第4章トーマス・フェルミ模型と汎関数微分
第3章では,一様な電子ガス(自由電子ガス)を量子力学的に解析し,フェルミ球・フェルミ波数という概念を通じて,運動エネルギーが電子密度 $\rho$ のべき乗 $\rho^{2/3}$(1電子あたり)で書けることを学んだ.しかし現実の原子や分子の電子密度は一様ではなく,原子核の近くで高く,遠方で低い.本章では「空間の各点のまわりでは電子ガスが局所的に一様だとみなす」という局所密度近似の発想を導入し,これを運動エネルギーに適用した最初の密度汎関数理論——トーマス・フェルミ(Thomas–Fermi, TF)模型——を構成する.
その過程で,本書全体を通して繰り返し使うことになる数学的道具,汎関数微分を導入する.汎関数微分は「関数を変数とする微分」であり,密度汎関数理論のあらゆる方程式(TF方程式,ハートリー・フォック方程式,コーン・シャム方程式)はこの道具によって導かれる.本章の数学ノートは丁寧に読んでほしい.
本章の到達点は,中性原子に対するTF方程式を無次元化して得られる普遍方程式 $\sqrt{x}\,\varphi'' = \varphi^{3/2}$ と,全エネルギーの普遍則 $E_{\mathrm{TF}} = -0.7687\,Z^{7/3}$ Ha である.最後にTF模型の成功と限界を吟味し,以後の章で何を精密化すべきかを整理する.なお本章では断りのない限りハートリー原子単位系($\hbar = m_e = e = 4\pi\varepsilon_0 = 1$,エネルギーの単位は Hartree,$1\ \mathrm{Ha} = 27.211\ \mathrm{eV}$,長さの単位はボーア半径 $a_0 = 0.5292\ \mathrm{\unicode{x212B}}$)を用いる(第1章参照).
- 局所密度近似(LDA)の発想:空間をセルに分割し,各セルを局所密度の一様電子ガスで近似する
- 汎関数と汎関数微分の定義,および代表的な汎関数(線形汎関数・べき型・Hartree項・勾配を含む汎関数)の微分の計算法
- ラグランジュ未定乗数法による制約付き変分と,トーマス・フェルミ方程式の導出
- 化学ポテンシャル $\mu$ の物理的意味($\mu = \partial E/\partial N$)
- 中性原子への適用:無次元化,普遍方程式 $\sqrt{x}\,\varphi''=\varphi^{3/2}$,エネルギーの $Z^{7/3}$ 則
- TF模型の限界(殻構造の欠如,Tellerの非結合定理,交換・相関の欠如)と,その克服への道筋
4.1 局所密度近似という発想
第3章で扱った一様電子ガスは,密度 $\rho$(単位体積あたりの電子数)さえ与えれば全ての物理量が決まる,という著しい性質を持っていた.特に,基底状態ではフェルミ波数 $k_F$ が
\begin{equation} k_F = (3\pi^2 \rho)^{1/3} \label{eq:4-kf} \end{equation}で与えられ(第3章),1電子あたりの平均運動エネルギーは $\frac{3}{5}\varepsilon_F = \frac{3}{10}k_F^2$,すなわち
\begin{equation} t(\rho) = \frac{3}{10}\left(3\pi^2\right)^{2/3} \rho^{2/3} \label{eq:4-t-per-electron} \end{equation}であった.ここで $t(\rho)$ は「密度 $\rho$ の一様電子ガスにおける,1電子あたりの運動エネルギー」を表すただの関数である(汎関数ではない.この区別は4.2節で明確にする).なお第3章では同じ記号 $t(\rho)$ を単位体積あたりの運動エネルギー $C_F\rho^{5/3}$ の意味で使っている.両者は $\rho$ 倍だけ違う($C_F\rho^{5/3} = \rho\times t(\rho)$)ので,章をまたいで参照するときは注意してほしい.本章と第7章では1電子あたりの量を $t(\rho)$ と書く.
ところが,原子や分子の中の電子密度 $\rho(\rr)$ は場所によって激しく変化する.原子核のごく近くでは $\rho$ は非常に大きく,原子の外側では指数関数的に小さくなる.このような非一様な系のエネルギーを,一様電子ガスの知識だけでどうにか見積もれないだろうか.
そこで次のような近似を考える.空間全体を,十分小さい体積 $\Delta V$ のセル(小箱)に分割する.$i$ 番目のセルの代表点を $\rr_i$ とすると,セルが十分小さければ,その内部で密度はほぼ一定値 $\rho(\rr_i)$ とみなせる.このとき各セルの中身を「密度 $\rho(\rr_i)$ の一様電子ガス」で置き換えてしまうのである.セル $i$ の中にいる電子数は $\rho(\rr_i)\Delta V$ 個だから,セル $i$ が持つ運動エネルギーは「1電子あたりのエネルギー × 電子数」で
\begin{equation} \Delta T_i \approx t(\rho(\rr_i)) \times \rho(\rr_i)\,\Delta V \label{eq:4-cell-energy} \end{equation}と見積もられる.系全体の運動エネルギーはセルの寄与の総和であり,$\Delta V \to 0$ の極限でこの和はリーマン和として積分に移行する:
\begin{equation} T \approx \sum_i t(\rho(\rr_i))\,\rho(\rr_i)\,\Delta V \;\xrightarrow{\ \Delta V \to 0\ }\; \int t(\rho(\rr))\,\rho(\rr)\,\dd^3 r . \label{eq:4-riemann} \end{equation}これが局所密度近似(local density approximation, LDA)の基本発想である.一般に,1電子あたりの何らかのエネルギー密度 $\varepsilon(\rho)$ が一様電子ガスに対して分かっているとき,非一様系のそのエネルギーを
\begin{equation} E \approx \int \varepsilon(\rho(\rr))\,\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-lda-general} \end{equation}で近似する.積分の中身は各点 $\rr$ の密度 $\rho(\rr)$ だけで決まる(=局所的である)ことに注意してほしい.点 $\rr$ のエネルギー密度を評価するのに,隣の点の密度や密度の勾配は一切使わない.これが「局所」の意味である.
物理的意味:この近似はいつ良いか
セル分割の議論が正当化されるには,互いに矛盾する2つの条件が同時に満たされる必要がある.(1) セルの中で密度が一定とみなせるほどセルが小さいこと.(2) セルの中の電子を「一様電子ガス」として扱えるほど,つまり多数の電子を含みフェルミ球の議論(第3章)が適用できるほど,セルが大きいこと.両者が両立するのは,密度の空間変化が電子の典型的波長($\sim 1/k_F$)のスケールで見て十分ゆるやかな場合,すなわち $|\nabla \rho|/\rho \ll k_F$ の場合である.原子内の密度は実際には激しく変化するので,この条件はしばしば破れる.それでもLDAが実用上驚くほど働くことと,その理由(交換相関ホールの総和則)は第7章で論じる.
式 \eqref{eq:4-lda-general} の右辺は,関数 $\rho(\rr)$ を1つ与えると数値 $E$ が1つ決まるという対応になっている.このような「関数から数への写像」を汎関数と呼ぶ.トーマス・フェルミ模型の方程式を導くには,この汎関数を密度 $\rho$ について「微分」して極値条件を書き下す必要がある.そこでまず,汎関数の微分とは何かを正確に定義しよう.次節は本書全体で最も重要な数学ノートである.
4.2 数学ノート:汎関数と汎関数微分
本節はまるごと数学の準備にあてる.ここで導入する汎関数微分は,本章のトーマス・フェルミ方程式だけでなく,第5章のハートリー・フォック方程式,第9章のホーエンベルグ・コーンの変分原理,第10章のコーン・シャム方程式のすべてを導く道具である.以後の章では「4.2節の結果より」と参照して先へ進むので,ここでは急がず,5つの例をすべて自分の手で追いながら読んでほしい.
4.2.1 関数と汎関数の違い
まず用語を整理する.中学以来なじみのある関数(function)とは,数を1つ与えると数が1つ決まる規則のことである.たとえば $f(x)=x^2$ は $x=3$ に対して $9$ を返す.変数が複数あってもよく,$f(x_1,x_2,\dots,x_M)$ は $M$ 個の数の組に1つの数を対応させる.
これに対して汎関数(functional)とは,関数を1つ与えると数が1つ決まる規則である.入力が「1つの数」ではなく「関数まるごと1本」である点だけが違う.関数を引数にとることを強調するために,汎関数は丸括弧ではなく角括弧を使って $F[f]$ と書く約束になっている.
定義:汎関数
ある関数の集合(定義域)$\mathcal{D}$ の各要素 $f$ に対して,実数(または複素数)$F[f]$ を1つ対応させる規則 $F$ を汎関数という.本書で扱う汎関数はほとんどが
\begin{equation} F[f] = \int g\bigl(f(\rr),\nabla f(\rr),\rr\bigr)\,\dd^3 r \label{eq:4-functional-form} \end{equation}という積分の形をしている.$\rr$ は積分変数であって $F$ の変数ではないことに注意.積分してしまえば $\rr$ は消え,残るのは1つの数である.
具体例をいくつか挙げよう.以下ではすべて $\rho(\rr)$ を入力の関数とする.
- $N[\rho] = \displaystyle\int \rho(\rr)\,\dd^3 r$:密度を与えると全電子数という数が決まる.汎関数である.
- $T_{\mathrm{TF}}[\rho] = C_F\displaystyle\int \rho(\rr)^{5/3}\,\dd^3 r$:密度を与えると運動エネルギーという数が決まる.汎関数である(4.3節).
- $t(\rho) = \frac{3}{10}(3\pi^2)^{2/3}\rho^{2/3}$(式 \eqref{eq:4-t-per-electron}):これは関数である.入力は「一様電子ガスの密度」という1つの数であって,関数ではない.4.1節で「$t(\rho)$ はただの関数である」と断ったのはこの意味である.
- $\rho(\rr_0)$($\rr_0$ は固定した点):密度を与えると点 $\rr_0$ での値という数が決まる.これも立派な汎関数である.デルタ関数を使って $\rho(\rr_0)=\int \delta(\rr-\rr_0)\rho(\rr)\dd^3 r$ と書けば,式 \eqref{eq:4-functional-form} の形にも収まる.
4.2.2 汎関数微分の定義
汎関数微分を定義する前に,多変数関数の微分を復習しておく.$M$ 変数関数 $F(\rho_1,\dots,\rho_M)$ の各変数をわずかに $\rho_i \to \rho_i + \delta\rho_i$ とずらすと,$F$ の変化はテイラー展開の1次までで
\begin{equation} \delta F = F(\rho_1+\delta\rho_1,\dots) - F(\rho_1,\dots) = \sum_{i=1}^{M} \frac{\partial F}{\partial \rho_i}\,\delta\rho_i + O(\delta\rho^2) \label{eq:4-multivar} \end{equation}と書ける.この式は「偏微分 $\partial F/\partial\rho_i$ とは,変化 $\delta F$ を各変数の変化 $\delta\rho_i$ の1次式で表したときの係数である」と読める.この読み方をそのまま汎関数に持ち込むのが汎関数微分である.
4.1節と同じように空間を体積 $\Delta V$ のセルに分割し,関数 $\rho(\rr)$ を各セルでの値の列 $\rho_i \equiv \rho(\rr_i)$ で近似しよう(図4.2右).すると汎関数 $F[\rho]$ は $M$ 個の数の関数 $F(\rho_1,\dots,\rho_M)$ になり,式 \eqref{eq:4-multivar} が使える.ここで和を積分に戻すために,$\Delta V$ を1つくくり出して
\begin{equation} \delta F = \sum_{i=1}^{M} \left(\frac{1}{\Delta V}\frac{\partial F}{\partial \rho_i}\right)\delta\rho_i\,\Delta V \label{eq:4-fd-discrete} \end{equation}と書き直す.丸括弧の中身を $\rr_i$ の関数とみなして $\dfrac{\delta F}{\delta\rho(\rr_i)}$ と書けば,式 \eqref{eq:4-fd-discrete} の右辺は $\Delta V\to 0$ でリーマン和から積分に移行し,$\delta F = \int \frac{\delta F}{\delta\rho(\rr)}\delta\rho(\rr)\,\dd^3 r$ となる.これが汎関数微分である.
定義:汎関数微分
汎関数 $F[\rho]$ に対し,任意の微小な変分 $\delta\rho(\rr)$ を加えたときの変化が
\begin{equation} F[\rho+\delta\rho] - F[\rho] = \int \frac{\delta F}{\delta \rho(\rr)}\,\delta\rho(\rr)\,\dd^3 r \;+\; O\!\left(\delta\rho^2\right) \label{eq:4-fd-def} \end{equation}という形に書けるとき,被積分関数に現れる $\dfrac{\delta F}{\delta\rho(\rr)}$ を $F$ の汎関数微分という.$\delta F/\delta\rho(\rr)$ は $\rr$ の関数であることに注意せよ(汎関数を微分すると関数が出てくる).
数学ノート:実際の計算手順(1変数に落とす)
定義 \eqref{eq:4-fd-def} をそのまま使うより,次の手順のほうが機械的で間違えにくい.任意の(十分に滑らかで無限遠で十分速く $0$ になる)テスト関数 $\eta(\rr)$ と実数パラメータ $\varepsilon$ を用意し,$\rho \to \rho + \varepsilon\eta$ と置いて $F[\rho+\varepsilon\eta]$ を $\varepsilon$ の関数とみなす.これはただの1変数関数だから,普通の微分ができる.定義 \eqref{eq:4-fd-def} で $\delta\rho = \varepsilon\eta$ とおけば $F[\rho+\varepsilon\eta]-F[\rho] = \varepsilon\int(\delta F/\delta\rho)\eta\,\dd^3r + O(\varepsilon^2)$ だから,両辺を $\varepsilon$ で微分して $\varepsilon=0$ とおくと
\begin{equation} \left.\frac{\dd}{\dd\varepsilon}F[\rho+\varepsilon\eta]\right|_{\varepsilon=0} = \int \frac{\delta F}{\delta\rho(\rr)}\,\eta(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-fd-gateaux} \end{equation}が成り立つ.左辺を計算して右辺の形($\eta$ が掛かった積分)に整理すれば,$\eta$ の係数がそのまま $\delta F/\delta\rho$ である.$\eta$ は任意だから係数の読み取りは一意に決まる(もし $\int h(\rr)\eta(\rr)\dd^3 r = 0$ が任意の $\eta$ について成り立つなら $h\equiv 0$ である.これを変分法の基本補題という).
