第18章Fermi面と金属
第15章で自由電子 Fermi 気体を扱い,第16章で周期ポテンシャルがバンドギャップを開けることを見て,第17章ではそのバンドの端の近くだけを使う半導体を扱った.本章の主役は金属である.金属では,バンドが途中まで詰まっている.詰まっているところと空いているところの境界面 —— それが Fermi 面(Fermi surface)である.
なぜ Fermi 面がそれほど大事なのか.理由はひとつしかない.低温での金属の性質は,ほとんどすべて Fermi 面のごく近傍の電子だけで決まるからである.Pauli の排他律のせいで,Fermi 面から $k_BT$ 以上深いところにいる電子は,励起しようにも移る先の空席がない.室温の $\mathrm{Cu}$ で $k_BT/\epsilon_F = 0.026/7.00 = 0.0037$ だから,動けるのは全電子の 0.4 % にも満たない.電気伝導も,熱伝導も,電子比熱も,Pauli 常磁性も,超伝導も,その 0.4 % が担っている.金属を理解するとは,Fermi 面の形を知ることである.
ところが Fermi 面の形は,自由電子のような球とは限らない.周期ポテンシャルがあると Brillouin 域の境界でバンドが折れ曲がり,Fermi 面はゾーン境界に垂直に突き当たり,いくつものシート(sheet)に分裂する.$\mathrm{Cu}$ の Fermi 面は $L$ 点で境界に触れて「首(neck)」を出しているし,$\mathrm{Al}$ の Fermi 面は第2ゾーンと第3ゾーンにまたがっている.この複雑な形を,自由電子の球から出発して手で組み立てる方法が Harrison 構成 である.
そして本章のもうひとつの山場が,Fermi 面を実験で見る方法である.磁場をかけると電子は $k$ 空間で等エネルギー面上を回る.その軌道が量子化されるという Onsager の条件から,磁化が $1/B$ の周期関数として振動する —— de Haas–van Alphen 効果である.振動の周期を測れば,Fermi 面の断面積が直接わかる.1930年の発見以来,これが Fermi 面の精密測定の王道であり,今日でも第一原理計算の正しさを検証する最も厳しい試金石である.
- Fermi 面の定義と,なぜ低温物性がすべて Fermi 面で決まるのか
- 拡張ゾーン形式・還元ゾーン形式・周期ゾーン形式の使い分け
- Harrison 構成 —— 自由電子 Fermi 球を逆格子点ごとに重ね,$n$ 重以上に覆われた領域が第 $n$ バンドの占有領域になること(2次元正方格子で実演)
- 周期ポテンシャルが Fermi 面に何をするか(ゾーン境界に垂直,角が丸まる,体積は不変)
- 磁場中の半古典運動 $\hbar\dot\kk=-\frac{e}{c}\vv\times\BB$ と,電子軌道・正孔軌道・開いた軌道
- 開いた軌道があると磁気抵抗が飽和しないこと($\mathrm{Cu}$ の磁気抵抗の異方性)
- 強束縛近似の完全導出 —— 単純立方・bcc・fcc すべて.バンド幅 $\propto$ 飛び移り積分,$d$ バンドはなぜ狭いのか
- Wigner–Seitz 法と擬ポテンシャル —— 強い Coulomb 場の中で電子が「ほとんど自由」でいられる理由(Phillips–Kleinman のキャンセル)
- Onsager の量子化条件 $\Delta(1/B)=2\pi e/(\hbar c S)$ の完全導出と de Haas–van Alphen 効果
- 実在金属の Fermi 面:アルカリ金属,$\mathrm{Cu}$,$\mathrm{Al}$,$\mathrm{Bi}$
- サイクロトロン共鳴,ARPES,第一原理計算による Fermi 面の決定
18.1 Fermi 面とは何か,なぜ重要か
18.1.1 定義
定義:Fermi 面(Fermi surface)
絶対零度において,占有された軌道と空の軌道を分ける $\kk$ 空間の面を Fermi 面という.すなわち,バンド構造 $\epsilon_n(\kk)$ に対して
$$ \epsilon_n(\kk) = \epsilon_F $$を満たす $\kk$ の集合である.$n$ は band index であり,複数のバンドが $\epsilon_F$ を横切れば Fermi 面は複数のシート(sheet)からなる.
$\epsilon_n(\kk)=\epsilon_n(\kk+\GG)$(第11章)だから,Fermi 面も逆格子の周期を持つ.したがって第1 Brillouin 域の中だけを描けば情報は尽きている(還元ゾーン形式)が,軌道の連結性を論じるときは周期的に繰り返した絵(周期ゾーン形式)のほうが見やすい.
自由電子気体(第15章)の場合,$\epsilon(\kk)=\hbar^2k^2/2m$ だから Fermi 面は半径
の球である.ここで $n$ は単位体積あたりの伝導電子数である.$\eqref{eq:18-kf}$ は第15章で導いた.念のため道筋を思い出しておくと,体積 $V$ の箱に周期境界条件を課すと $\kk$ 点は $(2\pi)^3/V$ ごとに1個ずつあり,スピンで2倍だから,半径 $k_F$ の球に入る電子数は $N = 2\cdot\frac{V}{(2\pi)^3}\cdot\frac{4\pi}{3}k_F^3 = \frac{V k_F^3}{3\pi^2}$,これを $n=N/V$ について解いたものである.
例題18.1 $\mathrm{Cu}$ の Fermi 面の大きさを Brillouin 域と比べる
$\mathrm{Cu}$ は fcc,格子定数 $a=3.61\,\text{Å}$,1原子あたり伝導電子1個($4s^1$)とする.$k_F$ を求め,$L$ 点($\{111\}$ 面の中心)までの距離と比べよ.
解.fcc の立方単位胞には原子が4個入る(第1章).したがって
$$ n = \frac{4}{a^3} = \frac{4}{(3.61\times10^{-8}\,\mathrm{cm})^3} = \frac{4}{4.705\times10^{-23}\,\mathrm{cm^3}} = 8.50\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}} $$実測値 $8.45\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$ とよく合う.$\eqref{eq:18-kf}$ より
$$ k_F = (3\pi^2 \times 8.50\times10^{22})^{1/3} = (2.517\times10^{24})^{1/3} = 1.36\times10^{8}\,\mathrm{cm^{-1}} = 1.36\,\text{Å}^{-1} $$格子定数で書き直すと便利である.$n=4/a^3$ を代入して
$$ k_F = \left(\frac{12\pi^2}{a^3}\right)^{1/3} = \frac{(12\pi^2)^{1/3}}{a} = \frac{4.911}{a} $$一方 $L$ 点は $\GG_{111}=\frac{2\pi}{a}(1,1,1)$ の中点だから,$\Gamma$ からの距離は
$$ k_L = \frac{1}{2}\abs{\GG_{111}} = \frac{1}{2}\cdot\frac{2\pi}{a}\sqrt{3} = \frac{\sqrt3\,\pi}{a} = \frac{5.441}{a} $$よって
$$ \frac{k_F}{k_L} = \frac{4.911}{5.441} = 0.903 $$自由電子の球なら,$L$ 点までの 90 % のところまでしか届かない.ところが実際の $\mathrm{Cu}$ の Fermi 面は $L$ 点で境界に触れている.この 10 % の差を埋めているのが,詰まった $3d$ 殻がつくる周期ポテンシャルである.詳しくは 18.7 節で扱う.∎
18.1.2 なぜ Fermi 面だけが効くのか
なぜ:低温物性が Fermi 面近傍だけで決まる理由
有限温度での占有数は Fermi–Dirac 分布
$$ f(\epsilon) = \frac{1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} $$である.$\epsilon$ について微分すると
$$ -\frac{\partial f}{\partial \epsilon} = \frac{1}{k_BT}\cdot\frac{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}}{\left(\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1\right)^2} = \frac{1}{4k_BT}\,\mathrm{sech}^2\!\left(\frac{\epsilon-\mu}{2k_BT}\right) $$途中の変形を書いておく.$x=(\epsilon-\mu)/k_BT$ と置くと $\ee^x/(\ee^x+1)^2$ である.分子分母を $\ee^{x}$ で割ると $1/(\ee^{x/2}+\ee^{-x/2})^2 = 1/(2\cosh(x/2))^2$.したがって $-\partial f/\partial\epsilon = \frac{1}{4k_BT}\mathrm{sech}^2(x/2)$ となる.
この関数は $\epsilon=\mu$ に鋭いピークを持ち,幅は $\sim 4k_BT$,そして $\int(-\partial f/\partial\epsilon)\dd\epsilon = 1$ である.つまり $-\partial f/\partial\epsilon$ は Fermi 準位に張り付いたデルタ関数もどきである.
ところが,輸送係数も熱力学的応答も,その表式には必ず $-\partial f/\partial\epsilon$ が掛かって現れる.たとえば電気伝導度は
$$ \sigma_{\alpha\beta} = e^2\int \frac{2\,\dd^3k}{(2\pi)^3}\,\tau(\kk)\,v_\alpha(\kk)v_\beta(\kk)\left(-\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\right) $$と書ける.$T\to0$ で $-\partial f/\partial\epsilon\to\delta(\epsilon-\epsilon_F)$ となるから,この積分はFermi 面上の面積分に潰れてしまう.
$$ \sigma_{\alpha\beta} \xrightarrow{T\to0} \frac{e^2}{4\pi^3}\oint_{\rm FS}\frac{\dd S_k}{\hbar\abs{\vv}}\,\tau\, v_\alpha v_\beta $$($\dd^3k = \dd S_k\,\dd k_\perp$ と分解し,$\dd\epsilon = \hbar\abs{\vv}\dd k_\perp$ を使った.)Fermi 面より深い電子も浅い空席も,いっさい寄与しない.
電子比熱も同様である.第15章の Sommerfeld 展開の結論 $C_{el}=\frac{\pi^2}{3}k_B^2T\,g(\epsilon_F)$ は,状態密度のうち $\epsilon_F$ での値しか含まない.$g(\epsilon_F)$ 自体が「Fermi 面の面積を $\abs{\vv}$ で割って積分したもの」である:
$$ g(\epsilon_F) = \frac{2}{(2\pi)^3}\oint_{\rm FS}\frac{\dd S_k}{\hbar\abs{\vv(\kk)}} $$結局,低温の金属を特徴づける量は,Fermi 面の形(面積・曲率・連結性)と,その上での速度分布だけである.これが「Fermi 面こそ金属の指紋である」と言われる理由である.
物理的意味:数字で見る「0.4 %」
$\mathrm{Cu}$ の値(第15章の表と同じ)を並べておく.
| 金属 | 価数 | $n\ (10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}})$ | $k_F\ (10^{8}\,\mathrm{cm^{-1}})$ | $\epsilon_F$ (eV) | $T_F\ (10^4\,\mathrm{K})$ | $v_F\ (10^8\,\mathrm{cm/s})$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Li}$ | 1 | 4.70 | 1.11 | 4.74 | 5.51 | 1.29 |
| $\mathrm{Na}$ | 1 | 2.65 | 0.92 | 3.24 | 3.77 | 1.07 |
| $\mathrm{K}$ | 1 | 1.40 | 0.75 | 2.12 | 2.46 | 0.86 |
| $\mathrm{Cu}$ | 1 | 8.45 | 1.36 | 7.00 | 8.16 | 1.57 |
| $\mathrm{Ag}$ | 1 | 5.85 | 1.20 | 5.48 | 6.36 | 1.39 |
| $\mathrm{Al}$ | 3 | 18.1 | 1.75 | 11.7 | 13.6 | 2.02 |
室温 $300\,\mathrm{K}$ で $k_BT = 0.0259\,\mathrm{eV}$.$\mathrm{Cu}$ では $k_BT/\epsilon_F = 0.0259/7.00 = 3.7\times10^{-3}$.熱的に励起されうる電子の割合はおよそこの程度,つまり0.4 % 以下である.金属の中の電子のほとんどは,室温でも「凍りついて」いる.
逆に言えば,Fermi 面の形が少し変わるだけで物性は大きく変わる.合金化でバンドを少し詰めて Fermi 面が Brillouin 域境界に触れると,そこで状態密度が跳ね,相安定性が変わる.これが Hume-Rothery 則(電子濃度 $e/a$ で合金相が決まる)の起源である.
補足:Luttinger の定理 —— Fermi 面が囲む体積は変わらない
Fermi 面の形は相互作用によって変わるが,Fermi 面が囲む $\kk$ 空間の体積は,相互作用がどれほど強くても自由電子の値から変わらない.これを Luttinger の定理(Luttinger's theorem, 1960)という.
$$ \frac{2}{(2\pi)^3}\sum_n V_n^{\rm occ} = n \quad(\text{単位体積あたりの電子数}) $$この定理のおかげで,Harrison 構成(18.2 節)で自由電子球から出発するという乱暴に見える手続きが,実は体積については厳密に正しい.周期ポテンシャルや電子相関は,Fermi 面を変形させはするが膨らませたり縮ませたりはしない.この事実は,実験で測った dHvA 断面積の総和が電子数と合うかどうかというチェックにも使われる.
ただし,この定理はどんな系でも無条件に成り立つわけではない.前提となるのは,並進対称性が保たれていること,粒子数が保存すること($U(1)$ 対称性),そして系が通常の Fermi 液体(あるいはその適切な一般化)として記述できることである.トポロジカル秩序を持つ系や,秩序化によって単位胞が倍化した系では,そのままの形では使えない.また結晶中では,完全に詰まったバンドは Fermi 面を持たず,単位胞あたり整数個の電子を与えるだけである.したがって Fermi 面の形から電子数を読み取るときは,満杯のバンドを法として数えることになる.電子ポケットと正孔ポケットは符号を逆にして数える約束である.
18.2 ゾーン形式と Harrison 構成
18.2.1 3つのゾーン形式
第16章で見たように,周期ポテンシャルの中の電子のエネルギーは $\epsilon_n(\kk)=\epsilon_n(\kk+\GG)$ という周期性を持つ.この周期性のせいで,バンド構造の描き方には流儀が3つある.どれも同じ情報を表しているのだが,目的に応じて使い分ける.
定義:3つのゾーン形式
- 拡張ゾーン形式(extended zone scheme):第 $n$ バンドを第 $n$ Brillouin 域の中に描く.自由電子の極限では,放物線 $\hbar^2k^2/2m$ が1本つながって見える.Harrison 構成はこの形式で行う.
- 還元ゾーン形式(reduced zone scheme):すべてのバンドを第1 Brillouin 域の中に折り返して描く.$\kk$ とバンド指数 $n$ の組で状態を指定する,最も標準的な描き方.バンド図($\Gamma$–$X$–$M$–$\cdots$)はこれである.
- 周期ゾーン形式(periodic zone scheme):$\epsilon_n(\kk)$ を $\kk$ 空間全体に周期的に繰り返して描く.軌道が閉じているか開いているかを判定するときは,この形式でなければならない.
補足:どのゾーンも同じ体積を持つ
第 $n$ Brillouin 域とは,原点から出発してちょうど $n-1$ 枚の Bragg 面を横切って到達できる $\kk$ の集合である(Bragg 面とは,逆格子ベクトル $\GG$ の垂直二等分面のこと.第3章).
重要な事実として,どのゾーンも体積が等しく,第1 Brillouin 域の体積 $(2\pi)^3/\Omega$ に一致する($\Omega$ は実空間の primitive cell の体積).これは,第 $n$ ゾーンの各断片を適当な逆格子ベクトルだけ平行移動すると,ちょうど第1ゾーンを隙間なく1回だけ敷き詰められるからである(この操作が「還元」である).
したがって,1つのバンドに入る状態数はスピンを含めて $2N$ 個($N$ は結晶中の primitive cell の数)である.1原子1価なら電子は $N$ 個 —— バンドは半分しか詰まらない.2価なら $2N$ 個 —— ちょうど1バンド分だが,バンドが重なっていれば金属,重なっていなければ絶縁体になる.この数え上げは第16章で導いたものと同じである.
18.2.2 Harrison 構成
周期ポテンシャルが弱いとき(アルカリ金属や $\mathrm{Al}$ のような単純金属),Fermi 面は「自由電子の球を Brillouin 域で切り刻んで折り返したもの」に非常に近い.この切り刻みを機械的に行う処方が Harrison 構成である.
Harrison 構成(Harrison construction)
- 電子密度 $n$ から自由電子の Fermi 波数 $k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$(3次元)あるいは $k_F=\sqrt{2\pi n_{2D}}$(2次元)を求める.
- 逆格子を描き,すべての逆格子点を中心として半径 $k_F$ の球(2次元なら円)を描く.
- $\kk$ 空間の各点について,その点がいくつの球に覆われているかを数える.
- $m$ 重以上に覆われている領域が,第 $m$ バンドの占有領域である(拡張ゾーン形式で言えば第 $m$ ゾーンの占有部分).
- それを逆格子ベクトルで第1 Brillouin 域に折り返せば,還元ゾーン形式の Fermi 面が得られる.
なぜ「$m$ 重以上に覆われた領域が第 $m$ バンド」なのか
自由電子では占有条件は単純に $\abs{\kk}<k_F$ である.ところが還元ゾーン形式では,波数 $\kk$ の状態は $\kk+\GG$ たちの集合として表される.すなわち,還元された波数 $\kk$(第1ゾーン内)に対して,自由電子のエネルギーの候補は
$$ \epsilon_{\GG}(\kk) = \frac{\hbar^2}{2m}\abs{\kk+\GG}^2 \qquad (\GG:\text{すべての逆格子ベクトル}) $$と無限個あり,これを小さい順に並べたものが第1バンド,第2バンド,… である.
いま,波数 $\kk$ において第 $m$ バンドが占有されているとは,$\epsilon_\GG(\kk)<\epsilon_F$ を満たす $\GG$ が少なくとも $m$ 個あるということである.$\epsilon_\GG(\kk)<\epsilon_F$ は $\abs{\kk+\GG}<k_F$ と同値,すなわち「$\kk$ が $-\GG$ を中心とする半径 $k_F$ の球の中にある」ことと同値である.
したがって 「$\kk$ が $m$ 個以上の球に覆われている」$\iff$「$\kk$ では第 $m$ バンドまでが占有されている」.これが Harrison 構成のからくりである.難しいことは何もしていない.
18.2.3 2次元正方格子でやってみる
言葉だけでは分からないので,実際に描く.格子定数 $a$ の2次元正方格子,1格子点あたり電子2個(2価)とする.
