Carnot サイクルはどこから来るのか

熱を仕事に変える装置を作りたい.どこまで変換できるでしょうか. Sadi Carnot(1824 年)は,蒸気機関がまだ効率 3 % 程度だった時代に, 装置の中身を一切問わずにその上限を出してしまいました. ここでは理想気体を働く物質にとって,4 つの行程の熱と仕事を全部書き下し, η = 1 − TC/TH にたどり着きます. 途中で,エントロピーという量が向こうから現れます.

0. 熱機関とは何をする装置か

熱機関とは,1 周してもとの状態に戻りながら,正味の仕事を外へ出す装置のことです. 「もとの状態に戻る」が肝心で,これがないと単なる 1 回きりの膨張になってしまいます. 1 周すると状態量はすべて元に戻るので,内部エネルギーの変化はゼロです.

∮dU=0 ⇒ W正味=Q正味 =QH+QC

ここで QH > 0 は高温側から受け取った熱,QC < 0 は低温側へ捨てた熱です. 仕事は「気体がした仕事」を正にとります(第一法則 ΔU = Q − W). 効率は「投入した熱のうち何割を仕事にできたか」なので

η≡ WQH = QH+QC QH =1− |QC| QH
まずここを押さえてください QC = 0 にできれば η = 1 です.つまり「熱をぜんぶ仕事に変える機関」とは, 低温側へ何も捨てない機関のことです.以下で見るのは,循環させたい以上それが できないこと,そして捨てる量に下限があること,その下限が温度だけで決まることです.

1. 準備 ― 理想気体について要るのは 2 つだけ

働く物質として理想気体を使います.使うのは次の 2 つの性質だけです.

(a) PV=nRT (b) U=U(T) ―― 体積に依らない

(b) は「分子どうしが力を及ぼし合わない」ことの言い換えです.分子を引き離しても 位置エネルギーが変わらないのだから,体積を変えても U は動きません. 理想気体の導出ページでは,これを分配関数から出しています. ここでは CV を定数とは仮定しません ―― 温度によって変わってよいものとして CV(T) ≡dUm dT と書いておきます.

2. 等温過程 ―― 熱をそっくり仕事に変える

温度 T を保ったまま,準静的に Va から Vb まで膨らませます. (b) より ΔU = 0 なので,第一法則から Q = W.準静的なら W = ∫PdV, P–V 図でいえば曲線の下の面積です (1 周ぶんを足し合わせた正味の仕事は,サイクルが囲む面積 ∮PdV になります). いまは T が一定なので

Q=W= ∫VaVb nRTVdV =nRT ln⁡ VbVa (1)
ここだけ見れば効率 100 % 等温膨張は,もらった熱を 1 J も余さず仕事に変えています. ではなぜ機関の効率が 1 にならないのか.この過程が循環していないからです. 気体は膨らみっぱなしで,元に戻っていません.戻すのにかかる費用が,次の話です.

3. 準静的断熱過程 ―― 冷やす代わりに仕事をもらう

熱の出入りを断って(Q = 0),準静的に膨らませます.第一法則は dU = −PdV, すなわち

nCV(T) dT=− nRTVdV ⇒ CVdTT =−RdVV (2)

両辺を積分します.CV が定数なら見慣れた形になりますが, 一般には次のように書いておくのが正確です.

∫T2T1 CV(T) dTT =Rln⁡ V2V1 (T1→T2, V1→V2) (3)

CV を定数と置けば左辺は CV ln(T1/T2) となり, γ = CP/CV = 1 + R/CV を使って整理すると

TVγ−1 =一定 ⇔ PVγ=一定

という教科書の形になります.ただし γ が一定なのは,その温度域で 目覚めている自由度が変わらないときだけです.H₂ を 80 K まで冷やせば回転が凍りはじめ, CO₂ を 1000 K まで熱すれば振動が目を覚まします. このページとシミュレーターでは (3) をそのまま数値的に使っているので, CV の温度変化まで含めて扱えます (ただし H₂ の極低温域は,オルト・パラ水素の核スピン統計を無視した近似です).