もっとも基本的な例として,$F[\rho]=\rho(\rr')$($\rr'$ は固定点)という汎関数を考えると $F[\rho+\varepsilon\eta]=\rho(\rr')+\varepsilon\eta(\rr')$ だから,左辺は $\eta(\rr')=\int\delta(\rr-\rr')\eta(\rr)\dd^3r$ となり,
\begin{equation} \frac{\delta \rho(\rr')}{\delta \rho(\rr)} = \delta(\rr-\rr') \label{eq:4-fd-identity} \end{equation}を得る.多変数関数における $\partial \rho_j/\partial\rho_i = \delta_{ij}$ の連続版であり,クロネッカーのデルタがディラックのデルタ関数に置き換わっている.
以下,密度汎関数理論で実際に必要になる5つの型を順に計算する.
4.2.3 例(i):線形汎関数 $\int \rho v\,\dd^3 r$
外部ポテンシャル項の形である.$v(\rr)$ は $\rho$ に依存しない,あらかじめ与えられた関数とする.
\begin{align} F[\rho+\varepsilon\eta] &= \int \bigl(\rho(\rr)+\varepsilon\eta(\rr)\bigr)\,v(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-lin1}\\ &= \int \rho(\rr) v(\rr)\,\dd^3 r + \varepsilon\int \eta(\rr) v(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-lin2}\\ &= F[\rho] + \varepsilon\int v(\rr)\,\eta(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-lin3} \end{align}1行目は定義に代入しただけである.2行目では被積分関数を展開し,積分の線形性を使って2つの積分に分けた($\varepsilon$ は定数なので積分の外に出せる).3行目では第1項が $F[\rho]$ そのものであることを使った.この場合 $\varepsilon$ の2次以上の項は初めから存在しない.式 \eqref{eq:4-lin3} を $\varepsilon$ で微分して $\varepsilon = 0$ とおけば $\int v\eta\,\dd^3r$ となり,これを式 \eqref{eq:4-fd-gateaux} の右辺と見比べれば $\eta$ の係数が読み取れる:
「$\rho$ に掛かっている関数がそのまま出てくる」という,$\frac{\dd}{\dd x}(ax) = a$ の類似である.$v=1$ とおけば,全電子数 $N[\rho]=\int\rho\,\dd^3r$ の汎関数微分が $\delta N/\delta\rho(\rr)=1$ であることも分かる.この結果は4.4節で粒子数保存の拘束条件を扱うときに使う.
4.2.4 例(ii):べき型の局所汎関数 $\int \rho^{\alpha}\,\dd^3 r$
運動エネルギー($\alpha=5/3$)や交換エネルギー($\alpha=4/3$)がこの型である.$\alpha$ を実定数として $F[\rho]=\int\rho(\rr)^\alpha\dd^3 r$ を考える.まず被積分関数を $\varepsilon$ について展開する.各点 $\rr$ ごとに,1変数のテイラー展開 $(a+h)^\alpha = a^\alpha + \alpha a^{\alpha-1}h + \frac{1}{2}\alpha(\alpha-1)a^{\alpha-2}h^2+\cdots$ を $a=\rho(\rr)$,$h=\varepsilon\eta(\rr)$ として使うと
\begin{align} \bigl(\rho+\varepsilon\eta\bigr)^{\alpha} &= \rho^{\alpha} + \alpha\,\rho^{\alpha-1}\,(\varepsilon\eta) + \frac{\alpha(\alpha-1)}{2}\rho^{\alpha-2}(\varepsilon\eta)^2 + \cdots \label{eq:4-pow1}\\ &= \rho^{\alpha} + \varepsilon\,\alpha\,\rho^{\alpha-1}\eta + O(\varepsilon^2) \label{eq:4-pow2} \end{align}となる($\rho\gt0$ の領域で考えている.1行目の展開は $|\varepsilon\eta|\lt\rho$ で収束する).これを積分すると
\begin{align} F[\rho+\varepsilon\eta] &= \int \rho^{\alpha}\dd^3 r + \varepsilon\int \alpha\,\rho(\rr)^{\alpha-1}\eta(\rr)\,\dd^3 r + O(\varepsilon^2) \label{eq:4-pow3}\\ \left.\frac{\dd F}{\dd\varepsilon}\right|_{\varepsilon=0} &= \int \alpha\,\rho(\rr)^{\alpha-1}\,\eta(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-pow4} \end{align}1行目は式 \eqref{eq:4-pow2} を項別に積分した(積分と展開の順序交換は,被積分関数が十分滑らかで積分が収束していれば許される).2行目は $\varepsilon$ で微分して $\varepsilon=0$ とおいた:第1項は $\varepsilon$ によらないので消え,第3項は微分しても $\varepsilon$ の1次以上が残るので $\varepsilon=0$ で消える.式 \eqref{eq:4-fd-gateaux} と見比べて
結果は「普通の微分 $\frac{\dd}{\dd\rho}\rho^\alpha = \alpha\rho^{\alpha-1}$ をその場で実行する」だけである.より一般に,被積分関数が $\rho$ の値だけで決まる局所汎関数 $F[\rho]=\int f(\rho(\rr))\dd^3 r$ については,まったく同じ計算で
\begin{equation} \frac{\delta F}{\delta \rho(\rr)} = f'\bigl(\rho(\rr)\bigr) \qquad\left(f' = \frac{\dd f}{\dd\rho}\right) \label{eq:4-fd-local} \end{equation}が成り立つ.積分記号が消えて,ただの常微分が残る点が要点である.本章で必要な $\alpha=5/3$ の場合は
\begin{equation} \frac{\delta}{\delta\rho(\rr)}\int \rho^{5/3}\dd^3 r = \frac{5}{3}\rho(\rr)^{2/3} \label{eq:4-fd-53} \end{equation}である.指数が $5/3$ から $2/3$ に下がることを覚えておこう.4.4節でトーマス・フェルミ方程式の左辺に現れる $\rho^{2/3}$ はここから来る.
4.2.5 例(iii):ハートリー項と「因子2」の扱い
次は積分が二重になっている場合である.古典的な電子間クーロン反発エネルギー(ハートリー項)
\begin{equation} J[\rho] = \frac{1}{2}\iint \frac{\rho(\rr)\,\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\,\dd^3 r\,\dd^3 r' \label{eq:4-hartree-def} \end{equation}を微分する.ここが初学者のつまずきどころで,「$\rho$ が2つあるから2倍出て,前の $\frac{1}{2}$ と打ち消し合う」という結論だけを暗記しがちである.なぜ2倍出るのかを丁寧に見よう.$\rho\to\rho+\varepsilon\eta$ を代入し,分子を展開する:
\begin{align} J[\rho+\varepsilon\eta] &= \frac{1}{2}\iint \frac{\bigl(\rho(\rr)+\varepsilon\eta(\rr)\bigr)\bigl(\rho(\rr')+\varepsilon\eta(\rr')\bigr)}{\abs{\rr-\rr'}}\,\dd^3r\,\dd^3r' \label{eq:4-h1}\\ &= \frac{1}{2}\iint \frac{\rho(\rr)\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' + \frac{\varepsilon}{2}\iint \frac{\eta(\rr)\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' \notag\\ &\qquad + \frac{\varepsilon}{2}\iint \frac{\rho(\rr)\eta(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' + \frac{\varepsilon^2}{2}\iint \frac{\eta(\rr)\eta(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' \label{eq:4-h2} \end{align}2行目は分子を素直に4項に展開しただけである.$\varepsilon$ の1次の項が2つ現れることに注意してほしい.これが「因子2」の正体である.ここで第3項の積分変数の名前を $\rr\leftrightarrow\rr'$ と入れ替える.積分変数の名前は任意だから,これは値を変えない操作である:
\begin{align} \frac{\varepsilon}{2}\iint \frac{\rho(\rr)\eta(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' &= \frac{\varepsilon}{2}\iint \frac{\rho(\rr')\eta(\rr)}{\abs{\rr'-\rr}}\dd^3r'\,\dd^3r \label{eq:4-h3}\\ &= \frac{\varepsilon}{2}\iint \frac{\eta(\rr)\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' \label{eq:4-h4} \end{align}1行目が変数の名前の付け替えである.2行目ではクーロン核が対称であること,すなわち $\abs{\rr'-\rr}=\abs{\rr-\rr'}$ を使った.この対称性がなければ2つの項は等しくならない.結果として第2項と第3項はまったく同じものになり,合わせて
\begin{equation} J[\rho+\varepsilon\eta] = J[\rho] + \varepsilon \iint \frac{\eta(\rr)\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' + O(\varepsilon^2) \label{eq:4-h5} \end{equation}となる.$\frac{1}{2}\times 2 = 1$ で係数 $\frac{1}{2}$ がちょうど消えた.$\varepsilon$ で微分して $\varepsilon=0$ とし,$\rr'$ 積分を先に実行して $\eta(\rr)$ の係数を読み取れば
を得る.$v_{\mathrm{H}}$ はハートリーポテンシャルと呼ばれ,電子密度 $\rho$ が作る古典的な静電ポテンシャル(電子から見たポテンシャルエネルギー)そのものである.
物理的意味:$\frac{1}{2}$ が消えることの意味
$J[\rho]$ の前の $\frac{1}{2}$ は「同じ電子対 $(\rr,\rr')$ と $(\rr',\rr)$ を二重に数えないため」の因子である.一方 $\delta J/\delta\rho(\rr)$ は「点 $\rr$ に電子を1個追加したときのエネルギー増分」であり,追加した電子は他のすべての電子との相互作用を新たに感じる.二重計上の心配がないので $\frac{1}{2}$ が付かないのは自然である.エネルギーとポテンシャルで因子が違うこの構造は,第10章でコーン・シャム全エネルギーを軌道エネルギーの和から復元するとき(いわゆる二重計上の補正)に再び現れる.
4.2.6 例(iv):勾配を含む汎関数と部分積分
次に,被積分関数が密度だけでなくその勾配にも依存する場合を扱う:
\begin{equation} F[\rho] = \int f\bigl(\rho(\rr),\,\nabla\rho(\rr)\bigr)\,\dd^3 r \label{eq:4-grad-func} \end{equation}本章末に出てくるフォン・ワイツゼッカー補正や,第11章のGGA汎関数がこの型である.$\rho\to\rho+\varepsilon\eta$ とすると $\nabla\rho \to \nabla\rho + \varepsilon\nabla\eta$ となる(勾配は線形演算だから).$f$ を第1引数と第2引数の両方について1次までテイラー展開すると
\begin{align} f\bigl(\rho+\varepsilon\eta,\ \nabla\rho+\varepsilon\nabla\eta\bigr) &= f(\rho,\nabla\rho) + \varepsilon\,\frac{\partial f}{\partial \rho}\,\eta + \varepsilon\,\frac{\partial f}{\partial (\nabla\rho)}\cdot \nabla\eta + O(\varepsilon^2) \label{eq:4-g1} \end{align}ここで $\partial f/\partial(\nabla\rho)$ は,$f$ を $\nabla\rho$ の3成分それぞれで偏微分して並べたベクトル $\left(\partial f/\partial(\partial_x\rho),\,\partial f/\partial(\partial_y\rho),\,\partial f/\partial(\partial_z\rho)\right)$ を意味する.したがって
\begin{equation} \left.\frac{\dd F}{\dd\varepsilon}\right|_{\varepsilon=0} = \int \frac{\partial f}{\partial\rho}\,\eta\,\dd^3 r + \int \frac{\partial f}{\partial(\nabla\rho)}\cdot\nabla\eta\,\dd^3 r \label{eq:4-g2} \end{equation}となる.第1項はすでに「$\eta$ × 何か」の形だが,第2項には $\nabla\eta$ が現れていて式 \eqref{eq:4-fd-gateaux} の形になっていない.そこで部分積分で微分を $\eta$ から外す.ベクトル場 $\bm{A}$ とスカラー場 $\eta$ に対する積の微分公式
\begin{equation} \nabla\cdot(\eta\bm{A}) = \nabla\eta\cdot\bm{A} + \eta\,\nabla\cdot\bm{A} \label{eq:4-g3} \end{equation}を $\bm{A} = \partial f/\partial(\nabla\rho)$ として使い,$\nabla\eta\cdot\bm{A} = \nabla\cdot(\eta\bm{A}) - \eta\nabla\cdot\bm{A}$ と書き換えて積分すると
\begin{align} \int \bm{A}\cdot\nabla\eta\,\dd^3 r &= \int \nabla\cdot(\eta\bm{A})\,\dd^3 r - \int \eta\,\nabla\cdot\bm{A}\,\dd^3 r \label{eq:4-g4}\\ &= \oint_{S_\infty} \eta\,\bm{A}\cdot \dd\bm{S} - \int \eta\,\nabla\cdot\bm{A}\,\dd^3 r \label{eq:4-g5}\\ &= - \int \eta(\rr)\,\nabla\cdot\bm{A}(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-g6} \end{align}1行目は式 \eqref{eq:4-g3} の書き換えを代入しただけである.2行目では第1項にガウスの発散定理を適用し,体積積分を無限遠の閉曲面 $S_\infty$ 上の面積分に変換した.3行目でこの面積分を落としたが,その根拠を明示しておく必要がある.
数学ノート:境界項が消える条件
面積分 $\oint_{S_\infty}\eta\,\bm{A}\cdot\dd\bm{S}$ が消えるためには,半径 $R$ の球面上で被積分関数が $R^{-2}$ より速く $0$ に近づけばよい(球面の面積が $4\pi R^2$ で増えるため).本書で扱う状況では次のいずれかが成り立つので問題ない.
- 有限系(原子・分子):束縛状態の密度は無限遠で指数関数的に減衰する($\rho\sim e^{-2\sqrt{2I}\,r}$,$I$ はイオン化エネルギー).$\bm{A}$ は $\rho$ とその勾配から作られるので同じく指数的に減衰し,$\eta$ も物理的に許される変分であれば同様である.指数関数は任意のべきより速いから面積分は $0$.
- 周期系(結晶):積分領域を単位胞にとると,対向する面での寄与が周期性によりちょうど打ち消し合う(法線ベクトルが逆向きで被積分関数が等しい).
- 変分の台を限定する場合:$\eta$ を「ある有界領域の外では恒等的に $0$」となる関数(コンパクト台をもつ関数)に限れば,$S_\infty$ 上で $\eta=0$ なので自明に消える.変分法の基本補題はこのクラスの $\eta$ だけでも成立するので,一般性は失われない.
