合成法を比べる ― 固相法・液相法・気相法(CVD・PVD)の原理とモデル

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このページは synthesis-simulator.html の対になる解説です. 無機材料をつくる 4 つの方法(固相法,液相法の共沈,化学気相成長 CVD,物理気相成長 PVD)について, 原料がどんな状態で混ざり,物質がどこを通って動き,どこで反応・堆積が起きるのかを,反応式・式・単位・出典とともにまとめます. シミュレーターの画面の読み方と操作の意味は付録 Aに,使った数値の素性(文献値・経験式・推定値・模式)は§6に, 先生の実験資料で確かめるべき点は§7にまとめてあります.

このページの背骨 合成法は「液体を使うかどうか」ではなく,原料が混ざる距離のスケールと反応・堆積が起きる場所で比べると見通しがよくなります. 固相法は µm の粒どうしを接点で反応させるので,拡散距離 r の 2 乗に比例して時間がかかります(§2). 液相法(共沈)は溶液の中でイオンの段階で混ぜてから析出させるので,前駆体の中の拡散距離が短く,低い温度で済みます(§3). 気相法は原料を気体(CVD)や原子の流れ(PVD)にして基板まで運び,表面で膜にします.CVD は表面の化学反応,PVD は付着が主役です(§4,§5).

1. はじめに ― 4 つの方法をどう比べるか

セラミックスの粉や薄膜をつくる方法は多数ありますが,教科書ではふつう「固相法」「液相法」「気相法」に分けます. ここで大切なのは,分け方の基準が「液体を使うかどうか」ではないことです. 固相法の湿式混合ではエタノールを使いますが,エタノールは粉を分散させてかたまりをほぐすための分散媒で,原料を溶かしません. 液相法(共沈)では原料を水に溶かし,イオンの状態で混ぜてから,溶液の中で前駆体を析出させます.

表 1 4 つの合成法の比較(シミュレーターの「4 つの合成法の比較」と同じ内容)
方式原料の状態物質が動く仕組み反応・堆積の場所得られる形シミュレーターの例
① 固相法粉体(固体)粒子の接点を通る固体の中の拡散(µm)粒子どうしの接点(反応界面)から内側へ仮焼粉 → 成形・焼結して焼結体BaCO₃ + 6 Fe₂O₃ → BaFe₁₂O₁₉ + CO₂
② 液相法(共沈)水溶液中のイオン溶液中のイオンの拡散と撹拌.過飽和で析出溶液の中(核生成と成長),その後の仮焼で前駆体の中前駆体の沈殿 → 仮焼で細かい粉Fe³⁺・Ba²⁺ + OH⁻・CO₃²⁻ → 含水酸化鉄 + BaCO₃
③ CVD原料ガス気相の輸送(境界層の拡散)と表面反応加熱した基板の表面(化学反応)薄膜.副生成物は気体で排気SiH₄(g) → Si(s) + 2H₂(g)
④ PVD固体の蒸発源・ターゲット蒸発(熱)かスパッタ(イオン衝撃)で原子を放出し,真空中を飛ぶ基板の表面(付着・表面拡散)薄膜.化学反応は必須でないAl の真空蒸着,Cu・Ti のスパッタリング

①と②は同じ目的物質(M 型バリウムフェライト BaFe₁₂O₁₉)にそろえてあり,同じ拡散律速の式で仮焼の進み方を比べられます. ③と④はどちらも薄膜をつくる気相法ですが,CVD は原料ガスが基板の表面で化学反応して膜になり,PVD は固体から飛び出した原子が基板に付着して膜になる,という違いがあります. PVD は必ずしも化学反応を伴わないので,③④をまとめる大見出しは「気相法(気相成長法)」としています.

2. 固相法 ― 湿式混合・乾燥・仮焼と拡散律速の反応

2.1 手順と,それぞれの目的

  1. 秤量:目的物質の組成になるように原料粉をはかり取る(仕込み比).
  2. 湿式混合:乳鉢に粉とエタノールを入れてすり混ぜる.粒のかたまりがほぐれ,2 種類の粒が入り混じり,粒も細かくなる.この段階では反応しない(混ぜた瞬間に目的の化合物ができるわけではない).
  3. 乾燥:薬包紙に移し,60 °C の乾燥機で 30 分以上保持してエタノールを蒸発させる(実験テキスト §6.1 の YBCO の手順.赤外ランプで乾かす方法もある).エタノールは反応に加わらず,すべて抜ける.混ざった粒の配置はそのまま残る.
  4. 仮焼:電気炉で加熱する.粒子の接点で反応が始まり,生成物の層ができると,原料はその層を通って拡散しないと出会えない.炭酸塩が分解して CO₂ が抜ける.雰囲気は大気中とする(学生実験は大気中.研究では環状炉で N₂ を流す,Ar を詰めたグローブボックスで熱処理する場合もある.先生の指示(2026-09-25)).

このあと,実際の合成では再粉砕して成形し,焼結します(仮焼と焼結の目的の違いは 焼結 ① と YBCO の合成 を参照). このシミュレーターの①は,仮焼までの「粉を混ぜて反応させる」部分だけを扱います.

2.2 反応式と質量収支

BaCO3+6Fe2O3→BaFe12O19+CO2↑ (1)

モル質量(IUPAC 2021 の原子量から計算)は BaCO₃ 197.335,Fe₂O₃ 159.687,BaFe₁₂O₁₉ 1111.448,CO₂ 44.009 g/mol です. 左辺 197.335 + 6 × 159.687 = 1155.457 g と右辺 1111.448 + 44.009 = 1155.457 g が一致し, 化学量論どおり(Fe/Ba = 12)に完全に反応したときの理論の質量減少は 44.009 / 1155.457 = 3.81 % です. 総量 5.00 g の場合,秤量は BaCO₃ 0.854 g,Fe₂O₃ 4.146 g になります.

仕込み比 R = Fe/Ba がずれると,律速の原料がなくなった時点で反応は止まり,余った原料が残ります. シミュレーターでは α を BaCO₃ のうち反応した割合とし,残りの原料・生成物・放出した CO₂ を元素の保存から計算しています. R ≥ 12 では式 (1) だけが進み(nBaM = αnBa),余った Fe₂O₃ が残ります. R < 12 では,余った Ba が BaCO₃ + Fe₂O₃ → BaFe₂O₄ + CO₂ の副相になるとして,Ba(x + y = αnBa)と Fe(12x + 2y = αRnBa)の保存から BaFe₁₂O₁₉ を x = α(R − 2)nBa/10,BaFe₂O₄ を y = α(12 − R)nBa/10 に割り振ります(BaFe₂O₄ 313.013 g/mol).どちらの場合も CO₂ は αnBa です. たとえば総量 5.00 g で完全に反応すると,R = 11 では BaFe₂O₄ 0.146 g,R = 10 では BaFe₂O₄ 0.314 g が残り(BaFe₁₂O₁₉ 4.465 g,質量減少 4.42 %),R = 13 では α-Fe₂O₃ 0.323 g が残ります. 実際の経路では BaFe₂O₄ がまず中間相としてでき,それが Fe₂O₃ と反応して BaFe₁₂O₁₉ になりますが,この中間相の段階は省略しています(Ba が余る分だけを最後に副相として数える). そのため CO₂ の放出(質量減少)も α に比例させた模式で,実際は BaFe₂O₄ ができる段階(700〜800 °C)で CO₂ の多くが抜け,質量減少は α より早く進みます.

