固体物理学入門 — 目次 第III部 固体の物性 / 第12章

第12章結晶結合と弾性定数

第I部と第II部で,結晶を記述する言葉と,対称性を計算に変える道具立てがそろった.第III部からは,その結晶が実際にどう振る舞うかを問う.最初の問いは,いちばん素朴なものである —— なぜ原子はばらばらに飛び去らず,固まっていられるのか.

この問いに答えるのが凝集エネルギー(cohesive energy)である.そして驚くべきことに,その値は物質によって $10^{-3}\,\mathrm{eV}$ から $10\,\mathrm{eV}$ まで,実に4桁にわたって散らばっている.固体 Ne は液体窒素の温度でも溶けてしまうのに,タングステンは $3695\,\mathrm{K}$ まで固体である.この4桁の違いはどこから来るのか.答えは結合の種類—— van der Waals 結合,イオン結合,共有結合,金属結合,水素結合 —— にある.本章の前半では,この5種類の結合を,可能なかぎり手計算で追える形にして導出する.特に van der Waals–London 相互作用は,Kittel が結論だけを書いている典型例なので,2つの調和振動子の対角化から零点エネルギーの展開まで,一行も飛ばさずに書く.

本章の後半は弾性である.一見すると結合の話とは別物に見えるが,じつは地続きである.結合エネルギー $U(R)$ の $R=R_0$ における1階微分がゼロであることが平衡条件を与え,2階微分が弾性定数を与える.つまり弾性定数とは「結合の硬さ」そのものである.ダイヤモンドの体積弾性率が $442\,\mathrm{GPa}$,ナトリウムのそれが $6.6\,\mathrm{GPa}$ と70倍も違うのは,C–C 共有結合と Na の金属結合の硬さの違いにほかならない.

そして弾性の議論では,第4章で学んだNeumann の原理が本領を発揮する.弾性スティフネス $C_{ij}$ は $6\times6$ の対称行列だから独立成分は原理的に21個ある.ところが立方晶では,点群の対称操作を課すだけで,それが $C_{11}, C_{12}, C_{44}$ のたった3つに減ってしまう.21が3になる.この劇的な削減を,対称操作を1つずつ作用させて自分の手で確かめるのが12.7節である.さらに,その3つの定数から立方晶中を走る弾性波の速度が完全に決まる.$[100]$ 方向と $[110]$ 方向で音速が違う —— 銅では横波の速度が $2901\,\mathrm{m/s}$ と $1620\,\mathrm{m/s}$ で1.8倍も違う —— という異方性が,永年方程式を解くだけで出てくる.

この弾性波は,次章で扱うフォノンの長波長極限にほかならない.第13章の分散関係 $\omega(K)$ の原点付近の傾きが,本章で求める音速である.本章は結合論の章であると同時に,フォノンへの助走路でもある.

この章で学ぶこと
  • 凝集エネルギーの定義と,5種類の結合が作る4桁のスケール差
  • van der Waals–London 相互作用の完全導出:結合した2つの調和振動子を基準座標で対角化し,零点エネルギーの差を展開して $-1/R^6$ を出す
  • Lennard-Jones ポテンシャルと fcc 格子和 $\sum{}' p_{ij}^{-12}=12.13188$, $\sum{}' p_{ij}^{-6}=14.45392$ から $R_0/\sigma = 1.09$ を導く
  • イオン結晶の Madelung エネルギー:1次元鎖で $\alpha = 2\ln 2$ を級数から導き,3次元の条件収束と Ewald 法の考え方に触れる
  • 共有結合・金属結合・水素結合を,第II部の分子軌道と既約表現の言葉で整理する
  • ひずみテンソルの工学表記と数学表記の違い(因子2の罠)と Voigt 表記
  • Neumann の原理から,立方晶の弾性定数が $C_{11}, C_{12}, C_{44}$ の3つに減ること
  • 立方晶中の弾性波の運動方程式を導き,$[100]$, $[110]$, $[111]$ の永年方程式を解いて音速を求める
  • 体積弾性率 $B=(C_{11}+2C_{12})/3$,Poisson 比,Zener 異方性比と実測値
  • 第一原理計算(ひずみ‐エネルギー法)で弾性定数を求めるときの実務的な注意
前提:第1章(fcc・岩塩型・ダイヤモンド型構造と最近接距離),第4章(点群と Neumann の原理,奇数階テンソルの消滅),第9章・第10章(対称性適合線形結合と既約分解).数学としては,調和振動子の零点エネルギー $\tfrac12\hbar\omega$,テイラー展開(特に $\sqrt{1+x}$ の展開),$2\times2$ および $3\times3$ の永年方程式,偏微分.

12.1 なぜ原子は結合するのか — 凝集エネルギーの4桁

12.1.1 凝集エネルギーの定義

定義:凝集エネルギー(cohesive energy)

結晶をばらばらの中性自由原子に分解するのに必要なエネルギーを,凝集エネルギー $E_{\mathrm{coh}}$ という.ふつう原子1個あたりの値で表し,単位は $\mathrm{eV/atom}$ または $\mathrm{kJ/mol}$ を使う.

符号の約束:結晶のほうがエネルギーが低いので,結晶の全エネルギーを $U_{\mathrm{tot}}$(負)とすれば

$$ E_{\mathrm{coh}} = -\frac{U_{\mathrm{tot}}}{N} > 0 $$

である.$E_{\mathrm{coh}}$ が大きいほど「結合が強い」.

注意:凝集エネルギーと格子エネルギーは別物である

イオン結晶では,2種類のエネルギーが混同されやすい.

両者の差は,$\mathrm{Na}$ のイオン化エネルギー $I=5.14\,\mathrm{eV}$ と $\mathrm{Cl}$ の電子親和力 $A=3.61\,\mathrm{eV}$ の差である:

$$ I - A = 5.14 - 3.61 = 1.53\ \mathrm{eV} $$ $$ E_{\mathrm{coh}}(\text{対あたり}) = 7.95 - 1.53 = 6.42\ \mathrm{eV} \quad(\text{実測 } 6.56\ \mathrm{eV}) $$

ここで注意しておきたいことがある.Born–Haber サイクルの上では $E_{\mathrm{coh}}=E_{\mathrm{lattice}}-(I-A)$ は絶対零度で厳密な恒等式であって,van der Waals 引力も零点振動エネルギーも格子エネルギーと凝集エネルギーの両方に等しく含まれているから,両者の差を取れば完全に相殺してしまう.つまり上に残った $0.14\,\mathrm{eV}$ は物理的な寄与ではなく,別々の文献から引用した2つの実測値の基準がそろっていないことによる不整合である.効くのは主に零点振動の扱い(NaCl の格子零点エネルギーはイオン対あたり $0.06\,\mathrm{eV}$ 程度ある)と温度基準($0\,\mathrm{K}$ 換算値か室温の値か)の違いであり,「どうでもいい誤差」ではない.文献の数値を比べるときは,まずどちらの定義かを,そしてどの基準で測った値かを確認すること.

12.1.2 5種類の結合と4桁のスケール

表12.1 代表的な結晶の凝集エネルギー(0 K,原子1個あたり)と融点
結合の型物質$E_{\mathrm{coh}}$ (eV/atom)(kJ/mol)融点 (K)
van der Waals
(不活性気体)
He(加圧下でのみ固化)$\sim 0.001$$\sim 0.1$—
Ne0.0201.8824.6
Ar0.0807.7483.8
Kr0.11611.2115.8
Xe0.1716.0161.4
水素結合氷 $\mathrm{H_2O}$(分子あたり)0.5351273
金属Na1.113107.3371
Al3.39327933
Cu3.49336.51358
W8.908593695
イオンNaCl3.283161074
LiF4.464301121
共有結合Ge3.853721211
Si4.634461687
C(ダイヤモンド)7.37711$\sim$4300(昇華)

物理的意味:表12.1から読み取るべき3つのこと

  1. 4桁のスケール差.固体 He の $\sim10^{-3}\,\mathrm{eV}$ から W の $8.9\,\mathrm{eV}$ まで.この幅は,結合の起源そのものが違うことを意味する.van der Waals 力は「電子雲のゆらぎ」という二次的な効果であり(12.2節),共有結合や金属結合は「電子軌道が重なって新しい状態を作る」という一次的な効果である.効果の階層が,そのままエネルギーの階層になっている.
  2. 融点との相関.$E_{\mathrm{coh}}$ と $T_m$ をプロットすると,粗く $k_B T_m \sim 0.03\,E_{\mathrm{coh}}$ から $0.1\,E_{\mathrm{coh}}$ 程度という関係が見える.金属では下限に近く,van der Waals 結晶ではこの比が数倍大きくなる.Ne では $k_BT_m = 2.1\,\mathrm{meV}$,$E_{\mathrm{coh}}=20\,\mathrm{meV}$ で比は $0.11$.W では $k_BT_m=0.32\,\mathrm{eV}$,$E_{\mathrm{coh}}=8.9\,\mathrm{eV}$ で比は $0.036$.結合が強いほど熱に耐える —— 当たり前に見えるが,これが定量的に効いているのは重要である.
  3. 不活性気体列で $E_{\mathrm{coh}}$ が単調に増える.Ne $\to$ Xe で $0.02 \to 0.17\,\mathrm{eV}$ と8倍.原子が大きくなるほど電子雲が「柔らかく」なり,分極率 $\alpha$ が増える.12.2節で $\Delta U \propto -\alpha^2/R^6$ を導くので,この単調増加はそこで説明がつく.

なぜ:結合には必ず「引力」と「斥力」の両方が要る

どんな結合であれ,平衡距離 $R_0$ が存在するためには,$U(R)$ が最小値を持たなければならない.つまり

の両方が要る.引力の起源は結合の種類によって違う(van der Waals では電子雲のゆらぎ,イオン結合では Coulomb 引力,共有結合では軌道の重なり)が,斥力の起源はどの結合でも同じである.すなわち,

  1. 閉殻電子雲が重なると,Pauli の排他原理により電子は高いエネルギーの軌道へ押し上げられる(Pauli 斥力,交換斥力).
  2. 原子核どうしの Coulomb 斥力が,遮蔽しきれずに顔を出す.

この斥力は電子波動関数の重なりに比例するので,原子間距離に対して指数関数的に減衰する.$\lambda\exp(-R/\rho)$ という形(12.4節)が物理的に正しく,$B/R^{12}$ という形(12.3節)は「計算しやすいから」という便宜的なものである.この違いを頭に入れておくこと.

12.2 van der Waals–London 相互作用の完全導出

Ar 原子は閉殻である.永久双極子モーメントを持たず,電荷も持たない.それでも $83.8\,\mathrm{K}$ 以下では固化する.何が Ar 原子どうしを引きつけているのか.

答えは電子雲の量子ゆらぎである.ある瞬間に原子1の電子雲が中心からずれて瞬間的な双極子を作ると,その電場が原子2を分極させ,誘起双極子ができる.2つの双極子は互いに引き合う.時間平均すれば双極子はゼロなのに,相関したゆらぎが引力を生む.これが London 分散力(London dispersion force),あるいは van der Waals 相互作用 である.

これを定量化するのが以下の計算である.Kittel はこの計算の出発点の Hamiltonian と最終結果 $\Delta U \propto -1/R^6$ だけを書いているので,間の代数をすべて埋める.

12.2.1 模型の設定

模型:結合した2つの1次元調和振動子

2つの同一の原子が距離 $R$ だけ離れて $x$ 軸上に並んでいるとする.各原子を,次のように単純化する.

原子1の電子の変位を $x_1$,原子2の電子の変位を $x_2$ とする(どちらも $+x$ 方向を正にとる).孤立した原子の振動数は

$$ \begin{equation} \omega_0 = \sqrt{\frac{C}{m}} \label{eq:12-omega0} \end{equation} $$

である.$\hbar\omega_0$ は,その原子の最も強い光学遷移のエネルギー(おおよそイオン化エネルギー)に対応すると考えてよい.

(a) 模型:ばねでつながれた2つの振動子.距離 R の Coulomb 相互作用で結合する + − x₁ 原子 1 ばね定数 C + − x₂ 原子 2 R 相互作用 −2e²x₁x₂ / R³ (b) 基準モード:同じ向きに動くと引力(ばねが緩む),逆向きだと斥力(ばねが硬くなる) 対称モード xs = (x₁+x₂)/√2 頭−尾 に並ぶ → 引き合う ω− = √((C − 2e²/R³)/m) < ω₀ 反対称モード xa = (x₁−x₂)/√2 向き合う → 反発 ω+ = √((C + 2e²/R³)/m) > ω₀ 零点エネルギーの和 ½ħ(ω++ω−) は 2×(½ħω₀) より必ず小さい(√ の上に凸性) → その差が ΔU = −(ħω₀/8)(2e²/CR³)² ∝ −1/R⁶ という引力になる
図12.1 van der Waals 引力の起源.(a) 2つの原子を「ばねにつながれた電子」と見なす.距離 $R$ にある2つの瞬間双極子は $-2e^2x_1x_2/R^3$ で結合する.(b) 基準座標に移ると,同じ向きに動く対称モードは振動数が下がり,逆向きに動く反対称モードは上がる.両者の零点エネルギーを足すと,$\sqrt{\ }$ が上に凸であるために必ず元の $2\times\frac12\hbar\omega_0$ より小さくなる.この「損しかしない」構造が,van der Waals 力が常に引力である理由である.

導出1:相互作用項が $-2e^2x_1x_2/R^3$ になること

4つの電荷の間には,6組ではなく4組の Coulomb 相互作用がある(各原子内部の $+e$ と $-e$ の対は,ばねのポテンシャル $\frac12Cx^2$ にすでに繰り込まれているので数えない).原子1の核を原点,原子2の核を $x=R$ に置くと,電荷の位置は

したがって(Gauss 単位系で,$e^2$ は SI の $e^2/4\pi\varepsilon_0$ と読み替える)

$$ \Ham_1 = \underbrace{\frac{e^2}{R}}_{\text{核--核}} + \underbrace{\frac{e^2}{R+x_2-x_1}}_{\text{電子--電子}} - \underbrace{\frac{e^2}{R+x_2}}_{\text{核1--電子2}} - \underbrace{\frac{e^2}{R-x_1}}_{\text{電子1--核2}} $$

ここで $\abs{x_1},\abs{x_2}\ll R$ とし,$\dfrac{1}{R+u}=\dfrac{1}{R}\left(1-\dfrac{u}{R}+\dfrac{u^2}{R^2}-\cdots\right)$ を $u^2$ の項まで使う.

第2項($u = x_2-x_1$):

$$ \frac{e^2}{R+x_2-x_1} = \frac{e^2}{R}\left[1-\frac{x_2-x_1}{R}+\frac{(x_2-x_1)^2}{R^2}\right] $$

第3項($u=x_2$):

$$ -\frac{e^2}{R+x_2} = -\frac{e^2}{R}\left[1-\frac{x_2}{R}+\frac{x_2^2}{R^2}\right] $$

第4項($u=-x_1$):

$$ -\frac{e^2}{R-x_1} = -\frac{e^2}{R}\left[1+\frac{x_1}{R}+\frac{x_1^2}{R^2}\right] $$

すべて足す.まず定数項は $\dfrac{e^2}{R}(1+1-1-1)=0$.$1/R$ の1次の項は

$$ \frac{e^2}{R^2}\left[-(x_2-x_1)+x_2-x_1\right] = \frac{e^2}{R^2}\cdot 0 = 0 $$

1次の項が完全に打ち消し合う.これは「中性原子は遠方から見れば電荷ゼロ」という事実の現れである.2次の項は

$$ \frac{e^2}{R^3}\left[(x_2-x_1)^2-x_2^2-x_1^2\right] = \frac{e^2}{R^3}\left[x_2^2-2x_1x_2+x_1^2-x_2^2-x_1^2\right] = -\frac{2e^2x_1x_2}{R^3} $$

∎ したがって

$$ \begin{equation} \Ham_1 \simeq -\frac{2e^2 x_1 x_2}{R^3} \label{eq:12-vdw-coupling} \end{equation} $$

これは双極子–双極子相互作用そのものである.実際,双極子 $p_1 = -ex_1$, $p_2=-ex_2$ が距離 $R$ で $x$ 軸上に並んでいるときの相互作用エネルギーは,一般公式 $U = \dfrac{\bm{p}_1\cdot\bm{p}_2 - 3(\bm{p}_1\cdot\hat{n})(\bm{p}_2\cdot\hat{n})}{R^3}$ に $\hat{n}=\hat{x}$ を入れて $U = \dfrac{p_1p_2-3p_1p_2}{R^3}=-\dfrac{2p_1p_2}{R^3}=-\dfrac{2e^2x_1x_2}{R^3}$ となり一致する.

12.2.2 基準座標による対角化

導出2:$\Ham$ を基準座標 $x_s, x_a$ で対角化する

全 Hamiltonian は

$$ \begin{equation} \Ham = \frac{p_1^2}{2m}+\frac12 Cx_1^2+\frac{p_2^2}{2m}+\frac12Cx_2^2 - \frac{2e^2x_1x_2}{R^3} \label{eq:12-vdw-H} \end{equation} $$

$x_1x_2$ というクロス項があるので,このままでは2つの独立な振動子に分離できない.そこで基準座標(normal coordinate)を導入する.

$$ \begin{equation} x_s = \frac{x_1+x_2}{\sqrt2},\qquad x_a = \frac{x_1-x_2}{\sqrt2} \label{eq:12-normalcoord} \end{equation} $$

これは $45^\circ$ の回転であり,直交変換である($\sqrt2$ で割っているのは,変換を直交行列にして質量が変わらないようにするため).逆に解くと

$$ x_1 = \frac{x_s+x_a}{\sqrt2},\qquad x_2 = \frac{x_s-x_a}{\sqrt2} $$

ステップ1:ポテンシャルの2乗和.

$$ x_1^2+x_2^2 = \frac{(x_s+x_a)^2+(x_s-x_a)^2}{2} = \frac{2x_s^2+2x_a^2}{2} = x_s^2+x_a^2 $$

(直交変換だから長さが保存されるのは当然だが,いちおう確かめた.)

ステップ2:クロス項.

$$ x_1x_2 = \frac{(x_s+x_a)(x_s-x_a)}{2} = \frac{x_s^2-x_a^2}{2} $$

ステップ3:運動量.同じ変換を運動量にも施す.$p_s = (p_1+p_2)/\sqrt2$, $p_a=(p_1-p_2)/\sqrt2$ と定義すれば,まったく同じ計算で

$$ p_1^2+p_2^2 = p_s^2+p_a^2 $$

($x_s, p_s$ が正準共役であること,すなわち $[x_s,p_s]=i\hbar$, $[x_s,p_a]=0$ は,直交変換であることから直ちに従う.)