逆にいえば,この条件を確認せずに部分積分するのは危険である.実際,後の章で表面や界面を扱うときには境界項が物理的な意味(表面双極子)をもつ.
式 \eqref{eq:4-g6} を式 \eqref{eq:4-g2} に戻すと
\begin{equation} \left.\frac{\dd F}{\dd\varepsilon}\right|_{\varepsilon=0} = \int \left[\frac{\partial f}{\partial \rho} - \nabla\cdot\frac{\partial f}{\partial(\nabla\rho)}\right]\eta(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-g7} \end{equation}となり,$\eta$ の係数として汎関数微分が読み取れる:
これは解析力学のオイラー・ラグランジュ方程式 $\frac{\partial L}{\partial q} - \frac{\dd}{\dd t}\frac{\partial L}{\partial \dot q} = 0$ とまったく同じ構造をしている.時間 $t$ が空間座標 $\rr$ に,一般化座標 $q(t)$ が場 $\rho(\rr)$ に置き換わっただけである.実際,変分法という同じ数学が両者を支えている.
例:フォン・ワイツゼッカー汎関数の汎関数微分
4.6節で登場する $T_{\mathrm{W}}[\rho] = \dfrac{1}{8}\displaystyle\int \frac{\abs{\nabla\rho}^2}{\rho}\dd^3 r$ に公式 \eqref{eq:4-fd-grad} を適用してみよう.$f(\rho,\nabla\rho) = \frac{1}{8}\abs{\nabla\rho}^2/\rho$ である.まず2つの偏微分を計算する:
\begin{align} \frac{\partial f}{\partial\rho} &= \frac{1}{8}\abs{\nabla\rho}^2\cdot\left(-\frac{1}{\rho^2}\right) = -\frac{1}{8}\frac{\abs{\nabla\rho}^2}{\rho^2}, \label{eq:4-w1}\\ \frac{\partial f}{\partial(\nabla\rho)} &= \frac{1}{8\rho}\cdot 2\nabla\rho = \frac{\nabla\rho}{4\rho}. \label{eq:4-w2} \end{align}式 \eqref{eq:4-w1} は $\rho$ を独立変数として $1/\rho$ を微分しただけ($\nabla\rho$ は固定).式 \eqref{eq:4-w2} は $\abs{\nabla\rho}^2 = \nabla\rho\cdot\nabla\rho$ をベクトル $\nabla\rho$ で微分したもので,$\partial(\bm{a}\cdot\bm{a})/\partial\bm{a} = 2\bm{a}$ を使った.次に発散をとる.商の微分公式 $\nabla\cdot(\bm{u}/\rho) = (\nabla\cdot\bm{u})/\rho - \bm{u}\cdot\nabla\rho/\rho^2$ を $\bm{u}=\nabla\rho$ に使って
\begin{equation} \nabla\cdot\frac{\nabla\rho}{4\rho} = \frac{1}{4}\left(\frac{\nabla^2\rho}{\rho} - \frac{\abs{\nabla\rho}^2}{\rho^2}\right) \label{eq:4-w3} \end{equation}($\nabla\cdot\nabla\rho = \nabla^2\rho$ を使った).式 \eqref{eq:4-fd-grad} に代入すると
\begin{align} \frac{\delta T_{\mathrm{W}}}{\delta\rho(\rr)} &= -\frac{1}{8}\frac{\abs{\nabla\rho}^2}{\rho^2} - \frac{1}{4}\frac{\nabla^2\rho}{\rho} + \frac{1}{4}\frac{\abs{\nabla\rho}^2}{\rho^2} \label{eq:4-w4}\\ &= \frac{1}{8}\frac{\abs{\nabla\rho}^2}{\rho^2} - \frac{1}{4}\frac{\nabla^2\rho}{\rho} \label{eq:4-w5} \end{align}となる.2行目では $-\frac{1}{8}+\frac{1}{4}=\frac{1}{8}$ とまとめた.ちなみに $\rho = \abs{\psi}^2$($\psi$ は実の1粒子波動関数)と書くと $T_{\mathrm{W}} = \frac{1}{2}\int\abs{\nabla\psi}^2\dd^3r$ となり,これは1電子系の運動エネルギーそのものである.フォン・ワイツゼッカー項が「1電子極限で厳密」と言われる理由である(章末演習4.1).
4.2.7 例(v):連鎖律
最後に,汎関数が別の汎関数を経由して $\rho$ に依存する場合を扱う.多変数関数の連鎖律 $\dfrac{\partial F}{\partial \rho_i} = \sum_j \dfrac{\partial F}{\partial u_j}\dfrac{\partial u_j}{\partial \rho_i}$ において,添字の和を積分に置き換えればよい.
特別な場合として,$F[\rho]=g\bigl(N[\rho]\bigr)$ のように中間量が1つの数 $N=\int\rho\,\dd^3r$ であるときは積分が不要で,$\dfrac{\delta F}{\delta\rho(\rr)} = g'(N)\cdot\dfrac{\delta N}{\delta\rho(\rr)} = g'(N)$ となる(式 \eqref{eq:4-fd-linear} で $v=1$ とした結果を使った).
例:連鎖律によるハートリー項の検算
ハートリーポテンシャル $v_{\mathrm{H}}(\rr) = \int \rho(\rr')/\abs{\rr-\rr'}\dd^3r'$ を中間量とみなすと,式 \eqref{eq:4-fd-hartree} により $J[\rho] = \frac{1}{2}\int \rho(\rr)v_{\mathrm{H}}(\rr)\dd^3 r$ と書ける.ここで $v_{\mathrm{H}}$ 自身が $\rho$ の汎関数である点が肝心で,$\rho$ が2か所に現れる.積の微分則の汎関数版として,両方の $\rho$ を微分して足す:
\begin{align} \frac{\delta J}{\delta\rho(\rr)} &= \frac{1}{2}v_{\mathrm{H}}(\rr) + \frac{1}{2}\int \rho(\rr')\,\frac{\delta v_{\mathrm{H}}(\rr')}{\delta \rho(\rr)}\,\dd^3 r' \label{eq:4-c1}\\ &= \frac{1}{2}v_{\mathrm{H}}(\rr) + \frac{1}{2}\int \frac{\rho(\rr')}{\abs{\rr'-\rr}}\,\dd^3 r' \label{eq:4-c2}\\ &= \frac{1}{2}v_{\mathrm{H}}(\rr) + \frac{1}{2}v_{\mathrm{H}}(\rr) = v_{\mathrm{H}}(\rr) \label{eq:4-c3} \end{align}1行目の第1項は $v_{\mathrm{H}}$ を固定して手前の $\rho$ を微分した項(式 \eqref{eq:4-fd-linear}),第2項は連鎖律 \eqref{eq:4-fd-chain} による項である.2行目では $v_{\mathrm{H}}(\rr')=\int \rho(\rr'')/\abs{\rr'-\rr''}\dd^3r''$ に式 \eqref{eq:4-fd-identity} を使って $\delta v_{\mathrm{H}}(\rr')/\delta\rho(\rr) = \int \delta(\rr''-\rr)/\abs{\rr'-\rr''}\dd^3 r'' = 1/\abs{\rr'-\rr}$ とした.3行目では $\abs{\rr'-\rr}=\abs{\rr-\rr'}$ より第2項も $v_{\mathrm{H}}(\rr)$ に等しいことを使った.式 \eqref{eq:4-fd-hartree} と一致する.「因子2」は,$\rho$ が2か所にあるので微分が2項生じることの言い換えだったわけである.
4.2.8 公式のまとめ
以後の章で繰り返し使う公式を表4.1にまとめる.
| 汎関数 $F[\rho]$ | 汎関数微分 $\delta F/\delta\rho(\rr)$ | 本文 |
|---|---|---|
| $\displaystyle\int \rho\, v\,\dd^3r$ | $v(\rr)$ | 式 \eqref{eq:4-fd-linear} |
| $\displaystyle\int \rho\,\dd^3r \;(=N)$ | $1$ | 式 \eqref{eq:4-fd-linear}($v=1$) |
| $\displaystyle\int \rho^{\alpha}\dd^3r$ | $\alpha\,\rho(\rr)^{\alpha-1}$ | 式 \eqref{eq:4-fd-power} |
| $\displaystyle\int f(\rho)\,\dd^3r$ | $f'\bigl(\rho(\rr)\bigr)$ | 式 \eqref{eq:4-fd-local} |
| $\dfrac{1}{2}\displaystyle\iint \dfrac{\rho\rho'}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r'$ | $v_{\mathrm{H}}(\rr)=\displaystyle\int\dfrac{\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r'$ | 式 \eqref{eq:4-fd-hartree} |
| $\displaystyle\int f(\rho,\nabla\rho)\,\dd^3r$ | $\dfrac{\partial f}{\partial\rho}-\nabla\cdot\dfrac{\partial f}{\partial(\nabla\rho)}$ | 式 \eqref{eq:4-fd-grad} |
| $\rho(\rr')$ | $\delta(\rr-\rr')$ | 式 \eqref{eq:4-fd-identity} |
| $G[u[\rho]]$ | $\displaystyle\int \dfrac{\delta G}{\delta u(\rr')}\dfrac{\delta u(\rr')}{\delta\rho(\rr)}\dd^3r'$ | 式 \eqref{eq:4-fd-chain} |
道具は揃った.次節でトーマス・フェルミのエネルギー汎関数を組み立て,4.4節でこれらの公式を使って一気に方程式を導く.
4.3 トーマス・フェルミのエネルギー汎関数
いよいよ,電子密度 $\rho(\rr)$ だけから全エネルギーを与える汎関数を組み立てる.原子核は固定されているものとし(第1章のボルン・オッペンハイマー近似),位置 $\bm{R}_I$ に電荷 $Z_I$ の核があるとする.全エネルギーを
\begin{equation} E = \underbrace{T}_{\text{運動エネルギー}} + \underbrace{V_{\mathrm{ne}}}_{\text{核-電子引力}} + \underbrace{V_{\mathrm{ee}}}_{\text{電子-電子反発}} + \underbrace{E_{\mathrm{nn}}}_{\text{核-核反発(定数)}} \label{eq:4-etotal-split} \end{equation}と分け,第1項から順に $\rho$ の汎関数として書き下していこう.
4.3.1 運動エネルギー項:$\rho^{5/3}$ 汎関数
4.1節の局所密度近似を運動エネルギーに適用する.一様電子ガスの1電子あたりの運動エネルギーは式 \eqref{eq:4-t-per-electron} の $t(\rho)$ であったから,これを式 \eqref{eq:4-lda-general} の $\varepsilon(\rho)$ の位置に代入すればよい:
\begin{align} T_{\mathrm{TF}}[\rho] &= \int t\bigl(\rho(\rr)\bigr)\,\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-ttf1}\\ &= \int \frac{3}{10}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho(\rr)^{2/3}\cdot\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-ttf2}\\ &= \frac{3}{10}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\int \rho(\rr)^{5/3}\,\dd^3 r \label{eq:4-ttf3} \end{align}1行目は局所密度近似の定義そのもの(セルごとに「1電子あたりのエネルギー×電子数密度」を足し上げる).2行目で $t(\rho)$ の具体形を代入した.3行目では,$\rho$ によらない数値係数を積分の外に出し,指数法則 $\rho^{2/3}\cdot\rho^{1} = \rho^{2/3+1} = \rho^{5/3}$ を使った.係数に名前を付けて
と書く.数値は $3\pi^2 = 29.6088$,$(3\pi^2)^{2/3} = 9.5708$ より
\begin{equation} C_F = 0.3 \times 9.5708 = 2.8712 \ \ (\text{原子単位}) \label{eq:4-cf-value} \end{equation}である.この $C_F$ をトーマス・フェルミ定数(あるいはフェルミ定数)と呼ぶ.式 \eqref{eq:4-ttf} は本章の出発点であり,波動関数をいっさい経由せずに運動エネルギーを密度から計算するという,密度汎関数理論の原型的な表式である.
物理的意味:なぜ $5/3$ 乗なのか
指数 $5/3$ は次元解析だけからも読める.運動エネルギー密度は $\sim k_F^2 \times \rho$ の程度であり,$k_F \propto \rho^{1/3}$(式 \eqref{eq:4-kf})だから $k_F^2\rho \propto \rho^{2/3}\rho = \rho^{5/3}$ となる.指数の由来は「フェルミ球の半径が密度の $1/3$ 乗」という,パウリ原理と3次元空間の幾何だけで決まる関係である.したがって $\rho^{5/3}$ 項はパウリ原理による運動エネルギーの押し上げを表しており,電子を狭い領域に押し込めようとするとエネルギーが急激に上がる(圧縮に抗する「縮退圧」).白色矮星の安定性を支えるのも同じ $\rho^{5/3}$ 則である.
4.3.2 外部ポテンシャル項:これは近似ではない
原子核が電子に及ぼす引力は,電子から見れば外から与えられた1体ポテンシャル
\begin{equation} v(\rr) = -\sum_I \frac{Z_I}{\abs{\rr - \bm{R}_I}} \label{eq:4-vext-def} \end{equation}である(原子単位系.負号は引力を表す).この項のエネルギーは,実は近似なしに密度で書ける.多電子波動関数 $\Psi(\bm{x}_1,\dots,\bm{x}_N)$($\bm{x}_i=(\rr_i,\sigma_i)$ は空間座標とスピンの組)による期待値を計算すると
\begin{align} V_{\mathrm{ne}} &= \left\langle \Psi \left| \sum_{i=1}^{N} v(\rr_i) \right| \Psi \right\rangle = \sum_{i=1}^{N}\int \abs{\Psi}^2\, v(\rr_i)\,\dd\bm{x}_1\cdots \dd\bm{x}_N \label{eq:4-vne1}\\ &= N\int \abs{\Psi(\bm{x}_1,\dots,\bm{x}_N)}^2\, v(\rr_1)\,\dd\bm{x}_1\cdots \dd\bm{x}_N \label{eq:4-vne2}\\ &= \int v(\rr_1)\left[N\sum_{\sigma_1}\int \abs{\Psi}^2\,\dd\bm{x}_2\cdots\dd\bm{x}_N\right]\dd^3 r_1 \label{eq:4-vne3}\\ &= \int v(\rr)\,\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-vne4} \end{align}1行目は期待値の定義($\int \dd\bm{x}$ はスピン和と空間積分の両方を含む).2行目では,$\Psi$ が電子の入れ替えについて反対称であるため $\abs{\Psi}^2$ は完全に対称であり,$N$ 個の項がすべて等しい値をもつことを使った(積分変数の名前を付け替えれば同じ積分になる).3行目は $\rr_1$ の積分だけを外に残し,残りの変数についての積分を角括弧にまとめた.4行目では,角括弧の中身がまさに第1章で定義した電子密度
\begin{equation} \rho(\rr) = N\sum_{\sigma_1}\int \abs{\Psi(\rr\sigma_1,\bm{x}_2,\dots,\bm{x}_N)}^2\,\dd\bm{x}_2\cdots\dd\bm{x}_N \label{eq:4-rho-def} \end{equation}であることを使い,積分変数を $\rr_1\to\rr$ と書き直した.すなわち
\begin{equation} V_{\mathrm{ne}}[\rho] = \int v(\rr)\,\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-vext-exact} \end{equation}は厳密である.近似はどこにも入っていない.この事実は第9章のホーエンベルグ・コーン定理でも決定的な役割を果たす:外部ポテンシャルとの結合は,多体波動関数の詳細をいっさい必要とせず,密度だけで完全に決まるのである.核どうしの反発 $E_{\mathrm{nn}} = \frac{1}{2}\sum_{I\neq J} Z_IZ_J/\abs{\bm{R}_I-\bm{R}_J}$ は電子密度によらない定数なので,電子の問題を解く間は脇に置いておいてよい.
