第5章複素関数論と留数定理 — 工学部の読者のために
ここまでの4章で,線形応答理論の骨格はほぼ出そろった.応答は畳み込み積分になり(第1章),Fourier変換すると掛け算になり(第1章),減衰振動子の遅延Green関数は複素 $\omega$ 平面の下半面に2つの極をもち(第2章),因果律は上半面での正則性と同じことであって(第4章),そこからKramers–Kronig関係が出てくる.
しかし,そこで使った道具 —— 「極」「留数」「上半面に閉じる」「主値積分」 —— を,まだ説明していない.工学部のカリキュラムでは複素関数論を履修しないことが多いから,第2章で $G^R(\tau)$ を求めたときの計算は,おそらく手品にしか見えなかったはずである.本章はその手品の種明かしである.
方針をはっきりさせておく.本章は数学の教科書ではない.厳密な証明を網羅することが目的ではなく,線形応答理論に実際に現れる積分を自分の手で計算できるようになることが目的である.したがって証明は「使うために必要な範囲で」書き,その代わり計算例をできるだけ多く載せた.複素数の極形式から始め,最後には第2章の $G^R(t)$ を留数定理で自力導出して「因果律が自動的に出てくる」ところまで到達する.
複素関数論を既に知っている読者は,5.9節(Jordan の補題),5.10節(d)($G^R$ の導出),5.11節(Sokhotski–Plemelj公式)だけ読めばよい.
- 複素数の極形式 $z=r\ee^{\ii\theta}$ と,物理で複素数を使うと計算が楽になる理由
- 複素関数の微分と Cauchy–Riemann方程式,「正則(解析的)」の意味
- 複素積分の定義と,$\oint \dd z/z = 2\pi\ii$ というすべての出発点
- Cauchy の積分定理(正則なら閉路積分はゼロ)と,積分路を自由に変形できること
- Cauchy の積分公式,Taylor展開・Laurent展開,孤立特異点の分類
- 留数の計算法(単純極・$n$ 位の極・$P/Q$ 型)と留数定理
- Jordan の補題と,「$t>0$ なら下半面,$t<0$ なら上半面に閉じる」という線形応答の鉄則
- 実積分への応用.とくに第2章の $G^R(t)$ の完全導出
- 主値積分と Sokhotski–Plemelj公式 $\displaystyle\lim_{\eta\to0^+}\frac{1}{x\pm\ii\eta}=\PV\frac{1}{x}\mp\ii\pi\delta(x)$
- 多価関数(対数・平方根)と分岐切断の最小限の注意
5.1 複素数の復習 —— なぜ物理で複素数を使うのか
5.1.1 複素平面と極形式
複素数 $z=x+\ii y$($\ii^2=-1$)は2つの実数の組だから,平面上の点と1対1に対応する.この平面を複素平面と呼び,横軸を実軸,縦軸を虚軸と呼ぶ.$x=\mathrm{Re}\,z$ を実部,$y=\mathrm{Im}\,z$ を虚部という($y$ が虚部であって $\ii y$ が虚部ではない).複素共役は $\bar z\equiv x-\ii y$(物理では $z^*$ とも書く),絶対値は $\abs{z}=\sqrt{x^2+y^2}$ である.実際 $z\bar z=(x+\ii y)(x-\ii y)=x^2-(\ii y)^2=x^2+y^2$ だから $\abs{z}^2=z\bar z$ が成り立つ.
線形応答理論では,この平面の上半分($\mathrm{Im}\,z>0$)と下半分($\mathrm{Im}\,z<0$)を区別することが決定的に重要になる.第1章1.4節で「因果律 $\Longleftrightarrow$ 上半面での正則性」と述べたのが,まさにそれである.
平面上の点は極座標 $(r,\theta)$ でも指定できる.$x=r\cos\theta$, $y=r\sin\theta$ と置き,Euler の公式
を使えば
と書ける.これが極形式,$\theta$ を偏角(argument)と呼ぶ.偏角には $2\pi$ の整数倍の不定性があり,これが5.12節の多価性の話の源になる.
導出:Euler の公式
複素数の指数関数は級数 $\ee^{s}=\sum_{n\ge0}s^n/n!$ で定義すると思ってよい.$s=\ii\theta$ を代入すると
$$ \ee^{\ii\theta} = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{\ii^n\theta^n}{n!} $$$\ii^n$ は $n=0,1,2,3,\dots$ に対し $1,\ii,-1,-\ii,1,\dots$ と4周期で繰り返す.そこで偶数項 $n=2k$ と奇数項 $n=2k+1$ に分ける.$\ii^{2k}=(\ii^2)^k=(-1)^k$,$\ii^{2k+1}=\ii(-1)^k$ だから
$$ \ee^{\ii\theta} = \underbrace{\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^k\theta^{2k}}{(2k)!}}_{\cos\theta} + \ii\underbrace{\sum_{k=0}^{\infty}\frac{(-1)^k\theta^{2k+1}}{(2k+1)!}}_{\sin\theta} $$∎ 実部が $\cos\theta$,虚部が $\sin\theta$ のTaylor級数そのものになった.
5.1.2 なぜ物理で複素数を使うと楽なのか
極形式で書くと積が $z_1z_2=r_1r_2\ee^{\ii(\theta_1+\theta_2)}$,すなわち絶対値は掛け算,偏角は足し算になる.$\ee^{\ii\theta}$ を掛ける操作は「原点まわりに角 $\theta$ 回す」ことであり,$\ii$ を掛けるのは $90^\circ$ 回転である($\ii=\ee^{\ii\pi/2}$).この「回転」としての見方が,以下すべての計算の背景にある.
複素数を使うと得をする3つの場面
(1) 微分が掛け算になる.$\cos\omega t$ を微分すると $-\omega\sin\omega t$ になって関数の種類が変わる.ところが $\dfrac{\dd}{\dd t}\ee^{-\ii\omega t}=-\ii\omega\,\ee^{-\ii\omega t}$ は,もとの関数に定数を掛けただけである.だから微分方程式が代数方程式に化ける.第2章で $m\ddot{G}+\gamma\dot{G}+kG=\delta(t)$(Green関数の定義式)が $\left[-m\omega^2-\ii\gamma\omega+k\right]G(\omega)=1$ という1行になったのは,まったくこの性質のおかげである.
(2) 振幅と位相が1つの数にまとまる.実数の外力 $F(t)=F_0\cos(\omega t+\varphi)$ のもつ「振幅」と「位相」の2つの情報は,$F(t)=\mathrm{Re}\left[\tilde F\ee^{-\ii\omega t}\right]$,$\tilde F=F_0\ee^{-\ii\varphi}$ と書けば複素振幅 $\tilde F$ ただ1つに収まる.第3章の複素感受率 $\chi(\omega)$ が複素数である意味もこれで,$\abs{\chi}$ が応答の大きさ,$\arg\chi$ が外力からの位相の遅れを表す.
(3) 実数では解けない積分が解ける(本章の主題).$\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\cos ax}{x^2+b^2}\dd x$ や $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{\sin x}{x}\dd x$ は,実軸上だけで考えているかぎり手も足も出ない.ところが複素平面へ「はみ出して」積分路を取り直すと,留数の計算だけで一瞬で求まる.この技術を身につけるのが本章の目標である.
5.2 複素関数の微分とCauchy–Riemann方程式
5.2.1 微分の定義 —— どの方向から近づいても同じ値であれ
複素数 $z$ に複素数 $w=f(z)$ を対応させる規則を複素関数と呼ぶ.$z=x+\ii y$,$w=u+\ii v$ と書けば,複素関数は実質的に
$$ \begin{equation} f(z) = u(x,y) + \ii\,v(x,y) \label{eq:5-uv} \end{equation} $$という「2つの実2変数関数の組」である.たとえば $f(z)=z^2=(x+\ii y)^2=x^2-y^2+2\ii xy$ なら $u=x^2-y^2$, $v=2xy$ である.ここまでは単なる書き換えにすぎない.面白くなるのは「微分」を定義したときである.
定義:複素微分と正則性
複素関数 $f$ が点 $z_0$ で微分可能であるとは,極限
$$ \begin{equation} f'(z_0) \equiv \lim_{\Delta z\to0}\frac{f(z_0+\Delta z)-f(z_0)}{\Delta z} \label{eq:5-cderiv} \end{equation} $$が存在することをいう.ここで $\Delta z$ は複素数である.
$f$ が $z_0$ のある近傍のすべての点で微分可能であるとき,$f$ は $z_0$ で正則(regular, holomorphic)あるいは解析的(analytic)であるという.領域 $D$ の全点で正則なら「$D$ で正則」という.「$z_0$ でだけ微分可能」では正則とは言わないことに注意する.
この定義がなぜ強い要求なのか
実関数の微分では,$\Delta x\to0$ の近づき方は「右から」と「左から」の2通りしかない.ところが複素数では $\Delta z$ が平面上の点だから,$\Delta z\to0$ の近づき方はあらゆる方向,あらゆる曲がった道がある.それらすべてについて同じ極限値が出ることを要求するのが式 \eqref{eq:5-cderiv} である.
これは実微分よりはるかに強い要求であり,その代償として,複素微分可能な関数は驚くほど良い性質をもつ.1回微分できれば何回でも微分でき,Taylor展開が必ず収束し,境界の値だけで内部の値が全部決まってしまう(5.5節).「正則」という専用の名前が付いているのはそのためである.
5.2.2 Cauchy–Riemann方程式の導出
導出:Cauchy–Riemann方程式
「どの方向から近づいても同じ」という要求を $u,v$ の言葉に翻訳する.方向は無数にあるが,実は $u,v$ の偏導関数が連続でありさえすれば2方向で一致すれば十分である(残りの方向は偏導関数の連続性から従う.この十分条件については導出のあとで改めて述べる).
ステップ1:実軸方向から近づく.$\Delta z = h$($h$ は実数,$h\to0$)と取ると
$$ f'(z_0)=\lim_{h\to0}\frac{f(x_0+h+\ii y_0)-f(x_0+\ii y_0)}{h} $$分子は $\left[u(x_0+h,y_0)-u(x_0,y_0)\right]+\ii\left[v(x_0+h,y_0)-v(x_0,y_0)\right]$ である.$h$ で割って $h\to0$ とすれば,これは $x$ についての偏微分の定義そのものだから
$$ \begin{equation} f'(z_0) = \frac{\partial u}{\partial x} + \ii\frac{\partial v}{\partial x} \label{eq:5-crx} \end{equation} $$ステップ2:虚軸方向から近づく.今度は $\Delta z = \ii h$ と取る.分母が $\ii h$ になることに注意して
$$ f'(z_0)=\lim_{h\to0}\frac{f(x_0+\ii(y_0+h))-f(x_0+\ii y_0)}{\ii h} $$分子は $\left[u(x_0,y_0+h)-u(x_0,y_0)\right]+\ii\left[v(x_0,y_0+h)-v(x_0,y_0)\right]$ で,$h$ で割れば $y$ についての偏微分になる.さらに $1/\ii=-\ii$(なぜなら $1/\ii=\ii/\ii^2=\ii/(-1)=-\ii$)を掛けて
$$ \begin{equation} f'(z_0) = \frac{1}{\ii}\left(\frac{\partial u}{\partial y}+\ii\frac{\partial v}{\partial y}\right) = \frac{\partial v}{\partial y} - \ii\frac{\partial u}{\partial y} \label{eq:5-cry} \end{equation} $$ステップ3:2つを等しいと置く.式 \eqref{eq:5-crx} と式 \eqref{eq:5-cry} はどちらも同じ $f'(z_0)$ なのだから,実部どうし・虚部どうしが等しくなければならない:
∎ これが Cauchy–Riemann方程式(以下 CR方程式)である.
