固体物理学入門 — 目次 第III部 固体の物性 / 第17章

第17章半導体

第16章で,周期ポテンシャルが電子のエネルギーをバンドに分け,バンドとバンドのあいだにギャップを開けることを見た.そして,バンドが電子で完全に満たされているか空であるかで絶縁体,途中まで詰まっていれば金属,という区別に到達した.本章はその続きである.完全に満たされたバンドと空のバンドのあいだのギャップが「ほんの少しだけ」小さいとき,何が起こるか——これが半導体の物理である.

「ほんの少し」とはどれくらいか.答えは $E_g \sim 1\,\mathrm{eV}$,室温の熱エネルギー $k_BT = 0.026\,\mathrm{eV}$ の約40倍である.40倍も大きいのだから熱励起など起こりそうにないが,Boltzmann 因子 $\ee^{-E_g/2k_BT}$ は $5\times10^{-10}$ 程度になり,これが伝導帯・価電子帯の有効状態密度 $\sqrt{N_cN_v}\sim2\times10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}}$(17.5節で計算する)に掛かれば $10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$ 個の電子が残る.この「わずかに残る」ということが,半導体をきわめて特異な物質にしている.金属ではキャリア数は温度でほとんど変わらないが,半導体では温度でも不純物でも光でも電場でも,キャリア数を何桁も動かせる.トランジスタも太陽電池もLEDも,すべてこの一点から出てくる.

本章の技術的な核心は3つある.第一に半古典的運動方程式 $\hbar\dot\kk = \FF$ である.結晶中の電子は自由電子ではないのに,なぜ「力=運動量の時間変化」がそのまま使えるのか.Kittel はこの式をほとんど天下りに与えるが,本章では波束の描像から一行ずつ導く.第二に有効質量である.バンドの曲率が質量になる,というこの奇妙な定理を,$\hbar\dot\kk=\FF$ から機械的に導き,それがテンソルであること,Si では $m^*$ が $0.19m$ から $0.92m$ まで方向によって5倍も違うことを見る.第三に正孔である.電子が1個抜けた穴が,なぜ正電荷 $+e$ を持ち正の質量を持つ粒子として振る舞うのか.符号の対応を一つずつ,満ちたバンドの電流がゼロであるという事実から導く.ここで第15章に残しておいた謎——なぜ Be や Zn の Hall 係数は正なのか——が解ける.

そのうえで,半導体物理の中心的な公式である質量作用の法則 $np = n_i^2$ を,状態密度と Fermi–Dirac 分布から完全に導出する.$\int_0^\infty\sqrt{x}\,\ee^{-x}\dd x = \sqrt\pi/2$ という積分ひとつを使うだけで,$n_i$ の絶対値が計算できてしまう.Si について実際に電卓を叩き,$n_i \sim 10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$ という数字が出てくるところまでやる.最後にドナー・アクセプターを水素原子の焼き直しとして扱い,束縛エネルギーが $13.6\,\mathrm{eV}$ ではなく $20\,\mathrm{meV}$ になる理由,Bohr 半径が $0.5\,\mathrm{Å}$ ではなく $30\,\mathrm{Å}$ になる理由を,たった2つの置き換え——$m \to m^*$ と $e^2 \to e^2/\epsilon$——から説明する.

この章で学ぶこと
  • 光子はほとんど運動量を運ばないこと(数値で確認する)と,そこから出てくる直接遷移・間接遷移の区別
  • 吸収端の形 $\alpha \propto (\hbar\omega-E_g)^{1/2}$(直接)と $\alpha\propto(\hbar\omega\pm\hbar\Omega-E_g)^2$(間接)を結合状態密度から導く
  • 半古典的運動方程式 $\hbar\dot\kk = \FF$ の導出(波束の仕事から)と,$\hbar\kk$ が結晶運動量であって真の運動量ではないこと
  • 有効質量テンソル $(1/m^*)_{ij} = \hbar^{-2}\partial^2\epsilon/\partial k_i\partial k_j$,Si の6つの谷,伝導度有効質量と状態密度有効質量の違い
  • 正孔の5つの符号則 $\kk_h=-\kk_e$, $\epsilon_h=-\epsilon_e$, $\vv_h=\vv_e$, $q_h=+e$, $m_h=-m_e$ の完全導出
  • 真性キャリア濃度 $n$, $p$ の導出と質量作用の法則 $np=n_i^2$,真性半導体の化学ポテンシャルの位置
  • ドナー・アクセプターの水素様模型:$\epsilon_d = 13.6\,\mathrm{eV}\times(m^*/m)/\epsilon^2$,$a_d = a_0\,\epsilon\,(m/m^*)$
  • 電荷中性条件から不純物半導体の統計を解き,凍結領域・飽和領域・真性領域の3つを理解する
  • 移動度 $\mu = e\tau/m^*$,格子散乱 $T^{-3/2}$ とイオン化不純物散乱 $T^{3/2}$,Matthiessen 則
  • Hall 測定と熱起電力から,キャリアの種類・濃度・移動度を実験的に決める方法
前提:第3章(逆格子と Brillouin 域),第11章(Bloch 定理と $\kk$ の意味,波数群と縮退),第14章(状態密度の数え方),第15章(Fermi–Dirac 分布,Drude の伝導度,Hall 効果),第16章(バンドギャップの起源).付録A の Gauss 積分・ガンマ関数の節が計算に使われる.

17.1 バンドギャップと光吸収 — 直接遷移と間接遷移

17.1.1 半導体とは何か

定義:半導体(semiconductor)

絶対零度では価電子帯が完全に満たされ伝導帯が完全に空であり(したがって絶縁体であり),かつバンドギャップ $E_g$ が室温の熱エネルギーの数十倍程度以下であるために,有限温度で無視できない数のキャリアが熱励起される固体を半導体という.

目安として $E_g \lesssim 3\,\mathrm{eV}$ 程度.$E_g$ がこれより大きいものを絶縁体と呼ぶが,境界は約束事にすぎず,物理的な断絶があるわけではない.ダイヤモンド($E_g=5.5\,\mathrm{eV}$)は絶縁体と呼ばれることも「ワイドギャップ半導体」と呼ばれることもある.

この定義の「絶対零度では絶縁体」という部分が本質的である.第16章で見たように,満たされたバンドは電流を運べない.したがって純粋な半導体は $T=0$ で完全な絶縁体である.金属との違いはここにあって,金属は $T=0$ でも Fermi 面があり,ギャップなしにキャリアを供給できる.ただし,散乱のまったくない理想的な完全周期結晶では直流伝導度は有限値ではなく発散する.実在の金属が $T=0$ で有限の残留伝導度に落ち着くのは,不純物・欠陥・試料境界による散乱があるからである.

物理的意味:抵抗率の桁を見る

室温での抵抗率 $\rho$ を並べると,半導体という物質群の異常さがわかる.

表17.1 室温での抵抗率の比較
物質$\rho$ ($\Omega\,\mathrm{cm}$)キャリア濃度 ($\mathrm{cm^{-3}}$)
Cu(金属)$1.7\times10^{-6}$$8.5\times10^{22}$
高ドープ Si($N_D=10^{20}$)$\sim10^{-3}$$10^{20}$
ドープ Si($N_D=10^{16}$)$\sim0.5$$10^{16}$
真性 Si$\sim2\times10^{5}$$1.0\times10^{10}$
石英ガラス(絶縁体)$>10^{18}$—

純粋な Si と高ドープ Si のあいだで,抵抗率が8桁変わっている.しかも不純物の濃度は $10^{20}/5\times10^{22} = 0.2\,\%$ に過ぎない.0.2%の不純物で物性が8桁変わる物質は,他にほとんどない.半導体工学のすべてがこの一点に立脚している.

表17.2 主な半導体のバンドギャップ($\lambda_g = hc/E_g$ は吸収端の波長.$hc = 1240\,\mathrm{eV\cdot nm}$)
物質構造型$E_g$ (300 K) / eV$E_g$ (0 K) / eV$\lambda_g$ (300 K)
$\mathrm{C}$(ダイヤモンド)ダイヤモンド型間接5.475.48227 nm
$\mathrm{Si}$ダイヤモンド型間接1.111.171117 nm
$\mathrm{Ge}$ダイヤモンド型間接0.670.741850 nm
$\mathrm{GaAs}$閃亜鉛鉱型直接1.431.52867 nm
$\mathrm{InP}$閃亜鉛鉱型直接1.351.42919 nm
$\mathrm{InAs}$閃亜鉛鉱型直接0.360.423.4 µm
$\mathrm{InSb}$閃亜鉛鉱型直接0.170.237.3 µm
$\mathrm{GaP}$閃亜鉛鉱型間接2.262.32549 nm
$\mathrm{GaN}$ウルツ鉱型直接3.43.5365 nm
$\mathrm{ZnO}$ウルツ鉱型直接3.373.44368 nm
$\mathrm{CdS}$ウルツ鉱型直接2.422.58512 nm
$4H\text{-}\mathrm{SiC}$ウルツ鉱型系間接3.263.28380 nm
$\mathrm{TiO_2}$(ルチル)ルチル型間接3.0—413 nm
$\mathrm{TiO_2}$(アナターゼ)アナターゼ型間接3.2—388 nm

補足:$\lambda_g[\mathrm{nm}] = 1240/E_g[\mathrm{eV}]$ という便利な換算

$E = h\nu = hc/\lambda$ より $\lambda = hc/E$.$hc$ を eV と nm の組で書くと

$$ hc = (6.626\times10^{-34}\,\mathrm{J\,s})(2.998\times10^{8}\,\mathrm{m/s}) = 1.986\times10^{-25}\,\mathrm{J\,m} $$

これを $1\,\mathrm{eV} = 1.602\times10^{-19}\,\mathrm{J}$ と $1\,\mathrm{m}=10^{9}\,\mathrm{nm}$ で割り算・掛け算すると

$$ hc = \frac{1.986\times10^{-25}}{1.602\times10^{-19}}\times10^{9}\ \mathrm{eV\cdot nm} = 1240\ \mathrm{eV\cdot nm} $$

この $1240$ という数は,半導体・光物性を扱うかぎり一生使う.可視光は $380$–$780\,\mathrm{nm}$ すなわち $1.6$–$3.3\,\mathrm{eV}$ である.$\mathrm{TiO_2}$ のギャップ $3.0\,\mathrm{eV}$ が $413\,\mathrm{nm}$,つまり可視域のいちばん短波長側(紫)の縁にあることが,「$\mathrm{TiO_2}$ はほとんど可視光を吸収せず白く見えるが,紫外線では光触媒として働く」ことの理由である(アナターゼの $3.2\,\mathrm{eV}=388\,\mathrm{nm}$ は完全に紫外側にある).可視光応答型光触媒の研究とは,この $3.0\,\mathrm{eV}$ を $2.5\,\mathrm{eV}$ 程度まで下げつつ,酸化還元電位を保つ研究にほかならない.

17.1.2 光子はほとんど運動量を運ばない

バンドギャップを測る最も直接的な方法は光吸収である.光子1個を吸収して電子が価電子帯から伝導帯へ上がる.このときエネルギーと運動量の両方が保存しなければならない.まず運動量のほうが決定的に効くことを,数値で確かめよう.

導出:光子の波数は Brillouin 域の大きさの1000分の1

エネルギー $\hbar\omega$ の光子の波数は $q = \omega/c$ である.両辺に $\hbar$ を掛けると $\hbar q = \hbar\omega/c$,すなわち

$$ q = \frac{\hbar\omega}{\hbar c} $$

ここで $\hbar c = 197.3\ \mathrm{eV\cdot nm}$(これも覚えておく数である.$hc = 1240$ を $2\pi$ で割れば $197.3$).$\hbar\omega = 1.0\,\mathrm{eV}$ の光子について

$$ q = \frac{1.0\ \mathrm{eV}}{197.3\ \mathrm{eV\cdot nm}} = 5.07\times10^{-3}\ \mathrm{nm^{-1}} $$

一方,Si の格子定数は $a = 0.543\,\mathrm{nm}$ だから,Brillouin 域の代表的な大きさは

$$ \frac{\pi}{a} = \frac{3.1416}{0.543\ \mathrm{nm}} = 5.79\ \mathrm{nm^{-1}} $$

比を取ると

$$ \begin{equation} \frac{q_{\text{光子}}}{\pi/a} = \frac{5.07\times10^{-3}}{5.79} = 8.8\times10^{-4} \simeq \frac{1}{1000} \label{eq:17-photon-q} \end{equation} $$

∎ この式が言っているのは,可視・近赤外の光子は,Brillouin 域の1000分の1しか $\kk$ を動かせないということである.バンド図の上では,光による遷移は実質的にまっすぐ上向きの矢印である.これを垂直遷移(vertical transition)または直接遷移(direct transition)という.

なぜ:光子の運動量が小さいのは $c$ が大きいから

同じ $1\,\mathrm{eV}$ のエネルギーを持つ「粒子」でも,運動量はまるで違う.光子は $E = pc$ なので $p = E/c$.一方,電子は $E = p^2/2m$ なので $p = \sqrt{2mE}$.数値を入れると

$$ p_{\text{光子}} = \frac{1\ \mathrm{eV}}{c},\qquad p_{\text{電子}} = \sqrt{2\times(0.511\times10^6\ \mathrm{eV})\times1\ \mathrm{eV}}\,/c = \frac{1011\ \mathrm{eV}}{c} $$

1000倍違う.この $1011 \simeq \sqrt{2m c^2 E}/E$ という比が,そのまま式 \eqref{eq:17-photon-q} の $1/1000$ になっている.$mc^2 = 0.511\,\mathrm{MeV}$ が $1\,\mathrm{eV}$ に比べて途方もなく大きいこと——つまり電子が非相対論的であること——が,光遷移が垂直であることの根本理由である.

逆に言えば,大きな $\kk$ を運べる粒子が必要ならフォノンを使えばよい.フォノンのエネルギーは高々 $\hbar\Omega\sim 60\,\mathrm{meV}$ と小さいが,波数は Brillouin 域いっぱいまで取れる(第13章).光子はエネルギーを運び,フォノンは運動量を運ぶ.この役割分担が間接遷移の鍵である.

17.1.3 直接遷移の吸収端 — 結合状態密度から導く

導出:$\alpha \propto (\hbar\omega - E_g)^{1/2}$

伝導帯の底と価電子帯の頂上が同じ $\kk$(ふつうは $\Gamma$ 点)にあり,その近傍で放物線的だとする.エネルギーの原点を価電子帯の頂上に取ると

$$ \epsilon_c(\kk) = E_g + \frac{\hbar^2k^2}{2m_e^*}, \qquad \epsilon_v(\kk) = -\frac{\hbar^2k^2}{2m_h^*} $$

(価電子帯は上に凸なので $\epsilon_v$ は $k$ が増えると下がる.)光子は $\kk$ を変えないので,同じ $\kk$ の上下の状態間の遷移だけが許される.そのエネルギー差は,両者を引き算して

$$ \hbar\omega = \epsilon_c(\kk)-\epsilon_v(\kk) = E_g + \frac{\hbar^2k^2}{2m_e^*}+\frac{\hbar^2k^2}{2m_h^*} = E_g + \frac{\hbar^2k^2}{2\mu} $$

ここで換算質量(reduced mass)$\mu$ を

$$ \frac{1}{\mu} \equiv \frac{1}{m_e^*}+\frac{1}{m_h^*} $$

で定義した.2体問題の換算質量とまったく同じ形である.

さて,吸収の強さは「エネルギー差がちょうど $\hbar\omega$ になるような $\kk$ の状態が何個あるか」で決まる.これを結合状態密度(joint density of states)$J(\hbar\omega)$ という.定義は,単位体積・単位エネルギー幅あたりの遷移可能な $\kk$ の数である.

ステップ1:$\kk$ 空間の状態数.第14章と同じく,周期境界条件のもとで $\kk$ 空間の体積 $\dd^3k$ に含まれる状態数は,単位体積あたり $\dfrac{2}{(2\pi)^3}\dd^3k$(因子2はスピン).球殻を取れば $\dd^3k = 4\pi k^2\dd k$ なので

$$ \dd N = \frac{2}{(2\pi)^3}\,4\pi k^2\,\dd k = \frac{k^2}{\pi^2}\,\dd k $$

ステップ2:$\dd k$ を $\dd(\hbar\omega)$ に換える.$\hbar\omega = E_g + \hbar^2k^2/2\mu$ を $k$ で微分すると

$$ \frac{\dd(\hbar\omega)}{\dd k} = \frac{\hbar^2 k}{\mu} \qquad\Longrightarrow\qquad \frac{\dd k}{\dd(\hbar\omega)} = \frac{\mu}{\hbar^2k} $$

これが変数変換のヤコビアンである.したがって

$$ J(\hbar\omega) = \frac{\dd N}{\dd(\hbar\omega)} = \frac{k^2}{\pi^2}\cdot\frac{\mu}{\hbar^2 k} = \frac{\mu\,k}{\pi^2\hbar^2} $$

ステップ3:$k$ を $\hbar\omega$ で書く.$\hbar\omega - E_g = \hbar^2k^2/2\mu$ を $k$ について解くと

$$ k = \frac{\sqrt{2\mu(\hbar\omega-E_g)}}{\hbar} $$

これを代入して

$$ \begin{equation} J(\hbar\omega) = \frac{\mu}{\pi^2\hbar^2}\cdot\frac{\sqrt{2\mu(\hbar\omega-E_g)}}{\hbar} = \frac{(2\mu)^{3/2}}{2\pi^2\hbar^{3}}\,\bigl(\hbar\omega-E_g\bigr)^{1/2} \label{eq:17-jdos} \end{equation} $$

($\mu\sqrt{2\mu} = 2^{1/2}\mu^{3/2} = (2\mu)^{3/2}/2$ を使った.)

ステップ4:吸収係数へ.Fermi の黄金律により,単位時間あたりの遷移確率は $\dfrac{2\pi}{\hbar}\abs{M}^2 J(\hbar\omega)$ である.吸収係数 $\alpha$ は「単位長さあたりに失われる光強度の割合」であり,遷移率を入射光子束で割ったものだから,行列要素 $M$ が吸収端近傍でほぼ一定なら

$$ \begin{equation} \alpha(\omega) \propto \frac{1}{\omega}\,J(\hbar\omega) \propto \bigl(\hbar\omega-E_g\bigr)^{1/2} \qquad(\hbar\omega > E_g) \label{eq:17-alpha-direct} \end{equation} $$

∎ $\hbar\omega < E_g$ では $J=0$,すなわち $\alpha = 0$ である(実際には裾を引くが,それは後述の励起子や不純物準位のせい).

物理的意味:この式は何を言っているのか

式 \eqref{eq:17-alpha-direct} は「吸収係数を2乗して光子エネルギーに対してプロットすれば直線になり,その直線を横軸に外挿した切片が $E_g$ である」ということを言っている.実験家はまさにそうやってギャップを決める.より正確には $(\alpha\hbar\omega)^2$ を $\hbar\omega$ に対してプロットする.これをTauc プロット(Tauc plot)という.

間接遷移では後で見るように $\alpha\propto(\hbar\omega-E_g)^2$ なので,$(\alpha\hbar\omega)^{1/2}$ を $\hbar\omega$ に対してプロットすると直線になる.どちらの指数で直線になるかを見れば,直接ギャップか間接ギャップかが判別できる.研究室で $\mathrm{TiO_2}$ の拡散反射スペクトルを測ってギャップを出すとき,$(\alpha h\nu)^{1/2}$ 側を使うのは,$\mathrm{TiO_2}$ が間接ギャップ半導体だからである.

17.1.4 間接遷移 — フォノンが運動量を運ぶ

Si や Ge では,価電子帯の頂上は $\Gamma$ 点にあるのに,伝導帯の底は $\Gamma$ から離れた場所にある(Si は $\Delta$ 線上の $k_0 \simeq 0.85\times(2\pi/a)[100]$,Ge は $L$ 点).したがって,光子だけでは頂上から底へ遷移できない.$\kk$ が $10^{-3}$ しか動かせないのに,$0.85\times(2\pi/a)$ も動かなければならないからである.

導出:間接遷移の保存則とフォノンの役割

電子が価電子帯の $\kk_v \simeq 0$ から伝導帯の $\kk_c = \kk_0$ へ移るには,$\kk_0$ という大きな波数をどこかから調達しなければならない.それを担うのがフォノンである.フォノンを1個吸収する場合と放出する場合がある.

運動量(結晶運動量)保存:

$$ \kk_v + \qq_{\text{光子}} \pm \qq_{\text{フォノン}} = \kk_c + \GG $$

$\qq_{\text{光子}}\simeq0$ なので,$\qq_{\text{フォノン}} = \pm(\kk_c-\kk_v) = \pm\kk_0$.上の複号は $+$ がフォノン吸収,$-$ がフォノン放出である.$\GG$ は逆格子ベクトルで,Umklapp 過程の可能性を残してある(第11章・第14章).

エネルギー保存:フォノンのエネルギーを $\hbar\Omega$ とすると

$$ \hbar\omega \pm \hbar\Omega = \epsilon_c(\kk_c) - \epsilon_v(\kk_v) $$

したがって遷移が起こりうる最小の光子エネルギー(吸収端)は,$\epsilon_c-\epsilon_v$ の最小値 $E_g$ を使って

$$ \begin{equation} \hbar\omega_{\min} = \begin{cases} E_g - \hbar\Omega & \text{(フォノン吸収:フォノンから }\hbar\Omega\text{ をもらう)}\\[4pt] E_g + \hbar\Omega & \text{(フォノン放出:フォノンに }\hbar\Omega\text{ を渡す)} \end{cases} \label{eq:17-indirect-threshold} \end{equation} $$

∎ すなわち吸収端が2つ現れる.$E_g-\hbar\Omega$ の弱い立ち上がりと,$E_g+\hbar\Omega$ からの強い立ち上がりである.

