Green 関数はなぜ図形で計算できるのか
― 電子の海に電子を 1 個入れて,消す

対応するシミュレーター(Green 関数と Feynman 図形)の理論編です. 1 粒子 Green 関数の定義から出発し,1 次摂動の 6 図形(図9.1)と 2 次摂動の 10 図形(図9.8)を全部読み切り, 分極バブルが GW 近似へ,交差交換が頂点補正へつながるところまでを一本の物語にします. §11–13 では主役をフォノンに替え,調和振動子を G0,3 次・4 次の非調和項を頂点として同じ言葉で読み直し,厳密解のある Morse 型ポテンシャルで Dyson 方程式の答え合わせをします. 記法は Fetter–Walecka『多粒子系の量子論』(邦訳)に合わせます(iG = ⟨T[ψψ†]⟩,Gauss 単位系,閉ループ 1 個につき −1). 数式番号・図形の呼び名は,望月研究室『線形応答理論入門』付録C と対応しています.

0. まず全体像 ―― 自由粒子から頂点補正まで

この解説の主役は,ただ 1 つの問いです. 「無相互作用の電子の海(Fermi 海)に電子を 1 個付け加え,しばらくたってから取り除くと,どれだけ『同じ 1 粒子』として生き残っているか」. この生き残り振幅が 1 粒子 Green 関数であり,摂動の次数を上げるごとに,その答えは次の 4 段階で豊かになっていきます.

0 次:自由伝播位相だけ回る.振幅は減らない.寿命 ∞.
1 次:Hartree–Fock平均場と交換で準位がずれる.まだ寿命 ∞.
2 次:分極と交差交換粒子–正孔対が生まれ,初めて寿命が有限に.
足し上げ:RPA / Wring 図形を無限和して遮蔽相互作用 W へ.
その先:GW と ΓΣ = iGWΓ.交差交換は頂点補正 Γ の芽.

そして全体を貫く注意がひとつ.Feynman 図形は電子の古典的な軌跡ではなく,積分式の「線のつなぎ方」を表す帳簿です. 図の縦方向は時間(上が未来)に見立てますが,内部頂点の時刻はすべて積分され,1 枚の図形はあり得るすべての時間順序をまとめて表します. この注意は後で(§4,§8,§10)くり返し効いてきます.

図番号について このページとシミュレーターでは,図形を原典 Fetter–Walecka(邦訳)の番号 図9.1・図9.7・図9.8・図9.16 で呼びます. 望月研究室『線形応答理論入門』付録C では,同じ図をそれぞれ 図C.2・図C.7・図C.11・図C.12 と呼んでいます. 以下では,原図そのものを本文中に掲げてあります.

1. Green 関数は何を追跡する量か

相互作用する N 電子系の厳密な基底状態を |Ψ0⟩ とし,Heisenberg 描像の場の演算子を ψ^(x), ψ^†(y) (x=(r,t) は時空点,スピン添字 α, β)とします. 1 粒子 Green 関数は次で定義されます.

iGαβ (x,y) = ⟨Ψ0| T[ ψ^α(x) ψ^β†(y) ] |Ψ0⟩ ⟨Ψ0|Ψ0⟩ (1) F–W 流の定義

時間順序積 T をほどくと,この 1 本の式が 2 つの物語を含んでいることが分かります. t>t′ なら

iGαβ (x,y) = ⟨Ψ0| ψ^α(x) ψ^β†(y) |Ψ0⟩ (2) 粒子の追加

右から読むと「① y で電子を 1 個作り,② N+1 粒子系として時間発展し,③ x で電子を 1 個消す」. つまり「y で付け加えた電子が x で検出される振幅」です. 逆に t<t′ なら(Fermion の入れ替えで符号 − が付いて)先に電子を抜く物語, すなわち正孔の伝播振幅になります. T 積は,粒子の追加と除去という 2 つの物語を 1 つの解析関数にまとめる装置です—— だからこそ,図形の 1 本の実線が粒子と正孔の両方を表せます.

補足:Green 関数は摂動論の産物ではない 式 (1) は相互作用する Hamiltonian に対して厳密に定義された量で,摂動展開や Feynman 図形は,それを計算するための方法の 1 つにすぎません. また,左辺に i を付けるのは Fetter–Walecka の規約で,Wick 縮約 1 つがちょうど iG0 に対応して図形の辞書がきれいになるからです. 多くの教科書の G = −i⟨Tψψ†⟩ と物理は同じで,この i に新しい物理はありません.

相互作用がなければ答えは簡単です.運動量 k,振動数 ωk=εk/ℏ の自由 Green 関数は

G0 (k,ω) = θ(k−kF) ω−ωk+iη + θ(kF−k) ω−ωk−iη (3) 自由 Green 関数

第 1 項が Fermi 面の上(粒子),第 2 項が下(正孔)です. 時間表示にすると位相 e−iωkt が回るだけで振幅は永遠に減りません——寿命 ∞ です. 相互作用が入ると,励起は ① エネルギーがずれ(くりこみ),② 1 粒子としての重みが減り(Z < 1), ③ 実在の終状態へ崩壊できれば有限の寿命を持ち,④ 失われた重みは非干渉的背景やサテライトへ移ります. これを測る物差しがスペクトル関数です.

A(k,ω) = −1π Im⁡GR (k,ω) , D(ω) = ∑k Tr⁡ A(k,ω) (4) スペクトル関数と状態密度
−Im G は,そのままでは状態密度ではない スペクトル関数 A(k,ω) を作るのは遅延 Green 関数 GR です.図形で計算するのは時間順序 GT なので,両者を混同してはいけません. また状態密度 D(ω) は,スピンのトレースと運動量和 (4) を取って初めて得られます. A(k,ω) を ω–k 面の強度マップとして描けば,くりこまれたバンド分散・線幅・サテライトが見えます(ARPES が測るのはこれです).

