大学数学 — 目次 第II部 線形代数学 / 第12章

第12章固有値・固有ベクトルと行列の対角化

第8章の冒頭で,私たちは3種類の行列——対角行列 $A=\mathrm{diag}(\alpha,\beta)$,上三角行列 $A=\begin{bmatrix}1&\alpha\\0&1\end{bmatrix}$,回転行列 $A=\begin{bmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{bmatrix}$——のべき乗 $A^n$ が,数学的帰納法を使えばとても簡単な形(それぞれ $\mathrm{diag}(\alpha^n,\beta^n)$,$\begin{bmatrix}1&n\alpha\\0&1\end{bmatrix}$,角 $n\theta$ の回転行列)で求まることを見た.そのときは「この3つは特別だから」で済ませたが,実は一般の正方行列 $A$ の多くも,適切な行列 $P$ を使って $P^{-1}AP$ を対角行列に「作り替える」ことができ,そうすれば同じからくりで $A^n$ が簡単に求まる.この作り替えの操作を対角化(diagonalization)と呼び,それを可能にする $P$ を見つける鍵になるのが,本章の主役である固有値(eigenvalue)と固有ベクトル(eigenvector)である.

固有ベクトルとは,行列 $A$ を作用させても向き(方向)が変わらない特別なベクトル $\bm x$($A\bm x=\lambda\bm x$,$\lambda$ 倍に伸び縮みするだけ)のことである.固有値 $\lambda$ を求める方程式 $\det(A-\lambda E)=0$(固有方程式)は,実は第9章で学んだ「同次連立1次方程式が自明な解以外をもつ条件」の応用にすぎない——ここでもまた,これまでに手に入れた道具(行列式,rank,線形独立性)が総動員される.本章では,望月泰英『数学ノート 線形代数学』にある固有値・固有ベクトルの定義と最初の計算例(12.1節)を踏まえ,12.2節以降で対角化可能性の判定・対角化の手順・べき乗計算への応用までを自作の内容として書き切り,冒頭で残した「なぜあの3つの行列だけ簡単にべき乗できたのか」という謎を最後に回収する.

この章で学ぶこと
  • 固有値・固有ベクトルの定義:$A\bm x=\lambda\bm x$($\bm x\neq\bm 0$)を満たす $\lambda$ と $\bm x$,および$A\bm x=\lambda\bm x \iff (A-\lambda E)\bm x=\bm 0$という変形
  • 固有方程式 $\det(A-\lambda E)=0$ が,同次連立1次方程式が非自明な解をもつ条件(第9章 定理9.1・定理9.5)の応用として導かれること
  • 固有空間 $\mathrm{Ker}(A-\lambda E)$(第11章の $\mathrm{Ker}\,f$ の考え方の再利用)と,代数的重複度・幾何学的重複度の違い
  • 異なる固有値に対応する固有ベクトルは線形独立であることの証明(第10章の線形独立性の議論の応用)
  • 対角化可能性の定義($P^{-1}AP$ が対角行列になる正則行列 $P$ の存在)と,その必要十分条件($n$ 個の線形独立な固有ベクトルの存在=すべての固有値で代数的重複度と幾何学的重複度が一致すること)
  • 対角化の具体的な手順(固有ベクトルを列に並べて $P$ を作る)と,対角化できない例(重複固有値で固有空間が痩せている場合)
  • 対角化の応用:$A=PDP^{-1}$ のとき $A^n=PD^nP^{-1}$ となることの証明と,第8章の3つのべき乗パターン(対角・上三角・回転)が対角化の観点からどう位置づけられるかの総まとめ
前提:第8章(行列と行列式:行列式,正則性,3種類のべき乗パターン),第9章(連立1次方程式:階数(rank),自由度,正則条件),第10章(線形空間(ベクトル空間):線形独立・線形従属,基底と次元),第11章(線形写像:核 $\mathrm{Ker}\,f$).高校数学の2次方程式の解の公式と複素数の基本(回転行列の複素固有値を扱う12.4節で使う.複素数は本章で必要な範囲を簡単に説明する).
もとにしたノート:望月泰英『数学ノート 線形代数学』 pp. 29–30.

12.1 固有値と固有ベクトルの定義

まず,具体的な数値で「行列を掛けても方向が変わらないベクトル」がどういうものか見てみよう.$A=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}$ という行列を考える.適当なベクトル,たとえば $\bm x_0=(1,0)$ に $A$ を掛けると

$$ A\bm x_0=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}1\\0\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}4\\1\end{bmatrix} $$

となり,向き(原点から見た方向)はもとの $(1,0)$ から大きく変わってしまう.ところが,$\bm x_1=(1,1)$ という別のベクトルに同じ $A$ を掛けてみると

$$ A\bm x_1=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}1\\1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}4-2\\1+1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}2\\2\end{bmatrix}=2\begin{bmatrix}1\\1\end{bmatrix}=2\bm x_1 $$

となる.$A\bm x_1$ は $\bm x_1$ とちょうど同じ方向(原点を通り $\bm x_1$ を通る直線の上)にあり,大きさだけが2倍になっている.さらに $\bm x_2=(2,1)$ を試すと

$$ A\bm x_2=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}2\\1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}8-2\\2+1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}6\\3\end{bmatrix}=3\begin{bmatrix}2\\1\end{bmatrix}=3\bm x_2 $$

となり,今度は3倍に伸びるだけで,やはり向きは変わらない.同じ行列 $A$ でも,$\bm x_0$ のように向きが変わってしまうベクトルと,$\bm x_1,\bm x_2$ のように向きを保ったまま伸び縮みするだけの特別なベクトルがある——この特別な方向こそが,本章のテーマである.図12.1に,この3本のベクトルと,それぞれの像 $A\bm x_0,A\bm x_1,A\bm x_2$ を示す.

固有ベクトルの方向はAで写しても変わらない x y O x1 Ax1=2x1 x2 Ax2=3x2 x3 Ax3(向きが変わる)
図12.1 $A=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}$ による3本のベクトルの像.$\bm x_1=(1,1)$,$\bm x_2=(2,1)$ は,それぞれ原点を通る自分自身の直線(破線)の上に像 $A\bm x_1=2\bm x_1$,$A\bm x_2=3\bm x_2$ をもつ——向きを保ったまま長さだけが変わる.一方,一般のベクトル $\bm x_3=(1,0)$ の像 $A\bm x_3=(4,1)$ はどちらの破線にも乗らず,向きそのものが変わってしまう.

$\bm x_1,\bm x_2$ のように「$A$ を掛けても方向が変わらず,スカラー倍になるだけ」という性質を,正式に定義しよう.

定義12.1 固有ベクトルと固有値(eigenvector and eigenvalue)

ある $n$ 次正方行列 $A$ に対し,

$$ A\bm x=\lambda\bm x \qquad (\bm x\neq\bm 0) $$

をみたす $n$ 次元ベクトル $\bm x$ と(実数または複素数の)数 $\lambda$ が存在するとき,$\bm x$ を $A$ の固有ベクトル(eigenvector),$\lambda$ を $A$ の固有値(eigenvalue)という.「固有」(英語の eigen はドイツ語由来で「それ自身の,特有の」という意味)とは,$\bm x$ の向きが $A$ という変換に固有に結びついている——$A$ を掛けても $\bm x$ 自身の方向だけは変わらない——ことを表す言葉である.

望月のノートでは $\lambda$ を実数として定義しているが,本書ではあらかじめ複素数まで許して定義した.これは,12.4節で回転行列の固有値が($\theta\neq0,\pi$ のとき)複素数になることを扱うために必要な拡張であり,実数の範囲だけで考えている間は $\lambda$ を実数だと思っていて差し支えない.

注意:$\bm x\neq\bm 0$ を仮定から外さない

もし $\bm x=\bm 0$ を許してしまうと,$A\bm 0=\bm0=\lambda\bm0$ はどんな $A,\lambda$ に対しても自動的に成り立ってしまい,「固有値」という言葉がまったく意味をもたなくなる.そこで定義12.1では,最初から $\bm x\neq\bm0$(非自明な $\bm x$)という条件を明示的に置いている.一方,$\lambda=0$ 自体は禁止されていない($A\bm x=\bm0$ となる固有ベクトルも,$\bm x\neq\bm0$ でありさえすれば立派な固有値 $0$ の固有ベクトルである.これは第11章の $\mathrm{Ker}\,f$ と12.2節で関係づける).