ただし「化学量論の 12 ちょうどが最良」とは限りません.固相法でも Fe/Ba ≥ 12 では α-Fe₂O₃ が残りやすく,最適は 11.7 付近という報告があり, Fe/Ba < 11 では 1000 °C 未満で BaFe₂O₄ が共存するとされます(参考文献 20 の総説とその引用文献). そのためシミュレーターは,Fe/Ba = 11〜12 のわずかな Ba 過剰を「実際にも使われる組成(余りは副相として少し残る)」と表示し, 失敗例のプリセットには Fe/Ba = 10(Ba が大きく余り,副相 BaFe₂O₄ が残る)と 13(α-Fe₂O₃ が残る)を使っています. ②の共沈で Fe/Ba = 10〜11.5 の仕込みがよく使われるのは,洗浄で失われる Ba を補うためと考えられます(§3.2,理由は推論を含む,仮).固相法では Ba が失われないので,余った Ba がそのまま副相になります.

2.3 拡散律速の反応率 ― Jander の式と Ginstling–Brounshtein の式

半径 r の球状の粒(ここでは Fe₂O₃)を,もう一方の原料(BaCO₃)が囲んでいるとします. 接点で生成物の層ができると,反応を続けるには原料(Ba²⁺ や O²⁻ など)が生成物の層を通って拡散しなければなりません. 層の厚さを y とすると,層を通る流束は 1/y に比例するので, 平板で近似すると dy/dt = D/y,すなわち y² = 2Dt(放物線則)になります. 反応率 α(反応した体積の割合)と層の厚さの関係 y = r[1 − (1 − α)1/3] を代入すると,Jander の式が得られます(参考文献 1).

[1−(1−α)1/3]2=kt (2)

Jander の式は層を平板として扱うので,反応が進むと合わなくなります. 球殻の中の定常拡散を正しく解くと,Ginstling–Brounshtein(GB)の式になります(参考文献 2). シミュレーターは GB の式を既定にし,Jander の式を比較用に選べるようにしています.

1−2α3−(1−α)2/3=kt,k=2Dreff2,D=D0exp(−EaRT) (3)

左辺は α = 1 で 1/3 になるので,kt ≥ 1/3 で反応は完了します. 式 (3) の要点は 2 つです. (i) 反応にかかる時間は reff² に比例する:粒の大きさを半分にすると 4 倍速くなる.これが「粉を細かくよく混ぜる」理由です. (ii) 温度には拡散係数 D の Arrhenius の式を通して指数関数で効く. シミュレーターでは D0 = 1.56 × 10−3 cm²/s,Ea = 250 kJ/mol を使っています. これは仮想実験室(準備中)の Ba フェライトのモデルで「半径 0.3 µm の共沈前駆体が 900 °C・2 h で α = 0.90 になる」ように選ばれた較正値(推定)で,実測の拡散係数ではありません. node で確かめると,r = 0.3 µm,h = 1 で 900 °C・2 h の α は 0.900 になり,較正の条件を再現します.

図 1 Jander の式と GB の式の反応率(横軸は kt).GB の式は kt = 1/3 で完了する.反応の後半ほど層が厚くなって遅くなる.

2.4 混合の状態を表すモデル(均一度 h と粒子半径 r)

混ぜ方の効果は,均一度 h(0〜1,模式の量)と粒子半径 r で表します. すり混ぜる時間 t に対して,均一度と粒径は次の式で近づきます(仮想実験室の乳鉢のモデルの式と定数を移したもの,推定値).

h=1−(1−h0)e−t/τH,r=rmin+(r0−rmin)e−t/τR,reff=r(2−h) (4)
表 2 混合のモデルの定数(推定値.仮想実験室の乳鉢のモデルから移した)
量湿式(エタノール > 0.05 mL)乾式注
均一度の時定数 τH8 分20 分エタノールで凝集がほぐれ,速く均一になる
粒径の時定数 τR16 分22 分
粒径の下限 rmin0.6 µm0.7 µm
混ぜる前 h0 / r00.30 / 3.0 µmh0 は仮想実験室のプリセットの値.r0 は「湿式 20 分で 1.29 µm」から逆算
エタノールの蒸発すり混ぜ中 0.055 mL/min,60 °C の乾燥機 0.10 mL/minすり混ぜ中に足りなくなると途中から乾式になる.乾燥機の値は推定(仮.上限の 3 mL が 30 分で抜ける大きさ)で,乾燥は 30 分保持する(実験テキスト §6.1)

reff = r(2 − h) は「混ざり方が悪いほど,相手の粒までの距離が長い」ことを表す経験的な置き方で,仮想実験室のモデルと同じです. 乳鉢の中では α を 0 のまま変えないので,「混ぜた瞬間に化合物ができる」ことはありません.

2.5 シミュレーターの数値の例

表 3 混合の条件と仮焼温度による反応率 α(保持 2 h,GB の式,Fe/Ba = 12) 湿式 20 分:h = 0.943,r = 1.29 µm,reff = 1.36 µm.乾式 5 分:h = 0.455,r = 2.53 µm,reff = 3.91 µm.共沈前駆体(②の標準):凝集した粒の半径 0.32 µm,均一度 0.96.
仮焼温度湿式 20 分乾式 5 分共沈前駆体(②)
800 °C0.0840.0300.325
900 °C0.2660.0970.849
1000 °C0.6390.2541.000
1100 °C1.0000.5461.000
1200 °C1.0000.9191.000

「共沈法(化学法)は 900 °C 前後,固相法(セラミック法)は 1100〜1200 °C」という一般的な傾向(参考文献 6 の共沈前駆体の報告など)が,拡散距離の違いだけで現れます. ②の共沈の前駆体の仮焼も同じ式で計算しています(§3.6). ただし温度の絶対値は較正値に依存するので,比べ方(何倍速いか,どちらが先に終わるか)を読むようにしてください.

