2 成分系状態図は自由エネルギーからどう生まれるか

状態図は経験的に引いた境界線の集まりではありません.出発点は,各相の Gibbs 自由エネルギー G(x,T,p)です. 温度ごとに最も低い自由エネルギーを探すと相境界が決まり, そこへ界面エネルギーと物質移動の速度を加えると,フェイズフィールド法による組織形成へ進めます. このページでは,この一本の道筋を式と操作できる図でたどります. さらに,冷やす速さで結晶かガラスかが決まるガラス転移と結晶化(§7)と, 核を作らずに組成の波が育つスピノーダル分解(§9)も扱います.

0. まず全体像 ―― 相図と組織は,同じ自由エネルギーから始まる

純物質gAφ(T)
各相の基準
混合物Gφ(x,T)
混合と相互作用
平衡下側凸包・共通接線
化学ポテンシャル
状態図温度ごとの平衡を
縦に積み重ねる
組織形成界面・拡散・時間
フェイズフィールド
状態図は「目的地」,組織形成計算は「そこへ行く道のり」 状態図が教えるのは,十分に長い時間を置いたときの平衡相・平衡組成・相分率です. 粒の大きさ,形,並び方,変化に要する時間は,状態図だけでは決まりません. そこには界面エネルギー,拡散係数,核生成,弾性ひずみ,異方性などの速度論が必要です.

1. なぜ G の最小値を探すのか

温度 T と圧力 p を外界が一定に保つ系では,自発変化は全 Gibbs 自由エネルギーを 下げる向きに進みます.組成 x0 の材料が α 相と β 相に分かれたとき, 1 mol あたりの全自由エネルギーは

G=fα Gα(xα,T) +fβ Gβ(xβ,T) (1)

です.ただし,相分率と成分 B の物質収支を必ず満たさなければなりません.

fα+fβ=1 , x0= fαxα +fβxβ (2)

したがって平衡問題とは,(2) の制約の下で (1) を最小にする fα, fβ, xα, xβ を探す問題です.この最小化が,後で共通接線として図形的に見えるようになります.

2. 自由エネルギーの温度変化は何で決まるか

2.1 傾きはエントロピー,曲率は熱容量

1 mol の単一相について,Gibbs 自由エネルギーの全微分は

dG=Vdp −SdT +∑iμidni (3)

です.圧力と物質量を固定すれば,ただちに

(∂G∂T)p =−S , (∂2G∂T2)p =−CpT (4)

となります.つまり,G–T 曲線の傾きは −S, 曲がり方は −Cp/Tです.通常は液体のほうが固体より エントロピーが大きいので,液体の G は温度とともに急に下がり,融点で固体の G と交わって, それより高温では固体を下回ります.

2.2 実測の Cp を積分すれば G(T) になる

基準温度 T0 での H と S が分かれば,

H(T)=H(T0) +∫T0TCpdT S(T)=S(T0) +∫T0TCpTdT G(T)=H(T)−TS(T) (5)

で求まります.途中に相転移があれば,H には転移エンタルピー ΔHtr, S には ΔHtr/Ttr の跳びを加えます. CALPHAD の純物質データベースは,この熱化学情報を相ごとの解析式として保持しています.

2.3 融解を例にする

ΔGfus = Gliquid − Gsolid と置きます. 融点 Tm では両相が平衡なので ΔGfus(Tm) = 0, かつ ΔSfus(Tm) = ΔHm/Tm です. 固体と液体の熱容量差 ΔCp を一定とみなすと,積分して

ΔGfus(T)= ΔHm(1−TTm) +ΔCp [(T−Tm) −TlnTTm] (6)

となります.対応する状態図シミュレーターでは,仕組みを見通しよくするため ΔCp = 0 と置き,次の一次式を使っています.

ΔGfus(T)= ΔHm(1−TTm) (7) シミュレーターの純物質モデル

たとえば Al は Tm = 933.5 K,ΔHm = 10.711 kJ/mol です. (7) では 800 K で ΔGfus = +1.53 kJ/mol なので固体が安定, 1000 K では −0.763 kJ/mol なので液体が安定です.符号が融点で反転します.

図 1 純物質の融解自由エネルギー.物質と温度を変え,式 (7) の符号を確かめます.

一次式は「融点近傍の入口」であって,万能式ではありません 実際の Cp は固体と液体で異なり,磁気転移・構造相転移・電子励起も G(T) に寄与します.広い温度範囲を定量的に扱う CALPHAD では, 実測熱容量・生成エンタルピー・活量・相平衡を同時に再現するように各相の関数を評価します.

3. 純物質から 2 成分溶体へ

相 φ の中で成分 A と B が置換型に混ざるとします.B のモル分率を x とすると, 1 mol あたりの自由エネルギーは「端成分」「理想混合」「理想からのずれ」に分けられます.

Gφ(x,T)= (1−x)gAφ(T) +xgBφ(T) +RT[(1−x)ln(1−x) +xlnx] +Gexφ (8)

3.1 理想混合項は「並べ方の数」から出る

N 個の格子点へ NA 個の A と NB 個の B を置く並べ方は W = N!/(NA!NB!). S = kB ln W と Stirling 近似から

ΔSmix= −R[(1−x)ln(1−x) +xlnx] (9)

が出ます.0 < x < 1 では ΔSmix > 0 なので, −TΔSmix は必ず混合を安定化します.しかも係数が T なので, 高温ほど混ざりやすいという温度効果が自然に入っています.

3.2 混ざりにくさを Redlich–Kister 多項式で表す

理想溶体からのずれは,状態図シミュレーターでは

Gexφ= x(1−x) [L0+L1(1−2x) +L2(1−2x)2] (10)

と表しています.最も単純な正則溶体は L0 = Ω, L1 = L2 = 0 です.Ω > 0 は異種原子 A–B が隣り合うと エネルギーが上がる場合で,相分離を促します.Ω < 0 は混合や規則化を促します. L1 以降は曲線の左右非対称性を表します.

実務の CALPHAD では係数も温度の関数です gAφ(T),gBφ(T) だけでなく, Lkφ(T) も a + bT + cT ln T + … の形を持ち得ます. その係数を熱化学データと相平衡データから評価するのが CALPHAD 法です. 現行シミュレーターは教育用の簡略模型であり,CALPHAD の熱力学アセスメントではありません.

4. 共通接線 ―― 化学ポテンシャルが等しいということ

(1), (2) を Lagrange の未定乗数法で最小化すると,平衡する α 相と β 相では 各成分の化学ポテンシャルが等しくなります.

μAα=μAβ , μBα=μBβ (11)

モル自由エネルギー G(x) の接線を使うと,

μA=G−xdGdx , μB=G+(1−x) dGdx (12)

です.接線の傾きと切片が同じなら (11) が同時に満たされます.したがって 2 本の曲線へ同じ直線が接する点が,共存する 2 相の組成です. 1 本の曲線の中で 2 点に接する場合も同じで,これは同じ結晶相が組成の異なる 2 相へ分離する場合です.

4.1 てこの法則は物質収支そのもの

(2) を相分率について解けば,

fα= xβ−x0 xβ−xα , fβ= x0−xα xβ−xα (13)

です.たとえば xα = 0.20,xβ = 0.80, 全体組成 x0 = 0.35 なら,fα = 0.75, fβ = 0.25.相の組成と相の割合は別の量です.

図 2 正則溶体の自由エネルギーと下側凸包. 温度と Ω を変え,二相分離・共通接線・スピノーダルを見ます.紫線が下側凸包です.

Gmix 下側凸包(共通接線) 選んだ全体組成

4.2 バイノーダルとスピノーダルは同じではない

正則溶体 Gmix = RT[x ln x + (1−x)ln(1−x)] + Ωx(1−x) では,局所的な安定性は曲率で決まります.

d2Gdx2 =RTx(1−x) −2Ω (14)

対称な正則溶体の臨界温度は Tc = Ω/(2R),臨界組成は x = 1/2 です. 図 2 で T を Tc より上へ動かすと,曲線は全域で凸になり,共通接線が消えます. スピノーダルの内側で分離がどのように進むか(どの波長の揺らぎが育つか)は,§9 で導きます.

5. 温度ごとの共通接線を積み重ねると状態図になる

ある温度で液相 GL(x) と固相 Gα(x) に共通接線を引き, 接点 xL と xα を記録します.温度を少し変えて同じ操作を繰り返すと, xL(T) が液相線,xα(T) が固相線になります.

状態図の型自由エネルギーで起きていること代表的な反応・組織
全率固溶液相と 1 本の固溶体曲線が競う.固相は高温では全組成にわたり安定だが,Ω が正で大きいと低温で溶解度ギャップが開くL → α.凝固中に組成差が生じ得る
共晶共晶温度で 1 本の接線が L,α,β の 3 曲線へ同時に接するL → α + β.層状・棒状などの共晶組織
包晶包晶温度でも 1 本の接線が L,α,β の 3 曲線へ同時に接する.共晶と違って接点の並びが xα < xβ < xL となり,液相が 2 つの固相の外側に来るL + α → β.固相を介する拡散が律速になりやすい
偏晶(2 液相分離)液相の Ω が大きな正の値で,液相の曲線そのものが中央で盛り上がり,1 本の曲線の中に共通接線が引ける(L1 + L2).偏晶温度では 1 本の接線が L1,α,L2 の 3 点に同時に接するL1 → α + L2.Cu–Pb などの軸受合金
線化合物組成幅を持たない相は G–x 図上の 1 点として競争に加わる整合融解・非整合融解,化合物を挟む複数の共晶
Ω だけで 4 つの基本形が出てくる(田中 2008 の図 3) 両端の融点(と融解エントロピー)を固定し,液相と固相の相互作用パラメーター ΩL,ΩS だけを動かすと, 全率固溶・共晶・包晶・偏晶の 4 つの基本形がすべて現れます(Pelton と Thompson,Prog. Solid State Chem. 10, 119, 1975). おおむねの目安は,液相も固相も Ω が負なら全率固溶型,どちらも正なら 2 液相分離型(偏晶型),液相が負で固相が正なら共晶型です(田中敏宏「合金と平衡状態図」,溶接学会誌 77 巻 6 号,576–581,2008). ただし偏晶型になるのは,液相の Ω が十分大きく,液相の 2 相分離の臨界温度(正則溶体では ΩL/2R)が液相線より上に出るときです. それより小さいと液相の分離は液相線の下に隠れ(準安定),共晶型や包晶型になります. ΩL がさらに大きいと,2 つの液相から固相ができる合晶(L1 + L2 → α)も現れます. また,3 相の反応がない全率固溶型では,ΩL − ΩS が ΔS(TB − TA)(融解エントロピー × 両端の融点の差.TB > TA,融解エントロピーは両端で同じとする)より大きいと液相線・固相線に極大が, −ΔS(TB − TA) より小さいと極小ができ,そのあいだでは極値のないレンズ形になります. 実際の複雑な状態図も,この基本形と中間相(化合物)の組み合わせとして読めます. シミュレーター②の「Ω を動かす(図 3)」で,20 通りの組み合わせと自由エネルギー曲線を確かめられます.
金属でも酸化物でも,型を決めているのは同じ Ω です 対応するシミュレーターでは,Cu–Ni や Ag–Cu などの金属系と,NiO–MgO,CaO–MgO, Al2O3–Cr2O3 などのセラミックス系を並べて選べるようにしています. NiO–MgO は全率固溶,CaO–MgO は共晶ですが,どちらも岩塩型です. 型を分けているのは結晶構造ではありません. 陽イオン半径の差が固溶体にひずみエネルギーを生み, それが式 (10) の L0 = Ω の大きさを決めているからです. Ω が大きいほど固相の G–x 曲線は中央で盛り上がり, 1 本の固溶体では下側凸包を保てなくなります. 金属の Cu–Ni(全率固溶)と Ag–Cu(共晶)も,まったく同じ対比です.

