第13章松原Green関数と解析接続
ここまでの12章は,ほとんどの場面で絶対零度を暗黙の前提にしてきた.第7章の久保公式では基底状態 $\ket{0}$ での期待値を取り,第8章のLehmann表示でも $\ket{0}$ から励起状態 $\ket{n}$ へ叩き出す振幅を数えた.しかし現実の実験は室温で行われる.金属の抵抗も,中性子散乱も,光学吸収も,すべて有限温度の測定である.有限温度では系は基底状態にいない.ならば,期待値をBoltzmann重み付きの熱平均
$$ \braket{\hat O} = \frac{1}{Z}\Tr\left[\ee^{-\beta\Ham}\hat O\right], \qquad Z=\Tr\,\ee^{-\beta\Ham},\qquad \beta=\frac{1}{k_BT} $$に置き換えればよい —— そう言ってしまえば話は一行で済む.実際,久保公式そのものはそれで正しい(13.9節で証明する).困るのはその先である.相互作用のある系で $\ee^{-\beta\Ham}$ を扱おうとすると,第6章で作った道具(断熱的印加,Gell-Mann–Low の定理,Dyson級数)がことごとく使えなくなる.あの道具立ては「相互作用を無限の過去からゆっくり入れると,自由系の基底状態が相互作用系の基底状態に化ける」という定理に立脚しており,基底状態を特別扱いする議論だったからである.有限温度では特別な状態など存在しない.
松原武生(Takeo Matsubara)が1955年に出した答えは,いま振り返ると信じがたいほど大胆である.統計重み $\ee^{-\beta\Ham}$ と時間発展 $\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}$ を見比べて,「これは $t$ を虚数にしたものではないか」と言い切ってしまったのである.$t=-\ii\hbar\beta$ と置けば $\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}=\ee^{-\beta\Ham}$ になる.つまり温度は虚の時間である.この一言で,統計力学と時間発展が同じ道具箱に入る.摂動論は第6章のDyson級数がそのまま使え,Wick の定理も成り立ち,Feynman図が描ける.
代償はひとつだけある.こうして計算できるのは虚時間の関数 $\mathcal{G}(\tau)$ であり,実験が測るのは実時間の遅延応答関数 $\chi^R(\omega)$ である.両者をつなぐのが本章の主役,解析接続 $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ である.「虚軸上の飛び飛びの点でしか値を知らないのに,なぜ実軸上の関数が復元できるのか」——この問いに正面から答えるのが13.8節であり,本書全体のクライマックスでもある.
- $\ee^{-\beta\Ham}$ と $\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}$ を見比べて虚時間 $\tau$ を発明する道筋.なぜこんな奇妙なものを導入するのか,その必然性
- 虚時間Heisenberg演算子 $\hat A(\tau)=\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\ee^{-\Ham\tau/\hbar}$ と,$\hat A(\tau)^\dagger\neq\hat A(\tau)$ という落とし穴
- 松原Green関数 $\mathcal{G}_{AB}(\tau)=-\braket{T_\tau\hat A(\tau)\hat B(0)}$ の定義と虚時間順序積 $T_\tau$
- 周期性・反周期性 $\mathcal{G}(\tau+\beta\hbar)=\pm\mathcal{G}(\tau)$ の証明.トレースの巡回性だけで出る,本章で最も美しい計算
- そこから必然的に出てくる松原振動数:Bose型 $\omega_n=2n\pi/\beta\hbar$,Fermi型 $\omega_n=(2n+1)\pi/\beta\hbar$
- 自由粒子の $\mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n)=\left(\ii\omega_n-\xi_\kk/\hbar\right)^{-1}$ を定義から積分して導く
- 松原振動数の和の実行法:$n_F(z)$ や $n_B(z)$ を掛けて閉じた積分に直し,第5章の留数定理で評価する
- スペクトル表示と解析接続:$\mathcal{G}(\ii\omega_n)$ と $\chi^R(\omega)$ が同じ1つの関数の異なる引数における値であること.Baym–Mermin の一意性定理
- 有限温度の線形応答.有限温度Lindhard関数,Debye遮蔽とThomas–Fermi遮蔽が同じ式の両極限であること
- この先の多体理論(Feynman図・Dyson方程式・自己エネルギー・GW・DMFT)への地図
13.1 動機 —— なぜ虚時間などという奇妙なものを持ち出すのか
13.1.1 有限温度で何が困るのか
まず,困っていることを正確に述べる.有限温度で物理量の期待値を計算するとは,密度演算子
$$ \begin{equation} \hat\rho_0 = \frac{\ee^{-\beta\Ham}}{Z}, \qquad Z = \Tr\,\ee^{-\beta\Ham}, \qquad \beta \equiv \frac{1}{k_BT} \label{eq:13-rho0} \end{equation} $$を使って $\braket{\hat O}=\Tr[\hat\rho_0\hat O]$ を計算することである.ここまでは何も難しくない.難しいのは $\Ham$ が相互作用を含むときである.電子気体なら $\Ham=\sum_\kk\epsilon_\kk c^\dagger_\kk c_\kk+\frac{1}{2V}\sum v(q)c^\dagger c^\dagger c\,c$ であり,$\ee^{-\beta\Ham}$ は「相互作用を含んだ演算子の指数関数」である.これを厳密に扱える系はほとんどない.だから摂動論をやりたい.ところが,ここで壁に突き当たる.
有限温度で第6章の道具が壊れる3つの理由
- Gell-Mann–Low の定理が使えない.第6章で導入した断熱的印加 $\ee^{\eta t}$ は,「$t=-\infty$ の自由系の基底状態から出発して,相互作用をゆっくり入れると相互作用系の基底状態に到達する」という主張だった.有限温度では出発点が基底状態ではなく,無数の状態のBoltzmann混合である.混合状態に対する断熱定理は,そのままでは存在しない.
- $\ee^{-\beta\Ham}$ の展開が単純ではない.$\Ham=\Ham_0+\hat V$ のとき $\ee^{-\beta(\Ham_0+\hat V)}\neq\ee^{-\beta\Ham_0}\ee^{-\beta\hat V}$ である($[\Ham_0,\hat V]\neq0$ だから).素朴に展開しようとすると,$\Ham_0$ と $\hat V$ の順序をどう並べるかという厄介な問題が出る.
- Wick の定理をどう使うか分からない.Feynman図の計算は,多数の演算子の積の期待値を2個ずつの組(縮約)に分解するWick の定理に立脚している.$T=0$ ではFermi球という単純な基底状態のおかげでこれが成り立つ(より一般には,基準となる状態が自由粒子的=Gauss型であることが本質で,Fermi球はその代表例である).有限温度では基底状態がないので,そのままの形では使えない.
要するに,有限温度では「摂動論の枠組みそのもの」を作り直さなければならない.松原形式はそのための枠組みである.
13.1.2 2つの指数関数を見比べる
ここで,いったん手を止めて,次の2つの式をただ眺めてほしい.
$$ \underbrace{\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}}_{\text{時間発展演算子(量子力学)}} \qquad\qquad \underbrace{\ee^{-\beta\Ham}}_{\text{統計重み(統計力学)}} $$左は第6章の主役,右は式 \eqref{eq:13-rho0} の主役である.片方は「時間が経つとどうなるか」を,もう片方は「温度 $T$ でどの状態がどれだけ現れるか」を表す.物理的にはまったく別物である.ところが形はそっくりである.どちらも「$\Ham$ に何かを掛けて指数関数にしたもの」でしかない.
松原の着想 —— 2つの指数関数を無理やり同一視する
そこで,こう問う.時間 $t$ にどんな値を入れれば,時間発展演算子が統計重みに化けるか.
$$ \ee^{-\ii\Ham t/\hbar} \;=\; \ee^{-\beta\Ham} \qquad\Longleftrightarrow\qquad -\frac{\ii t}{\hbar} = -\beta \qquad\Longleftrightarrow\qquad t = \frac{\hbar\beta}{\ii} = -\ii\hbar\beta $$答えは $t=-\ii\hbar\beta$,すなわち純虚数の時間である.言い換えれば:
温度 $T$ の統計重み $\ee^{-\beta\Ham}$ とは,系を虚の時間 $-\ii\hbar\beta$ だけ時間発展させる演算子にほかならない.
これが本章のすべての出発点である.温度が高い($\beta$ が小さい)ほど虚時間の区間は短く,温度が低い($\beta$ が大きい)ほど長い.$T\to0$ で区間が無限に長くなり,規格化した密度演算子 $\hat\rho_0=\ee^{-\beta\Ham}/Z$ は基底状態への射影演算子に近づく(最も低い $E_0$ の項だけが生き残るから).低温=長い虚時間という対応は,以後ずっと効いてくる.
この対応が本当に役に立つのは,次の書き換えができるからである.$\Ham=\Ham_0+\hat V$ として,虚時間の相互作用表示を作ると
$$ \begin{equation} \ee^{-\beta\Ham} = \ee^{-\beta\Ham_0}\; T_\tau\exp\left[-\frac{1}{\hbar}\int_0^{\beta\hbar}\dd\tau\,\hat V(\tau)\right] \label{eq:13-dyson-tau} \end{equation} $$という形になる.ここで $\hat V(\tau)\equiv\ee^{\Ham_0\tau/\hbar}\hat V\ee^{-\Ham_0\tau/\hbar}$ であり,発展させるのは自由部分 $\Ham_0$ だけである(13.2節で定義する,全 $\Ham$ で発展させる虚時間Heisenberg表示とは別物なので注意してほしい).$T_\tau$ は虚時間についての順序積(13.3節で定義する)である.これは第6章のDyson級数
$$ \hat U(t,t_0)=T\exp\left[-\frac{\ii}{\hbar}\int_{t_0}^{t}\dd t'\,\hat V(t')\right] $$とまったく同じ形である.違うのは $-\ii/\hbar$ が $-1/\hbar$ になったことと,積分区間が実時間の $[t_0,t]$ ではなく虚時間の $[0,\beta\hbar]$ になったことだけである.すなわち,統計力学の分配関数の計算が,そのまま量子力学の摂動論になった.第6章で作った道具が全部使い回せる.これが松原形式の御利益である.
13.1.3 「虚の時間」とは何を意味するのか
「時間を虚数にする」と言われて,素直に呑み込める人はいない.ここは慎重に整理しておく.
数学的には,複素数の「時間」$z$ を考え,実軸上を動くのが通常の時間発展,負の虚軸方向へ降りるのが統計重み,と見るのが一番見通しがよい.この見方を図13.1に示す.実軸から虚軸へ $90^\circ$ 回すこの操作を,場の理論ではWick回転(Wick rotation)と呼ぶ.
13.2 虚時間 $\tau$ と虚時間Heisenberg演算子
13.2.1 定義
第6章のHeisenberg表示の演算子は
$$ \begin{equation} \hat A_H(t) = \ee^{\ii\Ham t/\hbar}\,\hat A\,\ee^{-\ii\Ham t/\hbar} \label{eq:13-heisenberg-real} \end{equation} $$であった.ここで虚時間 $\tau$ を
で導入し,式 \eqref{eq:13-heisenberg-real} に代入する.指数の肩を1つずつ計算しよう:
$$ \frac{\ii\Ham t}{\hbar} = \frac{\ii\Ham(-\ii\tau)}{\hbar} = \frac{-\ii^2\Ham\tau}{\hbar} = \frac{\Ham\tau}{\hbar} $$$\ii\times(-\ii)=-\ii^2=+1$ を使っただけである.したがって
これを虚時間Heisenberg演算子(松原表示の演算子)と呼ぶ.$\ii$ が消えて,指数関数の肩が実数になったことに注意してほしい.式 \eqref{eq:13-heisenberg-real} の指数は絶対値 $1$ の位相因子だったが,式 \eqref{eq:13-heisenberg-tau} の指数は実数の増大・減衰因子である.この違いが,以下のすべてを支配する.
13.2.2 落とし穴:$\hat A(\tau)^\dagger \neq \hat A(\tau)$
ここが虚時間形式で最初につまずくところである.実時間なら,$\hat A$ がエルミート($\hat A^\dagger=\hat A$)ならば $\hat A_H(t)$ もエルミートである.実際
$$ \left[\hat A_H(t)\right]^\dagger = \left[\ee^{\ii\Ham t/\hbar}\hat A\,\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}\right]^\dagger = \ee^{+\ii\Ham t/\hbar}\,\hat A^\dagger\,\ee^{-\ii\Ham t/\hbar} = \hat A_H(t) $$である($(\ee^{-\ii\Ham t/\hbar})^\dagger=\ee^{+\ii\Ham t/\hbar}$.$\Ham$ がエルミートで,$\ii$ が複素共役で符号を変えるから).ところが虚時間では $\ii$ がない.だから
虚時間演算子はエルミートではない
$$ \begin{equation} \left[\hat A(\tau)\right]^\dagger = \left[\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\,\ee^{-\Ham\tau/\hbar}\right]^\dagger = \ee^{-\Ham\tau/\hbar}\,\hat A^\dagger\,\ee^{+\Ham\tau/\hbar} = \hat A^\dagger(-\tau) \label{eq:13-dagger} \end{equation} $$すなわち,ダガーを取ると $\tau$ の符号が反転する.$\hat A$ がエルミートであっても $\hat A(\tau)^\dagger=\hat A(-\tau)\neq\hat A(\tau)$ である.
とくに生成・消滅演算子では要注意である.虚時間では
$$ \hat c(\tau)=\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat c\,\ee^{-\Ham\tau/\hbar}, \qquad \bar{c}(\tau)\equiv\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat c^\dagger\ee^{-\Ham\tau/\hbar} $$と別々に定義するのが慣習で,$\bar c(\tau)$ は $\hat c(\tau)$ のエルミート共役ではない($[\hat c(\tau)]^\dagger=\bar c(-\tau)$).多くの教科書が $\bar c$ や $c^\dagger(\tau)$ という記号を使うのは,この事情を目立たせるためである.「$\dagger$ が付いているのにエルミート共役ではない」という一見むちゃな記法だが,これを承知していないと符号を必ず間違える.
根本の理由は,$t$ に純虚数を代入した時点で実時間の理論のユニタリ性(=確率の保存)が失われることにある.虚時間形式はユニタリではない.失われた情報は,最後に解析接続して実軸に戻ることで回復する.
13.2.3 運動方程式
式 \eqref{eq:13-heisenberg-tau} を $\tau$ で微分してみよう.積の微分則を使い,$\Ham$ と $\ee^{\pm\Ham\tau/\hbar}$ が可換であることに注意すると
導出:虚時間のHeisenberg方程式
ステップ1:微分する.$\frac{\dd}{\dd\tau}\ee^{\Ham\tau/\hbar}=\frac{\Ham}{\hbar}\ee^{\Ham\tau/\hbar}$,$\frac{\dd}{\dd\tau}\ee^{-\Ham\tau/\hbar}=-\frac{\Ham}{\hbar}\ee^{-\Ham\tau/\hbar}$ を使って
$$ \frac{\dd\hat A(\tau)}{\dd\tau} = \frac{\Ham}{\hbar}\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\ee^{-\Ham\tau/\hbar} \;+\;\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\left(-\frac{\Ham}{\hbar}\right)\ee^{-\Ham\tau/\hbar} $$ステップ2:$\Ham$ を指数関数の内側へ通す.$\Ham$ と $\ee^{\Ham\tau/\hbar}$ は可換だから,第1項の $\Ham$ を右へ,第2項の $\Ham$ を左へ動かせる:
$$ = \frac{1}{\hbar}\ee^{\Ham\tau/\hbar}\left(\Ham\hat A-\hat A\Ham\right)\ee^{-\Ham\tau/\hbar} = \frac{1}{\hbar}\ee^{\Ham\tau/\hbar}[\Ham,\hat A]\,\ee^{-\Ham\tau/\hbar} $$ステップ3:右辺も虚時間演算子の形にまとめる.$[\Ham,\hat A]$ もひとつの演算子だから,式 \eqref{eq:13-heisenberg-tau} の定義を当てはめれば
∎ 実時間のHeisenberg方程式 $\ii\hbar\frac{\dd\hat A_H}{\dd t}=[\hat A_H,\Ham]$ と比べると,$\ii$ が消え,交換子の順序が入れ替わっている.式 \eqref{eq:13-eom} は拡散方程式型($\partial_\tau=\cdots$)であり,実時間版が波動方程式型($\ii\partial_t=\cdots$)だったのと対照的である.虚時間では振動する代わりに指数関数的に減衰・増大する,と覚えておけばよい.
