第19章誘電体と強誘電体
第15章から第18章までは,電子が動く物質——金属と半導体——を扱ってきた.本章では,電子が動かない物質,すなわち絶縁体に向き合う.電流が流れないのだから何も起こらないかというと,まったくそうではない.電場をかけると,電子雲は原子核に対してわずかにずれ,正イオンと負イオンは互いに逆向きに変位し,もともと双極子を持つ分子は電場の向きにそろおうとする.動くけれども流れないこの応答が,誘電性である.
さらに驚くべきことに,誘電体の中には,外から電場をかけなくても,それ自身が分極を持ってしまうものがある.しかもその分極の向きを,外部電場で反転させられる.これが強誘電体(ferroelectric)である.$\mathrm{BaTiO_3}$ では,$\mathrm{Ti}$ 原子が酸素八面体の中心から $0.1\,\text{Å}$ ほどずれるだけで,$26\ \mu\mathrm{C/cm^2}$ という巨大な自発分極が現れる.$0.1\,\text{Å}$ は格子定数の $2.5\%$ にすぎない.この「わずかなずれが巨大な効果を生む」という構図が,本章を貫く主題である.
本章の主役は3つの関係式である.Clausius–Mossotti 関係は,1個の原子の分極率 $\alpha$ という微視的な量と,誘電率 $\epsilon$ という巨視的な量を結ぶ.Lyddane–Sachs–Teller 関係は,誘電率の比 $\epsilon(0)/\epsilon(\infty)$ を,フォノンの振動数の比 $\omega_{LO}^2/\omega_{TO}^2$ に結びつける.そして Landau 自由エネルギー展開は,相転移の次数と臨界指数を,対称性だけからほとんど決めてしまう.どれも,出発点は驚くほど単純な仮定である.
そして本章は,第4章と直接つながっている.第4章で「32の結晶点群のうち極性を持つのは10個だけ」「新規強誘電体の探索は新規超伝導体の探索より困難とされる」と述べ,「詳しくは第19章で扱う」と約束した.その約束をここで果たす.これは望月研究室が実際に研究対象としている領域そのものである.
- 巨視的な場 $\EE$ と微視的な局所電場 $\Eloc$ の区別,および Gauss 単位系と SI 単位系の対応
- Lorentz 空洞の表面電荷 $-P\cos\theta$ を積分して $\EE_2 = \frac{4\pi}{3}\PP$ を導くこと,立方対称なら $\EE_3=0$ となること
- Clausius–Mossotti 関係 $\dfrac{\epsilon-1}{\epsilon+2}=\dfrac{4\pi}{3}N\alpha$ の完全な導出と,$\mathrm{NaCl}$ での数値検証
- 電子分極・イオン分極・配向分極の3成分と,それぞれが効く周波数域.配向分極率 $\alpha_d = p^2/3k_BT$ の Langevin 的導出
- 変位型($\mathrm{BaTiO_3}$)と秩序–無秩序型($\mathrm{KH_2PO_4}$),$\mathrm{BaTiO_3}$ の相転移列と各相の点群・自発分極方向
- 分極カタストロフィ:$\frac{4\pi}{3}N\alpha\to1$ から Curie–Weiss 則 $\epsilon = C/(T-T_c)$ が出ること
- Lyddane–Sachs–Teller 関係 $\dfrac{\omega_{LO}^2}{\omega_{TO}^2}=\dfrac{\epsilon(0)}{\epsilon(\infty)}$ を運動方程式と Maxwell 方程式から導くこと,ソフトモードの概念
- Landau 展開 $F=F_0+\frac12g_2P^2+\frac14g_4P^4+\frac16g_6P^6-EP$ を $g_4>0$ と $g_4<0$ の両方で解き切ること
- 分域とヒステリシスループ,抗電場,圧電性,そして応用($\mathrm{MLCC}$,$\mathrm{FeRAM}$,超音波振動子,赤外センサ)
- 強誘電体探索がなぜ難しいのか——極性10点群という制約,$d^0$ 性,第一原理計算(Berry 位相法とソフトモード探索)
19.1 巨視的な場と微視的な場
19.1.1 分極と電束密度
定義:分極(polarization)
物質の単位体積あたりの電気双極子モーメントを分極(polarization)という.単位胞の中の $j$ 番目の原子が電荷 $q_j$ を持ち,位置 $\rr_j$ にあるとき,体積 $V$ の中では
$$ \PP = \frac{1}{V}\sum_j q_j \rr_j $$である.$\PP$ は極性ベクトルであり,反転操作 $\rr\to-\rr$ のもとで $\PP\to-\PP$ と符号を変える.第4章で「中心対称な結晶は自発分極を持てない」と結論した根拠が,まさにこの変換則であった.
ただし,この和の形の定義がそのまま使えるのは,電荷が空間的に局在した古典的な模型——中性の有限分子や,点電荷に置き換えたイオン結晶——に限られる.周期結晶では,単位胞や原点の取り方を変えると $\sum_j q_j\rr_j$ の値そのものが変わってしまい,分極の絶対値は一意に決まらない.物理的な意味を持つのは,2つの状態のあいだの分極の差だけである.この事情と,その正しい扱い(Berry 位相による分極の現代的理論)は19.9.3節で扱う.
物質中の Maxwell 方程式では,束縛電荷を分極にくりこんで電束密度(electric displacement)$\DD$ を導入する.Gauss 単位系では
である.ここで $\chi$ は電気感受率(electric susceptibility),$\epsilon$ は誘電率(dielectric constant)である.$\DD = \epsilon\EE$ が成り立つことは,$\DD = \EE+4\pi\chi\EE = (1+4\pi\chi)\EE$ から直ちに従う.
注意:Gauss 単位と SI 単位で $4\pi$ の居場所が違う
キッテルの誘電体の章は Gauss(CGS)単位系で書かれている.一方,日本の学部の電磁気学は SI である.両者を混ぜると必ず $4\pi$ を落とすので,最初に対応表を作っておく.
| 量・関係 | Gauss(CGS) | SI |
|---|---|---|
| 電束密度 | $\DD = \EE + 4\pi\PP$ | $\DD = \epsilon_0\EE + \PP$ |
| 感受率の定義 | $\PP = \chi\EE$ | $\PP = \epsilon_0\chi\EE$ |
| 比誘電率 | $\epsilon = 1+4\pi\chi$ | $\epsilon_r = 1+\chi$ |
| 感受率どうしの関係 | $\chi_{\mathrm{SI}} = 4\pi\,\chi_{\mathrm{CGS}}$ | |
| 球の脱分極場 | $\EE_1 = -\dfrac{4\pi}{3}\PP$ | $\EE_1 = -\dfrac{1}{3\epsilon_0}\PP$ |
| Lorentz 場 | $\EE_2 = +\dfrac{4\pi}{3}\PP$ | $\EE_2 = +\dfrac{1}{3\epsilon_0}\PP$ |
| Clausius–Mossotti | $\dfrac{\epsilon-1}{\epsilon+2}=\dfrac{4\pi}{3}N\alpha$ | $\dfrac{\epsilon_r-1}{\epsilon_r+2}=\dfrac{N\alpha}{3\epsilon_0}$ |
| 分極率の単位 | $\mathrm{cm^3}$(体積の次元) | $\mathrm{C\,m^2/V}$ |
| 分極率どうしの関係 | $\alpha_{\mathrm{SI}} = 4\pi\epsilon_0\,\alpha_{\mathrm{CGS}}$($\alpha_{\mathrm{CGS}}$ を $\mathrm{m^3}$ に直して代入) | |
| 分極の実用単位 | $1\ \mu\mathrm{C/cm^2} = 10^{-2}\ \mathrm{C/m^2}$ | |
本章では,キッテルに合わせて Gauss 単位系を用いる.ただし数値を挙げるときは,必要に応じて SI に直した値も併記する.$\epsilon$ は無次元なので,どちらの単位系でも同じ値である(そこだけは安心してよい).
なぜ分極率 $\alpha$ が「体積」の次元を持つのか(Gauss 単位)
Gauss 単位系では $\pp = \alpha\EE$ で,$\pp$ の単位は $\mathrm{esu\cdot cm}$,$\EE$ の単位は $\mathrm{esu/cm^2}$ である.したがって $\alpha$ の単位は $\mathrm{cm^3}$ になる.
これは偶然ではない.半径 $a$ の完全導体球を電場 $E$ に置くと,その分極率はちょうど $\alpha = a^3$ になる.つまり Gauss 単位での分極率は「この原子はどれくらいの大きさの導体球に相当するか」を直接教えてくれる.$\mathrm{Ar}$ の $\alpha_e = 1.62\times10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$ は $a = 1.17\,\text{Å}$ に対応し,実際の $\mathrm{Ar}$ の原子半径($\sim1.9\,\text{Å}$)と同じ桁である.桁の感覚を持つのに便利な単位系なのである.
19.1.2 脱分極場
一様に分極した試料の内部には,$\PP$ と逆向きの電場が生じる.これを脱分極場(depolarization field)という.原因は試料表面に現れる束縛電荷である.
導出:一様分極した球の内部の脱分極場
半径 $R$ の球が一様に $\PP = P\hat{z}$ と分極しているとする.表面には束縛電荷
$$ \sigma_b = \PP\cdot\hat{\nn} = P\cos\theta $$が現れる($\hat{\nn}=\hat{\rr}$ は外向き法線,$\theta$ は $z$ 軸からの角).北極($\theta=0$)で $+P$,南極($\theta=\pi$)で $-P$ である.
球の中心での電場を直接計算しよう.角 $\theta$ から $\theta+\dd\theta$ の帯(リング)の面積は
$$ \dd A = (R\sin\theta)(R\,\dd\theta)\,\dd\phi = R^2\sin\theta\,\dd\theta\,\dd\phi $$で,そこに載る電荷は $\dd q = \sigma_b\,\dd A = P\cos\theta\,R^2\sin\theta\,\dd\theta\,\dd\phi$ である.位置 $\rr = R\hat{\rr}$ にある点電荷 $\dd q$ が原点に作る電場は,Coulomb の法則より
$$ \dd\EE = \dd q\,\frac{\bm{0}-\rr}{\abs{\bm{0}-\rr}^3} = -\frac{\dd q}{R^2}\,\hat{\rr} $$その $z$ 成分は $\dd E_z = -\dfrac{\dd q}{R^2}\cos\theta$ である.$x,y$ 成分は $\phi$ について積分すると $\int_0^{2\pi}\cos\phi\,\dd\phi = \int_0^{2\pi}\sin\phi\,\dd\phi = 0$ で消える.残るのは
$$ E_{1z} = -\frac{1}{R^2}\int_0^{2\pi}\!\!\dd\phi\int_0^{\pi} \cos\theta\;\left(P\cos\theta\,R^2\sin\theta\right)\dd\theta = -2\pi P\int_0^{\pi}\cos^2\theta\,\sin\theta\,\dd\theta $$ここで $u=\cos\theta$ と置換する.$\dd u = -\sin\theta\,\dd\theta$ で,$\theta:0\to\pi$ は $u:1\to-1$ に対応するから
$$ \int_0^{\pi}\cos^2\theta\sin\theta\,\dd\theta = -\int_{1}^{-1}u^2\,\dd u = \int_{-1}^{1}u^2\,\dd u = \left[\frac{u^3}{3}\right]_{-1}^{1} = \frac{2}{3} $$したがって
∎ 符号がマイナスであること,すなわち $\PP$ と逆向きであることが「脱分極」という名の由来である.この積分値 $2/3$ は,次節の Lorentz 場でもう一度そっくり現れる.しっかり覚えておいてほしい.
なお,球の場合は中心だけでなく内部のどこでも電場が一様に $-\frac{4\pi}{3}\PP$ になることが知られている(球対称性による特別な事情である).中心での計算だけで答えが得られたのは,この一様性のおかげである.
補足:脱分極係数と試料の形
一般に,一様に分極した楕円体の内部では $E_{1i} = -N_{d,i} P_i$($i=x,y,z$)と書ける.$N_{d,i}$ を脱分極係数(depolarization factor)という.19.3節以降で単位体積あたりの数密度を $N$ と書くので,脱分極係数には添字 $d$ を付けて区別することにする.Gauss 単位系では
$$ N_{d,x} + N_{d,y} + N_{d,z} = 4\pi $$である(SI では和が $1$).代表的な形の値を挙げる.
| 試料の形 | $\PP$ の向き | $N_d$ |
|---|---|---|
| 球 | 任意 | $4\pi/3 \simeq 4.19$ |
| 薄い平板 | 面に垂直 | $4\pi$ |
| 薄い平板 | 面内 | $0$ |
| 細長い円柱 | 軸に平行 | $0$ |
| 細長い円柱 | 軸に垂直 | $2\pi$ |
この表は実験を設計するうえで決定的に重要である.薄膜の強誘電体で分極を膜面に垂直に立てると $N_d=4\pi$ という最大の脱分極場がかかり,分極が不安定になる.だから実際のデバイスでは,上下に電極を付けて表面電荷を遮蔽してやる(電極が束縛電荷を打ち消すので,実効的に $N_d\to0$ になる).逆に,電極なしの自立膜では分極が分域に分かれて脱分極場を打ち消そうとする.19.8節の分域の話は,この表から始まっている.
19.2 局所電場と Lorentz 場
19.2.1 なぜ2種類の電場を区別しなければならないのか
ここが本章で最初の——そしておそらく最大の——概念的な山場である.
Maxwell 方程式に現れる $\EE$ は,原子スケールの激しい凹凸をならした場である.実際の結晶の中では,原子核のすぐそばで電場は $10^{9}\ \mathrm{V/cm}$ にも達し,原子と原子の間ではずっと小さい.そんな場を方程式に入れても手に負えないので,単位胞くらいの体積で平均した滑らかな場を使う.これが巨視的な場(macroscopic field)$\EE$ である.
ところが,「ある原子がどれだけ分極するか」を問うときには,話が違う.その原子が実際に感じているのは,自分自身を除いたすべての電荷が作る電場である.これを局所電場(local field)$\Eloc$ と呼ぶ.$\Eloc$ と $\EE$ は一般に一致しない.
なぜ $\Eloc \neq \EE$ なのか — 一言でいうと
巨視的な場 $\EE$ は「注目している原子自身の寄与も込みで平均した場」である.一方,原子の分極を決めるのは「他の原子が作る場」である.自分自身が作る場は自分を分極させない.この差が $\Eloc - \EE$ である.
希薄な気体では原子どうしが遠いのでこの差は無視できる($\epsilon\simeq1$).しかし固体では原子間距離が $\sim3\,\text{Å}$ しかなく,隣の原子が作る場は無視できない.誘電率が $1$ から大きくずれる物質ほど,この補正が本質的になる.そして強誘電体では,この補正が転移そのものを引き起こす.
19.2.2 Lorentz の4分割
定義:局所電場の4つの寄与
結晶中の1つの原子を選び,それを中心とする半径 $a$ の仮想的な球(Lorentz 空洞, Lorentz cavity)を考える.$a$ は,巨視的には十分小さいが,原子間距離よりは十分大きく取る(たとえば $a\sim 20\,\text{Å}$).このとき局所電場は次の4つに分けられる.
- $\EE_0$:外部から加えた電場(試料の外の電極などが作る場)
- $\EE_1$:試料の外表面に現れた分極電荷が作る場=脱分極場
- $\EE_2$:Lorentz 空洞の内壁に現れた分極電荷が作る場=Lorentz 場
- $\EE_3$:空洞の内側にある双極子(注目する原子自身は除く)が作る場
そして,巨視的な場は
$$ \EE = \EE_0 + \EE_1 $$である.$\EE_2$ と $\EE_3$ は,空洞という人為的な境界を導入したために別々に数えることになった寄与で,和 $\EE_2+\EE_3$ が局所場と巨視的な場との差にあたる.境界が人為的だというのは「どこに空洞を切っても和は変わらない」という意味であって,和そのものが消えるわけではない.実際,次節で見るように,立方対称な等価サイトでは $\EE_3=0$ になるが $\EE_2=\frac{4\pi}{3}\PP$ は残り,これが局所場を巨視的な場より強くする.したがって
注意:空洞は「実在の穴」ではない
Lorentz 空洞は,計算を「遠くの寄与」と「近くの寄与」に分けるために引いた数学的な境界線にすぎない.物質をくり抜くわけではない.
やっていることは,次の足し算の組み替えである.
- 球の外側にある物質は,原子の粒々を無視して,連続的に分極した媒質として扱う(遠いので粗い扱いで十分).その媒質が空洞の壁に作る束縛電荷の寄与が $\EE_2$.
- 球の内側にある物質は,1個1個の双極子として律儀に足し上げる(近いので細かい扱いが必要).その和が $\EE_3$.
$a$ の取り方に答えが依存しないことが,この分割が正当である証拠になっている($a$ を大きくすれば $\EE_2$ の計算に含まれる領域が増えるが,その分 $\EE_3$ の和から抜ける——差し引きゼロになる).
19.2.3 Lorentz 場 $\EE_2$ の導出
導出:Lorentz 空洞が作る場 $\EE_2 = \frac{4\pi}{3}\PP$
空洞の外側の媒質は,一様に $\PP = P\hat{z}$ と分極しているとする.空洞の壁(=媒質の内側の境界面)に現れる束縛電荷を求めよう.
ステップ1:面電荷密度を求める.束縛面電荷は $\sigma_b = \PP\cdot\hat{\nn}$ で与えられる.ここで $\hat{\nn}$ は誘電体から外へ向かう法線である.いま誘電体は球の外側にあるから,誘電体から見た「外」は空洞の中心に向かう向き,すなわち $\hat{\nn} = -\hat{\rr}$ である.したがって
符号に注目してほしい.19.1.2節で計算した「一様分極した球そのもの」の表面電荷 $+P\cos\theta$ と,ちょうど符号が逆である.空洞の上半分($\theta<\pi/2$)には負電荷,下半分には正電荷が並ぶ.
ステップ2:帯(リング)に分ける.角 $\theta$ から $\theta+\dd\theta$ の帯の面積は
$$ \dd A = (a\sin\theta)\,(a\,\dd\theta)\,\dd\phi = a^2\sin\theta\,\dd\theta\,\dd\phi $$である(帯の周長が $2\pi a\sin\theta$,幅が $a\,\dd\theta$ であることを $\phi$ 積分の形で書いた).この帯の電荷は
$$ \dd q = \sigma_b\,\dd A = -P\cos\theta\;a^2\sin\theta\,\dd\theta\,\dd\phi $$ステップ3:中心での電場を求める.位置 $\rr = a\hat{\rr}$ にある電荷 $\dd q$ が原点に作る電場は
$$ \dd\EE = \dd q\,\frac{\bm{0}-\rr}{\abs{\bm{0}-\rr}^3} = -\frac{\dd q}{a^2}\hat{\rr} $$その $z$ 成分は,$\hat{\rr}\cdot\hat{z}=\cos\theta$ より
$$ \dd E_{2z} = -\frac{\dd q}{a^2}\cos\theta $$ステップ4:積分する.$\dd q$ を代入して,$a^2$ が約分されることに注意すると
$$ E_{2z} = -\frac{1}{a^2}\int_0^{2\pi}\!\!\dd\phi\int_0^\pi \cos\theta\left(-P\cos\theta\;a^2\sin\theta\right)\dd\theta = +P\int_0^{2\pi}\!\!\dd\phi\int_0^\pi\cos^2\theta\,\sin\theta\,\dd\theta $$$\phi$ 積分は $2\pi$.$\theta$ 積分は 19.1.2節とまったく同じで,$u=\cos\theta$ の置換により
$$ \int_0^\pi \cos^2\theta\,\sin\theta\,\dd\theta = \int_{-1}^{1}u^2\,\dd u = \left[\frac{u^3}{3}\right]_{-1}^{1} = \frac{1}{3}-\left(-\frac{1}{3}\right) = \frac{2}{3} $$よって
$$ E_{2z} = P\cdot 2\pi\cdot\frac{2}{3} = \frac{4\pi}{3}P $$$x,y$ 成分は $\int_0^{2\pi}\cos\phi\,\dd\phi = \int_0^{2\pi}\sin\phi\,\dd\phi=0$ で消える.したがって
∎ これが Lorentz 場(Lorentz field)である.$\PP$ と同じ向きを向いていることが決定的に重要である.局所電場は巨視的な場より強い.分極が分極をさらに助長する——この正のフィードバックが,19.5節の分極カタストロフィを生む.
物理的意味:$\EE_1$ と $\EE_2$ が逆符号なのはなぜか
球状の試料をまるごと考えると,$\EE_1 = -\frac{4\pi}{3}\PP$,Lorentz 空洞の寄与は $\EE_2 = +\frac{4\pi}{3}\PP$ で,両者は完全に打ち消し合う.じつはこれは偶然ではない.
球状試料の場合,「試料の外表面の電荷」と「空洞の壁の電荷」は,まったく同じ幾何学(球面上の $\cos\theta$ 分布)を持ち,法線の向きだけが逆である.だから寄与も符号だけが逆になる.
結果として,球状の試料では $\Eloc = \EE_0 + \EE_3$ となる.試料の形に依存する部分($\EE_1$)が,空洞の寄与($\EE_2$)によって帳消しになったのである.これは「$\Eloc$ は試料の形によらない局所的な量である」という,当たり前だが大切な事実を,計算で確かめたことになる.