ステップ4:代入.式 \eqref{eq:12-vdw-H} に入れると

$$ \Ham = \frac{p_s^2+p_a^2}{2m}+\frac12C(x_s^2+x_a^2)-\frac{2e^2}{R^3}\cdot\frac{x_s^2-x_a^2}{2} $$ $$ = \left[\frac{p_s^2}{2m}+\frac12\left(C-\frac{2e^2}{R^3}\right)x_s^2\right] +\left[\frac{p_a^2}{2m}+\frac12\left(C+\frac{2e^2}{R^3}\right)x_a^2\right] $$

∎ クロス項が消え,2つの独立な調和振動子になった.ばね定数は対称モードが $C-2e^2/R^3$,反対称モードが $C+2e^2/R^3$ だから,角振動数は

$$ \begin{equation} \omega_{\pm} = \sqrt{\frac{C\pm 2e^2/R^3}{m}} = \omega_0\sqrt{1\pm\frac{2e^2}{CR^3}} \label{eq:12-omegapm} \end{equation} $$

ここで $\omega_-\equiv\omega_s$(対称モード,ばねが緩む,振動数が下がる),$\omega_+\equiv\omega_a$(反対称モード,ばねが硬くなる,振動数が上がる)である.符号に注意:複号同順で読めば $\omega_-$(対称モード)が低いほうである.

物理的意味:なぜ対称モードで振動数が下がるのか

対称モード $x_1=x_2$ では,2つの双極子が同じ向きを向いている.$x$ 軸上に並んだ2つの双極子が同じ向きを向くというのは,$\to\ \to$ すなわち「頭と尾がつながる」配置であり,静電的には引き合う.引力が働くということは,電子を中心から遠ざけるのを手伝ってくれるということだから,実効的なばねが緩む.だから $\omega_-<\omega_0$.

反対称モード $x_1=-x_2$ では双極子が向き合う($\to\ \leftarrow$)ので反発し,電子を戻そうとする力が増える.ばねが硬くなり $\omega_+>\omega_0$.

ここまでは古典的な直観で理解できる.量子力学が必要になるのはこの先である.

12.2.3 零点エネルギーの差 —— ここが核心

導出3:$\sqrt{1-x}\simeq 1-\dfrac{x}{2}-\dfrac{x^2}{8}$ を使って $-1/R^6$ を出す

調和振動子の基底状態エネルギーは $\frac12\hbar\omega$ である(零点エネルギー).結合した系の零点エネルギーは

$$ U(R) = \frac12\hbar\omega_- + \frac12\hbar\omega_+ $$

孤立した2原子($R\to\infty$)では $2\times\frac12\hbar\omega_0 = \hbar\omega_0$.したがって相互作用エネルギーは

$$ \begin{equation} \Delta U = \frac12\hbar(\omega_-+\omega_+) - \hbar\omega_0 \label{eq:12-DeltaU-def} \end{equation} $$

ステップ1:無次元の小さい量を定義する.

$$ x \equiv \frac{2e^2}{CR^3} $$

と置く.$R$ が大きければ $x\ll1$ である.式 \eqref{eq:12-omegapm} は

$$ \omega_- = \omega_0\sqrt{1-x},\qquad \omega_+=\omega_0\sqrt{1+x} $$

ステップ2:$\sqrt{1+u}$ を2次まで展開する.一般に

$$ (1+u)^{1/2} = 1+\frac12 u + \frac{\frac12\left(\frac12-1\right)}{2!}u^2+\cdots = 1+\frac{u}{2}-\frac{u^2}{8}+\frac{u^3}{16}-\cdots $$

(2次の係数:$\frac{(1/2)(-1/2)}{2}=-\frac18$.3次の係数:$\frac{(1/2)(-1/2)(-3/2)}{6}=\frac{3/8}{6}=\frac{1}{16}$.)

これを $u=-x$ と $u=+x$ に使う:

$$ \sqrt{1-x} = 1-\frac{x}{2}-\frac{x^2}{8}-\frac{x^3}{16}-\cdots $$ $$ \sqrt{1+x} = 1+\frac{x}{2}-\frac{x^2}{8}+\frac{x^3}{16}-\cdots $$

ステップ3:足す.ここが計算の山場である.

$$ \sqrt{1-x}+\sqrt{1+x} = \underbrace{(1+1)}_{2} +\underbrace{\left(-\frac{x}{2}+\frac{x}{2}\right)}_{0} +\underbrace{\left(-\frac{x^2}{8}-\frac{x^2}{8}\right)}_{-x^2/4} +\underbrace{\left(-\frac{x^3}{16}+\frac{x^3}{16}\right)}_{0}+\cdots $$
$$ \begin{equation} \sqrt{1-x}+\sqrt{1+x} = 2-\frac{x^2}{4}+O(x^4) \label{eq:12-sqrt-sum} \end{equation} $$

奇数次の項はすべて打ち消し合う.これは $\sqrt{1-x}+\sqrt{1+x}$ が $x$ の偶関数であることから当然である($x\to-x$ で2つの項が入れ替わるだけ).だから $1/R^3$ の項も $1/R^9$ の項も出てこない.最低次は $x^2 \propto 1/R^6$ である.

ステップ4:$\Delta U$ に戻す.

$$ \Delta U = \frac12\hbar\omega_0\left(\sqrt{1-x}+\sqrt{1+x}\right)-\hbar\omega_0 = \frac12\hbar\omega_0\left(2-\frac{x^2}{4}\right)-\hbar\omega_0 $$ $$ = \hbar\omega_0-\frac{\hbar\omega_0 x^2}{8}-\hbar\omega_0 = -\frac{\hbar\omega_0}{8}x^2 $$

$x=2e^2/CR^3$ を戻して

$$ \begin{equation} \Delta U = -\frac{\hbar\omega_0}{8}\left(\frac{2e^2}{CR^3}\right)^2 = -\frac{\hbar\omega_0\,e^4}{2C^2}\cdot\frac{1}{R^6} \equiv -\frac{A}{R^6} \label{eq:12-london} \end{equation} $$

∎ これが London の $-1/R^6$ 引力である.

なぜ:この引力は「必ず」引力である

式 \eqref{eq:12-sqrt-sum} を見ると,$-x^2/4$ という項は $x$ の符号によらず必ず負である.つまり $\Delta U<0$ は無条件で成り立つ.なぜか.

数学的には,$f(x)=\sqrt{x}$ が上に凸(concave)だからである.上に凸な関数に対しては Jensen の不等式

$$ \frac{f(a)+f(b)}{2} \le f\!\left(\frac{a+b}{2}\right) $$

が成り立つ.いま $a = C-2e^2/R^3$, $b=C+2e^2/R^3$ とすれば $(a+b)/2=C$ だから

$$ \frac{\sqrt{a}+\sqrt{b}}{2}\le\sqrt{C} \quad\Longrightarrow\quad \frac{\omega_-+\omega_+}{2}\le\omega_0 \quad\Longrightarrow\quad \Delta U\le0 $$

物理的に言えば,結合すると低いほうのモードの得が高いほうのモードの損より必ず大きいということである(図12.1(b)).摂動論の言葉なら「2次の摂動は基底状態を必ず下げる」という定理と同じことを言っている.

ここで本質的に効いているのは零点エネルギーである.もし電子が古典的な粒子で,基底状態で静止していられるなら($\frac12\hbar\omega=0$),$\Delta U=0$ になり van der Waals 力は存在しない.van der Waals 力は純粋に量子力学的な効果である.これが「量子力学がなければ不活性気体は液化も固化もしない」と言われる理由である.

補足:分極率で書き直す,そして3次元の正しい係数

ばね定数 $C$,電荷 $e$ の1次元振動子に電場 $E$ を掛けると,平衡点は $eE/C$ だけずれる.よって誘起双極子は $p = e\cdot(eE/C)=(e^2/C)E$ であり,分極率は

$$ \alpha = \frac{e^2}{C} $$

これを式 \eqref{eq:12-london} に入れると

$$ \Delta U^{(\text{縦})} = -\frac{\hbar\omega_0}{2}\frac{\alpha^2}{R^6} $$

ただしこれは,双極子が $x$ 軸(原子を結ぶ方向)にしか動けない1次元模型の答えである.実際の原子では電子は3方向に動ける.双極子–双極子相互作用の一般形

$$ U_{dd}=\frac{\bm{p}_1\cdot\bm{p}_2-3(\bm{p}_1\cdot\hat{n})(\bm{p}_2\cdot\hat{n})}{R^3} $$

で,$\hat n$ に平行な成分(縦,1本)は係数 $-2$,垂直な成分(横,2本)は係数 $+1$ である.結合定数を $\gamma$($\Ham_1=\gamma x_1x_2$)と書けば,上と同じ計算で

$$ \Delta U = -\frac{\hbar\omega_0}{8}\frac{\gamma^2}{C^2} $$

となる($\gamma$ の符号によらないことに注意).よって

チャンネル本数$\gamma$寄与
縦($\hat n$ に平行)1$-2e^2/R^3$$-\dfrac{\hbar\omega_0\alpha^2}{2R^6}$
横($\hat n$ に垂直)2$+e^2/R^3$$2\times\left(-\dfrac{\hbar\omega_0\alpha^2}{8R^6}\right)=-\dfrac{\hbar\omega_0\alpha^2}{4R^6}$
$$ \Delta U^{(3\text{D})} = -\left(\frac12+\frac14\right)\frac{\hbar\omega_0\alpha^2}{R^6} = -\frac{3}{4}\frac{\hbar\omega_0\alpha^2}{R^6} $$

これが教科書に載っている London の公式である.Kittel の1次元模型は,電子が原子間軸方向にしか動けないという設定のために係数が $1/2$ にとどまる.$3/4$ を得るには上の表のように横チャンネル2本を加えなければならないが,$R$ 依存性も物理の中身も1次元模型のままで完全に正しい.

例題12.1 Ar の $C_6$ 係数を見積もる

Ar 原子の分極率は $\alpha/4\pi\varepsilon_0 = 1.64\,\mathrm{\mathring{A}^3}$,イオン化エネルギーは $15.76\,\mathrm{eV}$ である.$\hbar\omega_0\simeq$ イオン化エネルギーと近似して,$C_6 \equiv \frac34\hbar\omega_0\alpha^2$ を求めよ.

解答.Gauss 単位系で $\alpha$ は体積の次元を持つので,

$$ C_6 = \frac34\times 15.76\,\mathrm{eV}\times(1.64\,\mathrm{\mathring{A}^3})^2 = \frac34\times15.76\times2.690\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}^6} = 31.8\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}^6} $$

実測(精密な量子化学計算と実験の一致値)は $C_6^{\mathrm{Ar}} = 64.3$ 原子単位である.原子単位からの換算は $1\,\mathrm{a.u.} = E_h a_0^6 = 27.211\,\mathrm{eV}\times(0.5292\,\mathrm{\mathring{A}})^6 = 27.211\times0.02196 = 0.5976\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}^6}$ だから

$$ C_6^{\mathrm{Ar}} = 64.3\times0.5976 = 38.4\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}^6} $$

見積もり $31.8$ に対して実測 $38.4$.17 % のずれで一致した.$\hbar\omega_0\simeq I$ という荒っぽい近似(実際には全遷移にわたる和則を取らねばならない)を思えば,上出来である.∎

この計算から,$C_6$ が「分極率の2乗×典型的な励起エネルギー」で決まることが体感できる.Ne $\to$ Xe で $\alpha$ が $0.40\to4.04\,\mathrm{\mathring{A}^3}$ と10倍になるので,$C_6$ は約100倍になる.凝集エネルギーが Ne $\to$ Xe で8倍しか増えないのは,同時に平衡距離 $R_0$ も $3.13\to4.35\,\mathrm{\mathring{A}}$ と伸びて $R_0^{-6}$ が約 $1/7$ になるからである.この2つを掛ければ $100/7\simeq14$ 倍と見積もられ,実測の8倍と同じオーダーに収まる(残るずれは $\hbar\omega_0\simeq I$ という近似と,斥力項の効き方の違いによる).

注意:$-1/R^6$ が破れる2つの場合

  1. 非常に遠距離($R\gtrsim 100\,\mathrm{nm}$).電磁場の伝播に時間がかかるため,瞬間双極子の相関がずれる.この遅延効果(retardation)により $-1/R^6$ は $-1/R^7$ に変わる(Casimir–Polder 力).通常の原子間距離でのバルクの凝集エネルギーにはほぼ効かないが,薄膜間・表面間やコロイド,MEMS のように離れた物体どうしの相互作用では効いてくる.
  2. 金属や半導体.上の導出は「励起エネルギーが有限のギャップ $\hbar\omega_0$ を持つ」ことを前提にしている.金属では $\omega_0\to0$ の励起が存在するので,この展開は破綻する.だから金属表面間の van der Waals 力は別扱いになる(Lifshitz 理論).第一原理計算で「DFT-D3」「vdW-DF」といった補正法が乱立しているのも,この難しさの反映である.

12.3 斥力と Lennard-Jones ポテンシャル

12.3.1 斥力の起源と便宜的な $R^{-12}$

12.2節で引力 $-A/R^6$ を得た.これだけでは原子は無限に近づいてしまう.斥力が要る.

物理的意味:Pauli 斥力とは何か

閉殻の Ne 原子を2つ近づけると,電子雲が重なり始める.ここで働くのは単純な静電斥力ではない(中性原子どうしなので静電的には打ち消し合う).効くのは Pauli の排他原理である.

2つの $1s$ 電子(同じスピン)を同じ場所に置くことはできないから,電子の波動関数は互いに直交していなければならない.原子が近づくと,直交性を保つために波動関数に節(ノード)を増やさざるを得ず,運動エネルギー $\propto\int\abs{\nabla\psi}^2\dd^3r$ が跳ね上がる.これが斥力の正体である.

波動関数の重なり積分は原子間距離に対して指数関数的に減衰する(水素様軌道が $\ee^{-r/a}$ だから)ので,斥力も

$$ U_{\mathrm{rep}}(R) = \lambda\,\ee^{-R/\rho} $$

という形になる.$\rho$ は「重なりの減衰長」で,典型的には $0.3\,\mathrm{\mathring{A}}$ 程度である.これを Born–Mayer ポテンシャル という.物理的にはこちらが正しい.

補足:それでも $R^{-12}$ を使う理由

不活性気体の議論では,慣習的に $B/R^{12}$ が使われる.理由は3つある.

  1. 計算が楽.すでに $R^{-6}$ を計算するので,$R^{-12}=(R^{-6})^2$ とすれば格子和のプログラムを使い回せる.
  2. 実験データを再現するには十分.$0.9R_0<R<1.5R_0$ の狭い範囲では,$\ee^{-R/\rho}$ と $R^{-12}$ は数パーセントの精度で見分けがつかない.
  3. 2パラメータで書ける.後で見るように,$\epsilon$ と $\sigma$ という物理的意味の明快な2つの量だけで済む.

ただし高圧下($R\ll R_0$)では $R^{-12}$ は斥力を過小評価する.第一原理計算と比較するときは注意が要る.

定義:Lennard-Jones ポテンシャル

引力 $-A/r^6$ と斥力 $B/r^{12}$ を足して

$$ \begin{equation} U(r) = \frac{B}{r^{12}}-\frac{A}{r^6} = 4\epsilon\left[\left(\frac{\sigma}{r}\right)^{12}-\left(\frac{\sigma}{r}\right)^{6}\right] \label{eq:12-lj} \end{equation} $$

2番目の書き方が Lennard-Jones ポテンシャル(6-12 ポテンシャル)の標準形である.パラメータの意味は次のとおり.

この2つのパラメータの意味は,図12.2を見れば一目でわかる.前因子の $4$ は,「井戸の深さがちょうど $\epsilon$ になる」ように選んだ規格化である(次の導出で確かめる).

導出:$(A,B)$ と $(\epsilon,\sigma)$ の対応,および2原子の平衡距離

式 \eqref{eq:12-lj} の2つの表式を比べる.

$$ 4\epsilon\sigma^{12}=B,\qquad 4\epsilon\sigma^{6}=A $$

2式を割って $\sigma^6 = B/A$,すなわち $\sigma = (B/A)^{1/6}$.また $A=4\epsilon\sigma^6=4\epsilon(B/A)$ より $\epsilon = A^2/4B$.

2原子だけの場合の平衡距離.$\dd U/\dd r=0$ を解く.

$$ \frac{\dd U}{\dd r}=4\epsilon\left[-12\frac{\sigma^{12}}{r^{13}}+6\frac{\sigma^{6}}{r^{7}}\right]=0 $$

両辺を $4\epsilon$ で割り,$r^{13}$ を掛けると

$$ -12\sigma^{12}+6\sigma^6 r^6 = 0 \quad\Longrightarrow\quad r^6 = 2\sigma^6 \quad\Longrightarrow\quad r_{\min}=2^{1/6}\sigma = 1.1225\,\sigma $$

そのときの値は,$(\sigma/r_{\min})^6 = 1/2$ だから

$$ U(r_{\min}) = 4\epsilon\left[\left(\frac12\right)^2-\frac12\right]=4\epsilon\left[\frac14-\frac12\right]=-\epsilon $$

∎ 確かに井戸の深さは $\epsilon$ である.ただしこれは孤立した2原子の話であり,結晶では違う値になる.12.3.3節でそれを計算する.

Lennard-Jones ポテンシャルとその2つの項.横軸は r/σ,縦軸は U/ε.緑の実線が和 U=4ε[(σ/r)^12−(σ/r)^6],臙脂の破線が斥力項,青の破線が引力項.r=σ で U=0,r=2^(1/6)σ で最小値 −ε,fcc 結晶の平衡距離は 1.09σ.
図12.2 Lennard-Jones ポテンシャル(緑)と,それを作る斥力項(臙脂の破線,$+4(\sigma/r)^{12}$)・引力項(青の破線,$-4(\sigma/r)^{6}$).$r=\sigma$ で $U=0$,$r=2^{1/6}\sigma$ で最小値 $-\epsilon$ をとる.斥力項は $r$ が $10\,\%$ 縮むだけで $3.5$ 倍になる($(1/0.9)^{12}=3.54$)ほど急峻で,これが「原子はほぼ剛体球である」という描像の根拠になっている.結晶(fcc)では12個の隣接原子から引力を受けるため,平衡距離は2原子の場合より縮んで $R_0=1.09\sigma$ になる(12.3.3節).

12.3.2 結晶の全エネルギーと格子和

導出:$N$ 個の原子からなる結晶の全ポテンシャルエネルギー

結晶中のすべての原子対について $U$ を足し上げる.原子 $i$ と原子 $j$ の距離を,最近接距離 $R$ を単位として

$$ r_{ij}=p_{ij}\,R $$

と書く.$p_{ij}$ は無次元の純粋に幾何学的な数で,格子の型だけで決まる(fcc なら $p=1$(12個), $\sqrt2$(6個), $\sqrt3$(24個), $2$(12個), …).

全エネルギーは,ダブルカウントを避けるため $\frac12$ を掛けて

$$ U_{\mathrm{tot}} = \frac12 N\sum_{j\ne i} U(p_{ij}R) = \frac12 N\cdot 4\epsilon\sum_{j\ne i}\left[\left(\frac{\sigma}{p_{ij}R}\right)^{12}-\left(\frac{\sigma}{p_{ij}R}\right)^{6}\right] $$

$\sigma/R$ は $j$ に依らないので和の外に出せる:

$$ \begin{equation} U_{\mathrm{tot}} = 2N\epsilon\left[A_{12}\left(\frac{\sigma}{R}\right)^{12}-A_{6}\left(\frac{\sigma}{R}\right)^{6}\right] \label{eq:12-lj-total} \end{equation} $$

ここで格子和を

$$ A_{12}\equiv\sum_{j\ne i}{}' p_{ij}^{-12},\qquad A_{6}\equiv\sum_{j\ne i}{}' p_{ij}^{-6} $$

と定義した($\sum'$ は $j=i$ を除くという意味).これらは格子の型だけで決まる普遍定数である.∎

例題12.2 fcc 格子の $A_{12}, A_6$ を殻ごとに足し上げる

fcc 格子の配位殻は,最近接距離 $R$ を単位として次のとおりである(第1章で作図した fcc の近傍関係を使う).

