固体物理学入門 — 目次 第II部 対称性を計算に変える — 群論 / 第11章

第11章空間群の表現とBloch定理

第6章から第10章までで,群論の道具立ては一通りそろった.積表,類,既約表現,指標表,射影演算子,直積と選択則.しかしそこで扱ってきたのは,すべて有限個の元からなる点群であった.結晶はそれだけではない.結晶には並進がある.並進を含めた対称操作の全体が空間群であり(第5章),本章ではその空間群の表現を作る.

結論を先に言ってしまおう.Bloch の定理は,並進群の既約表現の話である.波数 $\kk$ は,運動量を $\hbar$ で割ったものでもなければ,便宜的なラベルでもない.$\kk$ は並進群の既約表現につけられた名前そのものである.だから $\kk$ は量子数として働き,だから $\kk$ は逆格子ベクトル $\GG$ の差を除いてしか意味を持たず,だから第1 Brillouin 域だけを見ればよい.これらはすべて,ひとつの事実 —— 並進群は可換群であり,その既約表現はすべて1次元である —— から流れ出てくる.

この視点を手に入れると,バンド図の読み方が一変する.バンドが $\Gamma$ 点で3重に縮退し,$\Delta$ 線に沿って2本と1本に割れ,$X$ 点で再びくっつく.そうした一見複雑な絵が,「その $\kk$ での波数群の既約表現の次元」というたったひとつの原理で説明できる.Si の価電子帯の頂上がなぜ3重縮退なのか,ダイヤモンド構造ではなぜゾーン境界の $X$ 点でバンドが必ず2本ずつ貼り付くのか,Si の Raman ピーク $520\,\mathrm{cm^{-1}}$ がなぜ光学フォノンによるものと断定できるのか.すべて本章で答えが出る.

本章は第II部の締めくくりであり,同時に第III部への入口である.ここで作った $\kk$ の概念が,第13章のフォノン,第15章の自由電子,第16章のエネルギーバンド,第18章の Fermi 面へとそのまま流れ込む.群論を「抽象的な数学」から「バンド計算の道具」へ変える章である.

この章で学ぶこと
  • Seitz 記号 $\{R|\bm{\tau}\}$ の積の規則と,並進群 $\mathcal{T}$ が空間群の正規部分群であること
  • $\mathcal{T}$ は可換群 $\Rightarrow$ 既約表現はすべて1次元(第7章・第8章の帰結)
  • 周期境界条件から $\kk = \frac{m_1}{N_1}\bb_1+\frac{m_2}{N_2}\bb_2+\frac{m_3}{N_3}\bb_3$ が量子化されること(本章の心臓部)
  • $\kk$ は並進群の既約表現のラベルであり,$\kk$ と $\kk+\GG$ は同じ表現を与えること
  • Bloch の定理 $\psi_\kk(\rr)=e^{i\kk\cdot\rr}u_\kk(\rr)$ の群論的導出
  • 波数群(group of the wave vector)と小群,$\kk$ の星(star),fcc の高対称点 $\Gamma, X, L, W, K$ と線 $\Delta, \Lambda, \Sigma$
  • バンドの縮退度=波数群 $G_\kk$ の既約表現の次元,Si の $\Gamma_{25'}$ の3重縮退
  • 両立関係(compatibility relation)とバンド図の接続の読み方
  • nonsymmorphic 空間群でのバンドの貼り付き(sticking together),ダイヤモンド構造の $X$ 点
  • $\Gamma$ 点フォノンの既約分解,音響モードが $\rr$ と同じ既約表現に属すること,Si の光学フォノンの Raman 活性
前提:第3章(逆格子と第1 Brillouin 域),第5章(空間群,symmorphic と nonsymmorphic),第6章〜第10章(群論一式.とくに「可換群の既約表現はすべて1次元」(第8章),既約分解の公式(第8章),$[\Ham,\hat{R}]=0$ が意味すること(第6章)).

11.1 並進群 $\mathcal{T}$ — 空間群のいちばん大事な部分群

11.1.1 Seitz 記号の復習と積の規則

第5章で導入した Seitz 記号(Seitz notation)$\{R|\bm{\tau}\}$ を思い出そう.これは「まず原点まわりに点群操作 $R$ を施し,そのあと $\bm{\tau}$ だけ平行移動する」という操作であった.位置ベクトル $\rr$ への作用は

$$ \begin{equation} \{R|\bm{\tau}\}\,\rr = R\rr + \bm{\tau} \label{eq:11-seitz} \end{equation} $$

である.ここから積の規則を導く.まず慣れるために,この計算を省略せずに書く.

導出:Seitz 記号の積・逆元

2つの操作を続けて施す.右側の $\{R_2|\bm{\tau}_2\}$ を先に作用させる約束である.

$$ \{R_1|\bm{\tau}_1\}\Bigl(\{R_2|\bm{\tau}_2\}\rr\Bigr) = \{R_1|\bm{\tau}_1\}\bigl(R_2\rr + \bm{\tau}_2\bigr) $$

いま括弧の中身をひとつの位置ベクトルとみなして式 \eqref{eq:11-seitz} を適用すると

$$ = R_1\bigl(R_2\rr + \bm{\tau}_2\bigr) + \bm{\tau}_1 = (R_1R_2)\rr + \bigl(R_1\bm{\tau}_2 + \bm{\tau}_1\bigr) $$

これを式 \eqref{eq:11-seitz} の形と見比べれば,点群部分は $R_1R_2$,並進部分は $R_1\bm{\tau}_2+\bm{\tau}_1$ である.すなわち

$$ \begin{equation} \{R_1|\bm{\tau}_1\}\{R_2|\bm{\tau}_2\} = \{R_1R_2 \,\bigm|\, R_1\bm{\tau}_2 + \bm{\tau}_1\} \label{eq:11-product} \end{equation} $$

$\bm{\tau}_2$ に $R_1$ が掛かるのがポイントである.左側の操作の回転部分が,右側の並進を回してしまう.ここを間違えると以下すべてが狂うので,必ず自分で一度導いておくこと.

単位元は $\{E|0\}$ である.逆元 $\{R|\bm{\tau}\}^{-1} = \{S|\bm{\sigma}\}$ を求めよう.式 \eqref{eq:11-product} より

$$ \{R|\bm{\tau}\}\{S|\bm{\sigma}\} = \{RS \,|\, R\bm{\sigma}+\bm{\tau}\} \overset{!}{=} \{E|0\} $$

点群部分から $RS = E$,すなわち $S = R^{-1}$.並進部分から $R\bm{\sigma}+\bm{\tau} = 0$,両辺に左から $R^{-1}$ を掛けて $\bm{\sigma} = -R^{-1}\bm{\tau}$.したがって

$$ \begin{equation} \{R|\bm{\tau}\}^{-1} = \{R^{-1} \,\bigm|\, -R^{-1}\bm{\tau}\} \label{eq:11-inverse} \end{equation} $$

∎ 単純に $\{R^{-1}|-\bm{\tau}\}$ ではないことに注意する.

11.1.2 並進群の定義

定義:並進群(translation group)

空間群 $G$ のうち,点群部分が恒等操作 $E$ であり,並進部分が格子並進ベクトル

$$ \RR_n = n_1\aa_1 + n_2\aa_2 + n_3\aa_3 \qquad (n_1,n_2,n_3 \in \mathbb{Z}) $$

であるような元 $\{E|\RR_n\}$ の全体を,並進群 $\mathcal{T}$ という.$\aa_1,\aa_2,\aa_3$ は primitive cell の基本並進ベクトルである(第1章).

注意:$\{E|\RR_n\}$ の $\RR_n$ は primitive の格子ベクトルである

fcc を conventional cell(立方体)で考えているとき,立方体の辺 $a\hat{x}$ も並進対称性であるが,fcc ではそれより短い $\frac{a}{2}(0,1,1)$ などが基本並進ベクトルである.並進群を作るときは必ず primitive cell の基本ベクトルを使う.conventional cell の辺を使うと,面心位置の並進を落としてしまい,以下の議論がすべて狂う.

この点は第1章1.3.2節「取り方は無限にあるが,体積は一意である」で強調したところである.バンド計算のプログラムが primitive cell を要求する理由も,まさにここにある.

11.1.3 $\mathcal{T}$ は正規部分群である

並進群は,空間群のなかで特別な地位を占める.それを示すのが次の計算である.

導出:$\{R|\bm{\tau}\}\{E|\RR\}\{R|\bm{\tau}\}^{-1} = \{E|R\RR\}$

まず左の2つを式 \eqref{eq:11-product} で掛ける.$R_1=R$, $\bm{\tau}_1=\bm{\tau}$, $R_2=E$, $\bm{\tau}_2=\RR$ として

$$ \{R|\bm{\tau}\}\{E|\RR\} = \{RE \,|\, R\RR + \bm{\tau}\} = \{R \,|\, R\RR+\bm{\tau}\} $$

次に式 \eqref{eq:11-inverse} の $\{R^{-1}|-R^{-1}\bm{\tau}\}$ を右から掛ける.再び式 \eqref{eq:11-product} で $R_1=R$, $\bm{\tau}_1 = R\RR+\bm{\tau}$, $R_2=R^{-1}$, $\bm{\tau}_2 = -R^{-1}\bm{\tau}$ として

$$ \{R \,|\, R\RR+\bm{\tau}\}\{R^{-1}\,|\,-R^{-1}\bm{\tau}\} = \{RR^{-1} \,\bigm|\, R(-R^{-1}\bm{\tau}) + R\RR + \bm{\tau}\} $$

点群部分は $RR^{-1}=E$.並進部分は $-RR^{-1}\bm{\tau} + R\RR + \bm{\tau} = -\bm{\tau}+R\RR+\bm{\tau} = R\RR$.したがって

$$ \begin{equation} \{R|\bm{\tau}\}\{E|\RR\}\{R|\bm{\tau}\}^{-1} = \{E \,|\, R\RR\} \label{eq:11-normal} \end{equation} $$

∎ $R$ は結晶の点群操作だから,格子を格子に移す.ゆえに $R\RR$ もまた格子並進ベクトルであり,右辺は $\mathcal{T}$ の元である.

物理的意味:$\mathcal{T}$ が正規部分群であることの効き目

式 \eqref{eq:11-normal} は「$\mathcal{T}$ のどの元を,空間群のどの元で共役変換しても,$\mathcal{T}$ の中にとどまる」ことを言っている.これが正規部分群(normal subgroup,第6章6.7.1節)の定義である.

正規部分群であれば剰余類が群をなす.その剰余群(商群,quotient group)

$$ G/\mathcal{T} \cong P $$

は結晶の点群 $P$ に同型である.つまり空間群は「並進群という土台の上に,点群という構造が乗ったもの」として整理できる.symmorphic 空間群では $G$ は $\mathcal{T}$ と $P$ の半直積になり,nonsymmorphic ではそう書けない(第5章5.3節).この違いが11.8節でバンドの貼り付きとして現れる.

さらに,正規部分群があると表現論に強力な手法(誘導表現,induced representation)が使える.空間群の既約表現は,$\mathcal{T}$ の既約表現から出発して組み立てられる.その出発点が本章11.2節である.

11.1.4 $\mathcal{T}$ は可換群 —— だから既約表現はすべて1次元

導出:$\mathcal{T}$ が可換であること

式 \eqref{eq:11-product} で $R_1=R_2=E$ とすると

$$ \{E|\RR_1\}\{E|\RR_2\} = \{E\cdot E \,|\, E\RR_2 + \RR_1\} = \{E \,|\, \RR_1+\RR_2\} $$

$E$ は恒等行列だから $E\RR_2 = \RR_2$ である.順序を入れ替えても

$$ \{E|\RR_2\}\{E|\RR_1\} = \{E \,|\, \RR_2+\RR_1\} = \{E \,|\, \RR_1+\RR_2\} $$

ベクトルの足し算は可換なので,両者は等しい.よって

$$ \{E|\RR_1\}\{E|\RR_2\} = \{E|\RR_2\}\{E|\RR_1\} $$

∎ 並進群は可換群(Abelian group)である.

定理11.1 可換群の既約表現はすべて1次元

位数 $h$ の可換群の既約表現は $h$ 個あり,そのすべてが1次元である.