定義12.1の式から,実際に $\lambda$ と $\bm x$ を計算で求める方法を導こう.$A\bm x=\lambda\bm x$ の右辺を左辺に移項すると

$$ A\bm x-\lambda\bm x=\bm 0 $$

となるが,左辺の $A\bm x$ と $\lambda\bm x$ は行列とスカラーの積が混じっていて,そのまま「共通因数でくくる」ことができない.そこで $\lambda\bm x=\lambda E\bm x$($E$ は $n$ 次単位行列.どんなベクトルに $E$ を掛けてもそのままなので $\lambda\bm x=\lambda(E\bm x)=(\lambda E)\bm x$)と書き直すと,

$$ A\bm x-(\lambda E)\bm x=(A-\lambda E)\bm x=\bm 0 $$

と,$\bm x$ を右側から共通因数としてくくり出せる.こうして,固有値・固有ベクトルの方程式は同次連立1次方程式の形に書き直せる.

\begin{equation} (A-\lambda E)\bm x=\bm 0 \label{eq:12-eigeneq} \end{equation}

ここで $\bm x$ は(定義12.1の仮定より)恒等的に $\bm 0$ ではないので,式\eqref{eq:12-eigeneq}は自明な解 $\bm x=\bm0$ 以外の解(非自明な解)をもつ同次連立1次方程式である,ということになる.第9章9.3節の定理9.1(正方行列の場合の言い換えを含む)で学んだように,$n$ 次正方行列 $B$ を係数行列とする同次連立1次方程式 $B\bm x=\bm 0$ が自明な解以外の解をもつことと,$B$ の自由度が正であること,そして $B$ が正則でない($\rank B\lt n$,同じことだが $|B|=0$)ことは,すべて同値であった.いま $B=A-\lambda E$ にこの事実を当てはめれば,次の重要な結論が得られる.

定理12.1 固有方程式

$n$ 次正方行列 $A$ に対して,数 $\lambda$ が $A$ の固有値である(すなわち $A\bm x=\lambda\bm x$ をみたす $\bm x\neq\bm0$ が存在する)ための必要十分条件は,

$$ \underline{\det(A-\lambda E)=0} $$

が成り立つことである.この方程式を,$A$ の固有方程式(characteristic equation)と呼び,左辺 $\varphi_A(\lambda):=\det(A-\lambda E)$($\lambda$ の $n$ 次多項式になる)を $A$ の固有多項式(characteristic polynomial)と呼ぶ.

証明

($\Rightarrow$)$\lambda$ が固有値なら,式\eqref{eq:12-eigeneq}をみたす $\bm x\neq\bm0$ が存在する.すなわち $(A-\lambda E)\bm x=\bm0$ は自明な解以外の解をもつ.第9章 定理9.1(の中で述べられている正方行列の場合の言い換え)より,これは $A-\lambda E$ が正則でないこと,つまり $\det(A-\lambda E)=0$ と同値である.($\Leftarrow$)逆に $\det(A-\lambda E)=0$ なら,同じ定理9.1より $(A-\lambda E)\bm x=\bm0$ は自由度が正であり,自明な解 $\bm x=\bm0$ 以外の解 $\bm x_0\neq\bm0$ をもつ.この $\bm x_0$ に対して $A\bm x_0=\lambda\bm x_0$ が成り立つので,$\lambda$ は固有値であり,$\bm x_0$ はその固有ベクトルである.

定理12.1は,固有値・固有ベクトルの計算手順そのものを教えてくれる——まず固有方程式 $\det(A-\lambda E)=0$($\lambda$ についての $n$ 次方程式)を解いて固有値 $\lambda$ を求め,見つかった各 $\lambda$ を式\eqref{eq:12-eigeneq}に代入して,改めて同次連立1次方程式 $(A-\lambda E)\bm x=\bm0$ を解いて固有ベクトル $\bm x$ を求める,という2段階の手順である.ノートにある次の例で,実際にこの手順を最後まで動かしてみよう.

例12.1 $2\times2$行列の固有値・固有ベクトル

$A=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}$ について,$\bm x=\begin{bmatrix}x_1\\x_2\end{bmatrix}$ とおいて固有値と固有ベクトルを求めよ.

解答 まず固有方程式を作る.

$$ A-\lambda E=\begin{bmatrix}4-\lambda&-2\\1&1-\lambda\end{bmatrix} $$

この行列式を($2\times2$行列式の定義 $ad-bc$ どおりに)計算すると,

$$ \det(A-\lambda E)=(4-\lambda)(1-\lambda)-(-2)\cdot1=(\lambda-4)(\lambda-1)+2=0 $$

($(4-\lambda)(1-\lambda)=(\lambda-4)(\lambda-1)$ は,2つのカッコの中身をどちらも $-1$ 倍すると符号が2回変わって元に戻ることから成り立つ書き換えである.)右辺を展開すると

$$ \lambda^2-5\lambda+4+2=\lambda^2-5\lambda+6=(\lambda-2)(\lambda-3)=0 $$

となるので,固有値は $\lambda=2,3$(2つとも重複度1)である.

(i) $\lambda=2$ のとき $A\bm x=2\bm x$,すなわち $(A-2E)\bm x=\bm0$ を成分で書き下すと,

$$ \begin{cases}4x_1-2x_2=2x_1\\x_1+x_2=2x_2\end{cases} $$

である.これを解く.1本目の式は $4x_1-2x_2=2x_1$ より $2x_1=2x_2$,すなわち $x_1=x_2$.2本目の式は $x_1+x_2=2x_2$ より,やはり $x_1=x_2$ となり,2本の式は($A-2E$ の $\rank$ が1なので当然だが)同じ条件に帰着する.そこで $x_1=k$($k$ は任意の実数)とおくと $x_2=k$ でもあるから,

$$ \bm x=\begin{bmatrix}k\\k\end{bmatrix}=k\begin{bmatrix}1\\1\end{bmatrix}\qquad(k\neq0) $$

を得る.$k=1$ ととった $\begin{bmatrix}1\\1\end{bmatrix}$ が,図12.1の $\bm x_1$ と一致していることに注目してほしい.

(ii) $\lambda=3$ のとき $A\bm x=3\bm x$,すなわち $(A-3E)\bm x=\bm0$ を成分で書き下すと,

$$ \begin{cases}4x_1-2x_2=3x_1\\x_1+x_2=3x_2\end{cases} $$

である.1本目の式は $4x_1-2x_2=3x_1$ より $x_1=2x_2$.2本目の式は $x_1+x_2=3x_2$ より,これも $x_1=2x_2$ となり,やはり同じ条件に帰着する.そこで $x_2=\ell$($\ell$ は任意の実数)とおくと $x_1=2\ell$ だから,

$$ \bm x=\begin{bmatrix}2\ell\\\ell\end{bmatrix}=\ell\begin{bmatrix}2\\1\end{bmatrix}\qquad(\ell\neq0) $$

を得る.$\ell=1$ ととった $\begin{bmatrix}2\\1\end{bmatrix}$ が,図12.1の $\bm x_2$ と一致する.(sympyで検算:$A$ の固有値は $2,3$,固有ベクトルはそれぞれ $(1,1)^{\mathsf T},(2,1)^{\mathsf T}$ の定数倍に一致する.)

例12.1からわかるように,固有ベクトルは1本の方向(直線)が決まるだけで,長さは決まらない——$k$ 倍・$\ell$ 倍のどれでも固有ベクトルである.また,$(A-\lambda E)\bm x=\bm0$ の2本の式が($\lambda$ が固有値である限り)必ず同じ条件に帰着する点も重要である.これは,$A-\lambda E$ が正則でない($\rank\lt2$)ことの直接の帰結であり,もし2本の式が独立な条件を与えてしまったら $\rank(A-\lambda E)=2$ となって $\bm x=\bm0$ しか解がなくなり,そもそも固有ベクトルが存在しないことになってしまう.次の例題では,同じ手順を $3\times3$ 行列で実行し,$3$次の行列式の計算(余因子展開,第8章8.4節)が必要になる場合を確認する.

例題12.1 $3\times3$行列の固有値・固有ベクトル

$A=\begin{bmatrix}-2&1&2\\-4&3&2\\-5&1&5\end{bmatrix}$ の固有値と固有ベクトルをすべて求めよ.

解答 固有方程式を作る.

$$ A-\lambda E=\begin{bmatrix}-\lambda-2&1&2\\-4&3-\lambda&2\\-5&1&5-\lambda\end{bmatrix} $$

この行列式を,第8章 定理8.2(余因子展開,第1行に関する展開)を使って計算する.$3\times3$の小行列式(第1行・各列を取り除いたもの)をそれぞれ求めると,

$$ M_{11}=\begin{vmatrix}3-\lambda&2\\1&5-\lambda\end{vmatrix}=(3-\lambda)(5-\lambda)-2=\lambda^2-8\lambda+13 $$ $$ M_{12}=\begin{vmatrix}-4&2\\-5&5-\lambda\end{vmatrix}=-4(5-\lambda)-2\cdot(-5)=4\lambda-10 $$ $$ M_{13}=\begin{vmatrix}-4&3-\lambda\\-5&1\end{vmatrix}=-4\cdot1-(3-\lambda)(-5)=11-5\lambda $$

余因子は符号 $(-1)^{i+j}$ が付くので,第1行に沿った展開は次の形になる($1$列目・$3$列目の符号は $+$,$2$列目の符号は $-$).

$$ \det(A-\lambda E)=(-\lambda-2)M_{11}-1\cdot M_{12}+2\cdot M_{13} $$

代入すると,

$$ \det(A-\lambda E)=(-\lambda-2)(\lambda^2-8\lambda+13)-(4\lambda-10)+2(11-5\lambda) $$