3. 液相法(共沈) ― イオンの混合・過飽和・沈殿

3.1 何が「液相」なのか

共沈法では,Fe と Ba の塩を水に溶かした溶液 B を,塩基(NaOH と Na₂CO₃)の溶液 A に加えます. 溶液の中では Fe³⁺ と Ba²⁺ がイオンの状態で混ざっているので,沈殿した瞬間に両者は nm〜0.1 µm の距離に並びます. 固相法の「µm の粒を接点で出会わせる」のとは,混ざる距離のスケールが 1〜2 桁違います. ただし②の仮焼の計算では,イオンが混ざる距離ではなく凝集した粒の半径(標準で約 0.32 µm)を GB の式の粒子半径 r とします(§3.5,§3.6).このため読み取り値の拡散距離 reff は液相 0.33 µm,固相法の標準 1.36 µm で,モデルの差は約 4 倍です. ただし共沈した直後の沈殿は BaFe₁₂O₁₉ ではありません.Fe 側は非晶質の含水酸化鉄(フェリハイドライト),Ba 側は BaCO₃ で,仮焼して初めて目的の結晶相になります(参考文献 5,6). このページの②は滴下・静置・温水での傾瀉洗浄・回収の要点だけを示し,洗浄の回数と pH,乾燥・仮焼を含む全工程は バリウムフェライトの共沈 で扱います.

3.2 仕込みと手順(実験テキスト §8.1)

溶液 A:蒸留水 100 mL に NaOH 12.5 g(312.5 mmol)と Na₂CO₃ 3.15 g(29.72 mmol). 溶液 B:蒸留水 50 mL に FeCl₃·6H₂O 10.14 g(37.52 mmol)と BaCl₂·2H₂O 0.835 g(3.419 mmol). 仕込み比 Fe/Ba = 10.97 で,化学量論の 12 より Ba を 9 % 多めにしてあります(Ba 3.419 mmol のうち約 0.29 mmol が化学量論を超える分). 共沈では出発溶液の Fe/Ba を 12 より小さくするのが通例で,10〜11.5 の例が多く報告されています(参考文献 5,20). 理由は,洗浄で上澄みとともに Ba²⁺ が失われやすいことを補い,Fe が余って α-Fe₂O₃ が残るのを避けるためと考えられます(Ba の損失は文献の記述と化学からの推論を含む.仮). 洗浄後もなお余った Ba は,仮焼後に BaFe₂O₄ などの副相として少し残ることがあります.②では洗浄の工程を見せますが,洗浄による沈殿の組成の変化は計算しないので,固体の Fe/Ba は仕込み比と同じ 10.97 のままで,画面のひとことにこの注意を出します.仮焼したときの計算でも,①で Fe/Ba を 12 より小さくしたときと同じく,余る Ba が BaFe₂O₄ になる分を差し引きます(§2.2,§3.6). これらの質量と水の量は,旧東京工業大学 材料科学実験(無機材料分野)実験テキスト 2025 年版の §8.1 の値です(仮想実験室の値とも一致).

実習では,溶液 A を十分かき混ぜながら溶液 B を少しずつ加えます.実習の動画では,B をガラス棒に伝わせて数回に分けて注ぎ,合間にガラス棒でかき混ぜます. 沈殿を沈めたら,上澄みを駒込ピペットで液量が約 125 mL になるまで除き,ホットプレートで約 60 °C にした温水で約 300 mL まで満たしてかき混ぜ,静置します(温水は,実験テキスト §8.1 では 20 mL 駒込ピペットで少しずつ注ぎ,実習の動画では 500 mL ビーカーから直接注いでいます.シミュレーターの図は動画に合わせました). これを上澄みの pH(pH 試験紙)が約 7 になるまで繰り返し(傾瀉洗浄),吸引ろ過して 105 °C で乾燥します(実験テキスト §8.1). 仮焼は 925 °C・2 h(§8.2)で,シミュレーターの②の既定もこの条件にしました. シミュレーターの②は洗浄の繰り返しを 1 回分の動きにまとめて描き,回数と pH の変化は計算しません(共沈のシミュレーター③で扱います).

3.3 pH と沈殿量 ― 電荷収支と溶解度積

滴下を 60 回に分け,1 回加えるたびに溶液が平衡になると仮定して,pH と沈殿量を求めます. pH は入力ではなく,入れた試薬の量から電荷収支で決まります.

[Na+]+2[Ba2+]+qFe[Fe3+]+[H+]=[Cl−]+[OH−]+[HCO3−]+2[CO32−] (5)

溶けていられる Fe³⁺ と Ba²⁺ は溶解度積で決まります. qFe = 3 − Kh/(Kh + [H⁺]) は Fe³⁺ の第 1 加水分解(Kh = 6.3 × 10−3)を入れた平均の電荷, 炭酸は Ka1 = 4.45 × 10−7,Ka2 = 4.69 × 10−11 で H₂CO₃*,HCO₃⁻,CO₃²⁻ に分けます.

[Fe3+][OH−]3≤Ksp,Fe(OH)3,[Ba2+][CO32−]≤Ksp,BaCO3 (6)

使った値は Ksp(Fe(OH)₃) = 2.79 × 10−39,Ksp(BaCO₃) = 2.58 × 10−9(CRC Handbook,25 °C,参考文献 4)です. 仮想実験室のモデルはそれぞれ 4 × 10−36 と 8.1 × 10−9(実験テキスト §8.1 の問の与条件)を使っていて,Fe(OH)₃ で 3 桁の違いがあります. 高 pH ではどちらでも Fe はほぼ全量沈むので結果にほとんど効きませんが,洗浄での BaCO₃ の溶け出しには √Ksp で効きます(§7 の確認事項). BaCO₃ の溶けている量は,b を溶けている Ba の濃度として b·α2(CT − BT + b) = Ksp の 2 次方程式を解いて求めます(CT,BT は炭酸と Ba の総濃度,α2 は CO₃²⁻ の割合). 酸性の液の中で H₂CO₃* になった炭酸は,CO₂ として液から抜けるとしました(開放系の模式).

表 4 計算の検算(node で関数を直接呼んだ結果)
条件pHFe の沈殿Ba の沈殿固体の Fe/Ba注
溶液 A だけ / 溶液 B だけ14.49 / 1.18仮想実験室の値と一致
標準(B を A へ)14.12100 %100 %10.97前駆体 4.01 g(FeOOH + BaCO₃ として)
逆向き(A を B へ)14.16100 %100 %10.97炭酸 8.9 mmol が CO₂ で抜ける.Fe が先,Ba が後に沈む(同時性 0.79,§3.4)
Na₂CO₃ 0.2 g14.1100 %55 %19.9炭酸が足りず Ba が沈み切らない(組成ずれ)
Na₂CO₃ 0.36 g / 0.5 g 以上100 %99.3 % / 100 %11.05 / 10.97
NaOH なし1.4655 %0 %―塩基は Na₂CO₃ の分だけ.Fe の半分が溶け残る

このモデルでは Ba は BaCO₃ としてだけ沈みます. NaOH だけの高 pH の条件でも Ba が沈むという報告(Zahn ほか 2024,参考文献 5)があり,空気中の CO₂ を吸って BaCO₃ ができる可能性もあるので, 「炭酸塩がなければ Ba は絶対に沈まない」と断定はできません.画面の注記でもそう書いています.

