第12章非弾性散乱と動的構造因子
第7章から第11章まで,われわれはずっと計算をしてきた.久保公式を導き,Lehmann表示に書き換え,Lindhard関数を計算し,プラズモンの分散を求めた.しかしここまでの議論には,決定的なものが一つ欠けている.それは本当に測れるのか,という問いである.
$\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega)$ という量は,紙の上では「密度‐密度相関関数の虚部」でしかない.実験室にあるのは,線源と,試料と,検出器である.この両者——紙の上の量と実験室——はどこでつながるのか.本章はそれを示す.
答えを先に言ってしまえばこうである.粒子を試料に打ち込み,散乱された粒子の運動量とエネルギーの変化を測る.運動量が $\hbar\qq$ 減り,エネルギーが $\hbar\omega$ 減っていたら,その分が試料に移ったのである.そのような散乱が起こる確率をBorn近似とFermi の黄金律で計算すると
$$ \frac{\dd^2\sigma}{\dd\Omega\,\dd\omega} = N\left(\frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\right)_{\text{単一粒子}}\!\!\!S(\qq,\omega) $$という形になる.前置因子は「試料の中身とは無関係な,プローブと標的1個の間の散乱」であり,後ろの $S(\qq,\omega)$ が試料の中身のすべてを含む.この $S(\qq,\omega)$ を動的構造因子(dynamic structure factor)といい,それは密度ゆらぎの時空相関のFourier変換にほかならない.そして揺動散逸定理により
$$ S(\qq,\omega) = -\frac{\hbar}{\pi n}\,\frac{\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega)}{1-\ee^{-\beta\hbar\omega}} $$である.散乱実験は $\mathrm{Im}\,\chi$ を直接測っている.これが本章の結論であり,第III部・第IV部で積み上げてきた理論が実験と接続する地点である.中性子散乱でフォノン分散が測れるのも,EELSでプラズモンピークが見えるのも,すべてこの一本の式に帰着する.
- 散乱実験の運動学.$\qq=\kk-\kk'$,$\hbar\omega=E_i-E_f$,弾性なら $q=2k\sin(\theta/2)$.入射エネルギーを決めると $(q,\omega)$ 平面のどこを走査できるかが決まってしまうこと
- Fermi の黄金律とBorn近似から二重微分断面積を全ステップ書き下して導くこと.行列要素の中から $\hat\rho_\qq^\dagger$ が自然に現れる仕組み
- 動的構造因子 $S(\qq,\omega)$ の2つの表式(行列要素の和/時間相関のFourier変換)が同一であることの証明と,van Hove相関関数 $G(\bm r,t)$ ——「$S$ は密度ゆらぎの時空相関のFourier変換である」の正確な意味
- $S$ と $\mathrm{Im}\,\chi^R$ の関係(揺動散逸定理の実用形).符号を第8章の結果と突き合わせて検算し,$S\ge0$ が保証されることを確かめる
- 詳細つり合い $S(\qq,-\omega)=\ee^{-\beta\hbar\omega}S(\qq,\omega)$ とその実験的意味
- 荷電粒子では $S$ でなく損失関数 $-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}$ が測られること.EELSにプラズモンピークが立つ理由(第11章との接続)
- 和則による検算:$\int\dd\omega\,S=S(\qq)$(静的構造因子),$\int\dd\omega\,\omega S=\hbar q^2/2m$($f$ 和則)を二重交換子から導く
- 単一モード近似 $\hbar\omega(q)=\hbar^2q^2/2mS(q)$(Feynman の式)と液体 $^4$He のロトン極小
- 中性子・X線・電子線・Raman・ARPES —— プローブごとに何が測れて何が測れないか
12.1 散乱実験の運動学
12.1.1 実験室で何をしているのか
散乱実験の手続きは,装置がどれほど大きくても,原理的には次の3行に尽きる.
散乱実験の3ステップ
- 入射:運動量 $\hbar\kk$,エネルギー $E_i$ のはっきり決まったプローブ粒子(中性子・光子・電子)を試料に打ち込む.
- 散乱:プローブは試料と相互作用し,運動量 $\hbar\kk'$,エネルギー $E_f$ になって出てくる.
- 検出:方向(立体角 $\dd\Omega$)とエネルギー(幅 $\dd E_f$)を指定して,単位時間あたり何個来たかを数える.
測定量は二重微分断面積 $\dfrac{\dd^2\sigma}{\dd\Omega\,\dd\omega}$,すなわち「方向とエネルギー移行の両方を指定したときの散乱の起こりやすさ」である.「二重」なのは $\dd\Omega$ と $\dd\omega$ の2つで微分しているからである.
ここで決定的に重要なのは,プローブが失った分がそっくり試料に渡る,という保存則である.
$\qq$ を散乱ベクトルあるいは運動量移行,$\omega$ をエネルギー移行(振動数移行)という.$\omega>0$ ならプローブがエネルギーを失った(エネルギー損失),$\omega<0$ ならプローブがエネルギーをもらった(エネルギー利得)ことになる.
物理的意味:実験者は $(\qq,\omega)$ を自由に選んで試料を「叩ける」
第9章で密度応答を考えたとき,外部ポテンシャルとして $\phi_{\text{ext}}\propto\ee^{\ii(\qq\cdot\xx-\omega t)}$ という「波数 $\qq$,振動数 $\omega$ のさざ波」を仮定した.あれは計算の都合で置いた仮想的な外場ではない.散乱実験は,まさにその波を試料にかけている.
プローブ粒子は平面波 $\ee^{\ii\kk\cdot\xx}$ で入って $\ee^{\ii\kk'\cdot\xx}$ で出る.その途中で試料に及ぼす摂動は,12.2節で見るように $\ee^{\ii(\kk-\kk')\cdot\xx}=\ee^{\ii\qq\cdot\xx}$ という空間依存性をもち,時間依存性はエネルギー保存から $\ee^{-\ii\omega t}$ である.散乱角を変えれば $\qq$ が,エネルギー分析器の設定を変えれば $\omega$ が変わる.これが「散乱実験は線形応答理論の直接の実現である」という主張の内容であり,第1章の「叩いて返事を聞く」の,$\qq$ と $\omega$ の両方を指定できる版である.
12.1.2 散乱角と運動量移行
$\qq=\kk-\kk'$ の大きさを散乱角 $\theta$($\kk$ と $\kk'$ のなす角)で書こう.ベクトルの内積を素直に展開するだけである.
導出1:$q^2=k^2+k'^2-2kk'\cos\theta$ と $q=2k\sin(\theta/2)$
ステップ1:自乗する.
$$ q^2 = \abs{\kk-\kk'}^2 = (\kk-\kk')\cdot(\kk-\kk') = k^2 - 2\,\kk\cdot\kk' + k'^2 $$内積を $\kk\cdot\kk'=kk'\cos\theta$ と書けば
三角形の余弦定理そのものである.実際 $\kk$,$\kk'$,$\qq$ は図12.1(b)のように閉じた三角形をなす.
ステップ2:弾性散乱の場合.$\omega=0$ すなわち $E_i=E_f$ なら $k'=k$ だから
$$ q^2 = 2k^2(1-\cos\theta) $$半角の公式 $1-\cos\theta = 2\sin^2(\theta/2)$ を使うと $q^2=4k^2\sin^2(\theta/2)$,すなわち
∎ 前方散乱 $\theta=0$ で $q=0$,後方散乱 $\theta=\pi$ で $q=2k$ が最大である.弾性散乱では,どうがんばっても入射波数の2倍より大きい運動量は渡せない.Bragg の条件 $2d\sin\theta_B=\lambda$ がこの式の言い換えであることは,$q=2\pi/d$,$k=2\pi/\lambda$,$\theta=2\theta_B$ を代入すれば確かめられる(演習12.1).
12.1.3 $(q,\omega)$ 平面のどこを走査できるか
ここが実験計画の核心である.入射波数 $k$ を決めてしまうと,$(q,\omega)$ 平面上で到達できる領域が決まってしまう.これを求めよう.プローブの質量を $M$ とし,非相対論的に $E=\hbar^2k^2/2M$ とする.
導出2:走査可能領域の境界
ステップ1:エネルギー保存を波数で書く.
$$ \hbar\omega = E_i - E_f = \frac{\hbar^2}{2M}\left(k^2-k'^2\right) \qquad\Longrightarrow\qquad k'^2 = k^2 - \frac{2M\omega}{\hbar} $$エネルギー移行 $\omega$ を指定した瞬間に,散乱後の波数の大きさ $k'$ は決まってしまう.自由に選べるのは向き(散乱角 $\theta$)だけである.
ステップ2:向きを振ったときの $q$ の範囲.式 \eqref{eq:12-qtheta} で $\cos\theta$ を $+1$(前方 $\theta=0$)から $-1$(後方 $\theta=\pi$)まで動かすと
$$ q^2_{\min}=k^2+k'^2-2kk'=(k-k')^2, \qquad q^2_{\max}=k^2+k'^2+2kk'=(k+k')^2 $$すなわち $\abs{k-k'}\le q\le k+k'$.これが走査可能領域である.
ステップ3:無次元化してきれいな形にする.$x\equiv q/k$,$u\equiv k'/k\;(\ge0)$,$\omega_k\equiv\hbar k^2/2M$(入射エネルギーに対応する振動数,$\hbar\omega_k=E_i$)と置く.ステップ1は
$$ u^2 = 1 - \frac{\omega}{\omega_k} \qquad\Longleftrightarrow\qquad \frac{\omega}{\omega_k} = 1-u^2 $$ステップ2は $\abs{1-u}\le x\le 1+u$,すなわち「$u\ge\abs{1-x}$ かつ $u\le 1+x$」と同値である.
ステップ4:$u$ を消去する.$\omega/\omega_k=1-u^2$ は $u\ge0$ の範囲で $u$ の減少関数だから,$u\ge\abs{1-x}$ は
$$ \frac{\omega}{\omega_k}\;\le\;1-(1-x)^2 = 2x-x^2 = x(2-x) $$と同値であり,$u\le1+x$ は
$$ \frac{\omega}{\omega_k}\;\ge\;1-(1+x)^2 = -2x-x^2 = -x(2+x) $$と同値である.まとめると
∎ 上限も下限も $q$ の2次式(放物線)である.実験では上限のほうがよく効く.
物理的意味:上限の放物線が言っていること
上限 $\omega/\omega_k = x(2-x)$ は $x=q/k=1$ で最大値 $1$ を取り,$x=0$ と $x=2$ でゼロになる.読み取れることは3つある.
- エネルギー移行は入射エネルギーを超えられない.$\omega\le\omega_k$,すなわち $\hbar\omega\le E_i$.当たり前だがきわめて重要である.$15\ \mathrm{eV}$ のプラズモンを測るのに $10\ \mathrm{eV}$ の電子を使っても何も見えない.
- $q\to0$ では $\omega\to0$ しか測れない.上限は $\omega/\omega_k\simeq 2q/k$ と $q$ に比例して立ち上がる.次元を戻す($\omega_k=\hbar k^2/2M$ を代入する)と $\omega\le 2q\omega_k/k=q\cdot(\hbar k/M)=qv$($v=\hbar k/M$ はプローブの速度).つまり$\omega\le qv$である.「プローブより速く走る励起は作れない」という直感どおりの制限になっている.
- $q>2k$ の領域はエネルギー利得側でしか届かない.試料からエネルギーをもらって加速されない限り,入射波数の2倍を超える運動量は渡せない.
したがってプローブを選ぶとは,この放物線を測りたい励起の分散曲線に重ねられるように $M$ と $E_i$ を選ぶことにほかならない.12.7節で中性子が固体のフォノン測定に理想的だと述べるのは,まさにこの意味である.
例題12.1 熱中性子はなぜフォノン測定に向くのか
波長 $\lambda=1.8\ \text{Å}$ の熱中性子($M=1.675\times10^{-27}\ \mathrm{kg}$)について $k$ と $E_i$ を求め,$q\simeq1\ \text{Å}^{-1}$ で測れるエネルギー移行の上限を評価せよ.
解答.$k=2\pi/\lambda=3.49\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}=3.49\ \text{Å}^{-1}$.エネルギーは
$$ E_i=\frac{\hbar^2k^2}{2M} =\frac{1.1122\times10^{-68}\times1.218\times10^{21}}{3.350\times10^{-27}} =4.04\times10^{-21}\ \mathrm{J}=25.2\ \mathrm{meV} $$$x=q/k=0.287$ だから上限は $\omega/\omega_k=x(2-x)=0.491$,すなわち $\hbar\omega_{\max}=0.491\times25.2=12.4\ \mathrm{meV}$.
∎ ここが要点である.固体の音響フォノンのエネルギーは $1$–$30\ \mathrm{meV}$,Brillouinゾーンの大きさは $1$–$2\ \text{Å}^{-1}$.熱中性子はそのどちらにもぴたりと合っている.$q$ の桁も $\omega$ の桁も同時に合うプローブは他にほとんどない.原子炉や核破砕中性子源という巨大な装置を作ってまで中性子散乱をやる理由が,この一致である.比較のために可視光($\lambda=500\ \mathrm{nm}$)は $k=1.26\times10^{-3}\ \text{Å}^{-1}$ しかなく,エネルギーは $2.5\ \mathrm{eV}$ もあるのに運動量が絶望的に足りない.
12.2 Born近似と黄金律から二重微分断面積へ
ここからが本章の主計算である.「プローブが $(\qq,\omega)$ を渡して散乱される確率」を,Fermi の黄金律から最後まで書き下す.途中を飛ばさない.