表12.2 fcc 格子の配位殻と格子和への寄与
殻$p$個数 $z_n$$z_n p^{-6}$累積$z_n p^{-12}$累積
1$1$1212.00000012.00000012.00000012.000000
2$\sqrt2$60.75000012.7500000.09375012.093750
3$\sqrt3$240.88888913.6388890.03292212.126672
4$2$120.18750013.8263890.00293012.129602
5$\sqrt5$240.19200014.0183890.00153612.131138
6$\sqrt6$80.03703714.0554260.00017112.131309
7$\sqrt7$480.13994214.1953680.00040812.131717
8$\sqrt8$60.01171914.2070870.00002312.131740
(以下すべての殻を足すと)14.4539212.13188

読み取るべきこと.

12.3.3 平衡距離と凝集エネルギー

導出:$\dd U_{\mathrm{tot}}/\dd R=0$ から $R_0/\sigma=1.09$ を出す(全ステップ)

式 \eqref{eq:12-lj-total} を $R$ で微分する.$\sigma^{12}R^{-12}$ の微分は $-12\sigma^{12}R^{-13}$,$\sigma^6R^{-6}$ の微分は $-6\sigma^6R^{-7}$ だから

$$ \frac{\dd U_{\mathrm{tot}}}{\dd R} = 2N\epsilon\left[-12A_{12}\frac{\sigma^{12}}{R^{13}}+6A_{6}\frac{\sigma^{6}}{R^{7}}\right] $$

これを $R=R_0$ でゼロと置く.$2N\epsilon\ne0$ だから角括弧の中がゼロ:

$$ 12A_{12}\frac{\sigma^{12}}{R_0^{13}} = 6A_{6}\frac{\sigma^{6}}{R_0^{7}} $$

両辺を $6\sigma^6 R_0^{-13}$ で割る($\sigma^{12}/\sigma^6=\sigma^6$,$R_0^{-7}/R_0^{-13}=R_0^{6}$):

$$ 2A_{12}\sigma^{6} = A_{6}R_0^{6} $$

したがって

$$ \begin{equation} \left(\frac{R_0}{\sigma}\right)^{6} = \frac{2A_{12}}{A_{6}} \label{eq:12-R0sigma} \end{equation} $$

fcc の数値を入れる:

$$ \left(\frac{R_0}{\sigma}\right)^{6} = \frac{2\times12.13188}{14.45392}=\frac{24.26376}{14.45392}=1.678678 $$

6乗根を取る.対数を使うと $\ln 1.678678 = 0.518028$,これを6で割って $0.086338$,指数を取って

$$ \frac{R_0}{\sigma} = \ee^{0.086338}=1.09018 \simeq \boxed{1.09} $$

∎ 結晶では2原子の場合($1.1225$)より約 $3\,\%$ 縮む.理由は明快で,fcc では最近接12個以外にも遠くの原子から引力を受けるが,斥力はほぼ最近接だけだからである.引力だけが「増量」されるので,原子はより深く食い込む.

導出:平衡での凝集エネルギー $U_{\mathrm{tot}}(R_0)=-8.61\,N\epsilon$

式 \eqref{eq:12-R0sigma} を逆に読むと

$$ \left(\frac{\sigma}{R_0}\right)^{6}=\frac{A_6}{2A_{12}}\equiv y $$

これを式 \eqref{eq:12-lj-total} に代入する.$(\sigma/R_0)^{12}=y^2$ に注意して

$$ U_{\mathrm{tot}}(R_0)=2N\epsilon\left[A_{12}y^2-A_6 y\right] $$

$y = A_6/(2A_{12})$ を入れると

$$ A_{12}y^2 = A_{12}\cdot\frac{A_6^2}{4A_{12}^2}=\frac{A_6^2}{4A_{12}}, \qquad A_6 y = \frac{A_6^2}{2A_{12}} $$ $$ U_{\mathrm{tot}}(R_0)=2N\epsilon\left[\frac{A_6^2}{4A_{12}}-\frac{A_6^2}{2A_{12}}\right] =2N\epsilon\left[-\frac{A_6^2}{4A_{12}}\right] =-\frac{N\epsilon A_6^2}{2A_{12}} $$
$$ \begin{equation} U_{\mathrm{tot}}(R_0)=-\frac{A_6^2}{2A_{12}}N\epsilon =-\frac{(14.45392)^2}{2\times12.13188}N\epsilon =-\frac{208.9158}{24.26376}N\epsilon =-8.610\,N\epsilon \label{eq:12-lj-cohesive} \end{equation} $$

∎ Kittel はこれを $-(2.15)(4N\epsilon)$ と書いている.$2.15\times4=8.60$ で一致する.

この $8.61$ という数はどう解釈すべきか.もし最近接12個だけを考え,しかも2原子の平衡距離で並べたら $\frac12\times12\times\epsilon = 6\epsilon$ である.実際は $8.61\epsilon$ で,$43\,\%$ も深い.遠方の原子からの引力の積み重ねが効いている.

例題12.3 Ne, Ar, Kr, Xe の実測との比較

気体状態の $p$–$V$–$T$ データ(ビリアル係数)や分子線散乱から決めた LJ パラメータを使って,fcc 結晶の $R_0$ と凝集エネルギーを予言し,実測と比べよ.

表12.3 不活性気体固体:Lennard-Jones 模型の予言と実測
物質 気体データからの LJ パラメータ 最近接距離 $R_0$ ($\mathrm{\mathring{A}}$) 凝集エネルギー (eV/atom)
$\epsilon$ (eV)$\sigma$ ($\mathrm{\mathring{A}}$) 計算 $1.09\sigma$実測実測 $R_0/\sigma$ 計算 $8.61\epsilon$実測
Ne0.00312.742.993.131.140.0270.020
Ar0.01043.403.713.761.110.0890.080
Kr0.01403.653.984.011.100.1200.116
Xe0.02003.984.344.351.090.1720.170

解答と考察.

  1. Xe では完璧に一致する.$R_0/\sigma$ は計算 $1.09$,実測 $1.09$.凝集エネルギーも $0.172$ 対 $0.170\,\mathrm{eV}$.気体の状態方程式から決めたパラメータで,固体の格子定数と凝集エネルギーが当たる —— これは Lennard-Jones 模型の大成功である.
  2. Ne では系統的にずれる.$R_0/\sigma$ は計算 $1.09$ に対し実測 $1.14$($5\,\%$ 大きい),凝集エネルギーは計算が $35\,\%$ 過大.Ne $\to$ Xe の順にずれが単調に減る.
  3. ずれの原因は零点振動である.軽い原子ほど零点振動の振幅 $\langle u^2\rangle^{1/2}$ が大きく,実効的に「太った」ように振る舞って格子を押し広げる.同時に零点エネルギー $\frac32\hbar\omega$ の分だけ結合が浅くなる.この効果の大きさは無次元パラメータ $\Lambda=h/(\sigma\sqrt{m\epsilon})$(de Boer パラメータ)で測られ,Ne では $\Lambda=0.59$,Xe では $\Lambda=0.064$ と一桁違う.$\mathrm{He}$ では $\Lambda=2.7$ にもなり,零点振動が結合エネルギーを上回るため常圧では絶対零度でも固化しない(量子液体).表12.1で He の凝集エネルギーに「$\sim$」を付けたのはこのためである.

∎ この例題は「単純な模型でも,適用限界を知っていれば十分使える」ことの好例である.

注意:LJ の $C_6$ は「気体の $C_6$」と一致しない

例題12.1で Ar の $C_6=38.4\,\mathrm{eV\cdot\mathring{A}^6}$ を得た.一方,表12.3の LJ パラメータから計算すると

$$ 4\epsilon\sigma^6 = 4\times0.0104\ \mathrm{eV}\times(3.40\,\mathrm{\mathring{A}})^6 = 4\times0.0104\times1544.8 = 64.3\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}^6} $$

となり,$1.7$ 倍も大きい.矛盾ではない.LJ の $\epsilon,\sigma$ は実験データを再現するようにフィットした有効パラメータであって,$-C_6/r^6$ の理論値をそのまま使っているわけではない.実際の凝縮相では3体相互作用(Axilrod–Teller 項)や斥力の裾との干渉があり,それらを2体 LJ に押し込めた結果がこの $1.7$ 倍である.

「フィットしたパラメータの各項に,独立した物理的意味を読み込んではいけない」——これは第一原理計算の結果を解釈するときにも常に気をつけるべき点である.

12.4 イオン結晶と Madelung エネルギー

NaCl の凝集エネルギーは $3.28\,\mathrm{eV/atom}$ で,Ar の $0.080\,\mathrm{eV/atom}$ の40倍である.理由ははっきりしている.イオン結晶では,ゆらぎではなく正味の電荷どうしが Coulomb 力で引き合っているからである.

しかしそれを足し上げるのは,思ったほど簡単ではない.$1/r$ という長距離力の和は,素朴にやると収束しない.この節の見どころは,その困難をどう乗り越えるかである.

12.4.1 全エネルギーと平衡条件

定義:イオン結晶のポテンシャル模型

イオン $i$ とイオン $j$ の間のポテンシャルを

$$ \begin{equation} U_{ij}=\lambda\,\ee^{-r_{ij}/\rho}\ \pm\ \frac{q^2}{r_{ij}} \label{eq:12-ionic-pair} \end{equation} $$

とする.第1項は Born–Mayer 型の斥力,第2項は Coulomb 項で,符号は同符号イオン対なら $+$(斥力),異符号イオン対なら $-$(引力)である.$q$ はイオンの電荷(NaCl なら $q=e$).

斥力は最近接だけを考える(指数関数的に減衰するので,第2近接ではすでに無視できる).最近接イオンの数を $z$ とすると,イオン1個あたりのエネルギーは

$$ U_i = z\lambda\,\ee^{-R/\rho}-\frac{\alpha q^2}{R} $$

ここで $R$ は最近接イオン間距離,そして

$$ \begin{equation} \alpha \equiv \sum_{j\ne i}{}'\frac{(\pm)}{p_{ij}}, \qquad r_{ij}=p_{ij}R \label{eq:12-madelung-def} \end{equation} $$

が Madelung 定数(Madelung constant)である.符号は,$j$ が $i$ と異符号なら $+$,同符号なら $-$ にとる(そうすると $\alpha>0$ になり,$-\alpha q^2/R$ が引力を表す).$N$ 個のイオン対($2N$ 個のイオン)からなる結晶の全エネルギーは

$$ \begin{equation} U_{\mathrm{tot}} = N U_i = N\left(z\lambda\,\ee^{-R/\rho}-\frac{\alpha q^2}{R}\right) \label{eq:12-ionic-total} \end{equation} $$

($2N$ 個のイオンがあり $\frac12$ を掛けるので,係数は $N$ になる.)

導出:平衡条件から $\rho$ を消去して $U_{\mathrm{tot}}=-\dfrac{N\alpha q^2}{R_0}\left(1-\dfrac{\rho}{R_0}\right)$

ステップ1:微分してゼロと置く.式 \eqref{eq:12-ionic-total} を $R$ で微分する.$\dfrac{\dd}{\dd R}\ee^{-R/\rho}=-\dfrac{1}{\rho}\ee^{-R/\rho}$,$\dfrac{\dd}{\dd R}\left(-\dfrac{1}{R}\right)=\dfrac{1}{R^2}$ だから

$$ \frac{\dd U_{\mathrm{tot}}}{\dd R} = N\left(-\frac{z\lambda}{\rho}\ee^{-R/\rho}+\frac{\alpha q^2}{R^2}\right) $$

$R=R_0$ でこれがゼロ:

$$ \frac{z\lambda}{\rho}\ee^{-R_0/\rho}=\frac{\alpha q^2}{R_0^2} $$

ステップ2:斥力項を Coulomb 項で書き換える.両辺に $\rho$ を掛けると

$$ \begin{equation} z\lambda\,\ee^{-R_0/\rho}=\frac{\rho\,\alpha q^2}{R_0^{2}} \label{eq:12-ionic-equil} \end{equation} $$

これが鍵となる関係式である.左辺は「斥力項の値」,右辺は「Coulomb 引力項に $\rho/R_0$ を掛けたもの」.つまり平衡では

$$ (\text{斥力エネルギー}) = \frac{\rho}{R_0}\times(\text{Coulomb 引力エネルギーの大きさ}) $$

という関係が自動的に成り立っている.$\rho/R_0\simeq0.1$ だから,斥力の寄与は Coulomb 項のわずか $10\,\%$ 程度だとわかる.

ステップ3:代入する.式 \eqref{eq:12-ionic-equil} を式 \eqref{eq:12-ionic-total} に入れる($R=R_0$):

$$ U_{\mathrm{tot}}(R_0)=N\left(\frac{\rho\alpha q^2}{R_0^2}-\frac{\alpha q^2}{R_0}\right) = -\frac{N\alpha q^2}{R_0}\left(1-\frac{\rho}{R_0}\right) $$
$$ \begin{equation} U_{\mathrm{tot}}(R_0) = -\frac{N\alpha q^2}{R_0}\left(1-\frac{\rho}{R_0}\right) \label{eq:12-madelung-energy} \end{equation} $$

∎ $\lambda$ と $z$ が完全に消えてしまった.斥力ポテンシャルの詳細(前因子 $\lambda$,配位数 $z$)は,平衡格子定数 $R_0$ と減衰長 $\rho$ さえ実験から与えれば,もう要らない.これは非常に強力な結果である.

第1因子 $-N\alpha q^2/R_0$ を Madelung エネルギー と呼ぶ.括弧の $(1-\rho/R_0)$ が斥力による補正で,典型的には $0.9$ 程度である.

例題12.4 NaCl の格子エネルギーを数値で出す

NaCl の実測値:$R_0=2.81\,\mathrm{\mathring{A}}$,$\rho=0.310\,\mathrm{\mathring{A}}$,$\alpha=1.747565$,$q=e$.格子エネルギーを求めよ.

解答.まず $e^2/(4\pi\varepsilon_0)$ を便利な単位で覚えておく:

$$ \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}=14.3996\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}} $$

したがって

$$ \frac{q^2}{R_0}=\frac{14.3996\ \mathrm{eV\cdot\mathring{A}}}{2.81\ \mathrm{\mathring{A}}}=5.1244\ \mathrm{eV} $$

Madelung エネルギー(イオン対あたり)は

$$ \frac{\alpha q^2}{R_0}=1.747565\times5.1244=8.955\ \mathrm{eV} $$

斥力補正は

$$ 1-\frac{\rho}{R_0}=1-\frac{0.310}{2.81}=1-0.1103=0.8897 $$

よって

$$ \frac{\abs{U_{\mathrm{tot}}}}{N}=8.955\times0.8897=7.968\ \mathrm{eV}\ \text{/イオン対} $$

実測の格子エネルギーは $7.95\,\mathrm{eV}$ /イオン対($=767\,\mathrm{kJ/mol}$).$0.2\,\%$ の一致である.∎

さらに中性原子基準の凝集エネルギーに直すと,12.1.1節の注意箱で見たとおり

$$ E_{\mathrm{coh}}=7.95-(5.14-3.61)=6.42\ \mathrm{eV}\ \text{/イオン対}=3.21\ \mathrm{eV/atom} $$

実測 $3.28\,\mathrm{eV/atom}$ に対して $2\,\%$ の差.ただしこの差を物理で埋めようとしてはいけない.12.1.1節の注意箱で述べたとおり,格子エネルギーと凝集エネルギーを結ぶ Born–Haber の関係は厳密であって,ここに残った差は引用した2つの実測値の基準がそろっていないことに由来する.物理として意味があるのは,模型値 $7.968\,\mathrm{eV}$ と実測の格子エネルギー $7.95\,\mathrm{eV}$ を比べるほうである.この2項模型にはイオン間の van der Waals 引力(結合を深くする側に効く)も零点振動(浅くする側に効く)も入っていないが,両者は符号が逆で大部分が相殺するため,模型のままでも実測に近い値が出る.単純な2項模型がここまで当たるのは,Coulomb 項が圧倒的に支配的であることに加えて,残る補正どうしが打ち消し合うからである.

12.4.2 1次元イオン鎖の Madelung 定数 —— $\alpha=2\ln2$

Madelung 定数を実際に計算してみよう.3次元は難しいので,まず1次元の交互鎖で練習する.ここには「級数の収束」という深い話が隠れている.

1次元イオン鎖と Madelung 定数の交代級数.(a) 基準の + イオンから距離 R,2R,… に − と + が交互に両側にあり,寄与は +1,−1/2,+1/3,… になる.(b) 部分和 α_n は目標値 2 ln 2 = 1.3863 のまわりで振動しながらゆっくり収束する.
図12.3 1次元イオン鎖の Madelung 定数.(a) 原点の $+$ イオンから見て,距離 $R,2R,3R,\dots$ に $-,+,-,\dots$ が両側にある.寄与は $+1,-\frac12,+\frac13,\dots$ の交代級数になる.(b) その部分和は目標値 $2\ln2=1.3863$ のまわりで振動しながら,きわめてゆっくり収束する.$n=11$ でもまだ $1.25$–$1.49$ を行き来している.誤差は $\sim 2/n$ でしか小さくならない.これが「Coulomb 和は素朴に足してはいけない」ことの1次元版の証拠である.

導出:$\ln(1+x)$ の級数から $\alpha_{1\mathrm{D}}=2\ln2$ を出す

ステップ1:級数を書き下す.間隔 $R$ で $+q,-q$ が交互に並ぶ無限鎖を考える.基準を $+q$ のイオンに置く.右側を見ると

左側もまったく同じだから,全体は2倍になる:

$$ \begin{equation} \alpha_{1\mathrm{D}} = 2\left(1-\frac12+\frac13-\frac14+\frac15-\cdots\right) \label{eq:12-1dchain} \end{equation} $$

ステップ2:等比級数から出発する.$\abs{t}<1$ で

$$ \frac{1}{1+t}=1-t+t^2-t^3+t^4-\cdots $$

(これは公比 $-t$ の等比級数の和 $\dfrac{1}{1-(-t)}$ である.)

ステップ3:$0$ から $x$ まで項別積分する.左辺は

$$ \int_0^x\frac{\dd t}{1+t}=\Big[\ln(1+t)\Big]_0^x=\ln(1+x) $$

右辺は各項を積分して

$$ \int_0^x(1-t+t^2-\cdots)\dd t = x-\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3}-\frac{x^4}{4}+\cdots $$

したがって

$$ \begin{equation} \ln(1+x)=x-\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3}-\frac{x^4}{4}+\cdots\qquad(-1<x\le1) \label{eq:12-lnseries} \end{equation} $$

ステップ4:$x=1$ を代入する.

$$ \ln 2 = 1-\frac12+\frac13-\frac14+\cdots = 0.693147\cdots $$

ステップ5:結論.

$$ \alpha_{1\mathrm{D}}=2\ln2 = 1.386294\cdots $$

∎

数学ノート:$x=1$ を代入してよい理由(Abel の定理)

ステップ2の等比級数は $\abs{t}<1$ でしか成り立たないので,$x=1$ の端点で式 \eqref{eq:12-lnseries} が使えるかどうかは自明ではない.厳密には次のようにする.

