バンドはどこから来るのか ― 分子軌道から結晶のバンドまで

― H2 の 2×2 行列から,Bloch の定理・状態密度・ギャップの起源,そして 2 次元正方格子の s・p・d・f まで(学部 2・3 年生向け)

固体の中の電子のエネルギーは,とびとびの準位ではなく連続な帯(バンド)をなします. 講義ではこの事実が Bloch の定理とセットで天下り式に与えられがちですが, 実は H2 分子の結合・反結合軌道の話をそのまま延長するだけで, バンドも,Bloch の定理も,ギャップも,全部手で導けます. 使う数学は2 次方程式と三角関数の加法定理だけです(d と f を扱う §11・§12 では,これに軌道の対称性の数え上げが加わります).

結論を先に 原子を N 個並べると準位はちょうど N 本できます.そのすべてが α±2|β| の窓に収まるので,N → ∞ では幅 4|β| の連続な帯になります. 幅を決めるのは隣どうしの軌道の重なり(共鳴積分 β)だけ. そして原子か結合に「2 種類目」が現れた瞬間,ゾーン境界でギャップ Eg=2(Δ/2)2+(β1−β2)2 が開いて,金属は絶縁体に変わります.

0. 設定 ― 使う模型(強束縛/Hückel 模型)

原子を等間隔 a で 1 列に N 個並べ,各原子に s 軌道 φj(j = 1, …, N)を 1 個ずつ置きます. 結晶の波動関数を原子軌道の重ね合わせ(LCAO)で書き,

(1) ψ= ∑j=1N cjφj

ハミルトニアンの行列要素として次の 2 つだけを残します.

(2) ⟨φj|H|φj⟩ =α, ⟨φj|H|φj±1⟩ =β(<0)
記号意味ひとこと
α原子軌道そのもののエネルギー(Coulomb 積分)孤立原子の準位.エネルギーの基準に取ってよい
β隣の原子への飛び移り(共鳴積分・ホッピング)s 軌道どうしなら負.軌道の重なりが大きいほど |β| 大
N原子の数結晶では 107/cm のオーダー
a原子の間隔(格子定数)典型的には 2〜4 Å

近似はこれだけです:飛び移りは最近接だけ(1 個おきの ⟨φj|H|φj±2⟩ などは捨てる),別の原子の軌道どうしの重なり積分は 0 とみなす (⟨φi|φj⟩=δij). 化学で「Hückel 法」,物理で「強束縛(tight-binding)模型」と呼ばれるものです. Schrödinger 方程式 Hψ=εψ を成分で書くと, j 番目の行は

(3) αcj+ β(cj−1+cj+1) =εcj

となります.この 1 本の式(3 項漸化式)が本ページの主役で, 以下はすべてこの式を解いているだけです.

1. まず直感で(30 秒版)

以下,これをきちんと式にします.

2. 原子 2 個 ― H2 の結合・反結合

N = 2 のとき,式 (3) は j = 1, 2 の 2 本(c0=c3=0). 自明でない解をもつ条件は永年行列式

(4) | α−εβ βα−ε | =(α−ε)2−β2=0

で,解は

(5) ε±=α±β , ψ±= 12 (φ1±φ2)
符号に注意 β < 0 なので,低いのは α+β のほう (同位相の φ1+φ2:結合性軌道,節 0 個), 高いのは α−β のほう (逆位相の φ1−φ2:反結合性軌道,節 1 個)です. 2 準位の間隔は 2|β|.

3. 原子 3 個 ― 法則の気配

N = 3 の永年行列式は 3×3 の三重対角行列で,第 1 行で展開すると

(6) | α−εβ0 βα−εβ 0βα−ε | = (α−ε) [(α−ε)2−2β2] =0

となり,解は 3 本:

(7) ε=α+2β ,α ,α−2β

係数を求めると(規格化前),下から順に

(8) (1,2,1) , (1,0,−1) , (1,−2,1)

節の数は 0,1,2 個 ―― 直感どおりです.真ん中の準位は中央の原子の係数が 0 で, エネルギーは α のまま(非結合性軌道). ここで式 (7) をよく見ると, 2=2cos⁡(π/4), 0=2cos⁡(2π/4) なので,3 本とも ε=α+2βcos⁡(mπ/4) と書けています.N = 2 の式 (5) も 2cos⁡(π/3)=1 ですから同じ形.一般法則の気配がします.

4. 一般の N ― 漸化式ひとつで解く【核心】

式 (3) を漸化式の形に書き直します.

(9) βcj+1 +(α−ε)cj +βcj−1 =0

端の原子(j = 1 と j = N)だけは隣が片方しかいないので式の形が 違ってしまいそうですが,存在しない原子の係数を 0 と置くことで 全部の j を同じ式 (9) に統一できます:

(10) c0=0 , cN+1=0

弦の振動とそっくりの境界条件です(両端の外側で振幅 0). そこで弦と同じ正弦波の仮設(ansatz)を置きます.