なぜ低温でフォノン吸収の枝が消えるのか

フォノンを吸収するには,そもそもフォノンが存在していなければならない.第14章で導いた Planck 分布

$$ \bar n(\Omega) = \frac{1}{\ee^{\hbar\Omega/k_BT}-1} $$

により,フォノン吸収過程の強度は $\bar n$ に,フォノン放出過程の強度は $\bar n + 1$ に比例する(自然放出の $+1$ が効く).低温で $k_BT \ll \hbar\Omega$ になると $\bar n \to \ee^{-\hbar\Omega/k_BT}\to0$ なので,低温では $E_g-\hbar\Omega$ の枝が消え,$E_g+\hbar\Omega$ の枝だけが残る.

Si で間接遷移に関与する主なフォノンは $\hbar\Omega_{\mathrm{TA}} = 18.4\,\mathrm{meV}$ と $\hbar\Omega_{\mathrm{TO}} = 57.6\,\mathrm{meV}$ である.$18.4\,\mathrm{meV}$ に対応する温度は $\hbar\Omega/k_B = 18.4/0.08617 = 214\,\mathrm{K}$ だから,液体窒素温度(77 K)ではもう $\bar n = 1/(\ee^{2.78}-1) = 0.067$ しかない.実際,低温の吸収スペクトルには階段状の構造が現れ,そこから Si のフォノンエネルギーを読み取ることができる.光吸収スペクトルからフォノンの情報が出てくる——間接遷移半導体ならではの美しい現象である.

導出:間接遷移では $\alpha \propto (\hbar\omega\pm\hbar\Omega-E_g)^2$ になる

直接遷移では,光子エネルギーを決めると遷移する $\kk$ が1つに決まった($\kk$ 保存が厳しく効くから).間接遷移ではそうではない.フォノンが好きな波数を持ってこられるので,価電子帯の任意の状態と伝導帯の任意の状態を組み合わせてよい.制約はエネルギー保存だけである.

そこで,価電子帯側で正孔が持つエネルギーを $\epsilon_h$,伝導帯側で電子が持つエネルギーを $\epsilon_e$(それぞれの帯の端から測る)とし,全余剰エネルギーを

$$ \Delta \equiv \hbar\omega \pm \hbar\Omega - E_g = \epsilon_e + \epsilon_h $$

と置く.遷移の総数は,$\epsilon_e$ を持つ伝導帯状態の数 $D_c(\epsilon_e)$ と,$\epsilon_h = \Delta-\epsilon_e$ を持つ価電子帯状態の数 $D_v(\Delta-\epsilon_e)$ の積を,可能な $\epsilon_e$ すべてについて足し上げたものである:

$$ J_{\text{間接}}(\Delta) \propto \int_0^{\Delta} D_c(\epsilon_e)\,D_v(\Delta-\epsilon_e)\,\dd\epsilon_e $$

3次元の放物線帯では $D(\epsilon)\propto\sqrt\epsilon$ なので

$$ J_{\text{間接}}(\Delta) \propto \int_0^\Delta \sqrt{\epsilon}\,\sqrt{\Delta-\epsilon}\;\dd\epsilon $$

この積分を実行する.$\epsilon = \Delta\sin^2\theta$ と置換すると,$\dd\epsilon = 2\Delta\sin\theta\cos\theta\,\dd\theta$,$\Delta-\epsilon = \Delta\cos^2\theta$,積分範囲は $\theta: 0\to\pi/2$.したがって

$$ \int_0^\Delta\sqrt{\epsilon(\Delta-\epsilon)}\,\dd\epsilon = \int_0^{\pi/2}\bigl(\Delta\sin\theta\cos\theta\bigr)\bigl(2\Delta\sin\theta\cos\theta\bigr)\dd\theta = 2\Delta^2\int_0^{\pi/2}\sin^2\theta\cos^2\theta\,\dd\theta $$

ここで $\sin\theta\cos\theta = \frac12\sin2\theta$ を使うと $\sin^2\theta\cos^2\theta = \frac14\sin^22\theta$ であり,$\int_0^{\pi/2}\sin^22\theta\,\dd\theta = \pi/4$ だから

$$ = 2\Delta^2\cdot\frac14\cdot\frac\pi4 = \frac{\pi}{8}\Delta^2 $$

すなわち

$$ \begin{equation} \alpha_{\text{間接}} \propto \bigl(\hbar\omega \pm \hbar\Omega - E_g\bigr)^{2} \label{eq:17-alpha-indirect} \end{equation} $$

∎ 直接遷移の $1/2$ 乗に対して2乗.指数が4倍も違うので,吸収端付近での立ち上がりは間接遷移のほうがはるかに緩やかである.

注意:指数が違う本当の理由は「1個の $\kk$ か,$\kk$ の組か」

$1/2$ と $2$ の違いを「なんとなく間接のほうが弱いから」と覚えてはいけない.理由ははっきりしている.

加えて,間接遷移はフォノンを介した2次の摂動過程(中間状態を経由する)なので,行列要素そのものも直接遷移より2〜3桁小さい.この2つが重なって,Si の吸収係数は GaAs より圧倒的に小さくなる.

例題17.1 なぜ Si 太陽電池は厚く,GaAs 太陽電池は薄いのか

$\hbar\omega = 1.5\,\mathrm{eV}$ における吸収係数は,Si で $\alpha\simeq 1\times10^{3}\,\mathrm{cm^{-1}}$,GaAs で $\alpha\simeq 1\times10^{4}\,\mathrm{cm^{-1}}$ である.光がほぼ完全に吸収されるのに必要な厚さを見積もれ.

解答.Beer–Lambert の法則 $I(x) = I_0\ee^{-\alpha x}$ より,光が $1/\ee$ に減る距離(侵入深さ)は $1/\alpha$.ほぼ完全に吸収させるにはその数倍が必要である.

$$ \text{Si}: \ \frac{1}{\alpha} = \frac{1}{10^{3}\,\mathrm{cm^{-1}}} = 10\,\mu\mathrm{m} \quad\Longrightarrow\quad \text{実用上は } 100\text{–}200\,\mu\mathrm{m} $$ $$ \text{GaAs}: \ \frac{1}{\alpha} = \frac{1}{10^{4}\,\mathrm{cm^{-1}}} = 1\,\mu\mathrm{m} \quad\Longrightarrow\quad \text{実用上は } 2\text{–}3\,\mu\mathrm{m} $$

∎ 100倍近い差である.市販の結晶 Si 太陽電池のウェハが $150\,\mu\mathrm{m}$ 前後もあるのは,Si が間接ギャップだからにほかならない.一方 GaAs や $\mathrm{CdTe}$,ペロブスカイト $\mathrm{CH_3NH_3PbI_3}$ はいずれも直接ギャップなので,数 $\mu\mathrm{m}$ の薄膜で足りる.「薄膜太陽電池」という言葉が成立する物理的根拠がここにある.

同じ理由で,Si は発光素子にならない.発光は吸収の逆過程だから,間接ギャップではフォノンの助けが要り,その分だけ確率が桁で落ちる.電子と正孔は発光する前に非輻射再結合してしまう.青色 LED に GaN,赤色 LED に $\mathrm{GaAs_{1-x}P_x}$ や AlGaInP が使われ,Si が使われないのはこのためである.中村修二らの GaN の仕事が画期的だったのは,「直接ギャップかつワイドギャップ」という条件を満たす結晶を,実際に作れるようにした点にある.

(a) 直接ギャップ(GaAs, GaN, ZnO) ε k Γ 伝導帯 価電子帯 ħω = Eg 垂直 遷移 (b) 間接ギャップ(Si, Ge, TiO₂) ε k Γ X Γ谷 Δ谷(真の底) 価電子帯 光子 ħω フォノン ±ħΩ が k₀ を運ぶ k₀ (c)吸収端の形.左は直接遷移で,ħω が Eg を超えると α が √(ħω−Eg) に比例して急に立ち上がる.右は間接遷移で,フォノン放出(実線)は Eg+ħΩ から,フォノン吸収(破線,低温で消える)は Eg−ħΩ から,それぞれ (ħω∓ħΩ−Eg) の2乗で緩やかに立ち上がる.
図17.1 (a) 直接ギャップでは価電子帯の頂上と伝導帯の底が同じ $\kk$ にあり,光子だけで遷移できる.矢印が垂直なのは,式 \eqref{eq:17-photon-q} のとおり光子が Brillouin 域の1000分の1しか $\kk$ を運べないためである.(b) 間接ギャップでは伝導帯の底が $\kk_0 \ne 0$ にあり,フォノンが $\kk_0$ を供給しないと遷移できない.エネルギーは光子が,運動量はフォノンが担当する.(c) その結果,吸収端の形が変わる.直接では $1/2$ 乗,間接では $2$ 乗で立ち上がり,しかも間接では $E_g\mp\hbar\Omega$ の2つのしきい値が現れる.低温では点線(フォノン吸収)が消えて実線だけが残る.

補足:吸収端のすぐ下に見える鋭い線 — 励起子

実測の吸収スペクトルをよく見ると,$\hbar\omega$ がわずかに $E_g$ より小さいところに鋭いピークが現れることがある.これは励起子(exciton)である.伝導帯に上がった電子と価電子帯に残った正孔が,Coulomb 引力で束縛状態を作るためで,束縛エネルギーの分だけ $E_g$ より低いエネルギーで吸収が起こる.

束縛エネルギーは17.6節で扱う水素様模型とまったく同じ形

$$ E_{\text{ex}} = 13.6\,\mathrm{eV}\times\frac{\mu/m}{\epsilon^2} $$

で与えられる($\mu$ は電子と正孔の換算質量).GaAs では $\mu = 0.058m$,$\epsilon = 12.9$ なので $E_{\text{ex}} = 13.6\times0.058/166 = 4.7\,\mathrm{meV}$.$k_BT=26\,\mathrm{meV}$ よりずっと小さいので,室温では熱で壊れて見えない.低温($4\,\mathrm{K}$)にすれば鋭い励起子ピークが観測できる.逆に $\mathrm{ZnO}$ では $E_{\text{ex}} = 60\,\mathrm{meV}$ と大きく,室温でも励起子が生き残る.これが $\mathrm{ZnO}$ が紫外発光素子の候補として長く研究されてきた理由である.

17.2 半古典的運動方程式 $\hbar\dot\kk = \FF$ の導出

ここからが本章の理論的な心臓部である.結晶中の電子に電場をかけると,どう動くか.素朴に考えれば,電子は Coulomb 力 $-e\EE$ を受けると同時に,格子の周期ポテンシャルからも巨大な力を受けているはずで,話は絶望的に複雑に見える.ところが実際には,驚くほど簡単な式が成り立つ:

$$ \begin{equation} \hbar\frac{\dd\kk}{\dd t} = \FF_{\text{外力}} \label{eq:17-semiclassical} \end{equation} $$

右辺は外から加えた力だけである.格子からの力は一切現れない.Kittel はこの式を数行で片づけるが,以下ではその数行をすべて開いてみる.

17.2.1 まず波束を作る

定義:Bloch 状態から作る波束(wave packet)

第11章で見たように,周期ポテンシャル中の固有状態は Bloch 関数

$$ \psi_{n\kk}(\rr) = u_{n\kk}(\rr)\,\ee^{\mathrm{i}\kk\cdot\rr}, \qquad u_{n\kk}(\rr+\TT) = u_{n\kk}(\rr) $$

である.これは結晶全体に広がっており,「粒子がどこにいるか」を語れない.そこで,$\kk_0$ のまわりの狭い範囲 $\Delta k$ の Bloch 状態を重ね合わせて,空間的に局在した波束を作る:

$$ \Psi(\rr,t) = \sum_{\kk \simeq \kk_0} g(\kk)\,\psi_{n\kk}(\rr)\,\ee^{-\mathrm{i}\epsilon_n(\kk)t/\hbar} $$

不確定性関係から,波束の空間的な広がりは $\Delta x \sim 1/\Delta k$ である.

なぜ:半古典近似が正当化される条件

波束を「粒子」とみなすには,次の2つの条件が同時に成り立つ必要がある.

  1. $\kk$ が意味を持つ程度に $\Delta k$ が小さい:$\Delta k \ll \pi/a$.バンド構造 $\epsilon_n(\kk)$ を使いたいのだから,波束が Brillouin 域の中の狭い領域に収まっていなければならない.
  2. 位置が意味を持つ程度に $\Delta x$ が小さい:外場が変化する長さスケール $L$ より $\Delta x$ が小さい.

この2つを合わせると $a \ll \Delta x \ll L$,すなわち波束は格子定数よりずっと大きく,外場の変化スケールよりずっと小さい.$a = 5\,\text{Å}$,外場のスケール $L = 1\,\mu\mathrm{m}$ なら,$\Delta x \sim 100\,\text{Å}$ 程度に取ればよい.これは十分に可能である.だから半古典近似は「使える」.

破綻するのは,外場が非常に強く $L$ が格子定数程度になるとき(トンネル効果,Zener 降伏)や,ギャップが小さくてバンド間遷移が起こるときである.そういう場合は量子力学に戻らなければならない.

17.2.2 群速度

導出:波束の速度は $\vv_g = \hbar^{-1}\nabla_\kk\epsilon$

波束の中心が動く速さは,波の一般論により群速度(group velocity)で与えられる.1次元で書けば

$$ v_g = \frac{\dd\omega}{\dd k} $$

である(第13章でフォノンについて同じ式を使った).電子の場合,$\omega$ と $\epsilon$ は de Broglie の関係 $\epsilon = \hbar\omega$ で結ばれているので,$\omega = \epsilon/\hbar$ を代入して

$$ v_g = \frac{\dd}{\dd k}\left(\frac{\epsilon}{\hbar}\right) = \frac{1}{\hbar}\frac{\dd\epsilon}{\dd k} $$

3次元に拡張すれば,$k$ に関する微分は勾配になる:

$$ \begin{equation} \vv_g = \frac{1}{\hbar}\nabla_\kk\,\epsilon_n(\kk) \label{eq:17-groupvel} \end{equation} $$

∎

この式は何を言っているのか.「電子の速度はバンドの傾きである」ということである.バンドが平らなところ($\nabla_\kk\epsilon = 0$)では電子は静止し,傾きが急なところでは速く動く.バンドの底や頂上,そして Brillouin 域境界(そこでは対称性から $\nabla_\kk\epsilon=0$ になることが多い)では,電子の速度はゼロである.第16章で見た「ゾーン境界では進行波ではなく定在波になる」という描像と,完全に整合している.

例題17.2 自由電子で確かめる

自由電子 $\epsilon = \hbar^2k^2/2m$ について式 \eqref{eq:17-groupvel} を適用せよ.

解答.

$$ \vv_g = \frac{1}{\hbar}\nabla_\kk\frac{\hbar^2k^2}{2m} = \frac{1}{\hbar}\cdot\frac{\hbar^2}{2m}\cdot 2\kk = \frac{\hbar\kk}{m} = \frac{\pp}{m} $$

∎ 古典力学の $\vv = \pp/m$ に一致する.式 \eqref{eq:17-groupvel} は自由電子の場合に正しい答えを再現する,まっとうな一般化である.

17.2.3 $\hbar\dot\kk = \FF$ を導く

導出:半古典的運動方程式(本章で最も重要な導出)

電場 $\EE$ の中に電子(電荷 $-e$,$e>0$)を置く.時間 $\delta t$ のあいだに,電場が電子にする仕事を2通りに計算し,等置する.これが全体の戦略である.

【第1の計算】力学的に:仕事=力×距離

電子にはたらく力は $\FF = -e\EE$.時間 $\delta t$ のあいだに電子は $\delta\rr = \vv_g\,\delta t$ だけ進む.したがって,電場が電子にした仕事,すなわち電子のエネルギー増分は

$$ \delta\epsilon = \FF\cdot\delta\rr = \FF\cdot\vv_g\,\delta t = -e\,\EE\cdot\vv_g\,\delta t \tag{A} $$

【第2の計算】バンド論的に:エネルギーは $\kk$ の関数

電子のエネルギーは $\epsilon = \epsilon_n(\kk)$ である.$\kk$ が $\delta\kk$ だけ変わったとすると,全微分により

$$ \delta\epsilon = \nabla_\kk\epsilon\cdot\delta\kk \tag{B} $$

ここで式 \eqref{eq:17-groupvel} を逆に読んで $\nabla_\kk\epsilon = \hbar\vv_g$ を代入すると

$$ \delta\epsilon = \hbar\,\vv_g\cdot\delta\kk \tag{B$'$} $$

【等置】同じ $\delta\epsilon$ を2通りに書いたのだから,(A) と (B$'$) は等しい:

$$ \hbar\,\vv_g\cdot\delta\kk = \FF\cdot\vv_g\,\delta t $$

両辺を $\delta t$ で割ると

$$ \vv_g\cdot\left(\hbar\frac{\delta\kk}{\delta t}\right) = \vv_g\cdot\FF $$

すなわち

$$ \vv_g\cdot\left(\hbar\dot\kk - \FF\right) = 0 $$

この式が,あらゆる波束(=あらゆる $\vv_g$ の向き)について成り立たなければならない.ベクトル $\vv_g$ の向きは $\kk_0$ の選び方で自由に変えられるから,括弧の中がゼロでなければならない:

$$ \begin{equation} \hbar\frac{\dd\kk}{\dd t} = \FF = -e\left(\EE + \vv_g\times\BB\right) \label{eq:17-eom} \end{equation} $$

∎ 磁場がある場合は Lorentz 力を入れた.磁場の項は仕事をしないので上の議論からは直接出てこないが,より丁寧な波束の理論(Ashcroft–Mermin 第12章)から同じ形が導かれる.

注意:この導出の「弱いところ」を正直に言っておく

上の議論で,(A) と (B$'$) を等置して得られるのは,厳密には $\vv_g$ に平行な成分についての等式だけである.$\vv_g$ に垂直な成分については,この議論は何も言っていない.

「$\vv_g$ の向きは自由に変えられるから」という論法で埋めたが,$\vv_g$ の向きを変えると $\kk$ も変わり,したがってバンド構造も違う場所を見ていることになるので,完全に厳密とは言えない.

正当な導出は,波束の運動を Lagrange 形式(あるいは Berry 位相を含む現代的な定式化)で扱うことによって得られる.そこでは

$$ \dot\rr = \frac{1}{\hbar}\nabla_\kk\epsilon - \dot\kk\times\bm\Omega_n(\kk), \qquad \hbar\dot\kk = -e\EE - e\,\dot\rr\times\BB $$

という形になり,$\bm\Omega_n(\kk)$(Berry 曲率)という余分な項まで現れる.これが異常 Hall 効果やトポロジカル絶縁体の理論の出発点である.本書の範囲では $\bm\Omega_n = 0$ とみなしてよく,式 \eqref{eq:17-eom} で十分である.しかし「Kittel の導出は簡略版である」ということは知っておいてほしい.

物理的意味:$\hbar\kk$ は結晶運動量であって運動量ではない

式 \eqref{eq:17-eom} は $\dd\pp/\dd t = \FF$ とそっくりだが,$\hbar\kk$ は電子の真の運動量ではない.第11章で見たとおり,$\kk$ は並進群の既約表現につけられたラベルであり,Bloch 状態は運動量演算子 $\hat\pp = -\mathrm{i}\hbar\nabla$ の固有状態ではない.実際

$$ \hat\pp\,\psi_{n\kk} = -\mathrm{i}\hbar\nabla\left(u_{n\kk}\ee^{\mathrm{i}\kk\cdot\rr}\right) = \hbar\kk\,\psi_{n\kk} + \ee^{\mathrm{i}\kk\cdot\rr}\left(-\mathrm{i}\hbar\nabla u_{n\kk}\right) $$

で,第2項が残るので固有状態ではない.$\hbar\kk$ を結晶運動量(crystal momentum)と呼んで区別する.

では,なぜ格子からの力が式 \eqref{eq:17-eom} に現れないのか.答えは,格子からの力の効果はすでに $\epsilon_n(\kk)$ の形の中に全部入っているからである.バンド構造を計算した時点で,周期ポテンシャルの効果は使い切っている.式 \eqref{eq:17-eom} が扱うのは「バンド構造を作った以外の,追加の外力」だけでよい.これが半古典近似の美しさである.

格子が運動量を受け渡していることは,Umklapp 過程($\kk$ が $\GG$ だけ跳ぶ)にはっきり現れる.真の運動量は保存するが,その差 $\hbar\GG$ は結晶全体が受け取っている.

例題17.3 Bloch 振動 — なぜ観測されないのか

1次元結晶(格子定数 $a$)に一定電場 $E$ をかける.散乱がまったくないと仮定して,電子の運動を記述せよ.$E = 10^4\,\mathrm{V/m}$,$a = 5\,\text{Å}$ として,Brillouin 域を1周する時間を求めよ.

解答.式 \eqref{eq:17-eom} は $\hbar\dot k = -eE$(定数)なので,直ちに積分できて

$$ k(t) = k(0) - \frac{eE}{\hbar}t $$

$k$ は一定の速さで動き続ける.しかし $k$ は Brillouin 域の中で定義されており,$k$ が $\pi/a$ に達すると $-\pi/a$ に戻る(同じ状態だから).したがって $k$ は周期 $T_B$ で Brillouin 域を巡回し,速度 $v_g = \hbar^{-1}\dd\epsilon/\dd k$ も周期的に符号を変える.つまり直流電場をかけているのに電子は振動する.これを Bloch 振動という.

周期は,$k$ が $2\pi/a$ だけ進むのに要する時間である:

$$ T_B = \frac{2\pi/a}{eE/\hbar} = \frac{2\pi\hbar}{eEa} = \frac{h}{eEa} $$

数値を入れる.$h = 6.626\times10^{-34}\,\mathrm{J\,s}$,$e=1.602\times10^{-19}\,\mathrm{C}$,$E=10^4\,\mathrm{V/m}$,$a=5\times10^{-10}\,\mathrm{m}$:

$$ T_B = \frac{6.626\times10^{-34}}{(1.602\times10^{-19})(10^{4})(5\times10^{-10})} = \frac{6.626\times10^{-34}}{8.01\times10^{-25}} = 8.3\times10^{-10}\,\mathrm{s} $$

すなわち $0.83\,\mathrm{ns}$,振動数にして $1.2\,\mathrm{GHz}$.

