水素原子の Schrödinger 方程式はどう解くのか

講義ノート (15)(16) の導出を,順を追って書き下したものです. 変数分離 → 3 本の常微分方程式 → それぞれの境界条件という一本道で, n, l, m という 3 つの量子数がすべて境界条件から出てきます. 1s, 2s, 2p, … という名前も,l ≤ n − 1 という制限も,この途中で決まります.

0. 設定

質量 me の電子が,原点に置かれた陽子のつくる Coulomb ポテンシャル

V(r)= − 14πε0 e02r

の中を動きます.解くのは定常状態の Schrödinger 方程式

− ℏ22me ∇2ψ+Vψ=Eψ

ただし,方位角 φ については一周したら元に戻るという条件を課します.

ψ(r,θ,φ) = ψ(r,θ,φ+2π)
量子化はすべて境界条件から来ます どこか神秘的なところから来るのではなく,次の 3 つの境界条件から来ます.
・φ を一周して戻る条件 → m が整数
・θ = 0, π で発散しない条件 → l が非負整数で |m| ≤ l
・r → ∞ で 0 になる条件 → n が正整数で l ≤ n − 1
1 次元の井戸や調和振動子でやったことと,まったく同じ理屈です.

1. まず結論(30 秒版)

  1. 球対称なので極座標に移り,ψ = R(r)Y(θ,φ) と分ける.分離定数を l(l+1) と置く.
  2. さらに Y = Θ(θ)Φ(φ) と分ける.分離定数を m2 と置く.
  3. Φ″ + m2Φ = 0 は Φ = eimφ.一周して戻るには m ∈ ℤ.
  4. Θ の式は Legendre の陪微分方程式.両極で発散しないためには l が非負整数で |m| ≤ l.
  5. R の式は,遠方の形 e−κr をくくり出すと Laguerre の陪微分方程式. 級数が有限で切れるためには n が正整数で l ≤ n − 1.
  6. このとき E = −mee04/8ε02h2n2 = −13.606 eV/n2.
名前の付き方 n = 1, 2, 3, … が主量子数,l = 0, 1, 2, 3, … が s, p, d, f. つまり 1s は (n,l) = (1,0),3d は (3,2) のことです. l ≤ n − 1 なので 1p や 2d は存在しません ―― これも導出の途中で出てきます. なお l は方位量子数,m = −l, …, 0, …, +l は磁気量子数と呼ばれます. シミュレーターの軌道ボタンが (n, l) の組を,その下のボタンが m を選ぶところにあたります.

2. 変数分離 ― ノート (15)

2.1 極座標のラプラシアン

∇2= 1r2 ∂∂r (r2 ∂∂r) + 1r2sin⁡θ ∂∂θ (sin⁡θ ∂∂θ) + 1r2sin2⁡θ ∂2∂φ2

2.2 r と(θ,φ)を分ける

ψ = R(r)Y(θ,φ) を代入し,両辺に −2me/ℏ2 を掛け, さらに r2 を掛けて RY で割ると,r だけの式と(θ,φ)だけの式に分かれます.

1R (r2 d2Rdr2 +2r dRdr) + 2meℏ2 ( e024πε0r +E) r2 ⏟ r だけの式 = − [ 1Y ( ∂2Y∂θ2 + 1tan⁡θ ∂Y∂θ) + 1sin2⁡θ 1Y ∂2Y∂φ2 ] ⏟ θ, φ だけの式

左辺は r だけ,右辺は θ, φ だけの関数です.独立な変数の関数どうしが恒等的に等しいのだから, 両方とも同じ定数でなければなりません.ノートに従い,この定数を l(l+1) と置きます (後で l が整数だと分かるので,こう置いておくと式がきれいになります).

2.3 θ と φ を分ける

さらに Y = Θ(θ)Φ(φ) と分け,sin2θ を掛けて整理すると, 今度は θ だけの式と φ だけの式に分かれます.この分離定数を m2 と置いて, 3 本の常微分方程式が出ます.

