付録A数学ノート
本書の第III部(第12章〜第20章)は,キッテル『固体物理学入門』を骨格にしている.キッテルは名著だが,読んでいて何度も手が止まる.出発点の式が書かれ,次のページに結論の式が書かれ,その間の代数計算が丸ごと省略されているからである.「両辺に何を掛けたのか」「どこで展開を打ち切ったのか」「和がどうして積分になったのか」——それを自分で埋める作業に,多くの読者が時間を取られてきた.
本書ではその「間」をすべて書くことにした.しかし各章で毎回ゼロから数学を立ち上げていては,物理の筋が見えなくなる.そこで,繰り返し使う道具をこの付録Aに集めた.本文で「付録A参照」と出てきたら,ここに戻ってくればよい.
ただし公式集にはしたくない.公式だけ並べても,なぜそれが成り立つかを知らなければ,少し形が変わった問題に出会った瞬間に使えなくなる.そこで,ほとんどすべての公式に短い証明か導出を付けた.長くても20行程度である.どれも紙と鉛筆で追える.
読み方は二通りある.ひとつは,第III部を読み始める前に一度ざっと眺めておく方法.もうひとつは,本文で行き詰まったときに該当節だけを読む方法.後者のために,A.12に「どの節が本文のどこで使われるか」の索引表を置いた.
- Fourier 級数と Fourier 変換 —— 逆格子が「Fourier 変換の格子」であることの再確認(A.1)
- 周期境界条件と状態の数え方 —— $\sum_\kk \to \frac{V}{(2\pi)^3}\int\dd^3k$ と,1・2・3次元の状態密度(A.2)
- Sommerfeld 展開の完全導出 —— 電子比熱が $T$ に比例する理由の数学的核心(A.3)
- 固体物理で繰り返し現れる定積分の表と,その導出(A.4)
- Gamma 関数と Riemann ゼータ関数の最小限(A.5)
- 固有値問題と永年方程式 —— $2\times2$ の一般解,トレースと行列式の不変性(A.6)
- テンソルと添字記法,Voigt 表記(A.7)
- 複素数と留数定理の要点,$\dfrac{1}{x\pm\ii\eta}=\PV\dfrac1x\mp\ii\pi\delta(x)$(A.8)
- Dirac のデルタ関数(A.9)
- Legendre 変換と熱力学ポテンシャル(A.10)
- 統計力学の最小限 —— Bose 分布・Fermi 分布の導出(A.11)
A.1 Fourier 級数と Fourier 変換
固体物理学が Fourier 解析と不可分なのは,結晶が周期的だからである.周期関数を扱う自然な言語が Fourier 級数であり,その「周波数」にあたるものが逆格子ベクトルである.第3章でも Fourier 展開から逆格子を導入したが,ここではその道具立てである Fourier 解析そのものを整理しておく.
A.1.1 1次元の Fourier 級数
定義:Fourier 級数(複素形)
周期 $a$ の関数 $n(x)$,すなわち $n(x+a)=n(x)$ を満たす関数は,次のように展開できる.
$p$ は整数である.$2\pi p/a$ が「許される波数」であり,これが1次元の逆格子点にほかならない.
係数の式 \eqref{eq:A-fseries} がどこから出てくるのかを,丁寧に見ておこう.すべては次の直交性ひとつに帰着する.
導出:指数関数の直交性
整数 $p,p'$ に対して
$$ \frac{1}{a}\int_0^a \ee^{\ii\,2\pi(p-p')x/a}\,\dd x = \delta_{pp'} $$を示す.$m \equiv p-p'$ と置く.$m=0$ なら被積分関数は $1$ なので,積分は $a$,$1/a$ を掛けて $1$ である.
$m\neq0$ のときは,指数関数の原始関数がそのまま使えて
$$ \frac{1}{a}\int_0^a \ee^{\ii\,2\pi m x/a}\,\dd x = \frac{1}{a}\left[\frac{a}{\ii\,2\pi m}\,\ee^{\ii\,2\pi m x/a}\right]_0^a = \frac{1}{\ii\,2\pi m}\left(\ee^{\ii\,2\pi m} - 1\right) $$$m$ は整数だから $\ee^{\ii 2\pi m}=1$(Euler の公式 $\ee^{\ii\theta}=\cos\theta+\ii\sin\theta$ で $\theta=2\pi m$ とすればよい).よって括弧の中は $0$ になり,積分は $0$ である.
これで直交性が言えた.あとは \eqref{eq:A-fseries} の第1式の両辺に $\ee^{-\ii 2\pi p' x/a}$ を掛けて $0$ から $a$ まで積分し,$1/a$ を掛ければよい.
$$ \frac{1}{a}\int_0^a n(x)\,\ee^{-\ii 2\pi p'x/a}\dd x = \sum_p n_p\cdot\frac{1}{a}\int_0^a \ee^{\ii 2\pi (p-p')x/a}\dd x = \sum_p n_p\,\delta_{pp'} = n_{p'} $$和の中でただ1項 $p=p'$ だけが生き残る.これが「係数を取り出す」という操作の中身である.∎
補足:実関数であるための条件
$n(x)$ が実数値をとる(電子密度やポテンシャルはそうである)なら,$n(x)^*=n(x)$ より
$$ \sum_p n_p^*\,\ee^{-\ii 2\pi px/a} = \sum_p n_p\,\ee^{+\ii 2\pi px/a} $$左辺で $p\to-p$ と番号を付け替えると $\sum_p n_{-p}^*\ee^{\ii 2\pi px/a}$ となるから,係数を比較して
$$ n_{-p} = n_p^{*} $$が必要十分である.特に $n_0$ は実数であり,これは $n(x)$ の平均値に等しい.
この条件を使うと,$p$ と $-p$ の項をまとめて
$$ n(x) = n_0 + \sum_{p>0}\left(n_p\ee^{\ii 2\pi px/a}+n_p^*\ee^{-\ii 2\pi px/a}\right) = n_0 + 2\sum_{p>0}\mathrm{Re}\!\left[n_p\,\ee^{\ii 2\pi px/a}\right] $$と,実数だけの表式に書き直せる.$n_p=|n_p|\ee^{\ii\phi_p}$ と書けば $n(x)=n_0+2\sum_{p>0}|n_p|\cos(2\pi px/a+\phi_p)$ である.X線回折で測れるのは $|n_p|$ だけで,位相 $\phi_p$ は測れない——これが結晶構造解析における「位相問題」である(第3章の構造因子の議論を参照).
A.1.2 3次元・結晶の場合と逆格子
結晶中の電子密度 $n(\rr)$ は,任意の格子並進ベクトル $\TT=u_1\aa_1+u_2\aa_2+u_3\aa_3$($u_i$ は整数)に対して
$$ n(\rr+\TT) = n(\rr) $$を満たす.これを Fourier 展開するとどうなるか.
導出:周期性が逆格子を生む
まず,$n(\rr)$ を「あらゆる波数」で展開しておく.
$$ n(\rr) = \sum_{\kk} n_{\kk}\,\ee^{\ii\kk\cdot\rr} $$ここに周期性の条件を課す.$\rr\to\rr+\TT$ と置き換えると
$$ n(\rr+\TT) = \sum_{\kk} n_{\kk}\,\ee^{\ii\kk\cdot\rr}\,\ee^{\ii\kk\cdot\TT} $$これが $n(\rr)$ に等しいためには,各 $\kk$ について
$$ n_\kk\left(\ee^{\ii\kk\cdot\TT}-1\right)=0 $$でなければならない.つまり $n_\kk\neq0$ となる波数は
を満たすものに限られる.この条件は逆格子ベクトル $\GG$ の定義そのものである(第3章).したがって
$$ n(\rr) = \sum_{\GG} n_{\GG}\,\ee^{\ii\GG\cdot\rr}, \qquad n_{\GG} = \frac{1}{V_{\text{cell}}}\int_{\text{cell}} n(\rr)\,\ee^{-\ii\GG\cdot\rr}\,\dd^3r $$積分は基本単位胞(primitive cell)1個ぶんにわたる.∎
物理的意味:逆格子とは何だったのか
逆格子は,第3章でも同じように Fourier 展開から $\ee^{\ii\GG\cdot\TT}=1$ という条件として導入され,そのうえで $\bb_1 = 2\pi\,\dfrac{\aa_2\times\aa_3}{\aa_1\cdot(\aa_2\times\aa_3)}$ という具体形が構成された.ここであらためて Fourier 解析の言葉で整理してみると,逆格子とは結晶の周期性と両立する波数の集合にほかならないことがはっきりする.
言い換えれば,逆格子は実格子の Fourier 変換である.実空間で「格子点に並んだ点」だったものが,波数空間でも「格子点に並んだ点」になる.この自己相似的な構造こそが,回折実験($\Delta\kk=\GG$ のときだけ強め合う)と Bloch の定理($\psi_\kk(\rr)$ の $\kk$ が $\GG$ だけずれても同じ状態)という,固体物理の二本柱を支えている.
実際,$\bb_i\cdot\aa_j=2\pi\delta_{ij}$ から $\GG\cdot\TT = (v_1\bb_1+v_2\bb_2+v_3\bb_3)\cdot(u_1\aa_1+u_2\aa_2+u_3\aa_3)=2\pi(v_1u_1+v_2u_2+v_3u_3)$ となり,確かに \eqref{eq:A-recip} が成り立っている.
A.1.3 Fourier 変換 —— 級数からの極限
周期がない(あるいは周期が無限大の)関数を扱うには,Fourier 級数の極限をとる.この極限操作は A.2 の「状態の数え方」と完全に同じ論理なので,ここで丁寧に見ておく価値がある.
導出:Fourier 級数 → Fourier 変換
長さ $L$ の区間で周期的な関数を考える.許される波数は $k_p = 2\pi p/L$($p$ は整数)で,隣り合う波数の間隔は
$$ \Delta k = \frac{2\pi}{L} $$である.Fourier 級数は
$$ f(x) = \sum_p f_p\,\ee^{\ii k_p x}, \qquad f_p = \frac{1}{L}\int_{-L/2}^{L/2} f(x)\,\ee^{-\ii k_p x}\dd x $$ここで $\tilde f(k_p)\equiv L f_p$ と定義し直す($L$ を掛けておくのがコツ).すると
$$ f(x) = \frac{1}{L}\sum_p \tilde f(k_p)\,\ee^{\ii k_p x} = \frac{1}{2\pi}\sum_p \tilde f(k_p)\,\ee^{\ii k_p x}\,\underbrace{\frac{2\pi}{L}}_{\Delta k} $$$L\to\infty$ とすると $\Delta k\to0$ で,和は Riemann 和として積分に移行する.
$\tilde f(k)$ の式には $L$ が残っていないことに注意.$\tilde f=Lf_p$ と定義したときの $L$ が,$f_p$ の定義にあった $1/L$ をちょうど打ち消したのである.∎
注意:$2\pi$ をどこに置くかの流儀
Fourier 変換には少なくとも3つの流儀がある.
- 本書の規約(非対称・物理流):順変換に $2\pi$ なし,逆変換に $1/2\pi$(3次元なら $1/(2\pi)^3$).$\kk$ 空間の体積要素が状態数と直結するので,固体物理ではこれが圧倒的に便利である.
- 対称流:両方に $1/\sqrt{2\pi}$.Parseval の等式がきれいになる.
- $\nu$ 流:$\ee^{-2\pi\ii\nu x}$ を使い,係数をどちらにも付けない.信号処理でよく使う.
他書と式を突き合わせるときは,まずどの流儀かを確認すること.$2\pi$ が合わないという事故の大半はこれが原因である.
3次元版は,各方向について同じことをするだけである.
A.1.4 Parseval の等式
導出:Parseval(Plancherel)の等式
本書の規約では
となる.導出は,$|f|^2=f^*f$ の一方だけを Fourier 表示に書き換えるのがコツである.
$$ \int |f(x)|^2\dd x =\int \dd x\; f^*(x)\,\frac{1}{2\pi}\int \dd k\,\tilde f(k)\ee^{\ii kx} $$$x$ 積分と $k$ 積分の順序を交換すると
$$ =\frac{1}{2\pi}\int \dd k\,\tilde f(k)\underbrace{\int \dd x\, f^*(x)\,\ee^{\ii kx}}_{=\;\tilde f(k)^*} =\frac{1}{2\pi}\int|\tilde f(k)|^2\dd k $$下線部が $\tilde f(k)^*$ になるのは,$\tilde f(k)=\int f(x)\ee^{-\ii kx}\dd x$ の複素共役をとれば $\tilde f(k)^*=\int f^*(x)\ee^{+\ii kx}\dd x$ だからである.∎
周期関数の場合(Fourier 級数)の対応物は
$$ \frac{1}{a}\int_0^a|n(x)|^2\dd x = \sum_p |n_p|^2 $$である.この形は A.4 で $\zeta(4)=\pi^4/90$ を導くときに使う.
A.1.5 微分・畳み込み・Poisson 方程式
定理A.1 微分は $k$ 空間で掛け算になる
$$ \frac{\dd f}{\dd x}\;\longleftrightarrow\;\ii k\,\tilde f(k), \qquad \nabla f \;\longleftrightarrow\; \ii\kk\,\tilde f(\kk), \qquad \nabla^2 f \;\longleftrightarrow\; -k^2\,\tilde f(\kk) $$証明:$f(x)=\frac{1}{2\pi}\int\tilde f(k)\ee^{\ii kx}\dd k$ を $x$ で微分すると,微分は $x$ にしか作用しないので積分の中に入れられて
$$ \frac{\dd f}{\dd x}=\frac{1}{2\pi}\int \tilde f(k)\,(\ii k)\,\ee^{\ii kx}\dd k $$つまり $\dd f/\dd x$ の Fourier 係数が $\ii k\tilde f(k)$ である.∎
物理的意味:微分方程式が代数方程式になる
これがなぜ強力かというと,微分方程式が代数方程式に化けるからである.Poisson 方程式
$$ \nabla^2\phi(\rr) = -\frac{\rho(\rr)}{\epsilon_0} $$を Fourier 変換すると,$-k^2\tilde\phi(\kk)=-\tilde\rho(\kk)/\epsilon_0$,すなわち
$$ \tilde\phi(\kk)=\frac{\tilde\rho(\kk)}{\epsilon_0 k^2} $$と,割り算ひとつで解けてしまう.点電荷 $\rho(\rr)=q\delta(\rr)$ なら $\tilde\rho=q$ で $\tilde\phi=q/\epsilon_0k^2$,これを逆変換すると Coulomb ポテンシャル $q/4\pi\epsilon_0 r$ が出る.つまり
$$ \frac{1}{(2\pi)^3}\int \frac{4\pi}{k^2}\ee^{\ii\kk\cdot\rr}\dd^3k=\frac{1}{r} \qquad\Longleftrightarrow\qquad \int\frac{\ee^{-\ii\kk\cdot\rr}}{r}\dd^3 r=\frac{4\pi}{k^2} $$この「$1/r$ の Fourier 変換は $4\pi/k^2$」という関係は,第18章の Thomas–Fermi 遮蔽や第19章の局所電場の議論で繰り返し使う.遮蔽された Coulomb(湯川型)ポテンシャルなら $4\pi/(k^2+k_s^2)$ となり,実空間では $\ee^{-k_s r}/r$ になる.
定理A.2 畳み込み定理
畳み込み(convolution)を $(f*g)(x)\equiv\int f(x')g(x-x')\dd x'$ と定義すると
$$ \widetilde{(f*g)}(k)=\tilde f(k)\,\tilde g(k) $$証明:定義に代入して $x''=x-x'$ と変数変換する.
$$ \int\dd x\,\ee^{-\ii kx}\int\dd x' f(x')g(x-x') =\int\dd x'\,f(x')\int \dd x''\,g(x'')\,\ee^{-\ii k(x'+x'')} $$ $$ =\left(\int f(x')\ee^{-\ii kx'}\dd x'\right)\left(\int g(x'')\ee^{-\ii kx''}\dd x''\right)=\tilde f\tilde g $$指数関数が $\ee^{-\ii k(x'+x'')}=\ee^{-\ii kx'}\ee^{-\ii kx''}$ と分離できることがすべてである.∎
使いどころ:結晶=格子 $*$ 基底 なので,その Fourier 変換は(格子の変換)$\times$(基底の変換)=(逆格子)$\times$(構造因子)になる.第3章で「格子がピークの位置を,基底がピークの高さを決める」と述べたことの数学的な中身が,この定理である.
確認A.1
幅 $2b$ の矩形関数 $f(x)=1\;(|x|\lt b)$,$0\;(|x|\gt b)$ の Fourier 変換を計算し,$\tilde f(k)=2\sin(kb)/k$ となることを示せ.$b\to\infty$ のとき $\tilde f$ が $\delta$ 関数に近づくことを,A.9 の表示と見比べて確認せよ.
ヒント:$\int_{-b}^{b}\ee^{-\ii kx}\dd x=\left[\frac{\ee^{-\ii kx}}{-\ii k}\right]_{-b}^{b}=\frac{\ee^{\ii kb}-\ee^{-\ii kb}}{\ii k}=\frac{2\sin kb}{k}$.$k\to0$ で $2b$(幅そのもの)になることも確かめよ.
A.2 周期境界条件と状態の数え方
「状態がいくつあるか」を数える技術は,固体物理でもっとも頻繁に使う道具である.フォノンの Debye モデル(第14章),自由電子気体の Fermi エネルギー(第15章),半導体のキャリア濃度(第17章)——どれも出発点は状態の数え方である.ここを曖昧にしたまま先に進むと,必ずどこかで係数が合わなくなる.
A.2.1 なぜ周期境界条件を課すのか
なぜ:固定端ではなく周期境界条件を使う理由
有限の結晶を扱うには,端の条件を決めなければならない.素直なのは「表面で波動関数が $0$」という固定端条件だが,それだと解が $\sin(k x)$ という定在波になり,進行波 $\ee^{\ii kx}$ が使えなくなる.進行波でないと群速度 $v=\partial\omega/\partial k$ や電流が定義しにくい.
