大学数学 — 目次 第IV部 ベクトル解析 / 第16章

第16章座標系と基底ベクトル

前章では,向きと大きさを持つ「矢印」としてのベクトルに,内積 $\vec a\cdot\vec b$ と外積 $\vec a\times\vec b$ という2種類の掛け算を定義した.どちらも,$\vec a,\vec b$ を成分表示 $[a_1,a_2,a_3]$ のように具体的な数の組で書けば,機械的に計算できた.しかし,その成分表示は当たり前のものではない.$[a_1,a_2,a_3]$ という3つの数は,実は「$x$ 軸方向・$y$ 軸方向・$z$ 軸方向に,単位の長さだけ進むベクトル」を基準にして,ベクトル $\vec a$ をその3方向にどれだけ引き伸ばして足し合わせれば元に戻るかを表した「配合レシピ」にすぎない.この基準となる3本の単位ベクトルを基底ベクトル(base vector)と呼ぶ.

ところが,基底ベクトルの選び方は直角に交わる3方向だけとは限らない.円柱の中を流れる水の速度を表すなら,円柱の軸からの距離の方向・軸を取り巻く方向・軸に沿う方向を基底にとった方が計算がずっと楽になる.惑星の運動や原子核のまわりの電子雲を扱うなら,中心からの距離の方向・南北方向・東西方向を基底にとった方が自然である.本章では,直角座標(デカルト座標)に加えて,円筒座標と球座標(極座標)という2つの曲線座標系を導入し,それぞれの基底ベクトルの性質と,直角座標との間の変換規則を系統立てて学ぶ.とりわけ球座標では,基底ベクトル自身が場所ごとに向きを変えるという,直角座標にはない現象に出会う.この「向きを変える基底ベクトル」を微分する技術は,後の章で学ぶ勾配・発散・回転(そしてラプラシアン)の球座標表示の土台になる,本章最大の山場である.

この章で学ぶこと
  • 直角座標系の基底ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ と,その外積・内積の関係(右手系であること)
  • 円筒座標系($r,\varphi,z$)の定義と基底ベクトル $\vec e_r,\vec e_\varphi,\vec e_z$,直角座標との相互変換
  • 球座標系($R,\theta,\varphi$)の定義と基底ベクトル $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$,直角座標との相互変換
  • 座標軸まわりの回転を表す $3\times3$ 行列と,オイラー角による回転の合成
  • 球座標の基底ベクトル $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ が場所ごとに向きを変えること,その $\theta,\varphi$ による偏微分
  • 球座標で表したナブラ演算子 $\nabla=\vec e_R\pdiff{}{R}+\dfrac1R\vec e_\theta\pdiff{}{\theta}+\dfrac{1}{R\sin\theta}\vec e_\varphi\pdiff{}{\varphi}$
  • 極座標(平面)での円運動の速度・加速度 — $V_r,V_\theta,A_r,A_\theta$
前提:第15章(ベクトルの内積と外積,特に外積の成分公式と行列式との関係).高校数学(AD 01)の第7章「ベクトル」(空間ベクトル・成分表示・線形独立の考え方)と第5章「三角関数の加法定理と諸公式」(三角関数の合成).$2\times2$ 行列・$3\times3$ 行列の積の計算にも慣れておくとよい.
もとにしたノート:望月泰英『数学ノート ベクトル解析』 pp. 7–16.

16.1 直交座標系(デカルト座標)と基底ベクトル

中学・高校で慣れ親しんだ $xy$ 平面や $xyz$ 空間の座標は,実は「座標系」のうちで最も単純な特別の場合である.まずはその定義を,ノートの言葉に沿ってきちんと確認しておこう.

定義16.1 直角座標系(Cartesian coordinates / Rectangular coordinates)

3次元空間の1点の位置は,$x=$ 一定の平面($x$ 平面),$y=$ 一定の平面($y$ 平面),$z=$ 一定の平面($z$ 平面)の3枚の平面の交点として表せる.この $x$ 平面・$y$ 平面・$z$ 平面が互いにすべて直交するとき,この座標系を直角座標系(デカルト座標系,Descartes coordinates)という.

たとえば点 $P(x_1,y_1,z_1)$ とは,「$x=x_1$ の平面」と「$y=y_1$ の平面」と「$z=z_1$ の平面」がただ1点で交わる,その交点のことである.3枚の平面がどれも互いに直交しているからこそ,$(x_1,y_1,z_1)$ という3つの数の組だけで空間内の点がぴったり1つに定まる.これが,中学以来「$(x,y,z)=(x_1,y_1,z_1)$」という書き方で何の疑いもなく使ってきた表記の,座標系としての正体である.

定義16.2 直角座標の基底ベクトルと位置ベクトル

3つの直交する座標方向($x$ 軸・$y$ 軸・$z$ 軸の正の向き)に平行な,大きさ1の3本のベクトルを $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ と書き,基底ベクトル(base vector,あるいは基本ベクトル)という.「基底」とは,どんなベクトルもこの3本の実数倍の和として一意に表せる,という意味での「土台」である.点 $P(x_1,y_1,z_1)$ に対して,原点 $O$ から $P$ へ向かうベクトル $\overrightarrow{OP}$ を位置ベクトル(position vector)といい,

\begin{equation} \overrightarrow{OP}=x_1\vec e_x+y_1\vec e_y+z_1\vec e_z=[x_1,y_1,z_1] \label{eq:16-position-cartesian} \end{equation}

と表される.すなわち,位置ベクトルの成分 $x_1,y_1,z_1$ とは,基底ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ の方向に,それぞれどれだけの「大きさ」(符号つきの長さ)だけ進めば点 $P$ に到達するかを表す数である.前章で当たり前のように使ってきた成分表示 $[a_1,a_2,a_3]$ は,実はこの基底ベクトルによる分解を省略して書いたものにほかならない.

基底ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ は,右手の親指を $x$ 軸,人差し指を $y$ 軸,中指を $z$ 軸の正の向きに合わせられるように(右手系,right-handed system),向きを取る.このとき,前章で学んだ外積と内積を使うと,次の関係が成り立つ.

公式16.1 直角座標の基底ベクトルの外積・内積

$$ \vec e_x\times\vec e_y=\vec e_z,\qquad \vec e_y\times\vec e_z=\vec e_x,\qquad \vec e_z\times\vec e_x=\vec e_y, $$ $$ \vec e_x\cdot\vec e_y=0,\qquad \vec e_y\cdot\vec e_z=0,\qquad \vec e_z\cdot\vec e_x=0 . $$

なぜ?:なぜ「右手系」で決めるのか

外積 $\vec a\times\vec b$ の向きは,前章の公式(右ねじの規則)により,$\vec a$ から $\vec b$ に右ねじを回したときにねじが進む向きだった.$\vec e_x\times\vec e_y=\vec e_z$ という関係は,「$x$ 軸から $y$ 軸へ右ねじを回すと $z$ 軸の正の向きに進む」という意味であり,これがまさに右手系の定義そのものである.もし左手系($\vec e_x\times\vec e_y=-\vec e_z$ となるように座標を取った系)を使うと,外積の公式がことごとく符号を変えてしまい面倒なので,本書では一貫して右手系を採用する.内積の3つの式は,3方向が互いに直交していることをそのまま述べているにすぎない.

直角座標の基底ベクトルと位置ベクトルの分解 ex ey ez O P(x1,y1,z1) x1 y1 z1
図16.1 直角座標の基底ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$(青,原点 $O$ で互いに直交する)と,位置ベクトル $\overrightarrow{OP}=x_1\vec e_x+y_1\vec e_y+z_1\vec e_z$(赤).破線は成分 $x_1,y_1,z_1$ を測るための補助線である.

直角座標では,微小変位(ごくわずかな位置のずれ)を表すベクトルと,微小体積についても,次の単純な形になる.これは本章の後半で円筒座標・球座標のものと比較するための基準になるので,先に公式の形でまとめておく.

公式16.2 直角座標の微小変位ベクトルと微小体積要素

座標が $(x,y,z)$ から $(x+dx,y+dy,z+dz)$ までわずかに変化したときの微小変位ベクトルを $d\vec l$,その3辺がつくる微小な直方体の体積を $dV$ と書くと,

$$ d\vec l=[dx,\ dy,\ dz],\qquad dV=dx\,dy\,dz . $$

イメージ:なぜ体積が単純な積になるのか

直角座標では3方向の基底ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ がどの点でも向きも大きさも変わらない.だから,1辺 $dx$,もう1辺 $dy$,もう1辺 $dz$ の3辺が互いに直交する直方体ができ,その体積は単に3辺の積 $dx\,dy\,dz$ になる.この「基底ベクトルが場所によらず一定」という性質は,実は直角座標に固有の特別な性質であり,次節以降で見る円筒座標・球座標では成り立たなくなる(基底ベクトルの向きが点ごとに変わる).このことが,後で微小体積の式に $r$ や $R^2\sin\theta$ のような余分な係数が付く理由である.

例題16.1 基底ベクトルの外積関係と2点間の距離

点 $A(2,0,0)$,$B(0,3,0)$,$C(0,0,1)$ を考える.(a) $\overrightarrow{OA}$,$\overrightarrow{OB}$ を基底ベクトルで表し,$\overrightarrow{OA}\times\overrightarrow{OB}$ を計算せよ.その結果が $C$ の方向($z$ 軸方向)を向くことを確認せよ.(b) 2点 $A,B$ の間の距離 $|AB|$ を求めよ.

解答 (a) $\overrightarrow{OA}=2\vec e_x$,$\overrightarrow{OB}=3\vec e_y$ である.外積の双線形性(前章)と公式16.1の $\vec e_x\times\vec e_y=\vec e_z$ を使うと,

$$ \overrightarrow{OA}\times\overrightarrow{OB}=(2\vec e_x)\times(3\vec e_y)=2\cdot3\,(\vec e_x\times\vec e_y)=6\vec e_z . $$

成分で直接計算しても,$[2,0,0]\times[0,3,0]=[0\cdot0-0\cdot3,\ 0\cdot0-2\cdot0,\ 2\cdot3-0\cdot0]=[0,0,6]$ となり一致する.$6\vec e_z$ は $z$ 軸の正の向きを向くベクトルであり,$C(0,0,1)$ の方向($\overrightarrow{OC}=\vec e_z$ の方向)とちょうど一致する.外積が2つのベクトルの張る平面(ここでは $xy$ 平面)に垂直になるという性質どおりの結果である.

(b) $\overrightarrow{AB}=\overrightarrow{OB}-\overrightarrow{OA}=[0,3,0]-[2,0,0]=[-2,3,0]$ であるから,

$$ |AB|=\sqrt{(-2)^2+3^2+0^2}=\sqrt{4+9}=\sqrt{13} . $$

(sympyで検算:$\overrightarrow{OA}\times\overrightarrow{OB}=[0,0,6]$,$|AB|=\sqrt{13}$.)