∎ ところが,実際の結晶での散乱時間は $\tau\sim10^{-13}\,\mathrm{s}$(17.8節で計算する)である.$T_B/\tau \simeq 8300$ なので,電子は Brillouin 域の8000分の1程度しか進まないうちに散乱されてしまう.だからバルク結晶では Bloch 振動は観測できない.観測するには $T_B$ を短くすればよく,$T_B \propto 1/a$ だから $a$ を大きくすればよい.半導体超格子(人工的に $a\sim100\,\text{Å}$ の周期を作る)で1992年に初めて観測された.「$a$ を大きくする」という発想が実験を可能にしたわけである.

17.3 有効質量 — バンドの曲率が質量になる

17.3.1 1次元での定義

導出:$m^*$ の定義式

Newton の第2法則の形 $\FF = m\bm a$ を作りたい.そこで,群速度を時間で微分して加速度を求める.1次元で書く.

$v_g = \hbar^{-1}\dd\epsilon/\dd k$ の両辺を $t$ で微分する.$\epsilon$ は $k$ を通じてのみ $t$ に依存するので,合成関数の微分(連鎖律)により

$$ \frac{\dd v_g}{\dd t} = \frac{\dd}{\dd t}\left(\frac{1}{\hbar}\frac{\dd\epsilon}{\dd k}\right) = \frac{1}{\hbar}\frac{\dd}{\dd k}\left(\frac{\dd \epsilon}{\dd k}\right)\frac{\dd k}{\dd t} = \frac{1}{\hbar}\frac{\dd^2\epsilon}{\dd k^2}\cdot\frac{\dd k}{\dd t} $$

ここに式 \eqref{eq:17-eom},すなわち $\dd k/\dd t = F/\hbar$ を代入する:

$$ \frac{\dd v_g}{\dd t} = \frac{1}{\hbar}\frac{\dd^2\epsilon}{\dd k^2}\cdot\frac{F}{\hbar} = \frac{1}{\hbar^2}\frac{\dd^2\epsilon}{\dd k^2}\,F $$

これを $\dd v_g/\dd t = F/m^*$ と見比べれば

$$ \begin{equation} \frac{1}{m^*} = \frac{1}{\hbar^2}\frac{\dd^2\epsilon}{\dd k^2} \qquad\Longleftrightarrow\qquad m^* = \frac{\hbar^2}{\dd^2\epsilon/\dd k^2} \label{eq:17-effmass-1d} \end{equation} $$

∎ 有効質量はバンドの曲率の逆数である.

物理的意味:曲率が質量になる,とはどういうことか

式 \eqref{eq:17-effmass-1d} が言っているのは,次の3つである.

  1. バンドが急峻(曲率大)$\Rightarrow$ $m^*$ 小 $\Rightarrow$ 軽い電子.同じ力で大きく加速される.バンド幅が広い=原子軌道の重なりが大きい=電子が動きやすい,という化学的な直観と一致する.
  2. バンドが平坦(曲率小)$\Rightarrow$ $m^*$ 大 $\Rightarrow$ 重い電子.$f$ 電子系の重い電子(heavy fermion)では $m^*$ が $1000m$ に達することがある.
  3. バンドが上に凸(曲率負)$\Rightarrow$ $m^*<0$.力と逆向きに加速される.奇妙に見えるが,これこそが正孔の起源である(17.4節).

「負の質量」に驚く必要はない.電場が電子を加速しようとする一方で,格子が電子を Bragg 反射で押し返す.押し返す効果のほうが勝っているとき,正味の加速度は力と逆向きになる.$m^*$ は「電子の慣性」ではなく,電子と格子の相互作用まで込めた実効的な応答係数なのである.

例題17.4 1次元強束縛バンドの有効質量

第18章で導く強束縛バンド $\epsilon(k) = \epsilon_0 - 2t\cos ka$($t>0$,バンド幅 $4t$)について,バンドの底($k=0$)と頂上($k=\pi/a$)での有効質量を求めよ.

解答.2階微分を計算する.

$$ \frac{\dd\epsilon}{\dd k} = 2ta\sin ka, \qquad \frac{\dd^2\epsilon}{\dd k^2} = 2ta^2\cos ka $$

したがって

$$ m^*(k) = \frac{\hbar^2}{2ta^2\cos ka} $$

バンドの底($k=0$):$\cos0 = 1$ なので

$$ m^*(0) = \frac{\hbar^2}{2ta^2} > 0 $$

バンドの頂上($k=\pi/a$):$\cos\pi = -1$ なので

$$ m^*(\pi/a) = -\frac{\hbar^2}{2ta^2} < 0 $$

∎ 底では正,頂上では負.しかも $k=\pi/2a$ では $\cos = 0$ で $m^* = \infty$(変曲点なので,力を加えても加速しない).

数値.$t = 1\,\mathrm{eV}$,$a = 3\,\text{Å}$ とすると

$$ m^*(0) = \frac{(1.055\times10^{-34})^2}{2\times(1.602\times10^{-19})\times(3\times10^{-10})^2} = \frac{1.113\times10^{-68}}{2.884\times10^{-38}} = 3.86\times10^{-31}\,\mathrm{kg} $$

自由電子質量 $m = 9.109\times10^{-31}\,\mathrm{kg}$ で割ると $m^*/m = 0.42$.バンド幅 $4t=4\,\mathrm{eV}$ の比較的広いバンドでは,有効質量は自由電子の半分以下になる.逆に $t = 0.1\,\mathrm{eV}$ の狭いバンドなら $m^*/m = 4.2$ と重くなる.$m^*\propto 1/t$,つまり有効質量はバンド幅(=軌道の重なり)に反比例するという関係が読み取れる.

17.3.2 有効質量はテンソルである

導出:有効質量テンソル

3次元では,力の向きと加速度の向きが一致するとは限らない.式 \eqref{eq:17-effmass-1d} と同じ計算を成分で書き直す.群速度の $i$ 成分は $v_i = \hbar^{-1}\partial\epsilon/\partial k_i$ である.これを $t$ で微分すると,$\epsilon$ は $k_1,k_2,k_3$ すべてに依存するので,多変数の連鎖律により

$$ \frac{\dd v_i}{\dd t} = \frac{1}{\hbar}\sum_{j}\frac{\partial}{\partial k_j}\left(\frac{\partial\epsilon}{\partial k_i}\right)\frac{\dd k_j}{\dd t} = \frac{1}{\hbar}\sum_j \frac{\partial^2\epsilon}{\partial k_i\partial k_j}\,\frac{\dd k_j}{\dd t} $$

ここに $\hbar\,\dd k_j/\dd t = F_j$ を代入して

$$ \frac{\dd v_i}{\dd t} = \frac{1}{\hbar^2}\sum_j \frac{\partial^2\epsilon}{\partial k_i\partial k_j}\,F_j $$

これを $\dd v_i/\dd t = \sum_j (1/m^*)_{ij}F_j$ の形と比較して

$$ \begin{equation} \left(\frac{1}{m^*}\right)_{ij} = \frac{1}{\hbar^2}\frac{\partial^2\epsilon(\kk)}{\partial k_i\,\partial k_j} \label{eq:17-effmass} \end{equation} $$

∎ 有効質量の逆数が $3\times3$ の対称テンソルである(偏微分の順序交換ができるので $\partial^2\epsilon/\partial k_i\partial k_j = \partial^2\epsilon/\partial k_j\partial k_i$,したがって対称).

補足:対称性がテンソルの形を決める(第4章・第11章とのつながり)

対称テンソルは適当な主軸を取れば対角化できる.その主軸の向きは,結晶の対称性が決めてしまう——これが第4章で学んだ Neumann の原理である.

「等エネルギー面が球か回転楕円体か」という一見単なる幾何の問題が,第4章の点群と第11章の波数群の言葉で完全に決まってしまう.第II部で作った道具が,ここで直接働いている.

17.3.3 Si の伝導帯 — 6つの谷

物理的意味:なぜ谷が6つなのか — 波数の星(star of $\kk$)

Si の伝導帯の底は $\Gamma$ ではなく,$\Delta$ 線($\Gamma$ から $X$ へ向かう $\langle100\rangle$ 方向)上の $k_0 \simeq 0.85\times(2\pi/a)$ にある.ではその「谷」はいくつあるか.

第11章の言葉で答えられる.ある $\kk_0$ に対して,点群のすべての操作を施して得られる互いに異なる $\kk$ の集合を波数の星(star of $\kk$)といい,その個数は

$$ (\text{星の大きさ}) = \frac{\abs{G_0}}{\abs{G_{\kk_0}}} = \frac{\text{点群の位数}}{\text{小群の位数}} $$

で与えられる.Si の点群は $O_h$(位数48),$\Delta$ 線上の点の小群は $C_{4v}$(位数8)だから

$$ \frac{48}{8} = 6 $$

谷は6つ.$[100],[\bar100],[010],[0\bar10],[001],[00\bar1]$ の6方向である.

同じ計算を Ge でやってみる.Ge の伝導帯の底は $L$ 点($\langle111\rangle$ 方向の Brillouin 域境界)にある.$L$ 点の小群は反転を含む $D_{3d}$(位数12)だから,星の大きさは $48/12 = 4$ である.これは次の数え方と一致する.$L$ 点はゾーン境界上にあり,$L$ と $-L$ は逆格子ベクトルの差だけ離れているので同一視される.したがって $\langle111\rangle$ 方向の8つの $L$ 点は「半分ずつ」で,実質4個の完全な谷に相当する.反転を小群に含めた時点で,この同一視はすでに織り込まれているわけである.この数え方は Fermi 面の体積を数えるときに必須である(第18章).

導出:楕円体の谷の状態密度と「状態密度有効質量」

Si の1つの谷(たとえば $[001]$ 方向のもの)のエネルギーは,谷の底 $\epsilon_c$ から測って

$$ \epsilon = \frac{\hbar^2 k_1^2}{2m_t}+\frac{\hbar^2 k_2^2}{2m_t}+\frac{\hbar^2 k_3^2}{2m_l} $$

と書ける($k_3$ が谷の軸方向).等エネルギー面は回転楕円体である.この谷の状態密度を求めたい.

ステップ1:変数変換で球にする.適当な質量 $m^\dagger$ を1つ選び,

$$ k_1 = \sqrt{\frac{m_t}{m^\dagger}}\,\tilde k_1,\quad k_2 = \sqrt{\frac{m_t}{m^\dagger}}\,\tilde k_2,\quad k_3 = \sqrt{\frac{m_l}{m^\dagger}}\,\tilde k_3 $$

と置く.すると

$$ \epsilon = \frac{\hbar^2}{2m^\dagger}\left(\tilde k_1^2+\tilde k_2^2+\tilde k_3^2\right) $$

となり,$\tilde\kk$ 空間では球になる.

ステップ2:ヤコビアンを出す.体積要素は

$$ \dd^3k = \dd k_1\dd k_2\dd k_3 = \sqrt{\frac{m_t}{m^\dagger}}\sqrt{\frac{m_t}{m^\dagger}}\sqrt{\frac{m_l}{m^\dagger}}\ \dd^3\tilde k = \frac{\sqrt{m_l m_t^2}}{(m^\dagger)^{3/2}}\,\dd^3\tilde k $$

ここが計算の要である.$\dd^3k$ には $\sqrt{m_lm_t^2}$ という因子が現れる.3つの質量の幾何平均が効いている.

ステップ3:状態密度.単位体積あたりの状態数は $\dfrac{2}{(2\pi)^3}\dd^3k$(因子2はスピン)だから,$\tilde\kk$ 空間の球(自由電子と同じ形)についての標準的な結果(第14章・第15章)を使って

$$ D_{1\text{谷}}(\epsilon) = \frac{\sqrt{m_lm_t^2}}{(m^\dagger)^{3/2}}\times\frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m^\dagger}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt{\epsilon} = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2}{\hbar^2}\right)^{3/2}\left(m_lm_t^2\right)^{1/2}\sqrt{\epsilon} $$

$m^\dagger$ がきれいに消えた(当然である.$m^\dagger$ は勝手に導入した便宜的な量だから).

ステップ4:谷が $M_c$ 個ある場合.それぞれ独立に数えるので $M_c$ 倍する.これを「有効質量 $m_{de}$ の等方的なバンド1本」と同じ形

$$ D(\epsilon) = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_{de}}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt\epsilon $$

に押し込めたい.両者を等置すると $m_{de}^{3/2} = M_c(m_lm_t^2)^{1/2}$,すなわち

$$ \begin{equation} m_{de} = M_c^{2/3}\left(m_l\,m_t^{2}\right)^{1/3} \label{eq:17-mde} \end{equation} $$

∎ これを状態密度有効質量(density-of-states effective mass)という.

例題17.5 Si の状態密度有効質量を計算する

Si の伝導帯は $M_c = 6$,$m_l = 0.92m$,$m_t = 0.19m$ である.$m_{de}$ を求めよ.

解答.式 \eqref{eq:17-mde} に代入する.まず括弧の中を計算する.

$$ m_l m_t^2 = 0.92\times(0.19)^2 = 0.92\times0.0361 = 0.03321\ (\text{単位は }m^3) $$

3乗根を取る.$0.3215^3 = 0.03322$ なので

$$ \left(m_lm_t^2\right)^{1/3} = 0.3215\,m $$

次に $M_c^{2/3}$.$6^{2/3} = (6^2)^{1/3} = 36^{1/3}$ で,$3.30^3 = 35.94$ だから $36^{1/3} = 3.302$.したがって

$$ m_{de} = 3.302\times0.3215\,m = 1.062\,m \simeq 1.06\,m $$

∎ 文献値は $m_{de} = 1.08m$(低温での質量値を使うか室温値を使うかで少し変わる).よく一致する.

ここが面白いところ.Si の電子は $m_l=0.92m$,$m_t=0.19m$ と,どちらも自由電子より軽いのに,状態密度有効質量は $1.06m$ と自由電子より重い.理由は $M_c^{2/3} = 3.30$ という因子である.谷が6つあることで,同じエネルギーに収容できる状態数が6倍になり,それが「重い1本のバンド」と等価に見えるのである.

Ge でもやってみる.$M_c=4$,$m_l=1.59m$,$m_t=0.082m$:

$$ m_lm_t^2 = 1.59\times0.006724 = 0.010691,\qquad (0.010691)^{1/3} = 0.2203 $$ $$ m_{de} = 4^{2/3}\times0.2203\,m = 2.520\times0.2203\,m = 0.555\,m $$

文献値 $0.56m$.これも合う.

注意:3種類の「有効質量」を混同しない

半導体の教科書には少なくとも3つの有効質量が出てくる.用途が違うので,混ぜてはいけない.

表17.3 3種類の有効質量(Si の伝導帯電子を例に)
名前定義使う場面Si の値
主軸の有効質量$m_l$, $m_t$(テンソルの固有値)サイクロトロン共鳴,応力効果$0.92m$, $0.19m$
状態密度有効質量 $m_{de}$$M_c^{2/3}(m_lm_t^2)^{1/3}$キャリア濃度 $n$,$N_c$ の計算$1.08m$
伝導度有効質量 $m_{ce}$$\dfrac{3}{m_{ce}} = \dfrac{1}{m_l}+\dfrac{2}{m_t}$移動度 $\mu = e\tau/m_{ce}$,伝導度$0.26m$

状態密度には質量の幾何平均($\sqrt{m_lm_t^2}$,状態を「数える」のは体積だから)が,伝導度には質量の逆数の算術平均($\langle 1/m\rangle$,加速のしやすさは逆質量で決まり,3方向を平均するから)が現れる.数える量と応答する量で平均の取り方が違う,というのは物理でよく出会う構造である.

Si の伝導度有効質量を計算しておく:

$$ \frac{3}{m_{ce}} = \frac{1}{0.92m}+\frac{2}{0.19m} = \frac{1.087+10.526}{m} = \frac{11.613}{m} \quad\Longrightarrow\quad m_{ce} = \frac{3}{11.613}m = 0.258\,m $$

軽いほうの $m_t$ が支配していることに注意.伝導では「動きやすい方向」が効く.

(a) Si の伝導帯:⟨100⟩ 方向に6つの谷 Γ [100] [001] 谷の数 = |Oh| / |C4v| = 48 / 8 = 6 (第11章:波数の星の大きさ) Ge は L 点に 8 半個 = 4 個の谷 (b) 1つの谷の等エネルギー面(回転楕円体) k∥ k⊥ 長軸 ∝ √ml 短軸 ∝ √mt ε = ħ²k∥²/2ml + ħ²k⊥²/2mt ml = 0.92 m(軸方向・重い) mt = 0.19 m(垂直方向・軽い) → mde = 62/3·(ml·mt²)1/3 = 1.06 m → mce : 3/mce = 1/ml + 2/mt → 0.26 m
図17.2 (a) Si の伝導帯の底は $\Gamma$ 点ではなく $\langle100\rangle$ 方向の6箇所($k_0\simeq0.85\times2\pi/a$)にあり,それぞれが細長い回転楕円体の谷を作る.谷が6つになることは,点群 $O_h$(位数48)を $\Delta$ 線の小群 $C_{4v}$(位数8)で割ることから決まる.(b) 1つの谷を拡大したもの.軸方向は重く($m_l=0.92m$),垂直方向は軽い($m_t=0.19m$).状態密度を数えるときは幾何平均に $6^{2/3}$ を掛けた $m_{de}=1.06m$,伝導度を計算するときは逆数の算術平均 $m_{ce}=0.26m$ を使う.用途によって使う質量が違うことに注意.

なぜ:ギャップが小さい半導体ほど有効質量が小さい

表17.4を見ると,$E_g$ と $m_e^*$ のあいだにはっきりした相関がある.これは偶然ではない.

2バンド模型($\bm k\cdot\bm p$ 摂動論)では,伝導帯の有効質量が

$$ \frac{m}{m_e^*} = 1 + \frac{2P^2}{m\,E_g}, \qquad P = \bra{u_c}\hat p_x\ket{u_v}\ \text{(バンド間の運動量行列要素)} $$

と表される.$P$ は物質によらずほぼ一定($2P^2/m \simeq 20\,\mathrm{eV}$)なので,$E_g$ が小さいほど右辺第2項が大きくなり,$m_e^*$ が小さくなる.

直観的には,第16章の描像で理解できる.ギャップは,価電子帯と伝導帯が「反発」してできる.反発が弱い($E_g$ 小)ということは,2つのバンドが接近して急峻に曲がっているということで,曲率が大きい=軽い,となる.ギャップの大きさとバンドの曲率は同じ物理の裏表である.

表17.4 $E_g$ と伝導帯有効質量の相関($\Gamma$ 点の値)
物質$E_g$ / eV$m_e^*/m$$2P^2/m$ から予想される値
$\mathrm{InSb}$0.170.0140.0085
$\mathrm{InAs}$0.360.0230.018
$\mathrm{InP}$1.350.0770.068
$\mathrm{GaAs}$1.430.0670.072
$\mathrm{GaN}$3.40.200.17

(右列は,$E_g \ll 2P^2/m$ の極限で $m/m^* = 1+20\,\mathrm{eV}/E_g \simeq 20\,\mathrm{eV}/E_g$,すなわち $m^*/m \simeq E_g/(20\,\mathrm{eV})$ と簡略化して計算した値である.$\pm50\%$ 程度で合っている.粗い模型としては上出来である.)

この相関には実用上の意味がある.$\mathrm{InSb}$ の電子は $m^*=0.014m$ ときわめて軽いので,移動度が $77000\,\mathrm{cm^2/Vs}$ という異常な値になり,赤外線検出器や磁気センサに使われる.逆に $\mathrm{TiO_2}$ のような酸化物は $m^*$ が大きく(しかも小さいポーラロンを作り),移動度が $1\,\mathrm{cm^2/Vs}$ 程度しかない.

17.4 正孔 — 符号をひとつずつ導く

ほとんど満たされた価電子帯の話をしよう.$10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$ 個の電子のうち $10^{16}$ 個が抜けている,という状況である.$10^{22}$ 個の電子を全部追いかけるのは不可能だが,幸いなことに,抜けた穴のほうを1個の粒子として扱えばよい.この粒子を正孔(hole)という.

正孔の性質は,覚えるものではなく,導くものである.以下,5つの関係をすべて「満ちたバンドは電流を運ばない」という1点から導く.

17.4.1 出発点:満ちたバンドは電流も運動量も運ばない

導出:完全に満たされたバンドの全電流と全波数はゼロ

時間反転対称性(および結晶が反転対称なら空間反転対称性)から,バンド構造は

$$ \epsilon_n(-\kk) = \epsilon_n(\kk) $$

を満たす.両辺を $\kk$ で微分すると,左辺の微分は連鎖律で $-\nabla_\kk\epsilon_n\big|_{-\kk}$ になるから

$$ -\left.\nabla_\kk\epsilon_n\right|_{-\kk} = \left.\nabla_\kk\epsilon_n\right|_{\kk} \qquad\Longrightarrow\qquad \vv(-\kk) = -\vv(\kk) $$

速度は $\kk$ について奇関数である.Brillouin 域は原点対称なので,$\kk$ と $-\kk$ は必ずペアで存在する.したがって,バンドの全状態にわたる和では両者が打ち消し合い

$$ \begin{equation} \sum_{\kk\in \text{BZ 全体}}\vv(\kk) = 0, \qquad \sum_{\kk\in \text{BZ 全体}}\kk = 0 \label{eq:17-fullband} \end{equation} $$

∎ 電流は $\jj = (-e)\sum\vv/V$ なので,完全に満たされたバンドは電流を運ばない.第16章で「満ちたバンドは絶縁体」と述べた根拠がこれである.

電場をかけても事情は変わらない.式 \eqref{eq:17-eom} により,すべての電子の $\kk$ が同じ速度 $\dot\kk = -e\EE/\hbar$ で平行移動するが,満ちたバンドでは移動した先も必ず占有されているので(Brillouin 域からはみ出した分は反対側から戻ってくる),分布はまったく変わらない.