3.4 過飽和と核生成

沈殿ができるかどうかは,過飽和度 S(イオン活量積 IAP と溶解度積の比)で決まります. S > 1 なら固体になったほうが安定で,核ができて沈殿が生まれます.S ≤ 1 なら沈みません.

S=IAPKsp,ΔG*∝γ3(kTlnS)2 (7)

古典核生成論では,核生成の障壁 ΔG* は (ln S)² に反比例して下がります(γ は界面エネルギー). 過飽和度が大きいほど一度にたくさんの核ができ,粒が細かくなります. シミュレーターが示す「加えた瞬間の log₁₀ S」は,加えた 1 回分の液が析出する前に液全体に混ざったと仮定して計算した値です. 標準の向き(B を A へ)では Fe(OH)₃ に対して log₁₀ S ≈ 37,BaCO₃ に対して ≈ 4.5 で,両方が同時に沈みます. 逆向き(A を B へ)では,はじめは酸性なので Fe(OH)₃ の log₁₀ S は数程度,BaCO₃ は負(未飽和)で,Fe が先に沈み,Ba は塩基が過剰になってから沈みます. この「沈む時期のずれ」を同時性 hsync = 1 − 〈|FFe − FBa|〉(F は最終的な沈殿量に対する,そのときまでの沈殿量の割合)で表しました(自作の指標). 核生成の速さそのもの(沈殿の速度論)は計算していません.

3.5 かき混ぜる強さと注ぐ速さ,粒の大きさ(推定式)

かき混ぜる強さ(rpm 相当)と注ぐ速さの効き方は,仮想実験室のモデルの推定式をそのまま使いました: かき混ぜる強さの点数 s = log₁₀(1 + rpm/60)/log₁₀ 11,注ぐ速さの点数 q = 1 − log₁₀(速さ/3 mL min⁻¹)/1.6(0〜1), 混ざりの係数 (0.45 + 0.35s + 0.30q)/1.10,凝集した粒の半径 0.30 µm/(0.55 + 0.45sq)(逆向きは 2.6 倍.以下「凝集径」と呼ぶが,GB の式では粒子半径 r として使う). 均一度は hsync と混ざりの係数の積です.どれも実測に合わせた式ではなく,傾向を示す推定です. 実習ではガラス棒でかき混ぜるので,rpm は混ざり方を比べるためにスターラーの回転数に換算した目安(比較用の条件)として使っています.

3.6 仮焼の比較

回収した前駆体を仮焼したときの反応率は,§2.3 の GB の式で,粒子半径 r を凝集径,均一度を上の値として計算します. 含水酸化鉄の脱水や BaFe₂O₄ を経る経路は省略しているので,これは「拡散距離の違いだけで,どれだけ差がつくか」を見るための比較です. 925 °C・2 h(②の既定)では液相法の前駆体 α = 0.97,固相法(湿式 20 分)α = 0.34 になります(900 °C・2 h では 0.85 と 0.27). 画面には,いまの仮焼の条件で計算した液相法の前駆体と①の粉の値を並べて表示します. ただし α は固体の中にある原料どうしの反応の進みなので,BaFe₁₂O₁₉ になれる Fe の割合には,固体の中の Fe/Ba(R)で決まる上限があります. 数え方は①と同じ(§2.2)で,R ≥ 12 では 12/R(Ba が足りず,残りの Fe は α-Fe₂O₃),R < 12 では 12(R − 2)/(10R)(余る Ba が BaFe₂O₄ になる分の Fe を差し引く)です. 画面の棒グラフと読み取り値は「BaFe₁₂O₁₉ になる Fe の割合 = α × 上限」を示します. Na₂CO₃ 0.2 g(固体の Fe/Ba = 19.9)では上限 60 % で,925 °C・2 h で α = 0.89 でも 54 % にとどまり,残りは α-Fe₂O₃ になります. NaOH なしでは Ba が沈まないので上限は 0 で,仮焼しても BaFe₁₂O₁₉ はできません.

4. CVD ― 表面反応律速と輸送律速(Grove モデル)

4.1 反応と装置

SiH4(g)→Si(s)+2H2(g) (8)

主例は減圧 CVD(LPCVD)による多結晶 Si 膜です.石英の反応管にウェハーを立てて並べ,管の外のヒーターで全体を加熱し(ホットウォール炉), SiH₄ を 0.2〜1 Torr 程度の低い圧力で流します.典型的な条件は 575〜650 °C,成長速度 10〜100 nm/min 程度です(参考文献 8). 副生成物の H₂ と未反応の SiH₄ は排気され,除害装置で処理されます(SiH₄ は空気中で自然発火する). 原料系を変えると,同じ仕組みでさまざまな膜ができます(表 5).

表 5 代表的な CVD の原料系(参考文献 8 など.シミュレーターは SiH₄ だけを扱う)
膜反応式温度の目安
多結晶 SiSiH₄ → Si + 2H₂575〜650 °C(LPCVD)
SiO₂SiH₄ + O₂ → SiO₂ + 2H₂約 450 °C
Si₃N₄3SiH₂Cl₂ + 4NH₃ → Si₃N₄ + 6H₂ + 6HCl約 750 °C
エピタキシャル SiSiCl₄ + 2H₂ → Si + 4HCl約 1200 °C
WWF₆ + 3H₂ → W + 6HF400 °C 以下
TiC(工具の被覆)TiCl₄ + CH₄ → TiC + 4HCl950〜1050 °C(特許などの代表例)

4.2 Grove モデル ― 2 つの流束が等しいとおく

基板の表面の近くには,ガスの流れが遅い境界層があります.原料は境界層を拡散で運ばれ(流束 J1),表面で反応して膜になります(流束 J2). 気相の濃度を Cg,表面の濃度を Cs,物質移動係数を hg,表面反応の速度定数を ks とすると(参考文献 7,8),

J1=hg(Cg−Cs),J2=ksCs⇒Cs=hghg+ksCg,G=CgNfhgkshg+ks (9)

Nf は膜の原子数密度(Si で 5.0 × 1028 m−3)です. 低温では ks ≪ hg となり,G ≈ ksCg/Nf(表面反応律速):成長速度は温度に指数関数で効き,Arrhenius プロットで直線になります.表面の濃度は気相とほぼ同じなので,どのウェハーにも同じ厚さでつきます. 高温では hg ≪ ks となり,G ≈ hgCg/Nf(輸送律速):温度への依存は弱く,ガスの流れ方で膜厚がむらになりやすくなります. LPCVD では圧力が低いので気相の拡散係数(∝ 1/p)が大きく,表面反応律速の領域が高温側へ広がります.これが減圧にする理由の 1 つです.

