固体物理学入門 — 目次 第I部 結晶をどう記述するか / 第5章

第5章230の空間群と国際表記の読み方

第4章で32の結晶点群を数え上げた.点群は「並進を含まない対称操作」だけを集めたものだった.しかし結晶は,そもそも並進対称性があるからこそ結晶なのである.並進を正面から取り込んだとき,対称性の分類はどうなるか.それが本章の主題であり,答えが230の空間群である.

230という数の内訳を先に言ってしまうと,$32$ の点群と $14$ のBravais格子を単純に組み合わせただけでは足りない.$32 \times 14$ は $448$ で,そもそも大きすぎる(結晶系が合わない組み合わせが大量にある).実際に「点群 $\times$ 適合するBravais格子」で作れるのは $73$ 個で,これをシンモルフィック空間群という.残る $157$ 個は,点群にはない新しい種類の操作——らせん軸とグライド面——を含む.回転と並進,鏡映と並進が「混ざり合った」操作である.

本章のもうひとつの,そしておそらく実務上いちばん大切な目標は,国際表記(Hermann–Mauguin 記号)を1文字ずつ読み下せるようになることである.$Pm\bar{3}m$,$Fd\bar{3}m$,$P6_3mc$,$Pnma$,$P2_1/c$ ——論文にも,Materials Project にも,CIFファイルにも,これらの記号が当たり前のように出てくる.そして,この記号は各文字がどの方向を指すかが厳密に決まっている暗号である.$Pm\bar{3}m$ の最初の $m$ と最後の $m$ は,まったく違う方向の鏡映面を意味する.この規則さえ体に入れば,記号を見ただけで結晶の対称要素が頭に浮かぶようになる.

最後に,Wyckoff位置を扱う.結晶構造を記述するとき,我々は「全原子の座標」ではなく「対称性の高い代表点だけ」を書く.$\mathrm{SrTiO_3}$ の構造がたった3行($1a$, $1b$, $3c$)で書けてしまう理由が,ここでわかる.

この章で学ぶこと
  • Seitz記号 $\{R|\tvec\}$ と,その積の規則 $\{R_2|\tvec_2\}\{R_1|\tvec_1\}=\{R_2R_1\,|\,R_2\tvec_1+\tvec_2\}$
  • 並進部分群が正規部分群であること,剰余群が点群になること
  • らせん軸 $n_m$($2_1, 3_1, 3_2, 4_1, 4_2, 6_3, \ldots$)とグライド面($a, b, c, n, d, e$)
  • シンモルフィック(73個)とノンシンモルフィック(157個)の区別と,73という数の内訳
  • 国際表記の3つの位置が指す方向——立方晶・正方晶・六方晶・直方晶・単斜晶それぞれについて
  • $Pm\bar{3}m$ の完全分解:$m$ は $\langle100\rangle$,$\bar{3}$ は $\langle111\rangle$,最後の $m$ は $\langle110\rangle$.そして完全記号 $P\,4/m\,\bar{3}\,2/m$ との関係
  • $Fm\bar{3}m$, $Fd\bar{3}m$, $P6_3mc$, $P4mm$, $P4/mmm$, $Pnma$, $R\bar{3}c$, $P2_1/c$ の読み下し
  • らせん軸・グライド面による消滅則と,そこから空間群を絞り込む手続き
  • Wyckoff位置:一般位置と特殊位置,site symmetry,多重度.$\mathrm{SrTiO_3}$ の $1a, 1b, 3c$
  • 230 = 219(抽象群の型)+ 11(鏡像対)という内訳
前提:第1章(格子と基底,単位胞),第2章(7結晶系と14Bravais格子,中心記号 $P/I/F/C/R$),第3章(逆格子,構造因子,消滅則),第4章(32点群,国際表記の位置と方向の対応).群の公理は第6章で厳密に扱うが,本章では「閉じている・単位元がある・逆元がある・結合則が成り立つ」という4条件を確認する程度でよい.

5.1 空間群とは — Seitz記号で書く

5.1.1 定義

定義:空間群(space group)

無限に広がった理想結晶を,それ自身に重ね合わせる(=施す前と施した後で区別がつかない)操作の全体がなす群を,その結晶の空間群という.

点群と違って,空間群は並進操作を含む.したがって空間群は無限個の要素をもつ無限群である.3次元結晶で可能な空間群は,同型と適当な同値関係のもとで230種類に分類される.

なぜ「無限群」なのに扱えるのか

空間群 $G$ は無限群である.$\{E|\TT\}$($\TT$ は任意の格子並進)だけでも無限個ある.しかし恐れることはない.5.1.4節で見るように,格子並進の集まり $T$ は $G$ の正規部分群であり,剰余群 $G/T$ は有限群——しかも32点群のどれか——になる.

つまり空間群は「無限だが単純な部分(並進)」と「有限だが複雑な部分(点群)」に分解できる.この分解は,第11章でBloch定理を群論的に導くときに決定的な役割を果たす.無限の並進部分の既約表現から波数 $\kk$ が量子数として現れ,有限の点群部分からバンドの縮退が決まる,という筋書きである.

5.1.2 Seitz記号

定義:Seitz記号(Seitz notation)

「まず原点まわりに直交変換 $R$ を施し,続いてベクトル $\tvec$ だけ平行移動する」という操作を

$$ \begin{equation} \{R|\tvec\}\,\rr = R\rr + \tvec \label{eq:5-seitz-def} \end{equation} $$

と書き,$\{R|\tvec\}$ をSeitz記号という.$R$ は第4章で扱った $3\times3$ 直交行列(回転・鏡映・反転・回反),$\tvec$ は任意のベクトルである.

記法の注意:どちらを先に施すか

本書では式 \eqref{eq:5-seitz-def} のとおり「回転が先,並進が後」と約束する.教科書によっては $\{R|\tvec\}\rr = R(\rr+\tvec)$ と定義するものもあり,そのときは積の規則が変わってしまう.式を人の本と見比べるときは,まずこの約束を確認するとよい.

また $\tvec$ の書き方にも流儀がある.本書では $\tvec$ をデカルト座標のベクトルと考えるが,実務(International Tables)では格子ベクトル $\aa,\bb,\cc$ を基底とした分率座標で書く.たとえば $\tfrac12\cc$ は $(0,0,\tfrac12)$ と書かれる.5.5節の消滅則の計算では分率座標のほうが圧倒的に楽なので,そこでは切り替える.

5.1.3 積の規則を導く

導出:Seitz記号の積

ふたつの操作を続けて施したら何になるか.定義に忠実に,任意の点 $\rr$ に作用させて追いかける.まず $\{R_1|\tvec_1\}$ を施すと

$$ \rr \;\longmapsto\; \rr' = R_1\rr + \tvec_1 $$

次に,この $\rr'$ に $\{R_2|\tvec_2\}$ を施す.定義 \eqref{eq:5-seitz-def} の $\rr$ のところに $\rr'$ を代入して

$$ \rr' \;\longmapsto\; \rr'' = R_2\rr' + \tvec_2 = R_2\left(R_1\rr + \tvec_1\right) + \tvec_2 $$

ここで $R_2$ は線形変換(行列)だから,括弧の中に分配してよい:

$$ \rr'' = R_2R_1\rr + R_2\tvec_1 + \tvec_2 $$

右辺を「$($ 行列 $)\rr + ($ ベクトル $)$」の形に整理すると,行列部分が $R_2R_1$,ベクトル部分が $R_2\tvec_1+\tvec_2$ である.すなわち

$$ \begin{equation} \{R_2|\tvec_2\}\{R_1|\tvec_1\} = \{\,R_2R_1 \;\big|\; R_2\tvec_1 + \tvec_2\,\} \label{eq:5-seitz-product} \end{equation} $$

∎ この式は必ず自分の手で1回導いておくこと.以後,本章のほとんどすべての計算がこの1本の式の適用である.

注意:$\tvec_1$ に $R_2$ がかかることを忘れない

式 \eqref{eq:5-seitz-product} でいちばん間違えやすいのが,右側(先に施すほう)の並進 $\tvec_1$ に,左側の回転 $R_2$ がかかるという点である.$\tvec_1 + \tvec_2$ ではない.

直観的には当たり前で,「まず $\tvec_1$ だけずらした」あとに「$R_2$ で回した」のだから,そのずれ自体も一緒に回ってしまうのである.逆に $\tvec_2$ は最後にかかるので,何も作用を受けない.

この非対称性のせいで,空間群の積は一般に可換でない.$\{R_2|\tvec_2\}\{R_1|\tvec_1\} \ne \{R_1|\tvec_1\}\{R_2|\tvec_2\}$ である.

導出:逆元と単位元

単位元.$\{E|\bm{0}\}$ が単位元である.実際,式 \eqref{eq:5-seitz-product} で $R_2=E$, $\tvec_2=\bm{0}$ とおくと

$$ \{E|\bm{0}\}\{R_1|\tvec_1\} = \{ER_1 \,|\, E\tvec_1 + \bm{0}\} = \{R_1|\tvec_1\} $$

反対側からかけても,$R_1=E$, $\tvec_1=\bm{0}$ として

$$ \{R_2|\tvec_2\}\{E|\bm{0}\} = \{R_2E \,|\, R_2\bm{0} + \tvec_2\} = \{R_2|\tvec_2\} $$

両側から単位元として働く.✓

逆元.$\{R|\tvec\}$ の逆元を $\{S|\bm{u}\}$ と書いて未知数として求めよう.条件は

$$ \{S|\bm{u}\}\{R|\tvec\} = \{SR \,|\, S\tvec + \bm{u}\} = \{E|\bm{0}\} $$

これが成り立つには,行列部分とベクトル部分がそれぞれ一致すればよい.行列部分から

$$ SR = E \quad\Longrightarrow\quad S = R^{-1} $$

ベクトル部分から

$$ S\tvec + \bm{u} = \bm{0} \quad\Longrightarrow\quad \bm{u} = -S\tvec = -R^{-1}\tvec $$

したがって

$$ \begin{equation} \{R|\tvec\}^{-1} = \{\,R^{-1} \;\big|\; -R^{-1}\tvec\,\} \label{eq:5-seitz-inverse} \end{equation} $$

念のため反対側からも確認しておく:

$$ \{R|\tvec\}\{R^{-1}|-R^{-1}\tvec\} = \{RR^{-1} \,|\, R(-R^{-1}\tvec) + \tvec\} = \{E \,|\, -\tvec + \tvec\} = \{E|\bm{0}\}\ \checkmark $$

結合則.$\{R|\tvec\}$ は「点 $\rr$ に対する写像」として定義されているので,写像の合成が結合的であることから自動的に従う.念のため成分でも確かめておくと,

$$ \left(\{R_3|\tvec_3\}\{R_2|\tvec_2\}\right)\{R_1|\tvec_1\} = \{R_3R_2 \,|\, R_3\tvec_2+\tvec_3\}\{R_1|\tvec_1\} = \{R_3R_2R_1 \,|\, R_3R_2\tvec_1 + R_3\tvec_2 + \tvec_3\} $$ $$ \{R_3|\tvec_3\}\left(\{R_2|\tvec_2\}\{R_1|\tvec_1\}\right) = \{R_3|\tvec_3\}\{R_2R_1 \,|\, R_2\tvec_1+\tvec_2\} = \{R_3R_2R_1 \,|\, R_3(R_2\tvec_1+\tvec_2) + \tvec_3\} $$

2行目の最後の括弧を展開すると $R_3R_2\tvec_1 + R_3\tvec_2 + \tvec_3$ となり,1行目と一致する.✓

∎ 以上で,Seitz記号の集合が群の4公理(閉性・結合則・単位元・逆元)を満たすことが確認できた.閉性は式 \eqref{eq:5-seitz-product} の右辺がまた Seitz 記号の形をしていることが示している.

