密度汎関数理論入門 — 目次 第I部 多電子問題の基礎 / 第3章

第3章自由電子ガス

第2章では,ビリアル定理を用いて運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの釣り合いを調べ,化学結合の成り立ちを考察した.本章では視点を変えて,多電子系の最も単純な理想化である自由電子ガス(一様電子ガス,homogeneous electron gas)を調べる.電子間のクーロン反発も原子核が作るポテンシャルもすべて無視し,電子の運動エネルギーとパウリの排他律だけを残した模型である.一見乱暴な単純化に見えるが,この模型は金属の基本的性質(フェルミ面の存在,状態密度,圧縮率の桁)を驚くほどよく説明する.さらに重要なことに,一様電子ガスは密度汎関数理論(DFT)の全体を貫く参照系である.水素原子が1電子問題の「厳密に解ける出発点」であるように,一様電子ガスはDFTにとっての「水素原子」なのである.本章で導く運動エネルギー密度 $t(\rho)\propto\rho^{5/3}$ は第4章のトーマス・フェルミ模型の土台となり,フェルミ球の描像は第7章のジェリウム模型で電子間相互作用を摂動として取り込む際の出発点となる.

この章で学ぶこと
  • Born–von Karman 周期境界条件の意味と,平面波解の規格直交性
  • $k$ 空間における状態の数え上げ:単位体積あたり $V/(2\pi)^3$ 個(スピン1成分あたり)
  • 基底状態としてのフェルミ球と,フェルミ波数 $k_F=(3\pi^2 n)^{1/3}$ の導出
  • 状態密度 $D(\varepsilon)\propto\sqrt{\varepsilon}$ の2通りの導出と,関係式 $D(\varepsilon_F)=3N/2\varepsilon_F$
  • 1電子あたりの運動エネルギー $E/N=(3/5)\varepsilon_F$ と,運動エネルギー密度 $t(\rho)\propto\rho^{5/3}$
  • 密度パラメータ $r_s$ と,運動エネルギーの表式 $2.21/r_s^2$ Ry $=1.105/r_s^2$ Ha
  • 電子ガスの圧力 $P=(2/5)n\varepsilon_F$ と体積弾性率,ビリアル定理との整合性

単位系について

本章では第1章で導入したハートリー原子単位系($\hbar=m_e=e=4\pi\varepsilon_0=1$)を用いる.長さの単位はボーア半径 $a_0=0.529177\,\text{Å}$,エネルギーの単位はハートリー(Hartree)であり,

$$ 1\ \mathrm{Ha} = 2\ \mathrm{Ry} = 27.2114\ \mathrm{eV} $$

である.歴史的経緯から,電子ガスの理論ではリュードベリ(Ry)単位のエネルギー表記も広く使われるため,本章では主要な結果に Ry 換算を併記する.換算は単純に「Ha の値を2倍すれば Ry」である.

3.1 モデルの設定

まず模型を正確に定義しよう.一辺 $L$,体積 $V=L^3$ の立方体の中に $N$ 個の電子を入れる.電子どうしの相互作用は無視する.系全体が電気的に中性であるためには,電子の負電荷を打ち消す正電荷が必要だが,それは空間に一様に塗り広げられた背景電荷として存在し,一様であるがゆえに電子に力を及ぼさない,と考えておく(この背景電荷を真面目に取り扱い,電子間相互作用も復活させた模型がジェリウム模型であり,第7章で扱う).このとき $N$ 電子系のハミルトニアンは運動エネルギーだけからなる:

\begin{equation} \hat{H} = \sum_{i=1}^{N}\left(-\frac{1}{2}\nabla_i^2\right). \label{eq:3-hamiltonian} \end{equation}

このハミルトニアンは各電子の項の単純な和であるから,多電子問題はただちに1電子問題に分解される.すなわち,1電子のシュレーディンガー方程式

\begin{equation} -\frac{1}{2}\nabla^2 \psi(\rr) = \varepsilon\,\psi(\rr) \label{eq:3-sp-schrodinger} \end{equation}

を解き,得られた1電子状態(軌道)にパウリの排他律に従って電子を詰めれば,多電子系の基底状態が構成できる.本節ではまず式 $\eqref{eq:3-sp-schrodinger}$ の解を,適切な境界条件のもとで完全に決定する.

3.1.1 境界条件の選択:なぜ周期境界条件か

有限の箱の中の問題であるから,境界条件を指定しなければ解は定まらない.直感的には「箱の壁で波動関数がゼロになる」という固定端条件(無限に深い井戸型ポテンシャル)が自然に思えるかもしれない.しかし,われわれが知りたいのは巨視的な金属のバルク(内部)の性質である.バルクの性質とは,$N\to\infty$,$V\to\infty$ を密度 $n=N/V$ 一定のまま実行する極限(熱力学極限)で,体積あたり・粒子あたりの量として定まる性質を指す.表面の影響は表面積/体積 $\sim L^2/L^3 = 1/L$ の割合でしか効かないため,この極限では境界条件の詳細は結果に影響しない.実際,固定端条件を採用しても,以下で求めるフェルミ波数や状態密度は熱力学極限で完全に一致する(章末の演習3.3で確かめる).

そこで,境界条件は物理を変えない範囲で最も計算に便利なものを選べばよい.それが Born–von Karman 周期境界条件(periodic boundary condition)である:

\begin{equation} \psi(x+L,\,y,\,z) = \psi(x,y,z),\qquad \psi(x,\,y+L,\,z) = \psi(x,y,z),\qquad \psi(x,\,y,\,z+L) = \psi(x,y,z). \label{eq:3-pbc} \end{equation}

これは「箱の右端から出た電子は左端から入ってくる」,言い換えれば「一辺 $L$ の箱を単位として全空間が周期的に繰り返している」と見なすことに相当する(図3.1).1次元でいえば,長さ $L$ の線分の両端をつないで輪にした状況である.

0 L 実際に考える領域(一辺 L の箱) 同じ波の繰り返し 同じ波の繰り返し ψ(x+L) = ψ(x)
図3.1:Born–von Karman 周期境界条件の概念図(1次元断面).一辺 $L$ の箱の中の波動関数(中央,青)が,全空間で周期 $L$ で繰り返されていると見なす.境界(赤破線)で波動関数とその微分は滑らかにつながる.

物理的意味:固定端ではなく周期境界を選ぶ理由

周期境界条件には,単なる計算上の便利さを超えた利点がある.

繰り返すが,バルクの性質(体積あたり・粒子あたりの量)は熱力学極限で境界条件に依存しない.だからこそ,最も便利な周期境界条件を安心して使うことができる.

3.1.2 平面波解とエネルギー分散

これから,式 $\eqref{eq:3-sp-schrodinger}$ の解が平面波 $e^{i\kk\cdot\rr}$ で与えられることを確かめ,規格化定数を決定する.まず試行解として

\begin{equation} \psi_{\kk}(\rr) = C\, e^{i\kk\cdot\rr} = C\, e^{i(k_x x + k_y y + k_z z)} \label{eq:3-ansatz} \end{equation}

を代入してみる.$x$ についての偏微分を実行すると,

\begin{align} \frac{\partial}{\partial x} e^{i(k_x x + k_y y + k_z z)} &= i k_x\, e^{i(k_x x + k_y y + k_z z)}, \label{eq:3-d1}\\ \frac{\partial^2}{\partial x^2} e^{i(k_x x + k_y y + k_z z)} &= (i k_x)^2\, e^{i(k_x x + k_y y + k_z z)} = -k_x^2\, e^{i(k_x x + k_y y + k_z z)}. \label{eq:3-d2} \end{align}

1行目は指数関数の微分(合成関数の微分で $ik_x$ が前に出る),2行目はそれをもう一度繰り返し,$i^2=-1$ を使った.$y$,$z$ についても全く同様だから,ラプラシアン $\nabla^2 = \partial_x^2+\partial_y^2+\partial_z^2$ を作用させると

\begin{equation} \nabla^2 e^{i\kk\cdot\rr} = -(k_x^2+k_y^2+k_z^2)\, e^{i\kk\cdot\rr} = -\abs{\kk}^2 e^{i\kk\cdot\rr} \label{eq:3-laplacian} \end{equation}

となる.これを式 $\eqref{eq:3-sp-schrodinger}$ の左辺に代入すれば

\begin{equation} -\frac{1}{2}\nabla^2 \psi_{\kk}(\rr) = \frac{\abs{\kk}^2}{2}\,\psi_{\kk}(\rr) \end{equation}

となり,確かに $\psi_{\kk}$ は固有関数であって,その固有値(1電子エネルギー)は

\begin{equation} \varepsilon_{\kk} = \frac{\abs{\kk}^2}{2} \qquad\left(\text{一般の単位では } \varepsilon_{\kk}=\frac{\hbar^2 \abs{\kk}^2}{2m}\right) \label{eq:3-disp} \end{equation}

である.エネルギーが波数の2乗に比例する,この放物線型の関係を自由電子分散と呼ぶ.$\kk$ は電子の運動量そのものである(原子単位では $\bm{p}=\hbar\kk=\kk$).実際,運動量演算子 $-i\nabla$ を $\psi_{\kk}$ に作用させると式 $\eqref{eq:3-d1}$ より $-i\nabla\psi_{\kk}=\kk\,\psi_{\kk}$ となり,平面波は運動量の固有状態である.

3.1.3 規格化定数の決定

次に規格化定数 $C$ を決める.波動関数の絶対値の2乗を箱全体で積分したものが1に等しい,という規格化条件を課す:

\begin{align} 1 &= \int_V \abs{\psi_{\kk}(\rr)}^2 \dd^3 r \label{eq:3-norm1}\\ &= \int_V \left(C e^{i\kk\cdot\rr}\right)^{\!*} \left(C e^{i\kk\cdot\rr}\right) \dd^3 r \label{eq:3-norm2}\\ &= \abs{C}^2 \int_V e^{-i\kk\cdot\rr}\, e^{i\kk\cdot\rr}\, \dd^3 r \label{eq:3-norm3}\\ &= \abs{C}^2 \int_V 1\, \dd^3 r \label{eq:3-norm4}\\ &= \abs{C}^2\, V. \label{eq:3-norm5} \end{align}

1行目から2行目へは試行解 $\eqref{eq:3-ansatz}$ を代入し,2行目から3行目へは複素共役をとった($C^* $ と $e^{-i\kk\cdot\rr}$ になる).3行目から4行目へは $e^{-i\kk\cdot\rr}e^{i\kk\cdot\rr}=e^{0}=1$ を使い,最後は体積 $V$ の箱の中で 1 を積分しただけである.よって $\abs{C}=1/\sqrt{V}$ であり,位相は物理に影響しないので $C=1/\sqrt{V}$ と選ぶ.こうして規格化された平面波

\begin{equation} \psi_{\kk}(\rr) = \frac{1}{\sqrt{V}}\, e^{i\kk\cdot\rr} \label{eq:3-planewave} \end{equation}

が得られた.

3.1.4 許される波数の量子化

ここまで $\kk$ は任意だったが,周期境界条件 $\eqref{eq:3-pbc}$ を課すと $\kk$ は離散的な値しか取れなくなる.これから,その条件を導く.$x$ 方向の条件 $\psi(x+L,y,z)=\psi(x,y,z)$ に平面波 $\eqref{eq:3-planewave}$ を代入すると,

\begin{align} \frac{1}{\sqrt{V}}e^{i k_x (x+L)} e^{i(k_y y + k_z z)} &= \frac{1}{\sqrt{V}}e^{i k_x x} e^{i(k_y y + k_z z)} \label{eq:3-q1}\\ e^{i k_x x}\, e^{i k_x L} &= e^{i k_x x} \label{eq:3-q2}\\ e^{i k_x L} &= 1. \label{eq:3-q3} \end{align}

1行目から2行目へは指数法則 $e^{ik_x(x+L)}=e^{ik_x x}e^{ik_x L}$ を使い,共通因子 $e^{i(k_y y+k_z z)}/\sqrt{V}$ で両辺を割った.2行目から3行目へは,ゼロでない共通因子 $e^{ik_x x}$ で両辺を割った.オイラーの公式 $e^{i\theta}=\cos\theta + i\sin\theta$ を式 $\eqref{eq:3-q3}$ に用いると,

\begin{equation} \cos(k_x L) + i \sin(k_x L) = 1 \quad\Longleftrightarrow\quad \cos(k_x L) = 1 \ \text{かつ}\ \sin(k_x L) = 0 \end{equation}

であり(実部と虚部がそれぞれ等しい),これを満たす $k_x L$ は $2\pi$ の整数倍に限られる.$y$,$z$ 方向も同様であるから,許される波数は

\begin{equation} k_x = \frac{2\pi n_x}{L},\quad k_y = \frac{2\pi n_y}{L},\quad k_z = \frac{2\pi n_z}{L},\qquad n_x, n_y, n_z = 0, \pm 1, \pm 2, \cdots \label{eq:3-kquant} \end{equation}

となる.これが本章の数え上げの出発点となる重要な結果である.許される $\kk$ は,$k$ 空間(波数空間)において間隔 $2\pi/L$ の立方格子点をなす.箱が大きいほど格子点は密になり,$L\to\infty$ で連続的に分布するようになる.

