線形応答理論入門 — 目次 第I部 古典的な線形応答 / 第3章

第3章強制振動と応答関数

第2章では,外力のない減衰振動子をわざわざGreen関数で解き直した.得られたのは

$$ G^R(s) = \frac{1}{m\omega_1}\,\ee^{-\Gamma s}\sin(\omega_1 s)\,\theta(s), \qquad \Gamma=\frac{\gamma}{2m},\quad \omega_1=\sqrt{\omega_0^2-\Gamma^2},\quad \omega_0^2=\frac{k}{m} $$

という,叩いた瞬間からの「返事の全履歴」である.本章では,この振動子を叩き続ける.すなわち周期的な外力を加えっぱなしにして,定常状態でどう応答するかを調べる.

やることは高校物理の強制振動と同じである.ところが答えの書き方を工夫すると,そこに複素感受率 $\chi(\omega)$ が姿を現す.そして本章の心臓部である次の一行にたどり着く.

$$ \chi(\omega) = \int_{0}^{\infty} G^R(s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s $$

応答関数とは,遅延Green関数のFourier変換にほかならない.この一行が本書の背骨である.第7章で導く量子系の久保公式

$$ \chi^R_{AB}(\omega) = \int_0^\infty \dd t\;\ee^{\ii\omega t}\left(-\frac{\ii}{\hbar}\right)\braket{[\hat{A}_H(t),\hat{B}_H(0)]} $$

は,$G^R(s)$ の中身が交換子の期待値に置き換わっただけの,まったく同じ形をしている.本章で古典的な $\chi(\omega)$ の顔つき——実部が分散を,虚部が散逸を表し,極が固有振動を教える——を徹底的に見ておけば,第7章以降で戸惑うことはない.

この章で学ぶこと
  • 強制振動 $m\ddot{x}+\gamma\dot{x}+kx=F_0\ee^{-\ii\omega t}$ の定常解と,複素感受率 $\chi(\omega)=\left[m(\omega_0^2-\omega^2)-\ii\gamma\omega\right]^{-1}$ —— 分母の虚部の符号がFourier規約からどう決まるか
  • $\chi(\omega)$ が遅延Green関数のFourier変換であることの,積分を実行しての確認(本章の山場)
  • 実部 $\chi'$ と虚部 $\chi''$ への分解,分散型とLorentz型という2つの曲線の顔つき
  • 振幅 $\abs{\chi}$ と位相遅れ $\delta$,共鳴での $\delta=\pi/2$
  • $\chi''$ がエネルギー散逸を与えること:$\braket{\dd W/\dd t}=\frac{1}{2}\omega F_0^2\chi''(\omega)$ の完全導出と,散逸の正値性 $\omega\chi''(\omega)\ge 0$
  • 共鳴の幅 $\Delta\omega=\gamma/m$ と $Q$ 値,そして $\gamma$ によらない和則の芽
  • 実例:誘電体のLorentz振動子モデル,金属のDrudeモデル,NMR の吸収線,材料の内部摩擦
前提:第1章(畳み込み積分とFourier変換の規約),第2章(遅延Green関数 $G^R(s)$ の具体形).複素数の四則演算と極形式 $z=\abs{z}\ee^{\ii\theta}$.留数定理は本章では使わない(演習3.5のみ第5章を先取りする).

3.1 定常応答を直接求める

3.1.1 問題の設定と,$\ee^{-\ii\omega t}$ を使う理由

扱う方程式は,第2章の運動方程式の右辺に外力を入れたものである.

$$ \begin{equation} m\ddot{x} + \gamma\dot{x} + kx = F(t) \label{eq:3-eom} \end{equation} $$

外力として,角振動数 $\omega$ の単色(単一振動数)の力を加える.

記法の注意:$\ee^{+\ii\omega t}$ ではなく $\ee^{-\ii\omega t}$ を使う

強制振動の教科書では外力を $F(t)=F_0\ee^{\ii\omega t}$ と書くことが多い.しかし本書では

$$ \begin{equation} F(t) = F_0\,\ee^{-\ii\omega t} \label{eq:3-force} \end{equation} $$

と指数の符号を負にとる.理由はただ一つ,第1章のFourier規約 $f(\omega)=\int\dd t\,f(t)\ee^{\ii\omega t}$,$f(t)=\int\frac{\dd\omega}{2\pi}f(\omega)\ee^{-\ii\omega t}$ に揃えるためである.逆変換の被積分関数が $\ee^{-\ii\omega t}$ なのだから,「振動数 $\omega$ の成分」とは $\ee^{-\ii\omega t}$ で振動するもののことでなければ辻褄が合わない.

$\ee^{+\ii\omega t}$ を使うと,以下で得る $\chi(\omega)$ はすべて複素共役になり,虚部の符号が逆転する.符号が合わないと感じたら,まず自分がどちらの規約を使っているかを確認すること.電気工学では $\ee^{+j\omega t}$ が標準なので,教科書をまたぐときは要注意である.

なお $F(t)$ が複素数なのは計算の便宜にすぎない.方程式 \eqref{eq:3-eom} の係数 $m,\gamma,k$ はすべて実数なので,最後に実部をとれば実際の物理が得られる.実の外力を厳密に扱う手続きは3.5節で行う.

3.1.2 代入して,一行ずつ符号を追う

導出:定常解 $x(t)=x_0\ee^{-\ii\omega t}$ を代入する

ステップ1:解の形を仮定する.外力が $\ee^{-\ii\omega t}$ で振動しているのだから,十分時間が経った定常状態では,応答も同じ振動数で振動するはずである.振幅は複素数 $x_0$(位相のずれを含む)として

$$ x(t) = x_0\,\ee^{-\ii\omega t} $$

と置く.この $x_0$ を決めるのが目標である.

ステップ2:微分を実行する.ここが符号の分かれ目である.

$$ \dot{x}(t) = \frac{\dd}{\dd t}\left(x_0\ee^{-\ii\omega t}\right) = x_0\cdot(-\ii\omega)\,\ee^{-\ii\omega t} = -\ii\omega\, x_0\ee^{-\ii\omega t} $$ $$ \ddot{x}(t) = \frac{\dd}{\dd t}\left(-\ii\omega\, x_0\ee^{-\ii\omega t}\right) = (-\ii\omega)^2 x_0\ee^{-\ii\omega t} = -\omega^2\, x_0\ee^{-\ii\omega t} $$

2階微分では $(-\ii\omega)^2=(-\ii)^2\omega^2=(-1)^2\ii^2\omega^2=-\omega^2$ となって,$\ii$ が消える.つまり$\ddot{x}$ の項には $\omega$ の符号の情報が残らない.一方 $\dot{x}$ の項には $-\ii\omega$ という虚数が残る.虚部を作るのは摩擦項だけである —— これがこの章の全体を支配する事実である.

ステップ3:方程式に入れる.式 \eqref{eq:3-eom} の左辺は

$$ m\left(-\omega^2 x_0\ee^{-\ii\omega t}\right) + \gamma\left(-\ii\omega x_0\ee^{-\ii\omega t}\right) + k\left(x_0\ee^{-\ii\omega t}\right) $$ $$ = \left[-m\omega^2 - \ii\gamma\omega + k\right] x_0\, \ee^{-\ii\omega t} $$

右辺は $F_0\ee^{-\ii\omega t}$ である.両辺を比べると

$$ \left[-m\omega^2 - \ii\gamma\omega + k\right] x_0\, \ee^{-\ii\omega t} = F_0\,\ee^{-\ii\omega t} $$

ステップ4:$\ee^{-\ii\omega t}$ で割る.指数関数は任意の $t$ でゼロにならない($\abs{\ee^{-\ii\omega t}}=1$)から,両辺を割ってよい.

$$ \left[-m\omega^2 - \ii\gamma\omega + k\right] x_0 = F_0 $$

微分方程式が,$x_0$ についてのただの一次方程式になった.これが「Fourier変換すると微分が掛け算になる」ということの,いちばん具体的な現れである.

ステップ5:$m$ でくくり,$\omega_0^2=k/m$ を使う.

$$ -m\omega^2 - \ii\gamma\omega + k = m\left(\frac{k}{m}-\omega^2\right) - \ii\gamma\omega = m\left(\omega_0^2-\omega^2\right) - \ii\gamma\omega $$

ステップ6:$x_0$ について解き,$F_0$ で割る.

$$ \begin{equation} \chi(\omega) \equiv \frac{x_0}{F_0} = \frac{1}{m\left(\omega_0^2-\omega^2\right) - \ii\gamma\omega} \label{eq:3-chi} \end{equation} $$

∎ これが複素感受率(complex susceptibility)である.分母の虚部の符号がマイナスであることを,しっかり目に焼き付けておいてほしい.

符号を間違えないための3行のチェックリスト

ここは本当に多くの学生がつまずく場所である.迷ったら次の3行を順に確認すればよい.

  1. 規約は $\ee^{-\ii\omega t}$ か $\ee^{+\ii\omega t}$ か.本書は$\ee^{-\ii\omega t}$.
  2. したがって $\dfrac{\dd}{\dd t}\to -\ii\omega$,$\dfrac{\dd^2}{\dd t^2}\to -\omega^2$.
  3. 摩擦項 $\gamma\dot{x}$ が $-\ii\gamma\omega$ を生むから,分母は $\cdots-\ii\gamma\omega$.よって $\omega>0$ で $\mathrm{Im}\,\chi>0$.

最後の「$\omega>0$ で $\mathrm{Im}\,\chi>0$」は,3.5節で見るように系がエネルギーを吸収するという物理そのものである.符号を取り違えると,系がエネルギーを生み出すという結論になってしまう.物理的におかしいと感じたら,必ずこの3行に戻ること.

なお $\ee^{+\ii\omega t}$ 規約で書かれた文献の $\chi(\omega)=\left[m(\omega_0^2-\omega^2)+\ii\gamma\omega\right]^{-1}$ は,本書の式 \eqref{eq:3-chi} の複素共役である.両者は同じ物理を記述しており,吸収を表す量が $+\mathrm{Im}\,\chi$ か $-\mathrm{Im}\,\chi$ か,$\chi$ が正則な領域が上半面か下半面かが入れ替わるだけである.

