大学数学 — 目次 第III部 確率の基礎 / 第13章

第13章集合と事象の確率

第1部(微分積分学)と第2部(線形代数学)で,私たちは「変化を追いかける道具」と「連立した量を一括して扱う道具」を手に入れた.第3部からはいよいよ,偶然(chance)そのものを数学の対象にする.明日の天気,サイコロの目,材料中の原子核が崩壊するタイミング——これらは1回1回の結果を正確に予言することはできないが,「だいたいどのくらいの割合で起こるか」は数学的に扱うことができる.この「割合」を厳密に定義し,計算する体系が確率論(probability theory)である.本章はその出発点であり,望月泰英『数学ノート 確率の基礎』の最初の4ページ,項目にして(1)から(18)までに対応する.ページ数はわずか4枚だが,ここで導入される言葉——集合,事象,全事象,確率,加法定理,余事象,独立,反復試行——は,このあと期待値(第14章)や,将来出会うことになる連続的な確率分布,統計力学のBoltzmann分布に至るまで,本書全体を貫く語彙になる.短い章だからといって軽く読み飛ばせる章ではなく,むしろ1行1行の定義を正確に押さえることが後々の理解を大きく左右する章である.

本章の道具立ては,実は高校数学まででほとんど登場済みである——集合の記法($\in,\subset,\cap,\cup$),ベン図,順列・組合せの$_n\mathrm{C}_r$,同様に確からしいときの確率$P(A)=n(A)/n(U)$.本章がすることは,これらをもう一度,今度は事象(event)という言葉で捉え直し,抜け・重複のない共通言語に鍛え直すことである.13.1節・13.2節では集合そのものの演算(共通部分・和集合・補集合)とその代数法則(ド・モルガンの法則)を復習し,13.3節でその同じ集合の言葉を「試行」「事象」という確率論の舞台設定に翻訳する.13.4節で確率の定義そのものを与え,13.5節で確率計算の実務で最も使う4つの道具——加法定理,余事象,独立性,反復試行(二項確率)——を順に導入する.集合の言葉と事象の言葉で同じ記号($A\cap B$,$\bar A$ など)が2度定義されることに気づくはずだが,これは意図的な構成である——なぜ同じ記号を使い回してよいのか(事象とは,全事象$U$を土台とする集合そのものだから)を13.3節で丁寧に説明する.

この章で学ぶこと
  • 集合の基本演算:共通部分 $A\cap B$,和集合 $A\cup B$,空集合 $\emptyset$,補集合 $\bar A$ とその性質 $\bar\emptyset=U,\ \bar U=\emptyset,\ A\cap\bar A=\emptyset,\ A\cup\bar A=U,\ \bar{\bar A}=A$
  • ド・モルガンの法則 $\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B,\ \overline{A\cap B}=\bar A\cup\bar B$ とその2通りの証明(色分けしたベン図による直観的な証明,および要素の帰属条件による一般的な証明)
  • 試行(trial)・事象(event)・全事象・空事象・根元事象という,確率論の舞台となる言葉の定義
  • 確率 $P(A)=n(A)/n(U)$ の定義(根元事象が同様に確からしいときの,古典的確率の定義)
  • 加法定理 $P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B)$(一般の場合)と,排反($A\cap B=\emptyset$)のときの $P(A\cup B)=P(A)+P(B)$
  • 余事象 $\bar A$ とその確率 $P(\bar A)=1-P(A)$(「少なくとも1つ」型の確率計算の主役)
  • 独立な試行の定義と,反復試行の公式 $_n\mathrm{C}_r\,p^r q^{n-r}$($q=1-p$)——独立性と組合せ $_n\mathrm{C}_r$ から二項確率がどう組み上がるかの完全な導出
前提:高校数学(AD01)第1章(論理と集合:要素,部分集合,$\in,\subset$ の意味,ベン図の基礎).また,高校数学の「場合の数」で学ぶ順列・組合せの記号 $_n\mathrm{C}_r$ を本章13.5節で使うが,対応する章が本書シリーズに独立には無いため,必要な範囲(定義と意味)を13.5節の中で改めて簡潔に復習する.
もとにしたノート:望月泰英『数学ノート 確率の基礎』 pp. 1–4.

13.1 集合の基本演算とベン図

本節の内容は,高校数学(AD01)第1章5節(集合の基礎)で学んだことの復習であるが,確率論はこの集合の言葉の上に建てられているので,記号を1つずつ確認しておく.集合とは「ものの集まり」であり,$\alpha$ が集合 $A$ の要素(member)であることを $\alpha\in A$($\in$ は「(集合に)属する,含まれる」の意味)と書き,逆に属さないことを $\alpha\notin A$ と書く.また,集合 $A$ のすべての要素が集合 $U$ の要素でもあるとき,$A$ は $U$ の部分集合(subset)であるといい,$A\subset U$ と書く.以下ではこの記法を使って,集合どうしの演算——2つの集合から新しい集合を作る操作——を定義する.

定義13.1 集合(set)

ある一定の条件をみたすものの集まりのことを集合(set)という.

集合それ自体は「ものの集まり」という素朴な言葉で定義されるが,2つの集合 $A,B$ があるとき,そこから新しい集合を作る代表的な方法が2つある——「両方に共通な部分だけを取り出す」方法と,「どちらか一方にでも属していれば集める」方法である.

定義13.2 共通部分(intersection)

ある集合 $A$ と $B$ に共通な要素全体の集合を,$A$ と $B$ の共通部分(intersection)といい,

$$ A\cap B $$

と表す($\cap$ は「キャップ」と読み,$A\cap B$ は「A キャップ B」と読む).論理式で書けば $A\cap B=\{\alpha\mid \alpha\in A\text{ かつ }\alpha\in B\}$ である.

共通部分 A∩B のベン図 A B 斜線部分が A∩B
図13.1 共通部分 $A\cap B$.円 $A$ と円 $B$ が重なる部分(斜線)が $A\cap B$ である.

定義13.3 和集合(union)

ある集合 $A$ または $B$ のいずれかに属する要素全体の集合を,$A$ と $B$ の和集合(union)といい,

$$ A\cup B $$

と表す($\cup$ は「カップ」と読み,$A\cup B$ は「A カップ B」と読む).論理式で書けば $A\cup B=\{\alpha\mid \alpha\in A\text{ または }\alpha\in B\}$ である.「または」は数学では排他的でない——$A$ と $B$ の両方に属する要素(すなわち $A\cap B$ の要素)も,もちろん $A\cup B$ に含まれる.