16.2 円筒座標系 — 基底ベクトルと直角座標への変換

直角座標は万能ではない.たとえば円柱形のパイプの中を流れる水や,導線のまわりに生じる磁場を考えるときは,「軸からの距離」「軸のまわりの角度」「軸に沿った高さ」の3つで位置を表した方が,対称性がそのまま式に反映されて計算が簡単になる.これが円筒座標系(cylindrical coordinates,円柱座標ともいう)である.

定義16.3 円筒座標系

円筒座標の任意の点 $P(r_1,\varphi_1,z_1)$ とは,$xy$ 平面に平行な平面 $z=z_1$,$xy$ 平面上で $x$ 軸との成す角が $\varphi=\varphi_1$ である半平面,そして中心軸を $z$ 軸とする半径 $r=r_1$ の円筒面,この3つの交点として定まる点である.

円筒座標の3つの面の交点としての点P P(r1,φ1,z1) z=z1 平面 ($xy$ 平面に平行) r=r1 の円筒面 φ=φ1 の半平面 x z
図16.2 円筒座標の点 $P(r_1,\varphi_1,z_1)$ は,円筒面 $r=r_1$(水色),半平面 $\varphi=\varphi_1$(赤,$x$ 軸から測った角度),平面 $z=z_1$(青,$xy$ 平面に平行)の3つの交わりとして定まる.

この3方向に対応する基底ベクトルを $\vec e_r,\vec e_\varphi,\vec e_z$ と書く.$\vec e_r$ は軸から遠ざかる向き,$\vec e_\varphi$ は角 $\varphi$ が増える向き,$\vec e_z$ は直角座標と共通の $z$ 軸方向である.これらは(直角座標の $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ と同じく)互いに直交する単位ベクトルで,右手系をなすように取るので,公式16.1とまったく同じ形の関係が成り立つ.

公式16.3 円筒座標の基底ベクトルの外積・内積

$$ \vec e_r\times\vec e_\varphi=\vec e_z,\qquad \vec e_\varphi\times\vec e_z=\vec e_r,\qquad \vec e_z\times\vec e_r=\vec e_\varphi, $$ $$ \vec e_r\cdot\vec e_\varphi=0,\qquad \vec e_\varphi\cdot\vec e_z=0,\qquad \vec e_z\cdot\vec e_r=0 . $$
円筒座標の基底ベクトルの線形独立性 ez eφ er
図16.3 円筒座標の基底ベクトル $\vec e_r,\vec e_\varphi,\vec e_z$ は,互いに直交する線形独立な3本のベクトルである(原点の小さな正方形は直角の印).

円筒座標では,$r$ と $z$ はもともと長さの次元を持つが,角 $\varphi$ は長さの次元を持たない.そこで,角 $\varphi$ を長さに変換するには半径 $r$ を掛けなければならない($r\times2\pi=$ 円周,という関係を思い出すとよい).これを踏まえて,微小変位ベクトルと微小体積要素は次のようになる.

公式16.4 円筒座標の微小変位ベクトルと微小体積要素

$$ d\vec l=\vec e_r\,dr+\vec e_\varphi\,r\,d\varphi+\vec e_z\,dz,\qquad dV=dr\cdot r\,d\varphi\cdot dz=r\,dr\,d\varphi\,dz . $$
円筒座標の微小体積要素 dr r dφ dz
図16.4 円筒座標の微小体積要素.3辺の長さがそれぞれ $dr$,$r\,d\varphi$,$dz$ の微小な直方体とみなせるので,体積は $dV=r\,dr\,d\varphi\,dz$ となる.

円筒座標で表されたベクトル $\vec A=A_r\vec e_r+A_\varphi\vec e_\varphi+A_z\vec e_z$ は,直角座標の形 $A_x\vec e_x+A_y\vec e_y+A_z\vec e_z$ でも表現できる.

イメージ:円筒座標は「暗号」

直角座標から見れば,円筒座標の3つの数 $(r,\varphi,z)$ は,同じ1点を表す別の「暗号」のようなものだと考えることができる.$(r,\varphi,z)$ という組を渡されても,それだけでは直角座標の $x,y$ 座標がいくつなのか一目ではわからない.これから求める変換公式は,まさにその暗号を解読して,元の $(x,y,z)$ に戻すための「解読表」にあたる.

$\vec e_z$ 方向の成分は円筒座標でも直角座標でも共通なので,あとは $A_x,A_y$ を求めればよい.「$\vec A$ が $\vec e_x$ 方向にどれだけ影響しているか」を表す数が内積 $\vec A\cdot\vec e_x=A_x$ であったことを思い出そう.

$$ A_x=\vec A\cdot\vec e_x=A_r(\vec e_r\cdot\vec e_x)+A_\varphi(\vec e_\varphi\cdot\vec e_x)+A_z\underbrace{(\vec e_z\cdot\vec e_x)}_{=0(\because\text{直交})}, $$ $$ A_y=\vec A\cdot\vec e_y=A_r(\vec e_r\cdot\vec e_y)+A_\varphi(\vec e_\varphi\cdot\vec e_y)+A_z\underbrace{(\vec e_z\cdot\vec e_y)}_{=0(\because\text{直交})} . $$
e_x, e_y, e_r, e_phiの関係 φ x y ex ey er eφ
図16.5 直角座標の原点から見て,円筒座標の基準点は角 $\varphi$ だけ傾いた方向にある.$\vec e_r,\vec e_\varphi$ は $\vec e_x,\vec e_y$ を角 $\varphi$ だけ回転したものになっている(図4の再現).

図16.5(原点からの拡大図)から,$\vec e_r,\vec e_\varphi$ と $\vec e_x,\vec e_y$ の間の内積を,角 $\varphi$ を使った余弦で読み取ることができる.$\vec e_r$ は $\vec e_x$ から角 $\varphi$ だけ回転した向きなので $\vec e_r\cdot\vec e_x=\cos\varphi$,$\vec e_r$ は $\vec e_y$ から角 $\left(\frac\pi2-\varphi\right)$ だけ回転した向きなので $\vec e_r\cdot\vec e_y=\cos\!\left(\frac\pi2-\varphi\right)=\sin\varphi$ である.同様に,$\vec e_\varphi$ は $\vec e_r$ をさらに90°回転した向きだから,$\vec e_x$ からは角 $\left(\frac\pi2+\varphi\right)$ だけ回転しており,

$$ \vec e_\varphi\cdot\vec e_x=\cos\!\left(\frac\pi2+\varphi\right)=-\sin\varphi,\qquad \vec e_\varphi\cdot\vec e_y=\cos\varphi $$

注意:ノートの記載について

底本のこの箇所では $\vec e_\varphi\cdot\vec e_z=\cos\!\left(\frac\pi2+\varphi\right)=-\sin\varphi$ と書かれているが,右辺が $\varphi$ に依存する値であるのに対し,$\vec e_\varphi\cdot\vec e_z=0$ は前ページ(公式16.3)で $\varphi$ によらず恒等的に成り立つ関係であり,両者は矛盾する.また,直後の $A_x$ の計算に必要なのは $\vec e_\varphi\cdot\vec e_x$ である.これらの理由から,$\vec e_\varphi\cdot\vec e_z$ は $\vec e_\varphi\cdot\vec e_x$ の書き誤りと判断し,教科書では正しい形($\vec e_\varphi\cdot\vec e_x=-\sin\varphi$)で示した.

となる.これらを $A_x,A_y$ の式に代入すると,次の変換公式が得られる.

公式16.5 円筒座標から直角座標へのベクトル成分の変換

$$ A_x=A_r\cos\varphi-A_\varphi\sin\varphi,\qquad A_y=A_r\sin\varphi+A_\varphi\cos\varphi, $$

すなわち行列の形で

$$ \begin{bmatrix} A_x \\ A_y \\ A_z \end{bmatrix} =\begin{bmatrix} \cos\varphi & -\sin\varphi & 0 \\ \sin\varphi & \cos\varphi & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{bmatrix} \begin{bmatrix} A_r \\ A_\varphi \\ A_z \end{bmatrix} . $$

イメージ:左上の $2\times2$ ブロックは回転行列

上の行列の左上 $2\times2$ ブロック $\begin{bmatrix}\cos\varphi&-\sin\varphi\\\sin\varphi&\cos\varphi\end{bmatrix}$ は,次節16.4で学ぶ「$z$ 軸まわりに角 $\varphi$ だけ回転させる行列」とまったく同じ形をしている.これは偶然ではない.円筒座標の基底 $\vec e_r,\vec e_\varphi$ は,直角座標の基底 $\vec e_x,\vec e_y$ を $z$ 軸のまわりに角 $\varphi$ だけ回転させたものにほかならないからである.「座標系を回転させる」ことと「ベクトルの成分を変換する」ことが同じ1つの行列で書けるという事実は,回転行列の応用として今後何度も現れる.

最後に,円筒座標の点 $(r,\varphi,z)$ を直角座標 $(x,y,z)$ で表す変換式をまとめておく.これは,位置ベクトル $\overrightarrow{OP}=r\vec e_r+z\vec e_z$($\varphi$ 方向の成分は0,原点からの位置ベクトルは動径方向と高さ方向だけで書けることに注意)の $x,y$ 成分を,$\vec e_r=\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\varphi\,\vec e_y$ を用いて書き下したものと考えてもよい.

公式16.6 円筒座標と直角座標の変換

$$ x=r\cos\varphi,\qquad y=r\sin\varphi,\qquad z=z . $$

例16.1 円柱座標の2点を直角座標に変換し,距離を求める(ノートの例題)

円柱座標系での2点 $P_1\!\left(4,\dfrac\pi3,1\right)$,$P_2(3,\pi,-1)$ を直角座標で表し,$P_1$ と $P_2$ の距離を計算せよ.

解答 公式16.6を使う.$P_1$ では $r=4,\varphi=\dfrac\pi3,z=1$ であるから,

$$ x=4\cos\frac\pi3=4\times\frac12=2,\qquad y=4\sin\frac\pi3=4\times\frac{\sqrt3}{2}=2\sqrt3 . $$

よって $P_1(2,\ 2\sqrt3,\ 1)$ である.$P_2$ では $r=3,\varphi=\pi,z=-1$ であるから,

$$ x=3\cos\pi=-3,\qquad y=3\sin\pi=0 . $$

よって $P_2(-3,\ 0,\ -1)$ である.したがって2点間の距離は

$$ \overline{P_1P_2}=\sqrt{(2-(-3))^2+(2\sqrt3-0)^2+(1-(-1))^2}=\sqrt{25+12+4}=\sqrt{41} . $$

(sympyで検算:$P_1=(2,2\sqrt3,1)$,$P_2=(-3,0,-1)$,距離$=\sqrt{41}$.)

例題16.2 円柱座標から直角座標への変換

円柱座標 $\left(2,\dfrac\pi6,3\right)$ を直角座標で表せ.