3.1.3 極限で正しいか検算する

検算:3つの極限

(a) $\omega\to0$(静的極限).$\chi(0)=1/(m\omega_0^2)=1/k$.これはHooke の法則 $x=F/k$ そのものである.第1章1.5.2節の静的感受率が,いま $1/k$ という見慣れた形で出てきた.

(b) $\omega\to\infty$(高振動数極限).分母で $-m\omega^2$ が他を圧倒するので $\chi\simeq-1/(m\omega^2)$.実際 $m\ddot{x}=F_0\ee^{-\ii\omega t}$ を解けば $x_0=-F_0/(m\omega^2)$.速くゆすればバネも摩擦も感じる暇がなく,質点は慣性だけで応答する.符号が負なのは外力と変位が逆位相だからである.

(c) $\gamma\to0$(無摩擦極限).$\chi\to1/[m(\omega_0^2-\omega^2)]$ は実数で,$\omega=\omega_0$ で発散する.摩擦がなければ共鳴で振幅が無限大になるという高校物理の結論である.逆に言えば$\gamma$ は共鳴の発散を止めるためにこそ必要で,その $\gamma$ が $\chi$ に虚部を与えている.「虚部があること」「発散が有限に留まること」「エネルギーが散逸すること」は同じ一つの事実の別の顔である.

3.2 応答関数はGreen関数のFourier変換である

ここからが本章の山場である.3.1節では微分方程式に直接代入して $\chi(\omega)$ を得た.本節ではまったく別の道——第1章の畳み込み積分と第2章のGreen関数——から出発して,同じ $\chi(\omega)$ にたどり着く.2つの道が合流することで,「応答関数=Green関数のFourier変換」という等式が,疑いの余地なく確立される.

3.2.1 畳み込み積分に単色外力を入れる

導出:$x(t)=\chi(\omega)F(t)$ の形が出てくること

ステップ1:出発点.第2章の結果により,任意の外力 $F(t)$ に対する応答は

$$ \begin{equation} x(t) = \int_{-\infty}^{\infty} G^R(t-t')\,F(t')\,\dd t' \label{eq:3-conv} \end{equation} $$

と書ける.$G^R$ は遅延Green関数で,$G^R(s)=0$($s<0$)を満たす.

ステップ2:単色外力を代入する.$F(t')=F_0\ee^{-\ii\omega t'}$ とすると

$$ x(t) = \int_{-\infty}^{\infty} G^R(t-t')\,F_0\,\ee^{-\ii\omega t'}\,\dd t' $$

ステップ3:変数変換 $s=t-t'$.ここは丁寧にやる.$t$ を固定して $t'$ を積分変数と見ているので,$s=t-t'$ とすれば $t'=t-s$,$\dd t'=-\dd s$ である.積分区間は

$$ t'=-\infty \;\Longrightarrow\; s=+\infty, \qquad t'=+\infty \;\Longrightarrow\; s=-\infty $$

と上下がひっくり返る.したがって

$$ x(t) = \int_{s=+\infty}^{s=-\infty} G^R(s)\,F_0\,\ee^{-\ii\omega (t-s)}\,(-\dd s) = \int_{-\infty}^{\infty} G^R(s)\,F_0\,\ee^{-\ii\omega (t-s)}\,\dd s $$

マイナス符号が積分区間の反転を打ち消して,向きが元に戻った.

ステップ4:指数を分解する.$\ee^{-\ii\omega(t-s)}=\ee^{-\ii\omega t}\,\ee^{+\ii\omega s}$ である.$\ee^{-\ii\omega t}$ は積分変数 $s$ を含まないので,積分の外に出せる.

$$ x(t) = F_0\,\ee^{-\ii\omega t}\int_{-\infty}^{\infty} G^R(s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s $$

ステップ5:因果律で下限を切る.$G^R(s)=0$($s<0$)だから,$s<0$ の部分は積分に寄与しない.

$$ x(t) = \underbrace{F_0\,\ee^{-\ii\omega t}}_{\textstyle =\,F(t)}\; \underbrace{\int_{0}^{\infty} G^R(s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s}_{\textstyle \equiv\, G^R(\omega)} $$

ステップ6:3.1節と見比べる.3.1節では $x(t)=x_0\ee^{-\ii\omega t}=\chi(\omega)F_0\ee^{-\ii\omega t}=\chi(\omega)F(t)$ であった.いま得た式も $x(t)=G^R(\omega)F(t)$ の形をしている.任意の $F_0$ と任意の $t$ で成り立つのだから,両者の係数は等しくなければならない.

$$ \begin{equation} \chi(\omega) = \int_{0}^{\infty} G^R(s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s \;=\; G^R(\omega) \label{eq:3-chi-is-G} \end{equation} $$

∎ 応答関数 $\chi(\omega)$ とは,遅延Green関数 $G^R(s)$ のFourier変換にほかならない.

この式が言っていること

式 \eqref{eq:3-chi-is-G} を日本語に直すと「振動数 $\omega$ でゆすったときの応答 $\chi(\omega)$ は,一発叩いたときの返事 $G^R(s)$ を,$\ee^{\ii\omega s}$ というものさしで測ったもの」となる.

$G^R(s)$ は $\ee^{-\Gamma s}\sin\omega_1 s$ という形をしている.これに $\ee^{\ii\omega s}$ を掛けて足し上げるとき,$\omega$ が $\omega_1$ に近ければ両者の振動の歩調が揃い,打ち消し合わずに大きな値が残る.離れていれば正負が交互に現れて打ち消し合う.これが共鳴の正体である.共鳴とは「叩いたときの自然な返事の振動数」と「ゆする振動数」の歩調が合うことなのである.なお右辺は第1章の $\chi(\omega)=\int_0^\infty\chi(\tau)\ee^{\ii\omega\tau}\dd\tau$ そのものであり,そこで抽象的に書いた式が具体的な関数の上で実現している.

小谷岳生先生のご助言:積分範囲は $0$ から $\infty$ でも $-\infty$ から $\infty$ でもよい

ステップ5では $G^R(s)=0$($s<0$)を根拠に,下限を $-\infty$ から $0$ へ切り上げた.しかしこの操作は可逆である.因果律は $G^R(s)\propto\theta(s)$ という形で関数そのものに書き込まれているのだから,

$$ \int_{0}^{\infty} G^R(s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s \;=\; \int_{-\infty}^{\infty} G^R(s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s $$

の両辺は同じ値を与える.どちらで書いてもよく,摂動展開をするときは $\pm\infty$ に取るほうが圧倒的に楽である.積分範囲が全実軸なら右辺はそのままFourier変換であって,畳み込み \eqref{eq:3-conv} は $\omega$ 空間で単なる積 $x(\omega)=\chi(\omega)F(\omega)$ に化け,時間並進 $t\to t+a$ も積分区間を気にせず実行でき,高次の摂動項に現れる入れ子の時間積分も $\theta$ 関数を並べるだけで全実軸の積分に揃う.本節が式 \eqref{eq:3-conv} を最初から $\int_{-\infty}^{\infty}$ と書いているのは,まさにこの理由による.

逆に第7章の久保公式を $\int_0^\infty$ と書くのは,因果律を目に見える形で残し,収束因子 $\ee^{-\eta s}$($\omega\to\omega+\ii\eta$)を置く場所をはっきりさせるためであって,両者は同じものである.$s\to-\infty$ 側は $G^R$ が恒等的に $0$ なので,範囲を広げても収束の心配は増えない.

——以上は,QSGW 法の開発者である小谷岳生先生よりいただいたご助言(私信,2026年8月)にもとづく.

3.2.2 積分を実際に実行する

式 \eqref{eq:3-chi-is-G} が正しいなら,第2章の $G^R(s)$ を代入して積分を実行すれば,3.1節の答え \eqref{eq:3-chi} が出てくるはずである.確かめよう.計算の全ステップを書く.

導出:$\displaystyle\int_0^\infty \frac{1}{m\omega_1}\ee^{-\Gamma s}\sin(\omega_1 s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s$ を計算する

ステップ1:代入する.

$$ \chi(\omega) = \int_0^\infty \frac{1}{m\omega_1}\,\ee^{-\Gamma s}\sin(\omega_1 s)\;\ee^{\ii\omega s}\,\dd s = \frac{1}{m\omega_1}\int_0^\infty \ee^{-\Gamma s}\,\sin(\omega_1 s)\,\ee^{\ii\omega s}\,\dd s $$

($\theta(s)$ は積分下限を $0$ にしたことで既に使った.)

ステップ2:正弦をEuler の公式で指数関数に直す.三角関数のままでは部分積分を2回やる羽目になるが,指数に直せば一発である.

$$ \sin(\omega_1 s) = \frac{\ee^{\ii\omega_1 s} - \ee^{-\ii\omega_1 s}}{2\ii} $$

これを入れて

$$ \chi(\omega) = \frac{1}{2\ii\, m\omega_1}\int_0^\infty \left[\ee^{-\Gamma s}\ee^{\ii\omega_1 s}\ee^{\ii\omega s} - \ee^{-\Gamma s}\ee^{-\ii\omega_1 s}\ee^{\ii\omega s}\right]\dd s $$

ステップ3:指数をまとめる.第1項の指数は $-\Gamma s+\ii\omega_1 s+\ii\omega s = -\left[\Gamma-\ii(\omega+\omega_1)\right]s$,第2項は $-\left[\Gamma-\ii(\omega-\omega_1)\right]s$ である.そこで

$$ a_+ \equiv \Gamma - \ii(\omega+\omega_1), \qquad a_- \equiv \Gamma - \ii(\omega-\omega_1) $$

と置くと

$$ \chi(\omega) = \frac{1}{2\ii\,m\omega_1}\left[\int_0^\infty \ee^{-a_+ s}\,\dd s - \int_0^\infty \ee^{-a_- s}\,\dd s\right] $$

ステップ4:収束を確認する.$\int_0^\infty\ee^{-as}\dd s$ が収束するのは $\mathrm{Re}\,a>0$ のときである.いま

$$ \mathrm{Re}\,a_\pm = \Gamma = \frac{\gamma}{2m} > 0 $$

であり,$\omega$ が実数であるかぎり両方とも収束する.ここで摩擦 $\gamma>0$ が効いていることに注意したい.$\gamma=0$ なら $\mathrm{Re}\,a_\pm=0$ となって積分は収束せず,$\chi(\omega)$ は実軸上に極を持ってしまう(3.1.3節(c)の発散).散逸があるおかげでFourier変換が存在するのである.

