対応するシミュレーター(Green 関数と Feynman 図形)の理論編です. 1 粒子 Green 関数の定義から出発し,1 次摂動の 6 図形(図9.1)と 2 次摂動の 10 図形(図9.8)を全部読み切り, 分極バブルが GW 近似へ,交差交換が頂点補正へつながるところまでを一本の物語にします. §11–13 では主役をフォノンに替え,調和振動子を G0,3 次・4 次の非調和項を頂点として同じ言葉で読み直し,厳密解のある Morse 型ポテンシャルで Dyson 方程式の答え合わせをします. 記法は Fetter–Walecka『多粒子系の量子論』(邦訳)に合わせます(iG = ⟨T[ψψ†]⟩,Gauss 単位系,閉ループ 1 個につき −1). 数式番号・図形の呼び名は,望月研究室『線形応答理論入門』付録C と対応しています.
この解説の主役は,ただ 1 つの問いです. 「無相互作用の電子の海(Fermi 海)に電子を 1 個付け加え,しばらくたってから取り除くと,どれだけ『同じ 1 粒子』として生き残っているか」. この生き残り振幅が 1 粒子 Green 関数であり,摂動の次数を上げるごとに,その答えは次の 4 段階で豊かになっていきます.
そして全体を貫く注意がひとつ.Feynman 図形は電子の古典的な軌跡ではなく,積分式の「線のつなぎ方」を表す帳簿です. 図の縦方向は時間(上が未来)に見立てますが,内部頂点の時刻はすべて積分され,1 枚の図形はあり得るすべての時間順序をまとめて表します. この注意は後で(§4,§8,§10)くり返し効いてきます.
相互作用する N 電子系の厳密な基底状態を とし,Heisenberg 描像の場の演算子を , ( は時空点,スピン添字 α, β)とします. 1 粒子 Green 関数は次で定義されます.
時間順序積 T をほどくと,この 1 本の式が 2 つの物語を含んでいることが分かります. なら
右から読むと「① y で電子を 1 個作り,② N+1 粒子系として時間発展し,③ x で電子を 1 個消す」. つまり「y で付け加えた電子が x で検出される振幅」です. 逆に なら(Fermion の入れ替えで符号 − が付いて)先に電子を抜く物語, すなわち正孔の伝播振幅になります. T 積は,粒子の追加と除去という 2 つの物語を 1 つの解析関数にまとめる装置です—— だからこそ,図形の 1 本の実線が粒子と正孔の両方を表せます.
相互作用がなければ答えは簡単です.運動量 k,振動数 の自由 Green 関数は
第 1 項が Fermi 面の上(粒子),第 2 項が下(正孔)です. 時間表示にすると位相 が回るだけで振幅は永遠に減りません——寿命 ∞ です. 相互作用が入ると,励起は ① エネルギーがずれ(くりこみ),② 1 粒子としての重みが減り(Z < 1), ③ 実在の終状態へ崩壊できれば有限の寿命を持ち,④ 失われた重みは非干渉的背景やサテライトへ移ります. これを測る物差しがスペクトル関数です.
相互作用表示で式 (1) を展開すると,n 次の項には相互作用 Hamiltonian が n 個並び, 場の演算子が全部で 4n+2 個現れます.裸の Coulomb 相互作用は
で,波線の両端は必ず同時刻です.Wick の定理は,この長い演算子列の基底状態期待値を 「2 個ずつの縮約(= iG0)の積」の和に分解してくれます. 縮約の付け方 1 通りが図形 1 枚.1 次では ψ と ψ† が 3 個ずつなので 3! = 6 通り——これが図9.1 の 6 図形です. 2 次では 5! = 120 通りが,同値なものの整理で 10 枚に縮みます(§6). 図形を式に戻す辞書は次のとおりです.