証明:第8章の2つの定理を組み合わせるだけ

ステップ1:可換群では各元がそれぞれ1つの類をなす.

類の定義は,$g$ と $g'$ が共役,すなわちある $x$ が存在して $g' = xgx^{-1}$ となること(第6章6.6節).可換群では $xg = gx$ だから

$$ g' = xgx^{-1} = gxx^{-1} = g $$

となり,$g$ と共役なのは $g$ 自身しかない.ゆえに類の数は元の数に等しく,$h$ 個である.

ステップ2:既約表現の数は類の数に等しい(第8章8.3節).したがって既約表現の数も $h$ 個である.これらの次元を $\ell_1,\ell_2,\dots,\ell_h$ とおく.

ステップ3:次元の2乗和は位数に等しい(第7章,大直交定理の系).

$$ \sum_{i=1}^{h} \ell_i^2 = h $$

各 $\ell_i$ は1以上の整数であり,そのような数を $h$ 個足して(2乗して足して)$h$ になるのは,全部が $1$ の場合しかない.実際,もしどれか1つでも $\ell_j \ge 2$ なら $\sum \ell_i^2 \ge 4 + (h-1) = h+3 > h$ となって矛盾する.

$$ \therefore \quad \ell_1 = \ell_2 = \cdots = \ell_h = 1 $$

∎

なぜ:この定理が本章のすべてを決める

既約表現が1次元であるとは,表現行列がただの複素数($1\times1$ 行列)だということである.すると各既約表現は「並進 $\RR$ に対して複素数 $D(\RR)$ を返す関数」でしかない.$D$ は表現だから $D(\RR_1)D(\RR_2) = D(\RR_1+\RR_2)$ を満たす.この関数方程式を満たす複素数値関数は指数関数しかない —— こうして $e^{-i\kk\cdot\RR}$ が必然的に現れる.次節でそれを丁寧に見る.

そしてもうひとつ.既約表現が1次元だということは,並進対称性だけからは縮退が生じないことも意味する.バンドの縮退はすべて,並進以外の対称性 —— すなわち波数群 $G_\kk$ —— に由来する.11.6節の主題である.

11.2 周期境界条件と $\kk$ の量子化

ここが本章の心臓部である.無限に広がる結晶をそのまま扱うと並進群は無限群になってしまい,前節の定理(位数 $h$ の有限群についての定理)が使えない.そこで周期境界条件(periodic boundary condition, Born–von Karman boundary condition)を課して有限群にする.

11.2.1 まず1次元で —— 環にした原子鎖

格子定数 $a$ の1次元結晶を考える.原子が $N$ 個並んでいるとし,$N$ 番目の次はまた0番目に戻る,と約束する.すなわち鎖を丸めて環にする.式で書けば

$$ \begin{equation} \{E|Na\} = \{E|0\} \qquad\text{(周期境界条件)} \label{eq:11-pbc1d} \end{equation} $$

この条件のもとで,並進群は

$$ \mathcal{T}_1 = \bigl\{\, T_0=\{E|0\},\ T_1=\{E|a\},\ T_2=\{E|2a\},\ \dots,\ T_{N-1}=\{E|(N-1)a\} \,\bigr\} $$

という位数 $N$ の有限群になる.積の規則は

$$ T_n T_m = \{E|na\}\{E|ma\} = \{E|(n+m)a\} = T_{(n+m)\bmod N} $$

である.添字が $N$ を超えたら $N$ を引く.これは巡回群(cyclic group)$C_N$ にほかならない.$T_1$ ひとつで全部が生成される:$T_n = (T_1)^n$.

導出:1次元並進群の既約表現をすべて求める

定理11.1より既約表現は $N$ 個あってすべて1次元である.1次元表現では表現行列は複素数だから,生成元 $T_1$ の表現を

$$ D(T_1) = c \qquad (c \in \mathbb{C}) $$

と書く.$c$ さえ決まれば,表現の準同型性 $D(gg')=D(g)D(g')$ から

$$ D(T_n) = D\bigl((T_1)^n\bigr) = \bigl[D(T_1)\bigr]^n = c^n $$

とすべてが決まる.$c$ を決めるのが周期境界条件である.式 \eqref{eq:11-pbc1d} は $(T_1)^N = T_0 = E$ を意味するから,両辺の表現を取って

$$ c^N = D(E) = 1 $$

すなわち $c$ は1の $N$ 乗根でなければならない.$c = e^{i\theta}$ と置けば $e^{iN\theta}=1$ より $N\theta = 2\pi\times(\text{整数})$,よって

$$ c = \exp\!\left(-\,\frac{2\pi i\, m}{N}\right), \qquad m = 0, 1, 2, \dots, N-1 $$

(符号を $-$ に取ったのは後の便宜のためで,$m$ が $0$ から $N-1$ を走るので集合としては同じものである.)

これで $N$ 個の既約表現が出そろった.ちょうど定理11.1の予言どおりの個数である.

ここで $\kk$ を導入する.指数の肩を $-i\times(\text{何か})\times a$ の形に整形したい.そこで

$$ \frac{2\pi m}{N} = k\,a \quad\text{となるように}\quad \boxed{\,k \equiv \frac{2\pi m}{Na}\,} $$

と定義する.$Na = L$ は結晶全体の長さである.すると

$$ c = e^{-ika}, \qquad D^{(k)}(T_n) = c^n = e^{-ikna} $$

$na$ は $n$ 番目の格子点の位置 $R_n$ だから,結局

$$ \begin{equation} D^{(k)}\bigl(\{E|R_n\}\bigr) = e^{-i k R_n}, \qquad k = \frac{2\pi m}{Na} \label{eq:11-irrep1d} \end{equation} $$

∎ 「1次元表現+周期境界条件」から,指数関数と $k$ の量子化がひとりでに出てきた.

補足:$k$ の値の範囲の取り方

$m=0,1,\dots,N-1$ とすると $k$ は $0$ から $2\pi/a$ の手前までを走る.しかし $m$ と $m+N$ は同じ $c$ を与える($e^{-2\pi i(m+N)/N} = e^{-2\pi i m/N}e^{-2\pi i}=e^{-2\pi i m/N}$)ので,$m$ の代表元は $N$ 個の連続した整数ならどう選んでもよい.

ふつうは原点対称に

$$ m = -\frac{N}{2}+1,\ \dots,\ -1,\ 0,\ 1,\ \dots,\ \frac{N}{2} \qquad\Longleftrightarrow\qquad -\frac{\pi}{a} < k \le \frac{\pi}{a} $$

と取る.これが第1 Brillouin 域である.第1 Brillouin 域が「$k$ の値域として自然」なのは,こういう理由による.11.3節でこれを3次元でもう一度きちんと述べる.

(a) 周期境界条件:N 個の胞を環にする (図は N = 8) 0 1 2 3 4 5 6 7 a {E|8a} = {E|0} (b) 許される波数は N 個だけ(間隔 2π/Na) k −π/a π/a 0 k = 2πm / Na 間隔 2π/Na(緑). N → ∞ で連続に近づく 両端の k = ±π/a は G = 2π/a の差なので同一視され, 独立な既約表現はちょうど N 個になる
図11.1 (a) 周期境界条件 $\{E|Na\}=\{E|0\}$ は,原子鎖を環に丸めることに相当する.これで並進群は位数 $N$ の巡回群になり,有限群の表現論が使える.(b) 既約表現は $N$ 個で,それぞれに $k = 2\pi m/Na$ というラベルがつく.$k$ の間隔は $2\pi/Na = 2\pi/L$ であり,結晶が大きいほど密になる.$k$ が「連続変数」に見えるのは $N \sim 10^{23}$ だからにすぎず,本質は離散である.第14章・第15章の状態数の数え上げは,この図の $k$ 点を数えているだけである.

11.2.2 3次元へ拡張する

導出:3次元の周期境界条件と $\kk$ の量子化

3方向それぞれに周期境界条件を課す.$\aa_1$ 方向に $N_1$ 胞,$\aa_2$ 方向に $N_2$ 胞,$\aa_3$ 方向に $N_3$ 胞ぶんで一周する,とする:

$$ \begin{equation} \{E|N_i\aa_i\} = \{E|0\} \qquad (i=1,2,3) \label{eq:11-pbc3d} \end{equation} $$

並進群 $\mathcal{T}$ の位数は $N = N_1N_2N_3$ で,これは結晶に含まれる primitive cell の個数である.

ステップ1:既約表現は3つの数で決まる.

$\mathcal{T}$ は3つの生成元 $\{E|\aa_1\}, \{E|\aa_2\}, \{E|\aa_3\}$ で生成される.1次元表現の値をそれぞれ

$$ D(\{E|\aa_1\}) = c_1, \quad D(\{E|\aa_2\}) = c_2, \quad D(\{E|\aa_3\}) = c_3 $$

と書く.一般の格子並進 $\RR_n = n_1\aa_1+n_2\aa_2+n_3\aa_3$ は

$$ \{E|\RR_n\} = \{E|\aa_1\}^{n_1}\{E|\aa_2\}^{n_2}\{E|\aa_3\}^{n_3} $$

と分解できる(可換群なので順序を気にしなくてよい).よって

$$ D(\{E|\RR_n\}) = c_1^{\,n_1}\,c_2^{\,n_2}\,c_3^{\,n_3} $$

ステップ2:周期境界条件から $c_i$ を決める.

式 \eqref{eq:11-pbc3d} より $\{E|\aa_i\}^{N_i} = \{E|0\}$,両辺の表現を取って

$$ c_i^{N_i} = 1 \qquad\Longrightarrow\qquad c_i = \exp\!\left(-\frac{2\pi i\, m_i}{N_i}\right), \quad m_i = 0,1,\dots,N_i-1 $$

組 $(m_1,m_2,m_3)$ の個数は $N_1N_2N_3 = N$ であり,既約表現の個数 $=$ 群の位数 $=N$ とぴったり合う.

ステップ3:$(m_1,m_2,m_3)$ をベクトル $\kk$ にまとめる.

ここで逆格子ベクトル $\bb_1,\bb_2,\bb_3$ を持ち出す.第3章で導いたその定義式は

$$ \aa_i \cdot \bb_j = 2\pi\,\delta_{ij} $$

であった.そこで

$$ \begin{equation} \kk \;=\; \frac{m_1}{N_1}\bb_1 + \frac{m_2}{N_2}\bb_2 + \frac{m_3}{N_3}\bb_3 \label{eq:11-kquant} \end{equation} $$

と定義してみる.この $\kk$ と $\aa_i$ の内積を計算すると

$$ \kk\cdot\aa_i = \sum_{j=1}^{3}\frac{m_j}{N_j}\,\bb_j\cdot\aa_i = \sum_{j=1}^{3}\frac{m_j}{N_j}\,2\pi\delta_{ij} = \frac{2\pi m_i}{N_i} $$

まさに $c_i$ の指数の肩である.したがって

$$ c_i = e^{-i\kk\cdot\aa_i} $$

と書ける.これを使って一般の $\RR_n$ に対する表現を組み立てると

$$ D^{(\kk)}(\{E|\RR_n\}) = c_1^{n_1}c_2^{n_2}c_3^{n_3} = e^{-i\kk\cdot(n_1\aa_1)}\,e^{-i\kk\cdot(n_2\aa_2)}\,e^{-i\kk\cdot(n_3\aa_3)} = e^{-i\kk\cdot(n_1\aa_1+n_2\aa_2+n_3\aa_3)} $$

すなわち

$$ \begin{equation} D^{(\kk)}\bigl(\{E|\RR_n\}\bigr) = e^{-i\kk\cdot\RR_n} \label{eq:11-irrep3d} \end{equation} $$

∎ これが並進群の既約表現の完全なリストである.表現の個数は $N_1N_2N_3$ 個で,$\kk$ は式 \eqref{eq:11-kquant} の形に量子化されている.

例題11.1 $\kk$ 点の密度と状態数

式 \eqref{eq:11-kquant} で許される $\kk$ 点が,逆空間でどれだけの体積を1点あたり占めるか求めよ.また,それが結晶の体積 $V$ とどう関係するか示せ.