例題5.1 $4_2$ らせん軸を4回まわす

正方晶で,$z$ 軸(=$\cc$ 軸)まわりの $90^\circ$ 回転 $C_4(z)$ に,$\tfrac12\cc$ の並進を伴う操作 $A = \{C_4(z)\,|\,\tfrac12\cc\}$ を考える.これは $4_2$ らせん軸である(5.2節).$A^2, A^3, A^4$ を求めよ.

解答.まず一点だけ注意しておく.$C_4(z)$ は $z$ 軸まわりの回転だから,$z$ 軸方向のベクトル $\cc$ を動かさない:

$$ C_4(z)\,\cc = \cc $$

これを使うと計算がとても楽になる.式 \eqref{eq:5-seitz-product} を機械的に適用していく.

$A^2$:

$$ A^2 = \{C_4|\tfrac12\cc\}\{C_4|\tfrac12\cc\} = \{\,C_4C_4 \;\big|\; C_4\left(\tfrac12\cc\right) + \tfrac12\cc\,\} = \{\,C_4^2 \;\big|\; \tfrac12\cc + \tfrac12\cc\,\} = \{C_2(z)\,|\,\cc\} $$

$\cc$ は格子並進ベクトルなので,$A^2$ は「2回回転 + 格子並進1つ分」である.格子並進を無視すれば,これはただの2回回転に見える.

$A^3$:

$$ A^3 = A\cdot A^2 = \{C_4|\tfrac12\cc\}\{C_2|\cc\} = \{\,C_4C_2 \;\big|\; C_4\cc + \tfrac12\cc\,\} = \{\,C_4^3 \;\big|\; \cc + \tfrac12\cc\,\} = \{C_4^3\,|\,\tfrac32\cc\} $$

$A^4$:

$$ A^4 = A\cdot A^3 = \{C_4|\tfrac12\cc\}\{C_4^3|\tfrac32\cc\} = \{\,C_4^4 \;\big|\; C_4\left(\tfrac32\cc\right) + \tfrac12\cc\,\} = \{\,E \;\big|\; \tfrac32\cc + \tfrac12\cc\,\} = \{E\,|\,2\cc\} $$

∎ 4回施すと,回転部分は恒等になり,並進部分は $2\cc$ ——すなわち純粋な格子並進になった.「らせん軸を $n$ 回まわすと格子並進に戻る」という一般則(5.2節)の,いちばん簡単な確認である.

ここで大事なのは,$A$ 自身は $\{R|\bm{0}\}$ の形に書き直せないことである.原点をどこにずらしても $\tfrac12\cc$ は消せない($\cc$ 方向は回転軸方向なので,原点をずらしても回転で打ち消せない).だから $4_2$ を含む空間群はノンシンモルフィックである.

5.1.4 並進部分群は正規部分群である

導出:$T \triangleleft G$ と $G/T \cong$ 点群

空間群 $G$ のうち,純粋な格子並進だけを集めた集合を

$$ T = \left\{\, \{E|\TT\} \;:\; \TT = n_1\aa_1 + n_2\aa_2 + n_3\aa_3,\ n_i \in \mathbb{Z} \,\right\} $$

とする.まず $T$ が部分群であることは明らかである($\{E|\TT_1\}\{E|\TT_2\} = \{E|\TT_1+\TT_2\}$ で閉じており,逆元は $\{E|-\TT\}$).

正規性を示す.$G$ の任意の元 $\{R|\vv\}$ で $T$ の元を共役してみる.順に計算する.まず内側の2つ:

$$ \{E|\TT\}\{R|\vv\}^{-1} = \{E|\TT\}\{R^{-1}|-R^{-1}\vv\} = \{\,E R^{-1} \;\big|\; E\left(-R^{-1}\vv\right) + \TT\,\} = \{\,R^{-1} \;\big|\; \TT - R^{-1}\vv\,\} $$

これに左から $\{R|\vv\}$ をかける:

$$ \{R|\vv\}\{R^{-1}\,|\,\TT - R^{-1}\vv\} = \{\,RR^{-1} \;\big|\; R\left(\TT - R^{-1}\vv\right) + \vv\,\} = \{\,E \;\big|\; R\TT - \vv + \vv\,\} $$

すなわち

$$ \begin{equation} \{R|\vv\}\,\{E|\TT\}\,\{R|\vv\}^{-1} = \{E\,|\,R\TT\} \label{eq:5-normal} \end{equation} $$

さて $R$ は結晶の点群の元だから,格子を格子に写す.したがって $R\TT$ もまた格子並進ベクトルであり,$\{E|R\TT\} \in T$.共役をとっても $T$ から出ないので,$T$ は $G$ の正規部分群である.∎

剰余群.正規部分群があれば剰余群 $G/T$ が作れる.$G$ の元 $\{R|\vv\}$ を $T$ で割るということは,並進部分 $\vv$ を格子並進の分だけ「無視する」ということである.残るのは行列部分 $R$ だけ.したがって

$$ G/T \;\cong\; \mathcal{P} \qquad (\mathcal{P} = \text{結晶点群}) $$

この $\mathcal{P}$ を,その空間群の点群(point group)あるいは晶族(crystal class)という.32点群のどれかになる.

物理的意味:空間群を「点群 + 各元への並進の割り当て」と見る

剰余群の議論から,空間群の構造がすっきり見えてくる.点群 $\mathcal{P} = \{R_1, R_2, \ldots, R_h\}$ の各元 $R_i$ に対して,ひとつずつ並進 $\bm{\tau}_i$ を割り当てる.すると空間群の元は

$$ \{R_i \,|\, \bm{\tau}_i + \TT\}, \qquad \TT \in \text{格子} $$

と,もれなく重複なく書ける.$\bm{\tau}_i$ は「格子並進を足す分だけの不定性」を持つので,単位胞の中に収まるように取るのが約束である.この $\bm{\tau}_i$ を非原始並進(non-primitive translation, fractional translation)という.

そして,

という分類になる(5.3節).ノンシンモルフィックな空間群では,点群 $\mathcal{P}$ が空間群の部分群にならない——これが第11章で「小群の表現」を作るときに厄介さの源になる.

5.2 並進を含む対称操作 — らせん軸とグライド面

点群にはない,空間群だけの操作が2種類ある.回転と並進を組み合わせたらせん軸と,鏡映と並進を組み合わせたグライド面である.どちらも,単独では結晶を元に戻さないが,組み合わせた1回の操作としては結晶を元に戻す.

5.2.1 らせん軸

定義:らせん軸(screw axis)$n_m$

ある軸のまわりに $360^\circ/n$ 回転し,続けてその軸方向に,格子並進 $\cc$ の $m/n$ 倍だけ平行移動する操作を,$n_m$ らせん軸という($m = 1, 2, \ldots, n-1$).Seitz記号では

$$ \begin{equation} n_m \;=\; \left\{\,C_n \;\Big|\; \frac{m}{n}\cc \,\right\} \label{eq:5-screw} \end{equation} $$

ここで $\cc$ はらせん軸方向の最短格子並進ベクトルである.結晶制限定理(定理4.1)により $n = 2,3,4,6$ に限られるので,可能ならせん軸は

$$ 2_1;\quad 3_1,\ 3_2;\quad 4_1,\ 4_2,\ 4_3;\quad 6_1,\ 6_2,\ 6_3,\ 6_4,\ 6_5 $$

の $1+2+3+5 = 11$ 種類しかない.

01/21 2₁ 180° 回転 + c/2 01/32/31 3₁ 120° 回転 + c/3(右巻き) 01/32/31 3₂ 120° 回転 + 2c/3(左巻き) 01/41/23/41 4₁ 90° 回転 + c/4(右巻き)
図5.1 らせん軸の側面図.縦の破線が軸($\cc$ 方向),実線が手前側,灰色の破線が奥側の軌跡である.丸のそばの数字は,格子並進 $\cc$ を1としたときの高さ.1回の操作で「一定角だけ回り,一定距離だけ上がる」ため,原子は螺旋階段のように並ぶ.$3_1$ と $3_2$ は高さの上がり方($1/3$ ずつか $2/3$ ずつか)が違うだけだが,その結果として巻き方向が右巻きと左巻きになる.この2つは鏡に映すと互いに移り合い,実在の結晶としては別物である(右水晶と左水晶).$n$ 回操作すると,必ずもとの向きに戻り,高さがちょうど整数個の格子並進だけ進む.
表5.1 11種類のらせん軸.「対」の欄が同じ記号どうしは鏡像関係(enantiomorphic pair)にある
らせん軸回転角1回の並進$n$ 回で進む距離巻き方向対
$2_1$$180^\circ$$\cc/2$$1\cc$—(鏡像は自分自身)—
$3_1$$120^\circ$$\cc/3$$1\cc$右(A)
$3_2$$120^\circ$$2\cc/3$$2\cc$左(A)
$4_1$$90^\circ$$\cc/4$$1\cc$右(B)
$4_2$$90^\circ$$\cc/2$$2\cc$——
$4_3$$90^\circ$$3\cc/4$$3\cc$左(B)
$6_1$$60^\circ$$\cc/6$$1\cc$右(C)
$6_2$$60^\circ$$2\cc/6$$2\cc$右(D)
$6_3$$60^\circ$$3\cc/6$$3\cc$——
$6_4$$60^\circ$$4\cc/6$$4\cc$左(D)
$6_5$$60^\circ$$5\cc/6$$5\cc$左(C)

導出:らせん軸を $n$ 回施すと格子並進になる

まず,いちばん簡単な $2_1$ で確かめる.$\cc$ を2回軸方向の格子並進とすると,$C_2$ は $\cc$ を動かさない($C_2\cc = \cc$).式 \eqref{eq:5-seitz-product} より

$$ \left\{C_2\Big|\tfrac12\cc\right\}^2 = \left\{\,C_2 C_2 \;\Big|\; C_2\!\left(\tfrac12\cc\right) + \tfrac12\cc \,\right\} = \left\{\,E \;\Big|\; \tfrac12\cc + \tfrac12\cc \,\right\} = \{E \,|\, \cc\} $$

$2_1$ を2回施すと,純粋な格子並進 $\cc$ になった.つまり$2_1$ 軸は「$\cc$ の平方根」のような操作である.

一般の $n_m$ でも同じである.$A = \{C_n | \frac{m}{n}\cc\}$ とおく.$C_n$ は軸方向のベクトルを動かさないので $C_n\cc = \cc$,したがって任意の実数 $\lambda$ に対して $C_n(\lambda\cc)=\lambda\cc$.これを使って,$A^k$ の形を数学的帰納法で求める.

$k=1$ のとき:$A^1 = \{C_n | \frac{m}{n}\cc\}$ で,これは主張 $A^k = \{C_n^k | k\frac{m}{n}\cc\}$ の $k=1$ の場合そのものである.

$k$ で成り立つと仮定して $k+1$ を計算する:

$$ A^{k+1} = A\cdot A^{k} = \left\{C_n\Big|\tfrac{m}{n}\cc\right\}\left\{C_n^k\Big|k\tfrac{m}{n}\cc\right\} = \left\{\,C_n^{k+1} \;\Big|\; C_n\!\left(k\tfrac{m}{n}\cc\right) + \tfrac{m}{n}\cc\,\right\} $$

ここで $C_n(k\frac{m}{n}\cc) = k\frac{m}{n}\cc$ だから

$$ A^{k+1} = \left\{\,C_n^{k+1} \;\Big|\; k\tfrac{m}{n}\cc + \tfrac{m}{n}\cc\,\right\} = \left\{\,C_n^{k+1} \;\Big|\; (k+1)\tfrac{m}{n}\cc\,\right\} $$

これは主張の $k+1$ の場合である.よってすべての $k$ で成り立つ.とくに $k=n$ とおくと $C_n^n = E$ であり

$$ \begin{equation} \left(n_m\right)^n = \left\{\,E \;\Big|\; n\cdot\frac{m}{n}\cc\,\right\} = \{E \,|\, m\,\cc\} \label{eq:5-screw-n} \end{equation} $$

∎ すなわち $n_m$ を $n$ 回施すと,$m$ 個ぶんの格子並進になる.$4_2$ なら $\left(4_2\right)^4 = \{E|2\cc\}$ で,例題5.1の結果と一致する.

