第12章ブロッホの定理とバンド構造
第III部では,多電子系の基底状態が電子密度の汎関数として記述できること(第9章)と,それを実際に解くための一体方程式であるコーン・シャム方程式(第10章),そしてその中の交換相関汎関数の作り方(第11章)を学んだ.ここまでで「解くべき方程式」は完全に決まった.残された問題は,それを実在の物質について解くことである.本章から始まる第IV部では,その最初の,そして最も重要な対象である結晶を扱う.結晶とは原子が空間的に周期的に並んだ系であり,その周期性はコーン・シャム有効ポテンシャルの周期性 $v_{\mathrm{eff}}(\rr+\bm{R})=v_{\mathrm{eff}}(\rr)$ に直結する.この一つの対称性だけから,無限個の電子を含む問題が,有限個の波数 $\kk$ ごとの小さな固有値問題に完全に分解されるという劇的な単純化が起こる.これがブロッホの定理であり,固体物理学のすべての出発点である.本章ではまず逆格子とブリルアンゾーンという言葉を整備し,ブロッホの定理を2通りの独立な方法で証明する.次に,周期ポテンシャルを完全に無視した空格子近似と,それを一次の摂動で補正した「ほとんど自由な電子」の二波近似を行い,ゾーン境界にエネルギーギャップが開く機構を最後まで計算する.最後に,単純金属でなぜ自由電子模型がこれほどよく働くのかという問いに,直交化平面波法とフィリップス・クラインマンの変換によって答える.これは第15章の擬ポテンシャル理論の胚芽でもある.本章でもハートリー原子単位系($\hbar=m_e=e=4\pi\varepsilon_0=1$,第1章参照)を用い,実験値との比較では $1\ \mathrm{Hartree}=27.2114\ \mathrm{eV}$ の換算を使う.
- ブラベー格子と逆格子:$e^{i\bm{G}\cdot\bm{R}}=1$ という条件から逆格子基本ベクトル $\bm{b}_i=2\pi(\bm{a}_j\times\bm{a}_k)/\Omega$ が導かれること,周期関数のフーリエ級数展開
- ボルン・フォン・カルマン境界条件による波数の離散化 $\kk=\sum_i (n_i/N_i)\bm{b}_i$ と,独立な $\kk$ 点の個数がセル数に等しいこと
- ブロッホの定理の2通りの証明:並進演算子の同時固有状態としての証明と,フーリエ空間で「中心方程式」を作る構成的証明
- $\varepsilon_\nu(\kk+\bm{G})=\varepsilon_\nu(\kk)$ の証明,第一ブリルアンゾーンの構成,拡張ゾーン・還元ゾーン・周期ゾーンの3つの表示
- 空格子近似:fcc の $\Gamma\to X$ 線に沿った自由電子バンドの折り畳みと縮退度の数え上げ
- 二波近似:縮退摂動論による $2\times2$ 永年方程式,ゾーン境界のギャップ $2\abs{V_{\bm{G}}}$,定在波と電荷密度,バンド端の有効質量
- フェルミ球とブリルアンゾーンの幾何,擬ギャップ,ヒューム・ロザリー則($e/a=1.36,\,1.48,\ldots$)の導出
- 直交化平面波(OPW)法とフィリップス・クラインマン変換:反発ポテンシャル $\hat V_R=\sum_c(\varepsilon_v-\varepsilon_c)|\phi_c\rangle\langle\phi_c|$ とキャンセレーション定理
12.1 結晶の周期性と逆格子
この節では,結晶の周期性を数学的に記述するための道具立てを作る.目標は2つある.第一に,周期性を持つ空間の「双対」として逆格子を定義し,その基本ベクトルの具体形を導くこと.第二に,周期ポテンシャルが逆格子ベクトルだけを波数に持つフーリエ級数で展開できることを,係数公式まで含めて証明することである.これらは以降のすべての議論の言語となる.
12.1.1 ブラベー格子と周期ポテンシャル
定義:ブラベー格子と基本並進ベクトル
3つの一次独立なベクトル $\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$(基本並進ベクトル)を選び,整数の組 $\bm{n}=(n_1,n_2,n_3)$ に対して
$$ \begin{equation} \bm{R}_{\bm{n}} = n_1\bm{a}_1 + n_2\bm{a}_2 + n_3\bm{a}_3 ,\qquad n_i \in \mathbb{Z} \label{eq:12-lattice} \end{equation} $$で定まる点の集合をブラベー格子という.$\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$ の張る平行六面体を単位胞(ユニットセル)といい,その体積は
$$ \begin{equation} \Omega = \bm{a}_1\cdot(\bm{a}_2\times\bm{a}_3) \label{eq:12-cellvol} \end{equation} $$で与えられる.結晶とは,単位胞の中の原子配置が格子の全ての点で同じように繰り返された系である.したがって,コーン・シャム有効ポテンシャル $v_{\mathrm{eff}}$ をはじめとする結晶のあらゆる一体ポテンシャル $V(\rr)$ は
$$ \begin{equation} V(\rr+\bm{R}_{\bm{n}}) = V(\rr)\qquad\text{(すべての格子ベクトル }\bm{R}_{\bm{n}}\text{ について)} \label{eq:12-vper} \end{equation} $$を満たす.以下,これを格子周期性と呼ぶ.
ここで注意しておきたいのは,\eqref{eq:12-vper} が単なる仮定ではなく自己無撞着に成り立つという点である.第10章のコーン・シャム方程式では $v_{\mathrm{eff}}[n](\rr)=v_{\mathrm{ext}}(\rr)+v_{\mathrm{H}}[n](\rr)+v_{xc}[n](\rr)$ であった.原子核の配置が周期的なら外部ポテンシャル $v_{\mathrm{ext}}$ は周期的であり,そのとき自己無撞着解の電子密度 $n(\rr)$ も周期的になり,したがって $v_{\mathrm{H}}$ も $v_{xc}$ も周期的になる.周期性は SCF ループを回しても壊れない.
数学ノート:スカラー三重積と斜交座標
以下で繰り返し使う2つの事実を確認しておく.
(i) スカラー三重積の巡回対称性.任意のベクトル $\bm{u},\bm{v},\bm{w}$ について
$$ \begin{equation} \bm{u}\cdot(\bm{v}\times\bm{w}) = \bm{v}\cdot(\bm{w}\times\bm{u}) = \bm{w}\cdot(\bm{u}\times\bm{v}) \label{eq:12-triple} \end{equation} $$が成り立つ.実際,成分で書けば $\bm{u}\cdot(\bm{v}\times\bm{w}) = \sum_{ijk}\epsilon_{ijk}u_iv_jw_k$ であり(ここで $\epsilon_{ijk}$ は完全反対称テンソル),$\epsilon_{ijk}$ は添字の巡回置換 $(i,j,k)\to(j,k,i)$ に対して不変だから,$u,v,w$ を巡回的に入れ替えても値は変わらない.同じ理由で,2つを入れ替えると符号が変わる.とくに2つが等しければ $\bm{v}\cdot(\bm{v}\times\bm{w})=0$ である($\bm{v}\times\bm{w}$ は $\bm{v}$ に直交するから,と言っても同じ).
(ii) 斜交座標と体積要素.$\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$ が一次独立なら,任意の位置ベクトルは
$$ \begin{equation} \rr = \beta_1\bm{a}_1+\beta_2\bm{a}_2+\beta_3\bm{a}_3 \label{eq:12-oblique} \end{equation} $$と一意に書ける($\beta_i$ を分数座標という).変数を $(x,y,z)$ から $(\beta_1,\beta_2,\beta_3)$ に変えるときのヤコビ行列は,\eqref{eq:12-oblique} を成分で書けば $\partial x_\mu/\partial\beta_i = (\bm{a}_i)_\mu$ だから,列に $\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$ を並べた行列そのものである.その行列式は定義により $\bm{a}_1\cdot(\bm{a}_2\times\bm{a}_3)=\Omega$ に等しい.したがって
$$ \begin{equation} \dd^3 r = \Omega\,\dd\beta_1\,\dd\beta_2\,\dd\beta_3 \label{eq:12-jacobian} \end{equation} $$であり,単位胞の内部は $0\le\beta_i<1$($i=1,2,3$)に対応する.この座標変換は,単位胞上の積分を3つの独立な区間 $[0,1]$ 上の1次元積分の積に分解してくれるので,以下の直交性の証明で決定的な役割を果たす.
12.1.2 逆格子の定義と構成
周期関数を扱うときの常套手段はフーリエ展開である.1次元で周期 $a$ の関数 $f(x+a)=f(x)$ は $f(x)=\sum_m f_m e^{2\pi i mx/a}$ と展開できた.3次元でこれに対応するものを作りたい.平面波 $e^{i\bm{q}\cdot\rr}$ が格子周期性を持つためには何が必要かを考えればよい.
$e^{i\bm{q}\cdot(\rr+\bm{R}_{\bm{n}})} = e^{i\bm{q}\cdot\rr}e^{i\bm{q}\cdot\bm{R}_{\bm{n}}}$ であるから,この平面波が格子周期性を持つ必要十分条件は
$$ \begin{equation} e^{i\bm{q}\cdot\bm{R}_{\bm{n}}} = 1 \qquad \Longleftrightarrow\qquad \bm{q}\cdot\bm{R}_{\bm{n}} = 2\pi\times(\text{整数})\qquad(\text{すべての }\bm{n}) \label{eq:12-Gcond} \end{equation} $$である.この条件を満たす波数ベクトルの全体が逆格子である.
定義:逆格子
条件 \eqref{eq:12-Gcond} を満たす波数ベクトル $\bm{q}$ の集合を,そのブラベー格子の逆格子(reciprocal lattice)といい,その要素を逆格子ベクトル $\bm{G}$ と書く.
逆格子は集合として定義されたが,これを具体的に構成しよう.次の定理が答えである.
定理:逆格子基本ベクトル
基本並進ベクトル $\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$ に対して
$$ \begin{equation} \bm{b}_1 = \frac{2\pi}{\Omega}\,\bm{a}_2\times\bm{a}_3,\qquad \bm{b}_2 = \frac{2\pi}{\Omega}\,\bm{a}_3\times\bm{a}_1,\qquad \bm{b}_3 = \frac{2\pi}{\Omega}\,\bm{a}_1\times\bm{a}_2 \label{eq:12-bdef} \end{equation} $$と定義すると,これらは
$$ \begin{equation} \bm{b}_i\cdot\bm{a}_j = 2\pi\,\delta_{ij} \label{eq:12-dual} \end{equation} $$を満たし,逆格子はちょうど
$$ \begin{equation} \bm{G}_{\bm{m}} = m_1\bm{b}_1+m_2\bm{b}_2+m_3\bm{b}_3,\qquad m_i\in\mathbb{Z} \label{eq:12-Gdef} \end{equation} $$の全体と一致する.すなわち逆格子もまた($\bm{b}_i$ を基本ベクトルとする)ブラベー格子である.
導出:双対関係 \eqref{eq:12-dual} と逆格子の完全な特徴づけ
ステップ1:$\bm{b}_1\cdot\bm{a}_1=2\pi$.定義 \eqref{eq:12-bdef} を代入すると
$$ \begin{align} \bm{b}_1\cdot\bm{a}_1 &= \frac{2\pi}{\Omega}\,(\bm{a}_2\times\bm{a}_3)\cdot\bm{a}_1 \label{eq:12-d1a}\\ &= \frac{2\pi}{\Omega}\,\bm{a}_1\cdot(\bm{a}_2\times\bm{a}_3) \label{eq:12-d1b}\\ &= \frac{2\pi}{\Omega}\,\Omega = 2\pi . \label{eq:12-d1c} \end{align} $$\eqref{eq:12-d1b} では内積の可換性を使い,\eqref{eq:12-d1c} では単位胞体積の定義 \eqref{eq:12-cellvol} を使っただけである.
ステップ2:$\bm{b}_1\cdot\bm{a}_2=\bm{b}_1\cdot\bm{a}_3=0$.
$$ \begin{align} \bm{b}_1\cdot\bm{a}_2 &= \frac{2\pi}{\Omega}\,(\bm{a}_2\times\bm{a}_3)\cdot\bm{a}_2 = 0, \label{eq:12-d2a}\\ \bm{b}_1\cdot\bm{a}_3 &= \frac{2\pi}{\Omega}\,(\bm{a}_2\times\bm{a}_3)\cdot\bm{a}_3 = 0 . \label{eq:12-d2b} \end{align} $$いずれも,外積 $\bm{a}_2\times\bm{a}_3$ は $\bm{a}_2$ にも $\bm{a}_3$ にも直交するという外積の定義そのものである(数学ノートの (i) で述べた「2つが等しいスカラー三重積はゼロ」でもよい).$\bm{b}_2,\bm{b}_3$ については,\eqref{eq:12-bdef} が添字の巡回置換 $1\to2\to3\to1$ で移り合う形をしており,$\Omega$ もまた \eqref{eq:12-triple} により巡回置換で不変だから,まったく同じ計算が繰り返せる.以上で \eqref{eq:12-dual} が示された.
ステップ3:$\bm{b}_i$ は一次独立.もし $x_1\bm{b}_1+x_2\bm{b}_2+x_3\bm{b}_3=\bm{0}$ なら,両辺と $\bm{a}_j$ の内積をとって \eqref{eq:12-dual} を使えば $2\pi x_j=0$,すなわち $x_j=0$($j=1,2,3$).したがって $\bm{b}_1,\bm{b}_2,\bm{b}_3$ は一次独立であり,任意の波数ベクトルはこれらの線形結合で一意に書ける.
ステップ4:\eqref{eq:12-Gdef} の形の $\bm{G}$ は条件 \eqref{eq:12-Gcond} を満たす.
$$ \begin{align} \bm{G}_{\bm{m}}\cdot\bm{R}_{\bm{n}} &= \Big(\sum_i m_i\bm{b}_i\Big)\cdot\Big(\sum_j n_j\bm{a}_j\Big) = \sum_{i,j} m_i n_j\,(\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j) \label{eq:12-d4a}\\ &= \sum_{i,j} m_i n_j\,2\pi\delta_{ij} = 2\pi\,(m_1n_1+m_2n_2+m_3n_3). \label{eq:12-d4b} \end{align} $$\eqref{eq:12-d4a} は内積の双線形性による展開,\eqref{eq:12-d4b} は双対関係 \eqref{eq:12-dual} の代入とクロネッカーデルタによる和の縮約である.$m_i,n_i$ はすべて整数だから $m_1n_1+m_2n_2+m_3n_3$ も整数で,たしかに $\bm{G}_{\bm{m}}\cdot\bm{R}_{\bm{n}}$ は $2\pi$ の整数倍になる.
ステップ5:逆に,条件 \eqref{eq:12-Gcond} を満たす $\bm{q}$ は \eqref{eq:12-Gdef} の形に限る.ステップ3より $\bm{q}=x_1\bm{b}_1+x_2\bm{b}_2+x_3\bm{b}_3$ と(実数 $x_i$ を使って)一意に書ける.ここで \eqref{eq:12-Gcond} をとくに $\bm{R}_{\bm{n}}=\bm{a}_j$(つまり $n_j=1$,他は $0$)に対して適用すると
$$ \begin{equation} \bm{q}\cdot\bm{a}_j = \sum_i x_i\,(\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j) = 2\pi x_j = 2\pi\times(\text{整数}) \label{eq:12-d5} \end{equation} $$となり,$x_j$ が整数であることが従う.$j=1,2,3$ について同じことが言えるから,$\bm{q}$ は \eqref{eq:12-Gdef} の形をしている.以上で「逆格子 $=$ $\bm{b}_i$ の整数係数線形結合の全体」が両方向とも証明された.
逆格子が得られた.ここで「逆格子の逆格子はもとの格子である」ことも述べておく価値がある.実際,\eqref{eq:12-dual} は $\bm{a}$ と $\bm{b}$ について対称な形をしており,$\bm{b}_i$ を出発点にして \eqref{eq:12-bdef} と同じ構成をすれば $\bm{a}_i$ が戻ってくる.この双対性は,次に定義する逆格子空間の体積についての関係にも現れる.
導出:逆格子単位胞の体積 $\Omega_{\mathrm{BZ}}=(2\pi)^3/\Omega$
$\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$ を列に並べた $3\times3$ 行列を $A$,$\bm{b}_1,\bm{b}_2,\bm{b}_3$ を列に並べた行列を $B$ とする.行列 $B^{\mathsf{T}}A$ の $(i,j)$ 成分は $\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j$ だから,\eqref{eq:12-dual} は行列の言葉で
$$ \begin{equation} B^{\mathsf{T}}A = 2\pi\,I_3 \label{eq:12-BA} \end{equation} $$と書ける($I_3$ は $3\times3$ 単位行列).両辺の行列式をとると,$\det(B^{\mathsf{T}})=\det B$,$\det(2\pi I_3)=(2\pi)^3$ だから
$$ \begin{equation} \det B \cdot \det A = (2\pi)^3 . \label{eq:12-detBA} \end{equation} $$ところが列ベクトルを並べた行列の行列式はスカラー三重積に等しいので $\det A=\bm{a}_1\cdot(\bm{a}_2\times\bm{a}_3)=\Omega$,$\det B=\bm{b}_1\cdot(\bm{b}_2\times\bm{b}_3)\equiv\Omega_{\mathrm{BZ}}$ である.したがって
$$ \begin{equation} \Omega_{\mathrm{BZ}} = \frac{(2\pi)^3}{\Omega} \label{eq:12-BZvol} \end{equation} $$を得る.実空間の単位胞が大きいほど逆格子の単位胞は小さい,という反比例関係である.
12.1.3 周期ポテンシャルのフーリエ級数
逆格子が手に入ったので,周期ポテンシャルを展開する準備が整った.まず,展開に使う平面波の直交性を証明する.
導出:単位胞上での平面波の直交性
示したいのは,任意の2つの逆格子ベクトル $\bm{G},\bm{G}'$ について
$$ \begin{equation} \frac{1}{\Omega}\int_{\text{単位胞}} e^{i(\bm{G}-\bm{G}')\cdot\rr}\,\dd^3 r = \delta_{\bm{G}\bm{G}'} \label{eq:12-pworth} \end{equation} $$である.$\bm{G}-\bm{G}'$ もまた逆格子ベクトルだから,これを $\bm{G}''=\sum_i m_i''\bm{b}_i$($m_i''$ は整数)と書き,$\bm{G}''=\bm{0}$ すなわち $m_1''=m_2''=m_3''=0$ のときだけ左辺が $1$,それ以外では $0$ になることを示せばよい.
ステップ1:斜交座標への変換.数学ノートの \eqref{eq:12-oblique}, \eqref{eq:12-jacobian} を使って $\rr=\sum_i\beta_i\bm{a}_i$,$\dd^3r=\Omega\,\dd\beta_1\dd\beta_2\dd\beta_3$ とし,積分領域を $0\le\beta_i<1$ にとる.指数の肩は
$$ \begin{equation} \bm{G}''\cdot\rr = \Big(\sum_i m_i''\bm{b}_i\Big)\cdot\Big(\sum_j\beta_j\bm{a}_j\Big) = \sum_{i,j} m_i''\beta_j\,2\pi\delta_{ij} = 2\pi\big(m_1''\beta_1+m_2''\beta_2+m_3''\beta_3\big) \label{eq:12-Gr} \end{equation} $$となる.ここでも使ったのは双対関係 \eqref{eq:12-dual} だけである.
ステップ2:3重積分の因数分解.指数関数は和を積に変えるので
$$ \begin{align} \frac{1}{\Omega}\int_{\text{胞}} e^{i\bm{G}''\cdot\rr}\dd^3r &= \frac{1}{\Omega}\int_0^1\!\!\int_0^1\!\!\int_0^1 e^{2\pi i(m_1''\beta_1+m_2''\beta_2+m_3''\beta_3)}\,\Omega\,\dd\beta_1\dd\beta_2\dd\beta_3 \label{eq:12-fac1}\\ &= \prod_{i=1}^{3}\left(\int_0^1 e^{2\pi i m_i''\beta_i}\,\dd\beta_i\right). \label{eq:12-fac2} \end{align} $$\eqref{eq:12-fac1} で $\Omega$ が約分され,\eqref{eq:12-fac2} で被積分関数が各変数の関数の積になったので積分が分離した.
ステップ3:1次元積分の評価.整数 $m$ について
$$ \begin{equation} \int_0^1 e^{2\pi i m\beta}\dd\beta = \begin{cases} \displaystyle\int_0^1 1\,\dd\beta = 1, & m=0,\\[2mm] \displaystyle\left[\frac{e^{2\pi i m\beta}}{2\pi i m}\right]_0^1 = \frac{e^{2\pi i m}-1}{2\pi i m} = \frac{1-1}{2\pi i m}=0, & m\ne 0 . \end{cases} \label{eq:12-1dint} \end{equation} $$$m\ne0$ の場合に $e^{2\pi im}=1$ を使ったのは,$m$ が整数だからである($m$ が整数でなければこの積分は $0$ にならない.逆格子ベクトル以外の波数では周期性が壊れる,という事実の別の顔である).
ステップ4:結論.\eqref{eq:12-fac2} の積は,3つの整数 $m_1'',m_2'',m_3''$ がすべて $0$ のときだけ $1\cdot1\cdot1=1$ になり,どれか1つでも $0$ でなければその因子が $0$ になって全体が $0$ になる.$m_i''$ がすべて $0$ であることは $\bm{G}''=\bm{0}$,すなわち $\bm{G}=\bm{G}'$ と同値だから,\eqref{eq:12-pworth} が示された.