導出:2次元での $k_F$ と,それが第1ゾーン境界を越えること
ステップ1:2次元の状態数え.面積 $A=L^2$ の正方形に周期境界条件を課すと,許される $\kk$ 点は $(2\pi/L)^2$ の面積に1個ずつある.すなわち $\kk$ 空間の単位面積あたり $A/(2\pi)^2$ 個.スピンで2倍して,半径 $k_F$ の円内の電子数は
$$ N = 2\cdot\frac{A}{(2\pi)^2}\cdot \pi k_F^2 = \frac{A k_F^2}{2\pi} $$ステップ2:$k_F$ を解く.面密度 $n_{2D}=N/A$ について解いて
$$ k_F = \sqrt{2\pi n_{2D}} $$ステップ3:2価の場合を代入.1格子点あたり2電子,格子点の面密度は $1/a^2$ だから $n_{2D}=2/a^2$.よって
$$ k_F = \frac{\sqrt{4\pi}}{a} = \frac{3.545}{a} $$ステップ4:Brillouin 域と比べる.正方格子の逆格子も正方格子で,間隔は $2\pi/a$.第1 Brillouin 域は一辺 $2\pi/a$ の正方形,すなわち $\abs{k_x},\abs{k_y}<\pi/a$.
- 辺の中点($X$ 点)までの距離:$\pi/a = 3.142/a$
- 角($M$ 点)までの距離:$\sqrt2\,\pi/a = 4.443/a$
$k_F=3.545/a$ はこの間にある.つまり Fermi 円は辺は突き抜けるが角には届かない.
この一言で結論が決まる.角の付近($M$ 点のまわり)は第1バンドなのに空いている —— 正孔ポケット.辺を突き抜けた部分は第2バンドの占有領域 —— 折り返すと $X$ 点まわりの電子レンズになる.∎
例題18.2 面積で確かめる(補償金属であること)
上の2価2次元金属で,第1バンドの正孔の数と第2バンドの電子の数が等しいことを,面積の計算で確かめよ.
解.Fermi 円の面積は $\pi k_F^2 = \pi\cdot 4\pi/a^2 = 4\pi^2/a^2$.第1 Brillouin 域の面積は $(2\pi/a)^2 = 4\pi^2/a^2$.両者は等しい.
Harrison 構成では,Fermi 円の面積は「第1バンド占有面積 + 第2バンド占有面積」に等しい(1重に覆われた面積 + 2重に覆われた面積を,重複度で数えたもの).すなわち
$$ S_1^{\rm occ} + S_2^{\rm occ} = \pi k_F^2 = S_{\rm BZ} $$一方,第1バンドの正孔面積は $S_1^{\rm hole}=S_{\rm BZ}-S_1^{\rm occ}$ だから
$$ S_1^{\rm hole} = S_{\rm BZ} - S_1^{\rm occ} = S_2^{\rm occ} $$正孔の面積 = 電子の面積.この金属は補償されている(compensated metal).一般に,primitive cell あたりの電子数が偶数の金属は必ず補償金属になる.これは 18.3 節の磁気抵抗の議論で効いてくる.$\mathrm{Mg}$,$\mathrm{Zn}$,$\mathrm{Bi}$,$\mathrm{W}$ などが補償金属である.∎
18.2.4 周期ポテンシャルを入れると何が変わるか
Harrison 構成は自由電子の球を切り貼りしただけなので,角が尖っていたり,ゾーン境界を斜めに横切ったりする.実際の Fermi 面はそうではない.周期ポテンシャル $U_\GG$ を入れると,次の4つのことが起きる.
周期ポテンシャルが Fermi 面にすること
- ゾーン境界でギャップが開く(第16章).境界上でエネルギーは $2\abs{U_\GG}$ だけ割れる.
- Fermi 面はゾーン境界に垂直に立つ.(下で証明する)
- 尖った角が丸くなる.異なるゾーンの面がぶつかるところでは,ポテンシャルが混成を起こして滑らかにつなぐ.
- Fermi 面が囲む全体積は変わらない(Luttinger の定理).形は変わっても体積は保存する.
導出:なぜ Fermi 面はゾーン境界に垂直に立つのか
第16章の「ほとんど自由な電子」模型を思い出す.逆格子ベクトル $\GG$ の Bragg 面の近くでは,$\ket{\kk}$ と $\ket{\kk-\GG}$ の2つの平面波だけが効き,$2\times2$ の永年方程式
$$ \begin{vmatrix} \epsilon^0_{\kk}-\epsilon & U_\GG \\ U_\GG^{*} & \epsilon^0_{\kk-\GG}-\epsilon \end{vmatrix}=0, \qquad \epsilon^0_\kk = \frac{\hbar^2k^2}{2m} $$を解けばよい.展開すると $\epsilon^2 - (\epsilon^0_\kk+\epsilon^0_{\kk-\GG})\epsilon + \epsilon^0_\kk\epsilon^0_{\kk-\GG}-\abs{U_\GG}^2=0$,解の公式から
$$ \epsilon_\pm(\kk) = \frac{1}{2}\left(\epsilon^0_\kk+\epsilon^0_{\kk-\GG}\right) \pm\sqrt{\frac{1}{4}\left(\epsilon^0_\kk-\epsilon^0_{\kk-\GG}\right)^2+\abs{U_\GG}^2} $$ここからが本題である.Bragg 面上の点を $\kk_0$ とし,そこから測った変位を $\qq$ と書く:$\kk=\kk_0+\qq$.Bragg 面は $\GG$ に垂直だから,$\qq$ を面に垂直な成分 $q_\parallel$($\GG$ 方向)と面内成分 $\qq_\perp$ に分ける.
ステップ1:2つの自由電子エネルギーの差を計算する.
$$ \epsilon^0_\kk-\epsilon^0_{\kk-\GG} = \frac{\hbar^2}{2m}\left(k^2-\abs{\kk-\GG}^2\right) = \frac{\hbar^2}{2m}\left(2\kk\cdot\GG-G^2\right) = \frac{\hbar^2}{m}\left(\kk\cdot\GG-\frac{G^2}{2}\right) $$ここで Bragg 面の定義は $\kk_0\cdot\GG=G^2/2$ である($\GG$ の垂直二等分面).よって $\kk=\kk_0+\qq$ を代入すると $\kk\cdot\GG-G^2/2=\qq\cdot\GG = q_\parallel G$.したがって
$$ \epsilon^0_\kk-\epsilon^0_{\kk-\GG} = \frac{\hbar^2 G}{m}\,q_\parallel $$差は $q_\parallel$ にのみ比例し,面内変位 $\qq_\perp$ にはよらない.これが鍵である.
ステップ2:和のほうを計算する.
$$ \frac{1}{2}\left(\epsilon^0_\kk+\epsilon^0_{\kk-\GG}\right) =\frac{\hbar^2}{4m}\left(k^2+\abs{\kk-\GG}^2\right) =\frac{\hbar^2}{4m}\left(2k^2-2\kk\cdot\GG+G^2\right) =\frac{\hbar^2}{2m}\left(k^2-\kk\cdot\GG+\frac{G^2}{2}\right) $$$\kk=\kk_0+\qq$,$\kk\cdot\GG = G^2/2+q_\parallel G$,$k^2=k_0^2+2\kk_0\cdot\qq+q^2$ を代入する.$\kk_0\cdot\qq = \kk_0\cdot\qq_\perp + (\kk_0\cdot\hat\GG)q_\parallel = \kk_0\cdot\qq_\perp + \frac{G}{2}q_\parallel$ だから
$$ \frac{1}{2}\left(\epsilon^0_\kk+\epsilon^0_{\kk-\GG}\right) =\frac{\hbar^2}{2m}\left(k_0^2+2\kk_0\cdot\qq_\perp + Gq_\parallel + q^2 - \frac{G^2}{2}-q_\parallel G+\frac{G^2}{2}\right) $$ $$ =\frac{\hbar^2}{2m}\left(k_0^2+2\kk_0\cdot\qq_\perp+q^2\right) $$$Gq_\parallel$ の項がきれいに消えた.$q^2=q_\parallel^2+q_\perp^2$ だから,$q_\parallel$ は2次でしか入らない.
ステップ3:$q_\parallel$ で微分する.以上をまとめると
$$ \epsilon_\pm = \frac{\hbar^2}{2m}\left(k_0^2+2\kk_0\cdot\qq_\perp+q_\perp^2+q_\parallel^2\right) \pm\sqrt{\left(\frac{\hbar^2G}{2m}q_\parallel\right)^2+\abs{U_\GG}^2} $$ $$ \frac{\partial\epsilon_\pm}{\partial q_\parallel} =\frac{\hbar^2}{m}q_\parallel \pm \frac{\left(\hbar^2G/2m\right)^2q_\parallel}{\sqrt{\left(\frac{\hbar^2G}{2m}q_\parallel\right)^2+\abs{U_\GG}^2}} $$両項とも $q_\parallel$ に比例するので,$q_\parallel=0$ すなわちBragg 面上のあらゆる点で
$$ \left.\frac{\partial\epsilon_\pm}{\partial q_\parallel}\right|_{q_\parallel=0}=0 $$ステップ4:結論を読む.電子の速度は $\vv=\frac{1}{\hbar}\nabla_\kk\epsilon$ だから,この結果は「Bragg 面上では速度の面直成分がゼロ」を意味する.すなわち $\nabla_\kk\epsilon$ は Bragg 面内を向いている.
ところが等エネルギー面(Fermi 面)は $\nabla_\kk\epsilon$ に垂直である.$\nabla_\kk\epsilon$ が Bragg 面内を向いているなら,Fermi 面は Bragg 面の法線方向を含む.つまり Fermi 面は Bragg 面(ゾーン境界)に垂直に交わる.∎
なお $\abs{U_\GG}\to0$ の極限でもこの結論は形式的には成り立つが,そのときギャップが閉じるので Fermi 面はただ滑らかに突き抜ける(自由電子の球).$U_\GG$ が有限であることが,境界での「立ち上がり」を生む.
注意:Harrison 構成の限界
Harrison 構成は周期ポテンシャルが弱いときの出発点にすぎない.$\mathrm{Na}$,$\mathrm{K}$,$\mathrm{Al}$,$\mathrm{Pb}$ のような単純金属では驚くほどよく合うが,次の場合は当てにならない.
- 遷移金属:$d$ バンドが $\epsilon_F$ を横切るため,自由電子の描像そのものが成り立たない.強束縛(18.4 節)のほうが適切である.
- 貴金属($\mathrm{Cu}$, $\mathrm{Ag}$, $\mathrm{Au}$):$4s$ バンドは自由電子的だが,詰まった $3d$ バンドとの混成で $L$ 点付近が大きく歪む.自由電子球は $L$ 点に届かないのに,実際の Fermi 面は届いて「首」を出す.
- 小さいポケット:Harrison 構成が予言する微小なポケットは,実際には消えていることが多い($\mathrm{Al}$ の第4ゾーンのポケットなど).ポケットの有無は $U_\GG$ の大きさに敏感である.
18.3 磁場中の軌道 —— 電子軌道・正孔軌道・開いた軌道
18.3.1 半古典運動方程式から2つの保存則を出す
第17章で,Bloch 電子の半古典運動方程式
を導いた($e>0$ を素電荷とし,電子の電荷は $-e$.Gauss 単位系).いま静磁場 $\BB$ だけをかけ,電場は $\bm{E}=0$ とする.
導出:磁場中で $\kk$ は「等エネルギー面と磁場に垂直な面の交線」を回る
運動方程式は
$$ \hbar\dot\kk = -\frac{e}{c}\,\vv\times\BB $$保存則1:$\BB$ 方向の $\kk$ 成分.両辺に $\BB$ を内積する.
$$ \hbar\,\dot\kk\cdot\BB = -\frac{e}{c}(\vv\times\BB)\cdot\BB = 0 $$スカラー三重積 $(\vv\times\BB)\cdot\BB$ は同じベクトルを2回含むのでゼロである.したがって
$$ \frac{\dd}{\dd t}\left(\kk\cdot\hat{B}\right)=0 \quad\Longrightarrow\quad k_{\parallel}\equiv \kk\cdot\hat{B} = \text{一定} $$$\kk$ は磁場に垂直な平面の上に留まる.
保存則2:エネルギー.両辺に $\vv$ を内積する.
$$ \hbar\,\dot\kk\cdot\vv = -\frac{e}{c}(\vv\times\BB)\cdot\vv = 0 $$やはり三重積がゼロ.ところが $\vv=\frac{1}{\hbar}\nabla_\kk\epsilon$ だったから
$$ \frac{\dd\epsilon}{\dd t}=\nabla_\kk\epsilon\cdot\dot\kk = \hbar\,\vv\cdot\dot\kk = 0 \quad\Longrightarrow\quad \epsilon(\kk)=\text{一定} $$$\kk$ は等エネルギー面の上に留まる.(磁場は仕事をしないという古典力学の事実の,$\kk$ 空間版である.)
結論.2つの保存則を合わせると
すなわち,$\kk$ は「等エネルギー面を磁場に垂直な平面で切った断面の輪郭」の上を回る.この輪郭を軌道(orbit)という.Fermi 面上の電子については $\epsilon=\epsilon_F$ を取るので,軌道は Fermi 面の断面の輪郭である.
回る向きは $\eqref{eq:18-semiclassical}$ が決める.$\vv$ は等エネルギー面の外向き法線方向(エネルギーが増える向き)だから,$\dot\kk\propto-\vv\times\BB$ は輪郭に沿った接線方向を向く.
18.3.2 3種類の軌道
定義:電子軌道・正孔軌道・開いた軌道
- 電子軌道(electron orbit):閉じた軌道であって,その内側が占有されているもの.輪郭が囲むのは電子である.
- 正孔軌道(hole orbit):閉じた軌道であって,その外側が占有されているもの.輪郭が囲むのは空席(正孔)である.回る向きは電子軌道と逆になる.
- 開いた軌道(open orbit):周期ゾーン形式で見たとき,閉じずに $\kk$ 空間を無限に貫いて走る軌道.Fermi 面がゾーン境界を突き抜けてつながっているときに現れる.
開いた軌道かどうかは,還元ゾーン形式では判定できない.必ず周期ゾーン形式で,隣の胞へつながっているかどうかを見る.
なぜ正孔軌道は逆向きに回るのか
回転の向きを決めるのは $\dot\kk = -\frac{e}{\hbar c}\vv\times\BB$ である.$\vv$ は「エネルギーが増える向き」,つまり占有領域から空領域へ向かう向きを指す.
電子軌道では,占有領域は輪郭の内側にあるから $\vv$ は輪郭の外向き法線である.正孔軌道では占有領域は外側なので,$\vv$ は輪郭の内向き法線になる.$\vv$ の向きが逆転すれば $\vv\times\BB$ も逆転し,回る向きも逆転する.
実験的には,これは Hall 係数の符号として現れる.正孔軌道が支配的な金属では $R_H>0$ になる.$\mathrm{Al}$,$\mathrm{Be}$,$\mathrm{Zn}$,$\mathrm{Cd}$ などで実際に正の Hall 係数が観測される.第15章で Drude 模型から $R_H=-1/nec$(負)を導いたのに実測が正になる金属がある,という長年の謎は,こうして解決した.
18.3.3 軌道の周期とサイクロトロン有効質量
導出:$m_c=\dfrac{\hbar^2}{2\pi}\dfrac{\partial S}{\partial\epsilon}$(サイクロトロン有効質量)
軌道を1周するのにかかる時間 $T$ を計算する.
ステップ1:$\abs{\dot\kk}$ を求める.運動方程式の大きさを取る.$\vv$ の $\BB$ に垂直な成分を $\vv_\perp$ と書くと $\abs{\vv\times\BB}=v_\perp B$ だから
$$ \abs{\dot\kk} = \frac{eB}{\hbar c}v_\perp = \frac{eB}{\hbar c}\cdot\frac{1}{\hbar}\abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp $$ここで $\abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp$ は,軌道の乗っている平面内での勾配の大きさである.
ステップ2:周期を線積分で書く.軌道に沿った線素を $\dd k$ とすると $\dd t=\dd k/\abs{\dot\kk}$ だから
$$ T=\oint\dd t = \oint\frac{\dd k}{\abs{\dot\kk}} = \frac{\hbar^2c}{eB}\oint\frac{\dd k}{\abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp} $$ステップ3:この線積分の幾何学的意味を読む.いま,エネルギー $\epsilon$ の軌道と $\epsilon+\Delta\epsilon$ の軌道を同じ平面内で描く.2つの輪郭の間の隙間の幅は,輪郭に垂直な方向への距離 $\Delta k_\perp$ で
$$ \Delta\epsilon = \abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp\,\Delta k_\perp \quad\Longrightarrow\quad \Delta k_\perp = \frac{\Delta\epsilon}{\abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp} $$したがって2つの輪郭に挟まれた面積は
$$ \Delta S = \oint \Delta k_\perp\,\dd k = \Delta\epsilon\oint\frac{\dd k}{\abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp} $$ここで $S(\epsilon,k_\parallel)$ は軌道が囲む $\kk$ 空間の面積である.よって
$$ \oint\frac{\dd k}{\abs{\nabla_\kk\epsilon}_\perp} = \frac{\partial S}{\partial\epsilon} $$ステップ4:まとめる.ステップ2に代入して
$$ T = \frac{\hbar^2 c}{eB}\frac{\partial S}{\partial\epsilon} $$角振動数 $\omega_c=2\pi/T$ を,自由電子のサイクロトロン振動数 $\omega_c=eB/m^*c$ と同じ形に書けるように有効質量を定義すると
$m_c$ をサイクロトロン有効質量(cyclotron effective mass)という.これは軌道全体を平均した量であって,$\kk$ の1点で定義されるバンド有効質量 $m^*=\hbar^2/(\partial^2\epsilon/\partial k^2)$ とは別物である.