そこで,長さ $L$ の系の右端と左端をつないでしまう.1次元なら円環,3次元なら「$L$ だけ進むと元に戻る」という約束である.これを Born–von Kármán の周期境界条件(periodic boundary condition, PBC)という.
物理的には「端の影響は無視する」という近似である.$N\sim10^{23}$ 個の原子のうち表面にあるのは $N^{2/3}\sim10^{15}$ 個,比にして $10^{-8}$ にすぎない.バルクの性質を論じる限り,境界条件の取り方は結果に効かない.
導出:許される波数
平面波 $\psi(x)=\ee^{\ii k_x x}$ に \eqref{eq:A-pbc} を課す.
$$ \ee^{\ii k_x(x+L)}=\ee^{\ii k_x x} \quad\Longrightarrow\quad \ee^{\ii k_x L}=1 $$Euler の公式より $\ee^{\ii\theta}=1$ となるのは $\theta=2\pi\times$整数 のときだから
$y,z$ も同様.したがって許される $\kk$ は,$\kk$ 空間の中で間隔 $2\pi/L$ の単純立方格子をなす.
1状態あたりが占める $\kk$ 空間の体積は
である.$V$ が大きいほど点は密になるが,密度は $V/(2\pi)^3$ で決まっていて,系の詳細によらない.∎
注意:固定端条件と比べても答えは同じ
固定端 $\psi(0)=\psi(L)=0$ を課すと解は $\sin(k_xx)$ で $k_x=\pi n_x/L$($n_x=1,2,3,\ldots$)となる.間隔は $\pi/L$ で PBC の半分だが,$n_x$ が正の値しかとれない.だから3次元では,$\kk$ 空間の $1/8$($k_x,k_y,k_z>0$ の八分空間)だけを,間隔 $\pi/L$ の格子で埋めることになる.状態数は
$$ \frac{1}{8}\times\frac{1}{(\pi/L)^3}=\frac{L^3}{8\pi^3}=\frac{V}{(2\pi)^3} $$で,PBC の結果 \eqref{eq:A-kvol} と完全に一致する.境界条件の選び方は状態密度に影響しない.安心して扱いやすい PBC を使ってよい.
A.2.2 和を積分に直す
導出:$\sum_\kk\to\frac{V}{(2\pi)^3}\int\dd^3k$
$\kk$ 空間の微小体積 $\dd^3k$ の中にある状態の数は,$\dd^3k$ を「1状態あたりの体積」 $(2\pi)^3/V$ で割ったもの,すなわち
$$ \dd N_{\text{states}}=\frac{V}{(2\pi)^3}\dd^3k $$である.したがって,$\kk$ の関数 $F(\kk)$ をすべての状態について足し上げる操作は,$L$ が十分大きくて $\kk$ 点が密であるかぎり
と積分で置き換えられる.これは A.1.3 で Fourier 級数を Fourier 変換に直したのとまったく同じ操作である.次元ごとに書けば
$$ \sum_{k}\to\frac{L}{2\pi}\int\dd k \;\;(1\text{次元}),\qquad \sum_{\kk}\to\frac{A}{(2\pi)^2}\int\dd^2k \;\;(2\text{次元}) $$$L$,$A$,$V$ はそれぞれ系の長さ・面積・体積である.∎
注意:スピン因子2をいつ掛けるか
式 \eqref{eq:A-sum2int} の $\sum_\kk$ は軌道状態(波数)についての和であって,スピンは含まない.電子のようにスピン $1/2$ を持つ粒子では,ひとつの $\kk$ に対して $\uparrow$ と $\downarrow$ の2状態があるから,状態を数えるときは
$$ \sum_{\kk,\sigma}=2\sum_{\kk}\;\longrightarrow\;\frac{2V}{(2\pi)^3}\int\dd^3k $$と因子2を掛ける.一方,
- フォノン:スピン因子はない.代わりに「偏極(polarization)」の分枝が3本(縦1・横2)あるので,必要なら因子3を掛ける.
- 光子:横波偏光が2つなので因子2.光子はスピン1だが,質量ゼロのためヘリシティ $\pm1$ の2状態しか許されず,$2S+1=3$ とは数えない.
- 磁場中の電子やスピン分極した系:$\uparrow$ と $\downarrow$ でエネルギーが違うので,単純に2を掛けてはいけない.$D_\uparrow(\epsilon)$ と $D_\downarrow(\epsilon)$ を別々に扱う(第20章).
本書では,混乱を避けるために「$D(\epsilon)$ にスピンを含めるかどうか」をそのつど明記する.慣例としては,電子の状態密度にはスピンを含めることが多い(本書もそうする).
A.2.3 状態密度の一般公式
定義:状態密度(density of states, DOS)
エネルギーが $\epsilon$ と $\epsilon+\dd\epsilon$ の間にある状態の数を $D(\epsilon)\dd\epsilon$ と書く.$D(\epsilon)$ を状態密度という.デルタ関数(A.9)を使えば
$$ D(\epsilon)=\sum_{\kk,\sigma}\delta(\epsilon-\epsilon_\kk) $$と定義できる.単位は[状態数/エネルギー]である.単位体積あたりに直したものを使う流儀もあるので,単位には注意すること.
導出:等エネルギー面積分による一般公式
$\kk$ 空間で $\epsilon_\kk=\epsilon$ を満たす面(等エネルギー面)を $S(\epsilon)$ とする.$\epsilon$ の面と $\epsilon+\dd\epsilon$ の面に挟まれた殻の体積を求めたい.
面上の点で,面に垂直な方向へ $\delta k_\perp$ だけ進むとエネルギーは $|\nabla_\kk\epsilon|\,\delta k_\perp$ だけ増える(勾配の定義そのもの.勾配は等エネルギー面に垂直である).これが $\dd\epsilon$ に等しいから
$$ \delta k_\perp=\frac{\dd\epsilon}{|\nabla_\kk\epsilon_\kk|} $$殻の体積は $\int_{S(\epsilon)}\dd S\,\delta k_\perp$ だから,状態密度は
先頭の因子 $2$ は,定義のスピン和 $\sum_\sigma$ から出たものである.スピンを数えない流儀ではこの $2$ を落とせばよい.∎
この式は,$|\nabla_\kk\epsilon|=0$ となる点——バンドの極大・極小・鞍点——で被積分関数が発散することを示している.これがvan Hove 特異点である(第14章・第18章).「バンドが平らなところで状態密度が尖る」という事実は,この分母から来ている.
A.2.4 具体的な計算 —— 次元と分散関係で場合分け
実際に使う形は,ほとんど次の2種類の分散関係に尽きる.
- 放物線型 $\epsilon=\dfrac{\hbar^2k^2}{2m}$:自由電子(第15章),バンド端近傍の有効質量近似(第17章)
- 線形 $\omega=vk$:音響フォノン(第13・14章),光子
導出:3次元・放物線型(自由電子)
手順は3段階である.(i) 半径 $k$ の球の中の状態数 $N(k)$ を数える,(ii) $k$ を $\epsilon$ で書き換える,(iii) $\epsilon$ で微分する.
(i) 半径 $k$ の球の体積は $\frac{4}{3}\pi k^3$.これを1状態あたりの体積 $(2\pi)^3/V$ で割り,スピンで2倍して
$$ N(k)=2\cdot\frac{V}{(2\pi)^3}\cdot\frac{4\pi k^3}{3} =\frac{2V}{8\pi^3}\cdot\frac{4\pi k^3}{3} =\frac{Vk^3}{3\pi^2} $$(ii) $\epsilon=\hbar^2k^2/2m$ を $k$ について解くと $k=\sqrt{2m\epsilon}/\hbar$,すなわち $k^3=(2m\epsilon/\hbar^2)^{3/2}$.よって
(iii) $\epsilon$ で微分する.$\epsilon^{3/2}$ の微分は $\frac32\epsilon^{1/2}$ だから
最後の形 $D=\frac{3N}{2\epsilon}$ は覚えておくと便利である.「$N\propto\epsilon^{3/2}$ を微分すれば $\frac32$ が前に出て $\epsilon$ で割られる」と思えばよい.∎
物理的意味:$\mathrm{Cu}$ で数値を入れてみる
銅は $\mathrm{fcc}$ で $a=3.61\,\text{Å}$,慣用単位胞(立方単位胞)あたり4原子,1原子あたり伝導電子1個だから
$$ n=\frac{4}{(3.61\times10^{-8}\,\mathrm{cm})^3}=8.5\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}} $$\eqref{eq:A-N3d} を $n=N/V$ について書くと $k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$.数値を入れると $k_F=1.36\times10^{8}\ \mathrm{cm^{-1}}=1.36\ \text{Å}^{-1}$.
$$ \epsilon_F=\frac{\hbar^2k_F^2}{2m}=7.0\ \mathrm{eV}, \qquad T_F=\frac{\epsilon_F}{k_B}=8.2\times10^4\ \mathrm{K} $$$\epsilon_F$ が $7\ \mathrm{eV}$,Fermi 温度が $8$ 万 $\mathrm{K}$.これが金属の電子系の「桁」である.室温 $300\ \mathrm{K}$ は $k_BT=0.026\ \mathrm{eV}$ だから,$k_BT/\epsilon_F\approx0.004$——つまり室温は電子にとって絶対零度に極めて近い.この小ささが,A.3 の Sommerfeld 展開が有効である理由であり,金属の電子比熱が古典値 $\frac32Nk_B$ よりはるかに小さい理由でもある.
状態密度は $D(\epsilon_F)=\frac{3N}{2\epsilon_F}$,1原子あたりに直すと $\frac{3}{2\times7.0}=0.21\ \mathrm{eV^{-1}}$ 程度である.
導出:2次元と1次元(放物線型)
2次元(面積 $A$):半径 $k$ の円の面積 $\pi k^2$ を $(2\pi)^2/A$ で割り,スピン2倍.
$$ N(k)=2\cdot\frac{A}{(2\pi)^2}\cdot\pi k^2=\frac{Ak^2}{2\pi} $$$k^2=2m\epsilon/\hbar^2$ を代入すると $N(\epsilon)=\dfrac{Am\epsilon}{\pi\hbar^2}$,微分して
$\epsilon$ に依存しない! これが2次元電子系(半導体ヘテロ構造,グラフェンでない通常の量子井戸)の特徴である.
1次元(長さ $L$):$-k$ から $+k$ までの「線分の長さ」は $2k$.これを $2\pi/L$ で割り,スピン2倍.
$$ N(k)=2\cdot\frac{L}{2\pi}\cdot2k=\frac{2Lk}{\pi} $$$k=\sqrt{2m\epsilon}/\hbar$ の微分は $\dfrac{\dd k}{\dd\epsilon}=\dfrac{1}{\hbar}\sqrt{\dfrac{m}{2\epsilon}}$ だから
バンド端 $\epsilon\to0$ で発散する.これは \eqref{eq:A-dosgeneral} の $|\nabla_\kk\epsilon|\to0$ から予想されたとおりである.∎
導出:線形分散 $\omega=vk$(フォノン・光子)
今度は「エネルギー」ではなく「角振動数 $\omega$」で数える.1本の分枝(偏極)あたりで計算し,必要なら分枝の数を掛ける.
3次元:$N(\omega)=\dfrac{V}{(2\pi)^3}\cdot\dfrac{4\pi k^3}{3}=\dfrac{Vk^3}{6\pi^2}=\dfrac{V\omega^3}{6\pi^2v^3}$.微分して
この $\omega^2$ が,Debye モデルの $T^3$ 法則の源である(第14章).
2次元:$N=\dfrac{A}{(2\pi)^2}\pi k^2=\dfrac{A\omega^2}{4\pi v^2}$,$D=\dfrac{A\omega}{2\pi v^2}\propto\omega$.2次元 Debye 模型では比熱が $T^2$ に比例する.
1次元:$N=\dfrac{L}{2\pi}2k=\dfrac{L\omega}{\pi v}$,$D=\dfrac{L}{\pi v}=$ 一定.比熱は $T$ に比例する.
一般に,$d$ 次元で $\omega=vk$ なら $D(\omega)\propto\omega^{d-1}$ で,低温比熱は $C\propto T^{d}$ になる.∎
なぜ:$D(\epsilon)\propto\epsilon^{d/2-1}$ と $D(\omega)\propto\omega^{d-1}$ の統一的な見方
両者は次のように一発で出る.$d$ 次元では,半径 $k$ の球の体積は $\propto k^d$ だから $N\propto k^d$.したがって
$$ D=\frac{\dd N}{\dd\epsilon}=\frac{\dd N}{\dd k}\frac{\dd k}{\dd\epsilon}\propto k^{d-1}\frac{1}{|\dd\epsilon/\dd k|} $$- 線形 $\epsilon=\hbar vk$:$\dd\epsilon/\dd k=$ 一定 だから $D\propto k^{d-1}\propto\epsilon^{d-1}$.
- 放物線 $\epsilon=\hbar^2k^2/2m$:$\dd\epsilon/\dd k\propto k$ だから $D\propto k^{d-2}\propto\epsilon^{(d-2)/2}=\epsilon^{d/2-1}$.
覚えるべきは「$k^{d-1}$(球面の面積)を群速度で割る」という一行だけである.あとは分散関係を代入すればよい.
| 次元 | $\displaystyle\sum_\kk\to$ | $\epsilon=\hbar^2k^2/2m$ に対する $D(\epsilon)$ | $\omega=vk$ に対する $D(\omega)$ |
|---|---|---|---|
| 1(長さ $L$) | $\dfrac{L}{2\pi}\displaystyle\int\dd k$ | $\dfrac{L}{2\pi\hbar}\sqrt{\dfrac{2m}{\epsilon}}\;\propto\epsilon^{-1/2}$ | $\dfrac{L}{\pi v}$(一定) |
| 2(面積 $A$) | $\dfrac{A}{(2\pi)^2}\displaystyle\int\dd^2k$ | $\dfrac{Am}{2\pi\hbar^2}$(一定) | $\dfrac{A\omega}{2\pi v^2}\;\propto\omega$ |
| 3(体積 $V$) | $\dfrac{V}{(2\pi)^3}\displaystyle\int\dd^3k$ | $\dfrac{V}{4\pi^2}\left(\dfrac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt{\epsilon}\;\propto\epsilon^{1/2}$ | $\dfrac{V\omega^2}{2\pi^2v^3}\;\propto\omega^2$ |
| 電子(スピン $1/2$)ではすべて2倍.フォノンでは偏極3本ぶんで3倍(Debye 模型).低温比熱は $\epsilon$ 型なら $C\propto T$,$\omega$ 型なら $C\propto T^d$. | |||
補足:Debye 振動数の決め方
実際の結晶では,原子が $N$ 個なら振動の自由度は $3N$ 個しかない.$\omega=vk$ をどこまでも使うと状態が無限に増えてしまうので,$3N$ 個で打ち切る.これが Debye の切断である.
$$ \int_0^{\omega_D}3D(\omega)\dd\omega=3N \quad\Longrightarrow\quad 3\cdot\frac{V}{2\pi^2v^3}\cdot\frac{\omega_D^3}{3}=3N $$整理して
$\Theta_D$ が Debye 温度である.$\mathrm{Cu}$ で $343\ \mathrm{K}$,$\mathrm{Si}$ で $645\ \mathrm{K}$,ダイヤモンドで $2230\ \mathrm{K}$,$\mathrm{Pb}$ で $105\ \mathrm{K}$.硬くて軽い物質ほど $\Theta_D$ が高い($v$ が大きい)ことが読み取れる.詳細は第14章.
確認A.2
(1) グラフェンの電子は $\epsilon=\hbar v_F|k|$ という線形分散を持つ(2次元,$v_F\approx1\times10^6\ \mathrm{m/s}$).状態密度が $D(\epsilon)\propto|\epsilon|$ となり,$\epsilon=0$(Dirac 点)でゼロになることを示せ.
(2) 銅の $k_F=1.36\ \text{Å}^{-1}$ を使い,Fermi 速度 $v_F=\hbar k_F/m$ を計算せよ.光速の何%か.
ヒント:(1) 2次元で $N\propto k^2\propto\epsilon^2$,微分して $D\propto\epsilon$.スピン2に加えて谷(valley)の自由度2があるので,実際には因子4が付く.(2) $v_F=1.57\times10^6\ \mathrm{m/s}$,光速の約 $0.5\%$.
A.3 Sommerfeld 展開
金属の性質を計算するとき,必ず現れるのが次の形の積分である.
$$ I=\int_{-\infty}^{\infty} H(\epsilon)\,f(\epsilon)\,\dd\epsilon, \qquad f(\epsilon)=\frac{1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} $$$f$ は Fermi–Dirac 分布関数,$H(\epsilon)$ は状態密度 $D(\epsilon)$ や $\epsilon D(\epsilon)$ など,$\epsilon$ のなめらかな関数である.この積分は初等関数では書けない.しかし,$k_BT\ll\epsilon_F$ という金属で常に成り立つ条件のもとでは,$k_BT/\epsilon_F$ のべきで展開できる.それが Sommerfeld 展開である.
キッテルは第6章でこの展開の結果だけを使い,途中を「付録」に回している.ここで全部埋める.
A.3.1 出発点 —— なぜ $-\partial f/\partial\epsilon$ が主役なのか
導出:部分積分で $-\partial f/\partial\epsilon$ を作り出す
第1段階.$H(\epsilon)$ の原始関数を用意する.
$$ K(\epsilon)\equiv\int_{-\infty}^{\epsilon}H(\epsilon')\,\dd\epsilon', \qquad \frac{\dd K}{\dd\epsilon}=H(\epsilon),\qquad K(-\infty)=0 $$これを使って $I=\int H f\,\dd\epsilon=\int K' f\,\dd\epsilon$ を部分積分する.
$$ I=\Big[K(\epsilon)f(\epsilon)\Big]_{-\infty}^{\infty}-\int_{-\infty}^{\infty}K(\epsilon)\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\dd\epsilon $$境界項は消える.$\epsilon\to-\infty$ では $K\to0$.$\epsilon\to+\infty$ では $f\to0$ で,しかも $f$ は指数関数的に速く $0$ になるので,$K$ が多項式的に増えても積は $0$ になる.よって
これが出発点である.$f$ そのものではなく $-\partial f/\partial\epsilon$ を相手にするのが,Sommerfeld 展開の唯一にして最大の工夫である.∎
導出:$-\partial f/\partial\epsilon$ の3つの性質
$x\equiv\dfrac{\epsilon-\mu}{k_BT}$ と置くと $f=\dfrac{1}{\ee^{x}+1}$,$\dfrac{\dd x}{\dd\epsilon}=\dfrac{1}{k_BT}$ だから
$$ -\frac{\partial f}{\partial\epsilon} =-\frac{\dd f}{\dd x}\frac{\dd x}{\dd\epsilon} =\frac{1}{k_BT}\cdot\frac{\ee^{x}}{(\ee^{x}+1)^2} $$($\dfrac{\dd}{\dd x}(\ee^x+1)^{-1}=-\dfrac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}$ を使った.)