解答.$\kk$ 点は $\bb_1/N_1$, $\bb_2/N_2$, $\bb_3/N_3$ を辺とする微小平行六面体の格子をなす.1点あたりの体積は

$$ \Delta V_k = \frac{\bb_1}{N_1}\cdot\left(\frac{\bb_2}{N_2}\times\frac{\bb_3}{N_3}\right) = \frac{1}{N_1N_2N_3}\,\bb_1\cdot(\bb_2\times\bb_3) = \frac{1}{N}\,\Omega_{\rm BZ} $$

ここで $\Omega_{\rm BZ} = \bb_1\cdot(\bb_2\times\bb_3)$ は第1 Brillouin 域の体積である.第3章で導いた関係

$$ \Omega_{\rm BZ} = \frac{(2\pi)^3}{V_{\rm cell}} $$

($V_{\rm cell}=\aa_1\cdot(\aa_2\times\aa_3)$ は primitive cell の体積)を代入すると

$$ \Delta V_k = \frac{1}{N}\cdot\frac{(2\pi)^3}{V_{\rm cell}} = \frac{(2\pi)^3}{N V_{\rm cell}} = \frac{(2\pi)^3}{V} $$

最後に $V = N V_{\rm cell}$(結晶全体の体積)を使った.∎

つまり$\kk$ 空間の体積 $(2\pi)^3/V$ あたり1状態.第14章の Debye モデル,第15章の Fermi 球の状態数え上げで使う「$V/(2\pi)^3$ を掛けて $\dd^3k$ で積分する」というお決まりの操作は,いまここで導いた $\kk$ の量子化そのものである.群論とバンド計算の実務がここでつながる.

補足:バンド計算の $k$ 点メッシュ

VASP や Quantum ESPRESSO で指定する Monkhorst–Pack メッシュ $N_1\times N_2\times N_3$ は,まさに式 \eqref{eq:11-kquant} の $(m_1,m_2,m_3)$ を何通り取るかの指定である.$8\times8\times8$ のメッシュは「$N_1=N_2=N_3=8$,すなわち $512$ 個の primitive cell からなる超格子に周期境界条件を課した」ことに等しい.

収束テストで $k$ 点を増やすという作業は,群論的には「並進群の位数を上げて,既約表現のラベル $\kk$ を細かくサンプリングする」ことである.金属で $k$ 点を多く要求するのは,Fermi 面という $\kk$ 空間の鋭い構造を拾う必要があるからである(第18章).

11.3 $\kk$ とは既約表現のラベルである

11.3.1 量子数としての $\kk$

物理的意味:$\kk$ が量子数である理由

量子力学では,Hamiltonian と可換な演算子の固有値が量子数になる.より正確には,対称群の既約表現のラベルが量子数になる.例を並べてみよう.

表11.1 対称性と量子数の対応
対称性群既約表現のラベル=量子数縮退度
球対称(孤立原子)回転群 $SO(3)$$\ell = 0,1,2,\dots$$2\ell+1$
正八面体(結晶場)点群 $O_h$$A_{1g}, E_g, T_{2g}, \dots$$1, 2, 3, \dots$
格子並進並進群 $\mathcal{T}$$\kk$$1$

球対称なら方位量子数 $\ell$ が良い量子数になる.八面体の結晶場に置くと $SO(3)$ が $O_h$ に落ち,$\ell$ の代わりに $E_g, T_{2g}$ といった既約表現のラベルが量子数になる(第10章の結晶場分裂).同じように,結晶の並進対称性のもとでは $\kk$ が量子数になる.

「波数は運動量を $\hbar$ で割ったものだ」という説明は,自由電子のときにしか正しくない.周期ポテンシャル中では $\hbar\kk$ は真の運動量ではなく($\Ham$ は $\hat{\bm p}$ と可換でない),結晶運動量(crystal momentum)と呼ばれる別物である.しかし $\kk$ は依然として量子数であり続ける.なぜなら $\kk$ は運動量の親戚だからではなく,並進群の既約表現のラベルだからである.この一言が本節の要点である.

11.3.2 $\kk$ と $\kk+\GG$ は同じ既約表現を与える

導出:$\GG\cdot\RR_n$ は必ず $2\pi$ の整数倍

逆格子ベクトルを $\GG = h\bb_1+k\bb_2+l\bb_3$($h,k,l$ は整数,第3章),格子並進ベクトルを $\RR_n = n_1\aa_1+n_2\aa_2+n_3\aa_3$ とする.内積を展開する.

$$ \GG\cdot\RR_n = (h\bb_1+k\bb_2+l\bb_3)\cdot(n_1\aa_1+n_2\aa_2+n_3\aa_3) $$

9個の項が出るが,$\bb_i\cdot\aa_j = 2\pi\delta_{ij}$ なので $i=j$ の3項だけが残る:

$$ \GG\cdot\RR_n = h n_1 (2\pi) + k n_2 (2\pi) + l n_3 (2\pi) = 2\pi\,(hn_1 + kn_2 + ln_3) $$

$h,k,l,n_1,n_2,n_3$ はすべて整数だから $hn_1+kn_2+ln_3$ は整数である.よって

$$ \begin{equation} e^{-i\GG\cdot\RR_n} = e^{-2\pi i\,(\text{整数})} = 1 \label{eq:11-GR} \end{equation} $$

これを使うと,$\kk$ を $\kk+\GG$ に置き換えたときの表現は

$$ D^{(\kk+\GG)}(\{E|\RR_n\}) = e^{-i(\kk+\GG)\cdot\RR_n} = e^{-i\kk\cdot\RR_n}\,\underbrace{e^{-i\GG\cdot\RR_n}}_{=1} = e^{-i\kk\cdot\RR_n} = D^{(\kk)}(\{E|\RR_n\}) $$

∎ すべての群の元に対して表現の値が一致する.つまり $\kk$ と $\kk+\GG$ は同じ既約表現である.別のラベルがついているだけで中身は同一である.

なぜ:第1 Brillouin 域に限ってよい理由

既約表現がちょうど $N$ 個しかないことは定理11.1で分かっている.ところが式 \eqref{eq:11-kquant} の $\kk$ を「逆空間全体」に広げて数えると,いくらでも多くの $\kk$ が出てきてしまう.矛盾ではない.$\GG$ だけ違う $\kk$ は同じ表現を指しているので,重複して数えているだけである.

重複を避けるには,$\GG$ の差で移り合う $\kk$ たちから代表を1つずつ選べばよい.その代表の集め方として,逆空間の原点にいちばん近いものを選ぶのが第1 Brillouin 域(first Brillouin zone)である.第1 Brillouin 域は逆格子の Wigner–Seitz 胞であり(第3章3.7節),体積は $\Omega_{\rm BZ}=(2\pi)^3/V_{\rm cell}$,含まれる $\kk$ 点はちょうど $N$ 個.既約表現の個数と一致する.

第13章で単原子鎖の分散関係を第1 Brillouin 域に折り返す操作も,第16章で還元ゾーン形式を使うのも,第18章で Harrison 構成をするのも,根はすべてこの1点にある:$\kk$ と $\kk+\GG$ は物理的に同じラベルである.

例題11.2 fcc で具体的に確かめる

fcc 格子の基本並進ベクトルを $\aa_1=\frac{a}{2}(0,1,1)$, $\aa_2=\frac{a}{2}(1,0,1)$, $\aa_3=\frac{a}{2}(1,1,0)$ とすると,逆格子ベクトルは(第3章の例題より)

$$ \bb_1=\frac{2\pi}{a}(-1,1,1),\quad \bb_2=\frac{2\pi}{a}(1,-1,1),\quad \bb_3=\frac{2\pi}{a}(1,1,-1) $$

である.$\GG=\bb_2+\bb_3$ を求め,$e^{-i\GG\cdot\aa_1}=1$ を直接確かめよ.

解答.まず和を取る.

$$ \GG = \bb_2+\bb_3 = \frac{2\pi}{a}\bigl[(1,-1,1)+(1,1,-1)\bigr] = \frac{2\pi}{a}(2,0,0) $$

これは立方体の辺方向の逆格子ベクトルである.次に内積を取る.

$$ \GG\cdot\aa_1 = \frac{2\pi}{a}(2,0,0)\cdot\frac{a}{2}(0,1,1) = \frac{2\pi}{a}\cdot\frac{a}{2}\bigl[2\cdot0 + 0\cdot1 + 0\cdot1\bigr] = 0 $$

$0$ は $2\pi$ の $0$ 倍だから条件を満たし,$e^{-i\GG\cdot\aa_1}=e^0=1$.

ついでに $\aa_2$ でも確かめる.

$$ \GG\cdot\aa_2 = \frac{2\pi}{a}\cdot\frac{a}{2}(2,0,0)\cdot(1,0,1) = \pi\cdot 2 = 2\pi \quad\Longrightarrow\quad e^{-2\pi i}=1 $$

∎ 定義どおり $\bb_i\cdot\aa_j=2\pi\delta_{ij}$ が効いていることが見て取れる.なお,これと同じ型の逆格子ベクトルが11.5節で $X$ 点を扱うときに現れる.$X=\frac{2\pi}{a}(0,0,1)$ に対して $2X = \frac{2\pi}{a}(0,0,2) = \bb_1+\bb_2$ が逆格子ベクトルになるという事実が,$X$ と $-X$ を同一視させるからである.

11.4 Bloch の定理の群論的導出

11.4.1 対称操作の関数への作用

対称操作を波動関数に作用させる演算子 $\hat{P}_{\{R|\bm{\tau}\}}$ を,第6章・第9章と同じ約束で定義する.

$$ \begin{equation} \hat{P}_{\{R|\bm{\tau}\}}\,f(\rr) \;=\; f\bigl(\{R|\bm{\tau}\}^{-1}\rr\bigr) \label{eq:11-Pop} \end{equation} $$

逆元が入るのは「関数を動かす」向きを座標を動かす向きと合わせるためであった(第9章9.1節).並進だけの場合,式 \eqref{eq:11-inverse} で $R=E$ とすれば $\{E|\RR\}^{-1}=\{E|-\RR\}$ だから

$$ \hat{P}_{\{E|\RR\}}\,f(\rr) = f(\rr-\RR) $$

である.関数のグラフを $+\RR$ だけ平行移動する操作である.

導出:$[\Ham,\ \hat{P}_{\{E|\RR\}}] = 0$

周期ポテンシャル中の1電子 Hamiltonian

$$ \Ham = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\rr), \qquad V(\rr+\RR)=V(\rr)\ \ (\forall \RR\in\text{格子}) $$

を考える.任意の関数 $\psi$ に対して $\hat{P}_{\{E|\RR\}}\bigl(\Ham\psi\bigr)$ を計算する.定義 \eqref{eq:11-Pop} より,これは $\Ham\psi$ という関数の引数を $\rr\to\rr-\RR$ にしたものである:

$$ \hat{P}_{\{E|\RR\}}\bigl(\Ham\psi\bigr)(\rr) = \left[-\frac{\hbar^2}{2m}(\nabla^2\psi) + V\psi\right]_{\rr\to\rr-\RR} = -\frac{\hbar^2}{2m}(\nabla^2\psi)(\rr-\RR) + V(\rr-\RR)\,\psi(\rr-\RR) $$

第1項を書き換える.$\nabla^2$ は座標の平行移動で不変な微分演算子だから,$(\nabla^2\psi)(\rr-\RR) = \nabla_\rr^2\bigl[\psi(\rr-\RR)\bigr]$ である(合成関数の微分で $\partial(\rr-\RR)/\partial\rr = 1$,$\RR$ は定ベクトル).第2項では周期性 $V(\rr-\RR)=V(\rr)$ を使う.すると

$$ = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\bigl[\psi(\rr-\RR)\bigr] + V(\rr)\,\psi(\rr-\RR) = \Ham\,\bigl[\hat{P}_{\{E|\RR\}}\psi\bigr](\rr) $$

$\psi$ は任意だったから,演算子として

$$ \hat{P}_{\{E|\RR\}}\Ham = \Ham\,\hat{P}_{\{E|\RR\}} \qquad\Longleftrightarrow\qquad \bigl[\Ham,\ \hat{P}_{\{E|\RR\}}\bigr]=0 $$

∎ 「$V$ が周期的」という仮定だけを使った.