ステップ5:積分を実行する.

$$ \int_0^\infty \ee^{-as}\,\dd s = \left[\frac{\ee^{-as}}{-a}\right]_0^\infty = 0 - \left(-\frac{1}{a}\right) = \frac{1}{a} $$

(上端で $\ee^{-as}\to0$ となるのは $\mathrm{Re}\,a>0$ による.)したがって

$$ \chi(\omega) = \frac{1}{2\ii\,m\omega_1}\left[\frac{1}{a_+} - \frac{1}{a_-}\right] $$

ステップ6:通分する.

$$ \frac{1}{a_+}-\frac{1}{a_-} = \frac{a_- - a_+}{a_+ a_-} $$

分子は

$$ a_- - a_+ = \left[\Gamma-\ii(\omega-\omega_1)\right] - \left[\Gamma-\ii(\omega+\omega_1)\right] = -\ii\omega+\ii\omega_1+\ii\omega+\ii\omega_1 = 2\ii\omega_1 $$

きれいに $2\ii\omega_1$ になった.これは前の $\dfrac{1}{2\ii m\omega_1}$ とちょうど打ち消し合う形をしている.

ステップ7:分母 $a_+a_-$ を展開する.$a_\pm=\Gamma-\ii b_\pm$($b_+=\omega+\omega_1$, $b_-=\omega-\omega_1$)と書くと

$$ a_+a_- = (\Gamma-\ii b_+)(\Gamma-\ii b_-) = \Gamma^2 - \ii\Gamma b_- - \ii b_+\Gamma + (\ii)^2 b_+b_- = \Gamma^2 - \ii\Gamma(b_++b_-) - b_+b_- $$

ここで

$$ b_++b_- = (\omega+\omega_1)+(\omega-\omega_1) = 2\omega, \qquad b_+b_- = (\omega+\omega_1)(\omega-\omega_1) = \omega^2-\omega_1^2 $$

だから

$$ a_+a_- = \Gamma^2 - 2\ii\Gamma\omega - \omega^2 + \omega_1^2 $$

ステップ8:$\omega_1^2=\omega_0^2-\Gamma^2$ を使う.第2章の定義(本章冒頭の $G^R$ の式の下に再掲してある)により $\omega_1^2 = \omega_0^2-\Gamma^2$.代入すると $\Gamma^2$ が消える.

$$ a_+a_- = \Gamma^2 - 2\ii\Gamma\omega - \omega^2 + \omega_0^2 - \Gamma^2 = \omega_0^2 - \omega^2 - 2\ii\Gamma\omega $$

ここで $\Gamma^2$ が消えたのが,この計算のいちばん気持ちのよいところである.$\omega_1$ という「減衰した固有振動数」は途中式にしか現れず,最終結果には $\omega_0$ と $\Gamma$ しか残らない.

ステップ9:まとめる.

$$ \chi(\omega) = \frac{1}{2\ii\,m\omega_1}\cdot\frac{2\ii\omega_1}{\omega_0^2-\omega^2-2\ii\Gamma\omega} = \frac{1}{m\left(\omega_0^2-\omega^2-2\ii\Gamma\omega\right)} $$

最後に $\Gamma=\gamma/2m$ すなわち $2m\Gamma=\gamma$ を使うと,$m\cdot 2\ii\Gamma\omega = \ii\gamma\omega$ だから

$$ \chi(\omega) = \frac{1}{m(\omega_0^2-\omega^2) - \ii\gamma\omega} $$

∎ 3.1節の式 \eqref{eq:3-chi} と完全に一致した.

物理的意味:2つの道が合流したことの重み

同じ $\chi(\omega)$ に2つの道からたどり着いた.道A(3.1節)は微分方程式に代入する代数的な方法で,速いが「運動方程式が書けている系」にしか使えない.道B(3.2節)は一発叩いた返事 $G^R(s)$ を積分する方法で,遠回りだが運動方程式が書けなくても使える.必要なのは $G^R(s)$ が何であるかだけである.

$10^{23}$ 個の電子の運動方程式は書けないので,多粒子系では道Aは絶望的である.ところが道Bは生き残る.第7章の久保公式は,式 \eqref{eq:3-chi-is-G} の $G^R(s)$ の場所に「交換子の平衡期待値」を置いただけのものである.本章で確立した構造が,そのまま量子多体系へ持ち上がる.

小谷岳生先生のご助言:$\omega$ 空間と実時間を行ったり来たりして考える

2つの道が合流したことには,もう一つの読み方がある.同じ一つの内容が,実時間の言葉 $G^R(s)$ と $\omega$ 空間の言葉 $\chi(\omega)$ の両方で書けている,ということである.実時間で見れば,因果律($s<0$ で $0$),叩いた直後の過渡応答,$\ee^{-\Gamma s}$ という寿命が目に見える.$\omega$ 空間で見れば,$\omega\simeq\omega_0$ での共鳴,位相の遅れ $\delta$,虚部 $\chi''$ が表す散逸が目に見える.どちらか一方だけを眺めるのは,片目で見ているのに等しい.

たとえば $\chi(\omega)$ の極 $\omega=\pm\omega_1-\ii\Gamma$ は,実時間では $\ee^{-\Gamma s}\sin(\omega_1 s)$ の減衰率と振動数そのものである.「極の虚部が寿命の逆数である」というこの対応は,第5章の複素解析でも,第8章のスペクトル表示でも,そのまま同じ形で現れる.第14章の QSGW でも,自己エネルギー $\Sigma$ の反 Hermite 部分が準粒子の寿命を与えるという形で顔を出す(そこでは準粒子エネルギーを実数に保つためにあえて Hermite 部分だけを取るが,それが許されるのは寿命を与える部分が $E_F$ 近傍で消えるからである).常に両方の表現を行き来して考えること——これが線形応答理論を使いこなす実力そのものである.

——以上は,QSGW 法の開発者である小谷岳生先生よりいただいたご助言(私信,2026年8月)にもとづく.

3.3 実部と虚部に分ける

3.3.1 有理化する

式 \eqref{eq:3-chi} は分母が複素数のままである.これを実部と虚部に分けよう.慣例に従い

$$ \begin{equation} \chi(\omega) = \chi'(\omega) + \ii\,\chi''(\omega), \qquad \chi'\equiv\mathrm{Re}\,\chi,\quad \chi''\equiv\mathrm{Im}\,\chi \label{eq:3-split} \end{equation} $$

と書く.$\chi''$ は $\chi$ の2階微分ではない.ダッシュは実部・虚部を表す記号であり,線形応答理論では完全に定着した記法である.

導出:分母の有理化

ステップ1:分母の実部と虚部に名前を付ける.

$$ A \equiv m(\omega_0^2-\omega^2), \qquad B \equiv \gamma\omega $$

とすると $\chi=\dfrac{1}{A-\ii B}$ である.$A$ も $B$ も実数である.

ステップ2:分母の複素共役を分母・分子に掛ける.これが有理化の定石である.

$$ \chi = \frac{1}{A-\ii B}\cdot\frac{A+\ii B}{A+\ii B} = \frac{A+\ii B}{(A-\ii B)(A+\ii B)} $$

ステップ3:分母を計算する.$(A-\ii B)(A+\ii B) = A^2 + \ii AB - \ii AB - (\ii)^2B^2 = A^2+B^2$.虚数が消えて実数になった.

$$ \chi = \frac{A+\ii B}{A^2+B^2} = \frac{A}{A^2+B^2} + \ii\,\frac{B}{A^2+B^2} $$

ステップ4:$A$, $B$ を戻す.

$$ \begin{equation} \chi'(\omega) = \frac{m(\omega_0^2-\omega^2)}{m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2}, \qquad \chi''(\omega) = \frac{\gamma\omega}{m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2} \label{eq:3-reim} \end{equation} $$

∎ 分母は共通で,分子だけが違う.分子が「バネと慣性の項」なら実部,「摩擦の項」なら虚部である.

物理的意味:実部は蓄える,虚部は捨てる

式 \eqref{eq:3-reim} の分子を見比べる.$\chi'$ の分子 $m(\omega_0^2-\omega^2)$ はバネ定数 $k=m\omega_0^2$ と慣性 $-m\omega^2$ から来ており,どちらもエネルギーを蓄える要素である.$\chi''$ の分子 $\gamma\omega$ は摩擦だけから来ており,これはエネルギーを捨てる要素である.

したがって$\chi'$ は「蓄える応答」,$\chi''$ は「捨てる応答」と読める.3.5節でこれを定量的な等式にする.$\chi'$ を分散,$\chi''$ を吸収あるいは散逸と呼ぶのはこのためである.この対応は量子論でも変わらず,第8章では $\mathrm{Im}\,\chi^R(\omega)$ がスペクトル関数(実際に励起が起こる確率)を与える.

3.3.2 対称性を確かめる

対称性:$\chi'$ は偶関数,$\chi''$ は奇関数

式 \eqref{eq:3-reim} で $\omega\to-\omega$ とする.分母 $m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2$ は $\omega^2$ しか含まないので不変,$\chi'$ の分子 $m(\omega_0^2-\omega^2)$ も不変,$\chi''$ の分子 $\gamma\omega$ だけが符号を変える.ゆえに

$$ \begin{equation} \chi'(-\omega)=+\chi'(\omega),\qquad \chi''(-\omega)=-\chi''(\omega) \label{eq:3-parity} \end{equation} $$

すなわち $\chi(-\omega)=\chi(\omega)^*$ であり,第1章の演習1.2の一般論と一致する.この偶奇性は第4章でKramers–Kronig関係を「正の $\omega$ だけの積分」に書き換えるときに本質的に使う.また $\chi''$ が奇関数であることから $\chi''(0)=0$,すなわち静的な力では散逸が起きない(ゆっくり押す分には熱が出ない)ことが自動的に従う.