4.3.3 電子間反発:ハートリー項による近似
残る $V_{\mathrm{ee}}$ が最も難しい.厳密には電子間の相関(ある電子がどこにいるかが他の電子の分布に影響すること)を含むが,トーマス・フェルミ模型ではこれを完全に無視し,電子を連続的な電荷の雲とみなした古典静電エネルギーで置き換える:
\begin{equation} V_{\mathrm{ee}} \approx J[\rho] = \frac{1}{2}\iint \frac{\rho(\rr)\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\,\dd^3 r\,\dd^3 r' \label{eq:4-hartree-again} \end{equation}係数 $\frac{1}{2}$ は,電荷素片の対 $(\rr,\rr')$ を $\rr$ 側からと $\rr'$ 側からの2回数えてしまうことの補正である(4.2.5項).この近似をハートリー近似という.
物理的意味:ハートリー項に含まれる誤り(自己相互作用)
$J[\rho]$ は,密度 $\rho$ が自分自身と相互作用するエネルギーである.ところが実際の電子は自分自身とはクーロン反発しない.極端な例として電子が1個だけの系($N=1$,たとえば水素原子)を考えると,電子間反発は厳密に $V_{\mathrm{ee}}=0$ であるべきなのに,$J[\rho] > 0$ という有限の値が残ってしまう.この誤差を自己相互作用誤差という.さらに $J[\rho]$ は,パウリ原理による同スピン電子どうしの回避(交換)も,クーロン反発による電子の避け合い(相関)も含んでいない.これら3つの欠落——自己相互作用の除去,交換,相関——をまとめて補正するのが交換相関エネルギー $E_{xc}$ であり,第5章(交換),第7章(相関),第10章(コーン・シャム法での定式化)の主題になる.トーマス・フェルミ模型には $E_{xc}$ がまったく無い,ということをここで押さえておこう.
4.3.4 トーマス・フェルミ汎関数の完成
以上の3項を足し合わせると,トーマス・フェルミのエネルギー汎関数が得られる.
この式の意義を確認しておこう.左辺は多電子系の全エネルギーであり,本来は $3N$ 変数の波動関数 $\Psi$ を求めなければ得られない量である.それが右辺では,たった3変数の関数 $\rho(\rr)$ の積分だけで書かれている.電子数 $N$ が $10$ でも $10^{23}$ でも,扱う関数は3変数のまま変わらない.第1章で見た「指数関数の壁」($\Psi$ を数値的に表すのに必要な情報量が $N$ とともに指数関数的に増える)が,ここで完全に取り払われている.
もちろん代償はある.式 \eqref{eq:4-etf} は次の3つの意味で近似である.
- 運動エネルギー:局所密度近似.密度が空間的にゆるやかに変化する場合にのみ正当化される(4.1節の物理的意味ボックス).原子内部ではこの条件が破れる.
- 電子間反発:古典静電近似.交換も相関も自己相互作用の除去も含まない.
- 共通の前提:$\rho$ 以外の情報(波動関数の位相,軌道の節,殻構造)は一切使わない.
それでも式 \eqref{eq:4-etf} は「エネルギーを密度の汎関数として書く」という思想の最初の実現であり,1927年にトーマスとフェルミが独立に到達したこの表式が,そのまま現代の密度汎関数理論の祖先になっている.次節では,この汎関数を最小化して密度を決める方程式を導く.
4.4 制約付き変分とトーマス・フェルミ方程式
エネルギー汎関数 $E_{\mathrm{TF}}[\rho]$ が手に入ったので,次は「どの密度 $\rho$ が実現するか」を決める段である.指導原理は変分原理である:基底状態の密度は,許される密度のなかで $E_{\mathrm{TF}}[\rho]$ を最小にするものである.量子力学のリッツの変分原理(試行波動関数についてエネルギー期待値を最小化する)を,試行関数を波動関数から密度に置き換えた形と考えればよい.この置き換えが原理的に正当化できることは第9章のホーエンベルグ・コーン定理で示されるが,トーマスとフェルミはそれを知らずに,物理的な直観からこの原理を採用した.
ただし「許される密度」には条件がある.電子の総数は決まっているので,
\begin{equation} N[\rho] = \int \rho(\rr)\,\dd^3 r = N \label{eq:4-constraint} \end{equation}を満たす $\rho$ のなかで最小化しなければならない.密度を自由に動かせるなら,いくらでも電子を減らしてエネルギーを下げられてしまう(あるいは負の値にできてしまう).このような制約付き最小化を扱う標準的な方法がラグランジュの未定乗数法である.まずは有限次元の場合で復習しよう.
数学ノート:ラグランジュの未定乗数法
問題:2変数関数 $f(x,y)$ を,拘束条件 $g(x,y)=0$ のもとで極値にする点を求めたい.
幾何学的な考え方:拘束条件 $g=0$ は $xy$ 平面内の1本の曲線を表す.この曲線の上を動きながら $f$ の値を眺めることになる.曲線上の点 $P$ が極値であるとは,$P$ から曲線に沿ってどちらへ動いても $f$ が1次のオーダーで変化しないということである.曲線の接線方向の単位ベクトルを $\bm{t}$ とすると,この条件は
\begin{equation} \nabla f \cdot \bm{t} = 0 \label{eq:4-lag1} \end{equation}と書ける.一方,曲線 $g=0$ 上では $g$ の値が変化しないので,同じ理由で
\begin{equation} \nabla g \cdot \bm{t} = 0 \label{eq:4-lag2} \end{equation}が恒等的に成り立つ($\nabla g$ は等高線に垂直,というおなじみの事実).2次元では,ある1つのベクトル $\bm{t}$ に直交するベクトルの方向は(符号を除いて)1つしかない.式 \eqref{eq:4-lag1} と \eqref{eq:4-lag2} が同じ $\bm{t}$ に対して成り立つのだから,$\nabla f$ と $\nabla g$ は平行でなければならない.比例定数を $\lambda$ と書けば
\begin{equation} \nabla f = \lambda \nabla g \label{eq:4-lag3} \end{equation}である.言い換えると,拘束条件付きの極値点では$f$ の等高線と拘束曲線が接する(図4.3).もし交差していたら,曲線に沿って進むことで $f$ のより低い等高線に移れてしまうからである.
手続きとしての定式化:式 \eqref{eq:4-lag3} は,補助関数(ラグランジュ関数)
\begin{equation} \Lambda(x,y,\lambda) = f(x,y) - \lambda\, g(x,y) \label{eq:4-lag4} \end{equation}を導入して,$\partial\Lambda/\partial x = \partial\Lambda/\partial y = 0$ と書くのと同じである.さらに $\partial \Lambda/\partial\lambda = -g = 0$ が拘束条件そのものを再現する.こうして「拘束付き2変数問題」が「拘束なし3変数問題」に化ける.これが未定乗数法の便利さである.$\lambda$ は最初は未知数だが,最後に拘束条件を課すことで決まるので「未定」乗数と呼ばれる.
4.4.1 オイラー方程式の導出
未定乗数法を汎関数に持ち込もう.変数 $(x,y)$ を関数 $\rho(\rr)$ に,偏微分を汎関数微分に読み替えるだけである.ラグランジュ関数にあたるものは
\begin{equation} \Omega[\rho] = E_{\mathrm{TF}}[\rho] - \mu\left(\int \rho(\rr)\,\dd^3 r - N\right) \label{eq:4-omega} \end{equation}であり,拘束なしの極値条件
\begin{equation} \frac{\delta \Omega}{\delta \rho(\rr)} = 0 \qquad\text{(すべての $\rr$ で)} \label{eq:4-omega-var} \end{equation}を課す.$\mu$ が未定乗数である.それでは式 \eqref{eq:4-omega} の各項を,4.2節で用意した公式で微分していこう.
第1項(運動エネルギー).式 \eqref{eq:4-fd-power} を $\alpha=5/3$ として使うと
\begin{align} \frac{\delta}{\delta\rho(\rr)}\left[C_F\int\rho^{5/3}\dd^3r'\right] &= C_F\cdot\frac{5}{3}\rho(\rr)^{2/3} \label{eq:4-tf-var1}\\ &= \frac{5}{3}\cdot\frac{3}{10}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho(\rr)^{2/3} \label{eq:4-tf-var2}\\ &= \frac{1}{2}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho(\rr)^{2/3} \label{eq:4-tf-var3} \end{align}2行目で $C_F$ の定義 \eqref{eq:4-ttf} を代入し,3行目で数係数を $\frac{5}{3}\times\frac{3}{10} = \frac{15}{30} = \frac{1}{2}$ とまとめた.この $\frac{1}{2}$ が後で美しい物理的解釈を与えることになる.
第2項(外部ポテンシャル).式 \eqref{eq:4-fd-linear} より
\begin{equation} \frac{\delta}{\delta\rho(\rr)}\left[\int v\rho\,\dd^3 r'\right] = v(\rr) \label{eq:4-tf-var4} \end{equation}第3項(ハートリー項).式 \eqref{eq:4-fd-hartree} より
\begin{equation} \frac{\delta J}{\delta\rho(\rr)} = \int \frac{\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3 r' = v_{\mathrm{H}}(\rr) \label{eq:4-tf-var5} \end{equation}第4項(拘束項).$\mu$ と $N$ は定数だから,$-\mu\int\rho\,\dd^3r$ の部分だけが効き,式 \eqref{eq:4-fd-linear} で $v=1$ とした結果を使って
\begin{equation} \frac{\delta}{\delta\rho(\rr)}\left[-\mu\left(\int\rho\,\dd^3r' - N\right)\right] = -\mu \label{eq:4-tf-var6} \end{equation}以上4つを足して $0$ と置くと
\begin{equation} \frac{1}{2}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho(\rr)^{2/3} + v(\rr) + v_{\mathrm{H}}(\rr) - \mu = 0 \label{eq:4-tf-euler} \end{equation}となる.核の作るポテンシャルと電子の作るハートリーポテンシャルをまとめて,電子が感じる全有効ポテンシャル
\begin{equation} V(\rr) \equiv v(\rr) + v_{\mathrm{H}}(\rr) = -\sum_I\frac{Z_I}{\abs{\rr-\bm{R}_I}} + \int\frac{\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r' \label{eq:4-veff} \end{equation}を定義すれば,本章の中心的結果が得られる.
これがトーマス・フェルミ方程式である.微分演算子が現れない代数方程式(ただし $V$ が $\rho$ を通じて未知なので,実際には非線形の積分方程式)であることに注意しよう.シュレーディンガー方程式のような固有値問題を解く必要はなく,各点で $\rho^{2/3}$ について解けばよい.
4.4.2 物理的解釈:局所フェルミ準位の一定性
式 \eqref{eq:4-tfeq} の左辺第1項を書き直してみよう.$(3\pi^2)^{2/3}\rho^{2/3} = \left[(3\pi^2\rho)^{1/3}\right]^2 = k_F^2$ であるから(式 \eqref{eq:4-kf}),
\begin{equation} \frac{1}{2}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho(\rr)^{2/3} = \frac{1}{2}k_F(\rr)^2 = \varepsilon_F(\rr) \label{eq:4-localfermi} \end{equation}である.ここで $k_F(\rr) \equiv (3\pi^2\rho(\rr))^{1/3}$ は点 $\rr$ における局所フェルミ波数,$\varepsilon_F(\rr)=k_F(\rr)^2/2$ は局所フェルミエネルギーである.したがってトーマス・フェルミ方程式は
\begin{equation} \varepsilon_F(\rr) + V(\rr) = \mu = \text{一定} \label{eq:4-tfeq-phys} \end{equation}と読める.
物理的意味:フェルミ準位は平らでなければならない
式 \eqref{eq:4-tfeq-phys} は,次のように直観的に理解できる.点 $\rr$ における「いちばんエネルギーの高い電子」の全エネルギーは,局所的な運動エネルギー $\varepsilon_F(\rr)$ とポテンシャルエネルギー $V(\rr)$ の和である.もしこの和が場所によって違っていたら,値の高い場所から低い場所へ電子が流れてエネルギーを下げられるはずである.平衡状態ではそのような流れがあってはならないから,和は空間的に一定でなければならない.その共通値が $\mu$ である.
これは半導体デバイスや金属接合の物理で「平衡状態ではフェルミ準位が試料全体で一直線に揃う(バンドが曲がる)」と習う事実とまったく同じ内容である.ポテンシャル $V(\rr)$ が場所によって変わる分だけ,局所的な電子密度(したがって $\varepsilon_F$)が調整されて帳尻を合わせる.トーマス・フェルミ模型は,この「フェルミ準位の平坦性」を電子密度の決定原理そのものに据えた理論だといえる.
式 \eqref{eq:4-tfeq} を $\rho$ について解くと,密度をポテンシャルの関数として陽に書ける.両辺から $V$ を引き,$\frac{1}{2}(3\pi^2)^{2/3}$ で割ると $\rho^{2/3} = 2\left[\mu - V(\rr)\right]/(3\pi^2)^{2/3}$,両辺を $3/2$ 乗して
\begin{equation} \rho(\rr) = \begin{cases} \dfrac{1}{3\pi^2}\Bigl[\,2\bigl(\mu - V(\rr)\bigr)\Bigr]^{3/2}, & V(\rr) \le \mu,\\[8pt] 0, & V(\rr) \gt \mu. \end{cases} \label{eq:4-rho-of-v} \end{equation}場合分けが必要なのは,密度が負になったり複素数になったりしてはいけないからである.$V(\rr) \gt \mu$ の領域は,古典的にはエネルギー $\mu$ の電子が入り込めない領域(古典的禁止領域)にあたり,トーマス・フェルミ模型では密度がぴたりと $0$ になる.量子力学的なトンネル効果による裾が完全に欠落しているわけで,この欠陥は4.6節で議論する原子の遠方での密度のふるまいに直結する.