まず $(-\lambda-2)(\lambda^2-8\lambda+13)$ を展開すると,

$$ -\lambda^3+8\lambda^2-13\lambda-2\lambda^2+16\lambda-26=-\lambda^3+6\lambda^2+3\lambda-26 $$

となる.残りの2項は,

$$ -(4\lambda-10)+2(11-5\lambda)=-4\lambda+10+22-10\lambda=-14\lambda+32 $$

である.これらを足し合わせると,

$$ \det(A-\lambda E)=-\lambda^3+6\lambda^2+3\lambda-26-14\lambda+32=-\lambda^3+6\lambda^2-11\lambda+6=0 $$

両辺に $-1$ を掛けて $\lambda^3-6\lambda^2+11\lambda-6=0$ とし,$\lambda=1$ を代入すると $1-6+11-6=0$ となって解の1つが見つかる.そこで左辺を $(\lambda-1)$ で(高校数学の因数定理・組立除法で)割ると $\lambda^2-5\lambda+6=(\lambda-2)(\lambda-3)$ が得られ,

$$ \lambda^3-6\lambda^2+11\lambda-6=(\lambda-1)(\lambda-2)(\lambda-3)=0 \qquad\therefore\ \lambda=1,2,3 $$

となる.3つとも異なる実数の固有値である.続けて,それぞれの固有ベクトルを求める.

$\lambda=1$ のとき $(A-E)\bm x=\bm0$ を成分で書くと,

$$ \begin{cases}-3x_1+x_2+2x_3=0\\-4x_1+2x_2+2x_3=0\\-5x_1+x_2+4x_3=0\end{cases} $$

である.1本目 $\times2$ から2本目を引くと,

$$ -6x_1+2x_2+4x_3-(-4x_1+2x_2+2x_3)=-2x_1+2x_3=0 $$

すなわち $x_1=x_3$.これを1本目に代入すると,

$$ -3x_1+x_2+2x_1=-x_1+x_2=0 $$

すなわち $x_2=x_1$.よって $x_1=k$ とおくと $\bm x=k(1,1,1)^{\mathsf T}$.(3本目の式でも $-5k+k+4k=0$ と確かに成り立ち,条件が矛盾しないことを確認できる.)

$\lambda=2$ のとき $(A-2E)\bm x=\bm0$:

$$ \begin{cases}-4x_1+x_2+2x_3=0\\-4x_1+x_2+2x_3=0\\-5x_1+x_2+3x_3=0\end{cases} $$

(1本目と2本目は同一の式である).1本目から $x_2=4x_1-2x_3$.これを3本目に代入すると,

$$ -5x_1+(4x_1-2x_3)+3x_3=-x_1+x_3=0 $$

すなわち $x_3=x_1$.したがって $x_2=4x_1-2x_1=2x_1$.$x_1=k$ とおくと $\bm x=k(1,2,1)^{\mathsf T}$.

$\lambda=3$ のとき $(A-3E)\bm x=\bm0$:

$$ \begin{cases}-5x_1+x_2+2x_3=0\\-4x_1+2x_3=0\\-5x_1+x_2+2x_3=0\end{cases} $$

(1本目と3本目は同一の式である).2本目より $x_3=2x_1$.これを1本目に代入すると,

$$ -5x_1+x_2+4x_1=-x_1+x_2=0 $$

すなわち $x_2=x_1$.$x_1=k$ とおくと $\bm x=k(1,1,2)^{\mathsf T}$.

以上をまとめると,固有値は $\lambda=1,2,3$(いずれも重複度1)で,対応する固有ベクトルはそれぞれ $(1,1,1)^{\mathsf T}$,$(1,2,1)^{\mathsf T}$,$(1,1,2)^{\mathsf T}$(の定数倍)である.(sympyで検算:$A(1,1,1)^{\mathsf T}=(1,1,1)^{\mathsf T}$,$A(1,2,1)^{\mathsf T}=(2,4,2)^{\mathsf T}=2(1,2,1)^{\mathsf T}$,$A(1,1,2)^{\mathsf T}=(3,3,6)^{\mathsf T}=3(1,1,2)^{\mathsf T}$ をいずれも直接確認済み.)

12.2 固有値の性質と固有空間

12.1節では,与えられた行列 $A$ に対して固有方程式 $\det(A-\lambda E)=0$ を解いて固有値 $\lambda$ を求め,各 $\lambda$ ごとに同次連立1次方程式 $(A-\lambda E)\bm x=\bm0$ を解いて固有ベクトルを求めた.ここで自然に浮かぶ疑問が2つある.1つは「1つの固有値 $\lambda$ に対して,固有ベクトルは(定数倍を除いて)何本独立に取れるのか」,もう1つは「$n$次正方行列全体では,固有値は(重複も込めて)何個あるのか」である.この2つの問いに答える言葉——固有空間・代数的重複度・幾何学的重複度——を本節で用意する.これらは,次の12.3節で「対角化できるかどうか」を判定する決め手になる.

まず,固有ベクトルの集合を,ベクトル空間の言葉で捉え直そう.固有値 $\lambda$ を1つ固定すると,$A\bm x=\lambda\bm x$ を満たす $\bm x$($\bm x=\bm0$ の場合も含める)の全体は,第11章で学んだ核($\mathrm{Ker}\,f$)の考え方をそのまま流用できる.

定義12.2 固有空間(eigenspace)

$n$次正方行列 $A$ と,その固有値 $\lambda$ に対して,

$$ W(\lambda):=\mathrm{Ker}(A-\lambda E)=\{\bm x\in\R^n\mid (A-\lambda E)\bm x=\bm0\} $$

を,$A$ の固有値 $\lambda$ に関する固有空間(eigenspace)という.$W(\lambda)$ から $\bm0$ を除いたものが,ちょうど $\lambda$ に対応する固有ベクトル全体である.

なぜ $W(\lambda)$ は部分空間なのか

$A-\lambda E$ もまた1つの $n$次正方行列であるから,$\bm x\mapsto(A-\lambda E)\bm x$ は(表現行列 $A-\lambda E$ をもつ)線形写像である.したがって $W(\lambda)=\mathrm{Ker}(A-\lambda E)$ は,第11章 定理11.3($\mathrm{Ker}\,f$ は部分空間である)より,$\R^n$ の部分空間である.とくに,$\bm x_1,\bm x_2\in W(\lambda)$(あるいは $\bm0$)ならば,それらの線形結合 $c_1\bm x_1+c_2\bm x_2$ もまた $W(\lambda)$ に属する——固有ベクトルを何本か足し合わせたり定数倍したりしても,やはり同じ固有値 $\lambda$ の固有ベクトル(か $\bm0$)になる,ということである.

たとえば例12.1(12.1節)では,$\lambda=2$ の固有空間は $W(2)=\{k(1,1)^{\mathsf T}\mid k\in\R\}$(1次元),$\lambda=3$ の固有空間は $W(3)=\{\ell(2,1)^{\mathsf T}\mid \ell\in\R\}$(1次元)であった.$W(\lambda)$ の次元は固有値 $\lambda$ ごとに決まる自然数であり,特別な名前が付いている.その名前を定義する前に,固有方程式 $\det(A-\lambda E)=0$ が,そもそも $\lambda$ について何次の方程式なのかを確認しておこう.

固有多項式の次数

$n$次正方行列 $A=(a_{ij})$ に対して,第8章の行列式の定義(定義8.9,置換の符号による和)を $A-\lambda E$ に適用すると,

$$ \varphi_A(\lambda)=\det(A-\lambda E)=\sum_{\sigma}\sgn\sigma\prod_{i=1}^n\big(a_{i\sigma(i)}-\lambda\delta_{i\sigma(i)}\big) $$

となる($\delta_{i\sigma(i)}$ は,$i=\sigma(i)$ のとき $1$,それ以外のとき $0$ をとる記号——クロネッカーのデルタ(Kronecker delta)と呼ばれる——で,対角成分にだけ $-\lambda$ が付くことを表している).恒等置換 $\sigma=\mathrm{id}$(すべての $i$ で $\sigma(i)=i$ となる置換)に対応する項は $\prod_{i=1}^n(a_{ii}-\lambda)$ であり,これは $\lambda$ の $n$次多項式で,最高次の項は $(-\lambda)^n$ である.一方,恒等置換以外の置換 $\sigma$ は,少なくとも2つの添字 $i$ で $\sigma(i)\neq i$ となる(置換が1箇所だけ動かして他を固定する,ということはできない——1箇所動けば,動かされた先の要素もどこかへ動かなければならないので,最低2箇所は動く).したがって,そのような $\sigma$ の項の積 $\prod_i(a_{i\sigma(i)}-\lambda\delta_{i\sigma(i)})$ には,$\delta_{i\sigma(i)}=0$($-\lambda$ の部分が消える)となる因子が少なくとも2つ含まれ,$\lambda$ について高々 $n-2$ 次にしかならない.よって $\varphi_A(\lambda)$ の $\lambda^n,\lambda^{n-1}$ の係数は恒等置換の項だけから決まり,$\varphi_A(\lambda)$ は $\lambda$ についてちょうど $n$次の多項式(最高次係数 $(-1)^n$)である.