例題18.3 自由電子で $m_c=m$ を確かめる
$\epsilon=\hbar^2k^2/2m$,$\BB\parallel\hat z$ とする.断面積は $k_z$ を固定して
$$ k_x^2+k_y^2 = \frac{2m\epsilon}{\hbar^2}-k_z^2 \quad\Longrightarrow\quad S(\epsilon,k_z)=\pi\left(\frac{2m\epsilon}{\hbar^2}-k_z^2\right) $$$\epsilon$ で微分すると
$$ \frac{\partial S}{\partial\epsilon}=\pi\cdot\frac{2m}{\hbar^2}=\frac{2\pi m}{\hbar^2} $$$\eqref{eq:18-mc}$ に代入して
$$ m_c=\frac{\hbar^2}{2\pi}\cdot\frac{2\pi m}{\hbar^2}=m \qquad\checkmark $$$k_z$ にも依存しない.自由電子では,どの断面を取ってもサイクロトロン質量は $m$ である.∎
例題18.4 数値:$B=10\,\mathrm{T}$ のとき $\omega_c$ と $\hbar\omega_c$ はいくらか
$m_c=m$ とすると(SI で計算する)
$$ \omega_c=\frac{eB}{m}=\frac{1.602\times10^{-19}\times10}{9.109\times10^{-31}}=1.759\times10^{12}\ \mathrm{s^{-1}} $$ $$ \hbar\omega_c=1.055\times10^{-34}\times1.759\times10^{12}=1.855\times10^{-22}\,\mathrm{J}=1.16\ \mathrm{meV} $$ $$ \frac{\hbar\omega_c}{k_B}=\frac{1.855\times10^{-22}}{1.381\times10^{-23}}=13.4\ \mathrm{K} $$周期は $T=2\pi/\omega_c=3.57\times10^{-12}\,\mathrm{s}=3.6\,\mathrm{ps}$.
これが de Haas–van Alphen 効果の実験条件を決めている.量子化の効果が熱でぼやけないためには $\hbar\omega_c>k_BT$,つまり $10\,\mathrm{T}$ でも $T\lesssim 4\,\mathrm{K}$ が必要である.さらに1周回りきる前に散乱されないためには $\omega_c\tau>1$,すなわち $\tau>0.57\,\mathrm{ps}$.室温の $\mathrm{Cu}$ で $\tau\approx0.027\,\mathrm{ps}$ だから全く足りないが,$4\,\mathrm{K}$ の高純度 $\mathrm{Cu}$ では $\tau\approx 2\times10^{-9}\,\mathrm{s}$ にも達するので十分である.低温・強磁場・高純度 —— これが Fermi 面測定の三条件である.∎
18.3.4 実空間の軌道は $k$ 空間の軌道を $90^\circ$ 回したもの
導出:$\rr_\perp$ と $\kk$ の関係
運動方程式 $\hbar\dot\kk=-\frac{e}{c}\vv\times\BB$ で $\vv=\dot\rr$ と書くと
$$ \hbar\frac{\dd\kk}{\dd t}=-\frac{e}{c}\frac{\dd\rr}{\dd t}\times\BB $$$\BB$ が一定なので,そのまま時間で積分できる.
$$ \hbar(\kk-\kk_0) = -\frac{e}{c}(\rr-\rr_0)\times\BB $$これを $\rr$ について解きたい.両辺に左から $\hat B$ を外積する.右辺に BAC–CAB 公式 $\hat B\times(\bm{X}\times\BB)=\bm{X}(\hat B\cdot\BB)-\BB(\hat B\cdot\bm{X})$ を使うと,$\bm X = \rr-\rr_0$ として
$$ \hat B\times\left[(\rr-\rr_0)\times\BB\right] = B(\rr-\rr_0) - B\,\hat B\left[\hat B\cdot(\rr-\rr_0)\right] = B\,(\rr-\rr_0)_\perp $$(最後の等号は,ベクトルから $\hat B$ 方向成分を引いたものが垂直成分だ,というだけである.)したがって
$$ \hbar\,\hat B\times(\kk-\kk_0) = -\frac{eB}{c}(\rr-\rr_0)_\perp $$物理的意味:$\eqref{eq:18-realspace}$ が言っていること
$\hat B\times$ という操作は,$\BB$ に垂直な平面内でベクトルを $90^\circ$ 回すことである.したがって $\eqref{eq:18-realspace}$ は
実空間の軌道は,$\kk$ 空間の軌道を $90^\circ$ 回転し,長さを $\hbar c/eB$ 倍に縮尺した相似形である.
(全体の符号は電荷の符号の取り方で変わるので,回る向きが逆というだけである.要点は「$90^\circ$ 回した相似形」であること.)
縮尺係数を評価してみよう.$B=10\,\mathrm{T}$,$\Delta k=k_F=1.36\times10^{10}\,\mathrm{m^{-1}}$($\mathrm{Cu}$)とすると,SI では $\hbar/eB$ が縮尺係数だから
$$ \Delta r=\frac{\hbar}{eB}\Delta k = \frac{1.055\times10^{-34}}{1.602\times10^{-19}\times10}\times1.36\times10^{10} = 6.59\times10^{-17}\times1.36\times10^{10}=8.96\times10^{-7}\,\mathrm{m} $$およそ $0.9\ \mu\mathrm{m}$.原子間距離の数千倍である.$\kk$ 空間で Fermi 面を1周する電子は,実空間ではマイクロメートル規模の円を描く.だからこそ,試料が汚いと1周する前に散乱されてしまう.逆に,この軌道半径が試料の厚さと同程度になると寸法効果(Gantmakher 効果)が現れ,これも Fermi 面の測定に使われる.
18.3.5 開いた軌道と磁気抵抗
物理的意味:なぜ開いた軌道があると磁気抵抗が飽和しないのか
強磁場極限($\omega_c\tau\gg1$)を考える.
閉じた軌道の場合.電子は散乱されるまでに軌道を何周もする.$\eqref{eq:18-realspace}$ より実空間の軌道も閉じているから,電子は同じところをぐるぐる回るだけで,磁場に垂直な方向へは正味進めない.進めるのは,軌道の中心が電場によってゆっくりドリフトする分だけである.その結果,磁場に垂直な伝導度は $\sigma_{xx}\sim\sigma_0/(\omega_c\tau)^2$ のように小さくなる.しかし同時に Hall 伝導度 $\sigma_{xy}\sim\sigma_0/(\omega_c\tau)$ が残るので,伝導度テンソルを逆にして抵抗率に直すと
$$ \rho_{xx}=\frac{\sigma_{xx}}{\sigma_{xx}^2+\sigma_{xy}^2}\ \longrightarrow\ \text{一定} $$となる.磁気抵抗は飽和する.実際,$\mathrm{Na}$ や $\mathrm{K}$(閉じた球面 Fermi 面)の横磁気抵抗はほとんど増えない.
補償金属の場合.電子の数と正孔の数が等しい(例題18.2)と,Hall 伝導度が電子と正孔で打ち消し合って $\sigma_{xy}\to0$ になる.すると上の式の分母から $\sigma_{xy}$ が消え,$\rho_{xx}\sim1/\sigma_{xx}\propto(\omega_c\tau)^2\propto B^2$.飽和せず $B^2$ で増え続ける.$\mathrm{Bi}$,$\mathrm{W}$,$\mathrm{Mg}$ の巨大な磁気抵抗はこれである.
開いた軌道の場合.$\kk$ が閉じずに $\kk$ 空間を一方向(たとえば $k_x$ 方向)に走り続けると,$\eqref{eq:18-realspace}$ より実空間では電子が $y$ 方向へいつまでも進み続ける.この方向には強磁場でも伝導が死なないので $\sigma_{yy}$ は有限のまま残る.ところが,それと垂直な $x$ 方向の伝導は死ぬ.伝導度テンソルが極端に異方的になり,その結果,開いた軌道の実空間方向に垂直な向きの磁気抵抗は $B^2$ で増え続ける.
決定的なのは,開いた軌道が存在するかどうかが磁場の向きに敏感に依存することである.磁場をわずかに傾けただけで,Fermi 面の断面が「つながっている」状態から「切れている」状態に変わってしまう.したがって磁気抵抗を磁場方向の関数として測ると,開いた軌道が生じる特定の方向にだけ鋭いピークが立つ.
$\mathrm{Cu}$ がその教科書的な例である.$\mathrm{Cu}$ の Fermi 面は $\{111\}$ 面上の $L$ 点で境界に触れて「首」を出しており,周期ゾーン形式では首を介して隣の胞へつながっている.磁場を $[100]$ など特定の方位に向けると,首の連なりに沿った開いた軌道ができる.Klauder と Kunzler の古典的実験では,磁場方向を回転させながら磁気抵抗を測ると,開いた軌道の方向に対応して花弁状の鋭い異方性パターンが現れた.これは $\mathrm{Cu}$ の Fermi 面に首があることの,最も直接的な証拠のひとつである.
18.4 強束縛近似の完全導出
ここまでは「自由電子から出発して弱いポテンシャルを摂動で入れる」という立場(NFE,第16章)で議論してきた.本節ではその正反対の出発点を取る.孤立原子の軌道から出発し,原子どうしを近づけたときに準位がどう広がってバンドになるかを見る.これが 強束縛近似(tight-binding approximation, TB)である.
この2つは,同じ山を反対側から登っているにすぎない.$s$-$p$ 電子には NFE が,$d$-$f$ 電子には TB が向いている.そして遷移金属では,両方が同時に必要になる.
18.4.1 Bloch 和をつくる
導出:TB 波動関数が Bloch 定理を満たすこと
孤立原子の軌道を $\phi(\rr)$ とする.原子は格子点 $\RR_m$($m=1,\dots,N$)に並んでいる.次の線形結合を考える.
(続き)Bloch 定理の確認と規格化
Bloch 定理の確認.格子並進 $\TT$(これも格子ベクトル)だけずらしてみる.
$$ \psi_\kk(\rr+\TT)=\frac{1}{\sqrt N}\sum_m \ee^{\ii\kk\cdot\RR_m}\phi(\rr+\TT-\RR_m) $$ここで和の変数を $\RR_{m'}=\RR_m-\TT$ と付け替える.$\RR_m$ が全格子点を走るなら $\RR_{m'}$ も全格子点を走る(格子は並進で自分自身に移る).$\RR_m=\RR_{m'}+\TT$ だから
$$ \psi_\kk(\rr+\TT)=\frac{1}{\sqrt N}\sum_{m'} \ee^{\ii\kk\cdot(\RR_{m'}+\TT)}\phi(\rr-\RR_{m'}) =\ee^{\ii\kk\cdot\TT}\cdot\frac{1}{\sqrt N}\sum_{m'}\ee^{\ii\kk\cdot\RR_{m'}}\phi(\rr-\RR_{m'}) $$ $$ =\ee^{\ii\kk\cdot\TT}\,\psi_\kk(\rr)\qquad\checkmark $$これはまさに Bloch 定理である(第11章).位相因子 $\ee^{\ii\kk\cdot\RR_m}$ を付けて足すという,ただそれだけの操作で,並進群の既約表現 $\kk$ に属する関数ができあがる.第9章の射影演算子の言葉で言えば,$\eqref{eq:18-blochsum}$ は並進群の既約表現 $\kk$ への射影演算子を $\phi(\rr)$ に作用させたものにほかならない.
規格化.異なる格子点の軌道どうしの重なり積分を
$$ S(\bm\rho)\equiv\int \phi^{*}(\rr)\,\phi(\rr-\bm\rho)\,\dd^3r $$と書く.$S(0)=1$ である.いままず $S(\bm\rho\neq0)=0$ と近似する(後で外す).すると
$$ \langle \psi_\kk|\psi_\kk\rangle=\frac{1}{N}\sum_{m,m'}\ee^{\ii\kk\cdot(\RR_m-\RR_{m'})}S(\RR_m-\RR_{m'}) =\frac{1}{N}\sum_{m}1=1\qquad\checkmark $$補足:$N$ 個の原子軌道から $N$ 個の $\kk$ 状態ができる
$\eqref{eq:18-blochsum}$ で許される $\kk$ は,周期境界条件から第1 Brillouin 域内の $N$ 個である(第11章).すなわち,$N$ 個の原子軌道 $\{\phi(\rr-\RR_m)\}$ を線形結合し直して,$N$ 個の Bloch 状態 $\{\psi_\kk\}$ を作っただけである.状態の数は変わらない.スピンを入れれば $2N$ 個 —— 18.2 節で数えた「1バンドの収容数」と一致する.
これは化学で言う分子軌道法(LCAO)そのものである.実際,強束縛近似の別名を LCAO 法(linear combination of atomic orbitals)という.$N=2$ なら結合性・反結合性軌道の2準位,$N=\infty$ ならバンドになる.
18.4.2 エネルギー期待値を計算する
導出:$\epsilon(\kk)=-\alpha-\gamma\sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho}$
Hamiltonian は
$$ \Ham = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + U(\rr),\qquad U(\rr)=\sum_n U_{\rm at}(\rr-\RR_n) $$とする(結晶ポテンシャルを原子ポテンシャルの重ね合わせで書く).$m$ 番目の原子に着目して
$$ \Ham = \underbrace{\left[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+U_{\rm at}(\rr-\RR_m)\right]}_{\Ham_{\rm at}^{(m)}} +\underbrace{\sum_{n\neq m}U_{\rm at}(\rr-\RR_n)}_{\Delta U_m} $$と分ける.$\Ham_{\rm at}^{(m)}\phi(\rr-\RR_m)=\epsilon_{\rm at}\,\phi(\rr-\RR_m)$ である.以下,エネルギーの原点を $\epsilon_{\rm at}=0$ に取る(最後に戻せばよい).
ステップ1:期待値を二重和で書く.
$$ \epsilon(\kk)=\bra{\psi_\kk}\Ham\ket{\psi_\kk} =\frac{1}{N}\sum_{m,m'}\ee^{\ii\kk\cdot(\RR_m-\RR_{m'})} \int \phi^{*}(\rr-\RR_{m'})\,\Ham\,\phi(\rr-\RR_m)\,\dd^3r $$ステップ2:積分が差にしか依らないことを示す.積分変数を $\rr\to\rr+\RR_{m'}$ と平行移動する.$\Ham$ は格子並進で不変($U(\rr+\RR_{m'})=U(\rr)$)だから
$$ \int \phi^{*}(\rr-\RR_{m'})\Ham\,\phi(\rr-\RR_m)\dd^3r =\int \phi^{*}(\rr)\,\Ham\,\phi\!\left(\rr-(\RR_m-\RR_{m'})\right)\dd^3r \equiv t(\bm\rho),\quad \bm\rho\equiv\RR_m-\RR_{m'} $$この $t(\bm\rho)$ を 飛び移り積分(transfer integral,あるいは hopping integral,共鳴積分)という.
ステップ3:二重和を一重和にする.$m'$ を固定して $m$ を走らせると $\bm\rho$ が全格子ベクトルを走る.$m'$ についての和は $N$ 個の同じ値を足すだけなので $(1/N)\sum_{m'}=1$.よって
$$ \epsilon(\kk)=\sum_{\bm\rho}\ee^{\ii\kk\cdot\bm\rho}\,t(\bm\rho) $$ステップ4:$t(\bm\rho)$ を評価する.
$\bm\rho=0$ の項(オンサイト項):
$$ t(0)=\int\phi^{*}(\rr)\left[\Ham_{\rm at}+\Delta U\right]\phi(\rr)\dd^3r =\underbrace{\epsilon_{\rm at}}_{=0}+\int\abs{\phi(\rr)}^2\Delta U(\rr)\,\dd^3r \equiv -\alpha $$$\Delta U$ は他の原子が作るポテンシャルで,原子核が作る引力だから負である.よって $\alpha>0$.これは「原子が周りにいるおかげで準位が下がる」効果である(結晶場シフト).
$\bm\rho\neq0$ の項:
$$ t(\bm\rho)=\underbrace{\epsilon_{\rm at}S(\bm\rho)}_{=0}+\int\phi^{*}(\rr)\,\Delta U(\rr)\,\phi(\rr-\bm\rho)\,\dd^3r $$$\phi$ は $\RR=0$ と $\bm\rho$ の中間領域でしか重ならず,そこで $\Delta U<0$,$\phi^*\phi>0$($s$ 軌道の場合)だから,この積分は負である.最近接(nearest neighbour, nn)だけを残し,その値を
$$ t(\bm\rho_{\rm nn})\equiv-\gamma,\qquad \gamma>0 $$と書く.第2近接以遠は $\phi$ の重なりが指数関数的に小さいので落とす.
ステップ5:結論.
補足:符号 $\ee^{+\ii\kk\cdot\bm\rho}$ と $\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho}$ のどちらでもよい理由
最近接ベクトルの集合は必ず反転対称である($\bm\rho$ が最近接なら $-\bm\rho$ も最近接).したがって和を取ると
$$ \sum_{\rm nn}\ee^{\ii\kk\cdot\bm\rho}=\sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho}=\sum_{\rm nn}\cos(\kk\cdot\bm\rho) $$となり,虚部は打ち消し合って実数になる.エネルギーが実数になるのは当然のことだが,こうして式の上で確認できる.
18.4.3 単純立方格子
導出:単純立方の TB バンド,バンド幅,有効質量
最近接ベクトル.格子定数 $a$ の単純立方(sc)では,最近接は6個:
$$ \bm\rho = (\pm a,0,0),\ (0,\pm a,0),\ (0,0,\pm a) $$和を計算する.
$$ \sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho} =\ee^{-\ii k_xa}+\ee^{+\ii k_xa}+\ee^{-\ii k_ya}+\ee^{+\ii k_ya}+\ee^{-\ii k_za}+\ee^{+\ii k_za} $$Euler の公式 $\ee^{\ii\theta}+\ee^{-\ii\theta}=2\cos\theta$ を3回使って
$$ =2\left(\cos k_xa+\cos k_ya+\cos k_za\right) $$したがって
(続き)バンド幅と有効質量
バンド幅.$\cos$ の和は $-3$ から $+3$ まで変わる.
- 最小:$\kk=\Gamma=(0,0,0)$ で $\cos$ の和 $=3$ $\Rightarrow$ $\epsilon_{\min}=-\alpha-6\gamma$
- 最大:$\kk=R=\frac{\pi}{a}(1,1,1)$ で $\cos$ の和 $=-3$ $\Rightarrow$ $\epsilon_{\max}=-\alpha+6\gamma$
バンド幅は飛び移り積分に比例する.これが強束縛の最重要メッセージである.
