フーリエ級数とフーリエ変換

― 三角関数はなぜ「直交基底」なのか,そして微分方程式がなぜ割り算で解けるのか(学部 1 年生向け)

フーリエ級数は,物理でいちばんよく使う道具のひとつです. 第一原理計算では波動関数を平面波(=三角関数)で展開しますし, 熱伝導方程式や波動方程式は,解を波の重ね合わせで書くことで解けてしまいます. ところが講義では「係数はこう」という公式だけが天下り式に出てきて, なぜそれで係数が取り出せるのかが置き去りになりがちです.

この文書はベクトルの内積から始めます. 高校で習った a→·b→ が分かっていれば, 最後の Thomas–Fermi 遮蔽まで,途中でつまずくところはひとつもありません.

この文書のあらすじ ① ベクトルの成分は,基底との内積を取れば出てくる. 他の成分は「直交しているから」勝手に消える.
② 関数どうしにも内積 ⟨f,g⟩=∫fgdx を決めてやる.
③ すると,波数のちがう三角関数はたがいに直交していた. だから同じ手口で係数が取り出せる.
④ 微分は ik を掛けるだけになる. だから微分方程式は割り算で解ける.
⑤ その実例が Thomas–Fermi 遮蔽.

1. まず,ベクトルの成分の取り出し方

3 次元の単位ベクトル e1,e2,e3 を考えます.これらは

(1) ei·ej={1(i = j)0(i ≠ j)}

という性質を持っています.これを正規直交といいます. 「正規」は長さが 1,「直交」はたがいに 90°,という意味です. さて,あるベクトルを v=v1e1+v2e2+v3e3 と書いたとき, 第 1 成分 v1 だけを取り出したいとします.どうしますか.

e1 との内積を取ればよいのでした.

(2) v·e1=v1⏟e1·e1=1+v2⏟e2·e1=0+v3⏟e3·e1=0=v1
これがすべての出発点です 直交しているおかげで,欲しい成分だけが生き残り,他は全部 0 になって消えます. 「基底で展開する」ことに意味があるのは,この一点にかかっています.

フーリエ級数がやっているのは,これと 1 ミリも違わないことです. 違うのは「ベクトル」が「関数」に,「内積」が「積分」に変わるだけ. 以下,それを 1 段ずつ確かめます.

2. 関数どうしの「内積」を決める

ベクトルの内積は「成分どうしを掛けて,全部足す」でした.

(3) a→·b→=∑i=1Naibi

では関数はどうでしょう.区間 [a,b] を N 等分して,各点での値を並べてみます. f→(f(x1),f(x2),…) ―― これは N 次元のベクトルそのものです. だから内積は ∑if(xi)g(xi). ここで N → ∞ とするのですが,このまま足していくと項の数がいくらでも増えてしまいます. そこで刻み幅 Δx=b−aN を掛けてから極限を取ります. これが区分求積法で,∑if(xi)g(xi)Δx は積分に化けて

(4) ⟨f(x),g(x)⟩=∫abf(x)g(x)dx

これが関数の内積です(講義ノート (6)). 長さ(ノルム)も,ベクトルとまったく同じように決めます.

(5) ‖f(x)‖=⟨f,f⟩=∫ab{f(x)}2dx
関数はベクトルです ここが最初の山ですが,言っていることは単純です. 関数を「各点の値を並べた,成分が無限個あるベクトル」だと思う. そう思えば,内積も長さも角度も,全部そのまま持ち込めます. 講義ノートの「内積とノルムって,ベクトルと似ている!」は,まさにこのことです.

ついでに Schwarz の不等式 |⟨f,g⟩|≤‖f‖‖g‖ も,ベクトルの |a→·b→|≤|a→||b→| がそのまま移ったものです.

3. 三角関数どうしの内積を,実際に計算する

区間は −π<x≤π に取ります. 講義ノート (1)〜(5) の計算を,ひとつずつたどりましょう. 使う道具は,積を和に直す公式と半角の公式だけです.

(a) 1 本だけの積分

(6) ∫−ππsin⁡mxdx={−1mcos⁡mx}|x=−πx=π=−1mcos⁡mπ+1mcos⁡mπ=0

cos⁡(−mπ)=cos⁡mπ を使っただけです. 同じように ∫−ππcos⁡mxdx=0(m≠0 のとき). 波は上と下で同じだけ振れるので,1 周期ぶん足すと 0 になる ―― それだけのことです.

