第10章線形空間(ベクトル空間)
第8章では行列と行列式,第9章では連立1次方程式の解法(余因子行列,逆行列,階数(rank),自由度)を学んだ.そこで扱ったベクトルは,つねに「数を縦に並べたもの」,すなわち $\R^n$ の要素だった.本章では視点を大きく変える.「ベクトルのように,足し算とスカラー倍ができる集合」を一般に線形空間(linear space)またはベクトル空間(vector space)と呼び,その要素が数の組であるかどうかを問わない抽象的な枠組みを作る.こうして得られる「独立」「基底」「次元」「部分空間」という概念は,$\R^n$ の中だけでなく,多項式や関数の集合,行列の集合など,およそ「足し算とスカラー倍ができるもの」すべてに使い回せる強力な道具になる.
本章の中心的な問いは2つある.第一に,「与えられたいくつかのベクトルは,互いに無駄なく独立な情報を運んでいるか,それとも一部が他の組み合わせで書けてしまう(従属している)か」——これが線形独立・線形従属の考え方である.第二に,「ある線形空間を過不足なく描写するには,最低何本のベクトルが要るか」——これが基底と次元である.そして,線形空間の中にすっぽり収まる小さな線形空間を部分空間(subspace)と呼び,2つの部分空間の共通部分・和空間・次元定理までを扱う.これらはすべて,第11章で学ぶ「線形写像」,第12章で学ぶ「固有値と対角化」の土台になる,線形代数学でもっとも抽象度の高い——そしてもっとも応用範囲の広い——章である.
- 線形空間(ベクトル空間)の定義:和とスカラー倍について閉じている集合,和の性質(I)・スカラー倍の性質(II)という2組の公理
- 線形結合(1次結合)と線形関係式(1次関係式)の定義
- 線形独立・線形従属の定義と,行列式・階数(rank)を使った判定方法:$a_1,\ldots,a_n$ が独立 $\iff$ $\rank[a_1\,\cdots\,a_n]=n$
- 基底の定義(独立かつ全体を生成する)と次元 $\dim W=n$,および「独立な最大本数=生成する最小本数」という2つの顔
- 部分空間の定義($0$ を含み,和とスカラー倍で閉じている)と,それを2条件に簡略化できること
- 生成する部分空間 $\langle a_1,\ldots,a_r\rangle$,同次連立1次方程式の解空間 $\dim W=n-\rank A$
- 共通部分 $W_1\cap W_2$・和空間 $W_1+W_2$・直和 $W_1\oplus W_2$ と,部分空間の次元定理 $\dim W_1+\dim W_2=\dim(W_1+W_2)+\dim(W_1\cap W_2)$
10.1 線形空間の定義と公理
高校数学で学んだ「平面上のベクトル」は,矢印であり,足し算(平行四辺形の法則)とスカラー倍(矢印を伸び縮みさせたり,向きを反転させたりする操作)ができた.このとき,2つの平面ベクトルの和や,あるベクトルの実数倍は,やはり「平面上のベクトル」の集合の中に収まっていて,集合の外に飛び出すことはない.この「和とスカラー倍をしても,もとの集合からはみ出さない」という性質だけを取り出し,矢印であることを一切仮定せずに抽象化したものが,これから定義する線形空間(linear space)である.
定義10.1 線形空間(ベクトル空間)
集合 $V$ の任意の要素(element,「元(げん)」ともいう)$a,b$ に対して,和 $a+b$ とスカラー倍 $ka$($k$ は実数)が定義されていて,それらがつねに $V$ の要素になっているとする.さらに,この和とスカラー倍が次の(I)(II)の性質を満たすとき,$V$ を実数全体 $\R$ 上の線形空間,またはベクトル空間と呼ぶ.
(I) 和の性質
$$ \begin{array}{ll} (\mathrm{i})\ \ (a+b)+c=a+(b+c) & \text{(結合法則)}\\[2pt] (\mathrm{ii})\ \ a+b=b+a & \text{(交換法則)}\\[2pt] (\mathrm{iii})\ \ a+0=0+a=a\ \text{となる}\ 0\in V\ \text{がただ1つ存在する} & \text{(零ベクトルの存在)}\\[2pt] (\mathrm{iv})\ \ \text{任意の}\ a\in V\ \text{に対し}\ a+x=x+a=0\ \text{となる}\ x\in V\ \text{がただ1つ存在する} & \text{(逆ベクトルの存在)} \end{array} $$(II) スカラー倍の性質
$$ \begin{array}{ll} (\mathrm{i})\ \ 1\cdot a=a & (\mathrm{iii})\ \ (k+l)a=ka+la\\[2pt] (\mathrm{ii})\ \ k(a+b)=ka+kb & (\mathrm{iv})\ \ (kl)a=k(la) \end{array} $$(I)(iii)の $0$ を零ベクトル(zero vector),(I)(iv)の $x$ を $a$ の逆ベクトルといい $-a$ と書く.(I)(ii)に交換法則があるおかげで,(iii)(iv)は「右から足しても左から足しても結果は同じ」という1本の式にまとめて書ける.(II)の性質のうち(iii)(iv)は,カッコの中の足し算・掛け算をスカラー側で先にすませてもよいという「スカラーについての分配法則・結合法則」である.(II)(i)の $1\cdot a=a$ は一見当たり前に見えるが,これを公理として明示しておかないと,たとえば $0\cdot a$ がどんな元になるのかが定義から保証されなくなってしまう(実際には(II)の性質だけから $0\cdot a=0$ が導けるが,その証明には(i)が必要である).
イメージ:線形空間の本質
この定義には,「$V$ の要素が具体的に何であるか」という情報がまったく出てこない.線形空間の定義(和とスカラー倍が定義されていて,(I)(II)を満たすこと)さえ満たしていれば,その要素(元)は $\R^n$ の数ベクトルである必要はなく,行列でもよいし,多項式や連続関数のような「関数」でもよい.たとえば $m\times n$ 行列全体の集合は,行列どうしの和と実数倍について線形空間になる(零ベクトルは零行列,逆ベクトルは $-1$ 倍した行列である).「足し算とスカラー倍ができて,普通の数と同じように振る舞う」という性質さえ確認できれば,それは何でも線形空間の元として扱ってよい.例題10.1で,多項式の集合が実際に線形空間になっていることを確かめる.
本章以降,特に断らない限り $V=\R^n$($n$ 個の実数を縦に並べた数ベクトルの集合)を主な舞台とするが,「線形空間」という言葉が出てきたら,つねにこの一般的な定義に戻れることを覚えておいてほしい.図10.1に,もっとも身近な線形空間 $\R^2$ における和とスカラー倍のようすを示す.
(記法について:本章では,線形空間の元を表す文字 $a,b,x,\ldots$ に矢印や太字を付けない.第8章では列ベクトルを矢印 $\vec x$ で,第9章では太字 $\bm x$ で表していたが,本章からは「元が数ベクトルとは限らない(多項式や行列,関数でもよい)」という抽象性を強調するため,あえて無装飾の文字を使う.第11章・第12章では,話を再び具体的な $\R^n,\R^m$ の変換に絞るので,太字 $\bm x$ の表記に戻る.)
10.1.1 線形結合と線形関係式
線形空間の元を組み合わせる,もっとも基本的な操作が線形結合(1次結合)である.
定義10.2 線形結合(1次結合)
線形空間 $V$ の要素 $a_1,a_2,a_3,\ldots,a_n$ を,実数 $c_1,c_2,c_3,\ldots,c_n$ を使って作った式 $$ c_1a_1+c_2a_2+c_3a_3+\cdots+c_na_n $$ を,$V$ の要素 $a_1,a_2,\ldots,a_n$ の線形結合,または1次結合という.
線形結合とは,「$a_1,\ldots,a_n$ をそれぞれ好きな倍率 $c_1,\ldots,c_n$ で伸び縮み・反転させてから,全部足し合わせたもの」である.たとえば $\R^2$ で $a_1=(1,0)$,$a_2=(0,1)$ とすれば,任意の $(x,y)\in\R^2$ は線形結合 $x\,a_1+y\,a_2$ として表せる.次に,線形結合がちょうど $0$(零ベクトル)になる場合を考える.
定義10.3 線形関係式(1次関係式)
線形空間 $V$ の要素 $a_1,a_2,a_3,\ldots,a_n$ に対する関係式 $$ c_1a_1+c_2a_2+\cdots+c_na_n=0 \qquad (c_i\in\R,\ i=1,2,\ldots,n) $$ を,$a_1,a_2,\ldots,a_n$ の線形関係式,または1次関係式という.
この関係式は,どんな $a_1,\ldots,a_n$ に対しても必ず1組は成り立つ——すべての係数を $c_1=c_2=\cdots=c_n=0$ ととればよい(これを自明な線形関係式と呼ぶ).本当に問うべきことは,「係数が全部 $0$ でなくても,この関係式が成り立ってしまうことがあるか」である.これが次節,線形独立・線形従属のテーマになる.
例題10.1 多項式の集合が線形空間になることの確認
次数が2以下の実数係数多項式全体の集合 $P_2=\{a_0+a_1x+a_2x^2 \mid a_0,a_1,a_2\in\R\}$ を考える.$P_2$ が(多項式どうしの和とスカラー倍について)線形空間になっていることを確かめよ.
