隣辺 $=\abs{\vec b}\cos\theta$ となる).この量を,$\vec b$ の $\vec a$ 方向への正射影(orthogonal projection)の長さという.しかも,$\abs{\vec b}\cos\theta$ は必ず $\vec a$ と平行かつ(同じ直線上に)重なる.
Attention:$\vec b$ を基準にしてもよい理由
ここでは「$\vec b$ を $\vec a$ の方向へ正射影する」という説明をしたが,$\vec a$ と $\vec b$ の役割を入れ替えて「$\vec a$ を $\vec b$ の方向へ正射影する」と考えても,内積の値 $\vec a\cdot\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$ 自体は変わらない.これは,内積が交換法則 $\vec a\cdot\vec b=\vec b\cdot\vec a$(定理15.2(II))を満たすからである.
つまり,内積とは,$\vec a$ を基準にして,$\vec b$ が $\vec a$ と同じ方向にどれほど影響を及ぼしたのかの度合い(大きさ)を示すものであると考えられる.$\theta$ が $0$ に近い($\vec a,\vec b$ がほぼ同じ向き)ほど $\cos\theta$ は $1$ に近づき,正射影は最大の $\abs{\vec b}$ に近づく.逆に $\theta$ が $90^\circ$ に近づくと正射影は $0$ に近づき,$\theta$ が $90^\circ$ を超えて鈍角になると,正射影は負($\vec a$ と逆向き)になる——これが「影響」という言葉の意味である.
15.5.2 外積の意味——垂直方向への回転の大きさ
一方,外積はどうだろうか.まずは外積の式 $\vec a\times\vec b=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta\cdot\vec e_z=\vec c$ の意味を考えよう.
Attention:$\vec e_z$ は $z$ 軸方向の基本ベクトル
ここでの $\vec e_z$ は,$\vec a,\vec b$ が張る平面に垂直で,右ネジの法則で向きが決まる単位ベクトルである(15.3節で $\vec a,\vec b$ を $xy$ 平面内に取ったときは,これがちょうど $z$ 軸方向の基本ベクトル $\vec k$ と一致する).
図15.7に示すように,$\abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta$ は,$\vec a,\vec b$ を2辺とする平行四辺形の面積である(15.4節の定理15.5と同じ内容を,成分を使わずに図だけで捉え直したものである).垂直方向を考えると,この面積は次のようにも解釈できる——$\vec b$ を斜辺とする直角三角形を作り,$\vec a$ の方向に対して垂直な高さを測ればよい.
図15.6の $\abs{\vec b}\cos\theta$($\vec a$ と平行な向きの成分)と,図15.8の $\abs{\vec b}\sin\theta$($\vec a$ に垂直な向きの成分)は,ちょうど直角三角形の隣辺と対辺の関係にある——$\vec b$ を,$\vec a$ に平行な部分と垂直な部分に分解したとき,内積はその平行な部分の大きさを,外積はその垂直な部分の大きさ(を$\vec a$の大きさ倍したもの)を,それぞれ取り出しているのである.内積が「同じ方向への影響度」を測るのに対し,外積は「$\vec a,\vec b$ が張る平面に垂直な方向」——回転の軸——と,その「ねじれ(回転)の強さ」を同時に運ぶ量である,とまとめられる.
例題15.9 正射影と平行四辺形の面積を具体的なベクトルで確認する
$\vec a=(4,0)$,$\vec b=(3,3)$ とする.(a) $\vec a,\vec b$ のなす角 $\theta$ と正射影 $\abs{\vec b}\cos\theta$ を求め,これが $\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}}$ に一致することを確かめよ.(b) $\abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta$(平行四辺形の面積)を求め,これが外積の大きさ $\abs{a_1b_2-a_2b_1}$ に一致することを確かめよ.
解答 (a) $\vec a\cdot\vec b=4\times3+0\times3=12$,$\abs{\vec a}=4$,$\abs{\vec b}=\sqrt{3^2+3^2}=3\sqrt2$ だから,
$$ \cos\theta=\frac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}=\frac{12}{4\times3\sqrt2}=\frac{1}{\sqrt2}=\frac{\sqrt2}{2}\qquad(\theta=45^\circ) $$したがって,正射影は,
$$ \abs{\vec b}\cos\theta=3\sqrt2\times\frac{\sqrt2}{2}=3 $$である.一方,$\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}}=\dfrac{12}{4}=3$ であり,確かに一致する(これは当然である——$\cos\theta=\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}$ を $\abs{\vec b}\cos\theta$ に代入すれば,$\abs{\vec b}\cdot\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}=\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}}$ となって恒等的に一致することが分かる).