圧力一定の 2 成分系では Gibbs の相律は F = C − P + 1 = 3 − P. 3 相共存では F = 0 なので,共晶・包晶の温度と各相組成は自由に動かせません. これが状態図上で水平な不変系反応として見える理由です.

Pb–Sn の共晶を自由エネルギーの言葉で読む 183 ℃,61.9 mass% Sn(約 73.9 mol% Sn)で,液相 L は α(Pb-rich)と β(Sn-rich)へ同時に変わります. この温度では 1 本の接線が GL,Gα,Gβ へ接し, 3 相で Pb と Sn の化学ポテンシャルがそれぞれ一致しています.

5.1 冷えるのが速いと,てこの法則は使えなくなる

ここまでは,どの温度でも固相と液相が完全に平衡へ達すると考えてきました. しかし実際の凝固では固相内の拡散がはるかに遅く,先に固まった部分の組成はそのまま凍りついて残ります. そこで反対の極限として,固相内の拡散はまったく起きない,液相内は常に均一, 固液界面でだけ局所平衡が成り立つという 3 つの仮定を置きます. 固相率 fS が dfS だけ増えるときの溶質収支は

(CL− CS) dfS= (1−fS) dCL Scheil–Gulliver の式(微分形)

となります.CL は液相の組成,CS はそれと界面で平衡にある固相の組成です. これを液相線・固相線に沿って積分すると,2 つのことが起こります. ひとつはミクロ偏析(コアリング)で,先に固まった中心部は高融点側に富み, 後から固まった外周ほど低融点側に富む層が積み重なります. もうひとつは非平衡共晶で,液相が低融点側へ濃くなり続けるため, 平衡なら単相で終わるはずの組成でも最後に共晶温度へ届き,共晶組織が残ります. 平衡冷却と Scheil はどちらも極端な理想化であり,実際の凝固は必ずその間に来ます. 鋳造材に均質化熱処理を施すのは,この層を拡散でならすためです.

5.2 ゆっくり冷やしたときの組織 ―― 初晶・共晶組織・包晶反応・析出

状態図が教えるのは,各温度で平衡にある相とその割合です. 顕微鏡で見える組織は,それにどの順番でその相ができたかという履歴が加わったものです. 『よくわかる無機材料化学』の図 2-7(共晶系)と図 2-8(包晶系)は,融液をゆっくり冷やしたときの組織の移り変わりを描いています. シミュレーター①の「冷やしてきたとき」と③の平衡冷却は,この描き方を計算で再現しています. 以下の数値の例は,シミュレーターの「A–B 教科書 図 2-7/2-8 の形」の系(D = 18 %,E = 55 %,F = 84 %.包晶の α の端 10 %,P = 50.8 %,液相の端 84.3 %)の値です.

(a) 初晶と共晶組織. 共晶点 E より A 側で D より B 側の組成 X(亜共晶)の融液を冷やすと,液相線を横切ったところで液相の中に初晶 α が晶出し,冷えるにつれて育ちます. 共晶温度 TE では,残っていた液相(組成 xE)が α(xD)と β(xF)へ同時に変わり, 2 つの相が交互に並んだ共晶組織になります.初晶はそのまま残るので,組織の中で見分けられる 2 つの構成物の割合は TE の直上のてこの法則で決まります.

f初晶= xE−X xE−xD , f共晶組織= X−xD xE−xD , fα共晶組織の中= xF−xE xF−xD 初晶と共晶組織の割合

組成 X1 = 24 % なら,初晶 α が 83.8 %,共晶組織が 16.2 %,共晶組織の中の α は 43.9 % です. α の全体の割合は 83.8 + 16.2 × 0.439 = 90.9 % で,TE の直下で α と β のあいだにてこの法則を当てた (xF − X)/(xF − xD) = 90.9 % と一致します(上の 3 つの式を組み合わせると,一般にこの一致が示せます). 相の割合(α と β)と構成物の割合(初晶と共晶組織)は別のものである点に注意してください. 過共晶(E と F のあいだ)では,α と β の役割を入れかえて,初晶 β + 共晶組織になります.

(b) 固溶限線より下の析出. 固溶限線(ソルバス)より下では,固溶できる量が温度とともに減るので,過飽和になった分が第 2 相として析出します. 図 2-7 の組成 X2 では,T2 で液相の中に β が晶出し,T3 で β の多結晶になり, T4 より下で β の粒の中や粒界に α が析出します.析出する α の割合は,その温度 T でのてこの法則 (xβ(T) − X)/(xβ(T) − xα(T)) です. 亜共晶の初晶 α(組成 xD)の中でも同じことが起こり,その中に析出する β の割合は

fβ初晶の中(T)= xD−xα(T) xβ(T)−xα(T) 初晶の中の析出

です.共晶組織の中の α と β の割合も同じように温度とともに変わり,これらを足し合わせると,全体の α と β の割合はその温度のてこの法則に一致します.

(c) 包晶反応. 包晶系で,包晶点 P と液相の端(組成 xL)のあいだの組成 X を冷やすと,初晶 α が晶出して育ったあと, 包晶温度 TP で L + α → β の包晶反応が起こります.β は α と液相が接するところにでき, α を包むように育ちます(包晶の名前の由来です).α の端の組成を xa,包晶点の組成を xP とすると,反応の前後の割合は

反応の前(TP の直上) fα= xL−X xL−xa 反応の後(xP<X<xL) fβ= xL−X xL−xP ,fα=0 反応の後(xa<X<xP) fα= xP−X xP−xa ,fL=0 包晶反応の前と後

です.教科書 図 2-8 の組成 X(70.5 %)なら,反応の前は α 18.6 %・液相 81.4 %,反応の後は β 41.3 %・液相 58.7 % で, α はすべて β に変わり,その β が残りの液相から育って T2 で β の多結晶になります. P より A 側の組成では液相のほうを使い切り,α の芯を β が包んだ組織が残ります. シミュレーターでは,反応の途中(進み具合 ξ)の割合を反応の前と後のあいだで ξ に比例して動かして描いています. 物質収支は ξ によらず保たれます. 実際の包晶反応は β の殻を通した拡散で進むので遅く,鋳造のような速い冷却では α の芯が残りがちです(包晶反応が最後まで進まない非平衡の組織).

(d) 冷却曲線の水平部. 共晶・包晶の温度では 3 相が共存して F = 0 になるので,反応が終わるまで温度は一定のまま止まります(熱停止). 反応で出る熱が冷える分を打ち消すからで,水平部の長さは反応する量に比例します(共晶なら TE の直上の液相の割合). 冷却曲線や示差熱分析(DTA)で共晶温度・包晶温度を決められるのはこのためです. (シミュレーター③では見やすさのため,止まる時間を «一定の時間 + 反応する量に比例する時間» にしています.) 純物質や整合融解する化合物の組成でも,液相から固相へ組成を変えずに一度に固まるので,同じように温度が止まります.

(e) 層になるか棒になるか. 共晶組織の 2 つの相は,層(ラメラ)状にも棒(ロッド)状にもなります. 少ないほうの相の体積分率を f とし,同じ間隔 λ で比べると,単位体積あたりの界面の面積は層で 2/λ, 正方配列の棒(半径 r,f = πr2/λ2)で 2πr/λ2 = 2√(πf)/λ です. 界面エネルギーが等方的なら界面の面積が小さいほうが有利なので,f < 1/π(約 0.32)で棒,それより多ければ層という目安になります (よく使われる目安です.棒を三角格子に並べて同じように比べると約 0.28 になります). 実際には界面エネルギーの異方性や成長の速さでも変わり,目安から外れる系も少なくありません (Ag–Cu は少ないほうの相が約 0.32 でも層状の代表例,Al–Si の Si は不規則な板状). シミュレーターは,形の分かっている Pb–Sn,Ag–Cu,Al–Si は層で描き,ほかの系はこの目安で層と棒を描き分けています(割合は mol 分率で代用しています).

(f) 共晶組織が層になって育つしくみ. 共晶温度では,まず α が核生成し,そのとなりに β ができて,α と β がとなり合ったまま育ちます(田中 2008 の図 7 と同じ考え方). α は A に富み β は B に富むので,α が育つと前の液相に B が余り,β が育つと A が余ります. 余った B は横の β の前へ,A は横の α の前へ,界面に沿って拡散して使われます. このように 2 つの相が成分をやりとりしながら並んで育つことを協調成長とよびます.

液相 L(共晶組成) α β α β α β BBB AA 成長の向き α(A に富む)が育つと, 前の液相に B が余る → 横の β の前へ拡散する β(B に富む)が育つと, 前の液相に A が余る → 横の α の前へ拡散する
図 5-1 共晶組織が層になって育つしくみ(模式図)

となりどうしで成分をやりとりするので,2 つの相は交互に並んだ層(または棒)になり,成長の向きに長く伸びます. 層の間隔 λ が狭いほど拡散の距離が短くて速く育てますが,単位体積あたりの α/β 界面が増えて界面エネルギーの費用が高くなります. このつり合いで間隔が決まり,成長の速さ v に対して λ2v がほぼ一定になる(速く冷やすほど細かい組織になる)ことが, Jackson と Hunt(1966)の解析で知られています.

(g) 偏晶系(2 液相分離型)の組織. 液相の Ω が大きな正の値の系では,臨界点より下のドーム(2 液相分離の領域)の中で,液相が組成の違う 2 つの液相 L1(A に富む)と L2(B に富む)に分かれ, 少ないほうが液滴になります.偏晶温度 TM では L1 → α + L2 の偏晶反応が温度一定のまま進み, α の中に L2 の液滴が残ります(L2 のほうが多い組成では,逆に L2 の中に α の粒が散らばった形になります).L2 は冷えるにつれて α を晶出しながら B に富んでいき, 最後に B の融点近くの共晶温度で固まります.Cu–Pb では,Cu の中に Pb の粒が分散した組織になり,すべり軸受(ケルメット)に使われます. 実際には,2 つの液相の密度の差で液滴が浮き沈みし,組織が上下に偏りやすい(重力偏析)ことも知られています. 初晶 α が先に出る組成では,偏晶温度で相の組み合わせは «α + 液相» のまま変わりませんが,液相の組成が L1 から L2 へ飛びます.

(h) 晶出と析出,共析と包析. 液相から固相が出てくることを晶出,固相の中から別の固相が出てくることを析出とよびます(田中 2008). 共晶・包晶と同じ形の反応が固相だけで起こるときは共析(例:鋼の共析反応 γ → α + Fe3C.できる組織がパーライト)・包析とよびます. 初晶を初析,共晶組織を共析組織と読み替えれば,この節の組織の読み方(てこの法則も含めて)が使えます.

