第20章磁性
第19章では,電場をかけたときに固体がどう応答するか——分極と誘電率——を見た.本章はその双対にあたる.磁場をかけたときに固体がどう応答するか,そしてもっと面白いことに,磁場をかけなくても固体がひとりでに磁化してしまうのはなぜかを扱う.
磁性は,固体物理学のなかでも特別な位置にある.というのは,磁性は本質的に量子力学的な現象だからである.van Leeuwen の定理という古い定理があって,「古典統計力学に忠実にしたがう限り,平衡状態での磁化は恒等的にゼロになる」ことが証明できる.磁石が存在するという,子どもでも知っている事実そのものが,古典物理学では説明できないのである.磁性の背後には,必ず Pauli の排他原理とスピンが顔を出す.
本章のクライマックスは 20.7 節と 20.8 節である.Weiss は1907年,「磁性体の内部には,磁化に比例した巨大な分子場 $B_E=\lambda M$ が存在する」と仮定して,強磁性の Curie 温度と Curie–Weiss 則を見事に説明した.ところが,その $\lambda$ が要求する磁場の大きさを実際に見積もってみると,$10^7\,\mathrm{G}$($10^3\,\mathrm{T}$)という,定常磁場として作れるどんな磁場よりも桁違いに大きく,破壊型パルス磁場の世界記録に匹敵する値になる.分子場は磁気的な起源を持たない.その正体は,Coulomb 斥力と Pauli 原理が組み合わさって生まれる交換相互作用という,まったく静電的な相互作用である.ここが本章のいちばんの山場になる.
そして本章は,第II部で作った群論の道具が,思いがけない場所で効いてくる章でもある.3d 遷移金属イオンでは,Hund 則から計算した有効 Bohr 磁子数が実測とまったく合わない.合わせるには「軌道角運動量がないもの」として計算しなければならない.なぜ軌道角運動量が消えるのか——その答えは,第9章の射影演算子と第10章の結晶場分裂が用意してくれている.結晶場のなかでは $d_{xy}$ のような実数の軌道が固有関数になり,実数関数に対しては $\braket{L_z}=0$ が恒等的に成り立つ.抽象的に見えた群論が,磁化率の測定値という,きわめて具体的な数字を説明するのである.
- 磁化 $M$ と帯磁率 $\chi$ の定義,Gauss 単位系と SI の対応,物質ごとの $\chi$ の桁
- Larmor 歳差から Langevin 反磁性 $\chi=-\dfrac{NZe^2}{6mc^2}\braket{r^2}$ を導く($\braket{\rho^2}=\frac23\braket{r^2}$ の因子まで)
- 分配関数の等比級数和から Brillouin 関数 $B_J(x)$ を導き,$J=1/2$ で $\tanh$,$x\ll1$ で Curie 則 になることを確かめる
- Hund の3法則とその物理的理由,$\mathrm{Fe^{3+}},\mathrm{Mn^{2+}},\mathrm{Nd^{3+}},\mathrm{Dy^{3+}}$ の基底項を実際に求める
- 軌道角運動量の消失(quenching)——なぜ 3d イオンでは $p=2\sqrt{S(S+1)}$ なのか(第9・10章の群論)
- Pauli 常磁性 $\chi_P=\mu_B^2 D(\epsilon_F)$ と Landau 反磁性 $\chi_L=-\frac13\chi_P$
- Weiss の分子場理論:自己無撞着方程式のグラフ解法,$T_c$ の導出,Curie–Weiss 則,そして分子場の非磁気的起源
- 交換相互作用:Heitler–London 計算,Heisenberg 模型,直接交換・超交換・二重交換・RKKY
- 反強磁性:2副格子分子場,$T_N=\mu C$,$\chi_\parallel$ と $\chi_\perp$,フェリ磁性
- 磁区とスピン波:Bloch 磁壁の厚さ,マグノン分散 $\hbar\omega=4JS(1-\cos ka)$ の完全導出,Bloch の $T^{3/2}$ 則
20.1 磁化と帯磁率 — 定義・単位・桁
20.1.1 定義
定義:磁化と帯磁率
磁化(magnetization)$\bm{M}$ とは,単位体積あたりの磁気モーメントである.試料の体積 $V$ のなかに,$i$ 番目の原子が磁気モーメント $\bm{\mu}_i$ を持つとき
$$ \bm{M} = \frac{1}{V}\sum_i \bm{\mu}_i $$帯磁率(magnetic susceptibility, 磁化率ともいう)$\chi$ とは,磁化の外部磁場に対する応答係数である.Gauss 単位系(キッテルが採用している系)では
SI では $\chi=M/H$ と定義する.どちらも無次元だが,数値は $\chi_{\rm SI}=4\pi\chi_{\rm CGS}$ の関係で異なる.
注意:$\chi=M/B$ と $\chi=M/H$ は同じではない
Gauss 単位系では $B=H+4\pi M$ である.したがって $M/B$ と $M/H$ は厳密には別物で,両者は
$$ \frac{M}{H} = \frac{M}{B-4\pi M} = \frac{M/B}{1-4\pi (M/B)} $$で結ばれる.ところが常磁性体・反磁性体では $\abs{\chi}\sim10^{-6}$ なので $4\pi\chi\sim10^{-5}\ll1$ となり,両者の差は無視できる.キッテルが $\chi=M/B$ で押し通せるのはこのためである.
差が効くのは $\chi$ が $1$ の桁になる場合,すなわち強磁性体と超伝導体である.完全反磁性の超伝導体では $B=0$ が実現するので,$M/H=-1/4\pi$(CGS),$\chi_{\rm SI}=-1$ となる.$M/B$ は発散してしまい使えない.以下,本章で $\chi$ と書いたら 20.7 節までは $M/B$(CGS)と $M/H$ の差を無視して扱い,必要に応じて SI 換算を付記する.ただし超伝導体と強磁性体を含む表20.1・表20.2 では,$\chi_{\rm SI}=4\pi\chi_{\rm CGS}$ がそのまま成り立つ $M/H$ の定義を用いる.
もうひとつ注意しておきたいのは,式\eqref{eq:20-chi-def} の $B$ が本来は外部から加えた磁場(キッテルの $B_a$)であって,物質内部の全磁束密度 $B=H+4\pi M$ ではないことである.CGS では真空中で $B_a$ と $H_a$ の数値が一致するので,常磁性体・反磁性体のように $\abs{\chi}\ll1$ の範囲では両者を区別する必要がない.区別が必要になるのは,やはり強磁性体と超伝導体である.
20.1.2 単位 — Gauss 単位系と SI
磁性の分野は,いまでも Gauss 単位系(CGS-emu)で書かれた文献が圧倒的に多い.キッテルも Gauss 単位系である.一方で実験装置の表示や近年の論文は SI である.両者を行き来できることが実務上どうしても必要なので,対応表を作っておく.
| 量 | Gauss 単位系 | SI | 換算 |
|---|---|---|---|
| 磁束密度 $B$ | ガウス $\mathrm{G}$ | テスラ $\mathrm{T}$ | $1\,\mathrm{T}=10^4\,\mathrm{G}$ |
| 磁場 $H$ | エルステッド $\mathrm{Oe}$ | $\mathrm{A/m}$ | $1\,\mathrm{Oe}=\dfrac{10^3}{4\pi}\,\mathrm{A/m}=79.58\,\mathrm{A/m}$ |
| 磁化 $M$ | $\mathrm{emu/cm^3}$($=\mathrm{G}$) | $\mathrm{A/m}$ | $1\,\mathrm{emu/cm^3}=10^3\,\mathrm{A/m}$ |
| 構成方程式 | $B=H+4\pi M$ | $B=\mu_0(H+M)$ | $\mu_0=4\pi\times10^{-7}\,\mathrm{T\,m/A}$ |
| 帯磁率 $\chi$ | 無次元($M/H$) | 無次元($M/H$) | $\chi_{\rm SI}=4\pi\,\chi_{\rm CGS}$ |
| モル帯磁率 | $\mathrm{cm^3/mol}$ | $\mathrm{m^3/mol}$ | $1\,\mathrm{cm^3/mol}=4\pi\times10^{-6}\,\mathrm{m^3/mol}$ |
| 磁気モーメント $\mu$ | $\mathrm{erg/G}$ | $\mathrm{J/T}=\mathrm{A\,m^2}$ | $1\,\mathrm{erg/G}=10^{-3}\,\mathrm{J/T}$ |
| Bohr 磁子 $\mu_B$ | $9.274\times10^{-21}\,\mathrm{erg/G}$ | $9.274\times10^{-24}\,\mathrm{J/T}$ | $\mu_B=\dfrac{e\hbar}{2mc}$(CGS)$=\dfrac{e\hbar}{2m}$(SI) |
| 電流ループの $\mu$ | $\mu=IA/c$ | $\mu=IA$ | $c$ の有無に注意 |
補足:Gauss 単位系の式を SI に直す機械的な処方
本章の式を SI に書き換えたいときは,次の置換をすればよい.
- $c\to 1$(ただし電流ループのモーメント $IA/c\to IA$ のように,もともと $c$ が入っていた場所を消す)
- $\chi=M/B \to \chi=\mu_0 M/B$(すなわち $\chi_{\rm SI}$ を得るには CGS の式に $\mu_0$ を掛ける)
- $\mu_B=e\hbar/2mc \to e\hbar/2m$
たとえば 20.2 節の Langevin 反磁性は,CGS で $\chi=-NZe^2\braket{r^2}/6mc^2$,SI で $\chi=-\mu_0 NZe^2\braket{r^2}/6m$ となる.
20.1.3 帯磁率の桁 — どれくらいの大きさなのか
数式に入る前に,$\chi$ という量がどれくらいの数字なのか,体で覚えておきたい.
| 分類 | 物質例 | $\chi_{\rm CGS}$ | $\chi_{\rm SI}=4\pi\chi_{\rm CGS}$ | 起源 |
|---|---|---|---|---|
| 完全反磁性 | 超伝導体($T\lt T_c$) | $-1/4\pi=-0.080$ | $-1$ | Meissner 効果(遮蔽電流) |
| 反磁性 | 水 $\mathrm{H_2O}$ | $-0.72\times10^{-6}$ | $-9.0\times10^{-6}$ | Langevin 反磁性(20.2節) |
| 反磁性 | $\mathrm{Cu}$ | $-0.77\times10^{-6}$ | $-9.7\times10^{-6}$ | 閉殻 $3d^{10}$ の反磁性 + Landau |
| 反磁性(異常に大) | グラファイト($c$ 軸) | $-30\times10^{-6}$ | $-3.8\times10^{-4}$ | 軌道の遍歴性(バンド反磁性) |
| Pauli 常磁性 | $\mathrm{Na}$ | $+0.68\times10^{-6}$ | $+8.6\times10^{-6}$ | 伝導電子スピン(20.6節) |
| Pauli 常磁性(増強) | $\mathrm{Pd}$ | $+63\times10^{-6}$ | $+7.9\times10^{-4}$ | $D(\epsilon_F)$ 大 + Stoner 増強 |
| 局在モーメント常磁性 | $\mathrm{Gd_2(SO_4)_3\cdot8H_2O}$ | $\sim+2\times10^{-4}$ | $\sim+2.5\times10^{-3}$ | Curie 則(20.3節) |
| 強磁性 | $\mathrm{Fe}$(初透磁率) | $\sim10^{3}$–$10^{4}$ | $\sim10^{4}$–$10^{5}$ | 磁区壁の移動(20.10節) |
物理的意味:この表から読み取るべき3つのこと
- 反磁性はすべての物質に必ずある.$\chi_{\rm CGS}\simeq-10^{-6}$ という値は,水でも銅でも岩塩でもほぼ同じ桁である.これは Langevin 反磁性が「電子雲の大きさ $\braket{r^2}$」だけで決まり,物質によらずおおむね同じ大きさになるからである(20.2節).
- 常磁性は反磁性より2〜3桁大きくなりうる.不対電子(局在モーメント)があると,$\chi$ は $10^{-4}$ の桁に跳ね上がる.だから常磁性イオンが1つでも入っていると,反磁性は完全に埋もれてしまう.逆に言えば,反磁性を測るには不対電子を含まない試料が要る.
- 強磁性は,さらに7桁以上大きい.この桁の跳びは「磁場に応答する」という描像では説明できない.強磁性は磁場がなくても磁化している状態であり,測定される $\chi$ は「磁区の壁がどれだけ動きやすいか」を表しているにすぎない.物理がまったく違うのである(20.7節・20.10節).
なぜ:古典物理では磁性は存在しない(van Leeuwen の定理)
荷電粒子系の古典的な Hamiltonian に磁場を入れるには,運動量を $\bm{p}\to\bm{p}+\frac{e}{c}\bm{A}(\rr)$ と置き換える(極小結合).すると分配関数は
$$ Z = \frac{1}{h^{3N}N!}\int \dd^{3N}r\,\dd^{3N}p\; \exp\!\left[-\beta\sum_i\frac{(\bm{p}_i+\frac{e}{c}\bm{A}(\rr_i))^2}{2m}-\beta U(\{\rr\})\right] $$ここで各粒子について積分変数を $\bm{p}_i'=\bm{p}_i+\frac{e}{c}\bm{A}(\rr_i)$ と置き換える.$\rr_i$ は固定したまま $\bm{p}_i$ を積分するのだから,これは単なる平行移動であり,積分区間は $-\infty$ から $+\infty$ のまま変わらず,ヤコビアンは $1$ である.したがって
$$ Z(\bm{A}) = Z(\bm{0}) $$分配関数が磁場(ベクトルポテンシャル)にまったく依存しない.自由エネルギー $F=-k_BT\ln Z$ も磁場によらず,磁化 $M=-\partial F/\partial B=0$ となる.これが van Leeuwen の定理(1919年)である.
つまり,磁石が存在するという事実そのものが量子力学の証拠である.本章に出てくるあらゆる磁性——反磁性も,常磁性も,強磁性も——は,どこかで必ず量子力学(離散的なエネルギー準位,スピン,Pauli 原理)を使っている.20.2 節の Langevin 反磁性ですら,電子が原子核のまわりに束縛されて $\braket{r^2}$ が有限にとどまるという量子力学的事実を使っている.
20.2 Langevin 反磁性 — Larmor 歳差から
反磁性は「磁場をかけると,それを打ち消す向きに磁化が生じる」現象である.Lenz の法則の原子版だと思えばよい.磁場を強くしていくと,原子内の電子軌道に誘導起電力が働き,磁場を打ち消す向きに電流が流れる.原子には電気抵抗がないので,この電流は磁場をかけている間じゅう流れ続ける.
20.2.1 Larmor の定理
定理20.1(Larmor の定理)
中心力場のなかを運動する電子に一様磁場 $\bm{B}$ をかける.このとき,$\bm{B}$ の1次までの範囲では,電子の運動は磁場がないときの運動を,角速度
で $\bm{B}$ のまわりに歳差回転させたものに等しい.$\omega_L$ を Larmor 振動数(Larmor frequency)という.
導出:回転座標系に移って Lorentz 力を消す
電荷 $-e$($e\gt0$ は素電荷)の電子の運動方程式は,Gauss 単位系で
$$ m\frac{\dd^2\rr}{\dd t^2} = \bm{F}_{\rm c}(\rr) - \frac{e}{c}\,\dot{\rr}\times\bm{B} $$である.$\bm{F}_{\rm c}$ は原子核による中心力($\rr$ だけの関数)である.
ステップ1:回転座標系へ移る.角速度ベクトル $\bm{\omega}$ で回転する座標系を考える.任意のベクトル $\bm{V}$ について,静止系での時間微分と回転系での時間微分は
$$ \left(\frac{\dd \bm{V}}{\dd t}\right)_{\rm lab} = \left(\frac{\dd \bm{V}}{\dd t}\right)_{\rm rot} + \bm{\omega}\times\bm{V} $$で結ばれる.これを $\bm{V}=\rr$ に適用してから,もう一度適用すると
$$ \left(\frac{\dd^2 \rr}{\dd t^2}\right)_{\rm lab} = \left(\frac{\dd^2 \rr}{\dd t^2}\right)_{\rm rot} + 2\,\bm{\omega}\times\left(\frac{\dd \rr}{\dd t}\right)_{\rm rot} + \bm{\omega}\times(\bm{\omega}\times\rr) $$第2項が Coriolis 項,第3項が遠心力項である.
ステップ2:運動方程式に代入する.以下,回転系での微分を単に $\dot{\rr}$ と書く.$\left(\dd\rr/\dd t\right)_{\rm lab}=\dot{\rr}+\bm{\omega}\times\rr$ にも注意して
$$ m\ddot{\rr} + 2m\,\bm{\omega}\times\dot{\rr} + m\,\bm{\omega}\times(\bm{\omega}\times\rr) = \bm{F}_{\rm c} - \frac{e}{c}(\dot{\rr}+\bm{\omega}\times\rr)\times\bm{B} $$整理して $m\ddot{\rr}$ について解くと
$$ m\ddot{\rr} = \bm{F}_{\rm c} \underbrace{- \frac{e}{c}\,\dot{\rr}\times\bm{B} - 2m\,\bm{\omega}\times\dot{\rr}}_{\text{(A):}\dot{\rr}\text{ に比例}} \underbrace{- \frac{e}{c}(\bm{\omega}\times\rr)\times\bm{B} - m\,\bm{\omega}\times(\bm{\omega}\times\rr)}_{\text{(B):}\dot{\rr}\text{ を含まない}} $$ステップ3:(A) を消すように $\bm{\omega}$ を選ぶ.(A) がゼロになる条件は
$$ - \frac{e}{c}\,\dot{\rr}\times\bm{B} = 2m\,\bm{\omega}\times\dot{\rr} $$である.左辺を書き換える.$\dot{\rr}\times\bm{B} = -\bm{B}\times\dot{\rr}$ だから
$$ \frac{e}{c}\,\bm{B}\times\dot{\rr} = 2m\,\bm{\omega}\times\dot{\rr} \quad\Longrightarrow\quad \left(\frac{e}{2mc}\bm{B}-\bm{\omega}\right)\times\dot{\rr}=0 $$これが任意の $\dot{\rr}$ について成り立つには
$$ \bm{\omega} = \frac{e\bm{B}}{2mc}, \qquad \omega_L = \frac{eB}{2mc} $$でなければならない.式 \eqref{eq:20-larmor} が出た.
ステップ4:残った (B) は $B^2$ の項である.$\bm{\omega}\propto\bm{B}$ なので,(B) の2項はどちらも $B^2$ に比例する.磁場の1次までを問題にする限り,これらは無視してよい.結局,回転系では
$$ m\ddot{\rr} = \bm{F}_{\rm c}(\rr) + O(B^2) $$となり,磁場がないときの運動方程式とまったく同じ形になる.∎
すなわち,実験室系から見た電子の運動は「磁場なしの軌道」が全体として角速度 $\omega_L$ で歳差しているものにほかならない.これが Larmor の定理である.
補足:$\omega_L$ の数値と,なぜ「1次まで」で十分なのか
$B=1\,\mathrm{T}=10^4\,\mathrm{G}$ のとき,SI で $\omega_L=eB/2m = (1.602\times10^{-19})(1)/(2\times9.109\times10^{-31}) = 8.79\times10^{10}\,\mathrm{s^{-1}}$,すなわち $\nu_L=\omega_L/2\pi=14.0\,\mathrm{GHz}$ である.
一方,原子内の電子の軌道運動の振動数は $\sim10^{16}\,\mathrm{s^{-1}}$ の桁である.比を取ると $\omega_L/\omega_{\rm orbit}\sim10^{-5}$.歳差運動は軌道運動にくらべて途方もなくゆっくりしている.$B^2$ の項が $B$ の項にくらべて $10^{-5}$ 倍の小ささになるということであり,実験室で作れる磁場の範囲では1次で打ち切って完全に問題ない.
ちなみに $\omega_L$ は,スピンの歳差(Larmor 歳差,$\omega=g\mu_B B/\hbar$,$g=2$ なら $\omega=eB/mc$)のちょうど半分である.この因子 $2$ が,電子スピンの $g$ 因子が $1$ ではなく $2$ であることの現れである.
20.2.2 誘導磁気モーメントと帯磁率
導出:Langevin の反磁性帯磁率
ステップ1:歳差運動が作る電流.原子が $Z$ 個の電子を持つとする.Larmor の定理により,電子雲全体が磁場のまわりに $\omega_L$ で回っている.これは環状電流にほかならない.
電流とは「単位時間に断面を通過する電荷」である.1個の電子は1秒あたり $\omega_L/2\pi$ 回だけ軸のまわりを回る.$Z$ 個の電子の電荷は $-Ze$ だから
$$ I = (\text{電荷})\times(\text{単位時間あたりの回転数}) = (-Ze)\cdot\frac{\omega_L}{2\pi} = -\frac{Ze}{2\pi}\cdot\frac{eB}{2mc} = -\frac{Ze^2B}{4\pi mc} $$ステップ2:電流ループの磁気モーメント.Gauss 単位系では,電流 $I$ が面積 $A$ を囲むときの磁気モーメントは $\mu=IA/c$ である.ここで「面積」とは,電子の軌道を磁場方向($z$ 軸としよう)に垂直な平面に射影したときの面積である.電子の位置の $z$ 軸からの距離を $\rho$ と書けば,面積は $\pi\rho^2$,その平均は $\pi\braket{\rho^2}$ である.したがって
$$ \mu = \frac{I}{c}\cdot\pi\braket{\rho^2} = -\frac{Ze^2B}{4\pi mc}\cdot\frac{\pi\braket{\rho^2}}{c} = -\frac{Ze^2 B}{4mc^2}\braket{\rho^2} $$ここで $\braket{\rho^2}=\braket{x^2+y^2}$ である($z$ 軸まわりの距離の2乗).
ステップ3:$\braket{\rho^2}$ を $\braket{r^2}$ に直す(ここが要注意).原子の電子雲は球対称だとしてよい(閉殻イオンや希ガスならまさにそうである).球対称なら
$$ \braket{x^2}=\braket{y^2}=\braket{z^2} $$である.一方 $r^2=x^2+y^2+z^2$ だから
$$ \braket{r^2}=\braket{x^2}+\braket{y^2}+\braket{z^2}=3\braket{x^2} \quad\Longrightarrow\quad \braket{x^2}=\frac13\braket{r^2} $$したがって
この $\frac23$ が,最終式の分母の $6$($=4\times\frac32$)を生む因子である.ここを取り違えると係数が $1/4$ になったり $1/6$ になったりする.$\braket{r^2}$ は原点からの距離の2乗,$\braket{\rho^2}$ は磁場軸からの距離の2乗であり,球対称の場合に限って両者が $2:3$ の比で結ばれる,と覚えるとよい.
ステップ4:代入する.
$$ \mu = -\frac{Ze^2B}{4mc^2}\cdot\frac23\braket{r^2} = -\frac{Ze^2 B}{6mc^2}\braket{r^2} $$ステップ5:単位体積あたり $N$ 個の原子があるとして磁化と帯磁率を作る.
$$ M = N\mu = -\frac{NZe^2 B}{6mc^2}\braket{r^2} $$∎ SI では $\chi = -\dfrac{\mu_0 NZe^2}{6m}\braket{r^2}$ となる.
電子が1個だけなら $Z=1$ とすればよい.より正確には,電子ごとに $\braket{r_i^2}$ が違うので $Z\braket{r^2}\to\sum_{i=1}^{Z}\braket{r_i^2}$ と読み替える.
