Planck の公式はどこから来るのか
― 講義ノート (8) の導出をたどる(学部 2・3 年生向け)
シミュレーターは,温度から光のスペクトルを
で計算しています.この式は 2 つの部品でできています ――
「1 つのモードが平均どれだけエネルギーを持つか」と
「モードが何本あるか」.ノートが計算しているのは前者で,
ここでは後者も含めて最後まで組み立てます.
結論を先に
古典論では,1 つの振動モードの平均エネルギーはいつでも
(等分配則)でした.
ところがエネルギーが 刻みでしか取れないとすると,
の高振動数モードは
「1 個分すら買えない」ので事実上凍りつきます.
この一点だけで紫外破綻が消え,実験と一致します.
0. 何を求めたいのか
温度 T に保たれた空洞の中の電磁波を考えます.求めたいのは
単位体積・単位振動数あたりのエネルギー
で,
これに を掛けると
「振動数が と の間にある,単位体積あたりのエネルギー」になります.
方針は 2 段構えです.
1. 古典論ではどうなるか,そしてなぜ壊れるか
ノートの冒頭にある式です.1 つの振動モードを調和振動子
と見て,Boltzmann 分布で平均を取ります.
(1)
積分は Gauss 積分なので手で出ます. の項と
の項がそれぞれ
を出すので,合わせて
.振動数によらず,どのモードも同じ
―― これが等分配則です.
⚠ ここで破綻する
§3 で見るようにモードの本数は
なので,古典論の予想は
(Rayleigh–Jeans の式).振動数を上げるといくらでも大きくなり,
全エネルギー は発散します.
どんな温度の物体も無限のエネルギーを持つことになってしまう ―― 紫外破綻です.
2. Planck の量子仮説 ― 積分を和に変える
ノートの核心はここ 1 行です.エネルギーは
の整数倍しか取れない()
と仮定します.すると (1) の積分は和に変わります.
(2)
2.1 分母 ― ただの等比級数
と置くと,公比
の等比級数です.
(3)
2.2 分子 ― 微分で出す
分子には が余分に付いています.これを真面目に足すのは大変ですが,
ノートのうまい手を使えば一瞬です.
と置くと,
を掛ける操作は
で作れるからです.
(4)
2.3 割り算して完成
(5)
この式が全部を決めている
- (低振動数):
なので
.
古典論に戻ります.
- (高振動数):
と指数関数的に消えます.エネルギーの「最小単位」が熱エネルギーより大きいと,
そのモードは 1 個分すら励起できない ―― この直感が紫外破綻を殺します.
なお (5) は,ボース粒子(光子)が従う
Bose–Einstein 分布
に
を掛けたものそのものです(ノートの欄外の指摘).
3. モードは何本あるか ― ノートが「以上から」とした部分
ノートは
と,前係数を既知として使っています.ここだけ補っておきます.
一辺 の立方体の中に立つ定在波は,壁で節を持つので
,
に限られます(箱の体積を と書きます).k 空間で 1 モードが占める体積は
.
なので使えるのは球の
だけ,さらに偏光が 2 通りあります.
(6)
最後は を入れただけです.
箱の大きさ が消えるのが大事なところで,
十分大きな空洞なら,その形や大きさによらないので普遍的な式になります.
この は,
実際にモードを数え上げても確かめられます.100 µm の立方体で
を全部走らせて数えると,(6) の 96 〜 98 % に一致します.
残りは箱が有限であることによる表面の効果で,箱を大きくするほど 100 % に近づきます.
4. 組み立てて Planck の公式
(7)
ノートの「この式は,実験結果と驚くほど一致する!!」の式です.両端の極限を見ておきます.
| 極限 | 式 | 名前 | ふるまい |
|
|
Rayleigh–Jeans | 古典論と一致(低振動数側では正しかった) |
|
|
Wien | 指数関数的に落ちる.だから積分が収束する |
5. 波長で見るとピークが動く ― Wien の変位則
5.1 変換にはヤコビアンが要る
は
「単位振動数あたり」の量です.波長で見たいときは,
を
に置き換えるだけではいけません.同じ光を数え落とさないよう,
から出発します.
(8)
5.2 だから 2 つのピークは別物
を
で微分して 0 と置くと,
について
.
の方は
.
5 と 3 の違いは,(8) でヤコビアン を掛けた( で割った)ことから来ています.