11.4.2 Bloch の定理

定理11.2(Bloch の定理)

周期ポテンシャル $V(\rr+\RR)=V(\rr)$ 中の Schrödinger 方程式の固有関数は,並進群の既約表現のラベル $\kk$ で分類でき,

$$ \psi_{n\kk}(\rr) = e^{i\kk\cdot\rr}\,u_{n\kk}(\rr), \qquad u_{n\kk}(\rr+\RR) = u_{n\kk}(\rr) $$

の形に書ける.$n$ はバンド指数である.

証明:群論による導出(3ステップ)

ステップ1:固有関数は既約表現の基底に取れる.

第6章6.8節で示したように,$\Ham$ と可換な対称操作の群があるとき,$\Ham$ の固有関数の集合は対称群の表現空間をなし,適当に線形結合を取れば既約表現の基底にできる.いまの対称群は並進群 $\mathcal{T}$ である.

ステップ2:既約表現が1次元だから,固有関数は単に位相因子倍される.

定理11.1より $\mathcal{T}$ の既約表現はすべて1次元.1次元表現の基底は関数1個であり,その関数に対称操作を施すと表現行列(=複素数)が掛かるだけである.式 \eqref{eq:11-irrep3d} を使うと,既約表現 $\kk$ に属する固有関数 $\psi_\kk$ は

$$ \begin{equation} \hat{P}_{\{E|\RR\}}\,\psi_\kk(\rr) \;=\; D^{(\kk)}(\{E|\RR\})\,\psi_\kk(\rr) \;=\; e^{-i\kk\cdot\RR}\,\psi_\kk(\rr) \label{eq:11-blochcond} \end{equation} $$

を満たす.左辺は定義より $\psi_\kk(\rr-\RR)$ だから,これは

$$ \psi_\kk(\rr-\RR) = e^{-i\kk\cdot\RR}\psi_\kk(\rr) $$

と書ける.$\RR\to-\RR$ と置き直せば($-\RR$ も格子ベクトル),より見慣れた形

$$ \psi_\kk(\rr+\RR) = e^{i\kk\cdot\RR}\,\psi_\kk(\rr) $$

になる.これがすでに Bloch の定理の内容そのものである.「1格子並進だけずらすと位相因子 $e^{i\kk\cdot\RR}$ が掛かるだけ」.

ステップ3:$u_\kk$ が周期的であることを示す.

いま,あらためて

$$ u_\kk(\rr) \;\equiv\; e^{-i\kk\cdot\rr}\,\psi_\kk(\rr) $$

と定義する(これはただの書き換えで,何も仮定していない).この $u_\kk$ の引数を $\RR$ だけずらしてみる.

$$ u_\kk(\rr-\RR) = e^{-i\kk\cdot(\rr-\RR)}\,\psi_\kk(\rr-\RR) $$

指数を分け,$\psi_\kk(\rr-\RR)$ には式 \eqref{eq:11-blochcond} を代入する:

$$ = e^{-i\kk\cdot\rr}\,e^{+i\kk\cdot\RR}\cdot e^{-i\kk\cdot\RR}\,\psi_\kk(\rr) $$

真ん中の2つの指数因子は $e^{+i\kk\cdot\RR}e^{-i\kk\cdot\RR}=1$ で打ち消し合う.残るのは

$$ = e^{-i\kk\cdot\rr}\psi_\kk(\rr) = u_\kk(\rr) $$

すなわち $u_\kk(\rr-\RR)=u_\kk(\rr)$,$u_\kk$ は格子周期を持つ.定義式を $\psi$ について解けば

$$ \begin{equation} \psi_\kk(\rr) = e^{i\kk\cdot\rr}\,u_\kk(\rr), \qquad u_\kk(\rr+\RR)=u_\kk(\rr) \label{eq:11-bloch} \end{equation} $$

∎ 「平面波 $\times$ 格子周期関数」という Bloch 関数の形が出た.

バンド指数 $n$ はどこから来るか.ひとつの既約表現 $\kk$ は,無限次元の関数空間のなかに何度も現れる.同じラベル $\kk$ を持つ独立な固有関数がいくつもある,ということである.それらを区別する番号が $n$ であり,エネルギーは $E_n(\kk)$ となる.$n$ を固定して $\kk$ を動かしたものが1本のバンドである.群論は「$\kk$ が良い量子数であること」を保証するが,$E_n(\kk)$ の値そのものは教えてくれない.値は Schrödinger 方程式を解いて初めて分かる(第16章).

注意:従来の証明との比較

Kittel や多くの教科書(本書では第16章)では,Bloch の定理を次のように証明する.並進演算子 $\hat{T}_\RR$ を $\hat{T}_\RR f(\rr)=f(\rr+\RR)$ と定義し,$[\Ham,\hat{T}_\RR]=0$ より同時固有関数が取れるとし,$\hat{T}_\RR\psi = C(\RR)\psi$ の固有値 $C$ が $C(\RR_1)C(\RR_2)=C(\RR_1+\RR_2)$ と周期境界条件 $C(N\aa)=1$ から $C=e^{i\kk\cdot\RR}$ に決まる,とする.ここで $\hat{T}_\RR$ を「$+\RR$ ずらす」向きに定義したので,位相の符号は本章の $\hat{P}_{\{E|\RR\}}f(\rr)=f(\rr-\RR)$(表現は $e^{-i\kk\cdot\RR}$)とは逆になる.両者は同じことを言っており,実際いま導いた $\psi_\kk(\rr+\RR)=e^{i\kk\cdot\RR}\psi_\kk(\rr)$ と符号が一致している.

計算内容はまったく同じである.違うのは見え方である.

表11.2 2つの証明の比較
問い従来の証明群論の証明
なぜ位相因子だけで済むのか固有値が絶対値1だから既約表現が1次元だから
$\kk$ とは何か固有値のラベル既約表現のラベル(=量子数)
なぜ $\kk$ と $\kk+\GG$ が同じか計算するとそうなる同じ既約表現だから(11.3節)
縮退はどうなるか分からない波数群 $G_\kk$ の既約表現の次元で決まる(11.6節)
バンドはどうつながるか分からない両立関係で決まる(11.7節)
ゾーン境界の貼り付き分からないnonsymmorphic 性から従う(11.8節)

下の3行が,群論を学んだ見返りである.Bloch の定理を出すだけなら遠回りに見えるが,この枠組みはそこから先を教えてくれる.

11.5 波数群と小群 — fcc の高対称点

ここまでは並進群だけを見てきた.空間群には点群部分もある.しかし $\{R|\bm{\tau}\}$ を $\psi_\kk$ に作用させると,一般には $\kk$ が $R\kk$ に変わってしまい,別の既約表現に飛ぶ.そこで「$\kk$ を変えない操作」だけを集める.

定義:波数群と小群

空間群 $G$ の元のうち,

$$ R\kk = \kk + \GG \qquad \text{($\GG$ は逆格子ベクトル,$\GG=0$ も可)} $$

を満たす $\{R|\bm{\tau}\}$ 全体を,$\kk$ の波数群(group of the wave vector)$G_\kk$ という.その点群部分 $P_\kk$ を,$\kk$ の小群(point group of the wave vector, little co-group)という.

用語について一言.英語の little group は,ふつう空間群の部分群 $G_\kk$ そのもの(本書の「波数群」)を指し,その点群部分 $P_\kk$ は little co-group と呼び分けられる.本書では読みやすさを優先して $P_\kk$ を「小群」と呼ぶが,縮退度を決めるのはあくまで $G_\kk$ の既約表現である.両者を $P_\kk$ で読み替えてよいのは因子系が自明なとき($\Gamma$ 点や対称線の内点,および symmorphic 空間群の全域)で,nonsymmorphic 空間群のゾーン境界ではそれが破れる.実例は11.8節で見る.

$\GG$ の差を許すのは,11.3節で見たとおり $\kk$ と $\kk+\GG$ が同じ既約表現だからである.

また,結晶点群 $P$ の各元で $\kk$ を移してできる,互いに $\GG$ で結ばれない $\kk$ の集合を,$\kk$ の星(star)という.

定理11.3 $|P_\kk| \times (\text{星の大きさ}) = |P|$

小群の位数と星の大きさの積は,結晶点群の位数に等しい.

これは第6章のLagrangeの定理(軌道・固定部分群の定理)そのものである.$P$ を $P_\kk$ で剰余類分解すると,剰余類の個数が $|P|/|P_\kk|$ 個あり,各剰余類が星のひとつの元に対応する.

(a) kx = ky 面での断面 (Γ, X, L, K と Δ, Λ, Σ 線がすべてこの面に乗る) kz [110] Γ X L K Δ (C4v) Λ (C3v) Σ (C2v) X は正方形面の中心,L は六角形面の中心 (b) kz = 0 面での断面(八角形.頂点が W) ky kx Γ X K W W は稜の端点 (1, 1/2, 0)·2π/a, K は稜の中点 (3/4, 3/4, 0)·2π/a Σ 線は Γ から K へ向かう [110] 方向
図11.2 fcc の第1 Brillouin 域(切頭八面体)の2つの断面.(a) $k_x=k_y$ の面.この1枚に $\Gamma$(中心),$X$(正方形面の中心),$L$(六角形面の中心),$K$(稜の中点)と,それらを結ぶ3本の対称線 $\Delta$, $\Lambda$, $\Sigma$ がすべて乗る.境界は $|k_x|+|k_y|+|k_z|=3/2$($\{111\}$ 面)と $|k_i|=1$($\{200\}$ 面)の交わりで,単位は $2\pi/a$.(b) $k_z=0$ の面.八角形になり,その頂点が $W$ 点である.内角はすべて $135^\circ$ だが,辺の長さは $\{200\}$ 面由来の $1$ と $\{111\}$ 面由来の $1/\sqrt2$ が交互に並ぶので,正八角形ではない.括弧内は各線上の小群.バンド図の横軸「$L\!-\!\Gamma\!-\!X\!-\!W\!-\!K$」は,この図の上を歩く経路である.
表11.3 fcc(点群 $O_h$,位数48)の高対称点・線と小群.座標の単位は $2\pi/a$,$\xi$ は連続パラメータで,その上限は線ごとに異なる($\Delta$ は $X$ まで $0<\xi<1$,$\Lambda$ は $L$ まで $0<\xi<\frac12$,$\Sigma$ は $K$ まで $0<\xi<\frac34$)
記号座標小群 $P_\kk$位数星の大きさ積
$\Gamma$$(0,0,0)$$O_h$48148
$X$$(0,0,1)$$D_{4h}$16348
$L$$(\tfrac12,\tfrac12,\tfrac12)$$D_{3d}$12448
$W$$(1,\tfrac12,0)$$D_{2d}$8648
$K$$(\tfrac34,\tfrac34,0)$$C_{2v}$41248
$\Delta$$(0,0,\xi)$$C_{4v}$8648
$\Lambda$$(\xi,\xi,\xi)$$C_{3v}$6848
$\Sigma$$(\xi,\xi,0)$$C_{2v}$41248
一般点$(\xi,\eta,\zeta)$$C_1$14848

例題11.3 $X$ 点の小群が $D_{4h}$ であることを確かめる

$\kk_X = \frac{2\pi}{a}(0,0,1)$ を $\GG$ の差を除いて不変に保つ $O_h$ の操作を数え上げよ.

解答.$\kk_X$ は $z$ 軸上のベクトルである.

(i) $z$ 軸まわりの回転 $E, C_{4z}, C_{4z}^{3}, C_{2z}$ は $\kk_X$ をそのまま保つ.4個.

(ii) $z$ 軸に垂直な2回軸まわりの回転($C_{2x}, C_{2y}$ と2本の $\langle110\rangle$ 軸まわりの $C_2'$)は $\kk_X \to -\kk_X = \frac{2\pi}{a}(0,0,-1)$ に移す.ここで

$$ \kk_X - (-\kk_X) = \frac{2\pi}{a}(0,0,2) = \bb_1+\bb_2 $$

(例題11.2で確かめたとおり,これは fcc の逆格子ベクトルである.)よって $-\kk_X = \kk_X - \GG$ であり,条件 $R\kk=\kk+\GG$ を満たす.許される.4個.

(iii) $z$ 軸を含む鏡映面 $\sigma_v$($\{100\}$ 型2枚)と $\sigma_d$($\{110\}$ 型2枚)は $\kk_X$ を保つ.4個.