17.4.2 正孔の5つの性質を導く

導出1:$\kk_h = -\kk_e$(波数の符号)

満ちたバンドから,波数 $\kk_e$ の電子を1個だけ取り除く.残った系の全波数は,式 \eqref{eq:17-fullband} を使って

$$ \kk_{\text{全体}} = \underbrace{\sum_{\text{全 }\kk}\kk}_{=\,0} - \kk_e = -\kk_e $$

この「残った系の全波数」を,正孔という1個の粒子の波数だと解釈する.すなわち

$$ \begin{equation} \kk_h = -\kk_e \label{eq:17-hole-k} \end{equation} $$

∎ 正孔の波数は,抜けた電子の波数の符号を反転したものである.

気をつけたいのは,これは「正孔がそこにいる」という話ではないことである.正孔は $10^{22}$ 個の電子の集団運動につけた名前であって,$\kk_h$ はその集団が持つ全波数のことである.

導出2:$q_h = +e$ と $\vv_h = \vv_e$(電荷と速度)

電子を1個取り除いた系の全電流を計算する.電子の電荷は $-e$ だから

$$ \jj = \frac{-e}{V}\sum_{\kk \ne \kk_e}\vv(\kk) = \frac{-e}{V}\left[\underbrace{\sum_{\text{全 }\kk}\vv(\kk)}_{=\,0} - \vv(\kk_e)\right] = \frac{-e}{V}\bigl[-\vv(\kk_e)\bigr] = \frac{+e}{V}\,\vv(\kk_e) $$

すなわち

$$ \begin{equation} \jj = \frac{(+e)\,\vv(\kk_e)}{V} \qquad\Longrightarrow\qquad q_h = +e,\quad \vv_h = \vv_e = \vv(\kk_e) \label{eq:17-hole-q} \end{equation} $$

∎ この1行が正孔の概念の核心である.「電子が1個足りない満ちたバンド」の電流は,「電荷 $+e$ を持ち,抜けた電子と同じ速度で動く粒子1個」の電流とまったく同じである.

注意すべき点が2つある.

導出3:$\epsilon_h(\kk_h) = -\epsilon_e(\kk_e)$(エネルギーの符号)

系の全エネルギーを考える.満ちたバンドの全エネルギーを $E_0 = \sum_{\text{全}\kk}\epsilon_e(\kk)$ とする.$\kk_e$ の電子を取り除いた系のエネルギーは

$$ E = E_0 - \epsilon_e(\kk_e) $$

この系を「真空(=満ちたバンド,エネルギー $E_0$)+正孔1個」とみなすなら,正孔のエネルギーは

$$ \epsilon_h = E - E_0 = -\epsilon_e(\kk_e) $$

式 \eqref{eq:17-hole-k} を使って $\kk_e = -\kk_h$ と書き直せば

$$ \begin{equation} \epsilon_h(\kk_h) = -\epsilon_e(-\kk_h) = -\epsilon_e(\kk_h) \label{eq:17-hole-e} \end{equation} $$

(最後の等号で $\epsilon_e(-\kk)=\epsilon_e(\kk)$ を使った.)∎

この式は何を言っているのか.「正孔のエネルギー地形は,電子のエネルギー地形を上下ひっくり返したものである」ということである.価電子帯は上に凸(頂上が最大)だから,ひっくり返すと下に凸になる.すなわち

だから「正孔は浮き上がる」.バンド図の上で,電子は下に落ち,正孔は上に浮く.水中の泡と同じである.泡は「水が1個分ないところ」だが,あたかも負の質量を持つ物体のように浮上する.

導出4:正孔の運動方程式は $\hbar\dot\kk_h = +e(\EE+\vv_h\times\BB)$

電子の運動方程式(式 \eqref{eq:17-eom})は

$$ \hbar\dot\kk_e = -e\left(\EE+\vv_e\times\BB\right) $$

両辺に $-1$ を掛ける.左辺は $-\hbar\dot\kk_e = \hbar\dot{(-\kk_e)} = \hbar\dot\kk_h$(式 \eqref{eq:17-hole-k} を時間微分した).右辺は $+e(\EE+\vv_e\times\BB)$ で,ここに $\vv_e = \vv_h$(式 \eqref{eq:17-hole-q})を代入する:

$$ \begin{equation} \hbar\frac{\dd\kk_h}{\dd t} = +e\left(\EE+\vv_h\times\BB\right) \label{eq:17-hole-eom} \end{equation} $$

∎ 電荷 $+e$ の普通の粒子の運動方程式そのものである.正孔は,電場に対して伝導帯の電子($m^*>0$)とは逆向きに加速される.ここで比べる相手が伝導帯の電子であることに注意してほしい.同じ価電子帯の頂上にいる電子は $m_e<0$ なので,$a = (-e)\EE/m_e = +e\EE/\abs{m_e}$ となって正孔と同じ向きに加速される.だからこそ導出2の $\vv_h=\vv_e$ が,時間が経っても保たれるのである.

導出5:$m_h = -m_e > 0$(質量の符号)

有効質量の定義(式 \eqref{eq:17-effmass})を正孔について書くと

$$ \left(\frac{1}{m_h}\right)_{ij} = \frac{1}{\hbar^2}\frac{\partial^2\epsilon_h}{\partial k_{h,i}\partial k_{h,j}} $$

ここに $\epsilon_h = -\epsilon_e$ と $\kk_h = -\kk_e$ を代入する.分母の $\kk_h$ による微分を2回行うので $(-1)^2 = +1$,分子の $\epsilon_h$ からは $(-1)$ が出る:

$$ \left(\frac{1}{m_h}\right)_{ij} = \frac{1}{\hbar^2}\frac{\partial^2(-\epsilon_e)}{\partial(-k_{e,i})\partial(-k_{e,j})} = \frac{(-1)}{(-1)^2}\cdot\frac{1}{\hbar^2}\frac{\partial^2\epsilon_e}{\partial k_{e,i}\partial k_{e,j}} = -\left(\frac{1}{m_e}\right)_{ij} $$

すなわち

$$ \begin{equation} m_h = -m_e \label{eq:17-hole-m} \end{equation} $$

∎ 価電子帯の頂上では,バンドは上に凸だから $\partial^2\epsilon_e/\partial k^2 < 0$,したがって $m_e < 0$.よって

$$ m_h = -m_e > 0 $$

正孔の質量は正である.「負の質量の電子」という気持ち悪い概念が,「正の質量・正の電荷を持つ普通の粒子」に化ける.これが正孔を導入する最大のご利益である.

表17.5 電子と正孔の対応表(すべて上の5つの導出から出る)
量電子(価電子帯の頂上付近)正孔関係導出
波数$\kk_e$$\kk_h$$\kk_h = -\kk_e$全波数がゼロ
エネルギー$\epsilon_e(\kk_e)$$\epsilon_h(\kk_h)$$\epsilon_h = -\epsilon_e$取り除いたエネルギー
速度$\vv_e$$\vv_h$$\vv_h = +\vv_e$全電流の残り
電荷$-e$$+e$符号反転全電流の残り
有効質量$m_e < 0$$m_h > 0$$m_h = -m_e$2階微分の符号
運動方程式$\hbar\dot\kk_e = -e(\EE+\vv\times\BB)$$\hbar\dot\kk_h = +e(\EE+\vv\times\BB)$符号反転導出4
電場中での加速$\EE$ と同じ向き($m_e<0$ なので力と逆向きに加速される)$\EE$ と同じ向き両者は同じ向き$q/m>0$
Hall 係数$R_H = -1/(ne)<0$$R_H = +1/(pe)>0$符号反転17.9節

第15章の謎の解決 — なぜ Be や Zn の Hall 係数は正なのか

第15章で自由電子模型から Hall 係数を導き,$R_H = -1/(ne)$ という結果を得た.電子の電荷が負なのだから $R_H$ は必ず負のはずである.ところが実測では,$\mathrm{Be}$,$\mathrm{Zn}$,$\mathrm{Cd}$,$\mathrm{Al}$(高磁場)などで $R_H > 0$ になる.これは自由電子模型では絶対に説明できない.

いま答えが出た.これらの金属では,Fermi 面のかなりの部分がほとんど満たされたバンドにあり,そこでのキャリアは正孔だからである.正孔は電荷 $+e$,質量 $m_h>0$ を持つ立派な正電荷キャリアなので,$R_H = +1/(pe) > 0$ になる.

$\mathrm{Be}$ は2価金属で,単純に数えれば価電子帯がちょうど満たされて絶縁体になるはずである.実際にはバンドが重なるため,第2バンドにわずかな電子が入り,第1バンドにわずかな正孔が残る(第18章の Harrison 構成で作図する).この正孔が支配的なので $R_H>0$ になる.

「Hall 係数の符号がキャリアの符号を教えてくれる」というのは,自由電子模型では自明でも面白くもない主張だったが,バンド理論のもとではFermi 面がバンドのどのあたりにあるかを教えてくれる強力な実験手段に変わる.この視点で第18章の Fermi 面を読むとよい.

17.4.3 実際の価電子帯 — 重い正孔と軽い正孔

物理的意味:$\Gamma$ 点の縮退と,それが解ける仕組み(第10章・第11章との接続)

Si,Ge,GaAs の価電子帯の頂上は,いずれも $\Gamma$ 点にある.ここで縮退が起こる.

これらの結晶の価電子帯の頂上は,原子の $p$ 軌道($p_x,p_y,p_z$)から作られている.$\Gamma$ 点の小群は $O_h$(Si, Ge)または $T_d$(GaAs)で,$p$ 軌道の3つは既約表現 $\Gamma_{25'}$($T_{2g}$ 系,Si・Ge)あるいは $\Gamma_{15}$($T_2$,GaAs)を張る.3次元既約表現なので3重縮退である.第10章で $d$ 軌道の結晶場分裂を計算したのとまったく同じ論法である.

スピンを入れると $3\times2 = 6$ 重縮退になるが,スピン軌道相互作用が入ると,この6重項が

$$ \Gamma_8\ (J=3/2,\ \text{4重})\ \oplus\ \Gamma_7\ (J=1/2,\ \text{2重}) $$

に分裂する.分裂幅 $\Delta_{\text{so}}$ は原子番号とともに急速に大きくなる:Si で $44\,\mathrm{meV}$,Ge で $290\,\mathrm{meV}$,GaAs で $340\,\mathrm{meV}$.

$\Gamma_8$ の4重項はさらに,$\kk\ne0$ では曲率の違う2本に分かれる:

$\Gamma_7$ はスピン軌道分裂帯(split-off band, so)と呼ばれ,$\Delta_{\text{so}}$ だけ下にあるので,室温のキャリアにはあまり寄与しない.

したがって正孔は少なくとも2種類ある.状態密度を計算するときは両方を足さなければならない.谷が複数ある伝導帯(17.3節)と同じ事情である.

導出:正孔の状態密度有効質量 $m_{dh}$

重い正孔と軽い正孔は,それぞれ独立な放物線帯として状態を提供する.状態密度は $D\propto m^{3/2}\sqrt\epsilon$ の形なので,単純に足せばよい:

$$ D_v(\epsilon)\propto \left(m_{hh}^{3/2}+m_{lh}^{3/2}\right)\sqrt{\epsilon} $$

これを「1本のバンド,有効質量 $m_{dh}$」の形 $m_{dh}^{3/2}\sqrt\epsilon$ に押し込めると

$$ \begin{equation} m_{dh} = \left(m_{hh}^{3/2}+m_{lh}^{3/2}\right)^{2/3} \label{eq:17-mdh} \end{equation} $$

∎ Si について計算する.$m_{hh}=0.49m$,$m_{lh}=0.16m$:

$$ m_{hh}^{3/2} = 0.49\times\sqrt{0.49} = 0.49\times0.700 = 0.343 $$ $$ m_{lh}^{3/2} = 0.16\times\sqrt{0.16} = 0.16\times0.400 = 0.064 $$ $$ m_{dh} = (0.343+0.064)^{2/3} = (0.407)^{2/3} $$

$\ln0.407 = -0.899$,$\times\frac23 = -0.599$,$\ee^{-0.599}=0.549$ なので

$$ m_{dh} = 0.55\,m $$

文献値 $0.55$–$0.59m$.よく合う.重い正孔がほとんど($0.343/0.407 = 84\%$)を担っていることがわかる.状態密度では重いほうが勝ち,伝導度では軽いほうが勝つ.

表17.6 主要半導体の有効質量($m$ は自由電子質量.300 K)
物質伝導帯の底谷の数 $M_c$$m_l$ / $m_t$$m_{de}$$m_{hh}$ / $m_{lh}$$m_{dh}$
$\mathrm{Si}$$\Delta$($\langle100\rangle$)6$0.92$ / $0.19$$1.08$$0.49$ / $0.16$$0.55$
$\mathrm{Ge}$$L$($\langle111\rangle$)4$1.59$ / $0.082$$0.56$$0.33$ / $0.043$$0.37$
$\mathrm{GaAs}$$\Gamma$1等方 $0.067$$0.067$$0.45$ / $0.082$$0.47$
$\mathrm{InSb}$$\Gamma$1等方 $0.014$$0.014$$0.40$ / $0.016$$0.40$
$\mathrm{GaN}$$\Gamma$1等方 $0.20$$0.20$$1.4$ / $0.3$$1.5$

表の $m_{dh}$ は,Si・GaAs・InSb・GaN については左隣の $m_{hh}$,$m_{lh}$ を式 \eqref{eq:17-mdh} に入れた値と一致する.Ge の $0.37$ だけは 300 K の文献値で,式に $0.33$ と $0.043$ を入れると $0.34$ になる.例題17.5 の $m_{de}$(計算値 $1.06m$/文献値 $1.08m$)と同じく,計算値と文献値のわずかなずれである.

例題17.6 サイクロトロン共鳴で有効質量を測る

磁場 $\BB$ 中で電子は円運動する.その角振動数(サイクロトロン振動数)$\omega_c$ を求め,$m^*=0.2m$,$B=0.1\,\mathrm{T}$ での周波数を計算せよ.また,共鳴を観測するために必要な条件を述べよ.

解答.式 \eqref{eq:17-eom} で $\EE=0$ とすると

$$ \hbar\dot\kk = -e\,\vv\times\BB $$

$\vv = \hbar\kk/m^*$(放物線帯を仮定)を使えば $\hbar\dot\kk = m^*\dot\vv$ なので

$$ m^*\frac{\dd\vv}{\dd t} = -e\,\vv\times\BB $$

$\BB = B\hat z$ とすると,成分で書いて

$$ m^*\dot v_x = -eBv_y,\qquad m^*\dot v_y = +eBv_x $$

第1式をもう一度時間微分して第2式を代入すると

$$ m^*\ddot v_x = -eB\dot v_y = -eB\cdot\frac{eB}{m^*}v_x \qquad\Longrightarrow\qquad \ddot v_x = -\left(\frac{eB}{m^*}\right)^2 v_x $$

単振動の方程式である.したがって

$$ \begin{equation} \omega_c = \frac{eB}{m^*} \label{eq:17-cyclotron} \end{equation} $$

数値を入れる.$m^* = 0.2\times9.109\times10^{-31} = 1.822\times10^{-31}\,\mathrm{kg}$:

$$ \omega_c = \frac{(1.602\times10^{-19})(0.1)}{1.822\times10^{-31}} = 8.79\times10^{10}\ \mathrm{rad/s} $$ $$ f_c = \frac{\omega_c}{2\pi} = 1.40\times10^{10}\,\mathrm{Hz} = 14\ \mathrm{GHz} $$

マイクロ波である.実験ではマイクロ波を照射しながら磁場を掃引し,吸収が起こる磁場から $m^*$ を決める.

観測条件.電子が1周する前に散乱されてはいけないので

$$ \omega_c\tau > 1 $$

$\omega_c = 8.79\times10^{10}$ なら $\tau > 1.1\times10^{-11}\,\mathrm{s}$ が必要.室温の $\tau\sim2\times10^{-13}\,\mathrm{s}$ ではまったく足りない.だからサイクロトロン共鳴は極低温($4\,\mathrm{K}$)でしか観測できない.Dresselhaus, Kip, Kittel が1955年に Si と Ge でこれを行い,$m_l$ と $m_t$ を初めて決定した.磁場の向きを結晶軸に対して回すと共鳴磁場が変化し,その角度依存性から楕円体の形($m_l$ と $m_t$ の両方)が読み取れる.有効質量が本当にテンソルであることを実証した歴史的な実験である.∎

17.5 真性キャリア濃度と質量作用の法則

不純物のまったくない半導体を真性半導体(intrinsic semiconductor)という.ここでは,有限温度でどれだけのキャリアが熱励起されるかを,状態密度と Fermi–Dirac 分布から完全に計算する.Kittel の第8章で最も式が飛ぶところだが,実際にやってみると,必要な積分はたった1つである.

17.5.1 出発点をそろえる

記号の約束

第15章で導いた Fermi–Dirac 分布

$$ f(\epsilon) = \frac{1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} $$

と,第14章・第15章で導いた3次元放物線帯の状態密度

$$ D_c(\epsilon) = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_e^*}{\hbar^2}\right)^{3/2}\left(\epsilon-\epsilon_c\right)^{1/2} \qquad(\epsilon \ge \epsilon_c) $$

を出発点とする.$m_e^*$ には状態密度有効質量 $m_{de}$ を使う(17.3節).

17.5.2 Boltzmann 近似

導出:なぜ Fermi–Dirac を Boltzmann で置き換えてよいのか

伝導帯の電子について考える.$\epsilon \ge \epsilon_c$ の範囲だから,$\epsilon - \mu \ge \epsilon_c-\mu$ である.もし

$$ \epsilon_c - \mu \gg k_BT $$

ならば,分母の指数関数が1よりずっと大きくなり,$+1$ を無視できる:

$$ f(\epsilon) = \frac{1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} \;\simeq\; \frac{1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}} = \ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT} $$

これがBoltzmann 近似である.この近似が使える半導体を非縮退半導体(nondegenerate semiconductor)という.

条件を数値で確認する.真性 Si では後で見るように $\mu$ はほぼギャップの中央にあるから

$$ \epsilon_c - \mu \simeq \frac{E_g}{2} = \frac{1.11}{2} = 0.555\ \mathrm{eV} $$

室温の $k_BT = 0.0259\,\mathrm{eV}$ で割ると

$$ \frac{\epsilon_c-\mu}{k_BT} = \frac{0.555}{0.0259} = 21.4 $$

したがって $\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT} \ge \ee^{21.4} = 2\times10^9$.$+1$ は10億分の1の補正であり,完全に無視してよい.∎

破綻するのはいつか.ドーピングを強くすると $\mu$ が $\epsilon_c$ に近づく.$n = 10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}}$ のとき,後で導く式から $\epsilon_c-\mu = k_BT\ln(N_c/n) = 0.0259\times\ln(2.82) = 0.027\,\mathrm{eV} = 1.0\,k_BT$ となり,条件が破れる.$\mu$ が $\epsilon_c$ より上に来ることさえある.これを縮退半導体(degenerate semiconductor)といい,実質的に金属のように振る舞う.ITO のような透明導電膜,トンネルダイオード,オーミック接触層はいずれも縮退半導体である.その場合は Boltzmann 近似が使えず,Fermi–Dirac 積分 $F_{1/2}$ を数値的に扱う必要がある.

17.5.3 電子密度 $n$ の導出

導出:$n = N_c\,\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT}$(本章で2番目に重要な導出)

伝導帯にある電子の数密度は,「状態の数」×「そこが占有されている確率」を全エネルギーで足したものである:

$$ n = \int_{\epsilon_c}^{\infty} D_c(\epsilon)\,f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$

ステップ1:中身を代入する.状態密度と Boltzmann 近似を入れて

$$ n = \int_{\epsilon_c}^{\infty} \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_e^*}{\hbar^2}\right)^{3/2}(\epsilon-\epsilon_c)^{1/2} \;\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}\,\dd\epsilon $$

ステップ2:指数関数を分解する.ここが計算の要である.指数の肩を,積分変数に依存する部分と依存しない部分に分ける:

$$ -\frac{\epsilon-\mu}{k_BT} = -\frac{(\epsilon-\epsilon_c)+(\epsilon_c-\mu)}{k_BT} = -\frac{\epsilon-\epsilon_c}{k_BT}-\frac{\epsilon_c-\mu}{k_BT} $$

指数法則 $\ee^{A+B}=\ee^A\ee^B$ により

$$ \ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT} = \ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT}\cdot\ee^{-(\epsilon-\epsilon_c)/k_BT} $$

第1因子は $\epsilon$ を含まないので,積分の外に出せる:

$$ n = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_e^*}{\hbar^2}\right)^{3/2}\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT} \int_{\epsilon_c}^{\infty}(\epsilon-\epsilon_c)^{1/2}\,\ee^{-(\epsilon-\epsilon_c)/k_BT}\,\dd\epsilon $$

ステップ3:無次元化する.

$$ x \equiv \frac{\epsilon-\epsilon_c}{k_BT} \qquad\Longrightarrow\qquad \epsilon-\epsilon_c = k_BT\,x,\quad \dd\epsilon = k_BT\,\dd x $$

積分範囲は $\epsilon:\epsilon_c\to\infty$ が $x:0\to\infty$ に移る.被積分関数は

$$ (\epsilon-\epsilon_c)^{1/2}\dd\epsilon = (k_BT)^{1/2}x^{1/2}\cdot k_BT\,\dd x = (k_BT)^{3/2}x^{1/2}\dd x $$

したがって

$$ n = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_e^*}{\hbar^2}\right)^{3/2}(k_BT)^{3/2}\,\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT} \underbrace{\int_0^\infty x^{1/2}\ee^{-x}\dd x}_{\displaystyle = I} $$

ステップ4:積分 $I$ を実行する.これはガンマ関数 $\Gamma(z)=\int_0^\infty x^{z-1}\ee^{-x}\dd x$ の $z=3/2$ の場合である:

$$ \begin{equation} I = \int_0^{\infty}\sqrt{x}\,\ee^{-x}\,\dd x = \Gamma\!\left(\frac32\right) = \frac12\Gamma\!\left(\frac12\right) = \frac{\sqrt\pi}{2} \label{eq:17-gamma} \end{equation} $$

($\Gamma(z+1)=z\Gamma(z)$ と $\Gamma(1/2)=\sqrt\pi$ を使った.$\Gamma(1/2)=\sqrt\pi$ 自体は $x=t^2$ と置いて Gauss 積分 $\int_{-\infty}^\infty \ee^{-t^2}\dd t=\sqrt\pi$ に帰着する.付録A参照.)

