固体物理学入門 — 目次 第II部 対称性を計算に変える — 群論 / 第6章

第6章群の基礎 — 積表・部分群・クラス

第4章で32の結晶点群を,第5章で230の空間群を数え上げた.そこでは「対称操作の集まり」という直観的な言い方で済ませてきたが,その集まりが数学的に何であるかは棚上げにしていた.答えは群である.本章から第11章までの第II部では,この群という概念を道具として鍛え上げ,最終的には「対称性から,計算せずにわかること」を引き出せるようにする.

群論の教科書を開くと,たいてい最初の10ページで抽象的な定義と定理が並び,多くの読者がそこで脱落する.本書はそうしない.アンモニア分子 $\mathrm{NH_3}$ の対称性,すなわち点群 $C_{3v}$ をひとつ手元に置き,それを最後まで手で計算し尽くすという方針を採る.$6\times6$ の積表を自分で埋め,部分群を全部数え上げ,共役をひとつ残らず計算して類に分ける.この作業を一度やっておけば,あとに続く抽象論はすべて「あのときやったあれのことか」と読めるようになる.

群論の抽象性が報われる瞬間は,6.8節に来る.$[\Ham,\hat{R}]=0$ が意味するのは,対称操作は縮退した固有状態のあいだの変換になっているということであり,つまり縮退の構造が対称性から決まる.この一行が,結晶場分裂も,選択則も,バンドの縮退も,フォノンの分類も統べている.第7章以降の全部がここから出発する.本章で身につけてほしい態度はひとつだけ,群論の定理を読んだら,その場で $C_{3v}$ に当てはめて確かめることである.

この章で学ぶこと
  • 群の4公理(閉性・結合則・単位元・逆元)と,$C_{3v}$ がそれを満たすことの行列による確認
  • 積表(乗積表)の作り方 —— 三角形の頂点に番号を振って追跡する方法
  • 再配列定理:積表の各行・各列に,群の全元がちょうど1回ずつ現れる
  • 可換群と非可換群.$\sigma_v C_3 \ne C_3 \sigma_v$ の具体的な確認
  • 部分群・剰余類・Lagrangeの定理(証明つき)
  • 共役 $B = XAX^{-1}$ と類(conjugacy class).$C_{3v}$ の3つの類を全共役の計算で導く
  • 正規部分群・剰余群・準同型と同型.$C_{3v}/C_3 \cong C_2$
  • $[\Ham,\hat{R}]=0$ が意味すること —— 対称操作は縮退固有状態を混ぜる
前提:第4章(対称操作の行列表示,Schoenflies記号).$3\times3$ 行列の積,逆行列,行列式.集合と写像の初歩.線形代数の復習が必要なら付録A.

6.1 群とは何か — 4つの公理

6.1.1 定義

定義:群(group)

集合 $G = \{A, B, C, \dots\}$ と,その2つの元に対して第3の元を対応させる演算(積と呼ぶ)が与えられているとする.次の4つを満たすとき,$G$ を群という.

  1. 閉性(closure):$A, B \in G$ ならば $AB \in G$.
  2. 結合則(associativity):$(AB)C = A(BC)$.
  3. 単位元(identity):ある元 $E \in G$ が存在して,すべての $A \in G$ に対し $EA = AE = A$.
  4. 逆元(inverse):すべての $A \in G$ に対し,ある $A^{-1} \in G$ が存在して $AA^{-1} = A^{-1}A = E$.

$G$ に含まれる元の個数 $h$ を,群の位数(order)という.$h$ が有限のとき有限群(finite group)という.

補足:「積」は掛け算とはかぎらない

群の公理に出てくる「積」は,数の掛け算である必要はまったくない.要求されているのは,上の4条件を満たすことだけである.実際に本書で扱う群では

のように,まったく違うものが「積」の役を果たす.逆に言えば,群論の定理は「積が何であるか」を問わずに成り立つ.これが群論が広い応用を持つ理由である.

なお公理には可換性 $AB=BA$ は入っていないことに注意したい.ここが群論のいちばんの勘所である.対称操作は一般に可換ではない.

なぜ:この4つで足りるのか

公理がこの4つに絞られているのは,「対称操作の集まりが自然に満たしてしまう性質」を抜き出したものだからである.実際,ある物体の対称操作全部を集めた集合を考えると

つまり,群の公理は「対称性とは何か」を数学の言葉に翻訳したものにほかならない.

6.1.2 $C_{3v}$ の6つの元

本章の主役を導入する.アンモニア分子 $\mathrm{NH_3}$ は,窒素原子を頂点,3つの水素原子を底面とする三角錐の形をしている.その対称性は点群 $C_{3v}$(国際表記 $3m$)である.

(a) NH₃ 分子(立体図) (b) C₃ 軸方向から見た図(上面図) C₃ 軸(z 軸) 2 1 3 N H は 1, 2, 3 1 2 3 N C₃ σv σv′ σv″ 緑の破線 = 3枚の鏡映面を上から見た切り口. H1 の方位角を 0°,H2 を 120°,H3 を 240° にとる.
図6.1 $\mathrm{NH_3}$ と点群 $C_{3v}$ の対称要素.(a) 立体図.N を頂点,3つの H を底面とする三角錐.(b) $C_3$ 軸($z$ 軸)方向から見下ろした図.3枚の鏡映面 $\sigma_v, \sigma_v', \sigma_v''$ はそれぞれ $z$ 軸と H1, H2, H3 を含む.本章ではこの番号づけを最後まで使う.$C_3$ は $z$ 軸のまわりの反時計まわり $120^\circ$ 回転で,頂点を $1\to2\to3\to1$ と送る.

座標を定める.N を原点に置き,$C_3$ 軸を $z$ 軸にとる.3つの H は $z<0$ の平面内にあり,その方位角($x$ 軸からの角)をそれぞれ

$$ \text{H1}: \varphi = 0^\circ, \qquad \text{H2}: \varphi = 120^\circ, \qquad \text{H3}: \varphi = 240^\circ $$

とする.3枚の鏡映面は,$z$ 軸とそれぞれの H を含む面である.

導出:$z$ 軸を含み $x$ 軸と角 $\theta$ をなす鏡映面の行列

第4章では $xy$ 面での鏡映 $\sigma_h$ しか書かなかった.ここでは縦の鏡映面($z$ 軸を含む面)の行列を作る.

$z$ 座標は鏡映で変わらないので,$xy$ 平面内の議論だけで済む.$xy$ 平面上の点を極座標で $x = \rho\cos\varphi$, $y = \rho\sin\varphi$ と書く.鏡映面と $xy$ 平面の交線は,原点を通り $x$ 軸と角 $\theta$ をなす直線である.この直線に関する折り返しは,偏角を $\varphi \to 2\theta - \varphi$ に変える操作である(直線をはさんで角度が対称になるから.$\varphi=\theta$ なら $2\theta-\theta=\theta$ で不動,これは直線上の点が動かないことに対応する).$\rho$ は変わらない.したがって

$$ x' = \rho\cos(2\theta-\varphi), \qquad y' = \rho\sin(2\theta-\varphi) $$

加法定理で展開する.$\cos(2\theta-\varphi) = \cos2\theta\cos\varphi + \sin2\theta\sin\varphi$ だから,$\rho\cos\varphi = x$, $\rho\sin\varphi = y$ を使って

$$ x' = x\cos2\theta + y\sin2\theta $$

同様に $\sin(2\theta-\varphi) = \sin2\theta\cos\varphi - \cos2\theta\sin\varphi$ だから

$$ y' = x\sin2\theta - y\cos2\theta $$

行列にまとめると

$$ \begin{equation} \sigma(\theta) = \begin{pmatrix} \cos2\theta & \sin2\theta & 0 \\ \sin2\theta & -\cos2\theta & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} \label{eq:6-mirror} \end{equation} $$

検算をしておく.$\theta=0$($xz$ 面での鏡映)なら $\cos0=1,\sin0=0$ で $\sigma(0)=\mathrm{diag}(1,-1,1)$.これは $y\to-y$ で,たしかに $xz$ 面での折り返しである.また $\det\sigma(\theta) = (-\cos^2 2\theta - \sin^2 2\theta)\cdot 1 = -1$,$\Tr\,\sigma(\theta) = \cos2\theta - \cos2\theta + 1 = 1$.第4章の表4.1(鏡映は $\det=-1$)と一致する.∎

式 \eqref{eq:6-mirror} に $\theta = 0^\circ, 120^\circ, 240^\circ$ を代入する.$2\theta = 0^\circ, 240^\circ, 480^\circ(\equiv 120^\circ)$ だから

これで6つの元の行列がすべて書ける.回転については第4章の $z$ 軸まわりの回転行列に $\phi=120^\circ, 240^\circ$ を代入する.

$C_{3v}$ の6元の行列表示(本章を通じてこれを使う)

$$ E = \begin{pmatrix}1&0&0\\0&1&0\\0&0&1\end{pmatrix}, \qquad C_3 = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}&0\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&-\frac12&0\\[3pt] 0&0&1\end{pmatrix}, \qquad C_3^2 = \begin{pmatrix}-\frac12&\frac{\sqrt3}{2}&0\\[3pt] -\frac{\sqrt3}{2}&-\frac12&0\\[3pt] 0&0&1\end{pmatrix} $$ $$ \sigma_v = \begin{pmatrix}1&0&0\\0&-1&0\\0&0&1\end{pmatrix}, \qquad \sigma_v' = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}&0\\[3pt] -\frac{\sqrt3}{2}&\frac12&0\\[3pt] 0&0&1\end{pmatrix}, \qquad \sigma_v'' = \begin{pmatrix}-\frac12&\frac{\sqrt3}{2}&0\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&\frac12&0\\[3pt] 0&0&1\end{pmatrix} $$

$\sigma_v = \sigma(0^\circ)$ は H1 を含む面,$\sigma_v' = \sigma(120^\circ)$ は H2 を含む面,$\sigma_v'' = \sigma(240^\circ)$ は H3 を含む面である.位数は $h=6$.

トレースは $\Tr E = 3$,$\Tr C_3 = \Tr C_3^2 = 0$,$\Tr\sigma_v = \Tr\sigma_v' = \Tr\sigma_v'' = 1$ である.同じ「種類」の操作が同じトレースを持っていることに注目しておくとよい.6.6節でこれが類の話につながる.

6.1.3 4公理を実際に確かめる

例題6.1 $C_{3v}$ が群であることを行列で確認する

上の6つの行列の集合が,行列の積のもとで群の4公理を満たすことを確かめよ.

(1) 閉性.すべての組み合わせを調べるのは6.2節の積表で行うが,代表的な2つをここで実際に掛けてみる.$z$ 成分は常に $1$ で変化しないので,左上の $2\times2$ ブロックだけ書く.

