第8章指標表 — 作り方と読み方
第7章で,既約表現という概念と,それを支える大直交定理(Wonderful Orthogonality Theorem)を手に入れた.しかし,あの定理は行列の成分 $D^{(i)}(R)_{\mu\nu}$ そのものについての主張である.行列は基底の取り方によって姿を変えてしまうから,そのままでは扱いにくい.
そこで登場するのが指標(character)である.指標とは,表現行列のトレース $\chi(R)=\Tr D(R)$,ただそれだけのものである.ところがこの「ただそれだけ」の量が,基底の取り方によらず,しかも同じ類に属する元では共通の値をとる.つまり,$h$ 個の行列という膨大な情報が,類の数だけの数値の並びに圧縮される.この圧縮表が指標表(character table)である.
本章の目玉は,指標表を白紙から自分で作ることである.多くの教科書では指標表は巻末に「与えられるもの」として載っている.しかし $C_{3v}$ や $C_{4v}$ 程度の点群なら,群の元を書き出し,類に分け,直交関係の連立方程式を解くだけで,誰でも数分で作れてしまう.作れるようになると,指標表はただの数表ではなく,群の構造そのものを写した地図に見えてくる.
そして,指標表が使えるようになると,第10章の結晶場分裂も,分子振動の分類も,選択則も,すべて「与えられた指標の列を既約表現に分解する」という一つの作業に帰着する.第II部の山場である.
- 指標 $\chi(R)=\Tr D(R)$ の定義と,相似変換に対する不変性の証明
- 同じ類に属する元は同じ指標をもつこと($\chi(XAX^{-1})=\chi(A)$)の証明
- 指標の第1直交関係 $\sum_k N_k\chi^{(i)}(C_k)^*\chi^{(j)}(C_k)=h\delta_{ij}$ を大直交定理から導く
- 正則表現と,$\sum_i \ell_i^2 = h$ の再導出
- 既約表現の数 = 類の数 の完全な証明
- 第2直交関係 $\sum_i \chi^{(i)}(C_k)^*\chi^{(i)}(C_{k'})=(h/N_k)\delta_{kk'}$
- $C_{3v}$,$C_{4v}$,$O$,$O_h$ の指標表を白紙から作る手順
- 既約分解の公式 $a_i=\frac{1}{h}\sum_k N_k\chi^{(i)}(C_k)^*\chi(C_k)$ と,整数性による検算
- Mulliken記号($A$, $B$, $E$, $T$, 添字 $1/2$, $g/u$, $'/''$)の読み方
8.1 指標の定義 — トレースだけが生き残る
8.1.1 定義
定義:指標(character)
群 $G$ の表現 $D$ において,元 $R\in G$ に対応する行列 $D(R)$ のトレース
$$ \chi(R) \equiv \Tr D(R) = \sum_{\mu=1}^{\ell} D(R)_{\mu\mu} $$を,$R$ の指標という.$\ell$ は表現の次元である.$i$ 番目の既約表現 $\Gamma^{(i)}$ の指標は $\chi^{(i)}(R)$ と書く.
まず自明だが大事な性質をひとつ.恒等元 $E$ の表現行列は $\ell\times\ell$ の単位行列だから,
すなわち,恒等元の指標は表現の次元そのものである.指標表の一番左の列を見れば,各既約表現が何次元かが即座にわかる.
8.1.2 指標は相似変換で変わらない
表現行列 $D(R)$ は,基底の取り方を変えると $D'(R)=U^{-1}D(R)U$ という形に変わる(第7章).成分はすべて変わってしまう.ところがトレースは変わらない.第4章の数学ノートで一度触れた性質だが,ここが群論の要になるので,成分を書き下して証明しておく.
定理8.1(相似変換に対する不変性)
任意の正方行列 $D$ と,任意の正則行列 $U$ について
$$ \Tr\left(U^{-1}DU\right) = \Tr D $$したがって,同値な(相似変換で移り合う)表現は,同じ指標をもつ.
証明:添字を全部書いて確かめる
行列の積の成分は $(AB)_{\mu\nu}=\sum_\alpha A_{\mu\alpha}B_{\alpha\nu}$ である.これを2回使って,$U^{-1}DU$ の $(\mu,\mu)$ 成分を書き下す.
$$ \left(U^{-1}DU\right)_{\mu\mu} = \sum_{\alpha}\sum_{\beta} (U^{-1})_{\mu\alpha}\, D_{\alpha\beta}\, U_{\beta\mu} $$トレースはこれを $\mu$ について足すことだから
$$ \Tr\left(U^{-1}DU\right) = \sum_{\mu}\sum_{\alpha}\sum_{\beta} (U^{-1})_{\mu\alpha}\, D_{\alpha\beta}\, U_{\beta\mu} $$ここで,和の順序を入れ替える.3つの因子は行列ではなくただの数なので,掛ける順番を自由に変えてよい.$\mu$ についての和を内側に持ってくると
$$ = \sum_{\alpha}\sum_{\beta} D_{\alpha\beta} \left[\sum_{\mu} U_{\beta\mu}(U^{-1})_{\mu\alpha}\right] $$角括弧の中は,まさに行列 $UU^{-1}$ の $(\beta,\alpha)$ 成分である.$UU^{-1}=I$ だから
$$ \sum_{\mu} U_{\beta\mu}(U^{-1})_{\mu\alpha} = (UU^{-1})_{\beta\alpha} = \delta_{\beta\alpha} $$これを代入すると,$\delta_{\beta\alpha}$ が $\beta$ の和を潰して $\beta=\alpha$ だけを残すので
$$ \Tr\left(U^{-1}DU\right) = \sum_{\alpha}\sum_{\beta} D_{\alpha\beta}\,\delta_{\beta\alpha} = \sum_{\alpha} D_{\alpha\alpha} = \Tr D $$∎ これで証明が終わった.要するに「トレースの巡回性 $\Tr(AB)=\Tr(BA)$」を丁寧に書いただけである.
なぜトレースなのか — 他の量ではだめなのか
行列から数値を取り出す方法は,トレース以外にもある.行列式 $\det D(R)$ も相似変換で不変であるし,固有値の集合も不変である.ではなぜ群論はトレースを選ぶのか.
理由は加法性にある.表現をブロック対角化して $D = D^{(1)}\oplus D^{(2)}$ と直和分解したとき,
$$ \Tr D(R) = \Tr D^{(1)}(R) + \Tr D^{(2)}(R) $$すなわち $\chi(R)=\chi^{(1)}(R)+\chi^{(2)}(R)$ が成り立つ.指標は直和に対して単純に足し算になるのである.行列式では $\det D = \det D^{(1)}\cdot\det D^{(2)}$ と積になり,固有値は集合の合併になるが,いずれも「何個ずつ含まれているか」を線形代数の道具(直交射影)で取り出すには不便である.
足し算になるおかげで,8.8節の既約分解 $\chi = \sum_i a_i \chi^{(i)}$ が,内積を取るだけで解ける連立1次方程式に化ける.これが指標を主役に据える理由である.
8.1.3 同じ類の元は同じ指標をもつ
第6章で,群の元を共役類(conjugacy class)に分けた.$A$ と $B$ が共役であるとは,ある $X\in G$ が存在して $B = XAX^{-1}$ と書けることであった.
定理8.2(類による指標の一定性)
$A$ と $B$ が同じ類に属するならば,任意の表現において
$$ \chi(A) = \chi(B) $$すなわち,指標は類の関数である.
証明
$B=XAX^{-1}$ とする.$D$ は表現なので,群の積構造を保つ:
$$ D(B) = D\!\left(XAX^{-1}\right) = D(X)\,D(A)\,D(X^{-1}) = D(X)\,D(A)\,D(X)^{-1} $$最後の等号では,表現の性質 $D(X^{-1})=D(X)^{-1}$ を使った(これは $D(X)D(X^{-1})=D(XX^{-1})=D(E)=I$ から従う).
いま $U \equiv D(X)^{-1}$ と置けば,$D(B) = U^{-1}D(A)U$ という相似変換の形になっている.定理8.1より
$$ \chi(B) = \Tr D(B) = \Tr\left(U^{-1}D(A)U\right) = \Tr D(A) = \chi(A) $$∎
物理的意味:情報がどれだけ圧縮されるか
位数 $h$ の群の $\ell$ 次元表現は,$h$ 個の $\ell\times\ell$ 行列,すなわち $h\ell^2$ 個の数からなる.$C_{3v}$ の2次元既約表現なら $6\times4=24$ 個である.
ところが指標を取ると,まず $h$ 個の数($6$ 個)に減り,さらに類ごとに同じ値なので,独立な数は類の数だけ($C_{3v}$ なら3個)になる.$24 \to 3$,実に8分の1である.
しかも驚くべきことに,この圧縮でほとんど何も失われない.第2直交関係(8.4節)から,すべての既約表現での指標が一致する2つの元は,必ず同じ類に属することが言える.指標表は,群の「類の構造」を完全に保持しているのである.
例題8.1 $C_{3v}$ の3次元表現の指標を実際に計算する
$C_{3v}$ の6個の操作を,$(x,y,z)$ を基底とする $3\times3$ 行列で表し,その指標を求めよ.主軸を $z$ 軸,鏡映面 $\sigma_1$ を $yz$ 面($x\to-x$)とする.
解答.まず回転から.第4章の式($z$ 軸まわりの回転行列)で $\phi=120^\circ$ とすると
$$ D(C_3)=\begin{pmatrix}-\tfrac12 & -\tfrac{\sqrt3}{2} & 0\\[2pt] \tfrac{\sqrt3}{2} & -\tfrac12 & 0\\[2pt] 0&0&1\end{pmatrix}, \qquad \chi(C_3) = -\tfrac12-\tfrac12+1 = 0 $$$C_3^2$ は $\phi=240^\circ$ で,$\cos240^\circ=-\tfrac12$ だから対角成分は同じ.よって $\chi(C_3^2)=0$.定理8.2の予言どおり,同じ類の2元が同じ指標をもつ.
次に鏡映.$z$ 軸を含み,$x$ 軸から角 $\theta$ だけ傾いた面での鏡映は
$$ D(\sigma(\theta))=\begin{pmatrix}\cos2\theta & \sin2\theta & 0\\ \sin2\theta & -\cos2\theta & 0\\ 0&0&1\end{pmatrix} $$で与えられる($xy$ 面内で直線 $\theta$ に関する折り返し,$z$ は不変).ここでトレースを取ってみると
$$ \chi(\sigma(\theta)) = \cos2\theta + (-\cos2\theta) + 1 = 1 $$$\theta$ が消えてしまった.つまりどの鏡映面であっても指標は $1$ である.具体的に書けば,$\sigma_1$ は $\theta=90^\circ$ で
$$ D(\sigma_1)=\begin{pmatrix}-1&0&0\\0&1&0\\0&0&1\end{pmatrix}, \qquad \sigma_2\ (\theta=30^\circ):\ \begin{pmatrix}\tfrac12&\tfrac{\sqrt3}{2}&0\\[2pt] \tfrac{\sqrt3}{2}&-\tfrac12&0\\[2pt] 0&0&1\end{pmatrix} $$行列としてはまったく別物なのに,トレースはどちらも $1$ である.
まとめると
$$ \chi^{(xyz)} = \bigl(\chi(E),\,\chi(2C_3),\,\chi(3\sigma_v)\bigr) = (3,\,0,\,1) $$∎ この3つの数が,6個の $3\times3$ 行列(54個の数値)を代表している.8.8節で,この $(3,0,1)$ を既約表現に分解する.
補足:類の書き方と $N_k$ の記法
指標表の列見出しには $2C_3$,$3\sigma_v$ のように,前に類の元の個数を書く習慣がある.$2C_3$ は「$C_3$ 型の操作が2個ある類」の意味であって,「$C_3$ を2倍する」ではない.
本書ではこの個数を $N_k$ と書く.$C_{3v}$ なら $N_1=1$($E$),$N_2=2$($2C_3$),$N_3=3$($3\sigma_v$)で,$N_1+N_2+N_3=6=h$ である.一般に
$$ \sum_{k=1}^{n_c} N_k = h $$が成り立つ($n_c$ は類の数).類は群を重なりなく覆うからである.この $N_k$ は,以下のすべての直交関係で「重み」として現れる.$N_k$ を忘れるのが,指標計算で最も多い間違いである.
8.2 指標の第1直交関係
8.2.1 大直交定理から2行で出る
第7章で証明した大直交定理を,そのまま書き写しておく.$\Gamma^{(i)}$, $\Gamma^{(j)}$ を既約なユニタリ表現,$\ell_i$ をその次元,$h$ を群の位数として
これは「$h$ 次元のベクトル空間の中で,行列成分たちが互いに直交している」という主張であった.指標はこの成分の対角和だから,式 \eqref{eq:8-got} で $\nu=\mu$,$\beta=\alpha$ と置いて足し上げればよい.
導出:第1直交関係
式 \eqref{eq:8-got} において,まず $\nu = \mu$,$\beta = \alpha$ と置く.
$$ \sum_{R} D^{(i)}(R)^{*}_{\mu\mu}\, D^{(j)}(R)_{\alpha\alpha} = \frac{h}{\ell_i}\,\delta_{ij}\,\delta_{\mu\alpha}\,\delta_{\mu\alpha} $$右辺の $\delta_{\mu\alpha}\delta_{\mu\alpha}$ は,$\delta$ が $0$ か $1$ しかとらないので $\delta_{\mu\alpha}$ に等しい.次に,両辺を $\mu=1,\dots,\ell_i$ と $\alpha=1,\dots,\ell_j$ について足す.
左辺:和の順序を入れ替えると,$\mu$ の和と $\alpha$ の和が独立に実行できて
$$ \sum_{R}\left[\sum_{\mu} D^{(i)}(R)^{*}_{\mu\mu}\right]\left[\sum_{\alpha} D^{(j)}(R)_{\alpha\alpha}\right] = \sum_{R} \chi^{(i)}(R)^{*}\,\chi^{(j)}(R) $$まさに指標の積の和になる.
右辺:
$$ \frac{h}{\ell_i}\delta_{ij}\sum_{\mu=1}^{\ell_i}\sum_{\alpha=1}^{\ell_j}\delta_{\mu\alpha} $$ここで $\delta_{ij}$ があるので,$i\ne j$ なら全体がゼロ.$i=j$ のときだけ考えればよく,そのとき $\ell_i=\ell_j$ で,二重和 $\sum_\mu\sum_\alpha \delta_{\mu\alpha}$ は「$\mu=\alpha$ となる組の個数」すなわち $\ell_i$ である.したがって
$$ \frac{h}{\ell_i}\,\delta_{ij}\cdot \ell_i = h\,\delta_{ij} $$以上をまとめて
∎ 大直交定理にあった $1/\ell_i$ という煩わしい因子が,ちょうど打ち消されて消えたことに注意したい.指標の直交関係は,次元によらず右辺が $h$ になる.これが指標の使いやすさの源である.