物理的意味:式 \eqref{eq:20-langevin} は何を言っているか
- 符号が必ず負.電子の電荷の符号($-e$)は $e^2$ の形で入るので消えてしまう.つまり電荷が正でも負でも $\chi$ は負になる.これは Lenz の法則そのものである.磁場をかけると,必ずそれを弱める向きに誘導モーメントが生まれる.
- 温度に依存しない.式のどこにも $T$ が入っていない.実際,反磁性帯磁率は室温から液体ヘリウム温度まで,ほとんど変わらない.これは「熱運動と競合する自由度がない」ためである.20.3節の常磁性が $1/T$ で効くのと対照的である.
- 電子雲の広がりだけで決まる.$\braket{r^2}$ が唯一の物質固有パラメータである.だから反磁性帯磁率の測定は,原子・イオンの大きさを測ることにほかならない.
- 内殻電子はほとんど効かない.$\braket{r_i^2}$ の和で効くのは $r$ の大きい外殻電子である.$1s$ 電子は $r\sim0.05\,\text{Å}$ 程度なので $\braket{r^2}\sim0.0025\,\text{Å}^2$ しかなく,外殻の $\sim1\,\text{Å}^2$ にくらべて2〜3桁小さい(およそ $1/400$).
20.2.3 数値との突き合わせ
導出:モル帯磁率の便利な数値公式
実験値はふつうモル帯磁率 $\chi_{\rm mol}$(単位 $\mathrm{cm^3/mol}$)で与えられる.式 \eqref{eq:20-langevin} で $N\to N_A=6.022\times10^{23}\,\mathrm{mol^{-1}}$ とすればよい.
ここで,$e^2/mc^2$ は古典電子半径(classical electron radius)
$$ r_e \equiv \frac{e^2}{mc^2} = 2.818\times10^{-13}\,\mathrm{cm} $$そのものである.これを使うと
$$ \chi_{\rm mol} = -\frac{N_A r_e}{6}\sum_i\braket{r_i^2} $$数値を入れる.
$$ \frac{N_A r_e}{6} = \frac{(6.022\times10^{23})(2.818\times10^{-13})}{6} = \frac{1.697\times10^{11}}{6} = 2.828\times10^{10}\ \mathrm{cm\,mol^{-1}} $$$\braket{r^2}$ を $\text{Å}^2$ 単位で測ると $1\,\text{Å}^2=10^{-16}\,\mathrm{cm^2}$ なので
∎ 逆に解けば,測定した $\chi_{\rm mol}$ から電子雲の広がりの和が読み取れる.
| 原子 | $Z$ | $\chi_{\rm mol}$(実測) | $\sum_i\braket{r_i^2}$ $[\text{Å}^2]$ | $\sqrt{\sum\braket{r_i^2}/Z}$ $[\text{Å}]$ |
|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{He}$ | 2 | $-1.9$ | $0.67$ | $0.58$ |
| $\mathrm{Ne}$ | 10 | $-7.2$ | $2.54$ | $0.50$ |
| $\mathrm{Ar}$ | 18 | $-19.4$ | $6.86$ | $0.62$ |
| $\mathrm{Kr}$ | 36 | $-28.0$ | $9.89$ | $0.52$ |
| $\mathrm{Xe}$ | 54 | $-43.0$ | $15.2$ | $0.53$ |
例題20.1 Xe の反磁性は外殻電子だけで説明できるか
表20.3 によれば,$\mathrm{Xe}$($Z=54$)では $\sum_i\braket{r_i^2}=15.2\,\text{Å}^2$ である.$\mathrm{Xe}$ の最外殻は $5s^25p^6$ の8電子で,その平均半径はおよそ $1.3\,\text{Å}$ である.この8個だけで実測値が説明できるかを確かめよ.
解答.最外殻の8電子だけを数えると
$$ \sum_{i\in 5s5p}\braket{r_i^2} \simeq 8\times(1.3\,\text{Å})^2 = 8\times1.69 = 13.5\ \text{Å}^2 $$実測から逆算した $15.2\,\text{Å}^2$ の $89\%$ を,たった8個の外殻電子が担っていることになる.残り46個の内殻電子の寄与は $1.7\,\text{Å}^2$,電子1個あたり $0.037\,\text{Å}^2$($r\sim0.19\,\text{Å}$)にすぎない.
これで,$\braket{r^2}$ の和が「外殻電子で決まる」という 20.2.2 節の主張が数値で裏付けられた.同時に,表20.3 の最終列(全電子で平均した rms 半径)が $Z$ によらずほぼ $0.5$–$0.6\,\text{Å}$ で頭打ちになっている理由もわかる.$Z$ が増えると外殻は広がるが,同時に強く引き付けられた内殻電子の数も増えるので,平均すると相殺してしまうのである.この列の数字は「原子の大きさ」ではない.意味があるのは和 $\sum_i\braket{r_i^2}$ のほうである.
例題20.2 等電子系列で $\braket{r^2}$ を比べる
$\mathrm{Ne}$,$\mathrm{Na^+}$,$\mathrm{F^-}$ はいずれも10電子の閉殻($1s^22s^22p^6$)である.実測のモル帯磁率は($10^{-6}\,\mathrm{cm^3/mol}$ 単位で)$\mathrm{Ne}:-7.2$,$\mathrm{Na^+}:-6.1$,$\mathrm{F^-}:-9.4$ である.この大小関係を説明せよ.
解答.式 \eqref{eq:20-langevin-num} で逆算すると
$$ \sum\braket{r^2}:\quad \mathrm{Na^+}:2.16\ \text{Å}^2 \ \lt\ \mathrm{Ne}:2.54\ \text{Å}^2\ \lt\ \mathrm{F^-}:3.32\ \text{Å}^2 $$電子数は3者とも同じ10個であるから,違いは原子核の電荷だけである.$\mathrm{Na^+}$ は核電荷 $+11$,$\mathrm{Ne}$ は $+10$,$\mathrm{F^-}$ は $+9$.核電荷が大きいほど電子雲は強く引き寄せられて縮み,$\braket{r^2}$ が小さくなる.実測はこの予想どおりの順序になっている.
反磁性帯磁率は,イオン半径計を持たない時代における,イオンの大きさの実測手段だったのである.第1章で扱ったイオン半径の表は,X線回折による原子間距離と,こうした反磁性測定の両方から組み立てられた.
注意:分子や金属では Langevin の式が破れる
式 \eqref{eq:20-langevin} は「電子が原子核に球対称に束縛されている」ことを前提にしている.次の場合には成り立たない.
- 芳香族分子・グラファイト:$\pi$ 電子が分子・層全体に非局在化しており,$\braket{\rho^2}$ が原子の大きさではなく分子・層の大きさになる.ベンゼンの環電流反磁性,グラファイトの $c$ 軸方向の巨大な反磁性(表20.2)はこれである.NMR の環電流シフトも同じ起源である.
- 金属:伝導電子は Landau 反磁性(20.6節)という別の機構で反磁性を示す.さらに Pauli 常磁性と競合する.
- Bi,半金属:有効質量 $m^*$ が小さいと Landau 反磁性が $(m/m^*)^2$ で増大する.$\mathrm{Bi}$ で $m^*\sim0.01m$ なので $10^4$ 倍にもなり,$\chi_{\rm CGS}\simeq-1.4\times10^{-5}$ という,単体としては異常な反磁性を示す.
20.3 常磁性と Brillouin 関数
常磁性は,物質のなかにあらかじめ永久磁気モーメントが存在するときに現れる.磁場がなければモーメントはてんでんばらばらの向きを向いていて,平均するとゼロになる.磁場をかけると,モーメントは磁場の向きに揃おうとするが,熱運動がそれを崩そうとする.この綱引きの結果を計算するのが本節の課題である.
20.3.1 永久モーメントはどこから来るか
定義:磁気モーメントと $g$ 因子
全角運動量 $\bm{J}$(単位は $\hbar$)を持つ原子・イオンの磁気モーメント演算子は
と書ける.$\mu_B$ を Bohr 磁子(Bohr magneton),$g$ を Landé の $g$ 因子(Landé $g$-factor)という.マイナス符号は電子の電荷が負であることに由来し,磁気モーメントは角運動量と逆向きである.
$g$ の値は
で与えられる.軌道だけ($S=0$,$J=L$)なら $g=1$,スピンだけ($L=0$,$J=S$)なら $g=2$ になることを,式に代入して確かめておくとよい.
補足:式 \eqref{eq:20-lande} で $g=1$ と $g=2$ を確かめる
軌道だけの場合($S=0$, $J=L$):$S(S+1)=0$,$L(L+1)=J(J+1)$ だから
$$ g = 1+\frac{J(J+1)+0-J(J+1)}{2J(J+1)} = 1+0 = 1 $$スピンだけの場合($L=0$, $J=S$):$L(L+1)=0$,$S(S+1)=J(J+1)$ だから
$$ g = 1+\frac{J(J+1)+J(J+1)-0}{2J(J+1)} = 1+1 = 2 $$電子スピンの $g$ 因子が $2$ であること(正確には $2.0023$)は Dirac 方程式から出てくる.$1$ ではないことが,20.2.2 節の Larmor 振動数 $\omega_L=eB/2mc$ とスピン歳差 $\omega=eB/mc$ の因子2の差として現れていた.
20.3.2 分配関数から磁化を出す
導出:Brillouin 関数(等比級数の和をすべて書く)
ステップ1:エネルギー準位.磁場 $\bm{B}=B\hat{z}$ のなかでのエネルギーは $U=-\bm{\mu}\cdot\bm{B}=g\mu_B B J_z$ である.$J_z$ の固有値を $m$ と書くと
$$ U_m = m\,g\mu_B B, \qquad m = -J,\,-J+1,\,\ldots,\,J-1,\,J $$である.全部で $2J+1$ 個の準位が,等間隔 $g\mu_B B$ で並ぶ(Zeeman 分裂).$m$ が負の準位(モーメントが磁場と同じ向き)ほどエネルギーが低い.
ステップ2:分配関数.記号を短くするため
と置く.$a$ は「隣り合う Zeeman 準位の間隔と熱エネルギーの比」,$x$ は「最大モーメント $g\mu_B J$ が磁場から受けるエネルギーと熱エネルギーの比」である.分配関数は
$$ Z = \sum_{m=-J}^{J}\ee^{-U_m/k_BT} = \sum_{m=-J}^{J}\ee^{-ma} $$ここで和の変数を $m\to-m$ と置き換える.$m$ は $-J$ から $J$ まで対称に走るので,置き換えても和の範囲は変わらない.したがって
ステップ3:等比級数の和を実行する(その1:素朴に).式 \eqref{eq:20-Z} は初項 $\ee^{-Ja}$,公比 $\ee^{a}$,項数 $2J+1$ の等比数列の和である.
$$ Z = \ee^{-Ja}\left(1+\ee^{a}+\ee^{2a}+\cdots+\ee^{2Ja}\right) = \ee^{-Ja}\cdot\frac{\ee^{(2J+1)a}-1}{\ee^{a}-1} $$分子・分母をそれぞれ「半分」で括り出す.分子は $\ee^{(2J+1)a/2}$ で,分母は $\ee^{a/2}$ で括ると
$$ \frac{\ee^{(2J+1)a}-1}{\ee^{a}-1} = \frac{\ee^{(2J+1)a/2}\left(\ee^{(2J+1)a/2}-\ee^{-(2J+1)a/2}\right)}{\ee^{a/2}\left(\ee^{a/2}-\ee^{-a/2}\right)} = \ee^{Ja}\cdot\frac{2\sinh\frac{(2J+1)a}{2}}{2\sinh\frac{a}{2}} $$(指数の前因子は $\ee^{(2J+1)a/2-a/2}=\ee^{Ja}$ である.)これを代入すると $\ee^{-Ja}$ と打ち消し合って
ステップ3′:同じ結果を望遠鏡和で(その2:こちらが美しい).式 \eqref{eq:20-Z} の両辺に $\left(\ee^{a/2}-\ee^{-a/2}\right)$ を掛ける.
$$ \left(\ee^{a/2}-\ee^{-a/2}\right)Z = \sum_{m=-J}^{J}\left(\ee^{(m+\frac12)a}-\ee^{(m-\frac12)a}\right) $$右辺で,$m$ の項の第1部分 $\ee^{(m+\frac12)a}$ と,$m+1$ の項の第2部分 $\ee^{(m+1-\frac12)a}=\ee^{(m+\frac12)a}$ が,符号違いでちょうど打ち消し合う.次々に消えていって(望遠鏡和),最後に残るのは $m=J$ の第1部分と $m=-J$ の第2部分だけである.
$$ \left(\ee^{a/2}-\ee^{-a/2}\right)Z = \ee^{(J+\frac12)a}-\ee^{-(J+\frac12)a} $$ $$ 2\sinh\frac{a}{2}\cdot Z = 2\sinh\left[\left(J+\tfrac12\right)a\right] $$これで式 \eqref{eq:20-Z-sinh} が再び得られた.
ステップ4:磁化を分配関数から取り出す.$m$ の熱平均は,$Z=\sum_m\ee^{ma}$ を $a$ で微分すれば出る.
$$ \frac{\partial Z}{\partial a} = \sum_{m}m\,\ee^{ma} \quad\Longrightarrow\quad \braket{m} = \frac{1}{Z}\sum_m m\,\ee^{ma} = \frac{1}{Z}\frac{\partial Z}{\partial a} = \frac{\partial \ln Z}{\partial a} $$磁化は,$z$ 方向のモーメント $\mu_z=-g\mu_B m$ の熱平均に数密度を掛けたものである.ただし式 \eqref{eq:20-Z} でひっくり返した符号を戻すと,$\ee^{+ma}$ の重みで平均した $m$ に対して $M=+Ng\mu_B\braket{m}$ となる(磁場と同じ向きに磁化するので符号は正でなければならない).
$$ M = N g\mu_B\,\frac{\partial \ln Z}{\partial a} $$ステップ5:微分を実行する.式 \eqref{eq:20-Z-sinh} の対数は
$$ \ln Z = \ln\sinh\left[\left(J+\tfrac12\right)a\right] - \ln\sinh\frac{a}{2} $$$\dfrac{\dd}{\dd y}\ln\sinh y = \dfrac{\cosh y}{\sinh y}=\coth y$ と連鎖律を使って
$$ \frac{\partial \ln Z}{\partial a} = \left(J+\tfrac12\right)\coth\left[\left(J+\tfrac12\right)a\right] - \tfrac12\coth\frac{a}{2} $$したがって
$$ M = Ng\mu_B\left\{\left(J+\tfrac12\right)\coth\left[\left(J+\tfrac12\right)a\right] - \tfrac12\coth\frac{a}{2}\right\} $$ステップ6:$x=Ja$ で書き直す.$a=x/J$ を代入する.括弧のなかを $J$ で括り出すと
$$ \left(J+\tfrac12\right)a = \frac{2J+1}{2}\cdot\frac{x}{J}=\frac{(2J+1)x}{2J}, \qquad \frac{a}{2}=\frac{x}{2J} $$ $$ J+\tfrac12 = J\cdot\frac{2J+1}{2J}, \qquad \tfrac12 = J\cdot\frac{1}{2J} $$だから
$$ M = Ng\mu_B J\left\{\frac{2J+1}{2J}\coth\frac{(2J+1)x}{2J}-\frac{1}{2J}\coth\frac{x}{2J}\right\} $$中括弧の中身を Brillouin 関数(Brillouin function)と呼ぶ.∎
物理的意味:式 \eqref{eq:20-brillouin} は何を言っているか
前因子 $Ng\mu_B J$ は,全モーメントが完全に揃ったときの磁化,すなわち飽和磁化 $M_s$ である.したがって式 \eqref{eq:20-brillouin} は
$$ \frac{M}{M_s} = B_J(x) $$と読める.$B_J(x)$ は「どれだけ揃っているか」を $0$ から $1$ の数字で表した揃い具合の指標である.
そして揃い具合を決める唯一の変数は $x=g\mu_B JB/k_BT$,すなわち磁気エネルギーと熱エネルギーの比である.$B$ と $T$ が別々に効くのではなく,$B/T$ という組み合わせだけで決まる.したがって,いろいろな温度で測った $M$ を $B/T$ の関数としてプロットすると,すべての点が1本の曲線に乗るはずである.実際に乗る(図20.1).これは常磁性の理論の,もっとも直接的な検証である.
20.3.3 2つの極限 — 飽和と Curie 則
導出:$J=1/2$ では $B_{1/2}(x)=\tanh x$ になる
$J=1/2$ を式 \eqref{eq:20-brillouin} に代入する.$2J=1$,$2J+1=2$ だから
$$ B_{1/2}(x) = \frac{2}{1}\coth\frac{2x}{1}-\frac{1}{1}\coth\frac{x}{1} = 2\coth 2x - \coth x $$ここで倍角公式を使う.$\cosh2x=\cosh^2x+\sinh^2x$,$\sinh2x=2\sinh x\cosh x$ だから
$$ \coth 2x = \frac{\cosh^2x+\sinh^2x}{2\sinh x\cosh x} = \frac12\left(\frac{\cosh x}{\sinh x}+\frac{\sinh x}{\cosh x}\right) = \frac12\left(\coth x + \tanh x\right) $$したがって
$$ 2\coth2x = \coth x+\tanh x \quad\Longrightarrow\quad B_{1/2}(x) = \coth x+\tanh x-\coth x = \tanh x $$∎ このとき $M=N g\mu_B\cdot\frac12\tanh x = N\mu_B\tanh(\mu_B B/k_BT)$($g=2$,$J=S=1/2$ なので $x=\mu_B B/k_BT$).スピン $1/2$ の2準位系の磁化が $\tanh$ になるという,統計力学でおなじみの結果が特別な場合として含まれている.
導出:$x\gg1$(強磁場・低温)では飽和する
$y\to\infty$ で $\coth y = \dfrac{\ee^y+\ee^{-y}}{\ee^y-\ee^{-y}}\to1$ である.式 \eqref{eq:20-brillouin} の2つの $\coth$ の引数はどちらも $x$ に比例するので,両方とも $1$ に近づき
$$ B_J(\infty) = \frac{2J+1}{2J}-\frac{1}{2J} = \frac{2J}{2J} = 1 $$∎ すなわち $M\to M_s=Ng\mu_B J$.全モーメントが磁場方向に完全に整列した状態である.
ただし正確には,量子力学的には $\braket{J_z}=-J$($m=-J$ の状態が完全に占有),したがってモーメントの側は $\braket{\mu_z}=+g\mu_B J$ であって,モーメントベクトルが「磁場と平行」になるわけではない.$\abs{\bm{J}}=\sqrt{J(J+1)}\gt J$ なので,モーメントは常に磁場に対して有限の角度を保って歳差している.飽和磁化に現れるのは $J$ であって $\sqrt{J(J+1)}$ ではない,という区別は 20.4 節で重要になる.
導出:$x\ll1$(弱磁場・高温)では Curie 則になる
ステップ1:$\coth$ の展開を用意する.$y\to0$ で
(確かめ方:$\sinh y = y+\frac{y^3}{6}+\cdots$,$\cosh y=1+\frac{y^2}{2}+\cdots$ より $\coth y = \frac{1+y^2/2}{y(1+y^2/6)} = \frac1y\left(1+\frac{y^2}{2}\right)\left(1-\frac{y^2}{6}+\cdots\right)=\frac1y\left(1+\frac{y^2}{3}+\cdots\right)=\frac1y+\frac y3+\cdots$.)
ステップ2:2つの $\coth$ に適用する.$y_1=\dfrac{(2J+1)x}{2J}$,$y_2=\dfrac{x}{2J}$ と置く.
$$ \frac{2J+1}{2J}\coth y_1 = \frac{2J+1}{2J}\left[\frac{2J}{(2J+1)x}+\frac{(2J+1)x}{6J}\right] = \frac{1}{x}+\frac{(2J+1)^2x}{12J^2} $$ $$ \frac{1}{2J}\coth y_2 = \frac{1}{2J}\left[\frac{2J}{x}+\frac{x}{6J}\right] = \frac{1}{x}+\frac{x}{12J^2} $$ステップ3:引き算する.$1/x$ の項がきれいに消えるのがポイントである(消えなければ $B\to0$ で $M$ が発散してしまう).
$$ B_J(x) \simeq \frac{(2J+1)^2x}{12J^2}-\frac{x}{12J^2} = \frac{x}{12J^2}\left[(2J+1)^2-1\right] $$括弧のなかを展開すると $(4J^2+4J+1)-1 = 4J(J+1)$.したがって
これが原点における $B_J$ の傾きである(20.7 節でこの傾きが決定的な役割を果たす).
ステップ4:磁化と帯磁率.式 \eqref{eq:20-brillouin} に代入し,$x=g\mu_BJB/k_BT$ を戻す.
$$ M = Ng\mu_B J\cdot\frac{J+1}{3J}\cdot\frac{g\mu_B J B}{k_BT} = \frac{N g^2\mu_B^2 J(J+1)B}{3k_BT} $$($J$ の約分に注意:$J\cdot\frac{J+1}{3J}\cdot J = \frac{J(J+1)}{3}$.)よって
∎ これが Curie 則(Curie's law)である.$C$ を Curie 定数,$p$ を 有効 Bohr 磁子数(effective number of Bohr magnetons)という.
なぜ:$\chi\propto1/T$ になるのか — 式を使わない説明
モーメント $\mu$ が磁場から受けるエネルギーの利得は $\mu B$,それを崩そうとする熱エネルギーは $k_BT$ である.揃い具合はこの比 $\mu B/k_BT$ で決まる.弱磁場では揃い具合はこの比に比例するから
$$ \braket{\mu_z}\sim\mu\cdot\frac{\mu B}{k_BT}=\frac{\mu^2B}{k_BT} \quad\Longrightarrow\quad \chi = \frac{N\braket{\mu_z}}{B}\sim\frac{N\mu^2}{k_BT} $$となる.式 \eqref{eq:20-curie} の $g^2J(J+1)\mu_B^2=p^2\mu_B^2$ が「$\mu^2$」,分母の $3$ が「3次元空間で $z$ 成分だけを取ることによる $1/3$」である.因子 $1/3$ は,$\braket{\cos^2\theta}=1/3$ の $1/3$ にほかならない.
ここで重要なのは,$\chi$ に現れるのが $J$ ではなく $\sqrt{J(J+1)}$ だということである.飽和磁化には $J$ が,帯磁率には $\sqrt{J(J+1)}$ が現れる.前者は「$z$ 成分の最大値」,後者は「ベクトルの長さ」を測っているからである.この2つを混同すると,次節の Hund 則の検証がめちゃくちゃになる.
導出:Curie 定数の実用的な数値公式
1 mol あたり($N\to N_A$)の Curie 定数を計算しよう.Gauss 単位系で $\mu_B=9.274\times10^{-21}\,\mathrm{erg/G}$,$k_B=1.381\times10^{-16}\,\mathrm{erg/K}$ である.
$$ \frac{N_A\mu_B^2}{3k_B} = \frac{(6.022\times10^{23})(9.274\times10^{-21})^2}{3\times1.381\times10^{-16}} = \frac{(6.022\times10^{23})(8.601\times10^{-41})}{4.143\times10^{-16}} $$ $$ = \frac{5.180\times10^{-17}}{4.143\times10^{-16}} = 0.1250\ \mathrm{cm^3\,K/mol} $$したがって
∎ 逆に,$\chi_{\rm mol}$ を $1/T$ に対してプロットして直線の傾き $C_{\rm mol}$ を読み取れば
$$ p = \sqrt{C_{\rm mol}/0.125} = 2.83\sqrt{C_{\rm mol}} $$で有効 Bohr 磁子数が得られる.これが常磁性測定のもっとも標準的な使い方である.