| 図形の要素 | 数式の因子 | 読み方 |
|---|---|---|
| 矢印つき実線 y → x | iG0αβ(x, y) | 自由伝播.tx > ty なら粒子,tx < ty なら正孔を表す |
| 波線 | U(x₁, x₁′) | 瞬間的 Coulomb 相互作用.両端は同時刻(式 (5)) |
| 頂点(黒丸) | ∫d⁴x₁ とスピン和 | 内部の時空点はすべて積分される |
| 閉じた Fermi ループ | 因子 (−1)+スピントレース | 占有状態についての和.ループ 1 個ごとに符号 − |
| 始点=終点の等時刻線 | iG0(rt, rt⁺) = −n/(2s+1)·δαβ | 電子の海の密度 n.tadpole の中身はこれ |
| n 次の全体 | (−i/ℏ)ⁿ (−1)F | F はループの数(上のループ行の (−1) を数え上げたもの.二重には掛けない) |
6 枚はどれも「y から x へ至る外線」と「x₁–x₁′ の波線 1 本」を持ち,違うのは残り 2 本の実線のつなぎ方だけです. シミュレーターの①タブで 1 枚ずつ確かめながら読んでください.
| 図 | 形 | 代表的な物語 | 行方 |
|---|---|---|---|
| (A) | ダンベル(密度 2 個+波線) | 海の 2 つの等時刻密度が直接 Coulomb 相互作用——基底状態の Hartree エネルギー | 外線と非連結 → 分母 ⟨Φ₀|Ŝ|Φ₀⟩ と相殺して消える |
| (B) | 牡蠣(交換ループ+波線) | 海の占有電子 2 個の交換振幅——基底状態の Fock エネルギー | 非連結 → 分母と相殺して消える |
| (C) | 交換:外線が波線の両端を順に通る | 付け加えた電子が占有電子と交換する | 連結.(E) と合わせて図9.7(b) の Fock 項へ |
| (D) | tadpole:外線に密度ループが付く | 付け加えた電子が平均密度の Coulomb 場を感じる | 連結.(F) と合わせて図9.7(a) の Hartree 項へ |
| (E) | (C) の端点 x₁ ↔ x₁′ 交換 | 積分変数の名前の付け替え | 値は (C) と同一.2 倍が H₁ の 1/2 を消す |
| (F) | (D) の端点交換 | 同上 | 値は (D) と同一 |
結局,1 次の Green 関数は位相幾何学的に異なる連結図形 2 枚に集約されます.
ここで は 1 体密度行列です. 一様な電子気体(jellium)では,Hartree 項 nV(0) は一様な正の背景電荷のポテンシャルとちょうど相殺して消えます. Hartree–Fock 近似とは,Feynman 図形の 1 次で止めることにほかなりません.
| (a) 直接項=Hartree | (b) 交換項=Fock | |
|---|---|---|
| 図形上の事実 | 外線は頂点 x₁ だけを通り,x₁′ には閉ループが付く | 外線が波線の両端 x₁, x₁′ を順に通り抜ける |
| 物理 | 付け加えた電子が,海の平均密度の作る Coulomb 場を感じる | 同種 Fermion の反対称性による交換.名札が付けられないため,入れ替えた振幅が符号 − 付きで加わる |
| Fermi ループ | 1 個(符号 −) | なし(符号 +) |
| 非局所性 | r に局所(掛け算の演算子) | r, r′ の 2 点をつなぐ非局所演算子 |
シミュレーター①の (C) では,「そのまま進む振幅」と「入れ替わった振幅」が半透明で重なり,− の札が付きます. 交換は古典粒子 2 個が位置を入れ替える出来事ではなく,反対称化された多体振幅の干渉項です.
Hartree–Fock 自己エネルギーを時間表示で書くと
ここから 1 本の論理の鎖が伸びます.
2 次では波線 2 本・実線 5 本,位相幾何学的に異なる連結図形は 10 枚です.これは 2 群に分かれます.