3.3.3 グラフの顔つき

Q=5 の減衰振動子の応答関数の実部 χ'(実線,菫)と虚部 χ''(破線,赤)の ω/ω₀ 依存性.χ'' は ω=ω₀ で値 5 の鋭いピークを持ち,χ' は共鳴の手前で最大約 2.78,その先で最小約 −2.27 となる.
図3.1 $Q=m\omega_0/\gamma=5$ の減衰振動子の $\chi'(\omega)$(実線・菫)と $\chi''(\omega)$(破線・赤).縦軸は静的感受率の単位 $1/(m\omega_0^2)=1/k$ で測ってある.$\chi''$ は $\omega\simeq\omega_0$ に鋭い正のピーク(Lorentz型)を持ち,これが吸収線である.$\chi'$ は共鳴の手前で正に膨らみ,$\omega=\omega_0$ でゼロを横切り,その先で負になる(分散型).$\chi'$ が急減する領域が $\chi''$ のピークと重なっているのが,光学でいう異常分散である.この2本が独立ではなく第4章のKramers–Kronig関係で結ばれていることを,いまのうちに予告しておく.

共鳴の近くでの近似形(Lorentz型)

$Q\gg1$ すなわち $\Gamma\ll\omega_0$ のとき,$\omega\simeq\omega_0$ では $\omega_0^2-\omega^2=(\omega_0-\omega)(\omega_0+\omega)\simeq-2\omega_0(\omega-\omega_0)$,$\gamma\omega\simeq2m\Gamma\omega_0$ だから,分母は $4m^2\omega_0^2\left[(\omega-\omega_0)^2+\Gamma^2\right]$ となり

$$ \begin{equation} \chi'' \simeq \frac{\Gamma}{2m\omega_0}\cdot\frac{1}{(\omega-\omega_0)^2+\Gamma^2}, \qquad \chi' \simeq \frac{-(\omega-\omega_0)}{2m\omega_0}\cdot\frac{1}{(\omega-\omega_0)^2+\Gamma^2} \label{eq:3-lorentz} \end{equation} $$

$\chi''$ は幅 $\Gamma$ のLorentz関数,$\chi'$ はその分散型の相棒である.$\chi''$ の $\omega=\omega_0$ での値は $1/(\gamma\omega_0)$ で,これは近似なしでも厳密に成り立つ.$\chi'$ の極大・極小は $\omega=\omega_0\mp\Gamma$ で $\pm1/(2\gamma\omega_0)$,すなわち $\chi''$ のピークのちょうど半分である.図3.1でもほぼそうなっている($Q=5$ の厳密値は $+2.78/k$ と $-2.27/k$ で,1割ほどの非対称が残る.$Q\to\infty$ で厳密に半分になる).

ただし,ここで「ピーク」と呼んでいるものの位置には注意がいる.この近似の中では $\chi''$ は $\omega=\omega_0$ で最大になるが,近似を外した厳密な $\chi''$ のピークは $\omega_0$ からわずかに低い側($\omega\simeq\omega_1$)にずれ,最大値も $\left[1+1/(16Q^2)+\cdots\right]/(\gamma\omega_0)$ とわずかに大きい.厳密に $\omega=\omega_0$ で最大になるのは $\chi''$ そのものではなく,吸収パワーに比例する $\omega\chi''$ のほうである(3.6節).$Q\gg1$ ではこの区別は $O(1/Q^2)$ の細部にすぎないが,共鳴振動数を精密に論じるときには効いてくる.

この「Lorentz型ピーク+分散型の相棒」という一組は,NMR の吸収・分散信号,誘電損失,光吸収線,中性子散乱スペクトルなど,あらゆる分光で顔を出す.スペクトルにこの形を見たら,背後に減衰振動子がいる.

3.4 振幅と位相遅れ

3.4.1 極形式に直す

実部・虚部に分ける代わりに,絶対値と偏角に分けることもできる.

$$ \begin{equation} \chi(\omega) = \abs{\chi(\omega)}\,\ee^{\ii\delta(\omega)} \label{eq:3-polar} \end{equation} $$

導出:振幅と位相の表式,および「位相遅れ」の意味

ステップ1:絶対値.$\chi=1/(A-\ii B)$ の絶対値は,分母の絶対値の逆数である.

$$ \abs{\chi} = \frac{1}{\abs{A-\ii B}} = \frac{1}{\sqrt{A^2+B^2}} = \frac{1}{\sqrt{m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2}} $$

ステップ2:偏角.式 \eqref{eq:3-split} と \eqref{eq:3-reim} から

$$ \tan\delta = \frac{\chi''}{\chi'} = \frac{B/(A^2+B^2)}{A/(A^2+B^2)} = \frac{B}{A} = \frac{\gamma\omega}{m(\omega_0^2-\omega^2)} $$

$\chi''>0$($\omega>0$)なので $\delta$ は必ず第1象限か第2象限,すなわち $0\le\delta\le\pi$ にある.$\tan$ の逆関数を取るときは,$\chi'$ の符号も見て象限を決めなければならない($\arctan$ だけでは $\omega>\omega_0$ の場合に $\pi$ を足し忘れる).

ステップ3:$\delta$ が「遅れ」であることを確かめる.定常解は

$$ x(t) = \chi(\omega)F_0\ee^{-\ii\omega t} = \abs{\chi}\ee^{\ii\delta}F_0\ee^{-\ii\omega t} = \abs{\chi}F_0\,\ee^{-\ii(\omega t-\delta)} $$

実部をとると

$$ \mathrm{Re}\,x(t) = \abs{\chi}F_0\cos(\omega t - \delta) $$

一方,外力の実部は $F_0\cos\omega t$ である.$\cos(\omega t-\delta)$ が最大になるのは $\omega t=\delta$ のとき,すなわち外力が最大になる時刻より $\delta/\omega$ だけ遅れて変位が最大になる.∎ $\delta$ を位相遅れと呼ぶゆえんである.

3.4.2 位相遅れの3つの顔

表3.1 位相遅れ $\delta$ の3つの領域($Q\gg1$ の場合)
領域$\chi'$$\chi''$$\delta$振る舞い支配する項
$\omega\ll\omega_0$$\simeq 1/k>0$$\simeq \gamma\omega/k^2\to0$$\simeq 0$力と同位相で動くバネ $kx$
$\omega=\omega_0$$0$$1/(\gamma\omega_0)$(ほぼ最大)$\pi/2$力と速度が同位相摩擦 $\gamma\dot{x}$
$\omega\gg\omega_0$$\simeq -1/(m\omega^2)<0$$\simeq \gamma/(m^2\omega^3)\to0$$\simeq \pi$力と逆位相で動く慣性 $m\ddot{x}$

物理的意味:$\delta=\pi/2$ がなぜ共鳴なのか

$\delta=\pi/2$ のとき $x\propto\cos(\omega t-\pi/2)=\sin\omega t$ だから $\dot{x}\propto\omega\cos\omega t$ となり,速度が外力 $F\propto\cos\omega t$ と完全に同位相になる.力と速度が同じ向きを向く時間が最大なので,力が仕事をする効率が最も良い.ブランコを一番高いところで押しても効率は悪く,最も速く動く一番低いところで押すと最もよく加速する——あの直観そのものである.

3.5節で見るように仕事率は $\frac{1}{2}\omega F_0^2\chi''$ であり,$\chi'=0$ すなわち $\delta=\pi/2$ となる $\omega=\omega_0$ で,吸収パワーが(3.6節で示すように厳密に)最大になる.「位相が $90^\circ$ 遅れる」ことと「エネルギー吸収が最大になる」ことは同じ現象の2つの言い方である.

上:Q=5,2,1 の応答の振幅 |χ| の ω/ω₀ 依存性(赤が Q=5,緑が Q=2,青が Q=1).Q が大きいほどピークが高く鋭い.下:位相遅れ δ の ω/ω₀ 依存性.どの Q でも ω=ω₀ で δ=π/2 を横切る.
図3.2 上:応答の振幅 $\abs{\chi(\omega)}$(静的応答 $1/k$ を単位とする).$Q$ が大きいほどピークは高く鋭くなり,その高さはほぼ $Q$ 倍になる.下:位相遅れ $\delta(\omega)$.低振動数では $\delta\simeq0$(力と同位相),高振動数では $\delta\simeq\pi$(逆位相).どの $Q$ でも $\delta=\pi/2$ を横切るのは厳密に $\omega=\omega_0$ である($\chi'=0$ の条件が $m(\omega_0^2-\omega^2)=0$ だから).実験で共鳴振動数を精密に決めるとき,振幅のピークではなく位相が $90^\circ$ になる点を探すのは,この厳密性のためである.

「共鳴振動数」は3つある —— どれのことを言っているか

「共鳴振動数」は定義によって微妙にずれる.

  1. $\chi'=0$ となる振動数:$m(\omega_0^2-\omega^2)=0$ より厳密に $\omega=\omega_0=\sqrt{k/m}$.位相遅れが $\pi/2$ になる点でもある.
  2. 振幅 $\abs{\chi}$ が最大になる振動数:$y=\omega^2$ と置いて $\frac{\dd}{\dd y}\left[m^2(\omega_0^2-y)^2+\gamma^2y\right]=-2m^2(\omega_0^2-y)+\gamma^2=0$ より $\omega=\sqrt{\omega_0^2-2\Gamma^2}$.$Q\le1/\sqrt{2}$ ではピークそのものが消える.
  3. 自由減衰の振動数(第2章):$\omega_1=\sqrt{\omega_0^2-\Gamma^2}$.

3つとも $\omega_0\left[1-O(1/Q^2)\right]$ で,$Q=100$ なら差は数$\times10^{-5}$ 程度である($1/Q^2$ には $1/4$ や $1/8$ といった係数が付く).しかし精密測定(水晶振動子,原子時計,LIGO)ではこの差が問題になる.なお3.6節で見るように吸収パワーが最大になる振動数は厳密に $\omega_0$ であり,物理的にいちばん素直なのはこの定義である.