3.1.5 直交性の証明

異なる格子点 $\kk\ne\kk'$ に属する平面波が互いに直交することを証明しておこう.この直交性は,状態を「別々のもの」として数え上げてよいことの数学的な根拠であり,また第6章以降で行列要素を計算する際に繰り返し使われる.示すべきは

\begin{equation} \int_V \psi_{\kk'}^*(\rr)\, \psi_{\kk}(\rr)\, \dd^3 r = \delta_{\kk\kk'} \label{eq:3-ortho} \end{equation}

である($\delta_{\kk\kk'}$ はクロネッカーのデルタ:$\kk=\kk'$ のとき1,それ以外は0).左辺に式 $\eqref{eq:3-planewave}$ を代入すると

\begin{align} \int_V \psi_{\kk'}^*\, \psi_{\kk}\, \dd^3 r &= \frac{1}{V}\int_V e^{i(\kk-\kk')\cdot\rr}\, \dd^3 r \label{eq:3-o1}\\ &= \frac{1}{V} \int_0^L e^{i(k_x-k_x')x}\dd x \int_0^L e^{i(k_y-k_y')y}\dd y \int_0^L e^{i(k_z-k_z')z}\dd z \label{eq:3-o2} \end{align}

となる.1行目では2つの指数関数をまとめ,2行目では被積分関数が $e^{i(k_x-k_x')x}\,e^{i(k_y-k_y')y}\,e^{i(k_z-k_z')z}$ と各座標の関数の積に分かれることを使って,3重積分を1次元積分3つの積に分解した.そこで1次元積分

\begin{equation} I \equiv \int_0^L e^{i(k_x-k_x')x}\, \dd x \end{equation}

を評価すればよい.場合分けをする.

(i) $k_x = k_x'$ のとき.被積分関数は $e^0=1$ となるので,

\begin{equation} I = \int_0^L 1\, \dd x = L. \label{eq:3-o-same} \end{equation}

(ii) $k_x \ne k_x'$ のとき.指数関数の原始関数を使って積分を実行する:

\begin{align} I &= \left[\frac{e^{i(k_x-k_x')x}}{i(k_x-k_x')}\right]_0^L \label{eq:3-o3}\\ &= \frac{e^{i(k_x-k_x')L} - 1}{i(k_x-k_x')} \label{eq:3-o4}\\ &= \frac{e^{2\pi i (n_x-n_x')} - 1}{i(k_x-k_x')} \label{eq:3-o5}\\ &= \frac{1-1}{i(k_x-k_x')} = 0. \label{eq:3-o6} \end{align}

1行目は $e^{iax}$ の原始関数が $e^{iax}/(ia)$ であること($a=k_x-k_x'\ne 0$ なので分母はゼロでない),2行目は端点 $x=L$ と $x=0$ の値の差をとった.3行目では量子化条件 $\eqref{eq:3-kquant}$ から $k_x-k_x' = 2\pi(n_x-n_x')/L$,したがって $(k_x-k_x')L = 2\pi(n_x-n_x')$ が整数×$2\pi$ であることを使った.4行目は,任意の整数 $m$ に対して $e^{2\pi i m}=\cos(2\pi m)+i\sin(2\pi m) = 1$ となることによる.

まとめると $I = L\,\delta_{k_x k_x'}$ であり,$y$,$z$ 方向も同じだから,式 $\eqref{eq:3-o2}$ は

\begin{equation} \int_V \psi_{\kk'}^*\, \psi_{\kk}\, \dd^3 r = \frac{1}{V}\cdot L\,\delta_{k_x k_x'}\cdot L\,\delta_{k_y k_y'}\cdot L\,\delta_{k_z k_z'} = \frac{L^3}{V}\,\delta_{\kk\kk'} = \delta_{\kk\kk'} \end{equation}

となり($L^3=V$ を使った),式 $\eqref{eq:3-ortho}$ が証明された.周期境界条件を満たす平面波の組 $\{\psi_{\kk}\}$ は規格直交系をなす.

数学ノート:周期境界条件とフーリエ級数

いま証明した規格直交性は,実はフーリエ級数の理論の中核である.周期 $L$ を持つ(区分的に滑らかな)任意の関数 $f(\rr)$,すなわち $f(x+L,y,z)=f(x,y,z)$ などを満たす関数は,許される波数 $\eqref{eq:3-kquant}$ の平面波で展開できる:

$$ f(\rr) = \sum_{\kk} f_{\kk}\, \frac{e^{i\kk\cdot\rr}}{\sqrt{V}}, \qquad f_{\kk} = \int_V \frac{e^{-i\kk\cdot\rr}}{\sqrt{V}}\, f(\rr)\, \dd^3 r. $$

展開係数 $f_{\kk}$ の式は,展開式の両辺に $e^{-i\kk'\cdot\rr}/\sqrt{V}$ を掛けて積分し,直交性 $\eqref{eq:3-ortho}$ で和を1項だけ残すことで得られる(フーリエ係数の「取り出し」).つまり平面波の組は規格直交であるだけでなく完全系であり,周期関数の空間の正規直交基底をなす.この事実は,本書の後半で現れる平面波基底の第一原理計算(第12章以降)の数学的基盤でもある.なお,$L\to\infty$ の極限で和が積分に移行し,フーリエ級数はフーリエ変換になる.この移行の規則は次節で導く状態数の密度 $V/(2\pi)^3$ そのものである.

3.1.6 スピンの自由度

電子はスピン $1/2$ を持つから,1電子状態を完全に指定するには軌道部分の量子数 $\kk$ に加えてスピン量子数 $\sigma$($\uparrow$ または $\downarrow$)が必要である.1電子状態の完全な波動関数は,軌道部分とスピン部分の積

\begin{equation} \varphi_{\kk\sigma}(\rr, s) = \psi_{\kk}(\rr)\, \eta_{\sigma}(s) = \frac{1}{\sqrt{V}} e^{i\kk\cdot\rr}\, \eta_{\sigma}(s) \label{eq:3-spinorbital} \end{equation}

で与えられる($\eta_\sigma$ はスピン関数,$s$ はスピン座標).ハミルトニアン $\eqref{eq:3-hamiltonian}$ はスピンに依存しないので,エネルギー $\varepsilon_{\kk}$ は $\sigma$ によらない.したがって各 $\kk$ 点には,スピンの異なる2つの状態 $(\kk,\uparrow)$ と $(\kk,\downarrow)$ が同じエネルギーで存在する.パウリの排他律により,1つの状態 $(\kk,\sigma)$ を占有できる電子は高々1個である.

以上で1電子問題は完全に解けた.得られたものを整理すると:(i) 1電子状態は $(\kk,\sigma)$ で指定され,(ii) $\kk$ は $k$ 空間の間隔 $2\pi/L$ の立方格子点に限られ,(iii) エネルギーは $\varepsilon_{\kk}=\abs{\kk}^2/2$ で,(iv) 各 $\kk$ にスピンの2状態が付随する.次節では,この離散的な状態を数え上げる技術を確立する.

3.2 $k$ 空間の状態の数え上げ

前節で,許される1電子状態が $k$ 空間の格子点に対応することが分かった.固体物理と電子状態理論のあらゆる場面で必要になるのは,「ある領域に格子点がいくつあるか」を数える技術である.この節では,$k$ 空間の単位体積あたりの状態数が $V/(2\pi)^3$(スピン1成分あたり)であることを,1次元から出発して導く.

3.2.1 1次元での数え上げ

まず1次元で考える.許される波数は $k = 2\pi n/L$($n$ は整数)だから,$k$ 軸上に間隔

\begin{equation} \Delta k = \frac{2\pi}{L} \label{eq:3-spacing} \end{equation}

で等間隔に並ぶ.したがって,$k$ 軸上の長さ $\mathcal{K}$ の区間(ただし $\mathcal{K}\gg 2\pi/L$)に含まれる格子点の数は,区間の長さを間隔で割って

\begin{equation} \frac{\mathcal{K}}{\Delta k} = \frac{L}{2\pi}\,\mathcal{K} \label{eq:3-count1d} \end{equation}

である.すなわち1次元では,$k$ 軸の単位長さあたり $L/2\pi$ 個の状態(スピン1成分あたり)が存在する.端の半端(区間の端に格子点が乗るかどうか)は高々1個の差であり,$\mathcal{K}/\Delta k \gg 1$ の極限で無視できる.

3.2.2 3次元への拡張

3次元では,許される波数 $\eqref{eq:3-kquant}$ は

\begin{equation} \kk = \frac{2\pi}{L}(n_x,\, n_y,\, n_z) \end{equation}

であり,$k$ 空間内の一辺 $2\pi/L$ の立方格子をなす.格子点1つあたりが「占有する」$k$ 空間の体積は,1点につき一辺 $2\pi/L$ の立方体1個分だから

\begin{equation} \left(\frac{2\pi}{L}\right)^3 = \frac{(2\pi)^3}{L^3} = \frac{(2\pi)^3}{V} \label{eq:3-cell} \end{equation}

である(図3.2).よって,$k$ 空間内の体積 $\Omega$ の領域(ただし $\Omega \gg (2\pi)^3/V$)に含まれる格子点の数は,領域の体積を1点あたりの体積で割って

\begin{equation} \frac{\Omega}{(2\pi)^3/V} = \frac{V}{(2\pi)^3}\,\Omega \label{eq:3-count3d} \end{equation}

となる.ここでも境界付近の半端は,領域の体積に対する表面の寄与として相対的に $O(L^{-1})$ で消える.これで目標の結果が得られた:

$$ \text{$k$ 空間の単位体積あたりの状態数} = \frac{V}{(2\pi)^3} \quad\text{(スピン1成分あたり)}. $$

この密度は領域の形にはよらないことに注意しよう.球でも球殻でも任意の形の領域でも,体積 $\Omega$ に $V\Omega/(2\pi)^3$ 個の状態が入る.この普遍性が,次節のフェルミ球や3.4節の状態密度の計算を可能にする.さらにスピン縮重度2を考慮すると,体積 $\Omega$ に詰められる電子の最大数は $2V\Omega/(2\pi)^3$ である.

kx ky 2π/L 1状態あたりの体積 (2π/L)³ (スピンを含めると2電子まで) 格子点間隔 2π/L の立方格子(2次元断面)
図3.2:$k$ 空間における許される状態の分布($k_x$–$k_y$ 断面).青い点が許される波数 $\kk=(2\pi/L)(n_x,n_y,n_z)$ を表し,1点あたり体積 $(2\pi/L)^3$(緑の正方形は断面)を占める.したがって単位体積あたり $V/(2\pi)^3$ 個の状態が存在する.

3.2.3 和から積分へ

$L$ が大きいとき,格子点間隔 $2\pi/L$ は微小になるので,$\kk$ についての和は積分に置き換えられる.滑らかな関数 $f(\kk)$ に対して,体積要素 $\dd^3 k$ の中には $\dfrac{V}{(2\pi)^3}\dd^3 k$ 個の格子点があるから,

$$ \sum_{\kk\sigma} f(\kk) \;\longrightarrow\; 2\,\frac{V}{(2\pi)^3}\int f(\kk)\, \dd^3 k \qquad (L\to\infty) $$

という置き換え規則が成り立つ(スピン和 $\sum_\sigma$ は $f$ がスピンによらないとき因子2を与える).この規則は本章だけでなく本書全体で何十回となく使う,最重要の道具である.

例:格子点間隔はどれほど小さいか

巨視的な金属片として $L = 1\,\mathrm{cm}$ の立方体を考える.原子単位に直すと $L = 10^{-2}\,\mathrm{m}\,/\,(5.29177\times 10^{-11}\,\mathrm{m}) = 1.89\times 10^{8}\,a_0$ である.よって格子点間隔は

$$ \Delta k = \frac{2\pi}{L} = \frac{2\pi}{1.89\times 10^{8}} = 3.3\times 10^{-8}\ a_0^{-1} $$

となる.後で見るように典型的な金属のフェルミ波数は $k_F\sim 0.5\ a_0^{-1}$ 程度だから,$\Delta k/k_F \sim 10^{-7}$ であり,格子点は実質的に連続とみなせる.エネルギーの目盛りで言えば,フェルミ準位近傍での準位間隔は $\sim k_F\,\Delta k \approx 1.6\times 10^{-8}\,\mathrm{Ha} \approx 4\times 10^{-7}\,\mathrm{eV}$ であり,室温の熱エネルギー $k_B T \approx 10^{-3}\,\mathrm{Ha}$ よりはるかに小さい.和を積分で置き換える近似は極めて良い.なお,実際の第一原理計算では有限個の $k$ 点で積分を近似する($k$ 点サンプリング,第12章).その考え方の原点がこの数え上げである.

