第13章フォノンI — 格子振動
第12章までで,結晶がどんな力で結ばれ,どれだけの硬さを持つかを見た.しかし,そこで扱った結晶は「静止した原子の配列」であった.実際の結晶では,原子は絶対零度でさえ静止していない.原子は平衡位置のまわりで絶えず振動しており,その振動こそが,比熱・熱膨張・熱伝導・音速・赤外吸収・超伝導といった,固体の性質のきわめて広い範囲を支配している.
本章の主題は,その振動を波として記述することである.$N$ 個の原子が互いにバネで結ばれていれば,運動方程式は $3N$ 元の連立微分方程式になる.$N \sim 10^{23}$ である.まともに解けるはずがない —— と思うところだが,結晶には並進対称性がある.第11章で見たように,並進群の既約表現は $\ee^{\ii \kk\cdot\RR}$ という位相因子であり,この対称性を使うと $3N$ 元の連立方程式が,波数 $\kk$ ごとの独立な小さな問題(1原子鎖なら $1\times1$,2原子鎖なら $2\times2$)にきれいに分解してしまう.これが本章のすべてである.
その結果として得られるのが 分散関係(dispersion relation)$\omega(\kk)$ である.連続体の弾性波では $\omega = vk$ という単純な直線だったものが,原子の離散性を入れると $\omega = 2\sqrt{C/M}\,\abs{\sin(ka/2)}$ という曲がった関数になる.この「曲がり」が,第1 Brillouin 域の存在,群速度がゾーン境界で $0$ になること,そして光学分枝という新しい振動様式の出現を生む.
そして最後に,この古典的な波を量子化する.調和振動子のエネルギー準位 $E=(n+\tfrac12)\hbar\omega$ が各モードに割り当てられ,その量子を フォノン(phonon)と呼ぶ.フォノンは,光子が電磁波の量子であるのとまったく同じ意味で,格子振動の量子である.ただしフォノンの「運動量」$\hbar\kk$ は本物の運動量ではない —— この一見些細に見える事実が,第14章の Umklapp 過程(なぜ完全結晶でも熱伝導率が有限なのか)へと直結する.
- 調和近似 —— ポテンシャルを平衡位置のまわりに Taylor 展開すると,1次が消えて2次が残ること
- 1次元単原子鎖の分散関係 $\omega=2\sqrt{C/M}\abs{\sin(ka/2)}$ を,三角関数の変形も含めて1行も飛ばさずに導く
- なぜ $k$ を第1 Brillouin 域に限ってよいのか —— $\ee^{\ii 2\pi s}=1$ が意味すること,そしてエイリアシングとの類似
- 群速度 $v_g=\dd\omega/\dd k$,長波長極限で連続体の音速に一致すること,ゾーン境界で $v_g=0$ となり定在波になること
- 遠距離力を入れた一般形と,分散関係を Fourier 逆変換して力定数を取り出す公式
- 2原子鎖の $2\times2$ 永年方程式を解き,音響分枝と光学分枝,およびその間のギャップを出すこと
- 3次元で $p$ 原子/単位胞なら $3pN$ モード,うち音響 $3N$,光学 $3(p-1)N$ であること
- フォノンの定義,零点振動,そして「結晶運動量」は真の運動量ではないこと
- 中性子非弾性散乱で $\omega(\qq)$ が実測できる原理
13.1 調和近似 — なぜバネなのか
13.1.1 出発点:全ポテンシャルエネルギー
結晶中の原子の位置を $\RR_j + \uu_j$ と書く.ここで $\RR_j$ は平衡位置(第1章の格子点+基底の位置),$\uu_j$ はそこからの変位である.結晶全体のポテンシャルエネルギーは,すべての原子の位置で決まる関数であるから,変位の関数として
$$ U = U(\uu_1, \uu_2, \ldots, \uu_{N_{\text{atom}}}) $$と書ける.$\uu_j$ が小さいとして,これを $\uu = 0$(全原子が平衡位置にある状態)のまわりに Taylor 展開する.以下しばらくは記号を軽くするために1次元を考え,$s$ 番目の原子の変位を $u_s$(スカラー)と書く.
導出:Taylor 展開して1次項が消えること
多変数関数の Taylor 展開を,$u=0$ のまわりで3次まで書き下すと
$$ U(u_1,u_2,\ldots) = U_0 + \sum_{s} \left(\frac{\partial U}{\partial u_s}\right)_{0} u_s + \frac{1}{2}\sum_{s}\sum_{t} \left(\frac{\partial^2 U}{\partial u_s \partial u_t}\right)_{0} u_s u_t + \frac{1}{6}\sum_{s,t,w}\left(\frac{\partial^3 U}{\partial u_s\partial u_t\partial u_w}\right)_0 u_su_tu_w+\cdots $$ここで添字 $0$ は「すべての変位を $0$ にして評価する」という意味である.この4項をひとつずつ処理する.
(i) 定数項 $U_0$.これは平衡配置での結合エネルギーであり,第12章で計算した Madelung エネルギーや Lennard-Jones の凝集エネルギーそのものである.$u$ に依らないので,力($U$ の微分)には寄与しない.エネルギーの原点として捨ててよい.
(ii) 1次項.$(\partial U/\partial u_s)_0$ は,平衡位置にある原子 $s$ にはたらく力の符号を変えたものである:
$$ F_s = -\frac{\partial U}{\partial u_s}. $$ところが「平衡位置」とは,まさに力がゼロになる位置のことであった.したがって
$$ \left(\frac{\partial U}{\partial u_s}\right)_0 = 0 \qquad (\text{すべての } s) $$であり,1次項はすべて消える.これは平衡状態の定義そのものであって,近似ではない.
(iii) 2次項.残った最低次が2次項である.そこで係数に名前を付ける:
$$ \Phi_{st} \equiv \left(\frac{\partial^2 U}{\partial u_s \partial u_t}\right)_{0} $$これを力定数(force constant)という.偏微分の順序は交換できるので $\Phi_{st}=\Phi_{ts}$,つまり力定数行列は対称行列である.
(iv) 3次以上を捨てる.3次以上の項を無視する近似を 調和近似(harmonic approximation)という.すると
$$ U - U_0 = \frac{1}{2}\sum_{s,t}\Phi_{st}\,u_s u_t $$となり,ポテンシャルは変位の2次形式になる.2次形式のポテンシャルとは,まさにバネのポテンシャル $\tfrac12 C x^2$ の多変数版である.$\;\blacksquare$
力は $U$ の微分だから,調和近似での力は
すなわち変位の1次(線形)である.この線形性がすべての鍵である.線形だからこそ重ね合わせが効き,Fourier 分解が使え,独立な基準振動(normal mode)に分解できる.
なぜ:2次で切るのがそんなに偉いのか
2次形式のポテンシャルは,適当な線形変換(=対称行列 $\Phi$ の対角化)で必ず
$$ U-U_0 = \frac{1}{2}\sum_{\alpha}\omega_\alpha^2 Q_\alpha^2 $$という「独立な調和振動子の和」の形に書き直せる.ここで $Q_\alpha$ を基準座標(normal coordinate)という.つまり調和近似のもとでは,$10^{23}$ 個の原子がぐちゃぐちゃに絡み合った系が,互いにまったく干渉しない $3N$ 個の1次元調和振動子の集まりと数学的に等価になる.1次元調和振動子は量子力学で完全に解けている.だから固体の振動も完全に解ける —— これが調和近似の威力である.
本章がやっているのは,結局のところこの対角化を,対称性を使ってあらかじめ済ませてしまう作業である.並進対称性のおかげで,対角化のうち「波数 $k$ ごとにブロック分解する」という部分がタダで手に入る.あとは各 $k$ で $3p \times 3p$($p$ は単位胞内の原子数)の小さな行列を対角化するだけでよい.
13.1.2 2体ポテンシャルの場合:バネ定数の正体
もっと具体的に,原子間の相互作用が2体ポテンシャル $\varphi(r)$ の和で書けるとしよう.最近接距離を $a$ とし,1次元鎖で隣り合う原子の間の距離が $a+\delta$ になったとする.
導出:$C=\varphi''(a)$,および Lennard-Jones での値
$\varphi(a+\delta)$ を $\delta$ について展開する:
$$ \varphi(a+\delta) = \varphi(a) + \varphi'(a)\,\delta + \frac{1}{2}\varphi''(a)\,\delta^2 + O(\delta^3). $$平衡距離 $a$ の定義は $\varphi'(a)=0$(力がゼロ)であるから,1次項は消え,
$$ \varphi(a+\delta) - \varphi(a) = \frac{1}{2}\varphi''(a)\,\delta^2 . $$これをバネのポテンシャル $\tfrac12 C\delta^2$ と見比べれば
$$ \boxed{\;C = \varphi''(a)\;} $$つまりバネ定数とは,原子間ポテンシャルの平衡点における曲率である.ポテンシャルの谷が深いことではなく,谷が鋭いことがバネの硬さを決める.
Lennard-Jones ポテンシャル(第12章)
$$ \varphi(r) = 4\epsilon\left[\left(\frac{\sigma}{r}\right)^{12} - \left(\frac{\sigma}{r}\right)^{6}\right] $$で具体的に計算してみよう.まず1階微分:
$$ \varphi'(r) = 4\epsilon\left[-12\,\sigma^{12}r^{-13} + 6\,\sigma^{6}r^{-7}\right]. $$$\varphi'(r_0)=0$ とおくと $12\sigma^{12}r_0^{-13} = 6\sigma^6 r_0^{-7}$,両辺を $6\sigma^6 r_0^{-13}$ で割って $2\sigma^6 = r_0^6$,すなわち
$$ r_0 = 2^{1/6}\sigma \simeq 1.1225\,\sigma . $$次に2階微分:
$$ \varphi''(r) = 4\epsilon\left[156\,\sigma^{12}r^{-14} - 42\,\sigma^{6}r^{-8}\right]. $$$r=r_0$ を代入する.$r_0^6=2\sigma^6$ だから $r_0^{12}=4\sigma^{12}$,$r_0^{14}=r_0^{12}r_0^2 = 4\sigma^{12}\cdot 2^{1/3}\sigma^2 = 4\cdot 2^{1/3}\sigma^{14}$,$r_0^{8}=r_0^{6}r_0^{2}=2\cdot 2^{1/3}\sigma^{8}$.よって
$$ \varphi''(r_0) = 4\epsilon\left[\frac{156}{4\cdot 2^{1/3}\sigma^{2}} - \frac{42}{2\cdot 2^{1/3}\sigma^{2}}\right] = \frac{4\epsilon}{2^{1/3}\sigma^{2}}\left[39 - 21\right] = \frac{72\,\epsilon}{2^{1/3}\sigma^{2}} \simeq 57.1\,\frac{\epsilon}{\sigma^{2}} . $$固体アルゴンの値 $\epsilon/k_B = 120\,\mathrm{K}$($\epsilon = 1.66\times10^{-21}\,\mathrm{J}$),$\sigma = 3.40\,\text{Å}$ を入れると
$$ C = 57.1 \times \frac{1.66\times10^{-21}}{(3.40\times10^{-10})^2}\ \mathrm{N/m} = 57.1\times 1.43\times10^{-2} \simeq 0.82\ \mathrm{N/m}. $$金属や共有結合結晶では $C \sim 10$–$100\ \mathrm{N/m}$ になる.希ガス固体のバネは,それらより2桁ほど柔らかいわけである.$\;\blacksquare$
注意:調和近似で説明できないこと
調和近似は強力だが,いくつかの現象を原理的に説明できない.
- 熱膨張:$U=\tfrac12 C\delta^2$ は $\delta$ について偶関数なので,温度を上げて振幅が増えても $\langle \delta\rangle = 0$ のままである.伸びる方が縮む方より得だという非対称性(3次項 $-g\delta^3$)が熱膨張を生む.
- 熱伝導率が有限であること:調和近似では基準振動どうしが完全に独立なので,フォノンは散乱されず,熱伝導率は無限大になってしまう.フォノン同士の衝突(3フォノン過程)は3次項が起こす.
- 弾性定数の温度依存性,フォノンの寿命(ラマン線幅)なども同様である.
これらはすべて非調和性(anharmonicity)の効果であり,第14章で Grüneisen パラメータと Umklapp 過程として扱う.本章では,まず調和の世界を完全に理解しておく.
13.2 単原子鎖の完全解
13.2.1 模型の設定
最も簡単な模型から始める.質量 $M$ の同種の原子が,格子定数 $a$ の間隔で1次元に並んでいる.隣り合う原子の間だけにバネ定数 $C$ のバネがかかっており,原子は鎖に沿った方向にだけ動くとする(縦波,longitudinal).$s$ 番目の原子の平衡位置からの変位を $u_s$ と書く.
補足:この模型は3次元結晶の「面」の運動でもある
Kittel の書き方に倣うと,この模型は次のようにも読める.3次元結晶の中で,ある結晶面(たとえば立方晶の $(100)$ 面)に平行な原子面をひとまとまりと考える.波が $[100]$ 方向に進むとき,その面上の原子は全部いっしょに同じだけ動く.だから「面」を1個の質点とみなせば,面の集まりは1次元鎖になる.$M$ は面あたりの質量,$C$ は面と面の間の実効バネ定数である.この読み替えにより,1次元鎖の結果がそのまま3次元結晶の高対称方向の分散関係になる.
導出:運動方程式
原子 $s$ にはたらく力を数え上げる.まず右隣の原子 $s+1$ とのバネ.このバネの自然長からの伸びは
$$ (\text{原子 } s+1 \text{ の位置}) - (\text{原子 } s \text{ の位置}) - a = \left[(s+1)a+u_{s+1}\right]-\left[sa+u_s\right]-a = u_{s+1}-u_s . $$バネが伸びれば原子 $s$ は右へ引かれるから,この力は $+C(u_{s+1}-u_s)$.同様に左隣とのバネの伸びは $u_s - u_{s-1}$ で,伸びれば原子 $s$ は左へ引かれるから力は $-C(u_s-u_{s-1}) = +C(u_{s-1}-u_s)$.合計して
$$ F_s = C(u_{s+1}-u_s) + C(u_{s-1}-u_s) = C\left(u_{s+1}+u_{s-1}-2u_s\right). $$Newton の運動方程式 $M\ddot u_s = F_s$ より
これが $s=1,2,\ldots,N$ について成り立つ,$N$ 元の連立2階常微分方程式である.右辺は $u_s$ の2階差分になっており,連続極限では $Ca^2\,\partial^2u/\partial x^2$ に化ける(後で確かめる).すなわち $\eqref{eq:13-eom}$ は波動方程式の離散版である.
13.2.2 平面波を代入する
なぜ:$u_s \propto \ee^{\ii ksa}$ と置いてよいのか
「解を $\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$ と仮定する」というのは,天下りに見えるかもしれない.しかしこれは第11章の内容そのものである.