数学ノート:複素数の範囲では必ず $n$個の解

高校数学で学んだように,2次方程式は実数の範囲では解をもたないことがある(判別式が負の場合).しかし複素数の範囲まで許せば,$n$次方程式は重複度を込めてちょうど $n$個の解をもつ——これを代数学の基本定理(fundamental theorem of algebra)という(証明には複素関数論の道具が必要なので,ここでは事実として認める.望月研究室の発展教材『複素解析学』で証明を扱う).したがって,$n$次正方行列 $A$ の固有方程式 $\varphi_A(\lambda)=0$ は,複素数の範囲で重複度を込めてちょうど $n$個の解(固有値)をもつ.実数の行列であっても,固有値が複素数になることがある点に注意しよう(12.4節の回転行列がその例である).

定義12.3 代数的重複度と幾何学的重複度

$n$次正方行列 $A$ の固有値 $\lambda_0$ に対して,

2つの「重複度」という同じ名前が付いているが,一般には値が異なりうる.次の定理は,その間の大小関係を教えてくれる.

定理12.2 幾何学的重複度は代数的重複度を超えない

$A$ の固有値 $\lambda_0$ の幾何学的重複度を $g$,代数的重複度を $a$ とすると,

$$ 1\le g\le a $$

が成り立つ.

証明のあらすじ

$g\ge1$ は定義から明らかである($\lambda_0$ が固有値であるとは,定義12.1よりまさに $W(\lambda_0)$ が $\bm0$ 以外の元をもつ,すなわち $\dim W(\lambda_0)\ge1$ ということである).

$g\le a$ の証明は,最後の1歩だけ外部の事実に頼り,それ以外はすべて具体的に確かめる.最後の1歩とは「相似な行列($P^{-1}AP$ の形で移り合う行列)はまったく同じ固有多項式をもつ」という事実で,これは行列式の積の公式 $\det(XY)=\det X\cdot\det Y$(本書では扱わなかった,行列式のもう1つの一般的性質)を使う,やや進んだ議論になる——興味のある読者は斎藤正彦『線型代数入門』などを参照してほしい.考え方はこうである.$W(\lambda_0)$ の基底 $\bm v_1,\ldots,\bm v_g$ を取り,これを $\R^n$(複素数の固有値なら $\C^n$)の基底 $\bm v_1,\ldots,\bm v_g,\bm v_{g+1},\ldots,\bm v_n$ に延長し,これらを列に並べた正則行列 $P=[\bm v_1\ \cdots\ \bm v_n]$ を作る.

$A\bm v_i=\lambda_0\bm v_i$($i\le g$)なので,$AP$ の第$i$列($i\le g$)は $A\bm v_i=\lambda_0\bm v_i$,すなわち「$P$ の第$i$列の $\lambda_0$ 倍」である.したがって $P^{-1}AP$ の第$i$列($i\le g$)は,ちょうど $\lambda_0\bm e_i$(第$i$成分だけが $\lambda_0$ で,残りの成分はすべて $0$ のベクトル)に一致する.ここで大事なのは,「左上の $g\times g$ ブロックが $\lambda_0 E_g$」というだけでなく,その列の第$g+1$行から第$n$行までがすべて $0$ になるという点である(このブロック三角の形こそが,あとの計算で $(\lambda-\lambda_0)^g$ の因子を生む決め手になる).まとめると,$P^{-1}AP$ は次の形のブロック上三角行列になっている.

$$ P^{-1}AP=\begin{bmatrix}\lambda_0 E_g & B \\ O & C\end{bmatrix} $$

($B$ は $g\times(n-g)$型,$C$ は $(n-g)\times(n-g)$型の何らかの行列,左下の $O$ は $(n-g)\times g$型の零行列である).

この形がなぜ $(\lambda-\lambda_0)^g$ の因子を生むのか,$n=3$,$g=2$,$\lambda_0=2$ の具体例で確かめてみよう.たとえば

$$ P^{-1}AP=\begin{bmatrix}2&0&3\\0&2&-1\\0&0&5\end{bmatrix} $$

という行列(左上の $2\times2$ ブロックが $2E_2$,左下の $1\times2$ ブロックが $0$)を考える.固有多項式を第1列に関する余因子展開(第1列に $0$ が1つあるので簡単)で計算すると,

$$ \det(P^{-1}AP-\lambda E)=(2-\lambda)\begin{vmatrix}2-\lambda&-1\\0&5-\lambda\end{vmatrix}=(2-\lambda)\cdot(2-\lambda)(5-\lambda)=(2-\lambda)^2(5-\lambda) $$

となり,たしかに $\lambda_0=2$ の因子がちょうど $g=2$ 個そろい,残りの因子 $(5-\lambda)$ は右下ブロック(この例では $1\times1$ なのでその成分そのもの)の固有多項式になっている(sympyで検算:展開すると $-\lambda^3+9\lambda^2-24\lambda+20$ となり,これは $(2-\lambda)^2(5-\lambda)$ を展開したものに一致することを確認済み).一般の $n,g$ でも同じ仕組みが繰り返される——左下がすべて $0$ なので,第1列,第2列,…,第$g$列について同様の余因子展開を$g$回繰り返すと,そのたびに対角成分 $(\lambda_0-\lambda)$ が1つずつ取り出せ,最終的に

$$ \det(P^{-1}AP-\lambda E)=(\lambda_0-\lambda)^g\det(C-\lambda E_{n-g}) $$

となる.したがって $P^{-1}AP$ の固有多項式は $(\lambda-\lambda_0)^g$(の定数倍)で割り切れる.固有多項式は基底の取り方によらない(相似不変,最後の1歩で述べた事実)ので,もとの $A$ の固有多項式も $(\lambda-\lambda_0)^g$ で割り切れる,すなわち代数的重複度 $a\ge g$ である.

例題12.2 固有空間の次元(幾何学的重複度)を求める

$A=\begin{bmatrix}2&1&0\\0&2&0\\0&0&-1\end{bmatrix}$ の固有値と,それぞれの代数的重複度・幾何学的重複度を求めよ.

解答 $A-\lambda E=\begin{bmatrix}2-\lambda&1&0\\0&2-\lambda&0\\0&0&-1-\lambda\end{bmatrix}$ は上三角行列だから,第8章で確かめた事実(上三角行列の行列式は対角成分の積)より,固有方程式は

$$ \det(A-\lambda E)=(2-\lambda)^2(-1-\lambda)=0 $$

である.よって固有値は $\lambda=2$(代数的重複度 $a=2$)と $\lambda=-1$(代数的重複度 $a=1$)である.

$\lambda=2$ の固有空間.$(A-2E)\bm x=\bm0$ を成分で書くと $\begin{bmatrix}0&1&0\\0&0&0\\0&0&-3\end{bmatrix}\bm x=\bm0$,すなわち $x_2=0$ かつ $x_3=0$($x_1$ は自由).よって $W(2)=\{(t,0,0)^{\mathsf T}\mid t\in\R\}$ は1次元であり,幾何学的重複度は $g=1$.ここで $g=1\lt a=2$ となっており,定理12.2の不等号が厳密(真の不等号)になる例が見つかった.

$\lambda=-1$ の固有空間.$(A+E)\bm x=\bm0$ を成分で書くと $\begin{bmatrix}3&1&0\\0&3&0\\0&0&0\end{bmatrix}\bm x=\bm0$.2本目の式 $3x_2=0$ より $x_2=0$,これを1本目に代入すると $3x_1=0$ より $x_1=0$($x_3$ は自由).よって $W(-1)=\{(0,0,u)^{\mathsf T}\mid u\in\R\}$ は1次元であり,$g=a=1$(等号が成り立つ場合).(sympyで検算:$W(2)$ は $(1,0,0)^{\mathsf T}$ の1次元,$W(-1)$ は $(0,0,1)^{\mathsf T}$ の1次元であることを確認済み.)

例題12.2の $\lambda=2$ のように,幾何学的重複度が代数的重複度より真に小さくなってしまう固有値があると,あとで12.3節で見るように,その行列は対角化できなくなる.次の例題では,話題を変えて,物理・材料科学でよく現れる対称行列($A^{\mathsf T}=A$,転置しても変わらない行列)の固有値について,早熟な読者向けの発展的な事実を確認しておく.

例題12.3 対称行列の固有値は実数である(発展)

$2\times2$の実対称行列 $S=\begin{bmatrix}a&b\\b&d\end{bmatrix}$($a,b,d$ は実数.転置しても同じ行列になっている,$(1,2)$成分と$(2,1)$成分がどちらも $b$ であることに注意)の固有値は,$a,b,d$ にどんな実数を選んでも必ず実数になることを示せ.また,$S=\begin{bmatrix}2&3\\3&2\end{bmatrix}$ の場合に,具体的に固有値を求めよ.