3.5 $\chi''$ はエネルギー散逸を与える

本章でいちばん重要な節である.ここまで $\chi''$ を「虚部」としか呼んでこなかったが,実はこれは単位時間あたりに系が外力から吸い取るエネルギーそのものである.しかもその関係は,$\chi$ の具体形をまったく使わずに導ける.すなわちあらゆる線形応答系に成り立つ普遍的な関係である.

3.5.1 実の外力に対する応答を,丁寧に組み立てる

エネルギーは実数の量であるから,複素数の外力のままでは扱えない.実の外力

$$ \begin{equation} F(t) = F_0\cos\omega t \qquad (F_0\ \text{は実数}) \label{eq:3-realF} \end{equation} $$

に対する応答を,正しく組み立てるところから始める.

導出:実の外力に対する定常応答

ステップ1:余弦を2つの指数に分解する.

$$ F(t) = F_0\cos\omega t = \frac{F_0}{2}\left(\ee^{-\ii\omega t} + \ee^{+\ii\omega t}\right) $$

ステップ2:それぞれの成分が何であるかを見極める.本書の規約では「振動数 $\omega$ の成分」は $\ee^{-\ii\omega t}$ である.したがって

ここで負の振動数がごく自然に登場することに注意したい.実の信号を扱うかぎり,$\pm\omega$ は必ず対で現れる.第1章で $\chi(-\omega)$ の性質を調べたのは,このためである.

ステップ3:線形性で足す.

$$ x(t) = \frac{F_0}{2}\left[\chi(\omega)\,\ee^{-\ii\omega t} + \chi(-\omega)\,\ee^{+\ii\omega t}\right] $$

ステップ4:実数性を使う.式 \eqref{eq:3-parity} により $\chi(-\omega)=\chi(\omega)^*$ である.また $\ee^{+\ii\omega t}=\left(\ee^{-\ii\omega t}\right)^*$.したがって第2項は第1項の複素共役であり,$z+z^*=2\,\mathrm{Re}\,z$ を使えば

$$ x(t) = \frac{F_0}{2}\cdot 2\,\mathrm{Re}\left[\chi(\omega)\ee^{-\ii\omega t}\right] = F_0\,\mathrm{Re}\left[\chi(\omega)\ee^{-\ii\omega t}\right] $$

$x(t)$ がちゃんと実数になった.実の力を入れれば実の変位が返る,という当たり前のことが保証されている.

ステップ5:実部を展開する.$\chi=\chi'+\ii\chi''$,$\ee^{-\ii\omega t}=\cos\omega t-\ii\sin\omega t$ だから

$$ \chi\,\ee^{-\ii\omega t} = (\chi'+\ii\chi'')(\cos\omega t - \ii\sin\omega t) $$ $$ = \chi'\cos\omega t - \ii\chi'\sin\omega t + \ii\chi''\cos\omega t - \ii^2\chi''\sin\omega t $$ $$ = \underbrace{\left(\chi'\cos\omega t + \chi''\sin\omega t\right)}_{\text{実部}} + \ii\underbrace{\left(\chi''\cos\omega t - \chi'\sin\omega t\right)}_{\text{虚部}} $$

よって

$$ \begin{equation} x(t) = F_0\left[\chi'(\omega)\cos\omega t + \chi''(\omega)\sin\omega t\right] \label{eq:3-xreal} \end{equation} $$

∎

式 \eqref{eq:3-xreal} の読み方 —— 同相成分と直交成分

変位が2つの部分の和になっている.$\chi'\cos\omega t$ は外力 $F_0\cos\omega t$ と同じ位相で振動する成分(同相成分),$\chi''\sin\omega t$ は外力から $90^\circ$ ずれた成分(直交成分)である.

ロックインアンプという測定器は,参照信号 $\cos\omega t$ と $\sin\omega t$ をそれぞれ掛けて時間平均をとり,この2成分を分離して測る装置である.つまりロックインアンプは $\chi'$ と $\chi''$ を直接測る機械であり,誘電率測定,NMR,微小力測定はすべてこの原理で動いている.式 \eqref{eq:3-xreal} は実験室の装置の設計図でもある.

3.5.2 1周期あたりの仕事を計算する

導出:$\braket{\dd W/\dd t}=\frac{1}{2}\omega F_0^2\chi''(\omega)$

ステップ1:仕事率の定義.力 $F$ が質点を $\dd x$ だけ動かすときの仕事は $\dd W=F\,\dd x$ である.単位時間あたりでは

$$ \frac{\dd W}{\dd t} = F(t)\,\frac{\dd x}{\dd t} = F(t)\,\dot{x}(t) $$

ステップ2:速度を求める.式 \eqref{eq:3-xreal} を $t$ で微分する.$\dfrac{\dd}{\dd t}\cos\omega t=-\omega\sin\omega t$,$\dfrac{\dd}{\dd t}\sin\omega t=+\omega\cos\omega t$ だから

$$ \dot{x}(t) = F_0\,\omega\left[-\chi'\sin\omega t + \chi''\cos\omega t\right] $$

ステップ3:掛ける.

$$ \frac{\dd W}{\dd t} = F_0\cos\omega t \cdot F_0\omega\left[-\chi'\sin\omega t+\chi''\cos\omega t\right] $$ $$ = F_0^2\,\omega\left[-\chi'\,\cos\omega t\,\sin\omega t + \chi''\,\cos^2\omega t\right] $$

ステップ4:1周期 $T=2\pi/\omega$ にわたって平均する.時間平均を $\braket{\cdots}\equiv\dfrac{1}{T}\displaystyle\int_0^T(\cdots)\dd t$ と書く.必要な平均を2つとも書き下す.

(i) 第1項の平均.倍角公式 $\sin2\theta=2\sin\theta\cos\theta$ より $\cos\omega t\sin\omega t=\frac{1}{2}\sin2\omega t$.したがって

$$ \braket{\cos\omega t\,\sin\omega t} = \frac{1}{T}\int_0^T \frac{1}{2}\sin 2\omega t\,\dd t = \frac{1}{2T}\left[-\frac{\cos2\omega t}{2\omega}\right]_0^T = \frac{1}{2T}\cdot\frac{1-\cos2\omega T}{2\omega} $$

ここで $T=2\pi/\omega$ より $2\omega T=4\pi$,$\cos4\pi=1$ である.したがって

$$ \braket{\cos\omega t\,\sin\omega t} = \frac{1}{2T}\cdot\frac{1-1}{2\omega} = 0 $$

(ii) 第2項の平均.半角公式 $\cos^2\theta=\frac{1+\cos2\theta}{2}$ より

$$ \braket{\cos^2\omega t} = \frac{1}{T}\int_0^T\frac{1+\cos2\omega t}{2}\,\dd t = \frac{1}{2} + \frac{1}{2T}\left[\frac{\sin2\omega t}{2\omega}\right]_0^T = \frac{1}{2} + \frac{\sin4\pi - 0}{4\omega T} = \frac{1}{2} $$

ステップ5:代入する.$\chi'$ の項は平均ゼロで消え,$\chi''$ の項だけが残る.

$$ \begin{equation} \left\langle \frac{\dd W}{\dd t}\right\rangle = F_0^2\,\omega\left[-\chi'\cdot 0 + \chi''\cdot\frac{1}{2}\right] = \frac{1}{2}\,\omega\,F_0^2\,\chi''(\omega) \label{eq:3-dissipation} \end{equation} $$

∎ 1周期あたりの仕事は,これに $T=2\pi/\omega$ を掛けて

$$ \begin{equation} W_{\text{cycle}} = \oint F\,\dd x = T\left\langle\frac{\dd W}{\dd t}\right\rangle = \frac{2\pi}{\omega}\cdot\frac{1}{2}\omega F_0^2\chi'' = \pi F_0^2\,\chi''(\omega) \label{eq:3-Wcycle} \end{equation} $$

$\omega$ が消えて,$\chi''$ だけで書けてしまうのが美しい.

物理的意味:なぜ $\chi'$ の項は消えるのか

消えた項は $-F_0^2\omega\chi'\cos\omega t\sin\omega t=-\frac{1}{2}F_0^2\omega\chi'\sin2\omega t$ である.振動数 $2\omega$ で正負に振れ,前半で受け取ったエネルギーを後半でそのまま返す.行ったり来たりするだけのエネルギーであり,バネの弾性エネルギーと運動エネルギーの交換にあたる.電気工学でいう無効電力である.

残った $\chi''\cos^2\omega t$ の項は $\cos^2\ge0$ なので常に非負である.エネルギーは一方通行で系に流れ込み,摩擦で熱になって出ていく.これが有効電力,すなわち散逸である.$\chi'$ は蓄えて返す,$\chi''$ は受け取って熱にする.3.3.1節で分子の出所から予想した通りになった.

3.5.3 図で見る:仕事はループの面積である

力 F と変位 x のリサジュー図形.位相遅れ δ が 0 に近い楕円(左),δ=π/2 の円(中央),π に近い楕円(右).中央の面積が最大で,両端は面積がほぼゼロである.
図3.3 1周期のあいだに $(x,F)$ 平面に描かれる軌跡(Lissajous図形).$x=\abs{\chi}F_0\cos(\omega t-\delta)$,$F=F_0\cos\omega t$ なので,軌跡は一般に楕円になる.式 \eqref{eq:3-Wcycle} の $\oint F\dd x$ はこの閉曲線が囲む面積にほかならない.位相遅れ $\delta$ が $0$ または $\pi$ のとき楕円はつぶれて直線になり,面積すなわち散逸はゼロである(力と変位が一意に対応し,押した仕事がそのまま返ってくる).$\delta=\pi/2$(共鳴)で楕円は最も太くなり面積が最大になる.図は見やすさのため振幅を揃えてあるが,実際は共鳴で振幅も最大になるので真ん中のループはさらに大きい.材料工学ではこの閉曲線をヒステリシスループと呼び,その面積が1サイクルあたりの損失エネルギーになる.