鎖は並進対称性を持つ.すなわち,$T$:「全原子を $a$ だけずらす」という操作は系のハミルトニアンを変えない.第11章で見たとおり,並進群は可換群だから既約表現はすべて1次元で,$T$ の固有値は絶対値1の複素数 $\ee^{\ii ka}$ である.基準振動は $T$ の固有ベクトルでもあるから,その変位パターンは
$$ u_{s+1} = \ee^{\ii ka}\,u_s $$を満たさなければならない.これを繰り返せば $u_s = \ee^{\ii ksa}u_0$ となる.つまり平面波の形は推測ではなく,対称性からの帰結である.$k$ は並進群の既約表現に付いたラベル,すなわち量子数である.
そこで
と置く.$u$ は(複素)振幅である.実際の変位はこの実部を取ればよい.方程式 $\eqref{eq:13-eom}$ は線形なので,複素解の実部も解になる.
導出:分散関係 $\omega(k)$ —— 三角関数の変形を全部書く
Step 1:左辺(加速度).$\eqref{eq:13-ansatz}$ を時間で2回微分する.時間依存は $\ee^{-\ii\omega t}$ だけだから
$$ \frac{\dd^2 u_s}{\dd t^2} = (-\ii\omega)^2 u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)} = -\omega^2 u_s . $$よって左辺 $= -M\omega^2 u_s$.
Step 2:右辺(隣の原子).$s$ を $s\pm1$ に置き換えると,指数の中身が $k(s\pm1)a = ksa \pm ka$ になるから
$$ u_{s\pm1} = u\,\ee^{\ii(k(s\pm1)a-\omega t)} = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}\,\ee^{\pm\ii ka} = \ee^{\pm \ii ka}\,u_s . $$この一手が,連立方程式を1本の方程式に潰す核心である.隣の原子の変位が,自分の変位に単なる数(位相因子)を掛けたものになった.よって右辺は
$$ C\left(u_{s+1}+u_{s-1}-2u_s\right) = C\left(\ee^{\ii ka}+\ee^{-\ii ka}-2\right)u_s . $$Step 3:両辺を $u_s$ で割る.$u_s \neq 0$(自明でない振動を考えているので)だから割ってよい.$s$ も $t$ も完全に消えてしまう:
$$ -M\omega^2 = C\left(\ee^{\ii ka}+\ee^{-\ii ka}-2\right). $$これで $N$ 元連立方程式が,$\omega$ と $k$ だけの1本の代数方程式になった.
Step 4:Euler の公式.$\ee^{\ii\theta} = \cos\theta + \ii\sin\theta$,$\ee^{-\ii\theta} = \cos\theta - \ii\sin\theta$ を足すと,$\sin$ が打ち消し合って
$$ \ee^{\ii ka}+\ee^{-\ii ka} = 2\cos ka . $$したがって
$$ \ee^{\ii ka}+\ee^{-\ii ka}-2 = 2\cos ka - 2 = 2(\cos ka - 1). $$Step 5:半角の公式.倍角公式 $\cos 2\theta = \cos^2\theta-\sin^2\theta$ に $\cos^2\theta = 1-\sin^2\theta$ を入れると
$$ \cos 2\theta = 1-2\sin^2\theta . $$ここで $2\theta = ka$,すなわち $\theta = ka/2$ と置けば
$$ \cos ka = 1 - 2\sin^2\!\frac{ka}{2} \quad\Longrightarrow\quad \cos ka - 1 = -2\sin^2\!\frac{ka}{2}. $$まとめると
$$ \ee^{\ii ka}+\ee^{-\ii ka}-2 = 2(\cos ka-1) = -4\sin^2\!\frac{ka}{2}. $$Step 6:整理.Step 3 に代入して
$$ -M\omega^2 = -4C\sin^2\!\frac{ka}{2} \quad\Longrightarrow\quad \omega^2 = \frac{4C}{M}\sin^2\!\frac{ka}{2}. $$両辺の平方根を取る.$\omega$ は角振動数だから正の方を取り,$\sqrt{\sin^2 x}=\abs{\sin x}$ に注意して
$$ \omega(k) = 2\sqrt{\frac{C}{M}}\;\abs{\sin\frac{ka}{2}} . \qquad \blacksquare $$物理的意味:この式は何を言っているのか
「バネで結ばれた原子の列に波を立てると,その波の振動数は波長によって決まる.しかもその関係は,連続体のような単純な比例ではなく,$\sin$ 関数の形に折れ曲がる」ということを言っている.読み取るべきポイントは3つ.
- 長波長($k\to0$)では直線:$\sin x \simeq x$ より $\omega \simeq 2\sqrt{C/M}\cdot(ka/2) = a\sqrt{C/M}\,k$.これは音波である.波長が原子間距離よりずっと長ければ,原子の粒々は見えず,結晶は連続体に見える.
- 上限振動数がある:$\abs{\sin}\le1$ だから $\omega \le \omega_{\max} = 2\sqrt{C/M}$.どんなに揺すってもこれより速く振動させることはできない.連続体($\omega=vk$,上限なし)との決定的な違いであり,後で Debye 模型(第14章)に上限が要る理由になる.
- 周期性:$k\to k+2\pi/a$ で $\omega$ が変わらない.これが次の節の主題である.
13.2.3 周期境界条件と,許される $k$ の数
$k$ は連続変数のように見えるが,有限の結晶では飛び飛びの値しか許されない.第11章と同じく Born–von Kármán の周期境界条件(periodic boundary condition)を課す.すなわち $N$ 個の原子からなる鎖の両端をつないで輪にし,
$$ u_{s+N} = u_s $$を要求する.$\eqref{eq:13-ansatz}$ を入れると $\ee^{\ii k(s+N)a} = \ee^{\ii ksa}$,すなわち $\ee^{\ii kNa}=1$.指数関数が1になるのは指数が $2\pi$ の整数倍のときだから
許される $k$ は間隔 $2\pi/(Na)$ で等間隔に並ぶ.第1 Brillouin 域 $-\pi/a < k \le \pi/a$ の幅は $2\pi/a$ だから,そこに入る $k$ の数は
$$ \frac{2\pi/a}{2\pi/(Na)} = N . $$原子が $N$ 個あれば,自由度は $N$ 個,基準振動も $N$ 個.ちょうど勘定が合う.これは偶然ではなく,$N$ 元の固有値問題の固有ベクトルが $N$ 個であることの反映である.この数え上げは第14章で状態密度を作るときに繰り返し使う.
例題13.1 銅の鎖模型 —— 桁の感覚をつかむ
銅(fcc,格子定数 $3.61\,\text{Å}$)の $[110]$ 方向の最近接原子間距離は $a = 2.55\,\text{Å}$,原子量は $63.5$ である.バネ定数を $C = 25\ \mathrm{N/m}$ として,$\omega_{\max}$,対応する振動数 $\nu_{\max}$,エネルギー $\hbar\omega_{\max}$(meV 単位),温度換算 $\hbar\omega_{\max}/k_B$,および長波長極限の音速 $v=a\sqrt{C/M}$ を求めよ.
解答
まず質量.$1\ \mathrm{u} = 1.6605\times10^{-27}\,\mathrm{kg}$ だから
$$ M = 63.5\times1.6605\times10^{-27} = 1.054\times10^{-25}\ \mathrm{kg}. $$次に $\sqrt{C/M}$:
$$ \frac{C}{M} = \frac{25}{1.054\times10^{-25}} = 2.37\times10^{26}\ \mathrm{s^{-2}}, \qquad \sqrt{\frac{C}{M}} = 1.54\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}. $$したがって
$$ \omega_{\max} = 2\times1.54\times10^{13} = 3.08\times10^{13}\ \mathrm{rad/s}, \qquad \nu_{\max} = \frac{\omega_{\max}}{2\pi} = 4.90\times10^{12}\ \mathrm{Hz} = 4.90\ \mathrm{THz}. $$エネルギーは
$$ \hbar\omega_{\max} = 1.055\times10^{-34}\times3.08\times10^{13} = 3.25\times10^{-21}\ \mathrm{J} = \frac{3.25\times10^{-21}}{1.602\times10^{-19}}\ \mathrm{eV} = 20.3\ \mathrm{meV}. $$温度に直すと
$$ \frac{\hbar\omega_{\max}}{k_B} = \frac{3.25\times10^{-21}}{1.381\times10^{-23}} = 235\ \mathrm{K}. $$音速は
$$ v = a\sqrt{\frac{C}{M}} = 2.55\times10^{-10}\times1.54\times10^{13} = 3.9\times10^{3}\ \mathrm{m/s}. $$検算と考察.銅の Debye 温度は $343\ \mathrm{K}$,縦波音速は約 $4.7\times10^3\ \mathrm{m/s}$ である.1本のバネしか考えていない1次元模型としては,どちらも十分によい桁である.また $\hbar\omega_{\max}=20\ \mathrm{meV}$ は,室温の熱エネルギー $k_BT = 25.9\ \mathrm{meV}$($300\ \mathrm{K}$)と同程度である.室温は,フォノンにとってちょうど「全部のモードが目覚めかけている」温度だ,ということが読み取れる.第14章で比熱を扱うとき,この感覚が効いてくる.
補足:典型的な数値の一覧
| 量 | 典型値 | 備考 |
|---|---|---|
| バネ定数 $C$ | $0.8\ \mathrm{N/m}$(固体Ar)〜 $100\ \mathrm{N/m}$(ダイヤモンド) | ポテンシャルの曲率 |
| 最大角振動数 $\omega_{\max}$ | $10^{13}$〜$3\times10^{14}\ \mathrm{rad/s}$ | $2\sqrt{C/M}$ |
| 振動数 $\nu_{\max}$ | $1$〜$40\ \mathrm{THz}$ | Si は $15.6$ THz |
| エネルギー $\hbar\omega$ | $4$〜$160\ \mathrm{meV}$ | Si の光学フォノンは $64$ meV |
| 波数(分光) | $30$〜$1300\ \mathrm{cm^{-1}}$ | $1\ \mathrm{meV} = 8.066\ \mathrm{cm^{-1}}$ |
| 音速 $v$ | $2$〜$18\ \mathrm{km/s}$ | ダイヤモンドが最速 |
| $k_BT$(室温) | $25.9\ \mathrm{meV}$ | 比較の基準 |
13.3 なぜ第1 Brillouin 域だけでよいのか
図13.1(b) を見ると,分散曲線は $k$ について周期 $2\pi/a$ で同じ形を繰り返している.ゾーンの外側の部分(灰色破線)は,内側の濃い曲線をそっくり平行移動しただけである.これは偶然ではない.$k$ と $k+2\pi/a$ は,物理的にまったく同じ振動状態を表しているのである.この節ではそれを,数式・図・そして信号処理との類推という3通りの見方で確かめる.
13.3.1 数式で見る:$\ee^{\ii 2\pi s}=1$
導出:$k \to k+2\pi/a$ で変位パターンが変わらないこと
波数 $k' = k + 2\pi/a$ を持つ解の変位を書き下す.$\eqref{eq:13-ansatz}$ より
$$ u_s^{(k')} = u\,\ee^{\ii(k'sa-\omega t)} = u\,\exp\!\left[\ii\left(k+\frac{2\pi}{a}\right)sa - \ii\omega t\right]. $$指数の中を分ける:
$$ \left(k+\frac{2\pi}{a}\right)sa = ksa + \frac{2\pi}{a}\cdot sa = ksa + 2\pi s . $$ここで $a$ がきれいに約分されるのがポイントである.よって
$$ u_s^{(k')} = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}\cdot \ee^{\ii 2\pi s}. $$ところが $s$ は整数(何番目の原子か,という番号)である.整数 $s$ に対して
$$ \ee^{\ii 2\pi s} = \cos(2\pi s) + \ii\sin(2\pi s) = 1 + \ii\cdot 0 = 1 . $$したがって
$$ u_s^{(k')} = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)} = u_s^{(k)} \qquad(\text{すべての } s). $$すなわちすべての原子が,まったく同じ変位をする.2つの波数は同じ物理状態を記述している.
振動数についても確かめておく.$\eqref{eq:13-mono}$ で $k\to k+2\pi/a$ とすると,$\sin$ の中身は
$$ \frac{k'a}{2} = \frac{ka}{2} + \frac{2\pi}{a}\cdot\frac{a}{2} = \frac{ka}{2}+\pi $$となる.$\sin(\theta+\pi) = -\sin\theta$ だから,絶対値を取れば
$$ \abs{\sin\frac{k'a}{2}} = \abs{-\sin\frac{ka}{2}} = \abs{\sin\frac{ka}{2}} \quad\Longrightarrow\quad \omega(k+2\pi/a) = \omega(k). \qquad\blacksquare $$より一般に,1次元格子の逆格子ベクトルは $G = 2\pi n/a$(第3章)であるから,
が成り立つ.したがって,独立な情報はすべて逆格子の1周期分に入っている.その1周期の取り方として最も自然なのが,原点まわりの Wigner–Seitz 胞,すなわち第1 Brillouin 域(first Brillouin zone)
$$ -\frac{\pi}{a} < k \le \frac{\pi}{a} $$である.ゾーンの外の $k$ が与えられたら,適当な $G$ を足し引きしてゾーン内に折り返す(reduce する)だけでよい.
13.3.2 図で見る:格子点しか実体がない
数式は納得できても,直観的にはまだ気持ち悪いかもしれない.「波長 $4a$ の波と波長 $4a/5$ の波は,目で見て明らかに違うではないか」と.
この違和感の正体は,われわれが無意識に「波」を連続的な曲線として思い描いていることにある.しかし結晶にあるのは格子点だけである.格子点と格子点の間には物質がない.したがって「波がその間をどう通っているか」は,問うても意味のない質問なのである.決められるのは各格子点での変位 $u_s$ だけであり,それが一致してしまえば,2つの波は区別できない.
物理的意味:エイリアシング(aliasing)そのものである
これは信号処理でおなじみの現象と数学的に完全に同じものである.連続信号を間隔 $\Delta t$ で標本化(サンプリング)すると,周波数 $f$ の信号と $f + n/\Delta t$ の信号は,標本点の上で区別がつかなくなる.これをエイリアシング(aliasing)といい,区別できる上限周波数 $1/(2\Delta t)$ を Nyquist 周波数という.
結晶では,空間が間隔 $a$ で標本化されている.したがって区別できる波数の上限は $\pi/a$(Nyquist 波数)であり,それがまさにゾーン境界である.日常でこの現象を目にするのが,映画の中で車輪が逆回転して見える現象(wagon-wheel effect)である.毎秒24コマの標本化のせいで,速い回転が遅い逆回転に「折り返されて」見える.
結晶とは,空間そのものが標本化された系である —— この一言が第1 Brillouin 域の存在理由のすべてである.そして同じ論法が,第3章の回折条件($\Delta\kk = \GG$)にも,第16章の電子バンドの折り返しにも,まったく同じ形で現れる.
例題13.2 ゾーン外の $k$ を折り返す
格子定数 $a$ の単原子鎖で,波数 $k = 7\pi/(4a)$ の振動を考える.
(1) この $k$ を第1 Brillouin 域に折り返した値 $k_{\text{red}}$ を求めよ.
(2) 両者で変位 $u_s$ が一致することを,$s=0,1,2,3$ について具体的に確かめよ.