8.2.2 類でまとめた形
式 \eqref{eq:8-orth1-R} は群の元 $R$ 全部についての和だが,指標は類ごとに一定(定理8.2)なので,類でまとめられる.
導出:類でまとめる
群 $G$ を類 $C_1, C_2, \dots, C_{n_c}$ に分割する.各類は重なりがなく,全部合わせると $G$ になるので,任意の関数 $f$ について
$$ \sum_{R\in G} f(R) = \sum_{k=1}^{n_c} \sum_{R\in C_k} f(R) $$いま $f(R)=\chi^{(i)}(R)^*\chi^{(j)}(R)$ は類 $C_k$ の中では定数であり,その値を $\chi^{(i)}(C_k)^*\chi^{(j)}(C_k)$ と書く.定数を $N_k$ 個足すだけだから
$$ \sum_{R\in C_k} f(R) = N_k\,\chi^{(i)}(C_k)^{*}\chi^{(j)}(C_k) $$したがって
∎ これが第1直交関係(first orthogonality relation)である.指標表の「行と行」の直交を述べている.
物理的意味:指標表の行は直交単位ベクトルである
式 \eqref{eq:8-orth1} を,内積の言葉で読み直そう.$n_c$ 次元の複素ベクトル
$$ \bm{v}^{(i)} \equiv \left(\sqrt{\frac{N_1}{h}}\,\chi^{(i)}(C_1),\ \sqrt{\frac{N_2}{h}}\,\chi^{(i)}(C_2),\ \dots,\ \sqrt{\frac{N_{n_c}}{h}}\,\chi^{(i)}(C_{n_c})\right) $$を定義する.すると式 \eqref{eq:8-orth1} はそのまま
$$ \bm{v}^{(i)*}\cdot\bm{v}^{(j)} = \delta_{ij} $$と書ける.つまり,指標表の各行は,$\sqrt{N_k/h}$ という重みを付けて見れば,$n_c$ 次元空間の正規直交ベクトルである.
$n_c$ 次元空間の中に互いに直交するベクトルは,高々 $n_c$ 本しか取れない.この単純な事実から,既約表現の個数 $n_r$ について
$$ n_r \le n_c $$が直ちに従う.次節では逆向きの不等式 $n_r \ge n_c$ も示し,等号を確立する.
例題8.2 既約性の判定条件
ある表現の指標 $\chi$ が与えられたとき,それが既約かどうかを判定する条件を導け.
解答.任意の表現はブロック対角化により既約表現の直和に分解でき,指標は加法的(8.1.2節の「なぜ」参照)だから
$$ \chi(R) = \sum_i a_i \chi^{(i)}(R), \qquad a_i \in \{0,1,2,\dots\} $$と書ける.$a_i$ は $\Gamma^{(i)}$ が何回現れるかを表す非負整数である.ここで $\sum_R |\chi(R)|^2$ を計算する.
$$ \sum_R \chi(R)^*\chi(R) = \sum_R \left(\sum_i a_i \chi^{(i)}(R)\right)^{*}\left(\sum_j a_j \chi^{(j)}(R)\right) $$$a_i$ は実数(非負整数)なので複素共役を取っても変わらない.和を入れ替えると
$$ = \sum_i\sum_j a_i a_j \underbrace{\sum_R \chi^{(i)}(R)^*\chi^{(j)}(R)}_{= h\delta_{ij}} = h\sum_i a_i^2 $$したがって
右辺は非負整数の平方和である.これが $1$ に等しくなるのは,ある一つの $i$ について $a_i=1$,他はすべて $0$ のとき,そのときに限る.すなわち
$\dfrac{1}{h}\sum_k N_k\abs{\chi(C_k)}^2 = 1 \iff$ その表現は既約
値が $2$ なら $1^2+1^2$ しかありえないので「異なる2つの既約表現の和」,$3$ なら異なる3つの和,$4$ なら「$2^2$(同じものが2回)」か「$1^2\times4$」のどちらかである.∎
確認:例題8.1の $\chi^{(xyz)}=(3,0,1)$ で試すと $\frac{1}{6}\left[1\cdot9 + 2\cdot0 + 3\cdot1\right] = \frac{12}{6}=2$.よってこれは異なる2つの既約表現の和である.8.8節でそれが $A_1\oplus E$ だと突き止める.
8.3 既約表現の数 = 類の数
前節で $n_r \le n_c$(既約表現の数 $\le$ 類の数)を得た.本節では逆向きの不等式を示す.道具として正則表現(regular representation)を導入する.これは,群そのものをベクトル空間の基底にしてしまうという,少々乱暴だが強力な発想である.
8.3.1 正則表現
定義:正則表現
位数 $h$ の群 $G=\{R_1,R_2,\dots,R_h\}$ の元それぞれに,抽象的なベクトル $\ket{R_1},\dots,\ket{R_h}$ を対応させ,これらを基底とする $h$ 次元ベクトル空間を考える.群の元 $X$ の作用を
$$ D^{\mathrm{reg}}(X)\ket{R} = \ket{XR} $$と定める.これを $G$ の正則表現という.
導出:正則表現の指標は $(h,0,0,\dots,0)$
(1) 表現になっていること.$D^{\mathrm{reg}}(X)D^{\mathrm{reg}}(Y)\ket{R} = D^{\mathrm{reg}}(X)\ket{YR} = \ket{XYR} = D^{\mathrm{reg}}(XY)\ket{R}$.基底ベクトルすべてに対して成り立つので $D^{\mathrm{reg}}(X)D^{\mathrm{reg}}(Y)=D^{\mathrm{reg}}(XY)$.表現の条件を満たす.
また,再配列定理(第6章)により $X$ を掛けると群の元は並べ替わるだけなので,$D^{\mathrm{reg}}(X)$ は各行・各列にちょうど1個の $1$ をもつ置換行列である.
(2) 指標.行列成分は
$$ D^{\mathrm{reg}}(X)_{SR} = \begin{cases} 1 & (S = XR)\\ 0 & (\text{その他})\end{cases} $$対角成分は $S=R$ の場合だから,$D^{\mathrm{reg}}(X)_{RR}\ne0$ となるのは $R = XR$ のときである.両辺に右から $R^{-1}$ を掛けると $E = X$.すなわち
- $X=E$ のとき:すべての $R$ について対角成分が $1$.$\chi^{\mathrm{reg}}(E)=h$.
- $X\ne E$ のとき:対角成分はすべて $0$.$\chi^{\mathrm{reg}}(X)=0$.
∎
例題8.3 $C_3=\{E,\,a,\,a^2\}$($a^3=E$)の正則表現を書き下す
基底を $\ket{E},\ket{a},\ket{a^2}$ の順に取る.
$D^{\mathrm{reg}}(a)$ は $\ket{E}\to\ket{a}$,$\ket{a}\to\ket{a^2}$,$\ket{a^2}\to\ket{a^3}=\ket{E}$ と写す.列ベクトルの規約(第1列が $\ket{E}$ の行き先)で書けば
$$ D^{\mathrm{reg}}(E)=\begin{pmatrix}1&0&0\\0&1&0\\0&0&1\end{pmatrix},\quad D^{\mathrm{reg}}(a)=\begin{pmatrix}0&0&1\\1&0&0\\0&1&0\end{pmatrix},\quad D^{\mathrm{reg}}(a^2)=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix} $$トレースはそれぞれ $3,\,0,\,0$.式 \eqref{eq:8-chireg} のとおりである.∎
$C_3$ は可換群なので類は3個(各元が単独で類をなす),既約表現も3個で,すべて1次元 $(1+1+1=3=h)$.指標は $\omega=e^{2\pi i/3}$ を使って $(1,1,1)$, $(1,\omega,\omega^2)$, $(1,\omega^2,\omega)$ である.実際,$3\times3$ の正則表現はこの3つに分解される.
導出:正則表現の分解から $\sum_i \ell_i^2 = h$ が再び出る
正則表現に含まれる $\Gamma^{(i)}$ の個数 $a_i$ を,8.8節で導く既約分解の公式(先取りするが,導出は独立である)で求める.
$$ a_i = \frac{1}{h}\sum_{R} \chi^{(i)}(R)^{*}\,\chi^{\mathrm{reg}}(R) $$式 \eqref{eq:8-chireg} により,和のうち生き残るのは $R=E$ の項だけである:
$$ a_i = \frac{1}{h}\,\chi^{(i)}(E)^{*}\cdot h = \chi^{(i)}(E) = \ell_i $$つまり正則表現には,$i$ 番目の既約表現がちょうど $\ell_i$ 回含まれる.1次元表現は1回,2次元表現は2回,3次元表現は3回,という具合である.
次元の勘定をする.正則表現の次元は $h$ であり,それは含まれる既約表現の次元の総和だから
$$ h = \sum_i a_i\,\ell_i = \sum_i \ell_i \cdot \ell_i $$∎ 第7章では大直交定理から示した式が,正則表現を経由してもう一度出てきた.この式は,指標表を作るときに次元を決める鍵になる.
同じことを指標で確かめてもよい.$\chi^{\mathrm{reg}}(E)=\sum_i a_i \chi^{(i)}(E)=\sum_i \ell_i^2$ であり,これが $h$ に等しい.また $X\ne E$ については $\sum_i \ell_i \chi^{(i)}(X)=0$ が得られるが,これは8.4節で導く第2直交関係の特別な場合である.
8.3.2 類関数の空間と,指標がその基底になること
定義:類関数(class function)
群 $G$ 上の複素数値関数 $f: G\to\mathbb{C}$ で,同じ類の元では同じ値をとるもの,すなわち任意の $A,X\in G$ について
$$ f(XAX^{-1}) = f(A) $$を満たすものを類関数という.定理8.2より,任意の表現の指標は類関数である.
類関数の全体は,複素ベクトル空間をなす(和もスカラー倍も類関数だから).その次元はいくつか.類 $C_k$ の上でだけ $1$,他で $0$ という関数 $\theta_k$ を考えると,これらは明らかに1次独立で,任意の類関数 $f$ は $f=\sum_k f(C_k)\theta_k$ と一意に書ける.したがって
$$ \dim(\text{類関数の空間}) = n_c $$である.ここに $n_r$ 個の指標 $\chi^{(1)},\dots,\chi^{(n_r)}$ が住んでいて,第1直交関係より互いに直交(したがって1次独立)である.あとは,それらが空間全体を張ることを示せばよい.
定理8.3(既約表現の数 = 類の数)
$$ n_r = n_c $$すなわち,有限群の既約表現の個数は,共役類の個数にちょうど等しい.
証明:指標に直交する類関数はゼロしかない
$f$ を類関数とし,すべての既約表現の指標と直交するとする:
$$ \sum_{R\in G} f(R)^{*}\,\chi^{(i)}(R) = 0 \qquad (\text{すべての } i) \tag{*} $$これから $f\equiv0$ を導けば,指標たちの張る部分空間の直交補空間がゼロ,つまり指標が空間全体を張ることになる.
第1段:行列 $T^{(i)}$ を作る.各既約表現 $\Gamma^{(i)}$ について,$\ell_i\times\ell_i$ 行列
$$ T^{(i)} \equiv \sum_{R\in G} f(R)^{*}\, D^{(i)}(R) $$を定義する.
第2段:$T^{(i)}$ がすべての $D^{(i)}(X)$ と可換であることを示す.$D^{(i)}(X)^{-1}T^{(i)}D^{(i)}(X)$ を計算する.
$$ D^{(i)}(X)^{-1}\,T^{(i)}\,D^{(i)}(X) = \sum_{R} f(R)^{*}\, D^{(i)}(X)^{-1}D^{(i)}(R)D^{(i)}(X) = \sum_{R} f(R)^{*}\, D^{(i)}(X^{-1}RX) $$ここで変数変換 $R' = X^{-1}RX$ を行う.$R$ が群全体を走れば $R'$ も群全体を走る(再配列定理)ので,和の範囲は変わらない.$R = XR'X^{-1}$ だから
$$ = \sum_{R'} f(XR'X^{-1})^{*}\, D^{(i)}(R') $$$f$ は類関数なので $f(XR'X^{-1}) = f(R')$.よって
$$ = \sum_{R'} f(R')^{*}\,D^{(i)}(R') = T^{(i)} $$両辺に左から $D^{(i)}(X)$ を掛けて $T^{(i)}D^{(i)}(X) = D^{(i)}(X)T^{(i)}$.可換である.
第3段:Schurの補題 第1を使う.$\Gamma^{(i)}$ は既約で,$T^{(i)}$ はそのすべての表現行列と可換だから,$T^{(i)} = \lambda_i I$(単位行列の定数倍)でなければならない.定数 $\lambda_i$ はトレースから決まる:
$$ \Tr T^{(i)} = \lambda_i \ell_i, \qquad \Tr T^{(i)} = \sum_R f(R)^{*}\,\Tr D^{(i)}(R) = \sum_R f(R)^{*}\chi^{(i)}(R) \overset{(*)}{=} 0 $$ゆえに $\lambda_i = 0$,すなわち
$$ T^{(i)} = \sum_R f(R)^{*} D^{(i)}(R) = 0 \qquad(\text{すべての } i) $$第4段:任意の表現へ拡張する.任意の表現 $D$ は,適当な相似変換で既約表現の直和にブロック対角化できる(第7章).すなわち $U^{-1}D(R)U = \bigoplus_i D^{(i)}(R)$(同じ既約表現が複数回現れてよい).したがって
$$ U^{-1}\left[\sum_R f(R)^{*}D(R)\right]U = \bigoplus_i \sum_R f(R)^{*}D^{(i)}(R) = \bigoplus_i 0 = 0 $$$U$ は正則だから,$\sum_R f(R)^{*}D(R)=0$.どんな表現についてもこの和はゼロ行列になる.
第5段:正則表現に適用してとどめを刺す.$D=D^{\mathrm{reg}}$ とし,この零行列を基底ベクトル $\ket{E}$ に作用させる.
$$ 0 = \left[\sum_R f(R)^{*}D^{\mathrm{reg}}(R)\right]\ket{E} = \sum_R f(R)^{*}\ket{RE} = \sum_R f(R)^{*}\ket{R} $$ところが $\{\ket{R}\}_{R\in G}$ は1次独立な基底である.基底の1次結合がゼロベクトルになるのは,係数がすべてゼロのときに限る.よって
$$ f(R)^{*} = 0 \quad(\text{すべての } R) \quad\Longrightarrow\quad f \equiv 0 $$∎ これで,指標たちは類関数の空間 $(n_c$ 次元$)$ を張ることが示された.1次独立な $n_r$ 本のベクトルが $n_c$ 次元空間を張るのだから $n_r = n_c$ である.($n_r\le n_c$ は8.2節ですでに得ていた.)