(11) cj=sin⁡(jθ)

これは c0=0 を自動的に満たします. 式 (9) に代入するのに使うのは加法定理から出る恒等式ひとつ:

(12) sin⁡((j+1)θ) + sin⁡((j−1)θ) =2sin⁡(jθ)cos⁡θ

これを使うと式 (9) は

[2βcos⁡θ +(α−ε)] sin⁡(jθ)=0

となり,すべての j で成り立つ条件は角括弧 = 0,すなわち

(13) ε=α+2βcos⁡θ

です.残るはもう片方の境界条件 cN+1=sin⁡((N+1)θ)=0. これで θ が量子化されます:

(14) θm= mπN+1 , m=1,2,…,N

まとめると,N 原子鎖の固有値と固有ベクトルの厳密解は:

(15) εm=α+2β cos⁡(mπN+1) , cj(m) = 2N+1 sin⁡(mjπN+1)

m = 0 は全係数が 0(解でない),m = N + 1 も sin⁡(jπ)=0 で解でない, m > N + 1 は既出の解の繰り返しなので,独立な解はちょうど N 本です. 検算として N = 2 を入れると 2cos⁡(π/3)=1 から ε=α±β(式 (5) ✓), N = 3 なら ε=α±2β,α(式 (7) ✓).

数値でも検算してあります 式 (15) は N = 2〜13 について三重対角行列の数値対角化と突き合わせ, 固有値・固有ベクトルとも機械精度(10−12 以下)で一致することを確認しています. シミュレーターの①は この式をそのまま描いたものです.

5. N → ∞ ― 帯の誕生

式 (15) から,バンドの性質が全部読み取れます.

(a) どの準位も窓の中. cos は −1 と 1 の間しか取らないので,すべての準位が

(16) α−2|β| <εm< α+2|β|

に入ります.準位の広がり(いちばん上 − いちばん下)は 4|β|cos⁡(π/(N+1)) で,N → ∞ の極限値は幅 4|β| ―― N を増やしても幅は増えません.

(b) 間隔は 1/N で潰れる. 帯の中央付近で隣の準位との間隔を見積もると(式 (15) を m で微分),

(17) Δε≈ 2π|β|N+1

です.a = 3 Å の鎖を 1 cm 並べると N ≈ 3×107 ですから, |β| = 1 eV として Δε ≈ 2×10−7 eV. 室温の熱エネルギー(約 0.026 eV)よりはるかに小さく,事実上の連続 ―― これがバンドです.

図 1 原子の数 N とエネルギー準位(式 (15),|β| = 1 eV). N = 2 の結合・反結合対から出発して,N 本の準位が α ± 2|β| の窓(破線)の中で混み合っていく.窓の幅は N によらない.

バンドの幅を決めるのは β だけ 幅 4|β| に N は入っていません.|β| は軌道の重なりで決まるので, 外側に広がった価電子の軌道 → |β| 大 → 幅の広いバンド, 原子核の近くに縮んだ内殻軌道 → |β| ≈ 0 → ほぼ原子準位のまま. 「固体になっても内殻準位は原子とほとんど同じで,価電子だけがバンドをつくる」 という事実が,この 1 行から出てきます.

(c) 電子を詰めると金属になる. 1 価の原子(H や Na)なら電子は N 個.スピンを対にして下から詰めると N/2 本でちょうどバンドの半分まで埋まります. すぐ上に空準位が Δε ≈ 10−7 eV の間隔で控えているので, 電場をかければ電子はいくらでも加速できる ―― 金属です. HOMO–LUMO ギャップが 2|β| もあった N = 2 の「分子」から, ギャップ 0 の「金属」への連続変形を, シミュレーター①で ぜひ手で追ってみてください.

N が奇数のとき 1 価の原子を奇数個並べると電子も奇数個なので,最上位の占有準位には 電子が 1 個だけ入り,スピンの相手のいない準位が 1 本残ります. N → ∞ で「半分まで埋まった金属」になる性質が,有限の鎖ですでに顔を出しているところです. シミュレーター①では, この準位が半分だけ塗った線で描かれます.

6. 輪にして解き直す ― Bloch の定理

固体物理の教科書は,開いた鎖ではなく周期境界条件を使います. 鎖の両端をつないで輪にする,つまり

(18) cj+N=cj

とする流儀です.端がなくなったので,解は定在波ではなく進行波で書けます:

(19) cj= eikja

これが 1 次元版の Bloch の定理です:格子を 1 個ぶん進む(j → j + 1)と, 波動関数は位相 eika が掛かるだけで形は変わりません.漸化式 (9) に代入すると,今度は eika+e−ika=2cos⁡ka を使って

(20) E(k)= α+2βcos⁡ka

―― バンド分散が出ました.周期境界条件 (18) から eikNa=1, すなわち許される k は

(21) k= 2πmNa , m=−N2+1,…,N2

のちょうど N 個で,範囲 −π/a<k≤π/a が第一 Brillouin ゾーンです(この範囲の外の k は k+2π/a が同じ cj を与えるので,新しい状態ではありません).

開いた鎖と輪はどうつながっているか §4 の定在波は sin⁡(kja)=(eikja−e−ikja)/2i ―― つまり +k と −k の進行波を半々に重ねたものです. エネルギーの式も (15) と (20) は同じ cos で,違いは k の刻み(π/(N+1)a か 2π/Na か)だけ. バルクの性質(バンド幅・状態密度など)は N → ∞ でどちらの境界条件でも一致します. だから教科書は計算の楽な周期境界条件を使うのです.

