― 「大きさ」と「揺らぎ」の階層で読む,原子・原子核・核子・素粒子. 対になるシミュレーター(elementary-particles-simulator.html)の解説と導出
材料科学や物性物理では,原子は「半径 1 Å ほどの球」,電子は「軌道に入った点」,原子核は「+Ze の点電荷」として扱えば, ほとんどの問題が解けます.ところが核融合のことを考え始めると,その原子核の中で陽子どうしが反発しているはずなのになぜ壊れないのか, 中性子どうしがくっつく理由はあるのか,そもそも陽子と電子はくっついて中性子になった方が安定ではないのか―― という素朴で本質的な疑問に,物性物理の言葉だけでは答えられなくなります. この解説は,そうした疑問に水素原子とヘリウム原子から出発して順に答えていくものです.
一本の背骨は「どの階層でも,大きさを決めているのは中身の量子的な揺らぎである」という見方です. 原子の大きさは電子の揺らぎ(1s 軌道の拡がり),原子核の大きさは核子の揺らぎ,核子の大きさはクォークとグルーオンの揺らぎで決まり, 電子とクォーク自身は 10−18 m の分解能まで「点」です. そして各階層で揺らぎを支配している力が違います:原子は電磁気力,原子核は核力(強い力のお釣り),核子は色の力(強い力そのもの), そして陽子と中性子を入れ替える弱い力.重力は 10−36 倍も弱く,天体のスケールで初めて主役になります.
まず全体の地図です.数値は PDG 2024・CODATA 2022 と,本文で引用する論文の値です(電子・クォークの「大きさ」は実験の上限).
| 階層 | 大きさ(rms 半径など) | 中身 | 中身の大きさ | 中身の揺らぎの振幅 | 閉じ込めの運動エネルギー | 支配する力 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 原子(H, He) | 0.5–1 Å | 電子+原子核 | 電子 < 2.8×10−19 m | 0.5–0.9 Å | 10–40 eV | 電磁気力 |
| 原子核(4He) | 1.68 fm | 陽子 2+中性子 2 | 0.84 fm(実寸) | 1.45 fm | ≈29 MeV/核子 | 核力(残留強い力) |
| 核子(p, n) | 0.84 fm | クォーク 3+グルーオン+海クォーク | クォーク < 4.3×10−19 m | ≈0.6 fm | 数百 MeV | 色の力(強い力) |
| クォーク・電子 | < 10−18 m | (点) | ― | ― | ― | (弱い力の到達距離 2.5×10−18 m がこの付近) |
粒子を幅 Δx の領域に閉じ込めると,運動量に少なくとも Δp ≈ ħ/Δx の拡がりが生じます. この運動量がもたらす運動エネルギーは,非相対論的なら
ħc = 197.3 MeV·fm,電子の ħ²/2m = 3.81 eV·Å² を使うと,階層ごとの桁が一気に見えます.
| 閉じ込め | Δx | Δp ≈ ħ/Δx | 運動エネルギー | 比較する結合エネルギー |
|---|---|---|---|---|
| 電子を原子に | 1 Å | 1.97 keV/c | ≈ 4 eV(厳密な 1s では 13.6 eV) | 13.6 eV |
| 電子を原子核に(不可能) | 1 fm | 197 MeV/c | ≈ 200 MeV(相対論的) | 核の中のクーロン引力は数 MeV |
| 核子を原子核に | 1.5 fm | 130 MeV/c | ≈ 9 MeV(実際は ≈29 MeV/核子) | 核力 −30 〜 −70 MeV |
| クォークを核子に | 0.5 fm | 400 MeV/c | ≈ 400 MeV(相対論的) | 閉じ込め:1 fm で ≈1 GeV |
つまり「小さいところに閉じ込めるほど中身は激しく動く」.原子(eV)→ 原子核(MeV)→ 核子(数百 MeV)というエネルギーの梯子は, 長さの梯子 Å → fm → 0.5 fm の裏返しです.シミュレーターのタブ②「エネルギーの梯子」はこの対応を一枚にしたものです.
電子の大きさは実験的に 2.8×10−19 m 以下(LEP の電子–陽電子散乱 [Bourilkov 2001]),クォークは 4.3×10−19 m 以下(HERA の電子–陽子散乱 [ZEUS 2016])で, 標準模型はどちらも大きさゼロの点粒子として扱います.一方,その電子が原子の中にいる範囲(揺らぎの振幅)は 10−10 m,クォークが陽子の中にいる範囲は 10−16 m. 「粒子の大きさ」と「粒子がいる範囲」は,103〜108 倍も違う,まったく別の量です.
核子と原子は中身があるので,大きさそのものが測れます.陽子の 0.84 fm は電荷分布の rms 半径(ミュオン水素の分光 [Antognini 2013],CODATA 2022 で 0.84075(64) fm), 原子の半径は電子分布の拡がりです.そして核子の大きさは中身のクォークの揺らぎ,原子の大きさは中身の電子の揺らぎ―― つまり複合粒子の「大きさ」とは,その中身の「揺らぎ」のことなのです.
金属銅の結晶では,原子の半径 1.28 Å に対して室温の熱振動の rms 変位は 0.08 Å ほど(X 線回折の Debye–Waller 因子 B ≈ 0.55 Ų から ⟨u²⟩ = B/8π²),そのうちゼロ点振動は 0.04 Å 程度です.揺らぎが大きさの 1/30 しかない――だから原子は「球」として置けて,古典的な格子模型が使えます. 原子は電子より 105 倍重く,格子の閉じ込めは Å 単位で緩いので,式 (1) の運動エネルギーが meV にしかならないからです. 素粒子の世界へ降りるほどこの比は逆転し,揺らぎが大きさを 103〜108 倍も上回ります(§8 の帳簿).
古典電磁気学では,核のまわりを回る電子は放射でエネルギーを失い,水素なら約 10−11 s で核に落ちてしまいます. 落ちないのは,電子を半径 r の領域に閉じ込めると式 (1) の運動エネルギーが必要になるからです. クーロン引力と足したエネルギー
は r = a0/Z(a0 = 0.529 Å)で最小になります. この粗い見積もりが厳密な 1s のエネルギーと一致するのは,ΔxΔp ≈ ħ の等号が Gauss 型に近い 1s でほぼ成り立つからです. 核の中に電子を押し込もうとすると(r → 1 fm)第 1 項が 200 MeV に跳ね上がる一方,第 2 項は 1.4 MeV にしかならない―― 電子が核に落ちないのは,不確定性関係そのものなのです.シミュレーターの「原子の中の電子」に,この E(r) の曲線を Z を変えて表示する図があります. ▶ シミュレーター①:原子 → 電子
クーロン系ではビリアル定理 ⟨T⟩ = −E が成り立つので,1s の運動エネルギーは 13.6 Z² eV.これを ½m⟨v²⟩ と置くと
水素で v = 0.73% c = 2,190 km/s.揺らぎの時間スケールは a0/(αc) = ħ/Eh = 2.42×10−17 s(原子単位の時間)です. ヘリウムでは 2 個の電子が互いに核電荷を遮蔽し,変分法の有効核電荷 Z′ = 27/16 = 1.6875 を使うと v = 1.23% c(厳密解の ⟨T⟩ = 2.9037 hartree から出る 1 電子あたりの値は 1.24% c). この Z′ はマテリアル計算科学の講義第 3 回の変分計算そのものです(変分法のページ).
式 (3) は Z = 79(金)で v/c = 0.58,Z = 92(ウラン)で 0.67 になります.Dirac 方程式の点核 1s 準位は
で,金では非相対論の −84.9 keV が −93.6 keV に深まり,1s の半径は √(1−(Zα)²) = 0.82 倍に縮みます. この収縮は直交条件を通じて 6s まで伝わり,5d→6s の遷移エネルギーが銀の 3.7 eV(紫外)から金の 2.4 eV(青)に下がる―― だから金は青を吸収して黄色く見えます.水銀では縮んだ 6s² が閉殻として不活性になり,金属結合が弱まって室温で液体です(Pyykkö & Desclaux 1979). 物性の「重元素は相対論」という常識は,1s 電子が光速の半分で揺らいでいる,という素粒子的な事実から始まっています.
古典電磁気学の直観では,正の陽子と負の電子が合体して中性の粒子になれば最も安定に見えます.ところが粒子の質量を見ると
で,中性子は陽子+電子より重い.したがって p + e− → n + νe(電子捕獲)は外から 0.782 MeV を与えないと起きず, 逆に自由な中性子は n → p + e− + ν̄e と崩壊します(寿命 878.4 s,§5). 水素原子が安定な理由は二つあって,(i) 電磁気的な落下は量子力学(§2.1)が止め,(ii) 中性子への転化はエネルギー(式 5)が禁じているのです.
この 0.782 MeV は,決して当たり前の数字ではありません.中性子と陽子の質量差 1.293 MeV は, d クォークが u クォークより重いことによる +2.5 MeV と,陽子の電荷が持つ電磁的自己エネルギーによる −1.0 MeV の差し引きです (格子 QCD+QED の第一原理計算,BMW 共同研究 [Borsanyi 2015],§4.6). もし差が 0.511 MeV より小さければ水素原子は逆 β 崩壊で中性子になり,化学も生命も存在しなかった――同論文はそう書いています.