注意:$4_2$ は「2回軸」ではない

$4_2$ は $90^\circ$ 回転 + $\cc/2$ の並進である.表5.1を見ると2回操作で $\{C_2|\cc\}$,つまり格子並進を除けば2回回転になる.ここから「$4_2$ とは要するに2回軸のことか」と早合点してしまう人が多いが,違う.

$4_2$ を1回施した操作そのものが対称操作なのである.この操作を含む結晶は,原子配置を $90^\circ$ 回して $\cc/2$ 上げると自分自身に重なる.2回軸しかない結晶では,そんなことは起こらない.

点群に落としたとき(5.2.3節)に $4_2$ が $4$ になることと,$4_2$ が2回軸と同じであることは,まったく別の話である.ルチル型 $\mathrm{TiO_2}$($P4_2/mnm$)が正方晶であって単斜晶でないのは,この $4_2$ のおかげである.

5.2.2 グライド面

定義:グライド面(glide plane, 映進面)

ある面で鏡映し,続けてその面内の方向に,格子並進の半分(または1/4)だけ平行移動する操作をグライド面という.Seitz記号では $\{\sigma\,|\,\bm{\tau}\}$,ただし $\bm{\tau}$ は鏡映面に平行なベクトルである.

表5.2 グライド面の種類(例として面の法線が $[010]$,すなわち面内に $\aa$ と $\cc$ がある場合)
記号名称並進 $\bm{\tau}$備考
$a$軸グライド
(axial glide)
$\aa/2$格子ベクトルの半分だけずらす.
面内にある軸しか選べない(この例では $b$ グライドは存在しない)
$b$$\bb/2$
$c$$\cc/2$
$n$対角グライド
(diagonal glide)
$(\aa+\cc)/2$面内の2本の対角線方向.立方晶・正方晶では $(\aa+\bb+\cc)/2$ もある
$d$ダイヤモンドグライド
(diamond glide)
$(\aa\pm\cc)/4$1/4 だけずらす.$F$ 心・$I$ 心格子でしか現れない
$e$二重グライド
(double glide)
$\aa/2$ と $\cc/2$ の両方同じ面が2種類のグライドを兼ねる場合.1992年に導入された比較的新しい記号
(a) 鏡映面 m(法線 [010]) m FFFF FFFF c(格子並進) 上下の像は真上・真下に対応する (b) c グライド面(法線 [010],並進 c/2) c FFFF FFFF c/2 だけ横にずれる c 2回続けると鏡映が打ち消し,並進 c だけが残る
図5.2 鏡映面(左)とグライド面(右)の比較.文字 F を模様(motif)として,面を横から見た図である.破線が面を表す.鏡映面では上の F の真下に鏡像があるが,$c$ グライドでは鏡像が横に $\cc/2$ だけずれる.この「ずれ」は結晶の周期 $\cc$ の半分なので,2回続けて施すと鏡映が打ち消し合い,ちょうど $\cc$ だけの純粋な並進になる.したがってグライド面はそれ単独では対称面として見えないが,上下の模様がずれて並ぶという形で結晶の中に確かに存在する.

導出:グライド面を2回施すと格子並進になる

$c$ グライド面の法線を $\bb$($y$ 軸)方向にとる.対応する鏡映は $\sigma_y : (x,y,z)\mapsto(x,-y,z)$ である.並進は $\bm{\tau} = \tfrac12\cc$($z$ 方向).

まず重要な事実を確認する.$\sigma_y$ は $y$ 成分の符号だけを変えるので,$z$ 方向のベクトル $\cc$ には何もしない:

$$ \sigma_y\,\cc = \cc $$

これはグライドの並進が必ず面内にあることの帰結である.面内のベクトルは,その面での鏡映で不変だからである.よって式 \eqref{eq:5-seitz-product} から

$$ \left\{\sigma_y\Big|\tfrac12\cc\right\}^2 = \left\{\,\sigma_y\sigma_y \;\Big|\; \sigma_y\!\left(\tfrac12\cc\right) + \tfrac12\cc\,\right\} = \left\{\,E \;\Big|\; \tfrac12\cc + \tfrac12\cc\,\right\} = \{E\,|\,\cc\} $$

∎ 純粋な格子並進になった.グライド面は「格子並進 $\cc$ の平方根」でもある.

$n$ グライド($\bm{\tau} = \frac12(\aa+\cc)$,法線 $\bb$)でも同様で,$\sigma_y(\aa+\cc) = \aa+\cc$ より

$$ \left\{\sigma_y\Big|\tfrac12(\aa+\cc)\right\}^2 = \{E\,|\,\aa+\cc\} $$

やはり格子並進である.$d$ グライド($\bm{\tau}=\frac14(\aa+\cc)$)では

$$ \left\{\sigma_y\Big|\tfrac14(\aa+\cc)\right\}^2 = \left\{E\,\Big|\,\tfrac12(\aa+\cc)\right\} $$

となり,これは $\aa+\cc$ の半分である.これが格子並進であるためには,$\frac12(\aa+\cc)$ 自身が格子並進でなければならない.すなわち格子が面心でなければならない.体心格子でも事情は同じで,そのときの並進は $\bm{\tau}=\frac14(\aa\pm\bb+\cc)$ のような形(やはり面内成分)になり,2回施すと $\frac12(\aa\pm\bb+\cc)$ ——これは格子ベクトルを足せば体心並進 $\frac12(\aa+\bb+\cc)$ に等しい.いずれにせよ,$d$ グライドが $F$ 心・$I$ 心格子にしか現れない理由が,この1行の計算に尽きている.ダイヤモンド構造 $Fd\bar{3}m$ の $F$ と $d$ は,こうして必ずセットで現れる.

例題5.2 グライドの並進は本当に面内でなければならないか

面の法線を $\bb$ とし,並進に面に垂直な成分 $\beta\bb$ が含まれていたとする.$\{\sigma_y \,|\, \bm{\tau}_\parallel + \beta\bb\}$ を2回施すとどうなるか.また,そのような操作が「新しい」対称操作にならないことを示せ.

解答.$\sigma_y \bm{\tau}_\parallel = \bm{\tau}_\parallel$,$\sigma_y(\beta\bb) = -\beta\bb$ に注意して

$$ \{\sigma_y|\bm{\tau}_\parallel+\beta\bb\}^2 = \{\,E \;|\; \sigma_y(\bm{\tau}_\parallel+\beta\bb) + \bm{\tau}_\parallel + \beta\bb\,\} = \{\,E \;|\; (\bm{\tau}_\parallel - \beta\bb) + (\bm{\tau}_\parallel + \beta\bb)\,\} = \{E\,|\,2\bm{\tau}_\parallel\} $$

垂直成分 $\beta\bb$ はきれいに消えてしまう.つまり2回施した結果に $\beta$ は現れない.

では $\beta$ は何をしているのか.答えは「鏡映面の位置をずらしているだけ」である.原点を $\bm{o} = \frac{\beta}{2}\bb$ だけ移す座標変換を考えると,新しい座標 $\rr' = \rr - \bm{o}$ で書き直したとき

$$ \{\sigma_y \,|\, \bm{\tau}_\parallel + \beta\bb\} \;\longrightarrow\; \{\sigma_y \,|\, \bm{\tau}_\parallel\} $$

となる(一般に,原点を $\bm{o}$ ずらすと $\{R|\bm{\tau}\}\to\{R|\bm{\tau} + R\bm{o} - \bm{o}\}$ であり,いま $R\bm{o}-\bm{o} = -\beta\bb$ となるように $\bm{o}$ を選んだ).∎

したがって,面に垂直な並進成分は原点の取り方で消せるので,本質的でない.グライドの並進として意味があるのは面内成分だけである.同じ議論が回転軸にも当てはまる:軸に垂直な並進成分は原点をずらせば消せるので,らせん軸の並進は軸方向成分だけが本質的である.

5.2.3 空間群から点群へ落とす

手続き:空間群記号から点群(晶族)を読む

5.1.4節で見たとおり,空間群 $G$ の剰余群 $G/T$ が点群である.記号のレベルでは,次の2つの置き換えをするだけでよい.

  1. 先頭のBravais記号($P, I, F, C, A, B, R$)を取り去る
  2. らせん軸 $n_m \to n$,グライド面 $a,b,c,n,d,e \to m$ に置き換える
空間群置き換え点群物質例
$Pm\bar{3}m$そのまま$m\bar{3}m$$\mathrm{SrTiO_3}$, $\mathrm{BaTiO_3}$(高温相)
$Fm\bar{3}m$そのまま$m\bar{3}m$NaCl, MgO
$Fd\bar{3}m$$d\to m$$m\bar{3}m$ダイヤモンド, Si, $\mathrm{MgAl_2O_4}$
$P6_3mc$$6_3\to 6$, $c\to m$$6mm$ウルツ鉱型 ZnO, GaN
$P4_2/mnm$$4_2\to4$, $n\to m$$4/mmm$ルチル型 $\mathrm{TiO_2}$
$Pnma$$n\to m$, $a\to m$$mmm$$\mathrm{GdFeO_3}$型ペロブスカイト, $\mathrm{CaTiO_3}$
$P2_1/c$$2_1\to2$, $c\to m$$2/m$多くの有機分子結晶
$R\bar{3}c$$c\to m$$\bar{3}m$方解石 $\mathrm{CaCO_3}$, $\mathrm{Al_2O_3}$, $\mathrm{LaAlO_3}$

点群がわかれば,第4章の議論——中心対称性の有無,圧電性・焦電性——がそのまま使える.たとえば $P6_3mc$ は点群 $6mm$ なので極性であり,ZnO は焦電体である.$Pnma$ は $mmm$ なので中心対称,圧電性なし.

5.3 シンモルフィックとノンシンモルフィック

定義:シンモルフィック(symmorphic)空間群

空間群 $G$ が,その点群 $\mathcal{P}$ を部分群として含むとき,$G$ をシンモルフィック(symmorphic,共型)空間群という.同じことだが,

とも言い換えられる.そうでないものをノンシンモルフィック(nonsymmorphic)という.

230個のうち,73個がシンモルフィック,157個がノンシンモルフィックである.

導出:73という数の内訳 — なぜ「$32 \times$ 何か」にならないのか

素朴に考えると,シンモルフィック空間群は「点群 $\times$ Bravais格子」で作れるはずである.ならば $32 \times 14 = 448$ か——と思ってはいけない.理由は2つある.

理由1:結晶系ごとに使えるBravais型が違う.たとえば正方晶の点群 $4/mmm$ に,底心単斜格子 $C$(mC)を組み合わせることはできない.単斜格子は $4/mmm$ が要求する4回対称性を持たないからである.点群 $4/mmm$ が要求する対称性を持つ格子は,正方晶の $P$ と $I$ だけである.したがって組み合わせは結晶系の中で閉じており,

$$ 73 \;\stackrel{?}{=}\; \sum_{\text{結晶系}} (\text{その系の点群の数}) \times (\text{その系のBravais型の数}) $$

と数えることになる.素朴にこれを計算すると次表の「素朴な積」欄になる.