(3) の左辺には見覚えがあるはずです 定積で温度を T2 から T1 へ上げたときのエントロピー変化は ∫nCVdT/T,等温で体積を V1 から V2 へ広げたときは nR ln(V2/V1).(3) はこの 2 つが等しいと言っています. 実際の断熱膨張では温度が T1 から T2 へ下がるので, 温度のぶんは符号が変わり,体積のぶんとちょうど打ち消し合います. つまり準静的断熱過程とは,エントロピーが変わらない過程のことです. ―― まだ「エントロピー」を定義していないので,いまは形が似ているとだけ覚えておいてください. §8 で,この量が状態量であることが証明されます.
シミュレーターで見えること シミュレーターの①のシリンダーでは,分子を速さで色づけしてあります(青 = 遅い,赤 = 速い). 熱の出入りを断っているのに,断熱膨張のあいだ色が青へ移っていきます. 気体がピストンを押した分だけ内部エネルギーを失っているということで, この節のはじめに書いた dU = −PdV が,そのまま目に見えている場面です.

4. 4 行程を並べる

Carnot サイクルは,いま用意した 2 種類の過程を交互に 2 回ずつ使います. 高温熱源の温度を TH,低温熱源を TC とし, 状態 ① (TH, V1) から出発します.

行程やることQW = 気体がした仕事ΔU
① → ②TH の熱源に接して等温膨張 nRTH ln(V2/V1) 同左0
② → ③熱源から外して断熱膨張(TH → TC) 0 n[Um(TH) − Um(TC)] −同左
③ → ④TC の熱源に接して等温圧縮 nRTC ln(V4/V3) 同左0
④ → ①熱源から外して断熱圧縮(TC → TH) 0 −n[Um(TH) − Um(TC)] −同左

2 つの断熱行程の仕事は,ちょうど打ち消し合います. 同じ 2 つの温度のあいだを往復するので,内部エネルギーの変化が符号を変えただけだからです. 断熱行程で取り出した仕事は,そっくり次の断熱圧縮に使われて帰ってきます. 残るのは 2 つの等温行程の熱だけ:

QH= nRTH ln⁡ V2V1 >0 QC= −nRTC ln⁡ V3V4 <0 (4)

5. サイクルが閉じる条件

効率を出すには (4) の 2 つの ln を比べる必要があります.ここで, ②→③ と ④→① がどちらも TH と TC のあいだの断熱過程であることを使います. (3) を両方に当てはめると,左辺は同じ積分なので

Rln⁡ V3V2 = ∫TCTH CVdTT = Rln⁡ V4V1 ⇒ V2V1 = V3V4 (5)

2 つの等温行程の体積比が等しい.これが Carnot サイクルの要です. CV(T) の形が何であっても,気体が何であっても, 断熱過程が同じ 2 温度を結んでいる限り成り立ちます.

下の図は,この事情がいちばん見やすい座標 ―― 横軸に ln V,縦軸に ln T ―― で サイクルを描いたものです.等温行程は水平な線分,断熱行程は (2) から d lnT/d lnV = −R/CV の傾きをもつ線になります. そして2 本の断熱線は,同じ曲線を横にずらしただけです ((3) の左辺はどちらも同じ積分なので,どの断熱線でも ln V は温度の同じ関数に定数を足しただけになり, x 方向の平行移動でぴったり重なります). だから上端の幅と下端の幅が必ず等しい ―― それが (5) です.

図 1:ln V – ln T で見た Carnot サイクル. 2 本の断熱線が合同(平行移動で重なる)なので,上下の幅がいつでも等しくなります. 気体を変えると断熱線の傾きが変わり,H₂ の低温側や CO₂ の高温側では CV が動くぶん線が曲がります ―― それでも合同であることは変わりません.

V3/V2(断熱膨張の伸び)—
ln(V3/V2)—
∫CVdT/T ÷ R(数値積分)—
CV/R(TH で)—
CV/R(TC で)—
効率 η = 1 − TC/TH—

6. 効率 ―― すべてが消える

(4) に (5) を入れます.V3/V4 を V2/V1 で置き換えると, 2 つの ln が同じものになります.