バンド底の有効質量.$\kk\to0$ で Taylor 展開する.$\cos x = 1-\frac{x^2}{2}+O(x^4)$ を使うと
$$ \cos k_xa+\cos k_ya+\cos k_za \simeq 3-\frac{a^2}{2}\left(k_x^2+k_y^2+k_z^2\right)=3-\frac{a^2k^2}{2} $$これを $\eqref{eq:18-sc}$ に入れて
$$ \epsilon(\kk)\simeq-\alpha-2\gamma\left(3-\frac{a^2k^2}{2}\right)=-\alpha-6\gamma+\gamma a^2k^2 $$これを自由電子型 $\epsilon=\epsilon_{\min}+\hbar^2k^2/2m^{*}$ と見比べる.$k^2$ の係数を等置して
$$ \frac{\hbar^2}{2m^{*}}=\gamma a^2 $$物理的意味:$m^{*}=\hbar^2/2\gamma a^2$ の読み方
この式は「飛び移りにくいほど重い」と言っている.$\gamma$ が小さい(隣へ飛び移りにくい)と $m^{*}$ が大きく,電子は動きにくい.$\gamma\to0$(原子が無限に離れている)では $m^{*}\to\infty$,つまり電子は原子に完全に局在する.ごく自然な結論である.
数値を入れてみよう.$a=3\,\text{Å}=3\times10^{-10}\,\mathrm{m}$,$\gamma=1\,\mathrm{eV}=1.602\times10^{-19}\,\mathrm{J}$ とすると
$$ m^{*}=\frac{(1.055\times10^{-34})^2}{2\times1.602\times10^{-19}\times(3\times10^{-10})^2} =\frac{1.113\times10^{-68}}{2.884\times10^{-38}}=3.86\times10^{-31}\,\mathrm{kg} $$ $$ \frac{m^{*}}{m}=\frac{3.86\times10^{-31}}{9.109\times10^{-31}}=0.42 $$$\gamma\sim1\,\mathrm{eV}$ なら $m^*$ は自由電子質量と同程度である.逆に,$\gamma=0.1\,\mathrm{eV}$(狭い $d$ バンド)なら $m^*/m=4.2$,$\gamma=0.01\,\mathrm{eV}$($f$ バンド)なら $m^*/m=42$.重い電子系(heavy fermion)で $m^*/m\sim100$–$1000$ になることの,いちばん素朴な理解がこれである.
注意:バンド端では有効質量の符号が変わる
$\eqref{eq:18-sc}$ をバンドの頂上($R$ 点)で展開してみよう.$\kk=\frac{\pi}{a}(1,1,1)+\qq$ と置くと $\cos(k_ia)=\cos(\pi+q_ia)=-\cos(q_ia)\simeq-1+\frac{q_i^2a^2}{2}$ だから
$$ \epsilon\simeq-\alpha-2\gamma\left(-3+\frac{a^2q^2}{2}\right)=-\alpha+6\gamma-\gamma a^2q^2 $$$q^2$ の係数が負である.つまり $m^{*}=-\hbar^2/2\gamma a^2<0$.バンド頂上の電子は負の有効質量を持ち,正孔として振る舞う(第17章).これは TB でも NFE でも変わらない,バンド構造の一般的性質である.
18.4.4 bcc と fcc
導出:体心立方(bcc)の TB バンド
最近接ベクトル.立方体の頂点にある原子から見ると,最近接は体心の8個であり,立方単位胞の一辺を $a$ として
$$ \bm\rho = \frac{a}{2}\left(\pm1,\pm1,\pm1\right)\qquad(\text{符号は独立に選ぶ,計 }2^3=8\text{ 個}) $$最近接距離は $\sqrt3\,a/2 = 0.866a$ である.
和を計算する.3つの符号 $s_1,s_2,s_3=\pm1$ について
$$ \sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho} =\sum_{s_1=\pm1}\sum_{s_2=\pm1}\sum_{s_3=\pm1} \exp\left[-\ii\frac{a}{2}\left(s_1k_x+s_2k_y+s_3k_z\right)\right] $$指数の中が3つの独立な和になっているので,指数関数は積に分解する.
$$ =\left(\sum_{s_1=\pm1}\ee^{-\ii s_1k_xa/2}\right) \left(\sum_{s_2=\pm1}\ee^{-\ii s_2k_ya/2}\right) \left(\sum_{s_3=\pm1}\ee^{-\ii s_3k_za/2}\right) $$各因子は $\ee^{-\ii\theta}+\ee^{+\ii\theta}=2\cos\theta$ だから
$$ =2\cos\frac{k_xa}{2}\cdot2\cos\frac{k_ya}{2}\cdot2\cos\frac{k_za}{2} =8\cos\frac{k_xa}{2}\cos\frac{k_ya}{2}\cos\frac{k_za}{2} $$したがって
$$ \epsilon_{\rm bcc}(\kk)=-\alpha-8\gamma\,\cos\frac{k_xa}{2}\cos\frac{k_ya}{2}\cos\frac{k_za}{2} $$バンド幅.3つの $\cos$ の積は $-1$ から $+1$ まで動く($\Gamma$ 点で $+1$,$H=\frac{2\pi}{a}(1,0,0)$ で $\cos\pi\cdot1\cdot1=-1$).よって
$$ W = 16\gamma = 2z\gamma\quad(z=8) $$有効質量.$\kk\to0$ で $\cos(k_ia/2)\simeq1-k_i^2a^2/8$ だから,積は
$$ \left(1-\frac{k_x^2a^2}{8}\right)\left(1-\frac{k_y^2a^2}{8}\right)\left(1-\frac{k_z^2a^2}{8}\right) \simeq 1-\frac{a^2}{8}\left(k_x^2+k_y^2+k_z^2\right)=1-\frac{a^2k^2}{8} $$(2次までなので交差項は落とす.)よって
$$ \epsilon\simeq-\alpha-8\gamma+\gamma a^2k^2 \quad\Longrightarrow\quad m^{*}=\frac{\hbar^2}{2\gamma a^2} $$単純立方と同じ形である(ただし $a$ は立方単位胞の一辺,$\gamma$ は別の値).∎
導出:面心立方(fcc)の TB バンド
最近接ベクトル.fcc の最近接は12個で,立方単位胞の一辺を $a$ として
$$ \bm\rho=\frac{a}{2}(\pm1,\pm1,0),\quad \frac{a}{2}(0,\pm1,\pm1),\quad \frac{a}{2}(\pm1,0,\pm1) $$3つの族それぞれ4個,計12個.最近接距離は $a/\sqrt2=0.707a$.
和を計算する.まず $(x,y)$ 族の4個だけ足す.
$$ \sum_{s_1,s_2=\pm1}\exp\left[-\ii\frac{a}{2}(s_1k_x+s_2k_y)\right] =\left(2\cos\frac{k_xa}{2}\right)\left(2\cos\frac{k_ya}{2}\right) =4\cos\frac{k_xa}{2}\cos\frac{k_ya}{2} $$bcc のときと同じ「積への分解」を使った.$(y,z)$ 族と $(z,x)$ 族も同様なので,12個すべてを足すと
$$ \sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho} =4\left(\cos\frac{k_xa}{2}\cos\frac{k_ya}{2} +\cos\frac{k_ya}{2}\cos\frac{k_za}{2} +\cos\frac{k_za}{2}\cos\frac{k_xa}{2}\right) $$(続き)fcc のバンド幅は $2z\gamma$ ではない
$c_i\equiv\cos(k_ia/2)$ と略記し,$f=c_xc_y+c_yc_z+c_zc_x$ の値域を調べる.$c_i\in[-1,1]$ である.
最大値.$\Gamma$ 点で $c_x=c_y=c_z=1$,$f=3$.よって $\epsilon_{\min}=-\alpha-12\gamma$.
最小値.恒等式
$$ f=\frac{1}{2}\left[(c_x+c_y+c_z)^2-(c_x^2+c_y^2+c_z^2)\right] $$を使う.$c_i^2\le1$ という不等式で大雑把に評価するより,直接考えたほうが早い.$f$ を小さくするには,第1項 $(c_x+c_y+c_z)^2$ をできるだけ小さく,$c_x^2+c_y^2+c_z^2$ をできるだけ大きくしたい.$c_i$ が $\pm1$ のとき $c_x^2+c_y^2+c_z^2$ は最大値 $3$ を取るが,そのとき $c_x+c_y+c_z=\pm1$ か $\pm3$ にしかならない(3個の $\pm1$ の和は奇数).最小は $c_x+c_y+c_z=\pm1$ の場合で
$$ f_{\min}=\frac{1}{2}\left[1-3\right]=-1 $$たとえば $X$ 点 $\kk=\frac{2\pi}{a}(1,0,0)$ では $c_x=\cos\pi=-1,\ c_y=c_z=1$ となり $f=(-1)+(1)+(-1)=-1$ ✓.よって $\epsilon_{\max}=-\alpha+4\gamma$.
バンド幅.
$$ W_{\rm fcc}=\epsilon_{\max}-\epsilon_{\min}=(-\alpha+4\gamma)-(-\alpha-12\gamma)=16\gamma $$ところが $2z\gamma=2\times12\times\gamma=24\gamma$ である.一致しない.
なぜか.$W=2z\gamma$ が成り立つのは,格子が2部グラフ(bipartite)のとき,すなわち格子点を2組に分けてすべての最近接結合が組をまたぐようにできるときである.sc と bcc はそうなっている(sc は $x+y+z$ の偶奇,bcc は角と体心).このとき $\kk$ をうまく選べばすべての位相を $-1$ に揃えられ,和は $-z$ に達する.ところが fcc は三角形のループを含むので2部グラフではなく,すべての結合の位相を同時に反転させることができない(フラストレーション).その結果,バンドは上側で潰れて非対称になり,$W<2z\gamma$ となる.
有効質量.$\kk\to0$ で $c_i\simeq1-k_i^2a^2/8$ を代入すると
$$ c_xc_y\simeq1-\frac{a^2}{8}(k_x^2+k_y^2) $$3項を足すと各 $k_i^2$ が2回ずつ現れるので
$$ f\simeq3-\frac{a^2}{8}\cdot2\left(k_x^2+k_y^2+k_z^2\right)=3-\frac{a^2k^2}{4} $$ $$ \epsilon\simeq-\alpha-4\gamma\left(3-\frac{a^2k^2}{4}\right)=-\alpha-12\gamma+\gamma a^2k^2 \quad\Longrightarrow\quad m^{*}=\frac{\hbar^2}{2\gamma a^2} $$やはり同じ形である.∎
| 格子 | 最近接数 $z$ | 最近接距離 | $\epsilon(\kk)+\alpha$ | バンド幅 $W$ | $m^{*}$(バンド底) |
|---|---|---|---|---|---|
| 1次元鎖 | 2 | $a$ | $-2\gamma\cos k_xa$ | $4\gamma=2z\gamma$ | $\hbar^2/2\gamma a^2$ |
| 2次元正方 | 4 | $a$ | $-2\gamma(\cos k_xa+\cos k_ya)$ | $8\gamma=2z\gamma$ | $\hbar^2/2\gamma a^2$ |
| 単純立方 | 6 | $a$ | $-2\gamma(\cos k_xa+\cos k_ya+\cos k_za)$ | $12\gamma=2z\gamma$ | $\hbar^2/2\gamma a^2$ |
| bcc | 8 | $\sqrt3a/2$ | $-8\gamma\,c_xc_yc_z$ | $16\gamma=2z\gamma$ | $\hbar^2/2\gamma a^2$ |
| fcc | 12 | $a/\sqrt2$ | $-4\gamma(c_xc_y+c_yc_z+c_zc_x)$ | $16\gamma\neq2z\gamma$ | $\hbar^2/2\gamma a^2$ |
($c_i\equiv\cos(k_ia/2)$.$\gamma$ の値は格子ごとに異なるので,$m^{*}$ の式が同じ形でも値は同じではない.)
18.4.5 1次元鎖と,その状態密度
いちばん簡単な例で,バンドと状態密度の関係を最後まで計算しておく.原子が間隔 $a$ で1列に並んだ鎖を考える.最近接は $\bm\rho=\pm a$ の2個だから,$\eqref{eq:18-tb}$ より
導出:1次元強束縛バンドの状態密度
ステップ1:群速度.
$$ v(k)=\frac{1}{\hbar}\frac{\dd\epsilon}{\dd k}=\frac{2\gamma a}{\hbar}\sin ka $$$k=0$ と $k=\pm\pi/a$ で $v=0$ である.ゾーン境界で群速度がゼロになるのは,そこで波が定在波になるからである(第13章のフォノン,第16章の電子と同じ事情).
ステップ2:状態を数える.長さ $L=Na$ の鎖に周期境界条件を課すと,$k$ 点は $2\pi/L$ 間隔で並ぶ.エネルギーが $[\epsilon,\epsilon+\dd\epsilon]$ に入る状態数は,$+k$ と $-k$ の2か所から寄与し,さらにスピンで2倍になるので
$$ \dd N = \underbrace{2}_{\rm spin}\times\underbrace{2}_{\pm k}\times\frac{L}{2\pi}\,\dd k=\frac{2L}{\pi}\dd k $$ステップ3:$\dd k$ を $\dd\epsilon$ に直す.
$$ g(\epsilon)=\frac{\dd N}{\dd\epsilon}=\frac{2L}{\pi}\frac{\dd k}{\dd\epsilon} =\frac{2L}{\pi}\cdot\frac{1}{2\gamma a\sin ka} =\frac{L}{\pi\gamma a\,\sin ka} $$ステップ4:$\sin ka$ を $\epsilon$ で表す.$\eqref{eq:18-1d}$ より $\cos ka=-\dfrac{\epsilon+\alpha}{2\gamma}$.したがって
$$ \sin ka=\sqrt{1-\cos^2ka}=\sqrt{1-\frac{(\epsilon+\alpha)^2}{4\gamma^2}} =\frac{\sqrt{4\gamma^2-(\epsilon+\alpha)^2}}{2\gamma} $$ステップ5:代入する.
$$ g(\epsilon)=\frac{L}{\pi\gamma a}\cdot\frac{2\gamma}{\sqrt{4\gamma^2-(\epsilon+\alpha)^2}} $$例題18.5 $\eqref{eq:18-1ddos}$ の規格化を確かめる
バンド全体で積分すると,原子1個あたり2状態(スピン込み)になるはずである.確かめよ.
解.$u=\epsilon+\alpha$ と置換すると,積分範囲は $u\in[-2\gamma,2\gamma]$.
$$ \int g\,\dd\epsilon=\frac{2N}{\pi}\int_{-2\gamma}^{2\gamma}\frac{\dd u}{\sqrt{4\gamma^2-u^2}} $$$\int\dd u/\sqrt{A^2-u^2}=\arcsin(u/A)$ を使って($A=2\gamma$)
$$ =\frac{2N}{\pi}\left[\arcsin\frac{u}{2\gamma}\right]_{-2\gamma}^{2\gamma} =\frac{2N}{\pi}\left(\frac{\pi}{2}-\left(-\frac{\pi}{2}\right)\right)=\frac{2N}{\pi}\cdot\pi=2N\qquad\checkmark $$原子 $N$ 個から $2N$ 状態.TB の状態数え(18.4.1 節)と完全に一致する.∎
物理的意味:バンド端での発散(van Hove 特異点)
$\eqref{eq:18-1ddos}$ は $\epsilon\to-\alpha\pm2\gamma$(バンドの上端・下端)で $1/\sqrt{\cdot}$ 型に発散する.これは第14章のフォノンで出会った van Hove 特異点 と同じもので,原因も同じである.バンド端では群速度 $v=\frac{1}{\hbar}\dd\epsilon/\dd k$ がゼロになるため,狭いエネルギー幅の中に多数の $k$ 状態が詰め込まれる.
次元によって発散の仕方が違うのが面白いところである.
- 1次元:$g\propto(\epsilon-\epsilon_{\rm edge})^{-1/2}$ —— 発散する.
- 2次元:バンド端では $g\to$ 有限値(階段).ただし鞍点(正方格子なら $X$ 点 $(\pi/a,0)$)で $g\propto\ln\dfrac{1}{\abs{\epsilon-\epsilon_X}}$ の対数発散が起きる.この鞍点のエネルギーは半充填の $\epsilon_F$ とちょうど一致する(演習18.2).銅酸化物高温超伝導体で「van Hove シナリオ」が議論されるのはこの特異点である.
- 3次元:バンド端では $g\propto\sqrt{\epsilon-\epsilon_{\rm edge}}$(自由電子と同じ).鞍点では $g$ の微分が発散する(キンク).
状態密度の形を見れば,そのバンドが何次元的かがだいたいわかる.層状物質や1次元鎖物質の同定に実際に使われる手口である.
18.4.6 遷移金属の $d$ バンドはなぜ狭いのか
なぜ:$d$ バンドが狭い理由と,その帰結
理由は一言で言える.$3d$ 軌道の動径分布が原子核の近くに縮んでいるからである.
$3d$ 電子は主量子数 $n=3$,方位量子数 $\ell=2$ である.遠心力項 $\ell(\ell+1)\hbar^2/2mr^2$ は斥力ポテンシャルなので,$\ell$ が大きいほど電子はむしろ原子核から遠ざけられる.それなら $3d$ は広がりそうなものだが,実際にはそうならない.効いているのは動径節(radial node)の数である.動径節の個数は $n-\ell-1$ で与えられ,$3d$ では $3-2-1=0$,すなわち動径節を持たない.$3d$ より内側に $d$ 軌道が存在せず,内殻と直交する必要がないからである.直交のために外側へ張り出す必要がないぶん,$3d$ は「膨らむ理由」を持たない.結果として $3d$ の動径最大は $\mathrm{Cu}$ でおよそ $0.4\,\text{Å}$ 程度にとどまる.
一方 $\mathrm{Cu}$ の最近接距離は $a/\sqrt2=3.61/1.414=2.55\,\text{Å}$ である.軌道の広がりの6倍以上離れている.飛び移り積分は軌道の裾どうしの重なりで決まり,裾は $\ee^{-\kappa r}$ 型に減衰するから,$\gamma$ は距離とともに指数関数的に小さくなる.
これに対し $4s$ 軌道は $n=4$,$\ell=0$ で,動径節を3つ持ちながら大きく外へ広がる(最大は $1.5\,\text{Å}$ 前後).隣の原子の $4s$ と十分に重なる.だから $4s$-$4p$ バンドは $10$–$20\,\mathrm{eV}$ と広く,$3d$ バンドは $3$–$5\,\mathrm{eV}$ と狭い.
帰結1:状態密度が大きい.1バンドには $2N$ 状態が入る.$d$ 軌道は5重($\ell=2$)なので $10N$ 状態が幅 $W_d\sim4\,\mathrm{eV}$ に押し込まれる.$s$ バンドなら $2N$ 状態が $15\,\mathrm{eV}$ に広がる.単位エネルギーあたりの状態密度は $d$ のほうが約20倍大きい.
