第2章量子力学の復習 — 水素原子から周期表へ
第1章では,計算科学が材料研究のどこで使われ,どんな物理量が求まるのかを俯瞰した.全エネルギー,格子定数,状態密度,誘電率——それらはすべて「電子がどんな状態にあるか」から出てくる量であった.では,その電子の状態はどうやって決まるのか.答えは Schrödinger 方程式であり,本章はその復習に充てる.
出発点は高校化学である.K殻・L殻・M殻に電子が $2,\,8,\,18$ 個ずつ入ること,水素原子のエネルギー準位が $E_n=-13.6/n^2\ \mathrm{eV}$ で表されること——これらは「そういうものだ」として暗記させられたはずである.本章の目的は,この二つの事実を Schrödinger 方程式から導き出すことにある.定員 $2n^2$ は三つの量子数 $n,l,m$ の数え上げから,$-13.6/n^2$ は方程式の固有値から出る.さらに,軌道の形,物理量の期待値の計算法,そして「Schrödinger 方程式とは固有値問題である」という視点までを整理する.
本章は同時に,本書全体の記法を確定させる章でもある.$e_0$,$\varepsilon_0$,$a_0$,$\epsilon_{1s}$ の書き方を 2.1.3 節で宣言し,以降の全章がこれに従う.ここで導入する道具——波動関数,演算子,期待値,固有値方程式——は,第3章の変分原理から第14章のイオン結晶の電子状態まで,本書のあらゆる場面で使われる.
- $E=h\nu$(Planck, 1900)と $p=h/\lambda$(Einstein, 1905),そして de Broglie の物質波(1924)から,平面波の2階微分を経て Schrödinger 方程式 $-\dfrac{h^2}{8\pi^2 m}\dfrac{\partial^2\psi}{\partial x^2}+V\psi=E\psi$ を式変形だけで組み立てる筋道
- Born の確率解釈 $\rho=\abs{\psi}^2=\psi^*\psi$,規格化条件,波動関数の次元
- 水素原子の Schrödinger 方程式を極座標で書き,変数分離と級数解法の結果から量子数の制限 $l\le n-1$,$\abs{m}\le l$ が式の形として現れること
- 電子殻の定員 $2(1+3+5+\cdots+(2n-1))=2n^2$ の導出と,周期表(Ca, Sc, Ti)との対応
- $1\mathrm{s}$ と $2\mathrm{p}_z$ の波動関数の具体形,s/p/d 軌道の形,2次元極座標プロット $R(\theta)=\sin\theta$ による直感的理解
- サイコロの期待値から出発する期待値の考え方 $\braket{x}=\int\psi^* x\psi\,\dd x$,運動量演算子とエネルギー演算子
- 軌道半径の期待値 $\braket{r}=n^2\left[1+\frac12\left(1-\frac{l(l+1)}{n^2}\right)\right]a_0$ と,Ti がイオン化するとき 4s 電子から奪われる理由
- Schrödinger 方程式が固有値問題であること,$\Ham=\hat{p}^2/2m+V$,無限井戸型ポテンシャルの再解釈
2.1 材料は化学結合でできている — 電子殻の埋まり方
2.1.1 材料を成り立たせているのは化学結合である
ガラス,半導体,樹脂(ポリマー),セメント,積層セラミックコンデンサー,金属——身の回りの材料はどれも見た目も性質もまるで違う.しかし「これらはどう成り立っているのか」と一段掘り下げると,答えは共通している.原子と原子をつなぎとめている化学結合(chemical bond)である.共有結合,イオン結合,金属結合,van der Waals 結合.この4種類(と水素結合)の組み合わせで,材料の硬さ,融点,電気伝導性,透明性がほぼ決まってしまう.
たとえばガラス(SiO$_2$ 系)は Si–O の共有結合ネットワーク,ポリマーは主鎖の共有結合と鎖間の van der Waals 力,金属は自由電子が担う金属結合,コンデンサーの誘電体(BaTiO$_3$ など)はイオン結合性の強い酸化物である.第13章では van der Waals 力と Madelung エネルギー,第14章ではイオン結晶の電子状態を扱うが,そこへ至る道はすべて「化学結合とは何か」に帰着する.
そして化学結合を数式で扱う準備として,まず原子そのものがどう成り立っているかを理解しなければならない.原子の中で電子がどんな状態を取り,どんなエネルギーを持ち,空間的にどう広がっているか.それが分かって初めて,2つの原子を近づけたときに何が起こるか(第11章の永年方程式,結合性軌道と反結合性軌道)を論じられる.本章はその土台づくりである.
なぜ?:いきなり結合の話を始めないのか
第11章で見るように,2原子の化学結合は「原子軌道 $\phi_A$ と $\phi_B$ を混ぜて分子軌道をつくる」という形で記述される.混ぜる材料である $\phi_A,\phi_B$ が何者かを知らないまま混ぜ方だけ議論しても,数式は動くが意味が分からない.原子軌道の形とエネルギーを先に押さえておくことが,遠回りに見えて最短経路である.
2.1.2 高校化学の復習:電子殻と定員 $2n^2$
高校の化学では,原子核のまわりに電子殻(electron shell)があり,内側から K殻($n=1$),L殻($n=2$),M殻($n=3$),N殻($n=4$)…の順に電子が埋まっていくと習う.そして各殻に入れる電子の定員は
である.K殻 $2\times1^2=2$ 個,L殻 $2\times2^2=8$ 個,M殻 $2\times3^2=18$ 個,N殻 $2\times4^2=32$ 個.さらに進んだ内容を学んだ読者は,水素原子の電子のエネルギー準位が
$$ \begin{equation} E_n = -\frac{13.6}{n^2}\ \mathrm{eV} \qquad (n=1,2,3,\ldots) \label{eq:2-En-empirical} \end{equation} $$と書けることも知っているだろう.ここで $n$ は,量子力学の言葉では主量子数(principal quantum number)と呼ばれる量である.
数学ノート:エネルギーの単位 eV(エレクトロンボルト)
$1\ \mathrm{eV}$ とは,電気素量 $e_0$ をもつ粒子を $1\ \mathrm{V}$ の電位差で加速したときに得るエネルギーであり,
$$1\ \mathrm{eV} = 1.602\times10^{-19}\ \mathrm{J}$$である.原子1個あたりのエネルギーは $10^{-19}\ \mathrm{J}$ 程度なので,J のままでは指数が煩わしい.そこで eV を使う.化学でよく使う「1モルあたり」の単位に直すと,Avogadro 定数 $N_A=6.022\times10^{23}\ \mathrm{mol^{-1}}$ を掛けて
$$1\ \mathrm{eV} = 1.602\times10^{-19}\times6.022\times10^{23}\ \mathrm{J/mol} = 96.5\ \mathrm{kJ/mol} = 23.1\ \mathrm{kcal/mol}$$となる($1\ \mathrm{cal}=4.184\ \mathrm{J}$).典型的な共有結合の結合エネルギーが $3$–$5\ \mathrm{eV}$,水素結合が $0.2\ \mathrm{eV}$ 程度,室温の熱エネルギー $k_BT$ が $0.026\ \mathrm{eV}$ である.この感覚は本書を通じて何度も使うので覚えてしまうとよい.
しかし,である.なぜ定員は $2n^2$ なのか.なぜエネルギー準位は $-13.6/n^2$ なのか.高校化学ではこれらは天下り式に与えられ,理由は説明されない.本章では量子力学に基づいて,この2つを理論的に導く.結論を先に言えば,$2n^2$ は 2.5 節で三つの量子数 $(n,l,m)$ の組を数え上げることから,$-13.6/n^2$ は 2.4 節で Schrödinger 方程式の固有値として出てくる.$13.6$ という数字さえ,電子の質量・電気素量・真空の誘電率・Planck 定数だけから決まる.
2.1.3 本書の記号の約束
本題に入る前に,本書全体で使う記号を確定させておく.本書はSI単位系で通す.大学院レベルの教科書や論文では原子単位系($\hbar=m=e=4\pi\varepsilon_0=1$)を使うことが多いが,学部段階では「どの定数がどこに効いているか」が見える SI 単位系のほうが学びやすいためである.
定義:本書で用いる記号(第2章以降の全章で共通)
| 量 | 記号 | 値・定義 |
|---|---|---|
| 電気素量 | $e_0$ | $1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C}$ |
| 真空の誘電率 | $\varepsilon_0$ | $8.854\times10^{-12}\ \mathrm{F/m}$ |
| 電子の質量 | $m$ | $9.109\times10^{-31}\ \mathrm{kg}$(原子核の質量は $M$) |
| Planck 定数 | $h$, $\hbar=h/2\pi$ | $h=6.626\times10^{-34}\ \mathrm{J\,s}$ |
| Bohr 半径 | $a_0$ | $a_0=\dfrac{\varepsilon_0 h^2}{\pi m e_0^2}=0.529\times10^{-10}\ \mathrm{m}$ |
| 水素 1s 準位 | $\epsilon_{1s}$ | $\epsilon_{1s}=-\dfrac{m e_0^4}{8\varepsilon_0^2 h^2}=-13.606\ \mathrm{eV}$,$E_n=\epsilon_{1s}/n^2$ |
| ハミルトニアン | $\Ham$ | 演算子には必ずハットを付ける($\hat{p}$, $\hat{E}$ など) |
| 1電子波動関数 | $\phi$ | 多電子波動関数は $\psi$,スピン軌道は $\chi$ |
| 電子の空間座標 | $\bm{r}_i$ | 空間+スピン座標は $\bm{x}_i$,原子核座標は $\bm{R}_I$ |
電荷の記号については注意が必要である.電子の電荷は $-e_0$($e_0\gt0$)であり,$e_0$ 自身は正の量である.したがって陽子1個がつくる Coulomb ポテンシャル中の電子の位置エネルギーは $V=-\dfrac{1}{4\pi\varepsilon_0}\dfrac{e_0^2}{r}$ と負になる.
注意:他書との記法の違い
多くの教科書は電気素量を $e$ と書く.本書が $e_0$ とするのは,自然対数の底 $e$ や,後の章に現れる軌道エネルギー $\varepsilon_i$ との混同を避けるためである.また Bohr 半径を $a_B$ と書く流儀もあるが(講義スライドはこちら),本書では国際的に一般的な $a_0$ に統一する.$\varepsilon_0$(真空の誘電率)と $\epsilon_{1s}$(水素1s準位)は字体が異なる別物なので注意してほしい.
2.2 量子力学を築いた2つの式から Schrödinger 方程式へ
2.2.1 $E=h\nu$ と $p=h/\lambda$
量子力学の出発点は,光についての2つの式である.光の振動数を $\nu$(ニュー),波長を $\lambda$ とすると,光のエネルギー $E$ と運動量 $p$ は Planck 定数 $h$ を用いて
と書ける.前者は 1900 年に Planck が,後者は 1905 年に Einstein が見出した(Einstein は光電効果の説明により 1921 年のノーベル物理学賞を受賞している).
Planck は黒体放射(black-body radiation)の実験データを説明しようとしていた.古典電磁気学では,温度 $T$ の物体から出る光のスペクトルを計算すると短波長側で発散してしまう(紫外破綻).ところが「光のエネルギーは連続ではなく $h\nu$ という単位で刻まれている」と仮定すると,実験スペクトルが完璧に再現できた.鉄を熱すると最初に赤く光り,さらに熱すると白っぽくなる——この日常的な現象が,エネルギーの離散性を仮定して初めて説明できたのである.量子(quantum)とは,まさにこの「エネルギーや運動量といった量の単位」のことを指す.
もう一方の $p=h/\lambda$ は,Einstein の $E=mc^2$ と組み合わせると簡単に出てくる.光の速さを $c$ とし,光が「質量 $m$ の粒子のように」振る舞うとして運動量を $p=mc$ と書けば,
$$ \begin{equation} p = mc = \frac{mc^2}{c} = \frac{E}{c} = \frac{h\nu}{c} = \frac{h\nu}{\nu\lambda} = \frac{h}{\lambda}. \label{eq:2-p-mc} \end{equation} $$途中で光の速さが $c=\nu\lambda$(波長×振動数)であることを使った.式 \eqref{eq:2-planck-einstein} の2つが,Schrödinger 方程式を導くときの材料になる.
注意:光子に静止質量はない
式 \eqref{eq:2-p-mc} で $p=mc$ と書いたときの $m$ は,いわゆる相対論的質量 $E/c^2$ であって,光子の静止質量ではない.光子の静止質量はゼロである.相対論の正しい関係式 $E^2=(pc)^2+(m_0c^2)^2$ に $m_0=0$ を入れれば $E=pc$,すなわち $p=E/c=h/\lambda$ が直ちに得られる.式 \eqref{eq:2-p-mc} は結果を覚えるための便法だと思ってほしい.