性質1:規格化されている.
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\left(-\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\right)\dd\epsilon =\Big[-f\Big]_{-\infty}^{\infty}=f(-\infty)-f(+\infty)=1-0=1 $$性質2:$\epsilon-\mu$ について偶関数である.$g(x)\equiv\dfrac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}$ とすると
$$ g(-x)=\frac{\ee^{-x}}{(\ee^{-x}+1)^2} =\frac{\ee^{-x}\cdot \ee^{2x}}{(\ee^{-x}+1)^2\ee^{2x}} =\frac{\ee^{x}}{(1+\ee^{x})^2}=g(x) $$分子・分母に $\ee^{2x}$ を掛けただけである.この対称性が展開に $(k_BT)^{奇数}$ の項を出さない.
性質3:幅が $\sim k_BT$ の鋭いピークである.$x=0$ で $g=1/4$ が最大,$|x|\gtrsim4$ ではほぼゼロ.したがって,$k_BT\ll\epsilon_F$ のとき $-\partial f/\partial\epsilon$ は $\epsilon=\mu$ に立つほぼデルタ関数である.∎
A.3.2 展開の実行
導出:Sommerfeld 展開の本体
第2段階.\eqref{eq:A-somm-start} の $K(\epsilon)$ を $\epsilon=\mu$ のまわりで Taylor 展開する.$-\partial f/\partial\epsilon$ が $\mu$ の近傍にしか値を持たないから,これは正当な操作である.
$$ K(\epsilon)=K(\mu)+K'(\mu)(\epsilon-\mu)+\frac{K''(\mu)}{2!}(\epsilon-\mu)^2+\frac{K'''(\mu)}{3!}(\epsilon-\mu)^3+\frac{K^{(4)}(\mu)}{4!}(\epsilon-\mu)^4+\cdots $$これを代入すると
$$ I=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{K^{(n)}(\mu)}{n!}\int_{-\infty}^{\infty}(\epsilon-\mu)^n\left(-\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\right)\dd\epsilon $$第3段階.各積分を無次元化する.$x=(\epsilon-\mu)/k_BT$,$\dd\epsilon=k_BT\,\dd x$,$(\epsilon-\mu)^n=(k_BT)^nx^n$ を代入すると
$$ \int_{-\infty}^{\infty}(\epsilon-\mu)^n\left(-\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\right)\dd\epsilon =(k_BT)^n\int_{-\infty}^{\infty}x^n\,\frac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\,\dd x \equiv (k_BT)^n\,C_n $$$1/k_BT$ と $\dd\epsilon$ の $k_BT$ が打ち消し合い,きれいに $(k_BT)^n$ だけが残る.
第4段階.$C_n$ を評価する.性質2より $g(x)$ は偶関数だから,$n$ が奇数なら被積分関数は奇関数で $C_{\text{odd}}=0$.偶数については(導出は A.4 に回す)
$$ C_0=1,\qquad C_2=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^2\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x=\frac{\pi^2}{3},\qquad C_4=\frac{7\pi^4}{15} $$第5段階.まとめる.$K(\mu)=\int_{-\infty}^{\mu}H\dd\epsilon$,$K''=H'$,$K^{(4)}=H'''$ に注意して
$$ I=\int_{-\infty}^{\mu}H\,\dd\epsilon +\frac{H'(\mu)}{2!}(k_BT)^2\frac{\pi^2}{3} +\frac{H'''(\mu)}{4!}(k_BT)^4\frac{7\pi^4}{15}+\cdots $$係数を整理する.$\dfrac{1}{2}\cdot\dfrac{\pi^2}{3}=\dfrac{\pi^2}{6}$,$\dfrac{1}{24}\cdot\dfrac{7\pi^4}{15}=\dfrac{7\pi^4}{360}$.
∎
物理的意味:この式は何を言っているのか
第1項 $\int_{-\infty}^{\mu}H\dd\epsilon$ は,$T=0$ での値($f$ が階段関数のときの積分)そのものである.第2項以降が有限温度の補正で,その大きさは $(k_BT)^2$ に比例する.
「$T$ の1乗の項がない」——これが決定的に重要である.Fermi 分布のなまりは $\mu$ の上下で対称だから,$\mu$ より上に押し上げられた電子と,$\mu$ より下に空いた孔とが1次のオーダーでちょうど相殺する.生き残るのは2次からである.
展開パラメータは $(k_BT/\epsilon_F)^2$.銅の室温では $(0.026/7.0)^2\approx1.4\times10^{-5}$.つまり補正は $10^{-5}$ のオーダーで,実質的に $T=0$ の計算で十分である.逆に言えば,この小さな補正だけで電子比熱が説明できてしまうのが Sommerfeld 理論の面白さである.
補足:積分の下限を $-\infty$ から $0$ にしてよい理由
導出では下限を $-\infty$ としたが,実際の状態密度は $\epsilon\lt0$ でゼロである(バンド底を $\epsilon=0$ に取る).したがって $H(\epsilon)=0$ for $\epsilon\lt0$ とすればよく,\eqref{eq:A-sommerfeld} の第1項は $\int_0^\mu H\dd\epsilon$ となる.
厳密には,$\epsilon=0$ で $H$ が不連続(あるいは $\sqrt\epsilon$ 型で微分不可能)なので Taylor 展開の前提が崩れているが,そこは $\mu$ から $\epsilon_F/k_BT\sim10^2$ 個ぶん(銅の室温なら $7.0/0.026\approx270$ 個ぶん)の $k_BT$ だけ離れており,$-\partial f/\partial\epsilon$ は $\ee^{-270}\sim10^{-117}$ という想像を絶する小ささになっている.実害はない.
A.3.3 応用 —— 化学ポテンシャルの温度依存性と電子比熱
導出:$\mu(T)$ の温度依存性
電子数 $N$ は温度によらない.これを条件にして $\mu(T)$ を決める.$H(\epsilon)=D(\epsilon)$ として \eqref{eq:A-sommerfeld} を使うと
$$ N=\int_0^{\infty}D(\epsilon)f(\epsilon)\dd\epsilon =\int_0^{\mu}D(\epsilon)\dd\epsilon+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'(\mu) $$一方 $T=0$ では $N=\int_0^{\epsilon_F}D\dd\epsilon$.両者を等置して
$$ \int_{\epsilon_F}^{\mu}D(\epsilon)\dd\epsilon+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'(\mu)=0 $$$\mu$ と $\epsilon_F$ の差は小さいので,第1項を $\approx(\mu-\epsilon_F)D(\epsilon_F)$ と近似し,$D'(\mu)\approx D'(\epsilon_F)$ とすると
$$ \mu-\epsilon_F=-\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\frac{D'(\epsilon_F)}{D(\epsilon_F)} $$自由電子なら $D\propto\epsilon^{1/2}$ だから $\dfrac{D'}{D}=\dfrac{\dd}{\dd\epsilon}\ln D=\dfrac{1}{2\epsilon}$.よって
∎
意味:温度を上げると化学ポテンシャルはわずかに下がる.理由は状態密度が $\epsilon$ とともに増えているからである.$\mu$ の上に電子を押し上げるとき,上には座席がたくさんあるので少ないエネルギーで済む.数を合わせるには $\mu$ を下げる必要がある.銅の室温では $(\mu-\epsilon_F)/\epsilon_F\approx-1.2\times10^{-5}$,$0.1\ \mathrm{meV}$ 程度のずれにすぎない.金属で $\mu\approx\epsilon_F$ と書いてよいのはこのためである(半導体ではまったく事情が違う.第17章).
導出:電子比熱 $C_{\text{el}}=\gamma T$
全エネルギーは $U=\int_0^\infty \epsilon D(\epsilon)f(\epsilon)\dd\epsilon$.$H(\epsilon)=\epsilon D(\epsilon)$ として \eqref{eq:A-sommerfeld} を使う.$H'=D+\epsilon D'$ だから
$$ U=\int_0^{\mu}\epsilon D\,\dd\epsilon+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\big[D(\mu)+\mu D'(\mu)\big] $$$T$ で微分する.第1項は $\dfrac{\dd}{\dd T}\int_0^\mu \epsilon D\dd\epsilon=\mu D(\mu)\dfrac{\dd\mu}{\dd T}$(微積分学の基本定理).第2項の $\mu$ 依存性は $(k_BT)^2$ の高次補正になるので,$\mu\approx\epsilon_F$ と固定してよい.
$$ C_{\text{el}}=\frac{\dd U}{\dd T} =\mu D(\mu)\frac{\dd\mu}{\dd T}+\frac{\pi^2}{3}k_B^2T\big[D(\epsilon_F)+\epsilon_F D'(\epsilon_F)\big] $$ここで \eqref{eq:A-muT} を微分すると $\dfrac{\dd\mu}{\dd T}=-\dfrac{\pi^2}{3}\dfrac{k_B^2T\,D'(\epsilon_F)}{D(\epsilon_F)}$.代入して $\mu\approx\epsilon_F$ とすると,第1項は $-\dfrac{\pi^2}{3}k_B^2T\,\epsilon_F D'(\epsilon_F)$ となり,第2項の $\epsilon_FD'$ をちょうど打ち消す.残るのは
∎
自由電子で $D(\epsilon_F)=\dfrac{3N}{2\epsilon_F}$ を入れると
$$ C_{\text{el}}=\frac{\pi^2}{2}Nk_B\frac{T}{T_F} $$古典的な期待値 $\frac32Nk_B$ に比べて $\dfrac{\pi^2}{3}\dfrac{T}{T_F}\approx0.01$ 倍——これが「金属の比熱に電子はほとんど寄与しない」という長年の謎の答えである.Pauli 原理のせいで,$\epsilon_F$ から $k_BT$ 以内にいる少数の電子(全体の $T/T_F$ ほど)しか励起されない.
銅の実測値は $\gamma=0.695\ \mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-2}}$,自由電子模型の値は $0.505$.比 $\gamma_{\text{obs}}/\gamma_{\text{free}}=1.38$ を有効質量比 $m^*/m$ と読む(第15章).
確認A.3
Sommerfeld 展開 \eqref{eq:A-sommerfeld} で $H(\epsilon)=1$(定数)としたとき,両辺が何を意味するか説明せよ.また $H(\epsilon)=\epsilon$ としたときの結果を書き下せ.
ヒント:$H=1$ なら $H'=0$ で補正はゼロ,左辺は $\int f\dd\epsilon$ が発散するので形式的な確認にとどまる.$H=\epsilon$ なら $H'=1$ で $\int\epsilon f\dd\epsilon=\frac{\mu^2}{2}+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2$.
A.4 よく使う定積分の表と導出
Debye の $T^3$ 法則,Planck の放射則,Sommerfeld 展開——どれも最後は「ある無次元の定積分の値」に行き着く.それらを一箇所にまとめ,すべて導出しておく.覚える必要はない.この節に戻ってくればよい.
A.4.1 Gauss 積分とそのモーメント
導出:Gauss 積分 $\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-ax^2}\dd x=\sqrt{\pi/a}$
この積分は1次元では初等的に求まらない.有名な技巧は2乗して極座標に移ることである.
$$ I=\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-ax^2}\dd x \quad\Longrightarrow\quad I^2=\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-ax^2}\dd x\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-ay^2}\dd y =\iint \ee^{-a(x^2+y^2)}\dd x\,\dd y $$2次元平面上の積分になった.極座標 $x=r\cos\theta$, $y=r\sin\theta$ に移ると $x^2+y^2=r^2$,面積要素は $\dd x\dd y=r\,\dd r\,\dd\theta$(このヤコビアン $r$ が鍵である).
$$ I^2=\int_0^{2\pi}\dd\theta\int_0^{\infty}\ee^{-ar^2}r\,\dd r =2\pi\int_0^{\infty}\ee^{-ar^2}r\,\dd r $$$u=r^2$ と置くと $\dd u=2r\dd r$,つまり $r\dd r=\dd u/2$ だから
$$ I^2=2\pi\cdot\frac{1}{2}\int_0^{\infty}\ee^{-au}\dd u=\pi\cdot\frac{1}{a} $$∎
導出:モーメント —— パラメータ微分の技法
$\int x^2\ee^{-ax^2}\dd x$ のような積分は,\eqref{eq:A-gauss} を $a$ で微分するだけで出る.$a$ について微分すると,被積分関数からは $-x^2$ が降りてくる.
$$ \frac{\partial}{\partial a}\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-ax^2}\dd x =\int_{-\infty}^{\infty}(-x^2)\ee^{-ax^2}\dd x, \qquad \frac{\partial}{\partial a}\sqrt{\pi}\,a^{-1/2}=-\frac{\sqrt\pi}{2}a^{-3/2} $$符号を合わせて
$$ \int_{-\infty}^{\infty}x^2\ee^{-ax^2}\dd x=\frac{1}{2a}\sqrt{\frac{\pi}{a}} $$もう一度微分すれば
$$ \int_{-\infty}^{\infty}x^4\ee^{-ax^2}\dd x=\frac{3}{4a^2}\sqrt{\frac{\pi}{a}} $$奇数次のモーメントは,被積分関数が奇関数なのでゼロ.片側だけなら $u=x^2$ と置いて
$$ \int_0^{\infty}x^{2n+1}\ee^{-ax^2}\dd x=\frac{n!}{2a^{n+1}} $$∎
使いどころ:Maxwell–Boltzmann 分布の平均速度・平均エネルギー,$\braket{v_x^2}=k_BT/m$ の計算,調和振動子の零点振動の広がり,Debye–Waller 因子(付録B).
A.4.2 Bose 型の積分
導出:$\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^{s-1}}{\ee^x-1}\dd x=\Gamma(s)\zeta(s)$
手順は「幾何級数に展開して項別積分」である.まず分母を書き換える.$\ee^{-x}\lt1$($x\gt0$)だから
$$ \frac{1}{\ee^x-1}=\frac{\ee^{-x}}{1-\ee^{-x}}=\ee^{-x}\sum_{n=0}^{\infty}\ee^{-nx}=\sum_{n=1}^{\infty}\ee^{-nx} $$($\dfrac{1}{1-r}=\sum_{n\ge0}r^n$ を $r=\ee^{-x}$ に使った.最後で $n\to n-1$ と番号をずらした.)
これを代入して,和と積分の順序を交換する.
$$ \int_0^{\infty}\frac{x^{s-1}}{\ee^x-1}\dd x=\sum_{n=1}^{\infty}\int_0^{\infty}x^{s-1}\ee^{-nx}\dd x $$各積分は $t=nx$(したがって $x=t/n$, $\dd x=\dd t/n$)と置換すれば Gamma 関数になる.
$$ \int_0^{\infty}x^{s-1}\ee^{-nx}\dd x =\int_0^{\infty}\left(\frac{t}{n}\right)^{s-1}\ee^{-t}\frac{\dd t}{n} =\frac{1}{n^s}\int_0^{\infty}t^{s-1}\ee^{-t}\dd t=\frac{\Gamma(s)}{n^s} $$したがって
∎ Gamma 関数とゼータ関数の定義は A.5 にある.
導出:$\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^3}{\ee^x-1}\dd x=\frac{\pi^4}{15}$
\eqref{eq:A-bose} で $s=4$ とするだけである.
$$ \int_0^{\infty}\frac{x^3}{\ee^x-1}\dd x=\Gamma(4)\zeta(4)=3!\times\frac{\pi^4}{90}=6\times\frac{\pi^4}{90}=\frac{\pi^4}{15} $$∎ 数値は $\pi^4/15=6.4939$.
使いどころ:Planck 放射則を全振動数で積分すると Stefan–Boltzmann の法則 $u\propto T^4$ が出る.その係数がこの積分である.固体では Debye モデルの低温極限(第14章).
導出:Debye 積分 $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^4\ee^x}{(\ee^x-1)^2}\dd x=\frac{4\pi^4}{15}$
これは比熱に現れる形である.部分積分でひとつ前の積分に帰着させるのが定石である.
まず,分数の部分が完全微分になっていることに気づく.
$$ \frac{\dd}{\dd x}\left(\frac{1}{\ee^x-1}\right)=-\frac{\ee^x}{(\ee^x-1)^2} \quad\Longrightarrow\quad \frac{\ee^x}{(\ee^x-1)^2}=-\frac{\dd}{\dd x}\frac{1}{\ee^x-1} $$したがって
$$ \int_0^{\infty}x^4\frac{\ee^x}{(\ee^x-1)^2}\dd x =\left[-\frac{x^4}{\ee^x-1}\right]_0^{\infty}+\int_0^{\infty}\frac{4x^3}{\ee^x-1}\dd x $$境界項を確認する.$x\to\infty$ では分母が指数的に発散するのでゼロ.$x\to0$ では $\ee^x-1\approx x$ だから $\dfrac{x^4}{\ee^x-1}\approx x^3\to0$.よって境界項は消える.
$$ =4\int_0^{\infty}\frac{x^3}{\ee^x-1}\dd x=4\cdot\frac{\pi^4}{15}=\frac{4\pi^4}{15} $$∎ 数値は $4\pi^4/15=25.976$.
使いどころ:Debye の $T^3$ 法則(第14章).低温での格子比熱は
$$ C_V=\frac{12\pi^4}{5}Nk_B\left(\frac{T}{\Theta_D}\right)^3=234\,Nk_B\left(\frac{T}{\Theta_D}\right)^3 $$この $12\pi^4/5$ という係数が,まさに上の積分 $4\pi^4/15$ に $9$ を掛けたもの($9\times\frac{4\pi^4}{15}=\frac{36\pi^4}{15}=\frac{12\pi^4}{5}$)である.
