第15章自由電子Fermi気体
第13章と第14章では,結晶の中でイオンが振動する話をした.本章からは,その結晶の中を電子が動く話に移る.金属が電気を流し,熱を伝え,金属光沢を持つのはなぜか.その最初の答えを与えるのが,本章の自由電子Fermi気体(free electron Fermi gas)模型である.
この模型の仮定は,拍子抜けするほど乱暴である.「金属の価電子は,箱の中を自由に飛び回る粒子である」.イオンが作る周期ポテンシャルは無視する.電子同士のCoulomb斥力も無視する.残るのは運動エネルギー $\hbar^2k^2/2m$ と,Pauliの排他律だけである.それだけで,金属の比熱・電気伝導率・熱伝導率・Hall係数が,桁で合う精度で説明できてしまう.
歴史的にも重要な章である.1900年に Drude が提唱した古典的自由電子模型は,電気伝導率 $\sigma=ne^2\tau/m$ と Wiedemann–Franz 則を見事に説明した.しかし同時に,電子比熱の破滅的な失敗を抱えていた.古典統計によれば $N$ 個の自由電子は $\frac32Nk_B$ の比熱を持つはずなのに,実測される金属の比熱は絶縁体とほとんど同じ $3Nk_B$(Dulong–Petit)でしかない.「電子は電流を運ぶのに熱を運ばない」というこの矛盾が,25年以上のあいだ固体物理学の最大の謎であった.
1928年,Sommerfeld はここに Fermi–Dirac 統計を持ち込んだ.すると答えはあっけないほど自然に出た.電子は Pauli 原理によって $\epsilon_F$ まで隙間なく詰まっており,熱で励起できるのは Fermi 準位から $k_BT$ の幅にいるごく一部(金属では約 $0.5\%$)だけである.したがって電子比熱は古典値の $T/T_F$ 倍に抑えられ,しかも $T$ に比例する.本章では,この $C_{el}=\gamma T$ を,Sommerfeld 展開の完全な導出を経て,途中式をひとつも飛ばさずに手に入れる.
そして最後に,この模型の限界を見る.自由電子模型はSiやGeがなぜ半導体なのかを説明できないし,AlやBeでHall係数が正になることも説明できない.この2つの失敗が,第16章のエネルギーバンド,第18章のFermi面へと私たちを押し出す.
- 1次元の箱の量子化 $\epsilon_n=\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{n\pi}{L}\right)^2$ と,Pauli原理による詰め方
- 周期境界条件による $\kk$ の量子化と,$\kk$ 空間で1状態が占める体積 $(2\pi/L)^3$(スピン因子2がどこで入るか)
- $k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$,$\epsilon_F=\frac{\hbar^2}{2m}(3\pi^2n)^{2/3}$,$D(\epsilon)=\frac{3N}{2\epsilon_F}\sqrt{\epsilon/\epsilon_F}$ の導出
- Na, Cu, Al の $n,k_F,\epsilon_F,T_F,v_F$ を実際に手で計算し,$T_F\sim10^5\,$K という桁を体感すること
- Fermi–Dirac分布の統計力学的導出と,化学ポテンシャル $\mu$ と $\epsilon_F$ の区別
- Sommerfeld展開の完全導出(部分積分 → Taylor展開 → モーメント積分 $\int x^2\ee^x/(\ee^x+1)^2\dd x=\pi^2/3$)
- 電子比熱 $C_{el}=\frac{\pi^2}{3}k_B^2TD(\epsilon_F)=\gamma T$ と,$\mu(T)$ の補正を忘れると答えが合わないこと
- $C/T$ vs $T^2$ プロットで $\gamma$ と Debye の $\beta$ を分離する実験法,有効質量 $m^*/m=\gamma_{\rm obs}/\gamma_{\rm free}$
- Drudeの伝導度 $\sigma=ne^2\tau/m$,$\kk$ 空間でのFermi球のずれ,交流伝導度とプラズマ振動数
- Hall効果 $R_H=-1/ne$ の導出と,正の $R_H$ が出る金属の謎
- Wiedemann–Franz則 $L=\frac{\pi^2}{3}(k_B/e)^2=2.44\times10^{-8}\,\mathrm{W\,\Omega\,K^{-2}}$
15.1 1次元の箱の中の電子
15.1.1 模型の設定 — 何を捨てるのか
定義:自由電子気体(free electron gas)
金属の価電子(Naなら $3s^1$ の1個,Cuなら $4s^1$ の1個,Alなら $3s^23p^1$ の3個)が,体積 $V$ の箱の中を互いに相互作用せず,またイオンからの力も受けずに運動しているとする模型.
1電子のHamiltonianは運動エネルギーだけである:
$$ \Ham = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 $$Fermi–Dirac統計に従うことを強調するときは自由電子Fermi気体(free electron Fermi gas)という.
注意:捨てたものを自覚しておく
この模型が捨てているものは3つある.あとで「なぜうまくいくのか」「どこで破綻するのか」を考えるときに,必ずここへ戻ってくる.
- イオンが作る周期ポテンシャル $U(\rr)=U(\rr+\TT)$.これを入れるとエネルギーギャップが開き,金属と絶縁体が区別できるようになる(第16章).
- 電子どうしのCoulomb斥力.金属中の電子間距離は数 Å なので $e^2/4\pi\epsilon_0 r\sim$ 数 eV あり,$\epsilon_F$ と同程度である.決して小さくない.それでも自由電子的にふるまう理由は 15.9 節で述べる(Landau の Fermi 液体論).
- イオンとの衝突(散乱).これは 15.6 節で緩和時間 $\tau$ という現象論的パラメータとして復活させる.$\tau$ の値そのものを模型が予言することはできない.
捨てたものの大きさから見て,この模型が働く理由はまったく自明ではない.それでも働くのだから,まず働かせてみる —— それが本章の態度である.
15.1.2 1次元の井戸型ポテンシャル
いきなり3次元に行かず,まず長さ $L$ の1次元の線分に閉じ込められた1個の電子を考える.両端に無限に高い壁があるとする.
導出:1次元の箱のエネルギー準位
領域 $0<x<L$ ではポテンシャルはゼロなので,定常状態のSchrödinger方程式は
$$ -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\dd^2\psi_n}{\dd x^2} = \epsilon_n \psi_n $$である.ここで $\epsilon_n$ を運動エネルギーとして,
$$ k_n^2 \equiv \frac{2m\epsilon_n}{\hbar^2} $$と置くと,方程式は
$$ \frac{\dd^2\psi_n}{\dd x^2} = -k_n^2\psi_n $$という見慣れた形になる.一般解は
$$ \psi_n(x) = A\sin(k_nx) + B\cos(k_nx) $$である.ここに境界条件を課す.壁が無限に高いので波動関数は壁の外にしみ出せず,$\psi_n(0)=\psi_n(L)=0$ でなければならない.
まず $x=0$:$\psi_n(0)=A\cdot0+B\cdot1=B=0$.したがって $B=0$,つまり $\cos$ の項は落ちる.
次に $x=L$:$\psi_n(L)=A\sin(k_nL)=0$.$A=0$ では波動関数が恒等的にゼロになってしまい電子が存在しないことになるので,$A\ne0$ とすると
$$ \sin(k_nL)=0 \quad\Longrightarrow\quad k_nL = n\pi \quad (n=1,2,3,\dots) $$すなわち
$$ k_n = \frac{n\pi}{L} $$である($n=0$ は $\psi\equiv0$ なので除く.$n<0$ は $\sin$ が奇関数なので符号を除いて $n>0$ と同じ状態を与え,新しい状態ではない —— この事実は 15.2 節の周期境界条件と対比すると重要になる).
$k_n^2=2m\epsilon_n/\hbar^2$ に戻して $\epsilon_n$ について解けば
∎ 準位は $n^2$ に比例して開いていく.規格化定数は $\int_0^L\abs{\psi_n}^2\dd x=1$ から $A=\sqrt{2/L}$ である.
物理的意味:$L$ を変えると準位間隔がどう変わるか
式 \eqref{eq:15-1dlevels} で $n=1$ とおくと $\epsilon_1=\hbar^2\pi^2/2mL^2$ である.数値を入れてみよう.
| 箱の大きさ $L$ | $\epsilon_1=\dfrac{\hbar^2\pi^2}{2mL^2}$ | 状況 |
|---|---|---|
| $5\,\text{Å}$(原子1個ぶん) | $2.41\times10^{-19}\,\mathrm{J}=1.50\,\mathrm{eV}$ | 原子・分子のスケール.量子化がはっきり見える |
| $1\,\mathrm{cm}$(試料の大きさ) | $6.02\times10^{-34}\,\mathrm{J}=3.76\times10^{-15}\,\mathrm{eV}$ | 準位間隔が事実上ゼロ.連続とみなしてよい |
$1\,\mathrm{cm}$ の試料では,準位間隔が室温の熱エネルギー $k_BT=25.9\,\mathrm{meV}$ の $10^{-13}$ 倍しかない.だからマクロな試料ではエネルギー準位を連続とみなし,和を積分に置き換えてよい.この置き換えを 15.2 節で正当化して使う.
逆に $L$ を $\mathrm{nm}$ 程度まで小さくすると,準位間隔が $k_BT$ を超える.これが量子ドットや量子井戸の物理である.
15.1.3 Pauli原理による詰め方とFermi準位
いま箱の中に電子が1個ではなく $N$ 個あるとする.相互作用を無視しているので,各電子は式 \eqref{eq:15-1dlevels} の準位のどれかに入る.ではどう入るか.
定義:軌道とPauliの排他律
1個の電子に対するSchrödinger方程式の解を軌道(orbital)という.電子はスピン量子数 $m_s=\pm\frac12$ を持つので,ひとつの軌道 $n$ には最大2個(上向きスピン1個・下向きスピン1個)の電子が入れる.
これがPauliの排他律(Pauli exclusion principle)である.「ひとつの量子状態には高々1個のFermi粒子しか入れない」を,軌道とスピンに分けて述べた形になっている.
導出:1次元でのFermiエネルギー
基底状態($T=0$)では,電子はエネルギーの低い軌道から順に2個ずつ詰まる.$N$ 個の電子($N$ は偶数とする)を詰めると,$n=1$ から $n=n_F$ までが埋まる.ここで
$$ 2n_F = N \quad\Longrightarrow\quad n_F = \frac{N}{2} $$である.最高被占準位のエネルギーをFermiエネルギー(Fermi energy)$\epsilon_F$ という.式 \eqref{eq:15-1dlevels} に $n=n_F=N/2$ を代入して
∎ 1次元では $\epsilon_F$ が線密度 $N/L$ の2乗に比例する.3次元では 15.2 節で見るように $n^{2/3}$ になる.次元によって指数が変わるのは,$k$ 空間で「体積 $\propto k^d$」の $d$ が変わるからである.
なぜ「詰まっている」ことがそんなに大事なのか
古典的な気体なら,$T=0$ ですべての粒子が最低エネルギー状態 $\epsilon=0$ に落ちる.Fermi気体はそうならない.Pauli原理のせいで,$T=0$ でも電子は $\epsilon=0$ から $\epsilon=\epsilon_F$ までびっしり詰まっており,平均エネルギーはゼロでない.
この「詰まっている」という一点が,本章のほとんどすべての結論を生む.
- 比熱が小さい(15.5節):$\epsilon_F$ より十分下にいる電子は,$k_BT$ のエネルギーをもらっても行き先の空席がないので励起できない.動けるのは Fermi 面近傍の電子だけ.
- 速度が大きい(15.2節):$T=0$ でも最高被占準位の電子は $v_F=\hbar k_F/m\sim10^6\,\mathrm{m/s}$ で走っている.熱運動ではなく,Pauli原理が強いる運動である.
- 電子どうしが散乱しない(15.9節):2電子が衝突しようにも,散乱後の行き先がほとんど埋まっている.位相空間が $(k_BT/\epsilon_F)^2$ に潰れる.
15.2 3次元と周期境界条件 — Fermi球
15.2.1 なぜ固定端でなく周期境界条件を使うのか
3次元に進むにあたって,境界条件を取り替える.15.1 節で使った固定端条件($\psi=0$)ではなく,周期境界条件(periodic boundary condition, Born–von Kármán条件)を課す:
$$ \psi(x+L,y,z)=\psi(x,y,z),\quad \psi(x,y+L,z)=\psi(x,y,z),\quad \psi(x,y,z+L)=\psi(x,y,z) $$なぜ:周期境界条件のほうが便利な3つの理由
- 進行波が使える.固定端条件の解 $\sin(k_nx)$ は定在波であり,右向きと左向きの成分が同じだけ含まれる.したがって電流を運ばない.電気伝導を論じるには,$\ee^{\ii kx}$ という進行波の形の解が要る(15.6節).
- 並進対称性が保たれる.周期境界条件のもとでは系はどこも同等になり,$\kk$ が良い量子数になる.これは第11章で並進群の既約表現から $\kk$ が出てきた話とまったく同じ構造である.実際,自由電子は「格子定数がゼロの極限の結晶」とみなせる.
- バルクの性質は境界に依らない.表面の原子数は全体の $\sim N^{-1/3}$ しかない.$N\sim10^{23}$ なら $10^{-8}$ 程度である.したがって境界条件の選び方はバルクの物理量に影響しない.実際,$\epsilon_F$ も $D(\epsilon)$ も,どちらの境界条件で数えても同じ答えになる(1次元の場合を 15.2.2 項の注意ボックスで確かめる).
「試料を丸めて $x$, $y$, $z$ 方向それぞれをつないだ超立方体トーラスにする」という描像で理解してよい.第11章 11.2 節(11.2.1項)では1次元鎖を環にする図を描いたが,それの3次元版である.
15.2.2 平面波解と $\kk$ の量子化
導出:$\psi_\kk=\ee^{\ii\kk\cdot\rr}$ が解であること,および $\kk$ の量子化
3次元の自由電子のSchrödinger方程式は
$$ -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\psi_\kk(\rr) = \epsilon_\kk\,\psi_\kk(\rr), \qquad \nabla^2 = \frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2} $$である.試しに平面波
$$ \psi_\kk(\rr) = \frac{1}{\sqrt V}\ee^{\ii\kk\cdot\rr} = \frac{1}{\sqrt V}\ee^{\ii(k_xx+k_yy+k_zz)} $$を代入する.$x$ での2階微分は
$$ \frac{\partial^2}{\partial x^2}\ee^{\ii k_xx} = (\ii k_x)^2\ee^{\ii k_xx} = -k_x^2\,\ee^{\ii k_xx} $$である.$y$, $z$ も同様だから
$$ \nabla^2\psi_\kk = -(k_x^2+k_y^2+k_z^2)\psi_\kk = -k^2\psi_\kk $$となり,方程式に戻すと
すなわち平面波は確かに解であり,そのエネルギーは $k=\abs{\kk}$ だけで決まる.等エネルギー面は $\kk$ 空間の球面である.これが Fermi 球の起源である.
次に境界条件を課す.$x$ 方向の周期性は
$$ \ee^{\ii k_x(x+L)} = \ee^{\ii k_xx} \quad\Longleftrightarrow\quad \ee^{\ii k_xL} = 1 $$を要求する.$\ee^{\ii\theta}=1$ となるのは $\theta$ が $2\pi$ の整数倍のときだから
$$ k_xL = 2\pi n_x \quad\Longrightarrow\quad k_x = \frac{2\pi n_x}{L},\qquad n_x = 0,\pm1,\pm2,\dots $$$y$, $z$ も同じである.まとめて
∎
注意:$\pi/L$ か $2\pi/L$ か —— 固定端との違い
15.1 節の固定端条件では $k_n=n\pi/L$($n=1,2,3,\dots$),周期境界条件では $k=2\pi n/L$($n=0,\pm1,\pm2,\dots$)である.間隔は2倍になったが,負の $n$ も独立な状態として数えるので,単位長さあたりの状態数は同じになる.
1次元で確かめよう.$-K<k<K$ の範囲にある状態数は,
- 固定端:$k=n\pi/L$,$n=1,\dots,KL/\pi$ で $KL/\pi$ 個($k>0$ のみ)
- 周期:$k=2\pi n/L$,$n=-KL/2\pi,\dots,+KL/2\pi$ で $KL/\pi$ 個
ぴったり一致する.境界条件の選び方はバルクの数え上げに影響しない,という先ほどの主張の具体例である.
物理的意味:平面波は運動量の固有状態である
運動量演算子 $\hat\pp=-\ii\hbar\nabla$ を平面波に作用させると
$$ \hat\pp\,\psi_\kk = -\ii\hbar\nabla\left(\frac{1}{\sqrt V}\ee^{\ii\kk\cdot\rr}\right) = -\ii\hbar\cdot\ii\kk\,\psi_\kk = \hbar\kk\,\psi_\kk $$となり,$\psi_\kk$ は固有値 $\hbar\kk$ を持つ運動量固有状態である.したがって
$$ \pp = \hbar\kk,\qquad \vv = \frac{\pp}{m} = \frac{\hbar\kk}{m} $$である.固定端の $\sin(kx)$ ではこうはいかない($\sin$ は $\ee^{\ii kx}$ と $\ee^{-\ii kx}$ の重ね合わせで,運動量の固有状態ではない).周期境界条件を選んだ最大の御利益がこれである.