| 図9.8 | 名前 | 代表的な物語 | 分類 | 図9.16 |
|---|---|---|---|---|
| (a) | Hartree–Hartree | 平均場を感じ,伝播し,もう一度感じる:G⁰ΣHG⁰ΣHG⁰ | 可約(実線 1 本を切ると 2 つに分かれる) | — |
| (b) | Fock–Fock | 交換 → 伝播 → もう一度交換 | 可約 | — |
| (c) | H–F 混合 1 | Hartree と Fock を 1 回ずつ(接続順序 1) | 可約 | — |
| (d) | H–F 混合 2 | (c) と逆の接続順序 | 可約 | — |
| (e) | 交換入り tadpole | 密度ループの中の電子が別の占有電子と交換——交換補正された密度が作る Hartree 場 | 固有・静的 | (a) |
| (f) | tadpole の tadpole | 密度ループが別の密度ループの Hartree 場を受ける入れ子 | 固有・静的 | (b) |
| (g) | rainbow | Fock 交換を担う内線が,さらに交換を受ける((b) と違い外線ではない) | 固有・静的 | (c) |
| (h) | tadpole つき交換 | 交換の内線が海の Hartree 場を受ける | 固有・静的 | (d) |
| (i) | 分極バブル挿入 | 電子が海に (q,ω) を渡す → 粒子–正孔対(分極雲)が生まれ,伝播し,再結合して反作用が返る | 固有・動的——GW の芽 | (e) |
| (j) | 交差交換 | q を出し,q′ を出し,先に q を吸収し,最後に q′ を吸収.複数の交換履歴が符号を含んで干渉 | 固有・動的——頂点補正の芽 | (f) |
(a)〜(d) は「1 次の塊を外線上で 2 回使った」だけの可約図形で,Dyson 方程式(§9)の反復が自動的に生成します. ΣH と ΣF が実数・静的である限り,これらをいくら直列に重ねても Im Σ = 0 のまま——準位と軌道は変わっても線幅は 0 です. (e)〜(h) は固有(1 本の実線を切っても分かれない)ですが,やはり静的な着せ替えです. 新しい物理は (i), (j) にあります.
運動量空間の Feynman 則で図9.16(e)(=図9.8(i) の固有部分)を書き下すと(g = 2s+1 はスピン縮重度)
G⁰(p)G⁰(p+q) の対が粒子–正孔対(分極)です.自由分極を と書けば,(10) の相互作用部分は V(q)P⁰(q)V(q)——「裸の相互作用が海を分極させ,分極が相互作用を弱める」最初の項です. ここで裸の Coulomb V(q) = 4πe²/q² を入れると,[V(q)]² 〜 q⁻⁴ に対して分極ループは q → 0 で有限なので,この項は小さい q で発散します. 2 次で摂動論が破綻するのではなく,「同じ形(ring)の図形を無限次まで足せ」という合図です.幾何級数を足し切ると
——遮蔽相互作用 W(RPA)が得られ,q → 0 でも有限になります. 交換項の波線 v を W に置き換えたもの,Σ = iGW が GW 近似です.図9.16 の 6 項のうち (e) を無限次まで足し,(f)(交差交換)を捨てる近似,とも言えます. 下の図 1 で「有限次で止めると発散し,足し切ると収束する」様子を確かめてください.
図 1 ring の足し上げ:v + vP⁰v + … → W.バブル数 n を増やしても小さい q では部分和が振動・発散し,無限和(RPA)で初めて有限の遮蔽 W に収束します.曲線は教育用の模型(v = 0.8/q²,−P⁰ = 1/(1+q²/3))です.
もう 1 つの動的図形,図9.16(f)(=図9.8(j))は
外線が波線 q を放出し,続いて q′ を放出し,先に出した q を先に吸収し,最後に q′ を吸収する—— この「線の接続順序」が図の交差を生みます.図の交差は過去と未来が相互作用したという意味ではありません. 物理的には,同種 Fermi 粒子に名札が付けられないため複数の交換履歴が区別できず,符号を含んだ量子振幅として干渉することを表します.
固有自己エネルギー Σ★(外線を切っても 2 つに分かれない図形の和)を一度作ってしまえば, 可約図形は Dyson 方程式が自動的に無限次まで足し上げてくれます.運動量空間では
極の近くで展開すると,準粒子の 3 点セットが読み取れます.