(b) $\sin\theta=\sin45^\circ=\dfrac{\sqrt2}{2}$ だから,
$$ \abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta=4\times3\sqrt2\times\frac{\sqrt2}{2}=4\times3\times\frac{2}{2}=12 $$である.一方,成分から直接計算すると $a_1b_2-a_2b_1=4\times3-0\times3=12$ であり,確かに $\abs{a_1b_2-a_2b_1}=12$ と一致する(面積は $S=12$).(sympyで検算:$\theta=45^\circ$,正射影$=3=\vec a\cdot\vec b/\abs{\vec a}$,$\abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta=12=\abs{a_1b_2-a_2b_1}$.)
応用:トルク(moment of force)$\vec\tau=\vec r\times\vec F$
本章の冒頭(lead)で予告したとおり,外積のもっとも代表的な応用の1つが,力学におけるトルク(moment of force,力のモーメント)である.ある点(回転の中心)から力の作用点までの位置ベクトルを $\vec r$,そこに働く力を $\vec F$ とすると,トルク $\vec\tau$ は,
$$ \vec\tau=\vec r\times\vec F $$で定義される.たとえば,原点(回転の中心)から $\vec r=(1,0,0)$[m]の位置に,力 $\vec F=(0,2,0)$[N]が作用しているとしよう.$\vec r,\vec F$ はどちらも $z$ 成分が $0$,すなわち $xy$ 平面内のベクトルだから,定理15.5(平面内の外積の成分表示)がそのまま使え,
$$ \vec\tau=\vec r\times\vec F=(r_1F_2-r_2F_1)\,\vec k=(1\times2-0\times0)\,\vec k=2\,\vec k\ [\text{N}\!\cdot\!\text{m}] $$となる.大きさ $\abs{\vec\tau}=2$[N·m]は,$\vec r,\vec F$ が張る平行四辺形の面積(15.4.1節の $S$)に等しく,向き($+z$ 方向)は右ネジの法則そのもの——$\vec r$($x$軸方向)から $\vec F$($y$軸方向)へ右ネジを回すと,ネジは $z$軸正方向に進む——で決まる.物理的には,この向きが「回転しようとする軸」,大きさが「回転させようとする働きの強さ」を表す.内積が「同じ方向への影響度」を測る量だったのに対し,トルクという外積の応用は,まさに「$\vec r,\vec F$ に垂直な方向の回転」を数量化する道具になっている(運動量 $\vec p$ を使った角運動量 $\vec L=\vec r\times\vec p$ も,まったく同じ構造をもつ量である).(sympyで検算:$\vec\tau=(0,0,2)$,$\abs{\vec\tau}=2$.)
本章の最後に,ノートの言葉をそのまま借りて締めくくろう——「垂直方向を考える!」.内積が教えてくれたのは $\vec a$ と平行な方向の情報だった.外積が教えてくれるのは $\vec a,\vec b$ の張る平面に垂直な方向である.次章では,互いに直交する3本の基本ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ を軸とする直角座標系や,円筒座標系・極座標系という,「垂直な方向」を体系的に扱うための座標の道具に進む.
15.6 まとめと演習
15.6.1 まとめ
- ベクトル:大きさと向きをもつ量.零ベクトル $\vec 0$(大きさ$0$),単位ベクトル $\vec e=\vec a/\abs{\vec a}$(向きは $\vec a$ と同じで大きさ$1$).
- 内積(スカラー積):$\vec a\cdot\vec b=a_xb_x+a_yb_y=\abs{\vec a}\abs{\vec b}\cos\theta$(定理15.1,加法定理で証明).結果は実数.交換法則 $\vec a\cdot\vec b=\vec b\cdot\vec a$ が成り立つ(定理15.2).基本ベクトルは $\vec i\cdot\vec i=\vec j\cdot\vec j=\vec k\cdot\vec k=1$,$\vec i\cdot\vec j=\vec j\cdot\vec k=\vec k\cdot\vec i=0$.$\vec a\cdot\vec b=0\iff\vec a\perp\vec b$.
- 外積(ベクトル積):$\vec A\times\vec B=\abs{\vec A}\abs{\vec B}\sin\theta\,\vec e_z$($\vec e_z$は右ネジの法則で決まる単位ベクトル,定義15.5).結果はベクトル.反交換法則 $\vec B\times\vec A=-(\vec A\times\vec B)$(定理15.3).基本ベクトルは $\vec i\times\vec j=\vec k,\ \vec j\times\vec k=\vec i,\ \vec k\times\vec i=\vec j$(定理15.4).