ただし注意:この $\hbar\kk=\pp$ という等式が成り立つのは自由電子だけである.周期ポテンシャルがある場合,Bloch状態の $\hbar\kk$ は真の運動量ではなく結晶運動量(crystal momentum)である.第11章 11.3 節および第17章で詳しく扱う.
15.2.3 $\kk$ 空間で1状態が占める体積
導出:1状態あたりの $\kk$ 空間体積 $(2\pi/L)^3$
式 \eqref{eq:15-kquant} が言っているのは,許される $\kk$ が $\kk$ 空間に間隔 $2\pi/L$ の単純立方格子をなす,ということである(図15.1(b)).
この格子の単位胞の体積は
である($V=L^3$).1つの許される $\kk$ 点が,$\kk$ 空間の体積 $8\pi^3/V$ を独り占めしていると読む.
したがって,$\kk$ 空間の領域 $\Omega$ の中にある許される $\kk$ 点の個数は
$$ (\text{$\kk$点の数}) = \frac{\Omega\text{の体積}}{8\pi^3/V} = \frac{V}{8\pi^3}\times(\Omega\text{の体積}) $$である.同じことだが,$\kk$ についての和を積分に直す規則として書くと
∎ 係数 $V/(2\pi)^3$ が「$\kk$ 空間の単位体積あたりの状態数」である.第14章でフォノンを数えたときとまったく同じ規則である.フォノンと電子で違うのは,次に述べるスピンの因子だけである.
注意:スピン因子2はここで入る —— 最も間違えやすい点
式 \eqref{eq:15-sumtoint} が数えているのは軌道($\kk$ 点)の個数であって,電子の個数ではない.電子はスピン $\pm\frac12$ の2つの状態を取れるので,
$$ (\text{電子が入れる状態の数}) = 2\times(\kk\text{点の数}) $$である.この因子2を,
- 状態密度 $D(\epsilon)$ の定義に含める(本章の流儀.$D(\epsilon)$ は「単位エネルギーあたりの電子が入れる状態の数」)
- 含めずに軌道の密度とし,あとで2を掛ける
のどちらの流儀もある.文献を読むときは必ず確認すること.本章では常に因子2を含めた $D(\epsilon)$ を使う.
フォノン(第14章)では,因子は「偏極の数3」であった.粒子の内部自由度がいくつあるかが違うだけで,数え方の骨格は同じである.
15.2.4 Fermi球,$k_F$,$\epsilon_F$
導出:$k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$ と $\epsilon_F$
$T=0$ の基底状態を作る.エネルギー \eqref{eq:15-dispersion} は $\abs{\kk}$ だけの増加関数なので,エネルギーの低い順に詰めるということは,原点に近い $\kk$ 点から順に詰めるということである.$N$ 個の電子を詰め終えたとき,占有された領域は原点を中心とする球になる.これをFermi球(Fermi sphere),その半径をFermi波数(Fermi wavevector)$k_F$,球面をFermi面(Fermi surface)という.
Fermi球の体積は $\frac43\pi k_F^3$.式 \eqref{eq:15-kvolume} より,この中にある $\kk$ 点の数は
$$ (\kk\text{点の数}) = \frac{\dfrac43\pi k_F^3}{\dfrac{8\pi^3}{V}} = \frac43\pi k_F^3\cdot\frac{V}{8\pi^3} = \frac{V k_F^3}{6\pi^2} $$である.ここでスピンの因子2を掛けて,電子数に直す:
$$ N = 2\times\frac{Vk_F^3}{6\pi^2} = \frac{Vk_F^3}{3\pi^2} $$両辺を $V$ で割り,電子密度 $n\equiv N/V$ を導入すると
$$ n = \frac{k_F^3}{3\pi^2} \quad\Longrightarrow\quad k_F^3 = 3\pi^2 n $$両辺の3乗根をとって
これを分散関係 \eqref{eq:15-dispersion} に入れれば Fermi エネルギーが出る:
あわせて,Fermi面上の電子の速度(Fermi速度)と,$\epsilon_F$ を温度に換算したFermi温度を定義する:
∎
物理的意味:$k_F$ は電子密度だけで決まる
式 \eqref{eq:15-kF} を眺めると,$k_F$ には $\hbar$ も $m$ も入っていない.$k_F$ は純粋に幾何学的な量であり,「電子を密度 $n$ で詰めたとき,Fermi球の半径がいくらになるか」という数え上げの答えでしかない.
質量 $m$ が現れるのは $\epsilon_F$ や $v_F$ からである.したがって,のちに有効質量 $m^*$ を導入して $m\to m^*$ と置き換えるとき,$k_F$ は変わらず $\epsilon_F,v_F$ だけが変わる.この使い分けは第17章・第18章で効いてくる.
もうひとつ,$\lambda_F=2\pi/k_F$ を Fermi 波長という.$k_F=1.36\,\text{Å}^{-1}$(Cu)なら $\lambda_F\simeq4.6\,\text{Å}$ で,格子定数 $a=3.615\,\text{Å}$ と同じ桁である.単位胞あたりのキャリアが1個程度ある通常の金属では,Fermi面は第1Brillouin域と同程度の大きさになるということであり,だからこそ周期ポテンシャルの効果(Bragg反射)が Fermi 面を必ず変形させる.第18章の主題である.なお,半金属や低濃度にドープした半導体のように単位胞あたりのキャリア数がはるかに少ない系では,$k_F$ は $2\pi/a$ より桁で小さくなり,Fermi 面は Brillouin 域の片隅の小さなポケットにしかならない.
15.2.5 状態密度 $D(\epsilon)$
導出:$D(\epsilon)\propto\sqrt\epsilon$ の2通りの出し方
方法1:$N(\epsilon)$ を作って微分する.いま $\epsilon$ 以下のエネルギーを持つ状態の総数を $N(\epsilon)$ とする.上の導出で $k_F\to k=\sqrt{2m\epsilon}/\hbar$ と読み替えるだけでよい:
$$ N(\epsilon) = \frac{V}{3\pi^2}k^3 = \frac{V}{3\pi^2}\left(\frac{\sqrt{2m\epsilon}}{\hbar}\right)^3 = \frac{V}{3\pi^2}\left(\frac{2m\epsilon}{\hbar^2}\right)^{3/2} = \frac{V}{3\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\epsilon^{3/2} $$状態密度は,これを $\epsilon$ で微分したものである(定義:$D(\epsilon)\dd\epsilon$ が $\epsilon$ と $\epsilon+\dd\epsilon$ の間の状態数).$\dfrac{\dd}{\dd\epsilon}\epsilon^{3/2}=\dfrac32\epsilon^{1/2}$ を使って
$$ D(\epsilon) = \frac{\dd N}{\dd\epsilon} = \frac{V}{3\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\cdot\frac32\epsilon^{1/2} $$方法2:対数微分を使う(こちらが速い).$N(\epsilon)\propto\epsilon^{3/2}$ の両辺の対数を取ると $\ln N = \frac32\ln\epsilon + \text{const}$.$\epsilon$ で微分して
$$ \frac{1}{N}\frac{\dd N}{\dd\epsilon} = \frac{3}{2\epsilon} \quad\Longrightarrow\quad D(\epsilon) = \frac{\dd N}{\dd\epsilon} = \frac{3N(\epsilon)}{2\epsilon} $$特に $\epsilon=\epsilon_F$ では $N(\epsilon_F)=N$(全電子数)だから
この形は 15.5 節の比熱で主役になる.さらに $D\propto\sqrt\epsilon$ を使えば,任意の $\epsilon$ での値も $\epsilon_F$ での値から書ける:
∎ 方法1と方法2が同じものを与えることは,$N=\frac{V}{3\pi^2}(2m/\hbar^2)^{3/2}\epsilon_F^{3/2}$ を \eqref{eq:15-dosF} に代入すれば直ちに確かめられる.
数学ノート:状態密度の一般形と,$\sqrt\epsilon$ が自由電子に特有であること
状態密度は,一般には等エネルギー面 $S(\epsilon)$ 上の面積分
$$ D(\epsilon) = \frac{2}{(2\pi)^3}\int_{S(\epsilon)}\frac{\dd S}{\abs{\nabla_\kk\epsilon(\kk)}}\times V $$で与えられる(因子2はスピン).自由電子では $\epsilon=\hbar^2k^2/2m$,$\abs{\nabla_\kk\epsilon}=\hbar^2k/m$,$S=4\pi k^2$ なので
$$ D(\epsilon) = \frac{2V}{8\pi^3}\cdot\frac{4\pi k^2}{\hbar^2k/m} = \frac{V m k}{\pi^2\hbar^2} = \frac{Vm}{\pi^2\hbar^2}\frac{\sqrt{2m\epsilon}}{\hbar} = \frac{V}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt\epsilon $$となり,式 \eqref{eq:15-dos} と一致する.
ここで重要なのは,$\abs{\nabla_\kk\epsilon}=0$ になる点(バンドの極大・極小・鞍点)で被積分関数が発散し,$D(\epsilon)$ に特異点が現れることである.これがvan Hove特異点で,第14章でフォノンについて見たものと同じである.自由電子では $\nabla_\kk\epsilon$ が $\kk=0$ 以外でゼロにならないので,$D(\epsilon)$ はなめらかな $\sqrt\epsilon$ のままである.実在の金属で $D(\epsilon)$ が $\sqrt\epsilon$ から大きくずれるのは,バンド構造にvan Hove特異点があるからである(第16章・第18章).
次元による違いも押さえておくと役に立つ.$D(\epsilon)\propto\epsilon^{(d-2)/2}$ であり,
- 3次元:$D\propto\sqrt\epsilon$(バンド底でゼロ)
- 2次元:$D=$ 一定(バンド底で階段状に立ち上がる.半導体量子井戸の特徴.演習15.1)
- 1次元:$D\propto1/\sqrt\epsilon$(バンド底で発散.カーボンナノチューブの光吸収に現れる)
15.2.6 実在金属で数値を出してみる
公式が出たら数値を入れる.ここが最も大事なところである.以下で使う定数は
$$ \hbar = 1.0546\times10^{-34}\,\mathrm{J\,s},\quad m = 9.109\times10^{-31}\,\mathrm{kg},\quad k_B = 1.3806\times10^{-23}\,\mathrm{J/K},\quad 1\,\mathrm{eV}=1.6022\times10^{-19}\,\mathrm{J} $$例題15.1 銅の $n,\,k_F,\,\epsilon_F,\,T_F,\,v_F$ を電卓で出す
Cuは面心立方(fcc),格子定数 $a=3.615\,\text{Å}=3.615\times10^{-10}\,\mathrm{m}$.電子配置は $[\mathrm{Ar}]3d^{10}4s^1$ なので,価電子は $4s$ の1個とする.すべての量を求めよ.
解答.
(1) 電子密度 $n$.fcc の慣用単位胞には原子が4個入る(第2章).1原子あたり価電子1個だから,単位胞あたり電子4個.
$$ n = \frac{4}{a^3} = \frac{4}{(3.615\times10^{-10})^3} = \frac{4}{4.724\times10^{-29}\,\mathrm{m^3}} = 8.47\times10^{28}\,\mathrm{m^{-3}} $$($1\,\mathrm{cm^{-3}}$ 単位なら $8.47\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$.原子密度と同じ桁であることを確認しておくとよい.)
(2) $k_F$.式 \eqref{eq:15-kF} に代入する.$3\pi^2=29.61$ だから
$$ k_F^3 = 3\pi^2 n = 29.61\times8.47\times10^{28} = 2.507\times10^{30}\,\mathrm{m^{-3}} $$ $$ k_F = (2.507\times10^{30})^{1/3} = (2.507)^{1/3}\times10^{10} = 1.359\times10^{10}\,\mathrm{m^{-1}} = 1.36\,\text{Å}^{-1} $$($10^{30}$ の3乗根が $10^{10}$ になるように指数を3の倍数にそろえるのがコツである.)
(3) $\epsilon_F$.式 \eqref{eq:15-eF} に代入する.
$$ \epsilon_F = \frac{\hbar^2k_F^2}{2m} = \frac{(1.0546\times10^{-34})^2\times(1.359\times10^{10})^2}{2\times9.109\times10^{-31}} $$分子は $1.1122\times10^{-68}\times1.846\times10^{20}=2.053\times10^{-48}$,分母は $1.822\times10^{-30}$.したがって
$$ \epsilon_F = \frac{2.053\times10^{-48}}{1.822\times10^{-30}} = 1.127\times10^{-18}\,\mathrm{J} = \frac{1.127\times10^{-18}}{1.6022\times10^{-19}}\,\mathrm{eV} = 7.03\,\mathrm{eV} $$(4) $T_F$.
$$ T_F = \frac{\epsilon_F}{k_B} = \frac{1.127\times10^{-18}}{1.3806\times10^{-23}} = 8.16\times10^{4}\,\mathrm{K} $$(5) $v_F$.
$$ v_F = \frac{\hbar k_F}{m} = \frac{1.0546\times10^{-34}\times1.359\times10^{10}}{9.109\times10^{-31}} = \frac{1.433\times10^{-24}}{9.109\times10^{-31}} = 1.57\times10^{6}\,\mathrm{m/s} $$光速の $0.52\%$ である.∎
| 金属 | 構造 | 価電子数 $z$ | $a$ (Å) | $n$ ($10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$) | $k_F$ (Å$^{-1}$) | $\epsilon_F$ (eV) | $T_F$ ($10^4$ K) | $v_F$ ($10^6$ m/s) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Li | bcc | 1 | 3.491 | 4.70 | 1.12 | 4.75 | 5.51 | 1.29 |
| Na | bcc | 1 | 4.225 | 2.65 | 0.92 | 3.24 | 3.76 | 1.07 |
| K | bcc | 1 | 5.225 | 1.40 | 0.75 | 2.12 | 2.46 | 0.86 |
| Cu | fcc | 1 | 3.615 | 8.47 | 1.36 | 7.03 | 8.16 | 1.57 |
| Ag | fcc | 1 | 4.086 | 5.86 | 1.20 | 5.50 | 6.39 | 1.39 |
| Au | fcc | 1 | 4.078 | 5.90 | 1.20 | 5.53 | 6.41 | 1.39 |
| Al | fcc | 3 | 4.050 | 18.1 | 1.75 | 11.65 | 13.5 | 2.02 |
| Be | hcp | 2 | $a{=}2.29,c{=}3.58$ | 24.7 | 1.94 | 14.3 | 16.6 | 2.25 |
物理的意味:$\epsilon_F\sim$ 数 eV,$T_F\sim10^5\,$K が意味すること
表15.2の数字から読み取るべきことは,次の4点である.
(1) $T_F\gg T$ —— 電子気体は「極端に縮退している」.室温 $T=300\,\mathrm{K}$ に対して
$$ \frac{T}{T_F} = \frac{300}{8.16\times10^4} = 3.7\times10^{-3}\quad(\mathrm{Cu}) $$である.つまり室温は電子にとって絶対零度も同然である.金属を融点まで加熱しても(Cuなら $1358\,\mathrm{K}$)$T/T_F=0.017$ にすぎない.電子気体が古典的にふるまう($T\gtrsim T_F$)ためには $10^5\,\mathrm{K}$ 必要で,そんな温度で金属は存在しない.
この一点が「なぜ電子は比熱にほとんど寄与しないのか」の答えである.25年の謎が,この数字ひとつで解ける.
(2) $v_F$ は熱速度よりはるかに大きい.もし電子が古典的な理想気体なら,室温での平均速度は
$$ v_{\rm th} = \sqrt{\frac{3k_BT}{m}} = \sqrt{\frac{3\times1.3806\times10^{-23}\times300}{9.109\times10^{-31}}} = \sqrt{1.364\times10^{10}} = 1.17\times10^{5}\,\mathrm{m/s} $$である.$v_F=1.57\times10^6\,\mathrm{m/s}$ はこれの13倍以上ある.しかもこの速度は温度をゼロに下げても消えない.Pauli の排他原理が電子を高い $\kk$ の状態にまで押し上げることで強いられる運動であり,縮退運動(Fermi 運動)と呼ぶ.調和振動子の零点運動と混同しないでほしい.あちらは不確定性関係が生む運動であり,こちらは排他原理が生む運動である.15.6 節で平均自由行程を見積もるとき,$v_{\rm th}$ ではなく $v_F$ を使わなければならない理由がここにある.
(3) $\epsilon_F$ は原子のエネルギースケールと同じ桁である.数 eV というのは,原子の価電子の結合エネルギー,可視光の光子エネルギー($1.6$–$3.3\,\mathrm{eV}$),化学結合のエネルギーと同じ桁である.偶然ではなく,$n$ が原子密度と同じ桁で,$k_F\sim\pi/a$ になるからである.