有限個で打ち切った等比級数は恒等式として厳密に成り立つ:

$$ \frac{1}{1+t}=1-t+t^2-\cdots+(-1)^{n-1}t^{n-1}+\frac{(-1)^n t^n}{1+t} $$

(最後の項が剰余.実際,右辺の有限和は $\dfrac{1-(-t)^n}{1+t}$ だから,剰余を足せば $\dfrac{1}{1+t}$ になる.)これを $0$ から $1$ まで積分すると

$$ \ln2 = \sum_{k=1}^{n}\frac{(-1)^{k-1}}{k}+(-1)^n\int_0^1\frac{t^n}{1+t}\dd t $$

剰余の大きさは

$$ \abs{\int_0^1\frac{t^n}{1+t}\dd t}\le\int_0^1 t^n\dd t=\frac{1}{n+1}\xrightarrow[n\to\infty]{}0 $$

ゆえに級数は $\ln 2$ に収束する.∎

そして同時に,収束の遅さもこの評価から読み取れる.誤差は $1/(n+1)$ 程度でしか減らない.$3$ 桁の精度が欲しければ $n\sim10^3$ 項,$6$ 桁なら $n\sim10^6$ 項が要る.図12.3(b) の振動はこれを可視化したものである.

注意:条件収束級数は,足す順番を変えると答えが変わる

$\sum(-1)^{k-1}/k$ は収束するが,絶対値の和 $\sum 1/k$ は発散する.このような級数を条件収束(conditionally convergent)という.

Riemann の定理により,条件収束級数は項の順序を並べ替えることで任意の値に収束させられる.実例を見よう.正の項を2つずつ,負の項を1つずつ取る順に並べ替えると

$$ \left(1+\frac13\right)-\frac12+\left(\frac15+\frac17\right)-\frac14+\cdots = \frac32\ln 2 $$

となる(同じ項をすべて使っているのに,和が $1.5$ 倍になる).

これが Madelung 和の本質的な困難である.3次元でも $\sum(\pm)/p_{ij}$ は条件収束であり,「どういう順番で足すか」を指定しないと答えが決まらない.球殻の順に足すか,立方体の殻の順に足すかで,違う数が出てしまう.

物理的な正解は,足し上げの各段階で電気的中性を保つ順序である.中性でない有限領域を作ってしまうと,その正味電荷が遠方まで $1/r$ で効いてしまい,余計な寄与を生む.次の Evjen 法と Ewald 法は,どちらもこの中性条件を守る工夫である.

12.4.3 3次元の Madelung 定数と Ewald 法

例題12.5 Evjen 法で NaCl の $\alpha$ を第1殻から見積もる

NaCl(岩塩型,立方格子定数 $a$,最近接距離 $R=a/2$)で,基準の $\mathrm{Na^+}$ を中心とする一辺 $a$ の立方体を取る.その表面上のイオンは複数の立方体で共有されるので,分数の重みを付けて数える(Evjen 法).

位置個数イオン種距離 ($R$ 単位)重み寄与
面心6$\mathrm{Cl^-}$(異符号)$1$$1/2$$+6\times\frac12\times\frac11=+3.0000$
辺心12$\mathrm{Na^+}$(同符号)$\sqrt2$$1/4$$-12\times\frac14\times\frac{1}{\sqrt2}=-2.1213$
頂点8$\mathrm{Cl^-}$(異符号)$\sqrt3$$1/8$$+8\times\frac18\times\frac{1}{\sqrt3}=+0.5774$

解答.合計すると

$$ \alpha^{(1)}=3.0000-2.1213+0.5774=1.4561 $$

正解 $1.747565$ に対して $17\,\%$ 小さいが,たった1つの立方体でこの精度である.重みの付け方が「電荷の総和がゼロ」を保証している点が要点で,実際

$$ 6\times\tfrac12\times(-1)+12\times\tfrac14\times(+1)+8\times\tfrac18\times(-1)=-3+3-1=-1 $$

となり,中心の $+1$ と合わせて全体が中性になっている.

2番目の立方体(一辺 $2a$)まで足すと $\alpha^{(2)}=1.75$ が得られ,3番目で $1.7476$ に達する.殻ごとに中性を保つだけで,条件収束級数が絶対収束級数のように振る舞うようになる.∎

物理的意味:Ewald 法の考え方

実際の計算(第一原理計算コードの中で毎回行われている)では,Ewald 法が使われる.アイデアは,$1/r$ を「近距離で速く減る部分」と「遠距離で滑らかな部分」に分けることである.誤差関数 $\mathrm{erf}$ とその補関数 $\mathrm{erfc}=1-\mathrm{erf}$ を使って

$$ \frac{1}{r}=\underbrace{\frac{\mathrm{erfc}(\eta r)}{r}}_{\text{実空間}}+\underbrace{\frac{\mathrm{erf}(\eta r)}{r}}_{\text{逆空間}} $$

と恒等的に分解する($\eta$ は任意の正のパラメータ).

物理的なイメージはこうである.各点電荷の周りに,符号が逆で総電荷が打ち消すガウス型の遮蔽電荷雲を置く.すると遮蔽された点電荷は短距離力になり実空間で足せる.次に,いま加えた遮蔽雲を打ち消すために逆符号の雲を足し戻すが,この雲は滑らかなので逆格子で足せる.$\eta$ は「どこで実空間と逆空間の仕事を分けるか」を決めるつまみで,両者の計算コストが釣り合うように選ぶ.

VASP や Quantum ESPRESSO の出力に現れる "Ewald energy" は,まさにこの項である.周期系の DFT 計算で,イオン–イオン相互作用は必ず Ewald 和で評価されている.

表12.4 代表的な構造型の Madelung 定数(最近接距離 $R$ を基準にした定義)
構造型例配位数 $z$$\alpha$備考
NaCl(岩塩型)NaCl, MgO, LiF61.747565最も普遍的なイオン結晶
CsCl 型CsCl, CsBr81.762675配位数が大きい分わずかに大きい
ZnS(閃亜鉛鉱型)ZnS, GaAs(部分的イオン性)41.6381配位数が小さく最も小さい
ウルツ鉱型ZnO, GaN41.641閃亜鉛鉱型とほぼ同じ
1次元交互鎖—2$2\ln2=1.38629$12.4.2節で導出

なぜ:$\alpha$ は配位数とともに増えるが,驚くほどゆっくりである

表12.4を見ると,配位数が $4\to6\to8$ と2倍になっても,$\alpha$ は $1.638\to1.748\to1.763$ と $8\,\%$ しか増えない.なぜか.

配位数が増えると最近接イオンの数は増えるが,その分だけ第2近接の同符号イオンも近づいてくる.$-$ の寄与が増えて相殺するので,正味の増加はわずかになる.実際,CsCl 型では $z=8$ で第1項が $+8$ もあるが,第2近接(同符号,距離 $2/\sqrt3=1.1547$ 倍)が6個あり $-6/1.1547=-5.196$ を引く.差し引き $2.80$ から始まって,以後の殻で $1.763$ に落ち着く.

この「相殺の激しさ」こそが,Madelung 和が条件収束になる理由である.

実際の構造を決めるのは $\alpha$ ではない.NaCl と CsCl の $\alpha$ の差はわずか $0.9\,\%$ で,これだけでは構造は決まらない.実際に効くのはイオン半径比 $r_+/r_-$ による幾何学的制約($0.414<r_+/r_-<0.732$ なら6配位,$>0.732$ なら8配位という Pauling の規則)と,斥力項の詳細である.第1章で見た構造型の多様性は,$\alpha$ だけでは説明できない.

例題12.6 MgO はなぜ NaCl より圧倒的に硬いのか

MgO も NaCl も同じ岩塩型($Fm\bar3m$)で $\alpha=1.747565$ である.ところが体積弾性率は MgO が $163\,\mathrm{GPa}$,NaCl が $25\,\mathrm{GPa}$ と $6.5$ 倍も違う.なぜか.

解答.Madelung エネルギーは $\alpha q^2/R_0$ に比例する.両者を比べると

$q$$R_0$ ($\mathrm{\mathring{A}}$)$\alpha q^2/R_0$ (eV)
NaCl$1e$2.81$1.7476\times14.40/2.81=8.96$
MgO$2e$2.11$1.7476\times4\times14.40/2.11=47.7$

電荷が2倍なので $q^2$ で4倍,さらに距離が $0.75$ 倍に縮むので $1/R_0$ で $1.33$ 倍.合わせて

$$ \frac{47.7}{8.96}=5.3\ \text{倍} $$

体積弾性率はさらに $B\propto \dfrac{\alpha q^2}{R_0^4}$ のように振る舞う(12.9節で $B$ を $U''$ から出す)ので,$1/R_0$ の効きが($R_0^{-1}$ から $R_0^{-4}$ へ)もう3つ増えて

$$ 4\times\left(\frac{2.81}{2.11}\right)^{4}=4\times3.15=12.6 $$

ぐらいのオーダーになる.実測の $6.5$ 倍は,この $5$–$13$ の範囲に入っている.∎

要点:イオン結合の強さを支配するのは,形式電荷の2乗とイオン間距離である.だから $2+/2-$ の酸化物(MgO, CaO)は $1+/1-$ のハロゲン化物より格段に硬く,融点も高い(MgO $3125\,\mathrm{K}$ 対 NaCl $1074\,\mathrm{K}$).$3+/2-$ の $\mathrm{Al_2O_3}$ がさらに硬いのも同じ理屈である.

12.5 共有結合・金属結合・水素結合

van der Waals 結合とイオン結合は,原子の電子構造をほとんど変えない「古典的」な結合であった(前者は電子雲のゆらぎ,後者は電子1個の完全な移動).これに対し共有結合と金属結合は,電子軌道そのものが作り変えられる本質的に量子力学的な結合である.ここでは第II部で作った道具(分子軌道,対称性適合線形結合,既約表現)を使って,その骨格だけを押さえる.詳細は第16章・第18章に譲る.

12.5.1 共有結合 —— $\mathrm{H_2}$ から Si まで

導出:2原子分子の $2\times2$ 永年方程式(LCAO の最小模型)

2つの同種原子 A, B に,それぞれ1つずつ原子軌道 $\phi_A,\phi_B$(たとえば $1s$)があるとする.分子軌道をその線形結合で書く:

$$ \psi = c_A\phi_A+c_B\phi_B $$

変分原理から,係数は次の一般化固有値問題を満たす.行列要素を

$$ \alpha\equiv\bra{\phi_A}\Ham\ket{\phi_A}=\bra{\phi_B}\Ham\ket{\phi_B}\ (\text{Coulomb 積分}),\quad \beta\equiv\bra{\phi_A}\Ham\ket{\phi_B}\ (\text{共鳴積分}),\quad S\equiv\langle\phi_A|\phi_B\rangle\ (\text{重なり積分}) $$

(ここでの $\alpha$ は Coulomb 積分であって,12.2節の分極率 $\alpha$ とも12.4節の Madelung 定数 $\alpha$ とも別物である.どれも国際的に定着した記号なので本書でもそのまま使うが,取り違えないように.)

と書けば(同種原子なので $\alpha$ は共通,また $\beta<0$),永年方程式は

$$ \begin{vmatrix} \alpha-E & \beta-ES\\ \beta-ES & \alpha-E \end{vmatrix}=0 $$

ステップ1:行列式を展開する.

$$ (\alpha-E)^2-(\beta-ES)^2=0 \quad\Longrightarrow\quad (\alpha-E)=\pm(\beta-ES) $$

ステップ2:符号ごとに解く.

$(-)$ の場合:$\alpha-E=-\beta+ES$ を $E$ について解く.$\alpha+\beta=E+ES=E(1+S)$ より

$$ E_{+}=\frac{\alpha+\beta}{1+S}\qquad(\text{固有ベクトル } c_A=c_B) $$

$(+)$ の場合:$\alpha-E=\beta-ES$ より $\alpha-\beta=E(1-S)$,

$$ E_{-}=\frac{\alpha-\beta}{1-S}\qquad(\text{固有ベクトル } c_A=-c_B) $$

∎ $\beta<0$ であり,かつ $\abs{\beta}>\abs{\alpha}S$(実際の分子ではこれが成り立つ)だから $E_+<\alpha<E_-$ である.この2つ目の条件が要ることは,次のステップ3で $E_+-\alpha=(\beta-\alpha S)/(1+S)$ と書き直せば見てとれる.束縛状態では $\alpha<0$ で重なり積分は $S>0$ だから $\alpha S<0$ であり,$\beta<0$ だけでは $\beta-\alpha S<0$ は保証されないのである.$E_+$ が結合性軌道(bonding),$E_-$ が反結合性軌道(antibonding)である.

ステップ3:安定化と不安定化は非対称である.$\alpha$ を基準に測ると

$$ E_+-\alpha=\frac{\alpha+\beta-\alpha(1+S)}{1+S}=\frac{\beta-\alpha S}{1+S}, \qquad E_--\alpha=\frac{-(\beta-\alpha S)}{1-S} $$

$\abs{E_--\alpha}/\abs{E_+-\alpha}=(1+S)/(1-S)>1$ である.すなわち反結合性軌道の押し上げは,結合性軌道の押し下げより大きい.

物理的意味:$\mathrm{H_2}$ は結合し,$\mathrm{He_2}$ は結合しない

上の非対称性が,閉殻原子が結合しない理由を説明する.

したがって He 原子どうしを結びつけられるのは,12.2節の van der Waals 力だけである.表12.1の4桁の差は,この「軌道が作れるか作れないか」の差にほかならない.

この非対称性は,第II部の言葉では「重なり積分 $S$ が非直交基底の問題を生む」ことに対応する.第7章で表現のユニタリ性を議論したとき,基底を直交化する必要があったのと同じ事情である.

第II部との接続:$sp^3$ 混成は $A_1\oplus T_2$ である

ダイヤモンド・Si・Ge では,各原子が4個の隣を正四面体的に配位する(第1章).その局所対称性は点群 $T_d$($\bar43m$)である.

第10章で学んだ手順をそのまま適用しよう.中心原子の4本の $sp^3$ 混成軌道(あるいは4本の結合方向)を基底とする可約表現 $\Gamma_{\mathrm{bond}}$ の指標は,「その操作で動かない基底ベクトルの数」で求まる:

$T_d$$E$$8C_3$$3C_2$$6S_4$$6\sigma_d$
$\chi(\Gamma_{\mathrm{bond}})$41002

($C_3$ は1本の結合を軸にするので1本が不動,$C_2$ は4本すべてを動かす,$S_4$ も全部動かす,$\sigma_d$ は2本を含むので2本が不動.)

既約分解の公式 $n_\Gamma=\frac1h\sum_R \chi(R)\chi^{(\Gamma)}(R)^*$ を使うと($h=24$)

$$ n_{A_1}=\frac{1}{24}\left[4\cdot1+8\cdot1\cdot1+3\cdot0\cdot1+6\cdot0\cdot1+6\cdot2\cdot1\right]=\frac{4+8+0+0+12}{24}=1 $$ $$ n_{T_2}=\frac{1}{24}\left[4\cdot3+8\cdot1\cdot0+3\cdot0\cdot(-1)+6\cdot0\cdot(-1)+6\cdot2\cdot1\right]=\frac{12+0+0+0+12}{24}=1 $$

他の既約表現はゼロになる.すなわち

$$ \begin{equation} \Gamma_{\mathrm{bond}} = A_1\oplus T_2 \label{eq:12-sp3} \end{equation} $$

ところが $T_d$ の指標表を見ると,$s$ 軌道が $A_1$,$(p_x,p_y,p_z)$ が $T_2$ に属している.ちょうど過不足なく一致する.だから中心原子の $s$ と $p^3$ の4軌道を混ぜて,4本の等価な四面体結合を作ることができる.これが $sp^3$ 混成の群論的な根拠である.

「$sp^3$ 混成という便利な絵」は,じつは対称性から必然的に出てくるものなのである.同じ手順で,正三角形配位なら $\Gamma=A_1'\oplus E'$ となり $s+p_x+p_y$ の $sp^2$ 混成が,直線配位なら $\Sigma_g^++\Sigma_u^+$ で $s+p_z$ の $sp$ 混成が出る.

表12.5 IV族単体の共有結合:凝集エネルギーと結合1本あたりのエネルギー
物質結合長 ($\mathrm{\mathring{A}}$)$E_{\mathrm{coh}}$ (eV/atom)結合1本あたり (eV)バンドギャップ (eV, 300 K)
C(ダイヤモンド)1.5447.373.695.47
Si2.3524.632.321.12
Ge2.4503.851.930.66
$\alpha$-Sn(灰色スズ)2.8103.141.570.00

補足:表12.5の「結合1本あたり」の数え方

ダイヤモンド構造では,原子1個から4本の結合が出ている.しかし1本の結合は2個の原子で共有されるので,原子1個あたりの結合数は $4/2=2$ 本である.よって

$$ (\text{結合1本あたり}) = \frac{E_{\mathrm{coh}}}{2} $$

ダイヤモンドなら $7.37/2=3.69\,\mathrm{eV}$.これは化学で言う C–C 単結合の解離エネルギー $3.6\,\mathrm{eV}$($347\,\mathrm{kJ/mol}$)とみごとに一致する.固体物理の凝集エネルギーと,化学の結合エネルギーが同じ数を指していることが確認できた.

また表12.5では,結合長が伸びるほど結合エネルギーもバンドギャップも単調に減る.共有結合の強さが軌道の重なり($\beta$)で決まり,重なりが距離とともに指数関数的に減ることの現れである.$\beta$ の大きさがそのままバンドギャップのスケールを決めるという関係は,第16章の強束縛近似で定量化される.

12.5.2 金属結合

物理的意味:金属結合とは何が得なのか

共有結合では,電子は2つの原子の間に局在する.金属結合では,電子は結晶全体に非局在化する.

素朴には「電子が広い箱に入るので,不確定性原理から運動エネルギーが下がって得をする」と説明される.箱の大きさ $L$ に対し $E_{\mathrm{kin}}\sim\hbar^2/(2mL^2)$ だから,$L$ が原子サイズから結晶サイズに広がれば運動エネルギーは激減する.

しかし実際にはそう単純ではない.Fermi 統計のため,電子は最低エネルギー準位に全部入れず,Fermi エネルギーまで積み上がる(第15章).自由電子気体の平均運動エネルギーは $\frac35\epsilon_F$ で,Cu なら $\frac35\times7.0=4.2\,\mathrm{eV}$ にもなる.それでも金属が安定なのは,イオン芯との Coulomb 引力(および交換・相関エネルギー)がそれを上回るからである.詳しい収支は第15章・第18章で扱う.

なぜ:アルカリ金属は柔らかく,$5d$ 遷移金属は硬い

表12.1で Na が $1.11\,\mathrm{eV}$,W が $8.90\,\mathrm{eV}$ と8倍も違う.この差は $d$ 電子で説明できる.