19.2.4 空洞内の双極子の寄与 $\EE_3$
導出:立方対称なら $\EE_3 = 0$
空洞の中にある双極子はすべて同じ $\pp = p\hat{z}$ を持つとする(一様分極の仮定).位置 $\rr_i = (x_i,y_i,z_i)$ にある点双極子が原点に作る電場は
$$ \EE^{(i)} = \frac{3(\pp\cdot\hat{\rr}_i)\hat{\rr}_i - \pp}{r_i^3} $$である.$z$ 成分を書き下すと,$\pp\cdot\hat{\rr}_i = p z_i/r_i$,$\hat{\rr}_i\cdot\hat{z} = z_i/r_i$ より
$$ E^{(i)}_z = \frac{1}{r_i^3}\left(3\,\frac{p z_i}{r_i}\cdot\frac{z_i}{r_i} - p\right) = p\,\frac{3z_i^2 - r_i^2}{r_i^5} $$空洞内のすべての双極子について和を取る(注目原子自身 $i=0$ は除く):
$$ E_{3z} = p\sum_{i\neq0}\frac{3z_i^2-r_i^2}{r_i^5} = p\left(3\sum_{i\neq0}\frac{z_i^2}{r_i^5} - \sum_{i\neq0}\frac{1}{r_i^3}\right) $$ここで,注目原子のまわりが立方対称($x,y,z$ の3方向が対称操作で移り合う)だとしよう.すると格子和について
$$ \sum_{i\neq0}\frac{x_i^2}{r_i^5} = \sum_{i\neq0}\frac{y_i^2}{r_i^5} = \sum_{i\neq0}\frac{z_i^2}{r_i^5} $$が成り立つ.3つを足すと $x_i^2+y_i^2+z_i^2 = r_i^2$ だから
$$ 3\sum_{i\neq0}\frac{z_i^2}{r_i^5} = \sum_{i\neq0}\frac{x_i^2+y_i^2+z_i^2}{r_i^5} = \sum_{i\neq0}\frac{r_i^2}{r_i^5} = \sum_{i\neq0}\frac{1}{r_i^3} $$これを上の式に代入すると,括弧の中が丸ごと消える:
∎ $x,y$ 成分も同様に消える($\sum x_iz_i/r_i^5 = 0$ が立方対称から従う).したがって
$$ \boxed{\;\Eloc = \EE + \frac{4\pi}{3}\PP\;} $$が,立方対称な位置にある原子について成り立つ.この式が次節の出発点である.
例題19.1 単純立方格子の最近接6個で $\EE_3=0$ を確かめる
格子定数 $a$ の単純立方格子の各格子点に $\pp = p\hat{z}$ が置かれている.原点の双極子が感じる,最近接6個からの電場を計算せよ.
解答.最近接は $(\pm a,0,0),(0,\pm a,0),(0,0,\pm a)$ の6個である.公式 $E_z^{(i)} = p(3z_i^2-r_i^2)/r_i^5$ を使う.
| 位置 | $z_i$ | $r_i$ | $3z_i^2-r_i^2$ | $E^{(i)}_z$ | 個数 |
|---|---|---|---|---|---|
| $(0,0,\pm a)$ | $\pm a$ | $a$ | $3a^2-a^2=2a^2$ | $+2p/a^3$ | 2 |
| $(\pm a,0,0)$ | $0$ | $a$ | $0-a^2=-a^2$ | $-p/a^3$ | 2 |
| $(0,\pm a,0)$ | $0$ | $a$ | $0-a^2=-a^2$ | $-p/a^3$ | 2 |
合計すると
$$ E_{3z}^{(\text{最近接})} = 2\cdot\frac{2p}{a^3} + 2\cdot\left(-\frac{p}{a^3}\right) + 2\cdot\left(-\frac{p}{a^3}\right) = \frac{4p-2p-2p}{a^3} = 0 $$∎ 見事に消える.$z$ 軸上の2個は「双極子の頭とお尻に近い」ので分極を助ける向き($+$)に,赤道上の4個は「双極子の横腹」なので妨げる向き($-$)に効く.両者が $2:1$ の強さで $2$ 個 対 $4$ 個だから,ちょうど釣り合うのである.
第2近接($(\pm a,\pm a,0)$ 型 12個)以降も,立方対称であるかぎり各殻ごとに独立に消える.導出で示した対称性の議論は,この「各殻で消える」を一気に述べたものである.
注意:$\Eloc = \EE + \frac{4\pi}{3}\PP$ が使えない場合
この美しい式には,はっきりした適用限界がある.
- 原子の位置が立方対称でないとき.たとえばウルツ鉱型 $\mathrm{ZnO}$ やペロブスカイトの酸素サイト($4/mmm$)では $\EE_3\neq0$ であり,Lorentz 因子は $\frac{4\pi}{3}$ ではなくテンソル $L_{ij}$ になる.実際の強誘電体の第一原理計算では,この格子和(Ewald 和)を数値的に評価する.
- 双極子が空間的に一様でないとき.導出では空洞内の双極子がすべて等しいと仮定した.分極が強く揺らいでいる系(相転移点近傍)では,この仮定が怪しくなる.
- 永久双極子どうしが強く相互作用する液体.水がその代表である.19.3節で見るように,水に Clausius–Mossotti を素朴に適用すると「水は強誘電体である」というありえない結論が出る.Onsager(1936)と Kirkwood(1939)は,Lorentz 場のかわりに反応場(reaction field)を用いる理論を作ってこれを解決した.
それでも,立方晶のイオン結晶や希ガス固体では $\Eloc = \EE+\frac{4\pi}{3}\PP$ は驚くほどよく働く.次節でそれを数値で確かめる.
19.3 Clausius–Mossotti 関係と分極率の3成分
19.3.1 Clausius–Mossotti 関係の導出
前節で局所電場の式が得られた.あとは「原子1個の応答」を書き下せば,巨視的な誘電率までたどり着ける.
定義:分極率(polarizability)
原子(またはイオン,分子)に局所電場 $\Eloc$ がかかったとき,誘起される双極子モーメントが
$$ \pp = \alpha\,\Eloc $$と書けるとき,$\alpha$ をその原子の分極率(polarizability)という.単位体積あたりの原子数を $N$ とすると,分極は
である.複数種の原子があるときは $\PP = \sum_j N_j\alpha_j\Eloc^{(j)}$ とする.
導出:Clausius–Mossotti 関係(代数を1行も飛ばさずに)
出発点は2本の式だけである.
$$ \text{(i)}\quad P = N\alpha\,E_{\mathrm{loc}}, \qquad\qquad \text{(ii)}\quad E_{\mathrm{loc}} = E + \frac{4\pi}{3}P $$(以下,すべてのベクトルは同じ向きなので大きさだけで書く.)
ステップ1:$E_{\mathrm{loc}}$ を消去する.(ii) を (i) に代入して
$$ P = N\alpha\left(E + \frac{4\pi}{3}P\right) = N\alpha E + \frac{4\pi}{3}N\alpha P $$ステップ2:$P$ について解く.右辺の $P$ を含む項を左辺に移す.
$$ P - \frac{4\pi}{3}N\alpha P = N\alpha E \qquad\Longrightarrow\qquad P\left(1 - \frac{4\pi}{3}N\alpha\right) = N\alpha E $$両辺を $\left(1-\frac{4\pi}{3}N\alpha\right)$ で割って
$$ P = \frac{N\alpha}{1-\dfrac{4\pi}{3}N\alpha}\;E $$したがって感受率は
ステップ3:記号を短くする.ここで
$$ u \equiv \frac{4\pi}{3}N\alpha $$と置く.すると $N\alpha = \dfrac{3u}{4\pi}$ であり,$\chi = \dfrac{3u}{4\pi(1-u)}$ である.
ステップ4:誘電率に直す.$\epsilon = 1+4\pi\chi$ に代入すると,$4\pi$ が約分されて
$$ \epsilon = 1 + 4\pi\cdot\frac{3u}{4\pi(1-u)} = 1 + \frac{3u}{1-u} $$通分すると
ステップ5:逆に解く.$\epsilon-1$ と $\epsilon+2$ を別々に計算する.
$$ \epsilon - 1 = \frac{1+2u}{1-u} - 1 = \frac{(1+2u)-(1-u)}{1-u} = \frac{3u}{1-u} $$ $$ \epsilon + 2 = \frac{1+2u}{1-u} + 2 = \frac{(1+2u)+2(1-u)}{1-u} = \frac{1+2u+2-2u}{1-u} = \frac{3}{1-u} $$この2つの比を取ると,分母 $(1-u)$ も因子 $3$ もきれいに約分されて
$$ \frac{\epsilon-1}{\epsilon+2} = \frac{3u/(1-u)}{3/(1-u)} = u $$$u$ を元に戻せば,目的の式が得られる.
∎ これが Clausius–Mossotti 関係(Clausius–Mossotti relation)である.$\epsilon-1$ ではなく $\dfrac{\epsilon-1}{\epsilon+2}$ という組み合わせが $N\alpha$ に比例する,というのが核心である.
この式は何を言っているのか
3つのことを言っている.
- 微視と巨視を結ぶ.左辺は測定できる巨視量 $\epsilon$ だけからなる.右辺は原子1個の性質 $\alpha$ と密度 $N$ だけからなる.つまり,誘電率を測れば原子の分極率がわかり,逆に分極率がわかれば誘電率が予言できる.
- 加算則が成り立つ.右辺は $N\alpha$ の和である.複数種のイオンがあれば $\sum_j N_j\alpha_j$ と単純に足せばよい.イオン結晶の誘電率が,構成イオンの分極率の足し算でだいたい説明できるのは,このおかげである.
- 分母がゼロになる危険がある.$u=\frac{4\pi}{3}N\alpha \to 1$ で $\epsilon\to\infty$ になる.これが 19.5節の分極カタストロフィである.強誘電性の起源が,じつはこの1行に潜んでいる.
希薄極限($u\ll1$)では $\epsilon\simeq1+3u = 1+4\pi N\alpha$,すなわち $\chi\simeq N\alpha$ となり,局所場補正のない素朴な式に戻る.気体の誘電率がこれである.
補足:光学領域での形 —— Lorentz–Lorenz 式
可視光の振動数($\sim10^{15}\ \mathrm{Hz}$)では,重いイオンは電場についていけず,応答するのは電子だけである.このとき Maxwell の関係 $n^2 = \epsilon$($n$ は屈折率,非磁性体で $\mu=1$)を使うと,式 \eqref{eq:19-clausius-mossotti} は
となる.これを Lorentz–Lorenz 式(Lorentz–Lorenz equation)という.物理的内容は Clausius–Mossotti とまったく同じで,対象を電子分極に限っただけである.
化学では,これに モル体積 $M/\rho$($M$:モル質量,$\rho$:密度)を掛けた
$$ R_M \equiv \frac{n^2-1}{n^2+2}\cdot\frac{M}{\rho} = \frac{4\pi}{3}N_A\alpha_e $$をモル屈折(molar refraction)と呼ぶ.右辺は物質の量にも密度にもよらない定数なので,$R_M$ は温度・圧力・相(気体か液体か)を変えても一定に保たれる.有機化学で分子構造の推定に使われるのはこのためである.「$\dfrac{\epsilon-1}{\epsilon+2}$ という不思議な組み合わせ」には,こういうご利益がある.
例題19.2 $\mathrm{NaCl}$ の屈折率を分極率から計算する
$\mathrm{NaCl}$ は岩塩型($Fm\bar{3}m$,$a=5.64\,\text{Å}$)で,立方単位胞に $\mathrm{NaCl}$ が4組入る.イオンの電子分極率を用いて $\epsilon(\infty)$ と屈折率 $n$ を推定し,実測値 $\epsilon(\infty)=2.25$($n=1.50$)と比べよ.
解答.ステップ1:イオン対の数密度 $N$ を求める.
$$ a^3 = (5.64\times10^{-8}\ \mathrm{cm})^3 = 1.794\times10^{-22}\ \mathrm{cm^3} $$ $$ N = \frac{4\ \text{組}}{1.794\times10^{-22}\ \mathrm{cm^3}} = 2.23\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}} $$ステップ2:分極率を足す.$\mathrm{Na^+}$ と $\mathrm{Cl^-}$ が1組ずつなので $\alpha = \alpha(\mathrm{Na^+})+\alpha(\mathrm{Cl^-})$.値の出典によって2通りある(表19.3を見よ).
- Pauling の自由イオン値:$0.179 + 3.66 = 3.84$(単位 $10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$)
- 結晶中の値(Tessman–Kahn–Shockley):$0.179 + 2.96 = 3.14$
ステップ3:$u$ を計算する.Pauling 値で
$$ u = \frac{4\pi}{3}N\alpha = 4.189 \times (2.23\times10^{22})\times(3.84\times10^{-24}) = 4.189\times 0.0856 = 0.359 $$TKS 値で
$$ u = 4.189\times(2.23\times10^{22})\times(3.14\times10^{-24}) = 4.189\times 0.0700 = 0.293 $$ステップ4:$\epsilon$ を求める.式 \eqref{eq:19-eps-u} $\epsilon = \dfrac{1+2u}{1-u}$ より
$$ \text{Pauling}:\quad \epsilon = \frac{1+0.718}{1-0.359} = \frac{1.718}{0.641} = 2.68 \qquad(n = 1.64) $$ $$ \text{TKS}:\quad \epsilon = \frac{1+0.586}{1-0.293} = \frac{1.586}{0.707} = 2.24 \qquad(n = 1.50) $$∎ TKS 値を使うと実測 $2.25$ とほぼ完全に一致する.Pauling の自由イオン値では $19\%$ 過大評価になる.
この差は何か.$\mathrm{Cl^-}$ のような大きな陰イオンは,真空中では電子雲がふくらんで分極しやすいが,結晶中では周囲の陽イオンに押さえつけられて硬くなる.だから結晶中の実効分極率は自由イオン値より小さい.逆にいえば,Clausius–Mossotti 関係はこの $20\%$ 程度の差を検出できるほど精度が高いということでもある.
| 希ガス | $\alpha_e$ | 陽イオン | $\alpha_e$ | 陰イオン | $\alpha_e$ |
|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{He}$ | 0.20 | $\mathrm{Li^+}$ | 0.03 | $\mathrm{F^-}$ | 1.04 |
| $\mathrm{Ne}$ | 0.39 | $\mathrm{Na^+}$ | 0.18 | $\mathrm{Cl^-}$ | 3.66(2.96) |
| $\mathrm{Ar}$ | 1.62 | $\mathrm{K^+}$ | 0.83 | $\mathrm{Br^-}$ | 4.77 |
| $\mathrm{Kr}$ | 2.46 | $\mathrm{Rb^+}$ | 1.40 | $\mathrm{I^-}$ | 7.10 |
| $\mathrm{Xe}$ | 3.99 | $\mathrm{Cs^+}$ | 2.42 | $\mathrm{O^{2-}}$ | 3.88(2.4) |
| $\mathrm{Mg^{2+}}$ | 0.09 | $\mathrm{S^{2-}}$ | 10.2 | ||
| $\mathrm{Ca^{2+}}$ | 0.47 | ||||
| $\mathrm{Ba^{2+}}$ | 1.55 | ||||
| $\mathrm{Ti^{4+}}$ | 0.19 |
この表から読み取ってほしいことが3つある.第一に,分極率はイオン半径のおよそ3乗に比例する($\mathrm{Li^+}\to\mathrm{Cs^+}$ で80倍,半径比 $0.76:1.67\,\text{Å}$ の3乗が $10.6$ 倍……電荷の効果も加わってさらに広がる).第二に,陰イオンのほうが陽イオンよりはるかに分極しやすい(電子が余分にあり核の束縛が緩い).第三に,高価数の小さな陽イオンはほとんど分極しない——$\mathrm{Ti^{4+}}$ の $0.19$ は $\mathrm{Na^+}$ 並みである.$\mathrm{BaTiO_3}$ の巨大な誘電率が「$\mathrm{Ti}$ の電子分極」では説明できず,イオンの変位によるものだと分かるのは,この最後の事実からである.
19.3.2 分極率の3成分
定義:分極率の3つの寄与
全分極率は,応答の速い順に3つに分けられる.
$$ \alpha = \alpha_e + \alpha_i + \alpha_d $$- $\alpha_e$:電子分極率(electronic polarizability).原子核に対して電子雲がずれる.応答が最も速く,紫外まで追随する.
- $\alpha_i$:イオン分極率(ionic polarizability).正イオンと負イオンが逆向きに変位する.赤外まで追随する.イオン結合性の結晶にのみ存在する.
- $\alpha_d$:配向分極率(orientational / dipolar polarizability).もともと永久双極子を持つ分子が,電場方向に向きをそろえる.最も遅く,マイクロ波領域で脱落する.永久双極子がなければゼロ.
導出1:電子分極率 —— 束縛電子を調和振動子とみなす
質量 $m$,電荷 $-e$ の電子が,原子核に $-m\omega_0^2 x$ の復元力で束縛されているとする.外部電場 $E$ をかけると運動方程式は
$$ m\ddot{x} = -m\omega_0^2 x - eE $$静的な場($\ddot{x}=0$)では
$$ 0 = -m\omega_0^2 x - eE \quad\Longrightarrow\quad x = -\frac{eE}{m\omega_0^2} $$誘起される双極子モーメントは $p = (-e)\cdot x = \dfrac{e^2E}{m\omega_0^2}$,したがって
数値を入れてみる.束縛エネルギーの目安として $\hbar\omega_0 = 10\ \mathrm{eV}$(典型的な原子の励起エネルギー)を取ると
$$ \omega_0 = \frac{10\times1.602\times10^{-12}\ \mathrm{erg}}{1.055\times10^{-27}\ \mathrm{erg\,s}} = 1.52\times10^{16}\ \mathrm{s^{-1}} $$ $$ \alpha_e = \frac{(4.803\times10^{-10})^2}{(9.11\times10^{-28})\times(1.52\times10^{16})^2} = \frac{2.31\times10^{-19}}{2.10\times10^{5}} = 1.1\times10^{-24}\ \mathrm{cm^3} $$∎ 表19.3の値($0.2\sim7\times10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$)とみごとに同じ桁である.「原子1個あたり $10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$」——これが電子分極率の相場だと覚えておくとよい.
振動する場に対しては $m\ddot{x} = -m\omega_0^2x - eEe^{-i\omega t}$ を解いて
$$ \alpha_e(\omega) = \frac{e^2/m}{\omega_0^2-\omega^2} $$となる.$\omega\ll\omega_0$ では静的値に等しく,$\omega\to\omega_0$ で共鳴し,$\omega\gg\omega_0$ では負になって $0$ に近づく.
導出2:イオン分極率 —— 2原子を結ぶバネ
質量 $M_+$,$M_-$ の2つのイオンが,有効電荷 $\pm e^*$ を持ち,バネ定数 $C$ で結ばれているとする.相対変位を $u = u_+-u_-$(19.3.1節で置いた無次元パラメータ $u=\frac{4\pi}{3}N\alpha$ とは別物で,こちらは長さの次元を持つ)とすると,換算質量 $\mu = \dfrac{M_+M_-}{M_++M_-}$ を使って(第13章の2原子鎖の議論と同じ)
$$ \mu\ddot{u} = -Cu + e^*E = -\mu\omega_0^2 u + e^*E, \qquad \omega_0^2 \equiv C/\mu $$静的には $u = \dfrac{e^*E}{\mu\omega_0^2}$,双極子モーメントは $p = e^*u$ だから
$\mathrm{NaCl}$ で見積もる.$\mu = \dfrac{23.0\times35.5}{58.5}\,\mathrm{amu} = 13.95\ \mathrm{amu} = 2.32\times10^{-23}\ \mathrm{g}$.赤外吸収から $\omega_{TO} = 2\pi\times4.92\ \mathrm{THz} = 3.09\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$.$e^*\simeq e$ として
$$ \alpha_i \sim \frac{2.31\times10^{-19}}{(2.32\times10^{-23})(3.09\times10^{13})^2} = \frac{2.31\times10^{-19}}{2.21\times10^{4}} = 1.0\times10^{-23}\ \mathrm{cm^3} $$∎ 電子分極率($3.1\times10^{-24}$)の3倍ほどである.イオン結晶では,静的誘電率の主役はイオン分極であるという定性的な結論が得られた.
ただし定量的には合っていない.実測の $\epsilon(0)=5.90$ を Clausius–Mossotti で逆算すると $\alpha_{\text{全}} = 6.6\times10^{-24}$,したがって $\alpha_i = 6.6-3.1 = 3.5\times10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$ となり,上の見積もりの $1/3$ である.理由は2つある.(a) $\omega_0$ は局所場を含まないバネの振動数であり,実測の $\omega_{TO}$ はすでに局所場で軟化した値なので $\omega_0 > \omega_{TO}$ である(19.6節でこの関係を厳密に導く).(b) 見積もりでは $e^*\simeq e$ と置いたが,局所場の増強因子をくりこむ前の裸の有効電荷は,$\mathrm{NaCl}$ では $e^*\simeq0.79\,e$ であって $e$ より小さい(19.6.3節で導く).$\alpha_i\propto e^{*2}$ だから,これだけで約 $0.6$ 倍になる.よく引用される Born の有効電荷 $Z^* = \dfrac{e^*(\epsilon(\infty)+2)}{3e} \simeq 1.1$ とは別物であることに注意せよ.この「見積もりがなぜずれるか」を理解しておくことが,19.6節への橋渡しになる.