直交性が確立したので,フーリエ展開に進む.周期関数の集合 $\{e^{i\bm{G}\cdot\rr}\}$ は単位胞上の(格子周期性を持つ)関数空間の完全正規直交系をなす.これは1次元のフーリエ級数の完全性($\{e^{2\pi imx/a}\}$ が周期 $a$ の関数の完全系)を3方向に3回使ったものである.したがって次のように展開できる.
定義:周期ポテンシャルのフーリエ級数と本書の規約
格子周期性 \eqref{eq:12-vper} を持つポテンシャルを
$$ \begin{equation} V(\rr) = \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,e^{i\bm{G}\cdot\rr} \label{eq:12-vfourier} \end{equation} $$と展開する(和はすべての逆格子ベクトルにわたる).展開係数は
$$ \begin{equation} V_{\bm{G}} = \frac{1}{\Omega}\int_{\text{単位胞}} V(\rr)\,e^{-i\bm{G}\cdot\rr}\,\dd^3 r \label{eq:12-vcoef} \end{equation} $$で与えられる.$2\pi$ は逆格子ベクトルの定義 \eqref{eq:12-dual} の側に入れてあり,フーリエ変換の前の因子は付けない,というのが本書の規約である.
導出:係数公式 \eqref{eq:12-vcoef}
まず,$V(\rr)$ が \eqref{eq:12-vfourier} の形に書ければ確かに周期的である.実際
$$ \begin{equation} V(\rr+\bm{R}) = \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,e^{i\bm{G}\cdot\rr}\,e^{i\bm{G}\cdot\bm{R}} = \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,e^{i\bm{G}\cdot\rr} = V(\rr) \label{eq:12-vperchk} \end{equation} $$となる.ここで逆格子の定義 \eqref{eq:12-Gcond} により $e^{i\bm{G}\cdot\bm{R}}=1$ を使った.逆に,周期関数がこの形に展開できることが完全性の主張である.
係数を取り出すには,\eqref{eq:12-vfourier} の両辺に $e^{-i\bm{G}'\cdot\rr}$ を掛けて単位胞上で積分し,$\Omega$ で割る:
$$ \begin{align} \frac{1}{\Omega}\int_{\text{胞}} V(\rr)e^{-i\bm{G}'\cdot\rr}\dd^3r &= \frac{1}{\Omega}\int_{\text{胞}} \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,e^{i(\bm{G}-\bm{G}')\cdot\rr}\,\dd^3r \label{eq:12-cf1}\\ &= \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,\left[\frac{1}{\Omega}\int_{\text{胞}} e^{i(\bm{G}-\bm{G}')\cdot\rr}\dd^3r\right] \label{eq:12-cf2}\\ &= \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,\delta_{\bm{G}\bm{G}'} = V_{\bm{G}'} . \label{eq:12-cf3} \end{align} $$\eqref{eq:12-cf1} は \eqref{eq:12-vfourier} の代入,\eqref{eq:12-cf2} は和と積分の交換(一様収束を仮定),\eqref{eq:12-cf3} は直交性 \eqref{eq:12-pworth} の適用とクロネッカーデルタによる和の縮約である.$\bm{G}'$ を $\bm{G}$ と書き直せば \eqref{eq:12-vcoef} を得る.
物理的意味:$V_{\bm{G}}$ が持つ情報
$V_{\bm{G}}$ は「格子面間隔 $2\pi/\abs{\bm{G}}$ の周期成分がポテンシャルにどれだけ含まれているか」を表す.とくに次の2点を覚えておくとよい.
- $V_{\bm{0}}$ は平均値.\eqref{eq:12-vcoef} で $\bm{G}=\bm{0}$ とすれば $V_{\bm{0}}=\frac{1}{\Omega}\int_{\text{胞}}V\dd^3r$ であり,単位胞内でのポテンシャルの平均である.これはエネルギーの原点を決めるだけなので,以下では必要に応じて $V_{\bm{0}}=0$ と選ぶ.
- 実数性と対称性.$V(\rr)$ が実数なら,\eqref{eq:12-vcoef} の複素共役をとって $V_{\bm{G}}^{*}=V_{-\bm{G}}$ が従う.さらに結晶が反転対称性を持ち,原点を反転中心にとれば $V(-\rr)=V(\rr)$ となるので,\eqref{eq:12-vcoef} で $\rr\to-\rr$ と置換して $V_{-\bm{G}}=V_{\bm{G}}$,これと合わせて $V_{\bm{G}}$ は実数になる.fcc や bcc の単純金属はこの場合に当たり,12.6 節ではこの性質を使う.
例:点イオン格子のフーリエ成分
各格子点に電荷 $-Z_{\mathrm{ion}}$ を作るイオン(価数 $Z_{\mathrm{ion}}$ の裸のイオン)が置かれた系を考える.電子が感じるポテンシャルは $V(\rr)=\sum_{\bm{R}}v(\rr-\bm{R})$,$v(r)=-Z_{\mathrm{ion}}/r$ である.フーリエ成分を計算しよう.
$$ \begin{align} V_{\bm{G}} &= \frac{1}{\Omega}\int_{\text{胞}}\sum_{\bm{R}} v(\rr-\bm{R})\,e^{-i\bm{G}\cdot\rr}\,\dd^3 r \label{eq:12-ion1}\\ &= \frac{1}{\Omega}\sum_{\bm{R}}\int_{\text{胞}} v(\bm{s})\,e^{-i\bm{G}\cdot(\bm{s}+\bm{R})}\,\dd^3 s \label{eq:12-ion2}\\ &= \frac{1}{\Omega}\sum_{\bm{R}}\int_{\text{胞}-\bm{R}} v(\bm{s})\,e^{-i\bm{G}\cdot\bm{s}}\,\dd^3 s \label{eq:12-ion3}\\ &= \frac{1}{\Omega}\int_{\text{全空間}} v(\bm{s})\,e^{-i\bm{G}\cdot\bm{s}}\,\dd^3 s . \label{eq:12-ion4} \end{align} $$\eqref{eq:12-ion2} では $\bm{s}=\rr-\bm{R}$ と変数変換した(積分領域は「単位胞を $-\bm{R}$ だけ平行移動した領域」になる).\eqref{eq:12-ion3} では $e^{-i\bm{G}\cdot\bm{R}}=1$(逆格子の定義)を使って指数から $\bm{R}$ を落とした.\eqref{eq:12-ion4} では,平行移動された単位胞を $\bm{R}$ について全部足し合わせると全空間を隙間なく覆うことを使った.残った積分はクーロンポテンシャルのフーリエ変換であり,第8章で計算したとおり
$$ \begin{equation} \int \frac{e^{-i\bm{G}\cdot\bm{s}}}{s}\,\dd^3 s = \frac{4\pi}{G^2} \label{eq:12-coulft} \end{equation} $$である(収束因子 $e^{-\mu s}$ を入れて角度積分してから $\mu\to0$ とする標準的な計算).したがって
$$ \begin{equation} V_{\bm{G}} = -\frac{4\pi Z_{\mathrm{ion}}}{\Omega\,G^{2}}\qquad(\bm{G}\ne\bm{0}) \label{eq:12-ionVG} \end{equation} $$となる.$V_{\bm{G}}$ は負であり,$G$ が大きいほど小さい.この符号は 12.6 節で定在波の電荷分布を論じるときに効いてくる.数値例として,Al(fcc,格子定数 $a=4.05\,\text{Å}=7.653\,a_0$,原始胞体積 $\Omega=a^3/4=112.1\,a_0^3$,$Z_{\mathrm{ion}}=3$)で $\bm{G}=(2\pi/a)(2,0,0)$ をとると $G=4\pi/a=1.642\,a_0^{-1}$,$G^2=2.696$ なので
$$ \begin{equation} V_{(200)} = -\frac{4\pi\times3}{112.1\times2.696} = -0.125\ \mathrm{Hartree} = -3.40\ \mathrm{eV} \label{eq:12-alVG} \end{equation} $$である.12.6 節で見るように,実験から読み取れる Al の実効的な値は $\abs{V_{(200)}}\simeq0.84$ eV にすぎない.この食い違い(4倍の縮小)がどこから来るのかが,12.8 節の主題である.
本節で得たものをまとめると,(i) 逆格子は $e^{i\bm{G}\cdot\bm{R}}=1$ という条件だけで一意に定まり,その基本ベクトルは \eqref{eq:12-bdef} で具体的に構成できること,(ii) 周期ポテンシャルは逆格子ベクトルだけを波数に持つフーリエ級数 \eqref{eq:12-vfourier} で展開でき,係数は \eqref{eq:12-vcoef} で与えられること,の2点である.次節ではもう一つの準備として,無限に広い結晶を有限の系として扱うための境界条件を導入する.
12.2 ボルン・フォン・カルマン境界条件
結晶は原理的に無限に広い.無限系をそのまま扱うと,波動関数の規格化ができない,状態の数が数えられない,といった技術的な困難が生じる.そこで,有限の大きさの結晶を考え,その表面の効果を消すために周期境界条件を課す,という処方をとる.第3章の自由電子ガスで箱に周期境界条件を課したのとまったく同じ発想である.この節の目標は,この境界条件が波数 $\kk$ をどのように離散化するか,そして独立な $\kk$ 点がいくつあるかを正確に決めることである.
定義:ボルン・フォン・カルマン(BvK)境界条件
結晶が $\bm{a}_1,\bm{a}_2,\bm{a}_3$ の各方向にそれぞれ $N_1,N_2,N_3$ 個の単位胞からなる有限の塊(全セル数 $N=N_1N_2N_3$,全体積 $V=N\Omega$)であるとし,その端どうしを同一視して,すべての一体波動関数に
$$ \begin{equation} \psi(\rr+N_i\bm{a}_i) = \psi(\rr)\qquad (i=1,2,3) \label{eq:12-bvk} \end{equation} $$を要求する.これをボルン・フォン・カルマンの周期境界条件という.1次元なら「鎖の右端と左端をつないで環にする」ことに対応する.最後に $N_i\to\infty$(熱力学極限)をとる.
この条件が波数に何を課すかを見よう.規格化された平面波
$$ \begin{equation} \varphi_{\kk}(\rr) = \frac{1}{\sqrt{N\Omega}}\,e^{i\kk\cdot\rr} \label{eq:12-pw} \end{equation} $$に \eqref{eq:12-bvk} を課す(規格化因子は $\int_{V}\abs{\varphi_{\kk}}^2\dd^3r = \frac{1}{N\Omega}\cdot N\Omega = 1$ から決まる).
導出:BvK条件による $\kk$ の離散化
ステップ1:位相条件.\eqref{eq:12-pw} を \eqref{eq:12-bvk} に代入すると
$$ \begin{equation} \frac{1}{\sqrt{N\Omega}}e^{i\kk\cdot\rr}\,e^{i\kk\cdot(N_i\bm{a}_i)} = \frac{1}{\sqrt{N\Omega}}e^{i\kk\cdot\rr} \quad\Longrightarrow\quad e^{iN_i\,\kk\cdot\bm{a}_i}=1 \label{eq:12-bvk1} \end{equation} $$すなわち
$$ \begin{equation} N_i\,\kk\cdot\bm{a}_i = 2\pi n_i,\qquad n_i\in\mathbb{Z}\qquad(i=1,2,3). \label{eq:12-bvk2} \end{equation} $$ステップ2:逆格子基底での展開.$\bm{b}_1,\bm{b}_2,\bm{b}_3$ は一次独立だったから(12.1 節ステップ3),任意の波数を
$$ \begin{equation} \kk = \alpha_1\bm{b}_1+\alpha_2\bm{b}_2+\alpha_3\bm{b}_3 \label{eq:12-kexp} \end{equation} $$と(実数 $\alpha_i$ で)一意に書ける.双対関係 \eqref{eq:12-dual} より $\kk\cdot\bm{a}_i = \sum_j\alpha_j(\bm{b}_j\cdot\bm{a}_i)=2\pi\alpha_i$ だから,\eqref{eq:12-bvk2} は
$$ \begin{equation} N_i\cdot 2\pi\alpha_i = 2\pi n_i\quad\Longrightarrow\quad \alpha_i = \frac{n_i}{N_i} \label{eq:12-alpha} \end{equation} $$となる.したがって許される波数は
$$ \begin{equation} \kk = \frac{n_1}{N_1}\bm{b}_1+\frac{n_2}{N_2}\bm{b}_2+\frac{n_3}{N_3}\bm{b}_3,\qquad n_i\in\mathbb{Z} \label{eq:12-kdiscrete} \end{equation} $$という離散的な格子をなす.逆格子基本ベクトルを $N_i$ 等分した細かい格子である.
ステップ3:独立な $\kk$ の個数.$n_i$ は任意の整数を走るので,\eqref{eq:12-kdiscrete} の $\kk$ は無限個ある.しかし $n_i\to n_i+N_i$ とすると $\kk\to\kk+\bm{b}_i$ となり,$\bm{b}_i$ は逆格子ベクトルである.後で 12.4 節に見るように,$\kk$ と $\kk+\bm{G}$ はまったく同じ物理的状態を記述する(ラベルの付け替えにすぎない).したがって独立なのは
$$ \begin{equation} n_i = 0,1,2,\ldots,N_i-1\qquad(i=1,2,3) \label{eq:12-nrange} \end{equation} $$の範囲に限られ,その総数は
$$ \begin{equation} N_1\times N_2\times N_3 = N = (\text{結晶中の単位胞の個数}) \label{eq:12-kcount} \end{equation} $$である.独立な $\kk$ 点の数は単位胞の数にちょうど等しい.
物理的意味:$\kk$ 点の数え上げが意味すること
「独立な $\kk$ の個数 $=$ セルの個数 $N$」という結果は,状態数の勘定の基礎になる.1つのバンド(1つのバンド指数 $\nu$)は,第一ブリルアンゾーン内の $N$ 個の $\kk$ 点それぞれに1つずつ状態を持つから,スピンを含めて $2N$ 個の一体状態を収容する.単位胞あたりに直せば1つのバンドはスピン込みで2個の電子を収容する.これは「単位胞あたりの価電子数が奇数なら必ず金属になる」という有名な判定則の根拠である(偶数なら絶縁体になりうるが,バンドが重なれば金属にもなる).
また,\eqref{eq:12-BZvol} と \eqref{eq:12-kcount} から,1つの $\kk$ 点が逆空間で占める体積は
$$ \begin{equation} \Delta\Omega_{\kk} = \frac{\Omega_{\mathrm{BZ}}}{N} = \frac{(2\pi)^3}{N\Omega} = \frac{(2\pi)^3}{V} \label{eq:12-dk} \end{equation} $$となる.これは第3章で自由電子ガスに周期境界条件を課したときに得た結果とまったく同じである.周期ポテンシャルの有無によらず,$\kk$ 空間の「状態の密度」は結晶の体積 $V$ だけで決まる.したがって熱力学極限 $N\to\infty$ では,$\kk$ についての和を積分に置き換える規則
$$ \begin{equation} \sum_{\kk} \;\longrightarrow\; \frac{V}{(2\pi)^3}\int_{\mathrm{BZ}}\dd^3 k \label{eq:12-sum2int} \end{equation} $$がそのまま使える.実際の数値計算で行う「$\kk$ 点サンプリング」とは,この積分を有限個の点の重み付き和で近似する技術のことである(その収束,およびフェルミ面の鋭さを緩めるスメアリングとの関係は第14章14.5.5項・14.7節で触れる).
例:$N$ はどれくらい大きいか
1辺 $1$ mm の Al 単結晶を考える.格子定数 $a=4.05$ Å なので,辺に沿った原始胞の個数は $N_1\simeq 10^{-3}/(2.86\times10^{-10})\simeq 3.5\times10^{6}$,全セル数は $N\simeq4\times10^{19}$ 程度になる.$\kk$ 点の間隔は $2\pi/(N_1 a)\simeq 2\times10^{-6}\ \text{Å}^{-1}$ であり,ブリルアンゾーンの大きさ($\sim1\ \text{Å}^{-1}$)に比べて完全に無視できる.これが「$\kk$ を連続変数として扱ってよい」ことの定量的な根拠である.逆に,ナノ構造(たとえば数十原子からなるクラスタや細いナノワイヤ)では $N$ が小さく,$\kk$ の離散性そのものが物性に現れる(量子閉じ込め).
これで舞台は整った.周期ポテンシャルの表現(12.1 節)と,許される波数の集合(12.2 節)がわかった.次節では,これらを使ってブロッホの定理を証明する.
12.3 ブロッホの定理:2通りの証明
いよいよ本章の中心命題である.解くべきは,周期ポテンシャル中の一体シュレーディンガー方程式(コーン・シャム方程式)
$$ \begin{equation} \hat H\psi(\rr) = \left[-\frac{1}{2}\nabla^2 + V(\rr)\right]\psi(\rr) = \varepsilon\,\psi(\rr), \qquad V(\rr+\bm{R})=V(\rr) \label{eq:12-se} \end{equation} $$である.これは無限に多くの原子を含む問題であり,素朴に見れば絶望的である.しかしブロッホの定理は,周期性というただ一つの対称性から,この問題が波数 $\kk$ ごとの独立な小問題に完全に分解されることを教える.ここでは同じ定理を2通りの方法で証明する.第一の証明は対称性(並進演算子の同時固有状態)による抽象的なもの,第二の証明はフーリエ空間で実際に方程式を書き下す構成的なものである.前者は「なぜそうなるのか」を,後者は「では実際にどう解くのか」を教えてくれる.両方を知っておくことが大切である.
定理:ブロッホの定理
格子周期性 $V(\rr+\bm{R})=V(\rr)$ を持つハミルトニアン \eqref{eq:12-se} の固有関数は,実数ベクトル $\kk$ でラベル付けされ,
$$ \begin{equation} \psi_{\kk}(\rr+\bm{R}) = e^{i\kk\cdot\bm{R}}\,\psi_{\kk}(\rr) \qquad\text{(すべての格子ベクトル }\bm{R}\text{)} \label{eq:12-bloch1} \end{equation} $$を満たすように選べる.これは等価的に
$$ \begin{equation} \psi_{\kk}(\rr) = e^{i\kk\cdot\rr}\,u_{\kk}(\rr),\qquad u_{\kk}(\rr+\bm{R}) = u_{\kk}(\rr) \label{eq:12-bloch2} \end{equation} $$と書ける.すなわちブロッホ関数は「平面波 $\times$ 格子周期関数」の形をしている.
12.3.1 証明1:並進演算子の同時固有状態として
方針を述べる.ハミルトニアンと交換する対称操作があれば,両者の同時固有状態をとることができる.ここでの対称操作は「格子ベクトルだけ平行移動する」ことである.そこでまず平行移動を演算子として定義し,それがハミルトニアンと交換すること,互いに交換すること,ユニタリであることを確かめる.すると群の構造だけから固有値の形が $e^{i\kk\cdot\bm{R}}$ に限られることが従う.
定義:並進演算子
格子ベクトル $\bm{R}$ に対して,関数に作用する並進演算子 $\hat T_{\bm{R}}$ を
$$ \begin{equation} \big(\hat T_{\bm{R}}f\big)(\rr) \equiv f(\rr+\bm{R}) \label{eq:12-Tdef} \end{equation} $$で定義する(引数を $\bm{R}$ だけずらす,という規約にとる).
導出:並進演算子の3つの性質
(i) 群をなす:$\hat T_{\bm{R}}\hat T_{\bm{R}'} = \hat T_{\bm{R}+\bm{R}'}$.定義を2回使うだけである.まず内側の作用で $\big(\hat T_{\bm{R}'}f\big)(\rr)=f(\rr+\bm{R}')$ という新しい関数 $g$ ができる.これに $\hat T_{\bm{R}}$ を作用させると
$$ \begin{equation} \big(\hat T_{\bm{R}}\,\hat T_{\bm{R}'}f\big)(\rr) = g(\rr+\bm{R}) = f\big((\rr+\bm{R})+\bm{R}'\big) = f\big(\rr+(\bm{R}+\bm{R}')\big) = \big(\hat T_{\bm{R}+\bm{R}'}f\big)(\rr). \label{eq:12-Tgroup} \end{equation} $$とくに $\bm{R}+\bm{R}'=\bm{R}'+\bm{R}$ なので $\hat T_{\bm{R}}\hat T_{\bm{R}'}=\hat T_{\bm{R}'}\hat T_{\bm{R}}$,すなわち並進演算子どうしはすべて可換である(可換群=アーベル群をなす).
(ii) ユニタリである.任意の2つの関数について,BvK 領域 $V$ 上の内積をとると
$$ \begin{align} \big\langle \hat T_{\bm{R}}f \,\big|\, \hat T_{\bm{R}}g \big\rangle &= \int_V f^{*}(\rr+\bm{R})\,g(\rr+\bm{R})\,\dd^3 r \label{eq:12-Tu1}\\ &= \int_V f^{*}(\rr')\,g(\rr')\,\dd^3 r' = \braket{f|g}. \label{eq:12-Tu2} \end{align} $$\eqref{eq:12-Tu2} では $\rr'=\rr+\bm{R}$ と変数変換した.ヤコビアンは $1$ であり,BvK 境界条件のおかげで積分領域は $\rr'$ についても同じ $V$ に写る(端からはみ出した分は反対側から戻ってくる).内積を保つ全単射な線形写像だから $\hat T_{\bm{R}}$ はユニタリであり,$\hat T_{\bm{R}}^{\dagger}\hat T_{\bm{R}}=\hat 1$,すなわち $\hat T_{\bm{R}}^{-1}=\hat T_{\bm{R}}^{\dagger}=\hat T_{-\bm{R}}$ である.