(4) 価電子数 $z$ の効き方.$\epsilon_F\propto n^{2/3}\propto z^{2/3}$ なので,$z=3$ のAlは $z=1$ の金属より $3^{2/3}=2.08$ 倍の $\epsilon_F$ を持つ.実際 Al の $11.7\,\mathrm{eV}$ は Cu の $7.0\,\mathrm{eV}$ の1.7倍である(格子定数の違いも効くので $2.08$ ちょうどにはならない).
例題15.2 $\epsilon_F$ を「電卓ですぐ出せる形」に整理する
実際の見積もりでは,$n$ を $\mathrm{cm^{-3}}$ で与えて $\epsilon_F$ を eV で得たい.便利な公式を作れ.
解答.式 \eqref{eq:15-eF} で $n=x\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}=x\times10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$ と書く.
$$ \epsilon_F = \frac{\hbar^2}{2m}(3\pi^2)^{2/3}n^{2/3} $$係数を数値化する.$(3\pi^2)^{2/3}=29.61^{2/3}=9.570$,$\dfrac{\hbar^2}{2m}=\dfrac{1.1122\times10^{-68}}{1.8219\times10^{-30}}=6.104\times10^{-39}\,\mathrm{J\,m^2}$.また $n^{2/3}=(x\times10^{28})^{2/3}=x^{2/3}\times10^{18.667}=4.642\,x^{2/3}\times10^{18}$.したがって
$$ \epsilon_F = 6.104\times10^{-39}\times9.570\times4.642\,x^{2/3}\times10^{18} = 2.712\times10^{-19}\,x^{2/3}\ \mathrm{J} $$eVに直すと
検算.Cu は $n=8.47\times10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$ だから $x=8.47$,$x^{2/3}=4.153$,$\epsilon_F=1.693\times4.153=7.03\,\mathrm{eV}$.表15.2と一致する.∎
半導体の議論(第17章)ではキャリア密度が $10^{16}$–$10^{19}\,\mathrm{cm^{-3}}$ と6〜3桁小さいので,この公式から $\epsilon_F$ が $\mathrm{meV}$ の桁になることが分かる.だから半導体では $T_F\lesssim T$ となり,Fermi–Dirac分布がBoltzmann分布で近似できる(非縮退半導体).金属と半導体を分けているのは $T/T_F$ という無次元量ひとつである.
15.3 Fermi–Dirac分布
ここまでは $T=0$ の話であった.有限温度に進む.
15.3.1 分布関数の導出
導出:大分配関数から $f(\epsilon)$ を出す
エネルギー $\epsilon$ の軌道を1つ選び,これを「系」,残りの巨大な電子の集団を「熱浴+粒子浴」とみなす.軌道が取りうる状態は
- 電子が入っていない:粒子数 $0$,エネルギー $0$
- 電子が1個入っている:粒子数 $1$,エネルギー $\epsilon$
の2つだけである(Pauli原理により2個は入れない).粒子のやりとりを許す系の重みは Gibbs 因子 $\ee^{(N\mu-E)/k_BT}$ だから,大分配関数は
$$ \Xi = \underbrace{\ee^{(0\cdot\mu-0)/k_BT}}_{\text{空}} + \underbrace{\ee^{(\mu-\epsilon)/k_BT}}_{\text{1個}} = 1 + \ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT} $$である.ここで $\mu$ は化学ポテンシャル(chemical potential)である.この軌道の平均占有数は
$$ f(\epsilon) = \langle N\rangle = \frac{0\cdot1 + 1\cdot\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}}{\Xi} = \frac{\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}}{1+\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}} $$分子・分母に $\ee^{+(\epsilon-\mu)/k_BT}$ を掛けると(この一手で見慣れた形になる)
∎ これがFermi–Dirac分布関数(Fermi–Dirac distribution function)である.$f(\epsilon)$ は「エネルギー $\epsilon$ の軌道が電子で占有されている確率」であり,$0\le f\le1$ を満たす.分母の $+1$ が Pauli 原理の痕跡である(Bose粒子なら $-1$ になり,$f$ が1を超えられる).
物理的意味:$f(\epsilon)$ の5つの性質
- $\epsilon=\mu$ で必ず $f=1/2$.$\ee^0+1=2$ だから.温度によらない.これが $\mu$ の実用的な定義である.
- $T\to0$ で階段関数になる.$\epsilon<\mu$ なら指数の肩が $-\infty$ に行き $\ee^{-\infty}=0$,よって $f\to1$.$\epsilon>\mu$ なら肩が $+\infty$,$\ee^{+\infty}=\infty$,よって $f\to0$.つまり $f\to\theta(\mu-\epsilon)$ で,15.2 節の Fermi 球の描像に戻る.このとき $\mu(T=0)=\epsilon_F$ である.
- 高エネルギー側の裾はBoltzmann分布.$\epsilon-\mu\gg k_BT$ なら $\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}\gg1$ なので $f\simeq\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}$.古典統計に戻る.半導体の伝導帯電子がこの領域にいる(第17章).
- $\mu$ に関して反対称.$f(\mu+\delta)+f(\mu-\delta)=1$ が厳密に成り立つ.実際 $\dfrac{1}{\ee^{x}+1}+\dfrac{1}{\ee^{-x}+1}=\dfrac{1}{\ee^x+1}+\dfrac{\ee^x}{1+\ee^x}=1$.この対称性が 15.4 節で奇数次の項を消す.
- 遷移領域の幅は約 $4.4\,k_BT$.$f=0.9$ となるのは $\ee^x=1/9$ すなわち $x=-\ln9=-2.20$,$f=0.1$ となるのは $x=+\ln9=+2.20$.したがって $f$ が $0.9\to0.1$ に落ちる幅は $\Delta\epsilon=4.39\,k_BT$ である.
Cu($\epsilon_F=7.03\,\mathrm{eV}$)の室温では $k_BT=25.9\,\mathrm{meV}$ なので,遷移領域の幅は $0.114\,\mathrm{eV}$.$\epsilon_F$ の $1.6\%$ でしかない.Fermi面はほとんど鋭いままである.
注意:$\mu$ と $\epsilon_F$ は同じではない
教科書によっては $f(\epsilon)=1/(\ee^{(\epsilon-\epsilon_F)/k_BT}+1)$ と書き,$\epsilon_F$ を「Fermi準位」と呼んで温度依存させることがある.混乱の元なので,本章では次のように厳密に区別する.
- $\epsilon_F$ = $T=0$ での最高被占準位のエネルギー.温度に依らない定数.式 \eqref{eq:15-eF} で定義される.
- $\mu(T)$ = 化学ポテンシャル.電子数の保存 $N=\int_0^\infty D(\epsilon)f(\epsilon)\dd\epsilon$ から各温度で決まる量.$\mu(0)=\epsilon_F$.
15.5 節で示すように,金属では
$$ \mu(T) = \epsilon_F\left[1-\frac{\pi^2}{12}\left(\frac{T}{T_F}\right)^2\right] $$であり,Cu の室温では補正が $\frac{\pi^2}{12}(3.7\times10^{-3})^2=1.1\times10^{-5}$,すなわち $\mu$ は $\epsilon_F$ より $0.0011\,\%$ だけ小さい.数値としてはほぼ無視できるが,比熱の導出では絶対に無視してはいけない.無視すると $C_{el}$ の係数が合わなくなる.理由は 15.5 節で明らかになる.
半導体ではこの区別が決定的になる.真性半導体の $\mu$ はギャップのほぼ中央にあり,そこには状態が1つもない.「Fermi準位に電子がいる」わけではないのである(第17章).
15.3.2 $-\partial f/\partial\epsilon$ —— Fermi面の「刃」
導出:$-\partial f/\partial\epsilon$ の形と3つの性質
のちの計算でいちばんよく現れるのは $f$ そのものではなく,その微分である.$x\equiv(\epsilon-\mu)/k_BT$ と置いて $f=1/(\ee^x+1)$ を $\epsilon$ で微分する.合成関数の微分($\dd x/\dd\epsilon=1/k_BT$)を使って
$$ \frac{\partial f}{\partial\epsilon} = \frac{\dd}{\dd x}\left(\frac{1}{\ee^x+1}\right)\cdot\frac{1}{k_BT} = -\frac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\cdot\frac{1}{k_BT} $$したがって
この関数の性質を3つ確認する.
(i) 正で,$\epsilon=\mu$ に鋭いピークを持つ.$x=0$ で $\ee^0/(1+1)^2=1/4$ だから,ピーク高さは $1/(4k_BT)$.$\abs{x}\gg1$ では $\ee^{x}/(\ee^x+1)^2\simeq\ee^{-\abs{x}}$ と指数的に小さくなる.ピーク幅は $\sim k_BT$ である.
(ii) $x$ の偶関数である.$x\to-x$ とすると
$$ \frac{\ee^{-x}}{(\ee^{-x}+1)^2} = \frac{\ee^{-x}\cdot\ee^{2x}}{(\ee^{-x}\ee^{x}+\ee^{x})^2} = \frac{\ee^{x}}{(1+\ee^{x})^2} $$で,確かに元と同じ.この偶関数性が15.4節でSommerfeld展開の奇数次項を消す.
(iii) 全積分が1である.
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\left(-\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\right)\dd\epsilon = \left[-f(\epsilon)\right]_{-\infty}^{\infty} = -f(\infty)+f(-\infty) = -0+1 = 1 $$∎ 3つあわせると,$-\partial f/\partial\epsilon$ は「$\epsilon=\mu$ に立つ,幅 $k_BT$,面積1の対称なピーク」である.$T\to0$ では Dirac のデルタ関数 $\delta(\epsilon-\mu)$ に収束する.
物理的意味:Fermi面近傍だけが物理を決める
金属の輸送現象や比熱を計算すると,必ず $\displaystyle\int(\cdots)\left(-\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\right)\dd\epsilon$ という形が現れる.$-\partial f/\partial\epsilon$ が幅 $k_BT$ の鋭いピークだということは,
$\epsilon_F$ から $\pm$ 数 $k_BT$ の範囲にいる電子だけが,金属の性質を決めている
ということを意味する.Cuなら $7.03\,\mathrm{eV}$ のうち $\pm0.05\,\mathrm{eV}$ の薄皮だけである.金属の中の電子の99%以上は,深く埋もれたまま何もしていない.
この事実は極めて強力である.たとえば「なぜ金属の電気抵抗は温度に依るのに,電子密度 $n$ は温度に依らないのか」「なぜ超伝導ギャップ(meV程度)が $\epsilon_F$(eV程度)よりはるかに小さくても劇的な効果を持つのか」といった問いが,すべてこの一文から見通せる.
15.4 Sommerfeld展開 — 完全導出
金属の熱的性質を計算するとき,必ず
$$ \int_{-\infty}^{\infty} H(\epsilon)\,f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$という形の積分が現れる.$H(\epsilon)$ は $D(\epsilon)$(電子数を求めるとき)や $\epsilon D(\epsilon)$(全エネルギーを求めるとき)である.$f$ が階段でないので,この積分は一般には解析的に実行できない.しかし $k_BT\ll\mu$ という金属では,$k_BT/\mu$ のべきで展開できる.これがSommerfeld展開(Sommerfeld expansion)である.
定理15.1(Sommerfeld展開)
$H(\epsilon)$ が $\epsilon\to-\infty$ で十分速くゼロに近づき,$\epsilon\to+\infty$ で高々べき的にしか増えない滑らかな関数であるとき,$k_BT\ll\mu$ の条件下で
が成り立つ.$H'$, $H'''$ は $\mu$ における1階・3階微分である.偶数階の微分は現れない.展開は $(k_BT/\mu)^2$ のべきで進む.
15.4.1 第1段:部分積分
導出(第1段):$-\partial f/\partial\epsilon$ を作る
$H$ の原始関数を
$$ K(\epsilon) \equiv \int_{-\infty}^{\epsilon} H(\epsilon')\,\dd\epsilon' \qquad\text{すなわち}\qquad K'(\epsilon)=H(\epsilon),\quad K(-\infty)=0 $$と定義する.すると求める積分は
$$ I = \int_{-\infty}^{\infty} K'(\epsilon)f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$である.部分積分の公式 $\int u'v = [uv]-\int uv'$ を $u=K$, $v=f$ として適用すると
$$ I = \Big[K(\epsilon)f(\epsilon)\Big]_{-\infty}^{\infty} - \int_{-\infty}^{\infty}K(\epsilon)\frac{\partial f}{\partial\epsilon}\dd\epsilon $$境界項を吟味する.
- $\epsilon\to+\infty$:$f(\epsilon)\to\ee^{-(\epsilon-\mu)/k_BT}\to0$ と指数的に落ちる.$K(\epsilon)$ はせいぜいべき的にしか増えないので,積は $0$.
- $\epsilon\to-\infty$:$K(-\infty)=0$(定義より).$f$ は有界($\le1$).よって積は $0$.
したがって境界項は消え,
∎ これで,なだらかな $f$ の代わりに,$\epsilon=\mu$ に鋭く立つ $-\partial f/\partial\epsilon$ が現れた.この一手がSommerfeld展開のすべてである.あとは「鋭いピークに掛かる滑らかな関数はピークの位置で展開してよい」という原理を使うだけになる.
15.4.2 第2段:Taylor展開とモーメント積分
導出(第2段):$K$ を $\mu$ のまわりにTaylor展開する
$-\partial f/\partial\epsilon$ は $\epsilon=\mu$ から幅 $\sim k_BT$ の範囲にしか値を持たない.その狭い範囲では $K(\epsilon)$ を $\mu$ のまわりにTaylor展開してよい:
$$ K(\epsilon) = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{K^{(n)}(\mu)}{n!}(\epsilon-\mu)^n = K(\mu) + K'(\mu)(\epsilon-\mu) + \frac{K''(\mu)}{2!}(\epsilon-\mu)^2 + \frac{K'''(\mu)}{3!}(\epsilon-\mu)^3+\cdots $$これを \eqref{eq:15-sommer1} に代入し,無次元変数
$$ x \equiv \frac{\epsilon-\mu}{k_BT} \qquad\Longrightarrow\qquad \epsilon-\mu = k_BT\,x,\quad \dd\epsilon = k_BT\,\dd x $$に変数変換する.式 \eqref{eq:15-mdfde} より $-\partial f/\partial\epsilon=\dfrac{1}{k_BT}\dfrac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}$ だから,$\dd\epsilon$ の $k_BT$ とちょうど打ち消し合って
$$ I = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{K^{(n)}(\mu)}{n!}(k_BT)^n \underbrace{\int_{-\infty}^{\infty}x^n\frac{\ee^{x}}{(\ee^{x}+1)^2}\dd x}_{\displaystyle \equiv A_n} $$となる.積分の下限を $-\infty$ に伸ばしたことについて:本来 $\epsilon$ の下限は $0$(状態密度の下端)なので $x$ の下限は $-\mu/k_BT$ である.しかしそこでの被積分関数は $\ee^{-\mu/k_BT}=\ee^{-T_F/T}$ のオーダーで,Cuの室温なら $\ee^{-272}\approx10^{-118}$ である.$-\infty$ まで伸ばして生じる誤差は展開のどの次数よりも小さく,完全に無視できる.この点はKittelでは触れられないが,展開が「べき級数ではなく漸近展開」であることの根拠なので,押さえておくとよい.
あとはモーメント $A_n$ を求めればよい.
(i) 奇数 $n$ では $A_n=0$.15.3.2節の性質(ii)で見たように $\ee^x/(\ee^x+1)^2$ は $x$ の偶関数である.$x^{\rm 奇数}\times(\text{偶関数})$ は奇関数で,対称区間の積分はゼロ.
(ii) $A_0=1$.15.3.2節の性質(iii)そのものである:
$$ A_0 = \int_{-\infty}^{\infty}\frac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x = \left[-\frac{1}{\ee^x+1}\right]_{-\infty}^{\infty} = -0-(-1) = 1 $$(iii) $A_2=\pi^2/3$,$A_4=7\pi^4/15$.次項で導く.
これらを代入すると,生き残るのは $n=0,2,4,\dots$ だけである:
$$ I = K(\mu)\cdot1 + \frac{K''(\mu)}{2!}(k_BT)^2\cdot\frac{\pi^2}{3} + \frac{K''''(\mu)}{4!}(k_BT)^4\cdot\frac{7\pi^4}{15}+\cdots $$係数を整理する.$\dfrac{1}{2!}\cdot\dfrac{\pi^2}{3}=\dfrac{\pi^2}{6}$,$\dfrac{1}{4!}\cdot\dfrac{7\pi^4}{15}=\dfrac{7\pi^4}{360}$.最後に $K'=H$ より $K''=H'$, $K''''=H'''$,$K(\mu)=\int_{-\infty}^{\mu}H\dd\epsilon$ と書き直せば
$$ I = \int_{-\infty}^{\mu}H(\epsilon)\dd\epsilon + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2H'(\mu)+\frac{7\pi^4}{360}(k_BT)^4H'''(\mu)+\cdots $$∎ 定理15.1が得られた.