(3) 両者で $\omega$ が一致することを確かめよ.
解答
(1) 第1 Brillouin 域は $-\pi/a < k \le \pi/a$.$k=7\pi/(4a)$ はこれより大きいので $G=2\pi/a$ を引く:
$$ k_{\text{red}} = \frac{7\pi}{4a} - \frac{2\pi}{a} = \frac{7\pi - 8\pi}{4a} = -\frac{\pi}{4a}. $$$-\pi/a < -\pi/(4a) \le \pi/a$ なので確かにゾーン内である.
(2) 位相因子だけ比べればよい.$k=7\pi/(4a)$ では $ksa = 7\pi s/4$,$k_{\text{red}}$ では $k_{\text{red}}sa = -\pi s/4$.差は
$$ \frac{7\pi s}{4} - \left(-\frac{\pi s}{4}\right) = \frac{8\pi s}{4} = 2\pi s . $$具体的に:
| $s$ | $\ee^{\ii\,7\pi s/4}$ | $\ee^{-\ii\,\pi s/4}$ | 一致? |
|---|---|---|---|
| 0 | $1$ | $1$ | ○ |
| 1 | $\ee^{\ii 7\pi/4}=\tfrac{1}{\sqrt2}(1-\ii)$ | $\ee^{-\ii\pi/4}=\tfrac{1}{\sqrt2}(1-\ii)$ | ○ |
| 2 | $\ee^{\ii 7\pi/2}=\ee^{-\ii\pi/2}=-\ii$ | $\ee^{-\ii\pi/2}=-\ii$ | ○ |
| 3 | $\ee^{\ii 21\pi/4}=\ee^{-\ii 3\pi/4}$ | $\ee^{-\ii 3\pi/4}$ | ○ |
(3) $\abs{\sin(7\pi/8)}$ と $\abs{\sin(-\pi/8)}$ を比べる.$\sin(7\pi/8) = \sin(\pi - \pi/8) = \sin(\pi/8)$,一方 $\abs{\sin(-\pi/8)} = \sin(\pi/8)$.よって等しく,$\omega$ も一致する.$\;\square$
注意:$k$ の「大きさ」に物理的意味はない,が…
いま見たとおり,$k$ と $k+G$ は同じ状態を表すから,$k$ の絶対的な大きさに意味はない.しかし,だからといって $k$ が無意味なわけではない.
- $k$ は第1 Brillouin 域の中でなら一意に決まり,隣り合う原子の位相差 $ka$ という明確な意味を持つ.
- 群速度 $v_g = \dd\omega/\dd k$ については,$\omega(k+G)=\omega(k)$ という周期性があり,$k$ を定数 $G$ だけずらしても微分の値は変わらない.すなわち群速度は折り返しに対して不変で,物理的に意味のある量である.
- 一方,位相速度 $\omega/k$ は折り返しで変わってしまう(分母だけがずれる).したがって格子中の波の位相速度には物理的意味が乏しい.エネルギーや情報を運ぶのは群速度の方である.
この「$k$ は $G$ を除いてしか決まらない」という事情は,13.8 節で「フォノンの運動量」を論じるときに決定的な役割を果たす.
13.4 群速度・音速・ゾーン境界
13.4.1 群速度
波束(wave packet)がエネルギーを運ぶ速さは群速度(group velocity)
$$ v_g = \frac{\dd\omega}{\dd k} $$で与えられる.$\eqref{eq:13-mono}$ を微分しよう.
導出:$v_g = a\sqrt{C/M}\,\cos(ka/2)$
$0 \le k \le \pi/a$ の範囲では $\sin(ka/2)\ge0$ なので絶対値記号を外して
$$ \omega(k) = 2\sqrt{\frac{C}{M}}\,\sin\frac{ka}{2}. $$$k$ で微分する.合成関数の微分(内側 $ka/2$ の微分が $a/2$)より
$$ \frac{\dd\omega}{\dd k} = 2\sqrt{\frac{C}{M}}\cdot \cos\!\left(\frac{ka}{2}\right)\cdot\frac{a}{2} = a\sqrt{\frac{C}{M}}\,\cos\frac{ka}{2}. \qquad\blacksquare $$この式は,$k=0$ で最大値 $a\sqrt{C/M}$ を取り,ゾーン境界 $k=\pi/a$ で $\cos(\pi/2)=0$ となってゼロになる.$k$ が大きくなるほど,波はエネルギーを運ばなくなる.
13.4.2 長波長極限:連続体の弾性波との一致
導出:離散の運動方程式から波動方程式へ
$\eqref{eq:13-eom}$ の右辺に注目する.原子の番号 $s$ の代わりに連続的な座標 $x=sa$ を使い,変位を連続関数 $u(x,t)$ とみなす.すると $u_{s\pm1} = u(x\pm a,t)$ であり,これを $x$ のまわりに Taylor 展開すると
$$ u(x\pm a) = u(x) \pm a\,\frac{\partial u}{\partial x} + \frac{a^2}{2}\frac{\partial^2u}{\partial x^2} \pm \frac{a^3}{6}\frac{\partial^3u}{\partial x^3}+\frac{a^4}{24}\frac{\partial^4u}{\partial x^4}+\cdots $$2つを足すと,奇数次の項が符号違いで打ち消し合い,
$$ u(x+a)+u(x-a) = 2u(x) + a^2\frac{\partial^2u}{\partial x^2} + \frac{a^4}{12}\frac{\partial^4 u}{\partial x^4}+\cdots $$したがって
$$ u_{s+1}+u_{s-1}-2u_s = a^2\frac{\partial^2u}{\partial x^2} + \frac{a^4}{12}\frac{\partial^4u}{\partial x^4}+\cdots $$波長 $\lambda \gg a$ なら,微分1回ごとに $2\pi/\lambda$ の因子が出るから,第2項は第1項の $(a/\lambda)^2$ 倍のオーダーで無視できる.すると $\eqref{eq:13-eom}$ は
$$ M\frac{\partial^2u}{\partial t^2} = Ca^2\frac{\partial^2 u}{\partial x^2} \quad\Longrightarrow\quad \frac{\partial^2u}{\partial t^2} = \frac{Ca^2}{M}\frac{\partial^2u}{\partial x^2} $$という波動方程式になる.$\partial_t^2 u = v^2\partial_x^2u$ と見比べれば
$$ v = a\sqrt{\frac{C}{M}} . \qquad\blacksquare $$これは $\eqref{eq:13-vg}$ の $k\to0$ の値と一致する.すなわち長波長のフォノンは,連続体の弾性波(音波)そのものである.
なぜ:第12章の弾性定数とどうつながるか
第12章では,弾性波の速度が $v=\sqrt{C_{11}/\rho}$(立方晶 $[100]$ 縦波)の形で書けることを見た.1次元鎖でこれを再現してみよう.
実効的な弾性率.鎖全体を一様にひずみ $e$ だけ引き伸ばす.各バネの伸びは $\delta = ea$ だから,バネにかかる力は $F = C\delta = Cae$.1次元では「応力」=力そのものだから,応力とひずみの比(1次元の Young 率)は
$$ Y_{1\mathrm{D}} = \frac{F}{e} = Ca . $$実効的な質量密度.長さ $a$ あたり質量 $M$ だから,線密度は
$$ \rho_{1\mathrm{D}} = \frac{M}{a}. $$音速.したがって
$$ v = \sqrt{\frac{Y_{1\mathrm{D}}}{\rho_{1\mathrm{D}}}} = \sqrt{\frac{Ca}{M/a}} = \sqrt{\frac{Ca^2}{M}} = a\sqrt{\frac{C}{M}} . $$完全に一致した.ミクロなバネ定数とマクロな弾性定数は,$Y_{1\mathrm{D}}=Ca$ という関係で結ばれている.3次元では $C_{11}\sim C/a$ のオーダーになる(力/面積/ひずみ).
13.4.3 分散のはじまり:$k$ の3次までの展開
$k$ が有限になるとどれくらい直線からずれるか,定量的に見ておこう.
導出:$\omega$ と位相速度の $k^2$ 補正
$\sin x = x - \dfrac{x^3}{6} + O(x^5)$ を $x = ka/2$ に使う:
$$ \omega = 2\sqrt{\frac{C}{M}}\left[\frac{ka}{2} - \frac{1}{6}\left(\frac{ka}{2}\right)^3+\cdots\right] = a\sqrt{\frac{C}{M}}\;k\left[1 - \frac{(ka)^2}{24}+\cdots\right]. $$ここで $2\cdot\frac{1}{6}\cdot\frac{(ka)^3}{8} = \frac{(ka)^3}{24}$ を $a\sqrt{C/M}\,k$ でくくり出した.よって
$$ \frac{v_{\text{ph}}}{v} = \frac{\omega/k}{v} = 1 - \frac{(ka)^2}{24}+\cdots $$つまり分散(直線からのずれ)は $k$ の2次で始まる.$k=\pi/(2a)$(ゾーンの半分)では
$$ \frac{(ka)^2}{24} = \frac{(\pi/2)^2}{24} = \frac{2.467}{24} = 0.103, $$すなわち約 $10\%$ の遅れである.実際 $\omega(\pi/2a)/\left[v\cdot\pi/(2a)\right] = 2\sin(\pi/4)/(\pi/2) = 1.4142/1.5708 = 0.900$ で,展開の予言とよく合う.$\;\blacksquare$
13.4.4 ゾーン境界:定在波と Bragg 反射
導出:$k=\pi/a$ では波が進まない
$k=\pi/a$ を $\eqref{eq:13-ansatz}$ に入れる.位相因子は
$$ \ee^{\ii ksa} = \ee^{\ii (\pi/a)sa} = \ee^{\ii\pi s} = (\cos\pi + \ii\sin\pi)^s = (-1)^s . $$よって
$$ u_s = u\,(-1)^s\,\ee^{-\ii\omega t}. $$実部を取れば $u_s = u(-1)^s\cos\omega t$.これは隣り合う原子が正反対に動くパターンであり,$s$ 依存性は $(-1)^s$ という実数なので,進行方向の情報がない.すなわち定在波である.
同じことは $k=-\pi/a$ でも起こる:$\ee^{-\ii\pi s}=(-1)^s$ で,$k=+\pi/a$ とまったく同じ.つまりゾーン境界では右向きの波と左向きの波が区別できず,両者の重ね合わせしか存在しえない.$\;\blacksquare$
物理的意味:これは Bragg 反射である
なぜゾーン境界で波が進めなくなるのか.第3章の Bragg 条件を思い出そう.1次元では,波数 $k$ の波が格子で反射されて $-k$ になる過程は,運動量の変化が逆格子ベクトルに等しいとき,すなわち
$$ (-k) - k = -G \quad\Longrightarrow\quad 2k = G = \frac{2\pi}{a} \quad\Longrightarrow\quad k = \frac{\pi}{a} $$のときに起こる.まさにゾーン境界である.ゾーン境界の波は,各原子で反射された成分がぴったり位相を揃えて戻ってくるため,前進できずに定在波になる.$v_g=0$ はその表現である.
この論法は第16章でそのまま再登場する.そこでは電子波がゾーン境界で Bragg 反射され,進行波が2つの定在波に分裂し,その2つのエネルギー差がバンドギャップになる.ゾーン境界では波は止まる —— 格子振動でも電子でも共通の原理である.
例題13.3 群速度の値を具体的に
例題13.1 の銅の鎖($a=2.55\,\text{Å}$,$\sqrt{C/M}=1.54\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$)について,$k=0$,$k=\pi/(2a)$,$k=0.9\pi/a$,$k=\pi/a$ における群速度と,$\omega/\omega_{\max}$ を求めよ.
解答 $v = a\sqrt{C/M}=3.93\times10^3\ \mathrm{m/s}$,$\omega_{\max}=2\sqrt{C/M}=3.08\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$ を使う.$\eqref{eq:13-vg}$ より $v_g = v\cos(ka/2)$,$\eqref{eq:13-mono}$ より $\omega/\omega_{\max}=\sin(ka/2)$.
| $k$ | $ka/2$ | $\omega/\omega_{\max}=\sin(ka/2)$ | $v_g/v=\cos(ka/2)$ | $v_g$ [m/s] |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | $0$ | $0$ | $1.000$ | $3930$ |
| $\pi/(2a)$ | $\pi/4=45^\circ$ | $0.707$ | $0.707$ | $2780$ |
| $0.9\pi/a$ | $81^\circ$ | $0.988$ | $0.156$ | $614$ |
| $\pi/a$ | $\pi/2=90^\circ$ | $1.000$ | $0$ | $0$ |
読み取り.ゾーン境界の $90\%$ の位置ですでに群速度は音速の $16\%$ にまで落ちている.エネルギーを運ぶ能力は,ゾーン境界近くで急速に失われる.第14章で熱伝導を論じるとき,「ゾーン境界近くのフォノンは熱をあまり運ばない」という事実がここから来る.
13.5 遠距離力と,分散関係から力定数を取り出す
13.5.1 $p$ 次近接まで入れた一般形
最近接だけでなく,$p$ 番目の隣(距離 $pa$)ともバネ定数 $C_p$ で結ばれているとしよう.金属では伝導電子が媒介する相互作用が遠くまで届くので,これは現実的な拡張である.
導出:$\omega^2 = \dfrac{2}{M}\sum_p C_p\left(1-\cos pka\right)$
$p$ 番目の隣とのバネから原子 $s$ が受ける力は,13.2.1 とまったく同じ議論で $C_p(u_{s+p}+u_{s-p}-2u_s)$.すべての $p$ について足すと
$$ M\ddot u_s = \sum_{p>0} C_p\left(u_{s+p}+u_{s-p}-2u_s\right). $$$u_s = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$ を代入する.$u_{s\pm p} = \ee^{\pm\ii pka}u_s$ だから(指数の中身が $k(s\pm p)a = ksa \pm pka$ になる)
$$ -M\omega^2 u_s = \sum_{p>0}C_p\left(\ee^{\ii pka}+\ee^{-\ii pka}-2\right)u_s . $$$u_s$ で割り,Euler の公式 $\ee^{\ii\theta}+\ee^{-\ii\theta}=2\cos\theta$(今度は $\theta = pka$)を使うと
$$ -M\omega^2 = \sum_{p>0}C_p\left(2\cos pka - 2\right) = -2\sum_{p>0}C_p\left(1-\cos pka\right). $$両辺の符号を変えて $M$ で割れば
$$ \omega^2 = \frac{2}{M}\sum_{p>0}C_p\left(1-\cos pka\right) = \frac{4}{M}\sum_{p>0}C_p\sin^2\frac{pka}{2} $$(最後は再び $1-\cos\theta = 2\sin^2(\theta/2)$ を使った).$p=1$ だけ残せば $\eqref{eq:13-mono}$ に戻る.$\;\blacksquare$
この式は,$\omega^2(k)$ が $k$ の関数として周期 $2\pi/a$ の偶関数であり,その Fourier 余弦級数の展開係数がまさに力定数 $C_p$ である,と言っている.ならば逆も言えるはずだ —— 分散関係を実測すれば,Fourier 逆変換で力定数が取り出せる.