2.2.2 de Broglie:物質も波である
1924 年,L. de Broglie は大胆な逆転の発想をした.光(波)が粒子性を持つのなら,電子(粒子)も波動性を持つのではないか.すなわち,運動量 $p$ をもつ粒子には
$$ \begin{equation} \lambda = \frac{h}{p} \label{eq:2-debroglie} \end{equation} $$という波長が付随するのではないか,と.この波を物質波(matter wave)または de Broglie 波と呼ぶ.1927 年,Davisson と Germer がニッケル単結晶による電子線回折を観測し,この予言は実験的に確かめられた.今日の透過型電子顕微鏡(TEM)や低速電子線回折(LEED)は,まさにこの電子の波動性を利用した装置である.
例題2.1 加速された電子の de Broglie 波長
静止していた電子を電位差 $V=100\ \mathrm{V}$ で加速した.この電子の de Broglie 波長を求めよ.
解答.電位差 $V$ で加速された電子が得る運動エネルギーは $e_0V$ である.非相対論的に $\dfrac{p^2}{2m}=e_0V$ とおくと
$$p = \sqrt{2me_0V} = \sqrt{2\times(9.109\times10^{-31})\times(1.602\times10^{-19})\times100}$$まず根号の中を計算する.$2\times9.109\times1.602\times100 = 2918.5$ であり,指数部は $10^{-31}\times10^{-19}=10^{-50}$ なので,根号の中は $2918.5\times10^{-50}=2.9185\times10^{-47}$.したがって
$$p = \sqrt{2.9185\times10^{-47}} = 5.402\times10^{-24}\ \mathrm{kg\,m/s}.$$これを式 \eqref{eq:2-debroglie} に代入すると
$$\lambda = \frac{h}{p} = \frac{6.626\times10^{-34}}{5.402\times10^{-24}} = 1.227\times10^{-10}\ \mathrm{m} = 1.23\ \text{Å}.$$これは原子間距離($1$–$3\ \text{Å}$)と同程度である.だからこそ電子線は結晶で回折を起こし,構造解析に使える.ちなみに質量 $1\ \mathrm{g}$,速さ $1\ \mathrm{m/s}$ の物体では $\lambda=h/p=6.6\times10^{-31}\ \mathrm{m}$ となり,観測不可能なほど小さい.波動性が顕在化するのはミクロな世界だけである.
2.2.3 平面波とその2階微分
電子が波であるならば,その「波のような状態」を表す関数を用意しなければならない.これを波動関数(wave function)と呼び,$\psi$ で表す.もっとも単純な波は,波長 $\lambda$・振動数 $\nu$ で $x$ 方向に進む平面波(plane wave)である.複素数の形で書くと
となる.2つ目の等号では Euler の公式 $e^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta$ を用いた.$A$ は振幅(一般に複素数)である.
この波動関数を $x$ で微分してみよう.指数関数の微分は合成関数の微分(連鎖律)で計算できる.$e^{i2\pi(x/\lambda-\nu t)}$ の肩を $x$ で微分すると $i2\pi/\lambda$ が出てくるので,
$$ \frac{\partial\psi}{\partial x} = A\cdot i\frac{2\pi}{\lambda}\,e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)} = i\frac{2\pi}{\lambda}\,\psi . $$もう一度 $x$ で微分すれば,同じ係数がもう一度出てくる:
$$ \begin{equation} \frac{\partial^2\psi}{\partial x^2} = \left(i\frac{2\pi}{\lambda}\right)^{\!2}\psi = i^2\frac{4\pi^2}{\lambda^2}\psi = -\frac{4\pi^2}{\lambda^2}\,\psi . \label{eq:2-second-deriv} \end{equation} $$$i^2=-1$ を使った.式 \eqref{eq:2-second-deriv} は「平面波を2階微分すると,もとの関数に $-4\pi^2/\lambda^2$ を掛けたものに戻る」ことを意味する.波長 $\lambda$ が2階微分という操作の中に現れた——これが決定的な一歩である.
2.2.4 Schrödinger 方程式の組み立て
いっぽう,力学の側からも $\lambda$ に関する情報が得られる.質量 $m$ の電子が,位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)$V$ の場所を運動しているとする.全エネルギー $E$ は運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和だから
$$ E = \frac{p^2}{2m} + V \quad\Longleftrightarrow\quad p^2 = 2m(E-V) \quad\Longleftrightarrow\quad p = \sqrt{2m(E-V)} . $$ここに de Broglie の関係 \eqref{eq:2-debroglie},すなわち $p=h/\lambda$ を代入すると
$$ \frac{h}{\lambda} = \sqrt{2m(E-V)} \quad\Longleftrightarrow\quad \lambda = \frac{h}{\sqrt{2m(E-V)}} \quad\Longleftrightarrow\quad \frac{1}{\lambda^2} = \frac{2m(E-V)}{h^2} . $$最後の式を \eqref{eq:2-second-deriv} に代入する.すると
$$ \frac{\partial^2\psi}{\partial x^2} = -4\pi^2\cdot\frac{2m(E-V)}{h^2}\,\psi = -\frac{8\pi^2 m}{h^2}(E-V)\,\psi . $$両辺に $-\dfrac{h^2}{8\pi^2 m}$ を掛けると,右辺の係数がきれいに打ち消し合って
$$ -\frac{h^2}{8\pi^2 m}\frac{\partial^2\psi}{\partial x^2} = -\frac{h^2}{8\pi^2 m}\cdot\left(-\frac{8\pi^2 m}{h^2}\right)(E-V)\,\psi = (E-V)\,\psi = E\psi - V\psi . $$$V\psi$ を左辺に移項すれば,目的の式が現れる.
これが1次元のSchrödinger 方程式(Schrödinger equation)である.E. Schrödinger は 1926 年にこの方程式を提出し,1933 年にノーベル物理学賞を受けた.ここで
$$ \begin{equation} \Ham \equiv -\frac{h^2}{8\pi^2 m}\frac{\partial^2}{\partial x^2} + V \label{eq:2-hamiltonian} \end{equation} $$をハミルトニアン(Hamiltonian)と呼ぶ.ハミルトニアンは関数を受け取って別の関数を返す演算子であり,演算子であることを明示するためにハット $\hat{\phantom{x}}$ を付ける.方程式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} を解くとは,与えられた $V$ に対して$E$ と $\psi$ を同時に求めることにほかならない.$E$ と $\psi$ が求まれば,第1章で見たあらゆる物理量が計算できる.
数学ノート:$h$ と $\hbar$ の書き換え
$\hbar\equiv h/2\pi$(エイチバー,換算 Planck 定数)を使うと $h^2=4\pi^2\hbar^2$ だから
$$\frac{h^2}{8\pi^2 m} = \frac{4\pi^2\hbar^2}{8\pi^2 m} = \frac{\hbar^2}{2m}$$となり,Schrödinger 方程式は $-\dfrac{\hbar^2}{2m}\dfrac{\partial^2\psi}{\partial x^2}+V\psi=E\psi$ とも書ける.多くの教科書はこちらの形を使う.本書では講義に合わせて $h$ の形を基本とするが,両者は完全に同じものである.混乱しそうになったら $h=2\pi\hbar$ を代入して確かめてほしい.
注意:これは「導出」ではなく「動機づけ」である
上の議論は Schrödinger 方程式の証明ではない.よく見ると,$\lambda=h/\sqrt{2m(E-V)}$ を式 \eqref{eq:2-second-deriv} に代入する段階で,$V$(したがって $\lambda$)が $x$ によらず一定であることを暗黙に使っている.$V$ が $x$ に依存する一般の場合には,この代入は厳密には正当化されない.
実際には Schrödinger 方程式は公理(基本仮定)であって,より基本的な法則から導かれるものではない.Newton の運動方程式 $F=ma$ が証明できないのと同じである.上の変形は「なぜこの形なのか」を納得するための道筋であり,方程式の正しさは 100 年分の実験がすべて支持している,というのが正直な位置づけである.
2.3 波動関数の意味 — Born の確率解釈
2.3.1 $\abs{\psi}^2$ は存在確率密度である
Schrödinger 方程式を解けば $\psi$ が求まる.では $\psi$ とは何なのか.実は Schrödinger 自身も,当初は波動関数が何を表すのか分からなかったという.この問いに答えたのが M. Born であり,彼は
原理:Born の確率解釈
波動関数の絶対値の2乗 $\abs{\psi(\bm{r},t)}^2$ は,時刻 $t$ に位置 $\bm{r}$ で粒子を見出す存在確率密度(probability density)である.すなわち,微小体積 $\dd^3 r$ の中に粒子を見出す確率は $\abs{\psi(\bm{r},t)}^2\dd^3 r$ に等しい.
という解釈を提唱した(1926 年,ノーベル物理学賞 1954 年).確率密度を $\rho$ と書けば
である.$\psi^*$ は $\psi$ の複素共役(complex conjugate)を表す.波動関数は一般に複素数なので,そのままでは「確率」という実数の量にならない.絶対値の2乗をとることで初めて実数かつ非負の量になる,というのが $\abs{\psi}^2$ を採用する理由である.
数学ノート:複素共役と絶対値の2乗
複素数 $z=a+bi$($a,b$ は実数)に対して,複素共役は $z^*=a-bi$,すなわち虚部の符号を反転したものである.このとき
$$z^*z = (a-bi)(a+bi) = a^2 - (bi)^2 = a^2+b^2 = \abs{z}^2 \ \ (\ge 0)$$となり,必ず実数かつ非負になる.指数関数形式では $\left(e^{i\theta}\right)^* = e^{-i\theta}$($\theta$ は実数)であり,$\left(e^{i\theta}\right)^*e^{i\theta}=e^{-i\theta}e^{i\theta}=e^0=1$ である.すなわち絶対値1の複素数の絶対値2乗は1.この事実を次で使う.
平面波 \eqref{eq:2-plane-wave} で確かめてみよう.$\psi=Ae^{i2\pi(x/\lambda-\nu t)}$ の複素共役は,$A$ の共役をとり,指数の肩の符号を反転して
$$ \psi^* = A^*e^{-i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)} . $$したがって確率密度は
$$ \rho = \psi^*\psi = A^*e^{-i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)}\cdot A e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)} = \abs{A}^2 e^{0} = \abs{A}^2 $$となり,$x$ にも $t$ にもよらない定数である.つまり平面波の電子は空間のどこにも等しい確率で存在する.これは「運動量(波長)が完全に決まっている粒子は,位置が完全に不定である」という不確定性原理の,もっとも極端な例になっている.
2.3.2 規格化条件
$\rho$ が確率密度であるならば,全空間で積分したときに「粒子が必ずどこかにいる確率=1」にならなければならない.1次元なら
である.これを規格化条件(normalization condition)といい,この条件を満たすように振幅 $A$ を決める操作を規格化するという.1電子系では積分値が電子の個数 1 に等しい,と読んでもよい.
なぜ?:波動関数の「次元(単位)」を考えてみよう
式 \eqref{eq:2-normalize} の左辺で,$\abs{\psi}^2\dd x$ が無次元の確率だとすると,$\abs{\psi}^2$ は $[\mathrm{m}^{-1}]$,つまり $\psi$ の次元は $[\mathrm{m}^{-1/2}]$ でなければならない.3次元では $\abs{\psi}^2$ が $[\mathrm{m}^{-3}]$ なので $\psi$ は $[\mathrm{m}^{-3/2}]$ である.実際 2.6 節に出てくる $\psi_{1s}=\frac{1}{\sqrt{\pi}}a_0^{-3/2}e^{-r/a_0}$ は,確かに $a_0^{-3/2}$ という $[\mathrm{m}^{-3/2}]$ の因子を持っている.
波動関数そのものは実験で直接測れる量ではないが,$\abs{\psi}^2$ は測定量(電子密度)である.X線回折で決まるのは電子密度 $\rho$ であり,$\psi$ ではない.この事実は第9章以降で density(密度)を主役に据える議論の伏線になる.
例題2.2 1s 型波動関数の規格化定数
3次元空間で $\psi(\bm{r}) = A\,e^{-r/a_0}$($r=\abs{\bm{r}}$,$a_0$ は定数)と置くとき,規格化条件を満たす実数 $A\gt0$ を求めよ.