例題20.3 室温では絶対に飽和しない — $x$ の大きさを見積もる
$\mathrm{Gd^{3+}}$($g=2$,$J=7/2$)について,(a) $B=1\,\mathrm{T}$,$T=300\,\mathrm{K}$,(b) $B=5\,\mathrm{T}$,$T=1.3\,\mathrm{K}$ における $x$ を求め,$B_J(x)$ の値を評価せよ.
解答.SI で計算する.まず前因子を作る.
$$ g\mu_B J = 2\times(9.274\times10^{-24}\,\mathrm{J/T})\times\frac72 = 6.49\times10^{-23}\ \mathrm{J/T} $$(a) 室温・1 T.
$$ x = \frac{(6.49\times10^{-23})(1)}{(1.381\times10^{-23})(300)} = \frac{6.49\times10^{-23}}{4.14\times10^{-21}} = 1.57\times10^{-2} $$$x\simeq0.016\ll1$ なので Curie 則の領域である.式 \eqref{eq:20-bj-small} より $B_J\simeq\frac{J+1}{3J}x = \frac{4.5}{10.5}\times0.0157 = 6.7\times10^{-3}$.磁化は飽和値のわずか $0.67\%$ にすぎない.
(b) 液体ヘリウム温度・5 T.
$$ x = \frac{(6.49\times10^{-23})(5)}{(1.381\times10^{-23})(1.3)} = \frac{3.25\times10^{-22}}{1.795\times10^{-23}} = 18.1 $$$x\simeq18\gg1$ なので $B_J\simeq1$,ほぼ完全飽和である.
結論.常磁性の飽和を見るには,強磁場と液体ヘリウム温度の両方が要る.逆に室温の実験は,必ず Curie 則の直線領域にある.1952年に Henry が行った古典的な実験(図20.1)は,まさに $1.3$–$4.2\,\mathrm{K}$,$0$–$5\,\mathrm{T}$ の条件で行われた.
20.4 Hund の法則 — 基底項の決め方
Curie 則 \eqref{eq:20-curie} を使うには,$g$ と $J$ を知らねばならない.$g$ は式 \eqref{eq:20-lande} で $L,S,J$ から決まるので,結局のところ基底状態の $L,S,J$ を決めることがすべてである.部分的に詰まった殻($3d$ や $4f$)には多数の電子配置が縮退していて,それらは Coulomb 斥力とスピン軌道相互作用によって多くの項(term)に分裂する.そのなかでどれが基底項かを教えてくれるのが Hund の法則である.
20.4.1 3つの法則
定理20.2(Hund の法則)
部分的に占有された殻の基底項は,次の順序で決まる.
- 第1則:$S$ を最大にする.Pauli 原理の許す範囲で,スピン量子数 $S$ が最大になる配置が基底状態である.
- 第2則:$S$ が同じなら,$L$ を最大にする.第1則を満たす配置のうち,軌道角運動量 $L$ が最大のものが基底状態である.
- 第3則:$J$ は殻の詰まり具合で決まる.
- 殻が半分以下まで詰まっているとき:$J=\abs{L-S}$
- 殻が半分以上詰まっているとき:$J=L+S$
- ちょうど半分のとき:$L=0$ なので $J=S$(どちらの式でも同じ)
得られた項は $^{2S+1}L_J$ と表記する.$L=0,1,2,3,4,5,6$ をそれぞれ $S,P,D,F,G,H,I$ の記号で書く.
なぜ:3つの法則それぞれの物理的理由
第1則($S$ 最大)の理由 —— Pauli 原理と Coulomb 斥力.電子は Fermi 粒子なので,全波動関数は交換に対して反対称でなければならない.2電子のスピンが平行(三重項)なら,スピン部分は対称だから,空間部分は反対称でなければならない.反対称な空間波動関数は $\psi(\rr_1=\rr_2)=0$,すなわち2電子が同じ場所にいる確率がゼロである.電子どうしは Coulomb 斥力で反発しているので,近づかないほど得である.したがってスピンを揃えたほうがエネルギーが低い.この「Pauli 原理が生む実効的な引力」を 交換相互作用(exchange interaction)といい,20.8 節で改めて詳しく扱う.Hund の第1則と強磁性は,じつは同じ物理である.
第2則($L$ 最大)の理由 —— 同じ向きに回れば出会わない.$L$ が最大になるのは,電子がすべて同じ向きに軌道運動しているときである.同じ向きに回っている電子どうしは,追い越し追い越されがなく,めったに近づかない.逆に反対向きに回っていると,1周のあいだに2回すれ違う.したがって $L$ が大きいほど Coulomb 斥力が小さい.第1則と第2則はどちらも「電子を遠ざけて Coulomb 斥力を減らす」という同じ原理から出ている.
第3則($J$)の理由 —— スピン軌道相互作用の符号.スピン軌道相互作用は $\Ham_{SO}=\lambda\,\bm{L}\cdot\bm{S}$ の形をしている.ここで
$$ \bm{J}^2=(\bm{L}+\bm{S})^2 = \bm{L}^2+\bm{S}^2+2\bm{L}\cdot\bm{S} \ \Longrightarrow\ \bm{L}\cdot\bm{S} = \tfrac12\left[J(J+1)-L(L+1)-S(S+1)\right] $$だから,$\lambda\gt0$ なら $J$ が小さいほどエネルギーが低く,$\lambda\lt0$ なら $J$ が大きいほど低い.そして$\lambda$ の符号は殻の詰まり具合で変わる.半分以下では $\lambda\gt0$(1電子のスピン軌道係数がそのまま生きる),半分以上では,詰まった殻を基準に「正孔」で数えることになり,正孔の電荷が逆符号なので $\lambda\lt0$ になる.したがって半分以下では $J=\abs{L-S}$,半分以上では $J=L+S$ が基底になる.
補足:手を動かすときの実務的な手順
$n$ 個の電子を,方位量子数 $l$ の殻(軌道の数 $2l+1$ 個,$m_l=l,l-1,\ldots,-l$)に詰める手順は次のとおりである.
- $m_l$ の大きい順に,まずスピン上向きだけで1個ずつ入れていく(第1則を満たすため).
- $2l+1$ 個入って上向きが尽きたら,また $m_l$ の大きい順にスピン下向きを入れていく.
- $S=\frac12(n_\uparrow-n_\downarrow)$,$L=\abs{\sum_i m_l^{(i)}}$.
- $n\le 2l+1$(半分以下)なら $J=\abs{L-S}$,$n\gt 2l+1$(半分以上)なら $J=L+S$.
この手順の「$m_l$ の大きい順」が第2則を自動的に満たしていることに注意したい.上向きスピンを $m_l$ の大きいほうから詰めれば,$\sum m_l$ が最大になる.
20.4.2 例題 — 実際に基底項を求める
例題20.4 $\mathrm{Fe^{3+}}$ と $\mathrm{Mn^{2+}}$($3d^5$)
$\mathrm{Fe^{3+}}$ は $\mathrm{Fe}$($[\mathrm{Ar}]3d^64s^2$)から3個の電子を失って $[\mathrm{Ar}]3d^5$,$\mathrm{Mn^{2+}}$ は $\mathrm{Mn}$($[\mathrm{Ar}]3d^54s^2$)から2個失って同じ $[\mathrm{Ar}]3d^5$ である.基底項を求めよ.
解答.$l=2$ なので軌道は $m_l=2,1,0,-1,-2$ の5個.電子は5個だから,ちょうど半充填である.
| $m_l$ | $+2$ | $+1$ | $0$ | $-1$ | $-2$ |
|---|---|---|---|---|---|
| スピン | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ |
$2S+1=6$,$L=0$ は記号 $S$.したがって基底項は $\boxed{{}^6S_{5/2}}$.
$L=0$ なので式 \eqref{eq:20-lande} から $g=2$(純粋なスピン).有効 Bohr 磁子数は
$$ p = g\sqrt{J(J+1)} = 2\sqrt{\frac52\cdot\frac72}=2\sqrt{\frac{35}{4}}=\sqrt{35}=5.92 $$実測は $5.9$.ぴたりと合う.これは $L=0$ で軌道の寄与がもともと無く,20.5 節で問題になる「軌道角運動量の消失」の影響を受けないからである.$3d^5$ は特別に扱いやすいイオンであり,$\mathrm{Fe^{3+}}$ を含む物質の磁性が理論と合いやすいのはこのためである.
例題20.5 $\mathrm{Nd^{3+}}$($4f^3$)—— 半分以下のとき
$\mathrm{Nd^{3+}}$ は $[\mathrm{Xe}]4f^3$ である.Hund 則から基底項 ${}^{2S+1}L_J$ を求め,Landé の $g$ 因子と有効 Bohr 磁子数 $p$ を計算せよ.
解答.$l=3$ なので軌道は $m_l=3,2,1,0,-1,-2,-3$ の7個.電子は3個だから半分以下($3\lt7$).$m_l$ の大きいほうから上向きで詰める.
| $m_l$ | $+3$ | $+2$ | $+1$ | $0$ | $-1$ | $-2$ | $-3$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| スピン | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ |
$2S+1=4$,$L=6$ は記号 $I$.基底項は $\boxed{{}^4I_{9/2}}$.
$g$ を計算する.
$$ g = 1+\frac{J(J+1)+S(S+1)-L(L+1)}{2J(J+1)} = 1+\frac{\frac92\cdot\frac{11}{2}+\frac32\cdot\frac52-6\cdot7}{2\cdot\frac92\cdot\frac{11}{2}} $$ $$ = 1+\frac{24.75+3.75-42}{49.5} = 1+\frac{-13.5}{49.5} = 1-0.2727 = 0.7273 = \frac{8}{11} $$ $$ p = g\sqrt{J(J+1)} = \frac{8}{11}\sqrt{24.75} = 0.727\times4.975 = 3.62 $$実測は $3.5$.よく合っている.$g\lt1$(すなわち $L$ が $S$ に打ち勝っていて,モーメントが減殺されている)という,直観に反する値が出るところが面白い.
例題20.6 $\mathrm{Dy^{3+}}$($4f^9$)—— 半分以上のとき
$\mathrm{Dy^{3+}}$ は $[\mathrm{Xe}]4f^9$ である.同じように基底項 ${}^{2S+1}L_J$ と $g$,有効 Bohr 磁子数 $p$ を求めよ.
解答.電子は9個で,半充填の7個を超えている.まず7個を上向きで全軌道に入れ,残り2個を $m_l$ の大きいほうから下向きで入れる.
| $m_l$ | $+3$ | $+2$ | $+1$ | $0$ | $-1$ | $-2$ | $-3$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 上向き | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ | $\uparrow$ |
| 下向き | $\downarrow$ | $\downarrow$ |
$L$ は,上向き7個の $\sum m_l = 3+2+1+0-1-2-3 = 0$(完全に相殺),下向き2個の $\sum m_l = 3+2 = 5$.よって
$$ L = 0+5 = 5 $$半分以上なので $J=L+S = 5+\frac52 = \frac{15}{2}$.$2S+1=6$,$L=5$ は記号 $H$.基底項は $\boxed{{}^6H_{15/2}}$.
$$ g = 1+\frac{\frac{15}{2}\cdot\frac{17}{2}+\frac52\cdot\frac72-5\cdot6}{2\cdot\frac{15}{2}\cdot\frac{17}{2}} = 1+\frac{63.75+8.75-30}{127.5} = 1+\frac{42.5}{127.5}=1+\frac13=\frac43 $$ $$ p = \frac43\sqrt{\frac{15}{2}\cdot\frac{17}{2}} = \frac43\sqrt{63.75}=\frac43\times7.984 = 10.65 $$実測は $10.6$.$\mathrm{Dy^{3+}}$ は全元素中で最大級の磁気モーメントを持つイオンであり,ネオジム磁石の保磁力向上のための添加元素として,また磁気冷凍材料として実用されている.
20.4.3 実測との比較 — 希土類イオンはよく合う
| イオン | 配置 | $S$ | $L$ | $J$ | 基底項 | $g$ | $p_{\rm calc}$ | $p_{\rm exp}$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Ce^{3+}}$ | $4f^1$ | $1/2$ | $3$ | $5/2$ | ${}^2F_{5/2}$ | $6/7$ | $2.54$ | $2.4$ |
| $\mathrm{Pr^{3+}}$ | $4f^2$ | $1$ | $5$ | $4$ | ${}^3H_4$ | $4/5$ | $3.58$ | $3.5$ |
| $\mathrm{Nd^{3+}}$ | $4f^3$ | $3/2$ | $6$ | $9/2$ | ${}^4I_{9/2}$ | $8/11$ | $3.62$ | $3.5$ |
| $\mathrm{Pm^{3+}}$ | $4f^4$ | $2$ | $6$ | $4$ | ${}^5I_4$ | $3/5$ | $2.68$ | — |
| $\mathrm{Sm^{3+}}$ | $4f^5$ | $5/2$ | $5$ | $5/2$ | ${}^6H_{5/2}$ | $2/7$ | $0.85$ | $1.5$ ✗ |
| $\mathrm{Eu^{3+}}$ | $4f^6$ | $3$ | $3$ | $0$ | ${}^7F_0$ | — | $0$ | $3.4$ ✗ |
| $\mathrm{Gd^{3+}}$ | $4f^7$ | $7/2$ | $0$ | $7/2$ | ${}^8S_{7/2}$ | $2$ | $7.94$ | $8.0$ |
| $\mathrm{Tb^{3+}}$ | $4f^8$ | $3$ | $3$ | $6$ | ${}^7F_6$ | $3/2$ | $9.72$ | $9.5$ |
| $\mathrm{Dy^{3+}}$ | $4f^9$ | $5/2$ | $5$ | $15/2$ | ${}^6H_{15/2}$ | $4/3$ | $10.65$ | $10.6$ |
| $\mathrm{Ho^{3+}}$ | $4f^{10}$ | $2$ | $6$ | $8$ | ${}^5I_8$ | $5/4$ | $10.61$ | $10.4$ |
| $\mathrm{Er^{3+}}$ | $4f^{11}$ | $3/2$ | $6$ | $15/2$ | ${}^4I_{15/2}$ | $6/5$ | $9.58$ | $9.5$ |
| $\mathrm{Tm^{3+}}$ | $4f^{12}$ | $1$ | $5$ | $6$ | ${}^3H_6$ | $7/6$ | $7.56$ | $7.3$ |
| $\mathrm{Yb^{3+}}$ | $4f^{13}$ | $1/2$ | $3$ | $7/2$ | ${}^2F_{7/2}$ | $8/7$ | $4.54$ | $4.5$ |
物理的意味:なぜ希土類はこんなによく合うのか,そして $\mathrm{Sm^{3+}}$ と $\mathrm{Eu^{3+}}$ だけがなぜ合わないのか
よく合う理由.$4f$ 軌道は,$5s^25p^6$ という閉殻の内側にある.イオン半径は $\sim1\,\text{Å}$ なのに $4f$ の広がりは $\sim0.35\,\text{Å}$ しかない.つまり $4f$ 電子は隣の原子や配位子から遮蔽されていて,結晶場をほとんど感じない.だから孤立イオンの計算がそのまま通用する.
$\mathrm{Sm^{3+}}$ と $\mathrm{Eu^{3+}}$ が外れる理由.Hund 則が与えるのは基底多重項だけである.ふつうは第1励起多重項($J+1$)が $k_BT$ よりずっと上にあるので無視できるが,この2つのイオンでは多重項間隔がたまたま室温 $k_BT\simeq0.025\,\mathrm{eV}=200\,\mathrm{cm^{-1}}$ と同程度($\mathrm{Sm^{3+}}$ で約 $1000\,\mathrm{cm^{-1}}$,$\mathrm{Eu^{3+}}$ で約 $300\,\mathrm{cm^{-1}}$)である.したがって室温では励起多重項も熱的に占有されており,それが磁化に寄与する.とくに $\mathrm{Eu^{3+}}$ は基底が $J=0$(磁気モーメントゼロ)なのに実測は $3.4$ もある.これは磁場が基底状態と励起状態を混ぜることによる寄与(van Vleck 常磁性,van Vleck paramagnetism)で,温度に依存しない項として現れる.
2次摂動論で書けば $\chi_{\rm VV}=2N\sum_{n\ne0}\dfrac{\abs{\bra{n}\mu_z\ket{0}}^2}{E_n-E_0}$ である.$J=0$ でも $\mu_z$ の非対角要素はゼロでないので,この項は生き残る.
20.5 結晶場と軌道角運動量の消失
希土類イオンの見事な一致に気をよくして,同じ計算を $3d$ 遷移金属イオンに適用すると,悲惨なことになる.
20.5.1 問題の提示
| イオン | 配置 | 基底項 | $p_J$ | $p_S$ | $p_{\rm exp}$ | どちらに近いか |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Ti^{3+}},\mathrm{V^{4+}}$ | $3d^1$ | ${}^2D_{3/2}$ | $1.55$ | $1.73$ | $1.8$ | $p_S$ |
| $\mathrm{V^{3+}}$ | $3d^2$ | ${}^3F_2$ | $1.63$ | $2.83$ | $2.8$ | $p_S$ |
| $\mathrm{Cr^{3+}},\mathrm{V^{2+}}$ | $3d^3$ | ${}^4F_{3/2}$ | $0.77$ | $3.87$ | $3.8$ | $p_S$ |
| $\mathrm{Mn^{3+}},\mathrm{Cr^{2+}}$ | $3d^4$ | ${}^5D_0$ | $0$ | $4.90$ | $4.9$ | $p_S$ |
| $\mathrm{Fe^{3+}},\mathrm{Mn^{2+}}$ | $3d^5$ | ${}^6S_{5/2}$ | $5.92$ | $5.92$ | $5.9$ | 両方($L=0$) |
| $\mathrm{Fe^{2+}}$ | $3d^6$ | ${}^5D_4$ | $6.71$ | $4.90$ | $5.4$ | $p_S$ に近いが上振れ |
| $\mathrm{Co^{2+}}$ | $3d^7$ | ${}^4F_{9/2}$ | $6.63$ | $3.87$ | $4.8$ | $p_S$ より大きく上振れ |
| $\mathrm{Ni^{2+}}$ | $3d^8$ | ${}^3F_4$ | $5.59$ | $2.83$ | $3.2$ | $p_S$ にやや上振れ |
| $\mathrm{Cu^{2+}}$ | $3d^9$ | ${}^2D_{5/2}$ | $3.55$ | $1.73$ | $1.9$ | $p_S$ にやや上振れ |
注意:$\mathrm{Cr^{3+}}$ を見よ
$\mathrm{Cr^{3+}}$($3d^3$)では,Hund 則にきちんとしたがって計算した $p_J=0.77$ に対し,実測は $3.8$ である.5倍のずれである.理論が間違っているとしか思えない値だが,軌道角運動量を捨てて $L=0$,$J=S$ として計算した $p_S=2\sqrt{S(S+1)}=3.87$ は,実測にほぼ完璧に一致する.
すなわち,$3d$ イオンではあたかも軌道角運動量が存在しないかのようにふるまう.この現象を 軌道角運動量の消失(quenching of orbital angular momentum,クエンチング)という.
20.5.2 なぜ消えるのか — 実数の固有関数
導出:実数波動関数に対して $\braket{L_z}=0$ である
ステップ1:$L_z$ は純虚数の演算子である.球座標で
$$ L_z = -i\hbar\frac{\partial}{\partial\phi} $$である.ここに現れる $-i\hbar$ が要点である.
ステップ2:波動関数 $\psi$ が実数だとする.すると $\partial\psi/\partial\phi$ も実数なので
$$ \braket{L_z}=\int\psi^*\left(-i\hbar\frac{\partial\psi}{\partial\phi}\right)\dd V = -i\hbar\int\psi\frac{\partial\psi}{\partial\phi}\dd V $$右辺は「$-i\hbar$ × 実数」だから純虚数である.
ステップ3:一方,$L_z$ はエルミート演算子である.エルミート演算子の期待値は必ず実数である.
ステップ4:純虚数かつ実数である数はゼロしかない.
∎ $x$ 成分・$y$ 成分についても同じ議論が成り立つ(適当に軸を取り直せばよい).したがって実数の波動関数を持つ状態には,軌道角運動量の期待値がまったくない.
なぜ:結晶場が固有関数を実数にする — 第9・10章とのつながり
孤立イオンでは,Hamiltonian が球対称なので,$L_z$ と可換であり,$L_z$ の固有関数 $Y_l^m\propto\ee^{im\phi}$ が同時に $\Ham$ の固有関数になる.これは複素関数であり,$\braket{L_z}=m\hbar\ne0$ である.
ところが結晶のなかでは,周囲の配位子が作る静電ポテンシャル(結晶場)が加わり,球対称性が失われる.第10章で見たように,$O_h$ 対称の結晶場では $d$ 軌道の5重縮退が
$$ \Gamma_d = E_g\oplus T_{2g} $$と分裂する.ここで各既約表現の基底として選ばれるのは,第9章の射影演算子が生み出す実数の組み合わせである.
| 既約表現 | 基底(実数形) | 球面調和関数による表示 |
|---|---|---|
| $E_g$ | $d_{z^2}$ | $Y_2^0$ |
| $d_{x^2-y^2}$ | $\frac{1}{\sqrt2}\left(Y_2^{2}+Y_2^{-2}\right)$ | |
| $T_{2g}$ | $d_{xy}$ | $\frac{1}{i\sqrt2}\left(Y_2^{2}-Y_2^{-2}\right)$ |
| $d_{yz}$ | $\frac{i}{\sqrt2}\left(Y_2^{1}+Y_2^{-1}\right)$ | |
| $d_{zx}$ | $-\frac{1}{\sqrt2}\left(Y_2^{1}-Y_2^{-1}\right)$ |
たとえば $d_{x^2-y^2}$ について $\braket{L_z}$ を計算してみよう.$\psi=\frac{1}{\sqrt2}(Y_2^2+Y_2^{-2})$,$L_zY_2^{\pm2}=\pm2\hbar Y_2^{\pm2}$ だから
$$ \braket{L_z} = \frac12\left[\bra{Y_2^2}+\bra{Y_2^{-2}}\right]L_z\left[\ket{Y_2^2}+\ket{Y_2^{-2}}\right] = \frac12\left[(+2\hbar)+(-2\hbar)\right] = 0 $$$m=+2$ の状態と $m=-2$ の状態が等量ずつ混ざるので,平均するとゼロになる.結晶場は「時計回りに回る状態」と「反時計回りに回る状態」を同じエネルギーで結びつけ,その定在波(=実数関数)を固有状態にしてしまう.定在波は進行波ではないから,正味の循環=軌道角運動量を持たない.
これは第16章で見た「Brillouin ゾーン境界で進行波 $\ee^{ikx}$ が定在波 $\cos kx,\sin kx$ に変わり,群速度がゼロになる」のと,まったく同じ機構である.周期ポテンシャル(あるいは結晶場)が縮退した2つの進行波を混ぜると,定在波ができて流れが止まる.