4.4.3 未定乗数 $\mu$ の物理的意味
ラグランジュ乗数 $\mu$ は,当初は「拘束条件を満たすように後から決める未知数」にすぎなかった.しかし実は明確な物理的意味をもつ.電子数を $N$ から $N+\dd N$ へわずかに増やしたときのエネルギー変化を計算してみよう.電子数 $N$ での最小化解を $\rho_N$,エネルギーを $E(N) = E_{\mathrm{TF}}[\rho_N]$ と書く.$N \to N+\dd N$ で最適密度は $\rho_N \to \rho_N + \delta\rho$ と変わり,変化分は拘束条件から
\begin{equation} \int \delta\rho(\rr)\,\dd^3 r = \dd N \label{eq:4-dn} \end{equation}を満たす.このときのエネルギー変化は,汎関数微分の定義 \eqref{eq:4-fd-def} より
\begin{align} \dd E &= \int \frac{\delta E_{\mathrm{TF}}}{\delta\rho(\rr)}\,\delta\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-mu1}\\ &= \int \mu\,\delta\rho(\rr)\,\dd^3 r \label{eq:4-mu2}\\ &= \mu \int \delta\rho(\rr)\,\dd^3 r = \mu\,\dd N \label{eq:4-mu3} \end{align}1行目は汎関数微分の定義.2行目でオイラー方程式 \eqref{eq:4-tf-euler} を $\delta E_{\mathrm{TF}}/\delta\rho = \mu$ の形に読み替えて代入した(これは最適な密度 $\rho_N$ の上でのみ成り立つ関係である).3行目では,$\mu$ が $\rr$ によらない定数なので積分の外に出し,式 \eqref{eq:4-dn} を使った.したがって
である.すなわち $\mu$ は電子を1個追加するのに要するエネルギーであり,熱力学の化学ポテンシャルそのものである.
物理的意味:化学ポテンシャルと電気陰性度
$\mu = \partial E/\partial N$ は化学における電気陰性度と直結する.有限差分で近似すると
$\mu \simeq \dfrac{E(N+1)-E(N-1)}{2} = \dfrac{(-A) + (-I)}{2} = -\dfrac{I+A}{2}$
となる($I=E(N-1)-E(N)$ はイオン化エネルギー,$A=E(N)-E(N+1)$ は電子親和力).右辺はまさにマリケンの電気陰性度に負号を付けたものである.$\mu$ が高い(電子を手放しやすい)物質と低い(電子を受け取りやすい)物質を接触させると,$\mu$ が等しくなるまで電子が移動する——これが化学結合におけるイオン性の起源であり,金属接合の接触電位差の起源でもある.第10章では,コーン・シャム法においても最高被占準位のエネルギー $\varepsilon_{\mathrm{HOMO}}$ が $\mu$ に対応することを見る.
以上でトーマス・フェルミ模型の一般論は完成した.式 \eqref{eq:4-tfeq} と \eqref{eq:4-rho-of-v} は $\rho$ について閉じていないので(右辺の $V$ が $\rho$ を含む),実際に解くには自己無撞着に扱う必要がある.次節でそれを原子に適用しよう.
4.5 原子への適用:普遍方程式と $Z^{7/3}$ 則
トーマス・フェルミ模型がその真価を発揮するのは,多数の電子をもつ重い原子である.ここでは原点に電荷 $Z$ の原子核を1個だけ置き,電子数 $N=Z$ の中性原子を考える.球対称性を仮定してよいので,すべての量は $r=\abs{\rr}$ だけの関数になる.
4.5.1 静電ポテンシャルとポアソン方程式
4.4節の有効ポテンシャル $V(\rr)$ は「電子が感じるポテンシャルエネルギー」であった.原子の問題では静電ポテンシャル(電位)$\Phi$ を主役にしたほうが式が簡潔になる.電子の電荷は $-1$(原子単位)だから,両者の関係は
\begin{equation} V(r) = -\Phi(r), \qquad \Phi(r) = \frac{Z}{r} - \int \frac{\rho(\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\,\dd^3 r' \label{eq:4-phi-def} \end{equation}である(右辺第1項が核,第2項が電子雲の寄与.電子雲は負電荷なので電位を下げる).静電ポテンシャルは電荷密度に対するポアソン方程式に従う.電荷密度は「核の点電荷 $+Z\delta(\rr)$」と「電子の負電荷 $-\rho(\rr)$」の和だから
\begin{equation} \nabla^2 \Phi(\rr) = -4\pi\Bigl[\,Z\delta(\rr) - \rho(\rr)\Bigr] \label{eq:4-poisson} \end{equation}となる(原子単位系ではクーロン定数が $1$ なので $\nabla^2\Phi = -4\pi\rho_{\text{電荷}}$).核から離れた $r\gt 0$ の領域ではデルタ関数の項が落ちて
\begin{equation} \nabla^2\Phi(\rr) = 4\pi\rho(\rr) \qquad (r \gt 0) \label{eq:4-poisson2} \end{equation}である.ここで問題の構造がはっきりする.式 \eqref{eq:4-poisson2} は「密度が与えられればポテンシャルが決まる」と言っており,トーマス・フェルミ方程式 \eqref{eq:4-tfeq} は「ポテンシャルが与えられれば密度が決まる」と言っている.両者は互いに相手を必要とする.すなわちこれは自己無撞着(self-consistent)な問題である(図4.4).第10章のコーン・シャム方程式でも,まったく同じ構造の自己無撞着ループが現れる.
4.5.2 中性原子では $\mu = 0$
本節の計算に入る前に,化学ポテンシャルの値を決めておく.中性原子では $\mu=0$ である.背理法で示そう.
(a) $\mu \gt 0$ は不可能.原子から十分遠方では,核の電荷が電子雲によって完全に遮蔽されるので $V(r)\to 0$ である.すると式 \eqref{eq:4-rho-of-v} より,$r\to\infty$ で $\rho \to (2\mu)^{3/2}/(3\pi^2)$ という有限の正の値に近づく.密度が無限遠まで有限に残れば $\int\rho\,\dd^3r$ は発散し,電子数が有限という拘束条件 \eqref{eq:4-constraint} と矛盾する.
(b) $\mu \lt 0$ も不可能.式 \eqref{eq:4-rho-of-v} によれば $V(r) \gt \mu$ の領域で $\rho = 0$ である.いま $V\to0$($r\to\infty$)で $\mu\lt0$ なら,ある有限の半径 $r_0$ が存在して $r \gt r_0$ で $\rho=0$ となる.ところが中性原子では全電荷が $Z - N = 0$ だから,半径 $r\ge r_0$ の球の内部に含まれる正味の電荷は $0$ である.球対称な電荷分布に対するガウスの法則により,その外側での電位は $\Phi(r)=0$,したがって $V(r)=0$($r \ge r_0$)である.密度は $r_0$ で連続に $0$ になるから,$r=r_0$ でトーマス・フェルミ方程式 \eqref{eq:4-tfeq} を評価すると左辺第1項が $0$ になり,$V(r_0) = \mu$,すなわち $\mu = 0$ を得る.これは $\mu\lt0$ という仮定と矛盾する.
したがって $\mu=0$ である.(なお正イオン($N \lt Z$)では,同じ議論で $r_0$ の外に正味電荷 $Z-N\gt0$ が残るので $\mu = V(r_0) = -(Z-N)/r_0 \lt 0$ となり,密度は有限半径で厳密に $0$ になる.負イオン($N\gt Z$)に対応する解はトーマス・フェルミ模型には存在しない——これも4.6節で述べる欠点の1つである.)
$\mu=0$ と $V=-\Phi$ を式 \eqref{eq:4-tfeq} に代入すると,中性原子のトーマス・フェルミ方程式は
\begin{equation} \frac{1}{2}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho(r)^{2/3} = \Phi(r) \label{eq:4-tf-atom} \end{equation}となり,$\rho$ について解くと
\begin{equation} \rho(r) = \frac{1}{3\pi^2}\bigl[\,2\Phi(r)\bigr]^{3/2} \label{eq:4-rho-phi} \end{equation}を得る(式 \eqref{eq:4-rho-of-v} で $\mu=0$,$V=-\Phi$ としたものに他ならない).
4.5.3 無次元化:普遍方程式の導出
式 \eqref{eq:4-rho-phi} を式 \eqref{eq:4-poisson2} に代入すれば,$\Phi$ だけの閉じた方程式になる.まず右辺を整理する:
\begin{align} 4\pi\rho &= \frac{4\pi}{3\pi^2}\bigl[2\Phi\bigr]^{3/2} \label{eq:4-u1}\\ &= \frac{4}{3\pi}\cdot 2^{3/2}\,\Phi^{3/2} = \frac{8\sqrt{2}}{3\pi}\,\Phi^{3/2} \label{eq:4-u2} \end{align}1行目は代入,2行目では $4\pi/(3\pi^2) = 4/(3\pi)$ とし,$[2\Phi]^{3/2}=2^{3/2}\Phi^{3/2}$ と分けた($2^{3/2}\times 4 = 8\sqrt{2}$).次に左辺のラプラシアンを球対称の場合の公式で書く.球対称な関数に対しては
\begin{equation} \nabla^2 \Phi = \frac{1}{r}\frac{\dd^2}{\dd r^2}\bigl(r\Phi\bigr) \label{eq:4-lap-radial} \end{equation}が成り立つ(通常の形 $\frac{1}{r^2}\frac{\dd}{\dd r}(r^2\frac{\dd\Phi}{\dd r})$ を展開すれば確かめられる).この形が便利なのは,$r\Phi$ という組み合わせが自然に現れるからである.そこで遮蔽関数 $\varphi$ を
\begin{equation} \Phi(r) = \frac{Z}{r}\,\varphi(r) \qquad\Longleftrightarrow\qquad r\Phi(r) = Z\varphi(r) \label{eq:4-screening-def} \end{equation}で定義する.$\varphi$ は「核の裸のクーロン電位 $Z/r$ が,電子雲によってどれだけ遮蔽されて残っているか」を表す無次元量である.式 \eqref{eq:4-lap-radial} と \eqref{eq:4-screening-def} より $\nabla^2\Phi = (Z/r)\,\varphi''(r)$ だから,式 \eqref{eq:4-poisson2} は
\begin{align} \frac{Z}{r}\varphi''(r) &= \frac{8\sqrt2}{3\pi}\left(\frac{Z\varphi}{r}\right)^{3/2} \label{eq:4-u3}\\ \varphi''(r) &= \frac{8\sqrt2}{3\pi}\,Z^{1/2}\,\frac{\varphi^{3/2}}{r^{1/2}} \label{eq:4-u4} \end{align}となる.1行目は $\Phi = Z\varphi/r$ を右辺に代入したもの.2行目では両辺に $r/Z$ を掛け,$Z^{3/2}/Z = Z^{1/2}$,$r^{-3/2}\cdot r = r^{-1/2}$ と整理した.
ここで $Z$ 依存性を消してしまおう.長さの単位を $b$(まだ決めない定数)にとり,無次元変数
\begin{equation} x \equiv \frac{r}{b} \label{eq:4-x-def} \end{equation}を導入する.$\dfrac{\dd}{\dd r} = \dfrac{1}{b}\dfrac{\dd}{\dd x}$ だから $\varphi''(r) = b^{-2}\,\dfrac{\dd^2\varphi}{\dd x^2}$ であり,また $r^{-1/2} = b^{-1/2}x^{-1/2}$ である.これらを式 \eqref{eq:4-u4} に代入すると
\begin{align} \frac{1}{b^2}\frac{\dd^2\varphi}{\dd x^2} &= \frac{8\sqrt2}{3\pi}Z^{1/2}\,b^{-1/2}\,\frac{\varphi^{3/2}}{x^{1/2}} \label{eq:4-u5}\\ \frac{\dd^2\varphi}{\dd x^2} &= \underbrace{\frac{8\sqrt2}{3\pi}\,Z^{1/2}\,b^{3/2}}_{\textstyle \equiv\, A}\;\frac{\varphi^{3/2}}{x^{1/2}} \label{eq:4-u6} \end{align}2行目は両辺に $b^2$ を掛けた($b^{-1/2}\cdot b^2 = b^{3/2}$).ここで,まだ自由に選べる $b$ を使って係数 $A$ をちょうど $1$ にしてしまう.$A=1$ すなわち
\begin{align} b^{3/2} &= \frac{3\pi}{8\sqrt2\,Z^{1/2}} \label{eq:4-b1}\\ b &= \left(\frac{3\pi}{8\sqrt2}\right)^{2/3} Z^{-1/3} \label{eq:4-b2} \end{align}と選べばよい.2行目は両辺を $2/3$ 乗した.この係数を見やすい形に整理する.$8\sqrt2 = 2^3\cdot 2^{1/2} = 2^{7/2}$ だから
\begin{align} \left(\frac{3\pi}{8\sqrt2}\right)^{2/3} &= \frac{(3\pi)^{2/3}}{\left(2^{7/2}\right)^{2/3}} = \frac{(3\pi)^{2/3}}{2^{7/3}} \label{eq:4-b3}\\ &= \frac{(3\pi)^{2/3}}{2\cdot 2^{4/3}} = \frac{1}{2}\cdot\frac{(3\pi)^{2/3}}{\left(4\right)^{2/3}} = \frac{1}{2}\left(\frac{3\pi}{4}\right)^{2/3} \label{eq:4-b4} \end{align}1行目は分母・分子をべきの形に直した.2行目では $2^{7/3} = 2^{1}\cdot 2^{4/3}$ と分け,$2^{4/3} = (2^2)^{2/3} = 4^{2/3}$ を使って括弧の中にまとめた.したがって
である(長さの原子単位 $a_0$ を明示した.数値は $(3\pi/4)^{2/3} = (2.35619)^{2/3} = 1.77069$ の半分).そして式 \eqref{eq:4-u6} は $Z$ をまったく含まない普遍方程式になる.