解答.球対称な関数の3次元積分は,極座標の体積要素 $\dd^3r = r^2\sin\theta\,\dd r\,\dd\theta\,\dd\varphi$ を使って
$$\int\psi^*\psi\,\dd^3r = A^2\int_0^{2\pi}\!\!\dd\varphi\int_0^{\pi}\!\!\sin\theta\,\dd\theta\int_0^{\infty} e^{-2r/a_0}\,r^2\,\dd r$$と3つの積分の積に分解できる.角度部分は
$$\int_0^{2\pi}\dd\varphi = 2\pi, \qquad \int_0^{\pi}\sin\theta\,\dd\theta = \Bigl[-\cos\theta\Bigr]_0^{\pi} = -(-1)-(-1) = 2$$なので,あわせて $4\pi$(立体角の総和)である.動径部分には次の公式を使う(付録A参照):
$$\int_0^{\infty} r^{n}e^{-\alpha r}\,\dd r = \frac{n!}{\alpha^{n+1}}\qquad(\alpha\gt0,\ n=0,1,2,\ldots).$$いまは $n=2$,$\alpha=2/a_0$ だから
$$\int_0^{\infty} r^2 e^{-2r/a_0}\dd r = \frac{2!}{(2/a_0)^3} = \frac{2}{8/a_0^3} = \frac{a_0^3}{4}.$$したがって
$$\int\psi^*\psi\,\dd^3r = A^2\cdot 4\pi\cdot\frac{a_0^3}{4} = A^2\pi a_0^3 = 1 \quad\Longrightarrow\quad A = \frac{1}{\sqrt{\pi a_0^3}} = \frac{1}{\sqrt{\pi}}\left(\frac{1}{a_0}\right)^{3/2}.$$これは 2.6 節に現れる水素原子の 1s 波動関数の規格化定数そのものである.
2.3.3 確率密度と動径分布関数
3次元で球対称な波動関数を扱うときには,$\abs{\psi(r)}^2$ そのものと,「原子核から距離 $r$ の薄い球殻の中に電子を見出す確率」とを区別しなければならない.後者は,半径 $r$,厚さ $\dd r$ の球殻の体積 $4\pi r^2\,\dd r$ を掛けたもので
$$ \begin{equation} D(r)\,\dd r = 4\pi r^2\abs{\psi(r)}^2\,\dd r \label{eq:2-radial-dist} \end{equation} $$と書ける.$D(r)$ を動径分布関数(radial distribution function)と呼ぶ.$\abs{\psi}^2$ は原子核の位置 $r=0$ で最大だが,$D(r)$ は $r=0$ でゼロになり,途中にピークを持つ.$r=0$ 近傍は体積が小さすぎて電子を見つけにくいからである.1s 軌道の場合,$D(r)\propto r^2e^{-2r/a_0}$ を微分してゼロと置けば
$$ \frac{\dd}{\dd r}\left(r^2 e^{-2r/a_0}\right) = 2r\,e^{-2r/a_0} + r^2\left(-\frac{2}{a_0}\right)e^{-2r/a_0} = 2r\,e^{-2r/a_0}\left(1-\frac{r}{a_0}\right) = 0 $$より $r=a_0$ でピークをとる.Bohr半径 $a_0$ とは,水素原子の 1s 電子をもっとも見出しやすい距離である.Bohr の古典的な原子模型では $a_0$ は「電子の軌道半径」だったが,量子力学ではこのように確率的な意味に読み替えられる.
2.4 水素原子の Schrödinger 方程式
2.4.1 3次元への拡張と Coulomb ポテンシャル
いよいよ水素原子を扱う.式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} を3次元に拡張するには,$x$ による2階微分を $x,y,z$ の3方向すべてについて足せばよい:
$$ \begin{equation} -\frac{h^2}{8\pi^2 m}\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)\psi + V\psi = E\psi . \label{eq:2-schrodinger-3d} \end{equation} $$括弧の中はラプラシアン(Laplacian)$\nabla^2$ と呼ばれる演算子である.
水素原子では,原子核(陽子1個,電荷 $+e_0$)を原点 $(x,y,z)=(0,0,0)$ に固定し,そのまわりの電子(電荷 $-e_0$)の波動関数を $\psi$ とする.電子が陽子から感じる位置エネルギーは Coulomb の法則から
である.異符号の電荷どうしなので $V\lt0$,つまり引力である.$r\to\infty$ で $V\to0$,$r\to0$ で $V\to-\infty$ となる.
数学ノート:原子核を止めてよいのか
ここでは原子核を原点に固定した.実際には陽子も動くが,陽子の質量は電子の約 1836 倍あるため,重心はほぼ陽子の位置にある.厳密には電子質量 $m$ を換算質量 $\mu = mM/(m+M) \approx 0.99946\,m$ に置き換えればよく,エネルギーへの影響は $0.05\%$ 程度である.「重い原子核は止まっているとみなす」というこの考え方は,第8章の Born–Oppenheimer 近似として本格的に登場する.
2.4.2 極座標系に移る
ポテンシャル \eqref{eq:2-coulomb} は $r$ だけの関数,すなわち球対称である.球対称な問題を直交座標 $(x,y,z)$ で解くのは筋が悪い.微分積分学で学んだとおり,極座標系(球座標系,polar/spherical coordinates)$(r,\theta,\varphi)$ に移るほうがはるかに扱いやすい.ここで $\theta$ は $z$ 軸からの天頂角($0\le\theta\le\pi$),$\varphi$ は $xy$ 平面内で $x$ 軸から測った方位角($0\le\varphi\lt2\pi$)である.
注意:$\theta$ と $\varphi$ の役割は本によって入れ替わる
物理系の教科書では本書と同じく $\theta$ を天頂角,$\varphi$ を方位角とすることが多いが,数学系の教科書では逆にとることがある.式を他書と見比べるときは,まず「どちらが $z$ 軸からの角か」を確認してほしい.本書は全章を通して$\theta$=天頂角,$\varphi$=方位角で統一する.
極座標系におけるラプラシアンは,変数変換の計算(付録A参照)により
$$ \begin{equation} \frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2} = \frac{1}{r^2}\frac{\partial}{\partial r}\left(r^2\frac{\partial}{\partial r}\right) + \frac{1}{r^2\sin\theta}\frac{\partial}{\partial\theta}\left(\sin\theta\frac{\partial}{\partial\theta}\right) + \frac{1}{r^2\sin^2\theta}\frac{\partial^2}{\partial\varphi^2} \label{eq:2-laplacian-polar} \end{equation} $$と書ける.見た目は複雑だが,第1項が $r$ だけ,第2・第3項が角度だけを含んでいるという構造に注目してほしい.この構造こそが次の変数分離を可能にする.
2.4.3 変数分離
波動関数を,$r$ だけの関数と $\theta$ だけの関数と $\varphi$ だけの関数の積の形
$$ \begin{equation} \psi(r,\theta,\varphi) = R(r)\,\Theta(\theta)\,\Phi(\varphi) \label{eq:2-separation} \end{equation} $$と仮定する.これを変数分離(separation of variables)という.式 \eqref{eq:2-separation} を式 \eqref{eq:2-schrodinger-3d} に \eqref{eq:2-laplacian-polar} 経由で代入し,両辺に $-\dfrac{8\pi^2m r^2\sin^2\theta}{h^2 R\Theta\Phi}$ を掛けて整理すると,$\varphi$ を含む項だけが
$$ \frac{1}{\Phi}\frac{\dd^2\Phi}{\dd\varphi^2} = -m_\ell^2 \quad(\text{定数}) $$という形で分離する(他の項は $r,\theta$ だけの関数なので,両者が等しいためには定数でなければならない).この分離定数を $-m_\ell^2$ と書いた.解は
$$ \Phi(\varphi) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\,e^{i m_\ell \varphi} $$である.ここで物理的な要請が効く.$\varphi$ と $\varphi+2\pi$ は空間の同じ点を指すのだから,$\Phi(\varphi+2\pi)=\Phi(\varphi)$ でなければならない.すなわち $e^{i m_\ell 2\pi}=1$,したがって
$$ m_\ell = 0,\ \pm1,\ \pm2,\ \ldots \quad(\text{整数}) $$となる.量子数が整数になる理由は,微分方程式の解に課される「1価であること」という条件から出てくる——これが量子化の正体である.以下では紛れのない限り $m_\ell$ を単に $m$ と書く(電子質量 $m$ と字面が同じだが,文脈で区別できる).
同様に $\theta$ 部分を分離すると,$\Theta(\theta)$ に対する方程式(Legendre の陪微分方程式)が現れ,解が発散しない条件から新たな整数 $l$($l\ge\abs{m}$)が要求される.残った $r$ 部分が動径方程式であり,Coulomb ポテンシャル \eqref{eq:2-coulomb} を代入して解くとエネルギー $E$ の量子化が出る.
2.4.4 級数解法の結果
動径方程式と角度方程式を実際に解くには,解を $\sum_k c_k r^k$ のようなべき級数で表して係数の漸化式を求めるFrobenius の級数解法(Frobenius method)を用いる.計算は長いので本書では結果だけを掲げるが,結果の式の中に量子数の制限がどう埋め込まれているかを読み取るのが本節の目的である.
定理:水素原子の Schrödinger 方程式の解
動径部分 $R(r)$ は,主量子数 $n$ と方位量子数 $l$ を用いて
$$ \begin{equation} R_{nl}(r)=\sqrt{\frac{\pi m e_0^2}{\varepsilon_0 h^2}\frac{(n-l-1)!}{n^2\{(n+l)!\}^3}}\; \frac{e^{-\frac{\pi m e_0^2}{\varepsilon_0 h^2}\frac{r}{n}}}{r} \sum_{k=2l+1}^{n+l} \frac{(-1)^k\{(n+l)!\}^2}{(k-2l-1)!\,k!\,(n+l-k)!} \left(-\frac{2\pi m e_0^2}{\varepsilon_0 h^2}\frac{r}{n}\right)^{k-l} \label{eq:2-radial-general} \end{equation} $$角度部分(球面調和関数,spherical harmonics)は,方位量子数 $l$ と磁気量子数 $m$ を用いて
$$ \begin{equation} Y_{lm}(\theta,\varphi)=\Theta(\theta)\Phi(\varphi) =(-1)^{\frac{m+\abs{m}}{2}} \sqrt{\frac{2l+1}{4\pi}\frac{(l-\abs{m})!}{(l+\abs{m})!}}\; \left(1-\cos^2\theta\right)^{\frac{\abs{m}}{2}} \frac{1}{2^l l!} \left\{\frac{\dd^{\,l+\abs{m}}}{\dd(\cos\theta)^{l+\abs{m}}}\left(\cos^2\theta-1\right)^{l}\right\} e^{im\varphi} \label{eq:2-spherical-harm} \end{equation} $$で与えられ,エネルギー固有値は
$$ \begin{equation} E_n = -\frac{m e_0^4}{8\varepsilon_0^2 h^2}\frac{1}{n^2} = \frac{\epsilon_{1s}}{n^2} \label{eq:2-energy-n} \end{equation} $$となる.全体の波動関数は $\psi_{nlm}(r,\theta,\varphi)=R_{nl}(r)\,Y_{lm}(\theta,\varphi)$ である.
複雑な式で頭が痛くなるかもしれないが,要点だけを見ていこう.
2.4.5 量子数の制限は式の形から読み取れる
まず式 \eqref{eq:2-radial-general} の和を見る.和は $k=2l+1$ から $k=n+l$ まで走る.和が空にならない(すなわち解が存在する)ためには,下限が上限を超えてはならない.したがって
$$ 2l+1 \le n+l \quad\Longleftrightarrow\quad l \le n-1 . $$同じことは分母の階乗 $(k-2l-1)!$ からも読める.階乗は負の整数に対して定義されない($1/(\text{負の整数})!=0$ とみなす)ので,$k-2l-1\ge0$ すなわち $k\ge2l+1$ が必要である.
次に式 \eqref{eq:2-spherical-harm} の根号の中を見る.$(l-\abs{m})!$ が現れるので,同様に
$$ l-\abs{m}\ge0 \quad\Longleftrightarrow\quad \abs{m}\le l \quad\Longleftrightarrow\quad -l\le m\le l . $$まとめると次のようになる.
定義:3つの量子数とその制限
- 主量子数(principal quantum number)$n=1,2,3,\ldots$ —— エネルギーを決める.K殻・L殻・M殻…に対応.
- 方位量子数(azimuthal / orbital angular momentum quantum number)$l=0,1,2,\ldots,n-1$ —— 軌道角運動量の大きさを決める.$l=0,1,2,3$ をそれぞれ s, p, d, f 軌道と呼ぶ.
- 磁気量子数(magnetic quantum number)$m=-l,-l+1,\ldots,0,\ldots,l-1,l$(全部で $2l+1$ 個)—— 軌道角運動量の $z$ 成分を決める.
すなわち $l\le n-1$ かつ $\abs{m}\le l$.この2つの不等式が,周期表の形を決める.
物理的意味:なぜ制限が付くのか
数式の上では「階乗が定義できるように」という技術的な理由に見えるが,背後にあるのは物理である.$l$ は電子の軌道角運動量の大きさ($\abs{\bm{L}}=\sqrt{l(l+1)}\,\hbar$)を表す.角運動量が大きいほど遠心力によって電子は外側に押しやられ,原子核に束縛されるための全エネルギーが足りなくなる.したがって,あるエネルギー($n$)のもとで許される角運動量には上限がある.それが $l\le n-1$ である.同様に $m$ は角運動量の $z$ 成分だから,ベクトルの成分がその大きさを超えられないという当たり前の要請が $\abs{m}\le l$ に対応している.