シミュレーターの組織の絵の約束 (1) 初晶の核を少数(画面の外も含めて 16 個)置き,核の生まれる時刻を少しずつずらして同じ速さで育てます(Johnson–Mehl の模型). そのため粒の大きさはそろいません. (2) 核から届く時刻の早い順に固まるとして,てこの法則の割合ぶんだけ面積を塗ります.ぶつかった粒のあいだの薄い液膜は最後に固まり,そこが粒界になります. (3) 共晶組織は,向きのそろった領域(コロニー)ごとに層の向きを変え,層の幅の比を共晶組織の中の α と β の割合に合わせます. 棒で描く系では,少ないほうの相を三角格子に並んだ棒として,棒の太さで割合を合わせます. (4) 析出物は,粒の中(粒ごとにそろった 2 つの向きの細長い粒)と粒界に置きます. どれも面積の比はてこの法則の答えと一致します(全 15 系で確かめた差は 0.5 % 以内)が,粒の形・大きさ・間隔は模式的です. また,面積の比は mol 分率で代用しています(顕微鏡で見える面積は体積分率なので,モル体積が違えば少しずれます). (5) 「温めてきたとき」は,多結晶を固相線より上へ温めたときの組織として,粒ごとに核から遠いところ(粒界の近く)から溶ける様子を描き, もとの粒界を点線で残します(液相の割合が 0.8 に近づくにつれて消えます). (6) 同じ相が 2 つ並ぶ幅 0.8 K 未満の帯(モデルの細かな副産物)は読み飛ばしています.液相線のすぐ下の細い L + α の領域のような本物の細い領域は残しています.

6. 状態図だけでは粒の形も変化時間も決まらない

平衡相が決まっても,新しい相を作るには界面を作らなければなりません. 均一な母相中に半径 r の球状核ができる最も単純な古典核生成論では,

ΔG(r)=4πr2γ +43πr3Δgv (15)

です.新相が安定なら体積自由エネルギー差 Δgv < 0 ですが, 界面エネルギー γ > 0 が小さな核を消そうとします.臨界半径と障壁は

r*=2γ|Δgv| , ΔG*=16πγ3 3Δgv2 (16)

となります.過冷却を大きくすると |Δgv| が増し,核生成しやすくなります. さらに,核ができた後の成長速度は熱・溶質の拡散,界面反応,結晶方位,弾性ひずみに左右されます. 同じ状態図を持つ材料でも,熱処理履歴が違えば組織は大きく変わるのはこのためです. 核生成と成長が冷却速度とどう競うかは,ガラス転移と結晶化の話として §7 で詳しく扱います.

7. ガラス転移と結晶化 ―― 冷やす速さで「行き先」が変わる

§6 の最後に,同じ状態図を持つ材料でも熱処理履歴で組織が変わると書きました. その最も極端な例がガラスです.SiO2 や B2O3 の融液を冷やすと, 状態図の上では融点 Tm より下で結晶が安定なのに,結晶にならないまま固まってしまいます. この節では,何が「結晶になる」か「ガラスになる」かを分けているのかを, エンタルピーの図,粘度,核生成と成長の速度,TTT 図の順に式で追います.

7.1 エンタルピー–温度図で 4 つの状態を区別する

1 mol の物質のエンタルピー H を温度に対して描きます.式 (4) と同じく, 圧力一定では dH/dT = Cp なので,直線の傾きは熱容量です. 熱容量を各状態で一定とみなし,結晶の融点でのエンタルピーを基準 0 にとると,

Hc(T)= Cp,c(T−Tm) Hl(T)= ΔHm+ Cp,l(T−Tm) (17)

です.添字 c は結晶,l は液体です.液体の直線は Tm より下へもそのまま延び, これが過冷却液体です.過冷却液体は結晶より G が高いので安定ではありませんが, 結晶の核ができるまでは液体として内部平衡を保っています(準安定). さらに冷やすと,ある温度で原子の並びの組み替えが追いつかなくなり, 構造がその温度の液体のまま凍ります.凍った構造を表す温度を仮想温度 Tf(Tool 1946)と呼ぶと, ガラスのエンタルピーは

Hg(T)= Hl(Tf)+ Cp,g(T−Tf)Cp,g≈ Cp,c (18)

と書けます.ガラスでは原子の振動は残りますが,並びの組み替え(配置の自由度)が止まるので, 熱容量はおおよそ結晶並みに下がり,直線の傾きが Tf で折れ曲がります. この折れ曲がりの温度がガラス転移温度 Tgです. 一方,冷却中に結晶が生まれれば,H は融解エンタルピー ΔHm の分だけ下がって結晶の直線へ移ります.

図 3 B2O3 の値で描いたエンタルピー–温度図. 冷却速度 q を変えると,過冷却液体の直線から離れる温度 Tg が動き, 室温側のガラスのエンタルピーが変わります.結晶の直線は平衡の経路を示すための線です.

液体・過冷却液体 選んだ q のガラス ほかの q のガラス(10−3, 103 K/s) 結晶
図 3 に使った数値 B2O3(α-B2O3)の Tm = 723 K, ΔHm = 24.07 kJ/mol,723 K での Cp,c = 106.69 J/(mol·K), Cp,l = 129.70 J/(mol·K) は NIST-JANAF 熱化学表の値です. 熱容量を温度によらない一定値とし,ガラスの熱容量を結晶と同じと置いたのは作図のための近似です. Tg(q) は 7.3 節の式 (22) で計算しています. なお,実際の B2O3 は常圧で種結晶を入れない融液からは結晶化が実際上観測されず, 結晶の成長は種結晶を使い GPa 級の高圧をかけて調べられています(Zanotto & Cassar 2017,Aziz ら 1985). 図の結晶の直線は,実際に冷やしてたどれる経路ではありません.

7.2 ガラス転移は相転移ではなく「緩和の凍結」

融解は,Gl と Gc が等しくなる決まった温度で起こる平衡の相転移でした(§2.3). ガラス転移はそうではありません.液体の構造が温度変化に追従するのにかかる時間 (構造緩和時間)τ が,冷却の時間スケールより長くなったところで構造が凍る,という速度の問題です. τ の目安は粘弾性の Maxwell 模型から得られます.ばね(高周波の剛性率 G∞)と ダッシュポット(粘度 η)を直列につなぐと,応力は

σ(t)=σ0exp(−t/τ)τ=ηG∞ (19)

で緩和します.ここで σ は応力です(7.5 節の界面エネルギー γ とは別の量). 温度を q [K/s] で下げるとき,構造が追従すべき温度幅 δT を通り過ぎる時間は δT/q です. τ がこれより短ければ液体は平衡を保ち,長ければ構造は凍ります.境目の条件は

τ(Tg)≈δTq⟹η(Tg)≈G∞δTq (20)

です.ケイ酸塩ガラスの剛性率の桁 G∞ ≈ 1010 Pa を使うと, η = 1012 Pa·s で τ ≈ 100 s になります.10 K/min で冷やすと 10 K を通り過ぎるのに 60 s かかるので, ちょうどこのあたりで構造が凍ります.これが「Tg は η ≈ 1012 Pa·s となる温度」という よく使われる目安の意味です.ただしこれは慣用の定義で, 測定法(DSC,膨張計)と冷却・加熱速度によって Tg は数十 K 変わります.

式 (20) で大事なのは,q を大きくすると凍る温度の η が小さくなる,つまり Tg が高くなることです. 速く冷やしたガラスほど高い温度の液体の構造を持ち,H も体積も大きくなります (Moynihan ら 1976 は仮想温度の冷却速度依存性を測定しています). Tg は物質定数ではなく,冷却速度で決まる温度です.

7.3 粘度の温度変化 ―― VFT 式と「強い液体」「脆い液体」

ガラスを作る液体の粘度は,Arrhenius 型より急に上がることが多く, Vogel–Fulcher–Tammann(VFT)式でよく表されます(Fulcher 1925,Tammann & Hesse 1926).

log10(η/Pa·s)= A+BT−T0 (21)

式 (20) で,10 K/min(qref = 1/6 K/s)のとき η(Tg) = 1012 Pa·s とします. G∞δT を定数とみなすと η(Tg) ∝ 1/q なので, log10η(Tg) = 12 − log10(q/qref). これを式 (21) の左辺に入れて T について解くと,

Tg(q)=T0+ B12−log10(q/qref)−A (22)

となります.B2O3 の VFT パラメーター(表 1)を入れると, q = 10−3,1/6,10 K/s で Tg ≈ 537,555,574 K と, 冷却速度が 1 桁変わるごとにおよそ 10 K ずつ動きます(この模型での値).

もう一つの指標が Angell の脆さ指数(fragility) m で,Tg で規格化した温度に対する log10η の傾きです(Angell 1995).s = Tg/T と置くと T = Tg/s,dT/ds = −Tg/s2 なので,

m=[dlog10ηdT dTds]s=1 =[(−B(T−T0)2) (−Tgs2)]s=1 =BTg(Tg−T0)2 (23)

です.m が小さく Arrhenius 型に近い液体を「強い液体」(SiO2 がその代表), Tg 付近で急に粘くなる液体を「脆い液体」と呼びます.

表 1 この節で使う 3 つの酸化物の値(「模型」と書いた値は教材用にあてはめたもので,実測ではありません)
量Li2O·2SiO2(LS2)SiO2B2O3
Tm1307 Ka1996 K(β-クリストバライト)723 Kb
ΔHm57.4 kJ/molc8.9 kJ/mold24.07 kJ/molb
VFT の A, B, T0−2.40, 3082 K, 509.6 Ke−2.94, 12997 K, 610 K(模型)f−0.97, 1580 K, 433 Kg
η(Tm)(式 21)101.5 Pa·s106.4 Pa·s104.5 Pa·s
Tg(10 K/min)(式 22)724 K1480 K555 K
Tg/Tm0.550.740.77
m(式 23)492559
表 1 の出どころと注意 a:Nascimento ら 2011 などで使われている値. b:NIST-JANAF 熱化学表(α-B2O3,723 K のエンタルピーの段差から). c:Takahashi & Yoshio 1973 の値として文献で引用されている値で,原典の数値は確認できませんでした. d:Richet ら 1982(要旨で確認). e:Jiusti ら 2020 の表の値.このとき η = 1012 Pa·s となる温度は 724 K で, Cassar ら 2020 の LS2 の T12 = 725〜730 K と整合します. f:Doremus 2002 の活性化エネルギー(1400 ℃ より上で 515 kJ/mol,下で 720 kJ/mol.要旨で確認)と η(1480 K) = 1012 Pa·s に合わせて教材用に作った式です.シリカの Tg は OH 量で大きく変わります. g:Zanotto & Cassar 2017 の表の値.この VFT から式 (23) で計算すると m ≈ 59 ですが, B2O3 の脆さとして文献でよく引かれる値(約 32)とは合いません.どちらが適切かは確認できていないので, m の数値はここでは目安にとどめます.

7.4 結晶化の駆動力

過冷却液体から結晶ができると,1 mol あたりの自由エネルギーは ΔG = Gc − Gl = −ΔGfus だけ変わります. 式 (7)(ΔCp = 0 の近似)を使い,過冷却度 ΔT = Tm − T で書き直すと −ΔHm(1 − T/Tm) = −ΔHmΔT/Tm です. モル体積 Vm で割って単位体積あたりにすると,

Δgv=− ΔHmΔTTmVmΔT=Tm−T (24) Turnbull 近似

となります.過冷却が大きいほど駆動力は大きくなります. 大きな過冷却では ΔCp の効果を一部取り入れた Hoffman の近似などもあります.