A.4.3 Fermi 型の積分
導出:$\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^{s-1}}{\ee^x+1}\dd x=(1-2^{1-s})\Gamma(s)\zeta(s)$
Bose 型と同じく幾何級数に展開する.ただし符号が交代する.
$$ \frac{1}{\ee^x+1}=\frac{\ee^{-x}}{1+\ee^{-x}} =\ee^{-x}\sum_{n=0}^{\infty}(-\ee^{-x})^{n} =\sum_{n=1}^{\infty}(-1)^{n+1}\ee^{-nx} $$項別積分すると,さきほどと同じ計算で
$$ \int_0^{\infty}\frac{x^{s-1}}{\ee^x+1}\dd x=\Gamma(s)\sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^{n+1}}{n^s}\equiv\Gamma(s)\,\eta(s) $$$\eta(s)$ はDirichlet のエータ関数(交代ゼータ)である.これを $\zeta$ で表そう.偶数項だけを2回引く,という技を使う.
$$ \eta(s)=\sum_{n\ \text{odd}}\frac{1}{n^s}-\sum_{n\ \text{even}}\frac{1}{n^s} =\zeta(s)-2\sum_{n\ \text{even}}\frac{1}{n^s} $$偶数 $n=2m$ の和は $\sum_m\dfrac{1}{(2m)^s}=2^{-s}\zeta(s)$.したがって
$$ \eta(s)=\zeta(s)-2\cdot2^{-s}\zeta(s)=(1-2^{1-s})\zeta(s) $$∎
導出:$\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^2\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x=\frac{\pi^2}{3}$(A.3 で使った $C_2$)
ステップ1:偶関数だから半分にする.A.3.1 の性質2で示したとおり $g(x)=\dfrac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}$ は偶関数,$x^2$ も偶関数だから
$$ C_2=2\int_0^{\infty}x^2\,g(x)\,\dd x $$ステップ2:部分積分.$g(x)=-\dfrac{\dd}{\dd x}\dfrac{1}{\ee^x+1}$ だから
$$ \int_0^{\infty}x^2 g\,\dd x =\left[-\frac{x^2}{\ee^x+1}\right]_0^{\infty}+\int_0^{\infty}\frac{2x}{\ee^x+1}\dd x =2\int_0^{\infty}\frac{x}{\ee^x+1}\dd x $$(境界項は $x\to0$ でも $x\to\infty$ でもゼロ.)
ステップ3:\eqref{eq:A-fermi} を $s=2$ で使う.
$$ \int_0^{\infty}\frac{x}{\ee^x+1}\dd x=(1-2^{-1})\Gamma(2)\zeta(2)=\frac{1}{2}\cdot1\cdot\frac{\pi^2}{6}=\frac{\pi^2}{12} $$ステップ4:組み立てる.
$$ C_2=2\times2\times\frac{\pi^2}{12}=\frac{\pi^2}{3} $$∎ 同じ手順で $C_4$ も出る.
$$ C_4=2\int_0^\infty x^4g\,\dd x=2\cdot4\int_0^{\infty}\frac{x^3}{\ee^x+1}\dd x =8(1-2^{-3})\Gamma(4)\zeta(4)=8\cdot\frac{7}{8}\cdot6\cdot\frac{\pi^4}{90}=\frac{7\pi^4}{15} $$一般に $C_{2n}=4n(1-2^{1-2n})\Gamma(2n)\zeta(2n)$ である.
A.4.4 $\zeta(2)$ と $\zeta(4)$ を Fourier 級数で求める
上の計算では $\zeta(2)=\pi^2/6$ と $\zeta(4)=\pi^4/90$ を使った.これらは Euler が最初に求めた有名な級数だが,A.1 の Fourier 級数を使えば初等的に導ける.留数定理も複素解析も要らない.
導出:$\zeta(2)=\dfrac{\pi^2}{6}$
材料は $f(x)=x^2$ を $[-\pi,\pi]$ で Fourier 展開したものである.偶関数なので $\sin$ の項は出ず
$$ x^2=\frac{a_0}{2}+\sum_{n=1}^{\infty}a_n\cos nx $$係数を計算する.まず $a_0$.
$$ a_0=\frac{1}{\pi}\int_{-\pi}^{\pi}x^2\dd x=\frac{1}{\pi}\cdot\frac{2\pi^3}{3}=\frac{2\pi^2}{3} $$次に $a_n$.偶関数なので $0$ から $\pi$ の積分を2倍する.
$$ a_n=\frac{1}{\pi}\int_{-\pi}^{\pi}x^2\cos nx\,\dd x=\frac{2}{\pi}\int_0^{\pi}x^2\cos nx\,\dd x $$部分積分を2回行う.1回目:
$$ \int_0^{\pi}x^2\cos nx\,\dd x=\left[\frac{x^2\sin nx}{n}\right]_0^{\pi}-\frac{2}{n}\int_0^{\pi}x\sin nx\,\dd x $$$\sin n\pi=0$ なので第1項は消える.2回目:
$$ \int_0^{\pi}x\sin nx\,\dd x=\left[-\frac{x\cos nx}{n}\right]_0^{\pi}+\frac{1}{n}\int_0^{\pi}\cos nx\,\dd x =-\frac{\pi(-1)^n}{n}+0 $$($\cos n\pi=(-1)^n$,$\int_0^\pi\cos nx\dd x=[\sin nx/n]_0^\pi=0$.)まとめると
$$ \int_0^{\pi}x^2\cos nx\,\dd x=-\frac{2}{n}\left(-\frac{\pi(-1)^n}{n}\right)=\frac{2\pi(-1)^n}{n^2} \quad\Longrightarrow\quad a_n=\frac{4(-1)^n}{n^2} $$したがって
ここで $x=\pi$ とおく.$\cos n\pi=(-1)^n$ だから $(-1)^n\cos n\pi=(-1)^{2n}=1$.
$$ \pi^2=\frac{\pi^2}{3}+4\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^2} \quad\Longrightarrow\quad 4\zeta(2)=\pi^2-\frac{\pi^2}{3}=\frac{2\pi^2}{3} $$∎
ついでに $x=0$ とおけば $0=\dfrac{\pi^2}{3}+4\sum\dfrac{(-1)^n}{n^2}$ から,交代級数 $\sum\dfrac{(-1)^{n+1}}{n^2}=\eta(2)=\dfrac{\pi^2}{12}$ も得られる.\eqref{eq:A-fermi} で使った値と一致している.
導出:$\zeta(4)=\dfrac{\pi^4}{90}$ —— Parseval を使う
同じ級数 \eqref{eq:A-x2series} に Parseval の等式を適用する.実 Fourier 級数 $f=\dfrac{a_0}{2}+\sum a_n\cos nx$ に対する Parseval は
$$ \frac{1}{\pi}\int_{-\pi}^{\pi}|f(x)|^2\dd x=\frac{a_0^2}{2}+\sum_{n=1}^{\infty}a_n^2 $$($\cos nx$ どうしの直交性 $\int_{-\pi}^{\pi}\cos nx\cos mx\dd x=\pi\delta_{nm}$ から出る.)
左辺:$f=x^2$ なので $|f|^2=x^4$.
$$ \frac{1}{\pi}\int_{-\pi}^{\pi}x^4\dd x=\frac{1}{\pi}\cdot\frac{2\pi^5}{5}=\frac{2\pi^4}{5} $$右辺:$a_0=\dfrac{2\pi^2}{3}$,$a_n=\dfrac{4(-1)^n}{n^2}$ なので $a_n^2=\dfrac{16}{n^4}$.
$$ \frac{1}{2}\left(\frac{2\pi^2}{3}\right)^2+16\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^4} =\frac{2\pi^4}{9}+16\zeta(4) $$等置して解く:
$$ 16\zeta(4)=\frac{2\pi^4}{5}-\frac{2\pi^4}{9}=2\pi^4\left(\frac{9-5}{45}\right)=\frac{8\pi^4}{45} $$∎
補足:奇数のゼータ値は「きれいに」書けない
$\zeta(2),\zeta(4),\zeta(6),\ldots$ はすべて $\pi$ のべきの有理数倍になる(一般に $\zeta(2n)=\dfrac{(-1)^{n+1}B_{2n}(2\pi)^{2n}}{2(2n)!}$,$B_{2n}$ は Bernoulli 数).ところが $\zeta(3)=1.2020569\ldots$(Apéry 定数)は,閉じた形が知られていない.無理数であることが証明されたのは1978年である.
固体物理では $\zeta(3)$ は $\int_0^\infty\dfrac{x^2}{\ee^x-1}\dd x=2\zeta(3)=2.404$ という形で現れる(光子数密度,フォノン数).数値で扱うほかない.
| 積分 | 値 | 数値 | 主な出番 |
|---|---|---|---|
| $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-ax^2}\dd x$ | $\sqrt{\pi/a}$ | — | Boltzmann 分布,零点振動 |
| $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}x^2\ee^{-ax^2}\dd x$ | $\dfrac{1}{2a}\sqrt{\pi/a}$ | — | $\braket{v_x^2}$,Debye–Waller |
| $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^{s-1}}{\ee^x-1}\dd x$ | $\Gamma(s)\zeta(s)$ | — | Bose 系一般 |
| $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^2}{\ee^x-1}\dd x$ | $2\zeta(3)$ | $2.4041$ | フォノン数,光子数密度 |
| $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^3}{\ee^x-1}\dd x$ | $\dfrac{\pi^4}{15}$ | $6.4939$ | Stefan–Boltzmann,Debye エネルギー |
| $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^4\ee^x}{(\ee^x-1)^2}\dd x$ | $\dfrac{4\pi^4}{15}$ | $25.976$ | Debye の $T^3$ 法則(第14章) |
| $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^{s-1}}{\ee^x+1}\dd x$ | $(1-2^{1-s})\Gamma(s)\zeta(s)$ | — | Fermi 系一般 |
| $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^2\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x$ | $\dfrac{\pi^2}{3}$ | $3.2899$ | Sommerfeld 展開2次(第15章) |
| $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^4\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x$ | $\dfrac{7\pi^4}{15}$ | $45.457$ | Sommerfeld 展開4次 |
| $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{1+x^2}$ | $\pi$ | $3.1416$ | Lorentzian の規格化(A.8, A.9) |
確認A.4
(1) $\displaystyle\int_0^\infty\frac{x}{\ee^x-1}\dd x$ を求めよ.
(2) $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{x^3\ee^x}{(\ee^x-1)^2}\dd x$ を,Debye 積分と同じ部分積分の手順で求めよ.
ヒント:(1) $s=2$ として $\Gamma(2)\zeta(2)=\pi^2/6=1.6449$.(2) $=3\int_0^\infty\frac{x^2}{\ee^x-1}\dd x=6\zeta(3)=7.212$.境界項が消えることも確かめること.
A.5 Gamma 関数と Riemann ゼータ関数
A.4 で使った2つの特殊関数について,必要最小限をまとめる.
A.5.1 Gamma 関数
定義:Gamma 関数
「階乗を実数(複素数)に拡張したもの」と思ってよい.
導出:漸化式 $\Gamma(s+1)=s\Gamma(s)$ と $\Gamma(n+1)=n!$
部分積分するだけである.$\Gamma(s+1)=\int_0^\infty t^{s}\ee^{-t}\dd t$ で,$\ee^{-t}$ を積分し $t^s$ を微分する.
$$ \Gamma(s+1)=\Big[-t^s\ee^{-t}\Big]_0^{\infty}+s\int_0^{\infty}t^{s-1}\ee^{-t}\dd t=0+s\Gamma(s) $$境界項は,$t\to\infty$ で $\ee^{-t}$ が勝つのでゼロ,$t\to0$ で $t^s\to0$($s\gt0$)だからゼロ.
$\Gamma(1)=\int_0^\infty\ee^{-t}\dd t=1$ を出発点に漸化式を繰り返すと
$$ \Gamma(2)=1\cdot\Gamma(1)=1,\quad \Gamma(3)=2\cdot1=2,\quad \Gamma(4)=3\cdot2=6,\quad\ldots,\quad \Gamma(n+1)=n! $$∎
導出:$\Gamma(1/2)=\sqrt{\pi}$
$s=1/2$ を代入し,$t=u^2$($\dd t=2u\,\dd u$)と置換する.
$$ \Gamma\!\left(\frac12\right)=\int_0^{\infty}t^{-1/2}\ee^{-t}\dd t =\int_0^{\infty}\frac{1}{u}\ee^{-u^2}\cdot2u\,\dd u =2\int_0^{\infty}\ee^{-u^2}\dd u=\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{-u^2}\dd u=\sqrt{\pi} $$最後は Gauss 積分 \eqref{eq:A-gauss} で $a=1$ とした.∎
漸化式と組み合わせると $\Gamma(3/2)=\frac12\sqrt\pi$,$\Gamma(5/2)=\frac34\sqrt\pi$.半整数の Gamma は,$d$ 次元球の体積や Maxwell 分布の計算に現れる.
A.5.2 Riemann ゼータ関数
定義:Riemann ゼータ関数
$s=1$ では調和級数となって発散する.$s\gt1$ では収束し,$s\to\infty$ で $1$ に近づく(第1項だけが残る).
| $s$ | $\zeta(s)$ | 数値 | 出番 |
|---|---|---|---|
| $3/2$ | — | $2.6124$ | Bose–Einstein 凝縮温度 |
| $2$ | $\pi^2/6$ | $1.6449$ | Sommerfeld 展開,電子比熱 |
| $5/2$ | — | $1.3415$ | 理想 Bose 気体のエネルギー |
| $3$ | —(閉形式なし) | $1.2021$ | フォノン数,光子数密度 |
| $4$ | $\pi^4/90$ | $1.0823$ | Debye $T^3$,Stefan–Boltzmann |
| $6$ | $\pi^6/945$ | $1.0173$ | Sommerfeld 展開6次 |
なぜ:$\Gamma$ と $\zeta$ が Bose 統計に現れる必然
\eqref{eq:A-bose} の導出をもう一度眺めると,2つの関数の役割がはっきりする.
- $\zeta(s)=\sum_n n^{-s}$ は,「1個の準位に $n$ 個のボゾンが入る」状態を $n$ について足し上げた結果である.Bose 統計の $\dfrac{1}{\ee^x-1}$ を幾何級数に開いたとき出てくる $\sum_n\ee^{-nx}$ が源である.
- $\Gamma(s)$ は,被積分関数 $\hbar\omega\,D(\omega)$ が $\omega^{s-1}$ に比例するという「幾何」から来る.3次元の Debye では $D\propto\omega^2$ なので $\hbar\omega D\propto\omega^3$ となり,$x^3$ の積分すなわち $s=4$ から $\Gamma(4)=6$ が出る.一般に $d$ 次元・線形分散なら $D\propto\omega^{d-1}$ で $s=d+1$ である.なおエネルギーではなくフォノンの総数 $\int D\braket{n}\dd\omega$ を数えるときは $\hbar\omega$ が掛からないぶん $s=3$ となり,$\Gamma(3)\zeta(3)=2\zeta(3)$ が現れる.
つまり「$\Gamma$ が次元と分散関係を,$\zeta$ が統計を担っている」.この見方をしておくと,2次元系や線形分散でも自分で係数を組み立てられる.
確認A.5
2次元 Debye 模型($D(\omega)\propto\omega$,$\omega=vk$)の低温比熱が $C\propto T^2$ となることを示し,その係数を $\zeta(3)$ で表せ.
ヒント:$U=\int_0^\infty\hbar\omega\,D(\omega)\braket{n(\omega)}\dd\omega$ に $D\propto\omega$ を入れ,$x=\hbar\omega/k_BT$ と置くと $\int_0^\infty\frac{x^2}{\ee^x-1}\dd x=2\zeta(3)$ が残る.$U\propto T^3$,微分して $C\propto T^2$.
A.6 行列の対角化・固有値問題・永年方程式
固体物理の計算は,突き詰めれば「行列を対角化すること」である.ほとんど自由な電子模型のゾーン境界(第16章),2原子鎖の光学分枝と音響分枝(第13章),強束縛近似のバンド(第18章),結晶場分裂(第10章)——すべて固有値問題である.しかも実際に手で解くのは,たいてい $2\times2$ の場合に帰着する.ここでは $2\times2$ を完全に押さえ,一般論の必要な部分だけを補う.
A.6.1 永年方程式
定義:固有値問題と永年方程式
行列 $A$ とベクトル $\bm{v}\neq\bm{0}$ が
$$ A\bm{v}=\lambda\bm{v} $$を満たすとき,$\lambda$ を固有値,$\bm{v}$ を固有ベクトルという.上式は $(A-\lambda I)\bm{v}=\bm{0}$ と書ける.$\bm{v}\ne\bm{0}$ の解が存在するためには $A-\lambda I$ が逆行列を持ってはならないので
これを永年方程式(secular equation)または特性方程式という.「永年(secular)」は天体力学で長期的な軌道変化を扱った歴史に由来する用語で,物理的な意味はない.
導出:$2\times2$ エルミート行列の完全解
もっとも重要なケースである.
$$ H=\begin{pmatrix}H_{11} & H_{12}\\ H_{12}^{*} & H_{22}\end{pmatrix}, \qquad H_{11},H_{22}\in\mathbb{R} $$ステップ1:永年方程式を書く.
$$ \det\begin{pmatrix}H_{11}-\lambda & H_{12}\\ H_{12}^{*} & H_{22}-\lambda\end{pmatrix} =(H_{11}-\lambda)(H_{22}-\lambda)-|H_{12}|^2=0 $$展開して $\lambda$ の2次方程式に整理する.
$$ \lambda^2-(H_{11}+H_{22})\lambda+\left(H_{11}H_{22}-|H_{12}|^2\right)=0 $$1次の係数が $-\Tr H$,定数項が $\det H$ になっていることに注意(あとで使う).