補足:類の積(class multiplication)による別のアプローチ
Dresselhaus の教科書は,類の積の係数(class multiplication coefficient)を使った議論を採る.考え方だけ紹介しておく.これは後で類の構造を調べるのにも役立つ.
類 $C_k$ に属する元をすべて足した「類和」
$$ \mathcal{C}_k \equiv \sum_{R\in C_k} R $$を考える(群の元を形式的に足した量で,群環の要素である).任意の $X\in G$ について $X\mathcal{C}_kX^{-1}=\mathcal{C}_k$ が成り立つ(共役は類の中身を並べ替えるだけだから).すなわち $\mathcal{C}_k$ はすべての元と可換である.
可換なもの同士の積 $\mathcal{C}_k\mathcal{C}_l$ もまた可換なので,類和の1次結合で書けるはずである:
$c_{klm}$ は非負整数で,類の積の係数という.表現 $\Gamma^{(i)}$ で写すと,$D^{(i)}(\mathcal{C}_k)\equiv\sum_{R\in C_k}D^{(i)}(R)$ はすべての $D^{(i)}(X)$ と可換なので,Schurの補題 第1より単位行列の定数倍である:
$$ D^{(i)}(\mathcal{C}_k) = \lambda_k^{(i)} I, \qquad \text{トレースを取って}\quad N_k\chi^{(i)}(C_k) = \lambda_k^{(i)}\,\ell_i $$ $$ \therefore\quad \lambda_k^{(i)} = \frac{N_k\,\chi^{(i)}(C_k)}{\ell_i} $$式 \eqref{eq:8-classmult} を表現で写せば $\lambda_k^{(i)}\lambda_l^{(i)} = \sum_m c_{klm}\lambda_m^{(i)}$,すなわち
$$ N_kN_l\,\chi^{(i)}(C_k)\chi^{(i)}(C_l) = \ell_i\sum_m c_{klm}N_m\chi^{(i)}(C_m) $$この関係式は $n_c$ 個の未知数 $\lambda_k$ についての連立方程式とみなせ,その独立な解の個数がちょうど $n_c$ 個であることから $n_r=n_c$ が従う.
例題8.4 $C_{3v}$ で類の積を具体的に計算する
$\mathcal{C}_1=E$,$\mathcal{C}_2=C_3+C_3^2$,$\mathcal{C}_3=\sigma_1+\sigma_2+\sigma_3$ について,$\mathcal{C}_2\mathcal{C}_2$ と $\mathcal{C}_3\mathcal{C}_3$ を求め,$E$ 表現・$A_2$ 表現で検算せよ.
解答.まず $\mathcal{C}_2\mathcal{C}_2$.展開して $C_3^3=E$ を使うと
$$ (C_3+C_3^2)(C_3+C_3^2) = C_3^2 + C_3^3 + C_3^3 + C_3^4 = C_3^2 + E + E + C_3 = 2E + (C_3+C_3^2) $$ $$ \therefore\quad \mathcal{C}_2\mathcal{C}_2 = 2\mathcal{C}_1 + \mathcal{C}_2 \qquad (c_{221}=2,\ c_{222}=1,\ c_{223}=0) $$次に $\mathcal{C}_3\mathcal{C}_3$.$\sigma_i^2=E$ が3項,$i\ne j$ の積 $\sigma_i\sigma_j$ が $3\times2=6$ 項ある.鏡映2枚の積は回転になるので,6項は $C_3$ と $C_3^2$ が3個ずつになる.よって
$$ \mathcal{C}_3\mathcal{C}_3 = 3E + 3(C_3+C_3^2) = 3\mathcal{C}_1 + 3\mathcal{C}_2 \qquad (c_{331}=3,\ c_{332}=3,\ c_{333}=0) $$検算1(2次元表現 $E$,$\ell=2$,指標 $(2,-1,0)$).
$$ \lambda_1 = \frac{1\cdot2}{2}=1,\qquad \lambda_2 = \frac{2\cdot(-1)}{2}=-1,\qquad \lambda_3 = \frac{3\cdot0}{2}=0 $$$\mathcal{C}_2\mathcal{C}_2 = 2\mathcal{C}_1+\mathcal{C}_2$ は $\lambda_2^2 = 2\lambda_1+\lambda_2$ を意味する.左辺 $(-1)^2=1$,右辺 $2(1)+(-1)=1$.一致 ✓
$\mathcal{C}_3\mathcal{C}_3=3\mathcal{C}_1+3\mathcal{C}_2$ は $\lambda_3^2=3\lambda_1+3\lambda_2$.左辺 $0$,右辺 $3(1)+3(-1)=0$.一致 ✓
検算2(1次元表現 $A_2$,指標 $(1,1,-1)$).
$$ \lambda_1 = 1,\qquad \lambda_2 = \frac{2\cdot1}{1}=2,\qquad \lambda_3=\frac{3\cdot(-1)}{1}=-3 $$$\lambda_3^2 = 9$,$3\lambda_1+3\lambda_2 = 3+6=9$.一致 ✓ ∎
8.4 第2直交関係 — 列どうしの直交
定理8.3により,指標表は正方である.行数(既約表現の数)と列数(類の数)がともに $n\equiv n_r=n_c$ に等しい.正方行列で「行が正規直交」ならば「列も正規直交」になる——これが第2直交関係の本質である.
導出:第2直交関係
$n\times n$ 行列 $U$ を,成分
$$ U_{ik} \equiv \sqrt{\frac{N_k}{h}}\;\chi^{(i)}(C_k) $$で定義する($i$ が行=既約表現,$k$ が列=類).第1直交関係 \eqref{eq:8-orth1} は
$$ \sum_{k=1}^{n} U_{ik}^{*}\,U_{jk} = \frac{1}{h}\sum_k N_k \chi^{(i)}(C_k)^*\chi^{(j)}(C_k) = \delta_{ij} $$と書ける.$(U^\dagger)_{ki}=U_{ik}^{*}$ だから,左辺は $\sum_k U_{jk}(U^\dagger)_{ki}=(UU^\dagger)_{ji}$ である(添字の順序に注意.$UU^\dagger$ の $(i,j)$ 成分は $\sum_k U_{ik}U_{jk}^{*}$ で,複素共役の付き方が逆になる).右辺の $\delta_{ij}$ は $\delta_{ji}$ に等しいので,結局
$$ U U^{\dagger} = I $$ここで正方であることが効く.正方行列に対して $UU^\dagger = I$ なら,$U^\dagger$ は $U$ の右逆行列であり,正方行列の右逆行列は左逆行列でもある($\det U \cdot \det U^\dagger = 1 \ne 0$ より $U$ は正則で,$U^{-1}=U^{\dagger}$).したがって
$$ U^{\dagger}U = I $$も成り立つ.成分で書くと,$(U^\dagger U)_{kk'} = \sum_i (U^\dagger)_{ki}U_{ik'} = \sum_i U_{ik}^{*}U_{ik'}$ だから
$$ \sum_{i=1}^{n} \sqrt{\frac{N_k}{h}}\,\chi^{(i)}(C_k)^{*}\;\sqrt{\frac{N_{k'}}{h}}\,\chi^{(i)}(C_{k'}) = \delta_{kk'} $$両辺に $h/\sqrt{N_kN_{k'}}$ を掛ける.$k\ne k'$ なら両辺 $0$,$k=k'$ なら右辺は $h/N_k$ になるので
∎ 第1直交関係と違って,こちらは重み $N_k$ を掛けずに足すことに注意.$N_k$ は右辺に現れる.
なぜ:$k'=1$(恒等元の列)と置くと便利な検算式が出る
類の番号を,$C_1=\{E\}$(したがって $N_1=1$,$\chi^{(i)}(C_1)=\ell_i$)となるように付けておく.式 \eqref{eq:8-orth2} で $k'=1$ とすると
($\chi^{(i)}(C_1)=\ell_i$ は実数なので複素共役は不要.)すなわち
- $k=1$ のとき:$\sum_i \ell_i^2 = h$ ——次元の定理 \eqref{eq:8-dimsum} が再登場.
- $k\ne1$ のとき:$\sum_i \ell_i\,\chi^{(i)}(C_k)=0$ ——各列を,第1列(次元)で重みづけて足すとゼロになる.
これは指標表の検算に非常に使いやすい.$C_{3v}$ の表で確かめると,$2C_3$ の列は $1\cdot1+1\cdot1+2\cdot(-1)=0$ ✓,$3\sigma_v$ の列は $1\cdot1+1\cdot(-1)+2\cdot0=0$ ✓.
物理的意味:指標表は類を完全に区別する
式 \eqref{eq:8-orth2} で $k=k'$ とすると
$$ \sum_i \abs{\chi^{(i)}(C_k)}^2 = \frac{h}{N_k} $$これは「$k$ 番目の列の長さの2乗」が $h/N_k$ だという主張である.左辺はゼロにならない(少なくとも恒等表現が $1$ を寄与する)ので,どの列も零ベクトルではない.
さらに $k\ne k'$ の列は直交する.ゆえに2つの類が,すべての既約表現で同じ指標をもつことはありえない.逆に言えば,群の元 $A$,$B$ について「すべての $i$ で $\chi^{(i)}(A)=\chi^{(i)}(B)$」が成り立つなら,$A$ と $B$ は必ず同じ類に属する.指標表は,群の類構造を余すところなく記録している.
物理的には,これは「対称性で区別できる量子状態は,指標表の行の数だけあり,対称操作の区別は指標表の列の数だけある」ということを意味する.第10章の選択則の議論は,すべてこの上に建っている.
8.5 例題:$C_{3v}$ の指標表を白紙から作る
いよいよ本章の目玉である.$C_{3v}$(正三角形の対称性,アンモニア分子 $\mathrm{NH_3}$ の点群)の指標表を,何も見ずに作る.使う道具は,これまでに証明した3つだけである.
- 既約表現の数 = 類の数(定理8.3)
- $\sum_i \ell_i^2 = h$(式 \eqref{eq:8-dimsum})
- 第1直交関係(式 \eqref{eq:8-orth1})
8.5.1 ステップ①②:元を書き出し,類に分ける
$C_{3v}$ の元は,恒等操作 $E$,主軸まわりの回転 $C_3$($120^\circ$)と $C_3^2$($240^\circ$),主軸を含む3枚の鏡映面での鏡映 $\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3$ の6個である.
$$ C_{3v} = \{E,\ C_3,\ C_3^2,\ \sigma_1,\ \sigma_2,\ \sigma_3\},\qquad h = 6 $$類分けは第6章で行った(図8.1).結果だけ再掲すると
$$ C_1=\{E\}\ (N_1=1),\qquad C_2=\{C_3,C_3^2\}\ (N_2=2),\qquad C_3=\{\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3\}\ (N_3=3) $$念のため,$C_3$ と $C_3^2$ が共役であることだけ確かめておく.$\sigma_1 C_3 \sigma_1^{-1}$ を考える.鏡映は回転の向きを逆にするので $\sigma_1 C_3 \sigma_1 = C_3^{-1} = C_3^2$.確かに共役である.同様に $C_3\sigma_1 C_3^{-1}=\sigma_2$ などから,3枚の鏡映が1つの類にまとまる.
類の数は $n_c = 3$.
8.5.2 ステップ③:次元を決める
定理8.3より,既約表現の数も $n_r = 3$.それらの次元を $\ell_1,\ell_2,\ell_3$(正の整数)とすると,式 \eqref{eq:8-dimsum} より
$$ \ell_1^2 + \ell_2^2 + \ell_3^2 = 6 $$正の整数3つの平方和で $6$ になる組み合わせを,しらみつぶしに探す.
| 候補 $(\ell_1,\ell_2,\ell_3)$ | 平方和 | 判定 |
|---|---|---|
| $(1,1,1)$ | $1+1+1=3$ | 小さすぎる |
| $(1,1,2)$ | $1+1+4=6$ | ◯ これ |
| $(1,2,2)$ | $1+4+4=9$ | 大きすぎる |
| $(1,1,3)$ | $1+1+9=11$ | 大きすぎる |
$\ell_3\ge3$ なら平方和は $1+1+9=11>6$ で必ず超えてしまうから,探索はここで尽きている.したがって
$$ (\ell_1,\ell_2,\ell_3) = (1,\,1,\,2) $$すなわち,$C_{3v}$ には1次元既約表現が2つと2次元既約表現が1つある.指標表の第1列は上から $1,1,2$ と決まった.
ステップ④:恒等表現は必ず含まれる
どんな群にも,すべての元に数 $1$ を対応させる表現 $D(R)=1$ がある.群の積は $1\times1=1$ で保たれるから,確かに表現になっている.これを恒等表現(identity representation, totally symmetric representation)といい,1次元で既約である(1次元表現はブロック分割のしようがないので,必ず既約).指標は全部 $1$:
$$ \chi^{(1)}(C_k) = 1 \quad(\text{すべての } k) $$指標表では慣習的にこれを第1行に書き,$C_{3v}$ では $A_1$ と名づける(記号の意味は8.9節).