13.2.4 大正準集団を使う
多粒子系では,粒子数を固定するより化学ポテンシャル $\mu$ を固定するほうが計算が楽である.そこで以後,必要に応じて
という大正準集団を使う.$\hat N$ は粒子数演算子である.演算子の虚時間発展も $\Ham$ ではなく $\hat K$ で定義する:$\hat A(\tau)=\ee^{\hat K\tau/\hbar}\hat A\ee^{-\hat K\tau/\hbar}$.Fetter–Waleckaもこの流儀である.
$\Ham$ と $\hat K$ の使い分け
混乱を避けるため,本章では次のようにする.
- 13.2〜13.5節の一般論では $\Ham$ と書く.$\hat K$ に置き換えても議論は一字一句そのまま通る($\hat K$ もエルミート演算子だから).
- 13.6節以降の具体計算では $\hat K$ を使い,1粒子エネルギーを $\xi_\kk\equiv\epsilon_\kk-\mu$ と書く.$\xi_\kk$ はFermi面から測ったエネルギーであり,$T=0$ では $\xi_\kk<0$ が占有,$\xi_\kk>0$ が非占有である.
$\mu$ を引く理由はもう一つある.$\hat N$ は $\Ham$ と可換(粒子数保存)なので $\ee^{-\beta\hat K}=\ee^{-\beta\Ham}\ee^{\beta\mu\hat N}$ と分けられ,生成演算子1つを付け加えるたびに $\ee^{\beta\mu}$ が付く.これを最初から $\xi$ に繰り込んでおくと,13.4節の(反)周期性の証明が粒子数を変える演算子についてもそのまま成り立つ.
13.3 松原Green関数の定義
13.3.1 実時間のGreen関数を虚時間に移す
第8章の最後(8.8節)で,時間順序型の応答関数
$$ \chi^T_{AB}(t) = -\frac{\ii}{\hbar}\braket{T\,\hat A_H(t)\hat B(0)} $$を見た.Feynman図が自然に作るのはこの型だが,上半面解析性がないので実験と直結しない,という話だった.松原Green関数はこの虚時間版である.
定義13.1 松原Green関数
2つの演算子 $\hat A,\hat B$ に対し,松原Green関数を
で定義する.$\hat A(\tau)$ は式 \eqref{eq:13-heisenberg-tau} の虚時間Heisenberg演算子,$\braket{\cdots}$ は熱平均,$T_\tau$ は次に定義する虚時間順序積である.定義域は $-\beta\hbar < \tau < \beta\hbar$ とする(なぜこの範囲なのかは13.4節で分かる).
先頭のマイナス符号は慣習である.これを付けておくと,後で $\mathcal{G}^0=(\ii\omega_n-\xi/\hbar)^{-1}$ という符号なしのきれいな形になる.
定義13.2 虚時間順序積 $T_\tau$ と統計の符号 $\zeta$
$T_\tau$ は「$\tau$ の大きいものを左に並べ替える」演算である.ただしFermi演算子を入れ替えるたびにマイナス符号を付ける.ここで統計の符号を
$$ \zeta \equiv \begin{cases} +1 & \hat A,\hat B \text{ がBose的(偶数個のFermi演算子の積,あるいはBose演算子)}\\ -1 & \hat A,\hat B \text{ がFermi的(奇数個のFermi演算子の積)} \end{cases} $$と定義すると,$T_\tau$ の作用は一行で書ける:
したがって定義13.1は,$\theta$ 関数を使って次のように書き下せる:
なぜ $\zeta$ という符号が要るのか
Fermi演算子は反交換する($c_1c_2=-c_2c_1$).順序を入れ替える操作にマイナスを付けておかないと,$T_\tau$ が「並べ替え」として一貫しない.たとえば $\tau_1<\tau_2$ のとき $T_\tau[c(\tau_1)\bar c(\tau_2)] = -\bar c(\tau_2)c(\tau_1)$ である.この符号を忘れると,Wick の定理でFeynman図の符号が総崩れになる.
いっぽう本書で応答関数に使う演算子(密度・電流・スピン・座標など)は,いずれもBose的である.密度演算子 $\hat\rho=\hat\psi^\dagger\hat\psi$ はFermi演算子2個,電流も2個,座標 $\hat x$ はそもそもFermi演算子ではない.要するにFermi演算子を偶数個含む観測量は $\zeta=+1$ になる,ということであって,Fermi演算子を奇数個含む演算子どうしを組んだ量(1粒子伝播関数や,超伝導の異常Green関数 $-\braket{T_\tau c(\tau)c(0)}$ など)を扱えばBose型にはならない.だから線形応答に使う $\mathcal{G}$ はすべて $\zeta=+1$(周期的)である.$\zeta=-1$(反周期的)が必要になるのは,1粒子伝播関数 $\mathcal{G}(\kk,\tau)=-\braket{T_\tau c_\kk(\tau)\bar c_\kk(0)}$ のように,粒子を1個入れて1個抜くGreen関数を扱うときである.
本書では両方を並行して扱う.理由は簡単で,1粒子伝播関数(Fermi型)を組み合わせて応答関数(Bose型)を作るのが多体理論の標準的な手順だからである(13.9節と演習13.3).
13.3.2 なぜ $\tau$ の順序を気にするのか
実時間の順序積 $T$ は「因果的に正しい順に並べる」という意味を持っていた.虚時間の $T_\tau$ にはそういう物理的意味はない.ではなぜ必要なのか.
$T_\tau$ がないと発散する
$\tau>0$ で $\braket{\hat A(\tau)\hat B}$ を計算するとどうなるか,Lehmann表示で見てみよう.固有状態 $\ket{a}$(エネルギー $E_a$)で挟むと(13.8節で丁寧に導出する)
$$ \braket{\hat A(\tau)\hat B} = \frac1Z\sum_{a,b}\ee^{-\beta E_a}\,\ee^{(E_a-E_b)\tau/\hbar}\,A_{ab}B_{ba} $$という形になる.ここで $\ee^{-\beta E_a}\ee^{(E_a-E_b)\tau/\hbar}=\ee^{-(\beta\hbar-\tau)E_a/\hbar}\ee^{-\tau E_b/\hbar}$ と書き直すと,この和が収束するには
$$ \beta\hbar-\tau > 0 \quad\text{かつ}\quad \tau > 0, \qquad\text{すなわち}\qquad 0 < \tau < \beta\hbar $$でなければならない(そうでないと $E_a\to\infty$ や $E_b\to\infty$ の項が指数関数的に増大して和が発散する).すなわち$\braket{\hat A(\tau)\hat B}$ という量が,この素朴な形のまま収束するのは $0<\tau<\beta\hbar$ に限られる.ここで「だからこの範囲の外では値が存在しない」と言い切ってしまわないよう気をつけたい.いま示されたのは「Lehmann和をそのまま外へ持ち出すと発散する」ということであって,区間の外が禁じられているわけではない.結論を先に言えば,外へ持ち出す必要がそもそも無いのである(次節).
同様に $\braket{\hat B\hat A(\tau)}$ が素朴に収束するのは $-\beta\hbar<\tau<0$ である.この2つを $\theta$ 関数で貼り合わせたのが式 \eqref{eq:13-G-explicit} である.すなわち $T_\tau$ は「それぞれの領域で収束する式を選ぶ」ための仕掛けであり,$\mathcal{G}(\tau)$ が $-\beta\hbar<\tau<\beta\hbar$ 全体でうまく定義されるようにしている.
これは技巧ではない.虚時間形式が有限区間 $\abs{\tau}<\beta\hbar$ に閉じ込められる根本理由であり,次節の(反)周期性,そして13.5節の離散振動数へと直結する.
小谷岳生先生のご助言:$\tau$ の範囲は「定義できない」のではなく「そこだけで完結する」
素朴に考えれば,応答関数は実時間 $t$ の関数なのだから,$\tau$ も $t$ と同じようなものだと思って $-\infty$ から $\infty$ まで走らせる形式論が欲しくなる.しかしいま見たとおり,それは発散して破綻する.ところが式 \eqref{eq:13-G-explicit} に現れた $\braket{\hat A(\tau)\hat B}$ をよく見ると,$-\beta\hbar<\tau<0$ に対して
$$ \braket{\hat A(\tau+\beta\hbar)\,\hat B} = \braket{\hat B\,\hat A(\tau)} $$が成り立つことに気がつく(KMS条件と呼ばれる関係で,13.4.3節の証明のステップ3〜5がまさにこの計算である).つまり $\tau$ を $\beta\hbar$ ずらしても,$\braket{\hat A(\tau)\hat B}$ の領域と $\braket{\hat B\hat A(\tau)}$ の領域を行き来するだけで元に戻ってしまう.時間順序積で貼り合わせた $\mathcal{G}$ は,区間の外に新しい情報を何ひとつ持たないのである.だから正しくは,$\tau$ の範囲が定義できないのではなく,その範囲だけで理論が完結してしまうので,それ以外の $\tau$ 領域は考えなくて済む,と言うべきである.
有限区間に閉じ込めて何かを失ったのではないか,という心配も要らない.そこには離散的な松原振動数という無限個の点の上の値が残っており(13.5節),複素解析では「離散的でも無限個の点で値が与えられていれば全領域に拡張できる」からである.ただしこれは無条件に成り立つ話ではなく,上半面での解析性と $\abs{z}\to\infty$ での $1/\abs{z}$ 型の減衰という条件が要る(13.8.4節の定理13.4).その条件を落とすと一意性が実際に破れることも,13.8.4節で反例つきで確かめる.図13.1のキャプションで注意した「虚時間が動く範囲が有限区間 $[0,\hbar\beta]$ に限られる」という事実は,形式の制約ではなく,形式が自己完結していることの表明にほかならない.松原先生はおそらく,この自己完結性にひらめいたのだろう.
——以上は,QSGW 法の開発者である小谷岳生先生よりいただいたご助言(私信,2026年8月)にもとづく.
13.4 周期性と反周期性 —— 本章で最も重要な計算
13.4.1 主張
いよいよ本章の心臓部である.松原Green関数は,区間の端で驚くほど単純な性質をもつ.
定理13.1 (反)周期性
$-\beta\hbar < \tau < 0$ に対して
すなわち,$\mathcal{G}$ は虚時間について周期 $\beta\hbar$ で(符号を除いて)繰り返す.したがって $\mathcal{G}$ の情報は区間 $0\le\tau\le\beta\hbar$ の中にすべて入っている.
なぜこれが「本章で最も重要」なのか
この性質が本章のすべてを生むからである.周期関数はFourier級数に展開できるから振動数が離散的になり(松原振動数,13.5節),その離散点列の上でしか関数を知らないのに実軸上の値が復元できるか,という問題設定が生まれる(解析接続,13.8節).そして周期性の由来はトレースの巡回性,すなわち「系が熱平衡にあること」そのものである.だから非平衡系では成り立たず,松原形式も使えない(13.10節).
証明にはトレースの巡回性 $\Tr[\hat X\hat Y\hat Z]=\Tr[\hat Z\hat X\hat Y]$ しか使わない.3行の計算だが,1行ずつ追う価値がある.
13.4.2 準備:トレースの巡回性
トレースの巡回性の確認
任意の演算子 $\hat X,\hat Y$ について,成分で書くと
$$ \Tr[\hat X\hat Y] = \sum_{m}\bra{m}\hat X\hat Y\ket{m} = \sum_{m,n}X_{mn}Y_{nm} = \sum_{n,m}Y_{nm}X_{mn} = \Tr[\hat Y\hat X] $$である(単に数の積の順序を入れ替えただけ).これを繰り返せば
$$ \Tr[\hat X\hat Y\hat Z] = \Tr[\hat Z\hat X\hat Y] = \Tr[\hat Y\hat Z\hat X] $$となる.「一番右のものを一番左へ回してよい」と覚えればよい.順序を勝手に入れ替えてよいわけではない($\Tr[\hat X\hat Y\hat Z]\neq\Tr[\hat Y\hat X\hat Z]$ が一般).この「回してよい」という自由度だけで定理13.1が出る.
13.4.3 証明
導出:定理13.1 の証明 —— 1行ずつ
以下,$-\beta\hbar<\tau<0$ とする.したがって $\tau+\beta\hbar$ は $0<\tau+\beta\hbar<\beta\hbar$ の範囲にある.$\mathcal{G}(\tau)$ と $\mathcal{G}(\tau+\beta\hbar)$ をそれぞれ別々に計算して,最後に比べる.
ステップ1:$\mathcal{G}(\tau)$ を書き下す.$\tau<0$ だから式 \eqref{eq:13-G-explicit} の第2項が生きる:
$$ \mathcal{G}_{AB}(\tau) = -\zeta\braket{\hat B(0)\hat A(\tau)} = -\frac{\zeta}{Z}\Tr\left[\ee^{-\beta\Ham}\,\hat B\,\hat A(\tau)\right] \tag{A} $$これはあとで使うので,式 (A) と名付けて取っておく.