(iv) 反転 $i$,$\sigma_h$,$S_4$ 系.$i\kk_X = -\kk_X$ で (ii) と同じ理由で許される.$\sigma_h$($xy$ 面)は $\kk_X\to-\kk_X$ で許される.$S_{4z}=\sigma_h C_{4z}$ と $S_{4z}^3$ も $\kk_X\to-\kk_X$ に移すが,これも (ii) と同じ理由($2\kk_X=\bb_1+\bb_2$ が逆格子ベクトル)で許される.計4個.すなわち (iv) の4個はすべて $\kk_X\to-\kk_X$ 型である.

合計 $4+4+4+4 = 16$.これは $D_{4h}$($4/mmm$,位数16)の位数と一致する.実際,残った操作の集合は「$z$ を主軸とする $D_{4h}$」そのものである.

一方,$\langle111\rangle$ まわりの $C_3$ は $\kk_X$ を $\frac{2\pi}{a}(1,0,0)$ に移す.これは $\kk_X$ と逆格子ベクトルの差では結ばれない(差 $\frac{2\pi}{a}(1,0,-1)$ は逆格子ベクトルではない)ので,$C_3$ は $P_{\kk_X}$ に入らない.∎

星の大きさは $48/16=3$.実際,$X$ 点は Brillouin 域に6個あるが,$\pm$ の組が $\GG$ で同一視されるので独立なのは3個である.図11.2(b) の正方形面が6枚,向かい合う面どうしが同じ,と数えても同じことである.

物理的意味:既約ウェッジと第一原理計算

星の元はすべて同じエネルギーを与える:$E_n(R\kk)=E_n(\kk)$.なぜなら $\{R|\bm{\tau}\}$ は $\Ham$ と可換で,$\psi_\kk$ を $\psi_{R\kk}$ に移すからである.

だからバンド計算では第1 Brillouin 域全体を計算する必要がない.$48$ 分の1(fcc の場合)の 既約ウェッジ(irreducible wedge / irreducible Brillouin zone, IBZ)だけ計算して,残りは対称性でコピーすればよい.$8\times8\times8=512$ 点のメッシュが対称性を使うと $29$ 点にまで減る,といった具合である.計算時間が一桁以上変わる.

また,バンド図の横軸に $L\!-\!\Gamma\!-\!X\!-\!W\!-\!K\!-\!\Gamma$ という決まった経路が使われるのは,この経路が既約ウェッジの稜(高対称線)をたどっているからである.図11.2 の上を歩いていると思えばよい.

11.6 バンドの縮退は波数群の既約表現の次元で決まる

定理11.4 バンドの縮退度

波数 $\kk$ におけるエネルギー準位 $E_n(\kk)$ の縮退度は,その準位が属する波数群 $G_\kk$ の既約表現の次元に等しい(偶然縮退を除く).

理由は第6章6.8節と同じである.$G_\kk$ の元はすべて $\Ham$ と可換であり,かつ $\kk$ を保つ.したがって同じ $\kk$ の固有関数どうしを混ぜる.既約表現の基底となる $\ell$ 個の関数は互いに移り合うので,同じエネルギーを持たざるをえない.逆に,既約表現が違えば同じエネルギーになる理由がない.

ここで $G_\kk$ は空間群の部分群であって,点群 $P_\kk$ そのものではない.ただし因子系が自明なとき —— $\Gamma$ 点や対称線の内点,および symmorphic 空間群の全域 —— には,$G_\kk$ の既約表現は $P_\kk$ の既約表現とそのまま1対1に対応する.以下で $P_\kk$ の指標表をそのまま使ってよいのはそのためである.この対応が崩れる場合,すなわち nonsymmorphic 空間群のゾーン境界では,$P_\kk$ に1次元表現があってもバンドが必ず縮退することが起こる.それが11.8節の主題である.

物理的意味:$\Gamma$ 点では大きく縮退し,離れると割れる

表11.3を見ると,$\Gamma$ 点の小群は $O_h$(位数48)で最大,そこから $\Delta$ 線に出ると $C_{4v}$(位数8)に落ち,一般点では $C_1$(位数1)になる.群が小さくなれば既約表現の次元も小さくなる.

表11.4 小群と,そこで許される最大の縮退度(スピンを除く)
点・線小群既約表現の次元最大縮退度
$\Gamma$$O_h$$1,1,2,3,3$($g$ と $u$ で各5個,計10個)3
$\Delta$$C_{4v}$$1,1,1,1,2$2
$\Lambda$$C_{3v}$$1,1,2$2
$\Sigma$$C_{2v}$$1,1,1,1$1
一般点$C_1$$1$1

$\sum_i \ell_i^2 = h$ の検算:$C_{4v}$ は $1+1+1+1+4=8$ ✓,$C_{3v}$ は $1+1+4=6$ ✓,$C_{2v}$ は $1+1+1+1=4$ ✓(第8章).

ここから「バンドが割れていく」絵が読める.$\Gamma$ 点で3重縮退していた準位は,$\Delta$ 線に出た瞬間,最大でも2重までしか許されない.だから必ず $2+1$ に割れる.$\Sigma$ 線に出れば1次元表現しかないので $1+1+1$ に完全に割れる.バンド図で $\Gamma$ 点から線が扇のように開いていくのは,この事情である.

11.6.1 Si の価電子帯頂上 $\Gamma_{25'}$

例題11.4 $\Gamma_{25'}$ が $\Delta$ 線でどう割れるか

Si の価電子帯の頂上は $\Gamma$ 点にあり,既約表現 $\Gamma_{25'}$($O_h$ の $T_{2g}$,基底 $xy, yz, zx$,3次元)に属する.これを $\Delta$ 線の小群 $C_{4v}$ に制限して既約分解せよ.

解答.手順は第10章の既約分解とまったく同じである.

(1) $C_{4v}$ の各類が $O_h$ のどの類に由来するかを特定する.$\Delta$ は $z$ 軸方向なので,$C_{4v}=\{E,\ 2C_4,\ C_2,\ 2\sigma_v,\ 2\sigma_d\}$ の中身は

(2) $T_{2g}$ の指標を書き写す.$O_h$ の指標表より $\chi^{T_{2g}}(E)=3$, $\chi(6C_4)=-1$, $\chi(3C_2)=-1$, $\chi(3\sigma_h)=-1$, $\chi(6\sigma_d)=+1$.よって $C_{4v}$ 上での指標は

$$ \chi = (\,3,\ -1,\ -1,\ -1,\ +1\,) \qquad \text{(順に } E,\ 2C_4,\ C_2,\ 2\sigma_v,\ 2\sigma_d\text{)} $$

(3) $C_{4v}$ の指標表を用意する.

表11.5 $C_{4v}$ の指標表と,$\Delta$ 線での BSW 記号
$C_{4v}$$E$$2C_4$$C_2$$2\sigma_v$$2\sigma_d$BSW基底
$A_1$11111$\Delta_1$$z$
$A_2$111$-1$$-1$$\Delta_{1'}$$R_z$
$B_1$1$-1$11$-1$$\Delta_{2}$$x^2-y^2$
$B_2$1$-1$1$-1$1$\Delta_{2'}$$xy$
$E$20$-2$00$\Delta_5$$(x,y)$

(4) 既約分解の公式(第8章) $n_i = \frac{1}{h}\sum_{\mathcal{C}} N_\mathcal{C}\,\chi^{(i)}(\mathcal{C})^*\,\chi(\mathcal{C})$ を使う.$h=8$,類の元数は $N=(1,2,1,2,2)$.

$$ n_{A_1} = \tfrac18\bigl[1\!\cdot\!1\!\cdot\!3 + 2\!\cdot\!1\!\cdot\!(-1) + 1\!\cdot\!1\!\cdot\!(-1) + 2\!\cdot\!1\!\cdot\!(-1) + 2\!\cdot\!1\!\cdot\!1\bigr] = \tfrac18[3-2-1-2+2]=0 $$ $$ n_{A_2} = \tfrac18\bigl[3 - 2 - 1 + 2 - 2\bigr] = 0 $$ $$ n_{B_1} = \tfrac18\bigl[3 + 2 - 1 - 2 - 2\bigr] = 0 $$ $$ n_{B_2} = \tfrac18\bigl[3 + 2 - 1 + 2 + 2\bigr] = \tfrac{8}{8} = 1 $$ $$ n_{E} = \tfrac18\bigl[1\!\cdot\!2\!\cdot\!3 + 2\!\cdot\!0\!\cdot\!(-1) + 1\!\cdot\!(-2)\!\cdot\!(-1) + 0 + 0\bigr] = \tfrac18[6+2] = 1 $$

したがって

$$ \begin{equation} \Gamma_{25'} \;(T_{2g}) \;\longrightarrow\; \Delta_{2'} \,\oplus\, \Delta_5 \qquad (1 + 2 = 3\ \checkmark) \label{eq:11-compat-si} \end{equation} $$

∎ 3重縮退が,1重の $\Delta_{2'}$ と2重の $\Delta_5$ に割れる.次元の和が3で合っている(必ず検算すること).

基底で確かめる.$T_{2g}$ の基底は $\{xy, yz, zx\}$.$z$ 軸を主軸とする $C_{4v}$ の操作のもとで,$xy$ は自分自身に $\pm$ 倍で戻り($C_4$: $xy\to-xy$,$\sigma_v$: $xy\to-xy$,$\sigma_d$: $xy\to xy$),指標 $(1,-1,1,-1,1)$ すなわち $B_2$ に属する.一方 $\{yz, zx\}$ は $C_4$ で互いに混ざり合い,2次元表現 $E$ を張る.手計算の結果と完全に一致する.

補足:BSW 記号と Mulliken 記号

バンド構造の文献では $\Gamma_{25'}$, $\Delta_5$, $X_1$ のような BSW 記号(Bouckaert–Smoluchowski–Wigner, 1936)が使われる.分子分光の Mulliken 記号($A_1, E_g, T_{2u}$…)とは体系が違うだけで中身は同じ既約表現である.対応の一部:

$$ \Gamma_1 = A_{1g},\quad \Gamma_2 = A_{2g},\quad \Gamma_{12}=E_g,\quad \Gamma_{15}=T_{1u},\quad \Gamma_{25'}=T_{2g},\quad \Gamma_{2'}=A_{2u} $$

プライム記号の付き方は文献によって流儀の差があるので,論文を読むときは必ずその論文の指標表(あるいは Bilbao Crystallographic Server の表)に当たること.次元と分解の中身は流儀によらないので,迷ったら本例題のように指標から計算し直せばよい.

注意:スピン軌道相互作用を入れると話が変わる(二重群)

ここまでスピンを無視してきた.スピンを入れると,波動関数は回転を $2\pi$ しても符号が反転する(スピノル).これを扱うには群を拡張した二重群(double group)が必要になる.

Si の価電子帯頂上でいえば,$\Gamma_{25'}$(3重)にスピン2重を掛けた6重縮退が,スピン軌道相互作用で $\Gamma_8^+$(4重,重い正孔と軽い正孔)と $\Gamma_7^+$(2重,スピン分離帯)に割れる.分裂幅は Si で約 $44\,\mathrm{meV}$,Ge で約 $0.29\,\mathrm{eV}$,GaAs で約 $0.34\,\mathrm{eV}$ である(重い原子ほど大きい).第17章の正孔の有効質量が「重い」「軽い」の2種類あるのは,この $\Gamma_8^+$ の中身である.二重群の詳細は本書の範囲を超えるが,原理は同じ ——縮退度は既約表現の次元—— である.

11.7 両立関係 — バンド図の線はどうつながるか

定義:両立関係(compatibility relation)

高対称点 $\kk_0$ から対称線 $\kk$ へ移ると,小群は小さくなる:$P_{\kk} \subset P_{\kk_0}$.$P_{\kk_0}$ の既約表現を部分群 $P_\kk$ に制限すると,一般には可約になる.その既約分解を両立関係という.

$E_n(\kk)$ は $\kk$ の連続関数だから,$\kk_0$ に属していた準位は,$\kk_0$ から離れたところでは両立関係が指定する既約表現に必ず分かれる.バンド図の線のつながり方は,両立関係が完全に決めている.