(b) sin と cos の積

積を和に直す公式 sin⁡mxcos⁡nx=12{sin⁡(m+n)x+sin⁡(m−n)x} を使えば, 右辺はどちらも (a) の形なので

(7) ∫−ππsin⁡mxcos⁡nxdx=0(m, n がどんな整数でも)
もっと速い見方 sin⁡mx は奇関数,cos⁡nx は偶関数. 奇 × 偶 = 奇ですから,原点について対称な区間で積分すれば必ず 0 です. 講義ノートの「別証」がこれです.計算しなくても分かります.

(c) cos どうし,sin どうしの積

ここだけ,m=n かどうかで話が変わります. まず m≠n のとき.積を和に直すと cos⁡mxcos⁡nx=12{cos⁡(m+n)x+cos⁡(m−n)x}. m±n はどちらも 0 でない整数なので,(a) からどちらも 0.

ところが m=n だと, m−n=0 になって cos⁡0=1 ―― 0 になりません. 半角の公式で書けば

(8) ∫−ππcos2⁡mxdx=∫−ππ1+cos⁡2mx2dx =12∫−ππ1dx+12∫−ππcos⁡2mxdx⏟= 0((a) より)=12·2π=π

sin⁡mx についても,sin2⁡mx=1−cos⁡2mx2 でまったく同じ.まとめると:

(9) ∫−ππcos⁡mxcos⁡nxdx={π(m = n ≠ 0)0(m ≠ n)} ∫−ππsin⁡mxsin⁡nxdx={π(m = n ≠ 0)0(m ≠ n)}
(1) の ei·ej と,見比べてください 形がまったく同じです. ちがうのは,内積が 0 でないときの値が 1 ではなく π だという点だけ. つまり三角関数は「長さが π の直交基底」だったのです.

なお m=0 のときは cos⁡0=1 で, ∫−ππ1·1dx=2π. この 1 本だけ長さが 2π で,他と違います. あとで a0 だけ 1/2π になるのは,これが理由です. (sin⁡0=0 は中身が空なので,基底には数えません.)

4. だから,三角関数は直交基底

講義ノート (8) の例をそのまま見ましょう.

(10) y=∑k=13sin⁡(2k−1)x2k−1=sin⁡x+13sin⁡3x+15sin⁡5x

(9) から,この 3 本はたがいに直交しています.

⟨·, sin x⟩⟨·, sin 3x⟩⟨·, sin 5x⟩
sin xπ00
sin 3x0π0
sin 5x00π

ですから,この 3 本を軸だと思えば e1=sin⁡x,e2=sin⁡3x,e3=sin⁡5x, y=e1+13e2+15e3. これは3 次元ベクトル Y=[1,13,15] とまったく同じ構造です. 講義ノートの図 1.1 が描いていたのは,これです.

波数がちがえば,直交している 波数のちがう三角関数は,たがいに 90° を向いている. だから足し合わせても混ざらず,あとから 1 本ずつ取り出せます. ちがうのは,軸が無限本あるということだけ ―― sin⁡x,sin⁡2x,sin⁡3x,… と,いくらでも続きます. 無限次元の直交座標系を張っているわけです.

5. 係数の取り出し方 ―― (2) と同じ手口

ここまで来れば,あとは一本道です.周期 2π の関数を

(11) f(x)=∑k=0∞(akcos⁡kx+bksin⁡kx)

と書けたとします.am だけを取り出したい. (2) と同じで,cos⁡mx との内積を取ります. つまり両辺に cos⁡mx を掛けて,−π から π まで積分します.

(12) ∫−ππf(x)cos⁡mxdx=∑k=0∞ak∫−ππcos⁡kxcos⁡mxdx+∑k=0∞bk∫−ππsin⁡kxcos⁡mxdx =am·π+0=πam

第 2 項は (7) からいつでも 0(ここは m≥1 とします.m=0 は基底の長さだけが違うので,すぐ下で別に書きます).第 1 項も (9) から k=m の 1 つだけを残して全部 0. ほしい成分だけが生き残りました.だから

(13) am=1π∫−ππf(x)cos⁡mxdxbm=1π∫−ππf(x)sin⁡mxdx a0=12π∫−ππf(x)dx
a0 だけ 1/2π なのは,なぜか k=0 の基底は cos⁡0x=1 という「平らな関数」. その長さの 2 乗は ∫−ππ1·1dx=2π で,他の基底の π ではなく2πです. 割る数がその長さの 2 乗ですから,a0 だけ 1/2π になります. 特別なルールではなく,この 1 本だけ長さが違うというだけのことです.

