― 講義ノート「Taylor's theorem(テイラーの定理)」の導出をたどる(学部 1・2 年生向け)
物理の式のほとんどは,どこかで Taylor 展開を切ったものです. sin θ ≒ θ も,E ≒ mc² + ½mv² も, 「ポテンシャルの底はばねになる」も,全部これです. では Taylor 展開の式そのものは,どこから来たのか. 講義ノートの流れに沿って,1 行ずつ組み立てます.
講義ノートの Definition を,端点 a での微分係数まで保証する形に補うと次のようになります. 関数 f(x) とその導関数 f′, …, f(n) が 閉区間 [a, X] で連続で,開区間 (a, X) で f(n+1) が存在するとき, ある c(a < c < X)が存在して
以下では,講義ノートの Explanation にならって と書き直して進めます.h が「中心からどれだけ離れたか」です.
使う道具はこれ 1 つだけです.f′ を a から a+h まで積分すれば, f の増分がそのまま出てきます.
移項すると,
いちばん粗い置き換えから始めます.h が小さければ, f は a での接線とほとんど区別がつきません.
ここで と置き直すと, h を消して x の式にできます.
図 1.講義ノートの「Imagine!!」の図. 接線で近似したときの誤差 R が,h を半分にすると4 分の 1になる様子. R ∝ h² であることが,右下の R/h² がほぼ一定になることから読み取れます.
ここが講義ノートの急所です.式 (5) は「f という特定の関数についての式」ではありません. 1 回微分できる関数なら何にでも使える式です.だから f の代わりに f′ を入れてよい.
これを (3) の波括弧の中へ入れて,素直に積分します.
積分の中で と はただの定数です (a での値なので,x には依りません).積分するのは 1 と (x−a) だけ:
したがって
ふたたび と置くと,
いま手に入れた 2 次近似 (8) も,やはりどんな関数にも使える式です. だからもう一度 f′ に適用します.
これを (3) に代入して積分します.今度は が加わって,
もう仕組みが見えました.「n−1 次まで正しい」と仮定して,それを f′ に使うと
これを (3) に入れ, を使うと,
なので, と番号を付け替えるだけで 分母がきれいに にそろいます.これが n 次の式で, 帰納法が 1 段回りました. と戻せば
出来上がった (11) を x = a で微分してみると,面白いことが分かります. , ,…と, N 階微分まですべて f と一致します ( を n 回微分すると n! になり,分母の n! とちょうど打ち消し合うからです). 逆に「N 階微分まで一致する N 次多項式」は 1 つしかないので, Taylor 多項式は,その条件だけで一意に決まってしまうのです.
ここまで全部 ≒ で書いてきました.捨ててきた分をきちんと 1 個にまとめると, 講義ノートの「おまけ話」―― Taylor の定理は平均値の定理の拡張である ―― が見えます.
誤差を と置きます.x を固定して,中心の側を動かす関数
を考えると,, です. これを t で微分すると,和のほとんどが望遠鏡のように打ち消し合って,
1 項だけが生き残ります.ここで を相棒にして Cauchy の平均値の定理を使えば,a と x の間のある c で
( が上下で約分されるのが気持ちのよいところです.)整理すると,講義ノートの Check! そのものです.
図 2.誤差 R は hN+1 で落ちる. 横軸・縦軸とも対数です.直線の傾きがそのまま N+1 になります ―― N 次で打ち切ったとき,誤差が h の何乗で消えるかが目で読めます.
と置いたものを Maclaurin 展開といいます. あとは を並べるだけです.
| f | f′ | f″ | f‴ | f(4) | 0 での値の並び | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| sin x | sin | cos | −sin | −cos | sin | 0, 1, 0, −1, 0, 1, … |
| cos x | cos | −sin | −cos | sin | cos | 1, 0, −1, 0, 1, 0, … |
| ex | ex | ex | ex | ex | ex | 1, 1, 1, 1, 1, 1, … |
これを (11) に入れるだけで,有名な 3 本が出ます.
(15) の ex に,思い切って を入れてみます. なので と 4 つ周期で回ります.実部だけ集めると (15) の cos,虚部だけ集めると (14) の sin ―― つまり
指数関数と三角関数という,見かけ上まるで関係のない 2 つが繋がりました. 「同じ級数を,偶数次と奇数次に分けただけ」です. 波動関数・交流回路・フーリエ変換 ―― 物理で eiθ を平気で使えるのは,この 1 行のおかげです.
にすれば必ず f に戻る,とは限りません. 戻るための条件は,(13) の剰余が 0 に落ちること ―― ただそれだけです.
| 関数 | 剰余の中身 | 結果 |
|---|---|---|
| sin x, cos x | なので | どんな x でも 0 へ(階乗が指数に勝つ) |
| ex | 区間の端の値で押さえられる | 同じく,どこまでも収束 |
| 1/(1−x) | 剰余がちょうど | |x| < 1 だけ.外では発散 |
1/(1−x) が x = 1 で止まるのは納得できます.関数そのものがそこで発散するからです. ところが,まったく同じことが 1/(1+x²) でも起きます ―― この関数は実軸のどこでも滑らかで,有界で,壊れる場所が 1 つも無いのに,です.