7.5 均質核生成 ―― 障壁 W* と核生成速度 I

過冷却液体の中に半径 r の球状の結晶ができるときの自由エネルギー変化は,式 (15) と同じく ΔG(r) = 4πr2γ + (4/3)πr3Δgv です (γ は結晶と液体の界面エネルギー,Δgv < 0). 第 1 項は r2,第 2 項は r3 で効くので,小さな核では界面の損が勝ち, 大きな核では体積の得が勝ちます.その境目の山の頂上を求めます.

dΔGdr= 8πrγ+4πr2Δgv=0⟹r*=−2γΔgv

これを ΔG(r) に戻すと,

W*=ΔG(r*)= 4πγ4γ2Δgv2 −43π8γ3Δgv2 =16πγ33Δgv2

で,式 (16) が得られます.ここへ式 (24) を代入すると,

W*= 16πγ3Tm2Vm2 3ΔHm2(ΔT)2 ∝1(ΔT)2 (25)

です.Tm に近づくと障壁は無限大になり,核はできません. 臨界核ができる頻度は Boltzmann 因子 exp(−W*/kBT) に比例し, 臨界核へ原子が付着する頻度は拡散係数に比例します.拡散係数を Eyring(または Stokes–Einstein)型の関係 D ≈ kBT/(d0η)(d0 は構造単位の大きさ.数係数は省略)で粘度と結びつけると, 定常核生成速度(単位体積・単位時間あたりの核の数)は次の形になります(Cassar ら 2020 が用いた形).

I(T)= γkBTd05η(T) exp(−W*kBT) (26)

高温側では W* が大きすぎ,低温側では 1/η が急に小さくなるので, I(T) は Tm より十分低い温度に鋭い山を持ちます(図 4 左). 山が Tg より上に来るか下に来るかは物質によります.このページの模型では, Tg/Tm の小さい LS2(結晶化しやすい)では山が Tg の少し上(783 K.シミュレーター④の計算で 10 K/min で冷やしたときの Tg は約 727 K)にあり, Tg/Tm の大きい SiO2 や B2O3(ガラスになりやすい)では山が Tg より下(構造が凍る温度域)に来ます (SiO2 1357 K 対 約 1459 K,B2O3 531 K 対 約 559 K). 山が Tg より下にあると,冷却中に核ができる前に原子の動きが凍るので,ガラスになりやすくなります. LS2 は均質核生成の研究でよく使われる物質で,例えば Thieme ら 2016 の無添加試料では 核生成速度の極大は約 469 ℃ で 16 mm−3s−1(1.6×1010 m−3s−1)です. このページの模型(表 1 の値に γ = 0.151 J/m2 をあてはめたもの)では 極大は 783 K で 1.0×1011 m−3s−1 となり,桁は近いものの温度が高めに出ます. 古典的核生成理論を粘度と結びつけると極大が高温側にずれやすいことは,よく議論されている点です (Nascimento ら 2011,Cassar ら 2020).

7.6 結晶成長の速度 u

できた結晶は界面を前進させて大きくなります.界面の液体側の構造単位が結晶側へ付着する頻度と, 逆に結晶から離れる頻度の差を考えます.1 回の飛び移りの距離を d0, 頻度を D/d02 とし,逆向きの飛び移りは 駆動力 ΔGm = ΔHmΔT/Tm(1 mol あたり)の分だけ起こりにくいとすると,

u(T)=fDd0 [1−exp(−ΔHmΔTRTTm)]D≈kBTd0η (27) Wilson–Frenkel 型

となります.f は界面で付着できる場所の割合です.過冷却が小さいときは 1 − exp(−ε) ≈ ε なので u ∝ ΔT/η となり, シリカ中のクリストバライトの成長を u ∝ ΔT/η の形で整理した Wagstaff 1969 の結果と同じ形です. u(T) の山は,I(T) の山より高温側(Tm のすぐ下)にあります. LS2 の成長速度の極大は実測で 6.87×10−5 m/s(1210 K.Jiusti ら 2020 の表)で, このページの模型(f = 0.23 とあてはめ)では 6.8×10−5 m/s(1242 K)です.

7.7 結晶の体積分率 ―― JMAK の式

核が液体中にランダムに生まれ,等方的に成長するとします. 結晶どうしがぶつかる効果を無視して「重なりを許して」数えた結晶の体積分率を拡張体積分率 Xext と呼びます. 実際に増える体積分率 dX は,dXext のうちまだ液体の部分(割合 1 − X)に落ちた分だけなので,

dX=(1−X)dXext⟹X=1−exp(−Xext) (28) Johnson–Mehl–Avrami–Kolmogorov

です(Avrami 1939,1940 など).温度一定で I と u が一定なら,時刻 t′ に生まれた核は 時刻 t で半径 u(t − t′) なので,

Xext= ∫0tI4π3 u3(t−t′)3dt′ =4π3Iu3t44 =π3Iu3t4 (29)

となります(Avrami 指数 4).一定の速さ q で冷やす場合は,I と u が時間とともに変わるので 積分の中に残し,t = (Tm − T)/q,dt = −dT/q で温度の積分に変えます.

Xext=4π3 ∫0tI(t′) [∫t′tu(s)ds]3dt′ =Cq4C=4π3 ∫TTmI(T′) [∫TT′u(T″)dT″]3dT′ (30)

外側の dt′ から 1/q,括弧の中の ds から (1/q)3 が出るので, 拡張体積分率は冷却速度の 4 乗に反比例します(I と u が温度だけの関数である限り厳密). X が小さいうちは X ≈ Xext なので,冷却を 10 倍速くすると結晶の量は約 104 分の 1 です.

7.8 TTT 図と臨界冷却速度

Uhlmann 1972 は,「結晶が体積分率 X = 10−6 だけできたら検出できる」を基準に, ガラスができる条件を考えました.温度 T に保持して X に達する時間は,式 (29) を t について解いて

t(T)= [3XπI(T)u(T)3]1/4 (31)

です.これを温度–時間(対数)の図に描くと,横へ突き出た「鼻」の形になります (Time–Temperature–Transformation,TTT 図).高温では I が小さく,低温では η が大きいからです. 鼻の温度 Tn と時間 tn を使う簡便な見積もりと, 式 (30) で X = 10−6 となる速度の 2 通りで臨界冷却速度 Rc を定義できます.

Rc鼻≈Tm−TntnRc連続冷却=(CX)1/4 (32)

ここで C は式 (30) の積分を十分低温(結晶化が実際上止まる温度.シミュレーターでは Tlo)まで行った値です. Rc は検出限界 X = 10−6 で決めた量なので, q > Rc ならガラス,q < Rc なら検出できる量の結晶が出始め, q が Rc より十分小さければ結晶化が進みます(X ∝ q−4 なので,q を 1/10 にすると X は約 104 倍). 鼻による見積もりは,冷却中に鼻の温度にだけ長く留まるかのように数えるので, 連続冷却の積分より大きな値になります(両者の比較は Weinberg ら 1989 が論じています).

図 4 核生成速度・成長速度と TTT 図. 左:式 (26) の I(T) と式 (27) の u(T) を,それぞれの最大値で割って対数で描いたもの. 右:式 (31) の X = 10−6 の TTT 曲線と,臨界冷却速度 Rc(連続冷却)の冷却曲線. 冷却曲線 T = Tm − qt は,時間の対数目盛りでは曲がって見えます. TTT 曲線は「その温度に保ち続けたとき」の時間なので,冷却曲線が TTT 曲線と交わっても, 各温度を短時間で通り過ぎる連続冷却では結晶は X = 10−6 に届きません(その差が式 32 の 2 つの Rc の違いです).

核生成速度 I 成長速度 u TTT 曲線(X = 10−6) q = Rc の冷却曲線
表 2 模型で計算した臨界冷却速度と文献値
物質鼻 Tn, tnRc(鼻)Rc(連続冷却)文献の目安
LS2892 K, 1.8×102 s2.3 K/s0.19 K/s容器なし 14 ± 2 ℃/min(0.23 K/s),容器内 62 ± 3 ℃/min(1.0 K/s)の実測(Ranasinghe ら 2007.要旨で確認)
SiO21528 K, 5.8×105 s8.0×10−4 K/s8.6×10−5 K/s粘度にもとづく評価で約 1.1×10−4 K/s(Sakaguchi 1995.要旨で確認)
B2O3571 K, 1.2×108 s1.3×10−6 K/s7.8×10−8 K/s常圧・種結晶なしでは結晶化が実際上観測されない(Zanotto & Cassar 2017)
模型の限界 ―― γ は「あてはめの値」や「仮の値」です 界面エネルギー γ は LS2 で 0.151,SiO2 で 0.065,B2O3 で 0.100 J/m2 としました. LS2 以外は実測ではありません.SiO2 の値は,Rc の桁を文献の目安(表 2)に合わせるために選んだ値です. B2O3 には比べる文献の Rc がないので,何にも合わせていない仮の値です (Turnbull の無次元の界面エネルギーで α ≈ 0.326 と LS2 の 0.345 より小さく,模型で結晶化しにくいのは γ のためではなく,粘度が高く Tm − Tg が狭いためです). 表 2 の B2O3 の Rc = 7.8×10−8 K/s は模型の計算値にすぎず,比べられる実測はありません. W* ∝ γ3 なので,γ を 10 % 変えるだけで Rc は何桁も変わります. また実際のシリカの失透は,表面・不純物・OH を起点とする不均質核生成が主です. LS2 の容器内の Rc が容器なしより大きいことも,容器の壁などを起点とする結晶化の寄与として解釈できます. 深い過冷却では拡散が粘度から予想される値と一致しなくなることも知られています(Nascimento ら 2011). この模型は桁と曲線の形を見るためのものです.

表 1 と表 2 を並べると,ガラスのできやすさの経験則が読めます. (i) Tg/Tm が大きいほどガラスになりやすい. ガラスになる物質で Tg/Tm ≈ 2/3 となることが多いという観察(Kauzmann 1948,Sakka & Mackenzie 1971)と, Tg/Tm が大きい(おおよそ 2/3 以上)ほど均質核生成が抑えられるという Turnbull 1969 の議論があります. Tm から Tg までの,結晶化が進みうる温度域が狭いからです. (ii) 融点での粘度が高いほど原子が動きにくく,u と I がともに小さくなります (SiO2 106.4,B2O3 104.5,LS2 101.5 Pa·s).

7.9 なぜ SiO2 と B2O3 はガラスになりやすいか ―― Zachariasen の規則

Zachariasen 1932 は,酸化物 AmOn が長距離秩序のない 連続ランダム網目を作れる条件として,次の経験則を挙げました.

  1. 酸素は 2 個を超える A と結合しない.
  2. A を囲む酸素の数は小さい(3 または 4).
  3. 酸素の多面体は頂点だけを共有し,稜や面は共有しない.
  4. 3 次元の網目を作るには,各多面体が少なくとも 3 つの頂点を他の多面体と共有する.

SiO2 は SiO4 四面体が頂点の酸素(架橋酸素)を共有してつながり, B2O3 は BO3 三角形が頂点を共有してつながります. 頂点共有の多面体は Si–O–Si などの結合角を変えることで,周期性がなくても大きなひずみなしに網目を広げられます. このように網目を作る酸化物(SiO2,B2O3,GeO2,P2O5 など)を網目形成酸化物と呼びます. 一方,Li2O や Na2O は Si–O–Si の結合を切って非架橋酸素を作る修飾酸化物で, 粘度を下げ,結晶化しやすくします.LS2 が「結晶化しやすい例」なのは,これが理由の一つです. ほかに,LS2 は一致溶融する化合物で,ガラスと同じ組成の結晶ができるので,組成を変えずに均質核生成が起こりうること, Tg/Tm が約 0.55 と小さいこと(表 1)も効いています. なお Zachariasen の規則は網目形成酸化物単独の場合の経験則で,修飾酸化物を含むガラスでは, 修飾イオンが網目の隙間に入るという拡張が必要です(Zachariasen 1932 自身もこの形で論じています). 金属ガラスには当てはまりません.