1R (r2 d2Rdr2 +2rdRdr) + 2meℏ2 (e024πε0r +E)r2 =l(l+1) … ① sin2⁡θΘ ( d2Θdθ2 + 1tan⁡θ dΘdθ) +l(l+1) sin2⁡θ =m2 … ② 1Φ d2Φdφ2 = −m2 … ③

3. 動径方向 ① ― ここで n が生まれる

3.1 R = S/r と置いて 1 次元の形にする

①に R を掛けて整理すると r2R″ + 2rR′ + [ … ]R = 0. ここで R(r) = S(r)/r と置くと,1 階微分の項がきれいに消えます.

r2 d2Rdr2 +2r dRdr =r d2Sdr2

そこで,κ と τ を 2meE/ℏ2 = −κ2, mee02/2πε0ℏ2 = τ で定義すると(電子は束縛されているので E < 0,だから κ2 > 0)

d2Sdr2 + [ −κ2 +τr −l(l+1)r2 ]S=0
1 次元の Schrödinger 方程式そのものです この式は,Veff(r) = −e02/4πε0r + ℏ2l(l+1)/2mer2 という実効ポテンシャルの中を動く 1 次元の粒子の式です. 第 2 項は古典力学の遠心力ポテンシャルそのもので, l が大きいほど電子は原点に近づけません. タブ②で l の大きい軌道ほど内側の裾が薄いのは,これが理由です.

3.2 遠方の形を先に見る

r がとても大きいところでは 1/r も 1/r2 も無視できて S″ − κ2S = 0,つまり S ≃ Aeκr + Be−κr. r → ∞ で S → 0 でなければならないので A = 0, S ∝ e−κr でなければなりません. そこで,この因子をくくり出して S(r) = X(r) e−κr と置くと

d2Xdr2 −2κ dXdr + [τr −l(l+1)r2 ]X=0

さらに x = 2κr と無次元化すると,形が整います.

d2Xdx2 − dXdx + [ τ2κ 1x − l(l+1)x2 ]X=0

3.3 級数に展開する(Frobenius)

x = 0 は確定特異点なので,X(x) = Σk≥0 akxk+λ の形の解を持ちます.代入して最低次(xλ−2)の係数を取ると

{λ(λ−1) −l(l+1)} a0=0 ⟹ λ=l+1, −l

λ = −l のほうは,l ≥ 1 なら x → 0 で |X| → ∞ になってしまい, l = 0 でも X(0) ≠ 0 だと R = S/r ∼ 1/r が原点で方程式を満たさない (∇2(1/r) から δ 関数が出てしまう)ので,どちらにしても捨てます. よって λ = l + 1,つまり X = xl+1F(x). これを元の式に入れて xl で割ると

x d2Fdx2 + {2(l+1)−x} dFdx + {τ2κ −(l+1)} F=0

これは Laguerre の陪微分方程式 xy″ + (N+1−x)y′ + (m′−N)y = 0 で,N = 2l+1,m′ = τ/2κ + l と読めます.

3.4 ここで量子化が起こる

級数が有限で切れなければならない Laguerre の陪微分方程式の解が多項式(有限次で切れる)になるのは, m′ が N 以上の整数のときだけです.切れないと F は ex のように振る舞い, S = Xe−κr ∝ e+κr となって r → ∞ で発散してしまいます. 規格化できる解が欲しいのだから,これは許されません.

そこで m′ = n + l(n ∈ ℕ)と置きます.すると

τ2κ=n , m′≥N ⟹ n+l≥2l+1 ⟹ l≤n−1
1p や 2d が存在しない理由がこれです l ≤ n − 1 は,級数が切れるための条件から出てきます. n = 1 なら l = 0 だけ(1s のみ),n = 2 なら l = 0, 1(2s, 2p), n = 3 なら 3s, 3p, 3d.周期表の形の出発点です.

τ/2κ = n を κ について解くと κ = τ/2n. κ2 = −2meE/ℏ2 に戻せば,

En= − ℏ22me κ2= − mee04 8ε02h2 1n2 = − 13.606eVn2

E は n だけで決まり,l にも m にも依りません. 2s と 2p が同じエネルギー,3s・3p・3d が同じエネルギーになるのはこのためです. 同じ n の状態は l = 0, 1, …, n−1 と m = −l, …, +l を数えて Σ(2l+1) = n2 重に縮退します(スピンを入れれば 2n2). シミュレーターの読み取り値に出る「縮退度」はこの数です.

量子化を目で見る.u(r) = rR(r) の方程式 u″ = {l(l+1)/r2 − 2/r − 2E}u(原子単位)を 原点側から外向きに数値積分し,山の高さに対して遠方の裾がどれだけ残るか u(rf)/max|u| を描いたものです (波動関数の全体の大きさは規格化で決まるので,意味があるのはこの比だけです). E = −1/2n2 ちょうどのときだけ裾が落ち,少しでもずれると持ち上がります. 横軸は ν = 1/√(−2E) にしてあるので,固有値が ν = 1, 2, 3, … と等間隔に並び, ν ≤ l のところには固有値が無い(l ≤ n − 1)のも見えます. 調和振動子のページでやったのと同じ実験です.