理由2:同じ点群と同じ格子でも,「向きの置き方」が2通りある場合がある.たとえば正方晶の点群 $\bar{4}2m$ では,$\bar{4}$ を $[001]$ に置いたあと,$2$ を $\langle100\rangle$ に置くか $\langle110\rangle$ に置くかで,$P\bar{4}2m$ と $P\bar{4}m2$ という別の空間群が生じる.素朴な積では1個と数えてしまうところを,実際は2個と数えねばならない.

表5.3 73個のシンモルフィック空間群の内訳
結晶系点群の数Bravais型素朴な積向きの重複ぶん実際の数
三斜晶2$P$(1)202
単斜晶3$P, C$(2)606
直方晶3$P, C, I, F$(4)12$+1$($Amm2$)13
正方晶7$P, I$(2)14$+2$($P\bar{4}m2$, $I\bar{4}m2$)16
三方晶5$P, R$(2)10$+3$($P321/P312$ 等)13
六方晶7$P$(1)7$+1$($P\bar{6}2m$)8
立方晶5$P, I, F$(3)15015
合計32—66$+7$73

∎ $66 + 7 = 73$.「素朴な積」の欄の合計 $66$ は $32\times14=448$ とはまるで違う.適合しない組み合わせを最初から除いているからである.

三方晶の $13$ は少し丁寧に数える必要がある.$R$ 格子では $R3, R\bar{3}, R32, R3m, R\bar{3}m$ の5個.$P$ 格子では $P3, P\bar{3}$ の2個に加え,向きの2通りがある $P312/P321$,$P3m1/P31m$,$P\bar{3}1m/P\bar{3}m1$ の6個で,計8個.$5+8=13$ である.

注意:シンモルフィックでもグライド操作は「存在する」

$Fm\bar{3}m$(NaCl)はシンモルフィックである.記号にグライド文字がないからだ.しかし,この空間群の対称操作を全部書き出すと,その中にはグライド面が確かに含まれている.

なぜか.$F$ 心格子には $\frac12(\aa+\bb)$ のような中心並進があり,これを鏡映 $\{\sigma|\bm{0}\}$ に掛け合わせると

$$ \left\{E\Big|\tfrac12(\aa+\bb)\right\}\{\sigma|\bm{0}\} = \left\{\sigma\Big|\tfrac12(\aa+\bb)\right\} $$

となり,これは立派なグライド操作である.それでも $Fm\bar{3}m$ がシンモルフィックであるのは,点群 $m\bar{3}m$ のすべての元が $\{R|\bm{0}\}$ の形でも現れているからである.定義は「点群を部分群として含むか」であって,「グライド操作が1個も無いか」ではない.

実務的には「記号にらせん・グライド文字があるか」で判定してよい.$Fm\bar{3}m$ には無いのでシンモルフィック,$Fd\bar{3}m$ には $d$ があるのでノンシンモルフィック,である.

物理的意味:ノンシンモルフィック性がバンド構造に効く

ノンシンモルフィック空間群では,Brillouin域境界上の特定の点でバンドが必ず2重(またはそれ以上)に縮退することがある.これをstickiness(バンドの貼り付き)という.理由は,境界上では非原始並進 $\bm{\tau}$ が位相因子 $e^{-i\kk\cdot\bm{\tau}}$ として効き,点群の表現が「射影表現」になって,より高次元の既約表現しか許されなくなるためである.

近年注目される「ノンシンモルフィック対称性に保護されたディラック半金属(nonsymmorphic-symmetry-protected Dirac semimetal)」や「アワーグラス型のバンド分散(hourglass fermion)」は,まさにこのノンシンモルフィック性の帰結である.第11章で改めて扱う.$157/230 \approx 68\%$ の空間群がノンシンモルフィックであることを思えば,これは例外的な事情どころか,むしろ普通の状況である.

5.4 国際表記の読み方 — 本章の核心

ここからが本章の中心である.国際(Hermann–Mauguin)表記は暗号ではない.1文字ずつに,方向と操作が対応している.その対応表を頭に入れてしまえば,$Pm\bar{3}m$ という4文字から,4回軸3本・3回回反軸4本・2回軸6本・鏡映面9枚という具体的な絵が即座に立ち上がる.

5.4.1 記号の構造

空間群記号の組み立て

国際表記は

$$ \underbrace{\boxed{P}}_{\text{Bravais 記号}}\; \underbrace{\boxed{m}}_{\text{第1位置}}\; \underbrace{\boxed{\bar{3}}}_{\text{第2位置}}\; \underbrace{\boxed{m}}_{\text{第3位置}} $$

という,Bravais記号 + 最大3つの位置からなる.位置の数は結晶系によって1〜3個である.

表5.4 Bravais記号(中心記号)と,それが表す中心並進
記号名称中心並進($\bm{0}$ のほかにあるもの)単位胞内の格子点数
$P$単純(primitive)なし1
$I$体心(body-centred)$\frac12(\aa+\bb+\cc)$2
$F$面心(face-centred)$\frac12(\aa+\bb),\ \frac12(\bb+\cc),\ \frac12(\cc+\aa)$4
$C$底心($ab$ 面)$\frac12(\aa+\bb)$2
$A$底心($bc$ 面)$\frac12(\bb+\cc)$2
$B$底心($ca$ 面)$\frac12(\cc+\aa)$2
$R$菱面体(rhombohedral)$\frac13(2\aa+\bb+\cc),\ \frac13(\aa+2\bb+2\cc)$3(六方軸表示のとき)

ここまでは第2章の復習である.新しいのは,続く3つの位置の読み方である.

5.4.2 各位置が指す方向 — 最重要の表

対称方向(symmetry direction, Blickrichtung)

3つの位置は,結晶系ごとにあらかじめ決められた方向を指す.この対応が国際表記の心臓部である.

表5.5 結晶系ごとの対称方向.$\langle\ \rangle$ は対称的に等価な方向の集合(本数を括弧内に示す)
結晶系第1位置(primary)第2位置(secondary)第3位置(tertiary)
三斜晶方向の指定なし($P1$, $P\bar{1}$ のみ)
単斜晶($b$ 軸設定)$[010]$(唯一の2回軸)——
単斜晶($c$ 軸設定)$[001]$——
直方晶$[100]$$[010]$$[001]$
正方晶$[001]$(1本)$\langle100\rangle$(2本)$\langle110\rangle$(2本)
三方晶・六方晶$[001]$(1本)$\langle100\rangle$(3本)$\langle1\bar{1}0\rangle$(3本)
立方晶$\langle100\rangle$(3本)$\langle111\rangle$(4本)$\langle110\rangle$(6本)

覚え方.立方晶だけは特殊で,第1位置が立方体の辺($a,b,c$ 軸),第2位置が体対角線,第3位置が面対角線である.それ以外の系では,第1位置が主軸(最も回転対称性の高い軸)である.

注意:立方晶では第1位置が「1本の軸」ではない

正方晶や六方晶では第1位置は $[001]$ という1本の軸を指す.しかし立方晶では,$[100],[010],[001]$ の3本すべてが対称的に等価なので,第1位置は $\langle100\rangle$ という3本の集合を指す.だから $Pm\bar{3}m$ の最初の $m$ は,$(100),(010),(001)$ の3枚の鏡映面を意味する.

望月研究室の資料では「$100$ 軸に垂直な面に鏡映面があり」と書かれている.文献によっては同じ第1位置を $[001]$ の側で代表させて書くこともあるが,立方晶では $[100]$ と $[001]$ が3回軸 $[111]$ によって互いに移り合うので,どちらを代表に選んでも同じことを言っている.

また六方晶の第3位置 $\langle1\bar{1}0\rangle$ は,具体的には $[1\bar{1}0], [120], [\bar{2}\bar{1}0]$ の3本である.教科書によっては代表として $[210]$ と書かれるが,$[210] = -[\bar{2}\bar{1}0]$ なので同じ軸である(第4章の表と見比べるときに戸惑わないように).

各文字が意味する対称要素

位置に置かれた文字は,その方向について次のように読む.

文字読み方
$n$($1,2,3,4,6$)その方向に平行な $n$ 回回転軸
$\bar{n}$($\bar{1},\bar{3},\bar{4},\bar{6}$)その方向に平行な $n$ 回回反軸
$n_m$($2_1, 4_2, 6_3, \ldots$)その方向に平行ならせん軸
$m$その方向に垂直な鏡映面
$a, b, c, n, d, e$その方向に垂直なグライド面
$\dfrac{n}{m}$($4/m$, $2/m$ など)その方向に平行な $n$ 回軸 かつ 垂直な鏡映面(両方ある)

ここが最大の落とし穴である.数字は「その方向の軸」,$m$ は「その方向に垂直な面」を意味する.同じ位置に書かれていても,指しているものの向きは $90^\circ$ 違う.$m$ と書いてあるとき,書かれている方向は面の法線だと読むこと.

5.4.3 例題:$Pm\bar{3}m$ を完全に分解する

第1位置 ⟨100⟩ → 4/m [001] 4回軸 (001)鏡映面 4回軸 3本(立方体の辺方向) 鏡映面 3枚 (100)(010)(001) 第2位置 ⟨111⟩ → 3回回反軸 [111] 3回回反軸 4本(体対角線) 120° 回転してから反転する操作 第3位置 ⟨110⟩ → 2/m [110]2回軸 (110) 鏡映面 2回軸 6本(面対角線) 鏡映面 6枚(対角面)
図5.3 $Pm\bar{3}m$ の3つの位置が指す方向.左:第1位置は立方体の辺方向 $\langle100\rangle$.$[001]$ に4回軸があり,それに垂直な $(001)$ 面が鏡映面である(同じものが $[100],[010]$ についてもあるので,軸3本・面3枚).中央:第2位置は体対角線 $\langle111\rangle$.太い線が $[111]$,破線が残り3本.ここには3回回反軸がある.右:第3位置は面対角線 $\langle110\rangle$.$[110]$ に2回軸があり,それに垂直な $(110)$ 面が鏡映面である.短縮記号 $Pm\bar{3}m$ の最初の $m$ は左の図の青い面,最後の $m$ は右の図の黄土色の面を指している.同じ文字だが,まったく別の面である.

例題5.3 $Pm\bar{3}m$ を1文字ずつ読み下す

$\mathrm{SrTiO_3}$,高温相 $\mathrm{BaTiO_3}$,$\mathrm{ReO_3}$ などの空間群 $Pm\bar{3}m$(No. 221)を,記号の1文字ずつに分解せよ.

解答.まず記号を切り分ける.$Pm\bar{3}m$ は $P$ + $m$ + $\bar{3}$ + $m$ の4つである.立方晶なので表5.5の最下行を使う.

文字位置方向完全記号での表記意味する対称要素個数
$P$——$P$単純立方格子(中心並進なし)—
$m$第1$\langle100\rangle$
(立方体の辺)
$\dfrac{4}{m}$$\langle100\rangle$ に平行な4回回転軸
$\langle100\rangle$ に垂直な鏡映面 $(100),(010),(001)$
軸 3本
面 3枚
$\bar{3}$第2$\langle111\rangle$
(体対角線)
$\bar{3}$$\langle111\rangle$ に平行な3回回反軸
($120^\circ$ 回転してから原点で反転)
軸 4本
$m$第3$\langle110\rangle$
(面対角線)
$\dfrac{2}{m}$$\langle110\rangle$ に平行な2回回転軸
$\langle110\rangle$ に垂直な鏡映面(対角面)
軸 6本
面 6枚

これを Seitz 記号で書けば,すべての対称操作が $\{R\,|\,\TT\}$ の形(非原始並進がゼロ)である.したがって $Pm\bar{3}m$ はシンモルフィックである.

数え上げによる検算.点群は $m\bar{3}m$($O_h$,位数48)である.48個の操作を,いま読み取った対称要素から作れるか確かめる.