分散 (20) からは動力学も読めます.波束の速度(群速度)は

(22) vg= 1ℏ dEdk =− 2βaℏ sin⁡ka

で,バンドの底と頂上(k = 0, ±π/a)では 0. 底の近くで cos を 2 次まで展開すると E≈E底+|β|a2k2 となり,自由電子の ℏ2k2/2m* と見比べて

(23) m*= ℏ22|β|a2

―― 有効質量です.a = 3 Å,|β| = 1 eV を入れると m* ≈ 0.42 me. 幅の広いバンド(|β| 大)ほど電子は「軽い」という, 半導体物理で毎日使う関係がここで出てきます. 許される k の点が曲線 (20) に乗っていく様子は シミュレーター②で見られます.

7. 状態密度 ― van Hove 特異点

バンドの中で準位は均等に並んでいません.「エネルギーあたり何本あるか」を数えます. 式 (21) より k は間隔 2π/(Na) で等間隔ですから, 幅 dk の中の状態数は Na/(2π)·dk. 同じエネルギーには +k と −k の 2 つが対応するので,

(24) g(E) =2⋅ Na2π |dEdk|−1

です.|dE/dk|=2|β|a|sin⁡ka| を,(20) を使って sin を E で書き直せば

(25) g(E)= Nπ 4β2− (E−α)2

となります.バンドの端 E=α±2|β| で発散します ―― van Hove 特異点です. 理由は式 (24) がそのまま語っています:端では dE/dk = 0, つまり k を動かしてもエネルギーがほとんど変わらないので, 同じエネルギーに状態がどっと溜まるのです.

検算として全エネルギーで積分すると ∫gdE=(N/π)⋅π=N で,状態の総数はきちんと N 本. バンドの中央では g(α)=N/(2π|β|) です.

次元で顔つきが変わる 1/√ で発散するのは 1 次元だけの特徴です.3 次元では g(E)∝E−E端 とバンド端で 0 から立ち上がり,発散は「傾きの折れ」として残ります. カーボンナノチューブなど擬 1 次元物質の光吸収スペクトルに鋭いピークが並ぶのは, この 1 次元 van Hove 特異点が実際に見えているものです. シミュレーター③では 有限の N 本を実際に数えたヒストグラムが式 (25) に吸い付いていく様子が見られます.

8. ギャップの起源 ― 2 個で 1 組になった瞬間

ここまでの鎖は原子も結合もすべて同じで,単位胞は原子 1 個ぶんでした. この節ではその間隔を a0 と書きます. そこに「2 種類目」を入れます.入れ方は 2 通りです.

8.1 まず起きるのは「単位胞の倍化」

どちらの入れ方でも,共通して起きることがひとつあります. 同じ形が繰り返すのに原子 2 個ぶん必要になる ―― つまり

(26) a=2a0 (単位胞が 2 倍) ⟹ πa= π2a0 (ゾーンは半分)

実空間の周期が伸びれば,逆空間のゾーンはその逆数で縮みます. すると,もとのゾーン |k|≤π/a0 にいた状態のうち,外側の半分は新しいゾーンからはみ出してしまいます. 行き場を失った状態は,逆格子ベクトル 2π/a=π/a0 だけずらして新しいゾーンの中へ折り返されます.これがバンドフォールディング (band folding,バンドの折りたたみ)です.

折り返してきた枝の式は簡単に書けます.もとのバンドは式 (20) より E(k)=α+2βcos⁡ka0 ですから, k→k+π/a0 と置き換えて

(27) E(k+πa0) =α+2β cos⁡(ka0+π) =α−2βcos⁡ka0

―― もとの枝を E=α で上下ひっくり返した形です. この 2 本は,新しいゾーンの境界 k=π/2a0 で cos⁡(π/2)=0 となってどちらも E = α,つまりぴったり交差します. 縮退した 2 つの状態が出会うこの一点こそが,ギャップの開く場所です.

ここまでは,まだ何も起きていない 注意してほしいのは,折りたたみ自体は物理を何も変えていないことです. 原子が全部同じなら,2a0 の単位胞を使うのは こちらの都合(超格子の取り方)にすぎず,バンドを描き直しただけで エネルギー準位はひとつも動いていません.交差は交差のままで,隙間はありません. 本当に 2 種類目が入って初めて,この交差点の縮退がほどけます. シミュレーター④で Δ と δ を 0 のまま眺めると,このことがそのまま見えます.
半分埋まった鎖は,二量化したがる 1 原子 1 電子の鎖では電子はバンドの半分まで詰まるので,Fermi 波数は kF=π/2a0 です.いま見たとおり,単位胞を 2 倍にすると新しいゾーン境界は ちょうどこの kF の位置に来ます. ギャップが開いて下がるのは境界付近の状態 ―― つまり電子が詰まっている側だけで, 上がるのは空っぽの側です.格子をゆがめるには弾性エネルギーの損(ずれの大きさ δ の 2 乗に比例)を払いますが, 電子側の得はそれに対数因子が掛かるぶんだけ大きいので,δ が小さいうちは必ず電子の得が勝ちます. 差し引きで全エネルギーが下がるので, 1 次元の半充填金属は自発的に二量化するほうが得をします. これが Peierls 転移の本質で, 「なぜ周期が 2 倍なのか」は「なぜ 2kF なのか」と同じ問いです.