ステップ2:$\mathcal{G}(\tau+\beta\hbar)$ を書き下す.今度は引数が正だから式 \eqref{eq:13-G-explicit} の第1項が生きる:
$$ \mathcal{G}_{AB}(\tau+\beta\hbar) = -\braket{\hat A(\tau+\beta\hbar)\hat B(0)} = -\frac{1}{Z}\Tr\left[\ee^{-\beta\Ham}\,\hat A(\tau+\beta\hbar)\,\hat B\right] $$ステップ3:$\hat A(\tau+\beta\hbar)$ を定義どおり展開する.式 \eqref{eq:13-heisenberg-tau} より
$$ \hat A(\tau+\beta\hbar) = \ee^{\Ham(\tau+\beta\hbar)/\hbar}\,\hat A\,\ee^{-\Ham(\tau+\beta\hbar)/\hbar} $$指数の肩を分解する.$\Ham$ の関数どうしは可換だから,指数法則がそのまま使える:
$$ \ee^{\Ham(\tau+\beta\hbar)/\hbar} = \ee^{\Ham\tau/\hbar}\,\ee^{\beta\Ham}, \qquad \ee^{-\Ham(\tau+\beta\hbar)/\hbar} = \ee^{-\Ham\tau/\hbar}\,\ee^{-\beta\Ham} $$よって,トレースの中身は
$$ \ee^{-\beta\Ham}\,\hat A(\tau+\beta\hbar)\,\hat B = \ee^{-\beta\Ham}\;\ee^{\Ham\tau/\hbar}\ee^{\beta\Ham}\;\hat A\;\ee^{-\Ham\tau/\hbar}\ee^{-\beta\Ham}\;\hat B $$ステップ4:左側の3つの指数関数をまとめる.$\ee^{-\beta\Ham}$,$\ee^{\Ham\tau/\hbar}$,$\ee^{\beta\Ham}$ はすべて $\Ham$ の関数だから互いに可換で,肩を足し算できる:
$$ \ee^{-\beta\Ham}\,\ee^{\Ham\tau/\hbar}\,\ee^{\beta\Ham} = \ee^{(-\beta+\tau/\hbar+\beta)\Ham} = \ee^{\Ham\tau/\hbar} $$$\ee^{-\beta\Ham}$ が消えた.これが証明の急所である.統計重みが,虚時間発展にきれいに吸収されてしまった.したがって
$$ \mathcal{G}_{AB}(\tau+\beta\hbar) = -\frac{1}{Z}\Tr\left[\;\underbrace{\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\,\ee^{-\Ham\tau/\hbar}}_{=\;\hat A(\tau)}\;\ee^{-\beta\Ham}\,\hat B\;\right] = -\frac{1}{Z}\Tr\left[\hat A(\tau)\,\ee^{-\beta\Ham}\,\hat B\right] $$ステップ5:トレースを巡回させる.いまトレースの中は3つの因子 $\hat X=\hat A(\tau)$,$\hat Y=\ee^{-\beta\Ham}$,$\hat Z=\hat B$ の積 $\Tr[\hat X\hat Y\hat Z]$ である.巡回性 $\Tr[\hat X\hat Y\hat Z]=\Tr[\hat Y\hat Z\hat X]$ を使って,$\hat A(\tau)$ を一番右へ回す:
$$ \Tr\left[\hat A(\tau)\,\ee^{-\beta\Ham}\,\hat B\right] = \Tr\left[\ee^{-\beta\Ham}\,\hat B\,\hat A(\tau)\right] $$したがって
$$ \mathcal{G}_{AB}(\tau+\beta\hbar) = -\frac{1}{Z}\Tr\left[\ee^{-\beta\Ham}\,\hat B\,\hat A(\tau)\right] \tag{B} $$ステップ6:式 (A) と式 (B) を見比べる.両者の右辺は,$-\zeta$ が付いているかいないかの違いしかない.式 (A) から
$$ \frac{1}{Z}\Tr\left[\ee^{-\beta\Ham}\hat B\hat A(\tau)\right] = -\frac{1}{\zeta}\,\mathcal{G}_{AB}(\tau) = -\zeta\,\mathcal{G}_{AB}(\tau) $$である($\zeta=\pm1$ なので $1/\zeta=\zeta$).これを式 (B) に代入すると
$$ \mathcal{G}_{AB}(\tau+\beta\hbar) = -\left(-\zeta\,\mathcal{G}_{AB}(\tau)\right) = \zeta\,\mathcal{G}_{AB}(\tau) $$∎ 定理13.1が示された.使ったのは (i) 指数法則($\Ham$ の関数どうしが可換だから成り立つ)と (ii) トレースの巡回性,この2つだけである.
13.4.4 自由粒子で確かめる(先取り)
13.6節で導出するが,自由Fermi粒子の松原Green関数は $0<\tau<\beta\hbar$ で $-\left[1-n_F(\xi_\kk)\right]\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}$,$-\beta\hbar<\tau<0$ で $+n_F(\xi_\kk)\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}$ である.$\tau$ を $-\beta\hbar$ ずらすと $\ee^{\beta\xi}$ が出て,Fermi分布の恒等式 $n_F\ee^{\beta\xi}=\dfrac{\ee^{\beta\xi}}{\ee^{\beta\xi}+1}=\dfrac{1}{1+\ee^{-\beta\xi}}=1-n_F$ により符号が反転する.これが反周期性の正体である.Bose分布なら $n_B\ee^{\beta\xi}=1+n_B$ となり,こちらは周期性を与える(演習13.1).図13.2にこの様子を示す.
13.5 松原振動数とFourier級数
13.5.1 周期関数はFourier級数になる
なぜ振動数が離散になるのか —— 弦の振動との対応
長さ $L$ の弦を両端で固定すると,許される波長は $\lambda=2L,L,2L/3,\dots$ と飛び飛びになる.無限に長い弦なら任意の波長が許される.有限区間に閉じ込められた波は,離散的な振動数しか持てない——これは物理のどこにでも出てくる原理である.
松原形式でも事情はまったく同じである.実時間 $t$ は $-\infty$ から $+\infty$ まで自由に動くから,Fourier変換は連続的な $\omega$ の積分になった(第1章の規約).ところが虚時間 $\tau$ は $[-\beta\hbar,\beta\hbar]$ という有限区間に閉じ込められている(13.3.2節).したがってFourier展開は積分ではなく級数,振動数は連続ではなく離散になる.
飛び飛びの間隔は区間の長さの逆数,すなわち $\sim1/\beta\hbar=k_BT/\hbar$ に比例する.温度が高いほど松原振動数はまばらに,低いほど密になる.$T\to0$ で間隔がゼロになり,和は虚振動数についての連続的な積分($T=0$ の形式)に移行する.ただしこれはあくまで虚軸上の話で,実振動数の応答を得るにはやはり解析接続が要る(13.8節).
13.5.2 展開を書き下す
$\mathcal{G}(\tau)$ は区間 $(-\beta\hbar,\beta\hbar)$ で定義されている.長さ $2\beta\hbar$ の区間である.この区間でのFourier級数を張ろう.長さ $2\beta\hbar$ の区間に収まる複素指数関数は
$$ \ee^{-\ii\omega_n\tau}, \qquad \omega_n = \frac{n\pi}{\beta\hbar} \quad (n = 0,\pm1,\pm2,\dots) $$である.実際 $\ee^{-\ii\omega_n(\tau+2\beta\hbar)}=\ee^{-\ii\omega_n\tau}\ee^{-2\ii n\pi}=\ee^{-\ii\omega_n\tau}$ で,周期 $2\beta\hbar$ をもつ.これらは区間 $(-\beta\hbar,\beta\hbar)$ 上で完全直交系をなす.したがって
$$ \begin{equation} \mathcal{G}(\tau) = \frac{1}{\beta\hbar}\sum_{n=-\infty}^{\infty}\ee^{-\ii\omega_n\tau}\,\mathcal{G}(\ii\omega_n), \qquad \mathcal{G}(\ii\omega_n) = \frac12\int_{-\beta\hbar}^{\beta\hbar}\dd\tau\;\ee^{\ii\omega_n\tau}\,\mathcal{G}(\tau) \label{eq:13-fourier-raw} \end{equation} $$と展開できる.前置因子の割り振り($1/\beta\hbar$ と $1/2$)は慣習だが,あとで見るようにこれが一番きれいになる.
13.5.3 半分の $n$ が消える —— 松原振動数の誕生
導出:(反)周期性を式 \eqref{eq:13-fourier-raw} に食わせる
ステップ1:積分を2つに割る.
$$ \mathcal{G}(\ii\omega_n) = \frac12\int_{-\beta\hbar}^{0}\dd\tau\,\ee^{\ii\omega_n\tau}\mathcal{G}(\tau) + \frac12\int_{0}^{\beta\hbar}\dd\tau\,\ee^{\ii\omega_n\tau}\mathcal{G}(\tau) $$ステップ2:第1の積分で変数変換する.$\tau = \tau'-\beta\hbar$ と置く.$\tau$ が $-\beta\hbar\to0$ と動くとき $\tau'$ は $0\to\beta\hbar$ と動き,$\dd\tau=\dd\tau'$ である.指数は
$$ \ee^{\ii\omega_n\tau} = \ee^{\ii\omega_n(\tau'-\beta\hbar)} = \ee^{\ii\omega_n\tau'}\,\ee^{-\ii\omega_n\beta\hbar} $$となり,$\omega_n\beta\hbar = n\pi$ だから $\ee^{-\ii\omega_n\beta\hbar}=\ee^{-\ii n\pi}=(-1)^n$ である.
ステップ3:$\mathcal{G}(\tau'-\beta\hbar)$ を(反)周期性で書き換える.定理13.1を $\tau\to\tau'-\beta\hbar$ に適用すると $\mathcal{G}(\tau')=\zeta\,\mathcal{G}(\tau'-\beta\hbar)$,すなわち
$$ \mathcal{G}(\tau'-\beta\hbar) = \frac{1}{\zeta}\mathcal{G}(\tau') = \zeta\,\mathcal{G}(\tau') $$である(再び $1/\zeta=\zeta$).したがって第1の積分は
$$ \frac12\int_{-\beta\hbar}^{0}\dd\tau\,\ee^{\ii\omega_n\tau}\mathcal{G}(\tau) = \frac{(-1)^n\zeta}{2}\int_{0}^{\beta\hbar}\dd\tau'\,\ee^{\ii\omega_n\tau'}\mathcal{G}(\tau') $$となり,第2の積分とまったく同じ積分に化けた.
ステップ4:足し合わせる.積分変数の名前を $\tau$ に戻して
ステップ5:前置因子を読む.ここが決定的である.$\frac{1+(-1)^n\zeta}{2}$ という因子は $0$ か $1$ しか取らない.
- Bose型($\zeta=+1$):$n$ が偶数なら $\frac{1+1}{2}=1$,$n$ が奇数なら $\frac{1-1}{2}=0$.奇数の $n$ の成分がすべて消える.
- Fermi型($\zeta=-1$):$n$ が偶数なら $\frac{1-1}{2}=0$,$n$ が奇数なら $\frac{1+1}{2}=1$.偶数の $n$ の成分がすべて消える.
∎ 半分の振動数が自動的に落ちた.生き残った振動数に改めて番号を付け直すと,次の定義が得られる.
定義13.3 松原振動数
を松原振動数(Matsubara frequency)という.この記号のもとで,Fourier変換と逆変換は
となる.$\sum_n$ は許される(Bose型なら偶数,Fermi型なら奇数の)松原振動数すべてにわたる和である.積分区間が $[0,\beta\hbar]$ の半分だけになったことに注意(式 \eqref{eq:13-half} の因子 $1$ を使い切った).
なぜ引数を $\ii\omega_n$ と書くのか
$\mathcal{G}(\omega_n)$ ではなく $\mathcal{G}(\ii\omega_n)$ と書く.これは単なる好みではない.13.8節で見るように,$\mathcal{G}$ は複素平面上で定義された1つの関数 $\mathcal{G}(z)$ の,$z=\ii\omega_n$(純虚数)における値だからである.「引数は複素数 $z$ であり,いま我々はそれを虚軸上の点 $\ii\omega_n$ で見ている」という気持ちを込めた記法である.この気持ちが分かれば,解析接続 $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ の意味も自然に分かる.
また,次の値は暗記しておくと計算が速い:
$$ \ee^{\ii\omega_n\beta\hbar} = \begin{cases} \ee^{2\ii n\pi} = +1 & \text{Bose型}\\ \ee^{\ii(2n+1)\pi} = -1 & \text{Fermi型} \end{cases} \qquad\text{すなわち}\quad \ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}=\zeta $$13.6節・13.8節の積分は,すべてこの値を代入するところで話が決まる.
| Bose型($\zeta=+1$) | Fermi型($\zeta=-1$) | |
|---|---|---|
| どんな演算子か | 密度・電流・スピン・座標 (Fermi演算子が偶数個) | 1粒子の生成消滅 (Fermi演算子が奇数個) |
| $T_\tau$ の符号 | 入れ替えで符号不変 | 入れ替えで $-1$ |
| 虚時間の性質 | 周期的 $\mathcal{G}(\tau+\beta\hbar)=+\mathcal{G}(\tau)$ | 反周期的 $\mathcal{G}(\tau+\beta\hbar)=-\mathcal{G}(\tau)$ |
| 松原振動数 | $\omega_n=2n\pi/\beta\hbar$($0$ を含む) | $\omega_n=(2n+1)\pi/\beta\hbar$($0$ を含まない) |
| $\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}$ | $+1$ | $-1$ |
| 和に使う関数(13.7節) | $n_B(z)=(\ee^{\beta\hbar z}-1)^{-1}$ | $n_F(z)=(\ee^{\beta\hbar z}+1)^{-1}$ |
| 本書での主な用途 | 応答関数 $\chi$(第9〜12章) | 電子の伝播関数(13.6節以降) |
13.6 例題:自由粒子と調和振動子
抽象論が続いたので,ここで実際に手を動かす.自由粒子の松原Green関数を,定義から積分だけで導く.多体理論の計算はすべてこの $\mathcal{G}^0$ を部品として組み立てられるから,この節の計算は何度でも見返すことになる.
13.6.1 虚時間での $c_\kk(\tau)$
自由Fermi粒子系を大正準で扱う.ハミルトニアンは
$$ \begin{equation} \hat K = \Ham_0-\mu\hat N = \sum_{\kk}\xi_\kk\,c^\dagger_\kk c_\kk, \qquad \xi_\kk \equiv \epsilon_\kk-\mu \label{eq:13-K0} \end{equation} $$である(スピン添字は $\kk$ に含めておく).まず $c_\kk(\tau)=\ee^{\hat K\tau/\hbar}c_\kk\ee^{-\hat K\tau/\hbar}$ を求める.
導出:$c_\kk(\tau)=c_\kk\,\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}$
ステップ1:運動方程式を立てる.式 \eqref{eq:13-eom}($\Ham\to\hat K$)より
$$ \hbar\frac{\dd c_\kk(\tau)}{\dd\tau} = \left[\hat K,\,c_\kk(\tau)\right] $$ステップ2:交換子 $[\hat K,c_\kk]$ を計算する.$\hat K=\sum_l\xi_l c^\dagger_l c_l$ なので
$$ [\hat K,c_\kk] = \sum_l \xi_l\left[c^\dagger_l c_l,\,c_\kk\right] $$ここで反交換関係 $\{c_l,c^\dagger_m\}=\delta_{lm}$,$\{c_l,c_m\}=0$ を使う.恒等式
$$ [\hat X\hat Y,\hat Z] = \hat X\{\hat Y,\hat Z\}-\{\hat X,\hat Z\}\hat Y $$($\hat X=c^\dagger_l,\hat Y=c_l,\hat Z=c_\kk$ と取る.この恒等式は両辺を展開すれば直ちに確かめられる)を使うと
$$ \left[c^\dagger_l c_l,\,c_\kk\right] = c^\dagger_l\underbrace{\{c_l,c_\kk\}}_{=0}-\underbrace{\{c^\dagger_l,c_\kk\}}_{=\delta_{lk}}c_l = -\delta_{lk}\,c_l $$よって $[\hat K,c_\kk] = -\xi_\kk c_\kk$ である.消滅演算子は $\hat K$ の「固有演算子」で,交換子を取ると自分自身の $-\xi_\kk$ 倍になる.
ステップ3:微分方程式を解く.ステップ2の関係を $\ee^{\hat K\tau/\hbar}(\cdots)\ee^{-\hat K\tau/\hbar}$ で挟むと $[\hat K,c_\kk(\tau)]=-\xi_\kk c_\kk(\tau)$($\hat K$ は指数関数と可換だから,そのまま $\tau$ 依存の形になる).したがって
$$ \hbar\frac{\dd c_\kk(\tau)}{\dd\tau} = -\xi_\kk\,c_\kk(\tau) \qquad\Longrightarrow\qquad c_\kk(\tau) = c_\kk\,\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar} $$初期条件 $c_\kk(0)=c_\kk$ を使った.同様に $[\hat K,c^\dagger_\kk]=+\xi_\kk c^\dagger_\kk$ だから
∎ 実時間なら $c_\kk(t)=c_\kk\ee^{-\ii\xi_\kk t/\hbar}$ という位相の回転だったものが,虚時間では実の指数関数になった.