2. なぜ「図形」になるのか ―― Wick の定理と辞書

相互作用表示で式 (1) を展開すると,n 次の項には相互作用 Hamiltonian が n 個並び, 場の演算子が全部で 4n+2 個現れます.裸の Coulomb 相互作用は

U(x1,x1′) = V(r1−r1′) ⁢ δ(t1−t1′) (5) 瞬間的な相互作用

で,波線の両端は必ず同時刻です.Wick の定理は,この長い演算子列の基底状態期待値を 「2 個ずつの縮約(= iG0)の積」の和に分解してくれます. 縮約の付け方 1 通りが図形 1 枚.1 次では ψ と ψ† が 3 個ずつなので 3! = 6 通り——これが図9.1 の 6 図形です. 2 次では 5! = 120 通りが,同値なものの整理で 10 枚に縮みます(§6). 図形を式に戻す辞書は次のとおりです.

表 1 Feynman 図形の辞書(座標空間,Fetter–Walecka の流儀)
図形の要素数式の因子読み方
矢印つき実線 y → xiG0αβ(x, y)自由伝播.tx > ty なら粒子,tx < ty なら正孔を表す
波線U(x₁, x₁′)瞬間的 Coulomb 相互作用.両端は同時刻(式 (5))
頂点(黒丸)∫d⁴x₁ とスピン和内部の時空点はすべて積分される
閉じた Fermi ループ因子 (−1)+スピントレース占有状態についての和.ループ 1 個ごとに符号 −
始点=終点の等時刻線iG0(rt, rt⁺) = −n/(2s+1)·δαβ電子の海の密度 n.tadpole の中身はこれ
n 次の全体(−i/ℏ)ⁿ (−1)FF はループの数(上のループ行の (−1) を数え上げたもの.二重には掛けない)

3. 1 次摂動の 6 図形(図9.1)を読み切る

1 粒子 Green 関数への 1 次の寄与 (A)〜(F)
図9.1 1 粒子 Green 関数への 1 次の寄与 (A)〜(F). 縦が時間(上が未来),横が空間.実線は G0,波線は相互作用 U. (A),(B) は外線とつながらない真空泡,(C)=(E) が交換,(D)=(F) が直接です. 出典:A. L. Fetter and J. D. Walecka『多粒子系の量子論 理論編』(邦訳)図9.1(付録C では図C.2)

6 枚はどれも「y から x へ至る外線」と「x₁–x₁′ の波線 1 本」を持ち,違うのは残り 2 本の実線のつなぎ方だけです. シミュレーターの①タブで 1 枚ずつ確かめながら読んでください.

表 2 1 次摂動の 6 図形の読み方と行方(図9.1 の (A)〜(F)).「代表的な物語」は直観のための一つの時間順序にすぎず,実際には内部時刻・内部座標はすべて積分される.
図形代表的な物語行方
(A)ダンベル(密度 2 個+波線)海の 2 つの等時刻密度が直接 Coulomb 相互作用——基底状態の Hartree エネルギー外線と非連結 → 分母 ⟨Φ₀|Ŝ|Φ₀⟩ と相殺して消える
(B)牡蠣(交換ループ+波線)海の占有電子 2 個の交換振幅——基底状態の Fock エネルギー非連結 → 分母と相殺して消える
(C)交換:外線が波線の両端を順に通る付け加えた電子が占有電子と交換する連結.(E) と合わせて図9.7(b) の Fock 項へ
(D)tadpole:外線に密度ループが付く付け加えた電子が平均密度の Coulomb 場を感じる連結.(F) と合わせて図9.7(a) の Hartree 項へ
(E)(C) の端点 x₁ ↔ x₁′ 交換積分変数の名前の付け替え値は (C) と同一.2 倍が H₁ の 1/2 を消す
(F)(D) の端点交換同上値は (D) と同一
(A), (B) が「消える」ことの意味 そこに物理が無いのではありません.真空泡は電子を 1 個も付け加えなくても存在している基底状態のエネルギー・位相であり, G は「付け加えたことによる差分」を記録する量なので,共通因子として割り落とされるのです(つながった図形の定理).

結局,1 次の Green 関数は位相幾何学的に異なる連結図形 2 枚に集約されます.

G(1) = G0ΣHG0 + G0ΣFG0 (6) 1 次 = Hartree + Fock
ΣH(r) = 1ℏ ∫d3r′ V(r−r′) ⁢n(r′) , ΣF,αβ(r,r′) = −1ℏ V(r−r′) ⁢ ραβ(r,r′) (7) Hartree と Fock の自己エネルギー

ここで ραβ(r,r′) は 1 体密度行列です. 一様な電子気体(jellium)では,Hartree 項 nV(0) は一様な正の背景電荷のポテンシャルとちょうど相殺して消えます. Hartree–Fock 近似とは,Feynman 図形の 1 次で止めることにほかなりません.