8.5.3 ステップ⑤:2つ目の1次元表現 $A_2$
ここからが本番である.まだ書けているのは次の表である($?$ が未知数).
| $C_{3v}$ | $E$ ($N=1$) | $2C_3$ ($N=2$) | $3\sigma_v$ ($N=3$) |
|---|---|---|---|
| $A_1$ | $1$ | $1$ | $1$ |
| $\Gamma^{(2)}$ | $1$ | $b$ | $c$ |
| $\Gamma^{(3)}$ | $2$ | $x$ | $y$ |
導出:$b$ と $c$ を決める
条件1($A_1$ との直交).式 \eqref{eq:8-orth1} で $i=1$($A_1$),$j=2$ とすると,右辺は $h\delta_{12}=0$:
$$ N_1\,\chi^{(1)}(C_1)^{*}\chi^{(2)}(C_1) + N_2\,\chi^{(1)}(C_2)^{*}\chi^{(2)}(C_2) + N_3\,\chi^{(1)}(C_3)^{*}\chi^{(2)}(C_3) = 0 $$$\chi^{(1)}$ はすべて $1$,$N_1,N_2,N_3=1,2,3$ を代入して
$$ 1\cdot 1\cdot 1 + 2\cdot1\cdot b + 3\cdot1\cdot c = 0 \qquad\Longrightarrow\qquad 1 + 2b + 3c = 0 \tag{i} $$条件2(規格化).式 \eqref{eq:8-orth1} で $i=j=2$ とすると,右辺は $h=6$:
$$ 1\cdot\abs{1}^2 + 2\abs{b}^2 + 3\abs{c}^2 = 6 \qquad\Longrightarrow\qquad 2\abs{b}^2 + 3\abs{c}^2 = 5 \tag{ii} $$解く.まず $b,c$ が実数だと仮定して解いてみる(あとで正当化する).(i) より
$$ b = -\frac{1+3c}{2} $$これを (ii) に代入して整理すると
$$ 2\cdot\frac{(1+3c)^2}{4} + 3c^2 = 5 \quad\Longrightarrow\quad \frac{(1+3c)^2}{2} + 3c^2 = 5 $$両辺を $2$ 倍して
$$ (1+3c)^2 + 6c^2 = 10 \quad\Longrightarrow\quad 1 + 6c + 9c^2 + 6c^2 = 10 \quad\Longrightarrow\quad 15c^2 + 6c - 9 = 0 $$両辺を $3$ で割って
$$ 5c^2 + 2c - 3 = 0 \quad\Longrightarrow\quad (5c-3)(c+1) = 0 \quad\Longrightarrow\quad c = \frac{3}{5}\ \ \text{または}\ \ c = -1 $$どちらを取るか.ここで,1次元表現の性質を使う.1次元表現では行列は $1\times1$,すなわち数そのものであり,$\chi(R)=D(R)$ である.したがって $D(R^n)=D(R)^n$ から $\chi(R^n)=\chi(R)^n$ が成り立つ.$\sigma_v^2=E$ なので
$$ \chi(\sigma_v)^2 = \chi(E) = 1 \quad\Longrightarrow\quad c = \pm1 $$$c=3/5$ はこの条件を満たさないので棄却される.よって $c=-1$.(i) に戻して
$$ 1 + 2b + 3(-1) = 0 \quad\Longrightarrow\quad 2b = 2 \quad\Longrightarrow\quad b = 1 $$($b$ の妥当性も確認しておく.$C_3^3=E$ より $b^3=1$,かつ $C_3$ と $C_3^2=C_3^{-1}$ が同じ類なので $b = \chi(C_3^{-1}) = b^{-1}$,すなわち $b^2=1$.$b^3=1$ と $b^2=1$ の両方を満たすのは $b=1$ のみ.整合する.)
∎ 第2行が決まった:
$$ A_2 = (1,\ 1,\ -1) $$規格化の検算:$1\cdot1 + 2\cdot1 + 3\cdot1 = 6$ ✓
8.5.4 ステップ⑤の続き:2次元表現 $E$
導出:$x$ と $y$ を決める
第3行を $(2,x,y)$ とする.今度は連立1次方程式2本で一気に決まる.
条件1($A_1$ との直交):
$$ 1\cdot1\cdot2 + 2\cdot1\cdot x + 3\cdot1\cdot y = 0 \quad\Longrightarrow\quad 2 + 2x + 3y = 0 \tag{iii} $$条件2($A_2$ との直交):$A_2=(1,1,-1)$ なので
$$ 1\cdot1\cdot2 + 2\cdot1\cdot x + 3\cdot(-1)\cdot y = 0 \quad\Longrightarrow\quad 2 + 2x - 3y = 0 \tag{iv} $$解く.(iii) から (iv) を引くと,$x$ の項が消えて
$$ (2+2x+3y) - (2+2x-3y) = 0 - 0 \quad\Longrightarrow\quad 6y = 0 \quad\Longrightarrow\quad y = 0 $$これを (iii) に戻すと
$$ 2 + 2x + 0 = 0 \quad\Longrightarrow\quad x = -1 $$∎ 第3行が決まった:
$$ E = (2,\ -1,\ 0) $$規格化の検算(使わなかった条件なので,これは独立なチェックになる):
$$ 1\cdot\abs{2}^2 + 2\cdot\abs{-1}^2 + 3\cdot\abs{0}^2 = 4 + 2 + 0 = 6 = h \quad\checkmark $$8.5.5 ステップ⑥:完成と検算
| $C_{3v}$ ($3m$) | $E$ | $2C_3$ | $3\sigma_v$ | 基底の例 |
|---|---|---|---|---|
| $A_1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $z$, $x^2+y^2$, $z^2$ |
| $A_2$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $R_z$ |
| $E$ | $2$ | $-1$ | $0$ | $(x,y)$, $(xz,yz)$, $(x^2-y^2,\,xy)$ |
例題8.5 完成した表を3通りの方法で検算する
(1) 行の規格化(第1直交関係,$i=j$).
$$ A_1:\ 1(1)+2(1)+3(1) = 6\ \checkmark \qquad A_2:\ 1(1)+2(1)+3(1) = 6\ \checkmark \qquad E:\ 1(4)+2(1)+3(0)=6\ \checkmark $$(2) 行の直交(第1直交関係,$i\ne j$).
$$ A_1\cdot A_2:\ 1(1)(1)+2(1)(1)+3(1)(-1) = 1+2-3 = 0\ \checkmark $$ $$ A_1\cdot E:\ 1(1)(2)+2(1)(-1)+3(1)(0) = 2-2+0 = 0\ \checkmark $$ $$ A_2\cdot E:\ 1(1)(2)+2(1)(-1)+3(-1)(0) = 2-2-0 = 0\ \checkmark $$(3) 列の直交(第2直交関係,式 \eqref{eq:8-orth2}).重み $N_k$ を掛けない点に注意.
$$ E\ \text{列の長さ}^2:\ 1^2+1^2+2^2 = 6 = \frac{h}{N_1}=\frac{6}{1}\ \checkmark $$ $$ 2C_3\ \text{列の長さ}^2:\ 1^2+1^2+(-1)^2 = 3 = \frac{h}{N_2}=\frac{6}{2}\ \checkmark $$ $$ 3\sigma_v\ \text{列の長さ}^2:\ 1^2+(-1)^2+0^2 = 2 = \frac{h}{N_3}=\frac{6}{3}\ \checkmark $$ $$ E\ \text{列}\cdot 2C_3\ \text{列}:\ 1(1)+1(1)+2(-1) = 0\ \checkmark $$ $$ E\ \text{列}\cdot 3\sigma_v\ \text{列}:\ 1(1)+1(-1)+2(0) = 0\ \checkmark $$ $$ 2C_3\ \text{列}\cdot 3\sigma_v\ \text{列}:\ 1(1)+1(-1)+(-1)(0) = 0\ \checkmark $$∎ すべて合格.式 \eqref{eq:8-colcheck} の形(第1列で重みづけて足すとゼロ)でも同じことが確認できる.
例題8.6 得られた $E$ 表現を,実際の $2\times2$ 行列で確かめる
指標表からは「2次元表現の指標は $(2,-1,0)$」としか言っていない.本当にそんな2次元表現が存在するのか,$xy$ 平面内のベクトル $(x,y)$ を基底に取って確かめよ.
解答.$z$ 軸まわりの回転 $\phi$ の $xy$ 成分だけ抜き出すと
$$ D^{(E)}(C_3) = \begin{pmatrix}\cos120^\circ & -\sin120^\circ\\ \sin120^\circ & \cos120^\circ\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}-\tfrac12 & -\tfrac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \tfrac{\sqrt3}{2} & -\tfrac12\end{pmatrix} $$ $$ \Tr = -\tfrac12 - \tfrac12 = -1 \quad\checkmark $$鏡映 $\sigma_1$($yz$ 面,$x\to-x$)の $xy$ 成分は
$$ D^{(E)}(\sigma_1) = \begin{pmatrix}-1 & 0\\ 0 & 1\end{pmatrix}, \qquad \Tr = -1+1 = 0 \quad\checkmark $$恒等操作は $2\times2$ 単位行列で $\Tr=2$ ✓.指標 $(2,-1,0)$ が再現された.
既約性の確認.この2次元表現がもし可約なら,2つの1次元表現の和に分解できるはずである.しかし $D^{(E)}(C_3)$ と $D^{(E)}(\sigma_1)$ は可換でない:
$$ D(C_3)D(\sigma_1) = \begin{pmatrix}\tfrac12 & -\tfrac{\sqrt3}{2}\\[3pt] -\tfrac{\sqrt3}{2} & -\tfrac12\end{pmatrix}, \qquad D(\sigma_1)D(C_3) = \begin{pmatrix}\tfrac12 & \tfrac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \tfrac{\sqrt3}{2} & -\tfrac12\end{pmatrix} $$可換でない行列を同時に対角化することはできないので,同時ブロック対角化(=1次元表現の直和への分解)は不可能.既約である.式 \eqref{eq:8-irrtest} でも $\frac16[1(4)+2(1)+3(0)]=1$ で既約と判定される.∎
注意:2次元表現の $\sigma_v$ の指標が $0$ である理由
「鏡映なのだから $\pm1$ になるのでは」と思うかもしれない.しかしそれは1次元表現の話である.2次元の鏡映行列 $\mathrm{diag}(-1,1)$ は,片方の軸を反転し片方を保つので,トレースは $-1+1=0$ になる.
一般に,$n$ 次元表現の指標は $\abs{\chi}\le n$ を満たす複素数であり,実数になる場合は $-n$ から $n$ までの値を取りうる(複素指標の例は例題8.3の $C_3$ で見た).$\chi(R)$ は,その操作が「どれだけの成分を変えずに残したか」の目安であって,符号だけの量ではない.この見方は8.8節で「動かない原子だけ数えればよい」という便利な計算法につながる.
8.6 例題:$C_{4v}$ の指標表を白紙から作る
同じ手順を,もう一段大きな群で繰り返す.$C_{4v}$(正方形の対称性,正方晶ペロブスカイト $\mathrm{BaTiO_3}$ の室温相 $4mm$ の点群)である.
8.6.1 ステップ①②:元と類
$$ C_{4v} = \{E,\ C_4,\ C_4^3,\ C_2,\ \sigma_v,\ \sigma_v',\ \sigma_d,\ \sigma_d'\},\qquad h = 8 $$ここで $C_2 = C_4^2$ である.類分けは図8.4のとおり5個:
$$ \{E\}\,(N=1),\quad \{C_4,C_4^3\}\,(N=2),\quad \{C_2\}\,(N=1),\quad \{\sigma_v,\sigma_v'\}\,(N=2),\quad \{\sigma_d,\sigma_d'\}\,(N=2) $$合計 $1+2+1+2+2=8=h$ ✓.$C_2$ が単独で類をなすのは,$C_2$ がこの群の中心(すべての元と可換)にあるからである.
8.6.2 ステップ③:次元
既約表現は5個.$\sum_{i=1}^{5}\ell_i^2 = 8$ を満たす正の整数の組を探す.$\ell_i\ge1$ なので最低でも $5$,余裕は $3$ しかない.$\ell=2$ をひとつ入れると $4-1=3$ 増えてちょうど $8$ になる.$\ell=3$ を入れると $9-1=8$ 増えて $5+8=13$ で超過.したがって
$$ (\ell_1,\dots,\ell_5) = (1,1,1,1,2),\qquad 1+1+1+1+4 = 8\ \checkmark $$1次元表現が4つ,2次元表現が1つである.
8.6.3 ステップ④⑤:恒等表現と4つの1次元表現
導出:1次元表現は $C_4$ と $\sigma_v$ の符号だけで決まる
1次元表現では $\chi(RS)=\chi(R)\chi(S)$ が成り立つ(行列が数だから).これを使うと,独立な未知数がぐっと減る.
(a) $\chi(C_4)$ の候補.$C_4^4=E$ より $\chi(C_4)^4=1$,すなわち $\chi(C_4)\in\{1,-1,i,-i\}$.ところが $C_4$ と $C_4^3=C_4^{-1}$ は同じ類なので,定理8.2より
$$ \chi(C_4) = \chi(C_4^{-1}) = \chi(C_4)^{-1} \quad\Longrightarrow\quad \chi(C_4)^2 = 1 \quad\Longrightarrow\quad \chi(C_4) = \pm 1 $$そこで $p\equiv\chi(C_4)=\pm1$ と置く.
(b) $\chi(C_2)$ は自動的に決まる.$C_2 = C_4^2$ なので
$$ \chi(C_2) = \chi(C_4)^2 = p^2 = 1 $$1次元表現では $C_2$ の指標は必ず $+1$ である.
(c) $\chi(\sigma_v)$ の候補.$\sigma_v^2=E$ より $\chi(\sigma_v)^2=1$,よって $q\equiv\chi(\sigma_v)=\pm1$.
(d) $\chi(\sigma_d)$ は従属する.正方形の幾何から,対角の鏡映は「辺の鏡映を $45^\circ$ 回したもの」であり,$\sigma_d = C_4\,\sigma_v$ と書ける($\sigma_v$ してから $C_4$ 回す).したがって
$$ \chi(\sigma_d) = \chi(C_4)\chi(\sigma_v) = pq $$(e) 4通りを並べる.独立な符号は $p,q$ の2つ,$2\times2=4$ 通りで,ちょうど1次元表現の個数と一致する.
| $p=\chi(C_4)$ | $q=\chi(\sigma_v)$ | $\chi(C_2)=p^2$ | $\chi(\sigma_d)=pq$ | 指標ベクトル | 名称 |
|---|---|---|---|---|---|
| $+1$ | $+1$ | $1$ | $+1$ | $(1,1,1,1,1)$ | $A_1$ |
| $+1$ | $-1$ | $1$ | $-1$ | $(1,1,1,-1,-1)$ | $A_2$ |
| $-1$ | $+1$ | $1$ | $-1$ | $(1,-1,1,1,-1)$ | $B_1$ |
| $-1$ | $-1$ | $1$ | $+1$ | $(1,-1,1,-1,1)$ | $B_2$ |
∎ 列の順序は $(E,\,2C_4,\,C_2,\,2\sigma_v,\,2\sigma_d)$ である.
規格化の検算.どの行も成分の絶対値が $1$ なので,$\sum_k N_k\abs{\chi}^2 = 1+2+1+2+2 = 8 = h$ ✓.直交の検算.$A_1\cdot B_1 = 1(1)+2(-1)+1(1)+2(1)+2(-1) = 1-2+1+2-2 = 0$ ✓,$A_2\cdot B_2 = 1+2(-1)+1+2(1)+2(-1)=1-2+1+2-2=0$ ✓.