解答 $p(x)=a_0+a_1x+a_2x^2$,$q(x)=b_0+b_1x+b_2x^2$ を $P_2$ の任意の2元とする.和を計算すると $$ p(x)+q(x)=(a_0+b_0)+(a_1+b_1)x+(a_2+b_2)x^2 $$ となる.係数 $a_0+b_0,\ a_1+b_1,\ a_2+b_2$ はすべて実数どうしの和だから実数であり,$x$ の次数はやはり2以下である.よって $p(x)+q(x)\in P_2$ であり,和について閉じている.また,任意の実数 $k$ に対して $$ k\,p(x)=(ka_0)+(ka_1)x+(ka_2)x^2 $$ となり,係数はすべて実数で次数は2以下だから $k\,p(x)\in P_2$ であり,スカラー倍についても閉じている.結合法則・交換法則・分配法則は,多項式の係数どうしの実数の足し算・掛け算がもとになっているので,実数の演算法則からそのまま成り立つ.零ベクトルは零多項式 $0+0\cdot x+0\cdot x^2$ であり,$p(x)$ の逆ベクトルは $-p(x)=(-a_0)+(-a_1)x+(-a_2)x^2$ である.以上より(I)(II)のすべての性質が満たされるので,$P_2$ は線形空間である.(このように,線形空間の元は数ベクトルに限らないという定義10.1の「イメージ」が,ここで具体的な実例になっている.)
10.2 線形独立と線形従属
前節の最後で残した問い——「線形関係式 $c_1a_1+\cdots+c_na_n=0$ の係数がすべて $0$(自明な場合)でなければ成り立たないか,それとも $0$ でない係数の組でも成り立ってしまうか」——に,正式に名前をつける.(底本のノートの欄外には,著者自身による後からの注記として「順序が好ましくない.線形空間→基底&次元がいい」,すなわち線形空間の定義のすぐあとに基底・次元を置く構成の方が良いという示唆がある.しかし基底の定義(定義10.5(i))は「線形独立」という言葉をそのまま使うので,先に独立・従属を定義しておかないと基底の定義自体が書けない.そこで本書では,ノート本文に実際に書かれている記載順——独立・従属を先に,基底・次元をあとに——をそのまま採用する.)
定義10.4 線形独立と線形従属
線形空間 $V$ の要素 $a_1,a_2,\ldots,a_n$ の線形関係式 $$ c_1a_1+c_2a_2+\cdots+c_na_n=0 \qquad\cdots① \qquad (c_i\in\R) $$ に対して,次のどちらか一方が成り立つ.
(i) 表し方がただ1通り,すなわち $c_1=c_2=\cdots=c_n=0$ のときしか①が成り立たない $\Longrightarrow$ $a_1,a_2,\ldots,a_n$ は互いに線形独立(linearly independent),または1次独立であるという.
(ii) 表し方が複数ある,すなわち $c_1,c_2,\ldots,c_n$ のうち少なくとも1つが $0$ でなくても①が成り立つ $\Longrightarrow$ $a_1,a_2,\ldots,a_n$ は線形従属(linearly dependent),または1次従属であるという.
言葉で言えば,線形独立とは「どの1本も,残りの線形結合では作れない(無駄な情報がない)」状態であり,線形従属とは「少なくとも1本が,他のベクトルの線形結合で書けてしまう(情報が重複している)」状態である.この言い換えが正しいことは,例10.2のあとで具体的に確かめる.まずは,実際にどう判定するかを $\R^3$ の例で見てみよう.
例10.1 $a_1,a_2,a_3$ の線形独立性の判定
$$ a_1=\begin{bmatrix}1\\2\\-1\end{bmatrix},\qquad a_2=\begin{bmatrix}2\\3\\1\end{bmatrix},\qquad a_3=\begin{bmatrix}1\\3\\4\end{bmatrix} $$ が線形独立か線形従属かを調べよ.
解答 $a_1,a_2,a_3$ の線形関係式を作る. $$ c_1a_1+c_2a_2+c_3a_3=0 $$ これは,3本のベクトルを列に並べた行列と,係数を縦に並べたベクトルの積として書き直せる(第8章で学んだ「行列とベクトルの積は,行列の列ベクトルの線形結合である」という見方を逆向きに使っている). $$ [a_1\ a_2\ a_3]\begin{bmatrix}c_1\\c_2\\c_3\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}1&2&1\\2&3&3\\-1&1&4\end{bmatrix}\begin{bmatrix}c_1\\c_2\\c_3\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}0\\0\\0\end{bmatrix} \qquad\cdots② $$ $[a_1\ a_2\ a_3]=A$ とおく.サラスの公式で行列式を計算すると $$ |A|=1\cdot3\cdot4+2\cdot3\cdot(-1)+1\cdot2\cdot1-1\cdot3\cdot(-1)-1\cdot3\cdot1-2\cdot2\cdot4=12-6+2+3-3-16=-8 $$ であり,$|A|\neq0$ である.よって第9章の定理9.5(行列の正則条件)「$A$ が正則($|A|\neq0$)$\iff$ $\rank A=n$ $\iff$ 階段行列が単位行列」より,$A$ は正則であり,逆行列 $A^{-1}$ をもつ.②の両辺に左から $A^{-1}$ をかけると $$ \begin{bmatrix}c_1\\c_2\\c_3\end{bmatrix} =A^{-1}\begin{bmatrix}0\\0\\0\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}0\\0\\0\end{bmatrix} $$ ($A^{-1}$ に零ベクトルをかければ,結果はつねに零ベクトルである).よって $c_1=c_2=c_3=0$ しか②を満たさないので,定義10.4(i)により $a_1,a_2,a_3$ は線形独立である.(このことは,「どの1本も残りの2本の線形結合では書けない」という言い換えが成り立っていることも意味する.もし仮に $a_1$ が $a_1=k_2a_2+k_3a_3$($k_2,k_3\in\R$)と書けたとすると,移項して $1\cdot a_1+(-k_2)a_2+(-k_3)a_3=0$ となり,これは係数($1,-k_2,-k_3$)が全部 $0$ ではない線形関係式である.しかしいま,②を満たす係数は $c_1=c_2=c_3=0$ しかないと分かったばかりなので,これは矛盾である.よって $a_1$ は $a_2,a_3$ の線形結合では書けない.$a_2,a_3$ についても同様である.)
図10.2に,$a_1,a_2,a_3$ を原点から引いた矢印として描く.3本の矢印はどの2本を組み合わせても残りの1本を作れず,$\R^3$ 空間の中で「同一平面上に収まらない」向きに広がっている——これが,線形独立であることの幾何学的な意味である.
次に,同じ $\R^3$ で別の3本のベクトルを調べる.
例10.2 $b_1,b_2,b_3$ の線形従属性と,その幾何学的な意味
$$ b_1=\begin{bmatrix}1\\2\\4\end{bmatrix},\qquad b_2=\begin{bmatrix}2\\-1\\3\end{bmatrix},\qquad b_3=\begin{bmatrix}-1\\3\\1\end{bmatrix} $$ が線形独立か線形従属かを調べよ.
解答 線形関係式 $C_1b_1+C_2b_2+C_3b_3=0$ を,例10.1と同様に行列とベクトルの積の形に書き直す. $$ [b_1\ b_2\ b_3]\begin{bmatrix}C_1\\C_2\\C_3\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}1&2&-1\\2&-1&3\\4&3&1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}C_1\\C_2\\C_3\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}0\\0\\0\end{bmatrix} \qquad\cdots③ $$ $[b_1\ b_2\ b_3]=B$ とおいて行列式を計算すると $$ |B|=1\cdot(-1)\cdot1+2\cdot3\cdot4+(-1)\cdot2\cdot3-(-1)\cdot(-1)\cdot4-2\cdot2\cdot1-1\cdot3\cdot3=-1+24-6-4-4-9=0 $$ となり,$|B|=0$ である.よって $B$ は逆行列をもたないから,③の $\begin{bmatrix}C_1&C_2&C_3\end{bmatrix}^{\mathsf T}$ は $\begin{bmatrix}0&0&0\end{bmatrix}^{\mathsf T}$ 以外の解ももつ($B^{-1}$ が存在しないので,両辺に $B^{-1}$ をかけて $C_i=0$ を導くという例10.1の手順が使えない).したがって定義10.4(ii)により,$b_1,b_2,b_3$ は線形従属である.
なぜ「従属」と呼ぶのか,$b_1,b_2,b_3$ を実際によく見てみよう. $$ b_2+b_3=\begin{bmatrix}2\\-1\\3\end{bmatrix}+\begin{bmatrix}-1\\3\\1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1\\2\\4\end{bmatrix}=b_1 $$ すなわち $b_1=b_2+b_3$ が成り立つ.$b_1$ は $b_2,b_3$ の線形結合(しかも係数がどちらも $1$ という単純な形)で書けてしまう——$b_1$ は $b_2,b_3$ に従属しているのである.(これは③で $C_1=1,C_2=-1,C_3=-1$ とおいたときに対応する非自明な解である.)