4. Hartree と Fock は「時間の前後」の違いではない

ありがちな誤読 「tadpole は波線が水平だからある時刻にならないと起こらない.Fock の波線は斜めだから,過去の電子と未来の電子が相互作用している」——どちらも正しくありません. ① 内部頂点の時刻はすべて積分され,「ある時刻に起こる事件」は図のどこにも書かれていません. ② 波線の両端は必ず同時刻(式 (5))で,斜めに見えるのは作図の都合です.
1 次の Feynman 図形 (a) Hartree と (b) Fock
図9.7 まとめたあとの 1 次の Feynman 図形. (a) 直接項=Hartree(tadpole),(b) 交換項=Fock. 図9.1 の (D),(F) が (a) に,(C),(E) が (b) にまとまり,(A),(B) は消えました. 出典:Fetter–Walecka(邦訳)図9.7(付録C では図C.7)
表 3 では何が違うのか——直接(direct)か交換(exchange)か,それだけ
(a) 直接項=Hartree(b) 交換項=Fock
図形上の事実外線は頂点 x₁ だけを通り,x₁′ には閉ループが付く外線が波線の両端 x₁, x₁′ を順に通り抜ける
物理付け加えた電子が,海の平均密度の作る Coulomb 場を感じる同種 Fermion の反対称性による交換.名札が付けられないため,入れ替えた振幅が符号 − 付きで加わる
Fermi ループ1 個(符号 −)なし(符号 +)
非局所性r に局所(掛け算の演算子)r, r′ の 2 点をつなぐ非局所演算子

シミュレーター①の (C) では,「そのまま進む振幅」と「入れ替わった振幅」が半透明で重なり,− の札が付きます. 交換は古典粒子 2 個が位置を入れ替える出来事ではなく,反対称化された多体振幅の干渉項です.

5. なぜ 1 次では寿命が出ないのか ―― δ(t−t′) の正しい読み方

Hartree–Fock 自己エネルギーを時間表示で書くと

ΣHF (t,t′) = δ(t−t′) ⁢ ΣHF (8) 時間局所な核
δ(t−t′) は「一瞬だけ発生する事件」ではない Dyson 方程式の中で自己エネルギーは畳み込み ∫dt′ Σ(t,t′)G(t′,t₀) の形で働きます.式 (8) を入れると ΣHF·G(t,t₀)—— つまり任意の時刻 t で,その同じ瞬間の状態だけに作用し,過去の履歴を参照しない(記憶を持たない)という意味です. t = t′ という 1 つの絶対時刻でだけ働くのではなく,t 自身は全時刻を走ります.

ここから 1 本の論理の鎖が伸びます.

時間局所(記憶なし)⇒ 静的 ⇒ 実数 ⇒ 寿命 ∞ 時間差 τ = t−t′ について Fourier 変換すると δ(τ) ↔ 1,すなわち ΣHF(ω) は振動数に依らない(静的). 静的な Hartree–Fock 自己エネルギーは実数なので Im ΣHF = 0.線幅は 0,寿命は無限大です. 準位はくりこまれるのに,電子は永遠に生き続ける——これが 1 次の世界です. 逆に言えば,有限の寿命には「時間の記憶を持つ(振動数依存の)自己エネルギー」が必要で,それは 2 次の (i), (j) で初めて現れます.
補足:時間核は確率分布ではない 2 次以降で Σ(t,t′) が δ 関数でなくなっても,一般に正値の Gauss 分布になるわけではありません. 時間核は複素数値のメモリー核で,振動・符号変化・べき減衰を持ち得ます.その「幅」を不確定性と呼ぶのも不適切です. さらに,核が時間幅を持つだけでは寿命は生じません——エネルギー保存を満たす実在の終状態(粒子–正孔連続体など)があって初めて Im ΣR ≠ 0 になります(§9).

6. 2 次摂動の 10 図形(図9.8)―― 可約 4 枚と固有 6 枚

2 次では波線 2 本・実線 5 本,位相幾何学的に異なる連結図形は 10 枚です.これは 2 群に分かれます.

G(2) = G0 [ Σ(1) G0 Σ(1) + Σ(2) ] G0 (9) 2 次の構造
2 次の Feynman 図形 (a)〜(j)
図9.8 1 粒子 Green 関数への 2 次の寄与 (a)〜(j). (a)〜(d) は可約(中間の実線 1 本を切ると 1 次 × 1 次に分かれる),(e)〜(j) は固有です. 出典:Fetter–Walecka(邦訳)図9.8(付録C では図C.11)
表 4 2 次摂動の 10 図形(図9.8 の (a)〜(j)).「代表的な物語」は直観のための一つの読み方であり,実際には内部時刻・内部運動量はすべて積分される.
図9.8名前代表的な物語分類図9.16
(a)Hartree–Hartree平均場を感じ,伝播し,もう一度感じる:G⁰ΣHG⁰ΣHG⁰可約(実線 1 本を切ると 2 つに分かれる)—
(b)Fock–Fock交換 → 伝播 → もう一度交換可約—
(c)H–F 混合 1Hartree と Fock を 1 回ずつ(接続順序 1)可約—
(d)H–F 混合 2(c) と逆の接続順序可約—
(e)交換入り tadpole密度ループの中の電子が別の占有電子と交換——交換補正された密度が作る Hartree 場固有・静的(a)
(f)tadpole の tadpole密度ループが別の密度ループの Hartree 場を受ける入れ子固有・静的(b)
(g)rainbowFock 交換を担う内線が,さらに交換を受ける((b) と違い外線ではない)固有・静的(c)
(h)tadpole つき交換交換の内線が海の Hartree 場を受ける固有・静的(d)
(i)分極バブル挿入電子が海に (q,ω) を渡す → 粒子–正孔対(分極雲)が生まれ,伝播し,再結合して反作用が返る固有・動的——GW の芽(e)
(j)交差交換q を出し,q′ を出し,先に q を吸収し,最後に q′ を吸収.複数の交換履歴が符号を含んで干渉固有・動的——頂点補正の芽(f)
ラベルの対応を取り違えない 図9.8 と図9.16 には同じ (a)〜(f) の記号が付いていて混乱しやすいのですが, 「相関の本体」と呼ばれるのは図9.16 の (e),(f),すなわち図9.8 の (i),(j) です. 図9.8 の (e),(f) は Hartree/Fock 図形の内線を着せ替えただけの,静的な構造の再編成にすぎません.