ステップ5:整理する.

$$ n = \frac{1}{2\pi^2}\cdot\frac{2^{3/2}(m_e^*)^{3/2}(k_BT)^{3/2}}{\hbar^3}\cdot\frac{\sqrt\pi}{2}\;\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT} $$

数係数をまとめる.$\dfrac{2^{3/2}\sqrt\pi}{4\pi^2} = \dfrac{2.8284\times1.7725}{39.478} = 0.12700$ である.一方

$$ \frac{2}{(2\pi)^{3/2}} = \frac{2}{15.749} = 0.12700 $$

で一致する.したがって $n$ は次のようにきれいな形にまとまる:

$$ \begin{equation} n = 2\left(\frac{m_e^*k_BT}{2\pi\hbar^{2}}\right)^{3/2}\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT} \;\equiv\; N_c\,\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT} \label{eq:17-n} \end{equation} $$

∎ ここで

$$ N_c \equiv 2\left(\frac{m_e^*k_BT}{2\pi\hbar^{2}}\right)^{3/2} = 2\left(\frac{2\pi m_e^*k_BT}{h^{2}}\right)^{3/2} $$

を伝導帯の有効状態密度(effective density of states)という.

物理的意味:$N_c$ とは何か — 熱的 de Broglie 波長

$N_c$ の形をよく見ると,熱的 de Broglie 波長

$$ \Lambda = \frac{h}{\sqrt{2\pi m^*k_BT}} $$

を使って $N_c = 2/\Lambda^3$ と書ける.すなわち$N_c$ は「熱的 de Broglie 波長の立方体1個あたりに2状態(スピン2つ)」という密度である.

数値を出しておく.$m^*=m$,$T=300\,\mathrm{K}$ で

$$ \Lambda = \frac{6.626\times10^{-34}}{\sqrt{2\pi\times9.109\times10^{-31}\times1.381\times10^{-23}\times300}} = 4.30\times10^{-9}\,\mathrm{m} = 4.3\,\mathrm{nm} $$ $$ N_c = \frac{2}{(4.30\times10^{-9})^3} = 2.51\times10^{25}\,\mathrm{m^{-3}} = 2.51\times10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}} $$

この $2.51\times10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}}$ は,$m^*=m$・$300\,\mathrm{K}$ の基準値として覚えておくとよい.一般には

$$ \begin{equation} N_c = 2.51\times10^{19}\ \mathrm{cm^{-3}}\times\left(\frac{m^*_{e}}{m}\right)^{3/2}\left(\frac{T}{300\,\mathrm{K}}\right)^{3/2} \label{eq:17-Nc-num} \end{equation} $$

で計算できる.$N_c\propto T^{3/2}$ であることに注意.この $T^{3/2}$ が後で $\ln n$ vs $1/T$ プロットをわずかに曲げる原因になる.

式 \eqref{eq:17-n} が言っていること.「伝導帯には実質 $N_c$ 個の状態が $\epsilon_c$ に集まっていて,そこが Boltzmann 因子で占有されている」と読める.つまり連続的に広がった伝導帯を,$\epsilon_c$ に置かれた $N_c$ 個の縮退準位で置き換えてよいということである.これで話がぐっと単純になる.

17.5.4 正孔密度 $p$ の導出

導出:$p = N_v\,\ee^{-(\mu-\epsilon_v)/k_BT}$

正孔は「電子がいない状態」なので,確率は $1-f(\epsilon)$ で与えられる.まずこれを計算する:

$$ 1-f(\epsilon) = 1-\frac{1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} = \frac{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1-1}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} = \frac{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}}{\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1} $$

分子・分母を $\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}$ で割ると

$$ 1-f(\epsilon) = \frac{1}{1+\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}} = \frac{1}{\ee^{(\mu-\epsilon)/k_BT}+1} $$

きれいな結果である.$1-f$ は,$\epsilon-\mu$ の符号を反転させた Fermi 分布そのものである.電子と正孔の対称性がここにも現れている.

価電子帯では $\epsilon \le \epsilon_v$ なので,$\mu-\epsilon \ge \mu-\epsilon_v \gg k_BT$(非縮退の仮定)が成り立ち,やはり Boltzmann 近似が使える:

$$ 1-f(\epsilon)\simeq \ee^{-(\mu-\epsilon)/k_BT} $$

価電子帯の状態密度は,頂上から下向きに広がるので

$$ D_v(\epsilon) = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_h^*}{\hbar^2}\right)^{3/2}(\epsilon_v-\epsilon)^{1/2} \qquad(\epsilon\le\epsilon_v) $$

したがって

$$ p = \int_{-\infty}^{\epsilon_v}D_v(\epsilon)\bigl[1-f(\epsilon)\bigr]\dd\epsilon $$

指数を同じように分解する:

$$ -\frac{\mu-\epsilon}{k_BT} = -\frac{(\mu-\epsilon_v)+(\epsilon_v-\epsilon)}{k_BT} $$

$x \equiv (\epsilon_v-\epsilon)/k_BT$ と置くと($\epsilon$ が下がると $x$ が増える),$\dd\epsilon = -k_BT\dd x$ で,積分範囲 $\epsilon:-\infty\to\epsilon_v$ は $x:\infty\to0$ に移る.マイナス符号と積分範囲の反転が相殺して

$$ p = \frac{1}{2\pi^2}\left(\frac{2m_h^*}{\hbar^2}\right)^{3/2}(k_BT)^{3/2}\ee^{-(\mu-\epsilon_v)/k_BT}\int_0^\infty\sqrt{x}\,\ee^{-x}\dd x $$

まったく同じ積分 \eqref{eq:17-gamma} が現れる.したがって

$$ \begin{equation} p = 2\left(\frac{m_h^*k_BT}{2\pi\hbar^{2}}\right)^{3/2}\ee^{-(\mu-\epsilon_v)/k_BT} \;\equiv\; N_v\,\ee^{-(\mu-\epsilon_v)/k_BT} \label{eq:17-p} \end{equation} $$

∎ 完全に $n$ と対称な形である.$m_h^*$ には正孔の状態密度有効質量 $m_{dh}$(式 \eqref{eq:17-mdh})を使う.

真性半導体の状態密度・Fermi分布・キャリア分布.(a) 状態密度は伝導帯の底 εc と価電子帯の頂上 εv から √ で立ち上がり,ギャップ内は 0.(b) 分布関数 f は μ で 1/2.(c) 状態密度と分布関数の積が帯端の近くにだけ細く分布する.
図17.3 真性半導体のキャリア分布.(a) 状態密度は帯端から $\sqrt{\ }$ で立ち上がる.ギャップの中には状態がない.(b) 分布関数は $\mu$ を境に急変するが,帯端まで距離があるので,伝導帯・価電子帯の中では単なる指数関数(Boltzmann 分布)とみなせる.(c) 両者の積が実際のキャリア分布であり,その面積が濃度 $n$, $p$ である.増加する $\sqrt{\epsilon}$ と減少する $\ee^{-\epsilon/k_BT}$ の積なので,帯端からわずかに離れた位置($\epsilon-\epsilon_c = k_BT/2$)にピークを持つ細い分布になる.キャリアは帯端のごく近傍にしかいない——これが放物線近似で十分な理由である.

17.5.5 質量作用の法則

導出:$np = n_i^2$($\mu$ が消える魔法)

式 \eqref{eq:17-n} と式 \eqref{eq:17-p} を掛け合わせる.

$$ np = N_cN_v\;\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT}\cdot\ee^{-(\mu-\epsilon_v)/k_BT} $$

指数の肩を足し算する.ここで $\mu$ が消える:

$$ -\frac{(\epsilon_c-\mu)+(\mu-\epsilon_v)}{k_BT} = -\frac{\epsilon_c-\epsilon_v}{k_BT} = -\frac{E_g}{k_BT} $$

したがって

$$ np = N_cN_v\,\ee^{-E_g/k_BT} $$

$N_c$,$N_v$ を書き下すと

$$ \begin{equation} np = 4\left(\frac{k_BT}{2\pi\hbar^{2}}\right)^{3}\left(m_e^*m_h^*\right)^{3/2}\ee^{-E_g/k_BT} \;\equiv\; n_i^{2} \label{eq:17-massaction} \end{equation} $$

∎ これを質量作用の法則(law of mass action)という.化学平衡 $\mathrm{A}+\mathrm{B}\rightleftharpoons\mathrm{AB}$ の平衡定数と同じ構造をしている.実際,電子と正孔の生成消滅

$$ \text{(結合した電子)} \rightleftharpoons e^- + h^+ $$

という「化学反応」の平衡定数が $n_i^2$ にあたる.

物理的意味:$\mu$ が消えたことの重大さ

式 \eqref{eq:17-massaction} には $\mu$ が入っていない.これは決定的に重要である.$\mu$ はドーピングによって大きく動く量だが,$np$ という積はドーピングによらず,温度と物質だけで決まるということを意味している.

使い方の例を挙げよう.Si に $N_D = 10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ のドナーを入れると,室温では $n \simeq 10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ になる.このとき正孔は何個か.式 \eqref{eq:17-massaction} を使えば一瞬で答えが出る:

$$ p = \frac{n_i^2}{n} = \frac{(1.0\times10^{10})^2}{10^{16}} = \frac{10^{20}}{10^{16}} = 1.0\times10^{4}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

電子 $10^{16}$ 個に対して正孔は $10^4$ 個.12桁の差である.$n$ を多数キャリア(majority carrier),$p$ を少数キャリア(minority carrier)という.ドーピングとは,この2つのあいだに巨大な非対称性を作り出す操作にほかならない.

ただし注意が必要である.少数キャリアが12桁少ないからといって無視してよいわけではない.バイポーラトランジスタ,pn 接合,太陽電池,LED——どれも動作原理の中心は少数キャリアの注入と拡散である.「数は少ないが効きは大きい」ものを扱うのが半導体デバイス工学である.

17.5.6 真性半導体の化学ポテンシャル

導出:$\mu_i = \dfrac{\epsilon_c+\epsilon_v}{2}+\dfrac34 k_BT\ln\dfrac{m_h^*}{m_e^*}$

真性半導体では,電子は価電子帯から上がってきたものしかないので,必ず $n=p$ である.この条件から $\mu$ を決める.

式 \eqref{eq:17-n} と \eqref{eq:17-p} を等置する:

$$ N_c\,\ee^{-(\epsilon_c-\mu)/k_BT} = N_v\,\ee^{-(\mu-\epsilon_v)/k_BT} $$

両辺の自然対数を取る.$\ln(AB)=\ln A+\ln B$ を使って

$$ \ln N_c - \frac{\epsilon_c-\mu}{k_BT} = \ln N_v - \frac{\mu-\epsilon_v}{k_BT} $$

$\mu$ を含む項を左辺に,それ以外を右辺に集める:

$$ \frac{\mu}{k_BT}+\frac{\mu}{k_BT} = \frac{\epsilon_c}{k_BT}+\frac{\epsilon_v}{k_BT}+\ln\frac{N_v}{N_c} $$ $$ \frac{2\mu}{k_BT} = \frac{\epsilon_c+\epsilon_v}{k_BT}+\ln\frac{N_v}{N_c} $$

両辺に $k_BT/2$ を掛けて

$$ \mu = \frac{\epsilon_c+\epsilon_v}{2}+\frac{k_BT}{2}\ln\frac{N_v}{N_c} $$

ここで $N_c\propto (m_e^*)^{3/2}$,$N_v\propto(m_h^*)^{3/2}$ なので,比を取ると温度依存部分と数係数が消えて

$$ \frac{N_v}{N_c} = \left(\frac{m_h^*}{m_e^*}\right)^{3/2} \qquad\Longrightarrow\qquad \ln\frac{N_v}{N_c} = \frac32\ln\frac{m_h^*}{m_e^*} $$

したがって

$$ \begin{equation} \mu_i = \frac{\epsilon_c+\epsilon_v}{2}+\frac{3}{4}k_BT\ln\frac{m_h^{*}}{m_e^{*}} \label{eq:17-mu-intrinsic} \end{equation} $$

∎ $\epsilon_v = 0$(価電子帯の頂上を原点)と取れば $\epsilon_c = E_g$ なので

$$ \mu_i = \frac{E_g}{2}+\frac34 k_BT\ln\frac{m_h^*}{m_e^*} $$

という,指示された形になる.

物理的意味:なぜギャップのちょうど中央ではないのか

式 \eqref{eq:17-mu-intrinsic} の第2項が補正である.この項の符号は $m_h^*$ と $m_e^*$ の大小で決まる.

直観:重いほうの帯は状態密度が大きいので,たくさんのキャリアを収容できる.$n=p$ を保つには,状態密度が大きいほうの帯から $\mu$ が遠ざかる必要がある(Boltzmann 因子で抑え込むため).だから $\mu$ は軽いほうの帯に近づく.

Si で計算する.$m_e^*=m_{de}=1.08m$,$m_h^*=m_{dh}=0.55m$ なので

$$ \ln\frac{m_h^*}{m_e^*} = \ln\frac{0.55}{1.08} = \ln 0.509 = -0.675 $$ $$ \frac34 k_BT\ln\frac{m_h^*}{m_e^*} = 0.75\times0.0259\times(-0.675) = -0.0131\ \mathrm{eV} $$

したがって

$$ \mu_i = \frac{1.11}{2}-0.013 = 0.555-0.013 = 0.542\ \mathrm{eV} $$

価電子帯の頂上から $0.542\,\mathrm{eV}$,すなわちギャップ中央より $13\,\mathrm{meV}$ だけ下である.補正は $k_BT$ の半分程度で,ギャップ $1.11\,\mathrm{eV}$ に比べれば1%程度.実用上は「真性半導体の $\mu$ はギャップの中央にある」と覚えてよいが,その理由と補正の大きさを知っておくことが大事である.

補正が $k_BT$ に比例することも押さえておく.$T\to0$ では厳密に中央に来る.高温になるほど,軽いバンド側へずれていく.

例題17.7 Si の真性キャリア濃度を実際に計算する(本章で最も重要な数値計算)

$300\,\mathrm{K}$ における Si の $n_i$ を求めよ.$E_g=1.11\,\mathrm{eV}$,$m_{de}=1.08m$,$m_{dh}=0.55m$ とする.

解答.手順は3段階である.

(1) $N_c$ と $N_v$ を求める.式 \eqref{eq:17-Nc-num} を使う.

$$ N_c = 2.51\times10^{19}\times(1.08)^{3/2}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

$(1.08)^{3/2} = 1.08\times\sqrt{1.08} = 1.08\times1.0392 = 1.1223$ なので

$$ N_c = 2.51\times10^{19}\times1.1223 = 2.82\times10^{19}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

同様に $(0.55)^{3/2} = 0.55\times\sqrt{0.55} = 0.55\times0.7416 = 0.4079$ より

$$ N_v = 2.51\times10^{19}\times0.4079 = 1.02\times10^{19}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

(教科書の標準値は $N_c=2.8\times10^{19}$,$N_v=1.04\times10^{19}$.合っている.)

(2) 前指数因子 $\sqrt{N_cN_v}$ を求める.式 \eqref{eq:17-massaction} は $n_i^2 = N_cN_v\ee^{-E_g/k_BT}$ だから $n_i = \sqrt{N_cN_v}\,\ee^{-E_g/2k_BT}$ である.

$$ N_cN_v = (2.82\times10^{19})(1.02\times10^{19}) = 2.88\times10^{38}\ \mathrm{cm^{-6}} $$ $$ \sqrt{N_cN_v} = 1.70\times10^{19}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

(3) Boltzmann 因子を求める.$k_BT = 0.02586\,\mathrm{eV}$($300\,\mathrm{K}$)なので

$$ \frac{E_g}{2k_BT} = \frac{1.11}{2\times0.02586} = \frac{1.11}{0.05172} = 21.46 $$

常用対数に直して計算する.$\log_{10}\ee^{-21.46} = -21.46\times0.43429 = -9.320$ だから

$$ \ee^{-21.46} = 10^{-9.320} = 4.79\times10^{-10} $$

(4) 掛ける.

$$ n_i = (1.70\times10^{19})\times(4.79\times10^{-10}) = 8.1\times10^{9}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

∎ $n_i \sim 10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$ が出た.実測値は $n_i = 1.0\times10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$(古い標準値)あるいは $9.65\times10^{9}\,\mathrm{cm^{-3}}$(現在の推奨値)である.20%の差は,有効質量の温度依存性やバンド構造の非放物線性によるもので,これだけ大雑把な計算でこの精度なら上出来である.

この数の意味を噛みしめる.Si の原子密度は $5.0\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$,価電子は1原子あたり4個だから電子の総数は $2\times10^{23}\,\mathrm{cm^{-3}}$ である.そのうち伝導帯に上がっているのは $10^{10}$ 個,割合にして

$$ \frac{10^{10}}{2\times10^{23}} = 5\times10^{-14} $$

すなわち20兆個に1個.それでも室温の Si は $2\times10^5\,\Omega\,\mathrm{cm}$ という測定可能な抵抗率を示す.半導体の話は,いつも「途方もなく小さい割合」と「実用的に十分な絶対数」のあいだで進む.

例題17.8 Ge と GaAs の $n_i$,そして「$E_g$ の効き方」

同じ手順で Ge($E_g=0.67\,\mathrm{eV}$,$m_{de}=0.56m$,$m_{dh}=0.37m$)と GaAs($E_g=1.43\,\mathrm{eV}$,$m_{de}=0.067m$,$m_{dh}=0.47m$)の $n_i$ を求めよ.

解答(Ge).

$$ N_c = 2.51\times10^{19}\times0.56^{1.5} = 2.51\times10^{19}\times0.419 = 1.05\times10^{19} $$ $$ N_v = 2.51\times10^{19}\times0.37^{1.5} = 2.51\times10^{19}\times0.225 = 5.65\times10^{18} $$ $$ \sqrt{N_cN_v} = \sqrt{5.93\times10^{37}} = 7.70\times10^{18} $$ $$ \frac{E_g}{2k_BT} = \frac{0.67}{0.05172} = 12.95,\qquad \ee^{-12.95} = 10^{-5.625} = 2.37\times10^{-6} $$ $$ n_i(\mathrm{Ge}) = 7.70\times10^{18}\times2.37\times10^{-6} = 1.8\times10^{13}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

(文献値 $2.4\times10^{13}$.)

解答(GaAs).

$$ N_c = 2.51\times10^{19}\times0.067^{1.5} = 2.51\times10^{19}\times0.01734 = 4.35\times10^{17} $$ $$ N_v = 2.51\times10^{19}\times0.47^{1.5} = 2.51\times10^{19}\times0.3222 = 8.09\times10^{18} $$ $$ \sqrt{N_cN_v} = \sqrt{3.52\times10^{36}} = 1.88\times10^{18} $$ $$ \frac{E_g}{2k_BT} = \frac{1.43}{0.05172} = 27.65,\qquad \ee^{-27.65} = 10^{-12.008} = 9.8\times10^{-13} $$ $$ n_i(\mathrm{GaAs}) = 1.88\times10^{18}\times9.8\times10^{-13} = 1.8\times10^{6}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

(文献値 $2.1\times10^6$.)∎

3つを並べると恐ろしいことがわかる.

表17.7 $E_g$ が $n_i$ を支配する(300 K)
物質$E_g$ / eV$\sqrt{N_cN_v}$ / $\mathrm{cm^{-3}}$$\ee^{-E_g/2k_BT}$$n_i$ / $\mathrm{cm^{-3}}$
$\mathrm{Ge}$0.67$7.7\times10^{18}$$2.4\times10^{-6}$$2\times10^{13}$
$\mathrm{Si}$1.11$1.7\times10^{19}$$4.8\times10^{-10}$$1\times10^{10}$
$\mathrm{GaAs}$1.43$1.9\times10^{18}$$9.8\times10^{-13}$$2\times10^{6}$
$4H\text{-}\mathrm{SiC}$3.26$\sim2\times10^{19}$$\sim10^{-27}$$\sim10^{-8}$

前指数因子はどれも $10^{18}$–$10^{19}$ で1桁も違わないのに,$n_i$ は21桁も違う.すべては指数関数 $\ee^{-E_g/2k_BT}$ が決めている.$E_g$ が $0.1\,\mathrm{eV}$ 増えるごとに $n_i$ は $\ee^{-0.1/0.0517} = \ee^{-1.93} = 0.145$ 倍,つまり約7分の1になる.

$4H$-SiC の $n_i \sim 10^{-8}\,\mathrm{cm^{-3}}$ は「$1\,\mathrm{cm^3}$ に $10^{-8}$ 個」という非現実的な数だが,これこそが SiC パワーデバイスが $200\,^\circ\mathrm{C}$ 以上でも動作する理由である(17.7節で詳しく見る).

17.6 ドナーとアクセプター — 水素様模型

純粋な Si は室温で $10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$ しかキャリアを持たない.ここに $\mathrm{P}$(15族)を $10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ 混ぜると,キャリアが $10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ になる.6桁の増加である.なぜそんなことが起こるのか,そしてその「増分」がなぜ室温で使えるほど浅い準位になるのか.ここでは,水素原子の解をたった2箇所書き換えるだけで,この問いに定量的な答えを出す.