ステップ2:解の公式を使う.
$$ \lambda_\pm=\frac{(H_{11}+H_{22})\pm\sqrt{(H_{11}+H_{22})^2-4(H_{11}H_{22}-|H_{12}|^2)}}{2} $$ステップ3:判別式を整理する.ここが計算の山である.
$$ (H_{11}+H_{22})^2-4H_{11}H_{22}+4|H_{12}|^2 =(H_{11}-H_{22})^2+4|H_{12}|^2 $$($(a+b)^2-4ab=(a-b)^2$ を使っただけ.)根号の中の $4$ を外に出すと
∎
この式の読み方:第1項は2つの対角要素の平均——「重心」である.第2項が「開き」で,非対角要素 $H_{12}$ があると必ず開きが大きくなる.2つの固有値の差は
特に $H_{11}=H_{22}$(縮退している)のときでも,$H_{12}\ne0$ なら差は $2|H_{12}|$ 残る.これが「準位反発」(level repulsion)である.
物理的意味:この $2\times2$ がバンドギャップを作る
第16章(ほとんど自由な電子):Brillouin 域境界 $k=G/2$ では,$\ee^{\ii kx}$ と $\ee^{\ii(k-G)x}$ の2つの平面波が同じ運動エネルギー $\dfrac{\hbar^2}{2m}\left(\dfrac{G}{2}\right)^2$ を持つ.この2つを基底にとると
$$ H=\begin{pmatrix}\dfrac{\hbar^2}{2m}(G/2)^2 & U_G\\[4pt] U_G^{*} & \dfrac{\hbar^2}{2m}(G/2)^2\end{pmatrix} $$$H_{11}=H_{22}$ なので \eqref{eq:A-2x2} は $\lambda_\pm=\dfrac{\hbar^2}{2m}(G/2)^2\pm|U_G|$.バンドギャップは $E_g=2|U_G|$ ——結晶ポテンシャルの Fourier 成分の2倍である.「ギャップの起源が周期ポテンシャルの Fourier 成分」というキッテルの一文は,この $2\times2$ 行列の話にすぎない.
第13章(2原子鎖):質量 $M_1,M_2$ の2つの原子の変位を成分とする $2\times2$ の運動方程式が立ち,その固有値が $\omega^2$ の2つの分枝(音響分枝と光学分枝)になる.$q\to0$ で両分枝が分かれるのも,$q=\pi/a$ で分枝間にギャップが開くのも,\eqref{eq:A-gap} と同じ構造である.
第10章(結晶場)・第20章(交換分裂):縮退した軌道が摂動で分裂する幅も,非対角要素の大きさで決まる.
導出:固有ベクトルと混合角
$H_{12}$ が実数の場合を書く(一般の場合は位相を吸収すればよい).$(H-\lambda_\pm I)\bm{v}_\pm=0$ の第1行は
$$ (H_{11}-\lambda_\pm)v_1+H_{12}v_2=0 \quad\Longrightarrow\quad \frac{v_2}{v_1}=\frac{\lambda_\pm-H_{11}}{H_{12}} $$ここで混合角 $\theta$ を
$$ \tan2\theta=\frac{2H_{12}}{H_{11}-H_{22}}\qquad(0\le2\theta\lt\pi) $$で定義すると,規格化された固有ベクトルは
$$ \bm{v}_+=\begin{pmatrix}\cos\theta\\ \sin\theta\end{pmatrix}, \qquad \bm{v}_-=\begin{pmatrix}-\sin\theta\\ \cos\theta\end{pmatrix} $$と書ける.実際,この2つは直交し($-\cos\theta\sin\theta+\sin\theta\cos\theta=0$),規格化されている.∎
極限を見る:
- $|H_{12}|\ll|H_{11}-H_{22}|$(弱い結合):$\theta\approx0$ で,固有状態はほぼ元の基底のまま.摂動論の世界.
- $H_{11}=H_{22}$(完全縮退):$2\theta=\pi/2$,$\theta=\pi/4$ で,固有状態は $\dfrac{1}{\sqrt2}(1,\pm1)$ という等重率の混合になる.第16章でゾーン境界の解が $\cos(Gx/2)$ と $\sin(Gx/2)$ という定在波になるのは,まさにこれである.
補足:2次の摂動論も同じ式から出る
$|H_{12}|\ll\Delta\equiv H_{11}-H_{22}$ のとき,\eqref{eq:A-2x2} の根号を展開する.$\sqrt{1+u}\approx1+u/2$($u\ll1$)を使うと
$$ \sqrt{\left(\frac{\Delta}{2}\right)^2+|H_{12}|^2} =\frac{\Delta}{2}\sqrt{1+\frac{4|H_{12}|^2}{\Delta^2}} \approx\frac{\Delta}{2}+\frac{|H_{12}|^2}{\Delta} $$したがって
$$ \lambda_+\approx H_{11}+\frac{|H_{12}|^2}{H_{11}-H_{22}}, \qquad \lambda_-\approx H_{22}-\frac{|H_{12}|^2}{H_{11}-H_{22}} $$これは2次の摂動論の公式 $E_n^{(2)}=\sum_{m\ne n}\dfrac{|H_{nm}|^2}{E_n-E_m}$ そのものである.上の準位はさらに上へ,下の準位はさらに下へ押される——準位反発の定量的な表現である.
A.6.2 トレースと行列式の不変性
定理A.3 トレースと行列式は相似変換で不変
任意の正則行列 $S$ に対し,$A'=S^{-1}AS$ とすると
$$ \Tr A'=\Tr A,\qquad \det A'=\det A $$証明(トレース):まず $\Tr(XY)=\Tr(YX)$ を示す.成分で書けば
$$ \Tr(XY)=\sum_i(XY)_{ii}=\sum_{i,j}X_{ij}Y_{ji} =\sum_{j,i}Y_{ji}X_{ij}=\sum_j(YX)_{jj}=\Tr(YX) $$和の順序を入れ替えただけである.これを $X=S^{-1}$,$Y=AS$ に使うと
$$ \Tr(S^{-1}AS)=\Tr(ASS^{-1})=\Tr(A) $$証明(行列式):$\det(XY)=\det X\det Y$ より
$$ \det(S^{-1}AS)=\det(S^{-1})\det A\det S=\frac{1}{\det S}\det A\,\det S=\det A $$∎
物理的意味:なぜ不変性が嬉しいのか
理由1:基底の取り方によらない量である.相似変換は「基底の取り替え」に対応する.だから $\Tr$ と $\det$ は,行列が表している物理そのものに属する量である.群論で指標(character)としてトレースを使うのは,まさにこの理由による(第8章).表現行列は基底の取り方でいくらでも変わるが,指標は変わらない.
理由2:固有値の和と積になっている.永年方程式 $\det(A-\lambda I)=0$ を $n$ 次多項式として展開すると
$$ (-1)^n\left(\lambda^n-(\Tr A)\lambda^{n-1}+\cdots+(-1)^n\det A\right)=0 $$これを $\prod_i(\lambda-\lambda_i)=0$ と比べて,根と係数の関係から
実用上の使い方:$2\times2$ を解いたら必ず $\lambda_++\lambda_-=H_{11}+H_{22}$ と $\lambda_+\lambda_-=H_{11}H_{22}-|H_{12}|^2$ を確かめる.計算間違いの9割はここで捕まる.
第4章では,この関係を使って回転行列のトレース $1+2\cos\phi$ から結晶制限定理を導いた.トレースは「行列を見ずに固有値の情報を得る」ための窓である.
A.6.3 エルミート行列の性質
定理A.4 エルミート行列の固有値は実数
$H^{\dagger}=H$($H_{ij}=H_{ji}^{*}$)ならば,すべての固有値は実数である.
証明:$H\ket{v}=\lambda\ket{v}$ の両辺に左から $\bra{v}$ を掛ける.
$$ \bra{v}H\ket{v}=\lambda\braket{v|v} $$ここで左辺の複素共役を考える.内積の性質から $\overline{\bra{v}H\ket{v}}=\bra{v}H^{\dagger}\ket{v}$ で,$H^\dagger=H$ だからこれは $\bra{v}H\ket{v}$ 自身に等しい.自分の複素共役が自分に等しい数は実数である.$\braket{v|v}\gt0$(実数)でもあるから,$\lambda=\bra{v}H\ket{v}/\braket{v|v}$ は実数.∎
物理量(エネルギー,位置,運動量)を表す演算子がエルミートでなければならないのは,測定値が実数だからである.
定理A.5 異なる固有値に属する固有ベクトルは直交する
証明:$H\ket{u}=\lambda_1\ket{u}$,$H\ket{v}=\lambda_2\ket{v}$,$\lambda_1\ne\lambda_2$ とする.
$$ \bra{v}H\ket{u}=\lambda_1\braket{v|u} $$一方,左辺は $H$ を左に作用させて($H^\dagger=H$,$\lambda_2$ は定理A.4より実数)
$$ \bra{v}H\ket{u}=\left(\bra{u}H\ket{v}\right)^{*}=\left(\lambda_2\braket{u|v}\right)^{*}=\lambda_2\braket{v|u} $$2つを引き算すると
$$ (\lambda_1-\lambda_2)\braket{v|u}=0 $$$\lambda_1\ne\lambda_2$ だから $\braket{v|u}=0$.∎
補足:縮退があるときの扱い
$\lambda_1=\lambda_2$ のとき,上の証明は何も言わない.実際,縮退した固有ベクトルは直交しているとは限らない.しかし縮退部分空間の中で好きに線形結合を取り直してよいので,Gram–Schmidt の直交化を行えば直交基底が作れる.
ではどう取り直すのが「よい」のか.ここで群論が登場する.ハミルトニアンと可換な対称操作を同時対角化するように取り直すのである(第9章の射影演算子).$d$ 軌道の八面体場での分裂 $\Gamma_d=E_g\oplus T_{2g}$(第10章)は,5重縮退の中で「対称性が指定する自然な基底」を選ぶ作業にほかならない.
実際の第一原理計算では,縮退したバンドの固有ベクトルは対角化ルーチンが返す任意の組み合わせになっている.バンドの性格(軌道成分)を議論するときは,この任意性に注意が必要である.
補足:一般化固有値問題 $H\bm{c}=\epsilon S\bm{c}$
基底が直交していないとき(原子軌道の重なり積分がゼロでないとき,第18章の強束縛法や量子化学の LCAO),永年方程式は
$$ \det(H-\epsilon S)=0 $$となる.$S_{ij}=\braket{\phi_i|\phi_j}$ を重なり行列(overlap matrix)という.$S=I$ なら通常の固有値問題に戻る.
$2\times2$ で $H_{11}=H_{22}=\alpha$,$H_{12}=\beta$,$S_{11}=S_{22}=1$,$S_{12}=s$ とすると
$$ (\alpha-\epsilon)^2=(\beta-\epsilon s)^2 \quad\Longrightarrow\quad \epsilon_\pm=\frac{\alpha\pm\beta}{1\pm s} $$結合性軌道と反結合性軌道が非対称に分裂する($s\gt0$ なら反結合性のほうが押し上げられる幅が大きい).この非対称性は,水素分子の結合の議論や,第12章の共有結合の話で効いてくる.
確認A.6
Pauli 行列 $\sigma_z=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$,$\sigma_x=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}$ を使って $H=\Delta\sigma_z+V\sigma_x$ と書ける行列の固有値を \eqref{eq:A-2x2} で求め,$\pm\sqrt{\Delta^2+V^2}$ となることを示せ.また $\Tr H=0$,$\det H=-(\Delta^2+V^2)$ を確かめよ.
ヒント:$H_{11}=\Delta$,$H_{22}=-\Delta$,$H_{12}=V$.\eqref{eq:A-2x2} で平均は $0$,開きは $\sqrt{\Delta^2+V^2}$.
A.7 テンソルと添字記法・Voigt 表記
弾性定数(第12章),電気伝導度,誘電率(第19章),圧電定数(第19章)——結晶の物性の多くはテンソルである.テンソルを恐れないための最小限の道具を用意する.
A.7.1 Einstein の総和規約
定義:総和規約
ひとつの項の中に同じ添字が2回現れたら,その添字について $1$ から $3$ まで和をとるという約束.$\sum$ 記号を書かない.
$$ \aa\cdot\bb=\sum_{i=1}^{3}a_ib_i\;\equiv\;a_ib_i, \qquad (A\bm{v})_i=\sum_j A_{ij}v_j\;\equiv\;A_{ij}v_j $$2回現れる添字をダミー添字(dummy index)といい,名前を自由に付け替えてよい($a_ib_i=a_jb_j$).1回しか現れない添字を自由添字(free index)といい,等式の両辺で一致していなければならない.
チェック法:式を書いたら,両辺の自由添字が同じか,同じ添字が3回以上現れていないかを確認する.これだけで計算ミスの大半が防げる.
定義:Kronecker のデルタと Levi-Civita 記号
$$ \delta_{ij}=\begin{cases}1 & (i=j)\\ 0 & (i\ne j)\end{cases} $$ $$ \epsilon_{ijk}=\begin{cases} +1 & (ijk)=(123),(231),(312)\quad\text{偶置換}\\ -1 & (ijk)=(132),(213),(321)\quad\text{奇置換}\\ 0 & \text{添字に重複があるとき} \end{cases} $$これらを使うと
$$ (\aa\times\bb)_i=\epsilon_{ijk}a_jb_k, \qquad \det A=\epsilon_{ijk}A_{1i}A_{2j}A_{3k} $$$\delta_{ij}$ の重要な性質は「添字の付け替え」である.$\delta_{ij}v_j=v_i$($j$ について和をとると $j=i$ の項だけ残る).
導出:$\epsilon$-$\delta$ 恒等式とベクトル解析の公式
もっとも使う恒等式は
($i$ について和をとる.)覚え方は「前の添字どうし・後ろの添字どうしが揃えばプラス,たすき掛けならマイナス」.
これを使って $\aa\times(\bb\times\cc)$ を計算してみよう.
$$ \left[\aa\times(\bb\times\cc)\right]_i =\epsilon_{ijk}a_j(\bb\times\cc)_k =\epsilon_{ijk}a_j\epsilon_{klm}b_lc_m $$$\epsilon_{ijk}=\epsilon_{kij}$(添字の巡回で不変)だから,和をとる添字 $k$ を先頭に揃えて
$$ =\epsilon_{kij}\epsilon_{klm}a_jb_lc_m =(\delta_{il}\delta_{jm}-\delta_{im}\delta_{jl})a_jb_lc_m $$$\delta$ で添字を付け替える.第1項は $l\to i$, $m\to j$ で $a_jb_ic_j=b_i(\aa\cdot\cc)$.第2項は $m\to i$, $l\to j$ で $a_jb_jc_i=c_i(\aa\cdot\bb)$.
いわゆる「BAC-CAB 則」である.同じ手順で
$$ \nabla\times(\nabla\times\bm{A})=\nabla(\nabla\cdot\bm{A})-\nabla^2\bm{A} $$も出る($\aa\to\nabla$, $\bb\to\nabla$, $\cc\to\bm{A}$ と置き,微分の順序に注意する).この式は Maxwell 方程式から波動方程式を導くときに必ず使う(第19章の電磁波と誘電関数).∎
A.7.2 テンソルの定義と変換則
定義:テンソルとは「決まった変換をするもの」
座標系を直交変換 $x_i'=a_{ij}x_j$ で回したとき($a_{ij}$ は直交行列で $a_{ik}a_{jk}=\delta_{ij}$),
- スカラー(0階):$\phi'=\phi$.変わらない.
- ベクトル(1階):$v_i'=a_{ij}v_j$.
- 2階テンソル:$T_{ij}'=a_{ik}a_{jl}T_{kl}$.
- $n$ 階テンソル:添字の数だけ $a$ が掛かる.
「$3\times3$ の数の並び」がすべてテンソルなのではない.この変換則に従うものだけがテンソルである.
物理的意味:物性テンソルと Neumann の原理
物性は「原因」と「結果」を結ぶ.たとえば
$$ j_i=\sigma_{ij}E_j\quad(\text{電気伝導}),\qquad D_i=\epsilon_{ij}E_j\quad(\text{誘電}),\qquad P_i=d_{ijk}\sigma_{jk}\quad(\text{圧電}) $$原因も結果もベクトル/テンソルだから,それらを結ぶ物性量もテンソルになる.なお,ここで $\sigma_{ij}$ は電気伝導度テンソル,圧電の式の $\sigma_{jk}$ は応力テンソルである.慣習上どちらも $\sigma$ を使うので,文脈で読み分けてほしい(以下 A.7.3 では $\sigma$ は一貫して応力の意味で使う).
Neumann の原理(第4章)は「物性テンソルは結晶の点群のすべての対称操作のもとで不変でなければならない」と述べる.
$$ T_{ij}=a_{ik}a_{jl}T_{kl}\qquad(\forall\,a\in\text{点群}) $$これは強い制約である.たとえば立方晶($m\bar3m$ など)では,3本の4回軸のもとで不変な2階対称テンソルは $T_{ij}=T\delta_{ij}$ しかない.立方晶の電気伝導度・誘電率は等方的(スカラー)である.結晶が異方的なのに物性が等方的になるという,はじめは意外に思える事実が,対称性だけから出てくる.
一方,3階テンソル(圧電)は反転操作 $a_{ij}=-\delta_{ij}$ のもとで $d'_{ijk}=(-1)^3d_{ijk}=-d_{ijk}$ となるから,中心対称な結晶では $d_{ijk}=-d_{ijk}$,すなわち $d_{ijk}=0$.中心対称性があると圧電性は消える——第4章で述べたことの証明である.通常の極性テンソルで表される奇数階の物性は,すべてこの理由で禁止される.ただし軸性テンソル(擬テンソル)や磁気点群のもとで時間反転に対して奇な物性は変換則が異なるので,この議論をそのまま当てはめることはできない.
補足:対称・反対称分解
任意の2階テンソルは
$$ T_{ij}=\underbrace{\frac{T_{ij}+T_{ji}}{2}}_{\text{対称部分}\;S_{ij}}+\underbrace{\frac{T_{ij}-T_{ji}}{2}}_{\text{反対称部分}\;A_{ij}} $$と一意に分解できる.対称部分は6成分,反対称部分は3成分(これは軸性ベクトルと同じ変換をする).さらに対称部分をトレース部分と無トレース部分に分けると $1+5$ で,合計 $1+3+5=9$ となる.