物理的意味:原子の大きさは $Z^{-1/3}$ で縮む
式 \eqref{eq:4-b} は,トーマス・フェルミ原子の空間スケールが $Z^{-1/3}$ に比例することを意味する.原子番号が大きいほど電子雲は縮むのである.これは一見奇妙だが,核電荷が強くなる効果($\propto Z$)が電子数の増加による広がりに勝つためであり,実際に周期表を下るほど原子半径が単調には増えないこと(遷移金属の収縮など)の背景にある.ただし $Z^{-1/3}$ という一様な縮みは価電子の広がりを説明できず,実際の原子半径がほぼ $Z$ によらず $1$–$3\,a_0$ 程度でとどまる事実とは合わない.これはトーマス・フェルミ模型が殻構造を持たないことの一つの現れである(4.6節).
4.5.4 境界条件と数値解
2階常微分方程式 \eqref{eq:4-universal} を解くには境界条件が2つ必要である.
原点側.核のごく近くでは,電子雲が作る電位の寄与は無視できる.実際,半径 $r$ の球内に含まれる電子数は $\int_0^r 4\pi r'^2\rho\,\dd r'$ であり,後で見るように $\rho\propto r^{-3/2}$ なので被積分関数は $r'^{1/2}$,積分は $r^{3/2}\to0$ となる.よって $r\to0$ で $\Phi \to Z/r$,すなわち
\begin{equation} \varphi(0) = 1 \label{eq:4-bc0} \end{equation}無限遠側.球対称分布に対するガウスの法則から,半径 $r$ の外から見た正味の電荷は $Z$ から半径 $r$ 内の電子数を引いたものである.したがって $r\Phi(r) \to Z - N$($r\to\infty$)であり,式 \eqref{eq:4-screening-def} より $Z\varphi(\infty) = Z-N$.中性原子 $N=Z$ では
\begin{equation} \varphi(\infty) = 0 \label{eq:4-bcinf} \end{equation}この2つは方程式の両端で課される条件(境界値問題)なので,初期値問題として素直に積分することはできない.実際には $\varphi(0)=1$ を満たす解を初期勾配 $\varphi'(0)$ をパラメータとして数値積分し,$\varphi(\infty)=0$ が満たされるように $\varphi'(0)$ を探す.これをシューティング法という.図4.5に示すように,$\varphi'(0)$ には臨界値が存在し,
\begin{equation} \varphi'(0) = -1.5880710 \label{eq:4-slope0} \end{equation}が中性原子に対応する唯一の解を与える.これより勾配が緩ければ($\varphi'(0)\gt-1.5881$)$\varphi$ は途中で極小を経て発散し,急であれば($\varphi'(0)\lt-1.5881$)有限の $x$ で $\varphi=0$ に達する.後者は前項で述べた正イオンの解に対応する(その $x$ が原子の縁 $r_0/b$ である).
4.5.5 解のふるまい:原点近傍と遠方
数値解の性質を,方程式そのものから読み取っておこう.
原点近傍($x\ll1$).$\varphi\simeq1$ とみなせるので,式 \eqref{eq:4-universal} の右辺は $\varphi^{3/2}/\sqrt{x}\simeq x^{-1/2}$ になる.これを2回積分すると
\begin{align} \varphi'(x) &= \varphi'(0) + \int_0^x x'^{-1/2}\dd x' = \varphi'(0) + 2\sqrt{x} \label{eq:4-small1}\\ \varphi(x) &= 1 + \varphi'(0)\,x + \frac{4}{3}x^{3/2} + \cdots \label{eq:4-small2} \end{align}1行目は $\int_0^x x'^{-1/2}\dd x' = \left[2x'^{1/2}\right]_0^x = 2\sqrt{x}$(原点で可積分な発散なので問題ない).2行目はさらに積分し,$\int_0^x 2\sqrt{x'}\dd x' = \frac{4}{3}x^{3/2}$ を使った.$x^{3/2}$ という半整数べきが現れる点が特徴的で,$\varphi$ は原点でテイラー展開できない(解析的でない).原点近傍の密度は式 \eqref{eq:4-rho-phi} と $\Phi = Z\varphi/r \to Z/r$ から
\begin{equation} \rho(r) \xrightarrow{\;r\to0\;} \frac{1}{3\pi^2}\left(\frac{2Z}{r}\right)^{3/2} \propto r^{-3/2} \label{eq:4-rho-origin} \end{equation}となり,核の位置で発散する.実際の原子では $\rho(0)$ は有限であり,この点はトーマス・フェルミ模型の明白な誤りである(4.6節).
遠方($x\gg1$).$\varphi$ がべき関数 $\varphi = C x^{-n}$ の形になると仮定して式 \eqref{eq:4-universal} に代入してみる.左辺は $\varphi'' = C\,n(n+1)x^{-n-2}$,右辺は $C^{3/2}x^{-3n/2}\cdot x^{-1/2} = C^{3/2}x^{-(3n+1)/2}$ である.両辺のべきが一致する条件から
\begin{align} n+2 &= \frac{3n+1}{2} \quad\Longrightarrow\quad 2n+4 = 3n+1 \quad\Longrightarrow\quad n = 3 \label{eq:4-asym1} \end{align}を得る.$n=3$ を係数の一致条件 $C\,n(n+1) = C^{3/2}$ に代入すると $12C = C^{3/2}$,すなわち $C^{1/2}=12$,$C = 144$.したがって
($\Phi = Z\varphi/r \propto x^{-4} \propto r^{-4}$ で,式 \eqref{eq:4-rho-phi} より $\rho\propto\Phi^{3/2}\propto r^{-6}$).実際の原子の密度は無限遠で $e^{-2\sqrt{2I}\,r}$ のように指数関数的に減衰するので,$r^{-6}$ というべき的な裾はまったく正しくない.これは式 \eqref{eq:4-rho-of-v} の場合分けで見た「トンネル効果の欠如」と表裏一体である:古典的禁止領域の扱いが間違っているために,原子の縁の記述が破綻する.それでも $\int\rho\,\dd^3r = \int 4\pi r^2 \rho\,\dd r$ は $\int r^{2}r^{-6}\dd r = \int r^{-4}\dd r$ の形で収束するので,電子数が発散することはない.
4.5.6 全エネルギー:$Z^{7/3}$ 則の導出
最後に全エネルギーを求める.天下り的な数値積分ではなく,2つの厳密な関係式を組み合わせることで,必要な積分をすべて $\varphi'(0)$ 1つに帰着させることができる.
記号を用意しよう.中性原子の最適密度に対する各項を
\begin{equation} T \equiv C_F\!\int\!\rho^{5/3}\dd^3r,\quad V_{\mathrm{ne}} \equiv -Z\!\int\!\frac{\rho(\rr)}{r}\dd^3 r,\quad J \equiv \frac{1}{2}\iint\frac{\rho\rho'}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' \label{eq:4-terms} \end{equation}と書く.全エネルギーは $E = T + V_{\mathrm{ne}} + J$ である.
関係式1(オイラー方程式から).中性原子のトーマス・フェルミ方程式は $\mu=0$ より $\frac{5}{3}C_F\rho^{2/3} + v + v_{\mathrm{H}} = 0$ と書ける(式 \eqref{eq:4-tf-euler}).両辺に $\rho(\rr)$ を掛けて全空間で積分すると
\begin{align} \frac{5}{3}C_F\int \rho^{2/3}\rho\,\dd^3 r + \int v\rho\,\dd^3 r + \int v_{\mathrm{H}}\rho\,\dd^3 r &= 0 \label{eq:4-rel1a}\\ \frac{5}{3}T + V_{\mathrm{ne}} + 2J &= 0 \label{eq:4-rel1b} \end{align}1行目は単に掛けて積分しただけ.2行目では,第1項が $\rho^{2/3}\rho = \rho^{5/3}$ より $\frac{5}{3}T$ になること,第2項が定義から $V_{\mathrm{ne}}$ であること,そして第3項が
\begin{equation} \int v_{\mathrm{H}}(\rr)\rho(\rr)\dd^3 r = \iint \frac{\rho(\rr')\rho(\rr)}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r'\,\dd^3 r = 2J \label{eq:4-vh-2j} \end{equation}となること(定義 \eqref{eq:4-hartree-def} には $\frac{1}{2}$ が付いているので2倍になる)を使った.
関係式2(スケーリングによるビリアル定理).最適密度 $\rho$ から,電子数を保ったまま「縮めたり広げたり」した試行密度
\begin{equation} \rho_\lambda(\rr) \equiv \lambda^3\rho(\lambda\rr) \qquad(\lambda\gt0) \label{eq:4-scaling} \end{equation}の族を考える.まず電子数が保たれることを確認する.$\bm{u}=\lambda\rr$ と置換すると $\dd^3 r = \dd^3u/\lambda^3$ だから
\begin{equation} \int \rho_\lambda(\rr)\dd^3 r = \int \lambda^3\rho(\lambda\rr)\,\dd^3 r = \int \lambda^3 \rho(\bm{u})\,\frac{\dd^3 u}{\lambda^3} = \int\rho(\bm{u})\dd^3u = N \label{eq:4-scale-n} \end{equation}次に各項の $\lambda$ 依存性を調べる.同じ置換を使って
\begin{align} T[\rho_\lambda] &= C_F\int \bigl[\lambda^3\rho(\lambda\rr)\bigr]^{5/3}\dd^3 r = C_F\lambda^5\int \rho(\lambda\rr)^{5/3}\dd^3 r = C_F\lambda^5\lambda^{-3}\!\int\!\rho(\bm{u})^{5/3}\dd^3u = \lambda^2 T \label{eq:4-scale-t}\\ V_{\mathrm{ne}}[\rho_\lambda] &= -Z\int \frac{\lambda^3\rho(\lambda\rr)}{r}\dd^3 r = -Z\int \frac{\lambda^3\rho(\bm{u})}{u/\lambda}\,\frac{\dd^3u}{\lambda^3} = -Z\lambda\int\frac{\rho(\bm{u})}{u}\dd^3u = \lambda\,V_{\mathrm{ne}} \label{eq:4-scale-v}\\ J[\rho_\lambda] &= \frac{1}{2}\iint \frac{\lambda^3\rho(\lambda\rr)\,\lambda^3\rho(\lambda\rr')}{\abs{\rr-\rr'}}\dd^3r\,\dd^3r' = \frac{1}{2}\iint\frac{\lambda^6\rho(\bm{u})\rho(\bm{u}')}{\abs{\bm{u}-\bm{u}'}/\lambda}\,\frac{\dd^3u\,\dd^3u'}{\lambda^6} = \lambda\,J \label{eq:4-scale-j} \end{align}いずれも $\bm{u}=\lambda\rr$($\bm{u}'=\lambda\rr'$)の置換による.$T$ では被積分関数のべきから $\lambda^{5}$ が出て体積要素から $\lambda^{-3}$ が出るので差し引き $\lambda^2$.$V_{\mathrm{ne}}$ では $1/r = \lambda/u$ の1つ分だけ $\lambda$ が残る.$J$ では $\abs{\rr-\rr'} = \abs{\bm{u}-\bm{u}'}/\lambda$ から $\lambda$ が1つ出て,$\lambda^6$ と $\lambda^{-6}$ が相殺する.まとめると
\begin{equation} E(\lambda) \equiv E_{\mathrm{TF}}[\rho_\lambda] = \lambda^2 T + \lambda\left(V_{\mathrm{ne}} + J\right) \label{eq:4-elambda} \end{equation}である.$\rho$ は電子数 $N$ を保つ密度のなかでエネルギーを最小にする解であり,$\rho_\lambda$ もすべて電子数 $N$ をもつ(式 \eqref{eq:4-scale-n}).したがって $E(\lambda)$ は $\lambda=1$ で極小でなければならない:
\begin{align} \left.\frac{\dd E}{\dd \lambda}\right|_{\lambda=1} &= 2\lambda T + \left(V_{\mathrm{ne}}+J\right)\Big|_{\lambda=1} = 0 \label{eq:4-virial1}\\ 2T + V_{\mathrm{ne}} + J &= 0 \label{eq:4-virial2} \end{align}これがトーマス・フェルミ模型におけるビリアル定理である(第2章の $2T + V = 0$ と同じ内容).
連立して解く.関係式 \eqref{eq:4-rel1b} と \eqref{eq:4-virial2} を並べる:
\begin{align} \frac{5}{3}T + V_{\mathrm{ne}} + 2J &= 0 \label{eq:4-solve1}\\ 2T + V_{\mathrm{ne}} + \phantom{2}J &= 0 \label{eq:4-solve2} \end{align}上から下を引くと $V_{\mathrm{ne}}$ が消えて
\begin{equation} \left(\frac{5}{3}-2\right)T + (2-1)J = 0 \quad\Longrightarrow\quad -\frac{1}{3}T + J = 0 \quad\Longrightarrow\quad J = \frac{T}{3} \label{eq:4-solve3} \end{equation}これを式 \eqref{eq:4-solve2} に戻すと
\begin{equation} V_{\mathrm{ne}} = -2T - J = -2T - \frac{T}{3} = -\frac{7}{3}T \label{eq:4-solve4} \end{equation}したがって全エネルギーは
\begin{align} E &= T + V_{\mathrm{ne}} + J = T - \frac{7}{3}T + \frac{1}{3}T \label{eq:4-solve5}\\ &= \left(1 - \frac{7}{3} + \frac{1}{3}\right)T = -T \label{eq:4-solve6}\\ &= \frac{3}{7}V_{\mathrm{ne}} \label{eq:4-solve7} \end{align}2行目は分数をまとめた($1-2 = -1$).$E=-T$ はビリアル定理 \eqref{eq:4-virial2} からも直ちに従う.3行目は式 \eqref{eq:4-solve4} を $T = -\frac{3}{7}V_{\mathrm{ne}}$ と解いて代入した.全エネルギーは核-電子引力項の $3/7$ 倍という,たいへん扱いやすい形になった.