(9)
⚠
比を取ると
―― 76 % もずれます.どちらかが間違っているのではなく,
「単位波長あたりで数えて一番多い色」と「単位振動数あたりで数えて一番多い色」が
そもそも別の問いだからです.
「ピークの波長」と言うときは,必ずどちらで数えたかを添えてください.
―― 同じ落とし穴は,分布を別の変数へ書き直すときにはいつでも現れます.単スリットの回折でも,
強度分布をスクリーン上の位置 x で測るか,無次元の
で測るかで,規格化因子が
と
に分かれます
( は長さの逆数の次元を持つ定数).
同じ温度の同じ光を,左は波長で,右は振動数で数えたもの.
実線の縦線がそのグラフ自身のピーク,点線がもう一方のピークを換算して持ってきた位置です.
2 本は重なりません.
6. 全部足すと Stefan–Boltzmann
(7) を全振動数で積分します.
と置くと が外に出て,残るのは数値だけです.
(10)
外に出ていく放射(放射発散度)は
なので
(11)
Stefan–Boltzmann 定数が だけで書けてしまう
―― Planck の公式が正しいことの,非常に強い証拠です.
実測された とぴったり合うことが,当時の決め手になりました
(現在の SI では が定義値なので,
はこの式から厳密に決まる量です).
7. シミュレーターは何を計算しているか
スペクトルは (7) をそのまま評価しているだけです.手間がかかるのは色の方で,
ここは物理というより「人間の目がどう感じるか」の話になります.
- 目の感度を掛ける. スペクトルに CIE 1931 等色関数
を掛けて 360–830 nm で積分し,XYZ 表色系の 3 数にします.
- 画面の色に直す. XYZ から sRGB へ変換します.色域からはみ出す色は白を足して彩度を落とします.
- 明るさは別扱い. 大きな色見本は明るさをそろえた「色み」です.全放射は
(11) のとおり で増えますが,目に届く可視光の明るさは
Wien の裾にあたるのでそれよりはるかに急に変わり,太陽表面を 1 とすると 900 K の鉄で
程度しかありません.
下の帯は,この可視光の明るさの比を対数目盛で圧縮して見せています.
⚠ 低温では「色」を出さない
可視域が Wien の裾のさらに裾に来ると,色度は等色関数の近似誤差だけで決まってしまい,
数値として意味を持ちません.体温 310 K では可視光の明るさが太陽表面の
しかなく,暗順応した目の検出限界より 15 桁も暗い.
だいたい 600 K 以下では色見本を黒にして,その旨を表示するようにしてあります.
色から温度を読む
鉄を熱していくと赤 → 橙 → 黄 → 白と変わって見えるのは,温度が上がるにつれてピークが短波長側へ動き(§5),
可視域に入る光の配合が変わるからです.恒星でも見方は同じで,観測では色(色指数)から表面温度を推定します.
ただし鉄も恒星も完全な黒体ではないので,こうして得られるのは同じ色に見える黒体の温度 ―― 色温度と呼ばれる量で,有効温度のおおまかな目安になります.
8. 数値で確かめる
| 確かめたこと | 一致 |
| (3) の等比級数:直接和 vs 閉じた形 | 相対差 < 2×10−16 |
| (4) の分子:直接和 vs 微分の結果 | 相対差 < 5×10−16 |
| (5): を直接和から | 相対差 < 6×10−16 |
| (6):モードの数え上げ(100 µm 立方) | 96–98 %(有限箱の効果) |
| (9): を数値探索で直接 | 相対差 2×10−7 |
| (10): |
相対差 2×10−12 |
| (11): の値 | 5.670374419×10−8 |
| (8): |
相対差 < 1×10−15 |
1300 K での全エネルギー密度 2.161×10−3 J/m3,
放射発散度 1.620×105 W/m2 は,シミュレーターの読み取り値と一致します.
9. まとめ
- 求めるものは「モードの本数 × 1 本あたりの平均エネルギー」.
- 古典論では平均が振動数によらず となり,
が発散する(紫外破綻) (1).
- と刻むと積分が和になり,
等比級数と 1 回の微分だけで平均が出る (2)(3)(4)(5).
- 高振動数では
が指数関数的に凍りつく.これが破綻を消す.
- モードの本数は定在波を数えて
.箱の大きさは消える (6).
- 波長表示への変換にはヤコビアンが要る.だから
(8)(9).
- 全部足すと .
が だけで書けます (10)(11).