この $1+3+5$ という分解は,回転群 $SO(3)$ の既約表現 $\ell=0,1,2$ への分解にほかならない(第7章・第9章).$d$ 軌道が5個であることと,無トレース対称テンソルが5成分であることは同じ話である.
A.7.3 Voigt 表記
定義:Voigt(フォークト)表記
弾性定数 $C_{ijkl}$ は4階テンソルで,成分は $3^4=81$ 個ある.しかし応力とひずみがともに対称テンソル($\sigma_{ij}=\sigma_{ji}$,$e_{ij}=e_{ji}$)なので,独立な添字の組は6個に減る.そこで添字のペアを1つの数字に置き換える.
| テンソル添字 $(ij)$ | $11$ | $22$ | $33$ | $23,32$ | $31,13$ | $12,21$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Voigt 添字 $\alpha$ | $1$ | $2$ | $3$ | $4$ | $5$ | $6$ |
これにより $C_{ijkl}\to C_{\alpha\beta}$($6\times6$ 行列,36成分),さらにエネルギーの2階微分であることから $C_{\alpha\beta}=C_{\beta\alpha}$ で,独立成分は21個になる.
注意:ひずみには因子2が付く(応力には付かない)
Voigt 表記でもっとも間違えやすい点である.
$$ \sigma_1=\sigma_{xx},\;\sigma_2=\sigma_{yy},\;\sigma_3=\sigma_{zz},\; \sigma_4=\sigma_{yz},\;\sigma_5=\sigma_{zx},\;\sigma_6=\sigma_{xy} $$ $$ e_1=e_{xx},\;e_2=e_{yy},\;e_3=e_{zz},\; \boxed{e_4=2e_{yz},\;e_5=2e_{zx},\;e_6=2e_{xy}} $$なぜ2が付くのか.弾性エネルギー密度は $U=\frac12 C_{ijkl}e_{ij}e_{kl}$ である.$ij=yz$ の項は $(i,j)=(2,3)$ と $(3,2)$ の2通りあり,同様に $kl$ も2通りなので,$C_{2323}e_{yz}e_{yz}$ という組み合わせが4回現れる.これを Voigt 表記で $\frac12 C_{44}e_4^2$ という「$11,22,33$ と同じ形」に書きたければ,$e_4=2e_{yz}$ と定義しておくのが自然なのである.
この非対称な約束のせいで,$C$ から $S$(コンプライアンス)への変換に $1,2,4$ という因子が現れる.文献を読むときは,その本がどの規約を使っているか確認すること.
導出:立方晶の弾性定数が3つになる理由
立方晶(点群 $m\bar3m$,$432$,$\bar43m$,$m\bar3$,$23$)は,$x,y,z$ 軸を互いに入れ替える対称操作($[111]$ 方向の3回軸)と,各軸まわりの4回(または2回)軸を持つ.
手順1:軸の入れ替え.$x\leftrightarrow y\leftrightarrow z$ の巡回のもとで不変だから
$$ C_{11}=C_{22}=C_{33},\qquad C_{12}=C_{23}=C_{31},\qquad C_{44}=C_{55}=C_{66} $$手順2:$z$ 軸まわりの4回回転.$x\to y$, $y\to-x$ とすると,たとえば $C_{14}=C_{1123}$ は符号を変える成分と対応づけられ,$C_{14}=-C_{14}=0$.同様に伸びとせん断を結ぶ成分($C_{15},C_{16},C_{24},\ldots$)はすべて消える.
結果:
$$ C=\begin{pmatrix} C_{11}&C_{12}&C_{12}&0&0&0\\ C_{12}&C_{11}&C_{12}&0&0&0\\ C_{12}&C_{12}&C_{11}&0&0&0\\ 0&0&0&C_{44}&0&0\\ 0&0&0&0&C_{44}&0\\ 0&0&0&0&0&C_{44} \end{pmatrix} $$独立成分は $C_{11},C_{12},C_{44}$ の3つだけである.∎
ちなみに等方体(多結晶やガラス)ではさらに $C_{44}=\dfrac{C_{11}-C_{12}}{2}$ という関係が加わり,独立成分は2つ(Lamé 定数,あるいは Young 率と Poisson 比)になる.この関係からのずれ
$$ A=\frac{2C_{44}}{C_{11}-C_{12}} $$をZener の異方性因子という.$A=1$ が等方,$A\ne1$ が異方の目安である.
| 物質 | $C_{11}$ | $C_{12}$ | $C_{44}$ | $A=2C_{44}/(C_{11}-C_{12})$ |
|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Cu}$(fcc) | $1.68$ | $1.21$ | $0.75$ | $3.2$(強い異方性) |
| $\mathrm{Al}$(fcc) | $1.07$ | $0.61$ | $0.28$ | $1.2$ |
| $\mathrm{Si}$(ダイヤモンド型) | $1.66$ | $0.64$ | $0.80$ | $1.6$ |
| $\mathrm{NaCl}$(岩塩型) | $0.49$ | $0.12$ | $0.13$ | $0.7$ |
| ダイヤモンド | $10.8$ | $1.25$ | $5.8$ | $1.2$ |
補足:圧電テンソルも Voigt で書く
圧電定数 $d_{ijk}$(3階テンソル,$jk$ について対称)は $d_{i\alpha}$($3\times6$ 行列,18成分)になる.
$$ P_i=d_{i\alpha}\sigma_\alpha $$ここでも規約に因子2が入る($d_{i4}=2d_{i23}$ とする流儀が標準).点群 $4mm$($\mathrm{BaTiO_3}$ 正方晶相,第19章)では独立成分は $d_{15}, d_{31}, d_{33}$ の3つに減る.この $d_{33}$ が,圧電素子の性能を表す代表的な数値である($\mathrm{PZT}$ で $\sim500\ \mathrm{pC/N}$,$\mathrm{ZnO}$ で $\sim12\ \mathrm{pC/N}$).
どの成分が生き残るかは点群だけで決まり,これは第4章・第9章の射影演算子の技術で系統的に求められる.
確認A.7
$\epsilon$-$\delta$ 恒等式 \eqref{eq:A-epsdelta} を使って $\epsilon_{ijk}\epsilon_{ijl}=2\delta_{kl}$ と $\epsilon_{ijk}\epsilon_{ijk}=6$ を示せ.
ヒント:\eqref{eq:A-epsdelta} で $l\to j$ とすると $\epsilon_{ijk}\epsilon_{ijm}=\delta_{jj}\delta_{km}-\delta_{jm}\delta_{kj}=3\delta_{km}-\delta_{km}=2\delta_{km}$.さらに $m\to k$ とすると $2\delta_{kk}=6$.$\delta_{jj}=3$(3次元)に注意.
A.8 複素数と留数定理の要点
誘電関数 $\epsilon(\omega)$(第19章),応答関数,Kramers–Kronig 関係——これらを扱うには複素解析の言葉が要る.ここでは固体物理で実際に使う部分だけを,証明は要点にとどめて整理する.より本格的な扱いは,同シリーズの LRT_Textbook(線形応答理論)第5章を参照してほしい.
A.8.1 Euler の公式と複素平面
定義:Euler の公式
指数関数の級数 $\ee^z=\sum z^n/n!$ に $z=\ii\theta$ を代入し,実部($\ii$ の偶数乗)と虚部(奇数乗)に分けると,それぞれ $\cos$ と $\sin$ の級数になることから従う.
ここから
$$ \cos\theta=\frac{\ee^{\ii\theta}+\ee^{-\ii\theta}}{2}, \qquad \sin\theta=\frac{\ee^{\ii\theta}-\ee^{-\ii\theta}}{2\ii} $$三角関数の加法定理は,指数法則 $\ee^{\ii(\alpha+\beta)}=\ee^{\ii\alpha}\ee^{\ii\beta}$ の実部・虚部を比べるだけで出る.三角関数の公式を覚える必要はない.
A.8.2 留数定理
定理A.6 Cauchy の積分定理と留数定理
(1)Cauchy の積分定理:閉曲線 $C$ とその内部で $f(z)$ が正則(微分可能)なら
$$ \oint_C f(z)\,\dd z=0 $$(2)留数定理:$C$ の内部に孤立特異点 $z_1,\ldots,z_n$ があるとき($C$ は反時計回り)
単純極(1位の極)の留数は
$$ \Res_{z=z_0}f(z)=\lim_{z\to z_0}(z-z_0)f(z) $$$f(z)=\dfrac{p(z)}{q(z)}$ で $q(z_0)=0$,$q'(z_0)\ne0$ の形なら $\Res=\dfrac{p(z_0)}{q'(z_0)}$ と簡単に計算できる.
なぜ:$2\pi\ii$ はどこから来るのか
もっとも簡単な例 $f(z)=1/z$ を,原点を囲む半径 $R$ の円で積分してみる.$z=R\ee^{\ii\theta}$,$\dd z=\ii R\ee^{\ii\theta}\dd\theta$ を代入すると
$$ \oint\frac{\dd z}{z}=\int_0^{2\pi}\frac{\ii R\ee^{\ii\theta}}{R\ee^{\ii\theta}}\dd\theta=\ii\int_0^{2\pi}\dd\theta=2\pi\ii $$$R$ が消えることに注意.半径によらない——これが「留数」という量が意味を持つ理由である.$1/z^n$($n\ge2$)なら $R^{1-n}$ が残り,$\int_0^{2\pi}\ee^{\ii(1-n)\theta}\dd\theta=0$ となって寄与しない.だから$1/z$ の係数(=留数)だけが積分に効く.
例題A.1 $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{1+x^2}$ を留数で求める
被積分関数を複素関数 $f(z)=\dfrac{1}{1+z^2}=\dfrac{1}{(z-\ii)(z+\ii)}$ とみる.極は $z=\pm\ii$ の2つ.
ステップ1:積分路を閉じる.実軸を $-R$ から $R$ まで進み,上半面の半径 $R$ の半円を反時計回りに戻る(図A.4a).
ステップ2:半円の寄与を評価する.半円上では $|f|\approx1/R^2$,路の長さは $\pi R$ だから,寄与は $\pi R/R^2=\pi/R\to0$($R\to\infty$).消える.
ステップ3:内部の極の留数を計算する.上半面にあるのは $z=\ii$ だけ.
$$ \Res_{z=\ii}f=\lim_{z\to\ii}(z-\ii)\frac{1}{(z-\ii)(z+\ii)}=\frac{1}{2\ii} $$ステップ4:留数定理.
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{1+x^2}=2\pi\ii\cdot\frac{1}{2\ii}=\pi $$もちろん $[\arctan x]_{-\infty}^{\infty}=\pi$ と一致する.この積分は A.9 の Lorentzian 表示で使う.
A.8.3 主値積分と Sokhotski–Plemelj の公式
定義:Cauchy の主値
$x=0$ に極を持つ積分 $\displaystyle\int_{-a}^{b}\frac{g(x)}{x}\dd x$ は,そのままでは発散する.左右対称に切り取ってから極限をとったもの
$$ \PV\int_{-a}^{b}\frac{g(x)}{x}\dd x \equiv\lim_{\eta\to0^{+}}\left[\int_{-a}^{-\eta}+\int_{\eta}^{b}\right]\frac{g(x)}{x}\dd x $$を主値(principal value)という.$1/x$ が奇関数なので,極のごく近くでは左右の発散がちょうど打ち消し合い,有限の値が残る.
導出:$\dfrac{1}{x\pm\ii\eta}=\PV\dfrac{1}{x}\mp\ii\pi\delta(x)$
物理でもっともよく使う公式のひとつである.導出は実部と虚部に分けるだけで済む.
ステップ1:有理化する.分母・分子に $x\mp\ii\eta$ を掛ける.
$$ \frac{1}{x\pm\ii\eta}=\frac{x\mp\ii\eta}{(x\pm\ii\eta)(x\mp\ii\eta)}=\frac{x}{x^2+\eta^2}\mp\ii\frac{\eta}{x^2+\eta^2} $$ステップ2:実部の極限.$\dfrac{x}{x^2+\eta^2}$ は $x=0$ で $0$,$|x|\gg\eta$ では $1/x$ に一致する.$x=\pm\eta$ で $\pm\dfrac{1}{2\eta}$ の極値をとる奇関数である.なめらかな $g(x)$ を掛けて積分すると,$|x|\lt\eta$ の領域の寄与は奇関数性でほぼ打ち消し合い,残るのは主値そのものである.
$$ \lim_{\eta\to0^+}\int\frac{x\,g(x)}{x^2+\eta^2}\dd x=\PV\int\frac{g(x)}{x}\dd x $$ステップ3:虚部の極限.$\dfrac{1}{\pi}\dfrac{\eta}{x^2+\eta^2}$ は Lorentz 関数である.全積分は,例題A.1 で $x=\eta u$ と置換すれば
$$ \frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\eta}{x^2+\eta^2}\dd x =\frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd u}{1+u^2}=1 $$で $1$.しかも $\eta\to0$ で幅が $\eta$,高さが $1/\pi\eta$ となって $x=0$ に集中する.つまりデルタ関数の表示になっている(A.9).
$$ \lim_{\eta\to0^+}\frac{\eta}{x^2+\eta^2}=\pi\delta(x) $$ステップ4:まとめる.
∎ この式は「積分の中で使う」ものであって,単独では意味を持たない超関数の等式である.
物理的意味:$+\ii\eta$ は因果律の印である
応答関数(誘電関数 $\epsilon(\omega)$,感受率 $\chi(\omega)$,Green 関数)には必ず $\omega+\ii\eta$ という形の微小な虚部が現れる.これは数学的な便宜ではなく,因果律——「原因より先に結果は起きない」——の表現である.
$\ee^{-\ii\omega t}$ という時間依存性を持つ外場に対し,$\omega\to\omega+\ii\eta$ とすると $\ee^{-\ii\omega t}\ee^{\eta t}$ となり,$t\to-\infty$ で外場が消える.つまり「過去の無限遠でゆっくり外場をスイッチオンした」という設定に対応する(断熱スイッチオン).
\eqref{eq:A-sokhotski} の実部が分散(屈折率,実部 $\epsilon_1$),虚部が吸収($\epsilon_2$)を与える.両者が同じ式の実部と虚部であることが,Kramers–Kronig 関係
$$ \epsilon_1(\omega)-1=\frac{2}{\pi}\PV\int_0^{\infty}\frac{\omega'\epsilon_2(\omega')}{\omega'^2-\omega^2}\dd\omega' $$の起源である.吸収スペクトルを全周波数で測れば,屈折率が計算できてしまう——実験的にきわめて有用な関係で,第19章で使う.導出の詳細は LRT_Textbook 第4章「因果律とKramers–Kronig関係」,複素解析の一般論は同第5章を参照.
確認A.8
減衰調和振動子モデルの誘電関数
$$ \epsilon(\omega)=1+\frac{\omega_p^2}{\omega_0^2-\omega^2-\ii\gamma\omega} $$について,$\gamma\to0^+$ の極限で虚部が $\delta$ 関数になることを \eqref{eq:A-sokhotski} を使って示せ.
ヒント:$\omega_0^2-\omega^2-\ii\gamma\omega=-(\omega^2-\omega_0^2+\ii\gamma\omega)$ と書き,$\omega\approx\omega_0$ の近傍で $\omega^2-\omega_0^2\approx2\omega_0(\omega-\omega_0)$ と展開する.虚部は $\pi\delta(\omega-\omega_0)$ に比例し,これは「$\omega_0$ でだけ光を吸収する」ことを意味する.第19章のソフトモードの議論につながる.
A.9 Dirac のデルタ関数
状態密度,Fermi の黄金律,回折条件,格子和——固体物理のいたるところにデルタ関数が現れる.「無限に高くて無限に細いが面積は1」という説明は直観的だが,それだけでは計算できない.使える形にまとめておく.
A.9.1 定義と基本性質
定義:デルタ関数(超関数としての定義)
デルタ関数は「関数」ではなく,積分の中で使ったときの働きによって定義される対象である.任意のなめらかな関数 $g(x)$ に対して
が成り立つもの,と定義する.「$x=a$ の値だけを抜き出す装置」である.$g(x)=1$ とすれば $\int\delta(x-a)\dd x=1$(規格化)が従う.
導出:基本的な性質
(1) 偶関数性:$\delta(-x)=\delta(x)$.$\int\delta(-x)g(x)\dd x$ で $u=-x$ と置換すれば $\int\delta(u)g(-u)\dd u=g(0)$ となり,$\int\delta(x)g(x)\dd x=g(0)$ と同じ.
(2) スケーリング:$\delta(ax)=\dfrac{1}{|a|}\delta(x)$.$u=ax$ と置くと $\dd x=\dd u/a$ で
$$ \int\delta(ax)g(x)\dd x=\frac{1}{|a|}\int\delta(u)g(u/a)\dd u=\frac{g(0)}{|a|} $$絶対値が付くのは,$a\lt0$ のとき積分の上下限が入れ替わるためである.
(3) 掛け算:$x\,\delta(x)=0$.任意の $g$ に対し $\int x\delta(x)g(x)\dd x=[xg(x)]_{x=0}=0$.