物理的意味:エネルギースケールの競合が勝敗を決める
クエンチングが起こるかどうかは,結晶場 $\Delta_{\rm cf}$ とスピン軌道相互作用 $\lambda$ のどちらが大きいかで決まる.
| 相互作用 | $3d$ 遷移金属イオン | $4f$ 希土類イオン |
|---|---|---|
| 電子間 Coulomb(Hund 結合) | $\sim 3$–$5\,\mathrm{eV}$ | $\sim 5$–$10\,\mathrm{eV}$ |
| 結晶場 $\Delta_{\rm cf}$ | $1$–$3\,\mathrm{eV}$($10^4\,\mathrm{cm^{-1}}$) | $0.01\,\mathrm{eV}$($\sim100\,\mathrm{cm^{-1}}$) |
| スピン軌道 $\lambda$ | $0.03$–$0.1\,\mathrm{eV}$($10^2$–$10^3\,\mathrm{cm^{-1}}$) | $0.1$–$0.4\,\mathrm{eV}$($10^3$–$3\times10^3\,\mathrm{cm^{-1}}$) |
| 大小関係 | $\Delta_{\rm cf}\gg\lambda$ | $\lambda\gg\Delta_{\rm cf}$ |
| 良い量子数 | $S$ と結晶場の既約表現 | $J$($L,S$ は結合したまま) |
| 結果 | $L$ がクエンチ,$p=2\sqrt{S(S+1)}$ | $p=g\sqrt{J(J+1)}$ が有効 |
$3d$:結晶場がスピン軌道相互作用より10倍以上大きい.だから結晶場が先に $L$ を壊し,あとから弱いスピン軌道相互作用が働く.$L$ が壊れているので,$J$ を作る材料がない.残るのはスピンだけである.
$4f$:$4f$ 軌道は $5s^25p^6$ 閉殻の内側に隠れていて,結晶場が届かない.スピン軌道相互作用が勝つので $J$ が良い量子数として生き残る.だから表20.4 の見事な一致が得られた.
$4d$,$5d$:両者が同程度になり,状況が複雑になる.近年注目を集めている $5d$ 酸化物($\mathrm{Sr_2IrO_4}$ など)の $J_{\rm eff}=1/2$ 状態は,まさにこの中間領域の物理である.
例題20.7 $\mathrm{Ni^{2+}}$ と $\mathrm{Co^{2+}}$ —— 完全なクエンチと不完全なクエンチ
表20.5 を見ると,$\mathrm{Ni^{2+}}$($3d^8$)は $p_{\rm exp}=3.2$ で $p_S=2.83$ より $13\%$ 大きく,$\mathrm{Co^{2+}}$($3d^7$)は $p_{\rm exp}=4.8$ で $p_S=3.87$ より $24\%$ も大きい.なぜ完全にはクエンチしないのか.$O_h$ 結晶場中の電子配置を書いて説明せよ.
解答.八面体場で $d$ 軌道は $t_{2g}$(低い,3重)と $e_g$(高い,2重)に分裂する(第10章).高スピン配置を書くと
| イオン | 配置 | $t_{2g}$ | $e_g$ | 基底の縮退 |
|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Ni^{2+}}$ | $3d^8$ | $\uparrow\downarrow\ \uparrow\downarrow\ \uparrow\downarrow$(満) | $\uparrow\ \uparrow$ | 軌道非縮退($A_{2g}$) |
| $\mathrm{Co^{2+}}$ | $3d^7$ | $\uparrow\downarrow\ \uparrow\downarrow\ \uparrow$ | $\uparrow\ \uparrow$ | 軌道3重縮退($T_{1g}$) |
$\mathrm{Ni^{2+}}$:基底は軌道的に非縮退($A_{2g}$)である.非縮退な状態の波動関数は必ず実数に取れるので,式 \eqref{eq:20-quench} により $\braket{L_z}=0$ が厳密に成り立つ.したがってクエンチは完全である.それでも $13\%$ 残るのは,スピン軌道相互作用が高いエネルギーの $T_{2g}$ 状態を基底状態にわずかに混ぜ込むためで,これは $g$ 因子が $2$ からずれる形で現れる.実際 $\mathrm{Ni^{2+}}$ の ESR では $g\simeq2.25$ が観測される.$p=g\sqrt{S(S+1)}=2.25\times1.414=3.18$ で,実測 $3.2$ と一致する.
$\mathrm{Co^{2+}}$:基底が軌道3重縮退($T_{1g}$)である.縮退した状態のなかでは,実数の組み合わせを作る必然性がない.実際 $T_{2g}$ や $T_{1g}$ という3重項のなかでは,軌道角運動量が「実効的な $L_{\rm eff}=1$」として生き残る($p$ 軌道と同じ3次元表現だから).したがってクエンチが不完全になり,実測値が $p_S$ を大きく上回る.同じ理由で $\mathrm{Fe^{2+}}$($t_{2g}^4e_g^2$,基底 $T_{2g}$)も上振れする.
まとめ:基底が軌道非縮退ならクエンチは完全,軌道縮退($T$ 型)が残ればクエンチは不完全.第10章の既約分解が,そのまま磁化率の実測値の説明になっている.
補足:Kramers の定理 — 奇数電子系は必ず縮退が残る
結晶場は $L$ をいくらでも壊せるが,スピンの縮退は壊せない.時間反転対称性がある限り,奇数個の電子を持つ系のエネルギー準位は必ず偶数重に縮退する.これを Kramers の定理(Kramers' theorem)という.
ここで「時間反転対称性がある」というのは,単に外部磁場がゼロだということではない.自発磁化や磁気秩序があれば,外部磁場がなくても交換場が時間反転を破ってしまうので,Kramers 縮退は保証されない.正しくは外部磁場がなく,かつ磁気秩序などによって時間反転が自発的に破れていない限り,と読むべきである.
理由の骨子:時間反転演算子 $\Theta$ は $\Theta^2=(-1)^{N_e}$ を満たす.奇数電子なら $\Theta^2=-1$ となり,$\ket{\psi}$ と $\Theta\ket{\psi}$ は必ず直交する別の状態でありながら同じエネルギーを持つ.したがって最低でも2重縮退(Kramers 二重項)が残る.
$\mathrm{Cu^{2+}}$($3d^9$,1個の正孔)や $\mathrm{Ti^{3+}}$($3d^1$)が,どんな低対称の結晶場に置かれても Kramers 二重項を残し,ESR 活性になりうるのはこのためである(実際に観測できる線が出るかどうかは,遷移行列要素や緩和の事情にもよる).磁場をかけるとこの2重項が Zeeman 分裂し,そこに電磁波を共鳴吸収させるのが ESR である.この定理は第II部の群論(時間反転を含む磁気点群の理論)の帰結である.
20.6 Pauli 常磁性と Landau 反磁性
ここまでは,局在した磁気モーメントの話であった.では金属の伝導電子はどうなるか.伝導電子はスピン $1/2$ を持つのだから,素朴に Curie 則 \eqref{eq:20-curie} を当てはめれば $\chi=N\mu_B^2/k_BT$ になりそうである.ところが実測は桁違いに小さく,しかも温度に依存しない.この矛盾を1927年に解決したのが Pauli であり,それは Fermi–Dirac 統計の最初の勝利のひとつであった.
20.6.1 何が問題か
例題20.8 Curie 則を Na の伝導電子に当てはめるとどうなるか
$\mathrm{Na}$ の伝導電子密度は $n=2.65\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$ である.スピン $1/2$,$g=2$ として室温($300\,\mathrm{K}$)の Curie 帯磁率を計算し,実測 $\chi_{\rm CGS}=+0.68\times10^{-6}$ と比べよ.
解答.$J=S=1/2$,$g=2$ なので $p^2=g^2J(J+1)=4\times\frac12\cdot\frac32=3$.式 \eqref{eq:20-curie} より
$$ \chi_{\rm Curie} = \frac{n p^2\mu_B^2}{3k_BT} = \frac{(2.65\times10^{22})(3)(9.274\times10^{-21})^2}{3(1.381\times10^{-16})(300)} = \frac{(7.95\times10^{22})(8.601\times10^{-41})}{1.243\times10^{-13}} $$ $$ = \frac{6.838\times10^{-18}}{1.243\times10^{-13}} = 5.5\times10^{-5} $$実測の $0.68\times10^{-6}$ にくらべて約80倍も大きい.しかも $1/T$ で効くはずなのに,実測はほとんど温度に依存しない.古典統計にもとづく Curie 則は,金属では完全に破綻している.
20.6.2 Pauli の解決
なぜ:Fermi 縮退が答えである
Curie 則の暗黙の前提は「すべてのモーメントが自由に向きを変えられる」ことである.ところが伝導電子はそうではない.Fermi 面の奥深くにいる電子がスピンを反転させようとすると,反転先の状態はすでに埋まっているので,Pauli 原理に禁止される.
スピンを反転できるのは,Fermi 面から $\sim k_BT$ 以内にいる電子だけである.その割合は $\sim T/T_F$.だから帯磁率も $T/T_F$ 倍に抑えられる:
$$ \chi_P \sim \frac{n\mu_B^2}{k_BT}\times\frac{T}{T_F} = \frac{n\mu_B^2}{k_BT_F} $$右辺には $T$ が残っていない.$1/T$ の Curie 則と $T/T_F$ の抑制因子が打ち消し合って,温度に依存しない帯磁率になるのである.$\mathrm{Na}$ の $T_F=3.77\times10^4\,\mathrm{K}$ を使うと $T/T_F=\dfrac{300}{3.77\times10^4}=0.008$,$5.5\times10^{-5}\times0.008=4.4\times10^{-7}$ となって,実測の桁に一致する.
これは第15章の電子比熱がなぜ古典値 $\frac32Nk_B$ の $T/T_F$ 倍になるのか,という議論とまったく同じ論理である.「Fermi 面近傍の電子だけが物理に参加する」——これが金属の物性を貫く原理である.
導出:$\chi_P=\mu_B^2 D(\epsilon_F)$
ステップ1:磁場によるバンドのずれ.電子の磁気モーメントは $\mu_z=\mp\mu_B$(スピンが $\pm z$ 向きのとき)である.磁場 $B\hat z$ のなかでのエネルギー $-\mu_z B$ は
- モーメントが磁場と平行なグループ($+$ とする):$-\mu_B B$ だけ下がる
- モーメントが磁場と反平行なグループ($-$):$+\mu_B B$ だけ上がる
全状態密度を $D(\epsilon)$(両スピン込み,単位体積あたり)とすると,片方のスピンだけの状態密度は $\frac12D(\epsilon)$ である.磁場をかけると,$+$ グループのバンドは全体が $-\mu_B B$ だけずれるので,エネルギー $\epsilon$ における状態密度は $\frac12D(\epsilon+\mu_B B)$ になる.同様に $-$ グループは $\frac12D(\epsilon-\mu_B B)$ である.
ステップ2:それぞれの電子数を数える.Fermi–Dirac 分布 $f(\epsilon)$ を使って
$$ n_+ = \frac12\int_0^\infty D(\epsilon+\mu_B B)f(\epsilon)\,\dd\epsilon, \qquad n_- = \frac12\int_0^\infty D(\epsilon-\mu_B B)f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$ステップ3:$\mu_B B$ で Taylor 展開する.実験室磁場では $\mu_B B\ll\epsilon_F$($B=10\,\mathrm{T}$ でも $\mu_B B=5.8\times10^{-4}\,\mathrm{eV}$,$\epsilon_F$ は数 $\mathrm{eV}$)なので,1次で打ち切ってよい.
$$ D(\epsilon\pm\mu_B B) \simeq D(\epsilon) \pm \mu_B B\,D'(\epsilon) $$ $$ n_\pm \simeq \frac12\int_0^\infty D f\,\dd\epsilon \pm \frac{\mu_B B}{2}\int_0^\infty D'(\epsilon)f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$ステップ4:$\int D'f\,\dd\epsilon$ を評価する.部分積分すると
$$ \int_0^\infty D'(\epsilon)f(\epsilon)\,\dd\epsilon = \Big[D(\epsilon)f(\epsilon)\Big]_0^\infty - \int_0^\infty D(\epsilon)\frac{\dd f}{\dd\epsilon}\,\dd\epsilon $$境界項は,$\epsilon\to\infty$ で $f\to0$,$\epsilon=0$ で $D=0$ なので消える.残る項では $-\dd f/\dd\epsilon$ が $\epsilon=\epsilon_F$ に幅 $\sim k_BT$ で立つ鋭いピーク(面積 $1$)である.$k_BT\ll\epsilon_F$ なら実質的にデルタ関数と見なせて
$$ \int_0^\infty D'f\,\dd\epsilon = \int_0^\infty D(\epsilon)\left(-\frac{\dd f}{\dd\epsilon}\right)\dd\epsilon \simeq D(\epsilon_F) $$(より正確には Sommerfeld 展開(第15章・付録A)を使い,$D(\epsilon_F)\left[1+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\frac{D''}{D}\Big|_{\epsilon_F}+\cdots\right]$ という弱い温度依存が出る.)
ステップ5:磁化を作る.磁化は「平行なモーメントの数 $-$ 反平行なモーメントの数」に $\mu_B$ を掛けたものである.
$$ M = \mu_B(n_+-n_-) = \mu_B\left[\mu_B B\,D(\epsilon_F)\right] $$∎ Pauli 常磁性帯磁率は,Fermi 準位における状態密度に比例する.温度は式のどこにも現れない.
導出:自由電子気体での具体形と,Curie 則との比
第15章で,3次元自由電子の状態密度が $D(\epsilon)=\frac{3n}{2\epsilon_F}\left(\frac{\epsilon}{\epsilon_F}\right)^{1/2}$,したがって
$$ D(\epsilon_F) = \frac{3n}{2\epsilon_F} $$であることを見た(「全電子数 $n$ を $\epsilon_F$ で割ったものの $3/2$ 倍」と覚えるとよい).式 \eqref{eq:20-pauli} に代入して
Curie 則 $\chi_C=n\mu_B^2/k_BT$($p^2=3$ を代入した式 \eqref{eq:20-curie})と比べると
$$ \frac{\chi_P}{\chi_C} = \frac{3n\mu_B^2/2k_BT_F}{n\mu_B^2/k_BT} = \frac{3}{2}\frac{T}{T_F} $$∎ 20.6.1 節で直観的に予想した $T/T_F$ の抑制が,係数 $3/2$ まで込めて出てきた.$\mathrm{Na}$($T_F=3.77\times10^4\,\mathrm{K}$)の室温では $\frac32\times\frac{300}{3.77\times10^4}=1.19\times10^{-2}$,すなわち約 $1/84$ である.例題20.8 で見た「80倍の食い違い」の正体がこれである.
例題20.9 Na の $\chi_P$ を数値で確かめる
$\mathrm{Na}$:$n=2.65\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$,$\epsilon_F=3.24\,\mathrm{eV}=5.19\times10^{-12}\,\mathrm{erg}$.式 \eqref{eq:20-pauli-free} で $\chi_P$ を求めよ.
解答.
$$ \chi_P = \frac{3(2.65\times10^{22})(9.274\times10^{-21})^2}{2(5.19\times10^{-12})} = \frac{(7.95\times10^{22})(8.601\times10^{-41})}{1.038\times10^{-11}} $$ $$ = \frac{6.838\times10^{-18}}{1.038\times10^{-11}} = 6.6\times10^{-7} $$実測 $+0.68\times10^{-6}=6.8\times10^{-7}$.桁だけでなく数値まで合っている.自由電子模型がここまで効くのは,$\mathrm{Na}$ が理想的な単純金属だからである.
ただし,この一致をそのまま自由電子模型の勝利と読むのは正確ではない.ここで計算した $\chi_P$ は伝導電子スピンの寄与だけだが,実測されるのは 20.6.3 節で述べるとおり $\chi_P+\chi_L+\chi_{\rm core}$ の和である.自由電子なら Landau 反磁性が $-\chi_P/3$ を引き,さらに $\mathrm{Na^+}$ 芯の反磁性も引くので,素朴に足し合わせれば実測より小さくなってしまう.実際の $\mathrm{Na}$ では交換相互作用による Stoner 増強がこれらを押し戻しており,この見事な一致は相殺の結果という幸運な面がある.
20.6.3 Landau 反磁性と,実際の金属の帯磁率
定理20.3(Landau 反磁性)
伝導電子は,スピンによる常磁性のほかに,軌道運動による反磁性も示す.磁場中で電子の軌道が Landau 準位に量子化されることに由来し,自由電子(有効質量 $=$ 自由電子質量 $m$)では
である.有効質量 $m^*$ を持つ電子では $\chi_L=-\frac13\left(\dfrac{m}{m^*}\right)^2\chi_P$ となる.
補足:$-1/3$ という因子の出どころ(結果のみ)
磁場中で,電子の面内運動は Landau 準位 $\epsilon_\nu=(\nu+\frac12)\hbar\omega_c$($\omega_c=eB/m^*c$ はサイクロトロン振動数)に量子化される.この離散化によって全エネルギーが磁場とともに上昇し,反磁性が生じる.自由エネルギーを $B$ の2次まで計算すると
$$ \Delta F = \frac{1}{12}\,\mu_B^2 D(\epsilon_F)B^2\left(\frac{m}{m^*}\right)^2\cdot 2 = \frac{1}{6}\,\mu_B^2 D(\epsilon_F)B^2\left(\frac{m}{m^*}\right)^2 \quad\Longrightarrow\quad \chi_L=-\frac{1}{3}\mu_B^2D(\epsilon_F)\left(\frac{m}{m^*}\right)^2 $$詳細は Ashcroft–Mermin 第31章,あるいは Landau の原論文にある.ここで注目すべきは,$\hbar\omega_c$ とスピン分裂 $2\mu_B B=\hbar eB/mc$ が自由電子ではちょうど等しく,その結果 $\chi_L/\chi_P$ が $-1/3$ という純粋な数になることである.
$m^*$ が小さいと反磁性が爆発的に大きくなる.$\mathrm{Bi}$ では $m^*\sim0.01m$ なので $(m/m^*)^2\sim10^4$,常磁性を完全に圧倒して巨大な反磁性を示す.グラファイトやビスマスの異常な反磁性はこれである.
物理的意味:実際の金属では3つの寄与が足し合わさる
金属の測定される帯磁率は
$$ \chi_{\rm total} = \underbrace{\chi_P}_{\text{伝導電子スピン}(+)} + \underbrace{\chi_L}_{\text{伝導電子軌道}(-)} + \underbrace{\chi_{\rm core}}_{\text{イオン芯の Langevin 反磁性}(-)} $$の和である.自由電子なら $\chi_P+\chi_L=\frac23\chi_P\gt0$ で常磁性だが,イオン芯の反磁性が大きい金属では全体として反磁性になりうる.
- $\mathrm{Na}$:イオン芯 $\mathrm{Na^+}$ は $\mathrm{Ne}$ 型で小さく,$\chi_{\rm core}$ が小さい.だから正味 $+0.68\times10^{-6}$ で常磁性.
- $\mathrm{Cu}$:$\mathrm{Cu^+}$ は $3d^{10}$ で電子が多く,$\chi_{\rm core}$ が大きい.$\chi_P\simeq+1.0\times10^{-6}$,$\chi_L\simeq-0.3\times10^{-6}$,$\chi_{\rm core}\simeq-1.5\times10^{-6}$ で,正味 $-0.77\times10^{-6}$ の反磁性になる.銅が反磁性であるのは,伝導電子のせいではなく閉殻イオンのせいである.
- $\mathrm{Pd}$,$\mathrm{Pt}$:$d$ バンドが $\epsilon_F$ を横切っており $D(\epsilon_F)$ が非常に大きい.さらに電子間相互作用による Stoner 増強 が効く.平均場で扱うと $\chi=\dfrac{\chi_P}{1-I D(\epsilon_F)}$ となり,分母が小さいほど増強される.ここで $I$ は Stoner パラメータと呼ばれる交換相互作用の強さである.$\mathrm{Pd}$ では $ID(\epsilon_F)\simeq0.85$ で約7倍に増強されている.
そして $ID(\epsilon_F)\gt1$ になると分母が負になり,$\chi$ が発散する——これは常磁性状態が不安定になることを意味し,磁場がなくても自発磁化が現れる.これが Stoner 条件(Stoner criterion)であり,$\mathrm{Fe},\mathrm{Co},\mathrm{Ni}$ の遍歴電子強磁性の出発点である.第一原理計算(DFT)でこれらの金属の磁性を扱うときは,状態密度 $D(\epsilon_F)$ とあわせて,磁化に依存する交換相関エネルギーから実効的な $I$ を取り出すことになる.
なお,この $I$ を Hubbard 模型の相互作用 $U$ や DFT$+U$ の入力パラメータ $U$ と同一視してはいけない.$U$ は同一軌道に2電子を載せるときのオンサイト Coulomb 反発エネルギーであり,遍歴電子のバンド分裂を決める Stoner パラメータ $I$ とは概念も数値も別のものである.
20.7 Weiss の分子場理論と Curie–Weiss 則
ここまでは,モーメントどうしが互いに相互作用しないと仮定してきた.しかし磁石は,磁場をかけなくても磁化している.モーメントどうしが「揃おう」とする何かがあるはずである.1907年,Weiss はその何かを,いっさい正体を問わずに,次のひとことで導入した.
20.7.1 分子場という仮定
定義:Weiss の分子場(molecular field)
各モーメントは,外部磁場 $B_a$ に加えて,周囲のモーメント全体が作る実効的な磁場
を感じる.$\lambda$ は正の定数(分子場定数,molecular field constant)で,物質ごとに決まる.磁化が大きいほど,揃えようとする力も強い,という自己増幅の仮定である.
なぜ:$B_E\propto M$ と置くことの意味
この仮定の本質は平均場近似である.本当は,あるモーメントは隣接する数個のモーメントの向きに応じた相互作用を受ける.その隣接モーメントの向きは揺らいでいる.Weiss はこの揺らぎをすべて無視し,「隣人の向きを,系全体の平均値 $M$ で代表させる」ことにした.
この単純化のおかげで,$N$ 体問題が「1体問題+自己無撞着条件」に化ける.強力な近似であり,相転移の存在と Curie–Weiss 則を正しく予言する.一方で,揺らぎを捨てているので,$T_c$ の近くで臨界指数を誤る(分子場では $M\propto(T_c-T)^{1/2}$ だが,実際の3次元 Heisenberg 系では指数 $0.36$).第19章の Landau 理論が強誘電相転移で同じ長所と短所を持っていたのと,まったく同じ構図である.
20.7.2 自己無撞着方程式とグラフ解法
導出:自己無撞着方程式を立てる
式 \eqref{eq:20-brillouin} の磁化の式で,磁場 $B$ を「外部磁場+分子場」に置き換える.
右辺に $M$ が入っているので,これは $M$ についての超越方程式である.解析的には解けないが,グラフを描けば解の様子が完全にわかる.
ステップ1:無次元化する.$m\equiv M/M_s$($0\le m\le1$)と,Brillouin 関数の引数
$$ x \equiv \frac{g\mu_B J(B_a+\lambda M)}{k_BT} $$を使う.まず自発磁化を調べたいので $B_a=0$ と置く.
$$ x = \frac{g\mu_B J\lambda M}{k_BT} = \frac{g\mu_B J\lambda M_s}{k_BT}\,m $$ステップ2:$m$ について解いて「直線」を作る.上式を $m$ について解くと
($M_s=Ng\mu_BJ$ を代入した.)