解答 公式16.6より $r=2,\varphi=\dfrac\pi6,z=3$ を代入して,

$$ x=2\cos\frac\pi6=2\times\frac{\sqrt3}{2}=\sqrt3,\qquad y=2\sin\frac\pi6=2\times\frac12=1,\qquad z=3 . $$

よって直角座標では $(\sqrt3,\ 1,\ 3)$ である.(sympyで検算:$(\sqrt3,1,3)$.)

例題16.3 円筒座標の基底ベクトルの直交性を成分で確認する

$\varphi=\dfrac\pi6$ における円筒座標の基底ベクトル $\vec e_r,\vec e_\varphi$ を直角座標の成分で表し,$\vec e_r\cdot\vec e_\varphi=0$ となることを直接確認せよ.

解答 $\vec e_r=\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\varphi\,\vec e_y=[\cos\varphi,\sin\varphi,0]$,$\vec e_\varphi=-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y=[-\sin\varphi,\cos\varphi,0]$ である.$\varphi=\dfrac\pi6$ を代入すると,

$$ \vec e_r=\left[\frac{\sqrt3}{2},\ \frac12,\ 0\right],\qquad \vec e_\varphi=\left[-\frac12,\ \frac{\sqrt3}{2},\ 0\right] . $$

内積を成分ごとに計算すると,

$$ \vec e_r\cdot\vec e_\varphi=\frac{\sqrt3}{2}\times\left(-\frac12\right)+\frac12\times\frac{\sqrt3}{2}+0\times0=-\frac{\sqrt3}{4}+\frac{\sqrt3}{4}=0 . $$

符号の異なる2つの項が打ち消し合ってちょうど0になる.これは一般の $\varphi$ でも同様で,$\cos\varphi\times(-\sin\varphi)+\sin\varphi\times\cos\varphi=0$ が恒等的に成り立つ(公式16.3の直接確認).(sympyで検算.)

16.3 球座標系(極座標)— 基底ベクトルと変換

円筒座標が「軸からの距離」を基準にしたのに対し,球座標(spherical coordinates,極座標ともいう)は「原点(中心)からの距離」を基準にする座標系である.地球上の位置を緯度・経度・高度で表すときや,原子核のまわりの電子の状態(水素原子の波動関数など)を表すときに自然に現れる.

定義16.4 球座標系

球座標の任意の点 $P(R_1,\theta_1,\varphi_1)$ とは,原点を中心とする半径 $R=R_1$ の球面,$z$ 軸となす角が $\theta=\theta_1$ である円錐面($\theta$ は天頂角,zenith angle,$z$ 軸の正の向きから測る),$xy$ 平面上で $x$ 軸との成す角が $\varphi=\varphi_1$ である半平面($\varphi$ は方位角,azimuthal angle),この3つの面の交点として定まる点である.

球座標の3つの面R1,θ1,φ1のイメージ R1 R=R1 の球面 θ1 θ=θ1 の円錐面 φ1 x y z φ=φ1 の半平面
図16.6 球座標の点 $P(R_1,\theta_1,\varphi_1)$ を定める3つの面.左:半径 $R_1$ の球面.中央:$z$ 軸から角 $\theta_1$ 傾いた円錐面.右:$x$ 軸から角 $\varphi_1$ 回転した半平面.3つの交点が $P$ である(図1.1の再現).

球座標の基底ベクトル $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ は,それぞれ $R$ が増える向き(動径方向),$\theta$ が増える向き(南向き,天頂角が開く向き),$\varphi$ が増える向き(東向き,方位角が増える向き)を指す単位ベクトルである.これらも互いに直交し,右手系をなす.

公式16.7 球座標の基底ベクトルの外積・内積

$$ \vec e_R\times\vec e_\theta=\vec e_\varphi,\qquad \vec e_\theta\times\vec e_\varphi=\vec e_R,\qquad \vec e_\varphi\times\vec e_R=\vec e_\theta, $$ $$ \vec e_R\cdot\vec e_\theta=0,\qquad \vec e_\theta\cdot\vec e_\varphi=0,\qquad \vec e_\varphi\cdot\vec e_R=0 . $$
球座標の基底ベクトルの線形独立性 eφ eθ eR
図16.7 球座標の基底ベクトル $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ は互いに直交する線形独立な3本のベクトルである(図1.2の再現.ノートでは $\vec e_\varphi$ と $\vec e_\theta$ の間にのみ直角の印が付されているが,3本とも互いに直交する).

球座標の基底ベクトルを使うと,任意のベクトル $\vec A$ は $\vec A=A_R\vec e_R+A_\theta\vec e_\theta+A_\varphi\vec e_\varphi$ と表される.

公式16.8 球座標でのベクトルの成分表示

$$ \vec A=A_R\vec e_R+A_\theta\vec e_\theta+A_\varphi\vec e_\varphi . $$

ここで,$R$ は長さの次元を持つが,天頂角 $\theta$ と方位角 $\varphi$ は長さを持たない.円筒座標のときと同様に,長さに変換するには半径を掛ける必要がある.$\theta$ 方向は半径 $R$ の円弧なので $R\,d\theta$,$\varphi$ 方向は半径 $R\sin\theta$ の円弧($z$ 軸から角 $\theta$ 傾いた高さでの水平円の半径が $R\sin\theta$ であることに注意)なので $R\sin\theta\,d\varphi$ となる.

公式16.9 球座標の微小変位ベクトルと微小体積要素

$$ d\vec l=\vec e_R\,dR+\vec e_\theta\,R\,d\theta+\vec e_\varphi\,R\sin\theta\,d\varphi,\qquad dV=R^2\sin\theta\,dR\,d\theta\,d\varphi . $$
球座標の微小体積要素 dR R sinθ dφ Rdθ
図16.8 球座標の微小体積要素.3辺の長さがそれぞれ $dR$,$R\,d\theta$,$R\sin\theta\,d\varphi$ の微小な直方体とみなせるので,体積は $dV=R^2\sin\theta\,dR\,d\theta\,d\varphi$ となる.

最後に,球座標の点 $(R,\theta,\varphi)$ を直角座標 $(x,y,z)$ で表す変換式をまとめる.これは,$z$ 軸から見た「水平方向への張り出し」が $R\sin\theta$ であること(図16.6中央のイメージ図参照),$z$ 成分が $R\cos\theta$ であることから,円筒座標の変換式(公式16.6,$r\to R\sin\theta$ を代入)を経由して導かれる.

公式16.10 球座標と直角座標の変換

$$ x=R\sin\theta\cos\varphi,\qquad y=R\sin\theta\sin\varphi,\qquad z=R\cos\theta . $$

例題16.4 球座標から直角座標への変換

球座標 $\left(2,\dfrac\pi3,\dfrac\pi4\right)$($R,\theta,\varphi$ の順)を直角座標で表せ.

解答 公式16.10に $R=2,\theta=\dfrac\pi3,\varphi=\dfrac\pi4$ を代入する.$\sin\dfrac\pi3=\dfrac{\sqrt3}{2}$,$\cos\dfrac\pi3=\dfrac12$,$\cos\dfrac\pi4=\sin\dfrac\pi4=\dfrac{1}{\sqrt2}$ に注意して,

$$ x=2\times\frac{\sqrt3}{2}\times\frac{1}{\sqrt2}=\frac{\sqrt3}{\sqrt2}=\frac{\sqrt6}{2},\qquad y=2\times\frac{\sqrt3}{2}\times\frac{1}{\sqrt2}=\frac{\sqrt6}{2},\qquad z=2\times\frac12=1 . $$

よって直角座標では $\left(\dfrac{\sqrt6}{2},\ \dfrac{\sqrt6}{2},\ 1\right)$ である.$x=y$ となっているのは $\varphi=\pi/4$ がちょうど $x$ 軸と $y$ 軸の中間の方位だからで,理にかなっている.(sympyで検算:$(\sqrt6/2,\sqrt6/2,1)$.)

例題16.5 球座標の基底ベクトルの直交性を数値で確認する

$\theta=\dfrac\pi4,\ \varphi=\dfrac\pi3$ における球座標の基底ベクトル $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ を,直角座標の基底 $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ の1次結合として表し,どの2本も直交すること(内積が0であること)を確認せよ.($\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ を $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ で表す一般公式は次節16.5の公式16.12で与える.)

解答 公式16.12を先取りして使うと,

$$ \vec e_R=\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_y+\cos\theta\,\vec e_z, $$ $$ \vec e_\theta=\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\sin\theta\,\vec e_z, $$ $$ \vec e_\varphi=-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y . $$

$\theta=\pi/4$($\sin\theta=\cos\theta=1/\sqrt2$),$\varphi=\pi/3$($\cos\varphi=1/2,\ \sin\varphi=\sqrt3/2$)を代入すると,

$$ \vec e_R=\left[\frac{\sqrt2}{4},\ \frac{\sqrt6}{4},\ \frac{\sqrt2}{2}\right],\quad \vec e_\theta=\left[\frac{\sqrt2}{4},\ \frac{\sqrt6}{4},\ -\frac{\sqrt2}{2}\right],\quad \vec e_\varphi=\left[-\frac{\sqrt3}{2},\ \frac12,\ 0\right] . $$

3本とも大きさが1であることが確認できる(例えば $|\vec e_R|^2=\frac18+\frac{6}{16}+\frac12=\frac2{16}+\frac6{16}+\frac8{16}=1$).内積を計算すると,

$$ \vec e_R\cdot\vec e_\theta=\frac{2}{16}+\frac{6}{16}-\frac12=\frac{8}{16}-\frac12=0, $$ $$ \vec e_\theta\cdot\vec e_\varphi=\frac{\sqrt2}{4}\times\left(-\frac{\sqrt3}{2}\right)+\frac{\sqrt6}{4}\times\frac12+\left(-\frac{\sqrt2}{2}\right)\times0=-\frac{\sqrt6}{8}+\frac{\sqrt6}{8}=0, $$ $$ \vec e_\varphi\cdot\vec e_R=-\frac{\sqrt3}{2}\times\frac{\sqrt2}{4}+\frac12\times\frac{\sqrt6}{4}+0=-\frac{\sqrt6}{8}+\frac{\sqrt6}{8}=0 . $$

いずれも0になり,3本が互いに直交することが具体的な数値で確認できた.(sympyで検算.)

16.4 座標軸の回転行列とオイラー角

前節までで,円筒座標・球座標の基底ベクトルが,直角座標の基底ベクトルを回転させたものであることが何度も顔を出した(公式16.5の左上ブロックなど).そこで本節では,座標軸そのものを回転させる操作を,行列という道具で正面から扱う.これは次節16.5で球座標の基底ベクトルを組織的に導くための,そして今後の章で剛体の回転や結晶構造の対称操作を扱うための,共通の土台になる.