7.10 結晶化を「使う」―― 結晶化ガラス(ガラスセラミックス)

図 4 で LS2 を選ぶと,I の山(Tg のすぐ上)と u の山(Tm のすぐ下)が 温度で離れていることが分かります.そこで,まずガラスを作り, 核生成の山の温度で保持して核を多数作ってから,成長の山の側へ昇温して結晶を育てる 二段の熱処理をすると,ガラス全体に微細な結晶が均一に分散した材料ができます. これが結晶化ガラス(ガラスセラミックス)の基本的な考え方で, Li2O–SiO2 系はその代表的な系の一つです(概説は Höland & Beall の成書). 核形成剤を加えると Rc が変わることも LS2 で調べられています(Huang ら 1986).

7.11 シミュレーター③の「クエンチ」とのつながり

シミュレーター③では,冷却の途中で「クエンチ」を押すと残っていた液相がガラスとして凍ります. そこでは「結晶になる暇がない」ことを前提にしていました.この節の言葉で言えば, クエンチとは冷却速度 q を臨界冷却速度 Rc より十分大きくする操作です. Rc は物質によって大きく違い,表 2 の 3 物質だけでも 6 桁以上違います(B2O3 は模型の値). SiO2 のように炉の中でゆっくり冷やしてもガラスになる物質もあれば, 金属のように非常に大きな冷却速度が必要な物質もあります. 状態図(平衡)はどの相が安定かを教え,Rc(速度論)はそこへ行けるかどうかを教えます.

ガラスは結局どういう状態か ガラスは平衡状態ではなく,構造が凍った非平衡の状態です. Zanotto & Mauro 2017 は,ガラスを「ガラス転移を示す非平衡・非結晶の凝縮状態で,構造は元の過冷却液体に似ており, 自発的に過冷却液体へ向かって緩和し,無限に長い時間の極限では結晶化する」という趣旨で定義しています. また,過冷却液体のエントロピーを低温へ外挿すると結晶より小さくなってしまう温度があり(Kauzmann 1948), 実際にはその前にガラス転移が起こって外挿が止まります. この「Kauzmann の逆説」の解釈はまだ決着していません(Debenedetti & Stillinger 2001).

7.12 シミュレーター④で見ていること

シミュレーター④は,この節の式を 1 つの冷却(または加熱)の道すじに沿って順に解き, 原子の並びの模式図,エンタルピー–温度図,TTT 図の 3 つに同時に描きます. ここでは,画面の数値がどの式と値から出ているか,どう読めばよいか,どこまでが模式かを書きます. 以下の数値は,シミュレーターと同じ関数を node で計算して確かめたものです.

(1) 模型 ―― 使っている式

dTfdt= T−Tfτ(T)

τ が短い高温では Tf = T(液体),τ が冷却の時間より長くなると Tf は動かなくなります(ガラス). 一定速度 q で高温から冷やしたときに凍った Tf を,シミュレーターでは Tg(q) と呼んでいます. 温度刻みの中では τ を一定とみなし(区間の中点で評価),この式の厳密解 Tf ← T1 − sτ + (Tf − T0 + sτ)exp(−Δt/τ) (s = ±q は温度の変化速度)で進めます.

(2) 物質のプリセット

表 3 シミュレーター④のプリセット(「模型」「模式値」は教材用に置いた値で,実測ではありません)
量Li2O·2SiO2(初期表示)SiO2B2O3
Tm,ΔHm,VFT表 1 と同じ
M,ρ(結晶)150.05 g/mol,約 2.46 g/cm360.08,約 2.2069.62,約 2.46
σ(= γ)0.1514 J/m2(模型)0.065(模型)0.100(模型)
g(= f)0.23(模型)11
Cp,c,Cp,l224,280 J/(mol·K)(模式値)75.9,85.8(JANAF)106.7,129.7(JANAF)
温度の範囲 Tlo〜Thi580〜1400 K1150〜2150 K470〜800 K
q スライダー(K/s)10−5〜10610−8〜10310−11〜104
「ゆっくり冷やす」の q10−3 K/s10−6 K/s10−9 K/s
Rc(連続冷却,X = 10−6)0.18 K/s8.6×10−5 K/s7.8×10−8 K/s
Tg(10 K/min):シミュレーター727 K1459 K559 K
Tg(10 K/min):式 (22)(表 1)724 K1480 K555 K

σ は,LS2 では Turnbull の無次元の界面エネルギー α = 0.345 に相当する値,SiO2 では Rc の桁(表 2 の文献の目安)に合わせて選んだ値です.B2O3 では合わせる文献の Rc がないので,何にも合わせていない仮の値です (α ≈ 0.326 で LS2 より小さく,模型で結晶化しにくいのは粘度が高く Tm − Tg が狭いためです.模型の Rc = 7.8×10−8 K/s と比べる実測はありません.7.8 節の注意を参照). 熱容量は,SiO2 が NIST-JANAF の表(O-039)の 1696 K での石英(高温型)75.94 と液体 85.77 J/(mol·K), B2O3 が同じ表(B-097)の 723 K の値です.SiO2 の差 ΔCp ≈ 10 J/(mol·K) は結晶と液体の差で, ガラスと液体の差を測った値ではありません.LS2 の Cp,c は Dulong–Petit 則の 9 原子分(9 × 3R ≈ 224), Cp,l はその 1.25 倍と置いた模式値で,実測は確認していません. H の図の形(Tg での折れ曲がりの大きさ)は ΔCp で変わりますが,Tg と X には影響しません.

(3) 数値計算の方法

(4) 操作

(5) 表示の読み方

(6) 確かめた数値の例

本文の数値とシミュレーターの数値が少し違うところ Tg.表 1 と図 3 の Tg は,η(Tg) = 1012 Pa·s(10 K/min)を基準にした式 (22) の値です. シミュレーターの Tg は上の単一緩和の式で仮想温度が凍る温度なので,10 K/min で LS2 は 727 K(式 22 では 724 K), B2O3 は 559 K(555 K)と数 K 高く,SiO2 は 1459 K(1480 K)と約 20 K 低く出ます. SiO2 は粘度の温度変化がゆるやかな「強い液体」なので,緩和が凍る温度幅が広く,2 つの定義の差が大きくなります. SiO2 では q が大きいほど差が広がり,102 K/s では式 (22) の 1679 K に対してシミュレーターは 1634 K です. どちらも「Tg は q とともに上がる」という同じ結論を,違う近似で表したものです. Rc と鼻.核生成と成長の式と値は図 4 と同じで,等温 TTT の鼻(LS2 で 893 K,約 180 s)と連続冷却の Rc は表 2 と同じ桁で一致します.
シミュレーター④の限界 (i) σ は SiO2 では Rc の桁に合わせた値,B2O3 では何にも合わせていない仮の値で,Rc は σ に非常に敏感です(7.8 節). 実際のシリカの失透は表面や不純物から始まる不均質核生成が主で,模型には入っていません. (ii) 緩和は単一の緩和時間で,非線形・非指数の緩和(Tool–Narayanaswamy–Moynihan 型)は入れていません. このため,加熱時に DSC で見られる Cp のオーバーシュートは出ません. (iii) Tg より下でも VFT 式を外挿しており,実際のガラスの粘度はこれより低いことがあります. (iv) 非定常核生成,表面結晶化,深い過冷却で拡散と粘度が対応しなくなること(Nascimento ら 2011)は含めていません. (v) 結晶は Tm で瞬時に融けるとしています. (vi) X = 10−17 のような極端に小さな値は体積分率の期待値(「平均すれば」の値)です.核の個数の期待値は ∫I dt に試料の体積を掛けたものなので,ふつうの大きさの試料では核が 1 個もできない可能性が高いことを意味します. (vii) 原子の図の箱は数 nm 程度の模式で,飛び移りの速さは対数で縮め,結晶粒の数は見やすさで決めています. この模型は,q と Rc の比べ合い,Tg の冷却速度依存,H の道すじの形を見るためのものです.

8. フェイズフィールド法 ―― 界面を線ではなく滑らかな場として持つ

8.1 局所自由エネルギーへ勾配エネルギーを加える

フェイズフィールド法では,組成 c(r,t) や相を表す秩序変数 η(r,t) を空間に連続的に置きます.たとえば η = 0 を液相, η = 1 を固相とし,界面では 0 から 1 へ滑らかに変化させます.全自由エネルギー汎関数を

ℱ[c,η]= ∫V[ fchem(c,η,T) +κc2|∇c|2 +κη2|∇η|2 ]dV (33)

と置きます.fchem は状態図を作ったバルク自由エネルギー, κc|∇c|²/2 と κη|∇η|²/2 は急な空間変化へ罰を与える界面項です. これにより界面は有限の厚みを持ち,界面エネルギーが自然に現れます.

8.2 保存量と非保存量では時間発展式が違う

組成は勝手に消えない保存量なので,化学ポテンシャル

μ=δℱδc =∂fchem∂c −κc∇2c (34)

の勾配を下る向きに,流束 J = −M∇μ として流れます.これが Cahn–Hilliard 方程式です.

∂c∂t =∇·[M∇μ] =∇·[M∇ (∂fchem∂c −κc∇2c)] (35) Cahn–Hilliard

一方,結晶の規則・不規則や液相・固相を表す秩序変数 η は,局所的に 0 から 1 へ変われる 非保存量です.最急降下型の時間発展は

∂η∂t =−Lδℱδη =−L( ∂fchem∂η −κη∇2η) (36) Allen–Cahn

です.周期境界または流束 0 の境界では,M > 0,L > 0 なら dℱ/dt ≤ 0 となり,系は自由エネルギーを散逸しながら組織を変えます. ここが「熱力学に反しない時間発展」を組み立てる中心です.

8.3 液相と固相の自由エネルギーを滑らかにつなぐ

2 成分合金の凝固では,たとえば

fchem= h(η)fS(c,T) +[1−h(η)] fL(c,T) +Wg(η) (37)

のように,状態図の固相・液相自由エネルギーを補間関数 h(η) でつなぎ, 二重井戸 g(η) = η²(1−η)² で純粋な液相・固相を安定化します. 温度場,潜熱,界面異方性,弾性場を連成すれば,デンドライト,共晶成長,析出,粒成長などへ拡張できます.

図 5 2 次元 Cahn–Hilliard ミニ実験. 無次元自由エネルギー f = (c²−1)²/4 と周期境界を使います. 平均組成を保ったまま濃淡が生まれ,粗大化していく様子を見てください. 初期の濃淡がどの波長で育つかは,式 (35) を線形化して §9.5 で求めます.

A-rich(c < 0) 中間 B-rich(c > 0)
図 5 は形を見るための無次元模型です 実在材料の nm・s・J/m² に換算するには,CALPHAD 自由エネルギー,原子移動度,界面エネルギー, モル体積などを一貫した単位で与え,人工的な界面幅の影響も検証する必要があります. 画像がそれらしく見えることと,定量予測できることは同じではありません.

