密度汎関数理論入門 — 目次 第IV部 固体の電子状態とモデル理論 / 第13章

第13章状態密度とグリーン関数 — フリーデルモデル

第12章では,周期ポテンシャル中の電子状態がブロッホの定理によって波数 $\kk$ で分類され,バンド構造 $\varepsilon_\nu(\kk)$ として整理されることを見た.バンド構造は「どの波数の状態がどのエネルギーを持つか」を教えてくれるが,物質の凝集エネルギーや結晶構造の安定性,磁性といった性質を議論するとき,実際に必要になる情報はしばしばもっと粗い.「エネルギー $\varepsilon$ 付近に状態が何個あるか」,すなわち状態密度(DOS)である.本章では,状態密度を主役に据えた実空間・局所軌道の描像を構築する.まず状態密度がグリーン関数(レゾルベント)の虚部から得られることを示し,グリーン関数を計算する実用的手法であるリカージョン法(ランチョス三重対角化と連分数展開)を行間なしで導出する.次に「状態密度の形は原子の局所環境で決まる」というモーメント定理を証明し,その応用として,遷移金属の凝集エネルギーの放物線的傾向を説明するフリーデルモデル,結晶構造系列(hcp→bcc→hcp→fcc)を説明する拡張フリーデルモデル,そして合金の生成熱に関するミーデマ則(発展)を論じる.$\kk$ 空間のバンド理論(第12章)と実空間のモーメント理論(本章)は,同じ電子状態を異なる角度から見た相補的な言語である.次章では,これらの理論を実際の物質に適用するためのコーン・シャム方程式の数値解法に進む.本章でもハートリー原子単位系($\hbar=m_e=e=4\pi\varepsilon_0=1$,第1章参照)を用い,実験値との比較では $1\ \mathrm{Hartree}=27.2114\ \mathrm{eV}$ の換算を使う.

この章で学ぶこと
  • 状態密度 $D(\varepsilon)$・局所状態密度 $n_i(\varepsilon)$ の定義と,物性を語る言語としての役割
  • グリーン関数 $\hat G(z)=(z-\hat H)^{-1}$ のスペクトル表示と,ソホツキー・プレメリの公式による $D(\varepsilon)=-\frac{1}{\pi}\,\mathrm{Im}\,\mathrm{Tr}\,\hat G(\varepsilon+i0^+)$ の導出
  • ランチョス三重対角化に基づくリカージョン法と,グリーン関数の連分数展開の完全な導出
  • 1次元強束縛鎖でのリカージョン法の実演:端のサイトの局所状態密度が半円形になること
  • モーメント定理 $\mu_p=\langle u_0|\hat H^p|u_0\rangle$:局所環境が状態密度の形を決めるという思想
  • フリーデルモデルによる凝集エネルギー $E_{\mathrm{coh}}=\frac{W}{20}n_d(10-n_d)$ の導出と実験との比較
  • 拡張フリーデルモデルによる遷移金属の結晶構造系列と磁性・構造の相関の理解
  • (発展)合金の生成熱に関するミーデマ則とその微視的解釈

13.1 状態密度と局所状態密度

まず本章の主役である状態密度を定義し,その基本的な性質を整理する.ここで考えるのは,コーン・シャム方程式のような一体有効ハミルトニアン $\hat H$ の固有値問題

$$ \begin{equation} \hat H\,|n\rangle = \varepsilon_n\,|n\rangle,\qquad \langle m|n\rangle=\delta_{mn} \label{eq:13-eigen} \end{equation} $$

である.$|n\rangle$ は一体固有状態(固体なら第12章のブロッホ状態 $|\nu\kk\rangle$),$\varepsilon_n$ はその固有エネルギーであり,ラベル $n$ はスピンも含めて全ての一体状態を走るものとする(スピン非分極系では各軌道準位が2重に数えられる).

定義:状態密度(DOS)と局所状態密度(LDOS)

系全体の状態密度(density of states, DOS)を

$$ \begin{equation} D(\varepsilon) \equiv \sum_n \delta(\varepsilon-\varepsilon_n) \label{eq:13-dos-def} \end{equation} $$

で定義する.また,規格化された局在軌道 $|i\rangle$(原子 $i$ 上の原子軌道など)への射影で重み付けした局所状態密度(local density of states, LDOS)を

$$ \begin{equation} n_i(\varepsilon) \equiv \sum_n \left|\langle i|n\rangle\right|^2 \delta(\varepsilon-\varepsilon_n) \label{eq:13-ldos-def} \end{equation} $$

で定義する.より一般に,任意の規格化された状態 $|\phi\rangle$ に対する $n_\phi(\varepsilon)=\sum_n |\langle \phi|n\rangle|^2\delta(\varepsilon-\varepsilon_n)$ を射影状態密度(projected DOS, PDOS)と呼ぶ.$|\phi\rangle$ として特定原子の $s,p,d$ 軌道をとれば,軌道分解された PDOS が得られる.

定義 \eqref{eq:13-dos-def} の意味は単純である.$D(\varepsilon)\,\dd\varepsilon$ は「エネルギー区間 $[\varepsilon,\varepsilon+\dd\varepsilon]$ にある一体状態の数」であり,離散スペクトルではデルタ関数の列,固体のように準位が稠密に分布する極限では滑らかな関数になる(図13.1左).実際,第3章では自由電子気体について $D(\varepsilon)\propto\sqrt{\varepsilon}$ となることを状態数の数え上げから導いた.局所状態密度 \eqref{eq:13-ldos-def} は,それに「その状態がどれだけ原子 $i$ の上に住んでいるか」という重み $|\langle i|n\rangle|^2$ を付けたものである(図13.1右).

DOS と LDOS の間には二つの基本的な和則が成り立つ.第一に,局在基底 $\{|i\rangle\}$ が完全系(すなわち $\sum_i |i\rangle\langle i|=\hat 1$)をなすとき,

$$ \begin{align} \sum_i n_i(\varepsilon) &= \sum_i \sum_n \langle n|i\rangle\langle i|n\rangle\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n) \label{eq:13-ldos-sum-a}\\ &= \sum_n \langle n|\Bigl(\sum_i |i\rangle\langle i|\Bigr)|n\rangle\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n) \label{eq:13-ldos-sum-b}\\ &= \sum_n \langle n|n\rangle\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n) = D(\varepsilon). \label{eq:13-ldos-sum} \end{align} $$

1行目では $|\langle i|n\rangle|^2=\langle n|i\rangle\langle i|n\rangle$ と書き直し,2行目では $i$ についての和を先に実行できるように和の順序を交換し(有限和どうしなので自由に交換できる),3行目で完全性 $\sum_i|i\rangle\langle i|=\hat 1$ と規格化 $\langle n|n\rangle=1$ を使った.つまり全 DOS は各原子・各軌道の LDOS に分配される.第二に,エネルギーで積分すると

$$ \begin{equation} \int_{-\infty}^{\infty} n_i(\varepsilon)\,\dd\varepsilon = \sum_n |\langle i|n\rangle|^2 = \langle i|\Bigl(\sum_n |n\rangle\langle n|\Bigr)|i\rangle = \langle i|i\rangle = 1, \label{eq:13-ldos-norm} \end{equation} $$

ここでデルタ関数の積分 $\int \delta(\varepsilon-\varepsilon_n)\dd\varepsilon=1$ と,固有状態の完全性 $\sum_n|n\rangle\langle n|=\hat 1$ を使った.すなわち1本の局在軌道は,エネルギー軸上にちょうど1状態分の重みを分布させる.LDOS とは,その分布の仕方(集中しているか,広がっているか,何山に分かれるか)を表す関数である.

基底状態の電子構造を特徴づける多くの量は DOS の積分で書ける.絶対零度で電子はエネルギーの低い状態から順に詰まるから,電子数 $N_e$ とフェルミエネルギー $\varepsilon_F$ の関係,およびバンドエネルギー(占有準位のエネルギーの総和)$E_{\mathrm{band}}$ は

$$ \begin{equation} N_e = \int^{\varepsilon_F} D(\varepsilon)\,\dd\varepsilon, \qquad E_{\mathrm{band}} = \sum_n^{\mathrm{occ}}\varepsilon_n = \int^{\varepsilon_F} \varepsilon\, D(\varepsilon)\,\dd\varepsilon \label{eq:13-eband} \end{equation} $$

と表される(積分の下限はスペクトルの下端).2番目の等式は,定義 \eqref{eq:13-dos-def} を代入して $\int^{\varepsilon_F}\varepsilon\sum_n\delta(\varepsilon-\varepsilon_n)\dd\varepsilon=\sum_n^{\varepsilon_n\le\varepsilon_F}\varepsilon_n$ とデルタ関数の積分を実行したものに他ならない.式 \eqref{eq:13-eband} は本章後半のフリーデルモデルの出発点となる.

物理的意味:物性を語る言語としての DOS

バンド構造 $\varepsilon_\nu(\kk)$ は情報として最も詳細だが,$\kk$ の各方向を描いた断面図の集まりであり,そこから「結合が強いか」「磁性が出るか」を直読するのは難しい.一方 DOS は $\kk$ の情報を捨てて「エネルギーあたりの状態数」だけを残した量であり,

のように,物性との対応が直接的である.さらに LDOS は走査トンネル顕微鏡(STM)の微分コンダクタンスや光電子分光の強度と結びつく実験的にも意味のある量である.本章はこの「DOS の言語」の文法を整備することから始める.

(a) 固有値スペクトルと状態密度 ε ε₁ εₙ D(ε) ε 滑らかな極限 (b) 局所状態密度:重み |⟨i|n⟩|² 原子 i 固有状態 |n⟩ の広がり nᵢ(ε) = Σₙ |⟨i|n⟩|² δ(ε−εₙ) 「状態が原子 i にどれだけ 住んでいるか」の重み付き DOS
図13.1 (a) 離散的な固有値の列(左)から定義される状態密度 $D(\varepsilon)$.固体では準位が稠密になり滑らかな曲線とみなせる.(b) 局所状態密度 $n_i(\varepsilon)$ は,各固有状態 $|n\rangle$ が原子 $i$ 上に持つ重み $|\langle i|n\rangle|^2$ を付けて数えた DOS である.

さて,定義 \eqref{eq:13-dos-def} や \eqref{eq:13-ldos-def} を実際に計算しようとすると,全ての固有値・固有ベクトルが必要になるように見える.しかし驚くべきことに,対角化を全く行わずに LDOS を直接計算する方法がある.その鍵がグリーン関数である.

13.2 グリーン関数と状態密度

この節では,グリーン関数(レゾルベント)を定義し,その虚部が状態密度そのものであることを,デルタ関数のローレンツ表示を丁寧に証明した上で導く.これが本章全体の技術的な土台になる.

13.2.1 レゾルベントの定義とスペクトル表示

定義:グリーン関数(レゾルベント)

複素数 $z$ が $\hat H$ の固有値と一致しないとき,演算子 $z\hat 1-\hat H$ は逆を持つ.この逆演算子

$$ \begin{equation} \hat G(z) \equiv (z\hat 1-\hat H)^{-1}, \qquad (z\hat 1-\hat H)\,\hat G(z)=\hat G(z)\,(z\hat 1-\hat H)=\hat 1 \label{eq:13-resolvent} \end{equation} $$

を(一体)グリーン関数あるいはレゾルベントと呼ぶ.$z$ は複素エネルギー変数である.

これから,$\hat G(z)$ が固有状態を使って明示的に書けること(スペクトル表示)を示す.候補として

$$ \begin{equation} \hat G_{\mathrm{trial}}(z) = \sum_n \frac{|n\rangle\langle n|}{z-\varepsilon_n} \label{eq:13-gtrial} \end{equation} $$

を考え,これが定義式 \eqref{eq:13-resolvent} を満たすことを直接確認する.

$$ \begin{align} (z\hat 1-\hat H)\,\hat G_{\mathrm{trial}}(z) &= (z\hat 1-\hat H)\sum_n \frac{|n\rangle\langle n|}{z-\varepsilon_n} \label{eq:13-spec-a}\\ &= \sum_n \frac{\bigl(z|n\rangle-\hat H|n\rangle\bigr)\langle n|}{z-\varepsilon_n} \label{eq:13-spec-b}\\ &= \sum_n \frac{(z-\varepsilon_n)\,|n\rangle\langle n|}{z-\varepsilon_n} \label{eq:13-spec-c}\\ &= \sum_n |n\rangle\langle n| = \hat 1. \label{eq:13-spec-d} \end{align} $$

1行目から2行目へは,演算子 $(z\hat 1-\hat H)$ が各項のケット $|n\rangle$ にだけ作用することを使って和の中に入れた(和は状態の数だけの和であり,演算子は線形なので許される).2行目から3行目へは固有値方程式 $\hat H|n\rangle=\varepsilon_n|n\rangle$ を使った.3行目から4行目へは,$z\ne\varepsilon_n$ である限り分子と分母の $(z-\varepsilon_n)$ を約分でき,最後に固有状態の完全性 $\sum_n|n\rangle\langle n|=\hat 1$ を使った.逆の順序の積 $\hat G_{\mathrm{trial}}(z-\hat H)$ も全く同じ計算で $\hat 1$ になる.逆演算子は一意だから(もし $\hat A\hat B=\hat B\hat A=\hat 1$ と $\hat A\hat C=\hat C\hat A=\hat 1$ なら $\hat C=\hat C\hat A\hat B=\hat B$),次のスペクトル表示が確立した:

$$ \begin{equation} \hat G(z) = \sum_n \frac{|n\rangle\langle n|}{z-\varepsilon_n}. \label{eq:13-gspec} \end{equation} $$

局在軌道 $|i\rangle$ での対角行列要素をとれば

$$ \begin{equation} G_{ii}(z) \equiv \langle i|\hat G(z)|i\rangle = \sum_n \frac{\langle i|n\rangle\langle n|i\rangle}{z-\varepsilon_n} = \sum_n \frac{|\langle i|n\rangle|^2}{z-\varepsilon_n}. \label{eq:13-gii} \end{equation} $$

この式を LDOS の定義 \eqref{eq:13-ldos-def} と見比べると,どちらも「重み $|\langle i|n\rangle|^2$ を持つ準位 $\varepsilon_n$ の列」の情報を持っている.違いは,LDOS がデルタ関数の列であるのに対し,$G_{ii}(z)$ は $z$ 平面上の極の列であることだ.両者をつなぐのが次のデルタ関数のローレンツ表示である.

13.2.2 デルタ関数のローレンツ表示とソホツキー・プレメリの公式

これから,実軸のすぐ上 $z=\varepsilon+i\eta$($\eta$ は小さな正数)でグリーン関数を評価し,$\eta\to 0^+$ の極限でデルタ関数が現れることを示す.まず1つの極 $g(z)=1/(z-\varepsilon_0)$($\varepsilon_0$ は実数)で計算する.分母の複素共役を分子・分母に掛けて実部と虚部に分けると,

$$ \begin{align} g(\varepsilon+i\eta) &= \frac{1}{(\varepsilon-\varepsilon_0)+i\eta} \label{eq:13-lor-a}\\ &= \frac{(\varepsilon-\varepsilon_0)-i\eta}{\bigl[(\varepsilon-\varepsilon_0)+i\eta\bigr]\bigl[(\varepsilon-\varepsilon_0)-i\eta\bigr]} \label{eq:13-lor-b}\\ &= \frac{\varepsilon-\varepsilon_0}{(\varepsilon-\varepsilon_0)^2+\eta^2} \;-\; i\,\frac{\eta}{(\varepsilon-\varepsilon_0)^2+\eta^2}. \label{eq:13-lorentz} \end{align} $$

1行目から2行目へは分子・分母に $(\varepsilon-\varepsilon_0)-i\eta$ を掛け,2行目から3行目へは分母で $(a+ib)(a-ib)=a^2+b^2$ を使った.虚部に現れた関数

$$ \begin{equation} L_\eta(x) \equiv \frac{1}{\pi}\,\frac{\eta}{x^2+\eta^2} \label{eq:13-lor-def} \end{equation} $$

($x=\varepsilon-\varepsilon_0$)はローレンツ関数と呼ばれる.幅 $\eta$ のピークを $x=0$ に持ち,$\eta$ を小さくするほど鋭く高くなる(図13.2).これがデルタ関数に収束することを示そう.

導出:ローレンツ関数のデルタ関数極限 $\lim_{\eta\to0^+}L_\eta(x)=\delta(x)$

ステップ1(面積が常に1).まず全積分を計算する.変数変換 $x=\eta\tan\theta$ を行うと,$\dd x=\eta\sec^2\theta\,\dd\theta$,$x^2+\eta^2=\eta^2\tan^2\theta+\eta^2=\eta^2\sec^2\theta$ であり,$x:-\infty\to\infty$ は $\theta:-\pi/2\to\pi/2$ に対応するから,

$$ \begin{align} \int_{-\infty}^{\infty} L_\eta(x)\,\dd x &= \frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\eta}{x^2+\eta^2}\,\dd x \label{eq:13-lnorm-a}\\ &= \frac{1}{\pi}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\frac{\eta}{\eta^2\sec^2\theta}\,\eta\sec^2\theta\,\dd\theta \label{eq:13-lnorm-b}\\ &= \frac{1}{\pi}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\dd\theta = \frac{1}{\pi}\cdot\pi = 1. \label{eq:13-lorentz-norm} \end{align} $$

2行目で置換を代入し,3行目で $\eta^2\sec^2\theta$ が分母・分子で約分されて被積分関数が定数 $1$ になった.面積は $\eta$ によらず常に 1 である.

ステップ2(ピーク外では 0 に潰れる).$x\ne0$ を固定すると,$L_\eta(x)=\dfrac{\eta}{\pi(x^2+\eta^2)}\le\dfrac{\eta}{\pi x^2}\xrightarrow{\eta\to0^+}0$.一方 $x=0$ では $L_\eta(0)=\dfrac{1}{\pi\eta}\to\infty$.つまり重みはすべて原点に集中していく.

ステップ3(試験関数に対する収束).デルタ関数の定義は「任意の滑らかで有界な関数 $f$ に対して $\int f(x)\delta(x)\dd x=f(0)$」であった.そこで $\int f L_\eta\,\dd x$ の極限を調べる.変数変換 $x=\eta u$($\dd x=\eta\,\dd u$)を行うと,

$$ \begin{align} \int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,L_\eta(x)\,\dd x &= \frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^{\infty} f(\eta u)\,\frac{\eta}{\eta^2u^2+\eta^2}\,\eta\,\dd u \label{eq:13-ltest-a}\\ &= \frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{f(\eta u)}{1+u^2}\,\dd u. \label{eq:13-ltest-b} \end{align} $$

1行目で置換を代入し,2行目で分母・分子の $\eta^2$ を約分した($\eta$ が積分変数から完全に消えず,$f$ の引数にだけ残ったことに注意).$\eta\to0^+$ で $f(\eta u)\to f(0)$(各 $u$ ごと)であり,被積分関数は $u$ によらず $\max|f|/(1+u^2)$ という積分可能な関数で上から押さえられるから,極限と積分の順序を交換してよい(優収束).よって

$$ \begin{equation} \lim_{\eta\to0^+}\int f(x)L_\eta(x)\,\dd x = \frac{f(0)}{\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\dd u}{1+u^2} = \frac{f(0)}{\pi}\cdot\pi = f(0). \label{eq:13-ltest-c} \end{equation} $$

最後の積分はステップ1と同じ $u=\tan\theta$ の置換で $\pi$ になる.これはまさにデルタ関数の定義であり,$L_\eta\to\delta$ が証明された.