いまの導出は「微分可能ならCR方程式」(必要条件)だけを示した.逆に「$u,v$ の偏微分が連続でCR方程式を満たすなら微分可能」(十分条件)も成り立つ.実用上はCR方程式で正則性を判定してよい.
5.2.3 具体例で確かめる
例題5.1 $f(z)=z^2$ は正則である
$u=x^2-y^2$, $v=2xy$ の偏微分を全部書き出す:
$$ \partial_x u=2x,\quad \partial_y u=-2y,\quad \partial_x v=2y,\quad \partial_y v=2x $$第1式:$\partial_x u=2x$,$\partial_y v=2x$.一致する.第2式:$\partial_y u=-2y$,$-\partial_x v=-2y$.一致する.したがって $z^2$ は複素平面全体で正則である.導関数は式 \eqref{eq:5-crx} から
$$ f'(z)=\partial_x u + \ii\,\partial_x v = 2x+\ii\,2y = 2(x+\ii y) = 2z $$実関数のときと同じ $(z^2)'=2z$ が出た.∎
例題5.2 $f(z)=\bar{z}$ はどこでも正則でない
$\bar z=x-\ii y$ だから $u=x$, $v=-y$,よって $\partial_x u=1$,$\partial_y v=-1$.CR方程式の第1式が $1=-1$ となって成り立たない.
定義に戻って直接確かめよう.実軸方向 $\Delta z=h$(実数)から近づくと
$$ \frac{\overline{z_0+h}-\bar{z_0}}{h} = \frac{\bar h}{h} = \frac{h}{h} = 1 $$虚軸方向 $\Delta z=\ii h$ から近づくと
$$ \frac{\overline{z_0+\ii h}-\bar{z_0}}{\ii h} = \frac{\overline{\ii h}}{\ii h}=\frac{-\ii h}{\ii h} = -1 $$方向によって $+1$ と $-1$ という違う値が出た.極限が存在しないので微分不可能である.∎
この例は覚えておく価値がある.$\bar z$ や $\abs{z}$ や $\mathrm{Re}\,z$ が式に出てきたら,その関数は正則でなく,留数定理は使えない.逆に $z$ だけで書かれた式は,たいてい正則である.
例題5.3 $f(z)=1/z$ は原点を除いて正則
$\dfrac{1}{z}=\dfrac{\bar z}{z\bar z}=\dfrac{x-\ii y}{x^2+y^2}$ だから,$\rho^2\equiv x^2+y^2$ と書いて $u=x\rho^{-2}$, $v=-y\rho^{-2}$.商の微分公式で
$$ \partial_x u = \frac{\rho^2-x\cdot 2x}{\rho^4}=\frac{y^2-x^2}{\rho^4}, \qquad \partial_y v = \frac{-\rho^2+y\cdot 2y}{\rho^4}=\frac{y^2-x^2}{\rho^4} $$で第1式が成り立つ.第2式も $\partial_y u=x(-2y)\rho^{-4}=-2xy/\rho^4$,$\partial_x v=-y(-2x)\rho^{-4}=+2xy/\rho^4$ より $\partial_y u=-\partial_x v$ で成り立つ.よって $1/z$ は $z\neq0$ で正則,$f'(z)=-1/z^2$(実関数と同じ).
原点 $z=0$ では関数自体が定義されない.このような点を特異点と呼ぶ.留数定理の主役は,まさにこの特異点である.∎
実用的な判定法
いちいちCR方程式を確かめるのは面倒である.実用上は次のように覚えてよい.
- 多項式,$\ee^z$,$\sin z$,$\cos z$ は複素平面全体で正則(整関数という).
- 有理式 $P(z)/Q(z)$ は $Q(z)=0$ となる点を除いて正則.正則関数の和・積・合成も正則.
- $\bar z$, $\abs{z}$, $\mathrm{Re}\,z$, $\mathrm{Im}\,z$, $\arg z$ を含む式は正則でない.
線形応答理論に出てくる関数,たとえば第2章の $G(\omega)=\left[-m\omega^2-\ii\gamma\omega+k\right]^{-1}$ の類は,すべて $\omega$ の有理式か,それに $\ee^{-\ii\omega t}$ が掛かったものである.だから「分母がゼロになる点(極)以外は正則」と即断してよい.
5.3 複素積分の定義と $\oint\dd z/z=2\pi\ii$
実関数の積分 $\int_a^b f(x)\dd x$ では,積分の「道」は実軸上の区間しかない.複素平面では点 $A$ から点 $B$ へ行く道は無数にある.したがって複素積分は道(積分路)を指定して初めて意味をもつ.
定義:複素線積分
複素平面上の曲線 $C$ を,パラメータ $t\in[a,b]$ で $z=z(t)$ と表す.このとき
$$ \begin{equation} \int_C f(z)\,\dd z \equiv \int_a^b f\bigl(z(t)\bigr)\,\frac{\dd z}{\dd t}\,\dd t \label{eq:5-lineint} \end{equation} $$と定義する.右辺は「複素数値の実1変数関数の積分」であり,実部と虚部に分けてそれぞれ普通に積分すればよい.閉じた曲線に沿う積分は $\displaystyle\oint_C$ と書き,向きは反時計回りを正とする.
向きの符号 —— あとで必ず効いてくる
時計回りに回った場合は $-1$ 倍になる.実積分で $\int_a^b=-\int_b^a$ となるのと同じで,パラメータの向きを逆にすると $\dd z/\dd t$ の符号が変わるためである.
この符号は5.10節(d)で決定的に効く.$t>0$ のとき積分路を下半面に閉じるのだが,そのとき回る向きは時計回りなので $2\pi\ii$ ではなく $-2\pi\ii$ が出る.ここで符号を間違えると $G^R(t)$ の符号が反転し,「エネルギーを吸収せずに放出する振動子」というあり得ない結果になる.
例題5.4 円周に沿う $\oint \dfrac{\dd z}{z}$(本章で最も重要な計算)
積分路 $C$ を,原点を中心とする半径 $R$ の円とし,反時計回りに1周する.パラメータ表示は極形式 \eqref{eq:5-polar} で $r=R$ を固定し偏角を回して
$$ z(\theta) = R\,\ee^{\ii\theta},\qquad \theta:0\to2\pi $$ステップ1:$\dd z$ を計算する.$\theta$ で微分して
$$ \frac{\dd z}{\dd\theta} = \ii R\,\ee^{\ii\theta} \quad\Longrightarrow\quad \dd z = \ii R\,\ee^{\ii\theta}\,\dd\theta $$ステップ2:被積分関数を計算する.$\dfrac{1}{z}=\dfrac{1}{R\ee^{\ii\theta}}=\dfrac{1}{R}\ee^{-\ii\theta}$.
ステップ3:掛けて積分する.
$$ \oint_C\frac{\dd z}{z} = \int_0^{2\pi}\frac{1}{R}\ee^{-\ii\theta}\cdot \ii R\,\ee^{\ii\theta}\,\dd\theta = \ii\int_0^{2\pi}\ee^{-\ii\theta+\ii\theta}\,\dd\theta = \ii\int_0^{2\pi}\dd\theta $$∎ $R$ が途中で完全に消えたことに注目したい.半径によらず,答えは常に $2\pi\ii$ である.
この $2\pi\ii$ が本章のすべてである
これから先に出てくる定理 —— Cauchy の積分定理,積分公式,留数定理 —— は,すべて式 \eqref{eq:5-twopii} の言い換えか拡張である.留数定理の $2\pi\ii$ も,Kramers–Kronig関係の $1/\pi$ も,Sokhotski–Plemelj公式の $\ii\pi$ も,元をたどればこの1本の計算から来ている.
なぜ $2\pi\ii$ が出たのか.1周積分するとき $\dd z$ は $z$ に比例して大きくなり,$1/z$ は $z$ に反比例して小さくなる.両者が打ち消して被積分要素が定数 $\ii\,\dd\theta$ になり,それを1周ぶん足すから $2\pi\ii$ である.本質は「1周ぶんの角度」で,円の大きさは関係ない.この性質が,次節で積分路を自由に変形してよいことの根拠になる.
例題5.5 $\oint z^n\dd z$($n$ は整数)
同じ円周に沿って $z^n$ を積分する.$z^n=R^n\ee^{\ii n\theta}$,$\dd z=\ii R\ee^{\ii\theta}\dd\theta$ だから
$$ \oint_C z^n\,\dd z = \int_0^{2\pi} R^n\ee^{\ii n\theta}\cdot\ii R\,\ee^{\ii\theta}\,\dd\theta = \ii R^{n+1}\int_0^{2\pi}\ee^{\ii(n+1)\theta}\,\dd\theta $$$m\equiv n+1$ と置くと,残るのは $\int_0^{2\pi}\ee^{\ii m\theta}\dd\theta$ である.$m\neq0$ なら
$$ \int_0^{2\pi}\ee^{\ii m\theta}\dd\theta =\left[\frac{\ee^{\ii m\theta}}{\ii m}\right]_0^{2\pi} =\frac{\ee^{2\pi\ii m}-1}{\ii m}=\frac{1-1}{\ii m}=0 $$($m$ は整数なので $\ee^{2\pi\ii m}=\cos2\pi m+\ii\sin2\pi m=1$.)$m=0$,すなわち $n=-1$ のときだけ被積分関数が $1$ になり $\int_0^{2\pi}\dd\theta=2\pi$,前の因子 $\ii R^{n+1}=\ii$ と合わせて $2\pi\ii$.まとめると
∎
式 \eqref{eq:5-zn} が留数の正体である
整数べき $z^n$ を1周積分すると,$n=-1$ の項だけが生き残り,他は全部ゼロになる.したがって,ある関数を
$$ f(z)=\dots+a_{-2}z^{-2}+a_{-1}z^{-1}+a_0+a_1z+\dots $$という級数(これがLaurent展開,5.6節)に展開できたなら,項別に積分して
$$ \oint f(z)\dd z = 2\pi\ii\,a_{-1} $$となり,$a_{-1}$ という1つの係数だけで答えが決まってしまう.この $a_{-1}$ を留数(residue,「残りかす」の意)と呼ぶ.5.7節で正式に定義するが,正体はいまここで見えている.以下の議論は,この事実を使える形に整える作業だと思ってよい.
定理:ML不等式(積分の大きさの評価)
曲線 $C$ の長さを $L$,$C$ 上での $\abs{f(z)}$ の最大値を $M$ とすると
$$ \begin{equation} \abs{\int_C f(z)\,\dd z} \le M L \label{eq:5-ML} \end{equation} $$証明.定義 \eqref{eq:5-lineint} と「積分の絶対値は絶対値の積分以下」から
$$ \abs{\int_a^b f(z(t))z'(t)\dd t}\le\int_a^b\abs{f}\abs{z'(t)}\dd t\le M\int_a^b\abs{z'(t)}\dd t=ML $$最後の等号は,$\abs{z'(t)}\dd t=\sqrt{\dot x^2+\dot y^2}\,\dd t=\dd s$ が線素であること,すなわち $\int\abs{z'}\dd t$ が曲線の長さであることによる.∎
例題5.6 ML不等式の使い方
上半面の半円 $C_R$(半径 $R$)の上で $f(z)=\dfrac{1}{1+z^2}$ を積分すると,$R\to\infty$ でゼロになることを示せ.