13.6.2 $\tau$ 表示の $\mathcal{G}^0$
導出:$\mathcal{G}^0(\kk,\tau)$
$\tau>0$ の場合.式 \eqref{eq:13-G-explicit} で $\zeta=-1$(Fermi型)だから
$$ \mathcal{G}^0(\kk,\tau) = -\braket{c_\kk(\tau)c^\dagger_\kk} = -\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}\braket{c_\kk c^\dagger_\kk} $$$\braket{c_\kk c^\dagger_\kk}$ を評価する.反交換関係 $c_\kk c^\dagger_\kk = 1-c^\dagger_\kk c_\kk$ を使い,$\braket{c^\dagger_\kk c_\kk}=n_F(\xi_\kk)$(自由粒子の占有数はFermi分布)だから
$$ \braket{c_\kk c^\dagger_\kk} = 1-n_F(\xi_\kk), \qquad n_F(\xi) \equiv \frac{1}{\ee^{\beta\xi}+1} $$すなわち
$$ \mathcal{G}^0(\kk,\tau) = -\left[1-n_F(\xi_\kk)\right]\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar} \qquad (0<\tau<\beta\hbar) $$$\tau<0$ の場合.式 \eqref{eq:13-G-explicit} の第2項に $\zeta=-1$ を入れると符号が $+$ になり
$$ \mathcal{G}^0(\kk,\tau) = +\braket{c^\dagger_\kk c_\kk(\tau)} = +\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}\braket{c^\dagger_\kk c_\kk} = +\,n_F(\xi_\kk)\,\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar} \qquad (-\beta\hbar<\tau<0) $$∎ 13.4.4節で先取りした式が出た.とくに $\tau=0^-$ での値
は占有数そのものである.この関係は一般の(相互作用のある)系でも $\mathcal{G}(\kk,0^-)=\braket{c^\dagger_\kk c_\kk}$ として成り立ち,松原Green関数から粒子数や運動量分布を取り出す標準的な手段になる.
13.6.3 $\ii\omega_n$ 表示の $\mathcal{G}^0$ —— 本節の主結果
導出:$\mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n)=\left(\ii\omega_n-\xi_\kk/\hbar\right)^{-1}$
式 \eqref{eq:13-matsubara-fourier} に代入する.積分区間は $[0,\beta\hbar]$ なので,使うのは $\tau>0$ の表式だけである.
ステップ1:積分を書き下す.
$$ \mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n) = \int_0^{\beta\hbar}\dd\tau\;\ee^{\ii\omega_n\tau}\left\{-\left[1-n_F(\xi_\kk)\right]\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}\right\} = -\left[1-n_F\right]\int_0^{\beta\hbar}\dd\tau\;\ee^{\left(\ii\omega_n-\xi_\kk/\hbar\right)\tau} $$以後 $n_F\equiv n_F(\xi_\kk)$,$\xi\equiv\xi_\kk$ と略記する.
ステップ2:初等的な指数積分を実行する.$a\equiv\ii\omega_n-\xi/\hbar$ と置けば
$$ \int_0^{\beta\hbar}\dd\tau\;\ee^{a\tau} = \left[\frac{\ee^{a\tau}}{a}\right]_0^{\beta\hbar} = \frac{\ee^{a\beta\hbar}-1}{a} $$である.ここで止まらずに次へ進まないこと.$\ee^{a\beta\hbar}$ を丁寧に開く:
$$ \ee^{a\beta\hbar} = \ee^{\left(\ii\omega_n-\xi/\hbar\right)\beta\hbar} = \underbrace{\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}}_{=\,-1\ \text{(Fermi型)}}\;\cdot\;\ee^{-\beta\xi} = -\,\ee^{-\beta\xi} $$ここが本計算の急所である.Fermi型の松原振動数だから $\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}=\ee^{\ii(2n+1)\pi}=-1$ になる(表13.1).もしこれを $+1$ と間違えると,以下の因子が一切約分されず,まったく違う答えになる.
ステップ3:代入する.
$$ \mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n) = -\left[1-n_F\right]\cdot\frac{-\ee^{-\beta\xi}-1}{\ii\omega_n-\xi/\hbar} = \frac{\left[1-n_F\right]\left(1+\ee^{-\beta\xi}\right)}{\ii\omega_n-\xi/\hbar} $$マイナスが2つ出て($-1$ と $-(\ee^{-\beta\xi}+1)$)プラスになった.
ステップ4:分子を潰す.ここが気持ちのよいところである.
$$ 1-n_F = 1-\frac{1}{\ee^{\beta\xi}+1} = \frac{\ee^{\beta\xi}+1-1}{\ee^{\beta\xi}+1} = \frac{\ee^{\beta\xi}}{\ee^{\beta\xi}+1} $$分子・分母を $\ee^{\beta\xi}$ で割ると
$$ 1-n_F = \frac{1}{1+\ee^{-\beta\xi}} $$したがって
$$ \left[1-n_F\right]\left(1+\ee^{-\beta\xi}\right) = \frac{1+\ee^{-\beta\xi}}{1+\ee^{-\beta\xi}} = 1 $$分子がちょうど $1$ になった.温度依存性が完全に消えたのである.
∎ これが自由粒子の松原Green関数である.
式 \eqref{eq:13-G0} を読む
- 驚くほど単純である.Fermi分布 $n_F$ が完全に消えた.温度は $\omega_n$ の間隔にしか残っていない.「温度依存性は振動数の刻み幅に押し込められる」というのが松原形式の特徴である.
- 実時間の遅延Green関数と見比べる.自由粒子の遅延Green関数は $G^{0R}(\kk,\omega)=\left(\omega-\xi_\kk/\hbar+\ii\eta\right)^{-1}$ である.式 \eqref{eq:13-G0} で $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ と置き換えると,ぴったりこれになる.解析接続 $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ の最初の実例である.13.8節でこれが偶然でないことを示す.
13.6.4 例題:調和振動子 —— $\hat A=\hat B=\hat x$
もう1つ,本書の主人公である振動子を虚時間で解いておく.第2章・第3章のバネの量子版である.ここで得られる結果は13.8節の解析接続の実演にそのまま使う.
例題13.1 1次元調和振動子の松原関数 $\mathcal{G}_{xx}(\ii\omega_n)$
ハミルトニアン $\Ham=\hbar\omega_0\left(b^\dagger b+\frac12\right)$,座標演算子
$$ \hat x = \sqrt{\frac{\hbar}{2m\omega_0}}\left(b+b^\dagger\right) $$について $\mathcal{G}_{xx}(\tau)=-\braket{T_\tau\,\hat x(\tau)\hat x(0)}$ を計算し,$\mathcal{G}_{xx}(\ii\omega_n)$ を求めよ.$\hat x$ はBose的($\zeta=+1$)だから $\omega_n=2n\pi/\beta\hbar$ である.
導出:例題13.1
ステップ1:$\hat x(\tau)$ を求める.$[\Ham,b]=-\hbar\omega_0 b$,$[\Ham,b^\dagger]=+\hbar\omega_0 b^\dagger$ だから,13.6.1節とまったく同じ議論で
$$ b(\tau) = b\,\ee^{-\omega_0\tau}, \qquad b^\dagger(\tau) = b^\dagger\,\ee^{+\omega_0\tau} $$したがって
$$ \hat x(\tau) = \sqrt{\frac{\hbar}{2m\omega_0}}\left(b\,\ee^{-\omega_0\tau}+b^\dagger\,\ee^{\omega_0\tau}\right) $$ステップ2:$0<\tau<\beta\hbar$ で相関を取る.$\ell^2\equiv\frac{\hbar}{2m\omega_0}$ と略記する.
$$ \mathcal{G}_{xx}(\tau) = -\ell^2\braket{\left(b\ee^{-\omega_0\tau}+b^\dagger\ee^{\omega_0\tau}\right)\left(b+b^\dagger\right)} $$展開すると4項出るが,$\braket{bb}=\braket{b^\dagger b^\dagger}=0$(粒子数を変えるので熱平均がゼロ)だから2項だけ残る:
$$ \mathcal{G}_{xx}(\tau) = -\ell^2\left[\ee^{-\omega_0\tau}\braket{bb^\dagger}+\ee^{\omega_0\tau}\braket{b^\dagger b}\right] $$Bose分布 $n_B\equiv n_B(\hbar\omega_0)=(\ee^{\beta\hbar\omega_0}-1)^{-1}$ を使うと $\braket{b^\dagger b}=n_B$,$\braket{bb^\dagger}=1+n_B$ だから
$$ \mathcal{G}_{xx}(\tau) = -\ell^2\left[(1+n_B)\,\ee^{-\omega_0\tau}+n_B\,\ee^{\omega_0\tau}\right] \qquad(0<\tau<\beta\hbar) $$ステップ3:Fourier変換する.2つの指数積分を別々に実行する.$x\equiv\beta\hbar\omega_0$ と置き,Bose型なので $\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}=+1$ を使う.
$$ \int_0^{\beta\hbar}\!\!\dd\tau\,\ee^{(\ii\omega_n-\omega_0)\tau} = \frac{\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}\ee^{-x}-1}{\ii\omega_n-\omega_0} = \frac{\ee^{-x}-1}{\ii\omega_n-\omega_0} $$ $$ \int_0^{\beta\hbar}\!\!\dd\tau\,\ee^{(\ii\omega_n+\omega_0)\tau} = \frac{\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}\ee^{+x}-1}{\ii\omega_n+\omega_0} = \frac{\ee^{x}-1}{\ii\omega_n+\omega_0} $$ステップ4:温度因子を潰す.ここも気持ちがよい.$1+n_B=\dfrac{\ee^{x}}{\ee^{x}-1}$ だから
$$ (1+n_B)\left(\ee^{-x}-1\right) = \frac{\ee^{x}\left(\ee^{-x}-1\right)}{\ee^{x}-1} = \frac{1-\ee^{x}}{\ee^{x}-1} = -1 $$また $n_B=\dfrac{1}{\ee^{x}-1}$ だから
$$ n_B\left(\ee^{x}-1\right) = 1 $$両方とも定数になり,$n_B$ が消えた.
ステップ5:まとめる.
$$ \mathcal{G}_{xx}(\ii\omega_n) = -\ell^2\left[\frac{-1}{\ii\omega_n-\omega_0}+\frac{1}{\ii\omega_n+\omega_0}\right] $$括弧の中を通分する.共通分母は $(\ii\omega_n)^2-\omega_0^2$ で
$$ \frac{-1}{\ii\omega_n-\omega_0}+\frac{1}{\ii\omega_n+\omega_0} = \frac{-\left(\ii\omega_n+\omega_0\right)+\left(\ii\omega_n-\omega_0\right)}{(\ii\omega_n)^2-\omega_0^2} = \frac{-2\omega_0}{(\ii\omega_n)^2-\omega_0^2} $$よって $\ell^2=\frac{\hbar}{2m\omega_0}$ を戻して
∎ 温度がまったく現れない.調和振動子の線形応答は温度に依らない(第3章で古典的に得た $\chi(\omega)$ が量子でも温度でも変わらない,という有名な事実).これは調和振動子が「準位間隔が等しい」特別な系だからで,非調和項があれば温度依存性が現れる.
13.7 松原振動数の和をどう実行するか
13.7.1 なぜ和の技法が要るのか
松原形式で計算を進めると,必ず
$$ \frac{1}{\beta\hbar}\sum_{n} f(\ii\omega_n) $$という形の無限和が現れる.逆Fourier変換(式 \eqref{eq:13-matsubara-fourier})がこの形だし,Feynman図で内部線の振動数を足し上げるときもこの形になる.数値計算なら $n$ を有限個で打ち切って足せばよいが,解析的な表式が欲しい.
発想:極が松原振動数にある関数を掛ける
「離散的な和」を「連続的な積分」に化かす標準的な手口が,複素解析にはある.足したい点に極をもつ関数を掛けて,留数定理を逆向きに使うのである.
第5章で学んだ留数定理「積分 $=2\pi\ii\times$(留数の和)」を右から左に読めば,和を積分に書き換える公式になる.そのためには,足したい点 $\ii\omega_n$ がちょうど極になっている関数を用意すればよい.都合のよいことに,そういう関数はすでに手元にある.Fermi分布関数とBose分布関数である.
13.7.2 $n_F(z)$ と $n_B(z)$ の極
導出:分布関数の極と留数
Fermi分布.複素変数 $z$(振動数の次元)の関数として
$$ n_F(z) \equiv \frac{1}{\ee^{\beta\hbar z}+1} $$を考える.分母がゼロになるのは $\ee^{\beta\hbar z}=-1$ のとき,すなわち $\beta\hbar z = \ii(2n+1)\pi$ のときである.よって
$$ z = \frac{\ii(2n+1)\pi}{\beta\hbar} = \ii\,\omega_n \quad(\text{Fermi型の松原振動数!}) $$Fermi分布関数の極は,ちょうどFermi型の松原振動数の位置にある.これは偶然ではなく,どちらも「$\beta\hbar$ 周期で符号が反転する」という同じ構造から来ている.
留数を計算する.$z=\ii\omega_n$ の近くで分母を1次まで展開する.$g(z)=\ee^{\beta\hbar z}+1$ と置けば $g(\ii\omega_n)=0$ で
$$ g'(z) = \beta\hbar\,\ee^{\beta\hbar z}, \qquad g'(\ii\omega_n) = \beta\hbar\,\ee^{\ii(2n+1)\pi} = -\beta\hbar $$単純極における留数の公式(第5章)$\Res_{z=z_0}\frac{1}{g(z)}=\frac{1}{g'(z_0)}$ より
Bose分布.まったく同様に $n_B(z)\equiv\left(\ee^{\beta\hbar z}-1\right)^{-1}$ の極は $\ee^{\beta\hbar z}=1$,すなわち $\beta\hbar z=2\ii n\pi$,$z=\ii\omega_n$(Bose型)にある.留数は $g'(\ii\omega_n)=\beta\hbar\,\ee^{2\ii n\pi}=+\beta\hbar$ だから
∎ 符号が逆である.これがBose型とFermi型で最終公式の符号が変わる原因なので,しっかり覚えておく.
13.7.3 積分路を変形する
定理13.2 松原和の公式
$f(z)$ が松原振動数 $\ii\omega_n$ 上に特異点をもたず,有限個の極 $z_1,z_2,\dots$ をもち,$\abs{z}\to\infty$ で $\abs{f(z)}$ が $1/\abs{z}$ より速く減衰するとする.このとき
すなわち,松原振動数についての和は,$f$ 自身の極における留数の和に化ける.
導出:定理13.2(Fermi型の場合)
ステップ1:小円で囲む.各松原振動数 $\ii\omega_n$ を反時計回りに囲む小さな円 $C_n$ を考える.$C_n$ の中には $n_F(z)$ の極が1つだけ入っている.留数定理より
$$ \oint_{C_n}\frac{\dd z}{2\pi\ii}\,n_F(z)f(z) = \Res_{z=\ii\omega_n}\left[n_F(z)f(z)\right] = \left(-\frac{1}{\beta\hbar}\right)f(\ii\omega_n) $$第2の等号では,$f(z)$ が $\ii\omega_n$ で正則(仮定)だから,留数は $n_F$ の留数 \eqref{eq:13-res-nF} に $f(\ii\omega_n)$ を掛けたものになることを使った.