解答 固有方程式を作ると,

$$ \det(S-\lambda E)=(a-\lambda)(d-\lambda)-b^2=\lambda^2-(a+d)\lambda+(ad-b^2)=0 $$

という,$\lambda$ についての2次方程式が得られる.高校数学の2次方程式の解の公式より,この方程式が実数解をもつかどうかは判別式

$$ D=(a+d)^2-4(ad-b^2) $$

の符号で決まる.右辺を展開して整理すると,

$$ D=a^2+2ad+d^2-4ad+4b^2=a^2-2ad+d^2+4b^2=(a-d)^2+4b^2 $$

となる.最後の式は,実数の2乗 $(a-d)^2$ と,実数の2乗の4倍 $4b^2$ の和であるから,$a,b,d$ がどんな実数であっても $D\ge0$ である(2乗はつねに $0$ 以上).したがって固有方程式の判別式は決して負にならず,$S$ の固有値は常に実数である(複素数にはなりえない).

具体的に $S=\begin{bmatrix}2&3\\3&2\end{bmatrix}$($a=d=2,b=3$)の場合,$D=(2-2)^2+4\cdot3^2=36$,$\sqrt D=6$ であり,固有値は

$$ \lambda=\frac{(a+d)\pm\sqrt D}{2}=\frac{4\pm6}{2}=5,\ -1 $$

である.(sympyで検算:一般の対称2次行列の判別式が $(a-d)^2+4b^2$ に一致すること,および $S=\begin{bmatrix}2&3\\3&2\end{bmatrix}$ の固有値が $5,-1$ であることを確認済み.)

応用:材料科学に対称行列があふれている理由

結晶や材料の性質を数式で表すとき,対称行列は驚くほど頻繁に登場する——たとえば,物体の回転のしにくさを表す慣性テンソル,結晶に力を加えたときの内部の力のつり合いを表す応力テンソル,結晶の変形しやすさを表す弾性率テンソルは,いずれも対称行列(の一般化)として書ける.例題12.3で確認した「対称行列の固有値は実数」という事実は,これらの物理量が複素数ではなく実数の値(実際に測定できる物理量)として意味をもつことを保証している.また,対称行列の固有ベクトルの方向は主軸(principal axis)と呼ばれ,たとえば応力テンソルの主軸方向は「その方向にだけ垂直な力(せん断力のない,純粋な引張・圧縮)がかかる特別な方向」を表す——結晶構造の対称性と物理的な性質を結びつける,材料科学の基本的な考え方の1つである.

最後に,12.3節で対角化可能性を判定するための,もう1つの重要な道具を用意しておく.それは,「相異なる固有値に対応する固有ベクトルどうしは,決して線形従属にならない」という事実である.

定理12.3 異なる固有値に対応する固有ベクトルは線形独立

$A$ の相異なる固有値 $\lambda_1,\ldots,\lambda_m$($i\neq j$ ならば $\lambda_i\neq\lambda_j$)に対応する固有ベクトルを,それぞれ $\bm v_1,\ldots,\bm v_m$($A\bm v_i=\lambda_i\bm v_i$,$\bm v_i\neq\bm0$)とする.このとき,$\bm v_1,\ldots,\bm v_m$ は線形独立である.

証明

$m$ に関する数学的帰納法で示す.

$m=1$ のとき.$c_1\bm v_1=\bm0$ とすると,$\bm v_1\neq\bm0$(固有ベクトルの定義)だから $c_1=0$ でなければならない.よって $\bm v_1$ 単独は線形独立である.

$m-1$本の場合に定理が正しい(相異なる $m-1$ 個の固有値に対応する固有ベクトルは線形独立である)と仮定して,$m$本の場合を示す.線形関係式

\begin{equation} c_1\bm v_1+c_2\bm v_2+\cdots+c_m\bm v_m=\bm0 \label{eq:12-indep-relation} \end{equation}

が成り立ったとする.この両辺に,左から行列 $A-\lambda_m E$ を掛ける.$A\bm v_i=\lambda_i\bm v_i$ より,

$$ (A-\lambda_m E)\bm v_i=A\bm v_i-\lambda_m\bm v_i=\lambda_i\bm v_i-\lambda_m\bm v_i=(\lambda_i-\lambda_m)\bm v_i $$

だから,

$$ c_1(\lambda_1-\lambda_m)\bm v_1+c_2(\lambda_2-\lambda_m)\bm v_2+\cdots+c_{m-1}(\lambda_{m-1}-\lambda_m)\bm v_{m-1}+c_m(\lambda_m-\lambda_m)\bm v_m=\bm0 $$

となる.最後の項は $\lambda_m-\lambda_m=0$ なので消え,$\bm v_1,\ldots,\bm v_{m-1}$(相異なる $m-1$個の固有値 $\lambda_1,\ldots,\lambda_{m-1}$ に対応する固有ベクトル)についての線形関係式

$$ c_1(\lambda_1-\lambda_m)\bm v_1+\cdots+c_{m-1}(\lambda_{m-1}-\lambda_m)\bm v_{m-1}=\bm0 $$

が残る.帰納法の仮定($m-1$本の場合の定理)より $\bm v_1,\ldots,\bm v_{m-1}$ は線形独立だから,この関係式の各係数は $0$ でなければならない:$c_i(\lambda_i-\lambda_m)=0$($i=1,\ldots,m-1$).ここで $\lambda_i\neq\lambda_m$($i\lt m$ で相異なる固有値だから)なので $\lambda_i-\lambda_m\neq0$ であり,したがって $c_i=0$($i=1,\ldots,m-1$)が結論できる.これを式\eqref{eq:12-indep-relation}に戻すと $c_m\bm v_m=\bm0$ が残り,$\bm v_m\neq\bm0$ なので $c_m=0$ も従う.よって $c_1=c_2=\cdots=c_m=0$ であり,$\bm v_1,\ldots,\bm v_m$ は線形独立である.

(証明終わり)

12.3 行列の対角化

12.2節では,1つの固有値の中で「幾何学的重複度と代数的重複度が一致するかどうか」を調べた.ここからは視点を行列全体に広げ,「$n$個の固有値すべてにわたって固有ベクトルをかき集めたとき,線形独立な固有ベクトルが $n$本そろうかどうか」を問題にする.これがそろえば,行列 $A$ は対角化できる——冒頭で述べた,べき乗を簡単にする作戦が実行できる.まず,定理12.3(異なる固有値の固有ベクトルは独立)を,固有ベクトル1本ずつではなく,固有空間の基底ごとまとめた形に拡張しておこう.

定理12.4 固有空間の基底を固有値ごとに集めても線形独立

$A$ の相異なる固有値を $\lambda_1,\ldots,\lambda_r$ とし,それぞれの固有空間 $W(\lambda_1),\ldots,W(\lambda_r)$ の基底を $\{\bm u_{1,1},\ldots,\bm u_{1,g_1}\}$,$\ldots$,$\{\bm u_{r,1},\ldots,\bm u_{r,g_r}\}$($g_k=\dim W(\lambda_k)$,幾何学的重複度)とする.このとき,これらすべてを合わせた $g_1+g_2+\cdots+g_r$本のベクトルは,全体として線形独立である.

証明

全体の線形関係式を,固有空間ごとにまとめて書く.

\begin{equation} \underbrace{\sum_{j=1}^{g_1}c_{1,j}\bm u_{1,j}}_{=:\,\bm w_1\in W(\lambda_1)}+\underbrace{\sum_{j=1}^{g_2}c_{2,j}\bm u_{2,j}}_{=:\,\bm w_2\in W(\lambda_2)}+\cdots+\underbrace{\sum_{j=1}^{g_r}c_{r,j}\bm u_{r,j}}_{=:\,\bm w_r\in W(\lambda_r)}=\bm0 \label{eq:12-union-relation} \end{equation}

各 $\bm w_k$ は $W(\lambda_k)$ の基底の線形結合だから $W(\lambda_k)$ の元であり,$\bm w_k=\bm0$ であるか,さもなければ固有値 $\lambda_k$ の固有ベクトルである.いま仮に,$\bm w_1,\ldots,\bm w_r$ のうち $\bm0$ でないものが2本以上あったとする.それらは相異なる固有値に対応する固有ベクトルどうしなので,定理12.3よりそれらは線形独立であるはずである.しかし式\eqref{eq:12-union-relation}は,それら(と,値が $\bm0$ の項)の和がちょうど $\bm0$ になる,係数が($\bm0$ でないものに対応する分だけ見れば)すべて $1$(非自明)の関係式であり,線形独立の定義に反する.よって,$\bm w_1,\ldots,\bm w_r$ のうち $\bm0$ でないものは高々1本しかありえない.一方,式\eqref{eq:12-union-relation}より $\bm w_1+\cdots+\bm w_r=\bm0$ なので,ちょうど1本だけが $\bm0$ でないということも起こりえない(それ自身が $\bm0$ に等しくなってしまい,固有ベクトルは $\bm0$ にならないという定義に反する).したがって,$\bm w_1=\bm w_2=\cdots=\bm w_r=\bm0$ でなければならない.