帰結2:電子比熱が大きい.第15章の $C_{el}=\gamma_{el}T$,$\gamma_{el}=\frac{\pi^2}{3}k_B^2g(\epsilon_F)$ より,$\gamma_{el}$ は $g(\epsilon_F)$ に比例する.
| 金属 | $\mathrm{Cu}$ | $\mathrm{Ag}$ | $\mathrm{Au}$ | $\mathrm{Fe}$ | $\mathrm{Ni}$ | $\mathrm{Pd}$ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $\gamma_{el}$ | 0.695 | 0.646 | 0.729 | 4.98 | 7.02 | 9.42 |
| $\epsilon_F$ を横切るバンド | $4s$ | $5s$ | $6s$ | $3d$ | $3d$ | $4d$ |
$\mathrm{Cu}$ と $\mathrm{Ni}$ は隣どうしの元素で,電子数も1個しか違わないのに $\gamma_{el}$ は10倍違う.$\mathrm{Cu}$ では $3d$ が満杯で $\epsilon_F$ は広い $4s$ バンドの中にあるのに対し,$\mathrm{Ni}$ では $\epsilon_F$ が狭い $3d$ バンドの中にあるからである.$\gamma_{el}$ を測ることは $g(\epsilon_F)$ を測ることであり,$g(\epsilon_F)$ は Fermi 面の面積を速度で割ったものだった(18.1 節).すべてつながっている.
帰結3:磁性が出る.Stoner 条件 $I\,g(\epsilon_F)>1$($I$ は交換相互作用の強さ,第20章)は $g(\epsilon_F)$ が大きいほど満たされやすい.強磁性を示す単体金属が $\mathrm{Fe}$,$\mathrm{Co}$,$\mathrm{Ni}$ という $3d$ 遷移金属に限られるのは偶然ではない.
帰結4:電子相関が効く.同じサイトに2個の電子を入れるコスト $U$(Hubbard $U$,$3d$ で $3$–$8\,\mathrm{eV}$)とバンド幅 $W$ の比 $U/W$ が1を超えると,電子は動けなくなり Mott 絶縁体になる.$\mathrm{NiO}$,$\mathrm{CoO}$,$\mathrm{La_2CuO_4}$ がその例である.バンド理論(つまり本章の枠組み)はこれらを金属と予言してしまい,実験と食い違う.$3d$ 酸化物を第一原理計算で扱うときに DFT+$U$ や動的平均場理論が必要になるのは,まさにこの $W$ の小ささのためである.
補足:重なり積分を無視しない場合
18.4.1 節で $S(\bm\rho\neq0)=0$ と近似した.これを外すと,$\eqref{eq:18-tb}$ は
$$ \epsilon(\kk)=\frac{\displaystyle-\alpha-\gamma\sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho}} {\displaystyle 1+S\sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho}} \qquad\left(S\equiv S(\bm\rho_{\rm nn})\right) $$となる.分母が出てくるのは,$\{\phi(\rr-\RR_m)\}$ が正規直交基底ではないため,固有値問題が一般化固有値問題 $H\bm{c}=\epsilon\,S\bm{c}$ になるからである(第7章の表現の議論で,基底が直交していないと話が面倒になるのと同じ事情).
$S$ が入ると,バンドは上下非対称になる —— 反結合側(上)のほうが結合側(下)より大きく持ち上がる.化学で「反結合性軌道の不安定化は,結合性軌道の安定化より大きい」と習う現象そのものである.定量計算ではもちろん $S$ を落とさない.
補足:多軌道の場合と群論との接続
1原子あたり軌道が複数ある場合($p$ なら3個,$d$ なら5個),$\eqref{eq:18-blochsum}$ は軌道ごとに作られ,エネルギーは $\kk$ ごとの行列
$$ H_{\mu\nu}(\kk)=\sum_{\bm\rho}\ee^{\ii\kk\cdot\bm\rho}\,t_{\mu\nu}(\bm\rho) $$の固有値になる($\mu,\nu$ は軌道の指標).$d$ バンドなら $5\times5$ 行列である.
ここで第10章・第11章の群論が効く.高対称点 $\kk$ では,この行列は小群の既約表現ごとにブロック対角化される.たとえば立方対称の $\Gamma$ 点では $5\times5$ の $d$ ブロックが $E_g$(2次元)と $T_{2g}$(3次元)に分かれ,$\Gamma_d=E_g\oplus T_{2g}$(第10章の結晶場分裂とまったく同じ分解)が現れる.バンド計算を実際に走らせる前に,どこで何重に縮退するかは群論だけで決まっている.これが第II部を第III部の前に置いた理由である.
$t_{\mu\nu}(\bm\rho)$ の方向依存性を2中心近似で整理したものが Slater–Koster パラメータ($V_{ss\sigma}$, $V_{sp\sigma}$, $V_{pp\pi}$, $V_{dd\delta}$ など)であり,今日でも第一原理計算のバンドを少数のパラメータに圧縮する道具(Wannier 化)として現役である.
18.5 Wigner–Seitz 法と擬ポテンシャル
18.5.1 パラドックス —— なぜ電子は「ほとんど自由」でいられるのか
深刻な矛盾
ここまで,$\mathrm{Na}$ や $\mathrm{Al}$ の Fermi 面が自由電子の球にきわめて近いことを前提にしてきた.実際,$\mathrm{Na}$ の Fermi 面は球からのずれが 0.1 % 以下である.だがこれは,よく考えるとありえないほど奇妙である.
$\mathrm{Na}$ の原子核は $Z=11$ の正電荷を持つ.伝導電子が原子核から $0.1\,\text{Å}$ の距離を通過するとき,感じる Coulomb ポテンシャルは($e^2=14.4\,\mathrm{eV\cdot\text{Å}}$ を使って)
$$ U=-\frac{Ze^2}{r}=-\frac{11\times14.4}{0.1}=-1584\ \mathrm{eV} $$内殻電子による遮蔽を最大限に見積もって価電荷 $+e$ だけを見たとしても,$r=0.5\,\text{Å}$ で $-28.8\,\mathrm{eV}$ である.
一方 $\mathrm{Na}$ の Fermi エネルギーは $\epsilon_F=3.24\,\mathrm{eV}$ にすぎない.ポテンシャルの深さが運動エネルギーの数十倍から数百倍もあるのに,なぜ電子は自由に振る舞えるのか.摂動論など到底使えそうにない.
この矛盾を解くのが,本節の Wigner–Seitz 法と擬ポテンシャルである.答えを先に言えば —— 内殻軌道との直交性が,強い引力を打ち消す実効的な斥力として働く.
18.5.2 Wigner–Seitz の胞法
Wigner–Seitz 法(1933年)の考え方
ステップ1:結晶を Wigner–Seitz 胞に分割する.第1章で導入した WS 胞は,各格子点に「いちばん近い」領域を割り当てたもので,結晶を隙間なく埋め尽くす.金属では,各 WS 胞に価電子が1個(1価金属の場合)入っている.
ステップ2:バンド底($\kk=0$)の状態を解く.$\kk=0$ の Bloch 関数は $\psi_0(\rr+\TT)=\psi_0(\rr)$,つまり格子周期を持つ.この対称性から,WS 胞の境界で法線微分がゼロでなければならない:
$$ \left.\frac{\partial\psi_0}{\partial n}\right|_{\text{WS 胞の境界}}=0 $$(境界で滑らかにつながるためには,隣の胞から来る同じ形の関数と微分が一致する必要があり,対称性から両側の微分が符号違いになるので,ゼロしかありえない.)
ステップ3:胞を等体積の球で近似する.WS 胞を半径 $r_s$ の球(Wigner–Seitz 半径)で置き換える.$r_s$ は
$$ \frac{4\pi}{3}r_s^3=\frac{1}{n}\quad\Longrightarrow\quad r_s=\left(\frac{3}{4\pi n}\right)^{1/3} $$で定義される.ポテンシャルが球対称と見なせるので,動径方程式
$$ -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{1}{r^2}\frac{\dd}{\dd r}\left(r^2\frac{\dd u}{\dd r}\right)+U(r)u=\epsilon_0 u, \qquad \left.\frac{\dd u}{\dd r}\right|_{r=r_s}=0 $$を数値的に解けばバンド底 $\epsilon_0$ が得られる.これは孤立原子の問題とほとんど同じで,境界条件だけが違う(孤立原子は $u(\infty)=0$,金属は $u'(r_s)=0$).
ステップ4:$\kk\neq0$ は自由電子で近似する.Wigner と Seitz の主張は
$$ \epsilon(\kk)\simeq\epsilon_0+\frac{\hbar^2k^2}{2m} $$である.すなわちバンドの底の位置だけが強いポテンシャルで決まり,そこからの $\kk$ 依存性は自由電子と同じ.∎
なぜ $\kk$ 依存性が自由電子的になるのか
解いてみると,$\kk=0$ の波動関数 $u(r)$ は次の形をしている.
- $r\lesssim0.5\,\text{Å}$(内殻領域):内殻軌道と直交するために激しく振動する.
- $r\gtrsim0.5\,\text{Å}$(胞の外側の大部分):ほとんど平坦.定数に近い.
体積で見ると,この「激しく振動する領域」がいかに小さいかがわかる.$\mathrm{Na}$ では
$$ r_s=\left(\frac{3}{4\pi\times2.65\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}}\right)^{1/3}=2.08\times10^{-8}\,\mathrm{cm}=2.08\,\text{Å} $$内殻半径を $0.5\,\text{Å}$ とすると,内殻の占める体積比は
$$ \left(\frac{0.5}{2.08}\right)^3=0.014=1.4\% $$胞の 98.6 % で波動関数は平坦である.$\kk$ を入れるとは,この平坦な部分に $\ee^{\ii\kk\cdot\rr}$ という緩やかな変調を掛けることであり,そこでのポテンシャルはほぼ一定(したがって定数シフトにしかならない).よって $\kk$ 依存性は自由電子のまま $\hbar^2k^2/2m$ になる.
言い換えれば —— 深いポテンシャルの井戸は狭すぎて,Fermi 波長 $\lambda_F=2\pi/k_F\approx7\,\text{Å}$ の電子波には「見えない」のである.
18.5.3 Phillips–Kleinman のキャンセル
上の議論は定性的である.これを演算子の言葉できっちり述べたのが,Phillips と Kleinman(1959年)の キャンセル定理 である.ここが本節の核心なので,丁寧に追う.
導出:擬ポテンシャルと Phillips–Kleinman のキャンセル
設定.真の Hamiltonian $\Ham=T+U$($U$ は強い引力ポテンシャル)に対して
- 内殻状態:$\Ham\ket{c}=E_c\ket{c}$($c=1s,2s,2p,\dots$)
- 価電子状態:$\Ham\ket{\psi}=E\ket{\psi}$,ただし $\langle c|\psi\rangle=0$(内殻と直交)
である.$E>E_c$ に注意しておく(価電子は内殻より上にある).
ステップ1:直交化平面波(OPW)の発想.真の $\ket{\psi}$ は内殻付近で激しく振動して扱いにくい.そこで,滑らかな関数 $\ket{\varphi}$ から内殻成分を差し引いたものが $\ket{\psi}$ だと考える.内殻への射影演算子を
$$ P\equiv\sum_c\ket{c}\bra{c} $$と書くと
$$ \ket{\psi}=(1-P)\ket{\varphi}=\ket{\varphi}-\sum_c\ket{c}\langle c|\varphi\rangle $$この $\ket{\varphi}$ を 擬波動関数(pseudo-wavefunction)という.作り方から $\langle c|\psi\rangle=\langle c|\varphi\rangle-\langle c|\varphi\rangle=0$ が自動的に満たされる ✓.
ステップ2:Schrödinger 方程式に代入する.
$$ \Ham(1-P)\ket{\varphi}=E(1-P)\ket{\varphi} $$左辺の $\Ham P$ を計算する.$\Ham\ket{c}=E_c\ket{c}$ だから
$$ \Ham P\ket{\varphi}=\Ham\sum_c\ket{c}\langle c|\varphi\rangle=\sum_c E_c\ket{c}\langle c|\varphi\rangle $$したがって
$$ \Ham\ket{\varphi}-\sum_c E_c\ket{c}\langle c|\varphi\rangle=E\ket{\varphi}-E\sum_c\ket{c}\langle c|\varphi\rangle $$ステップ3:移項する.右辺の第2項を左辺へ移すと
$$ \Ham\ket{\varphi}+\sum_c\left(E-E_c\right)\ket{c}\langle c|\varphi\rangle=E\ket{\varphi} $$すなわち,$V_R\equiv\sum_c(E-E_c)\ket{c}\bra{c}$ と定義すれば
$$ \left(T+U+V_R\right)\ket{\varphi}=E\ket{\varphi} $$ステップ4:これを読む.3つのことが言える.
- 固有値 $E$ は変わっていない.滑らかな $\ket{\varphi}$ に対する方程式を解いても,得られるエネルギーは真の価電子エネルギーである.
- $V_R$ は斥力である.任意の状態 $\ket{\chi}$ に対して $$\bra{\chi}V_R\ket{\chi}=\sum_c(E-E_c)\abs{\langle c|\chi\rangle}^2>0$$ なぜなら $E>E_c$ だから.内殻との直交性という「幾何学的な制約」が,斥力ポテンシャルとして姿を現した.
- $U$(強い引力)と $V_R$(斥力)は大きく打ち消し合う.その残りを $$U_{\rm ps}\equiv U+V_R$$ と定義したものが 擬ポテンシャル(pseudopotential)である.$\abs{U_{\rm ps}}\ll\abs{U}$ となり,$U_{\rm ps}$ については摂動論が使える.
∎
物理的意味:キャンセルの直観
なぜ引力と斥力がこれほどうまく打ち消すのか.エネルギーの立場から見ると分かりやすい.
真の価電子波動関数は,内殻付近で激しく振動する.振動は運動エネルギー $\propto\abs{\nabla\psi}^2$ を大量に生む.この大きな正の運動エネルギーが,大きな負のポテンシャルエネルギーとほぼ相殺している.差し引きの結果だけが $E$ に現れる.
擬ポテンシャルの処方は,この相殺を最初から済ませてしまう.内殻付近の振動を消して滑らかな $\varphi$ にする代わりに,消してしまった運動エネルギーを $V_R$ という斥力ポテンシャルの形で埋め合わせる.帳簿の付け替えであって,物理は同じである.
実用上の御利益は絶大である.滑らかな $\varphi$ は少数の平面波で展開できる.真の $\psi$ を平面波で展開しようとすると $10^6$ 個必要なところが,$\varphi$ なら $10^2$–$10^3$ 個で済む.今日の平面波基底の第一原理計算(VASP,Quantum ESPRESSO など)が実行可能なのは,ひとえにこの事情による.VASP が使う PAW 法(projector augmented wave)も,内殻付近の振動を射影演算子で処理するという点でこの系譜に連なる.
18.5.4 空芯模型とその Fourier 変換
擬ポテンシャルの最も簡単なモデルが,Ashcroft の 空芯模型(empty core model)である.
芯の内側では引力と斥力が完全に打ち消してゼロ,外側では遮蔽されたイオンの素朴な Coulomb 引力,という乱暴なモデルである.パラメータは芯半径 $R_c$ ただ1つで,これは実験(バンドギャップやスペクトル)に合うように決める.アルカリ金属では $R_c\approx1\,\text{Å}$ 前後である.
導出:空芯模型の Fourier 成分 $U_\GG$
周期ポテンシャルの Fourier 成分(第16章で $2\times2$ 永年方程式に現れた量)は
$$ U_\GG=\frac{1}{\Omega}\int U_{\rm ps}(r)\,\ee^{-\ii\GG\cdot\rr}\,\dd^3r $$である($\Omega$ は primitive cell の体積).
ステップ1:角度積分を先に済ませる.$U_{\rm ps}$ が球対称なので,$\GG$ を極軸に取って $\GG\cdot\rr=Gr\cos\theta$ と書ける.
$$ \int\ee^{-\ii Gr\cos\theta}\,\dd\Omega =2\pi\int_0^{\pi}\ee^{-\ii Gr\cos\theta}\sin\theta\,\dd\theta $$$t=\cos\theta$ と置換すると $\dd t=-\sin\theta\,\dd\theta$,積分範囲は $t:1\to-1$ だから
$$ =2\pi\int_{-1}^{1}\ee^{-\ii Grt}\,\dd t =2\pi\left[\frac{\ee^{-\ii Grt}}{-\ii Gr}\right]_{-1}^{1} =2\pi\cdot\frac{\ee^{\ii Gr}-\ee^{-\ii Gr}}{\ii Gr} =\frac{4\pi\sin Gr}{Gr} $$(最後は $\ee^{\ii x}-\ee^{-\ii x}=2\ii\sin x$.)
ステップ2:動径積分に代入する.$\dd^3r=r^2\dd r\,\dd\Omega$ で,$r<R_c$ では被積分関数がゼロだから
$$ U_\GG=\frac{1}{\Omega}\int_{R_c}^{\infty}\left(-\frac{e^2}{r}\right)\frac{4\pi\sin Gr}{Gr}\,r^2\,\dd r =-\frac{4\pi e^2}{\Omega G}\int_{R_c}^{\infty}\sin(Gr)\,\dd r $$$r$ が2乗,$1/r$ が2つ来て,ちょうど $r$ が全部消えた.
ステップ3:発散する積分を収束因子で処理する.$\int_{R_c}^\infty\sin(Gr)\dd r$ はそのままでは収束しない.物理的には遮蔽があるので,$\ee^{-\kappa r}$ を掛けて最後に $\kappa\to0$ とする.
$$ I(\kappa)=\int_{R_c}^{\infty}\sin(Gr)\,\ee^{-\kappa r}\,\dd r $$不定積分は
$$ \int\sin(Gr)\ee^{-\kappa r}\dd r=-\frac{\ee^{-\kappa r}\left(\kappa\sin Gr+G\cos Gr\right)}{\kappa^2+G^2} $$(微分して確かめられる.)上端 $r\to\infty$ でゼロ,下端 $r=R_c$ を代入して
$$ I(\kappa)=\frac{\ee^{-\kappa R_c}\left(\kappa\sin GR_c+G\cos GR_c\right)}{\kappa^2+G^2} \xrightarrow{\ \kappa\to0\ }\frac{G\cos GR_c}{G^2}=\frac{\cos GR_c}{G} $$ステップ4:まとめる.