3.3 基底状態:フェルミ球

状態の数え上げの準備が整ったので,$N$ 電子系の基底状態(温度ゼロで実現する最低エネルギー状態)を構成しよう.手続きは単純である.パウリの排他律により1つの状態 $(\kk,\sigma)$ には電子を1個しか入れられないから,エネルギーの低い状態から順に,1状態1個ずつ,$N$ 個の電子を詰めていけばよい.

エネルギー $\eqref{eq:3-disp}$ は $\abs{\kk}$ だけの単調増加関数だから,「エネルギーの低い順」とは「原点 $\kk=0$ に近い順」である.したがって $N$ 個の電子を詰め終えたとき,占有された状態の集合は $k$ 空間の原点を中心とする球になる(図3.3).

定義:フェルミ球・フェルミ面・フェルミ波数・フェルミエネルギー

3.3.1 フェルミ波数と電子密度の関係

これから,フェルミ球に入る電子数が $N$ に等しいという条件から $k_F$ を密度 $n=N/V$ で表す.フェルミ球(体積 $\frac{4}{3}\pi k_F^3$)に含まれる状態数をスピンも含めて数えると,

\begin{align} N &= \sum_{\sigma=\uparrow,\downarrow}\ \sum_{\abs{\kk}\le k_F} 1 \label{eq:3-N1}\\ &= 2 \times \frac{V}{(2\pi)^3} \int_{\abs{\kk}\le k_F} \dd^3 k \label{eq:3-N2}\\ &= 2 \times \frac{V}{(2\pi)^3} \times \frac{4\pi}{3}k_F^3 \label{eq:3-N3}\\ &= \frac{2 \times 4\pi\, V k_F^3}{3 \times 8\pi^3} = \frac{V k_F^3}{3\pi^2}. \label{eq:3-N4} \end{align}

1行目は「占有状態の総数 $=N$」という条件そのもの.2行目でスピン和を因子2にし,$\kk$ の和を規則 $\eqref{eq:3-count3d}$ に従って積分に置き換えた.3行目は半径 $k_F$ の球の体積 $\frac{4}{3}\pi k_F^3$ を代入した(球の体積は次節の数学ノートの球座標積分でも確かめられる).4行目は $(2\pi)^3 = 8\pi^3$ を展開し,$\dfrac{2\cdot 4\pi}{3\cdot 8\pi^3} = \dfrac{8\pi}{24\pi^3} = \dfrac{1}{3\pi^2}$ と約分した.

式 $\eqref{eq:3-N4}$ を密度 $n = N/V$ について書き直すと

\begin{equation} n = \frac{k_F^3}{3\pi^2} \label{eq:3-density} \end{equation}

であり,これを $k_F$ について解けば(両辺に $3\pi^2$ を掛けて3乗根をとる),本章の第一の主要結果が得られる:

$$ k_F = \left(3\pi^2 n\right)^{1/3}, \qquad \varepsilon_F = \frac{k_F^2}{2} = \frac{1}{2}\left(3\pi^2 n\right)^{2/3} \quad\text{(Hartree原子単位)}. $$

フェルミ波数は密度の $1/3$ 乗,フェルミエネルギーは密度の $2/3$ 乗に比例する.電子を詰め込むほど,パウリの排他律のために電子はより高い運動量状態へ押し上げられる.一般の単位系では $\varepsilon_F = \hbar^2 k_F^2/(2m)$ である.

3.3.2 フェルミ速度・フェルミ温度

フェルミ面上の電子の性質を表す量をいくつか定義しておく.フェルミ面上の電子の速度をフェルミ速度と呼ぶ:

\begin{equation} v_F = \frac{\hbar k_F}{m} = k_F \quad\text{(原子単位)}. \label{eq:3-vf} \end{equation}

速度の原子単位は $v_{\mathrm{a.u.}} = \alpha c = 2.18769\times 10^6\ \mathrm{m/s}$($\alpha$ は微細構造定数)である.また,フェルミエネルギーを温度に換算したものをフェルミ温度と呼ぶ:

\begin{equation} T_F = \frac{\varepsilon_F}{k_B}. \label{eq:3-tf-temp} \end{equation}

後の例で見るように金属では $T_F \sim 10^4$–$10^5\ \mathrm{K}$ であり,室温 $T\approx 300\ \mathrm{K}$ は $T \ll T_F$ を大差で満たす.したがって室温の金属中の電子ガスは,実質的に温度ゼロの量子ガス(縮退した電子ガス)として扱ってよい.本章で温度ゼロの基底状態だけを考えるのはこのためである.

kx ky kF フェルミ面 kF フェルミ球:占有状態の集合 体積 (4π/3)kF3 に N/2 個の k 点
図3.3:基底状態のフェルミ球.左:$k$ 空間の断面図.塗りつぶした点(青)が占有状態,白抜きの点(灰)が空の状態を表す.占有・非占有の境界がフェルミ面(赤)である.右:3次元のフェルミ球.各 $\kk$ 点にはスピン $\uparrow\downarrow$ の2電子が入るため,球内の $k$ 点の数は $N/2$ である.

例:ナトリウムとアルミニウムのフェルミ球

単純金属の価電子を自由電子ガスとみなしたときの代表的な数値を挙げる(密度の出所は3.6節の表3.1).

量Na(1価)Al(3価)
$k_F$ ($a_0^{-1}$)0.4880.927
$k_F$ (Å$^{-1}$)0.921.75
$\varepsilon_F$ (Ha)0.1190.430
$\varepsilon_F$ (eV)3.2411.7
$v_F$ ($10^6$ m/s)1.072.03
$T_F$ ($10^4$ K)3.813.6

フェルミエネルギーは数 eV,フェルミ温度は数万 K に達する.古典統計力学なら室温の電子の運動エネルギーは $\frac{3}{2}k_B T \approx 0.04$ eV のはずだが,実際の金属中の電子は平均で eV 程度の運動エネルギーを持つ.これはパウリの排他律の帰結であり,古典描像との最大の違いである.また $v_F \sim 10^6$ m/s は光速の約 0.3–0.7% に相当する.温度ゼロでも電子は猛烈な速さで運動しているのである.

物理的意味:フェルミ面という主役

金属の低エネルギー物性(電気伝導,比熱,磁性,超伝導)を担うのは,フェルミ面近傍のごく薄い殻に属する電子だけである.フェルミ球の深部にある電子は,行き先の空き状態が周囲にないため,弱い摂動(熱,電場)には応答できない.「フェルミ面がどこにあり,その近くに状態がどれだけあるか」が金属物性の鍵であり,後者を定量化するのが次節の状態密度である.第12章で学ぶバンド理論では,フェルミ球は結晶ポテンシャルによって変形するが,フェルミ面という概念そのものは保たれる.

3.4 状態密度

フェルミ球の描像は「どの状態が占有されているか」を教えてくれるが,多くの物理量の計算では「エネルギー $\varepsilon$ の近くに状態が何個あるか」という情報の方が便利である.これを定量化するのが状態密度である.本節では状態密度を定義し,同じ結果を2通りの方法で導出する.2つの方法はそれぞれ長所があり,両方を身につけておく価値がある.

定義:状態密度

状態密度(density of states, DOS)$D(\varepsilon)$ とは,エネルギー区間 $[\varepsilon,\ \varepsilon+\dd\varepsilon]$ に含まれる1電子状態の数(スピンを含める)が $D(\varepsilon)\,\dd\varepsilon$ で与えられる関数である.定義から,任意のエネルギーの関数 $g(\varepsilon_{\kk})$ の全状態にわたる和は $$ \sum_{\kk\sigma} g(\varepsilon_{\kk}) = \int g(\varepsilon)\, D(\varepsilon)\, \dd\varepsilon $$ と書き換えられる.$k$ 空間での数え上げを「エネルギー軸上の数え上げ」に翻訳する道具が $D(\varepsilon)$ である.

文献によっては体積あたり($D/V$),スピン1成分あたり($D/2$),あるいは1粒子あたり($D/N$)の状態密度を同じ記号で表すことがある.本書では特に断らない限り「系全体・スピン込み」の $D(\varepsilon)$ を使う.単位の確認を怠ると係数を間違えやすいので注意すること.

3.4.1 導出1:球殻の数え上げ(累積状態数の微分)

第1の方法は,まず「エネルギー $\varepsilon$ 以下の状態の総数」$\Phi(\varepsilon)$ を求め,それを微分するものである.フェルミ球の数え上げ $\eqref{eq:3-N4}$ と同じ計算により,半径 $k(\varepsilon)$ の球に含まれる状態数(スピン込み)は

\begin{equation} \Phi(\varepsilon) = \frac{V\, k(\varepsilon)^3}{3\pi^2} \label{eq:3-cum1} \end{equation}

である.ここで $k(\varepsilon)$ は,エネルギーが $\varepsilon$ になる波数の大きさであり,分散関係 $\varepsilon = k^2/2$ を $k$ について解いて

\begin{equation} k(\varepsilon) = \sqrt{2\varepsilon} = (2\varepsilon)^{1/2} \label{eq:3-kofe} \end{equation}

となる(両辺を2倍して平方根をとった).式 $\eqref{eq:3-kofe}$ を式 $\eqref{eq:3-cum1}$ に代入すると

\begin{equation} \Phi(\varepsilon) = \frac{V}{3\pi^2}\,(2\varepsilon)^{3/2}. \label{eq:3-cum2} \end{equation}

エネルギー区間 $[\varepsilon,\ \varepsilon+\dd\varepsilon]$ にある状態数は $\Phi(\varepsilon+\dd\varepsilon)-\Phi(\varepsilon) = \dfrac{\dd\Phi}{\dd\varepsilon}\dd\varepsilon$ だから,状態密度は累積状態数の微分である:

\begin{align} D(\varepsilon) = \frac{\dd \Phi}{\dd \varepsilon} &= \frac{V}{3\pi^2}\cdot\frac{\dd}{\dd\varepsilon}(2\varepsilon)^{3/2} \label{eq:3-dos1}\\ &= \frac{V}{3\pi^2}\cdot\frac{3}{2}\,(2\varepsilon)^{1/2}\cdot 2 \label{eq:3-dos2}\\ &= \frac{V}{\pi^2}\,(2\varepsilon)^{1/2} = \frac{\sqrt{2}\,V}{\pi^2}\,\varepsilon^{1/2}. \label{eq:3-dos3} \end{align}

2行目は合成関数の微分:外側のべき乗の微分で $\frac{3}{2}(2\varepsilon)^{1/2}$,内側 $2\varepsilon$ の微分で因子 $2$ が出る.3行目は $\frac{1}{3\pi^2}\cdot\frac{3}{2}\cdot 2 = \frac{1}{\pi^2}$ とまとめ,$(2\varepsilon)^{1/2}=\sqrt{2}\,\varepsilon^{1/2}$ と書き直した.

一般の単位系での表式も求めておこう.分散関係 $\varepsilon = \hbar^2k^2/2m$ を解くと $k(\varepsilon) = (2m\varepsilon)^{1/2}/\hbar$ なので,

\begin{align} \Phi(\varepsilon) &= \frac{V}{3\pi^2}\,\frac{(2m\varepsilon)^{3/2}}{\hbar^3}, \label{eq:3-dosgen1}\\ D(\varepsilon) = \frac{\dd\Phi}{\dd\varepsilon} &= \frac{V}{3\pi^2 \hbar^3}\cdot\frac{3}{2}(2m\varepsilon)^{1/2}\cdot 2m = \frac{V}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\varepsilon^{1/2}. \label{eq:3-dosgen2} \end{align}

最後の等号では $\frac{1}{3\pi^2\hbar^3}\cdot 3m\,(2m)^{1/2} = \frac{1}{\pi^2\hbar^3}\,m(2m)^{1/2} = \frac{1}{2\pi^2}\,\frac{(2m)^{3/2}}{\hbar^3}$ と整理した($m(2m)^{1/2} = \frac{1}{2}(2m)(2m)^{1/2} = \frac{1}{2}(2m)^{3/2}$ を使った).$\hbar=m=1$ とおけば式 $\eqref{eq:3-dos3}$ に戻ることが確かめられる.