各 $\bm w_k=\sum_j c_{k,j}\bm u_{k,j}=\bm0$ は,$\{\bm u_{k,1},\ldots,\bm u_{k,g_k}\}$ が($W(\lambda_k)$ の基底として,定義より)線形独立であることから,係数 $c_{k,j}$ がすべて $0$ であることを意味する.これがすべての $k=1,\ldots,r$ で成り立つので,全体の係数がすべて $0$,すなわち合わせた $g_1+\cdots+g_r$本のベクトルは線形独立である.

(証明終わり)

いよいよ対角化そのものを定義し,その判定条件を証明する.

定義12.4 対角化可能性(diagonalizability)

$n$次正方行列 $A$ に対して,ある正則行列 $P$ が存在して

\begin{equation} P^{-1}AP=D\qquad(D\ \text{は対角行列}) \label{eq:12-diag-def} \end{equation}

となるとき,$A$ は対角化可能(diagonalizable)であるという.式\eqref{eq:12-diag-def}の両辺に左から $P$,右から $P^{-1}$ を掛けると,同じ内容を $A=PDP^{-1}$ の形にも書き直せる.

対角化P⁻¹AP=Dの可換図式 標準座標のベクトル x Aで直接写す Ax 固有ベクトル座標 c = P−1x Dで写す(伸縮だけ) Dc A D(対角行列,伸縮だけ) P−1 P−1
図12.2 $P^{-1}AP=D$ の意味を表す図.標準座標のベクトル $\bm x$ に $A$ を直接施す(上の経路)のと,いったん固有ベクトルを軸にした座標 $\bm c=P^{-1}\bm x$ に乗り換えてから対角行列 $D$(各軸方向にただ伸縮するだけの単純な変換)を施し,結果を $Dc$ として見る(下の経路)のとで,本質的に同じ変換を表している.固有ベクトルを座標軸に選ぶことで,複雑に見える $A$ の作用が,軸ごとの単純な伸縮 $D$ として見えるようになる,というのが対角化の意味である.

定理12.5 対角化可能性の必要十分条件

$n$次正方行列 $A$ が対角化可能であるための必要十分条件は,$A$ が $n$本の線形独立な固有ベクトルをもつことである.

証明

($\Leftarrow$)$A$ が $n$本の線形独立な固有ベクトル $\bm v_1,\ldots,\bm v_n$($A\bm v_i=\lambda_i\bm v_i$,$\lambda_i$ は重複してもよい)をもつとする.これらを列に並べた行列 $P=[\bm v_1\ \bm v_2\ \cdots\ \bm v_n]$ を作ると,列が線形独立なので $P$ は正則である(第10章 定理10.1,あるいは第9章の正則条件).$AP$ を列ごとに計算すると,

$$ AP=[A\bm v_1\ A\bm v_2\ \cdots\ A\bm v_n]=[\lambda_1\bm v_1\ \lambda_2\bm v_2\ \cdots\ \lambda_n\bm v_n]=[\bm v_1\ \cdots\ \bm v_n]\begin{bmatrix}\lambda_1& & \\ &\ddots& \\ & &\lambda_n\end{bmatrix}=PD $$

となる(最後から2番目の等号は,右から対角行列 $D=\mathrm{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)$ を掛けることが「各列をその列に対応する対角成分の分だけスカラー倍する」ことと同じである,という行列の積の定義から直接わかる事実による).$AP=PD$ の両辺に左から $P^{-1}$ を掛けると,$P^{-1}AP=D$ となり,$A$ は対角化可能である.

($\Rightarrow$)逆に,$A$ が対角化可能で,$P^{-1}AP=D=\mathrm{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)$ となる正則行列 $P$ が存在するとする.両辺に左から $P$ を掛けて $AP=PD$ とし,$P$ の列を $\bm v_1,\ldots,\bm v_n$ とする($P=[\bm v_1\ \cdots\ \bm v_n]$).上と同じ計算を逆にたどると,$AP$ の第$i$列は $A\bm v_i$ であり,$PD$ の第$i$列は $\lambda_i\bm v_i$ であるから,各 $i$ について

$$ A\bm v_i=\lambda_i\bm v_i $$

が成り立つ.$P$ は正則だから,その列 $\bm v_1,\ldots,\bm v_n$ は線形独立であり,とくにどの $\bm v_i$ も $\bm0$ ではない(もし $\bm v_i=\bm0$ なら,残りの $n-1$本と合わせても高々 $n-1$次元しか張れず,$P$ が正則であること——$n$本の列が $n$次元を張ること——に反する).よって各 $\bm v_i$ は,定義12.1の意味で $A$ の(固有値 $\lambda_i$ の)固有ベクトルである.したがって,$A$ は $n$本の線形独立な固有ベクトル $\bm v_1,\ldots,\bm v_n$ をもつ.

(証明終わり)

重複度の言葉で言い換える

定理12.4(固有空間の基底を集めても独立)より,各固有値 $\lambda_k$ の固有空間から基底を $g_k=\dim W(\lambda_k)$(幾何学的重複度)本ずつ選んで全部合わせれば,合計 $g_1+g_2+\cdots+g_r$本の線形独立なベクトルが得られる.これが $n$本になるとき,かつそのときに限り,定理12.5の条件($n$本の線形独立な固有ベクトル)が満たされる.一方,代数的重複度の合計 $a_1+\cdots+a_r$ は,固有多項式が(複素数の範囲で)重複度込みでちょうど $n$個の根をもつことから,つねに $n$ である.定理12.2(各固有値で $g_k\le a_k$)と合わせると,

$$ g_1+g_2+\cdots+g_r\ \le\ a_1+a_2+\cdots+a_r=n $$

であり,等号($n$本の線形独立な固有ベクトルが揃う)が成り立つのは,すべての固有値 $\lambda_k$ で $g_k=a_k$(幾何学的重複度=代数的重複度)となるとき,かつそのときに限る.こうして,対角化可能性は「すべての固有値で2つの重複度が一致すること」という,12.2節の言葉での言い換えもできる.

対角化の具体的な手順

与えられた $n$次正方行列 $A$ を対角化する手順は,次のとおりである.

(i) 固有方程式 $\det(A-\lambda E)=0$ を解いて,すべての固有値 $\lambda_1,\ldots,\lambda_r$(相異なるもの)と,それぞれの代数的重複度 $a_k$ を求める.
(ii) 各固有値 $\lambda_k$ について,固有空間 $W(\lambda_k)=\mathrm{Ker}(A-\lambda_k E)$ の基底を求め,その次元(幾何学的重複度)$g_k$ を調べる.
(iii) すべての $k$ で $g_k=a_k$ となるか確認する.1つでも $g_k\lt a_k$ となる固有値があれば,$A$ は対角化できない(定理12.5より,$n$本の独立な固有ベクトルが集まらないため).
(iv) すべて $g_k=a_k$ ならば,各固有空間の基底を全部合わせた $n$本のベクトル(定理12.4より線形独立)を列に並べて $P$ を作る.このとき,$P$ の列の並び順に対応させて,$D=\mathrm{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_1,\lambda_2,\ldots,\lambda_2,\ldots)$(各固有値をその代数的重複度の回数だけ並べた対角行列)とすれば,$P^{-1}AP=D$ となる.

対角化可能性の判定フローチャート 固有方程式 det(A−λE)=0 を解き, 固有値と代数的重複度 a_k を求める 各固有値について固有空間 W(λ_k) の次元 =幾何学的重複度 g_k を求める すべての k で g_k = a_k か? はい 対角化可能 P⁻¹AP=D (定理12.5) いいえ 対角化不可能 (独立な固有ベクトルが n本そろわない)
図12.3 対角化可能性を判定する手順のフローチャート.すべての固有値で幾何学的重複度と代数的重複度が一致すれば対角化可能,1つでも一致しない固有値があれば対角化不可能である(定理12.5とその重複度による言い換え).

例題12.4 対角化可能な場合とできない場合

次の2つの行列は,どちらも固有値が $2$(重複度2)しかもたない.対角化可能かどうかをそれぞれ調べよ.(a) $A=\begin{bmatrix}2&0\\0&2\end{bmatrix}$.(b) $B=\begin{bmatrix}2&1\\0&2\end{bmatrix}$.

解答 (a) $A-\lambda E=\begin{bmatrix}2-\lambda&0\\0&2-\lambda\end{bmatrix}$(対角行列でもあり上三角行列でもある)だから,固有方程式は $(2-\lambda)^2=0$,固有値 $\lambda=2$(代数的重複度 $a=2$).固有空間は $(A-2E)\bm x=\begin{bmatrix}0&0\\0&0\end{bmatrix}\bm x=\bm0$ となり,これはすべての $\bm x\in\R^2$ で成り立つから,$W(2)=\R^2$,幾何学的重複度 $g=2$.$g=a=2$ なので対角化可能である——実際,$A$ 自身がすでに対角行列なので,$P=E$(単位行列)ととれば $P^{-1}AP=A$ が成り立つ.