定理16.1 $z$ 軸まわりの回転行列

$xyz$ 座標系を,$z$ 軸のまわりに角 $\theta$ だけ回転する変換は,次の行列 $R_z(\theta)$ で表される.

$$ R_z(\theta)=\begin{bmatrix} \cos\theta & -\sin\theta & 0 \\ \sin\theta & \cos\theta & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{bmatrix} . $$

導出:$R_z(\theta)$ が正しいことの確認

$z$ 軸まわりの回転は $z$ 座標を変えず,$xy$ 平面内の回転そのものである.$xy$ 平面上の点 $(x,y)$ が原点から距離 $\rho$,$x$ 軸となす角 $\alpha$ の位置にあるとすると,$x=\rho\cos\alpha,\ y=\rho\sin\alpha$ と書ける.これを角 $\theta$ だけ回転させると,新しい点 $(x',y')$ は同じ距離 $\rho$ のまま,角が $\alpha+\theta$ になるので,

$$ x'=\rho\cos(\alpha+\theta),\qquad y'=\rho\sin(\alpha+\theta) . $$

高校数学(AD 01)で学んだ加法定理(第5章)を使って展開すると,

$$ x'=\rho(\cos\alpha\cos\theta-\sin\alpha\sin\theta)=x\cos\theta-y\sin\theta, $$ $$ y'=\rho(\sin\alpha\cos\theta+\cos\alpha\sin\theta)=x\sin\theta+y\cos\theta $$

となる($\rho\cos\alpha=x,\ \rho\sin\alpha=y$ を代入した).$z'=z$ と合わせて行列の形に書けば,まさに $R_z(\theta)$ の主張どおりの式が得られる.

(導出終わり)

同じ議論を,$xz$ 平面内での回転($y$ 軸まわり),$yz$ 平面内での回転($x$ 軸まわり)についても行うと,次の2つが得られる.

定理16.2 $x$ 軸まわりの回転行列

$$ R_x(\theta)=\begin{bmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & \cos\theta & -\sin\theta \\ 0 & \sin\theta & \cos\theta \end{bmatrix} . $$

定理16.3 $y$ 軸まわりの回転行列

$$ R_y(\theta)=\begin{bmatrix} \cos\theta & 0 & \sin\theta \\ 0 & 1 & 0 \\ -\sin\theta & 0 & \cos\theta \end{bmatrix} . $$

注意:ノートの $R_y(\theta)$ の符号について

底本では $R_y(\theta)=\begin{bmatrix}\cos\theta&0&-\sin\theta\\0&1&0\\\sin\theta&0&\cos\theta\end{bmatrix}$ と,$\sin\theta$ の符号が上とは逆になっている.$R_x(\theta)$ と $R_z(\theta)$ を見比べると,$\sin\theta$ は「軸番号が1つ後ろの成分」に $+$,「軸番号が1つ前の成分」に $-$ という,$x\to y\to z\to x$ の巡回的な符号パターンになっている($R_x$:$(2,3)$成分が$-\sin\theta$,$(3,2)$成分が$+\sin\theta$.$R_z$:$(1,2)$成分が$-\sin\theta$,$(2,1)$成分が$+\sin\theta$).ところが底本の $R_y(\theta)$ だけはこのパターンが逆転しており,符号の付け誤りと判断できる.正しい符号(上に示した形)は,$R_x,R_y,R_z$ がいずれも直交行列($R^{\mathrm T}R=I$)かつ行列式が $+1$ になる回転行列であることをsympyで検算しても確かめられる.

イメージ:なぜ $y$ 軸だけ符号が違って見えるのか

$x\to y\to z\to x$ と添字を1つずつずらす操作(巡回置換,cyclic permutation)を $R_x(\theta)$ の式に施すと,$1\to2\to3\to1$ の置き換えにより $R_x(\theta)$ の式がそのまま $R_y(\theta)$ の式になるはずである.ところが $R_y(\theta)$ を「$xz$ 平面内の回転」として素朴に導くと,$x$ から $z$ へ測った角度の向きが,$y$ から $z$,$z$ から $x$ の場合と比べて,右手系の中で1回反転した向きになる($x,y,z$ の並びで見ると $z,x$ の順は巡回的だが,$x,z$ の順は巡回的ではない).結果として $R_y(\theta)$ だけ $\sin\theta$ の符号が反転した形になる.この「$y$ 軸だけ特別扱いになる」現象は,オイラー角やロドリゲスの回転公式など,回転を扱うあらゆる場面で顔を出すので,今のうちに符号のパターンごと覚えておくとよい.

回転の正の向き(右手系) z y x
図16.9 各軸のまわりの回転の正の向き.右手の親指を軸の正の向きに向けたとき,残りの指が巻き付く向き(赤の矢印)が角 $\theta>0$ の回転の向きである(図の再現).

3つの回転行列 $R_x,R_y,R_z$ を組み合わせれば,空間内のどんな向きの回転も表せる.実際には,1回の回転を「$z$ 軸まわりに角 $\alpha$」「新しくなった $y$ 軸($y'$ 軸)まわりに角 $\beta$」「さらに新しくなった $z$ 軸($z''$ 軸)まわりに角 $\gamma$」の3段階に分けて指定することが多く,この3つの角 $(\alpha,\beta,\gamma)$ をオイラー角(Euler angles)という.底本はここでオイラー角の名前だけを紹介して終わっているので,教科書として3段階の回転を合成する式を完成させておこう.

公式16.11 オイラー角による回転の合成($z$–$y$–$z$系列)

オイラー角 $(\alpha,\beta,\gamma)$ による回転は,行列の積

$$ R(\alpha,\beta,\gamma)=R_z(\alpha)\,R_y(\beta)\,R_z(\gamma) $$

で与えられる.3つとも回転行列(直交行列かつ行列式1)であることから,その積 $R(\alpha,\beta,\gamma)$ もまた回転行列である.

なぜ?:行列の積の順序に注意

行列の積は一般に交換法則が成り立たない(前の章で学んだとおり).オイラー角の合成では,まず $R_z(\gamma)$ を最初に施し,その結果に $R_y(\beta)$ を施し,最後に $R_z(\alpha)$ を施すので,ベクトル $\vec v$ に対する変換は $R(\alpha,\beta,\gamma)\vec v=R_z(\alpha)\big(R_y(\beta)(R_z(\gamma)\vec v)\big)$ という,右から順に作用させる形になる.どの軸のまわりに,どの順で回すかを取り違えると,まったく違う回転になってしまう点に注意しよう.

なぜ?:「動く軸」の説明と「固定軸」の行列がなぜ一致するのか

本文の説明をよく読むと,少し引っかかる点がある.オイラー角の説明では「$z$ 軸まわりに角 $\alpha$」「新しくなった $y$ 軸($y'$ 軸)まわりに角 $\beta$」「さらに新しくなった $z$ 軸($z''$ 軸)まわりに角 $\gamma$」と,そのつど動く座標軸を基準にして3段階の回転を指定していた(このように,直前の回転で動いた後の軸を基準にする回転の指定の仕方を内的回転,intrinsic rotationという).ところが公式16.11の $R(\alpha,\beta,\gamma)=R_z(\alpha)R_y(\beta)R_z(\gamma)$ は,最初から最後まで一度も動かない,もとの $x,y,z$ 軸だけを基準にした行列の積である(このように,動かない軸だけを基準にする回転の指定の仕方を外的回転,extrinsic rotationという).「動く軸を基準に,先に $\gamma$,次に $\beta$,最後に $\alpha$」という内的な指定と,「固定軸を基準に,$R_z(\alpha)$,$R_y(\beta)$,$R_z(\gamma)$ の順に行列を左から掛ける」という外的な指定が同じ1つの回転を表す,というのはよく知られた事実だが,証明なしに認めてよいほど自明な事実ではない.本書ではこの等価性の一般的な証明までは立ち入らないが,次節16.5で,まさにこの公式を使って $R_z(\varphi)R_y(\theta)\,\vec e_z=\vec e_R$ を成分レベルで計算する場面が,この対応の具体的な検証の1つになっている.

実は,このオイラー角の合成は次節で学ぶ球座標の基底ベクトルと直接つながっている.$z$ 軸方向の単位ベクトル $\vec e_z=[0,0,1]$ を,まず $y$ 軸まわりに角 $\theta$ だけ回転し($R_y(\theta)$),続けて $z$ 軸まわりに角 $\varphi$ だけ回転する($R_z(\varphi)$)と,

$$ R_z(\varphi)R_y(\theta)\,\vec e_z=\big[\sin\theta\cos\varphi,\ \sin\theta\sin\varphi,\ \cos\theta\big]=\vec e_R $$

となり,まさに球座標の動径方向の基底ベクトル $\vec e_R$ が得られる(sympyで検算).次節では,この事実を出発点にして,$\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ を直角座標の基底で表す行列を系統立てて導く.

例題16.6 $z$ 軸まわりの回転で点の像を求める

点 $(1,0,0)$ を,$z$ 軸のまわりに $\dfrac\pi2$ だけ回転させた像を求めよ.

解答 定理16.1の $R_z(\theta)$ に $\theta=\dfrac\pi2$($\cos\dfrac\pi2=0,\ \sin\dfrac\pi2=1$)を代入すると,

$$ R_z\!\left(\frac\pi2\right)=\begin{bmatrix}0&-1&0\\1&0&0\\0&0&1\end{bmatrix} . $$

これを点 $(1,0,0)$(列ベクトル $[1,0,0]^{\mathrm T}$)に作用させると,

$$ R_z\!\left(\frac\pi2\right)\begin{bmatrix}1\\0\\0\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}0\times1-1\times0+0\times0\\1\times1+0\times0+0\times0\\0\times1+0\times0+1\times0\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}0\\1\\0\end{bmatrix} . $$

よって像は $(0,1,0)$ である.$x$ 軸上の点を $z$ 軸まわりに $90°$ 回転させると $y$ 軸上に移る,という直感どおりの結果になっている.(sympyで検算.)

16.5 球座標の基底ベクトルの直交性・偏微分とナブラ演算子

ここからが本章の山場である.直角座標の基底ベクトル $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ は,空間のどこでも向きが変わらない定ベクトルだった.ところが球座標の基底ベクトル $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ は,点の位置(角 $\theta,\varphi$)が変わるごとに向きそのものが変わる.たとえば地球儀の上で「南向き」($\vec e_\theta$ に相当)は,赤道上と北極に近い場所とでまったく違う方角を指す.この「向きを変える基底ベクトル」を微分する技術を身につけることが,勾配・発散・回転を球座標で表すための鍵になる.

16.5.1 $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ を直角座標の基底で表す

前節の最後で,$\vec e_z$ を $y$ 軸まわりに角 $\theta$,続けて $z$ 軸まわりに角 $\varphi$ だけ回転すると $\vec e_R$ になることを見た.同じ回転 $R_z(\varphi)R_y(\theta)$ を $\vec e_x=[1,0,0]$,$\vec e_y=[0,1,0]$ にも施すと,$\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ が得られる.