- 外積の成分表示:平面内では $\vec A\times\vec B=(a_1b_2-a_2b_1)\vec k$(定理15.5,$2\times2$行列式),一般の3次元では $\vec a\times\vec b=(a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1)$(定理15.6,形式的な$3\times3$行列式).いずれも,$\vec a,\vec b$ が張る平行四辺形の(符号付き)面積に対応する.
- 2つの積の意味の違い:内積 $\abs{\vec b}\cos\theta$ は $\vec b$ の $\vec a$ 方向への正射影(同じ方向への影響度).外積 $\abs{\vec a}\abs{\vec b}\sin\theta$ は $\vec a,\vec b$ が張る平面に垂直な方向の回転の強さ(平行四辺形の面積).
次章(第16章)では,本章で登場した基本ベクトル $\vec i,\vec j,\vec k$(直角座標)を出発点に,円筒座標・極座標という,物理でよく使われる別の座標系に進み,それぞれの座標系での基底ベクトルどうしの内積・外積(直交性)を確認する.外積は,第18章の勾配($\grad$),第19章の発散・回転($\mathrm{div},\ \rot$),そして第20章の積分定理(ストークスの定理)まで,ベクトル解析全体を通じて繰り返し使われる道具である.
15.6.2 演習問題
演習15.1 単位ベクトル
$\vec a=(1,2,2)$ の単位ベクトルを求めよ.
ヒント:式\eqref{eq:15-unitvec}($\vec e=\vec a/\abs{\vec a}$)を使う.3次元でも大きさは成分の2乗和の平方根である.
演習15.2 内積となす角
$\vec a=(2,1)$,$\vec b=(-1,3)$ の内積と,2つのベクトルのなす角 $\theta$($\cos\theta$ の値でよい)を求めよ.
ヒント:定義15.4で内積を計算し,定理15.1で $\cos\theta=\dfrac{\vec a\cdot\vec b}{\abs{\vec a}\abs{\vec b}}$ を使う.
演習15.3(発展) スカラー三重積と体積
$\vec a=(1,0,0)$,$\vec b=(0,1,0)$,$\vec c=(0,0,1)$ とする.$\vec b\times\vec c$ を求めたのち,$\vec a\cdot(\vec b\times\vec c)$(スカラー三重積と呼ばれる量)を計算せよ.また,この値が,$\vec a,\vec b,\vec c$ を3辺とする平行六面体(直方体)の体積に等しくなっていることを確かめよ.
ヒント:$\vec b\times\vec c$ は定理15.6の成分公式で計算できる.外積の結果 $\vec b\times\vec c$ と $\vec a$ の内積(定義15.4)を計算する.$\vec a,\vec b,\vec c$ が単位立方体の3辺であることに注意.
演習15.4 一般成分での反交換法則の証明
定理15.6の成分公式を使って,$\vec A\times\vec B=-(\vec B\times\vec A)$ を,一般の成分 $a_1,a_2,a_3,b_1,b_2,b_3$ について証明せよ.
ヒント:例題15.7・例題15.8と同じ方針で,$\vec A\times\vec B$ と $\vec B\times\vec A$ の各成分を式\eqref{eq:15-cross3d}から書き下し,符号だけが反転していることを確認する.(この結果は,15.3節で回転の向きから幾何学的に証明した定理15.3を,成分計算の面からも裏づける.)
演習15.5 3点から作られる三角形の面積
平面上の3点 $P(0,0)$,$Q(4,0)$,$R(2,5)$ を頂点とする三角形の面積を,外積を使って求めよ.
ヒント:例題15.6と同じ方針で,$\vec u=\vec{PQ}$,$\vec v=\vec{PR}$ を作り,定理15.5の $\abs{u_1v_2-u_2v_1}$ を計算してから $\frac12$ をかける.
演習15.6 外積は結合法則を満たすか
基本ベクトル $\vec i,\vec j,\vec k$ を使って,$(\vec i\times\vec i)\times\vec j$ と $\vec i\times(\vec i\times\vec j)$ をそれぞれ計算し,両者が一致するかどうか調べよ.この結果から,外積 $\times$ について,一般に結合法則 $(\vec a\times\vec b)\times\vec c=\vec a\times(\vec b\times\vec c)$ が成り立つといえるか,成り立たないといえるか,答えよ.
ヒント:定理15.4(VI)($\vec i\times\vec i=\vec 0$,$\vec i\times\vec j=\vec k$)を使う.一方が $\vec 0$,他方が $\vec 0$ でないベクトルになれば,一般には結合法則が成り立たないことの反例になる.
15.6.3 参考文献
- 望月泰英『数学ノート ベクトル解析』(手書き講義ノート).本章の底本.
- 岩堀長慶『ベクトル解析』裳華房,1960年.