由来操作個数
—恒等 $E$1
第1位置の4回軸(3本)$C_4, C_4^3$(各軸2個)6
第1位置の4回軸(3本)$C_4^2 = C_2$3
第2位置の3回軸(4本)$C_3, C_3^2$(各軸2個)8
第3位置の2回軸(6本)$C_2'$6
真の回転の小計($\det=+1$)24
第2位置の $\bar{3}$ から反転 $i$($\bar{3}$ の3乗)1
第2位置(4本)$\bar{3}, \bar{3}^5$($=S_6$ 系)8
第1位置(3本)$\bar{4}, \bar{4}^3$($=S_4$ 系)6
第1位置の鏡映面(3枚)$\sigma_h$3
第3位置の鏡映面(6枚)$\sigma_d$6
非真の回転の小計($\det=-1$)24
合計48

∎ 第4章の例題4.2で数えた $\abs{O_h}=48$ と一致した.鏡映面は $3+6=9$ 枚で,これは $O_h$ が持つ鏡映面の総数($3\sigma_h + 6\sigma_d$)とぴたり合う.「最初の $m$ が3枚,最後の $m$ が6枚」——この内訳を言えるようになれば,国際表記は読めたと言ってよい.

5.4.4 短縮形と完全形 — なぜ $4/m$ が $m$ に縮むのか

International Tables には,$Pm\bar{3}m$ に対して完全記号(full symbol)$P\,\dfrac{4}{m}\,\bar{3}\,\dfrac{2}{m}$ が併記されている.日常的に使う $Pm\bar{3}m$ は短縮記号(short symbol)である.なぜ $4$ と $2$ を省いてよいのか.

導出:2枚の鏡映面の積は回転である

$z$ 軸を含む鏡映面を考える.その面と $xy$ 平面との交線が $x$ 軸となす角を $\phi$ とすると,この鏡映を表す行列は

$$ \sigma(\phi) = \begin{pmatrix} \cos2\phi & \sin2\phi & 0\\ \sin2\phi & -\cos2\phi & 0\\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} $$

である.念のため確かめる.$\phi=0$(面 = $xz$ 面,法線は $y$ 方向)とすると

$$ \sigma(0) = \begin{pmatrix}1&0&0\\0&-1&0\\0&0&1\end{pmatrix} \;:\; (x,y,z)\mapsto(x,-y,z)\ \checkmark $$

$\phi=90^\circ$(面 = $yz$ 面,法線は $x$ 方向,すなわち $(100)$ 面)とすると $\cos180^\circ=-1,\ \sin180^\circ=0$ より

$$ \sigma(90^\circ) = \begin{pmatrix}-1&0&0\\0&1&0\\0&0&1\end{pmatrix} \;:\;(x,y,z)\mapsto(-x,y,z)\ \checkmark $$

さて,2枚の鏡映を続けて施す.$2\times2$ の部分だけ書けば

$$ \sigma(\phi_2)\sigma(\phi_1) = \begin{pmatrix}\cos2\phi_2 & \sin2\phi_2\\ \sin2\phi_2 & -\cos2\phi_2\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\cos2\phi_1 & \sin2\phi_1\\ \sin2\phi_1 & -\cos2\phi_1\end{pmatrix} $$

成分を1つずつ計算する.$(1,1)$ 成分は $\cos2\phi_2\cos2\phi_1 + \sin2\phi_2\sin2\phi_1 = \cos2(\phi_2-\phi_1)$(加法定理).$(1,2)$ 成分は $\cos2\phi_2\sin2\phi_1 - \sin2\phi_2\cos2\phi_1 = -\sin2(\phi_2-\phi_1)$.$(2,1)$ 成分は $\sin2\phi_2\cos2\phi_1 - \cos2\phi_2\sin2\phi_1 = \sin2(\phi_2-\phi_1)$.$(2,2)$ 成分は $\sin2\phi_2\sin2\phi_1+\cos2\phi_2\cos2\phi_1 = \cos2(\phi_2-\phi_1)$.まとめると

$$ \begin{equation} \sigma(\phi_2)\,\sigma(\phi_1) = \begin{pmatrix} \cos\Theta & -\sin\Theta\\ \sin\Theta & \cos\Theta \end{pmatrix}, \qquad \Theta = 2(\phi_2-\phi_1) \label{eq:5-two-mirrors} \end{equation} $$

∎ すなわち2枚の鏡映面の積は,交線まわりの回転であり,その回転角は2面のなす角の2倍である.

$4/m \to m$,$2/m \to m$ の理由

$Pm\bar{3}m$ には,$(100)$ 面($\phi_1 = 90^\circ$)と,$(110)$ 面(法線が $[110]$ なので,面の交線は $[1\bar{1}0]$ 方向,$\phi_2 = -45^\circ$)の両方がある.式 \eqref{eq:5-two-mirrors} を適用すると

$$ \Theta = 2\left(-45^\circ - 90^\circ\right) = -270^\circ \equiv +90^\circ $$

つまり,この2枚の鏡映面の積は $[001]$ まわりの $90^\circ$ 回転,すなわち4回軸そのものである.実際に行列で確かめておく:

$$ \sigma(-45^\circ)\sigma(90^\circ) =\begin{pmatrix}0&-1\\-1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix} =\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} \;:\;(x,y)\mapsto(-y,x) $$

これは $+90^\circ$ 回転 $C_4(z)$ である.✓

同様に,$(001)$ 面での鏡映と $(1\bar{1}0)$ 面での鏡映(互いに垂直)の積は,その交線 $[110]$ まわりの $180^\circ$ 回転,すなわち第3位置の2回軸を与える.

したがって,$m$ を3つ書けば,$4$ と $2$ は自動的に生成される.書く必要がないので短縮記号では省く.これが $P\,\frac{4}{m}\,\bar{3}\,\frac{2}{m} \to Pm\bar{3}m$ という短縮の中身である.

逆に $\bar{3}$ は省けない.$\bar{3}$ を落として $Pmm$ などと書くと,体対角線の3回回反軸という立方晶であることの本質が失われてしまう.立方晶の空間群記号で第2位置に必ず $3$ か $\bar{3}$ が現れるのは,そのためである.「第2位置に3が立っていたら立方晶」と覚えてよい.

5.4.5 実在物質の空間群を1文字ずつ読む

例題5.4 $Fm\bar{3}m$(NaCl,MgO,Cu,Al)

完全記号 $F\,\frac{4}{m}\,\bar{3}\,\frac{2}{m}$.立方晶.

$Pm\bar{3}m$ との違いは $P \to F$ だけ,つまり格子の中心化だけである.点群はどちらも $m\bar{3}m$.したがって回折パターンのピーク位置は違うが($F$ 心の消滅則が効く,第3章),対称要素の種類と向きはまったく同じである.

例題5.5 $Fd\bar{3}m$(ダイヤモンド,Si,Ge,スピネル $\mathrm{MgAl_2O_4}$)

完全記号 $F\,\frac{4_1}{d}\,\bar{3}\,\frac{2}{m}$.立方晶.$Fm\bar{3}m$ から2箇所が変わる.

$d$ と $4_1$ があるのでノンシンモルフィックである.5.2.2節で示したとおり,$d$ グライドは $\frac14$ の並進を持つので,2回施すと $\frac12(\bb+\cc)$ ——これが格子並進であるためには $F$ 心でなければならない.$F$ と $d$ は必ずセットで現れるのである.

点群は $d\to m$, $4_1\to4$ として $m\bar{3}m$.ダイヤモンドは中心対称なので圧電性を持たない.一方,同じダイヤモンド型の骨格でも2種類の原子が交互に入る閃亜鉛鉱型(ZnS, GaAs)は $F\bar{4}3m$ となり,点群 $\bar{4}3m$,中心対称性を失って圧電体になる.

例題5.6 $P6_3mc$(ウルツ鉱型 ZnO,GaN,AlN)

六方晶.表5.5の六方晶の行を使う.

点群は $6_3\to6$, $c\to m$ として $6mm$ ——極性点群である.極性軸は $[001]$.したがって ZnO も GaN も焦電体であり,$c$ 軸方向に自発分極を持つ.青色LEDのGaN系デバイスで「分極電界」が量子井戸の発光効率を下げる(量子閉じ込めシュタルク効果)という有名な問題は,この記号の $6mm$ という点群にすでに書き込まれている.

なお,$m$ と $c$ の位置を入れ替えた $P6_3cm$(No. 185)は別の空間群である($\mathrm{YMnO_3}$ などがこの型).位置の順番が意味を持つことの,よい例である.

例題5.7 $P4mm$ と $P4/mmm$(正方晶ペロブスカイトの2つの型)

$P4mm$(No. 99).$\mathrm{BaTiO_3}$ の室温相(正方晶強誘電相,$278\,\mathrm{K}<T<393\,\mathrm{K}$).

位数 $4\times2=8$,点群 $4mm$ で極性.反転中心も,$c$ 軸に垂直な鏡映面も持たない.だから Ti イオンが $c$ 軸方向にずれた構造が許され,自発分極が生じる.

$P4/mmm$(No. 123).完全記号 $P\,\frac{4}{m}\,\frac{2}{m}\,\frac{2}{m}$.正方晶で最も対称性の高い空間群である.

位数16,点群 $4/mmm$,中心対称.$P4mm$ と $P4/mmm$ の差は,第1位置の $m$(=$(001)$ 鏡映面)の有無だけである.この1枚の面が加わると,$c$ 軸方向の「上」と「下」が等価になってしまい,分極が禁止される.強誘電相転移とは,$P4/mmm$ 的な対称性から $(001)$ 鏡映面と反転中心が消えて $P4mm$ になることだと言える(実際の $\mathrm{BaTiO_3}$ の高温相は立方晶 $Pm\bar{3}m$ で,$P4mm$ はその部分群である).

例題5.8 $Pnma$($\mathrm{GdFeO_3}$ 型ペロブスカイト,$\mathrm{CaTiO_3}$,$\mathrm{MgSiO_3}$,多くの $ABO_3$)

完全記号 $P\,\frac{2_1}{n}\,\frac{2_1}{m}\,\frac{2_1}{a}$.直方晶なので,3つの位置は $[100],[010],[001]$ という個別の軸を指す(等価な方向の集合ではない).

点群は $mmm$(位数8,中心対称).$\mathrm{ABO_3}$ ペロブスカイトで $BO_6$ 八面体が傾く(octahedral tilting)と,立方晶 $Pm\bar{3}m$ からこの $Pnma$ に落ちる.$\mathrm{CaTiO_3}$,$\mathrm{LaFeO_3}$,$\mathrm{GdFeO_3}$,下部マントルの主要鉱物であるブリッジマナイト $\mathrm{MgSiO_3}$ ——いずれもこの型である.無機結晶で最も出現頻度の高い空間群のひとつである.

設定の注意.直方晶では軸の名前の付け替え($a,b,c$ の入れ替え)が6通りあり,同じ構造が $Pnma$,$Pbnm$,$Pmcn$ などと書かれる.論文で $Pbnm$ を見かけたら「$Pnma$ の別設定だな」と読み替えればよい.空間群番号 No. 62 はどれも同じである.

例題5.9 $R\bar{3}c$(方解石 $\mathrm{CaCO_3}$,コランダム $\mathrm{Al_2O_3}$,$\mathrm{LaAlO_3}$)

完全記号 $R\,\bar{3}\,\frac{2}{c}$.三方晶(六方軸で表示).$R$ 格子では第3位置を使わず,位置は2つだけである.

点群は $c\to m$ として $\bar{3}m$(位数12,中心対称).$c$ グライドがあるのでノンシンモルフィックである.