実際,$5d$ 系列の凝集エネルギーは

$$ \mathrm{La}\,(4.5)\ \to\ \mathrm{Hf}\,(6.4)\ \to\ \mathrm{Ta}\,(8.1)\ \to\ \mathbf{W}\,(8.90)\ \to\ \mathrm{Re}\,(8.0)\ \to\ \mathrm{Os}\,(8.2)\ \to\ \mathrm{Ir}\,(6.9)\ \to\ \mathrm{Pt}\,(5.8)\ \to\ \mathrm{Au}\,(3.8)\ \mathrm{eV} $$

と,$d^5$ 付近(W, Re)を頂点とする逆放物線を描く.これは Friedel の矩形 $d$ バンド模型で定量的に説明できる.融点も同じ形の変化を示し,W が全金属中で最高の融点 $3695\,\mathrm{K}$ を持つのはこのためである.

結合性・反結合性の考え方が,分子から固体のバンドまで一貫して使えることの好例である.

12.5.3 水素結合

定義:水素結合(hydrogen bond)

$\mathrm{X-H\cdots Y}$($\mathrm{X,Y}$ は F, O, N など電気陰性度の高い原子)という形で,$\mathrm{H}$ を介して2つの電気陰性原子が結びつく相互作用.エネルギーは $0.1$–$0.5\,\mathrm{eV}$ 程度で,van der Waals($0.01\,\mathrm{eV}$)と共有結合($3\,\mathrm{eV}$)の中間にある.

物理的意味:なぜ H だけが特別なのか

3つの条件が重なっている.

  1. H は内殻電子を持たない.$\mathrm{X-H}$ 結合で電子が $\mathrm{X}$ 側に引かれると,$\mathrm{H}$ はほぼ裸の陽子になる.裸の陽子は非常に小さいので,$\mathrm{Y}$ の孤立電子対がきわめて近くまで接近できる.他の原子では内殻の Pauli 斥力(12.3.1節)がそれを許さない.
  2. 強い静電引力.$\mathrm{X}^{\delta-}-\mathrm{H}^{\delta+}\cdots\mathrm{Y}^{\delta-}$ という電荷配置による Coulomb 引力が主成分(およそ $70\,\%$)である.
  3. 部分的な共有結合性.$\mathrm{Y}$ の孤立電子対から $\mathrm{X-H}$ の反結合性軌道 $\sigma^*$ への電子供与があり,これが方向性を与える.だから水素結合は直線的な配置を好む.

この「方向性」が決定的である.氷 $\mathrm{I_h}$ で水分子が4配位のかさばった構造をとり,液体の水より密度が低くなる(氷が浮く)のは,水素結合が方向性を持つからにほかならない.もし方向性がなければ,最密充填してしまって氷は沈む.

補足:強誘電体 KDP と水素結合 —— 第19章への伏線

$\mathrm{KH_2PO_4}$(KDP)は,$\mathrm{PO_4}$ 四面体どうしを結ぶ水素結合 $\mathrm{O-H\cdots O}$ の中で,$\mathrm{H}$ が2つの安定位置のどちらかを占める.低温($T_c=123\,\mathrm{K}$ 以下)ではその選択が結晶全体で揃い,自発分極が生じる.水素結合の非対称化が強誘電性を生む典型例である.

面白いことに,$\mathrm{H}$ を $\mathrm{D}$(重水素)に置き換えると $T_c$ が $123\to229\,\mathrm{K}$ とほぼ倍になる(同位体効果).質量が2倍になると零点振動が小さくなり,2つの位置の間をトンネルしにくくなるためである.零点振動が相転移温度を支配するという,12.3.3節の Ne の話と同じ物理がここにも現れている.

第4章6節で「極性点群でなければ強誘電体になれない」と述べたが,KDP の低温相は $mm2$($C_{2v}$)で,確かに10個の極性点群のひとつである.詳細は第19章で扱う.

注意:「4つの基本型(van der Waals・イオン・共有・金属)」は理想化である

実在の物質は,たいてい複数の結合性格を併せ持つ.

「この物質の結合は何型か」という問いより,「どの寄与がどれくらいか」を問うほうが生産的である.第一原理計算で電子密度分布や Bader 電荷,COHP(結晶軌道ハミルトン占有数,Crystal Orbital Hamilton Population)を調べるのは,まさにその問いに答えるためである.

12.6 ひずみテンソルと応力テンソル

ここから本章の後半,弾性に入る.結晶を少し変形させたときのエネルギーの増え方が弾性定数である.まずは「変形」を数式で正確に書く道具,すなわちひずみテンソルを整備する.

この節は,学生が最も混乱するところである.理由ははっきりしていて,ひずみには2つの流儀があり,教科書によってどちらを使うかが違うからである.しかも Kittel は工学流儀を使い,第一原理計算のコードは数学流儀を使う.両者は因子2だけ違う.この因子2を取り違えると,$C_{44}$ が4倍ずれる.表で整理する.

12.6.1 変形の記述

定義:変位場とひずみ

変形前に位置 $\rr=(x,y,z)$ にあった物質点が,変形後に $\rr+\uu(\rr)$ に移るとする.$\uu=(u,v,w)$ を変位場(displacement field)という.

剛体並進($\uu=$ 一定)はエネルギーを変えない.エネルギーに効くのは変位の勾配である.そこで $3\times3$ の変位勾配テンソル

$$ J_{ij}=\frac{\partial u_i}{\partial x_j} \qquad (u_1,u_2,u_3)=(u,v,w),\ (x_1,x_2,x_3)=(x,y,z) $$

を考える.これを対称部分と反対称部分に分ける:

$$ \begin{equation} J_{ij}=\underbrace{\frac12\left(\frac{\partial u_i}{\partial x_j}+\frac{\partial u_j}{\partial x_i}\right)}_{\varepsilon_{ij}\ (\text{ひずみ})} +\underbrace{\frac12\left(\frac{\partial u_i}{\partial x_j}-\frac{\partial u_j}{\partial x_i}\right)}_{\omega_{ij}\ (\text{回転})} \label{eq:12-strain-decomp} \end{equation} $$

反対称部分 $\omega_{ij}$ は微小な剛体回転を表し,エネルギーを変えない(結晶をそのまま回しても内部エネルギーは変わらないから).したがって弾性エネルギーは対称部分 $\varepsilon_{ij}$ だけの関数である.この $\varepsilon_{ij}$ を(数学)ひずみテンソルという.

(a) 一様伸長 Δu εxx = ∂u/∂x e₁ = εxx(因子なし) エネルギーあり (b) 単純せん断 γ ∂u/∂y = γ, ∂v/∂x = 0 e₆ = γ, εxy = γ/2 = (c) + (d) (c) 純粋せん断 ∂u/∂y = ∂v/∂x = γ/2 e₆ = γ, εxy = γ/2 エネルギーあり (d) 剛体回転 ∂u/∂y = −∂v/∂x ωxy ≠ 0, εxy = 0 エネルギーなし!
図12.4 変形の4類型.(a) 一様伸長は $\varepsilon_{xx}$ のみ.(b) 単純せん断(上面が横に滑る)は,$\partial u/\partial y=\gamma$ だけがゼロでない.これは (c) 純粋せん断($\partial u/\partial y=\partial v/\partial x=\gamma/2$)と (d) 剛体回転($\partial u/\partial y=-\partial v/\partial x=\gamma/2$)の和である.(d) は結晶を回しただけなのでエネルギーを変えない.したがって弾性エネルギーを決めるのは (c) の部分だけであり,これが「対称部分だけを取る」ことの意味である.工学ひずみ $e_6$ は (b) と (c) のどちらでも $\gamma$ という同じ値になり,この量が実験で直接測れる「傾き角」に対応する.

12.6.2 工学ひずみと数学ひずみ —— 因子2の正体

定義:工学ひずみ(Kittel の $e_{ij}$)

Kittel は次のように定義する.

$$ e_{xx}=\frac{\partial u}{\partial x},\qquad e_{yy}=\frac{\partial v}{\partial y},\qquad e_{zz}=\frac{\partial w}{\partial z} $$ $$ e_{xy}=\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x},\qquad e_{yz}=\frac{\partial v}{\partial z}+\frac{\partial w}{\partial y},\qquad e_{zx}=\frac{\partial w}{\partial x}+\frac{\partial u}{\partial z} $$

垂直成分($xx, yy, zz$)は数学ひずみと同じだが,せん断成分だけが2倍になっている:

$$ \begin{equation} e_{xx}=\varepsilon_{xx},\qquad e_{xy}=2\varepsilon_{xy} \label{eq:12-eng-vs-math} \end{equation} $$

注意:ここが学生が必ず混乱するところ —— 表で整理する

表12.6 数学ひずみ $\varepsilon_{ij}$ と工学ひずみ $e_i$(Voigt)の対応
数学(テンソル)ひずみ $\varepsilon_{ij}$工学ひずみ $e_i$(Voigt 表記)
垂直成分$\varepsilon_{xx}=\dfrac{\partial u}{\partial x}$$e_1=\varepsilon_{xx}$ (因子なし)
せん断成分$\varepsilon_{xy}=\dfrac12\left(\dfrac{\partial u}{\partial y}+\dfrac{\partial v}{\partial x}\right)$$e_6=\dfrac{\partial u}{\partial y}+\dfrac{\partial v}{\partial x}=\mathbf{2}\varepsilon_{xy}$
成分の数$3\times3$ の対称行列(6独立)6成分の列ベクトル
座標変換2階テンソルとして正しく変換するテンソルとしては変換しない(Bond 行列という別の規則が要る)
幾何学的意味$2\varepsilon_{xy}$ が「直角がどれだけ崩れたか」(rad)$e_6$ が直接「直角の崩れ角」
主な出番連続体力学,第一原理計算の入力(格子ベクトルに掛ける)弾性定数行列 $C_{ij}$,Kittel,実験の慣習

応力のほうには因子2が付かない.ここが非対称で紛らわしい.

Voigt 番号 $i$123456
テンソル添字$xx$$yy$$zz$$yz$$zx$$xy$
ひずみ $e_i$$\varepsilon_{xx}$$\varepsilon_{yy}$$\varepsilon_{zz}$$\mathbf{2}\varepsilon_{yz}$$\mathbf{2}\varepsilon_{zx}$$\mathbf{2}\varepsilon_{xy}$
応力 $\sigma_i$$\sigma_{xx}$$\sigma_{yy}$$\sigma_{zz}$$\sigma_{yz}$$\sigma_{zx}$$\sigma_{xy}$

なぜ:因子2は「仕事を正しく再現する」ために入れてある

この非対称な約束には,はっきりした理由がある.単位体積あたりの仕事(弾性エネルギー)は,テンソルの言葉では

$$ \dd W = \sum_{i,j=1}^{3}\sigma_{ij}\,\dd\varepsilon_{ij} $$

である(9成分すべてにわたる和).$\sigma_{ij}$ も $\varepsilon_{ij}$ も対称なので,非対角項は同じものが2回現れる:

$$ \dd W = \sigma_{xx}\dd\varepsilon_{xx}+\sigma_{yy}\dd\varepsilon_{yy}+\sigma_{zz}\dd\varepsilon_{zz} +2\sigma_{yz}\dd\varepsilon_{yz}+2\sigma_{zx}\dd\varepsilon_{zx}+2\sigma_{xy}\dd\varepsilon_{xy} $$

ここで因子2をひずみのほうに吸わせて $e_4=2\varepsilon_{yz}$ などと定義すると

$$ \begin{equation} \dd W = \sum_{i=1}^{6}\sigma_i\,\dd e_i \label{eq:12-work} \end{equation} $$

と,6成分のふつうの内積になる.これが Voigt 表記の設計思想である.因子2を応力側に付けても仕事は同じだが,慣習としてひずみ側に付ける.

おかげで $\sigma_i=\partial U/\partial e_i$ という美しい関係(12.7節)が成り立ち,$6\times6$ の行列 $C_{ij}$ で弾性が完全に記述できる.「因子2は面倒な約束」ではなく,「$6\times6$ 行列で書くための必要経費」なのである.

注意:コンプライアンス $S_{ij}$ には因子1, 2, 4 が現れる

スティフネス $C_{ij}$ は $C_{\alpha\beta}=c_{ijkl}$ と因子なしで対応するのに,その逆行列であるコンプライアンス $S_{ij}$($e_i=\sum_j S_{ij}\sigma_j$)は違う.

$$ S_{\alpha\beta}= \begin{cases} s_{ijkl} & (\alpha\le3,\ \beta\le3)\\ 2\,s_{ijkl} & (\alpha\le3<\beta\ \text{または}\ \beta\le3<\alpha)\\ 4\,s_{ijkl} & (\alpha>3,\ \beta>3) \end{cases} $$

なぜこうなるか.$e_\alpha$ に因子2が入っているのに $\sigma_\beta$ には入っていないので,$e=S\sigma$ の形を保つには $S$ が因子を引き受けざるを得ないからである.

実用上の帰結:立方晶で $C_{44}$ と $S_{44}$ は互いに逆数である($S_{44}=1/C_{44}$)が,$C_{11},C_{12}$ と $S_{11},S_{12}$ の関係は逆数ではなく

$$ S_{11}=\frac{C_{11}+C_{12}}{(C_{11}-C_{12})(C_{11}+2C_{12})},\qquad S_{12}=\frac{-C_{12}}{(C_{11}-C_{12})(C_{11}+2C_{12})} $$

である.文献値を扱うときは,$C$ か $S$ か,単位は $\mathrm{GPa}$ か $\mathrm{TPa^{-1}}$ か,必ず確認すること.

導出:体積変化(dilation)は $\delta = e_1+e_2+e_3$

変形前に基本ベクトル $\hat x,\hat y,\hat z$ が張る単位立方体を考える.変形後,これらは

$$ \hat x' = (1+\varepsilon_{xx})\hat x+\varepsilon_{yx}\hat y+\varepsilon_{zx}\hat z,\quad \hat y' = \varepsilon_{xy}\hat x+(1+\varepsilon_{yy})\hat y+\varepsilon_{zy}\hat z,\quad \hat z' = \varepsilon_{xz}\hat x+\varepsilon_{yz}\hat y+(1+\varepsilon_{zz})\hat z $$

に移る.体積は行列式(スカラー三重積)で与えられる:

$$ V' = \hat x'\cdot(\hat y'\times\hat z') =\det \begin{pmatrix} 1+\varepsilon_{xx} & \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{xz}\\ \varepsilon_{yx} & 1+\varepsilon_{yy} & \varepsilon_{yz}\\ \varepsilon_{zx} & \varepsilon_{zy} & 1+\varepsilon_{zz} \end{pmatrix} $$

行列式を展開し,$\varepsilon$ の1次までを残す.対角要素の積 $(1+\varepsilon_{xx})(1+\varepsilon_{yy})(1+\varepsilon_{zz})=1+\varepsilon_{xx}+\varepsilon_{yy}+\varepsilon_{zz}+O(\varepsilon^2)$.他の項はすべて $\varepsilon$ を2つ以上含むので2次以上である.よって

$$ \begin{equation} \delta\equiv\frac{\Delta V}{V}=V'-1 = e_1+e_2+e_3 = \Tr\varepsilon \label{eq:12-dilation} \end{equation} $$

∎ 一般に,行列式の微小変化は $\det(I+\varepsilon)\simeq1+\Tr\varepsilon$ である($\det(\ee^{M})=\ee^{\Tr M}$ の1次版).

トレースは基底の取り方によらない(第4章4.1.2節の数学ノート)ので,体積変化は座標系によらない.当たり前だが,テンソル形式の御利益が見えている.

12.6.3 応力テンソル

定義:応力テンソル $\sigma_{ij}$

法線が $\hat x_j$ 方向を向く単位面積の面に,$\hat x_i$ 方向にかかる力を $\sigma_{ij}$ と定義する.単位は $\mathrm{Pa}=\mathrm{N/m^2}$.

静水圧 $p$ のもとでは $\sigma_{ij}=-p\,\delta_{ij}$(圧縮なので負).

導出:$\sigma_{ij}=\sigma_{ji}$(トルクのつり合い)

一辺 $\Delta$ の微小立方体を考え,$z$ 軸まわりのトルクのつり合いを書く.

角加速度が発散しないためには正味のトルクがゼロでなければならない(慣性モーメントは $\Delta^5$ でしか増えないのに,トルクは $\Delta^3$ である.$\Delta\to0$ で角加速度 $\propto\Delta^{-2}\to\infty$ となってしまう).よって

$$ \sigma_{yx}\Delta^3-\sigma_{xy}\Delta^3=0 \quad\Longrightarrow\quad \sigma_{xy}=\sigma_{yx} $$

∎ 同様に $\sigma_{yz}=\sigma_{zy}$, $\sigma_{zx}=\sigma_{xz}$.したがって応力も9成分ではなく6成分である.ひずみが6成分,応力が6成分だから,両者を結ぶ行列は $6\times6=36$ 成分になる.

例題12.7 与えられた変形からひずみ成分を求める

変位場が $u = \gamma y$, $v=0$, $w=0$($\gamma$ は微小定数)で与えられる単純せん断について,(1) $\varepsilon_{ij}$,(2) $\omega_{ij}$,(3) Voigt の $e_1,\dots,e_6$,(4) 体積変化 を求めよ.

解答.

(1) 偏微分は $\partial u/\partial y=\gamma$,他はすべてゼロ.よって

$$ \varepsilon_{xy}=\frac12\left(\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}\right)=\frac12(\gamma+0)=\frac{\gamma}{2}, \qquad \varepsilon_{yx}=\frac{\gamma}{2} $$

他の $\varepsilon_{ij}$ はすべてゼロ.行列で書くと

$$ \varepsilon=\begin{pmatrix}0&\gamma/2&0\\ \gamma/2&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix} $$

(2) 反対称部分は

$$ \omega_{xy}=\frac12\left(\frac{\partial u}{\partial y}-\frac{\partial v}{\partial x}\right)=\frac{\gamma}{2}, \qquad \omega=\begin{pmatrix}0&\gamma/2&0\\ -\gamma/2&0&0\\ 0&0&0\end{pmatrix} $$

これは $z$ 軸まわりの角度 $-\gamma/2$ の微小回転を表す(図12.4(d)).

(3) Voigt では $e_1=e_2=e_3=0$,$e_4=e_5=0$,そして

$$ e_6 = 2\varepsilon_{xy}=\gamma $$

$\gamma/2$ ではなく $\gamma$ であることに注意.$e_6$ は「もともと直角だった $x$ 軸と $y$ 軸の間の角が,$\gamma$ ラジアンだけ狭くなった」ことを直接表している.