ステップ3:もうひとつの関係は Brillouin 関数そのものである.
$$ m = B_J(x) \qquad\text{(曲線)} $$ステップ4:交点が解である.$(x,m)$ 平面に,原点を通る直線 \eqref{eq:20-line} と曲線 $B_J(x)$ を描き,その交点を求めればよい.∎
物理的意味:図20.3(a) の読み方 —— 相転移がグラフから見える
$B_J(x)$ は原点を通り,傾き $(J+1)/3J$ で立ち上がって,$1$ に飽和する上に凸の曲線である(式 \eqref{eq:20-bj-small}).直線も原点を通る.したがって $x=0$($m=0$,無磁化)はいつでも解である.問題は,それ以外の解があるかどうかである.
- 直線の傾きが曲線の初期傾きより大きいとき(高温):直線は最初から曲線の上を走り,二度と交わらない.解は $m=0$ のみ.常磁性である.
- 直線の傾きが曲線の初期傾きより小さいとき(低温):直線は原点付近では曲線の下を走るが,曲線が飽和するので,どこかで必ず追い越す.$m\ne0$ の交点が存在する.自発磁化がある=強磁性である.
- ちょうど等しいとき:これが臨界点 $T=T_c$ である.
相転移の起こる条件が,「2本の線の原点での傾きの大小」というきわめて単純な形に帰着した.
導出:Curie 温度 $T_c$
臨界条件は「直線 \eqref{eq:20-line} の傾き $=$ $B_J$ の原点での傾き $\frac{J+1}{3J}$」である.
$$ \frac{k_BT_c}{N g^2\mu_B^2 J^2\lambda} = \frac{J+1}{3J} $$$T_c$ について解く.両辺に $N g^2\mu_B^2 J^2\lambda$ を掛けて $k_B$ で割ると
$$ T_c = \frac{N g^2\mu_B^2 J^2\lambda}{k_B}\cdot\frac{J+1}{3J} = \frac{N g^2\mu_B^2 J(J+1)\lambda}{3k_B} $$∎ ここで $C$ は式 \eqref{eq:20-curie} の Curie 定数そのものである.$T_c=C\lambda$ という,驚くほど簡潔な関係が得られた.Curie 定数はモーメントの大きさだけで決まる量,$\lambda$ は相互作用の強さを表す量である.相転移温度は両者の積で決まる.
導出:$T\gt T_c$ での Curie–Weiss 則
ステップ1:常磁性領域では $x\ll1$.$T\gt T_c$ では $M=0$ が解なので,弱い外部磁場 $B_a$ に対する応答を1次で調べればよい.$x\ll1$ なので式 \eqref{eq:20-bj-small} が使え,20.3.3 節と同じ計算で
$$ M = \frac{C}{T}\left(B_a + \lambda M\right) $$(Curie 則 $M=CB/T$ の $B$ を $B_a+\lambda M$ に置き換えただけである.)
ステップ2:$M$ について解く.両辺に $T$ を掛けて
$$ MT = C B_a + C\lambda M \quad\Longrightarrow\quad MT - C\lambda M = CB_a \quad\Longrightarrow\quad M\left(T-C\lambda\right) = CB_a $$ $$ M = \frac{C B_a}{T - C\lambda} $$ステップ3:式 \eqref{eq:20-Tc} で $C\lambda=T_c$ を代入する.
∎ これが Curie–Weiss 則(Curie–Weiss law)である.$T\to T_c^+$ で $\chi\to\infty$ となり,磁場をかけなくても磁化が生じる状態(強磁性)への転移を予告している.
物理的意味:$1/\chi$ をプロットせよ
式 \eqref{eq:20-curie-weiss} の逆数を取ると
$$ \frac{1}{\chi} = \frac{T-T_c}{C} = \frac{1}{C}T - \frac{T_c}{C} $$これは $T$ の一次関数である.したがって $1/\chi$ を $T$ に対してプロットすれば直線になり,
- 傾きの逆数から Curie 定数 $C$ が読める → 式 \eqref{eq:20-curie-num} で有効 Bohr 磁子数 $p$ がわかる → イオンの価数とスピン状態がわかる.
- 横軸切片から $T_c$(正確には Weiss 温度)が読める → 交換相互作用の符号と強さがわかる.切片そのものを $\theta_{\rm int}$ と書けば,$\theta_{\rm int}\gt0$ なら強磁性的,$\theta_{\rm int}\lt0$ なら反強磁性的な相互作用である.
ただし符号の約束には注意がいる.反強磁性体を扱う 20.9 節では,慣習にしたがって $\chi=2C/(T+\theta)$ と書き,$\theta\equiv-\theta_{\rm int}\gt0$ という正の量のほうを Weiss 温度と呼ぶ.表20.8 に $\mathrm{MnO}$ の $\theta=+610\,\mathrm{K}$ のような正の値が並んでいるのはこの流儀による.文献を読むときは,$\theta$ が切片そのものなのか,その符号を反転させたものなのかを必ず確かめてほしい.
この $1/\chi$–$T$ プロットは,磁性測定における最重要のグラフである.新しい磁性材料を合成したら,まずこれを描く.図20.3(b) にその典型を示した.
20.7.3 分子場の正体を問い詰める
例題20.10 鉄の分子場はどれくらいの大きさか
$\mathrm{Fe}$:$T_c=1043\,\mathrm{K}$,原子密度 $N=8.50\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$,飽和磁化 $M_s=1707\,\mathrm{G}$.イオンのスピンを $S=1$($g=2$,$J=S=1$)と近似して,$\lambda$ と分子場 $B_E=\lambda M_s$ を求めよ.
解答.ステップ1:Curie 定数を計算する.$p^2=g^2J(J+1)=4\times1\times2=8$ だから,式 \eqref{eq:20-curie} より
$$ C = \frac{Np^2\mu_B^2}{3k_B} = \frac{(8.50\times10^{22})(8)(9.274\times10^{-21})^2}{3(1.381\times10^{-16})} = \frac{(6.80\times10^{23})(8.601\times10^{-41})}{4.143\times10^{-16}} $$ $$ = \frac{5.849\times10^{-17}}{4.143\times10^{-16}} = 0.141\ \mathrm{K} $$ステップ2:式 \eqref{eq:20-Tc} から $\lambda$ を出す.
$$ \lambda = \frac{T_c}{C} = \frac{1043}{0.141} = 7.4\times10^{3} $$ステップ3:分子場の大きさ.
$$ B_E = \lambda M_s = (7.4\times10^3)(1707\,\mathrm{G}) = 1.3\times10^{7}\ \mathrm{G} = 1.3\times10^3\ \mathrm{T} $$これは途方もない値である.超伝導マグネットでようやく $20\,\mathrm{T}$,パルス強磁場の世界記録でも $10^3\,\mathrm{T}$ の桁である.鉄の内部には,人類が作れる最強の磁場に匹敵する「場」が常時存在していることになる.
例題20.11 磁気双極子相互作用では10⁴倍足りない
もし分子場が「隣の原子の磁気モーメントが作る磁場」だとしたら,どれくらいの大きさになるか.$\mathrm{Fe}$ の原子あたりのモーメント $\mu=2.2\mu_B$,最近接原子間距離 $r=2.48\,\text{Å}$(bcc,$\frac{\sqrt3}{2}a$,$a=2.87\,\text{Å}$)として見積もれ.
解答.磁気双極子が距離 $r$ に作る磁場の大きさは,Gauss 単位系で $B_{\rm dip}\sim\mu/r^3$ である.
$$ \mu = 2.2\times9.274\times10^{-21} = 2.04\times10^{-20}\ \mathrm{erg/G} $$ $$ r^3 = (2.48\times10^{-8}\,\mathrm{cm})^3 = 1.53\times10^{-23}\ \mathrm{cm^3} $$ $$ B_{\rm dip} \simeq \frac{2.04\times10^{-20}}{1.53\times10^{-23}} = 1.3\times10^{3}\ \mathrm{G} = 0.13\ \mathrm{T} $$例題20.10 で求めた $B_E=1.3\times10^7\,\mathrm{G}$ の,1万分の1にしかならない.
エネルギーで比べても同じ結論になる.双極子どうしの相互作用エネルギーは
$$ U_{\rm dip}\sim\frac{\mu^2}{r^3} = \frac{(2.04\times10^{-20})^2}{1.53\times10^{-23}} = 2.7\times10^{-17}\ \mathrm{erg} $$温度に直すと $U_{\rm dip}/k_B = 2.7\times10^{-17}/1.381\times10^{-16} = 0.2\,\mathrm{K}$.一方 $T_c=1043\,\mathrm{K}$.5000倍の開きがある.
もし強磁性が磁気双極子相互作用によるものなら,鉄は $0.2\,\mathrm{K}$ 以下でしか磁石にならないはずである.実際には $1043\,\mathrm{K}$ まで磁石でいる.
結論:分子場は磁気的な起源を持たない
例題20.11 が示すことは決定的である.$B_E$ は「磁場」ではない.磁場と同じ次元を持ち,磁場と同じように働くように書いてあるだけの,便宜的な記号である.
ではその正体は何か.$k_BT_c\simeq0.09\,\mathrm{eV}$ という桁は,磁気双極子相互作用($10^{-5}\,\mathrm{eV}$)ではなく,Coulomb 相互作用($1$–$10\,\mathrm{eV}$)のスケールである.実際,正体は Coulomb 斥力と Pauli 原理の組み合わせが生む 交換相互作用 であり,それは 20.4 節で Hund の第1則を説明したときにすでに顔を出していた.次節でこれを正面から扱う.
歴史的には,Weiss が $\lambda$ を導入してから,Heisenberg がその正体を突き止めるまでに21年(1907年→1928年)かかった.その間に量子力学が生まれる必要があったのである.
補足:Weiss 温度 $\theta$ と $T_c$ は厳密には一致しない
実験では,$1/\chi$–$T$ 直線の外挿切片を Weiss 温度 $\theta$(漸近 Curie 温度)と呼び,自発磁化が消える実際の温度 $T_c$ と区別する.分子場理論では $\theta=T_c$ だが,実測では
| 物質 | $T_c$ (K) | $\theta$ (K) | $\theta/T_c$ |
|---|---|---|---|
| $\mathrm{Fe}$ | 1043 | 1093 | 1.05 |
| $\mathrm{Co}$ | 1394 | 1428 | 1.02 |
| $\mathrm{Ni}$ | 631 | 649 | 1.03 |
| $\mathrm{Gd}$ | 292 | 302 | 1.03 |
| $\mathrm{EuO}$ | 69 | 76 | 1.10 |
と,いずれも $\theta$ がわずかに大きい.分子場が無視した「短距離の揺らぎ」が,$T_c$ をやや下げるためである.ずれが $5\%$ 程度で済むところに,平均場近似の有効性と限界の両方が表れている.
20.8 交換相互作用の起源
本章の核心である.Weiss の $\lambda$ の正体を,水素分子というもっとも簡単な系で突き止める.
20.8.1 水素分子の Heitler–London 計算
導出:$\mathrm{H_2}$ の一重項・三重項エネルギー差
ステップ1:設定.2つの陽子 $a,b$ が距離 $R$ で固定され,電子 $1,2$ が周囲にいる.Hamiltonian は
$$ \Ham = \Ham_a(1)+\Ham_b(2) + \underbrace{\left(-\frac{e^2}{r_{a2}}-\frac{e^2}{r_{b1}}+\frac{e^2}{r_{12}}+\frac{e^2}{R}\right)}_{\equiv\,\Ham'} $$ここで $\Ham_a(1)=-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla_1^2-\frac{e^2}{r_{a1}}$ は「電子1が陽子$a$に束縛された水素原子」の Hamiltonian で,その基底状態を $\varphi_a$,エネルギーを $E_0$ とする.$\Ham'$ が「余分な」Coulomb 項の集まりである.
ステップ2:波動関数(Heitler–London の仮定).電子は区別できないので,空間波動関数は対称か反対称のどちらかである.
$$ \Psi_\pm = \frac{1}{\sqrt{2(1\pm S^2)}}\Big[\varphi_a(1)\varphi_b(2)\pm\varphi_b(1)\varphi_a(2)\Big], \qquad S \equiv \int\varphi_a^*(\rr)\varphi_b(\rr)\,\dd^3r $$$S$ は重なり積分(overlap integral)である.記号について一言断っておく.本章では $S$ をもっぱらスピン量子数の意味で使ってきたが,この 20.8.1 項に限り $S$ は重なり積分を表す.スピンのほうは $S_{\rm tot}$ と書いて区別する.規格化因子の由来を確かめておく.
$$ \braket{\Psi_\pm|\Psi_\pm} \propto \underbrace{\braket{\varphi_a\varphi_b|\varphi_a\varphi_b}}_{=1} \pm2\underbrace{\braket{\varphi_a\varphi_b|\varphi_b\varphi_a}}_{=S\cdot S^*=S^2} +\underbrace{\braket{\varphi_b\varphi_a|\varphi_b\varphi_a}}_{=1} = 2(1\pm S^2) $$ステップ3:Pauli 原理でスピンと結びつける.全波動関数(空間 × スピン)は反対称でなければならない.
- 空間対称 $\Psi_+$ ↔ スピン反対称 = 一重項($S_{\rm tot}=0$,$\uparrow\downarrow-\downarrow\uparrow$)
- 空間反対称 $\Psi_-$ ↔ スピン対称 = 三重項($S_{\rm tot}=1$,$\uparrow\uparrow$ など3状態)
スピンの向きが,空間波動関数の対称性を通じて,Coulomb エネルギーを変える.これが交換相互作用のすべての出発点である.
ステップ4:エネルギーを計算する.
$$ E_\pm = \braket{\Psi_\pm|\Ham|\Psi_\pm} = 2E_0 + \frac{K\pm J_{\rm x}}{1\pm S^2} $$ここで
$$ K = \iint \varphi_a^*(1)\varphi_b^*(2)\,\Ham'\,\varphi_a(1)\varphi_b(2)\,\dd^3r_1\dd^3r_2 \qquad\text{(Coulomb 積分)} $$ $$ J_{\rm x} = \iint \varphi_a^*(1)\varphi_b^*(2)\,\Ham'\,\varphi_b(1)\varphi_a(2)\,\dd^3r_1\dd^3r_2 \qquad\text{(交換積分)} $$$K$ は「電子1は $a$ に,電子2は $b$ に居続ける」古典的な静電エネルギー.$J_{\rm x}$ は左辺と右辺で電子の居場所が入れ替わっている——古典的な対応物が存在しない,純粋に量子力学的な項である.
ステップ5:一重項と三重項の差を取る.$E_s\equiv E_+$(一重項),$E_t\equiv E_-$(三重項)と書く.
$$ E_s-E_t = \frac{K+J_{\rm x}}{1+S^2}-\frac{K-J_{\rm x}}{1-S^2} = \frac{(K+J_{\rm x})(1-S^2)-(K-J_{\rm x})(1+S^2)}{(1+S^2)(1-S^2)} $$分子を展開する.
$$ (K+J_{\rm x})(1-S^2) = K-KS^2+J_{\rm x}-J_{\rm x}S^2 $$ $$ (K-J_{\rm x})(1+S^2) = K+KS^2-J_{\rm x}-J_{\rm x}S^2 $$引き算すると $K$ の項と $J_{\rm x}S^2$ の項が消えて
$$ \text{分子} = -2KS^2+2J_{\rm x} = 2\left(J_{\rm x}-KS^2\right) $$∎ そこで
$$ J_{\rm ex} \equiv \frac{E_s-E_t}{2} $$と定義する.$J_{\rm ex}$ が交換積分(exchange integral)あるいは交換定数である.$J_{\rm ex}\gt0$ なら三重項(スピン平行)が低く強磁性的,$J_{\rm ex}\lt0$ なら一重項(スピン反平行)が低く反強磁性的である.
物理的意味:$\mathrm{H_2}$ は反強磁性的である
実際の $\mathrm{H_2}$ では $E_s\lt E_t$,すなわち $J_{\rm ex}\lt0$ である.$4.75\,\mathrm{eV}$ の結合エネルギーを持つ一重項が基底状態であり,三重項は反結合的で束縛状態を作らない.
これは化学の常識と一致する.共有結合とは,2電子が一重項(スピン対)を組むことである.だから $\mathrm{H_2}$,$\mathrm{N_2}$,ダイヤモンド,$\mathrm{Si}$ のような共有結合物質はすべて反磁性であり,磁気モーメントを持たない.
ではなぜ Hund の第1則(20.4節)では平行スピンが得だったのか.違いは2つの軌道が直交しているかどうかにある.同じ原子の $d$ 軌道どうしのように直交した軌道に電子を入れる場合は重なり積分が $S=0$ で,式 \eqref{eq:20-est} は $E_s-E_t=2J_{\rm x}\gt0$($J_{\rm x}$ は直交軌道間では正)となり三重項が低い.一方 $\mathrm{H_2}$ のように同じ空間を奪い合う非直交な軌道では,交換積分 $J_{\rm x}$ そのものの符号がひっくり返る.$\Ham'$ に含まれる核引力項 $-e^2/r_{a2}$,$-e^2/r_{b1}$ が重なり積分を伴って大きく寄与するため $J_{\rm x}\lt0$ となり,$E_s-E_t\simeq2J_{\rm x}\lt0$ で一重項が基底になるのである.式 \eqref{eq:20-est} の $-KS^2$ の項のほうは,$K\lt0$(引力)のときむしろ三重項を安定化する向きに働くが,平衡核間距離では $\abs{J_{\rm x}}$ がこれを上回っている.
直交軌道 → 強磁性的,重なりの大きい非直交軌道 → 反強磁性的.この経験則が,20.8.3 節の Goodenough–Kanamori 則の骨格をなす.
ただし,この経験則を一般定理と思い込まないでほしい.ここで扱ったのは2中心2電子という最も単純な模型である.実際の固体では,同一原子内の Hund 交換(つねに平行スピンを有利にする),直接 Coulomb 交換,そして次項以降で扱う運動交換($t^2/U$ に比例し,反平行を有利にする)や超交換・二重交換が,軌道の対称性と占有状況に応じて互いに競合する.どれが勝つかは系ごとに決まるのであって,重なりの大小だけで符号が決まるわけではない.
20.8.2 Heisenberg 模型
導出:エネルギー差をスピン演算子で書き直す
式 \eqref{eq:20-est} は「一重項と三重項のエネルギー差」という情報しか持たない.これをスピン演算子だけで書かれた実効 Hamiltonian に翻訳したい.
ステップ1:$\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2$ の固有値を求める.全スピン $\bm{S}_{\rm tot}=\bm{S}_1+\bm{S}_2$ の2乗を展開すると
$$ \bm{S}_{\rm tot}^2 = \bm{S}_1^2+\bm{S}_2^2+2\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2 $$電子スピンは $s=1/2$ なので $\bm{S}_1^2=\bm{S}_2^2=s(s+1)=\frac34$.したがって
$$ \bm{S}_1\cdot\bm{S}_2 = \frac12\left[S_{\rm tot}(S_{\rm tot}+1)-\frac34-\frac34\right] = \frac12 S_{\rm tot}(S_{\rm tot}+1)-\frac34 $$- 一重項 $S_{\rm tot}=0$:$\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2 = 0-\frac34 = -\frac34$
- 三重項 $S_{\rm tot}=1$:$\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2 = \frac12(1)(2)-\frac34 = 1-\frac34=+\frac14$
ステップ2:$\Ham_{\rm eff}=A+B\,\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2$ の形を仮定して $A,B$ を決める.2つの条件
$$ A - \tfrac34 B = E_s, \qquad A + \tfrac14 B = E_t $$を連立させる.第1式から第2式を引くと $-B = E_s-E_t$,すなわち $B=-(E_s-E_t)=-2J_{\rm ex}$.これを第2式に代入して
$$ A = E_t - \tfrac14 B = E_t + \tfrac12 J_{\rm ex} $$($A$ はスピンによらない定数なので,以下では省略してよい.)結局
∎ 検算:一重項では $-2J_{\rm ex}(-\frac34)=+\frac32J_{\rm ex}$,三重項では $-2J_{\rm ex}(\frac14)=-\frac12J_{\rm ex}$.差は $\frac32J_{\rm ex}+\frac12J_{\rm ex}=2J_{\rm ex}=E_s-E_t$ ✓.
定義:Heisenberg 模型(Heisenberg model)
式 \eqref{eq:20-heisenberg2} を格子全体に一般化すると
が得られる.これが磁性理論の基本模型である.$J_{ij}\gt0$ なら $\bm{S}_i\parallel\bm{S}_j$ が得(強磁性),$J_{ij}\lt0$ なら反平行が得(反強磁性).
$J_{ij}$ は距離とともに急速に減衰するので,最近接(nn)だけを残して $\Ham=-2J\sum_{\braket{ij}}\bm{S}_i\cdot\bm{S}_j$ と書くことが多い.
注意:$J$ の定義には流儀が3つある
文献によって $\Ham=-2J\sum_{i\lt j}$,$\Ham=-J\sum_{i\lt j}$,$\Ham=-J\sum_{ij}$($i,j$ を独立に走らせて二重に数える)が使われる.同じ物質の $J$ の値が文献によって2倍・4倍違うのは,たいていこのためである.論文を読むときは必ず Hamiltonian の定義を確認すること.本章は式 \eqref{eq:20-heisenberg} の流儀(キッテルと同じ)を使う.
導出:分子場定数 $\lambda$ と交換積分 $J$ を結びつける
Heisenberg 模型を平均場近似で扱えば,Weiss の $\lambda$ が $J$ で書けるはずである.
ステップ1:スピン $i$ にかかる項を取り出す.最近接が $z$ 個あるとして,式 \eqref{eq:20-heisenberg} からスピン $i$ を含む項だけを集めると
$$ \Ham_i = -2J\,\bm{S}_i\cdot\sum_{j\in\rm nn}\bm{S}_j \;\xrightarrow{\text{平均場}}\; -2Jz\,\bm{S}_i\cdot\braket{\bm{S}} $$ステップ2:これを Zeeman 項の形と比べる.モーメント $\bm{\mu}_i=-g\mu_B\bm{S}_i$ が磁場 $\bm{B}_E$ のなかにあるときのエネルギーは $-\bm{\mu}_i\cdot\bm{B}_E=+g\mu_B\bm{S}_i\cdot\bm{B}_E$.したがって
$$ g\mu_B\bm{B}_E = -2Jz\braket{\bm{S}} \quad\Longrightarrow\quad \bm{B}_E = -\frac{2Jz\braket{\bm{S}}}{g\mu_B} $$ステップ3:磁化で書き換える.$\bm{M}=N\braket{\bm{\mu}}=-Ng\mu_B\braket{\bm{S}}$ より $\braket{\bm{S}}=-\bm{M}/(Ng\mu_B)$.代入して
$$ \bm{B}_E = \frac{2Jz}{Ng^2\mu_B^2}\bm{M} \quad\Longrightarrow\quad \lambda = \frac{2Jz}{Ng^2\mu_B^2} $$ステップ4:$T_c$ を $J$ で書く.式 \eqref{eq:20-Tc} に代入すると $N$ と $g^2\mu_B^2$ が約分されて
∎ 相転移温度は,交換積分 $J$ と配位数 $z$ の積で決まる.$N$ も $\mu_B$ も消えてしまい,磁気的な量が一切残っていない.分子場が磁気的起源を持たないことが,式の形からも見て取れる.