$b_1=b_2+b_3$ が成り立つということは,$b_1,b_2,b_3$ の3本すべてが,$b_2$ と $b_3$ の2本だけが張る平面の中に収まっている,ということである.図10.3にこの平面と3本の矢印を示し,図10.4にはその平面を正面から見た(平面内に直交座標を取り直した)平行四辺形の図を示す.平行四辺形の対角線が $b_1$ になっている——これは図10.1で見た「ベクトルの和は平行四辺形の対角線」という事実そのものである.
例題10.7 図だけから独立・従属を読み取る
図10.2($a_1,a_2,a_3$)と図10.3($b_1,b_2,b_3$)を,成分の数値やサラスの公式による計算を使わずに見比べよ.どちらの組が線形独立で,どちらが線形従属と判断できるか,その理由を図から述べよ.さらに,図10.4の平行四辺形の形から,従属な組の非自明な線形関係式を1つ(成分を計算せずに)読み取れ.
解答 図10.2では,$a_1,a_2,a_3$ の3本の矢印が互いにどの2本の組み合わせからも残りの1本が同じ平面に乗らないように,空間全体に広がって見える.3本がどこか1枚の平面に収まって見えないということは,そのうちのどの1本も残り2本の線形結合(=平面内の点)としては書けない,ということなので,この3本は図だけから線形独立であると判断できる.一方,図10.3では $b_2,b_3$(青系の2本)が張る平面の中に,$b_1$(赤)もぴったり収まって描かれている.3本が同一平面上にあるということは,$b_1$ がその平面を張る $b_2,b_3$ の線形結合として書けてしまう,ということなので,この3本は線形従属であると判断できる.
図10.4は,まさにその図10.3の平面を正面から見た図であり,$b_2,b_3$ を2辺とする平行四辺形が描かれている.図10.1で確認したとおり,平行四辺形の対角線は「2辺のベクトルの和」を表すので,この対角線が $b_1$ になっていることから,図を見るだけで $$ b_1=b_2+b_3 $$ が読み取れる.移項すれば $1\cdot b_1+(-1)\cdot b_2+(-1)\cdot b_3=0$ となり,これが係数が全部 $0$ ではない非自明な線形関係式である.(成分で検算すると,$b_2+b_3=(2,-1,3)+(-1,3,1)=(1,2,4)=b_1$ となり,図から読み取った関係と一致する.)
例10.1・例10.2の手順——行列式を計算し,$0$ でなければ独立,$0$ なら従属と判定する——は,正方行列(ベクトルの本数と各ベクトルの成分の個数が等しい場合)にしか使えない.そこで,本数と成分の個数が一般に異なる場合にも使える判定条件を,第9章の階数(rank)の言葉で述べておく.
定理10.1 線形独立性と階数(rank)の関係
$\R^n$ の要素 $a_1,a_2,\ldots,a_n$ に対して, $$ [a_1\ a_2\ \cdots\ a_n]\begin{bmatrix}c_1\\c_2\\\vdots\\c_n\end{bmatrix}=0\ \text{が自明な解}\ (c_1=\cdots=c_n=0)\ \text{のみをもつ} \iff \rank[a_1\ a_2\ \cdots\ a_n]=n $$ が成り立つ.したがって, $$ a_1,a_2,\ldots,a_n\ \text{が線形独立}\iff \rank[a_1\ \cdots\ a_n]=n, $$ そうでなければ($\rank[a_1\ \cdots\ a_n]\lt n$ ならば)線形従属である.
証明(第9章の復習)
$A=[a_1\ \cdots\ a_n]$ は $n\times n$ の正方行列である.第9章で学んだように,同次連立1次方程式 $Ax=0$(未知数の個数 $n$ 本)の解空間の自由度は $n-\rank A$ であった.自由度が $0$,すなわち解が自明な解 $x=0$ だけになるのは,ちょうど $\rank A=n$ のとき(かつそのときに限る)である.これがそのまま「線形関係式の係数が全部 $0$ でしかありえない」=「線形独立」の条件になる.($a_1,\ldots,a_n$ が $\R^m$ の要素で本数 $n$ と成分の個数 $m$ が異なる場合も,$A$ が $m\times n$ 行列になるだけで同じ議論が成り立つ.)
例10.1では $\rank A=3=(\text{本数})$ だったので独立,例10.2では $\rank B=2\lt3$ だったので従属——定理10.1は,行列式による判定(正方行列の場合)を包み込む,より一般的な判定条件になっている.次の例題では,この定理を使って「ベクトルの本数が次元より多ければ,必ず従属になる」という重要な事実を確かめる.
例題10.2 $\R^3$ の4本のベクトルは必ず線形従属である
$$ d_1=\begin{bmatrix}1\\0\\1\end{bmatrix},\quad d_2=\begin{bmatrix}0\\1\\1\end{bmatrix},\quad d_3=\begin{bmatrix}1\\1\\2\end{bmatrix},\quad d_4=\begin{bmatrix}2\\-1\\1\end{bmatrix} $$ は $\R^3$ の要素である.これらが線形独立か線形従属かを判定し,従属であれば具体的な線形関係式を1つ求めよ.
解答 $D=[d_1\ d_2\ d_3\ d_4]$ は $3\times4$ 行列である.$D$ を行基本変形すると(計算は省略する.階段行列の段数を数えればよい)$\rank D=2$ を得る.定理10.1の本数版($a_1,\ldots,a_n\in\R^m$ のとき)にあてはめると,$\rank D=2\lt4=(\text{本数})$ なので,$d_1,d_2,d_3,d_4$ は線形従属である.
実際,成分を見比べると $$ d_1+d_2=\begin{bmatrix}1\\0\\1\end{bmatrix}+\begin{bmatrix}0\\1\\1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1\\1\\2\end{bmatrix}=d_3 $$ が成り立っている.よって $d_1+d_2-d_3+0\cdot d_4=0$ は,係数がすべて $0$ ではない線形関係式である.
この例題が示すように,そもそも $\R^3$ の中では,どんなに頑張っても4本以上のベクトルを線形独立にすることはできない.なぜなら $4\times4$ 行列ならともかく,$3\times4$ 行列の階数は,行の本数($=3$)を超えられないからである(階数は行の本数とも列の本数とも異なる大きさにはなれず,つねに両方以下になる).一般に,「$n$ 次元空間の中で線形独立になれるベクトルは高々 $n$ 本まで」——この事実は次節の「次元」の意味そのものである.
10.3 基底と次元
高校数学で $\R^2$ の点を $(x,y)$ と座標で表すとき,実は無意識に2本の基準ベクトル $e_1=(1,0)$,$e_2=(0,1)$(標準基底と呼ばれる)を使って,$(x,y)=x\,e_1+y\,e_2$ と線形結合で表している.$\R^3$ なら $e_1,e_2,e_3$ の3本,一般の $\R^n$ なら $n$ 本が要る.「座標軸が何本要るか」という素朴な感覚を,線形独立という言葉を使って厳密に定義したものが,これから学ぶ基底(basis)と次元(dimension)である.図10.5に,$\R^2,\R^3$ の標準基底を示す.
この「独立で,かつ全体を生成する」という2つの条件を,一般の線形空間に対して正式に定義する.
定義10.5 線形空間の基底
線形空間 $W$ の要素(元)$\{a_1,a_2,\ldots,a_n\}$ が次の2つの性質を満たすとき,これを $W$ の基底(basis)という.
(i) $a_1,a_2,a_3,\ldots,a_n$ は線形独立である.
(ii) $W$ の任意の要素 $x$ は,$a_1,a_2,\ldots,a_n$ の線形結合(スカラー倍して足し合わせたもの)で表せる.
定義10.6 線形空間の次元
線形空間 $W$ の基底を構成する要素の個数 $n$(基底の本数)を,その線形空間 $W$ の次元(dimension)と呼び,$\dim W=n$ と表す.
たとえば図10.5より $\dim\R^2=2$,$\dim\R^n=n$ である.さらに,前節の例題10.2で「$\R^3$ の中では4本以上のベクトルはつねに線形従属になる」ことを見た.これは次元3を超える本数のベクトルが独立になれない,という一般的な事実の具体例である.一般に,次元より多い個数のベクトルは必ず線形従属であり,逆に次元より少ない個数のベクトルでは決して線形空間全体を生成できない(生成については定義10.8で改めて扱う).この2つの事実をまとめたのが,次の定理である.
定理10.2 $\dim W$ の意味
$W$ を線形空間とするとき,$\dim W$ は次の2つの数に一致する.