まず $C_3\,\sigma_v$(右から順に施すので,先に $\sigma_v$,次に $C_3$):

$$ C_3\sigma_v = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&-\frac12\end{pmatrix} \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} $$

成分ごとに計算する.第1行第1列は $(-\tfrac12)(1) + (-\tfrac{\sqrt3}{2})(0) = -\tfrac12$.第1行第2列は $(-\tfrac12)(0) + (-\tfrac{\sqrt3}{2})(-1) = +\tfrac{\sqrt3}{2}$.第2行第1列は $(\tfrac{\sqrt3}{2})(1) + (-\tfrac12)(0) = \tfrac{\sqrt3}{2}$.第2行第2列は $(\tfrac{\sqrt3}{2})(0) + (-\tfrac12)(-1) = +\tfrac12$.よって

$$ C_3\sigma_v = \begin{pmatrix}-\frac12&\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&\frac12\end{pmatrix} = \sigma_v'' $$

集合の中に入っている.✓

次に $\sigma_v'\,\sigma_v''$(2枚の鏡映を続けて施す)を,同じ要領で1成分ずつ計算する.第1行第1列は $(-\tfrac12)(-\tfrac12) + (-\tfrac{\sqrt3}{2})(\tfrac{\sqrt3}{2}) = \tfrac14-\tfrac34 = -\tfrac12$,第1行第2列は $-\tfrac{\sqrt3}{4}-\tfrac{\sqrt3}{4} = -\tfrac{\sqrt3}{2}$,第2行第1列は $\tfrac{\sqrt3}{4}+\tfrac{\sqrt3}{4}=\tfrac{\sqrt3}{2}$,第2行第2列は $-\tfrac34+\tfrac14=-\tfrac12$.したがって

$$ \sigma_v'\sigma_v'' = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] -\frac{\sqrt3}{2}&\frac12\end{pmatrix} \begin{pmatrix}-\frac12&\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&\frac12\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&-\frac12\end{pmatrix} = C_3 $$

これも集合の中にある.✓ 2枚の鏡映を続けて施すと回転になるという,幾何学的にも重要な事実がここで出てきた.

(2) 結合則.行列の積はもともと結合的($(AB)C = A(BC)$)である.これは行列の積の定義 $(AB)_{ik} = \sum_j A_{ij}B_{jk}$ から,両辺とも $\sum_{j,l}A_{ij}B_{jl}C_{lk}$ になることで示される.対称操作を写像の合成と見ても,合成は常に結合的である.よって自動的に成り立つ.✓

(3) 単位元.$E$ が単位行列であり,$EA=AE=A$.✓

(4) 逆元.各元の逆元を求める.

行列で確かめるなら,鏡映行列は対称かつ直交($\sigma^{\mathsf T}=\sigma$, $\sigma^{\mathsf T}\sigma = I$)なので $\sigma^2 = I$ が直ちに従う.✓

以上4条件がすべて成立するので,$C_{3v}$ は位数6の群である.∎

注意:積の順序 —— $AB$ は「$B$ が先」

本書では,対称操作を関数のように扱う流儀に従い,$AB$ は「まず $B$ を施し,次に $A$ を施す」と読む.行列で書いたときに $AB\rr$(右から $\rr$ に作用)となる順序と一致するので,こちらが自然である.Dresselhausの教科書もこの流儀である.

ところが結晶学の本の一部には「$AB$ = まず $A$,次に $B$」という逆の流儀もある.この流儀の違いと,$C_3$ を右まわりに取るか左まわりに取るか,鏡映面の番号づけをどうするか,の3つが重なると,教科書ごとに積表の非対角部分が入れ替わって見える.積表を他書と比べるときは,必ずこの3つの取り決めを先に確認すること.

取り決めが違っても群としての構造(同型類,部分群の個数,類の分かれ方)はまったく同じである.変わるのは名前の付き方だけである.

6.2 積表(乗積表)の作り方

有限群のいちばん基本的な情報は,積表(multiplication table, group table)である.すべての元の組 $(A,B)$ に対して積 $AB$ を書き並べた表で,群の構造をこれ以上ないほど完全に記述する.

6.2.1 三角形の頂点を追跡する

行列を6×6=36回掛けるのは骨が折れる.もっと楽で,しかも間違えにくい方法がある.頂点に番号を振って,どこへ行くかを追うのである.$C_{3v}$ の対称操作は,正三角形の3頂点 $\{1,2,3\}$ の置換に1対1で対応する.

導出:$\sigma_v C_3 = \sigma_v'$ を頂点追跡で求める

約束(6.1節の注意)どおり,$\sigma_v C_3$ はまず $C_3$,次に $\sigma_v$ である.図6.2の上段を見ながら追う.

ステップ1:$C_3$(反時計まわり $120^\circ$)を施す.頂点の場所は方位角 $0^\circ, 120^\circ, 240^\circ$ の3つで固定しておき,そこに載っている番号が動くと考える.$C_3$ は番号を $1\to2\to3\to1$ の場所へ送る.すなわち

$$ \text{番号1: } 0^\circ \to 120^\circ, \qquad \text{番号2: } 120^\circ \to 240^\circ, \qquad \text{番号3: } 240^\circ \to 0^\circ $$

この時点で,場所 $0^\circ$ には番号3,場所 $120^\circ$ には番号1,場所 $240^\circ$ には番号2が載っている.

ステップ2:$\sigma_v$ を施す.$\sigma_v$ は場所 $0^\circ$ を含む鏡映面なので,場所 $0^\circ$ はそのまま,場所 $120^\circ$ と $240^\circ$ が入れ替わる(方位角 $\varphi \to -\varphi$ だから $120^\circ \to -120^\circ = 240^\circ$).したがって

$$ \text{場所 } 0^\circ: \text{番号3(そのまま)}, \qquad \text{場所 } 120^\circ: \text{番号2}, \qquad \text{場所 } 240^\circ: \text{番号1} $$

ステップ3:結果を1つの操作として読む.初めの配置は(場所 $0^\circ$, $120^\circ$, $240^\circ$)=(1, 2, 3)であった.最終配置は(3, 2, 1)である.つまり

$$ 1 \leftrightarrow 3, \qquad 2 \text{ は不動} $$

番号2を動かさず,1と3を入れ替える操作は何か.H2 を含む鏡映面 $\sigma_v'$ である.よって

$$ \begin{equation} \sigma_v\,C_3 = \sigma_v' \label{eq:6-svc3} \end{equation} $$

行列でも確かめる.

$$ \sigma_v C_3 = \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix} \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&-\frac12\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] -\frac{\sqrt3}{2}&\frac12\end{pmatrix} = \sigma_v' $$

(第2行は $(0,-1)$ と各列の内積なので,符号を反転させるだけである.)一致した.∎

1 2 3 初期配置 C₃ 3 1 2 C₃ のあと(緑線 = σv の面) σv 3 2 1 最終配置 σv′ の面 1 2 3 同じ初期配置 σv′ を1回だけ施す 3 2 1 同じ配置になる
図6.2 頂点追跡による積の求め方.上段:$C_3$ を施したのち $\sigma_v$ を施すと,番号2が不動で1と3が入れ替わる配置になる.下段:$\sigma_v'$(H2 を含む面)を1回施しても同じ配置になる.よって $\sigma_v C_3 = \sigma_v'$.三角形の場所は固定し,そこに載る番号が動くと考えるのがコツである.

記法ノート:置換で書くと機械的に計算できる

6つの元を,頂点番号の置換として書き直しておくと,積の計算が完全に機械的になる.巡回置換の記法で

$$ E = (\,), \quad C_3 = (1\,2\,3), \quad C_3^2 = (1\,3\,2), \quad \sigma_v = (2\,3), \quad \sigma_v' = (1\,3), \quad \sigma_v'' = (1\,2) $$

ここで $(1\,2\,3)$ は「$1\to2$, $2\to3$, $3\to1$」,$(2\,3)$ は「$2\leftrightarrow3$,$1$ は不動」を意味する.$\sigma_v$ が $(2\,3)$ なのは,H1 を含む面での鏡映が H1 を動かさず H2, H3 を入れ替えるからである.

積 $AB$ は「$B$ を施してから $A$」なので,$x \mapsto A(B(x))$ と合成すればよい.例:$\sigma_v C_3$ は $1 \xrightarrow{C_3} 2 \xrightarrow{\sigma_v} 3$,$2 \xrightarrow{C_3} 3 \xrightarrow{\sigma_v} 2$,$3 \xrightarrow{C_3} 1 \xrightarrow{\sigma_v} 1$.まとめると $1\to3$, $2\to2$, $3\to1$,すなわち $(1\,3) = \sigma_v'$.式 \eqref{eq:6-svc3} と一致する.

この対応は,$C_{3v}$ が3文字の対称群 $S_3$(3個のものの並べ替え全部,$3!=6$ 通り)と同じ構造を持つことを示している.6.7節で「同型」として定式化する.

6.2.2 $C_{3v}$ の積表

同じ要領で36個の積をすべて求めると,次の表が得られる.行が左の因子 $A$,列が右の因子 $B$,交点が $AB$($B$ が先)である.

表6.1 $C_{3v}$ の積表.交点の値は $AB$(先に $B$,次に $A$)
$A \backslash B$$E$$C_3$$C_3^2$$\sigma_v$$\sigma_v'$$\sigma_v''$
$E$$E$$C_3$$C_3^2$$\sigma_v$$\sigma_v'$$\sigma_v''$
$C_3$$C_3$$C_3^2$$E$$\sigma_v''$$\sigma_v$$\sigma_v'$
$C_3^2$$C_3^2$$E$$C_3$$\sigma_v'$$\sigma_v''$$\sigma_v$
$\sigma_v$$\sigma_v$$\sigma_v'$$\sigma_v''$$E$$C_3$$C_3^2$
$\sigma_v'$$\sigma_v'$$\sigma_v''$$\sigma_v$$C_3^2$$E$$C_3$
$\sigma_v''$$\sigma_v''$$\sigma_v$$\sigma_v'$$C_3$$C_3^2$$E$

例題6.2 表6.1のいくつかの成分を自分で確かめる

次の積を,置換の合成と行列の両方で確かめよ.(a) $C_3\sigma_v$ (b) $\sigma_v'\sigma_v$ (c) $\sigma_v''C_3^2$

解答.(a) $C_3\sigma_v$(先に $\sigma_v=(2\,3)$,次に $C_3=(1\,2\,3)$).

$$ 1 \xrightarrow{\sigma_v} 1 \xrightarrow{C_3} 2, \qquad 2 \xrightarrow{\sigma_v} 3 \xrightarrow{C_3} 1, \qquad 3 \xrightarrow{\sigma_v} 2 \xrightarrow{C_3} 3 $$

$1\to2$, $2\to1$, $3\to3$ なので $(1\,2) = \sigma_v''$.表6.1の $C_3$ 行 $\sigma_v$ 列 = $\sigma_v''$ ✓.行列では例題6.1の (1) で確かめた通りである.

(b) $\sigma_v'\sigma_v$(先に $\sigma_v=(2\,3)$,次に $\sigma_v'=(1\,3)$).

$$ 1 \to 1 \to 3, \qquad 2 \to 3 \to 1, \qquad 3 \to 2 \to 2 $$

$1\to3$, $3\to2$, $2\to1$ なので $(1\,3\,2) = C_3^2$.表6.1の $\sigma_v'$ 行 $\sigma_v$ 列 = $C_3^2$ ✓.