ちなみに a0 は f(x) の平均の高さそのものです. 教科書によっては a0/2 と書きますが,中身は同じです.

図 1:係数が「取り出される」ところ. 上は f(x) と cos mx(または sin mx),下はその積です. 積の面積(緑と赤の差し引き)が,そのまま π am(sin を選べば π bm,m = 0 のときは 2π a0)になります. m を動かしてみてください.ほとんどの m では緑と赤が打ち消して 0 になり, 中身のある m でだけ値が残ります ―― これが (12) の計算そのものです.

6. ak, bk は「波の本数」ごとの重み

cos⁡kx は,0≤x<2π のあいだにちょうど k 回振動する波です. 波長でいえば λ=2πk.

k2π のあいだの波の本数波長 λ担当する構造
00(平ら)—f の平均の高さ
11 本2πいちばん大まかな形
22 本π左右の非対称など
1010 本π/5細かい起伏
100100 本π/50角・跳びのようなごく細かい構造
だから「スペクトル」を見れば,関数の性格が分かります k が大きい係数まで大きいまま残っている関数は,細かい構造を持っている. 逆に,なめらかな関数は k が大きくなるとすぐ係数が小さくなります.

実際,係数の落ち方はなめらかさで決まります. 跳びがあると ak∼1/k, 折れ目(1 階微分が跳ぶ)だと ak∼1/k2, 何度でも微分できる関数なら,どんな冪よりも速く(解析的な関数なら指数関数的に)落ちます. シミュレーターのタブ ① で,矩形波(跳び)と三角波(折れ目)のスペクトルを見比べてみてください.
跳びのそばだけは,いつまでも直りません ―― Gibbs 現象 ただし,係数が小さくなっていくことと,足した波がきれいに重なることとは別の話です. 矩形波やのこぎり波のように跳びのある関数では, N をどれだけ増やしても,跳びのすぐそばに行きすぎが残ります. 行きすぎる幅は N とともに狭くなっていくのに, 高さは跳びの約 8.95 % のまま減りません.これが Gibbs 現象です.

部分和は,跳びの点をのぞけばどの点でも f(x) に近づいています(各点収束). それでも行きすぎが消えないのは,近づき方が場所によってそろわないから ―― つまり一様収束ではないからです. シミュレーターのタブ ① で矩形波を選び,N を 10 → 30 → 60 と上げながら, 跳びのきわだけを見ていてください.山は細くなるのに,背は縮みません.
第一原理計算の「カットオフエネルギー」 平面波基底の計算では,波動関数を eik·r の重ね合わせで表し, ℏ2k22m<Ecut までの波数を使います. カットオフを上げる=細かい波まで使うということ. 原子核のすぐそばで波動関数が急に変わるので,そこを表すには細かい波が要るのです. 擬ポテンシャル(pseudopotential)が「核のそばをなめらかにならす」道具なのは, 係数の落ち方を速くして,必要な波の本数を減らすためです.
分けても「長さ」は失われません ―― Parseval の等式 直交する軸に分けただけですから,(5) で決めた長さは係数の側でも数えられます. ⟨f,f⟩=2πa02+π∑k≥1(ak2+bk2) ―― これが Parseval の等式です.3 次元で |v|2=v12+v22+v32 だったのと,まったく同じことです. π と 2π の違いは,(9) で見た基底の長さの違いそのもの.

係数の 2 乗が,そのモードの「取り分」だと読めます. シミュレーターのタブ ① には「Parseval の和」と「‖f‖²(本当の値)」が並べて出ているので, N を増やすと前者が後者に近づいていくのを数字で追えます.

7. 周期 2L へ,そして複素形へ

周期が 2π でなく 2L のときは,t=πLx と置き換えるだけです(講義ノート (12)).