(a)〜(d) は「1 次の塊を外線上で 2 回使った」だけの可約図形で,Dyson 方程式(§9)の反復が自動的に生成します. ΣH と ΣF が実数・静的である限り,これらをいくら直列に重ねても Im Σ = 0 のまま——準位と軌道は変わっても線幅は 0 です. (e)〜(h) は固有(1 本の実線を切っても分かれない)ですが,やはり静的な着せ替えです. 新しい物理は (i), (j) にあります.

7. 分極バブル (i) ―― 遮蔽と GW 近似の芽

2 次の固有自己エネルギー (a)〜(f)
図9.16 2 次の固有自己エネルギー Σ★(2) の 6 項. 図9.8 の (e)〜(j) から外線を切り落とした形です. (e) が GW 近似の芽,(f) が頂点補正の芽——この 2 つが動的相関の本体です. 出典:Fetter–Walecka(邦訳)図9.16(付録C では図C.12)

運動量空間の Feynman 則で図9.16(e)(=図9.8(i) の固有部分)を書き下すと(g = 2s+1 はスピン縮重度)

Σ(2e) (k) = (i/ℏ)2 (−g) ∫d4q(2π)4 ∫d4p(2π)4 [V(q)]2 G0(k−q) G0(p) G0(p+q) (10) 分極バブルの自己エネルギー

G⁰(p)G⁰(p+q) の対が粒子–正孔対(分極)です.自由分極を P0(q)=−i∫dpG0(p)G0(p+q) と書けば,(10) の相互作用部分は V(q)P⁰(q)V(q)——「裸の相互作用が海を分極させ,分極が相互作用を弱める」最初の項です. ここで裸の Coulomb V(q) = 4πe²/q² を入れると,[V(q)]² 〜 q⁻⁴ に対して分極ループは q → 0 で有限なので,この項は小さい q で発散します. 2 次で摂動論が破綻するのではなく,「同じ形(ring)の図形を無限次まで足せ」という合図です.幾何級数を足し切ると

W = v+vP0v +vP0vP0v +⋯ = v1−vP0 (11) RPA の遮蔽相互作用

——遮蔽相互作用 W(RPA)が得られ,q → 0 でも有限になります. 交換項の波線 v を W に置き換えたもの,Σ = iGW が GW 近似です.図9.16 の 6 項のうち (e) を無限次まで足し,(f)(交差交換)を捨てる近似,とも言えます. 下の図 1 で「有限次で止めると発散し,足し切ると収束する」様子を確かめてください.

図 1 ring の足し上げ:v + vP⁰v + … → W.バブル数 n を増やしても小さい q では部分和が振動・発散し,無限和(RPA)で初めて有限の遮蔽 W に収束します.曲線は教育用の模型(v = 0.8/q²,−P⁰ = 1/(1+q²/3))です.

8. 交差交換 (j) ―― 頂点補正の芽

もう 1 つの動的図形,図9.16(f)(=図9.8(j))は

Σ(2f) (k) = (i/ℏ)2 ∫d4q(2π)4 ∫d4q′(2π)4 V(q) V(q′) G0(k−q) G0(k−q−q′) G0(k−q′) (12) 交差交換の自己エネルギー

外線が波線 q を放出し,続いて q′ を放出し,先に出した q を先に吸収し,最後に q′ を吸収する—— この「線の接続順序」が図の交差を生みます.図の交差は過去と未来が相互作用したという意味ではありません. 物理的には,同種 Fermi 粒子に名札が付けられないため複数の交換履歴が区別できず,符号を含んだ量子振幅として干渉することを表します.

なぜ「頂点補正の芽」なのか 波線に分極バブルを挿入する操作(=GW を作る操作)をいくら繰り返しても,この交差図形は決して作れません. Hedin の厳密な形 Σ = iGWΓ において GW 近似は裸の頂点 Γ = 1 を仮定しますが, 交差交換は Γ = 1 + Γ⁽¹⁾ + ⋯ の最初の非自明な補正 Γ⁽¹⁾ に対応します. Ward 恒等式(保存則)との整合や励起子効果など,「GW で取りこぼされる物理」の入口です. (12) は裸の Coulomb でも有限で,2 次の交換相関の残りを与えます.

9. Dyson 方程式と寿命 ―― Im Σ がスペクトルに現れるまで

固有自己エネルギー Σ★(外線を切っても 2 つに分かれない図形の和)を一度作ってしまえば, 可約図形は Dyson 方程式が自動的に無限次まで足し上げてくれます.運動量空間では

G(k,ω) = 1 ω−ωk −Σ★(k,ω) (13) Dyson 方程式

極の近くで展開すると,準粒子の 3 点セットが読み取れます.

ε~k = εk+ℏRe⁡Σ★ , γk = −ZkIm⁡Σ★ , Zk = [1−∂Re⁡Σ★/∂ω]−1 (14) 準粒子の 3 点セット

Re Σ★ が準位のシフト,−Im Σ★ が線幅(寿命の逆数),Z が「1 粒子らしさ」の残り分です. 1 次(HF)では Σ★ は実数・静的なので γ = 0, Z = 1. 2 次の (i), (j) で Σ★ が振動数依存になると,エネルギー保存を満たす実在の終状態(粒子–正孔連続体)がある領域で Im Σ★ < 0 が生じ, スペクトルの峰は幅 2γ の Lorentz 型に広がり,時間領域では生き残り振幅が e−γt で減衰します. 逆に,終状態のない領域(たとえばギャップの中)では,ω 依存の Σ★ を持っていても寿命は厳密に無限大のままです. Fermi 液体では Pauli 排他律が終状態を塞ぐため,Fermi 面近傍で

−Im⁡Σ★R (ξ,T) ∝ ξ2 + (πkBT)2 (15) Fermi 液体の散乱率

——低温・Fermi 面近傍ほど準粒子は長寿命です(ξ = εk − εF). 「低温にすると電子間相互作用の量子効果が強まって散乱が激しくなる」という直観は逆です.図 2 で確かめてください.