解答.$C_R$ 上では $\abs{z}=R$ だから,三角不等式 $\abs{1+z^2}\ge\abs{z^2}-1=R^2-1$ より $M\le1/(R^2-1)$.半円の長さは $L=\pi R$.したがって
$$ \abs{\int_{C_R}\frac{\dd z}{1+z^2}} \le \frac{\pi R}{R^2-1}\xrightarrow{\ R\to\infty\ } 0 $$∎ 分子が $R$ の1次,分母が2次なので $1/R$ で減る.「分母の次数が分子より2以上大きければ,大半円上の積分は消える」と覚えておくとよい.第2章の $G(\omega)\sim1/(m\omega^2)$ はまさにこの条件を満たしている.
5.4 Cauchy の積分定理と積分路の変形
定理:Cauchy の積分定理
$f(z)$ が単連結領域 $D$(穴のあいていない領域)で正則ならば,$D$ 内の任意の閉曲線 $C$ に対して
導出:Green の定理とCR方程式から
ステップ1:実部と虚部に分ける.$f=u+\ii v$,$\dd z=\dd x+\ii\,\dd y$ を掛け合わせる.
$$ f\,\dd z = (u+\ii v)(\dd x+\ii\dd y) = (u\,\dd x - v\,\dd y) + \ii\,(v\,\dd x + u\,\dd y) $$($\ii^2=-1$ を使って $\ii v\cdot\ii\dd y=-v\dd y$ とした.)したがって
$$ \oint_C f\,\dd z = \oint_C(u\,\dd x - v\,\dd y) + \ii\oint_C(v\,\dd x+u\,\dd y) $$右辺はどちらも,実2変数の線積分である.
ステップ2:Green の定理を使う.閉曲線 $C$ とその内部 $S$ について
$$ \oint_C\left(P\,\dd x + Q\,\dd y\right) = \iint_S\left(\frac{\partial Q}{\partial x}-\frac{\partial P}{\partial y}\right)\dd x\,\dd y $$第1項では $P=u$, $Q=-v$ だから
$$ \oint_C(u\,\dd x-v\,\dd y) = \iint_S\left(-\frac{\partial v}{\partial x}-\frac{\partial u}{\partial y}\right)\dd x\,\dd y $$第2項では $P=v$, $Q=u$ だから
$$ \oint_C(v\,\dd x+u\,\dd y) = \iint_S\left(\frac{\partial u}{\partial x}-\frac{\partial v}{\partial y}\right)\dd x\,\dd y $$ステップ3:CR方程式を代入する.式 \eqref{eq:5-cr} の第2式 $\partial_y u=-\partial_x v$ は $\partial_x v+\partial_y u=0$ と同じであり,これは第1項の被積分関数がゼロであることを意味する.第1式 $\partial_x u=\partial_y v$ は第2項の被積分関数がゼロであることを意味する.よって両方の重積分がゼロになり
$$ \oint_C f\,\dd z = 0 + \ii\cdot0 = 0 $$∎ Cauchy の積分定理はCR方程式そのものであると言ってよい.正則性という「微分の性質」が,閉路積分という「積分の性質」に翻訳されたのである.
5.4.1 系1:積分路を自由に変形してよい
点 $A$ から点 $B$ へ行く2つの道 $C_1$, $C_2$ を考える.$C_1$ を行って $C_2$ を逆にたどれば閉曲線になるから,その間に特異点がなければ
$$ \int_{C_1}f\,\dd z - \int_{C_2}f\,\dd z = \oint f\,\dd z = 0 \quad\Longrightarrow\quad \int_{C_1}f\,\dd z = \int_{C_2}f\,\dd z $$すなわち積分値は道の形によらず,端点だけで決まる.ゴムひものように道をぐにゃぐにゃ変形してよい.ただし特異点を跨いではいけない.この一点が本章の技術のすべてを支えている.
5.4.2 系2:穴のある領域 —— 積分路を極のまわりに縮める
導出:閉路を小円に縮める
$f$ が点 $z_0$ を除いて正則だとする.$z_0$ を1周だけ囲む閉曲線 $C$(形は何でもよい)と,$z_0$ を中心とする小さな円 $C_\varepsilon$(半径 $\varepsilon$,反時計回り)を考える.
手順:図5.1のように,$C$ と $C_\varepsilon$ を細い「橋」(切れ込み)2本でつなぎ,1本の閉曲線 $\mathcal{C}$ を作る(本章では,こうして作った閉路の名前に $\mathcal{C}$ を使う.$\Gamma$ は第2章から引き継いだ減衰率 $\gamma/2m$ の記号として本章でも使うので,閉路には充てない).$\mathcal{C}$ の内部には $z_0$ が含まれない($C_\varepsilon$ の内側はくり抜かれている)ので,その中で $f$ は正則である.したがってCauchy の定理より $\oint_{\mathcal{C}} f\dd z=0$.
$\mathcal{C}$ は「$C$ を反時計回り」+「橋を往路」+「$C_\varepsilon$ を時計回り」+「橋を復路」からなる.橋の往路と復路は同じ道を逆向きにたどるので,幅をゼロにする極限で完全に打ち消し合う.$C_\varepsilon$ が時計回りであることに注意すると
$$ 0=\oint_{\mathcal{C}} f\dd z = \oint_C f\dd z - \oint_{C_\varepsilon}f\dd z $$∎ どんな形の閉路も,極を囲む小さな円に取り替えてよい.これで例題5.4の計算(円周上での計算)が,あらゆる閉路について通用することになった.すなわち $z_0$ を1周囲む任意の閉曲線について
$$ \oint_C\frac{\dd z}{z-z_0}=2\pi\ii $$である($C_\varepsilon$ 上で $z-z_0=\varepsilon\ee^{\ii\theta}$ と置けば例題5.4とまったく同じ計算になる).
5.5 Cauchy の積分公式
定理:Cauchy の積分公式
$f(z)$ が閉曲線 $C$ とその内部で正則,$z_0$ が $C$ の内部の点ならば
導出:小円に縮める議論
ステップ1:小円へ縮める.被積分関数 $g(z)\equiv f(z)/(z-z_0)$ は,$z_0$ を除いて $C$ の内部で正則である($f$ が正則で分母がゼロでないから).よって式 \eqref{eq:5-shrink} により,積分路を $z_0$ 中心の半径 $\varepsilon$ の円 $C_\varepsilon$ に縮めてよい:
$$ \oint_C\frac{f(z)}{z-z_0}\dd z = \oint_{C_\varepsilon}\frac{f(z)}{z-z_0}\dd z $$ステップ2:$f(z_0)$ を足して引く.分子を $f(z)=f(z_0)+\left[f(z)-f(z_0)\right]$ と書き直すと
$$ \oint_{C_\varepsilon}\frac{f(z)}{z-z_0}\dd z = f(z_0)\underbrace{\oint_{C_\varepsilon}\frac{\dd z}{z-z_0}}_{=\,2\pi\ii} + \underbrace{\oint_{C_\varepsilon}\frac{f(z)-f(z_0)}{z-z_0}\dd z}_{\equiv\,I_\varepsilon} $$第1項は式 \eqref{eq:5-twopii}(を $z_0$ 中心に平行移動したもの)で $2\pi\ii$ である.$f(z_0)$ は定数なので積分の外へ出せる.
ステップ3:残りが消えることを示す.$I_\varepsilon$ をML不等式 \eqref{eq:5-ML} で評価する.$C_\varepsilon$ 上では $\abs{z-z_0}=\varepsilon$,円周の長さは $L=2\pi\varepsilon$,また
$$ M=\max_{C_\varepsilon}\abs{\frac{f(z)-f(z_0)}{z-z_0}} = \frac{1}{\varepsilon}\max_{\abs{z-z_0}=\varepsilon}\abs{f(z)-f(z_0)} \equiv\frac{\delta(\varepsilon)}{\varepsilon} $$と書ける.$f$ は $z_0$ で連続だから $\varepsilon\to0$ で $\delta(\varepsilon)\to0$ である.したがって
$$ \abs{I_\varepsilon}\le ML = \frac{\delta(\varepsilon)}{\varepsilon}\cdot2\pi\varepsilon = 2\pi\,\delta(\varepsilon)\xrightarrow{\ \varepsilon\to0\ }0 $$ところが式 \eqref{eq:5-shrink} により左辺の積分は $\varepsilon$ によらない定数である.$\varepsilon\to0$ の極限をとってよいので $I_\varepsilon=0$ が確定し
$$ \oint_C\frac{f(z)}{z-z_0}\dd z = 2\pi\ii\,f(z_0) $$∎ 両辺を $2\pi\ii$ で割れば式 \eqref{eq:5-cif} である.
この公式が言っていること:境界の値が内部を全部決める
式 \eqref{eq:5-cif} の右辺には,$C$ の上での $f$ の値しか現れない.にもかかわらず左辺は内部の点 $z_0$ での値である.すなわち境界での値を知れば内部の値はすべて決まる.実関数では成り立たない,複素微分可能性の異常な強さの現れである.
第4章のKramers–Kronig関係は「実軸上の $\mathrm{Im}\,\chi(\omega)$ を全部知れば $\mathrm{Re}\,\chi(\omega)$ が決まる」と主張していた.あれはまさに,上半面で正則な関数に式 \eqref{eq:5-cif} を「境界=実軸」として適用したものである.因果律という物理が,境界値問題という数学に化けている.
系:高階の積分公式
式 \eqref{eq:5-cif} の両辺を $z_0$ で $n$ 回微分する.右辺では積分記号の下で微分してよく,$\dfrac{\partial^n}{\partial z_0^n}\dfrac{1}{z-z_0}=\dfrac{n!}{(z-z_0)^{n+1}}$ だから
この式の意味は重い.右辺は $f$ の値だけで書けているから,$f$ が1回複素微分できさえすれば,何回でも微分できることになる.実関数では $C^1$ だが $C^2$ でない関数がいくらでもあるのと,決定的に違う.
5.6 Taylor展開・Laurent展開と特異点の分類
5.6.1 Taylor展開と収束半径
$f$ が $z_0$ の近傍で正則なら,実関数と同じ形のTaylor展開
$$ \begin{equation} f(z)=\sum_{n=0}^{\infty}a_n(z-z_0)^n, \qquad a_n = \frac{f^{(n)}(z_0)}{n!} \overset{\eqref{eq:5-cif-n}}{=}\frac{1}{2\pi\ii}\oint_C\frac{f(z')}{(z'-z_0)^{n+1}}\dd z' \label{eq:5-taylor} \end{equation} $$が成り立ち,しかも必ず収束する.収束半径は「$z_0$ から最も近い特異点までの距離」である.
実数では説明がつかないこと:$1/(1+x^2)$ の収束半径
実関数 $f(x)=\dfrac{1}{1+x^2}$ を $x=0$ のまわりで展開すると $1-x^2+x^4-\dots$ となり,$\abs{x}<1$ でしか収束しない.ところがこの関数は実軸上のどこにも悪いところがない(分母は常に $1$ 以上).なぜ $\abs{x}=1$ で級数が壊れるのか,実数の世界では説明できない.