和集合 A∪B のベン図 A B 斜線部分が A∪B
図13.2 和集合 $A\cup B$.円 $A$ と円 $B$ の内部全体(重なり部分を含む)が $A\cup B$ である.

定義13.4 空集合(empty set)

要素が全くない集合を空集合(empty set)といい,$\emptyset$ と表す.

共通部分・和集合は「2つの集合の間の演算」だったが,もう1つ,「1つの集合と,それが含まれる大きな集合(土俵)との関係」から作られる集合がある.それが補集合である.確率論では,この「土俵」となる集合が特に重要な役割(全事象)を果たすことになる.

定義13.5 補集合(complement)

全体集合 $U$ があり,$U$ の部分集合 $A$($A\subset U$)があるとき,$A$ に属さない $U$ の要素全体の集合を,$U$ に関する $A$ の補集合(complement)といい,

$$ \bar A $$

と表す.

補集合 Ā のベン図 U A 斜線部分が A の補集合
図13.3 補集合 $\bar A$.全体集合 $U$(長方形)の中で,円 $A$ の外側(斜線)が $\bar A=U\setminus A$ である.

補集合を論理式で書けば

$$ \bar A=\{\alpha\mid \alpha\in U\text{ かつ }\alpha\notin A\} $$

である.また,空集合 $\emptyset$ と全体集合 $U$ について,

$$ \bar\emptyset=U,\qquad \bar U=\emptyset $$

が成り立ち,さらに

$$ A\cap\bar A=\emptyset,\qquad A\cup\bar A=U,\qquad \bar{\bar A}=A $$

(最後の式は「$A$ の補集合の補集合」と読む)が成り立つ.

なぜ成り立つのか:補集合の5つの性質

いずれも定義13.5の論理式に戻れば,ほぼ1行で確認できる.図13.3を思い浮かべながら追ってみよう.

$\bar\emptyset=U$:$\bar\emptyset$ は「$U$ に属し,かつ $\emptyset$ に属さない要素」の集合である.$\emptyset$ には最初から何も属さないので,「$\emptyset$ に属さない」という条件は $U$ のどの要素についても自動的に成り立つ.よって $\bar\emptyset=U$.

$\bar U=\emptyset$:$\bar U$ は「$U$ に属し,かつ $U$ に属さない要素」の集合であるが,「$U$ に属し,かつ $U$ に属さない」を同時にみたす要素は存在しないので $\bar U=\emptyset$.

$A\cap\bar A=\emptyset$:$A\cap\bar A$ の要素は「$A$ に属し,かつ $A$ に属さない」ものだが,これも同時には成り立たない条件なので,やはり要素は存在せず $A\cap\bar A=\emptyset$.

$A\cup\bar A=U$:$U$ の任意の要素 $\alpha$ を1つ取ると,$\alpha\in A$ であるか $\alpha\notin A$(すなわち $\alpha\in\bar A$)であるかのどちらか一方が必ず成り立つ(高校数学で学んだ「排中律」——ある命題とその否定は,一方だけが真である).したがって $U$ のすべての要素は $A\cup\bar A$ に属し,$A\cup\bar A=U$ となる.

$\bar{\bar A}=A$:$\bar{\bar A}$ は「$\bar A$ の補集合」,すなわち $U$ の要素のうち $\bar A$ に属さないもの全体である.ところが「$\bar A$ に属さない」とは「($\bar A$ の定義より)$A$ に属さない,ということが成り立たない」,つまり「$A$ に属する」ことと同じである.よって $\bar{\bar A}=A$.

例題13.1 集合の基本演算を具体的に計算する

全体集合を $U=\{1,2,3,4,5,6,7,8\}$,$A=\{1,2,3,4\}$,$B=\{3,4,5,6\}$ とする.$A\cap B$,$A\cup B$,$\bar A$,$\bar B$ をそれぞれ求めよ.

解答 $A\cap B$ は $A$ と $B$ の両方に属する要素だから,$A=\{1,2,3,4\}$ と $B=\{3,4,5,6\}$ を見比べて,共通する要素 $3,4$ を取り出せばよい.

$$ A\cap B=\{3,4\} $$

$A\cup B$ は $A$ か $B$ の少なくとも一方に属する要素だから,$A$ の要素 $1,2,3,4$ と $B$ の要素 $3,4,5,6$ を(重複を1回にまとめて)すべて集める.

$$ A\cup B=\{1,2,3,4,5,6\} $$

$\bar A$ は「$U$ に属し,かつ $A$ に属さない」要素だから,$U=\{1,\ldots,8\}$ から $A=\{1,2,3,4\}$ を取り除く.

$$ \bar A=U\setminus A=\{5,6,7,8\} $$

同様に,$U$ から $B=\{3,4,5,6\}$ を取り除くと

$$ \bar B=U\setminus B=\{1,2,7,8\} $$

を得る.($U,A,B$ を図13.1〜図13.3の $U,A,B$ に対応させれば,斜線部分に実際にこれらの数字が並ぶ様子がイメージできる.sympyを使わずとも集合の包含関係だけで確認できる計算だが,Pythonの集合演算(set 型の &,|,差集合)でも同じ結果になることを検算済みである.)

13.2 ド・モルガンの法則

前節で定義した共通部分・和集合・補集合の3つの演算は,実は独立ではなく,互いに変換し合う関係で結ばれている.「$A$ と $B$ の和集合の外側」と「$A$ の外側と $B$ の外側の共通部分」が実は同じ集合になる,という一見意外な事実がそれである.これをド・モルガンの法則(De Morgan's laws)という.19世紀の数学者オーガスタス・ド・モルガン(Augustus De Morgan)にちなむ名前である.

定理13.1 ド・モルガンの法則(De Morgan's laws)

全体集合を $U$,$U$ の部分集合を $A,B$ とするとき,次が成り立つ.

$$ \overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B, \qquad \overline{A\cap B}=\bar A\cup\bar B $$

まず,ノートにある図を使った直観的な確認(Evidence)から見てみよう.図13.4の(i)は,全体集合 $U$ の中で和集合 $A\cup B$ の外側(すなわち $\overline{A\cup B}$)を青の斜線で示したものである.(ii)は同じ $U,A,B$ について,$\bar A$(円 $A$ の外側)を緑の斜線,$\bar B$(円 $B$ の外側)を赤の斜線で示し,2色が重なった部分(クロスハッチ=交差斜線に見える部分)を強調したものである.