導出:公式16.12(回転行列の積として)

定理16.1,16.3の $R_z(\varphi),R_y(\theta)$ を掛け合わせると,

$$ R_z(\varphi)R_y(\theta)=\begin{bmatrix}\cos\varphi&-\sin\varphi&0\\\sin\varphi&\cos\varphi&0\\0&0&1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}\cos\theta&0&\sin\theta\\0&1&0\\-\sin\theta&0&\cos\theta\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}\cos\varphi\cos\theta&-\sin\varphi&\cos\varphi\sin\theta\\\sin\varphi\cos\theta&\cos\varphi&\sin\varphi\sin\theta\\-\sin\theta&0&\cos\theta\end{bmatrix} $$

である(各成分は行列の積の定義どおりに計算した).この行列を $\vec e_x=[1,0,0]^{\mathrm T}$,$\vec e_y=[0,1,0]^{\mathrm T}$,$\vec e_z=[0,0,1]^{\mathrm T}$ に順に作用させると,それぞれ第1列,第2列,第3列が取り出される.

$$ R_z(\varphi)R_y(\theta)\,\vec e_x=\big[\cos\theta\cos\varphi,\ \cos\theta\sin\varphi,\ -\sin\theta\big]=\vec e_\theta, $$ $$ R_z(\varphi)R_y(\theta)\,\vec e_y=\big[-\sin\varphi,\ \cos\varphi,\ 0\big]=\vec e_\varphi, $$ $$ R_z(\varphi)R_y(\theta)\,\vec e_z=\big[\sin\theta\cos\varphi,\ \sin\theta\sin\varphi,\ \cos\theta\big]=\vec e_R $$

(sympyで検算:3列がそれぞれ $\vec e_\theta,\vec e_\varphi,\vec e_R$ と一致することを確認した).これを $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ を行として並べる形に書き直せば,次の公式になる.

(導出終わり)

公式16.12 球座標の基底ベクトルを直角座標の基底で表す

$$ \begin{bmatrix}\vec e_R\\\vec e_\theta\\\vec e_\varphi\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}\sin\theta\cos\varphi&\sin\theta\sin\varphi&\cos\theta\\\cos\theta\cos\varphi&\cos\theta\sin\varphi&-\sin\theta\\-\sin\varphi&\cos\varphi&0\end{bmatrix} \begin{bmatrix}\vec e_x\\\vec e_y\\\vec e_z\end{bmatrix}, $$

すなわち成分ごとに書けば

$$ \begin{cases} \vec e_R=\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_y+\cos\theta\,\vec e_z\\ \vec e_\theta=\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\sin\theta\,\vec e_z\\ \vec e_\varphi=-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y\ (+0\cdot\vec e_z) \end{cases} $$

この公式を使って,ノートのProblem1〜5にあたる計算を,1つずつ確認していこう.

16.5.2 直交性の確認(Problem1)

定理16.4 球座標の基底ベクトルの直交性

$\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ はどの2本も互いに直交する.すなわち $\vec e_R\cdot\vec e_\theta=0,\ \vec e_\theta\cdot\vec e_\varphi=0,\ \vec e_\varphi\cdot\vec e_R=0$ である.

証明(ノートProblem1・Solution1)

公式16.12を成分ごとに代入し,$\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$ が互いに直交する単位ベクトル($|\vec e_x|=|\vec e_y|=|\vec e_z|=1$,異なる添字どうしの内積は0)であることを使う.まず $\vec e_R\cdot\vec e_\theta$ を計算すると,

$$ \vec e_R\cdot\vec e_\theta=(\sin\theta\cos\varphi)(\cos\theta\cos\varphi)|\vec e_x|^2+(\sin\theta\sin\varphi)(\cos\theta\sin\varphi)|\vec e_y|^2+(\cos\theta)(-\sin\theta)|\vec e_z|^2 $$ $$ =\sin\theta\cos\theta\cos^2\varphi+\sin\theta\cos\theta\sin^2\varphi-\sin\theta\cos\theta $$ $$ =\sin\theta\cos\theta(\cos^2\varphi+\sin^2\varphi)-\sin\theta\cos\theta=\sin\theta\cos\theta-\sin\theta\cos\theta=0 . $$

次に $\vec e_\theta\cdot\vec e_\varphi$ は,$\vec e_\varphi$ に $\vec e_z$ 成分がないことに注意して,

$$ \vec e_\theta\cdot\vec e_\varphi=(\cos\theta\cos\varphi)(-\sin\varphi)|\vec e_x|^2+(\cos\theta\sin\varphi)(\cos\varphi)|\vec e_y|^2+(-\sin\theta)(0) =-\cos\theta\sin\varphi\cos\varphi+\cos\theta\sin\varphi\cos\varphi=0 . $$

最後に $\vec e_\varphi\cdot\vec e_R$ も同様に,

$$ \vec e_\varphi\cdot\vec e_R=(-\sin\varphi)(\sin\theta\cos\varphi)|\vec e_x|^2+(\cos\varphi)(\sin\theta\sin\varphi)|\vec e_y|^2+0 =-\sin\theta\sin\varphi\cos\varphi+\sin\theta\sin\varphi\cos\varphi=0 . $$

いずれも符号違いの2項がきれいに打ち消し合って0になる.(sympyで検算.)

(証明終わり)

注意:ノートの計算過程について

底本の $\vec e_R\cdot\vec e_\theta$ の計算過程には,第2項が $\sin\theta\cos\varphi\sin^2\varphi$ となっている(本来 $\cos\theta$ であるべき箇所が $\cos\varphi$ になっている)誤記があるが,最終的に因数分解して0になるという結論自体は正しく,教科書では正しい途中式で示した.また $\vec e_\varphi\cdot\vec e_R$ の計算では,第1項の $|\vec e_x|$ の指数が「3」と書かれているが,$|\vec e_x|=1$ に対する指数なので実害はないものの,正しくは他の項と同じ「2」である.

16.5.3 $\theta,\varphi$ による偏微分(Problem2)

$\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ は $\theta,\varphi$ の関数なので($R$ にはよらない),これらを $\theta,\varphi$ で偏微分できる.公式16.12の各成分をそのまま $\theta$ または $\varphi$ で微分し,得られたベクトルをふたたび $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ の組み合わせとして読み直す.

導出:6つの偏微分(ノートProblem2・Solution2)

(1) $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\theta}$:公式16.12の $\vec e_R$ の式を $\theta$ で偏微分すると,

$$ \frac{\partial\vec e_R}{\partial\theta}=\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\sin\theta\,\vec e_z . $$

右辺は,公式16.12で $\vec e_\theta$ を表す式そのものである.したがって $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\theta}=\vec e_\theta$.

(2) $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\varphi}$:今度は $\varphi$ で偏微分すると,

$$ \frac{\partial\vec e_R}{\partial\varphi}=-\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_x+\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_y+0\cdot\vec e_z=\sin\theta\,(-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y)=\sin\theta\,\vec e_\varphi $$

(かっこの中が公式16.12の $\vec e_\varphi$ の式そのものであることを使ってくくり出した).したがって $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\varphi}=\sin\theta\,\vec e_\varphi$.

(3) $\dfrac{\partial\vec e_\theta}{\partial\theta}$:$\vec e_\theta=\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\sin\theta\,\vec e_z$ を $\theta$ で偏微分すると,

$$ \frac{\partial\vec e_\theta}{\partial\theta}=-\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_x-\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\cos\theta\,\vec e_z=-(\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_y+\cos\theta\,\vec e_z)=-\vec e_R . $$

(かっこの中が公式16.12の $\vec e_R$ の式そのものであることを使った.)したがって $\dfrac{\partial\vec e_\theta}{\partial\theta}=-\vec e_R$.

(4) $\dfrac{\partial\vec e_\theta}{\partial\varphi}$:$\vec e_\theta$ を $\varphi$ で偏微分すると,

$$ \frac{\partial\vec e_\theta}{\partial\varphi}=-\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_y=\cos\theta\,(-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y)=\cos\theta\,\vec e_\varphi . $$

したがって $\dfrac{\partial\vec e_\theta}{\partial\varphi}=\cos\theta\,\vec e_\varphi$.

(5) $\dfrac{\partial\vec e_\varphi}{\partial\theta}$:$\vec e_\varphi=-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y$ には $\theta$ が現れないので,

$$ \frac{\partial\vec e_\varphi}{\partial\theta}=0 . $$

(6) $\dfrac{\partial\vec e_\varphi}{\partial\varphi}$:$\vec e_\varphi$ を $\varphi$ で偏微分すると,

$$ \frac{\partial\vec e_\varphi}{\partial\varphi}=-\cos\varphi\,\vec e_x-\sin\varphi\,\vec e_y . $$

これを $\vec e_R,\vec e_\theta$ の組み合わせで表したい.公式16.12の $\vec e_R,\vec e_\theta$ の式の $\vec e_z$ 成分に着目すると,$-\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\theta$ の $\vec e_z$ 成分は $-\sin\theta\cos\theta-\cos\theta(-\sin\theta)=0$ となり,$\vec e_z$ 成分を持たない今回の式と辻褄が合う.実際に $x,y$ 成分も比較すると,

$$ -\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\theta=-\sin\theta(\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_y+\cos\theta\,\vec e_z)-\cos\theta(\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\sin\theta\,\vec e_z) $$ $$ =-(\sin^2\theta+\cos^2\theta)\cos\varphi\,\vec e_x-(\sin^2\theta+\cos^2\theta)\sin\varphi\,\vec e_y+(-\sin\theta\cos\theta+\sin\theta\cos\theta)\vec e_z=-\cos\varphi\,\vec e_x-\sin\varphi\,\vec e_y $$

となり,たしかに $\dfrac{\partial\vec e_\varphi}{\partial\varphi}$ と一致する.したがって $\dfrac{\partial\vec e_\varphi}{\partial\varphi}=-\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\theta$.

(導出終わり)

注意:ノートの計算過程について

底本の(1)(2)では,微分した直後の式がすでに $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$(球座標の基底)で書かれているが,公式16.12を $\theta$ や $\varphi$ で微分した直後に現れるのは $\vec e_x,\vec e_y,\vec e_z$(直角座標の基底)の1次結合であり,それを見比べてはじめて $\vec e_\theta$ や $\vec e_\varphi$ に「気づく」という順番になる.教科書では,この気づきの過程が見えるように,直角座標の基底での中間式を明示した.また(6)の結論部分,底本では $-\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\varphi$ となっているが,右辺第2項の添字は,14.14ページ(p013)のProblem1の文脈およびp014の他の式との整合性から $\vec e_\theta$ の書き誤りと判断した.