3.5.4 散逸の正値性 —— 熱力学第二法則が課す制約

定理:散逸の正値性

外力が系にした仕事の時間平均は非負でなければならない.式 \eqref{eq:3-dissipation} より

$$ \left\langle\frac{\dd W}{\dd t}\right\rangle = \frac{1}{2}\omega F_0^2\chi''(\omega) \ge 0 $$

$F_0^2>0$ だから

$$ \begin{equation} \omega\,\chi''(\omega) \ge 0 \qquad(\text{すべての実数 }\omega) \label{eq:3-positivity} \end{equation} $$

すなわち $\omega>0$ で $\chi''\ge0$,$\omega<0$ で $\chi''\le0$.奇関数性 \eqref{eq:3-parity} と整合している.

検算:減衰振動子で確かめる

式 \eqref{eq:3-reim} より $\omega\chi''(\omega)=\dfrac{\gamma\omega^2}{m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2}$.分母は実数の2乗の和なので正,分子は $\gamma>0$,$\omega^2\ge0$ なので非負.確かに $\omega\chi''\ge0$ である.∎

逆に摩擦係数が負($\gamma<0$)なら系は外力に仕事をする側に回る.負性抵抗,レーザーの利得媒質,トンネルダイオードがこれである.ただしそれらは平衡状態にない(外部からポンプされている)系であり,線形応答理論の前提を外れている.平衡状態から出発するかぎり $\omega\chi''\ge0$ は破れない.

物理的意味:この不等式がもう一つの背骨である

式 \eqref{eq:3-positivity} は,本章で得たものの中で最も遠くまで届く.第4章ではKramers–Kronig関係と組んで和則を生み,第8章では量子論のスペクトル関数の非負性 $S(\omega)\ge0$ に翻訳され,揺動散逸定理の符号構造を決める.第12章では中性子・電子の非弾性散乱断面積が(エネルギー損失側 $\omega>0$ で)$\mathrm{Im}\,\chi$ に比例するが,断面積は負になれないので,$\omega>0$ では $\mathrm{Im}\,\chi\ge0$ でなければならない.

すなわち「応答関数の虚部が正である」=「熱力学第二法則」=「測定量が非負である」という三位一体が本書を貫いている.その最初の証明を,いま減衰振動子の上で終えたのである.

例題3.1 数値で確かめる

質量 $m=10\ \mathrm{g}=0.01\ \mathrm{kg}$,固有振動数 $f_0=\omega_0/2\pi=100\ \mathrm{Hz}$,$Q=50$ の機械振動子に,振幅 $F_0=0.1\ \mathrm{N}$ の力を共鳴振動数で加える.(1) 摩擦係数 $\gamma$,(2) 静的変位,(3) 共鳴時の振幅,(4) 消費電力を求めよ.

解答.$\omega_0=2\pi\times100=628.3\ \mathrm{rad/s}$,$k=m\omega_0^2=3948\ \mathrm{N/m}$.以下,途中の数値は丸めて表示するが,計算そのものは丸めずに行う(丸めた値を次の式に入れ直すと末位が1つずれることがある).この意味で等号は $\simeq$ と読んでほしい.

(1) $Q=m\omega_0/\gamma$ より

$$ \gamma = \frac{m\omega_0}{Q} = \frac{0.01\times628.3}{50} \simeq 0.1257\ \mathrm{kg/s} $$

(2) 静的感受率 $\chi(0)=1/k=2.53\times10^{-4}\ \mathrm{m/N}$ だから $x_{\text{static}}=F_0/k=25.3\ \mu\mathrm{m}$.

(3) 共鳴では $\chi'=0$,$\abs{\chi}=\chi''(\omega_0)=1/(\gamma\omega_0)=1/(0.1257\times628.3)\simeq1.267\times10^{-2}\ \mathrm{m/N}$.よって

$$ x_{\text{res}} = F_0\,\chi''(\omega_0) \simeq 0.1\times1.267\times10^{-2} = 1.267\ \mathrm{mm} $$

静的変位のちょうど $50$ 倍,すなわち $Q$ 倍である.実際

$$ \frac{\chi''(\omega_0)}{\chi(0)} = \frac{1/(\gamma\omega_0)}{1/(m\omega_0^2)} = \frac{m\omega_0}{\gamma} = Q $$

となり,$Q$ 値とは共鳴での増幅率のことであると分かる.

(4) 式 \eqref{eq:3-dissipation} より

$$ \left\langle\frac{\dd W}{\dd t}\right\rangle = \frac{1}{2}\times628.3\times(0.1)^2\times1.267\times10^{-2} \simeq 3.98\times10^{-2}\ \mathrm{W} \simeq 40\ \mathrm{mW} $$

この $40\ \mathrm{mW}$ がまるごと熱になる.振動子に蓄えられているエネルギーは $E=\frac{1}{2}m\omega_0^2 x_{\text{res}}^2=3.17\ \mathrm{mJ}$ なので

$$ \frac{\omega_0 E}{\braket{\dd W/\dd t}} \simeq \frac{628.3\times3.17\times10^{-3}}{3.98\times10^{-2}} \simeq 50.0 = Q $$

$Q$ 値のもう一つの定義「$Q=\omega_0\times$(蓄積エネルギー)/(散逸パワー)」が,ぴたりと同じ値を与えた.∎

3.6 共鳴の幅,$Q$ 値,そして和則の芽

3.6.1 吸収パワーの普遍形

導出:吸収パワーの厳密な形と半値全幅

式 \eqref{eq:3-dissipation} に $\chi''$ の具体形 \eqref{eq:3-reim} を入れる.

$$ P(\omega)\equiv\left\langle\frac{\dd W}{\dd t}\right\rangle = \frac{1}{2}\omega F_0^2\cdot\frac{\gamma\omega}{m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2} = \frac{F_0^2}{2}\cdot\frac{\gamma\omega^2}{m^2(\omega_0^2-\omega^2)^2+\gamma^2\omega^2} $$

分子・分母を $\gamma^2\omega^2$ で割ると

$$ \begin{equation} P(\omega) = \frac{F_0^2}{2\gamma}\cdot\frac{1}{1+\left[\dfrac{m(\omega_0^2-\omega^2)}{\gamma\omega}\right]^2} = \frac{F_0^2}{2\gamma}\cdot\frac{1}{1+Q^2\left(\dfrac{\omega_0}{\omega}-\dfrac{\omega}{\omega_0}\right)^2} \label{eq:3-power} \end{equation} $$

2つめの等号では

$$ \frac{m(\omega_0^2-\omega^2)}{\gamma\omega} = \frac{m\omega_0}{\gamma}\cdot\frac{\omega_0^2-\omega^2}{\omega_0\omega} = Q\left(\frac{\omega_0}{\omega}-\frac{\omega}{\omega_0}\right), \qquad Q\equiv\frac{m\omega_0}{\gamma} $$

を使った.式 \eqref{eq:3-power} は厳密である.近似は一つも使っていない.

ピークの位置.括弧の中がゼロになるのは $\omega_0/\omega=\omega/\omega_0$,すなわち $\omega=\omega_0$ のとき.このとき $P$ は最大値

$$ P_{\max} = \frac{F_0^2}{2\gamma} $$

をとる.吸収パワーのピークは厳密に $\omega=\omega_0$ であり,3.4節の3つの「共鳴振動数」のうち最もきれいな定義がこれである.またピークの高さが $\gamma$ に反比例することにも注目したい.摩擦が小さいほど,共鳴での消費電力は大きくなる.

半値全幅.$P=P_{\max}/2$ となるのは,分母の第2項が $1$ になるとき,すなわち

$$ \frac{m(\omega_0^2-\omega^2)}{\gamma\omega} = \pm1 \quad\Longleftrightarrow\quad m\omega^2 \pm \gamma\omega - m\omega_0^2 = 0 $$

この2次方程式を解く.$\omega>0$ の解だけをとると,$\Gamma=\gamma/2m$ として

$$ \omega_\mp = \frac{\mp\gamma+\sqrt{\gamma^2+4m^2\omega_0^2}}{2m} = \mp\Gamma + \sqrt{\Gamma^2+\omega_0^2} $$

半値幅は2つの差なので,平方根の項がきれいに消えて

$$ \begin{equation} \Delta\omega \equiv \omega_+ - \omega_- = 2\Gamma = \frac{\gamma}{m} \label{eq:3-fwhm} \end{equation} $$

∎ これも厳密である.$Q$ が小さくても成り立つ.

定義:$Q$ 値の4つの顔(すべて同じ量)

$$ \begin{equation} Q = \frac{m\omega_0}{\gamma} = \frac{\omega_0}{\Delta\omega} = \frac{\omega_0\times(\text{蓄積エネルギー})}{(\text{散逸パワー})} = \frac{\chi''(\omega_0)}{\chi(0)} \label{eq:3-Q} \end{equation} $$

順に,(i) 定義式,(ii) 共鳴曲線の鋭さ,(iii) エネルギーの持ちの良さ,(iv) 共鳴での増幅率.例題3.1で (i)(iii)(iv) の一致を数値で確かめた.(ii) は式 \eqref{eq:3-fwhm} から従う.

第2章の自由減衰と結びつけると,振幅が $1/\ee$ に落ちるリングダウン時間は $\tau=1/\Gamma=2m/\gamma$ だから $Q=\omega_0\tau/2$,すなわち $\tau=2Q/\omega_0$.振動数領域の鋭さ(狭いピーク)と時間領域の長さ(長い記憶)が同じ量で結ばれている.第1章1.3節の「$\chi(\tau)$ は系の記憶」の定量的な言い換えである.