ド・モルガンの法則のベン図による確認 (i) U A B 青の斜線 = A∪B の補集合 (ii) U A B 緑の斜線 = A の補集合 赤の斜線 = B の補集合
図13.4 ド・モルガンの法則 $\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B$ の視覚的な確認.(i) $\overline{A\cup B}$(青の斜線)と,(ii) $\bar A\cap\bar B$——緑の斜線($\bar A$)と赤の斜線($\bar B$)が重なった部分——は,どちらも「円 $A$ にも円 $B$ にも属さない領域」であり,一致する.

証明(ベン図による直観的な確認)

全体集合を $U$,$U$ の部分集合を $A,B$ とする.図13.4(i)の和集合 $A\cup B$ の補集合 $\overline{A\cup B}$(青の斜線)と,(ii)の $\bar A$ と $\bar B$ の共通部分 $\bar A\cap\bar B$(緑と赤が重なった部分)は,図から見て取れるとおり,どちらも「円 $A$ の外側,かつ円 $B$ の外側」という同じ領域を指している.したがって $\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B$ が成り立つ.

図によるこの確認は直観的でわかりやすいが,「同じに見える」だけでは数学の証明としては不十分である.そこで,任意の要素 $x$ を1つ取り,それが左辺に属するか右辺に属するかを論理的に場合分けして追いかける,一般的な証明も与えておこう.

証明(要素の帰属条件による一般的な証明)

$\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B$ の証明:$U$ の任意の要素 $x$ について,次の同値変形が成り立つことを示せばよい(2つの集合が等しいことは,「一方に属する $\iff$ 他方に属する」がすべての要素について成り立つことと同じである).

$$ \begin{aligned} x\in\overline{A\cup B} &\iff x\notin A\cup B\\ &\iff \lnot(x\in A\text{ または }x\in B)\\ &\iff (x\notin A)\text{ かつ }(x\notin B)\\ &\iff x\in\bar A\text{ かつ }x\in\bar B\\ &\iff x\in\bar A\cap\bar B \end{aligned} $$

1つ目の同値は補集合の定義(定義13.5),2つ目は和集合の定義(定義13.3),3つ目は「『$P$ または $Q$』の否定は『$P$ でなく,かつ $Q$ でない』」という論理法則(高校数学の命題の学習で登場した,命題版のド・モルガンの法則そのもの——集合のド・モルガンの法則は,実はこの論理法則を集合の言葉に翻訳したものにすぎない),4つ目は補集合の定義,5つ目は共通部分の定義(定義13.2)による.よって任意の $x$ について $x\in\overline{A\cup B}\iff x\in\bar A\cap\bar B$ が成り立つので,$\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B$ である.

$\overline{A\cap B}=\bar A\cup\bar B$ の証明:同様に,

$$ \begin{aligned} x\in\overline{A\cap B} &\iff x\notin A\cap B\\ &\iff \lnot(x\in A\text{ かつ }x\in B)\\ &\iff (x\notin A)\text{ または }(x\notin B)\\ &\iff x\in\bar A\text{ または }x\in\bar B\\ &\iff x\in\bar A\cup\bar B \end{aligned} $$

となり,$\overline{A\cap B}=\bar A\cup\bar B$ が成り立つ.(証明終わり)

イメージ:なぜ「または」と「かつ」が入れ替わるのか

ド・モルガンの法則を一言でまとめると,「外側を取る(補集合をとる)と,$\cup$(または)と $\cap$(かつ)が入れ替わる」ということである.直観的には,「$A$ にも $B$ にも属さない」は「($A$ に属さない)かつ($B$ に属さない)」と言い換えられる——「両方とも×」だから「かつ」でつながる.一方,「$A\cap B$ に属さない」は「$A,B$ の両方に属する,ということはない」であり,これは「$A$ に属さないか,$B$ に属さないか,少なくとも一方が×」ということなので「または」になる.この「かつ」「または」の入れ替わりは,本書の後の章では出てこないが,論理学・電子回路(NAND/NORゲート)・プログラミングの条件式(!(a && b) == (!a || !b))など,至るところで顔を出す重要な法則である.

例題13.2 ド・モルガンの法則を具体的に検証する

例題13.1と同じ $U=\{1,\ldots,8\}$,$A=\{1,2,3,4\}$,$B=\{3,4,5,6\}$ について,$\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B$ と $\overline{A\cap B}=\bar A\cup\bar B$ をそれぞれ具体的に確かめよ.

解答 例題13.1より $A\cup B=\{1,2,3,4,5,6\}$,$\bar A=\{5,6,7,8\}$,$\bar B=\{1,2,7,8\}$ であった.左辺は

$$ \overline{A\cup B}=U\setminus\{1,2,3,4,5,6\}=\{7,8\} $$

右辺は

$$ \bar A\cap\bar B=\{5,6,7,8\}\cap\{1,2,7,8\}=\{7,8\} $$

となり,両辺は一致する($=\{7,8\}$).次に,例題13.1より $A\cap B=\{3,4\}$ だから,左辺は

$$ \overline{A\cap B}=U\setminus\{3,4\}=\{1,2,5,6,7,8\} $$

右辺は

$$ \bar A\cup\bar B=\{5,6,7,8\}\cup\{1,2,7,8\}=\{1,2,5,6,7,8\} $$

となり,これも両辺が一致する($=\{1,2,5,6,7,8\}$).(Pythonの集合演算で両方の等式を検算済み.)

ここまでの例題は,$A,B$ が一般の位置関係にある場合(互いに一部だけ重なる場合)を扱ってきた.最後に,特別な位置関係——一方が他方に完全に含まれる場合——を考え,証明問題と作図問題の両方の練習をしておこう.

A⊂Bのときの共通部分・和集合のベン図 (i) A B 斜線部分 = A∩B(=A自身) (ii) A B 斜線部分 = A∪B(=B自身)
図13.5 $A\subset B$ のときのベン図.円 $A$ が円 $B$ に完全に含まれているとき,(i) 共通部分 $A\cap B$ は円 $A$ の内部全体と一致し,(ii) 和集合 $A\cup B$ は円 $B$ の内部全体と一致する.