4.3 シミュレーターの速度式 ― 3 つの抵抗の直列

式 (9) を分圧で書き直し,流している原料がどれだけ消費されるか(原料の供給)も加えて,成長速度 G(nm/s)を 3 つの抵抗の直列で表します. はじめの 2 つ(表面反応と輸送)は Grove モデルから導けますが,3 つめの供給の項 c p を直列の抵抗として足す形は,原料が枯れる効果の目安として組み立てた模式です(Grove モデルからは導けない).

G=pSiH41ks+1hg+cpSiH4,ks=4.3×107exp(−133.4kJ mol−1RT) (10)

G は析出する面積全体で平均した成長速度で,転化率 X と「膜になった Si」の物質収支もこの平均で計算しています. ウェハーごとの膜厚は,下流へ直線で薄くなり,下流 / 上流の比が 1 − X,6 枚の平均が G になるように,上流 G/(1 − X/2),下流 G(1 − X)/(1 − X/2) とする目安です(画面の「膜厚」は 6 枚の平均). 厳密には,原料が流れに沿って 1 次反応で消費されると膜厚は下流へ指数関数的に薄くなり,転化率は 1 − exp(−G0c)(G0 は入口の分圧で決まる局所の速度 p/(1/ks + 1/hg))になります. 直列の形はこれより枯渇を小さく見積もります(例:750 °C,0.3 Torr,5 sccm で直列の X = 0.49,栓流の式では 0.61).ここでは目安として直列の形を使いました. また,成膜の途中で条件を変えたときは,各時点の条件で付いた分を積み上げるので,すでに付いた膜の厚さと組織(§4.4)は後から変わりません.

物質収支:膜になった Si の原子数は消費した SiH₄ の分子数と同じで,H₂ はその 2 倍生じます. 標準の条件(620 °C,0.30 Torr,SiH₄ 100 %,100 sccm)では G = 11.7 nm/min,消費 1.09 sccm,H₂ 2.18 sccm,Si 82 mg/h で, 1.088 sccm × 4.478 × 1017 s−1 ÷ (5.0 × 1028 m−3 × 0.05 m²) = 0.195 nm/s = 11.7 nm/min と一致します.

図 2 式 (10) の Arrhenius プロット(全圧 0.3 Torr と 10 Torr,SiH₄ 100 %,100 sccm).点線は表面反応だけ,破線は輸送だけの場合.全圧が高いと輸送律速に切り替わる温度が下がる.

表 6 全圧 0.3 Torr,SiH₄ 100 %,100 sccm の成長速度と律速(node の計算)
温度G(nm/min)律速Cs/Cg転化率 X
560 °C3.31表面反応0.9900.3 %
620 °C11.7表面反応0.9671.1 %
700 °C45.0表面反応0.8784.2 %
800 °C136表面反応(輸送が効き始める)0.62412.6 %
900 °C232輸送0.33221.5 %
750 °C,10 Torr,SiH₄ 5 %13.5輸送0.0925 %
750 °C,0.3 Torr,5 sccm26.2供給(原料の消費)0.4349 %

4.4 膜の組織とプラズマ CVD

LPCVD の Si 膜は,およそ 580 °C 未満で非晶質,600 °C 以上で多結晶(柱状の粒)になるとされます. シミュレーターはこの境目を目安として表示するだけで,原典の数値とは照合していません(§6). 熱 CVD は反応を温度で起こしますが,プラズマ CVD(PECVD)は電子の衝突で反応性の高い種をつくるので,より低い温度で成膜できます(参考文献 16). ALD(原子層堆積)は表面の自己停止反応を半サイクルずつくり返す CVD の仲間です.

5. PVD ― 真空蒸着とスパッタリング,構造帯モデル

5.1 真空蒸着 ― 蒸気圧と Hertz–Knudsen の式

真空中で材料を加熱すると,表面から原子が熱で飛び出します.単位面積・単位時間あたりの蒸発の流束は Hertz–Knudsen の式で与えられます(参考文献 10).

J=αvp*−p2πmkBT[m−2 s−1] (11)

p* は飽和蒸気圧,αv は蒸発係数(清浄な面で 1 とした)です. Al の蒸気圧は CRC Handbook の表(1,10,100,1000 Pa になる温度が 1482,1632,1817,2054 K,参考文献 4)を log p と 1/T の直線で区間ごとに補間し, 表の範囲外(1482 K 未満,2054 K 超)は端の区間で外挿して「外挿」と表示します. 検算:1482 K(1 Pa)で J = 1.32 × 1022 m−2 s−1.

小さな面状の蒸発源から出る原子は,面の法線からの角度 φ について cos φ に比例して放出されます(余弦則). 蒸発源の真上 h の平らな基板の上で,中心から x 離れた点を考えると,距離は r² = h² + x²,放出角と入射角の余弦はどちらも h/r なので,

d(x)d0=cosφcosθ/r21/h2=h4(h2+x2)2=[1+(x/h)2]−2 (12)

中心の成膜速度は J Ae/(πh²) に原子の体積 Ω = M/(ρNA) を掛けたものです(面積 Ae の面源が半空間に出す全流束 J Ae の,真上の単位面積あたりの割合が 1/(πh²)). 蒸発源の面積 Ae = 1 cm² は仮です.検算:1482 K,h = 0.3 m で 0.077 nm/s(4.6 nm/min),1600 K で 28 nm/min. 基板を遠ざけると膜は均一になりますが,成膜速度は 1/h² で下がります.

5.2 平均自由行程 ― なぜ高真空が要るか

λ=kBT2πd2p (13)

分子の直径 d = 0.36 nm,300 K とすると,1 Pa で 7.2 mm,10−2 Pa で 0.72 m,10−4 Pa で 72 m です(TU Wien の講義の目安 λ ≈ 5 mm·Pa/p と同じ桁,参考文献 10). 蒸着では,飛んでいる原子が残留ガスに一度も当たらずに基板へ届く割合を e−h/λ としました(気体どうしの λ を金属原子にも使う近似). また,基板に当たる残留ガスの分子数(式 (11) で p* を残留ガスの圧力,m を 28 u にしたもの)と金属原子の数の比も表示します. 10−4 Pa でも比は 0.1 程度あり,O₂ や H₂O が膜に取り込まれて酸化・汚染される原因になります(付着確率は入れていない).