複素数まで広げれば一瞬で分かる.$\dfrac{1}{1+z^2}$ は $z=\pm\ii$ で分母がゼロになり,原点からの距離はちょうど $1$ である.実軸上を歩くかぎり気づかないが,虚軸方向に特異点が潜んでいて,それが収束半径を決めている.「実軸上の現象を理解するのに複素平面を見る必要がある」という本章の主張の,最も分かりやすい例である.
5.6.2 Laurent展開
$z_0$ が特異点のときは,負べきを許した展開を使う.
定義:Laurent展開
$f$ が円環領域 $0<\abs{z-z_0}<R$ で正則ならば,そこで
と一意的に展開できる.$C$ は円環内で $z_0$ を1周する閉路.負べきの部分 $\sum_{n\le-1}a_n(z-z_0)^n$ を主要部(principal part)と呼ぶ.
例題5.7 Laurent展開を3つ作る
(1) $f(z)=\dfrac{\ee^z}{z^2}$ を $z=0$ のまわりで.$\ee^z$ のTaylor展開を $z^2$ で割るだけである:
$$ \frac{\ee^z}{z^2}=\frac{1}{z^2}\left(1+z+\frac{z^2}{2!}+\frac{z^3}{3!}+\dots\right) =\frac{1}{z^2}+\frac{1}{z}+\frac{1}{2}+\frac{z}{6}+\dots $$主要部は $z^{-2}+z^{-1}$ の2項.したがって $a_{-1}=1$ である.
(2) $f(z)=\dfrac{\sin z}{z}$ を $z=0$ のまわりで.
$$ \frac{\sin z}{z}=\frac{1}{z}\left(z-\frac{z^3}{3!}+\frac{z^5}{5!}-\dots\right)=1-\frac{z^2}{6}+\frac{z^4}{120}-\dots $$負べきが1つも出ない.$z=0$ は見かけ上の特異点にすぎない.
(3) $f(z)=\ee^{1/z}$ を $z=0$ のまわりで.$\ee^s$ の展開で $s=1/z$ とすると
$$ \ee^{1/z}=1+\frac{1}{z}+\frac{1}{2!z^2}+\frac{1}{3!z^3}+\dots $$負べきが無限に続く.$a_{-1}=1$ である.∎
5.6.3 孤立特異点の分類
Laurent展開の主要部の様子で,特異点は3種類に分けられる.
| 種類 | 主要部 | 判定法 | 例($z=0$) |
|---|---|---|---|
| 除去可能特異点 | なし | $\lim_{z\to z_0}f(z)$ が有限 | $\dfrac{\sin z}{z}$ |
| $n$ 位の極 | $a_{-n}\neq0$ で打ち切り | $\lim_{z\to z_0}(z-z_0)^nf(z)$ が有限かつ非ゼロ | $\dfrac{\ee^z}{z^2}$(2位) |
| 真性特異点 | 無限に続く | 上のどちらでもない | $\ee^{1/z}$ |
$n=1$ の極をとくに単純極(simple pole)と呼ぶ.線形応答理論に出てくるのは,ほとんどが単純極である.第2章の $G(\omega)$ の2つの極 $\omega_\pm=\pm\omega_1-\ii\Gamma$ も,第8章のLehmann表示の極も,すべて単純極である.真性特異点は本書では扱わない.
極の位数の見つけ方(実用)
有理式 $P(z)/Q(z)$ では,$Q$ の零点の重複度がそのまま極の位数になる.たとえば
$$ \frac{1}{z^2(z-1)^3} $$は $z=0$ が2位の極,$z=1$ が3位の極である.$\dfrac{1}{\sin z}$ は $\sin z$ の零点 $z=n\pi$(すべて単純零点)で単純極をもつ.
5.7 留数の計算法
定義:留数
孤立特異点 $z_0$ のまわりのLaurent展開 \eqref{eq:5-laurent} における $(z-z_0)^{-1}$ の係数 $a_{-1}$ を,$f$ の $z_0$ における留数と呼び
$$ \begin{equation} \Res_{z=z_0} f(z) \equiv a_{-1} \label{eq:5-res-def} \end{equation} $$と書く.5.3節で見たとおり,1周積分すると $a_{-1}$ 以外は全部消えるので,この係数だけが「残る」.
毎回Laurent展開を作るのは大変なので,公式を用意しておく.
留数の計算公式
(i) 単純極(1位の極):
(ii) $n$ 位の極:
(iii) $f=P/Q$ で $Q$ が $z_0$ に単純零点をもつとき:
導出:3つの公式
(ii) を示せば (i) はその $n=1$ の場合である.$n$ 位の極なら,Laurent展開は $(z-z_0)^{-n}$ から始まる:
$$ f(z)=\frac{a_{-n}}{(z-z_0)^n}+\dots+\frac{a_{-1}}{z-z_0}+a_0+a_1(z-z_0)+\dots $$両辺に $(z-z_0)^n$ を掛けると,負べきが消えて普通のTaylor級数になる:
$$ (z-z_0)^nf(z)=a_{-n}+a_{-n+1}(z-z_0)+\dots+a_{-1}(z-z_0)^{n-1}+a_0(z-z_0)^n+\dots $$ここで欲しい $a_{-1}$ は $(z-z_0)^{n-1}$ の係数である.Taylor級数の $k$ 次の係数を取り出すには $k$ 回微分して $k!$ で割ればよいから,$n-1$ 回微分して $z\to z_0$ とし,$(n-1)!$ で割る.これが式 \eqref{eq:5-resn} である.
(iii):$Q(z_0)=0$,$Q'(z_0)\neq0$ とする.式 \eqref{eq:5-res1} に代入して
$$ \Res = \lim_{z\to z_0}(z-z_0)\frac{P(z)}{Q(z)} = \lim_{z\to z_0}\frac{P(z)}{\dfrac{Q(z)-Q(z_0)}{z-z_0}} = \frac{P(z_0)}{Q'(z_0)} $$∎ 途中で $Q(z_0)=0$ を使って分母に $-Q(z_0)$ を足し込み,微分の定義を作った.この公式は,分母を因数分解しなくてよいので実戦的に非常に強力である.
例題5.8 留数を6つ計算する
(1) $f(z)=\dfrac{1}{z^2+1}$ の $z=\ii$ での留数.$z^2+1=(z-\ii)(z+\ii)$ なので $z=\ii$ は単純極.式 \eqref{eq:5-res1} で
$$ \Res_{z=\ii}f = \lim_{z\to \ii}(z-\ii)\frac{1}{(z-\ii)(z+\ii)}=\frac{1}{\ii+\ii}=\frac{1}{2\ii}=-\frac{\ii}{2} $$公式 \eqref{eq:5-resPQ} でも確かめる:$P=1$, $Q=z^2+1$, $Q'=2z$ だから $\Res=1/(2\ii)$.一致する.
(2) $f(z)=\dfrac{\ee^{\ii az}}{z^2+b^2}$ の $z=\ii b$ での留数($a,b>0$).$Q=z^2+b^2$, $Q'=2z$ なので式 \eqref{eq:5-resPQ} より
$$ \Res_{z=\ii b}f = \frac{\ee^{\ii a(\ii b)}}{2\ii b}=\frac{\ee^{-ab}}{2\ii b} $$$\ii\cdot\ii=-1$ から指数が $-ab$ という実数になり,しかも負である点が大事である.これが5.10節(b)で $\ee^{-ab}$ という減衰因子を生む.
(3) $f(z)=\dfrac{1}{z^2(z-1)}$ の $z=0$(2位の極)での留数.式 \eqref{eq:5-resn} で $n=2$:
$$ \Res_{z=0}f=\frac{1}{1!}\lim_{z\to0}\frac{\dd}{\dd z}\left[z^2\cdot\frac{1}{z^2(z-1)}\right] =\lim_{z\to0}\frac{\dd}{\dd z}\frac{1}{z-1} =\lim_{z\to0}\frac{-1}{(z-1)^2}=-1 $$ついでに $z=1$(単純極)では $\Res=\lim_{z\to1}(z-1)f=1/1^2=1$.2つの留数の和が $0$ になっている.
(4) $f(z)=\dfrac{\ee^{z}}{(z-2)^3}$ の $z=2$(3位の極)での留数.式 \eqref{eq:5-resn} で $n=3$:
$$ \Res_{z=2}f=\frac{1}{2!}\lim_{z\to2}\frac{\dd^2}{\dd z^2}\left[(z-2)^3\frac{\ee^z}{(z-2)^3}\right] =\frac{1}{2}\lim_{z\to2}\frac{\dd^2}{\dd z^2}\ee^z=\frac{\ee^2}{2} $$(5) $f(z)=\dfrac{1}{\sin z}$ の $z=n\pi$($n$ は整数)での留数.$P=1$, $Q=\sin z$, $Q'=\cos z$ で $\cos(n\pi)=(-1)^n\neq0$ だから単純極であり
$$ \Res_{z=n\pi}\frac{1}{\sin z}=\frac{1}{\cos n\pi}=(-1)^n $$(6) 第2章の $G(\omega)=\dfrac{1}{-m\omega^2-\ii\gamma\omega+k}$ の極での留数.$Q(\omega)=-m\omega^2-\ii\gamma\omega+k$,$Q'(\omega)=-2m\omega-\ii\gamma$.極は $\omega_\pm=\pm\omega_1-\ii\Gamma$($\Gamma=\gamma/2m$)だったから,$\ii\gamma=2\ii m\Gamma$ を使って
$$ Q'(\omega_\pm) = -2m(\pm\omega_1-\ii\Gamma)-2\ii m\Gamma = \mp2m\omega_1 $$したがって $\Res_{\omega=\omega_\pm}G = \dfrac{1}{\mp2m\omega_1}$.きれいな形になった.これを5.10節(d)でそのまま使う.∎
よくある間違い
- 位数を数え間違える.$\dfrac{\sin z}{z^3}$ は一見3位の極に見えるが,$\sin z=z-z^3/6+\dots$ なので $\dfrac{1}{z^2}-\dfrac{1}{6}+\dots$ となり,実は2位の極である.分子の零点で位数が下がることを忘れない.ちなみにこの例の留数は $a_{-1}=0$ である.
- $n$ 位の極の公式で $(n-1)!$ を忘れる.3位なら $2!=2$ で割る.
- 公式 \eqref{eq:5-resPQ} を多重極に使う.$Q$ が単純零点をもつ場合にしか使えない.$Q'(z_0)=0$ になったら,その時点でこの公式は無効である.
5.8 留数定理
定理:留数定理
$f(z)$ が閉曲線 $C$ の内部に有限個の孤立特異点 $z_1,\dots,z_N$ をもち,それ以外では $C$ とその内部で正則であるとする.$C$ を反時計回りにたどるとき
導出
ステップ1:各極を小円で囲む.各特異点 $z_j$ のまわりに,互いに交わらない小円 $C_j$(半径 $\varepsilon$,反時計回り)を描く.$C$ と $N$ 個の $C_j$ を橋でつないで1本の閉路を作ると,その内部には特異点が1つもないので,5.4.2節とまったく同じ議論により
$$ \oint_C f\,\dd z = \sum_{j=1}^{N}\oint_{C_j} f\,\dd z $$ステップ2:各小円で Laurent 展開して項別積分する.$C_j$ の上では $f$ を $z_j$ のまわりのLaurent展開 \eqref{eq:5-laurent} で表せる.$w\equiv z-z_j$ と置くと $C_j$ は原点中心の円になり,式 \eqref{eq:5-zn} が使えて
$$ \oint_{C_j}f\,\dd z=\sum_{n=-\infty}^{\infty}a_n^{(j)}\oint_{\abs{w}=\varepsilon}w^n\,\dd w = a_{-1}^{(j)}\cdot 2\pi\ii = 2\pi\ii\Res_{z=z_j}f $$$n=-1$ 以外の項はすべてゼロになった.