幾何学的にも納得できる.2枚の鏡映面の方位角の差が $\Delta\theta$ のとき,それらを続けて施すと角 $2\Delta\theta$ の回転になる(回す向きは掛ける順序で決まる).ここでは $\sigma_v$($\theta=0^\circ$)と $\sigma_v'$($\theta=120^\circ$)で $\Delta\theta=120^\circ$ だから $2\Delta\theta = 240^\circ$,すなわち $C_3^2$ である.なお鏡映面は原点を通る面($xy$ 面内では $180^\circ$ 周期の直線)なので,この2枚が幾何学的になす角そのものは $60^\circ$ であり,回転角の大きさ $120^\circ$($240^\circ \equiv -120^\circ$)と矛盾しない.式 \eqref{eq:6-mirror} を使って一般に示すこともできる:

$$ \sigma(\theta_1)\sigma(\theta_2) = \begin{pmatrix}\cos2\theta_1 & \sin2\theta_1\\ \sin2\theta_1 & -\cos2\theta_1\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\cos2\theta_2 & \sin2\theta_2\\ \sin2\theta_2 & -\cos2\theta_2\end{pmatrix} $$

第1行第1列は $\cos2\theta_1\cos2\theta_2 + \sin2\theta_1\sin2\theta_2 = \cos2(\theta_1-\theta_2)$.第1行第2列は $\cos2\theta_1\sin2\theta_2 - \sin2\theta_1\cos2\theta_2 = -\sin2(\theta_1-\theta_2)$.同様に計算すると

$$ \sigma(\theta_1)\sigma(\theta_2) = \begin{pmatrix}\cos2(\theta_1-\theta_2) & -\sin2(\theta_1-\theta_2)\\ \sin2(\theta_1-\theta_2) & \cos2(\theta_1-\theta_2)\end{pmatrix} $$

これは角 $2(\theta_1-\theta_2)$ の回転行列そのものである.$\theta_1=120^\circ, \theta_2=0^\circ$ なら回転角 $240^\circ$ = $C_3^2$.✓

(c) $\sigma_v''C_3^2$(先に $C_3^2=(1\,3\,2)$,次に $\sigma_v''=(1\,2)$).$1\to3\to3$,$2\to1\to2$,$3\to2\to1$ なので $(1\,3)=\sigma_v'$.表6.1の $\sigma_v''$ 行 $C_3^2$ 列 = $\sigma_v'$ ✓.∎

積表からすぐ読み取れること

たった1つの表が,これから展開するすべての概念の種を含んでいる.

6.3 再配列定理

定理6.1(再配列定理, rearrangement theorem)

有限群 $G = \{E, A_2, A_3, \dots, A_h\}$ の任意の元 $X \in G$ に対して,

$$ XG \equiv \{XE, XA_2, XA_3, \dots, XA_h\} $$

は,順序こそ変わるが,集合としては $G$ そのものと一致する.すなわち群の各元がちょうど1回ずつ現れる.右から掛ける場合 $GX$ についても同様である.

証明

ステップ1:$XG \subseteq G$.閉性より $XA_i \in G$.よって $XG$ は $G$ の部分集合である.

ステップ2:$XG$ に重複がない.もし $XA_i = XA_j$ だったとする.両辺に左から $X^{-1}$ を掛けると(逆元の公理よりこれが存在する)

$$ X^{-1}(XA_i) = X^{-1}(XA_j) $$

結合則を使って括弧を付け替えると $(X^{-1}X)A_i = (X^{-1}X)A_j$,すなわち $EA_i = EA_j$,したがって $A_i = A_j$.

つまり $i\ne j$ なら $XA_i \ne XA_j$.$XG$ は互いに異なる $h$ 個の元からなる.

ステップ3:結論.$XG$ は $G$(元の個数 $h$)の部分集合で,元の個数がやはり $h$.有限集合なので $XG = G$.∎

別の見方.任意の $B \in G$ に対し,$XA = B$ を満たす $A$ は $A = X^{-1}B$ ただひとつである(存在も一意性も逆元の公理から従う).だから $XG$ の中に $B$ はちょうど1回現れる.この言い方のほうが「行のどこに $B$ があるか」を直接答えている.

例題6.3 表6.1で再配列定理を確認する

表6.1の各行を読み上げてみる.

行(左の因子 $X$)その行に現れる元の並び6元すべて?
$E$$E,\ C_3,\ C_3^2,\ \sigma_v,\ \sigma_v',\ \sigma_v''$✓
$C_3$$C_3,\ C_3^2,\ E,\ \sigma_v'',\ \sigma_v,\ \sigma_v'$✓
$C_3^2$$C_3^2,\ E,\ C_3,\ \sigma_v',\ \sigma_v'',\ \sigma_v$✓
$\sigma_v$$\sigma_v,\ \sigma_v',\ \sigma_v'',\ E,\ C_3,\ C_3^2$✓
$\sigma_v'$$\sigma_v',\ \sigma_v'',\ \sigma_v,\ C_3^2,\ E,\ C_3$✓
$\sigma_v''$$\sigma_v'',\ \sigma_v,\ \sigma_v',\ C_3,\ C_3^2,\ E$✓

列についても同様に確かめられる.積表はラテン方格(Latin square, 各記号が各行各列にちょうど1回ずつ)になっている.∎

実用上の意味:積表を手で作ったとき,行または列に同じ元が2回現れたら,それは計算間違いである.再配列定理は最良の検算法である.

なぜ大事か:総和の付け替えができるようになる

再配列定理の本当の威力は,第7章・第8章の直交定理の証明で発揮される.群の全元にわたる和

$$ S = \sum_{A \in G} f(A) $$

を考えるとき,$A$ を $XA$ で置き換えても和は変わらない:

$$ \begin{equation} \sum_{A \in G} f(XA) = \sum_{A \in G} f(A) \qquad (\text{任意の } X \in G) \label{eq:6-rearr-sum} \end{equation} $$

なぜなら,$A$ が $G$ 全体を走るとき $XA$ もまた $G$ 全体を(順番は違うが)走るからである.有限個の和では足す順番は結果に影響しない.

大直交定理(第7章)の証明は,この付け替えを1回使うだけで本質が終わる.「群の元全部について和を取る」という操作が対称性を持つ,というのが群論の計算技術のいちばんの土台である.

6.4 可換群と非可換群

定義:可換群(Abel群)

すべての元の組について $AB = BA$ が成り立つ群を可換群(commutative group)またはAbel群(Abelian group)という.そうでない群を非可換群(non-Abelian group)という.

可換群の積表は,主対角線について対称である.

例題6.4 $C_{3v}$ は非可換であることを示す

表6.1から2つの積を拾う.

$$ \sigma_v C_3 = \sigma_v', \qquad C_3 \sigma_v = \sigma_v'' $$

$\sigma_v' \ne \sigma_v''$ なので $\sigma_v C_3 \ne C_3 \sigma_v$.よって $C_{3v}$ は非可換群である.

行列でも確かめる.

$$ \sigma_v C_3 = \begin{pmatrix}-\frac12&-\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] -\frac{\sqrt3}{2}&\frac12\end{pmatrix}, \qquad C_3 \sigma_v = \begin{pmatrix}-\frac12&\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&\frac12\end{pmatrix} $$

非対角成分の符号が逆で,たしかに別の行列である.∎

幾何学的な理解.$\sigma_v C_3$ は「三角形を $120^\circ$ 回してから,固定された $0^\circ$ の面で折り返す」.$C_3\sigma_v$ は「$0^\circ$ の面で折り返してから,$120^\circ$ 回す」.回転してしまうと,その後に使う鏡映面との相対的な位置関係が変わってしまう.だから順序が効く.日常の例では「北を向いてから右を向く」と「右を向いてから北を向く」が違うのと同じことである.

可換な点群・非可換な点群

群位数可換か理由
$C_n$($n$ 回回転のみ)$n$可換同じ軸まわりの回転どうしは角度が足し算になるだけ
$C_i = \{E, i\}$2可換位数2の群はすべて可換
$C_{2v} = \{E, C_2, \sigma_v, \sigma_v'\}$4可換すべての元が $X^2=E$(演習6.3参照)
$C_{3v}$6非可換回転軸と,それを含む鏡映面が混ざる
$C_{4v},\ D_3,\ D_4,\ T_d,\ O_h$8, 6, 8, 24, 48非可換同上,または軸が複数本ある

一般に,位数5以下の群はすべて可換である.最小の非可換群が,まさに位数6の $C_{3v}$($\cong S_3 \cong D_3$)である.本章の主役に $C_{3v}$ を選んだ理由の一つがこれである.非可換性という群論のいちばん面白い部分を,最小の労力で味わえる.

物理的意味:非可換性と縮退

先取りになるが,可換か非可換かは物理に直結する.可換群の既約表現はすべて1次元である.したがって可換な点群を持つ系では,対称性による縮退(symmetry-required degeneracy)は起こらない.逆に,2次元以上の既約表現を持つのは非可換群だけであり,そのとき初めて「対称性が要求する縮退」が現れる.

$C_{3v}$ は2次元既約表現 $E$ を持つ(第8章).これが,$\mathrm{NH_3}$ の $p_x, p_y$ 軌道の縮退や,$C_{3v}$ 対称場での振動モードの2重縮退の起源である.逆に $C_{2v}$(可換)の分子では,すべての準位が非縮退になる.

量子力学における縮退の起源が群の非可換性である,というのは深い事実で,6.8節でその入口に立つ.

6.5 部分群・剰余類・Lagrangeの定理

6.5.1 部分群

定義:部分群(subgroup)

群 $G$ の部分集合 $H \subseteq G$ が,$G$ と同じ積のもとでそれ自身群になっているとき,$H$ を $G$ の部分群という.

$H = \{E\}$ と $H = G$ は常に部分群であり,自明な部分群(trivial subgroup)と呼ばれる.それ以外を真部分群という.

有限群の場合,空でない部分集合 $H$ が部分群であるかどうかは閉性だけ確認すればよい(空集合は閉性を自明に満たすが,単位元を含まないので群ではない).結合則は $G$ から受け継ぎ,閉性から $A, A^2, A^3, \dots$ がすべて $H$ に入るが,有限なのでいつか $A^n = A^m$($n>m$)となり $A^{n-m}=E$,したがって $E \in H$ かつ $A^{-1}=A^{n-m-1} \in H$ が出るからである.

定義:元の位数(order of an element)

$A \in G$ に対して $A^n = E$ となる最小の正整数 $n$ を,元 $A$ の位数という.

このとき $\{E, A, A^2, \dots, A^{n-1}\}$ は位数 $n$ の部分群になる.これを $A$ が生成する巡回部分群(cyclic subgroup)という.

例題6.5 $C_{3v}$ の部分群をすべて求める

ステップ1:各元の位数を求める.

元べき乗位数生成する巡回部分群
$E$$E^1=E$1$\{E\}$
$C_3$$C_3^2 \ne E$, $C_3^3=E$3$\{E, C_3, C_3^2\}$
$C_3^2$$(C_3^2)^2 = C_3$, $(C_3^2)^3=E$3$\{E, C_3, C_3^2\}$
$\sigma_v$$\sigma_v^2 = E$2$\{E, \sigma_v\}$
$\sigma_v'$$\sigma_v'^2 = E$2$\{E, \sigma_v'\}$
$\sigma_v''$$\sigma_v''^2 = E$2$\{E, \sigma_v''\}$

ステップ2:巡回でない部分群がないか調べる.位数4や位数5の部分群がありうるか.6.5.3節のLagrangeの定理(定理6.2)を先に使えば,位数は6の約数,すなわち $1,2,3,6$ に限られるので,位数4, 5は不可能である.位数3の部分群は,位数3の元を含まねばならず(位数2の元だけでは $\{E,\sigma,\sigma^2=E\}$ で2元しかできない),$\{E, C_3, C_3^2\}$ しかない.位数2の部分群は $\{E, X\}$ with $X^2=E$ の形で,$X$ は3つの鏡映のいずれか.