物理的意味:$\eqref{eq:18-UG}$ の3つの読みどころ
- $R_c=0$ とすると $\cos=1$ で,裸の Coulomb ポテンシャルの Fourier 変換 $-4\pi e^2/\Omega G^2$ に戻る.$R_c$ が入ることで $\cos(GR_c)$ という振動因子が付き,$U_\GG$ を小さくする.これがキャンセルの Fourier 空間での姿である.
- $GR_c=\pi/2$ のとき $U_\GG$ はちょうどゼロになる.ある特定の $\GG$ に対して擬ポテンシャルの成分が偶然消えることがあり,そこではバンドギャップがほとんど開かない.$\mathrm{Si}$ や $\mathrm{Ge}$ の擬ポテンシャル形状因子が $G\sim1.5$–$2\,\text{Å}^{-1}$ 付近で符号を変えるのは,この節点による.
- $1/G^2$ の因子により,大きな $\GG$ の成分は急速に小さくなる.だから第1・第2 Bragg 面だけを考えればおおよそ足りる.
伝導電子による遮蔽を Thomas–Fermi 近似で入れると,$-e^2/r\to-(e^2/r)\ee^{-k_{\rm TF}r}$ となり,結果として $\eqref{eq:18-UG}$ の分母が $G^2\to G^2+k_{\rm TF}^2$ に置き換わる.$k_{\rm TF}$ は金属では $1$–$2\,\text{Å}^{-1}$ 程度なので,これでさらに数割小さくなる.
例題18.6 $\mathrm{Na}$ の $U_\GG$ を数値で評価する
$\mathrm{Na}$ は bcc,$a=4.225\,\text{Å}$.最小の逆格子ベクトル $\GG_{110}$ に対する $U_\GG$ を評価し,$\epsilon_F=3.24\,\mathrm{eV}$ と比べよ.
解.ステップ1:$\Omega$ と $G$.bcc の primitive cell の体積は立方胞の半分だから
$$ \Omega=\frac{a^3}{2}=\frac{(4.225)^3}{2}=\frac{75.43}{2}=37.72\ \text{Å}^3 $$bcc の逆格子は fcc で,最短の逆格子ベクトルは $\frac{2\pi}{a}(1,1,0)$ 型.その大きさは
$$ G_{110}=\frac{2\pi}{a}\sqrt2=\frac{2\pi\times1.4142}{4.225}=2.103\ \text{Å}^{-1} $$ステップ2:前因子.$e^2=14.4\,\mathrm{eV\cdot\text{Å}}$ を使って
$$ \frac{4\pi e^2}{\Omega G^2}=\frac{4\pi\times14.4}{37.72\times(2.103)^2}=\frac{180.96}{37.72\times4.423}=\frac{180.96}{166.8}=1.085\ \mathrm{eV} $$ステップ3:$\cos(GR_c)$.$R_c=1.0\,\text{Å}$ とすると $GR_c=2.103\,\mathrm{rad}=120.5^\circ$,$\cos=-0.506$.よって
$$ U_{\GG_{110}}=-1.085\times(-0.506)=+0.55\ \mathrm{eV} $$ステップ4:遮蔽を入れる.Thomas–Fermi 波数は $k_{\rm TF}^2=4\pi e^2g(\epsilon_F)=6\pi ne^2/\epsilon_F$(自由電子の $g=3n/2\epsilon_F$ を使った).$n=0.0265\,\text{Å}^{-3}$ を入れて
$$ k_{\rm TF}^2=\frac{6\pi\times0.0265\times14.4}{3.24}=2.22\ \text{Å}^{-2} $$ $$ \frac{G^2}{G^2+k_{\rm TF}^2}=\frac{4.423}{4.423+2.22}=0.666 \quad\Longrightarrow\quad U_{\GG_{110}}\approx0.37\ \mathrm{eV} $$ステップ5:判定.
$$ \frac{\abs{U_\GG}}{\epsilon_F}=\frac{0.37}{3.24}=0.11 $$約 10 %.摂動論が十分使える.これが「$\mathrm{Na}$ の Fermi 面は球である」ことの定量的な根拠である.冒頭の $-1584\,\mathrm{eV}$ という数字が,こうして $0.37\,\mathrm{eV}$ にまで縮んだ.4桁のキャンセルである.
なお $R_c$ は経験的パラメータなので,この評価は $R_c$ にかなり敏感である($R_c=1.7\,\text{Å}$ なら $\abs{U_\GG}=0.65\,\mathrm{eV}$).桁の議論として受け取ってほしい.∎
18.6 de Haas–van Alphen 効果と Onsager の量子化条件
ここまでは Fermi 面を理論的に組み立ててきた.本節はその測り方である.1930年,de Haas と van Alphen は $\mathrm{Bi}$ の磁化率が磁場とともに振動するのを見つけた.当時は原因不明の珍現象だったが,1952年に Onsager がその周期に Fermi 面の断面積が直接現れることを示し,以来これが Fermi 面測定の標準手段になった.
18.6.1 Landau 準位 —— 磁場中で $\kk$ 空間が管に分かれる
導出:自由電子の Landau 準位(結果の確認)
磁場 $\BB=B\hat z$ 中の自由電子を量子力学で解くと(Landau, 1930),エネルギー固有値は
$$ \epsilon_{n}(k_z)=\left(n+\frac{1}{2}\right)\hbar\omega_c+\frac{\hbar^2k_z^2}{2m}, \qquad \omega_c=\frac{eB}{mc},\quad n=0,1,2,\dots $$となる.$xy$ 面内の連続的な運動エネルギーが,調和振動子の準位に量子化されるわけである($xy$ 面内の運動が円運動=2次元調和振動子と等価になるため).
$\kk$ 空間で何が起きたか.磁場をかける前,$k_x k_y$ 面内の状態は一様に分布していた.磁場をかけると,状態は
$$ \frac{\hbar^2(k_x^2+k_y^2)}{2m}=\left(n+\frac{1}{2}\right)\hbar\omega_c \quad\Longrightarrow\quad k_\perp^2 = \frac{2m}{\hbar^2}\left(n+\frac{1}{2}\right)\hbar\frac{eB}{mc}=\left(2n+1\right)\frac{eB}{\hbar c} $$というとびとびの半径の円周上に集まってしまう.3次元で見れば,$k_z$ 方向に伸びた同心円筒 —— Landau 管(Landau tube)—— の上に状態が集中する.
管が囲む面積.$n$ 番目の管の断面積は
$$ S_n=\pi k_\perp^2=\pi(2n+1)\frac{eB}{\hbar c}=\left(n+\frac{1}{2}\right)\frac{2\pi eB}{\hbar c} $$隣り合う管の面積差は
$$ \Delta S = S_{n+1}-S_n=\frac{2\pi eB}{\hbar c} $$$n$ によらない一定値である.つまり Landau 管は「等面積のリング」に $\kk$ 空間を分割する.∎
18.6.2 Onsager の量子化条件 —— 一般の Fermi 面へ
上は自由電子の話である.任意のバンド構造に対して同じことが言えるのか.言える.それが Onsager の結果である.半古典的な Bohr–Sommerfeld 量子化条件から出発する.
導出:$S_n=(n+\gamma)\dfrac{2\pi eB}{\hbar c}$(Onsager, 1952)
ステップ0:出発点.周期運動する系に対する Bohr–Sommerfeld の量子化条件は
$$ \oint \pp\cdot\dd\rr = (n+\gamma)\,2\pi\hbar $$である.ここで $\pp$ は正準運動量,$\gamma$ は位相補正(自由電子では $\gamma=1/2$)である.この $\gamma$ は 18.4 節の飛び移り積分 $\gamma$ とも,電子比熱係数 $\gamma_{el}$ とも無関係の量なので,混同しないでほしい.磁場中の電荷 $q$ の Bloch 電子では
$$ \pp = \hbar\kk+\frac{q}{c}\bm{A} $$と書ける($\bm{A}$ はベクトルポテンシャル,$\hbar\kk$ は結晶運動量).電子なので $q=-e$.自由電子なら $\hbar\kk=m\vv$ だが,一般のバンドでは速度は $\vv=\frac{1}{\hbar}\nabla_\kk\epsilon_n(\kk)$ で与えられ,$m\vv=\hbar\kk$ は成り立たない.以下で使うのは「正準運動量の力学的部分が結晶運動量 $\hbar\kk$ である」ということだけなので,バンドの形には依らずに話が進む.
ステップ1:積分を2つに分ける.
$$ \oint\pp\cdot\dd\rr = \underbrace{\hbar\oint\kk\cdot\dd\rr}_{(\mathrm{I})} +\underbrace{\frac{q}{c}\oint\bm{A}\cdot\dd\rr}_{(\mathrm{II})} $$ステップ2:(II) を磁束で書く.Stokes の定理より
$$ \oint\bm{A}\cdot\dd\rr=\int(\nabla\times\bm{A})\cdot\dd\bm{S}=\int\BB\cdot\dd\bm{S}=\Phi $$$\Phi$ は実空間の軌道が囲む磁束である.よって $(\mathrm{II})=\dfrac{q}{c}\Phi$.
ステップ3:(I) を計算する.18.3.4 節の $\eqref{eq:18-realspace}$ の元になった関係
$$ \hbar\kk = \frac{q}{c}\,\rr\times\BB $$を使う(原点を軌道の中心に取って積分定数を消した).これを代入すると
$$ (\mathrm{I})=\frac{q}{c}\oint(\rr\times\BB)\cdot\dd\rr $$スカラー三重積の巡回性 $(\bm{a}\times\bm{b})\cdot\bm{c}=\bm{a}\cdot(\bm{b}\times\bm{c})$ を使うと $(\rr\times\BB)\cdot\dd\rr = \rr\cdot(\BB\times\dd\rr) = -\BB\cdot(\rr\times\dd\rr)$.したがって
$$ (\mathrm{I})=-\frac{q}{c}\,\BB\cdot\oint\rr\times\dd\rr $$ここで,閉曲線について
$$ \oint\rr\times\dd\rr = 2\bm{S}\qquad(\bm{S}:\text{囲む面積ベクトル}) $$という幾何学の公式が使える(三角形 $\frac12\abs{\rr\times\dd\rr}$ を足し上げると面積になる,というだけのこと).よって
$$ (\mathrm{I})=-\frac{q}{c}\cdot2\,\BB\cdot\bm{S}=-\frac{2q}{c}\Phi $$ステップ4:足し合わせる.
$$ \oint\pp\cdot\dd\rr=-\frac{2q}{c}\Phi+\frac{q}{c}\Phi=-\frac{q}{c}\Phi=\frac{e}{c}\Phi \qquad(q=-e) $$量子化条件に代入して
(続き)ステップ5:磁束を $\kk$ 空間の面積に翻訳する
$\eqref{eq:18-flux}$ は「実空間の軌道が囲む磁束が量子化される」と言っている.これを $\kk$ 空間の言葉に直す.$\eqref{eq:18-realspace}$ より,実空間の軌道は $\kk$ 空間の軌道を $\hbar c/eB$ 倍に縮尺したものだった.長さが $L$ 倍なら面積は $L^2$ 倍だから
$$ A_{\rm real}=\left(\frac{\hbar c}{eB}\right)^2 S $$($S$ は $\kk$ 空間の軌道が囲む面積.)したがって磁束は
$$ \Phi = B\,A_{\rm real}=B\left(\frac{\hbar c}{eB}\right)^2S=\frac{\hbar^2c^2}{e^2B}\,S $$$\eqref{eq:18-flux}$ と等置して
$$ \frac{\hbar^2c^2}{e^2B}S_n=(n+\gamma)\frac{2\pi\hbar c}{e} $$両辺に $\dfrac{e^2B}{\hbar^2c^2}$ を掛けると
$$ S_n=(n+\gamma)\frac{2\pi\hbar c}{e}\cdot\frac{e^2B}{\hbar^2c^2}=(n+\gamma)\frac{2\pi eB}{\hbar c} $$∎
補足:自由電子で確かめる
18.6.1 節で自由電子について直接得た $S_n=(n+\frac12)\frac{2\pi eB}{\hbar c}$ と,$\eqref{eq:18-onsager}$ で $\gamma=1/2$ とした結果は完全に一致する ✓.半古典的な議論が,量子力学の厳密解を再現している.
$\gamma$ の値は一般には $1/2$ からずれうる.Dirac 電子(グラフェンや Weyl 半金属)では $\gamma=0$ になり,これが Berry 位相 $\pi$ の実験的証拠として使われる.dHvA 振動の位相を精密に読むことで,バンドのトポロジーが分かるということである.
18.6.3 $1/B$ の周期から Fermi 面の断面積が読める
導出:$\Delta\left(\dfrac{1}{B}\right)=\dfrac{2\pi e}{\hbar c\,S}$
磁場を強くしていくと,$\eqref{eq:18-onsager}$ の右辺は $B$ に比例して大きくなるので,Landau 管は太っていく.太った管が次々に Fermi 面を通り抜けていく.
ある $n$ 番目の管の断面積が,ちょうど Fermi 面の断面積 $S$ に一致する磁場を $B_n$ とすると
$$ S=(n+\gamma)\frac{2\pi eB_n}{\hbar c} \quad\Longrightarrow\quad \frac{1}{B_n}=(n+\gamma)\frac{2\pi e}{\hbar c\,S} $$隣り合う $n$ と $n+1$ で差を取ると,$\gamma$ も $S$ も落ちて
$$ \frac{1}{B_{n+1}}-\frac{1}{B_n}=\frac{2\pi e}{\hbar c\,S} $$∎
物理的意味:これが「Fermi 面の物差し」である
Landau 管が Fermi 面を通過するたびに,Fermi 準位の状態密度が跳ね上がる(管の縁に状態が集中しているため).状態密度が振動すれば,それに応じて自由エネルギーが振動し,したがって
- 磁化 $M=-\partial F/\partial B$ が振動する —— de Haas–van Alphen 効果
- 電気抵抗が振動する —— Shubnikov–de Haas 効果
- その他,磁歪,熱電能,音速など,ほとんどすべての物理量が振動する
そして $\eqref{eq:18-dhva}$ より,振動の $1/B$ 周期を測るだけで Fermi 面の断面積 $S$ が絶対値で分かる.フィッティングパラメータは一切いらない.物理定数と測定値だけで決まる.これほど直接的な測定は,固体物理学でも稀である.
さらに,試料を回転させて磁場の向きを変えれば,いろいろな向きの断面積が測れる.断面積の方位依存性を全部集めれば,Fermi 面の3次元形状が再構成できる.これが1950–70年代に行われた「Fermi 面学(fermiology)」の中身である.
なぜ「極値」断面だけが効くのか
$\eqref{eq:18-dhva}$ の $S$ は,Fermi 面の断面のうち極値断面(extremal cross-section),すなわち
$$ \left.\frac{\partial S(\epsilon_F,k_\parallel)}{\partial k_\parallel}\right|_{k_\parallel=k_\parallel^{*}}=0 $$を満たす断面のものである.なぜ極値だけが残るのか.
観測される振動は,$k_\parallel$ の異なるすべての断面からの寄与を足し合わせたものである.各断面は $\cos\left[2\pi F(k_\parallel)/B\right]$ のように振動し,その位相は $F(k_\parallel)\propto S(k_\parallel)$ を通じて $k_\parallel$ に依存する.したがって
$$ M_{\rm osc}\propto\int \dd k_\parallel\,\cos\left[\frac{2\pi F(k_\parallel)}{B}+\phi\right] $$$F/B$ は $10^3$–$10^5$ という巨大な数なので,$k_\parallel$ が少し動くだけで位相は何回転もする.隣り合う断面の寄与は互いに打ち消し合ってしまう.
打ち消されないのは,位相が $k_\parallel$ について停留しているところ,つまり $\partial S/\partial k_\parallel=0$ の近傍だけである.これが停留位相近似(stationary phase approximation)である.停留点のまわりで $S\simeq S_{\rm ext}+\frac12 S''(k_\parallel-k^*)^2$ と展開して Fresnel 積分を実行すると,振幅に $\abs{S''}^{-1/2}$ という因子が付くことも分かる.
幾何学的に言えば:Fermi 面の「一番太いところ」と「一番細いところ」だけが見える.$\mathrm{Cu}$ で $\BB\parallel[111]$ とすると,太いところ(belly,腹)と細いところ(neck,首)の2つの極値断面があり,実際に2つの振動周期が同時に観測される.
18.6.4 数値で見る dHvA
例題18.7 $\mathrm{Cu}$ の belly 軌道の dHvA 周波数を計算する
$\mathrm{Cu}$ を自由電子的として($k_F=1.36\times10^{10}\,\mathrm{m^{-1}}$),$\BB\parallel[111]$ のときの最大断面積からくる dHvA 周波数 $F$ を求めよ.SI 単位系で計算せよ.
解.ステップ1:断面積.球なら最大断面は赤道面で
$$ S=\pi k_F^2=\pi\times(1.36\times10^{10})^2=\pi\times1.850\times10^{20}=5.81\times10^{20}\ \mathrm{m^{-2}} $$ステップ2:$\eqref{eq:18-dhva}$ の SI 版に代入する.
$$ F=\frac{\hbar S}{2\pi e}=\frac{1.055\times10^{-34}\times5.81\times10^{20}}{2\pi\times1.602\times10^{-19}} =\frac{6.13\times10^{-14}}{1.007\times10^{-18}}=6.1\times10^{4}\ \mathrm{T} $$ステップ3:周期に直す.
$$ \Delta\!\left(\frac1B\right)=\frac{1}{F}=1.6\times10^{-5}\ \mathrm{T^{-1}} $$$B=10\,\mathrm{T}$ 付近で振動を見ると,$1/B=0.1\,\mathrm{T^{-1}}$ だから,1周期進むのに $1/B$ が $1.6\times10^{-5}$ 変わればよい.$B$ で言えば $\Delta B\approx B^2\Delta(1/B)=100\times1.6\times10^{-5}=1.6\times10^{-3}\,\mathrm{T}$.磁場を 1.6 mT 変えるだけで1周期である.磁場の精密掃引と高感度検出が必要な理由がわかる.