ステップ3:足す.2つを合わせると式 \eqref{eq:5-restheorem} が出る.∎
証明を振り返ると,使ったのは (a) Cauchy の定理による積分路の変形,(b) 例題5.5の $\oint z^n\dd z=2\pi\ii\delta_{n,-1}$,この2つだけである.留数定理は例題5.4の $\oint\dd z/z=2\pi\ii$ を,任意個の極・任意の閉路に一般化しただけのものである.
向きに注意:時計回りなら $-2\pi\ii$
式 \eqref{eq:5-restheorem} は反時計回りのときの式である.時計回りにたどる場合は $\oint f\dd z=-2\pi\ii\sum_j\Res f$ となる.5.10節(d)で下半面に閉じるときが,まさにこの場合である(実軸を左から右へ進んでから下半面を通って戻る経路は時計回りになる.図5.2の右を指でたどって確かめてほしい).
5.9 Jordan の補題 —— どちらの半面に閉じるか
実軸上の積分 $\int_{-\infty}^{\infty}f(x)\dd x$ を留数定理で計算するには,実軸を「閉じた道」の一部にしなければならない.標準的なやり方は,半径 $R$ の大きな半円を上半面か下半面に付け足して閉路を作り,$R\to\infty$ とするものである.このとき半円上の積分が消えてくれることが絶対条件になる.それを保証するのがJordan の補題である.
定理:Jordan の補題
$C_R$ を上半面の半円 $z=R\ee^{\ii\theta}$($\theta:0\to\pi$)とする.$C_R$ 上で $M_R\equiv\max\abs{f(z)}$ が $R\to\infty$ でゼロに近づくならば,任意の $a>0$ に対して
$a<0$ のときは,同じことが下半面の半円について成り立つ.
導出
ステップ1:$\ee^{\ii az}$ の絶対値を評価する.$z=R\ee^{\ii\theta}=R\cos\theta+\ii R\sin\theta$ を代入すると
$$ \ii a z = \ii aR\cos\theta - aR\sin\theta \quad\Longrightarrow\quad \abs{\ee^{\ii az}} = \ee^{-aR\sin\theta} $$(絶対値には実部だけが効く.$\abs{\ee^{\ii\phi}}=1$ だから.)上半面では $\sin\theta\ge0$,$a>0$ なので指数は非正であり(両端の $\theta=0,\pi$ ではちょうどゼロになる),$\abs{\ee^{\ii az}}\le1$ である.すでにここで,$a>0$ なら上半面で $\ee^{\ii az}$ は減衰することが分かった.
ステップ2:積分を絶対値で押さえる.$\dd z=\ii R\ee^{\ii\theta}\dd\theta$,$\abs{\dd z}=R\,\dd\theta$ だから
$$ \abs{\int_{C_R}f\,\ee^{\ii az}\dd z} \le \int_0^{\pi}\abs{f}\,\ee^{-aR\sin\theta}\,R\,\dd\theta \le M_R\,R\int_0^{\pi}\ee^{-aR\sin\theta}\,\dd\theta $$ステップ3:$\sin\theta$ の対称性を使う.$\sin\theta$ は $\theta=\pi/2$ について対称($\sin(\pi-\theta)=\sin\theta$)なので
$$ \int_0^{\pi}\ee^{-aR\sin\theta}\dd\theta = 2\int_0^{\pi/2}\ee^{-aR\sin\theta}\dd\theta $$ステップ4:Jordan の不等式で $\sin$ を直線で置き換える.$0\le\theta\le\pi/2$ では
$$ \begin{equation} \sin\theta \ge \frac{2\theta}{\pi} \label{eq:5-jordan-ineq} \end{equation} $$が成り立つ(証明は下の補足).指数の肩が負なので,$\sin\theta$ を小さいもので置き換えると被積分関数は大きくなる.すなわち $\ee^{-aR\sin\theta}\le\ee^{-2aR\theta/\pi}$.したがって
$$ 2\int_0^{\pi/2}\ee^{-aR\sin\theta}\dd\theta \le 2\int_0^{\pi/2}\ee^{-2aR\theta/\pi}\dd\theta = 2\left[\frac{\ee^{-2aR\theta/\pi}}{-2aR/\pi}\right]_0^{\pi/2} = \frac{\pi}{aR}\left(1-\ee^{-aR}\right) \le\frac{\pi}{aR} $$ステップ5:まとめる.
$$ \abs{\int_{C_R}f\,\ee^{\ii az}\dd z}\le M_R\,R\cdot\frac{\pi}{aR}=\frac{\pi M_R}{a}\xrightarrow{\ R\to\infty\ }0 $$∎ $R$ がきれいに約分され,$M_R\to0$ だけで結論が出た.$f$ が $1/R$ 程度でしか減らなくても消えてくれるのがこの補題の強みである(ML不等式だけでは $1/R^2$ 以上の減衰が要る).5.10節(c)の $\sin x/x$ で,この強みが効く.
補足:$\sin\theta\ge2\theta/\pi$ の証明
$g(\theta)\equiv\dfrac{\sin\theta}{\theta}$ とする.$g'(\theta)=\dfrac{\theta\cos\theta-\sin\theta}{\theta^2}$ で,分子を $h(\theta)=\theta\cos\theta-\sin\theta$ と置くと $h(0)=0$,$h'(\theta)=\cos\theta-\theta\sin\theta-\cos\theta=-\theta\sin\theta\le0$.よって $h\le0$,つまり $g'\le0$ で $g$ は単調減少である.したがって $[0,\pi/2]$ では $g(\theta)\ge g(\pi/2)=\dfrac{1}{\pi/2}=\dfrac{2}{\pi}$,すなわち $\sin\theta\ge2\theta/\pi$.∎
5.9.1 線形応答での鉄則:$t>0$ なら下半面,$t<0$ なら上半面
ここが本章で最も実用的な一節である.線形応答理論で現れる逆Fourier変換は,第1章の規約により
$$ G(t) = \int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd\omega}{2\pi}\,G(\omega)\,\ee^{-\ii\omega t} $$という形をしている.指数因子が $\ee^{-\ii\omega t}$(肩は $-\ii\omega t$)であることに注意して,Jordan の補題の形 $\ee^{\ii a\omega}$ と見比べると
である.したがって
- $t<0$ のとき:$a=-t>0$ なので上半面に閉じる.
- $t>0$ のとき:$a=-t<0$ なので下半面に閉じる.
直接確かめてもよい.$\omega=\omega'+\ii\omega''$ と書くと
$$ \abs{\ee^{-\ii\omega t}} = \abs{\ee^{-\ii\omega' t}\,\ee^{\omega'' t}} = \ee^{\omega'' t} $$これがゼロに向かうのは $\omega'' t<0$ のとき,すなわち「$t>0$ なら $\omega''<0$(下半面)」「$t<0$ なら $\omega''>0$(上半面)」である.
因果律が自動的に出てくる仕組み
第2章で見たように,遅延Green関数 $G(\omega)$ の極はすべて下半面にあった.すると次のことが起きる.
$t<0$ では上半面に閉じる.ところが上半面には極が1つもない.したがって留数の和がゼロ,すなわち $G(t)=0$.
これが因果律 $G^R(t)=0\ (t<0)$ の正体である.「原因より先に結果は起きない」という物理法則が,「極が下半面にある」という数学的事実と,「$t<0$ なら上半面に閉じる」というJordan の補題から,自動的に出てくる.第1章1.4節で予告し,第4章で使い,いまようやく完全に証明できる位置に来た.5.10節(d)でこれを実行する.
5.10 実積分への応用
いよいよ道具が揃った.標準的な手順は次の3ステップである.
- 実軸上の積分を,複素平面上の閉路の一部とみなす(大半円を足して閉じる).
- ML不等式かJordan の補題で,大半円上の積分が消えることを確かめる.
- 残った閉路積分を留数定理で評価する.
5.10.1 (a) $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{1+x^2}=\pi$
例題5.9
ステップ1:閉路を作る.$f(z)=\dfrac{1}{1+z^2}$ とし,実軸上の $[-R,R]$ と上半面の大半円 $C_R$ からなる閉路 $\mathcal{C}$(反時計回り)を考える.
$$ \oint_{\mathcal{C}} f\dd z = \int_{-R}^{R}\frac{\dd x}{1+x^2}+\int_{C_R}\frac{\dd z}{1+z^2} $$ステップ2:大半円が消えることを確かめる.例題5.6ですでに示した:$\abs{\int_{C_R}}\le\pi R/(R^2-1)\to0$.
ステップ3:留数を拾う.$1+z^2=(z-\ii)(z+\ii)$ の極は $z=\pm\ii$.上半面にあるのは $z=\ii$ だけである.例題5.8(1) より $\Res_{z=\ii}f=\dfrac{1}{2\ii}$.留数定理 \eqref{eq:5-restheorem} で
$$ \oint_{\mathcal{C}} f\dd z = 2\pi\ii\cdot\frac{1}{2\ii}=\pi $$$R\to\infty$ とすると大半円の寄与が消えるので
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{1+x^2}=\pi $$検算.この積分は原始関数が分かっていて $\left[\arctan x\right]_{-\infty}^{\infty}=\dfrac{\pi}{2}-\left(-\dfrac{\pi}{2}\right)=\pi$.一致する.∎
この例は検算できたが,以下の例では原始関数が初等関数で書けない.そこが留数定理の値打ちである.
5.10.2 (b) $\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\ee^{\ii ax}}{x^2+b^2}\dd x=\frac{\pi}{b}\ee^{-ab}$
例題5.10($a>0$, $b>0$)
ステップ1:$f(z)=\dfrac{1}{z^2+b^2}$ と置くと,被積分関数は $f(z)\ee^{\ii az}$ というJordan の補題の形をしている.$a>0$ なので上半面に閉じる.
ステップ2:$C_R$ 上で $\abs{f}\le\dfrac{1}{R^2-b^2}\equiv M_R\to0$ だから,Jordan の補題 \eqref{eq:5-jordan} により大半円の寄与は消える.
ステップ3:極は $z^2+b^2=(z-\ii b)(z+\ii b)$ より $z=\pm\ii b$.上半面にあるのは $z=+\ii b$ で,例題5.8(2) より
$$ \Res_{z=\ii b}\frac{\ee^{\ii az}}{z^2+b^2}=\frac{\ee^{-ab}}{2\ii b} $$したがって
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\frac{\ee^{\ii ax}}{x^2+b^2}\dd x = 2\pi\ii\cdot\frac{\ee^{-ab}}{2\ii b} =\frac{\pi}{b}\ee^{-ab} $$$a<0$ のときは下半面に閉じ,極 $z=-\ii b$ を時計回りに拾う.$Q'=2z$ より留数は $\dfrac{\ee^{\ii a(-\ii b)}}{-2\ii b}=\dfrac{\ee^{ab}}{-2\ii b}$($a<0$ なので $\ee^{ab}$ は減衰因子).$-2\pi\ii$ を掛けて
$$ -2\pi\ii\cdot\frac{\ee^{ab}}{-2\ii b}=\frac{\pi}{b}\ee^{ab}=\frac{\pi}{b}\ee^{-\abs{a}b} $$両方合わせると,$a$ の符号によらず
∎ 実部を取れば $\int\dfrac{\cos ax}{x^2+b^2}\dd x=\dfrac{\pi}{b}\ee^{-\abs{a}b}$,虚部は奇関数の積分なのでゼロである.