ステップ2:全部足す.すべての $n$ について足すと
$$ \sum_n\oint_{C_n}\frac{\dd z}{2\pi\ii}\,n_F(z)f(z) = -\frac{1}{\beta\hbar}\sum_n f(\ii\omega_n) $$左辺は我々が求めたい和(の $-1$ 倍)である.あとは左辺を別の方法で計算すればよい.
ステップ3:大きな円に膨らませる.半径 $R$ の大きな円 $C_R$(反時計回り)を考える.$C_R$ の内側には,$n_F$ の極(虚軸上の $\ii\omega_n$)と $f$ の極($z_j$)の両方が入る.留数定理より
$$ \oint_{C_R}\frac{\dd z}{2\pi\ii}\,n_F(z)f(z) = \sum_{n}\Res_{\ii\omega_n}\left[n_Ff\right] + \sum_{j}\Res_{z_j}\left[n_Ff\right] $$($R$ は $f$ の極をすべて含むよう十分大きく取る.$n_F$ の極は虚軸上に無限個あるので,この段階で入るのは $\abs{\omega_n}<R$ の分だけであり,$R\to\infty$ ですべてが拾われる.)
ステップ4:大円の寄与を捨てる.$R\to\infty$ で左辺がゼロになることを示す.円周の長さは $2\pi R$ だから,被積分関数が $1/R$ より速く減衰すれば積分はゼロになる(第5章のJordan の補題と同じ論法).$n_F(z)$ は $\abs{z}\to\infty$ で有界である($\mathrm{Re}\,z\to+\infty$ で $0$ に,$\mathrm{Re}\,z\to-\infty$ で $1$ に近づく.虚軸近傍の極を避けるように $R$ を選べば,その間も有界に保てる).したがって仮定「$f$ が $1/\abs{z}$ より速く減衰」があれば
$$ \lim_{R\to\infty}\oint_{C_R}\frac{\dd z}{2\pi\ii}\,n_F(z)f(z) = 0 $$ステップ5:まとめる.ステップ3・4より
$$ \sum_{n}\Res_{\ii\omega_n}\left[n_Ff\right] = -\sum_{j}\Res_{z_j}\left[n_Ff\right] $$左辺はステップ2で計算済みの $-\frac{1}{\beta\hbar}\sum_n f(\ii\omega_n)$ である.よって
$$ -\frac{1}{\beta\hbar}\sum_n f(\ii\omega_n) = -\sum_j\Res_{z_j}\left[n_F(z)f(z)\right] $$∎ 両辺を $-1$ 倍して定理13.2のFermi型が出る.Bose型は式 \eqref{eq:13-res-nB} の符号が逆であることから,全体の符号が反転する.
この積分路の変形の様子を図13.3に示す.
13.7.4 実例:$n_F$ を導く
最も基本的で,最もよく使う松原和を実行してみよう.式 \eqref{eq:13-G0} の $\mathcal{G}^0$ を $\tau=0^-$ で逆変換する計算である.
導出:$\displaystyle\frac{1}{\beta\hbar}\sum_n\frac{\ee^{\ii\omega_n0^+}}{\ii\omega_n-\xi/\hbar} = n_F(\xi)$
まず収束因子の由来を押さえる.式 \eqref{eq:13-matsubara-fourier} の逆変換を $\tau=0^-$($0$ に負の側から近づく)で書くと
$$ \mathcal{G}^0(\kk,0^-) = \frac{1}{\beta\hbar}\sum_n \ee^{-\ii\omega_n\cdot0^-}\,\mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n) = \frac{1}{\beta\hbar}\sum_n \frac{\ee^{\ii\omega_n0^+}}{\ii\omega_n-\xi/\hbar} $$である($-0^-=+0^+$).左辺は式 \eqref{eq:13-G-zero-minus} より $n_F(\xi)$ に等しい.したがって求める等式はすでに証明されている.しかし,定理13.2でも同じ答えが出ることを確かめておこう.それが留数法の練習になるし,収束因子 $\ee^{\ii\omega_n0^+}$ の役割もはっきりする.
ステップ1:なぜ収束因子が要るのか.$f(z)=\left(z-\xi/\hbar\right)^{-1}$ は $\abs{z}\to\infty$ で $1/\abs{z}$ でしか減衰しない.定理13.2の仮定($1/\abs{z}$ より速く減衰)を満たさないから,そのままでは大円の寄与を捨てられない.実際 $\sum_n\frac{1}{\ii\omega_n-\xi/\hbar}$ は $n\to\pm\infty$ で $\sim\frac{1}{\ii\omega_n}$ となり,条件収束しかしない(正負が打ち消し合ってようやく収束する).
そこで $\ee^{\ii\omega_n\eta}$($\eta\to0^+$)を掛ける.これは物理的には「$\tau$ をぴったり $0$ ではなく $-\eta$ に取る」ことに対応し,13.3.2節で見たとおり $\braket{c^\dagger c(\tau)}$ が定義できる側から $0$ に近づくことを意味する.収束因子は天下りではなく,$\tau=0^-$ という順序の指定そのものである.
ステップ2:$g(z)\equiv n_F(z)\ee^{z\eta}f(z)$ の減衰を確かめる.3つの領域に分けて見る.
- $\mathrm{Re}\,z\to+\infty$:$n_F(z)\sim\ee^{-\beta\hbar z}$ で指数関数的に減衰する.$\ee^{z\eta}$ は増大するが,$\eta\ll\beta\hbar$ に取れば $n_F$ の減衰が勝つ.よって $g\to0$.
- $\mathrm{Re}\,z\to-\infty$:$n_F(z)\to1$(有界)だが,今度は $\ee^{z\eta}\to0$ が効く.よって $g\to0$.
- 虚軸方向($\abs{\mathrm{Im}\,z}\to\infty$):$n_F$ は極の間で有界,$f\sim1/\abs{z}\to0$.半径 $R$ を極と極の中間($\abs{\mathrm{Im}\,z}=2n\pi/\beta\hbar$ 付近)に選べば,$\abs{n_F}$ は $1$ 程度で抑えられる.よって $\abs{g}\lesssim1/R$ となり,円周長 $2\pi R$ を掛けても $O(1)$,より丁寧に評価すると $R\to\infty$ でゼロになる.
こうして大円の寄与を落とせる.
ステップ3:$f$ の極の留数を取る.$f(z)=\left(z-\xi/\hbar\right)^{-1}$ の極は $z=\xi/\hbar$(単純極,留数 $1$)だけである.定理13.2より
$$ \frac{1}{\beta\hbar}\sum_n \ee^{\ii\omega_n\eta}f(\ii\omega_n) = \Res_{z=\xi/\hbar}\left[n_F(z)\ee^{z\eta}f(z)\right] = n_F\!\left(\frac{\xi}{\hbar}\right)\ee^{\xi\eta/\hbar}\times1 $$ステップ4:$\eta\to0^+$ とする.$\ee^{\xi\eta/\hbar}\to1$ であり,$n_F(\xi/\hbar)=\left(\ee^{\beta\hbar\cdot\xi/\hbar}+1\right)^{-1}=\left(\ee^{\beta\xi}+1\right)^{-1}=n_F(\xi)$ だから
∎ 定義から直接得た式 \eqref{eq:13-G-zero-minus} と完全に一致した.
| 和 | 結果 | 用途 |
|---|---|---|
| $\dfrac{1}{\beta\hbar}\displaystyle\sum_n\frac{\ee^{\ii\omega_n\eta}}{\ii\omega_n-\xi/\hbar}$ | $n_F(\xi)$ | 占有数・粒子数の計算 |
| $\dfrac{1}{\beta\hbar}\displaystyle\sum_m\frac{\ee^{\ii\Omega_m\eta}}{\ii\Omega_m-\omega_0}$(Bose型) | $-n_B(\hbar\omega_0)$ | フォノン数の計算 |
| $\dfrac{1}{\beta\hbar}\displaystyle\sum_n\frac{1}{\left(\ii\omega_n-\frac{\xi_1}{\hbar}\right)\left(\ii\omega_n+\ii\Omega_m-\frac{\xi_2}{\hbar}\right)}$ | $\dfrac{\hbar\left[n_F(\xi_1)-n_F(\xi_2)\right]}{\ii\hbar\Omega_m+\xi_1-\xi_2}$ | Lindhard関数(演習13.3) |
| $\dfrac{1}{\beta\hbar}\displaystyle\sum_n\frac{1}{(\ii\omega_n-\xi/\hbar)^2}$ | $\hbar\,\dfrac{\partial n_F(\xi)}{\partial\xi}$ | 状態密度・比熱の補正 |
13.8 スペクトル表示と解析接続
本章の,そして本書のクライマックスである.ここまでで我々は虚時間の関数 $\mathcal{G}(\ii\omega_n)$ を計算する術を得た.しかし実験が測るのは第7章の遅延応答関数 $\chi^R(\omega)$ である.この2つは,どう結びつくのか.
13.8.1 $\mathcal{G}(\ii\omega_n)$ のLehmann表示
第8章と同じ手口——固有状態の完全系を挟む——を虚時間で実行する.$\Ham$ の固有状態を $\ket{a}$,固有エネルギーを $E_a$ と書き,行列要素を $A_{ab}=\bra{a}\hat A\ket{b}$ とする(第8章では $\ket{n}$ と書いたが,松原振動数の添字 $n$ と衝突するので $a,b$ を使う).
導出:$\mathcal{G}_{AB}(\ii\omega_n)$ のスペクトル表示
ステップ1:$0<\tau<\beta\hbar$ で完全系を挟む.$\ee^{-\Ham\tau/\hbar}\ket{b}=\ee^{-E_b\tau/\hbar}\ket{b}$ のように,指数関数を固有状態に噛ませて数に変える:
$$ \mathcal{G}_{AB}(\tau) = -\frac1Z\sum_{a}\ee^{-\beta E_a}\bra{a}\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\,\ee^{-\Ham\tau/\hbar}\left(\sum_b\ket{b}\bra{b}\right)\hat B\ket{a} $$ $$ = -\frac1Z\sum_{a,b}\ee^{-\beta E_a}\,\ee^{E_a\tau/\hbar}\ee^{-E_b\tau/\hbar}\,A_{ab}B_{ba} = -\frac1Z\sum_{a,b}\ee^{-\beta E_a}\,\ee^{-\omega_{ba}\tau}\,A_{ab}B_{ba} $$ここで励起振動数を $\hbar\omega_{ba}\equiv E_b-E_a$ と定義した(第8章の $\omega_{n0}$ の一般化).
ステップ2:Fourier変換する.式 \eqref{eq:13-matsubara-fourier} に代入し,$\tau$ 積分を実行する:
$$ \int_0^{\beta\hbar}\!\!\dd\tau\,\ee^{\ii\omega_n\tau}\ee^{-\omega_{ba}\tau} = \frac{\ee^{(\ii\omega_n-\omega_{ba})\beta\hbar}-1}{\ii\omega_n-\omega_{ba}} = \frac{\zeta\,\ee^{-\beta(E_b-E_a)}-1}{\ii\omega_n-\omega_{ba}} $$ここでも $\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}=\zeta$(表13.1)を使った.$\omega_{ba}\beta\hbar=\beta(E_b-E_a)$ である.
ステップ3:重みを整理する.ステップ1の $\ee^{-\beta E_a}$ を掛けると,分子は
$$ \ee^{-\beta E_a}\left[\zeta\,\ee^{-\beta(E_b-E_a)}-1\right] = \zeta\,\ee^{-\beta E_b}-\ee^{-\beta E_a} $$と,$a$ と $b$ について対称な形にほどける.したがって全体のマイナスと合わせて
∎ これが松原Green関数のLehmann表示である.
定義13.4 スペクトル関数
式 \eqref{eq:13-G-lehmann} の分子(重み)だけを取り出して
と定義する.これをスペクトル関数という(演算子 $\hat A$ と紛れないよう筆記体 $\mathcal{A}$ を使う).すると式 \eqref{eq:13-G-lehmann} は,$\delta$ 関数の積分で書き直して
となる.式 \eqref{eq:13-spectral} を式 \eqref{eq:13-G-spectral} に代入し,$\delta(\omega'-\omega_{ba})$ による $\omega'$ 積分を実行すれば式 \eqref{eq:13-G-lehmann} に戻ることを確かめてほしい.
式 \eqref{eq:13-G-spectral} の読み方.$\mathcal{A}(\omega')$ は「振動数 $\omega'$ にどれだけの応答の重みがあるか」を表す関数であり,系の情報がすべて詰まっている(重み $A_{ab}B_{ba}$ は一般には複素数だが,$\hat B=\hat A^\dagger$ と取れば $A_{ab}B_{ba}=\abs{A_{ab}}^2$ となって $\mathcal{A}$ は実,しかも $\omega>0$ で正になる.以下で虚部を取る操作はこの場合を念頭に置いている).$\mathcal{G}$ はそれを $\frac{1}{\ii\omega_n-\omega'}$ という核で「ぼかして」見たものにすぎない.
13.8.2 $\chi^R(\omega)$ のLehmann表示 —— 同じ $\mathcal{A}$ が出る
次に,本書の符号規約による遅延応答関数
$$ \begin{equation} \chi^R_{AB}(t) = -\frac{\ii}{\hbar}\,\theta(t)\,\braket{\left[\hat A_H(t),\hat B(0)\right]_{-\zeta}}, \qquad \left[\hat X,\hat Y\right]_{-\zeta}\equiv \hat X\hat Y-\zeta\,\hat Y\hat X \label{eq:13-chiR-def} \end{equation} $$を同じ手口で書き直す.$\zeta=+1$(応答関数で使うBose型)なら $[\;,\;]_{-\zeta}$ はふつうの交換子で,第7章・第8章の久保公式そのものである.$\zeta=-1$ なら反交換子で,1粒子の遅延Green関数になる.
導出:$\chi^R$ が同じスペクトル関数で書けること
ステップ1:熱平均を展開する.第8章8.1.4節と同じ計算である.
$$ \braket{\hat A_H(t)\hat B} = \frac1Z\sum_{a,b}\ee^{-\beta E_a}A_{ab}B_{ba}\,\ee^{-\ii\omega_{ba}t} $$もう一方は,いったん書き下してから添字を付け替える:
$$ \braket{\hat B\hat A_H(t)} = \frac1Z\sum_{a,b}\ee^{-\beta E_a}B_{ab}A_{ba}\,\ee^{\ii\omega_{ba}t} \;\xrightarrow[\;a\leftrightarrow b\;]{}\; \frac1Z\sum_{a,b}\ee^{-\beta E_b}A_{ab}B_{ba}\,\ee^{-\ii\omega_{ba}t} $$($a$ と $b$ は和の中の名前にすぎないので入れ替えてよい.$\omega_{ab}=-\omega_{ba}$ に注意.)
ステップ2:引き算する.2つの式は $\ee^{-\ii\omega_{ba}t}$ という共通の時間依存性をもち,重みだけが違う:
$$ \braket{\left[\hat A_H(t),\hat B\right]_{-\zeta}} = \frac1Z\sum_{a,b}A_{ab}B_{ba}\left(\ee^{-\beta E_a}-\zeta\,\ee^{-\beta E_b}\right)\ee^{-\ii\omega_{ba}t} $$括弧の中は式 \eqref{eq:13-spectral} の重みとまったく同じである.したがって $\delta$ 関数の定義を使えば
$$ \begin{equation} \braket{\left[\hat A_H(t),\hat B\right]_{-\zeta}} = \int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd\omega'}{2\pi}\,\mathcal{A}_{AB}(\omega')\,\ee^{-\ii\omega' t} \label{eq:13-comm-spectral} \end{equation} $$と書ける.スペクトル関数は,交換子(反交換子)の熱平均のFourier変換にほかならない.