8.2 交差が裂ける ― 2×2 行列

Bloch の定理より,単位胞の中の 2 成分 (uk,vk) に eikna を掛けた形を仮定すると, 問題は k ごとの 2×2 行列に落ちます:

(28) H(k)= ( α−Δ/2 β1+β2e−ika β1+β2eika α+Δ/2 )

2×2 の固有値は「平均 ± √((差/2)² + |非対角|²)」でしたから,

(29) E±(k)= α± (Δ/2)2 +β12 +β22 +2β1β2 cos⁡ka

バンドが 2 本に分かれました.根号の中身は k = 0 で最大((Δ/2)2+(β1+β2)2), ゾーン境界 k = ±π/a で最小 ((Δ/2)2+(β1−β2)2) なので,2 本のバンドの間隔が最小になるのは必ずゾーン境界で,そこでのギャップは

(30) Eg=2 (Δ/2)2 +(β1−β2)2

です.3 つの極限を確かめておきます.

場合ギャップ Eg物質の例
Δ = 0,β1 = β2(全部同じ) 0 §6 のバンドを半分のゾーンに折り返しただけ.金属のまま
Δ ≠ 0,β1 = β2(イオン性) Δ NaCl などのイオン結晶.電子は電気陰性度の高い側へ寄る
Δ = 0,β1 ≠ β2(結合交替) 2|β1 − β2| ポリアセチレン(Peierls 転移・二量化)
金属 → 絶縁体 1 原子 1 電子なら,電子は単位胞あたり 2 個. これは(スピン込みで)下のバンドの定員とぴったり同じです. ギャップが開いた瞬間,「半分まで埋まった 1 本のバンド」は 「満杯の価電子帯 + 空の伝導帯」に分かれ,金属は絶縁体(半導体)に変わります. 等間隔の 1 次元金属鎖が自発的に二量化してギャップを開け, エネルギーを得する ―― これが Peierls 転移です.
なぜ「ゾーン境界」で開くのか 8.1 で見たとおり,そこはもとの枝と折り返してきた枝が交差する点, つまり 2 つの状態のエネルギーがちょうど等しくなる場所です. 縮退した 2 つの状態は,その 2 つを結ぶ行列要素が 0 でないかぎり,どんなに弱い摂動でも 1 次で割れます (縮退のない場所では 2 次の効果しか出ないので,ほとんど動きません). 実空間で言えば,ゾーン境界の波は波長がちょうど 2a0 の定在波で, 「腹を A 原子に置く」か「腹を B 原子に置く」かの 2 通りがあります. 全原子が同じならこの 2 つは同じエネルギーですが, A と B が違った瞬間,どちらに腹を置くかでエネルギーが割れる ―― その割れ幅がギャップです. シミュレーター④で Δ や δ を 0 から動かして,交差がほどける瞬間を見てください.

9. ここから先へ ― 3 次元・実際の物質

ここまでの話は,そのまま 3 次元に持ち上がります.単純立方格子で最近接だけ残すと, 漸化式 (9) が x・y・z の 3 方向に分かれるだけで,

(31) E(k)= α+2β ( cos⁡kxa+ cos⁡kya+ cos⁡kza )

―― 幅 12|β| のバンドになります.実際の物質では,1 原子に s, p, d と 複数の軌道があるので,式 (28) の 2×2 が「軌道の数 × 原子の数」の行列に育ち, バンドも複数本になります.どの軌道とどの軌道が混ざれるかを仕分けするのが群論 (結晶の対称性)で,そこまで含めて実際に計算・作図するツールが, 当研究室で開発している CrystOD です. CrystOD のドキュメントには,本ページと同じ「分子 → 結晶」の玩具モデルの英語版と, 実在の分子・結晶(NH3 や ScF3)の軌道ダイアグラムが載っています.

バンド理論の全体像(Fermi 面・フォノン・比熱への応用)は, 発展教材の 『固体物理学』『マテリアル計算科学』で扱っています. 次の §10 では,その手前の2 次元正方格子に戻って, 軌道の向き(s と p)でバンドの形がどう変わるかを見ます.

10. 2 次元正方格子 ― s 軌道と p 軌道

§9 で「3 次元でも同じ」と書きましたが,その一歩手前の2 次元正方格子には, 1 次元では絶対に見えない大事な景色があります. 軌道の向きが効いてくることです. この節は講義ノート「LCAO 理論」(8)(9)(11) に対応します.

10.1 2 次元へ ― 掛け算するだけ

格子定数 a の正方格子の x 軸に n 番目,y 軸に m 番目にある原子の 原子軌道を χnm と書きます. Bloch の定理を x・y の両方向に立てれば,波動関数は

(32) Ψkx,ky = ∑n=1N ∑m=1N einkxa eimkya χnm

です.1 次元の式 (19) に y 方向の位相を掛けただけ. あとは §0 と同じ約束(同じ原子で α,最近接で β,それ以外 0)で期待値を取ります. 規格化は ∬Ψ*Ψdxdy=N2, 分子は N2(α+2β(cos⁡kxa+cos⁡kya)) ですから

(33) E(kx,ky) =α+2β ( cos⁡kxa + cos⁡kya )

x と y がきれいに分かれた形になりました.最近接が 2 個から 4 個に増えたぶん, バンド幅も倍になります:

(34) W=8|β| (1 次元は 4|β|,3 次元なら 12|β|)
数値でも確かめてあります 周期境界条件をつけた N×N の正方格子 (N = 4, 6, 8)の N2 次元の行列を数値対角化し, 得られた固有値の集合が式 (33) を kx,ky=2πj/Na で評価したものと機械精度(10−15)で一致することを確認しています.