(i) $W$ に含まれる線形独立なベクトルの最大本数
(ii) $W$ を生成する(線形結合で $W$ 全体を作れる)ベクトルの最小本数
証明の考え方
$W$ の基底を $a_1,\ldots,a_n$($n=\dim W$)とする.(i)について:基底は独立な $n$ 本のベクトルだから,「独立な最大本数」は少なくとも $n$ 以上である.逆に,$W$ の中から $n+1$ 本のベクトル $x_1,\ldots,x_{n+1}$ を取ると,各 $x_i$ は基底の線形結合 $x_i=\sum_{j=1}^n c_{ij}a_j$ で表せる.係数 $c_{ij}$ を並べた行列は $n\times(n+1)$ 型なので,階数は高々 $n$ である.これは(例題10.2と同じ理屈で)$x_1,\ldots,x_{n+1}$ の間に非自明な線形関係式が存在することを意味し,$n+1$ 本は独立になれない.よって「独立な最大本数」はちょうど $n$ である.(ii)について:基底の $n$ 本はすでに定義10.5(ii)より $W$ 全体を生成するので,「生成する最小本数」は $n$ 以下である.逆に $n-1$ 本以下のベクトルで $W$($n$ 次元)全体を生成できたとすると,その中から基底の $n$ 本のベクトルそれぞれを線形結合として表す係数行列は $(n-1)\times n$ 型となり,階数は高々 $n-1$ となって,今度は基底の $n$ 本自身が独立でなくなってしまい矛盾する.よって「生成する最小本数」もちょうど $n$ である.
次元については,包含関係にまつわる次の定理も基本的である.
定理10.3 次元に関する定理
線形空間 $W_1,W_2$ が $W_1\subset W_2$($W_1$ が $W_2$ の部分集合)を満たすとき,
(I) $\dim W_1\le\dim W_2$
(II) さらに $\dim W_1=\dim W_2$ ならば,$W_1=W_2$
証明
(I) $W_1$ の基底を $a_1,\ldots,a_m$($m=\dim W_1$)とすると,これらは独立な $m$ 本のベクトルであり,$W_1\subset W_2$ だから同時に $W_2$ の要素でもある.定理10.2(i)より,$W_2$ に含まれる独立なベクトルの最大本数が $\dim W_2$ だから,$m\le\dim W_2$,すなわち $\dim W_1\le\dim W_2$ である.
(II) $\dim W_1=\dim W_2=n$ とする.$W_1$ の基底 $a_1,\ldots,a_n$ は,(I)の議論と同様に $W_2$ の中にある独立な $n$ 本のベクトルである.もし $W_1\neq W_2$ なら,$W_2$ の要素で $a_1,\ldots,a_n$ の線形結合では表せない $x$ が存在することになる.すると $a_1,\ldots,a_n,x$ は $W_2$ の中の独立な $n+1$ 本のベクトルということになるが,これは定理10.2(i)($W_2$ で独立になれる最大本数は $\dim W_2=n$)に反する.よって $W_1=W_2$ でなければならない.
次の例題は,条件式で与えられた $\R^4$ の部分空間の次元と基底を,実際に手を動かして求める(「部分空間」の正式な定義は10.4節で与えるが,ここでは「条件式を満たすベクトル全体の集合」という直感的な理解で読み進めてよい).
例10.3 $\R^4$ の部分空間の次元と基底
次の $\R^4$ の部分空間の次元と基底を求めよ.
(i) $\displaystyle W=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}\ \middle|\ x+y+z+w=0\right\}$
(ii) $\displaystyle W=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}\ \middle|\ \begin{aligned}x+y-z+w&=0\\-2x-y\phantom{-z}+w&=0\\3x+y+z-3w&=0\end{aligned}\right\}$
解答 (i) 条件式 $x+y+z+w=0$ を $x$ について解くと $x=-y-z-w$ となる.$y,z,w$ は自由に選べる(束縛されない)変数なので,$W$ の要素は $$ \begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix} =\begin{bmatrix}-y-z-w\\y\\z\\w\end{bmatrix} =y\begin{bmatrix}-1\\1\\0\\0\end{bmatrix}+z\begin{bmatrix}-1\\0\\1\\0\end{bmatrix}+w\begin{bmatrix}-1\\0\\0\\1\end{bmatrix} $$ と,3本のベクトルの線形結合で($y,z,w$ を係数として)表せる.この3本は互いに線形独立である(たとえば第1成分と第2,3,4成分の組み合わせから,各ベクトルにしか現れない $1$ の位置を見れば,線形関係式の係数はすべて $0$ でなければならないと分かる).よってこの3本は $W$ の基底であり, $$ \dim W=4-1=3,\qquad \text{基底 }\begin{bmatrix}-1\\1\\0\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}-1\\0\\1\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}-1\\0\\0\\1\end{bmatrix} $$ である.(条件式が1本なので,$4$ 個の変数のうち $1$ 個が従属し,残り $4-1=3$ 個が自由に動ける——これが次元が $3$ になる理由である.)
(ii) 3本の条件式の係数を行列にまとめ,行基本変形(第9章)で階段行列に直す. $$ \begin{bmatrix}1&1&-1&1\\-2&-1&0&1\\3&1&1&-3\end{bmatrix} \xrightarrow[R_3\to R_3-3R_1]{R_2\to R_2+2R_1} \begin{bmatrix}1&1&-1&1\\0&1&-2&3\\0&-2&4&-6\end{bmatrix} \xrightarrow{R_3\to R_3+2R_2} \begin{bmatrix}1&1&-1&1\\0&1&-2&3\\0&0&0&0\end{bmatrix} \xrightarrow{R_1\to R_1-R_2} \begin{bmatrix}1&0&1&-2\\0&1&-2&3\\0&0&0&0\end{bmatrix} $$ (1つ目の変形は,$R_2$ に $R_1$ の $2$ 倍を,$R_3$ に $R_1$ の $-3$ 倍を足して1列目の $2,3$ を消した.2つ目は $R_3$ に $R_2$ の $2$ 倍を足して2列目の $-2$ を消した.3つ目は $R_1$ から $R_2$ を引いて2列目の $1$ を消し,階段の先頭が $1$ だけになるように整えた.)最後の行列の $0$ でない行が2本なので $\rank=2$ であり, $$ \dim W=4-\rank=4-2=2 $$ である.最終形から,もとの連立方程式は $$ \begin{cases}x\phantom{+y}+z-2w=0\\ \phantom{x+}y-2z+3w=0\end{cases} $$ と同値である.$z,w$ を自由変数として $x=-z+2w$,$y=2z-3w$ と解けるので, $$ \begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}-z+2w\\2z-3w\\z\\w\end{bmatrix}=z\begin{bmatrix}-1\\2\\1\\0\end{bmatrix}+w\begin{bmatrix}2\\-3\\0\\1\end{bmatrix} $$ となり,基底は $\begin{bmatrix}-1\\2\\1\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}2\\-3\\0\\1\end{bmatrix}$ である.
基底は,1つの線形空間に対してただ1通りに決まるわけではない——実際,$\R^2$ の標準基底 $e_1,e_2$ 以外にも,無数の基底が取れる.次の例題で,同じベクトルを異なる基底で表す(基底の取り換え)計算を確認する.
例題10.3 異なる基底によるベクトルの表し方
$\R^2$ のベクトル $v=(5,3)$ を,標準基底では $v=5e_1+3e_2$ と表せる.では,$f_1=(1,1)$,$f_2=(1,-1)$ を基底として($f_1,f_2$ が実際に基底になっていることも確認したうえで)$v=c_1f_1+c_2f_2$ を満たす $c_1,c_2$ を求めよ.
解答 まず $f_1,f_2$ が基底であることを確認する.$F=[f_1\ f_2]=\begin{bmatrix}1&1\\1&-1\end{bmatrix}$ とおくと $\det F=1\cdot(-1)-1\cdot1=-2\neq0$ なので,定理10.1より $f_1,f_2$ は線形独立である.$\R^2$ は2次元で,独立な2本のベクトルは(定理10.2(ii)の逆の言い方で,$\dim\R^2=2$ 本の独立なベクトルはつねに $\R^2$ 全体を生成するので)自動的に基底になる.よって $f_1,f_2$ は $\R^2$ の基底である.
$v=c_1f_1+c_2f_2$ を成分で書くと $$ \begin{bmatrix}5\\3\end{bmatrix}=c_1\begin{bmatrix}1\\1\end{bmatrix}+c_2\begin{bmatrix}1\\-1\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}c_1+c_2\\c_1-c_2\end{bmatrix} $$ すなわち連立方程式 $c_1+c_2=5,\ c_1-c_2=3$ を解けばよい.2式を辺々足すと $2c_1=8$ より $c_1=4$,2式を辺々引くと $2c_2=2$ より $c_2=1$.検算すると $4f_1+1f_2=4(1,1)+1(1,-1)=(4+1,4-1)=(5,3)=v$ となり正しい.よって $v=4f_1+f_2$ である.
同じベクトル $v$ が,基底 $\{e_1,e_2\}$ では係数の組 $(5,3)$,基底 $\{f_1,f_2\}$ では係数の組 $(4,1)$ として表される——「ベクトルそのもの」は変わらないが,「どの基底で測るか」によって座標(係数の組)は変わる,という点が基底の取り換えの本質である.
10.4 部分空間
例10.3では,$\R^4$ の中で「条件式を満たすベクトルの集合」を考えた.このような集合は,それ自身がまた(もとの空間の中に収まったまま)線形空間になっている,という点が重要である.このような「線形空間の中にすっぽり収まる,小さな線形空間」を,正式に部分空間(subspace)として定義する.