(4) $\delta = e_1+e_2+e_3=0$.単純せん断は体積を変えない.∎

注意:第一原理計算での実務的な落とし穴

VASP や Quantum ESPRESSO でひずみを掛けるときは,格子ベクトル行列 $\bm{A}=(\aa,\bb,\cc)$ に

$$ \bm{A}'=(\bm{I}+\varepsilon)\,\bm{A} $$

と数学ひずみ $\varepsilon$ を掛ける.ところが弾性定数 $C_{44}$ は工学ひずみで定義されている.$C_{44}$ を求めたくて

$$ \varepsilon=\begin{pmatrix}0&0&0\\0&0&\delta\\0&\delta&0\end{pmatrix} $$

を掛けたとすると,これは $e_4=2\delta$ に相当する.エネルギー変化は

$$ \frac{\Delta E}{V_0}=\frac12 C_{44}e_4^2=\frac12C_{44}(2\delta)^2=2C_{44}\delta^2 $$

である.もし $\frac12C_{44}\delta^2$ と思ってフィットすると,$C_{44}$ が4倍になってしまう.逆に $\varepsilon_{yz}=\delta/2$(すなわち $e_4=\delta$)にすれば $\Delta E/V_0=\frac12C_{44}\delta^2$ で正しい.

「$C_{44}$ の値が実験の4倍(あるいは $1/4$)になった」というのは,この分野で最もよくあるバグである.必ず $e_4=2\varepsilon_{yz}$ を明示的に紙に書いてから計算すること.

12.7 弾性エネルギー密度と立方晶の3つの定数

12.7.1 一般論:21個の独立成分

定義:弾性スティフネス定数

ひずみが小さいとき,弾性エネルギー密度 $U$(単位体積あたり)を $e_i$ の Taylor 級数で展開する.$e_i=0$ で $U=0$,また平衡状態では1次の項もゼロ(応力がかかっていない)だから,最低次は2次である:

$$ \begin{equation} U = \frac12\sum_{i=1}^{6}\sum_{j=1}^{6}C_{ij}\,e_i e_j \label{eq:12-elastic-energy} \end{equation} $$

$C_{ij}$ を弾性スティフネス定数(elastic stiffness constant)という.単位は $\mathrm{Pa}$,実用上は $\mathrm{GPa}$.

応力は $U$ の微分として得られる:

$$ \begin{equation} \sigma_i = \frac{\partial U}{\partial e_i}=\sum_{j=1}^{6}C_{ij}e_j \label{eq:12-hooke} \end{equation} $$

これが一般化された Hooke の法則 である.

導出:$C_{ij}=C_{ji}$ ゆえに独立成分は $36\to21$

式 \eqref{eq:12-elastic-energy} を2回微分すると

$$ \frac{\partial^2U}{\partial e_i\partial e_j}=C_{ij} $$

$U$ は $e$ の滑らかな関数なので,偏微分の順序は交換できる(Schwarz の定理):

$$ \frac{\partial^2U}{\partial e_i\partial e_j}=\frac{\partial^2U}{\partial e_j\partial e_i} \quad\Longrightarrow\quad C_{ij}=C_{ji} $$

∎ $6\times6$ の対称行列の独立成分は $6+\dfrac{6\times5}{2}=6+15=21$ 個である.

三斜晶(点群 $1$ または $\bar1$)では,実際に21個すべてが独立である.これが対称性からの制約が最も弱い場合である.

12.7.2 Neumann の原理で 21 を 3 に減らす

第4章6節で学んだ Neumann の原理を思い出そう —— 物性テンソルは,結晶の点群のすべての対称操作に対して不変でなければならない.弾性定数は4階のテンソル $c_{ijkl}$ なので,対称操作 $R$ のもとで

$$ c'_{ijkl}=\sum_{m,n,o,p}R_{im}R_{jn}R_{ko}R_{lp}\,c_{mnop} $$

と変換し,$c'_{ijkl}=c_{ijkl}$ が要求される.しかしこの形で計算するのは煩雑である.エネルギー $U$ が不変であることを使うほうが,はるかに速い.以下ではその方法を実演する.

導出:立方晶で独立成分が3つになること(対称操作を1つずつ効かせる)

準備:$e_i$ が対称操作でどう変換するか.$e_i$ はひずみテンソル $\varepsilon_{ij}$ の成分だから,$\varepsilon_{ij}$ の変換則を見ればよい.$\varepsilon_{ij}=\frac12(\partial_j u_i+\partial_i u_j)$ であり,変位 $\uu$ はベクトル,$\partial_j$ もベクトル的に変換する.

ステップ1:$C_2(z)$ すなわち $(x,y,z)\to(-x,-y,z)$ を効かせる.この操作では $u\to-u$, $v\to-v$, $w\to w$ かつ $\partial_x\to-\partial_x$, $\partial_y\to-\partial_y$, $\partial_z\to\partial_z$ である.したがって

成分変換符号
$e_1=\partial_x u$$(-\partial_x)(-u)=\partial_x u$$+$
$e_2=\partial_y v$$(-\partial_y)(-v)$$+$
$e_3=\partial_z w$$(\partial_z)(w)$$+$
$e_4=\partial_z v+\partial_y w$$(\partial_z)(-v)+(-\partial_y)(w)$$\mathbf{-}$
$e_5=\partial_x w+\partial_z u$$(-\partial_x)(w)+(\partial_z)(-u)$$\mathbf{-}$
$e_6=\partial_y u+\partial_x v$$(-\partial_y)(-u)+(-\partial_x)(-v)$$+$

$U$ が不変であるためには,符号が変わる項が残ってはいけない.$U$ の各項 $C_{ij}e_ie_j$ は,$e_4$ または $e_5$ を奇数個含むと符号が変わる.したがって

$$ C_{14}=C_{15}=C_{24}=C_{25}=C_{34}=C_{35}=C_{46}=C_{56}=0 $$

ステップ2:$C_2(x)$ すなわち $(x,y,z)\to(x,-y,-z)$ を効かせる.同じ要領で調べると,今度は $e_1,e_2,e_3,e_4$ が偶,$e_5,e_6$ が奇になる.よって $e_5$ または $e_6$ を奇数個含む項が禁止され

$$ C_{15}=C_{16}=C_{25}=C_{26}=C_{35}=C_{36}=C_{45}=C_{46}=0 $$

ステップ3:$C_2(y)$ も加える.これで $e_4,e_5,e_6$ を1個だけ含む項,および2種類のせん断を1個ずつ含む項($C_{45},C_{46},C_{56}$)がすべて消える.残ったのは

$$ U=\frac12\left(C_{11}e_1^2+C_{22}e_2^2+C_{33}e_3^2\right) +C_{12}e_1e_2+C_{13}e_1e_3+C_{23}e_2e_3 +\frac12\left(C_{44}e_4^2+C_{55}e_5^2+C_{66}e_6^2\right) $$

この時点で独立成分は9個(斜方晶 $mmm$ の答えである).

ステップ4:$[111]$ 軸まわりの3回回転 $C_3$ を効かせる.これは $x\to y\to z\to x$ の巡回置換である.したがって

$$ e_1\to e_2\to e_3\to e_1,\qquad e_4\to e_5\to e_6\to e_4 $$

$U$ が不変であるためには,巡回で移り合う係数が等しくなければならない:

$$ \begin{equation} C_{11}=C_{22}=C_{33},\qquad C_{12}=C_{23}=C_{31},\qquad C_{44}=C_{55}=C_{66} \label{eq:12-cubic-reduction} \end{equation} $$

∎ 独立成分は $C_{11}, C_{12}, C_{44}$ の3つになった.21個から3個へ.弾性エネルギー密度は

$$ \begin{equation} U=\frac12C_{11}\left(e_1^2+e_2^2+e_3^2\right) +C_{12}\left(e_2e_3+e_3e_1+e_1e_2\right) +\frac12C_{44}\left(e_4^2+e_5^2+e_6^2\right) \label{eq:12-cubic-U} \end{equation} $$

行列で書けば

$$ \bm{C}= \begin{pmatrix} C_{11}&C_{12}&C_{12}&0&0&0\\ C_{12}&C_{11}&C_{12}&0&0&0\\ C_{12}&C_{12}&C_{11}&0&0&0\\ 0&0&0&C_{44}&0&0\\ 0&0&0&0&C_{44}&0\\ 0&0&0&0&0&C_{44} \end{pmatrix} $$

補足:使ったのは $C_2$ 3本と $C_3$ 1本だけ

上の導出で使ったのは $C_2(x),C_2(y),C_2(z)$ と $C_3[111]$ である.これらが生成する群は $T$(点群 $23$,位数12)にすぎない.$m\bar3m$(位数48)の残りの操作 —— $C_4$,鏡映,反転 —— を追加しても,$C_{ij}$ はもうこれ以上減らない.

これは重要な事実である.5つの立方晶点群 $23, m\bar3, 432, \bar43m, m\bar3m$ は,どれも同じ3つの弾性定数を持つ.弾性定数は偶数階(4階)のテンソルなので,第4章6節で見たとおり反転対称性の有無を区別できない.だから $\mathrm{Si}$($m\bar3m$)と $\mathrm{GaAs}$($\bar43m$)は,圧電性の有無では決定的に違うのに,弾性の形式はまったく同じである.

ただしこれは立方晶に固有の幸運である.正方晶では違う.$4, \bar4, 4/m$(Laue 群 $4/m$)では独立成分が7個($C_{16}\ne0$ が生き残る),$422, 4mm, \bar42m, 4/mmm$(Laue 群 $4/mmm$)では6個である.「点群でなく Laue 群が効く」というのが,偶数階テンソル一般の規則である(第4章6.2節の Friedel 則の話と同じ構造).

表12.7 結晶系ごとの独立な弾性定数の数
結晶系Laue 群独立成分の数独立成分
三斜$\bar1$21すべて
単斜$2/m$13
斜方$mmm$9$C_{11},C_{22},C_{33},C_{12},C_{13},C_{23},C_{44},C_{55},C_{66}$
正方$4/m$7$C_{11},C_{33},C_{12},C_{13},C_{44},C_{66},C_{16}$
$4/mmm$6$C_{11},C_{33},C_{12},C_{13},C_{44},C_{66}$
三方$\bar3$7$C_{11},C_{33},C_{12},C_{13},C_{44},C_{14},C_{25}$
$\bar3m$6$C_{11},C_{33},C_{12},C_{13},C_{44},C_{14}$
六方$6/m$, $6/mmm$5$C_{11},C_{33},C_{12},C_{13},C_{44}$($C_{66}=(C_{11}-C_{12})/2$)
立方$m\bar3$, $m\bar3m$3$\mathbf{C_{11},C_{12},C_{44}}$
等方体—2$C_{11},C_{12}$($C_{44}=(C_{11}-C_{12})/2$)

なぜ:六方晶が「横等方性」を示す理由

表12.7で六方晶だけ $C_{66}=(C_{11}-C_{12})/2$ という関係が自動的に成り立つ.理由は,6回対称軸まわりの回転が「連続回転」と同じ制約を課すからである.

実際,$xy$ 面内で角 $\theta$ だけ回した座標系で $U$ を書き直すと,$\cos4\theta$ に比例する項が現れる.$C_6$ 対称性は $\theta=60^\circ$ での不変性を要求するが,$\cos(4\times60^\circ)=\cos240^\circ=-1/2\ne1$ なので,その項の係数はゼロでなければならない.その係数がちょうど $C_{11}-C_{12}-2C_{66}$ である.

正方晶(4回対称)では $\theta=90^\circ$ で $\cos360^\circ=1$ となり制約が生じないので,$C_{66}$ は独立に残る.4回対称と6回対称で結果が違うのは,4階テンソルが「$4\theta$ の角度依存性」までしか持たないからである.これは第7章・第8章で扱った「表現の次数と何次までの項が生き残るか」の議論と同じ構造をしている.

定義:等方性条件と Zener 異方性比

立方晶の3つの定数の間に

$$ \begin{equation} C_{11}-C_{12}=2C_{44} \label{eq:12-isotropy} \end{equation} $$

が成り立つとき,その結晶は弾性的に等方である(どの方向でも音速が同じ).この関係からのずれを測るのが Zener 異方性比(Zener anisotropy ratio)

$$ \begin{equation} A\equiv\frac{2C_{44}}{C_{11}-C_{12}}=\frac{C_{44}}{C'},\qquad C'\equiv\frac{C_{11}-C_{12}}{2} \label{eq:12-zener} \end{equation} $$

である.$A=1$ が等方,$A\ne1$ が異方性ありを意味する.$C'$ は正方せん断係数(tetragonal shear modulus)と呼ばれ,立方体を体積一定で正方体に潰すときの硬さを表す.

導出:なぜ等方性条件が $C_{11}-C_{12}=2C_{44}$ なのか

2つの異なるせん断変形を比べる.

変形A($C_{44}$ が効く):$e_6=\gamma$,他はゼロ.式 \eqref{eq:12-cubic-U} より

$$ U_A=\frac12C_{44}\gamma^2 $$

これは $x$ 軸と $y$ 軸の間の直角を崩す変形,すなわち立方体の面の対角線 $[110]$ 方向に引き伸ばし,$[1\bar10]$ 方向に縮める変形である.

変形B($C_{11},C_{12}$ が効く):$e_1=\gamma/2$, $e_2=-\gamma/2$,他はゼロ.これは $x$ 方向に伸ばして $y$ 方向に縮める変形である.

$$ U_B=\frac12C_{11}\left[\left(\frac{\gamma}{2}\right)^2+\left(-\frac{\gamma}{2}\right)^2\right] +C_{12}\left(\frac{\gamma}{2}\right)\left(-\frac{\gamma}{2}\right) =\frac12C_{11}\frac{\gamma^2}{2}-C_{12}\frac{\gamma^2}{4} =\frac{\gamma^2}{4}\left(C_{11}-C_{12}\right) $$

ここが要点:変形Aと変形Bは,座標軸を $z$ 軸まわりに $45^\circ$ 回しただけの,同じ形の変形である.どちらも「ある方向に伸ばし,垂直方向に同じだけ縮める」体積一定のせん断である.

もし物質が弾性的に等方なら,変形の向きを $45^\circ$ 変えてもエネルギーは同じはずである.ただし「同じ大きさのせん断」に揃える必要がある.変形Aのせん断ひずみの大きさ(工学ひずみ)は $\gamma$,変形Bのそれも主軸から見れば $\gamma$ である($e_1-e_2=\gamma$).よって等方なら $U_A=U_B$:

$$ \frac12C_{44}\gamma^2=\frac{\gamma^2}{4}(C_{11}-C_{12}) \quad\Longrightarrow\quad 2C_{44}=C_{11}-C_{12} $$

∎ これが等方性条件である.$A=2C_{44}/(C_{11}-C_{12})$ は,まさに「$[100]$ 方向のせん断と $[110]$ 方向のせん断の硬さの比」を測っている.

物理的意味:$A$ が大きい物質,小さい物質,そして $C'\to0$ の意味

物質$A$意味
W1.00ほぼ完全に等方.多結晶体の弾性計算が単結晶と一致する稀な例
Al1.22弱い異方性
Si1.56MEMS 設計では無視できない
Cu3.21強い異方性.$[110]$ 方向のせん断が非常に柔らかい
Na7.6極端.bcc アルカリ金属に共通
NaCl0.70$A<1$ の例.$[100]$ せん断のほうが柔らかい

$C'$ が小さいことの物理的意味は深い.$C'=(C_{11}-C_{12})/2$ は,立方晶を体積一定で正方晶に歪ませる硬さである.$C'\to0$ は「立方晶が正方晶になりたがっている」ことを意味し,マルテンサイト変態の前兆になる.

「弾性定数の1つがゼロに向かう」=「その変形に対する復元力が消える」=「構造相転移が起きる」という論理は,第19章で強誘電相転移のソフトフォノンを扱うときにそのまま再登場する.$C'\to0$ は,$K\to0$ の音響フォノンが軟化することにほかならない(12.8節で $C'$ が $[110]$ 横波の音速を決めることを見る).

12.8 立方晶中の弾性波 — 永年方程式を解く

ここまでは静的な変形を扱ってきた.ひずみを時間と場所の関数にすれば,波が出てくる.弾性波の速度を $C_{11},C_{12},C_{44}$ で書き下すのが本節の目標である.

12.8.1 運動方程式を立てる

導出:応力の勾配が加速度を生む

体積 $\Delta x\,\Delta y\,\Delta z$ の直方体要素に働く $x$ 方向の正味の力を数える.

質量は $\rho\,\Delta x\Delta y\Delta z$ だから,Newton の運動方程式 $ma=F$ の両辺を体積で割って

$$ \begin{equation} \rho\frac{\partial^2u}{\partial t^2} =\frac{\partial\sigma_{xx}}{\partial x}+\frac{\partial\sigma_{xy}}{\partial y}+\frac{\partial\sigma_{xz}}{\partial z} \label{eq:12-newton} \end{equation} $$

($y,z$ 成分も同様.)これは「応力に勾配があるところで初めて力が生じる」という当たり前のことを言っている.一様な応力の中では,要素は前後から等しく押されて動かない.

導出:立方晶の弾性波動方程式(すべての項を書く)

ステップ1:応力をひずみで書く.式 \eqref{eq:12-hooke} と立方晶の $\bm{C}$ 行列から

$$ \sigma_{xx}=\sigma_1=C_{11}e_1+C_{12}(e_2+e_3),\qquad \sigma_{xy}=\sigma_6=C_{44}e_6,\qquad \sigma_{xz}=\sigma_5=C_{44}e_5 $$

ステップ2:ひずみを変位で書く.$\uu=(u,v,w)$ として

$$ e_1=\frac{\partial u}{\partial x},\quad e_2=\frac{\partial v}{\partial y},\quad e_3=\frac{\partial w}{\partial z},\quad e_5=\frac{\partial w}{\partial x}+\frac{\partial u}{\partial z},\quad e_6=\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x} $$

ステップ3:3つの微分を順に計算する.

$$ \frac{\partial\sigma_{xx}}{\partial x} =C_{11}\frac{\partial^2u}{\partial x^2} +C_{12}\left(\frac{\partial^2v}{\partial x\partial y}+\frac{\partial^2w}{\partial x\partial z}\right) $$ $$ \frac{\partial\sigma_{xy}}{\partial y} =C_{44}\frac{\partial}{\partial y}\left(\frac{\partial u}{\partial y}+\frac{\partial v}{\partial x}\right) =C_{44}\left(\frac{\partial^2u}{\partial y^2}+\frac{\partial^2v}{\partial x\partial y}\right) $$ $$ \frac{\partial\sigma_{xz}}{\partial z} =C_{44}\frac{\partial}{\partial z}\left(\frac{\partial w}{\partial x}+\frac{\partial u}{\partial z}\right) =C_{44}\left(\frac{\partial^2w}{\partial x\partial z}+\frac{\partial^2u}{\partial z^2}\right) $$

ステップ4:足し合わせ,$u$ の項と混合項をまとめる.$\partial^2 v/\partial x\partial y$ の係数は $C_{12}+C_{44}$,$\partial^2w/\partial x\partial z$ の係数も $C_{12}+C_{44}$ である.よって

$$ \begin{equation} \rho\frac{\partial^2u}{\partial t^2} =C_{11}\frac{\partial^2u}{\partial x^2} +C_{44}\left(\frac{\partial^2u}{\partial y^2}+\frac{\partial^2u}{\partial z^2}\right) +(C_{12}+C_{44})\left(\frac{\partial^2v}{\partial x\partial y}+\frac{\partial^2w}{\partial x\partial z}\right) \label{eq:12-wave-x} \end{equation} $$

∎ $v$ と $w$ についての方程式は,$x\to y\to z\to x$,$u\to v\to w\to u$ の巡回置換で得られる.