12.2.1 舞台設定
系のハミルトニアン
プローブ粒子(質量 $M$,位置 $\xx$)と,$N$ 個の標的粒子(質量 $m$,位置 $\xx_1,\dots,\xx_N$)からなる系を考える.
$$ \begin{equation} \Ham_{\text{全}} = \underbrace{\frac{\hat{\pp}^2}{2M}}_{\text{プローブ}} \;+\;\underbrace{\Ham_0}_{\text{試料}} \;+\;\underbrace{\sum_{i=1}^{N}U(\xx-\xx_i)}_{\displaystyle \Ham_{\text{int}}} \label{eq:12-Htotal} \end{equation} $$$\Ham_0$ は試料の(相互作用を全部含んだ,本物の)ハミルトニアンで,固有状態 $\ket{n}$,固有エネルギー $E_n$ をもつ.基底状態を $\ket{0}$ とし,$\hbar\omega_{n0}\equiv E_n-E_0$ と書く(第8章と同じ記号).
$U(\xx-\xx_i)$ はプローブと標的粒子1個の間の相互作用である.ここを弱いとして1次摂動(=Born近似)で扱う.
なぜ「1次摂動でよい」と言えるのか
Born近似が正当化されるのは,プローブが試料を1回だけ叩いて出ていく場合である.中性子とX線ではこれはよい近似である(相互作用が弱く,試料の中を素通りするほうが普通である).
電子線ではそうではない.電子は試料の電子とCoulomb力で強く結合し,試料が厚ければ何度も散乱される(多重散乱).だからTEM-EELSでは試料を薄くする($50$–$100\ \mathrm{nm}$ 以下)ことが必須であり,それでも残る多重散乱はFourier-log法などで数値的に取り除く.「理論がBorn近似で書かれている」ことが,そのまま「試料を薄くせよ」という実験上の要請になっている.
始状態と終状態は,プローブの平面波と試料の固有状態の積とする.プローブは体積 $V$ の箱に規格化された平面波とする:
$$ \begin{equation} \ket{i}=\ket{\kk}\otimes\ket{0}, \qquad \ket{f}=\ket{\kk'}\otimes\ket{n}, \qquad \braket{\xx|\kk}=\frac{1}{\sqrt{V}}\,\ee^{\ii\kk\cdot\xx} \label{eq:12-states} \end{equation} $$12.2.2 行列要素の計算 —— ここで $\hat\rho_\qq^\dagger$ が現れる
導出3:$\bra{f}\Ham_{\text{int}}\ket{i}$ を計算する(全ステップ)
ステップ1:プローブの座標について積分する.試料の状態はまだ触らずに残しておく.
$$ \bra{\kk'}\Ham_{\text{int}}\ket{\kk} = \int_V\dd^3x\;\frac{\ee^{-\ii\kk'\cdot\xx}}{\sqrt V}\; \left[\sum_{i=1}^{N}U(\xx-\xx_i)\right]\; \frac{\ee^{\ii\kk\cdot\xx}}{\sqrt V} = \frac{1}{V}\sum_{i=1}^{N}\int\dd^3x\;\ee^{\ii(\kk-\kk')\cdot\xx}\,U(\xx-\xx_i) $$2つの指数関数をまとめて $\ee^{\ii\qq\cdot\xx}$($\qq=\kk-\kk'$)とした.
ステップ2:変数変換 $\bm y=\xx-\xx_i$.$\xx=\bm y+\xx_i$,$\dd^3x=\dd^3y$ だから
$$ \int\dd^3x\;\ee^{\ii\qq\cdot\xx}U(\xx-\xx_i) = \int\dd^3y\;\ee^{\ii\qq\cdot(\bm y+\xx_i)}U(\bm y) = \ee^{\ii\qq\cdot\xx_i}\int\dd^3y\;\ee^{\ii\qq\cdot\bm y}U(\bm y) $$ここが計算全体の急所である.標的粒子の位置 $\xx_i$ は $\ee^{\ii\qq\cdot\xx_i}$ という因子として,相互作用の詳細から完全に分離した.残った積分
$$ \begin{equation} U(q) \equiv \int\dd^3y\;\ee^{-\ii\qq\cdot\bm y}\,U(\bm y) \label{eq:12-Uq} \end{equation} $$は相互作用のFourier変換であって,試料の中身には一切依らない.$U(\bm y)$ が球対称($U(\bm y)=U(y)$)なら $\int\dd^3y\,\ee^{+\ii\qq\cdot\bm y}U(y)=U(q)$ であり,指数の符号を気にしなくてよい.以後そう仮定する.
ステップ3:$\sum_i\ee^{\ii\qq\cdot\xx_i}$ の正体を見破る.第1量子化での密度演算子は
$$ \hat\rho(\xx) = \sum_{i=1}^{N}\delta(\xx-\xx_i) $$である.第9章の規約 $\hat\rho_\qq=\int\dd^3x\,\ee^{-\ii\qq\cdot\xx}\hat\rho(\xx)$ に代入すると,デルタ関数が積分を食べて
$$ \hat\rho_\qq = \int\dd^3x\;\ee^{-\ii\qq\cdot\xx}\sum_i\delta(\xx-\xx_i) = \sum_{i=1}^{N}\ee^{-\ii\qq\cdot\xx_i} $$したがって求めていた和は
(第9章で確かめたとおり $\hat\rho_\qq^\dagger=\hat\rho_{-\qq}$ である.)
ステップ4:まとめる.試料の状態も挟んで
∎ 相互作用の詳細($U(q)$)と試料の中身($\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}$)が,掛け算の形にきれいに分離した.これが本章の全部と言ってもよい.以下の計算は,この式を「単位時間あたり何個検出器に来るか」に翻訳する作業にすぎない.
物理的意味:$\hat\rho_\qq^\dagger$ が現れることの必然性
$\hat\rho_\qq^\dagger=\hat\rho_{-\qq}$ は,第9章で確かめたとおり試料に運動量 $+\hbar\qq$ を与える演算子である.実際 $\ee^{\ii\qq\cdot\xx}$ を平面波 $\ee^{\ii\pp\cdot\xx/\hbar}$ に掛けると $\ee^{\ii(\pp+\hbar\qq)\cdot\xx/\hbar}$ になり,運動量が $\hbar\qq$ 増える.プローブは $\hbar\qq$ を失い,試料は $\hbar\qq$ を得た.その「得る」という操作を表す演算子が $\hat\rho_\qq^\dagger$ である.偶然出てきたのではなく,運動量保存の帰結として出てくるしかない.
そして第9章9.1.3節で見たとおり,$\hat\rho_\qq^\dagger$ をFermi球に作用させると粒子‐正孔対がちょうど1つできる.「プローブが電子気体を叩く」とは「電子を1個,Fermi面の下から上へ蹴り上げる」ことなのである.プラズモンはその重ね合わせとして現れる.
12.2.3 Fermi の黄金律から断面積へ
ここからは散乱理論の定石である.ただし「終状態の数え上げ」と「入射流束」の扱いを丁寧にやらないと,$V$ が消えずに残ったり係数がずれたりする.1行ずつ書く.
Fermi の黄金律(復習)
摂動 $\Ham_{\text{int}}$ による,始状態 $\ket{i}$ から終状態 $\ket{f}$ への単位時間あたりの遷移確率は
$$ \begin{equation} w_{i\to f} = \frac{2\pi}{\hbar}\abs{\bra{f}\Ham_{\text{int}}\ket{i}}^2\,\delta(E_i^{\text{全}}-E_f^{\text{全}}) \label{eq:12-golden} \end{equation} $$デルタ関数は全系(プローブ+試料)のエネルギー保存である.本章の場合
$$ E_i^{\text{全}}-E_f^{\text{全}} =\left(\frac{\hbar^2k^2}{2M}+E_0\right)-\left(\frac{\hbar^2k'^2}{2M}+E_n\right) = \hbar\omega - \hbar\omega_{n0} $$と書ける($\hbar\omega\equiv\frac{\hbar^2}{2M}(k^2-k'^2)$,$\hbar\omega_{n0}=E_n-E_0$).デルタ関数は $\delta(\hbar\omega-\hbar\omega_{n0})=\frac{1}{\hbar}\delta(\omega-\omega_{n0})$ と直せる.
読み方:プローブが失ったエネルギーが,試料の励起エネルギーとぴたり一致するときだけ散乱が起こる.デルタ関数の中身が,この章のすべての「共鳴」の源である.
導出4:二重微分断面積($V$ が消えることまで確認する)
ステップ1:断面積の定義を書く.断面積とは「単位時間あたりの散乱回数」を「単位時間・単位面積あたりの入射粒子数(入射流束 $j$)」で割ったものである:
$$ \dd\sigma = \frac{1}{j}\times\left(\text{その方向・そのエネルギーへ散乱される単位時間あたりの回数}\right) $$体積 $V$ の箱に1個の粒子が速さ $v=\hbar k/M$ で走っているので,数密度は $1/V$,流束は
$$ j = \frac{v}{V} = \frac{\hbar k}{MV} $$ステップ2:終状態の数を数える.周期境界条件の箱では,波数空間の体積 $(2\pi)^3/V$ ごとに1つの状態がある.したがって $\kk'$ が微小体積 $\dd^3k'$ に入る状態数は
$$ \dd\mathcal{N} = \frac{V}{(2\pi)^3}\,\dd^3k' = \frac{V}{(2\pi)^3}\,k'^2\,\dd k'\,\dd\Omega $$(極座標 $\dd^3k'=k'^2\dd k'\dd\Omega$ を使った.)
ステップ3:全部掛け合わせる.試料の終状態 $\ket{n}$ については,区別せずに全部足す(検出器は試料がどの励起状態になったかを見分けられない.見分けているのはエネルギー移行だけである):
$$ \dd\sigma = \frac{MV}{\hbar k}\cdot\frac{V}{(2\pi)^3}k'^2\dd k'\,\dd\Omega \cdot\frac{2\pi}{\hbar}\cdot\frac{\abs{U(q)}^2}{V^2} \sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2\,\frac{1}{\hbar}\delta(\omega-\omega_{n0}) $$ここで $V$ を数える.$V^{+1}$(流束の逆数から)$\times\,V^{+1}$(状態密度から)$\times\,V^{-2}$(行列要素の自乗から)$=V^0$.体積はきれいに消えた.物理量なので消えなければおかしいのだが,消えることを確認するのは検算として有効である.
ステップ4:$\dd k'$ を $\dd\omega$ に変える.検出器はエネルギー(=エネルギー移行 $\omega$)を指定するので,変数を $k'$ から $\omega$ に取り替える.$E_f=\hbar^2k'^2/2M$ より
$$ \dd E_f = \frac{\hbar^2 k'}{M}\dd k' \qquad\Longrightarrow\qquad k'^2\,\dd k' = k'^2\cdot\frac{M}{\hbar^2k'}\dd E_f = \frac{Mk'}{\hbar^2}\,\dd E_f $$さらに $\hbar\omega=E_i-E_f$ で $E_i$ は固定だから $\abs{\dd E_f}=\hbar\,\abs{\dd\omega}$.よって
$$ k'^2\,\dd k' = \frac{Mk'}{\hbar^2}\cdot\hbar\,\dd\omega = \frac{Mk'}{\hbar}\,\dd\omega $$ステップ5:整理する.代入して $\dd\Omega\,\dd\omega$ で割ると
$$ \frac{\dd^2\sigma}{\dd\Omega\,\dd\omega} = \frac{M}{\hbar k}\cdot\frac{1}{(2\pi)^3}\cdot\frac{Mk'}{\hbar}\cdot\frac{2\pi}{\hbar}\cdot\frac{1}{\hbar} \cdot\abs{U(q)}^2\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2\delta(\omega-\omega_{n0}) $$数係数だけを取り出すと
$$ \frac{M}{\hbar k}\cdot\frac{Mk'}{\hbar}\cdot\frac{2\pi}{8\pi^3}\cdot\frac{1}{\hbar^2} = \frac{k'}{k}\cdot\frac{M^2}{4\pi^2\hbar^4} = \frac{k'}{k}\left(\frac{M}{2\pi\hbar^2}\right)^2 $$したがって
∎ これが求める式である.あとは右辺を「単一粒子の断面積」と「試料の情報」に読み分けるだけである.
前置因子はBorn近似の散乱振幅の自乗である
Born近似の散乱振幅は $f_{\text{Born}}(\qq)=-\frac{M}{2\pi\hbar^2}U(q)$,弾性微分断面積は $\dd\sigma/\dd\Omega=\abs{f_{\text{Born}}}^2$ であった.式 \eqref{eq:12-ddcs-raw} の前置因子は,まさにプローブが標的粒子1個と衝突するときの微分断面積(に非弾性の流束補正 $k'/k$ を掛けたもの)である.
次元も確認しておく.$U(q)$ は[エネルギー]$\times$[体積],$M/\hbar^2$ は[エネルギー$\times$長さ$^2$]$^{-1}$ なので,積の自乗は[長さ$^2$]=面積.$\delta(\omega-\omega_{n0})$ が[時間]の次元をもつので左辺は[面積]$\times$[時間]となり,$\dd\Omega$ と $\dd\omega$ で割ってあることと整合する.
12.2.4 動的構造因子でまとめる
式 \eqref{eq:12-ddcs-raw} の最後の和を,標的粒子数 $N$ で規格化して名前を付ける.
定義:動的構造因子($T=0$)
これを使うと式 \eqref{eq:12-ddcs-raw} は
と書ける.本章の主定理である.
物理的意味:なぜこの分離がありがたいのか
式 \eqref{eq:12-master} の右辺は,性格のまったく違う2つの因子の積になっている.
- $\left(\dfrac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\right)_{\text{単一粒子}}$:プローブと標的1個の間の話.中性子なら核力,X線ならThomson散乱,電子ならCoulomb力.試料が固体か液体か,金属か絶縁体かには一切依らない.
- $S(\qq,\omega)$:試料の中身の話.標的粒子たちがどう並び,どう揺らいでいるか.プローブが何であるかには一切依らない.