$\mathrm{LaAlO_3}$ は $Pm\bar{3}m$ ペロブスカイトの $\mathrm{AlO_6}$ 八面体が $[111]$ 軸まわりに回転($a^-a^-a^-$ 傾斜)した結果 $R\bar{3}c$ になる.例題5.8の $Pnma$ が別の傾斜様式($a^-a^-c^+$)に対応することと合わせて,ペロブスカイトの構造多形は「どの軸まわりにどう傾くか」で空間群が決まる,という見通しが立つ.

例題5.10 $P2_1/c$(有機結晶で最頻出の空間群)

完全記号 $P\,1\,\frac{2_1}{c}\,1$.単斜晶($b$ 軸設定).位置は実質1つである.

反転中心を原点にとる標準設定では,対称操作は全部で4つしかない:$\{E|\bm{0}\}$,$\{C_2(y)|\frac12\bb+\frac12\cc\}$,$\{i|\bm{0}\}$,$\{\sigma_y|\frac12\bb+\frac12\cc\}$(に格子並進を足したもの).点群は $2/m$ で中心対称,位数4.

並進部分に $\frac12\bb$ と $\frac12\cc$ の両方が現れることを不思議に思うかもしれない.$2_1$ らせん軸の本質的な並進は軸に平行な $\bb/2$ であり,$c$ グライド面の本質的な並進は面内の $\cc/2$ である.それぞれに付け加わっているもう一方の成分——$2_1$ 側の $\frac12\cc$,グライド側の $\frac12\bb$——は,軸や面の位置を $1/4$ だけずらすことを表す非本質的な成分であって,例題5.2で見たとおり原点の取り方で決まる.原点を反転中心に固定した以上,これらの成分は消せない.

この空間群は,有機分子結晶のおよそ3分の1が属するという,圧倒的な最頻出空間群である.理由は直観的で,(i) 反転中心があると分子どうしが「向かい合わせ」に効率よく詰められる,(ii) $2_1$ らせん軸とグライド面は,でこぼこした分子を隙間なく噛み合わせるのに都合がよい,という充填の要請による.対称性が高すぎる空間群(立方晶など)は,低対称な分子には窮屈すぎて実現しにくい.「対称性が高いほど起こりやすい」わけではないという,覚えておくとよい事実である.

5.5 空間群の決定と消滅則

第3章で,$I$ 心・$F$ 心という格子の中心化が特定の反射を消すことを見た.じつは,らせん軸とグライド面も同じように反射を消す.しかも消し方が対称要素ごとに違うので,消える反射のパターンを読めば,どんならせん軸・グライド面があるかがわかる.これが実験から空間群を決める手続きの根幹である.

5.5.1 一般論 — なぜ消えるのか

導出:対称操作 $\{R|\bm{\tau}\}$ が構造因子に課す条件

構造因子は第3章で

$$ S_{\GG} = \sum_j f_j\, e^{-i\GG\cdot\rr_j} $$

と与えられた.以下では分率座標で書く.$\rr_j = x_j\aa + y_j\bb + z_j\cc$,$\GG = h\bm{b}_1+k\bm{b}_2+l\bm{b}_3$ とすると,$\bm{b}_i\cdot\aa_j = 2\pi\delta_{ij}$ より

$$ \GG\cdot\rr_j = 2\pi\left(hx_j + ky_j + lz_j\right) $$

である.

記号について一言.ここで添字を付けた $\bm{b}_1,\bm{b}_2,\bm{b}_3$ は第3章の逆格子基本ベクトルであって,本章で何度も出てくる実格子の基本ベクトル $\bb$ とは別物である.対応する実格子基底は $\aa_1=\aa$,$\aa_2=\bb$,$\aa_3=\cc$ と番号で書いている.

結晶が対称操作 $\{R|\bm{\tau}\}$ を持つとしよう.すると,原子の集合はこの操作でそっくり自分自身に写る.だから和の取り方を「$j$ 番目の原子」から「$j$ 番目の原子を $\{R|\bm{\tau}\}$ で写した先」に変えても,和の値は変わらない:

$$ S_{\GG} = \sum_j f_j\, e^{-i\GG\cdot\left(R\rr_j + \bm{\tau}\right)} $$

指数の中を分ける.$e^{-i\GG\cdot\bm{\tau}}$ は $j$ に依らないので和の外に出せる:

$$ S_{\GG} = e^{-i\GG\cdot\bm{\tau}}\sum_j f_j\, e^{-i\GG\cdot R\rr_j} $$

ここで内積の性質を使う.$R$ は直交行列($R^{\mathsf T} = R^{-1}$)だから

$$ \GG\cdot(R\rr_j) = \GG^{\mathsf T}R\rr_j = \left(R^{\mathsf T}\GG\right)^{\mathsf T}\rr_j = \left(R^{-1}\GG\right)\cdot\rr_j $$

したがって

$$ \begin{equation} S_{\GG} = e^{-i\GG\cdot\bm{\tau}}\; S_{R^{-1}\GG} \label{eq:5-sf-symmetry} \end{equation} $$

さて,いま$R^{-1}\GG = \GG$ となるような特別な $\GG$ に注目しよう.そのとき式 \eqref{eq:5-sf-symmetry} は

$$ S_{\GG} = e^{-i\GG\cdot\bm{\tau}}\,S_{\GG} \quad\Longleftrightarrow\quad S_{\GG}\left(1 - e^{-i\GG\cdot\bm{\tau}}\right) = 0 $$

となる.したがって,$e^{-i\GG\cdot\bm{\tau}} \ne 1$ ならば $S_{\GG}=0$ でなければならない.まとめると

$$ \begin{equation} R^{-1}\GG = \GG \ \text{かつ}\ \GG\cdot\bm{\tau} \notin 2\pi\mathbb{Z} \quad\Longrightarrow\quad S_{\GG} = 0 \label{eq:5-extinction} \end{equation} $$

∎ これが消滅則の一般形である.$\bm{\tau}=\bm{0}$(純粋な点群操作)なら何も消えない.消滅を起こすのは,非原始並進 $\bm{\tau}$ を持つ操作,つまりらせん軸とグライド面だけである.

$R^{-1}\GG=\GG$ という条件は幾何学的にはっきりしている.$R$ が軸 $\uu$ まわりの回転なら $\GG \parallel \uu$,$R$ が法線 $\bm{n}$ の鏡映なら $\GG \perp \bm{n}$($\GG$ が面内)である.前者は逆格子の1本の直線($h00$ や $00l$ など),後者は1枚の平面($hk0$ や $h0l$ など)に対応する.だから,

という3階層になる.

例題5.11 $2_1$ らせん軸($\parallel\bb$)の消滅則

$b$ 軸方向に $2_1$ らせん軸がある結晶で,どの反射が消えるか.

解答.操作は $\{C_2(y)\,|\,\frac12\bb\}$,分率座標で $\bm{\tau} = (0,\frac12,0)$.

手順1:$R^{-1}\GG=\GG$ となる $\GG$ を探す.$C_2(y)$ は $(x,y,z)\mapsto(-x,y,-z)$ なので,逆格子でも $(h,k,l)\mapsto(-h,k,-l)$.これが $(h,k,l)$ に等しいのは

$$ -h = h,\quad -l = l \quad\Longrightarrow\quad h = 0,\ l = 0 $$

すなわち $\GG = (0,k,0)$,$0k0$ 型の反射である.

手順2:位相を計算する.

$$ \GG\cdot\bm{\tau} = 2\pi\left(h\cdot0 + k\cdot\tfrac12 + l\cdot0\right) = 2\pi\cdot\frac{k}{2} = \pi k $$

手順3:条件を書く.$e^{-i\pi k}=1$ すなわち $\pi k \in 2\pi\mathbb{Z}$ となるのは $k$ が偶数のとき.したがって

$$ \boxed{\;0k0 \ \text{は}\ k = 2n \ \text{のときだけ現れる}\;} $$

∎ $010, 030, 050,\ldots$ が消え,$020, 040, 060,\ldots$ だけが残る.

直観的な言い換え.$2_1$ 軸があると,$b$ 軸方向から見たとき,原子は $b/2$ ごとに(向きは違うが)現れる.$b$ 軸方向の周期が見かけ上 $b/2$ になるので,逆空間では周期が2倍になり,奇数次の反射が消える——というのが物理的な描像である.

例題5.12 $c$ グライド面($\perp\bb$)の消滅則

$b$ 軸に垂直な $c$ グライド面をもつ結晶で,どの反射が消えるか.

解答.操作は $\{\sigma_y\,|\,\frac12\cc\}$,$\bm{\tau}=(0,0,\frac12)$.

手順1.$\sigma_y : (h,k,l)\mapsto(h,-k,l)$.$-k=k$ より $k=0$.すなわち $h0l$ 型の反射.

手順2.$\GG\cdot\bm{\tau} = 2\pi\left(h\cdot0+0\cdot0+l\cdot\frac12\right) = \pi l$.

手順3.$\pi l\in2\pi\mathbb{Z}$ より $l$ が偶数.

$$ \boxed{\;h0l \ \text{は}\ l = 2n \ \text{のときだけ現れる}\;} $$

∎ 同じ要領で,$a$ グライド($\bm{\tau}=(\frac12,0,0)$)なら $h0l$ で $h=2n$,$n$ グライド($\bm{\tau}=(\frac12,0,\frac12)$)なら $\GG\cdot\bm{\tau}=\pi(h+l)$ より $h0l$ で $h+l=2n$,$d$ グライド($\bm{\tau}=(\frac14,0,\frac14)$)なら $\GG\cdot\bm{\tau}=\frac{\pi}{2}(h+l)$ より $h0l$ で $h+l=4n$ となる.

表5.6 らせん軸・グライド面による消滅則(「現れる条件」を示す.書いていない反射には条件がつかない)
対称要素非原始並進 $\bm{\tau}$影響する反射現れる条件
$2_1 \parallel [100]$$(\frac12,0,0)$$h00$$h=2n$
$2_1 \parallel [010]$$(0,\frac12,0)$$0k0$$k=2n$
$2_1,\,4_2,\,6_3 \parallel [001]$$(0,0,\frac12)$$00l$$l=2n$
$3_1,\,3_2,\,6_2,\,6_4 \parallel [001]$$(0,0,\frac13)$ 等$00l$$l=3n$
$4_1,\,4_3 \parallel [001]$$(0,0,\frac14)$ 等$00l$$l=4n$
$6_1,\,6_5 \parallel [001]$$(0,0,\frac16)$ 等$00l$$l=6n$
$a$ グライド $\perp[010]$$(\frac12,0,0)$$h0l$$h=2n$
$c$ グライド $\perp[010]$$(0,0,\frac12)$$h0l$$l=2n$
$n$ グライド $\perp[010]$$(\frac12,0,\frac12)$$h0l$$h+l=2n$
$d$ グライド $\perp[010]$$(\frac14,0,\frac14)$$h0l$$h+l=4n$
$a$ グライド $\perp[001]$$(\frac12,0,0)$$hk0$$h=2n$
$b$ グライド $\perp[001]$$(0,\frac12,0)$$hk0$$k=2n$
$n$ グライド $\perp[001]$$(\frac12,\frac12,0)$$hk0$$h+k=2n$
$b$ グライド $\perp[100]$$(0,\frac12,0)$$0kl$$k=2n$
$c$ グライド $\perp[100]$$(0,0,\frac12)$$0kl$$l=2n$
$n$ グライド $\perp[100]$$(0,\frac12,\frac12)$$0kl$$k+l=2n$
参考(第3章):$I$ 心 $\Rightarrow$ 全 $hkl$ で $h+k+l=2n$,$F$ 心 $\Rightarrow$ 全 $hkl$ で $h,k,l$ の偶奇が一致,$C$ 心 $\Rightarrow$ $h+k=2n$

5.5.2 消滅則から空間群を絞り込む

例題5.13 $Pnma$ と $P2_1/c$ の消滅則をすべて書き出す

(a) $Pnma$(完全記号 $P\,\frac{2_1}{n}\,\frac{2_1}{m}\,\frac{2_1}{a}$).対称要素を1つずつ表5.6に当てはめる.