結論:$C_{3v}$ の部分群は次の6個である.

部分群位数 $h_H$指数 $h/h_H$記号
$\{E\}$16$C_1$
$\{E, \sigma_v\}$23$C_s$
$\{E, \sigma_v'\}$23$C_s$
$\{E, \sigma_v''\}$23$C_s$
$\{E, C_3, C_3^2\}$32$C_3$
$\{E, C_3, C_3^2, \sigma_v, \sigma_v', \sigma_v''\}$61$C_{3v}$

位数は $1, 2, 2, 2, 3, 6$.すべて6の約数になっている.これは偶然ではなく,次に示すLagrangeの定理の帰結である.∎

なお $\{E, \sigma_v, \sigma_v'\}$ は部分群ではない.閉性が破れるからで,表6.1より $\sigma_v'\sigma_v = C_3^2 \notin \{E,\sigma_v,\sigma_v'\}$ である.閉性の確認を省いてはいけない好例である.

6.5.2 剰余類

定義:剰余類(coset)

$H = \{H_1=E, H_2, \dots, H_{h_H}\}$ を $G$ の部分群(位数 $h_H$),$X \in G$ を任意の元とする.

$X \in H$ のときは $XH = H$(再配列定理を $H$ の中で使えばよい).$X \notin H$ のとき,剰余類は部分群ではない($E$ を含まないから).

導出:$H = \{E, \sigma_v\}$ の剰余類をすべて書き出す

表6.1を使って計算する.$H=\{E,\sigma_v\}$,位数2.

左剰余類 $XH$を,6つの $X$ すべてについて書き出す.$XH = \{X\cdot E,\ X\cdot\sigma_v\} = \{X,\ X\sigma_v\}$ なので,表6.1の $\sigma_v$ 列を読めばよい.

異なる左剰余類は3つ:

$$ \{E, \sigma_v\}, \qquad \{C_3, \sigma_v''\}, \qquad \{C_3^2, \sigma_v'\} $$

これらは互いに交わらず,合わせて $G$ 全体(6元)を覆っている.$3 \times 2 = 6$ ✓

右剰余類 $HX = \{X,\ \sigma_v X\}$ は,表6.1の $\sigma_v$ 行を読む.$\sigma_v C_3 = \sigma_v'$(式 \eqref{eq:6-svc3}),$\sigma_v C_3^2 = \sigma_v''$ だから,異なる右剰余類も3つ:

$$ \{E, \sigma_v\}, \qquad \{C_3, \sigma_v'\}, \qquad \{C_3^2, \sigma_v''\} $$

左剰余類と右剰余類が一致していない!$\{C_3, \sigma_v''\}$ と $\{C_3, \sigma_v'\}$ は別の集合である.∎

この「一致するかしないか」が,6.7節の正規部分群の定義そのものになる.$\{E,\sigma_v\}$ は正規部分群ではない.

左剰余類 XH (H = { E , σv },位数 2) 右剰余類 HX EH = { E , σv } C₃H = { C₃ , σv″ } C₃²H = { C₃² , σv′ } HE = { E , σv } HC₃ = { C₃ , σv′ } HC₃² = { C₃² , σv″ } ≠ ≠ = どちらも 3 個 × 位数 2 = 6 で群全体をちょうど覆う(Lagrange).しかし左と右の分け方は一致しない = {E, σv} は正規部分群ではない.
図6.3 部分群 $H=\{E,\sigma_v\}$ による $C_{3v}$ の剰余類分解.左剰余類も右剰余類も群を3つの2元集合に分割する(Lagrangeの定理).しかし $\sigma_v'$ と $\sigma_v''$ の入り方が左右で入れ替わっており,両者は一致しない.この不一致が「正規でない」ことの意味である.

6.5.3 Lagrangeの定理

定理6.2(Lagrangeの定理)

有限群 $G$(位数 $h$)の任意の部分群 $H$(位数 $h_H$)について,$h_H$ は $h$ の約数である.すなわち

$$ \begin{equation} \frac{h}{h_H} = \ell \quad (\ell \text{ は正整数}) \label{eq:6-lagrange} \end{equation} $$

この $\ell$ を $H$ の指数(index)といい,$[G:H]$ と書く.

証明 —— 剰余類が $G$ を「同じ大きさの箱」に分ける

3つの補題を順に示す.

補題1:どの元も少なくとも1つの左剰余類に属する.
任意の $X \in G$ に対し,$E \in H$ だから $X = XE \in XH$.よって $X$ は自分自身が作る剰余類 $XH$ に入っている.したがって剰余類全体の和集合は $G$ に一致する.

補題2:2つの左剰余類は,完全に一致するか,まったく交わらないかのどちらかである.
$XH$ と $YH$ が共通元 $Z$ を持つとする.すると,ある $H_i, H_j \in H$ が存在して

$$ Z = X H_i = Y H_j $$

この式の右側の等号の両辺に,右から $H_i^{-1}$ を掛ける($H$ は群なので $H_i^{-1}\in H$):

$$ X H_i H_i^{-1} = Y H_j H_i^{-1} \quad\Longrightarrow\quad X = Y (H_j H_i^{-1}) $$

ここで $H_j H_i^{-1} \in H$(閉性)なので,これを $H_k$ と書けば $X = YH_k$.よって

$$ XH = (YH_k)H = Y(H_k H) = YH $$

最後の等号で,$H$ の中で再配列定理(定理6.1)を使った:$H_k H = H$ である.したがって $XH$ と $YH$ は完全に一致する.共通元が1つでもあれば全部一致するのだから,対偶を取れば「一致しないなら交わらない」.

補題3:どの左剰余類も元の個数がちょうど $h_H$ 個である.
$XH = \{XH_1, XH_2, \dots, XH_{h_H}\}$ の中に重複がないことを示せばよい.$XH_i = XH_j$ なら,左から $X^{-1}$ を掛けて $H_i = H_j$.よって $i \ne j$ なら別の元.ちょうど $h_H$ 個である.

結論.補題1・2より,$G$ は互いに交わらない左剰余類の和に分解される.その個数を $\ell$ とすると,補題3より各剰余類の元数は $h_H$.したがって

$$ h = \ell \times h_H $$

$\ell$ は正の整数だから,$h_H$ は $h$ の約数である.∎

例題6.6 $C_{3v}$ でLagrangeの定理を確認する

例題6.5で求めた部分群の位数は $1, 2, 2, 2, 3, 6$ であった.$h=6$ の約数は $1,2,3,6$ であり,すべてこの中に入っている.✓

指数はそれぞれ $6/1=6$,$6/2=3$,$6/3=2$,$6/6=1$.

実際,$H=\{E,\sigma_v\}$(位数2,指数3)の左剰余類は3つあった(6.5.2節).$H=\{E,C_3,C_3^2\}$(位数3,指数2)については

$$ EH = \{E, C_3, C_3^2\}, \qquad \sigma_v H = \{\sigma_v,\; \sigma_v C_3,\; \sigma_v C_3^2\} = \{\sigma_v, \sigma_v', \sigma_v''\} $$

で,たしかに2つに分かれる.$2\times3=6$ ✓ ∎

逆は成り立たないことに注意したい.「$h$ の約数 $d$ に対して,必ず位数 $d$ の部分群があるか」といえば,一般には否である(位数12の交代群 $A_4$ には位数6の部分群がない).ただし $d$ が素数の場合は必ず存在する(Cauchyの定理).

系:位数が素数の群は巡回群であり,真部分群を持たない

Lagrangeの定理には強力な系がいくつもある.

系1:元の位数は群の位数の約数である.元 $A$ の位数を $n$ とすると,$\{E,A,\dots,A^{n-1}\}$ は位数 $n$ の部分群だから,定理6.2より $n \mid h$.$C_{3v}$ では元の位数が $1,2,3$ で,すべて6の約数 ✓

系2:すべての元について $A^h = E$.系1より $h = mn$($n$ は $A$ の位数)と書けるので $A^h = (A^n)^m = E^m = E$.$C_{3v}$ なら $C_3^6 = (C_3^3)^2 = E$,$\sigma_v^6 = (\sigma_v^2)^3 = E$ ✓

系3:位数が素数 $p$ の群は,$\{E\}$ と自分自身以外の部分群を持たず,しかも任意の $A \ne E$ で生成される巡回群 $C_p$ である.部分群の位数は $p$ の約数なので $1$ か $p$ しかない.$A\ne E$ の生成する巡回部分群は位数 $\ge 2$ なので位数 $p$,つまり全体.

この系3は「位数 $p$ の群は本質的に1種類しかない」ことを意味する.分子や結晶で位数2や位数3の対称性しかなければ,その群構造はもう決まってしまう,ということである.

6.6 共役と類

6.6.1 共役の定義

定義:共役(conjugate)と類(conjugacy class)

群の元 $A, B, X$ について

$$ B = X A X^{-1} $$

となる $X \in G$ が存在するとき,$B$ は $A$ に共役であるという.

互いに共役な元をすべて集めた集合を類(conjugacy class, 共役類)という.群は互いに交わらない類の和に分割される.

導出:共役は同値関係である(だから群がきれいに分割される)

「$A \sim B$(共役)」が同値関係であることを確認する.同値関係の3条件は反射律・対称律・推移律である.

反射律 $A\sim A$:$X=E$ とすれば $EAE^{-1} = A$.✓

対称律($A\sim B$ なら $B \sim A$):$B = XAX^{-1}$ の両辺に左から $X^{-1}$,右から $X$ を掛ける.

$$ X^{-1} B X = X^{-1}(XAX^{-1})X = (X^{-1}X)A(X^{-1}X) = A $$

$Y = X^{-1}$ と置けば $A = YBY^{-1}$.✓

推移律($A\sim B$ かつ $B \sim C$ なら $A \sim C$):$B = XAX^{-1}$,$C = YBY^{-1}$ とすると

$$ C = Y(XAX^{-1})Y^{-1} = (YX)A(X^{-1}Y^{-1}) = (YX)A(YX)^{-1} $$

ここで $(YX)^{-1} = X^{-1}Y^{-1}$(順序が逆になることに注意.$(YX)(X^{-1}Y^{-1}) = Y(XX^{-1})Y^{-1} = YY^{-1}=E$ で確認できる).$Z=YX \in G$ と置けば $C = ZAZ^{-1}$.✓

同値関係であるから,群は類にもれなく重複なく分割される.∎

6.6.2 $C_{3v}$ の類をすべての共役計算で求める

ここが本章の山場である.省略せずに,$18$ 通りの共役をすべて計算する.逆元は $E^{-1}=E$,$C_3^{-1}=C_3^2$,$(C_3^2)^{-1}=C_3$,$\sigma^{-1}=\sigma$(3枚とも)であった.以下の積はすべて表6.1から読む.