図 2 スペクトル関数 A(k,ω) と寿命.近似のレベルを切り替え,ξ と T を動かします.1 次までは峰が動くだけで幅 0.2 次で初めて幅が生じ,ξ → 0, T → 0 で幅が狭くなる(式 (15))ことを確かめてください.模型は式 (15) の形を持つ教育用のもので,λ は相互作用の強さです(γ は半値半幅として直接与えており,式 (14) の Z 因子は γ に繰り込み済みです).

10. よくある誤解と正しい読み方

表 5 Feynman 図形と Green 関数をめぐる誤解の一覧(つまずいたら §の該当箇所へ)
つまずきやすい読み方正しい読み方§
図形は電子が動いた軌跡の写真である積分式の「線のつなぎ方」を表す帳簿.内部時刻・座標はすべて積分される0, 2
波線は有限速度で飛ぶ「Coulomb 光線」で,斜めの波線は過去と未来を結ぶ波線の両端は必ず同時刻(U ∝ δ(t₁−t₁′)).斜めは作図の都合2, 4
Hartree は「ある時刻に起こり」,Fock は「時間をまたぐ」違いは direct か exchange か(線のつなぎ方)だけ4
δ(t−t′) は「一度だけ発生する事件」「記憶を持たない(時間局所)」の意味.t は全時刻を走る5
HF を高次まで重ねればそのうち寿命が出る実数・静的な Σ はいくら重ねても Im Σ = 0.寿命は (i),(j) の動的相関から5, 6, 9
時間核は Gauss 分布で,その幅は「自己エネルギーの不確定性」複素数値のメモリー核.幅だけでは寿命は出ず,実在の終状態が要る5, 9
−Im G がそのまま状態密度.k 分解すればバンド図A(k,ω) = −(1/π)Im GR(遅延型)→ トレースと Σk で D(ω)1
低温ほど電子どうしの散乱が激しくなり「ネバネバ」するPauli 排他律で −Im Σ ∝ ξ²+(πkBT)².低温・Fermi 面近傍は長寿命9
1 粒子寿命が短い = 電気抵抗が大きい抵抗は電流(運動量)の緩和.Umklapp・不純物・頂点補正を含む輸送計算が別に必要9
2 次の (a)〜(d) も新しい 2 次自己エネルギー可約図形=1 次の塊の反復.Dyson 方程式が自動生成する6, 9
「相関の本体」は図9.8 の (e),(f)図9.16 の (e),(f) = 図9.8 の (i),(j).ラベルの取り違えに注意6

11. フォノンの Green 関数 ―― 調和振動子が G0,非調和項が頂点

ここからは主役を電子からフォノンに替えます(対応するシミュレーター④).電子の「無相互作用の海」に当たるのは調和振動子で, 電子の Coulomb 相互作用に当たるのが原子変位の 3 次・4 次の項です.記法は只野–常行の PRB 92, 054301 (2015)[ALAMODE の SCP 論文]に合わせます. 原子間ポテンシャルを変位 u で展開し,変位を規準座標 Aq = bq + b†−q で書くと

U=U0+U2+U3+U4+⋯ Un=1n! (ℏ2)n/2 ∑{q} Δ(q1+⋯+qn) Φ(q1,…,qn) ωq1⋯ωqn Aq1⋯Aqn (16) 非調和項(Tadano 式 (13))

Φ(q1,…,qn) は n 次の力定数を規準座標に変換したもの(質量で割ってある),Δ は運動量保存です. 1 フォノン Green 関数は,電子の場合の ψ, ψ† を Aq に替えた虚時間の相関関数

Gq(τ)= ⟨TτAq(τ) Aq†(0)⟩ , Gq0(iωm)= −2ωq (iωm)2−ωq2 (17) フォノンの G0(Tadano 式 (5),(7))

電子の G0 = 1/(ω − ωk) に比べると,フォノンは正負両方の振動数に極を持ちます(A = b + b† が生成と消滅を両方含むため). 調和振動子のノート(ノート 2/14 の「虚時間の応答関数」)にある計算を 1 行で書くと,⟨A(τ)A(0)⟩ = (n+1)e−ωqτ + n eωqτ を ∫0βħdτ eiωmτ すると (n+1)(1−e−βħω) = 1,n(eβħω−1) = 1 の 2 つの恒等式で温度が消え,(17) になります. なぜ虚時間か(ノートの Q1)——有限温度の期待値 Tr[e−βH…] と時間発展 e−iHt/ħ を 1 つの指数にまとめて Wick の定理と Feynman 図形をそのまま使うためで, 実振動数の遅延関数には最後に iωm → ω + iε の解析接続で戻ります. Dyson 方程式は電子と同じ形で,行列(バンドの混合 j,j′ を含む)に対して

[Gq(ω)]−1 = [Gq0(ω)]−1 −Σq(ω) ⟹ det[ω2−Vq(ω)]=0 Vqjj′= ωqj2δjj′ −(2ωqj)12 (2ωqj′)12 Σqjj′ (18) Dyson 方程式と繰り込み振動数(Tadano 式 (8)–(11))

1 モードなら Ω2 = ωq2 − 2ωqΣq(Ω),すなわち Ω ≈ ωq − Σq(この符号規約では Σ < 0 が硬化). 以下では見やすいように「周波数シフト」Δ ≡ Ω − ωq と「線幅」Γ ≡ Im 部で語ります(Γ は半値半幅,寿命 τ = 1/2Γ).