定義10.7 部分空間
$\R^n$ の部分集合 $W$ が,零ベクトル $0$ を含み,$\R^n$ における加法とスカラー倍に関して閉じているとき,すなわち
(I) $0\in W$
(II) $a,b\in W \implies a+b\in W$
(III) $a\in W,\ k\in\R \implies ka\in W$
であるとき,$W$ を $\R^n$ の部分空間という.
(II)(III)の2条件は,「$k a+\ell b\in W$($a,b\in W$,$k,\ell\in\R$)」という1本の式にまとめることができる($k=\ell=1$ とすれば(II),$\ell=0$ とすれば(III)が復元される).部分空間とは要するに,「線形結合をとっても外に出ない集合」なのである.
ちなみに,$0$ でない1本のベクトル $a$ だけが張る1次元の部分空間 $\langle a\rangle=\{ca\mid c\in\R\}$(生成する部分空間の正式な定義は定義10.8で与える)を考えると,その要素は実数 $c$ を1つ決めるごとにちょうど1つ定まる.つまり,1次元の部分空間の中を動くことは,本質的には「スカラー(実数の定数)を1つ選ぶこと」と同じである——1次元ベクトル空間は,定数(実数)1個の情報とちょうど対応するという素朴な直感は,この後で学ぶ「次元=基底の本数=自由に選べるパラメータの個数」という考え方の,もっとも単純な具体例になっている.
10.4.1 部分空間の簡略判定条件
部分空間の条件は,実は線形空間の条件(定義10.1)とまったく同じ形をしている——和とスカラー倍について閉じていればよい.したがって,ある集合が部分空間かどうかを確かめるには,本来は(I)(II)(III)をすべて確認しなければならないが,次のように条件を簡略化できる.
定理10.4 部分空間の簡略判定条件
線形空間 $V$ の空でない部分集合 $W$ が $V$ の部分空間となるための条件は,次の2つだけでよい.
[1] $x,y\in W$ ならば $x+y\in W$
[2] $x\in W,\ c\in\R$ ならば $cx\in W$
証明
[1][2]を仮定して,定義10.7の(I)(II)(III)がすべて成り立つことを示せばよい.(II)は[1]そのもの,(III)は[2]そのものである.残るは(I)の $0\in W$ である.いま(定理の仮定より)$W$ は空でないので,少なくとも1つの要素 $x\in W$ が取れる.[2]で $c=0$ とおくと $0\cdot x\in W$ が成り立つ.ここで,線形空間の公理(定義10.1(II))から $0\cdot x=0$(零ベクトル)であることを確認しよう.(II)(iii)より $0\cdot x=(0+0)\cdot x=0\cdot x+0\cdot x$ である.両辺に $0\cdot x$ の逆ベクトル $-(0\cdot x)$ を右から加えると,左辺は $0\cdot x+(-(0\cdot x))=0$(零ベクトル)となり,右辺は $0\cdot x+0\cdot x+(-(0\cdot x))=0\cdot x$ となるので,$0=0\cdot x$,すなわち $0\cdot x=0$ である.よって $0\cdot x\in W$ とあわせて $0\in W$,すなわち(I)が成り立つ.逆に(I)(II)(III)を仮定すれば[1][2]が成り立つことは定義から明らかである.
図10.6・図10.7に,部分空間になる集合・ならない集合の例を示す.$\R^2,\R^3$ のどちらでも,原点を通る直線・平面は部分空間になり,原点を通らない直線や,原点を含まない図形(球面など)は部分空間にならない——これが最初に確認すべき目安である(ただし,原点を通っていても部分空間にならない集合はある.次の例10.4の $W_2$ がその例である).
次の例10.4で,$\R^2$ の具体的な部分集合について,部分空間であるかどうかを定理10.4の簡略条件[1][2]を使って実際に判定する.
例10.4 部分空間であるかどうかの判定
$W_1=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\end{bmatrix}\ \middle|\ x+y=0\right\}$,$W_2=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\end{bmatrix}\ \middle|\ x^2+y^2\le1\right\}$ は $\R^2$ の部分空間であるか.
解答 定理10.4の簡略条件「$a,b\in W$,$k,\ell\in\R$ ならば $ka+\ell b\in W$」を使う.
(i) $W_1$ について.$a=\begin{bmatrix}a_1\\a_2\end{bmatrix},\ b=\begin{bmatrix}b_1\\b_2\end{bmatrix}\in W_1$ とおく.$a,b\in W_1$ より $a_1+a_2=0$,$b_1+b_2=0$ である.$k,\ell\in\R$ に対して $ka+\ell b=\begin{bmatrix}ka_1+\ell b_1\\ka_2+\ell b_2\end{bmatrix}$ とすると, $$ (ka_1+\ell b_1)+(ka_2+\ell b_2)=k(a_1+a_2)+\ell(b_1+b_2)=k\cdot0+\ell\cdot0=0 $$ であるから,$ka+\ell b\in W_1$ である.よって $W_1$ は $\R^2$ の部分空間である.
(ii) $W_2$ について.$c=\begin{bmatrix}c_1\\c_2\end{bmatrix},\ d=\begin{bmatrix}d_1\\d_2\end{bmatrix}\in W_2$ とおく.$c,d\in W_2$ より $c_1^2+c_2^2\le1$,$d_1^2+d_2^2\le1$ である.$kc+\ell d=\begin{bmatrix}kc_1+\ell d_1\\kc_2+\ell d_2\end{bmatrix}$ とすると, $$ (kc_1+\ell d_1)^2+(kc_2+\ell d_2)^2=k^2(c_1^2+c_2^2)+\ell^2(d_1^2+d_2^2)+2k\ell(c_1d_1+c_2d_2) $$ となる.ここで $k\gt1,\ \ell\gt1$ のとき,たとえば $c=\begin{bmatrix}1\\0\end{bmatrix}$,$d=\begin{bmatrix}0\\1\end{bmatrix}$(どちらも単位円上,$W_2$ の要素)を選ぶと,$kc+\ell d=\begin{bmatrix}k\\ \ell\end{bmatrix}$ となり,そのノルムの2乗は $k^2+\ell^2\gt1^2+1^2=2\gt1$ となって $kc+\ell d\notin W_2$ である.よって $W_2$ は $\R^2$ の部分空間ではない.
例題10.4 条件[1][2]による部分空間の判定(別の例)
$W_3=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}\ \middle|\ x-2y+z=0\right\}$,$W_4=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}\ \middle|\ x+y+z=1\right\}$ は $\R^3$ の部分空間であるか.
解答 $W_3$ について.$a=(a_1,a_2,a_3),\ b=(b_1,b_2,b_3)\in W_3$ とすると $a_1-2a_2+a_3=0$,$b_1-2b_2+b_3=0$ である.$k,\ell\in\R$ に対して $$ (ka_1+\ell b_1)-2(ka_2+\ell b_2)+(ka_3+\ell b_3)=k(a_1-2a_2+a_3)+\ell(b_1-2b_2+b_3)=k\cdot0+\ell\cdot0=0 $$ となるので,$ka+\ell b\in W_3$ である.よって条件[1][2](を合わせた $ka+\ell b\in W$ の形)が成り立ち,$W_3$ は部分空間である.
$W_4$ について.部分空間であるためには,まず定義10.7(I)の $0\in W_4$ が必要である.零ベクトル $0=(0,0,0)$ を条件式に代入すると $0+0+0=0\neq1$ となり,条件 $x+y+z=1$ を満たさない.よって $0\notin W_4$ であり,この時点で(I)に反するので,$W_4$ は部分空間ではない.($W_2$ は原点を含んでいたが閉じていなかったために部分空間でなかったのに対し,$W_4$ はそもそも原点を含まないという,より基本的な理由で部分空間にならない例である.)
10.5 生成する部分空間・解空間・共通部分と和空間
例10.3や例10.4の $W_1,W_3$ はどれも,「有限個のベクトルの線形結合をすべて集めた集合」という共通の形をしていた.この作り方を一般化し,それが必ず部分空間になることを確認しておく.
定理10.5 生成する部分空間
$a_1,a_2,\ldots,a_r\in\R^n$ とするとき, $$ W=\{x_1a_1+x_2a_2+\cdots+x_ra_r \mid x_1,x_2,\ldots,x_r\in\R\} $$ は,$\R^n$ の部分空間である.
証明
$x=x_1a_1+\cdots+x_ra_r$,$y=y_1a_1+\cdots+y_ra_r$($x_1,\ldots,x_r,y_1,\ldots,y_r\in\R$)を $W$ の任意の2元とし,$k,\ell\in\R$ とする.このとき $$ kx+\ell y=k(x_1a_1+\cdots+x_ra_r)+\ell(y_1a_1+\cdots+y_ra_r)=(kx_1+\ell y_1)a_1+(kx_2+\ell y_2)a_2+\cdots+(kx_r+\ell y_r)a_r $$ (同じ $a_i$ の係数どうしをスカラーの分配法則でまとめた)となる.係数 $kx_1+\ell y_1,\ kx_2+\ell y_2,\ldots,kx_r+\ell y_r$ はすべて実数だから,$kx+\ell y$ もまた $a_1,\ldots,a_r$ の線形結合の形をしている,すなわち $kx+\ell y\in W$ である.よって定理10.4の簡略条件より,$W$ は $\R^n$ の部分空間である.