導出3:配向分極率 —— Langevin の統計力学(Kittel が飛ばす計算)
永久双極子 $\pp$(大きさ $p$)を持つ分子の集団を考える.電場 $E$($z$ 方向)の中で,双極子が $z$ 軸から角 $\theta$ を向くときのエネルギーは
$$ U = -\pp\cdot\EE = -pE\cos\theta $$である(電場の向きにそろったとき最低).熱平衡での $\langle\cos\theta\rangle$ を Boltzmann 分布で計算する.立体角要素は $\dd\Omega = \sin\theta\,\dd\theta\,\dd\phi$ で,$\phi$ 積分は分子・分母で $2\pi$ ずつ出て約分されるから
$$ \langle\cos\theta\rangle = \frac{\displaystyle\int_0^\pi \cos\theta\;e^{\,pE\cos\theta/k_BT}\sin\theta\,\dd\theta}{\displaystyle\int_0^\pi e^{\,pE\cos\theta/k_BT}\sin\theta\,\dd\theta} $$ここで変数を2つ置き換える.$u = \cos\theta$($\dd u = -\sin\theta\,\dd\theta$)と $y \equiv \dfrac{pE}{k_BT}$ とすると,積分区間は $u:-1\to1$ になり
$$ \langle\cos\theta\rangle = \frac{\displaystyle\int_{-1}^{1} u\,e^{yu}\,\dd u}{\displaystyle\int_{-1}^{1} e^{yu}\,\dd u} $$分母を計算する.
$$ \int_{-1}^1 e^{yu}\dd u = \left[\frac{e^{yu}}{y}\right]_{-1}^{1} = \frac{e^{y}-e^{-y}}{y} = \frac{2\sinh y}{y} $$分子は,分母を $y$ で微分すれば出る($\dfrac{\partial}{\partial y}e^{yu} = u\,e^{yu}$ だから).
$$ \int_{-1}^1 u\,e^{yu}\dd u = \frac{\dd}{\dd y}\left(\frac{2\sinh y}{y}\right) = \frac{2y\cosh y - 2\sinh y}{y^2} $$比を取る.
$$ \langle\cos\theta\rangle = \frac{2y\cosh y-2\sinh y}{y^2}\cdot\frac{y}{2\sinh y} = \frac{y\cosh y - \sinh y}{y\sinh y} = \coth y - \frac{1}{y} \equiv L(y) $$$L(y)$ を Langevin 関数(Langevin function)という.
弱い電場での展開.$\coth y$ の Laurent 展開は
$$ \coth y = \frac{1}{y} + \frac{y}{3} - \frac{y^3}{45} + \cdots $$だから
$$ L(y) = \frac{y}{3} - \frac{y^3}{45}+\cdots \simeq \frac{y}{3} \qquad (y\ll1) $$したがって双極子の $z$ 成分の平均は
$$ \langle p_z\rangle = p\,\langle\cos\theta\rangle \simeq \frac{p\,y}{3} = \frac{p}{3}\cdot\frac{pE}{k_BT} = \frac{p^2}{3k_BT}E $$すなわち
∎ 3つの分極率のうち,これだけが温度に依存する($\propto1/T$).熱運動が整列を邪魔するからである.この $1/T$ が,次節以降で Curie 則・Curie–Weiss 則を生む種になる.
$y\ll1$ という仮定は妥当か.水分子の $p = 1.85\ \mathrm{D} = 1.85\times10^{-18}\ \mathrm{esu\,cm}$,$T=300\ \mathrm{K}$ で $k_BT = 4.14\times10^{-14}\ \mathrm{erg}$.実験室の強い電場 $E = 10^6\ \mathrm{V/m} = 10^4\ \mathrm{V/cm} = 33.4\ \mathrm{statvolt/cm}$ を入れても
$$ y = \frac{(1.85\times10^{-18})(33.4)}{4.14\times10^{-14}} = 1.5\times10^{-3} \ll 1 $$である.飽和($L(y)\to1$)を見るには $y\sim1$,つまり $E\sim10^7\ \mathrm{V/cm}$ が要り,これは絶縁破壊電場をはるかに超える.だから通常の誘電体では線形応答が完璧に成り立つ.
例題19.3 水の誘電率と,Clausius–Mossotti の華麗なる失敗
水($T=300\ \mathrm{K}$)について $\alpha_d$ を計算し,Clausius–Mossotti 関係で $\epsilon$ を予言せよ.実測値 $\epsilon = 80$ と比較して何が起きるか論ぜよ.
解答.まず配向分極率.
$$ \alpha_d = \frac{p^2}{3k_BT} = \frac{(1.85\times10^{-18})^2}{3\times4.14\times10^{-14}} = \frac{3.42\times10^{-36}}{1.24\times10^{-13}} = 2.76\times10^{-23}\ \mathrm{cm^3} $$電子分極率($\sim1.5\times10^{-24}$)の18倍もある.数密度は $\rho = 1\ \mathrm{g/cm^3}$,$M=18$ より
$$ N = \frac{6.02\times10^{23}}{18} = 3.34\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}} $$したがって
$$ u = \frac{4\pi}{3}N\alpha = 4.189\times(3.34\times10^{22})\times(2.9\times10^{-23}) = 4.06 $$$u = 4.06 \gg 1$ である.式 \eqref{eq:19-eps-u} に入れると $\epsilon = \dfrac{1+8.12}{1-4.06} = -2.98$ —— 負の誘電率という無意味な答えが出る.
何が起きたのか.$u>1$ ということは,Clausius–Mossotti の立場では「水は分極カタストロフィを起こしており,室温で強誘電体であるはずだ」ということになる.もちろん水はコップの中でおとなしくしている.
破綻の原因は 19.2.4節の警告そのものである.Lorentz 場 $\frac{4\pi}{3}\PP$ の導出では「空洞の中の双極子がすべて同じ向き」と仮定した.水の場合,隣り合う双極子は水素結合によって互いに平行にそろおうとする傾向があるから(この近接相関を表す Kirkwood 因子は水で $g\simeq2.7$ であり,$g>1$ がまさに平行相関を意味する),この仮定そのものは的外れではない.問題は別のところにある.永久双極子にとって意味を持つのは,双極子にトルクを与えて配向をそろえる場だけである.ところが,自分が周囲に誘起した分極は,場となって自分自身に返ってくるが,その場は自分の双極子と平行なのでトルクを生まず,配向をそろえる働きをいっさい持たない.Lorentz 場はこれをも配向場として数えてしまうから,永久双極子の系では局所場を過大評価してしまうのである.
Onsager(1936)はこれを反応場(reaction field)として定式化し,Kirkwood(1939)は近接分子の相関を $g$ 因子として取り込んだ.Onsager の式
$$ \frac{(\epsilon-n^2)(2\epsilon+n^2)}{\epsilon(n^2+2)^2} = \frac{4\pi}{3}\frac{Np^2}{3k_BT} $$を解くと $\epsilon\simeq30$ となる.負という無意味な答えは回避されたが,実測の $80$ にはまだ届かない.そこで水素結合による近接分子の相関を Kirkwood 因子 $g\simeq2.7$ として取り込む($p^2\to gp^2$)と,$\epsilon\simeq80$ が再現される.∎
教訓.Clausius–Mossotti は「誘起双極子どうしが弱く相互作用する固体」——希ガス固体,イオン結晶,共有結合結晶——ではよく効く.「永久双極子が強く相互作用する液体」では効かない.理論の適用範囲を,破綻の実例とセットで覚えておくのが確実である.
19.3.3 周波数依存性 —— 3つの機構が順に脱落する
物理的意味:図19.2 の階段は「重いものから脱落する」ことを示している
誘電率が周波数とともに階段状に下がるのは,応答が電場についていけなくなった機構が順に「抜けていく」からである.
| 機構 | 動く主体 | 質量の目安 | 特性周波数 | 応答の型 | 温度依存 |
|---|---|---|---|---|---|
| 電子分極 | 電子雲 | $m_e$ | $10^{15}$–$10^{16}\ \mathrm{Hz}$(紫外) | 共鳴 | ほぼなし |
| イオン分極 | イオン | $\sim10^4\,m_e$ | $10^{12}$–$10^{13}\ \mathrm{Hz}$(赤外) | 共鳴 | 弱い |
| 配向分極 | 分子全体の向き | —(回転) | $10^{9}$–$10^{11}\ \mathrm{Hz}$(マイクロ波) | 緩和(Debye) | $\propto1/T$ |
共鳴型と緩和型の違いに注目してほしい.電子とイオンはバネにつながれた振動子なので,固有振動数の近くで $\epsilon'$ が乱高下(分散)し,$\epsilon''$ が鋭いピークを持つ.一方,配向分極は慣性ではなく粘性で決まる緩和過程で,Debye の式
$$ \epsilon(\omega) = \epsilon(\infty) + \frac{\epsilon(0)-\epsilon(\infty)}{1-i\omega\tau} $$に従う.$\epsilon'$ はなめらかに下がるだけで,オーバーシュートしない.
電子レンジがなぜ $2.45\ \mathrm{GHz}$ なのか.室温の水の緩和時間は $\tau\simeq 8\ \mathrm{ps}$ で,$\epsilon''$ のピークは $f = 1/(2\pi\tau)\simeq 20\ \mathrm{GHz}$ にある.$2.45\ \mathrm{GHz}$ はピークよりかなり低い.ピークで加熱すれば効率は最大だが,吸収が強すぎて表面しか温まらない.少しずらすことで,電磁波が食品の内部まで入り込みつつ十分に吸収される——という設計になっている.図19.2 の $\epsilon''$ の山の意味が,台所にまで及んでいるのである.
記号の約束:$\epsilon(0)$ と $\epsilon(\infty)$
本章では,次の2つを繰り返し使う.混同しやすいので,ここで固定しておく.
- $\epsilon(0)$:静的誘電率.すべての機構が効く.格子振動より十分低い周波数($\lesssim10^{11}\ \mathrm{Hz}$)での値.
- $\epsilon(\infty)$:高周波(光学)誘電率.「無限大」といっても電子の共鳴より下の意味で,可視光領域の値である.$\epsilon(\infty) = n^2$.
つまり $\epsilon(\infty)$ は電子分極だけ,$\epsilon(0)$ は電子+イオン(+配向)を含む.$\mathrm{NaCl}$ では $\epsilon(\infty)=2.25$,$\epsilon(0)=5.90$.$\mathrm{BaTiO_3}$ では $\epsilon(\infty)\simeq5.4$,$\epsilon(0)\simeq2000$(室温).この 400倍の差がイオン変位の寄与であり,強誘電体を強誘電体たらしめているものである.
19.4 強誘電体の分類 — 変位型と秩序–無秩序型
19.4.1 第4章の復習 — 誘電体・圧電体・焦電体・強誘電体の階層
定義:4つの言葉の関係
- 誘電体(dielectric):電場をかけると分極する絶縁体.すべての絶縁体がこれ.32点群すべてで可能.
- 圧電体(piezoelectric):応力を加えると分極が生じる.中心対称性がないことが必要条件.21点群(実際に効くのは20点群,$432$ は例外).
- 焦電体(pyroelectric):自発分極 $P_s$ を持ち,温度を変えると $P_s$ が変化して電荷が現れる.極性点群であることが必要条件.10点群のみ.
- 強誘電体(ferroelectric):焦電体のうち,現実的な電場で $P_s$ の向きを反転できるもの.点群だけでは決まらず,実験的な定義である.
包含関係は
$$ \text{誘電体} \supset \text{圧電体} \supset \text{焦電体} \supset \text{強誘電体} $$である.第4章の表で「極性あり」とされた10点群,すなわち
$$ 1,\quad 2,\quad m,\quad mm2,\quad 4,\quad 4mm,\quad 3,\quad 3m,\quad 6,\quad 6mm $$だけが強誘電体になりうる.Schoenflies では $C_1, C_2, C_s, C_{2v}, C_4, C_{4v}, C_3, C_{3v}, C_6, C_{6v}$ ——つまり $C_n$ 型と $C_{nv}$ 型に限られる.
なぜ極性点群は $C_n$ と $C_{nv}$ だけなのか(第4章の再確認)
極性軸とは「すべての対称操作で向きが変わらない軸」である.自発分極 $\bm{P}_s$ をその軸に置けば,群のすべての操作で $\bm{P}_s\to\bm{P}_s$ となり,Neumann の原理と矛盾しない.
逆に,次のどれか1つでもあれば極性は消える.
- 反転中心 $i$:$\bm{P}_s\to-\bm{P}_s$.即座に $\bm{P}_s=0$.
- 主軸に垂直な鏡映面 $\sigma_h$:主軸方向の成分が反転する.
- 主軸に垂直な2回軸 $C_2'$:同じく主軸成分が反転する($D_n$ 型がこれで落ちる).
- 複数の互いに直交する高次軸:立方晶($T$, $O$ など)はこれで落ちる.
- 主軸まわりの回反軸 $\bar{4}$(回映でいえば $S_4$):$S_4$ は $(x,y,z)\to(y,-x,-z)$ のように $z\to-z$ を伴うので,主軸成分が反転する.$\bar{4}$ と $\bar{4}2m$ が非極性なのはこれによる.この項を忘れやすい.$\bar{4}$ は反転中心も鏡映面も主軸に垂直な2回軸も持たず,高次軸も1本だけなので,上の4項目をすべてすり抜けてしまうからである($\bar{3}=S_6$ は反転中心を,$\bar{6}=S_3$ は $\sigma_h$ を含むので,すでに上の項で落ちている).
残るのは,主軸が1本だけで,それに垂直な対称要素も,主軸まわりの回反軸も持たない群——$C_n$ と,主軸を含む鏡映面だけを追加した $C_{nv}$ ——である.$10$ という数は,$n=1,2,3,4,6$ の5通りに $C_n$ と $C_{nv}$ の2通りを掛けて $5\times2=10$ と数えることもできる(ただし $C_{1v}=C_s=m$ と読み替える).
19.4.2 2つの型 —— 変位型と秩序–無秩序型
定義:変位型と秩序–無秩序型
変位型(displacive type):常誘電相では,各原子は高対称な位置にあり,そこが単一のエネルギー極小である.転移点以下でその極小が不安定になり,原子が新しい位置へ連続的にずれる.$\mathrm{BaTiO_3}$, $\mathrm{PbTiO_3}$, $\mathrm{KNbO_3}$, $\mathrm{LiNbO_3}$ など,酸化物のほとんど.ソフトモード(19.6節)が主役.
秩序–無秩序型(order–disorder type):常誘電相でも,局所的には双極子が存在している.ただしそれが2つ(または複数)の等価な向きの間でランダムに分布しているため,平均するとゼロになる.転移点以下で,この分布がそろう.$\mathrm{KH_2PO_4}$(KDP)やロッシェル塩のような水素結合性の結晶に多い.$\mathrm{NaNO_2}$ のように,水素をいっさい含まず,分子イオン($\mathrm{NO_2^-}$)の向きそのものが秩序変数になる例もある.
ただし,この2つは理想化された両極端であって,実在の物質はしばしばその中間にある.また「連続的にずれる」というのは転移が2次である場合の描像であり,$\mathrm{BaTiO_3}$ の立方–正方転移のように1次転移であれば,変位型であっても $P_s$ は転移点で不連続にとぶ(19.7.3節).
物理的意味:見分け方は「常誘電相に双極子があるか」
2つの型は,常誘電相($T>T_c$)の局所構造で区別される.
- 変位型では,$T>T_c$ で $\mathrm{Ti}$ は本当に八面体の中心にいる.図19.3(c) の二重井戸でいえば,$T>T_c$ では井戸が1つ($u=0$ が最小)である.
- 秩序–無秩序型では,$T>T_c$ でも二重井戸のまま,粒子が両方の井戸を熱的に行き来している.時間平均も空間平均もゼロだが,瞬間のスナップショットを撮ればゼロではない.
実験的には,(a) X線・中性子の Bragg 反射では平均構造しか見えないので区別できない,(b) EXAFS や PDF 解析,diffuse 散乱は局所構造を見るので区別できる,(c) ソフトモードが観測されれば変位型,緩和モード(中心ピーク)が支配的なら秩序–無秩序型,という判定になる.
現実は中間である.$\mathrm{BaTiO_3}$ は長く「教科書的な変位型」とされてきたが,1968年の Comes らの diffuse 散乱の実験以来,常誘電相でも $\mathrm{Ti}$ が $\langle111\rangle$ 方向の8つの位置に無秩序に分布しているという「8サイトモデル」が提案され,いまも議論が続いている.典型例とされる物質ほど,細部は難しい——研究の現場ではよくあることである.
| 物質 | 型 | $T_c$ (K) | 強誘電相の空間群 | 点群 | $P_s$ ($\mu\mathrm{C/cm^2}$) |
|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{BaTiO_3}$ | 変位 | 393 | $P4mm$ | $4mm$ | 26(室温) |
| $\mathrm{PbTiO_3}$ | 変位 | 763 | $P4mm$ | $4mm$ | 75 |
| $\mathrm{KNbO_3}$ | 変位 | 708 | $P4mm$ | $4mm$ | 30 |
| $\mathrm{LiNbO_3}$ | 変位 | 1483 | $R3c$ | $3m$ | 71 |
| $\mathrm{LiTaO_3}$ | 変位 | 893 | $R3c$ | $3m$ | 50 |
| $\mathrm{BiFeO_3}$ | 変位(孤立電子対) | 1103 | $R3c$ | $3m$ | $\sim100$($[111]$) |
| $\mathrm{KH_2PO_4}$(KDP) | 秩序–無秩序 | 123 | $Fdd2$ | $mm2$ | 4.75 |
| $\mathrm{KD_2PO_4}$(DKDP) | 秩序–無秩序 | 213 | $Fdd2$ | $mm2$ | 6.2 |
| $\mathrm{NaNO_2}$ | 秩序–無秩序 | 437 | $Im2m$ | $mm2$ | 8 |
| ロッシェル塩 | 秩序–無秩序 | 255–297* | $P2_1$ | $2$ | 0.25 |
| $\mathrm{PVDF}$(高分子) | — | $\sim450$ | $Cm2m$ | $mm2$ | 8 |
| $\mathrm{HfO_2}$ 薄膜 | 変位 | >700 | $Pca2_1$ | $mm2$ | $\sim25$ |
* ロッシェル塩(酒石酸ナトリウムカリウム四水和物)は,$255\ \mathrm{K}$ と $297\ \mathrm{K}$ の2つの Curie 点の間だけが強誘電相という珍しい物質である.1921年に Valasek がこの物質で強誘電性を発見したのが,この分野の始まりである.強誘電性(ferroelectricity)という名も,強磁性(ferromagnetism)との類似から付けられた——鉄(ferrum)は1原子も含まれていない.
また $\mathrm{HfO_2}$ 薄膜の強誘電性は2011年に発見されたもので,既存の半導体プロセスと相性がよいため,$\mathrm{FeRAM}$ の材料として一気に主役に躍り出た.強誘電体の研究はいまも新発見が続いている分野である.
19.4.3 $\mathrm{BaTiO_3}$ の相転移列 —— 群と部分群
| 相 | 温度域 | 空間群 | 点群 | 位数 $h$ | $P_s$ の向き | $P_s$ ($\mu\mathrm{C/cm^2}$) | 分域の種類数 $48/h$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 立方(常誘電) | $T>393\ \mathrm{K}$ | $Pm\bar{3}m$ | $m\bar{3}m$ ($O_h$) | 48 | — | 0 | 1 |
| 正方 | $278$–$393\ \mathrm{K}$ | $P4mm$ | $4mm$ ($C_{4v}$) | 8 | $[001]$ | 26 | 6 |
| 斜方 | $183$–$278\ \mathrm{K}$ | $Amm2$ | $mm2$ ($C_{2v}$) | 4 | $[011]$ | 31 | 12 |
| 菱面体 | $T<183\ \mathrm{K}$ | $R3m$ | $3m$ ($C_{3v}$) | 6 | $[111]$ | 33 | 8 |
導出:分域の種類数は「部分群の指数」である(第6章の Lagrange の定理の応用)
表19.6 の最後の列にある $6, 12, 8$ という数は,どこから来たのか.第6章で学んだ群論の言葉で,これがきれいに説明できる.
ステップ1:低温相の点群は高温相の点群の部分群である.相転移で対称性は下がるだけなので,$H \subset G$,ここで $G = m\bar{3}m$(位数48)である.実際
$$ 4mm \subset m\bar{3}m,\qquad mm2\subset m\bar{3}m,\qquad 3m\subset m\bar{3}m $$である.
ステップ2:$H$ は「$\bm{P}_s$ の向きを変えない操作の集まり」である.正方相を例に取ろう.$\bm{P}_s\parallel[001]$ を不変に保つ $O_h$ の操作は
$$ E,\ 2C_4(z),\ C_2(z),\ 2\sigma_v,\ 2\sigma_d $$の8個で,これがちょうど $C_{4v}=4mm$ である.$[001]$ を $[00\bar{1}]$ に移してしまう操作($i$,$C_2$ の $x$ 軸まわり,$\sigma_h$ など)は,$\bm{P}_s$ の向きを変えるので $H$ には入らない.群論の言葉では,$H$ は $G$ における $\bm{P}_s$ の安定化部分群(stabilizer / little group)である.
ステップ3:等価な向きの数は剰余類の数(=指数)である.$G$ の元 $g$ を $\bm{P}_s$ に作用させると,$\bm{P}_s$ と等価な別の向きが得られる.$g_1$ と $g_2$ が同じ向きを与える条件は $g_1^{-1}g_2\in H$,すなわち $g_1H = g_2H$(同じ左剰余類)である.したがって
これは第6章の Lagrange の定理そのものである.
ステップ4:数を確かめる.
$$ \text{正方相}: \frac{48}{8} = 6 \quad\longleftrightarrow\quad \langle100\rangle\ \text{方向は}\ [\pm100],[0\pm10],[00\pm1]\ \text{の6本} $$ $$ \text{斜方相}: \frac{48}{4} = 12 \quad\longleftrightarrow\quad \langle110\rangle\ \text{方向は12本} $$ $$ \text{菱面体相}: \frac{48}{6} = 8 \quad\longleftrightarrow\quad \langle111\rangle\ \text{方向は8本} $$∎ 群論が,顕微鏡で見える分域の数を予言したのである.正方相の $\mathrm{BaTiO_3}$ を偏光顕微鏡で見ると,$180^\circ$ 分域(分極が真逆)と $90^\circ$ 分域(分極が直交)の2種類の分域壁が観察される.6つの向きのうち,ある向きに対して真逆が1つ,直交が4つ——これが $180^\circ$ 分域壁と $90^\circ$ 分域壁の由来である.