12. 3 次項と 4 次項の Feynman 図形 ―― ループ・タッドポール・バブル

電子で 1 次の 6 図形が Hartree と Fock に集約されたように,フォノンでは結合定数の 2 次までに 3 つの固有図形が残ります (シミュレーター④の図形の列.波線がフォノン線 G0,● が Φ3(3 本足)・Φ4(4 本足)の頂点).

表 6 結合定数の 2 次までの固有自己エネルギー(フォノン)と,電子の図形との対応.最下行は参考です
図形次数中身ω 依存線幅電子での相方
ループΦ4 の 1 次4 本足の 2 本を閉じて ⟨A²⟩ = 2n+1 にした平均場.SCP はこれを自己無撞着に足すなし(実数・静的)0Hartree–Fock(図9.1)
タッドポールΦ3 の 2 次3 本足の 1 本が q = 0・ω = 0 の線で別の 3 本足のループへ.静的な変位 ⟨u⟩(熱膨張・内部座標の緩和)による曲率変化なし0Hartree の「密度のずれ」
バブルΦ3 の 2 次外線のフォノンが 2 個のフォノンに壊れて戻る.終状態 ω = ω1+ω2 があれば虚部ありあり分極バブル (i)(図9.8)
Φ4 の 2 次(3 本線)Φ4 の 2 次3 フォノン中間状態.Tadano 2015 では省略ありあり—
Σq(L)=− 12N ∑q1 ℏΦ(q,−q,q1,−q1) 4ωqωq1 [1+2n(ωq1)] Ωq2=ωq2+2ΩqIq (SCP,Iq≡−Σq(L)) (19) ループ(Tadano 式 (15)–(17))
Σq(B)(iωm)= 12N ∑q1,q2 ℏ|Φ(−q,q1,q2)|2 8ωqω1ω2 Δ(−q+q1+q2) F(iωm) F=∑σ=±1 [ 1+n1+n2 iωm+σ(ω1+ω2) + n2−n1 iωm+σ(ω1−ω2) ] (20) バブル(Tadano 式 (18),(19))

iωm → ω + iε とすると 1/(ω − ω1 − ω2 + iε) = P[…] − iπδ(ω − ω1 − ω2) から虚部が分かれ, それが只野の式 (30)——ノート 2/16 に写した線幅——です:

Γq(ω)= πℏ16N ∑q′,q″ |Φ(−q,q′,q″)|2 ΩqΩq′Ωq″ × [ (nq′+nq″+1) δ(ω−Ωq′−Ωq″) −2(nq′−nq″) δ(ω−Ωq′+Ωq″) ] (21) 線幅(Tadano 式 (30))

第 1 項が「1 個 → 2 個」の崩壊(Klemens 過程),第 2 項が熱的に励起されたフォノンとの合体で,どちらもエネルギーと運動量の保存を満たす終状態があるときだけ非零です. 高温では n ∝ kBT/ħω なので Γ ∝ T,寿命 τ = 1/2Γ ∝ 1/T.実部(周波数シフト)は同じ式の δ を主値 P[1/(ω − Ω′ − Ω″)] などに置き換えたもので, 外線の振動数が 2 フォノンの連続体より下にあれば準位反発で軟化します. タッドポールは只野の論文には含まれていませんが(本文 IV B 末尾で「熱膨張・内部座標の緩和・バブルによる固有シフトは考えていない」と明記), 3 次項が平衡位置をずらす効果そのものなので,負熱膨張を考えるときには外せません.1 モードで書くと

⟨x⟩=−3α⟨x2⟩Mω02 Δ(T)=3α⟨x⟩Mω0 =−9α2⟨x2⟩M2ω03 , ⟨x2⟩=ℏ2Mω0(2n+1) (22) タッドポール = 静的変位による曲率変化(U = ½Mω0²x² + αx³ + βx⁴)

12.1 1 モードに落とす:3 図形の値

結晶の式を 1 個の振動子(N = 1,モードは 1 つ)に落とし,H = ħω0(b†b+½) + gA³ + hA⁴, g = αλ3/2,h = βλ²,λ = ħ/2Mω0 と書きます.3 つの図形の on-shell(ω = ω0)の値は,どれも ⟨A²⟩ ∝ 2n+1 に比例して

ℏΔL=12h(2n+1) , ℏΔT=−36g2ℏω0(2n+1) ℏΔB(ω0)=−24g2ℏω0(2n+1) (23) 1 モードの 3 図形

バブルの虚部は 1 モードでは δ(ω0 − 2ω0) = 0 なので消えます——1 個の非調和振動子には寿命がありません(固有状態は厳密に定常). これらが正しいかは,Rayleigh–Schrödinger の摂動論で確かめられます.4 次項の 1 次と 3 次項の 2 次(Landau–Lifshitz『量子力学』§38 の問題)は

En=ℏω0(n+12) +3h(2n2+2n+1) −g2ℏω0(30n2+30n+11) ℏωn+1,n=En+1−En =ℏω0+(n+1) [12h−60g2ℏω0] (24) 摂動論の準位と遷移振動数

T = 0 では 12h − 60g²/ħω0 = ħ(ΔL + ΔT + ΔB)|n=0(12 − 36 − 24 = −60)で式 (23) と一致します. 有限温度では,n → n+1 の吸収の強度が (n+1)pn なので,遷移振動数の加重平均は ⟨(n+1)²⟩/⟨n+1⟩ = 2nB+1(Bose 統計で ⟨n²⟩ = 2nB²+nB)を使って ħω0 + (2nB+1)[12h − 60g²/ħω0].これは Dyson 方程式の準粒子振動数 ω0 + ΔL + ΔT + ΔB と同じものです. つまり最低次の Dyson 方程式の峰は,厳密なスペクトル(n ごとの遷移が並ぶ櫛)の重心を与えます.