3.4.2 導出2:デルタ関数を用いた一般公式

第2の方法は,より一般的な定義式から出発する.エネルギー $\varepsilon$ にある状態を「拾い上げる」には,デルタ関数を使って

\begin{equation} D(\varepsilon) = \sum_{\kk\sigma} \delta(\varepsilon - \varepsilon_{\kk}) \label{eq:3-dosdef} \end{equation}

と書けばよい.実際,これを $[\varepsilon,\ \varepsilon+\dd\varepsilon]$ で積分すると,その区間にエネルギーを持つ状態1つにつき1を拾うから,定義どおり区間内の状態数になる.式 $\eqref{eq:3-dosdef}$ はどんな分散関係 $\varepsilon_{\kk}$ にも(バンド構造にも)使える一般公式であり,第一原理計算プログラムが出力する DOS はまさにこの式(を $k$ 点サンプリングで評価したもの)である.

数学ノート:ディラックのデルタ関数と合成則

デルタ関数 $\delta(x)$ は,$x\ne 0$ で $\delta(x)=0$,かつ $\int_{-\infty}^{\infty}\delta(x)\dd x = 1$ を満たす「超関数」であり,実用上は次の拾い出しの性質がすべてである:

$$ \int f(x)\,\delta(x-a)\,\dd x = f(a). $$

本文で必要になるのは,デルタ関数の引数が関数 $g(k)$ になっている場合の合成則である.$g(k)$ が単純零点 $k_0$(すなわち $g(k_0)=0$,$g'(k_0)\ne 0$)をただ1つ持つとき,

$$ \delta\bigl(g(k)\bigr) = \frac{\delta(k-k_0)}{\abs{g'(k_0)}}. $$

理由:$k_0$ の近くで $g(k) \approx g'(k_0)(k-k_0)$ と1次近似できる(テイラー展開の1次).積分変数を $u = g(k)$ に変換すると $\dd u = g'(k)\,\dd k \approx g'(k_0)\,\dd k$ であるから, $$ \int f(k)\,\delta\bigl(g(k)\bigr)\dd k = \int f\bigl(k(u)\bigr)\,\delta(u)\,\frac{\dd u}{\abs{g'(k_0)}} = \frac{f(k_0)}{\abs{g'(k_0)}} $$ となる(絶対値は,$g'<0$ のとき積分の向きが反転することを吸収する).これは右辺の $\delta(k-k_0)/\abs{g'(k_0)}$ を積分した結果と一致する.零点が複数あれば各零点の寄与を足す.

それでは式 $\eqref{eq:3-dosdef}$ を自由電子分散 $\varepsilon_{\kk}=k^2/2$ に対して評価する.和を積分に置き換え($\varepsilon_{\kk}$ はスピンによらないのでスピン和は因子2),

\begin{align} D(\varepsilon) &= 2\,\frac{V}{(2\pi)^3}\int \dd^3 k\ \delta\!\left(\varepsilon - \frac{k^2}{2}\right) \label{eq:3-dd1}\\ &= 2\,\frac{V}{8\pi^3}\cdot 4\pi \int_0^{\infty} \dd k\ k^2\,\delta\!\left(\varepsilon - \frac{k^2}{2}\right) \label{eq:3-dd2}\\ &= \frac{V}{\pi^2} \int_0^{\infty} \dd k\ k^2\, \frac{\delta\bigl(k - \sqrt{2\varepsilon}\bigr)}{\sqrt{2\varepsilon}} \label{eq:3-dd3}\\ &= \frac{V}{\pi^2}\cdot \frac{\bigl(\sqrt{2\varepsilon}\bigr)^2}{\sqrt{2\varepsilon}} \label{eq:3-dd4}\\ &= \frac{V}{\pi^2}\,\sqrt{2\varepsilon} = \frac{\sqrt{2}\,V}{\pi^2}\,\varepsilon^{1/2}. \label{eq:3-dd5} \end{align}

各行の説明:1行目は置き換え規則(3.2節).2行目は,被積分関数が $k=\abs{\kk}$ だけの関数なので球座標積分(下の数学ノート)により角度積分が立体角 $4\pi$ を与えることを使った.係数は $\frac{2\cdot 4\pi}{8\pi^3} = \frac{1}{\pi^2}$ とまとまる.3行目でデルタ関数の合成則を使った:$g(k) = \varepsilon - k^2/2$ の零点($k\ge 0$ の範囲)は $k_0 = \sqrt{2\varepsilon}$,微分は $g'(k) = -k$ なので $\abs{g'(k_0)} = k_0 = \sqrt{2\varepsilon}$ である.4行目はデルタ関数の拾い出しの性質で $k^2$ を $k=k_0$ で評価した.5行目は $k_0^2/k_0 = k_0$ の約分である.結果は導出1の式 $\eqref{eq:3-dos3}$ と完全に一致する.

数学ノート:球座標積分

3次元の積分変数 $\kk = (k_x, k_y, k_z)$ を,大きさ $k=\abs{\kk}$,極角 $\theta$,方位角 $\phi$ の球座標 $(k, \theta, \phi)$ に変換すると,体積要素は

$$ \dd^3 k = k^2 \sin\theta\, \dd k\, \dd\theta\, \dd\phi $$

となる.幾何学的には,半径方向の厚み $\dd k$,極角方向の弧 $k\,\dd\theta$,方位角方向の弧 $k\sin\theta\,\dd\phi$ の3辺を持つ微小直方体の体積である(ヤコビアン $k^2\sin\theta$).被積分関数が $k$ のみに依存する(球対称の)場合,角度部分は独立に積分できて,

$$ \int_0^{\pi} \sin\theta\, \dd\theta \int_0^{2\pi} \dd\phi = \bigl[-\cos\theta\bigr]_0^{\pi} \times 2\pi = \bigl(-(-1) - (-1\cdot(-1))\bigr)\cdots $$

を丁寧に書くと $[-\cos\theta]_0^{\pi} = -\cos\pi - (-\cos 0) = -(-1)+1 = 2$ であり,$2\times 2\pi = 4\pi$(全立体角)を得る.したがって

$$ \int f(\abs{\kk})\, \dd^3 k = 4\pi \int_0^{\infty} f(k)\, k^2\, \dd k. $$

この公式は本書全体で頻出する.たとえば半径 $k_F$ の球の体積は $f=1$ として $4\pi\int_0^{k_F}k^2\dd k = 4\pi\,\frac{k_F^3}{3} = \frac{4}{3}\pi k_F^3$ となり,3.3節で使った球の体積が確かめられる.

2通りの導出で同じ結果が得られた.まとめておこう:

$$ D(\varepsilon) = \frac{\sqrt{2}\,V}{\pi^2}\,\varepsilon^{1/2} \quad\text{(原子単位)}, \qquad D(\varepsilon) = \frac{V}{2\pi^2}\left(\frac{2m}{\hbar^2}\right)^{3/2}\varepsilon^{1/2} \quad\text{(一般の単位)}. $$

3次元自由電子ガスの状態密度は $\sqrt{\varepsilon}$ に比例して増大する.これは,エネルギーが高いほど等エネルギー面(半径 $k=\sqrt{2\varepsilon}$ の球面)の面積 $4\pi k^2 \propto \varepsilon$ が大きくなる一方,エネルギー間隔あたりの $k$ の厚み $\dd k/\dd\varepsilon = 1/k \propto \varepsilon^{-1/2}$ が薄くなるためで,両者の積が $\varepsilon^{1/2}$ を与えるのである.

3.4.3 フェルミ準位での状態密度:$D(\varepsilon_F) = 3N/2\varepsilon_F$

状態密度とフェルミエネルギーの間には,係数を覚える必要のない美しい関係がある.これを導こう.式 $\eqref{eq:3-dos3}$ を $D(\varepsilon) = C\,\varepsilon^{1/2}$($C \equiv \sqrt{2}V/\pi^2$)と書く.全電子数は,状態密度を基底状態の占有範囲 $0\le\varepsilon\le\varepsilon_F$ で積分したものに等しい:

\begin{align} N &= \int_0^{\varepsilon_F} D(\varepsilon)\, \dd\varepsilon \label{eq:3-nint1}\\ &= C \int_0^{\varepsilon_F} \varepsilon^{1/2}\, \dd\varepsilon \label{eq:3-nint2}\\ &= C \left[\frac{\varepsilon^{3/2}}{3/2}\right]_0^{\varepsilon_F} \label{eq:3-nint3}\\ &= \frac{2}{3}\, C\, \varepsilon_F^{3/2}. \label{eq:3-nint4} \end{align}

2行目で $D=C\varepsilon^{1/2}$ を代入し,3行目でべき関数の積分 $\int \varepsilon^{a}\dd\varepsilon = \varepsilon^{a+1}/(a+1)$($a=1/2$)を実行,4行目で端点を代入した(下端 $\varepsilon=0$ の寄与はゼロ).一方,フェルミ準位での状態密度は $D(\varepsilon_F) = C\,\varepsilon_F^{1/2}$ である.両者の比をとると $C$ が消える:

\begin{align} \frac{D(\varepsilon_F)}{N} = \frac{C\,\varepsilon_F^{1/2}}{\tfrac{2}{3}C\,\varepsilon_F^{3/2}} = \frac{3}{2}\cdot\frac{\varepsilon_F^{1/2}}{\varepsilon_F^{3/2}} = \frac{3}{2\,\varepsilon_F}. \label{eq:3-dosef-deriv} \end{align}

すなわち

$$ D(\varepsilon_F) = \frac{3N}{2\,\varepsilon_F}. $$

この関係は $D\propto\varepsilon^{1/2}$ という形だけから従い,体積や質量などの詳細によらない.「フェルミ準位付近には,おおよそ($N/\varepsilon_F$ の $3/2$ 倍の密度で)状態が分布している」という直観的な目安を与える.

検算として,式 $\eqref{eq:3-nint4}$ が3.3節の数え上げと整合することを確かめる.$C = \sqrt{2}V/\pi^2$,$\varepsilon_F = k_F^2/2$ を代入すると

\begin{align} N = \frac{2}{3}\cdot\frac{\sqrt{2}V}{\pi^2}\left(\frac{k_F^2}{2}\right)^{3/2} = \frac{2\sqrt{2}V}{3\pi^2}\cdot\frac{k_F^3}{2\sqrt{2}} = \frac{V k_F^3}{3\pi^2}, \label{eq:3-nint-check} \end{align}

となり($(k_F^2/2)^{3/2} = k_F^3/2^{3/2} = k_F^3/(2\sqrt{2})$ を使った),確かにフェルミ球の数え上げ $\eqref{eq:3-N4}$ を再現する.

3次元自由電子ガスの状態密度 D(ε) ∝ √ε のグラフ.ε_F までの曲線の下の面積(緑)が電子数 N に等しく,ε_F での値は D(ε_F)=3N/2ε_F.ε_F より上は空の状態である.
図3.4:3次元自由電子ガスの状態密度 $D(\varepsilon)\propto\sqrt{\varepsilon}$.温度ゼロでは $\varepsilon_F$ までの状態がすべて占有され(緑の面積 $=N$),それより上は空である.フェルミ準位での値は $D(\varepsilon_F)=3N/2\varepsilon_F$ となる.

物理的意味:$D(\varepsilon_F)$ が支配する物性

弱い摂動に応答できるのはフェルミ面近傍の電子だけである(3.3節)から,多くの物性量が $D(\varepsilon_F)$ に比例する.代表例を挙げると,電子比熱係数 $\gamma$(比熱の $T$ に比例する部分)は $\gamma = \frac{\pi^2}{3}k_B^2 D(\varepsilon_F)$,パウリ常磁性帯磁率は $\chi_P = \mu_B^2 D(\varepsilon_F)$ であり,超伝導転移温度も($\mathrm{BCS}$ 理論で)$D(\varepsilon_F)$ に敏感に依存する.第一原理計算の結果を解釈するとき,まずフェルミ準位近傍の DOS を見るのはこのためである.

3.5 全運動エネルギーと1電子あたりの運動エネルギー

本節では,基底状態の全エネルギー(この模型では全運動エネルギー)を計算する.得られる結果 $E/N = \frac{3}{5}\varepsilon_F$ と,それを密度の関数として書き直した $t(\rho)\propto\rho^{5/3}$ は,本章の中心的成果であり,第4章のトーマス・フェルミ模型の土台となる.

3.5.1 $E = \int \varepsilon D(\varepsilon)\,\dd\varepsilon$ の実行

基底状態では $\varepsilon_F$ 以下の状態がすべて占有されているから,全エネルギーは「各状態のエネルギー $\times$ その付近の状態数」をフェルミエネルギーまで足し上げたものである:

\begin{align} E &= \int_0^{\varepsilon_F} \varepsilon\, D(\varepsilon)\, \dd\varepsilon \label{eq:3-etot1}\\ &= C \int_0^{\varepsilon_F} \varepsilon\cdot\varepsilon^{1/2}\, \dd\varepsilon = C \int_0^{\varepsilon_F} \varepsilon^{3/2}\, \dd\varepsilon \label{eq:3-etot2}\\ &= C \left[\frac{\varepsilon^{5/2}}{5/2}\right]_0^{\varepsilon_F} \label{eq:3-etot3}\\ &= \frac{2}{5}\, C\, \varepsilon_F^{5/2}. \label{eq:3-etot4} \end{align}

1行目が定義(状態密度の定義式で $g(\varepsilon)=\varepsilon$ とした).2行目で $D = C\varepsilon^{1/2}$ を代入し,指数法則 $\varepsilon\cdot\varepsilon^{1/2}=\varepsilon^{3/2}$ を使った.3行目はべき関数の積分($a=3/2$,$a+1=5/2$),4行目は端点の代入である.