例題19.4 $\mathrm{Ti}$ の変位量から自発分極を見積もる
正方相 $\mathrm{BaTiO_3}$($a=3.99\,\text{Å}$, $c=4.03\,\text{Å}$)で,$\mathrm{Ti^{4+}}$ が酸素八面体の中心から $\delta = 0.12\,\text{Å}$ だけ $c$ 軸方向にずれているとする.$\mathrm{Ti}$ の変位だけを考えて $P_s$ を見積もり,実測 $26\ \mu\mathrm{C/cm^2}$ と比べよ.
解答.単位胞の体積は
$$ V = a^2c = (3.99)^2\times4.03 = 64.2\ \text{Å}^3 = 64.2\times10^{-30}\ \mathrm{m^3} $$形式電荷 $+4e$ の $\mathrm{Ti}$ が $\delta$ だけずれると,単位胞あたりの双極子モーメントは
$$ p = 4e\delta = 4\times(1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C})\times(0.12\times10^{-10}\ \mathrm{m}) = 7.69\times10^{-30}\ \mathrm{C\,m} $$したがって
$$ P_s = \frac{p}{V} = \frac{7.69\times10^{-30}}{64.2\times10^{-30}} = 0.120\ \mathrm{C/m^2} = 12\ \mu\mathrm{C/cm^2} $$実測の半分弱である.∎
足りない分はどこから来るのか.3つある.
- 酸素も動く.$\mathrm{Ti}$ が上へ動くとき,酸素八面体は下へ動く.相対変位は $\mathrm{Ti}$ 単独より大きい.
- $\mathrm{Ba}$ も動く(小さいが寄与する).
- 形式電荷は正しくない.これが最も重要である.$\mathrm{Ti}$–$\mathrm{O}$ 結合には強い共有結合性があり,原子が動くと電子雲がイオンの変位に「引きずられて」余分に流れる.この効果を含めた電荷をBorn の有効電荷(Born effective charge)$Z^*$ という.第一原理計算によると $\mathrm{BaTiO_3}$ では $Z^*(\mathrm{Ti}) \simeq +7.3$,$Z^*(\mathrm{O_\parallel})\simeq-5.7$ であり,形式電荷 $+4$,$-2$ の2倍近い異常な値である.
$Z^*(\mathrm{Ti})=7.3$ を使って再計算すると $P_s = 12\times(7.3/4) = 22\ \mu\mathrm{C/cm^2}$ となり,酸素の寄与を加えれば実測値に届く.$Z^*$ の異常な増大こそが $\mathrm{Ti}$–$\mathrm{O}$ 系の強誘電性の指紋であり,19.9節の $d^0$ 性の議論に直結する.
例題19.5 KDP の同位体効果 —— 秩序–無秩序型の証拠
$\mathrm{KH_2PO_4}$(KDP)の $T_c$ は $123\ \mathrm{K}$,水素を重水素に置き換えた $\mathrm{KD_2PO_4}$(DKDP)では $213\ \mathrm{K}$ である.$T_c$ が $90\ \mathrm{K}$ も,すなわち $73\%$ も上昇する.なぜか.
解答.KDP では,$\mathrm{PO_4}$ 四面体どうしが水素結合 $\mathrm{O\!-\!H\cdots O}$ でつながれている.この水素は,2つの酸素の間の二重井戸ポテンシャルの中にいる.高温では2つの井戸に等確率で分布して平均双極子はゼロ,低温では一方に秩序化して分極が生じる.
ここで効くのが量子トンネル効果である.障壁を通り抜ける確率は,粒子の質量 $M$ に対して
$$ \Gamma \sim \exp\left(-\frac{1}{\hbar}\int\sqrt{2M\left[V(x)-E\right]}\,\dd x\right) \propto \exp(-c\sqrt{M}) $$のように,$\sqrt{M}$ に指数関数的に依存する.$\mathrm{D}$ は $\mathrm{H}$ の2倍重いので $\sqrt{2}=1.41$ 倍だけ指数が大きくなり,トンネル率が桁で落ちる.
トンネルは「2つの井戸を混ぜて秩序を壊す」働きをするので,トンネルが抑えられれば秩序相が安定化し,$T_c$ が上がる.∎
なぜこれが「秩序–無秩序型の証拠」なのか.変位型では,原子はイオンの塊として古典的に動くので,質量が2倍になっても振動数が $1/\sqrt{2}$ になるだけで,$T_c$(エネルギースケール)はほとんど変わらない.実際 $\mathrm{BaTiO_3}$ で $\mathrm{^{16}O}\to\mathrm{^{18}O}$ 置換をしても $T_c$ の変化は数 $\mathrm{K}$ である.$73\%$ もの同位体効果は,量子トンネルする軽い粒子(プロトン)が秩序変数そのものであることの動かぬ証拠である.
なお $\mathrm{SrTiO_3}$ では,$\mathrm{^{16}O}\to\mathrm{^{18}O}$ 置換によって「絶対零度でも強誘電化しない量子常誘電体」が「$T_c\simeq25\ \mathrm{K}$ の強誘電体」に変わることが1999年に発見された(伊藤ら).ゼロ点振動がちょうど転移を押さえ込んでいる絶妙な状況だからこそ,わずかな質量変化が効いたのである.
19.5 分極カタストロフィと Curie–Weiss 則
19.5.1 分母がゼロになるとき
導出:分極カタストロフィ
Clausius–Mossotti の結果 \eqref{eq:19-eps-u} をもう一度見る.
$$ \epsilon = \frac{1+2u}{1-u},\qquad u = \frac{4\pi}{3}N\alpha $$$u$ が $1$ に近づくと,分子は $1+2 = 3$ に近づく一方,分母は $0$ に近づく.したがって
∎ すなわち $u\to1$ で $\epsilon\to\infty$ である.これを分極カタストロフィ(polarization catastrophe)という.(分子の $3$ は本質的でない.「$1-u$ が分母にある」という構造だけが効いている.)
物理的意味:正のフィードバックの暴走
$\epsilon\to\infty$ とは,$E\to0$ でも $P$ が有限に残る,つまり自発分極が生じるということである.式で追うとこうなる.
$P$ があると Lorentz 場 $\frac{4\pi}{3}P$ が生じる.その場が原子を分極させて $\delta P = N\alpha\cdot\frac{4\pi}{3}P = uP$ を生む.それがまた Lorentz 場を作り……と繰り返すと,外部電場なしでの分極は等比級数
$$ P_{\text{tot}} = P_0\left(1 + u + u^2 + u^3+\cdots\right) = \frac{P_0}{1-u} $$になる.$u<1$ なら収束して有限(常誘電体),$u\ge1$ なら発散する(強誘電体).Clausius–Mossotti の分母は,この等比級数の和にほかならない.
言い換えれば,強誘電性とは「双極子どうしが互いを助け合う正のフィードバックが,熱揺らぎと短距離斥力に打ち勝った状態」である.19.6節では,これをフォノンの言葉で言い直す.
19.5.2 Curie–Weiss 則の導出
導出:$\epsilon = \dfrac{C}{T-T_c}$ が出る仕組み
分極率 $\alpha$(あるいは数密度 $N$)は温度に依存する.したがって $u = \frac{4\pi}{3}N\alpha$ も温度の関数 $u(T)$ である.
ステップ1:$u(T)=1$ になる温度を $T_c$ と定義する.ある温度 $T_c$ で $u(T_c)=1$ になったとしよう.
ステップ2:$T_c$ のまわりで Taylor 展開する.$T_c$ の近傍では
$$ u(T) = u(T_c) + \left(\frac{\dd u}{\dd T}\right)_{T_c}(T-T_c) + O\!\left((T-T_c)^2\right) $$$u$ は温度が上がると減る(熱膨張で $N$ が減り,熱揺らぎで整列が壊れる)ので $\dd u/\dd T < 0$ である.そこで正の定数
$$ \beta \equiv -\left(\frac{\dd u}{\dd T}\right)_{T_c} > 0 $$を導入すると,$u(T_c)=1$ を使って
$$ u(T) \simeq 1 - \beta(T-T_c) \qquad\Longrightarrow\qquad 1-u(T) \simeq \beta\,(T-T_c) $$ステップ3:式 \eqref{eq:19-catastrophe} に代入する.
∎ これが Curie–Weiss 則(Curie–Weiss law)である.$C$ を Curie 定数 という.
1次の Taylor 展開しか使っていないことに注目してほしい.Curie–Weiss 則は,$u(T)$ の詳しい形にはよらない.「分母がゼロを横切る」という構造と,「ゼロ点のまわりで滑らかである」という仮定だけから出てくる,きわめて普遍的な結果である.だからこそ,まったく別の機構(19.6節のソフトモード,19.7節の Landau 展開,第20章の Weiss 分子場)からも同じ形が現れる.
例題19.6 $u$ はどれほど精密に $1$ に近づかなければならないか
$\mathrm{BaTiO_3}$ の Curie 定数は $C = 1.7\times10^{5}\ \mathrm{K}$,$T_c=393\ \mathrm{K}$ である(ここでは2次転移とみなし,誘電率が発散する温度 $T_c$ が実際の転移温度に一致するものとする.1次転移における両者の区別は19.7節で扱う).(a) $T-T_c=10\ \mathrm{K}$ での $\epsilon$,(b) $\epsilon=10^4$ を実現するのに必要な $1-u$,(c) $\beta$ の値を求めよ.
解答.
(a) $\epsilon = \dfrac{1.7\times10^5}{10} = 1.7\times10^4$.実測でも転移点直上で $\epsilon\sim10^4$ に達する.
(b) 式 \eqref{eq:19-catastrophe} より
$$ 1-u = \frac{3}{\epsilon} = \frac{3}{10^4} = 3\times10^{-4} $$(c) $\beta = 3/C = 3/(1.7\times10^5) = 1.8\times10^{-5}\ \mathrm{K^{-1}}$.∎
この3つの数字が意味すること.
- $u$ は $1$ から $0.0003$ しかずれていない.つまり $\frac{4\pi}{3}N\alpha$ という量が,$\mathbf{1}$ に対して1万分の3の精度で合っていなければならない.
- $\beta = 1.8\times10^{-5}\ \mathrm{K^{-1}}$ ということは,温度を $1\ \mathrm{K}$ 変えても $u$ は $0.000018$ しか動かない.それでも $\epsilon$ は劇的に変わる.
- $N\alpha$ を第一原理計算で $0.03\%$ の精度で予言することは,事実上不可能である.強誘電性は「大きな量どうしの,ほとんど完全な打ち消し合い」の残りかすであり,これが19.9節で述べる「予言の難しさ」の数量的な正体である.
注意:Clausius–Mossotti は強誘電性の「定量的」説明にはならない
ここまでの議論は,強誘電性がなぜ起こりうるかを美しく説明する.しかし,次の点で不十分である.
- Lorentz 因子 $\frac{4\pi}{3}$ は立方対称サイトにしか使えない.ペロブスカイトの酸素サイトは $4/mmm$ であって立方対称ではない.実際の Lorentz 因子は方向によって異なる.
- $\alpha$ を「原子ごとに決まる定数」として扱うのは近似である.結晶中では $\alpha$ 自体が周囲の構造に依存する.
- 短距離斥力が入っていない.実際には,イオンが動くと電子雲の重なりによる斥力が急激に増える.強誘電転移は「長距離双極子相互作用(分極を促す)」と「短距離斥力(分極を妨げる)」のほぼ完全な釣り合いで決まる.Clausius–Mossotti には後者が入っていない.
正しい枠組みは,19.6節で扱う格子力学(Cochran のソフトモード理論)である.そこでは短距離力と長距離力が明示的に分離され,$\omega_{TO}^2$ という1つの量にまとめられる.Clausius–Mossotti は,そこへ至る道の「最初の見取り図」だと思ってほしい.
19.6 ソフトモードと Lyddane–Sachs–Teller 関係
ここからが本章の理論的な中心である.誘電率という電磁気の量と,フォノン振動数という力学の量が,たった1本の式で結ばれる.そしてその式から,強誘電転移の正体が「あるフォノンが凍りつくこと」だと分かる.
19.6.1 準備 —— 縦波と横波では巨視的な電場が違う
導出:Maxwell 方程式から $\EE_{\mathrm{TO}}=0$,$\EE_{\mathrm{LO}}=-4\pi\PP$
イオン結晶の光学モードでは,正イオンと負イオンが逆向きに動くので,振動そのものが分極波 $\PP\,e^{i(\qq\cdot\rr-\omega t)}$ を作る.この分極が作る巨視的な電場を求めよう.自由電荷はないので Maxwell 方程式は
$$ \nabla\cdot\DD = 0,\qquad \nabla\times\EE = -\frac{1}{c}\frac{\partial\bm{B}}{\partial t} $$平面波 $e^{i\qq\cdot\rr}$ に対して $\nabla\to i\qq$ だから,第1式は
$$ \qq\cdot\DD = 0 $$となる.電束密度は必ず横波である.これがすべての出発点である.
(a) 縦波(LO)の場合:$\PP\parallel\qq$.このとき $\DD = \EE+4\pi\PP$ も $\qq$ に平行になる($\EE$ は $\PP$ が作る場なので $\qq$ 方向を向く).$\qq\cdot\DD=0$ かつ $\DD\parallel\qq$ なら,$\DD$ 自身がゼロでなければならない:
$$ \DD = \EE + 4\pi\PP = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad \boxed{\ \EE_{\mathrm{LO}} = -4\pi\PP\ } $$大きな脱分極場が生じる.物理的には,縦波では正電荷と負電荷が波の進行方向に沿って疎密を作り,その電荷密度波が強い電場を作るからである.
(b) 横波(TO)の場合:$\PP\perp\qq$.このとき $\DD\perp\qq$ となり,$\qq\cdot\DD=0$ は自動的に満たされる.$\DD$ に条件が付かないので,別の式が要る.
第2式(Faraday の法則)を使う.$\qq\times\EE = \dfrac{\omega}{c}\bm{B}$ である.ここで遅延(retardation)を無視する極限,すなわち $cq\gg\omega$ を考えよう.光速 $c$ が音速より圧倒的に大きいので,$q$ が少しでも大きければ($q\gg\omega/c$)この極限は良い近似である.このとき右辺は左辺に比べて無視でき,
$$ \qq\times\EE \simeq 0 \qquad\Longrightarrow\qquad \EE\parallel\qq $$ところが横波モードでは,対称性から $\EE$ は $\PP$ と同じ向き,つまり $\qq$ に垂直でなければならない.$\qq$ に平行かつ垂直であるためには
$$ \boxed{\ \EE_{\mathrm{TO}} = 0\ } $$∎ 横波光学モードには巨視的な電場が伴わない.だから TO モードは「裸のバネ+Lorentz 場」だけで振動する.
($q\to0$ の極限,つまり $cq\sim\omega$ の領域では遅延が効き,光子とフォノンが混成してポラリトンになる.19.6.5節で扱う.)
19.6.2 運動方程式を解いて $\epsilon(\omega)$ を求める
導出:イオン結晶の誘電関数 $\epsilon(\omega)$
2原子からなる単位胞を考える.使う量を先に並べておく.
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| $u = u_+-u_-$ | 単位胞内の正負イオンの相対変位(長さの次元.19.3.1節・19.5節の無次元パラメータ $u=\frac{4\pi}{3}N\alpha$ とは別物である) |
| $\mu$ | 換算質量 |
| $e^*$ | イオンの有効電荷 |
| $\omega_0$ | 短距離力だけによる裸の振動数($\mu\omega_0^2 = $ バネ定数) |
| $\alpha_e$ | 単位胞あたりの電子分極率 |
| $N$ | 単位胞の数密度 |
| $u_e \equiv \frac{4\pi}{3}N\alpha_e$ | 電子分極だけの Clausius–Mossotti パラメータ(無次元.上の相対変位 $u$ の成分ではなく,まったく別の量である) |
| $s \equiv \dfrac{4\pi Ne^{*2}}{3\mu}$ | 長距離双極子相互作用の強さ(振動数の2乗の次元) |
方程式は3本である.
$$ \text{(i)}\quad \mu\ddot{u} = -\mu\omega_0^2 u + e^*E_{\mathrm{loc}} \qquad\text{(イオンの運動方程式)} $$ $$ \text{(ii)}\quad P = N\left(e^*u + \alpha_e E_{\mathrm{loc}}\right) \qquad\text{(分極=イオン変位+電子分極)} $$ $$ \text{(iii)}\quad E_{\mathrm{loc}} = E + \frac{4\pi}{3}P \qquad\text{(Lorentz の局所場)} $$ステップ1:(iii) を (ii) に入れて $P$ を $u$ と $E$ で表す.
$$ P = Ne^*u + N\alpha_e\left(E+\frac{4\pi}{3}P\right) = Ne^*u + N\alpha_e E + u_e P $$(最後の項で $\frac{4\pi}{3}N\alpha_e = u_e$ を使った.)$P$ を左辺に集めて
$$ P(1-u_e) = Ne^*u + N\alpha_e E \qquad\Longrightarrow\qquad P = \frac{Ne^*u + N\alpha_e E}{1-u_e} \tag{$\ast$} $$ステップ2:$E_{\mathrm{loc}}$ を $u$ と $E$ で表す.($\ast$) を (iii) に戻す.
$$ E_{\mathrm{loc}} = E + \frac{4\pi}{3}\cdot\frac{Ne^*u+N\alpha_e E}{1-u_e} = \frac{E(1-u_e) + \frac{4\pi}{3}Ne^*u + \frac{4\pi}{3}N\alpha_e E}{1-u_e} $$分子の $-u_eE$ と $+\frac{4\pi}{3}N\alpha_e E = +u_eE$ がちょうど打ち消し合うので
$$ E_{\mathrm{loc}} = \frac{E + \frac{4\pi}{3}Ne^*u}{1-u_e} $$この簡単化が起こることが,この計算がきれいに進む理由である.
ステップ3:運動方程式に代入する.$u\propto e^{-i\omega t}$ とすると $\ddot{u} = -\omega^2u$ だから (i) は
$$ \mu(\omega_0^2-\omega^2)u = e^*E_{\mathrm{loc}} = \frac{e^*E + \frac{4\pi}{3}Ne^{*2}u}{1-u_e} $$ここで $\frac{4\pi}{3}Ne^{*2} = \mu s$ である($s$ の定義から).両辺に $(1-u_e)$ を掛けて
$$ \mu(\omega_0^2-\omega^2)(1-u_e)\,u = e^*E + \mu s\,u $$$u$ の項をまとめる.
$$ \mu(1-u_e)\left[\omega_0^2-\omega^2 - \frac{s}{1-u_e}\right]u = e^*E $$ここで角括弧の中身に注目してほしい.$E=0$(すなわち TO モード)のとき,自明でない解 $u\neq0$ が存在する条件は角括弧がゼロになることである.したがって
TO 振動数は,裸のバネの振動数より必ず小さい.長距離の双極子相互作用が,復元力を弱める向きに働くからである.この「引き算」こそがソフトモードの種である.
ステップ4:$u$ を $E$ で解く.
$$ u = \frac{e^*E}{\mu(1-u_e)\left(\omega_{TO}^2-\omega^2\right)} $$ステップ5:($\ast$) に戻して $P$ を求める.
$$ P = \frac{Ne^*}{1-u_e}\cdot\frac{e^*E}{\mu(1-u_e)(\omega_{TO}^2-\omega^2)} + \frac{N\alpha_e E}{1-u_e} = \left[\frac{N\alpha_e}{1-u_e} + \frac{Ne^{*2}}{\mu(1-u_e)^2(\omega_{TO}^2-\omega^2)}\right]E $$ステップ6:$\epsilon = 1+4\pi P/E$ を作る.
$$ \epsilon(\omega) = 1 + \frac{4\pi N\alpha_e}{1-u_e} + \frac{4\pi Ne^{*2}}{\mu(1-u_e)^2(\omega_{TO}^2-\omega^2)} $$第1・第2項は,$4\pi N\alpha_e = 3u_e$ を使うと
$$ 1 + \frac{3u_e}{1-u_e} = \frac{(1-u_e)+3u_e}{1-u_e} = \frac{1+2u_e}{1-u_e} $$これは電子分極だけの Clausius–Mossotti 誘電率,すなわち $\epsilon(\infty)$ にほかならない.
第3項は $\frac{4\pi Ne^{*2}}{\mu} = 3s$ を使って書き直せる.まとめると
(最後の等号は,$\omega=0$ と置いた式 $\epsilon(0) = \epsilon(\infty) + \dfrac{3s}{(1-u_e)^2\omega_{TO}^2}$ から,$\dfrac{3s}{(1-u_e)^2} = \left[\epsilon(0)-\epsilon(\infty)\right]\omega_{TO}^2$ を代入しただけである.)∎
19.6.3 Lyddane–Sachs–Teller 関係
定理19.1(Lyddane–Sachs–Teller 関係, 1941)
光学モードが1本しかない結晶では
光学モードが複数ある場合は,その積として一般化される(一般化 LST 関係).
$$ \prod_j \frac{\omega_{LO,j}^2}{\omega_{TO,j}^2} = \frac{\epsilon(0)}{\epsilon(\infty)} $$証明1:LO モードは $\epsilon(\omega)=0$ の解である(1行の証明)
19.6.1節で,縦波光学モードでは $\DD=0$ かつ $\EE\neq0$ であることを見た.ところが $\DD = \epsilon(\omega)\EE$ である.$\EE\neq0$ で $\DD=0$ となるためには
でなければならない.LO 振動数は誘電関数のゼロ点である(ちなみに TO 振動数は極である).