5.3 スパッタリング ― 運動量の受け渡しで原子を弾き出す

Ar のグロー放電でできた Ar⁺ を負の電圧をかけたターゲットに当てると,衝突の連鎖で表面から原子が弾き出されます(放出の深さは約 1 nm,大部分は中性の原子). 1 個のイオンが弾き出す原子の数をスパッタ収率 Y といい,しきい値(10〜30 eV)を超えるとイオンのエネルギーとともに増えます(参考文献 10,14,15). シミュレーターは Ar⁺ 600 eV の代表値(Cu 2.3,Ti 0.6,Al 1.2.業者の参考表で原典の記載がなく ±20〜30 % の幅がある,参考文献 17)を使い, Y(E) = Y600(E − 25 eV)/(575 eV) と電圧に比例させる近似を置きました(しきい値 25 eV は仮). イオンのエネルギーは放電電圧 × 素電荷と仮定しています.ターゲットの削れる速さは

x˙=YjMeNAρ (14)

です(j はイオンの電流密度).金属の Y は 1 前後なので,蒸着に比べて材料による速さの差が小さく,合金や多成分の膜に向いています. 基板の中心へ届く流束は,半径 Rt = 25 mm(仮)の円板状の源の軸上の値 Rt²/(Rt² + h²) を掛けて求めます.

スパッタは 0.1〜数 Pa の Ar 中で行うので,飛んでいる原子は Ar とぶつかります. 式 (13) は熱運動する気体分子どうしの値で,√2 は相対速度から来ます.数 eV 以上の速い原子が,ほぼ止まっている Ar の中を進むときは √2 が付かず,エネルギーが高いほど衝突断面積も小さくなるので,平均自由行程は式 (13) より長くなります. シミュレーターでは λsp = kBT/(0.5 πd²p)(√2 を外し,断面積を気体どうしの半分にした近似.係数 0.5 は仮)とし,0.5 Pa で 41 mm になります. エネルギーに依存する断面積を使ったモンテカルロ計算(Zhu ほか 2022,参考文献 19)が示す 0.5 Pa での Cu の平均自由行程 約 40〜110 mm と同じ桁です. 平均の衝突回数を n = h/λsp,1 回の衝突で残るエネルギーの割合を f = 1 − 2M1M2/(M1 + M2)²(剛体球の平均.Cu と Ar で 0.53), 放出時の平均エネルギーを E0 = 10 eV(代表値 5〜40 eV の中から選んだ仮の値)とし,衝突の回数が平均 n の Poisson 分布に従うとして, 到着するときの平均エネルギーを E0 Σk P(k) fk = E0 exp[−n(1 − f)] と見積もりました(下限は気体の熱エネルギー 0.026 eV). この式で Cu が 0.1 eV まで冷える(熱化する)距離は 0.5 Pa で約 40 cm(p·d ≈ 20 Pa·cm)です. 0.5 Pa・60 mm では衝突は平均 1.5 回で,77 % の原子が 1 回以上ぶつかり(Poisson 分布で P(0) = 0.23,P(1) = 0.34,P(2) = 0.25),1 回ごとに平均 47 % のエネルギーを失うので,到着時の平均は放出時の約半分(≈ 5 eV)になります. それでも蒸着の原子(約 0.3 eV)より 1 桁大きく,この衝撃が膜を緻密にします(Zone T).4 Pa では熱化して斜めから届きます(Zone 1). 基板に届く割合 η は,衝突せずに届く分 e−h/λ と,散乱された分 (1 − e−h/λ) × 0.5 × min(1, 3λ/h) の和とする模式です. 0.5 は散乱で向きがばらばらになった原子のうち基板の側へ向かうおよその割合,min(1, 3λ/h) は圧力が高く拡散的になると届きにくくなることを表します(どちらも仮). 圧力を上げると成膜速度がなだらかに下がり(0.1 Pa → 0.5 Pa → 4 Pa で 85 → 60 → 12 nm/min),原子は斜めから低いエネルギーで届くようになります. マグネトロンで放電を保てる圧力の下限を 0.1 Pa(仮)とし,それより低いと「放電しない」としました.

表 7 スパッタ(400 V,10 mA/cm²,h = 60 mm,300 K)の計算値
ターゲット / Ar の圧力Yλsph/λsp衝突せずに届く届く割合成膜速度平均の到着エネルギー
Cu / 0.1 Pa1.50203 mm0.2975 %87 %85.4 nm/min8.7 eV
Cu / 0.5 Pa1.5040.7 mm1.4723 %61 %60.1 nm/min5.0 eV
Cu / 1 Pa1.5020.3 mm2.955 %53 %51.5 nm/min2.5 eV
Cu / 4 Pa1.505.09 mm11.80 %13 %12.4 nm/min0.04 eV
Ti / 0.5 Pa0.3940.7 mm1.4723 %61 %23.5 nm/min4.8 eV

5.4 構造帯モデル ― 基板温度と圧力で膜の組織が変わる

Movchan と Demchishin は蒸着膜の組織を基板温度と膜材料の融点の比 Ts/Tm で整理し(参考文献 13), Thornton はこれをスパッタ膜に広げて Ar の圧力の軸を加えました(参考文献 12). シミュレーターの境界は Kusano の整理(参考文献 11)に従い,0.5 Pa 以下と 4 Pa 以上は表の値,そのあいだは log p で補間しています.

表 8 Thornton の構造帯(スパッタ膜,Kusano 2019 の整理)
帯組織と支配する過程0.5 Pa 以下4 Pa
Zone 1すき間の多い先細りの柱状.斜め入射の影の効果と表面拡散の不足< 0.15< 0.4
Zone T表面の平らな密な繊維状.表面拡散と高エネルギー粒子の衝撃(スパッタ膜に特有)0.15〜0.3250.4〜0.525
Zone 2結晶性の柱状粒.表面・粒界拡散が支配0.325〜0.70.525〜0.7
Zone 3再結晶した等軸粒.体拡散が支配> 0.7> 0.7

境界の値は文献の表の範囲(例 0.1〜0.2)の中央を使いました.境界は鋭くありません. 蒸着膜の境界(0.3,0.5)は原典で照合していない目安で,蒸着膜には Zone T が現れないとして描いています. 反応性スパッタリング(Ar に O₂ や N₂ を混ぜて酸化物・窒化物の膜をつくる)は,通常の PVD と区別して扱うべき内容なので,このシミュレーターでは扱いません. イオンビーム成膜(IBD)は,独立したイオン源のビームでターゲットをスパッタする方式で,低い圧力でガスによる散乱が少ない緻密な膜が得られます(参考文献 16).

図 3 余弦則の膜厚分布(式 (12)).蒸発源と基板の距離 h が小さいほど中心が厚く,端が薄い.