13.5.2 Fourier 逆変換で $C_p$ を取り出す
導出:$C_p = -\dfrac{Ma}{2\pi}\displaystyle\int_{-\pi/a}^{\pi/a}\omega^2(k)\cos(pka)\,\dd k$
Step 1:直交性を用意する.整数 $m\neq0$ に対し
$$ \int_{-\pi/a}^{\pi/a}\cos(mka)\,\dd k =\left[\frac{\sin(mka)}{ma}\right]_{-\pi/a}^{\pi/a} =\frac{\sin(m\pi)-\sin(-m\pi)}{ma}=0 , $$$m=0$ のときは $\int \dd k = 2\pi/a$.この2つが以下のすべてを支える.
Step 2:$\eqref{eq:13-longrange}$ の両辺に $\cos(pka)$ を掛けて積分する.$p$ は正の整数に固定する.
$$ \int_{-\pi/a}^{\pi/a}\omega^2\cos(pka)\,\dd k =\frac{2}{M}\sum_{p'>0}C_{p'}\int_{-\pi/a}^{\pi/a}\left(1-\cos p'ka\right)\cos(pka)\,\dd k . $$Step 3:右辺の積分を2つに分ける.第1項は Step 1 の $m=p\neq0$ の場合そのもので
$$ \int_{-\pi/a}^{\pi/a}1\cdot\cos(pka)\,\dd k = 0 . $$第2項は積和公式
$$ \cos A\cos B = \frac{1}{2}\left[\cos(A-B)+\cos(A+B)\right] $$を $A=p'ka$,$B=pka$ に使うと
$$ \int_{-\pi/a}^{\pi/a}\cos(p'ka)\cos(pka)\,\dd k =\frac12\int_{-\pi/a}^{\pi/a}\Big[\cos\big((p'-p)ka\big)+\cos\big((p'+p)ka\big)\Big]\dd k . $$$p,p'$ はともに正なので $p'+p\neq0$,よって後半は $0$.前半は $p'=p$ のときだけ $2\pi/a$ を与え,それ以外は $0$.したがって
$$ \int_{-\pi/a}^{\pi/a}\cos(p'ka)\cos(pka)\,\dd k = \frac{\pi}{a}\,\delta_{p'p}. $$Step 4:まとめる.右辺で生き残るのは $p'=p$ の項だけで,しかも符号は $-\cos$ の側から来るから
$$ \int_{-\pi/a}^{\pi/a}\omega^2\cos(pka)\,\dd k =\frac{2}{M}C_p\left(0 - \frac{\pi}{a}\right) = -\frac{2\pi C_p}{Ma}. $$Step 5:$C_p$ について解く.
$$ C_p = -\frac{Ma}{2\pi}\int_{-\pi/a}^{\pi/a}\omega^2(k)\cos(pka)\,\dd k . \qquad\blacksquare $$物理的意味:実験から原子間力を「見る」
この式は,単なる数学的な遊びではない.中性子非弾性散乱(13.9 節)で $\omega(k)$ を実測し,それを $\eqref{eq:13-fourierinv}$ に放り込めば,原子間に働く力定数 $C_1, C_2, C_3, \ldots$ が数値として出てくる.結晶の中の原子間力を,実験だけから決められるのである.
実際にこれをやると,金属では $C_p$ が $p$ とともに単調に減らず,符号を変えながらゆっくり減衰することが分かる.これは伝導電子が原子間力を媒介しており,その媒介が $2k_F$ で振動する(Friedel 振動)ためである.その帰結として,分散曲線 $\omega(k)$ の $k=2k_F$ の付近に微妙な折れ曲がりが現れる.これを Kohn 異常(Kohn anomaly)といい,Fermi 面(第18章)の形をフォノンから読み取る手段になっている.
例題13.4 最近接だけの場合で $\eqref{eq:13-fourierinv}$ を検算する
$C_1=C$,$C_p=0\;(p\ge2)$ の場合,$\eqref{eq:13-fourierinv}$ が確かに $C_1=C$,$C_2=0$ を返すことを確かめよ.
解答 $\eqref{eq:13-longrange}$ より $\omega^2 = \dfrac{2C}{M}(1-\cos ka)$.これを代入する.
$p=1$:
$$ C_1 = -\frac{Ma}{2\pi}\cdot\frac{2C}{M}\int_{-\pi/a}^{\pi/a}(1-\cos ka)\cos(ka)\,\dd k = -\frac{aC}{\pi}\left[\underbrace{\int\cos ka\,\dd k}_{=0} - \underbrace{\int\cos^2 ka\,\dd k}_{=\pi/a}\right]. $$(2つ目の積分は Step 3 の $p'=p=1$ の場合である.)よって
$$ C_1 = -\frac{aC}{\pi}\left(0-\frac{\pi}{a}\right) = C . \quad\checkmark $$$p=2$:同様に
$$ C_2 = -\frac{aC}{\pi}\left[\int_{-\pi/a}^{\pi/a}\cos(2ka)\,\dd k - \int_{-\pi/a}^{\pi/a}\cos(ka)\cos(2ka)\,\dd k\right] = -\frac{aC}{\pi}\left[0 - 0\right] = 0 . \quad\checkmark $$期待どおりである.$\;\square$
13.6 2原子鎖 — 音響分枝と光学分枝
ここからが本章のクライマックスである.単位胞の中に原子が2個ある鎖を考えると,まったく新しい種類の振動 —— 光学分枝(optical branch)—— が現れる.NaCl の赤外吸収も,Si の Raman ピーク $520.5\ \mathrm{cm^{-1}}$ も,$\mathrm{BaTiO_3}$ の強誘電相転移(第19章)も,すべてこの分枝の話である.
13.6.1 模型と運動方程式
質量 $M_1$ と $M_2$ の原子が交互に並んでいる.単位胞の長さを $a$ とし,単位胞には $M_1$ の原子1個と $M_2$ の原子1個が入る(隣り合う原子の間隔は $a/2$).バネ定数は,どの隣接対でも同じ $C$ とする.$s$ 番目の胞の $M_1$ 原子の変位を $u_s$,$M_2$ 原子の変位を $v_s$ と書く.並び順は
$$ \cdots \;-\; \underbrace{M_1(u_s) \;-\; M_2(v_s)}_{s\text{ 番目の胞}} \;-\; \underbrace{M_1(u_{s+1}) \;-\; M_2(v_{s+1})}_{(s+1)\text{ 番目の胞}} \;-\; \cdots $$である.
導出:連立運動方程式
$M_1$(変位 $u_s$)にはたらく力.右隣は同じ胞の $M_2$(変位 $v_s$),左隣はひとつ前の胞の $M_2$(変位 $v_{s-1}$)である.13.2.1 と同じ数え方で
$$ M_1\ddot u_s = C\left(v_s - u_s\right) + C\left(v_{s-1}-u_s\right) = C\left(v_s + v_{s-1} - 2u_s\right). $$$M_2$(変位 $v_s$)にはたらく力.左隣は同じ胞の $M_1$(変位 $u_s$),右隣は次の胞の $M_1$(変位 $u_{s+1}$)である.よって
$$ M_2\ddot v_s = C\left(u_{s+1}-v_s\right)+C\left(u_s - v_s\right) = C\left(u_{s+1}+u_s-2v_s\right). $$この添字のずれ方の非対称性($u$ の式には $v_{s-1}$,$v$ の式には $u_{s+1}$ が出る)が,あとで $\ee^{-\ii ka}$ と $\ee^{+\ii ka}$ の違いを生む.ここを間違えないことが最大のポイントである.
13.6.2 平面波を入れて $2\times2$ の永年方程式へ
並進対称性は胞の並進なので,$s\to s+1$ に対して位相 $\ee^{\ii ka}$ が付く.同じ胞の中の2原子は独立な自由度なので,振幅は別々に $u$,$v$ と置く:
$$ u_s = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)},\qquad v_s = v\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)} . $$導出:永年方程式を立てる
第1式に代入.左辺は $-M_1\omega^2 u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$.右辺は,$v_{s-1}=\ee^{-\ii ka}v_s$ を使って
$$ C\left(v + v\,\ee^{-\ii ka} - 2u\right)\ee^{\ii(ksa-\omega t)} = C\left[v\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)-2u\right]\ee^{\ii(ksa-\omega t)} . $$共通因子 $\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$ を約分して
$$ -M_1\omega^2 u = C\,v\left(1+\ee^{-\ii ka}\right) - 2C\,u . $$$u$ の項を左に集めると
$$ \left(2C - M_1\omega^2\right)u - C\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)v = 0 . \tag{i} $$第2式に代入.今度は $u_{s+1}=\ee^{+\ii ka}u_s$ なので
$$ -M_2\omega^2 v = C\,u\left(\ee^{\ii ka}+1\right)-2C\,v \quad\Longrightarrow\quad -C\left(1+\ee^{\ii ka}\right)u + \left(2C-M_2\omega^2\right)v = 0 . \tag{ii} $$行列形にする.(i)(ii) をまとめて
$$ \begin{pmatrix} 2C-M_1\omega^2 & -C\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)\\[2pt] -C\left(1+\ee^{\ii ka}\right) & 2C-M_2\omega^2 \end{pmatrix} \begin{pmatrix}u\\ v\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}0\\ 0\end{pmatrix}. $$この行列は Hermite 行列(転置して複素共役を取ると元に戻る)になっている.物理的な固有値問題として当然の性質である.
$u=v=0$ という自明な解(=振動していない)以外の解が存在するためには,係数行列が逆行列を持ってはならない.すなわち行列式がゼロ:
これを永年方程式(secular equation)という.第9章(SALC による永年方程式のブロック対角化)や付録A の A.6 で何度も出てきたのと同じ言葉,同じ構造である.
13.6.3 永年方程式を解く
導出:$\omega^2(k)$ —— 2次方程式の解の公式まで全部書く
Step 1:行列式を展開する.$2\times2$ 行列式は「対角の積 $-$ 反対角の積」だから
$$ \left(2C-M_1\omega^2\right)\left(2C-M_2\omega^2\right) - \left[-C\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)\right]\left[-C\left(1+\ee^{\ii ka}\right)\right] = 0 . $$マイナス同士の積はプラスなので,第2項は $C^2\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)\left(1+\ee^{\ii ka}\right)$ となり,全体としては
$$ \left(2C-M_1\omega^2\right)\left(2C-M_2\omega^2\right) - C^2\left(1+\ee^{\ii ka}\right)\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)= 0 . $$Step 2:非対角の積を実数に直す.展開すると
$$ \left(1+\ee^{\ii ka}\right)\left(1+\ee^{-\ii ka}\right) = 1 + \ee^{-\ii ka} + \ee^{\ii ka} + \underbrace{\ee^{\ii ka}\ee^{-\ii ka}}_{=\ee^{0}=1} = 2 + 2\cos ka . $$ここで再び Euler の公式を使った.さらに半角公式
$$ \cos 2\theta = 2\cos^2\theta - 1 \quad\Longrightarrow\quad 1+\cos 2\theta = 2\cos^2\theta $$を $2\theta = ka$ に使うと
$$ 2+2\cos ka = 2\left(1+\cos ka\right) = 2\cdot 2\cos^2\frac{ka}{2} = 4\cos^2\frac{ka}{2}. $$虚数がきれいに消えた.これは行列が Hermite だったことの反映である.
Step 3:左辺を $\omega^2$ の多項式として整理する.第1項を展開すると
$$ \left(2C-M_1\omega^2\right)\left(2C-M_2\omega^2\right) = 4C^2 - 2CM_2\omega^2 - 2CM_1\omega^2 + M_1M_2\omega^4 = M_1M_2\,\omega^4 - 2C\left(M_1+M_2\right)\omega^2 + 4C^2 . $$したがって方程式は
$$ M_1M_2\,\omega^4 - 2C\left(M_1+M_2\right)\omega^2 + 4C^2 - 4C^2\cos^2\frac{ka}{2} = 0 . $$定数項をまとめる.$1-\cos^2\theta = \sin^2\theta$ より
$$ 4C^2\left(1-\cos^2\frac{ka}{2}\right) = 4C^2\sin^2\frac{ka}{2}. $$よって
$$ \boxed{\;M_1M_2\,\omega^4 - 2C\left(M_1+M_2\right)\omega^2 + 4C^2\sin^2\frac{ka}{2} = 0\;} $$これは $\omega^2$ についての2次方程式である.
Step 4:解の公式.$X=\omega^2$ と置くと $AX^2+BX+D=0$ の形で
$$ A = M_1M_2,\qquad B = -2C\left(M_1+M_2\right),\qquad D = 4C^2\sin^2\frac{ka}{2}. $$解の公式 $X = \dfrac{-B\pm\sqrt{B^2-4AD}}{2A}$ に代入する.まず判別式:
$$ B^2-4AD = 4C^2\left(M_1+M_2\right)^2 - 16\,M_1M_2\,C^2\sin^2\frac{ka}{2} = 4C^2\left[\left(M_1+M_2\right)^2 - 4M_1M_2\sin^2\frac{ka}{2}\right]. $$その平方根は($4C^2$ の平方根 $2C$ を外に出して)
$$ \sqrt{B^2-4AD} = 2C\sqrt{\left(M_1+M_2\right)^2-4M_1M_2\sin^2\frac{ka}{2}} . $$よって
$$ \omega^2 = \frac{2C\left(M_1+M_2\right) \pm 2C\sqrt{\left(M_1+M_2\right)^2-4M_1M_2\sin^2(ka/2)}}{2M_1M_2} = \frac{C\left(M_1+M_2\right) \pm C\sqrt{\left(M_1+M_2\right)^2-4M_1M_2\sin^2(ka/2)}}{M_1M_2}. $$Step 5:見やすい形に直す.第1項は
$$ \frac{C\left(M_1+M_2\right)}{M_1M_2} = C\left(\frac{1}{M_2}+\frac{1}{M_1}\right) $$(分子を $M_1M_2$ で割るとき,$M_1/(M_1M_2)=1/M_2$,$M_2/(M_1M_2)=1/M_1$).第2項は,$1/(M_1M_2)$ を根号の中へ入れる.$1/(M_1M_2) = \sqrt{1/(M_1M_2)^2}$ だから
$$ \frac{1}{M_1M_2}\sqrt{\left(M_1+M_2\right)^2-4M_1M_2\sin^2\frac{ka}{2}} =\sqrt{\frac{\left(M_1+M_2\right)^2}{\left(M_1M_2\right)^2}-\frac{4M_1M_2\sin^2(ka/2)}{\left(M_1M_2\right)^2}} . $$第1項の中身は $\left[\left(M_1+M_2\right)/\left(M_1M_2\right)\right]^2 = \left(1/M_1+1/M_2\right)^2$,第2項の中身は $4\sin^2(ka/2)/(M_1M_2)$.したがって
$$ \omega^2 = C\left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right) \pm C\sqrt{\left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right)^2 - \frac{4\sin^2(ka/2)}{M_1M_2}} . \qquad\blacksquare $$$\pm$ の2つの符号が,2つの分枝に対応する.$+$ が光学分枝(optical branch),$-$ が音響分枝(acoustic branch)である.1つの $k$ に対して2つの $\omega$ がある —— 単位胞に2個の原子があるのだから,自由度も2倍になったわけで,勘定は合っている.