では「くっつく」条件はどこで満たされるのでしょうか.電子が縮退した高密度物質では,電子の Fermi エネルギーがこの費用を払えます. 自由な陽子と電子の気体なら,運動エネルギー EF ≥ 0.782 MeV が条件で,
白色矮星の中心密度(106–108 g/cm³)の上の方から先で,陽子と電子は本当に「くっつき」始めます(中性子化). 原子核の中の陽子ではもっと高い密度(109–1011 g/cm³)が必要で,中性子星の外殻ではこの電子捕獲が核を次々に中性子過剰にしていきます. つまり「陽子+電子 → 中性子が安定」という直観は,重力が電子を 0.8 MeV まで押し込んだ世界でだけ正しいのです.
1932 年に中性子が発見される前,原子核は「陽子と電子でできている」と考えられていました.これを葬ったのが式 (1) です. 電子を核の大きさ(1〜5 fm)に閉じ込めると運動エネルギーは ħc/Δx = 40〜200 MeV.一方,核が電子に及ぼすクーロン引力は Ze²/(4πε0R) で, Z = 50,R = 5 fm でも 14 MeV にしかならず,β 崩壊で出てくる電子のエネルギーも 1 MeV 程度――核は電子を閉じ込められません. だから核の中の中性な部分は電子ではなく,陽子と同じくらい重い新しい粒子でなければならない.それが中性子(Chadwick 1932)で, 同じ年に湯川が「陽子と中性子を結ぶ力」の問題に取り組み始めます(§3).
シミュレーターで電子・核子・クォークが「動いて」いるのは,量子力学の軌道ではありません. 確率密度 |ψ|² を保つランダムな運動として,Nelson の確率力学 [Nelson 1966] の拡散過程を使っています:
拡散係数は ħ/2m,ドリフトは「流れ」v と「浸透速度」u の和で,この過程の Fokker–Planck 方程式の定常解がちょうど ρ = |ψ|² になります. 1s 状態(ψ は実数で v = 0)では u = −(Zαc) r̂:内向きのドリフト速度の大きさが,式 (3) の vrms と同じ Zαc になるのは偶然ではありません. v = 0 の(実の)波動関数では ⟨p²⟩ = ħ²∫|∇ψ|² d³r = m²⟨u²⟩ が恒等的に成り立ち,運動エネルギーをすべて浸透速度が担うからです. 1s ではさらに |ψ| ∝ e−Zr/a0 の減衰定数が一定なので,u の大きさが場所によらず ħZ/ma0 = Zαc になります. 核子とクォークには調和振動子の基底状態(Gauss 型 ψ)を使い,u = −(ħ/mb²) r のドリフトで rms 半径 b√(3/2) の Gauss 分布を再現しています. 分布は厳密ですが「1 本の経路」に物理的な意味はない――これがこの可視化の約束です(§12).
電磁気力の担い手(光子)は質量ゼロで,クーロンポテンシャルは 1/r で無限遠まで届きます. 湯川秀樹(1935)は,核力が 2 fm 程度までしか届かないことから,担い手に質量があると考えました. 質量 m の場 φ が静的な点源 gδ³(r) から作られるときの方程式(Klein–Gordon 方程式の静的極限)と解は
m → 0 で 1/r に戻ります.到達距離 2 fm から湯川は m ≈ 100–200 MeV/c² を予言し,1947 年に π 中間子(139.6 MeV)が見つかりました: ħ/mπc = 197.3/139.6 = 1.41 fm.同じ式を弱い力に使うと,担い手 W の質量 80.4 GeV から到達距離 2.5×10−18 m が出ます(§5). 力の到達距離 = ħ/(担い手の質量 × c)――この一行が,4 つの力の「見た目の強さ」の違いの半分を説明します.
実際の核力はスピン・アイソスピン・テンソル・スピン軌道に依存する複雑なものですが(Argonne v18 は 18 個の演算子項,カイラル有効理論では π 交換+接触項), 中心力の骨格は「2 つの湯川型の和」でよく表せます.シミュレーターでは Malfliet–Tjon の np(³S₁)ポテンシャル [Malfliet & Tjon 1969] を使いました:
| r [fm] | 0.3 | 0.5 | 0.7 | 0.8 | 1.0 | 1.5 | 2.0 | 3.0 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 核力 VMT [MeV] | +574 | +30 | −70 | −77 | −69 | −32 | −13 | −1.9 |
| 陽子間クーロン e²/4πε0r [MeV] | +4.8 | +2.9 | +2.1 | +1.8 | +1.4 | +1.0 | +0.7 | +0.5 |
0.5 fm より内側は強い斥力芯(核子は重ならない――核の密度がどの核でもほぼ一定 0.16 個/fm³ である理由), 0.8 fm 付近で −77 MeV の引力,2 fm から先は π 交換の尾が弱く残ります.陽子間のクーロン反発は 1 fm で 1.4 MeV に過ぎません. 「陽子どうしは反発するのに核がまとまる」の答えは,1 fm での引力が反発の 50 倍だからです. ただしクーロン力は遠くまで届いて Z² で積み上がるので,重い核ほど中性子を多く必要とし,Z ≈ 100 を超えると核分裂に対して不安定になります(§3.6). ▶ シミュレーター②:4 つの力
材料科学者に一番なじみのある「残留力」はファンデルワールス力です.中性原子どうしは正味の電荷をもたないのに, 内部の電荷分布の揺らぎ(誘起双極子)を通じて弱く引き合い,その強さ(10 meV)は原子内部の結合(eV)よりずっと弱い. 核力はこれと同じ構図です.核子は色電荷が中性(3 色が混ざって「白」)なのに,内部のクォーク・グルーオンの揺らぎ―― 具体的には色中性の中間子(π, σ, ρ, ω …)の交換――を通じて引き合い,その強さ(数十 MeV)はクォークを閉じ込める色の力(GeV/fm)より桁違いに弱い. だから核力は「強い力のお釣り(残留強い力)」と呼ばれます.違いは,ファンデルワールス力が 1/r6 で減るのに対し, 核力は担い手が有質量なので e−r/1.4 fm で切れることです.
核子 4 個を半径 1.5 fm に閉じ込めると,式 (1) の運動エネルギーは 1 個あたり数十 MeV になるはずです. Argonne v18 二体力+Illinois 三体力を使った量子モンテカルロ(GFMC)の結果 [Pieper & Wiringa 2001] が,この直観を数字にしています:
| ⁴He(GFMC, AV18/IL2) | 値 [MeV] | 備考 |
|---|---|---|
| 核子の運動エネルギー ⟨K⟩ | +115 | 1 個あたり 29 MeV,prms = √(2mT) = 233 MeV/c,v/c ≈ 0.25 |
| 二体核力 ⟨vij⟩ | −136 | うち 1π 交換 −105(77%):湯川の描像が今も定量的に主役 |
| 三体力 ⟨Vijk⟩ | −8.4 | 二体力の 6% だが,結合の 30% を担う |
| 電磁気(クーロンなど)⟨vγ⟩ | +0.9 | 陽子 2 個の反発.核力の 1/150 |
| 合計 | −28.3 | 実測 −28.296 MeV(核子 1 個あたり 7.07 MeV) |
結合エネルギーは,巨大な運動エネルギーと,それをわずかに上回る引力の差し引きです.重陽子ではもっと際どく,AV18 で ⟨T⟩ ≈ 19.8 MeV,⟨V⟩ ≈ −22.0 MeV, 差し引き −2.22 MeV.核子は半分近くの時間を核力の届かない外側で過ごし,電荷半径は陽子の 2.5 倍(2.13 fm)に膨らみ,励起状態は一つもありません. 核子の揺らぎの時間スケールは ħ/⟨T⟩ ≈ 2×10−23 s.シミュレーターの原子核ビューはこの時間を 1022 倍ほど遅回しにしています.
「中性子どうしがくっつく理由はない」という直観は正しくて,二中性子(nn)は存在しません.ただし理由はクーロン力ではありません. 同種のフェルミオン 2 個が相対 s 波(最も引力を活かせる配置)にいるには,Pauli 原理からスピンが逆向き(¹S₀,スピン 1 重項)でなければなりません. 一方,陽子+中性子は区別できる粒子なので,スピンが平行の ³S₁(3 重項)も許され,そこでは π 交換のテンソル力が ³D₁ 成分(確率 ≈5%)を混ぜて余分の引力を生みます. これが重陽子を縛る決め手で,¹S₀ にはそれがない.散乱長 a(負なら非束縛)で比べると
| 系(チャネル) | 散乱長 a [fm] | 状態 | 備考 |
|---|---|---|---|
| np(³S₁) | +5.42 | 束縛:重陽子,B = 2.22 MeV | テンソル力で D 波が混ざる |
| np(¹S₀) | −23.7 | 非束縛(仮想状態,≈70 keV 不足) | スピン 1 重項の np も束縛しない |
| nn(¹S₀) | −18.6 | 非束縛(仮想状態,≈100 keV 不足) | 核力の荷電独立性:np の ¹S₀ とほぼ同じ |
| pp(¹S₀) | −7.8(クーロン込み) | 非束縛 | 核力は nn と同じ,さらにクーロン反発 |
核力は「あと 100 keV で nn を縛れる」ほどには強く,「¹S₀ を縛る」ほどには強くない――この際どさが,宇宙の元素合成(重陽子はできるが二陽子はできない)と, 太陽の pp 反応が弱い力を必要とする理由(§5.3)を決めています.シミュレーターの原子核ビューにある「中性子 2 個/陽子 2 個を近づける」ボタンで,離れていく様子を見られます.