ステップ3:Fourier変換する.第8章8.1.3節と同じ積分である.収束因子 $\ee^{-\eta t}$ を入れて
$$ \chi^R_{AB}(\omega) = -\frac{\ii}{\hbar}\int_{-\infty}^{\infty}\!\!\dd t\,\theta(t)\,\ee^{\ii\omega t}\int\frac{\dd\omega'}{2\pi}\mathcal{A}(\omega')\ee^{-\ii\omega' t} = -\frac{\ii}{\hbar}\int\frac{\dd\omega'}{2\pi}\mathcal{A}(\omega')\int_0^{\infty}\!\!\dd t\,\ee^{\ii(\omega-\omega'+\ii\eta)t} $$内側の積分は $\dfrac{\ii}{\omega-\omega'+\ii\eta}$(第8章と同じ).$-\frac{\ii}{\hbar}\times\ii=+\frac{1}{\hbar}$ だから
∎ 式 \eqref{eq:13-G-spectral} と見比べてほしい.$\frac{1}{\hbar}$ の違いを除いて,分母が $\ii\omega_n-\omega'$ か $\omega+\ii\eta-\omega'$ かの違いしかない.
13.8.3 1つの関数の2つの顔
そこで,$\hbar$ の違いを吸収するために松原応答関数
$$ \begin{equation} \chi_{AB}(\ii\omega_n) \equiv \frac{1}{\hbar}\,\mathcal{G}_{AB}(\ii\omega_n) = -\frac{1}{\hbar}\int_0^{\beta\hbar}\dd\tau\,\ee^{\ii\omega_n\tau}\braket{T_\tau\hat A(\tau)\hat B(0)} \label{eq:13-chi-matsubara} \end{equation} $$を定義する.これで両者は完全に同じ形になる.さらに,複素変数 $z$ の関数
を導入すれば,いままでの2つの式は次の1行にまとまる.
定理13.3 松原関数と遅延応答関数は同じ関数である
すなわち,松原関数と遅延応答関数は2つの別の関数ではなく,たった1つの関数 $\chi_{AB}(z)$ の,複素平面上の異なる場所での値である.$\chi(z)$ は実軸(スペクトル関数 $\mathcal{A}$ が乗っている場所)を除く複素平面全体で解析的であり,上半面での値を実軸のすぐ上まで持ってきたものが $\chi^R$,虚軸上の飛び飛びの点での値が松原関数である.
したがって,松原関数を計算してから
と置き換えれば,遅延応答関数が得られる.これが解析接続である.
ひとつだけ例外がある.$\hat A,\hat B$ が保存量と重なりをもつ場合($\omega_{ba}=0$ の遷移に重みが残る場合),Bose型の $\ii\omega_n=0$ という一点では,$\tau$ に依らない異常項が式 \eqref{eq:13-G-lehmann} に付け加わる.ステップ2の $\tau$ 積分は $\ii\omega_n=\omega_{ba}=0$ で分母がゼロになり,書き換えが効かないからである.このとき $\chi(\ii0)$(等温応答)と $\lim_{\omega\to0}\chi^R(\omega)$(久保応答)は一般に一致しない.ただし本章で扱う $q\neq0$ の密度応答や調和振動子の $\hat x$ は,いずれも $\omega_{ba}=0$ に重みをもたないので,この例外は現れない.
式 \eqref{eq:13-chi-z} の解析的性質を確認する
- 実軸以外で解析的.被積分関数 $\frac{1}{z-\omega'}$ は $z$ が実軸上にない限り特異点をもたない.$\omega'$ 積分は実軸上を走るから,$z$ が実軸から離れていれば分母がゼロにならず,$\chi(z)$ は $z$ について微分可能である.
- 実軸上には特異性がある.$\mathcal{A}(\omega')\neq0$ の領域では,$z$ が実軸を上から下へ横切ると値が飛ぶ.Sokhotski–Plemelj公式(第5章)より
- この「飛び」を分岐切断(branch cut)という.連続スペクトルをもつ熱力学極限では,実軸が丸ごと切断になる(有限の孤立系ではスペクトルが離散的なので,切断ではなく実軸上に並んだ離散極になる).上半面での $\chi(z)$(=遅延関数 $\chi^R$)と下半面での $\chi(z)$(=先進関数 $\chi^A$)は,切断を挟んで別の関数である.
- 虚部とスペクトル関数の関係.$\hat B=\hat A^\dagger$(以下,添字 $AA$ で表す)の場合は $\mathcal{A}$ が実だから,上の式の虚部を取ると $\mathrm{Im}\,\chi^R(\omega)=-\frac{\mathcal{A}_{AA}(\omega)}{2\hbar}$,すなわち $\mathcal{A}_{AA}(\omega)=-2\hbar\,\chi''_{AA}(\omega)$.第8章で「本書の符号規約では $\omega>0$ の吸収で $\chi''<0$」と述べたことと合わせると,$\mathcal{A}>0$($\omega>0$)である.スペクトル関数が正であることは,確率解釈の帰結である.
以上の全体像を図13.4に示す.
13.8.4 なぜ解析接続が許されるのか —— 一意性の定理
問題の所在
ここで立ち止まって考えてほしい.我々が知っているのは,虚軸上の飛び飛びの点 $\ii\omega_n$ における値だけである.そこから上半面全体の関数を復元するというのは,常識的には無茶に思える.実際,離散的な点で値が一致する関数はいくらでも作れる.たとえばFermi型なら
$$ h(z) \equiv \ee^{\beta\hbar z}+1 $$はすべてのFermi型松原振動数でゼロになる($\ee^{\ii(2n+1)\pi}+1=-1+1=0$).だから $\chi(z)$ と $\chi(z)+c\,h(z)$($c$ は任意定数)は,すべての松原振動数でまったく同じ値をとる.松原形式のデータだけでは,この2つを区別できない.
それでも解析接続が一意に決まると言えるのはなぜか.答えは,$h(z)$ が上半面で無限大に発散することにある.$z=x+\ii y$($y>0$)で $\abs{h(z)}\simeq\ee^{\beta\hbar x}$ は $x\to+\infty$ で発散する.物理的な応答関数は,そんな振る舞いをしない.式 \eqref{eq:13-chi-z} を見れば,$\abs{z}\to\infty$ で
$$ \chi(z) \simeq \frac{1}{\hbar z}\int\frac{\dd\omega'}{2\pi}\mathcal{A}(\omega') \;\sim\; \frac{\text{定数}}{z} \;\longrightarrow\; 0 $$と,$1/z$ のように減衰する.この減衰条件を課せば,$h(z)$ のような病的な付加物は排除される.
定理13.4 解析接続の一意性(Baym–Mermin の定理, 1961)
複素関数 $F(z)$ が次の2条件を満たすとする.
- 上半面 $\mathrm{Im}\,z>0$ で解析的(正則)である.
- $\abs{z}\to\infty$(上半面内)で $F(z)\to0$,より正確には $\abs{F(z)}\le C/\abs{z}$ となる定数 $C$ が存在する.
このとき,$F$ の値を上半面内にある松原振動数の列(Fermi型なら $\{\ii\omega_n\}_{n\ge0}$,Bose型なら $n=0$ が実軸上の $z=0$ になってしまうので $\{\ii\omega_n\}_{n\ge1}$)で指定すれば,いずれも等間隔の無限点列だから,$F$ は上半面全体で一意に定まる.
証明の骨子.2つの関数 $F_1,F_2$ が条件を満たし,すべての $\ii\omega_n$ で一致したとする.差 $\Delta(z)=F_1(z)-F_2(z)$ は上半面で解析的,$\abs{z}\to\infty$ で $0$,かつすべての $\ii\omega_n$ でゼロである.ここでCarlson の定理(複素関数論)を使う:「右半面で解析的かつ有界で,指数型の増大度が $\pi$ 未満の関数が,すべての非負整数でゼロならば,恒等的にゼロである」.上半面を $\lambda=-\ii z\,\beta\hbar/2\pi$ という変数変換で右半面に移すと,松原振動数は等間隔なので非負整数(あるいは半整数)の列に移る.条件2により $\Delta$ は有界かつ増大度ゼロだから,Carlson の定理の仮定を満たす.
∎ よって $\Delta\equiv0$,すなわち $F_1=F_2$ である.
条件2を落としてはいけない —— 実務上の警告
定理13.4の条件2($1/\abs{z}$ 型の減衰)は,飾りではない.これを確かめずに機械的に $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ と置き換えると,間違った答えが出ることがある.よくある失敗を挙げておく.
- $\ii\omega_n$ を「素朴に $\omega$ に置く」誤り.$\ii\omega_n\to\omega$ ではなく $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ である.$\ii\eta$ を落とすと因果律が失われ,$\chi''$ が出てこない.第5章のSokhotski–Plemelj公式で言えば,主値だけ取ってデルタ関数を捨てるのと同じ誤りである.
- $\abs{\ii\omega_n}$ や $\mathrm{sgn}(\omega_n)$ が式に残っている場合.途中計算で $\abs{\omega_n}$ や $\mathrm{sgn}(\omega_n)$ が出ることがある(松原和の途中でよく現れる).これらは $z$ の解析関数ではないので,そのままでは接続できない.上半面と下半面に分けて整理し直し,解析的な形にしてから接続する.「$\abs{\;}$ や $\mathrm{sgn}$ が残っていたら接続してはいけない」と覚えておくとよい.
数値的な解析接続は「悪条件問題」である
解析的な表式があれば $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ と書き換えるだけで済む.しかし量子モンテカルロ法(QMC)や動的平均場理論(DMFT)では $\mathcal{G}(\ii\omega_n)$ が誤差を含む数値データとしてしか得られない.この場合の解析接続は式 \eqref{eq:13-G-spectral} を $\mathcal{A}$ について解く逆問題であり,核 $\left(\ii\omega_n-\omega'\right)^{-1}$ が細部をならしてしまうため,$\mathcal{G}$ のわずかな誤差が $\mathcal{A}$ の巨大な誤差に増幅される(典型的な悪条件逆問題).
実務では最大エントロピー法(MaxEnt),確率的解析接続,Padé近似,スパースモデリングなどが使われ,いずれも「$\mathcal{A}\ge0$」「和則を満たす」といった物理的な事前知識を制約として加えることで解を安定化させる.虚時間へ行くのは楽だが,帰り道は険しい——これが松原形式の実務上の最大の泣きどころであり,強相関物質のスペクトルの信頼性を左右する段階である.
13.8.5 解析接続を実演する —— 調和振動子
例題13.1で得た式 \eqref{eq:13-Gxx} を接続してみよう.まず式 \eqref{eq:13-chi-matsubara} の定義により
$$ \chi_{xx}(\ii\omega_n) = \frac{1}{\hbar}\mathcal{G}_{xx}(\ii\omega_n) = \frac{1}{m\left[(\ii\omega_n)^2-\omega_0^2\right]} $$である.$\abs{\ii\omega_n}\to\infty$ で $\sim1/(m\omega_n^2)\to0$ と,$1/\abs{z}$ より速く減衰しているから,定理13.4の条件2は満たされている.$\abs{\;}$ も $\mathrm{sgn}$ も現れていない.安心して $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ と置き換える:
極は $\omega=\pm\omega_0-\ii\eta$,すなわち実軸のわずかに下にある(第8章図8.1の描像そのもの).上半面には極がないから因果律が満たされ,Kramers–Kronig関係(第4章)が使える.減衰 $\gamma$ を入れれば $\eta\to\gamma/2m$ 相当となり,第2章・第3章の減衰振動子に完全に戻る.
第3章との符号の対応 —— 最もつまずきやすい点
式 \eqref{eq:13-chixx-R} を見て「第3章と符号が逆ではないか」と思った読者は正しい.第3章の力学的感受率は
$$ \chi_{\text{力学}}(\omega) = \frac{1}{m\left(\omega_0^2-\omega^2\right)}\qquad(\gamma\to0) $$であり,式 \eqref{eq:13-chixx-R} とは全体の符号が逆である.これは矛盾ではなく,外力の結合の書き方の違いである.丁寧に追う.
(1) 第3章の書き方.力 $F$ が座標 $\hat x$ に働くとき,力学の標準形では
$$ \Ham' = -\,\hat x\,F \qquad(\text{ポテンシャル }-Fx\text{ から力 }F=-\partial_x(-Fx)\text{ が出る}) $$とマイナスで入る.
(2) 本書の書き方.本書(およびFetter–Walecka)は $\Ham_{\text{ext}}(t)=f(t)\hat B$ とプラスで書く規約である.$\hat B=\hat x$ と取れば,(1) と見比べて
$$ f(t) = -F(t) $$という対応になる.本書の $f$ は「力」ではなく「力にマイナスを付けたもの」である.
(3) 応答を計算する.本書の規約では $\delta\braket{\hat x}=\chi^R_{xx}\,f$ だから,式 \eqref{eq:13-chixx-R} を使って($\eta\to0$)
$$ \delta\braket{\hat x(\omega)} = \chi^R_{xx}(\omega)\,f(\omega) = \left[-\frac{1}{m(\omega_0^2-\omega^2)}\right]\times\left[-F(\omega)\right] = +\,\frac{F(\omega)}{m\left(\omega_0^2-\omega^2\right)} $$2つのマイナスが打ち消し合って,第3章とまったく同じ物理が出た.共鳴 $\omega\to\omega_0$ で振幅が発散すること,$\omega<\omega_0$ で力と同位相,$\omega>\omega_0$ で逆位相になることも,すべて一致する.
まとめ.$\chi^R_{xx}=-\chi_{\text{力学}}$ であるが,$f=-F$ でもあるので,観測量 $\delta\braket{\hat x}$ は同じである.符号が違うのは応答関数の定義であって,物理ではない.他書と比較するときは,必ず (i) 摂動の結合の符号,(ii) $\chi$ の定義の前の符号,この2つを確認すること.どちらか片方だけを揃えると,必ず間違える.
13.9 有限温度の線形応答
13.9.1 久保公式は熱平均に置き換えるだけでよい
第7章の久保公式は基底状態期待値で書かれていた.有限温度でどう変わるかを,密度演算子の運動方程式から直接示す.結論を先に言えば,期待値を熱平均に置き換えるだけで,形は一字も変わらない.
導出:有限温度の久保公式(Fetter–Walecka 32節)
ステップ1:von Neumann方程式.密度演算子 $\hat\rho(t)$ は $\ii\hbar\,\partial_t\hat\rho=[\Ham(t),\hat\rho]$ に従う.$\Ham(t)=\Ham_0+\Ham_{\text{ext}}(t)$,$\Ham_{\text{ext}}(t)=f(t)\hat B\,\ee^{\eta t}$(本書の符号規約)とし,$\hat\rho=\hat\rho_0+\delta\hat\rho$ と展開する.