(14) f(x)=∑k=0∞(akcos⁡kπLx+bksin⁡kπLx) ak=1L∫−LLf(x)cos⁡kπLxdxbk=1L∫−LLf(x)sin⁡kπLxdx(k≥1) a0=12L∫−LLf(x)dx

さらに Euler の公式 eiθ=cos⁡θ+isin⁡θ を使って,cos と sin をまとめてしまいます. k≥1 では ck=ak−ibk2,c−k=ak+ibk2.k=0 では c0=a0.こう置けば

(15) f(x)=∑k=−∞∞ckeikπLx ck=12L∫−LLf(x)e−ikπLxdx
なぜ複素数にするのか cos と sin の 2 本立てが,1 本にまとまります. そのかわり k が負まで走るようになりますが,式はずっと見やすくなります. そして次の節で見るように,微分がきれいな形になるのが最大の利点です. 実の関数なら c−k=ck∗ なので,情報は失われていません.

8. フーリエ変換 ―― 周期を無限に大きくする

(15) で L → ∞ にしてみましょう. 波数は k→kπL というとびとびの値でしたが,その間隔 Δk=πL が 0 に近づくので, k は連続な変数になり,和は積分に変わります.結果だけ書くと

(16) F(k)=∫−∞∞f(x)e−ikxdx f(x)=12π∫−∞∞F(k)eikxdk

上がフーリエ変換,下が逆フーリエ変換です. やっていることは (13) とまったく同じ ―― e−ikx との内積を取って, 波数 k の成分を取り出しているだけです.

いよいよ本題:微分が掛け算になる

eikx を x で微分すると,どうなりますか.

(17) ddxeikx=ikeikx d2dx2eikx=−k2eikx

形が変わらず,数が 1 つ掛かるだけです. だからフーリエ変換したあとの世界では

(18) f′⟶ikF(k)f″⟶−k2F(k)∇2⟶−k2
いちばん身近な例 ―― 熱伝導方程式と波動方程式 はじめの形を u(x,t)=∑kuk(t)eikx と波に分けておけば, (17) から ∂2∂x2 は各モードで −k2 というただの数に変わります.

だから熱伝導方程式 ∂u∂t=κ∂2u∂x2 は,波 1 本ごとに dukdt=−κk2uk というただの常微分方程式に分かれ, uk(t)=uk(0)e−κk2t と解けてしまいます. 肩に k2 が乗っているので,k の大きい(細かい)波ほど速く消えます. でこぼこが先にならされて,大まかな形だけがゆっくり崩れていくのは,これが理由です.

波動方程式 ∂2u∂t2=c2∂2u∂x2 でも手順は同じで, d2ukdt2=−c2k2uk ―― 単振動の式です.はじめの速さを 0 に取れば uk(t)=uk(0)cos⁡ckt で, こちらは消えずに,いつまでも行ったり来たりします.

偏微分方程式が「波ごとの,ばらばらの常微分方程式」に分かれる ―― シミュレーターのタブ ③ で見ているのは,これです.
これがフーリエ変換のいちばんの効き目です 微分方程式が,ただの代数方程式になります. 微分が「割り算のできる数」に化けるので, 「解く」という作業が「割る」という作業に変わるのです.

手順はいつも 3 段です. ① フーリエ変換する ② 割り算する ③ 逆フーリエ変換して実空間に戻す. 次の節で,この 3 段をひとつ最後まで通します.

9. Thomas–Fermi 遮蔽 ―― 3 段の手順を最後まで

(a) 何を考えているのか

金属の中には,伝導電子が海のように詰まっています. そこへ点電荷 q を 1 つ放り込むと,何が起きるでしょうか.

真空中なら答えは Coulomb ポテンシャル φ=q/r です.これは Poisson 方程式

(19) ∇2φ=−4πqδ(r)

の解です(Gauss 単位系).ところが金属の中では, まわりの電子が寄ってきて,この電荷を打ち消しにかかります. これを遮蔽(screening)といいます.

(b) 電子はどれだけ寄ってくるか

q>0 なら,その近くでは電子の位置エネルギーが eφ だけ下がります(電子の電荷は −e). すると,そこはエネルギー的に「お得な場所」になるので,電子が集まってきます.

どれだけ集まるか.金属では Fermi 準位 EF がどこでも同じ高さでなければなりません (でないと電子が流れてしまいます). 底が eφ だけ下がって Fermi 準位が動かないのですから, そのぶん詰まる電子が増えます.増えた数は 「1 eV あたりに入れる席の数」×「下がった量」,つまり

(20) δn=N(EF)·eφ

ここで N(EF) は状態密度(単位体積・単位エネルギーあたりの状態数)です. 電子 1 個の電荷は −e ですから,増えた電荷(誘起電荷)は

(21) ρind=−e·δn=−e2N(EF)φ
符号を,日本語で確かめておきましょう 正の電荷を置いた(φ>0)→ 電子が集まる → そこは負に帯電する(ρind<0). (21) の右辺にマイナスが付いているのは,そういうことです. 置いた電荷を打ち消す向きに応答する ―― これが遮蔽の中身です.