3.5.2 1電子あたりの運動エネルギー:$E/N = \frac{3}{5}\varepsilon_F$

式 $\eqref{eq:3-etot4}$ を,粒子数の式 $\eqref{eq:3-nint4}$($N = \frac{2}{3}C\varepsilon_F^{3/2}$)で割る.定数 $C$ が約分されて消えるのがこの計算の要点である:

\begin{align} \frac{E}{N} = \frac{\tfrac{2}{5}\,C\,\varepsilon_F^{5/2}}{\tfrac{2}{3}\,C\,\varepsilon_F^{3/2}} = \frac{2}{5}\cdot\frac{3}{2}\cdot\varepsilon_F^{5/2 - 3/2} = \frac{3}{5}\,\varepsilon_F. \label{eq:3-epern} \end{align}

途中,分数の割り算 $\frac{2/5}{2/3} = \frac{2}{5}\cdot\frac{3}{2} = \frac{3}{5}$ と,指数法則 $\varepsilon_F^{5/2}/\varepsilon_F^{3/2} = \varepsilon_F$ を使った.

$$ \frac{E}{N} = \frac{3}{5}\,\varepsilon_F. $$

1電子あたりの平均運動エネルギーは,フェルミエネルギーの $3/5$ である.温度ゼロであっても,電子ガスは1電子あたり $\frac{3}{5}\varepsilon_F$(金属では数 eV)という巨大な運動エネルギーを持つ.この「ゼロ点運動エネルギー」はパウリの排他律だけに由来する純粋に量子力学的な効果である.

物理的意味:なぜ $3/5$ か

もし状態がエネルギーについて一様に分布していれば平均は $\varepsilon_F/2$ になるはずである.実際の平均が $\frac{3}{5}\varepsilon_F$ とそれより大きいのは,状態密度 $D\propto\sqrt{\varepsilon}$ が高エネルギー側ほど大きい,つまり高いエネルギーの状態の方が多いためである.$k$ 空間の言葉で言えば,半径 $k$ の球殻の体積 $4\pi k^2\dd k$ は外側ほど大きく,フェルミ球の「人口」は表面近くに偏っている.

3.5.3 運動エネルギー密度:$\rho^{5/3}$ 則

ここからが密度汎関数理論への第一歩である.式 $\eqref{eq:3-epern}$ を「密度の関数」として書き直す.以降,DFT の慣例に従い電子密度を $\rho$($=n=N/V$)とも書く.単位体積あたりの運動エネルギーは

\begin{align} \frac{E}{V} &= \frac{E}{N}\cdot\frac{N}{V} = \frac{3}{5}\,\varepsilon_F\, \rho \label{eq:3-tden1}\\ &= \frac{3}{5}\,\rho\cdot\frac{1}{2}\left(3\pi^2 \rho\right)^{2/3} \label{eq:3-tden2}\\ &= \frac{3}{10}\left(3\pi^2\right)^{2/3} \rho^{5/3}. \label{eq:3-tden3} \end{align}

1行目は単なる書き換え($E/V = (E/N)(N/V)$).2行目でフェルミエネルギーの表式 $\varepsilon_F = \frac{1}{2}(3\pi^2\rho)^{2/3}$(3.3節の主要結果)を代入した.3行目は係数 $\frac{3}{5}\cdot\frac{1}{2} = \frac{3}{10}$ をまとめ,$\rho\cdot\rho^{2/3} = \rho^{5/3}$ と指数法則を使った.こうして得られる関数を $t(\rho)$ と記す:

$$ t(\rho) = \frac{3}{10}\left(3\pi^2\right)^{2/3}\rho^{5/3} = C_F\,\rho^{5/3}, \qquad C_F = \frac{3}{10}(3\pi^2)^{2/3} = 2.8712\ \text{(原子単位)}. $$

$t(\rho)$ は単位体積あたりの運動エネルギーである.1電子あたりでは,$t(\rho)$ を $\rho$ で割って

\begin{equation} \frac{t(\rho)}{\rho} = \frac{3}{10}(3\pi^2)^{2/3}\rho^{2/3} = \frac{3}{5}\,\varepsilon_F \label{eq:3-tperparticle} \end{equation}

となり,$\rho^{2/3}$ に比例する.どちらの形もよく使われるので,「体積あたりなら $\rho^{5/3}$,1電子あたりなら $\rho^{2/3}$」と区別して覚えてほしい.数値係数 $C_F$ の値は $(3\pi^2)^{2/3} = 9.5708$ より $C_F = 0.3\times 9.5708 = 2.8712$ である.記号の注意:本章では $t(\rho)$ を単位体積あたりの量として定義したが,第4章・第7章では同じ記号 $t(\rho)$ を1電子あたりの量,すなわち本章の $t(\rho)/\rho = \frac{3}{10}(3\pi^2)^{2/3}\rho^{2/3}$ の意味で使う.

物理的意味:$\rho^{5/3}$ 則と密度汎関数理論の芽生え

この結果の重要性は,いくら強調してもし過ぎることはない.多電子系の運動エネルギーという量子力学的な量が,波動関数を経由せず,電子密度 $\rho$ だけの明示的な関数として書けたのである.もちろんこれは「一様な」電子ガスに限った話だが,ここで次のように考えたくなる:密度がゆるやかに変化する系では,空間の各点 $\rr$ のまわりを局所的に一様な電子ガスとみなし,その点の密度 $\rho(\rr)$ を使って $$ T[\rho] \approx \int C_F\, \rho(\rr)^{5/3}\, \dd^3 r $$ と近似できるのではないか.これがトーマス・フェルミ模型(第4章)であり,「局所的に一様電子ガスの結果を借用する」という発想は,そのまま現代の局所密度近似(LDA)に受け継がれている.汎関数 $T[\rho]$ を扱う数学(汎関数微分)は第4章で導入する.

3.6 密度パラメータ $r_s$

ここまで電子ガスの性質はすべて密度 $n$(あるいは $\rho$)の関数として書けた.しかし密度をそのまま使うのは実務上あまり便利でない.単位が長さの $-3$ 乗という扱いにくいものであるうえ,金属の価電子密度は $10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}}$ 程度という桁の大きな数になり,数値を見ても直感が働かないからである.そこで電子ガスの理論では,密度を長さに読み替えた無次元パラメータ $r_s$ を使うのが伝統である.本節でこれを導入し,本章のすべての結果を $r_s$ で書き直す.$r_s$ は第7章のジェリウム模型(交換・相関エネルギー)でも,第11章の交換相関汎関数の議論でも,事実上唯一の独立変数として現れる.

定義:密度パラメータ $r_s$

電子1個あたりが占める空間の体積は $V/N = 1/n$ である.この体積をちょうど半径 $r_0$ の球の体積で表したときの半径を $r_0$ とする.すなわち

$$ \frac{4}{3}\pi r_0^3 = \frac{1}{n} = \frac{V}{N}. $$

この $r_0$ をWigner–Seitz 半径と呼ぶ.これをボーア半径 $a_0$ を単位にして測った無次元量

$$ r_s \equiv \frac{r_0}{a_0} $$

を密度パラメータという.ハートリー原子単位系では $a_0=1$ であるから,数値としては $r_0$ と $r_s$ は同じ値になる(単位だけが $a_0$ か無次元かの違いである).

言葉で言えば,$r_s$ は「電子1個の縄張りの半径をボーア半径何個分で測ったか」である.$r_s$ が小さいほど電子は互いに近く,密度は高い.定義の式を $n$ について解くと

\begin{equation} n = \frac{1}{\frac{4}{3}\pi r_0^3} = \frac{3}{4\pi r_0^3} \label{eq:3-rs-n} \end{equation}

であり($\frac{4}{3}\pi r_0^3$ の逆数をとり,$1/(4/3) = 3/4$ とした),密度が $r_0^{-3}$ に比例することが読み取れる.

密度パラメータ r_s.左は,一様電子ガスを電子1個あたり半径 r0=r_s a0 の球に分割した模式図.右は,Al,Cu,Ag,Li,Na,K,Cs の r_s の値を数直線上に示した図で,実在金属はおおむね 2≲r_s≲6 に収まる.
図3.5:密度パラメータ $r_s$.左:一様電子ガスを電子1個あたり半径 $r_0=r_s a_0$ の球に分割した模式図.右:代表的な金属の価電子密度に対応する $r_s$ の値.実在の単体金属はほぼ $2\lesssim r_s\lesssim 6$ の狭い範囲に収まる.

3.6.1 $k_F$ を $r_s$ で表す

これから,フェルミ波数を $r_s$ の関数として表す.出発点は3.3節の主要結果 $k_F=(3\pi^2 n)^{1/3}$ と,いま得た関係式 $\eqref{eq:3-rs-n}$ である.$k_F^3$ の形で計算するのが見通しがよい:

\begin{align} k_F^3 &= 3\pi^2 n \label{eq:3-rs-k1}\\ &= 3\pi^2 \cdot \frac{3}{4\pi r_0^3} \label{eq:3-rs-k2}\\ &= \frac{9\pi^2}{4\pi\, r_0^3} \label{eq:3-rs-k3}\\ &= \frac{9\pi}{4}\cdot\frac{1}{r_0^3}. \label{eq:3-rs-k4} \end{align}

1行目は $k_F=(3\pi^2n)^{1/3}$ の両辺を3乗しただけである.2行目で式 $\eqref{eq:3-rs-n}$ を代入した.3行目は分子どうし・分母どうしを掛け合わせ($3\times 3=9$,$\pi^2$ はそのまま),4行目で $\pi^2/\pi = \pi$ と約分した.両辺の3乗根をとると

\begin{equation} k_F = \left(\frac{9\pi}{4}\right)^{1/3}\frac{1}{r_0} = \left(\frac{9\pi}{4}\right)^{1/3}\frac{1}{r_s a_0} \label{eq:3-rs-kF} \end{equation}

となる(最後に $r_0 = r_s a_0$ を代入した).係数を数値で評価しておこう.$\pi=3.14159265$ として

\begin{equation} \frac{9\pi}{4} = \frac{9\times 3.14159265}{4} = \frac{28.27433}{4} = 7.068583, \qquad \left(\frac{9\pi}{4}\right)^{1/3} = 7.068583^{1/3} = 1.919158. \label{eq:3-rs-num1} \end{equation}

立方根の値は,$1.92^3 = 7.0779$ が $7.0686$ よりわずかに大きいことから $1.92$ をわずかに下回ると見当がつく.実際 $1.9192^3 = 7.0687$ である.以上より,次の実用公式を得る.

$$ k_F = \frac{1.91916}{r_s}\ a_0^{-1}, \qquad \varepsilon_F = \frac{k_F^2}{2} = \frac{1}{2}\left(\frac{9\pi}{4}\right)^{2/3}\frac{1}{r_s^2} = \frac{1.84158}{r_s^{2}}\ \mathrm{Ha} = \frac{3.68317}{r_s^{2}}\ \mathrm{Ry}. $$

フェルミエネルギーの数値係数は $(9\pi/4)^{2/3} = (1.919158)^2 = 3.683169$ を2で割って $1.841584$ である.$k_F$ は $r_s$ に反比例し,$\varepsilon_F$ は $r_s^{-2}$ に比例する.密度が高い(=$r_s$ が小さい)ほどフェルミ球は大きく,フェルミエネルギーは急速に上がる.