計算1:単位元 $E$ の類

任意の $X$ について

$$ X E X^{-1} = X X^{-1} = E $$

どの $X$ を取っても $E$ に戻る.よって

$$ \boxed{\ \text{類 } \mathcal{C}_1 = \{E\}\ } $$

単位元はいつでも自分だけで1つの類をなす.∎

計算2:$C_3$ の共役をすべて計算する

$XC_3X^{-1}$ を $X = E, C_3, C_3^2, \sigma_v, \sigma_v', \sigma_v''$ の6通りについて求める.

(i) $X=E$:$EC_3E = C_3$.

(ii) $X=C_3$($X^{-1}=C_3^2$):まず $C_3 C_3 = C_3^2$(表6.1,$C_3$ 行 $C_3$ 列).次に

$$ C_3^2 \cdot C_3^2 = C_3 \quad (\text{表6.1,}C_3^2\text{ 行 }C_3^2\text{ 列}) $$

よって $C_3 C_3 C_3^2 = C_3$.

(iii) $X=C_3^2$($X^{-1}=C_3$):$C_3^2 C_3 = E$,続いて $E \cdot C_3 = C_3$.よって $C_3$.

($C_3$ どうしは可換なので当然である.同じ軸まわりの回転は互いに交換する.)

(iv) $X=\sigma_v$($X^{-1}=\sigma_v$):まず $\sigma_v C_3 = \sigma_v'$($\sigma_v$ 行 $C_3$ 列).次に

$$ \sigma_v' \cdot \sigma_v = C_3^2 \quad (\sigma_v'\text{ 行 }\sigma_v\text{ 列}) $$

よって $\sigma_v C_3 \sigma_v = C_3^2$.

(v) $X=\sigma_v'$:$\sigma_v' C_3 = \sigma_v''$($\sigma_v'$ 行 $C_3$ 列).続いて $\sigma_v'' \sigma_v' = C_3^2$($\sigma_v''$ 行 $\sigma_v'$ 列).よって $C_3^2$.

(vi) $X=\sigma_v''$:$\sigma_v'' C_3 = \sigma_v$($\sigma_v''$ 行 $C_3$ 列).続いて $\sigma_v \sigma_v'' = C_3^2$($\sigma_v$ 行 $\sigma_v''$ 列).よって $C_3^2$.

6通りの結果は $C_3, C_3, C_3, C_3^2, C_3^2, C_3^2$.異なるものを集めて

$$ \boxed{\ \text{類 } \mathcal{C}_2 = \{C_3,\ C_3^2\}\ } $$

∎ $C_3^2$ から出発しても同じ類が出る(対称律より当然).念のため $\sigma_v C_3^2 \sigma_v$ を確かめると,$\sigma_v C_3^2 = \sigma_v''$,$\sigma_v''\sigma_v = C_3$ で,たしかに $C_3$ になる.

計算3:$\sigma_v$ の共役をすべて計算する

$X\sigma_v X^{-1}$ を6通り.

(i) $X=E$:$\sigma_v$.

(ii) $X=C_3$($X^{-1}=C_3^2$):$C_3\sigma_v = \sigma_v''$($C_3$ 行 $\sigma_v$ 列).続いて

$$ \sigma_v'' \cdot C_3^2 = \sigma_v' \quad (\sigma_v''\text{ 行 }C_3^2\text{ 列}) $$

よって $C_3\sigma_vC_3^2 = \sigma_v'$.

(iii) $X=C_3^2$($X^{-1}=C_3$):$C_3^2\sigma_v = \sigma_v'$($C_3^2$ 行 $\sigma_v$ 列).続いて $\sigma_v' C_3 = \sigma_v''$.よって $\sigma_v''$.

(iv) $X=\sigma_v$:$\sigma_v\sigma_v\sigma_v = E\sigma_v = \sigma_v$.

(v) $X=\sigma_v'$:$\sigma_v'\sigma_v = C_3^2$($\sigma_v'$ 行 $\sigma_v$ 列).続いて $C_3^2\sigma_v' = \sigma_v''$($C_3^2$ 行 $\sigma_v'$ 列).よって $\sigma_v''$.

(vi) $X=\sigma_v''$:$\sigma_v''\sigma_v = C_3$($\sigma_v''$ 行 $\sigma_v$ 列).続いて $C_3\sigma_v'' = \sigma_v'$($C_3$ 行 $\sigma_v''$ 列).よって $\sigma_v'$.

結果は $\sigma_v, \sigma_v', \sigma_v'', \sigma_v, \sigma_v'', \sigma_v'$.異なるものを集めて

$$ \boxed{\ \text{類 } \mathcal{C}_3 = \{\sigma_v,\ \sigma_v',\ \sigma_v''\}\ } $$

∎

$$ \begin{equation} C_{3v} = \underbrace{\{E\}}_{\mathcal{C}_1} \cup \underbrace{\{C_3, C_3^2\}}_{\mathcal{C}_2} \cup \underbrace{\{\sigma_v,\sigma_v',\sigma_v''\}}_{\mathcal{C}_3}, \qquad 1 + 2 + 3 = 6 \label{eq:6-classes} \end{equation} $$

これが,指標表の見出しに「$E$,$2C_3$,$3\sigma_v$」と書かれているものの正体である.$C_{3v}$ の類は3つ.第8章で「既約表現の個数 = 類の個数」を示すので,$C_{3v}$ の既約表現はちょうど3つ($A_1, A_2, E$)だと,いまの計算だけからもう予言できる.

なぜ:類 = 幾何学的に同じ種類の操作

式 \eqref{eq:6-classes} の分かれ方には,はっきりした幾何学的意味がある.

共役 $XAX^{-1}$ が意味しているのは「座標系を $X$ で取り替えたときに,操作 $A$ がどう見えるか」である.右から $X^{-1}$ で新しい座標系から古い座標系に移し,$A$ を施し,$X$ で新しい座標系に戻す.だから,共役な2つの操作は「同じ操作を違う向きから見たもの」にほかならない.

実際,計算3の (ii) は $C_3\sigma_v C_3^{-1} = \sigma_v'$ と読める.これは「三角形を $-120^\circ$(=$C_3^{-1}$)回してから $\sigma_v$ の面で折り返し,$C_3$ で戻す」=「はじめから隣の面 $\sigma_v'$ で折り返す」ということである.図6.1(b) を見ながらこの一文を追ってほしい.

逆に,$\sigma_v$ と $C_3$ が共役でないのは,鏡映($\det=-1$)と回転($\det=+1$)が幾何学的に別物だからである.実際 $\det(XAX^{-1}) = \det X \det A (\det X)^{-1} = \det A$ なので,共役な元は行列式が等しい.同じ理由で,共役な元はトレースも等しい(第4章4.1.2節の数学ノート).これが「同じ類の元は同じ指標を持つ」(第8章)の根拠である.

定理6.3 類に含まれる元の個数は群の位数の約数である

元 $A$ の中心化群(centralizer)を

$$ Z(A) = \{X \in G \mid XA = AX\} $$

($A$ と可換な元全体)とすると,$Z(A)$ は $G$ の部分群であり,$A$ の類に含まれる元の個数は指数 $[G:Z(A)] = h/\abs{Z(A)}$ に等しい.Lagrangeの定理よりこれは $h$ の約数である.

証明の要点と $C_{3v}$ での確認

証明の要点.$XAX^{-1} = YAY^{-1}$ となる条件を調べる.両辺に左から $Y^{-1}$,右から $Y$ を掛けると $(Y^{-1}X)A(Y^{-1}X)^{-1} = A$,すなわち $Y^{-1}X \in Z(A)$,つまり $X \in YZ(A)$.逆も言える.したがって「同じ共役元を与える $X$ 全体」=「$Z(A)$ の1つの左剰余類」である.異なる共役元の個数=剰余類の個数=指数 $[G:Z(A)]$.∎

$C_{3v}$ で確認する.

元 $A$$Z(A)$($A$ と可換な元)$\abs{Z(A)}$指数 $6/\abs{Z(A)}$実際の類の大きさ
$E$$C_{3v}$ 全体611 ✓
$C_3$$\{E, C_3, C_3^2\}$322 ✓
$\sigma_v$$\{E, \sigma_v\}$233 ✓

$Z(C_3)$ に鏡映が入らないのは,計算2の (iv)–(vi) で $\sigma C_3 \sigma = C_3^2 \ne C_3$ となったからである.$Z(\sigma_v)$ に $C_3$ が入らないのは,計算3の (ii) で $C_3\sigma_vC_3^{-1} = \sigma_v' \ne \sigma_v$ となったからである.すべて自分たちの手計算と整合している.

注意:類は部分群ではない

$\mathcal{C}_2 = \{C_3, C_3^2\}$ は部分群ではない.$E$ を含まないからである($C_3 C_3^2 = E \notin \mathcal{C}_2$ なので閉性も破れている).同様に $\mathcal{C}_3 = \{\sigma_v,\sigma_v',\sigma_v''\}$ も部分群ではない.

「部分群」と「類」はまったく別の分け方である.混同しやすいので整理しておく.

部分群類
定義それ自体が群になる部分集合互いに共役な元の集合
$E$ を含むか必ず含む$\{E\}$ 以外は含まない
群を分割するかしない(重なる)する(もれなく重複なく)
大きさ$h$ の約数$h$ の約数
$C_{3v}$ での個数6個3個

ただし例外的に,$E$ を含む類の和が部分群になることがある.それが次節の正規部分群である.

6.7 正規部分群・剰余群・準同型

6.7.1 正規部分群

定義:正規部分群(normal subgroup, 不変部分群)

部分群 $N \subseteq G$ が,すべての $X \in G$ について

$$ XNX^{-1} = N $$

を満たすとき,$N$ を正規部分群(invariant subgroup ともいう)といい,$N \triangleleft G$ と書く.

同値な言い換えがいくつもある.

例題6.7 $C_{3v}$ の正規部分群を求める

方法1:類の和かどうかで判定する.$C_{3v}$ の類は $\mathcal{C}_1=\{E\}$,$\mathcal{C}_2=\{C_3,C_3^2\}$,$\mathcal{C}_3=\{\sigma_v,\sigma_v',\sigma_v''\}$ であった.部分群であって,かつ類の和になっているものを探す.

部分群類の和か正規か
$\{E\}$$\mathcal{C}_1$正規 ✓
$\{E,\sigma_v\}$$\mathcal{C}_1$ + $\mathcal{C}_3$ の一部だけ正規でない ✗
$\{E,\sigma_v'\}$, $\{E,\sigma_v''\}$同上正規でない ✗
$\{E,C_3,C_3^2\}$$\mathcal{C}_1 \cup \mathcal{C}_2$正規 ✓
$C_{3v}$$\mathcal{C}_1\cup\mathcal{C}_2\cup\mathcal{C}_3$正規 ✓

方法2:定義通りに確かめる.$N = \{E, C_3, C_3^2\}$ について,$\sigma_v N \sigma_v^{-1}$ を計算する.$\sigma_v E\sigma_v = E$.計算2の (iv) より $\sigma_v C_3\sigma_v = C_3^2$.同様に $\sigma_v C_3^2\sigma_v = C_3$.よって

$$ \sigma_v N \sigma_v^{-1} = \{E, C_3^2, C_3\} = N \quad ✓ $$

$C_3$ や $C_3^2$ による共役でも $N$ の中で閉じている($N$ 自身が可換なので当然).したがって $N \triangleleft C_{3v}$.