2.4.6 $a_0$ と $\epsilon_{1s}$ を検算する
式 \eqref{eq:2-radial-general} の指数関数の肩に現れる $\dfrac{\pi m e_0^2}{\varepsilon_0 h^2}$ は長さの逆数の次元をもつ.その逆数が Bohr 半径である:
これを使うと式 \eqref{eq:2-radial-general} の指数部は $e^{-r/(na_0)}$ と簡潔になる.同様にエネルギー \eqref{eq:2-energy-n} の係数を
と定義する.この2つは本書全体で使う最重要の定数である.数値を代入して確かめてみよう.
例題2.3 $a_0$ と $\epsilon_{1s}$ の数値評価
$\varepsilon_0=8.854\times10^{-12}\ \mathrm{F/m}$,$h=6.626\times10^{-34}\ \mathrm{J\,s}$,$m=9.109\times10^{-31}\ \mathrm{kg}$,$e_0=1.602\times10^{-19}\ \mathrm{C}$ を用いて,$a_0$ と $\epsilon_{1s}$ を計算せよ.
解答.まず Bohr 半径 \eqref{eq:2-bohr-radius} を計算する.分子は
$$\varepsilon_0 h^2 = (8.854\times10^{-12})\times(6.626\times10^{-34})^2 = 8.854\times10^{-12}\times4.390\times10^{-67} = 3.887\times10^{-78},$$分母は
$$\pi m e_0^2 = 3.1416\times(9.109\times10^{-31})\times(1.602\times10^{-19})^2 = 3.1416\times9.109\times10^{-31}\times2.566\times10^{-38} = 7.343\times10^{-68}.$$したがって
$$a_0 = \frac{3.887\times10^{-78}}{7.343\times10^{-68}} = 5.293\times10^{-11}\ \mathrm{m} = 0.529\times10^{-10}\ \mathrm{m} = 0.529\ \text{Å} .$$次に $\epsilon_{1s}$ を式 \eqref{eq:2-eps1s} から求める.分子は
$$m e_0^4 = 9.109\times10^{-31}\times(1.602\times10^{-19})^4 = 9.109\times10^{-31}\times6.586\times10^{-76} = 6.000\times10^{-106},$$分母は
$$8\varepsilon_0^2h^2 = 8\times(8.854\times10^{-12})^2\times(6.626\times10^{-34})^2 = 8\times7.839\times10^{-23}\times4.390\times10^{-67} = 2.754\times10^{-88}.$$よって
$$\epsilon_{1s} = -\frac{6.000\times10^{-106}}{2.754\times10^{-88}} = -2.179\times10^{-18}\ \mathrm{J} = -21.8\times10^{-19}\ \mathrm{J}.$$eV に換算するには $1\ \mathrm{eV}=1.602\times10^{-19}\ \mathrm{J}$ で割ればよい:
$$\epsilon_{1s} = \frac{-2.179\times10^{-18}}{1.602\times10^{-19}} = -13.60\ \mathrm{eV}.$$(より精密な CODATA 値を使うと $a_0=0.52918\ \text{Å}$,$\epsilon_{1s}=-13.606\ \mathrm{eV}$ となる.)高校化学で暗記させられた $E_n=-13.6/n^2\ \mathrm{eV}$ の「$13.6$」は,電子の質量・電気素量・真空の誘電率・Planck 定数という4つの基礎定数だけから決まっていたのである.実験値を1つも使っていないことに注目してほしい.
導出:一般式 \eqref{eq:2-radial-general} から $R_{1s}$ を取り出す
一般式が本当に正しいかを,いちばん簡単な $n=1,\ l=0$ で確かめよう.$a_0=\varepsilon_0h^2/(\pi m e_0^2)$ を使うと $\pi m e_0^2/(\varepsilon_0h^2)=1/a_0$ である.
(i) 平方根の因子:$n=1,l=0$ なので $(n-l-1)!=0!=1$,$n^2=1$,$\{(n+l)!\}^3=(1!)^3=1$.よって $\sqrt{(1/a_0)\times1/1}=a_0^{-1/2}$.
(ii) 指数因子:$e^{-r/(1\cdot a_0)}/r = e^{-r/a_0}/r$.
(iii) 和:$k$ は $2l+1=1$ から $n+l=1$ まで,すなわち $k=1$ のみ.その項は
$$\frac{(-1)^1\{1!\}^2}{(1-0-1)!\;1!\;(1+0-1)!}\left(-\frac{2r}{a_0}\right)^{1-0} =\frac{-1}{0!\cdot1!\cdot0!}\times\left(-\frac{2r}{a_0}\right) =(-1)\times\left(-\frac{2r}{a_0}\right)=\frac{2r}{a_0}.$$(iv) 掛け合わせる:
$$R_{10}(r)=a_0^{-1/2}\cdot\frac{e^{-r/a_0}}{r}\cdot\frac{2r}{a_0} =2\,a_0^{-3/2}e^{-r/a_0}.$$$1/r$ と $r$ が約分されて,よく知られた 1s の動径関数が得られた.規格化も確認できる:$\int_0^\infty R_{10}^2 r^2\dd r = 4a_0^{-3}\int_0^\infty r^2e^{-2r/a_0}\dd r = 4a_0^{-3}\cdot\frac{a_0^3}{4}=1$(例題2.2 の積分を使った).一般式は確かに正しい.
2.5 3つの量子数と電子の定員 $2n^2$
2.5.1 場合分けして数え上げる
制限 $l\le n-1$,$\abs{m}\le l$ のもとで,主量子数 $n$ ごとに $(l,m)$ の組がいくつあるかを一つずつ数えてみよう.
(1) $n=1$ の場合.$l\le n-1=0$ かつ $l\ge0$ より $l=0$ のみ.$-l\le m\le l$ より $m=0$ のみ.よって状態は $(l,m)=(0,0)$ の1つ.これが 1s 軌道である.
(2) $n=2$ の場合.$l\le1$ より $l=0,1$.
- $l=0$:$m=0$ の1つ(2s 軌道)
- $l=1$:$m=-1,0,+1$ の3つ(2p 軌道)
合計 $1+3=\mathbf{4}$ つ.
(3) $n=3$ の場合.$l\le2$ より $l=0,1,2$.
- $l=0$:$m=0$ の1つ(3s 軌道)
- $l=1$:$m=0,\pm1$ の3つ(3p 軌道)
- $l=2$:$m=0,\pm1,\pm2$ の5つ(3d 軌道)
合計 $1+3+5=\mathbf{9}$ つ.
| $n$ | 電子殻 | $l=0$ (s) | $l=1$ (p) | $l=2$ (d) | $l=3$ (f) | 状態数の合計 | 電子の定員 $2n^2$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | K | 1 | — | — | — | 1 | 2 |
| 2 | L | 1 | 3 | — | — | 4 | 8 |
| 3 | M | 1 | 3 | 5 | — | 9 | 18 |
| 4 | N | 1 | 3 | 5 | 7 | 16 | 32 |
2.5.2 $2n^2$ の導出
ここでもう一つの規則が必要になる.Pauli の排他原理(Pauli exclusion principle)により,1つの状態 $(n,l,m)$ には電子が2つまでしか入れない.2つ入れるのは,電子にスピンという内部自由度があり,上向き($\alpha$)と下向き($\beta$)の2通りが区別されるからである.スピンと排他原理の本格的な扱いは第7章(Slater 行列式)に譲る.
したがって主量子数 $n$ の殻に入る電子数は,状態数の2倍である:
- $n=1$(K殻):$2\times1=2$ 個
- $n=2$(L殻):$2(1+3)=8$ 個
- $n=3$(M殻):$2(1+3+5)=18$ 個
- $n=4$(N殻):$2(1+3+5+7)=32$ 個
一般に,$l=0,1,\ldots,n-1$ に対して状態数 $2l+1$ を足し上げればよい.$2l+1$ を $l=0$ から順に並べると $1,3,5,\ldots,2n-1$ という初項1・公差2の等差数列(奇数列)になる.項数は $n$ 個である.等差数列の和の公式「$\dfrac{\text{項数}}{2}\times(\text{初項}+\text{末項})$」を使うと
$$ \sum_{k=1}^{n}(2k-1) = \frac{n}{2}\Bigl(1+(2n-1)\Bigr) = \frac{n}{2}\cdot2n = n^2 . $$スピンの2倍を掛けて
となる.高校化学で暗記した式 \eqref{eq:2-capacity} が,Schrödinger 方程式の解に付く量子数の制限だけから出てきた.「なぜ $2n^2$ なのか」の答えは,$l\le n-1$,$\abs{m}\le l$,そして Pauli の排他原理の3つである.
例題2.4 $n=4$ の状態数
$n=4$(N殻)について,$(l,m)$ の組をすべて書き出し,電子の定員が 32 であることを確かめよ.
解答.$l\le n-1=3$ なので $l=0,1,2,3$.
- $l=0$(4s):$m=0$ ⇒ 1状態
- $l=1$(4p):$m=-1,0,+1$ ⇒ 3状態
- $l=2$(4d):$m=-2,-1,0,+1,+2$ ⇒ 5状態
- $l=3$(4f):$m=-3,-2,-1,0,+1,+2,+3$ ⇒ 7状態
合計 $1+3+5+7=16$ 状態.等差数列の和で確かめると $\frac{4}{2}(1+7)=2\times8=16=4^2$ で確かに $n^2$ である.電子はスピンにより各状態に2個入るので $2\times16=32=2\times4^2$ 個.これが N殻の定員である.
2.5.3 周期表との対応 — 4s と 3d の逆転
周期表の各周期が $n$ に,各ブロック(s ブロック・p ブロック・d ブロック・f ブロック)が $l$ に対応していることは,もはや明らかだろう.s ブロックが2列($2\times1$),p ブロックが6列($2\times3$),d ブロックが10列($2\times5$),f ブロックが14列($2\times7$)なのは,$2(2l+1)$ そのものである.
ただし,実際の元素の電子配置には水素原子の結果からのずれがある.例を見よう.カルシウム Ca(原子番号20)の基底状態の電子配置は
$$ \mathrm{Ca}:\ 1s^2\,2s^2\,2p^6\,3s^2\,3p^6\,4s^2 \qquad(\text{合計 }2+2+6+2+6+2=20\text{ 個}) $$である.ここで注意してほしいのは,M殻($n=3$)の定員は 18 なのに,3d に電子が入る前に 4s が埋まっていることである.1つ右のスカンジウム Sc(原子番号21)は $\cdots4s^2\,4p^1$ ではなく
$$ \mathrm{Sc}:\ 1s^2\,2s^2\,2p^6\,3s^2\,3p^6\,3d^1\,4s^2 $$となる.4p より 3d のほうが安定(エネルギーが低い)だからである.さらに右のチタン Ti(原子番号22)は
$$ \mathrm{Ti}:\ 1s^2\,2s^2\,2p^6\,3s^2\,3p^6\,3d^2\,4s^2 $$である.実際の準位の順序は $3s\lt3p\lt4s\lt3d\lt4p$ となっている.
注意:水素原子の縮退は多電子原子では解ける
図2.4 で見たとおり,水素原子ではエネルギーは $n$ だけで決まり,2s と 2p,3s と 3p と 3d は同じエネルギーをもつ(縮退, degeneracy).これは Coulomb ポテンシャル $\propto1/r$ に特有の「偶然縮退」である.
ところが電子が2個以上ある原子では,ある電子から見た有効ポテンシャルは,内側の電子による遮蔽(screening)のせいで純粋な $1/r$ からずれる.すると縮退が解け,同じ $n$ でも $l$ が小さいほうがエネルギーが低くなる.理由は,$l$ が小さい軌道ほど原子核の近くまで侵入(penetration)し,遮蔽されていない裸の核電荷を強く感じるからである(2.6 節で $2s$ と $2p$ の形を比べると納得できる).この効果が強いと,$4s$ が $3d$ より下に来るという「逆転」まで起こる.多電子原子のエネルギー計算は第7章で本格的に扱う.
さらに Cr($3d^5 4s^1$)や Cu($3d^{10}4s^1$)のように,半閉殻・閉殻の安定性のために単純な充填則から外れる元素もある.第一原理計算がこうした微妙なエネルギー差をきちんと再現できるかどうかは,いまも計算手法の精度を測る試金石である.
2.6 軌道の形
2.6.1 1s 軌道 — 球対称
波動関数の絶対値の2乗が存在確率密度であることを 2.3 節で述べた.では,水素原子の波動関数を可視化するとどんな姿になるのか.ここからは $a_0$ を使って式を簡潔に書く.
