スリットの干渉パターンはどこから来るのか

― 講義ノート (9)(10)(11) の導出をたどる(学部 2・3 年生向け)

シミュレーターは,スクリーン上の到達点の分布を |ψ(x)|2=4A02a2(sin⁡αxαx)2 という式で描いています(二重スリットのタブが描く式は §3 の式 (9)(10) です).この式がどこから来るのかを,ノートの流れに沿って導きます. 計算らしい計算は指数関数の積分ひとつだけです.

結論を先に スリットの各点から出た波の位相を足し上げると,答えは sin⁡αx/αx という形になります.ここに現れる α=pa/ℏL が質量に比例することが全ての鍵で,質量を上げると模様は横に潰れ, 最後は「まっすぐ飛ぶ粒」と区別がつかなくなります.

0. 設定

ノート (9) の図のとおり,幅 2a のスリットに運動量 p の電子線を垂直に当て,距離 L 離れた平面 A(x 軸)上の分布を求めます. スリット上の位置を y,スクリーン上の位置を x とします.

記号意味ノートの設定値
Lスリットからスクリーンまでの距離1.0 m
aスリットの半幅(単スリットの幅は 2a).二重スリット(§3)では中央の遮蔽板の半幅で,開口は a≤|y|≤a+b1.0×10−3 m
b二重スリットの各スリットの幅1.0×10−3 m
v粒子の速さ(p=mv)1.0 m/s

波数と運動量の関係は,ノートの欄外にあるとおり p=hλ=h2π⋅2πλ=ℏk から k=p/ℏ です.

1. まず直感で(30 秒版)

スリットのどの点を通ったかは決まりません.決まらないので, 「点 y を通ってスクリーン上の点 x に着く」という道すじすべてについて, 複素数の矢印(確率振幅)を足します.矢印の向きは,道のりの長さ r に比例した位相 kr で決まります.

この「揃うか,回るか」を式にしたのが以下です.回り具合を決めるのが α=pa/ℏL で,運動量が大きいほど激しく回るので,模様は細かく・狭くなります.

2. 単スリット ― ノート (9)

2.1 確率振幅を足し上げる

スリットの各点 y からの寄与を,位相 eikr を付けて足します.y は連続なので和は積分になります.

(1) ψ(x)= A0 ∫−aa eikrdy , r=L2+(x−y)2

2.2 距離を展開する(Fraunhofer 近似)

r は根号のままでは積分できません.|x−y|≪L として (1+ε)1/2≃1+ε/2 を使うと

(2) r=L1+(x−yL)2 ≃ L+x22L −xyL +y22L⏟落とす

最後の項を落とすのがノートの 「y は小さい値で,y2/L はさらに小さいのでほぼ 0」という部分です.落としてよい条件は 長さが小さいことではなく,位相が小さいことで, pa2/2ℏL≪1 です.ノートの設定なら ≃4.3×10−3 なので問題ありません.

残った 3 項のうち,L と x2/2L は y を含まないので,積分の外に出せます.

(3) ψ(x)= A0 eipℏ(L+x22L)⏟絶対値 1 ∫−aa e−ipxℏLy dy

前の因子は絶対値 1 なので,|ψ|2 には効きません.残った積分だけが模様を決めます.

2.3 積分を実行する

u≡px/ℏL と置けば,ただの指数関数の積分です.

(4) ∫−aa e−iuydy = [e−iuy−iu]y=−ay=a =2sin⁡uau =2asin⁡αxαx
ここで α が出てくる α≡paℏL =2πmvahL ua=αx という置き換えをしただけですが, この α が唯一のパラメーターです.以降に出てくる長さはすべて 1/α の定数倍になります.

2.4 確率分布と,規格化のときに気をつけること

(3)(4) から,確率密度は

(5) |ψ(x)|2 =4a2A02 (sin⁡αxαx)2
ノートでは前の係数を A02a2 とまとめて書いています.A0 は最後に規格化で決まる定数なので, 形は同じで,係数 4 をどちらに含めるかの違いだけです.

規格化には ∫−∞∞(sin⁡t/t)2dt=π を使います(ノートの左端に書いてある式です).t=αx と置くと

(6) ∫−∞∞ (sin⁡αxαx)2 dx=πα ⟹ |ψ|2= απ (sin⁡αxαx)2
⚠ 「規格化すれば 1/π」の意味 ノートには規格化定数が 1/π と書いてあり,(6) の α/π と食い違って見えます. これはどの変数で 1 に規格化したかの違いです.ノートのグラフの横軸は αx(無次元)になっていて,その変数で測れば確かに 1/π です. x[m]で測るなら,変数変換のぶんだけ α が掛かります. 確率密度は「何あたり」かを言わないと値が決まりません. ―― まったく同じ落とし穴が Planck の公式にもあり,そちらでは 「λ で見たピーク」と「ν で見たピーク」が別物になる,という形で現れます.