17.6.1 描像

定義:ドナーとアクセプター

$\mathrm{GaAs}$ のような化合物半導体では,置換する副格子によって役割が変わる.$\mathrm{Si}$ を $\mathrm{Ga}$ サイトに置けばドナー,$\mathrm{As}$ サイトに置けばアクセプターになる(両性不純物, amphoteric).

なぜ水素原子とみなせるのか

$\mathrm{Si}$ 結晶中の $\mathrm{P}$ 原子を考える.$\mathrm{P}$ の原子核は $+15e$,内殻電子と4本の共有結合に使われた電子を差し引くと,余った電子1個から見た正味の電荷は $+e$ である.つまり

$$ \text{(+e の点電荷)}\ +\ \text{(電子1個)} $$

という,まさに水素原子と同じ状況になる.ただし違いが2つある.

  1. 電子は真空中ではなく Si 結晶の中にいる.したがって質量は $m$ ではなく有効質量 $m^*$ を使わなければならない.
  2. Coulomb 引力は Si の誘電分極によって遮蔽される.したがって $e^2/4\pi\epsilon_0 r$ ではなく $e^2/4\pi\epsilon_0\epsilon r$($\epsilon$ は比誘電率)を使う.

この2つの置き換えだけで,水素原子の答えをそのまま流用できる.これを水素様模型(hydrogenic model)または有効質量近似(effective mass approximation)という.

17.6.2 束縛エネルギーと Bohr 半径

導出:$\epsilon_d$ と $a_d$

水素原子の基底状態のエネルギーと Bohr 半径は

$$ E_1 = -\frac{m e^4}{2(4\pi\epsilon_0)^2\hbar^2} = -13.6\ \mathrm{eV}, \qquad a_0 = \frac{4\pi\epsilon_0\hbar^2}{me^2} = 0.529\ \text{Å} $$

である(付録A,あるいは量子力学の教科書).ここで置き換えを行う:

$$ m \to m^*,\qquad 4\pi\epsilon_0 \to 4\pi\epsilon_0\epsilon $$

束縛エネルギー.$E_1$ の式で $m$ は分子に1乗,$(4\pi\epsilon_0)$ は分母に2乗で入っている.したがって

$$ \epsilon_d = \frac{m^*e^4}{2(4\pi\epsilon_0\epsilon)^2\hbar^2} = \underbrace{\frac{me^4}{2(4\pi\epsilon_0)^2\hbar^2}}_{=\,13.6\ \mathrm{eV}}\times\frac{m^*}{m}\times\frac{1}{\epsilon^2} $$
$$ \begin{equation} \epsilon_d = 13.6\ \mathrm{eV}\times\frac{m^*/m}{\epsilon^{2}} \label{eq:17-donor-E} \end{equation} $$

Bohr 半径.$a_0$ の式で $(4\pi\epsilon_0)$ は分子に1乗,$m$ は分母に1乗で入っている.したがって

$$ \begin{equation} a_d = \frac{4\pi\epsilon_0\epsilon\,\hbar^2}{m^*e^2} = a_0\,\epsilon\,\frac{m}{m^{*}} = 0.529\ \text{Å}\times\epsilon\times\frac{m}{m^*} \label{eq:17-donor-a} \end{equation} $$

∎ エネルギーは $\epsilon^2$ で割られて小さくなり,半径は $\epsilon$ 倍されて大きくなる.どちらも $m^*/m<1$ が同じ方向に効く.

例題17.9 Si 中のドナー準位を計算する

Si($\epsilon=11.7$,伝導電子の有効質量として $m^*\simeq0.2m$ を使う)中のドナーについて,$\epsilon_d$ と $a_d$ を求めよ.また,その軌道の中に Si 原子が何個入っているかを見積もれ.

解答.

(1) 束縛エネルギー.式 \eqref{eq:17-donor-E} に代入する.$\epsilon^2 = 11.7^2 = 136.9$ なので

$$ \epsilon_d = 13.6\ \mathrm{eV}\times\frac{0.2}{136.9} = 13.6\times1.461\times10^{-3} = 1.99\times10^{-2}\ \mathrm{eV} $$
$$ \epsilon_d \simeq 20\ \mathrm{meV} $$

(2) Bohr 半径.式 \eqref{eq:17-donor-a} より

$$ a_d = 0.529\ \text{Å}\times11.7\times\frac{1}{0.2} = 0.529\times58.5 = 30.9\ \text{Å} $$
$$ a_d \simeq 31\ \text{Å} = 3.1\ \mathrm{nm} $$

(3) 軌道の中の原子数.半径 $a_d$ の球の体積は

$$ V = \frac{4\pi}{3}a_d^3 = \frac{4\pi}{3}\times(31)^3 = 4.189\times29791 = 1.25\times10^{5}\ \text{Å}^3 $$

Si の原子密度は,格子定数 $a=5.43\,\text{Å}$,単位胞あたり8原子(ダイヤモンド型,第1章)なので

$$ \frac{8}{(5.43)^3} = \frac{8}{160.1} = 0.0500\ \text{Å}^{-3} = 5.0\times10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

したがって軌道の中の原子数は

$$ N = 1.25\times10^{5}\times0.0500 = 6.2\times10^{3}\ \text{個} $$

∎ 約6000個の Si 原子を包み込む巨大な軌道である.

物理的意味:「なぜこんなに浅く,こんなに広がるのか」

2つの問いに答える.

問1:なぜ $13.6\,\mathrm{eV}$ が $20\,\mathrm{meV}$ になるのか.因子は

$$ \frac{m^*/m}{\epsilon^2} = \frac{0.2}{136.9} = \frac{1}{685} $$

である.685分の1のうち,$\epsilon^2=137$ 分の1が誘電遮蔽,$1/0.2 = 5$ 分の1が有効質量.圧倒的に誘電遮蔽が効いている.Si は誘電率が大きい($\epsilon=11.7$)ので,$\mathrm{P^+}$ の作る電場が結晶の分極でほとんど打ち消されてしまい,電子を引き止める力が $137$ 分の1になる.

結果として $\epsilon_d = 20\,\mathrm{meV}$ は,室温の $k_BT = 26\,\mathrm{meV}$ と同程度になる.これが半導体工学が成立している理由である.もし $\epsilon$ が小さくてドナー準位が $1\,\mathrm{eV}$ も深かったら,室温でイオン化せず,ドーピングという技術そのものが存在しなかった.

問2:なぜ軌道が $31\,\text{Å}$ にもなるのか.因子は $\epsilon\,(m/m^*) = 11.7\times5 = 58.5$ 倍.$0.529\,\text{Å}$ が $31\,\text{Å}$ になる.これは格子定数 $5.43\,\text{Å}$ の約6倍である.

そしてこの「大きさ」が,模型そのものを自己無撞着に正当化する.水素様模型では,Si を「比誘電率 $\epsilon$ を持つ一様な連続媒質」として扱った.原子1個の大きさより小さい軌道に対してこの扱いは無意味だが,6000個の原子を平均するのなら,マクロな誘電率を使ってよい.模型が成り立つことを,模型自身の答えが保証している.

逆に言うと,軌道が小さくなるような場合——$\epsilon$ が小さい,$m^*$ が大きい,あるいは不純物準位が深い場合——この模型は破綻する.$\mathrm{Si}$ 中の $\mathrm{Au}$($0.55\,\mathrm{eV}$)のような深い準位(deep level)がそれで,局在が強く,化学的な個性がすべてを決めてしまうので,第一原理計算に頼るしかない.

表17.8 Si と Ge 中の不純物のイオン化エネルギー(meV).水素様模型の予測と比較
母結晶ドナー(5族)アクセプター(3族)
PAsSbBiBAlGaIn
$\mathrm{Si}$($\epsilon=11.7$)45544371456973156
$\mathrm{Ge}$($\epsilon=15.8$)12.012.79.6—10.410.210.811.2
水素様模型の予測Si: 20–30,Ge: 6–10Si: 40–50,Ge: 10–12

アクセプターの予測は,式 \eqref{eq:17-donor-E} に重い正孔の質量 $m_{hh}$ を入れた値である(Si なら $13.6\times0.49/11.7^2 = 49\,\mathrm{meV}$).同じ処方を Ge にあてはめると $13.6\times0.33/15.8^2 = 18\,\mathrm{meV}$ になるが,価電子帯の3重縮退を正しく扱う有効質量理論では約 $10\,\mathrm{meV}$ となるので,表にはそちらを掲げた.

注意:模型が合うところと合わないところ

表17.8を眺めて,次の3点を読み取ってほしい.

  1. Ge ではよく合う.実測 $10$–$13\,\mathrm{meV}$,予測 $6$–$12\,\mathrm{meV}$.しかも不純物の種類による差がほとんどない($9.6$ から $12.7$ まで).$\epsilon=15.8$ が大きく $m^*$ が小さいので軌道がさらに広がり($a_d\sim70\,\text{Å}$),不純物原子の化学的個性が平均化されてしまうためである.
  2. Si のドナーでは2倍ほどずれ,種類による差もある.$\mathrm{Sb}\,43 < \mathrm{P}\,45 < \mathrm{As}\,54 < \mathrm{Bi}\,71$.これは中心セル補正(central cell correction)と呼ばれる.波動関数が不純物原子のすぐ近く(半径 $a$ 程度の「中心セル」)にも有限の振幅を持ち,そこでは連続媒質近似が破れて,不純物固有のポテンシャルが効くためである.
  3. Si のアクセプターはさらに深い.正孔の有効質量が電子より重い($m_{hh}=0.49m$)ので,式 \eqref{eq:17-donor-E} により束縛エネルギーが大きくなる.$13.6\times0.49/136.9 = 49\,\mathrm{meV}$ で,実測の $\mathrm{B}\,45\,\mathrm{meV}$ とよく合う.$\mathrm{In}$ の $156\,\mathrm{meV}$ は例外的に深く,室温でも完全にはイオン化しない.

模型の限界を知ったうえで使うことが大事である.「浅い不純物のオーダーを $10$ 分で見積もる」用途には,これ以上ない道具である.

例題17.10 GaAs のドナーと,Mott 転移の濃度

(1) GaAs($\epsilon=12.9$,$m_e^*=0.067m$)のドナー準位と Bohr 半径を求めよ.

(2) ドナー軌道どうしが重なり始めると,電子は不純物から離れて動けるようになり,絶縁体から金属に変わる(Mott 転移).目安は $N_D^{1/3}a_d \simeq 0.25$ である.Si について臨界濃度を求めよ.

解答 (1).

$$ \epsilon_d = 13.6\times\frac{0.067}{12.9^2} = 13.6\times\frac{0.067}{166.4} = 5.5\times10^{-3}\ \mathrm{eV} = 5.5\ \mathrm{meV} $$ $$ a_d = 0.529\times12.9\times\frac{1}{0.067} = 0.529\times192.5 = 102\ \text{Å} = 10.2\ \mathrm{nm} $$

実測のドナー準位は $\mathrm{Si_{Ga}}$ で $5.8\,\mathrm{meV}$.ほぼ完璧に一致する.$\epsilon$ が大きく $m^*$ が非常に小さいので,軌道が $100\,\text{Å}$ にも広がり,中心セル補正がまったく効かないためである.

ただし副作用がある.$\epsilon_d=5.5\,\mathrm{meV}$ は $k_B\times64\,\mathrm{K}$ に相当するので,$77\,\mathrm{K}$ でもすでにキャリアが凍結し始める.GaAs デバイスの低温動作では freeze-out が問題になる.

解答 (2).Si の $a_d = 31\,\text{Å} = 31\times10^{-8}\,\mathrm{cm}$.条件式から

$$ N_D^{1/3} = \frac{0.25}{a_d} = \frac{0.25}{31\times10^{-8}\ \mathrm{cm}} = 8.06\times10^{5}\ \mathrm{cm^{-1}} $$

3乗して

$$ N_D = (8.06\times10^5)^3 = 5.2\times10^{17}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

∎ 実験値は $\mathrm{Si:P}$ で $3.7\times10^{18}\,\mathrm{cm^{-3}}$ である.7倍ほどずれているが,$10^{17}$–$10^{18}$ という桁は当てている($N_D$ は $a_d^{-3}$ に効くので,$a_d$ の2倍の誤差が $N_D$ の8倍の誤差になる.この程度は仕方がない).

この濃度を超えると,ドナー準位が広がって「不純物バンド」を作り,伝導帯とつながって,低温でも凍結しない金属的な伝導が現れる.これが縮退半導体である.オーミック電極の直下や,透明導電膜 ITO,あるいは MOSFET のソース・ドレイン領域は,意図的にこの領域まで高濃度にドープされている.

17.7 不純物半導体の統計 — 凍結・飽和・真性

17.7.1 電荷中性条件

導出:電荷中性条件から $n$ を決める

結晶全体は電気的に中性でなければならない.正電荷を担うのは,価電子帯の正孔($p$)とイオン化したドナー($N_D^+$).負電荷を担うのは,伝導帯の電子($n$)とイオン化したアクセプター($N_A^-$).したがって

$$ \begin{equation} n + N_A^{-} = p + N_D^{+} \label{eq:17-neutral} \end{equation} $$

これと質量作用の法則 $np = n_i^2$ の2式で,$n$ と $p$ が決まる.

完全イオン化の場合.室温では $\epsilon_d \sim k_BT$ なのでほとんどのドナー・アクセプターがイオン化している.$N_D^+ = N_D$,$N_A^- = N_A$ と置くと

$$ n - p = N_D - N_A \equiv N $$

$p = n_i^2/n$ を代入して

$$ n - \frac{n_i^2}{n} = N $$

両辺に $n$ を掛けて整理すると,$n$ についての2次方程式になる:

$$ n^2 - Nn - n_i^2 = 0 $$

解の公式より($n>0$ の解を取る)

$$ \begin{equation} n = \frac{N}{2}+\sqrt{\left(\frac{N}{2}\right)^{2}+n_i^{2}}, \qquad p = -\frac{N}{2}+\sqrt{\left(\frac{N}{2}\right)^{2}+n_i^{2}} \label{eq:17-quadratic} \end{equation} $$

∎($p$ の式は $p = n - N$ から得られる.あるいは $N\to-N$ の対称性からも読める.)

2つの極限を確認する.

例題17.11 補償された半導体

Si に $N_D = 2\times10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ と $N_A = 1.5\times10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ を同時にドープした.$300\,\mathrm{K}$ での $n$,$p$,$\mu$ の位置を求めよ.$n_i=1.0\times10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$,$N_c=2.8\times10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}}$.

解答.$N = N_D-N_A = 0.5\times10^{16} = 5\times10^{15}\,\mathrm{cm^{-3}}$.$N/2 = 2.5\times10^{15}$ に対し $n_i=10^{10}$ なので $(N/2)^2 = 6.25\times10^{30} \gg n_i^2 = 10^{20}$.平方根の中で $n_i^2$ は完全に無視できて

$$ n \simeq \frac{N}{2}+\frac{N}{2} = N = 5\times10^{15}\ \mathrm{cm^{-3}} $$ $$ p = \frac{n_i^2}{n} = \frac{10^{20}}{5\times10^{15}} = 2\times10^{4}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

化学ポテンシャルは,式 \eqref{eq:17-n} を $\mu$ について解いて

$$ \epsilon_c-\mu = k_BT\ln\frac{N_c}{n} = 0.0259\times\ln\frac{2.8\times10^{19}}{5\times10^{15}} = 0.0259\times\ln(5600) = 0.0259\times8.63 = 0.224\ \mathrm{eV} $$

∎ $\mu$ は伝導帯の底から $0.224\,\mathrm{eV}$ 下(真性のときは $0.568\,\mathrm{eV}$ 下だったから,$0.34\,\mathrm{eV}$ 上がった).

教訓:ドナーとアクセプターを両方入れると,少ないほうが多いほうを打ち消してしまう.これを補償(compensation)という.$3.5\times10^{16}$ 個も不純物を入れたのに,キャリアは差の $5\times10^{15}$ 個しか出てこない.しかも散乱中心としては $3.5\times10^{16}$ 個すべてが効くので,移動度は大きく下がる.「補償された試料は,キャリアが少ないうえに移動度も低い」という最悪の組み合わせになる.半導体の純度管理が厳しいのはこのためである.

17.7.2 低温での凍結(freeze-out)

導出:$n = \sqrt{N_cN_D/2}\;\ee^{-\epsilon_d/2k_BT}$

低温になると,電子はドナーに引き戻されて伝導帯から消える.これをキャリアの凍結(carrier freeze-out)という.この領域の $n(T)$ を求めよう.

中性ドナー $D^0$ と,イオン化したドナー $D^+$ + 伝導帯の電子 $e^-$ のあいだの平衡

$$ D^0 \rightleftharpoons D^+ + e^- $$

を考える.統計力学の標準的な扱い(あるいは質量作用の法則の類推)により,平衡定数は

$$ \frac{n\,N_D^{+}}{N_D^{0}} = \frac{N_c}{g}\,\ee^{-\epsilon_d/k_BT} $$

となる.$g=2$ はドナー基底状態の縮退度で,中性ドナーには電子が上向き・下向きどちらのスピンでも入れることによる.$\epsilon_d$ はドナー準位から伝導帯の底までのエネルギー(イオン化エネルギー)である.

十分低温($n \ll N_D$)の極限を取る.電荷中性条件から $n = N_D^+$(アクセプターがない場合).また,ほとんどのドナーが中性なので $N_D^0\simeq N_D$.代入すると

$$ \frac{n\cdot n}{N_D} = \frac{N_c}{2}\ee^{-\epsilon_d/k_BT} $$

すなわち $n^2 = \dfrac{N_cN_D}{2}\ee^{-\epsilon_d/k_BT}$.平方根を取って

$$ \begin{equation} n = \sqrt{\frac{N_cN_D}{2}}\;\ee^{-\epsilon_d/2k_BT} \label{eq:17-freezeout} \end{equation} $$

∎ 指数の肩に $\epsilon_d/2$ が現れる.真性領域の $E_g/2$ と同じ構造である.2で割られるのは「$n^2$ を作ってから平方根を取った」からで,これは平衡定数の式が2次だからである.

物理的意味:$\ln n$ vs $1/T$ プロットの3領域

これで $n(T)$ の全体像がそろった.$\ln n$ を $1/T$ に対してプロットすると,3つの領域がはっきり分かれる.

表17.9 $n(T)$ の3領域(n 型,$N_D=10^{15}\,\mathrm{cm^{-3}}$ の Si を想定)
領域温度$n(T)$$\ln n$ vs $1/T$ の傾き物理
凍結
(freeze-out)
$T \lesssim 50\,\mathrm{K}$$\sqrt{N_cN_D/2}\,\ee^{-\epsilon_d/2k_BT}$$-\epsilon_d/2k_B$(急)電子はドナーに束縛されている
飽和
(saturation)
$50\text{–}500\,\mathrm{K}$$n = N_D$(一定)$0$(水平)ドナーは全部イオン化.室温で動く非縮退ドープのデバイスは,ふつうこの領域で使う
真性
(intrinsic)
$T \gtrsim 600\,\mathrm{K}$$n_i = \sqrt{N_cN_v}\,\ee^{-E_g/2k_BT}$$-E_g/2k_B$(最も急)ギャップを越える熱励起が支配

この図が使える理由.傾きを測るだけで,低温側から $\epsilon_d$ が,高温側から $E_g$ が,中間の高さから $N_D$ が読み取れる.Hall 効果の温度依存性を測る実験の解析は,まさにこの図に当てはめる作業である.

例題17.12 Si デバイスの動作上限温度

$N_D=10^{15}\,\mathrm{cm^{-3}}$ の n 型 Si について,$n_i$ が $N_D$ に等しくなる温度(=真性領域に入り,デバイスとして機能しなくなる温度)を求めよ.$4H$-SiC($E_g=3.26\,\mathrm{eV}$)ではどうか.

解答.$n_i(T) = \sqrt{N_cN_v}\,\ee^{-E_g/2k_BT}$ で,前指数因子の温度依存性は $\propto T^{3/2}$ である.$300\,\mathrm{K}$ での値 $1.7\times10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}}$ を使って

$$ n_i(T) = 1.7\times10^{19}\left(\frac{T}{300}\right)^{3/2}\ee^{-E_g/2k_BT}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

まず $T^{3/2}$ を無視して見積もる.$n_i=10^{15}$ とすると

$$ \ee^{-E_g/2k_BT} = \frac{10^{15}}{1.7\times10^{19}} = 5.9\times10^{-5} $$ $$ \frac{E_g}{2k_BT} = -\ln(5.9\times10^{-5}) = 9.74 \quad\Longrightarrow\quad k_BT = \frac{1.11}{2\times9.74} = 0.0570\ \mathrm{eV} $$ $$ T = \frac{0.0570}{8.617\times10^{-5}} = 661\ \mathrm{K} $$

$T^{3/2}$ の補正を入れる.$T=660\,\mathrm{K}$ では $(660/300)^{3/2} = 3.26$ なので,前指数因子は $5.5\times10^{19}$.同じ計算をやり直すと $\ee^{-E_g/2k_BT}=1.8\times10^{-5}$,$E_g/2k_BT = 10.9$,$k_BT=0.0509\,\mathrm{eV}$,$T=591\,\mathrm{K}$.もう1回反復すると $T\simeq600\,\mathrm{K}$ に落ち着く.

$$ T_{\max}(\mathrm{Si}) \simeq 600\ \mathrm{K} = 330\ ^\circ\mathrm{C} $$

$4H$-SiC.$E_g=3.26\,\mathrm{eV}$ を入れると,粗い見積もりで

$$ \frac{E_g}{2k_BT}\simeq 10 \quad\Longrightarrow\quad k_BT = \frac{3.26}{20}=0.163\ \mathrm{eV} \quad\Longrightarrow\quad T \simeq 1900\ \mathrm{K} $$

∎ 材料が融ける(あるいは電極が壊れる)ほうが先である.