⁴He(α 粒子)は核子 1 個あたり 7.07 MeV と,軽い核の中で飛び抜けて強く束縛されています(重陽子 1.11,³He 2.57 MeV). スピン上下 × 陽子/中性子の 4 通りで 1s 軌道を「満席」にでき,4 個すべてが最も引力を活かせる配置に入れるからです. 5 個目の核子は Pauli 原理で 1p 軌道に押し出されるため,⁵He も ⁵Li も束縛しません. 重い核では半経験的質量公式
が物語を要約します.核力は到達距離が短いので体積項 aVA としてしか効かないのに,クーロン項は Z² で積み上がる. この競争で核子 1 個あたりの結合は鉄・ニッケル(8.8 MeV)で最大になり(核融合がエネルギーを出す理由,核融合シミュレーターの B/A 曲線), 重い核は中性子過剰(N > Z)を要求され,Z ≈ 100 を超えると自発核分裂で崩れます.周期表に終わりがあるのは,電磁気力が長距離力だからです.
自由な中性子は 15 分で β 崩壊するのに,⁴He の中性子は永遠に安定です.n → p にすると ⁴He は ⁴Li になりますが,⁴Li は陽子放出に対して不安定で, 必要なエネルギーが 22.9 MeV も足りません.核力と Pauli 原理が作る束縛エネルギーの差が,弱い力の出番を封じているのです. 逆に三重水素(³H → ³He,Q = 18.6 keV,半減期 12.3 年)のように,娘核の方がわずかに深く束縛されていれば崩壊は起きます. 「核の中の中性子が安定かどうか」は,弱い力ではなく核のエネルギー収支が決めています.
陽子と中性子は素粒子ではなく,3 個のクォークを価クォークとする複合粒子です(Gell-Mann・Zweig 1964,深非弾性散乱による実証は SLAC 1968). クォークは 6 種類(フレーバー)あり,電荷は e の +2/3 または −1/3 という分数です:
| 世代 | クォーク(電荷 +2/3) | 質量 | クォーク(電荷 −1/3) | 質量 | 荷電レプトン | 質量 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 第 1 | u(アップ) | 2.16 MeV | d(ダウン) | 4.70 MeV | e− | 0.511 MeV |
| 第 2 | c(チャーム) | 1.273 GeV | s(ストレンジ) | 93.5 MeV | μ− | 105.7 MeV |
| 第 3 | t(トップ) | 172.6 GeV | b(ボトム) | 4.18 GeV | τ− | 1777 MeV |
(軽いクォークの質量は MS-bar スキーム・2 GeV での値,PDG 2024.各世代にはニュートリノ νe, νμ, ντ も属します.) ふつうの物質を作っているのは第 1 世代だけです:陽子 = uud(+2/3 +2/3 −1/3 = +1),中性子 = udd(+2/3 −1/3 −1/3 = 0). 核子の電荷はクォークに由来し,陽子と中性子の違いは u と d が 1 個入れ替わっただけ――だから弱い力で d ⇄ u が変われば,陽子と中性子は互いに転化します(§5). クォーク模型の説得力のある証拠の一つが磁気モーメントで,模型は μn/μp = −2/3 を予言し,実測は −1.913/2.793 = −0.685 です.
クォークは電荷のほかに,3 種類の値をとる「色荷」(赤・緑・青)をもちます.3 色が揃うと「白」(色中性)になり,核子は 3 色 1 個ずつの色 1 重項です (中間子はクォーク+反クォーク:色+反色で白).色の力を伝えるのがグルーオンで,色と反色の組み合わせから 3×3 − 1 = 8 種類あります (群論で言えば SU(3) の随伴表現 8,リー群のページ §7). グルーオンは光子と違って自分自身が色荷をもつため,グルーオンどうしが相互作用します.これが電磁気力と強い力の運命を分けました: 光子の力線は広がって 1/r² で薄まりますが,グルーオンの力線は互いに引き合って細い管(弦)に束なり,距離によらず一定の力を伝えます(§4.4).
結合定数は測るエネルギー(距離)によって変わります.1 ループの摂動論で
| スケール Q(距離 ħc/Q) | 91 GeV(0.002 fm) | 10 GeV(0.02 fm) | 2 GeV(0.1 fm) | 1 GeV(0.2 fm) | ≈0.3 GeV(0.7 fm) |
|---|---|---|---|---|---|
| αs | 0.118 | ≈0.18 | ≈0.30 | ≈0.5 | ≳1(摂動論が破綻) |
電磁気の α は高エネルギーでゆっくり大きくなる(1/137 → 1/128 at 91 GeV)のに対し,αs は小さくなります(漸近的自由,Gross–Wilczek・Politzer 1973,2004 年ノーベル賞). だから高エネルギー実験(HERA,LHC)ではクォークはほぼ自由な点粒子として振る舞い,逆に核子の大きさ 1 fm のスケールでは結合が 1 を超えて, クォークを引き離すことができなくなります(閉じ込め).核子の中のクォークの世界は,摂動論が使えない強結合の世界で,格子 QCD が第一原理計算の唯一の道具です.
クォーク–反クォーク間のポテンシャルは,格子 QCD と重いクォーク系(チャーモニウム)の分光から,Cornell 型でよく表せます:
第 1 項はグルーオン 1 個の交換によるクーロン型(4/3 は色の因子),第 2 項が閉じ込めの弦です. クォークを引き離す力は距離によらず一定で,その大きさは自動車 10 台分の重さ――1 fm 引き離すだけで 0.9 GeV,π 中間子 6 個分のエネルギーになるので, 途中で弦が切れてクォーク・反クォーク対(中間子)が生まれ,単独のクォークは決して外に出てきません. 比較のために,2 つの陽子の間の電磁気力は 1 fm で 231 N(23.5 kg重)です. シミュレーターのタブ②では,この 2 本の曲線(クォーク間の色の力と,核子間の核力)を電磁気力・弱い力・重力と同じ物差しに並べています.
陽子の質量 938.27 MeV に対し,価クォーク 3 個の質量の和は 2.16 + 2.16 + 4.70 = 9.0 MeV,中性子でも 11.6 MeV しかありません. 質量のほぼすべては,閉じ込められたクォークとグルーオンの運動と場のエネルギーです(E = mc² の逆). QCD のエネルギー運動量テンソルを使うと,静止系の質量は
(クォーク質量項,クォーク運動エネルギー,グルーオン場のエネルギー,トレース異常)に分解でき,格子 QCD による内訳は [Yang et al. 2018]:
| 陽子質量の内訳(χQCD, MS-bar 2 GeV) | 割合 | 意味 |
|---|---|---|
| クォークの運動エネルギー ⟨HE⟩ | 32(4)(4)% | 閉じ込めによる運動(式 1) |
| グルーオン場のエネルギー ⟨Hg⟩ | 36(5)(4)% | 色電場・色磁場のエネルギー |
| トレース異常 ¼⟨Ha⟩ | 23(1)(1)% | スケール不変性の量子的な破れ(Λ が生む質量) |
| クォーク質量項 ⟨Hm⟩(Higgs 由来) | 9(2)(1)% | u, d, s の凝縮の寄与.価クォーク 3 個の裸の質量だけなら 1% |
物性物理の言葉で言えば,核子の中のクォークは「裸の質量 2–5 MeV の粒子」ではなく,グルーオンの雲をまとった準粒子で, その有効質量(構成クォーク質量)は ≈ 330 MeV です.この有効質量を生む機構がカイラル対称性の自発的破れで, 南部陽一郎は BCS 超伝導のギャップ生成をヒントにこれを定式化しました [Nambu & Jona-Lasinio 1961,2008 年ノーベル賞]. QCD の真空は超伝導体のようにクォーク対の凝縮 ⟨q̄q⟩ で満たされ,そこを進むクォークがギャップ(≈300 MeV)を質量として獲得する―― 超伝導を知っている人には,これが一番腑に落ちる説明だと思います.
§2.4 で見たように,この小さな差(1.293 MeV)が水素原子の存在を支えています.格子 QCD に QED を組み込んだ第一原理計算 [Borsanyi et al. 2015] は,
と,二つの効果の差し引きであることを示しました.d が u より重いので udd の中性子は重くなり,一方で電荷をもつ陽子は電磁的な自己エネルギーの分だけ重くなる. もし α がいまの 2 倍なら QED 項は −2 MeV になり,差は電子の質量 0.511 MeV とほぼ同じところまで縮んで水素原子は安定の瀬戸際に立ち,逆に差が大きすぎればビッグバン元素合成で中性子が減りすぎて重い元素ができにくくなる―― 「宇宙の微調整」の教科書的な例です.
陽子の電荷半径 0.84 fm の内側で,価クォークの位置は rms で 0.6 fm ほど揺らいでいます(残りは π 中間子の雲の寄与). 一方,クォーク自身の大きさは HERA の電子–陽子散乱で 4.3×10−19 m 以下 [ZEUS 2016]:揺らぎは大きさの 1,400 倍以上です. 運動量は式 (1) から p ≈ ħ/(0.5 fm) ≈ 400 MeV/c――裸の質量 2–5 MeV/c² を桁違いに超え,クォークはほぼ光速で動いています. しかも陽子の中身は「クォーク 3 個」では済みません.グルーオンが陽子の運動量の約半分(⟨x⟩g ≈ 0.4–0.5)を担い, クォーク・反クォーク対(海クォーク)が絶えず生まれては消えています.シミュレーターの核子ビューで紫の小さな対として描いたのがそれです. 揺らぎの時間スケールは ħ/(pc) ≈ 1.6×10−24 s.