(iii) ハミルトニアンと交換する:$[\hat T_{\bm{R}},\hat H]=0$.運動項とポテンシャル項を分けて確かめる.運動項については,$\rr$ での微分と $\rr+\bm{R}$ での微分は($\bm{R}$ が定ベクトルだから)同じ演算であり
$$ \begin{equation} \Big(\hat T_{\bm{R}}\big(-\tfrac{1}{2}\nabla^2\psi\big)\Big)(\rr) = -\tfrac{1}{2}(\nabla^2\psi)(\rr+\bm{R}) = -\tfrac{1}{2}\nabla_{\rr}^2\,\psi(\rr+\bm{R}) = \Big(-\tfrac{1}{2}\nabla^2\big(\hat T_{\bm{R}}\psi\big)\Big)(\rr). \label{eq:12-Tkin} \end{equation} $$真ん中の等号が要点である:$\partial/\partial\rr = \partial/\partial(\rr+\bm{R})$ なので,「微分してからずらす」と「ずらしてから微分する」は同じ結果になる.ポテンシャル項については
$$ \begin{equation} \Big(\hat T_{\bm{R}}\big(V\psi\big)\Big)(\rr) = V(\rr+\bm{R})\,\psi(\rr+\bm{R}) \;\overset{\text{周期性}}{=}\; V(\rr)\,\psi(\rr+\bm{R}) = \Big(V\cdot\big(\hat T_{\bm{R}}\psi\big)\Big)(\rr). \label{eq:12-Tpot} \end{equation} $$ここで初めて格子周期性 \eqref{eq:12-vper} を使った.周期的でないポテンシャルではこの等号が成立せず,以下の議論はすべて崩れる.両者を合わせて $[\hat T_{\bm{R}},\hat H]=0$ が示された.
性質 (i) と (iii) より,$\hat H$ とすべての $\hat T_{\bm{R}}$ は互いに可換な演算子の集まりである.線形代数の一般論により,可換な演算子の族は同時対角化できる.すなわち,$\hat H$ の固有関数を,同時にすべての $\hat T_{\bm{R}}$ の固有関数でもあるように選べる:
$$ \begin{equation} \hat H\psi = \varepsilon\psi,\qquad \hat T_{\bm{R}}\,\psi = c(\bm{R})\,\psi \quad(\text{すべての }\bm{R}). \label{eq:12-simul} \end{equation} $$導出:固有値 $c(\bm{R})$ の形が $e^{i\kk\cdot\bm{R}}$ に限られること
ステップ1:乗法性.\eqref{eq:12-Tgroup} を固有状態 $\psi$ に作用させる.左辺から順に計算すると
$$ \begin{equation} \hat T_{\bm{R}}\hat T_{\bm{R}'}\psi = \hat T_{\bm{R}}\big(c(\bm{R}')\psi\big) = c(\bm{R}')c(\bm{R})\,\psi, \qquad \hat T_{\bm{R}+\bm{R}'}\psi = c(\bm{R}+\bm{R}')\,\psi . \label{eq:12-cmult1} \end{equation} $$両者は等しいので($\psi\ne0$ だから)
$$ \begin{equation} c(\bm{R})\,c(\bm{R}') = c(\bm{R}+\bm{R}'). \label{eq:12-cmult} \end{equation} $$ステップ2:絶対値は $1$.$\hat T_{\bm{R}}$ はユニタリだから,\eqref{eq:12-Tu2} で $f=g=\psi$ とおいて
$$ \begin{equation} \braket{\psi|\psi} = \big\langle \hat T_{\bm{R}}\psi\big|\hat T_{\bm{R}}\psi\big\rangle = \abs{c(\bm{R})}^2\braket{\psi|\psi} \quad\Longrightarrow\quad \abs{c(\bm{R})}=1 . \label{eq:12-cabs} \end{equation} $$したがって $c(\bm{R})$ は絶対値 $1$ の複素数であり,実数 $\theta(\bm{R})$ を使って $c(\bm{R})=e^{i\theta(\bm{R})}$ と書ける.
ステップ3:基本並進での値からすべてが決まる.基本並進ベクトルに対する固有値を $c(\bm{a}_i)=e^{i\theta_i}$($\theta_i$ は実数)とおく.一般の格子ベクトル $\bm{R}=n_1\bm{a}_1+n_2\bm{a}_2+n_3\bm{a}_3$ に対しては,\eqref{eq:12-cmult} を繰り返し使って
$$ \begin{equation} c(\bm{R}) = c(\bm{a}_1)^{n_1}c(\bm{a}_2)^{n_2}c(\bm{a}_3)^{n_3} = e^{i(n_1\theta_1+n_2\theta_2+n_3\theta_3)} . \label{eq:12-cR} \end{equation} $$(負の $n_i$ に対しては $c(-\bm{a}_i)=c(\bm{a}_i)^{-1}$ を使う.これは \eqref{eq:12-cmult} で $\bm{R}'=-\bm{R}$,$c(\bm{0})=1$ とすればよい.)
ステップ4:$\kk$ の導入.ここで実数ベクトル $\kk$ を
$$ \begin{equation} \kk \equiv \frac{\theta_1}{2\pi}\bm{b}_1 + \frac{\theta_2}{2\pi}\bm{b}_2 + \frac{\theta_3}{2\pi}\bm{b}_3 \label{eq:12-kdefine} \end{equation} $$と定義する.$\bm{b}_i$ が一次独立だからこれは矛盾なく定義でき,双対関係 \eqref{eq:12-dual} により $\kk\cdot\bm{a}_i = \theta_i$ となる.すると
$$ \begin{equation} \kk\cdot\bm{R} = \sum_i n_i\,(\kk\cdot\bm{a}_i) = n_1\theta_1+n_2\theta_2+n_3\theta_3 \label{eq:12-kR} \end{equation} $$なので,\eqref{eq:12-cR} はまさに $c(\bm{R})=e^{i\kk\cdot\bm{R}}$ である.\eqref{eq:12-simul} と合わせて \eqref{eq:12-bloch1} が示された.$\kk$ は「並進演算子の固有値の位相」であって,それ以上でもそれ以下でもない.
ステップ5:$u_{\kk}$ の周期性.$u_{\kk}(\rr)\equiv e^{-i\kk\cdot\rr}\psi_{\kk}(\rr)$ と定義して,これが周期的であることを確かめる:
$$ \begin{align} u_{\kk}(\rr+\bm{R}) &= e^{-i\kk\cdot(\rr+\bm{R})}\,\psi_{\kk}(\rr+\bm{R}) \label{eq:12-u1}\\ &= e^{-i\kk\cdot\rr}\,e^{-i\kk\cdot\bm{R}}\cdot e^{i\kk\cdot\bm{R}}\psi_{\kk}(\rr) \label{eq:12-u2}\\ &= e^{-i\kk\cdot\rr}\psi_{\kk}(\rr) = u_{\kk}(\rr). \label{eq:12-u3} \end{align} $$\eqref{eq:12-u2} で \eqref{eq:12-bloch1} を代入し,\eqref{eq:12-u3} で $e^{-i\kk\cdot\bm{R}}e^{i\kk\cdot\bm{R}}=1$ を使った.したがって $\psi_{\kk}=e^{i\kk\cdot\rr}u_{\kk}$ と書け,\eqref{eq:12-bloch2} が示された.逆に \eqref{eq:12-bloch2} の形の関数が \eqref{eq:12-bloch1} を満たすことは,同じ計算を逆にたどればよい.
最後に,BvK 境界条件 \eqref{eq:12-bvk} を課すと $\kk$ が離散化される.実際 $\psi_{\kk}(\rr+N_i\bm{a}_i)=e^{i\kk\cdot N_i\bm{a}_i}\psi_{\kk}(\rr)$ が $\psi_{\kk}(\rr)$ に等しくなければならないから $e^{iN_i\kk\cdot\bm{a}_i}=1$,これは \eqref{eq:12-bvk1} とまったく同じ条件であり,許される $\kk$ は \eqref{eq:12-kdiscrete} の $N$ 個(と逆格子ベクトルだけずれたもの)に限られる.
12.3.2 証明2:フーリエ空間での構成的証明と中心方程式
第一の証明は美しいが,「では実際にどう計算するのか」は教えてくれない.第二の証明はその点を補う.方針は,波動関数を平面波で展開してシュレーディンガー方程式を係数についての連立方程式に書き直し,その連立方程式が $\kk$ と $\kk+\bm{G}$ の組ごとにブロック対角化されることを見ることである.
まず準備として,BvK 領域全体($V=N\Omega$)での平面波の直交性を確認しておく.12.1 節の \eqref{eq:12-pworth} と同じ計算を,単位胞ではなく超胞について行えばよい.
導出:BvK 領域での平面波の直交規格性
示すのは,\eqref{eq:12-kdiscrete} で許される2つの波数 $\kk,\kk'$ について
$$ \begin{equation} \int_{V}\varphi_{\kk'}^{*}(\rr)\,\varphi_{\kk}(\rr)\,\dd^3 r = \frac{1}{N\Omega}\int_V e^{i(\kk-\kk')\cdot\rr}\,\dd^3 r = \delta_{\kk\kk'} \label{eq:12-pworth2} \end{equation} $$である.$\kk-\kk'=\sum_i\frac{\Delta n_i}{N_i}\bm{b}_i$($\Delta n_i$ は整数)と書ける.超胞に合わせた分数座標 $\rr = \gamma_1(N_1\bm{a}_1)+\gamma_2(N_2\bm{a}_2)+\gamma_3(N_3\bm{a}_3)$($0\le\gamma_i<1$)を導入すると,ヤコビアンは $\det[N_1\bm{a}_1,N_2\bm{a}_2,N_3\bm{a}_3]=N_1N_2N_3\,\Omega=N\Omega$ である.指数の肩は,$\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j=2\pi\delta_{ij}$ より
$$ \begin{equation} (\kk-\kk')\cdot\rr = \sum_{i,j}\frac{\Delta n_i}{N_i}\,\gamma_j N_j\,(\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j) = 2\pi\sum_i \Delta n_i\,\gamma_i \label{eq:12-kkr} \end{equation} $$となる($N_i$ が約分されるのがポイントである).したがって
$$ \begin{equation} \frac{1}{N\Omega}\int_V e^{i(\kk-\kk')\cdot\rr}\dd^3r = \prod_{i=1}^{3}\int_0^1 e^{2\pi i\,\Delta n_i\,\gamma_i}\,\dd\gamma_i = \prod_{i=1}^{3}\delta_{\Delta n_i,0} \label{eq:12-pworth3} \end{equation} $$である(最後は \eqref{eq:12-1dint} と同じ1次元積分).すべての $\Delta n_i$ が $0$ であることは $\kk=\kk'$ と同値だから \eqref{eq:12-pworth2} が示された.ここで「$\kk$ と $\kk'$ が逆格子ベクトルだけ違う場合」($\Delta n_i$ が $N_i$ の倍数)は $\kk$ と $\kk'$ が同一の平面波を与える場合であり,上の判定と矛盾しないことを注意しておく.
導出:中心方程式
ステップ1:平面波展開.BvK 境界条件を満たす関数の完全系は $\{\varphi_{\bm{q}}\}$(許される波数 $\bm{q}$ の全体)だから,固有関数を
$$ \begin{equation} \psi(\rr) = \sum_{\bm{q}} c_{\bm{q}}\,\varphi_{\bm{q}}(\rr) = \frac{1}{\sqrt{N\Omega}}\sum_{\bm{q}} c_{\bm{q}}\,e^{i\bm{q}\cdot\rr} \label{eq:12-psiexp} \end{equation} $$と展開する.ここで $\bm{q}$ は \eqref{eq:12-kdiscrete} の離散点すべて(第一ゾーンに限らず,逆格子ベクトルだけずれたものも含む)を走らせる.
ステップ2:運動エネルギー項.平面波は運動エネルギー演算子の固有関数である:
$$ \begin{equation} -\frac{1}{2}\nabla^2 e^{i\bm{q}\cdot\rr} = -\frac{1}{2}(i\bm{q})\cdot(i\bm{q})\,e^{i\bm{q}\cdot\rr} = \frac{1}{2}q^2\,e^{i\bm{q}\cdot\rr}. \label{eq:12-kinpw} \end{equation} $$ステップ3:ポテンシャル項——ここが決定的.周期ポテンシャルのフーリエ級数 \eqref{eq:12-vfourier} を掛けると
$$ \begin{align} V(\rr)\,e^{i\bm{q}\cdot\rr} &= \left(\sum_{\bm{G}}V_{\bm{G}}e^{i\bm{G}\cdot\rr}\right)e^{i\bm{q}\cdot\rr} \label{eq:12-vpsi1}\\ &= \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,e^{i(\bm{q}+\bm{G})\cdot\rr}. \label{eq:12-vpsi2} \end{align} $$周期ポテンシャルは,平面波の運動量を逆格子ベクトルだけしか変えられない.これが周期系の物理のすべてである.もしポテンシャルが周期的でなければ,そのフーリエ変換はあらゆる波数成分を持ち,$\bm{q}$ とすべての波数が混ざってしまう.
ステップ4:シュレーディンガー方程式への代入.\eqref{eq:12-psiexp} を \eqref{eq:12-se} に入れ,$\sqrt{N\Omega}$ を約分すると
$$ \begin{equation} \sum_{\bm{q}}\frac{1}{2}q^2 c_{\bm{q}}e^{i\bm{q}\cdot\rr} + \sum_{\bm{q}}\sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,c_{\bm{q}}\,e^{i(\bm{q}+\bm{G})\cdot\rr} = \varepsilon\sum_{\bm{q}} c_{\bm{q}}\,e^{i\bm{q}\cdot\rr}. \label{eq:12-se1} \end{equation} $$ステップ5:第2項の添字の付け替え.第2項で $\bm{q}''=\bm{q}+\bm{G}$ とおく.$\bm{q}$ が許される波数全体を走り $\bm{G}$ が逆格子全体を走るとき,$\bm{q}''$ もまた許される波数全体を走る(和の順序を変えるだけで,項を落としも増やしもしない).$\bm{q}=\bm{q}''-\bm{G}$ を代入して
$$ \begin{equation} \sum_{\bm{q}}\sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,c_{\bm{q}}\,e^{i(\bm{q}+\bm{G})\cdot\rr} = \sum_{\bm{q}''}\left(\sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,c_{\bm{q}''-\bm{G}}\right)e^{i\bm{q}''\cdot\rr}. \label{eq:12-relabel} \end{equation} $$これで全項が $e^{i\bm{q}\cdot\rr}$ の一次結合になった.
ステップ6:係数の比較.\eqref{eq:12-se1} の両辺に $e^{-i\bm{q}'\cdot\rr}$ を掛けて $V$ 上で積分し,直交性 \eqref{eq:12-pworth2} を使うと,各 $\bm{q}$ について独立に
$$ \begin{equation} \left(\frac{1}{2}q^2-\varepsilon\right)c_{\bm{q}} + \sum_{\bm{G}} V_{\bm{G}}\,c_{\bm{q}-\bm{G}} = 0 \label{eq:12-central0} \end{equation} $$が成り立つ.これが求める連立方程式である.
ステップ7:ブロック構造の発見.\eqref{eq:12-central0} をよく見ると,係数 $c_{\bm{q}}$ が結合しているのは $c_{\bm{q}-\bm{G}}$ だけである.すなわち,互いに逆格子ベクトルだけ異なる波数の集合 $\{\kk+\bm{G}\}$ が,他の波数と完全に切り離された閉じた組をなす.したがって波数 $\bm{q}$ 全体を,この同値類(「$\kk$ を代表元とする組」)に分割すれば,\eqref{eq:12-central0} は組ごとの独立な固有値問題に分解する.$\bm{q}=\kk+\bm{G}$ と書き直し,和の変数を $\bm{G}''=\bm{G}'-\bm{G}$ の代わりに $\bm{G}'$ で書くと(すなわち \eqref{eq:12-central0} の $\bm{G}\to\bm{G}-\bm{G}'$ と置換すると)
$$ \begin{equation} \left(\frac{1}{2}\abs{\kk+\bm{G}}^2-\varepsilon\right)c_{\kk+\bm{G}} + \sum_{\bm{G}'} V_{\bm{G}-\bm{G}'}\,c_{\kk+\bm{G}'} = 0 \label{eq:12-central} \end{equation} $$を得る.これを中心方程式(central equation)という.
中心方程式 \eqref{eq:12-central} は,行列の言葉で書けば
$$ \begin{equation} \sum_{\bm{G}'} H_{\bm{G}\bm{G}'}(\kk)\,c_{\kk+\bm{G}'} = \varepsilon(\kk)\,c_{\kk+\bm{G}}, \qquad H_{\bm{G}\bm{G}'}(\kk) = \frac{1}{2}\abs{\kk+\bm{G}}^2\delta_{\bm{G}\bm{G}'} + V_{\bm{G}-\bm{G}'} \label{eq:12-hmatrix} \end{equation} $$という$\kk$ ごとの独立なエルミート固有値問題である(エルミート性は $V_{\bm{G}-\bm{G}'}^{*}=V_{\bm{G}'-\bm{G}}$ から従う).$\kk$ を固定するごとに離散的な固有値の列が得られ,それらを下から順に $\varepsilon_1(\kk)\le\varepsilon_2(\kk)\le\cdots$ と番号付ける.この番号 $\nu$ をバンド指数という.$\varepsilon_\nu(\kk)$ を $\kk$ の関数として描いたものがバンド構造である.
この形からブロッホの定理も直ちに再現される.実際,組 $\{\kk+\bm{G}\}$ だけを含む解は
$$ \begin{align} \psi_{\kk}(\rr) &= \frac{1}{\sqrt{N\Omega}}\sum_{\bm{G}}c_{\kk+\bm{G}}\,e^{i(\kk+\bm{G})\cdot\rr} \label{eq:12-blochfromce1}\\ &= e^{i\kk\cdot\rr}\underbrace{\left[\frac{1}{\sqrt{N\Omega}}\sum_{\bm{G}}c_{\kk+\bm{G}}\,e^{i\bm{G}\cdot\rr}\right]}_{\displaystyle \equiv\,u_{\kk}(\rr)} \label{eq:12-blochfromce2} \end{align} $$と書ける.角括弧の中身は逆格子ベクトルだけを波数に持つフーリエ級数だから,12.1 節の \eqref{eq:12-vperchk} と同じ理由で格子周期関数である.よって \eqref{eq:12-bloch2} が成り立つ.$\square$
物理的意味:$\kk$ はなぜ「よい量子数」なのか
自由空間では運動量 $\hat{\bm{p}}=-i\nabla$ がハミルトニアンと交換し,その固有値 $\bm{p}=\bm{k}$ は保存量であった.周期ポテンシャル中ではこれは成り立たない($[\hat{\bm{p}},V(\rr)]\ne0$).しかし離散的な並進 $\hat T_{\bm{R}}$ は依然として $\hat H$ と交換する.$\kk$ はこの離散並進対称性に付随する量子数であり,結晶運動量(crystal momentum)と呼ばれる.真の運動量ではないことに注意が必要である.実際 \eqref{eq:12-blochfromce1} が示すように,ブロッホ状態は運動量 $\kk,\kk+\bm{G}_1,\kk+\bm{G}_2,\ldots$ の平面波の重ね合わせであって,運動量の固有状態ではない.
その代わり $\kk$ は次の3つの意味で「よい量子数」である.(i) 固有値問題が $\kk$ ごとに完全に分解する(行列 \eqref{eq:12-hmatrix} は $\kk$ が違えば結合しない)ので,無限系の問題が有限行列の問題になる.(ii) 摂動(格子振動,不純物,光)が加わったときの遷移則が $\kk$ の保存として書ける(逆格子ベクトルの不定性を除いて).これがX線回折の運動量保存則やフォノン散乱の選択則の根拠である.(iii) 電子密度は $\abs{\psi_{\kk}(\rr+\bm{R})}^2=\abs{e^{i\kk\cdot\bm{R}}}^2\abs{\psi_{\kk}(\rr)}^2=\abs{\psi_{\kk}(\rr)}^2$ より格子周期を持つ.ブロッホ状態は結晶全体に一様に広がった非局在状態であり,「電子が特定の原子に属する」という描像はここでは成り立たない.
数学ノート:$u_{\kk}$ が満たす方程式(もう一つの定式化)
\eqref{eq:12-bloch2} を \eqref{eq:12-se} に直接代入すると,周期関数 $u_{\kk}$ についての方程式が得られる.ライプニッツ則を2回使って
$$ \begin{align} \nabla\left(e^{i\kk\cdot\rr}u_{\kk}\right) &= e^{i\kk\cdot\rr}\left(i\kk + \nabla\right)u_{\kk}, \label{eq:12-uk1}\\ \nabla^2\left(e^{i\kk\cdot\rr}u_{\kk}\right) &= e^{i\kk\cdot\rr}\left(i\kk+\nabla\right)^2 u_{\kk} = e^{i\kk\cdot\rr}\left(-k^2 + 2i\kk\cdot\nabla + \nabla^2\right)u_{\kk} \label{eq:12-uk2} \end{align} $$となる(\eqref{eq:12-uk1} で $\nabla e^{i\kk\cdot\rr}=i\kk e^{i\kk\cdot\rr}$ を使い,\eqref{eq:12-uk2} で同じ操作を繰り返した).これを \eqref{eq:12-se} に代入して共通因子 $e^{i\kk\cdot\rr}$ を落とすと
$$ \begin{equation} \left[\frac{1}{2}\left(-i\nabla+\kk\right)^2 + V(\rr)\right]u_{\kk}(\rr) = \varepsilon(\kk)\,u_{\kk}(\rr) \label{eq:12-ukeq} \end{equation} $$を得る.これは単位胞の中だけで,周期境界条件のもとで解けばよい方程式である(無限系の問題が単位胞1つの問題になった).$\kk$ はもはや境界条件ではなくハミルトニアンの中のパラメータとして現れており,$\varepsilon_\nu(\kk)$ の $\kk$ 依存性を摂動論的に調べる($\kk\cdot\bm{p}$ 摂動論,有効質量の計算)ときの出発点になる.「無限系が単位胞1つの問題に落ちる」というこの性質は,第14章で見るように,基底の取り方によらず周期系の数値実装すべてに共通の恩恵である(第14章14.2.4項).