だからこそ,異なるプローブで同じ $S(\qq,\omega)$ を測って突き合わせることができる.中性子で測った液体 $^4$He の $S(\qq,\omega)$ と,X線で測ったそれは,同じ関数でなければならない.ただし,プローブが結合する相手(中性子なら核の密度と磁気モーメント,X線なら電子密度)が違えば,測っている $S$ も別物である.ここで言っているのは,同じ演算子に結合しているかぎり,プローブ固有の前置因子(形状因子や偏光因子を含む)を割り戻せば同じ関数が現れる,ということである.逆に,$S$ が測れれば,それは試料そのものの性質として理論と直接比較できる.第一原理計算が出力する $\mathrm{Im}\,\chi$ と,実験室の検出器の計数が,この一本の式で結ばれるのである.
規格化の流儀に注意 —— $N$ を付けるか付けないか
式 \eqref{eq:12-S-def} で $1/N$ を付けたので式 \eqref{eq:12-master} の右辺に $N$ が出た.この $1/N$ の有無は教科書ごとに違うので,他書と数値を比べるときは必ず確認すること.本書はFetter–Walecka の流儀に従って $1/N$ を付ける(他書では流儀が異なることがある).この流儀の利点は $S(\qq,\omega)$ が示強的になること(試料を2倍にすれば強度は2倍になるが,それは前の $N$ が担う)と,12.6節の和則が $\int\dd\omega\,S=S(\qq)$,$\int\dd\omega\,\omega S=\hbar q^2/2m$ という $N$ の入らないきれいな形になることである.
物理は同じである.「$S$ の絶対値が文献と桁違い」というときは,まずこの規格化と,$1/2\pi$ を付けるかどうかを疑うこと.
例題12.2 中性子とX線と電子で,前置因子はどうなるか
(a) 中性子.中性子と原子核の相互作用は,核力の到達距離($\sim1\ \mathrm{fm}$)が中性子の波長($\sim1\ \text{Å}=10^5\ \mathrm{fm}$)よりはるかに短いので,点として扱ってよい.そこでFermi の擬ポテンシャル
$$ U(\bm y) = \frac{2\pi\hbar^2 b}{M}\,\delta(\bm y) $$を使う($b$ は散乱長で,長さの次元をもつ核ごとの定数).Fourier変換は $U(q)=2\pi\hbar^2b/M$ で$q$ に依らない.したがって
$$ \left(\frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\right)_{\text{単一粒子}} =\frac{k'}{k}\left(\frac{M}{2\pi\hbar^2}\right)^2\left(\frac{2\pi\hbar^2b}{M}\right)^2 =\frac{k'}{k}\,b^2 $$これが中性子散乱の最大の長所である.前置因子が $q$ に依存しないので,測った強度をそのまま $S(\qq,\omega)$ の形として読める.しかも $b$ は核種ごとに表になっているので,絶対値の測定ができる.$b\sim10^{-14}\ \mathrm{m}=10\ \mathrm{fm}$ 程度で,$b^2\sim1\ \mathrm{barn}=10^{-28}\ \mathrm{m^2}$ である.
(b) X線.光子は電子密度にThomson散乱で結合し,前置因子は古典電子半径 $r_e=e^2/mc^2=2.82\times10^{-15}\ \mathrm{m}$ を使って $r_e^2(\bm e\cdot\bm e')^2$(偏光因子つき)となる.$q$ 依存性は偏光因子だけで,緩やかである.よってX線も $S(\qq,\omega)$(ただし電子の密度についての $S$)をほぼそのまま測る.
(c) 電子.プローブ電子と試料電子の間はCoulomb斥力 $U(y)=e^2/y$(Gauss単位系)なので,第9章で計算した $U(q)=v(q)=4\pi e^2/q^2$ である.前置因子は
$$ \left(\frac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\right)_{\text{単一粒子}} =\frac{k'}{k}\left(\frac{M}{2\pi\hbar^2}\right)^2\left(\frac{4\pi e^2}{q^2}\right)^2 =\frac{k'}{k}\left(\frac{2Me^2}{\hbar^2q^2}\right)^{\!2} $$これはRutherford散乱の断面積である.$q^{-4}$ という強い $q$ 依存性がある.∎ この $q^{-4}$ こそが,電子線散乱が圧倒的に前方に集中する理由であり,また12.5節で見るように「電子線は $S$ ではなく損失関数を測る」という話につながる.
12.3 動的構造因子 $S(\qq,\omega)$
式 \eqref{eq:12-S-def} で $S$ を定義したが,この形は「試料の全固有状態 $\ket{n}$ を知っていること」を要求している.$10^{23}$ 個の電子の固有状態を全部知ることは不可能である.そこで,第8章でやったのとまったく同じ手口 —— 完全系を挟んで時間相関関数に書き換える —— を使う.
12.3.1 時間相関関数による表式
定理12.1(動的構造因子の2つの表式)
ここで $\hat\rho_\qq(t)=\ee^{\ii\Ham_0t/\hbar}\hat\rho_\qq\ee^{-\ii\Ham_0t/\hbar}$ はHeisenberg表示の密度演算子,$\braket{\cdots}$ は $T=0$ なら基底状態期待値 $\bra{0}\cdots\ket{0}$,有限温度なら熱平均である.
導出5:2つの表式が同じであることの証明($T=0$)
ステップ1:右辺の相関関数に完全系を挟む.$\sum_n\ket{n}\bra{n}=1$ を $\hat\rho_\qq(t)$ と $\hat\rho_\qq^\dagger(0)$ の間に入れる:
$$ \bra{0}\hat\rho_\qq(t)\,\hat\rho_\qq^\dagger(0)\ket{0} = \sum_n \bra{0}\hat\rho_\qq(t)\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0} $$ステップ2:時間依存性をほどく.$\Ham_0\ket{0}=E_0\ket{0}$,$\Ham_0\ket{n}=E_n\ket{n}$ を使うと
$$ \bra{0}\hat\rho_\qq(t)\ket{n} = \bra{0}\ee^{\ii\Ham_0t/\hbar}\hat\rho_\qq\ee^{-\ii\Ham_0t/\hbar}\ket{n} = \ee^{\ii E_0t/\hbar}\,\ee^{-\ii E_nt/\hbar}\,\bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n} = \ee^{-\ii\omega_{n0}t}\,\bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n} $$指数演算子が固有値に置き換わっただけである.$\hbar\omega_{n0}=E_n-E_0$ を使った.
ステップ3:行列要素を自乗の形にする.$\hat\rho_\qq^\dagger$ は $\hat\rho_\qq$ のエルミート共役だから
$$ \bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n} = \left(\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}\right)^{*} $$したがって
$$ \bra{0}\hat\rho_\qq(t)\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0} = \abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2\,\ee^{-\ii\omega_{n0}t} $$絶対値の自乗(非負の実数)になった.これが後で $S\ge0$ を保証する.
ステップ4:時間積分を実行する.ここまでをまとめて右辺に代入すると
$$ \frac{1}{2\pi N}\int_{-\infty}^{\infty}\dd t\;\ee^{\ii\omega t}\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2\ee^{-\ii\omega_{n0}t} = \frac{1}{2\pi N}\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 \int_{-\infty}^{\infty}\dd t\;\ee^{\ii(\omega-\omega_{n0})t} $$第8章の $\chi^R$ のときと違い,ここには $\theta(t)$ が付いていないので積分範囲は全時間であり,収束因子も要らない.デルタ関数の積分表示
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\dd t\;\ee^{\ii Xt} = 2\pi\,\delta(X) $$を使うと $2\pi$ が前置因子の $1/2\pi$ とちょうど相殺して
$$ = \frac{1}{N}\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2\delta(\omega-\omega_{n0}) $$∎ 左辺の定義 \eqref{eq:12-S-def} と一致した.
なぜ2つの表式を持つことが大事なのか
同じ関数の2つの顔であり,使い分けはこうなる.
- 行列要素の和の形は物理的な読みに向く.$\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2$ は「密度演算子で基底状態を叩いたとき状態 $\ket{n}$ になる確率」,$\delta(\omega-\omega_{n0})$ は「そのエネルギーが $\hbar\omega$ のときだけ数える」という指示である.すなわち $S(\qq,\omega)$ は「運動量 $\hbar\qq$,エネルギー $\hbar\omega$ の励起がどれだけ作りやすいか」を表す.スペクトルにピークが立つのは,そこに励起モードがあるからである.
- 時間相関の形は計算に向く.固有状態を一つも知らなくても $\hat\rho_\qq(t)$ の運動方程式さえ解ければよい.第13章の松原Green関数や,古典分子動力学で $\braket{\rho_\qq(t)\rho_{-\qq}(0)}$ を数値的に求める手法は,すべてこちらに基づく.
第8章のスペクトル関数と見比べれば,動的構造因子は $S(\qq,\omega)=\frac{1}{N}S_{AB}(\omega)$($\hat A=\hat\rho_\qq$,$\hat B=\hat\rho_{-\qq}$)という特別な場合にすぎない.第8章の一般論がそのまま使えるのは,このためである.
ダガーの位置について —— $\braket{\hat\rho_\qq(t)\hat\rho_\qq^\dagger(0)}$ か $\braket{\hat\rho_\qq^\dagger(t)\hat\rho_\qq(0)}$ か
教科書によっては動的構造因子を
$$ S(\qq,\omega) = \frac{1}{2\pi N}\int\dd t\;\ee^{\ii\omega t}\braket{\hat\rho_\qq^\dagger(t)\,\hat\rho_\qq(0)} $$と,ダガーを先頭に付けて書く.これは式 \eqref{eq:12-S-two-forms} と同じではないが,等しい.導出5と同じ計算をすると,こちらは
$$ \frac{1}{N}\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2\delta(\omega-\omega_{n0}) = \frac{1}{N}\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_{-\qq}^\dagger\ket{0}}^2\delta(\omega-\omega_{n0}) = S(-\qq,\omega) $$となる.つまり $\qq\to-\qq$ が入れ替わっただけである.等方的な系(液体・気体・一様電子気体)や反転対称性のある結晶では $S(-\qq,\omega)=S(\qq,\omega)$ なので,両者は完全に一致する.本書が扱う一様電子気体では区別する必要がない.
ただし散乱実験の断面積に現れるのは $\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2$ のほうである(式 \eqref{eq:12-matrixelement} を見よ).これは「試料が運動量 $+\hbar\qq$ を受け取る」ことに対応しており,物理的に自然である.空間反転対称性がなく,しかも時間反転対称性まで破れた系(反転中心をもたない磁性体など)を扱うときは,この区別が効いてくる.逆に時間反転対称でありさえすれば,空間反転がなくても $S(-\qq,\omega)=S(\qq,\omega)$ が成り立つ.
12.3.2 密度ゆらぎの時空相関 —— van Hove相関関数
「$S$ は密度ゆらぎの時空相関のFourier変換である」という言い方をよく聞く.その正確な意味を確認しておこう.
導出6:van Hove相関関数 $G(\bm r,t)$
ステップ1:$\hat\rho_\qq$ を実空間に戻す.定義 $\hat\rho_\qq=\int\dd^3x\,\ee^{-\ii\qq\cdot\xx}\hat\rho(\xx)$,$\hat\rho_\qq^\dagger=\hat\rho_{-\qq}=\int\dd^3x'\,\ee^{+\ii\qq\cdot\xx'}\hat\rho(\xx')$ を相関関数に入れる:
$$ \braket{\hat\rho_\qq(t)\hat\rho_\qq^\dagger(0)} = \int\dd^3x\int\dd^3x'\;\ee^{-\ii\qq\cdot(\xx-\xx')}\, \braket{\hat\rho(\xx,t)\,\hat\rho(\xx',0)} $$ステップ2:相対座標に移る.$\bm r\equiv\xx-\xx'$ と置き,$\xx$ の積分を $\bm r$ の積分に取り替える($\xx'$ を固定すればヤコビアンは $1$):
$$ = \int\dd^3r\;\ee^{-\ii\qq\cdot\bm r}\int\dd^3x'\; \braket{\hat\rho(\xx'+\bm r,\,t)\,\hat\rho(\xx',0)} $$ステップ3:名前を付ける.内側の積分($\bm r$ と $t$ の関数)を $N$ で割って
と定義すると,式 \eqref{eq:12-S-two-forms} は
∎ $G(\bm r,t)$ をvan Hove相関関数という.$S(\qq,\omega)$ は $G(\bm r,t)$ の,空間と時間についての4次元Fourier変換である.これが「$S$ は密度ゆらぎの時空相関のFourier変換である」の正確な内容である.
物理的意味:$G(\bm r,t)$ は「粒子を追いかける確率」である
古典的に読むと $G(\bm r,t)$ の意味ははっきりする.$\hat\rho(\xx)=\sum_i\delta(\xx-\xx_i)$ を代入すると
$$ G(\bm r,t) = \frac{1}{N}\sum_{i,j}\braket{\,\delta\bigl(\bm r+\xx_j(0)-\xx_i(t)\bigr)\,} $$すなわち「時刻 $0$ に粒子 $j$ がいた場所から $\bm r$ だけ離れた点に,時刻 $t$ に粒子 $i$ がいる確率密度」である.$i=j$ の項(自己相関)は「同じ粒子がどれだけ動いたか」,$i\neq j$ の項(異相関)は「他の粒子がどこにいるか」を表す.
$t=0$ での値.$i=j$ の項は $\delta(\bm r)$ を与え,$i\neq j$ の項は動径分布関数 $g(r)$ を与えるので
$$ G(\bm r,0) = \delta(\bm r) + n\,g(r) $$となる.液体の構造解析でおなじみの $g(r)$ が,$S(\qq,\omega)$ の $\omega$ 積分(=静的構造因子,12.6節)を通じて散乱実験と結ばれるのは,この関係による.
$t\to\infty$ での値.十分時間が経てば粒子は初期位置を忘れるので $G\to n$(一様な密度).この「忘れる速さ」が $S(\qq,\omega)$ のピーク幅を決める.相関が長く続く(減衰が遅い)ほどスペクトルは鋭い.第2章・第3章で減衰振動子のスペクトル幅が減衰率 $\gamma$ で決まったのと,まったく同じ構造である.