ローレンツ関数 L_η(x) のグラフ.η=0.4,0.2,0.1 の3本の曲線は面積が1で等しく,η が小さいほどピークが高く鋭くなり,デルタ関数に近づく.
図13.2 ローレンツ関数 $L_\eta(x)=\frac{1}{\pi}\frac{\eta}{x^2+\eta^2}$.幅 $\eta$ を小さくすると,面積 1 を保ったままピークが鋭くなり,デルタ関数に近づく.数値計算で DOS を描くときは,逆に有限の $\eta$ を「ぼかし(スメアリング)」として利用する.

実部の極限も定義しておこう.式 \eqref{eq:13-lorentz} の実部 $x/(x^2+\eta^2)$ は,$\eta\to0^+$ で $1/x$ に近づくが,$x=0$ の特異点をまたぐ積分では注意が要る.この極限はコーシーの主値と呼ばれる操作になる.

数学ノート:コーシーの主値

$1/x$ のように原点で発散する関数の積分は,特異点を対称に避けた極限

$$ \begin{equation} \mathrm{P}\!\int_{-\infty}^{\infty}\frac{f(x)}{x}\,\dd x \equiv \lim_{\delta\to0^+}\left[\int_{-\infty}^{-\delta}\frac{f(x)}{x}\,\dd x+\int_{\delta}^{\infty}\frac{f(x)}{x}\,\dd x\right] \label{eq:13-pv-def} \end{equation} $$

で定義すると有限になる(記号 $\mathrm{P}$).発散の芽は $x=0$ 近傍の $f(0)/x$ の寄与だが,これは奇関数なので左右対称に切り取れば互いに打ち消すからである.実際,$|x|\lt\delta$ で $f(x)=f(0)+[f(x)-f(0)]$ と分けると,第1項の積分は奇関数性でゼロ,第2項は $|f(x)-f(0)|\le C|x|$(滑らかな $f$)より被積分関数が有界となり $\delta\to0$ で消える.同じ理由で,$\eta$ を持つ実部についても $$ \int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,\frac{x}{x^2+\eta^2}\,\dd x \xrightarrow{\eta\to0^+} \mathrm{P}\!\int_{-\infty}^{\infty}\frac{f(x)}{x}\,\dd x $$ が成り立つ.$|x|\gt\delta$ の領域では $x/(x^2+\eta^2)\to1/x$ に一様収束し,$|x|\lt\delta$ の領域では被積分関数が奇関数 $x/(x^2+\eta^2)$ 掛ける $[f(0)+O(x)]$ の形なので $f(0)$ の項が対称性で消える,という同じ構造である.

以上をまとめると,次の公式が得られる.

定理:ソホツキー・プレメリ(Sokhotski–Plemelj)の公式

実数 $x$ の関数(超関数)として

$$ \begin{equation} \lim_{\eta\to0^+}\frac{1}{x\pm i\eta} = \mathrm{P}\,\frac{1}{x} \mp i\pi\,\delta(x). \label{eq:13-sp} \end{equation} $$

すなわち,極を実軸の上(下)から迂回すると,主値と,デルタ関数 $\times(\mp i\pi)$ の和になる.

証明:式 \eqref{eq:13-lorentz} の分解 $\dfrac{1}{x\pm i\eta}=\dfrac{x}{x^2+\eta^2}\mp i\,\dfrac{\eta}{x^2+\eta^2}$ において,実部の極限が主値になること(数学ノート),虚部が $\dfrac{\eta}{x^2+\eta^2}=\pi L_\eta(x)\to\pi\delta(x)$ となること(上の導出ボックス)から従う.∎

13.2.3 状態密度はグリーン関数の虚部である

準備が整った.スペクトル表示 \eqref{eq:13-gii} に $z=\varepsilon+i0^+$(実軸の直上での極限を意味する)を代入し,ソホツキー・プレメリの公式 \eqref{eq:13-sp} を $x=\varepsilon-\varepsilon_n$ に適用すると,

$$ \begin{align} G_{ii}(\varepsilon+i0^+) &= \sum_n |\langle i|n\rangle|^2\,\lim_{\eta\to0^+}\frac{1}{(\varepsilon-\varepsilon_n)+i\eta} \label{eq:13-giieps-a}\\ &= \sum_n |\langle i|n\rangle|^2\left[\mathrm{P}\,\frac{1}{\varepsilon-\varepsilon_n} - i\pi\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n)\right]. \label{eq:13-giieps} \end{align} $$

虚部を取り出すと,係数 $|\langle i|n\rangle|^2$ は実数だから

$$ \begin{equation} \mathrm{Im}\,G_{ii}(\varepsilon+i0^+) = -\pi\sum_n |\langle i|n\rangle|^2\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n) = -\pi\,n_i(\varepsilon), \label{eq:13-img} \end{equation} $$

ここで LDOS の定義 \eqref{eq:13-ldos-def} をそのまま使った.また,トレースは基底の取り方によらないので固有基底で評価すると $\mathrm{Tr}\,\hat G(z)=\sum_n\langle n|\hat G(z)|n\rangle=\sum_n \frac{1}{z-\varepsilon_n}$ であり,同様に虚部をとれば全 DOS が得られる.結果をまとめる:

$$ \begin{equation} n_i(\varepsilon) = -\frac{1}{\pi}\,\mathrm{Im}\,G_{ii}(\varepsilon+i0^+), \qquad D(\varepsilon) = -\frac{1}{\pi}\,\mathrm{Im}\,\mathrm{Tr}\,\hat G(\varepsilon+i0^+). \label{eq:13-dos-green} \end{equation} $$

これで,状態密度の計算はグリーン関数の対角要素の計算に帰着した.固有値問題を解く代わりに,逆行列のたった1個の対角要素 $G_{ii}$ を求めればよい.次節で,この対角要素を効率よく・しかも物理的に透明な形で計算する方法(リカージョン法)を導出する.

物理的意味:小さな虚部はぼかしである

$z=\varepsilon+i\eta$ の $\eta$ を有限に保つと,式 \eqref{eq:13-img} の導出から明らかなように,各準位のデルタ関数が幅 $\eta$ のローレンツ関数に置き換わる.すなわち $-\frac{1}{\pi}\mathrm{Im}\,G_{ii}(\varepsilon+i\eta)$ は「幅 $\eta$ でぼかした LDOS」である.数値計算で滑らかな DOS 曲線を描くときに使われるスメアリングは,まさにこの操作である.また多体論では,$\eta$ の位置に自己エネルギーの虚部(有限寿命)が入り,スペクトル関数のピーク幅が準粒子の寿命の逆数を与える.ここで証明した「面積1のローレンツ関数」はその原型である.

13.3 リカージョン法:ランチョス三重対角化と連分数展開

前節で,状態密度の計算はグリーン関数の対角要素 $G_{ii}(z)=\langle i|(z-\hat H)^{-1}|i\rangle$ の計算に帰着した.しかし $\hat G(z)$ は逆演算子であり,素朴に考えれば巨大な行列 $(z\hat 1-\hat H)$ を丸ごと反転しなければならない.これでは対角化するのと手間が変わらない.ここで発想を転換する.行列の形が特別ならば,逆行列の1個の対角要素だけは非常に簡単に書けるのではないか.実際,行列が三重対角(対角線と,そのすぐ隣の2本の副対角線だけが非零)であれば,$(z-T)^{-1}$ の $(0,0)$ 成分は連分数という閉じた形で表せる.そこで問題は「基底をうまく取り替えて $\hat H$ を三重対角にできるか」に置き換わる.これを実行するのがランチョス(Lanczos)の三重対角化であり,それをグリーン関数と組み合わせた電子状態計算の手法をリカージョン法(recursion method)と呼ぶ(Haydock, Heine, Kelly 1972).

13.3.1 三重対角化の要請と三項間漸化式

定義:三重対角化された基底

規格直交系 $\{|u_n\rangle\}_{n=0,1,2,\dots}$ が $\hat H$ を三重対角化するとは,

$$ \begin{equation} \langle u_m|\hat H|u_n\rangle = 0 \qquad (\abs{m-n}\ge 2) \label{eq:13-lz-tridiag} \end{equation} $$

が成り立つことをいう.このとき非零な行列要素に名前を付けて

$$ \begin{equation} a_n \equiv \langle u_n|\hat H|u_n\rangle, \qquad b_{n+1} \equiv \langle u_{n+1}|\hat H|u_n\rangle \label{eq:13-lz-coef} \end{equation} $$

と書く.$a_n$ は $\hat H$ がエルミートなので実数である.$b_{n+1}$ は以下の構成では実の正数に選べる.$\{|u_n\rangle\}$ をリカージョンベクトル(またはランチョスベクトル),$a_n,b_n$ をリカージョン係数と呼ぶ.

まず,三重対角化された基底が存在したと仮定して,それが満たすべき関係式を書き下す.$\{|u_n\rangle\}$ は規格直交完全系だから,任意のベクトルは $|\psi\rangle=\sum_m|u_m\rangle\langle u_m|\psi\rangle$ と展開できる.これを $|\psi\rangle=\hat H|u_n\rangle$ に適用すると

$$ \begin{align} \hat H|u_n\rangle &= \sum_m |u_m\rangle\,\langle u_m|\hat H|u_n\rangle \label{eq:13-lz-exp-a}\\ &= |u_{n-1}\rangle\,\langle u_{n-1}|\hat H|u_n\rangle + |u_n\rangle\,\langle u_n|\hat H|u_n\rangle + |u_{n+1}\rangle\,\langle u_{n+1}|\hat H|u_n\rangle \label{eq:13-lz-exp-b}\\ &= b_n\,|u_{n-1}\rangle + a_n\,|u_n\rangle + b_{n+1}\,|u_{n+1}\rangle . \label{eq:13-lz-three} \end{align} $$

1行目は完全性の挿入そのものである.2行目では三重対角条件 \eqref{eq:13-lz-tridiag} により $\abs{m-n}\ge2$ の項がすべて消えるので,$m=n-1,n,n+1$ の3項しか残らない.3行目では \eqref{eq:13-lz-coef} の定義を代入した.ただし $\langle u_{n-1}|\hat H|u_n\rangle$ は $b_n$ の複素共役 $\overline{b_n}$ であり,$b_n$ が実数であることを先取りして $b_n$ と書いた(この点は下の構成で保証される).

式 \eqref{eq:13-lz-three} を $|u_{n+1}\rangle$ について解くと,

$$ \begin{equation} b_{n+1}\,|u_{n+1}\rangle = \bigl(\hat H - a_n\bigr)|u_n\rangle - b_n\,|u_{n-1}\rangle \label{eq:13-lz-recur} \end{equation} $$

という三項間漸化式が得られる.これは単なる関係式ではなく,そのままアルゴリズムとして読める.右辺は $|u_{n-1}\rangle$ と $|u_n\rangle$ だけから計算できるので,左辺すなわち次のベクトルが決まるのである.しかも $b_{n+1}$ は「規格化定数」として自動的に定まる.$|u_{n+1}\rangle$ が規格化されているべきだから,右辺のノルムがそのまま $b_{n+1}$ になるのである.

アルゴリズム:リカージョン(ランチョス)法

興味のある局在軌道を出発ベクトル $|u_0\rangle$ にとる($\langle u_0|u_0\rangle=1$).便宜上 $|u_{-1}\rangle\equiv 0$,$b_0\equiv 0$ と約束する.$n=0,1,2,\dots$ に対して以下を繰り返す.

  1. $\hat H|u_n\rangle$ を計算する(疎行列とベクトルの積1回).
  2. $a_n = \langle u_n|\hat H|u_n\rangle$ を計算する.
  3. 残差ベクトル $|r_n\rangle = \hat H|u_n\rangle - a_n|u_n\rangle - b_n|u_{n-1}\rangle$ を作る.
  4. $b_{n+1} = \sqrt{\langle r_n|r_n\rangle}$ とおく(定義から実の非負数).
  5. $b_{n+1}\ne 0$ なら $|u_{n+1}\rangle = |r_n\rangle/b_{n+1}$ とする.$b_{n+1}=0$ なら反復を打ち切る.

必要なのは $\hat H$ とベクトルの積だけであり,行列の対角化も反転も現れない.$\hat H$ が疎($1$サイトあたりの結合先が有限個)ならば,1ステップの計算量は系のサイズ $N$ に比例する.

ここで一つ確認が必要である.上のアルゴリズムは漸化式 \eqref{eq:13-lz-recur} を定義として採用しただけであって,こうして作られたベクトルたちが本当に規格直交系になる保証はまだない.しかし驚くべきことに,直交化の操作(グラム・シュミット法など)を明示的に行わなくても,生成されたベクトルは自動的に互いに直交する.これがランチョス法の核心である.次にこれを帰納法で証明する.

13.3.2 生成ベクトルの直交性の証明

定理:リカージョンベクトルの規格直交性

$\hat H$ をエルミート演算子,$|u_0\rangle$ を規格化されたベクトルとし,上のアルゴリズムで $|u_0\rangle,|u_1\rangle,\dots,|u_{n+1}\rangle$ が生成された($b_1,\dots,b_{n+1}$ がすべて正)とする.このとき

$$ \begin{equation} \langle u_k|u_l\rangle = \delta_{kl}\qquad (0\le k,l\le n+1) \label{eq:13-lz-ortho} \end{equation} $$

が成り立ち,かつ $\hat H$ はこの基底の上で三重対角である.

導出:直交性の帰納法による証明

帰納法の主張 $P(n)$ を次のように置く:「$|u_0\rangle,\dots,|u_n\rangle$ は規格直交系であり,かつ $0\le m\le n-1$ に対して

$$ \begin{equation} \hat H|u_m\rangle = b_m|u_{m-1}\rangle + a_m|u_m\rangle + b_{m+1}|u_{m+1}\rangle \label{eq:13-lz-ind-hyp} \end{equation} $$

が成り立つ」.式 \eqref{eq:13-lz-ind-hyp} はアルゴリズムのステップ3・5を移項しただけなので,$|u_{m+1}\rangle$ が生成されている限り自動的に正しい.したがって実質的に示すべきは規格直交性である.

出発点 $P(0)$.$|u_0\rangle$ は規格化されていると仮定したので $\langle u_0|u_0\rangle=1$.1本しかないベクトルの直交性は自明である.

帰納段階.$P(n)$ を仮定して $P(n+1)$,すなわち $|u_{n+1}\rangle$ が $|u_0\rangle,\dots,|u_n\rangle$ のすべてと直交し,かつ規格化されていることを示す.$|u_{n+1}\rangle=|r_n\rangle/b_{n+1}$ で $b_{n+1}\gt0$ だから,$|r_n\rangle$ が $|u_m\rangle$($m\le n$)と直交することを示せばよい.

(i) $m=n$ の場合.

$$ \begin{align} \langle u_n|r_n\rangle &= \langle u_n|\hat H|u_n\rangle - a_n\langle u_n|u_n\rangle - b_n\langle u_n|u_{n-1}\rangle \label{eq:13-lz-o1-a}\\ &= a_n - a_n\cdot 1 - b_n\cdot 0 = 0 . \label{eq:13-lz-o1-b} \end{align} $$

1行目は $|r_n\rangle$ の定義に $\langle u_n|$ を掛けただけである.2行目では,第1項に $a_n$ の定義 \eqref{eq:13-lz-coef},第2項に規格化 $\langle u_n|u_n\rangle=1$,第3項に帰納法の仮定(規格直交性)による $\langle u_n|u_{n-1}\rangle=0$ を使った.つまり$a_n$ を $\hat H$ の対角要素と定義したこと自体が,$|r_n\rangle$ から $|u_n\rangle$ 成分を取り除く操作になっている.

(ii) $m=n-1$ の場合.

$$ \begin{align} \langle u_{n-1}|r_n\rangle &= \langle u_{n-1}|\hat H|u_n\rangle - a_n\langle u_{n-1}|u_n\rangle - b_n\langle u_{n-1}|u_{n-1}\rangle \label{eq:13-lz-o2-a}\\ &= \langle u_{n-1}|\hat H|u_n\rangle - 0 - b_n . \label{eq:13-lz-o2-b} \end{align} $$

ここでも帰納法の仮定から $\langle u_{n-1}|u_n\rangle=0$,$\langle u_{n-1}|u_{n-1}\rangle=1$ を使った.残った第1項を評価する.$\hat H$ のエルミート性から $\langle u_{n-1}|\hat H|u_n\rangle=\overline{\langle u_n|\hat H|u_{n-1}\rangle}$ であり,帰納法の仮定 \eqref{eq:13-lz-ind-hyp} を $m=n-1$ に対して使うと

$$ \begin{align} \langle u_n|\hat H|u_{n-1}\rangle &= b_{n-1}\langle u_n|u_{n-2}\rangle + a_{n-1}\langle u_n|u_{n-1}\rangle + b_n\langle u_n|u_n\rangle \label{eq:13-lz-o3-a}\\ &= 0 + 0 + b_n = b_n . \label{eq:13-lz-o3-b} \end{align} $$

$|u_{n-2}\rangle,|u_{n-1}\rangle,|u_n\rangle$ はいずれも $P(n)$ が保証する規格直交系の元だから,最初の2項は消える.$b_n$ はノルムとして定義された実の正数なので複素共役をとっても変わらず,$\langle u_{n-1}|\hat H|u_n\rangle=b_n$.これを \eqref{eq:13-lz-o2-b} に戻すと $\langle u_{n-1}|r_n\rangle = b_n-b_n=0$.$b_n|u_{n-1}\rangle$ を引くという操作が,ちょうど1つ前のベクトル成分を取り除いていることがわかる.ついでに,\eqref{eq:13-lz-coef} で $b_{n}$ と定義した行列要素が,アルゴリズムでノルムとして定めた $b_n$ と一致することも今の計算で確認された.

(iii) $m\le n-2$ の場合.ここが「なぜ2本だけ引けば十分なのか」の答えである.

$$ \begin{align} \langle u_m|r_n\rangle &= \langle u_m|\hat H|u_n\rangle - a_n\langle u_m|u_n\rangle - b_n\langle u_m|u_{n-1}\rangle \label{eq:13-lz-o4-a}\\ &= \langle u_m|\hat H|u_n\rangle \label{eq:13-lz-o4-b}\\ &= \overline{\langle u_n|\hat H|u_m\rangle} \label{eq:13-lz-o4-c}\\ &= \overline{\;b_m\langle u_n|u_{m-1}\rangle + a_m\langle u_n|u_m\rangle + b_{m+1}\langle u_n|u_{m+1}\rangle\;} \label{eq:13-lz-o4-d}\\ &= \overline{0+0+0} = 0 . \label{eq:13-lz-o4-e} \end{align} $$

2行目では $m\le n-2\lt n-1\lt n$ より $\langle u_m|u_n\rangle=\langle u_m|u_{n-1}\rangle=0$($P(n)$ の直交性)を使った.3行目はエルミート性,4行目は帰納法の仮定 \eqref{eq:13-lz-ind-hyp} を $\hat H|u_m\rangle$ に適用したものである.最後の行では,現れる添字が $m-1,m,m+1\le n-1$ であって,いずれも $n$ とは異なるので,$P(n)$ の直交性からすべての内積が消える.