この節で,無限系の問題が $\kk$ ごとの有限行列の固有値問題 \eqref{eq:12-hmatrix} に還元された.次節では,$\kk$ をどの範囲で動かせば十分か(すなわちブリルアンゾーン)を決める.
12.4 ブリルアンゾーンとバンド指数
前節で,固有値問題が $\kk$ ごとに分解することがわかった.しかし $\kk$ は連続無限個ある.この節では,$\kk$ を動かす範囲が実は有限領域(第一ブリルアンゾーン)で尽きることを証明し,その領域の作り方と読み方を確立する.
12.4.1 固有値の逆格子周期性
定理:$\varepsilon_\nu(\kk+\bm{G}_0)=\varepsilon_\nu(\kk)$
任意の逆格子ベクトル $\bm{G}_0$ について,バンドエネルギーは
$$ \begin{equation} \varepsilon_\nu(\kk+\bm{G}_0) = \varepsilon_\nu(\kk) \label{eq:12-epsper} \end{equation} $$を満たす.さらに固有関数も同一である:$\psi_{\nu,\kk+\bm{G}_0}(\rr)=\psi_{\nu,\kk}(\rr)$.
導出:ラベルの付け替えとしての \eqref{eq:12-epsper}
ステップ1:行列を書き下す.波数 $\kk+\bm{G}_0$ に対するハミルトニアン行列 \eqref{eq:12-hmatrix} は
$$ \begin{equation} H_{\bm{G}\bm{G}'}(\kk+\bm{G}_0) = \frac{1}{2}\abs{\kk+\bm{G}_0+\bm{G}}^2\delta_{\bm{G}\bm{G}'} + V_{\bm{G}-\bm{G}'} \label{eq:12-hshift1} \end{equation} $$である.
ステップ2:添字の変換.新しい添字 $\bm{P}\equiv\bm{G}+\bm{G}_0$,$\bm{P}'\equiv\bm{G}'+\bm{G}_0$ を導入する.逆格子は加法について閉じているから,$\bm{G}$ が逆格子全体を走るとき $\bm{P}$ もまた逆格子全体を走る(1対1対応である).この変換のもとで
$$ \begin{align} \abs{\kk+\bm{G}_0+\bm{G}}^2 &= \abs{\kk+\bm{P}}^2, \label{eq:12-hshift2}\\ \delta_{\bm{G}\bm{G}'} &= \delta_{\bm{P}\bm{P}'}, \label{eq:12-hshift3}\\ \bm{G}-\bm{G}' &= (\bm{P}-\bm{G}_0)-(\bm{P}'-\bm{G}_0) = \bm{P}-\bm{P}' . \label{eq:12-hshift4} \end{align} $$\eqref{eq:12-hshift3} は「$\bm{G}=\bm{G}'$ と $\bm{P}=\bm{P}'$ が同値」だから,\eqref{eq:12-hshift4} は $\bm{G}_0$ が相殺するからである.したがって
$$ \begin{equation} H_{\bm{G}\bm{G}'}(\kk+\bm{G}_0) = \frac{1}{2}\abs{\kk+\bm{P}}^2\delta_{\bm{P}\bm{P}'} + V_{\bm{P}-\bm{P}'} = H_{\bm{P}\bm{P}'}(\kk). \label{eq:12-hshift5} \end{equation} $$ステップ3:結論.\eqref{eq:12-hshift5} は,行列 $H(\kk+\bm{G}_0)$ と行列 $H(\kk)$ が,行と列のラベルの付け替え($\bm{G}\leftrightarrow\bm{P}=\bm{G}+\bm{G}_0$)だけで移り合うことを意味する.ラベルの付け替えは置換行列によるユニタリ変換であり,行列の固有値の集合を変えない.したがって $\varepsilon_\nu(\kk+\bm{G}_0)=\varepsilon_\nu(\kk)$ である.
固有ベクトルについても,対応関係 $c_{\bm{G}}(\kk+\bm{G}_0)=c_{\bm{P}}(\kk)$ すなわち $c_{(\kk+\bm{G}_0)+\bm{G}} = c_{\kk+\bm{P}}$ が成り立つ.$(\kk+\bm{G}_0)+\bm{G}=\kk+\bm{P}$ だから,これは「同じ平面波に同じ係数がついている」という自明な主張であり,波動関数 \eqref{eq:12-blochfromce1} は文字どおり同一の関数である.$\kk$ と $\kk+\bm{G}_0$ は同じ状態の2つの名前にすぎない.
物理的意味:なぜ「同じ状態」なのか
より直観的な理由づけもできる.ブロッホの定理 \eqref{eq:12-bloch1} で $\kk\to\kk+\bm{G}$ とすると,位相因子は $e^{i(\kk+\bm{G})\cdot\bm{R}}=e^{i\kk\cdot\bm{R}}e^{i\bm{G}\cdot\bm{R}}=e^{i\kk\cdot\bm{R}}$ となって変わらない.$\kk$ は「格子点から格子点へ移ったときの位相の増分」しか意味していないので,$2\pi$ の整数倍の不定性を持つのは当然である.1次元で言えば,格子点 $x=na$ の上でのみ定義された正弦波を考えると,波長が $a$ より短い成分は $a$ より長い成分と区別がつかない(信号処理でいうエイリアシング).$\kk$ の不定性はまさにこの現象である.
12.4.2 第一ブリルアンゾーンの構成
\eqref{eq:12-epsper} により,$\kk$ を逆格子の単位胞1個分だけ動かせば,すべての状態が尽くされる.単位胞の取り方は無数にあるが,結晶の点対称性(回転・鏡映)を最大限に反映するように選ぶのが便利である.それが逆格子のウィグナー・ザイツ胞である.
定義:第一ブリルアンゾーン
逆格子の原点 $\Gamma$ に,他のどの逆格子点よりも近い点の集合を第一ブリルアンゾーン(first Brillouin zone, 第一BZ)という.すなわち
$$ \begin{equation} \text{第一BZ} = \left\{\kk \;\middle|\; \abs{\kk} \le \abs{\kk-\bm{G}}\ \ \text{すべての逆格子ベクトル }\bm{G}\right\}. \label{eq:12-bzdef} \end{equation} $$これは逆格子に対するウィグナー・ザイツ胞であり,その体積は逆格子単位胞の体積 $\Omega_{\mathrm{BZ}}=(2\pi)^3/\Omega$ に等しい.
境界を決める条件を書き下そう.$\abs{\kk}=\abs{\kk-\bm{G}}$ を2乗して展開すると
$$ \begin{align} k^2 &= \abs{\kk-\bm{G}}^2 = k^2 - 2\kk\cdot\bm{G} + G^2 \label{eq:12-bragg1}\\ \Longleftrightarrow\quad 2\,\kk\cdot\bm{G} &= G^2 \quad\Longleftrightarrow\quad \kk\cdot\hat{\bm{G}} = \frac{G}{2} \label{eq:12-bragg2} \end{align} $$となる($\hat{\bm{G}}=\bm{G}/G$ は単位ベクトル).\eqref{eq:12-bragg2} は「$\bm{G}$ 方向の成分が $G/2$ に等しい」ことを述べており,原点と $\bm{G}$ を結ぶ線分の垂直二等分面を表す.この面をブラッグ面という.したがって第一BZは,原点から各逆格子点へ引いた線分の垂直二等分面のうち,原点を囲む最も内側の包絡として得られる.実用上は最近接の逆格子点だけを考えれば足りることが多い.
物理的意味:ブラッグ面と回折条件は同じもの
条件 \eqref{eq:12-bragg2} は,X線回折におけるラウエ条件そのものである.入射波数 $\kk$ の弾性散乱で終状態の波数が $\kk'=\kk-\bm{G}$ となるとき,弾性($\abs{\kk'}=\abs{\kk}$)条件はまさに \eqref{eq:12-bragg2} である.$\bm{G}$ が面間隔 $d$ の格子面に対応するとき $G=2\pi n/d$ であり,\eqref{eq:12-bragg2} は $2d\sin\theta=n\lambda$(ブラッグの条件)に書き直せる.
これは偶然ではない.ゾーン境界とは「入射平面波と散乱平面波が縮退している波数」であり,そこでは弱い周期ポテンシャルでも2つの平面波が強く混成する.12.6 節で見るように,これがエネルギーギャップの起源である.「ゾーン境界でギャップが開く」ことと「その波数でブラッグ反射が起きる」ことは,同じ物理の2つの言い方である.
12.4.3 拡張ゾーン・還元ゾーン・周期ゾーン
\eqref{eq:12-epsper} により,バンド構造の描き方には3つの流儀がある.1次元で説明するのがわかりやすい.1次元格子(格子定数 $a$,逆格子ベクトル $G_n=2\pi n/a$)を考えると,第一BZは $-\pi/a\le k<\pi/a$ である.
- 拡張ゾーン形式(extended zone scheme):$k$ を $-\infty$ から $\infty$ まで走らせ,第 $\nu$ バンドを第 $\nu$ ブリルアンゾーン(原点から $\nu-1$ 枚のブラッグ面を横切って到達できる領域)に描く.自由電子の放物線 $\varepsilon=k^2/2$ からの連続的な変形として見やすい.
- 還元ゾーン形式(reduced zone scheme):すべてのバンドを第一BZの中に折り畳んで描く.$\kk$ とバンド指数 $\nu$ の組が状態を一意に指定するので,情報の重複がない.実際のバンド計算はこの形式で行う.
- 周期ゾーン形式(repeated zone scheme):還元ゾーンの図を逆格子の周期で無限に繰り返して描く.\eqref{eq:12-epsper} を目に見える形にしたもので,フェルミ面の形やバンドの曲率(有効質量)を追うときに便利である.
12.4.4 立方晶のブリルアンゾーンと対称点
実際のバンド図は3次元の $\kk$ 空間の中の1次元の経路(高対称線)に沿って描かれる.そのため,代表的な高対称点の名前と座標を知っておく必要がある.ここでは立方系の3つの格子についてまとめる.慣用単位胞の格子定数を $a$ とする.
単純立方(sc).$\bm{a}_i = a\hat{\bm{e}}_i$ なので \eqref{eq:12-bdef} より $\bm{b}_i=(2\pi/a)\hat{\bm{e}}_i$,逆格子も単純立方である.第一BZは一辺 $2\pi/a$ の立方体.
面心立方(fcc).原始並進ベクトルは $\bm{a}_1=\frac{a}{2}(0,1,1)$,$\bm{a}_2=\frac{a}{2}(1,0,1)$,$\bm{a}_3=\frac{a}{2}(1,1,0)$ で,原始胞体積は $\Omega=a^3/4$(慣用立方胞に原子4個).\eqref{eq:12-bdef} を計算すると
$$ \begin{equation} \bm{b}_1 = \frac{2\pi}{a}(-1,1,1),\quad \bm{b}_2 = \frac{2\pi}{a}(1,-1,1),\quad \bm{b}_3 = \frac{2\pi}{a}(1,1,-1) \label{eq:12-fccb} \end{equation} $$となり,これは辺 $4\pi/a$ の体心立方格子である.fcc の逆格子は bcc,bcc の逆格子は fcc という有名な対応である.第一BZは切頂八面体(truncated octahedron)で,8枚の正六角形の面({111} 面,中心が $L$ 点)と6枚の正方形の面({200} 面,中心が $X$ 点)からなる.
体心立方(bcc).$\bm{a}_1=\frac{a}{2}(-1,1,1)$ 等,$\Omega=a^3/2$.逆格子は辺 $4\pi/a$ の fcc であり,第一BZは12枚の菱形の面({110} 面,中心が $N$ 点)からなる菱形十二面体である.
| 格子 | 点 | デカルト成分 $[2\pi/a]$ | $\abs{\kk}\,[2\pi/a]$ | 位置づけ |
|---|---|---|---|---|
| sc | $\Gamma$ | $(0,0,0)$ | 0 | BZ中心 |
| $X$ | $(\tfrac12,0,0)$ | 0.500 | 正方形面の中心 | |
| $M$ | $(\tfrac12,\tfrac12,0)$ | 0.707 | 稜の中点 | |
| $R$ | $(\tfrac12,\tfrac12,\tfrac12)$ | 0.866 | 頂点 | |
| fcc | $\Gamma$ | $(0,0,0)$ | 0 | BZ中心 |
| $X$ | $(0,1,0)$ | 1.000 | 正方形面({200})の中心 | |
| $L$ | $(\tfrac12,\tfrac12,\tfrac12)$ | 0.866 | 六角形面({111})の中心 | |
| $W$ | $(\tfrac12,1,0)$ | 1.118 | 頂点(正方形と六角形2枚の交点) | |
| $K$ | $(\tfrac34,\tfrac34,0)$ | 1.061 | 六角形2枚が共有する稜の中点 | |
| bcc | $\Gamma$ | $(0,0,0)$ | 0 | BZ中心 |
| $N$ | $(\tfrac12,\tfrac12,0)$ | 0.707 | 菱形面({110})の中心 | |
| $P$ | $(\tfrac12,\tfrac12,\tfrac12)$ | 0.866 | 3枚の面が集まる頂点 | |
| $H$ | $(0,1,0)$ | 1.000 | 4枚の面が集まる頂点 |
物理的意味:バンド図の読み方
バンド図の横軸は「$\kk$ 空間の高対称線に沿った道のり」であり,縦軸はエネルギーである.読むときの要点は次のとおりである.
- 横軸は3次元の一部にすぎない.高対称線は $\kk$ 空間の測度ゼロの集合であり,状態の「数」は全く反映されていない.バンドが密集して見えても,そこに状態が多いとは限らない.状態の数を知るには状態密度(第13章)を見る必要がある.
- バンドの傾きは速度.群速度は $\bm{v}_\nu(\kk)=\nabla_{\kk}\varepsilon_\nu(\kk)$ で与えられる.傾きが急なバンドは電子が速く動き(軽い),平坦なバンドは重い.ゾーン境界では,次節以降で見るように傾きがゼロになる.
- 縮退は対称性の反映.$\Gamma$ 点や $X$ 点のような高対称点では,点群の対称操作によって移り合う状態が縮退する.対称性の低い一般の $\kk$ では縮退は解ける.
- フェルミ準位の位置がすべてを決める.$\varepsilon_F$ がバンドを横切れば金属,すべてのバンドがギャップを挟んで完全に占有/非占有ならば絶縁体・半導体である.
これで $\kk$ を動かす範囲が確定した.次節では,いちばん粗い近似——周期ポテンシャルの効果を完全に無視する近似——から出発してバンド構造の骨格を作る.
12.5 空格子近似
中心方程式 \eqref{eq:12-central} を解くもっとも粗い近似は,ポテンシャルのフーリエ成分をすべてゼロにすることである.しかし「周期性がある」という事実は捨てない.すなわち,ハミルトニアン行列は
$$ \begin{equation} H_{\bm{G}\bm{G}'}(\kk) = \frac{1}{2}\abs{\kk+\bm{G}}^2\,\delta_{\bm{G}\bm{G}'} \qquad (V_{\bm{G}}=0\ \text{とする}) \label{eq:12-emptyH} \end{equation} $$という対角行列になり,固有値は
$$ \begin{equation} \varepsilon_{\bm{G}}(\kk) = \frac{1}{2}\abs{\kk+\bm{G}}^{2} \label{eq:12-empty} \end{equation} $$である.これを空格子近似(empty lattice approximation)という.物理的には自由電子と同じだが,$\kk$ を第一BZ に折り畳んで(バンド指数を付けて)描く点だけが違う.「格子はあるがポテンシャルが空」という意味である.この節では,この近似がバンド図の骨格を与えることを見る.
物理的意味:空格子近似は何を捨て,何を残しているか
捨てたのはポテンシャルの $\bm{G}\ne\bm{0}$ 成分,すなわち「電子が周期構造から受ける散乱」である.残っているのは,周期構造が課す運動学的な制約——$\kk$ が $\bm{G}$ だけの不定性を持つこと,したがってバンドが折り畳まれること——だけである.バンド図の「折り返しの構造」「$\Gamma$ 点や $X$ 点での縮退度」「バンドの本数」は,この運動学だけで決まってしまう.実際のポテンシャルは,この骨格の縮退を解き,交差を反交差に変える役割しか持たない.単純金属でバンド図が空格子近似と驚くほどよく一致するのは,まさにこの理由である.
12.5.1 1次元での折り畳み
まず1次元で確認する.格子定数 $a$,逆格子ベクトル $G_n=2\pi n/a$($n$ は整数)である.空格子近似のエネルギーは
$$ \begin{equation} \varepsilon_n(k) = \frac{1}{2}\left(k+\frac{2\pi n}{a}\right)^{2},\qquad -\frac{\pi}{a}\le k<\frac{\pi}{a} \label{eq:12-empty1d} \end{equation} $$である.$n=0$ は $k^2/2$ の放物線,$n=-1$ は $\frac{1}{2}(k-2\pi/a)^2$ の放物線を第一BZに切り取ったもの,というように,拡張ゾーン形式の放物線を $2\pi/a$ ずつずらして重ねたものが得られる.これが図12.5(b) の破線に相当する構造(ただしギャップはゼロ)である.ゾーン境界 $k=\pi/a$ では $n=0$ と $n=-1$ が
$$ \begin{equation} \varepsilon_0\!\left(\tfrac{\pi}{a}\right) = \frac{1}{2}\left(\frac{\pi}{a}\right)^2, \qquad \varepsilon_{-1}\!\left(\tfrac{\pi}{a}\right) = \frac{1}{2}\left(\frac{\pi}{a}-\frac{2\pi}{a}\right)^2 = \frac{1}{2}\left(\frac{\pi}{a}\right)^2 \label{eq:12-1ddeg} \end{equation} $$と縮退する.この縮退が,次節でポテンシャルによって解かれてギャップになる.
12.5.2 fcc の $\Gamma\to X$ 線に沿った空格子バンド
3次元の実例として,fcc 結晶の $\Gamma$ から $X$ に至る線に沿った空格子バンドを,逆格子ベクトルを実際に選んで計算しよう.これが本節の中心的な演習である.
導出:fcc,$\Gamma\to X$ の空格子バンドと縮退度
ステップ1:逆格子の記述.\eqref{eq:12-fccb} より fcc の逆格子は辺 $4\pi/a$ の bcc 格子である.デカルト成分で書けば,逆格子ベクトルは
$$ \begin{equation} \bm{G} = \frac{2\pi}{a}\,(n_1,n_2,n_3), \qquad n_1,n_2,n_3 \text{ はすべて偶数,またはすべて奇数} \label{eq:12-fccG} \end{equation} $$の形をとる.実際 \eqref{eq:12-fccb} から $m_1\bm{b}_1+m_2\bm{b}_2+m_3\bm{b}_3 = \frac{2\pi}{a}(-m_1+m_2+m_3,\;m_1-m_2+m_3,\;m_1+m_2-m_3)$ であり,3成分の和は $m_1+m_2+m_3$ で,各成分は互いに偶奇が一致する(たとえば第1成分と第2成分の差は $2(m_2-m_1)$ で偶数).逆に条件 \eqref{eq:12-fccG} を満たす整数の組は必ず整数 $m_i$ で表せる.
ステップ2:$\kk$ の設定とエネルギーの単位.$\Gamma\to X$ 線を $\kk=\frac{2\pi}{a}(\xi,0,0)$,$0\le\xi\le1$ と表す($\xi=0$ が $\Gamma$,$\xi=1$ が $X$).エネルギーの自然な単位として
$$ \begin{equation} E_0 \equiv \frac{1}{2}\left(\frac{2\pi}{a}\right)^{2} \label{eq:12-E0} \end{equation} $$を導入すると,\eqref{eq:12-empty} は無次元の形
$$ \begin{equation} \frac{\varepsilon(\xi)}{E_0} = (\xi+n_1)^2 + n_2^2 + n_3^2 \label{eq:12-fccempty} \end{equation} $$になる.あとは条件 \eqref{eq:12-fccG} を満たす $(n_1,n_2,n_3)$ を小さいものから順に拾って,この2次式を評価すればよい.
ステップ3:枝の列挙.エネルギーの低い順に並べると次のようになる.
- $(0,0,0)$:$\varepsilon/E_0=\xi^2$.$\Gamma$ で $0$,$X$ で $1$.縮退度1.
- $(-2,0,0)$:$\varepsilon/E_0=(\xi-2)^2$.$\Gamma$ で $4$,$X$ で $1$.縮退度1.$X$ 点で枝1と縮退することに注意.
- $(-1,\pm1,\pm1)$ の4通り:$\varepsilon/E_0=(\xi-1)^2+2$.$\Gamma$ で $3$,$X$ で $2$.縮退度4.$n_2,n_3$ の符号を変えても $n_2^2+n_3^2=2$ は変わらず,$\kk$ が $x$ 方向を向いているので $(\xi+n_1)^2$ も変わらないからである.
- $(0,\pm2,0)$ と $(0,0,\pm2)$ の4通り:$\varepsilon/E_0=\xi^2+4$.$\Gamma$ で $4$,$X$ で $5$.縮退度4.
- $(1,\pm1,\pm1)$ の4通り:$\varepsilon/E_0=(\xi+1)^2+2$.$\Gamma$ で $3$,$X$ で $6$.縮退度4.
- $(2,0,0)$:$\varepsilon/E_0=(\xi+2)^2$.$\Gamma$ で $4$,$X$ で $9$.縮退度1.