最初の暗線(sin⁡αx=0 の x≠0 での最初の解)は

(7) x1=πα =πℏLpa =λL2a

「波長 × 距離 ÷ スリット幅」という,光の回折とまったく同じ形です. ノートの設定(電子)では α=8.638 m−1, x1=36.4 cm.中央の明るい部分の全幅は 70 cm 余りで,目で見てはっきり分かる広がりです.

3. 二重スリット ― ノート (11)

3.1 なぜ「引き算」になるのか

ノート (11) では積分区間が −a−b≤y≤−a と a≤y≤a+b の 2 つになります. ここで足すのではなく引くと見ると,計算が一行で終わります.

(8) ∫−a−b−a + ∫aa+b = ∫−(a+b)a+b⏟半幅 a+b の 1 本のスリット − ∫−aa⏟真ん中の遮蔽板

つまり二重スリットは,大きな 1 本のスリットから,真ん中を塞いだぶんを引いたものです. どちらの積分もすでに (4) で計算してあるので,答えは単スリットの式 2 つの差になります. β≡p(a+b)/ℏL と置くと

(9) |ψ(x)|2 =4a2A02 ( sin⁡βx−sin⁡αx αx )2

これがノート (11) の最後の式で,シミュレーターの二重スリットタブが描いているものです. 「差」の正体が塞いだ部分の引き算だと分かると,符号を覚える必要がなくなります.

3.2 縞と包絡線に分ける

和積の公式 sin⁡B−sin⁡A=2cos⁡A+B2sin⁡B−A2 を使うと,(9) は 2 つの因子の積に分かれます.中心間距離を d=2a+b として

(10) |ψ|2∝ cos2⁡(pdx2ℏL)⏟細かい縞(2 本の距離 d で決まる) ⋅ (sin⁡(pbx/2ℏL)pbx/2ℏL)2⏟包絡線(1 本の幅 b で決まる)

縞の間隔と包絡線の最初の暗線は,それぞれ

(11) 縞間隔=λLd , 包絡線の暗線=λLb

シミュレーターの読み取り値(242.5 mm と 727.4 mm)はこの 2 本です. 縞の細かさはスリットの間隔で,模様全体の広がりはスリットの幅で決まる ―― と分けて読めます.

4. 質量を変えるとどうなるか ― ノート (10)

4.1 α は質量に比例する

α=2πmva/hL なので,速さ v(とスリットの半幅 a,距離 L)を固定すれば,α は質量に比例し,模様の幅 x1=π/α は質量に反比例します.ノート (10) の 2 例を並べると:

粒子m [kg] α=pa/ℏL [m−1] x1見え方
電子9.109×10−318.638 36.4 cm大きく広がる
重い粒(ノート)6.626×10−32π×1028 5×10−29 m1 点(陽子の 10−14 倍)

ノートが「重い粒では α=2π×1028」 としているのと一致します.x1=5×10−29 m は, 陽子の半径よりさらに 14 桁小さい.測れる測れない以前に,意味を持ちません.

4.2 δ 関数への収束

ノートの「これは x=0 でのみ 1/π となり,その他では(ほぼ)0 になる(δ 関数)」を,きちんと言うとこうなります. 規格化した (6) の分布は

(12) limα→∞ απ (sin⁡αxαx)2 =δ(x)

面積は α によらず 1 のまま,幅だけが 1/α で 0 に潰れていく ―― これが δ 関数へ収束する列(δ 列)の条件そのものです (この形は Fejér 核の連続版に当たります). 量子力学が古典力学に化けるのは,式が変わるからではなく,この極限が効くからです.

±1 µm の窓に入る確率を計算すると,収束の速さが見えます.

m [kg]x1 [m] P(|x|<1 µm)
10−303.3×10−10.000006
10−273.3×10−40.006
10−243.3×10−70.966
10−213.3×10−100.99997
10−183.3×10−131.000000

質量が 10−24 kg(およそ C60 フラーレン 1 個)のあたりで, もう「1 点に当たる」ように見え始めます.下の図で確かめてみてください.

左:規格化した |ψ|2. 横軸は毎回 ±3x1 に取り直しています ―― 形はまったく変わりません.変わるのは目盛だけです. 右:その目盛 x1=π/α が質量でどう動くか(両対数).