$n=1$ では $l=0,m=0$ しかない.$R_{10}=2a_0^{-3/2}e^{-r/a_0}$(2.4.6 節で導出)と $Y_{00}=1/(2\sqrt{\pi})$ を掛けて
を得る(例題2.2 で規格化定数を独立に確かめた式と一致している).この式には $\theta$ も $\varphi$ も含まれていない.すなわち方向によらない.したがって s 軌道の等値面は球であり,$\abs{\psi_{1s}}^2$ は原子核を中心に等方的に減衰する雲のような分布になる.
2.6.2 2p$_z$ 軌道 — 亜鈴型
$n=2$ では 2s($l=0,m=0$)と 2p($l=1,m=0,\pm1$)の合計4状態がある.このうち $l=1,m=0$ は $z$ 軸方向を向いた p 軌道に対応し,その波動関数は
である.1s とは決定的に違う点が2つある.第一に,$r$ の因子があるため原点で $\psi=0$ になる.第二に,$\cos\theta$ という天頂角依存性が現れた.$\theta=0$($+z$ 方向)で $\cos\theta=1$ と最大,$\theta=\pi/2$($xy$ 平面)で $\cos\theta=0$,$\theta=\pi$($-z$ 方向)で $\cos\theta=-1$ となる.すなわち $+z$ 側と $-z$ 側に大きさの等しい,符号が逆の2つのふくらみができる.これが「鈴が2つ並んだような形」,すなわち亜鈴型(dumbbell)の由来である.
注意:軌道(orbit)ではなく orbital
「電子軌道」という言葉は誤解を招きやすい.量子力学では電子が惑星のように決まった道(orbit)を通るのではない.あるのは存在確率の分布だけである.そこで英語では,orbit ではなくorbital(軌道関数,「軌道のようなもの」)という語を使う.日本語では両方とも「軌道」と訳されてしまうので,頭の中では常に orbital と読み替えてほしい.
2.6.3 2次元極座標で角度依存性を描いてみる
$\cos\theta$ が付くとなぜ亜鈴型になるのか.3次元のまま考えると分かりにくいので,望月による説明にならって2次元の極座標で例示してみよう.角度 $\theta$ に対して半径が
$$ R(\theta) = \sin\theta $$で与えられる図形を描く.値を並べると
| $\theta$ | 0 | $\pi/4$ | $\pi/2$ | $3\pi/4$ | $\pi$ | $5\pi/4$ | $3\pi/2$ | $7\pi/4$ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| $R(\theta)$ | $0$ | $1/\sqrt2$ | $1$ | $1/\sqrt2$ | $0$ | $-1/\sqrt2$ | $-1$ | $-1/\sqrt2$ |
となる.各方向 $\theta$ について,原点から距離 $\abs{R(\theta)}$ の点を打ち,$R$ の符号を色で区別して描くと,上下に2つの円が接した図形が得られる(図2.5).上半分($0\lt\theta\lt\pi$)は $R\gt0$,下半分($\pi\lt\theta\lt2\pi$)は $R\lt0$ である.
数学ノート:この描き方の約束
厳密な数学の極座標プロットでは,$R\lt0$ のとき「$\theta$ と反対向きに $\abs{R}$ 進んだ点」を打つ約束であり,その流儀だと $R=\sin\theta$ は上側の1つの円を2周描くだけになる.しかし軌道の形を描くときは,上のように$\theta$ 方向に $\abs{R}$ 進んだ点を打ち,$R$ の符号を別に色で表すのが慣例である.波動関数の符号(位相)は化学結合の可否を決める重要な情報であり,消してしまってはいけないからである.第11章・第12章で軌道の重なりを議論するとき,この符号がまさに主役になる.
この描き方を $\psi_{2p_z}\propto\cos\theta$ に当てはめれば,$\theta$ を $z$ 軸から測る約束のもとで,$+z$ 方向に正のローブ,$-z$ 方向に負のローブをもつ亜鈴型が得られる.$xy$ 平面($\theta=\pi/2$)では $\cos\theta=0$ なので波動関数はゼロであり,ここが節面(nodal plane)になる.
2.6.4 s, p, d 軌道の形
同じことを $l=2$(d 軌道)まで広げると,軌道の形は表2.4 の角度依存性で決まる.参考のため,原子番号 $Z$ の水素様原子(電子1個,核電荷 $+Ze_0$)に対する波動関数をまとめておく.水素なら $Z=1$ とすればよい.
| $n$ | $l$ | $m$ | 軌道 | $\psi$ |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 0 | 0 | $1s$ | $\dfrac{1}{\sqrt{\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}e^{-\rho}$ |
| 2 | 0 | 0 | $2s$ | $\dfrac{1}{4\sqrt{2\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}(2-\rho)\,e^{-\rho/2}$ |
| 2 | 1 | 0 | $2p_z$ | $\dfrac{1}{4\sqrt{2\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho\,e^{-\rho/2}\cos\theta$ |
| 2 | 1 | $\pm1$ | $2p_x$ | $\dfrac{1}{4\sqrt{2\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho\,e^{-\rho/2}\sin\theta\cos\varphi$ |
| 2 | 1 | $\pm1$ | $2p_y$ | $\dfrac{1}{4\sqrt{2\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho\,e^{-\rho/2}\sin\theta\sin\varphi$ |
| 3 | 0 | 0 | $3s$ | $\dfrac{1}{81\sqrt{3\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\left(27-18\rho+2\rho^2\right)e^{-\rho/3}$ |
| 3 | 1 | 0 | $3p_z$ | $\dfrac{\sqrt{2}}{81\sqrt{\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\left(6\rho-\rho^2\right)e^{-\rho/3}\cos\theta$ |
| 3 | 2 | 0 | $3d_{z^2}$ | $\dfrac{1}{81\sqrt{6\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho^2\,e^{-\rho/3}\left(3\cos^2\theta-1\right)$ |
| 3 | 2 | $\pm1$ | $3d_{zx}$ | $\dfrac{\sqrt{2}}{81\sqrt{\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho^2\,e^{-\rho/3}\sin\theta\cos\theta\cos\varphi$ |
| 3 | 2 | $\pm2$ | $3d_{x^2-y^2}$ | $\dfrac{1}{81\sqrt{2\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho^2\,e^{-\rho/3}\sin^2\theta\cos2\varphi$ |
| 3 | 2 | $\pm2$ | $3d_{xy}$ | $\dfrac{1}{81\sqrt{2\pi}}\left(\dfrac{Z}{a_0}\right)^{3/2}\rho^2\,e^{-\rho/3}\sin^2\theta\sin2\varphi$ |
注意:規格化定数のくくり方は本によって違う
表2.4 の各行は,動径部分 $R_{nl}$ と角度部分 $Y_{lm}$ の規格化定数をまとめて前に出した形で書いてある.教科書によっては $R_{nl}$ と $Y_{lm}$ を別々に規格化した形で表を載せるので,係数の見た目が違うことがある.同じ関数かどうかを確かめたいときは,$\rho$ の多項式部分の比を見るとよい.たとえば $3s$ の $(27-18\rho+2\rho^2)$ を $9/2$ で割れば $(6-4\rho+\tfrac49\rho^2)$ となり,別の教科書の表記と一致する.定数倍の違いは規格化定数に吸収される.
物理的意味:節(node)の数え方とエネルギー
水素様原子の軌道 $\psi_{nlm}$ がもつ節の総数は $n-1$ であり,その内訳は角度節が $l$ 枚,動径節(球面状の節)が $n-l-1$ 枚である.たとえば $2s$($n=2,l=0$)は角度節0枚・動径節1枚で,$\psi_{2s}\propto(2-\rho)e^{-\rho/2}$ が $\rho=2$,すなわち $r=2a_0/Z$ でゼロになる.$2p$($n=2,l=1$)は角度節1枚・動径節0枚である.
ここで大事なのは,$l$ の小さい軌道が動径節をもつために原子核のごく近くにも振幅を残すことである.$2s$ は $r\to0$ で有限の値をもつが,$2p$ は $r$ の因子のためゼロになる.したがって $2s$ 電子のほうが核の近くに「侵入」でき,内殻電子による遮蔽を受けにくい.これが多電子原子で $E_{2s}\lt E_{2p}$ となる理由であり,2.5.3 節の注意書きで述べた縮退の解け方の起源である.
2.7 量子力学で物理量を計算する
2.7.1 サイコロの期待値から始める
波動関数が求まったとして,そこからどうやって物理量を計算するのか.量子力学では,位置も運動量もエネルギーも「確定した値」を持つとは限らない.持つのは確率分布である.そこで登場するのが期待値(expectation value)である.
いちばん身近な例で考えよう.サイコロを振ったときに出る目を,観測したい物理量だと思う.出る目の期待値は
$$ 1\cdot\frac16 + 2\cdot\frac16 + 3\cdot\frac16 + 4\cdot\frac16 + 5\cdot\frac16 + 6\cdot\frac16 = \frac{1+2+3+4+5+6}{6} = \frac{21}{6} = \frac{7}{2} = 3.5 $$である.「$3.5$ の目」は実際には出ないが,何度も振って平均をとればこの値に近づく.これを一般化すると,目 $n$ が出る確率を $P_n$ として
$$ \begin{equation} \braket{n} = \sum_{n=1}^{6} n\cdot P_n \label{eq:2-expect-discrete} \end{equation} $$と書ける.$\braket{\ \cdot\ }$ は期待値を表す記号である.
ここで発想を一段進める.サイコロの目が $1,2,\ldots,6$ という飛び飛びの値ではなく,$1$ から $6$ までの連続的な値をとるとしたらどうなるか.和は積分に置き換わり
$$ \begin{equation} \braket{n} = \int_{1}^{6} n\,\rho_n\,\dd n \label{eq:2-expect-cont} \end{equation} $$となる.ただし $\rho_n$ は「$n$ という値が出るための確率密度」である.確率そのものではなく密度になるのは,連続変数では「ぴったり $n$ が出る確率」がゼロだからで,意味を持つのは「$n$ と $n+\dd n$ の間に入る確率 $\rho_n\dd n$」だけである.2.3 節で $\abs{\psi}^2$ を確率密度と呼んだのと,まったく同じ事情である.
2.7.2 波動関数による期待値
電子の位置 $x$ の期待値を求めたいとしよう.式 \eqref{eq:2-expect-cont} の $\rho_n$ を $\rho=\psi^*\psi$ に置き換えればよい:
$\psi^*$ と $\psi$ の間に $x$ を挟んで書くのが流儀である.$x$ を掛けるだけなら順序はどうでもよいが,次に述べる演算子の場合は順序が本質的に重要になるため,はじめからこの形に慣れておく.同様にエネルギーの期待値は
である.この形は第3章の変分原理,第4章の摂動論,第9章の全エネルギーの内訳と,本書の至るところに現れる.
なぜ?:$\psi^*$ と $\psi$ で挟むのはなぜか
もし $\Ham\psi=E\psi$($\psi$ が固有関数)ならば,式 \eqref{eq:2-expect-E} は
$$\braket{E}=\int\psi^*E\psi\,\dd x = E\int\psi^*\psi\,\dd x = E\cdot1 = E$$となり,期待値は固有値そのものになる.規格化条件 \eqref{eq:2-normalize} が効いていることに注意してほしい.つまり期待値という考え方は,固有値をもつ特別な場合を含んだ,より広い概念である.固有関数でない状態(たとえば2つの固有関数の重ね合わせ)に対しても $\braket{E}$ は定義でき,それは固有値の確率加重平均になる.この「重ね合わせ状態の期待値」こそが第3章の変分原理の出発点である.
2.7.3 演算子とは何か
式 \eqref{eq:2-expect-E} に現れた $\Ham$ のような,関数に作用して別の関数を返す操作を演算子(operator)と呼び,ハットを付けて表す.量子力学における基本的な演算子は次の2つである.
定義:運動量演算子とエネルギー演算子
$$ \begin{equation} \hat{p} = \frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x} = \frac{\hbar}{i}\frac{\partial}{\partial x} = -i\hbar\frac{\partial}{\partial x}, \qquad \hat{E} = -\frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial t} = i\hbar\frac{\partial}{\partial t} \label{eq:2-p-operator} \end{equation} $$位置の演算子は $\hat{x}=x$(掛け算するだけ)である.物理量にはそれぞれ対応する演算子があり,その物理量を測ったときに得られる値は,その演算子の固有値(または期待値)として与えられる.