例題20.12 鉄の交換積分 $J$ を求める
$\mathrm{Fe}$ は bcc なので最近接数 $z=8$.$S=1$,$T_c=1043\,\mathrm{K}$ として $J$ を求めよ.
解答.式 \eqref{eq:20-Tc-J} を $J$ について解く.
$$ J = \frac{3k_BT_c}{2zS(S+1)} = \frac{3k_B\times1043}{2\times8\times1\times2} = \frac{3129\,k_B}{32} = 97.8\,k_B $$ $$ J = 97.8\times(8.617\times10^{-5}\,\mathrm{eV/K}) = 8.4\times10^{-3}\ \mathrm{eV} = 8.4\ \mathrm{meV} $$この $8\,\mathrm{meV}$ という大きさに注目したい.例題20.11 の磁気双極子相互作用($1.7\times10^{-5}\,\mathrm{eV}$)の約500倍である.一方,$\mathrm{Fe}$ の凝集エネルギー($\sim4\,\mathrm{eV/atom}$)や Coulomb 積分(数 $\mathrm{eV}$)にくらべればずっと小さい.
すなわち $J$ は「大きな Coulomb エネルギーどうしの,わずかな差」として現れる量である.第一原理計算(DFT)で $J$ を求めるとき,強磁性配置と反強磁性配置の全エネルギー差 $\Delta E$ を計算して式 \eqref{eq:20-heisenberg} にマップするが,$\mathrm{eV}$ の桁の全エネルギーから $\mathrm{meV}$ の桁の差を取り出すことになる.数値精度の要求が桁違いに厳しいのはこのためで,$k$ 点数・平面波カットオフ・収束条件をふつうの構造最適化よりずっと厳しく設定する必要がある.研究室の計算材料科学の教材で扱っている「磁性体の $J_{ij}$ 計算」の勘所がここにある.
20.8.3 4つの交換機構
実在の物質では,隣り合う磁性イオンの $d$ 軌道が直接重なっているとは限らない.むしろ酸化物では,磁性イオンの間に非磁性の酸素が挟まっていることのほうが多い.交換相互作用が伝わる経路はいくつもあり,経路ごとに符号も強さも違う.
| 機構 | 経路 | 典型的な符号 | 距離依存 | 代表物質 |
|---|---|---|---|---|
| 直接交換 | $d$–$d$ の直接重なり | 重なり大→AF,小→FM | 急減衰(指数関数的) | $\mathrm{Fe},\mathrm{Co},\mathrm{Ni}$(の一部) |
| 超交換 | $d$–$p$–$d$(仮想遷移) | ふつう AF($-2t^2/U$) | 結合角と軌道占有に敏感 | $\mathrm{MnO},\mathrm{NiO},\mathrm{La_2CuO_4}$ |
| 二重交換 | $d$–$p$–$d$(実遷移) | FM を促進(理想極限では FM 金属) | 混合原子価が必要 | $\mathrm{La}_{1-x}\mathrm{Sr}_x\mathrm{MnO_3}$,$\mathrm{Fe_3O_4}$ |
| RKKY | 伝導電子の偏極 | $\cos(2k_FR)$ で振動 | $\propto1/R^3$($R\gg k_F^{-1}$ の漸近形) | $\mathrm{Gd},\mathrm{Dy}$,希薄合金,GMR 多層膜 |
定理20.4(Goodenough–Kanamori 則)
超交換の符号は,両側の磁性イオンの軌道占有と結合角で決まる.
| $\mathrm{M{-}O{-}M}$ 角 | 関与する軌道の占有 | 符号 | 強さ | 例 |
|---|---|---|---|---|
| $180^\circ$ | 半充填 – 半充填 | 反強磁性 | 強い | $\mathrm{MnO}$,$\mathrm{NiO}$,$\mathrm{La_2CuO_4}$ |
| $180^\circ$ | 半充填 – 空(または満) | 強磁性 | 弱い | $\mathrm{LaMnO_3}$ の面内 |
| $90^\circ$ | 半充填 – 半充填 | 強磁性 | 弱い | $\mathrm{CrCl_3}$,$\mathrm{CrI_3}$ |
なぜ:$180^\circ$ の半充填どうしが強い反強磁性になる理由
$180^\circ$ の $\mathrm{M{-}O{-}M}$ では,両側の $d_{z^2}$(あるいは $d_{x^2-y^2}$)と酸素の $2p_z$ が一直線に並び,$\sigma$ 結合的に強く混成する.飛び移り積分 $t$ が大きい.
いま両側の $d$ 軌道が半充填(電子1個ずつ)だとする.左の電子が右へ飛び移れるかどうかは,Pauli 原理で決まる.右の電子とスピンが反平行なら,同じ軌道に2電子(一重項)として入れるので飛び移れる.平行なら Pauli 原理で禁止され,飛び移れない.
飛び移れる状態は,2次摂動でエネルギーが下がる:
$$ \Delta E \simeq -\frac{2t^2}{U}\times2 = -\frac{4t^2}{U} $$($U$ は同一サイトに2電子を置く Coulomb 斥力=中間状態の励起エネルギー.左→右と右→左の2通り,さらに $\uparrow$ と $\downarrow$ の2通りで因子が付く.)飛び移れない平行配置ではこの利得がない.したがって反平行が得となり,$E_s-E_t\simeq-4t^2/U\lt0$,すなわち本章の流儀(式 \eqref{eq:20-heisenberg})では $J\simeq-2t^2/U\lt0$(反強磁性)である.文献でよく見る $J=4t^2/U$ は $\Ham=J\sum\bm{S}_i\cdot\bm{S}_j$ の流儀の値で,本章とは符号の約束と因子2だけ違う——20.8.2 項で注意した落とし穴そのものである.
$90^\circ$ の場合は,両側の $d$ 軌道が酸素の異なる$p$ 軌道($p_x$ と $p_y$)と結合する.これらは直交しているので,酸素上で2電子が出会うことになり,そこで Hund の第1則(20.4節)が働いて平行スピンが得になる.だから $90^\circ$ では弱い強磁性になる.Hund 則がそのまま結晶中の磁気秩序の符号を決めている.近年注目される2次元磁性体 $\mathrm{CrI_3}$($\mathrm{Cr{-}I{-}Cr}$ が約 $95^\circ$)が強磁性であるのは,まさにこの規則の帰結である.
20.9 反強磁性と Néel 温度
交換積分が負なら,隣り合うスピンは反平行に並ぶ.全体としては磁化ゼロだが,内部では完璧な秩序ができている.これが反強磁性(antiferromagnetism)である.1932年に Néel が理論的に予言し,1949年に Shull が中性子回折で $\mathrm{MnO}$ の磁気構造を直接観測して確定した.
20.9.1 2副格子の分子場理論
導出:Néel 温度と $\chi=2C/(T+\theta)$
ステップ1:設定.格子を,互いに入れ子になった2つの副格子 $\mathrm{A}$ と $\mathrm{B}$ に分ける.$\mathrm{A}$ の最近接はすべて $\mathrm{B}$,$\mathrm{B}$ の最近接はすべて $\mathrm{A}$ であるとする(岩塩型の第2近接構造がこれにあたる).相互作用は $\mathrm{A}$–$\mathrm{B}$ 間だけを考え,分子場を
と置く.マイナス符号が反強磁性的な結合を表す.$\mathrm{B}$ が上を向いていると,$\mathrm{A}$ には下向きの分子場がかかる.
ステップ2:$T\gt T_N$ での応答.外部磁場 $B_a$ をかけると,各副格子は Curie 則にしたがって応答する.副格子1つあたりの Curie 定数を $C$ と書くと
$$ M_{\rm A} = \frac{C}{T}\left(B_a - \mu M_{\rm B}\right), \qquad M_{\rm B} = \frac{C}{T}\left(B_a - \mu M_{\rm A}\right) $$ステップ3:辺々加える.全磁化を $M=M_{\rm A}+M_{\rm B}$ とすると
$$ M = \frac{C}{T}\left(2B_a - \mu M\right) $$両辺に $T$ を掛けて $M$ について解く.
$$ MT = 2CB_a - C\mu M \ \Longrightarrow\ M(T+C\mu) = 2CB_a \ \Longrightarrow\ M = \frac{2CB_a}{T+C\mu} $$ステップ4:Néel 温度.外部磁場なしで自発的な副格子磁化が現れる温度を求める.$B_a=0$ と置くと
$$ M_{\rm A} + \frac{C\mu}{T}M_{\rm B} = 0, \qquad \frac{C\mu}{T}M_{\rm A} + M_{\rm B} = 0 $$これは $M_{\rm A},M_{\rm B}$ についての同次連立方程式である.自明でない解($M_{\rm A},M_{\rm B}\ne0$)が存在する条件は,係数行列の行列式がゼロになることである.
$$ \begin{vmatrix} 1 & C\mu/T \\ C\mu/T & 1 \end{vmatrix} = 1-\left(\frac{C\mu}{T}\right)^2 = 0 \quad\Longrightarrow\quad T = C\mu $$∎ この最も単純な模型では,$1/\chi$–$T$ 直線の外挿切片 $-\theta$ の大きさが,そのまま Néel 温度に等しい.
注意:この $\mu$ は磁気モーメントではない
式 \eqref{eq:20-af-field} の $\mu$ は,キッテルの記法にならった分子場定数であって,磁気モーメント $\mu_B$ とも透磁率 $\mu_0$ とも関係がない.文字が足りないための不幸な衝突である.混乱を避けたければ $\lambda_{\rm AB}$ と書き換えてよい.
物理的意味:$\theta/T_N$ のずれが副格子内の相互作用を教えてくれる
実測では $\theta/T_N$ は $1$ より大きい.
| 物質 | 磁気イオン | $T_N$ (K) | $\theta$ (K) | $\theta/T_N$ | 粉末試料の $\chi(0)/\chi(T_N)$ |
|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{MnO}$ | $\mathrm{Mn^{2+}}$ ($d^5$) | 116 | 610 | 5.3 | $\simeq2/3$ |
| $\mathrm{MnS}$ | $\mathrm{Mn^{2+}}$ | 160 | 528 | 3.3 | $\simeq0.8$ |
| $\mathrm{MnF_2}$ | $\mathrm{Mn^{2+}}$ | 67 | 82 | 1.22 | $\simeq0.8$ |
| $\mathrm{FeF_2}$ | $\mathrm{Fe^{2+}}$ ($d^6$) | 79 | 117 | 1.48 | — |
| $\mathrm{FeO}$ | $\mathrm{Fe^{2+}}$ | 198 | 570 | 2.9 | — |
| $\mathrm{CoO}$ | $\mathrm{Co^{2+}}$ ($d^7$) | 291 | 330 | 1.14 | — |
| $\mathrm{NiO}$ | $\mathrm{Ni^{2+}}$ ($d^8$) | 525 | $\sim2000$ | $\sim4$ | — |
| $\mathrm{Cr_2O_3}$ | $\mathrm{Cr^{3+}}$ ($d^3$) | 307 | 485 | 1.58 | — |
$\theta/T_N\gt1$ になる理由のひとつは,いま作った模型が副格子内部の相互作用($\mathrm{A}$–$\mathrm{A}$ 間,$\mathrm{B}$–$\mathrm{B}$ 間)を無視したからである.それを $-\epsilon\mu$ の分子場として取り込むと
$$ \frac{\theta}{T_N} = \frac{1+\epsilon}{1-\epsilon} $$となり,$\epsilon\gt0$(副格子内も反強磁性的)なら $\theta/T_N\gt1$ が説明できる.$\mathrm{MnO}$ の $\theta/T_N=5.3$ は $\epsilon\simeq0.68$ に対応し,副格子内の結合が副格子間の結合に迫るほど強いことを意味する.
ここで,どの経路が副格子間で,どの経路が副格子内なのかを取り違えないでほしい.岩塩型 $\mathrm{MnO}$ で $\mathrm{Mn{-}O{-}Mn}$ が $180^\circ$ になるのは $\braket{100}$ 方向の第2近接であり,実際の type-II 反強磁性構造ではこの第2近接どうしが反平行,すなわち異なる副格子に属する.定理20.4 のいう「$180^\circ$・半充填どうしの強い反強磁性」は,ステップ1 で置いた副格子間の分子場定数 $\mu$ そのものであって,$T_N$ を決めているのはこちらである.一方,副格子内の $\epsilon$ を担うのは $(111)$ 面内で強磁性的に揃った最近接 $\mathrm{Mn}$ どうしで,この経路は $\mathrm{Mn{-}O{-}Mn}$ が $90^\circ$ になるため超交換としては弱く,代わりに $\mathrm{Mn}$–$\mathrm{Mn}$ 間の直接交換($t_{2g}$–$t_{2g}$)が弱い反強磁性として効き,フラストレーションを生む.$\theta/T_N$ という1つの数字から,副格子間と副格子内のどちらの結合がどれだけ効いているかが読み取れるのである.
もっとも,$\theta/T_N\gt1$ の原因が副格子内相互作用だけとは限らない.フラストレーション,低次元性,熱揺らぎ・量子揺らぎ,複数の交換経路の競合は,いずれも $T_N$ を $\abs{\theta}$ より低く押し下げる.上の $\frac{1+\epsilon}{1-\epsilon}$ という表現はあくまで2副格子平均場模型に固有のものであって,一般には比 $f=\abs{\theta}/T_N$ をフラストレーション・パラメータとして,秩序化がどれだけ妨げられているかの目安に使う.
20.9.2 $\chi_\parallel$ と $\chi_\perp$ — 異方性が現れる
$T\lt T_N$ では,スピンはある特定の方向(容易軸,easy axis)に沿って並ぶ.したがって帯磁率は,磁場を容易軸に平行にかけるか垂直にかけるかで,まったく違う値になる.
導出:$\chi_\perp = 1/\mu$(温度によらない)
ステップ1:設定.容易軸を $z$ とし,$\mathrm{A}$ が $+z$,$\mathrm{B}$ が $-z$ を向いているとする.ここに容易軸に垂直な磁場 $B_a$($x$ 方向)をかける.両副格子のモーメントは,大きさ $M$ を保ったまま $x$ 方向へ角 $\phi$ だけ傾く.
ステップ2:エネルギーを書く.単位体積あたり
$$ E = \mu\,\bm{M}_{\rm A}\cdot\bm{M}_{\rm B} - (\bm{M}_{\rm A}+\bm{M}_{\rm B})\cdot\bm{B}_a $$2つのモーメントのなす角は,傾く前が $180^\circ$,傾いた後は $180^\circ-2\phi$ である.また各モーメントの $x$ 成分は $M\sin\phi$ である.したがって
$$ E = \mu M^2\cos(\pi-2\phi) - 2M B_a\sin\phi = -\mu M^2\cos2\phi - 2MB_a\sin\phi $$ステップ3:小さい $\phi$ で展開する.$\cos2\phi\simeq1-2\phi^2$,$\sin\phi\simeq\phi$ より
$$ E \simeq -\mu M^2\left(1-2\phi^2\right)-2MB_a\phi = \text{const} + 2\mu M^2\phi^2 - 2MB_a\phi $$ステップ4:$\phi$ で最小化する.
$$ \frac{\dd E}{\dd\phi} = 4\mu M^2\phi - 2MB_a = 0 \quad\Longrightarrow\quad \phi = \frac{B_a}{2\mu M} $$ステップ5:正味の磁化と帯磁率.正味の $x$ 成分は $2M\sin\phi\simeq2M\phi$ だから
$$ M_x = 2M\cdot\frac{B_a}{2\mu M} = \frac{B_a}{\mu} $$∎ $M$ が消えてしまい,温度にまったく依存しない.副格子磁化の大きさが変わっても,傾く角度が逆に変わって打ち消し合うためである.
検算:$T=T_N$ での連続性を見る.式 \eqref{eq:20-af-chi} と \eqref{eq:20-neel} から $\chi(T_N)=\frac{2C}{T_N+T_N}=\frac{C}{T_N}=\frac{C}{C\mu}=\frac{1}{\mu}$.式 \eqref{eq:20-chi-perp} と一致する ✓.
物理的意味:$\chi_\parallel$ は $T\to0$ でゼロになる
磁場を容易軸に平行にかけた場合はどうか.$T=0$ では,両副格子とも完全に整列していて,モーメントは $\pm z$ に固定されている.弱い磁場では傾くことも反転することもできないので,磁化は生じない.
$$ \chi_\parallel(0) = 0 $$温度が上がると,熱励起によって上向き・下向きの副格子の磁化がわずかに不均衡になれるので $\chi_\parallel$ は増加し,$T_N$ で $\chi_\perp$ と一致する.したがって $\chi_\parallel(T)$ は $T=0$ でゼロ,$T=T_N$ で $1/\mu$ の単調増加関数となり,$T_N$ で尖った折れ曲がり(カスプ)を作る.
多結晶(粉末)試料では,結晶粒がランダムに向いているので方向平均をとることになり
$$ \chi_{\rm powder} = \frac13\chi_\parallel + \frac23\chi_\perp $$(3方向のうち1方向が平行,2方向が垂直).$T\to0$ で $\chi_{\rm powder}\to\frac23\chi_\perp=\frac{2}{3\mu}$ となる.粉末試料の $\chi$ が $T_N$ でピークを作り,そこから低温側で $2/3$ に向かって下がる——このカスプが,反強磁性転移を発見する最も標準的な実験的指標である.表20.8 の最終列の $\chi(0)/\chi(T_N)\simeq2/3$ は,この予言の検証になっている.
20.9.3 フェリ磁性
定義:フェリ磁性(ferrimagnetism)
2つの副格子が反平行に並ぶが,大きさが違うために打ち消し合わず,正味の自発磁化が残る状態.外から見れば強磁性体だが,内部の秩序は反強磁性的である.
例題20.13 マグネタイト $\mathrm{Fe_3O_4}$ の飽和磁化
$\mathrm{Fe_3O_4}$ は逆スピネル型で,化学式は $(\mathrm{Fe^{3+}})_{\rm A}[\mathrm{Fe^{2+}Fe^{3+}}]_{\rm B}\mathrm{O_4}$ と書ける.A サイト(四面体配位)と B サイト(八面体配位)のモーメントは反平行である.式単位あたりの飽和モーメントを予測せよ.
解答.まず各イオンのスピンモーメントを求める.20.5 節で見たように $3d$ イオンでは軌道はクエンチしているので,$\mu=2S\mu_B=g S\mu_B$($g=2$)を使う.
- $\mathrm{Fe^{3+}}$($3d^5$,$S=5/2$):$\mu = 2\times\frac52 = 5\mu_B$
- $\mathrm{Fe^{2+}}$($3d^6$ 高スピン,$S=2$):$\mu = 2\times2 = 4\mu_B$
A サイトの $\mathrm{Fe^{3+}}$($5\mu_B$)と,B サイトの $\mathrm{Fe^{3+}}$($5\mu_B$)は反平行なので完全に相殺する.残るのは B サイトの $\mathrm{Fe^{2+}}$ だけである.
$$ \mu_{\rm total} = \underbrace{(5+4)}_{\rm B\ site}-\underbrace{5}_{\rm A\ site} = 4\ \mu_B/\text{式単位} $$実測値は $4.1\,\mu_B$.見事に一致する.
これは Néel のフェリ磁性理論(1948年,ノーベル賞対象)の最初の成功例である.同時に,第10章の演習10.6 で結晶場安定化エネルギー(CFSE)から $\mathrm{Fe^{2+}}$ が八面体サイトを好むと予測したことの,磁気的な検証にもなっている.群論 → 結晶場 → サイト選択性 → 磁気モーメント,という鎖がここでつながる.
マグネタイトは人類が最初に手にした磁石(天然磁石,ロードストーン)であり,方位磁針として航海術を変えた物質でもある.その磁性の起源が「相殺し損ねた $\mathrm{Fe^{2+}}$ 1個」だというのは,知っておく価値のある事実である.
補足:フェライトと実用材料
$\mathrm{MFe_2O_4}$($\mathrm{M}=\mathrm{Mn},\mathrm{Co},\mathrm{Ni},\mathrm{Zn}$ など)の系列をフェライト(ferrite)という.金属磁性体と違って電気を通さないので渦電流損が小さく,高周波トランスやインダクタのコアに不可欠である.$\mathrm{Zn}$ を置換すると A サイトの $\mathrm{Fe^{3+}}$ が追い出されて B サイトへ移り,相殺が崩れて飽和磁化がむしろ増えるという,直観に反する現象が起こる.
また,$\mathrm{Y_3Fe_5O_{12}}$(イットリウム鉄ガーネット,YIG)は,八面体サイト(式単位あたり $\mathrm{Fe^{3+}}$ 2個)と四面体サイト(同3個)という2つの磁性副格子を持つフェリ磁性体で,正味 $(3-2)\times5=5\mu_B$/式単位になる.ガーネット構造にはもう1つ十二面体の陽イオンサイトがあるが,そこを占める $\mathrm{Y^{3+}}$ は $4d^0$ の閉殻で非磁性なので,磁気的には効かない(ここを磁性希土類で置き換えた $\mathrm{Gd_3Fe_5O_{12}}$ などが3磁性副格子系になる).YIG はスピン波の減衰が全物質中で最小である.20.10 節のマグノンを実験する舞台として,またマイクロ波デバイス・スピントロニクスの標準材料として広く使われている.
20.10 磁区とスピン波
最後に2つの話題を扱う.ひとつは「なぜ強磁性体が磁化していないように見えることがあるのか」(磁区),もうひとつは「強磁性体を温めると,なぜ磁化が $T^{3/2}$ で減るのか」(スピン波)である.前者は静的,後者は動的な問題だが,どちらも交換相互作用と,それと競合する別のエネルギーとの綱引きで決まる.
20.10.1 磁区ができる理由
なぜ:静磁エネルギーと磁壁エネルギーの競争
交換相互作用だけを考えれば,全スピンが同じ向きに揃った単一磁区状態がもっともエネルギーが低いはずである.ところが実際の強磁性体は,外から見ると磁化していないことが多い.
理由は,試料の外に漏れる反磁場(漏れ磁場)が持つエネルギーである.単一磁区の棒磁石は,両端に磁極を持ち,外部空間に磁場を作る.その静磁エネルギーは
$$ E_{\rm ms} = \frac{1}{8\pi}\int B^2\,\dd V \sim M_s^2 V $$で,飽和した内部では $B\approx4\pi M_s$ だから,エネルギー密度は $B^2/8\pi=2\pi M_s^2$ である.$\mathrm{Fe}$ なら $2\pi(1707)^2\simeq1.8\times10^7\,\mathrm{erg/cm^3}$ の桁になる.これは交換エネルギー密度($\sim10^{10}\,\mathrm{erg/cm^3}$)に比べれば小さいが,体積に比例するのがきいてくる.
試料を $N$ 個の磁区に分割し,隣り合う磁区の磁化を逆向きにすれば,外部の漏れ磁場はほぼ打ち消し合い,静磁エネルギーはおよそ $1/N$ に減る.ところが磁区の境界(磁壁,domain wall)ではスピンの向きが変わらざるをえず,交換エネルギーの代償を払う.磁壁の単位面積あたりのエネルギーを $\sigma_w$ とすると,代償は $N\sigma_w A$($A$ は断面積)で,$N$ に比例して増える.