ステップ4:高対称点での縮退度の検算.$\Gamma$($\xi=0$)では $\varepsilon/E_0=n_1^2+n_2^2+n_3^2$ なので,条件 \eqref{eq:12-fccG} を満たすベクトルの長さの2乗を数えればよい.
- $\varepsilon/E_0=0$:$(0,0,0)$ のみ.縮退度1.
- $\varepsilon/E_0=3$:$(\pm1,\pm1,\pm1)$ の $2^3=8$ 通り.縮退度8.
- $\varepsilon/E_0=4$:$(\pm2,0,0),(0,\pm2,0),(0,0,\pm2)$ の $3\times2=6$ 通り.縮退度6.
$X$($\xi=1$)では $\varepsilon/E_0=(1+n_1)^2+n_2^2+n_3^2$ である.
- $\varepsilon/E_0=1$:$(0,0,0)$ と $(-2,0,0)$ の2通り.縮退度2.この2重縮退が,実際のポテンシャルによって解けてギャップになる(12.6節).
- $\varepsilon/E_0=2$:$(-1,\pm1,\pm1)$ の4通り.縮退度4.
- $\varepsilon/E_0=5$:$(0,\pm2,0),(0,0,\pm2)$ の4通りと $(-2,\pm2,0),(-2,0,\pm2)$ の4通り,計縮退度8.
- $\varepsilon/E_0=6$:$(1,\pm1,\pm1)$ と $(-3,\pm1,\pm1)$ の計縮退度8.
これらは,$X$ 点の点対称性(正方形面の中心なので $4/mmm$)から予想される縮退度と整合する.
例:アルミニウムの数値
Al は fcc,格子定数 $a=4.05\,\text{Å}=7.653\,a_0$,価電子 $3$ 個/原子である.
(1) エネルギー単位.$2\pi/a = 2\pi/7.653 = 0.8210\ a_0^{-1}$ だから
$$ \begin{equation} E_0 = \frac{1}{2}(0.8210)^2 = 0.3370\ \mathrm{Hartree} = 9.17\ \mathrm{eV}. \label{eq:12-alE0} \end{equation} $$(2) 自由電子フェルミ波数.電子密度は「価電子数 $\times$ 原子数密度」であり,慣用立方胞($a^3$)に原子が4個入るから
$$ \begin{equation} n = 3\times\frac{4}{a^3} = \frac{12}{(7.653)^3} = \frac{12}{448.3} = 0.02677\ a_0^{-3}. \label{eq:12-aln} \end{equation} $$第3章の関係 $n=k_F^3/(3\pi^2)$ より
$$ \begin{equation} k_F = (3\pi^2 n)^{1/3} = (3\times9.8696\times0.02677)^{1/3} = (0.7927)^{1/3} = 0.9254\ a_0^{-1}, \label{eq:12-alkf} \end{equation} $$ $$ \begin{equation} \varepsilon_F = \frac{k_F^2}{2} = 0.4282\ \mathrm{Hartree} = 11.65\ \mathrm{eV} = 1.27\,E_0 . \label{eq:12-alef} \end{equation} $$実験値 $11.7$ eV とよく一致する.Al の電子は,そのフェルミエネルギーに関するかぎり完全な自由電子である.
(3) フェルミ球はBZに収まるか.$\Gamma$ から最も近いゾーン境界は $L$ 点(六角形面の中心)で $k_L=\sqrt3\pi/a=0.7110\ a_0^{-1}$ である.$k_F/k_L=1.302>1$ だから,フェルミ球は {111} 面を突き破っている.$X$ 面(正方形面)についても $k_X=2\pi/a=0.8210$ で $k_F/k_X=1.127>1$ であり,こちらも突き破っている.したがって Al のフェルミ面は第1・第2・第3ゾーンにまたがった複雑な形になる(12.7節).
物理的意味:空格子近似が単純金属で通用することの含意
Na(bcc,価電子1)や Al(fcc,価電子3)の第一原理バンド計算の結果を図12.7 のような空格子バンドと重ねると,両者はほとんど区別がつかない.違いはゾーン境界のごく近傍に限られ,そこで $0.1$–$1$ eV 程度のギャップが開くだけである.これは驚くべきことである.原子核の作るクーロンポテンシャルは核の近くで $-Z/r\to-\infty$ と発散するほど深く,$Z=13$ の Al ならなおさらである.にもかかわらず,価電子が実効的に感じるポテンシャルの変調 $V_{\bm{G}}$ は 1 eV 以下しかない.
言い換えれば,単純金属では「周期ポテンシャル」は摂動として扱える弱さしか持たない.この事実こそが,次節の二波近似(1次の縮退摂動論で十分)を正当化し,さらに 12.8 節の擬ポテンシャルの発想,第15章の擬ポテンシャル法全体の土台になる.「なぜ深いはずのポテンシャルが弱く見えるのか」という問いは,この章の最後に答えられる.
本節では,周期性の運動学だけからバンド図の骨格が決まることを見た.次節では,そこに弱いポテンシャルを加えたときに何が起こるかを,縮退摂動論で正確に計算する.
12.6 ほとんど自由な電子:二波近似
前節で,ゾーン境界で2つの平面波が縮退することがわかった.縮退した状態は,どんなに弱い摂動に対しても敏感に応答する.この節では,その2つの平面波だけを残した $2\times2$ の問題を厳密に解き,エネルギーギャップの起源を完全に明らかにする.これがほとんど自由な電子近似(nearly free electron approximation, NFE)の核心である.
12.6.1 なぜ2状態だけでよいのか
中心方程式 \eqref{eq:12-central} は原理的には無限次元の行列の固有値問題である.しかし,$\kk$ がブラッグ面 $\kk\cdot\hat{\bm{G}}=G/2$ の近くにあるとき,状況は劇的に単純になる.そのとき $\varepsilon^{0}_{\kk}\equiv\frac{1}{2}k^2$ と $\varepsilon^{0}_{\kk-\bm{G}}\equiv\frac{1}{2}\abs{\kk-\bm{G}}^2$ はほぼ等しく,他の平面波 $\kk-\bm{G}'$($\bm{G}'\ne\bm{0},\bm{G}$)のエネルギーはこれらから大きく離れている.次の数学ノートで見るように,エネルギーが大きく離れた状態の影響は $\abs{V}^2/\Delta\varepsilon$ の程度でしか効かないので,$\abs{V_{\bm{G}}}\ll\Delta\varepsilon$ であれば無視できる.
数学ノート:縮退摂動論と永年方程式
ハミルトニアンを $\hat H=\hat H_0+\hat V$ と分け,$\hat H_0$ の固有状態を $\left|m\right\rangle$,固有値を $\varepsilon^0_m$ とする.標準的な(非縮退)2次摂動論では
$$ \begin{equation} \varepsilon_n \simeq \varepsilon^0_n + V_{nn} + \sum_{m\ne n}\frac{\abs{V_{nm}}^2}{\varepsilon^0_n-\varepsilon^0_m}, \qquad V_{nm}=\left\langle n\right|\hat V\left|m\right\rangle \label{eq:12-pt2} \end{equation} $$であった.ここで $\varepsilon^0_n\to\varepsilon^0_m$ となる項があると,分母がゼロに近づいて摂動級数が破綻する.これは近似の失敗であって物理の破綻ではない.正しい処方は,ほとんど縮退している状態の作る部分空間の中では厳密に対角化することである.
2状態 $\left|1\right\rangle,\left|2\right\rangle$ を残す場合を書き下そう.$\left|\psi\right\rangle=c_1\left|1\right\rangle+c_2\left|2\right\rangle$ とおいて $\hat H\left|\psi\right\rangle=\varepsilon\left|\psi\right\rangle$ に代入し,左から $\left\langle1\right|$ と $\left\langle2\right|$ を掛ける($\braket{1|2}=0$,$\braket{i|i}=1$ を使う):
$$ \begin{align} \left\langle1\right|:\quad & (\varepsilon^0_1+V_{11})c_1 + V_{12}c_2 = \varepsilon\,c_1, \label{eq:12-2x2a}\\ \left\langle2\right|:\quad & V_{21}c_1 + (\varepsilon^0_2+V_{22})c_2 = \varepsilon\,c_2 . \label{eq:12-2x2b} \end{align} $$これは行列の形で
$$ \begin{equation} \begin{pmatrix} \varepsilon^0_1+V_{11}-\varepsilon & V_{12}\\ V_{21} & \varepsilon^0_2+V_{22}-\varepsilon\end{pmatrix} \begin{pmatrix}c_1\\c_2\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix} \label{eq:12-2x2mat} \end{equation} $$と書ける.$(c_1,c_2)\ne(0,0)$ の解が存在する条件は係数行列の行列式がゼロになることであり,これを永年方程式(secular equation)という.$\hat V$ がエルミートなら $V_{21}=V_{12}^{*}$ である.
3状態以上が縮退している場合(たとえばゾーンの稜や頂点)には同じ手続きで $3\times3$,$4\times4$ の永年方程式を解けばよい.2状態で足りるかどうかの判定基準は「無視した状態とのエネルギー差 $\Delta$ が $\abs{V}$ よりずっと大きいか」である.
12.6.2 二波近似の厳密解
導出:二波近似のエネルギー固有値
ステップ1:行列要素.基底を規格化平面波 $\left|\kk\right\rangle=\varphi_{\kk}$ と $\left|\kk-\bm{G}\right\rangle=\varphi_{\kk-\bm{G}}$ にとる.対角要素は,運動エネルギーとポテンシャルの平均値の和である.エネルギーの原点を $V_{\bm{0}}=0$ となるように選べば
$$ \begin{equation} \left\langle\kk\right|\hat H\left|\kk\right\rangle = \frac{1}{2}k^2 + V_{\bm{0}} = \varepsilon^0_{\kk}, \qquad \left\langle\kk-\bm{G}\right|\hat H\left|\kk-\bm{G}\right\rangle = \varepsilon^0_{\kk-\bm{G}} \label{eq:12-2wdiag} \end{equation} $$である.非対角要素は,\eqref{eq:12-vpsi2} と平面波の直交性から
$$ \begin{align} \left\langle\kk\right|\hat V\left|\kk-\bm{G}\right\rangle &= \frac{1}{N\Omega}\int_V e^{-i\kk\cdot\rr}\left(\sum_{\bm{G}'}V_{\bm{G}'}e^{i\bm{G}'\cdot\rr}\right)e^{i(\kk-\bm{G})\cdot\rr}\,\dd^3r \label{eq:12-2woff1}\\ &= \sum_{\bm{G}'}V_{\bm{G}'}\cdot\frac{1}{N\Omega}\int_V e^{i(\bm{G}'-\bm{G})\cdot\rr}\dd^3r \label{eq:12-2woff2}\\ &= \sum_{\bm{G}'}V_{\bm{G}'}\,\delta_{\bm{G}'\bm{G}} = V_{\bm{G}} . \label{eq:12-2woff3} \end{align} $$\eqref{eq:12-2woff2} では和と積分を交換し,\eqref{eq:12-2woff3} では直交性 \eqref{eq:12-pworth2} を使った(和の中の各項について $\bm{G}'-\bm{G}$ は逆格子ベクトルであり,これがゼロのときだけ積分が $N\Omega$ になる).同様に $\left\langle\kk-\bm{G}\right|\hat V\left|\kk\right\rangle=V_{-\bm{G}}=V_{\bm{G}}^{*}$ である.
ステップ2:永年方程式.\eqref{eq:12-2x2mat} は
$$ \begin{equation} \begin{vmatrix} \varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon & V_{\bm{G}}\\[1mm] V_{\bm{G}}^{*} & \varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}-\varepsilon \end{vmatrix} = 0 \label{eq:12-secular} \end{equation} $$すなわち
$$ \begin{equation} \left(\varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon\right)\left(\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}-\varepsilon\right) - \abs{V_{\bm{G}}}^2 = 0 . \label{eq:12-secular2} \end{equation} $$ステップ3:2次方程式を解く.記号を短くするため $A\equiv\varepsilon^0_{\kk}$,$B\equiv\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}$ とおいて展開すると
$$ \begin{align} (A-\varepsilon)(B-\varepsilon) - \abs{V_{\bm{G}}}^2 &= 0 \label{eq:12-quad1}\\ \varepsilon^2 - (A+B)\varepsilon + AB - \abs{V_{\bm{G}}}^2 &= 0 . \label{eq:12-quad2} \end{align} $$解の公式より
$$ \begin{align} \varepsilon_\pm &= \frac{A+B}{2} \pm \frac{1}{2}\sqrt{(A+B)^2 - 4\left(AB-\abs{V_{\bm{G}}}^2\right)} \label{eq:12-quad3}\\ &= \frac{A+B}{2} \pm \frac{1}{2}\sqrt{(A-B)^2 + 4\abs{V_{\bm{G}}}^2} \label{eq:12-quad4}\\ &= \frac{A+B}{2} \pm \sqrt{\left(\frac{A-B}{2}\right)^2 + \abs{V_{\bm{G}}}^2}\, . \label{eq:12-quad5} \end{align} $$\eqref{eq:12-quad4} では恒等式 $(A+B)^2-4AB=(A-B)^2$ を使った.\eqref{eq:12-quad5} では $\frac{1}{2}\sqrt{X}=\sqrt{X/4}$ として $\frac14$ を根号の中に入れた.もとの記号に戻すと
$$ \begin{equation} \varepsilon_\pm(\kk) = \frac{\varepsilon^0_{\kk}+\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}{2} \pm\sqrt{\left(\frac{\varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}{2}\right)^{2} + \abs{V_{\bm{G}}}^{2}} \label{eq:12-2wave} \end{equation} $$である.
この結果を3つの極限で読もう.
(i) ブラッグ面から遠いとき.$\abs{\varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}\gg\abs{V_{\bm{G}}}$ なら,根号を展開して
$$ \begin{align} \sqrt{\left(\frac{A-B}{2}\right)^2+\abs{V_{\bm{G}}}^2} &= \frac{\abs{A-B}}{2}\sqrt{1+\frac{4\abs{V_{\bm{G}}}^2}{(A-B)^2}} \label{eq:12-far1}\\ &\simeq \frac{\abs{A-B}}{2}\left(1+\frac{2\abs{V_{\bm{G}}}^2}{(A-B)^2}\right) = \frac{\abs{A-B}}{2}+\frac{\abs{V_{\bm{G}}}^2}{\abs{A-B}} \label{eq:12-far2} \end{align} $$($\sqrt{1+x}\simeq1+x/2$ を使った).$A>B$ の場合,$\varepsilon_+ \simeq A + \frac{\abs{V_{\bm{G}}}^2}{A-B}$,$\varepsilon_-\simeq B - \frac{\abs{V_{\bm{G}}}^2}{A-B}$ となる.これは非縮退2次摂動論 \eqref{eq:12-pt2} の結果そのものである.高い方の準位は押し上げられ,低い方は押し下げられる(準位反発).
(ii) ブラッグ面の上.$\varepsilon^0_{\kk}=\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}\equiv\varepsilon^0$ のとき,\eqref{eq:12-2wave} の根号の第1項が消えて
$$ \begin{equation} \varepsilon_\pm = \varepsilon^0 \pm \abs{V_{\bm{G}}}, \qquad E_{\mathrm{gap}} = \varepsilon_+-\varepsilon_- = 2\abs{V_{\bm{G}}} . \label{eq:12-gap} \end{equation} $$ゾーン境界のエネルギーギャップは,その境界を作る逆格子ベクトルに対応するポテンシャルのフーリエ成分の絶対値の2倍である.これは本章でもっとも重要な公式の一つである.ギャップの測定はポテンシャルのフーリエ成分の測定にほかならない.
(iii) ブラッグ面の近傍.$\kk=\frac{\bm{G}}{2}+\bm{q}$($\bm{q}\parallel\bm{G}$,$q$ は小さい)とおいて展開する.まず
$$ \begin{align} \varepsilon^0_{\kk} &= \frac{1}{2}\abs{\tfrac{\bm{G}}{2}+\bm{q}}^2 = \frac{1}{2}\left(\frac{G^2}{4}+\bm{G}\cdot\bm{q}+q^2\right), \label{eq:12-near1}\\ \varepsilon^0_{\kk-\bm{G}} &= \frac{1}{2}\abs{\bm{q}-\tfrac{\bm{G}}{2}}^2 = \frac{1}{2}\left(\frac{G^2}{4}-\bm{G}\cdot\bm{q}+q^2\right) \label{eq:12-near2} \end{align} $$だから,和と差は
$$ \begin{align} \frac{\varepsilon^0_{\kk}+\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}{2} &= \frac{1}{2}\left(\frac{G^2}{4}+q^2\right) = \frac{G^2}{8}+\frac{q^2}{2}, \label{eq:12-near3}\\ \frac{\varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}{2} &= \frac{1}{2}\,\bm{G}\cdot\bm{q} = \frac{Gq}{2} \label{eq:12-near4} \end{align} $$となる($\bm{q}\parallel\bm{G}$ とした).和は $q$ の偶関数,差は奇関数であることに注意しよう.これを \eqref{eq:12-2wave} に入れると
$$ \begin{equation} \varepsilon_\pm = \frac{G^2}{8}+\frac{q^2}{2} \pm \sqrt{\frac{G^2q^2}{4}+\abs{V_{\bm{G}}}^2}\, . \label{eq:12-near5} \end{equation} $$右辺は $q^2$ にしか依存しないので,$\varepsilon_\pm(q)$ は $q$ の偶関数である.したがって
$$ \begin{equation} \left.\frac{\partial\varepsilon_\pm}{\partial q}\right|_{q=0} = 0 . \label{eq:12-flat} \end{equation} $$バンドはゾーン境界で必ず平坦になる(群速度のゾーン境界に垂直な成分がゼロになる).これは 12.7 節でフェルミ面の形を論じるときに決定的に効いてくる.
導出:バンド端の有効質量
$Gq/2 \ll \abs{V_{\bm{G}}}$ の範囲でさらに展開する.$\sqrt{1+x}\simeq1+x/2$ を使うと
$$ \begin{align} \sqrt{\frac{G^2q^2}{4}+\abs{V_{\bm{G}}}^2} &= \abs{V_{\bm{G}}}\sqrt{1+\frac{G^2q^2}{4\abs{V_{\bm{G}}}^2}} \label{eq:12-em1}\\ &\simeq \abs{V_{\bm{G}}}\left(1+\frac{G^2q^2}{8\abs{V_{\bm{G}}}^2}\right) = \abs{V_{\bm{G}}} + \frac{G^2q^2}{8\abs{V_{\bm{G}}}} \label{eq:12-em2} \end{align} $$だから,\eqref{eq:12-near5} は
$$ \begin{align} \varepsilon_\pm &\simeq \frac{G^2}{8}\pm\abs{V_{\bm{G}}} + \frac{q^2}{2}\pm\frac{G^2q^2}{8\abs{V_{\bm{G}}}} \label{eq:12-em3}\\ &= \underbrace{\frac{G^2}{8}\pm\abs{V_{\bm{G}}}}_{\text{バンド端}} + \frac{q^2}{2}\left(1\pm\frac{G^2}{4\abs{V_{\bm{G}}}}\right). \label{eq:12-em4} \end{align} $$$\varepsilon = \varepsilon_{\text{端}} + q^2/(2m^{*})$ と比較して(原子単位では自由電子の質量が $1$)
$$ \begin{equation} \frac{1}{m^{*}_{\pm}} = 1 \pm \frac{G^{2}}{4\abs{V_{\bm{G}}}} \qquad\Longrightarrow\qquad m^{*}_{\pm} = \left(1\pm\frac{G^2}{4\abs{V_{\bm{G}}}}\right)^{-1} \label{eq:12-effmass} \end{equation} $$を得る.ほとんど自由な電子の条件 $\abs{V_{\bm{G}}}\ll G^2/4$ のもとでは $G^2/(4\abs{V_{\bm{G}}})\gg1$ なので
$$ \begin{equation} m^{*}_{+} \simeq +\frac{4\abs{V_{\bm{G}}}}{G^2}\ll1, \qquad m^{*}_{-} \simeq -\frac{4\abs{V_{\bm{G}}}}{G^2}<0 . \label{eq:12-effmass2} \end{equation} $$上のバンドの底では非常に軽い正の質量,下のバンドの頂上では負の質量(すなわち正孔的)になる.ギャップが小さいほど質量は軽い.半導体で「直接ギャップが小さい物質ほど電子の有効質量が小さい」という経験則の,もっとも簡単なモデルによる説明である.
12.6.3 固有ベクトル:定在波と電荷密度
エネルギーがわかったので,次に固有ベクトルを求め,なぜ一方が下がり他方が上がるのかを電荷分布の言葉で理解しよう.以下ではブラッグ面のちょうど上($\varepsilon^0_{\kk}=\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}$)を考え,$V_{\bm{G}}$ は実数とする(12.1 節で述べたように,反転対称な結晶では実数である).
導出:定在波の形と電荷密度
ステップ1:固有ベクトル.\eqref{eq:12-2x2mat} で $\varepsilon^0_1=\varepsilon^0_2=\varepsilon^0$,$V_{12}=V_{21}=V_{\bm{G}}$(実数)とすると,$\varepsilon^0$ を差し引いた行列は
$$ \begin{equation} \begin{pmatrix}0 & V_{\bm{G}}\\ V_{\bm{G}} & 0\end{pmatrix} \label{eq:12-sw1} \end{equation} $$である.これに $(1,1)^{\mathsf T}$ を掛けると $(V_{\bm{G}},V_{\bm{G}})^{\mathsf T}=V_{\bm{G}}(1,1)^{\mathsf T}$,$(1,-1)^{\mathsf T}$ を掛けると $(-V_{\bm{G}},V_{\bm{G}})^{\mathsf T}=-V_{\bm{G}}(1,-1)^{\mathsf T}$ となるから,規格化して
$$ \begin{equation} \text{固有値 }\varepsilon^0+V_{\bm{G}}:\ \frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}, \qquad \text{固有値 }\varepsilon^0-V_{\bm{G}}:\ \frac{1}{\sqrt2}\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix} \label{eq:12-sw2} \end{equation} $$である.