いきなり天下りに見えるかもしれないが,これらの定義が正しいことは,平面波に作用させてみればすぐ納得できる.式 \eqref{eq:2-plane-wave} の $\psi=Ae^{i2\pi(x/\lambda-\nu t)}$ に $\hat{p}$ を作用させると,2.2.3 節で計算した微分を使って
$$ \hat{p}\,\psi = \frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x}\left(A\,e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)}\right) = \frac{h}{2\pi i}\cdot i\frac{2\pi}{\lambda}\,A\,e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)} = \frac{h}{\lambda}\,A\,e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)} = \frac{h}{\lambda}\,\psi . $$途中で $\dfrac{h}{2\pi i}\cdot i\dfrac{2\pi}{\lambda}=\dfrac{h}{\lambda}$($i$ が約分される)を使った.結果は「$\psi$ に定数 $h/\lambda$ を掛けたもの」であり,まさに固有値方程式 $\hat{p}\psi=p\psi$ の形をしている.したがって
——どこかで見た数式である.式 \eqref{eq:2-planck-einstein} そのものだ.演算子の定義 \eqref{eq:2-p-operator} は,de Broglie の関係式を再現するように作られているのである.
例題2.5 エネルギー演算子を平面波に作用させる
波動関数 $\psi=A\,e^{i2\pi(x/\lambda-\nu t)}$ に対して,エネルギー演算子 $\hat{E}=-\dfrac{h}{2\pi i}\dfrac{\partial}{\partial t}$ を適用し,エネルギー固有値を求めよ.
解答.指数の肩を $t$ で微分すると $-i2\pi\nu$ が出てくるので
$$ \hat{E}\psi = -\frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial t}\left(A\,e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)}\right) = -\frac{h}{2\pi i}\cdot(-i2\pi\nu)\,A\,e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)} . $$係数を整理する.$-\dfrac{h}{2\pi i}\times(-i2\pi\nu)=\dfrac{h\cdot i\,2\pi\nu}{2\pi i}=h\nu$ である($i$ が約分され,負号が2つで正になる).したがって
$$\hat{E}\psi = h\nu\,\psi .$$これは $\hat{E}\psi=E\psi$ の形なので,エネルギー固有値は
$$E = h\nu$$である.これもまた式 \eqref{eq:2-planck-einstein} の Planck の関係式にほかならない.$E=h\nu$ と $p=h/\lambda$ という2つの実験事実から Schrödinger 方程式を組み立て,その枠組みの中で演算子を定義したら,もとの2つの式がきちんと再現された——理論として自己整合的である.
2.7.4 すべての波動関数が固有値をもつわけではない
ここで一つ,大切な注意をしておく.ある演算子に対して $\hat{A}\psi=a\psi$ が成り立つとき,$\psi$ をその演算子の固有関数,$a$ を固有値と呼ぶ.しかし任意の $\psi$ が任意の演算子の固有関数になるわけではない.
例として,高校物理に出てくる実数の波,すなわち平面波の実部
$$ \psi = A\cos 2\pi\!\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right) $$を波動関数だと思って,運動量演算子を作用させてみよう.$\cos$ の微分は $-\sin$ であり,内側の微分から $2\pi/\lambda$ が出るので
$$ \hat{p}\,\psi = \frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x}\left(A\cos 2\pi\!\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)\right) = \frac{h}{2\pi i}\cdot\left(-\frac{2\pi}{\lambda}\right)A\sin 2\pi\!\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right) . $$結果は $\sin$ 型の関数であり,もとの $\cos$ 型の $\psi$ の定数倍ではない.すなわち $\hat{p}\psi\ne p\psi$ であり,この波動関数は運動量の固有関数ではない.運動量を測っても決まった値が返ってこない,ということである.
ところが,運動量演算子を2回作用させるとどうなるか.$\hat{p}^2$ は
$$ \hat{p}^2 = \left(\frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x}\right)^{\!2} = \frac{h^2}{(2\pi i)^2}\frac{\partial^2}{\partial x^2} = \frac{h^2}{4\pi^2 i^2}\frac{\partial^2}{\partial x^2} = -\frac{h^2}{4\pi^2}\frac{\partial^2}{\partial x^2} $$である.これを上の $\psi$ に作用させると,$\sin$ をもう一度微分して $\cos$ に戻り
$$ \begin{aligned} \hat{p}^2\psi = \hat{p}\cdot\hat{p}\psi &= \frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x}\left[\frac{h}{2\pi i}\cdot\left(-\frac{2\pi}{\lambda}\right)A\sin 2\pi\!\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)\right]\\[2pt] &= \left(\frac{h}{2\pi i}\right)^{\!2}\left(-\frac{2\pi}{\lambda}\right)\left(\frac{2\pi}{\lambda}\right)A\cos 2\pi\!\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)\\[2pt] &= \left(-\frac{h^2}{4\pi^2}\right)\left(-\frac{4\pi^2}{\lambda^2}\right)\psi = \frac{h^2}{\lambda^2}\,\psi . \end{aligned} $$今度は $\hat{p}^2\psi=p^2\psi$ の形になった.したがって
である.運動量の2乗は決まった値をもつが,運動量そのものは $+h/\lambda$ と $-h/\lambda$ の2通りが等しい重みで混ざっている.
物理的意味:これは定在波である
$+h/\lambda$ と $-h/\lambda$ が等しく混ざっているとは,右向きに進む波と左向きに進む波が重なっているということである.実際,Euler の公式から
$$A\cos2\pi\!\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)=\frac{A}{2}e^{i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)}+\frac{A}{2}e^{-i2\pi\left(\frac{x}{\lambda}-\nu t\right)}$$と,右進行波と左進行波の和にきれいに分解できる.この2つが重なったものが定在波(standing wave)である.定在波は進行方向が定まらない(正味の流れがない)ので運動量は確定しないが,運動エネルギー $p^2/2m$ は確定する.原子や分子に束縛された電子は,まさにこの定在波の状態にある.だから電子は「原子核のまわりを回っている」のではなく,「原子核のまわりで定在波として振動している」と言うほうが実態に近い.
2.8 軌道半径の期待値と遷移金属のイオン化
2.8.1 $\braket{r}$ を計算する
電子の位置を正確に決めることは,不確定性原理により原理的に不可能である.しかし期待値なら計算できる.前節の枠組みを3次元に拡張して,電子と原子核の距離の期待値 $\braket{r}$ を求めよう.式 \eqref{eq:2-expect-x} の3次元版は
$$ \braket{r} = \int_{-\infty}^{\infty}\!\!\int_{-\infty}^{\infty}\!\!\int_{-\infty}^{\infty}\psi^*\,r\,\psi\ \dd x\,\dd y\,\dd z = \int_{0}^{2\pi}\!\!\int_{0}^{\pi}\!\!\int_{0}^{\infty}\psi^*\,r\,\psi\ r^2\sin\theta\,\dd r\,\dd\theta\,\dd\varphi $$である.2つ目の等号で,図2.3 に示した極座標の体積要素 $\dd^3r=r^2\sin\theta\,\dd r\,\dd\theta\,\dd\varphi$ を使った.実際に計算してみよう.
例題2.6 水素原子 1s 電子の $\braket{r}$
式 \eqref{eq:2-psi1s} の $\psi_{1s}$ について $\braket{r}$ を求めよ.
解答.$\psi_{1s}=\dfrac{1}{\sqrt{\pi}}a_0^{-3/2}e^{-r/a_0}$ は実関数なので $\psi^*=\psi$ であり,$\psi^*\psi=\dfrac{1}{\pi a_0^3}e^{-2r/a_0}$.角度に依存しないので角度積分は $4\pi$ にまとまる(例題2.2 と同じ):
$$ \braket{r} = \frac{1}{\pi a_0^3}\int_0^{2\pi}\!\!\dd\varphi\int_0^{\pi}\!\!\sin\theta\,\dd\theta\int_0^{\infty} r\cdot e^{-2r/a_0}\cdot r^2\,\dd r = \frac{1}{\pi a_0^3}\cdot4\pi\int_0^{\infty} r^3 e^{-2r/a_0}\,\dd r . $$動径積分には例題2.2 と同じ公式 $\displaystyle\int_0^{\infty}r^n e^{-\alpha r}\dd r=\frac{n!}{\alpha^{n+1}}$ を $n=3$,$\alpha=2/a_0$ で使う:
$$\int_0^{\infty} r^3 e^{-2r/a_0}\,\dd r = \frac{3!}{(2/a_0)^4} = \frac{6}{16/a_0^4} = \frac{6a_0^4}{16} = \frac{3a_0^4}{8}.$$したがって
$$\braket{r}_{1s} = \frac{4}{a_0^3}\cdot\frac{3a_0^4}{8} = \frac{12}{8}a_0 = \frac{3}{2}a_0 = 1.5\,a_0 .$$数値では $1.5\times0.529\ \text{Å}=0.79\ \text{Å}$ である.2.3.3 節で求めた動径分布関数のピーク位置 $r=a_0$ とは値が違うことに注意してほしい.分布は $r$ の大きいほうへ長い裾を引いているので,平均(期待値)はピークより外側に来る.「もっとも確からしい値」と「平均値」は別物である.
同じ計算を一般の $(n,l)$ について行うと,次の美しい公式が得られる(水素原子,すなわち $Z=1$ の場合).
$n=1,l=0$ を入れると $1\times[1+\frac12(1-0)]=1.5$ となり,例題2.6 の結果と一致する.他の軌道についても計算してみよう.
| 軌道 | $n$ | $l$ | 計算 | $\braket{r}/a_0$ | $\braket{r}$ / Å |
|---|---|---|---|---|---|
| $1s$ | 1 | 0 | $1\left[1+\frac12(1-0)\right]$ | 1.5 | 0.79 |
| $2s$ | 2 | 0 | $4\left[1+\frac12(1-0)\right]$ | 6.0 | 3.17 |
| $2p$ | 2 | 1 | $4\left[1+\frac12(1-\frac{2}{4})\right]$ | 5.0 | 2.65 |
| $3s$ | 3 | 0 | $9\left[1+\frac12(1-0)\right]$ | 13.5 | 7.14 |
| $3p$ | 3 | 1 | $9\left[1+\frac12(1-\frac{2}{9})\right]$ | 12.5 | 6.61 |
| $3d$ | 3 | 2 | $9\left[1+\frac12(1-\frac{6}{9})\right]$ | 10.5 | 5.55 |
| $4s$ | 4 | 0 | $16\left[1+\frac12(1-0)\right]$ | 24.0 | 12.70 |
| $4p$ | 4 | 1 | $16\left[1+\frac12(1-\frac{2}{16})\right]$ | 23.0 | 12.17 |
| $4d$ | 4 | 2 | $16\left[1+\frac12(1-\frac{6}{16})\right]$ | 21.0 | 11.11 |
| $4f$ | 4 | 3 | $16\left[1+\frac12(1-\frac{12}{16})\right]$ | 18.0 | 9.52 |
この表から2つの傾向が読み取れる.
- 主量子数 $n$ が増えるほど軌道は大きくなる.式 \eqref{eq:2-r-expect} の先頭に $n^2$ があるので当然である.
- 同じ $n$ の中では,方位量子数 $l$ が増えるほど軌道は小さくなる.角括弧の中に $-l(l+1)/n^2$ があるためである.$3s\ (13.5) \gt 3p\ (12.5) \gt 3d\ (10.5)$.
2番目の傾向は直感に反するかもしれない.$l$ が大きいほど「よく回っている」のだから外にありそうなものだが,実際には逆である.$l$ が大きい軌道は動径節をもたず,$r=0$ 付近の裾も遠方の裾も短い,いわば幅の狭い分布になるからである.
2.8.2 遷移金属がイオン化するとき,どの電子から奪われるか
この $\braket{r}$ の傾向が,材料科学で非常に重要な帰結をもたらす.チタン Ti の電子配置 $1s^2\,2s^2\,2p^6\,3s^2\,3p^6\,3d^2\,4s^2$ を見てみよう.表2.5 によれば
$$ \braket{r}_{3d} = 10.5\,a_0, \qquad \braket{r}_{4s} = 24\,a_0 $$である.すなわち,4s 軌道のほうが 3d 軌道よりはるかに外側にある.ところが 2.5.3 節で見たとおり,エネルギーの順序は $E_{4s}\lt E_{3d}$,つまり 3d のほうが高い.
「エネルギーは 3d のほうが高いのに,空間的には 3d のほうが内側」——この一見ねじれた状況が,遷移金属の化学を支配する.原子から電子を1個引き抜くとき,実際に抜けるのはいちばん外側にある電子である.したがって
物理的意味:Ti がイオン化するとき,まず 4s 電子から奪われる
Ti が電子を失うとき,エネルギーの高い 3d ではなく,空間的に外側にある 4s の電子から先に奪われる.結果として
$$\mathrm{Ti}:\ 1s^2\,2s^2\,2p^6\,3s^2\,3p^6\,3d^2\,4s^2 \quad\xrightarrow{\ -2e^-\ }\quad \mathrm{Ti}^{2+}:\ 1s^2\,2s^2\,2p^6\,3s^2\,3p^6\,3d^2$$となる.TiO という酸化物の中で Ti は $\mathrm{Ti}^{2+}$ の状態にあるが,その最外殻電子は 4s 電子ではなく3d 電子である.同じことは Fe($\mathrm{Fe}^{2+}:3d^6$),Cu($\mathrm{Cu}^{2+}:3d^9$)などすべての 3d 遷移金属で起こる.