式 \eqref{eq:19-eps-omega} に $\omega=\omega_{LO}$ を代入してゼロと置く.
$$ \epsilon(\infty) + \frac{[\epsilon(0)-\epsilon(\infty)]\omega_{TO}^2}{\omega_{TO}^2-\omega_{LO}^2} = 0 $$両辺に $(\omega_{TO}^2-\omega_{LO}^2)$ を掛けて
$$ \epsilon(\infty)\left(\omega_{TO}^2-\omega_{LO}^2\right) + \left[\epsilon(0)-\epsilon(\infty)\right]\omega_{TO}^2 = 0 $$展開すると
$$ \epsilon(\infty)\omega_{TO}^2 - \epsilon(\infty)\omega_{LO}^2 + \epsilon(0)\omega_{TO}^2 - \epsilon(\infty)\omega_{TO}^2 = 0 $$第1項と第4項が消えて
$$ \epsilon(0)\,\omega_{TO}^2 = \epsilon(\infty)\,\omega_{LO}^2 $$両辺を $\epsilon(\infty)\omega_{TO}^2$ で割れば LST 関係 \eqref{eq:19-LST} が得られる.∎
証明2:LO 振動数を直接計算する(証明1の検算)
証明1は鮮やかだが,$\epsilon(\omega)$ を先に求めておく必要がある.ここでは 19.6.1節の $\EE_{\mathrm{LO}}=-4\pi\PP$ を運動方程式に直接入れて $\omega_{LO}$ を出し,証明1と一致することを確かめる.
局所場を求める.$E = -4\pi P$ を (iii) に入れると
$$ E_{\mathrm{loc}} = -4\pi P + \frac{4\pi}{3}P = -4\pi P\left(1-\frac13\right) = -\frac{8\pi}{3}P $$$P$ を求める.(ii) に代入して
$$ P = Ne^*u + N\alpha_e\left(-\frac{8\pi}{3}P\right) = Ne^*u - 2u_e P $$($\frac{8\pi}{3}N\alpha_e = 2\cdot\frac{4\pi}{3}N\alpha_e = 2u_e$ を使った.)よって
$$ P(1+2u_e) = Ne^*u \qquad\Longrightarrow\qquad P = \frac{Ne^*u}{1+2u_e} $$運動方程式に入れる.
$$ -\mu\omega^2 u = -\mu\omega_0^2 u + e^*\left(-\frac{8\pi}{3}\right)\frac{Ne^*u}{1+2u_e} = -\mu\omega_0^2 u - \frac{8\pi Ne^{*2}}{3(1+2u_e)}u $$$\frac{4\pi Ne^{*2}}{3} = \mu s$ より $\frac{8\pi Ne^{*2}}{3} = 2\mu s$ だから,両辺を $-\mu u$ で割って
TO と符号が逆である.脱分極場が復元力を強めるので,$\omega_{LO}>\omega_{TO}$ となる.これが LO–TO 分裂(LO–TO splitting)である.
比を取る.$\epsilon(0)$ は,静的な全分極率 $\alpha(0) = \alpha_e + \dfrac{e^{*2}}{\mu\omega_0^2}$(19.3.2節の $\alpha_i$)を Clausius–Mossotti に入れたものである.$u_0 \equiv \frac{4\pi}{3}N\alpha(0)$ と置くと
$$ u_0 = u_e + \frac{4\pi Ne^{*2}}{3\mu\omega_0^2} = u_e + \frac{s}{\omega_0^2}, \qquad \epsilon(0) = \frac{1+2u_0}{1-u_0} $$よって
$$ \frac{\epsilon(0)}{\epsilon(\infty)} = \frac{(1+2u_0)/(1-u_0)}{(1+2u_e)/(1-u_e)} = \frac{(1+2u_0)(1-u_e)}{(1-u_0)(1+2u_e)} $$分子と分母を,それぞれ $u_0 = u_e+s/\omega_0^2$ を使って書き直す.
$$ 1+2u_0 = (1+2u_e) + \frac{2s}{\omega_0^2} = (1+2u_e)\left[1 + \frac{2s}{\omega_0^2(1+2u_e)}\right] $$ $$ 1-u_0 = (1-u_e) - \frac{s}{\omega_0^2} = (1-u_e)\left[1 - \frac{s}{\omega_0^2(1-u_e)}\right] $$これらを代入すると,$(1+2u_e)$ と $(1-u_e)$ がすべて約分されて
$$ \frac{\epsilon(0)}{\epsilon(\infty)} = \frac{1+\dfrac{2s}{\omega_0^2(1+2u_e)}}{1-\dfrac{s}{\omega_0^2(1-u_e)}} $$分子・分母に $\omega_0^2$ を掛ける.
$$ \frac{\epsilon(0)}{\epsilon(\infty)} = \frac{\omega_0^2 + \dfrac{2s}{1+2u_e}}{\omega_0^2 - \dfrac{s}{1-u_e}} = \frac{\omega_{LO}^2}{\omega_{TO}^2} $$∎ 式 \eqref{eq:19-wTO} と \eqref{eq:19-wLO} がそのまま現れた.証明1と完全に一致する.
例題19.7 LST 関係を実測値で検証する
次の物質について LST 関係の左辺と右辺を計算し,比較せよ.
| 物質 | $\omega_{TO}$ | $\omega_{LO}$ | $(\omega_{LO}/\omega_{TO})^2$ | $\epsilon(0)$ | $\epsilon(\infty)$ | $\epsilon(0)/\epsilon(\infty)$ | ずれ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{NaCl}$ | 164 | 264 | 2.59 | 5.90 | 2.25 | 2.62 | $1.2\%$ |
| $\mathrm{KBr}$ | 113 | 165 | 2.13 | 4.90 | 2.34 | 2.09 | $1.9\%$ |
| $\mathrm{GaAs}$ | 268 | 292 | 1.187 | 12.9 | 10.9 | 1.183 | $0.3\%$ |
| $\mathrm{Si}$ | 520 | 520 | 1.000 | 11.9 | 11.9 | 1.000 | $0\%$ |
解答と読み取り.いずれも $2\%$ 以内で一致する.導出には「調和振動子」「1本の光学モード」「Lorentz 局所場」というかなり粗い仮定を置いたのに,この精度で成り立つ.じつは LST 関係は,これらの仮定よりずっと一般的な条件(因果律と Kramers–Kronig の関係)だけから証明できることが知られており,それが頑健さの理由である.
$\mathrm{Si}$ の行が重要である.$\mathrm{Si}$ はダイヤモンド構造で,2つの原子が同種であるため有効電荷 $e^*=0$,したがって $s=0$ である.式 \eqref{eq:19-wTO}, \eqref{eq:19-wLO} より $\omega_{TO}=\omega_{LO}=\omega_0$ となり,$\Gamma$ 点で LO と TO が3重に縮退する.同時に $\epsilon(0)=\epsilon(\infty)$(イオン分極がない).LST 関係は $1=1$ という自明な形になる.∎
LO–TO 分裂の大きさは,結晶のイオン性の直接的な尺度である.$\mathrm{Si}$($0\%$)$\to$ $\mathrm{GaAs}$($9\%$)$\to$ $\mathrm{NaCl}$($61\%$)という並びが,共有結合からイオン結合への移り変わりをそのまま表している.
補足:Born の有効電荷 $Z^*$ との関係
式 \eqref{eq:19-eps-omega} で $\omega=0$ と置いた式に $\dfrac{1}{1-u_e}=\dfrac{\epsilon(\infty)+2}{3}$ と $3s = \dfrac{4\pi Ne^{*2}}{\mu}$ を代入すると
$$ \epsilon(0)-\epsilon(\infty) = \frac{4\pi Ne^{*2}}{\mu\,\omega_{TO}^2}\left(\frac{\epsilon(\infty)+2}{3}\right)^2 $$となる.ここで局所場の増強因子をイオンの電荷にくりこんで
$$ Z^*e \equiv e^*\cdot\frac{\epsilon(\infty)+2}{3} $$と定義すると,式は
という簡潔な形になる.$Z^*$ が Born の有効電荷(横有効電荷)である.第一原理計算ではこの $Z^*$ を直接計算する(局所場の効果は自動的に含まれる).
$\mathrm{NaCl}$ で確かめよう.$N=2.23\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}}$,$\mu = 2.32\times10^{-23}\ \mathrm{g}$,$\omega_{TO}=3.09\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$,$e^2 = 2.31\times10^{-19}$ を入れると
$$ \frac{4\pi Ne^2}{\mu\omega_{TO}^2} = \frac{4\pi\times2.23\times10^{22}\times2.31\times10^{-19}}{2.32\times10^{-23}\times(3.09\times10^{13})^2} = \frac{6.47\times10^{4}}{2.21\times10^{4}} = 2.93 $$実測の $\epsilon(0)-\epsilon(\infty) = 5.90-2.25 = 3.65$ と等しいためには
$$ (Z^*)^2 = \frac{3.65}{2.93} = 1.25 \qquad\Longrightarrow\qquad Z^* = 1.12 $$第一原理計算による $\mathrm{NaCl}$ の $Z^*$ は $1.10$ 前後であり,みごとに一致する.裸の有効電荷に直すと $e^* = Z^*e\cdot\frac{3}{\epsilon(\infty)+2} = 1.12\times\frac{3}{4.25}\,e = 0.79\,e$ である.
例題19.4で述べた $\mathrm{BaTiO_3}$ の $Z^*(\mathrm{Ti})\simeq7.3$(形式電荷の1.8倍)が,いかに異常な値であるかが分かるだろう.$\mathrm{NaCl}$ は $1.1$,まっとうなイオン結晶である.$Z^*$ の異常増大は,$\mathrm{Ti}$–$\mathrm{O}$ 間の共有結合性と,変位に伴う電子の大量移動を意味しており,これが強誘電性の微視的な引き金である.
19.6.4 ソフトモードと Cochran の理論
導出:$\epsilon(0)\to\infty$ と $\omega_{TO}\to0$ は同じことである
LST 関係 \eqref{eq:19-LST} を $\epsilon(0)$ について解く.
$\epsilon(\infty)$ も $\omega_{LO}$ も,電子分極と脱分極場で決まる量であって,温度にほとんど依存しない.したがって
$$ \epsilon(0)\to\infty \qquad\Longleftrightarrow\qquad \omega_{TO}\to0 $$∎ 19.5節の分極カタストロフィ($\epsilon\to\infty$)は,格子力学の言葉ではある横波光学モードの振動数がゼロに落ちることにほかならない.振動数がゼロになったモードは,もはや振動せず,その変位パターンで結晶が「凍りつく」.これが ソフトモード(soft mode)である.凍りついた変位パターンが,そのまま低温相の構造になる.
物理的意味:Cochran(1959)の描像 —— 大きな2つの力の引き算
式 \eqref{eq:19-wTO} を,$\frac{1}{1-u_e} = \frac{\epsilon(\infty)+2}{3}$ を使って書き直そう.
ここで $R_0 = \mu\omega_0^2$ は,電子雲の重なりによる短距離斥力からくる復元力(イオンを元の位置に戻そうとする)である.第2項は,双極子どうしの長距離相互作用(イオンをさらにずらそうとする)である.
この2つは,それぞれ単独ではきわめて大きい.ペロブスカイトでは,どちらも $\hbar\omega\sim400\ \mathrm{cm^{-1}}$ 相当のエネルギースケールを持つ.ところが $\mathrm{BaTiO_3}$ の $T_c$ 直上でのソフトモード振動数は $\omega_{TO}\sim30\ \mathrm{cm^{-1}}$ である.$\omega^2$ で比べると
$$ \frac{\omega_{TO}^2}{\omega_0^2} \sim \left(\frac{30}{400}\right)^2 \simeq 0.6\% $$2つの大きな項が,$99\%$ 以上打ち消し合った残りが,強誘電転移を決めているのである.19.5節の例題19.6で見た「$u$ が $1$ に $0.03\%$ の精度で一致していなければならない」という結論と,まったく同じ事情である.
温度依存性はどこから来るか.熱膨張で $N$ が減れば第2項が減り,非調和効果で $R_0$ が変われば第1項が変わる.これらはどちらも $1\%/100\ \mathrm{K}$ 程度の小さな変化だが,$99\%$ の打ち消し合いの上ではそれで十分なのである.
定義:Cochran 則
$\mu\omega_{TO}^2$ が転移点 $T_c$ で符号を変えるとすると,$T_c$ 近傍での最も単純な振る舞いは線形である.
これを Cochran 則 という.式 \eqref{eq:19-eps0-LST} と組み合わせると
$$ \epsilon(0) = \frac{\epsilon(\infty)\,\omega_{LO}^2}{A(T-T_c)} = \frac{C}{T-T_c}, \qquad C = \frac{\epsilon(\infty)\omega_{LO}^2}{A} $$——Curie–Weiss 則が,格子力学から再び出てきた.19.5節では Clausius–Mossotti の分母から,ここではフォノン振動数から.同じ結論に2つの独立な道から到達したことになる.
例題19.8 $\mathrm{SrTiO_3}$ で LST 関係を温度の関数として検証する
$\mathrm{SrTiO_3}$ は「量子常誘電体」と呼ばれ,冷やしていくとソフトモードが下がり $\epsilon(0)$ が巨大になるが,ゼロ点振動のために絶対零度でも強誘電転移しない.実測値は
| $T$ (K) | ソフトモード $\omega_{TO}$ ($\mathrm{cm^{-1}}$) | $\epsilon(0)$ | $\epsilon(0)\,\omega_{TO}^2$ |
|---|---|---|---|
| 300 | 91 | 310 | $2.57\times10^{6}$ |
| 90 | 42 | 1500 | $2.65\times10^{6}$ |
| 4 | 11 | $2.0\times10^{4}$ | $2.42\times10^{6}$ |
$\epsilon(0)\,\omega_{TO}^2$ が一定であるかを確かめ,その意味を述べよ.
解答.表の最右列を見ると,温度が $300\ \mathrm{K}$ から $4\ \mathrm{K}$ まで変わり,$\epsilon(0)$ が $65$ 倍,$\omega_{TO}^2$ が $1/68$ になっているにもかかわらず,積は $2.4$–$2.7\times10^6$ の範囲に収まっている.ばらつきは $5\%$ 程度である.
LST 関係 $\epsilon(0)\omega_{TO}^2 = \epsilon(\infty)\omega_{LO}^2$ の右辺は温度によらない量なので,これは LST 関係が65倍にわたる誘電率の変化を通じて成り立っていることを意味する.∎
ちなみに Cochran 則 $\omega_{TO}^2 = A(T-T_c)$ を上の3点にあてはめると $T_c\simeq30\ \mathrm{K}$ 程度が得られる.しかし実際には $T\lesssim40\ \mathrm{K}$ で $\omega_{TO}$ の低下が飽和し,転移は起こらない.ゼロ点振動が最後の一押しを妨げているのである.例題19.5で触れた $\mathrm{^{18}O}$ 置換は,この飽和を破って転移を起こさせる操作にほかならない.
19.6.5 ポラリトン —— 光とフォノンの混成
導出:ポラリトン分散と Reststrahlen 帯
19.6.1節で TO モードの巨視的電場を $0$ としたのは,遅延を無視する($cq\gg\omega$)近似のもとでの話だった.$q\to0$ ではこの近似が破れ,光と TO フォノンが混ざり合う.この混成励起をポラリトン(polariton)という.
電磁波の分散関係は,屈折率 $n=\sqrt{\epsilon}$ を使って
$$ c^2q^2 = \epsilon(\omega)\,\omega^2 $$である.ここに式 \eqref{eq:19-eps-omega} を代入すると
$$ c^2q^2 = \left[\epsilon(\infty) + \frac{(\epsilon(0)-\epsilon(\infty))\omega_{TO}^2}{\omega_{TO}^2-\omega^2}\right]\omega^2 $$両辺に $(\omega_{TO}^2-\omega^2)$ を掛けて整理すると,$\omega^2$ の2次方程式になる.
$$ \epsilon(\infty)\,\omega^4 - \left[\epsilon(\infty)\omega_{LO}^2 + c^2q^2\right]\omega^2 + c^2q^2\,\omega_{TO}^2 = 0 $$(LST 関係 $\epsilon(0)\omega_{TO}^2 = \epsilon(\infty)\omega_{LO}^2$ を使って係数を整理した.)解は2つあり,それが図19.4(a) の2本の枝である.極限を調べよう.
| 極限 | 下枝 | 上枝 |
|---|---|---|
| $q\to0$ | $\omega\to \dfrac{cq}{\sqrt{\epsilon(0)}}$(光子) | $\omega\to\omega_{LO}$(LO フォノン) |
| $q\to\infty$ | $\omega\to\omega_{TO}$(TO フォノン) | $\omega\to\dfrac{cq}{\sqrt{\epsilon(\infty)}}$(光子) |
∎ 枝が入れ替わっている.$q$ が小さいところで「光子」だった下枝は,$q$ が大きいところでは「TO フォノン」になる.上枝はその逆である.混成の常として,2つの枝は交差せずに反発する.
$q\to0$ で下枝の傾きが $c/\sqrt{\epsilon(0)}$ になることに注目してほしい.これはまさに「静的誘電率で決まる媒質中の光速」であり,当たり前の結果が出ている.
物理的意味:Reststrahlen(残留線)—— なぜイオン結晶は赤外を完全反射するか
$\omega_{TO}<\omega<\omega_{LO}$ の範囲では,式 \eqref{eq:19-eps-omega} の分母 $\omega_{TO}^2-\omega^2$ が負になり,$\epsilon(\omega)<0$ になる.そのとき
$$ c^2q^2 = \epsilon(\omega)\omega^2 < 0 \qquad\Longrightarrow\qquad q\ \text{は純虚数} $$である.つまりこの周波数帯では電磁波が結晶中を伝播できない.外から入射した光は指数関数的に減衰し(エバネッセント波),エネルギーは吸収されずに全反射される.この帯を Reststrahlen 帯(残留線帯, reststrahlen band)という.図19.4(a) で2本の枝の間にぽっかり空いた「禁止帯」がこれである.
名前の由来は $19$ 世紀末の実験にある.Rubens らは,白熱光をイオン結晶の板で何度も反射させると,反射のたびに Reststrahlen 帯以外の成分が失われ,最後にはこの帯の光だけが「残る」ことを見出した.当時,単色の遠赤外線を得るほとんど唯一の方法であり,Planck が黒体放射の式を作る際の実験データは,この方法で得られたものである.
$\mathrm{NaCl}$ では $\omega_{TO}=164\ \mathrm{cm^{-1}}$,$\omega_{LO}=264\ \mathrm{cm^{-1}}$ なので,波長にして $61\ \mu\mathrm{m}$ から $38\ \mu\mathrm{m}$ の帯である.$\mathrm{KBr}$ ならさらに長波長側になる.結晶を選ぶことで,遠赤外の「色フィルター」を作れる——これが Reststrahlen 法の原理である.
19.6.6 第11章との接続 —— ソフトモードは何の既約表現か
群論で見るソフトモード:ペロブスカイト $Pm\bar{3}m$ の $\Gamma$ 点フォノン
第11章で,空間群の表現から $\Gamma$ 点($\kk=0$)のフォノンを既約表現に分類する方法を学んだ.立方ペロブスカイト $\mathrm{ABO_3}$($Pm\bar{3}m$)は単位胞に5原子を含むので,$3\times5=15$ 本の振動モードがある.標準的な結果は
である($4\times3+3 = 15$ ✓).内訳は次のとおり.
| 既約表現 | 本数 | 性質 | 物理的な中身 |
|---|---|---|---|
| $T_{1u}$ | 1組 | 音響モード | 結晶全体の平行移動($\omega=0$) |
| $T_{1u}$ | 3組 | 赤外活性 | 最低の1本がソフトモード(Slater モード:$\mathrm{Ti}$ 対 $\mathrm{O_6}$ 八面体) |
| $T_{2u}$ | 1組 | サイレント(不活性) | 酸素八面体のねじれ.赤外にも Raman にも出ない |
なぜ $T_{1u}$ なのか.第9章・第10章で見たように,$O_h$ の指標表で $(x,y,z)$ が張る既約表現が $T_{1u}$ である.分極 $\PP$ は極性ベクトルなので,やはり $T_{1u}$ に属する.分極を生むモードは $T_{1u}$ でなければならない——これは群論が課す絶対的な制約である.実際,赤外活性なのも $T_{1u}$ の3本だけであり,Raman 活性なモードは(立方相では)1本もない($O_h$ は中心対称なので相互排除則が働く.第10章参照).
転移で何が起こるか.$T_{1u}$ の1本がソフト化して凍りつくと,$P_z\neq0$ の構造が実現する.すると点群は $O_h$ から,$z$ 軸方向のベクトルを保つ部分群 $C_{4v}=4mm$ に下がる.第10章の相関図(correlation diagram,10.3節)を使うと
$$ T_{1u}\ (O_h) \;\longrightarrow\; A_1 \oplus E\ (C_{4v}) $$と分裂する.$A_1$($z$ 方向の振動)が分極方向のモード,$E$($x,y$ 方向)が横方向のモードである.$C_{4v}$ は中心対称でないので相互排除則が消える.ただし「中心対称でなければ必ず両方活性」とは言えない(相互排除則の逆は成り立たない.演習10.3 のヒント参照)ので,実際に数えておこう.$C_{4v}$ で2次形式を張るのは $A_1$($x^2+y^2,\ z^2$),$B_1$($x^2-y^2$),$B_2$($xy$),$E$($xz,yz$)で,Raman 不活性な既約表現は $A_2$ だけである.一方,正方相のモードは $T_{1u}\to A_1\oplus E$,$T_{2u}\to B_1\oplus E$ から $4A_1\oplus B_1\oplus 5E$(音響の $A_1\oplus E$ を除けば光学モードは $3A_1\oplus B_1\oplus 4E$)となり,$A_2$ が1本も現れない.したがって正方相では光学モードがすべて Raman 活性になる.実験で「$T_c$ を下回った瞬間に Raman スペクトルにピークが一斉に現れる」のは,この対称性低下の直接的な現れである.
Landau 理論との接続.秩序変数 $\PP$ は $T_{1u}$($\Gamma_4^-$)に属する.$T_{1u}$ は反転に対して奇($u$)なので,$T_{1u}\otimes T_{1u}\otimes T_{1u}$ には全対称表現 $A_{1g}$ が含まれない.したがって自由エネルギーに3次の項 $P^3$ は対称性から禁止される.次節の Landau 展開が $P^2, P^4, P^6$ の偶数次だけからなるのは,この群論的な理由による.