ステップ4:実測と比べる.$\mathrm{Cu}$ の実測 belly 周波数は約 $5.8\times10^4\,\mathrm{T}$ で,上の見積もりとよく合う.一方 neck 周波数は約 $2\times10^3\,\mathrm{T}$ である.比を取ると
$$ \frac{S_{\rm neck}}{S_{\rm belly}}=\frac{F_{\rm neck}}{F_{\rm belly}}=\frac{2\times10^3}{5.8\times10^4}=0.034 \quad\Longrightarrow\quad \frac{k_{\rm neck}}{k_{\rm belly}}=\sqrt{0.034}=0.19 $$首の半径は腹の約 5 分の 1 —— 実際の $\mathrm{Cu}$ の Fermi 面の絵とぴったり合う.∎
例題18.8 占有されている Landau 管は何本か
$\mathrm{Cu}$,$B=10\,\mathrm{T}$ のとき,Fermi 面の内側に入っている Landau 管の本数 $\nu$ を求めよ.
解.$\eqref{eq:18-onsager}$ より $n$ 番目の管の面積が $S$ に達するのは $n\simeq S\hbar/(2\pi eB)=F/B$ のときだから
$$ \nu\simeq\frac{F}{B}=\frac{6.1\times10^4}{10}=6.1\times10^3 $$約6000本.管が1本抜けても,電子の総数の変化は $1/6000$ にすぎない.だから dHvA 振動は巨大な非振動成分の上に乗ったきわめて小さなさざ波である(相対振幅は典型的に $10^{-4}$–$10^{-6}$).トルク磁力計や磁場変調法といった高感度技術が必要になる.
逆に,半金属 $\mathrm{Bi}$ ではキャリア密度が $3\times10^{17}\,\mathrm{cm^{-3}}$ しかないので $F\sim10\,\mathrm{T}$ 程度,$B=10\,\mathrm{T}$ では $\nu\sim1$ になる.量子極限(すべての電子が最低 Landau 準位に入る)に手が届く.de Haas と van Alphen が最初に $\mathrm{Bi}$ で振動を見つけたのは,偶然ではなかったのである.∎
補足:Lifshitz–Kosevich 公式 —— 振幅から何が分かるか
振動の周期からは $S$ が分かる.では振幅からは何が分かるか.Lifshitz と Kosevich の理論によれば,振動振幅は次の2つの因子で減衰する.
$$ R_T=\frac{X}{\sinh X},\qquad X=\frac{2\pi^2k_BT\,m_c}{\hbar eB} \qquad\text{(温度による減衰)} $$ $$ R_D=\exp\left(-\frac{2\pi^2k_BT_D\,m_c}{\hbar eB}\right) \qquad\text{(不純物散乱による減衰,Dingle 因子)} $$- 温度依存性からサイクロトロン質量 $m_c$ が決まる.振幅を $T$ の関数として測り,$R_T$ の形にフィットすれば $m_c$ が一意に決まる.$\eqref{eq:18-mc}$ の $m_c=\frac{\hbar^2}{2\pi}\partial S/\partial\epsilon$ を実験で測っていることになる.
- Dingle 温度 $T_D$ から緩和時間 $\tau=\hbar/2\pi k_BT_D$ が決まる.試料の純度の指標になる.
つまり dHvA 測定ひとつで,Fermi 面の形($S$),バンドの分散($m_c$),試料の質($T_D$),さらに位相 $\gamma$ から Berry 位相までが得られる.第一原理計算の検証としてこれ以上のものはない.
18.7 実在金属の Fermi 面
18.7.1 アルカリ金属 —— ほとんど完全な球
例題18.9 アルカリ金属の Fermi 球は Brillouin 域に触れるか
アルカリ金属は bcc,1原子あたり伝導電子1個である.$k_F$ を格子定数 $a$ で表し,最も近い Brillouin 域境界($N$ 点)までの距離と比べよ.
解.ステップ1:$k_F$.bcc の立方単位胞には原子が2個なので $n=2/a^3$.
$$ k_F=(3\pi^2n)^{1/3}=\left(\frac{6\pi^2}{a^3}\right)^{1/3}=\frac{(6\pi^2)^{1/3}}{a}=\frac{3.898}{a} $$ステップ2:$N$ 点までの距離.bcc の逆格子は fcc で,最短の逆格子ベクトルは $\frac{2\pi}{a}(1,1,0)$ 型(12本).$N$ 点はその中点だから
$$ k_N=\frac{1}{2}\cdot\frac{2\pi}{a}\sqrt2=\frac{\sqrt2\,\pi}{a}=\frac{4.443}{a} $$ステップ3:比.
$$ \frac{k_F}{k_N}=\frac{3.898}{4.443}=0.877 $$Fermi 球は境界まで 88 % のところで止まり,触れない.したがってアルカリ金属の Fermi 面は単連結の閉じた球1枚であり,第1バンドだけが部分的に詰まっている.∎
実測では,$\mathrm{Na}$ と $\mathrm{K}$ の Fermi 面は球からのずれが 0.1 % 以下であり,金属の中で最も自由電子に近い.$\mathrm{Li}$ と $\mathrm{Cs}$ ではもう少し歪む($\mathrm{Li}$ は $2p$ 内殻がないため擬ポテンシャルが相対的に強く,$\mathrm{Cs}$ は $5p$ 内殻が浅く $d$ 状態が近いため).実際,$\mathrm{Li}$ の熱的有効質量は $m^*/m\approx2.2$ と大きく,単純な自由電子描像から外れている.
物理的意味:閉じた球であることの帰結
Fermi 面が閉じた球1枚だけということは,開いた軌道がないということである.したがって(18.3.5 節より)
- 横磁気抵抗は磁場とともに飽和する.
- Hall 係数は $R_H=-1/nec$ に近く,価数1個から予想される値と合う.
- 磁気抵抗に方位依存性がほとんどない.
実験はまさにそうなっている.アルカリ金属は「自由電子気体の教科書的実現」なのである.
18.7.2 貴金属 —— 首が出る
$\mathrm{Cu}$,$\mathrm{Ag}$,$\mathrm{Au}$ も1価だが,fcc であり,しかも詰まった $d$ 殻を持つ.例題18.1 で見たように,自由電子球は $L$ 点まで 90 % の距離までしか届かないはずである.ところが実際には接触して首を出す.
なぜ貴金属では首が出るのか
$\mathrm{Cu}$ の $3d$ バンドは $\epsilon_F$ より $2$–$5\,\mathrm{eV}$ 下にあり,完全に詰まっている.詰まっているのだから伝導には効かない —— と思うと間違いである.$4s$ バンドと $3d$ バンドは同じ対称性を持つ $\kk$ 点で混成し,互いに反発する.
$L$ 点は $\{111\}$ 方向の境界で,ここでは $4s$ 由来のバンドと $3d$ 由来のバンドが対称性の上で結合できる(第11章の小群と compatibility relation の話である).この混成が $\{111\}$ 面での実効的なギャップを押し広げるため,下側(占有側)のバンドが $L$ 点で押し下げられ,$\epsilon_F$ を下回る.その結果,Fermi 面は $[111]$ 方向へ膨らんで境界に接触する.Fermi 面が囲む体積は Luttinger の定理によって変わらないので,膨らんだぶん他の方向はわずかに凹んでいる.
触れると,周期ゾーン形式では隣の胞の Fermi 面とつながる.8つの $\{111\}$ 面それぞれに首ができ,Fermi 面は多重連結になる.これが 18.3.5 節で述べた開いた軌道と磁気抵抗異方性の起源である.
首の太さは金属によって違う.$\mathrm{Cu}$ では $S_{\rm neck}/S_{\rm belly}\approx0.034$(例題18.7).$\mathrm{Ag}$ では首はもっと細く,$\mathrm{Au}$ では $\mathrm{Cu}$ と同程度である.$d$ バンドの位置($\epsilon_F$ からの深さ)と混成の強さの違いがそのまま首の太さに現れている.
18.7.3 $\mathrm{Al}$ —— 第2ゾーンの正孔面と第3ゾーンの電子面
$\mathrm{Al}$ は fcc,3価である.3価ということは,primitive cell(原子1個)あたり電子が3個.1バンドに $2$ 個入るから,第1バンドは満杯,残り1個が第2・第3バンドに分配される.
導出:$\mathrm{Al}$ の高磁場 Hall 係数が「1原子あたり正孔1個」を示すこと
原子1個あたりの電子数を数える.第1バンドは完全に詰まっているので伝導に寄与しない(詰まったバンドの正味電流はゼロ.第16章).
第2バンドの電子数を $n_2$,第3バンドの電子数を $n_3$(いずれも原子あたり)とする.全部で
$$ n_2+n_3=3-2=1 $$第2バンドの収容数は2個(スピン込み)だから,第2バンドの正孔の数は $p_2=2-n_2$.よって正味の「正孔 − 電子」は
$$ p_2-n_3=(2-n_2)-n_3=2-(n_2+n_3)=2-1=1 $$キャリアの数え上げとして,原子1個あたり正孔が正味1個.高磁場極限(すべての軌道が閉じている場合)の Hall 係数は正味のキャリア密度で決まるので
$$ R_H=+\frac{1}{n_{\rm atom}\,ec}\qquad(n_{\rm atom}=\text{原子数密度}) $$となり,正になる.実験でもその通りで,$\mathrm{Al}$ の高磁場 Hall 係数は正であり,値は原子密度から予想される値とよく合う.∎
注意:低磁場では第3バンドの電子軌道の寄与が効くため $R_H$ は負になる.磁場を上げると符号が反転する.第15章の Drude 模型では絶対に説明できない現象であり,Fermi 面の多シート構造の直接の証拠である.
$\mathrm{Al}$ の Fermi 面を Harrison 構成で作ると,第2ゾーンには境界に沿った複雑な正孔面(しばしば「モンスター」と呼ばれる),第3ゾーンには $W$ 点や $K$ 点のまわりに細い電子の「リング」あるいは「チューブ」が現れる.自由電子模型ではさらに第4ゾーンにも小さなポケットが出るが,実際の $\mathrm{Al}$ では擬ポテンシャルの効果でこれは消えている.18.2.4 節の「小さなポケットは信用するな」という注意の実例である.
18.7.4 $\mathrm{Bi}$ —— 半金属
物理的意味:キャリアが $10^{-5}$ しかいない「金属」
$\mathrm{Bi}$ は菱面体晶で,primitive cell に原子2個,価電子は1原子あたり5個($6s^26p^3$)なので合計10個 —— 偶数である.バンドが重ならなければ絶縁体になるはずである.
実際には,価電子帯の頂上($T$ 点)が伝導帯の底($L$ 点)よりわずかに $\sim30\,\mathrm{meV}$ だけ高い.このわずかな重なりのぶんだけ,$L$ 点に小さな電子ポケットと $T$ 点に小さな正孔ポケットができる.電子数と正孔数は必ず等しい(補償金属).
数字が劇的である.
| $\mathrm{Cu}$ | $\mathrm{Bi}$ | |
|---|---|---|
| キャリア密度 $n$ | $8.5\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$ | $\sim3\times10^{17}\,\mathrm{cm^{-3}}$ |
| $\epsilon_F$ | $7.0\,\mathrm{eV}$ | $\sim25\,\mathrm{meV}$ |
| 有効質量 | $\sim1.4\,m$ | $\sim0.01\,m$(最も軽い方向) |
| Fermi 波長 $\lambda_F$ | $\sim0.5\,\mathrm{nm}$ | $\sim40\,\mathrm{nm}$ |
| dHvA 周波数 | $\sim6\times10^4\,\mathrm{T}$ | $\sim10\,\mathrm{T}$ |
キャリアが $10^{-5}$ 倍,Fermi 波長が 80 倍.だから $\mathrm{Bi}$ では実験室磁場で量子極限に達し,dHvA 振動が巨大な振幅で観測される.1930年に de Haas と van Alphen が $\mathrm{Bi}$ を選んだのは慧眼だったのである.$\mathrm{Bi}$ はまた,強いスピン軌道相互作用のためトポロジカル絶縁体研究の出発物質にもなった($\mathrm{Bi_2Se_3}$,$\mathrm{Bi_2Te_3}$).
| 金属 | 構造・価数 | Fermi 面 | 開いた軌道 | 高磁場 $R_H$ |
|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Na},\mathrm{K}$ | bcc, 1価 | ほぼ完全な球(第1バンドのみ) | なし | 負,$-1/nec$ |
| $\mathrm{Cu},\mathrm{Ag},\mathrm{Au}$ | fcc, 1価 | 球+$\{111\}$ に8本の首 | あり(方位依存) | 負だが異方的 |
| $\mathrm{Mg},\mathrm{Zn},\mathrm{Be}$ | hcp, 2価 | 複数シート,補償 | あり | 補償のため大きく異方的 |
| $\mathrm{Al}$ | fcc, 3価 | 第2ゾーン正孔面+第3ゾーン電子リング | あり | 正,正孔1個/原子 |
| $\mathrm{Bi}$ | 菱面体, 5価×2 | 微小な電子・正孔ポケット(半金属) | なし | 補償,巨大磁気抵抗 |
| $\mathrm{Fe},\mathrm{Ni}$ | bcc/fcc, 遷移金属 | $3d$ バンド由来の複雑な多シート,スピン分裂 | あり | 複雑 |
18.8 Fermi 面をどう測るか
18.8.1 サイクロトロン共鳴(Azbel–Kaner 幾何)
半導体では,マイクロ波を当てて $\omega=\omega_c=eB/m^*c$ の共鳴を探せば $m^*$ が直接測れる(第17章).ところが金属では,電磁波が表皮深さ $\delta\sim10^{-5}\,\mathrm{cm}$ しか入らないので,同じ手が使えない.
Azbel と Kaner の工夫は,磁場を試料表面に平行にかけることである.すると電子は表面に平行な面内で螺旋を描き,周期 $T=2\pi/\omega_c$ ごとに表皮層へ戻ってくる.戻ってきたときに電場の位相が揃っていれば,繰り返し加速される.条件は
$$ \omega = n\,\omega_c\qquad(n=1,2,3,\dots) $$すなわち共鳴が $1/B$ について等間隔に並ぶ.$1/B$ の間隔から $\omega_c$,したがって $m_c$ が求まる.ここでも極値軌道が支配的である(位相が揃うのは軌道周期が停留する断面だから).dHvA が Fermi 面の面積を測るのに対し,サイクロトロン共鳴は面積のエネルギー微分($m_c=\frac{\hbar^2}{2\pi}\partial S/\partial\epsilon$)を測る.両者は相補的である.
18.8.2 ARPES —— Fermi 面を「見る」
導出:ARPES の運動学
角度分解光電子分光(angle-resolved photoemission spectroscopy, ARPES)は,エネルギー $\hbar\omega$ の光を当てて飛び出す電子の運動エネルギーと角度を測る.
エネルギー保存.仕事関数を $\phi$,結合エネルギー($\epsilon_F$ から測った深さ)を $E_B\ge0$ とすると
$$ E_{\rm kin}=\hbar\omega-\phi-E_B $$運動量保存.結晶表面は面直方向の並進対称性を壊すが,面内方向の並進対称性は保たれる.したがって面内波数 $k_\parallel$ は(逆格子ベクトルを除いて)保存する.真空中の光電子は自由電子なので
$$ E_{\rm kin}=\frac{\hbar^2K^2}{2m},\qquad K_\parallel=K\sin\theta $$ゆえに
$$ k_\parallel = K_\parallel=\frac{\sqrt{2mE_{\rm kin}}}{\hbar}\sin\theta $$実用単位に直す.$\sqrt{2m\times1\,\mathrm{eV}}/\hbar=0.5123\,\text{Å}^{-1}$ だから
例題18.10 He I 光源で $\mathrm{Cu}$ の Fermi 面に届くか
He I 共鳴線 $\hbar\omega=21.2\,\mathrm{eV}$,$\mathrm{Cu}$ の仕事関数 $\phi=4.6\,\mathrm{eV}$ とする.$\epsilon_F$ の電子($E_B=0$)について,到達できる最大の $k_\parallel$ を求め,$k_F=1.36\,\text{Å}^{-1}$ と比べよ.
解.
$$ E_{\rm kin}=21.2-4.6-0=16.6\ \mathrm{eV} $$ $$ k_\parallel^{\max}=0.5123\times\sqrt{16.6}\times\sin90^\circ=0.5123\times4.074=2.09\ \text{Å}^{-1} $$$k_F=1.36\,\text{Å}^{-1}$ に十分届く.実際,$\sin\theta=1.36/2.09=0.651$,すなわち $\theta=40.6^\circ$ で Fermi 面を横切る.
実験では,$\theta$ を掃引しながら $E_{\rm kin}$ スペクトルを取り,$E_B=0$ での強度を $(k_x,k_y)$ 平面にプロットする.強度が強い場所の軌跡が,そのまま Fermi 面の写真になる.∎
注意:ARPES の弱点は $k_\perp$ である
面内 $k_\parallel$ は厳密に保存するが,面直 $k_\perp$ は保存しない(表面がその方向の並進対称性を壊しているため).$k_\perp$ を決めるには「終状態を自由電子的な放物線と仮定して内部ポテンシャル $V_0$ をフィットする」という近似が必要で,ここに系統誤差が入る.
したがって ARPES は
- 層状物質・2次元物質に強い($k_\perp$ 依存性がそもそも小さい).銅酸化物高温超伝導体,鉄系超伝導体,グラフェン,遷移金属ダイカルコゲナイド,トポロジカル絶縁体の研究はほぼ ARPES で進んだ.
- 3次元的なバルク金属には不利.$\mathrm{Cu}$ の首の太さを 1 % の精度で決めるなら,いまでも dHvA のほうが確実である.
また ARPES は表面敏感(脱出深さ $5$–$20\,\text{Å}$)なので,清浄表面の作製(超高真空中でのへき開)が必須である.一方 dHvA はバルクを見る.両者は競合ではなく補完関係にある.