13. Morse 型ポテンシャル ―― 厳密解と図形の答え合わせ

Morse 型ポテンシャル(ノート 11/7)は,展開係数が 1 つのパラメータで決まり,しかも Schrödinger 方程式が厳密に解けます:

UM(x)= D(1−e−ax)2 =12Mω02x2 −ξx3 +76ξ2Mω02x4+⋯ D=M3ω068ξ2 , a=2ξMω02 EnM= (n+12)ℏω0 −(ℏω0)24D (n+12)2 , (ℏω0)24D =2ℏ2ξ2M3ω04 (25) Morse 型(Morse 1929)と厳密な準位

α = −ξ,β = (7/6)ξ²/Mω0² を式 (23) に入れて λ = ħ/2Mω0 と D で整理すると, 12h = (7/16)(ħω0)²/D,36g²/ħω0 = (9/16)(ħω0)²/D,24g²/ħω0 = (6/16)(ħω0)²/D となり,

ℏ(ΔL+ΔT+ΔB) =7−9−616 (ℏω0)2D (2nB+1) =−(ℏω0)22D (2nB+1) 厳密解: ℏωn+1,n= ℏω0−(ℏω0)22D (n+1) 吸収強度つき平均: ℏω0−(ℏω0)22D (2nB+1) (26) 答え合わせ:3 図形の和 = 厳密解の平均
Morse で何が起きているか 4 次項のループは硬化(+7),3 次項のタッドポールとバブルは軟化(−9,−6)で,差し引き −8/16 = −½.厳密解の En が (n+½) の 2 次式で閉じているため, 結合定数の 2 次までの摂動論(=この 3 図形)がすべての n で厳密になり,高次の図形の寄与は打ち消し合います. つまり Morse 型は「Dyson 方程式の最低次で何が正しく,何が抜けるか」を見るのに最適な模型です:峰の位置(重心)は正しく出て, n ごとに振動数が違う櫛の拡がり——標準偏差 (ħω0²/2D)√(2nB(nB+1)),高温で ∝ T——は最低次の Σ には現れません. これは寿命ではなく「不均一な広がり」で,結晶ではバブルの虚部(本当の寿命)と重なって観測されます.

図 3 Morse 型のスペクトル A(ω):厳密解の櫛と Dyson 方程式の峰.櫛の各線は n → n+1 の遷移(強度 (n+1)pn),帯は平均 ± 標準偏差.縦線はループのみ(SCP の最低次)と 3 図形の和(Dyson).単位は ħ = ω0 = 1.

図 4 繰り込まれた振動数 Ω(T) と線幅 Γ(T).左:ループのみ(硬化)・3 図形の和(Dyson,赤の破線)・厳密解の櫛の平均 ± σ(緑)・ノートの n → nB 代入(灰).右:結晶で 2 フォノン連続体があるとしたときの Γ ∝ (2n+1),Bose 因子の引数が ω0/2(エネルギー保存)か ω0(ノートの式)かの違い.

13.1 ノートの n → nB 代入について

ノート 11/7 の最後で,Morse の準位に Bose–Einstein の nB を代入した内部エネルギー UM = (nB+½)ħω0 − (nB+½)²(ħω0)²/4D を作っています.厳密な熱平均は ⟨(n+½)²⟩ = (nB+½)² + nB(nB+1)(Bose 統計の揺らぎ)なので, 代入は揺らぎの項 nB(nB+1)(ħω0)²/4D(高温で ∝ T²)を落としています.同じ理由で,遷移振動数に n → nB を入れた ω0 − (ħω0²/2D)(nB+1) は Dyson の (2nB+1) より軟化が小さく(高温では半分になり,低温では両者は一致します),図 4 の灰の破線がそれです. 平均場(ループ・SCP)が拾うのは ⟨A²⟩ = 2n+1 という「揺らぎを含めた 2 次モーメント」で,これが (nB+1) ではなく (2nB+1) になる理由です. ノート 2/16 の Γ ∝ (2n+1) と τ ∝ tanh(ħΩ/2kBT) は,δ 関数を満たす 2 個の娘フォノン(各 Ω/2)の占有数で書くと τ ∝ tanh(ħΩ/4kBT) になります (Si の Raman 線幅の Balkanski–Wallis–Haro の式 Γ = Γ0[1 + 2/(eħω/2kBT − 1)] がこの形).

ノートの Q2(ALAMODE は 1 次摂動だけで十分か)への一つの答え SCP(ループの自己無撞着な足し上げ)は「静的・実数」の Σ の範囲で最善で,Morse でいえば +7/16 の硬化だけを見ています. 軟化を担う 3 次項(−9/16 − 6/16)は SCP の外にあり,只野の論文でも「バブル・熱膨張・内部座標の緩和は今後の課題」と書かれています (ALAMODE のその後の版では SCP の上にバブルを摂動で足す「SCP+B」やタッドポールを含む「SCP+T」が実装されています). He 原子の 1s で 1 次摂動がよく当たるのは,摂動が「静的な平均場」で尽きる系だからで,寿命や軟化のようにω 依存・2 次の過程が本質の量は 1 次では出ません——電子の §5・§9 と同じ結論です.