規格化と結論.(i)(ii)(iii) より $|r_n\rangle$ は $|u_0\rangle,\dots,|u_n\rangle$ のすべてと直交する.$b_{n+1}=\sqrt{\langle r_n|r_n\rangle}$ で割った $|u_{n+1}\rangle$ は明らかに $\langle u_{n+1}|u_{n+1}\rangle=1$ を満たすので,$P(n+1)$ が示された.帰納法により,生成されるすべてのベクトルが規格直交系をなす.∎

三重対角性.上で示した \eqref{eq:13-lz-ind-hyp}(すなわち $\hat H|u_n\rangle$ が $|u_{n-1}\rangle,|u_n\rangle,|u_{n+1}\rangle$ の3本だけの線形結合であること)に左から $\langle u_m|$ を掛ければ,$\abs{m-n}\ge2$ に対して $\langle u_m|\hat H|u_n\rangle=0$.これが三重対角条件 \eqref{eq:13-lz-tridiag} そのものである.∎

この証明で本質的だったのは,(iii) の「$\hat H|u_m\rangle$ は $|u_{m+1}\rangle$ までしか届かない」という点である.$m+1\le n-1$ なら $|u_n\rangle$ には届かない.だから遠い過去のベクトルとの直交性は自動的に成立し,直前の2本($|u_n\rangle$ と $|u_{n-1}\rangle$)だけを明示的に引けばよい.エルミート性と3項漸化式が組み合わさって生まれる,経済的な構造である.

数学ノート:クリロフ部分空間と反復の打ち切り

漸化式 \eqref{eq:13-lz-recur} を繰り返し使うと,$|u_n\rangle$ は $|u_0\rangle,\hat H|u_0\rangle,\hat H^2|u_0\rangle,\dots,\hat H^n|u_0\rangle$ の線形結合であることがわかる(実際,$|u_1\rangle$ は $\hat H|u_0\rangle$ と $|u_0\rangle$ の結合,$|u_2\rangle$ は $\hat H|u_1\rangle$ を含むので $\hat H^2|u_0\rangle$ まで含む,というように帰納的に従う).この $n+1$ 次元の空間

$$ \mathcal K_n(\hat H,|u_0\rangle) \equiv \mathrm{span}\{|u_0\rangle,\hat H|u_0\rangle,\dots,\hat H^{n}|u_0\rangle\} $$

をクリロフ部分空間と呼ぶ.ランチョス法とは,クリロフ部分空間の自然な基底 $\{\hat H^k|u_0\rangle\}$(そのままでは著しく非直交で数値的に使い物にならない)を規格直交化する手続きにほかならない.

もし $b_{n+1}=0$ になれば $|r_n\rangle=0$,すなわち $\hat H|u_n\rangle$ が既存のベクトルだけで表せることを意味し,$\mathcal K_n$ は $\hat H$ で閉じた不変部分空間になる.このとき反復は有限回で終わり,三重対角行列は厳密に有限サイズになる.有限次元の系では遅くとも $n=N-1$($N$ は空間の次元)で必ずこれが起こる.

なお実際の数値計算では,丸め誤差により生成ベクトルの直交性が反復とともに徐々に失われることが知られている(この現象と対処法はPaigeらによって詳しく解析されている).しかしリカージョン法で必要なのは係数 $a_n,b_n$ の低次の値だけであることが多く,後述するように低次の係数は低次のモーメント,すなわち原子の近傍環境の情報に対応するため,実用上は数十ステップで十分な精度が得られることが多い.

物理的意味:格子を半無限鎖に写像する

出発ベクトルを原子 $0$ の局在軌道 $|u_0\rangle=|0\rangle$ にとろう.$\hat H$ は隣接原子間の飛び移りを表すから,$\hat H|u_0\rangle$ は $0$ の最近接原子の上にだけ振幅を持つ.したがって $|u_1\rangle$ は第1近接シェルに広がった軌道の(規格化された)重ね合わせである.同様に $|u_2\rangle$ は第2近接シェルまで,$|u_n\rangle$ は第 $n$ 近接シェルまでに広がる.すなわちリカージョンの各ステップは,原子 $0$ から1歩ずつ外へ広がる同心の「殻」を作っていく(図13.3左).

この基底で $\hat H$ は三重対角,すなわち「隣り合う殻どうしだけが結合した1次元鎖」の形になる(図13.3右).もとの結晶が3次元でどんなに複雑でも,注目する1本の軌道から見た電子構造は,サイトエネルギー $a_n$ と飛び移り $b_n$ を持つ半無限の1次元鎖と完全に等価なのである.しかも $a_n,b_n$ は「$n$ 歩以内の局所環境」だけで決まる.第13.5節で見るように,これは「状態密度の形は原子の局所環境で決まる」という本章の中心命題の,最も直接的な表現になっている.

(a) 実空間:同心の殻に広がるリカージョンベクトル |u₀⟩ |u₁⟩ |u₂⟩ 1ステップごとに1つ外の殻へ広がる ランチョス変換 (b) 等価な半無限鎖(三重対角ハミルトニアン) u₀u₁u₂ u₃u₄ a₀a₁a₂ a₃a₄ b₁b₂b₃b₄ … サイトエネルギー aₙ と飛び移り bₙ が 局所環境のすべての情報を担う. 求めたい LDOS は,この鎖の左端の サイト u₀ の局所状態密度である.
図13.3 リカージョン法による格子から半無限鎖への写像.(a) 出発ベクトル $|u_0\rangle$(赤)から1ステップごとに1つ外の近接殻へ広がるリカージョンベクトル.(b) 得られる三重対角ハミルトニアンは,サイトエネルギー $a_n$,隣接結合 $b_n$ を持つ半無限鎖と等価である.

13.3.3 三重対角行列のグリーン関数は連分数になる

いよいよ本題である.三重対角化が済んだとして,グリーン関数の対角要素を求めよう.まず表記を整理する.$\{|u_n\rangle\}$ が張る空間(クリロフ空間)は $\hat H$ で不変であり,$|u_0\rangle$ はその中にある.したがって $(z-\hat H)^{-1}|u_0\rangle$ もこの空間の中に留まる.ゆえに $G_{00}(z)=\langle u_0|(z-\hat H)^{-1}|u_0\rangle$ を計算するには,この空間に制限した $\hat H$ の行列,すなわち三重対角行列

$$ \begin{equation} T = \begin{pmatrix} a_0 & b_1 & 0 & 0 &\cdots\\ b_1 & a_1 & b_2 & 0 &\cdots\\ 0 & b_2 & a_2 & b_3 &\cdots\\ 0 & 0 & b_3 & a_3 &\cdots\\ \vdots&\vdots&\vdots&\vdots&\ddots \end{pmatrix} \label{eq:13-cf-T} \end{equation} $$

だけを考えればよい.求めるのは $G_{00}(z)=\bigl[(z I-T)^{-1}\bigr]_{00}$ である.

これを「逆行列の公式」を持ち出さずに,連立1次方程式を素直に解くことで求める.逆行列の第0列は,方程式

$$ \begin{equation} (zI-T)\,\bm{x} = \bm{e}_0, \qquad \bm{e}_0=(1,0,0,\dots)^{\mathsf T} \label{eq:13-cf-linsys} \end{equation} $$

の解 $\bm x$ にほかならない($\bm x=(zI-T)^{-1}\bm e_0$ だから,その第0成分 $x_0$ がまさに $[(zI-T)^{-1}]_{00}=G_{00}(z)$ である).方程式 \eqref{eq:13-cf-linsys} を成分で書き下すと,$T$ が三重対角であることから各行に3項しか現れない:

$$ \begin{align} (z-a_0)\,x_0 - b_1 x_1 &= 1 &&(\text{第 }0\text{ 行}) \label{eq:13-cf-row0}\\ -b_n x_{n-1} + (z-a_n)\,x_n - b_{n+1}x_{n+1} &= 0 &&(\text{第 }n\ge1\text{ 行}) \label{eq:13-cf-rown} \end{align} $$

ここで,$n\ge1$ の行だけを集めた部分系に注目する.それは「サイト $1,2,3,\dots$ からなる部分鎖」の方程式に,$x_0$ が外部からの源として入り込んだ形をしている.実際,$n=1$ の行を $-b_1x_0$ を右辺に移して書くと

$$ \begin{equation} (z-a_1)x_1 - b_2x_2 = b_1x_0, \qquad -b_nx_{n-1}+(z-a_n)x_n-b_{n+1}x_{n+1}=0\ \ (n\ge2) \label{eq:13-cf-sub} \end{equation} $$

となる.これは部分鎖 $\{1,2,3,\dots\}$ の行列 $zI-T^{(1)}$($T^{(1)}$ は $T$ から第0行・第0列を取り除いた三重対角行列)を係数とし,右辺のベクトルが $b_1x_0\,\bm e_0^{(1)}$(部分鎖の先頭サイトにだけ値を持つ)である連立方程式である.よってその解は

$$ \begin{equation} \bm{y}=(y_1,y_2,\dots)^{\mathsf T} = b_1 x_0\,\bigl(zI-T^{(1)}\bigr)^{-1}\bm{e}_0^{(1)}, \qquad y_n\equiv x_n\ (n\ge1) \label{eq:13-cf-sol} \end{equation} $$

と書ける.とくに第1成分は

$$ \begin{equation} x_1 = b_1x_0\,\bigl[(zI-T^{(1)})^{-1}\bigr]_{00} \equiv b_1x_0\,g_1(z) \label{eq:13-cf-x1} \end{equation} $$

である.ここで $g_1(z)$ は「サイト1から始まる部分鎖の,先頭サイトのグリーン関数」である.同じ記法で $g_0(z)\equiv G_{00}(z)=x_0$ と書く.

あとは \eqref{eq:13-cf-x1} を第0行 \eqref{eq:13-cf-row0} に代入するだけである:

$$ \begin{align} 1 &= (z-a_0)x_0 - b_1\bigl(b_1x_0\,g_1\bigr) \label{eq:13-cf-sub-a}\\ &= \bigl[\,z-a_0-b_1^2\,g_1(z)\,\bigr]\,x_0 . \label{eq:13-cf-sub-b} \end{align} $$

1行目は代入,2行目は $x_0$ でくくっただけである.したがって

$$ \begin{equation} g_0(z) = x_0 = \frac{1}{z-a_0-b_1^2\,g_1(z)} . \label{eq:13-cf-step} \end{equation} $$

ここが決定的である.部分鎖 $T^{(1)}$ もまた三重対角行列であり,その係数は $(a_1,a_2,\dots)$ と $(b_2,b_3,\dots)$ である.すなわちもとの問題と全く同じ形をしている.したがって \eqref{eq:13-cf-step} の導出をそっくりそのまま $g_1$ に対して繰り返すことができ,一般に

$$ \begin{equation} g_n(z) = \frac{1}{z-a_n-b_{n+1}^2\,g_{n+1}(z)}\qquad (n=0,1,2,\dots) \label{eq:13-cf-recur} \end{equation} $$

が成り立つ.これを $n=0$ から順に代入していけば,連分数展開が得られる.

$$ \begin{equation} G_{00}(z)=\cfrac{1}{z-a_0-\cfrac{b_1^{2}}{z-a_1-\cfrac{b_2^{2}}{z-a_2-\cfrac{b_3^{2}}{\ddots}}}} \label{eq:13-cf-main} \end{equation} $$

これがリカージョン法の到達点である.$\hat H$ とベクトルの積を繰り返すだけで得られる係数 $a_0,a_1,\dots$ と $b_1,b_2,\dots$ を,この階段状の式に流し込めば,局所状態密度 $n_0(\varepsilon)=-\frac{1}{\pi}\mathrm{Im}\,G_{00}(\varepsilon+i0^+)$ が計算できる.固有値も固有ベクトルも一度も現れない.

有限で打ち切る場合の扱いも明確である.もし $b_{N+1}=0$ なら,鎖はサイト $N$ で終わり,最後の $g_N$ は $1\times1$ 行列の逆数 $g_N=1/(z-a_N)$ である.これは漸化式 \eqref{eq:13-cf-recur} で $b_{N+1}=0$ と置いたものに一致する.実際の計算では有限段($N\sim20$–$50$)だけ係数を厳密に求め,残りの尾を「その先はずっと $a_n\simeq a_\infty$,$b_n\simeq b_\infty$ が続く」と仮定した終端子(terminator)で閉じる.次節で見るように,この一定係数の無限連分数は閉じた形(平方根)に和がとれ,正しいバンド端と,バンド端での平方根的な立ち上がりを自動的に与える.

数学ノート:余因子展開とクラメルの公式

連分数 \eqref{eq:13-cf-main} は,行列式を使っても導ける.そのために必要な線形代数の道具をまとめておく.$n\times n$ 行列 $A$ に対し,第 $i$ 行と第 $j$ 列を取り除いてできる $(n-1)\times(n-1)$ 行列の行列式を小行列式 $M_{ij}$ と呼ぶ.行列式は任意の1行に沿って展開できる(余因子展開,ラプラス展開):

$$ \begin{equation} \det A = \sum_{j} (-1)^{i+j}A_{ij}\,M_{ij}\qquad(i\text{ は任意に固定}) \label{eq:13-cof-laplace} \end{equation} $$

さらに,余因子 $\tilde A_{ij}\equiv(-1)^{i+j}M_{ij}$ を転置して並べた行列(余因子行列)は $\sum_j A_{ij}\tilde A_{kj}=\delta_{ik}\det A$ を満たす.これを行列の形に書けば $A\,\bigl(\tilde A^{\mathsf T}\bigr)=(\det A)\,I$ であり,$\det A\ne0$ のとき

$$ \begin{equation} \bigl(A^{-1}\bigr)_{ij} = \frac{(-1)^{i+j}M_{ji}}{\det A} \label{eq:13-cof-cramer} \end{equation} $$

が得られる(クラメルの公式).とくに $i=j=0$ とすれば,必要なのは

$$ \begin{equation} \bigl(A^{-1}\bigr)_{00} = \frac{M_{00}}{\det A} \label{eq:13-cof-00} \end{equation} $$

すなわち「第0行・第0列を除いた行列式」を「もとの行列式」で割ったものだけである.

導出(別解):行列式の漸化式による連分数

$A=zI-T$ とおき,$A$ から第 $0,1,\dots,n-1$ 行と同じ番号の列を取り除いてできる行列(すなわちサイト $n,n+1,\dots,N$ だけの部分鎖に対応する行列)の行列式を $D_n$ と定義する.定義から $D_0=\det A$ であり,また $M_{00}$(第0行・第0列を除いた小行列式)は $D_1$ にほかならない.よって \eqref{eq:13-cof-00} より

$$ \begin{equation} G_{00}(z)=\bigl(A^{-1}\bigr)_{00}=\frac{D_1}{D_0}. \label{eq:13-det-g00} \end{equation} $$

ステップ1:$D_n$ の漸化式.$D_n$ に対応する行列を局所的な番号 $0,1,2,\dots$ で書くと

$$ \begin{pmatrix} z-a_n & -b_{n+1} & 0 & \cdots\\ -b_{n+1} & z-a_{n+1} & -b_{n+2} & \cdots\\ 0 & -b_{n+2} & z-a_{n+2} & \cdots\\ \vdots&\vdots&\vdots&\ddots \end{pmatrix} $$

である.第0行に沿って余因子展開 \eqref{eq:13-cof-laplace} を行う.第0行の非零成分は $j=0$ の $(z-a_n)$ と $j=1$ の $(-b_{n+1})$ の2つだけだから,

$$ \begin{align} D_n &= (-1)^{0+0}(z-a_n)\,M_{00} + (-1)^{0+1}(-b_{n+1})\,M_{01} \label{eq:13-det-a}\\ &= (z-a_n)\,D_{n+1} + b_{n+1}\,M_{01}. \label{eq:13-det-b} \end{align} $$

1行目は展開の定義そのもの,2行目では $M_{00}$ が「サイト $n+1$ 以降の部分鎖の行列式」$=D_{n+1}$ であることを使い,符号 $(-1)^{1}\times(-b_{n+1})=+b_{n+1}$ をまとめた.

ステップ2:$M_{01}$ の評価.$M_{01}$ は局所番号の第0行と第1列を取り除いた行列の行列式である.残った行列の第0列(もとの第0列)は,上から順に $-b_{n+1},0,0,\dots$ という成分を持つ(三重対角性から,第0列の非零成分は対角と1つ下だけであり,第0行を削ったので残るのは $-b_{n+1}$ のみ).そこで今度は第0列に沿って余因子展開すると,非零項は1つしかなく

$$ \begin{equation} M_{01} = (-1)^{0+0}\,(-b_{n+1})\,D_{n+2} = -b_{n+1}D_{n+2} \label{eq:13-det-c} \end{equation} $$

となる(残る小行列式は,サイト $n+2$ 以降の部分鎖そのものなので $D_{n+2}$).

ステップ3:漸化式.\eqref{eq:13-det-c} を \eqref{eq:13-det-b} に代入すると

$$ \begin{equation} D_n = (z-a_n)\,D_{n+1} - b_{n+1}^2\,D_{n+2}. \label{eq:13-det-recur} \end{equation} $$

ステップ4:連分数へ.両辺を $D_{n+1}$ で割り,$g_n\equiv D_{n+1}/D_n$ と定義すると($G_{00}=D_1/D_0=g_0$ に注意)

$$ \begin{align} \frac{D_n}{D_{n+1}} &= (z-a_n) - b_{n+1}^2\,\frac{D_{n+2}}{D_{n+1}} \label{eq:13-det-d}\\ \frac{1}{g_n} &= (z-a_n) - b_{n+1}^2\,g_{n+1} \label{eq:13-det-e} \end{align} $$

となり,逆数をとれば \eqref{eq:13-cf-recur} と完全に同じ漸化式が得られる.よって連分数 \eqref{eq:13-cf-main} が再び導かれた.∎

13.4 実演:1次元強束縛鎖の局所状態密度

前節で得た道具立てを,手で最後まで計算できる最小の例に適用してみよう.ここで扱うのは1次元強束縛鎖である.抽象的だった $a_n$,$b_n$,連分数,そして状態密度が,すべて具体的な数式として目の前に現れる.

13.4.1 モデルとリカージョン係数

半直線上に原子が等間隔 $a$ で並び,各原子に1本ずつ軌道 $|i\rangle$($i=0,1,2,\dots$)があるとする.軌道は規格直交 $\langle i|j\rangle=\delta_{ij}$ とし,最近接原子間の飛び移り積分だけを残したハミルトニアン

$$ \begin{equation} \hat H = -t\sum_{i=0}^{\infty}\Bigl(\,|i\rangle\langle i+1| + |i+1\rangle\langle i|\,\Bigr), \qquad t\gt 0 \label{eq:13-chain-H} \end{equation} $$

を考える.原子のサイトエネルギー($\langle i|\hat H|i\rangle$ の値)は $0$ にとった(定数を足しても全体のエネルギー原点がずれるだけである).$t$ は飛び移り積分(ホッピング積分)で,隣の原子へ電子が移る振幅を表す.この演算子の作用は

$$ \begin{equation} \hat H|0\rangle = -t\,|1\rangle, \qquad \hat H|i\rangle = -t\,|i-1\rangle - t\,|i+1\rangle\quad (i\ge1) \label{eq:13-chain-act} \end{equation} $$

である($i=0$ には左隣がないので1項しかない).求めたいのは端の原子 $i=0$ の局所状態密度である.そこで出発ベクトルを $|u_0\rangle=|0\rangle$ にとり,13.3.1節のアルゴリズムを実行する.