15.4.3 モーメント積分 $A_2=\pi^2/3$ の導出
ここがこの節でもっとも技巧的な部分である.Kittel はこの積分を「知られているように」と一行で済ませているが,実際には交代級数 $\sum(-1)^{n-1}/n^2$ を経由する美しい計算である.順に追う.
導出:$\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^2\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x=\frac{\pi^2}{3}$
ステップ1:半分にする.被積分関数は偶関数($x^2$ も $\ee^x/(\ee^x+1)^2$ も偶)なので
$$ A_2 = 2\int_{0}^{\infty}\frac{x^2\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x $$ステップ2:$\ee^{-x}$ で表す.分子・分母を $\ee^{2x}$ で割ると
$$ \frac{\ee^x}{(\ee^x+1)^2} = \frac{\ee^{-x}}{(1+\ee^{-x})^2} $$$x>0$ では $0<\ee^{-x}<1$ なので,次の展開が使える.
ステップ3:$(1+u)^{-2}$ を展開する.等比級数 $\dfrac{1}{1+u}=\sum_{n=0}^{\infty}(-1)^nu^n$($\abs u<1$)の両辺を $u$ で微分すると
$$ -\frac{1}{(1+u)^2} = \sum_{n=1}^{\infty}(-1)^n n\,u^{n-1} \quad\Longrightarrow\quad \frac{1}{(1+u)^2} = \sum_{n=1}^{\infty}(-1)^{n-1}n\,u^{n-1} = \sum_{m=0}^{\infty}(-1)^{m}(m+1)u^{m} $$そこで $u=\ee^{-x}$ とおくと
$$ \frac{\ee^{-x}}{(1+\ee^{-x})^2} = \ee^{-x}\sum_{m=0}^{\infty}(-1)^m(m+1)\ee^{-mx} = \sum_{m=0}^{\infty}(-1)^m(m+1)\ee^{-(m+1)x} $$$m+1\to\ell$ と番号を付け替えて
$$ \frac{\ee^{-x}}{(1+\ee^{-x})^2} = \sum_{\ell=1}^{\infty}(-1)^{\ell-1}\,\ell\,\ee^{-\ell x} $$ステップ4:項別積分する.公式 $\displaystyle\int_0^\infty x^2\ee^{-\ell x}\dd x=\frac{2}{\ell^3}$(部分積分2回,あるいは $\int_0^\infty x^{p}\ee^{-\ell x}\dd x=p!/\ell^{p+1}$)を使うと
$$ \int_0^\infty\frac{x^2\ee^{-x}}{(1+\ee^{-x})^2}\dd x = \sum_{\ell=1}^{\infty}(-1)^{\ell-1}\ell\cdot\frac{2}{\ell^3} = 2\sum_{\ell=1}^{\infty}\frac{(-1)^{\ell-1}}{\ell^{2}} $$$\ell$ が1つ約分されて $1/\ell^2$ になるのがこの計算の要である.
ステップ5:交代級数の値.次項の補題より
$$ \sum_{\ell=1}^{\infty}\frac{(-1)^{\ell-1}}{\ell^2} = 1-\frac14+\frac19-\frac1{16}+\cdots = \frac{\pi^2}{12} $$したがって
$$ A_2 = 2\times2\times\frac{\pi^2}{12} = \frac{\pi^2}{3} $$∎
数学ノート:$\sum(-1)^{\ell-1}/\ell^2=\pi^2/12$ の証明(Fourier級数から)
$f(x)=x^2$ を区間 $[-\pi,\pi]$ でFourier展開する.偶関数なので $\sin$ の項は現れず
$$ x^2 = \frac{a_0}{2}+\sum_{n=1}^{\infty}a_n\cos(nx) $$定数項.
$$ \frac{a_0}{2} = \frac{1}{2\pi}\int_{-\pi}^{\pi}x^2\dd x = \frac{1}{2\pi}\cdot\frac{2\pi^3}{3} = \frac{\pi^2}{3} $$係数 $a_n$.$a_n=\dfrac1\pi\displaystyle\int_{-\pi}^{\pi}x^2\cos(nx)\dd x=\dfrac2\pi\int_0^\pi x^2\cos(nx)\dd x$.部分積分を2回行う.
$$ \int_0^\pi x^2\cos(nx)\dd x = \left[\frac{x^2\sin nx}{n}\right]_0^\pi - \frac{2}{n}\int_0^\pi x\sin(nx)\dd x = 0 - \frac{2}{n}\int_0^\pi x\sin(nx)\dd x $$($\sin n\pi=0$).さらに
$$ \int_0^\pi x\sin(nx)\dd x = \left[-\frac{x\cos nx}{n}\right]_0^\pi + \frac{1}{n}\int_0^\pi\cos(nx)\dd x = -\frac{\pi\cos n\pi}{n} + 0 = -\frac{\pi(-1)^n}{n} $$よって
$$ \int_0^\pi x^2\cos(nx)\dd x = -\frac{2}{n}\cdot\left(-\frac{\pi(-1)^n}{n}\right) = \frac{2\pi(-1)^n}{n^2} \quad\Longrightarrow\quad a_n = \frac{2}{\pi}\cdot\frac{2\pi(-1)^n}{n^2} = \frac{4(-1)^n}{n^2} $$したがって
$$ x^2 = \frac{\pi^2}{3} + 4\sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^n}{n^2}\cos(nx) $$$x=0$ を代入する.$\cos0=1$ だから
$$ 0 = \frac{\pi^2}{3}+4\sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^n}{n^2} \quad\Longrightarrow\quad \sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^n}{n^2} = -\frac{\pi^2}{12} \quad\Longrightarrow\quad \sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^{n-1}}{n^2} = \frac{\pi^2}{12} $$∎ ついでに $x=\pi$ を代入すると $\cos n\pi=(-1)^n$ より $(-1)^n\cdot(-1)^n=1$ で
$$ \pi^2 = \frac{\pi^2}{3}+4\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{n^2} \quad\Longrightarrow\quad \sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^2} = \frac{\pi^2}{6} $$すなわち Basel 問題 $\zeta(2)=\pi^2/6$ も同時に得られる.両者は
$$ \sum\frac{(-1)^{n-1}}{n^2} = \sum\frac{1}{n^2}-2\sum_{n\,\text{偶}}\frac{1}{n^2} = \zeta(2)-2\sum_{m=1}^\infty\frac{1}{(2m)^2} = \zeta(2)-\frac{2}{4}\zeta(2) = \frac{\zeta(2)}{2} = \frac{\pi^2}{12} $$という関係で結ばれている.金属の電子比熱の係数 $\pi^2/3$ の中に,Basel問題の $\pi^2/6$ が住んでいるのである.
例題15.3 4次のモーメント $A_4=7\pi^4/15$ を求める
上と同じ手順で $A_4=\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^4\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x$ を計算せよ.$\zeta(4)=\pi^4/90$ を用いてよい.
解答.偶関数性から $A_4=2\int_0^\infty x^4\ee^{-x}(1+\ee^{-x})^{-2}\dd x$.ステップ3の展開をそのまま使い,$\displaystyle\int_0^\infty x^4\ee^{-\ell x}\dd x=\frac{4!}{\ell^5}=\frac{24}{\ell^5}$ を使うと
$$ A_4 = 2\sum_{\ell=1}^\infty(-1)^{\ell-1}\ell\cdot\frac{24}{\ell^5} = 48\sum_{\ell=1}^\infty\frac{(-1)^{\ell-1}}{\ell^4} $$交代級数を $\zeta(4)$ で表す.上と同じ計算で
$$ \sum\frac{(-1)^{\ell-1}}{\ell^4} = \zeta(4)-2\sum_{m}\frac{1}{(2m)^4} = \zeta(4)-\frac{2}{16}\zeta(4) = \frac78\zeta(4) = \frac78\cdot\frac{\pi^4}{90} = \frac{7\pi^4}{720} $$したがって
$$ A_4 = 48\times\frac{7\pi^4}{720} = \frac{7\pi^4}{15} $$∎ 定理15.1の4次の係数は $\dfrac{A_4}{4!}=\dfrac{7\pi^4}{15\cdot24}=\dfrac{7\pi^4}{360}$ である.一般に
$$ A_{2n} = 2(2n)!\left(1-2^{1-2n}\right)\zeta(2n) $$と書ける.
なぜ $(k_BT)^2$ から始まるのか —— 展開の構造
Sommerfeld展開の主要な結論を一言でいえば,
有限温度の効果は $\mu$ までの単純な積分に対する $(k_BT/\mu)^2$ の補正として現れ,1次の項はない
ということである.1次の項がない理由は,$-\partial f/\partial\epsilon$ が $\mu$ に関して対称だからである(15.3.2節の性質(ii)).物理的には,「$\mu$ のすぐ下から抜けた電子」と「$\mu$ のすぐ上に入った電子」が $\mu$ について鏡像の関係にあり,1次の効果が打ち消し合う,ということである.
この「1次の項がない」ことが,電子比熱が $C\propto T$($T^0$ ではなく)になり,Pauli常磁性が温度に依らない,といった金属の特徴的な温度依存性をすべて決めている.展開のパラメータは
$$ \left(\frac{k_BT}{\epsilon_F}\right)^2 = \left(\frac{T}{T_F}\right)^2 $$で,Cuの室温なら $(3.7\times10^{-3})^2=1.4\times10^{-5}$.2次の項ですらこの小ささなので,4次以降を書く意味は実際上ほとんどない.それでも4次の形を知っておくと,比熱の $T^3$ 補正($\gamma T+\text{(electronic) }T^3$)を議論するときに役立つ.
15.5 電子比熱 $C_{el}=\gamma T$
15.5.1 古典論の破綻
25年間の謎 —— なぜ電子は熱を吸わないのか
古典統計力学のエネルギー等分配則によれば,自由に運動できる $N$ 個の粒子は運動の自由度3つそれぞれに $\frac12k_BT$ ずつのエネルギーを持ち,
$$ U_{\rm class} = \frac32Nk_BT,\qquad C_{\rm class} = \frac32Nk_B $$となるはずである.金属では格子振動の $3Nk_B$(Dulong–Petit,第14章)にこれが加わって,比熱は $4.5Nk_B$ になるはずである.
しかし実測は違う.室温の金属の比熱は絶縁体とほとんど同じ $3Nk_B$ で,電子の寄与はせいぜい $1\%$ しか見えない.「電子は電流を運ぶほど自由に動き回るのに,熱をまったく吸わない」.この矛盾は1900年のDrude以来,1928年のSommerfeldまで未解決のまま残った.
答えは 15.2 節の数字にすでに出ている.$T/T_F\sim0.004$.ほとんどの電子は熱で励起できない.$\epsilon_F$ より $k_BT$ 以上深いところにいる電子が $k_BT$ のエネルギーを受け取ろうとしても,行き先の軌道はすべて埋まっている.Pauli原理が禁止する.動けるのは Fermi 面から $\sim k_BT$ の薄皮にいる電子だけである.
物理的意味:$C_{el}$ を「桁だけ」先に見積もる
厳密な計算に入る前に,答えの形を直観で当てておこう.
- 熱的に励起できる電子の数:Fermi面から $\pm k_BT$ の範囲にいる電子.その数は $\Delta N\simeq D(\epsilon_F)\cdot k_BT$.式 \eqref{eq:15-dosF} を使って $\Delta N\simeq\dfrac{3N}{2\epsilon_F}k_BT=\dfrac32 N\dfrac{T}{T_F}$.
- 1個あたり受け取るエネルギー:$\sim k_BT$.
- したがって熱エネルギーの増分:$\Delta U\simeq\Delta N\cdot k_BT\simeq\dfrac32Nk_B\dfrac{T^2}{T_F}$.
- 比熱:$C_{el}=\dfrac{\dd(\Delta U)}{\dd T}\simeq3Nk_B\dfrac{T}{T_F}$.
正確な答えは(15.5.3節)$C_{el}=\dfrac{\pi^2}{2}Nk_B\dfrac{T}{T_F}=4.93\,Nk_B\dfrac{T}{T_F}$ で,この見積もりと同じ桁である.
要点は2つ.(1) 古典値 $\frac32Nk_B$ の $\sim T/T_F$ 倍という小ささ,(2) $T$ に比例する(定数ではない).Cuの室温では
$$ \frac{C_{el}}{3Nk_B} = \frac{\pi^2}{6}\frac{T}{T_F} = \frac{9.87}{6}\times3.68\times10^{-3} = 6.0\times10^{-3} $$で,格子の寄与の $0.6\%$ である.「電子は熱を吸わない」という実験事実がここに再現された.
そして (2) の $T$ 比例が実験上決定的である.格子比熱は低温で $T^3$ に落ちるので(Debye,第14章),$T\to0$ では $\gamma T$ のほうが必ず勝つ.数 K 以下で電子比熱が主役になる.
15.5.2 $\mu(T)$ を求める —— 忘れてはならない補正
導出:$\mu(T)=\epsilon_F\left[1-\frac{\pi^2}{12}(T/T_F)^2\right]$
電子数は温度によらず一定である.これが $\mu(T)$ を決める条件になる:
$$ N = \int_0^{\infty}D(\epsilon)f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$Sommerfeld展開 \eqref{eq:15-sommerfeld} を $H(\epsilon)=D(\epsilon)$ として適用する($\epsilon<0$ で $D=0$ なので下限を $-\infty$ にしてよい):
$$ N = \int_{0}^{\mu}D(\epsilon)\dd\epsilon + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'(\mu)+O(T^4) $$一方,$T=0$ では $f$ が階段になるので
$$ N = \int_0^{\epsilon_F}D(\epsilon)\dd\epsilon $$この2式の右辺は等しい.差を取ると
$$ 0 = \int_{\epsilon_F}^{\mu}D(\epsilon)\dd\epsilon + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'(\mu) $$$\mu$ と $\epsilon_F$ の差は微小なので,第1項を $D(\epsilon_F)\times(\mu-\epsilon_F)$ で近似し,第2項の $D'(\mu)$ を $D'(\epsilon_F)$ で置き換える(どちらも $O(T^4)$ の誤差):
$$ D(\epsilon_F)(\mu-\epsilon_F) + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'(\epsilon_F) = 0 $$ $$ \mu - \epsilon_F = -\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\frac{D'(\epsilon_F)}{D(\epsilon_F)} $$ここで自由電子の $D\propto\epsilon^{1/2}$ を使う.$D'=\frac12 C\epsilon^{-1/2}$,$D=C\epsilon^{1/2}$ だから
$$ \frac{D'(\epsilon_F)}{D(\epsilon_F)} = \frac{1}{2\epsilon_F} $$(対数微分 $\dfrac{\dd\ln D}{\dd\epsilon}=\dfrac{1}{2\epsilon}$ と覚えるとよい.)代入して
$$ \mu = \epsilon_F - \frac{\pi^2}{12}\frac{(k_BT)^2}{\epsilon_F} $$$k_BT/\epsilon_F=T/T_F$ を使って整理すれば
∎
なぜ $\mu$ は下がるのか
符号の理由を図15.2(b)で見よう.$T$ を上げると,$\mu$ のすぐ下の電子が $\mu$ のすぐ上へ移る.もし $D(\epsilon)$ が定数なら,$\mu$ の上下で移動できる状態数が等しいので,$\mu$ は動かなくてよい.
ところが自由電子の $D(\epsilon)\propto\sqrt\epsilon$ は $\epsilon$ とともに増加する.つまり $\mu$ の上側のほうが空席が多い.$\mu$ をそのままにしておくと,上へ抜ける電子のほうが多くなって電子数が保存しない.これを埋め合わせるには $\mu$ をわずかに下げて,上側の受け入れ口を減らさなければならない.
だから符号は $D'>0$ なら $\mu$ は下がる,$D'<0$ なら上がる.一般式
$$ \mu(T)=\epsilon_F-\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\frac{D'(\epsilon_F)}{D(\epsilon_F)} $$はこの直観をそのまま表している.実在の金属で $D(\epsilon)$ が $\epsilon_F$ の近くで急激に変化していれば(遷移金属の $d$ バンドなど),$\mu$ の温度変化は自由電子の予想よりずっと大きくなりうる.