10.2 バンド「図」はどうやって描くのか ― Γ–X–M–Γ

ここで困ったことが起きます.1 次元なら E(k) は曲線 1 本で描けましたが, 2 次元の E(kx,ky) は曲面です.紙に描くと立体的で読み取りづらい.

そこで教科書は,ブリルアンゾーンの中の代表的な道すじだけを辿って 1 本の線に落とし込みます.正方格子なら

記号(kx, ky)意味s バンドの値
Γ(0, 0)ゾーンの中心.全原子が同位相α + 4β
X(π/a, 0)辺の中点.x だけ交互に反転α
M(π/a, π/a)角.市松模様α − 4β

対称性から −π/a≤k≤0 と 0≤k≤π/a は同じ内容なので,正の側だけ見れば十分です. Γ → X → M → Γ と回ると,バンドの底・中間・頂上をひととおり通ります. シミュレーター⑤では, この道すじが等高線図の上に引いてあり,スライダーで動かすと 実空間の位相の模様が同時に変わります.

Γ・X・M で実空間はどう見えるか

10.3 p 軌道 ― 向きがあると σ と π に分かれる

ここからが 2 次元の本番です.s 軌道は球対称なので,どの隣とも同じように重なりました. ところが p 軌道は向きを持ちます.すると隣との重なり方が2 種類に分かれます.

ノートの流儀にならって βσ>0, βπ>0 と約束します(§2 の β < 0 とは符号の取り方が違うので注意). 正方格子で最近接だけを残すと,px・py・pz は互いに混ざらず, 3 本のバンドがそれぞれ独立に

(35) Epx (kx,ky) =α +2βσcos⁡kxa −2βπcos⁡kya (x は σ,y は π) Epy (kx,ky) =α −2βπcos⁡kxa +2βσcos⁡kya (x は π,y は σ) Epz (kx,ky) =α −2βπcos⁡kxa −2βπcos⁡kya (面に垂直.どちらも π)

となります.式の形は (33) とそっくりですが,σ の項は +,π の項は − で入るところが違います. pz は面から突き出しているので x にも y にも横腹で重なり,π だけになります.

なぜ σ と π で符号が逆に入るのか 1 次元の §2 で見たとおり,結合的な組み合わせが低いのが基本です. x 方向に並んだ px を考えると,k=0(全部同位相)では 隣り合う頭が+と−で向き合うので反結合的になります. だから σ の項は k=0 でエネルギーを上げる ―― これが + の理由です (講義ノート (4) の「p オービタルでは β > 0」と同じ話). 横腹どうしの π では逆に k=0 が結合的なので − で入ります.
Slater–Koster から独立に確かめました 結合方向の方向余弦を (l,m,n) として Exx=l2Vppσ+(1−l2)Vppπ という Slater–Koster の公式から 3×3 の Bloch 行列を組み, BZ 全体の 17×17 点で数値対角化しました. βσ=Vppσ, βπ=−Vppπ と読み替えると,式 (35) と機械精度で一致します. 正方格子では非対角要素(px–py の混成)が最近接では出ないので, 3 本が独立になる ―― これも計算で確かめました.

10.4 3 本のバンドを読む

講義ノートと同じ α=10, βσ=2, βπ=1(単位 eV)で 高対称点の値を並べます.

Γ (0,0)X (π/a,0)M (π/a,π/a)読みどころ
px1248 Γ→X で大きく下がる.σ の重なりが効く方向
py12168 px を 90° 回しただけ.X で最高
pz61014 π だけなので s と同じ形.Γ が底

ここから 3 つのことが読み取れます.

「py の底は M」は経路の上での話 バンド図を見ると py は M 点で最も低く見えますが,これは Γ–X–M–Γ という道すじの上だけの話です. ゾーン全体では py の最小は (0,π/a) にあり,値は px の X 点と同じ 4 eV です. この点は kx↔ky の入れ替え (正方格子の 90° 回転)で X 点に移るので,X と対称的に等価な「もう一つの X 点」です. バンド図は曲面の一部を切り取った断面にすぎない ―― という良い例で, シミュレーター⑤の 等高線図に切り替えると,px と py の模様が 90° 回転しただけの関係であることが見えます.

なお 3 次元の単純立方格子なら,式 (33) に cos⁡kza の項が 1 つ増えるだけで式 (31) に戻り,高対称点は Γ = α+6β,X = α+2β,M = α−2β,R = α−6β となります(講義ノート (9) の下半分).

11. d 軌道 ― σ・π・δ の 3 種類になる

ここまでは s と p でした.d でも f でも,やることはまったく同じです. 違うのは「隣とどう重なるか」の種類が増えることだけで, そこさえ整理できれば,あとは §10 とそっくり同じ式が出てきます.