14. まとめ ―― 1 本の物語として

  1. 0 次:無相互作用の Fermi 海に電子を 1 個加えると,位相だけ回して減衰せずに伝播する(式 (3)).
  2. 1 次(図9.1 → 図9.7):6 図形のうち真空泡 2 枚は分母と相殺,残り 4 枚は 2 枚ずつ同値で,Hartree(平均密度の場)と Fock(反対称性の交換)に集約される(式 (6),(7)).Σ は実数・静的——準位はずれるが寿命は ∞ のまま(§5).
  3. 2 次(図9.8 → 図9.16):10 図形 = 可約 4 + 固有 6.固有のうち 4 枚は内線の着せ替え,残る (i) 分極バブルと (j) 交差交換が動的相関の本体(§6).
  4. (i) → RPA・GW:裸の Coulomb では (i) は小さい q で発散し,ring を無限和して遮蔽 W が生まれる(式 (11)).Σ = iGW が GW 近似.
  5. (j) → 頂点補正:交差交換はバブル挿入では作れず,Γ = 1 を超える最初の補正 Γ⁽¹⁾ になる(式 (12)).
  6. フォノン(§11–13):調和振動子が G0,3 次・4 次項が頂点.ループ(Φ4,静的・硬化)・タッドポール(Φ3²,静的変位・軟化)・バブル(Φ3²,ω 依存・軟化・線幅).Morse 型では 3 図形の和 −(ħω0)²(2nB+1)/2D が厳密解の遷移振動数の重心に一致し,櫛の拡がりは最低次の Σ に現れない(式 (23)–(26)).
  7. 寿命:粒子–正孔対という実在の終状態が開くと Im Σ★ ≠ 0.峰は広がり |G(t)| は減衰する.Fermi 液体では −Im Σ ∝ ξ²+(πkBT)² で,低温・Fermi 面近傍ほど長寿命(式 (15)).

対応するシミュレーター:Green 関数と Feynman 図形 ― 電子の海に電子を 1 個入れて,消してみる(④ フォノン:非調和項の図形と Morse 型). 関連教材:調和振動子(第 2 量子化の入口). 図形は Fetter–Walecka(邦訳)の図9.1・図9.7・図9.8・図9.16 を引用しています(望月研究室『線形応答理論入門』付録C では,同じ図をそれぞれ 図C.2・図C.7・図C.11・図C.12 と呼んでいます). 図 1・図 2 は形を見るための教育用模型であり,特定物質の計算ではありません.
主な原典

  1. A. L. Fetter and J. D. Walecka, Quantum Theory of Many-Particle Systems (McGraw-Hill, 1971)[邦訳:『多粒子系の量子論 理論編』]第 3 章(Wick の定理,図9.1–9.16,Dyson 方程式).
  2. R. D. Mattuck, A Guide to Feynman Diagrams in the Many-Body Problem, 2nd ed. (Dover, 1992).図形の入門として最良の一冊.
  3. G. D. Mahan, Many-Particle Physics, 3rd ed. (Kluwer, 2000) 第 5 章(第 2 次 Born 近似).
  4. L. Hedin, “New Method for Calculating the One-Particle Green's Function with Application to the Electron-Gas Problem,” Phys. Rev. 139, A796 (1965). doi:10.1103/PhysRev.139.A796
  5. G. Onida, L. Reining, and A. Rubio, “Electronic excitations: density-functional versus many-body Green's-function approaches,” Rev. Mod. Phys. 74, 601 (2002). doi:10.1103/RevModPhys.74.601
  6. N. E. Dahlen and R. van Leeuwen, “Self-consistent solution of the Dyson equation for atoms and molecules within a conserving approximation,” J. Chem. Phys. 122, 164102 (2005). doi:10.1063/1.1884965(2 次自己エネルギー=GF2 の明示式)
  7. T. Tadano and S. Tsuneyuki, “Self-consistent phonon calculations of lattice dynamical properties in cubic SrTiO3 with first-principles anharmonic force constants,” Phys. Rev. B 92, 054301 (2015). doi.§11–12 の式 (16)–(21) の出典(式番号は原論文).T. Tadano, Y. Gohda, and S. Tsuneyuki, J. Phys.: Condens. Matter 26, 225402 (2014):ALAMODE.
  8. A. A. Maradudin and A. E. Fein, “Scattering of Neutrons by an Anharmonic Crystal,” Phys. Rev. 128, 2589 (1962);R. A. Cowley, “The lattice dynamics of an anharmonic crystal,” Adv. Phys. 12, 421 (1963).3 次・4 次項の自己エネルギー(ループ・タッドポール・バブル)の原典.
  9. N. R. Werthamer, “Self-Consistent Phonon Formulation of Anharmonic Lattice Dynamics,” Phys. Rev. B 1, 572 (1970).SCP 理論.
  10. A. Togo, L. Chaput, and I. Tanaka, “Distributions of phonon lifetimes in Brillouin zones,” Phys. Rev. B 91, 094306 (2015).バブルの虚部(線幅)の第一原理計算.
  11. P. M. Morse, “Diatomic Molecules According to the Wave Mechanics. II. Vibrational Levels,” Phys. Rev. 34, 57 (1929).Morse 型の厳密解.
  12. P. G. Klemens, “Anharmonic Decay of Optical Phonons,” Phys. Rev. 148, 845 (1966);M. Balkanski, R. F. Wallis, and E. Haro, “Anharmonic effects in light scattering due to optical phonons in silicon,” Phys. Rev. B 28, 1928 (1983).2 フォノン崩壊と線幅 Γ0[1 + 2n(ω/2)].
  13. L. D. Landau and E. M. Lifshitz, Quantum Mechanics, 3rd ed. (Pergamon, 1977) §38 問題 3:非調和振動子の摂動論(式 (24)).
  14. J. J. Phillips and D. Zgid, “Communication: The description of strong correlation within self-consistent Green's function second-order perturbation theory,” J. Chem. Phys. 140, 241101 (2014). doi:10.1063/1.4884951