(b) $B-\lambda E=\begin{bmatrix}2-\lambda&1\\0&2-\lambda\end{bmatrix}$ も上三角だから,固有方程式は同じく $(2-\lambda)^2=0$,固有値 $\lambda=2$(代数的重複度 $a=2$).固有空間は $(B-2E)\bm x=\begin{bmatrix}0&1\\0&0\end{bmatrix}\bm x=\bm0$,すなわち $x_2=0$($x_1$ は自由)から定まる.よって $W(2)=\{(t,0)^{\mathsf T}\mid t\in\R\}$ は1次元であり,幾何学的重複度 $g=1\lt a=2$.定理12.5(の重複度による言い換え)より,$B$ は対角化できない——$B$ の固有ベクトルは $(1,0)^{\mathsf T}$ の定数倍しかなく,これと線形独立なもう1本の固有ベクトルが存在しないため,$2$本の独立な固有ベクトルを集められない.(sympyで検算:$A$ の固有空間は2次元,$B$ の固有空間は1次元であることを確認済み.)

12.4 対角化の応用 — 行列のべき乗

対角化の最大のご利益は,行列のべき乗が簡単に計算できることである.第8章の冒頭で見た3つのパターン(対角行列・上三角行列・回転行列)の謎を,本節で解き明かす.

定理12.6 対角化による行列のべき乗の公式

$A$ が対角化可能で $A=PDP^{-1}$($D$ は対角行列)と書けるとき,任意の自然数 $n$ に対して,

\begin{equation} A^n=PD^nP^{-1} \label{eq:12-power-diag} \end{equation}

が成り立つ.とくに $D=\mathrm{diag}(\lambda_1,\ldots,\lambda_n)$ ならば $D^n=\mathrm{diag}(\lambda_1^n,\ldots,\lambda_n^n)$ である(対角行列どうしの積は対角成分どうしの積になるだけなので,対角行列のべき乗は各対角成分をそれぞれべき乗するだけでよい).

証明

$n$に関する数学的帰納法で示す.$n=1$ のときは $A^1=A=PDP^{-1}=PD^1P^{-1}$ そのものだから成り立つ.$n=k$ のとき $A^k=PD^kP^{-1}$ が成り立つと仮定すると,

$$ A^{k+1}=A^k\cdot A=(PD^kP^{-1})(PDP^{-1})=PD^k(P^{-1}P)DP^{-1}=PD^k\,E\,DP^{-1}=PD^kDP^{-1}=PD^{k+1}P^{-1} $$

となる($P^{-1}P=E$(単位行列,掛けても変わらない)と,$D^kD=D^{k+1}$ を順に使った).よって $n=k+1$ のときも成り立ち,数学的帰納法よりすべての自然数 $n$ で式\eqref{eq:12-power-diag}が成り立つ.

(証明終わり)

この公式を使えば,行列を100回・1000回掛け合わせるような計算も,$D^n$(対角成分をそれぞれ $n$乗するだけ)と,$P,P^{-1}$ の掛け算2回で済んでしまう.次の例題で,12.1節の行列を使って実際に確かめよう.

例題12.5 対角化を用いた高次のべき乗の計算

例12.1の $A=\begin{bmatrix}4&-2\\1&1\end{bmatrix}$ について,$A^{10}$ を求めよ.

解答 例12.1より,$A$ の固有値は $\lambda=2,3$,対応する固有ベクトルは $(1,1)^{\mathsf T},(2,1)^{\mathsf T}$ である.これらは相異なる固有値に対応するので定理12.3より線形独立であり,定理12.5より $A$ は対角化可能である.固有ベクトルを列に並べて

$$ P=\begin{bmatrix}1&2\\1&1\end{bmatrix} $$

とおく.$\det P=1\cdot1-2\cdot1=-1\neq0$ より $P$ は正則であり,直接の検算により

$$ P^{-1}=\begin{bmatrix}-1&2\\1&-1\end{bmatrix} $$

である(実際,

$$ PP^{-1}=\begin{bmatrix}1\cdot(-1)+2\cdot1&1\cdot2+2\cdot(-1)\\1\cdot(-1)+1\cdot1&1\cdot2+1\cdot(-1)\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1&0\\0&1\end{bmatrix} $$

となり,単位行列に一致することで確かめられる).定理12.5の証明どおり $P^{-1}AP=D=\begin{bmatrix}2&0\\0&3\end{bmatrix}$ となるので,定理12.6より

$$ A^{10}=PD^{10}P^{-1}=\begin{bmatrix}1&2\\1&1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}2^{10}&0\\0&3^{10}\end{bmatrix}\begin{bmatrix}-1&2\\1&-1\end{bmatrix} $$

である.$2^{10}=1024$,$3^{10}=59049$ を代入して,まず左の2つの積を計算すると,

$$ PD^{10}=\begin{bmatrix}1\cdot1024&2\cdot59049\\1\cdot1024&1\cdot59049\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1024&118098\\1024&59049\end{bmatrix} $$

となり,これに $P^{-1}$ を掛けると,

$$ A^{10}=\begin{bmatrix}1024&118098\\1024&59049\end{bmatrix}\begin{bmatrix}-1&2\\1&-1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1024\cdot(-1)+118098\cdot1&1024\cdot2+118098\cdot(-1)\\1024\cdot(-1)+59049\cdot1&1024\cdot2+59049\cdot(-1)\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}117074&-116050\\58025&-57001\end{bmatrix} $$

を得る.行列を10回掛け合わせる代わりに,$2^{10},3^{10}$ という2つの数のべき乗と,$2\times2$行列の積2回だけで求まった.(sympyで検算:$A$ を10回直接掛け合わせた結果と,$PD^{10}P^{-1}$ の結果がどちらも $\begin{bmatrix}117074&-116050\\58025&-57001\end{bmatrix}$ に一致することを確認済み.)

数学ノート:回転行列を対角化するために——複素数の簡単な復習

回転行列 $R(\theta)=\begin{bmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{bmatrix}$(第8章で扱った,原点中心に角 $\theta$ だけ回転させる行列)の固有値を求めてみよう.固有方程式は

$$ \det(R(\theta)-\lambda E)=(\cos\theta-\lambda)^2+\sin^2\theta=\lambda^2-2\lambda\cos\theta+1=0 $$

となる(展開して $\cos^2\theta+\sin^2\theta=1$ を使うと,$\lambda^2$ の係数の計算からこの形が出る).高校数学の2次方程式の解の公式より,

$$ \lambda=\cos\theta\pm\sqrt{\cos^2\theta-1}=\cos\theta\pm\sqrt{-\sin^2\theta}=\cos\theta\pm i\sin\theta $$

を得る.ここで $i$ は虚数単位(imaginary unit,$i^2=-1$ を満たす,実数ではない数)であり,$\theta\neq0,\pi$ のときは $\sin\theta\neq0$ なので根号の中身 $-\sin^2\theta$ が負になり,実数の範囲では平方根が取れず,$i$ が必要になる.つまり,回転行列の固有値は,$\theta\neq0,\pi$ である限り実数ではなく複素数($a+bi$,$a,b$ は実数の形の数)になる.実数の固有ベクトルだけを探していたのでは,回転行列は対角化できない——高校数学で学ぶ複素数の範囲まで探索を広げて,初めて対角化できるようになるのである.

複素数を成分にもつ $n$次元ベクトル全体を $\C^n$ と書き,ベクトルの和・スカラー倍・行列の積は,実数のときとまったく同じ規則(ただしスカラーは複素数でもよい)で計算する.固有値・固有ベクトルの定義(定義12.1)や,対角化可能性の判定(定理12.5)は,証明のどのステップも変更することなく,$\R^n$ の代わりに $\C^n$ で考えてもそのまま成り立つ.

また,複素数 $\cos\theta+i\sin\theta$ は今後の章(とくに発展教材『フーリエ級数と変換』)で繰り返し登場するので,指数を使った略記

$$ e^{i\theta}:=\cos\theta+i\sin\theta $$

(オイラーの公式,Euler's formula,と呼ばれる)を導入しておく.この式が本当に指数関数としての性質(たとえば $e^{i\theta_1}e^{i\theta_2}=e^{i(\theta_1+\theta_2)}$)を満たすことの証明は,指数関数を複素数の範囲まで拡張するテイラー展開の議論が必要になるので,発展教材『複素解析学』に譲り,ここでは便利な略記として使うだけにとどめる.この記法を使うと,回転行列の固有値は $\lambda=e^{\pm i\theta}=\cos\theta\pm i\sin\theta$ と簡潔に書ける.

例題12.6 回転行列の複素固有値と対角化

$\theta=\pi/3$($60°$)のときの回転行列

$$ R=\begin{bmatrix}\cos60°&-\sin60°\\\sin60°&\cos60°\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1/2&-\sqrt3/2\\\sqrt3/2&1/2\end{bmatrix} $$

について,固有値・固有ベクトルを求め,複素数の範囲で対角化せよ.