11.1 重なりの種類は,結合軸まわりの m で決まる

2 つの原子を結ぶ線を軸に取り,その軸のまわりの磁気量子数 m で軌道を分類します. m=0 が σ, |m|=1 が π, |m|=2 が δ, |m|=3 が φ です. s は σ しかなく,p は σ と π,d は σ・π・δ,f は σ・π・δ・φ まで出ます. ここが増えるだけ ―― これが d と f のすべてです.

絵で言えば,σ は頭どうし,π は横腹どうし,δ は4 枚の葉が向かい合う重なり, φ は6 枚の葉が互い違いに触れる重なりです. |m| が上がるほど葉の数が増え, 触れ合う部分は細くなっていきます.

そして重要なのは,2 中心積分の符号が最初から決まっていることです. 結合軸を z′ に取ると, (l,m) の実球面調和関数は z′→−z′ に対して (−1)l+m のパリティを持ちます.偶なら向かい合うローブが同符号になり, 引力ポテンシャルと掛け合わせて積分は負になります.奇ならその逆.つまり

(36) Vm= (−1) l+m+1 βm, βm>0
σπδφ
s(l = 0)−
p(l = 1)+−
d(l = 2)−+−
f(l = 3)+−+−

§10 で「σ の項は +,π の項は −」と手で決めた p の規則は, この表の 2 行目そのものです.s の β<0 も 1 行目. 1 本の規則で s から f まで一気に片づくので,あとは機械的です.

11.2 どの軌道とどの軌道が混ざるか ― パリティで決まる

§10 の p では 3 本のバンドが独立でした.d と f ではそうはいきません. ただし,混ざる相手は数える前から分かります.

x 方向の結合を考えると,並んだ 2 個の原子は y→−y にも z→−z にも対称です. だから,この 2 つの反転についてのパリティが違う軌道どうしは絶対に混ざりません. 同じように y 方向の結合は x→−x と z→−z について対称. 両方を課すと,結局(x, y, z) 3 つのパリティが全部一致する軌道どうしだけが混ざります.

d 軌道xyz仲間
dxy奇奇偶ひとりだけ
dyz偶奇奇ひとりだけ
dzx奇偶奇ひとりだけ
dx²−y²偶偶偶dz² と 2×2
dz²偶偶偶dx²−y² と 2×2

5 本のうち 3 本は単独,残りの 2 本だけが 2×2 で組む ―― これで見通しがつきました. 一般には,Bloch 行列は §10 とまったく同じ形

(37) H(k) =αI +2E(x^) cos⁡kxa +2E(y^) cos⁡kya

で(E(x^) は x 方向の隣との 2 中心積分を並べた行列, E(−x^)=E(x^) なので eik·R の和が 2cos になります), 上の表はこの行列がブロック対角になることを言っています.

11.3 単独の 3 本 ― 「x は π,y は δ」

dxy を x 方向に並べると,結合軸まわりでは dz′x′ ―― つまり純粋な π です.dyz なら dx′y′ で純粋な δ.方向を y に変えると役割が入れ替わります. この「同じ軌道でも方向によって σ・π・δ が変わる」ところが,d の面白さです.

(38) Edxy =α+2βπS (x も y も π) Edyz =α −2βδcos⁡kxa +2βπcos⁡kya (x は δ,y は π) Edzx =α +2βπcos⁡kxa −2βδcos⁡kya (x は π,y は δ)

ここで S=cos⁡kxa+cos⁡kya, D=cos⁡kxa−cos⁡kya と略しました. βδ は小さいので, dyz は x 方向にはほとんど分散せず,y 方向にだけよく分散します ―― シミュレーター⑤で dyz を選ぶと,等エネルギー面が縞模様になるのがそれです.

11.4 eg の 2×2 ― 同じ対称性は混ざる

残る 2 本を出します.x 方向を軸に取り直すと, dx²−y² と dz² はどちらも σ 型 (d3x2−r2)と δ 型(dy2−z2)の 混ぜ合わせになります.係数を求めると

(39) dx2−y2 =32σ −12δ , dz2 =−12σ −32δ

すなわち dx²−y² は σ が 3/4,δ が 1/4, dz² は σ が 1/4,δ が 3/4(係数の 2 乗). dx²−y² のローブは 4 つの隣にまっすぐ向いているので σ 成分が多い ―― 絵のとおりです. これを (37) に入れて 2×2 を対角化すると

(40) E±=α −(βσ+βδ)S ± |βσ−βδ|2 S2+3D2

D=0(つまり kx=ky,Γ や M)では 混ざらず,2 本は純粋な dx²−y² と dz² のままです. 離れるほど 3D2 が効いて混ざります.

11.5 高対称点で読む

βσ=1.5, βπ=1, βδ=0.25 eV (Harrison の比 σ : π : δ ≈ 6 : 4 : 1)での E−α です.