3.6.2 1電子あたりの運動エネルギー:$2.21/r_s^2$ Ry

次に,本章の主要結果 $E/N = \frac{3}{5}\varepsilon_F$(式 $\eqref{eq:3-epern}$)を $r_s$ で書き直す.これは電子ガスの文献で最も頻繁に引用される表式であり,覚えておく価値がある.

\begin{align} \frac{E}{N} &= \frac{3}{5}\,\varepsilon_F \label{eq:3-rs-e1}\\ &= \frac{3}{5}\cdot\frac{k_F^2}{2} \label{eq:3-rs-e2}\\ &= \frac{3}{10}\,k_F^2 \label{eq:3-rs-e3}\\ &= \frac{3}{10}\left(\frac{9\pi}{4}\right)^{2/3}\frac{1}{r_s^2} \qquad \text{[Ha]}. \label{eq:3-rs-e4} \end{align}

1行目は3.5節の結果.2行目で $\varepsilon_F = k_F^2/2$(原子単位)を代入し,3行目で $\frac{3}{5}\cdot\frac{1}{2}=\frac{3}{10}$ とまとめた.4行目では式 $\eqref{eq:3-rs-kF}$ を2乗した $k_F^2 = (9\pi/4)^{2/3}/r_s^2$(長さは $a_0$ 単位,すなわち $a_0=1$)を代入した.数値係数を計算すると

\begin{equation} \frac{3}{10}\left(\frac{9\pi}{4}\right)^{2/3} = 0.3 \times 3.683169 = 1.104951. \label{eq:3-rs-num2} \end{equation}

リュードベリ単位に直すには2倍すればよい($1\ \mathrm{Ha}=2\ \mathrm{Ry}$):

\begin{equation} \frac{3}{5}\left(\frac{9\pi}{4}\right)^{2/3} = 0.6 \times 3.683169 = 2.209901. \label{eq:3-rs-num3} \end{equation}

すなわち,Ry 単位では係数が $\frac{3}{5}(9\pi/4)^{2/3}$ という素直な形になる.これは,リュードベリ単位系ではエネルギーが $\varepsilon = k^2$($\hbar^2/2m=1$ ととる)と書けるため,$E/N = \frac{3}{5}k_F^2$ の $k_F^2$ をそのまま代入すればよいからである.以上をまとめる.

$$ \frac{E}{N} = \frac{3}{10}\left(\frac{9\pi}{4}\right)^{2/3}\frac{1}{r_s^2} = \frac{1.105}{r_s^{2}}\ \mathrm{Ha} = \frac{2.21}{r_s^{2}}\ \mathrm{Ry}. $$

この「$2.21/r_s^2$」という数字は,電子ガスの理論を扱う文献に必ず登場する.第7章では,これに交換エネルギー $-0.916/r_s$ Ry が加わり,さらに相関エネルギーが加わって,ジェリウム模型の全エネルギーが $r_s$ のべき級数として組み立てられる.本章で得た $2.21/r_s^2$ はその第0項にあたる.

3.6.3 実在金属の $r_s$

実際の金属で $r_s$ を求めるには,価電子の密度を数えればよい.原子が単位体積あたり $n_{\rm at}$ 個あり,各原子が $Z$ 個の価電子を放出するなら $n = Z n_{\rm at}$ である.代表的な金属について $r_s$ とそれに付随する量を表3.1にまとめる.

表3.1:代表的な金属の価電子密度と自由電子ガスの諸量(室温付近の値).
金属価数 $Z$$n$ ($10^{22}\,\mathrm{cm^{-3}}$)$r_s$$k_F$ ($a_0^{-1}$)$\varepsilon_F$ (eV)$E/N$ (Ry)
Li14.693.250.5914.740.209
Na12.653.930.4883.240.143
K11.404.860.3952.120.094
Rb11.155.200.3691.850.082
Cs10.915.620.3411.590.070
Cu18.462.670.7197.030.310
Ag15.853.020.6355.490.242
Mg28.562.660.7217.080.312
Zn213.12.310.8319.390.414
Al318.22.070.92711.700.516
Pb413.22.300.8349.470.418

3.3節の例で挙げた Na と Al の数値は,この表の $r_s$ から公式 $\eqref{eq:3-rs-kF}$ で計算したものである.表を眺めて気づくのは,実在の単体金属の $r_s$ が $2$ から $6$ という狭い範囲にしか分布していないことである.密度そのものは $0.91\times 10^{22}$ から $18.2\times 10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}}$ まで20倍も違うのに,$r_s\propto n^{-1/3}$ であるため $r_s$ では3倍弱の違いにしかならない.逆に言えば,この狭い $r_s$ の窓の中で電子ガスの理論を精密にすることが,金属の第一原理計算にとって死活的に重要なのである.

例:ナトリウムの $r_s$ を密度から求める

Na は体心立方(bcc)構造をとり,格子定数は $a = 4.225\ \text{Å}$ である.bcc の単位胞には原子が2個含まれる(角に $8\times\frac{1}{8}=1$ 個,体心に1個).したがって原子数密度は

$$ n_{\rm at} = \frac{2}{a^3} = \frac{2}{(4.225\times 10^{-8}\ \mathrm{cm})^3} = \frac{2}{7.542\times 10^{-23}\ \mathrm{cm^3}} = 2.652\times 10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}} $$

である.Na は3s電子1個を放出する1価金属なので $Z=1$,すなわち $n = n_{\rm at} = 2.652\times 10^{22}\ \mathrm{cm^{-3}}$.これを式 $\eqref{eq:3-rs-n}$ に入れて $r_0$ を求める:

$$ r_0 = \left(\frac{3}{4\pi n}\right)^{1/3} = \left(\frac{3}{4\pi \times 2.652\times 10^{22}}\right)^{1/3} = \left(9.002\times 10^{-24}\ \mathrm{cm^3}\right)^{1/3} = 2.080\times 10^{-8}\ \mathrm{cm}. $$

($10^{-24}$ の立方根が $10^{-8}$,$9.002^{1/3}=2.080$ である.)ボーア半径 $a_0 = 0.529177\times 10^{-8}\ \mathrm{cm}$ で割ると

$$ r_s = \frac{2.080\times 10^{-8}}{0.529177\times 10^{-8}} = 3.93. $$

したがって $k_F = 1.91916/3.93 = 0.488\ a_0^{-1}$,$\varepsilon_F = 1.84158/3.93^2 = 0.1192\ \mathrm{Ha} = 3.24\ \mathrm{eV}$,$E/N = 2.21/15.44 = 0.143\ \mathrm{Ry} = 1.95\ \mathrm{eV}$ となり,表3.1および3.3節の数値と一致する.

物理的意味:$r_s$ は相互作用の強さを測る物差しである

$r_s$ が単なる密度の言い換えにとどまらない理由を述べておこう.電子1個あたりの運動エネルギーは $\propto 1/r_s^2$ で変化する.一方,隣り合う電子どうしのクーロン反発エネルギーの目安は,距離 $\sim r_0 = r_s a_0$ での $1/r$ の大きさ,すなわち $\propto 1/r_s$ である.したがって両者の比は

$$ \frac{\text{クーロンエネルギー}}{\text{運動エネルギー}} \sim \frac{1/r_s}{1/r_s^2} = r_s $$

となり,$r_s$ そのものが電子相関の強さを測る無次元パラメータになっている.$r_s\to 0$(高密度極限)では運動エネルギーが圧倒的に優勢で,電子間相互作用は摂動として扱える.この事実は第7章でジェリウム模型を摂動論で解く際の理論的根拠になる.逆に $r_s\to\infty$(低密度極限)では相互作用が支配的になり,電子は互いを避けて格子状に凍結する(Wigner 結晶,$r_s\gtrsim 100$).表3.1が示すように,実在の金属はその中間の $r_s\sim 2$–$6$ にあり,運動エネルギーと相互作用が同程度に効く「最も難しい」領域に位置している.ここが,精密な交換相関汎関数(第7章,第11章)が必要とされる理由である.

3.7 圧力と体積弾性率

前節までに,自由電子ガスの全エネルギーが密度だけで決まることを見た.エネルギーが体積の関数として分かっているなら,熱力学の関係を通じて圧力が計算できる.そしてもう一度体積で微分すれば体積弾性率(bulk modulus)が得られ,これは実験で直接測れる量である.本節では,パウリの排他律だけを含む素朴な模型が,金属の硬さをどこまで説明できるかを定量的に検証する.ここは本章で初めて,模型の予言を実験値と突き合わせる場面である.

数学ノート:圧力と体積弾性率の定義

系を体積 $V$ から $V+\dd V$ へ準静的に膨張させるとき,系が外界にする仕事は $\dd W = P\,\dd V$ である.熱力学第一法則 $\dd E = T\,\dd S - P\,\dd V$ において,われわれが扱うのは温度ゼロの基底状態であり,そこではエントロピーは一定($S=0$)である.したがって $T\dd S=0$ となり,

$$ P = -\left(\frac{\partial E}{\partial V}\right)_{S,N} \ \xrightarrow{\ T=0\ }\ P = -\frac{\dd E}{\dd V}\quad (N\ \text{一定}) $$

が成り立つ.マイナス符号は,「体積を増やすとエネルギーが下がる系(=膨張したがっている系)の圧力は正である」という物理的要請から来ている.

次に,物質の「圧縮のしにくさ」を表す量として体積弾性率を

$$ B \equiv -V\left(\frac{\partial P}{\partial V}\right)_{T} = \frac{1}{\kappa}, \qquad \kappa \equiv -\frac{1}{V}\left(\frac{\partial V}{\partial P}\right)_{T} $$

で定義する($\kappa$ は圧縮率).定義の意味は「体積を相対的に $\dd V/V$ だけ縮めるのに必要な圧力の増分が $B$ 倍である」ということで,$B$ が大きいほど硬い.頭の $-V$ という因子は,(i) 圧力を上げれば体積は減る($\partial P/\partial V\lt 0$)ので符号を正にするため,(ii) $\partial P/\partial V$ 自体は示量的で系の大きさに依存するので,$V$ を掛けて示強的な(物質固有の)量にするため,の2つの理由による.$B$ の単位は圧力と同じ Pa であり,金属では $\mathrm{GPa}$($10^9$ Pa)の桁になる.$B$ は超音波の音速測定やX線回折による状態方程式の測定から実験的に決定できる.

3.7.1 $E(V)$ と圧力

まず全エネルギーを体積の露わな関数として書く.3.5節の結果 $E = N\cdot\frac{3}{5}\varepsilon_F$ に,フェルミエネルギーの表式を粒子数と体積で書いたもの($n=N/V$)を代入する:

\begin{align} E &= \frac{3}{5}\,N\,\varepsilon_F \label{eq:3-pr-e1}\\ &= \frac{3}{5}\,N\cdot\frac{1}{2}\left(3\pi^2 \frac{N}{V}\right)^{2/3} \label{eq:3-pr-e2}\\ &= \frac{3}{10}\,N\,(3\pi^2)^{2/3}\,\frac{N^{2/3}}{V^{2/3}} \label{eq:3-pr-e3}\\ &= \frac{3}{10}(3\pi^2)^{2/3}\,N^{5/3}\,V^{-2/3}. \label{eq:3-pr-e4} \end{align}

1行目は3.5節の結果.2行目で $\varepsilon_F = \frac{1}{2}(3\pi^2 n)^{2/3}$ に $n=N/V$ を代入した.3行目では $\frac{3}{5}\cdot\frac{1}{2}=\frac{3}{10}$ とまとめ,$(3\pi^2 N/V)^{2/3} = (3\pi^2)^{2/3}N^{2/3}V^{-2/3}$ と積のべきを分解した(べき乗は積に対して分配できる).4行目で $N\cdot N^{2/3}=N^{5/3}$ とまとめた.粒子数 $N$ を固定して体積だけを変数とみなすと,これは

$$ E(V) = A\,V^{-2/3}, \qquad A \equiv \frac{3}{10}(3\pi^2)^{2/3} N^{5/3} = C_F\, N^{5/3} $$

という単純なべき関数である($C_F = 2.8712$ は3.5節で定義した定数).体積を増やせばエネルギーは単調に下がる.これは直感に合う:箱を広げれば波長を長くとれるので,電子の運動エネルギーは下がる.逆に言えば,電子ガスは常に膨張したがっており,正の圧力を持つはずである.実際に計算しよう.

\begin{align} P &= -\frac{\dd E}{\dd V} \label{eq:3-pr-p1}\\ &= -A\,\frac{\dd}{\dd V}V^{-2/3} \label{eq:3-pr-p2}\\ &= -A\left(-\frac{2}{3}\right)V^{-2/3-1} \label{eq:3-pr-p3}\\ &= \frac{2}{3}\,A\,V^{-5/3}. \label{eq:3-pr-p4} \end{align}

1行目は圧力の定義(数学ノート).2行目で定数 $A$ を微分の外に出した.3行目はべき関数の微分則 $\dfrac{\dd}{\dd V}V^{a} = a\,V^{a-1}$ を $a=-2/3$ に適用したもので,$-2/3-1 = -5/3$ である.4行目では2つのマイナス符号が打ち消してプラスになった.圧力が正であることが,こうして確かめられた.