例題12.3 静止した自由粒子1個の $S(\qq,\omega)$
相互作用のない粒子1個(質量 $m$)が運動量 $\pp=0$ の状態にあるとする.$S(\qq,\omega)$ を求めよ.
解答.基底状態は $\ket{0}=\ket{\pp=0}$ である.$\hat\rho_\qq^\dagger=\ee^{\ii\qq\cdot\hat\xx}$(粒子1個なので和は1項)は運動量を $\hbar\qq$ 増やすので
$$ \hat\rho_\qq^\dagger\ket{\pp=0} = \ket{\pp=\hbar\qq} $$したがって $\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}$ がゼロでないのは $\ket{n}=\ket{\pp=\hbar\qq}$ のときだけで,その値は $1$.この状態のエネルギーは $(\hbar q)^2/2m$ だから $\omega_{n0}=\hbar q^2/2m$.$N=1$ として
∎ 幅ゼロの1本の線である.位置は反跳エネルギー $\hbar\omega_R=\hbar^2q^2/2m$ に対応する.プローブが渡した運動量 $\hbar\qq$ をそのまま受け取った粒子が,その分の運動エネルギーを持ち去る,という当たり前の事実である.
この式は本章を通じて基準線になる.12.6節の和則も単一モード近似も,この「自由粒子の反跳」からのずれを測る道具だと思えばよい.実際,$q$ を非常に大きくすると(波長が粒子間距離よりずっと短くなると),どんな物質でも各粒子は自由粒子のように反跳し,$S(\qq,\omega)$ は反跳の位置 $\omega_R=\hbar q^2/2m$ を中心とするピークに近づく(衝撃近似,インパルス近似,impulse approximation).ピークが完全なデルタ関数になるわけではなく,その幅は粒子がもともと持っていた運動量分布によるDoppler広がりである.中性子散乱で $q$ を大きくして運動量分布を測る手法は,まさにこの幅を利用している.
12.4 $S$ と $\mathrm{Im}\,\chi$ の関係 —— 揺動散逸定理の実用形
いよいよ本章の主題である.第9章で定義した密度応答関数
$$ \begin{equation} \chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) = -\frac{\ii}{\hbar V}\int_0^{\infty}\dd\tau\;\ee^{\ii\omega\tau} \braket{\left[\hat\rho_\qq(\tau),\,\hat\rho_{-\qq}(0)\right]} \label{eq:12-chi-recall} \end{equation} $$と,12.3節の $S(\qq,\omega)$ が,どう結ばれるかを求める.両者の違いは交換子か,ただの積かだけである.第8章8.6節でこの関係は一般論として導いてあるので,それを密度演算子に翻訳すればよい.ただしここでは,独立な検算になるようにLehmann表示から直接計算する道も並べて示す.
12.4.1 $\chi^R_{\rho\rho}$ のLehmann表示
導出7:$\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}$ をデルタ関数の櫛に書く($T=0$)
ステップ1:第8章のLehmann表示を借りる.第8章8.1節の結果は,一般の演算子 $\hat A,\hat B$ について
$$ \chi^R_{AB}(\omega) = \frac{1}{\hbar}\sum_n\left[ \frac{\bra{0}\hat A\ket{n}\bra{n}\hat B\ket{0}}{\omega-\omega_{n0}+\ii\eta} -\frac{\bra{0}\hat B\ket{n}\bra{n}\hat A\ket{0}}{\omega+\omega_{n0}+\ii\eta}\right] $$であった.式 \eqref{eq:12-chi-recall} は $\hat A=\hat\rho_\qq$,$\hat B=\hat\rho_{-\qq}=\hat\rho_\qq^\dagger$ とし,さらに全体に $1/V$ を掛けたものである.よって
$$ \chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) = \frac{1}{\hbar V}\sum_n\left[ \frac{\bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}{\omega-\omega_{n0}+\ii\eta} -\frac{\bra{0}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}{\omega+\omega_{n0}+\ii\eta}\right] $$ステップ2:分子を絶対値の自乗にする.導出5のステップ3と同じ理屈で
$$ \bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0} = \abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2, \qquad \bra{0}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0} = \abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2 $$どちらも非負の実数である.等方的な系では $\qq\to-\qq$ で物理が変わらないので,この2つは($n$ について和を取れば)等しい.以下 $\abs{\rho_{n0}}^2\equiv\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2$ と略記する.
ステップ3:Sokhotski–Plemelj公式で虚部を取り出す.第5章の
$$ \frac{1}{x+\ii\eta} = \PV\frac{1}{x} - \ii\pi\delta(x) $$を各項に当てはめる.分子は実数なので,虚部はデルタ関数の項だけから来る:
∎ 第2項の符号が $+$ になったのは,もとの式で第2項に $-$ が付いていたところに,さらに $-\ii\pi\delta$ の $-$ が掛かったからである.
この式の読み方 —— 極が励起エネルギーに並ぶ
式 \eqref{eq:12-imchi} は「$\mathrm{Im}\,\chi$ は励起エネルギー $\omega_{n0}$ の位置に立つデルタ関数の櫛である」と言っている.第8章8.2節で「応答関数の極は系の励起エネルギーそのものである」と述べたことの,密度応答版である.
$\omega>0$ の側では第1項だけが効く.$\omega<0$ の側では第2項だけが効き,符号が逆になる.すなわち $\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}$ は $\omega$ の奇関数である.有限系ならこの櫛は文字どおり離散的な線スペクトルだが,$N\to\infty$ の電子気体では $\omega_{n0}$ が連続的に詰まるので,櫛はなめらかな関数になる(第11章の粒子‐正孔連続体).
12.4.2 $T=0$ での関係式
導出8:$S(\qq,\omega) = -\dfrac{\hbar}{\pi n}\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega)$($T=0$, $\omega>0$)
ステップ1:$\omega>0$ で式 \eqref{eq:12-imchi} の第2項を落とす.$\omega_{n0}\ge0$ なので $\delta(\omega+\omega_{n0})$ は $\omega>0$ ではゼロである.したがって
$$ \mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) = -\frac{\pi}{\hbar V}\sum_n\abs{\rho_{n0}}^2\,\delta(\omega-\omega_{n0}) \qquad(\omega>0) $$ステップ2:定義 \eqref{eq:12-S-def} と見比べる.右辺の和は $N\,S(\qq,\omega)$ そのものである:
$$ \mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) = -\frac{\pi}{\hbar V}\cdot N\,S(\qq,\omega) = -\frac{\pi n}{\hbar}\,S(\qq,\omega) $$ここで $n=N/V$ は数密度である.
ステップ3:$S$ について解く.
∎ 散乱実験で測る $S$ は,応答関数の虚部そのものである.これが本章の中心的な主張である.
符号の検算 —— なぜマイナスが付くのか,そして $S\ge0$ は大丈夫か
式 \eqref{eq:12-fdt-T0} にマイナスが付いているのを見て「符号を間違えたのでは」と思う読者がいるはずである.間違えていない.本書の符号規約では $\mathrm{Im}\,\chi^R$ が $\omega>0$ で負なのである.順を追って確認する.
(1) 本書の規約.外部摂動を $\Ham_{\text{ext}}=f(t)\hat B\ee^{\eta t}$ とプラスで書き,応答関数を
$$ \chi^R_{AB}(t-t')=-\frac{\ii}{\hbar}\theta(t-t')\braket{[\hat A_H(t),\hat B_H(t')]} $$とマイナスで定義した(第7章).密度応答では $\Ham_{\text{ext}}=\int\dd^3x\,\phi_{\text{ext}}(\xx,t)\hat\rho(\xx)$,すなわち $f=\phi_{\text{ext}}$,$\hat B=\hat\rho$ である.
(2) この規約での $\chi$ の符号.第9章・第10章で確かめたとおり,この流儀では静的極限で $\chi^0(\qq\to0,0)=-N(\epsilon_F)<0$ となる(外から正のポテンシャルエネルギーの山を作れば,電子はそこから逃げて密度が減る.だから応答は負である).虚部についても同様に,$\omega>0$ で $\mathrm{Im}\,\chi^R<0$ である.式 \eqref{eq:12-imchi} は,まさにそれを示している:右辺の $\abs{\rho_{n0}}^2$ も $\pi/\hbar V$ も正なので,$\omega>0$ では全体が負になる.
(3) だから $S\ge0$.式 \eqref{eq:12-fdt-T0} で $-\mathrm{Im}\,\chi^R>0$ だから $S\ge0$ である.$S$ は「励起の作りやすさ」であり,断面積に比例する量なので,負になったら物理的に破綻する.符号は正しく閉じている.
(4) 第8章との突き合わせ.第8章8.4.3節で「本書の規約では散逸部は $-\chi''$ であり,$\omega>0$ で正である」と述べた.式 \eqref{eq:12-fdt-T0} はその言い換えである.またKubo流の規約 $\chi^{\text{Kubo}}=-\chi^R$ を使う教科書では
$$ S(\qq,\omega) = +\frac{\hbar}{\pi n}\,\mathrm{Im}\,\chi^{\text{Kubo}}_{\rho\rho}(\qq,\omega) $$とマイナスが消える.符号が2か所で同時にひっくり返っているので,物理は同一である.
(5) 第3章の力学的感受率との関係(最も混乱しやすい点).第3章では,外力 $F$ が $\Ham'=-\hat xF$ とマイナスで入っていた.本書の一般規約 $\Ham_{\text{ext}}=f\hat B$ と見比べると $\hat B=\hat x$,$f=-F$ である.したがって $\hat A=\hat B=\hat x$ の場合,本書の $\chi^R_{xx}$ は
$$ \chi^R_{xx}(\omega) = -\frac{1}{m\left[\omega_0^2-(\omega+\ii\eta)^2\right]} $$となり,第3章の力学的感受率 $\chi_{\text{力学}}=+1/[m(\omega_0^2-\omega^2)]$ とは符号が逆である.しかし応答そのものは
$$ \delta\braket{\hat x} = \chi^R_{xx}\,f = \chi^R_{xx}\cdot(-F) = +\frac{F}{m(\omega_0^2-\omega^2)} $$となって,第3章とまったく同じ物理になる.矛盾ではなく,「結合の書き方の違い」が2回の符号反転として現れているだけである.符号を追うときは,必ず「摂動ハミルトニアンをどう書いたか」まで遡って確認すること.
12.4.3 有限温度 —— 詳細つり合いと一般形
有限温度では,$\omega<0$(プローブがエネルギーをもらう過程)も起こる.熱励起された状態から系がエネルギーを放出できるからである.第8章8.5.3節・8.6節の結果を密度演算子に翻訳する.
導出9:有限温度の関係式
ステップ1:第8章の一般形を書く.第8章の揺動散逸定理は,一般の $\hat A,\hat B$ について
$$ \chi''_{AB}(\omega) = -\frac{\pi}{\hbar}\left(1-\ee^{-\beta\hbar\omega}\right)S_{AB}(\omega) $$であった($\chi''\equiv\mathrm{Im}\,\chi^R$).ここで $S_{AB}(\omega)=\frac{1}{2\pi}\int\dd t\,\ee^{\ii\omega t}\braket{\hat A_H(t)\hat B(0)}$ である.
ステップ2:規格化の対応を取る.本章の量とは
$$ \chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) = \frac{1}{V}\,\chi^R_{AB}(\omega), \qquad S(\qq,\omega) = \frac{1}{N}\,S_{AB}(\omega) \qquad\left(\hat A=\hat\rho_\qq,\;\hat B=\hat\rho_{-\qq}\right) $$という関係にある(12.3.1節).代入すると
$$ V\,\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) = -\frac{\pi}{\hbar}\left(1-\ee^{-\beta\hbar\omega}\right)\,N\,S(\qq,\omega) $$ステップ3:$S$ について解く.両辺を $V$ で割り,$n=N/V$ を使うと
∎ これが揺動散逸定理の実用形である.
ステップ4:$T\to0$ の極限で式 \eqref{eq:12-fdt-T0} に戻ることを確認する.$\beta\to\infty$ で,$\omega>0$ なら $\ee^{-\beta\hbar\omega}\to0$ なので分母は $1$ になり,式 \eqref{eq:12-fdt-T0} に一致する.$\omega<0$ なら $\ee^{-\beta\hbar\omega}\to\infty$ で分母が $-\infty$ に発散するので $S\to0$.$T=0$ ではエネルギー利得側にスペクトルが立たないという,第8章8.5.2節で述べた事実が再現された.
定理12.2(詳細つり合い)
(等方的な系,あるいは $S(-\qq,\omega)=S(\qq,\omega)$ が成り立つ系で.)
導出10:式 \eqref{eq:12-fdt-T} から詳細つり合いを出す
式 \eqref{eq:12-fdt-T} で $\omega\to-\omega$ とする.$\mathrm{Im}\,\chi^R$ が奇関数であること($\mathrm{Im}\,\chi^R(-\omega)=-\mathrm{Im}\,\chi^R(\omega)$)を使うと
$$ S(\qq,-\omega) = -\frac{\hbar}{\pi n}\cdot\frac{-\mathrm{Im}\,\chi^R(\qq,\omega)}{1-\ee^{+\beta\hbar\omega}} = \frac{\hbar}{\pi n}\cdot\frac{\mathrm{Im}\,\chi^R(\qq,\omega)}{1-\ee^{\beta\hbar\omega}} $$ここで分母を変形する.分母分子に $\ee^{-\beta\hbar\omega}$ を掛けると
$$ \frac{1}{1-\ee^{\beta\hbar\omega}} = \frac{\ee^{-\beta\hbar\omega}}{\ee^{-\beta\hbar\omega}-1} = -\frac{\ee^{-\beta\hbar\omega}}{1-\ee^{-\beta\hbar\omega}} $$したがって
$$ S(\qq,-\omega) = -\frac{\hbar}{\pi n}\cdot\ee^{-\beta\hbar\omega}\cdot\frac{\mathrm{Im}\,\chi^R(\qq,\omega)}{1-\ee^{-\beta\hbar\omega}} = \ee^{-\beta\hbar\omega}\,S(\qq,\omega) $$∎ 式 \eqref{eq:12-fdt-T} の最後の分数がそのまま $S(\qq,\omega)$ である.