物理的な意味.この式は「Lorentz型のスペクトル(幅 $b$)をFourier変換すると指数減衰(時定数 $1/b$)になる」と言っている.第1章のDebye緩和がそれであり,第10章のThomas–Fermi遮蔽で $1/(q^2+q_{TF}^2)$ を実空間へ戻すと湯川型 $\ee^{-q_{TF}r}/r$ になるのも3次元版の同じ計算である.「分母のLorentz型 $\leftrightarrow$ 指数減衰」は物性物理で最も頻出する対応である.
5.10.3 (c) $\displaystyle\int_0^{\infty}\frac{\sin x}{x}\dd x=\frac{\pi}{2}$ —— 実軸上の極をよける
例題5.11
この積分は難物である.$\dfrac{\sin z}{z}$ をそのまま使うと,上半面で $\sin z=\dfrac{\ee^{\ii z}-\ee^{-\ii z}}{2\ii}$ の第2項が爆発してしまう.そこで$\ee^{\ii z}/z$ を使い,最後に虚部を取る.
ステップ1:極をよける閉路を作る.$g(z)=\dfrac{\ee^{\ii z}}{z}$ は $z=0$ に単純極をもつ.それが積分路(実軸)の真上にあるので,原点を半径 $\varepsilon$ の小半円 $C_\varepsilon$ で上側によけて通る.閉路 $\mathcal{C}$ は
$$ [-R,-\varepsilon]\ \to\ C_\varepsilon(\text{上半円,時計回り})\ \to\ [\varepsilon,R]\ \to\ C_R(\text{大半円}) $$である(図5.3).$\mathcal{C}$ の内部に極は1つもないので,Cauchy の定理より
$$ \begin{equation} \int_{-R}^{-\varepsilon}\frac{\ee^{\ii x}}{x}\dd x +\int_{C_\varepsilon}\frac{\ee^{\ii z}}{z}\dd z +\int_{\varepsilon}^{R}\frac{\ee^{\ii x}}{x}\dd x +\int_{C_R}\frac{\ee^{\ii z}}{z}\dd z = 0 \label{eq:5-sinc-contour} \end{equation} $$ステップ2:大半円.$f=1/z$ は $C_R$ 上で $M_R=1/R\to0$.$a=1>0$ なのでJordan の補題により第4項はゼロ.(ML不等式だけでは $\dfrac{1}{R}\cdot\pi R=\pi$ となって評価しきれない.ここでJordan の補題の強みが効く.)
ステップ3:小半円.$z=\varepsilon\ee^{\ii\theta}$,$\theta$ は $\pi$ から $0$ へ(時計回り).$\dd z=\ii\varepsilon\ee^{\ii\theta}\dd\theta$ だから
$$ \int_{C_\varepsilon}\frac{\ee^{\ii z}}{z}\dd z =\int_{\pi}^{0}\frac{\ee^{\ii\varepsilon\ee^{\ii\theta}}}{\varepsilon\ee^{\ii\theta}}\,\ii\varepsilon\ee^{\ii\theta}\,\dd\theta =\ii\int_{\pi}^{0}\ee^{\ii\varepsilon\ee^{\ii\theta}}\,\dd\theta $$$\varepsilon\to0$ で被積分関数は $\ee^0=1$ に近づくので
$$ \to \ii\int_{\pi}^{0}\dd\theta = \ii(0-\pi) = -\ii\pi $$半周ぶんなので $2\pi\ii$ の半分,しかも時計回りなので符号が負である.これは覚えておく価値のある結果で,5.11節のSokhotski–Plemelj公式の $-\ii\pi\delta$ の $\pi$ はここから来る.
ステップ4:まとめる.$R\to\infty$, $\varepsilon\to0$ として,式 \eqref{eq:5-sinc-contour} の第1項と第3項の和は主値積分(5.11節)になる:
$$ \PV\!\!\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\ee^{\ii x}}{x}\dd x - \ii\pi + 0 = 0 \quad\Longrightarrow\quad \PV\!\!\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\ee^{\ii x}}{x}\dd x = \ii\pi $$ステップ5:虚部を取る.$\ee^{\ii x}=\cos x+\ii\sin x$ だから
$$ \PV\!\!\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\cos x}{x}\dd x + \ii\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\sin x}{x}\dd x = \ii\pi $$実部の $\cos x/x$ は奇関数なので主値の意味でゼロ(左右の寄与が打ち消す).虚部を比べて $\int_{-\infty}^{\infty}\dfrac{\sin x}{x}\dd x=\pi$.被積分関数は偶関数だから半分にして
∎ なお $\sin x/x$ は $x=0$ で $1$ に近づく(除去可能特異点)ので,もとの積分に特異性はない.極をよける操作は,あくまで $\ee^{\ii z}/z$ という道具の側の都合である.
5.10.4 (d) 減衰振動子の $G^R(t)$ —— 本章のクライマックス
第2章で天下り的に使った計算を,いま完全に実行する.出発点は
$$ \begin{equation} G(\omega)=\frac{1}{-m\omega^2-\ii\gamma\omega+k}, \qquad G(t)=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd\omega}{2\pi}\,G(\omega)\,\ee^{-\ii\omega t} \label{eq:5-G-omega} \end{equation} $$この $G(t)$ が,第2章の遅延Green関数 $G^R(t)$ そのものである(因果律 $G(t)=0\ (t<0)$ は結果として出てくるので,いまは仮定していない).以下,計算の途中では肩の $R$ を省いて $G$ とだけ書く.
導出:留数定理による $G^R(t)$ の完全計算
ステップ1:分母を因数分解する.$\Gamma\equiv\dfrac{\gamma}{2m}$, $\omega_0^2\equiv\dfrac{k}{m}$, $\omega_1\equiv\sqrt{\omega_0^2-\Gamma^2}$(不足減衰 $\Gamma<\omega_0$ を仮定)と置く.分母を $-m$ で括ると
$$ -m\omega^2-\ii\gamma\omega+k = -m\left(\omega^2+2\ii\Gamma\omega-\omega_0^2\right) $$2次方程式 $\omega^2+2\ii\Gamma\omega-\omega_0^2=0$ を解く.解の公式で
$$ \omega=\frac{-2\ii\Gamma\pm\sqrt{(2\ii\Gamma)^2+4\omega_0^2}}{2} =-\ii\Gamma\pm\sqrt{\omega_0^2-\Gamma^2} =\pm\omega_1-\ii\Gamma $$すなわち極は $\omega_\pm=\pm\omega_1-\ii\Gamma$ の2つで,どちらも虚部が $-\Gamma<0$,つまり下半面にある.よって
$$ G(\omega)=\frac{-1}{m(\omega-\omega_+)(\omega-\omega_-)} $$ステップ2:$t<0$ の場合を先に片付ける.5.9.1節により,$t<0$ では上半面に閉じる.$\abs{G(\omega)}\sim\dfrac{1}{m\abs{\omega}^2}$ なので $M_R\to0$ が成り立ち,Jordan の補題により大半円の寄与は消える.ところが上半面には極が1つもないので,留数定理の右辺はゼロである:
因果律が,計算の途中から自動的に出てきた.何も仮定していない.極が下半面にあることの帰結として出てきたのである.
ステップ3:$t>0$ では下半面に閉じる.閉路は「実軸を $-R$ から $R$ へ」+「下半面の大半円」であり,これは時計回りである(図5.2右).したがって留数定理には $-2\pi\ii$ が付く:
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\dd\omega\,G(\omega)\ee^{-\ii\omega t} =-2\pi\ii\left[\Res_{\omega=\omega_+}+\Res_{\omega=\omega_-}\right]G(\omega)\ee^{-\ii\omega t} $$ステップ4:2つの留数を計算する.どちらも単純極なので式 \eqref{eq:5-res1} を使う.
$$ \Res_{\omega=\omega_+}=\lim_{\omega\to\omega_+}(\omega-\omega_+)\cdot\frac{-\ee^{-\ii\omega t}}{m(\omega-\omega_+)(\omega-\omega_-)} =\frac{-\ee^{-\ii\omega_+t}}{m(\omega_+-\omega_-)} $$ここで $\omega_+-\omega_-=(\omega_1-\ii\Gamma)-(-\omega_1-\ii\Gamma)=2\omega_1$ だから
$$ \Res_{\omega=\omega_+}=\frac{-\ee^{-\ii\omega_+t}}{2m\omega_1}, \qquad \Res_{\omega=\omega_-}=\frac{-\ee^{-\ii\omega_-t}}{m(\omega_--\omega_+)}=\frac{+\ee^{-\ii\omega_-t}}{2m\omega_1} $$ステップ5:足して $2\pi$ で割る.式 \eqref{eq:5-G-omega} の $1/2\pi$ を忘れずに付けると
$$ G(t)=\frac{1}{2\pi}\cdot(-2\pi\ii)\cdot\frac{1}{2m\omega_1}\left(-\ee^{-\ii\omega_+t}+\ee^{-\ii\omega_-t}\right) =\frac{\ii}{2m\omega_1}\left(\ee^{-\ii\omega_+t}-\ee^{-\ii\omega_-t}\right) $$ステップ6:指数を整理する.$\omega_\pm=\pm\omega_1-\ii\Gamma$ を代入すると
$$ \ee^{-\ii\omega_+t}=\ee^{-\ii(\omega_1-\ii\Gamma)t}=\ee^{-\ii\omega_1t}\ee^{-\Gamma t}, \qquad \ee^{-\ii\omega_-t}=\ee^{+\ii\omega_1t}\ee^{-\Gamma t} $$($-\ii\cdot(-\ii\Gamma)t=\ii^2\Gamma t=-\Gamma t$.ここで減衰因子 $\ee^{-\Gamma t}$ が極の虚部から生まれている.)差を取ると
$$ \ee^{-\ii\omega_+t}-\ee^{-\ii\omega_-t} =\ee^{-\Gamma t}\left(\ee^{-\ii\omega_1t}-\ee^{\ii\omega_1t}\right) =\ee^{-\Gamma t}\cdot(-2\ii\sin\omega_1t) $$(Euler の公式 \eqref{eq:5-euler} より $\ee^{\ii\phi}-\ee^{-\ii\phi}=2\ii\sin\phi$.)したがって
$$ G(t)=\frac{\ii}{2m\omega_1}\cdot\ee^{-\Gamma t}(-2\ii\sin\omega_1t) =\frac{-2\ii^2}{2m\omega_1}\ee^{-\Gamma t}\sin\omega_1t =\frac{1}{m\omega_1}\ee^{-\Gamma t}\sin\omega_1t $$ステップ2の結果と合わせ,階段関数 $\theta(t)$ でまとめて
∎ 第2章の式と完全に一致した.$\theta(t)$ は手で付けたのではなく,$t<0$ で上半面に極がないという事実から出てきたことを,もう一度強調しておく.