Re Σ★ が準位のシフト,−Im Σ★ が線幅(寿命の逆数),Z が「1 粒子らしさ」の残り分です. 1 次(HF)では Σ★ は実数・静的なので γ = 0, Z = 1. 2 次の (i), (j) で Σ★ が振動数依存になると,エネルギー保存を満たす実在の終状態(粒子–正孔連続体)がある領域で Im Σ★ < 0 が生じ, スペクトルの峰は幅 2γ の Lorentz 型に広がり,時間領域では生き残り振幅が e−γt で減衰します. 逆に,終状態のない領域(たとえばギャップの中)では,ω 依存の Σ★ を持っていても寿命は厳密に無限大のままです. Fermi 液体では Pauli 排他律が終状態を塞ぐため,Fermi 面近傍で
——低温・Fermi 面近傍ほど準粒子は長寿命です(ξ = εk − εF). 「低温にすると電子間相互作用の量子効果が強まって散乱が激しくなる」という直観は逆です.図 2 で確かめてください.
図 2 スペクトル関数 A(k,ω) と寿命.近似のレベルを切り替え,ξ と T を動かします.1 次までは峰が動くだけで幅 0.2 次で初めて幅が生じ,ξ → 0, T → 0 で幅が狭くなる(式 (15))ことを確かめてください.模型は式 (15) の形を持つ教育用のもので,λ は相互作用の強さです(γ は半値半幅として直接与えており,式 (14) の Z 因子は γ に繰り込み済みです).
| つまずきやすい読み方 | 正しい読み方 | § |
|---|---|---|
| 図形は電子が動いた軌跡の写真である | 積分式の「線のつなぎ方」を表す帳簿.内部時刻・座標はすべて積分される | 0, 2 |
| 波線は有限速度で飛ぶ「Coulomb 光線」で,斜めの波線は過去と未来を結ぶ | 波線の両端は必ず同時刻(U ∝ δ(t₁−t₁′)).斜めは作図の都合 | 2, 4 |
| Hartree は「ある時刻に起こり」,Fock は「時間をまたぐ」 | 違いは direct か exchange か(線のつなぎ方)だけ | 4 |
| δ(t−t′) は「一度だけ発生する事件」 | 「記憶を持たない(時間局所)」の意味.t は全時刻を走る | 5 |
| HF を高次まで重ねればそのうち寿命が出る | 実数・静的な Σ はいくら重ねても Im Σ = 0.寿命は (i),(j) の動的相関から | 5, 6, 9 |
| 時間核は Gauss 分布で,その幅は「自己エネルギーの不確定性」 | 複素数値のメモリー核.幅だけでは寿命は出ず,実在の終状態が要る | 5, 9 |
| −Im G がそのまま状態密度.k 分解すればバンド図 | A(k,ω) = −(1/π)Im GR(遅延型)→ トレースと Σk で D(ω) | 1 |
| 低温ほど電子どうしの散乱が激しくなり「ネバネバ」する | Pauli 排他律で −Im Σ ∝ ξ²+(πkBT)².低温・Fermi 面近傍は長寿命 | 9 |
| 1 粒子寿命が短い = 電気抵抗が大きい | 抵抗は電流(運動量)の緩和.Umklapp・不純物・頂点補正を含む輸送計算が別に必要 | 9 |
| 2 次の (a)〜(d) も新しい 2 次自己エネルギー | 可約図形=1 次の塊の反復.Dyson 方程式が自動生成する | 6, 9 |
| 「相関の本体」は図9.8 の (e),(f) | 図9.16 の (e),(f) = 図9.8 の (i),(j).ラベルの取り違えに注意 | 6 |
ここからは主役を電子からフォノンに替えます(対応するシミュレーター④).電子の「無相互作用の海」に当たるのは調和振動子で, 電子の Coulomb 相互作用に当たるのが原子変位の 3 次・4 次の項です.記法は只野–常行の PRB 92, 054301 (2015)[ALAMODE の SCP 論文]に合わせます. 原子間ポテンシャルを変位 u で展開し,変位を規準座標 Aq = bq + b†−q で書くと
Φ(q1,…,qn) は n 次の力定数を規準座標に変換したもの(質量で割ってある),Δ は運動量保存です. 1 フォノン Green 関数は,電子の場合の ψ, ψ† を Aq に替えた虚時間の相関関数
電子の G0 = 1/(ω − ωk) に比べると,フォノンは正負両方の振動数に極を持ちます(A = b + b† が生成と消滅を両方含むため). 調和振動子のノート(ノート 2/14 の「虚時間の応答関数」)にある計算を 1 行で書くと,⟨A(τ)A(0)⟩ = (n+1)e−ωqτ + n eωqτ を ∫0βħdτ eiωmτ すると (n+1)(1−e−βħω) = 1,n(eβħω−1) = 1 の 2 つの恒等式で温度が消え,(17) になります. なぜ虚時間か(ノートの Q1)——有限温度の期待値 Tr[e−βH…] と時間発展 e−iHt/ħ を 1 つの指数にまとめて Wick の定理と Feynman 図形をそのまま使うためで, 実振動数の遅延関数には最後に iωm → ω + iε の解析接続で戻ります. Dyson 方程式は電子と同じ形で,行列(バンドの混合 j,j′ を含む)に対して
1 モードなら Ω2 = ωq2 − 2ωqΣq(Ω),すなわち Ω ≈ ωq − Σq(この符号規約では Σ < 0 が硬化). 以下では見やすいように「周波数シフト」Δ ≡ Ω − ωq と「線幅」Γ ≡ Im 部で語ります(Γ は半値半幅,寿命 τ = 1/2Γ).