減る量が $1/N$,増える量が $N$.両者の和を最小にする有限の $N$ が存在する.これが磁区構造である.さらに,試料の端で磁束を閉じる還流磁区(closure domain)を作れば,漏れ磁場をほぼ完全に消せる.
導出:Bloch 磁壁の厚さ
ステップ1:なぜ磁壁は有限の厚さを持つのか.スピンの向きを $180^\circ$ 変えるとき,隣り合う原子で一気に反転すれば交換エネルギーの損失は最大になる.ゆっくり $N$ 段階に分けて回せば,1段あたりの角度は $\pi/N$ で済み,交換エネルギーの損は $1/N$ に減る.ならば $N\to\infty$(磁壁が無限に厚い)が得のはずだが,そうはならない.結晶磁気異方性(磁化が容易軸を向きたがる性質)が,容易軸から外れたスピンにエネルギーを課すからである.
ステップ2:交換エネルギーの見積もり.隣接スピン間の交換エネルギーは $-2J\bm{S}_i\cdot\bm{S}_{i+1}=-2JS^2\cos\phi$.$\phi$ が小さいとき
$$ -2JS^2\cos\phi \simeq -2JS^2\left(1-\frac{\phi^2}{2}\right) = \text{const} + JS^2\phi^2 $$すなわち,角度 $\phi$ だけ傾けるコストは $JS^2\phi^2$ である.$N$ 個の原子で $\pi$ 回すなら $\phi=\pi/N$,隣接ペアは $N$ 組だから,1本のスピン列あたり
$$ E_{\rm ex}^{\rm line} = N\cdot JS^2\left(\frac{\pi}{N}\right)^2 = \frac{\pi^2JS^2}{N} $$格子定数 $a$ の格子では,磁壁の単位面積あたりスピン列が $1/a^2$ 本通っているので
$$ \sigma_{\rm ex} = \frac{\pi^2JS^2}{N a^2} $$ステップ3:異方性エネルギー.単位体積あたりの異方性エネルギー密度を $K$($\mathrm{erg/cm^3}$)とする.磁壁の厚さは $\delta=Na$ なので,単位面積あたり
$$ \sigma_{\rm an} = K\,N a $$ステップ4:和を最小化する.
$$ \sigma_w(N) = \frac{\pi^2JS^2}{Na^2}+KNa $$ $$ \frac{\dd\sigma_w}{\dd N} = -\frac{\pi^2JS^2}{N^2a^2}+Ka = 0 \quad\Longrightarrow\quad N^2 = \frac{\pi^2JS^2}{Ka^3} \quad\Longrightarrow\quad N = \pi S\sqrt{\frac{J}{Ka^3}} $$厚さは $\delta=Na$ だから
最適点では2つの項が等しくなるので,磁壁エネルギーは
$$ \sigma_w = 2KNa = 2\pi\sqrt{\frac{KJS^2}{a}} $$∎ 数値因子($\pi$ が付くか $\sqrt2$ が付くか)は,スピンの回転の仕方をどう仮定するかで変わる.物理的に意味があるのは$\delta\propto\sqrt{J/K}$ という組み合わせである.交換が強いほど磁壁は厚く,異方性が強いほど薄い.
例題20.14 鉄の磁壁の厚さ
$\mathrm{Fe}$:$JS^2\simeq k_BT_c=1.44\times10^{-13}\,\mathrm{erg}$(オーダー見積もり),$K_1=4.2\times10^5\,\mathrm{erg/cm^3}$,$a=2.87\times10^{-8}\,\mathrm{cm}$.式 \eqref{eq:20-wall} で $\delta$ と $\sigma_w$ を求めよ.
解答.
$$ \frac{JS^2}{Ka} = \frac{1.44\times10^{-13}}{(4.2\times10^{5})(2.87\times10^{-8})} = \frac{1.44\times10^{-13}}{1.21\times10^{-2}} = 1.19\times10^{-11}\ \mathrm{cm^2} $$ $$ \delta = \pi\sqrt{1.19\times10^{-11}} = \pi\times3.46\times10^{-6} = 1.09\times10^{-5}\ \mathrm{cm} = 109\ \mathrm{nm} $$格子定数で測ると $\delta/a = 1.09\times10^{-5}/2.87\times10^{-8} \simeq 380$ 原子層.磁壁は約100 nm,原子400個分にわたってゆるやかにスピンが回転している.実測値も $\sim100\,\mathrm{nm}$ で一致する.
$$ \sigma_w = 2\pi\sqrt{K\cdot\frac{JS^2}{a}} = 2\pi\sqrt{(4.2\times10^5)\times\frac{1.44\times10^{-13}}{2.87\times10^{-8}}} = 2\pi\sqrt{2.11} = 9.1\ \mathrm{erg/cm^2} $$実測は $1$–$3\,\mathrm{erg/cm^2}$ で,桁は合っている(数値因子の仮定に敏感である).
この $100\,\mathrm{nm}$ という長さは,磁化反転が起こる空間スケールの目安である.ただし,記録ビットがこれより小さくできない,という意味ではない.実際のハードディスクの媒体は交換的に分断された単磁区微粒子の集合であって,粒の内部に磁壁は存在せず,垂直磁気記録のビット長は $15$–$20\,\mathrm{nm}$ 程度と磁壁厚よりはるかに小さい.異方性 $K$ の大きい材料($\mathrm{FePt}$ の $L1_0$ 相など,$K\sim10^8\,\mathrm{erg/cm^3}$)が探索される主な理由は,式 \eqref{eq:20-wall} の $\delta\propto\sqrt{J/K}$ を縮めること以上に,微粒子でも熱擾乱に耐える安定条件 $K_uV\gtrsim40$–$60\,k_BT$(超常磁性限界)を満たすためである.
20.10.2 スピン波の完全導出
$T=0$ では全スピンが揃っている.有限温度ではどうなるか.素朴には「1個のスピンだけをひっくり返す」励起を考えたくなるが,それは非常にエネルギーの高い状態($8JS^2$ 程度)で,実際の低エネルギー励起ではない.実際に起こるのは全スピンがわずかずつ傾き,その傾きが波として伝わる集団励起である.これをスピン波(spin wave),その量子をマグノン(magnon)という.
導出:スピン波の分散関係(運動方程式の線形化)
ステップ1:1本のスピン鎖を考える.格子定数 $a$,最近接だけの Heisenberg 模型
$$ \Ham = -2J\sum_{p}\bm{S}_p\cdot\bm{S}_{p+1} $$$p$ 番目のスピンを含む項だけを集めると
$$ U_p = -2J\,\bm{S}_p\cdot\left(\bm{S}_{p-1}+\bm{S}_{p+1}\right) $$ステップ2:実効磁場に翻訳する.モーメント $\bm{\mu}_p=-g\mu_B\bm{S}_p$ が磁場 $\bm{B}_p$ のなかにあるとすると $U_p=-\bm{\mu}_p\cdot\bm{B}_p=g\mu_B\bm{S}_p\cdot\bm{B}_p$.上式と見比べて
$$ \bm{B}_p = -\frac{2J}{g\mu_B}\left(\bm{S}_{p-1}+\bm{S}_{p+1}\right) $$ステップ3:角運動量の運動方程式(トルク).角運動量 $\hbar\bm{S}_p$ の時間変化はトルク $\bm{\mu}_p\times\bm{B}_p$ に等しい.
$$ \hbar\frac{\dd\bm{S}_p}{\dd t} = \bm{\mu}_p\times\bm{B}_p = \left(-g\mu_B\bm{S}_p\right)\times\left(-\frac{2J}{g\mu_B}\right)\left(\bm{S}_{p-1}+\bm{S}_{p+1}\right) $$$g\mu_B$ が約分されて
(この式は,Heisenberg 方程式 $i\hbar\dd\bm{S}_p/\dd t=[\bm{S}_p,\Ham]$ とスピンの交換関係から出すこともでき,結果は同じである.)
ステップ4:線形化する.基底状態からのわずかなずれを考える.$z$ 成分はほぼ最大値 $S$ に保たれ,横成分が小さいとする.
$$ S_p^z \simeq S,\qquad \abs{S_p^x},\abs{S_p^y}\ll S $$式 \eqref{eq:20-sw-eom} の右辺の外積を成分で書く.$x$ 成分は
$$ \left[\bm{S}_p\times(\bm{S}_{p-1}+\bm{S}_{p+1})\right]_x = S_p^y\left(S_{p-1}^z+S_{p+1}^z\right)-S_p^z\left(S_{p-1}^y+S_{p+1}^y\right) $$ $$ \simeq S_p^y(2S) - S\left(S_{p-1}^y+S_{p+1}^y\right) = S\left(2S_p^y-S_{p-1}^y-S_{p+1}^y\right) $$($S^x S^y$ のような2次の小量は落とした.)同様に $y$ 成分は
$$ \left[\bm{S}_p\times(\cdots)\right]_y = S_p^z\left(S_{p-1}^x+S_{p+1}^x\right)-S_p^x\left(S_{p-1}^z+S_{p+1}^z\right) \simeq -S\left(2S_p^x-S_{p-1}^x-S_{p+1}^x\right) $$$z$ 成分は2次の小量だけになるので $\dd S_p^z/\dd t\simeq0$.したがって
$$ \hbar\frac{\dd S_p^x}{\dd t} = 2JS\left(2S_p^y-S_{p-1}^y-S_{p+1}^y\right) $$ $$ \hbar\frac{\dd S_p^y}{\dd t} = -2JS\left(2S_p^x-S_{p-1}^x-S_{p+1}^x\right) $$結合した1階の連立線形方程式になった.$x$ の変化が $y$ を生み,$y$ の変化が $x$ を生む——これが歳差運動の数学的な形である.
ステップ5:進行波を代入する.$S_p^x=u\,\ee^{i(pka-\omega t)}$,$S_p^y=v\,\ee^{i(pka-\omega t)}$ と置く.$S_{p\pm1}=\ee^{\pm ika}\times S_p$ だから
$$ 2S_p^y-S_{p-1}^y-S_{p+1}^y = \left(2-\ee^{-ika}-\ee^{ika}\right)S_p^y = 2\left(1-\cos ka\right)S_p^y $$(Euler の公式 $\ee^{ika}+\ee^{-ika}=2\cos ka$ を使った.)代入すると $\ee^{i(pka-\omega t)}$ が全体から消えて
$$ -i\hbar\omega\,u = 4JS(1-\cos ka)\,v $$ $$ -i\hbar\omega\,v = -4JS(1-\cos ka)\,u $$ステップ6:永年方程式を解く.$A\equiv4JS(1-\cos ka)$ と置くと
$$ \begin{pmatrix} i\hbar\omega & A \\ -A & i\hbar\omega\end{pmatrix} \begin{pmatrix}u\\v\end{pmatrix}=0 $$非自明解が存在するには行列式がゼロ:
$$ (i\hbar\omega)^2 + A^2 = 0 \quad\Longrightarrow\quad -(\hbar\omega)^2+A^2=0 \quad\Longrightarrow\quad \hbar\omega = A $$∎ さらに $u,v$ の関係を見ると $u=iv$ となり,横成分は $90^\circ$ の位相差を持つ.すなわち各スピンは円錐面上を歳差し,隣のスピンとは位相が $ka$ だけずれている.
導出:長波長極限では $\hbar\omega\propto k^2$
$ka\ll1$ で $\cos ka$ を Taylor 展開する.
$$ \cos ka = 1-\frac{(ka)^2}{2}+\frac{(ka)^4}{24}-\cdots \quad\Longrightarrow\quad 1-\cos ka \simeq \frac{(ka)^2}{2} $$したがって
∎ $D=2JSa^2$ をスピン波剛性(spin-wave stiffness)という.
注意:マグノンとフォノンの決定的な違い —— $k^2$ か $k$ か
第13章の格子振動では,長波長で $\omega=v_sk$($k$ の1次)であった.マグノンは $\omega\propto k^2$(2次)である.この違いは,次のようにあらゆる帰結を生む.
| フォノン | マグノン | |
|---|---|---|
| 長波長の分散 | $\omega = v_sk$ | $\omega = (D/\hbar)k^2$ |
| 運動方程式 | 2階($m\ddot u=\cdots$) | 1階($\hbar\dot{\bm S}=\cdots$) |
| 群速度 $\dd\omega/\dd k$ | 一定 $v_s$ | $\propto k$(長波長で $\to0$) |
| 状態数(3次元,低 $\omega$) | $D(\omega)\propto\omega^2$ | $D(\omega)\propto\omega^{1/2}$ |
| 比熱 | $C\propto T^3$(Debye) | $C\propto T^{3/2}$ |
| 秩序変数の減少 | — | $\Delta M\propto T^{3/2}$(Bloch) |
なぜ1階か.フォノンの変位 $u$ とその共役運動量 $p$ は独立な2つの変数だが,スピンでは $S^x$ と $S^y$ が互いに共役な関係にある(交換関係 $[S^x,S^y]=iS^z$.本章では角運動量を $\hbar$ 単位の無次元量として扱っているので,右辺に $\hbar$ は付かない).すなわちスピン波では「変位」と「運動量」が同じベクトルの2成分として一体になっている.だから運動方程式が1階になり,分散が $k^2$ になる.
20.10.3 Bloch の $T^{3/2}$ 則
導出:マグノンを数えて磁化の減少を求める
ステップ1:マグノンは Bose 粒子である.マグノン1個が励起されるごとに,全スピンの $z$ 成分が $\hbar$ だけ($S_{\rm tot}^z$ が1だけ)減る.マグノンの数は保存しないので化学ポテンシャルはゼロであり,占有数は Planck 分布(第14章)にしたがう.
$$ \braket{n_{\kk}} = \frac{1}{\ee^{\hbar\omega_{\kk}/k_BT}-1} $$ステップ2:磁化の減少を全マグノン数で表す.$T=0$ での全スピン $z$ 成分は $NS$($N$ はスピンの総数).マグノンが $\sum_{\kk}\braket{n_{\kk}}$ 個励起されているなら
$$ \frac{\Delta M}{M(0)} = \frac{M(0)-M(T)}{M(0)} = \frac{\sum_{\kk}\braket{n_{\kk}}}{NS} $$ステップ3:和を積分に直す.周期境界条件(第11章・第14章)から,体積 $V$ のなかで $\kk$ 空間の体積 $(2\pi)^3/V$ あたり1状態である.したがって
$$ \sum_{\kk} \to \frac{V}{(2\pi)^3}\int \dd^3k = \frac{V}{(2\pi)^3}\int_0^\infty 4\pi k^2\,\dd k = \frac{V}{2\pi^2}\int_0^\infty k^2\,\dd k $$(等方的な分散なので角度積分が $4\pi$ を与えた.これがヤコビアンである.)よって
$$ \sum_{\kk}\braket{n_{\kk}} = \frac{V}{2\pi^2}\int_0^\infty \frac{k^2\,\dd k}{\ee^{Dk^2/k_BT}-1} $$(式 \eqref{eq:20-magnon-long} の $\hbar\omega=Dk^2$ を使った.低温では長波長マグノンしか励起されないので,この近似で十分である.積分の上限を $\infty$ にできるのも,指数関数が大きい $k$ を強く抑えるからである.)
ステップ4:無次元化する.ここで
$$ x \equiv \frac{Dk^2}{k_BT} \quad\Longrightarrow\quad k = \left(\frac{k_BT}{D}\right)^{1/2}x^{1/2} $$と置換する.微分すると
$$ \dd k = \left(\frac{k_BT}{D}\right)^{1/2}\cdot\frac12 x^{-1/2}\,\dd x $$したがって
$$ k^2\,\dd k = \left(\frac{k_BT}{D}\right)\!x\cdot\left(\frac{k_BT}{D}\right)^{1/2}\frac12 x^{-1/2}\,\dd x = \frac12\left(\frac{k_BT}{D}\right)^{3/2}x^{1/2}\,\dd x $$この $\left(k_BT/D\right)^{3/2}$ という因子が,$T^{3/2}$ 則の正体である.あとの積分は $T$ を含まないただの数になる.
$$ \sum_{\kk}\braket{n_{\kk}} = \frac{V}{4\pi^2}\left(\frac{k_BT}{D}\right)^{3/2}\int_0^\infty\frac{x^{1/2}}{\ee^x-1}\,\dd x $$ステップ5:積分を実行する.一般公式(付録A)
$$ \int_0^\infty\frac{x^{s-1}}{\ee^x-1}\,\dd x = \Gamma(s)\zeta(s) $$で $s=3/2$ とすればよい.
$$ \int_0^\infty\frac{x^{1/2}}{\ee^x-1}\,\dd x = \Gamma\!\left(\tfrac32\right)\zeta\!\left(\tfrac32\right) = \frac{\sqrt\pi}{2}\times2.612 = 0.8862\times2.612 = 2.315 $$(導出の要点:$\frac{1}{\ee^x-1}=\sum_{n=1}^\infty \ee^{-nx}$ と展開して項別積分すると $\sum_n\int_0^\infty x^{s-1}\ee^{-nx}\dd x=\sum_n\frac{\Gamma(s)}{n^s}=\Gamma(s)\zeta(s)$.)
ステップ6:まとめる.スピン密度 $N/V=Q/a^3$($Q$ は単位胞あたりの磁性原子数),$D=2JSa^2$ を代入して
$$ \frac{\Delta M}{M(0)} = \frac{2.315}{4\pi^2}\left(\frac{k_BT}{2JSa^2}\right)^{3/2}\cdot\frac{a^3}{QS} $$∎($2.315/4\pi^2 = 2.315/39.48 = 0.0586$.$a^2$ の $3/2$ 乗 $=a^3$ が $a^3$ と約分されて,格子定数が消えることに注意.)これが Bloch の $T^{3/2}$ 則(Bloch $T^{3/2}$ law,1930年)である.
ここで,指数 $3/2$ と係数 $0.0586$ の身分の違いに注意してほしい.指数のほうは「3次元で分散が $\omega\propto k^2$」という2点だけから決まる普遍的な結果である.一方,係数のほうは $D=2JSa^2$ と $N/V=Q/a^3$ という,単純立方格子の最近接 Heisenberg 模型に固有の関係を使って出したものである.一般の格子では,交換定数の組・単位胞の体積・単位胞あたりの磁性原子数・異方性によって係数が変わるので,実験と比べるときはスピン波剛性 $D_{\rm sw}$ と磁性原子密度で書き直しておくのが安全である.
物理的意味:$T^{3/2}$ という指数はどこから来たのか
指数 $3/2$ の由来は,次の2つの掛け算である.
- $3$:3次元だから.$\kk$ 空間の体積要素が $k^2\dd k$ で,次元 $d$ なら $k^{d-1}\dd k$.
- $1/2$:分散が $\omega\propto k^2$ だから.$k\propto\sqrt{\omega}$ なので,温度 $T$ で励起される $\kk$ 空間の半径が $\sqrt{T}$ に比例する.
したがって,励起されるマグノン数 $\propto$(半径 $\sqrt{T}$ の球の体積)$\propto T^{3/2}$ である.同じ論理をフォノン($\omega\propto k$,半径 $\propto T$)に適用すれば $T^3$(Debye 則)になる.比熱の温度依存性は「分散関係の次数」と「空間次元」だけで決まるという,第14章で学んだ原理がそのまま生きている.
マグノンの比熱も同じ計算から $C_{\rm mag}\propto T^{3/2}$ となる.低温の強磁性金属では,電子の $\gamma T$,格子の $\beta T^3$,マグノンの $\delta T^{3/2}$ の3つが足し合わさる.
例題20.15 鉄とニッケルの $T^{3/2}$ 則
実測では,$\mathrm{Fe}$ と $\mathrm{Ni}$ の自発磁化の低温での減少が
$$ \frac{\Delta M}{M(0)} = B\,T^{3/2}, \qquad B_{\rm Fe}=3.4\times10^{-6}\,\mathrm{K^{-3/2}}, \quad B_{\rm Ni}=7.5\times10^{-6}\,\mathrm{K^{-3/2}} $$と表される.(1) $300\,\mathrm{K}$ での磁化の減少率を求めよ.(2) $\mathrm{Ni}$ のほうが係数が大きい理由を述べよ.
解答.(1) $T^{3/2}=300^{1.5}=5196$ だから
$$ \mathrm{Fe}:\ 3.4\times10^{-6}\times5196 = 1.8\times10^{-2} = 1.8\% $$ $$ \mathrm{Ni}:\ 7.5\times10^{-6}\times5196 = 3.9\times10^{-2} = 3.9\% $$室温でも磁化はほんの数パーセントしか落ちていない.鉄の磁石が室温で問題なく使えるのはこのためである.もっとも,式 \eqref{eq:20-bloch} は $T\ll T_c$ でしか成り立たない(マグノンどうしの相互作用を無視しているため)ので,$300\,\mathrm{K}$ での適用は外挿にあたる.
(2) 式 \eqref{eq:20-bloch} から $B\propto (JS)^{-3/2}S^{-1}$.$\mathrm{Ni}$ は $T_c=631\,\mathrm{K}$,$\mathrm{Fe}$ は $1043\,\mathrm{K}$ で,$J$ が小さい.またモーメントも $\mathrm{Ni}$ が $0.6\mu_B$,$\mathrm{Fe}$ が $2.2\mu_B$ で $S$ が小さい.交換が弱くスピンが小さいほど,マグノンが安く励起でき,磁化が速く落ちる.$B_{\rm Ni}/B_{\rm Fe}=2.2$ という比は,この2つの効果の積として理解できる.
なぜ:1次元・2次元では強磁性長距離秩序が存在しない(Mermin–Wagner)
式 \eqref{eq:20-bloch} の導出を $d$ 次元でやり直してみよう.$\sum_{\kk}\to\int k^{d-1}\dd k$ となるので
$$ \Delta M \propto \int_0 \frac{k^{d-1}\,\dd k}{\ee^{Dk^2/k_BT}-1} $$$k\to0$ での被積分関数の振る舞いを調べる.$\ee^{y}-1\simeq y$ より
$$ \frac{k^{d-1}}{Dk^2/k_BT} = \frac{k_BT}{D}k^{d-3} $$- $d=3$:$k^0$ で有限 → 積分は収束する.長距離秩序は保たれる.
- $d=2$:$k^{-1}$ → $\int \dd k/k$ は対数発散する.
- $d=1$:$k^{-2}$ → $\int\dd k/k^2$ はべき発散する.
$d\le2$ では,どんなに低温でもマグノンが無限個励起され,磁化がゼロになってしまう.すなわち有限温度では長距離磁気秩序が存在しない.これが Mermin–Wagner の定理(1966年)の物理的な中身である(厳密には連続対称性を持つ短距離相互作用系について証明される).
では2次元磁性体 $\mathrm{CrI_3}$ が単層で強磁性を示す(2017年)のはなぜか.答えは磁気異方性である.異方性があると分散にギャップが開き,$\hbar\omega=\Delta+Dk^2$ となって,$k\to0$ でも被積分関数が $\ee^{-\Delta/k_BT}$ で抑えられる.定理の前提(連続対称性)が破れるのである.定理の仮定を確認することの大切さは,第4章で準結晶と結晶制限定理について述べたのと,まったく同じ教訓である.