9. スピノーダル分解 ―― 核を作らずに,組成の波が育つ相分離

§4.2 で,二相域の中にはバイノーダルとスピノーダルという 2 本の境界があることを見ました. この節では,スピノーダルの内側で起こるスピノーダル分解を, Kingery, Bowen, Uhlmann『Introduction to Ceramics』第 2 版 §8.2 の流れに沿って導きます. §8 のフェイズフィールド法(Cahn–Hilliard 方程式)を,均一な状態のまわりで線形化する話でもあります. 式の番号の横には,対応する Kingery の式番号を添えます.

9.1 二液相不混和の G–x 曲線と状態図

簡単のため,§4.2 と同じ対称な正則溶体を使います. 1 分子(1 構造単位)あたりの自由エネルギーを g とし,臨界温度 Tc = Ω/(2R) を使って Ω = 2RTc と書くと,式 (14) は

∂2g∂x2 =kB[Tx(1−x)−4Tc] (38)

となります(1 mol あたりの式 (14) を NA で割り,R/NA = kB としたもの). ここから 2 本の曲線が出ます.

スピノーダル: xs=12[1±1−T/Tc] バイノーダル: lnxb1−xb= 2TcT(2xb−1) (39)

です.バイノーダルの式は数値的に解きます.例えば T/Tc = 0.9 でバイノーダル 0.237,スピノーダル 0.342, 0.8 で 0.145 と 0.276,0.7 で 0.086 と 0.226 です(1 から引いた値が反対側). 2 本の曲線は臨界点(x = 1/2,T = Tc)で接します.

図 6 正則溶体の g–x 曲線の温度変化と,バイノーダル・スピノーダル. 左:5 つの温度の g(x)(見やすいように曲線ごとに縦の尺度を変えています). 丸は共通接線の接点(バイノーダル),三角は変曲点(スピノーダル). 右:それらを温度ごとに積み重ねた状態図.

g(x) バイノーダル スピノーダル

温度を上から順に見ると,(a) T > Tc では曲線は全域で下に凸(谷が 1 つ)で,どの組成でも均一な溶液が安定です. (b) T = Tc では谷の底が平らになります. (c) T < Tc では中央にこぶができ,共通接線の 2 つの接点の間が二相域(不混和域)になります. こぶの内側の変曲点の間では ∂2g/∂x2 < 0 です. これが Kingery の Fig. 8.2(出典は Seward 1970 と表記)で描かれている内容です.

3 つの領域の呼び方 バイノーダルの外:均一な溶液が安定. バイノーダルとスピノーダルの間:均一な溶液は準安定.無限小の揺らぎに対しては安定ですが, ある大きさ以上の核ができれば 2 相へ分かれます(核生成・成長). スピノーダルの内側:均一な溶液は不安定.十分長い波長の小さな揺らぎが,障壁なしに育ちます. ここでの「二液相」は,BaO–SiO2 などでは液相線より下の準安定な領域にあり,平衡状態図の二相域とは限りません.

9.2 勾配エネルギーを含む自由エネルギー

式 (38) は均一な溶液の値です.組成が場所によって変わると,組成が急に変わるところに 「生まれかけの界面」のエネルギーが加わります.Cahn & Hilliard 1958 にならい, それを組成勾配の 2 乗で表すと,体積 V の系の自由エネルギーは

G=Nv∫V [g(C)+κ(∇C)2]dV (40) Kingery 式 8.8

です.C は組成(モル分率 x と同じもの),Nv は単位体積あたりの分子数, κ > 0 は勾配エネルギー係数です.§8 の式 (33) の κc|∇c|2/2 と同じ考え方で, 係数の置き方だけが違います(κc = 2Nvκ に相当).

9.3 小さな揺らぎで G は上がるか下がるか

平均組成 C0 の均一な溶液に,小さな組成の揺らぎ C − C0 ができたとします. g(C) を C0 のまわりで Taylor 展開すると

g(C)=g(C0) +(∂g∂C)C0(C−C0) +12(∂2g∂C2)C0(C−C0)2+⋯

です.これを式 (40) に入れ,均一な溶液の G = NvVg(C0) を引きます. 1 次の項は,物質量が保存されるので ∫(C − C0)dV = 0 となって消えます. (Kingery は等方的な溶液では奇数次の項が消えると説明しています.1 次の項については物質量の保存が理由です.) 3 次以上を小さいとして落とすと,

ΔG=Nv∫V [12(∂2g∂C2)C0 (C−C0)2 +κ(∇C)2]dV (41) Kingery 式 8.9

が得られます.第 2 項はいつも正です.したがって (∂2g/∂C2)C0 > 0 (スピノーダルの外)なら,どんな小さな揺らぎでも ΔG > 0 で,均一な溶液は揺らぎに対して安定です. スピノーダルの内側では第 1 項が負になり,

12|∂2g∂C2|C0 (C−C0)2 >κ(∇C)2 (42) Kingery 式 8.10

を満たす揺らぎ,つまり勾配が十分ゆるやかな(波長の長い)揺らぎに対して ΔG < 0 になります. スピノーダルの内側の溶液は,いつでも何らかの揺らぎに対して不安定です.

9.4 正弦波の揺らぎと臨界波長 λc

揺らぎを 1 つの正弦波にして,どの波長が不安定かを調べます.

C−C0=Acosβx (43) Kingery 式 8.11

β は波数,波長は λ = 2π/β です.∇C = −Aβ sin βx で, 1 波長にわたる平均は ⟨cos2βx⟩ = ⟨sin2βx⟩ = 1/2 です. これを式 (41) に入れて体積で割ると,

ΔGV=Nv [12g″A22 +κA2β22] =NvA24 [g″+2κβ2] (44) Kingery 式 8.12

となります.ここから g″ = (∂2g/∂C2)C0 と略記します. Kingery の式 8.12 は係数 Nv を省いた 1 分子あたりの形で書かれていますが,符号の議論は同じです. g″ < 0 のとき,括弧が負になるのは β2 < −g″/(2κ) の波です.

βc=[−12κg″]1/2λc=2πβc =[−8π2κg″]1/2 (45) Kingery 式 8.13a, b

λc より長い波長の揺らぎはすべて不安定で,短い波長では勾配エネルギーが勝って ΔG > 0 になります. g″ が負で大きい(スピノーダルの深く内側)ほど λc は短く,細かい尺度で分解できます. λc より細かい尺度で 2 相に分かれるとすれば,それは核生成・成長によるものです.

9.5 どの波長が一番速く育つか ―― Cahn–Hilliard 方程式の線形化

式 (40) から化学ポテンシャル(1 分子あたり,拡散の駆動力)を変分で求めると μ = g′(C) − 2κ∇2C です(§8 の式 (34) と同じ操作). 流束を J = −M̃∇μ(M̃ > 0 は移動度),物質の保存を Nv∂C/∂t = −∇·J とすると,

∂C∂t= M~Nv ∇2[g′(C)−2κ∇2C] (46) Cahn–Hilliard(式 35 と同じ形)

が得られます.C = C0 + δC と置き,g′(C) ≈ g′(C0) + g″δC と 1 次まで展開します. g′(C0) は定数なので ∇2 で消え,

∂δC∂t= M~Nv [g″∇2δC−2κ∇4δC] (47)

という線形の式になります.δC = A(t) cos βx を入れると, ∇2 cos βx = −β2 cos βx,∇4 cos βx = β4 cos βx なので, dA/dt = R(β)A となり,

A(β,t)=A(β,0)exp[R(β)t]R(β)=−M~β2Nv [g″+2κβ2] (48) Kingery 式 8.14, 8.15

が得られます.R(β) を増幅因子と呼びます.括弧の中身は式 (44) と同じなので, 自由エネルギーを下げる波(ΔG < 0)は R > 0 で指数関数的に育ち,上げる波は R < 0 で減衰します. R(β) は β = 0 で 0(物質を遠くまで運ぶのに時間がかかる),β = βc で再び 0 になり, その間に最大値を持ちます.最大の位置は

dRdβ= −M~Nv [2βg″+8κβ3]=0⟹βm2=−g″4κ=βc22

なので,

λm=2λc (49) Kingery 式 8.16

です.最大値は,2κβm2 = −g″/2 を式 (48) に戻して

Rm=−12M~Nvg″βm2 =2M~Nvκβm4 =M~Nv(g″)28κ (50) Kingery 式 8.17
Kingery の式 8.17 の読み方 教科書の式 8.17 は,Rm = −½M̃(∂2f/∂C2)C0 と βm2 = 2M̃κβm4 の 2 つの式が並んでいるように印刷されていますが, そう読むと両辺の次元が合いません.上の導出のとおり, Rm = −½M̃g″βm2 = 2M̃κβm4 という一続きの式 (式 8.15 と違って 1/Nv を省いた形)と読むのが整合的です. 記号 f は式 8.8 以降の g と同じものを指していると考えられます.

相互拡散係数 D̃ = M̃g″/Nv を定義すると,式 (47) は κ = 0 なら普通の拡散方程式 ∂δC/∂t = D̃∇2δC です.スピノーダルの内側では g″ < 0 なので D̃ < 0 となり, 原子は濃いほうへさらに集まります(上り坂拡散).式 (50) は

Rm=|D~|βm221Rm=λm22π2|D~| (51)

とも書けます.正則溶体で C0 = 1/2 なら式 (38) より g″ = −4kB(Tc − T) なので, λm ∝ (Tc − T)−1/2 です. 深く冷やすほど細かい組織になり,逆にスピノーダルに近づくと λm は長くなり,育ち方も遅くなります.

図 7 増幅因子 R(β).式 (48) を無次元化して描いています (長さの単位 ℓ = (κ/kBTc)1/2,時間の単位 τ0 = Nvℓ2/(M̃kBTc)). 温度と平均組成を動かし,R > 0 の範囲が現れたり消えたりする様子を見ます.

9.6 核生成・成長との違い

核生成・成長(バイノーダルとスピノーダルの間)スピノーダル分解(スピノーダルの内側)
始まり方組成差の大きな小さい核が,ところどころで確率的に生まれる組成差の小さい波が,いたるところで同時に育つ
障壁あり(式 16 の ΔG*)なし(R > 0 の波は最初から育つ)
組成核は最初から平衡に近い組成を持つ振幅が連続的に大きくなり,やがて平衡組成に近づく
尺度核の大きさと数密度で決まり,ばらつく初期は波長 λm 付近がそろって育つ
拡散濃度勾配を下る普通の拡散(D̃ > 0)上り坂拡散(D̃ < 0)

実験での手がかりは,小角 X 線散乱や光散乱で散乱ピークの位置(波長)がほぼ一定のまま強度が増える初期段階と, スピノーダルの内と外での振る舞いの違いです.例えば TiO2–SnO2 では, [001] の整合スピノーダルの内側で変調構造ができ,[001] の整合スピノーダルと平衡曲線の間では変調が見られなかったと報告されています (Stubican & Schultz 1970).ガラスの分相の小角 X 線散乱による研究は Porai-Koshits & Andreyev 1958 にさかのぼります. 線形理論(式 48)は初期段階だけで成り立ち,実際には散乱ピークが時間とともに低角側(長波長側)へ移ることが多いので, 熱揺らぎの効果(Cook 1970)や非線形の効果が議論されています(Cahn & Hilliard 1971).

9.7 連結した組織と,平均組成による違い

十分に時間がたつと,いろいろな向きの λm 付近の波が重なった組成場になります. Cahn 1965 は,大きさ βm で向きと位相がランダムな正弦波を 100 個重ね, その値の正負で 2 相に分けた 50:50 の組織を計算しました. 断面を連続して見ると,2 つの相がどちらも 3 次元的につながった組織になっており, ガラスの分相で観察される組織に似ていることを示しました(Kingery Fig. 8.4).