解答 上のノートの計算より,固有値は次のとおりである.

$$ \lambda_1=e^{i\pi/3}=\cos60°+i\sin60°=\dfrac12+i\dfrac{\sqrt3}2,\qquad \lambda_2=e^{-i\pi/3}=\dfrac12-i\dfrac{\sqrt3}2 $$

固有ベクトルを求めるため,$(R-\lambda_1E)\bm x=\bm0$ を成分で書くと,

$$ \begin{cases}(\cos\theta-\lambda_1)x_1-\sin\theta\, x_2=0\\ \sin\theta\, x_1+(\cos\theta-\lambda_1)x_2=0\end{cases} $$

である.

$$ \cos\theta-\lambda_1=\cos\theta-(\cos\theta+i\sin\theta)=-i\sin\theta $$

なので,1本目の式は $-i\sin\theta\,x_1-\sin\theta\,x_2=0$,すなわち($\sin\theta\neq0$ なので両辺を $-\sin\theta$ で割って)$x_2=-ix_1$ となる.$x_1=1$ ととると,固有ベクトル $\bm v_1=(1,-i)^{\mathsf T}$ が得られる(2本目の式でも,

$$ \sin\theta\cdot1+(-i\sin\theta)\cdot(-i)=\sin\theta+i^2\sin\theta=\sin\theta-\sin\theta=0 $$

となり,確かに満たされる).同様に,$\lambda_2=\cos\theta-i\sin\theta$ については $\cos\theta-\lambda_2=i\sin\theta$ となり,同じ手順で $\bm v_2=(1,i)^{\mathsf T}$ を得る.

$\bm v_1,\bm v_2$ は相異なる固有値に対応するので(定理12.3は複素数の範囲でも証明のどのステップも変えずにそのまま成り立つ)線形独立であり,$P=\begin{bmatrix}1&1\\-i&i\end{bmatrix}$($\det P=1\cdot i-1\cdot(-i)=2i\neq0$)は正則である.したがって $R$ は複素数の範囲で対角化可能であり,定理12.5の証明で構成した手順どおり,

$$ P^{-1}RP=D=\begin{bmatrix}e^{i\theta}&0\\0&e^{-i\theta}\end{bmatrix} $$

となる.(sympyで検算:$\theta=\pi/3$ の数値で $R\bm v_1=\lambda_1\bm v_1$,$R\bm v_2=\lambda_2\bm v_2$ が成り立つこと,および $PDP^{-1}$ を実際に計算すると(虚数単位を含む式がきれいに打ち消し合って)もとの実行列 $R$ にちょうど戻ることを確認済み.)

なぜ実数の範囲では対角化できないのか

実数の範囲にこだわると,$\theta\neq0,\pi$ のとき回転行列の固有値はそもそも実数ですらない(固有方程式が実数解をもたない)ので,実数の固有ベクトルという概念自体が存在しない.したがって「対角化できるかどうか」を問う以前に,実数の範囲では固有値・固有ベクトルが1つも見つからないのである.これは,12.3節で見た「固有空間が痩せている(幾何学的重複度が代数的重複度に足りない)ために対角化できない」という理由(例題12.4(b))とは,まったく異なるタイプの「対角化できない」理由である——例題12.4(b)の理由は複素数の範囲まで広げても解消しない(幾何学的重複度は複素数の範囲で考えても変わらず1のままである)のに対し,回転行列の場合は複素数の範囲まで探索を広げれば,きれいに解消してしまう.

12.4.1 第8章の3つのパターンを振り返る

本章の冒頭で提示した謎——なぜ対角行列・上三角行列・回転行列という3つのパターンだけがべき乗を簡単に計算できたのか——に,ここで決着をつけよう.表12.1に,対角化の視点からの整理をまとめる.

表12.1 第8章の3つのべき乗パターンと対角化の関係
行列の型固有値対角化可能かべき乗 $A^n$
対角行列 $\mathrm{diag}(\alpha,\beta)$$\alpha,\beta$(実数,重複しても各重複度$g_k=a_k$)最初から対角形($P=E$ で対角化可能)$\mathrm{diag}(\alpha^n,\beta^n)$
回転行列 $\begin{bmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{bmatrix}$$e^{\pm i\theta}$($\theta\neq0,\pi$ なら複素数で相異なる)実数の範囲では不可能,複素数の範囲では可能(例題12.6)角 $n\theta$ の回転行列($PD^nP^{-1}$ を計算するとオイラーの公式で実数の形に戻る)
上三角行列 $\begin{bmatrix}1&\alpha\\0&1\end{bmatrix}$($\alpha\neq0$)$1$(代数的重複度2)不可能(幾何学的重複度$1\lt$代数的重複度$2$,例題12.4(b)と同じ理由)$\begin{bmatrix}1&n\alpha\\0&1\end{bmatrix}$(対角化に頼らず,第8章で数学的帰納法により直接証明済み)

こうして,第8章冒頭の「なぜこの3つだけ簡単にべき乗できたのか」という問いに,本章で決着がついた——対角行列は最初から対角化されており,回転行列は複素数の範囲で対角化でき,上三角行列は対角化できないものの,もともとの形が単純だったので直接の数学的帰納法で済んだ,という3通りの異なる理由だったのである.固有値・固有ベクトル・対角化という1つの枠組みが,一見バラバラに見えた3つの計算をすべて統一的に説明してくれる——これが線形代数学の醍醐味の1つである.

12.5 まとめと演習

12.5.1 まとめ

本章は,望月泰英『数学ノート 線形代数学』にある固有値・固有ベクトルの定義と最初の計算例(12.1節,本章の例12.1)を踏まえ,12.2節以降(固有空間・重複度・対角化可能性の判定・対角化の手順・べき乗への応用)を,対角化という主題を最後まで書き切るために自作の内容として補い,冒頭の謎(表12.1)まで一貫した1つの流れにまとめたものである.

$$ A\bm x=\lambda\bm x\ (\bm x\neq\bm0)\ \Longleftrightarrow\ \det(A-\lambda E)=0, \qquad A=PDP^{-1}\ \Longrightarrow\ A^n=PD^nP^{-1} $$

12.5.2 演習問題

演習12.1 3×3行列の固有値と固有方程式

$A=\begin{bmatrix}1&0&0\\1&0&2\\-1&2&0\end{bmatrix}$ の固有方程式と固有値をすべて求め,各固有値に対応する固有ベクトルを1本ずつ求めよ.

ヒント:例題12.1と同じ手順($3\times3$の行列式を余因子展開で計算し,因数定理で根を1つ見つけてから残りを2次方程式に帰着させる)で計算せよ.

演習12.2 対角化可能性の判定

$A=\begin{bmatrix}4&1&0\\0&4&0\\0&0&-1\end{bmatrix}$ は対角化可能か.理由とともに答えよ.

ヒント:上三角行列なので固有値は対角成分から直ちにわかる.重複している固有値について,固有空間 $W(\lambda)$ の次元(幾何学的重複度)を求め,代数的重複度と比べよ.

演習12.3 対角化を用いた行列のべき乗

$A=\begin{bmatrix}0&1\\-4&5\end{bmatrix}$ について,固有値・固有ベクトルを求めて対角化し,$A^n$($n$ は自然数)の一般公式を求めよ.また,その公式を使って $A^5$ を具体的に計算せよ.

ヒント:例題12.5とまったく同じ手順で進める.固有値は2つとも整数になる.

演習12.4 固有値0とKer fの関係

$A=\begin{bmatrix}1&2\\2&4\end{bmatrix}$ とする.(1) $\lambda=0$ が $A$ の固有値であることを示し,対応する固有ベクトルを求めよ.(2) 一般に,$n$次正方行列 $A$ について「$\lambda=0$ が $A$ の固有値である」ことと「$A$ を表現行列とする線形写像 $f(\bm x)=A\bm x$ の核 $\mathrm{Ker}\,f$ が $\{\bm0\}$ より真に大きい(= $A$ が正則でない)」ことが同値であると言える理由を説明せよ.

ヒント:(2)は定義12.1・定義12.2を見比べればよい——$\lambda=0$ のときの固有空間 $W(0)$ とは何か.

演習12.5 線形独立性の直接確認

演習12.1で求めた3本の固有ベクトルが線形独立であることを,定理12.3に頼らず,行列式を直接計算することで確認せよ.

ヒント:3本を列に並べた $3\times3$行列を作り,その行列式が $0$ でないことを見ればよい(第10章 定理10.1).

演習12.6 対角化できない行列を自分で作る

対角化できない $2\times2$行列を1つ自分で作り,それが対角化できない理由を,代数的重複度・幾何学的重複度の言葉で説明せよ.

ヒント:例題12.4(b)と同じ仕組み——重複する固有値をもつ上三角行列——で,固有値を変えて作ってみよ.

12.5.3 参考文献

  1. 望月泰英『数学ノート 線形代数学』(手書き講義ノート).本章の底本.
  2. 斎藤正彦『線型代数入門』東京大学出版会,1966年.
  3. 佐武一郎『線型代数学』裳華房,1958年.

関連シミュレーター:行列の対角化,行列式(面積・体積としての意味)