表11.6 fcc の $\Gamma$ 点から $\Delta$ 線・$\Lambda$ 線への両立関係(例題11.4と演習11.3で計算するもの)
$\Gamma$($O_h$)Mulliken次元$\Delta$($C_{4v}$)$\Lambda$($C_{3v}$)
$\Gamma_1$$A_{1g}$1$\Delta_1$$\Lambda_1$
$\Gamma_2$$A_{2g}$1$\Delta_2$$\Lambda_2$
$\Gamma_{12}$$E_g$2$\Delta_1 \oplus \Delta_2$$\Lambda_3$
$\Gamma_{15}$$T_{1u}$3$\Delta_1 \oplus \Delta_5$$\Lambda_1 \oplus \Lambda_3$
$\Gamma_{25'}$$T_{2g}$3$\Delta_{2'} \oplus \Delta_5$$\Lambda_1 \oplus \Lambda_3$

ここで $C_{3v}$ の既約表現は $A_1=\Lambda_1$(1次元),$A_2=\Lambda_2$(1次元),$E=\Lambda_3$(2次元)である.どの行も,左の次元と右の次元の和が一致していることを確認してほしい.たとえば $\Gamma_{15}$:$3 = 1+2$ ✓.

E Γ L X Λ (C3v) Δ (C4v) Γ25′ (3重) Δ5 (2重) Δ2′ (1重) Λ3 (2重) Λ1 (1重) 3重縮退は Γ 点でしか許されない.線上に出た瞬間,小群が小さくなり 2 + 1 に割れる
図11.3 Si の価電子帯頂上 $\Gamma_{25'}$($T_{2g}$,3重縮退)が,$\Gamma$ 点から離れると割れる様子.$\Delta$ 線($C_{4v}$)では $\Delta_5$(2重)と $\Delta_{2'}$(1重)に,$\Lambda$ 線($C_{3v}$)では $\Lambda_3$(2重)と $\Lambda_1$(1重)に分裂する.どちらに割れるか,どの既約表現に分かれるかは群論だけで決まる.一方,どちらが上でエネルギー差がいくらかは,群論では決まらず,実際に Schrödinger 方程式を解く必要がある.ここは価電子帯の頂上だから,$\Gamma$ 点から離れればどの枝も必ずエネルギーが下がる.図の上下関係($\Delta_5$ と $\Lambda_3$ が上)は実際の Si の計算結果に合わせて描いてある.この図が「群論にできること/できないこと」の境界を示している.

なぜ:同じラベルの線どうしは交差できない(非交差則)

1本の対称線上で,2本のバンドが同じ既約表現のラベルを持っているとする.それらが交差しようとすると,交点の近傍で2準位問題の永年方程式

$$ \det\begin{pmatrix} E_1-E & H_{12} \\ H_{12}^* & E_2-E\end{pmatrix}=0 \quad\Longrightarrow\quad E_\pm = \frac{E_1+E_2}{2} \pm \sqrt{\left(\frac{E_1-E_2}{2}\right)^2 + |H_{12}|^2} $$

が効く.同じ既約表現に属していれば $H_{12}=\bra{1}\Ham\ket{2} \ne 0$ が一般に許されるので(第10章の選択則:同じ既約表現どうしの行列要素は消えなくてよい),平方根の中は $|H_{12}|^2>0$ だけ残り,$E_+\ne E_-$ となって交差できない.反発して避ける(anticrossing).

ただし,選択則が保証しているのは「$H_{12}$ は消えなくてよい」ということまでで,「必ず消えない」と言っているわけではない.$\kk$ という1つのパラメータだけを動かす一般的な状況では,$E_1=E_2$ と $H_{12}=0$ を同時に満たす点を偶然拾うことはないので反発が起こる,というのが正確な言い方である.逆に,本文で使った対称性以外に隠れた対称性があったり,模型のパラメータを特別に選んだりすれば,同じラベルどうしでも交差しうる.

逆に,ラベルが違えば第10章の選択則により $H_{12}=0$ が保証され,堂々と交差できる.バンド図で線が交差している箇所を見たら「ここは異なる既約表現だな」と読める.これが von Neumann–Wigner の非交差則の群論版である.

例題11.5 Si の伝導帯下端はなぜ $X$ 点ではなく $\Delta$ 線上にあるのか

Si は間接ギャップ半導体で,伝導帯の最低点は $\Gamma$ から $X$ へ向かう $\Delta$ 線上,$X$ の約 $85\%$ の位置にある.この「中途半端な場所」に極小がある理由を群論的に説明せよ.

解答.$\Delta$ 線上を $X$ に向かって走る最低の伝導帯は $\Delta_1$ 表現に属する.$X$ 点に着くと,11.8節で示すように(ダイヤモンド構造は nonsymmorphic なので)バンドは必ず2本ずつ貼り付いて縮退する.ここで貼り付く2本は,必ず異なるラベルを持つ.$X$ 点の波数群の既約表現はすべて2次元であり,それを $\Delta$ 線の波数群(点群部分は $C_{4v}$)へ制限したとき,1次元表現2つに分かれるなら,その2つは必ず互いに同値でないからである.もし同じラベルが2つ出るとすれば,その1次元表現が $X$ 点まで持ち上がってしまい,$X$ 点に1次元表現が存在することになって矛盾する.ダイヤモンド構造では $\Delta_1$ と $\Delta_{2'}$ が組になり,この2本が $X$ 点で1つの2重縮退準位 $X_1$ に合流する(もともと2次元の $\Delta_5$ は分裂せず,そのまま2次元の $X$ 点の表現に対応する).

2本が $X$ 点で必ず縮退するということは,$X$ からのずれ $\qq=\kk-\kk_X$(その大きさを $q$ とする)について,両者のエネルギーが

$$ E_\pm(q) \simeq E_X + \alpha q^2 \pm \beta q \qquad (\alpha,\beta>0) $$

のように $q$ の1次で分裂してよい,ということである.$\pm$ の2本が入れ替わることで $E(\kk_X+\qq)$ と $E(\kk_X-\qq)$ の一致(時間反転)は保たれるので,1次の項は禁じられない.$\beta\ne0$ であれば,下側の枝 $E_-$ の極小は $q=0$ ではなく

$$ q_{\min} = \frac{\beta}{2\alpha} > 0 $$

に来る.すなわち極小は $X$ 点そのものではなく,その手前に来る.Si では $(0,0,0.85)\times 2\pi/a$ 付近である.$X$ 点を挟んで両側に極小ができ,$X$ 点自身が小さな山になるこの形は,「らくだのこぶ」(camel's back)と呼ばれる.

∎ Si の伝導帯には等価な極小が6個($\pm x, \pm y, \pm z$ の6方向)あり,これが Si の伝導帯の 谷縮退(valley degeneracy)$=6$ の起源である.GaP でも同様,Ge では $\Lambda$ 線の端 $L$ 点に極小があり谷縮退は $8/2=4$ である.第17章の有効質量と状態密度の計算で,この個数が直接効いてくる.

11.8 nonsymmorphic 空間群とバンドの貼り付き

第5章で,空間群を2種類に分けた.原点をうまく選べばすべての操作の並進部分を格子ベクトルにできるものが symmorphic,どう原点を選んでもらせん軸やグライド面が残ってしまうものが nonsymmorphic であった.230の空間群のうち73個が symmorphic,157個が nonsymmorphic である.

この違いは,Brillouin 域境界のバンドに劇的な効果をもたらす.

11.8.1 ダイヤモンド構造の設定

Si・Ge・ダイヤモンドの構造は空間群 $Fd\bar{3}m$($O_h^7$)である.fcc 格子に2個の原子が基底として付いており,原点を1つの原子に置くと,もう1つは

$$ \bm{\tau} = \frac{a}{4}(1,1,1) $$

にある.このとき空間群の元は次の2種類に分かれる(点群の各元に並進を割り当てる考え方は第5章5.1.4節,それが消せるか否かの判定は第5章5.3節).

$\bm{\tau}=\frac{a}{4}(1,1,1)$ は格子並進ベクトルではない(fcc の格子ベクトルは $\frac{a}{2}$ 単位).しかも原点をどこに動かしてもこの半端な並進は消せない.ゆえに $Fd\bar{3}m$ は nonsymmorphic である.

11.8.2 $X$ 点で必ず2重縮退すること

定理11.5 ダイヤモンド構造の $X$ 点でのバンドの貼り付き

ダイヤモンド構造の $X$ 点 $\kk_X=\frac{2\pi}{a}(0,0,1)$ では,波数群 $G_{\kk_X}$ の既約表現はすべて2次元以上である.したがってすべてのバンドが少なくとも2重に縮退する(sticking together of bands).実際には $X$ 点の既約表現は4個ともちょうど2次元なので,ぴったり2本ずつ貼り付く.

証明:反交換する2つの操作を見つける

準備.$\kk$ に属する $G_\kk$ の既約表現では,並進部分は必ず

$$ D\bigl(\{E|\RR\}\bigr) = e^{-i\kk\cdot\RR}\,\mathbf{1} $$

という「単位行列 $\times$ 位相因子」になる.$\mathcal{T}$ は $G_\kk$ の可換な正規部分群であり,基底関数がすべて同じ $\kk$ に属しているからである(11.2節).

ステップ1:2つの操作を選ぶ.

$$ S_1 = \{\sigma_x \,|\, \bm{\tau}\}, \qquad S_2 = \{C_{2y} \,|\, 0\} $$

ここで $\sigma_x$ は $x\to-x$ の鏡映($3\sigma_h$ 型なので $O_h\setminus T_d$ に属し,$\bm{\tau}$ を伴う),$C_{2y}$ は $y$ 軸まわりの2回回転($3C_2$ 型なので $T_d$ に属し,並進部分ゼロ)である.

両者が $G_{\kk_X}$ に属することを確かめる.$\sigma_x\kk_X = \frac{2\pi}{a}(0,0,1)=\kk_X$ ✓.$C_{2y}\kk_X = \frac{2\pi}{a}(0,0,-1) = \kk_X - \GG$(例題11.3のとおり $\GG=\frac{2\pi}{a}(0,0,2)$ は逆格子ベクトル)✓.

ステップ2:両順序の積を計算する.式 \eqref{eq:11-product} を使う.

$$ S_1S_2 = \{\sigma_x|\bm{\tau}\}\{C_{2y}|0\} = \{\sigma_x C_{2y} \,\bigm|\, \sigma_x\cdot 0 + \bm{\tau}\} = \{\sigma_z \,|\, \bm{\tau}\} $$

(点群部分は $\sigma_x C_{2y}$:$(x,y,z)\xrightarrow{C_{2y}}(-x,y,-z)\xrightarrow{\sigma_x}(x,y,-z)$,すなわち $\sigma_z$.)逆順では

$$ S_2S_1 = \{C_{2y}|0\}\{\sigma_x|\bm{\tau}\} = \{C_{2y}\sigma_x \,\bigm|\, C_{2y}\bm{\tau} + 0\} = \Bigl\{\sigma_z \,\Bigm|\, \tfrac{a}{4}(-1,1,-1)\Bigr\} $$

($C_{2y}$ は $x\to-x$, $z\to-z$ なので $C_{2y}\bm{\tau}=\frac{a}{4}(-1,1,-1)$.点群部分は同じ $\sigma_z$.)

ステップ3:ずれは格子ベクトルである.$S_1S_2 = \{E|\bm{v}\}S_2S_1$ と書けるとすると,並進部分の比較から

$$ \bm{v} = \bm{\tau} - \frac{a}{4}(-1,1,-1) = \frac{a}{4}(1-(-1),\ 1-1,\ 1-(-1)) = \frac{a}{4}(2,0,2) = \frac{a}{2}(1,0,1) = \aa_2 $$

まさに fcc の基本並進ベクトルの1つである.よって

$$ \begin{equation} S_1S_2 = \{E|\aa_2\}\,S_2S_1 \label{eq:11-stick} \end{equation} $$

ステップ4:位相因子を計算する.$X$ 点で

$$ \kk_X\cdot\aa_2 = \frac{2\pi}{a}(0,0,1)\cdot\frac{a}{2}(1,0,1) = \frac{2\pi}{a}\cdot\frac{a}{2}\cdot 1 = \pi $$

だから

$$ D\bigl(\{E|\aa_2\}\bigr) = e^{-i\pi}\,\mathbf{1} = -\mathbf{1} $$

式 \eqref{eq:11-stick} の両辺を表現に移すと

$$ \begin{equation} D(S_1)D(S_2) = -\,D(S_2)D(S_1) \label{eq:11-anticomm} \end{equation} $$

つまり $D(S_1)$ と $D(S_2)$ は反交換する.