19.7 Landau 自由エネルギー展開と相転移の次数
ここまでは微視的な模型(分極率,バネ,局所場)から出発した.本節では逆に,微視的な詳細をいっさい問わず,対称性だけを頼りに相転移を記述する.これが Landau の現象論である.係数の値は実験から決めるが,係数の符号が転移の性格を決めてしまう,というのが要点である.
19.7.1 展開の作り方
定義:秩序変数と Landau 展開
相転移の前後で $0$ から有限値に変わる量を秩序変数(order parameter)という.強誘電転移では自発分極 $P$ がそれである.
Landau の仮定はただ一つ,「転移点の近くでは $P$ が小さいので,自由エネルギーを $P$ のべきで展開できる」ことである.電場 $E$ を加えた系の自由エネルギー(正確には Gibbs 型のポテンシャル)は
と書ける.係数の前の $\frac12,\frac14,\frac16$ は,微分したとき $g_2P + g_4P^3+g_6P^5$ ときれいになるように付けた約束である.
なぜ奇数次の項がないのか
2つの理由から言える.
(1) 対称性から.常誘電相は中心対称($\mathrm{BaTiO_3}$ なら $m\bar{3}m$)なので,$P\to-P$ の操作は結晶の対称操作である.自由エネルギーは対称操作で不変でなければならない(Neumann の原理,第4章).$E=0$ のとき
$$ F(P) = F(-P) $$が要求され,奇数次の項 $P, P^3, P^5$ はすべて禁止される.19.6.6節で群論的に述べたこと——$T_{1u}\otimes T_{1u}\otimes T_{1u}$ に $A_{1g}$ が含まれない——と同じ内容である.
(2) 物理的に.$P^3$ の項があれば,$+P$ と $-P$ のどちらか一方だけが安定になってしまう.これは「分域が2種類できて,電場で反転できる」という強誘電体の性質と矛盾する.
$-EP$ の項は,外場が対称性を破っているので当然あってよい.この項があるおかげでヒステリシスループが描ける.
Landau の第2の仮定:$g_2$ だけが温度に依存する
すべての係数が温度に依存するはずだが,転移を起こすには少なくとも1つが符号を変える必要がある.最も単純に,$g_2$ だけが $T_0$ で符号を変え,しかもそこで線形だとする.
$g_4$, $g_6$ は温度によらない定数とする($g_6>0$ は,$P\to\pm\infty$ で $F\to+\infty$ となって系が安定であるために必要).
$T_0$ を Curie–Weiss 温度と呼ぶ.これが実際の転移温度 $T_c$ と一致するかどうかが,次の2つの節の主題である.
導出:状態方程式と感受率(両方の場合に共通の準備)
平衡状態は $F$ を最小にする $P$ で与えられる.極値条件は
$$ \frac{\partial F}{\partial P} = g_2P + g_4P^3 + g_6P^5 - E = 0 $$すなわち
これが状態方程式である.極小であるためには,さらに
$$ \frac{\partial^2 F}{\partial P^2} = g_2 + 3g_4P^2+5g_6P^4 > 0 $$が要る(安定性条件).
感受率は,式 \eqref{eq:19-state-eq} の両辺を $E$ で微分して得られる.
$$ 1 = \left(g_2 + 3g_4P^2+5g_6P^4\right)\frac{\dd P}{\dd E} $$したがって
∎ 逆感受率は自由エネルギーの曲率そのものである.だから「$\chi^{-1}\to0$」と「$F$ の底が平らになる」は同じことである.この一言が Landau 理論の核心といってよい.
19.7.2 $g_4>0$ の場合 —— 2次転移
導出:2次転移の完全解
$g_4>0$ のとき,$P^6$ の項は小さい $P$ では効かないので落としてよい($g_6=0$ と置く).
$$ F = F_0 + \frac12\gamma(T-T_0)P^2 + \frac14 g_4P^4 - EP $$ステップ1:$E=0$ での平衡分極を求める.状態方程式は
$$ 0 = g_2P+g_4P^3 = P\left(g_2+g_4P^2\right) $$したがって解は
$$ P = 0 \qquad\text{または}\qquad P^2 = -\frac{g_2}{g_4} = \frac{\gamma(T_0-T)}{g_4} $$後者は $T<T_0$ でのみ実数解を持つ.よって
$P_s$ は $T_0$ でゼロから連続的に立ち上がる.臨界指数(慣用的に $\beta$ と書かれる量で,19.5.2節の展開係数 $\beta$ とは別物である)は $1/2$,すなわち平均場の値をとる.
ステップ2:どちらの解が安定か調べる.安定性条件 $g_2+3g_4P^2>0$ を使う.
- $P=0$ の解:$\left.\dfrac{\partial^2F}{\partial P^2}\right|_{P=0} = g_2 = \gamma(T-T_0)$.$T>T_0$ で正(安定),$T<T_0$ で負(不安定).
- $P=P_s$ の解:$P_s^2 = -g_2/g_4$ を代入して $$ g_2 + 3g_4\left(-\frac{g_2}{g_4}\right) = g_2-3g_2 = -2g_2 = 2\gamma(T_0-T) > 0 \quad(T<T_0) $$ つまり $T<T_0$ で安定.
安定な解がちょうど $T_0$ で入れ替わる.$T_c = T_0$ である.
ステップ3:感受率を計算する.式 \eqref{eq:19-chi-landau} に $g_6=0$ を入れる.
常誘電相($T>T_0$,$P=0$):
$$ \chi^{-1} = g_2 = \gamma(T-T_0) $$強誘電相($T<T_0$,$P^2=-g_2/g_4$):
$$ \chi^{-1} = g_2+3g_4\left(-\frac{g_2}{g_4}\right) = -2g_2 = 2\gamma(T_0-T) $$したがって
∎ $\chi^{-1}$ 対 $T$ のグラフは $T_0$ で V 字に折れ,その傾きの比は(高温側):(低温側)$=1:2$ に正確に決まる.誘電率でいえば
$$ \epsilon \simeq 4\pi\chi = \frac{4\pi/\gamma}{T-T_0} = \frac{C}{T-T_0}\quad(T>T_0), \qquad \epsilon \simeq \frac{C/2}{T_0-T}\quad(T<T_0) $$つまり低温側の Curie 定数は高温側のちょうど半分になる.これは実験で確認できる,2次転移の明快な指紋である.
なぜ「2倍」が出るのか — 直観的な説明
常誘電相では,$F$ の底は $P=0$ にある1つの放物線で,その曲率が $g_2$ である.
強誘電相では,$P=\pm P_s$ に2つの底があり,その底での曲率は,単に $g_2$ の符号を変えたものではない.$P^4$ の項が「壁」として効くため,底はより鋭くなる.実際に計算すると $-2g_2$,すなわち $\abs{g_2}$ の2倍である.
もっと形式的にいえば,$T_0$ の上下で「同じ $\abs{T-T_0}$ だけ離れた点」を比べると,上では 1つの放物線の曲率,下では 2つの井戸の底の曲率で,後者が2倍になる.$\frac14 g_4P^4$ という4次の壁が,井戸を2倍の急さで閉じ込めるからである.
導出:比熱の跳び(2次転移の熱力学的な指紋)
$T<T_0$ での平衡自由エネルギーを求める.$P_s^2 = -g_2/g_4$ を式 \eqref{eq:19-landau}($E=0$,$g_6=0$)に代入すると
$$ F - F_0 = \frac12 g_2\left(-\frac{g_2}{g_4}\right) + \frac14 g_4\frac{g_2^2}{g_4^2} = -\frac{g_2^2}{2g_4} + \frac{g_2^2}{4g_4} = -\frac{g_2^2}{4g_4} = -\frac{\gamma^2(T-T_0)^2}{4g_4} $$エントロピーの変化は $\Delta S = -\partial(\Delta F)/\partial T$ より
$$ \Delta S = -\frac{\partial}{\partial T}\left[-\frac{\gamma^2(T-T_0)^2}{4g_4}\right] = \frac{\gamma^2}{4g_4}\cdot2(T-T_0) = -\frac{\gamma^2(T_0-T)}{2g_4} $$$T<T_0$ で $\Delta S<0$,つまり強誘電相のほうがエントロピーが低い(秩序相なので当然).しかも $T\to T_0$ で $\Delta S\to0$ となり,転移点で潜熱がない——これが「2次」転移という名の由来である.
比熱は $C_P = T\,\partial S/\partial T$ だから
∎ 比熱は $T_0$ で有限のとびを示す(発散はしない).$T_0$ のすぐ上では $\Delta C_P=0$,すぐ下では $\gamma^2T_0/2g_4$ である.自由エネルギーの2階微分が不連続になるので,Ehrenfest の分類でいう「2次相転移」である.
19.7.3 $g_4<0$ の場合 —— 1次転移
導出:1次転移の完全解($g_4<0$, $g_6>0$)
$g_4<0$ のときは $P^4$ の項が $P$ を大きくする向きに働くので,$P^6$ の項がないと $F$ が下に発散してしまう.$g_6>0$ が必須である.$g_4 = -\abs{g_4}$ と書く.
$$ F = F_0 + \frac12 g_2P^2 - \frac14\abs{g_4}P^4 + \frac16 g_6P^6 $$ステップ1:極値を求める.$E=0$ での状態方程式は
$$ 0 = g_2P - \abs{g_4}P^3+g_6P^5 = P\left(g_2-\abs{g_4}P^2+g_6P^4\right) $$$P=0$ 以外の解は,$x\equiv P^2$ についての2次方程式
$$ g_6x^2 - \abs{g_4}x + g_2 = 0 $$を解いて
実数解が存在するのは判別式が非負,つまり
$$ g_4^2 - 4g_2g_6 \ge 0 \qquad\Longleftrightarrow\qquad g_2 \le \frac{g_4^2}{4g_6} \qquad\Longleftrightarrow\qquad T \le T_1 \equiv T_0 + \frac{g_4^2}{4\gamma g_6} $$$T_1$ より上では $P\neq0$ の極値は存在しない.$T_1$ を過熱の限界という.
ステップ2:転移温度 $T_c$ を求める.1次転移では,$P=0$ の極小と $P=\pm P_s$ の極小が同じ高さになった温度で転移が起こる.条件は2つである.
$$ \text{(a)}\quad F(P_s) = F(0):\qquad \frac12 g_2P_s^2 - \frac14\abs{g_4}P_s^4+\frac16 g_6P_s^6 = 0 $$ $$ \text{(b)}\quad \left.\frac{\partial F}{\partial P}\right|_{P_s}=0:\qquad g_2 - \abs{g_4}P_s^2+g_6P_s^4 = 0 $$(a) を $P_s^2$($\neq0$)で割り,さらに $12$ を掛けると
$$ 6g_2 - 3\abs{g_4}P_s^2 + 2g_6P_s^4 = 0 \tag{a$'$} $$(b) から $g_6P_s^4 = \abs{g_4}P_s^2 - g_2$ である.これを (a$'$) に代入する.
$$ 6g_2 - 3\abs{g_4}P_s^2 + 2\left(\abs{g_4}P_s^2-g_2\right) = 0 $$ $$ 6g_2 - 3\abs{g_4}P_s^2 + 2\abs{g_4}P_s^2 - 2g_2 = 0 $$ $$ 4g_2 - \abs{g_4}P_s^2 = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad P_s^2 = \frac{4g_2}{\abs{g_4}} \tag{c} $$(c) を (b) に戻す.
$$ g_2 - \abs{g_4}\cdot\frac{4g_2}{\abs{g_4}} + g_6\cdot\frac{16g_2^2}{g_4^2} = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad g_2 - 4g_2 + \frac{16g_6g_2^2}{g_4^2} = 0 $$ $$ g_2\left(-3+\frac{16g_6g_2}{g_4^2}\right)=0 $$$g_2\neq0$ の解を取ると
$T_c > T_0$ である.実際の転移は,$P=0$ が不安定になる温度 $T_0$ より高い温度で起こってしまう.
ステップ3:$T_c$ での自発分極を求める.(c) に $g_2(T_c)$ を代入すると
∎ $P_s$ は転移点でゼロから有限の値へ不連続にとぶ.これが1次転移である.
ステップ4:3つの温度を並べる.
$$ T_0 \;<\; T_c = T_0+\frac{3g_4^2}{16\gamma g_6} \;<\; T_1 = T_0+\frac{g_4^2}{4\gamma g_6} $$($\frac{3}{16}=0.1875 < \frac14 = 0.25$ だから $T_c<T_1$ である.)
| 温度 | 意味 | $P=0$ 状態 | $P=\pm P_s$ 状態 |
|---|---|---|---|
| $T>T_1$ | — | 唯一の極小 | 存在しない |
| $T=T_1$ | 過熱の限界 | 安定 | 変曲点として発生 |
| $T_c<T<T_1$ | — | 安定 | 準安定 |
| $T=T_c$ | 転移点 | 安定 | 安定(同じ高さ) |
| $T_0<T<T_c$ | — | 準安定 | 安定 |
| $T=T_0$ | 過冷却の限界 | 不安定化 | 安定 |
| $T<T_0$ | — | 極大(不安定) | 唯一の極小 |
$T_0<T<T_1$ の範囲では,2つの状態がともに $F$ の局所極小として存在する.ただし,両者の自由エネルギーが等しくなって熱力学的な意味で2相が共存するのは $T=T_c$ のただ1点であり,それ以外の温度では一方が安定相,他方が準安定相である.この準安定性が熱ヒステリシス(thermal hysteresis)を生む.冷却してくると,系は $T_c$ を下回っても準安定な $P=0$ に留まりうる(過冷却).加熱してくると,$T_c$ を上回っても $P\neq0$ に留まりうる(過熱).昇温と降温で転移温度がずれる——これは1次転移の決定的な証拠である.
導出:潜熱と,$\chi^{-1}$ のとび
潜熱.$T_c$ での2相のエントロピー差は,$F$ の温度依存が $g_2 = \gamma(T-T_0)$ からのみ来るので
$$ \Delta S = -\frac{\partial}{\partial T}\left(\frac12 g_2 P_s^2\right) = -\frac12\gamma P_s^2 $$($P_s$ の温度依存は,平衡条件 $\partial F/\partial P=0$ のおかげで寄与しない——包絡線定理).したがって潜熱は
2次転移では $P_s(T_c)=0$ なので $L=0$,1次転移では $P_s(T_c)\neq0$ なので $L\neq0$.「潜熱があるかないか」が,1次と2次を分ける熱力学的な定義そのものである.
$\chi^{-1}$ のとび.$T_c$ の直上($P=0$)では
$$ \chi^{-1}(T_c^+) = g_2(T_c) = \gamma(T_c-T_0) $$$T_c$ の直下($P=P_s$)では,式 \eqref{eq:19-chi-landau} に (b) と (c) を使って
$$ \chi^{-1}(T_c^-) = g_2 - 3\abs{g_4}P_s^2+5g_6P_s^4 $$$g_6P_s^4 = \abs{g_4}P_s^2-g_2$(式 (b))と $\abs{g_4}P_s^2 = 4g_2$(式 (c))を代入すると
$$ = g_2 - 3(4g_2) + 5\left(4g_2 - g_2\right) = g_2 - 12g_2 + 15g_2 = 4g_2 $$∎ したがって
1次転移では,$\chi^{-1}$ は $T_c$ でゼロにならず,$\gamma(T_c-T_0)$ から $4\gamma(T_c-T_0)$ へ跳ぶ.2次転移で $\chi^{-1}$ が $T_c$ でゼロを通り,傾きが(高温側):(低温側)$=1:2$ に折れたのと対照的である.
実験的な使い方.$T>T_c$ の $\chi^{-1}$ のデータを直線でフィットし,$\chi^{-1}=0$ となる温度に外挿する.それが $T_0$ である.$T_0 = T_c$ なら2次転移,$T_0 < T_c$ なら1次転移.$\mathrm{BaTiO_3}$ では $T_c-T_0\simeq10\ \mathrm{K}$ で,明らかに1次転移である.
例題19.9 $\mathrm{BaTiO_3}$ の Landau 係数と潜熱
$\mathrm{BaTiO_3}$ について,実験値 $C = 1.7\times10^{5}\ \mathrm{K}$(Curie 定数),$T_c=393\ \mathrm{K}$,$T_0=383\ \mathrm{K}$,$P_s(T_c)=18\ \mu\mathrm{C/cm^2}$ が与えられている.Gauss 単位系で $\gamma$,$\abs{g_4}$,$g_6$ を求め,さらに転移の潜熱を $\mathrm{J/mol}$ 単位で見積もれ.密度 $\rho=6.02\ \mathrm{g/cm^3}$,式量 $M=233.2$.
解答.ステップ1:$\gamma$.$T>T_c$ で $\chi^{-1}=g_2=\gamma(T-T_0)$,また $\epsilon\simeq4\pi\chi = C/(T-T_0)$ だから
$$ \gamma = \frac{4\pi}{C} = \frac{12.566}{1.7\times10^5} = 7.39\times10^{-5} $$ステップ2:$P_s$ を Gauss 単位に直す.$1\ \mathrm{C}=2.998\times10^9\ \mathrm{esu}$ だから
$$ P_s = 18\times10^{-6}\ \mathrm{C/cm^2} \times 2.998\times10^9 = 5.40\times10^{4}\ \mathrm{esu/cm^2} $$ $$ P_s^2 = 2.92\times10^{9} $$ステップ3:$\abs{g_4}$.式 \eqref{eq:19-Tc-1st} と \eqref{eq:19-Ps-jump} から $\abs{g_4}$ を消去する.まず (c) より $\abs{g_4}P_s^2 = 4g_2(T_c) = 4\gamma(T_c-T_0)$.したがって
$$ \abs{g_4} = \frac{4\gamma(T_c-T_0)}{P_s^2} = \frac{4\times(7.39\times10^{-5})\times10}{2.92\times10^{9}} = \frac{2.96\times10^{-3}}{2.92\times10^{9}} = 1.01\times10^{-12} $$ステップ4:$g_6$.式 \eqref{eq:19-Ps-jump} $P_s^2 = \dfrac{3\abs{g_4}}{4g_6}$ より
$$ g_6 = \frac{3\abs{g_4}}{4P_s^2} = \frac{3\times1.01\times10^{-12}}{4\times2.92\times10^{9}} = 2.60\times10^{-22} $$ステップ5:潜熱.式 \eqref{eq:19-latent} より,単位体積あたりで
$$ L = \frac12\gamma T_cP_s^2 = \frac12\times(7.39\times10^{-5})\times393\times(2.92\times10^{9}) = 4.24\times10^{7}\ \mathrm{erg/cm^3} $$$1\ \mathrm{erg}=10^{-7}\ \mathrm{J}$ より $L = 4.24\ \mathrm{J/cm^3}$.モル体積は $V_m = M/\rho = 233.2/6.02 = 38.7\ \mathrm{cm^3/mol}$ だから
$$ L = 4.24\times38.7 = 1.6\times10^{2}\ \mathrm{J/mol} $$∎ 実測の潜熱は約 $200\ \mathrm{J/mol}$ であり,係数を1つも合わせ込まずに,桁どころか係数まで合っている.現象論の威力である.
ついでにエントロピー変化は $\Delta S = L/T_c = 160/393 = 0.41\ \mathrm{J/(mol\,K)}$.これは $R\ln2 = 5.76\ \mathrm{J/(mol\,K)}$ の $7\%$ ほどでしかない.秩序–無秩序型なら $\Delta S\simeq R\ln2$(2つの向きが1つに決まる)に近い値が出るはずである.$\mathrm{BaTiO_3}$ の小さな $\Delta S$ は,この転移が変位型に近いことを裏づけている.
補足:$\mathrm{BaTiO_3}$ の3段階の相転移はどこから出るのか — Devonshire 理論
ここまでは $P$ をスカラーとして扱ったが,立方晶では $\PP=(P_x,P_y,P_z)$ は3成分ベクトルである.$m\bar{3}m$ で許される4次の不変量は2つある.
$$ \left(P_x^2+P_y^2+P_z^2\right)^2 \qquad\text{と}\qquad P_x^2P_y^2+P_y^2P_z^2+P_z^2P_x^2 $$($P_x^4+P_y^4+P_z^4$ は上の2つの線形結合で書ける.)したがって展開は
$$ F = \frac12 g_2\left(P_x^2+P_y^2+P_z^2\right) + \frac14 g_{11}\sum_i P_i^4 + \frac12 g_{12}\sum_{i<j}P_i^2P_j^2 + \cdots $$という形になり,$g_{11}$ と $g_{12}$ の大小関係で分極がどの方向を向くかが決まる.
- $g_{12}>g_{11}$ なら $\PP\parallel[001]$(正方相)が有利
- $g_{12}<g_{11}$ なら $\PP\parallel[111]$(菱面体相)が有利
$\mathrm{BaTiO_3}$ では,6次までの係数の温度依存によってこの優劣が2回入れ替わり,$[001]\to[011]\to[111]$ という3段階の相転移列(表19.6)が再現される.これを最初に成し遂げたのが Devonshire(1949, 1951)であり,Landau 理論が実在の物質の相図を定量的に説明した最初の例となった.今日でも $\mathrm{PZT}$ などの圧電材料の相図の設計に,この枠組みがそのまま使われている.
19.8 分域・ヒステリシス・圧電性と応用
19.8.1 なぜ分域ができるのか
なぜ結晶は一様に分極しないのか — 脱分極エネルギーの節約
強誘電体を $T_c$ 以下に冷やすと,結晶全体が同じ向きに分極しそうなものである.しかし実際には,向きの異なる分域(domain)に分かれる.理由は静電エネルギーである.