6. モデルの簡略化と数値の素性

表 9 使った数値の一覧と素性(文献値・経験式・推定・模式・仮)
タブ量値素性と出典
①モル質量BaCO₃ 197.335 など文献値(IUPAC 2021 の原子量から計算)
①反応率の式GB(既定),Jander文献の式(参考文献 1,2)
①②拡散係数 D0,Ea1.56 × 10⁻³ cm²/s,250 kJ/mol推定・較正値(仮想実験室の Ba フェライトのモデル).実測値として引用しない
①混合の時定数・粒径の下限・h0・r0表 2推定(仮想実験室の乳鉢のモデル).r0 は逆算
①reff = r(2 − h)―経験的な置き方(仮想実験室と同じ)
①中間相 BaFe₂O₄,炭酸塩の分解の段階,昇温・冷却省略簡略化.保持温度で一定とする.CO₂ の放出は α に比例させる(模式.Fe/Ba < 12 で余る Ba だけを副相 BaFe₂O₄ として数える,§2.2)
①すり混ぜ約 20 分,乾燥 60 °C・30 分以上§2.1実験テキスト §6.1(YBCO の手順).エタノールの量と乾燥機での蒸発の速さは推定(仮)
①②わずかな Ba 過剰(Fe/Ba = 11〜12)を実際に使う組成として扱い,余りを副相として数える§2.2,§3.2文献の傾向(参考文献 20).理由の一部は推論(仮)
①②仮焼の雰囲気大気中先生の指示(2026-09-25).学生実験は大気中(研究では N₂ 気流の環状炉や Ar のグローブボックスもある)
②試薬の質量と水の量,洗浄の液量(約 125 mL,約 300 mL,約 60 °C,pH 約 7 まで),仮焼 925 °C・2 h§3.2実験テキスト §8.1,§8.2
②Ksp,Ka1,Ka2,Kh,Kw§3.3文献値(CRC Handbook ほか).活量係数は 1
②かき混ぜ・注ぐ速さの係数(rpm はスターラーに換算した比較用の目安),凝集径(GB の式では半径として使う)§3.5推定(仮想実験室の式)
②同時性 hsync,CO₂ の抜け方―自作の指標・模式
③表面反応の速度式式 (10)文献の経験式(Gieske ほか 1977).600〜700 °C の外は外挿
③hg の大きさと依存性§4.3模式(依存性は気体の拡散の近似,大きさは仮)
③析出する面積 A0.05 m²仮
③供給の項を直列の抵抗として足す形(c p)式 (10)模式(原料の枯渇の目安.栓流の厳密な式より枯渇を小さく見積もる.§4.3)
③ウェハーごとの膜厚(上流 G/(1 − X/2),下流 G(1 − X)/(1 − X/2))§4.3目安(直線の分布.平均が物質収支と一致する)
③非晶質と多結晶の境目580 °C,600 °C目安(一般的な記述.原典未照合)
④Al の蒸気圧§5.1文献値(CRC Handbook).範囲外は外挿
④蒸発源の面積,ターゲットの半径1 cm²,25 mm仮
④スパッタ収率 Y600,しきい値Cu 2.3,Ti 0.6,25 eV代表値(業者の参考表,±20〜30 %)と仮の値.電圧への比例は近似
④スパッタ原子の平均自由行程(√2 を外し断面積を 0.5 倍),届く割合(散乱された分の 0.5 と 3λ/h),到着エネルギー,放電の下限 0.1 Pa§5.3近似・模式・仮(λ の桁は参考文献 19 と照合)
④構造帯の境界表 8文献値(Kusano 2019).蒸着膜の境界は目安

シミュレーターの内部の拡大模式図(粒子,イオン,分子,膜の断面)は,同じ状態の数値から描いた模式図で,原子や粒の数・大きさは見やすいように間引き・拡大しています. 時間は短縮して表示し,画面に「表示の 1 秒 ≈ 実験の何分」を書いています.

7. 確認事項(先生に確認)

  1. 固相法の題材:①は②と比べるために BaCO₃ + 6 Fe₂O₃ → BaFe₁₂O₁₉ を例にしました.授業の実験(基礎実験 A の YBCO,Y₂O₃・BaCO₃・CuO)を例にしたほうがよいか.
  2. 湿式混合の条件:すり混ぜる時間の既定 20 分と乾燥(60 °C の乾燥機で 30 分以上)は実験テキスト §6.1(YBCO)の手順に合わせた.エタノールの量(シミュレーターは 0.5 mL ずつ,既定の例で 1.5 mL)と乾燥機での蒸発の速さはテキストに数値がなく仮.
  3. 仮焼の条件:①の既定 1000 °C・2 h は表示用の例です.実験の仮焼条件(YBCO は実験テキスト §6.1 で 900 °C・10 h)に合わせるか.
  4. 共沈の仕込み:試薬の質量・水の量・滴下の向き(B を A へ)・洗浄の液量・仮焼 925 °C・2 h は実験テキスト §8.1,§8.2 で確認した.②の「かき混ぜる強さ」(rpm 相当)と注ぐ速さはテキストに数値がなく,比較用の条件(仮).
  5. 溶解度積:実験テキスト §8.1 の問の与条件の Ksp(Fe(OH)₃)(4 × 10−36,仮想実験室と同じ)と Ksp(BaCO₃)(8.1 × 10−9)に対し,このページでは CRC の 2.79 × 10−39 と 2.58 × 10−9 を使った.どちらにそろえるか.
  6. 公開してよい範囲(解決:先生の回答 2026-09-25):実験テキストは旧東京工業大学のもので,東京理科大学の授業では配布しないので,計算値も含めて出してよいことになった. これに合わせて,前に外した文と値(§1 と冒頭の枠の拡散距離の比較,§2.2 と §3.2 の Ba を多めにする理由(推論を含む,仮),§2.3 の D0・Ea の較正の条件,表 3 の共沈前駆体の列,§3.1 の混ざる距離のスケール,§3.4 の同時沈殿と逆向きの説明,§3.6 と付録 A.3 の液相法と固相法の反応率)を戻した. ②の洗浄の後の上澄みが pH 7 に届いたという断定は,モデルと合わないので戻していない(次の項).
  7. 洗浄で pH 7 に届くか:②は実験テキスト §8.1 の手順(上澄みの pH が約 7 になるまで繰り返す)を 1 回分にまとめて描き,洗浄の後の試験紙は「目安 約 7」とした.一方,共沈のシミュレーター③のモデルでは上澄みの pH は 7 まで下がりきらない.実際の洗浄で上澄みの pH がどこまで下がるか.
  8. CVD・PVD の主例:実験資料がないので,CVD は SiH₄ の LPCVD,PVD は Al の真空蒸着と Cu・Ti のスパッタを選んだ.授業で扱う装置や膜(例:研究室の装置,TiC の被覆,酸化物のスパッタ)の希望があるか.
  9. スパッタ収率の出典:600 eV の代表値は業者の参考表で原典の記載がない.Laegreid と Wehner(1961)の表と照合していない.
  10. 表示の範囲:教材としてスパッタの「放電しない」下限(0.1 Pa)や蒸着の真空度の目安を示してよいか.