中性子の電荷は 0 ですが,電荷分布の 2 乗平均半径は負です:⟨r²⟩n = −0.1155(17) fm²(PDG 2024). 内側に正,外側に負の電荷があることを意味し,(i) 中性子が一時的に p + π− に揺らぐ「π− の雲」, (ii) スピン依存の色磁気力が d クォークを外側へ押しやること,の両方で説明されます. 磁気半径は 0.86 fm で陽子と同程度――中性子は「中性」でも,内側は電荷と電流の渦です. ▶ シミュレーター①:原子核 → 中性子
中性子の β 崩壊 n → p + e− + ν̄e は,クォークのレベルでは d → u + W−,W− → e− + ν̄e です. 弱い力は「くっつける力」ではなく,粒子の種類(フレーバー)を変える力で,4 つの力のうち唯一クォークの種類を変えられます. Fermi(1934)はこれを 4 つのフェルミオンが 1 点で結合する相互作用として定式化し,その強さが Fermi 定数 GF = 1.1663787(6)×10−5 GeV−2. 1983 年に担い手 W±(80.37 GeV)と Z0(91.19 GeV)が CERN で発見され,Fermi 定数は W の質量と結合定数 g で書けることが分かりました:
αW ≈ 1/32 は電磁気の 1/137 より大きい――弱い力の結合そのものは弱くありません. 式 (15) に代入すると GF ≈ παW/(√2 MW²) ≈ 1.1×10−5 GeV−2 と,測定値が桁も係数もほぼ再現されます.
湯川の式 (8) を W に当てはめると,到達距離は ħ/MWc = 197.3 MeV·fm / 80,369 MeV = 2.5×10−3 fm = 2.5×10−18 m. 陽子の大きさ(0.84 fm)の 1/340,原子核の中で核子が互いに離れている距離(1–2 fm)の 1/500 です. 湯川因子 e−r/rW は r = 1 fm で e−400 ≈ 10−174――核子と核子の間では弱い力は文字通りゼロで, 「顔を出す」のは 1 個の核子の内部で d → u が起きる瞬間だけです. 低エネルギーでの実効的な強さは GFE² ∝ (E/MW)² で,陽子のスケールでは GFmp² ≈ 10−5: よく引用される「強い力 1,電磁気力 10−2,弱い力 10−5〜10−6,重力 10−39」の弱い力の数字はこれです.
弱い力の遅さは寿命に現れます.強い力による崩壊(Δ → Nπ)は 10−23 s,電磁気力による崩壊(π0 → γγ)は 10−16 s, 弱い力による崩壊は π+ で 2.6×10−8 s,中性子では 878.4 s(PDG 2024;半減期 10.2 分). 中性子がとくに長生きなのは Q = 0.782 MeV が小さく,位相空間が Q5 で効くからです(Sargent の法則).実際,
(Vud = 0.974 は小林–益川行列の要素,gA = 1.275 は核子の軸性結合,f = 1.689 は位相空間積分,ΔR ≈ 3.9% は輻射補正)と, Fermi 定数と電子質量だけからほぼ正しい寿命が出ます.弱い力が「弱い」のは GF が小さいから,GF が小さいのは W が重いから―― そして W が重いのは Higgs 場のせいです(§5.4).
太陽のエネルギー源である pp 連鎖の最初の一歩は
です.§3.5 で見たように二陽子(pp)は束縛しないので,2 個の陽子が核力の届く距離にいる一瞬(10−22 s)のうちに, 片方の陽子の中で u → d が起きて中性子に変わらなければ重陽子はできません.クーロン障壁(太陽中心 1.3 keV に対して障壁は 500 keV,トンネル効果で越える)と 弱い力の遅さが重なって,反応率は極端に小さい:太陽の中心で陽子 1 個が反応するまでの平均時間は約 1010 年, 中心の発熱密度はわずか 276 W/m³――人体の代謝や堆肥の山と同程度です.太陽が明るいのは,その体積が巨大だからにすぎません.
これは欠陥ではなく恩恵です.もし pp 反応が強い力だけで進むなら,太陽は数千年で燃え尽き,生命が進化する時間はありませんでした. 一方,核融合炉が D + T → ⁴He + n を選ぶのは,これが弱い力を必要としない反応で(中性子はすでに三重水素の中にある),反応率が pp の 1025 倍も大きいからです (核融合シミュレーターの「4 つの力」「壁とトンネル」タブ).
Glashow–Weinberg–Salam の理論では,電磁気力と弱い力は SU(2)×U(1) という一つのゲージ対称性から出る 4 本の力(W+, W−, Z0, 光子)で, 結合定数 g, g′ は混合角 θW(sin²θW = 0.2313)で電荷 e = g sinθW と結ばれています. Higgs 場の真空期待値 v = 246 GeV が MW = gv/2 = 80 GeV,MZ = 91 GeV の質量を与え,光子だけが質量ゼロで残る―― これが電磁気力は無限遠まで届き,弱い力は 10−18 m しか届かない理由の全部です(Higgs 粒子 125.2 GeV は 2012 年に発見). 衝突エネルギーが 100 GeV を超えると(距離が 10−18 m より短くなると)湯川因子が 1 に戻り,弱い力は電磁気力と同程度の強さで働きます. シミュレーターのタブ②で距離を 10−18 m まで下げると,弱い力の曲線が電磁気力の曲線に追いつくのが見えます.
弱い力にはもう一つ,他の力にない特徴があります:鏡映対称性(パリティ)を最大限に破り,左巻きの粒子だけに働くことです(Lee–Yang の予言と Wu の実験,1957). ニュートリノは弱い力しか感じないので,地球も太陽も素通りします(太陽ニュートリノ:Koshiba 2002,ニュートリノ振動:Kajita 2015).
粒子の大きさは散乱で測ります.電荷分布が拡がっていれば,運動量移行 q の散乱振幅に形状因子 F(q²) = 1 − q²⟨r²⟩/6 + … がかかり, ħ/q が大きさより短くなると点電荷からのずれが見えます.陽子の 0.84 fm はこうして(電子散乱とミュオン水素分光で)測られた実寸です. 電子については LEP の e+e− → e+e− 散乱(√s ≈ 200 GeV)が 10−18 m 以下を調べ,ずれはなく, 半径の上限 2.8×10−19 m(95% 信頼度)が得られています [Bourilkov 2001].クォークについては HERA の ep 散乱から 4.3×10−19 m [ZEUS 2016]. 電子の異常磁気モーメント g−2 は 13 桁の精度で QED と一致しており(g/2 = 1.001 159 652 180 59(13) [Fan et al. 2023]), 複合模型の関係式(Brodsky–Drell)を使うと構造の大きさは 10−22 m 以下と推定されます [Dehmelt 1988]――ただしこれは測定ではなく模型依存の推定です.
よく「電子の半径」として挙がる古典電子半径 re = e²/(4πε0mc²) = 2.82 fm は, 「電子の静電エネルギーが mc² に等しくなるような古典的な球の半径」で,大きさではありません(実際の上限より 104 倍大きい). Thomson 散乱の断面積 (8π/3)re² に現れる長さのスケールとして意味があるだけです.
では「点」の電子は,どこまで細かく位置を決められるのでしょうか.式 (1) の相対論版から,
電子を換算コンプトン波長より小さく閉じ込めるとエネルギーが mc² を超え,真空から電子・陽電子対が生まれて「どれが元の電子か」を言えなくなります. これが,1 個の粒子として電子の位置を意味づけられる下限です.
同じことが Dirac 方程式にも現れます.Dirac の速度演算子 cα の固有値は ±c しかなく,自由電子の位置演算子の時間発展は
で,静止した電子でさえ位置が ƛC/2 = 1.9×10−13 m の振幅で 1021 回/秒震えます(Zitterbewegung,Schrödinger 1930). この振動は正エネルギー解と負エネルギー解(陽電子)の干渉から来るもので,純粋な正エネルギー波束では消える代わりに, 位置演算子そのものが ƛC の範囲でぼやけます(Newton–Wigner).どちらの言い方でも結論は同じ:「静止した点電荷としての電子」は 10−13 m より細かくは存在しない. 観測できる痕跡が水素原子の Darwin 項です.クーロンポテンシャルを ƛC の範囲で平均することに相当する補正
は s 状態だけを持ち上げ,水素の微細構造の一部として実測されています.
QED では真空にも電磁場のゼロ点振動があり,電子はそれに絶えず揺すられています.Welton(1948)の直観的な計算では, 運動方程式 m d²δr/dt² = −eE(t) をゼロ点電場の全モードで足し上げて
(EB ≈ 17 Ry は Bethe の平均励起エネルギー,対数因子 ≈ 8). 電子が 10−13 m の範囲でぼやけると,核の近くで感じるポテンシャルが平均化されて s 準位が浅くなる―― これが 2s1/2 と 2p1/2 の縮退を破る Lamb シフト(実測 1057.8 MHz)の直観的な説明で,粗い見積もりでも桁と係数がほぼ合います. Zitterbewegung が「電子 1 個の Dirac 理論の性質」だとすれば,Welton の震えは「真空という媒質からの揺さぶり」で,どちらも 10−13 m のスケールです.