8.6.4 ステップ⑤の続き:2次元表現 $E$
導出:連立4元1次方程式を解く
第5行を $(2,\,x,\,y,\,z,\,w)$ と置く($\chi(E)=\ell=2$).4つの1次元表現それぞれとの直交条件を書き下す.重みは $(N_1,\dots,N_5)=(1,2,1,2,2)$ である.
$$ A_1=(1,1,1,1,1):\quad 1(1)(2) + 2(1)(x) + 1(1)(y) + 2(1)(z) + 2(1)(w) = 0 $$ $$ \Longrightarrow\quad 2 + 2x + y + 2z + 2w = 0 \tag{I} $$ $$ A_2=(1,1,1,-1,-1):\quad 2 + 2x + y - 2z - 2w = 0 \tag{II} $$ $$ B_1=(1,-1,1,1,-1):\quad 2 - 2x + y + 2z - 2w = 0 \tag{III} $$ $$ B_2=(1,-1,1,-1,1):\quad 2 - 2x + y - 2z + 2w = 0 \tag{IV} $$(I) − (II):$z,w$ の項だけが残って
$$ 4z + 4w = 0 \quad\Longrightarrow\quad z = -w \tag{V} $$(I) − (III):$x$ と $w$ の項が残って
$$ 4x + 4w = 0 \quad\Longrightarrow\quad x = -w \tag{VI} $$(I) − (IV):$x$ と $z$ の項が残って
$$ 4x + 4z = 0 \quad\Longrightarrow\quad x = -z \tag{VII} $$(V) より $z=-w$,(VII) に代入すると $x = -z = w$.ところが (VI) は $x=-w$ と言っている.両立するには
$$ w = -w \quad\Longrightarrow\quad w = 0 $$したがって (V)(VI) より $z=0$,$x=0$.これらを (I) に戻すと
$$ 2 + 0 + y + 0 + 0 = 0 \quad\Longrightarrow\quad y = -2 $$∎ 2次元表現の指標は
$$ E = (2,\ 0,\ -2,\ 0,\ 0) $$規格化の検算(独立なチェック):
$$ 1(2^2) + 2(0^2) + 1((-2)^2) + 2(0^2) + 2(0^2) = 4 + 0 + 4 + 0 + 0 = 8 = h \quad\checkmark $$例題8.7 $E$ 表現を $2\times2$ 行列で確かめる
$(x,y)$ を基底に取ると,$C_{4v}$ の各操作の $2\times2$ 行列は次のとおり.
$$ D(C_4)=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix},\quad D(C_2)=\begin{pmatrix}-1&0\\0&-1\end{pmatrix},\quad D(\sigma_v)=\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix},\quad D(\sigma_d)=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} $$トレースを取ると $\Tr D(C_4)=0+0=0$,$\Tr D(C_2)=-1-1=-2$,$\Tr D(\sigma_v)=-1+1=0$,$\Tr D(\sigma_d)=0+0=0$.
一般式でも確認できる.$xy$ 面内の回転 $\phi$ のトレースは $2\cos\phi$ だから
$$ \chi(C_4)=2\cos90^\circ = 0,\qquad \chi(C_2)=2\cos180^\circ = -2 $$面内の鏡映のトレースは(8.1節の $\sigma(\theta)$ 行列の $xy$ 部分から)$\cos2\theta-\cos2\theta = 0$.
すべて連立方程式の解 $(2,0,-2,0,0)$ と一致する.∎
| $C_{4v}$ ($4mm$) | $E$ | $2C_4$ | $C_2$ | $2\sigma_v$ | $2\sigma_d$ | 基底の例 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $A_1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $z$, $x^2+y^2$, $z^2$ |
| $A_2$ | $1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $-1$ | $R_z$ |
| $B_1$ | $1$ | $-1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $x^2-y^2$ |
| $B_2$ | $1$ | $-1$ | $1$ | $-1$ | $1$ | $xy$ |
| $E$ | $2$ | $0$ | $-2$ | $0$ | $0$ | $(x,y)$, $(xz,yz)$ |
例題8.8 列の直交(第2直交関係)で総点検する
表8.4の各列を上から下へ縦ベクトルと見て,式 \eqref{eq:8-orth2} を確かめよ.
解答.まず各列の長さの2乗が $h/N_k$ になるかを見る.
$$ E\ \text{列}:\ 1+1+1+1+4 = 8 = \frac{8}{1}\ \checkmark \qquad 2C_4\ \text{列}:\ 1+1+1+1+0 = 4 = \frac{8}{2}\ \checkmark $$ $$ C_2\ \text{列}:\ 1+1+1+1+4 = 8 = \frac{8}{1}\ \checkmark \qquad 2\sigma_v\ \text{列}:\ 1+1+1+1+0 = 4 = \frac{8}{2}\ \checkmark $$ $$ 2\sigma_d\ \text{列}:\ 1+1+1+1+0 = 4 = \frac{8}{2}\ \checkmark $$次に異なる列どうしの直交.
$$ E\cdot 2C_4:\ 1(1)+1(1)+1(-1)+1(-1)+2(0) = 0\ \checkmark $$ $$ E\cdot C_2:\ 1(1)+1(1)+1(1)+1(1)+2(-2) = 4-4 = 0\ \checkmark $$ $$ 2\sigma_v\cdot 2\sigma_d:\ 1(1)+(-1)(-1)+1(-1)+(-1)(1)+0(0) = 1+1-1-1 = 0\ \checkmark $$ $$ 2C_4\cdot 2\sigma_v:\ 1(1)+1(-1)+(-1)(1)+(-1)(-1)+0(0) = 1-1-1+1 = 0\ \checkmark $$∎ 表8.4は正しい.ここまでで,指標表の作り方は完全に手の内に入ったはずである.
なぜ $C_2$ の列が $E$ の列とそっくりなのか
表8.4を眺めると,$C_2$ の列 $(1,1,1,1,-2)$ は,$E$ の列 $(1,1,1,1,2)$ と2次元表現のところだけ符号が違う.これは偶然ではない.
$C_2$ は $C_{4v}$ の中心元(すべての元と可換)である.Schurの補題 第1より,既約表現 $\Gamma^{(i)}$ において $D^{(i)}(C_2)$ は単位行列の定数倍でなければならない:$D^{(i)}(C_2) = \lambda_i I$.$C_2^2=E$ より $\lambda_i^2=1$,すなわち $\lambda_i=\pm1$.したがって
$$ \chi^{(i)}(C_2) = \lambda_i\,\ell_i = \pm\ell_i $$指標の絶対値が必ず次元に等しくなるのである.1次元表現では $+1$(前述),2次元表現では $-2$ が選ばれている.
一般に,中心元の指標は必ず $\abs{\chi}=\ell$ を満たす.$O_h$ の反転 $i$ もそうで,次節の表で $\chi(i)=\pm\ell$ になっていることを確かめてほしい.
8.7 $O$ と $O_h$ — 直積で作る
立方晶の最高対称点群 $O_h$($m\bar{3}m$,位数48)は,固体物理で最もよく使う点群である.岩塩型,ペロブスカイト型,fcc金属,$\mathrm{MO_6}$ 八面体——どれもこの群が支配する.類は10個,既約表現も10個.$10\times10$ の指標表を白紙から埋めるのは骨が折れるが,$O_h = O\otimes\{E,i\}$ という直積構造を使えば,$5\times5$ の表をひとつ作るだけで済む.
8.7.1 まず $O$($432$,位数24)を作る
第4章の例題4.2で数え上げたとおり,$O$ の類は5個である.
| 類 | $N_k$ | 軸 | 回転角 |
|---|---|---|---|
| $E$ | 1 | — | $0^\circ$ |
| $8C_3$ | 8 | $\langle111\rangle$(4本) | $\pm120^\circ$ |
| $3C_2$ | 3 | $\langle100\rangle$(3本) | $180^\circ$ |
| $6C_4$ | 6 | $\langle100\rangle$(3本) | $\pm90^\circ$ |
| $6C_2'$ | 6 | $\langle110\rangle$(6本) | $180^\circ$ |
$1+8+3+6+6=24$ ✓.類が5個なので既約表現も5個.次元は
$$ \sum_{i=1}^{5}\ell_i^2 = 24 $$正の整数5個の平方和が $24$ になる組を探す.$(1,1,1,1,1)$ が最小の $5$.$24-5=19$ を「$\ell^2-1$」の形の増分($\ell=2$ で $+3$,$\ell=3$ で $+8$,$\ell=4$ で $+15$)で作る.$19 = 3 + 8 + 8$ が唯一の分解である($15$ を使うと $15+3=18$,$15+8=23$ で $19$ にならず,$15$ だけでも足りない.$3$ だけでは $19$ が3の倍数でないので不可.$8$ を1個だけ使うと残り $19-8=11$ が3の倍数でないので不可.$8$ を2個使えば残り $19-16=3$ でちょうど $8+8+3=19$ ✓).したがって
$$ (\ell_1,\dots,\ell_5) = (1,\,1,\,2,\,3,\,3),\qquad 1+1+4+9+9 = 24\ \checkmark $$導出:$O$ の指標表を埋める
列の順序を $(E,\ 8C_3,\ 3C_2,\ 6C_4,\ 6C_2')$,重みを $(N_k)=(1,8,3,6,6)$ とする.
第1行:恒等表現 $A_1=(1,1,1,1,1)$.
第2行:もう1つの1次元表現 $A_2$.1次元表現では $\chi(RS)=\chi(R)\chi(S)$ が使える. $C_3$ と $C_3^{-1}$ は同じ類なので $\chi(C_3)=\chi(C_3)^{-1}$ より $\chi(C_3)^2=1$.一方 $C_3^3=E$ より $\chi(C_3)^3=1$.両方を満たすのは $\chi(C_3)=1$ のみ.同様に $\chi(C_4)=\pm1$($C_4$ と $C_4^3$ が同じ類),$\chi(C_2)=\chi(C_4)^2=1$,$\chi(C_2')=\pm1$.そこで $A_2=(1,1,1,p,q)$ と置く.$A_1$ との直交から
$$ 1(1)+8(1)+3(1)+6p+6q = 0 \quad\Longrightarrow\quad 12 + 6(p+q) = 0 \quad\Longrightarrow\quad p+q = -2 $$$p,q$ はともに $\pm1$ なので,和が $-2$ になるのは $p=q=-1$ のときだけ.よって
$$ A_2 = (1,\ 1,\ 1,\ -1,\ -1) $$第4行:3次元表現 $T_1$ を幾何から取る.ベクトル $(x,y,z)$ は $O$ の操作で互いに混ざり合うので,3次元表現を与える.回転角 $\phi$ の回転行列のトレースは第4章の式より $1+2\cos\phi$ である.
$$ \chi(E)=1+2\cos0^\circ = 3,\qquad \chi(C_3)=1+2\cos120^\circ = 1-1 = 0 $$ $$ \chi(C_2)=1+2\cos180^\circ = 1-2 = -1,\qquad \chi(C_4)=1+2\cos90^\circ = 1+0 = 1 $$ $$ \chi(C_2')=1+2\cos180^\circ = -1 $$ $$ \therefore\quad T_1 = (3,\ 0,\ -1,\ 1,\ -1) $$既約か確かめる.式 \eqref{eq:8-irrtest} より
$$ \frac{1}{24}\left[1(9) + 8(0) + 3(1) + 6(1) + 6(1)\right] = \frac{9+0+3+6+6}{24} = \frac{24}{24} = 1 $$値が $1$ なので既約 ✓.
第5行:$T_2 = T_1\otimes A_2$.1次元表現を掛けても表現の性質は保たれ,次元も変わらない.指標は各成分の積である:
$$ T_2 = (3\cdot1,\ 0\cdot1,\ -1\cdot1,\ 1\cdot(-1),\ -1\cdot(-1)) = (3,\ 0,\ -1,\ -1,\ 1) $$$T_1$ と $T_2$ が異なる表現であることは,直交を確かめればわかる:
$$ 1(9)+8(0)+3(1)+6(-1)+6(-1) = 9+3-6-6 = 0\ \checkmark $$第3行:2次元表現 $E$.$(2,x,y,z,w)$ と置き,既知の4行との直交をすべて書く.
$$ A_1:\ 2 + 8x + 3y + 6z + 6w = 0 \tag{a} $$ $$ A_2:\ 2 + 8x + 3y - 6z - 6w = 0 \tag{b} $$ $$ T_1:\ 1(2)(3) + 8x(0) + 3y(-1) + 6z(1) + 6w(-1) = 6 - 3y + 6z - 6w = 0 \tag{c} $$ $$ T_2:\ 6 + 0 - 3y - 6z + 6w = 0 \tag{d} $$(a) − (b):$12z + 12w = 0 \Rightarrow z = -w$.
(c) + (d):$12 - 6y = 0 \Rightarrow y = 2$.
(c) − (d):$12z - 12w = 0 \Rightarrow z = w$.
$z=-w$ と $z=w$ を合わせて $z=w=0$.
これらを (a) に戻すと $2 + 8x + 6 = 0 \Rightarrow 8x = -8 \Rightarrow x = -1$.
規格化の検算:$1(4)+8(1)+3(4)+6(0)+6(0) = 4+8+12 = 24 = h$ ✓ ∎
| $O$ | $E$ | $8C_3$ | $3C_2$ | $6C_4$ | $6C_2'$ | 基底の例 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $A_1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $x^2+y^2+z^2$ |
| $A_2$ | $1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $-1$ | $xyz$ |
| $E$ | $2$ | $-1$ | $2$ | $0$ | $0$ | $(2z^2-x^2-y^2,\ x^2-y^2)$ |
| $T_1$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $1$ | $-1$ | $(x,y,z)$, $(R_x,R_y,R_z)$ |
| $T_2$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $-1$ | $1$ | $(xy,\,yz,\,zx)$ |
8.7.2 直積で $O_h$ を作る
定義:群の直積(direct product)
2つの群 $G_1=\{A_1,\dots\}$,$G_2=\{B_1,\dots\}$ について,共通元が恒等元だけで,かつすべての $A_i$ と $B_j$ が可換 $(A_iB_j=B_jA_i)$ であるとき,積の集合
$$ G_1\otimes G_2 \equiv \{A_iB_j\} $$は群になる.これを直積群といい,位数は $h_1h_2$ である.