例題5.12 数値で確かめる
$m=1\ \mathrm{kg}$, $k=100\ \mathrm{N/m}$, $\gamma=2\ \mathrm{kg/s}$ とする.すると
$$ \omega_0=\sqrt{100}=10\ \mathrm{s^{-1}},\quad \Gamma=\frac{2}{2\cdot1}=1\ \mathrm{s^{-1}},\quad \omega_1=\sqrt{100-1}=9.950\ \mathrm{s^{-1}} $$極は $\omega_\pm=\pm9.950-1.000\,\ii$ で,確かに下半面にある.応答は
$$ G^R(t)=\frac{1}{1\times9.950}\ee^{-t}\sin(9.950\,t)=0.1005\,\ee^{-t}\sin(9.950\,t)\ \ [\mathrm{m/(N\,s)}] $$最初のピークは $\omega_1t\simeq\pi/2$,すなわち $t\simeq0.158\ \mathrm{s}$ のあたりで,そのとき $\ee^{-0.158}=0.854$ だから $G^R\simeq0.0858$.$Q$ 値は $Q=\omega_0/2\Gamma=5$ で,振動が $1/\ee$ に減るまでに約 $Q/\pi\simeq1.6$ 回振動する.減衰の速い(=スペクトル幅の広い)系である.
極の位置と波形の対応:極の実部 $\pm9.95$ が振動の角振動数,虚部 $-1$ が減衰率 $\ee^{-t}$ を与えている.極を1つ見れば波形が分かる.この読み方は第8章のLehmann表示,第11章のプラズモンの寿命まで,そのまま通用する.∎
5.11 主値積分とSokhotski–Plemelj公式
5.11.1 主値積分
$\displaystyle\int_{-1}^{1}\frac{\dd x}{x}$ は,$x=0$ で被積分関数が発散するので普通の意味では定義できない.しかし発散の仕方が左右対称なので,対称に切り取れば打ち消し合う.
定義:Cauchy の主値
$$ \begin{equation} \PV\!\!\int_a^b \frac{f(x)}{x-x_0}\,\dd x \equiv \lim_{\varepsilon\to0^+}\left[\int_a^{x_0-\varepsilon}+\int_{x_0+\varepsilon}^{b}\right]\frac{f(x)}{x-x_0}\,\dd x \label{eq:5-pv} \end{equation} $$左右から同じ幅 $\varepsilon$ で近づけるのが要点である.幅を左右で変えると答えが変わってしまう.
たとえば $\PV\int_{-1}^{1}\dd x/x=\lim_{\varepsilon\to0}\left(\left[\ln\abs{x}\right]_{-1}^{-\varepsilon}+\left[\ln\abs{x}\right]_{\varepsilon}^{1}\right)=\lim(\ln\varepsilon-0+0-\ln\varepsilon)=0$ である.第4章のKramers–Kronig関係に出てきた $\PV$ は,この意味であった.
5.11.2 Sokhotski–Plemelj公式
物理では,実軸上の極を「よける」かわりに,極そのものを実軸から $\ii\eta$ だけずらすという手法をよく使う.$\eta\to0^+$ の極限で何が起きるかを述べたのが次の公式である.
定理:Sokhotski–Plemelj公式
これは「テスト関数 $f(x)$ を掛けて積分したとき両辺が等しい」という意味の等式(超関数としての等式)である.すなわち
$$ \lim_{\eta\to0^+}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{f(x)}{x\pm\ii\eta}\dd x =\PV\!\!\int_{-\infty}^{\infty}\frac{f(x)}{x}\dd x \mp \ii\pi f(0) $$導出:実部と虚部に分けるだけ
ステップ1:分母を実数化する.分子・分母に $x\mp\ii\eta$ を掛ける.
$$ \frac{1}{x\pm\ii\eta}=\frac{x\mp\ii\eta}{(x\pm\ii\eta)(x\mp\ii\eta)}=\frac{x\mp\ii\eta}{x^2+\eta^2} =\underbrace{\frac{x}{x^2+\eta^2}}_{\text{実部}}\ \mp\ \ii\underbrace{\frac{\eta}{x^2+\eta^2}}_{\text{虚部の大きさ}} $$ステップ2:実部が $\PV(1/x)$ になること.$x\neq0$ に固定して $\eta\to0$ とすれば $\dfrac{x}{x^2+\eta^2}\to\dfrac{1}{x}$ である.原点近傍については,この関数が奇関数であることが効く(図5.4の下段).$\abs{x}<\delta$ の領域からの寄与は
$$ \int_{-\delta}^{\delta}\frac{x\,f(x)}{x^2+\eta^2}\dd x \simeq f(0)\underbrace{\int_{-\delta}^{\delta}\frac{x\,\dd x}{x^2+\eta^2}}_{=\,0\ (\text{奇関数})} +\ f'(0)\int_{-\delta}^{\delta}\frac{x^2\dd x}{x^2+\eta^2}+\dots $$となり,発散する部分が奇関数として左右で打ち消す.これはまさに主値の定義 \eqref{eq:5-pv} が行っている操作である.よって実部は $\PV(1/x)$.
ステップ3:虚部がデルタ関数になること.$L_\eta(x)\equiv\dfrac{1}{\pi}\dfrac{\eta}{x^2+\eta^2}$(Lorentz関数)について,次の2つを確かめる.
(i) 面積が $1$:
$$ \int_{-\infty}^{\infty}\frac{1}{\pi}\frac{\eta\,\dd x}{x^2+\eta^2} =\frac{1}{\pi}\left[\arctan\frac{x}{\eta}\right]_{-\infty}^{\infty} =\frac{1}{\pi}\left(\frac{\pi}{2}+\frac{\pi}{2}\right)=1 $$($\eta$ によらない.)
(ii) 幅が $\eta$,高さが $1/(\pi\eta)$:$x=0$ で最大値 $\dfrac{1}{\pi\eta}$,$x=\pm\eta$ で半分になる.$\eta\to0$ で「無限に高く,無限に細く,面積 $1$」になる.
これはデルタ関数の定義そのものであるから $\dfrac{1}{\pi}\dfrac{\eta}{x^2+\eta^2}\to\delta(x)$,すなわち $\dfrac{\eta}{x^2+\eta^2}\to\pi\delta(x)$.虚部の符号 $\mp$ を付けて式 \eqref{eq:5-sp} を得る.∎
別の見方:極をずらすか,経路をずらすか
$\dfrac{1}{x+\ii\eta}$ の極は $x=-\ii\eta$,すなわち実軸のわずかに下にある.積分路(実軸)から見れば,極が下にずれているのと,極を固定して積分路を上に持ち上げるのは同じことである.そして「積分路を極の上側に迂回させる」のは,まさに例題5.11でやった小半円のよけ方であった.
だから式 \eqref{eq:5-sp} の $-\ii\pi$ は,例題5.11のステップ3で出た「半周ぶんの $-\ii\pi$」とまったく同じものである.$\pi$ は「$2\pi$ の半分」,マイナスは「時計回り」に由来する.2つの流儀($\ii\eta$ を入れる/経路をよける)は同じことの言い換えであり,どちらを使ってもよい.
この公式はこの先どこで使うか
- 第4章(復習):Kramers–Kronig関係 $\mathrm{Re}\,\chi(\omega)=\dfrac{1}{\pi}\PV\!\int\dfrac{\mathrm{Im}\,\chi(\omega')}{\omega'-\omega}\dd\omega'$ の主値は,実軸上の極を式 \eqref{eq:5-sp} で処理した結果である.
- 第8章:Lehmann表示 $\chi^R(\omega)=\sum_n\dfrac{\abs{M_n}^2}{\omega-\omega_n+\ii\eta}$ に式 \eqref{eq:5-sp} を当てると,実部と虚部が一挙に分離する:$\mathrm{Im}\,\chi^R(\omega)=-\pi\sum_n\abs{M_n}^2\delta(\omega-\omega_n)$.虚部が励起準位の位置に立つデルタ関数の列になるという,スペクトルの基本構造がここから出る.(第8章で導く完全な形には $1/(\omega+\omega_n+\ii\eta)$ という対の項も現れ,そのおかげで $\mathrm{Im}\,\chi^R$ は $\omega$ の奇関数になる.ここでは $\omega>0$ 側の共鳴項だけを略記した.)
- 第10章:Lindhard関数 $\chi^0(\qq,\omega)$ の虚部(Landau減衰,粒子‐正孔連続体)も,同じ操作で取り出す.
要するに,$\ii\eta$ は物理では「散逸」「有限寿命」「断熱的な摂動の導入」と結びついている.ただし一点だけ区別しておきたい.式 \eqref{eq:5-sp} に現れる $\eta\to0^+$ は,遅延(因果的)な解を選ぶための無限小の処方であって,それ自体が有限の散乱率や寿命を表しているわけではない.実際の有限の幅は,相互作用による自己エネルギーや現象論的な減衰項から別に入ってくる.式の見かけは似ていても,出どころは別だと思っておくとよい.式 \eqref{eq:5-sp} は,その $\ii\eta$ をゼロに戻すときの正しい作法を教えてくれる公式である.Fermi の黄金律のデルタ関数も,同じ仕組みで現れる.
5.12 多価関数と分岐切断
最後に,対数と平方根についての最小限の注意を述べる.第10章のLindhard関数に対数が現れるので,そのための準備である.
極形式 \eqref{eq:5-polar} の偏角 $\theta=\arg z$ には $2\pi$ の整数倍の不定性があった.したがって対数
$$ \begin{equation} \ln z = \ln\abs{z} + \ii\arg z = \ln r + \ii(\theta+2\pi n) \qquad(n\in\mathbb{Z}) \label{eq:5-log} \end{equation} $$は1つの $z$ に無限個の値を与える.平方根も同様で,$z=r\ee^{\ii\theta}$ に対し $\sqrt{z}=\sqrt{r}\,\ee^{\ii\theta/2}$ と定めると,$\theta\to\theta+2\pi$ で $\ee^{\ii(\theta+2\pi)/2}=\ee^{\ii\theta/2}\ee^{\ii\pi}=-\ee^{\ii\theta/2}$ となり,1周すると符号が反転する.
このように「原点を1周すると値が変わってしまう」点を分岐点(branch point)と呼ぶ.$\ln z$ と $\sqrt{z}$ ではともに $z=0$ と $z=\infty$ が分岐点である.関数を1価にするには,分岐点から出発する曲線(分岐切断,branch cut)を1本引き,積分路がそれを横切ることを禁止する.$\ln z$ では負の実軸を切るのが標準で,そのとき $-\pi<\arg z\le\pi$(主値)に制限される.
実務上の注意3点
- 切断を跨いだ積分路は無効.Cauchy の定理も留数定理も「積分路とその内部で関数が1価かつ正則」を前提にしている.分岐切断を横切る閉路にはどちらも使えない.
- 分岐点は極ではない.したがって留数という概念がない.$\sqrt{z}$ を $z=0$ のまわりでLaurent展開しようとしても,$z^{1/2}$ という半整数べきは表5.1のどの型にも当てはまらない.
- 合成関数の分岐点は「中身がゼロになる点」.たとえば $\ln(z^2+a^2)$ の分岐点は $z=\pm\ii a$,$\sqrt{z^2-a^2}$ の分岐点は $z=\pm a$ である.