由来反射条件
$n$ グライド $\perp[100]$,$\bm{\tau}=(0,\frac12,\frac12)$$0kl$$k+l=2n$
$m$($\perp[010]$,$\bm{\tau}=\bm{0}$)$h0l$条件なし
$a$ グライド $\perp[001]$,$\bm{\tau}=(\frac12,0,0)$$hk0$$h=2n$
$2_1\parallel[100]$$h00$$h=2n$
$2_1\parallel[010]$$0k0$$k=2n$
$2_1\parallel[001]$$00l$$l=2n$

ここで大事なのは,$h0l$ に条件がつかないことである.第2位置が $m$(並進なし)だからだ.粉末回折で $0kl$ と $hk0$ には条件があるのに $h0l$ には無い,というパターンを見たら $Pnma$ が有力候補になる.

(b) $P2_1/c$.対称要素は $2_1\parallel[010]$ と $c$ グライド $\perp[010]$ の2つだけ.したがって

$$ 0k0:\ k=2n, \qquad h0l:\ l=2n $$

∎ これだけである.逆に,単斜晶の単結晶で「$0k0$ は $k$ 偶数のみ,$h0l$ は $l$ 偶数のみ」という条件が出たら,空間群は $P2_1/c$ で(ほぼ)確定する.単斜晶の空間群のうち,この2条件の組を与えるのは No. 14 だけだからである.

注意:消滅則だけでは空間群は一意に決まらない

消滅則が見るのは「並進を含む対称操作」だけである.したがって,並進を含まない対称要素の有無は,消滅則には映らない.

典型例が $P2_1$(No. 4)と $P2_1/m$(No. 11)である.どちらも消滅則は「$0k0: k=2n$」だけで,区別がつかない.違いは反転中心の有無であり,これは第4章で述べた Friedel 則のせいで通常のX線回折では見えにくい.

実務では,次のような複数の情報を突き合わせて決める.

  1. 消滅則 → 候補が数個に絞られる(International Tables の「Reflection conditions」欄と照合)
  2. Laue群(回折強度の対称性)→ 結晶系と候補群がさらに絞られる
  3. 強度統計($\abs{S}^2$ の分布)→ 中心対称かどうかの目安がつく
  4. 第二高調波発生(SHG),圧電応答 → 中心対称性の直接判定
  5. 実際に構造精密化してみて $R$ 因子が下がるか

「空間群を決める」という作業が,単なる測定ではなく推論であるのは,このためである.

5.6 Wyckoff位置 — 構造を3行で書く技術

$\mathrm{SrTiO_3}$ の単位胞には5個の原子がある.しかし論文やCIFに書かれるのは,たいてい3行だけである.なぜ全部書かなくてよいのか.答えが Wyckoff 位置である.

定義:一般位置・特殊位置・site symmetry

空間群 $G$ をもつ結晶の中の点 $\rr$ を考える.

定理5.1(軌道・固定部分群定理, orbit–stabilizer theorem)

単位胞内の多重度を $M$,その位置の site symmetry group の位数を $\abs{G_\rr}$,一般位置の多重度を $M_{\text{gen}}$ とすると

$$ \begin{equation} M \times \abs{G_{\rr}} = M_{\text{gen}} = (\text{点群の位数}) \times (\text{単位胞内の格子点数}) \label{eq:5-orbit-stabilizer} \end{equation} $$

意味.対称性の高い場所($\abs{G_\rr}$ が大きい)にいる原子ほど,等価な仲間が少ない($M$ が小さい).積は常に一定である.

理由.点群の $h$ 個の操作それぞれが $\rr$ を写す.もし $\rr$ が $q = \abs{G_\rr}$ 個の操作で動かないなら,$h$ 個の操作は $q$ 個ずつ同じ行き先を与えるので,異なる行き先は $h/q$ 個.これに格子点数を掛ければ単位胞内の等価点の数になる.

立方晶ペロブスカイト SrTiO₃(空間群 No. 221) Sr : Wyckoff 1a (0, 0, 0) — 立方体の頂点 Ti : Wyckoff 1b (1/2, 1/2, 1/2) — 体心 O : Wyckoff 3c (0,1/2,1/2) (1/2,0,1/2) (1/2,1/2,0) — 立方体の面心,3個で1組 TiO₆ 八面体の稜
図5.4 $\mathrm{SrTiO_3}$($Pm\bar{3}m$)の単位胞と Wyckoff 位置.単位胞に含まれる原子は $\mathrm{Sr}\,1 + \mathrm{Ti}\,1 + \mathrm{O}\,3 = 5$ 個で,化学式 $\mathrm{SrTiO_3}$ にちょうど対応する($Z=1$).Ti(中央)を6個のO(面心)が正八面体状に取り囲み,その八面体が頂点を共有して3次元につながる.Sr は8個の八面体に囲まれた大きな隙間(12配位)に入る.構造の記述に必要なのはWyckoff記号3行だけで,自由な座標パラメータはひとつもない.$Pm\bar{3}m$ のペロブスカイトは,格子定数 $a$ ただ1個で構造が完全に決まる,きわめて珍しく美しい構造である.

例題5.14 $Pm\bar{3}m$ の Wyckoff 位置と $\mathrm{SrTiO_3}$

$Pm\bar{3}m$ の点群は $m\bar{3}m$(位数48),格子は $P$(単位胞内の格子点1個)である.式 \eqref{eq:5-orbit-stabilizer} より,一般位置の多重度は

$$ M_{\text{gen}} = 48\times1 = 48 $$

International Tables の No. 221 のページには,次の位置が並んでいる(主なもの).

Wyckoff多重度 $M$代表座標site symmetry$\abs{G_\rr}$$M\times\abs{G_\rr}$
$1a$1$(0,0,0)$$m\bar{3}m$4848 ✓
$1b$1$(\frac12,\frac12,\frac12)$$m\bar{3}m$4848 ✓
$3c$3$(0,\frac12,\frac12)$$4/mmm$1648 ✓
$3d$3$(\frac12,0,0)$$4/mmm$1648 ✓
$6e$6$(x,0,0)$$4mm$848 ✓
$8g$8$(x,x,x)$$3m$648 ✓
$12h$12$(x,\frac12,0)$$mm2$448 ✓
$24k$24$(0,y,z)$$m$248 ✓
$48n$48$(x,y,z)$$1$148 ✓

どの行でも $M\times\abs{G_\rr}=48$ になっている.定理5.1の検算である.

$\mathrm{SrTiO_3}$ への当てはめ.

原子Wyckoff座標site symmetry配位
Sr$1a$$(0,0,0)$$m\bar{3}m$O 12配位(立方八面体)
Ti$1b$$(\frac12,\frac12,\frac12)$$m\bar{3}m$O 6配位(正八面体)
O$3c$$(0,\frac12,\frac12)$ ほか2つ$4/mmm$Ti 2配位 + Sr 4配位

配位数の確認.Ti $(\frac12,\frac12,\frac12)$ から最も近いO は $(0,\frac12,\frac12), (1,\frac12,\frac12), (\frac12,0,\frac12), (\frac12,1,\frac12), (\frac12,\frac12,0), (\frac12,\frac12,1)$ の6個で,距離はすべて $a/2$.正八面体である.✓ Sr $(0,0,0)$ から最も近いO は $(0,\pm\frac12,\pm\frac12)$ 型の12個で,距離は $\sqrt{(a/2)^2+(a/2)^2}=a/\sqrt2$.✓

∎ 自由パラメータがひとつもないことに注目したい.すべての座標が $0$ か $\frac12$ という「対称性で固定された値」であり,構造を決めるのは格子定数 $a$ だけである.第一原理計算でこの構造を最適化するとき,動かす変数は $a$ ひとつだけでよい.

例題5.15 ダイヤモンドの $8a$ 位置

ダイヤモンド $Fd\bar{3}m$(No. 227,原点選択2)で,炭素は Wyckoff $8a$,座標 $(\frac18,\frac18,\frac18)$,site symmetry $\bar{4}3m$(位数24)にある.定理5.1を確かめよ.

解答.点群は $m\bar{3}m$(位数48),格子は $F$(単位胞内の格子点4個).したがって

$$ M_{\text{gen}} = 48\times4 = 192 $$

実際,No. 227 の一般位置は $192i$ である.$8a$ については

$$ M\times\abs{G_\rr} = 8\times24 = 192\ \checkmark $$

∎ 一致した.site symmetry が $\bar{4}3m$($T_d$)であることは,ダイヤモンド中の炭素原子が正四面体配位していることと同じ内容である.$m\bar{3}m$ ではなく $\bar{4}3m$,つまり炭素原子の位置には反転中心がない.それでも結晶全体としては $Fd\bar{3}m$ で中心対称である(反転中心は炭素原子のない場所,2つの炭素の中点にある).

これは重要な区別である.結晶が中心対称であっても,個々の原子サイトが中心対称とは限らない.原子サイトの対称性(site symmetry)は,その原子の $d$ 軌道がどう分裂するか(第10章),どんな振動モードが許されるか,NMRやメスバウアーで何が見えるか,を直接決める量である.

5.7 230という数 — その内訳と由来

230 = 219 + 11

230の空間群を「抽象群として同型かどうか」で分類し直すと,じつは219種類しかない.差の11は,5.2節で見た鏡像対(enantiomorphic pair)である.

表5.7 11組の鏡像対(右巻きと左巻きのらせん軸を持つ)
#対#対
1$P4_1$ / $P4_3$7$P6_1$ / $P6_5$
2$P4_122$ / $P4_322$8$P6_2$ / $P6_4$
3$P4_12_12$ / $P4_32_12$9$P6_122$ / $P6_522$
4$P3_1$ / $P3_2$10$P6_222$ / $P6_422$
5$P3_112$ / $P3_212$11$P4_132$ / $P4_332$
6$P3_121$ / $P3_221$

各対の2つは,抽象群としては同型である(積表が同じ).しかし鏡に映さないと重ね合わせられないので,物理的には別物である.$\alpha$-石英の右水晶($P3_121$)と左水晶($P3_221$)は,旋光の向きが逆になる.生体分子の結晶が特定の鏡像体だけを取ることも,この区別があってはじめて意味を持つ.

$$ 219 + 11 = 230 $$

「$230$ が最終的な答えである」と言うとき,我々は鏡像対を別々に数える立場を取っているのである.

数学ノート:Bieberbach の定理と,次元による空間群の数

「なぜ有限個で終わるのか」という問いには,L. Bieberbach が1911–1912年に答えを与えた(Hilbert の第18問題の一部).

第3定理が「230で打ち止め」を保証している.証明は本書の範囲を超えるので述べないが,要点は第1定理にある:どんな結晶群も「並進(無限だが単純)+ 有限の点群」に分解でき,点群のほうは結晶制限定理で有限に抑えられる,という構造である.5.1.4節で導いた式 \eqref{eq:5-normal} は,この第1定理のいちばん易しい部分に対応している.

次元Bravais格子点群空間群
1122
2(壁紙群)51017
31432230
4642274894(うち鏡像対111組)

3次元の230という数は,1891年に E. S. Fedorov と A. Schoenflies がほぼ同時に,独立に導き出した(少し遅れて1894年に W. Barlow も).Fedorov の最初の数え上げは231個で,Schoenflies との文通のなかで重複1個が見つかって230に落ち着いた,という逸話が残っている.手計算だけでここまで到達した仕事である.