表19.2 で見たように,一様に分極した試料には脱分極場 $E_1 = -N_dP$ が生じる.その静電エネルギー密度と,試料全体での総エネルギーは
$$ u_{\text{depol}} = \frac{E_1^2}{8\pi} \sim \frac{N_d^2P_s^2}{8\pi}, \qquad U_{\text{depol}} = \frac{1}{8\pi}\int E_1^2\,\dd V \sim u_{\text{depol}}\times V $$である.密度は $P_s$ の2乗に比例し,総エネルギーはさらに体積に比例して増える.$\mathrm{BaTiO_3}$($P_s = 26\ \mu\mathrm{C/cm^2} = 0.26\ \mathrm{C/m^2}$)で薄板($N_d=4\pi$)を考えると,SI では $u_{\text{depol}} = P_s^2/2\epsilon_0 = (0.26)^2/(2\times8.85\times10^{-12}) = 3.8\times10^{9}\ \mathrm{J/m^3}$ という途方もない値になる.
これに対して,分域壁を作るコストは面積に比例する.したがって試料が十分大きければ,分域に分かれて脱分極場を打ち消すほうが得になる.磁性体で磁区ができるのと同じ理屈である(第20章).
補足:強誘電体の分域壁はなぜ極端に薄いのか
強磁性体の Bloch 壁は $\sim100\ \mathrm{nm}$ の幅を持ち,その中でスピンがゆっくり回転する.ところが強誘電体の $180^\circ$ 分域壁は,わずか1〜2単位胞($0.5$–$1\ \mathrm{nm}$)しかない.
理由は異方性エネルギーの違いである.分極は結晶格子と直結しており,$\PP$ を結晶軸から傾けるには格子を歪ませなければならない.この異方性エネルギーは巨大で,分域壁を「なるべく薄く」する.一方,磁化の向きは軌道角運動量の消失(第20章)のためにスピン–軌道相互作用を通してしか格子と結合せず,異方性が桁違いに小さいので,壁が厚くなる.
この違いは実用上きわめて重要である.薄い分域壁は動きやすく,ナノメートルスケールの分域が安定に存在できる.$\mathrm{FeRAM}$ の記録密度が原理的に高くできるのはこのためである.
19.8.2 ヒステリシスループと抗電場
定義:ヒステリシスループの3つの量
- 自発分極 $P_s$:飽和領域の直線を $E=0$ に外挿した値.単一分域状態での本来の分極.
- 残留分極 $P_r$:$E=0$ に戻したときに実際に残る分極.分域が一部戻るので $P_r\le P_s$.
- 抗電場 $E_c$:分極をゼロにするのに必要な逆向きの電場.
強誘電体の実験的な定義は「ヒステリシスループが描けること」である.極性点群であっても,$E_c$ が絶縁破壊電場より大きければループは描けず,その物質は焦電体ではあっても強誘電体とは呼ばれない.$\mathrm{ZnO}$($6mm$)がその代表例である.
導出:Landau 理論が予言する「内在的」抗電場
$\mathrm{BaTiO_3}$ は本来 $g_4<0$ の1次転移だが,ここでは桁の見積もりとして2次転移の式を流用する.状態方程式 \eqref{eq:19-state-eq}($g_4>0$,$g_6=0$,$T<T_0$ なので $g_2<0$)
$$ E = g_2P+g_4P^3 $$のグラフを描くと,$P$ の関数として S 字型になる.$\dd E/\dd P<0$ の領域は不安定なので,実際にはそこで分極がジャンプする.ジャンプが起こる電場が,理論的な抗電場である.条件は
$$ \frac{\dd E}{\dd P} = g_2+3g_4P^2 = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad P^2 = -\frac{g_2}{3g_4} = \frac{P_s^2}{3} $$(最後に $P_s^2 = -g_2/g_4$ を使った.)$P = P_s/\sqrt{3}$ を状態方程式に代入する.
$$ E_c = g_2\frac{P_s}{\sqrt3} + g_4\frac{P_s^3}{3\sqrt3} = \frac{P_s}{\sqrt3}\left(g_2+\frac{g_4P_s^2}{3}\right) = \frac{P_s}{\sqrt3}\left(g_2-\frac{g_2}{3}\right) = \frac{2\,g_2\,P_s}{3\sqrt3} $$大きさを取れば
$\mathrm{BaTiO_3}$ で数値を入れる.室温 $T=300\ \mathrm{K}$,$T_0=383\ \mathrm{K}$,$\gamma=7.39\times10^{-5}$ より $\abs{g_2} = 7.39\times10^{-5}\times83 = 6.13\times10^{-3}$.$P_s=26\ \mu\mathrm{C/cm^2}=7.79\times10^4\ \mathrm{esu/cm^2}$.したがって
$$ \abs{E_c^{\text{内在}}} = 0.385\times(6.13\times10^{-3})\times(7.79\times10^{4}) = 1.8\times10^{2}\ \mathrm{statvolt/cm} $$ $$ = 1.8\times10^2\times299.8\ \mathrm{V/cm} = 5.5\times10^{4}\ \mathrm{V/cm} = 55\ \mathrm{kV/cm} $$∎ ところが実測の $E_c$ は $\mathrm{BaTiO_3}$ 単結晶で $\sim1\ \mathrm{kV/cm}$,すなわち理論値の $1/50$ 以下である.
Landauer のパラドックス — 50倍のずれはどこから来るのか
この食い違いは1957年に Landauer が指摘したもので,いまも「Landauer のパラドックス」と呼ばれる.
原因は,想定した反転機構が間違っていることである.式 \eqref{eq:19-Ec} は「結晶全体の分極が一斉に,一様に反転する」と仮定している.これは莫大なエネルギー障壁を一度に越えることを意味する.
現実の反転は,まったく別の経路をたどる.
- 核形成:欠陥や粒界,電極界面など,局所的に不安定な場所で,逆向き分極の微小な核(針状分域)が生まれる.
- 前方成長:核が電場方向に細長く伸び,結晶を貫通する.
- 側方成長:分域壁が横方向に掃くように動き,全体を反転させる.
核形成のエネルギー障壁は,一様反転よりはるかに低い.しかも 19.8.1節で見たように分域壁が極端に薄く動きやすいので,いったん核ができれば一気に進む.強誘電体の分極反転は,水が凍るのと同じ「核形成と成長」の問題である——これがパラドックスの解決である.
実用上の帰結は明快である.$E_c$ は材料固有の定数ではなく,欠陥密度・粒径・膜厚・電極材料・測定周波数に強く依存する.$\mathrm{FeRAM}$ の動作電圧や疲労(fatigue)特性の設計は,この「外的な」$E_c$ をどう制御するかの勝負になる.
19.8.3 圧電性との関係
物理的意味:強誘電体はなぜ優れた圧電体なのか
第4章で,圧電テンソル $d_{ijk}$ は3階テンソルであり,中心対称な結晶ではゼロになることを見た.強誘電体は必ず極性(したがって非中心対称)なので,必ず圧電体でもある.しかし話はそれで終わらない.強誘電体の圧電定数は,水晶などの「ふつうの」圧電体より2桁も大きい.
その理由は,電歪(electrostriction)を通した次の関係にある.
ここで $Q_{11}$ は電歪係数(物質によらず $\sim0.1\ \mathrm{m^4/C^2}$ 程度)である.この式は「圧電性 = 誘電率 $\times$ 自発分極」だと言っている.
- $\epsilon_{33}$ が大きい ← 強誘電体は $T_c$ 近くで $\epsilon\sim10^3$–$10^4$
- $P_s$ が大きい ← 強誘電体の定義そのもの
両方の因子が大きいので,積は桁違いになる.数値で見よう.
| 材料 | 点群 | $d_{33}$(または $d_{11}$)(pC/N) | $\epsilon_r$ | 用途 |
|---|---|---|---|---|
| $\alpha$-水晶 $\mathrm{SiO_2}$ | $32$ | $d_{11}=2.3$ | 4.5 | 水晶振動子(高安定) |
| $\mathrm{AlN}$ | $6mm$ | $d_{33}=5$ | 9 | $\mathrm{BAW}$ フィルタ |
| $\mathrm{ZnO}$ | $6mm$ | $d_{33}=12$ | 10 | $\mathrm{SAW}$,薄膜センサ |
| $\mathrm{LiNbO_3}$ | $3m$ | $d_{33}=6$($d_{15}=68$) | 30 | $\mathrm{SAW}$,光変調器 |
| $\mathrm{BaTiO_3}$ | $4mm$ | $d_{33}=190$ | 1700 | 初期の圧電セラミックス |
| $\mathrm{PZT}$(軟質,$\mathrm{MPB}$ 組成) | $4mm$/$3m$ | $d_{33}=400$–$600$ | 3400 | アクチュエータ,超音波 |
| $\mathrm{PMN}$-$\mathrm{PT}$ 単結晶 | — | $d_{33}=2000$ | 5000 | 医療用超音波プローブ |
水晶の $2.3$ から $\mathrm{PMN}$-$\mathrm{PT}$ の $2000$ まで,じつに3桁の幅がある.そして $d_{33}$ と $\epsilon_r$ が見事に相関していることに注目してほしい.式 \eqref{eq:19-piezo} の予言どおりである.
$\mathrm{PZT}$ の $\mathrm{MPB}$.$\mathrm{Pb(Zr_{1-x}Ti_x)O_3}$ では $x\simeq0.48$ に,正方相と菱面体相の境界(モルフォトロピック相境界, morphotropic phase boundary, MPB)がある.ここでは2つの相の自由エネルギーがほぼ縮退しており,分極が方向を変えやすい——つまり $\epsilon$ が異常に大きい.式 \eqref{eq:19-piezo} により $d_{33}$ も最大になる.世の中の圧電デバイスのほとんどが $\mathrm{MPB}$ 組成の $\mathrm{PZT}$ を使っているのは,この Landau 的な事情による.ただし鉛を含むため,無鉛圧電材料の開発が現在の大きな研究課題である.
19.8.4 応用 —— 強誘電体は身のまわりにある
| 応用 | 使う性質 | 代表材料 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 積層セラミックコンデンサ($\mathrm{MLCC}$) | 巨大な $\epsilon$ | $\mathrm{BaTiO_3}$ 系 | スマートフォン1台に約1000個.世界で年間 $10^{12}$ 個規模の生産 |
| 不揮発性メモリ($\mathrm{FeRAM}$) | 分極の2状態 | $\mathrm{PZT}$, $\mathrm{SBT}$, $\mathrm{HfO_2}$ | 読み書きが速く低消費電力.$\mathrm{HfO_2}$ 系で微細化が進行中 |
| 超音波振動子・診断装置 | 逆圧電効果 | $\mathrm{PZT}$, $\mathrm{PMN}$-$\mathrm{PT}$ | エコー検査,非破壊検査,超音波洗浄 |
| 精密アクチュエータ | 逆圧電効果 | $\mathrm{PZT}$ | 走査型プローブ顕微鏡のスキャナ,インクジェットヘッド |
| 赤外センサ・人感センサ | 焦電効果 $p=\dd P_s/\dd T$ | $\mathrm{LiTaO_3}$, $\mathrm{PZT}$, $\mathrm{PVDF}$ | 電源不要で微小な温度変化を検出.自動ドア,防犯 |
| $\mathrm{SAW}$ フィルタ | 圧電+表面弾性波 | $\mathrm{LiNbO_3}$, $\mathrm{LiTaO_3}$, 水晶 | 携帯電話の周波数フィルタ |
| 光変調器・波長変換 | 電気光学効果,2次非線形光学 | $\mathrm{LiNbO_3}$($\mathrm{PPLN}$) | 光通信.分極反転を周期的に作り込んで位相整合をとる |
| 水晶振動子 | 圧電共振 | $\alpha$-$\mathrm{SiO_2}$ | 強誘電体ではない($32$ は非極性)が圧電体.時計の心臓部 |
物理的意味:焦電センサはなぜ電源なしで動くのか
焦電係数 $p \equiv \dfrac{\dd P_s}{\dd T}$(19.3節で双極子モーメントの大きさに使った $p$ とは別物である)を持つ結晶の温度が $\Delta T$ だけ変わると,表面電荷が $\Delta\sigma = p\,\Delta T$ だけ変化する.これを電流として読めばよい.$\mathrm{LiTaO_3}$ では $p \simeq 2.3\times10^{-4}\ \mathrm{C/(m^2\,K)}$ である.
面積 $1\ \mathrm{mm^2}=10^{-6}\ \mathrm{m^2}$ の素子に $\Delta T = 0.01\ \mathrm{K}$ の変化が $0.1\ \mathrm{s}$ で起きたとすると,流れる電流は
$$ I = A\,p\,\frac{\dd T}{\dd t} = 10^{-6}\times2.3\times10^{-4}\times\frac{0.01}{0.1} = 2.3\times10^{-11}\ \mathrm{A} = 23\ \mathrm{pA} $$$\mathrm{pA}$ 級だが,$\mathrm{FET}$ アンプで十分に検出できる.人が部屋に入ると自動的に照明がつくのは,体温による $0.01\ \mathrm{K}$ 程度の温度変化を,この原理で拾っているからである.第4章で学んだ「極性10点群」が,玄関の照明を制御しているのである.
19.9 なぜ強誘電体探索は難しいのか
第4章で,望月研究室の資料にあった「※ 新規強誘電体の探索は,新規超伝導体の探索より困難とされる」という一文を引いた.本章で用意した道具を使って,その理由をきちんと数え上げよう.
19.9.1 4段の関門
強誘電体になるための条件
| 関門 | 内容 | 絞り込みの厳しさ |
|---|---|---|
| 1. 対称性 | 極性点群(10/32)に属すること.空間群でいえば極性空間群は230中68個 | $\sim30\%$ |
| 2. 絶縁性 | 金属では絶縁体と同じ意味での巨視的分極が定義できず,静電場も遮蔽される.バンドギャップが必要(構造として極性を持つ極性金属は別に存在する) | 物質の約半分 |
| 3. 分極の大きさ | 極性でも $P_s$ が測定にかかる大きさ($\gtrsim1\ \mu\mathrm{C/cm^2}$)でなければ実用にならない | 厳しい |
| 4. 反転可能性 | $E_c < E_{\text{絶縁破壊}}$.これが最大の関門 | 極めて厳しい |
関門1と2は計算で判定できる.関門3も第一原理計算で $P_s$ を求めればよい.問題は関門4である.19.8.2節で見たように $E_c$ は核形成の問題であり,欠陥や微細組織に依存する.第一原理計算で予言できるのは「一様反転の内在的 $E_c$」であって,実測値の50倍以上も大きい値である.
そのため実務上は,「反転経路($P_s\to0\to-P_s$)に沿ったエネルギー障壁が小さいこと」と「常誘電相(高対称相)が実験可能な温度域にあること」を代理指標として使う.$\mathrm{ZnO}$ が強誘電体でないのは,$6mm$ から $P_s$ を反転させようとすると $\mathrm{Zn}$ が酸素四面体を突き抜けねばならず,障壁が絶望的に高いからである.
19.9.2 $d^0$ ルールと second-order Jahn–Teller 効果
導出:second-order Jahn–Teller(SOJT)効果 —— なぜ $\mathrm{Ti^{4+}}$ はずれたがるのか
高対称構造($\mathrm{Ti}$ が八面体の中心)における全エネルギーを,対称性を破る変位 $Q$($\mathrm{Ti}$ の $z$ 方向のずれ)で展開する.2次摂動論により
第1項 $k_0$ は「電子分布を固定したまま原子核だけ動かす」剛体的な寄与で,常に正(安定化に働く)である.第2項は「原子核の変位に電子が応答して,占有軌道と非占有軌道が混ざる」ことによる寄与で,分母 $E_j-E_i>0$ なので必ず負,つまり不安定化に働く.
したがって,実効的なバネ定数は
$$ k = k_0 - \abs{\Delta k} $$である.$\abs{\Delta k}>k_0$ となれば $k<0$,すなわち $\omega_{TO}^2<0$ でソフトモード不安定が起こる.19.6.4節の Cochran の式 \eqref{eq:19-cochran} を,電子構造の言葉で言い直したものになっている.
第2項が大きくなる条件は3つである.
- 分母 $E_j-E_i$ が小さい:バンドギャップが狭いほど不安定化が効く.
- 行列要素 $\left\langle\psi_j\left|\partial V/\partial Q\right|\psi_i\right\rangle$ がゼロでない:これは群論の条件である.$\psi_i$,$\psi_j$,$Q$ の既約表現の直積が全対称表現を含まねばならない(第10章の選択則).
- 混ざる軌道の空間的な重なりが大きい:$\mathrm{Ti}$-$3d$ と $\mathrm{O}$-$2p$ はエネルギーも近く,空間的にもよく重なる.
∎
物理的意味:$d^0$ でなければならない理由
$\mathrm{BaTiO_3}$ の $\mathrm{Ti^{4+}}$ は $3d^0$ である.占有軌道は $\mathrm{O}$-$2p$(価電子帯),非占有軌道は $\mathrm{Ti}$-$3d$(伝導帯)で,$Q$($T_{1u}$ 対称の変位)を通じてこの2つが混ざる.$\mathrm{Ti}$ がずれると $\mathrm{O}$-$2p$ 電子が $\mathrm{Ti}$-$3d$ に流れ込み,$\mathrm{Ti}$–$\mathrm{O}$ 間に短い共有結合ができる.これが安定化の正体であり,同時に例題19.4で述べた $Z^*(\mathrm{Ti})=7.3$ という異常な有効電荷の起源でもある(電子が大量に移動するから).
ところが $d^n$($n\ge1$)になると,この機構が働かなくなる.$t_{2g}$ 軌道に電子が入ると,(i) 混ざるべき空の $d$ 軌道が減る,(ii) 電子間クーロン反発で $d$ バンドが上がり分母が大きくなる,(iii) 部分占有の $d$ 電子は通常の(1次の)Jahn–Teller 歪みを好み,それは非極性の歪みである,という理由で不安定化が消える.
これが$d^0$ ルールである.変位型強誘電体の $B$ サイトを見ると,
$$ \mathrm{Ti^{4+}}(3d^0),\quad \mathrm{Zr^{4+}}(4d^0),\quad \mathrm{Nb^{5+}}(4d^0),\quad \mathrm{Ta^{5+}}(5d^0),\quad \mathrm{W^{6+}}(5d^0),\quad \mathrm{Mo^{6+}}(4d^0),\quad \mathrm{V^{5+}}(3d^0) $$と,ほぼ例外なく $d^0$ である.
そしてここから,深刻な帰結が導かれる.磁性が生じるには不対 $d$ 電子($d^n$, $n\ge1$)が必要である.ところが,いま見た $B$ サイトの SOJT による極性変位で強誘電性を出すには $d^0$ が要る.この機構に限れば,両者は互いに排他的である.N. A. Hill が2000年の論文 "Why are there so few magnetic ferroelectrics?" で明快に指摘したこの矛盾が,強誘電性と磁性を併せ持つマルチフェロイック(multiferroic)材料が極端に少ない理由である.
逆にいえば,$d^0$ ルールは「$B$ サイトの $d^0$ 型 SOJT」というひとつの機構についての経験則であって,強誘電性一般の必要条件ではない.極性を別の機構で作ってやれば,$d^n$ のまま磁性と共存させられる.実際,そうした別機構が3つ知られている.(a) 孤立電子対機構:$\mathrm{Bi^{3+}}$ や $\mathrm{Pb^{2+}}$ の $6s^2$ 孤立電子対が立体的に片寄って分極を生む.$B$ サイトは磁性イオンでよい.$\mathrm{BiFeO_3}$($\mathrm{Fe^{3+}}$: $d^5$)がこれである.(b) 幾何学的(improper)強誘電性:一次の秩序変数は別の非極性モード(八面体の傾き等)で,分極は副産物として生じる.$\mathrm{YMnO_3}$,$\mathrm{Ca_3Ti_2O_7}$(ハイブリッド improper)など.(c) スピン起源の強誘電性:らせん磁気秩序が反転対称性を破る.$\mathrm{TbMnO_3}$ など.
19.9.3 第一原理計算による予言
分極の現代的理論(Berry 位相法)
「結晶の分極 $\PP = \frac{1}{V}\int \rr\,\rho(\rr)\dd V$」という素朴な定義は,周期系では意味をなさない.単位胞の取り方を変えると値が変わってしまうからである(第1章で「単位胞の取り方は一意でない」ことを学んだ.その報いがここに来る).
King-Smith と Vanderbilt(1993),および Resta は,電子分極が Bloch 波動関数の Berry 位相(Berry phase)として書けることを示した.
ここで $u_{n\kk}$ は Bloch 関数の周期部分(第11章)である.この量は,$\ket{u_{n\kk}}$ の位相の取り方に依存して
$$ \Delta\PP = \frac{e\RR}{\Omega}\qquad (\RR:\ \text{格子ベクトル},\ \Omega:\ \text{単位胞体積}) $$だけの不定性(分極量子, polarization quantum)を持つ.だから分極の絶対値には意味がなく,意味があるのは差 $\Delta\PP$ だけである.
注意:分極量子は $P_s$ と同じ桁である
$\mathrm{BaTiO_3}$($a\simeq4\ \text{Å}$)で分極量子を計算してみよう.$\RR = a\hat{z}$,$\Omega=a^3$ とすると
$$ \abs{\Delta\PP} = \frac{ea}{a^3} = \frac{e}{a^2} = \frac{1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C}}{(4\times10^{-10}\ \mathrm{m})^2} = \frac{1.602\times10^{-19}}{1.6\times10^{-19}} = 1.0\ \mathrm{C/m^2} = 100\ \mu\mathrm{C/cm^2} $$$P_s = 26\ \mu\mathrm{C/cm^2}$ と同じ桁である.したがって,計算した $\PP$ の値がどの「枝」に乗っているかを取り違えると,$P_s$ が $26$ ではなく $-74$ や $126$ になってしまう.