これは単なる書き方の問題ではない.遷移金属酸化物の磁性,電気伝導,色,触媒活性はすべて 3d 電子が担っており,その 3d 電子が「外側に露出している」からこそ,隣の酸素と結合をつくり,固体中でバンドを形成する.第14章で扱うイオン結晶の電子状態,そして金属絶縁体転移のような現象は,まさにこの 3d 電子の振る舞いの問題である[7,8].
注意:式 \eqref{eq:2-r-expect} は厳密には水素原子でのみ成立する
式 \eqref{eq:2-r-expect} は電子が1個の系(水素原子,$\mathrm{He}^+$,$\mathrm{Li}^{2+}$ など)に対する厳密解であり,核電荷 $Z$ の水素様原子では $\braket{r}=\dfrac{n^2 a_0}{Z}\left[1+\frac12\left(1-\frac{l(l+1)}{n^2}\right)\right]$ となる.Ti($Z=22$)のような多電子原子にそのまま当てはめると,$3d$ で $5.6\ \text{Å}$,$4s$ で $12.7\ \text{Å}$ という,明らかに大きすぎる値が出る(実際の Ti 原子半径は約 $1.5\ \text{Å}$).他の電子による遮蔽を考えると有効核電荷は $Z$ よりずっと大きな値になり,実際の $\braket{r}$ は 3d で約 $1\ \text{Å}$,4s で約 $2\ \text{Å}$ 程度に縮む.
しかし「4s のほうが 3d よりおよそ2倍外側」という比は,多電子原子でもよく成り立つ.定量値ではなく傾向を読むための式だと理解してほしい.多電子原子の $\braket{r}$ を定量的に求めるには,第3章の変分原理や第7章の Hartree–Fock 法が必要になる.
2.9 Schrödinger 方程式は固有値問題である
2.9.1 線形代数の復習 — 固有値と固有ベクトル
本章の最後に,Schrödinger 方程式の見方をもう一段抽象化する.準備として線形代数を復習しよう.
例題2.7 行列 $\mathbb{S}_z$ の固有値と固有ベクトル
行列 $\mathbb{S}_z=\begin{pmatrix}1/2 & 0\\ 0 & -1/2\end{pmatrix}$ について,固有値と固有ベクトルを求めよ.ただし固有ベクトルのノルム(大きさ)は 1 とする.
解答.$\mathbb{S}_z\vec{z}=\lambda\vec{z}$ を満たす $\lambda$ と $\vec{z}$ を求める.$\vec{z}=\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}$ とおくと,$\mathbb{S}_z\vec{z}-\lambda\vec{z}=\bm{0}$ すなわち
$$\begin{pmatrix}1/2-\lambda & 0\\ 0 & -1/2-\lambda\end{pmatrix}\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}$$である.$\vec{z}=\bm{0}$ という自明な解以外を持つためには,係数行列が逆行列を持たない,すなわち行列式がゼロでなければならない:
$$\left(\frac12-\lambda\right)\left(-\frac12-\lambda\right)-0\cdot0 = 0 \quad\Longrightarrow\quad \lambda = \pm\frac12 .$$これを永年方程式(secular equation)という.第11章で分子軌道を求めるときに主役になる方程式である.
[1] $\lambda=+1/2$ の場合.第1行は $(1/2-1/2)a=0$ となり $a$ に条件を課さない.第2行は $(-1/2-1/2)b=-b=0$ なので $b=0$,$a\ne0$.ノルムが1($a^2+b^2=1$)だから
$$\vec{z}=\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}.$$[2] $\lambda=-1/2$ の場合.第1行は $(1/2+1/2)a=a=0$ なので $a=0$,$b\ne0$.ノルム1より
$$\vec{z}=\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}.$$数学ノート:$\mathbb{S}_z$ の正体は電子スピンである
例題2.7 の $\mathbb{S}_z$ は,実は電子スピンの $z$ 成分を表す演算子であり,$\hbar$ を単位にとった書き方になっている.正確には $\hat{S}_z=\dfrac{\hbar}{2}\sigma_z$,$\sigma_z=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$ であり,$\sigma_z$ をPauli 行列(Pauli matrix)と呼ぶ.固有値 $+1/2$ に対応する固有ベクトル $\binom{1}{0}$ が上向きスピン $\bm{\alpha}$,$-1/2$ に対応する $\binom{0}{1}$ が下向きスピン $\bm{\beta}$ である.2.5.2 節で「1つの状態に電子が2つ入る」と述べたときの2つとは,この2つの固有ベクトルのことである.Pauli 行列とスピン関数は第7章で本格的に登場する.
例題2.8 非対角成分がある場合 — 結合性軌道と反結合性軌道の予告
実数 $\alpha,\beta$($\beta\lt0$)に対して $\mathbb{H}=\begin{pmatrix}\alpha & \beta\\ \beta & \alpha\end{pmatrix}$ の固有値と固有ベクトルを求めよ.
解答.永年方程式は
$$\begin{vmatrix}\alpha-\lambda & \beta\\ \beta & \alpha-\lambda\end{vmatrix} =(\alpha-\lambda)^2-\beta^2 = 0 \quad\Longrightarrow\quad \alpha-\lambda = \pm\beta \quad\Longrightarrow\quad \lambda = \alpha\mp\beta .$$$\lambda_+=\alpha+\beta$ に対しては $(\alpha-\lambda_+)a+\beta b=-\beta a+\beta b=0$ より $a=b$,規格化して $\vec{z}_+=\frac{1}{\sqrt2}\binom{1}{1}$.$\lambda_-=\alpha-\beta$ に対しては $\beta a+\beta b=0$ より $a=-b$,規格化して $\vec{z}_-=\frac{1}{\sqrt2}\binom{1}{-1}$.
$\beta\lt0$ なので $\lambda_+=\alpha+\beta\lt\alpha\lt\alpha-\beta=\lambda_-$ である.つまり,同じエネルギー $\alpha$ をもつ2つの状態(2つの原子の軌道だと思ってほしい)を「混ぜる」と,$\alpha$ より低い準位と高い準位に分裂する.低いほう(係数が同符号)が結合性軌道,高いほう(係数が異符号)が反結合性軌道である.2.1.1 節で触れた化学結合の話が,$2\times2$ 行列の固有値問題として姿を現した.詳しくは第11章で扱う.
2.9.2 Schrödinger 方程式の読み替え
ここで 2.2 節で導いた Schrödinger 方程式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} を思い出そう.
$$ \Ham\psi = E\psi . $$これは例題2.7 の $\mathbb{S}_z\vec{z}=\lambda\vec{z}$ と,まったく同じ構造をしている.行列 $\mathbb{S}_z$ の代わりに演算子 $\Ham$,ベクトル $\vec{z}$ の代わりに関数 $\psi$,固有値 $\lambda$ の代わりにエネルギー $E$ が来ているだけである.すなわち
定理:Schrödinger 方程式は固有値問題である
Schrödinger 方程式を解くとは,ハミルトニアンという「行列」(演算子)に対して,固有関数(固有ベクトル)$\psi$ と固有値 $E$ を求めることにほかならない.
より一般に,量子力学において物理量を求めるとは,その物理量に対応する演算子の固有値,あるいは(固有関数でない状態については)期待値を求めることである.
この視点は本書全体を貫く.第3章の変分原理は「関数の空間で最小固有値を探す」方法であり,第11章の永年方程式は「有限次元の行列に落とした固有値問題」であり,第14章のバンド計算は「結晶の周期性を使って無限次元を有限次元に畳んだ固有値問題」である.すべては $\Ham\psi=E\psi$ の変奏曲だと思ってよい.
なぜ?:なぜ「機械にやらせるべき」なのか
行列の固有値を手で解けるのは $2\times2$,頑張っても $3\times3$ までである.現実の材料計算では,基底関数の数(=行列の次元)が数百から数万に達する.手計算は不可能であり,この種の計算はコンピュータにやらせるべき仕事である.逆に言えば,行列の固有値問題に帰着させさえすれば,あとは数値線形代数の成熟したアルゴリズム(LAPACK など)が答えを出してくれる.第1章で見た「計算科学」とは,物理の問題をこの形に翻訳する技術のことである.付録Bで実際に手を動かしてみよう.
2.9.3 $\Ham=\hat{p}^2/2m+V$ という書き換え
もう一つ,ハミルトニアンの意味をはっきりさせる書き換えをしておく.2.7.4 節で求めた運動量演算子の2乗
$$ \hat{p}^2 = \left(\frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x}\right)^{\!2} = -\frac{h^2}{4\pi^2}\frac{\partial^2}{\partial x^2} $$を使うと,Schrödinger 方程式の第1項は
$$ -\frac{h^2}{8\pi^2 m}\frac{\partial^2\psi}{\partial x^2} = \frac{1}{2m}\left(-\frac{h^2}{4\pi^2}\frac{\partial^2}{\partial x^2}\right)\psi = \frac{\hat{p}^2}{2m}\,\psi $$と書ける.したがって式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} は
と表現できる.$\hat{p}^2/2m$ の部分を古典力学的に読むとどうなるか.$p=mv$ だから
$$ \frac{p^2}{2m} = \frac{(mv)^2}{2m} = \frac{m^2v^2}{2m} = \frac12 mv^2 $$——高校物理で習った運動エネルギーそのものである.すなわち
Schrödinger 方程式とは,粒子の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの合計(=全エネルギー)に関する固有値方程式である.ハミルトニアンという名前も,解析力学で全エネルギーを表す関数(Hamilton 関数)に由来する.
2.9.4 無限井戸型ポテンシャルの再解釈
最後に,量子力学の授業で必ず扱う無限井戸型ポテンシャル(infinite potential well,箱の中の粒子)を,いまの視点で見直してみよう.ポテンシャルが
$$ V(x) = \begin{cases} 0 & (0\le x\le L)\\ \infty & (x\lt0,\ L\lt x) \end{cases} $$で与えられるとき,Schrödinger 方程式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} を境界条件 $\psi(0)=\psi(L)=0$ のもとで解くと
となる.ここで捉え方を少しだけ変え,この波動関数に運動量演算子の2乗を作用させてみる.$\sin$ を2回微分すると $-(n\pi/L)^2\sin$ に戻るので
$$ \begin{aligned} \hat{p}^2\psi_n &= -\frac{h^2}{4\pi^2}\frac{\partial^2}{\partial x^2}\left(\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{n\pi}{L}x\right) = -\frac{h^2}{4\pi^2}\cdot\left(-\frac{\pi^2n^2}{L^2}\right)\sqrt{\frac{2}{L}}\sin\frac{n\pi}{L}x\\[2pt] &= \frac{h^2}{4\pi^2}\cdot\frac{\pi^2n^2}{L^2}\,\psi_n = \frac{h^2}{4L^2}n^2\,\psi_n . \end{aligned} $$よって運動量の2乗に関する固有値は
$$ \begin{equation} p^2 = \frac{n^2h^2}{4L^2} \qquad\Longrightarrow\qquad p = \pm\frac{nh}{2L} \label{eq:2-well-p2} \end{equation} $$である.運動エネルギーは $p^2/2m$ だから,運動エネルギー固有値は
$$ \frac{p^2}{2m} = \frac{1}{2m}\cdot\frac{n^2h^2}{4L^2} = \frac{n^2h^2}{8mL^2} $$となり,式 \eqref{eq:2-well-solution} の $E_n$ と完全に一致する.井戸の中では $V=0$ なので,全エネルギーがすべて運動エネルギーであることと整合している.
かつて必死に解いていた無限井戸のエネルギー準位とは,波動関数が定在波になっているときの運動エネルギーの固有値だったのである.
物理的意味:なぜエネルギーが飛び飛びになるのか
式 \eqref{eq:2-well-p2} を de Broglie の関係 $p=h/\lambda$ と見比べると $\lambda=2L/n$,すなわち
$$L = n\cdot\frac{\lambda}{2}$$である.これは「井戸の幅が半波長の整数倍でなければならない」という,弦の振動でおなじみの定在波の条件そのものである.両端が固定された弦が特定の振動数しか出せないのと同じ理由で,箱に閉じ込められた電子は特定のエネルギーしか取れない.エネルギーの量子化とは,閉じ込めと境界条件の帰結である.原子の中で電子のエネルギーが $E_n=\epsilon_{1s}/n^2$ と飛び飛びになるのも,Coulomb ポテンシャルによる閉じ込めの結果にほかならない.