この結果は,エネルギー密度 $E/V$ を使って書き直すと美しい形になる.式 $\eqref{eq:3-pr-e4}$ より $E/V = A V^{-2/3}/V = A V^{-5/3}$ であるから,式 $\eqref{eq:3-pr-p4}$ の右辺はちょうどその $2/3$ 倍である:

\begin{equation} P = \frac{2}{3}\,\frac{E}{V}. \label{eq:3-pr-pev} \end{equation}

さらに $E/V = (E/N)(N/V) = \frac{3}{5}\varepsilon_F\, n$ を代入すれば

\begin{align} P &= \frac{2}{3}\cdot\frac{3}{5}\,n\,\varepsilon_F \label{eq:3-pr-p5}\\ &= \frac{2}{5}\,n\,\varepsilon_F \label{eq:3-pr-p6} \end{align}

となる($\frac{2}{3}\cdot\frac{3}{5} = \frac{2}{5}$).以上が本節の第一の主要結果である.

$$ P = \frac{2}{3}\,\frac{E}{V} = \frac{2}{5}\,n\,\varepsilon_F = \frac{1}{5}(3\pi^2)^{2/3}\, n^{5/3}. $$

最後の表式は,$\varepsilon_F=\frac{1}{2}(3\pi^2n)^{2/3}$ を代入して $\frac{2}{5}\cdot\frac{1}{2}=\frac{1}{5}$ とまとめ,$n\cdot n^{2/3}=n^{5/3}$ としたものである.圧力は密度の $5/3$ 乗に比例する.この圧力を縮退圧(degeneracy pressure)と呼ぶ.古典理想気体の圧力 $P=nk_BT$ が温度ゼロでゼロになるのとは対照的に,フェルミ気体は温度ゼロでも有限の圧力を持つ.その起源は熱運動ではなく,パウリの排他律が電子を高い運動量状態へ押し上げていることである.

自由電子ガスの全エネルギー E(V) ∝ V^(-2/3) のグラフ.体積 V0 での接線(赤破線)の傾きが dE/dV=−P であり,曲線の曲率(2階微分)が体積弾性率 B を与える.
図3.6:自由電子ガスの全エネルギーの体積依存性 $E(V)=A V^{-2/3}$.ある体積 $V_0$ における接線の傾き(赤破線)が $\dd E/\dd V=-P$ であり,常に負すなわち圧力は正である.曲線の曲がり具合(2階微分)が体積弾性率 $B=V\,\dd^2E/\dd V^2$ を決める.

3.7.2 体積弾性率 $B=\frac{5}{3}P$

次に体積弾性率を計算する.定義 $B=-V\,\dd P/\dd V$ に式 $\eqref{eq:3-pr-p4}$ を代入する.

\begin{align} \frac{\dd P}{\dd V} &= \frac{2}{3}A\,\frac{\dd}{\dd V}V^{-5/3} \label{eq:3-bulk-1}\\ &= \frac{2}{3}A\left(-\frac{5}{3}\right)V^{-5/3-1} \label{eq:3-bulk-2}\\ &= -\frac{10}{9}\,A\,V^{-8/3}, \label{eq:3-bulk-3} \end{align}

すなわち圧力は体積の増加とともに減る($\dd P/\dd V\lt 0$).1行目は式 $\eqref{eq:3-pr-p4}$ をそのまま微分したもの,2行目はべき則 $\dd V^a/\dd V = aV^{a-1}$($a=-5/3$,$a-1=-8/3$),3行目は係数 $\frac{2}{3}\cdot\frac{5}{3}=\frac{10}{9}$ をまとめた.これを定義に入れると

\begin{align} B &= -V\,\frac{\dd P}{\dd V} \label{eq:3-bulk-4}\\ &= -V\left(-\frac{10}{9}A\,V^{-8/3}\right) \label{eq:3-bulk-5}\\ &= \frac{10}{9}\,A\,V^{-5/3} \label{eq:3-bulk-6}\\ &= \frac{5}{3}\cdot\frac{2}{3}\,A\,V^{-5/3} = \frac{5}{3}\,P. \label{eq:3-bulk-7} \end{align}

2行目は代入,3行目は $V\cdot V^{-8/3} = V^{1-8/3} = V^{-5/3}$(指数の足し算)を使い,符号が2つのマイナスで正になった.4行目では $\frac{10}{9} = \frac{5}{3}\cdot\frac{2}{3}$ と分解し,$\frac{2}{3}AV^{-5/3}$ が式 $\eqref{eq:3-pr-p4}$ の $P$ そのものであることを使った.したがって

$$ B = \frac{5}{3}\,P = \frac{2}{3}\,n\,\varepsilon_F = \frac{1}{3}(3\pi^2)^{2/3}\,n^{5/3}. $$

($\frac{5}{3}\cdot\frac{2}{5}=\frac{2}{3}$,$\frac{5}{3}\cdot\frac{1}{5}=\frac{1}{3}$ を使った.)圧力と体積弾性率が定数倍の関係にあるのは,$E(V)$ が体積の単一のべき $V^{-2/3}$ で書けているためである.一般に $E\propto V^{-\gamma}$ なら $P=\gamma E/V$,$B=(\gamma+1)P$ となる(章末の演習3.2で一般化する).自由電子ガスは $\gamma=2/3$ の場合であり,$B=(2/3+1)P=\frac{5}{3}P$ である.

3.7.3 ビリアル定理との整合性

ここで得た $P=\frac{2}{3}(E/V)$ が,第2章のビリアル定理と矛盾しないことを確認しておこう.バルク(体積 $V$,圧力 $p$ で閉じ込められた一様な系)に対するビリアル定理は

\begin{equation} 2T + U = 3\,p\,V \label{eq:3-pr-virial} \end{equation}

という形をとる(第2章).ここで $T$ は全運動エネルギー,$U$ は全ポテンシャルエネルギーである.本章の自由電子ガスでは,定義により電子間相互作用も外部ポテンシャルも存在しないので $U=0$,そして全エネルギーはすべて運動エネルギーだから $T=E$ である.これらを式 $\eqref{eq:3-pr-virial}$ に代入すると

\begin{align} 2E + 0 &= 3\,p\,V \label{eq:3-pr-v1}\\ p &= \frac{2E}{3V} = \frac{2}{3}\,\frac{E}{V} \label{eq:3-pr-v2} \end{align}

となり(2行目は両辺を $3V$ で割った),独立に導いた式 $\eqref{eq:3-pr-pev}$ と完全に一致する.これは偶然ではない.ビリアル定理の導出(第2章)で使った座標スケーリングと,いま行った「体積についての微分」は,実質的に同じ操作だからである.実際,系を一様に $s$ 倍に拡大すると体積は $V\to s^3V$,運動エネルギーは $T\to s^{-2}T$ とスケールする.この2つの関係を組み合わせれば $E\propto V^{-2/3}$ が直ちに従い,そこから $P=\frac{2}{3}E/V$ が出る.「エネルギーが体積の $-2/3$ 乗でスケールすること」と「$2T=3pV$」は,同じ内容の2通りの言い換えなのである.

物理的意味:縮退圧が支える星

縮退圧は金属だけの話ではない.白色矮星は,核融合を終えた星が自身の重力で潰れようとするのを,電子の縮退圧が支えて釣り合っている天体である.中性子星では,同じ役割を中性子の縮退圧が果たす.いずれも「温度ゼロでも物質は有限の圧力を持つ」という,本節で導いた量子力学的性質の帰結である.ただし高密度では電子が相対論的になり,分散関係が $\varepsilon = \sqrt{(ck)^2+(mc^2)^2}\to ck$ に変わるため,圧力の密度依存性が $n^{5/3}$ から $n^{4/3}$ に弱まる.この指数の変化こそが,白色矮星が支えられる質量に上限(チャンドラセカール限界)を生む原因である.章末の演習3.2でこの計算を追う.

3.7.4 $r_s$ による表式と数値評価

実際の金属と比較するために,圧力と体積弾性率を $r_s$ で書き直す.ここでは3.6節の $E/N$ の表式を直接使い,$r_s$ を変数とする微分で計算する方法を示す.この方法は第7章で交換・相関エネルギーを含めるときにそのまま使える.

まず,体積を $r_s$ で表す.電子1個あたりの体積が $\frac{4}{3}\pi r_s^3$(原子単位,$a_0=1$)であるから,$N$ 電子系の体積は

\begin{equation} V = N\cdot\frac{4}{3}\pi r_s^3, \qquad\text{したがって}\qquad \frac{\dd V}{\dd r_s} = N\cdot\frac{4}{3}\pi\cdot 3 r_s^2 = 4\pi N r_s^2 \label{eq:3-pr-vrs} \end{equation}

である(べき則 $\dd r_s^3/\dd r_s = 3r_s^2$ を使い,$\frac{4}{3}\pi\cdot 3 = 4\pi$ とした).次に,1電子あたりのエネルギーを $e(r_s)\equiv E/N$ と書く.密度を変えるとは $r_s$ を変えることだから,連鎖律により

\begin{align} P &= -\frac{\dd E}{\dd V} = -\frac{\dd E/\dd r_s}{\dd V/\dd r_s} \label{eq:3-pr-r1}\\ &= -\frac{N\,e'(r_s)}{4\pi N r_s^2} = -\frac{e'(r_s)}{4\pi r_s^2} \label{eq:3-pr-r2} \end{align}

と書ける.1行目は連鎖律 $\dfrac{\dd E}{\dd V} = \dfrac{\dd E}{\dd r_s}\Big/\dfrac{\dd V}{\dd r_s}$(合成関数の微分を分数のように扱ってよい.$V$ と $r_s$ は1対1に対応するので逆関数が存在する).2行目で $E=Ne(r_s)$ と式 $\eqref{eq:3-pr-vrs}$ を代入し,$N$ が約分された.運動エネルギーだけを含む本章の場合,$e(r_s) = a/r_s^2$($a = 1.10495$ Ha)であるから

\begin{align} e'(r_s) &= a\,\frac{\dd}{\dd r_s}r_s^{-2} = -\frac{2a}{r_s^3}, \label{eq:3-pr-r3}\\ P &= -\frac{1}{4\pi r_s^2}\left(-\frac{2a}{r_s^3}\right) = \frac{a}{2\pi\,r_s^5} \label{eq:3-pr-r4} \end{align}

を得る(2行目では $2/(4\pi)=1/(2\pi)$ と約分し,$r_s^2\cdot r_s^3 = r_s^5$ とまとめた).体積弾性率も同じ要領で求まる.$B=-V\,\dd P/\dd V$ に連鎖律を適用すると

\begin{align} B &= -V\,\frac{\dd P/\dd r_s}{\dd V/\dd r_s} = -\frac{N\frac{4}{3}\pi r_s^3}{4\pi N r_s^2}\,\frac{\dd P}{\dd r_s} = -\frac{r_s}{3}\,\frac{\dd P}{\dd r_s} \label{eq:3-bulk-r1}\\ &= -\frac{r_s}{3}\cdot\frac{a}{2\pi}\left(-\frac{5}{r_s^6}\right) = \frac{5a}{6\pi\,r_s^5} \label{eq:3-bulk-r2} \end{align}

となる.1行目では $V$ と $\dd V/\dd r_s$ の比が $\frac{4}{3}\pi r_s^3/(4\pi r_s^2) = r_s/3$ になることを使った.2行目では式 $\eqref{eq:3-pr-r4}$ を微分して $\dd(r_s^{-5})/\dd r_s = -5r_s^{-6}$ とし,$\frac{1}{3}\cdot\frac{5}{2}=\frac{5}{6}$ とまとめた.検算として $B/P = \frac{5a/6\pi}{a/2\pi} = \frac{5}{6}\cdot 2 = \frac{5}{3}$ となり,式 $\eqref{eq:3-bulk-7}$ と一致する.数値を入れると

\begin{align} P &= \frac{1.10495}{2\pi\,r_s^5} = \frac{0.17586}{r_s^5}\ \mathrm{Ha}/a_0^3, \label{eq:3-pr-num}\\ B &= \frac{5\times 1.10495}{6\pi\,r_s^5} = \frac{0.29310}{r_s^5}\ \mathrm{Ha}/a_0^3 \label{eq:3-bulk-num} \end{align}

である($2\pi = 6.28319$,$6\pi=18.8496$ で割った).最後に圧力の原子単位を SI に換算する.

数学ノート:圧力の原子単位

圧力の原子単位は「エネルギーの原子単位 ÷ 体積の原子単位」すなわち $\mathrm{Ha}/a_0^3$ である.数値は

$$ 1\ \frac{\mathrm{Ha}}{a_0^3} = \frac{4.35974\times 10^{-18}\ \mathrm{J}}{(0.529177\times 10^{-10}\ \mathrm{m})^3} = \frac{4.35974\times 10^{-18}}{1.48185\times 10^{-31}}\ \mathrm{Pa} = 2.9421\times 10^{13}\ \mathrm{Pa} $$

であり,$1\ \mathrm{GPa}=10^9\ \mathrm{Pa}$ を単位にすれば $1\ \mathrm{Ha}/a_0^3 = 29421\ \mathrm{GPa}$ となる.分母の計算は $(0.529177)^3 = 0.148185$ と $(10^{-10})^3 = 10^{-30}$ を掛け合わせたものである.この換算により式 $\eqref{eq:3-pr-num}$,$\eqref{eq:3-bulk-num}$ は

$$ P = \frac{5174}{r_s^5}\ \mathrm{GPa}, \qquad B = \frac{8623}{r_s^5}\ \mathrm{GPa} $$

と書ける($0.17586\times 29421 = 5174$,$0.29310\times 29421 = 8623$).$r_s\sim 4$ なら $r_s^5\sim 10^3$ なので,$B$ は数 GPa の桁になる.金属の体積弾性率の実測値がまさにその桁であることは,この模型が本質を捉えていることの最初の証拠である.