物理的意味:エネルギー利得側のピークは必ず小さい
式 \eqref{eq:12-detailed} は,試料にエネルギー $\hbar\omega$ を渡す散乱(損失,$\omega>0$)と,試料からもらう散乱(利得,$\omega<0$)の強度比が $\ee^{-\beta\hbar\omega}$ であると言っている.系がエネルギーを渡すにはまずそれを熱励起として持っていなければならず,その確率がBoltzmann因子だからである.
中性子非弾性散乱のスペクトルは $\omega=0$ を挟んで左右にピークが並ぶが,必ず損失側(フォノン生成)が強く,利得側(フォノン吸収)が弱い.Raman のStokes線と反Stokes線の関係と同一である(第8章8.5.3節).
実用:温度計になる.左右の強度比から $\beta\hbar\omega$ が,ピーク位置から $\omega$ が分かるので $T$ が決まる.試料に熱電対を貼れない状況(極低温,高圧セル中,レーザー照射点)で試料そのものの温度を測る標準手法である.逆に比が $\ee^{-\beta\hbar\omega}$ から大きく外れていたら,非平衡になっているか,バックグラウンド処理を誤っている.
12.5 損失関数 —— 荷電粒子で測るとき
前節で「散乱実験は $S$ を測る」と述べた.ところが電子線を使うと,測られるのは $S$ そのものではなく損失関数 $-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}$ である,という言い方をよく聞く.この2つはどう違うのか.
12.5.1 $S$ と損失関数の関係
導出11:$S$ を損失関数で書き直す
ステップ1:$1/\epsilon$ を $\chi$ で書く.第9章で導いたとおり,外場に対する全応答 $\chi$ と既約応答 $\chi^0$ は
$$ \chi = \frac{\chi^0}{\epsilon}, \qquad \epsilon = 1-v(q)\chi^0 $$で結ばれる.ここから $\chi^0=\chi\epsilon$ を第2式に入れると $\epsilon=1-v\chi\epsilon$,すなわち $\epsilon(1+v\chi)=1$.したがって
この関係はRPAに限らず厳密である($\chi$ を厳密な全応答関数とすれば).
ステップ2:虚部を取る.$v(q)=4\pi e^2/q^2$ は実数なので
$$ \mathrm{Im}\,\frac{1}{\epsilon(\qq,\omega)} = v(q)\,\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega) $$「$1$」は実数なので虚部に寄与しない.この一行が本節のすべてである.
ステップ3:$S$ に代入する.$T=0$,$\omega>0$ で式 \eqref{eq:12-fdt-T0} を使うと
$$ S(\qq,\omega) = -\frac{\hbar}{\pi n}\,\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho} = -\frac{\hbar}{\pi n\,v(q)}\,\mathrm{Im}\,\frac{1}{\epsilon(\qq,\omega)} $$$v(q)=4\pi e^2/q^2$ を代入して
∎ 角括弧の中身が第9章で定義し第11章で詳しく調べた損失関数 $\mathcal{L}(\qq,\omega)\equiv-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}$ である.
導出12:電子線の二重微分断面積
例題12.2(c) の前置因子と,式 \eqref{eq:12-S-loss} を式 \eqref{eq:12-master} に入れる.$N=nV$ に注意して
$$ \frac{\dd^2\sigma}{\dd\Omega\,\dd\omega} = nV\cdot\frac{k'}{k}\left(\frac{M}{2\pi\hbar^2}\right)^2 v(q)^2 \cdot\frac{\hbar}{\pi n\,v(q)}\,\mathcal{L}(\qq,\omega) $$$n$ が約分され,$v(q)$ が1つ残る:
$$ = \frac{k'}{k}\cdot\frac{M^2 V\hbar}{4\pi^2\hbar^4}\cdot\frac{1}{\pi}\cdot\frac{4\pi e^2}{q^2}\,\mathcal{L} = \frac{k'}{k}\cdot\frac{M^2 e^2 V}{\pi^2\hbar^3 q^2}\left[-\mathrm{Im}\,\frac{1}{\epsilon(\qq,\omega)}\right] $$∎ EELSで測られるのは損失関数である.
なぜ $q^{-4}$ が $q^{-2}$ に化けたのか —— 遮蔽である
例題12.2(c) では前置因子が $v(q)^2\propto q^{-4}$ だった.それが式 \eqref{eq:12-eels} では $q^{-2}$ になっている.$v(q)$ が1つ減った分は,$S$ の中に隠れていた $1/v(q)$ に食われたのである.
物理的にはこうである.Coulomb力は長距離なので,プローブ電子が作る電場は試料の電子たちに強く遮蔽される.試料が実際に感じるのは裸の $v(q)$ ではなく遮蔽された $v(q)/\epsilon$ である.だから断面積には $\abs{v/\epsilon}^2$ の構造が入り,整理すると $v\cdot(-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1})$ の形になる.
大事な注意:これは近似ではない.式 \eqref{eq:12-S-loss} は $S$ の厳密な書き換えにすぎない.「Born近似で裸のCoulomb力を使ったのに遮蔽が入るのはおかしい」と思うかもしれないが,おかしくない.遮蔽はもともと $S$ の中に入っている($S$ は相互作用を全部含んだ本物の $\ket{n}$ で定義されている).式 \eqref{eq:12-S-loss} はそれを $\epsilon$ の言葉に翻訳して見せただけである.電子線で損失関数が主役になるのは,プローブが試料の電子と同じCoulomb力で結合しているため,$1/v(q)$ が前置因子の $v(q)^2$ とちょうど打ち消し合うからである.
12.5.2 なぜEELSにプラズモンピークが立つのか
導出13:$\epsilon''\to0$ での損失関数はデルタ関数になる
損失関数を実部・虚部で書くと(第9章で定義し第11章で調べた損失関数を,本章内で改めて書き下す)
$$ \mathcal{L}(\qq,\omega) = -\mathrm{Im}\,\frac{1}{\epsilon'+\ii\epsilon''} = -\mathrm{Im}\,\frac{\epsilon'-\ii\epsilon''}{\epsilon'^2+\epsilon''^2} = \frac{\epsilon''}{\epsilon'^2+\epsilon''^2} $$($\epsilon'=\mathrm{Re}\,\epsilon$,$\epsilon''=\mathrm{Im}\,\epsilon$.)
ステップ1:$\epsilon''\to0^+$ の極限を取る.ここで第5章のSokhotski–Plemelj公式の「デルタ関数の表示」
$$ \lim_{\eta\to0^+}\frac{\eta}{X^2+\eta^2} = \pi\,\delta(X) $$を $X=\epsilon'$,$\eta=\epsilon''$ と読み替えて使うと
$$ \mathcal{L}(\qq,\omega)\;\xrightarrow{\ \epsilon''\to0^+\ }\;\pi\,\delta\bigl(\epsilon'(\qq,\omega)\bigr) $$ステップ2:デルタ関数の引数を $\omega$ に直す.$\epsilon'(\qq,\omega)=0$ の解を $\omega=\omega_p(q)$(プラズモン分散)とし,その近傍で $\epsilon'$ を線形化すると $\epsilon'\simeq\left.\frac{\partial\epsilon'}{\partial\omega}\right|_{\omega_p}(\omega-\omega_p)$.合成関数のデルタ関数の公式 $\delta(g(\omega))=\sum_i\delta(\omega-\omega_i)/\abs{g'(\omega_i)}$ より
∎ $\epsilon''\to0^+$ の極限では,幅ゼロの1本のデルタ関数ピークになる.この極限をどこまで真に受けてよいかは,すぐ下で吟味する.
物理的意味:衝突なしRPA の中では $q<q_c$ で $\epsilon''$ がゼロになる
いま「$\epsilon''\to0$」を極限として扱ったが,理想的な自由電子気体を衝突なしRPAで扱うかぎり,これは極限ではなくその近似の中での等式である.第11章で見たとおり,自由電子のバブルから作った $\mathrm{Im}\,\chi^0$ は一粒子‐一正孔連続体の外で恒等的にゼロである.連続体の外とは,$\hbar\omega$ が「電子を1個Fermi面の下から上へ蹴り上げる」ことで作れるエネルギーの範囲に入っていない,ということである.この近似が許す終状態は一粒子‐一正孔対だけなので,それが1つも作れなければ系はエネルギーを吸えない.だから $\epsilon''=0$ となる.
臨界波数 $q_c$(Alで $q_c\simeq0.65k_F\simeq1.1\ \text{Å}^{-1}$)より小さい $q$ では,プラズモン分散は連続体の外にある.したがってこの近似の枠内では
- $q<q_c$:$\epsilon''=0$ となり,損失関数はデルタ関数になる.Landau減衰が働く相手がいないので,この模型の中ではプラズモンは減衰しない.
- $q>q_c$:分散が連続体に入り,$\epsilon''\neq0$ になってLandau減衰でプラズモンが粒子‐正孔対に崩壊する.ピークは幅を持ち,やがて連続体に溶ける.
散乱角を上げて $q$ を大きくすると,ピークは $q^2$ に比例して高エネルギー側へ動き,幅が広がり,$q_c$ 付近で消える.第11章の図11.2は絵空事ではなく,測定できる図なのである.
ただし,幅がゼロだというのは近似の性質であって,自然界の性質ではない.Landau減衰が消えるのは「一粒子‐一正孔対しか終状態がない」と決めてかかった結果であり,実在の金属には他にも崩壊先がある.次の囲みで整理する.
実在のプラズモンに幅を与えるもの —— 「近似の中で厳密」と「自然界で厳密」は別である
上の議論は衝突なしRPAという模型の内部での結論である.RPAを超えた取り扱いや実在の試料では,プラズモンが一粒子‐一正孔連続体の外にあっても崩壊経路が残っており,$q<q_c$ でも $\epsilon''\neq0$ である.主な機構は次のとおりである.
- 多粒子‐多正孔励起:RPAはバブル(一粒子‐一正孔対)しか終状態に用意しない.実際にはプラズモンは2対,3対…へ崩壊できる.連続体の「外」という判定は一粒子‐一正孔対に対するものにすぎない.
- 電子相関(バーテックス補正・交換相関):RPAが落とした電子間の短距離相関が,プラズモンと多対励起を混ぜて有限の寿命を与える.
- 電子‐フォノン散乱:プラズモンに参加している電子が格子振動にエネルギーを渡す.
- 不純物・欠陥・粒界による散乱:運動量が保存しなくなり,$q$ の選択則が緩んで幅として現れる(Drude的な緩和時間 $\tau$ が $\hbar/\tau$ 程度の幅を与える).
- 有限温度:Fermi面がぼやけ,$T=0$ では禁止だった粒子‐正孔対が熱的に開く.連続体の境界そのものが鋭くなくなる.
- バンド間遷移:実在の金属は自由電子気体ではない.$\hbar\omega_p$ の付近にバンド間遷移があれば,そこへ直接エネルギーを渡せる.
- 試料の有限性:薄膜の表面プラズモン,表面粗さ,膜厚分布なども観測される幅に効く.
実験事実との突き合わせ.Al の $\hbar\omega_p\simeq15\ \mathrm{eV}$ のEELSピークは,$q\to0$ の測定でも半値幅がおよそ $0.5\ \mathrm{eV}$ ある.今日のモノクロメータ付きTEM-EELS の分解能は $0.1\ \mathrm{eV}$ を切るので,この幅は装置分解能では説明できない.「$q<q_c$ なら幅は装置分解能だけ」と断定してはならず,観測された幅から装置分解能を差し引いた残りが,上に挙げた機構の情報を運んでいるのである.
一般的な教訓.「$\mathrm{Im}\,\chi^0$ は連続体の外で恒等的にゼロ」というのは,Lindhard関数という数式についての厳密な命題である.それを「プラズモンの寿命は無限大」と言い換えた瞬間に,命題は自然界についての主張にすり替わり,そこには「バブル近似で終状態を尽くした」という強い仮定がこっそり紛れ込む.近似の中で厳密であることと,自然界で厳密であることを混同しない.本書に限らず,理論の結論を実験と突き合わせるときにいちばん効く注意である.
12.5.3 EELS の実際 —— 角度と運動量の関係
例題12.4 $100\ \mathrm{keV}$ の電子でAl のプラズモンを測る
TEM の $100\ \mathrm{keV}$ 電子(波長 $\lambda=0.0370\ \text{Å}$,速度 $v\simeq1.64\times10^{8}\ \mathrm{m/s}$)でAl薄膜のEELSを測る.
(1) 入射波数.$k=2\pi/\lambda=170\ \text{Å}^{-1}$.逆格子ベクトルの大きさ($\sim1\ \text{Å}^{-1}$)より桁違いに大きい.だから電子線の散乱角はいつも極端に小さい.
(2) 最小の運動量移行.前方散乱($\theta=0$)でも,エネルギーを失った分だけ $k'<k$ なので $q$ はゼロにならない.$\hbar\omega\ll E_i$ で展開し $E_i=\frac12Mv^2$,$\hbar k=Mv$ を使うと
$$ q_{\min}=k-k'\simeq\frac{k}{2}\cdot\frac{\hbar\omega}{E_i}=\frac{\omega}{v} =\frac{2.28\times10^{16}}{1.64\times10^{8}}=1.39\times10^{8}\ \mathrm{m^{-1}}=0.014\ \text{Å}^{-1} $$($\hbar\omega=15\ \mathrm{eV}$ に対し $\omega=2.28\times10^{16}\ \mathrm{s^{-1}}$.)対応する角度 $\theta_E\simeq q_{\min}/k=8\times10^{-5}\ \mathrm{rad}=0.08\ \mathrm{mrad}$ を特性散乱角という.式 \eqref{eq:12-eels} の $1/q^2$ は $q^2=k^2(\theta^2+\theta_E^2)$ と書けるので,角度分布は幅 $\theta_E$ のLorentz型になる.