定義10.8 生成する部分空間・生成系
定理10.5の部分空間 $W$ を,$a_1,a_2,\ldots,a_r$ の生成する部分空間といい,$\langle a_1,a_2,\ldots,a_r\rangle$ で表す.すなわち $$ \langle a_1,a_2,\ldots,a_r\rangle=\{x_1a_1+x_2a_2+\cdots+x_ra_r \mid x_1,x_2,\ldots,x_r\in\R\} $$ である.また,$W=\langle a_1,a_2,\ldots,a_r\rangle$ のとき,ベクトルの組 $\{a_1,a_2,\ldots,a_r\}$ を $W$ の生成系という.
生成系は基底とよく似ているが,基底とは違って線形独立である必要はない(重複や無駄な情報を含んでいてもよい).生成系から線形独立なものだけを選び出せば,それが基底になる——この考え方は演習10.6で扱う.
10.5.1 同次連立1次方程式の解空間
第9章で学んだ同次連立1次方程式 $Ax=0$ の解全体の集合も,実は部分空間になっている.
定義10.9 同次連立1次方程式の解空間
$A$ を $m\times n$ 行列とするとき,$W=\{x\in\R^n \mid Ax=0\}$ は $\R^n$ の部分空間となる.これを,同次連立1次方程式 $Ax=0$ の解空間という.
($W$ が実際に部分空間になっていることは,定理10.4の簡略条件で確認できる:$Ax=0,\ Ay=0$ かつ $k,\ell\in\R$ ならば,行列とベクトルの積の分配法則より $A(kx+\ell y)=kAx+\ell Ay=k\cdot0+\ell\cdot0=0$ となり,$kx+\ell y$ もまた $Ax=0$ の解だからである.)
定理10.6 解空間の次元
$A$ を $m\times n$ 行列とするとき,同次連立1次方程式 $Ax=0$ の解空間 $W$ の次元は $$ \dim W=n-\rank A \qquad\cdots④ $$ である.
これは第9章で学んだ「自由度」の言い換えにすぎない——未知数 $n$ 個のうち,階数 $\rank A$ 個が拘束され,残り $n-\rank A$ 個が自由に動ける.例10.3(i)は $n=4,\ \rank A=1$(条件式1本)で $\dim W=3$,例10.3(ii)は $n=4,\ \rank A=2$ で $\dim W=2$ であり,どちらも④と一致している.
10.5.2 共通部分と和空間
2つの部分空間から,新しい部分空間を作る方法をまとめておく.
定義10.10 共通部分・和空間・直和
$\R^n$ の2つの部分空間 $W_1,W_2$ に対して,次の(i)(ii)(iii)を定める.
(i) $W_1\cap W_2=\{x\in\R^n \mid x\in W_1\ \text{かつ}\ x\in W_2\}$ を,$W_1$ と $W_2$ の共通部分という.
(ii) $W_1+W_2=\{x+y \mid x\in W_1,\ y\in W_2\}$ を,$W_1$ と $W_2$ の和空間という.
(iii) $W$ の元が,$W_1$ の元と $W_2$ の元の和として一意的に(ただ1通りに)表されること,すなわち $W_1\cap W_2=\{0\}$ であることを,$W=W_1\oplus W_2$ と表し,$W$ は $W_1$ と $W_2$ の直和であるという.
証明:「一意的に表される」と「$W_1\cap W_2=\{0\}$」が同値であること
定義10.10(iii)は,「一意的に表される」と「$W_1\cap W_2=\{0\}$」という2つの条件を「すなわち」で結んでいるが,これは無条件に同じことを言い換えているのではなく,次のように証明できる主張である.
(一意性 $\Longrightarrow$ 共通部分が $\{0\}$)$W=W_1+W_2$ の元 $x$ が $x=w_1+w_2=w_1'+w_2'$($w_1,w_1'\in W_1,\ w_2,w_2'\in W_2$)と2通りに表せたとする.移項すると $w_1-w_1'=w_2'-w_2$ を得る.左辺 $w_1-w_1'=w_1+(-1)w_1'$ は $W_1$ が部分空間(和とスカラー倍で閉じている)であることから $W_1$ の元であり,右辺 $w_2'-w_2$ は同様に $W_2$ の元である.同じベクトルが両辺に等しいので,これは $W_1$ にも $W_2$ にも属する,すなわち $W_1\cap W_2$ の元である.もし $W_1\cap W_2=\{0\}$ であれば,この元は $0$ でしかありえないから $w_1-w_1'=0$ すなわち $w_1=w_1'$,同様に $w_2=w_2'$ となり,2通りに見えた表し方は実は同じものだったことになる.よって表し方は一意である.
(共通部分が $\{0\}$ でなければ一意性が崩れる,の対偶)逆に,$W_1\cap W_2$ に $0$ でない元 $v$ が存在したとする.$v\in W_1\cap W_2$ なので $v\in W_1$ かつ $v\in W_2$ であり,$W_2$ が部分空間であることから $-v\in W_2$ でもある.したがって零ベクトル $0\in W$ は,$0=v+(-v)$($v\in W_1,\ -v\in W_2$)という表し方と,$0=0+0$($0\in W_1,\ 0\in W_2$)という表し方の,2通りに書けてしまう.$v\neq0$ なのでこの2通りは異なる表し方であり,一意性が崩れる.
以上の2つの議論をあわせると,「一意的に表される」ことと「$W_1\cap W_2=\{0\}$」は,たしかに同値である.
この直和の条件 $W_1\cap W_2=\{0\}$ は,ベクトルの線形独立という考え方を,「部分空間どうし」の関係に拡張したものと見ることができる.1本のベクトル $a_1$ が他のベクトル $a_2,\ldots,a_n$ の線形結合で書けてしまわないことが線形独立の本質だったのと同じように,$W_1$ が $W_2$ の要素($0$ 以外)を1つも共有していないことは,「$W_1$ と $W_2$ が,互いに他方の情報だけでは作れない,独立な方向を向いている」という意味で,いわば$W_1$ と $W_2$ が独立である状況になっている.(この直感を正確な言葉にしたものが,10.6節の定理10.8で証明する部分空間の次元定理であり,そこでは「共通部分の分だけ重複して数えてしまう」というズレが,直和のとき(重複がないとき)にちょうど消えることを見る.)
注意:$W_1\cap W_2$,$W_1\cup W_2$,$W_1+W_2$ の違い
$W_1\cap W_2$ と $W_1+W_2$ はつねに部分空間になるが,和集合 $W_1\cup W_2$($W_1$ または $W_2$ に属する元をすべて集めた集合)は,一般には部分空間にならない.たとえば $\R^2$ で $W_1$ を $x$ 軸,$W_2$ を $y$ 軸とすると,$(1,0)\in W_1\subset W_1\cup W_2$,$(0,1)\in W_2\subset W_1\cup W_2$ だが,その和 $(1,0)+(0,1)=(1,1)$ はどちらの軸にも乗らないので $W_1\cup W_2$ に属さない——和について閉じていない.3つの主張の正確な証明は10.6節(定理10.7)で行う.
図10.8に,$\R^3$ の中で2つの平面 $W_1,W_2$(原点を通る2次元の部分空間)が1本の直線で交わるようすを示す.この交線がちょうど $W_1\cap W_2$ である.
例題10.5 $\R^3$ における共通部分と和空間
$U_1=\left\langle\begin{bmatrix}1\\0\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}0\\1\\0\end{bmatrix}\right\rangle$($xy$平面)と $U_2=\left\langle\begin{bmatrix}0\\1\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}0\\0\\1\end{bmatrix}\right\rangle$($yz$平面)について,$\dim U_1,\ \dim U_2,\ \dim(U_1\cap U_2),\ \dim(U_1+U_2)$ を求めよ.
解答 $U_1,U_2$ はどちらも独立な2本のベクトルで生成されているので $\dim U_1=\dim U_2=2$ である.
$U_1\cap U_2$ は,$xy$平面($z=0$)かつ $yz$平面($x=0$)を満たす点の集合だから,$x=0,z=0$,すなわち $y$ 軸 $\{(0,t,0)\mid t\in\R\}$ である.これは1本のベクトル $(0,1,0)$ で生成されるので $\dim(U_1\cap U_2)=1$ である.
$U_1+U_2$ は,$U_1,U_2$ の生成系を合わせた $\left\{\begin{bmatrix}1\\0\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}0\\1\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}0\\0\\1\end{bmatrix}\right\}$ が生成する部分空間である.この3本は $\R^3$ の標準基底そのもの(互いに独立)だから,$U_1+U_2=\R^3$ であり $\dim(U_1+U_2)=3$ である.
まとめると $\dim U_1+\dim U_2=2+2=4$ であり,$\dim(U_1+U_2)+\dim(U_1\cap U_2)=3+1=4$ となって両者は一致する.この一致は偶然ではなく,次節で証明する部分空間の次元定理(定理10.8)の内容そのものである.
10.6 部分空間に関する定理と次元定理
前節の注意で予告した3つの主張——$W_1\cap W_2$ は部分空間,$W_1\cup W_2$ は部分空間とは限らない,$W_1+W_2$ は部分空間——を,きちんと証明する.