η= 1− nRTC ln⁡(V3 /V4) nRTH ln⁡(V2 /V1) = 1− TCTH (6)
消えたものを数えてください 物質量 n,気体定数 R,膨張比 V2/V1, 出発点の圧力・体積,そして CV ―― つまり気体の種類. 単原子の He でも,振動まで効く CO₂ でも,まったく同じ値になります. 残ったのは 2 つの熱源の温度だけです. シミュレーターの②のいちばん下の表で,CV も γ も V3/V2 も気体ごとに違うのに, QH・W・η だけが揃うのを確かめられます.
消えるのは効率だけで,シリンダーの寸法は消えません TH = 600 K,TC = 300 K で断熱膨張の伸び V3/V2 を比べると,単原子の He では 2.8 倍ほど, 振動まで効く CO₂ では 17 倍ほどになります(図 1 の出力欄で確かめられます). CV が大きい気体ほど,同じだけ温度を下げるのに大きく膨らませなければならないからです. それでも η は (6) のまま変わりません ―― 気体によって変わるのは効率ではなく, 必要なシリンダーの長さのほうです.

7. T–S 図 ―― 長方形として見る

(4) を書き直すと,2 つの等温行程で出入りした熱は

QHTH =nRln⁡ V2V1 ≡ΔS QCTC =−nRln⁡ V3V4 =−ΔS (7)

となり,(5) のおかげで大きさがぴったり同じで符号だけ違う量が現れます. この ΔS が横幅になるように,横軸に S,縦軸に温度 T をとって描くと,Carnot サイクルは長方形になります (等温 = 横に進む,断熱 = 縦に進む).準静的なら Q = ∫TdS なので, 面積がそのまま熱です.

図の部分面積意味
柱ぜんぶ(高さ TH) TH ΔS高温熱源から吸った熱 QH
下の帯(高さ TC) TC ΔS低温熱源へ捨てた熱 |QC|
長方形(高さ TH − TC) (TH − TC) ΔS取り出せる仕事 W

効率は「柱ぜんぶ」に対する「上の長方形(高さ TH − TC)」の割合, つまり縦の長さの比です. η = (TH − TC)/TH が, シミュレーターの①の T–S 図では一目で読めます. TC をゼロにできれば下の帯が消えて η = 1 ですが, それは絶対零度の熱源を用意することで,第三法則が禁じます.

8. 1 周して 0 に戻る量 ―― エントロピーの発見

(7) を足すと

QHTH + QCTC =0 すなわち ∮dQ可逆T =0 (8)

ここが Clausius の踏んだ道です.Q そのものは 1 周して 0 に戻りません (戻ってしまったら仕事が出ません).ところが Q を T で割ってから足すと, きれいに 0 に戻る.「どんな経路で 1 周しても 0 に戻る量」は, 経路によらず状態だけで決まる量 ―― つまり状態量の微小変化です.そこで

dS≡ dQ可逆T

と定義できます.これがエントロピーです.任意の可逆サイクルは 細かい Carnot サイクルに分割できる(隣り合う断熱線が打ち消し合う)ので, (8) は Carnot サイクルだけの性質ではなく,あらゆる可逆サイクルで成り立ちます.

不可逆なら等号が破れます 実際の機関では,摩擦や有限速度の膨張・圧縮のせいで ∮dQ/T < 0 となります (Clausius の不等式). ここでの T は,熱をやりとりする熱源の温度です ―― 不可逆な過程では作業物質の温度が一つに決まらないので,外界の温度で測ります. これを孤立系に当てはめ直すと ΔS ≥ 0, つまり「エントロピー増大の法則」になります. 第二法則のいろいろな表現 ―― Kelvin(熱をすべて仕事に変える機関は作れない), Clausius(低温から高温へ熱がひとりでに移ることはない),エントロピー増大 ―― はすべて等価で,そのどれからでも (6) が導けます.

9. Carnot の定理 ―― なぜ「上限」だと言い切れるのか

ここまでは理想気体を使った特定の機関の計算です. 「どんな機関も超えられない」と言うには,もう一段いります.Carnot の定理はこう主張します.