Γ (0,0)X (π/a,0)M (π/a,π/a)読みどころ
dxy+4.000−4.00 π だけなので s バンドを裏返した形
dyz+1.50+2.50−1.50 x が δ なので Γ→X はほぼ平ら
dzx+1.50−2.50−1.50 dyz を 90° 回しただけ
eg(上)−2.25+2.165+4.75 Γ では dz²,M では dx²−y²
eg(下)−4.75−2.165+2.25 Γ では dx²−y²(最安定)

なお シミュレーター⑤の バンド図は,選んだ軌道の成分が多いバンドほど太く濃い線で描いてあります. いま見た X 点の「濃さを分け合う」は,この約束のもとで半々の固有ベクトルが描かれた姿です.

なぜ M 点は Γ 点の裏返しなのか ―― 2 部格子 (37) の右辺は cos⁡kxa と cos⁡kya について1 次です. だから k を Q=(π/a,π/a) だけずらすと両方の cos が符号を変え,行列全体が H−αI→−(H−αI) になります.固有値は全部符号が反転 ―― これが Γ と M の関係の正体です. 正方格子が2 部格子(市松に 2 色で塗り分けられ,隣どうしが必ず違う色)だから成り立つ性質で, s・p・d・f のどれでも,最近接だけを取るかぎり必ず成り立ちます. ついでに k=(π/2a,π/2a) では両方の cos が 0 なので,全部のバンドが α に集まります(バンド図の M–Γ の途中で全線が 1 点に集まるのがそれです).

11.6 実物を見る ― CrystOD で Γ 点の既約表現を出す

ここまでの分類は,手で数えなくても出せます.CrystOD の crystod-group に 空間群と k 点を渡すと,その k 点の小群のもとで基底関数がどう既約分解されるかを返してくれます. 正方格子(2 次元の p4mm を 3 次元に埋めた P4/mmm)の Γ 点なら

$ crystod-group --generate-basis --space-group P4/mmm --kpoint 0 0 0

これだけです.2 次(d 軌道)の出力を抜き出すと

* Decomposition *
 2.0 [GM1+(1)] + 1.0 [GM5+(2)] + 1.0 [GM2+(1)] + 1.0 [GM4+(1)]

* Irreducible representations for basis functions *
  GM1+(1): [x^2 + y^2, z^2]
  GM5+(2): [yz, xz]
  GM2+(1): [-x^2 + y^2]
  GM4+(1): [xy]

6 次元と出ているのは,2 次の単項式が x2 〜 xz の 6 個あるからで, これは l=2(5 個)と l=0(r2 の 1 個)の和です. r2 は全対称なので GM1+ を 1 つ食べており, そのぶんを引くと d の 5 本は GM1+ + GM2+ + GM4+ + GM5+ ―― §11.5 で数えた 4 段(うち 1 組が 2 重)とぴったり一致します.

同じ出力の 3 次(f 軌道)はこうです.

* Decomposition *
 2.0 [GM3-(1)] + 3.0 [GM5-(2)] + 1.0 [GM2-(1)] + 1.0 [GM4-(1)]

* Irreducible representations for basis functions *
  GM3-(1): [z^3, x^2 z + y^2 z]
  GM5-(2): [x^3, y^3, x^2 y, xy^2, xz^2, yz^2]
  GM2-(1): [xyz]
  GM4-(1): [-x^2 z + y^2 z]

10 次元は l=3(7 個)と l=1(r2x など 3 個)の和で, 後者は GM3- + GM5- です.これを引くと f の 7 本は GM3- + 2×GM5- + GM2- + GM4-(1 + 4 + 1 + 1 = 7). §12 で見る「単独 3 本と 2 重縮退 2 組」は,まさにこの並びです.

CrystODMulliken基底関数この教材で対応する軌道
Γ1+A1gx²+y², z² s,dz²
Γ2+B1gx²−y² dx²−y²
Γ3+A2g(2 次には現れない) ―
Γ4+B2gxy dxy
Γ5+Egyz, xz dyz, dzx
Γ2−B1uxyz fxyz
Γ3−A2uz, z³ pz,fz³
Γ4−B2uz(x²−y²) fz(x²−y²)
Γ5−Eux, y px, py,f の残り 4 本

シミュレーター⑤の バンド図で,右端に x²−y²(Γ2+) のように出ているのがこれです (Γ 点でのラベルなので,X 点や M 点では別の記号になります).

番号の付け方について Γ の番号は,1 次元既約表現をどの順に並べるかが文献によって違います (A2 と B1 の順序を入れ替える流儀があります). 本ページと⑤は CrystOD の出力にそろえてあります. 一方,基底関数と Mulliken 記号は流儀によりません. ほかの表と突き合わせるときは,上の表の右 2 列で照合するのが安全です.

12. f 軌道 ― φ まで出てくる

最後に f です.新しい考え方はひとつもありません. §11 の手順をそのまま回すだけで,7 本のバンドが出てきます.

12.1 7 本は「単独 1 本 + 2×2 が 3 組」に割れる

§11.2 のパリティの表を f について作ります.

f 軌道xyz仲間
fz³偶偶奇 この 2 本で 2×2
fz(x²−y²)偶偶奇
fxz²奇偶偶 この 2 本で 2×2
fx(x²−3y²)奇偶偶
fyz²偶奇偶 この 2 本で 2×2
fy(3x²−y²)偶奇偶
fxyz奇奇奇ひとりだけ

fxyz だけが単独で,あとは 2 本ずつ 3 組. 7×7 の行列を解く必要はどこにもなく,2×2 を 3 回解けば終わりです.