Born–Oppenheimer 近似は原子核を止める近似であって,電子を止める近似ではありません.電子を幅 σ0 の Gauss 波束として「置く」と, Schrödinger 方程式の自由解は
| 初期幅 σ0 | τ = 2mσ0²/ħ | 1 fs 後 | 1 ps 後 | 1 ns 後 |
|---|---|---|---|---|
| 1 pm(換算コンプトン波長 ƛC の 2.6 倍) | 1.7×10−20 s | 58 nm | 58 µm | 5.8 cm |
| 1 Å(原子の大きさ) | 1.7×10−16 s | 0.59 nm | 0.58 µm | 0.58 mm |
| 1 nm | 1.7×10−14 s | 1.0 nm | 58 nm | 58 µm |
狭く閉じ込めるほど速く拡がる――運動量の不確定さ ħ/2σ0 が速度の拡がりになるからです. 原子の中で電子が拡がらないのは,核のクーロン引力が拡がりを引き戻して定常状態(|ψ1s|²)を作っているからで, 「止まっている」のではなく「拡がろうとする運動と引力が釣り合った揺らぎ」が,あの 0.5 Å の雲です.
自由空間で電子を止められないなら,調和ポテンシャルに閉じ込めるしかありません.それでも基底状態のゼロ点振幅 √(ħ/2mω) は残ります. Harvard の 1 電子 g−2 実験(Penning トラップ,B ≈ 5.4 T [Hanneke 2008; Fan 2023])では,サイクロトロン振動数 eB/2πm ≈ 150 GHz, 基底状態の磁気長 √(ħ/eB) ≈ 11 nm,軸方向の振動数 ≈ 200 MHz でゼロ点振幅 ≈ 0.2 µm. 大きさ 10−18 m 以下の粒子が,実験室で「静止」させても 10−7 m の範囲で揺らいでいる:1011 倍です. そしてこの揺らぎ続ける 1 個の電子が,g−2 を 13 桁で決め,QED を人類史上最も精密に検証しています. ▶ シミュレーター①:真空中の電子
原子の中の電子の「揺らぎ」(|ψ|² の拡がり)は,隣の原子と重なると化学結合になり(重なり積分のページ), 固体では結晶全体に拡がってバンドになります.密度汎関数理論で計算している電子密度 n(r) は,まさに §2.6 の定常分布 |ψ|² の多電子版です. つまり物性物理が日常的に扱っている「電子の分布」とは,点粒子である電子の量子的な揺らぎの地図にほかなりません. 電子は 10−18 m の点なのに,その揺らぎが Å の化学と物質を作っている――このギャップの大きさ(108 倍)が,この解説で一番伝えたい数字です.
力の「強さ」を単位なしで比べるには,2 つの粒子が距離 r にあるときのポテンシャルエネルギーを ħc/r で割った無次元量(結合定数)を使います:
| 力 | 結合定数の定義 | 値 | 担い手(質量) | 到達距離 ħ/mc |
|---|---|---|---|---|
| 重力 | αG = Gmp²/ħc | 5.9×10−39 | 重力子(0,未発見) | ∞ |
| 電磁気力 | α = e²/4πε0ħc | 7.30×10−3 = 1/137.04 | 光子(0) | ∞ |
| 弱い力 | αW = g²/4π = α/sin²θW | 3.2×10−2 = 1/31.7 | W±(80.4 GeV),Z0(91.2 GeV) | 2.5×10−18 m |
| 強い力(色) | αs = gs²/4π | 0.118(91 GeV)〜 ≈1(1 GeV) | グルーオン 8 種(0) | 閉じ込め(弦は ≈1.5 fm で切れる) |
| 強い力(核力) | gπNN²/4π | ≈14 | π(140 MeV),σ, ρ, ω … | 1.4 fm |
結合定数だけ見ると,弱い力は電磁気力より強く,核力は色の力より桁違いに強い.「弱い」「残留」という名前は,到達距離を含めた実効的な強さで付いています. よく引用される「1 : 10−2 : 10−6 : 10−39」は,強い力 ≈1,電磁気力 α,弱い力 GFmp² ≈ 10−5(規格化により 10−6〜10−13 と書かれることもある), 重力 αG を並べたもので,暗黙に「陽子のスケール(1 fm)」で比べています.距離を変えれば順位が変わる――それがタブ②の図です.
シミュレーターのタブ②で使った 5 本のポテンシャル(2 つの陽子,またはクォーク–反クォーク対)は
で,力は F = −dV/dr(1 MeV/fm = 1.602×10−13 J / 10−15 m = 160.2 N).代表的な距離での値:
| 距離 | 重力 | 電磁気力 | 弱い力 | 核力(np) | 色の力(q q̄) |
|---|---|---|---|---|---|
| r = 2.5×10−18 m(= rW) | 4.7×10−28 eV | 587 MeV | 934 MeV | ―(核子が重なり無意味) | ≈ −10 GeV(αs ≈ 0.1) |
| r = 1 fm | −1.2×10−30 eV (1.9×10−34 N) | +1.44 MeV (231 N = 23.5 kg重) | ≈ 10−170 eV | −69 MeV (1.2×104 N = 1.2 t重) | +0.82 GeV (1.6×105 N = 16 t重) |
| r = 1 Å | 1.2×10−35 eV | 14.4 eV (2.3×10−8 N) | 0 | 0(e−1.5×105) | ―(弦は 1.5 fm で切れる) |
弱い力のポテンシャルは Z/W 交換を湯川型で桁だけ見積もったもので,実際の結合はスピン・カイラリティに依存し符号も一定ではありません. 色の力の αs は固定値 0.3 を使っているので,0.1 fm より近距離では走る結合定数(§4.3)の分だけ過大です.
素粒子物理では長さも温度もエネルギーで語ります.換算は L = ħc/E(197.3 MeV·fm)と T = E/kB(1 eV = 11,604 K):
| エネルギー | 長さ ħc/E | 温度 E/kB | 主役 |
|---|---|---|---|
| 25 meV | 7.9 µm | 300 K | 格子振動・拡散・室温の化学 |
| 1–10 eV | 200–20 nm | 104–105 K | 可視光・化学結合・原子の電離 |
| 1 keV | 0.2 nm | 1.2×107 K | X 線・内殻電子・太陽中心(1.3 keV) |
| 1 MeV | 197 fm | 1.2×1010 K | 核の結合・β 崩壊・対生成(0.511 MeV) |
| 140 MeV | 1.4 fm | 1.6×1012 K | π 中間子・核力の到達距離・QCD 相転移 |
| 1 GeV | 0.2 fm | 1.2×1013 K | 陽子の質量・閉じ込めのスケール |
| 100 GeV | 2×10−18 m | 1015 K | W・Z・Higgs・電弱統一 |
| 10 TeV | 2×10−20 m | 1017 K | LHC が見分けられる最小の長さ |
| 1019 GeV | 1.6×10−35 m | 1032 K | プランクスケール(量子重力) |
ここまでに登場した登場人物をまとめると,物質の素粒子はクォーク 6 種とレプトン 6 種(3 世代),力の担い手は光子・W±・Z0・グルーオン 8 種, そして質量を与える Higgs 粒子――これが標準模型です.重力だけは標準模型の外にあり,量子論との統合は未解決です. この物語の節目には日本の物理学者が並んでいます:湯川秀樹(核力=中間子交換,1949),朝永振一郎(QED のくりこみ,1965), 小柴昌俊(ニュートリノ天文学,2002),南部陽一郎(対称性の自発的破れ=質量の起源,2008),小林誠・益川敏英(3 世代の予言,2008),梶田隆章(ニュートリノ振動,2015).
最後に,この解説の背骨だった数字を一枚の表にします(シミュレーターのタブ③と同じ).「大きさ」は複合粒子なら実寸(rms 半径),点粒子なら実験の上限. 「揺らぎ」はその粒子が置かれた状況での位置の rms です.
| 粒子(状況) | 大きさ | 揺らぎ | 揺らぎ/大きさ | 揺らぎの中身 |
|---|---|---|---|---|
| 電子(水素原子の 1s) | < 2.8×10−19 m | 0.92 Å | > 3×108 | √3 a0(§2) |
| 電子(金の 1s,Z = 79) | < 2.8×10−19 m | 1.2 pm | > 4×106 | √3 a0/Z,v = 0.58c(§2.3) |
| 電子(真空中,Dirac の震え) | < 2.8×10−19 m | 1.9×10−13 m | > 7×105 | Zitterbewegung ƛC/2(§6.2) |
| 電子(真空のゼロ点振動) | < 2.8×10−19 m | 8×10−14 m | > 3×105 | Welton,Lamb シフト(§6.3) |
| 電子(Penning トラップ) | < 2.8×10−19 m | 0.2 µm | > 7×1011 | 軸方向ゼロ点振幅(§6.5) |
| クォーク(陽子の中) | < 4.3×10−19 m | 0.6 fm | > 1.4×103 | 閉じ込め(§4.7) |
| 核子(⁴He の中) | 0.84 fm | 1.45 fm | 1.7 | GFMC の点核子半径(§3.4) |
| 核子(重陽子の中) | 0.84 fm | 1.97 fm | 2.3 | 物質半径(§3.4) |
| 原子(Cu 結晶,300 K) | 1.28 Å | 0.08 Å | 0.06 | Debye–Waller(§1.3) |
下から上へ,揺らぎ/大きさは 0.06 → 2 → 103 → 108 と増えていきます.材料の世界で原子を球として扱えるのは比が 1 より小さいからで, 核の中では核子が互いに重なるほど揺らぎ(比 ≈ 2),核子の中と原子の中では「点」が広大な範囲を揺らいでいます. そして各段の揺らぎを支配している力が,電磁気力 → 核力 → 色の力と入れ替わり,弱い力がその間で粒子の種類を書き換える―― 4 つの力の分業は,この帳簿の各行に一つずつ対応しているのです.