(3) $q=1\ \text{Å}^{-1}$ に必要な角度.$\theta\simeq q/k=5.9\ \mathrm{mrad}$.
∎ 実験上の意味.収束角・集光角を $1\ \mathrm{mrad}$ 程度に絞った標準的なEELSは $q\lesssim0.17\ \text{Å}^{-1}\ll q_c$ しか拾わない.つまりふつうのEELSは $q\to0$ の損失関数を測っているので,プラズモンピークは常に鋭く $q$ 依存性を示さない.分散を測りたければ角度分解EELSで数 mrad の散乱電子を選ぶ.「何を測っているか」は絞りの設定で決まるのである.
12.6 和則による検算と単一モード近似
$S(\qq,\omega)$ を $\omega$ について積分した量には,驚くほど簡単な厳密解がある.第8章8.7節で述べたとおり,和則は「スペクトルを1本1本知らなくても,その積分だけは分かる」という主張であり,計算と測定の検算道具として日常的に使われる.ここでは0次モーメントと1次モーメントを,密度演算子について具体的に計算する.
12.6.1 0次モーメント —— 静的構造因子
導出14:$\int\dd\omega\,S(\qq,\omega)=S(\qq)$
ステップ1:時間相関の表式で $\omega$ 積分する.式 \eqref{eq:12-S-two-forms} の第2の形を使う:
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\dd\omega\;S(\qq,\omega) = \int_{-\infty}^{\infty}\dd\omega\;\frac{1}{2\pi N}\int_{-\infty}^{\infty}\dd t\;\ee^{\ii\omega t} \braket{\hat\rho_\qq(t)\hat\rho_\qq^\dagger(0)} $$ステップ2:積分の順序を交換して $\omega$ を先に積分する.
$$ = \frac{1}{N}\int_{-\infty}^{\infty}\dd t\;\left[\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\dd\omega\;\ee^{\ii\omega t}\right] \braket{\hat\rho_\qq(t)\hat\rho_\qq^\dagger(0)} = \frac{1}{N}\int_{-\infty}^{\infty}\dd t\;\delta(t)\,\braket{\hat\rho_\qq(t)\hat\rho_\qq^\dagger(0)} $$(付録A の $\frac{1}{2\pi}\int\dd\omega\,\ee^{\ii\omega t}=\delta(t)$ を使った.)
ステップ3:デルタ関数で $t=0$ を拾う.$\hat\rho_\qq(0)=\hat\rho_\qq$ だから
∎ $S(\qq)$ を静的構造因子という.$\omega$ をまったく分解しない実験(エネルギー分析器を使わず,散乱粒子を角度だけで数える実験)が測るのは,この量である.ただし角度を固定すると $\omega$ とともに $q$ も変わってしまうから,この同一視が許されるのは $E_i\gg\hbar\omega$(静的近似)のときに限る.X線ではよく成り立つが,熱中性子ではPlaczek補正と呼ばれる補正が要る.
物理的意味:$S(\qq)$ は動径分布関数のFourier変換である
12.3.2節の $G(\bm r,0)=\delta(\bm r)+n\,g(r)$ を式 \eqref{eq:12-S-vanHove} に入れて $\omega$ 積分すると $S(\qq)=1+n\int\dd^3r\,\ee^{-\ii\qq\cdot\bm r}g(r)$.$g(r)\to1$(遠方)の定数部分は $\qq\neq0$ ではデルタ関数になって落ちるので,実用形は
これが液体・アモルファスの構造解析の基礎式である.X線や中性子で $S(q)$ を測り,Fourier逆変換して $g(r)$ を求める.「最近接原子までの距離が $2.8\ \text{Å}$」といった情報は,こうして得られている.$q\to\infty$ では被積分関数が激しく振動して積分がゼロになり $S(q)\to1$.これは「非常に短い波長で見れば粒子どうしの相関は見えず,$N$ 個がばらばらに散乱するだけ」ということで,$S=1$ が「相関なし」の基準値である.
12.6.2 1次モーメント —— $f$ 和則
次が本節の主役である.第8章8.7節では $\int\omega\chi''\dd\omega$ が二重交換子になることを示した.ここでは $S$ について,密度演算子に特化した形を導く.
定理12.3($f$ 和則)
$m$ は標的粒子1個の質量である.右辺には相互作用も温度も密度も入っていない.反跳エネルギー $\hbar\omega_R=\hbar^2q^2/2m$ を $\hbar$ で割ったものにすぎない.
導出15:$f$ 和則を二重交換子から出す(全ステップ)
ステップ1:モーメントを行列要素の和で書く.$T=0$ とし,定義 \eqref{eq:12-S-def} を使う.デルタ関数が $\omega$ を $\omega_{n0}$ に固定するので
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\dd\omega\;\omega\,S(\qq,\omega) = \frac{1}{N}\sum_n\omega_{n0}\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 = \frac{1}{N\hbar}\sum_n(E_n-E_0)\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 $$ステップ2:エネルギー差を交換子で作る.第8章8.7.1節と同じ手口である.$\Ham_0\ket{n}=E_n\ket{n}$,$\bra{0}\Ham_0=E_0\bra{0}$ より
$$ \bra{0}\left[\hat\rho_\qq,\Ham_0\right]\ket{n} = \bra{0}\hat\rho_\qq\Ham_0\ket{n}-\bra{0}\Ham_0\hat\rho_\qq\ket{n} = (E_n-E_0)\,\bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n} $$欲しい因子 $(E_n-E_0)$ が出た.これを使って,$\bra{0}\hat\rho_\qq\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}=\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2$ に注意すると
$$ \sum_n(E_n-E_0)\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 = \sum_n\bra{0}\left[\hat\rho_\qq,\Ham_0\right]\ket{n}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0} = \bra{0}\left[\hat\rho_\qq,\Ham_0\right]\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0} $$完全系 $\sum_n\ket{n}\bra{n}=1$ を使って和を消した.
ステップ3:もう一方の順序も作って足す.$\qq\to-\qq$ とした同じ関係(等方的な系では $\sum_n(E_n-E_0)\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2$ も同じ値になる)を使うと
$$ \sum_n(E_n-E_0)\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2 = \bra{0}\left[\hat\rho_\qq^\dagger,\Ham_0\right]\hat\rho_\qq\ket{0} $$この2つを足すと,二重交換子にまとまる.実際
$$ \bra{0}\left[\hat\rho_\qq,\left[\Ham_0,\hat\rho_\qq^\dagger\right]\right]\ket{0} $$を展開してみる.$\Ham_0\ket{0}=E_0\ket{0}$ と完全系の挿入を使うと
$$ \begin{aligned} &\bra{0}\hat\rho_\qq\Ham_0\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0} -\bra{0}\hat\rho_\qq\hat\rho_\qq^\dagger\Ham_0\ket{0} -\bra{0}\Ham_0\hat\rho_\qq^\dagger\hat\rho_\qq\ket{0} +\bra{0}\hat\rho_\qq^\dagger\Ham_0\hat\rho_\qq\ket{0}\\[2pt] &=\sum_n E_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 -E_0\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 -E_0\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2 +\sum_n E_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2\\[2pt] &=\sum_n(E_n-E_0)\left[\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2+\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq\ket{0}}^2\right] = 2\sum_n(E_n-E_0)\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2 \end{aligned} $$最後で等方性を使った.したがって
この形は有限温度でもそのまま成り立つ(第8章と同じく,熱平均に置き換えればよい).
ステップ4:二重交換子を計算する(その1:相互作用は効かない).ハミルトニアンを
$$ \Ham_0 = \sum_{j=1}^{N}\frac{\hat\pp_j^2}{2m} + V(\xx_1,\dots,\xx_N) $$と書く.$V$ は位置だけの関数である.$\hat\rho_\qq^\dagger=\sum_i\ee^{\ii\qq\cdot\xx_i}$ も位置だけの関数なので
$$ \left[V,\hat\rho_\qq^\dagger\right]=0 $$相互作用は二重交換子に一切寄与しない.右辺が相互作用に依らない理由がこれである.残るのは運動エネルギー項だけ.
ステップ5:二重交換子を計算する(その2:$[\pp^2,\ee^{\ii\qq\cdot\xx}]$).1粒子分を計算する.基本の交換関係は
$$ \left[\hat\pp,\;f(\hat\xx)\right] = -\ii\hbar\,\nabla f(\hat\xx) $$である.$f=\ee^{\ii\qq\cdot\xx}$ なら $\nabla f=\ii\qq\,\ee^{\ii\qq\cdot\xx}$ だから
$$ \left[\hat\pp,\;\ee^{\ii\qq\cdot\xx}\right] = -\ii\hbar\cdot\ii\qq\,\ee^{\ii\qq\cdot\xx} = \hbar\qq\,\ee^{\ii\qq\cdot\xx} $$これを使って $[\hat\pp^2,f]=\hat\pp\cdot[\hat\pp,f]+[\hat\pp,f]\cdot\hat\pp$(積の交換子の公式)を計算すると
$$ \left[\hat\pp^2,\;\ee^{\ii\qq\cdot\xx}\right] = \hbar\left[(\qq\cdot\hat\pp)\,\ee^{\ii\qq\cdot\xx} + \ee^{\ii\qq\cdot\xx}\,(\qq\cdot\hat\pp)\right] $$したがって(符号に注意して $[\Ham_0,\hat\rho_\qq^\dagger]$ を作ると)
$$ \left[\Ham_0,\;\hat\rho_\qq^\dagger\right] = \frac{\hbar}{2m}\sum_i\left[(\qq\cdot\hat\pp_i)\,\ee^{\ii\qq\cdot\xx_i} + \ee^{\ii\qq\cdot\xx_i}\,(\qq\cdot\hat\pp_i)\right] $$ステップ6:二重交換子を計算する(その3:外側の交換子).$\hat\rho_\qq=\sum_j\ee^{-\ii\qq\cdot\xx_j}$ との交換子を取る.異なる粒子の演算子は交換するので $i=j$ の項だけが残る.必要なのは
$$ \left[\ee^{-\ii\qq\cdot\xx},\;(\qq\cdot\hat\pp)\right] = -\left[(\qq\cdot\hat\pp),\;\ee^{-\ii\qq\cdot\xx}\right] = -\left(-\ii\hbar\right)\qq\cdot\nabla\ee^{-\ii\qq\cdot\xx} = \ii\hbar\cdot(-\ii q^2)\,\ee^{-\ii\qq\cdot\xx} = \hbar q^2\,\ee^{-\ii\qq\cdot\xx} $$これを使うと,2つの項はそれぞれ
$$ \left[\ee^{-\ii\qq\cdot\xx},\;(\qq\cdot\hat\pp)\,\ee^{\ii\qq\cdot\xx}\right] = \left[\ee^{-\ii\qq\cdot\xx},(\qq\cdot\hat\pp)\right]\ee^{\ii\qq\cdot\xx} = \hbar q^2\,\ee^{-\ii\qq\cdot\xx}\ee^{\ii\qq\cdot\xx} = \hbar q^2 $$ $$ \left[\ee^{-\ii\qq\cdot\xx},\;\ee^{\ii\qq\cdot\xx}(\qq\cdot\hat\pp)\right] = \ee^{\ii\qq\cdot\xx}\left[\ee^{-\ii\qq\cdot\xx},(\qq\cdot\hat\pp)\right] = \ee^{\ii\qq\cdot\xx}\,\hbar q^2\,\ee^{-\ii\qq\cdot\xx} = \hbar q^2 $$($\ee^{\pm\ii\qq\cdot\xx}$ どうしは交換することを使った.)よって1粒子あたり
$$ \frac{\hbar}{2m}\left(\hbar q^2+\hbar q^2\right) = \frac{\hbar^2q^2}{m} $$$N$ 個足して
ただの数(c数)になった.期待値を取るまでもない.基底状態がどんな複雑な多体波動関数であっても,温度がいくつであっても,答えは同じである.
ステップ7:まとめる.式 \eqref{eq:12-fsum-commutator} に代入して
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\dd\omega\;\omega\,S(\qq,\omega) = \frac{1}{2N\hbar}\cdot\frac{N\hbar^2q^2}{m} = \frac{\hbar q^2}{2m} $$∎ 定理12.3が示された.
物理的意味:和則は「反跳」を数えている
右辺 $\hbar q^2/2m$ は,静止していた自由粒子1個に運動量 $\hbar\qq$ を与えたときの反跳エネルギー $\hbar^2q^2/2m$ を $\hbar$ で割ったものである.実際,例題12.3の $S=\delta(\omega-\hbar q^2/2m)$ を代入すれば和則がぴったり満たされる.すなわち $f$ 和則は「相互作用があろうと,スペクトルが何本に割れようと,重み付き平均のエネルギーは自由粒子の反跳のままである」と言っている.運動量保存と質量から出てくる,いわば会計上の恒等式であり,相互作用が変えられるのは「エネルギーの分配のしかた」だけで「総量」ではない.
使い道.数値計算でも実験でも $\int\omega S\dd\omega$ を $\hbar q^2/2m$ と比べれば,スペクトルの絶対値較正と積分範囲の十分さが一発で分かる.中性子散乱やEELS のデータ解析では標準的なチェックである.
12.6.3 単一モード近似とFeynman の式
2つの和則を組み合わせると,驚くべき結果が出てくる.
導出16:単一モード近似(Feynman, 1954)
仮定:ある $\qq$ において,$S(\qq,\omega)$ の重みがただ1本のモード $\omega=\omega(q)$ に集中しているとする:
$$ S(\qq,\omega) = Z(q)\,\delta\bigl(\omega-\omega(q)\bigr) \qquad(\omega>0) $$$Z(q)$ はその1本の重みである.この仮定を単一モード近似(single-mode approximation, SMA)という.
ステップ1:0次モーメント.式 \eqref{eq:12-static} より
$$ \int\dd\omega\;S(\qq,\omega) = Z(q) = S(q) $$重みは静的構造因子そのものである.