補足:記号を短くしておく
以下では
$$ S \equiv \frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2} = \frac{1}{\mu},\qquad P \equiv \frac{1}{M_1M_2} $$と略記する.$\mu = M_1M_2/(M_1+M_2)$ は換算質量(reduced mass)である.すると $\eqref{eq:13-di}$ は
$$ \omega^2_\pm = C\,S \pm C\sqrt{S^2 - 4P\sin^2\frac{ka}{2}} $$と書ける.また $S^2-4P \ge 0$ が常に成り立つ(実際 $S^2-4P = (1/M_1-1/M_2)^2 \ge 0$)ので,根号の中身は $k$ によらず非負である.すなわち $\omega^2$ は必ず実数,$\omega$ も実数で,系は安定である.
13.6.4 $k\to0$ の極限
導出:長波長極限の2つの分枝
$k\to0$ では $\sin(ka/2)\simeq ka/2$,よって $\sin^2(ka/2)\simeq k^2a^2/4$.根号の中身は
$$ S^2 - 4P\cdot\frac{k^2a^2}{4} = S^2 - Pk^2a^2 = S^2\left(1 - \frac{Pk^2a^2}{S^2}\right). $$ここで $\sqrt{1-\epsilon}\simeq 1-\epsilon/2$($\epsilon\ll1$)を使うと
$$ \sqrt{S^2-Pk^2a^2} \simeq S\left(1-\frac{Pk^2a^2}{2S^2}\right) = S - \frac{Pk^2a^2}{2S}. $$光学分枝($+$).
$$ \omega_{\text{opt}}^2 \simeq C\left[S + S - \frac{Pk^2a^2}{2S}\right] = 2CS - \frac{CPa^2}{2S}k^2 . $$すなわち $k=0$ で有限値
$$ \omega_{\text{opt}}(0) = \sqrt{2CS} = \sqrt{2C\left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right)} = \sqrt{\frac{2C}{\mu}} $$を取り,そこから $k^2$ に比例して下がっていく(係数が負).$k^2$ の係数を書き下すと,$P/S = \dfrac{1/(M_1M_2)}{(M_1+M_2)/(M_1M_2)} = \dfrac{1}{M_1+M_2}$ だから
$$ \omega_{\text{opt}}^2 \simeq \frac{2C}{\mu} - \frac{Ca^2}{2\left(M_1+M_2\right)}k^2 . $$音響分枝($-$).今度は $S$ が引き算で消える:
$$ \omega_{\text{ac}}^2 \simeq C\left[S - S + \frac{Pk^2a^2}{2S}\right] = \frac{CPa^2}{2S}k^2 = \frac{Ca^2}{2\left(M_1+M_2\right)}k^2 . $$平方根を取って
$$ \omega_{\text{ac}} \simeq k\,a\sqrt{\frac{C}{2\left(M_1+M_2\right)}} . \qquad\blacksquare $$物理的意味:なぜ「音響」と「光学」なのか
音響分枝は $k\to0$ で $\omega\to0$,しかも $\omega \propto k$ の直線である.これは音波であり,音速は $v = a\sqrt{C/\left[2(M_1+M_2)\right]}$.$M_1+M_2$ は単位胞の全質量だから,これは「単位胞をひとかたまりと見た連続体の音速」にほかならない.$\omega(0)=0$ になるのは,$k=0$ の音響モードが結晶全体の一様な平行移動だからである.結晶を丸ごとずらしてもエネルギーは変わらない(並進対称性!)ので,復元力がなく $\omega=0$ になる.これは対称性が保証する厳密な結果であり,どんな結晶にも必ず3本(3次元の場合)の音響分枝が存在する.
光学分枝は $k\to0$ でも $\omega$ が有限に残る.この振動では,後で見るように2種類の原子が逆向きに動く.イオン結晶(NaCl など)では2種類の原子が反対符号の電荷を持つので,この振動は振動する電気双極子を作る.振動する双極子は電磁波と強く結合する —— すなわち赤外線を吸収・放出する.これが「光学」という名前の由来である.$\mathrm{NaCl}$ の残留線(reststrahlen)や,Si の Raman ピークは,まさにこの分枝を見ている.
13.6.5 ゾーン境界での値とギャップ
導出:$k=\pi/a$ での2つの振動数
$ka=\pi$ を入れると $\sin^2(ka/2)=\sin^2(\pi/2)=1$.根号の中身は
$$ S^2 - 4P = \left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right)^2 - \frac{4}{M_1M_2} = \frac{1}{M_1^2}+\frac{2}{M_1M_2}+\frac{1}{M_2^2}-\frac{4}{M_1M_2} = \frac{1}{M_1^2}-\frac{2}{M_1M_2}+\frac{1}{M_2^2} = \left(\frac{1}{M_1}-\frac{1}{M_2}\right)^2 . $$きれいな完全平方になった.$M_1 > M_2$($M_1$ が重い方)とすると $1/M_2 > 1/M_1$ だから
$$ \sqrt{S^2-4P} = \frac{1}{M_2}-\frac{1}{M_1}. $$したがって
$$ \omega_+^2 = C\left[\left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right)+\left(\frac{1}{M_2}-\frac{1}{M_1}\right)\right] = \frac{2C}{M_2}, \qquad \omega_-^2 = C\left[\left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right)-\left(\frac{1}{M_2}-\frac{1}{M_1}\right)\right] = \frac{2C}{M_1}. $$すなわち
$$ \omega_{\text{opt}}\!\left(\frac{\pi}{a}\right) = \sqrt{\frac{2C}{M_2}}\ (\text{軽い方}), \qquad \omega_{\text{ac}}\!\left(\frac{\pi}{a}\right) = \sqrt{\frac{2C}{M_1}}\ (\text{重い方}).\qquad\blacksquare $$$M_1 > M_2$ だから $\sqrt{2C/M_1} < \sqrt{2C/M_2}$,つまり音響分枝の最高値は光学分枝の最低値より低い.その間の振動数域
これをフォノンギャップ(phonon gap,禁制帯)という.この振動数の弾性波を外から入れても,結晶の中を伝わることができない(減衰波になる).周期構造に2種類の要素があると,波の伝わらない振動数帯ができる —— これは第16章の電子のバンドギャップとまったく同じ論理であり,さらに現代のフォノニック結晶やメタマテリアルの原理でもある.
13.6.6 固有ベクトル:原子はどう動くのか
導出:$k\to0$ での振幅比 $u/v$
永年方程式を作ったときの第1式 (i) に戻る:
$$ \left(2C-M_1\omega^2\right)u = C\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)v \quad\Longrightarrow\quad \frac{u}{v} = \frac{C\left(1+\ee^{-\ii ka}\right)}{2C-M_1\omega^2}. $$$k\to0$ では $\ee^{-\ii ka}\to1$ なので分子は $2C$:
$$ \frac{u}{v} = \frac{2C}{2C-M_1\omega^2}. $$音響モード($\omega=0$):
$$ \frac{u}{v} = \frac{2C}{2C-0} = 1 . $$2種類の原子が同じ向きに同じ振幅で動く.単位胞全体が剛体のように平行移動する.これが「音波」の描像である.
光学モード($\omega^2 = 2C\left(1/M_1+1/M_2\right)$):分母を計算すると
$$ 2C - M_1\cdot 2C\left(\frac{1}{M_1}+\frac{1}{M_2}\right) = 2C - 2C - \frac{2CM_1}{M_2} = -\frac{2CM_1}{M_2}. $$したがって
$$ \frac{u}{v} = \frac{2C}{-2CM_1/M_2} = -\frac{M_2}{M_1}. $$すなわち
$$ M_1 u = -M_2 v \qquad\Longleftrightarrow\qquad M_1u + M_2v = 0 . \qquad\blacksquare $$物理的意味:光学モードでは重心が動かない
$M_1u+M_2v=0$ は,まさに単位胞の重心が静止しているという条件である.2つの原子は必ず逆位相で動き,しかも振幅は質量に反比例する(軽い原子が大きく振れる).
- $M_1=2M_2$ なら $\abs{u} = \abs{v}/2$:軽い原子は重い原子の2倍の振幅で,反対向きに動く.
- イオン結晶では $M_1$ と $M_2$ が反対符号の電荷 $\pm q$ を持つので,単位胞に $q(v-u)\neq0$ の振動双極子ができる.これが赤外活性の起源である.
- 一方,Si や Ge(ダイヤモンド構造)では2つの原子が同種であり,しかも反転中心が結合の中点にあって2つの原子を互いに入れ替える.このため逆位相の光学モードは反転操作で自分自身に移り,反転に対して偶(gerade,$\Gamma_{25'}=T_{2g}$)になって双極子を作らない.したがって赤外不活性・Raman 活性になる.第10章で学んだ「反転中心があると相互排除則が成り立つ」がここに効いている.ただし,反転中心があれば光学モードが必ず偶になるわけではない.反転中心が保証するのは各モードに $g$/$u$ の区別が付けられることであって,どちらになるかは反転中心の位置で決まる.実際 NaCl も反転中心を持つが,そこでは反転中心が原子位置にあって2つの副格子を入れ替えないので,光学モードは奇(ungerade,$T_{1u}$)のままとなり赤外活性になる.
なぜ:ゾーン境界では片方の副格子だけが動く
図13.3(c) の一番下のパネルを式で確かめよう.$ka=\pi$ のとき,振幅比の式の分子は
$$ 1+\ee^{-\ii ka} = 1+\ee^{-\ii\pi} = 1 + (-1) = 0 . $$すなわち $u/v$ の分子がゼロになる.分母がゼロでない限り $u=0$,つまり $M_1$ 原子は静止し,$M_2$ 原子だけが振動する.分母 $2C-M_1\omega^2$ がゼロになるのは $\omega^2=2C/M_1$(音響分枝のゾーン境界値)のときで,このときは逆に $v=0$,$M_1$ だけが動く.
物理的には,ゾーン境界では隣り合う同種の原子が正反対の位相で動くため,その間に挟まれた異種原子には左右から等しく逆向きの力がかかり,正味の力がゼロになって動く必要がない,と理解できる.
なぜ:$M_1=M_2$ にするとギャップが閉じるのはなぜか — ゾーン折り返し
$M_1=M_2=M$ と置くと,ゾーン境界の2つの値 $\sqrt{2C/M_1}$ と $\sqrt{2C/M_2}$ が一致し,ギャップが閉じる.これは当然である:質量が同じなら,それは単なる単原子鎖であって,本当の周期は $a$ ではなく $a/2$ だからである.
実際 $S=2/M$,$P=1/M^2$ を $\eqref{eq:13-di}$ に入れると
$$ \omega_\pm^2 = \frac{2C}{M} \pm C\sqrt{\frac{4}{M^2}-\frac{4\sin^2(ka/2)}{M^2}} = \frac{2C}{M}\left(1 \pm \abs{\cos\frac{ka}{2}}\right). $$$1-\cos\theta = 2\sin^2(\theta/2)$,$1+\cos\theta = 2\cos^2(\theta/2)$ を $\theta = ka/2$ に使うと
$$ \omega_- = 2\sqrt{\frac{C}{M}}\abs{\sin\frac{ka}{4}}, \qquad \omega_+ = 2\sqrt{\frac{C}{M}}\abs{\cos\frac{ka}{4}} . $$ここで真の格子定数は $a'=a/2$ だから $ka/4 = ka'/2$,すなわち $\omega_-$ は単原子鎖の $\eqref{eq:13-mono}$ そのものである.そして $\omega_+$ は
$$ \abs{\cos\frac{ka'}{2}} = \abs{\sin\left(\frac{ka'}{2}+\frac{\pi}{2}\right)} = \abs{\sin\frac{(k+\pi/a')a'}{2}} $$だから,単原子鎖の分散関係を $\pi/a'=2\pi/a$ だけずらしたもの,すなわち大きいゾーンからはみ出した部分を小さいゾーンに折り返したものである.
この ゾーン折り返し(zone folding)は,超格子・合金の秩序化・電荷密度波など,周期が長くなるあらゆる現象に共通する見方である.「新しい分枝が生えた」のではなく,「同じ分枝を狭いゾーンに畳み込んで表示し直した」のである.ただし $M_1\neq M_2$ になった瞬間,折り返し点(ゾーン境界)で縮退が解けてギャップが開く.第16章で電子のバンドギャップが開く仕組みと,完全に同じ構図である.
例題13.5 NaCl の力定数と音速を分散関係から求める
NaCl(岩塩型,格子定数 $a_0=5.64\,\text{Å}$)の $[100]$ 方向を見ると,$\mathrm{Na}$ と $\mathrm{Cl}$ が $a_0/2 = 2.82\,\text{Å}$ の間隔で交互に並んだ2原子鎖になっている(単位胞の長さは $a=a_0=5.64\,\text{Å}$).赤外反射から $\Gamma$ 点の横光学(TO)フォノンの角振動数が $\omega_{\text{TO}} = 3.09\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$ と分かっている.
(1) バネ定数 $C$ を求めよ.原子量は $\mathrm{Na}:23.0$,$\mathrm{Cl}:35.45$.
(2) 長波長の音速を求め,実測値 $4.7\times10^3\ \mathrm{m/s}$($[100]$ 縦波)と比べよ.
(3) ゾーン境界での2つの振動数と,フォノンギャップの幅を求めよ.
解答
(1) $\eqref{eq:13-di-limits}$ より $\omega_{\text{opt}}(0)^2 = 2C/\mu$,すなわち $C = \mu\,\omega_{\text{opt}}^2/2$.換算質量は
$$ \mu = \frac{M_1M_2}{M_1+M_2} = \frac{35.45\times23.0}{35.45+23.0}\ \mathrm{u} = \frac{815.4}{58.45} = 13.95\ \mathrm{u} = 13.95\times1.6605\times10^{-27} = 2.316\times10^{-26}\ \mathrm{kg}. $$よって
$$ C = \frac{2.316\times10^{-26}\times\left(3.09\times10^{13}\right)^2}{2} = \frac{2.316\times10^{-26}\times9.55\times10^{26}}{2} = \frac{22.1}{2} = 11.1\ \mathrm{N/m}. $$(2) $\eqref{eq:13-di-limits}$ より $v = a\sqrt{C/\left[2(M_1+M_2)\right]}$.単位胞の全質量は
$$ M_1+M_2 = 58.45\times1.6605\times10^{-27} = 9.706\times10^{-26}\ \mathrm{kg}, $$ $$ \frac{C}{2(M_1+M_2)} = \frac{11.1}{2\times9.706\times10^{-26}} = 5.72\times10^{25}\ \mathrm{s^{-2}}, \qquad \sqrt{\ } = 7.56\times10^{12}\ \mathrm{s^{-1}}. $$ $$ v = 5.64\times10^{-10}\times7.56\times10^{12} = 4.3\times10^{3}\ \mathrm{m/s}. $$実測 $4.7\times10^3\ \mathrm{m/s}$ に対して $9\%$ の誤差.最近接バネ1本しか入れていない1次元模型としては驚くほどよい.光学フォノンの振動数(赤外分光で測れる)から,音速(超音波で測れる)が予言できてしまう —— これが「分散関係を1本の式で押さえる」ことの威力である.