下の図 8 は,同じ考え方を 2 次元で自分で計算したものです. しきい値を動かして少数相の体積分率を小さくすると,少数相は孤立した粒(液滴状)になっていきます. BaO–SiO2 ガラスでは実際に,BaO の少ない組成で Ba に富む球状の粒,不混和域の中央付近で 2 相が連結した組織, BaO の多い組成でシリカに富む球状の粒が観察されています(Seward ら 1968a).

図 8 ランダムな組成波の重ね合わせで作った 2 相組織(2 次元). 波数の大きさ βm がそろった 100 個の正弦波を,向きと位相をランダムにして重ね, 値の大きい側から指定した割合を B に富む相(橙)としています.右上の数字は少数相のつながった塊の数です.

連結した組織だけでは「スピノーダル分解だった」とは言えません 2 次元の断面では,3 次元ではつながっている相が島のように見えることがあります. 逆に,核生成で生まれた粒が合体しても連結した組織はできます. Seward ら 1968b は BaO–SiO2 の薄膜を電子顕微鏡の中で加熱し,孤立した粒が合体して連結組織になる様子を観察し, 最終的な組織だけで機構を判定するのは不十分だと述べています. Haller 1965 も,連結組織が核生成した球の重なりで説明できる可能性を論じています.

9.8 その後の粗大化と,温度を上げたとき

振幅が平衡組成の差まで育つと,線形理論は成り立たなくなります.その後は界面の面積を減らす向きに 組織が粗くなります(粗大化).アルカリホウケイ酸ガラスの分相では, 界面の面積が時間の −1/2 乗に比例して減り,見かけの活性化エネルギーは 40 kcal/mol(約 167 kJ/mol)と報告されています(Haller 1965).

温度を Tc より上へ上げると,式 (38) はすべての組成で正になり, 式 (48) の R(β) はすべての β で負になります.組成の波はすべて減衰し,均一な溶液に戻ります. Tc より下でもバイノーダルの外へ出れば,2 相はやがて溶け合います. ただし拡散で運ぶので,組織が粗いほど時間がかかります(時間はおよそ λ2/D̃ の桁). Haller ら 1970 は,ガラスの乳白(分相による光散乱)が加熱で消える温度を使って, Na2O–B2O3–SiO2 系の準安定不混和の範囲を決めています. 一方,ガラスでは Tg より下で拡散が事実上止まるので,分相組織はそのまま室温に持ち出せます(§7).

結晶ではひずみがスピノーダルを下げる 格子定数が組成で変わる結晶では,組成の波にコヒーレントなひずみのエネルギーが加わり, 分解の条件は g″ にひずみの項を足した量が負になることに変わります(Cahn 1962). このためコヒーレント・スピノーダルは化学的スピノーダルより低温側にずれ, 弾性的に柔らかい方向の波が選ばれます.TiO2–SnO2(正方晶のルチル型)では [001] 方向の低下が最も小さく (正則溶体の計算で 105 K),[001] に垂直な板状の変調構造ができます(Park ら 1975,Stubican & Schultz 1970). 等方的な液体やガラスにはこの項はありません.

9.9 スピノーダル分解を示す無機材料

系分かっていること出典
Na2O–B2O3–SiO2 ガラス(Vycor 法) アルカリホウケイ酸ガラスを熱処理すると,シリカに富む相とホウ酸ナトリウムに富む相に分相する. 特許には 525 ℃ で 3 日,600 ℃ で数時間などの熱処理が挙げられている. ホウ酸ナトリウムに富む相を酸で溶かして多孔質にし,900〜1000 ℃ で焼き締めると約 96 % シリカのガラスになる. 分相の連結組織はスピノーダル分解によるものと広く考えられている(組成と熱処理によって核生成の寄与もありうる). 3 成分系なので,2 成分の図は近似にすぎない Hood & Nordberg 1938(特許),Nordberg 1944,Haller 1965,Haller ら 1970
BaO–SiO2 ガラス 液相線より下の準安定な二液相不混和.臨界温度は約 1460 ℃,臨界組成は約 10 mol% BaO. 組成によって「Ba に富む球状粒子 → 連結組織 → シリカに富む球状粒子」と組織が変わる Seward ら 1968a, b
TiO2–SnO2(ルチル型固溶体) 固相の不混和.臨界温度 1430 ℃,臨界組成 47 mol% TiO2. [001] に垂直な TiO2 に富む板と SnO2 に富む板が交互に並ぶ変調構造. 分解初期の最小の波長は 925 ℃ で約 11 nm,1000 ℃ で 17 nm,1150 ℃ で 24 nm と報告されている Stubican & Schultz 1970,Park ら 1975
(Ti,Al)N 硬質膜 準安定な立方晶 Ti1−xAlxN が,加熱でまずコヒーレントな立方晶のナノ領域へ分解し, 硬さが上がる(時効硬化).さらに高温では安定な TiN と六方晶 AlN になる Hörling ら 2002,Mayrhofer ら 2003,Mayrhofer ら 2005
InxGa1−xN 計算で相互作用パラメーター 5.98 kcal/mol(25.0 kJ/mol)の固相不混和が予測された. 700〜750 ℃ で成長した膜で In > 35 % のとき相分離が観察され,スピノーダル分解の予測と合う Ho & Stringfellow 1996,Doppalapudi ら 1998
CoFe2O4–Co3O4(スピネル) 860 K 以下に不混和域がある.スピノーダルの内側(500 ℃)で時効すると組成の揺らぎにより室温の保磁力が大きくなる(完全に時効した試料で 7 kOe と 4.5 kOe).急冷しただけの試料の保磁力は室温では小さく,低温でだけ非常に大きい Takahashi & Fine 1972

表の数値は原著の要旨(Vycor 法の熱処理条件は特許本文)で確認したものです.InxGa1−xN の値を対称な正則溶体とみなせば Tc = Ω/(2R) ≈ 1.5×103 K ですが,これはこのページでの見積もりで,論文に書かれた値ではありません. Na2O–B2O3–SiO2 系の不混和域の温度範囲は,原典の図を確認できていないので数値を載せていません. シミュレーター⑤では,二次資料による目安の臨界温度 760 ℃ を仮に使っています(9.11 節).

9.10 応用

9.11 シミュレーター⑤で見ていること

シミュレーター⑤は,式 (46) の Cahn–Hilliard 方程式を 2 次元で数値的に解き, 高温から冷やした(または熱処理した)材料の中で組成の場がどう育つかを, 原子の並び,状態図の上の位置,自由エネルギー曲線,増幅因子 R(β) の 4 つの図に同時に描きます. 以下の数値は,シミュレーターと同じ関数を node で計算して確かめたものです.

(1) 模型 ―― 自由エネルギー

ホウケイ酸ガラスと TiO2–SnO2 は,9.1 節と同じ対称な正則溶体です. BaO–SiO2 は不混和域が約 10 mol% BaO に偏っているので,大きさの違う 2 種類の構造単位の混合 (高分子溶液の Flory–Huggins 型と同じ形)で表します.SiO2 の単位が格子点 1 つ,BaO を含む単位が N 個分を占めるとし, BaO を含む単位の体積分率を φ = Nx/[1 + (N − 1)x](x はモル分率)とすると, 格子点 1 つあたりの自由エネルギーは RTc を単位として

g(φ)RTc= TTc[φNlnφ+(1−φ)ln(1−φ)] +χcφ(1−φ) φc=11+N, χc=12(1+1N)2 (52)

です.臨界点(φc,Tc)で ∂2g/∂φ2 = ∂3g/∂φ3 = 0 となるように χc を選んでいます. N = 1 なら φ = x,χc = 2 で,式 (38) の正則溶体(Ω = 2RTc)に戻ります. BaO–SiO2 では臨界組成 xc = 1/(N3/2 + 1) = 0.10 から N = 92/3 ≈ 4.33 とします. N は不混和域の形を合わせるための現象論的なパラメーターで,実際の構造単位の大きさを主張するものではありません. 1 mol あたりの値は Gm(x) = [1 + (N − 1)x]g(φ), その曲率は ∂2Gm/∂x2 = N2(∂2g/∂φ2)/[1 + (N − 1)x]3 で, 画面の自由エネルギー曲線と読み取り値の ∂2g/∂C2 はこの 1 mol あたりの値(kJ/mol)です. バイノーダルは共通接線の傾きを二分法で,スピノーダルは ∂2g/∂φ2 = 0 の 2 根として求めます.

(2) 模型 ―― 時間発展

長さの単位を ℓ = (κ/RTc)1/2,時間の単位を τ0 = ℓ2/[M(Tc)RTc] とすると(図 7 と同じ無次元化を 1 mol あたりで書いたもの), 式 (46) は

∂φ∂t= m(T)∇2[g′(φ)−2∇2φ] +(整合ひずみ)+ξ m(T)=M(T)M(Tc)= exp[−EaR(1T−1Tc)] (53)

となります(g は RTc 単位,t は τ0 単位,∇ は ℓ 単位). 移動度は Arrhenius 型で温度とともに下がるので,低温ほど組織の変化は遅くなります. ξ は熱揺らぎ(Cook 1970)で,物質量を保存するように波数の 2 乗に比例する分散で加え,強さは 2.5×10−3 × T/Tc(模式値)です. これを均一な状態のまわりで線形化すると,式 (48) と同じ形の R(β) = −mβ2[g″ + e(θ) + 2β2](g″ = ∂2g/∂φ2), λc = 2π[−(g″ + e)/2]−1/2,λm = √2 λc,Rm = m(g″ + e)2/8 が得られ, 読み取り値と R(β) の図はこの式で計算しています.

e(θ) は結晶(TiO2–SnO2)だけに入れる整合ひずみの項です(9.8 節の囲み,Cahn 1962). Park ら 1975 の計算で x = 0.5 の整合スピノーダルが [001] 方向で 105 K,<100> 方向で 387 K 下がることに合わせ, e1 = 4 × 105 K/Tc ≈ 0.247([001],図の横),e2 = 4 × 387 K/Tc ≈ 0.909([100],図の縦)とし, 間の方向は e(θ) = e2 + (e1 − e2)cos2θ(θ は波数ベクトルと [001] のなす角)で内挿します. この内挿では <101> 方向の低下は 302 K になります. 正則溶体で x = 0.5 の g″ は 4(T/Tc − 1) なので,e = 4ΔT/Tc はスピノーダルを ΔT だけ下げる量です. 状態図では,最も柔らかい [001] の整合スピノーダルを点線で描き,その内側を「不安定」としています.