例題13.3 部分集合のときの共通部分・和集合(証明と作図)

集合 $A,B$ が $A\subset B$ をみたすとき,$A\cap B=A$ かつ $A\cup B=B$ となることを,(1) ベン図をかいて直観的に確認し,(2) 要素の帰属条件による同値変形を用いて論理的に証明せよ.

解答 (1) 作図による確認:$A\subset B$($A$ のすべての要素が $B$ にも属する)ということは,ベン図でいえば円 $A$ を円 $B$ の内部にすっぽり収まるように描けるということである(図13.5).図13.5(i)のように円 $A$ 全体に斜線を引くと,これがそのまま $A\cap B$(両方に属する部分)になっている——円 $A$ は完全に円 $B$ の中にあるので,「$A$ に属する」ことと「$A$ にも $B$ にも属する」ことが同じ意味になるからである.同様に図13.5(ii)のように円 $B$ 全体に斜線を引くと,これがそのまま $A\cup B$(少なくとも一方に属する部分)になっている——円 $A$ は円 $B$ からはみ出していないので,「$A$ か $B$ の少なくとも一方に属する」ことと「$B$ に属する」ことが同じ意味になるからである.

(2) 論理的な証明:まず $A\cap B=A$ を示す.一般に $A\cap B\subset A$ は(共通部分の定義13.2より)常に成り立つ.したがって逆向きの包含 $A\subset A\cap B$ を示せばよい.$x\in A$ を任意に取ると,仮定 $A\subset B$ より $x\in B$ でもある.よって $x\in A$ かつ $x\in B$,すなわち $x\in A\cap B$ である.ゆえに $A\subset A\cap B$ が成り立ち,先の $A\cap B\subset A$ とあわせて

$$ A\cap B=A $$

を得る.次に $A\cup B=B$ を示す.一般に $B\subset A\cup B$ は(和集合の定義13.3より)常に成り立つので,逆向きの包含 $A\cup B\subset B$ を示せばよい.$x\in A\cup B$ を任意に取ると,$x\in A$ または $x\in B$ である.$x\in B$ の場合はそれ自体が結論だからよい.$x\in A$ の場合は,仮定 $A\subset B$ より $x\in B$ となる.いずれの場合も $x\in B$ であるから,$A\cup B\subset B$ が成り立ち,先の $B\subset A\cup B$ とあわせて

$$ A\cup B=B $$

を得る.(証明終わり)具体例でも確認しておく.$A=\{1,2\}$,$B=\{1,2,3,4\}$ とすると $A\subset B$ であり,$A\cap B=\{1,2\}=A$,$A\cup B=\{1,2,3,4\}=B$ となって,たしかに成り立っている(Pythonの集合演算で検算済み).

13.3 試行と事象の言葉

集合の演算がひととおり揃ったところで,いよいよ確率論の舞台を設定する.確率論が相手にするのは「サイコロを投げる」「コインを投げる」「くじを引く」といった,結果が偶然によって決まる行為である.このような行為そのものと,その行為で実際に起こる出来事とを区別して呼ぶために,次の2つの言葉を導入する.

定義13.6 試行(trial)

ある事柄について,同じ状態のもとで繰り返すことができ,その結果が偶然によって決まる実験や観測などを試行(trial)という.

イメージ:「試行」の具体例

さいころを投げることが試行である! ——コインを投げること,カードを1枚引くこと,くじを引くことも同様にすべて試行である.共通するのは,「同じやり方で何度でも繰り返せる」ことと,「1回1回の結果は,やってみるまでわからない(偶然に支配される)」ことの2点である.

定義13.7 事象(event)

試行した結果,起こる事柄のことを事象(event)という.

たとえばさいころを投げるという試行に対して,「偶数の目が出る」「3以下の目が出る」「1の目が出る」は,どれも事象である.事象は,起こりうる結果の集まりとして集合で表すのが自然である——実際,「偶数の目が出る」という事象は,$\{2,4,6\}$ という集合そのものと同一視できる.この同一視を正確にするために,まず「起こりうる結果すべて」の集合に名前を付けておく.

定義13.8 全事象(sample space)

ある試行において,起こりうる場合全体の集合を $U$ とするとき,全体集合 $U$ で表される事象を全事象(sample space)という.

定義13.9 空事象(empty event)

空集合 $\emptyset$ で表される事象のことを空事象(empty event)という.

全事象 $U$ は「試行のすべての結果の集合」であり,13.1節の補集合の定義でいう「全体集合」の役割を,確率論の舞台では $U$ が担うことになる.空事象 $\emptyset$ は「決して起こらない事象」(たとえばさいころで「7の目が出る」)に対応する.最後に,$U$ の要素1つ1つ,つまりこれ以上分解できない最小単位の事象に名前を付ける.

定義13.10 根元事象(elementary event)

ある試行において,起こりうる場合全体の集合を $U$ とする.$U$ の1個の要素からなる集合で表される事象を根元事象(elementary event)という.

例題13.4 根元事象を具体的に書き出す(ノートの例)

さいころを投げる試行について,全事象 $U$ と,すべての根元事象を書き出せ.

解答 さいころの目は $1$ から $6$ までのどれか1つなので,全事象は

$$ U=\{1,2,3,4,5,6\} $$

である.根元事象は「$U$ の1個の要素からなる集合」だから,$U$ の要素を1つずつ集合にした

$$ \{1\},\ \{2\},\ \{3\},\ \{4\},\ \{5\},\ \{6\} $$

の6個である.(「1の目が出る」という事象は,集合としては要素1個の $\{1\}$ と表される——「事象」と「その事象を表す集合」を同じ記号で書くのは,このように事象が全事象 $U$ の部分集合として定義されているためである.)

ここで,13.1節の集合の記号を,そのまま事象の言葉に読み替えられることの意味を確認しておこう.事象は「全事象 $U$ の部分集合」として定義されるので,2つの事象 $A,B$ に対して,共通部分 $A\cap B$・和集合 $A\cup B$・補集合 $\bar A$ をそのまま考えることができる.違うのは,それらを「集合の演算」としてではなく「事象の言葉」——すなわち「起こる・起こらない」という言葉——で読み直す点だけである.この読み替えは13.4節と13.5節で1つずつ行うが,記号そのものは13.1節・13.2節で学んだものが完全にそのまま使える.次の例題で,根元事象・全事象の考え方を,さいころとは別の試行(コイン投げ)で確認しておこう.