ステップ2:波動関数.1次元(あるいは $\bm{G}$ 方向の成分だけを見る)で $\bm{G}=\frac{2\pi}{a}\hat{\bm{x}}$,$\kk=\frac{\bm{G}}{2}=\frac{\pi}{a}\hat{\bm{x}}$ とすると $\kk-\bm{G}=-\frac{\pi}{a}\hat{\bm{x}}$ である.オイラーの公式を使って
$$ \begin{align} \psi_{S}(x) &\propto e^{i\pi x/a}+e^{-i\pi x/a} = 2\cos\!\left(\frac{\pi x}{a}\right) = 2\cos\!\left(\frac{Gx}{2}\right), \label{eq:12-sw3}\\ \psi_{A}(x) &\propto e^{i\pi x/a}-e^{-i\pi x/a} = 2i\sin\!\left(\frac{\pi x}{a}\right) = 2i\sin\!\left(\frac{Gx}{2}\right). \label{eq:12-sw4} \end{align} $$進行波の重ね合わせで定在波ができた.これは物理的に自然である:ゾーン境界では入射波と(ブラッグ反射された)反射波の振幅が等しくなるので,正味の流れがゼロの定在波しか作れない.群速度がゼロになる(\eqref{eq:12-flat})ことの波動的な言い換えである.
ステップ3:電荷密度.規格化定数を落として
$$ \begin{equation} \abs{\psi_S(x)}^2 \propto \cos^2\!\left(\frac{\pi x}{a}\right), \qquad \abs{\psi_A(x)}^2 \propto \sin^2\!\left(\frac{\pi x}{a}\right) \label{eq:12-sw5} \end{equation} $$である.イオンが $x=0,\pm a,\pm2a,\ldots$ にあるとすると,$\abs{\psi_S}^2$ はイオンの位置で最大,$\abs{\psi_A}^2$ はイオンの位置でゼロ(中間点で最大)になる.
ステップ4:エネルギーの順序.ポテンシャルの期待値を計算しよう.$V(x)\simeq 2V_{\bm{G}}\cos(Gx)$($\bm{G}$ と $-\bm{G}$ の2項のみ残した)として,1周期にわたる平均をとる.三角関数の積和公式 $\cos^2\theta=\frac{1+\cos2\theta}{2}$ を使うと $\abs{\psi_S}^2 \propto \frac{1}{2}\left(1+\cos\frac{2\pi x}{a}\right)=\frac{1}{2}(1+\cos Gx)$,$\abs{\psi_A}^2\propto\frac{1}{2}(1-\cos Gx)$ である.$\braket{\cos^2 Gx}=\frac12$,$\braket{\cos Gx}=0$ に注意すると
$$ \begin{align} \braket{V}_S &= \frac{1}{a}\int_0^a 2V_{\bm{G}}\cos(Gx)\cdot\left[1+\cos(Gx)\right]\dd x = 2V_{\bm{G}}\cdot\frac{1}{2} = V_{\bm{G}}, \label{eq:12-sw6}\\ \braket{V}_A &= \frac{1}{a}\int_0^a 2V_{\bm{G}}\cos(Gx)\cdot\left[1-\cos(Gx)\right]\dd x = -V_{\bm{G}} . \label{eq:12-sw7} \end{align} $$これは \eqref{eq:12-sw2} で得た固有値 $\varepsilon^0\pm V_{\bm{G}}$ と完全に一致する.
ステップ5:符号の物理.12.1 節の例で見たように,イオンが作るポテンシャルでは $V_{\bm{G}}<0$ である(式 \eqref{eq:12-ionVG}).したがって $\braket{V}_S=V_{\bm{G}}<0$,$\braket{V}_A=-V_{\bm{G}}>0$ であり,対称な定在波 $\psi_S$(電荷をイオン上に集める)がエネルギーの低い方,反対称な定在波 $\psi_A$(電荷をイオン間に押しやる)が高い方である.イオンは正に帯電しているのだから,電子がそこに集まればクーロン引力でエネルギーが下がる——きわめて素直な結論である.
例:アルミニウムの $X$ 点ギャップ
12.5 節で,fcc の $X$ 点では $\bm{G}=\bm{0}$ と $\bm{G}=\frac{2\pi}{a}(\bar2,0,0)$ の2つの平面波が縮退することを見た.この縮退を解くのは $\bm{G}_{(200)}=\frac{2\pi}{a}(2,0,0)$ に対応するフーリエ成分 $V_{(200)}$ である.
(1) 二波近似の妥当性.$X$ 点で無視した最も近い状態は $\varepsilon/E_0=2$ の4重縮退した準位であり,エネルギー差は $E_0=9.17$ eV である.以下で見るように $\abs{V_{(200)}}\lesssim1$ eV なので,$\abs{V}/\Delta\simeq0.1$ となり二波近似は十分よい.
(2) 実験値からのギャップ.Al の $X$ 点における2つの準位($X_1$ と $X_4'$)のエネルギー差は,角度分解光電子分光の実験から $E_{\mathrm{gap}}\simeq1.7$ eV と決まっている.\eqref{eq:12-gap} より
$$ \begin{equation} \abs{V_{(200)}} = \frac{E_{\mathrm{gap}}}{2} \simeq 0.84\ \mathrm{eV} = 0.031\ \mathrm{Hartree}. \label{eq:12-alv200} \end{equation} $$(3) 素朴な期待値との比較.12.1 節の例で,価数 $Z_{\mathrm{ion}}=3$ の点イオン模型からは $V_{(200)}=-3.40$ eV(式 \eqref{eq:12-alVG})が得られた.実験値はその $1/4$ しかない.しかも,原子核の裸の電荷 $Z=13$ を使えば $-14.7$ eV となり,実験値の $18$ 倍である.実際のポテンシャルは,素朴に見積もったものよりはるかに弱い.この「なぜ弱いのか」に答えるのが 12.8 節である.
(4) 有効質量.$G=\abs{\bm{G}_{(200)}}=4\pi/a=1.642\ a_0^{-1}$,$G^2=2.696$,$\abs{V_{(200)}}=0.0309$ Hartree だから
$$ \begin{equation} \frac{G^2}{4\abs{V_{\bm{G}}}} = \frac{2.696}{4\times0.0309} = 21.8 \label{eq:12-alm1} \end{equation} $$となり,\eqref{eq:12-effmass} より
$$ \begin{equation} m^{*}_{+} = \frac{1}{1+21.8} = 0.044\,m_e, \qquad m^{*}_{-} = \frac{1}{1-21.8} = -0.048\,m_e . \label{eq:12-alm2} \end{equation} $$ギャップの縁ではきわめて軽い(あるいは軽い正孔的な)分散になる.ただしこの軽さは $X$ 点近傍のごく狭い領域($Gq/2\lesssim\abs{V_{\bm{G}}}$,すなわち $q\lesssim0.038\ a_0^{-1}$,BZ の大きさの 5% 程度)でのみ成り立つ.
(5) 状態の対称性.下のバンド $\psi_S\propto\cos$ は原子核の位置で振幅が大きく,原子軌道で言えば $s$ 的である.上のバンド $\psi_A\propto\sin$ は原子核で節を持ち,$p$ 的である.実際 Al のバンド図でこの2準位はそれぞれ $X_1$($s$ 的),$X_4'$($p$ 的)と分類されている.平面波から出発した計算が,原子軌道の言葉と自然につながることを示す好例である.
物理的意味:ギャップはいつ「本物の」バンドギャップになるか
二波近似が示すのは,ゾーン境界の各点で局所的に $2\abs{V_{\bm{G}}}$ のギャップが開くということである.しかしこれが物質全体のバンドギャップ(あらゆる $\kk$ で $\varepsilon_1(\kk)<\varepsilon_g<\varepsilon_2(\kk)$ となるエネルギー領域)になるとは限らない.
1次元では,ゾーン境界は2点しかないので局所ギャップがそのまま全体のギャップになる.しかし3次元では,ゾーン境界は広い面であり,その上でも $\varepsilon^0=\frac{1}{2}\abs{\bm{G}/2+\bm{k}_\parallel}^2$ が場所によって違う(面の中心 $X$ 点と頂点 $W$ 点ではエネルギーが違う).したがって,$X$ 点で下のバンドの上端がエネルギー $E_1$ にあっても,面の別の場所で上のバンドの下端が $E_1$ より低くなりうる.このときバンドは重なり,全体としてはギャップがなく金属になる.
金属と絶縁体を分けるのは,$\abs{V_{\bm{G}}}$ とゾーン境界上でのエネルギー分散幅の競合である.$\abs{V_{\bm{G}}}$ が小さい単純金属では常にバンドが重なって金属になり,$\abs{V_{\bm{G}}}$ が大きい共有結合性の物質(Si,ダイヤモンド)ではギャップが開いて半導体・絶縁体になる.
この節で,ゾーン境界のギャップの起源を完全に理解した.次節では,この局所的なギャップがフェルミ面の形と物質の安定性にどう波及するかを見る.
12.7 ゾーン境界の物理:フェルミ面と擬ギャップ
前節で得たギャップは,ゾーン境界というごく限られた領域だけの話に見えるかもしれない.ところが,フェルミ準位がちょうどそのあたりに来ると,この局所的な効果が物質全体のエネルギーを支配し,どの結晶構造が安定になるかを決めてしまう.この節では,フェルミ球とブリルアンゾーンの幾何学的関係から出発して,擬ギャップとヒューム・ロザリー則に至る.
12.7.1 フェルミ球はいつゾーン境界に届くか
自由電子近似では,占有された状態は半径 $k_F$ の球(フェルミ球)の内部である.第3章で導いたように,電子密度 $n$ とフェルミ波数の関係は
$$ \begin{equation} n = \frac{k_F^{3}}{3\pi^{2}} \qquad\Longleftrightarrow\qquad k_F = \left(3\pi^{2}n\right)^{1/3} \label{eq:12-kf} \end{equation} $$である.一方,$\Gamma$ から最も近いゾーン境界までの距離は結晶構造で決まる.両者が一致する電子濃度を求めよう.この計算は驚くほど簡単だが,結果は深い.
導出:fcc と bcc の臨界電子濃度
単位を揃えるため,慣用立方胞(格子定数 $a$)あたりの原子数を $Z_{\mathrm{cell}}$,原子あたりの価電子数を $e/a$ と書く.すると電子密度は
$$ \begin{equation} n = \frac{(e/a)\cdot Z_{\mathrm{cell}}}{a^{3}} \label{eq:12-nea} \end{equation} $$である.
(A) fcc の場合.逆格子は辺 $4\pi/a$ の bcc であり,$\Gamma$ に最も近い逆格子点は $\bm{G}_{(111)}=\frac{2\pi}{a}(\pm1,\pm1,\pm1)$ の8個で,$\abs{\bm{G}_{(111)}}=\frac{2\pi\sqrt3}{a}$ である.ブラッグ面はその半分の距離にあるから
$$ \begin{equation} k_L = \frac{1}{2}\abs{\bm{G}_{(111)}} = \frac{\sqrt3\,\pi}{a} \label{eq:12-kL} \end{equation} $$(これが $L$ 点である).$k_F=k_L$ とおいて \eqref{eq:12-kf} に代入すると
$$ \begin{align} n &= \frac{k_L^3}{3\pi^2} = \frac{1}{3\pi^2}\cdot\frac{3\sqrt3\,\pi^3}{a^3} = \frac{\sqrt3\,\pi}{a^3}. \label{eq:12-fcc1} \end{align} $$($k_L^3=(\sqrt3\pi/a)^3=3\sqrt3\pi^3/a^3$ を使い,$\pi^3/\pi^2=\pi$,$3/3=1$ と約分した.)fcc は $Z_{\mathrm{cell}}=4$ なので \eqref{eq:12-nea} と等置して
$$ \begin{equation} \frac{(e/a)\cdot4}{a^3} = \frac{\sqrt3\,\pi}{a^3} \qquad\Longrightarrow\qquad \left(\frac{e}{a}\right)_{\mathrm{fcc}} = \frac{\sqrt3\,\pi}{4} = 1.3603 . \label{eq:12-fccea} \end{equation} $$(B) bcc の場合.逆格子は辺 $4\pi/a$ の fcc であり,$\Gamma$ に最も近い逆格子点は $\bm{G}_{(110)}=\frac{2\pi}{a}(\pm1,\pm1,0)$ 型の12個,$\abs{\bm{G}_{(110)}}=\frac{2\sqrt2\,\pi}{a}$ である.したがって
$$ \begin{equation} k_N = \frac{1}{2}\abs{\bm{G}_{(110)}} = \frac{\sqrt2\,\pi}{a} \label{eq:12-kN} \end{equation} $$($N$ 点).同じ手順で
$$ \begin{align} n &= \frac{k_N^3}{3\pi^2} = \frac{1}{3\pi^2}\cdot\frac{2\sqrt2\,\pi^3}{a^3} = \frac{2\sqrt2\,\pi}{3a^3}, \label{eq:12-bcc1} \end{align} $$bcc は $Z_{\mathrm{cell}}=2$ だから
$$ \begin{equation} \frac{(e/a)\cdot2}{a^3} = \frac{2\sqrt2\,\pi}{3a^3} \qquad\Longrightarrow\qquad \left(\frac{e}{a}\right)_{\mathrm{bcc}} = \frac{\sqrt2\,\pi}{3} = 1.4810 . \label{eq:12-bccea} \end{equation} $$興味深いことに,$a$ は完全に消える.臨界電子濃度は格子定数によらず,結晶構造の型だけで決まる純粋に幾何学的な量である.
12.7.2 フェルミ面がゾーン境界と垂直に交わる理由
フェルミ球がゾーン境界に届くと,球はもはや球ではいられない.ゾーン境界近傍でバンドが変形するからである.ここでは変形の仕方について,正確に言える一般則を導く.
定理:フェルミ面はブラッグ面と直交する
周期ポテンシャルが有限であるかぎり,等エネルギー面(したがってフェルミ面)は,ブラッグ面(ゾーン境界)と交わるとき,常に直交する.
導出
ステップ1:等エネルギー面の法線.等エネルギー面 $\varepsilon_\nu(\kk)=\varepsilon$ の法線ベクトルは,勾配 $\nabla_{\kk}\varepsilon_\nu(\kk)$ の方向である(等値面の法線は勾配,という多変数微積分の基本事実).この勾配は群速度 $\bm{v}=\nabla_{\kk}\varepsilon$ そのものでもある.
ステップ2:ブラッグ面上での勾配の法線成分.ブラッグ面の単位法線を $\hat{\bm{G}}$ とし,$\kk=\bm{k}_{\parallel}+\left(\frac{G}{2}+q\right)\hat{\bm{G}}$($\bm{k}_\parallel\cdot\hat{\bm{G}}=0$)と分解する.12.6 節の \eqref{eq:12-near3}, \eqref{eq:12-near4} と同じ計算を,$\bm{k}_\parallel$ を残したまま行うと
$$ \begin{align} \varepsilon^0_{\kk}+\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}} &= \frac{1}{2}\left[k_\parallel^2+\left(\tfrac{G}{2}+q\right)^2\right]+\frac{1}{2}\left[k_\parallel^2+\left(\tfrac{G}{2}-q\right)^2\right] = k_\parallel^2+\frac{G^2}{4}+q^2, \label{eq:12-perp1}\\ \varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}} &= \frac{1}{2}\left[\left(\tfrac{G}{2}+q\right)^2-\left(\tfrac{G}{2}-q\right)^2\right] = Gq . \label{eq:12-perp2} \end{align} $$これを二波近似の解 \eqref{eq:12-2wave} に代入すると
$$ \begin{equation} \varepsilon_\pm(\bm{k}_\parallel,q) = \frac{k_\parallel^2}{2}+\frac{G^2}{8}+\frac{q^2}{2} \pm\sqrt{\frac{G^2q^2}{4}+\abs{V_{\bm{G}}}^2} \label{eq:12-perp3} \end{equation} $$となる.右辺は $q$ について偶関数である($q$ は $q^2$ の形でしか現れない).したがって
$$ \begin{equation} \hat{\bm{G}}\cdot\nabla_{\kk}\varepsilon_\pm\Big|_{q=0} = \left.\frac{\partial\varepsilon_\pm}{\partial q}\right|_{q=0} = 0 . \label{eq:12-perp4} \end{equation} $$ステップ3:結論.\eqref{eq:12-perp4} は,ブラッグ面の上で勾配 $\nabla_{\kk}\varepsilon$ が面の法線方向の成分を持たない,すなわち勾配がブラッグ面に平行であることを意味する.等エネルギー面は勾配に垂直だから,等エネルギー面はブラッグ面に垂直である.$\square$
なお,\eqref{eq:12-perp4} は二波近似に依存しない一般的な事実である.より一般には,時間反転対称性 $\varepsilon_\nu(\kk)=\varepsilon_\nu(-\kk)$ と逆格子周期性 $\varepsilon_\nu(\kk)=\varepsilon_\nu(\kk-\bm{G})$ を合わせると $\varepsilon_\nu(\bm{k}_\parallel,q)=\varepsilon_\nu(\bm{k}_\parallel,-q)$ が従い(前者で全体を反転してから後者で $\bm{G}$ だけ戻す),同じ結論が得られる.
12.7.3 ファン・ホーヴ特異点と擬ギャップ
フェルミ面の変形は,状態密度に直接反映される.状態密度の一般公式を確認しておこう.第3章と同じく,スピンの因子2を含めて
$$ \begin{align} D(\varepsilon) &= 2\sum_{\nu}\sum_{\kk}\delta\big(\varepsilon-\varepsilon_\nu(\kk)\big) = \frac{2V}{(2\pi)^3}\sum_\nu\int_{\mathrm{BZ}}\delta\big(\varepsilon-\varepsilon_\nu(\kk)\big)\,\dd^3k \label{eq:12-dos1}\\ &= \frac{2V}{(2\pi)^3}\sum_\nu\oint_{\varepsilon_\nu(\kk)=\varepsilon}\frac{\dd S}{\abs{\nabla_{\kk}\varepsilon_\nu(\kk)}} \label{eq:12-dos2} \end{align} $$である.\eqref{eq:12-dos1} で和を積分に直し(\eqref{eq:12-sum2int}),\eqref{eq:12-dos2} では3次元のデルタ関数の公式
$$ \begin{equation} \int \dd^3k\;\delta\big(\varepsilon-\varepsilon(\kk)\big)\,f(\kk) = \oint_{\varepsilon(\kk)=\varepsilon}\frac{\dd S}{\abs{\nabla_{\kk}\varepsilon}}\,f(\kk) \label{eq:12-deltasurf} \end{equation} $$を使った(等エネルギー面に沿って面積要素 $\dd S$ をとり,面に垂直な方向の積分を $\dd\varepsilon = \abs{\nabla\varepsilon}\,\dd k_\perp$ で置き換えた結果である).
\eqref{eq:12-dos2} から直ちにわかるのは,$\nabla_{\kk}\varepsilon_\nu=0$ となる点(臨界点)で状態密度が特異になることである.これをファン・ホーヴ特異点という.ゾーン境界では \eqref{eq:12-perp4} により勾配の法線成分がゼロになり,さらに面の中心($X$ 点,$L$ 点など)では対称性から接線成分もゼロになる.すなわちゾーン境界の高対称点は必ずファン・ホーヴ特異点である.3次元では $D(\varepsilon)$ 自体は発散せず,$\sqrt{\abs{\varepsilon-\varepsilon_c}}$ 型の折れ曲がり(キンク)として現れる(状態密度の詳しい議論は第13章).
フェルミ準位付近のバンド構造の変化を,状態密度の言葉でまとめよう.ゾーン境界でギャップが開くと,
- 下のバンドの上端(ギャップのすぐ下)で分散が平坦になり,状態がそこへ押し下げられて溜まるので $D(\varepsilon)$ が増大する.
- ギャップに対応するエネルギー帯では,ゾーン境界近傍の $\kk$ に状態がなくなるので $D(\varepsilon)$ が減少する.ただし,ゾーン境界の他の場所(たとえば頂点 $W$)や他のバンドから状態が供給されるため,完全にはゼロにならない.
結果として,状態密度は「ピークのすぐ上にへこみ」という形になる.このへこみを擬ギャップ(pseudogap)と呼ぶ.