図 3.収束半径を複素平面で見る. × が特異点,青い円が収束円 |z − a| = R. 下の帯が実軸で,円が実軸を切り取る区間だけが「級数が使える x の範囲」です. a を動かすと,円が特異点に触れないぎりぎりまで膨らむのが見えます.
もうひとつ,剰余項を無視できない理由があります.
この関数は何回でも微分できます.ところが x = 0 では, すべての階の微分係数が厳密に 0 になります ( が, のどんな冪よりも速く 0 へ潰れるからです). すると Maclaurin 展開は
| 場面 | 使う展開 | そこから出るもの |
|---|---|---|
| 単振り子 | sin θ ≒ θ | 単振動の式,T = 2π√(L/g) |
| 安定なつり合いの近く | V(x) ≒ V(x0) + ½V″(x0)(x−x0)² | すべてが調和振動子になる.フォノン,分子振動 |
| 小さい補正のついた量 | (1+x)α ≒ 1 + αx(二項近似) | α = ½ で √(1+x),α = −1 で 1/(1+x),α = −½ で次の行の γ |
| 相対論 → Newton 力学 | γ = 1 + ½β² + ⅜β⁴ + … | E = mc² + ½mv² + … |
| Planck → 古典 | x/(ex−1) = 1 − x/2 + x²/12 − … | ⟨E⟩ = kBT(等分配則,Rayleigh–Jeans) |
| 摂動論 | H = H0 + λV を λ で展開 | 1 次摂動,2 次摂動のエネルギー |
| 数値計算 | 差分・Runge–Kutta・Simpson 則 | 誤差が hN+1 で落ちること自体が (13) |
「安定なつり合いの近く」の具体例が,シミュレーターのタブ③の Lennard-Jones ポテンシャル V(r) = 4ε[(σ/r)12 − (σ/r)6] です. 底 r0 = 21/6σ のまわりで展開すると V′(r0) = 0 なので 2 次から始まり, V″(r0) がそのままばね定数になります.さらに 3 次の項は底の左右の非対称性を表す非調和項で, 熱膨張の起源です.中心が原点でない(a ≠ 0 の)展開の実例にもなっています.
ここまでの式が本当に成り立つかを,すべて計算機で確かめました. 以下の数値は シミュレーターに載っているコードそのものを走らせた結果です (合計 124 項目,すべて通過).
| 確かめたこと | 結果 |
|---|---|
| (14)(15):sin, cos, ex を含む 9 関数の係数 c0…c9 が教科書どおりか | 最大差 6.1×10−16 |
| (11): の解析式 vs 数値微分(Richardson 外挿) | 最大相対差 4×10−5(丸めの床) |
| (13):実際の誤差 ≦ Lagrange の上界(9 関数 × N = 0…10,99 通り) | すべて成立.上界÷誤差 の最小 1.013 |
| (13):等式を満たす c を実際に探して両辺を突き合わせ | 最大相対差 2.0×10−15 |
| (13) で N = 0 が平均値の定理そのものか | 3 例とも一致(10−9 以下) |
| (13):誤差が hN+1 で落ちるか(対数-対数の傾き,N = 0…5) | 0.99, 2.04, 3.00, 4.02, 5.00, 6.02 |
| (16):exp の級数に x = iθ を入れると cos + i sin になるか | 最大差 2.2×10−16,eiπ+1 = 2.4×10−16 |
| §7:収束半径 = 複素特異点までの距離(収束半径は Cauchy–Hadamard の公式 |cn|−1/n で算出) | 6 通りとも一致(n = 60 で 9 % 以内) |
| §7:1/(1−x) の剰余が厳密に xN+1/(1−x) か | 16 通り,丸めの見積りの 1.8 倍以内 |
| §8:e−1/x² で f(0)…f(30)(0) が全部 0,T40(1) = 0 なのに f(1) = e−1 | 誤差 0.3679(N によらず一定) |
| 教材の主張:「誤差 1 % 以内の範囲」が N とともに広がるか(sin, N=1,3,5,9,15.1 % は画面内の max|f| に対する割合) | 0.39 → 1.04 → 1.76 → 3.25 → 5.50 |
| 同上:1/(1−x) では N = 40 まで上げても 1 を越えないか(N=1,5,15,40,特異点 x = 1 側の端) | 0.24 → 0.57 → 0.78 → 0.89(< 1) |
東京理科大学 望月研究室 / 講義ノート「(21) Taylor's theorem(テイラーの定理)」より. §5 の Cauchy の平均値の定理による証明と,§7 の収束半径・§8 の反例はノートの範囲外を補ったものです. 数値検証は倍精度の直接計算,Richardson 外挿による数値微分,Cauchy–Hadamard の n 乗根による. グラフで確かめたい方は シミュレーターへ. 数式はブラウザ標準の MathML で組んでいます(外部ライブラリ・通信は一切ありません).