(3) $M_1 = 35.45\ \mathrm{u} = 5.887\times10^{-26}\ \mathrm{kg}$(Cl),$M_2=23.0\ \mathrm{u}=3.819\times10^{-26}\ \mathrm{kg}$(Na).
$$ \omega_{\text{ac}}\!\left(\tfrac{\pi}{a}\right)=\sqrt{\frac{2\times11.1}{5.887\times10^{-26}}} = \sqrt{3.77\times10^{26}} = 1.94\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}\ (\nu = 3.09\ \mathrm{THz}), $$ $$ \omega_{\text{opt}}\!\left(\tfrac{\pi}{a}\right)=\sqrt{\frac{2\times11.1}{3.819\times10^{-26}}} = \sqrt{5.81\times10^{26}} = 2.41\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}\ (\nu = 3.84\ \mathrm{THz}). $$ギャップ幅は $\Delta\nu = 0.75\ \mathrm{THz}$,エネルギーで $\hbar\Delta\omega = 1.055\times10^{-34}\times0.47\times10^{13} = 5.0\times10^{-22}\ \mathrm{J} = 3.1\ \mathrm{meV}$.実際の NaCl の $[100]$ 方向のギャップはこれより広い($3.3$–$4.9\ \mathrm{THz}$ 程度)が,これは長距離 Coulomb 力を入れていないためである.$\;\square$
13.7 3次元とモードの数え上げ
13.7.1 何が変わるか
3次元結晶に一般化するとき,変わる点は2つだけである.
- 変位がベクトルになる.原子は $x,y,z$ の3方向に動けるので,1原子あたり3自由度.したがって各 $\kk$ に対して,単位胞内の原子数 $p$ の3倍,すなわち $3p$ 本の分枝が現れる.
- 波数もベクトル $\kk$ になる.$\omega$ は $\kk$ の向きにも依存するので,分散関係は $\kk$ 空間の中の関数になる.実際には,$\Gamma\to X \to W \to L \to \Gamma$ のような高対称線に沿った断面図として描く(第11章の高対称点を思い出すこと).
運動方程式は,$\kk$ ごとに $3p\times3p$ の固有値問題
$$ \omega^2(\kk)\,\bm{e} = \bm{D}(\kk)\,\bm{e} $$になる.$\bm{D}(\kk)$ を動力学行列(dynamical matrix)といい,その要素は力定数を $\ee^{\ii\kk\cdot\RR}$ で Fourier 変換したものである.$p=1$ なら $3\times3$,$p=2$(Si, NaCl)なら $6\times6$,$p=5$(ペロブスカイト)なら $15\times15$.1次元の $1\times1$ や $2\times2$ が,そのままサイズだけ大きくなったものだと思えばよい.
13.7.2 モードの数え上げ
導出:$3pN$ 個のモード,うち音響 $3N$,光学 $3(p-1)N$
全自由度から数える.単位胞が $N$ 個,各胞に $p$ 個の原子,各原子に3方向の自由度.したがって全自由度は
$$ 3\times p\times N = 3pN . $$基準振動の総数は自由度の数に等しいから,モードは $3pN$ 個.
$\kk$ と分枝で数える.周期境界条件(13.2.3 の3次元版)から,第1 Brillouin 域の中に許される $\kk$ の数はちょうど単位胞の数 $N$ に等しい.各 $\kk$ に $3p$ 本の分枝があるから
$$ N \times 3p = 3pN . $$同じ答えになった.$\checkmark$
音響と光学の分け方.$\kk\to0$ で $\omega\to0$ になる分枝が音響分枝である.$\kk=0$ で $\omega=0$ の運動は,復元力がまったく生じない運動 —— すなわち結晶全体の一様な平行移動である.3次元空間の平行移動は $x,y,z$ の3通りしかない.したがって
$$ \text{音響分枝} = 3\ \text{本}\quad(\text{モード数}\ 3N), $$残りが光学分枝で
$$ \text{光学分枝} = 3p-3 = 3(p-1)\ \text{本}\quad(\text{モード数}\ 3(p-1)N). \qquad\blacksquare $$注意:$p$ は「化学式の原子数」ではなく「primitive cell 中の原子数」
ここでの $p$ は必ずprimitive cell(基本胞)の中の原子数である.第1章で強調したとおり,conventional cell と primitive cell は違う.
- NaCl:conventional cell(面心立方)には $\mathrm{Na}$ 4個・$\mathrm{Cl}$ 4個の計8原子が入るが,primitive cell は $\mathrm{Na}$ 1個・$\mathrm{Cl}$ 1個の $p=2$.
- Si(ダイヤモンド型):conventional cell に8原子,primitive cell に $p=2$.
- $\mathrm{SrTiO_3}$(立方ペロブスカイト $Pm\bar{3}m$):単純立方なので conventional = primitive で $p=5$.
ここを間違えると,分枝の本数が2倍や4倍になってしまう.迷ったら「$Z\times(\text{化学式あたりの原子数})$ を primitive cell で数える」と覚えておくとよい.
例題13.6 実在物質のモード数
次の結晶について,primitive cell 中の原子数 $p$,分枝の総数,音響分枝の数,光学分枝の数を求めよ.
(1) $\mathrm{Cu}$(fcc) (2) $\mathrm{Si}$(ダイヤモンド型) (3) $\mathrm{NaCl}$(岩塩型) (4) $\mathrm{SrTiO_3}$(立方ペロブスカイト) (5) $\alpha$-$\mathrm{SiO_2}$(三方晶石英 $P3_121$,$Z=3$)
解答
| 結晶 | 構造 | $p$ | 全分枝 $3p$ | 音響 | 光学 $3(p-1)$ |
|---|---|---|---|---|---|
| $\mathrm{Cu}$ | fcc | 1 | 3 | 3 | 0 |
| $\mathrm{Si},\mathrm{Ge}$ | ダイヤモンド型 | 2 | 6 | 3 | 3 |
| $\mathrm{NaCl}$ | 岩塩型 | 2 | 6 | 3 | 3 |
| $\mathrm{SrTiO_3}$ | 立方ペロブスカイト | 5 | 15 | 3 | 12 |
| $\alpha$-$\mathrm{SiO_2}$ | 三方晶($Z=3$) | 9 | 27 | 3 | 24 |
ポイント.$\mathrm{Cu}$ には光学分枝が存在しない.単位胞に原子が1個しかなければ,「胞の中で原子どうしが逆に動く」ということが起こりえないからである.この $p=1$ という条件が満たされる結晶(fcc・bcc の金属単体や希ガス固体など)では,1次のフォノンによる赤外吸収も Raman 散乱も起こらない.ただしこれは「金属だから」ではなく,あくまで $p=1$ から来る結論である.実際,hcp の金属単体($\mathrm{Mg}$,$\mathrm{Zn}$ など)は primitive cell に2原子あるので光学分枝を持ち,$E_{2g}$ の1次 Raman 線が観測される.また金属が赤外を強く吸収・反射するのは自由電子(Drude)によるもので,フォノンの有無とは別の話である.$\;\square$
13.7.3 群論でモードを分類する
物理的意味:第11章の道具がそのまま使える
$3p\times3p$ の動力学行列を対角化する前に,群論を使ってブロック対角化しておくことができる.手順は第10章で分子振動に対してやったこととまったく同じである.
- 波数 $\kk$ を固定し,その $\kk$ を(逆格子ベクトルを除いて)不変にする対称操作の集合=波数群(group of the wave vector,$\kk$ の小群)を作る.$\kk=0$($\Gamma$ 点)なら結晶の点群そのもの.
- 単位胞内の原子の変位ベクトル($3p$ 次元)が張る表現の指標を計算する.
- 既約分解の公式(第8章)で既約表現に分ける.
- 音響分枝は,$\Gamma$ 点では並進 $(x,y,z)$ が属する既約表現に対応する(したがってそれを取り除けば光学モードの既約分解が得られる).
例:立方ペロブスカイト $\mathrm{SrTiO_3}$($Pm\bar3m$,点群 $O_h$).$\Gamma$ 点の15個のモードは
$$ \Gamma_{\text{total}} = 4T_{1u} \oplus T_{2u} $$と分解する($4\times3+1\times3=15$ $\checkmark$).このうち1つの $T_{1u}$ が音響モード($x,y,z$ が $T_{1u}$ に属する)だから,光学モードは
$$ \Gamma_{\text{opt}} = 3T_{1u}\oplus T_{2u}\qquad(\text{12個}). $$第10章の選択則によれば,$T_{1u}$ は $(x,y,z)$ と同じ既約表現なので赤外活性,$T_{2u}$ はどの2次形式とも一致しないのでRaman 不活性かつ赤外不活性(サイレントモード).しかも $O_h$ は反転対称性を持つので,相互排除則により立方ペロブスカイトには Raman 活性モードが1つも存在しない.実験的にもそのとおりで,立方相の $\mathrm{BaTiO_3}$ や $\mathrm{SrTiO_3}$ の1次 Raman スペクトルは(欠陥や2次過程を除けば)平坦である.
逆に言えば,Raman ピークが現れたら対称性が下がった証拠になる.$\mathrm{BaTiO_3}$ が正方晶 $P4mm$(点群 $4mm=C_{4v}$)に相転移すると反転中心が消え,$T_{1u}$ が $A_1\oplus E$ に分裂して Raman 活性になる.強誘電相転移を Raman で追えるのは,この群論的な理由による(第19章).そして相転移を駆動するソフトモード(soft mode)は,$T_{1u}$ 光学モードのひとつが $T\to T_c$ で $\omega\to0$ になる現象である.
13.8 フォノン — 格子振動の量子
13.8.1 量子化
ここまでは完全に古典力学の話であった.量子化しよう.調和近似のもとでは,系は独立な調和振動子の集まりに分解できる(13.1.1 の「なぜ」ボックスを参照).基準座標 $Q_{\kk j}$($j$ は分枝の番号)で書くと,Hamiltonian は
$$ \Ham = \sum_{\kk,j}\left[\frac{1}{2}\abs{P_{\kk j}}^2 + \frac{1}{2}\omega_j^2(\kk)\abs{Q_{\kk j}}^2\right] $$という,$3pN$ 個の独立な1次元調和振動子の和になる.1次元調和振動子のエネルギー固有値は量子力学の初歩で学んだとおり $(n+\tfrac12)\hbar\omega$ である.したがって
定義:フォノン(phonon)
モード $(\kk,j)$ のエネルギーが $\hbar\omega_j(\kk)$ だけ増えることを,「そのモードにフォノンが1個生成された」という.$n_{\kk j}$ をそのモードのフォノン数という.
フォノンは Bose 粒子(同じモードにいくつでも入れる)であり,粒子数は保存しない(温度を上げれば増える).光子が電磁場の量子であるのと同じ意味で,フォノンは格子変位場の量子である.ただし光子と違って,フォノンは結晶という媒質があってはじめて存在できる —— 真空中を飛ぶフォノンはない.こうした粒子を準粒子(quasiparticle)という.
物理的意味:零点振動
$n=0$ でもエネルギーは $\tfrac12\hbar\omega$ 残る.これが零点振動(zero-point motion)である.絶対零度でも原子は静止しない.結晶全体の零点エネルギーは
$$ E_0 = \sum_{\kk,j}\frac{1}{2}\hbar\omega_j(\kk) $$で,$3pN$ 個の項があるからマクロには巨大な量になる.$\hbar\omega \sim 20\ \mathrm{meV}$,$3N \sim 3\times6\times10^{23}$ とすれば,1 mol あたり $\tfrac12\times0.020\times3\times6\times10^{23}\times1.6\times10^{-19}\ \mathrm{J} \approx 3\ \mathrm{kJ/mol}$ 程度.凝集エネルギー(数百 kJ/mol)に比べれば小さいが,質量が軽くバネが柔らかい系(固体 He,固体 $\mathrm{H_2}$)では零点エネルギーが凝集エネルギーに匹敵し,$^4\mathrm{He}$ が常圧では絶対零度でも固化しない(量子固体)原因になる.
13.8.2 振幅とフォノン数の関係
導出:モードの振幅を $n$ で表す
体積 $V$,質量密度 $\rho$ の結晶に,変位
$$ u(x,t) = u_0\cos\left(kx-\omega t\right) $$のモードが立っているとする.運動エネルギー密度は $\tfrac12\rho\dot u^2$ で,
$$ \dot u = u_0\,\omega\sin(kx-\omega t) \quad\Longrightarrow\quad \frac{1}{2}\rho\dot u^2 = \frac{1}{2}\rho\,\omega^2u_0^2\sin^2(kx-\omega t). $$$\sin^2$ の時間平均は $\tfrac12$ だから,全結晶の運動エネルギーの時間平均は
$$ \left\langle K\right\rangle = \frac{1}{4}\rho\,\omega^2u_0^2\,V . $$調和振動では $\langle K\rangle = \langle U\rangle = E/2$(ビリアル定理)だから,全エネルギーは
$$ E = 2\left\langle K\right\rangle = \frac{1}{2}\rho\,\omega^2 u_0^2\,V . $$これを $\eqref{eq:13-phonon}$ と等置して $u_0^2$ について解くと
$$ u_0^2 = \frac{2E}{\rho\,\omega^2V} = \frac{2\left(n+\tfrac12\right)\hbar\omega}{\rho\,\omega^2V} = \frac{\left(2n+1\right)\hbar}{\rho\,\omega\,V} . \qquad\blacksquare $$フォノン数が増えると振幅は $\sqrt{n}$ で増える.また,$V$ が大きいほど1個のフォノンあたりの振幅は小さい —— 1個のフォノンは結晶全体に広がった集団運動だからである.
例題13.7 室温での原子の振動振幅(Lindemann 則)
銅の原子1個が,Einstein 振動子として $\omega=3.0\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$ で振動していると近似する.$300\ \mathrm{K}$ での $x$ 方向の変位の二乗平均平方根 $u_{\text{rms}}=\sqrt{\langle u^2\rangle}$ を,古典的なエネルギー等分配則を使って求め,最近接原子間距離 $2.55\,\text{Å}$ と比べよ.
解答 1方向あたりのポテンシャルエネルギーの平均は等分配則から $\tfrac12k_BT$:
$$ \frac{1}{2}M\omega^2\left\langle u^2\right\rangle = \frac{1}{2}k_BT \quad\Longrightarrow\quad \left\langle u^2\right\rangle = \frac{k_BT}{M\omega^2}. $$数値を入れる.$M = 1.054\times10^{-25}\ \mathrm{kg}$,$\omega^2 = 9.0\times10^{26}\ \mathrm{s^{-2}}$,$k_BT = 4.14\times10^{-21}\ \mathrm{J}$:
$$ \left\langle u^2\right\rangle = \frac{4.14\times10^{-21}}{1.054\times10^{-25}\times9.0\times10^{26}} = \frac{4.14\times10^{-21}}{9.49\times10^{1}} = 4.4\times10^{-23}\ \mathrm{m^2}, $$ $$ u_{\text{rms}} = 6.6\times10^{-12}\ \mathrm{m} = 0.066\ \text{Å}. $$最近接距離に対する比は $0.066/2.55 = 2.6\%$.