一方 $H=\{E,\sigma_v\}$ については,計算3の (ii) より $C_3\sigma_vC_3^{-1} = \sigma_v' \notin H$.よって正規でない.6.5.2節で左右の剰余類が違ったこと(図6.3)と整合する.∎

補足:指数2の部分群は必ず正規

$[G:N]=2$ なら,左剰余類は $N$ と $G \setminus N$(残り)の2つしかない.右剰余類も同様に $N$ と $G\setminus N$.したがって左右が必ず一致し,$N$ は正規である.

$C_{3v}$ の $N=\{E,C_3,C_3^2\}$ は位数3・指数2なので,この理屈だけからも正規だとわかる.一般に,真の回転だけを集めた部分群は,鏡映を含む点群の中で常に指数2の正規部分群になる(のちの6.7.3節).

6.7.2 剰余群

定義:剰余群(factor group, quotient group)

$N \triangleleft G$ のとき,$N$ による剰余類全体の集合

$$ G/N = \{N,\; X_2N,\; X_3N,\; \dots,\; X_\ell N\} \qquad (\ell = [G:N]) $$

は,剰余類どうしの積 $(XN)(YN) = (XY)N$ によって,位数 $\ell$ の群になる.これを剰余群という.単位元は $N$ 自身である.

この積が矛盾なく定義できる(well-defined である)ためには $N$ が正規であることが必要である.実際,$N$ が正規なら $XNYN = XYNN = XYN$ と,$N$ を $Y$ の右へすり抜けさせられる.

例題6.8 $C_{3v}/C_3 \cong C_2$ を示す

$N = \{E, C_3, C_3^2\}$(これは点群 $C_3$ そのもの)とする.指数は $6/3=2$ なので,剰余類は2つである.

$$ N = \{E, C_3, C_3^2\}, \qquad M \equiv \sigma_v N = \{\sigma_v, \sigma_v', \sigma_v''\} $$

($\sigma_v N = \{\sigma_v E, \sigma_v C_3, \sigma_v C_3^2\} = \{\sigma_v, \sigma_v', \sigma_v''\}$.表6.1の $\sigma_v$ 行を読んだ.)

剰余群の積表を作る.

表6.2 剰余群 $C_{3v}/N$ の積表
$N$$M$
$N$$N$$M$
$M$$M$$N$

これは位数2の群の唯一の積表であり,$C_2 = \{E, C_2\}$ の積表と同じ形をしている($N \leftrightarrow E$,$M \leftrightarrow C_2$ と対応させればよい).したがって

$$ \begin{equation} C_{3v}\,/\,\{E,C_3,C_3^2\} \;\cong\; C_2 \label{eq:6-quotient} \end{equation} $$

∎ 直観的には,剰余群を作るとは「回転か鏡映か」という情報だけを残して,それ以外を捨てることである.$C_{3v}$ の6元を「$\det=+1$ の3個」と「$\det=-1$ の3個」の2つに粗視化した,と言ってもよい.

6.7.3 準同型と同型

定義:準同型・同型

2つの群 $G$ と $G'$ のあいだの写像 $\varphi: G \to G'$ が,すべての $A,B\in G$ について

$$ \varphi(AB) = \varphi(A)\varphi(B) $$

を満たすとき,$\varphi$ を準同型写像(homomorphism)という.「積の構造を保つ」ということである.

さらに $\varphi$ が1対1かつ上への写像(全単射)であるとき,同型写像(isomorphism)といい,$G \cong G'$ と書く.同型な2つの群は,元の名前が違うだけで,群としては同じものである.

準同型 $\varphi$ の核(kernel)を $\mathrm{Ker}\,\varphi = \{A \in G \mid \varphi(A) = E'\}$ で定義する.核は常に $G$ の正規部分群である.

C₃ᵥ(位数 6) E , C₃ , C₃² = 核 N(det = +1,真の回転) σv , σv′ , σv″ = 剰余類 M(det = −1,鏡映) φ = det C₂ ≅ {+1, −1}(位数 2) +1 −1 3 対 1 の写像だが,積の構造は保たれる(準同型).核は正規部分群になり,C₃ᵥ/N ≅ C₂ が成り立つ.
図6.4 行列式を取る写像 $\varphi(A)=\det A$ は,$C_{3v}$ から位数2の群 $C_2=\{+1,-1\}$ への準同型写像である.3個ずつの元がまとめて1点に写るので同型ではないが,積の構造は保たれる.核は $\{E,C_3,C_3^2\}$ で,これが正規部分群になっている.剰余群 $C_{3v}/N$ はちょうど $C_2$ に同型である(準同型定理).

例題6.9 $\varphi(A) = \det A$ は準同型である

$C_{3v}$ の各元にその行列式を対応させる写像を考える.

$$ \varphi(E)=\varphi(C_3)=\varphi(C_3^2) = +1, \qquad \varphi(\sigma_v)=\varphi(\sigma_v')=\varphi(\sigma_v'') = -1 $$

行列式の乗法性 $\det(AB) = \det A \cdot \det B$ より,$\varphi(AB) = \varphi(A)\varphi(B)$.これは準同型の定義そのものである.✓

行き先の群は $\{+1,-1\}$(積は普通の掛け算)で,これは位数2の群 $C_2$ に同型である.

核は $\varphi(A)=+1$ となる元の集合,すなわち $\mathrm{Ker}\,\varphi = \{E, C_3, C_3^2\} = N$.例題6.7で確かめたとおり,これは正規部分群であった.✓

そして式 \eqref{eq:6-quotient} が示すように $C_{3v}/N \cong C_2$.これは準同型定理(第一同型定理)

$$ G/\mathrm{Ker}\,\varphi \;\cong\; \mathrm{Im}\,\varphi $$

の具体例になっている.∎

この $\varphi$ は,第7章の言葉でいえば $C_{3v}$ の1次元表現 $A_2$ そのものである.群論の抽象的な準同型が,そのまま物理で使う表現になっている.核が $\{E\}$ だけではない(=1対1でない)準同型を非忠実(unfaithful)な表現といい,核が $\{E\}$ に限られる(=1対1である)ものを忠実(faithful)な表現という.本例の $\varphi=\det$ は核が $\{E,C_3,C_3^2\}$ と自明でないので,非忠実である.

例題6.10 $C_{3v} \cong S_3$(3文字の置換群)

6.2.1節の記法ノートで,$C_{3v}$ の6元を頂点の置換として書いた.この対応

$$ E \mapsto (\,),\quad C_3 \mapsto (1\,2\,3),\quad C_3^2\mapsto(1\,3\,2),\quad \sigma_v \mapsto (2\,3),\quad \sigma_v'\mapsto(1\,3),\quad \sigma_v''\mapsto(1\,2) $$

は1対1かつ上への写像で,しかも積を保つ(例題6.2でそれを使って積を計算した).3文字の置換は全部で $3!=6$ 個あり,上の右辺はそのすべてを尽くしている.したがって

$$ C_{3v} \cong S_3 $$

さらに,正三角形の対称性の群 $D_3$(3回軸と,それに垂直な3本の2回軸からなる位数6の群)も同じ構造を持つので

$$ C_{3v} \cong D_3 \cong S_3 $$

である(演習6.2).∎

これが「抽象群」という考え方である.$C_{3v}$(アンモニアの対称性),$D_3$($\alpha$-石英の点群 $32$),$S_3$(3個のものの並べ替え)は,物理的にはまったく違うものである.しかし群としては同一で,したがって指標表も同じ,既約表現の次元も同じ,選択則の形も同じになる.群論の計算を1度やれば,その結果はこれら全部に使えるということである.

位数6の群は2種類しかない

位数6の群は,同型を除いて $C_6$(巡回群,可換)と $S_3 \cong C_{3v} \cong D_3$(非可換)の2つだけである(Cauchyの定理より位数2の元 $a$ と位数3の元 $b$ があり,$aba^{-1}$ が $b$ なら $C_6$,$b^2$ なら $S_3$ になる).

表4.3で位数6の点群を探すと $C_6$, $C_{3i}=S_6$, $D_3=32$, $C_{3v}=3m$, $C_{3h}=\bar6$ の5つがある.このうち $C_6, S_6, C_{3h}$ は $C_6$ に同型(可換),$D_3$ と $C_{3v}$ が $S_3$ に同型(非可換)である.異なる点群でも抽象群としては同じことがあるという重要な事実がここに現れている.

6.8 群論と量子力学 — $[\Ham,\hat{R}]=0$

ここまでは純粋に数学の話だった.本節で,それが量子力学とつながる.この節の内容が,第7章以降のすべての出発点である.

6.8.1 対称操作を「関数に作用する演算子」にする

対称操作 $R$ は,点 $\rr$ を点 $R\rr$ に移す.しかし量子力学で扱いたいのは波動関数 $\psi(\rr)$ である.そこで,$R$ に対応して関数に作用する演算子 $\hat{R}$ を定義しなければならない.

定義:対称操作に対応する演算子

$$ \begin{equation} \hat{R}\,f(\rr) \equiv f(R^{-1}\rr) \label{eq:6-Rop} \end{equation} $$

すなわち,新しい関数 $\hat R f$ の点 $\rr$ での値は,もとの関数 $f$ の点 $R^{-1}\rr$ での値に等しい.

なぜ $R$ ではなく $R^{-1}$ なのか

初学者が必ずつまずくのが,式 \eqref{eq:6-Rop} の右辺に $R^{-1}$ が現れる点である.理由は2つある.

理由1(直観):関数のグラフを操作 $R$ で動かすことを考える.もとの関数が点 $\rr_0$ で山を持っていたとすると,動かしたあとは点 $R\rr_0$ に山があってほしい.新しい関数を $g$ とすると $g(R\rr_0) = f(\rr_0)$,つまり $\rr = R\rr_0$ と置いて $g(\rr) = f(R^{-1}\rr)$.式 \eqref{eq:6-Rop} である.

理由2(構造):$R^{-1}$ を入れておかないと,演算子の積が操作の積と同じ順序にならない.実際に確かめる.$g(\rr) \equiv \hat R_2 f(\rr) = f(R_2^{-1}\rr)$ と置くと

$$ \hat R_1 \hat R_2 f(\rr) = \hat R_1 g(\rr) = g(R_1^{-1}\rr) = f\!\left(R_2^{-1}R_1^{-1}\rr\right) $$

ここで逆行列の公式 $(R_1R_2)^{-1} = R_2^{-1}R_1^{-1}$ を使うと

$$ \hat R_1 \hat R_2 f(\rr) = f\!\left((R_1R_2)^{-1}\rr\right) = \widehat{R_1R_2}\,f(\rr) $$

すなわち

$$ \begin{equation} \hat R_1 \hat R_2 = \widehat{R_1 R_2} \label{eq:6-homom} \end{equation} $$

演算子の積が,群の積とぴたり対応した.$R^{-1}$ を入れずに $\hat Rf(\rr)=f(R\rr)$ と定義してしまうと,ここで順序が逆転してしまい(反準同型になる),以後の議論がすべて裏返る.