15.5.3 全エネルギーと比熱
導出:$C_{el}=\frac{\pi^2}{3}k_B^2TD(\epsilon_F)$ —— $\mu$ の項が奇跡的に消える
電子系の全エネルギーは
$$ U(T) = \int_0^\infty \epsilon\,D(\epsilon)f(\epsilon)\,\dd\epsilon $$である.Sommerfeld展開を $H(\epsilon)=\epsilon D(\epsilon)$ として適用する.$H'(\epsilon)=\dfrac{\dd}{\dd\epsilon}[\epsilon D(\epsilon)]=D(\epsilon)+\epsilon D'(\epsilon)$ に注意すると
$$ U = \int_0^{\mu}\epsilon D(\epsilon)\dd\epsilon + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\Big[D(\mu)+\mu D'(\mu)\Big] + O(T^4) $$第1項を $\epsilon_F$ までの積分に直す.$\mu$ と $\epsilon_F$ の差は微小なので
$$ \int_0^{\mu}\epsilon D\dd\epsilon = \int_0^{\epsilon_F}\epsilon D\dd\epsilon + \int_{\epsilon_F}^{\mu}\epsilon D\dd\epsilon \simeq \underbrace{\int_0^{\epsilon_F}\epsilon D\dd\epsilon}_{\displaystyle \equiv U_0} + \epsilon_F D(\epsilon_F)\,(\mu-\epsilon_F) $$ここで $U_0$ は $T=0$ での全エネルギー(定数)である.$\mu-\epsilon_F$ には式 \eqref{eq:15-mu} の導出で得た関係
$$ D(\epsilon_F)(\mu-\epsilon_F) = -\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'(\epsilon_F) $$をそのまま代入する.したがって
$$ \int_0^{\mu}\epsilon D\dd\epsilon \simeq U_0 - \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\,\epsilon_FD'(\epsilon_F) $$第2項も $\epsilon_F$ で評価する($\mu\to\epsilon_F$ の置き換えによる誤差は $O(T^4)$):
$$ \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\Big[D(\epsilon_F)+\epsilon_FD'(\epsilon_F)\Big] $$2つを足す.
$$ U = U_0 \underbrace{- \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\epsilon_FD'(\epsilon_F)}_{\text{$\mu$ のずれから}} + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D(\epsilon_F) \underbrace{+ \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\epsilon_FD'(\epsilon_F)}_{\text{Sommerfeld の2次項から}} $$$\epsilon_FD'(\epsilon_F)$ を含む2つの項が完全に打ち消し合う.残るのは
比熱は $C_{el}=\partial U/\partial T$ である.$(k_BT)^2=k_B^2T^2$ を $T$ で微分すると $2k_B^2T$ だから
∎ この式は自由電子模型に限らない.導出で使ったのは「Sommerfeld展開が使えるほど $T\ll T_F$ である」ことだけで,$D(\epsilon)$ の具体形は使っていない.したがってバンド構造がどれほど複雑でも,$D(\epsilon_F)$ さえ分かれば $C_{el}$ が決まる.実験的に $\gamma$ を測ることが「Fermi準位での状態密度を測ること」に等しいのは,このためである.
注意:$\mu(T)$ の補正を忘れるとどうなるか
上の導出で,もし $\mu=\epsilon_F$ と固定してしまったら(つまり $\mu$ のずれの項を落としたら)
$$ U^{\rm wrong} = U_0 + \frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\big[D(\epsilon_F)+\epsilon_FD'(\epsilon_F)\big] $$となる.自由電子なら $\epsilon_FD'(\epsilon_F)=\epsilon_F\cdot\frac{D(\epsilon_F)}{2\epsilon_F}=\frac12D(\epsilon_F)$ なので
$$ U^{\rm wrong} = U_0+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2\cdot\frac32D(\epsilon_F) $$すなわち比熱が $3/2$ 倍過大になる.$\gamma$ を $50\%$ 間違えるので,有効質量の見積もりが致命的に狂う.
この落とし穴は,Kittelの記述(式(6.23)前後)が「$\mu\simeq\epsilon_F$ としてよい」と書きながら,実際の計算では $\mu$ のずれを別に取り込んでいる,という書き方をしているために生じやすい.$\mu\simeq\epsilon_F$ は「数値として近い」という意味であって,「$(\mu-\epsilon_F)\times D(\epsilon_F)$ を無視してよい」という意味ではない.この積は $(k_BT)^2$ のオーダーで,まさに残したい項と同じ大きさである.
導出:自由電子の場合の $\gamma$
式 \eqref{eq:15-Cel} に自由電子の $D(\epsilon_F)=3N/2\epsilon_F$(式 \eqref{eq:15-dosF})を代入する:
$$ C_{el} = \frac{\pi^2}{3}k_B^2T\cdot\frac{3N}{2\epsilon_F} = \frac{\pi^2}{2}Nk_B\frac{k_BT}{\epsilon_F} $$∎ 古典値 $\frac32Nk_B$ と比べると
$$ \frac{C_{el}}{C_{\rm class}} = \frac{(\pi^2/2)Nk_B(T/T_F)}{(3/2)Nk_B} = \frac{\pi^2}{3}\frac{T}{T_F} = 3.29\,\frac{T}{T_F} $$15.5.1節の直観的見積もりが正しかったことが確認できる.
例題15.4 銅の $\gamma$ を1モルあたりで計算する
Cu 1モル($N=N_A=6.022\times10^{23}$,価電子1個なので電子も1モル)について $\gamma$ を求めよ.$T_F=8.16\times10^4\,\mathrm{K}$.
解答.式 \eqref{eq:15-gamma} で $Nk_B=N_Ak_B=R=8.314\,\mathrm{J/(mol\,K)}$ と置く.
$$ \gamma = \frac{\pi^2}{2}\cdot\frac{R}{T_F} = \frac{9.8696}{2}\times\frac{8.314}{8.16\times10^4} = 4.9348\times1.0189\times10^{-4} = 5.03\times10^{-4}\,\mathrm{J/(mol\,K^2)} $$すなわち
$$ \gamma_{\rm free}(\mathrm{Cu}) = 0.503\,\mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-2}} $$実測値は $0.695\,\mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-2}}$(表15.3)で,比は $1.38$ である.∎
検算として絶対値の感覚も持っておこう.$T=1\,\mathrm{K}$ で $C_{el}=0.503\,\mathrm{mJ/(mol\,K)}$.同じ温度での格子比熱は $\beta T^3$ で,Cuの $\Theta_D=343\,\mathrm{K}$ から $\beta=\frac{12\pi^4}{5}\frac{R}{\Theta_D^3}=0.0482\,\mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-4}}$,したがって $C_{\rm ph}(1\,\mathrm{K})=0.0482\,\mathrm{mJ/(mol\,K)}$.$1\,\mathrm{K}$ では電子のほうが10倍大きい.両者が等しくなるのは $\gamma T=\beta T^3$ すなわち $T=\sqrt{\gamma/\beta}=\sqrt{0.503/0.0482}=3.2\,\mathrm{K}$ である.
15.5.4 実験:$C/T$ vs $T^2$ プロット
導出:$\gamma$ と $\beta$ を実験から分離する方法
低温の金属の比熱は,電子の寄与と格子(Debye)の寄与の和である:
2つの寄与を分離するには,両辺を $T$ で割る:
$$ \frac{C}{T} = \gamma + \beta T^2 $$すなわち横軸に $T^2$,縦軸に $C/T$ を取ってプロットすれば直線になり,
- 切片($T^2\to0$ への外挿)$=\gamma$ → Fermi準位の状態密度 $D(\epsilon_F)$
- 傾き $=\beta$ → Debye温度 $\Theta_D$
が同時に読み取れる.∎ この手法は固体物理の実験でもっとも基本的なもののひとつであり,超伝導体の研究では超伝導ギャップの評価に,重い電子系の研究では $m^*$ の測定に,いまでも日常的に使われている.
15.5.5 有効質量 —— 自由電子模型とのずれ
定義:熱有効質量(thermal effective mass)
式 \eqref{eq:15-gamma} で $\gamma\propto D(\epsilon_F)\propto m$(自由電子では $D(\epsilon_F)=\frac{Vmk_F}{\pi^2\hbar^2}\propto m$)だから,実測の $\gamma$ が自由電子の予想からずれる比を,そのまま質量の比とみなすことができる:
これを熱有効質量という.「電子が実際にはこの質量を持つ」という意味ではなく,「自由電子模型で辻褄を合わせるならこの質量にすればよい」という実効的なパラメータである.
| 金属 | $\gamma_{\rm obs}$ | $\gamma_{\rm free}$ | $m^*_{\rm th}/m$ | ずれの主因 |
|---|---|---|---|---|
| Li | 1.63 | 0.75 | 2.18 | バンドの非放物線性+電子–フォノン |
| Na | 1.38 | 1.09 | 1.26 | 電子–フォノン相互作用 |
| K | 2.08 | 1.67 | 1.25 | 電子–フォノン相互作用 |
| Rb | 2.41 | 1.91 | 1.26 | 電子–フォノン相互作用 |
| Cs | 3.20 | 2.24 | 1.43 | 電子–フォノン相互作用 |
| Cu | 0.695 | 0.503 | 1.38 | $d$ バンドとの混成 |
| Ag | 0.646 | 0.642 | 1.01 | 偶然の一致(自由電子的) |
| Au | 0.729 | 0.640 | 1.14 | $d$ バンドとの混成 |
| Al | 1.35 | 0.912 | 1.48 | 電子–フォノン相互作用(強い) |
| Be | 0.17 | 0.50 | 0.34 | Fermi面が小さい(半金属的) |
| Ga | 0.596 | 1.03 | 0.58 | バンド構造 |
| In | 1.69 | 1.23 | 1.37 | 電子–フォノン相互作用 |
| Fe | 4.98 | — | $\sim10$ | 狭い $3d$ バンド |
| Mn | 9.20 | — | $\sim20$ | 狭い $3d$ バンド |
| CeAl$_3$ | $\sim1620$ | — | $\sim10^3$ | 重い電子系(近藤効果,$4f$) |
物理的意味:$m^*/m$ のずれが教えてくれる3つのこと
表15.3の $m^*_{\rm th}/m$ は,多くの単純金属で $1.0$–$1.5$ の範囲に収まっている.自由電子模型がここまで乱暴な近似であることを思えば,これは驚くべき精度である.ずれの原因は3つに分けられる.
(1) 周期ポテンシャル(バンド質量).イオンの周期ポテンシャルによってバンドが $\epsilon=\hbar^2k^2/2m$ から歪む.$\epsilon_F$ 付近でのバンドの曲率が $\hbar^2/m^*_{\rm band}$ を与える.Be の $m^*/m=0.34$ という劇的なずれは,Be のバンド構造が Fermi 準位付近で自由電子から大きく外れ,Fermi面が非常に小さい「半金属的」な形になっているためである(第18章).
(2) 電子–フォノン相互作用.電子が動くと周りのイオンが引きずられ,電子は「イオンの衣を着た」重い準粒子になる.この効果は $m^*/m=1+\lambda_{\rm ep}$ で表され,$\lambda_{\rm ep}$ は電子–フォノン結合定数である.これは超伝導のBCS理論の結合定数と同じ $\lambda$ である.Al の $\lambda_{\rm ep}\simeq0.4$,Pb では $\lambda_{\rm ep}\simeq1.5$ と大きく,実際 Pb は $T_c=7.2\,\mathrm{K}$ と単体金属では高い超伝導転移温度を持つ.$\gamma$ の測定が超伝導の手がかりを与えるのはこのためである.
(3) 電子–電子相互作用.単純金属では $10\%$ 程度と小さいが,$d$ 電子や $f$ 電子が Fermi 準位にある系では劇的に効く.CeAl$_3$ のような重い電子系(heavy fermion)では $\gamma$ が $1000\,\mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-2}}$ を超え,$m^*/m\sim10^3$ に達する.それでも「$C\propto T$」という自由電子的な形は保たれている —— これがLandauのFermi液体論の勝利である(15.9節).
覚えておくべきことは,$\gamma$ を測ることは $D(\epsilon_F)$ を測ることであり,$D(\epsilon_F)$ は第一原理計算(DFT)で直接計算できる量であるということである.計算した $D(\epsilon_F)$ から $\gamma_{\rm band}$ を出し,実測 $\gamma_{\rm obs}$ と比べれば $\lambda_{\rm ep}$ が求まる.この比較は現在でも新物質研究の標準的な手続きである.
15.6 Drudeの電気伝導度
15.6.1 運動方程式と直流伝導度
導出:$\sigma=ne^2\tau/m$
電場 $\EE$ の中を運動する電子(電荷 $-e$,$e>0$)を考える.散乱の効果を,速度に比例する摩擦力 $-m\vv/\tau$ で現象論的に取り入れる.$\tau$ を緩和時間(relaxation time)という.運動方程式は
である.摩擦項の意味は次のとおり:電場を切って $\EE=0$ とすると
$$ m\frac{\dd\vv}{\dd t} = -\frac{m\vv}{\tau} \quad\Longrightarrow\quad \frac{\dd\vv}{\vv} = -\frac{\dd t}{\tau} \quad\Longrightarrow\quad \vv(t) = \vv(0)\,\ee^{-t/\tau} $$すなわち速度は時定数 $\tau$ で減衰する.$\tau$ は「電子が方向を忘れるのにかかる時間」である.
定常状態($\dd\vv/\dd t=0$)では \eqref{eq:15-drude} から
$$ \frac{m\vv}{\tau} = -e\EE \quad\Longrightarrow\quad \vv_d = -\frac{e\tau}{m}\EE $$この $\vv_d$ をドリフト速度(drift velocity)という.電流密度は「電荷密度 × 速度」だから,電荷 $-e$ の粒子が密度 $n$ でドリフトしていれば
$$ \jj = (-e)n\vv_d = (-e)n\left(-\frac{e\tau}{m}\EE\right) = \frac{ne^2\tau}{m}\EE $$Ohmの法則 $\jj=\sigma\EE$ と比べて
∎ ついでに移動度(mobility)$\mu_{\rm mob}\equiv\abs{\vv_d}/E=e\tau/m$ を定義しておくと $\sigma=ne\mu_{\rm mob}$ と書ける.第17章の半導体で多用する形である.
符号の確認:電子は電場と逆向きにドリフトする($\vv_d\parallel-\EE$)が,電荷が負なので電流は電場と同じ向きになる.$\sigma>0$ であり,辻褄が合っている.
15.6.2 量子的な描像 —— Fermi球がずれる
式 \eqref{eq:15-drude} は古典的に見えるが,量子論でもそのまま成り立つ.ただし解釈が変わる.
導出:Fermi球の剛体的な平行移動 $\delta\kk=-e\EE\tau/\hbar$
電子の運動量は $\pp=\hbar\kk$(15.2.2節)だから,Newtonの法則 $\dd\pp/\dd t=\FF$ は
$$ \hbar\frac{\dd\kk}{\dd t} = -e\EE $$と書ける.散乱がなければ,時刻 $t$ の後にすべての電子の $\kk$ が同じだけ変化する:
$$ \kk(t) - \kk(0) = -\frac{e\EE t}{\hbar} $$これは Fermi 球全体が形を変えずに平行移動するということである.散乱を入れると,この移動は $t\sim\tau$ で頭打ちになるので,定常状態でのずれは
である.このとき電子の平均速度は $\hbar\delta\kk/m=-e\EE\tau/m=\vv_d$ となり,式 \eqref{eq:15-drude} の定常解と一致する.∎
例題15.5 銅の $\tau$,平均自由行程 $\ell$,ドリフト速度を求める
Cu の室温での抵抗率は $\rho=1.70\times10^{-8}\,\Omega\,\mathrm{m}$,$n=8.47\times10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$,$v_F=1.57\times10^6\,\mathrm{m/s}$.(1) $\tau$,(2) 平均自由行程 $\ell=v_F\tau$,(3) $E=1\,\mathrm{V/m}$ でのドリフト速度,を求めよ.
解答.(1) 式 \eqref{eq:15-sigma} を $\tau$ について解く:
$$ \tau = \frac{m}{ne^2\rho} = \frac{9.109\times10^{-31}}{8.47\times10^{28}\times(1.602\times10^{-19})^2\times1.70\times10^{-8}} $$分母を計算する:$(1.602\times10^{-19})^2=2.566\times10^{-38}$,$8.47\times10^{28}\times2.566\times10^{-38}=2.174\times10^{-9}$,$\times1.70\times10^{-8}=3.695\times10^{-17}$.したがって
$$ \tau = \frac{9.109\times10^{-31}}{3.695\times10^{-17}} = 2.47\times10^{-14}\,\mathrm{s} = 24.7\,\mathrm{fs} $$(2) 平均自由行程は「衝突と衝突の間に進む距離」なので,電子の実際の速さを掛ける.電流を運ぶのは Fermi 面上の電子だから $v_F$ を使う:
$$ \ell = v_F\tau = 1.57\times10^6\times2.47\times10^{-14} = 3.88\times10^{-8}\,\mathrm{m} = 388\,\text{Å} \simeq 400\,\text{Å} $$格子定数 $a=3.615\,\text{Å}$ の約107倍である.