物理的意味:3つの係数がそれぞれ何をしているか

12.8.2 平面波を代入して永年方程式を作る

導出:一般の波数 $\KK$ に対する $3\times3$ 永年方程式

平面波解

$$ u=u_0\ee^{i(\KK\cdot\rr-\omega t)},\quad v=v_0\ee^{i(\KK\cdot\rr-\omega t)},\quad w=w_0\ee^{i(\KK\cdot\rr-\omega t)} $$

を仮定する.$\KK=(K_x,K_y,K_z)$.微分は代入に置き換わる:

$$ \frac{\partial^2}{\partial t^2}\to-\omega^2,\qquad \frac{\partial^2}{\partial x^2}\to-K_x^2,\qquad \frac{\partial^2}{\partial x\partial y}\to-K_xK_y $$

式 \eqref{eq:12-wave-x} に代入し,共通因子 $-\ee^{i(\KK\cdot\rr-\omega t)}$ で割ると

$$ \rho\omega^2u_0=\left[C_{11}K_x^2+C_{44}(K_y^2+K_z^2)\right]u_0 +(C_{12}+C_{44})\left(K_xK_y v_0+K_xK_z w_0\right) $$

巡回で他の2式も得られる.これは $\bm{M}\bm{u}_0=\rho\omega^2\bm{u}_0$ という固有値問題であり,行列 $\bm{M}$(Christoffel 行列)は

$$ \begin{equation} \bm{M}= \begin{pmatrix} C_{11}K_x^2+C_{44}(K_y^2+K_z^2) & (C_{12}+C_{44})K_xK_y & (C_{12}+C_{44})K_xK_z\\ (C_{12}+C_{44})K_yK_x & C_{11}K_y^2+C_{44}(K_z^2+K_x^2) & (C_{12}+C_{44})K_yK_z\\ (C_{12}+C_{44})K_zK_x & (C_{12}+C_{44})K_zK_y & C_{11}K_z^2+C_{44}(K_x^2+K_y^2) \end{pmatrix} \label{eq:12-christoffel} \end{equation} $$

非自明解の条件(永年方程式)は

$$ \det\left(\bm{M}-\rho\omega^2\bm{I}\right)=0 $$

∎ $\bm{M}$ は実対称なので固有値は3つとも実であり,固有ベクトルは互いに直交する.すなわちどの方向にも,互いに直交する偏光を持つ3つのモードが存在する.一般には「準縦波」1本と「準横波」2本だが,高対称方向では厳密に縦・横に分かれる.

12.8.3 $[100]$ 方向 —— いちばん簡単な場合

導出:$\KK=(K,0,0)$

$K_y=K_z=0$ を式 \eqref{eq:12-christoffel} に入れると,非対角項がすべてゼロになる:

$$ \bm{M}= \begin{pmatrix} C_{11}K^2&0&0\\ 0&C_{44}K^2&0\\ 0&0&C_{44}K^2 \end{pmatrix} $$

永年方程式は $(C_{11}K^2-\rho\omega^2)(C_{44}K^2-\rho\omega^2)^2=0$ で,直ちに解ける.

モード固有ベクトル偏光$\rho\omega^2/K^2$音速 $v=\omega/K$
縦波 L$(1,0,0)$$[100]$ = 進行方向$C_{11}$$v_L=\sqrt{C_{11}/\rho}$
横波 T$_1$$(0,1,0)$$[010]$$C_{44}$$v_T=\sqrt{C_{44}/\rho}$
横波 T$_2$$(0,0,1)$$[001]$$C_{44}$$v_T=\sqrt{C_{44}/\rho}$

∎ 2つの横波は縮退している.これは $[100]$ 軸まわりの4回対称性の帰結である(第11章の言葉で言えば,$\Delta$ 線の小群 $C_{4v}$ の2次元既約表現 $E$ に属する).群論を知っていれば,行列を解く前に「横波は2重縮退する」と予言できる.

12.8.4 $[110]$ 方向 —— 縦横が分かれ,横波の縮退が解ける

導出:$\KK=\dfrac{K}{\sqrt2}(1,1,0)$ の永年方程式を実際に解く

ステップ1:成分を入れる.$K_x=K_y=K/\sqrt2$,$K_z=0$.したがって

$$ K_x^2=K_y^2=\frac{K^2}{2},\qquad K_z^2=0,\qquad K_xK_y=\frac{K^2}{2},\qquad K_xK_z=K_yK_z=0 $$

Christoffel 行列は

$$ \bm{M}=\frac{K^2}{2} \begin{pmatrix} C_{11}+C_{44} & C_{12}+C_{44} & 0\\ C_{12}+C_{44} & C_{11}+C_{44} & 0\\ 0&0& 2C_{44} \end{pmatrix} $$

($M_{33}=C_{11}\cdot0+C_{44}(K_x^2+K_y^2)=C_{44}K^2$ なので,$\frac{K^2}{2}$ をくくり出すと $2C_{44}$ になる.)

ステップ2:$w_0$ が分離する.3行3列目は他と結合していないので,

$$ \rho\omega^2=C_{44}K^2 \quad\Longrightarrow\quad v_{T1}=\sqrt{\frac{C_{44}}{\rho}} $$

偏光は $(0,0,1)=[001]$,すなわち進行方向 $[110]$ に垂直な横波である.

ステップ3:残る $2\times2$ の永年方程式.$\Lambda\equiv 2\rho\omega^2/K^2$ と置くと

$$ \begin{vmatrix} C_{11}+C_{44}-\Lambda & C_{12}+C_{44}\\ C_{12}+C_{44} & C_{11}+C_{44}-\Lambda \end{vmatrix}=0 $$

展開して

$$ (C_{11}+C_{44}-\Lambda)^2=(C_{12}+C_{44})^2 \quad\Longrightarrow\quad C_{11}+C_{44}-\Lambda=\pm(C_{12}+C_{44}) $$

ステップ4:2つの根.

符号 $(+)$:$\Lambda=C_{11}+C_{44}-C_{12}-C_{44}=C_{11}-C_{12}$.よって

$$ \frac{2\rho\omega^2}{K^2}=C_{11}-C_{12} \quad\Longrightarrow\quad v=\sqrt{\frac{C_{11}-C_{12}}{2\rho}}=\sqrt{\frac{C'}{\rho}} $$

固有ベクトルは $(u_0,v_0)\propto(1,-1)$,すなわち $[1\bar10]$ 方向の偏光.進行方向 $[110]$ に垂直なので横波である.

符号 $(-)$:$\Lambda=C_{11}+C_{44}+C_{12}+C_{44}=C_{11}+C_{12}+2C_{44}$.よって

$$ v_L=\sqrt{\frac{C_{11}+C_{12}+2C_{44}}{2\rho}} $$

固有ベクトルは $(1,1)\propto[110]$,進行方向と同じなので縦波である.

∎ まとめると

モード偏光$v^2\rho$音速
縦波 L$[110]$$\dfrac{C_{11}+C_{12}+2C_{44}}{2}$$\sqrt{\dfrac{C_{11}+C_{12}+2C_{44}}{2\rho}}$
横波 T$_1$$[001]$$C_{44}$$\sqrt{\dfrac{C_{44}}{\rho}}$
横波 T$_2$$[1\bar10]$$\dfrac{C_{11}-C_{12}}{2}=C'$$\sqrt{\dfrac{C'}{\rho}}$

2つの横波の縮退が解けた.$[110]$ 軸は2回軸しかないので($[110]$ 方向の小群は $C_{2v}$),2次元既約表現が存在せず,縮退が許されない.第11章で学んだ「縮退は小群の既約表現の次元で決まる」がここでも効いている.

そして2つの横波の速度比は $\sqrt{C_{44}/C'}=\sqrt{A}$,すなわちZener 異方性比の平方根そのものである.$A$ を測るのに $[110]$ 方向の2本の横波音速を測ればよい,というのが超音波実験の定石になっている.

12.8.5 $[111]$ 方向

導出:$\KK=\dfrac{K}{\sqrt3}(1,1,1)$

$K_x^2=K_y^2=K_z^2=K_xK_y=\cdots=K^2/3$ だから

$$ \bm{M}=\frac{K^2}{3} \begin{pmatrix} a&b&b\\ b&a&b\\ b&b&a \end{pmatrix}, \qquad a=C_{11}+2C_{44},\quad b=C_{12}+C_{44} $$

この形の行列(対角に $a$,非対角にすべて $b$)の固有値は暗算で求まる.$\bm{J}$ を全成分1の行列とすると $\bm{M}=\frac{K^2}{3}\left[(a-b)\bm{I}+b\bm{J}\right]$ であり,$\bm{J}$ の固有値は $3$(固有ベクトル $(1,1,1)$)と $0$(2重,$(1,1,1)$ に垂直な任意のベクトル)である.よって

$$ v_L=\sqrt{\frac{C_{11}+2C_{12}+4C_{44}}{3\rho}} $$ $$ v_T=\sqrt{\frac{C_{11}-C_{12}+C_{44}}{3\rho}} $$

∎ $[111]$ 軸は3回軸なので小群は $C_{3v}$,その2次元既約表現 $E$ に横波2本が属する.だから縮退する.$[100]$ と同じく,群論から先に予言できる.

縦波・横波の模式図と,銅の各方向の音速.(a) 縦波は疎密波,横波はずれ波.(b) 銅の [100],[110],[111] 方向の縦波・横波の音速の棒グラフで,[110] 方向の [1-10] 偏光の横波が 1620 m/s と際立って遅い.
図12.5 (a) 縦波(変位が進行方向に平行,疎密が伝わる)と横波(変位が進行方向に垂直).(b) 銅の $[100]$, $[110]$, $[111]$ 各方向の音速.$C_{11}=168.4$, $C_{12}=121.4$, $C_{44}=75.4\,\mathrm{GPa}$, $\rho=8960\,\mathrm{kg/m^3}$ から計算した.注目すべきは $[110]$ 方向を進み $[1\bar10]$ に偏光する横波で,$C'=(C_{11}-C_{12})/2=23.5\,\mathrm{GPa}$ という小さな弾性定数で決まるため $1620\,\mathrm{m/s}$ と際立って遅い.速い横波との比 $2901/1620=1.79$ は $\sqrt{A}=\sqrt{3.21}=1.79$ に一致する.音速の異方性を測れば弾性定数がすべて決まるのが超音波法の原理である.

例題12.8 Cu と Si の音速を数値で出す

次のデータから,$[100]$ と $[110]$ 方向の音速を計算せよ.

Cu:$C_{11}=168.4$, $C_{12}=121.4$, $C_{44}=75.4\,\mathrm{GPa}$, $\rho=8960\,\mathrm{kg/m^3}$
Si:$C_{11}=165.7$, $C_{12}=63.9$, $C_{44}=79.6\,\mathrm{GPa}$, $\rho=2330\,\mathrm{kg/m^3}$

解答.$1\,\mathrm{GPa}=10^9\,\mathrm{Pa}$,$\sqrt{\mathrm{Pa}/(\mathrm{kg/m^3})}=\mathrm{m/s}$ に注意する.

Cu の $[100]$ 縦波:

$$ v_L=\sqrt{\frac{168.4\times10^9}{8960}}=\sqrt{1.8795\times10^{7}}=4335\ \mathrm{m/s} $$

Cu の $[100]$ 横波:

$$ v_T=\sqrt{\frac{75.4\times10^9}{8960}}=\sqrt{8.415\times10^{6}}=2901\ \mathrm{m/s} $$

Cu の $[110]$ 縦波:分子は $C_{11}+C_{12}+2C_{44}=168.4+121.4+150.8=440.6\,\mathrm{GPa}$.

$$ v_L=\sqrt{\frac{440.6\times10^9}{2\times8960}}=\sqrt{2.4587\times10^{7}}=4959\ \mathrm{m/s} $$

Cu の $[110]$ 遅い横波:$C'=(168.4-121.4)/2=23.5\,\mathrm{GPa}$.

$$ v_{T2}=\sqrt{\frac{23.5\times10^9}{8960}}=\sqrt{2.623\times10^{6}}=1620\ \mathrm{m/s} $$

Si の $[100]$:

$$ v_L=\sqrt{\frac{165.7\times10^9}{2330}}=\sqrt{7.112\times10^{7}}=8433\ \mathrm{m/s}, \qquad v_T=\sqrt{\frac{79.6\times10^9}{2330}}=5845\ \mathrm{m/s} $$

∎ Si の値は文献値 $8433$ および $5845\,\mathrm{m/s}$ と完全に一致する(これらは実際,超音波測定から $C_{ij}$ を決める際の基準値である).

桁の感覚:固体中の音速は $10^3$–$10^4\,\mathrm{m/s}$,空気中($343\,\mathrm{m/s}$)の3倍から30倍である.Si の $8433\,\mathrm{m/s}$ は,東京から大阪($400\,\mathrm{km}$)まで $47$ 秒で届く速さである.

第13章への橋渡し:弾性波はフォノンの $K\to0$ 極限である

次章では,原子1個1個の運動方程式を立てて格子振動(フォノン)の分散関係 $\omega(K)$ を導く.単原子鎖の答えは

$$ \omega(K)=2\sqrt{\frac{C_{\mathrm{spring}}}{M}}\abs{\sin\frac{Ka}{2}} $$

という形になる.$Ka\ll1$ では $\sin(Ka/2)\simeq Ka/2$ だから

$$ \omega\simeq\sqrt{\frac{C_{\mathrm{spring}}}{M}}\,a\,K = v\,K $$

すなわち原点付近で直線になり,その傾きが音速 $v$ である.本章で求めた $v_L,v_T$ は,まさにこの傾きにあたる.

逆に言えば,本章の連続体弾性論は,波長が格子間隔よりずっと長い極限でのみ正しい.$K$ が Brillouin 域境界($\pi/a\sim10^{10}\,\mathrm{m^{-1}}$)に近づくと分散が曲がり,群速度 $\dd\omega/\dd K$ はゼロに向かう.弾性定数は,フォノン分散の $\Gamma$ 点における接線の情報しか持っていない.

それでも,この情報は熱容量にとって決定的である.低温では長波長のフォノンだけが励起されるので,Debye の $T^3$ 法則(第14章)は本章の $v_L,v_T$ だけで決まってしまう.演習12.6でそれを確かめる.

12.9 体積弾性率・Poisson 比・実測値と第一原理計算

12.9.1 体積弾性率

導出:$B=(C_{11}+2C_{12})/3$

ステップ1:体積弾性率の定義.圧力 $p$ を加えたときの体積変化から

$$ B\equiv-V\frac{\partial p}{\partial V} $$

と定義する(その逆数 $\kappa=1/B$ が圧縮率である.本章では $K$ を波数に使っているので,圧縮率には $\kappa$ を当てる).エネルギー密度で言い直すと,体積ひずみ $\delta=\Delta V/V$ に対して

$$ U=\frac12 B\delta^2 $$

である($p=-\partial U/\partial\delta=-B\delta$ を積分した形).

ステップ2:一様な体積変化を式 \eqref{eq:12-cubic-U} に入れる.等方的に体積を $\delta$ だけ変えるには,各辺を $\delta/3$ ずつ伸ばせばよい(式 \eqref{eq:12-dilation} より $\delta=e_1+e_2+e_3$).すなわち

$$ e_1=e_2=e_3=\frac{\delta}{3},\qquad e_4=e_5=e_6=0 $$

ステップ3:代入して整理する.

$$ U=\frac12C_{11}\times3\left(\frac{\delta}{3}\right)^2+C_{12}\times3\left(\frac{\delta}{3}\right)^2 =\frac12C_{11}\frac{\delta^2}{3}+C_{12}\frac{\delta^2}{3} =\frac{\delta^2}{6}\left(C_{11}+2C_{12}\right) $$

ステップ4:比較する.$U=\frac12B\delta^2$ と見比べて

$$ \begin{equation} B=\frac{C_{11}+2C_{12}}{3} \label{eq:12-bulk} \end{equation} $$

∎ 3で割るのは,3方向の伸びの平均を取っていることに対応する.

補足:$B$ を結合ポテンシャルから直接出す

12.4節の Madelung エネルギーから $B$ を出してみよう.$U_{\mathrm{tot}}(R)$ が既知なら,$V\propto R^3$ を使って

$$ B=V\frac{\dd^2U_{\mathrm{tot}}}{\dd V^2}\bigg|_{V_0} $$

である.$\dd V/\dd R=3V/R$ を使って変数変換すると(少し計算すると)

$$ B=\frac{1}{9V_0}\left(R^2\frac{\dd^2U_{\mathrm{tot}}}{\dd R^2}\right)_{R_0} $$

NaCl 型結晶に式 \eqref{eq:12-ionic-total} を適用し,平衡条件 \eqref{eq:12-ionic-equil} を使うと

$$ B=\frac{\alpha q^2}{18R_0^4}\left(\frac{R_0}{\rho}-2\right) $$

NaCl の数値($\alpha=1.7476$, $R_0=2.81\,\mathrm{\mathring{A}}$, $\rho=0.310\,\mathrm{\mathring{A}}$,$V_0=2R_0^3$)を入れると $B\simeq25.4\,\mathrm{GPa}$ が得られ,実測 $25\,\mathrm{GPa}$ とよく一致する.

要点は $B\propto \alpha q^2/R_0^4$ というスケーリングである.例題12.6で見た「$q^2$ と $R_0^{-4}$ が効く」という見積もりは,ここから来ている.

12.9.2 Poisson 比と Young 率

定義:Poisson 比

棒を一方向に引っ張ったとき,横方向がどれだけ縮むかの比

$$ \nu\equiv-\frac{\text{横ひずみ}}{\text{縦ひずみ}}=-\frac{e_2}{e_1} $$

を Poisson 比(Poisson's ratio)という.立方晶を $[100]$ 方向に引っ張るときは(等方体でも同じ式になる)

$$ \begin{equation} \nu_{[100]}=\frac{C_{12}}{C_{11}+C_{12}},\qquad E_{[100]}=\frac{(C_{11}-C_{12})(C_{11}+2C_{12})}{C_{11}+C_{12}}=3B(1-2\nu_{[100]}) \label{eq:12-poisson} \end{equation} $$

$E$ は Young 率である.

導出:$\nu_{[100]}=C_{12}/(C_{11}+C_{12})$

$x$ 方向にだけ応力を加える:$\sigma_1\ne0$,$\sigma_2=\sigma_3=0$,せん断応力はすべてゼロ.立方晶の Hooke の法則(式 \eqref{eq:12-hooke})は

$$ \sigma_1=C_{11}e_1+C_{12}e_2+C_{12}e_3 $$ $$ 0=\sigma_2=C_{12}e_1+C_{11}e_2+C_{12}e_3 $$ $$ 0=\sigma_3=C_{12}e_1+C_{12}e_2+C_{11}e_3 $$

対称性から $e_2=e_3$($y$ と $z$ は同等).第2式に入れると

$$ C_{12}e_1+C_{11}e_2+C_{12}e_2=0 \quad\Longrightarrow\quad e_2(C_{11}+C_{12})=-C_{12}e_1 $$ $$ \nu=-\frac{e_2}{e_1}=\frac{C_{12}}{C_{11}+C_{12}} $$

∎ Young 率も出しておく.第1式に $e_2=e_3=-\nu e_1$ を入れて

$$ \sigma_1=\left(C_{11}-2C_{12}\nu\right)e_1 =\left(C_{11}-\frac{2C_{12}^2}{C_{11}+C_{12}}\right)e_1 =\frac{C_{11}^2+C_{11}C_{12}-2C_{12}^2}{C_{11}+C_{12}}e_1 $$

分子は $(C_{11}-C_{12})(C_{11}+2C_{12})$ に因数分解できる(実際,$(C_{11}-C_{12})(C_{11}+2C_{12})=C_{11}^2+2C_{11}C_{12}-C_{11}C_{12}-2C_{12}^2$).よって式 \eqref{eq:12-poisson} を得る.ここで引っ張った $x$ 軸は立方晶の $[100]$ 方向だから,得られた値は表12.8の $\nu_{[100]}$,$E_{[100]}$ にあたる.