3.6.2 和則の芽 —— ピークの面積は $\gamma$ によらない

定理:2つの厳密な和則

減衰振動子の $\chi''$ について,次の2つの積分は$\gamma$ の値によらない.

$$ \begin{equation} \int_0^\infty \omega\,\chi''(\omega)\,\dd\omega = \frac{\pi}{2m}, \qquad \int_0^\infty \frac{\chi''(\omega)}{\omega}\,\dd\omega = \frac{\pi}{2m\omega_0^2} = \frac{\pi}{2}\chi(0) \label{eq:3-sumrule} \end{equation} $$

なぜ $\gamma$ が消えるのか

$Q\gg1$ のとき $\chi''$ はLorentz型ピーク \eqref{eq:3-lorentz} で近似でき,その高さは $1/(\gamma\omega_0)\propto1/\gamma$,幅は $\Delta\omega=\gamma/m\propto\gamma$ である.したがって面積 ≈ 高さ × 幅 は $\gamma$ を含まない.摩擦を増やせばピークは低く広く,減らせば高く鋭くなるが,囲む面積は保存される.実際 $\int_{-\infty}^{\infty}\Gamma\,\dd\nu/(\nu^2+\Gamma^2)=\pi$ を使い,$\nu=\omega-\omega_0$ と置いて $\omega\simeq\omega_0$ を積分の外に出せば

$$ \int_0^\infty \omega\chi''\dd\omega \simeq \omega_0\cdot\frac{\Gamma}{2m\omega_0}\cdot\frac{\pi}{\Gamma} = \frac{\pi}{2m} $$

近似で出した答えが,実は $Q$ が小さくても厳密に成り立つ,というのが式 \eqref{eq:3-sumrule} の主張である(演習3.5).なお重み $\omega^{\pm1}$ を付けない $\int_0^\infty\chi''\dd\omega$ は $\gamma$ に弱く依存し,厳密には保存しない.

物理的意味:これが $f$ 和則の原型である

第1式は第4章で導く$f$ 和則そのものである.一般に高振動数で $\chi(\omega)\to-1/(m\omega^2)$(自由な質点の応答,3.1.3節(b))となる系では,Kramers–Kronig関係から $\int_0^\infty\omega\chi''\dd\omega=\pi/2m$ が従う.右辺には $\omega_0$ も $\gamma$ も入っていない.相互作用の詳細によらず,質量(=粒子数)だけで決まるのである.第12章では電子気体の $f$ 和則 $\int_0^\infty\omega S(\qq,\omega)\dd\omega=\hbar q^2/2m$($S$ は第12章の1粒子あたりの規格化による)として再登場し,計算結果を検算する道具になる.和則は,複雑な計算を終えたあとに間違いを見つける,ほとんど唯一の手段である.

3.7 実例 —— 誘電体・金属・NMR・内部摩擦

減衰振動子の $\chi(\omega)$ は,単なる教育用の玩具ではない.物質の応答の大半は,これか,これを重ね合わせたもので書ける.

3.7.1 誘電体のLorentz振動子モデル

導出:束縛電子から誘電関数へ

ステップ1:模型.絶縁体中の電子(電荷 $-e$,$e>0$)が,原子核にバネで繋がれていると考える.電場 $E(t)=E_0\ee^{-\ii\omega t}$ が加わると,電子が受ける力は $-eE(t)$ だから

$$ m\ddot{x} + \gamma\dot{x} + m\omega_0^2 x = -e\,E(t) $$

これは式 \eqref{eq:3-eom} で $F\to -eE$ としたものである.したがって直ちに

$$ x(t) = -e\,\chi(\omega)\,E(t), \qquad \chi(\omega)=\frac{1}{m(\omega_0^2-\omega^2)-\ii\gamma\omega} $$

ステップ2:双極子モーメント.電荷 $-e$ が $x$ だけずれたときの電気双極子モーメントは $p=(-e)\cdot x = e^2\chi(\omega)E$.マイナスが2つ掛かって正になる.

ステップ3:分極.単位体積あたり $n$ 個の電子があるとして $P = n p = n e^2\chi(\omega)E$.電気感受率の定義 $P=\chi_e E$ より

$$ \chi_e(\omega) = \frac{ne^2}{m(\omega_0^2-\omega^2)-\ii\gamma\omega} $$

ステップ4:誘電関数.Gauss単位系では $\epsilon=1+4\pi\chi_e$(SI単位系では $\epsilon_r=1+\chi_e/\epsilon_0$).分母・分子を $m$ で割って

$$ \begin{equation} \epsilon(\omega) = 1 + \frac{\omega_p^2}{\omega_0^2-\omega^2-\ii\tilde{\gamma}\omega}, \qquad \omega_p^2 \equiv \frac{4\pi ne^2}{m}, \quad \tilde{\gamma}\equiv\frac{\gamma}{m} \label{eq:3-lorentz-eps} \end{equation} $$

∎ $\omega_p$ をプラズマ振動数という(SIでは $\omega_p^2=ne^2/\epsilon_0 m$).第11章の主役である.

実部と虚部は,3.3.1節と同じ有理化で

$$ \epsilon'(\omega) = 1+\frac{\omega_p^2(\omega_0^2-\omega^2)}{(\omega_0^2-\omega^2)^2+\tilde{\gamma}^2\omega^2}, \qquad \epsilon''(\omega) = \frac{\omega_p^2\,\tilde{\gamma}\omega}{(\omega_0^2-\omega^2)^2+\tilde{\gamma}^2\omega^2} $$

形は図3.1とまったく同じである($\epsilon'$ は $1$ だけ持ち上がっている).読み取れることを並べる.

物理的意味:光学でおなじみの現象がすべて出てくる

3.7.2 Drudeモデル —— $\omega_0\to0$ の極限

金属中の伝導電子は原子核に束縛されていない.バネ定数をゼロ($\omega_0\to0$)にすればよい.

導出:Drude の電気伝導度がDebye緩和と同じ形になること

$k=0$ とした運動方程式を,変位ではなく速度 $v=\dot{x}$ について書く.

$$ m\dot{v} + \gamma v = -eE_0\ee^{-\ii\omega t} $$

$v=v_0\ee^{-\ii\omega t}$ と置けば $\dd/\dd t\to-\ii\omega$ だから

$$ \left(-\ii\omega m + \gamma\right)v_0 = -eE_0 \quad\Longrightarrow\quad v_0 = \frac{-eE_0}{m(\tilde{\gamma}-\ii\omega)},\qquad \tilde\gamma=\frac{\gamma}{m} $$

電流密度は $j=(-e)nv$ だから(電荷 $-e$ の粒子が速度 $v$ で流れる)

$$ j_0 = (-e)n v_0 = \frac{ne^2}{m(\tilde\gamma-\ii\omega)}E_0 $$

したがって伝導度 $\sigma(\omega)=j_0/E_0$ は,緩和時間 $\tau\equiv1/\tilde\gamma=m/\gamma$(3.6節のリングダウン時間 $2m/\gamma$ とは別物で,因子2だけ違う)を使って

$$ \begin{equation} \sigma(\omega) = \frac{ne^2\tau/m}{1-\ii\omega\tau} = \frac{\sigma_0}{1-\ii\omega\tau}, \qquad \sigma_0=\frac{ne^2\tau}{m} \label{eq:3-drude} \end{equation} $$

∎ $\sigma_0$ は直流伝導度(オームの法則)である.

第1章のDebye緩和と同じ式である

式 \eqref{eq:3-drude} は第1章の $\chi(\omega)=\chi_0/(1-\ii\omega\tau_0)$ と,文字が違うだけのまったく同じ関数である.偶然ではない.$\omega_0=0$ の減衰振動子(摩擦のある自由粒子)のGreen関数は $G^R_v(s)=\frac{1}{m}\ee^{-s/\tau}\theta(s)$ という単純な指数減衰で,これをFourier変換して $ne^2$ を掛ければ式 \eqref{eq:3-drude} が出る(第1章 例題1.1と同じ積分).Drudeモデル,Debye緩和,RC回路のアドミッタンス,ブラウン運動——すべて同じ一つの応答関数の別名である.

誘電関数の側では,式 \eqref{eq:3-lorentz-eps} で $\omega_0\to0$ として

$$ \epsilon(\omega)=1-\frac{\omega_p^2}{\omega^2+\ii\tilde\gamma\omega} \;\xrightarrow{\ \tilde\gamma\to0\ }\; 1-\frac{\omega_p^2}{\omega^2} $$

となり,$\omega<\omega_p$ で $\epsilon'<0$(金属光沢・全反射),$\omega=\omega_p$ で $\epsilon=0$.$\epsilon(\omega)=0$ は集団励起(プラズモン)の条件であり,第11章の出発点である.応答関数の極が固有モードを与える(第2章)のと同様に,誘電関数の零点も固有モードを与える.

3.7.3 現実の系の $\omega_0$ と $Q$

表3.2 減衰振動子として記述される系(数値は代表的なオーダー)
系「変位」$x$「力」$F$$\omega_0/2\pi$$Q$散逸 $\chi''$ の意味
音叉腕の変位打撃・音圧$440\ \mathrm{Hz}$$\sim10^3$音響放射+内部摩擦
水晶振動子分極(圧電)電圧$32.768\ \mathrm{kHz}$$\sim10^5$時計の精度を決める
LCR直列回路電荷 $q$電圧 $V$$\sim100\ \mathrm{kHz}$$\omega_0L/R\sim10^2$抵抗によるJoule熱
NMR($^1$H, 9.4 T)横磁化 $M_\perp$RF磁場 $B_1$$400\ \mathrm{MHz}$$\sim10^8$吸収信号(スペクトル)
イオン結晶の光学フォノン正負イオンの相対変位電場 $E$$\sim5\ \mathrm{THz}$$\sim10^2$赤外吸収・Reststrahlen
色素分子の電子遷移電子の変位電場 $E$$\sim500\ \mathrm{THz}$$\sim10$〜$10^2$色(可視光吸収)
金属の伝導電子(Drude)速度 $v$電場 $E$$0$($\omega_0=0$)—電気抵抗
LIGO の試験質量振り子鏡の位置重力波・熱雑音$\sim0.75\ \mathrm{Hz}$$\sim10^8$熱雑音の源(揺動散逸定理)

材料工学での呼び名:損失正接 $\tan\delta$ と内部摩擦 $Q^{-1}$

誘電体や高分子の分野では位相遅れの正接 $\tan\delta=\chi''/\chi'$(誘電体では $\epsilon''/\epsilon'$)を損失正接と呼ぶ.共鳴のずっと下($\omega\ll\omega_0$)では $\tan\delta\simeq\gamma\omega/(m\omega_0^2)=\omega/(Q\omega_0)$ で,$Q$ の逆数に比例する.金属材料の内部摩擦 $Q^{-1}$ は,1サイクルあたりの損失と蓄積エネルギーの比 $\Delta E/(2\pi E)$ に等しい.電子レンジが食品を温めるのも,基板の誘電損失が高周波で問題になるのも,制振合金が振動を熱に変えるのも,すべて $\chi''$ が有限であることの現れである.