導出:リカージョン係数を数ステップ手で回す

ステップ $n=0$.まず $\hat H|u_0\rangle=\hat H|0\rangle=-t|1\rangle$.よって

$$ \begin{align} a_0 &= \langle u_0|\hat H|u_0\rangle = \langle 0|(-t|1\rangle) = -t\,\langle0|1\rangle = 0, \label{eq:13-chain-a0}\\ |r_0\rangle &= \hat H|u_0\rangle - a_0|u_0\rangle - b_0|u_{-1}\rangle = -t\,|1\rangle, \label{eq:13-chain-r0}\\ b_1 &= \sqrt{\langle r_0|r_0\rangle} = \sqrt{t^2\langle1|1\rangle} = t, \label{eq:13-chain-b1}\\ |u_1\rangle &= \frac{|r_0\rangle}{b_1} = -|1\rangle . \label{eq:13-chain-u1} \end{align} $$

$a_0$ が消えたのは $\langle0|1\rangle=0$(異なる原子の軌道の直交性)による.$b_0=0$,$|u_{-1}\rangle=0$ という約束を使った.$t\gt0$ としたので $b_1=t$ である.$|u_1\rangle$ に負符号が付くが,これは位相の選び方の問題であり,以下の計算をそのまま進めればよい.

ステップ $n=1$.\eqref{eq:13-chain-act} を使って

$$ \begin{align} \hat H|u_1\rangle &= -\hat H|1\rangle = -\bigl(-t|0\rangle - t|2\rangle\bigr) = t\,|0\rangle + t\,|2\rangle = t\,|u_0\rangle + t\,|2\rangle, \label{eq:13-chain-hu1}\\ a_1 &= \langle u_1|\hat H|u_1\rangle = -\langle 1|\bigl(t|0\rangle+t|2\rangle\bigr) = -t\langle1|0\rangle - t\langle1|2\rangle = 0, \label{eq:13-chain-a1}\\ |r_1\rangle &= \hat H|u_1\rangle - a_1|u_1\rangle - b_1|u_0\rangle = t|u_0\rangle + t|2\rangle - 0 - t|u_0\rangle = t\,|2\rangle, \label{eq:13-chain-r1}\\ b_2 &= \sqrt{\langle r_1|r_1\rangle}= t, \qquad |u_2\rangle = |2\rangle . \label{eq:13-chain-b2} \end{align} $$

3行目で $b_1|u_0\rangle=t|0\rangle$ を引くことにより,$\hat H|u_1\rangle$ に含まれていた「1つ前の殻」への戻り成分がちょうど消えたことに注意してほしい.これが13.3.2節で証明した直交化の仕組みが働いている現場である.

ステップ $n=2$.同様に

$$ \begin{align} \hat H|u_2\rangle &= \hat H|2\rangle = -t|1\rangle - t|3\rangle = t\,|u_1\rangle - t\,|3\rangle, \label{eq:13-chain-hu2}\\ a_2 &= \langle 2|\bigl(t|u_1\rangle - t|3\rangle\bigr) = 0, \label{eq:13-chain-a2}\\ |r_2\rangle &= t|u_1\rangle - t|3\rangle - 0 - b_2|u_1\rangle = -t\,|3\rangle, \qquad b_3 = t,\qquad |u_3\rangle = -|3\rangle . \label{eq:13-chain-r2} \end{align} $$

ここで $-t|1\rangle=t|u_1\rangle$ を使った($|u_1\rangle=-|1\rangle$ だから).

一般の $n$(帰納法).いま見えてきた規則は $|u_n\rangle=(-1)^n|n\rangle$ である.これが成り立つと仮定して $\hat H|u_n\rangle$ を計算すると,$n\ge1$ で

$$ \begin{align} \hat H|u_n\rangle &= (-1)^n\hat H|n\rangle = (-1)^n\bigl(-t|n-1\rangle - t|n+1\rangle\bigr) \label{eq:13-chain-gen-a}\\ &= t\,(-1)^{n+1}|n-1\rangle + t\,(-1)^{n+1}|n+1\rangle \label{eq:13-chain-gen-b}\\ &= t\,(-1)^{n-1}|n-1\rangle + t\,(-1)^{n+1}|n+1\rangle \label{eq:13-chain-gen-c}\\ &= t\,|u_{n-1}\rangle + t\,|u_{n+1}\rangle . \label{eq:13-chain-gen-d} \end{align} $$

2行目は $(-1)^n\times(-1)=(-1)^{n+1}$ をくくり出しただけ.3行目では $(-1)^{n+1}=(-1)^{n-1}$($2$ だけ指数がずれても符号は同じ)を使った.4行目で $|u_m\rangle=(-1)^m|m\rangle$ の定義を代入した.これを三項間漸化式 \eqref{eq:13-lz-three},すなわち $\hat H|u_n\rangle = b_n|u_{n-1}\rangle+a_n|u_n\rangle+b_{n+1}|u_{n+1}\rangle$ と項別に比較すると

$$ \begin{equation} a_n = 0\ \ (n\ge0),\qquad b_n = t\ \ (n\ge1) \label{eq:13-chain-coef} \end{equation} $$

が読み取れ,同時に $|u_{n+1}\rangle=(-1)^{n+1}|n+1\rangle$ が再生産されるので帰納法が閉じる.∎

係数がすべて同じ値になった.これは「どの殻から見ても,そこから先の環境が完全に同じに見える」という1次元鎖の自己相似性の反映である.この単純さのおかげで,無限連分数を閉じた形で足し上げることができる.

13.4.2 自己相似性から2次方程式へ

係数 \eqref{eq:13-chain-coef} を連分数 \eqref{eq:13-cf-main} に代入すると

$$ \begin{equation} G_{00}(z)=\cfrac{1}{z-\cfrac{t^{2}}{z-\cfrac{t^{2}}{z-\cfrac{t^{2}}{\ddots}}}} \label{eq:13-chain-cf} \end{equation} $$

となる.ここで13.3.3節で導いた漸化式 \eqref{eq:13-cf-recur} に戻ろう.いまの場合それは

$$ \begin{equation} g_n(z) = \frac{1}{z-t^2\,g_{n+1}(z)}\qquad(n=0,1,2,\dots) \label{eq:13-chain-gn} \end{equation} $$

である.$g_n(z)$ は「サイト $n$ から始まる部分鎖の先頭サイトのグリーン関数」であった.ところが \eqref{eq:13-chain-H} の半無限鎖は,どのサイトから切り出してもまったく同じ半無限鎖である.したがって $g_n(z)$ は $n$ によらない.これを $G(z)$ と書けば,\eqref{eq:13-chain-gn} は

$$ \begin{equation} G(z) = \frac{1}{z-t^2\,G(z)} \label{eq:13-chain-selfconsist} \end{equation} $$

という自己無撞着な代数方程式になる.無限に続く階段が,たった1本の方程式に畳み込まれたのである.分母を払うと

$$ \begin{align} G(z)\,\bigl(z - t^2G(z)\bigr) &= 1 \label{eq:13-chain-quad-a}\\ t^2\,G(z)^2 - z\,G(z) + 1 &= 0 . \label{eq:13-chain-quad} \end{align} $$

1行目は \eqref{eq:13-chain-selfconsist} の両辺に $(z-t^2G)$ を掛けたもの,2行目は展開して移項し,$G^2$ の係数が正になるよう並べ替えたものである.$G$ についての2次方程式だから,解の公式より

$$ \begin{equation} G(z) = \frac{z \pm \sqrt{z^2-4t^2}}{2t^2}. \label{eq:13-chain-roots} \end{equation} $$

符号の決定.2つの根のうち物理的に正しいのはどちらか.グリーン関数のスペクトル表示 \eqref{eq:13-gii} と和則 \eqref{eq:13-ldos-norm} から,$\abs{z}$ が非常に大きいとき

$$ \begin{equation} G_{00}(z)=\sum_n\frac{\abs{\langle0|n\rangle}^2}{z-\varepsilon_n}\;\xrightarrow{\ \abs{z}\to\infty\ }\;\frac{1}{z}\sum_n\abs{\langle0|n\rangle}^2 = \frac{1}{z} \label{eq:13-chain-asym} \end{equation} $$

でなければならない(分母の $\varepsilon_n$ が $z$ に対して無視できるようになるため).そこで \eqref{eq:13-chain-roots} の大きな $\abs{z}$ での振る舞いを調べる.$\sqrt{\cdot}$ は $\abs{z}\to\infty$ で $z$ に漸近する枝をとり,平方根を展開すると

$$ \begin{align} \sqrt{z^2-4t^2} &= z\sqrt{1-\frac{4t^2}{z^2}} \label{eq:13-chain-exp-a}\\ &= z\left(1-\frac{2t^2}{z^2}+O\!\left(\frac{t^4}{z^4}\right)\right) = z - \frac{2t^2}{z}+O\!\left(\frac{1}{z^3}\right) \label{eq:13-chain-exp-b} \end{align} $$

である(2行目は $\sqrt{1-x}=1-\tfrac{x}{2}-\tfrac{x^2}{8}-\cdots$ を $x=4t^2/z^2$ に適用した).これを \eqref{eq:13-chain-roots} に代入すると,

$$ \begin{align} \text{負符号}:\quad G &= \frac{z-\left(z-\frac{2t^2}{z}\right)}{2t^2}+O\!\left(\frac{1}{z^3}\right) = \frac{1}{z}+O\!\left(\frac{1}{z^3}\right)\quad\checkmark \label{eq:13-chain-branch-a}\\ \text{正符号}:\quad G &= \frac{2z-\frac{2t^2}{z}}{2t^2}+\cdots \simeq \frac{z}{t^2}\ \xrightarrow{\abs{z}\to\infty}\ \infty \quad\times \label{eq:13-chain-branch-b} \end{align} $$

正符号の枝は無限大に発散してしまい \eqref{eq:13-chain-asym} を満たさない.よって採用すべきは負符号である:

$$ \begin{equation} G_{00}(z) = \frac{z-\sqrt{z^2-4t^2}}{2t^2} \label{eq:13-chain-G} \end{equation} $$

13.4.3 半円形の状態密度

あとは \eqref{eq:13-dos-green} に従って虚部を取るだけである.$z=\varepsilon+i0^+$ とおく.

バンド内 $\abs{\varepsilon}\lt 2t$.このとき $\varepsilon^2-4t^2\lt0$ なので平方根は純虚数になり,$\sqrt{\varepsilon^2-4t^2}=\pm i\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}$ の2つの可能性がある.どちらかは物理的要請から決まる.式 \eqref{eq:13-img} より $\mathrm{Im}\,G_{00}=-\pi n_0(\varepsilon)\le0$(状態密度は非負)でなければならない.いま

$$ \begin{equation} \mathrm{Im}\,G_{00}(\varepsilon+i0^+) = \frac{1}{2t^2}\Bigl(\underbrace{\mathrm{Im}(\varepsilon+i0^+)}_{=0^+}-\mathrm{Im}\sqrt{\varepsilon^2-4t^2}\Bigr) \label{eq:13-chain-imsel} \end{equation} $$

だから,これが負であるためには $\mathrm{Im}\sqrt{\cdot}\gt0$,すなわち $\sqrt{\varepsilon^2-4t^2}=+i\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}$ を選ばねばならない.したがって

$$ \begin{align} G_{00}(\varepsilon+i0^+) &= \frac{\varepsilon - i\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}{2t^2}, \label{eq:13-chain-Gband}\\ n_0(\varepsilon) &= -\frac{1}{\pi}\,\mathrm{Im}\,G_{00}(\varepsilon+i0^+) = -\frac{1}{\pi}\cdot\left(-\frac{\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}{2t^2}\right) = \frac{\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}{2\pi t^2}. \label{eq:13-chain-dos} \end{align} $$

バンド外 $\abs{\varepsilon}\gt 2t$.このとき $\varepsilon^2-4t^2\gt0$ で平方根は実数になり,\eqref{eq:13-chain-G} 全体が実数になるので $\mathrm{Im}\,G_{00}=0$,すなわち $n_0(\varepsilon)=0$.状態は $[-2t,2t]$ の外には存在しない.以上をまとめると,

$$ \begin{equation} n_0(\varepsilon) = \begin{cases} \dfrac{\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}{2\pi t^2}, & \abs{\varepsilon}\le 2t\\[2mm] 0, & \abs{\varepsilon}\gt 2t \end{cases} \qquad(\text{バンド幅 } W=4t) \label{eq:13-chain-semicircle} \end{equation} $$

これは中心 $\varepsilon=0$,半径 $2t$ の半円である(図13.4a).$\varepsilon$-$n_0$ 平面上で $\bigl(\varepsilon\bigr)^2+\bigl(2\pi t^2 n_0\bigr)^2=(2t)^2$ を満たすことからも確かめられる.

規格化の確認.局在軌道1本あたりちょうど1状態という和則 \eqref{eq:13-ldos-norm} が満たされているか検算しよう.$\varepsilon=2t\sin\theta$ と置換すると $\dd\varepsilon=2t\cos\theta\,\dd\theta$,$\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}=2t\sqrt{1-\sin^2\theta}=2t\cos\theta$($-\pi/2\le\theta\le\pi/2$ では $\cos\theta\ge0$)であり,積分区間は $\theta:-\pi/2\to\pi/2$ に移るので

$$ \begin{align} \int_{-2t}^{2t} n_0(\varepsilon)\,\dd\varepsilon &= \frac{1}{2\pi t^2}\int_{-\pi/2}^{\pi/2} (2t\cos\theta)(2t\cos\theta)\,\dd\theta \label{eq:13-chain-norm-a}\\ &= \frac{4t^2}{2\pi t^2}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\cos^2\theta\,\dd\theta \label{eq:13-chain-norm-b}\\ &= \frac{2}{\pi}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\frac{1+\cos2\theta}{2}\,\dd\theta \label{eq:13-chain-norm-c}\\ &= \frac{2}{\pi}\left[\frac{\theta}{2}+\frac{\sin2\theta}{4}\right]_{-\pi/2}^{\pi/2} = \frac{2}{\pi}\cdot\frac{\pi}{2} = 1 .\quad\checkmark \label{eq:13-chain-norm} \end{align} $$

3行目では半角公式 $\cos^2\theta=(1+\cos2\theta)/2$ を使い,4行目の $\sin2\theta$ は $\theta=\pm\pi/2$ でともに $0$ なので寄与しない.

バンド端の振る舞い.下端 $\varepsilon=-2t$ のすぐ上,$\varepsilon=-2t+\delta$($0\lt\delta\ll t$)での値を調べる.

$$ \begin{align} 4t^2-\varepsilon^2 &= (2t-\varepsilon)(2t+\varepsilon) = (4t-\delta)\,\delta \simeq 4t\,\delta, \label{eq:13-chain-edge-a}\\ n_0(-2t+\delta) &\simeq \frac{\sqrt{4t\delta}}{2\pi t^2} = \frac{1}{\pi}\sqrt{\frac{\delta}{t^{3}}}\ \propto\ \sqrt{\delta}. \label{eq:13-chain-edge} \end{align} $$

1行目は因数分解 $4t^2-\varepsilon^2=(2t-\varepsilon)(2t+\varepsilon)$ に $\varepsilon=-2t+\delta$ を代入し,$\delta\ll t$ で $4t-\delta\simeq4t$ とした.すなわちこの LDOS はバンド端から平方根で立ち上がる.形は第3章の自由電子気体の $D(\varepsilon)\propto\sqrt{\varepsilon}$ と同じだが,由来は違うので注意してほしい.3次元自由電子の $\sqrt{\varepsilon}$ は $\kk$ 空間の状態数の数え上げから来るのに対し,いまは1次元系であり,状態数の数え上げだけならバンド端で発散する($\dd\varepsilon/\dd k\to0$ のため.次の例で見る無限鎖の $1/\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}$ がそれである).ここで逆に $\sqrt{\;}$ になるのは,端サイトへの重み $\abs{\langle0|n\rangle}^2$ がバンド端で消えるからである.実際,端を持つ鎖の固有関数は $\langle j|k\rangle\propto\sin\bigl((j+1)ka\bigr)$,$\varepsilon=-2t\cos ka$ であり,$\abs{\langle0|k\rangle}^2\propto\sin^2 ka$ が $ka\to0$ で $k^2$ のように消えて,発散因子 $1/\abs{\dd\varepsilon/\dd k}\propto1/k$ を打ち消したうえで $k\propto\sqrt{\delta}$ を残す.LDOS の形が「状態数の数え上げ」と「そのサイトでの重み」の積で決まるという本章の主題の,最初の具体例である.

1次元強束縛鎖の局所状態密度.(a) 半無限鎖の端サイトでは半円形で,バンド端から平方根で立ち上がる.(b) 無限鎖の内部サイトでは両端(ファン・ホーヴ特異点)で発散する.それぞれの下に鎖の模式図を添えている.
図13.4 1次元強束縛鎖の局所状態密度.(a) 半無限鎖の端のサイト($a_n=0$, $b_n=t$)では半円形になり,バンド端から $\sqrt{\;}$ で立ち上がる.(b) 無限鎖の内部サイト($b_1=\sqrt2\,t$, $b_{n\ge2}=t$)ではバンド端で発散する(ファン・ホーヴ特異点).同じハミルトニアンでも,注目するサイトの局所環境が違えば LDOS の形は大きく変わる.

例:無限鎖の内部サイト — 端との違いとバンド理論との照合

今度は両側に無限に延びる鎖 $\hat H=-t\sum_{i=-\infty}^{\infty}(|i\rangle\langle i+1|+\mathrm{h.c.})$ をとり,内部のサイト $|u_0\rangle=|0\rangle$ から出発する.

$$ \begin{align} \hat H|0\rangle &= -t\bigl(|-1\rangle+|1\rangle\bigr),\qquad a_0=\langle0|\hat H|0\rangle=0, \label{eq:13-inf-a0}\\ \langle r_0|r_0\rangle &= t^2\bigl(\langle-1|+\langle1|\bigr)\bigl(|-1\rangle+|1\rangle\bigr)=2t^2 \ \Rightarrow\ b_1=\sqrt{2}\,t, \label{eq:13-inf-b1}\\ |u_1\rangle &= -\tfrac{1}{\sqrt2}\bigl(|-1\rangle+|1\rangle\bigr). \label{eq:13-inf-u1} \end{align} $$

いま最近接シェルには原子が2個あるので $b_1$ が $\sqrt2$ 倍になった.次のステップでは

$$ \begin{align} \hat H|u_1\rangle &= -\tfrac{1}{\sqrt2}\Bigl[-t\bigl(|-2\rangle+|0\rangle\bigr)-t\bigl(|0\rangle+|2\rangle\bigr)\Bigr] = \tfrac{t}{\sqrt2}\bigl(|-2\rangle+|2\rangle\bigr)+\sqrt2\,t\,|0\rangle, \label{eq:13-inf-h1}\\ a_1 &= \langle u_1|\hat H|u_1\rangle = 0,\qquad |r_1\rangle = \hat H|u_1\rangle - b_1|u_0\rangle = \tfrac{t}{\sqrt2}\bigl(|-2\rangle+|2\rangle\bigr), \label{eq:13-inf-r1}\\ b_2 &= \sqrt{\tfrac{t^2}{2}\cdot 2} = t,\qquad |u_2\rangle=\tfrac{1}{\sqrt2}\bigl(|-2\rangle+|2\rangle\bigr) \label{eq:13-inf-b2} \end{align} $$

となる($\sqrt2\,t|0\rangle$ の項が $b_1|u_0\rangle$ でちょうど打ち消される).以後は同じ計算の繰り返しで $a_n=0$,$b_n=t$($n\ge2$)が続く.つまり最初の1段だけが違う.したがって $g_1$ は前節の一定係数の連分数そのもの,すなわち \eqref{eq:13-chain-G} の $G$ であり,

$$ \begin{align} G_{00}(z) &= \frac{1}{z-b_1^2\,g_1(z)} = \frac{1}{z-2t^2\cdot\dfrac{z-\sqrt{z^2-4t^2}}{2t^2}} \label{eq:13-inf-g-a}\\ &= \frac{1}{z-\bigl(z-\sqrt{z^2-4t^2}\bigr)} = \frac{1}{\sqrt{z^2-4t^2}} . \label{eq:13-inf-g} \end{align} $$

虚部をとる.バンド内では前と同じ枝 $\sqrt{\varepsilon^2-4t^2}=i\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}$ を使って $G_{00}=1/(i\sqrt{4t^2-\varepsilon^2})=-i/\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}$ だから

$$ \begin{equation} n_0(\varepsilon) = -\frac{1}{\pi}\,\mathrm{Im}\,G_{00} = \frac{1}{\pi\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}\qquad(\abs{\varepsilon}\lt2t). \label{eq:13-inf-dos} \end{equation} $$

半円とは似ても似つかない,両端で発散する形である(図13.4b).バンド幅は同じ $4t$ なのに,形はまったく違う.局所環境(端か内部か)が状態密度の形を決めるという本章の主題の,最初の実例である.