例題13.5 コインを2回投げる試行の全事象と根元事象

コインを2回投げる試行について,全事象 $U$ と,すべての根元事象を書き出せ.

解答 コイン1回の結果は表(H)か裏(T)の2通りである.2回投げるので,1回目・2回目それぞれの結果の組合せをすべて書き出すと,

$$ U=\{(H,H),\ (H,T),\ (T,H),\ (T,T)\} $$

の $2\times2=4$ 通りである.したがって根元事象は,この4個の要素それぞれを1個ずつ集合にした

$$ \{(H,H)\},\ \{(H,T)\},\ \{(T,H)\},\ \{(T,T)\} $$

の4個である.(さいころの例(例題13.4)では根元事象が6個だったが,これは「1回の試行で何通りの結果がありうるか」で決まる——さいころなら6通り,コイン2回なら $2^2=4$ 通りである.この「場合の数の掛け算」の考え方は,13.5節の反復試行で再び本格的に使う.)

13.4 確率の定義とその性質

試行・事象・全事象・根元事象という舞台設定が整ったので,いよいよ本章の主役である「確率」そのものを定義する.

定義13.11 確率(probability)

1つの試行において,ある事象 $A$ の起こることが期待される割合を,事象 $A$ の起こる確率(probability)といい,$P(A)$ と表す($P$ は probability「確率」の頭文字に由来する.$P(A)$ で「事象 $A$ の確率」を表す,というのが標準的な読み方である).また,この試行において,根元事象のどれが起こることも同じ程度に期待できる(このことを「同様に確からしい(equally likely)」という)とき,事象 $A$ の起こる確率 $P(A)$ は,

\begin{equation} P(A)=\frac{n(A)}{n(U)} \label{eq:13-prob-def} \end{equation}

と定義される.ここで $n(A)$ は事象 $A$(=集合)に属する要素の個数,$n(U)$ は全事象 $U$ に属する要素の個数(=根元事象の総数)である.

注意:「同様に確からしい」を確認せずに公式だけ使わない

定義13.11の $P(A)=n(A)/n(U)$ は,あくまで「根元事象のどれが起こることも同じ程度に期待できる」という前提の上に立った定義である.たとえば,いびつな(重心が偏った)サイコロでは,$1$ の目が出る確率と $6$ の目が出る確率は等しくないかもしれない——そのようなサイコロでは $n(A)/n(U)$ という数え上げの公式はそのままでは使えない.本章以降で扱う例は,断りがない限りすべて「同様に確からしい」(均質なサイコロ,偏りのないコイン,よく切られたトランプなど)を仮定する.

例題13.6 さいころの目に関する確率

1個のさいころを1回投げて,「3の倍数の目が出る」という事象を $A$ とする.$P(A)$ を求めよ.

解答 全事象は $U=\{1,2,3,4,5,6\}$ であり,$n(U)=6$.事象 $A$ は「3の倍数」だから $A=\{3,6\}$ であり,$n(A)=2$.さいころの目は同様に確からしいので,定義13.11より

$$ P(A)=\frac{n(A)}{n(U)}=\frac{2}{6}=\frac13 $$

である.

確率が定義できたので,13.1節・13.3節で扱った集合の演算(共通部分・和集合)を,今度は「事象の言葉」——起こる・起こらないという言葉——で読み直しておこう.記号自体は $A\cap B$,$A\cup B$ のまま,何も変わらない.

定義13.12 積事象(product event)

「事象 $A$ と事象 $B$ がともに起こる」という事象を,$A$ と $B$ の積事象(product event)といい,

$$ A\cap B $$

と表す.

定義13.13 和事象(sum event)

「事象 $A$ または事象 $B$ が起こる」という事象を,和事象(sum event)といい,

$$ A\cup B $$

と表す.

イメージ:同じ記号 $A\cap B$ を2度定義したのはなぜか

13.1節の定義13.2では,$A\cap B$ を「集合 $A$ と $B$ に共通な要素全体の集合」として定義した.定義13.12では,同じ記号 $A\cap B$ を「事象 $A$ と事象 $B$ がともに起こる事象」として定義し直している.矛盾しているように見えるが,実はまったく矛盾しない——事象とは全事象 $U$ の部分集合のことだったから(定義13.7・13.8),「事象 $A$ と事象 $B$ がともに起こる」とは,まさに「(根元事象としての)結果が,$A$ にも $B$ にも属する」ということであり,これは集合としての共通部分 $A\cap B$ に属することと完全に同じ事柄を指している.和事象・余事象(次節)も同様である.つまり定義13.12・13.13は,定義13.2・13.3を「言い換えただけ」であり,計算上は何も新しいことをする必要はない.

13.5 排反・余事象・独立と反復試行

本節では,確率の計算で実際に最も頻繁に使う4つの道具——排反な事象の加法定理,余事象の確率,独立性,反復試行(二項確率)——を順に導入する.

定義13.14 排反(mutually exclusive)

2つの事象 $A,B$ が同時には決して起こらないとき,すなわち,積事象 $A\cap B=\emptyset$ のとき,2つの事象 $A,B$ は互いに排反(mutually exclusive)であるという(「排反」は「はいはん」と読む).

排反な事象のベン図 U A B A∩B が ∅ !(円は重ならない)
図13.6 排反な事象.円 $A$ と円 $B$ は重ならず,$A\cap B=\emptyset$ である.

排反であるかどうかによって,和事象 $A\cup B$ の確率の求め方が変わる.これをまとめたのが加法定理である.

定理13.2 加法定理(addition law)

事象 $A,B$ について,

$$ A\cap B=\emptyset\text{(排反)のとき}\quad P(A\cup B)=P(A)+P(B) $$ $$ \begin{aligned} &A\cap B\neq\emptyset\text{のとき}\\ &\qquad P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B) \end{aligned} $$

が成り立つ.