考察(Lindemann の融解則).$\langle u^2\rangle \propto T$ だから $u_{\text{rms}}\propto\sqrt{T}$.銅の融点 $1358\ \mathrm{K}$ では
$$ u_{\text{rms}}(1358\ \mathrm{K}) = 0.066\times\sqrt{\frac{1358}{300}} = 0.066\times2.13 = 0.14\ \text{Å}, $$比は $5.5\%$.経験則として「$u_{\text{rms}}$ が原子間距離の $10$–$15\%$ に達すると結晶は融ける」という Lindemann 則が知られており,桁は合っている.原子はふだん,原子間距離の数パーセントしか動いていない —— だからこそ調和近似(変位が小さいという仮定)がこれほどよく働くのである.$\;\square$
13.8.3 フォノンの「運動量」は真の運動量ではない
フォノンには波数 $\kk$ がある.粒子的な描像では $\hbar\kk$ を運動量と呼びたくなるし,実際そう呼ばれることも多い.しかしこれは真の運動量ではない.この節でその理由を3つの角度から確かめる.
導出:格子の全運動量は($k=0$ を除いて)ゼロである
1次元鎖の全運動量は,各原子の運動量の和
$$ p_{\text{tot}} = \sum_{s=0}^{N-1} M\dot u_s . $$$u_s = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$ を代入すると $\dot u_s = -\ii\omega u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$ で
$$ p_{\text{tot}} = -\ii\omega M u\,\ee^{-\ii\omega t}\sum_{s=0}^{N-1}\ee^{\ii ksa}. $$この和は等比級数(公比 $r=\ee^{\ii ka}$)である:
$$ \sum_{s=0}^{N-1}r^s = \frac{1-r^N}{1-r} = \frac{1-\ee^{\ii kNa}}{1-\ee^{\ii ka}} . $$ところが周期境界条件 $\eqref{eq:13-kquant}$ より $kNa = 2\pi n$,すなわち $\ee^{\ii kNa}=1$.したがって分子はゼロ.分母は $k\neq0$(正確には $\ee^{\ii ka}\neq1$,すなわち $k$ が $2\pi/a$ の整数倍でない)ならゼロでないから
$$ \sum_{s=0}^{N-1}\ee^{\ii ksa} = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad p_{\text{tot}} = 0 \qquad (k\neq0). $$すなわち調和近似で扱う理想的な正規モードでは,フォノンが1個あっても結晶の本物の運動量はゼロのままである.$\;\blacksquare$
例外は $k=0$ の音響モードで,このとき $\sum_s 1 = N$ となり $p_{\text{tot}}=NM\dot u \neq0$.これは結晶全体の平行移動なので,当然本物の運動量を持つ.
なお,いま示したのは「周期境界条件を課した一様な調和格子について,変位の1次までで数えた機械的な全運動量がゼロになる」ということである.有限の大きさの結晶や自由端をもつ試料,波束を作った場合,あるいは非調和項まで拾った場合には,小さいながら正味の機械的運動量が現れうる.ここで否定しているのは,あくまで「$\hbar\kk$ をそのまま機械的運動量と同一視してよい」という素朴な見方である.
なぜ:Noether の定理から見る
運動量が保存するのは,系が連続的な平行移動に対して不変だからである(Noether の定理).ところが結晶は,連続的な平行移動には不変ではない.$a$ の整数倍という離散的な平行移動にしか不変でない.
離散並進対称性から出てくる保存量は,真の運動量ではなく結晶運動量(crystal momentum)$\hbar\kk$ であり,しかもそれは逆格子ベクトルを法としてしか定義されない:
$$ \hbar\kk \equiv \hbar\kk + \hbar\GG \quad (\text{同じ状態}). $$13.3 節で見たとおり,$\kk$ と $\kk+\GG$ は同一の状態だったのだから,これは当然である.「保存される」というのも,$\GG$ を除いての意味しかない:
$$ \kk_1 + \kk_2 = \kk_3 + \GG . $$$\GG=0$ の過程を normal 過程(N 過程),$\GG\neq0$ の過程を Umklapp 過程(U 過程,ドイツ語で「折り返し」)という.U 過程では,余った $\hbar\GG$ を結晶全体が受け取る.結晶は $10^{23}$ 個の原子の塊なので,$\hbar\GG$ の運動量を受け取ってもほとんど動かず,エネルギーもほとんど吸収しない.X 線回折で結晶が反跳しないのと同じ事情である.
この U 過程が,第14章で「なぜ完全結晶でも熱伝導率が有限なのか」の答えになる.N 過程だけならフォノンの全結晶運動量は保存し,熱流は減衰しない.U 過程だけが熱流の向きをひっくり返し,熱抵抗を生む.ただしこれは,不純物・欠陥・境界による散乱を無視した無限に一様なフォノン気体についての話である.実在の試料では N 過程がモードの間でエネルギーと運動量を配り直すので,N 過程それ自体は運動量を散逸させないとはいえ,U 過程や不純物散乱・境界散乱と組み合わさって熱伝導率の値を大きく左右する.ここは第14章の最重要ポイントなので,いま「$\hbar\kk$ は $\GG$ を除いてしか決まらない」という一点を,しっかり腹に落としておいてほしい.
注意:それでも $\hbar\kk$ は「運動量のように」ふるまう
真の運動量でないからといって,$\hbar\kk$ が使えないわけではない.散乱過程では
- エネルギーは厳密に保存する(時間並進対称性から).
- 結晶運動量は $\GG$ を除いて保存する(離散並進対称性から).
この2本の保存則さえあれば,中性子散乱でも,光散乱でも,電子–フォノン散乱でも,必要な計算はすべてできる.実務上は「運動量保存則を $\GG$ の分だけ緩めたもの」として使えばよい.混乱の元は,$\hbar\kk$ の絶対値そのものに物理的意味があると思い込むことだけである.
13.9 中性子非弾性散乱 — 分散関係をどう測るか
13.9.1 なぜ中性子なのか
分散関係 $\omega(\qq)$ を測るには,プローブが2つの条件を同時に満たす必要がある.
- 波長が原子間距離と同程度であること.そうでないと,第1 Brillouin 域の端まで $\qq$ を振れない.$\qq \sim \pi/a \sim 10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}$,すなわち $\lambda \sim 1\text{–}3\,\text{Å}$ が必要.
- エネルギーがフォノンのエネルギーと同程度であること.そうでないと,$\hbar\omega \sim 10\text{–}80\ \mathrm{meV}$ というわずかなエネルギー移行を検出できない.
導出:熱中性子はこの2条件をぴたりと満たす
中性子は質量 $M_n = 1.675\times10^{-27}\ \mathrm{kg}$ の非相対論的粒子なので
$$ E = \frac{\hbar^2k^2}{2M_n},\qquad k = \frac{2\pi}{\lambda}. $$$\lambda = 1.8\,\text{Å}$ の中性子について計算する.まず
$$ k = \frac{2\pi}{1.8\times10^{-10}} = 3.49\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}, \qquad k^2 = 1.22\times10^{21}\ \mathrm{m^{-2}}. $$したがって
$$ E = \frac{\left(1.055\times10^{-34}\right)^2\times1.22\times10^{21}}{2\times1.675\times10^{-27}} = \frac{1.113\times10^{-68}\times1.22\times10^{21}}{3.35\times10^{-27}} = \frac{1.357\times10^{-47}}{3.35\times10^{-27}} = 4.05\times10^{-21}\ \mathrm{J} = 25.3\ \mathrm{meV}. $$これは $E=\tfrac32k_BT$ とすれば $T\simeq 196\ \mathrm{K}$,$E=k_BT$ とすれば $293\ \mathrm{K}$ に相当する.すなわち室温の減速材から出てくる「熱中性子」が,そのまま使える.
X 線と比べる.同じ $\lambda=1.8\,\text{Å}$ の光子は,$E = hc/\lambda$ より
$$ E = \frac{1240\ \mathrm{eV\cdot nm}}{0.18\ \mathrm{nm}} = 6.9\times10^{3}\ \mathrm{eV} = 6.9\ \mathrm{keV}. $$フォノンのエネルギー $25\ \mathrm{meV}$ を検出するには
$$ \frac{\Delta E}{E} = \frac{0.025}{6900} = 3.6\times10^{-6} $$という分解能が要る.これは長らく不可能だった(現在は放射光の非弾性 X 線散乱 IXS で $\Delta E \sim 1\ \mathrm{meV}$ が達成されているが,大型施設が要る).中性子なら $\Delta E/E \sim 25/25 = 1$,つまり入射エネルギーと同じ桁の変化なので,格段に測りやすい.$\;\blacksquare$
補足:可視光(Raman・赤外)では $\qq\simeq0$ しか測れない
波長 $500\ \mathrm{nm}$ の可視光の波数は
$$ k_{\text{light}} = \frac{2\pi}{5.0\times10^{-7}} = 1.26\times10^{7}\ \mathrm{m^{-1}} . $$一方ゾーン境界は $\pi/a \simeq 10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}$.比は
$$ \frac{k_{\text{light}}}{\pi/a} \simeq 10^{-3}. $$散乱で移行できる波数はたかだか $2k_{\text{light}}$ だから,光は Brillouin 域のほぼ中心($\qq\simeq0$,$\Gamma$ 点)のフォノンしか見られない.Raman 分光や赤外分光が $\Gamma$ 点の光学フォノンの情報しか与えないのはこのためである.分散曲線全体を知りたければ,中性子(あるいは IXS)が必要になる.
13.9.2 2つの保存則
中性子が結晶に入り,フォノンを1個だけ生成(あるいは吸収)して出ていく過程を考える.入射中性子の波数を $\kk$,散乱後を $\kk'$,フォノンの波数を $\qq$ とする.
補足:符号の読み方
混乱しやすいので,上下の符号を対応させて明示しておく.
- 上の符号($+$)=フォノン吸収:結晶にすでにあったフォノンを中性子が飲み込む.中性子はエネルギーを得る($k'>k$).$\eqref{eq:13-neutron-e}$ で上の符号を取れば $E' = E + \hbar\omega$ となり,散乱後のエネルギーがフォノン1個分だけ増えることが素直に読める.
- 下の符号($-$)=フォノン生成:中性子がエネルギーを失ってフォノンを1個作る($k'<k$).このとき $E' = E - \hbar\omega$ である.
$\eqref{eq:13-neutron-k}$ に $\GG$ が入るのは,結晶運動量が $\GG$ を除いてしか保存しないから(13.8.3)である.実験家は $\GG$ を「どの Bragg 点のまわりで測るか」という自由度として積極的に使う.$\GG$ を変えると同じ $\qq$ でも散乱強度が変わるので,たとえば縦波と横波を分離して測るために,都合のよい $\GG$ を選ぶのである.
13.9.3 実験のやり方
三軸型分光器(triple-axis spectrometer, Brockhouse 1955)では,次の3つの角度を独立に制御する.
- 単色化結晶の角度 —— これで入射中性子の $\abs{\kk}$(=エネルギー $E$)を選ぶ.
- 試料の角度と散乱角 —— これで散乱ベクトル $\bm{Q}=\kk-\kk'$ の向きと大きさを選ぶ.
- 解析結晶の角度 —— これで散乱後の $\abs{\kk'}$(=エネルギー $E'$)を選ぶ.
$\kk$ と $\kk'$ が両方分かれば,$\qq = \bm{Q} - \GG$($\GG$ は $\bm{Q}$ を第1ゾーンに折り返すための逆格子ベクトル)と $\hbar\omega = E-E'$ が決まる.すなわち1回の測定で分散曲線上の点が1つ決まる.$\qq$ を固定して $\omega$ を掃引する(constant-$Q$ scan)か,$\omega$ を固定して $\qq$ を掃引する(constant-$E$ scan)かして点を並べていくと,分散曲線が描ける.Brockhouse はこの手法で1994年に Nobel 賞を受賞した(中性子回折の Shull と共同受賞).
例題13.8 中性子散乱の数値
波長 $\lambda = 1.00\,\text{Å}$ の中性子を Ge 単結晶に入射する.
(1) 入射エネルギー $E$ を meV で求めよ.
(2) 中性子が $\hbar\omega = 20.0\ \mathrm{meV}$ のフォノンを1個生成して散乱された.散乱後の波長 $\lambda'$ を求めよ.
(3) このとき散乱角が $2\theta = 90^\circ$ だったとして,散乱ベクトルの大きさ $\abs{\bm{Q}}$ を求め,Ge のゾーン境界の波数($a_0=5.66\,\text{Å}$ として $2\pi/a_0$)と比べよ.
解答
(1) $k = 2\pi/\lambda = 2\pi/1.00\times10^{-10} = 6.283\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}$,$k^2 = 3.948\times10^{21}\ \mathrm{m^{-2}}$.
$$ E = \frac{\hbar^2k^2}{2M_n} = \frac{1.113\times10^{-68}\times3.948\times10^{21}}{3.35\times10^{-27}} = \frac{4.394\times10^{-47}}{3.35\times10^{-27}} = 1.312\times10^{-20}\ \mathrm{J} = 81.9\ \mathrm{meV}. $$(2) フォノン生成なので $E' = E - \hbar\omega = 81.9-20.0 = 61.9\ \mathrm{meV}$.$E\propto k^2 \propto 1/\lambda^2$ だから
$$ \frac{\lambda'}{\lambda} = \sqrt{\frac{E}{E'}} = \sqrt{\frac{81.9}{61.9}} = \sqrt{1.323} = 1.150 \quad\Longrightarrow\quad \lambda' = 1.15\,\text{Å}. $$$k' = 2\pi/1.15\times10^{-10} = 5.46\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}$.
(3) $\bm{Q}=\kk-\kk'$ で $\kk$ と $\kk'$ のなす角が $90^\circ$ だから,三平方の定理より
$$ \abs{\bm{Q}} = \sqrt{k^2+k'^2} = \sqrt{3.948\times10^{21}+2.981\times10^{21}} = \sqrt{6.929\times10^{21}} = 8.32\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}. $$一方 Ge の逆格子の基本的な大きさは $2\pi/a_0 = 2\pi/5.66\times10^{-10} = 1.11\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}$,$[100]$ 方向のゾーン境界($X$ 点)は $2\pi/a_0$ に等しい.すなわち
$$ \frac{\abs{\bm{Q}}}{2\pi/a_0} = \frac{8.32}{1.11} = 7.5 . $$考察.散乱ベクトルは第1ゾーンのはるか外側にある.だからこそ $\eqref{eq:13-neutron-k}$ の $\GG$ が必要なのである.$\bm{Q}$ から適当な $\GG$(この場合は原点から7個ほど離れた逆格子点)を引いて,初めて意味のあるフォノン波数 $\qq$ が得られる.実際の実験でも,測定は $(0,0,0)$ の Bragg 点のまわりではなく,$(2,2,0)$ や $(0,0,4)$ といった高次の Bragg 点のまわりで行われるのが普通である.$\;\square$
13.10 まとめと演習
13.10.1 まとめ
- 調和近似:平衡位置まわりに $U$ を Taylor 展開すると,定数項は物性に効かず,1次項は平衡条件から消え,2次項が残る.力は変位の1次になり,系は独立な調和振動子の集まりに分解できる.バネ定数はポテンシャルの曲率 $C=\varphi''(a)$ である.