12.7.4 ヒューム・ロザリー則
擬ギャップの描像を実際の合金に適用したのがヒューム・ロザリー則である.歴史的には,W. Hume-Rothery が1926年に,$\alpha$ 黄銅(fcc)$\to\beta$ 黄銅(bcc)$\to\gamma$ 黄銅(複雑立方)$\to\varepsilon$ 黄銅(hcp)という相の系列が,合金の組成そのものではなく原子あたりの価電子数 $e/a$ によって整理できることを見出した.H. Jones はこれをブリルアンゾーンの幾何学から説明した.
| 相 | 構造 | 代表組成 | 実測の $e/a$ | ゾーン接触からの $e/a$ | 接触する面 |
|---|---|---|---|---|---|
| $\alpha$ | fcc | Cu(Zn 固溶) | $\lesssim1.38$ | $\sqrt3\pi/4=1.360$ | $\{111\}$($L$ 点) |
| $\beta$ | bcc | CuZn | $3/2=1.50$ | $\sqrt2\pi/3=1.481$ | $\{110\}$($N$ 点) |
| $\gamma$ | 複雑立方(52原子) | Cu$_5$Zn$_8$ | $21/13=1.615$ | $\simeq1.54$ | $\{330\},\{411\}$ |
| $\varepsilon$ | hcp | CuZn$_3$ | $7/4=1.75$ | $\simeq1.69$ | $\{10\bar11\}$ など |
例:$\gamma$ 黄銅の $e/a$ の計算
$\gamma$ 黄銅の慣用胞は一辺 $a_\gamma$ の立方胞に52原子を含む.ブリルアンゾーンで最も重要な面は $\{330\}$ と $\{411\}$ であり,これらは
$$ \begin{equation} \abs{\bm{G}_{(330)}} = \frac{2\pi}{a_\gamma}\sqrt{3^2+3^2+0^2}=\frac{2\pi\sqrt{18}}{a_\gamma}, \qquad \abs{\bm{G}_{(411)}} = \frac{2\pi}{a_\gamma}\sqrt{4^2+1^2+1^2}=\frac{2\pi\sqrt{18}}{a_\gamma} \label{eq:12-gamma1} \end{equation} $$と長さが等しい(これが $\gamma$ 相の特殊性である:$12+24=36$ 枚もの等価な面がほぼ球形のゾーンを作る).したがって $k_F = \frac{1}{2}\abs{\bm{G}}=\frac{\pi\sqrt{18}}{a_\gamma}$ で接触し,
$$ \begin{align} n &= \frac{k_F^3}{3\pi^2} = \frac{1}{3\pi^2}\cdot\frac{\pi^3\cdot18^{3/2}}{a_\gamma^3} = \frac{\pi\times76.37}{3\,a_\gamma^3} = \frac{79.97}{a_\gamma^3}, \label{eq:12-gamma2}\\ \frac{e}{a} &= \frac{n\,a_\gamma^3}{52} = \frac{79.97}{52} = 1.538 . \label{eq:12-gamma3} \end{align} $$実測の $21/13=1.615$ にはやや及ばないが,$\alpha,\beta,\gamma,\varepsilon$ の系列の順序と大まかな値を単純な幾何学だけで説明できていることが重要である.
物理的意味:なぜ $e/a$ が構造を決めるのか,そしてこの説明の限界
機構.フェルミ球がゾーン境界に接すると,境界近傍の状態がギャップの下側に押し下げられる.占有状態のエネルギー総和 $E_{\mathrm{band}}=\int^{\varepsilon_F}\varepsilon D(\varepsilon)\dd\varepsilon$ はその分だけ下がる.逆に $e/a$ がさらに増えてフェルミ準位がギャップの上側に入ると,押し上げられた状態を占有しなければならず損をする.したがってフェルミ準位が擬ギャップに落ちる $e/a$ が,その構造にとって最も有利である.$e/a$ が増えていくと,より大きなゾーン(より遠いブラッグ面)を持つ構造に乗り換えた方が得になる.これが $\alpha\to\beta\to\gamma\to\varepsilon$ の系列である.
仮定.この議論は剛体バンド近似(rigid band approximation)に依拠している.すなわち「合金化しても $D(\varepsilon)$ の形は変わらず,電子数だけが増えて $\varepsilon_F$ が上下する」という仮定である.異種原子の置換による散乱,格子定数の変化,$d$ 電子の寄与などは無視されている.
限界.実際には,(i) Cu の $3d$ バンドがフェルミ準位の $2$–$3$ eV 下にあり,$sp$ 電子と混成して $e/a$ の意味を曖昧にする,(ii) 遷移金属を含む合金では $d$ 電子を何個数えるかで $e/a$ が大きく変わる(Fe, Co, Ni では $e/a=0$ と数える経験則すらある),(iii) $\gamma$ 相の実測値と幾何学的値のずれ,といった問題がある.近年の第一原理計算に基づく研究では,擬ギャップの形成そのものは確認されるものの,その原因はゾーン境界とフェルミ面の単純な接触というよりは,$sp$–$d$ 混成を含むより複雑な機構であることが指摘されている.それでも,「フェルミ準位を状態密度の谷に落とす」という設計原理は,準結晶の安定化(Al–Mn 系などで $\varepsilon_F$ にちょうど擬ギャップが現れる)や,熱電材料の探索指針として今日も生きている.この論理は第13章のフリーデルモデルにおける遷移金属の結晶構造系列の説明とまったく同じ形をしており,$\kk$ 空間の言葉と実空間の言葉が同じ物理を語っていることの好例である.
次節では,本章を通して先送りにしてきた問い——「なぜ実際のポテンシャルはこれほど弱いのか」——に答える.
12.8 直交化平面波(OPW)法とフィリップス・クラインマン法
本章を通じて2つの謎が残っている.第一に,「単純金属のバンドはなぜ空格子近似(自由電子)とほとんど同じなのか」.第二に,「Al の $V_{(200)}$ はなぜ,素朴なイオン模型の見積り $-3.4$ eV や裸の核の $-14.7$ eV ではなく $-0.84$ eV しかないのか」.この節でこの2つに同時に答える.鍵は,価電子の波動関数が芯電子の波動関数と直交しなければならないというパウリ原理の帰結にある.
12.8.1 問題:平面波展開は収束しない
中心方程式 \eqref{eq:12-central} は原理的には正しい方程式だが,これを裸のクーロンポテンシャルに対してそのまま解こうとすると破綻する.理由を定量的に見よう.
原子は芯電子(core, 内殻)と価電子(valence)を持つ.芯軌道 $\phi_c$ と価電子軌道 $\phi_v$ は同じハミルトニアンの固有状態だから互いに直交する:$\braket{\phi_c|\phi_v}=0$.この直交性が価電子の波動関数の形を強く制約する.たとえば Na の $3s$ 価電子は,$1s$ と $2s$ の芯軌道の両方に直交しなければならず,そのために原子核の近くで2回符号を変える(2つの節を持つ).芯軌道の空間的な広がりは $\sim a_0/Z$ 程度なので,この振動は非常に短い長さスケールで起こる.
導出:必要な平面波の数の見積り
ステップ1:必要なカットオフ波数.波動関数が長さスケール $\Delta$ の構造を持つとき,平面波展開でそれを表現するには波長 $\lesssim2\Delta$ の成分,すなわち波数
$$ \begin{equation} G_{\max} \simeq \frac{\pi}{\Delta} \label{eq:12-gmax} \end{equation} $$までを含める必要がある.Al($Z=13$)の $1s$ 軌道の広がりは $\Delta\simeq a_0/Z = 1/13 = 0.077\ a_0$ だから
$$ \begin{equation} G_{\max} \simeq \frac{\pi}{0.077} = 41\ a_0^{-1}, \qquad E_{\mathrm{cut}} = \frac{G_{\max}^2}{2} = 840\ \mathrm{Hartree} \simeq 23\ \mathrm{keV}. \label{eq:12-ecut} \end{equation} $$ステップ2:平面波の個数.半径 $G_{\max}$ の球の中にある逆格子点の数を数える.1個の $\bm{G}$ 点が逆空間で占める体積は $\Omega_{\mathrm{BZ}}=(2\pi)^3/\Omega$(式 \eqref{eq:12-BZvol})だから
$$ \begin{equation} N_{\mathrm{PW}} = \frac{\frac{4\pi}{3}G_{\max}^{3}}{(2\pi)^3/\Omega} = \frac{4\pi\,\Omega\,G_{\max}^3}{3\cdot8\pi^3} = \frac{\Omega\,G_{\max}^{3}}{6\pi^{2}} . \label{eq:12-npw} \end{equation} $$Al の原始胞体積 $\Omega=a^3/4=112.1\ a_0^3$(原子1個)を代入すると
$$ \begin{equation} N_{\mathrm{PW}} = \frac{112.1\times(41)^3}{6\pi^2} = \frac{112.1\times68921}{59.22} \simeq 1.3\times10^{5}\ \text{個/原子}. \label{eq:12-npw2} \end{equation} $$ステップ3:計算量.行列の対角化は行列の次元の3乗に比例する.$\kk$ 点1つあたり $(1.3\times10^5)^3 \simeq 2\times10^{15}$ 回の演算が必要になり,しかもそれを何百個もの $\kk$ 点と何十回もの SCF 反復について繰り返さなければならない.現代の計算機でも実用的でない.
比較.後で見るように,擬ポテンシャルを使えば芯領域の振動を消せる.そのとき必要なのは価電子の空間スケール($\Delta\simeq1\ a_0$)に対応する $E_{\mathrm{cut}}\simeq10$ Hartree(20 Ry),すなわち $G_{\max}=\sqrt{20}=4.47\ a_0^{-1}$ 程度であり
$$ \begin{equation} N_{\mathrm{PW}} = \frac{112.1\times(4.47)^3}{59.22} \simeq 1.7\times10^{2}\ \text{個/原子} \label{eq:12-npw3} \end{equation} $$で済む.基底の数で約 800 倍,対角化のコストで約 $5\times10^8$ 倍の差である.芯領域の振動を消すことは,あれば便利という程度の話ではなく,計算が可能か不可能かを分ける.
12.8.2 直交化平面波(OPW)法
C. Herring は1940年,この問題に対して「基底関数の側にあらかじめ直交性を組み込む」という解決を提案した.芯軌道は原子の問題として先に解けている(結晶中でも芯軌道はほとんど変化しない)と仮定して,平面波から芯成分を引き算しておくのである.
定義:直交化平面波(OPW)
芯軌道 $\{\left|\phi_c\right\rangle\}$($\braket{\phi_c|\phi_{c'}}=\delta_{cc'}$)が既知であるとき,波数 $\kk$ の平面波 $\left|\kk\right\rangle$ に対して
$$ \begin{equation} \left|\chi_{\kk}\right\rangle \equiv \left|\kk\right\rangle - \sum_{c}\left|\phi_c\right\rangle\braket{\phi_c|\kk} \label{eq:12-opw} \end{equation} $$を直交化平面波(orthogonalized plane wave, OPW)という.これはグラム・シュミットの直交化を平面波に対して行ったものにほかならない.
導出:OPW が芯軌道と直交すること
任意の芯軌道 $\left|\phi_{c'}\right\rangle$ との内積をとる:
$$ \begin{align} \braket{\phi_{c'}|\chi_{\kk}} &= \braket{\phi_{c'}|\kk} - \sum_c \braket{\phi_{c'}|\phi_c}\braket{\phi_c|\kk} \label{eq:12-opwo1}\\ &= \braket{\phi_{c'}|\kk} - \sum_c \delta_{c'c}\braket{\phi_c|\kk} \label{eq:12-opwo2}\\ &= \braket{\phi_{c'}|\kk} - \braket{\phi_{c'}|\kk} = 0 . \label{eq:12-opwo3} \end{align} $$\eqref{eq:12-opwo1} は定義 \eqref{eq:12-opw} の代入と内積の線形性,\eqref{eq:12-opwo2} は芯軌道の正規直交性,\eqref{eq:12-opwo3} はクロネッカーデルタによる和の縮約である.したがって OPW を基底に使えば,そこから作られるどんな線形結合も自動的に芯軌道と直交する.$\square$
数学ノート:射影演算子
芯部分空間への射影演算子を
$$ \begin{equation} \hat P \equiv \sum_c \left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right| \label{eq:12-proj} \end{equation} $$で定義すると,OPW は $\left|\chi_{\kk}\right\rangle=(\hat1-\hat P)\left|\kk\right\rangle$ と書ける.$\hat P$ は次の性質を持つ.
- エルミート性:$\hat P^{\dagger}=\sum_c(\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|)^{\dagger}=\sum_c\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|=\hat P$.
- べき等性:$\hat P^2 = \sum_{c,c'}\left|\phi_c\right\rangle\braket{\phi_c|\phi_{c'}}\left\langle\phi_{c'}\right| = \sum_{c,c'}\left|\phi_c\right\rangle\delta_{cc'}\left\langle\phi_{c'}\right| = \sum_c\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|=\hat P$.「2回射影しても1回と同じ」ということである.
- したがって $\hat Q\equiv\hat1-\hat P$ も射影演算子($\hat Q^2=\hat1-2\hat P+\hat P^2=\hat1-\hat P=\hat Q$)であり,芯部分空間の直交補空間への射影を表す.
$\hat P$ は非局所演算子である.実空間表示で書くと $(\hat P f)(\rr)=\int P(\rr,\rr')f(\rr')\dd^3r'$,$P(\rr,\rr')=\sum_c\phi_c(\rr)\phi_c^{*}(\rr')$ となり,点 $\rr$ での値が別の点 $\rr'$ での値に依存する.これは以下で現れる擬ポテンシャルの非局所性の起源である.
12.8.3 フィリップス・クラインマン変換
OPW 法は実用的な工夫だったが,J. C. Phillips と L. Kleinman は1959年,その構造を演算子の言葉で書き直すと「擬ポテンシャル」という概念が自然に現れることを見抜いた.以下,その変換を1行も飛ばさずに追う.
導出:フィリップス・クラインマン方程式
設定.結晶の一体ハミルトニアン $\hat H = -\frac12\nabla^2 + \hat v_{\mathrm{ext}} + \hat v_{\mathrm{H}} + \hat v_{xc}$ の固有状態を,芯状態 $\left|\phi_c\right\rangle$ と価電子状態 $\left|\phi_v\right\rangle$ に分ける:
$$ \begin{equation} \hat H\left|\phi_c\right\rangle=\varepsilon_c\left|\phi_c\right\rangle,\qquad \hat H\left|\phi_v\right\rangle=\varepsilon_v\left|\phi_v\right\rangle,\qquad \braket{\phi_c|\phi_v}=0,\quad \varepsilon_c < \varepsilon_v . \label{eq:12-pk0} \end{equation} $$ステップ1:擬波動関数の定義.真の価電子状態に,芯状態の任意の線形結合を足したものを
$$ \begin{equation} \left|\tilde\phi\right\rangle \equiv \left|\phi_v\right\rangle + \sum_c a_c\left|\phi_c\right\rangle \label{eq:12-pk1} \end{equation} $$と定義し,これを擬波動関数と呼ぶ.$a_c$ はいまのところ任意の複素数である.芯状態を足しても価電子の「外側」の姿は変わらない(芯軌道は核の近くにしか振幅を持たないから).狙いは,$a_c$ をうまく選んで芯領域の振動を打ち消し,$\left|\tilde\phi\right\rangle$ を滑らかにすることである.
ステップ2:係数 $a_c$ の意味.\eqref{eq:12-pk1} の両辺に $\left\langle\phi_{c'}\right|$ を掛けると,$\braket{\phi_{c'}|\phi_v}=0$ と $\braket{\phi_{c'}|\phi_c}=\delta_{c'c}$ より
$$ \begin{equation} \braket{\phi_{c'}|\tilde\phi} = 0 + \sum_c a_c\delta_{c'c} = a_{c'} . \label{eq:12-pk2} \end{equation} $$すなわち $a_c=\braket{\phi_c|\tilde\phi}$ である.これを \eqref{eq:12-pk1} に代入して真の波動関数について解くと
$$ \begin{equation} \left|\phi_v\right\rangle = \left|\tilde\phi\right\rangle - \sum_c \left|\phi_c\right\rangle\braket{\phi_c|\tilde\phi} = \left(\hat1-\hat P\right)\left|\tilde\phi\right\rangle \label{eq:12-pk3} \end{equation} $$となる.真の価電子波動関数は,擬波動関数から芯成分を射影で取り除いたものである.\eqref{eq:12-opw} と見比べれば,これは OPW の構造そのものである.
ステップ3:シュレーディンガー方程式への代入.\eqref{eq:12-pk1} を $\hat H\left|\phi_v\right\rangle=\varepsilon_v\left|\phi_v\right\rangle$ に代入する.左辺は
$$ \begin{align} \hat H\left|\phi_v\right\rangle &= \hat H\left(\left|\tilde\phi\right\rangle-\sum_c a_c\left|\phi_c\right\rangle\right) \label{eq:12-pk4}\\ &= \hat H\left|\tilde\phi\right\rangle - \sum_c a_c\,\hat H\left|\phi_c\right\rangle \label{eq:12-pk5}\\ &= \hat H\left|\tilde\phi\right\rangle - \sum_c a_c\,\varepsilon_c\left|\phi_c\right\rangle . \label{eq:12-pk6} \end{align} $$\eqref{eq:12-pk5} は $\hat H$ の線形性,\eqref{eq:12-pk6} は芯状態が固有状態であること(\eqref{eq:12-pk0})を使った.右辺は
$$ \begin{equation} \varepsilon_v\left|\phi_v\right\rangle = \varepsilon_v\left|\tilde\phi\right\rangle - \sum_c a_c\,\varepsilon_v\left|\phi_c\right\rangle . \label{eq:12-pk7} \end{equation} $$ステップ4:整理.\eqref{eq:12-pk6} $=$ \eqref{eq:12-pk7} とおいて,芯状態の項をすべて左辺に集めると
$$ \begin{align} \hat H\left|\tilde\phi\right\rangle - \sum_c a_c\varepsilon_c\left|\phi_c\right\rangle &= \varepsilon_v\left|\tilde\phi\right\rangle - \sum_c a_c\varepsilon_v\left|\phi_c\right\rangle \label{eq:12-pk8}\\ \hat H\left|\tilde\phi\right\rangle + \sum_c a_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\left|\phi_c\right\rangle &= \varepsilon_v\left|\tilde\phi\right\rangle . \label{eq:12-pk9} \end{align} $$\eqref{eq:12-pk9} では,右辺の $-\sum_c a_c\varepsilon_v\left|\phi_c\right\rangle$ を左辺に移項して $+\sum_c a_c\varepsilon_v\left|\phi_c\right\rangle$ とし,もとの $-\sum_c a_c\varepsilon_c\left|\phi_c\right\rangle$ と合わせた.
ステップ5:$a_c$ を消去する.\eqref{eq:12-pk2} の $a_c=\braket{\phi_c|\tilde\phi}$ を代入すると
$$ \begin{equation} \hat H\left|\tilde\phi\right\rangle + \sum_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\left|\phi_c\right\rangle\braket{\phi_c|\tilde\phi} = \varepsilon_v\left|\tilde\phi\right\rangle \label{eq:12-pk10} \end{equation} $$となる.そこで
$$ \begin{equation} \hat V_R \equiv \sum_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right| \label{eq:12-VR} \end{equation} $$と定義すれば,\eqref{eq:12-pk10} は
$$ \begin{equation} \left(\hat H + \hat V_R\right)\left|\tilde\phi\right\rangle = \varepsilon_v\left|\tilde\phi\right\rangle \label{eq:12-pkeq} \end{equation} $$と書ける.これがフィリップス・クラインマン方程式である.$\square$
この結果の含意を一つずつ確認しよう.
(1) 固有値は変わらない.\eqref{eq:12-pkeq} の固有値は,真の価電子固有値 $\varepsilon_v$ そのものである.近似は一切していない.滑らかな関数 $\left|\tilde\phi\right\rangle$ を解けば,正しいバンドエネルギーが得られる.
(2) $\hat V_R$ は反発的である.期待値を計算すると
$$ \begin{equation} \braket{\tilde\phi|\hat V_R|\tilde\phi} = \sum_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\braket{\tilde\phi|\phi_c}\braket{\phi_c|\tilde\phi} = \sum_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\abs{\braket{\phi_c|\tilde\phi}}^{2} \;>\; 0 \label{eq:12-VRpos} \end{equation} $$である.芯準位は価電子準位より必ず低い($\varepsilon_c<\varepsilon_v$)ので,各項の係数 $\varepsilon_v-\varepsilon_c$ は正であり,$\abs{\braket{\phi_c|\tilde\phi}}^2\ge0$ だから全体が正になる.しかも $\left|\phi_c\right\rangle$ は核の近くにしか振幅を持たないので,この反発は核の近傍にだけ働く.
定理:キャンセレーション定理
価電子が実効的に感じるポテンシャルは
$$ \begin{equation} \hat v_{\mathrm{PS}} = \hat v_{\mathrm{ext}} + \hat v_{\mathrm{H}} + \hat v_{xc} + \hat V_R \label{eq:12-vps} \end{equation} $$であり,核の近くで深い引力 $-Z/r$ と,芯直交性が生む強い反発 $\hat V_R$ が大きく打ち消し合う.その結果,残るのは浅く滑らかな正味のポテンシャルだけである.
物理的意味:反発の起源はパウリ原理である
$\hat V_R$ は静電的な反発ではない.その起源はパウリの排他律である.価電子は芯電子が占めている状態に入ることを禁じられており,芯軌道と直交しなければならない.その結果,価電子は芯領域から実効的に「押し出される」.この排除を1体ポテンシャルの言葉に翻訳したものが $\hat V_R$ である.第5章で交換相互作用が「同じスピンの電子どうしが避け合う」効果として現れたのと同じ論理の,別の現れ方である.
この描像は,いくつかの古い謎をまとめて解く.
- なぜ Na の $3s$ 電子はほとんど自由電子のように振る舞うのか.核の裸の電荷 $+11$ は,10個の芯電子による静電遮蔽と,直交性反発による相殺の両方でほぼ完全に打ち消される.$3s$ 電子が見るのは弱い残差ポテンシャルだけである.
- なぜ空格子近似(12.5節)が単純金属で通用するのか.残差ポテンシャルのフーリエ成分 $V_{\bm{G}}$ が小さいから,バンドは自由電子からわずかにしかずれない.
- なぜ Al の $V_{(200)}$ が $-3.4$ eV でなく $-0.84$ eV なのか.次の例で定量的に見る.