注意:立方晶では $\nu$ も $E$ も「方向による」

上の導出は $[100]$ 方向に引っ張った場合である.異方性がある物質($A\ne1$)では,$[110]$ や $[111]$ に引っ張ると違う値が出る.たとえば Cu では

$$ E_{[100]}=67\,\mathrm{GPa},\qquad E_{[110]}=130\,\mathrm{GPa},\qquad E_{[111]}=192\,\mathrm{GPa} $$

と3倍近い違いがある.単結晶 Si の MEMS 設計で「ウェハの結晶方位をどう取るか」が問題になるのはこのためである.

多結晶体(結晶粒がランダムに並んだ体)では方向平均が取られ,Voigt 平均(ひずみ一様を仮定,上限)と Reuss 平均(応力一様を仮定,下限)の中間の値になる.実用値としてはその算術平均(Voigt–Reuss–Hill 平均)がよく使われる.Cu の多結晶では $E=110$–$130\,\mathrm{GPa}$,$\nu=0.34$ である.

文献の $\nu$ や $E$ を引用するときは,単結晶の方位別か多結晶平均かを必ず確認すること.

表12.8 代表的な立方晶の弾性定数(室温,GPa)と導出量
物質構造$C_{11}$$C_{12}$$C_{44}$$B$$C'$$A$$\nu_{[100]}$$\rho$ (g/cm³)
Nabcc7.36.24.26.60.557.60.460.97
Alfcc106.860.728.276.123.11.220.362.70
Cufcc168.4121.475.4137.123.53.210.428.96
Wbcc501198151299151.51.000.2819.25
Sidiamond165.763.979.697.850.91.560.282.33
Gediamond128.948.367.175.240.31.660.275.32
Cdiamond1076125576442475.51.210.103.52
MgOrocksalt297.895.1155.8162.7101.41.540.243.58
NaClrocksalt49.112.812.824.918.20.700.212.17

物理的意味:表12.8から読み取る

  1. ダイヤモンドは別格.$C_{11}=1076\,\mathrm{GPa}$ は Na の $147$ 倍.$B=442\,\mathrm{GPa}$ は既知の物質で最大級である($\mathrm{c\text{-}BN}$ が $400$,$\mathrm{Os}$ が $395\,\mathrm{GPa}$).C–C 共有結合が短く($1.54\,\mathrm{\mathring{A}}$)強い($3.7\,\mathrm{eV}$)ことの直接の帰結である.
  2. $B$ と凝集エネルギーの相関.表12.1の $E_{\mathrm{coh}}$ と $B$ をプロットすると,粗く $B\propto E_{\mathrm{coh}}/V_{\mathrm{atom}}$ の関係が見える.$B$ は「単位体積あたりの結合エネルギー密度」の目安なのである.実際,Cohen の経験式 $B\,[\mathrm{GPa}]=\dfrac{1971-220\lambda}{d^{3.5}}$($d$ は結合長 $\mathrm{\mathring{A}}$,$\lambda$ はイオン性を表す数)が,共有結合性結晶によく当たる.
  3. Poisson 比の傾向.金属は $\nu\simeq0.3$–$0.45$ と大きく,共有結合性結晶は $0.1$–$0.28$ と小さい.$\nu$ が大きいということは「引っ張ると横に大きく縮む」=「体積を保とうとする」=「せん断が体積変化より柔らかい」ということである.金属は塑性変形しやすく,共有結合結晶は脆いことと対応している.ゴムでは $\nu\to0.5$(完全に非圧縮).
  4. $C_{44}$ と $C'$ の比較.ダイヤモンドと Si を比べると,$C_{44}/C_{11}$ はダイヤモンドで $0.54$,Si で $0.48$ とほぼ同じだが,Na では $0.58$ でありながら $C'/C_{11}=0.075$ と極端に小さい.金属の「せん断には強いが正方変形には弱い」性格が数字に出ている.

12.9.3 第一原理計算で弾性定数を求める

実務:ひずみ‐エネルギー法の手順

望月研究室で日常的に行う計算である.手順は次のとおり.

  1. 基準構造を精密に緩和する.応力が $\abs{\sigma}<0.1\,\mathrm{kbar}$ 程度になるまで格子定数と内部座標を最適化する.ここが不十分だと,$U$ の1次の項が残ってしまい,放物線フィットが破綻する.
  2. ひずみを掛ける.格子ベクトル行列に $(\bm{I}+\varepsilon)$ を掛ける.$\delta=\pm0.005,\pm0.010,\pm0.015,\pm0.020$ の8点くらい取る.
  3. 内部座標を再緩和する.ダイヤモンド型や岩塩型のように単位胞に複数原子ある場合,ひずみを掛けたあと原子位置も緩和しなければならない(内部ひずみ).これを忘れると $C_{44}$ が大きく(Si で $20\,\%$ 以上)過大評価される.
  4. $\Delta E$ を $\delta^2$ でフィットする.$\Delta E/V_0=\frac12 k\delta^2$ の $k$ から目的の組み合わせを取り出す.
表12.9 立方晶で使う代表的なひずみパターン
目的ひずみ(Voigt)$\Delta E/V_0$
$B=\dfrac{C_{11}+2C_{12}}{3}$$(\delta,\delta,\delta,0,0,0)$(等方膨張)$\dfrac32(C_{11}+2C_{12})\delta^2=\dfrac92B\delta^2$
$C'=\dfrac{C_{11}-C_{12}}{2}$$(\delta,\delta,(1+\delta)^{-2}-1,0,0,0)$(体積一定の正方変形)$6C'\delta^2+O(\delta^3)$
$C_{44}$$\left(0,0,\dfrac{\delta^2}{1-\delta^2},0,0,\delta\right)$(体積一定のせん断)$\dfrac12C_{44}\delta^2+O(\delta^4)$

2番目のパターンで $e_3$ を $(1+\delta)^{-2}-1\simeq-2\delta$ と取るのは,体積 $(1+\delta)^2(1+e_3)=1$ を厳密に保つためである.体積を保つと,体積弾性率の寄与が完全に落ちて $C'$ だけが残るので,フィットの精度が上がる.実際,$e_3\simeq-2\delta$ を式 \eqref{eq:12-cubic-U} に入れると

$$ U=\frac12C_{11}(\delta^2+\delta^2+4\delta^2)+C_{12}(\delta^2-2\delta^2-2\delta^2) =3C_{11}\delta^2-3C_{12}\delta^2=6C'\delta^2 $$

となり,確かに $C_{11}+2C_{12}$ の組み合わせは現れない.

注意:第一原理弾性定数の落とし穴

例題12.9 弾性安定性の条件(Born の安定条件)

立方晶が力学的に安定であるためには,任意のひずみに対して $U>0$ でなければならない.この条件を $C_{11},C_{12},C_{44}$ で書け.

解答.式 \eqref{eq:12-cubic-U} が正定値であればよい.ひずみを3つの独立な変形に分解する.

  1. 等方膨張($e_1=e_2=e_3=\delta/3$):$U=\frac{\delta^2}{6}(C_{11}+2C_{12})>0$ より
$$ C_{11}+2C_{12}>0\qquad(\text{すなわち } B>0) $$
  1. 体積一定の正方変形($e_1=-e_2=\delta$, $e_3=0$):$U=\frac12C_{11}(2\delta^2)+C_{12}(-\delta^2)=(C_{11}-C_{12})\delta^2>0$ より
$$ C_{11}-C_{12}>0\qquad(\text{すなわち } C'>0) $$
  1. 純せん断($e_6=\delta$):$U=\frac12C_{44}\delta^2>0$ より
$$ C_{44}>0 $$

∎ この3条件(Born の安定条件)を満たさない構造は,その変形に沿って自発的に壊れる.第一原理計算で新物質を提案するときは,フォノン分散に虚数振動数がないことと並んで,必ずチェックすべき項目である.

実際,$C'<0$ になる仮想構造はよくある.たとえば bcc Cu を計算すると $C'<0$ となり,これが「bcc Cu は存在しない(fcc に変形してしまう)」ことの定量的な表現になる.

12.10 まとめと演習

12.10.1 まとめ

12.10.2 演習問題

演習12.1 van der Waals 展開の高次項と3次元係数

(1) $\sqrt{1-x}+\sqrt{1+x}$ を $x^4$ の項まで求め,$\Delta U$ の $1/R^{12}$ 補正項の係数を書け.

(2) $1/R^9$ の項が現れないことを,展開の対称性から説明せよ.

(3) 12.2.3節の補足にならって,双極子–双極子相互作用の横チャンネル($\gamma=+e^2/R^3$,2本)を含めた3次元の結果 $\Delta U=-\frac34\hbar\omega_0\alpha^2/R^6$ を自分で導け.

ヒント:(1) $(1+u)^{1/2}$ の4次の係数は $\frac{(1/2)(-1/2)(-3/2)(-5/2)}{4!}=-\frac{5}{128}$.よって和は $2-\frac{x^2}{4}-\frac{5x^4}{64}+\cdots$ で,$\Delta U=-\frac{\hbar\omega_0}{8}x^2-\frac{5\hbar\omega_0}{128}x^4$.第2項が $\propto 1/R^{12}$.(2) 和は $x$ の偶関数なので奇数次の項は恒等的にゼロ.(3) 各チャンネルで $\Delta U=-\frac{\hbar\omega_0\gamma^2}{8C^2}$,これを1本の縦と2本の横で足す.

演習12.2 どの格子が安定か —— sc, bcc, fcc の比較

Lennard-Jones 結晶の格子和は,格子ごとに次の値をとる.

格子配位数$A_{12}$$A_6$
単純立方 sc66.20028.4019
体心立方 bcc89.114212.2533
面心立方 fcc1212.1318814.45392
六方最密 hcp1212.1322914.45489

(1) 各格子について $R_0/\sigma$ と,原子1個あたりの凝集エネルギー $\dfrac{A_6^2}{2A_{12}}\epsilon$ を求めよ.

(2) 不活性気体固体が fcc をとる理由を説明せよ.

(3) fcc と hcp の差はいくらか.この差の小ささから何が言えるか.

ヒント:(1) sc: $R_0/\sigma=(2\times6.2002/8.4019)^{1/6}=1.067$,$E=8.402^2/(2\times6.200)=5.69\epsilon$.bcc: $8.24\epsilon$.fcc: $8.610\epsilon$.hcp: $8.611\epsilon$.(3) 差は $10^{-4}$ 程度で,零点振動や3体力で簡単に逆転しうる.実際 $^4$He は hcp をとる.

演習12.3 1次元イオン結晶を最後まで解く

間隔 $R$ で $\pm q$ が交互に並ぶ1次元鎖に,最近接だけに働く斥力 $\lambda\ee^{-R/\rho}$ を加える.イオン1個あたりのエネルギーを $U=2\lambda\ee^{-R/\rho}-\dfrac{2q^2\ln2}{R}$ とする.

(1) 平衡条件から $\lambda$ を消去し,$U(R_0)$ を $R_0,\rho,q$ で表せ.

(2) $R_0=3.0\,\mathrm{\mathring{A}}$, $\rho=0.30\,\mathrm{\mathring{A}}$, $q=e$ として $U(R_0)$ を eV 単位で求めよ.

(3) 交代級数 $1-\frac12+\frac13-\cdots$ を,正の項を2つずつ・負の項を1つずつの順に並べ替えた和が $\frac32\ln2$ になることを,$H_n=\ln n+\gamma+O(1/n)$($\gamma$ は Euler 定数)を使って示せ.この結果が Madelung 和の計算にとって持つ意味を述べよ.

ヒント:(1) 12.4.1節とまったく同じ手順.答えは $U(R_0)=-\dfrac{2q^2\ln2}{R_0}\left(1-\dfrac{\rho}{R_0}\right)$.(2) $U(R_0)=-2\times0.6931\times14.400/3.0\times0.9=-5.99\,\mathrm{eV}$(結合の深さとしては $5.99\,\mathrm{eV}$).(3) 並べ替えた和の $3n$ 項目までの部分和は $H_{4n}-\frac12H_{2n}-\frac12H_n\to\ln4-\frac12\ln2-\frac12\ln1$…と評価する.意味:足す順序を指定しない Madelung 和は意味を持たない.

演習12.4 ひずみの因子2を体で覚える

変位場が $u=a y+b z$, $v=a x+c z$, $w=b x+c y$($a,b,c$ は微小定数)で与えられる.

(1) $\varepsilon_{ij}$ と $\omega_{ij}$ を求めよ.

(2) Voigt の $e_1,\dots,e_6$ を書け.

(3) 体積変化を求めよ.

(4) 立方晶でこの変形に要するエネルギー密度を $C_{44}$ で表せ.

(5) 第一原理計算で $C_{44}$ を求めるために「$\varepsilon_{yz}=\varepsilon_{zy}=0.01$ のひずみを掛けて $\Delta E/V_0=\frac12C_{44}(0.01)^2$ とフィットした」という報告があった.誤りを指摘し,正しい $C_{44}$ を求めよ.

ヒント:(1) $\omega=0$(純粋せん断のみ).$\varepsilon_{xy}=a,\ \varepsilon_{zx}=b,\ \varepsilon_{yz}=c$.(2) $e_1=e_2=e_3=0$, $e_4=2c$, $e_5=2b$, $e_6=2a$.(3) $\delta=0$.(4) $U=\frac12C_{44}(4c^2+4b^2+4a^2)=2C_{44}(a^2+b^2+c^2)$.(5) $\varepsilon_{yz}=0.01$ は $e_4=0.02$ を意味するので,正しくは $\Delta E/V_0=\frac12C_{44}(0.02)^2=2C_{44}(0.01)^2$.報告された値は真の $C_{44}$ の4倍である.

演習12.5 $[111]$ 方向の弾性波を自分で解く

$\KK=\frac{K}{\sqrt3}(1,1,1)$ について,

(1) Christoffel 行列 \eqref{eq:12-christoffel} の成分を書き下せ.

(2) 永年方程式 $\det(\bm{M}-\rho\omega^2\bm{I})=0$ を,$(1,1,1)$ とそれに垂直な2つのベクトルを基底に取ることで解け.

(3) Cu と Si について $v_L$ と $v_T$ を数値で求め,図12.5(b) の値を確かめよ.

(4) 等方性条件 $C_{11}-C_{12}=2C_{44}$ が成り立つとき,$[100]$, $[110]$, $[111]$ の音速がすべて一致することを示せ.

ヒント:(2) $\bm{M}=\frac{K^2}{3}[(a-b)\bm{I}+b\bm{J}]$ の形.(3) Cu: $v_L=5150$, $v_T=2134\,\mathrm{m/s}$.Si: $v_L=9360$, $v_T=5090\,\mathrm{m/s}$ 程度.(4) $C_{12}=C_{11}-2C_{44}$ を各式に代入すると,縦波はすべて $\sqrt{C_{11}/\rho}$,横波はすべて $\sqrt{C_{44}/\rho}$ になる.

演習12.6 弾性定数から Debye 温度を出す(第14章への予習)

Debye 模型では,Debye 温度は

$$ \Theta_D=\frac{\hbar v_D}{k_B}\left(6\pi^2 n\right)^{1/3}, \qquad \frac{3}{v_D^3}=\frac{1}{v_L^3}+\frac{2}{v_T^3} $$

で与えられる($n$ は原子数密度,$v_D$ は「平均音速」).

(1) Si の $[100]$ 方向の値 $v_L=8433$, $v_T=5845\,\mathrm{m/s}$ を使って $v_D$ を求めよ.

(2) Si の原子数密度 $n=4.99\times10^{28}\,\mathrm{m^{-3}}$(格子定数 $5.431\,\mathrm{\mathring{A}}$,単位胞に8原子)を使って $\Theta_D$ を求めよ.

(3) 実測の $\Theta_D=645\,\mathrm{K}$ と比べ,ずれの原因を考察せよ.

ヒント:(1) $1/v_L^3=1.667\times10^{-12}$, $2/v_T^3=1.002\times10^{-11}$,和を3で割って $v_D=6357\,\mathrm{m/s}$.(2) $(6\pi^2n)^{1/3}=1.435\times10^{10}\,\mathrm{m^{-1}}$,$\Theta_D=\hbar v_Dk_D/k_B\simeq697\,\mathrm{K}$.(3) 弾性定数から出す $\Theta_D$ は「$K\to0$ の接線」だけを使うので,実際の分散が Brillouin 域境界で寝ることを無視している.そのため系統的に高めに出る.また $[100]$ の音速だけを使ったのも近似で,全方向にわたる平均を取ればもう少し下がる.

参考文献

  1. C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上)』第8版,宇野良清ほか訳,丸善出版,第3章「結晶結合と弾性定数」.—— 本章の底本.van der Waals の2振動子模型,Lennard-Jones の格子和,Madelung エネルギー,立方晶の弾性波はすべてこの章に対応する.ただし本章では,Kittel が省略した代数計算をすべて書き下した.
  2. N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapters 19–22.—— 凝集エネルギーの各論と弾性論.Madelung 定数の Ewald 法による評価が丁寧.
  3. J. F. Nye, Physical Properties of Crystals, Oxford University Press (1985), Chapters 5–8.—— ひずみ・応力・弾性定数のテンソル論の標準書.Voigt 表記の因子問題,結晶系ごとの独立成分の数え上げはこの本が最も明快である.
  4. 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版,第7章.—— Neumann の原理と物性テンソルの日本語での解説.
  5. 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 本章12.7節の対称性による削減は,この資料の Neumann の原理の議論に沿っている.
  6. F. Mouhat, F.-X. Coudert, "Necessary and sufficient elastic stability conditions in various crystal systems", Phys. Rev. B 90, 224104 (2014).—— 例題12.9 の Born 安定条件の,全結晶系にわたる完全な一覧.第一原理計算で新物質を提案するときの必読文献.
  7. M. L. Cohen, "Calculation of bulk moduli of diamond and zinc-blende solids", Phys. Rev. B 32, 7988 (1985).—— 表12.8の考察で触れた $B$ の経験式の原論文.
  8. J. C. Phillips, Bonds and Bands in Semiconductors, Academic Press (1973).—— 12.5.3節の「イオン性 $f_i$」の定義と,共有結合–イオン結合の連続性の議論.
  9. P. P. Ewald, "Die Berechnung optischer und elektrostatischer Gitterpotentiale", Ann. Phys. 369, 253 (1921).—— Ewald 法の原論文.100年経った今も,あらゆる第一原理計算コードの中で動いている.