(3) 材料のプリセット

表 4 シミュレーター⑤のプリセット(温度と組成は実在の系の目安,時間と長さは教材用の換算)
量ホウケイ酸ガラス(初期表示)BaO–SiO2 ガラスTiO2–SnO2 固溶体
模型正則溶体(N = 1).Na2O–B2O3–SiO2 を擬 2 成分とみなす式 (52),N = 92/3 ≈ 4.33正則溶体+整合ひずみ
臨界点760 ℃(二次資料の目安),c = 50 %1460 ℃,10 mol% BaO1430 ℃,50 %(実際は 47 mol% TiO2)
移動度の Ea167 kJ/mol200 kJ/mol(模式値)200 kJ/mol(模式値)
温度スライダー450〜850 ℃950〜1600 ℃850〜1550 ℃
保持温度の初期値600 ℃1150 ℃1000 ℃
組成スライダー(初期値)規格化組成 c 5〜95 %(50 %)1〜40 mol% BaO(10 %)5〜95 mol% SnO2(50 %)
長さの換算 ℓ1 nm と仮定1 nm と仮定約 1.2 nm(実測波長に合わせた)

ホウケイ酸ガラスの Ea = 167 kJ/mol は Haller 1965 の粗大化の見かけの活性化エネルギー(9.8 節)を移動度に流用したものです. 臨界温度 760 ℃ は二次資料による目安で,原典(Haller ら 1970 の図)で確認できていないため,9.9 節の表には載せていません. 組成は「シリカに富む成分」と「Na–B に富む成分」の間の規格化組成 c で,実際の酸化物の組成ではありません. BaO–SiO2 の臨界点と組成による組織の違いは Seward ら 1968a の値と観察にもとづきますが, 式 (52) の曲線の BaO の多い側は実測と照合していません. TiO2–SnO2 の ℓ ≈ 1.2 nm は,1000 ℃ での λm が実測の変調波長 17 nm(Stubican & Schultz 1970)になるように選んだ値です.

(4) 数値計算の方法

(5) 操作

(6) 表示の読み方

(7) 読み取り値

(8) 確かめた数値の例

表 5 保持温度の初期値,初期組成での値(線形理論)
量ホウケイ酸 600 ℃,50 %BaO–SiO2 1150 ℃,10 mol%TiO2–SnO2 1000 ℃,50 %
T/Tc0.8450.8210.748
バイノーダル18.1〜81.9 %1.5〜34.9 mol%11.1〜88.9 mol%
スピノーダル30.3〜69.7 %4.1〜22.5 mol%24.9〜75.1 mol%(整合 [001] 27.5〜72.5)
∂2g/∂C2−5.32 kJ/mol−44.7 kJ/mol−14.3 kJ/mol(ひずみ込み −10.8)
λc,λm11.3 ℓ,16.0 ℓ14.2 ℓ,20.1 ℓ10.2 ℓ,14.4 ℓ(17.3 nm)
Rm1.4×10−3/τ09.4×10−4/τ06.2×10−4/τ0
M(T)/M(Tc)0.0280.0490.0085

ホウケイ酸ガラスの値は,9.1 節の正則溶体の値(T/Tc = 0.9 で 0.237/0.342,0.8 で 0.145/0.276)の間に入り,同じ式から出ています. TiO2–SnO2 の λm は 925,1000,1150 ℃ で 15.6,17.3,23.5 nm となり,実測の 11,17,24 nm と桁は合いますが, 温度による変わり方は完全には一致しません(実測は「観察された最小の波長」で,初期の λm そのものとは限りません). また,1360 ℃ は化学的スピノーダルの内側ですが [001] の整合スピノーダルの外なので,シミュレーターは「準安定」と表示し,組成は均一のままです. 開発時の検査では,50:50 の組成で迷路状の組織,組成をずらすと液滴状の組織,Tc より上への再加熱で均一に戻ること, BaO–SiO2 で組成を 5 → 12 → 20 mol% と変えると Ba に富む滴 → 迷路状 → シリカに富む滴になること(Seward ら 1968a の傾向)を確かめています.

シミュレーター⑤の限界 (i) 2 次元の計算です.Cahn 1965 の「2 相がどちらも 3 次元的につながった組織」は 2 次元では再現できません (2 次元では,2 つの相が同時に縦にも横にもつながることはできません).このため組織の形は細長さ Q も使って判定しています. (ii) 時間 τ0 と長さ ℓ は教材用の換算です.相互拡散係数と κ の実測値を確認できていないので,秒への換算は示していません. ガラスの ℓ = 1 nm は仮定,TiO2–SnO2 の ℓ は 1 点の実測に合わせた値です. (iii) ホウケイ酸ガラスは 3 成分系を擬 2 成分とみなした模式で,タイラインの回転などは入っていません.臨界温度 760 ℃ は目安です. (iv) Ea の 200 kJ/mol,揺らぎの強さ,N ≈ 4.33 は模式値または現象論的な値です. (v) 整合ひずみは方向ごとの定数で近似しています.育つ核の大きさは,いちばん軟らかい方向と方向平均のあいだのひずみ eN(あてはめた係数 0.4 を使う)で見積もった粗い目安です.実際の材料では,整合性を失った核ができることもあります. (vi) 線形理論の λm と Rm は初期段階だけの量で,粗大化の段階の波長の伸びは数値計算にだけ現れます. (vii) 準安定域では核が自然にはできません.熱揺らぎが弱く箱も小さいので,画面の時間の範囲では,スピノーダルの外(準安定域)の組成は均一のまま残ります. 実際の材料では準安定域でも(しばしば不均質な)核生成と成長で相分離が起こります(Kingery の §8.2).核を置くボタンはこれを代わりに行うためのものです. (viii) 9.7 節の注意のとおり,画面の組織が似ていることは,実際の材料でスピノーダル分解が起きたことの証拠にはなりません.

10. 状態図シミュレーターとフェイズフィールド法の役割分担

問い現行の状態図シミュレーター定量的フェイズフィールド計算
安定な相は何か下側凸包から求める同じバルク自由エネルギーを局所駆動力に使う
各相の組成・割合共通接線とてこの法則局所組成を空間積分して求める
冷却中の偏析平衡と Scheil–Gulliver の両極限有限の拡散係数と界面速度を直接解く
粒の形・大きさ少数の核から育つ粒(Johnson–Mehl 型)と,共晶組織の層・析出物を,てこの法則の割合どおりの面積で塗り分けた模式図(§5.2)界面エネルギー・異方性・核生成・弾性場から発展させる
時間・長さの予測扱わない移動度・勾配係数・空間刻みを物理単位へ較正して扱う
両者は競合せず,前後につながっています CALPHAD/状態図計算は「局所的にどちらの相へ向かいたいか」という化学的駆動力を与え, フェイズフィールド法は「界面を作る費用」と「拡散・界面移動の速さ」を加えて, その駆動力が空間内でどう組織へ変わるかを解きます.

11. 実際の材料解析ではどう進めるか

  1. 熱力学モデルを選ぶ.各相の Gφ(x,T) を,実験・第一原理計算・CALPHAD データベースから用意します.
  2. 平衡を検証する.共通接線から得る相境界,共晶・包晶温度,活量,生成エンタルピーが既知データと整合するか確認します.
  3. 速度論データを入れる.拡散係数または原子移動度,界面移動度,界面エネルギー,異方性を与えます.
  4. 場を選ぶ.組成 c,相場 η,結晶方位,温度,弾性変位など,必要な自由度だけを連成します.
  5. 長さ・時間を検証する.界面幅と格子間隔を変えて答えが収束するか,質量保存と自由エネルギー減少が満たされるか確認します.
  6. 実験と比較する.相分率だけでなく,デンドライト間隔,析出物半径,組成プロファイル,成長速度を比較します.

12. よくある取り違え

取り違え正しい読み方
自由エネルギーが負なら安定ゼロ点は任意です.同じ T, p, 全体組成で比較したとき,より低い状態が安定です.
共通接線の接点が相分率接点は各相の組成です.相分率は全体組成を使っててこの法則から求めます.
二相域の中は全部不安定バイノーダルとスピノーダルの間は準安定で,核生成障壁があります.
状態図の線を越えた瞬間に変態する状態図は平衡です.実際には過冷却・核生成・拡散遅れがあり,変態開始は履歴に依存します.
mol% と mass% は読み替えるだけ数値は原子量に依存して変わります.物質収支と熱力学モデルの組成単位をそろえる必要があります.
ガラス転移温度は融点と同じような物質定数Tg は構造緩和が凍る温度で,冷却速度や測定法で変わります(§7.2).融点のような平衡の転移温度ではありません.
ガラスはゆっくり冷やしても結晶にならない物質結晶になるかどうかは冷却速度 q と臨界冷却速度 Rc の比べ合いです.Rc は物質によって大きく違い,表 2 の 3 物質だけでも 6 桁以上違います(§7.8).
連結した 2 相組織ならスピノーダル分解核生成した粒の合体でも連結組織はできます.初期の波長がそろって振幅が育つことなど,過程を見て判断します(§9.7).
フェイズフィールド画像が実験に似れば正しい質量保存,エネルギー散逸,界面幅依存性,物理パラメーター,時間・長さ尺度の検証が必要です.

13. まとめ

  1. 純物質の G(T) は,エントロピーと熱容量で決まります.dG/dT = −S,d²G/dT² = −Cp/T です.
  2. 2 成分溶体では,端成分+混合エントロピー+過剰自由エネルギーを足します.高温では RT の混合項が効き,正の Ω は相分離を促します.
  3. 平衡は下側凸包で決まります.共通接線は両成分の化学ポテンシャルが相間で等しいことの幾何学的表現です.
  4. 温度ごとの接点を積み重ねると状態図になります.相の組成は接点,相の割合はてこの法則です.
  5. 状態図は組織の最終候補を示しますが,形と時間は示しません.界面・拡散・核生成を入れて初めて組織形成になります.
  6. フェイズフィールド法は同じ自由エネルギーを空間へ広げた理論です.保存組成は Cahn–Hilliard,非保存秩序変数は Allen–Cahn で,自由エネルギーを散逸させながら発展します.
  7. ガラス転移は緩和の凍結です.Tg は冷却速度で変わり,結晶になるかガラスになるかは核生成速度 I と成長速度 u から求まる臨界冷却速度 Rc で決まります.
  8. スピノーダルの内側では,組成の波が障壁なしに育ちます.増幅因子 R(β) = −(M̃β2/Nv)[g″ + 2κβ2] が最大となる λm = √2 λc の波が組織の尺度を決めます.

対応するシミュレーター:2 成分系の状態図. 関連教材:Gibbs 自由エネルギーと相, エントロピーと自由エネルギー.
主な原典・データ源

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§7 ガラス転移と結晶化(「要旨で確認」と本文に書いた数値は,原著の要旨で確かめたもので本文は読めていません)

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§9 スピノーダル分解(Cahn 1961,Cahn & Hilliard 1958 は上の一覧を参照)

  1. W. D. Kingery, H. K. Bowen, and D. R. Uhlmann, Introduction to Ceramics, 2nd ed. (Wiley, New York, 1976), §8.2 Spinodal Decomposition, pp. 323–327(書籍.Fig. 8.2 の出典表記 Seward 1970 は Crossref では特定できませんでした).
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  9. T. P. Seward III, D. R. Uhlmann, and D. Turnbull, “Development of Two-Phase Structure in Glasses, with Special Reference to the System BaO–SiO2,” J. Am. Ceram. Soc. 51, 634–642 (1968)(本文の Seward ら 1968b). doi:10.1111/j.1151-2916.1968.tb12635.x
  10. W. Haller, D. H. Blackburn, F. E. Wagstaff, and R. J. Charles, “Metastable Immiscibility Surface in the System Na2O–B2O3–SiO2,” J. Am. Ceram. Soc. 53, 34–39 (1970). doi:10.1111/j.1151-2916.1970.tb11995.x
  11. V. S. Stubican and A. H. Schultz, “Phase Separation by Spinodal Decomposition in the Tetragonal System,” J. Am. Ceram. Soc. 53, 211–214 (1970). doi:10.1111/j.1151-2916.1970.tb12072.x
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