注意:「$A\cap B=\emptyset$」であって「$P(A\cap B)=\emptyset$」ではない

$P(A\cap B)$ は確率——$0$ 以上 $1$ 以下の実数である(定義13.11)のに対し,$\emptyset$ は要素を持たない集合である.実数と集合は次元の異なる別種の対象であり,両者を「$=$」で結ぶことはできない($P(A\cap B)=0$ ならまだ意味が通るが,$P(A\cap B)=\emptyset$ は記号の誤用である).定義13.14で排反を定義したときの条件は「積事象 $A\cap B=\emptyset$」——すなわち事象どうしの等式——であったから,定理13.2の場合分けもそれに合わせて「$A\cap B=\emptyset$ のとき」「$A\cap B\neq\emptyset$ のとき」と,集合(事象)の等式として書く.

定理13.2は,高校数学で学んだ「場合の数の和の法則」を確率の言葉に翻訳したものにすぎない.実際,一般の場合の等式は,根元事象を数え上げる次の事実(包除原理,inclusion–exclusion)から直接導かれる.

証明

$A\cup B$ に属する要素を数えるとき,$A$ に属する要素の個数 $n(A)$ と $B$ に属する要素の個数 $n(B)$ を単純に足すと,$A\cap B$ に属する要素($A$ にも $B$ にも属するため,$n(A)$ を数えるときと $n(B)$ を数えるときの両方でちょうど2回ずつ数えられてしまう)だけ余計に数えていることになる.したがって,重複した分を1回だけ引き戻せば,正しい個数が得られる.

$$ n(A\cup B)=n(A)+n(B)-n(A\cap B) $$

両辺を $n(U)$ で割ると(根元事象が同様に確からしいという前提のもとで,定義13.11 $P(X)=n(X)/n(U)$ を使う),

$$ \frac{n(A\cup B)}{n(U)}=\frac{n(A)}{n(U)}+\frac{n(B)}{n(U)}-\frac{n(A\cap B)}{n(U)} $$

すなわち,

\begin{equation} P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B) \label{eq:13-addition-law} \end{equation}

を得る.これが一般の場合の等式である.とくに $A,B$ が排反($A\cap B=\emptyset$,したがって $n(A\cap B)=0$,$P(A\cap B)=0$)のときは,最後の項が消えて $P(A\cup B)=P(A)+P(B)$ となる.(証明終わり)

例題13.7 排反な事象への加法定理の適用

赤玉3個,白玉2個,青玉4個が入った袋から玉を1個取り出す試行を考える.「赤玉が出る」事象を $A$,「白玉が出る」事象を $B$ とするとき,$P(A\cup B)$(赤玉または白玉が出る確率)を求めよ.

解答 玉は全部で $3+2+4=9$ 個だから,$n(U)=9$.$A$ は赤玉(3個)の事象だから $n(A)=3$,$B$ は白玉(2個)の事象だから $n(B)=2$.1個の玉が同時に赤玉であり白玉であることはあり得ないので,$A$ と $B$ は排反($A\cap B=\emptyset$)である.よって定理13.2(排反の場合)より,

$$ \begin{aligned} P(A\cup B)&=P(A)+P(B)\\ &=\frac{n(A)}{n(U)}+\frac{n(B)}{n(U)}\\ &=\frac39+\frac29\\ &=\frac13+\frac29\\ &=\frac59 \end{aligned} $$

である.(直接数えても,赤玉か白玉である玉は $3+2=5$ 個だから $P(A\cup B)=5/9$ となり,一致することが確認できる.)

定義13.15 余事象(complementary event)

ある事象 $A$ に対して,$A$ が起こらないという事象を,$A$ の余事象(complementary event)といい,

$$ \bar A $$

と表す.

余事象 Ā のベン図 U A 斜線部分が A の余事象(A が起こらない事象)
図13.7 余事象 $\bar A$.図13.3(補集合)とまったく同じ構造の図であり,$A$ を「事象」と読み替えただけである——事象の余事象は,集合としての補集合そのものである.

余事象を使うと,「少なくとも1つは○○が起こる」というタイプの確率を,直接数えるより簡単に計算できることが多い.そのための公式を,加法定理(定理13.2)から導いておこう.

定理13.3 余事象の確率

任意の事象 $A$ について,

\begin{equation} P(\bar A)=1-P(A) \label{eq:13-complement-prob} \end{equation}

が成り立つ.

証明

補集合の性質(本章13.1節)より $A\cup\bar A=U$,$A\cap\bar A=\emptyset$($A$ と $\bar A$ は排反)である.したがって定理13.2(排反の場合の加法定理)より,

$$ P(A\cup\bar A)=P(A)+P(\bar A) $$

ところが $A\cup\bar A=U$ であり,全事象 $U$ が起こる確率は $P(U)=n(U)/n(U)=1$(定義13.11に $A=U$ を代入すればよい)である.よって

$$ 1=P(U)=P(A\cup\bar A)=P(A)+P(\bar A) $$

となり,これを $P(\bar A)$ について解けば $P(\bar A)=1-P(A)$ を得る.(証明終わり)

例題13.8 余事象を用いた「少なくとも1回」の確率

コインを3回投げるとき,少なくとも1回は表が出る確率を求めよ.

解答 $A=$「少なくとも1回は表が出る」とおくと,$A$ を直接数えるのは(表が1回,2回,3回出る場合をすべて数える必要があり)面倒である.そこで余事象を考える.$\bar A=$「一度も表が出ない」,すなわち「3回とも裏が出る」事象である.コイン3回の結果は全部で $2^3=8$ 通りで,そのうち $\bar A$($T,T,T$ の1通り)はちょうど1通りだから,

$$ P(\bar A)=\frac{1}{8} $$

したがって,定理13.3より,

$$ P(A)=1-P(\bar A)=1-\frac18=\frac78 $$

である.("少なくとも1回"型の問題では,このように余事象——ここでは"1回も起こらない"——を考えると計算が大幅に簡単になることが多い.)

定義13.16 独立(independent)

2つの試行が互いに他方の結果に影響を及ぼさないとき,これらの試行は独立(independent)であるという.