- 単原子鎖:$M\ddot u_s = C(u_{s+1}+u_{s-1}-2u_s)$ に $u_s = u\,\ee^{\ii(ksa-\omega t)}$ を代入し,$\ee^{\ii ka}+\ee^{-\ii ka}-2 = 2(\cos ka-1)=-4\sin^2(ka/2)$ を使うと $\eqref{eq:13-mono}$,$\omega = 2\sqrt{C/M}\abs{\sin(ka/2)}$.上限振動数 $2\sqrt{C/M}$ が存在する.
- 第1 Brillouin 域:$s$ が整数であることから $\ee^{\ii2\pi s}=1$,よって $k$ と $k+2\pi/a$ は同じ状態.格子点しか実体がないので,その間の波形は決まらない.これは空間の標本化によるエイリアシングである.
- 群速度:$v_g = a\sqrt{C/M}\cos(ka/2)$.$k\to0$ で連続体の音速 $v=a\sqrt{C/M}=\sqrt{Y_{1\mathrm{D}}/\rho_{1\mathrm{D}}}$ に一致し,ゾーン境界で $0$(定在波=Bragg 反射).
- 遠距離力:$\omega^2 = \frac{2}{M}\sum_pC_p(1-\cos pka)$ は Fourier 余弦級数であり,逆変換 $\eqref{eq:13-fourierinv}$ で実測の分散関係から力定数を取り出せる.金属では Kohn 異常として Fermi 面の情報が現れる.
- 2原子鎖:$2\times2$ 永年方程式 $\eqref{eq:13-secular}$ を展開すると $M_1M_2\omega^4-2C(M_1+M_2)\omega^2+4C^2\sin^2(ka/2)=0$,解の公式から $\eqref{eq:13-di}$.$k\to0$ で $\omega_{\text{opt}}=\sqrt{2C/\mu}$,$\omega_{\text{ac}}=ka\sqrt{C/[2(M_1+M_2)]}$.ゾーン境界で $\sqrt{2C/M_1}$ と $\sqrt{2C/M_2}$,その間にフォノンギャップ.光学モードでは $M_1u+M_2v=0$(重心静止,逆位相).
- 数え上げ:$p$ 原子/primitive cell,$N$ 胞なら $3pN$ モード.音響 $3N$(並進対称性が保証),光学 $3(p-1)N$.$\Gamma$ 点でのモードは点群の既約表現に分類でき(第10・11章),赤外・Raman 活性が決まる.
- フォノン:$E=(n+\frac12)\hbar\omega$.零点振動が残る.$\hbar\kk$ は真の運動量ではなく結晶運動量で,$\GG$ を除いてしか定義も保存もされない.$\GG\neq0$ の過程が Umklapp で,第14章の熱抵抗の起源になる.
- 測定:熱中性子は $\lambda\sim2\,\text{Å}$ かつ $E\sim25\ \mathrm{meV}$ で,$\qq$ と $\hbar\omega$ を同時に測る条件を満たす.$\kk'=\kk+\GG\pm\qq$ と $E'=E\pm\hbar\omega$(複号同順,上がフォノン吸収,下が生成)から分散曲線の点が1つずつ決まる.可視光は $\qq\simeq0$ しか見られない.
物理的意味:この章の1行まとめ
結晶の格子振動は,波数 $\kk$ ごとに独立な調和振動子であり,その振動数 $\omega_j(\kk)$ は第1 Brillouin 域の中だけで定義される,$3p$ 本の分枝を持つ関数である.
この $\omega_j(\kk)$ さえ手元にあれば,第14章で見るように,比熱も熱膨張も熱伝導も,原理的にはすべて計算できる.分散関係は格子振動のすべての情報を握っている.
13.10.2 演習問題
演習13.1 第2近接まで入れた鎖と,安定性の条件
最近接バネ $C_1$ と第2近接バネ $C_2$ を持つ単原子鎖を考える.
(1) $\eqref{eq:13-longrange}$ を用いて $\omega^2(k)$ を書き,$\sin^2(ka)=4\sin^2(ka/2)\cos^2(ka/2)$ を使って
$$ \omega^2 = \frac{4}{M}\sin^2\frac{ka}{2}\left[C_1 + 4C_2\cos^2\frac{ka}{2}\right] $$の形に整理せよ.
(2) すべての $k$ で $\omega^2\ge0$(=格子が安定)であるための $C_1, C_2$ の条件を求めよ.
(3) $C_2 > 0$ かつ $C_2 > C_1/4$ のとき,$\omega(k)$ の最大値はゾーン境界ではなくゾーン内部に来る.$C_2 = 0.5\,C_1$ のとき最大値を与える $k$ を求めよ.
ヒント:(2) $x=\cos^2(ka/2)\in[0,1]$ とすると $C_1+4C_2x \ge 0$ がすべての $x$ で必要.$x=0$(ゾーン境界)から $C_1\ge0$,$x=1$($k\to0$)から $C_1+4C_2\ge0$.後者が破れると長波長で $\omega^2<0$,つまり一様ひずみに対して不安定になる(結晶が壊れる).(3) $y=\sin^2(ka/2)$ と置くと $\cos^2 = 1-y$ なので $\omega^2 = \frac{4}{M}y\left[C_1+4C_2(1-y)\right] = \frac{4}{M}\left[(C_1+4C_2)y - 4C_2y^2\right]$.$C_2>0$ なら $y^2$ の係数 $-4C_2<0$,すなわち上に凸の放物線になり,頂点は $y^*=(C_1+4C_2)/(8C_2)$.これが $y\in[0,1]$ の内部に入る条件が $C_2 > C_1/4$ である.逆に $C_2<0$ だと $-4C_2>0$ で下に凸となり,最大は端点 $y=1$(ゾーン境界)に来てしまうので,内部に極大は現れない.
演習13.2 2原子鎖で $M_1=M_2$ とすると何が起こるか
$\eqref{eq:13-di}$ で $M_1=M_2=M$ と置く.
(1) $\omega_\pm$ を $\sin$,$\cos$ を使った閉じた形に直せ.
(2) 真の格子定数が $a'=a/2$ であることを踏まえ,$\omega_-$ が単原子鎖の分散関係 $\eqref{eq:13-mono}$ に一致することを示せ.
(3) $\omega_+$ が,単原子鎖の分散関係を $\pi/a'$ だけずらしたものであること(ゾーン折り返し)を示せ.
(4) この結果から,「単位胞を人為的に2倍に取ると光学分枝が生えたように見える」ことを説明せよ.逆に,実際の結晶で $M_1$ と $M_2$ をわずかに違えると何が起こるか.
ヒント:13.6.6 の「なぜ」ボックスに答えがある.(4) 見かけの光学分枝は情報を増やしていない.$M_1\neq M_2$ にした瞬間,折り返し点(新しいゾーン境界)で2つの分枝の縮退が解け,$\sqrt{2C/M_1}$ と $\sqrt{2C/M_2}$ に分裂してギャップが開く.これは第16章で電子にポテンシャルの周期性を入れるとバンドギャップが開くのとまったく同じ構図である.
演習13.3 KBr の力定数を求める
KBr(岩塩型,$a_0 = 6.60\,\text{Å}$)の $\Gamma$ 点の TO フォノンは $\omega_{\text{TO}}=2.13\times10^{13}\ \mathrm{s^{-1}}$ である.原子量は $\mathrm{K}:39.1$,$\mathrm{Br}:79.9$.
(1) 換算質量 $\mu$ を求めよ.
(2) 2原子鎖模型でバネ定数 $C$ を求めよ.
(3) 長波長の音速を求めよ.
(4) ゾーン境界での音響・光学の振動数と,フォノンギャップの幅(meV)を求めよ.
(5) NaCl(例題13.5)と比べて,$C$ が小さいこと,音速が遅いことを,イオン半径と結合の強さの観点から説明せよ.
ヒント:(1) $\mu = 39.1\times79.9/119.0 = 26.2\ \mathrm{u} = 4.36\times10^{-26}\ \mathrm{kg}$.(2) $C=\mu\omega_{\text{TO}}^2/2 = 4.36\times10^{-26}\times4.54\times10^{26}/2 = 9.9\ \mathrm{N/m}$.(3) $M_1+M_2 = 119.0\ \mathrm{u}=1.976\times10^{-25}\ \mathrm{kg}$,$v = a_0\sqrt{C/[2(M_1+M_2)]} = 6.60\times10^{-10}\times\sqrt{9.9/(3.95\times10^{-25})} = 6.60\times10^{-10}\times5.01\times10^{12} = 3.3\times10^{3}\ \mathrm{m/s}$.(5) KBr は NaCl より格子定数が大きく,イオン間距離が長いのでポテンシャルの曲率が小さい.しかも質量が重い.両方が音速を下げる方向に働く.
演習13.4 モードの数え上げと群論
(1) グラフェン(2次元,単位胞に炭素2個)には何本の分枝があるか.3次元の議論をどう修正すべきか述べよ.
(2) $\mathrm{SrTiO_3}$ の立方相($Pm\bar3m$,$p=5$)の $\Gamma$ 点のモードは $4T_{1u}\oplus T_{2u}$ に分解する.赤外活性・Raman 活性・サイレントのモードをそれぞれ数えよ.
(3) $\mathrm{SrTiO_3}$ は $105\ \mathrm{K}$ で正方晶 $I4/mcm$ に構造相転移し,単位胞が2倍になる.分枝の本数はどう変わるか.この相転移で新たに Raman 活性なモードが現れるのはなぜか.
ヒント:(1) 2次元でも原子は3方向に動けるので $3\times2=6$ 本.ただし面外方向(ZA モード)の音響分枝は $\omega\propto k^2$ になるという2次元特有の性質を持つ.(2) 全15モード,音響が $T_{1u}$ 1本(3モード).光学 $3T_{1u}$(9モード)が赤外活性,$T_{2u}$(3モード)がサイレント.反転中心があるので Raman 活性は0.(3) 単位胞が2倍になれば $p=10$ で $3p=30$ 本.これは元のゾーンの $R$ 点のモードが新しい $\Gamma$ 点に折り返されてきたためである(ゾーン折り返し).折り返されたモードの一部が新しい点群の下で Raman 活性な既約表現に属するようになる.この現象を利用して構造相転移を Raman で検出できる.
演習13.5 フォノンの結晶運動量
(1) 13.8.3 の計算にならって,$k=0$ の場合に $\sum_{s}\ee^{\ii ksa}=N$ となることを確かめ,なぜ $k=0$ だけが例外なのかを説明せよ.
(2) 波数 $k_1 = 0.6\,\pi/a$ と $k_2 = 0.7\,\pi/a$ の2つのフォノンが衝突して1つのフォノンになった.生成されるフォノンの波数を第1 Brillouin 域の中で答えよ.これは N 過程か U 過程か.
(3) $k_1=k_2=0.8\,\pi/a$ の場合はどうか.
(4) (3) の過程でエネルギーの流れの向きがどうなるか論じ,それが熱抵抗を生むことを説明せよ.
ヒント:(2) $k_1+k_2 = 1.3\,\pi/a > \pi/a$ なので $2\pi/a$ を引いて $-0.7\,\pi/a$.$\GG\neq0$ なので U 過程.(3) $k_1+k_2=1.6\,\pi/a$,引いて $-0.4\,\pi/a$.やはり U 過程.(4) 元の2つのフォノンはともに $+k$ 方向(右向き)に進んでいたのに,生成されたフォノンは $-k$(左向き,$v_g$ の符号に注意).熱流の向きが反転しており,これが熱抵抗の起源である.N 過程だけなら全結晶運動量が保存して熱流は減衰しない.第14章で詳しく扱う.
演習13.6 中性子とX線とラマンの使い分け
次の測定をしたい.中性子非弾性散乱,非弾性X線散乱,Raman 分光,赤外分光のうち,どれを使うのが適切か理由とともに答えよ.
(1) Si の $\Gamma$ 点光学フォノンの振動数を,卓上装置で $1\ \mathrm{cm^{-1}}$ の精度で測りたい.
(2) 超伝導体 $\mathrm{MgB_2}$ の $\Gamma$ から $A$ 点までの分散曲線全体を測りたい.試料は $0.5\ \mathrm{mm}$ 角の単結晶しかない.
(3) $\mathrm{BaTiO_3}$ の強誘電相転移に伴うソフトモードの温度変化を追いたい.
(4) 水素を多く含む有機結晶の分散曲線を測りたい.
ヒント:(1) Raman.Si の光学モードは Raman 活性(反転中心があるので赤外不活性)で,$520.5\ \mathrm{cm^{-1}}$ のピークは半導体プロセスの標準的な評価手段.(2) 非弾性X線散乱.中性子は大きな試料($\mathrm{mm^3}$ 以上)を要求するが,放射光 IXS はビームを絞れるので微小試料でも測れる.(3) Raman(低振動数側)または赤外.ソフトモードは $\Gamma$ 点なので光学的手法でよい.ただし立方相では Raman 不活性なので,対称性の低下と組み合わせて解釈する必要がある(演習13.4 参照).(4) 中性子は水素の非干渉性散乱断面積が非常に大きいため水素の運動に敏感であり,この用途では他に代えがたい.ただしその大きな非干渉性散乱がバックグラウンドにもなるので,重水素置換した試料を使うことも多い.
参考文献
- C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上)』第8版,丸善出版,第4章「フォノンI 結晶振動」.—— 本章の骨格.ただし本章では,Kittel が省略した代数計算をすべて書き下してある.
- N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapters 22–24. —— 動力学行列と3次元格子振動の一般論,および調和近似の限界について.
- M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapter 11(Applications to Lattice Vibrations).—— 13.7.3 で触れた,格子振動の既約表現への分解.
- 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版,第7章.—— 日本語で読める格子振動の群論的分類.
- G. L. Squires, Introduction to the Theory of Thermal Neutron Scattering, 3rd ed., Cambridge University Press (2012). —— 13.9 節の標準的な教科書.
- B. N. Brockhouse, "Slow Neutron Spectroscopy and the Grand Atlas of the Physical World", Rev. Mod. Phys. 67, 735 (1995). —— Nobel 講演.三軸型分光器の発想がどこから来たかが本人の言葉で語られている.
- G. Nilsson, G. Nelin, "Phonon Dispersion Relations in Ge at 80 K", Phys. Rev. B 3, 364 (1971). —— 図13.4(b) の概形の出典となった実測データ.
- 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 13.7.3 のペロブスカイトの既約分解は,この資料の第10章の議論に対応する.