バンド理論との照合.この結果は第12章のブロッホ描像からも独立に得られる.無限鎖のブロッホ状態は $\varepsilon(k)=-2t\cos ka$ である(平面波 $\sum_i e^{ika}|i\rangle$ に \eqref{eq:13-chain-act} を作用させればすぐ確かめられる).原子1個あたりの状態数を数えると,$k$ 空間の状態密度 $\dd k/(2\pi)$ に周期 $a$ を掛け,$\pm k$ の2つの寄与を足して

$$ \begin{equation} n_0(\varepsilon)\,\dd\varepsilon = 2\cdot\frac{a\,\dd k}{2\pi} = \frac{a}{\pi}\frac{\dd\varepsilon}{\abs{\dd\varepsilon/\dd k}}, \qquad \frac{\dd\varepsilon}{\dd k}=2ta\sin ka = a\sqrt{4t^2-\varepsilon^2} \label{eq:13-inf-bloch} \end{equation} $$

(最後の等号では $\sin ka=\sqrt{1-\cos^2ka}=\sqrt{1-(\varepsilon/2t)^2}$ を使った).したがって $n_0(\varepsilon)=\frac{a}{\pi}\cdot\frac{1}{a\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}=\frac{1}{\pi\sqrt{4t^2-\varepsilon^2}}$ となり,\eqref{eq:13-inf-dos} と完全に一致する.$\kk$ 空間の言語(第12章)と実空間の言語(本章)は同じ物理を語っていることの明快な確認である.

物理的意味:一定係数の連分数=平方根終端子

いま導いた計算は,係数を $a_n=a$,$b_n=b$ と一般化してもそのまま通用する($z\to z-a$,$t\to b$ と置き換えるだけである).結果は

$$ \begin{equation} G(z)=\frac{(z-a)-\sqrt{(z-a)^2-4b^2}}{2b^2}, \qquad n(\varepsilon)=\frac{\sqrt{4b^2-(\varepsilon-a)^2}}{2\pi b^2} \label{eq:13-terminator} \end{equation} $$

であり,中心 $a$,全幅 $4b$ の半円形状態密度を与える.これが13.3.3節で触れた平方根終端子の正体である.実際の物質でも,リカージョン係数は数ステップで $a_n\to a_\infty$,$b_n\to b_\infty$ とほぼ一定値に落ち着くことが多い.そこで低次の $a_n,b_n$ は厳密に計算し,遠方の尾を \eqref{eq:13-terminator} で置き換えれば,(i) バンド端の位置 $a_\infty\pm2b_\infty$ が正しく再現され,(ii) バンド端が平方根で立ち上がるという正しい解析的性質も自動的に組み込まれる.有限で打ち切って離散的な極の集まりで近似するのに比べ,圧倒的に良い近似になる.

また \eqref{eq:13-terminator} は,バンド幅が $W=4b_\infty$ という形で飛び移りの強さに支配されることを示している.次節では,$b_1$ が最近接原子の数(配位数)の平方根に比例することを見る.実際,上の例で端サイト($1$個の隣)では $b_1=t$,内部サイト($2$個の隣)では $b_1=\sqrt2\,t$ であった.この $\sqrt{Z}$ 則こそがフリーデルモデルの基礎になる.

13.5 モーメント定理:局所環境が状態密度の形を決める

前節で「同じ鎖でも端か内部かで LDOS の形がまるで違う」ことを見た.この違いはどこから来るのか.それを定量化する言葉がモーメントである.本節では,LDOS のモーメントが「その原子から出発して戻ってくる経路の数え上げ」に等しいという定理を証明し,そこから「バンド幅は配位数の平方根に比例する」「状態密度が1山か2山かは4次モーメントで決まる」といった,遷移金属の物理を貫く法則を引き出す.

13.5.1 モーメント定理

定義:局所状態密度のモーメント

局在軌道 $|u_0\rangle$ の LDOS $n_0(\varepsilon)$ に対し,その $p$ 次モーメントを

$$ \begin{equation} \mu_p \equiv \int_{-\infty}^{\infty}\varepsilon^{\,p}\,n_0(\varepsilon)\,\dd\varepsilon \qquad (p=0,1,2,\dots) \label{eq:13-mom-def} \end{equation} $$

で定義する.確率分布の平均・分散・歪度・尖度を決めるのと同じ量である.実際,和則 \eqref{eq:13-ldos-norm} より $\mu_0=1$ なので $n_0$ は規格化された確率密度とみなせ,$\mu_1$ が分布の重心,$\mu_2-\mu_1^2$ が分散(幅の2乗)を与える.

定理:モーメント定理

$$ \begin{equation} \mu_p = \langle u_0|\hat H^{\,p}|u_0\rangle \label{eq:13-mom-thm} \end{equation} $$

すなわち,LDOS の $p$ 次モーメントはハミルトニアンの $p$ 乗の対角行列要素に等しい.

証明は短いが,そこに含まれる意味は大きい.以下,$|u_0\rangle$ を単に $|0\rangle$ と書く.

$$ \begin{align} \mu_p &= \int_{-\infty}^{\infty}\varepsilon^{\,p}\sum_n \abs{\langle 0|n\rangle}^2\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n)\,\dd\varepsilon \label{eq:13-mom-pf-a}\\ &= \sum_n \abs{\langle 0|n\rangle}^2\int_{-\infty}^{\infty}\varepsilon^{\,p}\,\delta(\varepsilon-\varepsilon_n)\,\dd\varepsilon \label{eq:13-mom-pf-b}\\ &= \sum_n \abs{\langle 0|n\rangle}^2\,\varepsilon_n^{\,p} \label{eq:13-mom-pf-c}\\ &= \sum_n \langle 0|n\rangle\,\varepsilon_n^{\,p}\,\langle n|0\rangle \label{eq:13-mom-pf-d}\\ &= \sum_n \langle 0|\hat H^{\,p}|n\rangle\,\langle n|0\rangle \label{eq:13-mom-pf-e}\\ &= \langle 0|\hat H^{\,p}\Bigl(\sum_n|n\rangle\langle n|\Bigr)|0\rangle = \langle 0|\hat H^{\,p}|0\rangle . \label{eq:13-mom-pf-f} \end{align} $$

1行目は LDOS の定義 \eqref{eq:13-ldos-def} の代入.2行目は和と積分の順序交換(各項は $\delta$ 関数の積分で有限).3行目でデルタ関数の定義 $\int f(\varepsilon)\delta(\varepsilon-\varepsilon_n)\dd\varepsilon=f(\varepsilon_n)$ を使った.4行目は $\abs{\langle0|n\rangle}^2=\langle0|n\rangle\langle n|0\rangle$ と書き直しただけ.5行目が要点で,固有値方程式 $\hat H|n\rangle=\varepsilon_n|n\rangle$ を $p$ 回繰り返して $\hat H^{\,p}|n\rangle=\varepsilon_n^{\,p}|n\rangle$ を使い,$\varepsilon_n^{\,p}\langle0|n\rangle=\langle0|\hat H^{\,p}|n\rangle$ とした.6行目は固有状態の完全性 $\sum_n|n\rangle\langle n|=\hat1$ である.∎

この定理の威力は,右辺が固有値を一切知らずに計算できる点にある.局在基底 $\{|i\rangle\}$ の完全性 $\sum_i|i\rangle\langle i|=\hat1$ を $\hat H^{\,p}=\hat H\hat H\cdots\hat H$ の各積の間に $p-1$ 回挿入すると,

$$ \begin{equation} \mu_p = \langle 0|\hat H^{\,p}|0\rangle = \sum_{i_1}\sum_{i_2}\cdots\sum_{i_{p-1}} H_{0i_1}H_{i_1i_2}H_{i_2i_3}\cdots H_{i_{p-1}0}, \qquad H_{ij}\equiv\langle i|\hat H|j\rangle \label{eq:13-mom-path} \end{equation} $$

となる.この式の読み方が本節の核心である.$H_{ij}$ は原子 $i$ から原子 $j$ への飛び移り振幅だから,右辺の各項は

原子 $0$ を出発 $\to i_1 \to i_2 \to \cdots \to i_{p-1} \to$ 原子 $0$ に帰着

という長さ $p$ の閉じた経路に沿って飛び移り積分を掛け合わせたものであり,$\mu_p$ はそのような閉経路すべてについての総和である(図13.5).強束縛模型では $H_{ij}$ は最近接原子間でしか非零でないから,経路は「隣の原子へ1歩」の繰り返しに限られる.したがって:

物理的意味:モーメントは局所環境の幾何学である

$\mu_p$ は「$p$ 歩で出発点に戻る散歩道」の数え上げである.$p$ 歩では原子 $0$ から高々 $p/2$ 近接までしか行けないので,低次のモーメントは近い近傍の情報しか含まない.具体的には

一方,状態密度 $n_0(\varepsilon)$ はすべてのモーメント $\{\mu_p\}$ で(通常の条件下では一意に)決まる.したがって「原子のまわりの局所的な幾何学が,その原子の状態密度の形を決める」.これが本章の中心思想であり,結晶構造・凝集エネルギー・磁性を「化学的」な言葉で語ることを可能にする.バンド構造 $\varepsilon_\nu(\kk)$ が結晶全体の長距離秩序を前提にするのに対し,モーメントは非晶質・液体・欠陥・表面にもそのまま使えるという実際的な利点もある.

(a) μ₂:2歩 (b) μ₄:折り返し (c) μ₄:往復 (d) μ₄:4原子の環 0 → i → 0 Z 通り ⇒ μ₂ = Z t² 0 → i → 0 → j → 0 Z² 通り 0 → i → j → i → 0 Z(Z−1) 通り 0 → i → j → k → 0 N₄ 通り(構造依存)
図13.5 モーメント $\mu_p=\langle0|\hat H^{\,p}|0\rangle$ に寄与する閉経路.赤丸が出発点の原子 $0$.(a) 2次モーメントは往復するだけの経路で,配位数 $Z$ をそのまま数える.(b)(c) 4次モーメントのうち構造によらない部分.(d) 4原子の環を回る経路だけが結晶構造の違いを反映し,$d$ 軌道では結合角によって符号が変わりうる.

13.5.2 2次モーメントとバンド幅の平方根則

最も基本的な帰結を導こう.サイトエネルギーを $0$,最近接間の飛び移り積分を $H_{ij}=-t$($t\gt0$)とする強束縛模型で,原子 $0$ の配位数(最近接原子の数)を $Z$ とすると,\eqref{eq:13-mom-path} で $p=2$ として

$$ \begin{align} \mu_2 &= \sum_{i} H_{0i}H_{i0} \label{eq:13-mom-mu2-a}\\ &= \sum_{i\,\in\,\text{最近接}} (-t)\times(-t) \label{eq:13-mom-mu2-b}\\ &= Z\,t^2 . \label{eq:13-mom-mu2} \end{align} $$

1行目は完全性を1回挿入した式.2行目では $H_{0i}$ が最近接に対してのみ $-t$,それ以外は $0$ であることを使った(自分自身への項 $H_{00}=0$ も含めて消える).3行目は最近接が $Z$ 個あることによる.$\mu_1=H_{00}=0$ なので分散も $\mu_2-\mu_1^2=Zt^2$ である.分布の幅は分散の平方根で測られるから,

$$ \begin{equation} \sqrt{\mu_2-\mu_1^2} = \sqrt{Z}\;t \qquad\Longrightarrow\qquad W \;\propto\; \sqrt{Z}\,\abs{t} \label{eq:13-mom-sqrtZ} \end{equation} $$

すなわちバンド幅は配位数の平方根に比例する.この結果は,13.4節の具体例とも整合している.半無限鎖の端($Z=1$)では $b_1=t$,無限鎖の内部($Z=2$)では $b_1=\sqrt2\,t$ であった.実際,リカージョン係数と2次モーメントには一般に

$$ \begin{align} \mu_2 &= \langle u_0|\hat H^2|u_0\rangle = \bigl(\hat H|u_0\rangle,\ \hat H|u_0\rangle\bigr) \label{eq:13-mom-b1-a}\\ &= \bigl\|\,a_0|u_0\rangle + b_1|u_1\rangle\,\bigr\|^2 = a_0^2 + b_1^2 \label{eq:13-mom-b1} \end{align} $$

という関係がある(1行目は $\hat H$ のエルミート性,2行目は三項間漸化式 \eqref{eq:13-lz-three} を $n=0$ に対して使い,$|u_0\rangle$ と $|u_1\rangle$ の直交規格性からピタゴラスの定理を適用した).$a_0=0$ のとき $b_1=\sqrt{\mu_2}=\sqrt{Z}\,t$ である.

物理的意味:$\sqrt{Z}$ 則がもたらすもの

「配位数が増えるとバンドは広がるが,比例ではなく平方根でしか広がらない」という事実は,凝集の物理に決定的な役割を果たす.バンドエネルギーの利得はおおよそ幅 $W$ に比例する(13.6節)から,原子1個あたりの結合エネルギーは $\propto\sqrt{Z}$ である.一方,結合1本あたりの利得は $\sqrt{Z}/Z=1/\sqrt{Z}$ となり,配位数が増えるほど結合1本は弱くなる.これが金属結合の特徴(結合の飽和性の欠如,高配位構造の安定性)と,表面での格子収縮(配位数が減った表面原子では残った結合が強くなり,結合長が縮む)を同時に説明する.共有結合(結合が飽和し,配位数が少ない)との対比を作るのもこの平方根則である.

13.5.3 4次モーメントと状態密度の形

次に,分布の「形」を測る量を作る.重心と幅の情報を除くために,規格化された無次元量

$$ \begin{equation} s \equiv \frac{\mu_4}{\mu_2^{\,2}}\qquad(\mu_1=0\ \text{の場合}) \label{eq:13-mom-s-def} \end{equation} $$

を導入する.$s$ は分布を横に何倍拡大しても変わらない($\varepsilon\to\lambda\varepsilon$ で $\mu_4\to\lambda^4\mu_4$,$\mu_2^2\to\lambda^4\mu_2^2$)ので,純粋に形だけを表す.代表的な分布の値を計算しておこう.

例:典型的な分布の形状パラメータ $s$

(i) 2本のデルタ関数(完全な双峰) $n(\varepsilon)=\tfrac12\delta(\varepsilon-\Delta)+\tfrac12\delta(\varepsilon+\Delta)$: $\mu_2=\tfrac12\Delta^2+\tfrac12\Delta^2=\Delta^2$,$\mu_4=\Delta^4$ なので $s=\Delta^4/\Delta^4=1$.

(ii) 矩形分布 $n(\varepsilon)=1/W$($\abs{\varepsilon}\le W/2$): $$\mu_2=\frac{1}{W}\int_{-W/2}^{W/2}\varepsilon^2\dd\varepsilon=\frac{1}{W}\cdot\frac{2}{3}\left(\frac{W}{2}\right)^3=\frac{W^2}{12},\qquad \mu_4=\frac{1}{W}\cdot\frac{2}{5}\left(\frac{W}{2}\right)^5=\frac{W^4}{80}$$ よって $s=\dfrac{W^4/80}{W^4/144}=\dfrac{144}{80}=1.8$.

(iii) 半円分布(13.4節):$n(\varepsilon)=\frac{2}{\pi R^2}\sqrt{R^2-\varepsilon^2}$.$\varepsilon=R\sin\theta$ と置換すると $\mu_{2k}=\frac{2R^{2k}}{\pi}\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\sin^{2k}\theta\cos^2\theta\,\dd\theta$ となり,$\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\sin^2\theta\cos^2\theta\,\dd\theta=\pi/8$,$\int_{-\pi/2}^{\pi/2}\sin^4\theta\cos^2\theta\,\dd\theta=\pi/16$ から $\mu_2=R^2/4$,$\mu_4=R^4/8$.よって $s=\dfrac{R^4/8}{R^4/16}=2$.

(iv) ガウス分布:よく知られた $\mu_4=3\mu_2^2$ から $s=3$.

並べると $1$(双峰)$\;\lt\;1.8$(平坦)$\;\lt\;2$(半円)$\;\lt\;3$(裾の長い単峰).すなわち$s$ が小さいほど分布は「真ん中がへこんだ双峰型」,大きいほど「中央に鋭いピークを持つ単峰型」である.$s\simeq2$ が両者の境目の目安になる.

では,$s$ は結晶構造とどう結びつくのか.前と同じ最近接強束縛模型で,すべての原子が等価(配位数 $Z$)な格子を考え,\eqref{eq:13-mom-path} で $p=4$ を評価する.寄与する経路 $0\to i\to j\to k\to 0$ は次の3種類に尽きる(図13.5b–d).

導出:4次モーメントの経路による数え上げ

すべての飛び移りは $H=-t$ なので,どの経路も $(-t)^4=t^4$ を与える.あとは経路の本数を数えればよい.

(A) 途中で出発点に戻る経路($j=0$).経路は $0\to i\to 0\to k\to 0$ の形.$i$ は $0$ の最近接なので $Z$ 通り,$k$ も独立に $Z$ 通り.よって $Z^2$ 本.

(B) 戻らずに来た道を引き返す経路($j\ne0$,$k=i$).経路は $0\to i\to j\to i\to 0$.$i$ は $Z$ 通り.$j$ は $i$ の最近接のうち $0$ 以外だから $Z-1$ 通り.よって $Z(Z-1)$ 本.

(C) 4つの異なる原子を回る環($j\ne0$,$k\ne i$).これを $N_4$ 本とする.$N_4$ は格子の形にしか依存しない量で,原子 $0$ を通る4員環の個数を(左回り・右回りの2通りを別に数えて)与える.