電子で 1 次の 6 図形が Hartree と Fock に集約されたように,フォノンでは結合定数の 2 次までに 3 つの固有図形が残ります (シミュレーター④の図形の列.波線がフォノン線 G0,● が Φ3(3 本足)・Φ4(4 本足)の頂点).
| 図形 | 次数 | 中身 | ω 依存 | 線幅 | 電子での相方 |
|---|---|---|---|---|---|
| ループ | Φ4 の 1 次 | 4 本足の 2 本を閉じて ⟨A²⟩ = 2n+1 にした平均場.SCP はこれを自己無撞着に足す | なし(実数・静的) | 0 | Hartree–Fock(図9.1) |
| タッドポール | Φ3 の 2 次 | 3 本足の 1 本が q = 0・ω = 0 の線で別の 3 本足のループへ.静的な変位 ⟨u⟩(熱膨張・内部座標の緩和)による曲率変化 | なし | 0 | Hartree の「密度のずれ」 |
| バブル | Φ3 の 2 次 | 外線のフォノンが 2 個のフォノンに壊れて戻る.終状態 ω = ω1+ω2 があれば虚部 | あり | あり | 分極バブル (i)(図9.8) |
| Φ4 の 2 次(3 本線) | Φ4 の 2 次 | 3 フォノン中間状態.Tadano 2015 では省略 | あり | あり | — |
iωm → ω + iε とすると 1/(ω − ω1 − ω2 + iε) = P[…] − iπδ(ω − ω1 − ω2) から虚部が分かれ, それが只野の式 (30)——ノート 2/16 に写した線幅——です:
第 1 項が「1 個 → 2 個」の崩壊(Klemens 過程),第 2 項が熱的に励起されたフォノンとの合体で,どちらもエネルギーと運動量の保存を満たす終状態があるときだけ非零です. 高温では n ∝ kBT/ħω なので Γ ∝ T,寿命 τ = 1/2Γ ∝ 1/T.実部(周波数シフト)は同じ式の δ を主値 P[1/(ω − Ω′ − Ω″)] などに置き換えたもので, 外線の振動数が 2 フォノンの連続体より下にあれば準位反発で軟化します. タッドポールは只野の論文には含まれていませんが(本文 IV B 末尾で「熱膨張・内部座標の緩和・バブルによる固有シフトは考えていない」と明記), 3 次項が平衡位置をずらす効果そのものなので,負熱膨張を考えるときには外せません.1 モードで書くと
結晶の式を 1 個の振動子(N = 1,モードは 1 つ)に落とし,H = ħω0(b†b+½) + gA³ + hA⁴, g = αλ3/2,h = βλ²,λ = ħ/2Mω0 と書きます.3 つの図形の on-shell(ω = ω0)の値は,どれも ⟨A²⟩ ∝ 2n+1 に比例して
バブルの虚部は 1 モードでは δ(ω0 − 2ω0) = 0 なので消えます——1 個の非調和振動子には寿命がありません(固有状態は厳密に定常). これらが正しいかは,Rayleigh–Schrödinger の摂動論で確かめられます.4 次項の 1 次と 3 次項の 2 次(Landau–Lifshitz『量子力学』§38 の問題)は
T = 0 では 12h − 60g²/ħω0 = ħ(ΔL + ΔT + ΔB)|n=0(12 − 36 − 24 = −60)で式 (23) と一致します. 有限温度では,n → n+1 の吸収の強度が (n+1)pn なので,遷移振動数の加重平均は ⟨(n+1)²⟩/⟨n+1⟩ = 2nB+1(Bose 統計で ⟨n²⟩ = 2nB²+nB)を使って ħω0 + (2nB+1)[12h − 60g²/ħω0].これは Dyson 方程式の準粒子振動数 ω0 + ΔL + ΔT + ΔB と同じものです. つまり最低次の Dyson 方程式の峰は,厳密なスペクトル(n ごとの遷移が並ぶ櫛)の重心を与えます.