(4) 微分:部分積分で定義する.
$$ \int\delta'(x-a)g(x)\dd x=\Big[\delta g\Big]-\int\delta(x-a)g'(x)\dd x=-g'(a) $$「微分を $g$ に押しつけて符号を変える」.$\delta$ の $n$ 階微分なら $(-1)^ng^{(n)}(a)$ である.∎
導出:$\delta(g(x))$ の公式 —— もっとも実用的な性質
状態密度やエネルギー保存の計算で必ず使う.$g(x)$ が単純零点 $x_1,x_2,\ldots$ を持つ($g(x_i)=0$,$g'(x_i)\ne0$)とき
導出:デルタ関数は $g=0$ の近傍にしか値を持たないので,各零点 $x_i$ の近くだけを考えればよい.そこで $g$ を1次まで展開する.
$$ g(x)\approx g'(x_i)(x-x_i) $$すると性質 (2) より
$$ \delta\big(g(x)\big)\approx\delta\big(g'(x_i)(x-x_i)\big)=\frac{1}{|g'(x_i)|}\delta(x-x_i) $$すべての零点について足し合わせれば \eqref{eq:A-deltag} が得られる.∎
例:$\delta(x^2-a^2)=\delta\big((x-a)(x+a)\big)$.零点は $x=\pm a$,$g'=2x$ なので $|g'(\pm a)|=2|a|$.
$$ \delta(x^2-a^2)=\frac{1}{2|a|}\Big[\delta(x-a)+\delta(x+a)\Big] $$使いどころ:状態密度 $D(\epsilon)=\sum_\kk\delta(\epsilon-\epsilon_\kk)$(ここでは軌道だけを数え,スピンの因子は別に掛ける)を積分に直すとき,\eqref{eq:A-deltag} の分母 $|g'|$ が $|\nabla_\kk\epsilon_\kk|$ になる.A.2 の一般公式 \eqref{eq:A-dosgeneral} は,実はこの公式の3次元版にスピンの因子 $2$ を掛けたものである.
A.9.2 デルタ関数の表示
補足:5つの代表的な表示
デルタ関数は,パラメータ $\eta\to0$ の極限として様々に表せる.どれも「面積1を保ったまま細くなる」列である.
| 名前 | 表示 | 特徴・出番 |
|---|---|---|
| Gauss 型 | $\displaystyle\lim_{\eta\to0}\frac{1}{\sqrt{2\pi}\eta}\ee^{-x^2/2\eta^2}$ | なめらか.数値計算のスメアリング(第一原理計算の smearing) |
| Lorentz 型 | $\displaystyle\lim_{\eta\to0}\frac{1}{\pi}\frac{\eta}{x^2+\eta^2}$ | 裾が長い.有限寿命・散乱幅(A.8 の $\ii\eta$) |
| 矩形型 | $\displaystyle\lim_{\eta\to0}\frac{1}{\eta}\Theta\!\left(\frac{\eta}{2}-|x|\right)$ | もっとも素朴.教育的 |
| Fourier 型 | $\displaystyle\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\ee^{\ii kx}\dd k$ | もっとも使う.回折,格子和,Green 関数 |
| $\mathrm{sinc}$ 型 | $\displaystyle\lim_{L\to\infty}\frac{\sin(Lx/2)}{\pi x}$ | Fourier 型を区間 $[-L/2,L/2]$ で切ったもの.回折ピークの幅(Scherrer) |
導出:Fourier 表示 $\displaystyle\frac{1}{2\pi}\int\ee^{\ii kx}\dd k=\delta(x)$
A.1.3 の Fourier 変換の対を,順に代入するだけで出る.
$$ f(x)=\frac{1}{2\pi}\int\dd k\,\ee^{\ii kx}\underbrace{\int\dd x'\,f(x')\ee^{-\ii kx'}}_{\tilde f(k)} =\int\dd x'\,f(x')\left[\frac{1}{2\pi}\int\dd k\,\ee^{\ii k(x-x')}\right] $$左辺が $f(x)$ に等しいのだから,角括弧の中身は \eqref{eq:A-deltadef} の意味で $\delta(x-x')$ でなければならない.
∎ 有限区間 $[-L/2,L/2]$ で切ると
$$ \frac{1}{2\pi}\int_{-L/2}^{L/2}\ee^{\ii kx}\dd k=\frac{\sin(Lx/2)}{\pi x} $$これは $x=0$ に高さ $L/2\pi$,幅 $\sim2\pi/L$ のピークを持ち,$L\to\infty$ でデルタ関数になる.結晶が有限だと回折ピークが広がるという事実(Scherrer の式)は,この表式そのものである(第3章の Laue 条件・回折の議論と合わせて読むとよい).
導出:格子和 $\displaystyle\sum_{\TT}\ee^{\ii\kk\cdot\TT}=N\sum_{\GG}\delta_{\kk,\GG}$
1次元で示す.周期境界条件のもとで $N$ 個の格子点 $x_n=na$($n=0,1,\ldots,N-1$)について和をとる.
$$ S(k)=\sum_{n=0}^{N-1}\ee^{\ii kna}=\sum_{n=0}^{N-1}\left(\ee^{\ii ka}\right)^{n} $$これは公比 $r=\ee^{\ii ka}$ の等比級数である.
場合1:$r=1$,すなわち $ka=2\pi\times$整数(= $k$ が逆格子点 $G$).各項が $1$ なので $S=N$.
場合2:$r\ne1$.等比級数の公式より
$$ S=\frac{1-r^N}{1-r}=\frac{1-\ee^{\ii kNa}}{1-\ee^{\ii ka}} $$ここで周期境界条件 \eqref{eq:A-kquant} が効く.許される $k$ は $k=2\pi m/(Na)$ だから $kNa=2\pi m$,したがって $\ee^{\ii kNa}=1$.分子がゼロになり $S=0$.
まとめると
∎
意味:格子の上で平面波を足し合わせると,逆格子点でだけ生き残り,それ以外では完全に打ち消し合う.これが Laue 条件($\Delta\kk=\GG$ でのみ回折が起こる)の数学的正体である(第3章).また第11章で Bloch 定理を並進群の既約表現から導くときにも,この直交性を使う.
A.9.3 3次元のデルタ関数と $\nabla^2(1/r)$
定義:3次元デルタ関数
$$ \delta(\rr)=\delta(x)\delta(y)\delta(z), \qquad \int\delta(\rr-\rr_0)g(\rr)\,\dd^3r=g(\rr_0) $$球対称な問題では,球座標での表現に注意が要る.$\dd^3r=r^2\sin\theta\,\dd r\,\dd\theta\,\dd\phi$ なので,原点にある点源は
$$ \delta(\rr)=\frac{\delta(r)}{4\pi r^2} $$と書ける($\int\frac{\delta(r)}{4\pi r^2}r^2\dd r\dd\Omega=\frac{4\pi}{4\pi}\int_0^\infty\delta(r)\dd r=1$ で規格化を確認できる).ここで $\delta(r)$ は動径方向の半直線 $r\ge0$ の上で $\int_0^\infty\delta(r)\dd r=1$ と規格化したものである.全実軸上の通常のデルタ関数を端点 $r=0$ に置いたと解釈すると,対称な流儀では半分の $1/2$ しか拾えず係数が合わなくなるので注意してほしい.
導出:$\nabla^2\dfrac{1}{r}=-4\pi\delta(\rr)$
電磁気学と固体物理の両方で繰り返し使う関係である.原点以外と原点とを分けて考えるのがコツである.
ステップ1:$r\ne0$ ではゼロ.球対称関数のラプラシアンは
$$ \nabla^2f(r)=\frac{1}{r^2}\frac{\dd}{\dd r}\left(r^2\frac{\dd f}{\dd r}\right) $$$f=1/r$ なら $\dfrac{\dd f}{\dd r}=-\dfrac{1}{r^2}$,したがって $r^2\dfrac{\dd f}{\dd r}=-1$(定数!).定数を微分すればゼロだから
$$ \nabla^2\frac{1}{r}=0\qquad(r\ne0) $$ステップ2:原点を含む体積で積分する.原点を中心とする半径 $R$ の球 $V$ で積分し,Gauss の発散定理 $\int_V\nabla\cdot\bm{A}\,\dd^3r=\oint_S\bm{A}\cdot\dd\bm{S}$ を $\bm{A}=\nabla(1/r)$ に適用する.
$$ \int_V\nabla^2\frac{1}{r}\,\dd^3r=\oint_S\nabla\frac{1}{r}\cdot\dd\bm{S} $$$\nabla\dfrac1r=-\dfrac{1}{r^2}\hat{r}$,球面上で $\dd\bm{S}=R^2\dd\Omega\,\hat r$ だから
$$ =\oint\left(-\frac{1}{R^2}\right)R^2\,\dd\Omega=-\int\dd\Omega=-4\pi $$$R$ が消えることに注意.どんなに小さい球でも積分値は $-4\pi$ である.
ステップ3:結論.「原点以外ではゼロ,原点を含む任意の体積で積分すると $-4\pi$」——これはまさに $-4\pi\delta(\rr)$ の定義である.
∎
物理的意味:点電荷の Poisson 方程式
点電荷 $q$ が原点にあるときの電荷密度は $\rho(\rr)=q\delta(\rr)$,ポテンシャルは $\phi=\dfrac{q}{4\pi\epsilon_0 r}$ である.Poisson 方程式に代入すると
$$ \nabla^2\phi=\frac{q}{4\pi\epsilon_0}\nabla^2\frac{1}{r} =\frac{q}{4\pi\epsilon_0}(-4\pi\delta(\rr))=-\frac{q\delta(\rr)}{\epsilon_0}=-\frac{\rho}{\epsilon_0} $$確かに成り立っている.「$1/r$ ポテンシャルの源は点電荷である」という当たり前の事実が,\eqref{eq:A-laplacian1r} の内容である.
第12章の Madelung エネルギー,第18章の遮蔽,第17章のドナー準位(水素様模型)——Coulomb 相互作用が絡む計算では,この関係が背後で働いている.
補足:Fermi の黄金律と状態密度
摂動 $V$ による単位時間あたりの遷移確率は
$$ W_{i\to f}=\frac{2\pi}{\hbar}\left|\bra{f}V\ket{i}\right|^2\delta(\epsilon_f-\epsilon_i) $$と書かれる.$\delta$ 関数がエネルギー保存を表している.終状態について和をとると
$$ W=\frac{2\pi}{\hbar}\sum_f|V_{fi}|^2\delta(\epsilon_f-\epsilon_i) =\frac{2\pi}{\hbar}\overline{|V|^2}\,D(\epsilon_i) $$と,状態密度が顔を出す.「遷移が起こりやすいかどうかは,行き先の座席の数で決まる」.トンネル分光で微分コンダクタンス $\dd I/\dd V$ が状態密度に比例するのも,走査型トンネル顕微鏡(STM)が電子状態を見る道具になるのも,この構造による.
確認A.9
$\delta(\cos\theta)$ を $\theta\in[0,\pi]$ の範囲で簡単にせよ.また,1次元の状態密度を $D(\epsilon)=\sum_k\delta(\epsilon-\hbar^2k^2/2m)$(軌道のみの和)から出発して \eqref{eq:A-deltag} を使って計算し,A.2 の結果 \eqref{eq:A-D1d} と一致することを確かめよ.
ヒント:$\cos\theta$ の零点は $\theta=\pi/2$,$|{-\sin(\pi/2)}|=1$ なので $\delta(\cos\theta)=\delta(\theta-\pi/2)$.後半は $g(k)=\epsilon-\hbar^2k^2/2m$,零点は $k=\pm\sqrt{2m\epsilon}/\hbar$ の2つ,$|g'|=\hbar^2|k|/m$.$\sum_k\to\frac{L}{2\pi}\int\dd k$ とスピン2を忘れずに.
A.10 Legendre 変換と熱力学ポテンシャル
「なぜ内部エネルギー $U$ ではなく自由エネルギー $F$ を使うのか」——この問いに答えられないまま相転移の議論に入ると,必ず迷子になる.答えは Legendre 変換にある.
A.10.1 Legendre 変換とは何か
なぜ:変数を取り替えたいという動機
熱力学第一法則と第二法則を合わせると
$$ \dd U=T\,\dd S-p\,\dd V+\mu\,\dd N $$この式は「$U$ の自然な変数は $S,V,N$ である」と言っている.ところが実験室では,エントロピー $S$ を制御することはできない.制御できるのは温度 $T$(恒温槽に入れる)と圧力 $p$(大気中に置く)である.
そこで「$S$ を独立変数とする関数 $U(S,V,N)$」を「$T$ を独立変数とする関数」に取り替えたい.単に $S=S(T,V)$ を代入して $U(T,V)$ と書くのでは情報が失われる(微分方程式を解かないと元に戻せない).情報を失わずに変数を取り替える操作が Legendre 変換である.
定義:Legendre 変換
関数 $f(x)$ に対し,傾き $p\equiv\dfrac{\dd f}{\dd x}$ を新しい変数として
$$ g(p)\equiv f(x)-px $$を作る($x$ は $p=f'(x)$ を解いて $p$ で表す).$g$ を $f$ の Legendre 変換という.
なぜこれで情報が保たれるのか.$g$ の全微分を計算してみる.
$$ \dd g=\dd f-p\,\dd x-x\,\dd p =\underbrace{f'(x)\dd x}_{=p\,\dd x}-p\,\dd x-x\,\dd p =-x\,\dd p $$$\dd x$ の項がきれいに消えた.残ったのは $\dd g=-x\dd p$ で,$g$ の自然な変数が $p$ になっている.しかも $x=-\dfrac{\dd g}{\dd p}$ で元の変数が回収できる.情報は失われていない.
幾何的な意味:$g(p)$ は「傾き $p$ の接線の $y$ 切片」である.曲線を「点の集まり」として記述する代わりに「接線の集まり」として記述している.凸関数ならこの2つの記述は同等である.
A.10.2 熱力学ポテンシャルの一覧
導出:$U\to F\to G$
Helmholtz 自由エネルギー $F$:$U(S,V,N)$ で $S$ を $T=\left(\dfrac{\partial U}{\partial S}\right)_{V,N}$ に取り替える.
$$ F\equiv U-TS $$ $$ \dd F=\dd U-T\dd S-S\dd T=(T\dd S-p\dd V+\mu\dd N)-T\dd S-S\dd T =-S\,\dd T-p\,\dd V+\mu\,\dd N $$自然な変数は $(T,V,N)$.温度と体積を固定した系(恒温・定積)では,$F$ が最小になる状態が実現する.
Gibbs 自由エネルギー $G$:さらに $V$ を $p=-\left(\dfrac{\partial F}{\partial V}\right)_{T,N}$ に取り替える.
$$ G\equiv F+pV=U-TS+pV $$ $$ \dd G=-S\,\dd T+V\,\dd p+\mu\,\dd N $$自然な変数は $(T,p,N)$.恒温・定圧という,実験室でもっとも普通の条件に対応する.相図が $G$ で議論されるのはこのためである.
エンタルピー $H$:$U$ で $V$ だけを $p$ に取り替える.$H=U+pV$,$\dd H=T\dd S+V\dd p+\mu\dd N$.
大ポテンシャル $\Omega$:$F$ で $N$ を $\mu$ に取り替える.$\Omega=F-\mu N$,$\dd\Omega=-S\dd T-p\dd V-N\dd\mu$.統計力学の大正準集団(A.11)で使う.∎
| ポテンシャル | 定義 | 自然な変数 | 全微分 | 最小になる条件 |
|---|---|---|---|---|
| 内部エネルギー $U$ | — | $S,V,N$ | $T\dd S-p\dd V+\mu\dd N$ | 断熱・定積 |
| Helmholtz $F$ | $U-TS$ | $T,V,N$ | $-S\dd T-p\dd V+\mu\dd N$ | 恒温・定積 |
| エンタルピー $H$ | $U+pV$ | $S,p,N$ | $T\dd S+V\dd p+\mu\dd N$ | 断熱・定圧 |
| Gibbs $G$ | $U-TS+pV$ | $T,p,N$ | $-S\dd T+V\dd p+\mu\dd N$ | 恒温・定圧 |
| 大ポテンシャル $\Omega$ | $F-\mu N$ | $T,V,\mu$ | $-S\dd T-p\dd V-N\dd\mu$ | 恒温・定積・粒子交換あり |
導出:Maxwell 関係式はなぜ出るのか
$\dd F=-S\dd T-p\dd V$ から,偏微分係数が読み取れる.
$$ S=-\left(\frac{\partial F}{\partial T}\right)_V, \qquad p=-\left(\frac{\partial F}{\partial V}\right)_T $$$F$ は状態量なので,2階偏微分の順序を交換できる($\dfrac{\partial^2F}{\partial T\partial V}=\dfrac{\partial^2F}{\partial V\partial T}$).したがって
$$ -\left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T=-\left(\frac{\partial p}{\partial T}\right)_V \quad\Longrightarrow\quad \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T=\left(\frac{\partial p}{\partial T}\right)_V $$これが Maxwell 関係式の1つである.「測りにくい量($S$ の体積依存性)を,測りやすい量($p$ の温度依存性)に翻訳する」装置だと思えばよい.ポテンシャルが4つあるので Maxwell 関係式も4つある.∎
A.10.3 固体物理での使いどころ
物理的意味:本書のどこで自由エネルギーが要るか
第14章(フォノンの熱的性質):格子振動の分配関数から $F=-k_BT\ln Z$ を計算し,そこからエントロピー $S=-\partial F/\partial T$,比熱 $C=T\partial S/\partial T$,そして圧力 $p=-\partial F/\partial V$ を導く.熱膨張は,$F$ の体積依存性がフォノン振動数を通じて温度に依存すること(Grüneisen パラメータ $\gamma=-\dfrac{\partial\ln\omega}{\partial\ln V}$)から出る.
第19章(強誘電体):Landau は,自由エネルギーを秩序変数(分極 $P$)のべきで展開した.
$$ F(P,T)=F_0+\frac{1}{2}a(T-T_c)P^2+\frac{1}{4}bP^4+\frac{1}{6}cP^6-EP $$$\partial F/\partial P=0$ が平衡条件である.$b\gt0$ なら2次相転移($P\propto\sqrt{T_c-T}$),$b\lt0$ なら1次相転移.$\mathrm{BaTiO_3}$ は1次,$\mathrm{LiTaO_3}$ は2次に近い.
ここで大切な注意:Landau 展開の「自由エネルギー」は,外場 $E$ を含む項 $-EP$ を持つので,正確には $P$ を独立変数とみなした $F$(Helmholtz 型)と,$E$ を独立変数とみなした $G$(Gibbs 型)が Legendre 変換で結ばれている.文献によって $F$ と書いたり $G$ と書いたりするのは,この使い分けである.「どの変数を固定した実験を記述しているか」を常に意識すること.