18.8.3 その他の手法
| 手法 | 測る量 | 必要条件 | 得意 |
|---|---|---|---|
| de Haas–van Alphen | 極値断面積 $S$,$m_c$,$\tau$ | 低温・強磁場・高純度 | バルク,絶対精度が最高 |
| Shubnikov–de Haas | 同上(抵抗の振動) | 同上 | 薄膜・2次元系にも使える |
| サイクロトロン共鳴 | $m_c$ | $\omega_c\tau>1$,表面平行磁場 | バンド分散の傾き |
| 磁気音響効果 | Fermi 面の直径 | 超音波,$\ell\gg\lambda_{\rm sound}$ | 軌道の実寸 |
| 陽電子消滅(2D-ACAR) | 電子運動量密度 | 陽電子源 | 低温・高純度が不要 |
| Compton 散乱 | 運動量密度の射影 | 高エネルギーX線 | 合金・非晶質にも適用可 |
| ARPES | $\epsilon(\kk_\parallel)$ を直接 | 超高真空,清浄表面 | 2次元系,バンド分散そのもの |
18.8.4 第一原理計算との比較
物理的意味:Fermi 面はバンド理論の最も厳しい試験である
密度汎関数理論(DFT)に基づく第一原理計算は,いまや日常的な道具である.$\epsilon_n(\kk)$ を計算し,$\epsilon_n(\kk)=\epsilon_F$ の等値面を描けば Fermi 面が得られる.その断面積を計算して dHvA 周波数を出し,実験と比べる —— これがバンド理論の最も厳しい試験である.
理由は簡単で,dHvA 周波数は $10^{-3}$ の精度で測れるからである.全エネルギーや格子定数のような「積分量」は多少の誤差が平均化されて隠れてしまうが,Fermi 面は $\epsilon_F$ という1点での微細な形状なので,バンドが $0.05\,\mathrm{eV}$ ずれただけで断面積が数 % 動く.ごまかしがきかない.
結果はどうか.
- 単純金属・貴金属:DFT(LDA/GGA)は Fermi 面を数 % の精度で再現する.$\mathrm{Cu}$ の首と腹の比も合う.バンド理論の大勝利である.
- 遷移金属:おおむね合うが,$m_c$ は実験より小さく出ることが多い.差は電子–フォノン相互作用と電子相関による繰り込み($m^*=m_{\rm band}(1+\lambda)$)で説明される.実測 $m_c$ と計算 $m_{\rm band}$ の比から $\lambda$ を引き出すのは,超伝導研究の常套手段である.
- 強相関系:重い電子系($\mathrm{CeCu_6}$,$\mathrm{UPt_3}$ など)では $m_c/m$ が $100$–$1000$ に達し,DFT の予言と桁で食い違う.ただし Fermi 面の形と体積はしばしば合う —— Luttinger の定理(18.1 節)が効いているためである.「形は合うが重さが合わない」という状況を説明するために,動的平均場理論などの手法が発展した.
望月研究室で日常的に使う VASP も,バンド構造を計算して $\epsilon_F$ を横切るバンドを探し,Fermi 面を描くことができる.そのとき $\Gamma$–$X$–$M$–$R$ のような $\kk$ 経路をどう選ぶかは,第11章の空間群の表現論が決めている.第I部で結晶構造を,第II部で対称性を,第III部で物性を —— この3つが Fermi 面という1枚の面の上で出会うのである.
18.9 まとめと演習
18.9.1 まとめ
- Fermi 面 $\epsilon_n(\kk)=\epsilon_F$ が金属のすべてを決める.$-\partial f/\partial\epsilon$ が $\epsilon_F$ に鋭く局在するため,伝導度も比熱も状態密度も Fermi 面上の面積分に潰れる.室温の $\mathrm{Cu}$ で動ける電子は全体の 0.4 % に満たない.
- Harrison 構成:すべての逆格子点を中心に半径 $k_F$ の球を描き,$m$ 重以上に覆われた領域が第 $m$ バンドの占有領域.理屈は「$\abs{\kk+\GG}<k_F$ を満たす $\GG$ の個数」を数えているだけである.2次元正方格子・2価では,第1バンドに $M$ 点の正孔ポケット,第2バンドに $X$ 点の電子レンズができ,両者の面積は厳密に等しい(補償金属).
- 周期ポテンシャルは Fermi 面をゾーン境界に垂直に立たせる.$2\times2$ 永年方程式で,$\epsilon^0_\kk-\epsilon^0_{\kk-\GG}=\frac{\hbar^2G}{m}q_\parallel$ が $q_\parallel$ だけの関数になることが本質.全体積は Luttinger の定理で保存する.
- 磁場中では $\kk$ が「等エネルギー面 ∩ $\BB$ に垂直な平面」の交線を回る.$\dot\kk\cdot\BB=0$ と $\dot\kk\cdot\vv=0$ という2つの三重積から出る.軌道は電子軌道・正孔軌道・開いた軌道の3種.開いた軌道があると磁気抵抗が飽和せず,磁場方向に鋭く依存する.
- 実空間の軌道は $\kk$ 空間の軌道を $90^\circ$ 回し $\hbar c/eB$ 倍したもの:$\rr_\perp=-\frac{\hbar c}{eB}\hat B\times\kk$.$\mathrm{Cu}$,$10\,\mathrm{T}$ で約 $0.9\,\mu\mathrm{m}$.
- 強束縛近似:$\psi_\kk=\frac{1}{\sqrt N}\sum_m\ee^{\ii\kk\cdot\RR_m}\phi(\rr-\RR_m)$ から $\epsilon(\kk)=-\alpha-\gamma\sum_{\rm nn}\ee^{-\ii\kk\cdot\bm\rho}$.単純立方 $-2\gamma\sum\cos k_ia$($W=12\gamma$),bcc $-8\gamma\,c_xc_yc_z$($W=16\gamma$),fcc $-4\gamma(c_xc_y+c_yc_z+c_zc_x)$($W=16\gamma\neq2z\gamma$,フラストレーションのため).どれもバンド底で $m^*=\hbar^2/2\gamma a^2$.
- $d$ バンドが狭いのは,$3d$ 軌道が原子核近くに縮んでいて重なりが小さいから.狭い $\Rightarrow$ $g(\epsilon_F)$ が大きい $\Rightarrow$ 電子比熱が大きく,Stoner 条件を満たしやすく,$U/W$ が大きくて相関が効く.$\mathrm{Cu}$ と $\mathrm{Ni}$ の $\gamma_{el}$ が10倍違うのはこのためである.
- 擬ポテンシャル:内殻との直交性が斥力 $V_R=\sum_c(E-E_c)\ket{c}\bra{c}$ として働き,強い引力 $U$ を打ち消す(Phillips–Kleinman).空芯模型の Fourier 成分は $U_\GG=-\frac{4\pi e^2}{\Omega G^2}\cos(GR_c)$.$\mathrm{Na}$ では $-1584\,\mathrm{eV}$ が $0.4\,\mathrm{eV}$ になる.
- Onsager の量子化条件:$\oint\pp\cdot\dd\rr=(n+\gamma)2\pi\hbar$(この $\gamma$ は位相補正であり,上の飛び移り積分 $\gamma$ とも電子比熱係数 $\gamma_{el}$ とも別物)から実空間軌道の磁束が $\Phi_n=(n+\gamma)hc/e$ と量子化され,$\kk$ 空間に翻訳して $S_n=(n+\gamma)\frac{2\pi eB}{\hbar c}$.したがって $\Delta(1/B)=\frac{2\pi e}{\hbar cS}$.振動の周期を測るだけで Fermi 面の極値断面積が絶対値で決まる.
- 実在金属:アルカリ金属はほぼ完全な球($k_F/k_N=0.877$),貴金属は $\{111\}$ に8本の首,$\mathrm{Al}$ は第2ゾーン正孔面+第3ゾーン電子リングで高磁場 $R_H>0$(正孔1個/原子),$\mathrm{Bi}$ は $n\sim3\times10^{17}\,\mathrm{cm^{-3}}$ の半金属.
- 測定法:dHvA/SdH(断面積と $m_c$),サイクロトロン共鳴($m_c$),ARPES($k_\parallel=0.512\sqrt{E_{\rm kin}}\sin\theta$,2次元系に強い),陽電子消滅.第一原理計算の検証としては dHvA が最も厳しい.
18.9.2 演習問題
演習18.1 3価の2次元正方格子を Harrison 構成する
格子定数 $a$ の2次元正方格子,1格子点あたり電子3個とする.
(1) $k_F$ を求めよ.
(2) 第1 Brillouin 域の $X$ 点(辺の中点)と $M$ 点(角)までの距離と比べ,Fermi 円がどこまで届くか判定せよ.
(3) 第1・第2・第3バンドのそれぞれについて,占有されているか,どんな形の面ができるかを述べよ.
(4) この金属は補償金属か.
ヒント:(1) $k_F=\sqrt{2\pi n_{2D}}=\sqrt{6\pi}/a=4.342/a$.(2) $X$ 点 $3.142/a$,$M$ 点 $4.443/a$.$k_F$ は $M$ 点よりわずかに小さい.(3) 第1バンドは $M$ 点まわりにごく小さな正孔ポケットを残してほぼ満杯,第2バンドは大きく占有される.第3ゾーンの最も原点に近い点は $M$ 点($4.443/a$)なので,$k_F<4.443/a$ より第3バンドは空.(4) 価数が奇数なので補償されない.図18.1(a) の第3ゾーンの三角形の頂点がどこにあるかを見よ.
演習18.2 2次元正方格子の強束縛バンドと完全ネスティング
$\epsilon(\kk)=-\alpha-2\gamma(\cos k_xa+\cos k_ya)$ について答えよ.
(1) バンド幅と,バンド底での有効質量を求めよ.
(2) 半充填(1格子点あたり電子1個)のとき $\epsilon_F=-\alpha$ であることを示し,Fermi 面の形を求めよ.
(3) その Fermi 面が,ベクトル $\bm{Q}=(\pi/a,\pi/a)$ だけ平行移動するとぴったり自分自身に重なること(完全ネスティング)を示せ.
(4) $X$ 点 $(\pi/a,0)$ で $\epsilon$ が鞍点になることを確かめ,そこで状態密度が対数発散することを述べよ.
ヒント:(1) $W=8\gamma$,$m^*=\hbar^2/2\gamma a^2$.(2) $\epsilon=-\alpha$ は $\cos k_xa+\cos k_ya=0$,すなわち $\abs{k_x}+\abs{k_y}=\pi/a$ の正方形($45^\circ$ 回転した菱形).(3) $(k_x,k_y)\to(k_x+\pi/a,k_y+\pi/a)$ で $\cos\to-\cos$ となり $\epsilon\to-2\alpha-\epsilon$.半充填では面が自分自身に写る.(4) $X$ 点では $\partial^2\epsilon/\partial k_x^2=-2\gamma a^2$,$\partial^2\epsilon/\partial k_y^2=+2\gamma a^2$ と異符号になる.鞍点のエネルギーは $\epsilon=-\alpha$ で,(2) の半充填の $\epsilon_F$ とちょうど一致する.完全ネスティングと van Hove 特異点は,反強磁性・電荷密度波・超伝導の不安定性を生む.
演習18.3 bcc 強束縛バンドの数値
bcc の $s$ バンドについて.
(1) 最近接8個への和が $8c_xc_yc_z$($c_i=\cos(k_ia/2)$)になることを,指数関数の積への分解を明示して導け.
(2) $H$ 点 $\frac{2\pi}{a}(1,0,0)$ と $N$ 点 $\frac{\pi}{a}(1,1,0)$ と $P$ 点 $\frac{\pi}{a}(1,1,1)$ でのエネルギーを求めよ.
(3) $\mathrm{Fe}$ の $3d$ バンド幅を $W=5\,\mathrm{eV}$,$a=2.87\,\text{Å}$ として $\gamma$ と $m^*$ を見積もれ.
ヒント:(2) $H$ 点で $c_x=\cos\pi=-1$,$c_y=c_z=1$ より $\epsilon=-\alpha+8\gamma$.$N$ 点で $c_x=c_y=\cos(\pi/2)=0$ より $\epsilon=-\alpha$.$P$ 点で $c_i=\cos(\pi/2)=0$ より $\epsilon=-\alpha$.(3) $W=16\gamma$ より $\gamma=0.31\,\mathrm{eV}$.$m^*=\hbar^2/2\gamma a^2=1.35\times10^{-30}\,\mathrm{kg}$,$m^*/m=1.5$.実際の $\mathrm{Fe}$ の $d$ バンドは5重に縮退した多軌道系なので,この見積もりは桁の目安である.
演習18.4 dHvA 測定から Fermi 面を読む
$\mathrm{K}$(bcc,$a=5.225\,\text{Å}$)の dHvA 測定で $\Delta(1/B)=5.5\times10^{-5}\,\mathrm{T^{-1}}$ が観測された.
(1) 極値断面積 $S$ を求めよ(SI).
(2) Fermi 面を球と仮定して $k_F$ を求めよ.
(3) 自由電子模型から予想される $k_F$($n=1.40\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$)と比較し,一致の程度を述べよ.
(4) この試料で振動を観測するには,$B=5\,\mathrm{T}$ でどの程度の温度と緩和時間が必要か($m_c=m$ とする).
ヒント:(1) $S=2\pi e/(\hbar\,\Delta(1/B))=1.74\times10^{20}\,\mathrm{m^{-2}}$.(2) $k_F=\sqrt{S/\pi}=7.43\times10^{9}\,\mathrm{m^{-1}}=0.743\,\text{Å}^{-1}$.(3) $(3\pi^2n)^{1/3}=7.46\times10^{9}\,\mathrm{m^{-1}}$.差は 0.4 % —— $\mathrm{K}$ の Fermi 面は球である.(4) $\hbar\omega_c/k_B=13.4\times(5/10)=6.7\,\mathrm{K}$ なので $T\lesssim2\,\mathrm{K}$,$\tau>1/\omega_c=1.1\,\mathrm{ps}$.
演習18.5 空芯擬ポテンシャルの節
$\mathrm{Al}$(fcc,$a=4.05\,\text{Å}$)について.
(1) $\GG_{111}$ の大きさを求めよ.
(2) $U_{\GG_{111}}=0$ となる芯半径 $R_c$ を求めよ.
(3) (2) の結果は,$\mathrm{Al}$ の $\{111\}$ 面でのバンドギャップについて何を意味するか.
(4) $\eqref{eq:18-UG}$ を導く途中で使った収束因子 $\ee^{-\kappa r}$ は,物理的には何に対応するか.
ヒント:(1) $G_{111}=\frac{2\pi}{a}\sqrt3=2.687\,\text{Å}^{-1}$.(2) $\cos(GR_c)=0$ すなわち $GR_c=\pi/2$ より $R_c=0.585\,\text{Å}$.(3) $R_c$ がこの値に近ければ $\{111\}$ ギャップはほとんど開かず,Fermi 面はその面をほぼ自由に突き抜ける.実際の $\mathrm{Al}$ の $U_{111}$ は小さく,Harrison 構成がよく当たる.(4) 伝導電子による遮蔽(Thomas–Fermi 遮蔽).$\kappa\to k_{\rm TF}$ とすれば有限に留まる.
演習18.6 サイクロトロン質量と軌道の種類
(1) 楕円体的な等エネルギー面 $\epsilon=\frac{\hbar^2}{2}\left(\frac{k_x^2}{m_1}+\frac{k_y^2}{m_2}+\frac{k_z^2}{m_3}\right)$ について,$\BB\parallel\hat z$ のときのサイクロトロン質量が $m_c=\sqrt{m_1m_2}$ になることを,$\eqref{eq:18-mc}$ から導け.
(2) $\mathrm{Si}$ の伝導帯の谷($m_l=0.92m$,$m_t=0.19m$)について,$\BB$ を谷の長軸方向にかけたときの $m_c$ を求めよ.
(3) $\mathrm{Cu}$ で磁場を $[111]$ からわずかに傾けると磁気抵抗が急変することがある.理由を,軌道の種類の言葉で説明せよ.
(4) 補償金属($n_e=n_h$)の磁気抵抗が飽和しない理由を,Hall 伝導度の打ち消しから説明せよ.
ヒント:(1) $k_z=0$ での断面は半軸 $\sqrt{2m_1\epsilon}/\hbar$,$\sqrt{2m_2\epsilon}/\hbar$ の楕円で,面積は $S=2\pi\epsilon\sqrt{m_1m_2}/\hbar^2$.$\partial S/\partial\epsilon=2\pi\sqrt{m_1m_2}/\hbar^2$ を $\eqref{eq:18-mc}$ に代入.(2) $m_c=\sqrt{m_t\cdot m_t}=m_t=0.19m$.(3) 首を介した開いた軌道ができるかどうかが磁場方向に敏感で,開いた軌道が生じると $\rho\propto B^2$ で飽和しなくなる.(4) $\sigma_{xy}$ が電子と正孔で打ち消し,$\rho_{xx}=\sigma_{xx}/(\sigma_{xx}^2+\sigma_{xy}^2)\to1/\sigma_{xx}\propto B^2$.
参考文献
- C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(下)』第8版,丸善出版,第9章「フェルミ面と金属」.—— 本章の底本.Harrison 構成,強束縛近似,擬ポテンシャル,Onsager の量子化条件の記述はこの章に対応する.本章では Kittel が省略した代数をすべて補った.
- N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapters 9–12, 14–15. —— Brillouin 域の構成,強束縛法,半古典模型,Fermi 面の測定を,より進んだ立場から詳述している.特に第14章の「Measuring the Fermi Surface」は本章 18.6・18.8 節の詳細版.
- L. Onsager, "Interpretation of the de Haas–van Alphen effect", Philosophical Magazine 43, 1006 (1952). —— 式 $\eqref{eq:18-onsager}$ の原論文.わずか2ページである.
- D. Shoenberg, Magnetic Oscillations in Metals, Cambridge University Press (1984). —— de Haas–van Alphen 効果の決定版.Lifshitz–Kosevich 公式の完全な導出がある.
- J. C. Phillips, L. Kleinman, "New Method for Calculating Wave Functions in Crystals and Molecules", Phys. Rev. 116, 287 (1959). —— 18.5.3 節のキャンセル定理.
- W. A. Harrison, Electronic Structure and the Properties of Solids, Freeman (1980). —— Harrison 構成と擬ポテンシャル,Slater–Koster パラメータの体系的なまとめ.
- J. C. Slater, G. F. Koster, "Simplified LCAO Method for the Periodic Potential Problem", Phys. Rev. 94, 1498 (1954). —— 多軌道強束縛法の基礎.
- M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapters 12, 14. —— 空間群の表現とバンドの縮退.本章 18.4.6 節の多軌道強束縛と群論の接続.
- G. Kresse, D. Joubert, "From ultrasoft pseudopotentials to the projector augmented-wave method", Phys. Rev. B 59, 1758 (1999). —— VASP が使う PAW 法.擬ポテンシャルの現代的な後継.使ったら必ず引用すること.
- 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 第II部との接続.バンド計算の $\kk$ 経路の選び方は空間群の表現論が決めている.