古典電磁気学では,陽子は空間にクーロン場 E = e/4πε0r² を作り,電子はその場から力を受けます. 量子電磁力学(QED)では,電磁場そのものが量子化されていて,その量子が光子です.陽子のまわりの静電場は,陽子が絶えず放出しては吸収している仮想光子の雲であり, 電子がその雲の中にいると,陽子の出した仮想光子を電子が吸収する(あるいはその逆)――これが「光子を交換して力が伝わる」の意味です. 実光子は E = pc(質量 0)を満たしますが,仮想光子はこの関係を満たさなくてよく,代わりに不確定性関係
が許す短い時間だけエネルギーを「借りて」飛びます(Wick 1938 の議論).光子は質量 0 なので借りる必要のあるエネルギーに下限がなく,どんな遠くへも届く(到達距離 ∞,クーロン力は 1/r²). π 中間子は 140 MeV を借りなければならないので 1.4 fm より遠くへは届きにくい(§3.1 の湯川の議論と同じ結論).W ボソンは 80 GeV を借りるので 2.5×10−18 m. 「担い手の質量が力の到達距離を決める」という §3.1 の式は,電磁気力(質量 0 → 無限遠)まで含めて,担い手を交換する力に共通の仕組みです. ただし色の力だけは例外で,グルーオンは質量 0 なのに到達距離は無限大になりません:グルーオンどうしが相互作用して力線が細い弦に束ねられ(§4.2),その弦が ≈1.5 fm で切れてしまうからです(§4.4). ▶ シミュレーター④:光子の交換
「光子の交換」を計算に直すと,運動量 ħq を運ぶ担い手 1 個の交換の振幅(伝播関数)が 1/(q² + μ²) の形をもち,2 粒子間の相互作用エネルギーはその Fourier 変換です:
μ → 0(光子)で V = −g²/4πr:g² → e²/ε0 と読めば,異符号の電荷ではクーロン引力 −e²/4πε0r,同符号なら斥力です. μ ≠ 0 なら §3.1 の湯川ポテンシャル.つまり「光子交換」と「π 交換」は同じ式の μ = 0 と μ = mπc/ħ に過ぎません. 1/q² という伝播関数は目に見えます:散乱の Born 近似で振幅は Ṽ(q) に比例し,断面積は |Ṽ|² ∝ 1/q⁴ ∝ 1/sin⁴(θ/2)――Rutherford 散乱の角度分布は,光子の伝播関数の 2 乗そのものです.
古典的に「ボールを投げ合えば互いに遠ざかる(斥力)」と説明されることがありますが,引力はこの絵では出ません.正しくは,担い手のスピンと電荷の符号で決まります: スピン 1(光子,グルーオン)の交換は同種の電荷どうしで斥力・異種で引力,スピン 0(σ 中間子)やスピン 2(重力子)の交換は同種どうしでも引力です(式 (25) の全体の符号が担い手のスピンで変わる). だから電荷が打ち消し合わない重力は常に引力で足し上がり,電磁気力は物質が中性になると消えます(§7.3). π 中間子は擬スカラー(スピン 0,パリティ負)で,1π 交換ポテンシャルにはスピンとアイソスピンの演算子が付きます:
(S12 はテンソル演算子,T(x) = (1 + 3/x + 3/x²)Y.Argonne v18 の 1π 交換項 [Wiringa et al. 1995] の形.) 中心力の部分の符号は (τ1·τ2)(σ1·σ2)/3 で決まり,重陽子(T = 0, S = 1)では (−3)(+1)/3 = −1 で引力,¹S₀ の np・nn・pp(T = 1, S = 0)では (+1)(−3)/3 = −1 でやはり引力, T = 1, S = 1 では +1/3 の斥力,T = 0, S = 0 では +3 の強い斥力です.§3.5 で「重陽子は 3 重項だけ縛られる」と言ったのは,この中心力にテンソル力 S12T(3 重項でだけ効く)が加わった結果でした.
ここまでの「交換」は(A) 担い手の粒子を投げ合うことでした.多体電子論の「交換エネルギー」の「交換」は別物で,(B) 区別できない同種粒子の座標を入れ替える操作を指します. 2 電子の波動関数は Pauli の反対称性 Ψ(1,2) = −Ψ(2,1) を満たさなければならず,スピンが平行なら空間部分が反対称,すなわち r1 = r2 で 0 になります. 同じスピンの電子は互いに近づけない――この「Fermi 孔」のぶんだけクーロン斥力の期待値が減り,その減少分が交換エネルギーです.博士論文の式 (2.51)–(2.54) で言えば,
で,直接項(Hartree)は密度どうしの,交換項(Fock)は密度行列 ρ(r,r′) = 3ρ(sin t − t cos t)/t³ のクーロン積分です. 2 行目は同じことを対相関関数で書いたもので,g↑↑ が 0 から 1 へ立ち上がるまでの穴(Fermi 孔,積分すると電子 −1 個分)にクーロン 1/r を掛けて積分すると,論文の式 (2.54) の −(3/4π)kF(原子単位)がそのまま出ます(Cu の伝導電子で −4.7 eV/電子). シミュレーター④の右下の図はこの Fermi 孔です.
「π 中間子を交換すると原子核が安定化するのか」という問いへの答えは「はい,(A) の意味で」です.π 交換が作る引力ポテンシャル(§3.4 の ⁴He では 1π 交換で −105 MeV)が核子を縛るのであって, 同種フェルミオンの入れ替えによる (B) の交換エネルギーとは別の話です(核子どうしにも (B) 型の Fock 項はあり,核の Hartree–Fock 計算では −136 MeV の一部を占めますが,主役ではありません). ただし核力には,もう一つの意味で「交換力」の性格があります.湯川より前,Heisenberg(1932)は中性子と陽子を結ぶ力を,水素分子イオン H2+ の共有結合(2 つの陽子が電子を「交換」して結合する)になぞらえ, 陽子と中性子が電荷を交換する「交換力」として定式化しました(Majorana 1933 は座標の交換).荷電 π 中間子の交換で陽子と中性子の名札が入れ替わる(シミュレーター①の原子核ビュー)のはまさにこれで, 式 (26) の τ1·τ2 = 2Pτ − 1(アイソスピン交換演算子),σ1·σ2 = 2Pσ − 1(スピン交換演算子)が,Heisenberg の交換力の現代版です. 反対称性 PrPσPτ = −1 を通じてこれは座標の交換 Pr と結びつき,「偶数 L の対では引力,奇数 L では弱い」という核力の性質(核が飽和して密度一定になる理由の一つ)を生みます.
| 「交換」 | 何を交換するか | 出てくるもの | 例 |
|---|---|---|---|
| (A) 粒子の交換 | 力の担い手(ボソン) | ポテンシャル V(r) ∝ e−μr/r(式 25) | 光子 → クーロン力,π → 核力,W → β 崩壊,グルーオン → 閉じ込め |
| (B) 同種粒子の入れ替え | 2 粒子の座標(ラベル) | 交換エネルギー(Fock 項,式 27) | Hartree–Fock,LDA 交換 −(3/4)(3/π)1/3∫ρ4/3,Hund 則 |
| (C) 交換力(Heisenberg–Majorana) | 2 核子の電荷・スピン・座標 | 演算子 Pτ, Pσ, Pr の付いたポテンシャル | 荷電 π 交換で p ⇄ n,核力の (T, S) 依存性,核の飽和 |
シミュレーターのタブ①「原子」「原子の中の電子」で,青い点のまわりに青いぼかし(位置の不確定さ Δx)と 橙の矢印の束(速度の不確定さ Δv)が描かれます.ここではその物理を,1s 状態そのものの ΔxΔp, Nelson の経路になぜ速度がないか,そしてスライダーで選ぶ「測定の分解能」からどう Δx・Δv が決まるかの順にまとめます.
|ψ1s|² ∝ e−2Z′r/a0 の 2 次モーメントは ⟨r²⟩ = 3a0²/Z′² なので,各軸方向の位置の標準偏差は Δx = a0/Z′(He では 31 pm). 運動量はビリアル定理 ⟨p²⟩ = 2m⟨T⟩ = Z′²ħ²/a0² から Δpx = Z′ħ/√3a0.積は Z′ に依らず
最小値 ħ/2 のわずか 15% 上――1s は Gauss 波束(最小不確定状態)にかなり近い状態です.右側は運動量表示の波動関数で, 1s の運動量分布は Gauss ではなく Lorentz 型の 4 乗(幅 Z′ħ/a0).「電子の速さ vrms = Z′αc」(式 (3))はこの分布の rms です. つまり測らなければ,1s 電子の位置の不確かさは原子の大きさそのもの,速度の不確かさは Z′αcで,どちらも「揺らぎ」として §2 で見たものです.