12.2 単独の 1 本と,z を含む組

fxyz は,x 方向にも y 方向にも純粋な δ です (結合軸まわりで fx′y′z′ になります). fz³ と fz(x²−y²) の組は,どちらの方向についても π と φ の混ぜ合わせで, 重み 3/8 と 5/8(入れ替わって)になります.結果は

(41) fxyz: E=α+2βδS fz3, fz(x2−y2): E±=α −(βπ+βφ)S ± |βπ−βφ|4 S2+15D2

(40) とそっくり同じ形です.違うのは (σ,δ) が (π,φ) に変わり, 分母の 2 が 4 に,√ の中の 3 が 15 になっただけ. |m| が 1 段ずつ上がると, 混成の効き方も規則的に変わっていきます.

12.3 x, y を含む 2 組 ― 方向で σ↔π が入れ替わる

fxz² と fx(x²−3y²) の組は,少しだけ様子が違います. x 方向では σ と δ の組,y 方向では π と φ の組になり, 方向によって重なりの種類そのものが入れ替わるのです. 重みは x 方向が 3/8 と 5/8, y 方向が 1/16 と 15/16.対角化すると

(42) E±=α +(βσ+βδ) cos⁡kxa −(βπ+βφ) cos⁡kya ± u2 −uv2 +v2 u=(βδ−βσ) cos⁡kxa , v=(βπ−βφ) cos⁡kya

fyz² と fy(3x²−y²) の組は,これで x と y を入れ替えたものです (正方格子の 90° 回転で移り合うので当然). u2−uv/2+v2 は判別式が負の正定値 2 次形式なので,√ の中は決して負になりません.

12.4 高対称点と,f バンドが狭い理由

βσ=1.0, βπ=0.6, βδ=0.25, βφ=0.10 eV での E−α です.

組(2×2)Γ (0,0)X (π/a,0)M (π/a,π/a)Γ での主成分
fz³, fz(x²−y²) −1.15 / −1.65+0.968 / −0.968+1.65 / +1.15 上が fz³(純粋)
fxz², fx(x²−3y²) +1.55 / −0.45−1.159 / −2.741+0.45 / −1.55 混ざっている
fyz², fy(3x²−y²) +1.55 / −0.45+2.741 / +1.159+0.45 / −1.55 混ざっている
fxyz(単独)+1.000−1.00 ―

各セルは E+ / E−(式 (41)(42) の複号). どちらの枝がどの軌道かは k で入れ替わります ―― たとえば fz³ は Γ では上の枝,M では下の枝です.

f バンドはなぜ狭いのか 上の値の幅は,全体で 5.48 eV.同じ手順で作った d は 9.50 eV,p は 12.0 eV でした (βσ を f・d・p でそれぞれ 1.0・1.5・2.0 eV と別々に選んだ計算なので, 数値そのものではなく傾向として見てください.p を f と同じ βσ=1.0, βπ=0.6 で作り直すと 6.4 eV です). |m| が大きい重なりほど, 2 つの軌道は「かすった」形でしか触れません.φ にいたっては 6 枚の葉が互い違いに接するだけで, βφ は βσ の 1 割程度しかない. l が大きい軌道ほど使える重なりの種類が増える一方で, そのほとんどが小さい種類だから,バンドは逆に狭くなります. 実際の 4f 電子はこれに加えて軌道自体が原子核の近くに縮んでいるので,なおさら狭い ―― 希土類の 4f が「ほとんど原子のまま」に見え,局在磁気モーメントを保つのは,このためです. 逆に 5f(アクチノイド)は広がりが大きく,バンドを作るか局在するかの境目にいます.
3 通りのやり方で検算しました §11・§12 の式は,どれも手で解いたあとに次の 3 つと突き合わせています. (1) 実球面調和関数を球面上で数値積分して結合軸方向の回転行列 Diμ を作り, E=Ddiag(V|m|)DT として 2 中心行列を独立に組み直したもの. (2) そこから作った H(k) を BZ 全体の 21×21 点で数値対角化したもの. (3) 周期境界条件をつけた N×N 実空間超格子 (f なら 6×6×7 = 252 準位)をそのまま直接対角化したもの. いずれも本文の式と 1×10−14 以内で一致しました. ついでに,同じ枠組みで s と p を計算するとシミュレーター⑤の元の式と桁までぴったり同じ値になります ―― (36) の符号の規則が §10 と矛盾していないことの確認になっています.

東京理科大学 望月研究室. インタラクティブ版は band-simulator (① 分子から結晶へ/② Bloch の定理と E(k)/③ 状態密度/④ バンドギャップの起源/ ⑤ 2 次元正方格子 s・p・d・f)へ.§10 は講義ノート「LCAO 理論」(8)(9)(11) に対応し, §11・§12 はそれを d と f へ拡張したもので,Γ 点の既約表現は crystod-group --generate-basis の出力(§11.6)に合わせてあります. 式 (15)(20)(25)(29)(30)(33)(35)(38)(40)(41)(42) はいずれも数値対角化と 突き合わせて検証済みです(§12 末尾の囲みを参照).