たとえば同じコインを2回投げるとき,1回目に表が出たか裏が出たかは,2回目の結果にいっさい影響しない——これが独立である.独立な試行では,「1回目が○○で,かつ2回目が××である」確率は,$P(\text{1回目が○○})\times P(\text{2回目が××})$ という単純な掛け算で求まる(これは本書で確率変数の独立性を厳密に定義する際に一般化されるが,ここでは直観的な事実として使う).この掛け算の考え方を使うと,「同じ独立な試行を$n$回繰り返したとき,特定の事象がちょうど$r$回起こる確率」が計算できるようになる——これが本節最後の主題,反復試行である.その公式には高校数学の組合せの記号 $_n\mathrm{C}_r$ が登場するので,先に簡単に復習しておこう.

数学ノート:組合せ $_n\mathrm{C}_r$ の復習

$_n\mathrm{C}_r$(エヌシーアール,「$n$ 個から $r$ 個を選ぶ組合せの数」)は,異なる $n$ 個のものの中から,順序を区別せずに $r$ 個を選ぶ選び方の総数であり,

$$ {}_n\mathrm{C}_r=\frac{n!}{r!\,(n-r)!} $$

で計算される($n!=n\times(n-1)\times\cdots\times2\times1$ は階乗).たとえば $_4\mathrm{C}_2=\dfrac{4!}{2!\,2!}=\dfrac{24}{2\times2}=6$ であり,これは4個の中から2個を選ぶ方法が6通り(実際に4個を $\{1,2,3,4\}$ とすれば $\{1,2\},\{1,3\},\{1,4\},\{2,3\},\{2,4\},\{3,4\}$ の6通り)であることに対応する.反復試行の公式では,$_n\mathrm{C}_r$ を「$n$回の試行のうち,どの$r$回で事象が起こるか」の場合の数として使う.

定理13.4 反復試行の公式(repeated trials)

1回の試行で事象 $A$ が起こる確率を $p$ とする.この試行を(毎回独立に)$n$ 回繰り返すとき,事象 $A$ がちょうど $r$ 回起こる確率は,

\begin{equation} {}_n\mathrm{C}_r\cdot p^r\cdot q^{\,n-r}\qquad(\text{ただし,}q=1-p) \label{eq:13-repeated-trials} \end{equation}

である.

証明(反復試行の公式の完成——二項定理の考え方で)

ノートはこの定理の「Explaination」という見出しだけを残してページが尽きており(誤記ではなく,単に続きが書かれる前に紙面が終わったものと判断される),本書ではその続きを最後まで書き下す.

ステップ1:1つの決まった順番で$r$回起こる確率.$n$回の試行のうち,たとえば最初の$r$回だけ事象$A$が起こり,残り$n-r$回は$A$が起こらない(余事象$\bar A$が起こる,確率$q=1-p$,定理13.3)という,1つの決まった順番($\underbrace{A,A,\ldots,A}_{r},\underbrace{\bar A,\ldots,\bar A}_{n-r}$)を考える.各回の試行は独立(定義13.16)なので,この決まった順番が実現する確率は,各回の確率をすべて掛け合わせたものになる.

$$ \begin{aligned} &\underbrace{p\times p\times\cdots\times p}_{r\text{個}}\times\underbrace{q\times q\times\cdots\times q}_{n-r\text{個}}\\ &=p^r q^{\,n-r} \end{aligned} $$

そして,これは「最初の$r$回」という特定の順番に限らず,$A$が起こる回をどの$r$回に固定してもまったく同じ値 $p^rq^{n-r}$ になる——独立な試行では,掛け算の順序を入れ替えても積は変わらないからである.

ステップ2:何通りの順番があるか.「$n$回のうち,どの$r$回で$A$が起こるか」という選び方の総数は,まさに数学ノートの復習で確認した組合せの数 $_n\mathrm{C}_r$ である($n$個の試行回から,$A$が起こる$r$回を順序を区別せずに選ぶ).

ステップ3:足し合わせる.「$A$がどの$r$回で起こるか」という異なる選び方どうしは,互いに排反な事象である(ある1回の試行結果の並びは,2通り以上の選び方に同時に当てはまることはない).したがって,一般化した加法定理(定理13.2を$_n\mathrm{C}_r$個の排反な事象に拡張したもの——演習13.4で3個の場合を扱う)より,全体の確率は各々の確率 $p^rq^{n-r}$ を $_n\mathrm{C}_r$ 個ぶん単純に足し合わせたものになる.ところがステップ1で見たとおり,どの並び方でも確率は同じ $p^rq^{n-r}$ なので,

$$ \begin{aligned} P(\text{ちょうど}r\text{回起こる})&=\underbrace{p^rq^{n-r}+p^rq^{n-r}+\cdots+p^rq^{n-r}}_{{}_n\mathrm{C}_r\text{個の和}}\\ &={}_n\mathrm{C}_r\cdot p^r\cdot q^{\,n-r} \end{aligned} $$

を得る.(証明終わり)図13.8に,$n=3$ の場合(コインを3回投げる)の樹形図を示す——葉(一番右の枝分かれの先)の総数 $2^3=8$ のうち,表がちょうど$r$回出る葉の本数が,ちょうど $_3\mathrm{C}_r$($r=0,1,2,3$ でそれぞれ $1,3,3,1$)に一致する様子が見て取れる.

反復試行(コイン3回投げ)の樹形図 表(H) p 裏(T) q 1回目 (以下,上へ分かれる枝がH,下へ分かれる枝がTを表す.同じ規則を2回目・3回目にも適用する.) HHH(表3回) HHT(表2回) HTH(表2回) HTT(表1回) THH(表2回) THT(表1回) TTH(表1回) TTT(表0回)
図13.8 コインを3回投げる反復試行の樹形図.根から2分岐を3回繰り返し,$2^3=8$ 本の葉に至る.表がちょうど $r$ 回出る葉の本数は $r=0,1,2,3$ の順に $1,3,3,1$ 本であり,これは $_3\mathrm{C}_0,{}_3\mathrm{C}_1,{}_3\mathrm{C}_2,{}_3\mathrm{C}_3$ にそれぞれ一致する(Pythonで8枚の葉すべてを数え上げて検算済み).

例題13.9 独立な反復試行への反復試行の公式の適用

1個のさいころを4回振るとき,「1の目がちょうど2回出る」確率を求めよ.