公式16.13 球座標の基底ベクトルの偏微分

$$ \pdiff{\vec e_R}{\theta}=\vec e_\theta,\qquad \pdiff{\vec e_R}{\varphi}=\sin\theta\,\vec e_\varphi,\qquad \pdiff{\vec e_\theta}{\theta}=-\vec e_R, $$ $$ \pdiff{\vec e_\theta}{\varphi}=\cos\theta\,\vec e_\varphi,\qquad \pdiff{\vec e_\varphi}{\theta}=0,\qquad \pdiff{\vec e_\varphi}{\varphi}=-\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\theta . $$

例題16.7 $\partial\vec e_R/\partial\theta$,$\partial\vec e_R/\partial\varphi$ の数値確認

$\theta=\dfrac\pi3,\ \varphi=\dfrac\pi4$ において,$\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\theta}$ と $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\varphi}$ を直角座標の成分で求め,公式16.13($\vec e_\theta$,$\sin\theta\,\vec e_\varphi$)と一致することを確かめよ.

解答 公式16.12より $\vec e_\theta=\cos\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\cos\theta\sin\varphi\,\vec e_y-\sin\theta\,\vec e_z$ である.$\theta=\pi/3$($\cos\theta=1/2,\sin\theta=\sqrt3/2$),$\varphi=\pi/4$($\cos\varphi=\sin\varphi=1/\sqrt2$)を代入すると,

$$ \vec e_\theta=\frac12\cdot\frac{1}{\sqrt2}\,\vec e_x+\frac12\cdot\frac1{\sqrt2}\,\vec e_y-\frac{\sqrt3}{2}\,\vec e_z=\left[\frac{\sqrt2}{4},\ \frac{\sqrt2}{4},\ -\frac{\sqrt3}{2}\right] . $$

一方,公式16.13より $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\theta}=\vec e_\theta$ だから,この値がそのまま答えである.次に $\dfrac{\partial\vec e_R}{\partial\varphi}=\sin\theta\,\vec e_\varphi$ を計算する.$\vec e_\varphi=-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y=\left[-\frac{1}{\sqrt2},\frac1{\sqrt2},0\right]$ であり,$\sin\theta=\sqrt3/2$ を掛けると,

$$ \frac{\partial\vec e_R}{\partial\varphi}=\frac{\sqrt3}{2}\left[-\frac1{\sqrt2},\ \frac1{\sqrt2},\ 0\right]=\left[-\frac{\sqrt6}{4},\ \frac{\sqrt6}{4},\ 0\right] . $$

これらを,公式16.12の $\vec e_R=\sin\theta\cos\varphi\,\vec e_x+\sin\theta\sin\varphi\,\vec e_y+\cos\theta\,\vec e_z$ を直接 $\theta,\varphi$ で偏微分した結果と比較しても,同じ値 $\left[\frac{\sqrt2}{4},\frac{\sqrt2}{4},-\frac{\sqrt3}{2}\right]$ と $\left[-\frac{\sqrt6}{4},\frac{\sqrt6}{4},0\right]$ が得られる.(sympyで検算.)

16.5.4 位置ベクトルの全微分(Problem3)

点の位置ベクトルは球座標では $\vec r=R\vec e_R$ と書ける($\theta,\varphi$ 方向の成分がなく,動径方向だけで書けることに注意).$R,\theta,\varphi$ がそれぞれ $dR,d\theta,d\varphi$ だけ変化したときの $\vec r$ の変化 $d\vec r$ を求めよう.

導出:$d\vec r$(ノートProblem3・Solution3)

積の微分(前の巻・微分積分学で学んだライプニッツ則)を使うと,

$$ d\vec r=d(R\vec e_R)=dR\,\vec e_R+R\,d\vec e_R . $$

ここで $\vec e_R$ は $\theta,\varphi$ の関数なので,全微分は

$$ d\vec e_R=\pdiff{\vec e_R}{\theta}d\theta+\pdiff{\vec e_R}{\varphi}d\varphi . $$

公式16.13($\partial\vec e_R/\partial\theta=\vec e_\theta$,$\partial\vec e_R/\partial\varphi=\sin\theta\,\vec e_\varphi$)を代入すると,

$$ d\vec e_R=d\theta\,\vec e_\theta+\sin\theta\,d\varphi\,\vec e_\varphi . $$

したがって,

$$ d\vec r=dR\,\vec e_R+R\,d\theta\,\vec e_\theta+R\sin\theta\,d\varphi\,\vec e_\varphi $$

が得られる.これは公式16.9の微小変位ベクトル $d\vec l$ と完全に同じ形であり,$d\vec r=d\vec l$ となっていることが確認できる(位置ベクトルの微小変化そのものが微小変位ベクトルなので,当然の帰結である).(sympyで検算.)

(導出終わり)

公式16.14 球座標での位置ベクトルの全微分

$$ d\vec r=dR\,\vec e_R+R\,d\theta\,\vec e_\theta+R\sin\theta\,d\varphi\,\vec e_\varphi . $$

この位置ベクトルの全微分の式は,このあとすぐ16.5.5節で球座標のナブラ演算子を導くときに,そのまま使うことになる(ノートの欄外にも「これは後々(地味に)役立つ」という一言が添えられている).

16.5.5 球座標でのナブラ演算子(Problem4)

直角座標では,ナブラ演算子は $\nabla=\pdiff{}{x}\vec e_x+\pdiff{}{y}\vec e_y+\pdiff{}{z}\vec e_z$ と定義される(勾配・発散・回転という道具としての意味は第18章以降で本格的に学ぶ.ここではまず,この直角座標での定義そのものを,計算だけで球座標の基底に書き直してしまおう).これを球座標の基底 $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ で表そう.

導出:球座標のナブラ(ノートProblem4・Solution4)

スカラー関数 $u(\vec r)$ の全微分は,一方で $R,\theta,\varphi$ を変数とみた連鎖律(合成関数の微分)から

$$ du=\pdiff ur\,dR+\pdiff u\theta\,d\theta+\pdiff u\varphi\,d\varphi $$

(記号の混同を避けるため,動径座標を $r$ と書いた.以下 $r=R$ である).他方,第18章で正式に学ぶ勾配ベクトル(gradient)の定義的性質を1つだけ先取りして使う:勾配ベクトル $\nabla u$ は,$du=\nabla u\cdot d\vec r$ を満たすように定義される(方向微分を内積の形で取り出すベクトル,という直感からくる性質である).これと公式16.14の $d\vec r$ を使うと,

$$ du=\nabla u\cdot d\vec r=\nabla u\cdot(dR\,\vec e_R+R\,d\theta\,\vec e_\theta+R\sin\theta\,d\varphi\,\vec e_\varphi) . $$

$\nabla u=(\nabla u)_R\vec e_R+(\nabla u)_\theta\vec e_\theta+(\nabla u)_\varphi\vec e_\varphi$ と成分を置き,$\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ が正規直交基底(定理16.4)であることを使ってこの内積を展開すると,

$$ du=(\nabla u)_R\,dR+(\nabla u)_\theta\,R\,d\theta+(\nabla u)_\varphi\,R\sin\theta\,d\varphi . $$

これを最初の式と係数比較すると,$(\nabla u)_R=\pdiff ur$,$(\nabla u)_\theta\,R=\pdiff u\theta$,$(\nabla u)_\varphi\,R\sin\theta=\pdiff u\varphi$ が得られるので,

$$ \nabla u=\pdiff ur\,\vec e_R+\frac1R\pdiff u\theta\,\vec e_\theta+\frac{1}{R\sin\theta}\pdiff u\varphi\,\vec e_\varphi . $$

$u$ は任意のスカラー関数だったので,演算子として

$$ \nabla=\vec e_R\pdiff{}{R}+\frac1R\vec e_\theta\pdiff{}{\theta}+\frac{1}{R\sin\theta}\vec e_\varphi\pdiff{}{\varphi} $$

と書ける.(sympyで検算:$\nabla u\cdot d\vec r=du$ が恒等的に成り立つことを確認した.)

(導出終わり)

公式16.15 球座標でのナブラ演算子

$$ \nabla=\vec e_R\pdiff{}{R}+\frac1R\vec e_\theta\pdiff{}{\theta}+\frac{1}{R\sin\theta}\vec e_\varphi\pdiff{}{\varphi} . $$

応用:クーロン電位・重力ポテンシャルの勾配

点電荷や質点がつくるポテンシャルは,中心からの距離 $R$ だけの関数 $u(R)$(角度によらない,球対称)になることが多い.このとき $\partial u/\partial\theta=\partial u/\partial\varphi=0$ なので,公式16.15の勾配は $\nabla u=u'(R)\,\vec e_R$ だけが残る.次の例題16.8でこれを実際に使う.

例題16.8 $\nabla(1/R)$ を球座標の公式で計算する

$u=1/R$(クーロンポテンシャルや重力ポテンシャルに現れる形)の勾配 $\nabla u$ を,公式16.15を使って求めよ.

解答 $u=1/R$ は $\theta,\varphi$ を含まないので,$\partial u/\partial\theta=\partial u/\partial\varphi=0$ である.したがって公式16.15より

$$ \nabla u=\pdiff{}{R}\!\left(\frac1R\right)\vec e_R=-\frac{1}{R^2}\,\vec e_R . $$

この結果は,直角座標で $u=1/\sqrt{x^2+y^2+z^2}$ の勾配を直接計算した結果 $\nabla u=-\dfrac{[x,y,z]}{(x^2+y^2+z^2)^{3/2}}=-\dfrac{1}{R^2}\vec e_R$($[x,y,z]/R=\vec e_R$ に注意)とも一致する.球対称な関数は,球座標を使えば1変数関数の微分だけで勾配が求まる,という好例である.(sympyで検算.)

例16.2 $\nabla$ を2回使った各成分(ノートProblem5,ラプラシアンへの布石)

(a) $\vec e_R\cdot\pdiff{}{R}\nabla$,(b) $\vec e_\theta\cdot\dfrac1R\pdiff{}{\theta}\nabla$,(c) $\vec e_\varphi\cdot\dfrac{1}{R\sin\theta}\pdiff{}{\varphi}\nabla$ を求めよ.

解答 (a) $\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ は $R$ にはよらないので,公式16.15を $R$ で偏微分するときは演算子の係数だけを微分すればよい.

$$ \vec e_R\cdot\pdiff{}{R}\nabla=\vec e_R\cdot\left(\vec e_R\pdiff{^2}{R^2}+\cdots\right)=\frac{\partial^2}{\partial R^2} $$

($\vec e_R\cdot\vec e_R=1$,$\vec e_R\cdot\vec e_\theta=\vec e_R\cdot\vec e_\varphi=0$ より,$\vec e_R$ の係数だけが残る).