以上を合計して

$$ \begin{align} \mu_4 &= \bigl[\,Z^2 + Z(Z-1) + N_4\,\bigr]\,t^4 \label{eq:13-mom-mu4-a}\\ &= \bigl[\,2Z^2 - Z + N_4\,\bigr]\,t^4 . \label{eq:13-mom-mu4} \end{align} $$

$\mu_2=Zt^2$ で割ると

$$ \begin{equation} s = \frac{\mu_4}{\mu_2^2} = \frac{2Z^2-Z+N_4}{Z^2} = 2 - \frac{1}{Z} + \frac{N_4}{Z^2}. \label{eq:13-mom-s} \end{equation} $$

検算(1次元無限鎖).$Z=2$,4員環はないので $N_4=0$.よって $s=2-\tfrac12+0=1.5$.一方 \eqref{eq:13-inf-dos} の厳密な LDOS から直接計算すると,$\varepsilon=2t\cos\phi$ の置換で $n_0\dd\varepsilon=\dd\phi/\pi$ となり $\mu_{2k}=(2t)^{2k}\langle\cos^{2k}\phi\rangle$,$\langle\cos^2\rangle=\tfrac12$,$\langle\cos^4\rangle=\tfrac38$ から $\mu_2=2t^2$,$\mu_4=6t^4$,$s=6/4=1.5$.完全に一致する.$s\lt2$ であり,確かに図13.4b は「中央がへこんだ」形をしている.

検算(単純立方格子).$Z=6$.原子 $0$ を含む正方形は,3つの座標面それぞれで4個ずつ,計12個あり,各正方形に2つの向きがあるので $N_4=24$.よって $s=2-\tfrac16+\tfrac{24}{36}=2.5$.4員環が $s$ を押し上げ,単峰的な状態密度になることがわかる.

この計算から読み取るべきことは明快である.第1項と第2項は配位数だけで決まり,格子の形によらない.結晶構造の違いを担うのは4員環の項 $N_4/Z^2$ だけである.そして $s$ が $2$ より小さいか大きいかが,状態密度が双峰か単峰かを分ける.

ただし上の議論は「軌道が1本(たとえば $s$ 軌道)で,飛び移り積分がすべて同じ $-t$」という単純化のもとでの話である.この場合,環の寄与は必ず $+t^4$ で正なので $s$ を押し上げるだけである.$d$ バンドではそうはならない.$d$ 軌道は5本あり,飛び移り積分は結合の向きと軌道の対称性に依存する $5\times5$ 行列 $\mathsf{H}_{ij}$ になる(スレーター・コスター積分 $dd\sigma:dd\pi:dd\delta\simeq -6:4:-1$).このとき4員環の寄与は

$$ \begin{equation} \mu_4^{(\text{環})} \;\propto\; \mathrm{Tr}\bigl(\mathsf{H}_{0i}\,\mathsf{H}_{ij}\,\mathsf{H}_{jk}\,\mathsf{H}_{k0}\bigr) \label{eq:13-mom-ring-d} \end{equation} $$

という行列の積のトレースになり,その符号は経路の折れ角 $\theta$ に依存して正にも負にもなる.詳しい計算(Moriarty 1988,Pettifor の教科書)によれば,この量は $\theta=90^\circ$ 付近で正,$\theta\simeq70.5^\circ$ および $109.5^\circ$ 付近で負になる.ところが

となる.第一原理計算で得られる Mo(bcc) の $d$ 状態密度が中央に深い谷を持つ2山構造をしているのに対し,Ir(fcc) や Y(hcp) の状態密度がより連続的な多峰構造をとるという実際の傾向は,この4次モーメントの符号で説明される.13.7節の拡張フリーデルモデルが bcc を2本の矩形で,fcc を4本の矩形でモデル化するのは,この事実を最も粗く写し取ったものである.

導出:モーメントとリカージョン係数の対応

モーメントの経路描像は,13.3節の三重対角行列に対しても使える.三重対角化された基底では「格子」はサイト $0,1,2,\dots$ が一列に並んだ鎖であり,非零の行列要素は $T_{nn}=a_n$ と $T_{n,n\pm1}=b_{\max(n,n\pm1)}$ だけである.ユニタリ変換は $\langle u_0|\hat H^p|u_0\rangle$ を変えない(基底の取り替えにすぎない)から,$\mu_p=(T^p)_{00}$ を鎖の上の閉経路で数えればよい.

$p=1$:経路は $0\to0$ のみ.$\mu_1=a_0$.

$p=2$:$0\to0\to0$ と $0\to1\to0$.$\mu_2=a_0^2+b_1^2$.

$p=3$:$(0,0,0,0)$,$(0,0,1,0)$,$(0,1,0,0)$,$(0,1,1,0)$ の4本.$\mu_3=a_0^3+2a_0b_1^2+a_1b_1^2$.

$p=4$:$(0,0,0,0,0)$,$(0,0,0,1,0)$,$(0,0,1,0,0)$,$(0,1,0,0,0)$,$(0,0,1,1,0)$,$(0,1,1,0,0)$,$(0,1,1,1,0)$,$(0,1,0,1,0)$,$(0,1,2,1,0)$ の9本を数え上げて

$$ \begin{equation} \mu_4 = a_0^4 + 3a_0^2b_1^2 + 2a_0a_1b_1^2 + a_1^2b_1^2 + b_1^4 + b_1^2b_2^2 . \label{eq:13-mom-lanczos4} \end{equation} $$

とくに対称なバンド($a_n=0$)では $\mu_2=b_1^2$,$\mu_4=b_1^4+b_1^2b_2^2$ となり,

$$ \begin{equation} s = \frac{\mu_4}{\mu_2^2} = 1 + \frac{b_2^2}{b_1^2}. \label{eq:13-mom-s-lanczos} \end{equation} $$

13.4節の2例で確かめよう.半無限鎖の端では $b_1=b_2=t$ なので $s=1+1=2$ — 確かに半円形($s=2$)である.無限鎖の内部では $b_1=\sqrt2\,t$,$b_2=t$ なので $s=1+\tfrac12=1.5$ — 先の直接計算と一致する.リカージョン係数・モーメント・状態密度の形は,同じ情報の3つの表現であることがはっきりする.

13.5.4 モーメントの定理と構造エネルギー差

2つの結晶構造のエネルギーを比べるとき,モーメントは強力な指針を与える.中心になるのは次の性質である.

数学ノート:モーメントが消える関数は何回符号を変えるか

補題:恒等的に $0$ でない可積分関数 $f(\varepsilon)$ が

$$ \int \varepsilon^{k} f(\varepsilon)\,\dd\varepsilon = 0 \qquad (k=0,1,\dots,m-1) $$

を満たすならば,$f$ は少なくとも $m$ 回符号を変える.

証明:背理法による.$f$ の符号の変わり目が $j$ 個しかなく,$j\le m-1$ であったとし,その点を $x_1\lt x_2\lt\cdots\lt x_j$ とする.ここで多項式

$$ P(\varepsilon) = \prod_{l=1}^{j}(\varepsilon-x_l) $$

を作る.$P$ は各 $x_l$ でのみ符号を変えるから,積 $P(\varepsilon)f(\varepsilon)$ は全域で同符号(かつ恒等的に $0$ ではない)であり,したがって $\int P f\,\dd\varepsilon\ne0$.ところが $P$ は次数 $j\le m-1$ の多項式なので $1,\varepsilon,\dots,\varepsilon^{m-1}$ の線形結合で書け,仮定より $\int Pf\,\dd\varepsilon=0$.矛盾である.∎

直観的には「面積が $0$,重心のモーメントも $0$,…と多くの拘束がかかった関数は,その分だけ細かく振動していなければならない」ということである.

定理:モーメントの定理(Ducastelle–Cyrot-Lackmann)

2つの構造 $A$,$B$ の状態密度 $n^{A}$,$n^{B}$ が最初の $m$ 個のモーメント($p=0,1,\dots,m-1$)まで一致するならば,バンドエネルギー差

$$ \begin{equation} \Delta E(N) = E^{A}_{\mathrm{band}}(N) - E^{B}_{\mathrm{band}}(N) \label{eq:13-mom-de} \end{equation} $$

を band filling $N$($0\lt N\lt N_{\max}$)の関数と見たとき,$\Delta E$ は少なくとも $m-1$ 個の零点を持つ.したがって $A$ と $B$ の安定性は $N$ とともに少なくとも $m-1$ 回入れ替わる.

(定理の全証明は原論文 Ducastelle & Cyrot-Lackmann (1971) による.要点は,差 $\Delta n=n^A-n^B$ が上の補題により少なくとも $m$ 回符号を変えねばならず,その振動が $\Delta E(N)$ の符号の入れ替わりに転写されることである.)

この定理を遷移金属に適用する.バンド幅(すなわち2次モーメント)を揃えて比較すると,

零点を持つということは,その両側で安定な構造が入れ替わるということである.$d$ 電子数 $n_d$ を $0$ から $10$ まで増やしていくと,bcc と hcp の優劣が2回,fcc と hcp の優劣が4回入れ替わる.これが遷移金属の結晶構造系列(hcp $\to$ bcc $\to$ hcp $\to$ fcc)の起源である.13.7節で,単純な矩形モデルでもこの零点の個数が正しく再現されることを確かめる.

13.6 フリーデルモデル:遷移金属の凝集エネルギー

ここまでに準備した道具を使って,固体物理の古典的な成功例のひとつ,フリーデルモデル(J. Friedel)を組み立てる.遷移金属の凝集エネルギーが $d$ 電子数に対して放物線状に変化するという実験事実を,たった1枚の矩形状態密度から説明する驚くほど簡潔な理論である.

13.6.1 モデルの設定

遷移金属(Sc–Cu,Y–Ag,Lu–Au)の結合を支配しているのは $d$ 電子である.第一原理計算で得られる射影状態密度を見ると,フェルミ準位のまわりの数 eV の範囲は $d$ 成分がほぼ独占しており,$s$・$p$ 成分は広く薄く分布して構造依存性をほとんど示さない.そこで次の3つの近似を置く.

フリーデルモデルの3つの仮定

  1. $d$ バンドだけを考える.原子1個あたり $d$ 軌道は5本,スピンを含めて $10$ 状態を収容する.$s,p$ 電子の寄与は $d$ 電子数によらないと仮定して無視する.
  2. 状態密度を幅 $W$ の矩形で近似する.すなわち原子1個あたりの $d$ 状態密度を $$ \begin{equation} n_d(\varepsilon) = \begin{cases} \dfrac{10}{W}, & \varepsilon_d-\dfrac{W}{2}\le\varepsilon\le\varepsilon_d+\dfrac{W}{2}\\[2mm] 0, & \text{その他} \end{cases} \label{eq:13-fr-dos} \end{equation} $$ とする.高さ $10/W$ は「全部で10状態」という規格化 $\int n_d\,\dd\varepsilon=\frac{10}{W}\times W=10$ から決まっている.$\varepsilon_d$ はバンドの中心であり,これを孤立原子の $d$ 準位に等しくとる.記号について注意:本節では,引数を持つ $n_d(\varepsilon)$ は $d$ 状態密度を,引数のない $n_d$ は$d$ 電子の個数を表す.以下この区別を一貫して守る.
  3. 凝集エネルギーはバンドエネルギーの差で与える.孤立原子では $n_d$ 個の $d$ 電子がすべて縮退した準位 $\varepsilon_d$ にあり,固体ではバンドの下から順に詰まる.この差を凝集エネルギーとみなす: $$ \begin{equation} E_{\mathrm{coh}} = \underbrace{\varepsilon_d\,n_d}_{\text{孤立原子}} \;-\; \underbrace{\int^{\varepsilon_F}\varepsilon\,n_d(\varepsilon)\,\dd\varepsilon}_{\text{固体}} \label{eq:13-fr-coh-def} \end{equation} $$

仮定3について補足しておく.第10章で見たように,DFT の全エネルギーは占有軌道エネルギーの和(バンドエネルギー)だけでは書けず,二重計上を補正する項が必要である.ここで用いているのは,その補正項が2つの状態(孤立原子と固体)でほぼ相殺するという近似であり,より厳密にはハリス汎関数の枠組みで正当化される.定量的な予言というより,傾向を説明するモデルとして読むべきものである.

13.6.2 フェルミ準位とバンドエネルギーの計算

計算を実行しよう.以下,記号を簡単にするため

$$ \begin{equation} A \equiv \varepsilon_d - \frac{W}{2}\qquad(\text{バンドの下端}) \label{eq:13-fr-A} \end{equation} $$

と置く.

ステップ1:フェルミ準位.電子数 $n_d$ を与える条件 \eqref{eq:13-eband} は

$$ \begin{align} n_d &= \int_{A}^{\varepsilon_F} \frac{10}{W}\,\dd\varepsilon \label{eq:13-fr-nd-a}\\ &= \frac{10}{W}\bigl[\varepsilon\bigr]_{A}^{\varepsilon_F} = \frac{10}{W}\bigl(\varepsilon_F-A\bigr). \label{eq:13-fr-nd-b} \end{align} $$

1行目は矩形 DOS \eqref{eq:13-fr-dos} をバンド下端 $A$ からフェルミ準位まで積分したもの.2行目は被積分関数が定数 $10/W$ なので原始関数が $\frac{10}{W}\varepsilon$ になることによる.これを $\varepsilon_F$ について解くと

$$ \begin{equation} \varepsilon_F = A + \frac{n_d W}{10} = \varepsilon_d - \frac{W}{2} + \frac{n_d W}{10}. \label{eq:13-fr-ef} \end{equation} $$

妥当性を確認しておく.$n_d=0$ なら $\varepsilon_F=A$(バンド下端),$n_d=10$ なら $\varepsilon_F=A+W=\varepsilon_d+W/2$(バンド上端),$n_d=5$ なら $\varepsilon_F=\varepsilon_d$(ちょうど中央)となり,いずれも期待どおりである.

ステップ2:バンドエネルギー.占有準位のエネルギーの総和を計算する.

$$ \begin{align} E_{\mathrm{band}} &= \int_{A}^{\varepsilon_F}\varepsilon\,\frac{10}{W}\,\dd\varepsilon \label{eq:13-fr-eb-a}\\ &= \frac{10}{W}\left[\frac{\varepsilon^2}{2}\right]_{A}^{\varepsilon_F} = \frac{5}{W}\Bigl(\varepsilon_F^{\,2}-A^{2}\Bigr) \label{eq:13-fr-eb-b}\\ &= \frac{5}{W}\bigl(\varepsilon_F-A\bigr)\bigl(\varepsilon_F+A\bigr) \label{eq:13-fr-eb-c}\\ &= \frac{5}{W}\cdot\frac{n_dW}{10}\cdot\left(A+\frac{n_dW}{10}+A\right) \label{eq:13-fr-eb-d}\\ &= \frac{n_d}{2}\left(2A+\frac{n_dW}{10}\right) \label{eq:13-fr-eb-e}\\ &= n_d A + \frac{n_d^{2}W}{20}. \label{eq:13-fr-eb} \end{align} $$

各ステップを確認する.1行目は定義.2行目は $\varepsilon$ の原始関数 $\varepsilon^2/2$ を代入し,$\frac{10}{W}\cdot\frac12=\frac{5}{W}$ とまとめた.3行目では2乗の差を因数分解した(これがこの計算の要点で,$\varepsilon_F-A$ が \eqref{eq:13-fr-nd-b} により $n_dW/10$ という簡単な形になることを利用するためである).4行目で $\varepsilon_F-A=n_dW/10$ と $\varepsilon_F=A+n_dW/10$ を代入した.5行目で $\frac{5}{W}\cdot\frac{n_dW}{10}=\frac{n_d}{2}$ と約分した.6行目は展開である.

ステップ3:凝集エネルギー.\eqref{eq:13-fr-coh-def} に \eqref{eq:13-fr-eb} を代入し,$A=\varepsilon_d-W/2$ を戻す.

$$ \begin{align} E_{\mathrm{coh}} &= \varepsilon_d n_d - \left(n_d A + \frac{n_d^{2}W}{20}\right) \label{eq:13-fr-coh-a}\\ &= \varepsilon_d n_d - n_d\left(\varepsilon_d-\frac{W}{2}\right) - \frac{n_d^{2}W}{20} \label{eq:13-fr-coh-b}\\ &= \underbrace{\varepsilon_d n_d - \varepsilon_d n_d}_{=0} + \frac{n_d W}{2} - \frac{n_d^{2}W}{20} \label{eq:13-fr-coh-c}\\ &= \frac{W}{20}\bigl(10\,n_d - n_d^{2}\bigr). \label{eq:13-fr-coh-d} \end{align} $$

2行目は $A$ を書き下したもの,3行目で $\varepsilon_d$ を含む項が完全に打ち消し合うことに注目してほしい.凝集エネルギーは $d$ 準位の絶対的な位置 $\varepsilon_d$ にはよらない.これは当然で,孤立原子でも固体でもバンド中心を同じ $\varepsilon_d$ にとったのだから,エネルギー原点のずれは相殺する.4行目では $\frac{n_dW}{2}=\frac{10n_dW}{20}$ として $W/20$ でくくった.整理すると:

$$ \begin{equation} E_{\mathrm{coh}} = \frac{W}{20}\,n_d\,(10-n_d) \label{eq:13-fr-coh} \end{equation} $$

13.6.3 何が言えたか

式 \eqref{eq:13-fr-coh} は $n_d$ について上に凸の放物線であり,$n_d=0$ と $n_d=10$ で $0$,頂点は $\dd E_{\mathrm{coh}}/\dd n_d = \frac{W}{20}(10-2n_d)=0$ より

$$ \begin{equation} n_d = 5\quad\text{で最大値}\quad E_{\mathrm{coh}}^{\max}=\frac{W}{20}\cdot 5\cdot 5=\frac{5W}{4} \label{eq:13-fr-max} \end{equation} $$

をとる.

物理的意味:結合性軌道と反結合性軌道の詰まり方

放物線の起源は単純である.矩形バンドの下半分($\varepsilon\lt\varepsilon_d$)は原子準位より低いので結合性,上半分は原子準位より高いので反結合性である.電子を下から詰めていくと,$n_d\le5$ の間は結合性の状態だけが埋まってエネルギーが下がり続け,$n_d=5$ で結合性軌道がちょうど満杯になって利得が最大になる.それ以上詰めると反結合性軌道に入るので,利得は打ち消されていき,$n_d=10$ で完全に相殺してゼロになる.これは第1章・第2章で扱った2原子分子の結合性・反結合性軌道の議論を,連続バンドに拡張したものにほかならない.

また,\eqref{eq:13-fr-coh} が $W$ に比例することも重要である.13.5節の $\sqrt{Z}$ 則 \eqref{eq:13-mom-sqrtZ} と,平方根終端子の関係 $W=4b_\infty$(式 \eqref{eq:13-terminator})を組み合わせると $W\propto\sqrt{Z}\,\abs{t}$ であるから,

$$ E_{\mathrm{coh}} \propto \sqrt{Z}\,\abs{t}\,n_d(10-n_d) $$

となる.凝集エネルギーは「配位数の平方根」と「$d$ 電子数の放物線」の積で決まる,というのがフリーデルモデルの最終的なメッセージである.

(a) フリーデルモデルの矩形の d 状態密度(高さ 10/W,全幅 W)と,フェルミ準位より下の占有部分.(b) 3d・4d・5d 遷移金属の凝集エネルギーの実験値(記号)と,W=5,7,10 eV の放物線 E_coh=(W/20)n_d(10−n_d)(破線).
図13.6 (a) フリーデルモデルの矩形 $d$ 状態密度.高さ $10/W$,全幅 $W$,下端から $n_d$ 個の電子が詰まってフェルミ準位 $\varepsilon_F$ を決める.(b) 凝集エネルギー $E_{\mathrm{coh}}=\frac{W}{20}n_d(10-n_d)$(破線)と,3d・4d・5d 遷移金属の実験値(記号).バンド幅を $W=5,7,10$ eV とした3本の放物線が,3系列の大きさと $n_d=5$ 付近にピークを持つ傾向をよく再現する.