ステップ5:1次元表現は存在しえない.もし表現が1次元なら $D(S_1), D(S_2)$ はただの複素数である.複素数は必ず可換だから $D(S_1)D(S_2)=D(S_2)D(S_1)$.これを式 \eqref{eq:11-anticomm} に代入すると

$$ D(S_1)D(S_2) = -D(S_1)D(S_2) \quad\Longrightarrow\quad 2D(S_1)D(S_2)=0 \quad\Longrightarrow\quad D(S_1)D(S_2)=0 $$

ところが表現行列は正則(逆元の表現が存在する)でなければならないから,$0$ にはなれない.矛盾.

∎ よって $G_{\kk_X}$ の既約表現はすべて2次元以上である.$X$ 点のすべてのバンドは少なくとも2重に縮退する.

物理的意味:symmorphic なら貼り付かない

この証明で決定的だったのは,$S_1$ が半端な並進 $\bm{\tau}$ を伴うこと,そして $\bm{\tau}$ と $C_{2y}\bm{\tau}$ の差が「$\kk_X$ との内積が $\pi$(奇数 $\times\pi$)になる」格子ベクトルだったことである.

symmorphic な結晶では原点を選べばすべての $\bm{\tau}$ を $0$ にできるので,$\bm{v}=0$ となり位相因子は $+1$.反交換は起こらず,1次元表現が存在してよい.バンドは貼り付かない.

実験的に確かめられる.Si(ダイヤモンド型,nonsymmorphic)と GaAs(閃亜鉛鉱型 $F\bar{4}3m$,symmorphic)は,原子が Ga と As に置き換わっているだけで格子はほぼ同じである.しかし GaAs では $T_d$ しか対称性がなく反転が失われ,その結果 $X$ 点の縮退が解ける.Si の $X_1$ 準位(2重縮退)に相当するものが,GaAs では $X_1$ と $X_3$ に分裂する.分裂幅は数 $\mathrm{eV}$ に達する.「対称性を1段落とすと,ゾーン境界の縮退が破れる」典型例である.

同じ発想は,$2_1$ らせん軸やグライド面を持つ他の nonsymmorphic 結晶にも及ぶ.たとえば $Pnma$ のペロブスカイト($\mathrm{CaTiO_3}$ など)や $P2_1/c$ の分子性結晶でも,らせん軸・グライド面に対応するゾーン境界面上でバンドが二重に縮退する.ただし機構は同じではない.これらの群のゾーン境界面上の一般点では,波数群の点群部分が位数2の $C_s$ しかなく,いま使った「反交換するユニタリな2元の組」がそもそも作れない.効いているのは,らせん軸操作と時間反転を組み合わせた反ユニタリ操作 $A$ で,$A^2=\{E|\bm{a}\}$ と $e^{-i\kk\cdot\bm{a}}=-1$ から Kramers 型の2重縮退が出る(Herring, 1937).ユニタリな操作だけで縮退が決まるダイヤモンドの $X$ 点とは,そこが違う.近年の「非共形(nonsymmorphic)トポロジカル物質」の議論も,根はこうした初等的な計算にある.

ただし,「nonsymmorphic ならゾーン境界のどこでも貼り付く」と一般化してはいけない.効くのは,いま見たように波数群 $G_\kk$ のなかで反交換する2つの元の組が実際に作れる $\kk$,すなわち $\bm{\tau}$ の生む位相因子が自明にならない特定の面・線・点に限られる.どの $\kk$ でそれが起こるかは,その都度 $G_\kk$ を作って確かめるほかない.また以上はスピンを無視した議論であって,スピン軌道相互作用まで含めるときは二重群で数え直す必要があり,反転対称性や時間反転の有無によって結論が変わることもある.

(a) Si(ダイヤモンド型 Fd-3m, nonsymmorphic) Γ X Δ 線 2本が必ず合流 X1(2重縮退) (b) GaAs(閃亜鉛鉱型 F-43m, symmorphic) Γ X X1 X3 分裂
図11.4 ゾーン境界 $X$ でのバンドの振る舞い.(a) nonsymmorphic なダイヤモンド構造では,$G_{\kk_X}$ の既約表現がすべて2次元以上なので,$\Delta$ 線を来た2本のバンドが $X$ 点で必ず合流して縮退する(貼り付き).この「必ず」は群論が保証するもので,ポテンシャルの詳細によらない.(b) symmorphic な閃亜鉛鉱構造では1次元表現が存在でき,同じ2本が $X_1$ と $X_3$ に分裂したまま境界に到達する.Si と GaAs はほとんど同じ結晶なのに,この一点だけで振る舞いが分かれる.

11.9 フォノンの既約表現

ここまで電子の波動関数を念頭に置いてきたが,群論の議論はまったく同じ形で格子振動にも使える.並進対称性から波数 $\qq$ が量子数として現れ(Bloch の定理のフォノン版),$\qq$ での縮退度は波数群 $G_\qq$ の既約表現の次元で決まる.第13章・第14章の準備として,$\Gamma$ 点($\qq=0$)の振動モードを群論で分類しておこう.

導出:$\Gamma$ 点の格子振動表現とその既約分解(Si の場合)

primitive cell に $s$ 個の原子があるとき,$\Gamma$ 点の変位ベクトルの自由度は $3s$ 個である.これらが張る $3s$ 次元表現を $\Gamma^{\rm lat}$ という.第10章の分子振動と同じく,その指標は

$$ \begin{equation} \chi^{\rm lat}(R) = N_R \times \chi^{\rm vec}(R) \label{eq:11-lat} \end{equation} $$

で与えられる.$N_R$ は「操作 $R$ によって(格子並進を除いて)動かない原子の個数」,$\chi^{\rm vec}(R)$ は3次元ベクトル $(x,y,z)$ の表現の指標($O_h$ では $T_{1u}$)である.

ステップ1:$N_R$ を求める.Si は primitive cell に2原子(原点の A と $\bm{\tau}$ の B).11.8.1節の分類を使う.

ステップ2:指標を書き下す.$\chi^{\rm vec}$ は $T_{1u}$ の指標である.$T_d$ 側の類だけ拾えばよい(残りは $N_R=0$ で消える).

表11.7 Si(ダイヤモンド構造)の $\Gamma$ 点における格子振動表現の指標
$E$$8C_3$$3C_2$$6S_4$$6\sigma_d$他の5類
$N_R$222220
$\chi^{\rm vec}$30$-1$$-1$1—
$\chi^{\rm lat}$60$-2$$-2$20

$\chi^{\rm lat}(E)=6=3s$($s=2$)で自由度の数が合っている.

ステップ3:既約分解する.$h=|O_h|=48$.まず $T_{1u}$(指標 $E{:}3$, $6C_4{:}1$, $3C_2{:}-1$, $6C_2'{:}-1$, $8C_3{:}0$, $i{:}-3$, $6S_4{:}-1$, $8S_6{:}0$, $3\sigma_h{:}1$, $6\sigma_d{:}1$)について,$\chi^{\rm lat}$ がゼロでない類だけ足す:

$$ n_{T_{1u}} = \frac{1}{48}\Bigl[\underbrace{1\cdot 6\cdot 3}_{E} + \underbrace{8\cdot 0\cdot 0}_{8C_3} + \underbrace{3\cdot(-2)\cdot(-1)}_{3C_2} + \underbrace{6\cdot(-2)\cdot(-1)}_{6S_4} + \underbrace{6\cdot 2\cdot 1}_{6\sigma_d}\Bigr] $$ $$ = \frac{1}{48}\bigl[18 + 0 + 6 + 12 + 12\bigr] = \frac{48}{48} = 1 $$

次に $T_{2g}$($E{:}3$, $8C_3{:}0$, $3C_2{:}-1$, $6S_4{:}-1$, $6\sigma_d{:}1$,…).上と同じ類での指標がたまたま一致するので

$$ n_{T_{2g}} = \frac{1}{48}\bigl[18+0+6+12+12\bigr] = 1 $$

他の既約表現は $0$ になる.たとえば $A_{1g}$(該当5類ですべて $\chi=1$)なら

$$ n_{A_{1g}} = \frac{1}{48}\bigl[6 + 0 + 3(-2)(1) + 6(-2)(1) + 6(2)(1)\bigr] = \frac{1}{48}[6-6-12+12] = 0 $$

結局

$$ \begin{equation} \Gamma^{\rm lat}(\mathrm{Si}) = T_{1u} \oplus T_{2g} = \Gamma_{15} \oplus \Gamma_{25'} \label{eq:11-siphonon} \end{equation} $$

∎ 次元は $3+3=6$ ✓.

物理的意味:音響モードは必ず $\rr$ と同じ既約表現

$\qq=0$ の音響モードとは「結晶全体が剛体的に平行移動する」変位である.平行移動のベクトル $(\delta x,\delta y,\delta z)$ は,位置ベクトル $\rr$ とまったく同じ変換性を持つ.したがって

$$ \begin{equation} \Gamma^{\rm acoustic} = \Gamma^{\rm vec}\ (=\ \rr\ \text{と同じ既約表現}) \label{eq:11-acoustic} \end{equation} $$

である.$O_h$ では $\rr$ は $T_{1u}=\Gamma_{15}$ に属する($x,y,z$ は反転で符号を変えるので $u$).式 \eqref{eq:11-siphonon} の $T_{1u}$ が3本の音響モードであり,残りの $T_{2g}=\Gamma_{25'}$ が3本の光学モードである.3重縮退した光学フォノンが1本だけ,というのが Si のフォノン分散が $\Gamma$ 点で示す姿である(第13章の図と照合すること).

この規則は普遍的である.どんな結晶でも,$\Gamma$ 点の $3s$ 個のモードのうち3個は必ず $\rr$ と同じ既約表現に属し,それが音響モードである.$\omega\to0$ となるのは,剛体並進がエネルギーを要しないからである(Goldstone モード).

例題11.6 Si の $520\,\mathrm{cm^{-1}}$ Raman ピーク

Si の光学フォノン $\Gamma_{25'}$ が Raman 活性,赤外不活性であることを群論で示せ.

解答.第10章10.7節の判定規則を使う.

赤外活性:モードの既約表現が $x,y,z$(=双極子モーメント)のいずれかと同じ既約表現に属すること.$O_h$ で $x,y,z$ は $T_{1u}$.光学モードは $T_{2g}$ なので一致しない.赤外不活性.より簡単には,$T_{2g}$ は反転に対して偶($g$)なのに $x,y,z$ は奇($u$)であり,中心対称な結晶では相互排除則(mutual exclusion rule)により両立しない.

Raman 活性:モードの既約表現が2次形式 $x^2, y^2, z^2, xy, yz, zx$(=分極率テンソル)のいずれかと同じであること.$O_h$ での2次形式の分解は

$$ \{x^2+y^2+z^2\} \to A_{1g}, \quad \{2z^2-x^2-y^2,\ x^2-y^2\} \to E_g, \quad \{xy, yz, zx\} \to T_{2g} $$

光学モードの $T_{2g}$ は最後の組と一致する.Raman 活性.

∎ これが Si の Raman スペクトルに $520.5\,\mathrm{cm^{-1}}$ の鋭い単一ピークが現れる理由である.Si ウェハの品質評価,応力測定,非晶質/結晶質の判定に日常的に使われている測定は,この群論の結論の上に成り立っている.逆に Si は赤外吸収でこのフォノンを直接見ることができない(1フォノン過程では禁制).

比較のため NaCl 型($Fm\bar{3}m$,symmorphic,2原子)を考えると,2つの原子はどの操作でも入れ替わらないので全操作で $N_R=2$,$\Gamma^{\rm lat}=2\,T_{1u}$ となる.音響 $T_{1u}$ + 光学 $T_{1u}$ で,光学モードは赤外活性・Raman 不活性.NaCl の残留線(reststrahlen band)が赤外に見えるのはこのためである.同じ「2原子・立方晶」でも構造が違えば選択則が逆転する.