(b) 今度は $\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ 自身が $\theta$ に依存するので,積の微分でその依存性も拾わなければならない.公式16.13を使うと,

$$ \pdiff{}{\theta}\nabla=\left(\pdiff{^2}{R\partial\theta}\vec e_R+\pdiff{}{R}\underbrace{\pdiff{\vec e_R}{\theta}}_{\vec e_\theta}\right) +\frac1R\left(\pdiff{^2}{\theta^2}\vec e_\theta+\pdiff{}{\theta}\underbrace{\pdiff{\vec e_\theta}{\theta}}_{-\vec e_R}\right) +\frac{1}{R\sin\theta}\left(-\frac{\cos\theta}{\sin\theta}\pdiff{}{\varphi}\vec e_\varphi+\pdiff{^2}{\varphi\partial\theta}\vec e_\varphi+\pdiff{}{\varphi}\underbrace{\pdiff{\vec e_\varphi}{\theta}}_{0}\right) . $$

これと $\vec e_\theta$ との内積を取ると,$\vec e_\theta\cdot\vec e_R=0,\ \vec e_\theta\cdot\vec e_\theta=1,\ \vec e_\theta\cdot\vec e_\varphi=0$ なので,$\vec e_\theta$ に比例する項だけが残る.

$$ \vec e_\theta\cdot\frac1R\pdiff{}{\theta}\nabla=\frac1R\left(\pdiff{}{R}+\frac1R\pdiff{^2}{\theta^2}\right) . $$

(c) 同様に $\varphi$ で偏微分すると,

$$ \pdiff{}{\varphi}\nabla=\left(\pdiff{^2}{R\partial\varphi}\vec e_R+\pdiff{}{R}\underbrace{\pdiff{\vec e_R}{\varphi}}_{\sin\theta\,\vec e_\varphi}\right) +\frac1R\left(\pdiff{^2}{\theta\partial\varphi}\vec e_\theta+\pdiff{}{\theta}\underbrace{\pdiff{\vec e_\theta}{\varphi}}_{\cos\theta\,\vec e_\varphi}\right) +\frac{1}{R\sin\theta}\left(\pdiff{^2}{\varphi^2}\vec e_\varphi+\pdiff{}{\varphi}\underbrace{\pdiff{\vec e_\varphi}{\varphi}}_{-\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\theta}\right), $$

これと $\vec e_\varphi\cdot\dfrac{1}{R\sin\theta}$ の内積を取ると($\vec e_\varphi\cdot\vec e_R=\vec e_\varphi\cdot\vec e_\theta=0$,$\vec e_\varphi\cdot\vec e_\varphi=1$ を使う),

$$ \vec e_\varphi\cdot\frac{1}{R\sin\theta}\pdiff{}{\varphi}\nabla=\frac{1}{R\sin\theta}\left(\sin\theta\pdiff{}{R}+\cos\theta\frac1R\pdiff{}{\theta}+\frac{1}{R\sin\theta}\pdiff{^2}{\varphi^2}\right) . $$

(sympyで検算:テスト関数 $u=R^3\cos2\theta\sin3\varphi$ に対して(a)(b)(c)の演算子をそれぞれ作用させ,上の表式と数値的に一致することを確認した.)

底本はここで(a)(b)(c)を求めたところで区切りがついている.これらは,$\nabla\cdot\nabla=\nabla^2$(ラプラシアン,Laplacian)を球座標で組み立てるための部品であり,実は(a)+(b)+(c)をそのまま足し合わせるだけで,球座標のラプラシアンが完成する.

$$ (a)+(b)+(c)=\pdiff{^2u}{R^2}+\frac2R\pdiff uR+\frac1{R^2}\pdiff{^2u}{\theta^2}+\frac{\cos\theta}{R^2\sin\theta}\pdiff u\theta+\frac1{R^2\sin^2\theta}\pdiff{^2u}{\varphi^2} . $$

右辺は,積の微分の逆をひとつずつたどると($\dfrac1{R^2}\pdiff{}{R}\!\left(R^2\pdiff uR\right)=\pdiff{^2u}{R^2}+\dfrac2R\pdiff uR$,$\dfrac{1}{R^2\sin\theta}\pdiff{}{\theta}\!\left(\sin\theta\,\pdiff u\theta\right)=\dfrac1{R^2}\pdiff{^2u}{\theta^2}+\dfrac{\cos\theta}{R^2\sin\theta}\pdiff u\theta$ であることを使う),見慣れた形の球座標のラプラシアン

$$ \nabla^2u=\frac1{R^2}\pdiff{}{R}\!\left(R^2\pdiff uR\right)+\frac1{R^2\sin\theta}\pdiff{}{\theta}\!\left(\sin\theta\,\pdiff u\theta\right)+\frac1{R^2\sin^2\theta}\pdiff{^2u}{\varphi^2} $$

とぴったり一致することがわかる(球対称でない一般の関数 $u=x^2yz+z^3-3xy^2-2x^2z$ や $u=\sin x\,e^y+z^2x$ で独立に検算しても,どちらも厳密に一致した).(a)(b)(c)を求めるのに使ったのは公式16.13の基底ベクトルの偏微分だけなのに,足し合わせると微小体積要素 $dV=R^2\sin\theta\,dR\,d\theta\,d\varphi$(公式16.9)に現れるのと同じ $R,\theta$ 依存性がひとりでに現れてくる.これは偶然ではない.$\vec e_R,\vec e_\theta,\vec e_\varphi$ の向きが位置によって変化することの中に,曲線座標の目盛りの伸び縮み(スケール因子)の情報がすでに織り込まれているためである.

16.6 極座標での速度・加速度(円運動)

本章の締めくくりとして,円筒座標を平面に落とした極座標($xy$ 平面内の $(r,\theta)$,円筒座標で $z=0$ とした場合にあたる)を使って,物体の運動(速度・加速度)を表す方法を学ぶ.惑星の運動や振り子など,中心対称な力を受けて動く物体の運動方程式は,直角座標で書くよりも極座標で書いた方がずっと簡単になる.この節では,その第一歩として,速度・加速度そのものを極座標に変換する.

16.6.1 速度

ノート:Remember! 回転行列の復習

本節では,直角座標成分 $(V_x,V_y)$ から極座標成分 $(V_r,V_\theta)$ への変換に,回転行列を使う.一般に,$xy$ 平面上の座標軸を原点のまわりに角 $\theta$ だけ回転させると,新しい座標 $(x',y')$ はもとの座標 $(x,y)$ から

$$ \begin{bmatrix}x'\\y'\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{bmatrix}\begin{bmatrix}x\\y\end{bmatrix} $$

という行列($-\sin\theta$ の位置に注意)で得られるのだった.これは16.2節の公式16.5で,円筒座標のベクトル成分を直角座標に変換したときに使ったのとまったく同じ形の回転行列である.これから,速度・加速度の直角座標成分 $(V_x,V_y),(A_x,A_y)$ を極座標成分 $(V_r,V_\theta),(A_r,A_\theta)$ に変換するときにも,この回転行列(の逆回転)を使う.

平面上を運動する点の位置を $(x(t),y(t))=(r(t)\cos\theta(t),\ r(t)\sin\theta(t))$ とする.速度は位置ベクトルの時間微分だから,積の微分公式(前巻・微分積分学)を使って,

$$ \begin{cases} V_x=\dfrac{d}{dt}(r\cos\theta)=\dot r\cos\theta-r\dot\theta\sin\theta &\cdots① \\[4pt] V_y=\dfrac{d}{dt}(r\sin\theta)=\dot r\sin\theta+r\dot\theta\cos\theta &\cdots② \end{cases} $$

となる($\dot r=dr/dt$,$\dot\theta=d\theta/dt$ と,ニュートンの記法で時間微分を表した.積の微分 $\frac{d}{dt}(r\cos\theta)=\dot r\cos\theta+r\cdot\frac{d}{dt}(\cos\theta)$ で,$\frac{d}{dt}\cos\theta(t)=-\sin\theta\cdot\dot\theta$ を使っている).一方,直角座標の速度成分 $(V_x,V_y)$ から,動径方向・角度方向の速度成分 $(V_r,V_\theta)$ への変換は,公式16.5と同じ回転行列を使って行える.座標の基底が角 $\theta$ だけ回転したものが $(\vec e_r,\vec e_\theta)$ なので,成分の変換にはその逆回転(角 $-\theta$ の回転)を使う.回転行列は直交行列なので,逆行列は転置行列に等しく,

$$ \begin{bmatrix}V_r\\V_\theta\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\cos\theta&\sin\theta\\-\sin\theta&\cos\theta\end{bmatrix}\begin{bmatrix}V_x\\V_y\end{bmatrix}, \qquad\text{すなわち}\qquad \begin{cases}V_r=V_x\cos\theta+V_y\sin\theta\\V_\theta=-V_x\sin\theta+V_y\cos\theta\end{cases} $$

である.①,②をこれに代入すると,

$$ V_r=(\dot r\cos\theta-r\dot\theta\sin\theta)\cos\theta+(\dot r\sin\theta+r\dot\theta\cos\theta)\sin\theta $$ $$ =\dot r\cos^2\theta-r\dot\theta\sin\theta\cos\theta+\dot r\sin^2\theta+r\dot\theta\sin\theta\cos\theta $$ $$ =\dot r(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+r\dot\theta(-\sin\theta\cos\theta+\sin\theta\cos\theta)=\dot r , $$ $$ V_\theta=-(\dot r\cos\theta-r\dot\theta\sin\theta)\sin\theta+(\dot r\sin\theta+r\dot\theta\cos\theta)\cos\theta $$ $$ =-\dot r\sin\theta\cos\theta+r\dot\theta\sin^2\theta+\dot r\sin\theta\cos\theta+r\dot\theta\cos^2\theta=r\dot\theta(\sin^2\theta+\cos^2\theta)=r\dot\theta . $$

(途中,符号違いの2項が打ち消し合い,$\sin^2\theta+\cos^2\theta=1$ でまとめている.)

公式16.16 極座標での速度

$$ V_r=\dot r,\qquad V_\theta=r\dot\theta . $$

すなわち速度ベクトルは $\vec V=\dot r\,\vec e_r+r\dot\theta\,\vec e_\theta$ と表される.

極座標での速度の分解 θ O x y r er eθ V Vr Vθ
図16.10 極座標での速度の分解.位置ベクトル $\overrightarrow{OP}=r\vec e_r$ に対し,速度ベクトル $\vec V$(赤)は動径方向の成分 $V_r\vec e_r$ と角度方向の成分 $V_\theta\vec e_\theta$(青の破線)に分解できる.

16.6.2 加速度

加速度は速度をさらに時間微分したもの,すなわち位置の2階時間微分である.$x=r\cos\theta,\ y=r\sin\theta$ をそれぞれ2回微分すると(積の微分をもう一度使う),

$$ \begin{cases} A_x=\dfrac{d^2}{dt^2}(r\cos\theta)=\ddot r\cos\theta-2\dot r\dot\theta\sin\theta-r\cos\theta\cdot\dot\theta^2-r\sin\theta\cdot\ddot\theta &\cdots③\\[4pt] A_y=\dfrac{d^2}{dt^2}(r\sin\theta)=\ddot r\sin\theta+2\dot r\dot\theta\cos\theta-r\sin\theta\cdot\dot\theta^2+r\cos\theta\cdot\ddot\theta &\cdots④ \end{cases} $$

イメージ:③④はどこから出てくるのか

①($V_x=\dot r\cos\theta-r\dot\theta\sin\theta$)をもう一度 $t$ で微分する.$\dot r\cos\theta$ の微分は積の微分で $\ddot r\cos\theta+\dot r(-\sin\theta\dot\theta)=\ddot r\cos\theta-\dot r\dot\theta\sin\theta$.$r\dot\theta\sin\theta$ の微分は3つの積の微分($r,\dot\theta,\sin\theta$ のどれか1つずつを微分してから残りを掛けて足し合わせる)で $\dot r\dot\theta\sin\theta+r\ddot\theta\sin\theta+r\dot\theta^2\cos\theta$.符号に注意して引き算すると,$\ddot r\cos\theta-\dot r\dot\theta\sin\theta-\dot r\dot\theta\sin\theta-r\ddot\theta\sin\theta-r\dot\theta^2\cos\theta=\ddot r\cos\theta-2\dot r\dot\theta\sin\theta-r\dot\theta^2\cos\theta-r\ddot\theta\sin\theta$ となり,③が得られる.④も同様である.