(c) 方程式を立てる

Poisson 方程式の右辺には,全部の電荷を入れなければなりません. 置いた点電荷と,寄ってきた電子の両方です.

(22) ∇2φ=−4π{qδ(r)+ρind}=−4πqδ(r)+4πe2N(EF)φ ∇2φ−kTF2φ=−4πqδ(r)

ここで kTF2≡4πe2N(EF) と置きました. (22) の下の式が,解くべき方程式です. Poisson 方程式に −kTF2φ という項が 1 つ増えただけ ―― しかし φ が両辺にいるので,真空のときのようには解けません.

(d) ① フーリエ変換する

ここでフーリエ変換の出番です.(18) から ∇2→−k2. また,デルタ関数のフーリエ変換は ∫δ(r)e−ik·rd3r=1 ―― ただの 1 です. ですから (22) は

(23) −k2φ(k)−kTF2φ(k)=−4πq

微分がどこにもありません.ただの 1 次方程式です.

(e) ② 割り算する

(24) φ(k)=4πqk2+kTF2
これだけです 偏微分方程式を解く作業が,割り算 1 回で終わりました. kTF=0(遮蔽なし)と置けば φ(k)=4πq/k2 で,これは Coulomb ポテンシャル q/r のフーリエ変換です. kTF2 は,k → 0 での発散を止める働きをしています. 実空間で「遠くまで届かない」ということが,k 空間では「小さい k で発散しない」に対応します.

(f) ③ 逆フーリエ変換して,実空間に戻る

φ(k) は k の向きによらない(|k| だけの関数)ので,角度の積分が先にできます. ∫dΩeik·r=4πsin⁡krkr を使うと

(25) φ(r)=1(2π)3∫d3keik·rφ(k)=12π2r∫0∞ksin⁡krφ(k)dk

あとは ∫0∞ksin⁡krk2+a2dk=π2e−ar という積分公式を使えば

(26) φ(r)=12π2r·4πq·π2e−kTFr=qre−kTFr
積分公式が気持ち悪いという人へ ―― 答えを代入して確かめましょう (26) が本当に (22) を満たすことは,公式を知らなくても確かめられます. 球対称なら ∇2φ=1rd2dr2(rφ) でしたから,r>0 では
∇2φ=1rd2dr2(qe−kTFr)=1rqkTF2e−kTFr=kTF2φ.
つまり ∇2φ−kTF2φ=0 が r>0 で成り立っています. そして r→0 では e−kTFr → 1 なので φ→q/r, つまり原点のふるまいは裸の Coulomb と同じ. ∇2(1r)=−4πδ(r) から,右辺のデルタ関数もぴったり出てきます.これで証明は完結です.

10. 答えを読む ―― 遮蔽長はどれくらいか

(26) は湯川型(Yukawa)のポテンシャルとよばれる形です. 1/kTF が遮蔽長 λ で, これより遠くではポテンシャルが指数関数的に消えます.

自由電子ガスでは N(EF)=3n2EF なので, EF=ℏ2kF2/2m と n=kF3/3π2 を入れると

(27) kTF2=4kFπaBkFaB=(9π4)1/3rs=1.9192rs

ここで rs は電子 1 個あたりの半径をボーア半径で測ったもの. 小さいほど電子が濃いことになります.まとめると kTFaB=1.5632/rs.

金属rskTF [1/aB]遮蔽長 λ [aB]同じものを Å で
Al(アルミニウム)2.071.0860.9200.487
Mg(マグネシウム)2.660.9581.0430.552
Cu(銅)2.670.9571.0450.553
Na(ナトリウム)3.930.7891.2680.671
K(カリウム)4.860.7091.4100.746
0.5 Å ―― 原子 1 個ぶんも離れれば,電荷は見えない 金属の原子間距離は 2〜3 Å ですから,遮蔽長 0.5 Å というのは 隣の原子まで届かないということです.