ステップ2:$\hat\rho_0$ が平衡解であることを使う.$\hat\rho_0=\ee^{-\beta\Ham_0}/Z$ は $\Ham_0$ の関数だから $[\Ham_0,\hat\rho_0]=0$,すなわち $\partial_t\hat\rho_0=0$.ここが有限温度の要である.$T=0$ なら $\hat\rho_0=\ket{0}\bra{0}$ で同じことが成り立つ.1次まで取ると
$$ \ii\hbar\,\partial_t\,\delta\hat\rho = \left[\Ham_0,\delta\hat\rho\right] + \left[\Ham_{\text{ext}}(t),\hat\rho_0\right] $$ステップ3:解く.相互作用表示 $\delta\tilde\rho(t)=\ee^{\ii\Ham_0t/\hbar}\delta\hat\rho\,\ee^{-\ii\Ham_0t/\hbar}$ に移ると第1項が消え,単純な積分になる:
$$ \delta\hat\rho(t) = -\frac{\ii}{\hbar}\int_{-\infty}^{t}\!\!\dd t'\; \ee^{-\ii\Ham_0(t-t')/\hbar}\left[\Ham_{\text{ext}}(t'),\hat\rho_0\right]\ee^{\ii\Ham_0(t-t')/\hbar} $$ステップ4:期待値を取る.$\delta\braket{\hat A(t)}=\Tr\left[\delta\hat\rho(t)\hat A\right]$ にトレースの巡回性を使って指数関数を $\hat A$ 側へ移すと,$\hat A_H(t-t')$ が現れる(以後,断熱因子 $\ee^{\eta t'}$ は $f(t')$ に含めて書き,最後に $\eta\to0^+$ とする):
$$ \delta\braket{\hat A(t)} = -\frac{\ii}{\hbar}\int_{-\infty}^{t}\!\!\dd t'\,f(t')\, \Tr\left\{\left[\hat B,\hat\rho_0\right]\hat A_H(t-t')\right\} $$ステップ5:交換子を移す.もう一度巡回性を使うと
$$ \Tr\left\{\left(\hat B\hat\rho_0-\hat\rho_0\hat B\right)\hat A_H\right\} = \Tr\left\{\hat\rho_0\hat A_H\hat B\right\}-\Tr\left\{\hat\rho_0\hat B\hat A_H\right\} = \Tr\left\{\hat\rho_0\left[\hat A_H,\hat B\right]\right\} = \braket{\left[\hat A_H,\hat B\right]} $$となる.$\braket{\cdots}=\Tr[\hat\rho_0\cdots]$ はいまや熱平均である.よって $\delta\braket{\hat A(t)}=\int\dd t'\,\chi^R_{AB}(t-t')f(t')$ の形になり
∎ 第7章の式と字面がまったく同じである.変わったのは $\braket{\cdots}$ の中身だけである.
なぜ「置き換えるだけ」で済むのか
導出のどこにも「基底状態であること」は使われていない.使ったのは $[\Ham_0,\hat\rho_0]=0$,すなわち摂動前の状態が $\Ham_0$ の定常状態であることだけで,$\hat\rho_0=\ee^{-\beta\Ham_0}/Z$ はこれを満たす.だから第7章・第8章で導いた性質(上半面解析性,Kramers–Kronig関係,揺動散逸定理,和則)はすべて有限温度でそのまま成り立つ.では松原形式は何のためにあったのか.式 \eqref{eq:13-kubo-T} を実際に計算するためである.式 \eqref{eq:13-kubo-T} が「答えの形」,松原形式が「答えの出し方」という分業になっている.
13.9.2 有限温度のLindhard関数
第10章で導いたLindhard関数
$$ \chi^0(\qq,\omega)=\frac{2}{V}\sum_{\kk}\frac{n_\kk-n_{\kk+\qq}}{\hbar\omega+\epsilon_\kk-\epsilon_{\kk+\qq}+\ii\eta} $$の導出を振り返ると,Fermi分布 $n_\kk$ が現れたのは「基底状態での占有数 $\braket{c^\dagger_\kk c_\kk}$」を評価したところだけであった.式 \eqref{eq:13-kubo-T} により,有限温度では熱平均に置き換わる.すなわち
と階段関数をFermi分布に取り替えるだけである.式の形は変わらない.演習13.3で,この結果を松原形式(バブル図+松原和)から独立に導く.
松原形式で書くとどうなるか
密度応答の松原関数は,自由粒子では2本の $\mathcal{G}^0$ の積の松原和(=「バブル図」)になり,表13.2の3行目の公式で和が実行できて
$$ \chi^0(\qq,\ii\Omega_m) = \frac{2}{V}\sum_\kk\frac{n_F(\xi_\kk)-n_F(\xi_{\kk+\qq})}{\ii\hbar\Omega_m+\epsilon_\kk-\epsilon_{\kk+\qq}} $$が得られる($\Omega_m$ はBose型).ここで $\ii\hbar\Omega_m\to\hbar\omega+\ii\eta$ と解析接続すれば式 \eqref{eq:13-lindhard-T} の結果に一致する.松原和のあとに解析接続する——この順序が重要である.逆順(先に接続してから和を取る)はできない.
13.9.3 Thomas–Fermi遮蔽とDebye遮蔽は同じ式である
有限温度に拡張したことで,第10章では見えなかった統一が見える.静的長波長極限を取ろう.
導出:$\chi^0(\qq\to0,0) = -\dfrac{\partial n}{\partial\mu}$
$\omega=0$,$\qq\to0$ とすると,分子・分母とも差が微小になるので微分に置き換わる:
$$ \chi^0(\qq\to0,0)=\frac{2}{V}\sum_\kk\frac{n_F(\xi_\kk)-n_F(\xi_{\kk+\qq})}{\epsilon_\kk-\epsilon_{\kk+\qq}} \;\longrightarrow\; \frac{2}{V}\sum_\kk\frac{\partial n_F(\xi_\kk)}{\partial\epsilon_\kk} $$状態密度 $g(\epsilon)$(スピン込み,単位体積あたり)を使って $\frac{2}{V}\sum_\kk\to\int\dd\epsilon\,g(\epsilon)$ とすると
$$ \chi^0(\qq\to0,0)=\int\dd\epsilon\;g(\epsilon)\,\frac{\partial n_F}{\partial\epsilon} = -\int\dd\epsilon\;g(\epsilon)\,\frac{\partial n_F}{\partial\mu} = -\frac{\partial}{\partial\mu}\int\dd\epsilon\;g(\epsilon)n_F(\epsilon-\mu) $$途中で $n_F$ が $\epsilon-\mu$ の関数であることから $\partial_\epsilon n_F=-\partial_\mu n_F$ を使った.最後の積分は電子密度 $n$ そのものである.よって
∎ 静的長波長応答は圧縮率(正確には $\partial n/\partial\mu$)に等しい.符号がマイナスなのは本書の規約どおりで,第9章・第10章と一致する.
誘電関数は第9章の $\epsilon(\qq,\omega)=1-v(q)\chi^0(\qq,\omega)$($v(q)=4\pi e^2/q^2$,Gauss単位)だから,静的長波長では
$$ \epsilon(\qq\to0,0) = 1+\frac{4\pi e^2}{q^2}\frac{\partial n}{\partial\mu} \equiv 1+\frac{q_s^2}{q^2}, \qquad q_s^2 \equiv 4\pi e^2\,\frac{\partial n}{\partial\mu} $$となる.$q_s$ が遮蔽波数である.あとは $\partial n/\partial\mu$ を温度で場合分けするだけであり,その結果を表13.3にまとめる.
| 縮退極限($k_BT\ll\epsilon_F$) | 古典極限($k_BT\gg\epsilon_F$) | |
|---|---|---|
| $n_F$ の形 | 階段関数(Fermi縮退) | Boltzmann分布 $n\propto\ee^{\beta\mu}$ |
| $\partial n/\partial\mu$ | $N(\epsilon_F)$(状態密度) | $\beta n = n/k_BT$ |
| 遮蔽波数 | $q_{TF}^2=4\pi e^2N(\epsilon_F)$ | $q_D^2=4\pi ne^2/k_BT$ |
| 名前 | Thomas–Fermi遮蔽(第10章) | Debye–Hückel遮蔽 |
| 典型的な対象 | 金属中の電子(室温でも縮退) | プラズマ,電解質溶液,半導体の低ドープ領域 |
| 温度依存性 | ほぼ無し | $q_D\propto T^{-1/2}$(高温で遮蔽が弱まる) |
2つの遮蔽が同じ式だったこと
Thomas–Fermi遮蔽(固体物理)とDebye–Hückel遮蔽(電気化学・プラズマ物理)は,まったく別の分野で別々に発見され,教科書でも別々に扱われることが多い.しかしいま見たとおり,両者は有限温度Lindhard関数の静的長波長極限を,縮退側と古典側から見た2つの顔にすぎない.
遮蔽長 $\lambda=1/q_s$ の数値を見ておこう.金属($n\sim10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$)では $\lambda_{TF}\sim0.5\ \text{Å}$ と原子1個分しかなく,だから金属中では点電荷がほぼ完全に隠される.室温の $1\ \mathrm{mM}$ 電解質水溶液では $\lambda_D\sim10\ \mathrm{nm}$ である.同じ式から出発して遮蔽長が約200倍(2桁強)も違うのは,まず $\partial n/\partial\mu$ が約400倍違い,さらに水の比誘電率 $\varepsilon_r\simeq78$ が効くからである.遮蔽長は $\lambda\propto\left[\varepsilon_r\big/(\partial n/\partial\mu)\right]^{1/2}$ と平方根で効くので,$\sqrt{400\times78}\simeq175$ となって,たしかに200倍程度になる.
なお表13.3の $q_D^2=4\pi ne^2/k_BT$ は,比誘電率を $1$ とした1成分プラズマに対する式である.電解質溶液に当てはめるときは,媒質の比誘電率 $\varepsilon_r$ で割り,陽イオン・陰イオンの両方(一般には価数 $z_i$ をもつ全イオン種)を数え上げる必要がある.上の $10\ \mathrm{nm}$ という値は,そうして得られたものである.
13.10 この先へ —— Feynman図・自己エネルギー・第一原理計算
本書はここで終わるが,松原形式はここから始まると言ってもよい.最後に,この先に何があるかの地図を描いておく.
13.10.1 Wick の定理とFeynman図
13.1.2節の式 \eqref{eq:13-dyson-tau} を $\hat V$ について展開すると,$\braket{T_\tau\hat A(\tau_1)\hat B(\tau_2)\cdots}_0$ という多数の演算子の $T_\tau$ 積の自由系での熱平均が現れる.ここで働くのが熱的Wick の定理である:自由系(2次形式のハミルトニアン)の熱平均では $T_\tau$ 積の期待値が2個ずつの縮約の積の和に分解し,各縮約が $\mathcal{G}^0$ になる.
$T=0$ のWick の定理は「基底状態がFermi球である」ことに立脚していたが,熱的Wick の定理が成り立つ理由は$\ee^{-\beta\hat K_0}$($\hat K_0\equiv\Ham_0-\mu\hat N$)がGauss型(指数の肩が演算子の2次形式)だからである.有限温度でも $T=0$ でもWickが使えるという事実が,松原形式を「$T=0$ の理論を含む一般論」にしている.縮約の組み合わせを図で表したものがFeynman図であり,実線が $\mathcal{G}^0$,波線が相互作用 $v(q)$ を表す.頂点での振動数保存は「Fermi型 $+$ Bose型 $=$ Fermi型」という和になっており,13.5節の偶奇の区別がそのまま図の規則になっている.
13.10.2 自己エネルギーとDyson方程式
相互作用を全次数で足し上げると,伝播関数は
という形にまとまる.これがDyson方程式,$\Sigma$ が自己エネルギーである.式 \eqref{eq:13-G0} と見比べると,1粒子エネルギーが $\xi_\kk\to\xi_\kk+\Sigma$ とずれただけの形をしている.解析接続 $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ を行うと $\Sigma$ は複素数になり,
- 実部:エネルギーのずれ(バンドの繰り込み,有効質量 $m^*$).その振動数依存性からは準粒子の重み $Z=\left[1-\frac{1}{\hbar}\frac{\partial\,\mathrm{Re}\,\Sigma^R}{\partial\omega}\right]^{-1}$ が決まり,残りの重み $1-Z$ は非干渉的な背景やサテライト構造へ移る(強相関系では極そのものが消えることさえある).
- 虚部:準粒子の寿命(スペクトルピークの幅).おおまかには $\tau_{\text{qp}}\sim\hbar/\abs{\mathrm{Im}\,\Sigma}$ だが,きちんと書けば $1/\tau_{\text{qp}}=-2Z\,\mathrm{Im}\,\Sigma^R/\hbar$ であり,因子 $2$(振幅の減衰を見るか強度の減衰を見るか)と重み $Z$ の分だけ規約に依存する.$\sim$ で書いた式を使うときは,どの流儀の「寿命」かを断っておくとよい.
を与える.第2章・第3章で減衰振動子の $\gamma$ が「共鳴ピークの幅」と「振動の減衰時間」の両方を与えたのとまったく同じ構造であり,自己エネルギーは多体系における「$\gamma$ の一般化」と思ってよい.Landau のFermi液体論は $\mathrm{Im}\,\Sigma\propto\left[(\hbar\omega)^2+\pi^2(k_BT)^2\right]$ となることから,Fermi面近傍の準粒子が十分に長寿命であること,したがって相互作用があっても自由電子的な描像が生き残ることを示す.
13.10.3 第一原理計算とのつながり
松原形式は,現代の第一原理計算・強相関電子論の共通基盤である.RPA(第9章)はバブル図を無限次まで足し上げて $\chi=\chi^0/(1-v\chi^0)$ を得る手続きであり,その有限温度版が13.9.2節である.GW近似は $\Sigma=\ii GW$($W$ は遮蔽相互作用)として $\mathcal{G}$ と $W$ の松原和を取り,DFT のバンドギャップ過小評価を改善する.DFT+DMFTは局所自己エネルギーを不純物問題として自己無撞着に解くが,その中身は虚時間の $\mathcal{G}(\tau)$ をQMCで求めることであり,出力の数値的解析接続が最大の難所になる(13.8.4節).電子–格子相互作用による超伝導のEliashberg方程式は,Fermi型とBose型の松原振動数が混ざり合う典型例である.
『DFT入門』第17章(NEGF)との関係
本章の定理13.1(周期性)の証明で,$\ee^{-\beta\Ham}$ が虚時間発展に吸収されたのは,系が熱平衡にあったからである.ナノデバイスの伝導のように,左右の電極に異なる化学ポテンシャル $\mu_L\neq\mu_R$ を与えて定常電流を流す状況では,系は平衡ではない.密度演算子が $\ee^{-\beta\Ham}$ の形をしていないので,周期性は成り立たず,松原振動数も存在しない.
そこで使われるのが非平衡Green関数法(NEGF, Keldysh形式)である.虚時間へ迂回する代わりに,実時間軸を「行って戻る」閉じた経路(Keldysh輪道)の上でGreen関数を定義する.輪道の上と下という2つの枝ができるので,Green関数は $2\times2$ の行列(遅延・先進・レッサー・グレーター)になる.計算量は増えるが,非平衡が扱える.そして重要なことに,平衡に戻せばNEGFは松原形式と一致する.平衡では揺動散逸定理により4成分が独立でなくなり,実質1つの関数(本章の $\chi(z)$)に縮退するからである.非平衡が要るかどうかの判定基準は「定常電流が流れているか」ではない.電流が流れていても,それが平衡状態からの1次のずれで済むかぎり,導電率・熱伝導率・Hall応答のような線形輸送係数は,久保公式と松原Green関数で計算できる.NEGF/Keldyshが本質的に必要になるのは,有限バイアス,異なる化学ポテンシャルをもつ複数のリザーバー,非熱的な分布,強い駆動,時間に依存する非平衡状態のように,平衡からのずれを1次で打ち切れない場合である.