(3) $\abs{\vv_d}=e\tau E/m=\dfrac{1.602\times10^{-19}\times2.47\times10^{-14}\times1}{9.109\times10^{-31}}=4.34\times10^{-3}\,\mathrm{m/s}=4.3\,\mathrm{mm/s}$.∎
ドリフト速度 $4\,\mathrm{mm/s}$ と Fermi 速度 $1.57\times10^6\,\mathrm{m/s}$ の比は $2.8\times10^{-9}$ である.電子は猛烈な速さで飛び回りながら,全体としてはカタツムリのようにじりじり流れている.これが図15.4(b)で $\delta k/k_F$ が極端に小さいことの実感である.
なぜ $\ell$ が格子定数の100倍もあるのか —— Drudeが説明できなかったこと
Drude は $\ell$ を古典的な熱速度 $v_{\rm th}=1.17\times10^5\,\mathrm{m/s}$ で見積もったので $\ell=v_{\rm th}\tau\simeq29\,\text{Å}$ となり,「原子間隔の数倍だから,電子はイオンにぶつかりながら進んでいるのだ」という描像で満足できた.
ところが正しい速度 $v_F$ を使うと $\ell\simeq400\,\text{Å}$ になる.電子は途中に並んでいる100個以上のイオンを素通りしていることになる.これは古典的な「ビリヤード球の衝突」という描像では説明できない.
答えは第16章の Bloch の定理にある.完全な周期ポテンシャルの中では,電子は散乱されない.Bloch 状態は定常状態なので,無限に長く伝播する.電子を散乱するのは周期性の乱れだけである:
- 格子振動(フォノン):温度が上がるほど振幅が大きくなり,$\rho\propto T$(高温).
- 不純物・欠陥・粒界:温度に依らない.低温での残留抵抗 $\rho_0$.
両者は独立に効くので,緩和時間の逆数(散乱率)が加算される:
$$ \frac{1}{\tau} = \frac{1}{\tau_{\rm ph}(T)}+\frac{1}{\tau_{\rm imp}} \quad\Longrightarrow\quad \rho(T) = \rho_{\rm ph}(T)+\rho_0 $$これをMatthiessenの規則(Matthiessen's rule)という.
純良な単結晶Cuを $4\,\mathrm{K}$ まで冷やすと,$\rho$ は室温値の $10^{-3}$ 以下(残留抵抗比 RRR $>1000$)になりうる.このとき $\ell$ は $400\,\text{Å}\times1000=40\,\mu\mathrm{m}$ に達する.電子が肉眼で見えるスケールを散乱されずに走るということであり,これは古典描像では想像もできない.試料を細く削ると $\ell$ が試料の寸法で決まってしまう(サイズ効果)ほどである.
15.6.3 交流伝導度とプラズマ振動数
導出:$\sigma(\omega)=\dfrac{\sigma_0}{1-\ii\omega\tau}$
電場が時間的に振動する場合,$\EE(t)=\EE_0\ee^{-\ii\omega t}$ と書く(物理量は実部を取る).定常応答も同じ振動数で振れるはずなので $\vv(t)=\vv_0\ee^{-\ii\omega t}$ と置く.すると
$$ \frac{\dd\vv}{\dd t} = -\ii\omega\,\vv $$だから,運動方程式 \eqref{eq:15-drude} は
$$ -\ii\omega m\vv + \frac{m\vv}{\tau} = -e\EE \quad\Longrightarrow\quad \frac{m}{\tau}\left(1-\ii\omega\tau\right)\vv = -e\EE $$ $$ \vv = -\frac{e\tau}{m}\frac{\EE}{1-\ii\omega\tau} $$電流密度 $\jj=-ne\vv$ を作れば
∎ $\omega\tau\ll1$(低周波)では $\sigma\to\sigma_0$ で直流の結果に戻る.$\omega\tau\gg1$(高周波)では
$$ \sigma(\omega) \simeq \frac{\sigma_0}{-\ii\omega\tau} = \ii\frac{\sigma_0}{\omega\tau} = \ii\frac{ne^2}{m\omega} $$となり,純虚数になる.電流が電場と $90^\circ$ ずれる,つまり Joule 散逸がなくなり,電子は電場に対してばねのように振動するだけになる.Cu の $\tau=2.5\times10^{-14}\,\mathrm{s}$ なら $\omega\tau=1$ は $\omega=4\times10^{13}\,\mathrm{s^{-1}}$(赤外領域,波長 $47\,\mu\mathrm{m}$)である.可視光($\omega\sim3\times10^{15}$)では $\omega\tau\simeq75\gg1$ なので,金属の光学応答は散逸のない極限で考えてよい.
導出:プラズマ振動数 $\omega_p$ と,金属が光を反射する理由
高周波極限($\omega\tau\gg1$)では摩擦項を落として構わない.電子の変位を $x$ として
$$ m\frac{\dd^2x}{\dd t^2} = -eE_0\ee^{-\ii\omega t} $$$x=x_0\ee^{-\ii\omega t}$ と置けば $\dd^2x/\dd t^2=-\omega^2x$ だから
$$ -m\omega^2 x = -eE \quad\Longrightarrow\quad x = \frac{eE}{m\omega^2} $$電子1個あたりの双極子モーメントは $(-e)x$,単位体積あたりの分極は
$$ P = n(-e)x = -\frac{ne^2}{m\omega^2}E $$電束密度は $D=\epsilon_0E+P=\epsilon_0\left(1-\dfrac{ne^2}{\epsilon_0m\omega^2}\right)E$ なので,比誘電率は
この $\omega_p$ をプラズマ振動数(plasma frequency)という.∎
この式が金属光沢を説明する.屈折率は $\tilde n=\sqrt{\epsilon}$ である.ただし,いま導いた $\epsilon(\omega)$ は散乱を完全に無視した($\tau\to\infty$ の)損失なしDrude模型のものであることを覚えておいてほしい.
- $\omega<\omega_p$:$\epsilon<0$ なので $\tilde n$ が純虚数になる.波は媒質中を伝播できず,指数関数的に減衰する(エバネッセント).この理想極限ではエネルギーは吸収されずに全反射される.→ 金属光沢
- $\omega>\omega_p$:$\epsilon>0$ で $\tilde n$ が実数.波は伝播する.→ 金属が透明になる
実在の金属では $\tau$ が有限である.運動方程式に減衰項 $m\vv/\tau$ を戻すと
$$ \epsilon(\omega) = 1-\frac{\omega_p^2}{\omega^2+\ii\omega/\tau} $$となって $\epsilon$ は複素数になり,その虚部が Joule 損失を表す.したがって $\omega<\omega_p$ でも吸収は完全にはゼロにならず,反射率は $1$ をわずかに下回る.さらにバンド間遷移が効く金属では,そこにバンド間吸収も加わる(すぐ下で Cu や Au について述べる).それでも $\omega_p$ を境に反射から透過へ切り替わるという骨格は変わらない.
アルカリ金属の紫外透過はこの予言の見事な実証である.実測とあわせて表にしておく.
| 金属 | $n$ ($10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$) | $\omega_p$ ($10^{15}\,\mathrm{s^{-1}}$) | $\hbar\omega_p$ (eV) | $\lambda_p=2\pi c/\omega_p$ (nm) | 実測の透過端 (nm) |
|---|---|---|---|---|---|
| K | 1.40 | 6.68 | 4.40 | 282 | 315 |
| Na | 2.65 | 9.19 | 6.05 | 205 | 210 |
| Al | 18.1 | 24.0 | 15.8 | 78.6 | —($\hbar\omega_p=15.3\,$eV が電子エネルギー損失分光で観測される) |
Na の計算値 $205\,\mathrm{nm}$ と実測 $210\,\mathrm{nm}$ の一致は,自由電子模型の勝利のひとつである.一方 Cu や Au では $d$ バンドから $\epsilon_F$ へのバンド間遷移が可視域(Cu で $2.1\,\mathrm{eV}$,Au で $2.4\,\mathrm{eV}$)にあり,その光子を吸収してしまうため赤みを帯びる.自由電子模型は金属の色を説明できない —— 15.9節の限界のひとつである.
なお $\omega_p$ は,電子気体全体が正イオン背景に対して集団的に振動する縦波の振動数でもある.この量子がプラズモン(plasmon)である.電子エネルギー損失分光(EELS)で $\hbar\omega_p$ ごとの離散的なピークとして観測され,Al では $15.3\,\mathrm{eV}$ と,計算値 $15.8\,\mathrm{eV}$ によく一致する.
15.7 Hall効果
電気伝導度 $\sigma=ne^2\tau/m$ には $n$ と $\tau$ が積の形で入っており,$\sigma$ の測定だけでは両者を分離できない.キャリア密度 $n$ を単独で取り出す方法が Hall 効果である.しかも,キャリアの符号まで分かる.
導出:$R_H=-1/ne$
磁場 $\BB=(0,0,B)$ を掛ける.Lorentz力を含めた運動方程式は
$$ m\frac{\dd\vv}{\dd t} + \frac{m\vv}{\tau} = -e\left(\EE+\vv\times\BB\right) $$まず $\vv\times\BB$ を成分で書く.$\vv=(v_x,v_y,v_z)$,$\BB=(0,0,B)$ に対して
$$ \vv\times\BB = \begin{vmatrix} \hat{x} & \hat{y} & \hat{z}\\ v_x & v_y & v_z\\ 0 & 0 & B \end{vmatrix} = \left(v_yB,\;-v_xB,\;0\right) $$定常状態($\dd\vv/\dd t=0$)の $x$ 成分と $y$ 成分を書き下すと
$$ \frac{m v_x}{\tau} = -e\left(E_x + v_yB\right), \qquad \frac{m v_y}{\tau} = -e\left(E_y - v_xB\right) $$これを電流密度 $j_x=-nev_x$, $j_y=-nev_y$ に書き換える.第1式に $-ne$ を掛けると
$$ \frac{m}{\tau}\underbrace{(-nev_x)}_{j_x} = ne\,e\left(E_x+v_yB\right) = ne^2E_x + ne^2Bv_y = ne^2E_x - eB\underbrace{(-nev_y)}_{j_y} $$すなわち $\dfrac{m}{\tau}j_x = ne^2E_x - eBj_y$.両辺を $m/\tau$ で割り $\sigma_0=ne^2\tau/m$ を使うと
$$ j_x = \sigma_0E_x - \frac{eB\tau}{m}j_y $$同様に第2式から
$$ j_y = \sigma_0E_y + \frac{eB\tau}{m}j_x $$ここでサイクロトロン振動数 $\omega_c\equiv eB/m$ を導入すると,係数は $\omega_c\tau$ である.
Hall配置の条件を課す.試料は $y$ 方向に有限の幅を持ち,その側面から電流は出ていけない.したがって定常状態では
$$ j_y = 0 $$である.これを第2式に入れると
$$ 0 = \sigma_0E_y + \omega_c\tau\,j_x \quad\Longrightarrow\quad E_y = -\frac{\omega_c\tau}{\sigma_0}j_x $$係数を展開する:
$$ \frac{\omega_c\tau}{\sigma_0} = \frac{eB\tau}{m}\cdot\frac{m}{ne^2\tau} = \frac{B}{ne} $$よって $E_y=-\dfrac{B}{ne}j_x$.Hall係数を
$$ R_H \equiv \frac{E_y}{j_xB} $$と定義すれば
∎ (Gauss単位系では $R_H=-1/nec$ と書かれる.Kittel は CGS を使っているので $c$ が現れるが,SI では $c$ は現れない.単位系の違いだけである.)
$\tau$ も $m$ も消えたことに注目したい.$R_H$ はキャリア密度と電荷の符号だけで決まる.これが Hall 効果が強力な測定手段である理由である.
物理的意味:$j_y=0$ の条件がしていること
導出の途中で $j_y=0$ と置いた.この一行が物理のすべてである.
磁場を掛けた瞬間,電子は Lorentz 力で横に曲がる.すると片側の面に電子が溜まりはじめる.溜まった電子は横向きの電場 $E_y$ を作り,その電場は後続の電子を逆向きに押し戻す.溜まりが増えるほど押し戻す力が強くなり,やがて
$$ \underbrace{(-e)E_y}_{\text{電場による力}} + \underbrace{(-e)(-v_xB)}_{\text{Lorentz力の }y\text{ 成分}} = 0 $$でつり合って,横方向の流れが止まる.これが定常状態である.所要時間は $\epsilon_0/\sigma\sim10^{-19}\,\mathrm{s}$ 程度で,実質的に瞬時である.
つり合いの式を書き下せば $-eE_y+ev_xB=0$,すなわち $E_y=v_xB$ である.ここに $v_x=j_x/(-ne)=-j_x/(ne)$ を入れると $E_y=-Bj_x/(ne)$ となり,式 \eqref{eq:15-hall} が2行で出る.上の丁寧な導出は,この直観が正しいことの確認である.
| 金属 | 価電子数 $z$ | $-1/ne$(計算) | $R_H$(実測) | 比 |
|---|---|---|---|---|
| Li | 1 | $-13.3$ | $-17.0$ | 1.28 |
| Na | 1 | $-23.5$ | $-25.0$ | 1.06 |
| K | 1 | $-44.5$ | $-42.0$ | 0.94 |
| Cu | 1 | $-7.4$ | $-5.5$ | 0.74 |
| Ag | 1 | $-10.6$ | $-9.0$ | 0.85 |
| Au | 1 | $-10.6$ | $-7.2$ | 0.68 |
| Al | 3 | $-3.5$ | $+10.2$(強磁場極限) | 符号が逆 |
| Be | 2 | $-2.5$ | $+24.4$ | 符号が逆 |
| In | 3 | $-5.4$ | $+1.6$ | 符号が逆 |
注意:正の $R_H$ —— 自由電子模型の明白な失敗
Na や K などのアルカリ金属では $R_H$ が計算値と $10\%$ 以内で一致する(同じアルカリ金属でも Li は $28\%$ ずれる.Li は Fermi 面の球からの歪みが比較的大きく,自由電子近似の精度が落ちるためと考えられている).ところが Al, Be, In, Cd では符号が逆になる.式 \eqref{eq:15-hall} で $R_H>0$ となるためには $n<0$ でなければならず,これは物理的にありえない.
「電子より軽い正電荷のキャリアが金属の中にいる」ように見えるこの現象は,20世紀初頭には完全な謎であった.答えは正孔(hole)である.
- ほとんど埋まったバンドの中で,わずかに空いた状態(正孔)の集団は,電荷 $+e$,正の有効質量を持つ粒子としてふるまう.
- Al は $z=3$ で,第2・第3バンドが部分的に占有される.第2バンドのFermi面は「正孔的」な閉軌道になっており,そちらの寄与が勝つと $R_H>0$ になる.
- 実際 Al の $R_H$ は磁場に強く依存し,弱磁場では $-3.5\times10^{-11}$(自由電子の値に近い)だが,強磁場極限では $+10.2\times10^{-11}$($=+1/(ne)$ で $n$ は1原子あたり1個の正孔に対応)に飽和する.
この「バンドを埋めていくと正孔が現れる」という話は第16章・第17章で,「Fermi面上の軌道が電子的か正孔的か」という話は第18章で扱う.Hall係数の符号は,Fermi面の形を教えてくれる最初の実験的手がかりである.
なお Cu, Ag, Au で $10$–$30\%$ ずれるのも,Fermi 面が球からずれて Brillouin 域境界に「首(neck)」を伸ばしているためである(第18章の主題).
15.8 Wiedemann–Franz則
金属は電気をよく通すと同時に熱もよく伝える.1853年,Wiedemann と Franz は熱伝導率と電気伝導率の比が,金属の種類によらずほぼ同じであることを発見した.さらに1872年に Lorenz が,その比が温度に比例することを見出した.すなわち
$$ L \equiv \frac{K}{\sigma T} = \text{一定} $$この $L$ をLorenz数(Lorenz number)という.自由電子模型はこの $L$ の値を,物質のパラメータをひとつも含まない普遍定数として予言する.
導出(第1段):気体運動論による熱伝導率 $K=\frac13Cv\ell$
温度勾配 $\dd T/\dd x$ のある気体を考える.$x$ の位置を通過する粒子は,最後に衝突した点(平均して $\ell$ だけ手前)の温度の情報を運んでくる.
$+x$ 方向に進む粒子は $x-\ell_x$ の温度を,$-x$ 方向に進む粒子は $x+\ell_x$ の温度を持つ.1粒子が運ぶエネルギー差は
$$ \Delta\varepsilon = c\left[T(x-\ell_x)-T(x+\ell_x)\right] \simeq -2c\,\ell_x\frac{\dd T}{\dd x} $$($c$ は1粒子あたりの熱容量).$x$ 方向に $v_x$ で通過する粒子の流束を考え,$\ell_x=v_x\tau$,$\langle v_x^2\rangle=\frac13v^2$(等方性)を使って全粒子について平均すると,熱流束は
$$ j^Q = -n\,c\,\langle v_x^2\rangle\tau\frac{\dd T}{\dd x} = -\frac13 n c\,v^2\tau\frac{\dd T}{\dd x} = -\frac13 C v^2\tau\frac{\dd T}{\dd x} $$ここで $C=nc$ は単位体積あたりの熱容量である.Fourier の法則 $j^Q=-K\,\dd T/\dd x$ と比べて
∎ 第14章でフォノンの熱伝導率を求めたときとまったく同じ式である.違いは $C$ と $v$ に何を入れるかだけである.