4. 天頂角方向 ② ― Legendre

②を Θ について書き直すと sin2θ Θ″ + sinθcosθ Θ′ + {l(l+1)sin2θ − m2}Θ = 0. ここで x = cosθ と変数変換します. dΘ/dθ = −sinθ·dΘ/dx を 2 回使うと

(1−x2) d2Θdx2 −2x dΘdx + {l(l+1) −m21−x2} Θ=0

Legendre の陪微分方程式です.両極で有界になり得るほうの解は,Rodrigues の公式を使って

Θ(x)= D0 (1−x2) |m|/2 d|m| dx|m| { 12ll! dldxl (x2−1)l }
ここで l と m の制限が出ます x = ±1(θ = 0, π,つまり北極と南極)で発散しないためには, l が非負の整数でなければなりません. さらに,l 回微分した後にもう |m| 回微分するので, |m| > l だと恒等的に 0 になってしまいます.したがって |m| ≤ l.これが m = −l, …, 0, …, +l の 2l+1 個という縮退の起源です.

5. 方位角方向 ③ ― m が整数になる

③は単振動の式そのもので,Φ(φ) = c0eimφ + d0e−imφ. 境界条件 Φ(φ) = Φ(φ+2π) をすべての φ で課すと, eimφ と e−imφ は一次独立なので,係数ごとに

c0= c0ei2mπ , d0= d0e−i2mπ ⟹ e±i2mπ=1 ⟹ m∈ℤ

m の符号はどちらでもよく,正負を m の側に押し付けてしまえば Φ(φ) = c0eimφ(m = 0, ±1, ±2, …) の 1 本にまとめられます.

「一周したら戻る」だけで角運動量が量子化される Lz = −iℏ∂/∂φ をこの Φ に当てると LzΦ = mℏΦ. つまり z 方向の角運動量は ℏ の整数倍しか取れません. シミュレーターのタブ①で「複素 m = ±|m|」を選んだときに雲が回るのは, この角運動量が本物の確率の流れとして現れているからです(|ψ|2 そのものは φ に依らないので,回っても分布の形は変わりません.詳しくは 8 節).

6. 3 つを掛け合わせる

①②③ をまとめると ψ(r,θ,φ) = R(r)Θ(θ)Φ(φ). 規格化 ∫|ψ|2dV = 1 から定数が決まり,Bohr 半径 aB = 4πε0ℏ2/mee02 = 0.52918 Å を使うとノート (16) の形になります.

Rnl(r)= 1aB (n−l−1)! n2{(n+l)!}3 e−r/aBnr ∑k=2l+1n+l (−1)k {(n+l)!}2 (k−2l−1)! k! (n+l−k)! (2rnaB) k−l
全体の符号について この和は k = 2l+1 の項から始まるので (−1)2l+1 = −1, そのままだと r → 0 で R < 0 になります.ノート (16) の表 (1s = 2aB−3/2e−r/aB など)は正から始まるので, シミュレーターでは全体の符号を反転して表に合わせてあります. Laguerre 多項式の流儀(古い定義と現代の定義)の違いで,|ψ|2 にはまったく効きません.

7. ノート (16) の表

動径部分 Rnl(r).ρ = r/aB と書いています.

nl軌道R(r) / aB−3/2 動径の節最確半径 / aB
101s2 e−ρ01.000
202s(1/2√2)(2 − ρ) e−ρ/215.236
212p(1/2√6) ρ e−ρ/204.000
303s(2/81√3)(27 − 18ρ + 2ρ2) e−ρ/3213.074
313p(4/81√6)(6 − ρ) ρ e−ρ/3112.000
323d(4/81√30) ρ2 e−ρ/309.000
404s(1/768)(192 − 144ρ + 24ρ2 − ρ3) e−ρ/4324.618
414p(1/256√15)(80 − 20ρ + ρ2) ρ e−ρ/4223.581
424d(1/768√5)(12 − ρ) ρ2 e−ρ/4121.211
434f(1/768√35) ρ3 e−ρ/4016.000
l = n − 1 の軌道は Bohr の円軌道と同じ半径です 1s, 2p, 3d, 4f の最確半径はちょうど 1, 4, 9, 16 aB ―― n2aB です. Bohr が 1913 年に仮定した円軌道の半径と一致します. これらは動径の節を 1 つも持たない,いちばん「円軌道らしい」解です. ただし一致するのは半径だけで,量子力学の状態が古典的な円軌道になるわけではありません. 円運動の絵に近づくのは |m| = l で n の大きい状態で,1s はそもそも球対称です.