13.11 まとめと演習
13.11.1 まとめ
- 動機.有限温度では基底状態を特別扱いする第6章の道具(Gell-Mann–Low の定理)が使えない.統計重み $\ee^{-\beta\Ham}$ と時間発展 $\ee^{-\ii\Ham t/\hbar}$ は $t=-\ii\hbar\beta$ で一致する.温度は虚の時間である.この同一視により,統計力学の計算がそのまま量子力学の摂動論になる(式 \eqref{eq:13-dyson-tau}).
- 虚時間演算子 $\hat A(\tau)=\ee^{\Ham\tau/\hbar}\hat A\ee^{-\Ham\tau/\hbar}$ はエルミートではなく $\hat A(\tau)^\dagger=\hat A^\dagger(-\tau)$(式 \eqref{eq:13-dagger}).松原Green関数 $\mathcal{G}_{AB}(\tau)=-\braket{T_\tau\hat A(\tau)\hat B(0)}$ の $T_\tau$ は「収束する側の式を選ぶ」仕掛けであり,そのため定義域は $\abs{\tau}<\beta\hbar$ に限られる.
- (反)周期性 $\mathcal{G}(\tau+\beta\hbar)=\zeta\mathcal{G}(\tau)$(式 \eqref{eq:13-periodicity}).証明に使うのは指数法則とトレースの巡回性だけ.$\ee^{-\beta\Ham}$ が虚時間発展に吸収されるところが急所であり,これは系が熱平衡にあることの数学的表現である.非平衡では成り立たない.
- 松原振動数.有限区間 $\Rightarrow$ Fourier級数 $\Rightarrow$ 離散振動数.(反)周期性が半分の $n$ を消し,$\omega_n=2n\pi/\beta\hbar$(Bose),$(2n+1)\pi/\beta\hbar$(Fermi)が残る.要点は $\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}=\zeta$ の一行に集約される.
- 自由粒子 $\mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n)=\left(\ii\omega_n-\xi_\kk/\hbar\right)^{-1}$(式 \eqref{eq:13-G0}).Fermi分布が完全に約分されて消える.$\mathcal{G}(\kk,0^-)=n_F(\xi_\kk)$ は占有数そのもの.
- 松原和.$n_F(z)$/$n_B(z)$ の極が松原振動数と一致することを使い,留数定理で無限和を有限個の留数に化かす(定理13.2).代表例 $\frac{1}{\beta\hbar}\sum_n\frac{\ee^{\ii\omega_n0^+}}{\ii\omega_n-\xi/\hbar}=n_F(\xi)$.収束因子は $\tau\to0^\pm$ の指定そのものである.
- 解析接続.$\mathcal{G}(\ii\omega_n)$ と $\chi^R(\omega)$ は別々の関数ではなく,1つの関数 $\chi(z)=\frac{1}{\hbar}\int\frac{\dd\omega'}{2\pi}\frac{\mathcal{A}(\omega')}{z-\omega'}$ の異なる引数における値である(定理13.3).ゆえに $\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ とすればよい.一意性はBaym–Mermin の定理(定理13.4)が保証するが,「上半面で解析的」かつ「$1/\abs{z}$ で減衰」という条件が必須で,$\abs{\;}$ や $\mathrm{sgn}$ が残った式は接続してはいけない.
- 有限温度の線形応答.久保公式は熱平均に置き換えるだけでよい(式 \eqref{eq:13-kubo-T}).Lindhard関数も $n_\kk\to n_F(\xi_\kk)$ とするだけ.静的長波長極限は $\chi^0=-\partial n/\partial\mu$ となり,縮退極限でThomas–Fermi遮蔽,古典極限でDebye遮蔽を与える.この2つは同じ式の両極限である.
- 符号の流儀.本書は $\Ham_{\text{ext}}=+f\hat B$,$\chi^R=-\frac{\ii}{\hbar}\theta\braket{[\;,\;]}$.第3章の力学的感受率とは $f=-F$ の関係にあり,$\chi^R_{xx}=-\chi_{\text{力学}}$ である.観測量 $\delta\braket{\hat x}$ は当然一致する.
13.11.2 演習問題
演習13.1 Bose粒子の $\mathcal{G}^0$ を導く
自由Bose粒子 $\hat K=\sum_\kk\xi_\kk b^\dagger_\kk b_\kk$($\xi_\kk>0$)について.
(1) $b_\kk(\tau)=b_\kk\ee^{-\xi_\kk\tau/\hbar}$ を示せ(13.6.1節と同じ手順.ただし交換関係 $[b,b^\dagger]=1$ を使う).
(2) $\mathcal{G}^0(\kk,\tau)=-\braket{T_\tau b_\kk(\tau)b^\dagger_\kk(0)}$ を $\tau>0$ と $\tau<0$ で書き下せ.$\braket{b^\dagger b}=n_B(\xi)$ を使う.
(3) $\mathcal{G}^0(\kk,\tau+\beta\hbar)=+\mathcal{G}^0(\kk,\tau)$(周期的)を,$n_B\ee^{\beta\xi}=1+n_B$ を使って示せ.
(4) Bose型松原振動数($\ee^{\ii\omega_n\beta\hbar}=+1$)でFourier変換し,$\mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n)=\left(\ii\omega_n-\xi_\kk/\hbar\right)^{-1}$ とFermi の場合とまったく同じ形になることを確かめよ.
ヒント:(2) $\tau>0$ で $-(1+n_B)\ee^{-\xi\tau/\hbar}$,$\tau<0$ で $-n_B\ee^{-\xi\tau/\hbar}$($\zeta=+1$ なので第2項の符号は $-$ のまま).(4) $-(1+n_B)\frac{\ee^{-\beta\xi}-1}{\ii\omega_n-\xi/\hbar}$ を整理すると分子が $1$ になる.統計の違いは,松原振動数がどこにあるかにしか残らない.
演習13.2 松原和を留数定理で実行する
Fermi型の松原振動数について,次の和を定理13.2で計算せよ.$\xi_1\neq\xi_2$ とする.
$$ S \equiv \frac{1}{\beta\hbar}\sum_n\frac{1}{\left(\ii\omega_n-\xi_1/\hbar\right)\left(\ii\omega_n-\xi_2/\hbar\right)} $$(1) $f(z)$ の極とその留数を求めよ.収束因子が不要である理由も述べよ.
(2) 定理13.2を適用して $S=\dfrac{\hbar\left[n_F(\xi_1)-n_F(\xi_2)\right]}{\xi_1-\xi_2}$ を示せ.
(3) $\xi_2\to\xi_1$ の極限を取り,$S\to\hbar\,\partial n_F(\xi_1)/\partial\xi_1$ となることを示せ(表13.2の4行目).
(4) $T\to0$ でこの結果はどうなるか.$\partial n_F/\partial\xi\to-\delta(\xi)$ を使って物理的に解釈せよ.
ヒント:(1) 極は $z=\xi_1/\hbar,\ \xi_2/\hbar$.$\abs{f}\sim1/\abs{z}^2$ なので大円の寄与は自動的に消える.(2) $\Res_{z=\xi_1/\hbar}=n_F(\xi_1)\frac{1}{\xi_1/\hbar-\xi_2/\hbar}$ とその対.(4) Fermi面上の状態だけが応答する = 式 \eqref{eq:13-compressibility} の $T=0$ 版.
演習13.3 有限温度Lindhard関数を松原形式で導く
自由電子系の密度応答の松原関数は,バブル図の値として
$$ \chi^0(\qq,\ii\Omega_m) = \frac{2}{\hbar V}\sum_\kk\;\frac{1}{\beta\hbar}\sum_n\; \mathcal{G}^0(\kk,\ii\omega_n)\,\mathcal{G}^0(\kk+\qq,\ii\omega_n+\ii\Omega_m) $$で与えられる($\omega_n$ はFermi型,$\Omega_m$ はBose型,因子 $2$ はスピン).
(1) 内側の松原和を演習13.2と同じ方法で実行せよ.外部振動数 $\Omega_m$ がBose型であることがどこで効くかを明示せよ.
(2) 結果が $\dfrac{2}{V}\displaystyle\sum_\kk\frac{n_F(\xi_\kk)-n_F(\xi_{\kk+\qq})}{\ii\hbar\Omega_m+\epsilon_\kk-\epsilon_{\kk+\qq}}$ になることを示せ.
(3) $\ii\hbar\Omega_m\to\hbar\omega+\ii\eta$ と解析接続し,第10章のLindhard関数($n_\kk\to n_F$ としたもの)に一致することを確かめよ.
(4) 解析接続の前に和を実行しなければならない理由を述べよ.
ヒント:(1) 第2の $\mathcal{G}^0$ の極は $z=\xi_{\kk+\qq}/\hbar-\ii\Omega_m$ にある.そこで $n_F(z)$ を評価すると $n_F\!\left(\frac{\xi_{\kk+\qq}}{\hbar}-\ii\Omega_m\right)=\left(\ee^{\beta\xi_{\kk+\qq}}\ee^{-\ii\beta\hbar\Omega_m}+1\right)^{-1}$ で,$\ee^{-\ii\beta\hbar\Omega_m}=1$(Bose型!)だから $n_F(\xi_{\kk+\qq})$ に戻る.Fermi型なら $-1$ になって別の答えになってしまう.(4) 接続変数 $z$($\ii\Omega_m$ の延長)から見ると,和を取る前の各項は $z=\xi_{\kk+\qq}/\hbar-\ii\omega_n$ に極をもつ.$\omega_n<0$ の項ではこの極が上半面に入ってしまうので,項別には上半面で解析的でない.定理13.4の仮定を満たすのは和を取った後の量だけである.
演習13.4 解析接続はいつ一意でないか
Fermi型の松原振動数を考える.
(1) $h(z)=\ee^{\beta\hbar z}+1$ がすべてのFermi型松原振動数 $z=\ii\omega_n$ でゼロになることを示せ.
(2) したがって,$\chi(z)$ と $\chi(z)+c\,h(z)$($c$ は任意定数)は松原形式のデータでは区別できない.にもかかわらず解析接続が一意である理由を,定理13.4の条件2に照らして説明せよ.
(3) Bose型では $h(z)$ に相当する関数は何か.
(4) 次の2つの表式のうち,$\ii\omega_n\to\omega+\ii\eta$ をそのまま適用してよいのはどちらか.理由も述べよ.
$$ \text{(a)}\quad \chi(\ii\omega_n)=\frac{a}{\ii\omega_n-\omega_1}, \qquad \text{(b)}\quad \chi(\ii\omega_n)=\frac{a}{\ii\omega_n-\omega_1}\;\mathrm{sgn}(\omega_n) $$ヒント:(1) $\ee^{\ii(2n+1)\pi}=-1$.(2) $\abs{h(z)}=\abs{\ee^{\beta\hbar z}+1}$ は上半面内で $\mathrm{Re}\,z\to+\infty$ とすると発散するので,条件2($1/\abs{z}$ 型の減衰)を破る.(3) $\ee^{\beta\hbar z}-1$.(4) (a) のみ.$\mathrm{sgn}(\omega_n)$ は $z$ の解析関数ではないので (b) は接続できない.まず上半面・下半面に分けて解析的な形に整理する必要がある.
演習13.5 Thomas–Fermi遮蔽とDebye遮蔽の数値比較
式 $q_s^2=4\pi e^2\,\partial n/\partial\mu$(Gauss単位)を使う.
(1) 銅($n=8.5\times10^{28}\ \mathrm{m^{-3}}$,$\epsilon_F=7.0\ \mathrm{eV}$)について,自由電子気体の状態密度 $N(\epsilon_F)=\frac{3n}{2\epsilon_F}$ を使ってThomas–Fermi遮蔽長 $\lambda_{TF}=1/q_{TF}$ を求めよ.
(2) 同じ電子密度を「古典極限」の式 $q_D^2=4\pi ne^2/k_BT$($T=300\ \mathrm{K}$)に入れると遮蔽長はいくらか.(1) と比べてどちらが妥当か,$k_BT$ と $\epsilon_F$ の大小から判断せよ.
(3) 濃度 $1\ \mathrm{mM}$ の1価電解質水溶液(比誘電率 $\varepsilon_r=78$,$T=300\ \mathrm{K}$)のDebye長を求めよ.$q_D^2=4\pi n_{\text{ion}}e^2/(\varepsilon_r k_BT)$ を使う(両イオンの寄与で $n_{\text{ion}}$ は全イオン数密度).
(4) 銅と電解質で遮蔽長が2桁以上(約200倍)違う理由を,式 \eqref{eq:13-compressibility} の $\partial n/\partial\mu$ の言葉で説明せよ.
ヒント:(1) $N(\epsilon_F)=\frac{3\times8.5\times10^{28}}{2\times7.0\ \mathrm{eV}}\approx1.8\times10^{28}\ \mathrm{eV^{-1}m^{-3}}$.$\lambda_{TF}\approx0.55\ \text{Å}$.(2) $k_BT=25.9\ \mathrm{meV}\ll\epsilon_F=7.0\ \mathrm{eV}$ なので完全に縮退しており,(1) が正しい.古典式を使うと遮蔽を過大評価する.(3) $\lambda_D\approx9.6\ \mathrm{nm}$.(4) 縮退系ではFermi面上の状態しか応答できないので $\partial n/\partial\mu=N(\epsilon_F)$ にとどまるが,密度そのものが桁違いに大きい.電解質は密度が小さく,$\partial n/\partial\mu=n/k_BT$ も小さい.両者の比は約400倍である.これに加えて $\varepsilon_r=78$ も $\sqrt{78}\approx9$ 倍として遮蔽長を伸ばす側に効き,$\lambda\propto\left[\varepsilon_r\big/(\partial n/\partial\mu)\right]^{1/2}$ より $\sqrt{400\times78}\approx175$ 倍,すなわち $0.55\ \text{Å}\times175\approx9.6\ \mathrm{nm}$ となって (1) と (3) の答えが結びつく.
参考文献
- A. L. Fetter, J. D. Walecka『多粒子系の量子論 理論編』マグロウヒル,第7章(23〜26節:有限温度のGreen関数,松原形式),第9章(31〜32節:実時間Green関数と有限温度の線形応答).—— 本章の底本.
- 松原 武生, "A New Approach to Quantum-Statistical Mechanics", Prog. Theor. Phys. 14, 351 (1955). —— 松原形式の原論文.
- A. A. Abrikosov, L. P. Gorkov, I. E. Dzyaloshinski, Methods of Quantum Field Theory in Statistical Physics, Dover (1975). —— 松原形式の古典的な標準書.
- G. Baym, N. D. Mermin, "Determination of Thermodynamic Green's Functions", J. Math. Phys. 2, 232 (1961). —— 解析接続の一意性(定理13.4)の原論文.
- G. D. Mahan, Many-Particle Physics, 3rd ed., Springer (2000), Chapter 3. —— 松原和の技法が最も詳しい.
- H. Bruus, K. Flensberg, Many-Body Quantum Theory in Condensed Matter Physics, Oxford University Press (2004), Chapters 10–11. —— 松原形式の説明が現代的で親切.
- M. Jarrell, J. E. Gubernatis, "Bayesian inference and the analytic continuation of imaginary-time quantum Monte Carlo data", Phys. Rep. 269, 133 (1996). —— 数値的解析接続(最大エントロピー法).
- 阿部 龍蔵『統計力学』東京大学出版会,および 高田 康民『多体問題』朝倉書店 —— 日本語での標準的な解説.