導出(第2段):Lorenz数 $L=\frac{\pi^2}{3}(k_B/e)^2$
式 \eqref{eq:15-kinetic} に電子の値を入れる.
単位体積あたりの電子熱容量.式 \eqref{eq:15-gamma} を体積で割って
$$ C_{el} = \frac{\pi^2}{2}nk_B\frac{T}{T_F} = \frac{\pi^2}{2}\frac{nk_B^2T}{\epsilon_F} $$速度は Fermi 速度.熱を運ぶのは Fermi 面近傍の電子だから $v=v_F$ で,$v_F^2=\dfrac{2\epsilon_F}{m}$($\epsilon_F=\frac12mv_F^2$ より).
代入する:
$$ K_{el} = \frac13\cdot\frac{\pi^2}{2}\frac{nk_B^2T}{\epsilon_F}\cdot\frac{2\epsilon_F}{m}\cdot\tau $$$\epsilon_F$ が約分され,$\frac12\times2=1$ で
$\sigma$ で割る.$\sigma=ne^2\tau/m$ だから
$$ \frac{K_{el}}{\sigma} = \frac{\dfrac{\pi^2}{3}\dfrac{nk_B^2T\tau}{m}}{\dfrac{ne^2\tau}{m}} = \frac{\pi^2}{3}\frac{k_B^2T}{e^2} $$$n$, $\tau$, $m$ がすべて約分される.したがって
∎ 右辺には普遍定数しか入っていない.物質によらないという Wiedemann–Franz の実験事実が,そのまま出た.
例題15.6 Lorenz数の数値を計算する
式 \eqref{eq:15-lorenz} の値を求めよ.
解答.まず $k_B/e$ を計算する.これは「1 K あたりの電圧」という単位を持つ.
$$ \frac{k_B}{e} = \frac{1.380649\times10^{-23}\,\mathrm{J/K}}{1.602177\times10^{-19}\,\mathrm{C}} = 8.6173\times10^{-5}\,\mathrm{V/K} $$(この数字は覚えておくと便利である.室温 $300\,\mathrm{K}$ で $k_BT/e=25.9\,\mathrm{mV}$,半導体の議論で頻出する.)2乗して
$$ \left(\frac{k_B}{e}\right)^2 = (8.6173\times10^{-5})^2 = 7.4258\times10^{-9}\,\mathrm{V^2/K^2} $$$\pi^2/3=3.28987$ を掛けて
$$ L = 3.28987\times7.4258\times10^{-9} = 2.443\times10^{-8}\ \mathrm{V^2/K^2} $$単位を確認する.$K/(\sigma T)$ の単位は $\dfrac{\mathrm{W\,m^{-1}K^{-1}}}{\mathrm{S\,m^{-1}}\cdot\mathrm{K}}=\mathrm{W\,\Omega\,K^{-2}}$ であり,$\mathrm{V^2/K^2}=\mathrm{W\,\Omega/K^2}$ なので一致する.したがって
∎ 検算:Cu の室温での熱伝導率を予言してみる.$\sigma=1/\left(1.70\times10^{-8}\,\Omega\,\mathrm{m}\right)=5.88\times10^7\,\mathrm{S/m}$,$T=300\,\mathrm{K}$ だから
$$ K_{el} = L\sigma T = 2.443\times10^{-8}\times5.88\times10^7\times300 = 431\ \mathrm{W\,m^{-1}K^{-1}} $$実測は $401\,\mathrm{W\,m^{-1}K^{-1}}$.$7\%$ の精度で当たっている.
| 金属 | $0^\circ$C | $100^\circ$C | 金属 | $0^\circ$C | $100^\circ$C |
|---|---|---|---|---|---|
| Cu | 2.23 | 2.33 | Pb | 2.47 | 2.56 |
| Ag | 2.31 | 2.37 | Pt | 2.51 | 2.60 |
| Au | 2.35 | 2.40 | Sn | 2.52 | 2.49 |
| Zn | 2.31 | 2.33 | Mo | 2.61 | 2.79 |
| Cd | 2.42 | 2.43 | W | 3.04 | 3.20 |
Drudeはなぜ「偶然」正解に近づいたのか
Drude は古典統計で同じ計算をした.彼が使ったのは
$$ C_{\rm class} = \frac32nk_B,\qquad \langle v^2\rangle = \frac{3k_BT}{m} $$である.式 \eqref{eq:15-kinetic} に入れると $K=\frac13\cdot\frac32nk_B\cdot\frac{3k_BT}{m}\tau=\frac32\frac{nk_B^2T\tau}{m}$,したがって
$$ L_{\rm class} = \frac32\left(\frac{k_B}{e}\right)^2 = 1.11\times10^{-8}\,\mathrm{W\,\Omega\,K^{-2}} $$実測値の半分以下である.しかし Drude 自身の論文では計算に因子2の誤りがあり,結果として $2.2\times10^{-8}$ という「見事に一致する」値が出てしまった.この偶然の一致が Drude 模型への信頼を高め,電子比熱の破綻という深刻な問題が長く見過ごされる一因になった.
Sommerfeld版が正しい理由は,2つの巨大な誤りが打ち消し合うからである.
- 熱容量:古典値の $\dfrac{\pi^2}{3}\dfrac{T}{T_F}\simeq0.012$ 倍(Cu, 300 K).約100分の1.
- 速度の2乗:$\dfrac{v_F^2}{\langle v^2\rangle_{\rm class}}=\dfrac{2\epsilon_F/m}{3k_BT/m}=\dfrac23\dfrac{T_F}{T}\simeq181$.約100倍.
積を取ると
$$ \frac{\pi^2}{3}\frac{T}{T_F}\times\frac23\frac{T_F}{T} = \frac{2\pi^2}{9} = 2.19 $$で,$T$ も $T_F$ も消えて $2.19$ という有限の数だけが残る.実際 $L_{\rm Sommerfeld}/L_{\rm class}=(\pi^2/3)/(3/2)=2\pi^2/9=2.19$ である.
「電子は熱をほとんど運ばない($C$ が小さい)が,運ぶ電子は猛烈に速い($v_F$ が大きい)」.この2つがちょうど相殺して,Drude の結論が形だけ生き残った.正しい答えを出したからといって理論が正しいとは限らないという,科学史上有名な教訓である.
注意:Wiedemann–Franz則が破れるとき
表15.6を見ると,$0^\circ$C と $100^\circ$C ではよく成り立っている.ところが中間の温度($10$–$100\,\mathrm{K}$)では $L$ が理論値より大きく下がる.Cu では $\sim20\,\mathrm{K}$ で $L$ が $0.5\times10^{-8}$ 程度まで落ちる.理由は,導出の暗黙の仮定にある.
式 \eqref{eq:15-lorenz} を導くとき,電気伝導と熱伝導に同じ $\tau$ を使った.これが正当化されるのは散乱が弾性的な場合だけである.
- 電流を壊すには,電子の $\kk$ の向きを大きく変える必要がある(後方散乱が効く).エネルギーが変わるかどうかは関係ない.
- 熱流を壊すには,電子のエネルギーを変える必要がある.小角散乱でも,エネルギーをやりとりすれば熱流は壊れる.
したがって:
- 高温($T\gtrsim\Theta_D$):熱いフォノンとの散乱は大角度で,しかも $\hbar\omega\ll k_BT$ なので実質的に弾性.$\tau_{\rm el}\simeq\tau_{\rm th}$ となり Wiedemann–Franz 則が成り立つ.
- 極低温(不純物散乱が支配的):不純物散乱は完全に弾性.やはり則が成り立つ.
- 中間温度:フォノンの典型的な波数 $q\sim k_BT/\hbar v_s$ が $k_F$ より小さく,小角非弾性散乱になる.電流はほとんど壊れないが熱流は壊れるので $\tau_{\rm th}\ll\tau_{\rm el}$ となり,$L$ が下がる.
この振る舞いは Wiedemann–Franz 則の「破れ」ではなく,則が成り立つ条件を教えてくれる情報である.近年では,強相関電子系(例:$\mathrm{VO_2}$)で $L$ が理論値の $1/10$ になるという報告があり,電荷と熱が別々のキャリアに担われている可能性(スピン–電荷分離など)の証拠として議論されている.
15.9 自由電子模型の限界 — なぜ Si は金属でないのか
15.9.1 説明できないこと
| 現象 | 結果 | 解決の場所 |
|---|---|---|
| 電子比熱 $C=\gamma T$ と $\gamma$ の桁 | ◎ 成功 | — |
| Wiedemann–Franz則と $L$ の値 | ◎ 成功 | — |
| アルカリ金属の $R_H$,$\omega_p$ | ◎ 成功 | — |
| $m^*/m$ が1からずれる | △ 説明できない | 第16章(バンド),電子–フォノン |
| Si, Ge, ダイヤモンドが絶縁体・半導体であること | × 完全な失敗 | 第16章 |
| Al, Be の $R_H>0$ | × 失敗 | 第17章(正孔),第18章(Fermi面) |
| Cu が赤い,Au が黄色い | × 失敗 | 第16章(バンド間遷移) |
| 磁気抵抗の大きさと異方性 | × 失敗 | 第18章(開軌道) |
| 熱電能(Seebeck係数)の符号と大きさ | × しばしば符号も外す | 第17章・第18章 |
| 強磁性(Fe, Co, Ni) | × 失敗 | 第20章(磁性,Stoner条件) |
最大の失敗:金属と絶縁体を区別できない
自由電子模型では,エネルギーは $\epsilon=\hbar^2k^2/2m$ と連続的に上がり,どこにも隙間がない.したがって電子が何個あろうと,必ず Fermi 準位のすぐ上に空の状態があり,任意に小さな電場でも電流が流れる.すべての固体は金属になってしまう.
ところが現実は違う.同じ第14族の元素でも
| 物質 | 構造 | 1原子あたりの価電子 | バンドギャップ | 室温の抵抗率 |
|---|---|---|---|---|
| ダイヤモンド C | diamond | 4 | $5.5\,\mathrm{eV}$ | $>10^{12}\,\Omega\,\mathrm{m}$ |
| Si | diamond | 4 | $1.12\,\mathrm{eV}$ | $2.3\times10^{3}\,\Omega\,\mathrm{m}$ |
| Ge | diamond | 4 | $0.67\,\mathrm{eV}$ | $0.46\,\Omega\,\mathrm{m}$ |
| 灰色Sn | diamond | 4 | $0$(半金属) | — |
| Pb | fcc | 4 | —(金属) | $2.1\times10^{-7}\,\Omega\,\mathrm{m}$ |
Si の抵抗率は Cu の $10^{11}$ 倍である.自由電子模型で Si の $n$ を計算すると($a=5.431\,\text{Å}$,diamond構造で8原子/単位胞,価電子4個より $n=8\times4/a^3=2.0\times10^{29}\,\mathrm{m^{-3}}$)Al より高い電子密度になり,$\epsilon_F=12.5\,\mathrm{eV}$ の立派な金属になるはずである.桁が11個違う.
何が足りないのか.答えはイオンが作る周期ポテンシャル $U(\rr)=U(\rr+\TT)$ である.これを入れると,Brillouin域境界($k=\pi/a$)で電子波が Bragg 反射を起こし,そこにエネルギーギャップが開く.バンドが電子でちょうど埋まりきると,Fermi 準位がギャップの中に落ち,電子は動けなくなる.
第16章では,この「ギャップが開く」機構を,定在波の描像と $2\times2$ の永年方程式の両方から丁寧に導く.第11章で作った $\kk$ と Brillouin 域の言葉が,そこで本領を発揮する.
15.9.2 なぜ自由電子模型は「そこそこ」うまくいくのか
ここまで失敗を並べたが,逆の問いのほうが深い.これほど乱暴な模型が,なぜ金属についてはかなりの精度で当たるのか.理由は2つある.
理由1:周期ポテンシャルは電子を散乱しない(Blochの定理)
15.6.2節ですでに触れたとおり,完全な周期ポテンシャルの中では電子の定常状態は Bloch 波 $\psi_\kk(\rr)=u_\kk(\rr)\ee^{\ii\kk\cdot\rr}$ であり,これは無限に伝播する.イオンは「衝突する障害物」ではなく,電子波の分散関係 $\epsilon(\kk)$ を作り変えるだけである.
そして,Fermi 面が Brillouin 域境界から遠い金属(アルカリ金属がまさにそうである.Na の Fermi 球は第1域の内接球の $0.88$ 倍しかない)では,$\epsilon(\kk)$ はほぼ $\hbar^2k^2/2m$ のままである.$m$ を $m^*$ に置き換えれば,自由電子の公式がそのまま使える.アルカリ金属で $R_H$ も $\gamma$ もよく合うのはこのためである.
逆に Cu では $\langle111\rangle$ 方向で Fermi 面が域境界に触れて「首」を伸ばしており,Al では Fermi 球が第1域をはみ出して第2・第3バンドに入る.だから Cu の $R_H$ は $26\%$ ずれ,Al は符号まで逆転する.ずれの大小が,Fermi 面と Brillouin 域の位置関係を教えてくれるのである(第18章).
理由2:Pauli原理が電子–電子散乱を殺す(Fermi液体論)
金属中の電子間 Coulomb 相互作用は $\epsilon_F$ と同程度の大きさがある.それなのに電子が独立粒子のようにふるまうのはなぜか.散乱できる相手も行き先も,ほとんど残っていないからである.位相空間の勘定をしてみよう.
$\epsilon_F$ から $\Delta\epsilon$ だけ上にいる電子1(エネルギー $\epsilon_1=\epsilon_F+\Delta\epsilon$)が,電子2と衝突して電子3・電子4になる過程を考える.
- 相手(電子2)の選択肢:エネルギー保存とPauli原理から,電子2は $\epsilon_F-\Delta\epsilon<\epsilon_2<\epsilon_F$ の範囲にいなければならない(それより深いと,散乱後に $\epsilon_F$ 以下の埋まった状態にしか行けない).この範囲の電子数は全体の $\sim\Delta\epsilon/\epsilon_F$ の割合.
- 行き先(電子3)の選択肢:$\epsilon_F<\epsilon_3<\epsilon_F+\Delta\epsilon$ の空席.これも $\sim\Delta\epsilon/\epsilon_F$ の割合.(電子4はエネルギー保存で決まる.)
したがって散乱率は
(熱励起された電子の典型的な $\Delta\epsilon$ が $k_BT$ だから.)Cu の室温なら $(k_BT/\epsilon_F)^2=(0.0259/7.03)^2=1.4\times10^{-5}$ である.位相空間の勘定だけで見れば,電子–電子散乱はフォノン散乱に比べて5桁小さい.(絶対的な比を厳密に出すには遷移行列要素まで評価しなければならないが,$T^2$ という温度依存性と抑制の桁は,この数え上げだけで決まってしまう.)
ここで注意しておきたいことがある.いま見積もったのは準粒子の寿命 $\tau_{ee}$ であって,電気抵抗を決める輸送緩和時間ではない.等方的な単一バンドで全電子の運動量が保存する状況では,電子どうしがいくら散乱し合っても電子系全体の運動量は変わらないから,電子–電子散乱だけでは直流抵抗は生じない.抵抗に寄与するためには,逆格子ベクトルを吸う Umklapp 過程,複数のバンドのあいだの散乱,不純物といった,全運動量を格子側に逃がす仕組みが別に要る.実際に観測される $\rho=\rho_0+AT^2$ の $T^2$ 項は,そうした機構を通じて $1/\tau_{ee}\propto T^2$ が輸送に伝わったものである.
これが Landau のFermi液体論(Fermi liquid theory, 1956)の核心である.相互作用する電子系は,相互作用しない Fermi 気体と1対1に対応する準粒子の集まりとして記述できる.準粒子は電子と同じ電荷・スピンを持ち,質量だけが $m^*$ に繰り込まれる.だから
- $C_{el}=\gamma T$ の形は保たれる($\gamma$ の値だけ変わる)
- $R_H=-1/ne$ の形は保たれる(ただしこれは,等方的な単一の放物線バンドと単一の緩和時間という単純な極限での話である.バンドの曲率が Fermi 面上で変わる場合,散乱が異方的な場合,複数のバンドが Fermi 準位を横切る場合には,Fermi 液体であっても $R_H$ は $-1/ne$ からずれる)
- 抵抗率に $\rho=\rho_0+AT^2$ という $T^2$ 項が現れる(式 \eqref{eq:15-tauee}).実際,重い電子系ではこの $AT^2$ 項が明瞭に観測され,$A\propto(m^*)^2\propto\gamma^2$(Kadowaki–Woods則)が成り立つ.