5. シミュレーターは何を計算しているか

上で求めたのは分布です.シミュレーターはそこから 1 個ずつ到達点を抽選しています. やっていることは 3 つだけです.

  1. 抽選(棄却法). 単スリットでは規格化済みの (6),二重スリットでは (9) を規格化したものを確率密度として,Cauchy 分布を提案分布にした棄却法で x を引きます.窓で打ち切らないので,裾まで含めた真の分布から抽出できます. 採択率は単スリットで 1/π≃32 %,二重スリットで 1/2π≃16 %.
  2. 目盛合わせ. ヒストグラムと理論曲線を同じ縦軸に載せるため,(6) の π/α=λL/2a (二重スリットでは λL/2b)を解析的に使います.だから両者は「目分量で似ている」のではなく定量的に一致します.
  3. 一致の検定. 画面下の χ2/ν が 1 前後なら,ヒストグラムは理論分布と統計的に区別がつかない,という意味です.
「どちらのスリットを通ったか」について 二重スリットのタブでスリット通過後の直線を表示できますが,これは見た目のガイドです. (8) の導出で分かるとおり,干渉が出るのは 2 つの積分を足してから絶対値を取ったからで, 「どちらを通ったか」を決めてしまうと(=先に絶対値を取って足すと)縞は消えます. 既定の表示では,スリットを過ぎた粒子を両方の開口から広がる波として描き,スクリーン上の到達点だけを 1 点として記録します. チェックを入れて現れる直線は,その記録された 1 点までを便宜的に結んだものです.

6. 近似はどこまで効くか

(2) で捨てたのは 2 つです.効き方が違うので分けて見ます.

捨てたもの捨ててよい条件ノートの設定では
y2/2L(Fraunhofer 条件) pa2/2ℏL≪1 4.3×10−3 ✓
根号の展開の 2 次以降((x−y)4/8L3 以降.近軸条件) x1/L≪1 0.36 ⚠
⚠ ノートの設定は,実は近軸近似のギリギリ外 v=1 m/s の電子は de Broglie 波長が 727 µm もあるため, x1/L=0.36 ―― スクリーンを 20° も見上げる角度に第 1 暗線が来ます.ここでは (2) の展開自体の精度が落ちます. シミュレーターはこの値を常に表示し,0.2 を超えると ⚠ を出します. 式が使える範囲を自分で見張るという点で,これはむしろ良い教材になります.
逆に,重い粒の側はどうか 質量を上げると近軸条件 x1/L≪1 はどんどん良くなりますが,Fraunhofer 条件 pa2/2ℏL=αa/2 のほうは逆に破れていきます.ですから §4.2 の (12) は,重い粒の分布が文字どおり幅 0 になると言っているのではありません. 厳密に扱えば重い粒が作るのは幅 2a のスリットの幾何影で,(12) は 回折の広がり x1=λL/2a がスリットの幅に対して無視できることの理想化として読んでください.

7. 数値で確かめる

上の変形はすべて手計算なので,独立に数値で確かめてあります (積分は Simpson 法,x をいくつか選んで比較).

確かめたこと一致
(4) の積分:数値積分 vs 閉じた形相対差 < 3×10−14
(8):2 区間の和 vs 「広いスリット − 遮蔽板」相対差 < 4×10−14
(10):和積の公式による分解相対差 < 1×10−15
(7):π/α=λL/2a相対差 2×10−16
(11) とシミュレーターの読み取り値242.5 / 727.4 mm 一致
ノートの pa/ℏL=8.638, p(a+b)/ℏL=17.28 8.6380 / 17.2760

8. まとめ

  1. スリットの各点からの寄与を位相付きで足す.それだけが出発点 (1).
  2. 距離を L+x2/2L−xy/L まで展開すると,y が指数の肩に 1 次でしか入らないので積分できる (3)(4).
  3. 答えは sin⁡αx/αx. パラメーターは α=pa/ℏL ただ一つ.
  4. 二重スリットは「広いスリット − 真ん中の遮蔽板」.だから 2 つの sin の差 (8)(9).
  5. 和積で分ければ,縞は間隔 d,包絡線は幅 b が決めていると読める (10)(11).
  6. α∝m なので,質量を上げると分布は δ 関数に収束する (12). 古典力学は,量子力学の極限として出てきます.

東京理科大学 望月研究室 / 講義ノート (9)「スリットを通る電子」,(10)「粒子の波動性の考察」, (11)「de Broglie 波の観測 その 2 ― 2 重スリットの実験」より. 数値検証は Simpson 法および正弦積分 Si(x) の級数・漸近展開による. 数式はブラウザ標準の MathML で組んでいます(外部ライブラリ・通信は一切ありません).