補足:$\qq\ne0$ のフォノンと第13章・第14章へ

$\qq\ne0$ でも話は同じで,$\qq$ の小群の既約表現がモードを分類する.$\Delta$ 線上では $C_{4v}$ なので,表11.6 の両立関係 $\Gamma_{15}\to\Delta_1\oplus\Delta_5$,$\Gamma_{25'}\to\Delta_{2'}\oplus\Delta_5$ をそのまま当てはめればよい.$\Gamma^{\rm lat}=\Gamma_{15}\oplus\Gamma_{25'}$ だったから,Si の6本のモードは $\Delta_1\oplus\Delta_{2'}\oplus2\Delta_5$($1+1+2+2=6$)に分かれる.縦音響 LA が $\Delta_1$,縦光学 LO が $\Delta_{2'}$,横波の TA と TO がそれぞれ2重縮退の $\Delta_5$ である.LA と LO のラベルが違うからこそ,11.8節の貼り付きによって両者は $X$ 点で合流できる.フォノン分散図で TA と TO が2重に描かれ,LA と LO が1本ずつなのは,群論が決めていることである.

また,光の吸収・Raman 散乱で $\qq\simeq0$ のフォノンしか見えないのは,$\kk'=\kk+\qq+\GG$ という結晶運動量の保存則(11.3節で述べた $\kk$ の保存)と,光の波数が $\mathrm{BZ}$ の大きさに比べて桁違いに小さいことによる.中性子非弾性散乱が分散全体を測れるのは,中性子の波数が $\mathrm{BZ}$ と同程度だからである(第13章).$\GG$ を含む過程が Umklapp 過程であり,熱伝導率を有限にする(第14章).すべて $\kk$ の量子化から出てくる話である.

11.10 まとめと演習

11.10.1 まとめ

11.10.2 演習問題

演習11.1 $N=4$ の1次元並進群の指標表を作る

格子定数 $a$,$N=4$ の1次元結晶を考える.

(1) 並進群 $\mathcal{T}_1=\{T_0,T_1,T_2,T_3\}$ の積表を書け.

(2) 既約表現をすべて求め,指標表の形にまとめよ.

(3) 許される $k$ の値を第1 Brillouin 域の中で書き下せ.

(4) $\sum_i \ell_i^2 = h$ と「既約表現の数=類の数」が成り立っていることを確かめよ.

ヒント:(1) $T_nT_m=T_{(n+m)\bmod 4}$.(2) $D^{(m)}(T_n)=e^{-2\pi i mn/4}=(-i)^{mn}$.$m=0$ なら全部 $1$,$m=1$ なら $(1,-i,-1,i)$,$m=2$ なら $(1,-1,1,-1)$,$m=3$ なら $(1,i,-1,-i)$.(3) $k=2\pi m/4a$ で,$m=-1,0,1,2$ と取れば $k=-\pi/2a,\ 0,\ \pi/2a,\ \pi/a$ の4個.(4) 可換群なので4元が4つの類をなし,既約表現も4個.$1^2\times4=4=h$.

演習11.2 小群と星の大きさ

fcc($O_h$,位数48)について,次を確かめよ.

(1) $L$ 点 $\frac{2\pi}{a}(\frac12,\frac12,\frac12)$ を不変に保つ操作を数え上げ,小群が $D_{3d}$(位数12)であることを示せ.

(2) $\Lambda$ 線 $\frac{2\pi}{a}(\xi,\xi,\xi)$($0<\xi<\frac12$)の小群が $C_{3v}$(位数6)であることを示し,$L$ 点で位数が2倍になる理由を述べよ.

(3) 表11.3のすべての行で $|P_\kk|\times(\text{星の大きさ})=48$ が成り立つことを確かめよ.

ヒント:(1) $[111]$ まわりの $C_3, C_3^2$ と,$[111]$ を含む3枚の $\sigma_d$ 面,これで $C_{3v}$(位数6).さらに $2L=\frac{2\pi}{a}(1,1,1)=\bb_1+\bb_2+\bb_3$ が逆格子ベクトルなので,$L\to -L$ に移す操作($i$ など)も許され,位数が倍の12になる.(2) $\Lambda$ 線上の点は $2\kk$ が逆格子ベクトルにならないので $\kk\to-\kk$ が使えず,$C_{3v}$ どまり.(3) $48/12=4$($L$),$48/6=8$($\Lambda$)など.

演習11.3 両立関係を指標計算で導く

例題11.4と同じ手順で,次の両立関係を導け(表11.6の検算).

(1) $\Gamma_{12}=E_g$(2次元,基底 $\{2z^2-x^2-y^2,\ x^2-y^2\}$)を $\Delta$ 線の $C_{4v}$ に制限して分解せよ.

(2) 同じ $E_g$ を $\Lambda$ 線の $C_{3v}$ に制限して分解せよ.

(3) $\Gamma_{15}=T_{1u}$ を $C_{4v}$ と $C_{3v}$ に制限して分解せよ.

(4) (1)–(3) の結果を使って,$d$ 軌道由来のバンド($E_g+T_{2g}$,第10章)が $\Gamma$ から $\Delta$ 線に出るとき,全部で何本の線になるか答えよ.

ヒント:(1) $E_g$ の $C_{4v}$ 上の指標は $(2,0,2,2,0)$.公式に入れて $n_{A_1}=\frac18[2+0+2+4+0]=1$,$n_{B_1}=\frac18[2+0+2+4+0]=1$,他は0.よって $\Delta_1\oplus\Delta_2$.(2) $C_{3v}$ 上の指標は $(2,-1,0)$ で $n_E=\frac16[4+2+0]=1$,よって $\Lambda_3$ のみ.(3) $T_{1u}$ の $C_{4v}$ 上の指標は $(3,1,-1,1,1)$ で $\Delta_1\oplus\Delta_5$,$C_{3v}$ 上は $(3,0,1)$ で $\Lambda_1\oplus\Lambda_3$.(4) $E_g\to\Delta_1+\Delta_2$(2本),$T_{2g}\to\Delta_{2'}+\Delta_5$(2本,うち1本は2重縮退).線は計4本,状態数は $2+3=5$.

演習11.4 ダイヤモンド構造の貼り付きを別の演算子対で確かめる

定理11.5の証明を,$S_1=\{\sigma_y|\bm{\tau}\}$($y\to-y$ の鏡映)と $S_2=\{C_{2x}|0\}$($x$ 軸まわり2回回転)の組で繰り返せ.

(1) 両者が $G_{\kk_X}$($\kk_X=\frac{2\pi}{a}(0,0,1)$)に属することを確かめよ.

(2) $S_1S_2$ と $S_2S_1$ を Seitz 記号で計算し,$S_1S_2=\{E|\bm{v}\}S_2S_1$ の $\bm{v}$ を求めよ.

(3) $e^{-i\kk_X\cdot\bm{v}}=-1$ を示し,1次元表現が存在しえないと結論せよ.

(4) 同じ計算を $\Delta$ 線上の点 $\kk=\frac{2\pi}{a}(0,0,\xi)$($\xi<1$)で行うと,なぜ貼り付きが起こらないか説明せよ.

ヒント:(2) $S_1S_2=\{\sigma_yC_{2x}|\bm{\tau}\}$,$S_2S_1=\{C_{2x}\sigma_y|C_{2x}\bm{\tau}\}$,$C_{2x}\bm{\tau}=\frac{a}{4}(1,-1,-1)$ より $\bm{v}=\bm{\tau}-C_{2x}\bm{\tau}=\frac{a}{2}(0,1,1)=\aa_1$.(3) $\kk_X\cdot\aa_1=\pi$.(4) $\Delta$ 線上では $C_{2x}$ が $\kk$ を $-\kk$ に移すが,$2\kk$ が逆格子ベクトルでないので $C_{2x}\notin P_\kk$.そもそも反交換の相手がいない.加えて $\kk\cdot\aa_1=\pi\xi$ で位相が $-1$ にならない.

演習11.5 いろいろな結晶の $\Gamma$ 点フォノン

式 \eqref{eq:11-lat} を使って,次の結晶の $\Gamma$ 点格子振動表現を求め,音響モードと光学モードに分け,赤外活性・Raman 活性を判定せよ.

(1) NaCl 型 $\mathrm{NaCl}$($Fm\bar{3}m$,primitive cell に2原子,両方が $O_h$ 対称位置)

(2) 閃亜鉛鉱型 $\mathrm{GaAs}$($F\bar{4}3m$,点群 $T_d$,primitive cell に2原子)

(3) ダイヤモンド型 $\mathrm{Si}$(例題11.6で求めた結果を使ってよい)

(4) 上の3つを比べて,「中心対称性の有無が選択則をどう変えるか」を述べよ.

ヒント:(1) どの操作でも $N_R=2$ なので $\Gamma^{\rm lat}=2T_{1u}$.光学モードは $T_{1u}$:赤外活性,Raman 不活性.(2) $T_d$ には反転がなく $x,y,z$ も $xy,yz,zx$ もともに $T_2$ に属する.$\Gamma^{\rm lat}=2T_2$ で,光学モード $T_2$ は赤外活性かつ Raman 活性.(3) $T_{1u}\oplus T_{2g}$:光学モードは Raman のみ.(4) 中心対称な結晶(NaCl, Si)では相互排除則が働き,赤外活性と Raman 活性が排他的になる.非中心対称(GaAs)では同じモードが両方に現れうる.第4章4.6節の「中心対称性の有無が物性を分ける」という話が,フォノンでも同じ形で現れている.

演習11.6 総合問題 —— 群論からバンド図を読む

Si のバンド図(教科書や Materials Project で入手できるもの)を1枚用意し,次を確認せよ.

(1) $\Gamma$ 点で3重に縮退している準位を見つけ,価電子帯頂上がそれであることを確かめよ.

(2) その準位から $\Delta$ 方向へ出る線が2本(1本は2重縮退)であることを確かめ,表11.6と照合せよ.

(3) $X$ 点ですべてのバンドが2本ずつ合流していることを確かめよ(定理11.5).

(4) $\Sigma$ 線($\Gamma\!-\!K$)上では縮退がすべて解けていることを確かめ,その理由を小群から説明せよ.

(5) 同じことを GaAs のバンド図で行い,$X$ 点の違いを指摘せよ.

ヒント:(4) $\Sigma$ の小群は $C_{2v}$(位数4)で,既約表現は4個すべて1次元($1+1+1+1=4$).2次元表現が存在しないので,$\Sigma$ 線上ではあらゆる縮退が(偶然縮退を除いて)解ける.(5) GaAs は symmorphic なので $X$ 点で貼り付かない(図11.4).

参考文献

  1. M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapter 10(空間群の表現)および Chapter 12(エネルギーバンドと群論).—— 本章の骨格はこの2章に沿っている.両立関係の表,fcc・bcc・ダイヤモンドの各高対称点の既約表現の表が完備している.
  2. 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— 空間群と点群の関係,symmorphic と nonsymmorphic の区別.
  3. C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上)』第8版,丸善出版,第7章.—— Bloch の定理の従来型の証明.本章11.4節の表11.2で比較したもの.
  4. N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapter 8, Appendix D. —— Bloch の定理の2通りの証明と Born–von Karman 境界条件の扱い.
  5. 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版,第7章・第8章.—— 空間群の既約表現を日本語で丁寧に解説した数少ない教科書.
  6. L. P. Bouckaert, R. Smoluchowski, E. Wigner, "Theory of Brillouin Zones and Symmetry Properties of Wave Functions in Crystals", Phys. Rev. 50, 58 (1936). —— $\Gamma_{25'}$, $\Delta_5$ といった BSW 記号の出典.fcc・bcc の高対称点の小群と両立関係を初めて表にした論文である.
  7. C. Herring, "Accidental Degeneracy in the Energy Bands of Crystals", Phys. Rev. 52, 365 (1937). —— バンドの貼り付きと偶然縮退の一般論.
  8. M. I. Aroyo et al., "Bilbao Crystallographic Server", Z. Kristallogr. 221, 15 (2006). —— 230空間群すべての波数群・既約表現・両立関係がオンラインで引ける.REPRESENTATIONS SG と COMPATIBILITY RELATIONS のツールは実務で必携である.