これがワイドギャップ半導体の存在理由である.実際の Si デバイスは,真性化する $600\,\mathrm{K}$ よりずっと手前,$150$–$200\,^\circ\mathrm{C}$ で使用限界になる(漏れ電流が $n_i$ に比例して増え,pn 接合の整流性が失われるため).自動車のエンジンルーム,電気自動車のインバータ,電力変換装置——高温・高電圧が要求される場面で SiC や GaN が Si を置き換えつつあるのは,$E_g$ が指数関数の肩に乗っているからにほかならない.$E_g$ を $1.1$ から $3.3\,\mathrm{eV}$ に上げるという,たった3倍の変更が,$n_i$ を18桁下げる.

キャリア濃度の温度依存性の3領域(凍結・飽和・真性)と移動度の温度依存性.(a) n 型の ln n を 1000/T に対して描いた図.(b) 移動度の log–log プロット.イオン化不純物散乱と格子散乱の Matthiessen 則による和で,中間温度に極大を持つ.
図17.4 (a) n 型半導体のキャリア濃度の温度依存性.低温側(右)から順に,凍結領域(ドナーに束縛されている.傾き $-\epsilon_d/2k_B$),飽和領域(ドナーが完全にイオン化し $n=N_D$ で一定),真性領域(ギャップを越える熱励起が $N_D$ を上回る.傾き $-E_g/2k_B$).デバイスは必ず飽和領域で使う——そこだけが温度によらず安定だからである.(b) 移動度は逆に,低温ではイオン化不純物散乱($\mu\propto T^{3/2}$),高温では格子散乱($\mu\propto T^{-3/2}$)が律速し,Matthiessen 則 $1/\mu=1/\mu_L+1/\mu_I$ により中間温度で極大を持つ.

17.8 移動度と伝導度

17.8.1 移動度の定義と導出

導出:$\vv_d = \mu\EE$ と $\mu = e\tau/m^*$

電場をかけると,式 \eqref{eq:17-eom} により $\kk$ は一方向に動き続ける.実際にはそうならない.散乱があるからである.第15章の Drude 模型と同じく,散乱を「平均時間 $\tau$ ごとに速度がリセットされる」という摩擦項で表す.電子(電荷 $-e$,有効質量 $m_e^*$)について

$$ m_e^*\frac{\dd\vv}{\dd t} = -e\EE - \frac{m_e^*\vv}{\tau} $$

定常状態では $\dd\vv/\dd t = 0$ なので

$$ 0 = -e\EE-\frac{m_e^*\vv_d}{\tau} \qquad\Longrightarrow\qquad \vv_d = -\frac{e\tau}{m_e^*}\EE $$

電子は電場と逆向きに流れる(電荷が負だから当然).速さの比例係数を移動度(mobility)と呼び,常に正の量として定義する:

$$ \begin{equation} \mu_e \equiv \frac{e\tau_e}{m_e^*}, \qquad \mu_h \equiv \frac{e\tau_h}{m_h^*} \qquad [\mathrm{cm^2/(V\cdot s)}] \label{eq:17-mobility} \end{equation} $$

正孔については,式 \eqref{eq:17-hole-eom} から出発して同じ計算をすると $\vv_d = +\dfrac{e\tau_h}{m_h^*}\EE$ となり,電場と同じ向きに流れる.

電流.電子の作る電流密度は $\jj_e = (-e)n\vv_d = ne\mu_e\EE$,正孔の作る電流密度は $\jj_h = (+e)p\vv_d = pe\mu_h\EE$.両者は同じ向きである(電荷が逆で速度も逆だから,積は同じ向きになる).したがって

$$ \begin{equation} \jj = \sigma\EE, \qquad \sigma = n\,e\,\mu_e + p\,e\,\mu_h \label{eq:17-sigma} \end{equation} $$

∎ 電子と正孔は伝導度には足し算で寄与する.これに対して Hall 係数では引き算になる(17.9節).この違いが,Hall 測定が有力な理由である.

例題17.13 Si 中の電子の散乱時間と平均自由行程

Si の電子移動度 $\mu_e = 1350\,\mathrm{cm^2/(V\,s)}$,伝導度有効質量 $m_{ce}=0.26m$ から,$\tau$ と平均自由行程 $\ell$ を求めよ.

解答.まず単位を SI に直す.$1\,\mathrm{cm^2} = 10^{-4}\,\mathrm{m^2}$ なので

$$ \mu_e = 1350\times10^{-4} = 0.135\ \mathrm{m^2/(V\,s)} $$

式 \eqref{eq:17-mobility} を $\tau$ について解いて

$$ \tau = \frac{\mu_e m_{ce}}{e} = \frac{0.135\times(0.26\times9.109\times10^{-31})}{1.602\times10^{-19}} = \frac{0.135\times2.368\times10^{-31}}{1.602\times10^{-19}} $$ $$ = \frac{3.197\times10^{-32}}{1.602\times10^{-19}} = 2.0\times10^{-13}\ \mathrm{s} = 0.20\ \mathrm{ps} $$

平均自由行程.非縮退半導体では,電子の速さは熱運動が支配する.エネルギー等分配 $\frac12 m^*v_{\rm th}^2 = \frac32 k_BT$ より

$$ v_{\rm th} = \sqrt{\frac{3k_BT}{m^*}} = \sqrt{\frac{3\times4.142\times10^{-21}}{2.368\times10^{-31}}} = \sqrt{5.25\times10^{10}} = 2.29\times10^{5}\ \mathrm{m/s} $$ $$ \ell = v_{\rm th}\,\tau = 2.29\times10^5\times2.0\times10^{-13} = 4.6\times10^{-8}\ \mathrm{m} = 46\ \mathrm{nm} $$

∎ 格子定数 $5.43\,\text{Å}$ の約85倍.電子は85個の原子のあいだを素通りしてから散乱される.完全な周期格子は電子を散乱しない(第16章の Bloch 定理)という事実が,この長い自由行程を許している.散乱するのは,周期性を乱すもの——フォノンと不純物——だけである.

ちなみに,ドリフト速度を計算してみると面白い.$E = 100\,\mathrm{V/cm} = 10^4\,\mathrm{V/m}$ で

$$ v_d = \mu_e E = 0.135\times10^4 = 1.35\times10^3\ \mathrm{m/s} $$

熱速度 $2.29\times10^5\,\mathrm{m/s}$ の170分の1にすぎない.電子はでたらめに高速で飛び回りながら,全体としてほんのわずかだけ電場方向に流されている.「電流が流れる」という現象の実態はこれである.

17.8.2 散乱機構と温度依存性

導出:格子散乱で $\mu\propto T^{-3/2}$ になる理由

音響フォノンによる散乱(変形ポテンシャル散乱)を考える.散乱率 $1/\tau$ は,一般に

$$ \frac{1}{\tau} = (\text{散乱体の密度})\times(\text{散乱断面積})\times(\text{速度}) $$

の形をしているが,量子論的にはFermi の黄金律により

$$ \frac{1}{\tau} \propto (\text{摂動の大きさ})^2\times(\text{終状態の状態密度}) $$

と書くほうが正確である.2つの因子を評価する.

因子1:フォノンの数.高温($k_BT \gg \hbar\Omega$)では Planck 分布が

$$ \bar n = \frac{1}{\ee^{\hbar\Omega/k_BT}-1} \simeq \frac{k_BT}{\hbar\Omega}\propto T $$

と近似できる(分母を $\ee^x-1\simeq x$ と展開した).散乱確率は摂動(格子のずれ)の2乗に比例し,それはフォノン数に比例するので,この因子から $\propto T$ が出る.

因子2:終状態の状態密度.散乱後の電子が入れる状態の数は $D(\epsilon)\propto\sqrt\epsilon$.熱平衡では電子の平均エネルギーが $\epsilon\sim\frac32k_BT$ なので

$$ D \propto \sqrt{k_BT}\propto T^{1/2} $$

合わせる.

$$ \frac{1}{\tau_L} \propto T\times T^{1/2} = T^{3/2} $$
$$ \begin{equation} \mu_L = \frac{e\tau_L}{m^*} \propto T^{-3/2} \label{eq:17-mu-lattice} \end{equation} $$

∎ 温度を上げると格子が激しく振動し,電子はより頻繁に散乱されて移動度が下がる.金属の抵抗が温度とともに上がるのと同じ物理である.

導出:イオン化不純物散乱で $\mu\propto T^{3/2}$ になる理由

イオン化したドナー $\mathrm{P^+}$ は,遮蔽された Coulomb 中心である.電子がその近くを通ると軌道が曲げられる——Rutherford 散乱である.

Rutherford 散乱の断面積は,粒子の速度が速いほど小さい.よく知られた結果として

$$ \sigma_{\text{散乱}} \propto \frac{1}{v^4} $$

(速く通り過ぎる粒子ほど,力を受ける時間が短く,曲げられにくい.)散乱率は

$$ \frac{1}{\tau_I} = N_I\,\sigma_{\text{散乱}}\,v \propto N_I\cdot\frac{1}{v^4}\cdot v = \frac{N_I}{v^{3}} $$

ここで $N_I$ はイオン化不純物の密度である.熱速度 $v \propto \sqrt{T}$ を代入すると $v^3\propto T^{3/2}$ なので

$$ \begin{equation} \frac{1}{\tau_I}\propto \frac{N_I}{T^{3/2}} \qquad\Longrightarrow\qquad \mu_I \propto \frac{T^{3/2}}{N_I} \label{eq:17-mu-imp} \end{equation} $$

∎ 温度が上がると不純物散乱は弱くなる.格子散乱とは正反対である.理由ははっきりしていて,「速い電子ほど曲げられにくい」からである.

導出:Matthiessen 則

2つの散乱機構が独立に働くとする.単位時間あたりの散乱回数は,それぞれの機構の回数の和である:

$$ \frac{1}{\tau} = \frac{1}{\tau_L}+\frac{1}{\tau_I} $$

(確率が足し算になるのは,両者が独立事象だからである.)両辺に $m^*/e$ を掛けると,式 \eqref{eq:17-mobility} により各項が移動度の逆数になる:

$$ \begin{equation} \frac{1}{\mu} = \frac{1}{\mu_L}+\frac{1}{\mu_I} \label{eq:17-matthiessen} \end{equation} $$

∎ これをMatthiessen 則(Matthiessen's rule)という.第15章で金属の抵抗率について $\rho = \rho_{\text{格子}}+\rho_{\text{不純物}}$ という形で出てきたのと同じ法則である(抵抗率は移動度の逆数に比例するから,まったく同じことを言っている).

この式は何を言っているのか.「1/移動度」が足し算になるということは,いちばん移動度を下げる機構が支配するということである.並列抵抗ではなく直列抵抗のように働く.したがって,$\mu_L\propto T^{-3/2}$ と $\mu_I\propto T^{3/2}$ を合成すると

$$ \frac{1}{\mu} = \frac{C_L}{T^{-3/2}}+\frac{C_I N_I}{T^{3/2}} = C_LT^{3/2}+C_IN_IT^{-3/2} $$

となり,低温では第2項(不純物)が,高温では第1項(格子)が大きくなるので,$1/\mu$ は途中で極小を持つ.すなわち$\mu(T)$ は中間温度でピークを持つ(図17.4(b)).極小の条件は $\dd(1/\mu)/\dd T=0$ から

$$ \frac32 C_LT^{1/2} = \frac32 C_IN_IT^{-5/2} \qquad\Longrightarrow\qquad T_{\text{peak}} = \left(\frac{C_IN_I}{C_L}\right)^{1/3}\propto N_I^{1/3} $$

不純物が多いほどピークは高温側へ移動し,ピークの高さは下がる.

注意:実測の指数は $-3/2$ ではない

Si の電子移動度の実測は $\mu_e\propto T^{-2.4}$,正孔は $T^{-2.2}$ である.$-1.5$ という理論値からかなりずれている.

理由は,Si の伝導帯には6つの谷があり,谷から谷への散乱(谷間散乱, intervalley scattering)が加わるからである.これには大きな波数を持つフォノン($\hbar\Omega\sim50\,\mathrm{meV}$)が必要で,その数は $\ee^{-\hbar\Omega/k_BT}$ で急激に温度依存する.この寄与が加わると,実効的な指数が $-3/2$ より急になる.

$-3/2$ 則は「音響フォノンによる谷内散乱だけ」を仮定した理想論である.極性半導体(GaAs, GaN, ZnO のようなイオン性のある結晶)では,さらに極性光学フォノン散乱が支配的になり,温度依存性はもっと複雑になる.理論の骨格を理解したうえで,実測との差を「何が足りないのか」の手掛かりとして読むのが正しい態度である.

表17.10 主な半導体の移動度(300 K,低ドープ,単位 $\mathrm{cm^2/(V\,s)}$)
物質$\mu_e$$\mu_h$$m_{ce}/m$備考
$\mathrm{Si}$13504800.26集積回路の標準
$\mathrm{Ge}$390019000.12正孔移動度が高い(SiGe チャネル)
$\mathrm{GaAs}$85004000.067高周波デバイス.$\mu_h$ が低い
$\mathrm{InP}$46001500.08光通信用
$\mathrm{InAs}$330004600.023$m^*$ が小さい
$\mathrm{InSb}$770008500.014最高クラス.赤外検出器・磁気センサ
$\mathrm{GaN}$1000300.202次元電子ガスでは 2000 超
$4H\text{-}\mathrm{SiC}$9001200.3パワーデバイス
ダイヤモンド220016000.2電子・正孔ともに高い
$\mathrm{TiO_2}$(ルチル)$\sim1$—大小さいポーラロン伝導.桁違いに低い

物理的意味:$\mu \propto 1/m^*$ という一本の線

表17.10 の $\mu_e$ と $m_{ce}$ を見比べると,はっきりした逆相関がある.$\mathrm{InSb}$($m^*=0.014m$)が $77000$,$\mathrm{Si}$($0.26m$)が $1350$.質量比 $18.6$ に対して移動度比 $57$ で,$1/m^*$ だけでは説明しきれないが($\tau$ も物質で違う),大きな流れは $\mu=e\tau/m^*$ が捉えている.

17.3節の議論と合わせると,次の連鎖が見える.

$$ E_g\ \text{小}\ \longrightarrow\ m^*\ \text{小}\ \longrightarrow\ \mu\ \text{大} $$

これは半導体材料選択の根本的なトレードオフである.高速デバイスには高い $\mu$(=小さい $E_g$)が欲しいが,高温動作や高耐圧には大きい $E_g$ が欲しい.$\mathrm{Si}$ が $1.1\,\mathrm{eV}$ という中途半端な場所にいて,なお主役であり続けているのは,この2つのバランスに加えて,良質の酸化膜 $\mathrm{SiO_2}$ が作れるという化学的な幸運があるからである.

例題17.14 真性 Si とドープ Si の抵抗率

(1) 真性 Si の抵抗率を求めよ.(2) $N_D=10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ の n 型 Si の抵抗率を求めよ(この濃度では $\mu_e\simeq1200\,\mathrm{cm^2/Vs}$ に下がる).

解答 (1).真性では $n=p=n_i=1.0\times10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$ なので,式 \eqref{eq:17-sigma} より

$$ \sigma = n_ie(\mu_e+\mu_h) = (1.0\times10^{10})(1.602\times10^{-19})(1350+480) $$ $$ = (1.0\times10^{10})(1.602\times10^{-19})(1830) = 2.93\times10^{-6}\ \mathrm{S/cm} $$ $$ \rho = \frac{1}{\sigma} = 3.4\times10^{5}\ \Omega\,\mathrm{cm} $$

(教科書値 $2.3\times10^5\,\Omega\,\mathrm{cm}$.$n_i$ の値の取り方で変わる.)

解答 (2).$n = 10^{16}$,$p = n_i^2/n = 10^4$ で正孔の寄与は完全に無視できるから

$$ \sigma = ne\mu_e = (10^{16})(1.602\times10^{-19})(1200) = 1.92\ \mathrm{S/cm} $$ $$ \rho = 0.52\ \Omega\,\mathrm{cm} $$

∎ ドーピングによって抵抗率が6桁下がった.ppm オーダーの不純物($10^{16}/5\times10^{22} = 0.2\,\mathrm{ppm}$)でこれである.

この感覚を持っておくと便利である:$\rho\,[\Omega\,\mathrm{cm}]\times N_D\,[\mathrm{cm^{-3}}] \simeq 5\times10^{15}$(n 型 Si の場合).$N_D=10^{15}$ なら $5\,\Omega\,\mathrm{cm}$,$N_D=10^{18}$ なら $0.005\,\Omega\,\mathrm{cm}$,というふうに暗算できる.

17.9 キャリアを実験で決める — Hall 効果と熱起電力

17.9.1 2種類のキャリアがある場合の Hall 係数

導出:$R_H = \dfrac{1}{e}\dfrac{p\mu_h^2-n\mu_e^2}{(n\mu_e+p\mu_h)^2}$

第15章では1種類のキャリアだけを扱った.半導体では電子と正孔が共存するので,拡張が必要である.弱磁場($\omega_c\tau\ll1$)で計算する.

ステップ1:1種類のキャリアの応答を $B$ の1次まで求める.電荷 $q$,密度 $N$,質量 $m$,緩和時間 $\tau$ のキャリアについて,定常状態の運動方程式は

$$ 0 = q(\EE+\vv\times\BB)-\frac{m\vv}{\tau} $$

$\BB = B\hat z$,$\EE$ は $xy$ 面内とする.成分に書くと

$$ v_x = \frac{q\tau}{m}(E_x+v_yB),\qquad v_y = \frac{q\tau}{m}(E_y-v_xB) $$

$B$ の1次までなら,右辺の $v_x,v_y$ には $B=0$ の解 $v_x^{(0)}=\frac{q\tau}{m}E_x$, $v_y^{(0)}=\frac{q\tau}{m}E_y$ を入れればよい:

$$ v_x = \frac{q\tau}{m}E_x+\left(\frac{q\tau}{m}\right)^2BE_y, \qquad v_y = \frac{q\tau}{m}E_y-\left(\frac{q\tau}{m}\right)^2BE_x $$

ステップ2:電流に直す.$\jj = Nq\vv$ で,$\sigma \equiv Nq^2\tau/m$,$\mu\equiv\abs{q}\tau/m$ と置くと,$Nq(q\tau/m)^2 = \sigma\cdot(q\tau/m) = \sigma\mu\,\mathrm{sgn}(q)$ だから

$$ j_x = \sigma E_x + \mathrm{sgn}(q)\,\sigma\mu BE_y, \qquad j_y = \sigma E_y - \mathrm{sgn}(q)\,\sigma\mu BE_x $$

ステップ3:電子と正孔を足す.$\sigma_e = ne\mu_e$,$\sigma_h = pe\mu_h$ とし,$\mathrm{sgn}(q)$ は電子で $-$,正孔で $+$:

$$ j_y = (\sigma_e+\sigma_h)E_y + (\sigma_e\mu_e-\sigma_h\mu_h)BE_x $$

ステップ4:Hall 条件 $j_y=0$ を課す.試料の端が絶縁されているので,$y$ 方向に電流は流れない.すると

$$ E_y = -\frac{\sigma_e\mu_e-\sigma_h\mu_h}{\sigma_e+\sigma_h}BE_x $$

$B$ の0次では $j_x = (\sigma_e+\sigma_h)E_x$ なので,$E_x = j_x/(\sigma_e+\sigma_h)$ を代入すると

$$ E_y = \frac{\sigma_h\mu_h-\sigma_e\mu_e}{(\sigma_e+\sigma_h)^2}\,B\,j_x $$

Hall 係数の定義 $R_H \equiv E_y/(j_xB)$ より

$$ R_H = \frac{\sigma_h\mu_h-\sigma_e\mu_e}{(\sigma_e+\sigma_h)^2} = \frac{pe\mu_h^2-ne\mu_e^2}{e^2(n\mu_e+p\mu_h)^2} $$
$$ \begin{equation} R_H = \frac{1}{e}\,\frac{p\,\mu_h^{2}-n\,\mu_e^{2}}{\left(n\mu_e+p\mu_h\right)^{2}} \label{eq:17-hall} \end{equation} $$

∎

物理的意味:3つの極限で確かめる

(1) n 型($p=0$):

$$ R_H = \frac{1}{e}\cdot\frac{-n\mu_e^2}{n^2\mu_e^2} = -\frac{1}{ne} $$

第15章の結果に一致する.負である.

(2) p 型($n=0$):

$$ R_H = \frac{1}{e}\cdot\frac{p\mu_h^2}{p^2\mu_h^2} = +\frac{1}{pe} $$

正である.一方のキャリアが支配的であるかぎり,$R_H$ の符号が多数キャリアの種類を教える.これが Hall 測定の最大の効用である.両方のキャリアが効いてくると話はそう単純でなくなることを,すぐ下の (3) と「重要な帰結」で見る.

(3) 真性($n=p=n_i$):分子・分母の $n_i$ を整理すると

$$ R_H = \frac{1}{e}\cdot\frac{n_i(\mu_h^2-\mu_e^2)}{n_i^2(\mu_e+\mu_h)^2} = \frac{1}{n_ie}\cdot\frac{(\mu_h-\mu_e)(\mu_h+\mu_e)}{(\mu_e+\mu_h)^2} = \frac{1}{n_ie}\cdot\frac{\mu_h-\mu_e}{\mu_h+\mu_e} $$

ふつう $\mu_e>\mu_h$ なので$R_H<0$,つまり真性半導体の Hall 係数は負になる.電子と正孔が同数いても,移動度の大きい電子のほうが強く磁場に曲げられるからである.

重要な帰結.p 型半導体を高温にしていくと,真性領域に入って $n$ が増え,どこかで $p\mu_h^2 = n\mu_e^2$ になって $R_H$ がゼロを横切って符号を変える.実験で「Hall 係数の符号が反転する」現象が観測されるのはこのためである.このとき発散するのは $R_H$ 自身ではなく,単一キャリアだと思って換算した見かけの濃度 $n_H = 1/(eR_H)$ のほうである.$R_H$ は連続的にゼロを通り抜ける.$R_H$ の符号だけを見て「p 型だ」「n 型だ」と即断してはいけない,という戒めでもある.