$V_{\mathrm{ne}}$ の計算.あとは $\int \rho/r\,\dd^3 r$ を求めればよい.球対称なので $\dd^3 r = 4\pi r^2\dd r$ を使い,式 \eqref{eq:4-rho-phi} と $\Phi = Z\varphi/r$ を代入する:
\begin{align} \int\frac{\rho(\rr)}{r}\dd^3 r &= \int_0^\infty \frac{\rho(r)}{r}\,4\pi r^2\,\dd r = 4\pi\int_0^\infty \rho(r)\,r\,\dd r \label{eq:4-vne-a}\\ &= 4\pi\int_0^\infty \frac{1}{3\pi^2}\left(\frac{2Z\varphi}{r}\right)^{3/2} r\,\dd r \label{eq:4-vne-b}\\ &= \frac{4\cdot 2^{3/2}Z^{3/2}}{3\pi}\int_0^\infty \frac{\varphi^{3/2}}{r^{1/2}}\,\dd r = \frac{2^{7/2}Z^{3/2}}{3\pi}\int_0^\infty \frac{\varphi^{3/2}}{r^{1/2}}\,\dd r \label{eq:4-vne-c} \end{align}1行目は球対称の体積要素を使い,$r^2/r = r$ とした.2行目で $\rho$ の表式を代入.3行目では $4\pi/(3\pi^2)=4/(3\pi)$,$(2Z\varphi/r)^{3/2} = 2^{3/2}Z^{3/2}\varphi^{3/2}r^{-3/2}$ とし,$r^{-3/2}\cdot r = r^{-1/2}$ とまとめた($4\cdot2^{3/2}=2^{7/2}$).次に $r = bx$ と変数変換する($\dd r = b\,\dd x$,$r^{-1/2} = b^{-1/2}x^{-1/2}$):
\begin{equation} \int_0^\infty \frac{\varphi^{3/2}}{r^{1/2}}\dd r = b^{1/2}\int_0^\infty \frac{\varphi(x)^{3/2}}{x^{1/2}}\,\dd x \label{eq:4-vne-d} \end{equation}ここで普遍方程式そのものを使うのが要点である.式 \eqref{eq:4-universal} は $\varphi^{3/2}/x^{1/2} = \varphi''(x)$ と読めるので,積分は完全に実行できる:
\begin{equation} \int_0^\infty \frac{\varphi^{3/2}}{x^{1/2}}\dd x = \int_0^\infty \varphi''(x)\,\dd x = \bigl[\varphi'(x)\bigr]_0^\infty = \varphi'(\infty) - \varphi'(0) = -\varphi'(0) \label{eq:4-vne-e} \end{equation}$\varphi'(\infty)=0$ としてよいのは,遠方で $\varphi \simeq 144x^{-3}$(式 \eqref{eq:4-asym})より $\varphi' \simeq -432x^{-4}\to0$ だからである.次に係数を整理する.$b$ の定義式 \eqref{eq:4-b1} は $2^{7/2}Z^{1/2}b^{3/2}=3\pi$ と書けるので
\begin{equation} \frac{2^{7/2}Z^{3/2}}{3\pi}\,b^{1/2} = \frac{2^{7/2}Z^{3/2}b^{1/2}}{2^{7/2}Z^{1/2}b^{3/2}} = \frac{Z}{b} \label{eq:4-vne-f} \end{equation}($Z^{3/2}/Z^{1/2}=Z$,$b^{1/2}/b^{3/2}=1/b$).したがって
\begin{equation} \int \frac{\rho}{r}\dd^3 r = \frac{Z}{b}\,\bigl|\varphi'(0)\bigr|, \qquad V_{\mathrm{ne}} = -Z\int\frac{\rho}{r}\dd^3 r = -\frac{Z^2}{b}\bigl|\varphi'(0)\bigr| \label{eq:4-vne-final} \end{equation}となる.式 \eqref{eq:4-solve7} と組み合わせ,$b = 0.8853\,Z^{-1/3}$(式 \eqref{eq:4-b})を代入すれば
\begin{align} E_{\mathrm{TF}} &= \frac{3}{7}V_{\mathrm{ne}} = -\frac{3}{7}\,\frac{\abs{\varphi'(0)}}{b}\,Z^2 \label{eq:4-e1}\\ &= -\frac{3}{7}\cdot\frac{1.5880710}{0.8853\,Z^{-1/3}}\,Z^{2} \label{eq:4-e2}\\ &= -\frac{3}{7}\times 1.79375 \times Z^{2+1/3} \label{eq:4-e3} \end{align}2行目は数値を代入し,3行目では $1.5880710/0.8853 = 1.79375$ とし,$Z^2/Z^{-1/3} = Z^{2+1/3} = Z^{7/3}$ と指数をまとめた.最終的に
を得る.中性原子の全エネルギーが原子番号の $7/3$ 乗に比例するという,トーマス・フェルミ模型の最も有名な予言である.
物理的意味:$7/3$ という指数はどこから来たか
指数 $7/3$ は,数値解を知らなくても次元解析だけで出せる.4.5.3項で見たように,トーマス・フェルミ原子の長さスケールは $b\propto Z^{-1/3}$ である.エネルギーは核-電子引力 $\sim Z^2/b$ の程度だから,$Z^2/Z^{-1/3} = Z^{7/3}$ となる.あるいは密度のスケーリングで見ると,$\rho(\rr) = Z^2 f(Z^{1/3}\rr)$ という形($f$ は $Z$ によらない関数)を式 \eqref{eq:4-etf} に代入すると3項すべてが $Z^{7/3}$ に比例することが確かめられる(章末演習4.2).数値解が決めるのは,この $Z^{7/3}$ に掛かる係数 $0.7687$ だけである.普遍関数の存在とスケーリング則の分離——これは物理学における無次元化の威力を示す好例である.
実際の原子の全エネルギー(非相対論的ハートリー・フォック極限)と比べてみよう.
| 原子 | $Z$ | $E_{\mathrm{TF}} = -0.7687\,Z^{7/3}$ | 参照値 $E_{\mathrm{HF}}$ | 比 $E_{\mathrm{TF}}/E_{\mathrm{HF}}$ |
|---|---|---|---|---|
| He | 2 | $-3.87$ | $-2.862$ | 1.354 |
| Ne | 10 | $-165.6$ | $-128.55$ | 1.288 |
| Ar | 18 | $-652.7$ | $-526.82$ | 1.239 |
| Kr | 36 | $-3289.5$ | $-2752.06$ | 1.195 |
| Xe | 54 | $-8472.5$ | $-7232.14$ | 1.172 |
相対誤差は $Z$ とともに単調に小さくなっている.これは偶然ではなく,リープとサイモンが1973年に厳密に証明したように,$Z\to\infty$ の極限でトーマス・フェルミ理論は正確になる($E_{\mathrm{TF}}/E_{\text{厳密}}\to1$).トーマス・フェルミ模型は「重い原子の主要項を与える漸近理論」として数学的にきちんと位置づけられているのである.ただし表4.2から分かるとおり,実用的な原子($Z\lesssim100$)では2割前後の誤差が残り,しかも次節で見るようにこの誤差は化学的に最も重要な部分に集中している.
4.6 トーマス・フェルミ模型の成功と限界
ここまでで,密度だけを変数とする理論を1つ完成させた.その成果と欠陥を冷静に整理しておこう.以後の章はすべて,ここで挙げる欠陥を1つずつ潰していく物語だからである.
4.6.1 成功したこと
- 波動関数からの解放.$3N$ 変数の問題を3変数の問題に還元し,しかも電子数に依存しない普遍方程式 \eqref{eq:4-universal} という形にまで煮詰めた.理論の構造としては,現代の密度汎関数理論とまったく同じ枠組みである.
- $Z^{7/3}$ 則.重い原子の全エネルギーの主要項を正しく与える.表4.2で見たように誤差は $Z$ の増加とともに減少し,$Z\to\infty$ で厳密になることが数学的に証明されている(リープ・サイモンの定理).
- スケーリング則.原子の大きさが $Z^{-1/3}$ で縮むという予言は,内殻電子の空間分布については実際によく合う.$x=r/b$ でスケールすればすべての原子の密度が1本の曲線に重なる,という描像は重元素の内殻の議論でいまも使われる.
- 遮蔽の物理.金属中の点電荷まわりの遮蔽(トーマス・フェルミ遮蔽長)や,半導体の空乏層の記述など,密度がゆるやかに変化する状況では現在も実用的な近似として現役である(章末演習4.4,および第8章).
4.6.2 限界(i):密度の形が核近傍でも遠方でも誤り
4.5.5項で導いたとおり,トーマス・フェルミ密度は核の位置で $\rho\propto r^{-3/2}$ と発散し,遠方では $\rho\propto r^{-6}$ とべき的に減衰する.正しいふるまいはどちらも違う.
- 核近傍:正しい密度は $\rho(0)$ が有限で,原点でカスプ条件 $\left.\dfrac{\dd\bar\rho}{\dd r}\right|_{r=0} = -2Z\,\rho(0)$($\bar\rho$ は球平均密度)を満たす.密度は尖ってはいるが発散しない.トーマス・フェルミ模型では,核の強いクーロン引力に対して局所密度近似の運動エネルギーが弱すぎるため,電子が核に落ち込みすぎるのである.
- 遠方:正しい密度は $\rho\propto e^{-2\sqrt{2I}\,r}$ と指数関数的に減衰する($I$ は最小イオン化エネルギー).これは古典的禁止領域へ波動関数がしみ出す量子力学的効果だが,トーマス・フェルミ模型は式 \eqref{eq:4-rho-of-v} のとおり禁止領域で密度を厳密に $0$ とするか,あるいは $\mu=0$ の場合のようにべき的な裾を出すかのどちらかで,指数減衰を再現できない.
この2つの誤りは,いずれも「$\rho$ の値だけを見て $\nabla\rho$ を見ない」という局所近似の代償である.密度が急激に変化する領域(核近傍と原子の縁)でこそ,局所密度近似の前提 $\abs{\nabla\rho}/\rho \ll k_F$ が破れる.
4.6.3 限界(ii):殻構造が出ない
より深刻なのはこちらである.トーマス・フェルミ原子の動径密度分布 $4\pi r^2\rho(r)$ は,$\varphi(x)$ が単調減少であることから,極大を1つだけもつなだらかな山になる.ところが実際の原子の動径密度分布には,K殻・L殻・M殻に対応するこぶがはっきり現れる(図4.6).
殻構造が出ない理由ははっきりしている.殻とは,動径方向の量子数(節の数)が異なる軌道がとびとびのエネルギーをもつことの現れであり,本質的に波動関数の節の構造から生じる.ところがトーマス・フェルミ模型の運動エネルギー \eqref{eq:4-ttf} は,各点の密度の値だけから決まる滑らかな関数であって,軌道も節も量子数も知らない.したがって,密度がなめらかに変化する解しか出てこないのである.
殻構造が出ないことの帰結は重大である.周期表の周期性(不活性ガスの安定性,アルカリ金属の反応性)も,原子半径やイオン化エネルギーの周期的振動も,トーマス・フェルミ模型では原理的に説明できない.化学のほぼすべてが失われると言ってよい.
原因は運動エネルギー汎関数の誤差にある.それを数値で見よう.
| 運動エネルギーの評価法 | 値 (Ha) | 厳密値からのずれ |
|---|---|---|
| ハートリー・フォック(事実上の厳密値) | 526.82 | — |
| トーマス・フェルミ汎関数 $T_{\mathrm{TF}}[\rho]$ | 489.95 | $-36.87$($-7.0\%$) |
| コーン・シャム(LDA)の $T_s$ | 525.95 | $-0.87$($-0.17\%$) |
$7\%$ という数字は一見小さいが,絶対値では $37$ Ha である.化学結合のエネルギースケールは $0.1$–$0.4$ Ha だから,結合エネルギーの100倍以上の誤差が運動エネルギーだけから生じていることになる.これでは化学が記述できるはずがない.第10章のコーン・シャム法は,運動エネルギーを密度の陽な汎関数で書くことを諦め,補助的な軌道を導入して $T_s$ を厳密に計算する——表4.3の3行目がその効果である.
4.6.4 限界(iii):テラーの非結合定理
トーマス・フェルミ模型の最も劇的な破綻は,次の定理である.
定理:テラーの非結合定理(Teller, 1962)
トーマス・フェルミ理論において,原子核が2個以上ある系(分子)の全エネルギー(核間反発 $E_{\mathrm{nn}}$ を含む)は,核をばらばらに引き離した孤立原子のエネルギーの和より必ず大きい.すなわち
\begin{equation} E_{\mathrm{TF}}^{\text{分子}}\bigl(\{\bm{R}_I\}\bigr) \;\gt\; \sum_I E_{\mathrm{TF}}^{\text{原子}} \label{eq:4-teller} \end{equation}であり,しかもエネルギーは核間距離の単調減少関数である.したがってトーマス・フェルミ理論では,いかなる分子も固体も結合しない.
厳密な証明はリープとサイモン(1977)によるが,なぜそうなるのかは直観的に理解できる.第2章で見たように,化学結合の本質は電子が2つの核にまたがって非局在化することで運動エネルギーが下がることにあった.ところがこの利得は,波動関数が滑らかに広がることによる $\abs{\nabla\psi}^2$ の減少から生じるものであり,密度の勾配の情報を必要とする.トーマス・フェルミの運動エネルギー汎関数は各点の $\rho$ の値しか見ないので,非局在化の利得を感じ取ることができない.
さらに,$T_{\mathrm{TF}}[\rho] = C_F\int\rho^{5/3}$ は $\rho$ の凸関数($5/3 \gt 1$)である.凸性は「密度をならすとエネルギーが下がる」ことを意味するので,結合領域に密度を集めて電荷を溜める(結合電荷を作る)操作は運動エネルギーの損になる.静電的な利得よりこの損が常に勝つ,というのがテラーの定理の内容である.式で書けば,$T_{\mathrm{TF}}$ が凸であること,$V_{\mathrm{ne}}$ と $J$ が静電的であることの組合せから,核間距離についての単調性が従う.
物理的意味:何が足りなかったのか
テラーの定理は,トーマス・フェルミ模型が「原子の平均的な性質を出す粗い理論」ではなく,化学に関しては定性的に間違っている理論であることを示している.しかも足りないものが何かをはっきり教えてくれる:密度の勾配を通じて現れる量子力学的な非局在化の効果,すなわち運動エネルギーの非局所性である.この認識が,1965年にコーンとシャムが「運動エネルギーだけは軌道を使って厳密に計算する」という妥協案(第10章)に至る道を用意した.交換相関を加えても定理は生き延びる(ディラック交換を含むトーマス・フェルミ・ディラック模型でも分子は結合しない)ことが知られており,問題の根が運動エネルギー項にあることを裏づけている.