例:Al の $X$ 点ギャップにおける相殺
二波近似のギャップ公式 \eqref{eq:12-gap} を,$\hat H$ の代わりに $\hat H+\hat V_R$ を使って書き直そう.非対角要素は
$$ \begin{equation} \left\langle\kk\right|\left(\hat v_{\mathrm{ext}}+\hat V_R\right)\left|\kk-\bm{G}\right\rangle = V_{\bm{G}} + \sum_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\braket{\kk|\phi_c}\braket{\phi_c|\kk-\bm{G}} \equiv V^{\mathrm{PS}}_{\bm{G}} \label{eq:12-vpsG} \end{equation} $$となる.第1項は負($V_{\bm{G}}=-4\pi Z_{\mathrm{ion}}/(\Omega G^2)$,式 \eqref{eq:12-ionVG}),第2項は正である(積の各因子について $\braket{\kk|\phi_c}\braket{\phi_c|\kk-\bm{G}}$ の符号は個々には保証されないが,和としては反発項の寄与が支配的になる).$X$ 点のギャップは
$$ \begin{equation} E_{\mathrm{gap}} = 2\abs{V^{\mathrm{PS}}_{(200)}} = 2\left|\,V_{(200)} + \sum_c\left(\varepsilon_v-\varepsilon_c\right)\braket{\kk|\phi_c}\braket{\phi_c|\kk-\bm{G}}\right| \label{eq:12-algapPS} \end{equation} $$である.数値で追うと
- 裸の核($Z=13$)だけを考えた場合:$V_{(200)}=-14.7$ eV.
- 芯電子による静電遮蔽を入れて価数 $Z_{\mathrm{ion}}=3$ とした場合:$V_{(200)}=-3.40$ eV.
- さらに直交性反発 $\hat V_R$ を入れた場合(および価電子自身による遮蔽,第8章):$V^{\mathrm{PS}}_{(200)}=-0.84$ eV.
すなわち,裸の核から数えて17倍以上の相殺が起きている.実験値 $E_{\mathrm{gap}}\simeq1.7$ eV は,この激しい相殺の後に残ったわずかな量なのである.
12.8.4 PK 形式の3つの弱点と第15章への橋渡し
フィリップス・クラインマン方程式 \eqref{eq:12-pkeq} は擬ポテンシャルの原型であるが,そのままでは実用にならない.3つの問題がある.
(1) エネルギー依存性.$\hat V_R$ の定義 \eqref{eq:12-VR} には,求めようとしている固有値 $\varepsilon_v$ 自身が含まれている.したがって \eqref{eq:12-pkeq} は通常の線形固有値問題ではなく,$\varepsilon_v$ について自己無撞着に解かねばならない非線形問題である.実務的には $\varepsilon_v$ を「注目するエネルギー領域の代表値」(たとえばギャップの中心)に固定してしまう処方がとられるが,これは近似である.
(2) 非局所性.$\hat V_R$ は射影演算子の和であり,実空間で $V_R(\rr)\delta(\rr-\rr')$ の形には書けない.第15章で見るように,非局所性そのものは避けがたく,むしろ角運動量チャネルごとに異なるポテンシャルを与えるという形で本質的な役割を果たす.
(3) 擬波動関数の非一意性とノルムの不保存.これは最も重要な点である.実は \eqref{eq:12-pkeq} は,芯状態すべてを固有値 $\varepsilon_v$ の固有状態として持つ.実際,任意の芯状態 $\left|\phi_{c'}\right\rangle$ について
$$ \begin{align} \left(\hat H+\hat V_R\right)\left|\phi_{c'}\right\rangle &= \varepsilon_{c'}\left|\phi_{c'}\right\rangle + \sum_c(\varepsilon_v-\varepsilon_c)\left|\phi_c\right\rangle\braket{\phi_c|\phi_{c'}} \label{eq:12-deg1}\\ &= \varepsilon_{c'}\left|\phi_{c'}\right\rangle + (\varepsilon_v-\varepsilon_{c'})\left|\phi_{c'}\right\rangle \label{eq:12-deg2}\\ &= \varepsilon_v\left|\phi_{c'}\right\rangle \label{eq:12-deg3} \end{align} $$となる(\eqref{eq:12-deg2} で $\braket{\phi_c|\phi_{c'}}=\delta_{cc'}$ により和を潰した).したがって $\varepsilon_v$ は $(N_c+1)$ 重に縮退した固有値であり,$\left|\phi_v\right\rangle+\sum_c a_c\left|\phi_c\right\rangle$ という形の関数はすべて解である.擬波動関数は一意に決まらない.
これは一見欠点だが,実は自由度である.この自由度を使って「最も滑らかな」擬波動関数を選べばよい.しかし同時に深刻な問題も生む:芯領域で $\left|\tilde\phi\right\rangle$ の振幅は真の $\left|\phi_v\right\rangle$ と一致しないので,
$$ \begin{equation} \int_{r<r_c}\abs{\tilde\phi(\rr)}^2\dd^3r \ne \int_{r<r_c}\abs{\phi_v(\rr)}^2\dd^3r \label{eq:12-normviol} \end{equation} $$となる.すなわちノルムが保存されない.電荷密度が正しく再現されないので,自己無撞着計算(ハートリー項・交換相関項)に使えず,また異なる化学環境への移植性(transferability)も保証されない.
この最後の問題を解決したのが,1979年の Hamann–Schlüter–Chiang によるノルム保存条件の提案であり,そこから現代的な擬ポテンシャル法(Troullier–Martins 構成,Kleinman–Bylander 分離形,ウルトラソフト擬ポテンシャル,PAW法)が発展した.それが第15章の主題である.本章で確立したのは,その出発点となる論理——芯直交性が反発ポテンシャルを生み,それが核の引力を相殺して,価電子には弱く滑らかな有効ポテンシャルだけが残る——である.
12.9 まとめと展望
本章では,結晶の周期性という一つの対称性から出発して,固体の電子状態を記述する言語をひととおり構築した.要点をまとめる.
- 逆格子.$e^{i\bm{G}\cdot\bm{R}}=1$ という条件だけから逆格子が一意に定まり,その基本ベクトルは $\bm{b}_i=\frac{2\pi}{\Omega}\bm{a}_j\times\bm{a}_k$(式 \eqref{eq:12-bdef})で構成できる.双対関係 $\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j=2\pi\delta_{ij}$ が以降のすべての計算の道具になる.周期ポテンシャルは逆格子ベクトルだけを波数に持つフーリエ級数 \eqref{eq:12-vfourier} に展開でき,係数は \eqref{eq:12-vcoef} で与えられる.逆格子単位胞の体積は $(2\pi)^3/\Omega$ である.
- ボルン・フォン・カルマン境界条件.$N=N_1N_2N_3$ 個のセルからなる有限結晶に周期境界条件を課すと,波数は $\kk=\sum_i(n_i/N_i)\bm{b}_i$ に離散化され(式 \eqref{eq:12-kdiscrete}),独立な $\kk$ 点の数はちょうどセル数 $N$ に等しい.1つの $\kk$ 点が占める逆空間体積は $(2\pi)^3/V$ で,第3章の自由電子ガスの結果と同一である.したがって1本のバンドはスピン込みで単位胞あたり2電子を収容する.
- ブロッホの定理.並進演算子 $\hat T_{\bm{R}}$ は互いに可換でユニタリであり,周期ポテンシャルのおかげで $\hat H$ とも交換する.同時固有状態をとると,群の乗法性 $c(\bm{R})c(\bm{R}')=c(\bm{R}+\bm{R}')$ と $\abs{c}=1$ から固有値は $e^{i\kk\cdot\bm{R}}$ の形に限られ,$\psi_{\kk}=e^{i\kk\cdot\rr}u_{\kk}$($u_{\kk}$ は格子周期関数)が従う.もう一つの証明はフーリエ空間で行うもので,周期ポテンシャルが平面波の運動量を逆格子ベクトルだけしか変えないこと(式 \eqref{eq:12-vpsi2})から,$\{\kk+\bm{G}\}$ が閉じた組をなし,中心方程式 \eqref{eq:12-central} が得られる.無限系の問題が $\kk$ ごとの有限行列の固有値問題 \eqref{eq:12-hmatrix} になる.
- ブリルアンゾーン.$H(\kk+\bm{G}_0)$ は $H(\kk)$ とラベルの付け替えで移り合うので $\varepsilon_\nu(\kk+\bm{G})=\varepsilon_\nu(\kk)$.したがって $\kk$ は逆格子の単位胞1個分だけ動かせば十分であり,対称性を反映した取り方が第一ブリルアンゾーン(逆格子のウィグナー・ザイツ胞)である.その境界はブラッグ面 $2\kk\cdot\bm{G}=G^2$ であり,これは X線回折のラウエ条件と同一である.fcc の第一BZは切頂八面体,bcc は菱形十二面体である.
- 空格子近似.$V_{\bm{G}}=0$ とすると $\varepsilon=\frac12\abs{\kk+\bm{G}}^2$ を第一BZに折り畳んだものになる.fcc の $\Gamma\to X$ 線では $\bm{G}=(000)$ と $(\bar200)$ が $X$ 点で2重縮退し,$(\bar1,\pm1,\pm1)$ が4重,というように縮退度まで数え上げられる.単純金属(Na,Al)の実際のバンドはこの骨格とほとんど区別がつかない.
- 二波近似.ゾーン境界近傍では2つの平面波だけを残した $2\times2$ 永年方程式で十分であり,$\varepsilon_\pm=\frac{\varepsilon^0_{\kk}+\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}{2}\pm\sqrt{(\frac{\varepsilon^0_{\kk}-\varepsilon^0_{\kk-\bm{G}}}{2})^2+\abs{V_{\bm{G}}}^2}$(式 \eqref{eq:12-2wave}).境界上でギャップは $2\abs{V_{\bm{G}}}$,バンドは必ず平坦になる.固有状態は定在波 $\cos(Gx/2)$ と $\sin(Gx/2)$ であり,前者はイオン上に電荷を集めてエネルギーが下がる.バンド端の有効質量は $1/m^{*}_{\pm}=1\pm G^2/(4\abs{V_{\bm{G}}})$ で,上のバンドは軽く,下のバンドの頂上は負の質量を持つ.
- フェルミ面と擬ギャップ.フェルミ面は必ずブラッグ面と直交する(境界近傍で $\varepsilon_\pm$ が $q$ の偶関数だから).ゾーン境界に接するとファン・ホーヴ特異点と擬ギャップが現れ,フェルミ準位が擬ギャップに落ちる組成・構造が安定化する.fcc は $e/a=\sqrt3\pi/4=1.360$,bcc は $\sqrt2\pi/3=1.481$ で臨界濃度に達し,ヒューム・ロザリー則の系列 $\alpha\to\beta\to\gamma\to\varepsilon$ を説明する.ただし剛体バンド近似という強い仮定に依拠していることは意識しておく必要がある.
- OPW と PK 変換.価電子は芯軌道と直交しなければならず,そのため核近傍で激しく振動する.素朴な平面波展開には原子あたり $10^5$ 個の基底が必要で実用にならない.OPW 基底 $\left|\chi_{\kk}\right\rangle=\left|\kk\right\rangle-\sum_c\left|\phi_c\right\rangle\braket{\phi_c|\kk}$ は直交性を基底に組み込む.これを演算子の言葉に翻訳すると,擬波動関数 $\left|\tilde\phi\right\rangle=\left|\phi_v\right\rangle+\sum_c a_c\left|\phi_c\right\rangle$ が $(\hat H+\hat V_R)\left|\tilde\phi\right\rangle=\varepsilon_v\left|\tilde\phi\right\rangle$,$\hat V_R=\sum_c(\varepsilon_v-\varepsilon_c)\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|$ を満たす.$\varepsilon_v>\varepsilon_c$ ゆえ $\hat V_R$ は反発的であり,核の深い引力を大きく相殺する(キャンセレーション定理).これが「単純金属で自由電子模型がなぜ働くのか」「Al の $V_{(200)}$ がなぜ $-0.84$ eV しかないのか」への答えである.
次章への橋渡し.本章で構築したのは $\kk$ 空間の言語である.バンド構造 $\varepsilon_\nu(\kk)$ は,どの波数の状態がどのエネルギーを持つかを完全に教えてくれる.しかし,凝集エネルギーや結晶構造の安定性,磁性といった物性を議論するとき,必要な情報はもっと粗いことが多い:「エネルギー $\varepsilon$ の付近に状態が何個あるか」,すなわち状態密度である.第13章では,この状態密度を主役に据え,グリーン関数とリカージョン法,モーメント定理,そしてフリーデルモデルという実空間・局所軌道の言語を構築する.本章の $\kk$ 空間の言語と第13章の実空間の言語は,同じ電子状態を異なる角度から見た相補的な記述であり,実際 12.7 節の擬ギャップの議論と第13章の構造安定性の議論は,まったく同じ論理構造を持っている.さらに,本章の最後に触れたキャンセレーション定理は第15章の擬ポテンシャル理論の出発点であり,中心方程式 \eqref{eq:12-central} は第14章の平面波基底による数値実装そのものである.
12.9.1 演習問題
演習12.1 2次元三角格子の逆格子とブリルアンゾーン
2次元の三角格子 $\bm{a}_1=a(1,0)$,$\bm{a}_2=a\left(\tfrac12,\tfrac{\sqrt3}{2}\right)$ を考える.
- 3次元の公式 \eqref{eq:12-bdef} を使えるように $\bm{a}_3=c\hat{\bm{z}}$ を補い,$\bm{b}_1,\bm{b}_2$ を計算せよ.最後に $c$ が消えることを確かめ,$\bm{b}_1=\frac{2\pi}{a}\left(1,-\tfrac{1}{\sqrt3}\right)$,$\bm{b}_2=\frac{2\pi}{a}\left(0,\tfrac{2}{\sqrt3}\right)$ を示せ.また双対関係 $\bm{b}_i\cdot\bm{a}_j=2\pi\delta_{ij}$ を直接検算せよ.
- $\abs{\bm{b}_1}=\abs{\bm{b}_2}=\frac{4\pi}{\sqrt3\,a}$ であり,逆格子もまた三角格子であることを示せ.第一BZが正六角形になることを示し,$\Gamma$ から辺までの距離($M$ 点)と頂点までの距離($K$ 点)を求めよ.
- 2次元自由電子ガスの電子密度(単位面積あたり)は $n=k_F^2/(2\pi)$(スピン2重縮退込み)である.フェルミ円が第一BZ の辺にちょうど接するときの原子あたり価電子数 $e/a$ を求めよ.
ヒント:(1) $\bm{a}_2\times\bm{a}_3$ と $\bm{a}_3\times\bm{a}_1$ を成分で計算し,$\Omega=\frac{\sqrt3}{2}a^2c$ で割る.(2) $M$ 点は $\abs{\bm{b}}/2$,$K$ 点はその $1/\cos30^\circ$ 倍.(3) 単位面積あたりの原子数は $2/(\sqrt3a^2)$.答えは $e/a=\pi/\sqrt3\simeq1.81$.
演習12.2 1次元の二波近似と第2ゾーン境界のギャップ
1次元結晶(格子定数 $a$)のポテンシャルを
$$ V(x) = 2V_1\cos\!\left(\frac{2\pi x}{a}\right) $$とする($V_1$ は実数,$V_1<0$).
- フーリエ成分 $V_G$ を求めよ.$G=\pm2\pi/a$ 以外はすべてゼロであることを確かめよ.
- 第1ゾーン境界 $k=\pi/a$ でのギャップが $2\abs{V_1}$ であることを,二波近似から示せ.
- 第2ゾーン境界 $k=2\pi/a$ では,$k$ と $k-4\pi/a=-2\pi/a$ が縮退するが,$V_{4\pi/a}=0$ なので直接の結合はない.しかし中間状態 $k-2\pi/a=0$ を経由した2次の過程で有効的な結合が生じる.3状態 $\{2\pi/a,\;0,\;-2\pi/a\}$ を残した $3\times3$ 永年方程式を書き下し,中間状態を2次摂動で消去して有効結合 $V_{\mathrm{eff}}=\dfrac{V_1^2}{\varepsilon^0(2\pi/a)-\varepsilon^0(0)}$ を導け.これより第2ゾーン境界のギャップが $\dfrac{V_1^2a^2}{\pi^2}$ であることを示せ.
- $\abs{V_1}=1$ eV,$a=4$ Å として,第1・第2ゾーン境界のギャップを数値で比べよ.
ヒント:(1) $\cos\theta=\frac{e^{i\theta}+e^{-i\theta}}{2}$ を使えば展開は1行で終わる.(3) 3状態の基底で $\left\langle\pm2\pi/a\right|\hat V\left|0\right\rangle=V_1$,$\left\langle2\pi/a\right|\hat V\left|-2\pi/a\right\rangle=0$ である.中間状態の係数 $c_0$ を残り2つで表して代入する(第2章・第5章で使ったのと同じ「消去による有効ハミルトニアン」の技法).$\varepsilon^0(2\pi/a)=\frac12(2\pi/a)^2=2\pi^2/a^2$.(4) 原子単位に直してから eV に戻すこと.第2ゾーンのギャップは第1ゾーンよりずっと小さくなる.
演習12.3 fcc の $\Gamma\to L$ 線に沿った空格子バンド
12.5 節では $\Gamma\to X$ 線を扱った.同じことを $\Gamma\to L$ 線について行う.$\kk=\frac{2\pi}{a}\cdot\frac{\xi}{2}(1,1,1)$($0\le\xi\le1$,$\xi=1$ が $L$ 点)とおく.
- $L$ 点($\xi=1$)において,条件 \eqref{eq:12-fccG} を満たす $\bm{G}$ のうち $\varepsilon/E_0=\frac12\abs{\kk+\bm{G}}^2/E_0$ が最小になるものをすべて挙げ,その値と縮退度を求めよ.$\varepsilon/E_0=3/4$ が2重縮退であることを示せ.
- 次のエネルギー準位が $\varepsilon/E_0=11/4$ であり,6重に縮退することを示せ.
- (1) の2重縮退を解くのはどのフーリエ成分 $V_{\bm{G}}$ か.$L$ 点のギャップを $V_{\bm{G}}$ で表せ.Al の場合,この値は $X$ 点のギャップより大きいか小さいか,\eqref{eq:12-ionVG} の $G$ 依存性から予想せよ.
- $\Gamma$ 点での準位($\varepsilon/E_0=0,3,4$)の縮退度が $1,8,6$ であることを確かめ,$\Gamma\to L$ 線に沿ってこれらの枝がどのように分岐するかを図示せよ.
ヒント:(1) $\kk=\frac{2\pi}{a}(\tfrac12,\tfrac12,\tfrac12)$ なので,$\bm{G}=\frac{2\pi}{a}(n_1,n_2,n_3)$ に対して $\varepsilon/E_0=\sum_i(\tfrac12+n_i)^2$ である.全奇の組と全偶の組を別々に数え上げるとよい.$3/4=\tfrac14\times3$ を与えるのは $(0,0,0)$ と $(-1,-1,-1)$.(2) $\tfrac{11}{4}=\tfrac94+\tfrac14+\tfrac14$ の分解を考える.(3) 2つの平面波の差は $\bm{G}=\frac{2\pi}{a}(1,1,1)$ なので $V_{(111)}$ である.$\abs{\bm{G}_{(111)}}^2=3(2\pi/a)^2$ に対し $\abs{\bm{G}_{(200)}}^2=4(2\pi/a)^2$ だから,\eqref{eq:12-ionVG} の $1/G^2$ 依存性より….
演習12.4 フィリップス・クラインマン方程式の性質
芯状態が1つだけ($\left|\phi_c\right\rangle$,固有値 $\varepsilon_c$)のモデルを考える.価電子状態を $\left|\phi_v\right\rangle$(固有値 $\varepsilon_v>\varepsilon_c$)とし,$\hat V_R=(\varepsilon_v-\varepsilon_c)\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|$ とする.
- $\hat V_R$ がエルミートであることを示せ.また $\hat V_R$ の固有値と固有状態をすべて求めよ.
- $\hat H+\hat V_R$ の固有値スペクトルを求め,$\varepsilon_v$ が2重縮退することを示せ(本文の \eqref{eq:12-deg3} の具体例).この縮退が,擬波動関数の選び方の自由度に対応することを説明せよ.
- 擬波動関数 $\left|\tilde\phi\right\rangle=\left|\phi_v\right\rangle+a\left|\phi_c\right\rangle$ について $\braket{\tilde\phi|\tilde\phi}=1+\abs{a}^2$ を示せ.規格化された擬波動関数 $\left|\tilde\phi\right\rangle/\sqrt{1+\abs{a}^2}$ が芯領域 $r<r_c$ に持つ電荷は,真の $\left|\phi_v\right\rangle$ が持つ電荷と一般には一致しないことを論じよ.$r>r_c$ では $\phi_c\simeq0$ なので,そこでの振幅も $1/\sqrt{1+\abs{a}^2}$ 倍に縮んでしまうことに注意せよ.
- (3) の結論は,擬ポテンシャルを自己無撞着計算に使うときに何が問題になるかを示している.第15章のノルム保存条件 $\int_0^{r_c}\abs{\tilde\phi}^2r^2\dd r=\int_0^{r_c}\abs{\phi_v}^2r^2\dd r$ がこの問題をどう解決するか,予想を述べよ.
ヒント:(1) $(\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|)^{\dagger}=\left|\phi_c\right\rangle\left\langle\phi_c\right|$.$\hat V_R$ は $\left|\phi_c\right\rangle$ に固有値 $\varepsilon_v-\varepsilon_c$,$\left|\phi_c\right\rangle$ に直交するすべての状態に固有値 $0$ を与える.(2) $\left|\phi_c\right\rangle$ と $\left|\phi_v\right\rangle$ の両方が固有値 $\varepsilon_v$ を与えることを直接計算せよ.(3) $\braket{\phi_c|\phi_v}=0$ を使って展開する.(4) ノルムを合わせれば,外側の振幅も正しくなり(対数微分の一致),電荷密度も正しく再現される.
参考文献
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