3.8 まとめと演習

3.8.1 まとめ

表3.3 本章の結果が量子論でどうなるか(第7・8章への地図)
本章(古典・1自由度)第III部(量子・多体)
変位 $x(t)$物理量の期待値のずれ $\delta\braket{\hat{A}(t)}$
外力 $F(t)$摂動ハミルトニアン $\hat{H}_{\text{ext}}=-f(t)\hat{B}$
$G^R(s)=\frac{1}{m\omega_1}\ee^{-\Gamma s}\sin\omega_1 s\,\theta(s)$$\chi^R_{AB}(s)=-\frac{\ii}{\hbar}\theta(s)\braket{[\hat{A}_H(s),\hat{B}_H(0)]}$
$\chi(\omega)=\int_0^\infty G^R(s)\ee^{\ii\omega s}\dd s$$\chi^R_{AB}(\omega)=\int_0^\infty\dd s\,\ee^{\ii\omega s}\chi^R_{AB}(s)$
極 $\omega=\pm\omega_1-\ii\Gamma$Lehmann表示の極 $\omega=\pm(E_n-E_0)/\hbar-\ii\eta$
$\chi''>0$(散逸)$\mathrm{Im}\,\chi^R\ \propto$ スペクトル関数 $\ge0$
和則 $\int\omega\chi''\dd\omega=\pi/2m$$f$ 和則 $\int\omega S(\qq,\omega)\dd\omega=\hbar q^2/2m$

3.8.2 演習問題

演習3.1 静的極限を2通りに計算する

(1) 式 \eqref{eq:3-chi-is-G} で $\omega=0$ と置くと $\chi(0)=\int_0^\infty G^R(s)\,\dd s$ となる.第2章の $G^R(s)$ を代入して積分を実行し,$\chi(0)=1/k$ となることを示せ.

(2) この結果が「一発叩いたときの変位の時間積分=静的にずっと押したときの変位」を意味することを,物理的に説明せよ.

ヒント:(1) 公式 $\int_0^\infty\ee^{-\Gamma s}\sin(\omega_1 s)\dd s=\dfrac{\omega_1}{\Gamma^2+\omega_1^2}$ を使うと $\chi(0)=\dfrac{1}{m\omega_1}\cdot\dfrac{\omega_1}{\Gamma^2+\omega_1^2}=\dfrac{1}{m(\Gamma^2+\omega_0^2-\Gamma^2)}=\dfrac{1}{m\omega_0^2}=\dfrac{1}{k}$.$\Gamma^2$ がまた消えることに注目.

演習3.2 位相遅れと3つの共鳴振動数

$Q=10$ の振動子について,次を $\omega_0$ を単位として数値で求めよ.

(1) $\chi'=0$ となる $\omega$. (2) $\abs{\chi}$ が最大になる $\omega=\sqrt{\omega_0^2-2\Gamma^2}$. (3) 自由減衰の $\omega_1=\sqrt{\omega_0^2-\Gamma^2}$. (4) 位相遅れが $\pi/4$ および $3\pi/4$ になる $\omega$.

ヒント:$\Gamma=\omega_0/(2Q)=0.05\omega_0$.(1) $1.0000$,(2) $\sqrt{1-2(0.05)^2}=0.99750$,(3) $\sqrt{1-0.05^2}=0.99875$.(4) $\tan\delta=\pm1$ すなわち $m(\omega_0^2-\omega^2)=\pm\gamma\omega$ を解く.3.6.1節の半値点と同じ方程式であり,答えは $\omega=\mp\Gamma+\sqrt{\Gamma^2+\omega_0^2}$,つまり $0.9512\omega_0$ と $1.0512\omega_0$.半値点=位相が $45^\circ$ ずれる点である.

演習3.3 外力が $\sin$ の場合と,瞬時パワーの $2\omega$ 成分

(1) $F(t)=F_0\sin\omega t$ に対して 3.5.2節の計算をやり直し,平均仕事率がやはり $\frac{1}{2}\omega F_0^2\chi''$ になることを示せ.

(2) 瞬時仕事率 $\dd W/\dd t$ を,定数項と振動数 $2\omega$ の項の和として書け.

(3) $\dd W/\dd t$ が一瞬でも負になる(系が力に仕事を返す)ための条件を求めよ.

ヒント:(1) $\braket{\sin^2}=1/2$,$\braket{\sin\cos}=0$.(2) $x=F_0\left[\chi'\sin\omega t-\chi''\cos\omega t\right]$ から $\dfrac{\dd W}{\dd t}=\dfrac{F_0^2\omega}{2}\left[\chi''-\chi''\cos2\omega t+\chi'\sin2\omega t\right]$($\cos$ 駆動の3.5.2節とは振動項の符号が逆になることに注意.$t=0$ で $F=0$ だから $\dd W/\dd t=0$ になるのが検算になる).(3) 振動部分の振幅は $\sqrt{\chi'^2+\chi''^2}=\abs{\chi}$ だから,$\abs{\chi}>\chi''$ すなわち $\chi'\ne0$(=共鳴からずれている)なら負になる瞬間がある.共鳴では $\chi'=0$ なので $\dd W/\dd t\ge0$ が常に成り立つ.

演習3.4 水晶振動子(数値)

腕時計用の水晶振動子は $f_0=32768\ \mathrm{Hz}$,$Q=1.0\times10^5$ である.

(1) 共鳴の半値全幅を $\mathrm{Hz}$ 単位で求めよ. (2) 駆動を止めてから振幅が $1/\ee$ になるまでの時間 $\tau=2Q/\omega_0$ を求めよ. (3) この振動子の振動数が $Q$ の逆数程度($10^{-5}$)ずれると,1日でどれだけ時計が狂うか.

ヒント:(1) $\Delta f=f_0/Q=0.33\ \mathrm{Hz}$.(2) $\tau=2\times10^5/(2\pi\times32768)=0.97\ \mathrm{s}$.(3) $10^{-5}\times86400\ \mathrm{s}=0.86\ \mathrm{s/day}$.実際の時計はもっと正確なので,$Q$ の逆数よりずっと良い精度で共鳴中心を掴んでいることが分かる.図3.2の下段で述べた「位相 $90^\circ$ 点を使う」のがその方法である.

演習3.5 和則を留数定理で示す(第5章の先取り)

式 \eqref{eq:3-sumrule} の第1式 $\displaystyle\int_0^\infty\omega\chi''(\omega)\dd\omega=\frac{\pi}{2m}$ を示せ.

(1) $\omega\chi''(\omega)$ が偶関数であることを使い,積分を $\frac{1}{2}\int_{-\infty}^{\infty}$ に書き換えよ.

(2) 第2章の因数分解 $m(\omega_0^2-\omega^2)-\ii\gamma\omega = -m(\omega-\omega_+)(\omega-\omega_-)$,$\omega_\pm=\pm\omega_1-\ii\Gamma$ を使って被積分関数の極を求め,4つの極が $\pm\omega_1\pm\ii\Gamma$ にあることを確かめよ.

(3) 上半面で閉じた経路をとり,留数定理で積分を実行せよ.

ヒント:$\omega\chi''=\dfrac{\gamma\omega^2}{\abs{m(\omega_0^2-\omega^2)-\ii\gamma\omega}^2}$ であり,分母は $m^2(\omega-\omega_+)(\omega-\omega_-)(\omega-\omega_+^*)(\omega-\omega_-^*)$.上半面の極は $\omega_\pm^*=\pm\omega_1+\ii\Gamma$ の2つ.被積分関数は $\abs{\omega}\to\infty$ で $\omega^{-2}$ のように減衰するので,大半円の寄与は消える.$\gamma$ も $\omega_0$ も消えて $\pi/2m$ が残ることを確かめること.第2式も同様に示せる.

演習3.6 DrudeモデルとLorentzモデルをつなぐ

(1) 式 \eqref{eq:3-lorentz-eps} で $\omega_0\to0$ として $\epsilon(\omega)=1-\dfrac{\omega_p^2}{\omega^2+\ii\tilde\gamma\omega}$ を導け.

(2) $\tilde\gamma\ll\omega$ のとき $\epsilon'\simeq1-\omega_p^2/\omega^2$ となる.$\epsilon'=0$ となる振動数を求めよ.

(3) アルミニウムの自由電子密度は $n=1.8\times10^{29}\ \mathrm{m^{-3}}$ である.$\omega_p$(SI: $\omega_p^2=ne^2/\epsilon_0 m$)を計算し,対応する波長を求めよ.アルミが可視光を反射して銀色に見える理由を説明せよ.

ヒント:(3) $\omega_p\simeq2.4\times10^{16}\ \mathrm{rad/s}$,$\lambda_p=2\pi c/\omega_p\simeq79\ \mathrm{nm}$(紫外).可視光($400$〜$700\ \mathrm{nm}$)は $\omega<\omega_p$ の領域にあり,$\epsilon'<0$ なので透過できず全反射される.$\lambda<79\ \mathrm{nm}$ の紫外線に対しては透明になる.

参考文献

  1. A. L. Fetter, J. D. Walecka『多粒子系の量子論 理論編』マグロウヒル,13節.本章の $\chi(\omega)$ が,そこでの遅延相関関数の古典版にあたる.
  2. L. D. Landau, E. M. Lifshitz, Statistical Physics, Part 1, 3rd ed., Pergamon (1980), §123–125. —— 一般化感受率とその散逸の議論.$\chi''$ の正値性の扱いが簡潔で美しい.
  3. J. D. Jackson, Classical Electrodynamics, 3rd ed., Wiley (1999), Chapter 7. —— Lorentz振動子モデルと異常分散.
  4. N. W. Ashcroft, N. D. Mermin, Solid State Physics, Saunders (1976), Chapter 1. —— Drudeモデル.
  5. A. B. Pippard, The Physics of Vibration, Cambridge University Press (1989). —— 強制振動と $Q$ 値の,これ以上ないほど丁寧な議論.