反転操作 $i$ は,$\rr\to-\rr$ という「向きだけを反転する」操作なので,どんな回転・鏡映とも可換である.また $i^2=E$ だから $\{E,i\}$ は位数2の群($C_i$)をなす.$O$ には $\det=-1$ の操作が1つもないので,$O$ と $\{E,i\}$ の共通元は $E$ だけである.よって
導出:直積群の指標は掛け算になる
$G_1$ の既約表現 $\Gamma^{(a)}$(次元 $\ell_a$,行列 $D^{(a)}$)と,$G_2$ の既約表現 $\Gamma^{(b)}$(次元 $\ell_b$)から,直積群の表現を
$$ D^{(a\times b)}(A_iB_j) \equiv D^{(a)}(A_i)\otimes D^{(b)}(B_j) $$(クロネッカー積,$\ell_a\ell_b$ 次元)で作る.クロネッカー積のトレースは,成分を書くとわかるように
$$ \Tr(M\otimes N) = \sum_{\mu\alpha}(M\otimes N)_{(\mu\alpha),(\mu\alpha)} = \sum_{\mu}M_{\mu\mu}\sum_{\alpha}N_{\alpha\alpha} = (\Tr M)(\Tr N) $$である.したがって
まず既約であることを示す.$G_1\otimes G_2$ の元は $A_iB_j$ と一意に書けて位数は $h_1h_2$ だから,既約性の判定式 \eqref{eq:8-irrtest} の左辺は,式 \eqref{eq:8-dpchar} を使って積に分かれる:
$$ \frac{1}{h_1h_2}\sum_{i,j}\bigl|\chi^{(a)}(A_i)\,\chi^{(b)}(B_j)\bigr|^2 = \left[\frac{1}{h_1}\sum_i\bigl|\chi^{(a)}(A_i)\bigr|^2\right] \left[\frac{1}{h_2}\sum_j\bigl|\chi^{(b)}(B_j)\bigr|^2\right] = 1\cdot 1 = 1 $$よって $D^{(a\times b)}$ はどの組 $(a,b)$ についても既約である.指標 $\chi^{(a)}\chi^{(b)}$ は組ごとに異なるので,互いに非同値でもある.
次に個数が合うことを確かめる.$G_1$ の既約表現が $n_1$ 個,$G_2$ が $n_2$ 個なら,こうして $n_1n_2$ 個の既約表現ができ,次元の平方和は
$$ \sum_{a,b}(\ell_a\ell_b)^2 = \left(\sum_a\ell_a^2\right)\left(\sum_b\ell_b^2\right) = h_1h_2 $$で直積群の位数に一致する.式 \eqref{eq:8-dimsum} を飽和しているので,これらが既約表現のすべてである.∎
(順序に注意したい.$\sum_i\ell_i^2=h$ は既約表現についての定理であって,既約性の判定条件ではない.次元の平方和が合うことだけからは既約性は出ないので,先に判定式 \eqref{eq:8-irrtest} で既約性を確かめておく必要がある.)
$C_i=\{E,i\}$ は可換群で位数2,既約表現は2つの1次元表現である.
$$ A_g = (1,\ 1)\ \ (\chi(i)=+1),\qquad A_u = (1,\ -1)\ \ (\chi(i)=-1) $$$g$ は gerade(ドイツ語で「偶」),$u$ は ungerade(「奇」)の頭文字である.したがって $O_h$ の既約表現は
$$ \{A_{1g},A_{2g},E_g,T_{1g},T_{2g}\} \cup \{A_{1u},A_{2u},E_u,T_{1u},T_{2u}\} $$の10個.式 \eqref{eq:8-dpchar} より,指標は次の規則で決まる.
ここで,$O_h$ の残り5類は $O$ の各類に $i$ を掛けたものである.第4章の回反・回映の関係を使うと
$$ i\cdot E = i,\quad i\cdot C_3 = S_6,\quad i\cdot C_2 = \sigma_h,\quad i\cdot C_4 = S_4,\quad i\cdot C_2' = \sigma_d $$($i\,C_2 = \sigma_h$ は第4章4.3節で示した $\sigma_h = i\,C_2$ そのもの.$\langle100\rangle$ 軸の $C_2$ に反転を掛けると,その軸に垂直な面での鏡映になる.$\langle110\rangle$ 軸の $C_2'$ の場合が $\sigma_d$ である.)
| $O_h$ | $E$ | $8C_3$ | $3C_2$ | $6C_4$ | $6C_2'$ | $i$ | $8S_6$ | $3\sigma_h$ | $6S_4$ | $6\sigma_d$ | 基底の例 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| $A_{1g}$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $x^2+y^2+z^2$ |
| $A_{2g}$ | $1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $-1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $-1$ | — |
| $E_g$ | $2$ | $-1$ | $2$ | $0$ | $0$ | $2$ | $-1$ | $2$ | $0$ | $0$ | $(d_{z^2},\,d_{x^2-y^2})$ |
| $T_{1g}$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $1$ | $-1$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $1$ | $-1$ | $(R_x,R_y,R_z)$ |
| $T_{2g}$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $-1$ | $1$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $-1$ | $1$ | $(d_{xy},d_{yz},d_{zx})$ |
| $A_{1u}$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $-1$ | $-1$ | $-1$ | $-1$ | — |
| $A_{2u}$ | $1$ | $1$ | $1$ | $-1$ | $-1$ | $-1$ | $-1$ | $-1$ | $1$ | $1$ | $xyz$ |
| $E_u$ | $2$ | $-1$ | $2$ | $0$ | $0$ | $-2$ | $1$ | $-2$ | $0$ | $0$ | — |
| $T_{1u}$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $1$ | $-1$ | $-3$ | $0$ | $1$ | $-1$ | $1$ | $(x,y,z)$ |
| $T_{2u}$ | $3$ | $0$ | $-1$ | $-1$ | $1$ | $-3$ | $0$ | $1$ | $1$ | $-1$ | — |
補足:右半分の列の並べ替えに注意
表8.7では,列を慣用の順序 $(i,\ 8S_6,\ 3\sigma_h,\ 6S_4,\ 6\sigma_d)$ で並べている.これは $O$ の類 $(E,\ 8C_3,\ 3C_2,\ 6C_4,\ 6C_2')$ に $i$ を掛けたものを,同じ順序で並べたものである.
たとえば $T_{1u}$ の $6S_4$ の値 $-1$ は,$O$ での $6C_4$ の値 $1$ に $u$ の符号 $(-1)$ を掛けて得た.$6\sigma_d$ の値 $1$ は,$6C_2'$ の値 $-1$ に $(-1)$ を掛けたものである.$S_4$ が $C_4$ の相棒,$\sigma_d$ が $C_2'$ の相棒という対応を取り違えないこと.
例題8.9 $O_h$ の表を2箇所だけ検算する
(1) $T_{1u}$ の規格化.$N_k = (1,8,3,6,6,\ 1,8,3,6,6)$,$h=48$.
$$ 1(9)+8(0)+3(1)+6(1)+6(1)+1(9)+8(0)+3(1)+6(1)+6(1) = 24 + 24 = 48 = h\ \checkmark $$(左半分は表8.6の $T_1$ の勘定 $24$ そのまま,右半分は符号が反転しても2乗すれば同じなのでやはり $24$.)
(2) $E_g$ と $T_{2u}$ の直交.
$$ \underbrace{1(2)(3)+8(-1)(0)+3(2)(-1)+0+0}_{=6-6=0} +\underbrace{1(2)(-3)+8(-1)(0)+3(2)(1)+0+0}_{=-6+6=0} = 0\ \checkmark $$∎ 直積の構造ゆえに,左半分と右半分がそれぞれ独立に釣り合う仕組みになっている.
物理的意味:$g$/$u$ が選択則を決める
$O_h$ のように反転中心をもつ群では,すべての状態が $g$(偶)か $u$(奇)に分類される.$s$ 軌道と $d$ 軌道は $g$,$p$ 軌道と $f$ 軌道は $u$ である(球面調和関数 $Y_{lm}$ が反転で $(-1)^l$ 倍されるから).
電気双極子 $\bm{r}=(x,y,z)$ は表8.7で $T_{1u}$,すなわち $u$ である.したがって双極子遷移の行列要素 $\bra{f}\bm{r}\ket{i}$ がゼロにならないためには,3つの因子を(終状態, 演算子 $\bm{r}$, 始状態)の順に並べたとき,真ん中は必ず $u$ なので,$u\times u\times g$ または $g\times u\times u$ のように全体が $g$ でなければならない.つまり始状態と終状態のパリティが異なる必要がある——これが Laporte 則である.
遷移金属酸化物の $d$–$d$ 遷移($g\to g$)が弱く,色が淡いのはこのためである.第10章で,この議論を直積表現と既約分解の言葉で厳密に展開する.
8.8 既約分解の公式
指標表が手に入ったので,いよいよ使う.実際の問題では,まず「何かの自由度の集まり」(分子の変位,原子軌道の集まり,格子振動など)を基底とする可約な表現が与えられる.それを既約表現に分解するのが,群論の実務のほぼすべてである.
導出:既約分解の公式
可約表現 $\Gamma$ の指標を $\chi(R)$ とする.ブロック対角化により,$\Gamma$ は既約表現の直和に分解される.$\Gamma^{(i)}$ が $a_i$ 回現れるとすると($a_i$ は非負整数),指標の加法性から
$$ \chi(R) = \sum_i a_i\,\chi^{(i)}(R) $$両辺に $\chi^{(j)}(R)^{*}$ を掛け,$R$ について群全体で和を取る.
$$ \sum_R \chi^{(j)}(R)^{*}\chi(R) = \sum_i a_i \underbrace{\sum_R \chi^{(j)}(R)^{*}\chi^{(i)}(R)}_{=\,h\delta_{ij}\ (\text{式 \eqref{eq:8-orth1-R}})} = a_j\,h $$$\delta_{ij}$ が $i$ の和を潰して $i=j$ の項だけを残した.両辺を $h$ で割れば
∎ 第2の等号は,類でまとめただけである(8.2.2節と同じ操作).
注意:$a_i$ は必ず非負整数になる — これが最強の検算法
$a_i$ は「$\Gamma^{(i)}$ が何回現れるか」という個数だから,定義上,負にも分数にもなりえない.したがって式 \eqref{eq:8-decomp} を計算して
- 分数が出た → どこかで計算を間違えている($N_k$ の掛け忘れが最頻)
- 負の数が出た → 同じく間違い
- 次元の和 $\sum_i a_i\ell_i$ が $\Gamma$ の次元と合わない → 間違い
のいずれかである.逆に,すべての $a_i$ が非負整数で,かつ次元の勘定が合えば,計算はまず正しい.群論の計算は,答えが整数であることによって自己検証できる——これが群論を実務で使うときの大きな安心材料である.
8.8.1 $C_{3v}$ の3次元表現を分解する
例題8.10 $C_{3v}$ における $(x,y,z)$ の表現を既約分解する
例題8.1で求めた指標 $\chi^{(xyz)}=(3,\,0,\,1)$ を,表8.3を使って分解せよ.
解答.使う数値をまず並べる.$h=6$,$(N_1,N_2,N_3)=(1,2,3)$,$\chi=(3,0,1)$.指標はすべて実数なので複素共役の記号は落としてよい.
$A_1$ の係数:$\chi^{(A_1)}=(1,1,1)$ だから
$$ a_{A_1} = \frac{1}{6}\Bigl[\,\underbrace{1}_{N_1}\cdot\underbrace{1}_{\chi^{(A_1)}}\cdot\underbrace{3}_{\chi} \;+\; \underbrace{2}_{N_2}\cdot\underbrace{1}_{\chi^{(A_1)}}\cdot\underbrace{0}_{\chi} \;+\; \underbrace{3}_{N_3}\cdot\underbrace{1}_{\chi^{(A_1)}}\cdot\underbrace{1}_{\chi}\Bigr] $$ $$ = \frac{1}{6}\left[3 + 0 + 3\right] = \frac{6}{6} = 1 $$$A_2$ の係数:$\chi^{(A_2)}=(1,1,-1)$ だから
$$ a_{A_2} = \frac{1}{6}\left[1\cdot1\cdot3 + 2\cdot1\cdot0 + 3\cdot(-1)\cdot1\right] = \frac{1}{6}\left[3 + 0 - 3\right] = \frac{0}{6} = 0 $$$E$ の係数:$\chi^{(E)}=(2,-1,0)$ だから
$$ a_{E} = \frac{1}{6}\left[1\cdot2\cdot3 + 2\cdot(-1)\cdot0 + 3\cdot0\cdot1\right] = \frac{1}{6}\left[6 + 0 + 0\right] = \frac{6}{6} = 1 $$すべて非負整数 ✓.結論は
次元の検算:$a_{A_1}\ell_{A_1} + a_E\ell_E = 1\cdot1 + 1\cdot2 = 3$.元の表現の次元 $3$ と一致 ✓
指標の再構成による検算:$A_1 + E$ の指標を成分ごとに足すと
$$ (1,1,1) + (2,-1,0) = (3,\,0,\,1) $$これは確かに $\chi^{(xyz)}$ に一致する ✓
物理的な読み方.$A_1$ は1次元,$E$ は2次元だから,3つの座標のうち1つが単独で,残り2つが組になって振る舞うということである.表8.3の「基底の例」欄を見れば,$z$ が $A_1$,$(x,y)$ が $E$ に属している.$C_{3v}$ では主軸 $z$ は特別扱いされ,面内の $x,y$ は3回回転で必ず混ざり合うので分離できない——という直観と完全に一致する.∎
例題8.11 同じことを $C_{4v}$ で
$C_{4v}$ における $(x,y,z)$ の表現を分解せよ.
解答.まず指標を作る.3次元の回転のトレースは $1+2\cos\phi$,鏡映(面内2成分は $\pm$ 打ち消し,面外1成分が $+1$)のトレースは $1$ である.
$$ \chi(E)=3,\quad \chi(C_4)=1+2\cos90^\circ = 1,\quad \chi(C_2)=1+2\cos180^\circ=-1, $$ $$ \chi(\sigma_v)=1,\quad \chi(\sigma_d)=1 \qquad\Longrightarrow\qquad \chi^{(xyz)} = (3,\,1,\,-1,\,1,\,1) $$$h=8$,$(N_k)=(1,2,1,2,2)$.表8.4を使う.
$$ a_{A_1} = \frac18\left[1(1)(3) + 2(1)(1) + 1(1)(-1) + 2(1)(1) + 2(1)(1)\right] = \frac{3+2-1+2+2}{8} = \frac{8}{8} = 1 $$ $$ a_{A_2} = \frac18\left[3 + 2(1)(1) + (1)(-1) + 2(-1)(1) + 2(-1)(1)\right] = \frac{3+2-1-2-2}{8} = \frac{0}{8} = 0 $$ $$ a_{B_1} = \frac18\left[3 + 2(-1)(1) + (1)(-1) + 2(1)(1) + 2(-1)(1)\right] = \frac{3-2-1+2-2}{8} = 0 $$ $$ a_{B_2} = \frac18\left[3 + 2(-1)(1) + (1)(-1) + 2(-1)(1) + 2(1)(1)\right] = \frac{3-2-1-2+2}{8} = 0 $$ $$ a_{E} = \frac18\left[1(2)(3) + 2(0)(1) + 1(-2)(-1) + 2(0)(1) + 2(0)(1)\right] = \frac{6+0+2+0+0}{8} = \frac{8}{8} = 1 $$よって
$$ \Gamma^{(xyz)} = A_1 \oplus E \qquad (\text{次元 } 1+2 = 3\ \checkmark) $$$C_{3v}$ とまったく同じ形になった.表8.4の基底欄でも $z\to A_1$,$(x,y)\to E$ である.$C_{nv}$ 型の群では,$n\ge3$ ならいつもこうなる(ただし $n\ge5$ では2次元既約表現が $E_1,E_2,\dots$ と複数あり,$(x,y)$ が属するのは $E_1$ である).$n=2$ だけは例外で,$C_{2v}$ は可換群なので2次元既約表現をもたず,演習8.1(5)のとおり $\Gamma^{(xyz)}=A_1\oplus B_1\oplus B_2$ と3つの1次元表現に分かれる.∎
例題8.12 間違いを検出してみる
ある学生が,例題8.10で重み $N_k$ を掛け忘れて
$$ a_{A_1} \overset{?}{=} \frac16\left[1\cdot3 + 1\cdot0 + 1\cdot1\right] = \frac{4}{6} = \frac{2}{3} $$と計算した.何が起きたか説明せよ.