付録 A. シミュレーター(synthesis-simulator.html)で見ていること

この付録で分かること 対になるシミュレーター synthesis-simulator.html の各タブが何を描いていて,どの操作が何を意味するのか. 授業で試すとよい比較条件と,わざと失敗させる条件もまとめます.

A.1 ページ全体

どのタブも,左上に実験装置の図,右上に内部の拡大模式図,下の 2 枚にグラフがあり,その下に凡例・時間の縮尺・「ひとこと」(いまの操作で何が変わったか)・読み取り値が並びます. 4 枚の図と数値はすべて同じ状態(タブごとに 1 つの状態オブジェクト)から描いています. 右(スマートフォンでは下)の操作欄には,工程のボタン,一時停止・リセット・「結果を残す」,条件のスライダー,比較用プリセットと「早送り」があります. 「結果を残す」を押すと,いまの結果がグラフに灰色の破線で重なり,読み取り値の「前回」の欄に出るので,条件を変えて比べられます. プリセット欄でプリセットを選ぶと,その条件がすぐにつまみへ入ります.つまみを手で動かすと欄は「いまのつまみの条件」に戻り,「選んだ条件で早送り」は欄に表示された条件で最初から実行します(欄とつまみが食い違わない). 途中で「一時停止」したときは,工程のボタンが「…を再開する(残り …)」に変わり,同じボタンで続きから進みます. アドレスの末尾に #solid,#liquid,#cvd,#pvd を付けるとそのタブを開き, ?embed=1 で見出しと導入文を隠した埋め込み表示,?only=cvd のように書くとそのタブだけを表示します. アニメーションは,タブが隠れているときや画面が非表示のときは止まります.

A.2 ① 固相法(粉を混ぜて焼く)

A.3 ② 液相法(溶液から沈殿)

A.4 ③ 気相法:CVD(化学気相成長)

A.5 ④ 気相法:PVD(物理気相成長)

参考文献

  1. W. Jander, “Reaktionen im festen Zustande bei höheren Temperaturen”, Z. Anorg. Allg. Chem. 163, 1 (1927).
  2. A. M. Ginstling, B. I. Brounshtein, “Concerning the diffusion kinetics of reactions in spherical particles”, J. Appl. Chem. USSR 23, 1327 (1950).
  3. W. D. Kingery, H. K. Bowen, D. R. Uhlmann, Introduction to Ceramics, 2nd ed., Wiley (1976), Ch. 9(固相反応の速度論).
  4. W. M. Haynes (ed.), CRC Handbook of Chemistry and Physics, CRC Press ―― 溶解度積(25 °C)と元素の蒸気圧の表.
  5. D. Zahn, M. Diegel, A. Valitova, J. Dellith, S. Dutz, Nanomaterials 14, 992 (2024). doi:10.3390/nano14120992
  6. X. Liu, J. Wang, J. Ding, M. S. Chen, Z. X. Shen, J. Mater. Chem. 10, 1745 (2000). doi:10.1039/a909568c(共沈前駆体から BaFe₁₂O₁₉ を得る例)
  7. A. S. Grove, Physics and Technology of Semiconductor Devices, Wiley (1967) ―― CVD の 2 つの律速(Grove モデル).
  8. MIT OpenCourseWare, 3.155J/6.152J “Chemical Vapor Deposition (CVD)” lecture notes (2005).
  9. R. J. Gieske, J. J. McMullen, L. F. Donaghey, “Low pressure chemical vapor deposition of polysilicon”, Lawrence Berkeley Laboratory report LBL-6901, Proc. 6th Int. Conf. CVD (1977).
  10. TU Wien, “Thin Film Technology / Physics of Thin Films”, Chapter 2 “Deposition Methods”(講義資料).
  11. E. Kusano, Appl. Sci. Converg. Technol. 28, 179 (2019). doi:10.5757/ASCT.2019.28.6.179
  12. J. A. Thornton, “Influence of apparatus geometry and deposition conditions on the structure and topography of thick sputtered coatings”, J. Vac. Sci. Technol. 11, 666 (1974).
  13. B. A. Movchan, A. V. Demchishin, Phys. Met. Metallogr. 28, 83 (1969).
  14. N. Laegreid, G. K. Wehner, “Sputtering yields of metals for Ar⁺ and Ne⁺ ions with energies from 50 to 600 ev”, J. Appl. Phys. 32, 365 (1961).
  15. P. Sigmund, “Theory of sputtering. I. Sputtering yield of amorphous and polycrystalline targets”, Phys. Rev. 184, 383 (1969).
  16. Oxford Instruments Plasma Technology, “Technologies”(PECVD,ICPCVD,ALD,Ion Beam Deposition の解説ページ).
  17. スパッタ収率の参考表(Semicore Equipment,Angstrom Sciences の公開資料.原典の記載なし).
  18. IUPAC Commission on Isotopic Abundances and Atomic Weights, Standard atomic weights (2021).
  19. G. Zhu, Q. Du, B. Xiao, G. Chen, Z. Gan, “Influence of target-substrate distance on the transport process of sputtered atoms: MC-MD multiscale coupling simulation”, Materials 15, 8904 (2022). doi:10.3390/ma15248904(Cu の Ar 中の平均自由行程と到着エネルギーの計算)
  20. S. H. Mahmood, I. Bsoul, “Tuning the magnetic properties of M-type hexaferrites”, arXiv:1707.07243 (2017)(総説.共沈の出発溶液の Fe/Ba を 12 より小さくする例,固相法での Fe/Ba と副相の関係をまとめている).
  21. 旧東京工業大学 材料科学実験(無機材料分野)実験テキスト 2025 年版(§6.1,§8.1,§8.2)と実習の動画(A1〜A3,B1〜B4) ―― ①の混合・乾燥の手順(§6.1),②の試薬の量・滴下・傾瀉洗浄(§8.1)と仮焼の条件(§8.2).東京理科大学の授業では配布していない.本文は転載していない.
  22. 先生の指示(2026-09-25) ―― 熱処理の雰囲気(学生実験は大気中).

このページの数値は,本文中の式をシミュレーターと同じ関数で計算した結果です(node で検算). 仮想実験室(準備中)のモデルから移した推定値・較正値は,実測値として引用しないでください. 図はすべてこのページの式から自作したもので,教科書や論文の図の複製ではありません.

対になるシミュレーター:合成法を比べる ― 固相法・液相法・気相法(CVD・PVD)