例:アルカリ金属の体積弾性率の予言と実験値

公式 $B = 8623/r_s^5$ GPa を表3.1の $r_s$ に適用し,実験値と比較する.たとえば Na($r_s=3.93$)では

$$ r_s^5 = 3.93^5 = 937.5, \qquad B = \frac{8623}{937.5} = 9.20\ \mathrm{GPa} $$

である($3.93^2=15.44$,$3.93^3=60.70$,$3.93^4=238.5$,$3.93^5=937.5$ と順に掛けた).同様に計算した結果を表3.2に示す.

表3.2:アルカリ金属の縮退圧と体積弾性率.自由電子ガスの予言値と実験値の比較.
金属$r_s$$P$ (GPa)
自由電子
$B$ (GPa)
自由電子
$B$ (GPa)
実験値
比
Li3.2514.323.811.52.07
Na3.935.529.206.421.43
K4.861.913.182.811.13
Rb5.201.362.271.921.18
Cs5.620.921.541.431.08

結果は明快である.電子間相互作用も原子核も一切含まない模型が,アルカリ金属の硬さを同じ桁で,しかも $r_s$ とともに1桁以上変化する傾向まで正しく再現している.これは驚くべきことである.同時に,値は系統的に実験値より大きく(すべて比が1より大きい),とくに Li では2倍以上の過大評価になっている.

アルカリ金属 Li,Na,K,Rb,Cs の体積弾性率の棒グラフ(縦軸は対数目盛).各金属で左の青が自由電子ガスの予言 B=8623/r_s^5,右の赤が実験値.
図3.7:アルカリ金属の体積弾性率.青は自由電子ガスの予言 $B=8623/r_s^5$ GPa,赤は実験値.縦軸は対数目盛.密度が下がる(=$r_s$ が大きい)につれて $B$ は1桁以上減少し,その傾向は自由電子模型で正しく捉えられている.ただし絶対値は系統的に過大評価であり,とくに Li でずれが大きい.

物理的意味:なぜ過大評価するのか

自由電子ガスが体積弾性率を系統的に過大評価する理由は,模型が斥力的な効果(運動エネルギー)だけを含み,引力的な効果を一切含まないことにある.実際の金属には少なくとも次の2つの引力的寄与がある.

表3.2で $r_s$ が大きいほど(Cs に近づくほど)一致がよくなるのは,これら複数の補正が部分的に打ち消し合うためであり,自由電子模型が Cs で「正しい」わけではない.逆に Li で一致が悪いのは,Li のイオン殻($1s^2$)が小さく価電子がイオンに深く食い込むため,一様背景近似が最も破綻するからである.とはいえ,調整可能なパラメータを1つも含まない模型が,実測値と同じ桁の答えを,密度依存性の傾向まで含めて出すという事実は重い.ここに,一様電子ガスを出発点として補正を積み上げる(=DFTの)戦略の正当性がある.

3.8 まとめと展望

本章では,電子間相互作用も原子核も持たない最も単純な多電子模型を,途中を省略せずに解いた.得られた結果を整理しておこう.

3.8.1 まとめ

3.8.2 次章への橋渡し

一様電子ガスは,密度汎関数理論にとっての「水素原子」である.水素原子が厳密に解けるからこそ,原子軌道という言葉で複雑な分子を語ることができるように,一様電子ガスが厳密に(あるいは数値的に非常に精密に)解けるからこそ,われわれは複雑な物質の電子状態をその言葉で語ることができる.本章で得た $t(\rho)=C_F\rho^{5/3}$ は,その語彙の最初の一語である.

この先の道筋は2方向に分かれる.第4章では,$t(\rho)$ を非一様な系へ「局所的に」適用するという大胆な近似 $T[\rho]\approx\int C_F\rho(\rr)^{5/3}\dd^3r$ を採用し,トーマス・フェルミ模型を組み立てる.そこでは,エネルギーが関数 $\rho(\rr)$ 全体に依存する量,すなわち汎関数になるため,汎関数微分という新しい数学的道具が必要になる.第4章はその道具の導入から始まる.もう一方の第7章では,本章で捨てた電子間クーロン相互作用を復活させ(ジェリウム模型),$r_s$ が小さいときに相互作用が摂動として扱えることを利用して,交換エネルギー $-0.916/r_s$ Ry を解析的に導く.本章の $2.21/r_s^2$ Ry はその展開の第0項であり,$r_s$ のべき展開という考え方そのものが本章で $r_s$ を導入したことの果実である.第7章後半の相関エネルギー,第11章の局所密度近似(LDA)へと,話は一本の線でつながっている.

3.8.3 演習問題

演習3.1:2次元自由電子ガス

半導体ヘテロ接合の界面やグラフェンでは,電子が2次元平面内に閉じ込められる.一辺 $L$,面積 $S=L^2$ の正方形に周期境界条件を課した2次元自由電子ガス($\varepsilon_{\kk}=k^2/2$,$\kk=(k_x,k_y)$)について,以下を示せ.

  1. $k$ 空間(2次元)の単位面積あたりの状態数は $S/(2\pi)^2$(スピン1成分あたり)であること.
  2. 面密度を $n=N/S$ として $k_F=(2\pi n)^{1/2}$,$\varepsilon_F=\pi n$ であること.
  3. 状態密度がエネルギーによらない定数 $D(\varepsilon)=S/\pi$ になること(ただし $\varepsilon\gt 0$).
  4. その結果 $E/N=\frac{1}{2}\varepsilon_F$ となること.3次元の $\frac{3}{5}\varepsilon_F$ より小さくなる理由を,状態密度の形から説明せよ.

ヒント:3.2節と同じ数え上げを2次元で行えばよい.フェルミ「球」は半径 $k_F$ の円になり,その面積は $\pi k_F^2$ である.(3) は $\Phi(\varepsilon)=S k(\varepsilon)^2/(2\pi)$ に $k=\sqrt{2\varepsilon}$ を代入してから微分する.$\varepsilon$ が $k^2$ に比例し,面積が $k^2$ に比例するので,$\Phi$ は $\varepsilon$ の1次関数になる.(4) では,状態がエネルギーについて一様に分布しているときの平均が $\varepsilon_F/2$ であることを思い出すとよい.なお一般の $d$ 次元では $D(\varepsilon)\propto\varepsilon^{d/2-1}$,$E/N=\frac{d}{d+2}\varepsilon_F$ となる.

演習3.2:べき乗則の一般化と相対論的電子ガス(白色矮星)

  1. 全エネルギーが体積のべき関数 $E(V)=A V^{-\gamma}$($A,\gamma\gt 0$ は定数)で書けるとき,$P=\gamma E/V$ および $B=(\gamma+1)P$ が成り立つことを示せ.本章の自由電子ガスは $\gamma=2/3$ の場合である.
  2. 白色矮星の内部のように密度が極端に高いと,電子は超相対論的になり分散関係が $\varepsilon_{\kk}=c\,k$(光速 $c$,$k=\abs{\kk}$)に変わる.3.3節と同じ数え上げ($k$ 空間の状態密度は分散関係によらないことに注意)を用いて,$N=Vk_F^3/3\pi^2$ は変わらないこと,および $$E = \frac{V c\,k_F^4}{4\pi^2},\qquad \frac{E}{N}=\frac{3}{4}\,c\,k_F = \frac{3}{4}\varepsilon_F$$ となることを示せ.
  3. (2) の結果を $N$ と $V$ で書き直して $\gamma=1/3$ であることを確かめ,$P=\frac{1}{3}(E/V)=\frac{1}{4}n\varepsilon_F\propto n^{4/3}$,$B=\frac{4}{3}P$ を導け.
  4. 非相対論的な場合の $P\propto n^{5/3}$ に比べ,超相対論的な場合の $P\propto n^{4/3}$ は密度の増加に対する圧力の立ち上がりが鈍い.重力による収縮を電子の縮退圧が支えられなくなる質量の上限(チャンドラセカール限界)が存在する理由を,この指数の違いから定性的に説明せよ.

ヒント:(1) は $\dd V^{-\gamma}/\dd V=-\gamma V^{-\gamma-1}$ を使うだけである.(2) では $E=2\frac{V}{(2\pi)^3}\int_{k\le k_F}c\,k\,\dd^3k$ を球座標で書き $4\pi\int_0^{k_F}c\,k\cdot k^2\dd k = 4\pi c\,k_F^4/4$ を計算する.(4) では,重力エネルギーが半径 $R$ に対して $\propto -M^2/R\propto -M^2 V^{-1/3}$ と振る舞い,超相対論的な電子ガスのエネルギーも同じ $V^{-1/3}$ 依存性を持つことに着目せよ.両者が同じべきであるため,質量 $M$ の大小だけで勝敗が決まり,体積を変えても逆転しない.

演習3.3:固定端境界条件でも答えは同じ

3.1.1節で「境界条件の詳細は熱力学極限で結果に影響しない」と述べた.これを確かめる.一辺 $L$ の立方体の壁で波動関数がゼロになる条件(無限に深い井戸型ポテンシャル)を課すと,規格化された解は

$$ \psi(\rr) = \left(\frac{2}{L}\right)^{3/2}\sin(k_x x)\sin(k_y y)\sin(k_z z), \qquad k_i = \frac{\pi n_i}{L},\quad n_i = 1,2,3,\dots $$

となる.

  1. $k_i$ の間隔が周期境界条件のときの半分($\pi/L$)であることを確認せよ.
  2. ところが $n_i$ は正の整数に限られるので,許される $\kk$ は $k$ 空間の第1象限($k_x,k_y,k_z\gt 0$,全体の $1/8$)にしか存在しない.この2つの効果を合わせると,$k$ 空間の(第1象限に限らない全体で数えた実効的な)単位体積あたりの状態数がやはり $V/(2\pi)^3$ になることを示せ.
  3. フェルミ球に対応する数え上げを行い,$k_F=(3\pi^2 n)^{1/3}$ が変わらないことを示せ.
  4. $n_i=0$ が許されない,すなわち $\kk=\bm 0$ の状態が存在しないことによる粒子数のずれは,$N$ に対して相対的にどの程度か概算せよ.

ヒント:(2) では,格子点1個あたりの体積が $(\pi/L)^3 = (2\pi)^3/(8V)$ である一方,使える領域が全体の $1/8$ であることを使う.数えられる状態数は「第1象限の体積 ÷ 1点あたりの体積」$=\frac{\Omega}{8}\cdot\frac{8V}{(2\pi)^3}=\frac{V\Omega}{(2\pi)^3}$ となり,因子 $8$ がきれいに打ち消す.(4) では境界面上の格子点の数が体積内の点の数に対して $O(L^{-1})$ であることを見積もればよい.この演習は,周期境界条件が「物理を変えずに計算を楽にする」道具であることの直接的な確認である.

演習3.4:銅で自由電子模型を検証する

銅は面心立方(fcc)構造をとり,格子定数は $a=3.615\ \text{Å}$ である.fcc の単位胞には原子が4個含まれる.銅の 4s 電子1個が伝導電子になると仮定して,以下を求めよ.

  1. 伝導電子密度 $n$ ($\mathrm{cm^{-3}}$) と密度パラメータ $r_s$.(答え合わせ:表3.1)
  2. $k_F$,$\varepsilon_F$(eV),フェルミ速度 $v_F$(m/s),フェルミ温度 $T_F$(K).
  3. 体積弾性率の自由電子予言値.実験値は $B\approx 137$ GPa である.予言値と比較し,アルカリ金属の場合(表3.2)とずれの向きが逆になることを確認せよ.
  4. (3) のずれの原因として考えられるものを2つ挙げよ.

ヒント:(1) は3.6節の例(Na)と同じ手順である.(2) は式 $\eqref{eq:3-rs-kF}$ とその後の公式を使う.速度の原子単位は $2.18769\times10^6$ m/s,$1\ \mathrm{eV}$ に対応する温度は $1.16045\times10^4$ K である.(4) について:銅では 3d 殻が満たされており,そのバンドがフェルミ準位のすぐ下に位置する.またイオン殻が大きく,価電子が入り込める空間が実効的に狭い.どちらも「価電子が自由に動ける一様なガス」という描像を壊す向きに働く.貴金属や遷移金属で自由電子模型が破綻することは,逆にアルカリ金属で模型がよく働くことの理由を教えてくれる.

参考文献

原著論文