第20章(磁性):磁場 $H$ と磁化 $M$ の組も同じ構造で,$-MH$ の項を Legendre 変換で出し入れする.磁化率 $\chi=\partial M/\partial H$ は自由エネルギーの2階微分である.
確認A.10
$G=F+pV$ の全微分を計算して $\dd G=-S\dd T+V\dd p+\mu\dd N$ を確かめ,そこから Maxwell 関係式 $\left(\dfrac{\partial S}{\partial p}\right)_T=-\left(\dfrac{\partial V}{\partial T}\right)_p$ を導け.この関係式が熱膨張係数と結びつくことを説明せよ.
ヒント:$\dd(pV)=p\dd V+V\dd p$ を使う.右辺は熱膨張係数 $\alpha=\frac{1}{V}\left(\frac{\partial V}{\partial T}\right)_p$ そのもの.したがって「圧力をかけたときのエントロピー変化」が熱膨張から予測できる.
A.11 統計力学の最小限
固体物理は,量子力学で1粒子の状態を求め,統計力学でそれを $10^{23}$ 個ぶん足し上げる学問である.ここでは,本書で使う統計力学の道具だけを,導出付きでまとめる.
A.11.1 カノニカル集団と分配関数
定義:カノニカル分布と分配関数
温度 $T$ の熱浴と接した系が,エネルギー $E_s$ の状態 $s$ にある確率は
$$ P_s=\frac{\ee^{-\beta E_s}}{Z}, \qquad Z\equiv\sum_s \ee^{-\beta E_s}, \qquad \beta\equiv\frac{1}{k_BT} $$$Z$ を分配関数(partition function)という.$Z$ さえ計算できれば,熱力学量はすべて微分で出る.
$$ \braket{E}=-\frac{\partial\ln Z}{\partial\beta}, \qquad F=-k_BT\ln Z, \qquad S=-\frac{\partial F}{\partial T}, \qquad C=\frac{\partial\braket{E}}{\partial T} $$1つ目の式は $\braket{E}=\frac{\sum_sE_s\ee^{-\beta E_s}}{\sum_s\ee^{-\beta E_s}}$ で,分子が $-\partial Z/\partial\beta$ であることから直ちに出る.
導出:調和振動子と Planck 分布
角振動数 $\omega$ の調和振動子のエネルギー準位は $E_n=\hbar\omega\left(n+\dfrac12\right)$,$n=0,1,2,\ldots$.
ステップ1:分配関数を計算する.$x\equiv\ee^{-\beta\hbar\omega}$ と置くと
$$ Z=\sum_{n=0}^{\infty}\ee^{-\beta\hbar\omega(n+1/2)} =\ee^{-\beta\hbar\omega/2}\sum_{n=0}^{\infty}x^{n} =\frac{\ee^{-\beta\hbar\omega/2}}{1-\ee^{-\beta\hbar\omega}} $$等比級数の和 $\sum_{n\ge0}x^n=\dfrac{1}{1-x}$($|x|\lt1$)を使った.分子・分母に $\ee^{\beta\hbar\omega/2}$ を掛ければ $Z=\dfrac{1}{2\sinh(\beta\hbar\omega/2)}$ とも書ける.
ステップ2:平均エネルギーを求める.
$$ \ln Z=-\frac{\beta\hbar\omega}{2}-\ln\left(1-\ee^{-\beta\hbar\omega}\right) $$ $$ \braket{E}=-\frac{\partial\ln Z}{\partial\beta} =\frac{\hbar\omega}{2}+\frac{\hbar\omega\,\ee^{-\beta\hbar\omega}}{1-\ee^{-\beta\hbar\omega}} =\frac{\hbar\omega}{2}+\frac{\hbar\omega}{\ee^{\beta\hbar\omega}-1} $$(第2項は分子・分母に $\ee^{\beta\hbar\omega}$ を掛けた.)
ステップ3:読み取る.$\braket{E}=\hbar\omega\left(\braket{n}+\frac12\right)$ と比べれば
これがPlanck 分布である.∎
別解(直接計算):$\braket{n}=\dfrac{\sum_n n x^n}{\sum_n x^n}$.分母は $\dfrac{1}{1-x}$,分子は $\sum nx^n=x\dfrac{\dd}{\dd x}\sum x^n=x\dfrac{\dd}{\dd x}\dfrac{1}{1-x}=\dfrac{x}{(1-x)^2}$.比をとると
$$ \braket{n}=\frac{x}{(1-x)^2}\cdot(1-x)=\frac{x}{1-x}=\frac{1}{x^{-1}-1}=\frac{1}{\ee^{\beta\hbar\omega}-1} $$「$x\dfrac{\dd}{\dd x}$ を掛けると $n$ が降りてくる」という技法は,統計力学で何度も使う.
物理的意味:Planck 分布の2つの極限
高温 $k_BT\gg\hbar\omega$:$\ee^{x}\approx1+x$ より
$$ \braket{n}\approx\frac{1}{\hbar\omega/k_BT}=\frac{k_BT}{\hbar\omega} \quad\Longrightarrow\quad \braket{E}\approx k_BT $$古典的な等分配則(振動1モードあたり $k_BT$,運動と位置で $\frac12k_BT$ ずつ)が回復する.$3N$ モードなら $U=3Nk_BT$,比熱は $3Nk_B$——Dulong–Petit の法則である.
低温 $k_BT\ll\hbar\omega$:$\ee^{\beta\hbar\omega}\gg1$ なので
$$ \braket{n}\approx\ee^{-\hbar\omega/k_BT} $$指数関数的に凍結する.これが低温で比熱が落ちる理由である.Einstein 模型では全モードが同じ $\omega$ を持つので比熱が $\ee^{-\Theta_E/T}$ で落ちるが,実測は $T^3$.この不一致を,低振動数の音響モードを正しく数えることで解決したのが Debye である(第14章).
A.11.2 大正準集団と量子統計
定義:大正準分布
熱浴とエネルギーだけでなく粒子もやりとりする系では,状態 $s$(粒子数 $N_s$,エネルギー $E_s$)の確率が
$$ P_s=\frac{\ee^{-\beta(E_s-\mu N_s)}}{\Xi}, \qquad \Xi\equiv\sum_s\ee^{-\beta(E_s-\mu N_s)} $$$\Xi$ を大分配関数,$\mu$ を化学ポテンシャルという.大ポテンシャルは $\Omega=-k_BT\ln\Xi$.
この集団を使う理由:粒子数を固定すると「全部で $N$ 個」という条件が状態の間に相関を作り,計算が難しくなる.$\mu$ を固定すれば各軌道が独立に扱える.$N$ は最後に $\mu$ を調整して合わせればよい.
導出:Fermi–Dirac 分布
エネルギー $\epsilon$ のひとつの軌道だけに注目する.Pauli 原理より,この軌道の占有数は $n=0$ か $n=1$ の2通りしかない.
$$ \Xi=\sum_{n=0,1}\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)n}=1+\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)} $$平均占有数は
$$ \braket{n}=\frac{0\cdot1+1\cdot\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}}{1+\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}} $$分子・分母に $\ee^{\beta(\epsilon-\mu)}$ を掛けると
∎
性質を確認する:$\epsilon=\mu$ で $f=1/2$(つねに).$T\to0$ では,$\epsilon\lt\mu$ なら指数が $-\infty$ で $f\to1$,$\epsilon\gt\mu$ なら $+\infty$ で $f\to0$——階段関数になる(図A.3).この階段の位置が Fermi エネルギー $\epsilon_F=\mu(T=0)$ である.
導出:Bose–Einstein 分布
今度は $n=0,1,2,\ldots$ といくらでも入れる.
$$ \Xi=\sum_{n=0}^{\infty}\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)n}=\frac{1}{1-\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}} $$収束のためには $\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}\lt1$,すなわち$\mu\lt\epsilon_{\min}$ が必要である(この制約が Bose–Einstein 凝縮の議論で本質的になる).
平均占有数は,$\braket{n}=\dfrac{1}{\beta}\dfrac{\partial\ln\Xi}{\partial\mu}$ を使うのが速い.
$$ \ln\Xi=-\ln\left(1-\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}\right) \quad\Longrightarrow\quad \frac{\partial\ln\Xi}{\partial\mu}=\frac{\beta\,\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}}{1-\ee^{-\beta(\epsilon-\mu)}} $$$1/\beta$ を掛け,分子・分母に $\ee^{\beta(\epsilon-\mu)}$ を掛けて
∎ Fermi 分布との違いは分母の符号だけである.この $\pm1$ が,金属と超流動ほどに違う物理を生む.
フォノンと光子の場合:これらは数が保存しない(吸収・放出で自由に生成消滅する).粒子数に制約がないということは,$N$ について自由に変分できるということで,$\dfrac{\partial F}{\partial N}=\mu=0$.したがって $\mu=0$ とおいて
$$ \braket{n(\omega)}=\frac{1}{\ee^{\hbar\omega/k_BT}-1} $$これは A.11.1 で調和振動子から求めた Planck 分布 \eqref{eq:A-planck} と完全に一致する.「振動子の励起数」と「ボゾンの個数」が同じものだという事実——これがフォノンという概念の中身である(第13章).
補足:高温極限で両者は Boltzmann 分布に一致する
$\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}\gg1$(希薄・高温)のとき,分母の $\pm1$ は無視できて
$$ \braket{n}\approx\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT} $$これが Maxwell–Boltzmann 分布である.量子統計が古典統計に帰着する条件は「占有数が $1$ よりずっと小さい」ことである.
半導体では,キャリア濃度が低くて $\epsilon_c-\mu\gg k_BT$ なので,この近似(非縮退近似)が使える.これが第17章で $n=N_c\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT}$ という簡単な形が使える理由である.一方,金属や高濃度ドープ半導体(縮退半導体)ではこの近似が破れ,Fermi 積分をきちんと扱う必要がある.
導出:占有数のゆらぎと $-\partial f/\partial\epsilon$ の再登場
大正準集団では,粒子数のゆらぎが $\mu$ 微分で得られる.
$$ \braket{\Delta n^2}=\braket{n^2}-\braket{n}^2=k_BT\frac{\partial\braket{n}}{\partial\mu} $$Fermi 分布に適用してみよう.$f=\dfrac{1}{\ee^{\beta(\epsilon-\mu)}+1}$ を $\mu$ で微分する.$u\equiv\ee^{\beta(\epsilon-\mu)}$ と置くと $\dfrac{\partial u}{\partial\mu}=-\beta u$ だから
$$ \frac{\partial f}{\partial\mu}=-\frac{1}{(u+1)^2}\cdot(-\beta u)=\beta\frac{u}{(u+1)^2}=\beta f(1-f) $$(最後は $f=\dfrac{1}{u+1}$,$1-f=\dfrac{u}{u+1}$ から $f(1-f)=\dfrac{u}{(u+1)^2}$.)したがって
最後の等号は,$f$ が $\epsilon-\mu$ の関数だから $\dfrac{\partial f}{\partial\mu}=-\dfrac{\partial f}{\partial\epsilon}$ であることによる.∎
意味:$f=0$(空)でも $f=1$(満杯)でもゆらぎはゼロ.ゆらげるのは $f\approx1/2$ の付近,つまりFermi 面の近傍だけである.A.3 で主役を演じた $-\partial f/\partial\epsilon$ は,「どの電子が熱的にゆらげるか」を表す関数だったのである.金属の比熱・伝導・熱伝導がすべて Fermi 面近傍の電子だけで決まる——固体物理でもっとも重要な描像が,この一行に凝縮されている.
確認A.11
2準位系(エネルギー $0$ と $\Delta$)の分配関数 $Z=1+\ee^{-\beta\Delta}$ から平均エネルギーと比熱を求め,比熱が $k_BT\approx0.42\Delta$ 付近で極大を持つこと(Schottky 異常)を確かめよ.
ヒント:$\braket{E}=\dfrac{\Delta}{\ee^{\beta\Delta}+1}$,$C=k_B\left(\dfrac{\Delta}{k_BT}\right)^2\dfrac{\ee^{\Delta/k_BT}}{(\ee^{\Delta/k_BT}+1)^2}$.低温では指数関数的にゼロ,高温では $T^{-2}$ で落ちるので,途中に山ができる.結晶場分裂した磁性イオンの比熱(第20章)でこの形が観測される.
A.12 本文のどこで使うか —— 索引表
この付録の各節が,本書のどこで必要になるかをまとめておく.本文を読んでいて詰まったら,この表から該当節に戻ってほしい.
| 付録の節 | 内容 | 使う章 | 具体的な場面 |
|---|---|---|---|
| A.1 | Fourier 級数・変換 | 第3章,第11章,第16章,第19章 | 逆格子の定義,構造因子,周期ポテンシャルの $U_G$,中心方程式,遮蔽 Coulomb |
| A.2 | 周期境界条件・状態密度 | 第14章,第15章,第16章,第17章,第18章 | Debye 模型の $D(\omega)$,Fermi 球と $\epsilon_F$,van Hove 特異点,有効状態密度 $N_c,N_v$,Fermi 面の面積分 |
| A.3 | Sommerfeld 展開 | 第15章,第17章,第20章 | 電子比熱 $\gamma T$,$\mu(T)$ のずれ,Pauli 常磁性の温度依存性 |
| A.4 | 定積分の表 | 第14章,第15章,第20章 | Debye の $T^3$($4\pi^4/15$),Sommerfeld の $\pi^2/3$,Brillouin 関数の高温展開 |
| A.5 | $\Gamma$ と $\zeta$ | 第14章,第17章 | Bose 積分の一般形,$\zeta(3)$,Fermi 積分 $F_{1/2}$ |
| A.6 | 固有値問題・永年方程式 | 第10章,第13章,第16章,第18章 | 2原子鎖の2分枝,NFE のギャップ $2|U_G|$,強束縛の $H\bm{c}=\epsilon S\bm{c}$,結晶場分裂 |
| A.7 | テンソル・Voigt 表記 | 第12章,第17章,第19章 | 弾性定数 $C_{11},C_{12},C_{44}$,有効質量テンソル,圧電テンソル $d_{i\alpha}$,Neumann の原理 |
| A.8 | 複素数・留数・主値 | 第19章,第15章 | 誘電関数 $\epsilon(\omega)$,Kramers–Kronig,Drude モデルの $\omega+\ii/\tau$ |
| A.9 | デルタ関数 | 第3章,第13章,第14章,第17章,第18章 | Laue 条件,格子和,状態密度の定義,Fermi の黄金律,光吸収の結合状態密度 |
| A.10 | Legendre 変換 | 第12章,第14章,第19章 | 凝集エネルギー,熱膨張と Grüneisen,Landau 自由エネルギー展開 |
| A.11 | 統計力学 | 第14章,第15章,第17章,第20章 | Planck 分布,Fermi–Dirac 分布,真性キャリア濃度,Brillouin 関数 |
補足:逆向きの索引(章 → 付録)
- 第12章(結合と弾性):A.7(Voigt),A.10(自由エネルギー),A.4(Gauss 積分)
- 第13章(フォノンI):A.6($2\times2$ 永年方程式),A.2(周期境界条件),A.9(格子和)
- 第14章(フォノンII):A.2($D(\omega)$),A.4(Debye 積分),A.11(Planck 分布),A.10(Grüneisen)
- 第15章(自由電子):A.2($D(\epsilon)$),A.3(Sommerfeld),A.4,A.11(Fermi 分布)
- 第16章(バンド):A.6(永年方程式),A.1(Fourier 成分 $U_G$)
- 第17章(半導体):A.2(有効状態密度),A.11(非縮退近似),A.7(有効質量テンソル)
- 第18章(Fermi 面):A.2(面積分の $D(\epsilon)$),A.6(一般化固有値問題)
- 第19章(誘電体):A.8(留数・Kramers–Kronig),A.7(圧電テンソル),A.10(Landau)
- 第20章(磁性):A.11(統計),A.3(Pauli 常磁性),A.4(積分)
なぜ:この付録の使い方についてひとこと
数学は道具である.しかし「道具箱を全部覚えてから作業を始める」必要はない.むしろ逆で,作業をしていて必要になった道具を,その場で取りに来るのがよい.
ただし,取りに来たときに「なぜこの道具がこう働くのか」を1回だけ確認しておくことを勧める.公式を暗記しても次の問題では使えないが,導出の筋を1本たどっておけば,形の違う問題にも対応できる.この付録がすべての公式に短い導出を付けたのは,そのためである.
Kittel を読んで「なぜこの式からこの式が出るのか分からない」と手が止まったとき,その大半は本付録のどれかの技法で埋まる.埋まらないときは,たいてい物理の側の仮定(近似)が省略されている.そういう箇所は本文でそのつど指摘してある.
参考文献
- C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上・下)』第8版,宇野良清ほか訳,丸善出版 —— 付録 A〜C に,本付録と重なる内容(Fourier 級数,状態の数え方,Sommerfeld 展開の一部)が簡潔にまとめられている.ただし途中式は省略されている.
- N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Appendix C(Sommerfeld 展開),Appendix D($\kk$ 空間の和),Appendix I(Bose・Fermi 積分)—— Sommerfeld 展開の一般項と誤差評価まで載っている.
- G. B. Arfken, H. J. Weber, F. E. Harris, Mathematical Methods for Physicists, 7th ed., Academic Press (2013) —— Gamma・ゼータ関数,留数定理,デルタ関数の標準的な参考書.
- J. F. Nye, Physical Properties of Crystals, Oxford University Press (1985), Chapters 1, 8 —— テンソル物性と Voigt 表記の決定版.Neumann の原理の具体的な適用例が豊富.
- H. B. Callen, Thermodynamics and an Introduction to Thermostatistics, 2nd ed., Wiley (1985), Chapter 5 —— Legendre 変換の意味をもっとも丁寧に説明している本.
- 久保 亮五『統計力学』共立出版 —— 分配関数から量子統計までの標準的な日本語文献.
- 望月 泰英「線形応答理論」LRT_Textbook 第4章・第5章 —— Kramers–Kronig 関係の本格的な扱いは第4章,複素解析・解析接続はこちらの第5章を参照.
- 寺沢 寛一『自然科学者のための数学概論』岩波書店 —— 特殊関数と積分公式の古典的な参照書.