13.6.4 実験との比較

数値を入れてみよう.$d$ バンドの幅は $d$ 軌道の空間的な広がりで決まる.3d 軌道は「最初の $d$ 殻」であって内側に直交すべき $d$ 軌道を持たないため動径方向の節がなく,核の近くに強く収縮している.一方 4d は 3d に,5d は 3d・4d に直交しなければならないので節を持ち,その分だけ外側に広がる.広がった軌道ほど隣の原子との重なりが大きく飛び移り積分 $\abs{t}$ が大きいから,$\sqrt{Z}\abs{t}$ に比例するバンド幅は

$$ \begin{equation} W \simeq 5\ \mathrm{eV}\ (3d) \;\lt\; 7\ \mathrm{eV}\ (4d) \;\lt\; 10\ \mathrm{eV}\ (5d) \label{eq:13-fr-W} \end{equation} $$

の順になる.$n_d$ は孤立原子の $s^2d^{\,n_d}$ 配置に対応させ,族番号から $2$ を引いた値をとる(Sc, Y, Lu で $n_d=1$,Cu, Ag, Au で $n_d=9$).

表13.1 遷移金属の凝集エネルギー(eV/原子,実験値)とフリーデルモデル $\frac{W}{20}n_d(10-n_d)$ の比較.実験値は標準的な熱力学データによる.
$n_d$3d(実験)4d(実験)5d(実験)モデル
$W=5$
モデル
$W=7$
モデル
$W=10$
1Sc 3.90Y 4.37Lu 4.432.253.154.50
2Ti 4.85Zr 6.25Hf 6.444.005.608.00
3V 5.31Nb 7.57Ta 8.105.257.3510.50
4Cr 4.10Mo 6.82W 8.906.008.4012.00
5Mn 2.92Tc 6.85Re 8.036.258.7512.50
6Fe 4.28Ru 6.74Os 8.176.008.4012.00
7Co 4.39Rh 5.75Ir 6.945.257.3510.50
8Ni 4.44Pd 3.89Pt 5.844.005.608.00
9Cu 3.49Ag 2.95Au 3.812.253.154.50

表13.1と図13.6b から読み取れることを整理する.

3つの粗い仮定しか置いていないモデルが,周期表の3つの系列にわたって数 eV のエネルギーを桁だけでなく形まで再現するのは注目に値する.次節では,この矩形をもう少しだけ細かくして,凝集エネルギーの大きさではなく構造間のわずかな差(典型的に $0.01$–$0.1$ eV)を議論する.

13.7 拡張フリーデルモデル:結晶構造系列と磁性

凝集エネルギーは数 eV の量であった.ところが「同じ元素が bcc をとるか fcc をとるか」を決めるエネルギー差は $0.01$–$0.1$ eV/原子,つまり2桁も小さい.この微小な差を議論するには,13.6節の1枚の矩形では粗すぎる.必要なのは状態密度の形の情報であり,13.5節で見たとおり形はモーメントが担っている.そこで矩形を複数本に分割し,モーメント(とくに4次モーメント)の情報をモデルに取り込む.これが拡張フリーデルモデルである.

13.7.1 モデルの構成

13.5.3節の結論を思い出そう.bcc の $d$ 状態密度は4次モーメントの環の寄与が負であるために2山になり,fcc・hcp はより単峰的な多峰構造をとる.実際の第一原理計算の状態密度は,bcc では中央に深い谷を持つ2つの塊,hcp ではおおむね3つの塊,fcc では4つの塊に見える.そこで次のようにモデル化する.

定義:$p$ 本の矩形からなる拡張フリーデル状態密度

バンド中心を $\varepsilon_d$(以下,エネルギー原点を $\varepsilon_d=0$ にとる),全幅を $W$ とする.区間 $[-W/2,\,W/2]$ を等しい幅

$$ \begin{equation} \delta \equiv \frac{W}{2p-1} \label{eq:13-ext-delta} \end{equation} $$

の小区間 $2p-1$ 個に分け,両端を含めて1つおきに状態を置く.すなわち $p$ 本のピークと $p-1$ 本のギャップが交互に並ぶ.第 $k$ ピーク($k=1,\dots,p$)は

$$ \begin{equation} \bigl[\,\varepsilon_k^-,\ \varepsilon_k^-+\delta\,\bigr], \qquad \varepsilon_k^- = -\frac{W}{2}+2(k-1)\delta \label{eq:13-ext-peak} \end{equation} $$

を占める.ピークの高さ $D$ は,全部で10状態という規格化

$$ \begin{equation} 10 = p\,\delta\,D \qquad\Longrightarrow\qquad D = \frac{10}{p\,\delta} = \frac{10(2p-1)}{p\,W} \label{eq:13-ext-height} \end{equation} $$

で決まる.構造との対応は

$$ p=2\ (\text{bcc}):\ D=\frac{15}{W},\qquad p=3\ (\text{hcp}):\ D=\frac{50}{3W},\qquad p=4\ (\text{fcc}):\ D=\frac{35}{2W} $$

である(それぞれ $\frac{10\cdot3}{2W}$,$\frac{10\cdot5}{3W}$,$\frac{10\cdot7}{4W}$).各ピークは $10/p$ 個の電子を収容する.

3つの構造でバンド幅 $W$ を共通にとるのは,13.5.4節で述べた「2次モーメントを揃えて比較する」という処方をおおまかに実現するためである(厳密には $\mu_2$ は $p$ にわずかに依存する.章末演習13.2で確かめる).こうしておけば,構造間の差は主として $\mu_4$ 以上の高次モーメント,すなわち状態密度の形から生じることになる.

13.7.2 バンドエネルギーの計算

$n$ 個の電子を下から詰めたときのバンドエネルギーを,一般の $p$ について一度だけ計算しておこう.フェルミ準位が第 $k$ ピークの内部にある場合,すなわち

$$ \begin{equation} (k-1)\frac{10}{p}\;\le\;n\;\le\;k\,\frac{10}{p}, \qquad \nu \equiv n-(k-1)\frac{10}{p}\ \in\Bigl[0,\tfrac{10}{p}\Bigr] \label{eq:13-ext-fill} \end{equation} $$

を考える($\nu$ は第 $k$ ピークに入った電子数).フェルミ準位は第 $k$ ピークの下端から $\nu/D$ だけ上,すなわち $\varepsilon_F=\varepsilon_k^-+\nu/D$ である(高さ $D$ の矩形に $\nu$ 個詰めるので幅 $\nu/D$ を占める).バンドエネルギーは,満杯の $k-1$ 本のピークの寄与と,部分的に埋まった第 $k$ ピークの寄与の和である:

$$ \begin{equation} E_{\mathrm{band}}(n) = D\sum_{j=1}^{k-1}\int_{\varepsilon_j^-}^{\varepsilon_j^-+\delta}\varepsilon\,\dd\varepsilon \;+\; D\int_{\varepsilon_k^-}^{\varepsilon_k^-+\nu/D}\varepsilon\,\dd\varepsilon . \label{eq:13-ext-eb-def} \end{equation} $$

ここで基本の積分公式

$$ \begin{equation} \int_{a}^{a+w}\varepsilon\,\dd\varepsilon = \frac{(a+w)^2-a^2}{2} = a\,w+\frac{w^2}{2} \label{eq:13-ext-int} \end{equation} $$

を使う(2乗の差を展開して $2aw+w^2$ とし $2$ で割った).

満杯部分.$w=\delta$,$a=\varepsilon_j^-$ として

$$ \begin{align} D\sum_{j=1}^{k-1}\left(\varepsilon_j^-\delta+\frac{\delta^2}{2}\right) &= D\delta\sum_{j=1}^{k-1}\varepsilon_j^- + (k-1)\,\frac{D\delta^2}{2} \label{eq:13-ext-full-a}\\ &= \frac{10}{p}\sum_{j=1}^{k-1}\varepsilon_j^- + (k-1)\frac{10}{p}\cdot\frac{\delta}{2}. \label{eq:13-ext-full-b} \end{align} $$

2行目では $D\delta=10/p$(1本のピークが収容する電子数)を使った.中の和は等差数列の和だから

$$ \begin{align} \sum_{j=1}^{k-1}\varepsilon_j^- &= \sum_{j=1}^{k-1}\left[-\frac{W}{2}+2(j-1)\delta\right] \label{eq:13-ext-sum-a}\\ &= -(k-1)\frac{W}{2} + 2\delta\sum_{j=1}^{k-1}(j-1) \label{eq:13-ext-sum-b}\\ &= -(k-1)\frac{W}{2} + 2\delta\cdot\frac{(k-1)(k-2)}{2} \label{eq:13-ext-sum-c}\\ &= (k-1)\left[-\frac{W}{2}+\delta(k-2)\right]. \label{eq:13-ext-sum} \end{align} $$

3行目では $\sum_{j=1}^{k-1}(j-1)=0+1+\cdots+(k-2)=\frac{(k-1)(k-2)}{2}$ を使った.これを \eqref{eq:13-ext-full-b} に戻すと,満杯部分は

$$ \begin{equation} \frac{10(k-1)}{p}\left[-\frac{W}{2}+\delta(k-2)+\frac{\delta}{2}\right] = \frac{10(k-1)}{p}\left[-\frac{W}{2}+\delta\left(k-\frac{3}{2}\right)\right] \label{eq:13-ext-full} \end{equation} $$

となる($\delta(k-2)+\delta/2=\delta(k-3/2)$).

部分占有部分.$a=\varepsilon_k^-$,$w=\nu/D$ として \eqref{eq:13-ext-int} を使うと

$$ \begin{equation} D\left(\varepsilon_k^-\frac{\nu}{D}+\frac{1}{2}\frac{\nu^2}{D^2}\right) = \nu\,\varepsilon_k^- + \frac{\nu^2}{2D} = \nu\left[-\frac{W}{2}+2(k-1)\delta\right] + \frac{\nu^2}{2D}. \label{eq:13-ext-part} \end{equation} $$

両者を足して,求めるバンドエネルギーの一般式が得られる.

$$ \begin{equation} E_{\mathrm{band}}(n)=\frac{10(k-1)}{p}\left[-\frac{W}{2}+\delta\Bigl(k-\frac32\Bigr)\right] +\nu\bigl[-\tfrac{W}{2}+2(k-1)\delta\bigr]+\frac{\nu^{2}}{2D} \label{eq:13-ext-eb} \end{equation} $$

検算しておこう.$p=1$($\delta=W$,$D=10/W$,$k=1$,$\nu=n$)とすると第1項は $0$,残りは $-\frac{Wn}{2}+\frac{n^2W}{20}$ となり,13.6節の \eqref{eq:13-fr-eb}($\varepsilon_d=0$,$A=-W/2$)と一致する.

例:bcc($p=2$)の場合を書き下す

$p=2$ では $\delta=W/3$,$D=15/W$,各ピークは5電子を収容する.

$0\le n\le5$($k=1$,$\nu=n$).第1項は $k-1=0$ なので消え,

$$ E_{\mathrm{band}} = n\left(-\frac{W}{2}\right)+\frac{n^2}{2\cdot(15/W)} = -\frac{W}{2}n+\frac{W}{30}n^{2}. $$

$5\le n\le10$($k=2$,$\nu=n-5$).まず第1項は

$$ \frac{10\cdot1}{2}\left[-\frac{W}{2}+\frac{W}{3}\left(2-\frac32\right)\right] =5\left[-\frac{W}{2}+\frac{W}{6}\right]=5\cdot\left(-\frac{W}{3}\right)=-\frac{5W}{3}. $$

第2項は $\nu\left[-\frac{W}{2}+2\cdot\frac{W}{3}\right]=\frac{W}{6}(n-5)$,第3項は $\frac{W}{30}(n-5)^2$.合計して展開すると

$$ \begin{align} E_{\mathrm{band}}&=-\frac{5W}{3}+\frac{W}{6}(n-5)+\frac{W}{30}\bigl(n^2-10n+25\bigr)\notag\\ &=\left(-\frac{5W}{3}-\frac{5W}{6}+\frac{5W}{6}\right)+\left(\frac{W}{6}-\frac{W}{3}\right)n+\frac{W}{30}n^2\notag\\ &=-\frac{5W}{3}-\frac{W}{6}n+\frac{W}{30}n^{2}.\notag \end{align} $$

(2行目では,$\frac{W}{6}(n-5)$ の定数部分 $-\frac{5W}{6}$ と $\frac{W}{30}\cdot25=\frac{5W}{6}$ をまとめ,1次の項として $\frac{W}{6}$ と $\frac{W}{30}\cdot(-10)=-\frac{W}{3}$ を足した.)境界 $n=5$ で両表式が一致することを確かめておく.第1式は $-\frac{5W}{2}+\frac{25W}{30}=-\frac{5W}{3}$,第2式は $-\frac{5W}{3}-\frac{5W}{6}+\frac{25W}{30}=-\frac{5W}{3}$ となり,確かにエネルギーは連続につながる.

hcp($p=3$),fcc($p=4$)についても \eqref{eq:13-ext-eb} に同じ手順で $k=1,2,\dots,p$ を代入すればよい.結果を表13.2にまとめる.

表13.2 拡張フリーデルモデルのバンドエネルギー($\varepsilon_d=0$,$n$ は $d$ 電子数).式 \eqref{eq:13-ext-eb} に $p=2,3,4$ を代入して得られる区分的2次多項式.
構造$n$ の範囲$E_{\mathrm{band}}(n)$
bcc
($p=2$)
$0\le n\le5$$-\frac{W}{2}n+\frac{W}{30}n^2$
$5\le n\le10$$-\frac{5}{3}W-\frac{W}{6}n+\frac{W}{30}n^2$
hcp
($p=3$)
$0\le n\le\frac{10}{3}$$-\frac{W}{2}n+\frac{3W}{100}n^2$
$\frac{10}{3}\le n\le\frac{20}{3}$$-\frac{2}{3}W-\frac{3W}{10}n+\frac{3W}{100}n^2$
$\frac{20}{3}\le n\le10$$-2W-\frac{W}{10}n+\frac{3W}{100}n^2$
fcc
($p=4$)
$0\le n\le\frac{5}{2}$$-\frac{W}{2}n+\frac{W}{35}n^2$
$\frac{5}{2}\le n\le5$$-\frac{5}{14}W-\frac{5W}{14}n+\frac{W}{35}n^2$
$5\le n\le\frac{15}{2}$$-\frac{15}{14}W-\frac{3W}{14}n+\frac{W}{35}n^2$
$\frac{15}{2}\le n\le10$$-\frac{15}{7}W-\frac{W}{14}n+\frac{W}{35}n^2$

13.7.3 構造エネルギー差と結晶構造系列

表13.2から構造エネルギー差 $\Delta E_{\mathrm{bcc-hcp}}(n)=E^{\mathrm{bcc}}_{\mathrm{band}}(n)-E^{\mathrm{hcp}}_{\mathrm{band}}(n)$ と $\Delta E_{\mathrm{fcc-hcp}}(n)$ を計算した結果が図13.7b である.読み取れることを列挙する.

(a) 拡張フリーデルモデルの d 状態密度.全幅 W を共通に保ち,bcc は2本,hcp は3本,fcc は4本の矩形に分ける.(b) 構造エネルギー差 ΔE(bcc−hcp),ΔE(fcc−hcp) の d 電子数依存性と,最安定構造の帯(fcc,hcp,bcc,hcp,fcc の順).
図13.7 (a) 拡張フリーデルモデルの $d$ 状態密度.全幅 $W$ を共通に保ったまま,bcc は2本,hcp は3本,fcc は4本の矩形に分割する.(b) $d$ 電子数に対する構造エネルギー差(hcp 基準,$W$ 単位).$\Delta E_{\mathrm{bcc-hcp}}$ は2個,$\Delta E_{\mathrm{fcc-hcp}}$ は4個の零点を持ち,最安定構造は fcc→hcp→bcc→hcp→fcc と移り変わる.

物理的意味:フェルミ準位を谷に落とす

なぜ山が2本ある bcc が中央付近($n_d\simeq4$–$6$)で得をするのか.矩形が2本なら,$n_d=5$ でちょうど下の山が満杯になり,フェルミ準位はギャップ(状態密度の谷)の中に落ちる.このとき電子はすべて低い方の山に収まっており,高い山にはまだ1つも入っていない.同じ電子数を1本の連続した矩形に詰めれば,その一部は中央付近のエネルギーの高い状態を占めざるをえない.この差がエネルギー利得になる.

逆にバンドの下端付近($n_d$ が小さい)では,山が細かく分かれていて最下部に状態が密集しているほうが得である.fcc は4本に分かれているので最下の山が最も低い位置に集中しており,少数の電子はそこに落ち込める.同じ議論をバンド上端付近に正孔について適用すれば,$n_d$ が大きいときも fcc が有利になる.つまり「フェルミ準位が谷に来る構造が選ばれる」という単純な規則が,系列全体を貫いている.第12章で見たヒューム・ロザリー則(フェルミ球がゾーン境界に接すると擬ギャップができて構造が変わる)も,まったく同じ論理の $\kk$ 空間版である.

13.7.4 実際の遷移金属の構造系列との比較

表13.3 遷移金属の室温・常圧での結晶構造とモデルの予言.$*$ は磁気秩序を持つ元素.$\alpha$-Mn は複雑な立方構造.
$n_d$123456789
3dSc
hcp
Ti
hcp
V
bcc
Cr
bcc$^*$
Mn
$\alpha$-Mn$^*$
Fe
bcc$^*$
Co
hcp$^*$
Ni
fcc$^*$
Cu
fcc
4dY
hcp
Zr
hcp
Nb
bcc
Mo
bcc
Tc
hcp
Ru
hcp
Rh
fcc
Pd
fcc
Ag
fcc
5dLu
hcp
Hf
hcp
Ta
bcc
W
bcc
Re
hcp
Os
hcp
Ir
fcc
Pt
fcc
Au
fcc
モデルfccfcchcpbccbccbcchcpfccfcc

4d・5d 系列の実験値は hcp → bcc → hcp → fcc という美しい規則性を示す.モデルはこの4区間の交代パターンと,中央に bcc 領域が来ること,両端が fcc になることを再現している.定量的なずれもはっきりしている.

3d 系列だけが規則から外れる(Cr が bcc,Mn が特異な構造,Fe が bcc,Co が hcp).その原因は磁性である.

13.7.5 磁性と構造安定性の相関

3d 金属ではバンド幅 $W$ が小さいため,状態密度が大きくなり,スピン分極が起こりやすい.この事情を定量化するのがストーナー模型である.

導出:ストーナー条件

非磁性状態から出発し,スピン $\downarrow$ の電子を $m/2$ 個だけスピン $\uparrow$ に移して磁気モーメント $m=n_\uparrow-n_\downarrow$(ボーア磁子単位)を作ったとき,エネルギーがどう変わるかを調べる.