角度部分 Θ(θ)Φ(φ)(実数の組み合わせで書いたもの).

この角度部分 Y(θ,φ) = Θ(θ)Φ(φ) が球面調和関数で,シミュレーターのタブ②に描いてあるのはこれです(実数の形と複素の形の違いは 8 節).

lmΘ(θ)Φ(φ)慣用名
001/2√πs
10½ √(3/π) cos θpz
1±1½ √(3/π) sin θ · {cos φ, sin φ}px, py
20¼ √(5/π) (3cos2θ − 1)dz²
2±1½ √(15/π) sin θ cos θ · {cos φ, sin φ}dxz, dyz
2±2¼ √(15/π) sin2θ · {cos 2φ, sin 2φ}dx²−y², dxy
30¼ √(7/π) (5cos3θ − 3cos θ)fz³
3±1¼ √(21/2π) (5cos2θ − 1) sin θ · {cos φ, sin φ}fxz², fyz²
3±2¼ √(105/π) cos θ sin2θ · {cos 2φ, sin 2φ}fz(x²−y²), fxyz
3±3¼ √(35/2π) sin3θ · {cos 3φ, sin 3φ}fx(x²−3y²), fy(3x²−y²)
ノートの l = 1, m = ±1 の行について ノート (16) では √3/2 · sinθ と書かれていますが, 規格化 ∮|Y|2dΩ = 1 を満たすのは ½√(3/π) sinθ です (分母の √π が落ちています).他の行はすべてこの規格化と一致しました. シミュレーターでは正しい形を使っています.

8. 実軌道と複素軌道 ― どちらが「回る」のか

上の表は m ≠ 0 のとき cosmφ, sinmφ の形,つまり e+imφ と e−imφ の和と差で書かれています. 形が実数で描きやすいので化学ではこちらを使いますが, これは Lz の固有状態ではありません.

確率の流れ(確率流密度)は

j= ℏme Im⁡ (ψ*∇ψ) ⟹ vφ= ℏmmersin⁡θ

複素軌道 ψnlm ∝ eimφ では,これがゼロになりません. z 軸からの距離を r⊥ = rsinθ とすれば角速度は dφ/dt = ℏm/mer⊥2, つまり内側ほど速く回る差動回転です.|ψ|2 は φ に依らないので, この流れは分布をまったく変えません(連続の式が自動的に満たされます). 積分すると ⟨Lz⟩ = mℏ がぴったり出ます.

実軌道では流れがゼロです px や dxy は +|m| と −|m| の重ね合わせなので, 逆向きの流れが完全に打ち消し合って j = 0 になります. m = 0 の軌道(s, pz, dz² …)も同じです. 「電子が陽子のまわりを回っている」という絵に対応する確率の流れがあるのは, 複素軌道を選んだときだけです. もっとも,流れがあるといっても,それは確率密度の保存を担う j のことで, 電子が 1 本の古典的な軌道を描いているという意味ではありません. シミュレーターのタブ①はこの区別をそのまま表示しています.

9. 数値で確かめる

シミュレーターに載せた式が本当に正しいか,独立に計算して突き合わせました.

確かめたこと結果
ノートの一般形 vs ノート (16) の表(1s〜4f の 10 個)相対差 < 3.4×10−13
規格化 ∫|R|2r2dr = 1(10 軌道すべて)ずれ < 1×10−13
⟨r⟩ = (aB/2){3n2 − l(l+1)}ずれ < 2.2×10−12
動径の節の数 = n − l − 110 軌道すべて一致
角度部分 vs ノート (16) 下段の表相対差 < 1×10−14
∮|Y|2dΩ = 1 と直交性 ⟨Ya|Yb⟩ = 0ずれ < 7.2×10−7(数値積分の精度)
確率の流れから求めた ⟨Lz⟩m = 1, 2 で厳密に mℏ
まいた 106 個の質点の分布 vs P(r), ∫|Y|2dφ総変動距離 0.002(統計誤差の範囲)
画面に描かれた点の面密度 vs 解析的な σ(R)(1s, 断面表示)2 桁にわたり数 % で一致

10. まとめ

望月研究室・量子力学の講義ノート (15)(16) より. 数式はすべてブラウザ標準の MathML で組んでいます(外部ライブラリ・通信は使っていません). シミュレーターへ戻る