重い電子系で $m^*/m\sim10^3$ になっても $C\propto T$ が保たれるのは,Fermi液体論が生きているからである.逆に,1次元系や量子臨界点近傍では Fermi 液体論が破れ(非Fermi液体),$C/T$ が発散したり $\rho\propto T$ になったりする.現代の強相関物性研究の最前線は,まさにこの「Fermi液体からのずれ」を追いかけている.
15.10 まとめと演習
15.10.1 まとめ
- 自由電子気体は,周期ポテンシャルと電子間相互作用を捨て,運動エネルギーとPauli原理だけを残した模型である.それでも金属の比熱・伝導度・熱伝導度・Hall係数を桁で説明する.
- 周期境界条件により $\kk=\frac{2\pi}{L}(n_x,n_y,n_z)$ と量子化され,1状態が $\kk$ 空間の体積 $(2\pi/L)^3=8\pi^3/V$ を占める.和を積分に直す規則は $\sum_\kk\to\frac{V}{(2\pi)^3}\int\dd^3k$.スピン因子2は電子数に直すときに掛ける.
- Fermi球:$k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$($m$ にも $\hbar$ にも依らない純幾何学的な量),$\epsilon_F=\frac{\hbar^2}{2m}(3\pi^2n)^{2/3}$,$v_F=\hbar k_F/m$,$T_F=\epsilon_F/k_B$.
- 数値の桁:$\epsilon_F=2$–$14\,\mathrm{eV}$,$T_F=(2$–$17)\times10^4\,\mathrm{K}$,$v_F\sim10^6\,\mathrm{m/s}$,$k_F\sim1\,\text{Å}^{-1}$.$T/T_F\sim0.004$(室温)なので電子気体は極端に縮退している.
- 状態密度:$D(\epsilon)=\frac{V}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\sqrt\epsilon=\frac{3N}{2\epsilon_F}\sqrt{\epsilon/\epsilon_F}$.次元で指数が変わる($D\propto\epsilon^{(d-2)/2}$).
- Fermi–Dirac分布 $f=1/(\ee^{(\epsilon-\mu)/k_BT}+1)$.$f(\mu)=1/2$,遷移幅は $4.4k_BT$.$\mu$ と $\epsilon_F$ は区別すること.
- Sommerfeld展開:$\int Hf\dd\epsilon=\int_{-\infty}^\mu H\dd\epsilon+\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2H'(\mu)+\frac{7\pi^4}{360}(k_BT)^4H'''(\mu)+\cdots$.導出の骨格は「部分積分で $-\partial f/\partial\epsilon$ を作る → それが幅 $k_BT$ の対称なピークだから $K$ をTaylor展開 → モーメント $A_2=\pi^2/3$」.$A_2$ は $\sum(-1)^{\ell-1}/\ell^2=\pi^2/12$ から出る.
- 化学ポテンシャル:$\mu(T)=\epsilon_F\left[1-\frac{\pi^2}{12}(T/T_F)^2\right]$.$D'>0$ だから $\mu$ は下がる.この補正を落とすと比熱が $3/2$ 倍になる.
- 電子比熱:$C_{el}=\frac{\pi^2}{3}k_B^2TD(\epsilon_F)=\frac{\pi^2}{2}Nk_B\frac{T}{T_F}=\gamma T$.古典値の $\frac{\pi^2}{3}\frac{T}{T_F}$ 倍.直観は「$k_BT$ の幅にいる $\sim D(\epsilon_F)k_BT$ 個の電子だけが $\sim k_BT$ ずつ受け取る」.第1式は $D(\epsilon)$ の形に依らないので,バンド構造が複雑でも成り立つ.
- $C/T$ vs $T^2$ プロット:切片が $\gamma$,傾きが $\beta$(Debye).$m^*_{\rm th}/m=\gamma_{\rm obs}/\gamma_{\rm free}$ は単純金属で $1.0$–$1.5$,重い電子系で $\sim10^3$.
- Drude:$\sigma=ne^2\tau/m$,$\sigma(\omega)=\sigma_0/(1-\ii\omega\tau)$,$\omega_p=\sqrt{ne^2/\epsilon_0m}$.$\kk$ 空間では Fermi 球が $\delta\kk=-e\EE\tau/\hbar$ だけ剛体的にずれる.Cu の室温で $\tau=2.5\times10^{-14}\,\mathrm{s}$,$\ell=v_F\tau\simeq400\,\text{Å}$(格子定数の約100倍!).
- Hall効果:$j_y=0$ の条件から $R_H=E_y/(j_xB)=-1/ne$.$\tau$ も $m$ も消えるので,キャリア密度と符号だけが測れる.Al, Be, In で $R_H>0$ になるのは正孔(第17章・第18章)による.
- Wiedemann–Franz則:$K_{el}=\frac{\pi^2}{3}\frac{nk_B^2T\tau}{m}$ を $\sigma T$ で割ると $n,\tau,m$ が全部消えて $L=\frac{\pi^2}{3}(k_B/e)^2=2.44\times10^{-8}\,\mathrm{W\,\Omega\,K^{-2}}$.中間温度で破れるのは,電流と熱流で有効な $\tau$ が違う(小角非弾性散乱)ため.
- 限界:金属と絶縁体を区別できない,正の $R_H$,金属の色,強磁性.すべて周期ポテンシャル(第16章)と多体効果(第20章)が必要.逆にこの模型がうまくいく理由は,(i) 完全周期ポテンシャルは散乱しない(Bloch),(ii) Pauli原理が電子–電子散乱を $(k_BT/\epsilon_F)^2$ に潰す(Fermi液体論).
15.10.2 演習問題
演習15.1 2次元電子気体
面積 $A=L^2$ の2次元の箱に周期境界条件を課した自由電子気体を考える.
(1) $\kk$ 空間で1状態が占める面積を求めよ.
(2) スピンを含めて,電子密度(面密度)$n_s=N/A$ と $k_F$ の関係を導け.
(3) 状態密度 $D(\epsilon)$ が $\epsilon$ に依らない定数になることを示し,その値を求めよ.
(4) $\epsilon_F$ を $n_s$ で表せ.
(5) $D$ が定数であることを使って,$\mu(T)$ の $(k_BT)^2$ 補正が消えることを示せ.また比熱を求めよ.
ヒント:(1) $(2\pi/L)^2$.(2) Fermi「円」の面積 $\pi k_F^2$ を $(2\pi/L)^2$ で割って2倍:$N=\frac{A k_F^2}{2\pi}$ より $k_F=\sqrt{2\pi n_s}$.(3) $N(\epsilon)=\frac{A}{2\pi}\frac{2m\epsilon}{\hbar^2}$ より $D=\frac{Am}{\pi\hbar^2}$.(4) $\epsilon_F=\frac{\pi\hbar^2n_s}{m}$.(5) $D'=0$ なので $\mu-\epsilon_F=-\frac{\pi^2}{6}(k_BT)^2D'/D=0$.比熱は $C=\frac{\pi^2}{3}k_B^2TD=\frac{\pi^2}{3}\frac{Amk_B^2T}{\pi\hbar^2}$ で,やはり $T$ に比例する.この2次元電子気体は半導体ヘテロ接合(GaAs/AlGaAs)で実現され,量子Hall効果の舞台になる.
演習15.2 銀の Fermi パラメータと $\gamma$
Ag は fcc,$a=4.086\,\text{Å}$,価電子1個.
(1) $n$, $k_F$, $\epsilon_F$, $T_F$, $v_F$ を計算せよ.
(2) 1モルあたりの $\gamma_{\rm free}$ を求めよ.
(3) 実測は $\gamma_{\rm obs}=0.646\,\mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-2}}$ である.$m^*_{\rm th}/m$ を求め,表15.3の他の金属と比べて論ぜよ.
(4) Ag の室温抵抗率は $1.59\times10^{-8}\,\Omega\,\mathrm{m}$ である.$\tau$ と $\ell$ を求めよ.
ヒント:(1) $n=4/a^3=5.86\times10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$,$\epsilon_F=5.50\,\mathrm{eV}$,$T_F=6.39\times10^4\,\mathrm{K}$,$v_F=1.39\times10^6\,\mathrm{m/s}$.式 \eqref{eq:15-eFpractical} を使うと速い.(2) $\gamma=\frac{\pi^2}{2}R/T_F=0.642\,\mathrm{mJ\,mol^{-1}K^{-2}}$.(3) 比は $1.006$ で,ほぼ完全な一致.ただしこれは偶然で,$d$ バンドの寄与と電子–フォノンの寄与がたまたま打ち消し合っていると考えられている.(4) $\tau=3.8\times10^{-14}\,\mathrm{s}$,$\ell=v_F\tau\simeq530\,\text{Å}$.
演習15.3 Sommerfeld展開の高次項と,比熱の $T^3$ 補正
(1) 例題15.3 の手順に従い,$A_6=\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x^6\ee^x}{(\ee^x+1)^2}\dd x$ を $\zeta(6)=\pi^6/945$ を使って求めよ.
(2) 自由電子気体の全エネルギー $U(T)$ を $(k_BT)^4$ の項まで求め,電子比熱に $T^3$ の補正項があることを示せ.
(3) この電子由来の $T^3$ 項と,Debyeの格子比熱 $\beta T^3$ を比べ,前者が実験的に見えない理由を数値で示せ(Cu, $\Theta_D=343\,\mathrm{K}$, $T_F=8.16\times10^4\,\mathrm{K}$).
ヒント:(1) $A_6=2\cdot6!\sum(-1)^{\ell-1}/\ell^6=1440\cdot\frac{31}{32}\zeta(6)=\frac{31\pi^6}{21}$.(2) $H=\epsilon D$,$H'''=3D''+\epsilon D'''$ を $\epsilon_F$ で評価し,同時に $\mu(T)$ を $(k_BT)^4$ まで求めて代入する.結果は $C_{el}=\gamma T\left[1+c_2\left(\frac{T}{T_F}\right)^2+\cdots\right]$ の形になる.係数 $c_2$(負で,大きさは $1$ のオーダー)を丁寧に追うのが本問の眼目である.(3) 電子の $T^3$ 項の係数は $\sim\gamma/T_F^2\sim7.6\times10^{-14}\,\mathrm{J\,mol^{-1}K^{-4}}$,Debye の $\beta=4.82\times10^{-5}\,\mathrm{J\,mol^{-1}K^{-4}}$.9桁違うので観測は絶望的である.
演習15.4 Pauli常磁性
磁場 $B$ の中で,上向きスピンと下向きスピンの電子はエネルギーが $\mp\mu_BB$ だけずれる($\mu_B=e\hbar/2m$ はBohr磁子).
(1) 状態密度を $D_\uparrow(\epsilon)=\frac12D(\epsilon+\mu_BB)$, $D_\downarrow(\epsilon)=\frac12D(\epsilon-\mu_BB)$ と書けることを説明せよ.
(2) $T=0$ で,磁化 $M=\mu_B(N_\uparrow-N_\downarrow)/V$ を $\mu_BB\ll\epsilon_F$ の1次まで求め,帯磁率が
$$ \chi_{\rm Pauli} = \frac{\mu_0\mu_B^2D(\epsilon_F)}{V} $$となることを示せ.
(3) $\chi_{\rm Pauli}$ が温度にほとんど依らないことを,Sommerfeld展開を使って示せ.局在スピンのCurie則 $\chi\propto1/T$ と対比せよ.
(4) Na について $\chi_{\rm Pauli}$ を数値評価し,Curie則から期待される室温の値と比べよ.
ヒント:(2) 数の差は $\Delta N=D(\epsilon_F)\mu_BB$(両スピンあわせた $D$ に対して,片方が $\frac12D\cdot\mu_BB$ ずつ増減する).(3) $\chi$ が $D(\epsilon_F)$ だけで決まるので,温度補正は $(T/T_F)^2$ のオーダー.(4) 比は $\sim T/T_F\sim10^{-2}$ で,Pauli常磁性はCurie常磁性より2桁小さい.これも「Fermi面近傍の電子しか効かない」ことの帰結である.第20章で扱う.
演習15.5 2種類のキャリアがある場合のHall係数
密度 $n$ の電子(電荷 $-e$,緩和時間 $\tau_e$,移動度 $\mu_e=e\tau_e/m_e$)と,密度 $p$ の正孔(電荷 $+e$,移動度 $\mu_h$)が共存する系を考える.弱磁場極限($\omega_c\tau\ll1$)で
$$ R_H = \frac{1}{e}\frac{p\mu_h^2 - n\mu_e^2}{(p\mu_h+n\mu_e)^2} $$となることを示せ.また,
(1) $p=0$ のとき式 \eqref{eq:15-hall} に帰着することを確かめよ.
(2) $n=p$(補償された半金属)のとき,$R_H$ の符号は何で決まるか.
(3) この式を使って,Al や Be で $R_H>0$ になりうることを定性的に説明せよ.
ヒント:各キャリアが独立に電流を運び,横電場 $E_y$ は共通,全体で $j_y=0$ という条件を課す.$\sigma_{xy}$ を各キャリアについて $\omega_c\tau$ の1次まで求めて足し合わせる.(2) 移動度の大小だけで決まる.(3) 正孔的なバンドの移動度が大きければ分子の第1項 $p\mu_h^2$ が勝ち,$R_H>0$ になる.
演習15.6 白色矮星 — 相対論的縮退電子気体
白色矮星の内部では電子密度が $n\sim10^{36}\,\mathrm{m^{-3}}$ に達する.
(1) $k_F$ を求め,$\hbar k_Fc$ と $mc^2=0.511\,\mathrm{MeV}$ を比べて,電子が相対論的であることを示せ.
(2) 超相対論的極限では $\epsilon=\hbar kc$ である.この分散関係のもとで状態密度 $D(\epsilon)\propto\epsilon^2$ となることを示せ.
(3) $T=0$ での全エネルギー密度 $u=U/V$ を $n$ の関数として求め,縮退圧 $P=-\partial U/\partial V$ が $P\propto n^{4/3}$ となることを示せ.
(4) 非相対論的な場合は $P\propto n^{5/3}$ である.この指数の違いが Chandrasekhar 限界質量($\simeq1.4M_\odot$)の存在をもたらすことを,重力による圧縮($\propto n^{4/3}$)とのつり合いから定性的に論ぜよ.
ヒント:(1) $k_F=(3\pi^2\times10^{36})^{1/3}=3.1\times10^{12}\,\mathrm{m^{-1}}$,$\hbar k_Fc=0.61\,\mathrm{MeV}>mc^2$.(2) $N(\epsilon)=\frac{V}{3\pi^2}(\epsilon/\hbar c)^3$ より $D=\frac{V\epsilon^2}{\pi^2\hbar^3c^3}$.(3) $u=\frac34n\epsilon_F=\frac34\hbar c(3\pi^2)^{1/3}n^{4/3}$,$P=\frac13u\propto n^{4/3}$.(4) 両方が $n^{4/3}$ だと,質量がある値を超えたときにつり合いが失われて重力崩壊する.この計算で Chandrasekhar は1930年,19歳のときにノーベル賞(1983年)の仕事をした.本章の $\epsilon_F=\frac{\hbar^2}{2m}(3\pi^2n)^{2/3}$ が,そのまま天体物理学の道具になる.
参考文献
- C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上)』第8版,宇野良清ほか訳,丸善出版,第6章「自由電子フェルミ気体」.—— 本章の底本.本章では Kittel が省いた Sommerfeld 展開の全過程(15.4節),$\mu(T)$ の補正が比熱に効く機構(15.5.3節),モーメント積分の導出(15.4.3節)を補った.
- N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapters 1–3. —— 第1章がDrude模型,第2章がSommerfeld模型,第3章が両者の失敗の一覧.15.8節の「Drudeの因子2の誤り」と15.9節の失敗リストはこの本の構成に沿っている.Sommerfeld展開の厳密な扱いは Appendix C.
- J. M. Ziman, Principles of the Theory of Solids, 2nd ed., Cambridge University Press (1972), Chapter 4. —— Wiedemann–Franz則が中間温度で破れる機構(弾性散乱と非弾性散乱の違い)の標準的な議論.
- W. H. Lien, N. E. Phillips, "Low-Temperature Heat Capacities of Potassium, Rubidium, and Cesium", Phys. Rev. 133, A1370 (1964). —— 図15.3のもとになったカリウムの比熱測定.
- L. D. Landau, "The Theory of a Fermi Liquid", Sov. Phys. JETP 3, 920 (1957). —— 15.9.2節の Fermi 液体論の原論文.
- 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 本章の $\kk$ 空間・Brillouin域の記法は第11章を経由してこの資料と整合させてある.
- 本教科書 第11章「空間群の表現とBloch定理」11.2節(周期境界条件と $\kk$ の量子化),第14章「フォノンII」14.2節(状態密度の数え方),第16章「エネルギーバンド」(周期ポテンシャルとギャップ),第18章「Fermi面と金属」(Fermi面の実測とHall係数の符号).