シミュレーターの点は式 (7) の確率過程 dX = u dt + √(ħ/m) dW の実現です.短い時間 Δt ではドリフトより拡散が勝ち,⟨|ΔX|²⟩ = 3(ħ/m)Δt. コマ送りで見える「見かけの速さ」は
再生速度「ふつう」の 1 コマは Δt = 4 × 0.0032 原子単位 = 0.31 as で,vapp ≈ 3.3×10⁴ km/s(11% c,He の vrms の 9 倍). Δt を 100 分の 1 にすれば 10 倍速くなり,極限では発散します.Brown 運動の経路はどこでも微分不可能で,各瞬間に位置を確定させた描像には速度が定義できない―― これは Δx ≈ √(ħΔt/m),Δv ≈ √(ħ/mΔt) から Δx·mΔv ≈ ħ という,不確定性関係の Nelson 流の現れ方です. 点が「ものすごい速さで動く」ように見えるのは,このためです.
そこで可視化では,1s 分布を Gauss 分布(中心 O = 原子核,各軸の標準偏差 σ0 = a0/Z′)で近似し, 図の点 P(Nelson のサンプル)の位置を分解能 σm で「測った」直後の状態を考えます.事前分布 × 測定の積は再び Gauss で,
σm → ∞(測らない)で Δx → σ0,中心は原子核に戻り,σm ≪ σ0 で Δx → σm,中心は測定値 P に一致します. 実の Gauss 波束は最小不確定状態なので運動量と速度の拡がりは
図の橙の矢印は,各成分が標準偏差 Δv の 3 次元 Gauss 分布から取った速度ベクトルの射影です(長さは速度に比例). ⟨T⟩ が 1s の束縛エネルギー 13.6 Z′² eV を大きく超えると,その波束は原子に留まれません. Δx が換算コンプトン波長 ƛC = 0.39 pm に近づくと Δv → c で,§6.2 の対生成の領域に入り「1 個の電子の位置」という描像が破れます. 自由なら幅は式 (22) の τ = 2mΔx²/ħ で拡がります.
| 分解能 σm/σ0(He,σ0 = 31.4 pm) | Δx | Δv = ħ/2mΔx | Δv/c | ⟨T⟩ | 1s の ⟨T⟩ = 38.7 eV との比較 |
|---|---|---|---|---|---|
| ∞(測らない) | 31.4 pm | 1,850 km/s | 0.62% | 29 eV | Gauss 近似の 1s(厳密は ħ/√3) |
| 1 | 22.2 pm | 2,610 km/s | 0.87% | 58 eV | まだ束縛 |
| 0.4(初期値) | 11.6 pm | 4,970 km/s | 1.66% | 210 eV | 束縛の 5 倍:飛び出す |
| 0.1 | 3.1 pm | 18,600 km/s | 6.2% | 2.9 keV | X 線のエネルギー |
| 0.02 | 0.63 pm | 92,000 km/s | 31% | 73 keV | 相対論的.ƛC の 1.6 倍 |
「震える弦の性質を示す方程式はあるか」――あります.相対論的な弦は,2 次元の世界面(τ, σ)の上の場の理論で, 運動方程式は波動方程式,量子化すると無限個の調和振動子になります.調和振動子の |n⟩ と En = (n + ½)ħω を知っていれば, 弦のスペクトルはその足し算です.ここでは修士課程で追える範囲で,作用 → 波動方程式 → モード展開 → 質量公式 → 粒子の分類 → ハドロンの弦 → 最小の長さ,と進みます (教科書は Zwiebach [43],Polchinski [44],太田 [45]).以下 ħ = c = 1 で書き,最後に単位を戻します.
点粒子の作用が世界線の長さ −m∫ds であるように,弦の作用は世界面の面積に張力 T を掛けたものです(南部 1970,後藤 1971 [30]). 世界面を Xμ(τ, σ) で時空に埋め込み,Ẋ = ∂τX,X′ = ∂σX と書くと
α′ は「Regge の傾き」と呼ばれる定数で,弦の長さ ℓs と張力を決めます(§11.5 で分かるようにハドロンの弦では α′ ≈ 0.9 GeV−2,超弦理論では α′ ≈ ℓP²). 平方根は扱いにくいので,補助的な世界面の計量 hab を入れた Polyakov 形に書き直します.世界面の座標の取り方(再パラメータ化)と Weyl 変換の自由度を使って hab = ηab(共形ゲージ)に固定すると,作用は自由場のものになり,
すなわち弦の各点は光速で伝わる波の方程式に従い,ゲージ固定の名残として拘束条件(Virasoro 拘束)が付きます. 拘束は「弦に沿った運動は物理的でない(横方向の振動だけが物理的)」ことと,エネルギー・運動量の関係(質量公式)を与えます. 境界条件は,閉じた弦なら周期性 X(τ, σ + 2π) = X(τ, σ),開いた弦なら端で X′ = 0(Neumann:端が自由に動く)か Xi = 一定(Dirichlet:端が D ブレーンに固定)です.弦を伝わる波の速さが光速であることは,張力 T と線密度 T/c² から √(T/μ) = c としても分かります.
波動方程式の一般解は右進行波と左進行波の和です.閉じた弦では周期性から
xμ, pμ は重心の位置と運動量,αn と α̃n が右進行・左進行の n 番目のモードの振幅です(開いた弦では左右が端で反射して一つになり,cos nσ のモードだけが残ります). 正準量子化 [Xμ(σ), Pν(σ′)] = iημνδ(σ − σ′) をモードに直すと
これが答えです:モード n ごとに生成・消滅演算子 an†, an をもつ調和振動子が 1 個ずつ(時空の横方向の数だけ)あり, その振動数は基音の n 倍(倍音)です.弦の状態はギターと同じく「どの倍音を何個ずつ励起したか」 |N1, N2, …⟩ = Π(an†)Nn|0⟩ で指定され, 調和振動子の En = (n + ½)ħω に対応する「準位」は,重みつきの個数
で数えます(D − 2 は横方向の数.光錐ゲージでは縦方向 2 つが拘束で消えます).各振動子の ½ħω を全部足すとゼロ点エネルギーは ½Σn = ½(1 + 2 + 3 + …) で発散しますが, ζ 関数正則化(あるいは端の効果を正しく入れた Casimir エネルギーの計算)でこの和は ζ(−1) = −1/12 になります. 「1 + 2 + 3 + … = −1/12」は数遊びではなく,弦の質量公式に実際に現れる物理量です.
Virasoro 拘束のゼロモード(世界面のハミルトニアン)を状態に課すと,重心の運動量 p² = −M² と準位 N が結び付きます. ボソン弦(Xμ だけの弦)では
光錐ゲージで Lorentz 対称性が保たれる条件(Goddard–Goldstone–Rebbi–Thorn 1973 [31])は a = 1,すなわち D = 26 です. すると N = 0 は M² < 0 のタキオン(真空が不安定な印),N = 1 は質量ゼロ:開いた弦では α−1i|0⟩(横方向のベクトル=光子型の粒子), 閉じた弦では α−1iα̃−1j|0⟩ で,対称トレースレス部分がグラビトン,反対称部分が B 場,トレースがディラトンです. 「弦を量子化すると重力が勝手に出てくる」のはここです(Scherk–Schwarz [32],米谷 1974 [33]). 超弦は世界面にフェルミオン ψμ を加えたもの(Ramond 1971,Neveu–Schwarz 1971)で,D = 10,GSO 射影 [34] でタキオンが消えて時空の超対称性が現れ, ゼロ点エネルギーは相殺して
| 準位 N | 閉じた超弦の質量 MNc²(ℓs = ℓP) | 最大スピン(開:N + 1,閉:2N + 2) | 中身 |
|---|---|---|---|
| 0 | 0 | 1(開),2(閉) | 光子・グルーオン・W・Z・グラビトン,そしてクォーク・レプトン(電荷と質量は §11.4) |
| 1 | 2.4×1019 GeV(44 µg) | 2(開),4(閉) | 最初の「倍音」.LHC の 1015 倍.未発見 |
| 2 | 3.5×1019 GeV | 3,6 | 倍音の縮退度は N とともに指数関数的に増える |
| 4 | 4.9×1019 GeV | 5,10 | 質量は √N,スピンは N に比例:J ≤ α′M² + 1(弦の Regge 軌道) |
基底状態でも弦は止まっていません.各モードの零点振動 ⟨|Xn|²⟩ ∝ α′/n を足すと ⟨ΔX²⟩ ∝ α′ Σ1/n ∝ α′ ln Nmax で対数的に発散し, 弦は ℓs 程度の大きさで「ぼやけて」います(Karliner–Klebanov–Susskind 1988 [46]).シミュレーターの「震える弦(基底状態)」はモード n の振幅を 1/√n に比例させて,この零点振動を描いたものです.
「弦の振動の仕方が粒子の種類を決める」――ドキュメンタリーの比喩を,超弦理論の言葉に直すと 4 段階になります.
(1) スピンは振動の型で決まる.開いた超弦の質量ゼロ状態は,NS セクター(ボソン的境界条件)の ψi−1/2|0⟩ = 横方向のベクトル(8 成分)と, R セクター(フェルミオン的境界条件)の基底状態 = スピノル(8 成分)です.前者がゲージ粒子(スピン 1),後者がフェルミオン(スピン ½). 閉じた弦は左進行と右進行の積なので,(ベクトル)⊗(ベクトル) = 1 + 28 + 35 = ディラトン + B 場 + グラビトン(スピン 2),(ベクトル)⊗(スピノル) = グラビティーノ(スピン 3/2). シミュレーターの「グラビトン」で楕円が縦横に脈動するのは,対称トレースレス・テンソルの偏光(重力波の +, × 偏光)を描いたものです.