(i) バンドエネルギーの損.フェルミ準位近傍で1スピンあたりの状態密度を定数 $D\equiv D_\sigma(\varepsilon_F)$(原子あたり,スピンあたり)と近似し,バンド下端を $\varepsilon_b$ とする.スピン $\sigma$ のフェルミ準位を $\varepsilon_F^\sigma=\varepsilon_b+x_\sigma$ と書けば,電子数は $n_\sigma=Dx_\sigma$,バンドエネルギーは

$$ \begin{align} E^{\sigma}_{\mathrm{band}} &= \int_{\varepsilon_b}^{\varepsilon_b+x_\sigma}\varepsilon\,D\,\dd\varepsilon = D\left[\varepsilon_b x_\sigma+\frac{x_\sigma^2}{2}\right] \label{eq:13-st-a} \end{align} $$

(積分公式 \eqref{eq:13-ext-int} をそのまま使った).両スピンの和をとると

$$ \begin{align} E_{\mathrm{band}} &= D\varepsilon_b\,(x_\uparrow+x_\downarrow) + \frac{D}{2}\bigl(x_\uparrow^2+x_\downarrow^2\bigr). \label{eq:13-st-b} \end{align} $$

ここで $x_\sigma=n_\sigma/D$ と $n_{\uparrow,\downarrow}=\frac{n}{2}\pm\frac{m}{2}$ を代入する.第1項は $x_\uparrow+x_\downarrow=n/D$ で $m$ によらない.第2項は

$$ \begin{align} x_\uparrow^2+x_\downarrow^2 &=\frac{1}{D^2}\left[\left(\frac n2+\frac m2\right)^2+\left(\frac n2-\frac m2\right)^2\right] \label{eq:13-st-c}\\ &=\frac{1}{D^2}\left[\frac{n^2}{2}+\frac{m^2}{2}\right] \label{eq:13-st-d} \end{align} $$

(和と差の2乗を展開すると交差項 $2\cdot\frac n2\cdot\frac m2$ が打ち消し合う).したがって

$$ \begin{equation} \Delta E_{\mathrm{band}}(m)= E_{\mathrm{band}}(m)-E_{\mathrm{band}}(0)=\frac{D}{2}\cdot\frac{m^2}{2D^2}=\frac{m^2}{4D}\ \gt 0 . \label{eq:13-st-band} \end{equation} $$

電子を高いエネルギーの状態へ押し上げたぶんの損である.状態密度 $D$ が大きいほど損は小さい(同じ電子数を移すのに必要なエネルギー幅が狭くて済むから).

(ii) 交換エネルギーの得.同じスピンの電子どうしはパウリ原理により互いを避けるので交換エネルギーが下がる(第5章).スピン分極 $m$ に対する交換相関エネルギーの利得を最低次で書くと

$$ \begin{equation} \Delta E_{\mathrm{ex}}(m) = -\frac{I}{4}\,m^2 \label{eq:13-st-ex} \end{equation} $$

となる.$I$ はストーナーパラメータと呼ばれる原子内の交換積分で,3d 元素では $I\simeq0.9$–$1.0$ eV 程度,$4d$・$5d$ ではこれより小さい.$m^2$ に比例するのは,$m\to-m$ の対称性(上下スピンの入れ替え)から奇数次の項が禁止されるためである.

(iii) 合計.

$$ \begin{equation} \Delta E(m) = \frac{m^2}{4D}-\frac{I}{4}m^2 = \frac{m^2}{4D}\bigl(1-I\,D\bigr). \label{eq:13-st-total} \end{equation} $$

括弧の中が負,すなわち

$$ \begin{equation} I\,D_\sigma(\varepsilon_F) \gt 1 \label{eq:13-st-criterion} \end{equation} $$

のとき,$m=0$ の非磁性状態は不安定になり,自発磁化が発生する.これがストーナー条件である.∎

この条件は3d と 4d/5d の違いを見事に説明する.矩形モデルで見積もると,1スピンあたりの状態密度は $D_\sigma\simeq5/W$(原子あたり10状態のうち半分がスピンごと)であるから,

$$ \begin{equation} I\,D_\sigma \simeq \frac{5I}{W} \quad\Longrightarrow\quad \begin{cases} 3d:\ W\simeq5\ \mathrm{eV},\ I\simeq0.9\ \mathrm{eV}\ \Rightarrow\ ID_\sigma\simeq0.9\ (\text{境界的})\\ 4d:\ W\simeq7\ \mathrm{eV}\ \Rightarrow\ ID_\sigma\lesssim0.6\\ 5d:\ W\simeq10\ \mathrm{eV}\ \Rightarrow\ ID_\sigma\lesssim0.4 \end{cases} \label{eq:13-st-estimate} \end{equation} $$

すなわち3d 系列だけが磁性の境界線上にある.実際に強磁性を示す単体金属は Fe, Co, Ni の3つだけであり,いずれも 3d 系列で,しかも状態密度の高いピークがフェルミ準位に来る $n_d$ を持つ.4d・5d ではバンドが広くて $D_\sigma$ が小さく,条件 \eqref{eq:13-st-criterion} を満たさない.

物理的意味:磁性が構造を変える — bcc Fe と圧力誘起 bcc→hcp 転移

非磁性のまま表13.3を読むと,$n_d=6$ の Fe は Ru・Os と同じく hcp になるはずである.ところが実際の Fe は bcc をとる.理由は強磁性にある.

スピン分極が起こると,$d$ バンドは交換分裂して多数スピン(majority)バンドが下に,少数スピン(minority)バンドが上にずれる.bcc Fe では多数スピンバンドがほぼ満杯になり,フェルミ準位は少数スピンバンドの中に位置する.少数スピンチャネルだけを見ると,その実効的な充填率はバンド中央付近であり,そこは13.7.3節で見たとおり bcc が最も得をする領域である.つまり強磁性がバンドを2つに分け,少数スピンチャネルを「bcc が好きな充填率」に押し込む.これが bcc Fe の安定性の起源である.同様に Co(hcp),Ni(fcc)もスピン分極した状態密度に対して「フェルミ準位が谷に来る」規則が成り立っている.

この描像の見事な検証が高圧下の鉄である.圧力をかけると原子間距離が縮んで飛び移り積分が増し,バンド幅 $W$ が広がる.すると $D_\sigma\propto1/W$ が減り,ストーナー条件 \eqref{eq:13-st-criterion} が破れて強磁性が消える.磁性を失った鉄は「非磁性の $n_d\simeq6$ の遷移金属」に戻るから,表13.3の規則どおり hcp を選ぶ.実験では $\sim13$ GPa で bcc($\alpha$-Fe)から hcp($\varepsilon$-Fe)への構造相転移が起こり,同時に磁性が消失する.第一原理計算でも,両構造の $E$–$V$ 曲線と磁気モーメントの体積依存性がこの筋書きを再現する.磁性と結晶構造は独立な性質ではなく,同じ状態密度を通して強く結合しているのである.

13.8 (発展)合金の安定性:ミーデマ則

ここまでは単体金属を扱ってきた.最後に,同じ「局所環境と状態密度」の言葉が2元合金にも拡張できることを,定性的に紹介する.問いは単純である.金属 A と金属 B を混ぜたとき,合金(化合物・固溶体)ができるのか,それとも分離してしまうのか.

判定基準は生成熱(生成エンタルピー)

$$ \begin{equation} \Delta H = E_{\mathrm{alloy}} - \bigl(x_A E_A + x_B E_B\bigr) \label{eq:13-mie-def} \end{equation} $$

の符号である($x_A,x_B$ は組成比).$\Delta H\lt0$ なら混ざるほうが得(合金化),$\Delta H\gt0$ なら分離が得(相分離)である.周期表上の元素の組み合わせは膨大だが,ミーデマ(A. R. Miedema)らは,各元素にたった2つの原子的パラメータを割り当てるだけで $\Delta H$ の符号と大きさを驚くほどよく予測できることを示した.

ミーデマ則(経験則)

元素ごとに次の2つの量を定める.

2元合金の生成熱は,これらの差の2乗の競合で近似される:

$$ \begin{equation} \Delta H \;\simeq\; -P\bigl(\Delta\phi^{*}\bigr)^{2} \;+\; Q\Bigl(\Delta n_{\mathrm{ws}}^{1/3}\Bigr)^{2} \label{eq:13-mie} \end{equation} $$

ここで $P,Q\gt0$ は元素の組み合わせの族(遷移金属どうし,など)ごとにほぼ一定の経験定数である.遷移金属と $p$ 電子元素の組み合わせでは,$d$-$p$ 混成による追加の負の項が必要になる.

この式が持つ2つの項の意味を,本章で作った描像で読み解こう.

物理的意味:電荷移動による安定化と,密度の継ぎ目による不安定化

第1項 $-P(\Delta\phi^{*})^2$:電荷移動の利得.電気陰性度の異なる2つの金属を接触させると,$\phi^{*}$ の小さい(電子を手放しやすい)原子から大きい原子へ電子が流れる.生じた正負の電荷は互いに引き合い,静電エネルギーが下がる.移動する電荷量は差 $\Delta\phi^{*}$ に比例し,静電エネルギーはその2乗に比例するから,寄与は $-(\Delta\phi^{*})^2$ に比例する常に負の項になる.イオン結合性の利得の金属版だと思えばよい.

第2項 $+Q(\Delta n_{\mathrm{ws}}^{1/3})^2$:密度の継ぎ合わせの損.金属を「原子ごとのウィグナー・ザイツ胞を隙間なく敷き詰めたもの」と見ると,異種原子を隣り合わせにしたとき,胞の境界で電子密度が食い違う.しかし電子密度は連続でなければならない(不連続な密度は運動エネルギーを無限に上げてしまう)から,境界付近で密度をならす必要がある.これは第3章・第4章で扱った一様電子気体の描像で言えば,密度の異なる2つのジェリウムを貼り合わせる操作であり,必ずエネルギーを上げる.ずれの2乗に比例する常に正の項になる.$n_{\mathrm{ws}}^{1/3}$ という組み合わせが現れるのは,この量が電子間平均距離の逆数($\propto1/r_s$)に対応し,密度のずれを長さの尺度で測るのが自然だからである.

したがって合金ができるかどうかは「電気陰性度差による得」と「電子密度差による損」の綱引きで決まる.電気陰性度が大きく違い,電子密度が近い組み合わせ(たとえば周期表の左側の元素と右側の元素,Zr–Ru や Ti–Ni など)は強い負の生成熱を持ち,金属間化合物をつくる.逆に,電気陰性度は似ているが電子密度が大きく違う組み合わせ(Cu–W,Ag–Ni など)は正の生成熱となり,混ざらない.

(a) 電荷移動:安定化 −P(Δφ*)² (b) 密度の食い違い:不安定化 +Q(Δn⅓)² A(φ* 小) B(φ* 大) 電子 + − 生じた ± 電荷が引き合い,エネルギーが下がる (電気陰性度差が大きいほど得) 胞の境界 位置 n(r) A 側の密度 B 側の密度 実際は連続につながねばならない 段差をならすために電子を再配置する必要があり, 運動エネルギーが上がる(密度差が大きいほど損)
図13.8 ミーデマ則の2つの項の微視的な意味.(a) 電気陰性度の差による電荷移動は静電的にエネルギーを下げる(負の寄与).(b) ウィグナー・ザイツ胞の境界で電子密度が食い違うと,それをならすためにエネルギーを要する(正の寄与).合金化するか相分離するかは両者の競合で決まる.

ミーデマ則はあくまで経験則として提案されたが,その後 Pettifor によって,本章で構築したフリーデルモデルと2次モーメント近似の枠内で微視的に基礎づけられた.彼の結果は,遷移金属どうしの合金の生成熱を

$$ \begin{equation} \frac{\Delta H_0}{W} = -\frac{1}{80}(\Delta N)^2 -\frac{1}{4}\,\Delta N\,\frac{\Delta C}{W} -\frac{3}{40}\,\bar N\,(10-\bar N)\left(\frac{\Delta C}{W}\right)^{2} \label{eq:13-mie-pettifor} \end{equation} $$

という形に書く.ここで $\bar N$ は平均 $d$ 電子数,$\Delta N$ は2元素の $d$ 電子数の差,$\Delta C$ は $d$ 準位の中心の差である.各項の由来は次のとおりである.

Pettifor の微視的理論は,RhPd(合金化する)や ZrRu(強く合金化する)といった実例について,ミーデマ則および実験値をよく再現することが示されている.粗いモデルであっても,正しい物理(局所環境・状態密度・モーメント)を捉えていれば,経験則の背後にある構造を明らかにできる好例である.定量的な合金設計には第一原理計算(第14章以降)が必要だが,どの元素の組み合わせを試すべきかという探索の指針としては,いまなおミーデマ則が使われている.

13.9 まとめと展望

本章では,バンド構造 $\varepsilon_\nu(\kk)$ とは相補的な,状態密度を主役とする実空間・局所軌道の言語を構築した.要点をまとめる.

次章への橋渡し.本章の議論は,状態密度・モーメント・局所環境という「化学的」な言語が,バンド計算(第12章)の $\kk$ 空間の言語と同じ物理を別の角度から語るものであることを示した.どちらの言語も,出発点は一体有効ハミルトニアン $\hat H$ である.では,その $\hat H$ — すなわちコーン・シャム方程式(第10章)— を実際の物質について自己無撞着に解くにはどうすればよいのか.基底関数をどう選び,非線形固有値問題をどう収束させ,$\kk$ 点をどうサンプリングするか.第14章では,この実装の問題に正面から取り組む.本章で導入したグリーン関数と連分数の技法は,そこで扱う大規模系の $O(N)$ 法や,非平衡グリーン関数による電子輸送計算にも,そのまま生きている.

13.9.1 演習問題

演習13.1 ベーテ格子(ケイリー木)の状態密度

各サイトがちょうど $Z$ 本の結合を持ち,しかも閉じた環(ループ)を一切含まない格子をベーテ格子という.最近接飛び移り積分を $-t$,サイトエネルギーを $0$ とする.

  1. 出発ベクトル $|u_0\rangle=|0\rangle$ からリカージョンを実行し,$a_n=0$($n\ge0$),$b_1=\sqrt{Z}\,t$,$b_n=\sqrt{Z-1}\,t$($n\ge2$)となることを示せ.
  2. $n\ge1$ の尾の部分の自己相似性を使って,$g_1(z)=\dfrac{z-\sqrt{z^2-4(Z-1)t^2}}{2(Z-1)t^2}$ を導け.
  3. $G_{00}(z)=\dfrac{2(Z-1)}{(Z-2)z+Z\sqrt{z^2-4(Z-1)t^2}}$ を示し,バンド幅が $4\sqrt{Z-1}\,t$ であることを確かめよ.
  4. $Z=2$ とすると13.4節の無限1次元鎖の結果 $G_{00}=1/\sqrt{z^2-4t^2}$ に帰着することを確かめよ.また $s=\mu_4/\mu_2^2$ を \eqref{eq:13-mom-s-lanczos} から求め,ループがない($N_4=0$)ときの公式 \eqref{eq:13-mom-s} と一致することを確かめよ.

ヒント:(1) 第1シェルには $Z$ 個,第2シェル以降は各サイトが「来た道」を除いて $Z-1$ 本の枝を出すことに注意し,$|u_n\rangle$ を第 $n$ シェルの規格化された等重率和にとる.(2) 尾は係数一定なので \eqref{eq:13-terminator} がそのまま使える.(3) $G_{00}=1/(z-b_1^2g_1)$ に代入し,分母を通分する.(4) $Z=2$ では $Z-2=0$ となって第1項が消える.

演習13.2 拡張フリーデルモデルの形状パラメータ

13.7節の $p$ 本矩形モデル(全幅 $W$,状態数10)について,規格化されたモーメント $\mu_2=\frac{1}{10}\int\varepsilon^2 n_d\,\dd\varepsilon$,$\mu_4=\frac{1}{10}\int\varepsilon^4 n_d\,\dd\varepsilon$ を計算し,形状パラメータ $s=\mu_4/\mu_2^2$ を $p=2,3,4$ について求めよ.結果を用いて,

  1. 3つの構造の $\mu_2$ が厳密には一致しないこと(したがって「$W$ を揃える」ことは「$\mu_2$ を揃える」ことの近似にすぎないこと)を確認せよ.
  2. $s$ が最も小さいのはどの構造か.13.5.3節で述べた「bcc は双峰」という主張と整合するか論ぜよ.

ヒント:分布は $\varepsilon_d=0$ について対称なので,正側の $p$ 本(または $p$ が奇数なら中央の半分)だけ積分して2倍すればよい.$\int_a^b\varepsilon^{2k}\dd\varepsilon=\frac{b^{2k+1}-a^{2k+1}}{2k+1}$ を使う.数値は $s(p=2)\simeq1.29$,$s(p=3)\simeq1.59$,$s(p=4)\simeq1.68$ 程度になる.

演習13.3 構造エネルギー差の零点とモーメントの定理

表13.2を用いて,$\Delta E_{\mathrm{bcc-hcp}}(n)=E^{\mathrm{bcc}}_{\mathrm{band}}(n)-E^{\mathrm{hcp}}_{\mathrm{band}}(n)$ を $n$ の区分的2次式として書き下せ.とくに

  1. $\frac{10}{3}\le n\le5$ の区間で $\Delta E_{\mathrm{bcc-hcp}}=W\left(\frac{2}{3}-\frac{n}{5}+\frac{n^2}{300}\right)$ となることを示し,この区間の零点が $n=30-\sqrt{700}\simeq3.54$ であることを求めよ.
  2. 状態密度が $\varepsilon_d$ について対称であることから $\Delta E(n)=\Delta E(10-n)$ が成り立つことを説明し,もう1つの零点が $n\simeq6.46$ であることを示せ.零点は全部で2個であり,モーメントの定理($m=3$ ゆえ $m-1=2$ 個)と整合することを確かめよ.
  3. $n=5$ で $\Delta E_{\mathrm{bcc-hcp}}=-0.25W$ となり,これが最小値であることを示せ.

ヒント:(1) 表13.2の該当行どうしを引き算し,$\frac{1}{30}-\frac{3}{100}=\frac{1}{300}$ の計算に注意する.2次方程式 $n^2-60n+200=0$ を解く.(3) $n\lt5$ の区間では $\dd\Delta E/\dd n\lt0$,$n\gt5$ の区間では $\gt0$ であることを示せばよい(最小点は微分が不連続な折れ点である).

演習13.4 ストーナー条件と 3d 金属の磁性

フリーデルモデルの矩形 $d$ バンド(幅 $W$,原子あたり10状態)を仮定する.

  1. 1スピンあたりの状態密度が $D_\sigma=5/W$(原子あたり)であることを示せ.
  2. ストーナー条件 \eqref{eq:13-st-criterion} が $W\lt5I$ と書けることを示し,$I=0.9$ eV としたときの臨界バンド幅を求めよ.式 \eqref{eq:13-fr-W} の値と比べて,なぜ強磁性金属が 3d 系列にしか現れないのかを説明せよ.
  3. 磁気モーメント $m$ が有限になったとき,エネルギー利得 \eqref{eq:13-st-total} は $m^2$ に比例していくらでも下がるように見える.実際には $m$ が有限の値で止まるのはなぜか.矩形バンドが有限の幅しか持たないこと(バンドが埋まりきると $D_\sigma$ が実効的に $0$ になること)を使って定性的に論ぜよ.

ヒント:(1) 全部で10状態,スピンは2種類,エネルギー幅は $W$.(3) $\Delta E(m)$ の $m^4$ 以上の高次項を考える.多数スピンバンドが満杯になると,それ以上の分極には大きなエネルギーが要る(強い強磁性,strong ferromagnet).Ni・Co がこれに当たり,Fe は多数スピンバンドがまだ満杯でない(弱い強磁性).

参考文献