数値を入れてみよう.$L=0.3\ \mathrm{nm}=3\times10^{-10}\ \mathrm{m}$(原子1個分くらいの箱)とすると
$$E_1=\frac{(6.626\times10^{-34})^2}{8\times(9.109\times10^{-31})\times(3\times10^{-10})^2} =\frac{4.390\times10^{-67}}{6.559\times10^{-49}}=6.69\times10^{-19}\ \mathrm{J}=4.18\ \mathrm{eV}.$$原子スケールに閉じ込めると eV オーダーのエネルギーになる——これが原子・分子のエネルギースケールが eV である理由である.逆に $L$ を $1\ \mathrm{cm}$ にすると $E_1$ は $10^{-15}\ \mathrm{eV}$ となり,量子化は事実上見えなくなる.
2.10 まとめと演習
2.10.1 この章のまとめ
- 材料の性質は化学結合が決め,化学結合を理解するにはまず原子の中の電子状態を知る必要がある.高校化学の「電子殻の定員 $2n^2$」と「$E_n=-13.6/n^2\ \mathrm{eV}$」を,本章では量子力学から導いた.
- $E=h\nu$(Planck)と $p=h/\lambda$(Einstein),および de Broglie の物質波の考え方から出発し,平面波 $\psi=Ae^{i2\pi(x/\lambda-\nu t)}$ の2階微分 \eqref{eq:2-second-deriv} に $\lambda=h/\sqrt{2m(E-V)}$ を代入することで,Schrödinger 方程式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} を組み立てた.ただしこれは厳密な導出ではなく,方程式は基本仮定である.
- Born の解釈により $\abs{\psi}^2=\psi^*\psi$ が存在確率密度であり,規格化条件 \eqref{eq:2-normalize} を満たす.3次元では $\psi$ の次元は $[\mathrm{m}^{-3/2}]$ である.
- 水素原子では極座標に移り,$\psi=R(r)\Theta(\theta)\Phi(\varphi)$ と変数分離して級数解法で解く.解の式に現れる階乗の条件から $l\le n-1$,$\abs{m}\le l$ が読み取れる.エネルギーは $E_n=\epsilon_{1s}/n^2$,$\epsilon_{1s}=-me_0^4/(8\varepsilon_0^2h^2)=-13.606\ \mathrm{eV}$,長さの尺度は $a_0=\varepsilon_0h^2/(\pi me_0^2)=0.529\ \text{Å}$.
- $(l,m)$ の数え上げから状態数 $\sum_{l=0}^{n-1}(2l+1)=n^2$,Pauli の排他原理により定員 $2n^2$ が出る \eqref{eq:2-count}.周期表の s/p/d/f ブロックの列数 $2,6,10,14$ は $2(2l+1)$ に等しい.
- 1s は球対称,2p は $\cos\theta$ 依存性のため亜鈴型.$l$ が1つ増えると節面が1枚増える.角度依存性は2次元極座標プロット(図2.5)で直感的に理解できる.
- 物理量は演算子の固有値または期待値として得られる.$\hat{p}=\frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial x}$,$\hat{E}=-\frac{h}{2\pi i}\frac{\partial}{\partial t}$ を平面波に作用させると $p=h/\lambda$,$E=h\nu$ が再現される.$\cos$ 型の実波動関数は $\hat{p}$ の固有関数ではないが $\hat{p}^2$ の固有関数であり,これは定在波を意味する.
- $\braket{r}_{nl}=n^2\left[1+\frac12\left(1-\frac{l(l+1)}{n^2}\right)\right]a_0$.$n$ が増えると軌道は大きく,同じ $n$ では $l$ が増えると小さくなる.$\braket{r}_{3d}=10.5a_0\lt\braket{r}_{4s}=24a_0$ であるため,Ti は 4s 電子から先にイオン化し,$\mathrm{Ti}^{2+}$ の最外殻は 3d 電子になる.
- Schrödinger 方程式 $\Ham\psi=E\psi$ は固有値問題であり,$\Ham=\hat{p}^2/2m+V$ は運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和にほかならない.無限井戸のエネルギー準位は,定在波条件 $L=n\lambda/2$ のもとでの運動エネルギー固有値である.
次の第3章では,Schrödinger 方程式が厳密に解けない多電子系に対して「もっともらしい解」を求める方法——変分原理——を学ぶ.そこで使う道具は,本章で導入した期待値 $\braket{E}=\int\psi^*\Ham\psi\,\dd x$ と規格化条件そのものである.
2.10.2 演習問題
演習2.1 Schrödinger 方程式の再構成
(a) 平面波 $\psi=Ae^{i2\pi(x/\lambda-\nu t)}$ の2階微分が $-\dfrac{4\pi^2}{\lambda^2}\psi$ になることを,自分の手で計算して確かめよ.(b) そこから式 \eqref{eq:2-schrodinger-1d} を,途中式を省略せずに導け.(c) 得られた式を $\hbar=h/2\pi$ を使って書き直し,$-\dfrac{\hbar^2}{2m}\dfrac{\partial^2\psi}{\partial x^2}+V\psi=E\psi$ となることを示せ.
ヒント:(a) は合成関数の微分を2回.指数の肩を $x$ で微分すると $i2\pi/\lambda$ が落ちてくる.(b) では $p=\sqrt{2m(E-V)}=h/\lambda$ から $1/\lambda^2$ を作り,両辺に $-h^2/(8\pi^2m)$ を掛ける段階で符号を丁寧に追うこと.(c) は $h^2=4\pi^2\hbar^2$ を代入するだけ.
演習2.2 $2p_z$ 軌道の規格化と $\braket{r}$
式 \eqref{eq:2-psi2pz} の $\psi_{2p_z}$ について,(a) 規格化条件 $\int\abs{\psi}^2\dd^3r=1$ が満たされていることを確かめよ.(b) $\braket{r}_{2p}$ を直接積分で計算し,式 \eqref{eq:2-r-expect} の予言値 $5a_0$ と一致することを確かめよ.
ヒント:角度積分には $\displaystyle\int_0^{\pi}\cos^2\theta\sin\theta\,\dd\theta=\left[-\frac{\cos^3\theta}{3}\right]_0^{\pi}=\frac23$ を使う($u=\cos\theta$ と置換するとよい).動径積分は例題2.2・例題2.6 と同じ公式 $\int_0^\infty r^ne^{-\alpha r}\dd r=n!/\alpha^{n+1}$ で,(a) は $n=4$,(b) は $n=5$,いずれも $\alpha=1/a_0$.$5!=120$.
演習2.3 電子配置と定員
(a) $n=5$(O殻)について $(l,m)$ の組の総数を数え上げ,定員が $2n^2=50$ であることを確かめよ.(b) Fe(原子番号26),Cu(原子番号29)の基底状態の電子配置を書け.(c) Cu の電子配置は単純な充填則の予想と食い違う.何が起きているか説明を試みよ.
ヒント:(a) は $l=0,1,2,3,4$ について $2l+1$ を足し,等差数列の和 $\frac{n}{2}(1+(2n-1))$ で検算する.(b) 実際の準位の順序は $4s\lt3d\lt4p$.Fe は $3d^6 4s^2$.(c) Cu は $3d^{10}4s^1$ であり,$3d$ が完全に埋まった閉殻の安定性が $4s$ を1個空にする損を上回っている.$4s$ と $3d$ のエネルギー差が小さいことが前提であることに注意.
演習2.4 運動量演算子と定在波
波動関数 $\psi=A\sin\dfrac{2\pi x}{\lambda}$($A$ は実数)について,(a) $\hat{p}\psi$ を計算し,$\psi$ が $\hat{p}$ の固有関数でないことを示せ.(b) $\hat{p}^2\psi$ を計算し,固有値を求めよ.(c) この波動関数を $e^{i2\pi x/\lambda}$ と $e^{-i2\pi x/\lambda}$ の線形結合で表し,(b) の結果を「2つの進行波の重ね合わせ」として解釈せよ.
ヒント:(a) $\sin$ を微分すると $\cos$ になり,もとの $\sin$ の定数倍にはならない.(b) 2回微分すれば $\sin$ に戻る.固有値は $h^2/\lambda^2$.(c) Euler の公式から $\sin\theta=\dfrac{e^{i\theta}-e^{-i\theta}}{2i}$.運動量固有値 $+h/\lambda$ の成分と $-h/\lambda$ の成分が等しい重みで含まれている.
演習2.5 無限井戸の数値評価
幅 $L$ の無限井戸に閉じ込められた電子について,(a) $n=1$ と $n=2$ のエネルギー差 $\Delta E=E_2-E_1$ を $L$ の関数として書け.(b) $\Delta E$ が可視光の緑色(波長 $550\ \mathrm{nm}$)の光子エネルギーに等しくなる $L$ を求めよ.(c) 求めた $L$ は原子何個分程度か,原子間距離 $\sim2\ \text{Å}$ を目安に論ぜよ.
ヒント:(a) $\Delta E=(2^2-1^2)\dfrac{h^2}{8mL^2}=\dfrac{3h^2}{8mL^2}$.(b) 光子エネルギーは $E=h\nu=hc/\lambda$ で,$550\ \mathrm{nm}$ なら約 $2.25\ \mathrm{eV}$.$L=\sqrt{3h^2/(8m\Delta E)}$ に代入する.答えは $1\ \mathrm{nm}$ 程度になるはずである.(c) 共役ポリエンや量子ドットの色が,閉じ込めサイズで決まるという「量子サイズ効果」の入口である.
演習2.6 遷移金属イオンの最外殻
(a) 式 \eqref{eq:2-r-expect} を使って $\braket{r}_{4s}$ と $\braket{r}_{3d}$ の比を求めよ.(b) $\mathrm{Fe}$ が $\mathrm{Fe}^{2+}$ および $\mathrm{Fe}^{3+}$ になるとき,どの軌道の電子から失われるか,電子配置を書いて説明せよ.(c) 遷移金属酸化物の磁性が 3d 電子で決まる理由を,(a)(b) の結果を踏まえて 200 字程度で述べよ.
ヒント:(a) $24/10.5\approx2.3$.(b) 空間的に外側の 4s から先に抜け,$\mathrm{Fe}^{2+}$ は $[\mathrm{Ar}]3d^6$,$\mathrm{Fe}^{3+}$ は $[\mathrm{Ar}]3d^5$(半閉殻で安定).(c) 部分的にしか占有されていない 3d 準位が最外殻にあること,d 電子は空間的に局在していて隣接原子との重なりが小さく,スピンがそろいやすいこと(第9章の交換エネルギー)に触れるとよい.
2.10.3 参考文献
- 原田 義也『量子化学(上巻)』裳華房(1978). 水素原子の Schrödinger 方程式の級数解法が,本章で結果だけを示した部分まで含めて丁寧に書かれている.
- A. Szabo, N. S. Ostlund(大野 公男・阪井 健男・望月 祐志 訳)『新しい量子化学 — 電子構造の理論入門(上)』東京大学出版会(1987). 原著は Modern Quantum Chemistry: Introduction to Advanced Electronic Structure Theory, Dover (1996). 第2章に量子力学の要点がまとめられている.
- P. W. Atkins, J. de Paula, J. Keeler, Atkins' Physical Chemistry, 12th ed., Oxford University Press (2022). 水素原子の軌道,動径分布関数,遮蔽と侵入の説明が図とともに充実している.
- シュライバー・アトキンス(田中 勝久ほか 訳)『無機化学(上)』第6版, 東京化学同人(2016). 4s/3d の逆転と周期表の構造についての化学者向けの議論.
- P. A. Cox(魚崎 浩平ほか 訳)『固体の電子構造と化学』技報堂出版(1989). 原著 The Electronic Structure and Chemistry of Solids, Oxford University Press (1987). 原子軌道から固体のバンドへつながる筋道.
- C. Kittel(宇野 良清ほか 訳)『固体物理学入門(上)』第8版, 丸善(2005). 自由電子模型と定在波の扱い.
- Y. Mochizuki, H. Sato, H. Akamatsu et al., "Interplay between epitaxial strain and metal–insulator transition", Phys. Rev. Materials 2, 125001 (2018). 遷移金属酸化物における 3d 電子と物性の関係を第一原理計算で調べた例.
- Y. Mochizuki et al., "Theoretical exploration of chemical bonding by COHP and COBI analyses", J. Phys. Chem. C 125, 7959 (2021). 本章で導入した原子軌道の重なりを,固体の結合解析に応用した例(第11章・第14章の予告).
- Q. Sun et al., "PySCF: the Python-based simulations of chemistry framework", WIREs Comput. Mol. Sci. 8, e1340 (2018). 付録Bで使う計算ライブラリ.水素原子の軌道を実際に描いてみるとよい.
- J. H. Jensen et al., Molcalc — https://molcalc.org/. ブラウザ上で分子軌道を可視化できる.第10章で使用する.