Morse 型ポテンシャル(ノート 11/7)は,展開係数が 1 つのパラメータで決まり,しかも Schrödinger 方程式が厳密に解けます:
α = −ξ,β = (7/6)ξ²/Mω0² を式 (23) に入れて λ = ħ/2Mω0 と D で整理すると, 12h = (7/16)(ħω0)²/D,36g²/ħω0 = (9/16)(ħω0)²/D,24g²/ħω0 = (6/16)(ħω0)²/D となり,
図 3 Morse 型のスペクトル A(ω):厳密解の櫛と Dyson 方程式の峰.櫛の各線は n → n+1 の遷移(強度 (n+1)pn),帯は平均 ± 標準偏差.縦線はループのみ(SCP の最低次)と 3 図形の和(Dyson).単位は ħ = ω0 = 1.
図 4 繰り込まれた振動数 Ω(T) と線幅 Γ(T).左:ループのみ(硬化)・3 図形の和(Dyson,赤の破線)・厳密解の櫛の平均 ± σ(緑)・ノートの n → nB 代入(灰).右:結晶で 2 フォノン連続体があるとしたときの Γ ∝ (2n+1),Bose 因子の引数が ω0/2(エネルギー保存)か ω0(ノートの式)かの違い.
ノート 11/7 の最後で,Morse の準位に Bose–Einstein の nB を代入した内部エネルギー UM = (nB+½)ħω0 − (nB+½)²(ħω0)²/4D を作っています.厳密な熱平均は ⟨(n+½)²⟩ = (nB+½)² + nB(nB+1)(Bose 統計の揺らぎ)なので, 代入は揺らぎの項 nB(nB+1)(ħω0)²/4D(高温で ∝ T²)を落としています.同じ理由で,遷移振動数に n → nB を入れた ω0 − (ħω0²/2D)(nB+1) は Dyson の (2nB+1) より軟化が小さく(高温では半分になり,低温では両者は一致します),図 4 の灰の破線がそれです. 平均場(ループ・SCP)が拾うのは ⟨A²⟩ = 2n+1 という「揺らぎを含めた 2 次モーメント」で,これが (nB+1) ではなく (2nB+1) になる理由です. ノート 2/16 の Γ ∝ (2n+1) と τ ∝ tanh(ħΩ/2kBT) は,δ 関数を満たす 2 個の娘フォノン(各 Ω/2)の占有数で書くと τ ∝ tanh(ħΩ/4kBT) になります (Si の Raman 線幅の Balkanski–Wallis–Haro の式 Γ = Γ0[1 + 2/(eħω/2kBT − 1)] がこの形).
対応するシミュレーター:Green 関数と Feynman 図形 ― 電子の海に電子を 1 個入れて,消してみる(④ フォノン:非調和項の図形と Morse 型).
関連教材:調和振動子(第 2 量子化の入口).
図形は Fetter–Walecka(邦訳)の図9.1・図9.7・図9.8・図9.16 を引用しています(望月研究室『線形応答理論入門』付録C では,同じ図をそれぞれ 図C.2・図C.7・図C.11・図C.12 と呼んでいます).
図 1・図 2 は形を見るための教育用模型であり,特定物質の計算ではありません.
主な原典