Lindhard関数の対数はここに関係する
第10章で導出する自由電子気体の静的密度応答関数(Lindhard関数)は
$$ \chi^0(q,0)\propto -N(\epsilon_F)\left[\frac{1}{2}+\frac{1-x^2}{4x}\ln\abs{\frac{1+x}{1-x}}\right], \qquad x=\frac{q}{2k_F} $$という形をしていて,対数が現れる.この対数を $\ln(1+x)-\ln(1-x)$ と分ければ,$x=1$,すなわち $q=2k_F$ で $\ln(1-x)$ の中身がゼロになる.そこが分岐点である.関数値そのものは有限だが,微分が発散する(非解析的である).
この $q=2k_F$ での非解析性が,実空間へFourier変換したときに $\cos(2k_Fr)/r^3$ という長距離振動,すなわちFriedel振動を生む.5.10節(b)の「単純な極 $\to$ なめらかな指数減衰」との対比が鮮やかである.複素平面上の特異点の種類が,実空間での遮蔽の形を決めている:極なら指数減衰,分岐点なら振動を伴うべき的減衰.金属のFermi面という物理が,この分岐点として顔を出している.
5.13 まとめと演習
5.13.1 まとめ
- 正則(解析的)とは「どの方向から近づいても微分係数が同じ」ということであり,$u,v$ の言葉ではCR方程式 $\partial_xu=\partial_yv$, $\partial_yu=-\partial_xv$ である.$\bar z$ を含む式は正則でない.
- すべての出発点は $\displaystyle\oint\frac{\dd z}{z}=2\pi\ii$(半径によらない)と $\displaystyle\oint z^n\dd z=0\ (n\neq-1)$ である.
- Cauchy の積分定理(正則なら閉路積分はゼロ)はCR方程式+Green の定理から出る.系として積分路は特異点を跨がない限り自由に変形してよい.とくに閉路は極を囲む小円に縮められる.
- Cauchy の積分公式 $f(z_0)=\frac{1}{2\pi\ii}\oint\frac{f(z)}{z-z_0}\dd z$ は「境界の値が内部を全部決める」と言っている.Kramers–Kronig関係の数学的な正体である.
- 留数はLaurent展開の $a_{-1}$.単純極なら $\lim(z-z_0)f$,$n$ 位の極なら $\frac{1}{(n-1)!}\frac{\dd^{n-1}}{\dd z^{n-1}}[(z-z_0)^nf]$,$P/Q$ 型なら $P(z_0)/Q'(z_0)$.
- 留数定理 $\oint f\dd z=2\pi\ii\sum\Res$.時計回りなら $-2\pi\ii$.
- Jordan の補題:$\ee^{\ii az}$ を含む積分は,$a>0$ なら上半面,$a<0$ なら下半面の大半円で消える.証明の鍵は $\sin\theta\ge2\theta/\pi$.
- 線形応答の鉄則:$\ee^{-\ii\omega t}$ に対しては $a=-t$ なので,$t<0$ で上半面,$t>0$ で下半面に閉じる.遅延Green関数の極は下半面にしかないから,$t<0$ では囲む極がなく $G^R(t)=0$.これが因果律である.
- $t>0$ では2つの極 $\omega_\pm=\pm\omega_1-\ii\Gamma$ の留数を拾い,第2章と同じ $G^R(t)=\frac{1}{m\omega_1}\ee^{-\Gamma t}\sin(\omega_1t)$ を得る.極の実部が振動数,虚部が減衰率である.
- Sokhotski–Plemelj公式 $\displaystyle\lim_{\eta\to0^+}\frac{1}{x\pm\ii\eta}=\PV\frac{1}{x}\mp\ii\pi\delta(x)$.実部が主値,虚部がLorentz型 $\to$ デルタ関数.第8章・第10章で繰り返し使う.
- 対数・平方根には分岐点と分岐切断があり,積分路が切断を横切ってはならない.分岐点は極ではないので留数がない.$q=2k_F$ でのLindhard関数の非解析性がその例で,Friedel振動の起源である.
5.13.2 演習問題
演習5.1 正則性の判定
次の関数が正則かどうかを,CR方程式で判定せよ.正則な場合は導関数も求めよ.
(1) $f(z)=\ee^z$ (2) $f(z)=\mathrm{Re}\,z$ (3) $f(z)=z\bar z$
答え:(1) $\ee^z=\ee^x(\cos y+\ii\sin y)$ より $u=\ee^x\cos y$, $v=\ee^x\sin y$.$\partial_xu=\ee^x\cos y=\partial_yv$,$\partial_yu=-\ee^x\sin y=-\partial_xv$ でCR方程式が成立.全平面で正則,$f'=\partial_xu+\ii\partial_xv=\ee^z$.(2) $u=x$, $v=0$ で $\partial_xu=1\neq0=\partial_yv$.正則でない.(3) $z\bar z=\abs{z}^2$ で,CR方程式は原点でしか成り立たない.正則でない.
演習5.2 閉路の取り方で答えが変わること
$f(z)=\dfrac{1}{z^2+1}$ について次の閉路積分(すべて反時計回り)を求めよ.
(1) $\abs{z}=2$ (2) $\abs{z-\ii}=1$ (3) $\abs{z}=1/2$
答え:極は $z=\pm\ii$,留数は $\Res_{\ii}=\dfrac{1}{2\ii}$, $\Res_{-\ii}=\dfrac{1}{-2\ii}$.(1) 両方の極を囲むので $2\pi\ii\left(\dfrac{1}{2\ii}-\dfrac{1}{2\ii}\right)=0$.(2) $z=\ii$ だけを囲むので $2\pi\ii\cdot\dfrac{1}{2\ii}=\pi$.(3) 極を1つも囲まないので $0$.注:(1) と (3) は同じ $0$ だが,理由がまったく違う(打ち消しか,そもそも極がないか).
演習5.3 2位の極をもつ実積分
$\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{(x^2+a^2)^2}=\frac{\pi}{2a^3}$($a>0$)を留数定理で示せ.
ヒント・答え:上半面に閉じる.$\abs{f}\sim R^{-4}$ なので大半円は消える.$z=\ii a$ は2位の極だから式 \eqref{eq:5-resn} で $n=2$:
$$ \Res_{z=\ii a}=\lim_{z\to \ii a}\frac{\dd}{\dd z}\frac{(z-\ii a)^2}{(z-\ii a)^2(z+\ii a)^2} =\lim_{z\to \ii a}\frac{-2}{(z+\ii a)^3}=\frac{-2}{(2\ii a)^3}=\frac{-2}{-8\ii a^3}=\frac{1}{4\ii a^3} $$よって $2\pi\ii\cdot\dfrac{1}{4\ii a^3}=\dfrac{\pi}{2a^3}$.$a=1$ なら $\pi/2\simeq1.571$.
演習5.4 Jordan の補題を使う
$\displaystyle\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x\sin x}{x^2+a^2}\,\dd x=\pi\,\ee^{-a}$($a>0$)を示せ.
ヒント・答え:$\dfrac{z\ee^{\ii z}}{z^2+a^2}$ を上半面に閉じる.$\abs{f}=\abs{z/(z^2+a^2)}\sim1/R\to0$ なのでJordan の補題が使える(ML不等式では足りない).$P=z$, $Q=z^2+a^2$, $Q'=2z$ より $\Res_{z=\ii a}=\dfrac{\ii a\,\ee^{-a}}{2\ii a}=\dfrac{\ee^{-a}}{2}$.したがって $\int\dfrac{x\ee^{\ii x}}{x^2+a^2}\dd x=2\pi\ii\cdot\dfrac{\ee^{-a}}{2}=\ii\pi\ee^{-a}$.虚部を比べて答えを得る(実部 $\int\frac{x\cos x}{x^2+a^2}\dd x$ は奇関数の積分でゼロ).
演習5.5 Debye緩和の応答関数を留数定理で戻す
第1章の $\chi(\omega)=\dfrac{\chi_0}{1-\ii\omega\tau_0}$ を逆Fourier変換して
$$ \chi(t)=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd\omega}{2\pi}\,\chi(\omega)\,\ee^{-\ii\omega t} =\frac{\chi_0}{\tau_0}\ee^{-t/\tau_0}\,\theta(t) $$を示せ.とくに $t<0$ でゼロになることを,極の位置から説明せよ.
ヒント・答え:$\chi(\omega)=\dfrac{\chi_0}{-\ii\tau_0(\omega+\ii/\tau_0)}=\dfrac{\ii\chi_0/\tau_0}{\omega+\ii/\tau_0}$ と変形すると,極は $\omega=-\ii/\tau_0$ ただ1つで下半面にある.$t<0$ では上半面に閉じるので極がなく $\chi(t)=0$(因果律).$t>0$ では下半面に閉じ,時計回りなので $-2\pi\ii$ を掛けて
$$ \chi(t)=\frac{1}{2\pi}(-2\pi\ii)\cdot\ii\frac{\chi_0}{\tau_0}\ee^{-\ii(-\ii/\tau_0)t} =\frac{\chi_0}{\tau_0}\ee^{-t/\tau_0} $$($-\ii\cdot\ii=1$,$-\ii\cdot(-\ii/\tau_0)t=-t/\tau_0$.)第1章の例題1.1の逆向きの計算になっている.
演習5.6 Sokhotski–Plemelj公式を使う
(1) $\displaystyle\lim_{\eta\to0^+}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd x}{(x+\ii\eta)(x^2+1)}$ を求めよ.
(2) 応答関数が $\chi(\omega)=\dfrac{A}{\omega-\omega_0+\ii\eta}$ で与えられるとき,$\mathrm{Im}\,\chi(\omega)$ を $\eta\to0^+$ で求めよ.
ヒント・答え:(1) 式 \eqref{eq:5-sp} で $f(x)=1/(x^2+1)$ と見る.主値部分は被積分関数 $\dfrac{1}{x(x^2+1)}$ が奇関数なのでゼロ.残るのは $-\ii\pi f(0)=-\ii\pi$.よって答えは $-\ii\pi$.
(2) $\mathrm{Im}\,\chi(\omega)=A\,\mathrm{Im}\left[\PV\dfrac{1}{\omega-\omega_0}-\ii\pi\delta(\omega-\omega_0)\right]=-\pi A\,\delta(\omega-\omega_0)$.すなわち虚部(吸収)は励起準位 $\omega_0$ にだけ立つデルタ関数である.有限の $\eta$ を残せば幅 $\eta$ のLorentz型になり,これが「準位の寿命 $1/\eta$」を表す.第8章のLehmann表示の出発点がこれである.
参考文献
- A. L. Fetter, J. D. Walecka『多粒子系の量子論 理論編』マグロウヒル,付録および13節の脚注 —— 本書で使う複素積分は,ほぼすべて本章の範囲で足りる.
- 寺沢 寛一『自然科学者のための数学概論』岩波書店 —— 留数定理と実積分への応用の古典的な解説.
- 表 実『複素関数』岩波書店(理工系の数学入門コース5)—— 工学部の読者向けに最も読みやすい入門書.
- G. B. Arfken, H. J. Weber, F. E. Harris, Mathematical Methods for Physicists, 7th ed., Academic Press (2013), Chapters 11–12. —— Jordan の補題と主値積分の標準的な文献.
- H. Bruus, K. Flensberg, Many-Body Quantum Theory in Condensed Matter Physics, Oxford University Press (2004), Appendix. —— Sokhotski–Plemelj公式の物理での使われ方.