速度のときと同じ回転行列を使って $(A_x,A_y)$ を $(A_r,A_\theta)$ に変換する.

$$ \begin{bmatrix}A_r\\A_\theta\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}\cos\theta&\sin\theta\\-\sin\theta&\cos\theta\end{bmatrix}\begin{bmatrix}A_x\\A_y\end{bmatrix},\qquad\text{すなわち}\qquad \begin{cases}A_r=A_x\cos\theta+A_y\sin\theta\\A_\theta=-A_x\sin\theta+A_y\cos\theta\end{cases} $$

③,④を代入すると,

$$ \begin{aligned} A_r&=\ddot r\cos^2\theta-2\dot r\dot\theta\sin\theta\cos\theta-r\dot\theta^2\cos^2\theta-r\ddot\theta\sin\theta\cos\theta\\ &\quad+\ddot r\sin^2\theta+2\dot r\dot\theta\sin\theta\cos\theta-r\dot\theta^2\sin^2\theta+r\ddot\theta\sin\theta\cos\theta\\ &=\ddot r(\cos^2\theta+\sin^2\theta)-r\dot\theta^2(\cos^2\theta+\sin^2\theta)+2\dot r\dot\theta(-\sin\theta\cos\theta+\sin\theta\cos\theta)+r\ddot\theta(-\sin\theta\cos\theta+\sin\theta\cos\theta)\\ &=\ddot r-r\dot\theta^2 , \end{aligned} $$ $$ \begin{aligned} A_\theta&=-\ddot r\sin\theta\cos\theta+2\dot r\dot\theta\sin^2\theta+r\dot\theta^2\sin\theta\cos\theta+r\ddot\theta\sin^2\theta\\ &\quad+\ddot r\sin\theta\cos\theta+2\dot r\dot\theta\cos^2\theta-r\dot\theta^2\sin\theta\cos\theta+r\ddot\theta\cos^2\theta\\ &=2\dot r\dot\theta(\sin^2\theta+\cos^2\theta)+r\ddot\theta(\sin^2\theta+\cos^2\theta)+\ddot r(-\sin\theta\cos\theta+\sin\theta\cos\theta)+r\dot\theta^2(\sin\theta\cos\theta-\sin\theta\cos\theta)\\ &=2\dot r\dot\theta+r\ddot\theta . \end{aligned} $$

最後の $A_\theta$ は,積の微分を逆にたどると $\dfrac1r\dfrac{d}{dt}(r^2\dot\theta)$ とも書けることに気づく.実際,$\dfrac{d}{dt}(r^2\dot\theta)=2r\dot r\dot\theta+r^2\ddot\theta=r(2\dot r\dot\theta+r\ddot\theta)$ なので,両辺を $r$ で割れば元の式に戻る.

公式16.17 極座標での加速度

$$ A_r=\ddot r-r\dot\theta^2,\qquad A_\theta=2\dot r\dot\theta+r\ddot\theta=\frac1r\frac{d}{dt}\!\left(r^2\dot\theta\right) . $$

物理的意味:向心加速度とコリオリ加速度

$A_r$ の中の $-r\dot\theta^2$ は,半径 $r$ で角速度 $\dot\theta$ の円運動でおなじみの向心加速度(centripetal acceleration,中心を向く)である.$A_\theta$ の中の $2\dot r\dot\theta$ は,$r$ が変化しながら回転しているときにだけ現れる項で,天文学や気象学で有名なコリオリの項の起源にあたる.$r$ が一定(純粋な円運動)なら $\dot r=0,\ddot r=0$ なので,$A_r=-r\dot\theta^2$,$A_\theta=r\ddot\theta$ だけが残り,見慣れた円運動の式に帰着する(次の例題16.9で確認する).

例題16.9 半径一定の等速円運動の速度・加速度

質点が原点を中心に半径 $a$(一定)の円周上を,角速度 $\omega$(一定,$\dot\theta=\omega$)で等速円運動している.公式16.16・16.17を使って,速度・加速度を極座標成分で求めよ.

解答 $r=a$(一定)なので $\dot r=0,\ \ddot r=0$.また $\dot\theta=\omega$(一定)なので $\ddot\theta=0$.公式16.16より,

$$ V_r=\dot r=0,\qquad V_\theta=r\dot\theta=a\omega . $$

速度は大きさ $a\omega$ で,つねに $\vec e_\theta$ 方向(進行方向,円の接線方向)を向く.公式16.17より,

$$ A_r=\ddot r-r\dot\theta^2=0-a\omega^2=-a\omega^2,\qquad A_\theta=2\dot r\dot\theta+r\ddot\theta=0+0=0 . $$

加速度は大きさ $a\omega^2$ で,$\vec e_r$ の逆向き,すなわち中心を向く向心加速度だけになる(角度方向の成分は0).これは高校物理・力学で学ぶ「等速円運動の加速度は大きさ $a\omega^2$ で中心を向く」という結果と完全に一致する.(sympyで検算.)

16.7 まとめと演習

16.7.1 まとめ

\begin{equation} \vec e_x\times\vec e_y=\vec e_z,\quad \vec e_r\times\vec e_\varphi=\vec e_z,\quad \vec e_R\times\vec e_\theta=\vec e_\varphi \label{eq:16-key-cross} \end{equation} \begin{equation} x=r\cos\varphi,\ y=r\sin\varphi,\ z=z \qquad\qquad x=R\sin\theta\cos\varphi,\ y=R\sin\theta\sin\varphi,\ z=R\cos\theta \label{eq:16-key-transform} \end{equation} \begin{equation} \nabla=\vec e_R\pdiff{}{R}+\frac1R\vec e_\theta\pdiff{}{\theta}+\frac{1}{R\sin\theta}\vec e_\varphi\pdiff{}{\varphi} \label{eq:16-key-nabla} \end{equation} \begin{equation} V_r=\dot r,\quad V_\theta=r\dot\theta,\qquad A_r=\ddot r-r\dot\theta^2,\quad A_\theta=\frac1r\frac{d}{dt}(r^2\dot\theta) \label{eq:16-key-motion} \end{equation}

16.7.2 演習問題

演習16.1 円柱座標から直角座標への変換

円柱座標 $P\!\left(5,\dfrac{2\pi}{3},-2\right)$($r,\varphi,z$ の順)を直角座標で表せ.

ヒント:公式16.6($x=r\cos\varphi,\ y=r\sin\varphi,\ z=z$)に代入するだけである.$\varphi=2\pi/3$ における $\cos\varphi,\sin\varphi$ の値は,単位円の第2象限であることを思い出して求める.

演習16.2 球座標から直角座標への変換

球座標 $P\!\left(3,\dfrac\pi4,\dfrac\pi2\right)$($R,\theta,\varphi$ の順)を直角座標で表せ.

ヒント:公式16.10に代入する.$\varphi=\pi/2$ では $\cos\varphi=0,\sin\varphi=1$ になることに注意すると,$x$ 成分が0になるはずである.

演習16.3 $y$ 軸まわりの回転

定理16.3の回転行列 $R_y(\theta)$ を使って,点 $(1,0,1)$ を $y$ 軸のまわりに $\theta=\dfrac\pi2$ だけ回転させた像を求めよ.

ヒント:$R_y(\pi/2)$ を具体的に成分ごと書き下してから,列ベクトル $[1,0,1]^{\mathrm T}$ に掛ける.定理16.3の直後の「注意」で確認した正しい符号を使うこと.

演習16.4 球座標の基底ベクトルが右手系をなすことの確認

公式16.12を使って,$\vec e_R\times\vec e_\theta=\vec e_\varphi$ が成分レベルで成り立つことを直接計算で確認せよ(前章で学んだ外積の成分公式を使う).

ヒント:$\vec e_R=[\sin\theta\cos\varphi,\sin\theta\sin\varphi,\cos\theta]$,$\vec e_\theta=[\cos\theta\cos\varphi,\cos\theta\sin\varphi,-\sin\theta]$ を外積の成分公式 $[a_2b_3-a_3b_2,\ a_3b_1-a_1b_3,\ a_1b_2-a_2b_1]$ に代入し,$\sin^2+\cos^2=1$ を使って整理すると $\vec e_\varphi=[-\sin\varphi,\cos\varphi,0]$ に一致することを見る.

演習16.5 半径が変化する円運動の速度・加速度

質点の運動が $r(t)=r_0(1+\varepsilon\sin\omega t)$($r_0,\varepsilon,\omega$ は正の定数,$\varepsilon$ は小さい),$\theta(t)=\omega t$ で与えられている.公式16.16・16.17を使って,速度成分 $V_r,V_\theta$ と加速度成分 $A_r,A_\theta$ を時刻 $t$ の関数として求めよ.

ヒント:$\dot r,\ddot r$ をまず $t$ で計算してから公式にそのまま代入する.$\dot\theta=\omega$(一定)なので $\ddot\theta=0$ である.例題16.9($\varepsilon=0$ の場合)に一致することを確かめると計算の検算になる.

演習16.6 $\vec e_\varphi$ の偏微分

公式16.13で与えた $\partial\vec e_\varphi/\partial\theta=0$ と $\partial\vec e_\varphi/\partial\varphi=-\sin\theta\,\vec e_R-\cos\theta\,\vec e_\theta$ を,公式16.12の $\vec e_\varphi=-\sin\varphi\,\vec e_x+\cos\varphi\,\vec e_y$ から出発して自分で導出せよ.

ヒント:16.5.3節の(5)(6)の計算をなぞればよいが,今度は自分の手で,$\vec e_z$ 成分を持たないことに注意しながら $\vec e_R,\vec e_\theta$ の1次結合として表す.

16.7.3 参考文献

  1. 望月泰英『数学ノート ベクトル解析』(手書き講義ノート).本章の底本.
  2. 寺沢寛一『自然科学者のための数学概論』岩波書店,1983年.
  3. 戸田盛和『ベクトル解析』岩波書店,1987年.
  4. D. J. Griffiths, Introduction to Electrodynamics, 4th ed., Pearson, 2013.(球座標・円筒座標の基底ベクトルの標準的な扱い)