解答.$2/3$ は整数でない.式 \eqref{eq:8-decomp} の $a_i$ は「既約表現が何回現れるか」という個数なので,分数になることは絶対にない.したがってこれは計算ミスである.
原因は,類でまとめた形 \eqref{eq:8-decomp} を使うときに $N_k$ を掛けなかったことである.もともとの形 $a_i = \frac1h\sum_R(\cdots)$ は群の元すべてについての和であり,類でまとめるときに「同じ値が $N_k$ 個ある」ぶんを $N_k$ 倍しなければならない.
$N_k$ の掛け忘れは,群論の計算で最も多い誤りである.分数が出たら,まず $N_k$ を疑う.∎
8.8.2 実務のための計算テクニック
物理的意味:動かない原子だけ数えればよい
第10章で分子振動や格子振動を扱うとき,「$N$ 個の原子それぞれに $x,y,z$ の変位を与えた $3N$ 次元表現」の指標が必要になる.$3N\times3N$ の行列を書くのは大変だが,じつはほとんど計算しなくてよい.
対称操作 $R$ で原子 $\alpha$ が別の場所(原子 $\beta\ne\alpha$)に移ったとする.すると,この原子の $x,y,z$ ブロックは行列の対角ブロックに現れないので,トレースに寄与しない.トレースに寄与するのは,$R$ によってその場に留まる原子だけである.
したがって,$R$ で不動な原子の数を $N_{\mathrm{unmoved}}(R)$,1原子あたりの $3\times3$ 行列のトレースを $\chi_{3\mathrm{D}}(R)=\pm1+2\cos\phi$(複号は定数項だけに付き,真の回転 $C(\phi)$ で $+1$,非真の回転 $S(\phi)$ で $-1$)と書けば
で済んでしまう.具体的には,$E$ で $\chi_{3\mathrm{D}}=3$,$C_2$ で $-1$,$C_3$ で $0$,$C_4$ で $1$,鏡映 $\sigma=S(0^\circ)$ で $1$,反転 $i=S(180^\circ)$ で $-3$,$S_3$ で $-2$,$S_4$ で $-1$,$S_6$ で $0$ である.$\mathrm{NH_3}$($C_{3v}$,4原子)なら,$E$ では4個全部が不動で $\chi=4\times3=12$,$C_3$ ではN原子だけ不動で $\chi=1\times0=0$,$\sigma_v$ では鏡映面上のNと1個のHが不動で $\chi=2\times1=2$.これだけで $\chi^{(12)}=(12,0,2)$ が求まる.第10章で使う.
例題8.13 $\mathrm{NH_3}$ の $12$ 次元表現を分解する
上で得た $\chi^{(12)}=(12,\,0,\,2)$ を $C_{3v}$ の既約表現に分解せよ.
解答.$h=6$,$(N_k)=(1,2,3)$.
$$ a_{A_1} = \frac16\left[1(1)(12)+2(1)(0)+3(1)(2)\right] = \frac{12+0+6}{6} = \frac{18}{6} = 3 $$ $$ a_{A_2} = \frac16\left[12 + 0 + 3(-1)(2)\right] = \frac{12-6}{6} = 1 $$ $$ a_{E} = \frac16\left[1(2)(12) + 2(-1)(0) + 3(0)(2)\right] = \frac{24}{6} = 4 $$ $$ \therefore\quad \Gamma^{(12)} = 3A_1 \oplus A_2 \oplus 4E $$次元の検算:$3(1) + 1(1) + 4(2) = 3+1+8 = 12$ ✓ すべて非負整数 ✓
このうち並進($\Gamma^{(xyz)}=A_1\oplus E$,式 \eqref{eq:8-xyzC3v})と回転($C_{3v}$ では $A_2\oplus E$)を引くと
$$ \Gamma^{\text{振動}} = 3A_1\oplus A_2\oplus 4E \ominus (A_1\oplus E) \ominus (A_2\oplus E) = 2A_1 \oplus 2E $$次元は $2(1)+2(2)=6=3N-6$($N=4$)で,非直線分子の振動自由度の数と一致する ✓ アンモニアの4つの基準振動($A_1$ が2つ,$E$ が2つ,$E$ は2重縮退なのでモード数としては $2+2\times2=6$)が,指標表だけから出てきた.∎
8.9 Mulliken記号の読み方
ここまで $A_1$,$B_2$,$E_g$,$T_{1u}$ といった記号を,説明なしに使ってきた.これらは Mulliken記号(Mulliken symbol)と呼ばれ,記号を見ただけで,その既約表現がどんな対称性をもつかがわかるように設計されている.暗記ではなく,規則として理解すべきものである.
| 部分 | 記号 | 意味 | 判定に使う指標 |
|---|---|---|---|
| 主記号 (次元) | $A$ | 1次元で,主軸 $C_n$ の回転に対称 | $\chi(C_n)=+1$ |
| $B$ | 1次元で,主軸 $C_n$ の回転に反対称 | $\chi(C_n)=-1$ | |
| $E$ | 2次元(独: entartet =縮退) | $\chi(E)=2$ | |
| $T$(または $F$) | 3次元 | $\chi(E)=3$ | |
| $G$, $H$ | 4次元,5次元(正20面体群 $I_h$ などで現れる) | $\chi(E)=4,5$ | |
| 下付き数字 | $_1$ | 主軸を含む鏡映面 $\sigma_v$,または主軸に垂直な2回軸 $C_2'$ に対称 | $\chi(\sigma_v)$ または $\chi(C_2')=+$ |
| $_2$ | 同じく反対称 | $\chi(\sigma_v)$ または $\chi(C_2')=-$ | |
| 下付き $g/u$ | $_g$(gerade,偶) | 反転 $i$ に対称 | $\chi(i)=+\ell$ |
| $_u$(ungerade,奇) | 反転 $i$ に反対称 | $\chi(i)=-\ell$ | |
| プライム | $'$(1本) | 水平鏡映面 $\sigma_h$ に対称 | $\chi(\sigma_h)=+\ell$ |
| $''$(2本) | $\sigma_h$ に反対称 | $\chi(\sigma_h)=-\ell$ |
注意:立方晶群の $T_1/T_2$ には下付き数字の規則がそのまま使えない
表8.8 の下付き $1/2$ の規則($\sigma_v$ または $C_2'$ の符号)は,主軸が1本だけ定まる群のためのものである.立方晶群($T$, $O$, $T_d$, $T_h$, $O_h$)には主軸が1本に定まらないので,この規則をあてはめると逆の答えが出ることがある.表8.7 の $O_h$ で実際に確かめてみよう.
| 既約表現 | $\chi(6C_2')$ | $\chi(6\sigma_d)$ | $\chi(6C_4)$ | 規則が与えるラベル |
|---|---|---|---|---|
| $T_{1g}$ | $-1$ | $-1$ | $+1$ | $C_2'$ 則 → $T_2$ ✗/$\sigma_d$ 則 → $T_2$ ✗/$C_4$ 則 → $T_1$ ✓ |
| $T_{2g}$ | $+1$ | $+1$ | $-1$ | $C_2'$ 則 → $T_1$ ✗/$\sigma_d$ 則 → $T_1$ ✗/$C_4$ 則 → $T_2$ ✓ |
| $T_{1u}$ | $-1$ | $+1$ | $+1$ | $C_2'$ 則 → $T_2$ ✗/$\sigma_d$ 則 → $T_1$ ✓/$C_4$ 則 → $T_1$ ✓ |
| $T_{2u}$ | $+1$ | $-1$ | $-1$ | $C_2'$ 則 → $T_1$ ✗/$\sigma_d$ 則 → $T_2$ ✓/$C_4$ 則 → $T_2$ ✓ |
$C_2'$ 則は4つとも外し,$\sigma_d$ 則は $g$ 型の2つで外す.立方晶群で一貫して正しいのは $\chi(6C_4)$ の符号のほうで,$+1$ が下付き $1$,$-1$ が下付き $2$ である.これは $A$ 型にもそのまま使えて,表8.7 の $A_{1g}$ は $\chi(6C_4)=+1$,$A_{2g}$ は $-1$ になっている($E_g$, $E_u$ には数字の下付きが付かないので問題にならない).他の群では表8.8 の規則どおりでよい.
補足:$g/u$ と $'/''$ は排他的に使われる
$g/u$ が付くのは反転中心をもつ群だけ,$'/''$ が付くのは $\sigma_h$ をもつが反転中心をもたない群($C_{3h}$,$D_{3h}$ など)である.両方をもつ群($D_{6h}$ など)では,$g/u$ のほうが優先され,$'/''$ は使わない.
また,$_1/_2$ の判定基準が「$\sigma_v$」か「$C_2'$」かは群による.両方ある群($D_{4h}$ など)では $C_2'$ が優先される.慣用の面が強いので,細かい場合は指標表の列見出しを見て判断すればよい.
なお,立方晶系の群($T$,$T_h$,$T_d$,$O$,$O_h$)には一意な主軸がないため,そもそもこの $\sigma_v$/$C_2'$ の規則は適用できない.$T_1$/$T_2$ の下付き数字は,$O$ と $O_h$ では $C_4$,$T_d$ では $S_4$ に対する対称・反対称による慣用的な命名である($\chi=+1$ なら $T_1$,$-1$ なら $T_2$).実際 $O_h$ の $T_{1u}$ は $\chi(6C_2')=-1$ なので,$C_2'$ を基準にすると $T_2$ になってしまう.
例題8.14 記号を実際に読む
(a) $C_{4v}$ の $B_2$(表8.4:$1,-1,1,-1,1$).$\chi(E)=1$ なので1次元 → $A$ か $B$.主軸 $C_4$ の指標が $-1$ なので$B$.$\sigma_v$ の指標が $-1$(反対称)なので下付き $2$.合わせて $B_2$.基底は $xy$ で,確かに $90^\circ$ 回すと $xy\to(-y)(x)=-xy$ と符号が変わり($C_4$ に反対称),$yz$ 面での鏡映 $x\to-x$ でも $xy\to-xy$ と符号が変わる($\sigma_v$ に反対称).記号どおりである.
(b) $O_h$ の $E_g$(表8.7).$\chi(E)=2$ なので2次元,記号は $E$.$\chi(i)=2=+\ell$ なので反転に対称 → $g$.基底は $(d_{z^2},\,d_{x^2-y^2})$ で,$d$ 軌道は $l=2$ なので反転で $(-1)^2=+1$ 倍,確かに $g$ である.
(c) $O_h$ の $T_{1u}$.$\chi(E)=3$ で3次元,$\chi(i)=-3=-\ell$ で$u$.基底は $(x,y,z)$ で,反転すると $(-x,-y,-z)$ となり符号が変わる.$u$ で正しい.下付きの $1$ は $6C_4$ の指標が $+1$ であること(=$C_4$ に対称的な振る舞い)に由来する.立方晶群には一意な主軸がないので,ここでは表8.8の $\sigma_v$/$C_2'$ の規則ではなく,上の補足で述べた $C_4$ 基準の慣用にしたがっている($\chi(6C_2')=-1$ を基準にすると $T_2$ になってしまう).
(d) $D_{3h}$ の $A_2''$.1次元で主軸 $C_3$ に対称なので $A$,$C_2'$ に反対称なので下付き $2$,$\sigma_h$ に反対称なのでプライム2本.基底は $z$ である(平面分子の面外方向は,面内の $C_2'$ でも面での鏡映 $\sigma_h$ でも符号が変わる).∎
注意:記号 $E$ の二重の意味
$E$ という文字は,群論では2つのまったく違う意味で使われる.
- 恒等操作としての $E$(ドイツ語 Einheit)——指標表の列見出しに現れる.
- 2次元既約表現としての $E$(ドイツ語 entartet=縮退)——指標表の行見出しに現れる.
表8.3の $E$ の行と $E$ の列が交わるところに $2$ と書いてあるが,これは「2次元既約表現における恒等操作の指標=次元=2」という意味である.慣れるまで混乱しやすいが,行にあるか列にあるかで区別すればよい.
本書では,可能な限り恒等操作を $E$,既約表現を $\Gamma^{(i)}$ または $E$ 表現と書き分けて誤解を避ける.
なぜ:物理でよく出る対応を覚えておくと速い
次の対応は,第9章・第10章で繰り返し使う.指標表の「基底の例」欄を眺めながら頭に入れておくとよい.
| 物理量 | 変換の性質 | $O_h$ での既約表現 |
|---|---|---|
| $s$ 軌道,$x^2+y^2+z^2$ | 完全対称 | $A_{1g}$ |
| $p$ 軌道,$(x,y,z)$,電気双極子 | 極性ベクトル | $T_{1u}$ |
| $d_{z^2},\,d_{x^2-y^2}$ | $e_g$ 軌道 | $E_g$ |
| $d_{xy},d_{yz},d_{zx}$ | $t_{2g}$ 軌道 | $T_{2g}$ |
| 回転 $(R_x,R_y,R_z)$,磁気双極子 | 軸性ベクトル | $T_{1g}$ |
とくに「電気双極子は $T_{1u}$,磁気双極子は $T_{1g}$」は選択則の要である.極性ベクトル(反転で符号が変わる)と軸性ベクトル(変わらない)の違いが,そのまま $u$ と $g$ の違いになっている.
また,$d$ 軌道の5重項が $O_h$ 場で $E_g\oplus T_{2g}$ に分裂すること——結晶場理論の出発点——は,第10章で式 \eqref{eq:8-decomp} を使って完全に計算する.ここでは,表8.7の基底欄にすでにその答えが書かれていることだけ確認しておこう.