ステップ2:1次モーメント.式 \eqref{eq:12-fsum} より
$$ \int\dd\omega\;\omega\,S(\qq,\omega) = \omega(q)\,Z(q) = \omega(q)\,S(q) = \frac{\hbar q^2}{2m} $$ステップ3:$\omega(q)$ について解く.
∎ Feynman の式である.
物理的意味:静的な構造から動的な分散が出てしまう
式 \eqref{eq:12-feynman} の右辺には静的な情報 $S(q)$ しか入っていない.$S(q)$ は粒子がどう並んでいるかを表す量で,エネルギーを分解しない回折——すなわち $\omega$ について積分した散乱強度——で測れる.それだけから動的な分散 $\omega(q)$ が予言できてしまう.読み方は明快で,$S(q)$ が大きい $q$ ほど $\omega(q)$ が小さい.$S(q)$ が大きいとは「その波長の密度ゆらぎが自発的にたくさん存在する」ことであり,そういうゆらぎは作るのが安いのである.
2つの極限.Bose超流動では $q\to0$ で $S(q)\to\hbar q/2mc$ となるので $\hbar\omega=\hbar cq$,すなわちフォノンの分散が正しく出る(この極限でFeynman の式は厳密である).$q\to\infty$ では $S(q)\to1$ なので $\hbar\omega\to\hbar^2q^2/2m$,自由粒子の反跳に戻る.その間で $S(q)$ が極大を持てば $\omega(q)$ は極小を持つ.これが液体 $^4$He のロトン極小である.
例題12.5 液体 $^4$He のロトン極小をFeynman の式で見積もる
液体 $^4$He($m=4\times1.6605\times10^{-27}=6.642\times10^{-27}\ \mathrm{kg}$)の静的構造因子は $q_0\simeq2.0\ \text{Å}^{-1}$ で極大 $S(q_0)\simeq1.4$ を取る.式 \eqref{eq:12-feynman} でロトンのエネルギーを見積もり,実測($\Delta/k_B=8.6\ \mathrm{K}$)と比べよ.
解答.反跳エネルギーの換算式を作る.$q=q_{\text{Å}}\times10^{10}\ \mathrm{m^{-1}}$ として
$$ \frac{\hbar^2q^2}{2m} =\frac{(1.0546\times10^{-34})^2}{2\times6.642\times10^{-27}}\,q_{\text{Å}}^2\times10^{20} =8.372\times10^{-23}\,q_{\text{Å}}^2\ \mathrm{J} \quad\Longrightarrow\quad \frac{\hbar^2q^2}{2mk_B}=6.06\,q_{\text{Å}}^2\ \mathrm{K} $$$q_0=2.0\ \text{Å}^{-1}$ で $6.06\times4.0=24.2\ \mathrm{K}$.これを $S(q_0)=1.4$ で割って $\hbar\omega(q_0)/k_B=24.2/1.4=17\ \mathrm{K}$.実測は $8.6\ \mathrm{K}$ で,約2倍の過大評価である.
∎ このずれの意味.Feynman の式は単一モード近似の帰結なので,正確には上限を与える.$S(\qq,\omega)$ の重みが1本に集中せず高エネルギー側に裾(多重励起)が漏れていれば,1次モーメントの一部をその裾が担うので,主ピークの位置は式 \eqref{eq:12-feynman} より低くなる.FeynmanとCohenは1956年,変分波動関数に逆流(backflow)——1個のヘリウム原子が動くとき,まわりの原子が押しのけられて後ろへ回り込む渦のような運動——を取り入れて $11.5\ \mathrm{K}$ まで改善した.単純な変分波動関数から実測の桁が出て,足りない分の物理が特定できるという,量子液体論の古典的な成功例である.
12.7 プローブごとの違い
ここまでの議論を,実際のプローブごとに整理する.表12.1が本章の実用的な要約である.
| プローブ | 結合する相手 | 測っている量 | $q$ の範囲 | エネルギー分解能 | 長所と注意点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 中性子 (熱・冷中性子) |
原子核(短距離,散乱長 $b$)とスピン | $S(\qq,\omega)$ 磁気散乱なら $S_{\text{spin}}$ |
$0.05$–$10\ \text{Å}^{-1}$ | $0.01$–$1\ \mathrm{meV}$ | 前置因子 $b^2$ が $q$ に依らず,$S$ を絶対値で測れる.$q$ と $\omega$ の桁がフォノンにぴたり合う.スピンに結合する代表的なバルクプローブ(磁気X線散乱やRIXSもあるが,meV級の定量測定では中性子が標準).線源が大型で試料も大量($\mathrm{cm^3}$ 級)に要る |
| X線非弾性散乱 (IXS, $\sim10\ \mathrm{keV}$) |
電子密度(Thomson散乱) | $S(\qq,\omega)$(電子密度) | $0.1$–$10\ \text{Å}^{-1}$ | $1$–$100\ \mathrm{meV}$ | 試料が小さくてよい($\mu\mathrm{m}$ 級,高圧セル中も可).$10\ \mathrm{keV}$ から $\mathrm{meV}$ を切り出す(相対分解能 $10^{-7}$)ので放射光と高分解能結晶が要る |
| 電子線 EELS (TEM, $60$–$300\ \mathrm{keV}$) |
電子密度(Coulomb,長距離) | 損失関数 $-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}$ | $10^{-2}$–数 $\text{Å}^{-1}$ (実用上は $q\to0$) |
$5$–$100\ \mathrm{meV}$ | 断面積が桁違いに大きくnm の空間分解能で測れる.多重散乱を避けるため試料を薄く($<100\ \mathrm{nm}$).測っているのが $S$ でなく損失関数であることに注意 |
| Raman / 赤外 | 分極率(Raman),電気双極子(IR) | $\qq\simeq0$ での $\mathrm{Im}\,\chi$ | $\sim10^{-3}\ \text{Å}^{-1}$ (実質 $q=0$) |
$0.05\ \mathrm{meV}$ 以下 | 卓上装置で高分解能.$q$ 分解能は事実上ゼロなので分散は測れない.対称性の選択則が強く効く |
| ARPES | 電子1個を外へ叩き出す | 1粒子スペクトル関数 $A(\kk,\omega)$ | $\kk$ そのもの($\qq$ ではない) | $1$–$10\ \mathrm{meV}$ | バンド分散と自己エネルギーが直接見える.$S(\qq,\omega)$ とは別物である(下の注意).表面敏感で清浄表面が必要 |
ARPESは $S(\qq,\omega)$ を測っていない —— 2体と1体の違い
- 非弾性散乱(中性子・X線・EELS)が測るのは $S(\qq,\omega)$,すなわち密度‐密度相関関数である.$\hat\rho_\qq=\sum_\kk c^\dagger_\kk c_{\kk+\qq}$ は電子を1個消して1個作るので粒子数を変えない.作られるのは粒子‐正孔対,あるいはその集団的な重ね合わせ(プラズモン,フォノン)である.数学的には2体のGreen関数の話である.
- ARPESが測るのは1粒子スペクトル関数 $A(\kk,\omega)=-\frac{1}{\pi}\mathrm{Im}\,G^R(\kk,\omega)$ である.光電子として電子を系の外へ持ち出すので粒子数が $N\to N-1$ と変わる.残るのは正孔1個であって粒子‐正孔対ではない.数学的には1体のGreen関数の話である.
だから「ARPESでプラズモンが見えるか」への答えは微妙になる.プラズモンそのものは見えないが,叩き出された電子がプラズモンを引きずって出る効果(プラズモンサテライト)として,主ピークより $\hbar\omega_p$ 深い側に副ピークが現れる.これは自己エネルギーにプラズモンが効いた結果であり,$S$ を直接見ているのではない.覚え方:「$S$ は系を壊さずに揺らす.ARPESは電子を1個抜く.」本書が扱ってきたのはすべて前者である.
12.8 実例 —— Al,液体 $^4$He,フォノン分散
12.8.1 アルミニウムのEELSプラズモンピーク
最も教科書的な例である.第11章例題11.2で,自由電子模型から $\hbar\omega_p=15.8\ \mathrm{eV}$ と求めた($n=1.81\times10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$,価電子3個/原子).EELSで測ると$15.0\ \mathrm{eV}$ に鋭いピークが立つ.誤差5%である.本章の言葉で言えば,これは損失関数 $-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}$ が $\epsilon'=0$ の点で式 \eqref{eq:12-plasmon-delta} のデルタ関数的ピークを持つことの直接の確認である.
例題12.6 EELSスペクトルから読み取れること
Al薄膜(厚さ $60\ \mathrm{nm}$)の $100\ \mathrm{keV}$ EELSスペクトルに現れる構造の由来を答えよ.
(1) $0\ \mathrm{eV}$:弾性(ゼロロス)ピーク.相互作用せずに透過した電子と,$\mathrm{meV}$ 級で分解できないフォノン励起だけを起こした電子である.
(2) $10.6\ \mathrm{eV}$:表面プラズモン $\omega_s=\omega_p/\sqrt2=15.0/1.414=10.6\ \mathrm{eV}$(第11章).薄膜では表面/体積比が大きいのでよく見える.
(3) $15.0\ \mathrm{eV}$:バルクプラズモン.$q\to0$ の損失関数のピークで,本章の主役である.
(4) $30.0,\ 45.0\ \mathrm{eV}$ の等間隔な列:多重プラズモン励起.強度比はPoisson分布 $I_n/I_0=(t/\lambda)^n/n!$ に従うので $t/\lambda=\ln(I_{\text{全}}/I_0)$ から膜厚が測れる(log-ratio法.Al の非弾性平均自由行程は $\lambda\simeq100\ \mathrm{nm}$).Born近似が破れるという「不都合」が,そのまま膜厚計になっている.
(5) $73\ \mathrm{eV}$ からの階段:Al の $L_{2,3}$ 内殻励起端.元素固有のエネルギーに現れるので元素分析に使う.
(6) 大気放置で成長する $23\ \mathrm{eV}$:Al$_2$O$_3$ のプラズモン.$\omega_p\propto\sqrt n$ なので価電子密度の直接測定になっている.∎
教訓:1本のEELSスペクトルに,集団励起・境界条件・多重散乱・1電子励起・化学状態が全部入っている.そのうち $\omega_p$ と $\omega_s$ の位置を予言するのが,本書がここまで積み上げてきた理論である.
12.8.2 液体 $^4$He のフォノン‐ロトン分散
図12.4(b) の実線は,中性子非弾性散乱で実測された液体 $^4$He($T<1\ \mathrm{K}$,超流動相)の励起分散である.1950年代から60年代にかけてPalevsky,Yarnell,Henshaw–Woodsらが測った.読み取れるのは,(i) $q\to0$ が直線 $\omega=cq$($c=238\ \mathrm{m/s}$,フォノン.$q\to0$ の極限でFeynman の式が厳密になる領域),(ii) $q\simeq1.1\ \text{Å}^{-1}$ の極大(マクソン,$\hbar\omega/k_B\simeq13.9\ \mathrm{K}$),(iii) $q_0=1.93\ \text{Å}^{-1}$ の極小(ロトン,$\Delta/k_B=8.6\ \mathrm{K}$.$S(q)$ の極大と対応する)の3つである.
なぜロトンが超流動を支えるのか —— Landau の判定条件
Landau(1941年)は,速度 $v$ で流れる液体が壁との摩擦でエネルギーを失うには励起を1個作らねばならず,運動量とエネルギーの保存からそれが可能なのは
$$ v \ge v_c \equiv \min_q\frac{\omega(q)}{q} $$のときだけであることを示した.$v<v_c$ なら励起を作れず,抵抗ゼロで流れる.$\omega(q)/q$ が最小になるのは原点から分散曲線に引いた接線の傾きが最小になる点,すなわちロトン極小の付近である.$v_c\simeq\Delta/(\hbar q_0)$ に数値を入れると
$$ v_c \simeq \frac{8.6\times1.381\times10^{-23}}{1.0546\times10^{-34}\times1.93\times10^{10}} = 58\ \mathrm{m/s} $$音速 $238\ \mathrm{m/s}$ よりずっと小さい.超流動の臨界速度を決めているのはフォノンではなくロトンである.そしてロトンの位置と深さは,例題12.5で見たとおり静的構造因子 $S(q)$ の極大で決まっている.「原子がどう並んでいるか」という静的な情報が,「どれだけ速く流しても抵抗ゼロか」という巨視的な性質を決めている——和則がこれほど遠くまで物理を運ぶ例である.(実測の臨界速度はさらに小さいことが多い.渦輪の生成が先に効くためで,Landau の条件は上限を与える.)
12.8.3 固体のフォノン分散測定
結晶での $S(\qq,\omega)$ の骨格
原子の位置を $\xx_i=\bm R_i+\bm u_i$(平衡位置+変位)と書き $\bm u$ で展開すると,$S(\qq,\omega)$ は次の3つに分かれる.弾性項(0次)は $\qq$ が逆格子ベクトル $\bm G$ に一致するときだけ立つ $\delta(\omega)$ 付きのデルタ関数,すなわちBragg反射.1フォノン項(1次)は $\qq=\bm G+\bm k$,$\omega=\pm\omega_\nu(\bm k)$($\nu$ は枝の添字.12.8.1節の表面プラズモン $\omega_s$ とは別物である)でデルタ関数が立つ——これがフォノン分散の測定である($+$ が生成=損失,$-$ が吸収=利得で,強度比が詳細つり合い \eqref{eq:12-detailed} に従う).多フォノン項(2次以上)はなめらかなバックグラウンドになる.
全体にDebye–Waller因子 $\ee^{-2W}$($2W=\braket{(\qq\cdot\bm u)^2}$)が掛かり,熱振動が大きいほど,$q$ が大きいほど弾性ピークが弱まる.ここで $f$ 和則 \eqref{eq:12-fsum} は「どこへ移ろうと総量は $\hbar q^2/2m$ で変わらない」と言っている——Debye–Waller因子で弱まった分は,必ずどこか別の $\omega$ に現れているのである.