正しい手順は,常誘電相($P=0$)から強誘電相まで構造を連続的に変形する経路を刻み,$\PP$ が枝を飛び越えないことを確認しながら追跡することである.「$\lambda = 0, 0.1, 0.2,\dots,1.0$ と内挿して $P(\lambda)$ を滑らかにつなぐ」という計算は,強誘電体の第一原理計算では必ず行われる.
第一原理による強誘電体探索の実際の手順
- 高対称(常誘電)相の構造最適化.格子定数を含めて緩和する.
- フォノンの計算(DFPT または凍結フォノン法).$\Gamma$ 点だけでなく,少なくとも R 点・M 点を含む Brillouin 域全体で計算する.$\omega^2<0$(虚振動数)のモードがあれば不安定である.そのモードの $\kk$ 点と既約表現を調べ,$\Gamma$ 点の $T_{1u}$($\Gamma_4^-$)型(極性)なら強誘電不安定,R 点の $R_{25}$($R_4^+$)型(八面体回転)なら非極性不安定である.八面体回転は $\Gamma$ 点のフォノンには現れないので,$\Gamma$ 点だけの計算では見落とすことに注意せよ.ここで第11章の群論がそのまま使われる.
- 不安定モードを凍結して構造を緩和し,低対称相を得る.空間群を決定する(極性空間群か).
- Berry 位相法で $P_s$ を計算(上の注意に従い経路をたどる).
- Born 有効電荷 $Z^*$ の計算.形式電荷から大きく外れていれば,SOJT が効いている証拠である.
- 反転障壁の計算.$+P_s\to0\to-P_s$ の経路(NEB 法など)でエネルギー障壁を求め,$E_c$ を見積もる.
- 有限温度への外挿.有効ハミルトニアン法や機械学習ポテンシャルによる分子動力学で $T_c$ を推定する.
最大の落とし穴は,交換相関汎関数の選び方である.LDA は格子定数を $1$–$2\%$ 過小評価する.ところが式 \eqref{eq:19-cochran} が示すように,強誘電不安定性は「大きな2つの項の $1\%$ 以下の差」で決まる.体積が $1\%$ 違うだけで,$\mathrm{BaTiO_3}$ の $T_c$ の予測値は $100\ \mathrm{K}$ 単位で変わってしまう.このため,実験の格子定数に固定して計算する,PBEsol のような固体向けに調整された汎関数を使う,あるいはハイブリッド汎関数を用いる,といった対処が必須である.「強誘電性は超敏感(supersensitive)である」——この分野の合言葉である.
望月研究室の研究との接続
本章で使った道具は,そのまま研究の道具である.
- 第4章の点群・第5章の空間群:候補構造が極性かどうかを判定する.230の空間群のうち極性は68個.構造探索の結果を自動で分類する.
- 第11章の空間群の表現:$\Gamma$ 点フォノンを既約表現に分類し,どのモードが極性不安定かを見分ける.相転移の群–部分群関係(表19.6の議論)で,可能な低対称相を列挙する.
- 19.6節のソフトモード:虚振動数の探索が,強誘電体候補のスクリーニングの中心である.
- 19.7節の Landau 展開:第一原理で得たエネルギー曲面 $E(Q)$ を多項式でフィットし,$g_2,g_4,g_6$ を決める.そこから $T_c$,転移の次数,$P_s(T)$ を予言する.
- 19.9節の SOJT と $d^0$ ルール:どの元素の組み合わせを試すべきかの指針になる.$d^0$ でない系で強誘電性を狙うなら,孤立電子対や improper 機構に頼ることになる.
実験で新物質を合成して測定する前に,計算でこれだけの絞り込みができる.「探索が困難である」ことと「計算が役に立つ」ことは,同じコインの裏表なのである.——第4章の約束は,ここで果たされた.
19.10 まとめと演習
19.10.1 まとめ
- 局所電場は巨視的な場と違う.$\Eloc = \EE_0+\EE_1+\EE_2+\EE_3$ で,$\EE=\EE_0+\EE_1$ が巨視的な場.Lorentz 空洞の壁の電荷 $\sigma=-P\cos\theta$ を積分して $\EE_2 = \frac{4\pi}{3}\PP$(鍵になる積分は $\int_0^\pi\cos^2\theta\sin\theta\,\dd\theta=2/3$).立方対称なら $\EE_3=0$.
- Clausius–Mossotti 関係 $\dfrac{\epsilon-1}{\epsilon+2}=\dfrac{4\pi}{3}N\alpha$.$u=\frac{4\pi}{3}N\alpha$ と置くと $\epsilon=\dfrac{1+2u}{1-u}$.$\mathrm{NaCl}$ の $\epsilon(\infty)$ が $1\%$ の精度で再現される.水では破綻する(Onsager–Kirkwood が必要).
- 分極率は3成分.電子($\alpha_e=e^2/m\omega_0^2\sim10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$,紫外まで),イオン($\alpha_i=e^{*2}/\mu\omega_0^2$,赤外まで),配向($\alpha_d=p^2/3k_BT$,マイクロ波まで).配向分極だけが $1/T$ に比例する(Langevin 関数 $L(y)=\coth y-1/y\simeq y/3$).
- 分極カタストロフィ.$u\to1$ で $\epsilon\simeq\dfrac{3}{1-u}\to\infty$.$1-u\simeq\beta(T-T_c)$ と展開すれば Curie–Weiss 則 $\epsilon = C/(T-T_c)$ が出る.$\mathrm{BaTiO_3}$ では $u$ が $1$ に $3\times10^{-4}$ の精度で一致していなければならない.
- Lyddane–Sachs–Teller 関係 $\dfrac{\omega_{LO}^2}{\omega_{TO}^2}=\dfrac{\epsilon(0)}{\epsilon(\infty)}$.TO では $E=0$,LO では $E=-4\pi P$(Maxwell 方程式から).LO は $\epsilon(\omega)=0$ の解,TO は極.$\mathrm{NaCl}$,$\mathrm{GaAs}$ で $2\%$ 以内に成立.$\mathrm{Si}$ では $e^*=0$ のため両辺とも $1$.
- ソフトモード.$\epsilon(0)\to\infty$ と $\omega_{TO}\to0$ は LST 関係で結ばれた同じ現象.$\mu\omega_{TO}^2$ は「短距離斥力 $-$ 長距離双極子引力」であり,$99\%$ の打ち消し合いの残りかす.Cochran 則 $\omega_{TO}^2=A(T-T_c)$ から Curie–Weiss 則が再導出される.$\mathrm{SrTiO_3}$ では $\epsilon(0)\omega_{TO}^2$ が $300\ \mathrm{K}$ から $4\ \mathrm{K}$ まで一定に保たれる.
- Landau 展開 $F=F_0+\frac12g_2P^2+\frac14g_4P^4+\frac16g_6P^6-EP$,$g_2=\gamma(T-T_0)$.奇数次が禁止されるのは $T_{1u}^{\otimes3}$ に $A_{1g}$ が含まれないから.$\chi^{-1}=\partial^2F/\partial P^2$.
- $g_4>0$ なら2次転移.$P_s\propto(T_0-T)^{1/2}$,$T_c=T_0$,$\chi^{-1}$ の傾きが $T_0$ の上下(高温側:低温側)で $1:2$,潜熱なし,比熱に $\gamma^2T_0/2g_4$ の跳び.
- $g_4<0$ なら1次転移.$T_c = T_0+\dfrac{3g_4^2}{16\gamma g_6}>T_0$,$P_s(T_c)=\sqrt{3\abs{g_4}/4g_6}\neq0$,$T_0<T<T_1$ の範囲で安定相と準安定相が併存して熱ヒステリシス(真の2相共存は $T=T_c$ のみ),潜熱 $L=\frac12\gamma T_cP_s^2$,$\chi^{-1}$ が $T_c$ で4倍に跳ぶ.$\mathrm{BaTiO_3}$ の潜熱 $160\ \mathrm{J/mol}$(実測 $\sim200$).
- 分域の種類数は部分群の指数 $[G:H]=\abs{G}/\abs{H}$(第6章の Lagrange の定理).$\mathrm{BaTiO_3}$ の正方相で $48/8=6$,斜方相で $12$,菱面体相で $8$.
- 抗電場のパラドックス.Landau の一様反転が予言する $E_c\sim55\ \mathrm{kV/cm}$ に対し実測は $\sim1\ \mathrm{kV/cm}$.実際の反転は核形成と分域壁の運動で進む.
- 強誘電体探索の難しさは,極性10点群という対称性の制約,$d^0$ 性という電子構造の制約(SOJT),そして「大きな量どうしのほとんど完全な打ち消し合い」という物理そのものに由来する.第一原理では Berry 位相法で $P_s$ を,ソフトモード探索で不安定性を調べる.分極量子が $P_s$ と同じ桁であることに注意する.
19.10.2 演習問題
演習19.1 円柱空洞の Lorentz 因子
Lorentz 空洞を球ではなく,無限に長い円柱(軸は $z$)に取る.分極 $\PP=P\hat{x}$ が軸に垂直な場合について,空洞内の場 $E_2$ を求めよ.
(1) 円柱の壁の束縛面電荷密度が $\sigma_b=-P\cos\phi$($\phi$ は $x$ 軸からの方位角)であることを示せ.
(2) 無限直線電荷(線密度 $\lambda$)が距離 $a$ に作る電場が $2\lambda/a$(Gauss 単位)であることを使い,軸上での場を積分して求めよ.
(3) 球の場合の $\frac{4\pi}{3}$ と比べ,なぜ違うのかを述べよ.
ヒント:(2) 幅 $a\,\dd\phi$ の帯は線密度 $\lambda = -Pa\cos\phi\,\dd\phi$ の直線電荷.軸上での場の $x$ 成分は $-\frac{2\lambda}{a}\cos\phi$ なので $$E_{2x}=2P\int_0^{2\pi}\cos^2\phi\,\dd\phi = 2P\cdot\pi = 2\pi P$$ 答えは $E_2 = 2\pi\PP$.(3) 「$\int\cos^2$ を球面上で取るか円周上で取るか」の違いで,$\langle\cos^2\theta\rangle_{3\mathrm{D}}=1/3$,$\langle\cos^2\phi\rangle_{2\mathrm{D}}=1/2$.それぞれ $4\pi\times\frac13$,$4\pi\times\frac12$(円柱では $z$ 方向の脱分極係数が $0$ なので $2$ 方向で $4\pi$ を分け合う).表19.2 と整合する.
演習19.2 $\mathrm{KCl}$ の屈折率を Clausius–Mossotti で予言する
$\mathrm{KCl}$ は岩塩型で $a = 6.29\,\text{Å}$,立方単位胞に4組の $\mathrm{KCl}$ が入る.表19.3 の値 $\alpha(\mathrm{K^+})=0.83$,$\alpha(\mathrm{Cl^-})=2.96$(結晶中の値,単位 $10^{-24}\ \mathrm{cm^3}$)を用いよ.
(1) イオン対の数密度 $N$ を求めよ.
(2) $u = \frac{4\pi}{3}N\alpha$ を求めよ.
(3) $\epsilon(\infty)$ と屈折率 $n$ を求め,実測値 $n=1.49$ と比べよ.
(4) $\mathrm{NaCl}$(例題19.2,$u=0.293$)より $u$ が小さい理由を述べよ.
ヒント:(1) $a^3=2.49\times10^{-22}\ \mathrm{cm^3}$,$N=1.61\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}}$.(2) $\alpha=3.79\times10^{-24}$,$N\alpha=6.10\times10^{-2}$,$u=0.256$.(3) $\epsilon=\frac{1+0.511}{1-0.256}=2.03$,$n=1.43$.実測 $1.49$ に対し $4\%$ の過小評価.(4) $\mathrm{K^+}$ は $\mathrm{Na^+}$ より分極率が大きいが,格子定数が大きいぶん $N$ が減る効果のほうが勝つ.$N\propto a^{-3}$ の効きが強い.
演習19.3 $\mathrm{KBr}$ の Born 有効電荷
$\mathrm{KBr}$(岩塩型,$a=6.60\,\text{Å}$)について,$\omega_{TO}=113\ \mathrm{cm^{-1}}$,$\epsilon(0)=4.90$,$\epsilon(\infty)=2.34$ が知られている.
(1) LST 関係から $\omega_{LO}$ を予言し,実測 $165\ \mathrm{cm^{-1}}$ と比べよ.
(2) 式 \eqref{eq:19-borncharge} を使って Born 有効電荷 $Z^*$ を求めよ.
(3) 得られた $Z^*$ を $\mathrm{NaCl}$ の $1.12$,$\mathrm{BaTiO_3}$ の $\mathrm{Ti}$ の $7.3$ と比べ,何が言えるか述べよ.
ヒント:(1) $\omega_{LO}=\omega_{TO}\sqrt{\epsilon(0)/\epsilon(\infty)}=113\sqrt{2.094}=163\ \mathrm{cm^{-1}}$.$1\%$ の一致.(2) $\mu = \frac{39.1\times79.9}{119.0}\ \mathrm{amu}=26.2\ \mathrm{amu}=4.36\times10^{-23}\ \mathrm{g}$,$N=4/a^3=1.39\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}}$,$\omega_{TO}=2\pi c\tilde{\nu}=2.13\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$.$\frac{4\pi Ne^2}{\mu\omega_{TO}^2}=\frac{4.03\times10^4}{1.98\times10^4}=2.04$.$(Z^*)^2 = (4.90-2.34)/2.04=1.26$,$Z^*=1.12$.(3) $\mathrm{NaCl}$ とほぼ同じ.単純なイオン結晶では $Z^*\simeq$ 形式電荷($+1$)にごく近く,共有結合性による異常増大がない.$\mathrm{BaTiO_3}$ の $\mathrm{Ti}$ が形式電荷の1.8倍もあるのが,いかに特異かが分かる.
演習19.4 2次転移の Landau 解析を最後まで実行する
ある強誘電体が $F = F_0+\frac12\gamma(T-T_0)P^2+\frac14 g_4P^4$($g_4>0$)で記述され,$\gamma = 5.0\times10^{-5}$,$g_4 = 2.0\times10^{-12}$,$T_0=300\ \mathrm{K}$(すべて Gauss 単位)であるとする.
(1) $T=250\ \mathrm{K}$ での $P_s$ を $\mu\mathrm{C/cm^2}$ 単位で求めよ.
(2) $T=350\ \mathrm{K}$ と $T=250\ \mathrm{K}$ での $\epsilon$ を求め,比を取れ.
(3) $T_0$ での比熱の跳び $\Delta C_P$ を求めよ.
(4) $T=250\ \mathrm{K}$ での内在的抗電場を $\mathrm{kV/cm}$ 単位で求めよ.
ヒント:(1) $P_s^2 = \gamma(T_0-T)/g_4 = (5.0\times10^{-5}\times50)/(2.0\times10^{-12}) = 1.25\times10^{9}$,$P_s=3.54\times10^4\ \mathrm{esu/cm^2}$.$\div2.998\times10^9 = 1.18\times10^{-5}\ \mathrm{C/cm^2} = 11.8\ \mu\mathrm{C/cm^2}$. (2) $T=350$: $\chi^{-1}=\gamma\times50=2.5\times10^{-3}$,$\epsilon\simeq4\pi/\chi^{-1}=5.0\times10^3$.$T=250$: $\chi^{-1}=2\gamma\times50=5.0\times10^{-3}$,$\epsilon=2.5\times10^3$.比はちょうど $2$($1:2$ 則の確認). (3) $\Delta C_P = \gamma^2T_0/2g_4 = (2.5\times10^{-9}\times300)/(4.0\times10^{-12}) = 1.9\times10^{5}\ \mathrm{erg/(cm^3\,K)} = 1.9\times10^{-2}\ \mathrm{J/(cm^3\,K)}$. (4) $\abs{g_2}=2.5\times10^{-3}$,$E_c = 0.385\times2.5\times10^{-3}\times3.54\times10^4 = 34\ \mathrm{statvolt/cm} = 1.0\times10^4\ \mathrm{V/cm} = 10\ \mathrm{kV/cm}$.
演習19.5 1次転移の3つの温度
$F = F_0+\frac12\gamma(T-T_0)P^2-\frac14\abs{g_4}P^4+\frac16 g_6P^6$($\abs{g_4}>0$, $g_6>0$)について.
(1) $P\ne0$ の極値が存在しなくなる温度 $T_1$ を求めよ.
(2) $T_c$,$T_1$,$T_0$ の間に $\dfrac{T_1-T_0}{T_c-T_0} = \dfrac{4}{3}$ が成り立つことを示せ.
(3) $T_1$ における $P^2$ の値を求め,$P_s^2(T_c)$ との比を計算せよ.
(4) 転移が2次に近づく($\abs{g_4}\to0$)極限で $T_c\to T_0$,$P_s(T_c)\to0$ となることを確かめよ.
ヒント:(1) 判別式 $g_4^2-4g_2g_6\ge0$ より $T_1 = T_0+\dfrac{g_4^2}{4\gamma g_6}$. (2) $T_c-T_0 = \dfrac{3g_4^2}{16\gamma g_6}$,$T_1-T_0=\dfrac{g_4^2}{4\gamma g_6}=\dfrac{4g_4^2}{16\gamma g_6}$.比は $4/3$. (3) $T_1$ では重根 $P^2 = \dfrac{\abs{g_4}}{2g_6}$.$P_s^2(T_c)=\dfrac{3\abs{g_4}}{4g_6}$ なので比は $\dfrac{1/2}{3/4}=\dfrac23$. (4) $T_c-T_0\propto g_4^2\to0$,$P_s^2(T_c)\propto\abs{g_4}\to0$.1次転移が連続的に2次転移に移行する点($g_4=0$)を三重臨界点(tricritical point)という.$\mathrm{PbZr_{1-x}Ti_xO_3}$ では組成 $x$ を変えることで実際にこの点を通過できる.
演習19.6 点群から分域数を予言する(第4章の応用)
次の強誘電相転移について,分域の種類数を群論的に求めよ.また $180^\circ$ 分域壁と,それ以外の分域壁の種類を数えよ.
(1) $\mathrm{PbTiO_3}$:$m\bar{3}m\to4mm$
(2) $\mathrm{BiFeO_3}$:$m\bar{3}m\to3m$
(3) $\mathrm{LiNbO_3}$:$\bar{3}m\to3m$
(4) $\mathrm{KH_2PO_4}$:$\bar{4}2m\to mm2$
ヒント:式 \eqref{eq:19-domain-count} $[G:H]=\abs{G}/\abs{H}$ を使う.位数は $\abs{m\bar{3}m}=48$,$\abs{4mm}=8$,$\abs{3m}=6$,$\abs{\bar{3}m}=12$,$\abs{\bar{4}2m}=8$,$\abs{mm2}=4$. (1) $48/8=6$($\langle100\rangle$ の6方向).$180^\circ$ 壁が1種,$90^\circ$ 壁が4種. (2) $48/6=8$($\langle111\rangle$ の8方向).$180^\circ$ が1,$71^\circ$ と $109^\circ$ が各3. (3) $12/6=2$.$180^\circ$ 分域しかない.これが $\mathrm{LiNbO_3}$ で周期分極反転構造($\mathrm{PPLN}$)をきれいに作れる理由である——$90^\circ$ 壁のような歪みを伴う壁がないので,光学素子として理想的である. (4) $8/4=2$.やはり $180^\circ$ 分域のみ. 分域が2種類しかない物質は,応力による分域の絡み合いが起きないので,光学・電気光学デバイスに向く.群論の指数計算が,そのまま材料選定の指針になる.
参考文献
- C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(下)』第8版,丸善出版,第16章「誘電体と強誘電体」.—— 本章の骨格.局所電場,Clausius–Mossotti,分極カタストロフィ,Landau 展開の記述はこの章に対応する.ポラリトンについては第14章も参照.
- 望月 泰英「物質の対称性と群論 2. 点群と空間群」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日),スライド2-4.—— 「極性あり=結晶構造に分極あり」「電場による分極反転可能な焦電体=強誘電体」「新規強誘電体の探索は新規超伝導体の探索より困難」.本章19.4節・19.9節はこの記述に沿っている.
- N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapter 27. —— 局所場と Clausius–Mossotti のより厳密な扱い,および LST 関係.
- M. E. Lines, A. M. Glass, Principles and Applications of Ferroelectrics and Related Materials, Oxford University Press (1977). —— 強誘電体の標準的な専門書.Landau–Devonshire 理論の詳細はこの本が最も丁寧である.
- R. H. Lyddane, R. G. Sachs, E. Teller, "On the Polar Vibrations of Alkali Halides", Phys. Rev. 59, 673 (1941). —— LST 関係の原論文.
- W. Cochran, "Crystal Stability and the Theory of Ferroelectricity", Phys. Rev. Lett. 3, 412 (1959). —— ソフトモードの概念の提唱.
- A. F. Devonshire, "Theory of Barium Titanate", Phil. Mag. 40, 1040 (1949); 42, 1065 (1951). —— $\mathrm{BaTiO_3}$ の3段階相転移を Landau 展開で説明した古典的論文.
- R. D. King-Smith, D. Vanderbilt, "Theory of polarization of crystalline solids", Phys. Rev. B 47, 1651 (1993); R. Resta, Rev. Mod. Phys. 66, 899 (1994). —— 分極の現代的理論(Berry 位相法).
- N. A. Hill, "Why Are There so Few Magnetic Ferroelectrics?", J. Phys. Chem. B 104, 6694 (2000). —— $d^0$ ルールとマルチフェロイックの困難を明快に整理した論文.
- R. E. Cohen, "Origin of ferroelectricity in perovskite oxides", Nature 358, 136 (1992). —— $\mathrm{BaTiO_3}$ と $\mathrm{PbTiO_3}$ の強誘電性における共有結合性の役割を第一原理計算で示した.
- M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapter 10. —— $\Gamma$ 点フォノンの既約表現分解(19.6.6節).
- 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版.—— 群–部分群関係と分域の数え上げ(19.4.3節).