補足:マグノンをどう観測するか
- 中性子非弾性散乱:中性子はスピン $1/2$ を持ち,磁気モーメントと相互作用する.エネルギーと運動量の保存則から $\hbar\omega(\kk)$ を直接測定でき,$D$(したがって $J$)が実験的に決まる.第13章でフォノン分散を測ったのと同じ手法である.
- 強磁性共鳴(FMR):$k=0$ の一様歳差モード(Kittel モード)をマイクロ波で励起する.$\mathrm{YIG}$ の線幅が極端に狭いことから,マグノンの寿命の長さがわかる.
- ブリルアン光散乱(BLS):可視光で $k\sim10^5\,\mathrm{cm^{-1}}$ 程度のマグノンを見る.薄膜やナノ構造のスピン波を空間分解して観測できる.
マグノンで情報を運ぶ「マグノニクス」は,電流を流さずにスピン情報を伝送できるため,低消費電力デバイスの候補として活発に研究されている.
20.11 まとめと演習
20.11.1 まとめ
- 磁性は本質的に量子力学的である.van Leeuwen の定理により,古典統計力学では平衡状態の磁化は恒等的にゼロになる.磁石の存在そのものが量子力学の証拠である.
- Langevin 反磁性:Larmor 歳差 $\omega_L=eB/2mc$ が作る環状電流から $\chi=-\dfrac{NZe^2}{6mc^2}\braket{r^2}$.分母の $6$ は,電流ループの $4$ を,球対称性から来る $\braket{\rho^2}=\frac23\braket{r^2}$ の $\frac23$ で割ったもの($4\times\frac32=6$)である.すべての物質が持ち,$\chi_{\rm CGS}\sim-10^{-6}$,温度に依存しない.
- Brillouin 関数:分配関数 $Z=\sum_{m=-J}^{J}\ee^{ma}$ を等比級数(または望遠鏡和)で $Z=\sinh[(J+\frac12)a]/\sinh(a/2)$ にまとめ,$\braket{m}=\partial\ln Z/\partial a$ を計算すると $M=Ng\mu_BJ\,B_J(x)$ が出る.$J=1/2$ で $\tanh x$,$x\gg1$ で飽和,$x\ll1$ で $B_J\simeq\frac{J+1}{3J}x$.
- Curie 則 $\chi=\dfrac{Ng^2J(J+1)\mu_B^2}{3k_BT}=\dfrac{C}{T}$.有効 Bohr 磁子数 $p=g\sqrt{J(J+1)}$,モル Curie 定数 $C_{\rm mol}=0.125\,p^2$.飽和磁化には $J$,帯磁率には $\sqrt{J(J+1)}$ が現れる.
- Hund 則:(1) $S$ 最大(Pauli 原理+Coulomb 斥力),(2) 次に $L$ 最大(同じ向きに回れば出会わない),(3) 半充填以下で $J=\abs{L-S}$,以上で $J=L+S$(スピン軌道係数 $\lambda$ の符号).$4f$ イオンでは $p_{\rm calc}$ が実測とよく一致する.例外は $\mathrm{Sm^{3+}},\mathrm{Eu^{3+}}$(低い励起多重項と van Vleck 常磁性).
- 軌道角運動量の消失:結晶場のなかでは実数の軌道($d_{xy}$ など)が固有関数になり,実数関数に対しては $\braket{L_z}=0$ が恒等的に成り立つ.$3d$ では $\Delta_{\rm cf}\gg\lambda$ なのでクエンチが起こり $p=2\sqrt{S(S+1)}$ が正しい.$4f$ は逆で,$\lambda\gg\Delta_{\rm cf}$ なので $J$ が生き残る.基底が軌道非縮退ならクエンチは完全,$T$ 型の縮退が残れば不完全($\mathrm{Co^{2+}},\mathrm{Fe^{2+}}$).
- Pauli 常磁性 $\chi_P=\mu_B^2D(\epsilon_F)$:Fermi 面近傍の幅 $\mu_B B$ の電子だけがスピンを反転できる.自由電子では $\chi_P=\frac{3n\mu_B^2}{2\epsilon_F}$ で,Curie 則の $\frac32\frac{T}{T_F}$ 倍.Landau 反磁性 $\chi_L=-\frac13\chi_P$(自由電子).金属の $\chi$ は $\chi_P+\chi_L+\chi_{\rm core}$ の和で,$\mathrm{Cu}$ が反磁性なのはイオン芯のせいである.
- Weiss の分子場 $B_E=\lambda M$:自己無撞着方程式 $m=B_J(x)$ と直線 $m\propto Tx$ の交点として解く.臨界条件は「直線の傾き=曲線の初期傾き $(J+1)/3J$」で,$T_c=C\lambda$.$T\gt T_c$ で Curie–Weiss 則 $\chi=C/(T-T_c)$.$1/\chi$–$T$ プロットの傾きから $p$,切片から相互作用の符号がわかる.
- 分子場は磁気的起源を持たない.$\mathrm{Fe}$ では $\lambda\simeq7\times10^3$,$B_E=\lambda M_s\simeq1.3\times10^7\,\mathrm{G}$.磁気双極子相互作用が作る磁場($\sim10^3\,\mathrm{G}$)の1万倍である.
- 交換相互作用:$\mathrm{H_2}$ の Heitler–London 計算から $E_s-E_t=2(J_{\rm x}-KS^2)/(1-S^4)\simeq2J_{\rm x}$($S\ll1$,$S$ は重なり積分).これを $J_{\rm ex}\equiv(E_s-E_t)/2$ と定義する.$\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2$ の固有値(一重項 $-3/4$,三重項 $+1/4$)を使って $\Ham_{\rm eff}=\text{const}-2J_{\rm ex}\bm{S}_1\cdot\bm{S}_2$,一般化して Heisenberg 模型 $\Ham=-2\sum J_{ij}\bm{S}_i\cdot\bm{S}_j$.平均場で $k_BT_c=\frac{2zJS(S+1)}{3}$,$\mathrm{Fe}$ で $J\simeq8\,\mathrm{meV}$.
- 4つの機構:直接交換(重なり大→AF),超交換($180^\circ$ 半充填どうしで $J\simeq-2t^2/U$,Goodenough–Kanamori 則),二重交換(混合原子価,FM 金属を促進),RKKY(遠距離漸近形 $\cos(2k_FR)/R^3$ で符号が振動).
- 反強磁性:$B_{\rm A}=-\mu M_{\rm B}$,$B_{\rm B}=-\mu M_{\rm A}$ から $T_N=C\mu=\theta$,$T\gt T_N$ で $\chi=2C/(T+\theta)$.実測の $\theta/T_N\gt1$ は副格子内相互作用の目安(フラストレーションや低次元性も同じ向きに効く).$T\lt T_N$ では $\chi_\perp=1/\mu$(温度によらない),$\chi_\parallel(0)=0$.粉末では $\chi=\frac13\chi_\parallel+\frac23\chi_\perp$ で $T_N$ にカスプ.フェリ磁性の $\mathrm{Fe_3O_4}$ は $4\mu_B$/式単位.
- 磁区:静磁エネルギー($\propto1/N$)と磁壁エネルギー($\propto N$)の競合.Bloch 磁壁の厚さ $\delta=\pi\sqrt{JS^2/Ka}$,$\mathrm{Fe}$ で約 $100\,\mathrm{nm}$(原子400層分).
- スピン波:$\hbar\dd\bm{S}_p/\dd t=2J\bm{S}_p\times(\bm{S}_{p-1}+\bm{S}_{p+1})$ を線形化して $\hbar\omega=4JS(1-\cos ka)\simeq2JSa^2k^2$.運動方程式が1階なので分散が $k^2$ になる(フォノンは2階で $k$).マグノン数を数えると Bloch の $T^{3/2}$ 則.$d\le2$ では積分が発散し,長距離秩序が存在しない(Mermin–Wagner).
20.11.2 演習問題
演習20.1 Langevin 反磁性の数値
(1) $\mathrm{Kr}$ のモル帯磁率は $-28.0\times10^{-6}\,\mathrm{cm^3/mol}$ である.式 \eqref{eq:20-langevin-num} を使って $\sum_i\braket{r_i^2}$ を求めよ.
(2) $\mathrm{Kr}$($Z=36$)の最外殻は $4s^24p^6$ の8電子で,平均半径はおよそ $1.05\,\text{Å}$ である.この8電子だけで (1) の何%を説明できるか.
(3) 等電子系列 $\mathrm{Ar}$($-19.4$),$\mathrm{K^+}$($-14.6$),$\mathrm{Cl^-}$($-24.2$)の大小関係を説明せよ(単位はすべて $10^{-6}\,\mathrm{cm^3/mol}$).
(4) 反磁性帯磁率が温度にほとんど依存しないのはなぜか.20.3 節の常磁性と対比して述べよ.
ヒント:(1) $28.0/2.83 = 9.89\,\text{Å}^2$.(2) $8\times(1.05)^2=8.82\,\text{Å}^2$,$89\%$.外殻がほぼすべてを担う.(3) 電子数はすべて18個で同じ.核電荷は $\mathrm{K^+}(+19)\gt\mathrm{Ar}(+18)\gt\mathrm{Cl^-}(+17)$ なので,電子雲の広がりは逆順になり,$\abs{\chi}$ もその順になる.(4) 式 \eqref{eq:20-langevin} には $T$ が入っていない.電子雲の形が熱運動でほとんど変わらないからである.常磁性は「揃えようとする磁場」と「乱そうとする熱」の競合なので必ず $T$ が入る.
演習20.2 Brillouin 関数を自分で操る
(1) $J=1$ の場合に式 \eqref{eq:20-brillouin} を書き下し,$B_1(x)=\frac32\coth\frac{3x}{2}-\frac12\coth\frac{x}{2}$ となることを確かめよ.
(2) $J\to\infty$(古典極限)で $B_J(x)\to\coth x-\frac1x$(Langevin 関数 $L(x)$)になることを示せ.
(3) $\mathrm{Fe^{3+}}$ を含む常磁性塩($g=2$,$J=5/2$)について,$B=2\,\mathrm{T}$,$T=4.2\,\mathrm{K}$ での $x$ を求め,$M/M_s$ を評価せよ.
(4) 常磁性塩の断熱消磁による冷却の原理を,図20.1 を使って説明せよ.
ヒント:(1) $2J=2$,$2J+1=3$ を代入するだけ.(2) $x$ を固定して $J\to\infty$ とすると,$\frac{2J+1}{2J}\to1$,$\frac{(2J+1)x}{2J}\to x$,第2項は $\frac{1}{2J}\coth\frac{x}{2J}\to\frac{1}{2J}\cdot\frac{2J}{x}=\frac1x$.(3) $g\mu_BJ=2\times9.274\times10^{-24}\times2.5=4.64\times10^{-23}\,\mathrm{J/T}$,$x=(4.64\times10^{-23})(2)/[(1.381\times10^{-23})(4.2)]=1.60$.$B_{5/2}(1.60)=1.2\coth(1.92)-0.2\coth(0.32)\simeq0.61$.(4) 強磁場で等温磁化するとスピンが揃ってエントロピーが下がる.磁場を断熱的に切ると $B/T$ が一定に保たれようとして $T$ が下がる.図20.1 の横軸が $B/T$ であることが,この原理そのものを表している.
演習20.3 Hund 則と有効 Bohr 磁子数
(1) $\mathrm{Ce^{3+}}$($4f^1$),$\mathrm{Er^{3+}}$($4f^{11}$),$\mathrm{Tb^{3+}}$($4f^8$)について,電子を軌道に詰める表を書いて $S,L,J$ を求め,基底項と $g$,$p_{\rm calc}$ を計算せよ.
(2) $\mathrm{Eu^{3+}}$($4f^6$)は $J=0$ なので $p=0$ のはずだが,実測は $3.4$ である.理由を説明せよ.
(3) $\mathrm{Gd^{3+}}$ を含む常磁性塩の $\chi_{\rm mol}$ を $300\,\mathrm{K}$ で予測せよ.
ヒント:(1) $\mathrm{Ce^{3+}}$:$S=1/2$,$L=3$,半分以下なので $J=5/2$,${}^2F_{5/2}$,$g=6/7$,$p=2.54$.$\mathrm{Er^{3+}}$:上向き7個+下向き4個,$S=3/2$,$L=3+2+1+0=6$,半分以上で $J=15/2$,${}^4I_{15/2}$,$g=6/5$,$p=9.58$.$\mathrm{Tb^{3+}}$:$S=3$,$L=3$,$J=6$,${}^7F_6$,$g=3/2$,$p=9.72$.(2) 第1励起多重項 $^7F_1$ が約 $300\,\mathrm{cm^{-1}}$ しか上にないので室温で熱占有される.さらに $J=0$ でも磁場が励起状態を混ぜる van Vleck 常磁性が効く.(3) $p=7.94$ より $C_{\rm mol}=0.125\times63=7.88$,$\chi_{\rm mol}=7.88/300=2.6\times10^{-2}\,\mathrm{cm^3/mol}$.
演習20.4 クエンチングと結晶場
(1) $\mathrm{V^{3+}}$($3d^2$)について $p_J$ と $p_S$ を計算し,実測 $2.8$ と比べよ.
(2) $d_{z^2}$($=Y_2^0$)と $d_{xy}$ について $\braket{L_z}$ を計算し,いずれもゼロであることを確かめよ.
(3) 八面体場で $\mathrm{Cr^{3+}}$($3d^3$)の基底は $t_{2g}^3$,軌道的に非縮退($A_{2g}$)である.$\mathrm{Cr^{3+}}$ の実測 $p=3.8$ が $p_S=3.87$ とほぼ完全に一致することを,この事実から説明せよ.
(4) $4f$ イオンではクエンチが起こらない理由を,表20.6 のエネルギースケールを使って述べよ.
ヒント:(1) $S=1$,$L=3$,$J=2$,$g=2/3$,$p_J=\frac23\sqrt6=1.63$.$p_S=2\sqrt2=2.83$.実測は $p_S$ に一致 → クエンチしている.(2) $d_{z^2}=Y_2^0$ は $m=0$ なので直ちに $\braket{L_z}=0$.$d_{xy}\propto(Y_2^2-Y_2^{-2})/i$ では $\frac12[(+2\hbar)+(-2\hbar)]=0$.あるいは実数関数だから式 \eqref{eq:20-quench} で即座に $0$.(3) 軌道非縮退なら波動関数を実数に取れるので $\braket{L_z}=0$ が厳密に成り立ち,$g=2$ のまま.(4) $4f$ は $5s^25p^6$ の内側にあり結晶場が $\sim100\,\mathrm{cm^{-1}}$ しかない.スピン軌道 $\lambda\sim10^3\,\mathrm{cm^{-1}}$ のほうが大きいので $J$ が良い量子数として残る.
演習20.5 Pauli 常磁性・Landau 反磁性と実際の金属
(1) $\mathrm{K}$($n=1.40\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$,$\epsilon_F=2.12\,\mathrm{eV}$)の $\chi_P$ を計算せよ.
(2) (1) の系で,$\chi_P/\chi_{\rm Curie}$ を $300\,\mathrm{K}$ で求めよ.
(3) $\mathrm{Cu}$ は $\chi_P\simeq+1.0\times10^{-6}$ なのに,実測の全帯磁率は $-0.77\times10^{-6}$ である.この符号の逆転を説明し,$\chi_{\rm core}$ を見積もれ.
(4) Stoner 条件 $ID(\epsilon_F)\gt1$ の物理的意味を述べ,$\mathrm{Pd}$ が強磁性にならないのに $\mathrm{Ni}$ がなる理由を論ぜよ.
ヒント:(1) $\epsilon_F=2.12\times1.602\times10^{-12}=3.40\times10^{-12}\,\mathrm{erg}$.$\chi_P=3(1.40\times10^{22})(8.601\times10^{-41})/[2(3.40\times10^{-12})]=5.3\times10^{-7}$.(2) $T_F=\epsilon_F/k_B=2.46\times10^4\,\mathrm{K}$,$\frac32\times\frac{300}{2.46\times10^4}=1.8\times10^{-2}$,約 $1/55$.(3) $\chi_L=-\frac13\chi_P=-0.33\times10^{-6}$ なので,伝導電子の寄与は $+0.67\times10^{-6}$.全体が $-0.77\times10^{-6}$ になるには $\chi_{\rm core}\simeq-1.44\times10^{-6}$.$\mathrm{Cu^+}$ の $3d^{10}$ 閉殻が大きな反磁性を持つ.(4) 増強因子 $1/(1-ID(\epsilon_F))$ が発散するとき,無限小の磁場で有限の磁化が生じる=自発磁化.$\mathrm{Pd}$ は $ID\simeq0.85$ で「あと一歩」(ほぼ強磁性),$\mathrm{Ni}$ は $3d$ バンドがより狭く $D(\epsilon_F)$ が大きいので条件を満たす.
演習20.6 分子場・交換相互作用・スピン波の総合問題
(1) $\mathrm{Ni}$(fcc,$z=12$,$T_c=631\,\mathrm{K}$,$S=1/2$ とする)の交換積分 $J$ を式 \eqref{eq:20-Tc-J} から求め,$\mathrm{meV}$ で表せ.
(2) $\mathrm{Gd}$ は $T_c=292\,\mathrm{K}$,$S=7/2$,hcp($z=12$)である.$J$ を求め,(1) と比べて論ぜよ.
(3) $\mathrm{MnO}$ の $\theta/T_N=5.3$ から,副格子内相互作用のパラメータ $\epsilon$ を $\theta/T_N=(1+\epsilon)/(1-\epsilon)$ で求めよ.岩塩型 $\mathrm{MnO}$ の結晶構造を思い出し,Goodenough–Kanamori 則(定理20.4)を使って,なぜ第2近接の相互作用が強いのかを説明せよ.
(4) 反強磁性体の $\chi_\perp$ が温度によらないこと(式 \eqref{eq:20-chi-perp})を,20.9.2 節の導出を自分でたどって確かめよ.また $T=T_N$ で式 \eqref{eq:20-af-chi} と連続につながることを示せ.
(5) スピン波分散 \eqref{eq:20-magnon} を $ka=\pi$(ゾーン境界)で評価し,$\mathrm{Fe}$($J=8.4\,\mathrm{meV}$,$S=1$)でのマグノンの最大エネルギーを求めよ.同じ物質のフォノンの最大エネルギー($\sim36\,\mathrm{meV}$)と比べよ.
(6) 2次元正方格子の強磁性体で,式 \eqref{eq:20-bloch} の導出を $d=2$ でやり直し,積分が対数発散することを示せ.これが何を意味するか述べよ.
ヒント:(1) $J=\frac{3k_BT_c}{2zS(S+1)}=\frac{3\times631\,k_B}{2\times12\times0.75}=105\,k_B=9.1\,\mathrm{meV}$.(2) $J=\frac{3\times292\,k_B}{2\times12\times(3.5)(4.5)}=\frac{876}{378}k_B=2.32\,k_B=0.20\,\mathrm{meV}$.$\mathrm{Gd}$ は $S$ が大きいぶん $J$ が小さくても $T_c$ を稼げる.$4f$ 電子が局在していて直接重ならず,RKKY を介するため $J$ が小さい.(3) $5.3(1-\epsilon)=1+\epsilon$ → $\epsilon=4.3/6.3=0.68$.岩塩型では最近接 $\mathrm{Mn{-}O{-}Mn}$ が $90^\circ$,第2近接($\braket{100}$ 方向)が $180^\circ$.$180^\circ$ の半充填 $d^5$ どうしが強い反強磁性を与えるので,第2近接の結合が強くなる.ただしこの第2近接どうしは type-II 構造では反平行,すなわち異なる副格子に属しており,$T_N$ を決める副格子間結合 $\mu$ を担う.$\epsilon$ を担うのは $(111)$ 面内に並ぶ最近接 $\mathrm{Mn}$ どうし($90^\circ$ 経路)で,こちらは超交換が弱く,$\mathrm{Mn}$–$\mathrm{Mn}$ の直接交換による弱い反強磁性が残ってフラストレーションを生む.(5) $\hbar\omega_{\max}=4JS\times2=8JS=8\times8.4=67\,\mathrm{meV}$.フォノンより高い.したがって高温ではマグノンよりフォノンのほうが先に励起される.(6) $\int_0 k\,\dd k/(\ee^{Dk^2/k_BT}-1)\simeq\frac{k_BT}{D}\int_0\frac{\dd k}{k}$ で対数発散.有限温度では長距離秩序が存在しない(Mermin–Wagner).異方性でギャップが開けば回避できる.
参考文献
- C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(下)』第8版,宇野良清ほか訳,丸善出版,第11章(反磁性と常磁性)・第12章(強磁性と反強磁性).—— 本章の骨格.本章は,この2章でキッテルが結果だけを示している箇所(Brillouin 関数の等比級数和,Larmor 歳差からの反磁性,分子場方程式のグラフ解法,スピン波の運動方程式の線形化,$T^{3/2}$ 則の積分)をすべて埋めたものである.
- N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapters 31–33. —— van Leeuwen の定理,Landau 反磁性,Hund 則の詳細な議論.
- S. Blundell, Magnetism in Condensed Matter, Oxford University Press (2001). —— 本章の全範囲を扱う現代的な入門書.交換機構の分類と Goodenough–Kanamori 則の説明がとくに丁寧である.
- W. Heitler, F. London, "Wechselwirkung neutraler Atome und homöopolare Bindung nach der Quantenmechanik", Z. Phys. 44, 455 (1927). —— 20.8.1 節の原論文.共有結合と交換相互作用の出発点.
- W. Heisenberg, "Zur Theorie des Ferromagnetismus", Z. Phys. 49, 619 (1928). —— 分子場の正体が交換相互作用であることを示した論文.
- F. Bloch, "Zur Theorie des Ferromagnetismus", Z. Phys. 61, 206 (1930). —— スピン波と $T^{3/2}$ 則.
- W. E. Henry, "Spin Paramagnetism of Cr$^{+++}$, Fe$^{+++}$, and Gd$^{+++}$ at Liquid Helium Temperatures and in Strong Magnetic Fields", Phys. Rev. 88, 559 (1952). —— 図20.1 の実測点の出典.Brillouin 関数の検証実験.
- J. B. Goodenough, Magnetism and the Chemical Bond, Interscience (1963); J. Kanamori, J. Phys. Chem. Solids 10, 87 (1959). —— 超交換の符号則.定理20.4 の原典.
- N. D. Mermin, H. Wagner, "Absence of Ferromagnetism or Antiferromagnetism in One- or Two-Dimensional Isotropic Heisenberg Models", Phys. Rev. Lett. 17, 1133 (1966). —— 20.10.3 節の定理.
- C. G. Shull, W. A. Strauser, E. O. Wollan, "Neutron Diffraction by Paramagnetic and Antiferromagnetic Substances", Phys. Rev. 83, 333 (1951). —— $\mathrm{MnO}$ の磁気構造の直接観測.
- 近角 聰信『強磁性体の物理(上・下)』裳華房.—— 磁区・磁壁・磁気異方性についての日本語の標準書.20.10.1 節はこの本の議論に沿っている.
- M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapters 16–17(時間反転対称性と磁気群).—— 20.5 節の quenching と Kramers の定理の群論的背景.
- 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 20.5 節の結晶場分裂と実数基底の議論は,この資料の「応用例1. $d$ 軌道の結晶場分裂」(本書第10章)に対応する.