装置としては,単結晶を分光器・試料台・検出器の3軸で回す三軸型中性子分光器(Brockhouse, 1955年)が古典的である.$\kk$ と $\kk'$ を独立に選べるので,式 \eqref{eq:12-kinematics} の $(\qq,\omega)$ を任意に設定して走査でき,強度のピークを拾えばそれがフォノン分散 $\omega_\nu(\qq)$ の点になる.ただし図12.2の運動学的制約は常について回るので,入射エネルギーの選択が測定計画そのものになる.
ShullとBrockhouseは,それぞれ中性子回折と中性子分光の確立により1994年のNobel物理学賞を受けた.授賞理由の一節は「中性子はどこに原子があるかを教え,原子が何をしているかを教える」というものであった.前者が弾性散乱($S(\qq)$),後者が非弾性散乱($S(\qq,\omega)$)である.
12.9 まとめと演習
12.9.1 まとめ
- 運動学:散乱実験は $\qq=\kk-\kk'$,$\hbar\omega=E_i-E_f$ を試料に渡す.弾性なら $q=2k\sin(\theta/2)$.入射エネルギーを決めると走査できる領域が式 \eqref{eq:12-region} に制限される.プローブの選択がそのまま「何が測れるか」を決める.
- 行列要素:$\bra{f}\Ham_{\text{int}}\ket{i}=\frac{U(q)}{V}\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}$.相互作用の詳細と試料の中身が積に分離する.$\hat\rho_\qq^\dagger$ が現れるのは運動量保存の帰結である.
- 主定理:$\dfrac{\dd^2\sigma}{\dd\Omega\dd\omega}=N\left(\dfrac{\dd\sigma}{\dd\Omega}\right)_{\text{単一粒子}}S(\qq,\omega)$.
- 動的構造因子:$S(\qq,\omega)=\frac{1}{N}\sum_n\abs{\bra{n}\hat\rho_\qq^\dagger\ket{0}}^2\delta(\omega-\omega_{n0})=\frac{1}{2\pi N}\int\dd t\,\ee^{\ii\omega t}\braket{\hat\rho_\qq(t)\hat\rho_\qq^\dagger(0)}$.van Hove相関関数 $G(\bm r,t)$ の4次元Fourier変換であり,密度ゆらぎの時空相関そのものである.
- 揺動散逸定理の実用形:$S(\qq,\omega)=-\dfrac{\hbar}{\pi n}\dfrac{\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}}{1-\ee^{-\beta\hbar\omega}}$.$T=0$,$\omega>0$ では $S=-\frac{\hbar}{\pi n}\mathrm{Im}\,\chi^R$.マイナスは本書の符号規約($\Ham_{\text{ext}}=f\hat B$,$\chi^R=-\frac{\ii}{\hbar}\theta\braket{[\;,\;]}$)の帰結であり,これによって $S\ge0$ が保証される.
- 詳細つり合い:$S(\qq,-\omega)=\ee^{-\beta\hbar\omega}S(\qq,\omega)$.エネルギー利得側は必ず弱く,強度比から試料温度が測れる.
- 損失関数:$1/\epsilon=1+v\chi$ より $S=\frac{\hbar q^2}{4\pi^2ne^2}\left[-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}\right]$.電子線では断面積が $q^{-2}\left[-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}\right]$ に比例する.$q<q_c$ では衝突なしRPA の範囲で $\mathrm{Im}\,\epsilon=0$ となり,プラズモンは幅ゼロのデルタ関数ピークになる(実在の幅を与える機構は12.5.2節).
- 和則:$\int\dd\omega\,S=S(\qq)$(静的構造因子=$g(r)$ のFourier変換),$\int\dd\omega\,\omega S=\dfrac{\hbar q^2}{2m}$($f$ 和則).後者は二重交換子 $[\hat\rho_\qq,[\Ham_0,\hat\rho_\qq^\dagger]]=N\hbar^2q^2/m$ がc数になることから,相互作用にも温度にも依らず厳密に成り立つ.
- 単一モード近似:$\hbar\omega(q)=\dfrac{\hbar^2q^2}{2mS(q)}$(Feynman の式).$S(q)$ の極大が液体 $^4$He のロトン極小を作り,それが超流動の臨界速度を決めている.
- プローブ:中性子は $S$ を絶対値で(かつスピンも),X線は $S$ を小試料で,電子線は損失関数を高空間分解能で,Raman/IRは $q\simeq0$ を高分解能で測る.ARPESは1粒子スペクトル関数 $A(\kk,\omega)$ を測るのであって,$S(\qq,\omega)$ とは別物である.
第7章で久保公式を導き,第8章でLehmann表示と揺動散逸定理を得て,第9〜11章で電子気体の遮蔽とプラズモンを導いた.本章はその全部を実験室につないだ.紙の上の $\mathrm{Im}\,\chi^R_{\rho\rho}(\qq,\omega)$ は,検出器の計数そのものである.残る課題は有限温度を系統的に扱うことで,そのための虚時間という道具が最終章の主題になる.
12.9.2 演習問題
演習12.1 Bragg条件は運動学の言い換えである
(1) 弾性散乱の $q=2k\sin(\theta/2)$(式 \eqref{eq:12-elastic})に,回折条件 $q=2\pi/d$($d$ は面間隔),$k=2\pi/\lambda$,$\theta=2\theta_B$($\theta_B$ はBragg角)を代入して,Bragg の条件 $2d\sin\theta_B=\lambda$ を導け.
(2) $\lambda=1.54\ \text{Å}$(Cu K$\alpha$)のX線で $d=2.34\ \text{Å}$(Al の (111) 面)の反射が現れる散乱角 $\theta$ を求めよ.
(3) 同じ $d$ を熱中性子($\lambda=1.8\ \text{Å}$)で見るときの $\theta$ を求め,回折実験で波長を選ぶことがなぜ大事かを述べよ.
ヒント:(1) $2k\sin\theta_B=2\pi/d$ に $k=2\pi/\lambda$ を入れると $\frac{4\pi}{\lambda}\sin\theta_B=\frac{2\pi}{d}$.(2) $\sin\theta_B=\lambda/2d=0.329$,$\theta_B=19.2^\circ$,$\theta=38.4^\circ$.(3) $\sin\theta_B=0.385$,$\theta=45.2^\circ$.$\lambda>2d$ になると $\sin\theta_B>1$ となり,その反射は原理的に観測できない.これが「波長を短くしないと細かい構造が見えない」ことの正体である.
演習12.2 詳細つり合いで試料温度を測る
ある試料の中性子非弾性散乱スペクトルに $\hbar\omega=\pm12.0\ \mathrm{meV}$ のフォノンピークが観測され,積分強度比は $I_{\text{利得}}/I_{\text{損失}}=0.31$ であった.
(1) 式 \eqref{eq:12-detailed} を使って試料温度 $T$ を求めよ.
(2) バックグラウンドを引き忘れて両側に同じ量の一定バックグラウンドが乗っていたとすると,求めた $T$ は真の値より高く出るか低く出るか.
(3) 同じ試料の $\hbar\omega=+40\ \mathrm{meV}$ のピークについて利得側の強度比を予測し,その測定が現実的かどうか論ぜよ.
ヒント:(1) $0.31=\ee^{-\beta\hbar\omega}$ より $\beta\hbar\omega=1.171$,$k_BT=12.0/1.171=10.25\ \mathrm{meV}$,$T=10.25/0.08617=119\ \mathrm{K}$.(2) 弱いほう(利得側)が相対的に水増しされて比が $1$ に近づくので $T$ は高く出る.(3) $\ee^{-40/10.25}=0.020$.損失側の $2\%$ しかなく統計を稼ぎにくい.高エネルギーのモードは利得側では実質見えない.
演習12.3 損失関数の $f$ 和則とプラズマ振動数
$T=0$ の電子気体では $S(\qq,\omega)$ は $\omega>0$ にしか値を持たない.式 \eqref{eq:12-S-loss} と $f$ 和則 \eqref{eq:12-fsum} から,損失関数 $\mathcal{L}=-\mathrm{Im}\,\epsilon^{-1}$ の和則
$$ \int_0^{\infty}\dd\omega\;\omega\,\mathcal{L}(\qq,\omega) = \frac{\pi}{2}\,\omega_p^2 \qquad\left(\omega_p^2=\frac{4\pi ne^2}{m}\right) $$を導け.
(1) 式 \eqref{eq:12-S-loss} を $f$ 和則の左辺に代入せよ.(2) $q$ が両辺から消えることを確かめ,それが何を意味するか述べよ.(3) 単一モード近似 $\mathcal{L}=A\,\delta(\omega-\omega_p)$ を仮定して重み $A$ を決めよ.(4) この和則がEELSスペクトルの絶対値較正にどう使えるか説明せよ.
ヒント:(1) $\frac{\hbar q^2}{4\pi^2ne^2}\int_0^\infty\omega\mathcal{L}\dd\omega=\frac{\hbar q^2}{2m}$.(2) $\hbar q^2$ が約分される.損失関数の1次モーメントは $q$ に依らない——長波長でも短波長でも,電子気体が吸収できる能力の総量は同じである.(3) $A=\frac{\pi}{2}\omega_p$.(4) 測定強度は任意単位でしか出ないが,$\omega\mathcal{L}$ を積分して $\frac{\pi}{2}\omega_p^2$($n$ は既知)に合わせれば絶対単位に規格化できる.合わなければ積分範囲が足りないか,多重散乱の除去が不十分である.
演習12.4 Feynman の式で電子気体と液体Heを比べる
(1) 液体 $^4$He では $q\to0$ で $S(q)\to\hbar q/2mc$ である.式 \eqref{eq:12-feynman} に代入して $\omega=cq$ が出ることを示せ.
(2) 電子気体では $q\to0$ で $\omega\to\omega_p$(有限のギャップ)である.$S(q)$ の $q\to0$ での振る舞いを求めよ.
(3) (1)と(2)の違い($S\propto q$ か $S\propto q^2$ か)が,相互作用の到達距離とどう結びつくか述べよ.
(4) Al($\hbar\omega_p=15.8\ \mathrm{eV}$)について $q=0.3\ \text{Å}^{-1}$ での $S(q)$ を数値で評価せよ.
ヒント:(2) $S(q)=\hbar q^2/2m\omega_p\propto q^2$.(3) Coulomb力は長距離なので長波長の密度ゆらぎに巨大なエネルギーがかかり,ゆらぎがより強く抑えられる($q^2$ は $q$ より速くゼロに向かう).中性のHeでは相互作用が短距離なので抑制が弱い.(4) $\hbar^2q^2/2m_e=(1.0546\times10^{-34})^2(9\times10^{18})/(2\times9.109\times10^{-31})=5.49\times10^{-20}\ \mathrm{J}=0.343\ \mathrm{eV}$,よって $S(q)=0.343/15.8=0.022$.1 よりはるかに小さい——長波長では密度ゆらぎがほとんどなく,電子気体はきわめて「硬い」のである.
演習12.5 プローブを選ぶ
次の測定に表12.1のどのプローブを選ぶべきか,運動学の制約(図12.2)と結合する相手の両方を考えて答えよ.
(1) Si単結晶の音響フォノン分散をゾーン境界($q\simeq1\ \text{Å}^{-1}$,$\hbar\omega\simeq50\ \mathrm{meV}$)まで.(2) 直径 $20\ \mathrm{nm}$ の金ナノ粒子1個の局在表面プラズモン共鳴($\hbar\omega\simeq2.4\ \mathrm{eV}$)を,粒子の位置を分けて.(3) 反強磁性体のマグノン分散.(4) ダイヤモンドアンビルセル中(試料径 $50\ \mu\mathrm{m}$)の高圧下の液体の音響モード.(5) 高温超伝導体のFermi面の形と超伝導ギャップの $\kk$ 依存性.
ヒント:(1) 中性子(例題12.1のとおり $q$ と $\omega$ の桁が合う).(2) EELS(STEM-EELS.nm の空間分解能をもつのはこれだけ).(3) 中性子(磁気モーメントに直接結合し,分散をmeV精度で測れるのは実質中性子だけである).(4) X線非弾性散乱(中性子では試料量が足りず,電子線はセルを透過できない).(5) ARPES.ただしこれは $S(\qq,\omega)$ ではなく1粒子スペクトル関数 $A(\kk,\omega)$ を測っていることに注意(12.7節の警告).
参考文献
- A. L. Fetter, J. D. Walecka『多粒子系の量子論 理論編』マグロウヒル,17節(非弾性電子散乱),14〜16節(誘電関数と集団励起).—— 本章の底本.
- L. van Hove, "Correlations in Space and Time and Born Approximation Scattering in Systems of Interacting Particles", Phys. Rev. 95, 249 (1954). —— van Hove相関関数と動的構造因子の原論文.
- R. P. Feynman, Phys. Rev. 94, 262 (1954);R. P. Feynman, M. Cohen, Phys. Rev. 102, 1189 (1956). —— 単一モード近似と逆流補正.
- D. Pines, P. Nozières, The Theory of Quantum Liquids, Benjamin (1966), Chapters 2–4. —— $S(\qq,\omega)$ と和則の系統的な扱い.本章の骨格はこの本に負う.
- R. F. Egerton, Electron Energy-Loss Spectroscopy in the Electron Microscope, 3rd ed., Springer (2011). —— TEM-EELS の実務.log-ratio法,多重散乱除去,Kramers–Kronig解析.
- S. W. Lovesey, Theory of Neutron Scattering from Condensed Matter, Oxford University Press (1984). —— 中性子散乱の標準的教科書.
- R. A. Cowley, A. D. B. Woods, "Inelastic scattering of thermal neutrons from liquid helium", Can. J. Phys. 49, 177 (1971). —— 液体 $^4$He のフォノン‐ロトン分散の実測.
- G. D. Mahan, Many-Particle Physics, 3rd ed., Springer (2000), Chapter 5. —— 動的構造因子と損失関数の関係.