4.6.5 限界(iv):交換・相関の欠如とその補正
4.3.3項で述べたように,トーマス・フェルミ汎関数 \eqref{eq:4-etf} の電子間相互作用は古典的なハートリー項だけであり,交換も相関も含まれていない.この欠落を局所密度近似の精神で埋める最初の試みが,1930年のディラックによる交換エネルギーの付加である.一様電子ガスの交換エネルギー密度が $\rho^{4/3}$ に比例することから,
\begin{equation} E_x[\rho] = -C_x\int\rho(\rr)^{4/3}\dd^3 r, \qquad C_x = \frac{3}{4}\left(\frac{3}{\pi}\right)^{1/3} = 0.7386 \label{eq:4-dirac-x} \end{equation}と書ける(係数 $C_x$ の導出は第7章で,交換の起源そのものは第5章で扱う).負号は交換がエネルギーを下げることを表す.これを加えた
\begin{equation} E_{\mathrm{TFD}}[\rho] = C_F\!\int\!\rho^{5/3}\dd^3r + \int\! v\rho\,\dd^3r + J[\rho] - C_x\!\int\!\rho^{4/3}\dd^3 r \label{eq:4-tfd} \end{equation}をトーマス・フェルミ・ディラック(TFD)模型という.汎関数微分は式 \eqref{eq:4-fd-power} を $\alpha=4/3$ として使えば直ちに計算でき,オイラー方程式は
\begin{equation} \frac{1}{2}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho^{2/3}(\rr) - \frac{4}{3}C_x\rho^{1/3}(\rr) + V(\rr) = \mu \label{eq:4-tfd-euler} \end{equation}となる($\rho^{4/3}$ の微分で指数が $1/3$ に下がる).TFD模型は原子の全エネルギーをいくらか改善するが,殻構造は依然として現れず,テラーの定理も破れないので分子は結合しない.交換相関を足しても,運動エネルギーの誤差が支配的である限り状況は変わらないのである.
もう1つの方向が,運動エネルギー汎関数そのものに勾配の情報を入れる試みである.ワイツゼッカーは1935年に補正項
\begin{equation} T_{\mathrm{W}}[\rho] = \frac{1}{8}\int \frac{\abs{\nabla\rho(\rr)}^2}{\rho(\rr)}\,\dd^3 r \label{eq:4-weizsacker} \end{equation}を提案した(汎関数微分は4.2.6項の例で計算済み).密度がゆるやかに変化する極限での系統的な勾配展開を行うと,正しい係数は $1/9$ であることが知られており,
\begin{equation} T[\rho] \simeq T_{\mathrm{TF}}[\rho] + \frac{1}{9}T_{\mathrm{W}}[\rho] + \cdots \label{eq:4-gradexp} \end{equation}と書ける.$T_{\mathrm{W}}$ を加えると,核近傍の密度の発散が抑えられ,遠方の裾も指数関数的になり,分子がわずかに結合するようにもなる.しかし殻構造は現れず,精度も化学的要求には遠く及ばない.$\rho$ から運動エネルギーを直接計算しようとする研究(軌道フリーDFT)は現在も続いているが,いまだにコーン・シャム法に対抗できる汎用の精度は得られていない.
4.7 まとめと演習
4.7.1 まとめ
- 局所密度近似:空間を微小セルに分割し,各セルを「その点の密度をもつ一様電子ガス」で置き換えると,非一様系のエネルギーが $E \approx \int \varepsilon(\rho(\rr))\rho(\rr)\dd^3r$ という局所汎関数で近似できる(式 \eqref{eq:4-lda-general}).正当化されるのは $\abs{\nabla\rho}/\rho \ll k_F$ の場合である.
- 汎関数微分:汎関数の変化を $\delta F = \int \frac{\delta F}{\delta\rho(\rr)}\delta\rho(\rr)\dd^3r$ と書いたときの係数関数が汎関数微分である(式 \eqref{eq:4-fd-def}).実際の計算は $\rho\to\rho+\varepsilon\eta$ と置いて $\varepsilon$ の1次の項を取り出せばよい.基本公式は表4.1にまとめた.とくに,局所汎関数では積分が消えてただの常微分になること(式 \eqref{eq:4-fd-local}),ハートリー項では対称性から因子2が出て $\frac{1}{2}$ を打ち消すこと(式 \eqref{eq:4-fd-hartree}),勾配を含む場合は部分積分によりオイラー・ラグランジュ形になること(式 \eqref{eq:4-fd-grad})を押さえておきたい.
- トーマス・フェルミ汎関数:運動エネルギーを局所密度近似で $C_F\int\rho^{5/3}$($C_F=2.8712$)とし,外部ポテンシャル項(これは厳密)とハートリー項を加えたものが $E_{\mathrm{TF}}[\rho]$ である(式 \eqref{eq:4-etf}).交換も相関も含まない.
- トーマス・フェルミ方程式:粒子数保存の拘束のもとでの変分($\delta(E_{\mathrm{TF}}-\mu\!\int\!\rho)/\delta\rho=0$)から,代数方程式 $\frac{1}{2}(3\pi^2)^{2/3}\rho^{2/3}(\rr)+V(\rr)=\mu$ が得られる(式 \eqref{eq:4-tfeq}).左辺第1項は局所フェルミエネルギー $\varepsilon_F(\rr)$ であり,方程式は「$\varepsilon_F(\rr)+V(\rr)$ が空間的に一定」すなわちフェルミ準位の平坦性を表す.
- 化学ポテンシャル:ラグランジュ乗数 $\mu$ は $\mu=\partial E/\partial N$ に等しく(式 \eqref{eq:4-mu-dedn}),電気陰性度と直結する物理量である.中性原子では $\mu=0$.
- 原子の普遍方程式:ポアソン方程式とトーマス・フェルミ方程式を連立し,$\Phi=(Z/r)\varphi$,$x=r/b$,$b=\frac{1}{2}(3\pi/4)^{2/3}Z^{-1/3}a_0 = 0.8853\,Z^{-1/3}a_0$ と無次元化すると,$Z$ を含まない普遍方程式 $\varphi''=\varphi^{3/2}/\sqrt{x}$ が得られる(式 \eqref{eq:4-universal}).境界条件は $\varphi(0)=1$,$\varphi(\infty)=0$ で,初期勾配は $\varphi'(0)=-1.5880710$.
- $Z^{7/3}$ 則:オイラー方程式とスケーリングによるビリアル定理を組み合わせると $J=T/3$,$V_{\mathrm{ne}}=-\frac{7}{3}T$,$E=-T=\frac{3}{7}V_{\mathrm{ne}}$ が導かれ,$E_{\mathrm{TF}}=-\frac{3}{7}\abs{\varphi'(0)}Z^2/b = -0.7687\,Z^{7/3}$ Ha となる(式 \eqref{eq:4-etf-z73}).$Z\to\infty$ でこの表式は厳密になる.
- 限界:(i) 核近傍で $\rho\propto r^{-3/2}$ と発散し,遠方は $r^{-6}$ で指数減衰にならない.(ii) 殻構造が出ないので周期律を説明できず,運動エネルギーの誤差はAr原子で $7\%$($37$ Ha)に達する.(iii) テラーの非結合定理により,いかなる分子も結合しない.(iv) 交換・相関がない.ディラック交換 $-C_x\int\rho^{4/3}$ やワイツゼッカー補正 $\frac{1}{9}T_{\mathrm{W}}$ を加えても,(ii)(iii) は本質的に改善しない.
4.7.2 次章への橋渡し
トーマス・フェルミ模型が残した課題は,はっきり2本の糸に分かれている.(a) 電子間相互作用の量子力学的部分(交換と相関)をどう扱うか.これは第5章のハートリー・フォック法(交換を厳密に扱う代わりに相関を捨てる),第6章の第二量子化(多体系を記述する言語),第7章の一様電子ガスの交換相関エネルギー,第11章の交換相関汎関数へと続く.(b) 運動エネルギーをどう正確に評価するか.こちらは第9章のホーエンベルグ・コーン定理(そもそも密度だけで全てが決まるという保証)を経て,第10章のコーン・シャム法——補助的な軌道を導入して運動エネルギーの大部分を厳密に計算する——で決着する.本章で導入した汎関数微分と制約付き変分の道具は,その両方で繰り返し使われる.
4.7.3 演習問題
演習4.1 汎関数微分の練習
次の汎関数の汎関数微分 $\delta F/\delta\rho(\rr)$ を求めよ.
- ディラック交換エネルギー $E_x[\rho] = -C_x\displaystyle\int\rho^{4/3}\dd^3r$.
- $F[\rho] = \displaystyle\int \abs{\nabla\rho}^2\,\dd^3 r$.
- 密度を $\rho=\psi^2$($\psi$ は正の実関数)と書いたとき,ワイツゼッカー汎関数 \eqref{eq:4-weizsacker} が $T_{\mathrm{W}} = \frac{1}{2}\displaystyle\int\abs{\nabla\psi}^2\dd^3 r$ と等しいことを示せ.さらに,この形が1電子系の運動エネルギー $\left\langle \psi\left|-\frac{1}{2}\nabla^2\right|\psi\right\rangle$ に一致することを,部分積分によって確かめよ.
ヒント:(1) は公式 \eqref{eq:4-fd-power} を $\alpha=4/3$ として使うだけ.(2) は公式 \eqref{eq:4-fd-grad} で $f=\abs{\nabla\rho}^2$,$\partial f/\partial\rho=0$,$\partial f/\partial(\nabla\rho)=2\nabla\rho$.答えは $-2\nabla^2\rho$ になる.(3) は $\nabla\rho = 2\psi\nabla\psi$ を代入し,$\abs{\nabla\rho}^2/\rho = 4\abs{\nabla\psi}^2$ を使う.最後の部分積分では,束縛状態で $\psi$ が無限遠で指数的に $0$ になることから境界項が消える(4.2.6項の数学ノート).
演習4.2 スケーリングだけで $Z^{7/3}$ 則を出す
中性原子($N=Z$)のトーマス・フェルミ密度が
$\rho(\rr) = Z^2 f\!\left(Z^{1/3}\rr\right)$
という形に書けると仮定する($f$ は $Z$ によらない関数).
- $\displaystyle\int\rho\,\dd^3 r = Z$ が $\displaystyle\int f(\bm{u})\dd^3 u = 1$ と同値であることを示せ.
- $T_{\mathrm{TF}}$,$V_{\mathrm{ne}}$,$J$ の3項がいずれも $Z^{7/3}$ に比例することを示し,比例係数を $f$ による積分で表せ.
- 以上から,普遍方程式を解かなくても $E_{\mathrm{TF}}\propto Z^{7/3}$ が言えることを説明せよ.数値解が決めているのは何か.
ヒント:すべて $\bm{u}=Z^{1/3}\rr$ の置換で処理できる.$\dd^3 r = Z^{-1}\dd^3 u$,$1/r = Z^{1/3}/u$,$1/\abs{\rr-\rr'} = Z^{1/3}/\abs{\bm{u}-\bm{u}'}$ に注意.この仮定した形が実際に式 \eqref{eq:4-rho-phi} と \eqref{eq:4-b} から従うことも確かめておくとよい.
演習4.3 遠方解 $\varphi=144/x^3$ の性質
- $\varphi(x)=144/x^3$ が普遍方程式 \eqref{eq:4-universal} の厳密解であることを,代入して確かめよ.
- この解は物理的な中性原子の解になりえない.なぜか(境界条件 \eqref{eq:4-bc0} を見よ).
- この漸近形から $\rho(r)\propto r^{-6}$ を導き,$\int\rho\,\dd^3 r$ が収束することを確かめよ.また,原子の「大きさ」を「電子の $99\%$ が含まれる半径」で定義したとき,それが $Z$ にどう依存するかを見積もれ.
ヒント:(1) は $\varphi''=1728/x^5$ と $\varphi^{3/2}x^{-1/2}=144^{3/2}x^{-5}$ を比べる($144^{3/2}=12^3=1728$).(2) $x\to0$ で発散するので $\varphi(0)=1$ を満たせない.臨界解は $x\gg1$ でのみこの形に漸近する.(3) $4\pi r^2\rho \propto r^{-4}$ なので $\int^\infty r^{-4}\dd r$ は収束する.半径は $x$ で測ると $Z$ によらないので,実距離では $b\propto Z^{-1/3}$ に比例する.実際の原子半径がほぼ $Z$ によらないという事実と比較して考察せよ.
演習4.4 金属中のトーマス・フェルミ遮蔽
一様な電子ガス(密度 $\rho_0$)の中に,電荷 $Q$ の点電荷を原点に埋め込む.密度の変化 $\delta\rho = \rho-\rho_0$ が小さいとして,以下を示せ.
- トーマス・フェルミ方程式 \eqref{eq:4-tfeq} を $\rho_0$ のまわりで線形化すると,静電ポテンシャル $\Phi$ と $\delta\rho$ の関係が $\delta\rho = \dfrac{3\rho_0}{2\varepsilon_F}\Phi$ となること.
- これをポアソン方程式 $\nabla^2\Phi = -4\pi Q\delta(\rr) + 4\pi\delta\rho$ に代入すると $\left(\nabla^2 - k_{\mathrm{TF}}^2\right)\Phi = -4\pi Q\delta(\rr)$ となり,$k_{\mathrm{TF}}^2 = 6\pi\rho_0/\varepsilon_F = 4k_F/\pi$(ハートリー原子単位)であること.この $k_{\mathrm{TF}}$ は第8章で $\kappa_{\mathrm{TF}}$ と書かれる遮蔽波数と同じ量である.
- 球対称解が湯川型 $\Phi(r) = \dfrac{Q}{r}e^{-k_{\mathrm{TF}}r}$ で与えられること.
- $r_s = 2$(典型的な金属)のとき遮蔽長 $1/k_{\mathrm{TF}}$ は何ボーアか.裸のクーロン相互作用がどれほど短距離化されるか論じよ.
ヒント:(1) $\frac{1}{2}(3\pi^2)^{2/3}\rho^{2/3}$ を $\rho_0$ のまわりで1次まで展開する.導関数は $\frac{1}{3}(3\pi^2)^{2/3}\rho_0^{-1/3}$ で,$\varepsilon_F=\frac{1}{2}(3\pi^2\rho_0)^{2/3}$ を使うと $\frac{2\varepsilon_F}{3\rho_0}$ と書ける.$V=-\Phi$ に注意.(2) $\rho_0 = k_F^3/3\pi^2$,$\varepsilon_F=k_F^2/2$ を代入する.(3) $r\neq0$ で $\frac{1}{r}\frac{\dd^2}{\dd r^2}(r\Phi) = k_{\mathrm{TF}}^2\Phi$ を解き,$r\to0$ で $\Phi\to Q/r$ となるように規格化する.この結果は第8章でリントハルト関数と比較され,トーマス・フェルミ近似が $2k_F$ 近傍の応答を取りこぼしていること(フリーデル振動の欠如)が明らかになる.
参考文献
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