だから金属の中では,イオンどうしが長距離の Coulomb 力を及ぼし合いません (イオンはどれも正電荷ですから,裸の Coulomb 力なら反発です). 「金属では電子が自由に動き回れる」「イオンは硬い球のように振る舞う」 という描像が使えるのは,この遮蔽のおかげです. ただし遮蔽が消すのは長距離の部分だけで,短距離には電子が仲立ちする相互作用が残ります. 金属の凝集エネルギーや弾性が,イオン結晶とはまるで違う性格を持つ理由でもあります.
正直なところ ―― Thomas–Fermi は近似です (21) で「電子の応答は φ に比例する」と置きました. これはφ がゆっくり変わることを暗に仮定しています(線形応答かつ長波長近似). もっと丁寧にやると(Lindhard 関数), k=2kF で微妙な折れ目が現れ,実空間では cos⁡2kFr/r3 というゆっくり減る振動が残ります. これが Friedel 振動で,STM で実際に見えます. それでも「遮蔽長は 1 Å に満たず,原子間距離 2〜3 Å よりずっと短い」という結論は変わりません.

11. もうひとつの応用 ―― 力定数とフォノン

第一原理計算でフォノン(格子振動)を求めるときにも, フーリエ変換と逆フーリエ変換の往復が使われます. ここは望月研でも日常的に走らせている計算そのものです.

結晶の中で原子を少し動かしたとき,他の原子が受ける力の効き方を 力定数(force constants,実質は Hessian 行列)といいます. Φαβ(0κ,Rκ′)=∂2E∂uα∂uβ です. これをフーリエ変換したものが動力学行列で,

(28) Dαβ(q)=1MκMκ′∑RΦαβ(0κ,Rκ′)eiq·R Φαβ(R)=MκMκ′N∑qDαβ(q)e−iq·R

この Dαβ(q) を対角化すると,固有値が ω2 になります (対角化のシミュレーター ③で 2 個の質点の場合を見られます).

なぜ「行って,戻る」のか ―― フーリエ内挿 第一原理計算では,粗いメッシュ(たとえば 4×4×4)の上の q でしか D(q) を計算できません.計算量が大きすぎるからです.

そこで ① いったん逆フーリエ変換して実空間の Φ(R) にします. 力定数は遠い原子ほど小さいので,R が大きいところは無視できます. つまり,有限個の Φ(R) さえあれば十分.

② その Φ(R) を,こんどは好きな q でフーリエ変換すれば,メッシュに乗っていない q でも D(q) が作れます. フォノンの分散曲線がなめらかな線として描けるのは,この往復のおかげです. これをフーリエ内挿(Fourier interpolation)といいます.
同じ発想が,あちこちにあります ・平面波基底:運動エネルギー −(ℏ2/2m)∇2 が ℏ2k2/2m というただの数になり,行列が対角になる.
・Ewald 和:長距離の Coulomb 和を,実空間と k 空間に分けて両方で速く収束させる.
・Poisson 方程式の求解:φ(k)=4πρ(k)/k2 ―― 毎ステップこの割り算をしています.
・畳み込み定理:実空間の畳み込みが,k 空間ではただの掛け算になる.

12. まとめ

  1. ベクトルの成分は,基底との内積で取り出せる.他は直交していて消えるから.
  2. 関数にも内積 ⟨f,g⟩=∫fgdx を決めれば,関数はベクトルになる.
  3. 三角関数は,波数がちがえば内積が 0 ―― 直交基底だった. 同じものどうしなら π(ただし cos⁡0=1 だけ 2π).
  4. だから am は cos⁡mx を掛けて積分するだけで取り出せる.am=(1/π)∫fcos⁡mxdx.
  5. ak, bk は「2π のあいだに k 本入る波」の重み.なめらかな関数ほど,k が大きい係数が速く小さくなる.
  6. 周期を無限に大きくするとフーリエ変換になり,微分が ik を掛けるだけになる.
  7. だから微分方程式は割り算で解ける.① 変換 ② 割る ③ 逆変換の 3 段.
  8. その実例が Thomas–Fermi 遮蔽.φ(k)=4πqk2+kTF2 を逆変換して φ(r)=qre−kTFr.アルミニウムなら遮蔽長は 0.49 Å.
  9. フォノン計算のフーリエ内挿も,平面波基底も,Ewald 和も,根は全部同じ.

東京理科大学 望月研究室 / 講義ノート「フーリエ級数」(1)〜(14) より. 目で見て動かせる版は シミュレーター にあります. 関連:Taylor 展開(1 点のまわりで足していく展開), 基準振動とフォノン, 熱伝導方程式, 水素原子の軌道.