5.8 まとめと演習

5.8.1 まとめ

5.8.2 演習問題

演習5.1 $P2_1/c$ の積表を作る

$P2_1/c$(No. 14)の4つの対称操作は,分率座標で次のように書ける.

$$ g_1 = (x,y,z),\quad g_2 = \left(-x,\ y+\tfrac12,\ -z+\tfrac12\right),\quad g_3 = (-x,-y,-z),\quad g_4 = \left(x,\ -y+\tfrac12,\ z+\tfrac12\right) $$

(1) $g_2, g_3, g_4$ を Seitz 記号 $\{R|\bm{\tau}\}$ の形に書き直せ.

(2) $g_2^2$ を計算し,格子並進になることを確かめよ.

(3) $g_3 g_2$ を計算し,$g_4$(に格子並進を加えたもの)になることを確かめよ.すなわち,$2_1$ 軸と反転中心があれば $c$ グライドは自動的に生じることを示せ.

(4) 4つの操作が(格子並進を法として)群をなすことを,積表を作って確かめよ.

ヒント:(1) $g_2=\{C_2(y)|(0,\frac12,\frac12)\}$,$g_3=\{i|\bm{0}\}$,$g_4=\{\sigma_y|(0,\frac12,\frac12)\}$.(2) $C_2(y)(0,\frac12,\frac12)=(0,\frac12,-\frac12)$ に注意すると $g_2^2=\{E|(0,1,0)\}=\{E|\bb\}$.(3) $g_3g_2 = \{i\,C_2(y)\,|\,i(0,\frac12,\frac12)\} = \{\sigma_y|(0,-\frac12,-\frac12)\}$ で,これは $g_4$ に $\{E|-\bb-\cc\}$ を掛けたものに等しい.

演習5.2 $P4_2/mnm$(ルチル型 $\mathrm{TiO_2}$)を1文字ずつ読み下せ

完全記号は $P\,\frac{4_2}{m}\,\frac{2_1}{n}\,\frac{2}{m}$ である.

(1) 結晶系を答え,3つの位置がどの方向を指すかを表5.5から書き出せ.

(2) $P$,$4_2$,最初の $m$,$n$,最後の $m$ のそれぞれについて,「どの方向の,どんな対称要素か」を1つずつ述べよ.

(3) この空間群の点群は何か.中心対称性はあるか.ルチル型 $\mathrm{TiO_2}$ は圧電体になりうるか.

(4) シンモルフィックかノンシンモルフィックか.理由も述べよ.

(5) 表5.6を使って,$00l$ と $hk0$ にどんな消滅則が現れるかを答えよ.

ヒント:(1) 正方晶.第1位置 $[001]$,第2位置 $\langle100\rangle$,第3位置 $\langle110\rangle$.(2) $P$=単純正方格子.$4_2$=$[001]$ に平行な $4_2$ らせん軸($90^\circ$ 回して $\cc/2$ 上げる).最初の $m$=$[001]$ に垂直な $(001)$ 鏡映面.$n$=$\langle100\rangle$ に垂直な $n$ グライド面(並進 $\frac12(\bb+\cc)$ など)で,同じ方向に $2_1$ らせん軸.最後の $m$=$\langle110\rangle$ に垂直な鏡映面2枚と,$\langle110\rangle$ に平行な2回軸2本.(3) $4/mmm$,中心対称,圧電性なし.(4) $4_2$ と $n$ があるのでノンシンモルフィック.(5) $4_2\parallel[001]$ より $00l: l=2n$.$hk0$ は $(001)$ 面が純粋な鏡映面なので条件なし.$0kl$ は $n$ グライドにより $k+l=2n$.

演習5.3 $I4_1/amd$(アナターゼ型 $\mathrm{TiO_2}$,白色スズ $\beta$-Sn)を読め

完全記号は $I\,\frac{4_1}{a}\,\frac{2}{m}\,\frac{2}{d}$ である.

(1) $I$,$4_1$,$a$,$m$,$d$ のそれぞれを,方向とともに読み下せ.

(2) $d$ グライドが現れるためには格子がどうでなければならないか.この記号はその条件を満たしているか.

(3) 点群を答えよ.

(4) $00l$ にどんな消滅則が出るか.また $I$ 心による消滅則と合わせて,$hkl$ 全体の条件を書け.

(5) $4_1$ を4回施すとどうなるか,式 \eqref{eq:5-screw-n} を使って計算せよ.

ヒント:(1) $I$=体心正方格子.$4_1$=$[001]$ に平行な右巻き $4_1$ らせん軸.$a$=$[001]$ に垂直な $(001)$ 面上の $a$ グライド(並進 $\aa/2$).$m$=$\langle100\rangle$ に垂直な鏡映面(と $\langle100\rangle$ に平行な2回軸).$d$=$\langle110\rangle$ に垂直な $d$ グライド(と $\langle110\rangle$ に平行な2回軸).(2) $F$ 心または $I$ 心.$I$ なので満たす.(3) $4/mmm$.(4) $4_1$ より $00l: l=4n$,$I$ 心より $hkl: h+k+l=2n$.(5) $\left(4_1\right)^4=\{E|\cc\}$.

演習5.4 消滅則から空間群を絞り込む

ある直方晶の単結晶で,次の反射条件が観測された.

$$ hkl:\ \text{条件なし},\qquad 0kl:\ k=2n,\qquad h0l:\ l=2n,\qquad hk0:\ \text{条件なし} $$

(1) 格子は $P, C, I, F$ のどれか.理由を述べよ.

(2) $0kl$ の条件は,どの方向に垂直な,どんなグライド面から来るか.

(3) $h0l$ の条件は,どの方向に垂直な,どんなグライド面から来るか.

(4) 第3位置には何が入ると考えられるか.空間群の候補を挙げよ.

(5) さらに $0k0: k=2n$,$00l: l=2n$ も観測された.これは (4) の候補を絞り込む新しい情報になっているか.

ヒント:(1) $hkl$ に条件がないので $P$.(2) $[100]$ に垂直な $b$ グライド.(3) $[010]$ に垂直な $c$ グライド.(4) $Pbc?$ の形.$? = m$ なら $Pbcm$(No. 57),$? = 2_1$ なら $Pbc2_1$($Pca2_1$ の別設定,No. 29).$? = n$($Pbcn$,No. 60)は,第3位置の $n$ グライド $\perp[001]$ が表5.6により $hk0: h+k=2n$ を要求するので,「$hk0$:条件なし」という与件と矛盾し,この時点で除外される.(5) なっていない.$0k0: k=2n$ は (2) の $0kl: k=2n$ で $l=0$ とおいたもの,$00l: l=2n$ は (3) の $h0l: l=2n$ で $h=0$ とおいたものにすぎず,すでに使った情報の言い換えである.実際 $Pbcm$ と $Pbc2_1$ は消滅則が完全に一致する($0kl: k=2n$,$h0l: l=2n$,$0k0: k=2n$,$00l: l=2n$)ので,回折の消滅則だけでは最後まで区別できない.両者の違いは反転中心の有無だから,SHG(第2高調波発生)が出るかどうかや,回折強度の統計分布によって判定することになる.

演習5.5 Wyckoff位置と多重度

(1) 岩塩型 NaCl は $Fm\bar{3}m$ で,Na が $4a\ (0,0,0)$,Cl が $4b\ (\frac12,\frac12,\frac12)$ にある.一般位置の多重度 $M_{\text{gen}}$ を式 \eqref{eq:5-orbit-stabilizer} から求め,$4a$ の site symmetry の位数を答えよ.

(2) ルチル型 $\mathrm{TiO_2}$($P4_2/mnm$,点群 $4/mmm$,$P$ 格子)では,Ti が $2a\ (0,0,0)$,O が $4f\ (x,x,0)$($x\approx0.305$)にある.$M_{\text{gen}}$,および $2a$ と $4f$ の site symmetry の位数を求めよ.単位胞内の化学式単位数 $Z$ はいくつか.

(3) (2)で,構造を決めるのに必要な自由パラメータは全部でいくつか(格子定数も数える).$\mathrm{SrTiO_3}$(例題5.14)と比べよ.

ヒント:(1) $M_{\text{gen}} = 48\times4 = 192$.$4a$ は $192/4 = 48$,すなわち site symmetry は $m\bar{3}m$.(2) $M_{\text{gen}} = 16\times1 = 16$.$2a$ は $16/2=8$($mmm$),$4f$ は $16/4=4$($m.2m$).Ti 2個,O 4個で $Z=2$.(3) 格子定数 $a$, $c$ と内部座標 $x$ の計3個.$\mathrm{SrTiO_3}$ は $a$ の1個だけだった.

演習5.6 シンモルフィック性と230の内訳

(1) 次の空間群がシンモルフィックかノンシンモルフィックかを判定せよ.
$Pm\bar{3}m$, $Fd\bar{3}m$, $I4/mmm$, $P6_3/mmc$, $R\bar{3}m$, $Cmcm$, $P2_1 2_1 2_1$, $F\bar{4}3m$

(2) 正方晶のシンモルフィック空間群は16個である(表5.3).7つの正方晶点群 $4,\bar{4},4/m,422,4mm,\bar{4}2m,4/mmm$ と2つの格子 $P, I$ から,実際に16個を書き出せ.

(3) $P4_12_12$ と $P4_32_12$ は抽象群として同型だが,別の空間群として数えられる.その理由を述べよ.また,この2つを実験的に区別するにはどうすればよいか考えよ.

ヒント:(1) シンモルフィックは $Pm\bar{3}m$, $I4/mmm$, $R\bar{3}m$, $F\bar{4}3m$ の4つ.残りはらせん軸かグライド記号を含むのでノンシンモルフィック.(2) $P4, I4, P\bar{4}, I\bar{4}, P4/m, I4/m, P422, I422, P4mm, I4mm, P\bar{4}2m, P\bar{4}m2, I\bar{4}m2, I\bar{4}2m, P4/mmm, I4/mmm$ の16個.$\bar{4}2m$ だけ向きの置き方が2通りあることに注意.(3) 一方は右巻き $4_1$,他方は左巻き $4_3$ のらせん軸を持ち,鏡像の関係にあるため.区別には旋光性の測定,円二色性,あるいは異常分散を利用した絶対構造の決定(Flack パラメータ)を用いる.

参考文献

  1. 望月 泰英「物質の対称性と群論 2. 点群と空間群」望月研究室勉強会資料(2026年4月24日),スライド2-8.—— 本章5.4節の $Pm\bar{3}m$/$Fm\bar{3}m$ の読み下しは,この資料の記述を出発点にしている.
  2. International Union of Crystallography, International Tables for Crystallography, Volume A: Space-Group Symmetry, 6th ed. (2016). —— 230空間群の一次資料.各空間群について,対称操作の一覧,Wyckoff位置,反射条件,部分群がすべて載っている.Table 2.1.3.1 が本章の表5.5にあたる.
  3. 今野 豊彦『物質の対称性と群論』共立出版,第3章.—— 空間群と国際表記の日本語での標準的な解説.
  4. M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus, A. Jorio, Group Theory: Application to the Physics of Condensed Matter, Springer (2008), Chapter 9 (Space Groups in Real Space) および Chapter 10.
  5. C. Kittel『キッテル 固体物理学入門(上)』第8版,丸善出版,第1章.—— 空間群の扱いは簡潔だが,結晶構造の実例が豊富である.
  6. C. Giacovazzo et al., Fundamentals of Crystallography, 3rd ed., Oxford University Press (2011), Chapter 1–2.—— 消滅則と空間群決定の実務について,本章より詳しい.
  7. M. I. Aroyo et al., "Bilbao Crystallographic Server", Z. Kristallogr. 221, 15 (2006). —— 空間群の全情報を無料で引ける Web サービス.演習の答え合わせに使うとよい.