例題17.15 Hall 測定から何が得られるか

厚さ $t=0.5\,\mathrm{mm}$ の Si 試料に電流 $I=1\,\mathrm{mA}$ を流し,磁場 $B=0.5\,\mathrm{T}$ をかけたところ,Hall 電圧 $V_H=+6.25\,\mathrm{mV}$ が測定された.また同じ試料の抵抗率は $\rho=13\,\Omega\,\mathrm{cm}$ であった.キャリアの種類・濃度・移動度を求めよ.

解答.Hall 電圧と Hall 係数の関係を導いておく.$V_H = E_y w$($w$ は試料の幅),$j_x = I/(wt)$ なので

$$ R_H = \frac{E_y}{j_xB} = \frac{V_H/w}{[I/(wt)]B} = \frac{V_H\,t}{I\,B} $$

幅 $w$ が消えるのが Hall 測定の便利なところである.数値を入れる:

$$ R_H = \frac{(6.25\times10^{-3}\,\mathrm{V})(0.5\times10^{-3}\,\mathrm{m})}{(1\times10^{-3}\,\mathrm{A})(0.5\,\mathrm{T})} = \frac{3.125\times10^{-6}}{5\times10^{-4}} = 6.25\times10^{-3}\ \mathrm{m^3/C} $$

(1) 符号が正 $\Rightarrow$ p 型.

(2) 濃度.$R_H = 1/(pe)$ より

$$ p = \frac{1}{R_He} = \frac{1}{(6.25\times10^{-3})(1.602\times10^{-19})} = 9.99\times10^{20}\ \mathrm{m^{-3}} = 1.0\times10^{15}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

(3) 移動度.p 型なので $\sigma = pe\mu_h$,一方 $R_H = 1/(pe)$ である.両者を掛けると $pe$ が消えて

$$ \sigma R_H = \left(pe\mu_h\right)\times\frac{1}{pe} = \mu_h $$

すなわち移動度は「伝導度 × Hall 係数」で求まる.キャリア濃度を経由しなくてよいのが便利なところである.単位を SI にそろえる.$\rho = 13\,\Omega\,\mathrm{cm} = 0.13\,\Omega\,\mathrm{m}$ なので $\sigma = 1/0.13 = 7.69\,\mathrm{S/m}$:

$$ \mu_h = \sigma R_H = 7.69\times(6.25\times10^{-3}) = 4.81\times10^{-2}\ \mathrm{m^2/(V\,s)} = 481\ \mathrm{cm^2/(V\,s)} $$

∎ 表17.10 の Si の正孔移動度 $480\,\mathrm{cm^2/(V\,s)}$ とよく一致する.Hall 測定1回で,キャリアの符号・濃度・移動度の3つが同時に決まる——これが Hall 効果が半導体評価の標準手法である理由である.

ただし1点だけ補正が要る.上で求めたのは正確にはHall 移動度であって,drift 移動度そのものではない.

Hall 因子.厳密には $\tau$ はエネルギーに依存し,Hall 測定で得られるのは

$$ \mu_{\text{Hall}} = r_H\,\mu_{\text{drift}}, \qquad r_H = \frac{\langle\tau^2\rangle}{\langle\tau\rangle^2} $$

である($r_H$ を Hall 因子という).音響フォノン散乱では $r_H = 3\pi/8 = 1.18$,イオン化不純物散乱では $r_H = 315\pi/512 = 1.93$.Cauchy–Schwarz の不等式 $\langle\tau^2\rangle\ge\langle\tau\rangle^2$ から $r_H\ge1$ なので,Hall 移動度は drift 移動度より大きめに出る.上の例なら真の drift 移動度は $481/1.18 = 408\,\mathrm{cm^2/(V\,s)}$ 程度と見積もられる.論文で移動度を報告するときは,どちらの量かを明示しなければならない.なお,この $r_H$ の式そのものは,等方的な単一の放物線帯・弱磁場($\omega_c\tau\ll1$)・エネルギーだけの関数として書ける緩和時間,という仮定のうえに立っている.多谷・非放物線・異方的な散乱では,Hall 因子はバンド構造と散乱のテンソル平均で決まり,この簡単な形からは外れる.

17.9.2 熱起電力(Seebeck 効果)

物理的意味:符号を測るもう1つの方法

試料の両端に温度差 $\Delta T$ をつけると,電圧 $\Delta V$ が現れる.比例係数

$$ S = -\frac{\Delta V}{\Delta T}\qquad[\mathrm{V/K}] $$

をSeebeck 係数(thermopower)という.

機構は簡単である.高温側ではキャリアの運動が激しく,低温側へ拡散する.キャリアが電子なら低温側が負に帯電し,正孔なら低温側が正に帯電する.したがって $S$ の符号もキャリアの種類を教える:n 型で $S<0$,p 型で $S>0$.

非縮退半導体(n 型)では

$$ \begin{equation} S \simeq -\frac{k_B}{e}\left(\frac{\epsilon_c-\mu}{k_BT}+A\right) \label{eq:17-seebeck} \end{equation} $$

と書ける.$A$ は散乱機構によって決まる定数で,音響フォノン散乱なら $A=2$ である.

数値を出す.$k_B/e = 86.17\,\mu\mathrm{V/K}$(これも覚えておく数).$N_D=10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$ の n 型 Si では,式 \eqref{eq:17-n} より $(\epsilon_c-\mu)/k_BT = \ln(N_c/n) = \ln(2.82\times10^{19}/10^{16}) = \ln(2820) = 7.94$ なので

$$ S = -86.17\times(7.94+2) = -856\ \mu\mathrm{V/K} $$

実測は $-1000\,\mu\mathrm{V/K}$ 程度.よく合う.

金属と比べる.$\mathrm{Cu}$ の $S$ は $+1.8\,\mu\mathrm{V/K}$ である.半導体は500倍も大きい.理由は式 \eqref{eq:17-seebeck} の $(\epsilon_c-\mu)/k_BT$ にある.金属では $\mu$ がバンドの中にあるのでこの項が $\sim1$ 以下だが,半導体では $\mu$ が帯端から $8k_BT$ も離れているので,それが増幅因子になる.自由電子模型で金属の熱起電力を見積もると $S\sim -\frac{\pi^2k_B^2T}{3e\epsilon_F}$ 程度になるが,これが小さいのは $k_BT/\epsilon_F\ll1$ だからである.熱電材料に半導体が使われるのは,この一点による.

熱電変換の性能指数は

$$ ZT = \frac{S^2\sigma}{\kappa}T $$

で,$S$ が2乗で効く.ただし $S$ を上げるには $\mu$ を帯端から遠ざける(=キャリアを減らす)必要があり,それは $\sigma$ を下げる.この綱引きの結果,$ZT$ は $n\sim10^{19}$–$10^{20}\,\mathrm{cm^{-3}}$ という「重くドープした半導体」で最大になる.$\mathrm{Bi_2Te_3}$ が室温の熱電材料の代表であるのは,この最適点に加えて,重原子ゆえに格子熱伝導率 $\kappa$ が小さいからである.

17.9.3 pn 接合について一言

補足:pn 接合の内蔵電位(詳細は半導体デバイス工学へ)

本書では pn 接合の詳細は扱わないが,本章で作った道具だけで最も重要な量を1つ導けるので,示しておく.

p 型(アクセプター $N_A$)と n 型(ドナー $N_D$)を接合すると,熱平衡では化学ポテンシャル $\mu$ が全体で一定になる(これが熱平衡の定義である).$\mu$ を揃えるためにバンドが曲がり,その曲がりの高さが内蔵電位(built-in potential)$V_{bi}$ である.

p 側では $p = N_A = N_v\ee^{-(\mu-\epsilon_v^{(p)})/k_BT}$,n 側では $n = N_D = N_c\ee^{-(\epsilon_c^{(n)}-\mu)/k_BT}$.両者の $\mu$ が同じなので,バンドのずれ $eV_{bi}$ を計算すると

$$ eV_{bi} = E_g - (\epsilon_c^{(n)}-\mu) - (\mu-\epsilon_v^{(p)}) = E_g - k_BT\ln\frac{N_c}{N_D}-k_BT\ln\frac{N_v}{N_A} $$ $$ = k_BT\left[\frac{E_g}{k_BT}-\ln\frac{N_cN_v}{N_DN_A}\right] = k_BT\ln\frac{N_DN_A\,\ee^{E_g/k_BT}}{N_cN_v} $$

ここで質量作用の法則 $n_i^2 = N_cN_v\ee^{-E_g/k_BT}$,すなわち $\ee^{E_g/k_BT}/(N_cN_v) = 1/n_i^2$ を使うと

$$ \begin{equation} V_{bi} = \frac{k_BT}{e}\ln\frac{N_AN_D}{n_i^{2}} \label{eq:17-vbi} \end{equation} $$

数値.Si で $N_A=N_D=10^{16}\,\mathrm{cm^{-3}}$,$n_i=10^{10}\,\mathrm{cm^{-3}}$ とすると

$$ \frac{N_AN_D}{n_i^2} = \frac{10^{32}}{10^{20}} = 10^{12}, \qquad \ln10^{12} = 27.63 $$ $$ V_{bi} = 0.0259\times27.63 = 0.72\ \mathrm{V} $$

「Si ダイオードの順方向電圧は約 $0.7\,\mathrm{V}$」という,電子回路で最初に習うあの数字である.それが $n_i$ を通じて $E_g$ に結びついていることが,これで見える.Ge ダイオードが $0.3\,\mathrm{V}$,GaAs の LED が $1.4\,\mathrm{V}$,GaN の青色 LED が $3\,\mathrm{V}$ 前後で光るのも,すべて式 \eqref{eq:17-vbi}(と $E_g$)の帰結である.

逆に言えば,ダイオードの順方向電圧を測ることは,バンドギャップを測ることに近い.手元のテスターでダイオードの $V_F$ を測ってみるとよい.それは17.5節で計算した $n_i$ の対数を見ていることになる.

17.10 まとめと演習

17.10.1 まとめ

17.10.2 演習問題

演習17.1 間接遷移の吸収端の指数を導く

間接遷移では,価電子帯と伝導帯の状態を自由に組み合わせられる.余剰エネルギーを $\Delta$ として,遷移可能な状態の組の数が

$$ J(\Delta)\propto\int_0^\Delta \sqrt{\epsilon}\,\sqrt{\Delta-\epsilon}\;\dd\epsilon $$

で与えられることを説明し,この積分を実行して $J\propto\Delta^2$ を示せ.さらに,2次元系($D(\epsilon)=$ 一定)ではどうなるか,1次元系($D\propto\epsilon^{-1/2}$)ではどうなるかを求めよ.

ヒント:本文の導出では $\epsilon=\Delta\sin^2\theta$ と置換した.2次元では $\int_0^\Delta 1\cdot1\,\dd\epsilon = \Delta$ で1次.1次元では $\int_0^\Delta\epsilon^{-1/2}(\Delta-\epsilon)^{-1/2}\dd\epsilon = \pi$ で $\Delta$ によらない定数(同じ置換で確かめられる).次元が下がるほど吸収端が急峻になり,量子井戸レーザーが低しきい値になる理由の一端がここにある.

演習17.2 Ge の真性キャリア濃度を計算し,温度依存性を調べる

(1) 例題17.8 の手順で $\mathrm{Ge}$($E_g=0.67\,\mathrm{eV}$,$m_{de}=0.56m$,$m_{dh}=0.37m$)の $n_i$ を $300\,\mathrm{K}$ で計算せよ.

(2) $n_i$ が2倍になる温度上昇 $\Delta T$ を,Si と Ge のそれぞれについて求めよ.

(3) この結果から,Ge トランジスタが Si トランジスタに置き換えられた理由を論ぜよ.

ヒント:(2) $T^{3/2}$ を無視すれば $\ln 2 = \frac{E_g}{2k_B}\left(\frac{1}{T}-\frac{1}{T+\Delta T}\right)\simeq\frac{E_g\Delta T}{2k_BT^2}$ より $\Delta T = \frac{2k_BT^2\ln2}{E_g}$.$T=300\,\mathrm{K}$ で Si は $\Delta T = 2\times0.0259\times300\times0.693/1.11 = 9.7\,\mathrm{K}$,Ge は $16\,\mathrm{K}$.答え (1) $1.8\times10^{13}\,\mathrm{cm^{-3}}$.(3) Ge は $n_i$ が Si より3桁大きいので,$70$–$80\,^\circ\mathrm{C}$ ですでに接合の漏れ電流が実用限界に達する.

演習17.3 水素様模型をいろいろな半導体に適用する

次の各半導体について,ドナー準位 $\epsilon_d$ と Bohr 半径 $a_d$ を計算し,(i) 室温でイオン化するか,(ii) 軌道が単位胞の何個分に広がるか,を論ぜよ.

(1) $\mathrm{Ge}$:$\epsilon=15.8$,$m^*=0.12m$,$a=5.66\,\text{Å}$
(2) $\mathrm{GaN}$:$\epsilon=9.5$,$m^*=0.20m$,$a=3.19\,\text{Å}$
(3) $\mathrm{ZnO}$:$\epsilon=8.5$,$m^*=0.28m$,$a=3.25\,\text{Å}$
(4) $\mathrm{TiO_2}$(ルチル):$\epsilon\simeq100$(静的誘電率,異方性が大きい),$m^*\simeq5m$

ヒント:(1) $\epsilon_d=6.5\,\mathrm{meV}$,$a_d=70\,\text{Å}$.(2) $\epsilon_d=30\,\mathrm{meV}$,$a_d=25\,\text{Å}$.(3) $\epsilon_d=53\,\mathrm{meV}$,$a_d=16\,\text{Å}$.$\mathrm{GaN}$,$\mathrm{ZnO}$ は $\epsilon$ が小さく $m^*$ が大きいので Si より深く,室温での完全イオン化が怪しくなる.(4) $13.6\times5/10^4 = 6.8\,\mathrm{meV}$ と極端に浅く見えるが,$\mathrm{TiO_2}$ では電子が格子を引きずる小さいポーラロンを作るため,この模型はそのままでは使えない.「模型の適用限界」を考える問題である.

演習17.4 有効質量テンソルと2種類の平均

Si の伝導帯の1つの谷は $m_l=0.92m$,$m_t=0.19m$ の回転楕円体である.

(1) 状態密度有効質量 $m_{de}$ と伝導度有効質量 $m_{ce}$ を計算し,なぜ前者に幾何平均が,後者に逆数の算術平均が現れるのかを説明せよ.

(2) 6つの谷があるとき,伝導度は等方的になることを示せ.(各谷は異方的なのに,全体としては立方対称性が回復する.)

(3) $[001]$ 方向に一軸応力をかけると,$[001]$ 谷と $[100],[010]$ 谷のエネルギーがずれる.低いほうの谷に電子が集まると移動度はどう変わるか.

ヒント:(1) $m_{de}=1.06m$,$m_{ce}=0.258m$.(2) 6つの谷の逆質量テンソルの和 $\sum_v(1/m)_{ij}^{(v)}$ を計算すると,$x,y,z$ の各方向に $m_l$ 型が2個・$m_t$ 型が4個ずつ現れるので,和は $\delta_{ij}$ に比例する.これは Neumann の原理(第4章)の帰結でもある.(3) 電子が $m_t$ の軽い方向に電流を運べる谷に集中すれば移動度は上がる.これが歪み Si(strained silicon)技術の原理で,現代の CMOS で実際に使われている.

演習17.5 Hall 係数がゼロになる条件

式 \eqref{eq:17-hall} を使って次を示せ.

(1) $R_H=0$ となる条件は $p\mu_h^2 = n\mu_e^2$,すなわち $p/n = (\mu_e/\mu_h)^2 = b^2$($b\equiv\mu_e/\mu_h$)であること.

(2) p 型半導体を昇温していくと,真性化にともなって $R_H$ が正から負へ反転する.反転が起こるときの $p$ を $n_i$ と $b$ で表せ.

(3) Si($b=1350/480=2.81$)と Ge($b=3900/1900=2.05$)について,反転が起こるときの $p/n_i$ を求めよ.

ヒント:(2) $np=n_i^2$ と $p=b^2n$ を連立して $n = n_i/b$,$p = bn_i$.(3) Si で $p/n_i = 2.81$,Ge で $2.05$.すなわち多数キャリア濃度が $n_i$ の2〜3倍まで下がった(=真性領域に入りかけた)ところで符号が反転する.実験データを解釈するとき,$R_H$ がゼロを横切る温度から $b$ が決まるという使い方ができる.

演習17.6 Arrhenius プロットからパラメータを読む

ある n 型半導体試料の Hall 測定から,キャリア濃度の温度依存性が次のように得られた.

$T$ / K3050100300500700800
$n$ / $\mathrm{cm^{-3}}$$3\times10^{12}$$2\times10^{14}$$4\times10^{15}$$5\times10^{15}$$5\times10^{15}$$2\times10^{16}$$2\times10^{17}$

(1) $\ln n$ を $1/T$ に対してプロットし,3つの領域を同定せよ.

(2) 飽和領域から $N_D$ を読み取れ.

(3) 凍結領域の傾きから $\epsilon_d$ を求めよ.

(4) 真性領域の傾きから $E_g$ を求め,この半導体が何か推定せよ.

ヒント:(2) $N_D = 5\times10^{15}\,\mathrm{cm^{-3}}$.(3) $T=30$ と $50\,\mathrm{K}$ の2点から $\ln(2\times10^{14}/3\times10^{12}) = \frac{\epsilon_d}{2k_B}\left(\frac{1}{30}-\frac{1}{50}\right)$.左辺 $=4.20$,右辺の括弧 $=0.01333\,\mathrm{K^{-1}}$ なので $\epsilon_d/2k_B = 315\,\mathrm{K}$,$\epsilon_d = 2\times8.617\times10^{-5}\times315 = 54\,\mathrm{meV}$.(4) $T=700$ と $800\,\mathrm{K}$ から $\ln 10 = \frac{E_g}{2k_B}\left(\frac{1}{700}-\frac{1}{800}\right)$.$2.303 = \frac{E_g}{2k_B}\times1.786\times10^{-4}$ より $E_g/2k_B = 1.29\times10^4\,\mathrm{K}$,$E_g = 2.2\,\mathrm{eV}$.$T^{3/2}$ の補正を無視しているので実際はもう少し小さく,$\mathrm{GaP}$($E_g=2.26\,\mathrm{eV}$)あたりが候補になる.

演習17.7 半古典的運動方程式と有効質量の総合問題

1次元バンド $\epsilon(k) = \epsilon_0-2t_h\cos ka$($t_h$ は飛び移り積分)の電子に,時刻 $t=0$ から一定電場 $E$($x$ 方向,大きさ $E>0$)をかける.散乱はないとする.

(1) $k(t)$ を求めよ.初期条件は $k(0)=0$.

(2) 群速度 $v_g(t)$ を求め,その時間依存性を図示せよ.

(3) 位置 $x(t)$ を求め,電子が振動すること(Bloch 振動)と,振幅が $\Delta x = 4t_h/(eE)$ になることを示せ.

(4) $t_h=1\,\mathrm{eV}$,$E=10^{4}\,\mathrm{V/m}$ のとき $\Delta x$ はいくらか.$a=3\,\text{Å}$ の何倍か.

ヒント:(1) $k(t)=-eEt/\hbar$.(2) $v_g = \frac{2t_ha}{\hbar}\sin ka = \frac{2t_ha}{\hbar}\sin\left(-\frac{eEat}{\hbar}\right)$,周期 $T_B = h/(eEa)$ の正弦振動.(3) $x(t)=\int v_g\dd t = \frac{2t_h}{eE}\left[\cos\left(\frac{eEat}{\hbar}\right)-1\right]$ なので振幅(全振幅)は $4t_h/(eE)$.(4) $\Delta x = 4\times1.602\times10^{-19}/(1.602\times10^{-19}\times10^4) = 4\times10^{-4}\,\mathrm{m} = 0.4\,\mathrm{mm}$.$a$ の $1.3\times10^{6}$ 倍.電子は100万個の原子のあいだを往復することになるが,実際には $\tau\sim10^{-13}\,\mathrm{s}$ で散乱されるので,そのごく一部しか進まない(例題17.3).

参考文献

  1. C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上)』第8版,宇野良清ほか訳,丸善出版,第8章「半導体結晶」.—— 本章の底本.本章では,Kittel が結果だけを示している式 (8.5)〜(8.60) 付近の代数をすべて補った.
  2. N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapters 12, 13, 28, 29. —— 半古典的運動方程式の厳密な導出(第12章)と,半導体の統計(第28章).17.2節の「注意」で触れた導出の限界について,最も丁寧な議論がある.
  3. S. M. Sze, K. K. Ng, Physics of Semiconductor Devices, 3rd ed., Wiley (2007), Chapter 1. —— 有効質量・移動度・$n_i$ などの数値データの標準的な出典.表17.6・表17.10 の値はこれに基づく.
  4. 浜口 智尋『半導体物理』朝倉書店.—— 日本語で書かれた半導体物理の標準的な教科書.有効質量近似とドナー準位の扱いが詳しい.
  5. G. Dresselhaus, A. F. Kip, C. Kittel, "Cyclotron Resonance of Electrons and Holes in Silicon and Germanium Crystals", Phys. Rev. 98, 368 (1955). —— 例題17.6 で触れたサイクロトロン共鳴の原論文.有効質量がテンソルであることを実験的に確立した.
  6. M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapters 14, 15. —— 17.3節の「谷の数=波数の星の大きさ」,17.4節の $\Gamma_{25'}\to\Gamma_8\oplus\Gamma_7$ の分裂を群論の言葉で扱っている.第11章の続きとして読むとよい.
  7. J. Tauc, R. Grigorovici, A. Vancu, "Optical Properties and Electronic Structure of Amorphous Germanium", Phys. Status Solidi B 15, 627 (1966). —— Tauc プロットの原論文.$\mathrm{TiO_2}$ などのギャップを拡散反射スペクトルから決めるときに引用される.
  8. 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 第4章・第11章で使った点群と波数群の道具立てが,本章17.3節・17.4節でそのまま働いている.