Carnot の定理 同じ 2 つの熱源のあいだで働く熱機関について,
(i) 可逆機関の効率は,不可逆機関の効率以上である.
(ii) 可逆機関の効率は,働く物質が何であっても等しい.

証明は背理法です.効率 ηX > ηrev の機関 X があったとしましょう. X を動かして得た仕事で,可逆機関を逆回し(= 冷凍機として)動かします. 可逆機関を逆に回すと,低温側から熱を汲み上げて高温側へ返します. 2 台を組み合わせた装置全体を見ると,正味の仕事がちょうどゼロになるように規模を調整でき, 残るのは低温熱源から熱を汲み上げて,高温熱源へ渡しただけという結果になります. これは「他に何の変化も残さずに低温から高温へ熱を移す装置」で,Clausius の表現に反します. よって ηX ≤ ηrev.(ii) は 2 台の可逆機関で同じ議論を両向きにやれば出ます.

(ii) が効くところが大事です.可逆機関の効率は働く物質に依らないのだから, それを計算するのにいちばん計算しやすい物質を選んでよい. そこで理想気体を選んだ結果が (6) でした.だから (6) は理想気体だけの式ではなく, 2 つの温度だけで決まる普遍的な上限なのです.

10. 温度そのものの定義

(ii) から,可逆機関の |QC|/QH は 2 つの熱源だけの関数です. そこで Kelvin は,この比そのものを温度の定義に採用しました.

|QC| QH ≡ TCTH

この目盛りは温度計の中身に一切依存しません.水銀が膨らむ具合でも, 気体が膨らむ具合でもなく,熱の量の比だけで決まる.だから「熱力学温度」と呼ばれます. 理想気体温度がこれと一致することは,(6) の導出そのものが示しています. 現在のケルビンは 2019 年の SI 改定で kB = 1.380649×10−23 J/K を定義値に固定して決められていますが,目盛りの中身はこの Carnot の関係です.

11. では,なぜ現実の機関は届かないのか

(6) は「可逆であれば」という条件つきの値です.現実の機関は次の理由で必ず下回ります.

熱機関おおよその TH / TC Carnot 限界実際
蒸気機関車473 / 293 K38 %約 8 %
蒸気タービン発電(超臨界)873 / 303 K65 %約 45 %
ガソリンエンジン2500 / 800 K68 %約 30 %
コンバインドサイクル発電1600 / 300 K81 %約 62 %

効率を上げたければ TH を上げるしかない ―― そして TH を決めているのは, たいてい熱力学ではなく材料が何度まで耐えるかです. 発電所の効率競争がタービン翼の耐熱合金と冷却技術の競争になっているのは,そのためです.

12. まとめ

問い答え
なぜ 4 行程なのか 膨らませて仕事をもらい,圧力の低い状態で押し戻すため. そのために先に断熱膨張で冷やす
なぜ低温熱源が要るのか 圧縮のとき,気体が受け取った熱をどこかへ捨てないと元の状態に戻れないため
なぜ効率が気体に依らないのか 2 本の断熱線が合同なので V2/V1 = V3/V4 となり,ln の因子が約分されるため(式 (5))
なぜ「上限」と言えるのか これを超える機関があると,Clausius の表現に反する装置が作れてしまうため(§9)
エントロピーはどこから来たか Q/T が 1 周して 0 に戻ることから(式 (8))
3 行でいうと ① 熱機関は,熱を高温から低温へ通しながら,その差額を仕事として受け取る装置である.
② 受け取れる割合の上限は η = 1 − TC/TH で, 作業物質にも装置の作りにも依らない.
③ その計算の途中で Q/T が状態量として現れる ―― それがエントロピーである.

物理定数は 2019 年の SI 定義値(kB = 1.380649×10−23 J/K, h = 6.62607015×10−34 J·s,NA = 6.02214076×1023 mol−1)を, 分光定数は基底振動状態の値(B₀ と基本振動数 ν₀)を使っています. 断熱線は CV を定数と置かず,エントロピー一定の条件をそのまま解いています. 実機の効率は代表的な公表値の桁を丸めたものです.