定理10.7 部分空間に関する定理
$\R^n$ の部分空間 $W_1,W_2$ について,次が成り立つ.
(Ⅰ) $W_1\cap W_2$ は $\R^n$ の部分空間である.
(Ⅱ) $W_1\cup W_2$ は,一般には部分空間とは限らない.
(Ⅲ) $W_1+W_2$ は $\R^n$ の部分空間である.
(Ⅳ) $W_1\cup W_2\subset W_1+W_2$ である.
証明
(Ⅰ) $a,b\in W_1\cap W_2$ とすると,$a,b\in W_1$ かつ $a,b\in W_2$ である.$W_1$ は部分空間だから(定理10.4)$a+b\in W_1$,同様に $W_2$ が部分空間だから $a+b\in W_2$ である.よって $a+b\in W_1$ かつ $a+b\in W_2$,すなわち $a+b\in W_1\cap W_2$ である.スカラー倍についても同様に,$a\in W_1\cap W_2,\ k\in\R$ ならば $ka\in W_1$ かつ $ka\in W_2$ だから $ka\in W_1\cap W_2$ である.よって定理10.4の条件[1][2]を満たすので,$W_1\cap W_2$ は部分空間である.
(Ⅱ) 「一般には成り立たない」ことを示すには,反例を1つ挙げれば十分である.10.5節の注意で見たとおり,$\R^2$ で $W_1=\{(t,0)\mid t\in\R\}$($x$ 軸),$W_2=\{(0,t)\mid t\in\R\}$($y$ 軸)とすると,$(1,0)\in W_1\subset W_1\cup W_2$ と $(0,1)\in W_2\subset W_1\cup W_2$ の和 $(1,0)+(0,1)=(1,1)$ は,$x$ 軸にも $y$ 軸にも乗らないので $W_1\cup W_2$ に属さない.すなわち $W_1\cup W_2$ は加法について閉じておらず,部分空間の条件[1]を満たさない.よって $W_1\cup W_2$ は一般には部分空間にならない.
(Ⅲ) $W_1+W_2$ の定義(定義10.10(ii))より,その元は $kx_1+\ell x_2$($x_1\in W_1,\ x_2\in W_2,\ k,\ell\in\R$)の形をした元をすべて集めたものと考えてよい(実際,$W_1+W_2$ の任意の2元 $x_1+y_1$,$x_2+y_2$($x_1,x_2\in W_1,\ y_1,y_2\in W_2$)の線形結合 $k(x_1+y_1)+\ell(x_2+y_2)=(kx_1+\ell x_2)+(ky_1+\ell y_2)$ は,$W_1$ が部分空間であることから $kx_1+\ell x_2\in W_1$,$W_2$ が部分空間であることから $ky_1+\ell y_2\in W_2$ となり,やはり$W_1+W_2$の形の元である).$k=0,\ell=0$ を代入すれば $0+0=0\in W_1+W_2$ となり(I)も確認できる.したがって $W_1+W_2$ は定理10.4の条件を満たし,部分空間である.
(Ⅳ) $x\in W_1$ ならば,$x=x+0$($0\in W_2$)と書けるので $x\in W_1+W_2$ である.よって $W_1\subset W_1+W_2$.同様に $W_2\subset W_1+W_2$.したがって $W_1\cup W_2\subset W_1+W_2$ である.(実際には $W_1+W_2$ は,$W_1\cup W_2$ を含む部分空間の中で最小のものになっている.)
最後に,例題10.5の最後で予告した,部分空間の次元にまつわる最も重要な定理を証明する.
定理10.8 部分空間の次元定理
$\R^n$ の部分空間 $W_1,W_2$ について, $$ \dim W_1+\dim W_2=\dim(W_1+W_2)+\dim(W_1\cap W_2) \qquad\cdots⑤ $$ が成り立つ.
証明
$\dim(W_1\cap W_2)=r$ とし,$W_1\cap W_2$ の基底を $c_1,\ldots,c_r$ とする.$W_1\cap W_2\subset W_1$ なので,この $r$ 本の独立なベクトルに,$a_1,\ldots,a_p$ をさらに付け加えて $W_1$ 全体の基底 $c_1,\ldots,c_r,a_1,\ldots,a_p$($\dim W_1=r+p$)に拡張できる(独立なベクトルの組は,それだけで空間全体を生成できるようになるまで,本数を1本ずつ増やしていける——これは基底の存在に関する一般的な事実である.なぜそう言えるのか,理由を確認しておこう.もし $c_1,\ldots,c_r$ がまだ $W_1$ 全体を生成していなければ,これらの線形結合では書けないベクトル $a_1\in W_1$ が存在する.このとき $c_1,\ldots,c_r,a_1$ は独立のままである.なぜなら,もし非自明な線形関係式 $\delta_1c_1+\cdots+\delta_rc_r+\varepsilon a_1=0$(係数が全部 $0$ ではない)が成り立ったとすると,まず $\varepsilon\neq0$ でなければならない(もし $\varepsilon=0$ なら,これは $c_1,\ldots,c_r$ 自身についての非自明な線形関係式になってしまい,$c_1,\ldots,c_r$ が独立であることに反する).すると $a_1=-\varepsilon^{-1}(\delta_1c_1+\cdots+\delta_rc_r)$ となって,$a_1$ が $c_1,\ldots,c_r$ の線形結合で書けてしまい,$a_1$ の取り方(そのような線形結合では書けないベクトル)と矛盾する.よって $c_1,\ldots,c_r,a_1$ は独立である.まだ $W_1$ 全体を生成していなければ,同じ議論を $a_2,a_3,\ldots$ について繰り返して本数を1本ずつ増やせるが,独立なベクトルの本数は $W_1$ で独立になれる最大本数(定理10.2(i)より $\dim W_1$)を超えられないので,この手続きは必ず有限回で止まり,$W_1$ 全体を生成する独立な組が得られる).同様に,$W_1\cap W_2\subset W_2$ の基底も $c_1,\ldots,c_r,b_1,\ldots,b_q$($\dim W_2=r+q$)に拡張できる.
ここで,合わせた $r+p+q$ 本のベクトル $c_1,\ldots,c_r,a_1,\ldots,a_p,b_1,\ldots,b_q$ が $W_1+W_2$ の基底になっていることを示す.
(生成すること)$W_1+W_2$ の任意の元は $x_1+x_2$($x_1\in W_1,\ x_2\in W_2$)の形をしている.$x_1$ は $c_1,\ldots,c_r,a_1,\ldots,a_p$ の線形結合,$x_2$ は $c_1,\ldots,c_r,b_1,\ldots,b_q$ の線形結合で表せるので,その和 $x_1+x_2$ もこの $r+p+q$ 本の線形結合で表せる.よってこの組は $W_1+W_2$ を生成する.
(独立であること)線形関係式 $$ \underbrace{\sum_{i=1}^r \alpha_ic_i}_{=:u}+\underbrace{\sum_{j=1}^p \beta_ja_j}_{=:v}+\underbrace{\sum_{k=1}^q \gamma_kb_k}_{=:w}=0 \qquad\cdots⑥ $$ ($\alpha_i,\beta_j,\gamma_k\in\R$)を考える.⑥を $v=-u-w$ と書き直す.$u,w$ はどちらも $c_1,\ldots,c_r,b_1,\ldots,b_q$($W_2$ の基底)の線形結合だから,$v=-u-w\in W_2$ である.一方,$v=\sum\beta_ja_j$ はもともと $W_1$ の基底の一部の線形結合だから $v\in W_1$ である.よって $v\in W_1\cap W_2$ となり,$v$ は $c_1,\ldots,c_r$ の線形結合として($W_1\cap W_2$ の基底だから,ただ1通りに)表せる:$v=\sum_{i=1}^r\delta_ic_i$ となる $\delta_i$ が存在する.すると $$ \sum_{j=1}^p\beta_ja_j-\sum_{i=1}^r\delta_ic_i=0 $$ となるが,$c_1,\ldots,c_r,a_1,\ldots,a_p$ は $W_1$ の基底(=独立)だから,この線形関係式の係数はすべて $0$,特に $\beta_1=\cdots=\beta_p=0$ である.よって $v=0$ となり,⑥は $u+w=0$ に帰着する.$u,w$ は $c_1,\ldots,c_r,b_1,\ldots,b_q$($W_2$ の基底)の線形結合だから,同様に独立性より $\alpha_1=\cdots=\alpha_r=0,\ \gamma_1=\cdots=\gamma_q=0$ を得る.以上より⑥の係数はすべて $0$ となり,$c_1,\ldots,c_r,a_1,\ldots,a_p,b_1,\ldots,b_q$ は線形独立である.
以上より,この $r+p+q$ 本は $W_1+W_2$ の基底であり,$\dim(W_1+W_2)=r+p+q$ である.一方,$\dim W_1+\dim W_2=(r+p)+(r+q)=2r+p+q$ であり,$\dim(W_1\cap W_2)=r$ だから, $$ \dim(W_1+W_2)+\dim(W_1\cap W_2)=(r+p+q)+r=2r+p+q=\dim W_1+\dim W_2 $$ となって⑤が示された.
次元定理の使い方を,ノートに載っている具体的な数値例で確認する.