解答 さいころを1回振って1の目が出る確率は $p=\dfrac16$ であり,出ない確率は $q=1-p=\dfrac56$ である.さいころを4回振る試行は互いに独立(定義13.16)だから,定理13.4(反復試行の公式)を $n=4$,$r=2$ として適用できる.まず $_4\mathrm{C}_2$ を数学ノートの復習の公式で計算すると,

$$ {}_4\mathrm{C}_2=\frac{4!}{2!\,2!}=\frac{4\times3}{2\times1}=6 $$

である.したがって,

$$ \begin{aligned} P&=\,{}_4\mathrm{C}_2\cdot p^2\cdot q^{2}\\ &=6\times\left(\frac16\right)^{2}\times\left(\frac56\right)^{2}\\ &=6\times\frac{1}{36}\times\frac{25}{36}\\ &=\frac{150}{1296}=\frac{25}{216} \end{aligned} $$

である.小数で表すと $25/216\approx0.1157$,すなわち約11.6%である.(sympyで4回のさいころの目をすべて列挙する力ずく(brute-force)計算と照合し,一致することを検算済み.)

13.6 まとめと演習

13.6.1 まとめ

$$ \begin{aligned} &A\cap B,\ \ A\cup B,\ \ \bar A=U\setminus A,\\ &\overline{A\cup B}=\bar A\cap\bar B,\ \ \overline{A\cap B}=\bar A\cup\bar B \end{aligned} $$ $$ \begin{aligned} &P(A)=\frac{n(A)}{n(U)},\\ &P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B)\\ &\quad(\text{排反なら}-P(A\cap B)\text{は消える}) \end{aligned} $$ $$ \begin{aligned} &P(\bar A)=1-P(A),\\ &P(\text{ちょうど}r\text{回})={}_n\mathrm{C}_r\,p^r q^{\,n-r}\ \ (q=1-p) \end{aligned} $$

13.6.2 演習問題

演習13.1 分配法則をベン図と論理式で確認する

集合 $A,B,C$ について,分配法則 $A\cap(B\cup C)=(A\cap B)\cup(A\cap C)$ が成り立つことを,(a) ベン図を描いて視覚的に確認し,(b) 要素の帰属条件($x\in\cdots\iff\cdots$ の同値変形)を使って一般的に証明せよ.

ヒント:(a) は図13.1・図13.2のようなベン図を3つの円 $A,B,C$ で描き,両辺が同じ領域になることを目で確認する.(b) は定理13.1の証明(13.2節)とまったく同じやり方で,「$x\in A\cap(B\cup C)\iff x\in A$ かつ($x\in B$ または $x\in C$)」から出発し,論理演算の分配法則 $P\land(Q\lor R)\iff(P\land Q)\lor(P\land R)$(高校数学の命題の学習で登場する)を使って同値変形を進める.

演習13.2 3つの集合に対するド・モルガンの法則

集合 $A,B,C$ について,$\overline{A\cup B\cup C}=\bar A\cap\bar B\cap\bar C$ が成り立つことを証明せよ.

ヒント:定理13.1の2集合の場合の証明(13.2節)を2回使う方法と,要素の帰属条件を直接3つの集合について書き下す方法の,どちらでもよい.前者なら,$A\cup B\cup C=(A\cup B)\cup C$ とみなして定理13.1を2回($\overline{(A\cup B)\cup C}=\overline{A\cup B}\cap\bar C=(\bar A\cap\bar B)\cap\bar C$)適用すればよい.

演習13.3 トランプにおける和事象の確率

ジョーカーを除くトランプ1組52枚から1枚を引く試行で,「絵札(J,Q,Kのいずれか)である」事象を $A$,「ハートである」事象を $B$ とする.$P(A)$,$P(B)$,$P(A\cap B)$,$P(A\cup B)$ をそれぞれ求めよ.

ヒント:$A,B$ は排反ではない(ハートの絵札が存在する)ので,加法定理の一般の場合(定理13.2)を使う.$n(A)=4\text{(スート)}\times3\text{(J,Q,K)}=12$,$n(B)=13$,$A\cap B$ は「ハートの絵札」で $n(A\cap B)=3$.

演習13.4 3つの排反な事象への加法定理の拡張

互いに排反な3つの事象 $A,B,C$($A\cap B=B\cap C=C\cap A=\emptyset$)について,$P(A\cup B\cup C)=P(A)+P(B)+P(C)$ が成り立つことを(定理13.2を使って)示し,具体例($U=\{1,\ldots,12\}$,$A=\{1,2,3\}$,$B=\{4,5,6,7\}$,$C=\{8,9,10\}$)でこの等式を確かめよ.

ヒント:$D=B\cup C$ とおく.$A$ は $B,C$ のどちらとも重ならないので,$A$ と $D$ も排反である(このことをまず確認する).そのうえで,定理13.2(排反の場合の加法定理)を $A\cup D=A\cup(B\cup C)$ と,$D=B\cup C$ 自身の2箇所に,合計2回適用する.これが,13.5節で反復試行の公式(定理13.4)の証明の「ステップ3」で使った「一般化した加法定理」の,$_n\mathrm{C}_r=3$ 個の場合にあたる.

演習13.5 余事象を利用したサイコロ2個の確率

2つのさいころを同時に振るとき,出た目の和が5の倍数になる確率を,(a) 直接数える方法と,(b) 余事象を使う方法の両方で求め,一致することを確認せよ.

ヒント:目の和のとりうる範囲は $2$ から $12$ なので,「5の倍数」に当てはまるのは和が $5$ または $10$ のときだけである.全事象は $6\times6=36$ 通り.(b) では余事象「和が5の倍数でない」を数える.

演習13.6 信頼性工学への応用——反復試行の公式

あるスイッチが,使用のたびに互いに独立に確率 $p=0.05$ で故障するとする.このスイッチを $n=10$ 個使うとき,そのうちちょうど $r=2$ 個が故障する確率を求めよ.

ヒント:「1個のスイッチが故障する」を事象 $A$(確率 $p=0.05$),故障しない確率を $q=1-p=0.95$ として,定理13.4(反復試行の公式)をそのまま適用する.$_{10}\mathrm{C}_2$ をまず計算してから,$p^2q^8$ を掛ける.

13.6.3 参考文献

  1. 望月泰英『数学ノート 確率の基礎』(手書き講義ノート).本章の底本.
  2. 東京大学教養学部統計学教室(編)『基礎統計学I 統計学入門』東京大学出版会,1991年.
  3. W. Feller, An Introduction to Probability Theory and Its Applications, Vol. 1, 3rd ed., Wiley, 1968.