8.10 まとめと演習
8.10.1 まとめ
- 指標 $\chi(R)=\Tr D(R)$ は,相似変換で不変(定理8.1)であり,同じ類の元では同じ値をとる(定理8.2).$h\ell^2$ 個の数が,類の数だけの数値に圧縮される.$\chi(E)=\ell$(表現の次元).
- 第1直交関係:$\sum_k N_k\chi^{(i)}(C_k)^{*}\chi^{(j)}(C_k)=h\delta_{ij}$.大直交定理で $\mu=\nu$,$\alpha=\beta$ と置いて和を取るだけで出る.指標表の行が,重み $\sqrt{N_k/h}$ 付きで正規直交ベクトルになるという意味である.
- 正則表現:群の元自身を基底とする $h$ 次元表現で,$\chi^{\mathrm{reg}}(R)=h\delta_{R,E}$.ここに $\Gamma^{(i)}$ は $\ell_i$ 回含まれ,次元を数えると $\sum_i\ell_i^2=h$ が再導出される.
- 既約表現の数 = 類の数(定理8.3).$\le$ は行の直交から,$\ge$ は「指標に直交する類関数はゼロだけ」(Schurの補題 第1+正則表現)から従う.したがって指標表は正方である.
- 第2直交関係:$\sum_i \chi^{(i)}(C_k)^{*}\chi^{(i)}(C_{k'})=(h/N_k)\delta_{kk'}$.正方行列で行が正規直交なら列も正規直交,という線形代数の事実そのもの.重み $N_k$ を掛けない点が第1直交関係と違う.
- 指標表の作り方(図8.3):①元を書く→②類に分ける→③$\sum\ell_i^2=h$ を整数で解く→④恒等表現→⑤第1直交関係の連立方程式→⑥検算.$C_{3v}$,$C_{4v}$,$O$ をこの手順で完成させた.
- 直積:$O_h=O\otimes\{E,i\}$.$\chi^{(a\times b)}=\chi^{(a)}\chi^{(b)}$ なので,$5\times5$ の表から $10\times10$ の表が機械的に作れる.$g$ は $\chi(i)=+\ell$,$u$ は $-\ell$.
- 既約分解:$a_i=\frac1h\sum_k N_k\chi^{(i)}(C_k)^{*}\chi(C_k)$.$a_i$ は必ず非負整数になるので,分数や負数が出たら計算ミス($N_k$ の掛け忘れが最頻).次元の勘定 $\sum_i a_i\ell_i=\ell$ も併せて検算する.
- 既約性の判定:$\frac1h\sum_k N_k\abs{\chi(C_k)}^2=1$ なら既約,$=\sum_i a_i^2$ が一般式.
- Mulliken記号:$A/B$ は主軸に対称/反対称の1次元,$E$ は2次元,$T$ は3次元.下付き $1/2$ は $\sigma_v$(または $C_2'$)の符号,$g/u$ は反転の符号,$'/''$ は $\sigma_h$ の符号.ただし主軸をもたない立方晶群の $T_1/T_2$ だけは,$C_4$($T_d$ では $S_4$)を基準とする慣用である.
8.10.2 演習問題
演習8.1 $C_{2v}$ の指標表を白紙から作る
$C_{2v}=\{E,\ C_2,\ \sigma_v(xz),\ \sigma_v'(yz)\}$(水分子 $\mathrm{H_2O}$ の点群,$h=4$)について,次を順に行え.
(1) 積表を作り,共役類に分けよ.類はいくつあるか.
(2) 既約表現の数と,それぞれの次元を求めよ.
(3) 第1直交関係を使って指標表を完成させよ.
(4) 行の規格化・列の直交で検算せよ.
(5) $(x,y,z)$ の3次元表現の指標を求め,既約分解せよ.
ヒント:(1) $C_{2v}$ は可換群($C_2\sigma_v=\sigma_v C_2$ を確かめよ)なので,$XAX^{-1}=AXX^{-1}=A$ となり,すべての元が単独で類をなす.類は4個.(2) $\ell_1^2+\dots+\ell_4^2=4$,正の整数4個なので $(1,1,1,1)$ しかない.全部1次元.(3) 1次元表現では $\chi(C_2)=\pm1$,$\chi(\sigma_v)=\pm1$ で,$\sigma_v'=C_2\sigma_v$ より $\chi(\sigma_v')=\chi(C_2)\chi(\sigma_v)$.符号の組み合わせ4通りが,そのまま4つの表現になる.答えは $A_1=(1,1,1,1)$,$A_2=(1,1,-1,-1)$,$B_1=(1,-1,1,-1)$,$B_2=(1,-1,-1,1)$.(5) $\chi^{(xyz)}=(3,-1,1,1)$ で,$\Gamma=A_1\oplus B_1\oplus B_2$($z\to A_1$,$x\to B_1$,$y\to B_2$).可換群では2次元以上の既約表現が存在しないので,縮退が起こらない.$\mathrm{H_2O}$ の分子軌道に縮退がないのはこのためである.
演習8.2 $D_3$($=C_{3v}$ と同型)と $D_{3h}$ の指標表
(1) $D_3=\{E,\ 2C_3,\ 3C_2'\}$($h=6$)の指標表を白紙から作れ.$C_{3v}$ の表8.3と比べて何がわかるか.
(2) $D_{3h}=D_3\otimes\{E,\sigma_h\}$($h=12$,平面三角形分子 $\mathrm{BF_3}$ の点群)の指標表を,直積の方法で作れ.類は $E,\ 2C_3,\ 3C_2',\ \sigma_h,\ 2S_3,\ 3\sigma_v$ の6個である.
(3) $\mathrm{BF_3}$ の $3N=12$ 次元表現を式 \eqref{eq:8-unmoved} で求め,既約分解して振動モードを分類せよ.
ヒント:(1) 手順はまったく同じで,答えも数値としては表8.3と同一($3\sigma_v$ を $3C_2'$ に読み替えるだけ).$D_3$ と $C_{3v}$ は同型な抽象群なので,指標表も一致する.指標表は群の抽象的な構造だけで決まり,幾何学的な実現の仕方には依存しない,ということである. (2) $\{E,\sigma_h\}$ の既約表現は $(1,1)$ と $(1,-1)$.前者が $'$,後者が $''$ になる.答えは $A_1'=(1,1,1,1,1,1)$,$A_2'=(1,1,-1,1,1,-1)$,$E'=(2,-1,0,2,-1,0)$,$A_1''=(1,1,1,-1,-1,-1)$,$A_2''=(1,1,-1,-1,-1,1)$,$E''=(2,-1,0,-2,1,0)$.列の順序は $(E,2C_3,3C_2',\sigma_h,2S_3,3\sigma_v)$.$E'$ の規格化を確かめると $4+2(1)+0+4+2(1)+0=12=h$ ✓. (3) 不動原子数は $E:4$,$C_3:1$,$C_2':2$,$\sigma_h:4$,$S_3:1$,$\sigma_v:2$.$\chi_{3\mathrm{D}}$ は順に $3,0,-1,1,-2,1$.積を取って $\chi^{(12)}=(12,0,-2,4,-2,2)$.分解すると $A_1'\oplus A_2'\oplus 3E'\oplus 2A_2''\oplus E''$(次元 $1+1+6+2+2=12$ ✓).並進 $E'\oplus A_2''$ と回転 $A_2'\oplus E''$ を除くと $\Gamma^{\text{振動}}=A_1'\oplus 2E'\oplus A_2''$,次元 $1+4+1=6=3N-6$ ✓.
演習8.3 $d$ 軌道を $C_{3v}$ 場で分解する
角運動量 $l$ の球面調和関数 $\{Y_{lm}\}$($2l+1$ 個)は,回転角 $\phi$ の回転に対して
$$ \chi_l(\phi) = \frac{\sin\left[\left(l+\tfrac12\right)\phi\right]}{\sin\left(\phi/2\right)} $$という指標をもつ(第9章で導出する).また反転に対しては $\chi_l(i R)=(-1)^l\chi_l(R)$ である.
(1) $l=2$($d$ 軌道)について,$C_{3v}$ の各類の指標を求めよ.
(2) 既約分解し,$d$ 軌道が $C_{3v}$ 対称場でどう分裂するかを述べよ.
(3) 分裂した準位の縮退度を書き,$1+2+2=5$ になることを確かめよ.
ヒント:(1) $\chi_2(E)=\lim_{\phi\to0}$ で $2l+1=5$.$\chi_2(C_3)$:$\phi=120^\circ$ として $\sin(2.5\times120^\circ)/\sin60^\circ=\sin300^\circ/\sin60^\circ=(-\sqrt3/2)/(\sqrt3/2)=-1$.$\sigma_v=i\,C_2$ と書けるので $\chi_2(\sigma_v)=(-1)^2\chi_2(C_2)=\sin(2.5\times180^\circ)/\sin90^\circ=\sin450^\circ=1$.よって $(5,-1,1)$. (2) $a_{A_1}=\frac16[5+2(-1)+3(1)]=1$,$a_{A_2}=\frac16[5-2-3]=0$,$a_E=\frac16[2(5)+2(-1)(-1)+0]=\frac{12}{6}=2$.よって $\Gamma_d = A_1\oplus 2E$. (3) 1重縮退が1本,2重縮退が2本.$1+2+2=5$ ✓ 5重に縮退していた $d$ 準位が,3本の準位に分裂する.
演習8.4 正則表現を実際に分解する
(1) $C_{3v}$ の正則表現(6次元)の指標を書き,表8.3を使って既約分解せよ.
(2) 結果が $a_i=\ell_i$ になっていることを確かめ,次元の勘定が合うことを示せ.
(3) 同じことを $C_{4v}$(8次元)でも行え.
ヒント:(1) $\chi^{\mathrm{reg}}=(6,0,0)$.$a_{A_1}=\frac16[1(1)(6)+2(1)(0)+3(1)(0)]=1$,$a_{A_2}=\frac16[6]=1$,$a_E=\frac16[1(2)(6)]=2$.よって $\Gamma^{\mathrm{reg}}=A_1\oplus A_2\oplus 2E$. (2) $\ell_{A_1}=1$,$\ell_{A_2}=1$,$\ell_E=2$ と一致 ✓.次元は $1+1+2\times2=6$ ✓. (3) $\chi^{\mathrm{reg}}=(8,0,0,0,0)$ で,$\Gamma^{\mathrm{reg}}=A_1\oplus A_2\oplus B_1\oplus B_2\oplus 2E$,次元 $1+1+1+1+4=8$ ✓.
演習8.5 位数が素数の群は必ず可換で,既約表現はすべて1次元
位数 $h=p$(素数)の群 $G$ について,次を示せ.
(1) $G$ は巡回群であり,可換である.
(2) 類の数は $p$ 個(すべての元が単独で類をなす).
(3) 既約表現は $p$ 個あり,すべて1次元である.
(4) $\omega = e^{2\pi i/p}$ として,指標表は $\chi^{(m)}(a^n)=\omega^{mn}$($m,n=0,1,\dots,p-1$)で与えられることを示せ.
ヒント:(1) $E$ でない元 $a$ を取ると,$a$ が生成する巡回部分群の位数は Lagrange の定理より $p$ の約数,かつ $1$ でないので $p$.ゆえに $G=\{E,a,a^2,\dots,a^{p-1}\}$ で巡回群,巡回群は可換. (2) 可換群では $XAX^{-1}=A$ なので,どの元も単独で類をなす.$n_c=p$. (3) 定理8.3より $n_r=p$,式 \eqref{eq:8-dimsum} より $\sum_{i=1}^{p}\ell_i^2=p$,$\ell_i\ge1$ なので全部 $\ell_i=1$. (4) 1次元表現では $\chi(a)^p=\chi(a^p)=\chi(E)=1$ なので $\chi(a)$ は $1$ の $p$ 乗根.$p$ 個の選択肢がちょうど $p$ 個の表現に対応する.第2直交関係の確認:$\sum_m \omega^{-mn}\omega^{mn'}=\sum_m\omega^{m(n'-n)}=p\,\delta_{nn'}$(等比級数の和)で,$h/N_k=p/1=p$ と一致する ✓
演習8.6 第2直交関係の応用 — 類の元数を求める
ある群の指標表の $k$ 列が $(1,-1,0,1,-1)$(上から $A_1,A_2,E,T_1,T_2$ の順,次元は $1,1,2,3,3$)であったとする.
(1) 式 \eqref{eq:8-orth2} の $k=k'$ の場合を使って,この類の元数 $N_k$ を求めよ($h$ は式 \eqref{eq:8-dimsum} から求める).
(2) 式 \eqref{eq:8-colcheck} を使って,この列が恒等元の列でないことを確かめよ.
ヒント:(1) $h=\sum\ell_i^2=1+1+4+9+9=24$.列の長さの2乗は $1+1+0+1+1=4$.これが $h/N_k$ に等しいので $N_k=24/4=6$.次元が $(1,1,2,3,3)$ で $h=24$ という組み合わせから,この群は $O$(あるいは同じ指標表をもつ $T_d$)だとわかる.元数 $6$ の類は $6C_4$ と $6C_2'$ の2つあるが,表8.6と比べると $T_1$ が $+1$,$T_2$ が $-1$ なので $6C_4$ の列である($T_d$ と読むなら,対応する列は $6S_4$ である). (2) $\sum_i\ell_i\chi^{(i)}(C_k)=1(1)+1(-1)+2(0)+3(1)+3(-1)=0$.恒等元の列なら $h=24$ になるはずなので,確かに $E$ の列ではない ✓
参考文献
- M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapter 3(Character of a Representation).—— 本章の骨格.類の積の係数を使った「既約表現の数=類の数」の証明は同書 3.5 節にある.
- 望月 泰英「物質の対称性と群論 3. 表現論と指標表」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— $C_{3v}$ の指標表を手で作る流れは,この資料の演習に沿っている.
- 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版,第4章・付録.—— 32点群すべての指標表が日本語で載っている.手元に一冊あると便利である.
- F. A. Cotton, Chemical Applications of Group Theory, 3rd ed., Wiley (1990), Chapters 3–4. —— Mulliken記号の規則と,分子への応用が最も丁寧.巻末の指標表集が実用的.
- J. F. Cornwell, Group Theory in Physics, Academic Press (1997), Vol. 1, Chapter 4. —— 類関数の完全性の証明を,より一般的な枠組み(群環と Wedderburn の定理)で扱っている.
- 犬井 鉄郎・田辺 行人・小野寺 嘉孝『応用群論 — 群表現と物理学』裳華房(増補版, 1980).—— 日本語で書かれた標準的な群論の教科書.指標表と結晶場の議論が詳しい.