式 \eqref{eq:6-homom} は,$R \mapsto \hat R$ が準同型写像であることを言っている.これがまさに第7章でいう表現である.

6.8.2 $[\Ham,\hat R]=0$ の導出

導出:ポテンシャルが対称なら,ハミルトニアンは対称操作と可換

1粒子のハミルトニアンを

$$ \Ham = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\rr) $$

とする.$R$ が系の対称操作である,すなわち

$$ V(R^{-1}\rr) = V(\rr) \qquad (\text{すべての } \rr) $$

が成り立つとしよう($\mathrm{NH_3}$ なら,$V$ は原子核が作るポテンシャルで,$C_{3v}$ の6操作すべてに対しこれが成り立つ).このとき $[\Ham,\hat R]=0$ を示す.

ステップ1:$\hat R \Ham f$ を書き下す.定義 \eqref{eq:6-Rop} より,$\hat R(\Ham f)$ の点 $\rr$ での値は $(\Ham f)$ の点 $R^{-1}\rr$ での値である.$\rr' \equiv R^{-1}\rr$ と置くと

$$ \hat R (\Ham f)(\rr) = \left[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla_{\rr'}^2 f(\rr') + V(\rr')f(\rr')\right]_{\rr'=R^{-1}\rr} $$

ステップ2:Laplacianは直交変換で不変である.$R$ は直交行列($R^{\mathsf T}R = I$)であることを使う.$\rr' = R^{-1}\rr$ の成分を書くと $x'_i = \sum_j (R^{-1})_{ij}x_j$ なので,連鎖律より

$$ \frac{\partial}{\partial x_j} = \sum_i \frac{\partial x'_i}{\partial x_j}\frac{\partial}{\partial x'_i} = \sum_i (R^{-1})_{ij}\frac{\partial}{\partial x'_i} $$

したがって

$$ \nabla_{\rr}^2 = \sum_j \frac{\partial^2}{\partial x_j^2} = \sum_j \sum_{i,k}(R^{-1})_{ij}(R^{-1})_{kj}\frac{\partial^2}{\partial x'_i \partial x'_k} $$

$R$ が直交行列なら $R^{-1} = R^{\mathsf T}$ なので $(R^{-1})_{ij} = R_{ji}$.よって

$$ \sum_j (R^{-1})_{ij}(R^{-1})_{kj} = \sum_j R_{ji}R_{jk} = (R^{\mathsf T}R)_{ik} = \delta_{ik} $$

これを代入すると

$$ \nabla_\rr^2 = \sum_{i,k}\delta_{ik}\frac{\partial^2}{\partial x'_i\partial x'_k} = \sum_i \frac{\partial^2}{\partial x_i'^2} = \nabla_{\rr'}^2 $$

すなわちLaplacianの形は回転・鏡映で変わらない.この結果を使うと,ステップ1の第1項は

$$ \left[-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla_{\rr'}^2 f(\rr')\right]_{\rr'=R^{-1}\rr} = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla_\rr^2\left[f(R^{-1}\rr)\right] = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla_\rr^2 \left(\hat R f\right)(\rr) $$

と書き直せる.

ステップ3:ポテンシャル項.ステップ1の第2項は $V(R^{-1}\rr)\,f(R^{-1}\rr) = V(R^{-1}\rr)\,(\hat Rf)(\rr)$.

ステップ4:まとめて比較する.以上より

$$ \hat R \Ham f = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2(\hat Rf) + V(R^{-1}\rr)\,(\hat Rf) $$

一方,順序を逆にすると

$$ \Ham \hat R f = -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2(\hat Rf) + V(\rr)\,(\hat Rf) $$

2式を引き算すると,運動エネルギー項は完全に打ち消し合い

$$ \left(\hat R \Ham - \Ham \hat R\right) f = \left[V(R^{-1}\rr) - V(\rr)\right](\hat R f) $$

仮定 $V(R^{-1}\rr)=V(\rr)$ より右辺はゼロ.$f$ は任意だったから

$$ \begin{equation} [\Ham,\ \hat R] = \Ham\hat R - \hat R\Ham = 0 \label{eq:6-commute} \end{equation} $$

∎ ポテンシャルが対称操作 $R$ で不変であることと,$\Ham$ が $\hat R$ と可換であることは同じ内容である.

6.8.3 何が言えるのか —— 対称操作は縮退固有状態を混ぜる

定理6.4 対称操作は同じエネルギーの状態へ写す

$[\Ham,\hat R]=0$ で,$\psi$ がエネルギー $E$ の固有関数,すなわち $\Ham\psi = E\psi$ であるとする.このとき $\hat R\psi$ も同じエネルギー $E$ の固有関数である.

証明(3行で終わる)

$$ \Ham\left(\hat R\psi\right) \overset{(1)}{=} \hat R\left(\Ham\psi\right) \overset{(2)}{=} \hat R\left(E\psi\right) \overset{(3)}{=} E\left(\hat R\psi\right) $$

(1) は可換性 \eqref{eq:6-commute},(2) は固有値方程式,(3) は $E$ が定数で $\hat R$ が線形演算子であること.∎

この3行が,群論を物理に応用するすべての土台である.

物理的意味:縮退の起源

定理6.4の帰結を丁寧に読む.エネルギー $E$ の固有空間(同じ $E$ を持つ固有関数がはる線形空間)を $\mathcal{V}_E$ と書く.

(a) $\mathcal{V}_E$ は,群のすべての操作で自分自身に移る.$\psi \in \mathcal{V}_E$ なら $\hat R\psi \in \mathcal{V}_E$(定理6.4).数学の言葉でいえば,$\mathcal{V}_E$ は群 $G$ の作用に対して不変部分空間(invariant subspace)である.

(b) 縮退がない場合.$\mathcal{V}_E$ が1次元なら,$\hat R\psi$ は $\psi$ の定数倍でしかありえない:$\hat R\psi = c_R\psi$.$\hat R$ はノルムを保つので $\abs{c_R}=1$.つまり非縮退の固有関数は,すべての対称操作の同時固有関数になる.たとえば $C_{3v}$ の基底状態は,$C_3$ で不変($c=1$),$\sigma_v$ については $c=\pm1$($+1$ なら対称,$-1$ なら符号が変わる反対称)という具合に,対称性でラベルできる.

(c) 縮退がある場合.$\mathcal{V}_E$ が $d$ 次元($d\ge2$)なら,基底 $\{\psi_1,\dots,\psi_d\}$ を選ぶと

$$ \hat R\,\psi_n = \sum_{m=1}^{d} D_{mn}(R)\,\psi_m $$

と展開できる.この $d\times d$ 行列 $D(R)$ の集まりが,群 $G$ の $d$ 次元表現である.式 \eqref{eq:6-homom} から $D(R_1)D(R_2) = D(R_1R_2)$ が従う(第7章で確認する).

(d) だから縮退度は表現の次元である.「なぜ $\mathrm{NH_3}$ のある準位は2重縮退するのか」の答えは,「$C_{3v}$ が2次元既約表現を持つから」である.$\Ham$ の具体形をまったく知らなくても,対称性だけから縮退度の可能な値($C_{3v}$ なら $1,1,2$)が決まってしまう.これが群論の物理への贈り物である.

例題6.11 $C_{3v}$ 対称場の中の $p$ 軌道

$\mathrm{NH_3}$ の N 原子上の3つの $p$ 軌道 $p_x, p_y, p_z$($z$ は $C_3$ 軸)を考える.これらが対称操作でどう混ざるか調べよ.

解答.$p$ 軌道は $p_i \propto x_i\,g(r)$ の形で,動径部分 $g(r)$ は回転・鏡映で不変.したがって $x, y, z$ がどう変換するかを見ればよい.

$p_z$:$C_3$ も $\sigma_v$ も $z$ を変えない(すべての操作行列の第3行第3列が $1$,他が $0$).よって

$$ \hat R\,p_z = p_z \quad (\text{すべての } R) $$

$p_z$ は1次元の不変部分空間をなす.全対称表現 $A_1$ に属する.

$p_x, p_y$:$C_3$ の行列の左上 $2\times2$ ブロックは非対角成分を持つので,$x$ と $y$ は混ざる.式 \eqref{eq:6-Rop} の $\hat R f(\rr) = f(R^{-1}\rr)$ に従って計算すると

$$ \hat{C}_3\,(\,p_x,\; p_y\,) = (\,p_x,\; p_y\,)\begin{pmatrix}-\frac12 & -\frac{\sqrt3}{2}\\[3pt] \frac{\sqrt3}{2}&-\frac12\end{pmatrix} $$

となる.基底を横に並べた行ベクトルに右から行列を掛ける形になっているのは,上の約束 $\hat R\,\psi_n = \sum_m D_{mn}(R)\,\psi_m$ をそのまま書き下したからで,この行列がまさに表現行列 $D(C_3)$ である.第1列・第2列を読めば $\hat{C}_3 p_x = -\tfrac12 p_x + \tfrac{\sqrt3}{2}p_y$,$\hat{C}_3 p_y = -\tfrac{\sqrt3}{2}p_x - \tfrac12 p_y$ である.

$p_x$ 単独では閉じず,$\{p_x,p_y\}$ の2次元空間が必要である.この2次元空間は $C_{3v}$ のすべての操作で閉じており,しかもこれ以上小さい不変部分空間に分けられない.実数の範囲で $C_3$ の $2\times2$ ブロックが対角化できないことはすぐわかるが,じつは複素数まで許せば $C_3$ だけなら $x \pm iy$ という2つの1次元空間に分かれる.それでも既約なのは,鏡映 $\sigma_v$($y \to -y$)がこの2つを互いに入れ替えてしまうからで,$C_{3v}$ 全体では2次元より小さい不変部分空間は存在しない.

結論:$p_x$ と $p_y$ は $C_{3v}$ 対称性のもとで必ず縮退する.これが2次元既約表現 $E$ である.$p_z$ だけが分離してエネルギーが違う.$\Ham$ の詳細を一切計算せずに,$3$ 重縮退が $1+2$ に割れることが言えた.∎

同じ論法を $d$ 軌道と八面体場 $O_h$ に適用すると $\Gamma_d = E_g \oplus T_{2g}$($5 = 2+3$)が出る.これが結晶場分裂であり,第10章の主題である.

注意:偶然縮退(accidental degeneracy)

群論が予言するのは「対称性が要求する縮退」である.対称性が要求しないのに,たまたま2つの準位のエネルギーが一致することもある.これを偶然縮退という.

ただし「偶然」に見えても,実は見落としている対称性(隠れた対称性)があることが多い.有名な例が水素原子で,$2s$ と $2p$ が縮退するのは球対称性($SO(3)$)だけでは説明できない.Runge–Lenzベクトルが保存することによる,より大きな対称性 $SO(4)$ が背後にある.

群論の使い方としては,まず対称性から予言し,実験や数値計算で余分な縮退が見つかったら「隠れた対称性を探せ」の合図と受け取るのが正しい態度である.

この節が第II部全体で果たす役割

本節でやったことを一言でまとめると,こうなる.

ハミルトニアンの対称群 $G$ が与えられると,各エネルギー固有値に属する固有空間は $G$ の表現空間になる.したがって,準位は $G$ の既約表現でラベルづけされ,縮退度は既約表現の次元に等しい.