例10.5 次元定理の数値例
$W_1=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}\ \middle|\ \begin{aligned}x+y&=0\\z-w&=0\end{aligned}\right\}$,$W_2=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}\ \middle|\ x+y+z+w=0\right\}$ の $\dim W_1,\ \dim W_2,\ \dim(W_1\cap W_2),\ \dim(W_1+W_2)$ を求めよ.
解答 $W_1$ は条件式2本($x+y=0$,$z-w=0$)だから,定理10.6より $\dim W_1=4-2=2$ である.$W_2$ は条件式1本だから $\dim W_2=4-1=3$ である.
$W_1\cap W_2$ は,3本の条件式 $x+y=0,\ z-w=0,\ x+y+z+w=0$ を同時に満たすベクトルの集合である.1番目の式 $x+y=0$ を3番目の式 $x+y+z+w=0$ に代入すると($x+y$ を $0$ に置き換えるだけである),$0+z+w=0$ より $z+w=0$ が得られる.これと2番目の式 $z-w=0$ をあわせると,2式を辺々足して $2z=0$ より $z=0$,2式を辺々引いて $2w=0$ より $w=0$ となる.よって条件は実質的に $x+y=0,\ z=0,\ w=0$ の3本(独立)であり,$\dim(W_1\cap W_2)=4-3=1$ である(基底は $(1,-1,0,0)$).
次元定理⑤より, $$ \dim(W_1+W_2)=\dim W_1+\dim W_2-\dim(W_1\cap W_2)=2+3-1=4 $$ となる.$\dim(W_1+W_2)=4=\dim\R^4$ なので,実は $W_1+W_2=\R^4$($\R^4$ 全体)であることも分かる.
例題10.6 次元定理の別の数値例
$W_1=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}\ \middle|\ \begin{aligned}x-y&=0\\z+w&=0\end{aligned}\right\}$,$W_2=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\\w\end{bmatrix}\ \middle|\ x+2y-z+w=0\right\}$ の $\dim W_1,\ \dim W_2,\ \dim(W_1\cap W_2),\ \dim(W_1+W_2)$ を求めよ.
解答 $W_1$ は条件式2本なので $\dim W_1=4-2=2$(基底は $x=y,\,z=-w$ より $(1,1,0,0),(0,0,1,-1)$),$W_2$ は条件式1本なので $\dim W_2=4-1=3$ である.
$W_1\cap W_2$ は $x-y=0,\ z+w=0,\ x+2y-z+w=0$ の3本の連立方程式で定まる.係数行列 $$ M=\begin{bmatrix}1&-1&0&0\\0&0&1&1\\1&2&-1&1\end{bmatrix} $$ の階数を,行基本変形で調べる.$R_3\to R_3-R_1$ とすると,1列目の $R_3$ の成分が $1-1=0$ になり, $$ M\ \xrightarrow{R_3\to R_3-R_1}\ \begin{bmatrix}1&-1&0&0\\0&0&1&1\\0&3&-1&1\end{bmatrix} $$ を得る.ここで2行目と3行目を入れ替えると $$ \begin{bmatrix}1&-1&0&0\\0&3&-1&1\\0&0&1&1\end{bmatrix} $$ となり,これはすでに階段行列である(1行目は1列目,2行目は2列目,3行目は3列目に,それぞれ0でない先頭成分をもつ).3行とも $0$ でない行として残っているので $\rank M=3$ である.よって $\dim(W_1\cap W_2)=4-\rank M=4-3=1$ である.
次元定理より $$ \dim(W_1+W_2)=\dim W_1+\dim W_2-\dim(W_1\cap W_2)=2+3-1=4 $$ となり,この場合も $W_1+W_2=\R^4$ である.
10.7 まとめと演習
10.7.1 まとめ
- 線形空間(ベクトル空間):和とスカラー倍が定義され,(I)(II)の公理(結合法則・交換法則・零ベクトルと逆ベクトルの存在,スカラーの分配法則・結合法則)を満たす集合.元は数ベクトルに限らず,行列や多項式でもよい.
- 線形結合・線形関係式:$c_1a_1+\cdots+c_na_n$(線形結合)が $0$ になる式(線形関係式).自明な解(すべての係数が $0$)以外の解がないかどうかが独立・従属の分かれ目.
- 線形独立・線形従属:線形関係式の係数が全部 $0$ のときしか成り立たなければ独立,そうでなければ(少なくとも1本が他の線形結合で書けてしまえば)従属.判定条件は $\rank[a_1\ \cdots\ a_n]=n$(定理10.1).
- 基底と次元:独立かつ全体を生成するベクトルの組が基底.その本数が次元 $\dim W$ であり,「独立な最大本数」=「生成する最小本数」(定理10.2).$W_1\subset W_2\Rightarrow\dim W_1\le\dim W_2$,等号なら $W_1=W_2$(定理10.3).
- 部分空間:$0$ を含み,和とスカラー倍で閉じている部分集合.簡略条件は「$x,y\in W\Rightarrow x+y\in W$」「$x\in W,c\in\R\Rightarrow cx\in W$」(定理10.4).
- 生成する部分空間と解空間:$\langle a_1,\ldots,a_r\rangle$ は必ず部分空間(定理10.5).同次連立1次方程式 $Ax=0$ の解空間は $\dim W=n-\rank A$(定理10.6).
- 共通部分・和空間・直和・次元定理:$W_1\cap W_2,\ W_1+W_2$ はつねに部分空間,$W_1\cup W_2$ は一般には部分空間でない(定理10.7).そして $$ \dim W_1+\dim W_2=\dim(W_1+W_2)+\dim(W_1\cap W_2) $$ (定理10.8,次元定理).
第11章では,本章で作った「線形空間」「基底」「次元」という舞台の上で,2つの線形空間を結びつける写像——線形写像——を学ぶ.線形写像の像(Im)や核(Ker)は,本章で学んだ部分空間そのものであり,その次元にまつわる関係式(次元定理の写像版)も,定理10.8と同じ発想で証明される.
10.7.2 演習問題
演習10.1 線形独立性の判定
$g_1=\begin{bmatrix}1\\2\\0\end{bmatrix},\ g_2=\begin{bmatrix}0\\1\\3\end{bmatrix},\ g_3=\begin{bmatrix}2\\0\\-1\end{bmatrix}$ は線形独立か,線形従属か判定せよ.
ヒント:例10.1と同じように,3本を並べた行列の行列式を計算する(定理10.1).
演習10.2 部分空間の次元と基底
$\R^3$ の部分空間 $W=\left\{\begin{bmatrix}x\\y\\z\end{bmatrix}\ \middle|\ 2x-y+3z=0\right\}$ の次元と基底を求めよ.
ヒント:定理10.6($\dim W=n-\rank A$)を使うか,例10.3(i)と同じように1つの変数を残り2つで表す.
演習10.3 直和の判定
$\R^3$ で $U_1=\left\langle\begin{bmatrix}1\\1\\0\end{bmatrix},\begin{bmatrix}0\\1\\1\end{bmatrix}\right\rangle$,$U_2=\left\langle\begin{bmatrix}1\\0\\0\end{bmatrix}\right\rangle$ とするとき,$\R^3=U_1\oplus U_2$(直和)となっているか判定せよ.
ヒント:定義10.10(iii)より,$U_1\cap U_2=\{0\}$ かどうかを調べればよい.$U_1,U_2$ の生成系をあわせた3本のベクトルが独立($\rank=3$)であることを確認する.
演習10.4 次元定理の逆算
$\R^5$ の部分空間 $W_1,W_2$ が $\dim W_1=3,\ \dim W_2=3,\ \dim(W_1+W_2)=5$ を満たすとき,$\dim(W_1\cap W_2)$ を求めよ.
ヒント:定理10.8(次元定理)の式を,$\dim(W_1\cap W_2)$ について解けばよい.
演習10.5 部分空間の公理の確認(反例)
$\R^2$ の第1象限 $W=\{(x,y)\mid x\ge0,\ y\ge0\}$ は,$\R^2$ の部分空間であるか.部分空間でないなら,どの条件が破れるか具体例を挙げて示せ.
ヒント:定義10.7(III)(スカラー倍について閉じているか)を,負のスカラーで試してみる.
演習10.6 生成系から基底を選ぶ
$h_1=\begin{bmatrix}1\\0\\0\end{bmatrix},\ h_2=\begin{bmatrix}0\\1\\0\end{bmatrix},\ h_3=\begin{bmatrix}1\\1\\0\end{bmatrix},\ h_4=\begin{bmatrix}0\\0\\1\end{bmatrix}$ は $\R^3$ の生成系である(4本で $\R^3$ を生成するが,$\dim\R^3=3$ なのでどれか1本は余分である).この4本の中から,$\R^3$ の基底になる3本を選べ.
ヒント:4本の中に,他の2本の線形結合で書けるものが1本ある(10.5節の生成系の説明を参照).それを除いた3本が独立かどうかを確認する.
10.7.3 参考文献
- 望月泰英『数学ノート 線形代数学』(手書き講義ノート).本章の底本.
- 斎藤正彦『線型代数入門』東京大学出版会,1966年.
- 佐武一郎『線型代数学』裳華房,1958年.