(2) 電荷は弦の端がどこに付くかで決まる.開いた弦の端は D ブレーン(Polchinski 1995 [35])の上にあり,N 枚重なったブレーン束の上では 端が「どの枚に付くか」の Chan–Paton の自由度 i, j = 1…N をもちます.両端が同じ束にある弦は U(N) の随伴表現(N² 個のゲージ粒子:3 枚なら 8 個のグルーオン + 1 個), 束 a(Na 枚)と束 b(Nb 枚)をつなぐ弦は双基本表現 (Na, N̄b) です:
クォークは色の束と弱い束の両方に端をもつ弦,レプトンは色の端をもたない弦,というのが交差 D ブレーン模型の描像です(Blumenhagen–Cvetič–Langacker–Shiu の総説 [36]). 電荷 +2/3, −1/3, −1 は各 U(1) の混合(超電荷)から出ます.
(3) 世代の数はブレーンの交わる回数.ブレーン束 a, b が 6 次元のコンパクト空間(3 つのトーラス)を角度をもって巻いていると,交差点にカイラルなフェルミオンが局在します. 交差点の数は巻き数 (nr, mr) で決まるトポロジカルな整数
で,3 世代は Iab = 3 となる巻き方を選ぶことで実現します.Ibáñez–Marchesano–Rabadán(2001)[37] は,ちょうど 3 世代の SU(3)×SU(2)×U(1) だけ(余分なフェルミオンなし)を出す交差ブレーン配置を初めて構成しました. ヘテロ型弦を Calabi–Yau 多様体に巻く古い構成(Candelas–Horowitz–Strominger–Witten 1985 [38])では,世代数は多様体の Euler 数 χ の半分です.
(4) 質量は基底状態ではゼロで,幾何が湯川結合を決める.ブレーンの交差点に住むフェルミオンは質量ゼロです(N = 0).質量はヒッグスの凝縮と湯川結合 Y から生まれ, 3 つの交差点(左巻きクォーク・右巻きクォーク・ヒッグス)を頂点とする世界面の三角形の面積 A で
と指数関数的に決まります(世界面インスタントン,Cremades–Ibáñez–Marchesano 2003 [39]).面積が少し違えば質量は桁で変わる――電子の 0.5 MeV からトップの 173 GeV までの階層を幾何で説明しようという構図です.
| 粒子 | スピン | 弦の型(振動パターン) | 電荷の由来 | 質量の由来 |
|---|---|---|---|---|
| 光子・W・Z | 1 | 開いた弦の最低の横振動 1 個(ベクトル).両端が同じ束 | U(1) なら電荷なし,SU(2) 束をまたぐと W±, Z | 0(W, Z はヒッグス凝縮) |
| グルーオン | 1 | 同上.端が色の束の別々の枚 | 色 × 反色:3×3 − 1 = 8 | 0 |
| グラビトン | 2 | 閉じた弦.左 × 右の最低振動(対称トレースレス) | なし | 0 |
| クォーク | ½ | 開いた弦.R セクターの基底.色の束と弱い束の交差点 | (3, 2):端 1 が色,端 2 が弱アイソスピン | 0 → 湯川結合 ∝ e−A/2πα′ |
| 電子・ν | ½ | 開いた弦.R セクターの基底.弱い束と U(1) の交差点 | 色の端がない.弱い束の枚で e/ν | 0 → 湯川結合(ν は別機構) |
| ヒッグス | 0 | 開いた弦.ブレーンに垂直な振動(ブレーンの位置) | (1, 2) | ポテンシャルの形 |
| 励起状態 | ≤ 2N + 2 | 倍音 N ≥ 1 | 基底状態と同じ | 2√N ħc/ℓs ≈ 1019 GeV |
「弦の振動と回転が粒子を分類する」が実験で確かめられているのは,ハドロンです.§4.4 で見たように,クォークと反クォークの間の色の力線は張力 σ ≈ 0.9 GeV/fm(15 トン重)の弦に束ねられます(格子 QCD). この弦が端を光速近くで回転する古典解を考えます.中心から距離 l の点の速さは v = 2l/L,線要素のエネルギーは σ dl/√(1 − v²),角運動量は σlv dl/√(1 − v²) なので
スピンが質量の 2 乗に比例し,傾きは張力だけで決まる――これが Regge 軌道(Chew–Frautschi 1961 [40])です.σ = 0.9 GeV/fm × ħc = 0.178 GeV² を入れると α′ = 0.90 GeV−2で,実測の傾き ≈ 0.9 GeV−2 と一致します. 量子化と端のクォークのスピンで切片 α0 が付き,J = α0 + α′M²:
| 中間子(ρ 系列,α0 = 0.5) | J | 実測 M(PDG 2024) | 弦 √((J − α0)/α′) | 弦の長さ 2M/πσ | 回転周期 πL/c |
|---|---|---|---|---|---|
| ρ(770) | 1 | 775 MeV | 747 MeV | 0.55 fm | 5.7×10−24 s |
| a2(1320) | 2 | 1,318 MeV | 1,294 MeV | 0.93 fm | 9.8×10−24 s |
| ρ3(1690) | 3 | 1,689 MeV | 1,670 MeV | 1.19 fm | 1.3×10−23 s |
| a4(1970) | 4 | 1,967 MeV | 1,976 MeV | 1.39 fm | 1.5×10−23 s |
| ρ5(2350) | 5 | 2,330 MeV | 2,241 MeV | 1.65 fm | 1.7×10−23 s |
| a6(2450) | 6 | 2,450 MeV | 2,478 MeV | 1.73 fm | 1.8×10−23 s |
| Δ(1232) → Δ(1950) → Δ(2420) → Δ(2950)(バリオン,α0 ≈ 0.15) | 3/2 … 15/2 | 1,232 … 2,950 MeV | 同じ傾き 0.90 GeV−2 | — | — |
1 つのパラメータ σ で中間子もバリオンも同じ傾きに乗る――これが「クォークを縛る弦が本当にある」証拠の一つです. 弦を半径方向に振動させた「娘」の軌道(ρ(1450), ρ(1700), …;n, M² 平面で同じ傾き)もあり,重いクォーク(c, b)では端の質量で軌道が曲がります(Sonnenschein–Weissman 2014 [41],総説 [42]). 1968 年の Veneziano 振幅 [29] と南部・後藤の弦 [30] は,まさにこの Regge 軌道を説明するための理論でした.ハドロンの弦は QCD の力線として今も生きており, 1974 年にこれを 10−20 倍に縮めて重力の理論に読み替えたのが超弦理論です.どちらも同じ式 J ≤ α′M² + 1 を満たし,違うのは α′ の値――0.9 GeV−2 = (0.19 fm)² か,ℓP² = (1.6×10−35 m)² か――だけです.
点粒子なら,運動量 Δp をつぎ込めば Δx ≈ ħ/Δp までいくらでも細かく見えます(§1.1).弦では,つぎ込んだエネルギーが弦を伸ばします: 高エネルギー散乱で弦の大きさは α′E に比例して増え(Gross–Mende 1988 [47]),Heisenberg の項と合わせて
が「弦の不確定性関係」です(Veneziano 1986,Amati–Ciafaloni–Veneziano 1989 [48],Konishi–Paffuti–Provero 1990 [49]).米谷(1989)[50] は時間と空間の不確定さの積 ΔTΔX ≳ α′ という「時空の不確定性関係」を提案しています. 同じことを別の側面から言うのが T 双対性です.半径 R の円にコンパクト化した閉じた弦の質量公式は
で,運動量モード n(円を回る)と巻き付きモード w(円に w 回巻く)が入れ替わる――半径 R の空間と α′/R の空間は物理的に同じです. したがって ℓs より小さい半径の幾何学は,ℓs より大きい幾何学の別名にすぎません. 弦理論を仮定しなくても,エネルギー E を Δx に集めるとシュヴァルツシルト半径 2GE/c⁴ が Δx を超えてブラックホールになるので,
弦(式 (44))と重力(式 (46))の 2 本の曲線が,シミュレーターの「震える弦」の右の図に描いた「床」です.どちらの道を通っても,10−35 m より細かい構造は原理的に測れない―― 「空間は連続ではなく,プランク長程度の最小の目盛りをもつかもしれない」という直観の根拠がここにあります. 弦理論(時空はグラビトンという弦の振動状態から生じる),行列模型(BFSS 1997 [51]:空間座標が行列の固有値として現れる),ループ量子重力(面積が ℓP² 単位で量子化)は, この直観の異なる定式化で,いずれも実験の検証を待っています.
東京理科大学 望月研究室.材料科学・物性物理の側から素粒子物理へ橋を架けるために,水素・ヘリウム原子を出発点に「大きさ」と「揺らぎ」の階層で 原子核・核子・クォーク・4 つの力を読み直したものです.数値は PDG 2024・CODATA 2022・上記の論文に拠り,可視化のモデル(Nelson 拡散・Malfliet–Tjon・Cornell)は §12 に明記しました. 手を動かして確かめたい方はシミュレーター(elementary-particles-simulator.html)へ. 関連:核融合シミュレーター・リー群とリー代数・水素原子. 数式はブラウザ標準の MathML で組んでいます(外部ライブラリ・通信は一切ありません).