この一文を実行可能な計算手続きに変えるために,あと3つ道具が要る.

  1. 既約表現とは何か,いくつあるか(第7章).大直交定理と $\sum_i \ell_i^2 = h$.
  2. 既約表現を数値で特徴づける方法(第8章).指標と指標表.
  3. 与えられた関数の集合を既約成分に分解する方法(第9章).射影演算子.

これらが揃うと,第10章で結晶場分裂・選択則・分子振動が実際に計算できるようになり,第11章で並進対称性まで含めた空間群に拡張してBloch定理が群論的に導かれる.すべての道が本節から始まっている.

6.9 まとめと演習

6.9.1 まとめ

6.9.2 演習問題

演習6.1 $C_{4v}$ の積表を作る

正方形の対称性 $C_{4v}$(国際表記 $4mm$,位数8)の元は

$$ \{E,\ C_4,\ C_2,\ C_4^3,\ \sigma_v,\ \sigma_v',\ \sigma_d,\ \sigma_d'\} $$

である.$C_4$ は $z$ 軸まわりの反時計まわり $90^\circ$ 回転,$\sigma_v$ は $xz$ 面,$\sigma_v'$ は $yz$ 面,$\sigma_d$ は $x=y$ を含む面,$\sigma_d'$ は $x=-y$ を含む面での鏡映とする.

(1) 正方形の4頂点に番号を振り,$8\times8$ の積表を完成させよ.
(2) 再配列定理が成り立っていることを確認せよ.
(3) $\sigma_v C_4$ と $C_4\sigma_v$ を計算し,$C_{4v}$ が非可換であることを示せ.

ヒント:式 \eqref{eq:6-mirror} で $\theta = 0^\circ, 90^\circ, 45^\circ, 135^\circ$ とすれば4枚の鏡映の行列が得られる.頂点1を $+x$ 軸上に取り,そこから反時計まわりに $1,2,3,4$ と番号づけると,$C_4 = (1\,2\,3\,4)$,$C_2=(1\,3)(2\,4)$,$\sigma_v = (2\,4)$,$\sigma_v'=(1\,3)$,$\sigma_d=(1\,2)(3\,4)$,$\sigma_d'=(1\,4)(2\,3)$ となる.答えの一部:$\sigma_vC_4 = \sigma_d'$,$C_4\sigma_v = \sigma_d$ で確かに異なる.

演習6.2 $D_3 \cong C_{3v}$ を示す

$D_3$(国際表記 $32$)は,$z$ 軸まわりの3回回転軸と,それに垂直な3本の2回回転軸 $C_2^{(1)},C_2^{(2)},C_2^{(3)}$ からなる位数6の点群である($\alpha$-石英の点群).

(1) $D_3$ の6元の $3\times3$ 行列を書け.2回軸は $xy$ 面内で $x$ 軸と角 $\theta$ をなす方向にあるとして,その回転行列を求めよ.
(2) $D_3$ の積表を作り,表6.1と比較せよ.
(3) 対応 $E\mapsto E$, $C_3\mapsto C_3$, $C_3^2\mapsto C_3^2$, $C_2^{(k)}\mapsto \sigma_v^{(k)}$ が同型写像であることを示せ.
(4) $D_3$ の類を求め,$C_{3v}$ と同じ $1+2+3$ の分かれ方になることを確かめよ.

ヒント:(1) $xy$ 面内で角 $\theta$ の軸まわりの $180^\circ$ 回転行列は

$$ C_2(\theta) = \begin{pmatrix}\cos2\theta & \sin2\theta & 0\\ \sin2\theta & -\cos2\theta & 0\\ 0&0&-1\end{pmatrix} $$

である.式 \eqref{eq:6-mirror} と比べると,$(3,3)$ 成分の符号だけが違う.したがって左上 $2\times2$ ブロックの積の構造は $C_{3v}$ とまったく同じになり,同型が従う.$\det C_2(\theta) = +1$(真の回転)で $\det\sigma(\theta)=-1$ だから,両者は点群としては別物だが抽象群としては同じである.

演習6.3 すべての元が $X^2=E$ を満たす群は可換である

群 $G$ のすべての元 $X$ について $X^2 = E$ が成り立つとする.このとき $G$ は可換であることを示せ.

また,この結果を使って $C_{2v}=\{E,C_2,\sigma_v,\sigma_v'\}$ が可換であることを説明し,$C_{3v}$ ではこの前提が成り立たないことを指摘せよ.

ヒント:仮定から $X^2=E$ すなわち $X^{-1}=X$ が任意の元について成り立つ.$AB \in G$ にもこれを適用すると $(AB)^{-1} = AB$.一方,逆元の一般公式より $(AB)^{-1} = B^{-1}A^{-1} = BA$.両者を等置して $AB = BA$.∎
$C_{2v}$ では $C_2^2=E$, $\sigma_v^2=E$, $\sigma_v'^2=E$ ですべて満たす.$C_{3v}$ では $C_3^2 \ne E$ なので前提が崩れ,実際に非可換になる.

演習6.4 $C_{4v}$ の部分群と正規部分群

演習6.1の積表を使って,次を求めよ.

(1) $C_{4v}$ のすべての部分群を挙げ,位数がすべて8の約数であることを確認せよ.
(2) $C_{4v}$ の類を,すべての共役 $X A X^{-1}$ を計算して求めよ.
(3) 正規部分群をすべて求めよ.
(4) 位数4の正規部分群 $N$ を1つ選び,剰余群 $C_{4v}/N$ の積表を作れ.

ヒント:(2) の答えは5つの類 $\{E\}$, $\{C_2\}$, $\{C_4,C_4^3\}$, $\{\sigma_v,\sigma_v'\}$, $\{\sigma_d,\sigma_d'\}$.個数は $1+1+2+2+2=8$ ✓ で,すべて8の約数.$C_2$ が単独で1つの類をなすのは,$C_2$ が群の全元と可換($Z(C_2)=C_{4v}$)だからである.
(3) 位数4の正規部分群は $\{E,C_4,C_2,C_4^3\}$,$\{E,C_2,\sigma_v,\sigma_v'\}$,$\{E,C_2,\sigma_d,\sigma_d'\}$ の3つ(いずれも指数2).ほかに $\{E,C_2\}$ も正規(類の和 $\{E\}\cup\{C_2\}$).
(4) どれを選んでも剰余群は位数2で $C_2$ に同型になる.
(2) の類の個数が5であることから,$C_{4v}$ の既約表現は5個で,$\sum\ell_i^2 = 8$ より次元は $1,1,1,1,2$ だと予言できる(第8章で確認する).

演習6.5 共役と類の性質

(1) 共役な2つの元 $A$ と $B=XAX^{-1}$ は,同じ位数($A^n=E$ となる最小の $n$)を持つことを示せ.
(2) 可換群では,すべての元がそれぞれ単独で1つの類をなすことを示せ.したがって可換群では「類の個数 = 群の位数」である.
(3) $C_{3v}$ で,$\{E\}\cup\{C_3,C_3^2\}$ が部分群になり,$\{E\}\cup\{\sigma_v,\sigma_v',\sigma_v''\}$ が部分群にならないことを,閉性の観点から説明せよ.

ヒント:(1) $B^n = (XAX^{-1})^n = XA^nX^{-1}$ を示す.実際 $B^2 = XAX^{-1}XAX^{-1} = XA(X^{-1}X)AX^{-1} = XA^2X^{-1}$ で,以下帰納法.$A^n=E$ なら $B^n = XEX^{-1}=E$,逆も同様なので最小の $n$ は一致する.
(2) $XAX^{-1} = AXX^{-1} = A$.
(3) $\sigma_v\sigma_v' = C_3 \notin \{E,\sigma_v,\sigma_v',\sigma_v''\}$ なので閉性が破れる.逆に $C_3C_3^2=E$, $C_3C_3=C_3^2$ で回転どうしは閉じている.一般に「真の回転の全体」は常に部分群である($\det$ の乗法性より).

演習6.6 非縮退状態の対称性

$[\Ham,\hat R]=0$(すべての $R\in G$)とし,$\psi$ をエネルギー $E$ の非縮退固有関数とする.

(1) $\hat R\psi = c_R\psi$($c_R$ は定数)と書けることを説明せよ.
(2) $\hat R$ がノルムを保つ($\int\abs{\hat R\psi}^2\dd^3r = \int\abs{\psi}^2\dd^3r$)ことから $\abs{c_R}=1$ を示せ.
(3) 確率密度 $\abs{\psi(\rr)}^2$ は,群 $G$ のすべての操作で不変であることを示せ.
(4) $\mathrm{NH_3}$ の $p_z$ 軌道について,$c_R$ をすべての $R\in C_{3v}$ について求めよ.また $p_x$ について同じことを試みると何が起こるか述べよ.

ヒント:(1) 定理6.4より $\hat R\psi$ も同じ $E$ の固有関数.非縮退なのでその固有空間は1次元,したがって $\hat R\psi$ は $\psi$ の定数倍.
(2) $\int\abs{c_R\psi}^2 = \abs{c_R}^2\int\abs{\psi}^2$ と比較.積分の不変性は変数変換 $\rr\to R\rr$ のヤコビアンが $\abs{\det R}=1$ であることから従う.
(3) $\abs{\hat R\psi}^2 = \abs{c_R}^2\abs{\psi}^2 = \abs{\psi}^2$,すなわち $\abs{\psi(R^{-1}\rr)}^2 = \abs{\psi(\rr)}^2$.非縮退状態の電子密度は必ず結晶(分子)と同じ対称性を持つという,密度汎関数計算でも重要な結論である.
(4) $p_z$ については $c_R = 1$(すべての $R$)で,これが全対称表現 $A_1$ である.$p_x$ については $\hat{C}_3 p_x = -\tfrac12 p_x + \tfrac{\sqrt3}{2}p_y$(同様に $\hat{C}_3 p_y = -\tfrac{\sqrt3}{2}p_x - \tfrac12 p_y$)となり定数倍にならない.つまり $p_x$ 単独では固有関数になれず,縮退した2次元空間 $\{p_x,p_y\}$ を考える必要がある.(1) の前提「非縮退」が破れる場合である.

参考文献

  1. M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapter 1(Basic Mathematical Background).—— 本章の骨格.$1.1$–$1.7$ 節が群の公理・積表・部分群・剰余類・類・剰余群に対応する.
  2. 望月 泰英「物質の対称性と群論」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日).—— $C_{3v}$ を例に取る方針はこの資料に沿っている.
  3. 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版,第3章.—— 日本語で群の基礎を丁寧に扱った標準的な参考書.
  4. F. A. Cotton, Chemical Applications of Group Theory, 3rd ed., Wiley (1990), Chapter 2.—— $\mathrm{NH_3}$ と $C_{3v}$ の扱いが詳しい.積の順序の約束が本書と異なる箇所があるので注意すること.
  5. T. Inui, Y. Tanabe, Y. Onodera, Group Theory and Its Applications in Physics, Springer (1990), Chapter 2.
  6. C. Kittel『キッテル 固体物理学入門』第8版,丸善出版.—— 群論そのものは扱われないが,第7章以降の応用先(バンド,フォノン)の対応箇所.